学会活動の基本は
日々の勤行・唱題だ。
地道でたゆまぬ祈りが
境涯を広げ、行動を変え
幸の未来を築いていく。
法華経題目抄 P944
『譬えば秋冬枯れたる草木の春夏の日に値うて枝葉華菓出来するが如し』
【通解】
たとえば、秋冬に枯れてしまった草木が、春夏の太陽にあって、枝や葉を茂らせ、花や実をつけるようなものである。
名字の言 アサガオが美しく咲く条件 2021年11月10日
"夏の花"の印象があるアサガオだが、今の時季に咲く品種もある。アサガオは、なぜ夜が明けると咲いているのか。"朝の日差しを浴びるから"と思っていたが、そうではないらしい▼アサガオのつぼみは、光を当て続けた状態だと開かない。また、ずっとあたたかな所に置いても開きにくくなる。"闇"や"冷たさ"に触れてこそ美しい花が咲く(貝原純子著『アサガオのすいみん時間』さ・え・ら書房)▼先日入会した友と懇談した。以前の彼は、何をするにしても、楽しいか苦しいか、得か損かといった二元論的な捉え方しかできなかったという。「でも学会員の姿を見て、自分の浅はかさに気付いたんです」と▼友人の誘いで地区の集いに参加すると、病と闘いながら、「俺が勝つ姿を見ててくれよ!」と対話に挑む元気な壮年がいた。経済苦を抱えつつ、「一緒に福運を積もうね!」と励ましてくれる心豊かな婦人も。その生き方に感動し、彼は入会した▼御書に「苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき」(1143ページ)と。人生、苦しい時も楽しい時もある。大切なのは、どんな時も前に進むこと。倦まず撓まず、不屈の歩みを貫けば、試練さえ幸福の糧になる。広布の庭に咲く友の笑顔が、そう教えてくれる。
寸鉄 2021年11月10日
「一切衆生の口にうたはれ給へ」御書。若人よ職場で信頼を。仏法即社会だ
静岡県太陽の日。偉大な同志万歳!堂々の勝利で「魂の独立」30周年を荘厳
香川「師弟の日」40周年。さあ「紅の歌」高らかに!新たな共戦譜を団結固く
「御書講義」が公式HPで配信中。教学は信心の柱。心肝に染め地涌の使命を
児童虐待防止推進月間。孤立する親子ほど暴力が悪化と。地域の絆、強固に
〈社説〉 2021・11・10 あす「介護の日」
◇一人一人が"伴走者"の心で
介護が必要な家族と向き合う中で、共に広布の道を歩んでいく——本紙連載中の信仰体験「伴走者 わたしと介護」に読者から反響が寄せられている。
本年4月から始まった同連載では、これまでに実母と義母を同居で介護した友や、介護の場を在宅から施設に移した友のドラマなどを紹介。1人暮らしの親の家に毎日通ったり、泊まり込んだりする友もいれば、遠方の父母を自宅に迎えた娘夫婦も。自身が要介護の体でも、家族の協力を得ながら親を介護する女性もいた。
読者からは、「介護者の本音が載っていて共感する」「私も同じような境遇で感動した」「介護者の明るく和やかな写真に胸を打たれた」といった声が届いている。「亡き母の介護を悔やんでいたのに、記事を読み終えると私も笑顔になれた」という女性も。
このように介護体験の共有が、人々の励みにもなる。加齢や病で介護が必要な家族を抱えることは誰でもあり得るだろう。そんなとき、どこまでも相手を慈しみ支える姿は、仏法が説く「慈悲」であり、「菩薩」の姿なのである。
食事や排せつの介助など、介護には人に言えない苦労も大きい。慣れない介助に介護者の気持ちが追い付かないこともある。心身が疲弊して"共倒れ"しないよう、周りのサポートが必要だ。
昨年、埼玉県は全国初の「ケアラー支援条例」を制定した。ケアラーを「援助を必要とする親族、友人その他の身近な人に対して、無償で介護、援助」などをする人と定義し、孤立しないように社会全体で支えることを定めている。
介護での悩みには「話を聞いてくれる人がほしい」といったものも多い。ある社会福祉協議会が運営するカフェでは、介護の経験者が「スマイルサポーター」として介護者に耳を傾けている。
同連載の友も、経験豊かな同志から「いつでも呼んでください」と言われたことを感謝していた。
池田先生は「他者に尽くすことによって、他者の痛みや苦しみを、分かちあえる人になっていく。こうした"善の心"の連帯は、介護が社会化されるにつれて、家庭内にとどまらず、地域社会へと広がっていくでしょう」と語っている。
あすは「介護の日」。人生の総仕上げに寄り添う"伴走者"は、当事者家族だけではなく、私たち一人一人だと心に銘記したい。
☆青年部拝読御書 「如説修行抄」� 強敵と戦うのが法華経の行者
第6章 「末法如説修行の人を明かす」前半 (御書504ページ1行目〜9行目)
【御文】
『されば末法・今の時・法華経の折伏の修行をば誰か経文の如く行じ給へしぞ、誰人にても坐せ諸経は無得道・堕地獄の根源・法華経独り成仏の法なりと音も惜まずよばはり給いて諸宗の人法共に折伏して御覧ぜよ三類の強敵来らん事疑い無し。
我等が本師・釈迦如来は在世八年の間折伏し給ひ天台大師は三十余年・伝教大師は二十余年・今日蓮は二十余年の間権理を破す其の間の大難数を知らず、仏の九横の難に及ぶか及ばざるは知らず、恐らくは天台・伝教も法華経の故に日蓮が如く大難に値い給いし事なし、彼は只悪口・怨嫉計りなり、是は両度の御勘気・遠国に流罪せられ竜口の頸の座・頭の疵等其の外悪口せられ弟子等を流罪せられ籠に入れられ檀那の所領を取られ御内を出だされし、是等の大難には竜樹・天台・伝教も争か及び給うべき、されば如説修行の法華経の行者には三類の強敵打ち定んで有る可しと知り給へ』
【通解】
では、末法の今の時に、まさしく法華経の折伏の修行を、一体誰が経文に説かれた通りに実践してきただろうか。
誰人であっても、「法華経以外の諸経は、無得道の教えであり、堕地獄の根源である。ただ法華経だけが成仏の法である」と、声も惜しまずに叫んで、諸宗の「人」と「法」をともに折伏してごらんなさい。三類の強敵が現れることは疑いがない。
私たちの根本の師である釈尊は、生涯の中で八年の間、法華経を説いて権教を破折された。天台大師は三十年余り、伝教大師は二十年余り、そして今、日蓮は二十年余りの間、権教の理を破折してきた。その間に受けた大難は数知れない。釈尊が受けた九つの大難に及ぶか及ばないかはさておいて、恐れ多いことであるが、天台も伝教も法華経ゆえの日蓮が受けたような大難に遭うことはなかった。
彼らはただ悪口を言われ、反発や敵対を受けただけである。日蓮は、二度の処罰を受けて、伊豆と佐渡に流罪され、竜の口でも頸を斬られそうになり、小松原の法難では頭に刀傷などを受けた。そのほかに悪口を言われ、弟子たちを流罪されたり、牢に入れられたりした。また、在家の弟子は、領地を没収され、主君から追放された。これらの大難には、竜樹や天台、伝教もどうして及ぶであろうか。
従って、如説修行の法華経の行者には、三類の強敵が必ず競い起こると知りなさい。
【解説】
前章までで、不惜身命の実践には難が必然であることが説かれた。そして法華経のみを信ずることが正しい信心であることを示され、「法華経の折伏」こそが末法の時に適った実践であると、明快に論じられている。
第6章では、改めて末法に折伏を行ずれば、三類の強敵が出現するなど、大難が必ず起こることを確認しつつ、日蓮大聖人こそが末法の「如説修行の法華経の行者」であることを強調されている。
◇正義ゆえに迫害が
冒頭で、「末法の今の時に、まさしく法華経の折伏の修行を、一体誰が経文に説かれた通りに実践してきただろうか」と指摘されている。
「末法の今の時」とは、本抄の第5章で述べられているように、「権実雑乱」の時を指す。この権教と実教が入り乱れていること(権実雑乱)を正さなければ、「闘諍言訟・白法隠没(仏の教えの中で論争が絶えず、正法が見失われてしまう)」の法滅の時を迎えることは避けられない。ゆえに「諸経は無得道・堕地獄の根源・法華経独り成仏の法なり」と、権実雑乱を正す折伏が重要になる。
ここで「声も惜しまずに叫んで」と示されているが、"一言でも一句でも法華経の正義を語らずにおくものか"という折伏精神こそ、大聖人直結の実践であることを深く心に留めておきたい。
そして、大聖人は誰人であっても折伏を行えば、三類の強敵が出現することは疑いないと断言される。池田先生は、その構図について「この法華経の折伏は、法を護り、民衆を救う正義の実践であるがゆえに、増上慢の勢力から迫害が生じる」と講義されている。増上慢とは、まだ覚りや徳を体得していないのに、体得したと思って慢心を起こし、他より優れていると思うことである。
続いて大聖人は、三類の強敵に遭っている御自身こそ、末法の法華経の行者であることを明示される。
大聖人は建長5年(1253年)の立宗宣言以来、本抄御執筆の文永10年(1273年)までの二十余年の間、正法・像法時代の先師たちを超える種々の大難を受けながら、諸宗を折伏されてきた。
その間の大難は、「立正安国論」提出直後に念仏者が大聖人の草庵を襲った「松葉ヶ谷の法難」、その翌年の「伊豆流罪」、東条景信らに襲撃され、傷を被られた「小松原の法難」、さらに「竜の口の法難」とそれに続く「佐渡流罪」と、まさしく「其の間の大難数を知らず」との仰せの通りであった。
大聖人は、この御自身の受難について「釈尊の九横の大難はともかくとして、天台大師も伝教大師も遭ってはいない」とつづられている。天台大師や伝教大師の場合は「悪口や怨嫉」だけであるのに対して、大聖人の場合は、権力による生命に関わる大難であり、また、門下たちも牢に入れられたり、財産を没収されたりした。
これほどの大難には「竜樹や天台、伝教もどうして及ぶであろうか」と強調されている。まさに前章までに記された「法華折伏・破権門理(法華は折伏にして、権門の理を破す)」の教えの通りに、大聖人が実践されたがゆえに起きた「法難」であった。
以上のことから大聖人は、「如説修行の法華経の行者には、三類の強敵が必ず競い起こると知りなさい」と、門下に不退転の覚悟を促されている。
◇増上慢の心とは
ここで、大聖人が何度も注意を促される「三類の強敵」について確認したい。
法華経勧持品第13の冒頭には、悪世の衆生には善根が少なく、増上慢が多いと示されている。
増上慢の者は、供養を貪り、悪の因を積み、解脱から遠ざかるとも説かれている。この増上慢の勢力の中で、正法である法華経を説けば、おのずと迫害が生じていく。勧持品では、そうした状況の中で、法華経の会座に連なった菩薩たちが、滅後悪世の娑婆世界で、いかなる大難を受けても法華経を弘通していくことを誓っている。
勧持品二十行の偈には、その誓いが示され、また菩薩への迫害の様相が説かれる。この迫害を行う者たちを、妙楽大師が三種に分けたのが「三類の強敵」、すなわち俗衆増上慢、道門増上慢、僭聖増上慢である。その特徴を見ると、次のようになる。
第一の「俗衆増上慢」は、仏法に「無智」な在俗の人々をいい、法華経の行者を悪口し、刀や杖をもって迫害を加える。
第二の「道門増上慢」は、悪世における「邪智」にして心の諂い曲がった比丘(僧)たちのことを指す。未だ仏法の覚りを得ていないのに得たと思い込み、自義(自分勝手な説)に執着する慢心が充満している。
第三の「僭聖増上慢」は、人々から聖者のように仰がれている高僧で、普段は世間から離れたところに住み、自分の利益のみを貪り、「悪心」を抱いて、法華経の行者を陥れようとする。その手口は、国王などに向かって、法華経の行者を邪見の者であるなどと讒言し、権力者を動かして、弾圧を加えるように仕向ける。
さて、この「無智」「邪智」「悪心」という、それぞれの増上慢の心は、何によってもたらされるのか。それは「無明」である。無明とは、生命に具わる根本的な迷いのことで、特に万物が妙法の当体であることがわからない、最も根源的な無知を「元品の無明」という。正法が説かれても、それを信解できず、むしろ反発して正法を破ろうとする働きを生む。
大聖人は、「元品の無明は第六天の魔王と顕われたり」(御書997ページ)と仰せである。第六天の魔王は、欲望にとらわれた衆生を支配し、自在に操るので「他化自在天」とも呼ばれる。
「三沢抄」には、末代の凡夫が仏になろうと修行する時に、第六天の魔王が、それを妨げようとしてさまざまな働きを起こすと仰せである(同1487・1488ページ参照)。すなわち、第六天の魔王が俗衆・道門増上慢の心を操作し、僭聖増上慢の身に入って、法華経の行者に迫害を加えるのである。
そして御書には「元品の無明を対治する利剣は信の一字なり」(751ページ)と示されている。
妙法への「信」によって無明を打ち破れば、生命に本来的に具わる「元品の法性」が涌現する。元品の法性とは、仏が自らの生命の中に覚った万物の究極の真理のことを指す。成仏とは、この法性と無明との戦いに勝つことといえよう。
池田先生は呼び掛けられている。
「『三類の強敵』が現れるのも、『三障四魔』が競い起こるのも、ありとあらゆる苦難は、自分自身の信心を試しているのである。すべて、仏界の生命を開いていくために必要なことなのだ。ゆえに、いちだんと信心を強めていけば、絶対に乗り越えていける。勝っていける。強盛な信心があるかぎり、乗り越えられない苦難はない」
難が起こってこそ、私たちの信心が大聖人直結であることの証しとなる。
難と戦ってこそ、私たちの信心が一段と深まり、人々に妙法の功力を示す好機、人間革命する好機となる。
皆が強き信心を鍛え、自身の勝利の姿で栄光の11・18「学会創立記念日」を飾っていきたい。
◆池田先生の指針から
(日蓮大聖人は)最大の法難である竜の口の法難について、「竜口までもかちぬ」(御書843ページ)と仰せです。また、「今では魔王も懲りているであろう」(同、通解)とまで述べられ、あらゆる大難を乗り越えて第六天の魔王に打ち勝った凱歌の御心境を明かされています。
戸田先生はよく言われました。
「大聖人は、ありとあらゆる大難を忍ばれながら、一切衆生を救おうという大慈大悲の戦いをなされた。そして、すべての大難を勝ち越えられた。これが御本仏の実証であられる」と。
仏法は勝負です。三障四魔・三類の強敵に打ち勝ってこそ、真実の法華経の行者です。(『勝利の経典「御書」に学ぶ』第5巻)
2021年11月10日水曜日
2021年11月9日火曜日
2021.11.09 わが友に贈る
信心即生活だ。
家庭や近隣や職場こそ
人間革命の舞台なり!
自らの姿を通して
信仰の輝きを放とう!
法華行者逢難事 P965
『かかる濁世には互につねにいゐあわせてひまもなく後生ねがわせ給い候へ』
【通解】
このような濁世には互いにつねに話し合って、ひまなく後世を願うようにしなさい。
名字の言 「池田先生」の四文字に込められた壮年の志 2021年11月9日
池田先生が第3代会長を辞任した後、初めて学会歌の指揮を執ったのは、1979年(昭和54年)11月16日。東京戸田記念講堂で開催された学会創立49周年を記念する本部幹部会である▼終了後、先生は、体験発表を行った北海道・天売島の壮年と記念のカメラに納まった。当時、師弟分断の画策を謀った宗門は、学会員に池田先生を「先生と呼んではいけない」と強いた。だが壮年は席上、堂々と「池田先生」と語ったのだ▼この体験を紹介した本紙の記事にも、「池田先生の指導のなかに、青年は年ではない、とあります」と掲載された。「池田先生」の四文字に、壮年の志が凝縮されていた。宗門の圧迫が激しさを増そうとも、誰はばかることのない、壮年の「池田先生」との叫びは、全国の同志の勇気を鼓舞した▼壮年のように、ただ一途に師を求め抜き、師と共に戦うことを誉れとして行動する友が至る所にいる。池田先生と一人一人との絆は固く、強い。熱い血が流れ通う。だからこそ、学会はあらゆる試練の烈風を雄々しく乗り越えてきた▼師弟とは、師の闘争に学び、それに続こうとする弟子の志と行動の中にある。学会創立の11月とは、そのゴールであり、新たな誓願へのスタートの時でもある。
寸鉄 2021年11月9日
今まで以上の努力と誠意で戦おう!—戸田先生。日々向上が人生勝利の道
広布の要、地区部長・女性部長の奮闘に拍手。地域の幸福責任者に福徳厳然
親友が側にいると困難を軽く感じるように—研究 寄り添う心が希望の光源
きょうから秋の火災予防運動。火の元を総点検。"油断"の火種を絶とう
「第6波」の山を小さくするには感染対策の徹底必要—医師。ぬかりなく
☆勝ちゆく君へ 第22回 希望そして勝利の走破を
◇大目的に生きる青春は明朗
創立の先師・牧口先生は、「大目的が確立してこそ中目的、小目的が明確になり、その方法もうまれる」と語られました。
広宣流布・立正安国という大目的に挑みながら、自他共の人間革命を遂げゆく青春が、どれほど偉大な価値を創造するか。
民衆の幸と安穏、世界の平和を祈り、一人一人と誠実に忍耐強く対話を重ねる努力から、未来を照らす英知が輝きます。結んだ友情と信頼こそ、人生と社会の宝の活力となるのです。
「我が弟子等・大願ををこせ」(御書1561ページ)とは、苦難と戦う若き南条時光への御聖訓です。
君よ、地涌大願の旗高く、希望そして勝利の走破を頼みます。
◇「壁を破る」と一念を定めよ
青春にも、広布の戦いにも、「ここが勝負どころ」という険路があります。
日蓮大聖人は、「一期を過ぐる事程も無ければいかに強敵重なるとも・ゆめゆめ退する心なかれ恐るる心なかれ」(同504ページ)と仰せになられました。
まず「壁を破る」と一念を定めて祈り、勇気を奮い起こして全力でぶつかるのです。
戸田先生は、よく言われた。
"「必ず勝つ」と決めるかどうかで、勝敗は決まる。これが勝負の哲学である"と。
さあ、試練に断固と打ち勝ち、「男子部の日」「女子部の日」、そして凱歌の「創立記念日」を、全世界の宝友と祝賀しよう!
(創価新報2021年10月20日付より)
☆励まし御書—人間革命の光で 自分らしく語り抜く—縁する友の心に幸福の種を
身近なテーマに即して、御書の一節と池田先生の指導を学ぶ「励まし御書」。今回のテーマは「自分らしく語り抜く」です。私たちは日々、友の幸福を願う真心と祈りを根本に、仏縁を結び広げる対話に励んでいます。自らの悩みや宿命と格闘しながらも、誓いを胸に、一歩また一歩と、勇気を奮い起こして語り抜くことが、どれほど尊く偉大な実践であるか——そのことを確信し、どんな時も、自分らしく朗らかに信念を語り抜いていく対話の精神を、御書と池田先生の指導を通し、心に刻んでいきたいと思います。(創価新報2021年10月20日付から)
◇御 文
『然どもいまだこりず候法華経は種の如く仏はうへての如く衆生は田の如くなり』(曾谷殿御返事、1056ページ)
◇通 解
(日蓮はこの法門を申すゆえに、「忠言は耳に逆らう」との道理で流罪され、命の危険にも及んだのである。)しかしながら、いまだ懲りてはいない。譬えて言えば、法華経は種であり、仏は植え手であり、衆生は田である。
◇解 説
「曾谷殿御返事」は、建治2年(1276年)8月、日蓮大聖人が身延で著され、門下の曾谷教信、または、その一族の誰かに送られたと考えられています。
掲げた御文の直前、大聖人は、民衆の幸福のため、万人成仏の妙法を説き、諸宗の謗法を厳しく責め抜いたことにより、流罪や命に及ぶ大難に遭われたことを述べられます。
しかし、続く御文で、毅然として「然どもいまだこりず候」と仰せです。
どんなに厳しい迫害にも、ひるむこともなく、あきらめることもなく、敢然と広宣流布の大闘争を貫き通していく——この烈々たる"不屈の誓願と勇気"こそ、大聖人の御精神であると拝されます。
それに続いて、大聖人は御自身の実践について「法華経は種であり、仏は植え手であり、衆生は田である」と譬えられ、仏法における「下種」の深い意義を示されました。
どんな人の生命にも、本来、仏性が具わっています。しかし、生命が無明に覆われているとき、仏性は働きません。ゆえに、仏性を触発する「縁」が重要となります。
「南無妙法蓮華経」は、"万人を仏にする根本の仏種"であり、妙法に縁することで、無明に覆われていた仏性は働き始めます。すなわち、私たちが仏法を語ることが、相手の仏性を薫発する「仏縁」となるのです。
創価の師弟は、「いまだこりず候」との不屈の精神を受け継ぎ、いかなる状況でも、一人また一人と、縁する友の心の大地に"妙法の種"を蒔き、世界広布を切り開いてきました。
今いる場所で、勇気と負けじ魂を光らせながら、朗らかに誠実の対話を広げていきましょう。
◇小説「新・人間革命」より
(聖教新聞社の編集室で、山本伸一が語ります)
日蓮大聖人は、何度も命を狙われ、流罪になっても、微動だにすることなく、『然どもいまだこりず候』(御書1056ページ)と、一歩も引かれることはなかった。その御言葉には、天をも焦がさんばかりの、燃え立つ執念の炎がある。それが、広宣流布の勝負を決する力なんだよ。
執念とは、決して、あきらめることなく突き進む忍耐力であり、粘り強さです。最後の最後まで、ますます闘魂を燃え上がらせて戦う敢闘精神です。何ものも恐れぬ勇気です。
戦おうよ。ぼくと一緒に。そして、歴史を創ろうよ。
時は、瞬く間に過ぎていってしまう。人生というのは、思いのほか、短いものだ。だから、今こそ、広宣流布の舞台に躍り出なければ、戦うべき時を逸してしまう。私は、いつも本気なんです。
今生の最高の思い出となり、財産となるのは、自分の生命に刻んできた行動の歴史だ。青年ならば、壮大な広宣流布のロマンに生き抜いていくんだよ。
(第24巻「灯台」の章)
◇御 文
『須く心を一にして南無妙法蓮華経と我も唱へ他をも勧んのみこそ今生人界の思出なるべき』(持妙法華問答抄、467ページ)
◇通 解
ともかく全魂を傾けて、南無妙法蓮華経と自身も唱え、他の人にも勧めることこそが、人間として生まれてきたこの一生の思い出となるのである。
◇解 説
「持妙法華問答抄」は、題号に示される通り、妙法蓮華経を持つことが、すべての人の成仏の道であることを、五つの問答形式をもって教えられている御書です。御執筆の時期や宛先については、詳しく分かっていません。
掲げた御文は、本抄の結びの一節であり、日蓮大聖人はここで、妙法を"自らも唱え、周囲の人にも弘めていくこと"が、人生の最高の思い出となると仰せです。
この直前の箇所で、大聖人は法華経に説かれる「現世安穏・後生善処」(現世は安穏であり、来世は良いところに生まれる)との文を示され、妙法によって自らの胸中に仏界を涌現し、いかなる苦難にも負けない大境涯を築いていくことで、今世だけではなく、三世永遠にわたる生命の幸福勝利の道を開いていけることを教えられています。
だからこそ、偉大な妙法に巡りあうことができた"現在の人生"が、どれほど尊く、かけがえのない一生であるか——大事なことは、その深い自覚をもって、目の前の一瞬一瞬を大切に、自身の人間革命に挑み、広布に尽くしていくことです。
そのための実践とは、決して特別なことではなく、御文に仰せの「須く心を一にして」、すなわち、ともかく一生懸命に、妙法を唱え、語り弘めていくことに他なりません。しかし、この一歩一歩の勇気の挑戦こそ、生命に限りない大福運を積み、わが人生を、永遠にわたる幸福勝利を開きゆく"大歓喜の人生"と荘厳する、尊く偉大な実践なのです。
凱歌の秋を飾りゆく最重要の今、自分らしく仏縁を広げながら、立正安国の勝利を築いていきましょう。
◇小説「新・人間革命」より
信心、学会活動は何のためか——それは広宣流布、立正安国のためである。そして、その根本目的は、自分自身の幸福のためである。唱題とともに、広宣流布、立正安国の実現への実践があってこそ、自身の生命の躍動も、歓喜も、人間革命も、宿命の転換もある。(中略)
秋田県幹部会で伸一は、"人生の最も深い思い出とは何か"に言及していった。
「人それぞれに、さまざまな思い出がありますが、普通、それは、歳月とともに薄らいでいってしまうものです。しかし、信心修行の思い出は、意識するにせよ、無意識にせよ、未来永劫の最高の思い出として残っていきます。広宣流布の活動は、因果の理法のうえから、永遠の幸福への歩みであり、歓喜と躍動の思い出として、最も深く生命に刻印されていくからです」
まさに、「須く心を一にして南無妙法蓮華経と我も唱へ他をも勧んのみこそ今生人界の思出なるべき」(御書467ページ)と、御聖訓に仰せの通りである。
(第30巻<下>「勝ち鬨」の章)
家庭や近隣や職場こそ
人間革命の舞台なり!
自らの姿を通して
信仰の輝きを放とう!
法華行者逢難事 P965
『かかる濁世には互につねにいゐあわせてひまもなく後生ねがわせ給い候へ』
【通解】
このような濁世には互いにつねに話し合って、ひまなく後世を願うようにしなさい。
名字の言 「池田先生」の四文字に込められた壮年の志 2021年11月9日
池田先生が第3代会長を辞任した後、初めて学会歌の指揮を執ったのは、1979年(昭和54年)11月16日。東京戸田記念講堂で開催された学会創立49周年を記念する本部幹部会である▼終了後、先生は、体験発表を行った北海道・天売島の壮年と記念のカメラに納まった。当時、師弟分断の画策を謀った宗門は、学会員に池田先生を「先生と呼んではいけない」と強いた。だが壮年は席上、堂々と「池田先生」と語ったのだ▼この体験を紹介した本紙の記事にも、「池田先生の指導のなかに、青年は年ではない、とあります」と掲載された。「池田先生」の四文字に、壮年の志が凝縮されていた。宗門の圧迫が激しさを増そうとも、誰はばかることのない、壮年の「池田先生」との叫びは、全国の同志の勇気を鼓舞した▼壮年のように、ただ一途に師を求め抜き、師と共に戦うことを誉れとして行動する友が至る所にいる。池田先生と一人一人との絆は固く、強い。熱い血が流れ通う。だからこそ、学会はあらゆる試練の烈風を雄々しく乗り越えてきた▼師弟とは、師の闘争に学び、それに続こうとする弟子の志と行動の中にある。学会創立の11月とは、そのゴールであり、新たな誓願へのスタートの時でもある。
寸鉄 2021年11月9日
今まで以上の努力と誠意で戦おう!—戸田先生。日々向上が人生勝利の道
広布の要、地区部長・女性部長の奮闘に拍手。地域の幸福責任者に福徳厳然
親友が側にいると困難を軽く感じるように—研究 寄り添う心が希望の光源
きょうから秋の火災予防運動。火の元を総点検。"油断"の火種を絶とう
「第6波」の山を小さくするには感染対策の徹底必要—医師。ぬかりなく
☆勝ちゆく君へ 第22回 希望そして勝利の走破を
◇大目的に生きる青春は明朗
創立の先師・牧口先生は、「大目的が確立してこそ中目的、小目的が明確になり、その方法もうまれる」と語られました。
広宣流布・立正安国という大目的に挑みながら、自他共の人間革命を遂げゆく青春が、どれほど偉大な価値を創造するか。
民衆の幸と安穏、世界の平和を祈り、一人一人と誠実に忍耐強く対話を重ねる努力から、未来を照らす英知が輝きます。結んだ友情と信頼こそ、人生と社会の宝の活力となるのです。
「我が弟子等・大願ををこせ」(御書1561ページ)とは、苦難と戦う若き南条時光への御聖訓です。
君よ、地涌大願の旗高く、希望そして勝利の走破を頼みます。
◇「壁を破る」と一念を定めよ
青春にも、広布の戦いにも、「ここが勝負どころ」という険路があります。
日蓮大聖人は、「一期を過ぐる事程も無ければいかに強敵重なるとも・ゆめゆめ退する心なかれ恐るる心なかれ」(同504ページ)と仰せになられました。
まず「壁を破る」と一念を定めて祈り、勇気を奮い起こして全力でぶつかるのです。
戸田先生は、よく言われた。
"「必ず勝つ」と決めるかどうかで、勝敗は決まる。これが勝負の哲学である"と。
さあ、試練に断固と打ち勝ち、「男子部の日」「女子部の日」、そして凱歌の「創立記念日」を、全世界の宝友と祝賀しよう!
(創価新報2021年10月20日付より)
☆励まし御書—人間革命の光で 自分らしく語り抜く—縁する友の心に幸福の種を
身近なテーマに即して、御書の一節と池田先生の指導を学ぶ「励まし御書」。今回のテーマは「自分らしく語り抜く」です。私たちは日々、友の幸福を願う真心と祈りを根本に、仏縁を結び広げる対話に励んでいます。自らの悩みや宿命と格闘しながらも、誓いを胸に、一歩また一歩と、勇気を奮い起こして語り抜くことが、どれほど尊く偉大な実践であるか——そのことを確信し、どんな時も、自分らしく朗らかに信念を語り抜いていく対話の精神を、御書と池田先生の指導を通し、心に刻んでいきたいと思います。(創価新報2021年10月20日付から)
◇御 文
『然どもいまだこりず候法華経は種の如く仏はうへての如く衆生は田の如くなり』(曾谷殿御返事、1056ページ)
◇通 解
(日蓮はこの法門を申すゆえに、「忠言は耳に逆らう」との道理で流罪され、命の危険にも及んだのである。)しかしながら、いまだ懲りてはいない。譬えて言えば、法華経は種であり、仏は植え手であり、衆生は田である。
◇解 説
「曾谷殿御返事」は、建治2年(1276年)8月、日蓮大聖人が身延で著され、門下の曾谷教信、または、その一族の誰かに送られたと考えられています。
掲げた御文の直前、大聖人は、民衆の幸福のため、万人成仏の妙法を説き、諸宗の謗法を厳しく責め抜いたことにより、流罪や命に及ぶ大難に遭われたことを述べられます。
しかし、続く御文で、毅然として「然どもいまだこりず候」と仰せです。
どんなに厳しい迫害にも、ひるむこともなく、あきらめることもなく、敢然と広宣流布の大闘争を貫き通していく——この烈々たる"不屈の誓願と勇気"こそ、大聖人の御精神であると拝されます。
それに続いて、大聖人は御自身の実践について「法華経は種であり、仏は植え手であり、衆生は田である」と譬えられ、仏法における「下種」の深い意義を示されました。
どんな人の生命にも、本来、仏性が具わっています。しかし、生命が無明に覆われているとき、仏性は働きません。ゆえに、仏性を触発する「縁」が重要となります。
「南無妙法蓮華経」は、"万人を仏にする根本の仏種"であり、妙法に縁することで、無明に覆われていた仏性は働き始めます。すなわち、私たちが仏法を語ることが、相手の仏性を薫発する「仏縁」となるのです。
創価の師弟は、「いまだこりず候」との不屈の精神を受け継ぎ、いかなる状況でも、一人また一人と、縁する友の心の大地に"妙法の種"を蒔き、世界広布を切り開いてきました。
今いる場所で、勇気と負けじ魂を光らせながら、朗らかに誠実の対話を広げていきましょう。
◇小説「新・人間革命」より
(聖教新聞社の編集室で、山本伸一が語ります)
日蓮大聖人は、何度も命を狙われ、流罪になっても、微動だにすることなく、『然どもいまだこりず候』(御書1056ページ)と、一歩も引かれることはなかった。その御言葉には、天をも焦がさんばかりの、燃え立つ執念の炎がある。それが、広宣流布の勝負を決する力なんだよ。
執念とは、決して、あきらめることなく突き進む忍耐力であり、粘り強さです。最後の最後まで、ますます闘魂を燃え上がらせて戦う敢闘精神です。何ものも恐れぬ勇気です。
戦おうよ。ぼくと一緒に。そして、歴史を創ろうよ。
時は、瞬く間に過ぎていってしまう。人生というのは、思いのほか、短いものだ。だから、今こそ、広宣流布の舞台に躍り出なければ、戦うべき時を逸してしまう。私は、いつも本気なんです。
今生の最高の思い出となり、財産となるのは、自分の生命に刻んできた行動の歴史だ。青年ならば、壮大な広宣流布のロマンに生き抜いていくんだよ。
(第24巻「灯台」の章)
◇御 文
『須く心を一にして南無妙法蓮華経と我も唱へ他をも勧んのみこそ今生人界の思出なるべき』(持妙法華問答抄、467ページ)
◇通 解
ともかく全魂を傾けて、南無妙法蓮華経と自身も唱え、他の人にも勧めることこそが、人間として生まれてきたこの一生の思い出となるのである。
◇解 説
「持妙法華問答抄」は、題号に示される通り、妙法蓮華経を持つことが、すべての人の成仏の道であることを、五つの問答形式をもって教えられている御書です。御執筆の時期や宛先については、詳しく分かっていません。
掲げた御文は、本抄の結びの一節であり、日蓮大聖人はここで、妙法を"自らも唱え、周囲の人にも弘めていくこと"が、人生の最高の思い出となると仰せです。
この直前の箇所で、大聖人は法華経に説かれる「現世安穏・後生善処」(現世は安穏であり、来世は良いところに生まれる)との文を示され、妙法によって自らの胸中に仏界を涌現し、いかなる苦難にも負けない大境涯を築いていくことで、今世だけではなく、三世永遠にわたる生命の幸福勝利の道を開いていけることを教えられています。
だからこそ、偉大な妙法に巡りあうことができた"現在の人生"が、どれほど尊く、かけがえのない一生であるか——大事なことは、その深い自覚をもって、目の前の一瞬一瞬を大切に、自身の人間革命に挑み、広布に尽くしていくことです。
そのための実践とは、決して特別なことではなく、御文に仰せの「須く心を一にして」、すなわち、ともかく一生懸命に、妙法を唱え、語り弘めていくことに他なりません。しかし、この一歩一歩の勇気の挑戦こそ、生命に限りない大福運を積み、わが人生を、永遠にわたる幸福勝利を開きゆく"大歓喜の人生"と荘厳する、尊く偉大な実践なのです。
凱歌の秋を飾りゆく最重要の今、自分らしく仏縁を広げながら、立正安国の勝利を築いていきましょう。
◇小説「新・人間革命」より
信心、学会活動は何のためか——それは広宣流布、立正安国のためである。そして、その根本目的は、自分自身の幸福のためである。唱題とともに、広宣流布、立正安国の実現への実践があってこそ、自身の生命の躍動も、歓喜も、人間革命も、宿命の転換もある。(中略)
秋田県幹部会で伸一は、"人生の最も深い思い出とは何か"に言及していった。
「人それぞれに、さまざまな思い出がありますが、普通、それは、歳月とともに薄らいでいってしまうものです。しかし、信心修行の思い出は、意識するにせよ、無意識にせよ、未来永劫の最高の思い出として残っていきます。広宣流布の活動は、因果の理法のうえから、永遠の幸福への歩みであり、歓喜と躍動の思い出として、最も深く生命に刻印されていくからです」
まさに、「須く心を一にして南無妙法蓮華経と我も唱へ他をも勧んのみこそ今生人界の思出なるべき」(御書467ページ)と、御聖訓に仰せの通りである。
(第30巻<下>「勝ち鬨」の章)
2021年11月8日月曜日
2021.11.08 わが友に贈る
◇今週のことば
歓喜と祝賀の座談会だ。
「ほむれば弥功徳まさる」
陰の功労の宝友も
尊き副役職のリーダーも
皆で讃え合い新出発を!
2021年11月8日
大悪大善御書 P1300
『上行菩薩の大地よりいで給いしにはをどりてこそいで給いしか』
【通解】
上行菩薩が大地から出現された時には、踊って出現されたのである。
名字の言 沖縄・糸満の漁師が開発した「ミーカガン」 2021年11月8日
沖縄の漁師の多くはかつて、裸眼で潜水漁を行っていたため、目に損傷を負い、視力の低下にも悩まされた。その対策として、糸満の漁師であった玉城保太郎氏は、「ミーカガン」と呼ばれる水中メガネを開発した▼漁師の負担は劇的に改善し、漁獲量も飛躍的に増加。氏の水産業への功労は国からもたたえられる。この「ミーカガン」は競泳用ゴーグルの原型ともいわれ、水泳界にも影響を与えた。氏の偉業は漁師の生活を支えるだけでなく、他の分野の発展にも貢献した▼仏法では、眼が清らかになることで物事の本質を見抜く「眼根清浄」を説く。富山大学の眼科学教授である林篤志氏は、人生経験や努力の積み重ねで、実際に物の見え方が変わる可能性を指摘している(本紙10月2日付)▼24歳の入会以来、広布一筋に駆けてきた糸満の壮年部員は64歳の時、脳出血で倒れ、生死をさまよった。"目覚めても寝たきりでしょう"との医師の宣告を覆し、壮年は蘇生する。入会40年目に襲った大病を越え、「景色が一変した」と。壮年が語る生きることの感動と感謝は、多くの友に日々の大切さへの目を開かせた▼心をどの方向に開いていくか。それによって人生は大きく変わる。まさに目は心の窓である。
寸鉄 2021年11月8日
希望広げる創価の青年の対話は頼もしい―博士。人類結ぶ使命へ誇り高く
奈良の日。万葉の天地に共戦の人材群は澎湃と。「理想の都」建設へ心新た
「法自ら弘まらず」御書。故に今いる場所で後継の大河を。真心の激励益々
少しずつでも続ければ進歩に―作家。今日も前進の息吹で。11・18まで10日
SNSの消費者トラブル10、20代で増加。簡単に稼げる話は罠。噓見抜け
〈社説〉 2021・11・8 「秋季全国火災予防運動」
◇"いざ"に備える防災意識革命
かつて江戸の町は、火災が頻発した災害都市だった。江戸時代の270年間で、約50回もの大火が起きている。
約7万人が犠牲となった「明暦の大火」(1657年)もその一つ。80日近くも雨が降らず、強い風が吹く中、木造家屋が密集する町々は灰燼に帰した。
約60年後、現在の消防団のルーツである「町火消」が誕生。また家ごとに手桶に水をくんで軒につるすことや、火元の者は声を上げて、町内の人々は駆け付けて消火することが徹底されたという。
「火事は江戸の花」といわれるが、この言葉は消防の華やかな活躍ぶりを表現したものだ。消防技術も都市防災も発展途上の時代の話とはいえ、いざという時に備える意識と知恵は、現代の私たちも学んでいきたい。
あすは「119番の日」。この日から15日まで「秋季全国火災予防運動」が実施される。
消防庁の発表によると、令和2年中に全国で発生した火災は約3万4000件。このうち、住宅火災はおよそ1万件を占める。
住宅火災で人が亡くなったケースでは、「体が不自由」「熟睡していた」等の理由による"逃げ遅れ"が全体の半数を超え、最多の原因となっている。
逃げ遅れを防ぐために「住宅用火災警報器」を適切な場所に設置するなど、最低限の策は施す必要がある。ある事例では、1階の台所から出火。2階で就寝中の居住者が階段に設置していた住宅用火災警報器の音に気付いて119番通報し、駆けつけた消防隊によって避難できたという。
消防庁が推進する火災を起こさないための「住宅防火 いのちを守る 10のポイント」を確認しておきたい(詳細は総務省ホームページ等を参照)。
池田先生は「『無事故』こそ『幸福』の条件である。火災や交通事故などには、くれぐれも気を付けていただきたい。事故をなくすには、一人一人の『意識革命』が大切である」と述べている。
火災による被害をなくすために今も昔も変わらないことは、火災が起きる原因を知り、日頃から注意すること。そして万が一、出火したときにどのように行動すべきかを覚えておくことだろう。防災意識の革命を進め、明年を絶対無事故で迎えたい。さあ、きょうも先々の用心、火の用心を!
☆共生の地球社会へ~仏法の英知に学ぶ テーマ:子どもの権利
登場人物
【ミライさん】好奇心旺盛な女子部員。世の中の出来事について、父・ホープ博士と語り合うことを楽しみにしている。
【ホープ博士】勉強熱心な壮年部員。毎月1回、家族と一緒に教学を研さんしている。「博士」はニックネーム。本業は会社員。
◇誰もが等しく尊い存在
ミライ 今月、文部科学省が発表した"児童生徒に関する調査結果"を見たんだけど、昨年度、不登校の児童生徒数が8年連続の増加となったようだね。いじめや虐待も後を絶たないし、心が痛むよ。
ホープ 子どもが、心も体も健やかに成長できる社会を築くことが大切だね。そのためにも社会の仕組みを整えなければいけない。
日本では子どもを守る法律は多くあるけれど、子どもの権利を総合的に保障する基本法がないから、不十分だという指摘があるんだ。
現在、「子ども基本法」を制定し、子どもを権利の主体として位置付けようと議論されている。
この議論の基礎にあるのが「子どもの権利条約」なんだ。1989年(平成元年)、国連で採択されてから、来月で32年を迎えるよ。
ミライ 詳しく教えて!
ホープ 子どもというのは、守られるだけの存在ではなく、大人の所有物でもない、"一人の人間として尊重されるべき主体"であると、それまでの「子ども観」を大きく変えた画期的な条約なんだ。日本は94年(同6年)に批准。現在、さまざまな人権条約の中で、最も多い196カ国・地域が締約しているよ。
◇基本理念の浸透を
ミライ この条約にはどんな内容が盛り込まれたの?
ホープ 条約では四つの一般原則を定めているよ。
まず、子どもの命が守られ、成長できるよう、医療・教育・生活への支援などを受ける「生命、生存、発達の権利」。子どもに関することが決められるときには、その子にとって最も良いことは何かを第一義に考える「最善の利益」。自由に意思を表明する「意見の尊重」。そして、人種や性別、障がいなどで差別を受けないとする「差別の禁止」。
ミライ どれも大切なことだね。
ホープ 条約の誕生以来、世界では5歳未満の死亡者数が半減し、多くの子どもが学校に通えるようになったんだ。それは、児童労働や人身売買といった問題に国際社会が一体となって取り組んだからなんだ。
一方で今も、兵士として戦うことを強いられたり、難民や移民となったりして、暴力や命の危険にさらされている子どもがいる。強制結婚や差別など、人権が守られていない子どもは決して少なくないんだ。問題の背景には、貧困や地域固有の文化などがあると指摘されているよ。
ミライ 条約の基本理念の理解・浸透を図るためには、社会の価値観を変える粘り強い啓発が必要だね。
◇尊厳性に目覚める
ホープ 創価学会は91年(同3年)から展示・講演会を通して、この条約の周知に努めてきたんだ。
旧来の価値観や常識を見つめ直す上で、法華経提婆達多品第12で明かされた「竜女の成仏」は示唆に富んでいるよ。
8歳の少女である竜女は、自分の成仏を信じない人々の前に現れ、釈尊に向かって、"苦しんでいる人々を救っていく"と誓うんだ。けれども、有名な仏弟子の舎利弗や智積という菩薩は、竜女の成仏を信じない。修行が浅いことと、幼い女性であることを理由にね。
そこで、竜女が成仏の姿を示し、人々のために法を説く光景を目にしたことで、舎利弗たちは竜女の成仏を確信したという話だよ。
ミライ "8歳の少女"の成仏――そこから、子どもや女性の生命にも等しく尊厳性が具わっていることを示したんだね。まさに価値観の大転換だね。
ホープ 竜女の成仏が一切の女性の成仏を開いたように、日蓮大聖人は、「一人を手本として、いかなる人にも等しく当てはまるのである」(御書564ページ、通解)と仰せだよ。
仏法では、万人に具わる尊極の仏の生命は、年齢や性別に左右されないと説く。だから子どもが幸せになる権利を侵害してはならないんだ。
相手の尊厳性を敬う哲学に裏打ちされた、徹底した平等観こそ人権の世紀を開く要諦だといえるよ。
ミライ そうした平等観に触れれば、きっと変化があると思う。
ホープ かつて、子ども兵士だった人が、「子どもの権利条約」の存在を初めて知った衝撃を、"私たちの生命の価値と人間性を改めて呼び覚ます"と語ったんだ。
池田先生は、このエピソードを紹介してこう述べているよ。
「『子どもの権利条約』が自らの尊厳性に目覚める源泉となり、若い世代の生きる希望の拠り所となるように、各国で条約を守る気風を確立し、社会全体に"子ども第一"の原則を根づかせていくべきであると訴えたい」(第38回「SGIの日」記念提言)
ミライ 池田先生は、子どもを"一個の人格"として尊重する大切さを一貫して示されているよね。子どもたちが自身の尊さを自覚するために、欠かせない振る舞いなんだね。
大人の社会が、子どもの姿にいろいろな形で投影されるのだから、私たちの振る舞いで範を示していこうと思う!
◇御文
『一人を手本として一切衆生平等なること是くの如し』(三世諸仏総勘文教相廃立、564ページ)
◇メモ
仏法では、あらゆる人が地獄界から仏界までの十界を具えていると説きます。さらに、十界は互具しているので、仏界を基盤とする境涯を確立することができます。その意味で私たちは、生命の次元で一切平等なのです。
日蓮大聖人お一人を「手本」として、等しく万人成仏の道が示されました。この信心を貫けば、どんな人でも自身の生命を輝かせていくことができるのです。
[コラム:"いま"を知る]創価の人間教育
「子どもの権利条約」に大きな影響を与えた、20世紀ポーランドの教育者のヤヌシュ・コルチャック氏は、「子どもは今を生きているのであって、将来を生きるのではない」と考えた。子どもを"未来の担い手"とだけ捉えてしまうと、"現在"への視点が欠落しかねないとの警鐘だ。
コルチャック氏と同時代を生きた牧口先生は、教育の目的は「子どもの幸福」にあるとの信念で、『創価教育学体系』を世に問うた。当時の日本では、教育の目的は論ずるまでもなく、国家のためと考えられていた。滅私奉公を是とした社会にあって、この訴えがどれほど勇気あるものだったか。
仏法では「現当二世」を説く。現在から未来へ、今日から明日へ――。牧口先生を源流とする創価の人間教育は今日、世界で実践されている。子どもは"将来の宝"であると同時に、既に家庭や地域、社会の立派な構成員であるとのまなざしで、子どもを温かく育む教育が必要ではないか。
歓喜と祝賀の座談会だ。
「ほむれば弥功徳まさる」
陰の功労の宝友も
尊き副役職のリーダーも
皆で讃え合い新出発を!
