2018年4月15日日曜日

2018.04.15 わが友に贈る

信心の励まし合い
異体同心の団結は
互いの力を万倍に!
勇気も智慧も億倍に!
明るく仲良く前へ前へ!

妙密上人御消息 P1237
『夫れ須弥山の始を尋ぬれば一塵なり大海の初は一露なり一を重ぬれば二となり二を重ぬれば三乃至十百千万億阿僧祇の母は唯一なるべし』

【通解】
そもそも須弥山の始めを尋ねれば一つの塵であり、大海の初めは一滴の露である。一を重ねれば二となり、二を重ねれば三となり、このようにして十、百、千、万、億、阿僧祇となっても、その生みの母はただ一なのである。

〈寸鉄〉 2018年4月15日
師弟に生き抜く歓喜漲る幹部会。5・3は創価の元朝。清新な決意で船出
「本当の戦いはこれから」と敢然と進め—戸田先生さあ挑戦の一歩を今日も
きょう神戸の日。関西の要衝に正義の後継は陸続と。常勝の牽引力と光れ
「受くるは・やすく持つはかたし」御書。新会員の友を応援。共に成長の道を
「意見聞く」上司が理想、新社会人の3割。激励も同じ。幹部は聞き上手に

☆明日を求めて 池田先生の対話録�第49回 ロシア・国際児童基金協会 アリベルト・リハーノフ総裁
◇大人の姿が、子どもの未来。だから私は、行動し続ける
子どもの未来——その探求を、池田先生とリハーノフ総裁は共有し続けてきた。重ねた語らいは、対談集に結実している。
話題が、ある映画に及ぶ場面があった。子どもの差別なき心について語り合う中、池田先生が、スピルバーグ監督の映画「E.T.」に言及したのだ。
「奇妙な風体をした異星人を、地球の子どもたちが何の抵抗もなく"かわいい"と受け入れている」「『差別なき心』のお手本のようなものであり、もしかすると幼児は、国際人というよりも、宇宙人なのかもしれませんね」
ユーモアを交えた先生の言葉。総裁は、笑って応えた。
「この映画は原作もよく知っています。じつは、ロシア語で初めて出版したのが、私だったのです」
1961年にデビューした児童文学作家。青少年の心をつかんできた作品の中には、戦争をテーマにしたものも多い。
「子どもは私たちの未来、とよく言われます。しかし、それは正しくない言い方だと思います。私たちが子どもたちの未来なのです——つまり、子どもたちの未来をつくるのです」。その言葉通り、総裁は、子どもたちの成長のために働き続けてきた。

1995年3月、二人は初めての出会いを刻んだ。東京・創価学園の卒業式でのこと。総裁は祝辞を述べ、学園生に温かな、まなざしを注いだ。
後日、青少年の育成への貢献をたたえる「レフ・トルストイ国際金メダル」が、総裁から池田先生に贈られた。
この来日中、二人は2度にわたり、会談の機会をもっている。
総裁は、人気の児童文学者、また児童教育の不屈の実践家。
先生は、若き日に少年雑誌の編集長も務めた、信念の言論人。
自ずと対話は深まり、子どもと社会情勢、いじめと暴力、家庭教育論、親の在り方——議論は多岐にわたった。
総裁が、悪の本質を「犬の群」と喝破する。先生が、善の本質は「一人立つ」ことだと指摘する。
家庭論。総裁は、「家族の状況を見れば、その社会の安定度なり不安定さがわかります。ひいては国家の、そして人類の将来を推し量ることもできる」「自分の家庭が崩壊しようとしているとき、私たちは人類について考えたりしません」と持論を展開する。
先生は、家族の一人一人が成長するために「師弟」が重要であるという、信念を語る。「『どういう家庭をめざすのか』『どんな子に育てるのか』という目的観を共有するとともに、共通の師の下で、悔いない人生を歩んでいることが、どれほどか充実した家庭を築きゆく土台となることであろう、と信じてやみません」
総裁の生家の庭には、春になると桜が咲き薫った。先生も桜が好きで、かつての自宅の庭には桜の木が植えられていた。
「桜は『平和の象徴』である」と先生は随筆につづっている。
「かつて、戦争に利用された桜は、あまりにも悲惨であり、かわいそうだった」——。
池田先生は青少年時代、総裁は幼少期に、同じ第2次世界大戦の惨禍を経験した。
総裁は著書の中で、自身が通っていた幼稚園の、学芸会の写真について触れている。「私は、軍服を着ていて、ヘルメットには赤い星、背中には銃をしょっている。でも私は、木馬にのっているのだ。そして私は、きっぱりとした表情をしている」
先生との対談で総裁は語った。
「第2次世界大戦が終わったのは半世紀以上も前ですが、平和は、本当の平和は、残念ながらいまだに訪れてはいません。武力紛争があちこちで勃発しています。大人たちが撃ちあいをし、その弾が子どもたちに当たっています」
総裁は、自身が幼少の一時期、乳児院(家庭で保育を受けられない乳児の養育を目的とする施設)で過ごしたことを、著書につづっている。子どもたちのためなら、いかなる労苦もいとわない氏の原動力は、そうしたところにもあるのだろうか。
「レフ・トルストイ国際金メダル」の授賞式後、総裁は池田先生に、こんな問いを投げ掛けた。
「なぜ、短期間にこれほど多大な業績を残すことができたのでしょうか」
先生は即答した。
「一つは、師匠との約束を絶対に成し遂げたいという一念です。もう一つは、私は若き日より病弱であり、『倒れないうちに仕事をやろう』と決めて戦いました。その繰り返しで、仕事に加速度がついていったのです」
真剣に未来を模索する人。自らの行動で平和をつくってきた人。どちらにも、魂の原点があった。

二人は、2008年3月、東京・創価学園で再会を果たした。ロシア・国際児童基金協会から池田先生に贈られた、「子ども守護の騎士」章の、授与式である。
先生は、学園生に語り掛けた。「多くの反対や妨害が渦巻く中、私は断固として中国とも、ロシアとも友好を結んできました」「牧口先生と戸田先生が掲げられた、『子どもの幸福』を眼目とする、創価教育の夢を実現するために戦ってきました」
そして、言葉を継ぐ。
「この私の心を深く深く理解してくださっているのが、ここにお迎え申し上げたリハーノフ先生なのであります。リハーノフ先生もまた、子どもたちの人権と尊厳を護り抜くために、どれほど多くの嫉妬や嘘の悪口を浴びせられてきたことか」
総裁は本年1月、同協会の機関誌の1ページを割き、先生の卒寿を祝う寄稿を掲載している。
「深く尊敬する池田会長! 90歳の誕生日という記念すべき日に際して、心よりお祝いを申し上げます」「距離を超えて、私と会長の心は見えない絆で結ばれています。その絆を通して、愛と尊敬の気持ちをお送りいたします」
未来をつくるため、行動を貫く——信念で連なる二人の、心の対話は続いている。

アリベルト・アナトーリエヴィッチ・リハーノフ 1935年、ロシア・キーロフ市生まれ。ウラル大学ジャーナリスト科を卒業後、編集の仕事を経て、61年に作家としてデビュー。戦争をテーマとした作品を多数発表し、青少年に多くの読者を得る。雑誌『スメーナ』編集長などを歴任し、87年、ソ連児童基金総裁に就任。91年のソ連解体後、ロシア・国際児童基金協会でも総裁を務めてきた。作品に『けわしい坂』『音楽』『木の馬』『若ものたちの告白』など。青少年文学作家に贈られる国家賞「レーニン・コムソモール賞」を受賞している。