2015年10月25日日曜日

2015.10.25 わが友に贈る

仏法対話とは
「幸福の種」を
友の心に植えることだ。
祈りを根本に
大誠実で語り抜け!

災難対治抄 P85
『速に謗法の者を治す可し若し爾らずんば無尽の祈請有りと雖も災難を留む可からざるなり』

☆こころに響く言葉
読書せぬ人は社会の前進に遅れる

読書せぬ人は、人間として浅くなり、
社会の前進に遅れてしまうことは事実である。

☆随筆民衆凱歌の大行進 第28回 偉大なり多宝の輝き
◇水の如く退せず
日蓮大聖人は『水のごとくと申すは・いつも・たいせず信ずるなり』(P1544)と仰せになられた。
日本中、世界中に、この御金言通り「水のごとく信ずる」模範の父母がおられる。
先日も、京都・舞鶴の九十六歳の母が支部婦人部長会で発表した体験を妻と伺い、感動した。
お子さん方の難病も見事に克服し、所願満足の大歓喜に溢れ、昨年も弘教を実らせ、今年もぜひと挑戦を重ねている。
年齢がどうあれ、立場がどうあれ、「いざや前進」と、広布に舞いゆく母のスクラムがあればこそ、常勝の人材の流れは水かさを増すのだ。
大聖人は、ある女性門下に、夫妻して信心に励む功徳を讃え、『天あり地あり日あり月あり日てり雨ふる功徳の草木花さき菓なるべし』(P1249)と、自然界の営みになぞらえておられた。
日月、晴雨など自然の恵みによって、草木は花咲く。我らは、一切の苦楽、禍福をも恵みとしながら、人生の功徳の花を咲かせるのだ。
仏道修行の世界において、"多宝の友"の生命の光彩に勝る「心の花」はあるまい。
聖教新聞や大白蓮華で読む体験の素晴らしさ!
御聖訓の如く「苦楽ともに思い合せて」祈り、戦い、生き抜いてきたわが地域のおじいちゃん、おばあちゃん。風雪を越えて、満面に花咲く"笑顔皺"には、誰もが励まされる。ありのままの姿で、仏法正義を宣揚してくれているのだ。