2021年11月8日
大悪大善御書 P1300
『上行菩薩の大地よりいで給いしにはをどりてこそいで給いしか』
【通解】
上行菩薩が大地から出現された時には、踊って出現されたのである。
名字の言 沖縄・糸満の漁師が開発した「ミーカガン」 2021年11月8日
沖縄の漁師の多くはかつて、裸眼で潜水漁を行っていたため、目に損傷を負い、視力の低下にも悩まされた。その対策として、糸満の漁師であった玉城保太郎氏は、「ミーカガン」と呼ばれる水中メガネを開発した▼漁師の負担は劇的に改善し、漁獲量も飛躍的に増加。氏の水産業への功労は国からもたたえられる。この「ミーカガン」は競泳用ゴーグルの原型ともいわれ、水泳界にも影響を与えた。氏の偉業は漁師の生活を支えるだけでなく、他の分野の発展にも貢献した▼仏法では、眼が清らかになることで物事の本質を見抜く「眼根清浄」を説く。富山大学の眼科学教授である林篤志氏は、人生経験や努力の積み重ねで、実際に物の見え方が変わる可能性を指摘している(本紙10月2日付)▼24歳の入会以来、広布一筋に駆けてきた糸満の壮年部員は64歳の時、脳出血で倒れ、生死をさまよった。"目覚めても寝たきりでしょう"との医師の宣告を覆し、壮年は蘇生する。入会40年目に襲った大病を越え、「景色が一変した」と。壮年が語る生きることの感動と感謝は、多くの友に日々の大切さへの目を開かせた▼心をどの方向に開いていくか。それによって人生は大きく変わる。まさに目は心の窓である。
寸鉄 2021年11月8日
希望広げる創価の青年の対話は頼もしい―博士。人類結ぶ使命へ誇り高く
奈良の日。万葉の天地に共戦の人材群は澎湃と。「理想の都」建設へ心新た
「法自ら弘まらず」御書。故に今いる場所で後継の大河を。真心の激励益々
少しずつでも続ければ進歩に―作家。今日も前進の息吹で。11・18まで10日
SNSの消費者トラブル10、20代で増加。簡単に稼げる話は罠。噓見抜け
〈社説〉 2021・11・8 「秋季全国火災予防運動」
◇"いざ"に備える防災意識革命
かつて江戸の町は、火災が頻発した災害都市だった。江戸時代の270年間で、約50回もの大火が起きている。
約7万人が犠牲となった「明暦の大火」(1657年)もその一つ。80日近くも雨が降らず、強い風が吹く中、木造家屋が密集する町々は灰燼に帰した。
約60年後、現在の消防団のルーツである「町火消」が誕生。また家ごとに手桶に水をくんで軒につるすことや、火元の者は声を上げて、町内の人々は駆け付けて消火することが徹底されたという。
「火事は江戸の花」といわれるが、この言葉は消防の華やかな活躍ぶりを表現したものだ。消防技術も都市防災も発展途上の時代の話とはいえ、いざという時に備える意識と知恵は、現代の私たちも学んでいきたい。
あすは「119番の日」。この日から15日まで「秋季全国火災予防運動」が実施される。
消防庁の発表によると、令和2年中に全国で発生した火災は約3万4000件。このうち、住宅火災はおよそ1万件を占める。
住宅火災で人が亡くなったケースでは、「体が不自由」「熟睡していた」等の理由による"逃げ遅れ"が全体の半数を超え、最多の原因となっている。
逃げ遅れを防ぐために「住宅用火災警報器」を適切な場所に設置するなど、最低限の策は施す必要がある。ある事例では、1階の台所から出火。2階で就寝中の居住者が階段に設置していた住宅用火災警報器の音に気付いて119番通報し、駆けつけた消防隊によって避難できたという。
消防庁が推進する火災を起こさないための「住宅防火 いのちを守る 10のポイント」を確認しておきたい(詳細は総務省ホームページ等を参照)。
池田先生は「『無事故』こそ『幸福』の条件である。火災や交通事故などには、くれぐれも気を付けていただきたい。事故をなくすには、一人一人の『意識革命』が大切である」と述べている。
火災による被害をなくすために今も昔も変わらないことは、火災が起きる原因を知り、日頃から注意すること。そして万が一、出火したときにどのように行動すべきかを覚えておくことだろう。防災意識の革命を進め、明年を絶対無事故で迎えたい。さあ、きょうも先々の用心、火の用心を!
☆共生の地球社会へ~仏法の英知に学ぶ テーマ:子どもの権利
登場人物
【ミライさん】好奇心旺盛な女子部員。世の中の出来事について、父・ホープ博士と語り合うことを楽しみにしている。
【ホープ博士】勉強熱心な壮年部員。毎月1回、家族と一緒に教学を研さんしている。「博士」はニックネーム。本業は会社員。
◇誰もが等しく尊い存在
ミライ 今月、文部科学省が発表した"児童生徒に関する調査結果"を見たんだけど、昨年度、不登校の児童生徒数が8年連続の増加となったようだね。いじめや虐待も後を絶たないし、心が痛むよ。
ホープ 子どもが、心も体も健やかに成長できる社会を築くことが大切だね。そのためにも社会の仕組みを整えなければいけない。
日本では子どもを守る法律は多くあるけれど、子どもの権利を総合的に保障する基本法がないから、不十分だという指摘があるんだ。
現在、「子ども基本法」を制定し、子どもを権利の主体として位置付けようと議論されている。
この議論の基礎にあるのが「子どもの権利条約」なんだ。1989年(平成元年)、国連で採択されてから、来月で32年を迎えるよ。
ミライ 詳しく教えて!
ホープ 子どもというのは、守られるだけの存在ではなく、大人の所有物でもない、"一人の人間として尊重されるべき主体"であると、それまでの「子ども観」を大きく変えた画期的な条約なんだ。日本は94年(同6年)に批准。現在、さまざまな人権条約の中で、最も多い196カ国・地域が締約しているよ。
◇基本理念の浸透を
ミライ この条約にはどんな内容が盛り込まれたの?
ホープ 条約では四つの一般原則を定めているよ。
まず、子どもの命が守られ、成長できるよう、医療・教育・生活への支援などを受ける「生命、生存、発達の権利」。子どもに関することが決められるときには、その子にとって最も良いことは何かを第一義に考える「最善の利益」。自由に意思を表明する「意見の尊重」。そして、人種や性別、障がいなどで差別を受けないとする「差別の禁止」。
ミライ どれも大切なことだね。
ホープ 条約の誕生以来、世界では5歳未満の死亡者数が半減し、多くの子どもが学校に通えるようになったんだ。それは、児童労働や人身売買といった問題に国際社会が一体となって取り組んだからなんだ。
一方で今も、兵士として戦うことを強いられたり、難民や移民となったりして、暴力や命の危険にさらされている子どもがいる。強制結婚や差別など、人権が守られていない子どもは決して少なくないんだ。問題の背景には、貧困や地域固有の文化などがあると指摘されているよ。
ミライ 条約の基本理念の理解・浸透を図るためには、社会の価値観を変える粘り強い啓発が必要だね。
◇尊厳性に目覚める
ホープ 創価学会は91年(同3年)から展示・講演会を通して、この条約の周知に努めてきたんだ。
旧来の価値観や常識を見つめ直す上で、法華経提婆達多品第12で明かされた「竜女の成仏」は示唆に富んでいるよ。
8歳の少女である竜女は、自分の成仏を信じない人々の前に現れ、釈尊に向かって、"苦しんでいる人々を救っていく"と誓うんだ。けれども、有名な仏弟子の舎利弗や智積という菩薩は、竜女の成仏を信じない。修行が浅いことと、幼い女性であることを理由にね。
そこで、竜女が成仏の姿を示し、人々のために法を説く光景を目にしたことで、舎利弗たちは竜女の成仏を確信したという話だよ。
ミライ "8歳の少女"の成仏――そこから、子どもや女性の生命にも等しく尊厳性が具わっていることを示したんだね。まさに価値観の大転換だね。
ホープ 竜女の成仏が一切の女性の成仏を開いたように、日蓮大聖人は、「一人を手本として、いかなる人にも等しく当てはまるのである」(御書564ページ、通解)と仰せだよ。
仏法では、万人に具わる尊極の仏の生命は、年齢や性別に左右されないと説く。だから子どもが幸せになる権利を侵害してはならないんだ。
相手の尊厳性を敬う哲学に裏打ちされた、徹底した平等観こそ人権の世紀を開く要諦だといえるよ。
ミライ そうした平等観に触れれば、きっと変化があると思う。
ホープ かつて、子ども兵士だった人が、「子どもの権利条約」の存在を初めて知った衝撃を、"私たちの生命の価値と人間性を改めて呼び覚ます"と語ったんだ。
池田先生は、このエピソードを紹介してこう述べているよ。
「『子どもの権利条約』が自らの尊厳性に目覚める源泉となり、若い世代の生きる希望の拠り所となるように、各国で条約を守る気風を確立し、社会全体に"子ども第一"の原則を根づかせていくべきであると訴えたい」(第38回「SGIの日」記念提言)
ミライ 池田先生は、子どもを"一個の人格"として尊重する大切さを一貫して示されているよね。子どもたちが自身の尊さを自覚するために、欠かせない振る舞いなんだね。
大人の社会が、子どもの姿にいろいろな形で投影されるのだから、私たちの振る舞いで範を示していこうと思う!
◇御文
『一人を手本として一切衆生平等なること是くの如し』(三世諸仏総勘文教相廃立、564ページ)
◇メモ
仏法では、あらゆる人が地獄界から仏界までの十界を具えていると説きます。さらに、十界は互具しているので、仏界を基盤とする境涯を確立することができます。その意味で私たちは、生命の次元で一切平等なのです。
日蓮大聖人お一人を「手本」として、等しく万人成仏の道が示されました。この信心を貫けば、どんな人でも自身の生命を輝かせていくことができるのです。
[コラム:"いま"を知る]創価の人間教育
「子どもの権利条約」に大きな影響を与えた、20世紀ポーランドの教育者のヤヌシュ・コルチャック氏は、「子どもは今を生きているのであって、将来を生きるのではない」と考えた。子どもを"未来の担い手"とだけ捉えてしまうと、"現在"への視点が欠落しかねないとの警鐘だ。
コルチャック氏と同時代を生きた牧口先生は、教育の目的は「子どもの幸福」にあるとの信念で、『創価教育学体系』を世に問うた。当時の日本では、教育の目的は論ずるまでもなく、国家のためと考えられていた。滅私奉公を是とした社会にあって、この訴えがどれほど勇気あるものだったか。
仏法では「現当二世」を説く。現在から未来へ、今日から明日へ――。牧口先生を源流とする創価の人間教育は今日、世界で実践されている。子どもは"将来の宝"であると同時に、既に家庭や地域、社会の立派な構成員であるとのまなざしで、子どもを温かく育む教育が必要ではないか。
2021年11月7日日曜日
2021.11.07 わが友に贈る
悩んでいる人はいないか
行き詰まっていないか。
心のアンテナを高く張り
友の声に耳を傾けよう!
同苦こそ最大の励ましだ。
諸法実相抄 P1360
『日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人三人百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし、是あに地涌の義に非ずや、剰へ広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし』
【通解】
初めは日蓮一人が南無妙法蓮華経と唱えたが、二人・三人・百人と次第に唱え伝えたのである。未来もまた同じであろう。これこそ、まさしく、地涌の義ではないだろうか。そればかりか、広宣流布の時には、日本国一同に南無妙法蓮華経と唱えることは、大地を的として弓を射ることのように、確かなことであろう。
名字の言 釈尊が臨終の際に残した言葉 2021年11月7日
釈尊が臨終の際に残した言葉は、「もろもろの事象は過ぎ去るものである」(『ブッダ最後の旅』中村元訳、岩波文庫)▼ただし、ただ過ぎ去るだけでなく、物事は常に良くもなれば悪くもなるという「変化の可能性」を持っている。未来は、予定調和の固定されたものではなく、一進一退を繰り返す"現在の攻防戦"の中から生み出されていく▼福島県の温泉街で長年、飲食店を営む夫婦がいる。バブル崩壊や原発事故による風評被害など、幾多の不況の波に襲われた。現在のコロナ禍でも休業を余儀なくされた。"これでもか"と迫り来る試練に、夫妻は信心で立ち向かってきた▼2カ月前に営業を再開。まだ苦境の渦中だが、妻は商工会女性部長として、同じように苦しむ友に寄り添う。養蜂も手掛ける夫は、蜂の伝染病である「腐蛆病」を乗り越え、県の品評会で最高賞に輝いた。夫妻の不屈の姿に、地域から大きな信頼が寄せられている▼冒頭の釈尊の言葉には続きがある。「怠ることなく修行を完成しなさい」。順風の時に油断せず、逆風の時に決して諦めず、どんな時も御本尊を抱き締めるように祈り、前へ前へと進む。"現在の攻防戦"に信心根本に立ち向かう人に、乗り越えられない壁はない。
寸鉄 2021年11月7日
会長の思想は人類を絶え間なく調和へと導く光—教授。同時代に学ぶ誉れ
東京女性部の日。民衆凱歌は本陣の太陽ありて。さあ皆で本年の総仕上げ
東京・大田「正義の日」。師弟源流の天地に人材は二陣三陣。永遠に模範と
周囲と関わり、感謝できる人ほど幸せを実感と。友情育む学会活動は王道
きょう立冬。寒風の中も使命に胸張る無冠の友に最敬礼。呉々も無事故で
☆対話のツボ 【問い】何かに"すがる"ようで、祈ることに抵抗があります。
日本人にとって「祈る」という行為は、"無病息災や商売繁盛をお願いする"ように、"すがる"というイメージが強いかもしれません。それはどこか、「自力」よりも「他力」に頼る、受動的な行為に映り、抵抗を感じる人もいます。
日蓮大聖人の仏法は、決して"すがる"ものでもなければ、ましてや"気休め"でもありません。どこまでいっても、主体的に人生を勝利していくためのものです。
仏法では、誰にでも「仏性」という偉大な仏の生命が具わっていると説きます。それは、一人一人に無限の可能性が秘められていることを示しています。
唱題は、あきらめや、弱気になりそうな心を打ち破り、自身に具わる可能性を信じ抜く実践です。それは"何があっても必ず勝ち越えてみせる"と、信心の一念を鍛えゆく戦いなのです。
多くの学会員は、「祈りとしてかなわざるなし」と、"すがる"とは対極にあるような祈りを重ね、地域や社会で信頼の実証を示しています。
池田先生は「誰もが本来は希望の当体なのです。希望を自ら生み出す原動力こそ、法華経の肝心たる『南無妙法蓮華経』の唱題行です。題目の力は無限だからです。題目を唱えた瞬間から、自身の一念を変革し、希望の明日を創り開いていけるのです」とつづっています。
どんな時も明るく、力強く生きていく学会員の"エンジン"——。それが「祈り」なのです。
☆大学校生とナットクTALK テーマ:対話で大切なこと
男子部大学校生からの質問に答える連載「大学校生とナットクTALK」。今回は「対話で大切なこと」。「口下手で友人とうまく話すことができない」と悩む勝又ニュー・リーダーに中村団長が伝えたいこととは——。
テーマ:対話で大切なこと
登場人物
中村区男子部大学校団長 20歳の時に入会。情熱に燃える新進気鋭のリーダー。34歳。
勝又ニュー・リーダー 穏やかな性格で、仲間の大学校生からも好かれる。23歳。
Q口下手で、上手に話せません
A真心は必ず伝わる
中村区男子部大学校団長 今日も会合への参加、ありがとう。「友人と対話してきた」と話してくれていたよね。充実の対話になったかな?
勝又ニュー・リーダー はい……。友人と会うことはできたのですが、実は、あまり会話が弾まなくて。学会のことや信心のことを、上手に説明できませんでした。やっぱり、対話って難しいなと思いました。
中村 勝又君は、友人のことを思って対話したんだから、その行動自体が、本当に尊いことなんだよ。
勝又 僕は口下手で、人と話すことが苦手です。どうしたら、中村団長みたいに、上手に話ができるようになるでしょうか。
中村 僕も昔は、話そうと思ったことをほとんど話せなくて、落ち込んでばかりだったんだよ。
勝又 本当ですか!? 嫌になることはなかったんですか。
中村 先輩に励ましてもらって、一人また一人と、対話に挑戦していく中で気付いたんだ。対話で大切なのは「上手に話すこと」ではないし、背伸びをしたり身構えたりして話すことでもないって。
勝又 では、何が大切なんですか。
中村 御書には「言と云うは心の思いを響かして声を顕すを云うなり」(563ページ)とある。対話は、相手を思う真心こそが大切なんだと思う。僕も、最初の対話で"うまく話せなかった"と思う友人へ、年賀状を送ったり、折に触れて連絡を取ったりする中で、友人の方から悩みを打ち明けてくれるようになった。"真心は相手に届くんだ"と実感したよ。
勝又 そんなことがあったんですか。いろんな形で関わり続けていることも、すごいなと思います。
中村 使命があって広げた仏縁だからね。だからこそ友人と会う前はいつも、「真心が通じますように」って相手のことをしっかり祈る。すると勇気がわく。池田先生は「勇気をもって語っておけば、その人の生命の大地には仏種が植えられる。それは、いつか必ず花開く時が来る」と言われている。僕自身も、大学校生のみんなの頑張る姿から勇気をもらっているんだ。
勝又 確かに、今日の会合で、みんなの挑戦を知って、僕も励まされました。"自分は一人ぼっちじゃないんだ"って思うと、元気が出ます。
中村 うん。勝又君の言う通りだ。皆で互いに励まし合い、それぞれの人間革命を懸けて、堂々と、朗らかに、勝利の金字塔を打ち立てよう!
行き詰まっていないか。
心のアンテナを高く張り
友の声に耳を傾けよう!
同苦こそ最大の励ましだ。
諸法実相抄 P1360
『日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人三人百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし、是あに地涌の義に非ずや、剰へ広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし』
【通解】
初めは日蓮一人が南無妙法蓮華経と唱えたが、二人・三人・百人と次第に唱え伝えたのである。未来もまた同じであろう。これこそ、まさしく、地涌の義ではないだろうか。そればかりか、広宣流布の時には、日本国一同に南無妙法蓮華経と唱えることは、大地を的として弓を射ることのように、確かなことであろう。
名字の言 釈尊が臨終の際に残した言葉 2021年11月7日
釈尊が臨終の際に残した言葉は、「もろもろの事象は過ぎ去るものである」(『ブッダ最後の旅』中村元訳、岩波文庫)▼ただし、ただ過ぎ去るだけでなく、物事は常に良くもなれば悪くもなるという「変化の可能性」を持っている。未来は、予定調和の固定されたものではなく、一進一退を繰り返す"現在の攻防戦"の中から生み出されていく▼福島県の温泉街で長年、飲食店を営む夫婦がいる。バブル崩壊や原発事故による風評被害など、幾多の不況の波に襲われた。現在のコロナ禍でも休業を余儀なくされた。"これでもか"と迫り来る試練に、夫妻は信心で立ち向かってきた▼2カ月前に営業を再開。まだ苦境の渦中だが、妻は商工会女性部長として、同じように苦しむ友に寄り添う。養蜂も手掛ける夫は、蜂の伝染病である「腐蛆病」を乗り越え、県の品評会で最高賞に輝いた。夫妻の不屈の姿に、地域から大きな信頼が寄せられている▼冒頭の釈尊の言葉には続きがある。「怠ることなく修行を完成しなさい」。順風の時に油断せず、逆風の時に決して諦めず、どんな時も御本尊を抱き締めるように祈り、前へ前へと進む。"現在の攻防戦"に信心根本に立ち向かう人に、乗り越えられない壁はない。
寸鉄 2021年11月7日
会長の思想は人類を絶え間なく調和へと導く光—教授。同時代に学ぶ誉れ
東京女性部の日。民衆凱歌は本陣の太陽ありて。さあ皆で本年の総仕上げ
東京・大田「正義の日」。師弟源流の天地に人材は二陣三陣。永遠に模範と
周囲と関わり、感謝できる人ほど幸せを実感と。友情育む学会活動は王道
きょう立冬。寒風の中も使命に胸張る無冠の友に最敬礼。呉々も無事故で
☆対話のツボ 【問い】何かに"すがる"ようで、祈ることに抵抗があります。
日本人にとって「祈る」という行為は、"無病息災や商売繁盛をお願いする"ように、"すがる"というイメージが強いかもしれません。それはどこか、「自力」よりも「他力」に頼る、受動的な行為に映り、抵抗を感じる人もいます。
日蓮大聖人の仏法は、決して"すがる"ものでもなければ、ましてや"気休め"でもありません。どこまでいっても、主体的に人生を勝利していくためのものです。
仏法では、誰にでも「仏性」という偉大な仏の生命が具わっていると説きます。それは、一人一人に無限の可能性が秘められていることを示しています。
唱題は、あきらめや、弱気になりそうな心を打ち破り、自身に具わる可能性を信じ抜く実践です。それは"何があっても必ず勝ち越えてみせる"と、信心の一念を鍛えゆく戦いなのです。
多くの学会員は、「祈りとしてかなわざるなし」と、"すがる"とは対極にあるような祈りを重ね、地域や社会で信頼の実証を示しています。
池田先生は「誰もが本来は希望の当体なのです。希望を自ら生み出す原動力こそ、法華経の肝心たる『南無妙法蓮華経』の唱題行です。題目の力は無限だからです。題目を唱えた瞬間から、自身の一念を変革し、希望の明日を創り開いていけるのです」とつづっています。
どんな時も明るく、力強く生きていく学会員の"エンジン"——。それが「祈り」なのです。
☆大学校生とナットクTALK テーマ:対話で大切なこと
男子部大学校生からの質問に答える連載「大学校生とナットクTALK」。今回は「対話で大切なこと」。「口下手で友人とうまく話すことができない」と悩む勝又ニュー・リーダーに中村団長が伝えたいこととは——。
テーマ:対話で大切なこと
登場人物
中村区男子部大学校団長 20歳の時に入会。情熱に燃える新進気鋭のリーダー。34歳。
勝又ニュー・リーダー 穏やかな性格で、仲間の大学校生からも好かれる。23歳。
Q口下手で、上手に話せません
A真心は必ず伝わる
中村区男子部大学校団長 今日も会合への参加、ありがとう。「友人と対話してきた」と話してくれていたよね。充実の対話になったかな?
勝又ニュー・リーダー はい……。友人と会うことはできたのですが、実は、あまり会話が弾まなくて。学会のことや信心のことを、上手に説明できませんでした。やっぱり、対話って難しいなと思いました。
中村 勝又君は、友人のことを思って対話したんだから、その行動自体が、本当に尊いことなんだよ。
勝又 僕は口下手で、人と話すことが苦手です。どうしたら、中村団長みたいに、上手に話ができるようになるでしょうか。
中村 僕も昔は、話そうと思ったことをほとんど話せなくて、落ち込んでばかりだったんだよ。
勝又 本当ですか!? 嫌になることはなかったんですか。
中村 先輩に励ましてもらって、一人また一人と、対話に挑戦していく中で気付いたんだ。対話で大切なのは「上手に話すこと」ではないし、背伸びをしたり身構えたりして話すことでもないって。
勝又 では、何が大切なんですか。
中村 御書には「言と云うは心の思いを響かして声を顕すを云うなり」(563ページ)とある。対話は、相手を思う真心こそが大切なんだと思う。僕も、最初の対話で"うまく話せなかった"と思う友人へ、年賀状を送ったり、折に触れて連絡を取ったりする中で、友人の方から悩みを打ち明けてくれるようになった。"真心は相手に届くんだ"と実感したよ。
勝又 そんなことがあったんですか。いろんな形で関わり続けていることも、すごいなと思います。
中村 使命があって広げた仏縁だからね。だからこそ友人と会う前はいつも、「真心が通じますように」って相手のことをしっかり祈る。すると勇気がわく。池田先生は「勇気をもって語っておけば、その人の生命の大地には仏種が植えられる。それは、いつか必ず花開く時が来る」と言われている。僕自身も、大学校生のみんなの頑張る姿から勇気をもらっているんだ。
勝又 確かに、今日の会合で、みんなの挑戦を知って、僕も励まされました。"自分は一人ぼっちじゃないんだ"って思うと、元気が出ます。
中村 うん。勝又君の言う通りだ。皆で互いに励まし合い、それぞれの人間革命を懸けて、堂々と、朗らかに、勝利の金字塔を打ち立てよう!
2021年11月6日土曜日
2021.11.06 わが友に贈る
病魔と闘う友よ
断じて負けるな!
師子吼の題目で
生命力を湧き出し
見事なる蘇生の劇を!
上野殿御返事 P1544
『まことやらむいえの内にわづらひの候なるはよも鬼神のそゐには候はじ、十らせち女の信心のぶんざいを御心みぞ候らむ』
【通解】
たとえ、あなたの家の中に病人があったとしても、それは、(一家を不幸にしようとする)鬼神のしわざではない。十羅刹女が、あなたの信心の強さを試しておられるのでしょう。
名字の言 東京・葛飾柴又生まれの寅さんが苦手とするもの 2021年11月6日
東京・葛飾柴又生まれの寅さんこと車寅次郎には、苦手とするものがいくつかある。映画「男はつらいよ」を愛好する方はご存じだろう。「洋式トイレ」「飛行機」そして「インテリ」である▼理屈ばかり振りかざす人間を「てめえ、さしずめインテリだな」と一喝し、「ザマァ見ろい、人間はね、理屈なんかじゃ動かねえんだよ」とやり込める。寅さんには特別な教養も地位も財産もない。それでも人情とユーモアで皆を笑顔にし、人の心と心を自然と結んでしまう▼寅さんを演じた渥美清さんは生前、本紙のてい談で葛飾の青年と語り合ったことがある。その後も学会との交流は続いた。同じ"江戸っ子"である池田先生のもと、学会が若い力を育んできたことにも共感を寄せていたという▼先生が葛飾の初代総ブロック長に就いたのは1957年8月。大阪、東京・荒川、北海道などを転戦した直後だった。休む間もなく庶民の中に飛び込み、一人一人の悩みに耳を傾け、励まし抜いた。自らの姿を通して「兄弟、姉妹、家族以上の思いやりにあふれた、温かい同志愛の世界」(小説『人間革命』第12巻)を築いたのである▼庶民ほど強く尊いものはない。これまでもこれからも、学会は永遠に庶民の団体である。
寸鉄 2021年11月6日
「未来までの・ものがたり」御書。広布に走る一日一日が黄金の日記文書に
四国の日。志の国に光る正義の民衆城!創立の月から新たな励ましの波を
仏法は逆境の人が幸せになる宗教—恩師。祈り強き賢者に行き詰まりなし
一日の寒暖差が大。夜は一枚多く羽織る等、賢く。健康は小さな積み重ねで
国連「戦争による環境搾取防止の日」。青き地球を壊す蛮行許さぬ思潮更に
☆ヒーローズ 逆境を勝ち越えた英雄たち 第13回 高杉晋作
〈高杉晋作〉
人は窮地にあって活路を見いだす。
だから私は「困った」とは言わない。
真の楽しみは苦しみの中にあるのだ。
「困ったという一言だけは断じて言うなかれ」。それが、彼の信念だった。
困ったと嘆いて立ち止まっていても、何も始まらない。前へ踏み出してこそ、人生も時代も動きだす。「人間、窮地におちいるのはよい。意外な方角に活路が見出せるからだ」「私は知る 真の楽しみは苦中にあると」
こう語ったこともある。「戦いは一日早ければ一日の利益がある。まず飛びだすことだ、思案はそれからでいい」と。
彼の名は高杉晋作。幕末の思想家・吉田松陰の愛弟子であり、動乱期の長州(現在の山口県)に現れた希代の志士である。
奇抜な発想と大胆な行動で乱世を疾駆した晋作の生涯は、今なお人々を魅了してやまない。
数え19歳で松下村塾に入門。同志と切磋琢磨し、頭角を現す。師のもとで学んだのは、約1年。塾生は100人に満たず、講義室も当初は8畳一間と狭かったが、ここから若き逸材が歴史回天の舞台へ躍り出ていった。
1859年10月、安政の大獄の余波を受けた松陰が、志半ばで刑死する。「ただ日夜我が師の影を慕い激歎仕るのみ」(ただ日夜、わが師の影を慕い、激しく嘆く)——晋作は血涙を絞り、耐え難い怒りと悲しみの心情を書き記した。
4年後の正月、罪人として葬られていた松陰の遺骨を改葬することに。道中、番人が"ここは将軍が通る橋だから、不浄のものは通れない"と制止した。すると晋作は激怒し、「勤王の志士の遺骨を改葬するのに、何を言うか」と一喝。"偉大な師を侮辱する者は、命を賭しても許さない"——烈々たる気迫に番人は即座に退散していった。
「自ら愧ず 未だ能く舊寃を雪ぐ能わざるを」(私は自らを恥じている。いまだに師の仇討ちを果たしていないからだ。必ず果たしてみせる)とは、晋作が墓前で詠んだ叫びである。
師弟に徹する人生に、恐れも迷いもない。不二の弟子の胸には「師の仇討ち」への闘魂が、赤々と燃え上がっていた。
〈高杉晋作〉
置かれた境遇を嘆いていても、何も変わらない。
つまるところ 人生は心の持ち方一つで決まる。
「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し」——時を逃さず、電光石火のスピードで打って出る。ここに"戦をすれば負け知らず"といわれた風雲児・高杉晋作の真骨頂がある。
師・吉田松陰は「草莽崛起」を掲げた。"民衆が立ち上がれば、巨大な力を発揮する"との意味で、淵源は日蓮大聖人にあると、松陰は述べている。この構想を継承した晋作は、1863年6月に奇兵隊を創設。入隊条件は身分でも経歴でもなく、「志」があるか否かにあった。
翌64年3月、脱藩の罪で投獄。場所はくしくも、生前の松陰が投じられた「野山獄」だった。
「先生を慕うてようやく野山獄」と詠じた晋作の若き魂に、悲観や悲嘆は微塵もなかった。胸中には、たとえ牢につながれても、師の志を継いでいるとの自負が光っていた。
3カ月の獄中生活に耐え抜いて出獄。その後、第1次長州征伐が起こると、幕府に屈した故郷の惨状を憂い、亡命先の九州から下関へ。「国を救い、正義を貫け」と、一人立ち上がった晋作に80人が呼応し、次いで決起した民衆のスクラムによって軍勢は3000人に。形勢は一変し、倒幕への流れが加速した。
66年には第2次長州征伐が勃発。この時、長州軍はわずかな兵力ながら、団結の力で約15万の幕府軍を撃破した。"不可能を可能にした"痛快なる逆転劇が、明治維新への大転換を告げる暁鐘となったのである。
だが、皆が喜びに沸く中、再び晋作を試練が襲う。不治の病とされた肺結核に倒れたのだ。
「面白きこともなき世に面白く」。病床で詠んだ上の句に、見舞いに来た歌人が「すみなすものは心なりけり」と下の句を添えたのは有名な史実である。
——自身の置かれた境遇を嘆いていても、何も変わらない。人生は、つまるところ心の持ち方一つで決まるのだ——
67年4月、近代日本の夜明けを見ることなく、27年余の生涯を閉じた晋作。師の理想を実現し、師の仇を討った彼は、亡くなる前、訪ねてきた同志にこう繰り返したという。「ここまでやったのだから、これからが大事じゃ。しっかりやってくれろ、しっかりやってくれろ」と。
〈若き日の池田先生の誓い〉
晋作の如く、戦おう! 民衆を救うのだ。味方を増やすのだ。
いかなる苦闘も乗り越え、満天下に勝鬨をあげてこそ、まことの弟子である。
恩師・戸田城聖先生は「歴史上、会って語りたい人物」の筆頭に高杉晋作を挙げた。吉田松陰との師弟の実像に、牧口常三郎先生と自分、自分と池田大作先生を重ね合わせた。
松陰が松下村塾で講義を始めてから100年後の1956年(昭和31年)10月。戸田先生の命を受けた池田先生は、山口に開拓指導の第一歩をしるす。
当時、先生は28歳。一瀉千里に激闘を制する決意を、日記にこうつづった。「来月より、山口県、全面折伏の指示あり。小生、総司令……。義経の如く、晋作の如く戦うか。歴史に残る法戦」(同年9月5日)と。
後年、先生は述懐している。
「戸田先生から『山口開拓闘争』の指揮を命じられた時、私は真っ先に岡山から下関へ走った。(中略)下関で決起した『晋作』の如く、戦おうと! 民衆を救うのだ。敵を倒すのだ。味方を増やすのだ!
以来4カ月で、私は、この山口に、約10倍の正義の人材・拡大の歴史を創った。いかなる苦闘も乗り越え、満天下に勝鬨をあげてこそ、まことの弟子である」(本紙2007年12月19日付「随筆 人間世紀の光」)
そして、晋作から学ぶ弟子の生き方を同志に伝えてきた。
「(晋作は)死の前年には幕府軍に勝利を収め、倒幕・維新という、歴史回天への道を開いていったのである。大事なのは、弟子である。一切は、弟子で決まる。(中略)『師弟』を根幹にした異体同心の陣列こそ最強である。この方程式でやっていくならば、我々は百戦百勝である」(07年11月28日、広布第2幕 第3回全国青年部幹部会でのスピーチ)
「晋作は、師の仇を討っていったのである。戸田先生は、日本の軍部政府によって獄死させられた牧口先生の仇を必ず討つと誓い、日本の広宣流布の基盤を築かれた。私は、全世界に妙法という平和の大哲理を弘めることで、戸田先生の仇を討った。
師の仇は弟子が討つ——これが、創価の正義の血脈である」(08年7月16日、新時代第20回本部幹部会でのスピーチ)
師弟ある限り、勝てぬ闘争はない! 越せぬ山坂はない!
幾多の逆境にも負けなかった英雄の姿は、険難の峰に挑む我らの魂を鼓舞してやまない。
断じて負けるな!
師子吼の題目で
生命力を湧き出し
見事なる蘇生の劇を!
上野殿御返事 P1544
『まことやらむいえの内にわづらひの候なるはよも鬼神のそゐには候はじ、十らせち女の信心のぶんざいを御心みぞ候らむ』
【通解】
たとえ、あなたの家の中に病人があったとしても、それは、(一家を不幸にしようとする)鬼神のしわざではない。十羅刹女が、あなたの信心の強さを試しておられるのでしょう。
名字の言 東京・葛飾柴又生まれの寅さんが苦手とするもの 2021年11月6日
東京・葛飾柴又生まれの寅さんこと車寅次郎には、苦手とするものがいくつかある。映画「男はつらいよ」を愛好する方はご存じだろう。「洋式トイレ」「飛行機」そして「インテリ」である▼理屈ばかり振りかざす人間を「てめえ、さしずめインテリだな」と一喝し、「ザマァ見ろい、人間はね、理屈なんかじゃ動かねえんだよ」とやり込める。寅さんには特別な教養も地位も財産もない。それでも人情とユーモアで皆を笑顔にし、人の心と心を自然と結んでしまう▼寅さんを演じた渥美清さんは生前、本紙のてい談で葛飾の青年と語り合ったことがある。その後も学会との交流は続いた。同じ"江戸っ子"である池田先生のもと、学会が若い力を育んできたことにも共感を寄せていたという▼先生が葛飾の初代総ブロック長に就いたのは1957年8月。大阪、東京・荒川、北海道などを転戦した直後だった。休む間もなく庶民の中に飛び込み、一人一人の悩みに耳を傾け、励まし抜いた。自らの姿を通して「兄弟、姉妹、家族以上の思いやりにあふれた、温かい同志愛の世界」(小説『人間革命』第12巻)を築いたのである▼庶民ほど強く尊いものはない。これまでもこれからも、学会は永遠に庶民の団体である。
寸鉄 2021年11月6日
「未来までの・ものがたり」御書。広布に走る一日一日が黄金の日記文書に
四国の日。志の国に光る正義の民衆城!創立の月から新たな励ましの波を
仏法は逆境の人が幸せになる宗教—恩師。祈り強き賢者に行き詰まりなし
一日の寒暖差が大。夜は一枚多く羽織る等、賢く。健康は小さな積み重ねで
国連「戦争による環境搾取防止の日」。青き地球を壊す蛮行許さぬ思潮更に
☆ヒーローズ 逆境を勝ち越えた英雄たち 第13回 高杉晋作
〈高杉晋作〉
人は窮地にあって活路を見いだす。
だから私は「困った」とは言わない。
真の楽しみは苦しみの中にあるのだ。
「困ったという一言だけは断じて言うなかれ」。それが、彼の信念だった。
困ったと嘆いて立ち止まっていても、何も始まらない。前へ踏み出してこそ、人生も時代も動きだす。「人間、窮地におちいるのはよい。意外な方角に活路が見出せるからだ」「私は知る 真の楽しみは苦中にあると」
こう語ったこともある。「戦いは一日早ければ一日の利益がある。まず飛びだすことだ、思案はそれからでいい」と。
彼の名は高杉晋作。幕末の思想家・吉田松陰の愛弟子であり、動乱期の長州(現在の山口県)に現れた希代の志士である。
奇抜な発想と大胆な行動で乱世を疾駆した晋作の生涯は、今なお人々を魅了してやまない。
数え19歳で松下村塾に入門。同志と切磋琢磨し、頭角を現す。師のもとで学んだのは、約1年。塾生は100人に満たず、講義室も当初は8畳一間と狭かったが、ここから若き逸材が歴史回天の舞台へ躍り出ていった。
1859年10月、安政の大獄の余波を受けた松陰が、志半ばで刑死する。「ただ日夜我が師の影を慕い激歎仕るのみ」(ただ日夜、わが師の影を慕い、激しく嘆く)——晋作は血涙を絞り、耐え難い怒りと悲しみの心情を書き記した。
4年後の正月、罪人として葬られていた松陰の遺骨を改葬することに。道中、番人が"ここは将軍が通る橋だから、不浄のものは通れない"と制止した。すると晋作は激怒し、「勤王の志士の遺骨を改葬するのに、何を言うか」と一喝。"偉大な師を侮辱する者は、命を賭しても許さない"——烈々たる気迫に番人は即座に退散していった。
「自ら愧ず 未だ能く舊寃を雪ぐ能わざるを」(私は自らを恥じている。いまだに師の仇討ちを果たしていないからだ。必ず果たしてみせる)とは、晋作が墓前で詠んだ叫びである。
師弟に徹する人生に、恐れも迷いもない。不二の弟子の胸には「師の仇討ち」への闘魂が、赤々と燃え上がっていた。
〈高杉晋作〉
置かれた境遇を嘆いていても、何も変わらない。
つまるところ 人生は心の持ち方一つで決まる。
「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し」——時を逃さず、電光石火のスピードで打って出る。ここに"戦をすれば負け知らず"といわれた風雲児・高杉晋作の真骨頂がある。
師・吉田松陰は「草莽崛起」を掲げた。"民衆が立ち上がれば、巨大な力を発揮する"との意味で、淵源は日蓮大聖人にあると、松陰は述べている。この構想を継承した晋作は、1863年6月に奇兵隊を創設。入隊条件は身分でも経歴でもなく、「志」があるか否かにあった。
翌64年3月、脱藩の罪で投獄。場所はくしくも、生前の松陰が投じられた「野山獄」だった。
「先生を慕うてようやく野山獄」と詠じた晋作の若き魂に、悲観や悲嘆は微塵もなかった。胸中には、たとえ牢につながれても、師の志を継いでいるとの自負が光っていた。
3カ月の獄中生活に耐え抜いて出獄。その後、第1次長州征伐が起こると、幕府に屈した故郷の惨状を憂い、亡命先の九州から下関へ。「国を救い、正義を貫け」と、一人立ち上がった晋作に80人が呼応し、次いで決起した民衆のスクラムによって軍勢は3000人に。形勢は一変し、倒幕への流れが加速した。
66年には第2次長州征伐が勃発。この時、長州軍はわずかな兵力ながら、団結の力で約15万の幕府軍を撃破した。"不可能を可能にした"痛快なる逆転劇が、明治維新への大転換を告げる暁鐘となったのである。
だが、皆が喜びに沸く中、再び晋作を試練が襲う。不治の病とされた肺結核に倒れたのだ。
「面白きこともなき世に面白く」。病床で詠んだ上の句に、見舞いに来た歌人が「すみなすものは心なりけり」と下の句を添えたのは有名な史実である。
——自身の置かれた境遇を嘆いていても、何も変わらない。人生は、つまるところ心の持ち方一つで決まるのだ——
67年4月、近代日本の夜明けを見ることなく、27年余の生涯を閉じた晋作。師の理想を実現し、師の仇を討った彼は、亡くなる前、訪ねてきた同志にこう繰り返したという。「ここまでやったのだから、これからが大事じゃ。しっかりやってくれろ、しっかりやってくれろ」と。
〈若き日の池田先生の誓い〉
晋作の如く、戦おう! 民衆を救うのだ。味方を増やすのだ。
いかなる苦闘も乗り越え、満天下に勝鬨をあげてこそ、まことの弟子である。
恩師・戸田城聖先生は「歴史上、会って語りたい人物」の筆頭に高杉晋作を挙げた。吉田松陰との師弟の実像に、牧口常三郎先生と自分、自分と池田大作先生を重ね合わせた。
松陰が松下村塾で講義を始めてから100年後の1956年(昭和31年)10月。戸田先生の命を受けた池田先生は、山口に開拓指導の第一歩をしるす。
当時、先生は28歳。一瀉千里に激闘を制する決意を、日記にこうつづった。「来月より、山口県、全面折伏の指示あり。小生、総司令……。義経の如く、晋作の如く戦うか。歴史に残る法戦」(同年9月5日)と。
後年、先生は述懐している。
「戸田先生から『山口開拓闘争』の指揮を命じられた時、私は真っ先に岡山から下関へ走った。(中略)下関で決起した『晋作』の如く、戦おうと! 民衆を救うのだ。敵を倒すのだ。味方を増やすのだ!
以来4カ月で、私は、この山口に、約10倍の正義の人材・拡大の歴史を創った。いかなる苦闘も乗り越え、満天下に勝鬨をあげてこそ、まことの弟子である」(本紙2007年12月19日付「随筆 人間世紀の光」)
そして、晋作から学ぶ弟子の生き方を同志に伝えてきた。
「(晋作は)死の前年には幕府軍に勝利を収め、倒幕・維新という、歴史回天への道を開いていったのである。大事なのは、弟子である。一切は、弟子で決まる。(中略)『師弟』を根幹にした異体同心の陣列こそ最強である。この方程式でやっていくならば、我々は百戦百勝である」(07年11月28日、広布第2幕 第3回全国青年部幹部会でのスピーチ)
「晋作は、師の仇を討っていったのである。戸田先生は、日本の軍部政府によって獄死させられた牧口先生の仇を必ず討つと誓い、日本の広宣流布の基盤を築かれた。私は、全世界に妙法という平和の大哲理を弘めることで、戸田先生の仇を討った。
師の仇は弟子が討つ——これが、創価の正義の血脈である」(08年7月16日、新時代第20回本部幹部会でのスピーチ)
師弟ある限り、勝てぬ闘争はない! 越せぬ山坂はない!
幾多の逆境にも負けなかった英雄の姿は、険難の峰に挑む我らの魂を鼓舞してやまない。
2021年11月5日金曜日
2021.11.05 わが友に贈る
一人一人の青年には
無限の希望と未来がある。
「若き力」の成長を
皆で心から祈り支え
共に前進の節を刻もう!
佐渡御勘気抄 P891
『仏になる道は必ず身命をすつるほどの事ありてこそ仏にはなり候らめとをしはからる、既に経文のごとく悪口罵詈刀杖瓦礫数数見擯出と説かれてかかるめに値い候こそ法華経をよむにて候らめと、いよいよ信心もおこり後生もたのもしく候、死して候はば必ず各各をもたすけたてまつるべし』
【通解】
仏になる道は、かならず命を捨てるほどのことがあってこそ仏になるであろう、と思われる。すでに法華経の経文に「この経を弘める者は悪口され、ののしられ、刀で斬られ、杖で打たれ、瓦や小石を投げられ、たびたび所を追われる」と説かれている通りの難にあってきたことこそ法華経を身読したことになると、いよいよ信心も起こり、後生もたのもしく思われる。死んでいったとしても、かならず一人一人の弟子を助けてさしあげましょう。
名字の言 津軽三味線の奏法「かまし」 2021年11月5日
津軽三味線奏者である男子部員の演奏を音楽ホールで聴いたことがある。曲の途中、テンポの速いフレーズを繰り返してはじくと、聴衆から"もっとやって!"と言わんばかりの喝采が湧いた。すると彼は"もっとできるぞ!"という勢いで、さらに激しくかき鳴らした▼それは見せ場の一つ「かまし」という奏法。「かき回す」を意味する地元の方言だという。弦を押さえる指を高速で次々と動かす様子がかき回すように見えた▼彼から「かまし」の別の意味も教わった。「楽しみや苦しみが入り交じったような人生でも、力強く生きよう、との思いを込めた言葉でもあります」。容赦ない豪雪と寒風の冬を知る地ならではの発想だろう▼彼の人生もまた「苦楽ともに思い合せて」(御書1143ページ)との御聖訓を映すようだった。実力者ゆえの周囲からの嫉妬、奏者には致命的な手の病、そこからの再起、そして世界大会3連覇の実証……。時に繊細、時に激情の演奏が人生の風雪に耐え抜いた雄姿と重なった▼三味線や民謡を聴いた際の最高の賛辞として、拍手とともに「寿命が延びた!」と声が上がることがあると聞く。他者に「生きる力」を届けるために自身を磨く。そこには芸と人間性の極みがある。
寸鉄 2021年11月5日
「男子部の日」60周年。後継の君よ「山本伸一」の如く正義の旗持ち進め!
人間に生を受けて是れ程の悦びは何事か候—御書 誰にも願兼於業の大使命
広布の人を大事に。これが大聖人の弟子だ—恩師 励ましのサーチライトを
他者への献身は幸福度を向上させる—研究。学会活動こそ幸福人生の王道
世界津波の日。教訓は実践に移してこそ。命守る術を再度確認する機会に
〈社説〉 2021・11・5 きょう「男子部の日」
◇偉大な目標へ挑み抜け!
きょうは「男子部の日」。その淵源は、1961年(昭和36年)11月5日、第10回男子部総会が東京・国立競技場で開催され、10万人の男子部員が大結集したことにある。以来、60周年を迎えた。
この総会の7年前(54年)、第2代会長・戸田先生は「国士訓」(「青年よ国士たれ」)を発表。「国に十万の国士あらば、苦悩の民衆を救いうること、火を見るよりも明らかである」と呼び掛けた。
"国士"の二字には社会、民衆に貢献しゆく指導者たれ、との期待が込められている。
当時の男子部員の一人は後に振り返る。「あまりにも大きな戸田先生の構想に驚愕してしまいました。私には『国士10万』との数値は、天文学的数字に見えたのです」
皆が同じように感じていた中、青年部の室長だった池田先生は、「現実の目標」として、10万人の男子部員の結集を誓い、全力で弘教拡大の指揮を執っていった。
第3代会長に就任後も、先生は"10万人結集"を「青年部の室長としての最後の仕事」と位置付け、奔走。
初の海外指導や、国内各地の新支部結成大会への出席など、多忙を極める中、懸命に青年を励まし続けた。
そして会長就任の翌年11月、男子部員は35万人になり、総会での"10万人結集"が達成されたのである。
師に誓った「広布の目標」は必ずやり遂げる——この弟子の勇気と行動が、新たな未来を開く。
男子部では定期的に本部・部単位で「ビジョン会議」を開催。皆で学会活動の目的観を語り、明確な広布のビジョンを定めている。
ある男子部の部長は、対話拡大の大きな目標を定め、壁を破ろうと行動を開始。しかし真剣に挑むも達成は遠く、重荷に感じるように。
そんな中、先輩から「先生なら、どう行動されるだろうか」と問われ、彼は祈り考えた。
そして困難な目標を前に、迷いを抱いたことを恥じ、"先生のように師子となって戦おう"と心が定まった。
その後、彼の率先垂範の挑戦が波動を生み、部員たちと共に部として過去最高の拡大を果たした。
池田先生はつづっている。
「青年の魂とは何か。偉大な目標に挑む気概だ。自ら求めて、新たな戦いを起こす覇気と行動力だ」
「男子部の日」に際し、自らの誓いや、師弟に生きる喜びを再確認したい。そして新たな広布の山へ、さらなる前進を始めよう!
☆勇気の源泉——創立者が語った指針 最後まで走り抜いた人が勝つ——池田先生が語るガーナ初代大統領の信念の闘争
1993年7月、「大いなる理想への挑戦」とのテーマで創価大学の第22回「滝山祭」が行われた。記念の式典には、ガーナ共和国のアミサ駐日大使(当時)が来賓として出席。同国は、アフリカのサハラ以南地域で最初に、民衆の力によって独立を勝ち取り、アフリカ諸国独立への道を開いたといわれる国である。
●創価大学 1993年7月 第22回滝山祭
〈スピーチに立った創立者・池田先生は、「大いなる理想への挑戦」を貫いた先人の一人として、ガーナの"建国の父"エンクルマ初代大統領の人生を紹介した〉
1935年、ファシズムの嵐が猛威を振るおうとしていた。
若きエンクルマ青年は、留学の途中、立ち寄ったロンドンで、1枚の張り紙を目にした。
「ムッソリーニ、エチオピアへ侵入」(K・エンクルマ『わが祖国への自伝』野間寛二郎訳、理論社)と。イタリアの独裁者がアフリカへ——。たった1枚のビラであった。彼は驚いた。怒った。燃えた。そして決意した。
「植民地制度をたおすために私の働ける日のくることを祈った。その目的を達成するために、必要なら地獄へでも行こうと私は決心した」(同)
"地獄へ行こうが、どこへ行こうが、わが信念のためには、それも構わない"と。
環境ではない。一念が、誓いが、本当に定まっていれば、「地獄」即「寂光土」なのである。
それから10年間、彼はアメリカで真剣に学んだ。経済的には大変であった。食堂でアルバイトをしたり、靴磨きや船のボーイをするなど、働きながら勉強した。
◇大いなる理想への挑戦
〈先生は大統領の青年時代の生き方を通し、学生たちに呼び掛ける〉
労苦こそ大成への礎である。
大統領の若き日も、労苦の連続であった。しかし、後に彼は"この時代こそ人生のもっとも楽しい日々であった"と振り返っている。私も同じ気持ちである。
彼は、理不尽な人種差別を、幾度となく経験した。彼はその悔しさを一つ一つ、心の鉄板に刻みながら、"必ずや、差別の深い霧を晴らしてみせる。平等の光の中へ民衆を必ず導いてみせる"という理想を深めていった。
絶対に忘れるものか! 勝ってみせるぞ! わが友、わが国民のために!——と。
「大いなる理想への挑戦」——口にするだけなら、だれにでもできる。生涯かけて、その理想に向かって行動し、挑戦しぬいてこそ、偉大なのである。
大統領は、何事にも一喜一憂することなく、神経質にならず、"今は自分の力を磨くときである"と決め、自分らしく、わが挑戦の道を歩んだ。
感情に流されては、道を誤る。縁に紛動されていては、大事をなせるはずがない。偉大なる建設には、時間がかかる。焦ってはならない。粘り強く、確実に、土台をつくらねばならない。
〈帰国したエンクルマ青年は、国中を回り、大勢と対話するなど、独立に向けて行動を開始する〉
彼の持ち歩いた全財産は、洋服2着、靴2足、下着数枚、これだけであった。あとは何もない。
しかし彼には「行動」という大いなる財産があった。
動きに動き、語りに語り、何百回もの演説を行ったという。
行動こそすべてである——これが彼の心情であった。
私も同じ信念で生きてきた。どういう行動をするのか、目的はどこにあるのか、その内容で人間の価値は決まる。
「民衆のために」「民衆とともに」——。激しい変化、変化の局面にあっても、「民衆の幸福」という一点に価値の基軸を定めていけば、必ず道は開ける。
みずからの人生も勝利していけるし、指導者としての使命も全うしていくことができる。
世界の民衆の力を結集しゆく柱となっていこう——こう決意して戦っているのが、創大出身の先輩であり、皆さんであると、私は信じている。
◇何があっても私は戦う
〈独立運動の広がりを恐れる権力者たちによって、エンクルマ青年は投獄された。その獄中闘争は14カ月にわたった〉
エンクルマ青年は、獄中にあって、なお戦った。どこにいようと、何があろうと、"闘争の炎"を燃やし続けた。
彼は語っている。
"自由は与えられるものではない"——「自由は、はげしい、力強い闘いののちに、はじめてかちとられる」(同)と。
ただ待っているだけでは、勝利は得られない。戦わなければならない、と。
どこにいても戦いである。
本当に偉い人は、死の瞬間まで戦いぬく。
"刑務所の外にいる同志にメッセージを送ろう"——。
彼は鉛筆の切れ端を探し、トイレット・ペーパーを集めた。
そして、夜、皆が寝静まったころ、かすかな光の中で、黙々と書き続け、獄吏に見つからないように、仲間へ手紙を送った。
こうして牢獄にいながら、戦いの指揮を執っていったのである。
さらに彼は、なんと獄中から選挙に立候補する。常識では考えられないことであった。多くの反対もあった。しかし彼は決然としていた。
"じっとしていては何も変わらない。ともかく挑戦だ!"——彼は、勇気ある名乗りをあげた。
党の宣言も、牢獄から書き送った。民衆はそれを読み、彼を支持した。
"囚われの身であっても、私は人間である""私には、戦う権利がある""何をされようとも、自分は戦う"。これが彼の気概であった。
場所ではない。
条件ではない。
格好ではない。
心一つで、大いなる戦いはできる。
さて、選挙の翌朝、獄中の彼に、開票結果が知らされた。見事、圧倒的な大勝利であった。
選挙に勝ち、晴ればれと出獄する彼を、おびただしく集まった民衆が、歓呼で迎えた。
刑務所の前を埋め尽くす人、人、人の波——。まさにガーナの夜明けを告げる光景であった。劇的な光景が、目に浮かぶようである。どうせ戦うならば、こうした劇的な勝利を迎えたい。
出獄から6年後、彼のリーダーシップのもと、ガーナは、ついに独立を勝ちとった。この独立を前にした苦しい時代、彼は国民に訴えている。
「夜明けまえがもっとも暗いように、闘いも、終末に近づいたときに、もっともはげしくなる」(K・エンクルマ『自由のための自由』野間寛二郎訳、理論社)——と。
"いかなる戦いも、最後まで走りぬいた人が勝つ。悔いなき戦いを、やりきった人が勝利の夜明けを見ることができる"——これが彼の叫びである。
〈創価教育100周年の2030年へ——。"最後まで走り抜いた人が勝つ"とのエールを胸に、日々、「大いなる理想への挑戦」を重ねていきたい〉
無限の希望と未来がある。
「若き力」の成長を
皆で心から祈り支え
共に前進の節を刻もう!
佐渡御勘気抄 P891
『仏になる道は必ず身命をすつるほどの事ありてこそ仏にはなり候らめとをしはからる、既に経文のごとく悪口罵詈刀杖瓦礫数数見擯出と説かれてかかるめに値い候こそ法華経をよむにて候らめと、いよいよ信心もおこり後生もたのもしく候、死して候はば必ず各各をもたすけたてまつるべし』
【通解】
仏になる道は、かならず命を捨てるほどのことがあってこそ仏になるであろう、と思われる。すでに法華経の経文に「この経を弘める者は悪口され、ののしられ、刀で斬られ、杖で打たれ、瓦や小石を投げられ、たびたび所を追われる」と説かれている通りの難にあってきたことこそ法華経を身読したことになると、いよいよ信心も起こり、後生もたのもしく思われる。死んでいったとしても、かならず一人一人の弟子を助けてさしあげましょう。
名字の言 津軽三味線の奏法「かまし」 2021年11月5日
津軽三味線奏者である男子部員の演奏を音楽ホールで聴いたことがある。曲の途中、テンポの速いフレーズを繰り返してはじくと、聴衆から"もっとやって!"と言わんばかりの喝采が湧いた。すると彼は"もっとできるぞ!"という勢いで、さらに激しくかき鳴らした▼それは見せ場の一つ「かまし」という奏法。「かき回す」を意味する地元の方言だという。弦を押さえる指を高速で次々と動かす様子がかき回すように見えた▼彼から「かまし」の別の意味も教わった。「楽しみや苦しみが入り交じったような人生でも、力強く生きよう、との思いを込めた言葉でもあります」。容赦ない豪雪と寒風の冬を知る地ならではの発想だろう▼彼の人生もまた「苦楽ともに思い合せて」(御書1143ページ)との御聖訓を映すようだった。実力者ゆえの周囲からの嫉妬、奏者には致命的な手の病、そこからの再起、そして世界大会3連覇の実証……。時に繊細、時に激情の演奏が人生の風雪に耐え抜いた雄姿と重なった▼三味線や民謡を聴いた際の最高の賛辞として、拍手とともに「寿命が延びた!」と声が上がることがあると聞く。他者に「生きる力」を届けるために自身を磨く。そこには芸と人間性の極みがある。
寸鉄 2021年11月5日
「男子部の日」60周年。後継の君よ「山本伸一」の如く正義の旗持ち進め!
人間に生を受けて是れ程の悦びは何事か候—御書 誰にも願兼於業の大使命
広布の人を大事に。これが大聖人の弟子だ—恩師 励ましのサーチライトを
他者への献身は幸福度を向上させる—研究。学会活動こそ幸福人生の王道
世界津波の日。教訓は実践に移してこそ。命守る術を再度確認する機会に
〈社説〉 2021・11・5 きょう「男子部の日」
◇偉大な目標へ挑み抜け!
きょうは「男子部の日」。その淵源は、1961年(昭和36年)11月5日、第10回男子部総会が東京・国立競技場で開催され、10万人の男子部員が大結集したことにある。以来、60周年を迎えた。
この総会の7年前(54年)、第2代会長・戸田先生は「国士訓」(「青年よ国士たれ」)を発表。「国に十万の国士あらば、苦悩の民衆を救いうること、火を見るよりも明らかである」と呼び掛けた。
"国士"の二字には社会、民衆に貢献しゆく指導者たれ、との期待が込められている。
当時の男子部員の一人は後に振り返る。「あまりにも大きな戸田先生の構想に驚愕してしまいました。私には『国士10万』との数値は、天文学的数字に見えたのです」
皆が同じように感じていた中、青年部の室長だった池田先生は、「現実の目標」として、10万人の男子部員の結集を誓い、全力で弘教拡大の指揮を執っていった。
第3代会長に就任後も、先生は"10万人結集"を「青年部の室長としての最後の仕事」と位置付け、奔走。
初の海外指導や、国内各地の新支部結成大会への出席など、多忙を極める中、懸命に青年を励まし続けた。
そして会長就任の翌年11月、男子部員は35万人になり、総会での"10万人結集"が達成されたのである。
師に誓った「広布の目標」は必ずやり遂げる——この弟子の勇気と行動が、新たな未来を開く。
男子部では定期的に本部・部単位で「ビジョン会議」を開催。皆で学会活動の目的観を語り、明確な広布のビジョンを定めている。
ある男子部の部長は、対話拡大の大きな目標を定め、壁を破ろうと行動を開始。しかし真剣に挑むも達成は遠く、重荷に感じるように。
そんな中、先輩から「先生なら、どう行動されるだろうか」と問われ、彼は祈り考えた。
そして困難な目標を前に、迷いを抱いたことを恥じ、"先生のように師子となって戦おう"と心が定まった。
その後、彼の率先垂範の挑戦が波動を生み、部員たちと共に部として過去最高の拡大を果たした。
池田先生はつづっている。
「青年の魂とは何か。偉大な目標に挑む気概だ。自ら求めて、新たな戦いを起こす覇気と行動力だ」
「男子部の日」に際し、自らの誓いや、師弟に生きる喜びを再確認したい。そして新たな広布の山へ、さらなる前進を始めよう!
☆勇気の源泉——創立者が語った指針 最後まで走り抜いた人が勝つ——池田先生が語るガーナ初代大統領の信念の闘争
1993年7月、「大いなる理想への挑戦」とのテーマで創価大学の第22回「滝山祭」が行われた。記念の式典には、ガーナ共和国のアミサ駐日大使(当時)が来賓として出席。同国は、アフリカのサハラ以南地域で最初に、民衆の力によって独立を勝ち取り、アフリカ諸国独立への道を開いたといわれる国である。
●創価大学 1993年7月 第22回滝山祭
〈スピーチに立った創立者・池田先生は、「大いなる理想への挑戦」を貫いた先人の一人として、ガーナの"建国の父"エンクルマ初代大統領の人生を紹介した〉
1935年、ファシズムの嵐が猛威を振るおうとしていた。
若きエンクルマ青年は、留学の途中、立ち寄ったロンドンで、1枚の張り紙を目にした。
「ムッソリーニ、エチオピアへ侵入」(K・エンクルマ『わが祖国への自伝』野間寛二郎訳、理論社)と。イタリアの独裁者がアフリカへ——。たった1枚のビラであった。彼は驚いた。怒った。燃えた。そして決意した。
「植民地制度をたおすために私の働ける日のくることを祈った。その目的を達成するために、必要なら地獄へでも行こうと私は決心した」(同)
"地獄へ行こうが、どこへ行こうが、わが信念のためには、それも構わない"と。
環境ではない。一念が、誓いが、本当に定まっていれば、「地獄」即「寂光土」なのである。
それから10年間、彼はアメリカで真剣に学んだ。経済的には大変であった。食堂でアルバイトをしたり、靴磨きや船のボーイをするなど、働きながら勉強した。
◇大いなる理想への挑戦
〈先生は大統領の青年時代の生き方を通し、学生たちに呼び掛ける〉
労苦こそ大成への礎である。
大統領の若き日も、労苦の連続であった。しかし、後に彼は"この時代こそ人生のもっとも楽しい日々であった"と振り返っている。私も同じ気持ちである。
彼は、理不尽な人種差別を、幾度となく経験した。彼はその悔しさを一つ一つ、心の鉄板に刻みながら、"必ずや、差別の深い霧を晴らしてみせる。平等の光の中へ民衆を必ず導いてみせる"という理想を深めていった。
絶対に忘れるものか! 勝ってみせるぞ! わが友、わが国民のために!——と。
「大いなる理想への挑戦」——口にするだけなら、だれにでもできる。生涯かけて、その理想に向かって行動し、挑戦しぬいてこそ、偉大なのである。
大統領は、何事にも一喜一憂することなく、神経質にならず、"今は自分の力を磨くときである"と決め、自分らしく、わが挑戦の道を歩んだ。
感情に流されては、道を誤る。縁に紛動されていては、大事をなせるはずがない。偉大なる建設には、時間がかかる。焦ってはならない。粘り強く、確実に、土台をつくらねばならない。
〈帰国したエンクルマ青年は、国中を回り、大勢と対話するなど、独立に向けて行動を開始する〉
彼の持ち歩いた全財産は、洋服2着、靴2足、下着数枚、これだけであった。あとは何もない。
しかし彼には「行動」という大いなる財産があった。
動きに動き、語りに語り、何百回もの演説を行ったという。
行動こそすべてである——これが彼の心情であった。
私も同じ信念で生きてきた。どういう行動をするのか、目的はどこにあるのか、その内容で人間の価値は決まる。
「民衆のために」「民衆とともに」——。激しい変化、変化の局面にあっても、「民衆の幸福」という一点に価値の基軸を定めていけば、必ず道は開ける。
みずからの人生も勝利していけるし、指導者としての使命も全うしていくことができる。
世界の民衆の力を結集しゆく柱となっていこう——こう決意して戦っているのが、創大出身の先輩であり、皆さんであると、私は信じている。
◇何があっても私は戦う
〈独立運動の広がりを恐れる権力者たちによって、エンクルマ青年は投獄された。その獄中闘争は14カ月にわたった〉
エンクルマ青年は、獄中にあって、なお戦った。どこにいようと、何があろうと、"闘争の炎"を燃やし続けた。
彼は語っている。
"自由は与えられるものではない"——「自由は、はげしい、力強い闘いののちに、はじめてかちとられる」(同)と。
ただ待っているだけでは、勝利は得られない。戦わなければならない、と。
どこにいても戦いである。
本当に偉い人は、死の瞬間まで戦いぬく。
"刑務所の外にいる同志にメッセージを送ろう"——。
彼は鉛筆の切れ端を探し、トイレット・ペーパーを集めた。
そして、夜、皆が寝静まったころ、かすかな光の中で、黙々と書き続け、獄吏に見つからないように、仲間へ手紙を送った。
こうして牢獄にいながら、戦いの指揮を執っていったのである。
さらに彼は、なんと獄中から選挙に立候補する。常識では考えられないことであった。多くの反対もあった。しかし彼は決然としていた。
"じっとしていては何も変わらない。ともかく挑戦だ!"——彼は、勇気ある名乗りをあげた。
党の宣言も、牢獄から書き送った。民衆はそれを読み、彼を支持した。
"囚われの身であっても、私は人間である""私には、戦う権利がある""何をされようとも、自分は戦う"。これが彼の気概であった。
場所ではない。
条件ではない。
格好ではない。
心一つで、大いなる戦いはできる。
さて、選挙の翌朝、獄中の彼に、開票結果が知らされた。見事、圧倒的な大勝利であった。
選挙に勝ち、晴ればれと出獄する彼を、おびただしく集まった民衆が、歓呼で迎えた。
刑務所の前を埋め尽くす人、人、人の波——。まさにガーナの夜明けを告げる光景であった。劇的な光景が、目に浮かぶようである。どうせ戦うならば、こうした劇的な勝利を迎えたい。
出獄から6年後、彼のリーダーシップのもと、ガーナは、ついに独立を勝ちとった。この独立を前にした苦しい時代、彼は国民に訴えている。
「夜明けまえがもっとも暗いように、闘いも、終末に近づいたときに、もっともはげしくなる」(K・エンクルマ『自由のための自由』野間寛二郎訳、理論社)——と。
"いかなる戦いも、最後まで走りぬいた人が勝つ。悔いなき戦いを、やりきった人が勝利の夜明けを見ることができる"——これが彼の叫びである。
〈創価教育100周年の2030年へ——。"最後まで走り抜いた人が勝つ"とのエールを胸に、日々、「大いなる理想への挑戦」を重ねていきたい〉
2021年11月4日木曜日
2021.11.04 わが友に贈る
「健康」は幸福の土台。
バランスの良い食事や
適切な睡眠を取るなど
疲れをためない心掛けを。
はつらつと進みゆこう!
兄弟抄 P1083
『各各随分に法華経を信ぜられつるゆへに過去の重罪をせめいだし給いて候、たとへばくろがねをよくよくきたへばきずのあらわるるがごとし、石はやけばはいとなる金はやけば真金となる』
【通解】
各々(池上兄弟)は、随分と法華経を信ぜられたために、現世において、過去世の重罪を招き出した。譬えてみれば、鉄をよくよく鍛えると、その疵が顕れるようなものである。石は焼けば灰となるが、金は焼けば(不純物が取り除かれて)真金となる。
名字の言 「大丈夫」——壮年の確信の声 2021年11月4日
「先輩に 何を聞いても 『大丈夫』」——本紙「新・生き生き川柳」(先月1日付)に載った句だ。苦難の山坂を越えてきた信心の先輩が語る「大丈夫」の一言には、人を勇気づける確信の響きがある▼「激励の名手」と呼ばれる90歳の壮年がいる。これまで、幾つもの試練を乗り越えてきた。戦争で両親を失い、わが子を病気で亡くした。建設会社を立ち上げたが、信頼していた社員に裏切られ倒産。やけになり、酒と賭け事におぼれた。見るに見かねた学会員から勧められ、入会した▼人に尽くせば尽くすほど、自身も元気になり栄えていく。この学会活動の醍醐味を知り、壮年は腹を決めた。"よし、自分がつらい思いをした何倍も人を笑顔にしていこう"。活動に励みながら、見事に事業を再建。今は子、孫、ひ孫に囲まれ、和楽の日々だ。そんな壮年が友を励ます時の口癖はこう。「大丈夫。こんな俺でも幸せになれたんだ」▼「自身の思を声にあらはす事ありされば意が声とあらはる」(御書469ページ)。言葉には思いの深さがにじみ出るもの。ささいな励ましでも、口下手でも、相手への思いやりにあふれた人が語ると、重みが違う▼言葉を磨こう。心を磨こう。日々祈り、対話に励みながら。
寸鉄 2021年11月4日
「必ず仏の如くに法華経の行者を敬う可し」御書。共に励まし共々に前進!
東京・葛飾の友が勇進。民衆の底力を今こそ発揮 新時代開く連続勝利を!
友情は人生を美しくする—作家。どこまでも誠実に結んだ絆は生涯の財宝
人々の心に平和の砦を—ユネスコ憲章の日。生命尊厳の哲学を時代精神に
節電へ「ウォームビズ」を推進。室温20度が目安。服装等を工夫し無理せず
〈社説〉 2021・11・4 15日は「地域部の日」
◇わが郷土を輝く仏国土に
内閣府では昨年から、コロナ禍の中での「生活意識・行動の変化に関する調査」を実施している。第1回でコロナ前よりも「社会とのつながりの重要性をより意識するようになった」と答えた人は約4割いた。また、2回目以降の調査では、「地域のつながりや助け合いが広がっているか」との問いに、「悪化」「やや悪化」と答えた人は約3割に上る。地域のつながりの大切さを意識しながら、構築しきれていない状況がある。
第3回調査(本年6月)では、「人間関係、社会との交流」について、10代、20代、70代以上で2割前後が「不安が増加」と回答。コロナ禍で学生層や高齢者層の孤立や不安感が増えた結果といえようか。
この状況を打開するには、官民一体の支援策とともに、地域住民の一人一人が主体者となり、地域の"絆"を強めゆくことが重要となろう。その中で地道に奮闘しているのが、今月15日に「部の日」を迎える「地域部」の同志だ。
同部の友は「わが地域の躍進を! 信頼と友好の太陽たれ!!」との指針を胸に、町会・自治会、商店会、老人会、PTA、民生委員・保護司、消防団、各種ボランティア等、地域に根差した活動を続ける。
東京家政大学の樋口恵子名誉教授は、学会員が日常的に他者のために尽くす行動をしていることを高く評価。"法や制度の整備も重要だが、これまでの知見を生かしながら、地域共生社会の構築に協力を"と期待を寄せる。
自他共の幸福を築き、共生・共栄を実現する——この仏法の理念に裏付けられた行動を、「地域への貢献」という形で実践する同部の友。その挑戦は自らの境涯革命につながり、一つ一つの取り組みが地域の繁栄、ひいては世界平和実現へと直結していく。まさに「人間革命」の実証を示す姿といえよう。
池田先生はつづる。「悩みのない人生がないように、何の課題もない地域など、どこにもあるまい。それでも、わが郷土を、御書の御指南の通りに『よきところ・よきところ』(御書1183ページ)と一念を定め、皆で知恵を出し、育んでいくのだ。その快活な挑戦を続ける中で、事実の上でも、必ずや『三変土田』して、『よきところ』へ転換していける」と。
"わが郷土を希望輝く仏国土に"と、果敢に行動し、広布の最前線を駆ける同部の友と一緒に、私たちも歩みを進めていきたい。
☆御書の旭光を 第59回 苦難が自身を強く大きく
〈御文〉
『火にたきぎを加える時はさかんなり、大風吹けば求羅は倍増するなり、松は万年のよはひを持つ故に枝を・まげらる、法華経の行者は火と求羅との如し薪と風とは大難の如し』(四条金吾殿御返事、1136ページ)
〈通解〉
火に薪を加える時には火は盛んに燃える。大風が吹けば求羅(=仏典に出てくる想像上の生き物。小さな身だが、風を得ると全てをのみ込むほど大きくなる)は倍増するのである。松は万年の寿命を持つゆえに枝を曲げられる。法華経の行者は火と求羅のようなもので、薪と風は大難のようなものである。
〈池田先生が贈る指針〉
「大難雨の如く」と弱音を漏らした四条金吾を包容されての励ましである。苦難に怯まず妙法を貫き通せるか否か。信心は執念の勝負なのだ。
学会は草創以来、難を勝ち越えるたびに、皆が強く明るく大きく境涯を開き、発展してきた。広布も人生も、障魔が競うのは、必ず勝てるという瑞相だ。
いよいよ強気でいけ!
☆ONE GOSHO この一節とともに! 呵責謗法滅罪抄
◇壁破り新たな歴史を
新時代の"まさかが実現"へ、いざや前進!——いよいよの「勝負の時」に当たり、不可能を可能にする信心の要諦を学ぶ。
◇御文
『何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり』(御書1132ページ)
◇通解
いかなる世の乱れにも、あなた方を法華経や十羅刹女よ助け給え、と湿った木から火を出し、乾いた土から水を出すように強盛に祈っている。
◇背景
本抄は文永10年(1273年)、日蓮大聖人が流罪地の佐渡から、鎌倉の四条金吾に送られたお手紙であるとされてきたが、詳細は不明である。
ただ、その内容から、本抄を送られた門下が鎌倉の在住で、厳しい迫害にさらされていたことは間違いない。
この門下は亡き母の追善のために、大聖人に御供養を届けた。本抄は、その真心に対する御礼の手紙である。拝読御文は本抄の末尾の一節である。
◇解説
御文の冒頭で、「世の乱れ」と仰せの通り、日蓮大聖人が本抄を御執筆された当時、社会は騒然としていた。
文永9年(1272年)、幕府の実権を握る北条一族の内乱(二月騒動)が起こり、さらに、文永11年には蒙古が襲来。
大聖人が諸経典に基づいて幕府に警告されていた「自界叛逆難」(内乱)、「他国侵逼難」(他国からの侵略)が現実のものとなったのである。
大聖人と門下にも激しい迫害の嵐が及んでいた。
大聖人は文永8年(1271年)9月、「竜の口の法難」に遭われ、佐渡流罪に。門下らは追放や所領没収など、"1000人のうち、999人が退転した"といわれるほどの大弾圧にさらされていた。
大聖人は流罪地の佐渡にあって、直接、各地の門下を励ますことはできない。しかし、本抄で門下たちに限りなく心を寄せ、「法華経・十羅刹・助け給へ」と強盛に祈っていると仰せになられている。
「法華経」とは「御本尊」のことであり、「十羅刹」とは、法華経に登場する10人の羅刹女のこと。十羅刹女は、法華経の会座で、諸天善神として正法を持つ人を守る誓いを立てる。
"断じて弟子たちを守る!"と、強盛に祈念される大聖人御自身の姿勢を通し、諸天をも揺り動かす確信の祈りの重要性を教えられていると拝される。
その上で、唱題の姿勢について、"濡れた木から火を出し、カラカラに乾いた土から水を得るように祈る"ことを示されている。
"とても無理だ"と思うような厳しい状況で、そのまま諦めてしまえば、そこで全ての可能性は消えてしまう。
しかし、濡れた木を粘り強く全力でこすり合わせていけば、その熱で木が乾燥し、火がつくことがあるかもしれない。砂漠のような大地も、地中深く掘っていけば、水が出てくるかもしれない。
不可能を可能にしゆく祈りは、「不可能」と決め付ける自身の"弱い心"を打ち破ることから始まるのである。
小説『人間革命』第10巻「一念」の章には、1956年(昭和31年)1月、「大阪の戦い」に臨む関西の同志と共に本抄を拝した山本伸一の言葉が、次のようにつづられている。
「今、私たちの置かれた立場や、合理的な考えに慣れてしまった頭脳では、不可能と思うでしょう。
しかし、無量の力を御本尊は秘めていることを、日蓮大聖人は、明確に教えていらっしゃる。これを信じるか信じないかは、私たちの問題です。
大聖人の正統派の弟子として戦う以上、まず、強盛な祈りによって、不可能を可能とする実践が勇んで出てこなければなりません」
師弟不二の祈りと限界突破の戦いに徹し抜いた結果、関西の友は広布史に燦然と輝く大逆転劇を果たしたのだ。
"まさかが実現"の歴史的な戦いから65周年となる本年、私たちは創立100周年に向けた"勝負の10年"の初陣にあって、大一番を迎えている。
いかに困難な状況になろうとも、我々には不可能を可能にする信心がある。
無量無辺の力を引き出す強盛な祈りと、執念の対話拡大に挑み抜き、創立の月・11月を、師弟凱歌の歴史で断じて勝ち飾っていこう!
バランスの良い食事や
適切な睡眠を取るなど
疲れをためない心掛けを。
はつらつと進みゆこう!
兄弟抄 P1083
『各各随分に法華経を信ぜられつるゆへに過去の重罪をせめいだし給いて候、たとへばくろがねをよくよくきたへばきずのあらわるるがごとし、石はやけばはいとなる金はやけば真金となる』
【通解】
各々(池上兄弟)は、随分と法華経を信ぜられたために、現世において、過去世の重罪を招き出した。譬えてみれば、鉄をよくよく鍛えると、その疵が顕れるようなものである。石は焼けば灰となるが、金は焼けば(不純物が取り除かれて)真金となる。
名字の言 「大丈夫」——壮年の確信の声 2021年11月4日
「先輩に 何を聞いても 『大丈夫』」——本紙「新・生き生き川柳」(先月1日付)に載った句だ。苦難の山坂を越えてきた信心の先輩が語る「大丈夫」の一言には、人を勇気づける確信の響きがある▼「激励の名手」と呼ばれる90歳の壮年がいる。これまで、幾つもの試練を乗り越えてきた。戦争で両親を失い、わが子を病気で亡くした。建設会社を立ち上げたが、信頼していた社員に裏切られ倒産。やけになり、酒と賭け事におぼれた。見るに見かねた学会員から勧められ、入会した▼人に尽くせば尽くすほど、自身も元気になり栄えていく。この学会活動の醍醐味を知り、壮年は腹を決めた。"よし、自分がつらい思いをした何倍も人を笑顔にしていこう"。活動に励みながら、見事に事業を再建。今は子、孫、ひ孫に囲まれ、和楽の日々だ。そんな壮年が友を励ます時の口癖はこう。「大丈夫。こんな俺でも幸せになれたんだ」▼「自身の思を声にあらはす事ありされば意が声とあらはる」(御書469ページ)。言葉には思いの深さがにじみ出るもの。ささいな励ましでも、口下手でも、相手への思いやりにあふれた人が語ると、重みが違う▼言葉を磨こう。心を磨こう。日々祈り、対話に励みながら。
寸鉄 2021年11月4日
「必ず仏の如くに法華経の行者を敬う可し」御書。共に励まし共々に前進!
東京・葛飾の友が勇進。民衆の底力を今こそ発揮 新時代開く連続勝利を!
友情は人生を美しくする—作家。どこまでも誠実に結んだ絆は生涯の財宝
人々の心に平和の砦を—ユネスコ憲章の日。生命尊厳の哲学を時代精神に
節電へ「ウォームビズ」を推進。室温20度が目安。服装等を工夫し無理せず
〈社説〉 2021・11・4 15日は「地域部の日」
◇わが郷土を輝く仏国土に
内閣府では昨年から、コロナ禍の中での「生活意識・行動の変化に関する調査」を実施している。第1回でコロナ前よりも「社会とのつながりの重要性をより意識するようになった」と答えた人は約4割いた。また、2回目以降の調査では、「地域のつながりや助け合いが広がっているか」との問いに、「悪化」「やや悪化」と答えた人は約3割に上る。地域のつながりの大切さを意識しながら、構築しきれていない状況がある。
第3回調査(本年6月)では、「人間関係、社会との交流」について、10代、20代、70代以上で2割前後が「不安が増加」と回答。コロナ禍で学生層や高齢者層の孤立や不安感が増えた結果といえようか。
この状況を打開するには、官民一体の支援策とともに、地域住民の一人一人が主体者となり、地域の"絆"を強めゆくことが重要となろう。その中で地道に奮闘しているのが、今月15日に「部の日」を迎える「地域部」の同志だ。
同部の友は「わが地域の躍進を! 信頼と友好の太陽たれ!!」との指針を胸に、町会・自治会、商店会、老人会、PTA、民生委員・保護司、消防団、各種ボランティア等、地域に根差した活動を続ける。
東京家政大学の樋口恵子名誉教授は、学会員が日常的に他者のために尽くす行動をしていることを高く評価。"法や制度の整備も重要だが、これまでの知見を生かしながら、地域共生社会の構築に協力を"と期待を寄せる。
自他共の幸福を築き、共生・共栄を実現する——この仏法の理念に裏付けられた行動を、「地域への貢献」という形で実践する同部の友。その挑戦は自らの境涯革命につながり、一つ一つの取り組みが地域の繁栄、ひいては世界平和実現へと直結していく。まさに「人間革命」の実証を示す姿といえよう。
池田先生はつづる。「悩みのない人生がないように、何の課題もない地域など、どこにもあるまい。それでも、わが郷土を、御書の御指南の通りに『よきところ・よきところ』(御書1183ページ)と一念を定め、皆で知恵を出し、育んでいくのだ。その快活な挑戦を続ける中で、事実の上でも、必ずや『三変土田』して、『よきところ』へ転換していける」と。
"わが郷土を希望輝く仏国土に"と、果敢に行動し、広布の最前線を駆ける同部の友と一緒に、私たちも歩みを進めていきたい。
☆御書の旭光を 第59回 苦難が自身を強く大きく
〈御文〉
『火にたきぎを加える時はさかんなり、大風吹けば求羅は倍増するなり、松は万年のよはひを持つ故に枝を・まげらる、法華経の行者は火と求羅との如し薪と風とは大難の如し』(四条金吾殿御返事、1136ページ)
〈通解〉
火に薪を加える時には火は盛んに燃える。大風が吹けば求羅(=仏典に出てくる想像上の生き物。小さな身だが、風を得ると全てをのみ込むほど大きくなる)は倍増するのである。松は万年の寿命を持つゆえに枝を曲げられる。法華経の行者は火と求羅のようなもので、薪と風は大難のようなものである。
〈池田先生が贈る指針〉
「大難雨の如く」と弱音を漏らした四条金吾を包容されての励ましである。苦難に怯まず妙法を貫き通せるか否か。信心は執念の勝負なのだ。
学会は草創以来、難を勝ち越えるたびに、皆が強く明るく大きく境涯を開き、発展してきた。広布も人生も、障魔が競うのは、必ず勝てるという瑞相だ。
いよいよ強気でいけ!
☆ONE GOSHO この一節とともに! 呵責謗法滅罪抄
◇壁破り新たな歴史を
新時代の"まさかが実現"へ、いざや前進!——いよいよの「勝負の時」に当たり、不可能を可能にする信心の要諦を学ぶ。
◇御文
『何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり』(御書1132ページ)
◇通解
いかなる世の乱れにも、あなた方を法華経や十羅刹女よ助け給え、と湿った木から火を出し、乾いた土から水を出すように強盛に祈っている。
◇背景
本抄は文永10年(1273年)、日蓮大聖人が流罪地の佐渡から、鎌倉の四条金吾に送られたお手紙であるとされてきたが、詳細は不明である。
ただ、その内容から、本抄を送られた門下が鎌倉の在住で、厳しい迫害にさらされていたことは間違いない。
この門下は亡き母の追善のために、大聖人に御供養を届けた。本抄は、その真心に対する御礼の手紙である。拝読御文は本抄の末尾の一節である。
◇解説
御文の冒頭で、「世の乱れ」と仰せの通り、日蓮大聖人が本抄を御執筆された当時、社会は騒然としていた。
文永9年(1272年)、幕府の実権を握る北条一族の内乱(二月騒動)が起こり、さらに、文永11年には蒙古が襲来。
大聖人が諸経典に基づいて幕府に警告されていた「自界叛逆難」(内乱)、「他国侵逼難」(他国からの侵略)が現実のものとなったのである。
大聖人と門下にも激しい迫害の嵐が及んでいた。
大聖人は文永8年(1271年)9月、「竜の口の法難」に遭われ、佐渡流罪に。門下らは追放や所領没収など、"1000人のうち、999人が退転した"といわれるほどの大弾圧にさらされていた。
大聖人は流罪地の佐渡にあって、直接、各地の門下を励ますことはできない。しかし、本抄で門下たちに限りなく心を寄せ、「法華経・十羅刹・助け給へ」と強盛に祈っていると仰せになられている。
「法華経」とは「御本尊」のことであり、「十羅刹」とは、法華経に登場する10人の羅刹女のこと。十羅刹女は、法華経の会座で、諸天善神として正法を持つ人を守る誓いを立てる。
"断じて弟子たちを守る!"と、強盛に祈念される大聖人御自身の姿勢を通し、諸天をも揺り動かす確信の祈りの重要性を教えられていると拝される。
その上で、唱題の姿勢について、"濡れた木から火を出し、カラカラに乾いた土から水を得るように祈る"ことを示されている。
"とても無理だ"と思うような厳しい状況で、そのまま諦めてしまえば、そこで全ての可能性は消えてしまう。
しかし、濡れた木を粘り強く全力でこすり合わせていけば、その熱で木が乾燥し、火がつくことがあるかもしれない。砂漠のような大地も、地中深く掘っていけば、水が出てくるかもしれない。
不可能を可能にしゆく祈りは、「不可能」と決め付ける自身の"弱い心"を打ち破ることから始まるのである。
小説『人間革命』第10巻「一念」の章には、1956年(昭和31年)1月、「大阪の戦い」に臨む関西の同志と共に本抄を拝した山本伸一の言葉が、次のようにつづられている。
「今、私たちの置かれた立場や、合理的な考えに慣れてしまった頭脳では、不可能と思うでしょう。
しかし、無量の力を御本尊は秘めていることを、日蓮大聖人は、明確に教えていらっしゃる。これを信じるか信じないかは、私たちの問題です。
大聖人の正統派の弟子として戦う以上、まず、強盛な祈りによって、不可能を可能とする実践が勇んで出てこなければなりません」
師弟不二の祈りと限界突破の戦いに徹し抜いた結果、関西の友は広布史に燦然と輝く大逆転劇を果たしたのだ。
"まさかが実現"の歴史的な戦いから65周年となる本年、私たちは創立100周年に向けた"勝負の10年"の初陣にあって、大一番を迎えている。
いかに困難な状況になろうとも、我々には不可能を可能にする信心がある。
無量無辺の力を引き出す強盛な祈りと、執念の対話拡大に挑み抜き、創立の月・11月を、師弟凱歌の歴史で断じて勝ち飾っていこう!
2021年11月3日水曜日
2021.11.03 わが友に贈る
文化は人間性を耕す。
対話は友の生命を耕す。
ゆえに「対話の人」こそ
最高の「文化人」であり
平和の社会の建設者だ。
祈祷抄 P1345
『あやしの畜生なんども恩をば報ずる事に候ぞかし、かりと申す鳥あり必ず母の死なんとする時孝をなす、狐は塚を跡にせず畜生猶此くの如し況や人類をや』
【通解】
卑しい畜生であっても、恩を報ずるものである。かりという鳥は、母が死のうとする時は必ず孝行をする。狐は死ぬ時には塚に足を向けない。畜生でさえこのようである。まして人間は言うまでもないことである。
名字の言 本は「知恵の宝庫」 2021年11月3日
かつて「世界の絵本展」で紹介されていたブラジルのなぞなぞから。「言葉も話せず耳も聞こえないのに、何でも教えてくれるもの、なんだ?」。答えは「本」▼同じ答えになるが、モンゴルには「識者には知恵の宝庫、無知な者にはごちゃごちゃなもの、なんだ?」というなぞなぞもある。同じ本を読んでも、「知恵の宝庫」の扉を開けられる人と、そうでない人がいる。「書を読めば万倍の利あり」(『古文真宝』)と実感できるまでには、ある程度の読書量が必要なのだろう▼近年、中高生の読書量が増えたデータもあるが、依然として読書離れが指摘される。通勤電車では、本を広げる人よりもスマホを触る人の方が圧倒的に多い。哲学者キケロの「書物なき部屋は、魂なき肉体の如し」との箴言も、あまり耳にしなくなった気がする▼読書量が群を抜く中学校に赴任した教員が教えてくれた。他校と比べ、図書館の位置と生徒の読書量との関係に特徴があるという。「理由は単純でした。子どもたちが校舎に入ると、目の前に図書館があるのです。『本と出あう環境』をつくることが大事なのです」▼今月9日まで読書週間が続く。「知恵の宝庫」の扉を開くきっかけに、「本と出あう」チャンスにしたい。
寸鉄 2021年11月3日
「つねに伸びていくのだ」牧口先生。これ仏法の魂。清新な祈りで力強く出発
創価文化の日。文化・教育・国際本部の活躍は同志の希望。健康・勝利あれ
どんな変化があろうと今日を最良の一日に—作家 地道な前進こそ未来の礎
本を読む子が増加—調査 良書は心潤す力。親子で挑戦。9日まで読書週間
感染性胃腸炎が流行の兆し。加熱調理や手洗いが予防の基本。油断をせず
〈社説〉 2021・11・3 きょう「創価文化の日」
◇偉大な思想を明快に語ろう
「偉大な思想というものは、必ず小学生でもわかるように表現できるものなのです!」——本年8月に亡くなったみなもと太郎さん(名誉文芸部長)は、この信条で50年以上マンガを描き続けた。傑出したマンガ研究家でもあった。
創価大学の通信教育の授業では「小学二年生の自分なら理解できるかと想定して、考えます」「どうすれば子どもにわかるだろうかと、徹底して考え抜くほかありません」と熱く語った(『表現文化論入門』第三文明社)。
男子部時代、京都で発心したこと。関西の「雨の文化祭」(1966年)で人文字のデザインを担当し、その直後に「別冊りぼん」でデビューが決まったこと。笑いを交えて体験を語り、文芸部の若手の育成にも力を注いだ。
江戸時代から幕末までを描いた未完の大著『風雲児たち』はNHKでドラマ化され、新作歌舞伎にもなった。1979年(昭和54年)に潮出版社の雑誌で連載が始まった当初は、最終回を決めていた。夫婦して信心を貫いてきた静香夫人は「みなもとは『"牧口常三郎と戸田城聖の誕生"で完結させるんだ。そこから本当の日本の希望が生まれたんだ』『これは池田先生から学んだ歴史観なんだ』と語っていました」と述懐する。「みなもと作品の底には日蓮仏法の十界互具と、池田先生から教わった人間観が流れています」とも。
「文化」の価値について、池田大作先生は中学生に向けて語っている。「自由な創作活動や、生き生きした文化活動を展開することは、人々に、生命の充実を与えるだけでなく、それを阻もうとする戦争そのものを否定する、精神の大地をつくっていることでもあるのです。人々は、文化を通して政治や社会の動向を平和に導くよう、監視していくことができるのです」(『希望対話』)
「文化」は一部の人たちが独占するぜいたく品ではない。「文化とは知恵を知識化すること」——これは戸田先生の卓見である。最高の知恵が知識=目に見える形になり、最高の文化を生む。妙法の知恵によって「人類は多くの危機を避けて、やがて絢爛たる文化を開くことができるだろう」と。
ここに「広宣流布とは、最高の文化運動である」という大道が脈打つ。「創価文化」とは、偉大な思想を明快に語る、私たちの日々の努力にほかならない。
☆インド・創価池田女子大学入学式への池田先生ご夫妻のメッセージ
500人を超す誉れ高き新入生の皆さん、誠におめでとうございます。
喜びひとしおのご家族の方々にも、心よりお祝いを申し上げます。
このたび、新たに歴史学部と社会学部が設置され、19学部の一段と堂々たる陣容での出発となりました。
偉大な詩聖タゴールゆかりのラビンドラ・バラティ大学のムカジー元副総長が、私との対談集で語られていたことが思い起こされます。
——タゴールが思い描いていた新たな世紀とは、「文化の新時代であり、女性の可能性が、平和と精神の文明、そして『魂の文明』を築く舞台となる世紀です」と。
この新たな「魂の文明」創造の光源として、「女性教育・人間教育の世紀」「生命開花の世紀」に燦然と英知の旭光を放つ殿堂こそが、貴大学であります。
敬愛してやまないクマナン議長、サムシャット学長をはじめ、すべての教職員の方々のたゆまぬ献身に、私と妻は満腔の敬意と感謝を表します。
◇対話広げる虹の懸け橋たれ
コロナ禍の試練にも屈せず、向学の情熱に燃え集われた最優秀の乙女たちに、一点、「希望の対話を広げゆく虹の懸け橋たれ」と、エールを送ります。
ノーベル平和賞を受賞された、貴国の児童人権活動家カイラシュ・サティヤルティ氏は、「一人一人が王者であり、変革者なのです」と述べ、世界を変えるための「三つのD」として、Dream(夢を持つこと)、Discover(自身の力を発見すること)、そして、Do(行動を起こすこと)の重要性を訴え続けておられます。
皆さんのキャンパスは、この「夢」と「発見」と「行動」を思う存分に追求し、会得し、発揮できる最良の環境と先生方と学友に恵まれています。
だからこそ、同じく「D」で始まるDialogue(対話すること)に開かれた心で挑みながら、「創価」すなわち「価値創造の力」を自他共に朗らかに育んでください。学問も森羅万象との対話であり、先人や歴史との対話といえましょう。その学びの中で、有意義な対話を自在に繰り広げられる知性と人格が磨かれます。
どうか、誇り高き人間主義の哲学と信頼で結ばれた皆さんの同窓のスクラムで、人類の未来を多彩な希望の虹で照らしゆく、創造的世界市民の連帯を力強く築き広げていただきたいのであります。
結びに、私と妻の命にいつも輝き光る皆さんへ、妻が若き日から心に刻んできた信条を、謹んでお伝えし、メッセージとさせていただきます。
「勝つことよりも負けないこと。それが、すべてに勝っていくことになる」と。
創価池田女子大学、万歳! 清らかな探究の乙女に健康あれ! 幸福あれ! 和楽あれ! 喜びの生命の讃歌よ、響きわたれ!
☆明日を照らす テーマ:強盛な祈り
苦境に立たされている門下や、病気と闘う弟子などに送られた御書をひもとけば、題目の偉大な功力が随所に示されている。そこには、"断じて救うのだ!"との日蓮大聖人の御確信と大慈悲が脈打っています。
池田先生は「題目の人は断じて負けない。日本中、世界中に、妙法の偉大な功力の証明者がいる。題目は無限の希望の力なり」「『不可能を可能にする』祈りで一切を勝ち越えてきた」とつづっています。
今回の「明日を照らす」は、「強盛な祈り」をテーマに学んでいきましょう。
◇祈祷抄
『大地はささばはづるるとも虚空をつなぐ者はありとも・潮のみちひぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず』(御書1351ページ)
◇友の心に必ず届く
【通解】大地をさして外れることがあっても、大空をつなぐ者があっても、潮の満ち干がなくなっても、日が西から出ることがあっても、法華経の行者の祈りのかなわないことは絶対にない。
◇
"祈りはかなう"との、日蓮大聖人の烈々たる闘魂に触れ、多くの同志が信力を奮い起こしてきた一節です。
大聖人は"太陽が西から昇る"等の、"あり得ない出来事"を挙げられ、もしそれらが起きたとしても、「法華経の行者」の祈りがかなわないことは、絶対にないと断言されています。それは、菩薩をはじめ、あらゆる衆生が、法華経の恩に報いるため、「法華経の行者」を守護することを誓っているからです。諸天が動くのです。
「法華経の行者」とは、法華経に説かれる通りの、あらゆる大難を勝ち越え、末法の民衆救済の道を開いた大聖人にほかなりません。現代でいえば、大聖人の御遺命のままに、「立正安国」の実現に戦う創価三代の師弟であり、そこに連なる私たち一人一人のことです。
池田先生はつづっています。
「あの友を立ち上がらせずにはおくものか! この友に何としても正義と真実の声を!——祈りは必ず花開く。自分が太陽となって、希望の光を広げていただきたい」
現実社会の中で、灼熱の太陽が照りつける日も、嵐の日も、岩に爪を立てて崖を登るように一歩ずつ、私たちは広布の前進を続けています。その自他共の幸福を願う懸命な祈りは、陽光のように、必ず友の心に届きます。確信の祈りを貫いていきましょう。
◇日眼女造立釈迦仏供養事
『譬えば頭をふればかみゆるぐ心はたらけば身うごく、大風吹けば草木しづかならず・大地うごけば大海さはがし、教主釈尊をうごかし奉れば・ゆるがぬ草木やあるべき・さわがぬ水やあるべき』(御書1187ページ)
◇諸天をも動かす一念
【通解】たとえば、頭を振れば、髪が揺らぐ。心が働けば、身体が動く。大風が吹けば、草木も揺れる。大地が動けば、大海も騒ぐ。同じように、教主釈尊を動かせば、揺るがない草木があるだろうか。騒がない水があるだろうか。
◇
決定した一念で御本尊に向かうならば、いかなる状況や環境をも変革し、必ず人生を勝利していける——。本抄は、鎌倉の門下・四条金吾の妻である、日眼女に送られました。
掲げた御文の直前で、三世十方の諸仏・菩薩、諸天善神等は、全て「教主釈尊」という仏から現れ出たものであると述べられています。
ゆえに、大聖人は"大地が動けば、大海も騒ぐ"等の譬えを通して、「教主釈尊」という根本を大きく動かしていけば、諸天などの一切を動かしていくことができると教えられているのです。
ここでいう「教主釈尊」とは、宇宙と生命を貫く根源の一法である、南無妙法蓮華経と一体の仏のことです。"教主釈尊を動かす"とは、私たちの実践でいえば、御本尊を信受し、強盛な祈りで仏力・法力を顕現していくことです。
池田先生は、「激闘の時こそ、弾けるような師子吼の題目だ。断固と魔を打ち破り、諸天を揺り動かす不屈の祈りである。まことの信心の底力で真金の生命の凱歌を!」と呼び掛けています。
"かなうといいな"という、弱々しい祈りでは、諸天を動かすことも、広宣流布の大願をかなえることもできません。"絶対にかなえてみせる"という確信の祈りにまで深まってこそ、一切を根本から揺り動かしていけるのです。
対話は友の生命を耕す。
ゆえに「対話の人」こそ
最高の「文化人」であり
平和の社会の建設者だ。
祈祷抄 P1345
『あやしの畜生なんども恩をば報ずる事に候ぞかし、かりと申す鳥あり必ず母の死なんとする時孝をなす、狐は塚を跡にせず畜生猶此くの如し況や人類をや』
【通解】
卑しい畜生であっても、恩を報ずるものである。かりという鳥は、母が死のうとする時は必ず孝行をする。狐は死ぬ時には塚に足を向けない。畜生でさえこのようである。まして人間は言うまでもないことである。
名字の言 本は「知恵の宝庫」 2021年11月3日
かつて「世界の絵本展」で紹介されていたブラジルのなぞなぞから。「言葉も話せず耳も聞こえないのに、何でも教えてくれるもの、なんだ?」。答えは「本」▼同じ答えになるが、モンゴルには「識者には知恵の宝庫、無知な者にはごちゃごちゃなもの、なんだ?」というなぞなぞもある。同じ本を読んでも、「知恵の宝庫」の扉を開けられる人と、そうでない人がいる。「書を読めば万倍の利あり」(『古文真宝』)と実感できるまでには、ある程度の読書量が必要なのだろう▼近年、中高生の読書量が増えたデータもあるが、依然として読書離れが指摘される。通勤電車では、本を広げる人よりもスマホを触る人の方が圧倒的に多い。哲学者キケロの「書物なき部屋は、魂なき肉体の如し」との箴言も、あまり耳にしなくなった気がする▼読書量が群を抜く中学校に赴任した教員が教えてくれた。他校と比べ、図書館の位置と生徒の読書量との関係に特徴があるという。「理由は単純でした。子どもたちが校舎に入ると、目の前に図書館があるのです。『本と出あう環境』をつくることが大事なのです」▼今月9日まで読書週間が続く。「知恵の宝庫」の扉を開くきっかけに、「本と出あう」チャンスにしたい。
寸鉄 2021年11月3日
「つねに伸びていくのだ」牧口先生。これ仏法の魂。清新な祈りで力強く出発
創価文化の日。文化・教育・国際本部の活躍は同志の希望。健康・勝利あれ
どんな変化があろうと今日を最良の一日に—作家 地道な前進こそ未来の礎
本を読む子が増加—調査 良書は心潤す力。親子で挑戦。9日まで読書週間
感染性胃腸炎が流行の兆し。加熱調理や手洗いが予防の基本。油断をせず
〈社説〉 2021・11・3 きょう「創価文化の日」
◇偉大な思想を明快に語ろう
「偉大な思想というものは、必ず小学生でもわかるように表現できるものなのです!」——本年8月に亡くなったみなもと太郎さん(名誉文芸部長)は、この信条で50年以上マンガを描き続けた。傑出したマンガ研究家でもあった。
創価大学の通信教育の授業では「小学二年生の自分なら理解できるかと想定して、考えます」「どうすれば子どもにわかるだろうかと、徹底して考え抜くほかありません」と熱く語った(『表現文化論入門』第三文明社)。
男子部時代、京都で発心したこと。関西の「雨の文化祭」(1966年)で人文字のデザインを担当し、その直後に「別冊りぼん」でデビューが決まったこと。笑いを交えて体験を語り、文芸部の若手の育成にも力を注いだ。
江戸時代から幕末までを描いた未完の大著『風雲児たち』はNHKでドラマ化され、新作歌舞伎にもなった。1979年(昭和54年)に潮出版社の雑誌で連載が始まった当初は、最終回を決めていた。夫婦して信心を貫いてきた静香夫人は「みなもとは『"牧口常三郎と戸田城聖の誕生"で完結させるんだ。そこから本当の日本の希望が生まれたんだ』『これは池田先生から学んだ歴史観なんだ』と語っていました」と述懐する。「みなもと作品の底には日蓮仏法の十界互具と、池田先生から教わった人間観が流れています」とも。
「文化」の価値について、池田大作先生は中学生に向けて語っている。「自由な創作活動や、生き生きした文化活動を展開することは、人々に、生命の充実を与えるだけでなく、それを阻もうとする戦争そのものを否定する、精神の大地をつくっていることでもあるのです。人々は、文化を通して政治や社会の動向を平和に導くよう、監視していくことができるのです」(『希望対話』)
「文化」は一部の人たちが独占するぜいたく品ではない。「文化とは知恵を知識化すること」——これは戸田先生の卓見である。最高の知恵が知識=目に見える形になり、最高の文化を生む。妙法の知恵によって「人類は多くの危機を避けて、やがて絢爛たる文化を開くことができるだろう」と。
ここに「広宣流布とは、最高の文化運動である」という大道が脈打つ。「創価文化」とは、偉大な思想を明快に語る、私たちの日々の努力にほかならない。
☆インド・創価池田女子大学入学式への池田先生ご夫妻のメッセージ
500人を超す誉れ高き新入生の皆さん、誠におめでとうございます。
喜びひとしおのご家族の方々にも、心よりお祝いを申し上げます。
このたび、新たに歴史学部と社会学部が設置され、19学部の一段と堂々たる陣容での出発となりました。
偉大な詩聖タゴールゆかりのラビンドラ・バラティ大学のムカジー元副総長が、私との対談集で語られていたことが思い起こされます。
——タゴールが思い描いていた新たな世紀とは、「文化の新時代であり、女性の可能性が、平和と精神の文明、そして『魂の文明』を築く舞台となる世紀です」と。
この新たな「魂の文明」創造の光源として、「女性教育・人間教育の世紀」「生命開花の世紀」に燦然と英知の旭光を放つ殿堂こそが、貴大学であります。
敬愛してやまないクマナン議長、サムシャット学長をはじめ、すべての教職員の方々のたゆまぬ献身に、私と妻は満腔の敬意と感謝を表します。
◇対話広げる虹の懸け橋たれ
コロナ禍の試練にも屈せず、向学の情熱に燃え集われた最優秀の乙女たちに、一点、「希望の対話を広げゆく虹の懸け橋たれ」と、エールを送ります。
ノーベル平和賞を受賞された、貴国の児童人権活動家カイラシュ・サティヤルティ氏は、「一人一人が王者であり、変革者なのです」と述べ、世界を変えるための「三つのD」として、Dream(夢を持つこと)、Discover(自身の力を発見すること)、そして、Do(行動を起こすこと)の重要性を訴え続けておられます。
皆さんのキャンパスは、この「夢」と「発見」と「行動」を思う存分に追求し、会得し、発揮できる最良の環境と先生方と学友に恵まれています。
だからこそ、同じく「D」で始まるDialogue(対話すること)に開かれた心で挑みながら、「創価」すなわち「価値創造の力」を自他共に朗らかに育んでください。学問も森羅万象との対話であり、先人や歴史との対話といえましょう。その学びの中で、有意義な対話を自在に繰り広げられる知性と人格が磨かれます。
どうか、誇り高き人間主義の哲学と信頼で結ばれた皆さんの同窓のスクラムで、人類の未来を多彩な希望の虹で照らしゆく、創造的世界市民の連帯を力強く築き広げていただきたいのであります。
結びに、私と妻の命にいつも輝き光る皆さんへ、妻が若き日から心に刻んできた信条を、謹んでお伝えし、メッセージとさせていただきます。
「勝つことよりも負けないこと。それが、すべてに勝っていくことになる」と。
創価池田女子大学、万歳! 清らかな探究の乙女に健康あれ! 幸福あれ! 和楽あれ! 喜びの生命の讃歌よ、響きわたれ!
☆明日を照らす テーマ:強盛な祈り
苦境に立たされている門下や、病気と闘う弟子などに送られた御書をひもとけば、題目の偉大な功力が随所に示されている。そこには、"断じて救うのだ!"との日蓮大聖人の御確信と大慈悲が脈打っています。
池田先生は「題目の人は断じて負けない。日本中、世界中に、妙法の偉大な功力の証明者がいる。題目は無限の希望の力なり」「『不可能を可能にする』祈りで一切を勝ち越えてきた」とつづっています。
今回の「明日を照らす」は、「強盛な祈り」をテーマに学んでいきましょう。
◇祈祷抄
『大地はささばはづるるとも虚空をつなぐ者はありとも・潮のみちひぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず』(御書1351ページ)
◇友の心に必ず届く
【通解】大地をさして外れることがあっても、大空をつなぐ者があっても、潮の満ち干がなくなっても、日が西から出ることがあっても、法華経の行者の祈りのかなわないことは絶対にない。
◇
"祈りはかなう"との、日蓮大聖人の烈々たる闘魂に触れ、多くの同志が信力を奮い起こしてきた一節です。
大聖人は"太陽が西から昇る"等の、"あり得ない出来事"を挙げられ、もしそれらが起きたとしても、「法華経の行者」の祈りがかなわないことは、絶対にないと断言されています。それは、菩薩をはじめ、あらゆる衆生が、法華経の恩に報いるため、「法華経の行者」を守護することを誓っているからです。諸天が動くのです。
「法華経の行者」とは、法華経に説かれる通りの、あらゆる大難を勝ち越え、末法の民衆救済の道を開いた大聖人にほかなりません。現代でいえば、大聖人の御遺命のままに、「立正安国」の実現に戦う創価三代の師弟であり、そこに連なる私たち一人一人のことです。
池田先生はつづっています。
「あの友を立ち上がらせずにはおくものか! この友に何としても正義と真実の声を!——祈りは必ず花開く。自分が太陽となって、希望の光を広げていただきたい」
現実社会の中で、灼熱の太陽が照りつける日も、嵐の日も、岩に爪を立てて崖を登るように一歩ずつ、私たちは広布の前進を続けています。その自他共の幸福を願う懸命な祈りは、陽光のように、必ず友の心に届きます。確信の祈りを貫いていきましょう。
◇日眼女造立釈迦仏供養事
『譬えば頭をふればかみゆるぐ心はたらけば身うごく、大風吹けば草木しづかならず・大地うごけば大海さはがし、教主釈尊をうごかし奉れば・ゆるがぬ草木やあるべき・さわがぬ水やあるべき』(御書1187ページ)
◇諸天をも動かす一念
【通解】たとえば、頭を振れば、髪が揺らぐ。心が働けば、身体が動く。大風が吹けば、草木も揺れる。大地が動けば、大海も騒ぐ。同じように、教主釈尊を動かせば、揺るがない草木があるだろうか。騒がない水があるだろうか。
◇
決定した一念で御本尊に向かうならば、いかなる状況や環境をも変革し、必ず人生を勝利していける——。本抄は、鎌倉の門下・四条金吾の妻である、日眼女に送られました。
掲げた御文の直前で、三世十方の諸仏・菩薩、諸天善神等は、全て「教主釈尊」という仏から現れ出たものであると述べられています。
ゆえに、大聖人は"大地が動けば、大海も騒ぐ"等の譬えを通して、「教主釈尊」という根本を大きく動かしていけば、諸天などの一切を動かしていくことができると教えられているのです。
ここでいう「教主釈尊」とは、宇宙と生命を貫く根源の一法である、南無妙法蓮華経と一体の仏のことです。"教主釈尊を動かす"とは、私たちの実践でいえば、御本尊を信受し、強盛な祈りで仏力・法力を顕現していくことです。
池田先生は、「激闘の時こそ、弾けるような師子吼の題目だ。断固と魔を打ち破り、諸天を揺り動かす不屈の祈りである。まことの信心の底力で真金の生命の凱歌を!」と呼び掛けています。
"かなうといいな"という、弱々しい祈りでは、諸天を動かすことも、広宣流布の大願をかなえることもできません。"絶対にかなえてみせる"という確信の祈りにまで深まってこそ、一切を根本から揺り動かしていけるのです。
2021年11月2日火曜日
2021.11.02 わが友に贈る
民衆の幸福を築きゆく
全同志の献身に最敬礼!
真心で結び広げた
「幸の仏縁」を大切に
信頼の絆を一段と強く!
破良観等御書 P1293
『本よりの願に諸宗何れの宗なりとも偏党執心あるべからずいづれも仏説に証拠分明に道理現前ならんを用ゆべし論師訳者人師等にはよるべからず専ら経文を詮とせん、又法門によりては設い王のせめなりともはばかるべからず何に況や其の已下の人をや、父母師兄等の教訓なりとも用ゆべからず、人の信不信はしらずありのままに申すべしと誓状を立てし』
【通解】
もともとの願いに「諸宗のいずれの宗にたいしても偏った心や執着はもつまい。いづれの宗であっても仏説に証拠があって、道理が分明であるものを用いよう。論師・訳者・人師によってはならない。ひたすら仏の経文を第一としよう。また法門の上では、たとえ国王の責めを受けてもはばかることはない。まして、それより以下の人々をや、父母・師兄等の教訓であっても用いることはない。人の信ずるか信じないとかにかかわらず、ただ経文のままに言い通していこう」と誓状を立てたのである。
字の言 「信は万物の基を成す」 2021年11月2日
プロ野球で両リーグ共に、前年の最下位チームが優勝したのは史上初だ。セ・リーグはヤクルト、パ・リーグはオリックスが制覇した▼飛躍の要因はさまざま考えられるが、共通するのは「指導者の手腕」だろう。ヤクルトの高津臣吾監督は声を聞き、声を発して「言葉の力」を大切にした。負けが込んだシーズン終盤には、こう言って選手を奮い立たせた。「一枚岩でいけば絶対崩れることはない。絶対大丈夫」。結束を強めたチームは重圧をはねのけ、6年ぶりのリーグ優勝を果たした▼オリックスの中嶋聡監督は「育成と勝利の両立」を追求した。過去の実績を問わず、若手を積極的に起用。くすぶっていた選手にもチャンスを与えた。昨年1勝の2年目左腕・宮城は13勝を挙げ、30歳の杉本は本塁打が2本から32本に激増。適材適所の采配で個々の能力を引き出し、実に25年ぶりの栄冠をつかんだ▼「信は万物の基を成す」。名将・野村克也さんがよく口にした言葉を思い出した。号令やポーズで人は動かない。リーダーの責任ある姿勢と言動が皆の信頼を集め、力を発揮させるのだろう▼"凱歌の秋"を目指して走り抜いた共戦の友と互いをたたえ、心から励まし合おう。それが新たな勝利の「基」となる。
寸鉄 2021年11月2日
「創立の月」を皆で祝賀!互いの健闘を称え「希望・勝利の年」の総仕上げへ
「法華経の功徳は虚空にも余りぬべし」御書。立正安国の大闘争に福徳燦然
きょう創価班の日45周年 いよいよ君ら後継の時代 広布の師子と勇み立て!
秋本番。健康は良質な睡眠、バランスの良い食事から。聡明にリズム整え
COP26始まる。気候変動の危機から持続可能な未来へ—市民の連帯更に
☆「創価」とは「勝利」の異名なり。
ゆえに、その名を冠した「創価班」は、いずこにあっても、いついかなる時にあっても、「勝利」が宿命づけられている。
この宿命を誓願の使命として胸を張る、おお、創価班の君よ!君たちよ!
雨にも寒風にも、凜として立つ爽やかな笑顔、そして、同志を守り抜くために、わずかな兆候も見逃さない真剣なまなざし。
日本全国・全世界から宝友が集い来る広宣流布大誓堂の誓願勤行会も、「当起遠迎、当如敬仏(とうきおんごう、とうにょきょうぶつ)(当に起って遠く迎かうべきこと、当に仏を敬うが如くすべし)」(法華経677�)との精神で担い立ってくれている。
来日した海外の創価班のメンバーが一緒に着任し、大誠実の振る舞いを共に学び合っているとも聞いた。
折々に私が立ち寄る会館でも、創価班の丈夫が法城を厳護してくれていることが、何よりも頼もしい。
☆創価班の「青」とは「従藍而青」の青
創価班の「青」とは「従藍而青」(じゅうらんにしょう)の青なり。
日蓮大聖人は、若き南条時光の成長を深く喜ばれ、「藍よりも青し」と仰せになられた。
藍(あい)という草から生まれ出る青は、重ねて染めることによって、藍にもまして色鮮やかに輝く。後を継ぐ弟子たちが、自分以上に立派に、そして陸続と成長してくれることこそが、師の祈りであり、喜びである。
創価班の結成から40星霜。誇り高き先輩たちは、この「出藍の誉れ」の人材の流れを迸らせてくれた。
従藍而青の青年の奔流は、励ましの水かさをいやましながら、今、世界広宣流布の滔々たる希望の大河となり、五大陸を潤し広がっている。
☆御書の旭光を 第58回 「友情の開拓」「仏縁の拡大」を
〈御文〉
『とてもかくても法華経を強いて説き聞かすべし、信ぜん人は仏になるべし謗ぜん者は毒鼓の縁となって仏になるべきなり、何にとしても仏の種は法華経より外になきなり』(法華初心成仏抄、552ページ)
〈通解〉
とにもかくにも法華経を強いて説き聞かせるべきである。信じる人は仏になり、謗る者は毒鼓の縁となって仏になるのである。どのようにしても、仏の種は法華経よりほかにないのである。
〈池田先生が贈る指針〉
万人に妙法の仏種を——これが御本仏のお心である。私たちが友の幸福を祈り、対話することは、仏の種を蒔くことだ。全てが尊い仏縁となる。友情の開拓こそ、仏性を薫発しゆく広布の直道なのだ。
反発や無理解があっても誠意と道理の種は消えない。必ず芽を出し、花咲く時が来る。声を惜しまず語り切ろう!
☆「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第16回 師弟共戦
◇御義口伝
『師子吼とは仏の説なり説法とは法華別しては南無妙法蓮華経なり、師とは師匠授くる所の妙法子とは弟子受くる所の妙法・吼とは師弟共に唱うる所の音声なり作とはおこすと読むなり、末法にして南無妙法蓮華経を作すなり』(御書748ページ10行目〜12行目)
◇池田先生の講義から
大聖人は、「毎自作是念の悲願」(御書466ページ)と仰せです。この仏の「毎自作是念」に連なり、学会は世界広布を進めてきました。創価の師弟共戦の強い絆によって、妙法は世界百九十二カ国・地域にまで流布したのです。
◆◇◆
戸田先生は、自ら師子吼されるとともに、青年部によく語られていました。
「広宣流布は、言論戦なのだから、皆も語りまくれ!」「我々は正しいのだ。ゆえに、ありのままに真実を叫べ!」と。
◆◇◆
「万人成仏の法」を、何ものも恐れることなく、自在に説いていく仏の説法が師子吼の内実です。(中略)当然のことながら、授ける妙法と、受ける妙法とは、一体です。したがって「吼」とは、師弟が共に妙法を唱え弘めていく広宣流布の大音声なのです。
◆◇◆
この御聖訓の通りに、創価の地涌の同志は、いかなる試練に直面しても勇敢に師子王の心を起こし、広布に邁進してきました。(中略)混迷の時代だからこそ、いよいよ、創価の師弟が新たな師子吼を起こし、一切衆生の心田に妙法の種を蒔き、世界に平和と幸福の花を咲かせていくのです。
(『人間革命の宗教』から)
中川京子 四国女性部長
◇一切を揺り動かす師子吼を
本年は、学会歌「紅の歌」の誕生から40周年。この"師弟の共戦譜"を歌いながら、四国の友は、「舞いに舞い征け」と、限界突破の対話拡大に駆けています。
5年前には、四国青年部の熱き願いを池田先生が汲んでくださり、2番の「父の滸集いし」の一節が「師の滸集いし」との新歌詞になりました。その後に続く「子よ大樹と 仰ぎ見む」と、行頭の文字を合わせると「師子」となり、喜びと感謝が広がりました。
今こそ、報恩のスクラム固く、正義を師子吼する時。「御義口伝」の一節を拝し、師弟共戦の信念の叫びを放っていきたいと思います。
◇青春の誓いのままに
「仏法で説く師子王の願いとは、一切を揺り動かす大師子吼によって、あらゆる魔性を打ち破り、民衆の幸福を実現することです」——池田先生は、師子吼の意義をこのように講義されています。
1981年(昭和56年)の11月、反転攻勢の四国指導で轟いた先生の言葉は、まさに障魔を打ち破る師子吼そのものでした。
「もう一度、私が指揮を執らせていただきます!」「私の心を知ってくださる方は、一緒に戦ってください!」
この師の呼び掛けに真っ先に呼応した四国青年部と先生との"師弟の共同作業"で誕生したのが、「紅の歌」です。
この四国訪問の激闘の際、私は徳島講堂で先生と出会いを刻みました。先生は、白蓮グループの一員として任務に就いていた私たち役員と記念のカメラに納まり、「"徳島ここにあり"という戦いを!」と、力強く語られました。以来、"生涯、池田門下として生き抜く"と、青春の誓いのままに、広布に走ってきました。
◇戦いを「起こす」
本年、訪問・激励を重ねる中で、病などと戦う同志とも語らってきました。その中で、苦難に真正面から向き合い、"先生にお応えしたい!"と戦う皆さんの一念に接しました。師弟共戦の「輝く王道」を歩まれる同志のお姿から、「師匠に勝利のご報告を」との誓願の祈りが、一切の魔を打ち破る原動力であるということを改めて教えていただきました。
とともに、私自身も"皆さんに、なんとしても勝ってほしい"と唱題を重ねる中で、いつしか、友の幸福を心から祈っている自分に気付きました。題目に徹する時、境涯を開くことができるのだと、命の奥底から感謝と決意が湧き起こってきました。
先生は講義の中で、「弟子の立場からいえば、自ら決意して立ち上がり、友の幸福のために妙法を弘めていく不二の行動を『起こす』ことであり、そこに、仏弟子の根本精神がある」と教えてくださっています。
「師弟共戦」とは、人から言われて起こすものではありません。どんな状況でも、苦境の渦中でも、自らが決めて、戦いを起こしていくときに成就するものです。その自発能動の戦いが、自身の小さな境涯の殻を打ち破り、自らの一念を師匠の誓願へと合致させていくのだと強く実感します。
◇新時代の暁鐘を
「世界中の学会員が確かな体験をつかみ、仏法の厳たる師子吼の力を証明してきました」との講義の通り、四国の同志も、共戦の師子吼で、自らの使命の人生を切り開いています。
香川のある女性部の友は81年、母に連れられて四国研修道場で池田先生と出会いを結びました。創価大学時代、創立者が一人を大切にされる振る舞いに心から感動し、発心。女子部時代を悔いなく走り切り、結婚しました。
しかし、生まれてきた2人目の娘さんの背骨に異常が。"将来、どうなるか分からない"と医師から告げられ、現実を受け止め切れずにいた時、先輩が「ここからが本当の信心の戦いよ」と励ましを。師匠からも激励を受けた彼女は、決然と前を向きました。
「南無妙法蓮華経は師子吼の如し」(御書1124ページ)の一節を胸に、学会活動に一歩も引かずに挑戦。"師子吼の題目"で不安や恐れを打ち払い、弘教も実らせました。入退院を繰り返していた娘さんは、明るく成長。現在、ご長女はアメリカ創価大学で、2人目の娘さんは関西創価高校で、「青春の金の汗」を流しています。彼女は"不可能を可能にする"信仰の歓喜を語りに語り、全国各地の友人・知人に共感の花を咲かせておられます。
さあ、今再び、新時代の「紅の朝」を告げる時。共戦の師子吼で、四国中、日本中に正義の旋風を巻き起こし、師弟の凱歌を響かせていきましょう!
◇メモ
「御義口伝」は、日蓮大聖人が、身延で法華経の要文を講義され、それを日興上人が筆録したと伝えられている。末法の御本仏・日蓮大聖人のお立場からの法華経解釈が展開されている。
全同志の献身に最敬礼!
真心で結び広げた
「幸の仏縁」を大切に
信頼の絆を一段と強く!
破良観等御書 P1293
『本よりの願に諸宗何れの宗なりとも偏党執心あるべからずいづれも仏説に証拠分明に道理現前ならんを用ゆべし論師訳者人師等にはよるべからず専ら経文を詮とせん、又法門によりては設い王のせめなりともはばかるべからず何に況や其の已下の人をや、父母師兄等の教訓なりとも用ゆべからず、人の信不信はしらずありのままに申すべしと誓状を立てし』
【通解】
もともとの願いに「諸宗のいずれの宗にたいしても偏った心や執着はもつまい。いづれの宗であっても仏説に証拠があって、道理が分明であるものを用いよう。論師・訳者・人師によってはならない。ひたすら仏の経文を第一としよう。また法門の上では、たとえ国王の責めを受けてもはばかることはない。まして、それより以下の人々をや、父母・師兄等の教訓であっても用いることはない。人の信ずるか信じないとかにかかわらず、ただ経文のままに言い通していこう」と誓状を立てたのである。
字の言 「信は万物の基を成す」 2021年11月2日
プロ野球で両リーグ共に、前年の最下位チームが優勝したのは史上初だ。セ・リーグはヤクルト、パ・リーグはオリックスが制覇した▼飛躍の要因はさまざま考えられるが、共通するのは「指導者の手腕」だろう。ヤクルトの高津臣吾監督は声を聞き、声を発して「言葉の力」を大切にした。負けが込んだシーズン終盤には、こう言って選手を奮い立たせた。「一枚岩でいけば絶対崩れることはない。絶対大丈夫」。結束を強めたチームは重圧をはねのけ、6年ぶりのリーグ優勝を果たした▼オリックスの中嶋聡監督は「育成と勝利の両立」を追求した。過去の実績を問わず、若手を積極的に起用。くすぶっていた選手にもチャンスを与えた。昨年1勝の2年目左腕・宮城は13勝を挙げ、30歳の杉本は本塁打が2本から32本に激増。適材適所の采配で個々の能力を引き出し、実に25年ぶりの栄冠をつかんだ▼「信は万物の基を成す」。名将・野村克也さんがよく口にした言葉を思い出した。号令やポーズで人は動かない。リーダーの責任ある姿勢と言動が皆の信頼を集め、力を発揮させるのだろう▼"凱歌の秋"を目指して走り抜いた共戦の友と互いをたたえ、心から励まし合おう。それが新たな勝利の「基」となる。
寸鉄 2021年11月2日
「創立の月」を皆で祝賀!互いの健闘を称え「希望・勝利の年」の総仕上げへ
「法華経の功徳は虚空にも余りぬべし」御書。立正安国の大闘争に福徳燦然
きょう創価班の日45周年 いよいよ君ら後継の時代 広布の師子と勇み立て!
秋本番。健康は良質な睡眠、バランスの良い食事から。聡明にリズム整え
COP26始まる。気候変動の危機から持続可能な未来へ—市民の連帯更に
☆「創価」とは「勝利」の異名なり。
ゆえに、その名を冠した「創価班」は、いずこにあっても、いついかなる時にあっても、「勝利」が宿命づけられている。
この宿命を誓願の使命として胸を張る、おお、創価班の君よ!君たちよ!
雨にも寒風にも、凜として立つ爽やかな笑顔、そして、同志を守り抜くために、わずかな兆候も見逃さない真剣なまなざし。
日本全国・全世界から宝友が集い来る広宣流布大誓堂の誓願勤行会も、「当起遠迎、当如敬仏(とうきおんごう、とうにょきょうぶつ)(当に起って遠く迎かうべきこと、当に仏を敬うが如くすべし)」(法華経677�)との精神で担い立ってくれている。
来日した海外の創価班のメンバーが一緒に着任し、大誠実の振る舞いを共に学び合っているとも聞いた。
折々に私が立ち寄る会館でも、創価班の丈夫が法城を厳護してくれていることが、何よりも頼もしい。
☆創価班の「青」とは「従藍而青」の青
創価班の「青」とは「従藍而青」(じゅうらんにしょう)の青なり。
日蓮大聖人は、若き南条時光の成長を深く喜ばれ、「藍よりも青し」と仰せになられた。
藍(あい)という草から生まれ出る青は、重ねて染めることによって、藍にもまして色鮮やかに輝く。後を継ぐ弟子たちが、自分以上に立派に、そして陸続と成長してくれることこそが、師の祈りであり、喜びである。
創価班の結成から40星霜。誇り高き先輩たちは、この「出藍の誉れ」の人材の流れを迸らせてくれた。
従藍而青の青年の奔流は、励ましの水かさをいやましながら、今、世界広宣流布の滔々たる希望の大河となり、五大陸を潤し広がっている。
☆御書の旭光を 第58回 「友情の開拓」「仏縁の拡大」を
〈御文〉
『とてもかくても法華経を強いて説き聞かすべし、信ぜん人は仏になるべし謗ぜん者は毒鼓の縁となって仏になるべきなり、何にとしても仏の種は法華経より外になきなり』(法華初心成仏抄、552ページ)
〈通解〉
とにもかくにも法華経を強いて説き聞かせるべきである。信じる人は仏になり、謗る者は毒鼓の縁となって仏になるのである。どのようにしても、仏の種は法華経よりほかにないのである。
〈池田先生が贈る指針〉
万人に妙法の仏種を——これが御本仏のお心である。私たちが友の幸福を祈り、対話することは、仏の種を蒔くことだ。全てが尊い仏縁となる。友情の開拓こそ、仏性を薫発しゆく広布の直道なのだ。
反発や無理解があっても誠意と道理の種は消えない。必ず芽を出し、花咲く時が来る。声を惜しまず語り切ろう!
☆「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第16回 師弟共戦
◇御義口伝
『師子吼とは仏の説なり説法とは法華別しては南無妙法蓮華経なり、師とは師匠授くる所の妙法子とは弟子受くる所の妙法・吼とは師弟共に唱うる所の音声なり作とはおこすと読むなり、末法にして南無妙法蓮華経を作すなり』(御書748ページ10行目〜12行目)
◇池田先生の講義から
大聖人は、「毎自作是念の悲願」(御書466ページ)と仰せです。この仏の「毎自作是念」に連なり、学会は世界広布を進めてきました。創価の師弟共戦の強い絆によって、妙法は世界百九十二カ国・地域にまで流布したのです。
◆◇◆
戸田先生は、自ら師子吼されるとともに、青年部によく語られていました。
「広宣流布は、言論戦なのだから、皆も語りまくれ!」「我々は正しいのだ。ゆえに、ありのままに真実を叫べ!」と。
◆◇◆
「万人成仏の法」を、何ものも恐れることなく、自在に説いていく仏の説法が師子吼の内実です。(中略)当然のことながら、授ける妙法と、受ける妙法とは、一体です。したがって「吼」とは、師弟が共に妙法を唱え弘めていく広宣流布の大音声なのです。
◆◇◆
この御聖訓の通りに、創価の地涌の同志は、いかなる試練に直面しても勇敢に師子王の心を起こし、広布に邁進してきました。(中略)混迷の時代だからこそ、いよいよ、創価の師弟が新たな師子吼を起こし、一切衆生の心田に妙法の種を蒔き、世界に平和と幸福の花を咲かせていくのです。
(『人間革命の宗教』から)
中川京子 四国女性部長
◇一切を揺り動かす師子吼を
本年は、学会歌「紅の歌」の誕生から40周年。この"師弟の共戦譜"を歌いながら、四国の友は、「舞いに舞い征け」と、限界突破の対話拡大に駆けています。
5年前には、四国青年部の熱き願いを池田先生が汲んでくださり、2番の「父の滸集いし」の一節が「師の滸集いし」との新歌詞になりました。その後に続く「子よ大樹と 仰ぎ見む」と、行頭の文字を合わせると「師子」となり、喜びと感謝が広がりました。
今こそ、報恩のスクラム固く、正義を師子吼する時。「御義口伝」の一節を拝し、師弟共戦の信念の叫びを放っていきたいと思います。
◇青春の誓いのままに
「仏法で説く師子王の願いとは、一切を揺り動かす大師子吼によって、あらゆる魔性を打ち破り、民衆の幸福を実現することです」——池田先生は、師子吼の意義をこのように講義されています。
1981年(昭和56年)の11月、反転攻勢の四国指導で轟いた先生の言葉は、まさに障魔を打ち破る師子吼そのものでした。
「もう一度、私が指揮を執らせていただきます!」「私の心を知ってくださる方は、一緒に戦ってください!」
この師の呼び掛けに真っ先に呼応した四国青年部と先生との"師弟の共同作業"で誕生したのが、「紅の歌」です。
この四国訪問の激闘の際、私は徳島講堂で先生と出会いを刻みました。先生は、白蓮グループの一員として任務に就いていた私たち役員と記念のカメラに納まり、「"徳島ここにあり"という戦いを!」と、力強く語られました。以来、"生涯、池田門下として生き抜く"と、青春の誓いのままに、広布に走ってきました。
◇戦いを「起こす」
本年、訪問・激励を重ねる中で、病などと戦う同志とも語らってきました。その中で、苦難に真正面から向き合い、"先生にお応えしたい!"と戦う皆さんの一念に接しました。師弟共戦の「輝く王道」を歩まれる同志のお姿から、「師匠に勝利のご報告を」との誓願の祈りが、一切の魔を打ち破る原動力であるということを改めて教えていただきました。
とともに、私自身も"皆さんに、なんとしても勝ってほしい"と唱題を重ねる中で、いつしか、友の幸福を心から祈っている自分に気付きました。題目に徹する時、境涯を開くことができるのだと、命の奥底から感謝と決意が湧き起こってきました。
先生は講義の中で、「弟子の立場からいえば、自ら決意して立ち上がり、友の幸福のために妙法を弘めていく不二の行動を『起こす』ことであり、そこに、仏弟子の根本精神がある」と教えてくださっています。
「師弟共戦」とは、人から言われて起こすものではありません。どんな状況でも、苦境の渦中でも、自らが決めて、戦いを起こしていくときに成就するものです。その自発能動の戦いが、自身の小さな境涯の殻を打ち破り、自らの一念を師匠の誓願へと合致させていくのだと強く実感します。
◇新時代の暁鐘を
「世界中の学会員が確かな体験をつかみ、仏法の厳たる師子吼の力を証明してきました」との講義の通り、四国の同志も、共戦の師子吼で、自らの使命の人生を切り開いています。
香川のある女性部の友は81年、母に連れられて四国研修道場で池田先生と出会いを結びました。創価大学時代、創立者が一人を大切にされる振る舞いに心から感動し、発心。女子部時代を悔いなく走り切り、結婚しました。
しかし、生まれてきた2人目の娘さんの背骨に異常が。"将来、どうなるか分からない"と医師から告げられ、現実を受け止め切れずにいた時、先輩が「ここからが本当の信心の戦いよ」と励ましを。師匠からも激励を受けた彼女は、決然と前を向きました。
「南無妙法蓮華経は師子吼の如し」(御書1124ページ)の一節を胸に、学会活動に一歩も引かずに挑戦。"師子吼の題目"で不安や恐れを打ち払い、弘教も実らせました。入退院を繰り返していた娘さんは、明るく成長。現在、ご長女はアメリカ創価大学で、2人目の娘さんは関西創価高校で、「青春の金の汗」を流しています。彼女は"不可能を可能にする"信仰の歓喜を語りに語り、全国各地の友人・知人に共感の花を咲かせておられます。
さあ、今再び、新時代の「紅の朝」を告げる時。共戦の師子吼で、四国中、日本中に正義の旋風を巻き起こし、師弟の凱歌を響かせていきましょう!
◇メモ
「御義口伝」は、日蓮大聖人が、身延で法華経の要文を講義され、それを日興上人が筆録したと伝えられている。末法の御本仏・日蓮大聖人のお立場からの法華経解釈が展開されている。
2021年11月1日月曜日
2021.11.01 わが友に贈る
◇今週のことば
一人一人の凱歌が轟く
金秋の創立の月、万歳!
御本仏の讃嘆は絶大なり。
「大果報は又来るべし」
立正安国の宝光を更に!
2021年11月01日
弥三郎殿御返事 P1451
『但偏に思い切るべし、今年の世間を鏡とせよ若干の人の死ぬるに今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり』
【通解】
ただひとえに思い切りなさい。今年の世間の様子を鏡としなさい。多くの人が死んだのに、(弥三郎が)今まで生きながらえてきたのは、このことにあうためなのである。
名字の言 秋植えの花々に共通すること 2021年11月1日
この時季に思い出す花がある。小学生の時、学校の花壇の土を掘り、チューリップの球根をそっと置いた。「紅葉の見頃が植え頃」という。やがて来る春の彩りを、胸に楽しく描いたものである▼秋に植えて春に咲く花は、他にもアネモネやスイセンなどがある。共通するのは開花のために「寒さ」を必要とすること。冬を経なければ花を結ぶことはない。咲くべき時を迎えるために、植えるべき「時」がある▼日蓮大聖人は「春は花さき秋は菓なる春種子を下して秋菓を取るべし」(御書503ページ)と仰せだ。米作りの場合、春に田植えをしなければ実りの秋は来ない。仏法者にとっても、時に適った実践こそが仏の境涯を開く直道なのである▼学会は本年を、創立100周年へと向かう「勝負の10年」の初陣と位置付けた。この千載一遇の対話の秋に、同志は"友情の種"をあの友この友の心に蒔き続けてきた。御聖訓に照らして、一人一人に"功徳満開の春"が訪れ、友の胸中に根を下ろした仏種がいつか芽吹くことは間違いない▼学会創立の月を迎えた。「創」は「はじめる」とも読む。秋植えの花々は、春を確信して開花の準備を始めている。我らも心に新たな決意の芽を育み、新たな歴史を創めよう。
寸鉄 2021年11月1日
11・18へ皆で戦い、皆で壁破った!全同志の奮闘に感謝。日本の柱は厳たり
社会変革に進む学会の草の根運動は希望—教授。築いた友情は未来の礎と
誠実は人が持つ最も高尚なもの—詩人。まずは友に御礼を。反応は素早く
年賀はがきの販売開始。一葉の便りは旧交を温め絆結ぶ契機。活用上手に
公明党よ支持者の献身を絶対に忘れるな。大衆に尽くす政治を断じて貫け
☆大白蓮華巻頭言2021年11月号 「桜梅桃李」の人華の連帯を
創立の月に当たり、広宣流布の太陽と輝き光る世界中の創価の女性へ、みんなで改めて感謝を捧げたい。
御本仏・日蓮大聖人が、法華経の「第一の肝心」として日眼女に送られた薬王品の一節が胸に追ってくる。
「能く是の経典を受持すること有らん者も亦復是くの如く、一切衆生の中に於いて、亦為れ第一なり」。
大聖人は、この一切衆生の「第一」の人とは、妙法を持つ「女人」である貴女・なのですよ、と讃嘆されている。
薬王品では、妙法の力用について、一切衆生を「よく救い」、「よく諸の苦悩から離れさせる」。そして「よく大いに利益して、その願いを満たす」と説かれる。
この妙法の大良薬を携えて、仏に代わり、仏の仕事を、日々懸命に果たしているのが、地涌の女性たちだ。
人間として本当に偉い人とは一体、誰か。地位や名声、権勢や富などに惑わされる時代は、もはや過ぎ去った。
どのような哲学を抱き、人々のため、社会のため、いかに苦労し行動しているか。その実像が心を打つ。
なかんずく生命尊厳の法理を掲げ、喝采のない舞台で、苦しむ友に寄り添い、地道に誠実に不退の信心で人道の貢献への連帯を築きゆく広布の女性が、どれほど偉人か。
虚栄も威張りもなく、朗らかにして笑顔さわやかな無冠のヒロインこそを、大聖人が御照覧の通りに「第一の鑑の人」と仰ぎ、いよいよ大切に敬い学ぶのだ。いやまして誇り高く宣揚し、幸福勝利の華冠を贈るのだ。
地味でありながら、ここに民衆の心の大地を耕す人間性の指標があり、地球民族を結ぶ平和の要がある。
とりわけ、「桜梅桃李の己己の当体を改めずして」(P781)、多彩な人華を咲かせ合う女性部の異体同心のスクラムは、世界が希求する多様性の共生のモデルである。
とともに、「大悲とは母の子を思う慈悲の如し」(P721)と仰せのように、一段と慈悲から発する智慧の光を、華陽姉妹をはじめ若き世代と未来へ広げていきたい。
創立百周年へ、一閻浮提第一の希望の陣列、楽しく!
殉教の
師父が祈りし
母娘らの
幸の笑顔が
輝く人道世紀を
☆学ぼう 11月の学会史 2021
2021年10月14日
◎11・2「創価班の日」45周年
1976年(昭和51年)11月2日、それまでの「輸送班」を発展的に解消し、諸行事の運営・整理などを担う「創価班」が命名・結成された。本年で45周年。
※参考資料=小説『新・人間革命』第24巻「厳護」
◎11・3「創価文化の日」
人間文化の創造を目指し、学会では「文化の日」の11月3日を「創価文化の日」と定めている。
◎11・5「男子部の日」60周年
1961年(昭和36年)11月5日、東京・国立競技場で第10回男子部総会を開催。54年(同29年)に第2代会長・戸田城聖先生が「国士訓」で青年部に呼び掛けた"精鋭10万人"の結集を実現させた。本年で60周年。
※参考資料=『新・人間革命』第5巻「勝利」
◎11・6「四国の日」
1987年(昭和62年)11月6日、池田大作先生が長編詩「青き天地 四国讃歌」を四国の友に贈ったことを記念して定められた。
◎11・12「女子部の日」60周年
1961年(昭和36年)11月12日、横浜・三ツ沢の競技場に、各地から8万5000人が集い、第9回女子部総会を開催。本年で60周年。
※参考資料=『新・人間革命』第5巻「勝利」
◎11・14「紅の歌」誕生40周年
1981年(昭和56年)11月、池田先生は四国男子部の有志が作成した歌詞案に二十数回の推敲を重ね、同14日、「紅の歌」が誕生。本年で40周年。
※参考資料=『新・人間革命』第30巻〈下〉「勝ち鬨」
◎11・15「地域部の日」
1987年(昭和62年)11月15日に行われた第1回総会が淵源。
◎11・18「創価学会創立記念日」
1930年(昭和5年)11月18日、初代会長の牧口常三郎先生は、戸田先生と共に『創価教育学体系』第1巻を発刊。発刊日の11月18日が、後に創価学会の創立記念日となった。
※参考資料=『新・人間革命』第23巻「敢闘」、第27巻「正義」
◎11・28「魂の独立記念日」30周年
創価の師弟を分断し、学会を破壊しようと陰謀を巡らせた宗門は、1991年(平成3年)11月28日付で、学会に「破門通告書」を送付。その日は、学会が世界宗教へ飛翔する「魂の独立記念日」となった。本年で30周年。
※参考資料=『新・人間革命』第16巻「羽ばたき」、第30巻〈下〉「誓願」
☆輝きの瞬間 11月の広布史
広宣流布の歴史は、単なる過去の出来事ではない。そこに刻まれた精神を胸に、誓い新たに挑戦を開始する"魂の原点"である。ここでは「輝きの瞬間」と題して、11月の広布史を紹介する。
◇1975年11月8日 広島の原爆慰霊碑に献花
広島の平和記念公園に、池田先生の題目三唱の声が響いた。
1975年11月8日、先生は原爆死没者慰霊碑の前に立った。被爆2世の青年と共に慰霊碑に献花し、平和への祈りをささげた。先生は語った。
「私は、平和への闘争なくして、広島を訪ねることはできないと思っています。それが戸田先生に対する弟子の誓いなんです」
——「原水爆禁止宣言」の発表から2カ月後の57年11月20日、戸田先生は被爆地・広島へ出発する予定であった。だが、体の衰弱は激しく、前日の19日、池田先生は広島行きの中止を懇願した。
「ご無理をなされば、お体にさわり、命にもかかわります。おやめください」
戸田先生は語った。
「そんなことができるものか。……そうじゃないか。仏のお使いとして、一度、決めたことがやめられるか。俺は、死んでも行くぞ」
しかし、出発の日の朝、戸田先生は自宅で倒れてしまう。やむなく、広島には代理の幹部が向かうことになった。命を賭しても、広島を訪れようとした恩師の気迫を、池田先生は平和行動の原点として、深く心にとどめた。
先生が慰霊碑に献花した75年当時、世界は東西冷戦、中ソ対立の渦中にあった。一触即発の状況下、先生は74年から75年にかけて中国、ソ連、アメリカを相次いで訪問。ソ連のコスイギン首相、中国の周恩来総理、アメリカのキッシンジャー国務長官など、各国の要人と語り合い、「分断の溝」に「友好の橋」を架けていった。この「平和への闘争」をもって、広島を訪問したのである。
先生は献花の準備に当たった青年たちと握手を交わし、こう語った。
「人生は早いよ。だから私は、一瞬一瞬が真剣勝負だという思いで戦っているんです」
◇1979年11月16日 東京戸田記念講堂での指揮
1979年11月16日、創価学会創立49周年を記念する本部幹部会が、東京戸田記念講堂で行われた。
池田先生は幹部会で、「威風堂々の歌」の指揮を執った。第3代会長辞任後、初めての学会歌の指揮だった。
宗門僧らの師弟分断の画策によって、先生は会合で話すことができず、聖教新聞でも動向が報じられることが、ほとんどなくなった。だが、どれだけ行動を制約されようとも、先生の広宣流布の戦いがやむことは決してなかった。
個人指導に力を注いだ。揮毫を認め、和歌を詠み、ピアノを弾いて、同志を鼓舞した。幹部会での指揮も、"励ましの戦い"であった。
会場の「東京戸田記念講堂」。その名を提案したのは、池田先生である。講堂が立つ豊島区には、初代会長・牧口先生、第2代会長・戸田先生が戦時中、軍部政府の弾圧によって投獄された東京拘置所があった。牧口先生は獄中で殉教の生涯を閉じた。講堂は先師、恩師の死身弘法の精神をとどめる法城として誕生した。
79年6月3日、講堂が開館。その前日、池田先生が初めて訪問した。この6月からの半年間で、先生は18回訪れ、全国各地から来館する同志に渾身の励ましを送った。会長辞任後、東京・立川文化会館、神奈川文化会館などと共に、"戸田講"から新たな歴史を開く戦いを起こした。
先生は幹部会で、扇を手に壇上の中央へ。「威風堂々の歌」の曲が流れ始める。会場には"誓いの手拍子"が響いた。
先生の入魂の舞は、皆に呼び掛けていた。
——大東京よ、立ち上がれ! 全同志よ、立ち上がれ!
第1次宗門事件の嵐が吹き荒れる中、この日、東京から凱歌の行進が始まったのである。
◇2001年11月12日 関西総会・北海道栄光総会
21世紀が開幕して、最初の創価学会創立記念日を祝賀する本部幹部会は、「関西総会」「北海道栄光総会」の意義を込めて開催された。
2001年は関西の友にとって、「大阪の戦い」から45周年の節目。また、1981年11月、反転攻勢の激励行の中、先生が関西で「嗚呼黎明は近づけり」の指揮を執ってから20周年であった。
さらに、前年の2000年12月に関西で行われた本部幹部会で、先生は「第2の七つの鐘」の構想に言及。広布の遠大な未来を展望した。
この「第2の七つの鐘」を打ち鳴らす21世紀の初陣を圧倒的な広布拡大で飾ろうと、2001年の上半期、関西の友は対話に奔走。全てに勝利して、関西総会に晴れ晴れと集った。
北海道の友にとって2001年は、池田先生が1991年に「難攻不落の三代城」との指針を示してから10周年の佳節を迎える年であった。
初代会長・牧口先生、第2代会長・戸田先生が青春時代を過ごした北海道。小樽問答や夕張炭労事件など、池田先生が青年時代、三類の強敵と戦い、勝利した北海道。創価三代の有縁の天地である誇りを胸に、友は祈りに祈り、広大な北の大地を動きに動いた。
2001年の上半期を北海道の友も、壁を破る対話拡大で荘厳。さらに、下半期は聖教拡大に挑み、連続勝利で栄光総会に臨んだのである。
関西総会・北海道栄光総会で、先生は強調した。
「環境ではない。一念で決まる」「『人生、何があろうと"信心"で進め!』——これが仏法者の魂である」
師の渾身の叫びから20星霜——。学会創立100周年を目指す今、その初陣を総仕上げする"凱歌の秋"を痛快な勝利で飾ろうと、関西と北海道の友は使命の天地を駆け巡っている。
◇1981年11月 四国から始まった反転攻勢
池田先生と四国の友の絆は永遠——40年前の1981年11月9日から始まった四国での激励行は、その象徴である。
この日、徳島講堂の落成記念勤行会が昼と夜の2回、開催された。夜の勤行会で先生は、"どんなことがあっても、今日は一目でも一足でも、徳島に入って約束を果たしたかった"と語った。
2カ月前の聖教新聞には、落成を祝う記念行事に先生が出席する、との予告記事まで掲載になっていた。
前年の80年、宗門僧らが学会批判を繰り返す中、四国の同志は大型客船「さんふらわあ7」号に乗り、3回にわたって神奈川文化会館にいる先生のもとへ集った。四国の友の求道心に恩返しがしたい——それが、先生の四国訪問への並々ならぬ思いとなった。
81年10月、四国青年部が企画・推進し、四国研修道場で池田先生の平和行動展が開幕した。1カ月の開催期間で、来館者は6万人を超えた。四国の友は、創価の正義を語り抜いて、師を迎えたのである。
先生は徳島、香川、愛媛、高知それぞれの集いに全て出席した。同年11月10日、四国研修道場で行われた香川の記念幹部会で、烈々と宣言した。
「もう一度、指揮を執らせていただきます!」
「私の心を知ってくださる方は、一緒に戦ってください!」
14日には、先生が二十数回の推敲を重ね、学会歌「紅の歌」が誕生した。
15日までの7日間に及ぶ先生の激励行は、「反転攻勢」として広布史に刻まれる。それは、宗門の謀略の鉄鎖を断ち切り、学会が大きく飛翔する転機となった。
80年から81年にかけての、池田先生と四国の同志のドラマは、いついかなる時も、どの地にも先駆けて広布の突破口を開くという、四国の深き使命を物語っている。
一人一人の凱歌が轟く
金秋の創立の月、万歳!
御本仏の讃嘆は絶大なり。
「大果報は又来るべし」
立正安国の宝光を更に!
2021年11月01日
弥三郎殿御返事 P1451
『但偏に思い切るべし、今年の世間を鏡とせよ若干の人の死ぬるに今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり』
【通解】
ただひとえに思い切りなさい。今年の世間の様子を鏡としなさい。多くの人が死んだのに、(弥三郎が)今まで生きながらえてきたのは、このことにあうためなのである。
名字の言 秋植えの花々に共通すること 2021年11月1日
この時季に思い出す花がある。小学生の時、学校の花壇の土を掘り、チューリップの球根をそっと置いた。「紅葉の見頃が植え頃」という。やがて来る春の彩りを、胸に楽しく描いたものである▼秋に植えて春に咲く花は、他にもアネモネやスイセンなどがある。共通するのは開花のために「寒さ」を必要とすること。冬を経なければ花を結ぶことはない。咲くべき時を迎えるために、植えるべき「時」がある▼日蓮大聖人は「春は花さき秋は菓なる春種子を下して秋菓を取るべし」(御書503ページ)と仰せだ。米作りの場合、春に田植えをしなければ実りの秋は来ない。仏法者にとっても、時に適った実践こそが仏の境涯を開く直道なのである▼学会は本年を、創立100周年へと向かう「勝負の10年」の初陣と位置付けた。この千載一遇の対話の秋に、同志は"友情の種"をあの友この友の心に蒔き続けてきた。御聖訓に照らして、一人一人に"功徳満開の春"が訪れ、友の胸中に根を下ろした仏種がいつか芽吹くことは間違いない▼学会創立の月を迎えた。「創」は「はじめる」とも読む。秋植えの花々は、春を確信して開花の準備を始めている。我らも心に新たな決意の芽を育み、新たな歴史を創めよう。
寸鉄 2021年11月1日
11・18へ皆で戦い、皆で壁破った!全同志の奮闘に感謝。日本の柱は厳たり
社会変革に進む学会の草の根運動は希望—教授。築いた友情は未来の礎と
誠実は人が持つ最も高尚なもの—詩人。まずは友に御礼を。反応は素早く
年賀はがきの販売開始。一葉の便りは旧交を温め絆結ぶ契機。活用上手に
公明党よ支持者の献身を絶対に忘れるな。大衆に尽くす政治を断じて貫け
☆大白蓮華巻頭言2021年11月号 「桜梅桃李」の人華の連帯を
創立の月に当たり、広宣流布の太陽と輝き光る世界中の創価の女性へ、みんなで改めて感謝を捧げたい。
御本仏・日蓮大聖人が、法華経の「第一の肝心」として日眼女に送られた薬王品の一節が胸に追ってくる。
「能く是の経典を受持すること有らん者も亦復是くの如く、一切衆生の中に於いて、亦為れ第一なり」。
大聖人は、この一切衆生の「第一」の人とは、妙法を持つ「女人」である貴女・なのですよ、と讃嘆されている。
薬王品では、妙法の力用について、一切衆生を「よく救い」、「よく諸の苦悩から離れさせる」。そして「よく大いに利益して、その願いを満たす」と説かれる。
この妙法の大良薬を携えて、仏に代わり、仏の仕事を、日々懸命に果たしているのが、地涌の女性たちだ。
人間として本当に偉い人とは一体、誰か。地位や名声、権勢や富などに惑わされる時代は、もはや過ぎ去った。
どのような哲学を抱き、人々のため、社会のため、いかに苦労し行動しているか。その実像が心を打つ。
なかんずく生命尊厳の法理を掲げ、喝采のない舞台で、苦しむ友に寄り添い、地道に誠実に不退の信心で人道の貢献への連帯を築きゆく広布の女性が、どれほど偉人か。
虚栄も威張りもなく、朗らかにして笑顔さわやかな無冠のヒロインこそを、大聖人が御照覧の通りに「第一の鑑の人」と仰ぎ、いよいよ大切に敬い学ぶのだ。いやまして誇り高く宣揚し、幸福勝利の華冠を贈るのだ。
地味でありながら、ここに民衆の心の大地を耕す人間性の指標があり、地球民族を結ぶ平和の要がある。
とりわけ、「桜梅桃李の己己の当体を改めずして」(P781)、多彩な人華を咲かせ合う女性部の異体同心のスクラムは、世界が希求する多様性の共生のモデルである。
とともに、「大悲とは母の子を思う慈悲の如し」(P721)と仰せのように、一段と慈悲から発する智慧の光を、華陽姉妹をはじめ若き世代と未来へ広げていきたい。
創立百周年へ、一閻浮提第一の希望の陣列、楽しく!
殉教の
師父が祈りし
母娘らの
幸の笑顔が
輝く人道世紀を
☆学ぼう 11月の学会史 2021
2021年10月14日
◎11・2「創価班の日」45周年
1976年(昭和51年)11月2日、それまでの「輸送班」を発展的に解消し、諸行事の運営・整理などを担う「創価班」が命名・結成された。本年で45周年。
※参考資料=小説『新・人間革命』第24巻「厳護」
◎11・3「創価文化の日」
人間文化の創造を目指し、学会では「文化の日」の11月3日を「創価文化の日」と定めている。
◎11・5「男子部の日」60周年
1961年(昭和36年)11月5日、東京・国立競技場で第10回男子部総会を開催。54年(同29年)に第2代会長・戸田城聖先生が「国士訓」で青年部に呼び掛けた"精鋭10万人"の結集を実現させた。本年で60周年。
※参考資料=『新・人間革命』第5巻「勝利」
◎11・6「四国の日」
1987年(昭和62年)11月6日、池田大作先生が長編詩「青き天地 四国讃歌」を四国の友に贈ったことを記念して定められた。
◎11・12「女子部の日」60周年
1961年(昭和36年)11月12日、横浜・三ツ沢の競技場に、各地から8万5000人が集い、第9回女子部総会を開催。本年で60周年。
※参考資料=『新・人間革命』第5巻「勝利」
◎11・14「紅の歌」誕生40周年
1981年(昭和56年)11月、池田先生は四国男子部の有志が作成した歌詞案に二十数回の推敲を重ね、同14日、「紅の歌」が誕生。本年で40周年。
※参考資料=『新・人間革命』第30巻〈下〉「勝ち鬨」
◎11・15「地域部の日」
1987年(昭和62年)11月15日に行われた第1回総会が淵源。
◎11・18「創価学会創立記念日」
1930年(昭和5年)11月18日、初代会長の牧口常三郎先生は、戸田先生と共に『創価教育学体系』第1巻を発刊。発刊日の11月18日が、後に創価学会の創立記念日となった。
※参考資料=『新・人間革命』第23巻「敢闘」、第27巻「正義」
◎11・28「魂の独立記念日」30周年
創価の師弟を分断し、学会を破壊しようと陰謀を巡らせた宗門は、1991年(平成3年)11月28日付で、学会に「破門通告書」を送付。その日は、学会が世界宗教へ飛翔する「魂の独立記念日」となった。本年で30周年。
※参考資料=『新・人間革命』第16巻「羽ばたき」、第30巻〈下〉「誓願」
☆輝きの瞬間 11月の広布史
広宣流布の歴史は、単なる過去の出来事ではない。そこに刻まれた精神を胸に、誓い新たに挑戦を開始する"魂の原点"である。ここでは「輝きの瞬間」と題して、11月の広布史を紹介する。
◇1975年11月8日 広島の原爆慰霊碑に献花
広島の平和記念公園に、池田先生の題目三唱の声が響いた。
1975年11月8日、先生は原爆死没者慰霊碑の前に立った。被爆2世の青年と共に慰霊碑に献花し、平和への祈りをささげた。先生は語った。
「私は、平和への闘争なくして、広島を訪ねることはできないと思っています。それが戸田先生に対する弟子の誓いなんです」
——「原水爆禁止宣言」の発表から2カ月後の57年11月20日、戸田先生は被爆地・広島へ出発する予定であった。だが、体の衰弱は激しく、前日の19日、池田先生は広島行きの中止を懇願した。
「ご無理をなされば、お体にさわり、命にもかかわります。おやめください」
戸田先生は語った。
「そんなことができるものか。……そうじゃないか。仏のお使いとして、一度、決めたことがやめられるか。俺は、死んでも行くぞ」
しかし、出発の日の朝、戸田先生は自宅で倒れてしまう。やむなく、広島には代理の幹部が向かうことになった。命を賭しても、広島を訪れようとした恩師の気迫を、池田先生は平和行動の原点として、深く心にとどめた。
先生が慰霊碑に献花した75年当時、世界は東西冷戦、中ソ対立の渦中にあった。一触即発の状況下、先生は74年から75年にかけて中国、ソ連、アメリカを相次いで訪問。ソ連のコスイギン首相、中国の周恩来総理、アメリカのキッシンジャー国務長官など、各国の要人と語り合い、「分断の溝」に「友好の橋」を架けていった。この「平和への闘争」をもって、広島を訪問したのである。
先生は献花の準備に当たった青年たちと握手を交わし、こう語った。
「人生は早いよ。だから私は、一瞬一瞬が真剣勝負だという思いで戦っているんです」
◇1979年11月16日 東京戸田記念講堂での指揮
1979年11月16日、創価学会創立49周年を記念する本部幹部会が、東京戸田記念講堂で行われた。
池田先生は幹部会で、「威風堂々の歌」の指揮を執った。第3代会長辞任後、初めての学会歌の指揮だった。
宗門僧らの師弟分断の画策によって、先生は会合で話すことができず、聖教新聞でも動向が報じられることが、ほとんどなくなった。だが、どれだけ行動を制約されようとも、先生の広宣流布の戦いがやむことは決してなかった。
個人指導に力を注いだ。揮毫を認め、和歌を詠み、ピアノを弾いて、同志を鼓舞した。幹部会での指揮も、"励ましの戦い"であった。
会場の「東京戸田記念講堂」。その名を提案したのは、池田先生である。講堂が立つ豊島区には、初代会長・牧口先生、第2代会長・戸田先生が戦時中、軍部政府の弾圧によって投獄された東京拘置所があった。牧口先生は獄中で殉教の生涯を閉じた。講堂は先師、恩師の死身弘法の精神をとどめる法城として誕生した。
79年6月3日、講堂が開館。その前日、池田先生が初めて訪問した。この6月からの半年間で、先生は18回訪れ、全国各地から来館する同志に渾身の励ましを送った。会長辞任後、東京・立川文化会館、神奈川文化会館などと共に、"戸田講"から新たな歴史を開く戦いを起こした。
先生は幹部会で、扇を手に壇上の中央へ。「威風堂々の歌」の曲が流れ始める。会場には"誓いの手拍子"が響いた。
先生の入魂の舞は、皆に呼び掛けていた。
——大東京よ、立ち上がれ! 全同志よ、立ち上がれ!
第1次宗門事件の嵐が吹き荒れる中、この日、東京から凱歌の行進が始まったのである。
◇2001年11月12日 関西総会・北海道栄光総会
21世紀が開幕して、最初の創価学会創立記念日を祝賀する本部幹部会は、「関西総会」「北海道栄光総会」の意義を込めて開催された。
2001年は関西の友にとって、「大阪の戦い」から45周年の節目。また、1981年11月、反転攻勢の激励行の中、先生が関西で「嗚呼黎明は近づけり」の指揮を執ってから20周年であった。
さらに、前年の2000年12月に関西で行われた本部幹部会で、先生は「第2の七つの鐘」の構想に言及。広布の遠大な未来を展望した。
この「第2の七つの鐘」を打ち鳴らす21世紀の初陣を圧倒的な広布拡大で飾ろうと、2001年の上半期、関西の友は対話に奔走。全てに勝利して、関西総会に晴れ晴れと集った。
北海道の友にとって2001年は、池田先生が1991年に「難攻不落の三代城」との指針を示してから10周年の佳節を迎える年であった。
初代会長・牧口先生、第2代会長・戸田先生が青春時代を過ごした北海道。小樽問答や夕張炭労事件など、池田先生が青年時代、三類の強敵と戦い、勝利した北海道。創価三代の有縁の天地である誇りを胸に、友は祈りに祈り、広大な北の大地を動きに動いた。
2001年の上半期を北海道の友も、壁を破る対話拡大で荘厳。さらに、下半期は聖教拡大に挑み、連続勝利で栄光総会に臨んだのである。
関西総会・北海道栄光総会で、先生は強調した。
「環境ではない。一念で決まる」「『人生、何があろうと"信心"で進め!』——これが仏法者の魂である」
師の渾身の叫びから20星霜——。学会創立100周年を目指す今、その初陣を総仕上げする"凱歌の秋"を痛快な勝利で飾ろうと、関西と北海道の友は使命の天地を駆け巡っている。
◇1981年11月 四国から始まった反転攻勢
池田先生と四国の友の絆は永遠——40年前の1981年11月9日から始まった四国での激励行は、その象徴である。
この日、徳島講堂の落成記念勤行会が昼と夜の2回、開催された。夜の勤行会で先生は、"どんなことがあっても、今日は一目でも一足でも、徳島に入って約束を果たしたかった"と語った。
2カ月前の聖教新聞には、落成を祝う記念行事に先生が出席する、との予告記事まで掲載になっていた。
前年の80年、宗門僧らが学会批判を繰り返す中、四国の同志は大型客船「さんふらわあ7」号に乗り、3回にわたって神奈川文化会館にいる先生のもとへ集った。四国の友の求道心に恩返しがしたい——それが、先生の四国訪問への並々ならぬ思いとなった。
81年10月、四国青年部が企画・推進し、四国研修道場で池田先生の平和行動展が開幕した。1カ月の開催期間で、来館者は6万人を超えた。四国の友は、創価の正義を語り抜いて、師を迎えたのである。
先生は徳島、香川、愛媛、高知それぞれの集いに全て出席した。同年11月10日、四国研修道場で行われた香川の記念幹部会で、烈々と宣言した。
「もう一度、指揮を執らせていただきます!」
「私の心を知ってくださる方は、一緒に戦ってください!」
14日には、先生が二十数回の推敲を重ね、学会歌「紅の歌」が誕生した。
15日までの7日間に及ぶ先生の激励行は、「反転攻勢」として広布史に刻まれる。それは、宗門の謀略の鉄鎖を断ち切り、学会が大きく飛翔する転機となった。
80年から81年にかけての、池田先生と四国の同志のドラマは、いついかなる時も、どの地にも先駆けて広布の突破口を開くという、四国の深き使命を物語っている。
2021年10月31日日曜日
2021.10.31 わが友に贈る
「絶対勝利の信心」に
最高の福徳が輝く。
この決定した祈りで
使命の道を走り抜こう!
共々に栄光の勝ち鬨を!
四条金吾女房御書 P1109
『たとへば秘薬なりとも毒を入れぬれば薬の用すくなし、つるぎなれどもわるびれたる人のためには何かせん』
【通解】
たとえば、どんな秘薬であっても毒を入れたならば薬の効果は少ないし、また、いかなる剣であっても、臆病な人にはなんの役にもたたないものです。
名字の言 トルストイの破門に激怒したのは民衆だった 2021年10月31日
トルストイは信仰そのものの必要性を唱える一方、権力と結託する聖職者を徹底的に糾弾した。その結果、ロシア正教会から「破門」された。だが、トルストイは達観していた。新聞報道で自分の破門を知った後も、いつも通り散歩に出掛けたという▼むしろ、この暴挙に激怒したのは民衆だった。世界中から抗議の声が上がった。正義が悪に弾圧されるのはいつの世も変わらない。そして、賢明な人々が正邪を見抜き、正しい人を支持することも、また歴史の常である▼40年前のきょう、池田先生は「歴史と人物を考察——迫害と人生」と題し、創価大学で講演を行った。古今東西の偉人の生涯を通して、逆境に屈しない生き方を語った▼講演で先生は「歴史的偉業」について述べている。偉業は平たんな道ではなく、迫害などを半ば宿命づけられた中で打ち立てられる、と。また偉業は一人の手ではなく、多くの無名の民衆に支持されて成就するのが道理である、とも▼広宣流布の道程も仏と魔との闘争という"苦難の連続"である。しかし、その試練さえも「人生の誉れ」として挑み続ける勇者によって、広布は前進する。庶民の誇りを胸に輝かせる私たちの奮闘は「歴史的偉業」を築いているのである。
寸鉄 2021年10月31日
民衆を苦悩から救うのが仏法の根本—戸田先生。立正安国の理想へ胸張り
「水魚の思を成し」御書。団結こそ歴史を築く力!今日も同志と連携を密に
衆院選の投票日。日本の命運分ける一票。実績や政策実現性を賢く見極め
一瞬一瞬の選択で自分の人生は変わる—心理学者価値創造の挑戦を忘れず
スマホの"ながら運転"は厳禁。少しだけが命取り。事故を起こさぬ意識強く
☆四季の励まし 大目的に生き抜く幸福 2021年10月31日
◇池田先生の言葉
自分は
何のために生きるか。
使命とは、
その自覚の異名である。
自分の「命」を、
いったい何に「使う」のか。
大目的に生き抜く使命を
深く自覚した瞬間から、
境涯は大きく広がる。
幸福は、
いくら追いかけても、
つかめるものではない。
幸福は、
ついてくるものである。
妙法を持つ人に、
福運を積んでいった人に、
ついてくるものだ。
必ず、ついてくるものだ。
人間は、皆、
幸福になるために
生まれてきたのだ。
仏法では
「心こそ大切」と説く。
魂が満たされなければ、
真の幸福はない。
だからこそ、
皆を幸福にするために、
わが生命を使うのだ。
広宣流布のために
戦いきった
満足と歓喜ほど、
誇り高いものはない。
その功徳は無量である。
学会のために戦う。
広布のために戦う。
その功徳によって、
福徳と幸福の人生を歩む
生命に変わっていく。
悩みが悟りに変わり、
幸福に変わる。
悩み、悲しみが
大きければ大きいほど、
より大きな
幸福に変えていける。
これが題目の力である。
ゆえに妙法を唱える人は、
何ものも恐れない。
恐れる必要がない。
悔いなき人生——。
それは、世間の評判や、
他人が
決めるものではない。
全部、自分自身が
決めるものである。
勝負は途中の姿では
決まらない。
何があっても、
最後に「勝った!」と
確信できるのが
「一生成仏」の信心だ。
【写真説明】命が燃えていた。陽光に照らされ、鮮やかな青天と競うように、紅に、黄金色に、木々の葉が輝いていた——。2001年(平成13年)12月の小春日和に、池田大作先生が八王子市の東京牧口記念会館からシャッターを切った。
日蓮大聖人は「春夏よりも秋冬は光あり」(御書1501ページ)と。寒さが厳しくなり、空気が澄む秋や冬ほど、光が冴える。同じように、人々が苦悩の闇に覆われる時ほど、仏法の大光はいやまして輝くことを示されている。
社会に平和・幸福の慈光を送る。これが創価の偉大なる使命である。立正安国へ進むわが生命も完全燃焼させて、「創立の月」へ!
最高の福徳が輝く。
この決定した祈りで
使命の道を走り抜こう!
共々に栄光の勝ち鬨を!
四条金吾女房御書 P1109
『たとへば秘薬なりとも毒を入れぬれば薬の用すくなし、つるぎなれどもわるびれたる人のためには何かせん』
【通解】
たとえば、どんな秘薬であっても毒を入れたならば薬の効果は少ないし、また、いかなる剣であっても、臆病な人にはなんの役にもたたないものです。
名字の言 トルストイの破門に激怒したのは民衆だった 2021年10月31日
トルストイは信仰そのものの必要性を唱える一方、権力と結託する聖職者を徹底的に糾弾した。その結果、ロシア正教会から「破門」された。だが、トルストイは達観していた。新聞報道で自分の破門を知った後も、いつも通り散歩に出掛けたという▼むしろ、この暴挙に激怒したのは民衆だった。世界中から抗議の声が上がった。正義が悪に弾圧されるのはいつの世も変わらない。そして、賢明な人々が正邪を見抜き、正しい人を支持することも、また歴史の常である▼40年前のきょう、池田先生は「歴史と人物を考察——迫害と人生」と題し、創価大学で講演を行った。古今東西の偉人の生涯を通して、逆境に屈しない生き方を語った▼講演で先生は「歴史的偉業」について述べている。偉業は平たんな道ではなく、迫害などを半ば宿命づけられた中で打ち立てられる、と。また偉業は一人の手ではなく、多くの無名の民衆に支持されて成就するのが道理である、とも▼広宣流布の道程も仏と魔との闘争という"苦難の連続"である。しかし、その試練さえも「人生の誉れ」として挑み続ける勇者によって、広布は前進する。庶民の誇りを胸に輝かせる私たちの奮闘は「歴史的偉業」を築いているのである。
寸鉄 2021年10月31日
民衆を苦悩から救うのが仏法の根本—戸田先生。立正安国の理想へ胸張り
「水魚の思を成し」御書。団結こそ歴史を築く力!今日も同志と連携を密に
衆院選の投票日。日本の命運分ける一票。実績や政策実現性を賢く見極め
一瞬一瞬の選択で自分の人生は変わる—心理学者価値創造の挑戦を忘れず
スマホの"ながら運転"は厳禁。少しだけが命取り。事故を起こさぬ意識強く
☆四季の励まし 大目的に生き抜く幸福 2021年10月31日
◇池田先生の言葉
自分は
何のために生きるか。
使命とは、
その自覚の異名である。
自分の「命」を、
いったい何に「使う」のか。
大目的に生き抜く使命を
深く自覚した瞬間から、
境涯は大きく広がる。
幸福は、
いくら追いかけても、
つかめるものではない。
幸福は、
ついてくるものである。
妙法を持つ人に、
福運を積んでいった人に、
ついてくるものだ。
必ず、ついてくるものだ。
人間は、皆、
幸福になるために
生まれてきたのだ。
仏法では
「心こそ大切」と説く。
魂が満たされなければ、
真の幸福はない。
だからこそ、
皆を幸福にするために、
わが生命を使うのだ。
広宣流布のために
戦いきった
満足と歓喜ほど、
誇り高いものはない。
その功徳は無量である。
学会のために戦う。
広布のために戦う。
その功徳によって、
福徳と幸福の人生を歩む
生命に変わっていく。
悩みが悟りに変わり、
幸福に変わる。
悩み、悲しみが
大きければ大きいほど、
より大きな
幸福に変えていける。
これが題目の力である。
ゆえに妙法を唱える人は、
何ものも恐れない。
恐れる必要がない。
悔いなき人生——。
それは、世間の評判や、
他人が
決めるものではない。
全部、自分自身が
決めるものである。
勝負は途中の姿では
決まらない。
何があっても、
最後に「勝った!」と
確信できるのが
「一生成仏」の信心だ。
【写真説明】命が燃えていた。陽光に照らされ、鮮やかな青天と競うように、紅に、黄金色に、木々の葉が輝いていた——。2001年(平成13年)12月の小春日和に、池田大作先生が八王子市の東京牧口記念会館からシャッターを切った。
日蓮大聖人は「春夏よりも秋冬は光あり」(御書1501ページ)と。寒さが厳しくなり、空気が澄む秋や冬ほど、光が冴える。同じように、人々が苦悩の闇に覆われる時ほど、仏法の大光はいやまして輝くことを示されている。
社会に平和・幸福の慈光を送る。これが創価の偉大なる使命である。立正安国へ進むわが生命も完全燃焼させて、「創立の月」へ!
2021年10月30日土曜日
2021.10.30 わが友に贈る
「一日なりとも名を
あげん事こそ大切なれ」
自らの誓願を果たすため
二度と来ない"今日"を
悔いなく戦い抜こう!
上野殿御返事 P1508
『文の心は仏を一中劫が間供養したてまつるより、末代悪世の中に人のあながちににくむ法華経の行者を供養する功徳はすぐれたりととかせ給う』
【通解】
文の心は仏を一中劫の間供養するよりも、末代悪世にあって人が強く憎む法華経の行者を供養する功徳の方が勝れていると説かれているのである。
名字の言 勝敗を分けるのは「己に勝つ」執念 2021年10月30日
陸上競技の短距離走には、四つの局面がある。�スタート�加速疾走�中間疾走�フィニッシュだ。100メートル走なら50メートル辺りで最大速度に達し、その後はどうしても減速してしまう▼大事なのはスタートダッシュだけではない。速度を最後まで維持できるかがポイントだという。今夏の東京五輪・男子100メートル走でも、1位の選手がゴールまで加速していくように見える場面があった。他の選手が速度を維持できず後れていったため、目にそう映ったのだろう▼勝負の世界では、「自分が苦しい時は相手も苦しい」といわれる。互いの力が拮抗した状態であれば、勝敗を分けるのは「己に勝つ」執念の一点に尽きよう▼我らの信心は「自分との戦い」である。日蓮大聖人は鎌倉から京都までの旅路が12日間かかることを踏まえ、11日で歩みを止めては「何として都の月をば詠め候べき」(御書1440ページ)と励まされた。門下を断じて幸せにとの大慈悲と拝される▼人生はよくマラソンに例えられるが、「ここぞ」という勝負どころは短距離走のようなスパートが必要だ。池田先生は「いざという時に戦い切れば、永遠に崩れない常楽我浄の軌道を開くことができる」と。走り抜こう! わが栄光のゴールへ。
寸鉄 2021年10月30日
広布は言論戦だから語り捲れ—恩師。我らは正々堂々!仏縁結ぶ対話拡大
大空知、留萌、サロベツ頑張れ!逆転へ大声援!北海天地にVサイン必ず
北、足立、豊島、板橋が激走。民衆の大連帯で猛追を。感激の凱歌再び!
公明比例、各地で懸命に追い上げ。日本再生の為、大勝利を!最後まで支援
2050年CO2ゼロが政府目標。公明が首相の決断後押し。環境守る砦
☆四季の励まし 師弟の勝利の大叙事詩を 2021年10月24日
◇池田先生の言葉
師弟不二——
真実の戦いは、
ここにしかない。
ここにしか、仏法はない。
深き人間の道もない。
師匠に応えんとする、
その一念、その祈りから、
勝利の力が生まれるのだ。
師匠に心を合わせる。
師弟の熱き魂を
叫び抜いていく。
そうすれば、
もっともっと
力を発揮できる。
変わっていける。
全て「心」で決まるのだ。
師匠に対して、
「きょうも、
新しい勝利の道を
開きました!」と
毎日、報告するような
気持ちで戦うことだ。
師匠は大地であり、
弟子は草木である。
報恩の弟子の勝利は、
稲の命が
大地に還るがごとく、
師匠の栄光となり、
福徳となる。
そして、
その師弟の大地から、
新たな勝利の花が
永遠に咲き誇る。
「決意」は即
「行動」である。
立つべき時に立つ!
時を逃さずに戦う!
電光石火の共戦こそ、
創価の師弟の心であり、
楽土を築きゆく
地涌の闘争なることを
忘れまい。
三世永遠の
「師弟の絆」で結ばれた
わが同志よ、
今こそ前進だ!
対話だ! 励ましだ!
快活に動こう!
この世の誓いを、
尊き地涌の使命を
果たし抜くために!
君よ、
君でなければ
創ることのできぬ、
偉大な使命の物語を創れ!
そして、共々に、
師弟の勝利の大叙事詩を
生き抜いて
いこうではないか!
【写真説明】広宣流布大誓堂(東京・信濃町)の威容が青空に映える。2019年(令和元年)5月、池田大作先生が車中からカメラに収めた。
大誓堂に設置された「広宣流布 誓願の碑」の碑文に、先生は認めた。「我ら民衆が世界の立正安国を深く祈念し、いかなる三障四魔も恐るることなく、自他共の人間革命の勝利へ出発せる師弟誓願の大殿堂なり」
我ら創価の師弟は、壮大なる世界広宣流布の大長征を進んでいる。この深き使命を自覚する時、無限の力がわが命に湧いてくる。師と祈りを合わせ、語り、動き、栄光の歴史を今こそ! 世界が創価の凱歌を待っている。
☆座談会 栄光の「11・18」へ怒濤の大前進 気迫と執念が勝負を決する 2021年10月28日
永石 栄光の「11・18」を勝ち飾ろうと、全国の同志が今、限界突破の対話拡大に挑み、怒濤の勢いで前進しています。
西方 男子部も「ちかいし願やぶるべからず」(御書232ページ)との御金言のままに、自ら掲げた師弟の誓願を果たそうと懸命です。
大串 女子部も各地で、勇気の拡大のドラマが続々と生まれ、共に励まし合いながら異体同心のスクラムを広げています。
志賀 池田先生は、かつて語られました。「戦いは『勢い』があるほうが勝つ。最後の最後まで『執念』を燃やしたほうが勝つ。それが恩師の人生哲学であった」と。
原田 勝負を決するのは、「必ず勝つ!」との決定した一念と気迫、そして最後の最後まで諦めない執念の行動です。今こそ、師子吼の題目を唱え抜き、勇猛果敢に打って出て、師弟共戦の新たな歴史を開いていきましょう!
◇最後まで訴え抜く
永石 衆院選の投票日(31日)まで、あと「3日」です。今後、無党派層の投票行動が選挙結果に大きく影響します。
大串 特に18歳〜20歳代では、3割以上の人が投票日当日に投票先を決めたという統計もありますね(2017年の衆院選)。
原田 だからこそ公明党は、豊富な実績と政権担当能力の高さを、青年層を含めた全ての有権者に、最後まで訴え抜いてほしい。
◇公明は公約実現度ナンバーワン
西方 前回の衆院選での公約は、公明党が150項目を達成しました。その数は自民党(126)を上回ってナンバーワンです。「実施中」も含めると、公約実現度は8割を超えます(NPO法人「Mielka」の「JAPAN CHOICE」から)。
永石 例えば、消費税の軽減税率の導入は、公明党だけが粘り強く訴え続け、政府や自民党内の反対を説得して実現したものです。
大串 また、幼児教育・保育、私立高校授業料、大学など高等教育の「3つの無償化」をはじめ、携帯料金の引き下げや不妊治療への助成拡充なども、国民の切実な声をしっかり政治に届けた公明党の実績です。
原田 「小さな声を聴く力」「政策実現力」こそ、他党にない公明党の強みです。東京大学特任教授の湯浅誠氏も「公明党は国会議員と地方議員のネットワークのもと国民の声に熱心に耳を傾け、きめ細かいところまで目配りができる政党」(月刊誌「第三文明」11月号)と高く評価しています。与党に公明党がいるからこそ、自公連立政権に安定をもたらすのです。
◇財源を示してこそ
大串 公明党は、マイナンバーカードに1人一律3万円相当のポイントを付与する「新たなマイナポイント事業」を衆院選重点政策に掲げています。
志賀 第一生命経済研究所首席エコノミストの永浜利広氏は、一般家庭の現金・預金などの家庭金融資産が多く積み上がっている今、マイナポイントといった「需要刺激策が理にかなっている」(19日付「夕刊フジ」)と述べていましたね。
西方 加えて公明党は、「未来応援給付」(0歳から高校3年生までの子ども1人当たり一律10万円相当を支援・2兆円規模)を提唱していますが、山口代表は「借金を残さず、今ある財源を活用するのが基本的な考え」と強調しています。
志賀 約4兆5000億円の決算剰余金や、昨年度予算からの繰越金約30兆円も含めて活用するとしていますね。
永石 政策実現のためには、財源をつくり、その道筋を示すことが大事です。公明党は海外ワクチンの確保でも、昨年7月に国会で「予備費の活用」を提案したことで道を開きました。
原田 その後のコロナ対策でも、政府への70回を超える要望を通じ、ワクチン無料接種や迅速な接種体制の整備、国内初の治療薬の活用などを一貫して推進。今や2回接種を完了した人の割合は70%を超え、多くの医療関係者からも"公明党が日本を救った"など評価の声が上がっています。
永石 公明党が3回目のワクチン接種も無料化させ、国産の飲み薬の開発なども強力に後押ししていることも、心強い限りです。
◇選挙目当ての野合
大串 一方、立憲民主党などが公約に掲げた時限的な消費税5%への引き下げは、必要な財源が約13兆円も見込まれ、現実的ではないと指摘されています。
志賀 マスコミでは「社会保障財源の消費税の減税は乱暴な主張」「政権交代を現実として考えていない証左」(24日付「日経」)、「国家財政のさらなる悪化を考慮しないのは無責任」(14日付「読売」)などと批判が相次いでいます。
西方 農林水産相などを歴任した立憲民主党の元議員さえも「選挙で安易に減税を訴えれば、それこそ財源問題で苦しんだ民主党政権の二の舞いになりかねない」と警鐘を鳴らしている。
志賀 また、日米安全保障条約や自衛隊など、国家の根幹に関わる重要政策を棚上げする野党連合政権についても、納得できないという世論が多い。マスコミも共産党との閣外協力の合意には、「虚無的、背徳的だとすら感じる。これでどうやって国民の生命、財産、自由を守るというのか」(22日付「産経」)などと苦言を呈しています。
西方 立憲民主党内からも「共産の『抱きつき戦術』がさらに強まって、最終的に共産に取り込まれるような事態になれば大変だ」(27日付「読売」)と警戒する声すら出ているそうだ。
志賀 選挙目当てに野合し、"絵に描いた餅"を声高に訴えるのは、あまりに無責任すぎる。国民との約束を確実に実行してこそ、真の責任政党といえます。
原田 今、各地で激戦が続いていますが、今夏の東京都議選でも、事前の報道で"公明苦戦"などと報じられる逆風の中、執念の戦いで「8回連続全員当選」を果たしました。公明党は最後の最後まで死力を尽くし、何としても逆転勝利してほしい。そして、国民の期待と支持者の真心に断じて応えてもらいたい。
あげん事こそ大切なれ」
自らの誓願を果たすため
二度と来ない"今日"を
悔いなく戦い抜こう!
上野殿御返事 P1508
『文の心は仏を一中劫が間供養したてまつるより、末代悪世の中に人のあながちににくむ法華経の行者を供養する功徳はすぐれたりととかせ給う』
【通解】
文の心は仏を一中劫の間供養するよりも、末代悪世にあって人が強く憎む法華経の行者を供養する功徳の方が勝れていると説かれているのである。
名字の言 勝敗を分けるのは「己に勝つ」執念 2021年10月30日
陸上競技の短距離走には、四つの局面がある。�スタート�加速疾走�中間疾走�フィニッシュだ。100メートル走なら50メートル辺りで最大速度に達し、その後はどうしても減速してしまう▼大事なのはスタートダッシュだけではない。速度を最後まで維持できるかがポイントだという。今夏の東京五輪・男子100メートル走でも、1位の選手がゴールまで加速していくように見える場面があった。他の選手が速度を維持できず後れていったため、目にそう映ったのだろう▼勝負の世界では、「自分が苦しい時は相手も苦しい」といわれる。互いの力が拮抗した状態であれば、勝敗を分けるのは「己に勝つ」執念の一点に尽きよう▼我らの信心は「自分との戦い」である。日蓮大聖人は鎌倉から京都までの旅路が12日間かかることを踏まえ、11日で歩みを止めては「何として都の月をば詠め候べき」(御書1440ページ)と励まされた。門下を断じて幸せにとの大慈悲と拝される▼人生はよくマラソンに例えられるが、「ここぞ」という勝負どころは短距離走のようなスパートが必要だ。池田先生は「いざという時に戦い切れば、永遠に崩れない常楽我浄の軌道を開くことができる」と。走り抜こう! わが栄光のゴールへ。
寸鉄 2021年10月30日
広布は言論戦だから語り捲れ—恩師。我らは正々堂々!仏縁結ぶ対話拡大
大空知、留萌、サロベツ頑張れ!逆転へ大声援!北海天地にVサイン必ず
北、足立、豊島、板橋が激走。民衆の大連帯で猛追を。感激の凱歌再び!
公明比例、各地で懸命に追い上げ。日本再生の為、大勝利を!最後まで支援
2050年CO2ゼロが政府目標。公明が首相の決断後押し。環境守る砦
☆四季の励まし 師弟の勝利の大叙事詩を 2021年10月24日
◇池田先生の言葉
師弟不二——
真実の戦いは、
ここにしかない。
ここにしか、仏法はない。
深き人間の道もない。
師匠に応えんとする、
その一念、その祈りから、
勝利の力が生まれるのだ。
師匠に心を合わせる。
師弟の熱き魂を
叫び抜いていく。
そうすれば、
もっともっと
力を発揮できる。
変わっていける。
全て「心」で決まるのだ。
師匠に対して、
「きょうも、
新しい勝利の道を
開きました!」と
毎日、報告するような
気持ちで戦うことだ。
師匠は大地であり、
弟子は草木である。
報恩の弟子の勝利は、
稲の命が
大地に還るがごとく、
師匠の栄光となり、
福徳となる。
そして、
その師弟の大地から、
新たな勝利の花が
永遠に咲き誇る。
「決意」は即
「行動」である。
立つべき時に立つ!
時を逃さずに戦う!
電光石火の共戦こそ、
創価の師弟の心であり、
楽土を築きゆく
地涌の闘争なることを
忘れまい。
三世永遠の
「師弟の絆」で結ばれた
わが同志よ、
今こそ前進だ!
対話だ! 励ましだ!
快活に動こう!
この世の誓いを、
尊き地涌の使命を
果たし抜くために!
君よ、
君でなければ
創ることのできぬ、
偉大な使命の物語を創れ!
そして、共々に、
師弟の勝利の大叙事詩を
生き抜いて
いこうではないか!
【写真説明】広宣流布大誓堂(東京・信濃町)の威容が青空に映える。2019年(令和元年)5月、池田大作先生が車中からカメラに収めた。
大誓堂に設置された「広宣流布 誓願の碑」の碑文に、先生は認めた。「我ら民衆が世界の立正安国を深く祈念し、いかなる三障四魔も恐るることなく、自他共の人間革命の勝利へ出発せる師弟誓願の大殿堂なり」
我ら創価の師弟は、壮大なる世界広宣流布の大長征を進んでいる。この深き使命を自覚する時、無限の力がわが命に湧いてくる。師と祈りを合わせ、語り、動き、栄光の歴史を今こそ! 世界が創価の凱歌を待っている。
☆座談会 栄光の「11・18」へ怒濤の大前進 気迫と執念が勝負を決する 2021年10月28日
永石 栄光の「11・18」を勝ち飾ろうと、全国の同志が今、限界突破の対話拡大に挑み、怒濤の勢いで前進しています。
西方 男子部も「ちかいし願やぶるべからず」(御書232ページ)との御金言のままに、自ら掲げた師弟の誓願を果たそうと懸命です。
大串 女子部も各地で、勇気の拡大のドラマが続々と生まれ、共に励まし合いながら異体同心のスクラムを広げています。
志賀 池田先生は、かつて語られました。「戦いは『勢い』があるほうが勝つ。最後の最後まで『執念』を燃やしたほうが勝つ。それが恩師の人生哲学であった」と。
原田 勝負を決するのは、「必ず勝つ!」との決定した一念と気迫、そして最後の最後まで諦めない執念の行動です。今こそ、師子吼の題目を唱え抜き、勇猛果敢に打って出て、師弟共戦の新たな歴史を開いていきましょう!
◇最後まで訴え抜く
永石 衆院選の投票日(31日)まで、あと「3日」です。今後、無党派層の投票行動が選挙結果に大きく影響します。
大串 特に18歳〜20歳代では、3割以上の人が投票日当日に投票先を決めたという統計もありますね(2017年の衆院選)。
原田 だからこそ公明党は、豊富な実績と政権担当能力の高さを、青年層を含めた全ての有権者に、最後まで訴え抜いてほしい。
◇公明は公約実現度ナンバーワン
西方 前回の衆院選での公約は、公明党が150項目を達成しました。その数は自民党(126)を上回ってナンバーワンです。「実施中」も含めると、公約実現度は8割を超えます(NPO法人「Mielka」の「JAPAN CHOICE」から)。
永石 例えば、消費税の軽減税率の導入は、公明党だけが粘り強く訴え続け、政府や自民党内の反対を説得して実現したものです。
大串 また、幼児教育・保育、私立高校授業料、大学など高等教育の「3つの無償化」をはじめ、携帯料金の引き下げや不妊治療への助成拡充なども、国民の切実な声をしっかり政治に届けた公明党の実績です。
原田 「小さな声を聴く力」「政策実現力」こそ、他党にない公明党の強みです。東京大学特任教授の湯浅誠氏も「公明党は国会議員と地方議員のネットワークのもと国民の声に熱心に耳を傾け、きめ細かいところまで目配りができる政党」(月刊誌「第三文明」11月号)と高く評価しています。与党に公明党がいるからこそ、自公連立政権に安定をもたらすのです。
◇財源を示してこそ
大串 公明党は、マイナンバーカードに1人一律3万円相当のポイントを付与する「新たなマイナポイント事業」を衆院選重点政策に掲げています。
志賀 第一生命経済研究所首席エコノミストの永浜利広氏は、一般家庭の現金・預金などの家庭金融資産が多く積み上がっている今、マイナポイントといった「需要刺激策が理にかなっている」(19日付「夕刊フジ」)と述べていましたね。
西方 加えて公明党は、「未来応援給付」(0歳から高校3年生までの子ども1人当たり一律10万円相当を支援・2兆円規模)を提唱していますが、山口代表は「借金を残さず、今ある財源を活用するのが基本的な考え」と強調しています。
志賀 約4兆5000億円の決算剰余金や、昨年度予算からの繰越金約30兆円も含めて活用するとしていますね。
永石 政策実現のためには、財源をつくり、その道筋を示すことが大事です。公明党は海外ワクチンの確保でも、昨年7月に国会で「予備費の活用」を提案したことで道を開きました。
原田 その後のコロナ対策でも、政府への70回を超える要望を通じ、ワクチン無料接種や迅速な接種体制の整備、国内初の治療薬の活用などを一貫して推進。今や2回接種を完了した人の割合は70%を超え、多くの医療関係者からも"公明党が日本を救った"など評価の声が上がっています。
永石 公明党が3回目のワクチン接種も無料化させ、国産の飲み薬の開発なども強力に後押ししていることも、心強い限りです。
◇選挙目当ての野合
大串 一方、立憲民主党などが公約に掲げた時限的な消費税5%への引き下げは、必要な財源が約13兆円も見込まれ、現実的ではないと指摘されています。
志賀 マスコミでは「社会保障財源の消費税の減税は乱暴な主張」「政権交代を現実として考えていない証左」(24日付「日経」)、「国家財政のさらなる悪化を考慮しないのは無責任」(14日付「読売」)などと批判が相次いでいます。
西方 農林水産相などを歴任した立憲民主党の元議員さえも「選挙で安易に減税を訴えれば、それこそ財源問題で苦しんだ民主党政権の二の舞いになりかねない」と警鐘を鳴らしている。
志賀 また、日米安全保障条約や自衛隊など、国家の根幹に関わる重要政策を棚上げする野党連合政権についても、納得できないという世論が多い。マスコミも共産党との閣外協力の合意には、「虚無的、背徳的だとすら感じる。これでどうやって国民の生命、財産、自由を守るというのか」(22日付「産経」)などと苦言を呈しています。
西方 立憲民主党内からも「共産の『抱きつき戦術』がさらに強まって、最終的に共産に取り込まれるような事態になれば大変だ」(27日付「読売」)と警戒する声すら出ているそうだ。
志賀 選挙目当てに野合し、"絵に描いた餅"を声高に訴えるのは、あまりに無責任すぎる。国民との約束を確実に実行してこそ、真の責任政党といえます。
原田 今、各地で激戦が続いていますが、今夏の東京都議選でも、事前の報道で"公明苦戦"などと報じられる逆風の中、執念の戦いで「8回連続全員当選」を果たしました。公明党は最後の最後まで死力を尽くし、何としても逆転勝利してほしい。そして、国民の期待と支持者の真心に断じて応えてもらいたい。
2021年10月29日金曜日
2021.10.29 わが友に贈る
御聖訓「相構え相構えて
強盛の大信力を致して」
諸天をも揺り動かす
強き一念と勇気の行動で
自分史に輝く金字塔を!
聖人御難事 P1190
『各各師子王の心を取り出していかに人をどすともをづる事なかれ、師子王は百獣にをぢず師子の子又かくのごとし、彼等は野干のほうるなり日蓮が一門は師子の吼るなり』
【通解】
各々、師子王の心を奮い起こし、いかに人が脅そうとも、決して恐れてはならない。師子王は百獣を恐れない。師子の子もまた同じである。彼らは、野干(狐)が吼えているようなものである。日蓮の一門は、師子が吼えているようなものである。
名字の言 「第九の怒濤」に込められたメッセージ 2021年10月29日
本紙の企画「絵画は語る」で、ロシアの画家アイヴァゾフスキーの傑作「第九の怒濤」が紹介された(10月26日付3面)▼第九の怒濤とは、嵐の海の中で最も巨大で恐ろしい破壊的な波とされる。ロシア文学の名作『戦争と平和』にも「ちょうど船をも破壊する最後の、第九の波のごとく、最後の抗いがたい大波」(望月哲男訳)と書いてある▼イギリスの風景画家ターナーの「難破船」は自然と人間の戦いを描いた「第九の怒濤」と構図が極めて類似する作品だが、両者には決定的な違いがある。ロシア美術研究家の山口恭子さんによれば、人間を自然の猛威の前になすすべもない存在と描いたターナーに対し、「第九の怒濤」には自然と勇敢に戦い、最後は勝つという希望が輝き、歓喜の賛歌が響き渡る、と(「海の詩人アイヴァゾフスキー」)▼池田先生は長編詩「『第九の怒濤』を観て」でうたった。「信念のある彼は/受難も受苦も/必ずや人間は/乗り越えゆく/使命と力を/持っていることを/教えたかった」「乗り越えゆくのだ/すべてを!/自身の前途の苦難を!/君よ/あなたよ/断じて/乗り越えていってくれ給え!」▼波浪は障害にあうごとに、その頑固の度を増す——わが人生も、かくありたい。
寸鉄 2021年10月29日
御書「思い切って強強に」真実を語れば信頼が広がる。劇が起こる。共に前へ
若師子よ走れ。青年の一の拡大で二倍三倍の波動が!君の手で栄光の朝を
公明比例、各地とも激戦。断固攻め抜き勝ち上がれ民衆が味方!皆でエール
軽減税率・教育無償化等公明の実績多数。公約は実現可能か"画餅"か喝破
大音量のイヤホン使用は難聴の因と。人と話せ程度の音量で。賢く活用
☆池田先生ご夫妻が「創立の月」を前に恩師記念会館で勤行 全同志の福徳と勝利を祈念
池田大作先生ご夫妻は「創立の月」を前にした28日、総本部の創価学会恩師記念会館(東京・新宿区)を訪れ、勤行・唱題した。
今年の11月は、三代の会長の誓願であり学会の使命である世界広宣流布へ、池田先生が本格的な反転攻勢の激励行を開始して40周年、宗門から"魂の独立"を果たして30周年の意義ある時を刻む。
先生ご夫妻は、「大いなる広布の山」を越えゆかんと力走する全国・全世界の同志の福徳と健康、大勝利を心から祈念した。
☆いのちの賛歌 心に刻む一節 生死と向き合う 2021年10月19日
企画「いのちの賛歌 心に刻む一節」では、御聖訓を胸に、宿命に立ち向かってきた創価学会員の体験を紹介するとともに、池田先生の指導を掲載する。今回は「生死と向き合う」をテーマに、広島県の女性に話を聞いた。
テーマ:生死と向き合う
◇御文
『心の師とは・なるとも心を師とせざれとは六波羅蜜経の文なり』(兄弟抄、御書1088ページ)
◇通解
わが心に対して師とはなっても、わが心を師としてはならない、とは六波羅蜜経の文である。
いかなる時も師と共に
新生児死を経験
「宿命の渦中にいる時は分からなくても、後から振り返ったら"一つ一つに意味があったんだ"と思える時が、必ず来るんです」
そう語る矢的三枝子さん=総広島女性部副総合長=には、決して忘れられない出来事があった——。
◇
女子部時代は広布の本陣・東京で信心一筋に走り抜き、縁あって夫・正吉さん(74)=広島戸田総県副総合長=と結婚。出産を経て、30歳の時に夫の転勤に伴い、広島・安佐北区に転居した。
矢的さんにとって、ゆかりのない土地での新生活。不安がなかったわけではない。それでも、「住むからには、この地こそが自分の使命の舞台だと心を定めていこうと、御本尊に誓ったんです」と振り返る。
その後、2人目の子を授かり、35歳の時に3人目を妊娠した。順調に発育し、双子であることも分かった。夫婦で喜んでいたのもつかの間、妊娠30週を過ぎた頃から、矢的さんは体に違和感を覚え始めた。出産に向けて埼玉県の実家に帰省していた時のことだった。
「上の子たちの時と違って、おなかが張るなと思ったんです。それがどんどん膨らみ、食事も取れないほど苦しくなってきて……」
近くの大学病院で検査してもらったところ、「羊水過多症」と告げられた。そのまま緊急入院に。その後、破水してしまったため、緊急の帝王切開手術によって1420グラムの極低出生体重児と、842グラムの超低出生体重児の双子を出産した。
「手術は無事でした。でも、聞こえた産声は、双子のうちの一人だけだったんです」
不安がよぎったが、双子の新生児は直ちに保育器へ保護されたため、矢的さんは、わが子たちの顔を見ることができなかった。2日後、病室で正吉さんから伝えられたのは、「1420グラムで生まれた子が、今日、亡くなった」ということだった。矢的さんはベッドの上で泣き崩れた。
一度も顔を見ないままの、わが子との永遠の別れ。気持ちの整理がつかず、悲哀の底に沈んだ。そんな折、池田先生ご夫妻から温かな激励の言葉が届いた。
「意味のあることです」「落胆しないで、前を向いていきなさい」——命が揺さぶられるようだった。
「まるで先生ご夫妻が、抱きかかえるように励ましてくださっているみたいで。涙があふれて止まりませんでした」
矢的さんは、「意味があること」と、すぐにうなずけたわけではなかったという。それでも、「そうなんだ」と自分に言い聞かせて、涙を拭い、顔を上げた。
この時、拝した御書が「心の師とは・なるとも心を師とせざれ」(1088ページ)との一節だった。
「弱い自分の心に引っ張られてしまうのか。それとも、世界一の師匠と心を合わせて、今世の使命を果たすのか。私は"師と共に生き抜く"と決めたんです」
その後、祈りに祈り、自らの生命を"どん底"から引き上げた矢的さんは、"亡き子の分まで"という誓いをかみ締め、学会活動に今まで以上の情熱を注いだ。その中で、同じように子どもを亡くした同志と出会うこともあった。
「経験したからこそ、相手の苦悩の深さも分かる。広布に生きる中で、自分が悩んだことの『意味』も、少しずつ見えてきて……」
矢的さんは広布の第一線で同志に尽くし抜き、総広島婦人部長(当時)等を歴任。これまで夫の脳梗塞をはじめ、さまざまな宿業の嵐に家族が幾度も襲われたが、そのたびに強盛な信心を奮い起こし、一家で不屈の前進を貫いてきた。
「同志に心から寄り添える自分になれたこと。それが、私が悩んできたことの意味なのかなと思います。断言できることは、どんな時も学会の中に身を置いていれば、人生の軌道に間違いはないということです。師の心をわが心として進む人生に、不幸があるわけがないんです」
矢的さんは、「人生の意味が全て分かったわけではない」と前置きしつつ話す。
「結局、自分の人生の意味というのは、自らの境涯によって、良い方向にも悪い方向にも変わるんです。同じことでも、そこにどんな意味を見いだすかは、その時の境涯次第。だからこそ、自分を善の方向、希望の方向へ力強く引っ張ってくれる『心の師』が必要なんです。戦い続ける中でしか、本当の意味は感じとれないんです」
試練の峰を何度も乗り越えてきた確信が、声ににじむ。
池田先生は語っている。
「法を体現した師匠、法と一体となった師匠を求め、その師匠を模範と仰いで弟子が実践していく。そのとき、初めて『心の師』となる生き方が実現するのです。
言い換えれば、私たちの一生成仏には、衆生の持つ『心の可能性』がどれだけ広いかを教え示す『法の体現者』であり、『法と一体化』した『師』の存在が不可欠となるのです。(中略)
私の胸中には、いつも『心の師』である戸田先生がいる。今も日々、瞬間瞬間、胸中の師と対話しています。これが『師弟不二』です」
「いかなる人も、真面目に、そして粘り強く、信心を貫き通すならば、必ず、この一生のうちに、尊き仏の境涯を勝ちとることができると、大聖人が、断言されているのであります」(池田大作先生の指導選集〈上〉『幸福への指針』)
偉大な師と心を合わせることで、自らの境涯も、大きく開いていける。いかなる行き詰まりも、必ず打開していくことができる——矢的さんがつかんだ確信だ。
「悩みが消えるわけではありません。けれど、悩みが悩みでなくなるんです。それが、この信心の真髄なのでしょう。
人生は、宿業との連続闘争。途中で何があっても、私はどこまでも師匠と共に進み続けていきます」
[教学コンパス]
「誕生死」という言葉がある。流産・死産・新生児死などを示す造語だが、元になったのは、そうした体験を持つ家族たちを取り上げた『誕生死』(三省堂)という本。反響は大きく、後に、寄せられた感想が一冊の本(『誕生死・想』三省堂)となった。
そこには、「1度だけ抱くことができた時の1802gの命の重さを温かさを今でも忘れる事はできません」といった声や、「『悲しい、かわいそうな話』ではなく、あの娘がいてくれたからこそ今の幸福があることを知ってくださる方がいれば」といった声が(全て原文ママ)。読むほどに、命の"かけがえのなさ"が胸に迫る。とりわけ感じたのは"同じ経験をした人の存在が励みになった"という声の多さだ。
創価学会でも、本紙や座談会などで日々語られる同志の体験談を励みとし、「あの人のように」と苦難に挑んでいる友は無数にいる。日蓮大聖人は「一は万が母」(御書498ページ)と仰せになった。負けじ魂で試練に挑み勝つ一人の雄姿は、万人を鼓舞する"希望の道しるべ"となるのだ。
強盛の大信力を致して」
諸天をも揺り動かす
強き一念と勇気の行動で
自分史に輝く金字塔を!
聖人御難事 P1190
『各各師子王の心を取り出していかに人をどすともをづる事なかれ、師子王は百獣にをぢず師子の子又かくのごとし、彼等は野干のほうるなり日蓮が一門は師子の吼るなり』
【通解】
各々、師子王の心を奮い起こし、いかに人が脅そうとも、決して恐れてはならない。師子王は百獣を恐れない。師子の子もまた同じである。彼らは、野干(狐)が吼えているようなものである。日蓮の一門は、師子が吼えているようなものである。
名字の言 「第九の怒濤」に込められたメッセージ 2021年10月29日
本紙の企画「絵画は語る」で、ロシアの画家アイヴァゾフスキーの傑作「第九の怒濤」が紹介された(10月26日付3面)▼第九の怒濤とは、嵐の海の中で最も巨大で恐ろしい破壊的な波とされる。ロシア文学の名作『戦争と平和』にも「ちょうど船をも破壊する最後の、第九の波のごとく、最後の抗いがたい大波」(望月哲男訳)と書いてある▼イギリスの風景画家ターナーの「難破船」は自然と人間の戦いを描いた「第九の怒濤」と構図が極めて類似する作品だが、両者には決定的な違いがある。ロシア美術研究家の山口恭子さんによれば、人間を自然の猛威の前になすすべもない存在と描いたターナーに対し、「第九の怒濤」には自然と勇敢に戦い、最後は勝つという希望が輝き、歓喜の賛歌が響き渡る、と(「海の詩人アイヴァゾフスキー」)▼池田先生は長編詩「『第九の怒濤』を観て」でうたった。「信念のある彼は/受難も受苦も/必ずや人間は/乗り越えゆく/使命と力を/持っていることを/教えたかった」「乗り越えゆくのだ/すべてを!/自身の前途の苦難を!/君よ/あなたよ/断じて/乗り越えていってくれ給え!」▼波浪は障害にあうごとに、その頑固の度を増す——わが人生も、かくありたい。
寸鉄 2021年10月29日
御書「思い切って強強に」真実を語れば信頼が広がる。劇が起こる。共に前へ
若師子よ走れ。青年の一の拡大で二倍三倍の波動が!君の手で栄光の朝を
公明比例、各地とも激戦。断固攻め抜き勝ち上がれ民衆が味方!皆でエール
軽減税率・教育無償化等公明の実績多数。公約は実現可能か"画餅"か喝破
大音量のイヤホン使用は難聴の因と。人と話せ程度の音量で。賢く活用
☆池田先生ご夫妻が「創立の月」を前に恩師記念会館で勤行 全同志の福徳と勝利を祈念
池田大作先生ご夫妻は「創立の月」を前にした28日、総本部の創価学会恩師記念会館(東京・新宿区)を訪れ、勤行・唱題した。
今年の11月は、三代の会長の誓願であり学会の使命である世界広宣流布へ、池田先生が本格的な反転攻勢の激励行を開始して40周年、宗門から"魂の独立"を果たして30周年の意義ある時を刻む。
先生ご夫妻は、「大いなる広布の山」を越えゆかんと力走する全国・全世界の同志の福徳と健康、大勝利を心から祈念した。
☆いのちの賛歌 心に刻む一節 生死と向き合う 2021年10月19日
企画「いのちの賛歌 心に刻む一節」では、御聖訓を胸に、宿命に立ち向かってきた創価学会員の体験を紹介するとともに、池田先生の指導を掲載する。今回は「生死と向き合う」をテーマに、広島県の女性に話を聞いた。
テーマ:生死と向き合う
◇御文
『心の師とは・なるとも心を師とせざれとは六波羅蜜経の文なり』(兄弟抄、御書1088ページ)
◇通解
わが心に対して師とはなっても、わが心を師としてはならない、とは六波羅蜜経の文である。
いかなる時も師と共に
新生児死を経験
「宿命の渦中にいる時は分からなくても、後から振り返ったら"一つ一つに意味があったんだ"と思える時が、必ず来るんです」
そう語る矢的三枝子さん=総広島女性部副総合長=には、決して忘れられない出来事があった——。
◇
女子部時代は広布の本陣・東京で信心一筋に走り抜き、縁あって夫・正吉さん(74)=広島戸田総県副総合長=と結婚。出産を経て、30歳の時に夫の転勤に伴い、広島・安佐北区に転居した。
矢的さんにとって、ゆかりのない土地での新生活。不安がなかったわけではない。それでも、「住むからには、この地こそが自分の使命の舞台だと心を定めていこうと、御本尊に誓ったんです」と振り返る。
その後、2人目の子を授かり、35歳の時に3人目を妊娠した。順調に発育し、双子であることも分かった。夫婦で喜んでいたのもつかの間、妊娠30週を過ぎた頃から、矢的さんは体に違和感を覚え始めた。出産に向けて埼玉県の実家に帰省していた時のことだった。
「上の子たちの時と違って、おなかが張るなと思ったんです。それがどんどん膨らみ、食事も取れないほど苦しくなってきて……」
近くの大学病院で検査してもらったところ、「羊水過多症」と告げられた。そのまま緊急入院に。その後、破水してしまったため、緊急の帝王切開手術によって1420グラムの極低出生体重児と、842グラムの超低出生体重児の双子を出産した。
「手術は無事でした。でも、聞こえた産声は、双子のうちの一人だけだったんです」
不安がよぎったが、双子の新生児は直ちに保育器へ保護されたため、矢的さんは、わが子たちの顔を見ることができなかった。2日後、病室で正吉さんから伝えられたのは、「1420グラムで生まれた子が、今日、亡くなった」ということだった。矢的さんはベッドの上で泣き崩れた。
一度も顔を見ないままの、わが子との永遠の別れ。気持ちの整理がつかず、悲哀の底に沈んだ。そんな折、池田先生ご夫妻から温かな激励の言葉が届いた。
「意味のあることです」「落胆しないで、前を向いていきなさい」——命が揺さぶられるようだった。
「まるで先生ご夫妻が、抱きかかえるように励ましてくださっているみたいで。涙があふれて止まりませんでした」
矢的さんは、「意味があること」と、すぐにうなずけたわけではなかったという。それでも、「そうなんだ」と自分に言い聞かせて、涙を拭い、顔を上げた。
この時、拝した御書が「心の師とは・なるとも心を師とせざれ」(1088ページ)との一節だった。
「弱い自分の心に引っ張られてしまうのか。それとも、世界一の師匠と心を合わせて、今世の使命を果たすのか。私は"師と共に生き抜く"と決めたんです」
その後、祈りに祈り、自らの生命を"どん底"から引き上げた矢的さんは、"亡き子の分まで"という誓いをかみ締め、学会活動に今まで以上の情熱を注いだ。その中で、同じように子どもを亡くした同志と出会うこともあった。
「経験したからこそ、相手の苦悩の深さも分かる。広布に生きる中で、自分が悩んだことの『意味』も、少しずつ見えてきて……」
矢的さんは広布の第一線で同志に尽くし抜き、総広島婦人部長(当時)等を歴任。これまで夫の脳梗塞をはじめ、さまざまな宿業の嵐に家族が幾度も襲われたが、そのたびに強盛な信心を奮い起こし、一家で不屈の前進を貫いてきた。
「同志に心から寄り添える自分になれたこと。それが、私が悩んできたことの意味なのかなと思います。断言できることは、どんな時も学会の中に身を置いていれば、人生の軌道に間違いはないということです。師の心をわが心として進む人生に、不幸があるわけがないんです」
矢的さんは、「人生の意味が全て分かったわけではない」と前置きしつつ話す。
「結局、自分の人生の意味というのは、自らの境涯によって、良い方向にも悪い方向にも変わるんです。同じことでも、そこにどんな意味を見いだすかは、その時の境涯次第。だからこそ、自分を善の方向、希望の方向へ力強く引っ張ってくれる『心の師』が必要なんです。戦い続ける中でしか、本当の意味は感じとれないんです」
試練の峰を何度も乗り越えてきた確信が、声ににじむ。
池田先生は語っている。
「法を体現した師匠、法と一体となった師匠を求め、その師匠を模範と仰いで弟子が実践していく。そのとき、初めて『心の師』となる生き方が実現するのです。
言い換えれば、私たちの一生成仏には、衆生の持つ『心の可能性』がどれだけ広いかを教え示す『法の体現者』であり、『法と一体化』した『師』の存在が不可欠となるのです。(中略)
私の胸中には、いつも『心の師』である戸田先生がいる。今も日々、瞬間瞬間、胸中の師と対話しています。これが『師弟不二』です」
「いかなる人も、真面目に、そして粘り強く、信心を貫き通すならば、必ず、この一生のうちに、尊き仏の境涯を勝ちとることができると、大聖人が、断言されているのであります」(池田大作先生の指導選集〈上〉『幸福への指針』)
偉大な師と心を合わせることで、自らの境涯も、大きく開いていける。いかなる行き詰まりも、必ず打開していくことができる——矢的さんがつかんだ確信だ。
「悩みが消えるわけではありません。けれど、悩みが悩みでなくなるんです。それが、この信心の真髄なのでしょう。
人生は、宿業との連続闘争。途中で何があっても、私はどこまでも師匠と共に進み続けていきます」
[教学コンパス]
「誕生死」という言葉がある。流産・死産・新生児死などを示す造語だが、元になったのは、そうした体験を持つ家族たちを取り上げた『誕生死』(三省堂)という本。反響は大きく、後に、寄せられた感想が一冊の本(『誕生死・想』三省堂)となった。
そこには、「1度だけ抱くことができた時の1802gの命の重さを温かさを今でも忘れる事はできません」といった声や、「『悲しい、かわいそうな話』ではなく、あの娘がいてくれたからこそ今の幸福があることを知ってくださる方がいれば」といった声が(全て原文ママ)。読むほどに、命の"かけがえのなさ"が胸に迫る。とりわけ感じたのは"同じ経験をした人の存在が励みになった"という声の多さだ。
創価学会でも、本紙や座談会などで日々語られる同志の体験談を励みとし、「あの人のように」と苦難に挑んでいる友は無数にいる。日蓮大聖人は「一は万が母」(御書498ページ)と仰せになった。負けじ魂で試練に挑み勝つ一人の雄姿は、万人を鼓舞する"希望の道しるべ"となるのだ。
2021年10月28日木曜日
2021.10.28 わが友に贈る
「いかに強敵重なるとも・
ゆめゆめ退する心なかれ」
広布は仏と魔との攻防戦。
勢いと粘りの対話で
激戦突破の歴史綴ろう!
上野殿御消息 P1527
『かくれての信あればあらはれての徳あるなり』
【通解】
今は知られなくとも誠意があれば、いつか外にあらわれての徳があるといわれているとおりである。
名字の言 琉球の外交史に刻まれた精神 2021年10月28日
琉球王国時代の440年余にわたる膨大な外交文書が収められた「歴代宝案」。諸外国との外交の歴史と共に、海の往来で起きた遭難に関する記録も多く残されている▼琉球には外国の漂着者を保護し、本国に送還する態勢が整っていた。ある時、救助した中国の漂着船に重病者がいた。琉球王府の医師が懸命に治療するが及ばず、遺体は手厚く葬られた。後に帰国した一人が、琉球での厚遇を伝え広めた▼一方、傍若無人に振る舞う外国人には、毅然とした態度で交渉した。交易国の間で琉球人は"正直で人を裏切らない"として、一目置かれたという。琉球の外交史には大国を相手に長期繁栄を築いた、生命尊厳と信義重視の精神が刻まれている▼池田先生は、外交で重要なのは「勇気」と「誠実」であると述べた。難しそうな相手にも胸襟を開いて率直に語り合う。そして"この人なら信じられる"と思われるような信頼関係を築くことである、と▼法華経に説かれる不軽菩薩は、万人に仏の生命が具わると確信し、礼拝行を続けた。相手にも自身にも仏性があるとの信念を貫いた精神闘争だ。ここに"創価の外交戦"の魂がある。「勇気の対話」「誠実の振る舞い」から、共感の万波は広がっていく。
寸鉄 2021年10月28日
「やすみぬれば火をえず」御書。中途半端で壁は破れない。悔い残さず拡大
大空知、留萌、サロベツに栄光の虹を!北海同志が猛追。日本中から大声援
公明、東京の12区と比例で追走。逆転へ議員が全力を!民衆の連帯で支援
公明党の「公約実現度」は8割超—NPO調査。コロナ克服の推進力たれ
歩きスマホの視界は通常の20分の1と。事故の元。"私は大丈夫"の油断排し
☆人間主義の哲学の視座 第12回 対談集「21世紀への選択」に学ぶ(下)
テーマ:安心と安全
池田大作先生の著作から、現代に求められる視点を学ぶ「人間主義の哲学の視座」。「安心と安全」をテーマに掲げ、前回に引き続き、マジッド・テヘラニアン博士との対談集『21世紀への選択』をひもとく。
【池田先生】
互いに「対話」に徹してこそ異文明の接触は創造的方向へ
【テヘラニアン博士】
平和を目指す私たちの挑戦は一人一人の人間革命が基軸に
◇崩壊か突破か
「私たちは歴史の転換点を迎えている」——グテーレス国連事務総長は、先月10日に発表した報告書「私たちの共通の課題」で、そう述べた。
創設75周年を迎えた昨年、国連では、全世界の150万人に対して、未来の優先課題や行動のアイデアに関する調査を実施。同報告書は、この調査結果やその後に行われた協議の内容を踏まえ、国連としてのビジョンを打ち出したものである。
事務総長は、気候変動や新型コロナ感染症といった共通の課題を前に、人類は「ブレークダウン(崩壊)かブレークスルー(突破)か」といった緊急の選択を迫られているとし、そうした選択をする同様の機会は「二度と訪れない」。つまり、手遅れになる前に行動を加速すべき時は「今」であることを訴えている。
◇想像力の所産
危機を前に、崩壊ではなく突破するための方途としてグテーレス事務総長が強調したのは、グローバルな連帯、多国間の協力の必要性であった。
もとより、連帯と協力は、人々の安心と安全を実現する上で最重要の課題の一つである。社会を分断し、混乱へと陥れようとする力が働く危機の時代にあっては、それらの価値をいやまして高めていく挑戦が不可欠だ。
池田先生とテヘラニアン博士との対談が行われた1990年代、宗教や民族の対立に端を発する紛争が、世界各地で発生していた。「文明の衝突」は、国際社会の論壇の主たるテーマとなった。
ノーベル経済学賞受賞者のアマルティア・セン博士は、衝突が不可避であるかどうか以前に、文明という側面で人間を「一面だけから見」「ひと括りにする」こと自体が、政情不安をあおると指摘した(東郷えりか訳『人間の安全保障』集英社)。この視点は、先生と博士の対談にも通底している。
先生は、紛争などの背景にある複雑な要因を「文明の衝突」という図式だけで捉えると、"文明が異なるのだから、対立は不可避である"といった見方が定着し、ゆえに、対立の真の原因が見失われてしまうと指摘する。
博士は賛同しつつ、ではなぜ、「文明の衝突」というテーゼが世界中の注目を集めたのかを語る。
——国民の団結を強めるために外敵を必要とした国々は、目に見える外敵がいない場合、新たに敵を想定しようとする。「文明の衝突」は、排他的な立場をとる人々にとって、都合のよい理論となった、と。
文明とは、分析上のカテゴリーとしての有用性を超えた、多様な人間が織りなす生き方や価値観の表現である——これが両者に共通する捉え方だった。
テヘラニアン 文化と文明はすべて、有限、はかなさといった人間の普遍的状況に順応しながら、その状況を変革し乗り越えようとする人間のイマジネーション(想像力)の所産であると、私は思うのです。
池田 限りある自己を乗り越えていく想像力、またその所産としての変革のダイナミズムにこそ文化や文明の生命があるという見解に、私も全面的に賛成です。
テヘラニアン それぞれの文化、それぞれの文明が、それ独自の生態的、歴史的状況のなかで「生の神秘」に向きあっているのです。
だからこそ、それぞれの違いは人間の天分の多様な表れとして尊重され、讃美されるべきです。
◇
文明間の出合いには、破壊的な関係だけでなく創造的な関係もありえます。おそらく、その両方と言ってもよいでしょう。
池田 異文明の接触によってもたらされるエネルギーを、真に創造的な方向へと生かせるかどうかはひとえに双方の努力、まさに「対話」にかかっている、と私は思うのです。
◇賢者の論
異なる文化や背景の人同士が、語り合い、学び合う中で、互いの世界観は大きく広がる。先生と博士の交流自体、そうした「文明間の対話」にほかならなかった。
先生は、文明間の対話を想起させる歴史的な事例として、仏教の古典である「ミリンダ王の問い」を紹介。力による「王者の論」ではなく、対話による「賢者の論」が重んじられた話を通して語る。
「『賢者の論』という象徴的な言葉に、時代を超えた普遍的な対話の要件、つまり、理性的で実りある対話を成立させる基本が示されていると思います。それはまた、平等で自由な対話を根本としてきた、釈尊以来の仏教者の姿勢でもありました」
さらに先生は、そうした「賢者の論」の精神と共に、互いの差異を乗り越える普遍性へのまなざしが、実りある対話には欠かせないと強調。国や民族の多様性の奥に輝く「人間性」という普遍の光を、人類の心に灯し、その輝きを高め合うことが、民族や文化・伝統といった多様性を真に生かす道であると訴える。
テヘラニアン 科学技術の大進歩は私たちの社会に絶え間ない変化をもたらしましたが、その一方で限りない欲望が人々の心を支配しているのです。
◇
そうしたなかで、人生の意味を探求する世界中の思慮深い人々は、自分たちのかぎられた文化の地平の彼方をのぞみ見て、他の文化や文明のなかに現在の難局を打破する答えを求めています。(中略)世界のどこを訪れても、排他的な民族主義、自民族中心主義、「文化の自己讃美主義」を超えることのできる普遍性が希求されているのを、つくづく実感するのです。
池田 私も1994年に行ったモスクワ大学での講演(「人間——大いなるコスモス」)で大要、次のように論じました。(中略)「普遍性」とは、人間と自然と宇宙が共存し、小宇宙(ミクロ・コスモス)と大宇宙(マクロ・コスモス)が一個の生命体として融合しゆく「共生」の秩序感覚であり、そうしたみずみずしい「普遍性」を生命に充溢させていくならば、たとえ属する集団が異なったとしても、対話も相互理解もつねに可能である——と、訴えたのです。
また先生は同講演を踏まえつつ、トルストイの小説『アンナ・カレーニナ』をひもときながら、「内発性」こそが、人格的な価値の枢軸をなし、対話の要件ともいうべき謙虚さ、寛容さを生み出してきた母胎であったと述べた。そして、この内発性をおろそかにしたがゆえに、"宗教のため"に人間が傷つけ合うといった転倒が繰り返されてきたと指摘している。
池田 "宗教のため"ではない、いっさいの根本は"人間のため"という一点にある——私たちSGIがめざす「人間革命」運動は、こうした歴史の転倒を正し、ともに光り輝く地球文明を創出するための方途として、一人一人の人間生命の次元からの変革を第一義として掲げているのです。
テヘラニアン "宇宙船地球号"を文明間の平和、友好、超越をめざす私たちの共同の旅の乗り物と見なす「地球文明」は、(池田SGI)会長が主張されるように、まさに一人一人の「人間革命」を基軸として創造されなくてはならないのです。
【編集後記】対談集の終章では、書名に冠された「選択」の意味について語り合われる。選択とは「どちらかといえばA、どちらかといえばB」というような消極的なものではなく、「未来を敢然と開く人間の意志の力を示した言葉」(池田先生)であり、「人間が未来に対してなしうる大いなる挑戦の異名」(テヘラニアン博士)なのだ、と。社会の挑戦課題が複雑に山積する「歴史の転換点」にあって、最善の選択を共に求めゆく「対話」の重要性は、いくら強調してもし過ぎることはない。その対話の実践の中に、「安心と安全」の未来はある。
☆ストーリーズ 師弟が紡ぐ広布史 第13回 詩心とは「正義の闘魂」の異名なり(上)
◇高らかな喝采と凱歌をあげよ!
フランスのビエーブル市に立つその建物は、かつて「ロシュの館」と呼ばれていた。芸術や文学を語り合うサロンであった。文豪ビクトル・ユゴーも家族と共に足を運び、詩想を練ったという。
1991年6月、この「ロシュの館」が、「ビクトル・ユゴー文学記念館」として装いを新たにした。ユゴーの小説の下書き原本や直筆書簡など、約7000点を所蔵。そのうち、長編小説『レ・ミゼラブル』の校正刷り、『静観詩集』の校正刷りなど、5点がフランスの「国宝」に指定されている。
記念館の誕生から、さかのぼること10年。81年6月15日、池田大作先生はフランス上院のアラン・ポエール議長と会談した。その折、議長の厚意で、リュクサンブール宮殿を見学。一室がユゴーをたたえる部屋になっていた。
先生は同行の友に、「ユゴーも反対勢力によって、島流しにされた経験をもっているね」と語り、文豪の生涯に思いを巡らせた。
ナポレオン3世の弾圧によって、ユゴーが亡命を余儀なくされたのは49歳の時。迫害の渦中、ユゴーは『レ・ミゼラブル』やナポレオン3世を弾劾する『懲罰詩集』などを完成させた。試練が創造の魂を鍛えたのである。
先生のリュクサンブール宮殿の訪問は、10年後の「ビクトル・ユゴー文学記念館」の創立を着想するきっかけとなった。
先生がユゴーと同じ49歳の時、宗門僧は衣の権威をかさに、悪辣な学会批判を繰り返し始めた。宗門は先生に、"会合で指導してはならない""聖教新聞に出てはいけない"と制約をつけた。この師弟分断の謀略に対する本格的な反転攻勢が、開始されたのが81年である。
先生は1月の北米訪問、2月中旬からの北・中米訪問に続き、5月9日からは61日間で北半球を一周する平和旅へ。この時の思いを、「海外から日本を激励するんだ」と記している。
永遠の法をよりどころとしながら、縁に随って、最も適切に対応していく真実の自在の智慧を「随縁真如の智」という。聖教新聞の海外報道の記事は、日本の同志の歓喜となり、希望となった。それは、先生の「随縁真如の智」の励ましにほかならなかった。
帰国後の10月31日、先生は創価大学の第11回「創大祭」のオープニングセレモニーに出席。学生からの要請を受け、「歴史と人物を考察——迫害と人生」と題する講演を行った。
その中で、菅原道真や頼山陽をはじめ、ユゴーやルソーなど、古今東西の人物について言及した。苦難の渦中に信念を貫いた生き方に触れ、率直に真情を語った。
「私も一仏法者として、一庶民として、全くいわれなき中傷と迫害の連続でありました。しかし、僭越ながら、この"迫害の構図"に照らして見れば、迫害こそ、むしろ仏法者の誉れであります」
「後世の歴史は、必ずや事の真実を厳しく糾弾していくであろうことを、この場をお借りして断言しておきます」
講演の会場となった中央体育館(当時)は、79年5月3日、第3代会長辞任後の本部総会が行われた場所だった。同じ場所で、先生は高らかに勝利を宣言した。
その日、フランスのソー市にあるパリ会館で、フランス青年部の大会が開催されることになっていた。1981年6月14日のことである。
宿舎を出た池田先生は、ルーブル美術館に隣接するチュイルリー公園沿いの通りを歩き、地下鉄の駅に向かった。構内に入ると、先生は語った。
「青年たちの新しい出発のために、詩を贈ろう」
ホームで口述が始まった。
「今 君達は/万年への広宣流布という/崇高にして偉大な運動の/先駆として立った……」
チュイルリー駅から三つ目のシャトレ駅で、郊外へ向かう線に乗り換える。待ち時間の間も、詩作は続いた。乗車後、しばらくして口述は終わった。
詩は走り書きのメモから、ノートに清書された。先生は車内で推敲を重ね、直しを入れていく。その時、「センセイ!」と呼ぶ声がした。3人のフランスの青年が立っていた。
その一人、ナタリー・パパンさんは、前年の80年に信心を始めたばかり。彼女は胸の内の悩みを口にした。
「私が住む町で信心しているのは、私だけです。座談会の会場まで数時間かかります。どうしたら、この仏法を広げていけるでしょうか」
先生は答えた。
「心配ありません。あなたがいるではありませんか。全ては一人から始まるんです」
「仏法を持ったあなたが、大樹のように、皆から慕われ、信頼されていくことが、そのまま仏法への共感となり、弘教へとつながっていきます」
師の励ましを原点に、ナタリーさんは劇作家として活躍。"私自身が地域の大樹になろう"と、地道に対話と励ましを重ねた。彼女が住む町サン・ブリューでは今、座談会が幾つもの会場で開かれている。
列車がソー駅に着く頃、詩は完成した。先生一行がパリ会館に到着すると、直しが入ったままの原稿が、翻訳のスタッフに手渡された。先生は翻訳の作業室に足を運び、一人一人に感謝を伝えている。
午後5時半、青年部の代表者大会の幕が開けた。先生の詩「我が愛する妙法のフランスの青年諸君に贈る」を男子部のリーダーが読み上げていった。
「君達よ/フランス広布の第二幕の/峰の頂上に立ちて/高らかなるかっさいと/凱歌をあげるのだ/そのめざしゆく指標の日は/西暦二〇〇一年六月十四日/この日なりと——」
詩の誕生から20年後の2001年6月。師との約束の時を迎えた青年たちは皆、フランス広布のリーダーへと成長した。
この月、先生は再び詩を贈った。タイトルは「希望のシャトー(大城)よ 永遠に輝け!」である。
「時は来た/勇敢に立ち上がれ!/満々たる希望をもて!/新鮮な光で身を包みながら/新しき世紀の城門を開くのだ」
「さあ 前進だ!/今再び/学会創立百周年の/二〇三○年へ/共に行進しよう!」
師が示した学会創立100周年の2030年へ——。フランスの友は「良き市民」として、社会貢献に力を尽くしている。
フランスの青年に詩を贈った2日後の81年6月16日、シャルル・ド・ゴール空港を出発した池田先生は、大西洋を越えて、アメリカ・ニューヨークに降り立った。
翌17日の朝、今度はアメリカの青年に指針となる詩を贈ろうと、先生は詩作に取り掛かった。詩が完成したのは、3日後の20日である。
この日、先生はアメリカの詩人・ホイットマンの生家を訪ねた。ニューヨークに到着した16日、青年たちからホイットマンについての評論集と、その日本語訳が届けられていた。
79年、一人の青年が古書店でホイットマンの評論集を手に入れた。時あたかも第1次宗門事件の渦中。余波は、ニューヨークにも及んでいた。その中で、青年たちが創価の旗を掲げ、学会の正義を語り抜いた。
"今こそ、自分たちの決意を先生に伝えたい"との一心で、翻訳を開始した。しかし、専門家ではない。有志も手伝い、2年越しでようやく完成した。
一緒に添えた手紙に、「ホイットマンの生家を、ぜひ訪問してください」とつづった。先生が生家に足を運んだのは、青年たちの苦労と真心に応えるためでもあった。
ホイットマンの詩集『草の葉』は、ユゴーの『レ・ミゼラブル』などと共に、先生の青春時代からの座右の書である。
「さあ、出発しよう! 悪戦苦闘をつき抜けて! 決められた決勝点は取り消すことができないのだ」(富田砕花訳)——78年2月19日、先生は東京・立川文化会館で開催された信越男子部幹部会で、『草の葉』にある「大道の歌」の一節を贈っている。折々にホイットマンの言葉を通し、励ましを送ってきた。
生家を訪れた先生は、生家協会の関係者から請われ、ノートに記した。
「我が青春の新鮮なる心を/いやがうえにも燃え上げた/ホイットマン生誕の家に今来る/詩人とは 詩心とはを/今再び/自然の心に戻りて/思索の一時を送る」
先生がホイットマンの生家を後にした午後4時ごろ、ニューヨーク市内の高校で、日米親善交歓会が行われていた。2人の青年が、先生が詠んだ長編詩「我が愛するアメリカの地涌の若人に贈る」を朗読した。
「私は広布への行動の一切を/諸君に託したのだ/一切の後継を信ずるがゆえに/今 世界のすみずみを歩みゆくのだ/君達が/小さき道より/大いなる道を創りゆくことを/私は信ずる/ゆえに/私は楽しく幸せだ」
朗読が終わると、会場は喝采に包まれた。ニューヨークの多くの友が、当時を振り返り、こう語っている。
「あの"魂の詩"で、ニューヨークの組織は蘇生したんです」
慈雨は大地に等しく降り注ぎ、万物を潤す。師の激闘によって、アメリカは第1次宗門事件という"干ばつ"に終止符を打ち、新たな黎明の時を迎えたのである。
先生がアメリカで激励を重ねていた81年7月1日、詩人の国際団体「世界芸術文化アカデミー」が、先生に「桂冠詩人」の称号の授与を決定した。
「桂冠詩人」として、先生が初めて作詞した学会歌は、四国で誕生した「紅の歌」。最初の長編詩は、九州・大分で詠んだ「青年よ 21世紀の広布の山を登れ」である。
ゆめゆめ退する心なかれ」
広布は仏と魔との攻防戦。
勢いと粘りの対話で
激戦突破の歴史綴ろう!
上野殿御消息 P1527
『かくれての信あればあらはれての徳あるなり』
【通解】
今は知られなくとも誠意があれば、いつか外にあらわれての徳があるといわれているとおりである。
名字の言 琉球の外交史に刻まれた精神 2021年10月28日
琉球王国時代の440年余にわたる膨大な外交文書が収められた「歴代宝案」。諸外国との外交の歴史と共に、海の往来で起きた遭難に関する記録も多く残されている▼琉球には外国の漂着者を保護し、本国に送還する態勢が整っていた。ある時、救助した中国の漂着船に重病者がいた。琉球王府の医師が懸命に治療するが及ばず、遺体は手厚く葬られた。後に帰国した一人が、琉球での厚遇を伝え広めた▼一方、傍若無人に振る舞う外国人には、毅然とした態度で交渉した。交易国の間で琉球人は"正直で人を裏切らない"として、一目置かれたという。琉球の外交史には大国を相手に長期繁栄を築いた、生命尊厳と信義重視の精神が刻まれている▼池田先生は、外交で重要なのは「勇気」と「誠実」であると述べた。難しそうな相手にも胸襟を開いて率直に語り合う。そして"この人なら信じられる"と思われるような信頼関係を築くことである、と▼法華経に説かれる不軽菩薩は、万人に仏の生命が具わると確信し、礼拝行を続けた。相手にも自身にも仏性があるとの信念を貫いた精神闘争だ。ここに"創価の外交戦"の魂がある。「勇気の対話」「誠実の振る舞い」から、共感の万波は広がっていく。
寸鉄 2021年10月28日
「やすみぬれば火をえず」御書。中途半端で壁は破れない。悔い残さず拡大
大空知、留萌、サロベツに栄光の虹を!北海同志が猛追。日本中から大声援
公明、東京の12区と比例で追走。逆転へ議員が全力を!民衆の連帯で支援
公明党の「公約実現度」は8割超—NPO調査。コロナ克服の推進力たれ
歩きスマホの視界は通常の20分の1と。事故の元。"私は大丈夫"の油断排し
☆人間主義の哲学の視座 第12回 対談集「21世紀への選択」に学ぶ(下)
テーマ:安心と安全
池田大作先生の著作から、現代に求められる視点を学ぶ「人間主義の哲学の視座」。「安心と安全」をテーマに掲げ、前回に引き続き、マジッド・テヘラニアン博士との対談集『21世紀への選択』をひもとく。
【池田先生】
互いに「対話」に徹してこそ異文明の接触は創造的方向へ
【テヘラニアン博士】
平和を目指す私たちの挑戦は一人一人の人間革命が基軸に
◇崩壊か突破か
「私たちは歴史の転換点を迎えている」——グテーレス国連事務総長は、先月10日に発表した報告書「私たちの共通の課題」で、そう述べた。
創設75周年を迎えた昨年、国連では、全世界の150万人に対して、未来の優先課題や行動のアイデアに関する調査を実施。同報告書は、この調査結果やその後に行われた協議の内容を踏まえ、国連としてのビジョンを打ち出したものである。
事務総長は、気候変動や新型コロナ感染症といった共通の課題を前に、人類は「ブレークダウン(崩壊)かブレークスルー(突破)か」といった緊急の選択を迫られているとし、そうした選択をする同様の機会は「二度と訪れない」。つまり、手遅れになる前に行動を加速すべき時は「今」であることを訴えている。
◇想像力の所産
危機を前に、崩壊ではなく突破するための方途としてグテーレス事務総長が強調したのは、グローバルな連帯、多国間の協力の必要性であった。
もとより、連帯と協力は、人々の安心と安全を実現する上で最重要の課題の一つである。社会を分断し、混乱へと陥れようとする力が働く危機の時代にあっては、それらの価値をいやまして高めていく挑戦が不可欠だ。
池田先生とテヘラニアン博士との対談が行われた1990年代、宗教や民族の対立に端を発する紛争が、世界各地で発生していた。「文明の衝突」は、国際社会の論壇の主たるテーマとなった。
ノーベル経済学賞受賞者のアマルティア・セン博士は、衝突が不可避であるかどうか以前に、文明という側面で人間を「一面だけから見」「ひと括りにする」こと自体が、政情不安をあおると指摘した(東郷えりか訳『人間の安全保障』集英社)。この視点は、先生と博士の対談にも通底している。
先生は、紛争などの背景にある複雑な要因を「文明の衝突」という図式だけで捉えると、"文明が異なるのだから、対立は不可避である"といった見方が定着し、ゆえに、対立の真の原因が見失われてしまうと指摘する。
博士は賛同しつつ、ではなぜ、「文明の衝突」というテーゼが世界中の注目を集めたのかを語る。
——国民の団結を強めるために外敵を必要とした国々は、目に見える外敵がいない場合、新たに敵を想定しようとする。「文明の衝突」は、排他的な立場をとる人々にとって、都合のよい理論となった、と。
文明とは、分析上のカテゴリーとしての有用性を超えた、多様な人間が織りなす生き方や価値観の表現である——これが両者に共通する捉え方だった。
テヘラニアン 文化と文明はすべて、有限、はかなさといった人間の普遍的状況に順応しながら、その状況を変革し乗り越えようとする人間のイマジネーション(想像力)の所産であると、私は思うのです。
池田 限りある自己を乗り越えていく想像力、またその所産としての変革のダイナミズムにこそ文化や文明の生命があるという見解に、私も全面的に賛成です。
テヘラニアン それぞれの文化、それぞれの文明が、それ独自の生態的、歴史的状況のなかで「生の神秘」に向きあっているのです。
だからこそ、それぞれの違いは人間の天分の多様な表れとして尊重され、讃美されるべきです。
◇
文明間の出合いには、破壊的な関係だけでなく創造的な関係もありえます。おそらく、その両方と言ってもよいでしょう。
池田 異文明の接触によってもたらされるエネルギーを、真に創造的な方向へと生かせるかどうかはひとえに双方の努力、まさに「対話」にかかっている、と私は思うのです。
◇賢者の論
異なる文化や背景の人同士が、語り合い、学び合う中で、互いの世界観は大きく広がる。先生と博士の交流自体、そうした「文明間の対話」にほかならなかった。
先生は、文明間の対話を想起させる歴史的な事例として、仏教の古典である「ミリンダ王の問い」を紹介。力による「王者の論」ではなく、対話による「賢者の論」が重んじられた話を通して語る。
「『賢者の論』という象徴的な言葉に、時代を超えた普遍的な対話の要件、つまり、理性的で実りある対話を成立させる基本が示されていると思います。それはまた、平等で自由な対話を根本としてきた、釈尊以来の仏教者の姿勢でもありました」
さらに先生は、そうした「賢者の論」の精神と共に、互いの差異を乗り越える普遍性へのまなざしが、実りある対話には欠かせないと強調。国や民族の多様性の奥に輝く「人間性」という普遍の光を、人類の心に灯し、その輝きを高め合うことが、民族や文化・伝統といった多様性を真に生かす道であると訴える。
テヘラニアン 科学技術の大進歩は私たちの社会に絶え間ない変化をもたらしましたが、その一方で限りない欲望が人々の心を支配しているのです。
◇
そうしたなかで、人生の意味を探求する世界中の思慮深い人々は、自分たちのかぎられた文化の地平の彼方をのぞみ見て、他の文化や文明のなかに現在の難局を打破する答えを求めています。(中略)世界のどこを訪れても、排他的な民族主義、自民族中心主義、「文化の自己讃美主義」を超えることのできる普遍性が希求されているのを、つくづく実感するのです。
池田 私も1994年に行ったモスクワ大学での講演(「人間——大いなるコスモス」)で大要、次のように論じました。(中略)「普遍性」とは、人間と自然と宇宙が共存し、小宇宙(ミクロ・コスモス)と大宇宙(マクロ・コスモス)が一個の生命体として融合しゆく「共生」の秩序感覚であり、そうしたみずみずしい「普遍性」を生命に充溢させていくならば、たとえ属する集団が異なったとしても、対話も相互理解もつねに可能である——と、訴えたのです。
また先生は同講演を踏まえつつ、トルストイの小説『アンナ・カレーニナ』をひもときながら、「内発性」こそが、人格的な価値の枢軸をなし、対話の要件ともいうべき謙虚さ、寛容さを生み出してきた母胎であったと述べた。そして、この内発性をおろそかにしたがゆえに、"宗教のため"に人間が傷つけ合うといった転倒が繰り返されてきたと指摘している。
池田 "宗教のため"ではない、いっさいの根本は"人間のため"という一点にある——私たちSGIがめざす「人間革命」運動は、こうした歴史の転倒を正し、ともに光り輝く地球文明を創出するための方途として、一人一人の人間生命の次元からの変革を第一義として掲げているのです。
テヘラニアン "宇宙船地球号"を文明間の平和、友好、超越をめざす私たちの共同の旅の乗り物と見なす「地球文明」は、(池田SGI)会長が主張されるように、まさに一人一人の「人間革命」を基軸として創造されなくてはならないのです。
【編集後記】対談集の終章では、書名に冠された「選択」の意味について語り合われる。選択とは「どちらかといえばA、どちらかといえばB」というような消極的なものではなく、「未来を敢然と開く人間の意志の力を示した言葉」(池田先生)であり、「人間が未来に対してなしうる大いなる挑戦の異名」(テヘラニアン博士)なのだ、と。社会の挑戦課題が複雑に山積する「歴史の転換点」にあって、最善の選択を共に求めゆく「対話」の重要性は、いくら強調してもし過ぎることはない。その対話の実践の中に、「安心と安全」の未来はある。
☆ストーリーズ 師弟が紡ぐ広布史 第13回 詩心とは「正義の闘魂」の異名なり(上)
◇高らかな喝采と凱歌をあげよ!
フランスのビエーブル市に立つその建物は、かつて「ロシュの館」と呼ばれていた。芸術や文学を語り合うサロンであった。文豪ビクトル・ユゴーも家族と共に足を運び、詩想を練ったという。
1991年6月、この「ロシュの館」が、「ビクトル・ユゴー文学記念館」として装いを新たにした。ユゴーの小説の下書き原本や直筆書簡など、約7000点を所蔵。そのうち、長編小説『レ・ミゼラブル』の校正刷り、『静観詩集』の校正刷りなど、5点がフランスの「国宝」に指定されている。
記念館の誕生から、さかのぼること10年。81年6月15日、池田大作先生はフランス上院のアラン・ポエール議長と会談した。その折、議長の厚意で、リュクサンブール宮殿を見学。一室がユゴーをたたえる部屋になっていた。
先生は同行の友に、「ユゴーも反対勢力によって、島流しにされた経験をもっているね」と語り、文豪の生涯に思いを巡らせた。
ナポレオン3世の弾圧によって、ユゴーが亡命を余儀なくされたのは49歳の時。迫害の渦中、ユゴーは『レ・ミゼラブル』やナポレオン3世を弾劾する『懲罰詩集』などを完成させた。試練が創造の魂を鍛えたのである。
先生のリュクサンブール宮殿の訪問は、10年後の「ビクトル・ユゴー文学記念館」の創立を着想するきっかけとなった。
先生がユゴーと同じ49歳の時、宗門僧は衣の権威をかさに、悪辣な学会批判を繰り返し始めた。宗門は先生に、"会合で指導してはならない""聖教新聞に出てはいけない"と制約をつけた。この師弟分断の謀略に対する本格的な反転攻勢が、開始されたのが81年である。
先生は1月の北米訪問、2月中旬からの北・中米訪問に続き、5月9日からは61日間で北半球を一周する平和旅へ。この時の思いを、「海外から日本を激励するんだ」と記している。
永遠の法をよりどころとしながら、縁に随って、最も適切に対応していく真実の自在の智慧を「随縁真如の智」という。聖教新聞の海外報道の記事は、日本の同志の歓喜となり、希望となった。それは、先生の「随縁真如の智」の励ましにほかならなかった。
帰国後の10月31日、先生は創価大学の第11回「創大祭」のオープニングセレモニーに出席。学生からの要請を受け、「歴史と人物を考察——迫害と人生」と題する講演を行った。
その中で、菅原道真や頼山陽をはじめ、ユゴーやルソーなど、古今東西の人物について言及した。苦難の渦中に信念を貫いた生き方に触れ、率直に真情を語った。
「私も一仏法者として、一庶民として、全くいわれなき中傷と迫害の連続でありました。しかし、僭越ながら、この"迫害の構図"に照らして見れば、迫害こそ、むしろ仏法者の誉れであります」
「後世の歴史は、必ずや事の真実を厳しく糾弾していくであろうことを、この場をお借りして断言しておきます」
講演の会場となった中央体育館(当時)は、79年5月3日、第3代会長辞任後の本部総会が行われた場所だった。同じ場所で、先生は高らかに勝利を宣言した。
その日、フランスのソー市にあるパリ会館で、フランス青年部の大会が開催されることになっていた。1981年6月14日のことである。
宿舎を出た池田先生は、ルーブル美術館に隣接するチュイルリー公園沿いの通りを歩き、地下鉄の駅に向かった。構内に入ると、先生は語った。
「青年たちの新しい出発のために、詩を贈ろう」
ホームで口述が始まった。
「今 君達は/万年への広宣流布という/崇高にして偉大な運動の/先駆として立った……」
チュイルリー駅から三つ目のシャトレ駅で、郊外へ向かう線に乗り換える。待ち時間の間も、詩作は続いた。乗車後、しばらくして口述は終わった。
詩は走り書きのメモから、ノートに清書された。先生は車内で推敲を重ね、直しを入れていく。その時、「センセイ!」と呼ぶ声がした。3人のフランスの青年が立っていた。
その一人、ナタリー・パパンさんは、前年の80年に信心を始めたばかり。彼女は胸の内の悩みを口にした。
「私が住む町で信心しているのは、私だけです。座談会の会場まで数時間かかります。どうしたら、この仏法を広げていけるでしょうか」
先生は答えた。
「心配ありません。あなたがいるではありませんか。全ては一人から始まるんです」
「仏法を持ったあなたが、大樹のように、皆から慕われ、信頼されていくことが、そのまま仏法への共感となり、弘教へとつながっていきます」
師の励ましを原点に、ナタリーさんは劇作家として活躍。"私自身が地域の大樹になろう"と、地道に対話と励ましを重ねた。彼女が住む町サン・ブリューでは今、座談会が幾つもの会場で開かれている。
列車がソー駅に着く頃、詩は完成した。先生一行がパリ会館に到着すると、直しが入ったままの原稿が、翻訳のスタッフに手渡された。先生は翻訳の作業室に足を運び、一人一人に感謝を伝えている。
午後5時半、青年部の代表者大会の幕が開けた。先生の詩「我が愛する妙法のフランスの青年諸君に贈る」を男子部のリーダーが読み上げていった。
「君達よ/フランス広布の第二幕の/峰の頂上に立ちて/高らかなるかっさいと/凱歌をあげるのだ/そのめざしゆく指標の日は/西暦二〇〇一年六月十四日/この日なりと——」
詩の誕生から20年後の2001年6月。師との約束の時を迎えた青年たちは皆、フランス広布のリーダーへと成長した。
この月、先生は再び詩を贈った。タイトルは「希望のシャトー(大城)よ 永遠に輝け!」である。
「時は来た/勇敢に立ち上がれ!/満々たる希望をもて!/新鮮な光で身を包みながら/新しき世紀の城門を開くのだ」
「さあ 前進だ!/今再び/学会創立百周年の/二〇三○年へ/共に行進しよう!」
師が示した学会創立100周年の2030年へ——。フランスの友は「良き市民」として、社会貢献に力を尽くしている。
フランスの青年に詩を贈った2日後の81年6月16日、シャルル・ド・ゴール空港を出発した池田先生は、大西洋を越えて、アメリカ・ニューヨークに降り立った。
翌17日の朝、今度はアメリカの青年に指針となる詩を贈ろうと、先生は詩作に取り掛かった。詩が完成したのは、3日後の20日である。
この日、先生はアメリカの詩人・ホイットマンの生家を訪ねた。ニューヨークに到着した16日、青年たちからホイットマンについての評論集と、その日本語訳が届けられていた。
79年、一人の青年が古書店でホイットマンの評論集を手に入れた。時あたかも第1次宗門事件の渦中。余波は、ニューヨークにも及んでいた。その中で、青年たちが創価の旗を掲げ、学会の正義を語り抜いた。
"今こそ、自分たちの決意を先生に伝えたい"との一心で、翻訳を開始した。しかし、専門家ではない。有志も手伝い、2年越しでようやく完成した。
一緒に添えた手紙に、「ホイットマンの生家を、ぜひ訪問してください」とつづった。先生が生家に足を運んだのは、青年たちの苦労と真心に応えるためでもあった。
ホイットマンの詩集『草の葉』は、ユゴーの『レ・ミゼラブル』などと共に、先生の青春時代からの座右の書である。
「さあ、出発しよう! 悪戦苦闘をつき抜けて! 決められた決勝点は取り消すことができないのだ」(富田砕花訳)——78年2月19日、先生は東京・立川文化会館で開催された信越男子部幹部会で、『草の葉』にある「大道の歌」の一節を贈っている。折々にホイットマンの言葉を通し、励ましを送ってきた。
生家を訪れた先生は、生家協会の関係者から請われ、ノートに記した。
「我が青春の新鮮なる心を/いやがうえにも燃え上げた/ホイットマン生誕の家に今来る/詩人とは 詩心とはを/今再び/自然の心に戻りて/思索の一時を送る」
先生がホイットマンの生家を後にした午後4時ごろ、ニューヨーク市内の高校で、日米親善交歓会が行われていた。2人の青年が、先生が詠んだ長編詩「我が愛するアメリカの地涌の若人に贈る」を朗読した。
「私は広布への行動の一切を/諸君に託したのだ/一切の後継を信ずるがゆえに/今 世界のすみずみを歩みゆくのだ/君達が/小さき道より/大いなる道を創りゆくことを/私は信ずる/ゆえに/私は楽しく幸せだ」
朗読が終わると、会場は喝采に包まれた。ニューヨークの多くの友が、当時を振り返り、こう語っている。
「あの"魂の詩"で、ニューヨークの組織は蘇生したんです」
慈雨は大地に等しく降り注ぎ、万物を潤す。師の激闘によって、アメリカは第1次宗門事件という"干ばつ"に終止符を打ち、新たな黎明の時を迎えたのである。
先生がアメリカで激励を重ねていた81年7月1日、詩人の国際団体「世界芸術文化アカデミー」が、先生に「桂冠詩人」の称号の授与を決定した。
「桂冠詩人」として、先生が初めて作詞した学会歌は、四国で誕生した「紅の歌」。最初の長編詩は、九州・大分で詠んだ「青年よ 21世紀の広布の山を登れ」である。
2021年10月27日水曜日
2021.10.27 わが友に贈る
「まいをも・まいぬべし」
歓喜踊躍の生命こそ
広布拡大の原動力だ。
困難な状況であるほど
赤々と情熱を燃やして!
御義口伝巻上 P718
『疵を蔵くし徳を揚ぐは上慢を釈す、自ら省ること能わざるは我慢を釈す』
【通解】
自らの疵(きず)をかくし、外面には徳のあるがごとき姿を示すのは上慢の姿であり、自ら省みることができないというのは我慢の姿である。
名字の言 広島・北広島町に自生する「テングシデ」の群落 2021年10月27日
広島県・北広島町に約100本の「テングシデ」の木がある。幹や枝がくねくね曲がった特異性を持つ国の天然記念物。本来、こうした変種は生存競争に勝ち残れないとされるが、世界で唯一、ここだけに自生する▼その形質は代々受け継がれ、群落(同種が近接すること)を形成。団結して他種に打ち勝ってきたのだろう。実際に見ると、ただ群れているだけではない。どの木も太陽に向かって懸命に葉を広げている。自身が"大樹"に成長してこそ、周囲の支えとなれる——テングシデの群落が、人の生き方と重なった▼30歳で入会した同町の壮年部員は信心に消極的だった。ある時、職場の人間関係に悩んでいた彼を学会の先輩が励ました。「全てやり切ると腹を決めるんだよ」▼以来、彼の姿勢に少しずつ変化が。何事にも全力を尽くすと決意した時、同僚への感謝が湧き、環境は一変した。後年、彼は社長に就任。成長を喜んだ両親を入会に導いた。今、支部長として東京23区の総面積を上回る広さの町内を駆ける姿に、他の同志も立ち上がる▼池田先生はつづる。「広宣流布を成就する力は、師子の団結にある」と。"私が一人立つ!"と心を定める。そこから真の団結が生まれ、広布の勢いは加速する。
寸鉄 2021年10月27日
どんな行動も民衆の支持なしには成功せぬ—恩師今日も一人一人を味方に
北海道が総力の追い上げ全国挙げてもう一押し!庶民の底力で大逆転劇を
東京の勝利が凱歌の秋の決定打。攻めた方が勝つ。皆で怒濤の反撃ここから
広島が一瀉千里の追走。今が正念場!気迫と執念の言論戦で勝ち上がれ!
公明、大阪16・3・5・6区と兵庫2・8区が大激闘。我らは力強い支援を益々
〈社説〉 2021・10・27 「読書週間」がスタート
◇良書と出合い 人生を豊かに
きょう27日は「文字・活字文化の日」。毎年この日から、読書週間が始まる(11月9日まで)。
文部科学省はホームページで「読書は、人類が獲得した文化である」と掲げるとともに、「情報化社会の進展は、自分でものを考えずに断片的な情報を受け取るだけの受け身の姿勢を人々にもたらしやすい。自分でものを考える必要があるからこそ、読書が一層必要になる」と読書の重要性を指摘している。
一人楽しむ読書もいいが、近年は読書会や、子どもを中心に家族で同じ本を読み、感想を話し合う中でコミュニケーションを深める「家読」など、読書に親しむ取り組みも盛んだ。
関西創価中学校では、5年前から「全校ビブリオバトル(書評合戦)」を毎学期実施し、読書の推進に全校を挙げて取り組んでいる。昨年の休校期間中もオンラインで開催。
同校の教員は、「ビブリオバトルは、単に本を読むだけでなく、本の主題を的確に捉え、その魅力が伝わるように原稿をまとめ、発表する力が求められます。『読む・書く・話す・聞く』の四つの技能が鍛えられ、"自分で考える力"が磨かれていきます」という。
作家の佐藤優氏は「自分の気持ちを知り、整理するのも言葉、自分の思考や意志、思想を形づくるのも言葉。そしてそれを他者に表現として伝える手段も言葉しかありません。ですから表現には言語力が必要不可欠で、その力をつけるのが読書です。読書で養った読解力と表現力は表裏の関係にあり、読解力以上に表現力を高めることはできません」(『人をつくる読書術』青春出版社)と語る。
読書によって、自身の言葉で考えや意見を言語化し、他者に伝えられるようになるといえよう。
それだけではない。読書は心を養う糧であり、人生の旅の友だ。
池田先生は「一冊の良書は、偉大な教師に巡り会ったのと同じです。読書は『人間だけができる特権』であり、いかなる動物も読書はできない。自分の人生は一回切りだが、読書によって、何百、何千のほかの人生に触れることもできるし、二千年前の賢者と話もできる」(『青春対話』)と"読書の喜び"を知ることで、人生を大きく深くしていけると訴える。
秋が深まるこの時期にかけがえのない良書と出合い、人生を豊かに潤していきたい。
☆switch——共育のまなざし 聴覚障がいの有無を超えて——誰もが共生の未来の担い手
生まれつき、高度の「感音難聴」の女子部員がいます。彼女は、デフ(聴覚障がい者)フットサルとデフサッカーの日本代表選手。育ててくれた両親、10歳から頑張ってきた各種スポーツの経験、創価学会の女子部の仲間の存在——「たくさんの"出あい"のおかげで、今の私があります」と。その歩みから、共生社会の未来について考えます。
◇"二つの世界"で
10月初旬、埼玉県にあるフットサル場を訪ねると、岩渕亜依さん=東京都新宿区、華陽リーダー=が自主練習に励んでいた。岩渕さんを含め6人の参加者全員が、デフ(聴覚障がい者)フットサルの日本代表。それぞれ健聴者のチームにも所属し、技術を磨いている。
デフフットサルもデフサッカーも、基本的なルールは、健聴者のそれと変わらない。ただ、主審は、プレーヤーが分かるように笛と共に旗を使用する。また、プレーヤー同士は目のアイコンタクトや手話などでコミュニケーションを取りながら、試合を展開していく。
岩渕さんが日本代表として出場した2015年(平成27年)のデフフットサルワールドカップでは、強豪スペインを破って初の決勝トーナメント進出を果たした。
キャプテンとして10番を背負った19年大会は、決勝トーナメントでブラジルに1—2で惜敗。現在は、明年開催予定のデフリンピック(聴覚障がい者のための国際的な総合スポーツ大会)のデフサッカーと、2023年開催予定のデフフットサルワールドカップで、世界一を目指す。
岩渕さんは「とにかく首を動かし、コミュニケーションのために視野を広く取ります」と。加えて「健聴者のチームの中では、特に、指示を見逃さないようにしています。デフの時は、中心者として試合を組み立てることも必要なので、それが課題です」とも語る。
健聴者のチームと、デフの日本代表——そうした"二つの世界"で奮闘する。今日に至るまでには、私生活でも数多くの経験を重ねてきた。
◇一緒に戦う
岩渕さんは2歳の時に保健師から指摘を受け、病院での聴力検査の結果、「先天性高度感音難聴」と告げられた。
母・由貴さん=千葉県船橋市、地区女性部長=は、娘の障がいが分かった時の思いを、「頭の中が真っ白になりました」と振り返る。
「"耳の聞こえない子を育てるって、何をどうしたらいいんだろう……"と。"分からない"ということが不安でした」。そんな時、脳裏に浮かんだのが、近くに住む義理の母・佐藤津矢野さん=地区副女性部長=の「笑顔」だった。
当時、佐藤さんは、孫を引き取り、育てていた。若くして亡くなった長男の忘れ形見であり、岩渕さんの母・由貴さんからみれば「夫の兄の息子」に当たる。その、義理のおいには知的障がいがあった。"孫育て"に励む佐藤さんは、どんな時も、穏やかな笑顔を失わなかった。
由貴さんは言う。「お義母さんに、『どうして、いつも笑顔でいられるのですか』って、尋ねたんです。聞かずには、いられなかった。義母は一言、『うーん、創価学会員だからかなあ』と。私は学会に入っていませんでしたが、この時から、学会への興味が湧いたんです」
夫の健浩さん=壮年部員=との交際時から、健浩さんや家族が、学会の信仰をしていることは知っていた。ただ、由貴さん自身は、入会しようとは思わなかった。その由貴さんが、義母とのやりとりを契機に、自ら題目を唱えるようになった。
「唱題を重ねるほど"亜依は大丈夫だ!"っていう気持ちが、心の底から湧いてきたんです」
1997年4月、亜依さんの特別支援学校幼稚部への入学を機に、由貴さんは親子で創価学会に入会する。
学校への送迎とともに療育に付き添い、学校以外の時間も、口の動きを見て言葉を読み取ることや、発話の練習に明け暮れた。当時、聴覚障がいがある子どもの療育は、そうした「口話」が重視され、手話などが取り入れられるのは、後のことであった。
「例えば亜依が泣いて、私は"抱っこしてほしい"のだと分かっても、亜依が『抱っこ』と言えるまで抱かない。亜依は"伝える戦い"、私は"待つ戦い"——それを一緒に頑張ったと感じています」
亜依さんの成育状況を踏まえ、教員からは「地域の小学校でもやっていける」との言葉があった。由貴さんは、娘の「お友達がたくさんできたらうれしい」との希望を尊重し、地域の普通学級へと送り出した。
◇自信をくれた
岩渕さんは小・中学、高校と、友達に恵まれ笑顔を絶やすことがなかった。しかし、人知れず抱く孤独があった。
1対1のコミュニケーションは取れる。だが1対多数だと、難しい。横や後ろからは、誰が何を話しているか分からない。「聞こえなかった」と伝えれば、会話の流れを遮ってしまう。授業の途中で教師の話を止めることも、遠慮してしまう。
思春期を迎えると、授業中は顔を上げずに、教科書の文字を目で追うことが多くなった。中学では「一人の方が楽しい」、高校では「大勢でいると寂しい」——そんな本音を家族にこぼした。
岩渕さんに「自信を与えてくれた」のは、スポーツだった。小学4年でサッカーを始め、野球好きの父の影響で、中学からはソフトボール部に。健聴者の中でレギュラーとなり、千葉県選抜にも選出された。高校のソフトボール部の顧問が、聴覚障がい者のために「情報保障」がなされている大学があることを教えてくれた。
オープンキャンパスの日、岩渕さんは、見学者の数十人全員が"聞こえない"状況にあることに衝撃を受けたという。
「ずっと健聴者の中で生きてきたから、100%情報が分かることに、逆に驚きました」。この大学に進学後、手話を習得した。在学中に先輩から誘われデフサッカーを始め、さらにデフフットサルの選手にもなった。
卒業後は、企業で働きながら、トレーニングの時間を捻出した。再び始まった、健聴者の中での日常生活。そんな時、自分を訪ねてきてくれたのが、創価学会の女子部の先輩たちだった。
◇分かち合える場
岩渕さんは、女子部の先輩たちの印象を語る。「笑顔と目が"安心できる"んです。私に限らず耳の聞こえない人は、その分、相手の表情をよく見るんですよね。社会人になって6年になるので、来てくださる女子部の先輩も何人か変わりましたけど、皆さんが"私のことを知りたい"と思ってくれていることを、感じるんです」
酒匂光子さん=女子部本部長=は、創価大学在学時、手話サークルに在籍した経験がある。卒業後は補聴器のメーカーに就職。「自分の行動が誰かの力になれたら」との思いで、仕事に、学会活動にと尽力してきた。
「サークルや仕事での経験から、例えば1(いち)と7(しち)など、口の形が似た言葉は、紛らわしくないように7(なな)と言うなど、自分なりに工夫します。でも、それ以外は、他のメンバーと接するのと同じように、亜依ちゃんに接しています。私が逆の立場だったら、きっとそうしてほしいと思うから」
好きなアイドルや小説の話、また、日本代表のキャプテンとしての奮闘など、多くを聞き、語り合った。
酒匂さんは「亜依ちゃんの選手としての向上心、ピンチにも負けない心がすごい。そして私にも『お体、大丈夫ですか』『最近、お仕事どうですか』と聞いてくれる思いやりがある。訪ねる私たちの方が励まされています」と。
コロナ禍の中、よく訪問・激励に来てくれたのが、松下玲子さん=総区女子部主任部長=だ。「亜依ちゃんに会う前は"耳が聞こえない"ことに対し、"私の振る舞いで、嫌な思いをさせたりしないか"と緊張していました」
だが、岩渕さんと会い、彼女を知れば知るほど、ある思いが湧いた。「亜依ちゃんの笑顔に、緊張はすぐに解けました。明るくユーモアがあって、どんな時も、周りの人への『感謝』を忘れない亜依ちゃん。耳が聞こえないということについて、コミュニケーションする上で配慮を忘れてはいけませんが、"多様な特徴の一つなのだ"と感じるようになりました」
松下さん自身は、「コンプレックスの塊で自信がなく、人と関わることが苦手。そんな自分を変えたい」と学会活動に励んできた。「誰もが何かの悩みを持っている。それを分かち合い、励まし合い、自分自身を輝かせる生き方へ変革できる場が、創価学会」だと感じている。
◇差異を超えて
池田先生は語っている。
「私たちが広宣流布に向かって『異体同心』の姿で輝くことそれ自体が、人間共和の縮図であり、人類の共生の理想像なのです。人種や言語、文化など、あらゆる差異を超え、『生命』という共通の大地に立って、尊敬し合い、学び合い、助け合っていくからです」
岩渕さんは自身の青春を振り返り、「私は出会いに恵まれました」と語る。家族をはじめ、同級生、部活の恩師やチームメート、女子部の先輩たち……。
そして、困難に直面する時は、祈ることができた。"今いる場所で必要とされる人に""唱題は、自分の心と向き合う時間""ピンチはチャンス"——母や女子部の先輩たちが教えてくれたことを胸に刻み、挑戦を重ねてきた。
「10代のころ、人と関わることに難しさを感じた自分が、日本代表のキャプテンを務めることができたのも、本来の明るさを出せるようになったのも、自分の心を挑戦の方向にもっていけるようになったからです」
それは、母・由貴さんが、幼児期の療育で娘と分かち合いたかった思いにも通じているという。「"人とコミュニケーションすることは楽しい""障がいがあることが不幸なのではない。障がいに負けてしまうことが不幸なんだ"——私が伝えたかった思いを、亜依は、自らの人生で示してくれました」
岩渕さんは今、こう感じている。
「口の形の読み取り方、発話の仕方、手話などの表現方法……。『聴覚障がい者』といっても一人一人違います。女子部の先輩たちをはじめ、心ある人が私にしてくれたように、『一人の人間』として接してもらえたら、『障がい者』という言葉の先入観もなくなって、"違い"を"特徴"として理解し合えると思う」
時に孤独を抱えながらも、懸命に、挑戦を続けてきた岩渕さん。"亜依さんの心を知りたい"と交流を重ねた周囲の人々。障がいの有無を超えて、社会の全員が、共生の未来を担う当事者である——そのことを、彼女の歩みは気付かせてくれる。
歓喜踊躍の生命こそ
広布拡大の原動力だ。
困難な状況であるほど
赤々と情熱を燃やして!
御義口伝巻上 P718
『疵を蔵くし徳を揚ぐは上慢を釈す、自ら省ること能わざるは我慢を釈す』
【通解】
自らの疵(きず)をかくし、外面には徳のあるがごとき姿を示すのは上慢の姿であり、自ら省みることができないというのは我慢の姿である。
名字の言 広島・北広島町に自生する「テングシデ」の群落 2021年10月27日
広島県・北広島町に約100本の「テングシデ」の木がある。幹や枝がくねくね曲がった特異性を持つ国の天然記念物。本来、こうした変種は生存競争に勝ち残れないとされるが、世界で唯一、ここだけに自生する▼その形質は代々受け継がれ、群落(同種が近接すること)を形成。団結して他種に打ち勝ってきたのだろう。実際に見ると、ただ群れているだけではない。どの木も太陽に向かって懸命に葉を広げている。自身が"大樹"に成長してこそ、周囲の支えとなれる——テングシデの群落が、人の生き方と重なった▼30歳で入会した同町の壮年部員は信心に消極的だった。ある時、職場の人間関係に悩んでいた彼を学会の先輩が励ました。「全てやり切ると腹を決めるんだよ」▼以来、彼の姿勢に少しずつ変化が。何事にも全力を尽くすと決意した時、同僚への感謝が湧き、環境は一変した。後年、彼は社長に就任。成長を喜んだ両親を入会に導いた。今、支部長として東京23区の総面積を上回る広さの町内を駆ける姿に、他の同志も立ち上がる▼池田先生はつづる。「広宣流布を成就する力は、師子の団結にある」と。"私が一人立つ!"と心を定める。そこから真の団結が生まれ、広布の勢いは加速する。
寸鉄 2021年10月27日
どんな行動も民衆の支持なしには成功せぬ—恩師今日も一人一人を味方に
北海道が総力の追い上げ全国挙げてもう一押し!庶民の底力で大逆転劇を
東京の勝利が凱歌の秋の決定打。攻めた方が勝つ。皆で怒濤の反撃ここから
広島が一瀉千里の追走。今が正念場!気迫と執念の言論戦で勝ち上がれ!
公明、大阪16・3・5・6区と兵庫2・8区が大激闘。我らは力強い支援を益々
〈社説〉 2021・10・27 「読書週間」がスタート
◇良書と出合い 人生を豊かに
きょう27日は「文字・活字文化の日」。毎年この日から、読書週間が始まる(11月9日まで)。
文部科学省はホームページで「読書は、人類が獲得した文化である」と掲げるとともに、「情報化社会の進展は、自分でものを考えずに断片的な情報を受け取るだけの受け身の姿勢を人々にもたらしやすい。自分でものを考える必要があるからこそ、読書が一層必要になる」と読書の重要性を指摘している。
一人楽しむ読書もいいが、近年は読書会や、子どもを中心に家族で同じ本を読み、感想を話し合う中でコミュニケーションを深める「家読」など、読書に親しむ取り組みも盛んだ。
関西創価中学校では、5年前から「全校ビブリオバトル(書評合戦)」を毎学期実施し、読書の推進に全校を挙げて取り組んでいる。昨年の休校期間中もオンラインで開催。
同校の教員は、「ビブリオバトルは、単に本を読むだけでなく、本の主題を的確に捉え、その魅力が伝わるように原稿をまとめ、発表する力が求められます。『読む・書く・話す・聞く』の四つの技能が鍛えられ、"自分で考える力"が磨かれていきます」という。
作家の佐藤優氏は「自分の気持ちを知り、整理するのも言葉、自分の思考や意志、思想を形づくるのも言葉。そしてそれを他者に表現として伝える手段も言葉しかありません。ですから表現には言語力が必要不可欠で、その力をつけるのが読書です。読書で養った読解力と表現力は表裏の関係にあり、読解力以上に表現力を高めることはできません」(『人をつくる読書術』青春出版社)と語る。
読書によって、自身の言葉で考えや意見を言語化し、他者に伝えられるようになるといえよう。
それだけではない。読書は心を養う糧であり、人生の旅の友だ。
池田先生は「一冊の良書は、偉大な教師に巡り会ったのと同じです。読書は『人間だけができる特権』であり、いかなる動物も読書はできない。自分の人生は一回切りだが、読書によって、何百、何千のほかの人生に触れることもできるし、二千年前の賢者と話もできる」(『青春対話』)と"読書の喜び"を知ることで、人生を大きく深くしていけると訴える。
秋が深まるこの時期にかけがえのない良書と出合い、人生を豊かに潤していきたい。
☆switch——共育のまなざし 聴覚障がいの有無を超えて——誰もが共生の未来の担い手
生まれつき、高度の「感音難聴」の女子部員がいます。彼女は、デフ(聴覚障がい者)フットサルとデフサッカーの日本代表選手。育ててくれた両親、10歳から頑張ってきた各種スポーツの経験、創価学会の女子部の仲間の存在——「たくさんの"出あい"のおかげで、今の私があります」と。その歩みから、共生社会の未来について考えます。
◇"二つの世界"で
10月初旬、埼玉県にあるフットサル場を訪ねると、岩渕亜依さん=東京都新宿区、華陽リーダー=が自主練習に励んでいた。岩渕さんを含め6人の参加者全員が、デフ(聴覚障がい者)フットサルの日本代表。それぞれ健聴者のチームにも所属し、技術を磨いている。
デフフットサルもデフサッカーも、基本的なルールは、健聴者のそれと変わらない。ただ、主審は、プレーヤーが分かるように笛と共に旗を使用する。また、プレーヤー同士は目のアイコンタクトや手話などでコミュニケーションを取りながら、試合を展開していく。
岩渕さんが日本代表として出場した2015年(平成27年)のデフフットサルワールドカップでは、強豪スペインを破って初の決勝トーナメント進出を果たした。
キャプテンとして10番を背負った19年大会は、決勝トーナメントでブラジルに1—2で惜敗。現在は、明年開催予定のデフリンピック(聴覚障がい者のための国際的な総合スポーツ大会)のデフサッカーと、2023年開催予定のデフフットサルワールドカップで、世界一を目指す。
岩渕さんは「とにかく首を動かし、コミュニケーションのために視野を広く取ります」と。加えて「健聴者のチームの中では、特に、指示を見逃さないようにしています。デフの時は、中心者として試合を組み立てることも必要なので、それが課題です」とも語る。
健聴者のチームと、デフの日本代表——そうした"二つの世界"で奮闘する。今日に至るまでには、私生活でも数多くの経験を重ねてきた。
◇一緒に戦う
岩渕さんは2歳の時に保健師から指摘を受け、病院での聴力検査の結果、「先天性高度感音難聴」と告げられた。
母・由貴さん=千葉県船橋市、地区女性部長=は、娘の障がいが分かった時の思いを、「頭の中が真っ白になりました」と振り返る。
「"耳の聞こえない子を育てるって、何をどうしたらいいんだろう……"と。"分からない"ということが不安でした」。そんな時、脳裏に浮かんだのが、近くに住む義理の母・佐藤津矢野さん=地区副女性部長=の「笑顔」だった。
当時、佐藤さんは、孫を引き取り、育てていた。若くして亡くなった長男の忘れ形見であり、岩渕さんの母・由貴さんからみれば「夫の兄の息子」に当たる。その、義理のおいには知的障がいがあった。"孫育て"に励む佐藤さんは、どんな時も、穏やかな笑顔を失わなかった。
由貴さんは言う。「お義母さんに、『どうして、いつも笑顔でいられるのですか』って、尋ねたんです。聞かずには、いられなかった。義母は一言、『うーん、創価学会員だからかなあ』と。私は学会に入っていませんでしたが、この時から、学会への興味が湧いたんです」
夫の健浩さん=壮年部員=との交際時から、健浩さんや家族が、学会の信仰をしていることは知っていた。ただ、由貴さん自身は、入会しようとは思わなかった。その由貴さんが、義母とのやりとりを契機に、自ら題目を唱えるようになった。
「唱題を重ねるほど"亜依は大丈夫だ!"っていう気持ちが、心の底から湧いてきたんです」
1997年4月、亜依さんの特別支援学校幼稚部への入学を機に、由貴さんは親子で創価学会に入会する。
学校への送迎とともに療育に付き添い、学校以外の時間も、口の動きを見て言葉を読み取ることや、発話の練習に明け暮れた。当時、聴覚障がいがある子どもの療育は、そうした「口話」が重視され、手話などが取り入れられるのは、後のことであった。
「例えば亜依が泣いて、私は"抱っこしてほしい"のだと分かっても、亜依が『抱っこ』と言えるまで抱かない。亜依は"伝える戦い"、私は"待つ戦い"——それを一緒に頑張ったと感じています」
亜依さんの成育状況を踏まえ、教員からは「地域の小学校でもやっていける」との言葉があった。由貴さんは、娘の「お友達がたくさんできたらうれしい」との希望を尊重し、地域の普通学級へと送り出した。
◇自信をくれた
岩渕さんは小・中学、高校と、友達に恵まれ笑顔を絶やすことがなかった。しかし、人知れず抱く孤独があった。
1対1のコミュニケーションは取れる。だが1対多数だと、難しい。横や後ろからは、誰が何を話しているか分からない。「聞こえなかった」と伝えれば、会話の流れを遮ってしまう。授業の途中で教師の話を止めることも、遠慮してしまう。
思春期を迎えると、授業中は顔を上げずに、教科書の文字を目で追うことが多くなった。中学では「一人の方が楽しい」、高校では「大勢でいると寂しい」——そんな本音を家族にこぼした。
岩渕さんに「自信を与えてくれた」のは、スポーツだった。小学4年でサッカーを始め、野球好きの父の影響で、中学からはソフトボール部に。健聴者の中でレギュラーとなり、千葉県選抜にも選出された。高校のソフトボール部の顧問が、聴覚障がい者のために「情報保障」がなされている大学があることを教えてくれた。
オープンキャンパスの日、岩渕さんは、見学者の数十人全員が"聞こえない"状況にあることに衝撃を受けたという。
「ずっと健聴者の中で生きてきたから、100%情報が分かることに、逆に驚きました」。この大学に進学後、手話を習得した。在学中に先輩から誘われデフサッカーを始め、さらにデフフットサルの選手にもなった。
卒業後は、企業で働きながら、トレーニングの時間を捻出した。再び始まった、健聴者の中での日常生活。そんな時、自分を訪ねてきてくれたのが、創価学会の女子部の先輩たちだった。
◇分かち合える場
岩渕さんは、女子部の先輩たちの印象を語る。「笑顔と目が"安心できる"んです。私に限らず耳の聞こえない人は、その分、相手の表情をよく見るんですよね。社会人になって6年になるので、来てくださる女子部の先輩も何人か変わりましたけど、皆さんが"私のことを知りたい"と思ってくれていることを、感じるんです」
酒匂光子さん=女子部本部長=は、創価大学在学時、手話サークルに在籍した経験がある。卒業後は補聴器のメーカーに就職。「自分の行動が誰かの力になれたら」との思いで、仕事に、学会活動にと尽力してきた。
「サークルや仕事での経験から、例えば1(いち)と7(しち)など、口の形が似た言葉は、紛らわしくないように7(なな)と言うなど、自分なりに工夫します。でも、それ以外は、他のメンバーと接するのと同じように、亜依ちゃんに接しています。私が逆の立場だったら、きっとそうしてほしいと思うから」
好きなアイドルや小説の話、また、日本代表のキャプテンとしての奮闘など、多くを聞き、語り合った。
酒匂さんは「亜依ちゃんの選手としての向上心、ピンチにも負けない心がすごい。そして私にも『お体、大丈夫ですか』『最近、お仕事どうですか』と聞いてくれる思いやりがある。訪ねる私たちの方が励まされています」と。
コロナ禍の中、よく訪問・激励に来てくれたのが、松下玲子さん=総区女子部主任部長=だ。「亜依ちゃんに会う前は"耳が聞こえない"ことに対し、"私の振る舞いで、嫌な思いをさせたりしないか"と緊張していました」
だが、岩渕さんと会い、彼女を知れば知るほど、ある思いが湧いた。「亜依ちゃんの笑顔に、緊張はすぐに解けました。明るくユーモアがあって、どんな時も、周りの人への『感謝』を忘れない亜依ちゃん。耳が聞こえないということについて、コミュニケーションする上で配慮を忘れてはいけませんが、"多様な特徴の一つなのだ"と感じるようになりました」
松下さん自身は、「コンプレックスの塊で自信がなく、人と関わることが苦手。そんな自分を変えたい」と学会活動に励んできた。「誰もが何かの悩みを持っている。それを分かち合い、励まし合い、自分自身を輝かせる生き方へ変革できる場が、創価学会」だと感じている。
◇差異を超えて
池田先生は語っている。
「私たちが広宣流布に向かって『異体同心』の姿で輝くことそれ自体が、人間共和の縮図であり、人類の共生の理想像なのです。人種や言語、文化など、あらゆる差異を超え、『生命』という共通の大地に立って、尊敬し合い、学び合い、助け合っていくからです」
岩渕さんは自身の青春を振り返り、「私は出会いに恵まれました」と語る。家族をはじめ、同級生、部活の恩師やチームメート、女子部の先輩たち……。
そして、困難に直面する時は、祈ることができた。"今いる場所で必要とされる人に""唱題は、自分の心と向き合う時間""ピンチはチャンス"——母や女子部の先輩たちが教えてくれたことを胸に刻み、挑戦を重ねてきた。
「10代のころ、人と関わることに難しさを感じた自分が、日本代表のキャプテンを務めることができたのも、本来の明るさを出せるようになったのも、自分の心を挑戦の方向にもっていけるようになったからです」
それは、母・由貴さんが、幼児期の療育で娘と分かち合いたかった思いにも通じているという。「"人とコミュニケーションすることは楽しい""障がいがあることが不幸なのではない。障がいに負けてしまうことが不幸なんだ"——私が伝えたかった思いを、亜依は、自らの人生で示してくれました」
岩渕さんは今、こう感じている。
「口の形の読み取り方、発話の仕方、手話などの表現方法……。『聴覚障がい者』といっても一人一人違います。女子部の先輩たちをはじめ、心ある人が私にしてくれたように、『一人の人間』として接してもらえたら、『障がい者』という言葉の先入観もなくなって、"違い"を"特徴"として理解し合えると思う」
時に孤独を抱えながらも、懸命に、挑戦を続けてきた岩渕さん。"亜依さんの心を知りたい"と交流を重ねた周囲の人々。障がいの有無を超えて、社会の全員が、共生の未来を担う当事者である——そのことを、彼女の歩みは気付かせてくれる。
2021年10月26日火曜日
2021.10.26 わが友に贈る
一人一人が持つ底力を
最大に発揮してこそ
不可能は可能になる。
「あと一歩」「もう一歩」
広布の山を越えゆこう!
兄弟抄 P1083
『各各随分に法華経を信ぜられつるゆへに過去の重罪をせめいだし給いて候、たとへばくろがねをよくよくきたへばきずのあらわるるがごとし、石はやけばはいとなる金はやけば真金となる』
【通解】
各々(池上兄弟)は、随分と法華経を信ぜられたために、現世において、過去世の重罪を招き出した。譬えてみれば、鉄をよくよく鍛えると、その疵が顕れるようなものである。石は焼けば灰となるが、金は焼けば(不純物が取り除かれて)真金となる。
名字の言 今年も"冬の使者"ツルが飛来 2021年10月26日
"冬の使者"が到来した。先日、国内最大のツルの越冬地である鹿児島県の出水平野で、今季初となるナベヅル17羽の飛来が確認された。昨シーズンまで24季連続で"万羽鶴"の飛来が続いている▼夏を過ごしたロシアや中国などからやって来るナベヅルは約9000羽、マナヅルが約3000羽。これは世界のナベヅルの8割以上、マナヅルは約半数に当たるという。毎年、大空を渡って同じ場所に戻ってくるツルを見ると、自然の不思議を感じる▼御書には「虚空に鳥の飛跡あり人此をみず・大海に魚の道あり人これをみず」(1250ページ)とある。天空を飛ぶ鳥にも、大海原を泳ぐ魚にも、人間の目には見えない道がある。同じように、たとえ見えなくとも、わが胸中に仏の生命が厳然と具わっている、との仰せだ▼社会的な地位を得る道、豊かな富を得る道など、人はそれぞれに目指し歩む道がある。では私たちが進むべきは、どんな道なのか。池田先生は「立正安国を願い、臆さず誠実に、真心を尽くして対話をする。相手がどうあれ、聡明に自信満々と、信念を語り切るのだ。これが自他共に『仏になる道』だ」とつづった▼学会創立の月・11月は目前。広布の大誓願を胸に、わが信念の道を堂々と進もう。
寸鉄 2021年10月26日
「師子奮迅之力」法華経。最後まで攻めの一手で!勇気の師子吼で断固勝つ
逆転の劇へ大空知、留萌、サロベツが総力で猛追!全国から北海道に大応援
北、足立、豊島、板橋が猛反撃!皆が執念の拡大で援軍。東京勝利断じて
列島全て大接戦。語ればまだまだ広がる。民衆パワーで栄光のゴールへ!
歩幅広げて歩けば認知症の予防に—研究。今日も学会活動にはつらつ闊歩
☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第13回 中国
本年は、「桂冠詩人」の称号が池田先生に贈られてから40周年。連載企画「勇気の舞 凱歌の行進」では、先生がつづった長編詩を紹介します。第13回は、中国方面の同志に詠んだ「完璧なる勝利へ 栄光の劇を!」(2003年)です。
◇人間主義の針路を示せ
中国よ!
おお
偉大なる中国よ!
君たちの活動の姿を
連想すると
私の心は嬉しい。
私の心は躍る。
◆◇◆
中国が生んだ吉田松陰は
こう賞讃されている。
「彼が一生は、
教唆者に非ず、率先者なり。
夢想者に非ず、実行者なり。
彼は未だ嘗て
背後より人を煽動せず、
彼は毎に前に立って
これを麾けり」
これが
真の革命家の方程式だ。
すべての戦野とともに
忘れ得ぬ
あの山口開拓闘争もまた
私たちは
その精神で戦った。
折伏の波は広がり
人材の石垣は築かれ
盤石の基盤は成った。
◆◇◆
中国の友よ!
今再び
新しい開拓の
その時が到来した。
かつて
岡山地区が
折伏の金字塔を
打ち立てたごとく!
中国総支部が
連続の全国制覇を果たし
三百万の達成へと
怒濤の前進を
成し遂げたごとく!
人材山脈の大中国が
広宣の新時代の開拓に
今こそ先駆するのだ。
歴史の夜明けの旭日は
いつも中国から昇る。
「環日本海の世紀」の
希望と友情の光源は
鳥取であった。
そして島根であった。
人間共和の光彩は
我らの山光の天地より
燦然と煌めき始めたのだ。
そしてまた
壊れた磁石のような
迷走する日本の行く手に
確固たる人間主義の針路をば
永遠なる平和の都・広島が
厳然と示しゆくのだ。
◆◇◆
おお
信心の帝王たる
偉大なる中国の友よ!
勝利の讃歌の音律と
交差しながら
白い光線を浴び
無数の天からの
加護と祝福を受けつつ
永遠に
楽しき栄光の劇を
展開していくのだ!
☆Switch——共育のまなざし 池田先生の励ましの言葉から 2021年10月7日
◇幼い子どもを育てる親御さんたちへ
わが子を授かってから成人するまで、どの時代も子育てに苦労はつきもの。とは言っても、「子どもが幼いうちは毎日バタバタしていて本当に大変!」という方は多いのではないでしょうか。今回の「Switch——共育のまなざし」では、幼い子どもを育てる親御さんたちに向けて池田先生が送った励ましの言葉を、『21世紀への母と子を語る』(『池田大作全集』第62巻所収)の中から抜粋して紹介します。(編集・構成=大宮将之)
◇人を育むことほど尊いことはない
◇今は基盤を築く時
<1年365日、目まぐるしい毎日を送る親御さんたちの奮闘を池田先生はたたえつつ、語りました>
皆さんは、結婚、出産、子育てと、次から次へ、新しい経験の連続でしょう。環境の変化に、戸惑うことも多いにちがいない。
毎日の生活の中で、ふと我に返った時に、「いったい自分は何をやっているのだろう?」と思うようなこともあるかもしれない。
今は、幸福の基盤を築いていく時です。まず自分の足元を固めることです。
現実の生活の中で、がっちりと根を張っていってほしい。根は見えない。建物の基礎も地中深く、人の目にふれることはない。それを築くのは、地味な作業かもしれません。
しかし、どんな立派な建物も、一朝一夕にできあがるものではない。また、いくら華やかでも、かんたんにできあがったものは、もろく、壊れやすいものです。
地道に、着実に——これは、平凡のように見えて、じつはもっとも偉大なことなのです。その繰り返しによって、揺るがぬ堅固な基礎が築かれていくのです。
太陽は、うまず、たゆまず、みずからの軌道を進み、万物を照らし、育んでいく。皆さんは"一家の太陽"です。太陽のごとく明るく、太陽のごとく力強く、太陽のごとく健康に、「きょうも、何かに挑戦しよう!」「きょうも、もう一歩進もう!」と、目標を持って、張りのある一日一日を積み重ねていってほしい。
その積み重ねによって、20年、30年と経った時、わが家庭を「幸福の殿堂」、「幸福の大樹」としていくことができるのです。
◇リズムを大切に
<子育てに家事に仕事にと、目の前のことだけで精一杯。そんな状況にある人にとっては「何かに挑戦しよう」と決意すること自体、大きな前進といえるでしょう。ある母親が、その"決意の出発の場"として「朝の勤行」を大切にしてきたことを話すと、先生はこう応えました>
「朝の勝利」は「一日の勝利」だね。「一日の勝利」の積み重ねは、やがて「人生の勝利」につながっていく。すがすがしい「一日の出発」こそ、充実の人生の秘訣です。
きょう一日がどのような一日となるかは、自分自身の朝の勤行の姿を見ると分かる。朝の勤行の姿は、その日一日の"生活の縮図"と言ってもよいでしょう。
あわてて勤行・唱題した時は、その日一日も、なんとなくあわただしく過ぎ去ってしまい、実りのない日であったと経験されたこともあるでしょう。
反対に、朗々とすがすがしく勤行・唱題をしてスタートした一日は、さわやかな充実した一日であるはずです。
祈りというのは、さまざまな思い、願いの凝縮とも言える。毎朝の祈りで、自身と一家の成長を願い、そのための目標をゆるぎなく定める。そして胸中に太陽を昇らせて、生き生きと出発していきたいものです。
<親にとって一日のリズムが大切であるように、子どもにとっても「安心して育つリズム」があります。早めに就寝することであったり、毎日なるべく決まった時間帯に朝食や夕食を取ることであったり……>
子どもが小さいうちは、とくに「睡眠」と「食事」が大切と言われている。リズム正しく、きちんと取れないと、子どもの成長に影響しかねません。生活が順調に回転するためには、おのずからリズムがある。それを身につけさせていくのが、しつけとも言えるでしょう。
それは、親と子のふれあいの中で身についていく。それもふれあう時間の長短ではなくして、子どもの生活リズムは、家庭で、親子で工夫して、知恵を働かせてつくっていくものです。子どもが、すこやかに成長するリズムを、どう確立するか。これは、親としての「戦い」の一つと考えてほしい。
◇親切と思いやり
<続いて話題は池田先生の「創作童話」を巡って。先生はこれまで未来部世代に向けて、20作以上もの創作物語をつづってきました>
子ども向けの作品を書くというのは、大人に対する以上に心を引き締めていかねば書けません。「子どもだから」などと、甘く見ることは少しもできません。子どもは、驚くほど、豊かな感受性を持っている。大人が思っている以上に、子どもは多くのことを理解しているのです。
だから私は、その子どもの心に、「勇気」と「正義」を育むために、直接、語りかける思いで、童話や物語を書いてきました。
<平和の尊さを伝える作品『少年とさくら』(1974年発表)も、その一つ。わが子に何度も読み聞かせてきたという母親の話に耳を傾けながら、先生は言葉を継ぎました>
戦争の悪と戦い、平和を訴えた作品といえば、喜劇王チャップリンの「独裁者」があります。これは、第2次世界大戦が始まった翌年(1940年)に制作された映画です。
この映画の中で、チャップリンはヒトラーを風刺した、ヒンケルという独裁者と、ヒンケルと瓜二つのユダヤ人の二役を演じている。
<チャップリン扮する、ヒンケルと取りちがえられたユダヤ人が、独裁者を否定して戦争反対の演説をするラストシーンは有名です>
当時、独裁者ヒトラーは日の出の勢いだった。この映画は、チャップリンにとって命懸けだったのです。その演説の最後にチャップリンは、「ハンナ、ぼくの声が聞こえるかい?」と呼びかけている。ハンナとは、映画に出てくる恋人の名だが、じつは、チャップリンのお母さんの名前だったのです。
「ハナ(ハンナ)、ぼくの声が聞こえるかい? いまどこにいようと、さあ、顔を上げて! 見上げてごらんよ、ハナ! 雲が切れるよ! 光が射してきたよ! やみが去って、僕たちの上にも光が輝くんだ! 欲望と憎しみと残忍さをなくした、よりよい世界がやってくるよ。見上げてごらん、ハナ!」(ラジ・サクラニー『チャップリン——ほほえみとひとつぶの涙を』上田まさ子訳、佑学社)
画面は、雲の流れる空。チャップリンはきっと、天にいるお母さんに向かって呼びかけたのでしょう。波瀾万丈の人生を歩んだ、チャップリンを支えたのは「母の愛」でした。その「母の愛」が、人間性を踏みにじる「独裁者」との戦いへとチャップリンを駆りたてたのです。
また、チャップリンは演説のなかで、こう言っている。「知識はわたしたちに冷ややかな目を与え、知恵はわたしたちを非情で冷酷にしました。考えるばかりで、思いやりがなくなってしまいました。わたしたちに必要なのは、機械ではなく、人間性です。頭のよさよりも親切と思いやりが必要なのです」(同)
◇わが命を何に使うか
<「人間性」「思いやり」を、子どもの心に育んでいけるかどうか。現代は親の負担が増えているだけに、地域や社会全体で子どもを育てていくことが重要でしょう。創価学会が果たすべき使命と役割も、そこにあります。池田先生は訴えました>
人を育てるのは、楽なことではありません。ともすれば、たいへんな疲労をともなうこともある。
しかし、命を削るような労苦なくして、本当に人を育てることなどできません。日蓮大聖人は「命限り有り惜む可からず」(御書955ページ)と仰せです。命には限りがある。惜しんではならない。だからこそ、何に命を使うかが重要なのです。
「人間を育てる」ことこそ、最高に尊いことではないだろうか。
◆◇◆
私は今、「命を惜しまず」教育に情熱をそそいでいこうと思っています。人生最終の事業を「教育」と決めているからです。
私は、晩年の戸田先生の命をかけた闘争を思い出します。あれは逝去の前年、先生はすでに、立ち上がれないほど衰弱しておられた。それでも先生は、同志の待つ広島へなんとしても行こうとされていた。先生の命を危ぶみ、必死にお止めする私を、先生は叱咤された。
「行く、行かなければならんのだ!」「同志が待っている。……死んでも俺を行かせてくれ。死んだら、あとはみんなで仲よくやってゆけ。死なずに帰ったなら、新たな決意で新たな組織を創ろう……」
最後の最後まで、命をふりしぼって同志に尽くそうとした恩師の姿を、私は忘れることはできません。
最大に発揮してこそ
不可能は可能になる。
「あと一歩」「もう一歩」
広布の山を越えゆこう!
兄弟抄 P1083
『各各随分に法華経を信ぜられつるゆへに過去の重罪をせめいだし給いて候、たとへばくろがねをよくよくきたへばきずのあらわるるがごとし、石はやけばはいとなる金はやけば真金となる』
【通解】
各々(池上兄弟)は、随分と法華経を信ぜられたために、現世において、過去世の重罪を招き出した。譬えてみれば、鉄をよくよく鍛えると、その疵が顕れるようなものである。石は焼けば灰となるが、金は焼けば(不純物が取り除かれて)真金となる。
名字の言 今年も"冬の使者"ツルが飛来 2021年10月26日
"冬の使者"が到来した。先日、国内最大のツルの越冬地である鹿児島県の出水平野で、今季初となるナベヅル17羽の飛来が確認された。昨シーズンまで24季連続で"万羽鶴"の飛来が続いている▼夏を過ごしたロシアや中国などからやって来るナベヅルは約9000羽、マナヅルが約3000羽。これは世界のナベヅルの8割以上、マナヅルは約半数に当たるという。毎年、大空を渡って同じ場所に戻ってくるツルを見ると、自然の不思議を感じる▼御書には「虚空に鳥の飛跡あり人此をみず・大海に魚の道あり人これをみず」(1250ページ)とある。天空を飛ぶ鳥にも、大海原を泳ぐ魚にも、人間の目には見えない道がある。同じように、たとえ見えなくとも、わが胸中に仏の生命が厳然と具わっている、との仰せだ▼社会的な地位を得る道、豊かな富を得る道など、人はそれぞれに目指し歩む道がある。では私たちが進むべきは、どんな道なのか。池田先生は「立正安国を願い、臆さず誠実に、真心を尽くして対話をする。相手がどうあれ、聡明に自信満々と、信念を語り切るのだ。これが自他共に『仏になる道』だ」とつづった▼学会創立の月・11月は目前。広布の大誓願を胸に、わが信念の道を堂々と進もう。
寸鉄 2021年10月26日
「師子奮迅之力」法華経。最後まで攻めの一手で!勇気の師子吼で断固勝つ
逆転の劇へ大空知、留萌、サロベツが総力で猛追!全国から北海道に大応援
北、足立、豊島、板橋が猛反撃!皆が執念の拡大で援軍。東京勝利断じて
列島全て大接戦。語ればまだまだ広がる。民衆パワーで栄光のゴールへ!
歩幅広げて歩けば認知症の予防に—研究。今日も学会活動にはつらつ闊歩
☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第13回 中国
本年は、「桂冠詩人」の称号が池田先生に贈られてから40周年。連載企画「勇気の舞 凱歌の行進」では、先生がつづった長編詩を紹介します。第13回は、中国方面の同志に詠んだ「完璧なる勝利へ 栄光の劇を!」(2003年)です。
◇人間主義の針路を示せ
中国よ!
おお
偉大なる中国よ!
君たちの活動の姿を
連想すると
私の心は嬉しい。
私の心は躍る。
◆◇◆
中国が生んだ吉田松陰は
こう賞讃されている。
「彼が一生は、
教唆者に非ず、率先者なり。
夢想者に非ず、実行者なり。
彼は未だ嘗て
背後より人を煽動せず、
彼は毎に前に立って
これを麾けり」
これが
真の革命家の方程式だ。
すべての戦野とともに
忘れ得ぬ
あの山口開拓闘争もまた
私たちは
その精神で戦った。
折伏の波は広がり
人材の石垣は築かれ
盤石の基盤は成った。
◆◇◆
中国の友よ!
今再び
新しい開拓の
その時が到来した。
かつて
岡山地区が
折伏の金字塔を
打ち立てたごとく!
中国総支部が
連続の全国制覇を果たし
三百万の達成へと
怒濤の前進を
成し遂げたごとく!
人材山脈の大中国が
広宣の新時代の開拓に
今こそ先駆するのだ。
歴史の夜明けの旭日は
いつも中国から昇る。
「環日本海の世紀」の
希望と友情の光源は
鳥取であった。
そして島根であった。
人間共和の光彩は
我らの山光の天地より
燦然と煌めき始めたのだ。
そしてまた
壊れた磁石のような
迷走する日本の行く手に
確固たる人間主義の針路をば
永遠なる平和の都・広島が
厳然と示しゆくのだ。
◆◇◆
おお
信心の帝王たる
偉大なる中国の友よ!
勝利の讃歌の音律と
交差しながら
白い光線を浴び
無数の天からの
加護と祝福を受けつつ
永遠に
楽しき栄光の劇を
展開していくのだ!
☆Switch——共育のまなざし 池田先生の励ましの言葉から 2021年10月7日
◇幼い子どもを育てる親御さんたちへ
わが子を授かってから成人するまで、どの時代も子育てに苦労はつきもの。とは言っても、「子どもが幼いうちは毎日バタバタしていて本当に大変!」という方は多いのではないでしょうか。今回の「Switch——共育のまなざし」では、幼い子どもを育てる親御さんたちに向けて池田先生が送った励ましの言葉を、『21世紀への母と子を語る』(『池田大作全集』第62巻所収)の中から抜粋して紹介します。(編集・構成=大宮将之)
◇人を育むことほど尊いことはない
◇今は基盤を築く時
<1年365日、目まぐるしい毎日を送る親御さんたちの奮闘を池田先生はたたえつつ、語りました>
皆さんは、結婚、出産、子育てと、次から次へ、新しい経験の連続でしょう。環境の変化に、戸惑うことも多いにちがいない。
毎日の生活の中で、ふと我に返った時に、「いったい自分は何をやっているのだろう?」と思うようなこともあるかもしれない。
今は、幸福の基盤を築いていく時です。まず自分の足元を固めることです。
現実の生活の中で、がっちりと根を張っていってほしい。根は見えない。建物の基礎も地中深く、人の目にふれることはない。それを築くのは、地味な作業かもしれません。
しかし、どんな立派な建物も、一朝一夕にできあがるものではない。また、いくら華やかでも、かんたんにできあがったものは、もろく、壊れやすいものです。
地道に、着実に——これは、平凡のように見えて、じつはもっとも偉大なことなのです。その繰り返しによって、揺るがぬ堅固な基礎が築かれていくのです。
太陽は、うまず、たゆまず、みずからの軌道を進み、万物を照らし、育んでいく。皆さんは"一家の太陽"です。太陽のごとく明るく、太陽のごとく力強く、太陽のごとく健康に、「きょうも、何かに挑戦しよう!」「きょうも、もう一歩進もう!」と、目標を持って、張りのある一日一日を積み重ねていってほしい。
その積み重ねによって、20年、30年と経った時、わが家庭を「幸福の殿堂」、「幸福の大樹」としていくことができるのです。
◇リズムを大切に
<子育てに家事に仕事にと、目の前のことだけで精一杯。そんな状況にある人にとっては「何かに挑戦しよう」と決意すること自体、大きな前進といえるでしょう。ある母親が、その"決意の出発の場"として「朝の勤行」を大切にしてきたことを話すと、先生はこう応えました>
「朝の勝利」は「一日の勝利」だね。「一日の勝利」の積み重ねは、やがて「人生の勝利」につながっていく。すがすがしい「一日の出発」こそ、充実の人生の秘訣です。
きょう一日がどのような一日となるかは、自分自身の朝の勤行の姿を見ると分かる。朝の勤行の姿は、その日一日の"生活の縮図"と言ってもよいでしょう。
あわてて勤行・唱題した時は、その日一日も、なんとなくあわただしく過ぎ去ってしまい、実りのない日であったと経験されたこともあるでしょう。
反対に、朗々とすがすがしく勤行・唱題をしてスタートした一日は、さわやかな充実した一日であるはずです。
祈りというのは、さまざまな思い、願いの凝縮とも言える。毎朝の祈りで、自身と一家の成長を願い、そのための目標をゆるぎなく定める。そして胸中に太陽を昇らせて、生き生きと出発していきたいものです。
<親にとって一日のリズムが大切であるように、子どもにとっても「安心して育つリズム」があります。早めに就寝することであったり、毎日なるべく決まった時間帯に朝食や夕食を取ることであったり……>
子どもが小さいうちは、とくに「睡眠」と「食事」が大切と言われている。リズム正しく、きちんと取れないと、子どもの成長に影響しかねません。生活が順調に回転するためには、おのずからリズムがある。それを身につけさせていくのが、しつけとも言えるでしょう。
それは、親と子のふれあいの中で身についていく。それもふれあう時間の長短ではなくして、子どもの生活リズムは、家庭で、親子で工夫して、知恵を働かせてつくっていくものです。子どもが、すこやかに成長するリズムを、どう確立するか。これは、親としての「戦い」の一つと考えてほしい。
◇親切と思いやり
<続いて話題は池田先生の「創作童話」を巡って。先生はこれまで未来部世代に向けて、20作以上もの創作物語をつづってきました>
子ども向けの作品を書くというのは、大人に対する以上に心を引き締めていかねば書けません。「子どもだから」などと、甘く見ることは少しもできません。子どもは、驚くほど、豊かな感受性を持っている。大人が思っている以上に、子どもは多くのことを理解しているのです。
だから私は、その子どもの心に、「勇気」と「正義」を育むために、直接、語りかける思いで、童話や物語を書いてきました。
<平和の尊さを伝える作品『少年とさくら』(1974年発表)も、その一つ。わが子に何度も読み聞かせてきたという母親の話に耳を傾けながら、先生は言葉を継ぎました>
戦争の悪と戦い、平和を訴えた作品といえば、喜劇王チャップリンの「独裁者」があります。これは、第2次世界大戦が始まった翌年(1940年)に制作された映画です。
この映画の中で、チャップリンはヒトラーを風刺した、ヒンケルという独裁者と、ヒンケルと瓜二つのユダヤ人の二役を演じている。
<チャップリン扮する、ヒンケルと取りちがえられたユダヤ人が、独裁者を否定して戦争反対の演説をするラストシーンは有名です>
当時、独裁者ヒトラーは日の出の勢いだった。この映画は、チャップリンにとって命懸けだったのです。その演説の最後にチャップリンは、「ハンナ、ぼくの声が聞こえるかい?」と呼びかけている。ハンナとは、映画に出てくる恋人の名だが、じつは、チャップリンのお母さんの名前だったのです。
「ハナ(ハンナ)、ぼくの声が聞こえるかい? いまどこにいようと、さあ、顔を上げて! 見上げてごらんよ、ハナ! 雲が切れるよ! 光が射してきたよ! やみが去って、僕たちの上にも光が輝くんだ! 欲望と憎しみと残忍さをなくした、よりよい世界がやってくるよ。見上げてごらん、ハナ!」(ラジ・サクラニー『チャップリン——ほほえみとひとつぶの涙を』上田まさ子訳、佑学社)
画面は、雲の流れる空。チャップリンはきっと、天にいるお母さんに向かって呼びかけたのでしょう。波瀾万丈の人生を歩んだ、チャップリンを支えたのは「母の愛」でした。その「母の愛」が、人間性を踏みにじる「独裁者」との戦いへとチャップリンを駆りたてたのです。
また、チャップリンは演説のなかで、こう言っている。「知識はわたしたちに冷ややかな目を与え、知恵はわたしたちを非情で冷酷にしました。考えるばかりで、思いやりがなくなってしまいました。わたしたちに必要なのは、機械ではなく、人間性です。頭のよさよりも親切と思いやりが必要なのです」(同)
◇わが命を何に使うか
<「人間性」「思いやり」を、子どもの心に育んでいけるかどうか。現代は親の負担が増えているだけに、地域や社会全体で子どもを育てていくことが重要でしょう。創価学会が果たすべき使命と役割も、そこにあります。池田先生は訴えました>
人を育てるのは、楽なことではありません。ともすれば、たいへんな疲労をともなうこともある。
しかし、命を削るような労苦なくして、本当に人を育てることなどできません。日蓮大聖人は「命限り有り惜む可からず」(御書955ページ)と仰せです。命には限りがある。惜しんではならない。だからこそ、何に命を使うかが重要なのです。
「人間を育てる」ことこそ、最高に尊いことではないだろうか。
◆◇◆
私は今、「命を惜しまず」教育に情熱をそそいでいこうと思っています。人生最終の事業を「教育」と決めているからです。
私は、晩年の戸田先生の命をかけた闘争を思い出します。あれは逝去の前年、先生はすでに、立ち上がれないほど衰弱しておられた。それでも先生は、同志の待つ広島へなんとしても行こうとされていた。先生の命を危ぶみ、必死にお止めする私を、先生は叱咤された。
「行く、行かなければならんのだ!」「同志が待っている。……死んでも俺を行かせてくれ。死んだら、あとはみんなで仲よくやってゆけ。死なずに帰ったなら、新たな決意で新たな組織を創ろう……」
最後の最後まで、命をふりしぼって同志に尽くそうとした恩師の姿を、私は忘れることはできません。
2021年10月25日月曜日
2021.10.25 わが友に贈る
◇今週のことば
「国の為 法の為 人の為」
師子奮迅の地涌の誉れよ!
諸天も諸仏も必ず動く。
皆で悔いなく戦い切って
広布と人生の凱歌を!
2021年10月25日
辧殿御消息 P1225
『おのおのは随分の日蓮がかたうどなり、しかるをなづきをくだきていのるにいままでしるしのなきはこの中に心のひるがへる人の有るとをぼへ候ぞ、をもいあわぬ人をいのるは水の上に火をたき空にいゑをつくるなり』
【通解】
各々方(河辺殿等の四人)は、それぞれに日蓮の大切な味方である。そうであるのに、頭を砕くほど真剣に祈っても今まで験がないのは、この中に信心退転の者がいると思われるのである。思いの応じ合わない人を祈るのは、水の上で火をたき、空中に家を建てるようなものである。
名字の言 相手と心を通わせるには…… 2021年10月25日
「ホンネの交流がない淋しさや、つながりに絶えず縛られて気をつかうばかりの鬱陶しさを、だれもがどこかで感じている」と、心理学博士の榎本博明氏は現代人の心象風景を語る▼一見、にぎやかに話しているようでも、気持ちがつながっていない場合がある。そこには、傷つく・傷つけることを防ぐために、互いの気持ちに立ち入らない「予防としてのやさしさ」が働いているという▼だがそれでは、いつまでも気を使うばかり。氏は「こちらから一歩踏み出すこと」を提案する。そうすれば、相手はうれしいだけでなく、自己開示をしたくなることが研究によって分かっている(『「対人不安」って何だろう?』ちくまプリマー新書)。相手と心を通わせるには、まず自分が心を開くことだ▼釈尊は「自分から話し掛ける人」だった。悟りの地から約250キロもの距離を歩き、5人の旧友に法を説いた。話に納得した旧友たちは、やがて釈尊の弟子に。その後も釈尊は各地へ説法に歩いた▼御書に「日蓮は、この法門を語ってきたので、他の人と比較にならないほど、多くの人に会ってきた」(1418ページ、通解)と。人と会い語る。ここに仏法の魂がある。開かれた心で、語りに語る"対話の秋"に!
寸鉄 2021年10月25日
信心とは何があろうと勝つと心を決めることだ—恩師。さあ本領発揮の時
大空知、留萌、サロベツの情勢緊迫。全国が大声援。北海天地に大勝旗を必ず
東京の北、足立、豊島、板橋が重大局面。逆転へ一丸の押し上げを今こそ
列島各地、どこも激戦。全同志の総立ちの拡大で反転攻勢を!栄冠を断固
ワクチン確保の道開いた公明が日本救った—識者語れば刺さる確かな実績
〈社説〉 2021・10・25 「望まない孤独」をなくす
◇「話を聞くこと」が"万の力"
政府は今年2月、「孤独・孤立対策担当室」を新設した。背景には昨年、コロナ禍で国内自殺者数が11年ぶりに増加したことや、格差や不寛容、差別、虐待などによる生きづらさがある。
各種調査においても「20代〜30代の若年層の2人に1人が日常において孤独を感じている」(野村総合研究所)、「男性・高齢であるほど社会的孤立に陥りやすく、孤独感に深刻な影響」(東京都健康長寿医療センター研究所)など、孤独感の広がりは顕著だ。「孤独」とは特定の境遇の人だけが陥るのではなく、誰もが直面しうる問題と言えるかもしれない。
インターネット上で悩み事の相談を受けるNPO法人理事長の大空幸星さんは、「望まない孤独」という表現を用いている。「孤立」とは客観的に判断できることだが、「孤独」とは、周りに家族や友人がいたとしても、「頼りたくても頼れない、信頼できる人がいない」状態を指すとしている。
多くの相談を受けてきた大空さんが本紙で強調したのは、「話を聞く」姿勢に徹すること。相談者が求めているのは、アドバイスよりも、まず話を聞いてほしい、今の自分の苦しみを知ってほしいということだ。「もしもの時に話を聞いてもらえる場所がある——そうした安心感を与えることが、とても大きな力になる」と語った。
仏法では、慈悲の具体的な実践として「抜苦与楽(苦を抜き、楽を与えること)」を説く。それは目の前で苦しむ人に寄り添おうとする「同苦」の振る舞いである。
学会活動で多くの友と関わる中で、自分が経験したことのないような悩みを打ち明けられることもあるだろう。しかし、たとえ具体的なアドバイスはできなくても、真摯に耳を傾け、相手の悩みを受け止めることはできる。悩んでいる人を救えるのは、同じ悩みを乗り越えた人だけとは限らない。池田先生は「(相手の話を)聞いてあげること自体が、仏法で説く慈悲の実践、『抜苦与楽』の『抜苦』となるのだ」とつづっている。
誰もが孤独と"隣り合わせ"の現代、人とのつながりを最も大切にする創価の励まし運動の力は大きい。相手を心から敬い、じっくり話を聞く。それは時に、言葉を掛ける以上の励まし——"万の力"となる。「聞いてもらえて、よかった」。そんな安心感をもたらす励ましの名手でありたい。
☆ロータスラウンジ——法華経への旅 第30回 嘱累品第二十二
◇仏の願い、師匠の願いはただ「広宣流布」にある。ゆえに弘教に走ることが「報恩」
法華経について、皆で学び、深めよう——「ロータスラウンジ——法華経への旅」の第30回は、「嘱累品第二十二」です。
■大要
釈尊が、無量の菩薩の頭をなで、"一心に、この経を弘めていきなさい"と語ります。それに応え、菩薩たちが"釈尊の仰せの通りに実践します!"と、誓います。それでは内容を追ってみましょう。
●シーン1
その時、釈尊は、座から立ち上がり、偉大な力を現します。右手で無量の菩薩の頭をなでて語ります。
「私が無量百千万億阿僧祇劫という久遠の昔に修行した、阿耨多羅三藐三菩提(完全な覚り)の法を、今、あなたたちに付嘱する(教えを弘めるように託す)。
この法を、一心に流布して、広く人々に利益を与えていきなさい」
このように3度、菩薩たちの頭をなでて、述べます。
「私が無量百千万億阿僧祇劫という久遠の昔に修行した、阿耨多羅三藐三菩提の法を、今、あなたたちに付嘱する。
この経を受持・読誦し、広くこの法を語って、一切衆生が聞き、知ることができるようにしなさい」
そして、その理由を語ります。
「仏は大慈悲があり、物惜しみすることも、また畏れることもなく、衆生に仏の智慧を与える。仏は一切衆生の大施主である。それに従って仏の法を学び、物惜しみしてはならない。
未来において、法華経を信じる男女が、仏の智慧を信じるならば、その人に仏の智慧を得させるために、法華経を説き、聞き知ることができるようにしなさい。
もし、人々がこの経を信じ、受けるならば、仏の深き法の中において、教えを示し、利益を与え、歓喜させるべきである。
このようにするならば、諸仏の恩を報ずることになる」
●シーン2
菩薩たちは皆、釈尊の説法を聞き終わって、大歓喜します。
ますます仏を敬うようになり、体を曲げて頭を下げ、手を合わせて、共に語ります。
「釈尊の仰せの通りに実践します。仰せのままにします。
釈尊よ、どうか心を煩わされませんように」
菩薩たちは、このように3度、共に声を上げます。
「釈尊の仰せの通りに実践します。仰せのままにします。
釈尊よ、どうか心を煩わされませんように」
●シーン3
その時、釈尊は、十方より集まってきた分身の仏たちを、それぞれの本土に帰し、宝塔を元通りにするように語ります。
最後に、十方の無量の分身の仏や、多宝仏と上行菩薩をはじめとする無量の菩薩たち、舎利弗などの声聞、四衆、一切世間の天界・人界・修羅界の人々など、生きとし生けるものが、仏の説法を聞いて大歓喜します。
■総付嘱
「嘱累品」での付嘱は、釈尊に教化された本化(地涌)と、迹仏に教化された迹化の両方を含めた無量の菩薩に付嘱されたので、総付嘱といいます。
日蓮大聖人は、付嘱の光景を次のように記されています。
「嘱累品の心は、釈尊が虚空に立たれて、四百万億那由他の世界一面に、武蔵野の芒のように、富士山の木のように群がり、膝を詰め寄せ、頭を地につけ、身をかがめて、手を合わせ、汗を流して、釈尊の前に露のようにおびただしく集まった上行菩薩等や文殊等、大梵天王・帝釈・日月・四天王・竜王・十羅刹女等に法華経を譲るため、3度も頂をなでられたことにある。たとえば、悲母が子どもの髪をなでるようなものである。その時に、上行や日月天等は、かたじけない仰せを受けて、法華経を滅後末代に弘通することを誓われたのである」(御書1245ページ、通解)
菩薩の頭を3回なでられたことについては、「御義口伝」に「三摩の付嘱とは身口意三業三諦三観と付嘱し給う事なり」(同772ページ)と記されています。
池田先生は、次のように教えられています。
「弟子の立場から言えば、師の教えを『身』で行じ、『口』で行じ、『意』で行じて、一心三観の智慧を得ていく。すなわち自分の仏界を無量に開いていく——そういう意味になるでしょう」
「『弘教』です。広宣流布に動いていくことです。広宣流布に連なった『身』『口』『意』の三業は、塵も残さず、全部、大功徳に変わる」
付嘱といっても、託される側が、広布の戦いを起こしてこそ、法を受け継ぐことができるのです。
■嘱累
品の題名である「嘱累」の「嘱」には「たのむ」「まかせる」「たくす」など、「累」には「かさなる」の他に「つなぐ」「わずらわす」という意味があります。つまり「嘱累」には、"大変だが、弘通を頼む"という意味合いがあるのです。
また、嘱累品は、弟子の末法弘通の誓いで終わっています。
池田先生は「弟子の側から言えば、『私が全部、苦労を担っていきます』というのが『嘱累』です。それで師弟相対になる。師弟というのは、厳粛なものです。師の一言でも、どれだけ真剣に受けとめているか。『すべて実行しよう』と受けとめるのが弟子です」と。
「嘱累品」は、師から弟子へ法を託し、弟子が師に誓いを立てる——歓喜に彩られた"師弟の品"とも言えるのです。
【『法華経の智慧』から】 弟子の自覚を
慈悲と言っても、凡夫には慈悲なんか、なかなか出るものではない。「自分は慈悲がある」なんて言うのは、たいていは偽善者です。だから慈悲に代わるものは「勇気」です。「勇気」をもって、正しいものは正しいと語っていくことが「慈悲」に通じる。表裏一体なのです。表は勇気です。
◇
嘱累品に、弘教の人は「諸仏の恩を報ず」(法華経579ページ)とある。仏の願い、師匠の願いは、ただ「広宣流布」にある。ゆえに弘教に走ることが、それこそが師匠への「報恩」になるのです。恩を忘れて仏法はない。否、人道はない。仏法は「人間の生き方」を教えたものです。ゆえに、仏法者は、だれよりも「知恩の人」「報恩の人」でなければならない。
◇
たとえ師匠から離れた地にいようとも、直接話したことがなくても、自分が弟子の「自覚」をもって、「師匠の言う通りに実行するのだ」と戦っていれば、それが師弟相対です。根幹は、師匠対自分です。
(普及版〈下〉「嘱累品」)
【コラム】 二処三会
「嘱累品」で、「宝塔品」から始まった虚空会の儀式が、終わります。この後、法華経の説法の舞台は、再び霊鷲山へと移ります。
このように説法の場所が、霊鷲山から虚空会、虚空会から霊鷲山へと、二つの場所で三つの会座があることを「二処三会」といいます。
池田先生は、「『二処三会』には、深い意義があった。それは法華経全体の構成によって、『現実の世界から〈永遠の生命の世界〉へ』(霊鷲山から虚空会へ)、そしてまた『現実の世界へ』(虚空会から霊鷲山へ)という"人間革命のリズム"を示している」
私たちにとっては、現実社会で広宣流布の苦悩を誓願の祈りに変え、生命力を満々とたたえ、再び民衆救済、立正安国へと挑んでいく。
この往復作業こそが変革への確かな道であり、その実践の中に、自身の成長と人生の充実もあるのです。
「国の為 法の為 人の為」
師子奮迅の地涌の誉れよ!
諸天も諸仏も必ず動く。
皆で悔いなく戦い切って
広布と人生の凱歌を!
2021年10月25日
辧殿御消息 P1225
『おのおのは随分の日蓮がかたうどなり、しかるをなづきをくだきていのるにいままでしるしのなきはこの中に心のひるがへる人の有るとをぼへ候ぞ、をもいあわぬ人をいのるは水の上に火をたき空にいゑをつくるなり』
【通解】
各々方(河辺殿等の四人)は、それぞれに日蓮の大切な味方である。そうであるのに、頭を砕くほど真剣に祈っても今まで験がないのは、この中に信心退転の者がいると思われるのである。思いの応じ合わない人を祈るのは、水の上で火をたき、空中に家を建てるようなものである。
名字の言 相手と心を通わせるには…… 2021年10月25日
「ホンネの交流がない淋しさや、つながりに絶えず縛られて気をつかうばかりの鬱陶しさを、だれもがどこかで感じている」と、心理学博士の榎本博明氏は現代人の心象風景を語る▼一見、にぎやかに話しているようでも、気持ちがつながっていない場合がある。そこには、傷つく・傷つけることを防ぐために、互いの気持ちに立ち入らない「予防としてのやさしさ」が働いているという▼だがそれでは、いつまでも気を使うばかり。氏は「こちらから一歩踏み出すこと」を提案する。そうすれば、相手はうれしいだけでなく、自己開示をしたくなることが研究によって分かっている(『「対人不安」って何だろう?』ちくまプリマー新書)。相手と心を通わせるには、まず自分が心を開くことだ▼釈尊は「自分から話し掛ける人」だった。悟りの地から約250キロもの距離を歩き、5人の旧友に法を説いた。話に納得した旧友たちは、やがて釈尊の弟子に。その後も釈尊は各地へ説法に歩いた▼御書に「日蓮は、この法門を語ってきたので、他の人と比較にならないほど、多くの人に会ってきた」(1418ページ、通解)と。人と会い語る。ここに仏法の魂がある。開かれた心で、語りに語る"対話の秋"に!
寸鉄 2021年10月25日
信心とは何があろうと勝つと心を決めることだ—恩師。さあ本領発揮の時
大空知、留萌、サロベツの情勢緊迫。全国が大声援。北海天地に大勝旗を必ず
東京の北、足立、豊島、板橋が重大局面。逆転へ一丸の押し上げを今こそ
列島各地、どこも激戦。全同志の総立ちの拡大で反転攻勢を!栄冠を断固
ワクチン確保の道開いた公明が日本救った—識者語れば刺さる確かな実績
〈社説〉 2021・10・25 「望まない孤独」をなくす
◇「話を聞くこと」が"万の力"
政府は今年2月、「孤独・孤立対策担当室」を新設した。背景には昨年、コロナ禍で国内自殺者数が11年ぶりに増加したことや、格差や不寛容、差別、虐待などによる生きづらさがある。
各種調査においても「20代〜30代の若年層の2人に1人が日常において孤独を感じている」(野村総合研究所)、「男性・高齢であるほど社会的孤立に陥りやすく、孤独感に深刻な影響」(東京都健康長寿医療センター研究所)など、孤独感の広がりは顕著だ。「孤独」とは特定の境遇の人だけが陥るのではなく、誰もが直面しうる問題と言えるかもしれない。
インターネット上で悩み事の相談を受けるNPO法人理事長の大空幸星さんは、「望まない孤独」という表現を用いている。「孤立」とは客観的に判断できることだが、「孤独」とは、周りに家族や友人がいたとしても、「頼りたくても頼れない、信頼できる人がいない」状態を指すとしている。
多くの相談を受けてきた大空さんが本紙で強調したのは、「話を聞く」姿勢に徹すること。相談者が求めているのは、アドバイスよりも、まず話を聞いてほしい、今の自分の苦しみを知ってほしいということだ。「もしもの時に話を聞いてもらえる場所がある——そうした安心感を与えることが、とても大きな力になる」と語った。
仏法では、慈悲の具体的な実践として「抜苦与楽(苦を抜き、楽を与えること)」を説く。それは目の前で苦しむ人に寄り添おうとする「同苦」の振る舞いである。
学会活動で多くの友と関わる中で、自分が経験したことのないような悩みを打ち明けられることもあるだろう。しかし、たとえ具体的なアドバイスはできなくても、真摯に耳を傾け、相手の悩みを受け止めることはできる。悩んでいる人を救えるのは、同じ悩みを乗り越えた人だけとは限らない。池田先生は「(相手の話を)聞いてあげること自体が、仏法で説く慈悲の実践、『抜苦与楽』の『抜苦』となるのだ」とつづっている。
誰もが孤独と"隣り合わせ"の現代、人とのつながりを最も大切にする創価の励まし運動の力は大きい。相手を心から敬い、じっくり話を聞く。それは時に、言葉を掛ける以上の励まし——"万の力"となる。「聞いてもらえて、よかった」。そんな安心感をもたらす励ましの名手でありたい。
☆ロータスラウンジ——法華経への旅 第30回 嘱累品第二十二
◇仏の願い、師匠の願いはただ「広宣流布」にある。ゆえに弘教に走ることが「報恩」
法華経について、皆で学び、深めよう——「ロータスラウンジ——法華経への旅」の第30回は、「嘱累品第二十二」です。
■大要
釈尊が、無量の菩薩の頭をなで、"一心に、この経を弘めていきなさい"と語ります。それに応え、菩薩たちが"釈尊の仰せの通りに実践します!"と、誓います。それでは内容を追ってみましょう。
●シーン1
その時、釈尊は、座から立ち上がり、偉大な力を現します。右手で無量の菩薩の頭をなでて語ります。
「私が無量百千万億阿僧祇劫という久遠の昔に修行した、阿耨多羅三藐三菩提(完全な覚り)の法を、今、あなたたちに付嘱する(教えを弘めるように託す)。
この法を、一心に流布して、広く人々に利益を与えていきなさい」
このように3度、菩薩たちの頭をなでて、述べます。
「私が無量百千万億阿僧祇劫という久遠の昔に修行した、阿耨多羅三藐三菩提の法を、今、あなたたちに付嘱する。
この経を受持・読誦し、広くこの法を語って、一切衆生が聞き、知ることができるようにしなさい」
そして、その理由を語ります。
「仏は大慈悲があり、物惜しみすることも、また畏れることもなく、衆生に仏の智慧を与える。仏は一切衆生の大施主である。それに従って仏の法を学び、物惜しみしてはならない。
未来において、法華経を信じる男女が、仏の智慧を信じるならば、その人に仏の智慧を得させるために、法華経を説き、聞き知ることができるようにしなさい。
もし、人々がこの経を信じ、受けるならば、仏の深き法の中において、教えを示し、利益を与え、歓喜させるべきである。
このようにするならば、諸仏の恩を報ずることになる」
●シーン2
菩薩たちは皆、釈尊の説法を聞き終わって、大歓喜します。
ますます仏を敬うようになり、体を曲げて頭を下げ、手を合わせて、共に語ります。
「釈尊の仰せの通りに実践します。仰せのままにします。
釈尊よ、どうか心を煩わされませんように」
菩薩たちは、このように3度、共に声を上げます。
「釈尊の仰せの通りに実践します。仰せのままにします。
釈尊よ、どうか心を煩わされませんように」
●シーン3
その時、釈尊は、十方より集まってきた分身の仏たちを、それぞれの本土に帰し、宝塔を元通りにするように語ります。
最後に、十方の無量の分身の仏や、多宝仏と上行菩薩をはじめとする無量の菩薩たち、舎利弗などの声聞、四衆、一切世間の天界・人界・修羅界の人々など、生きとし生けるものが、仏の説法を聞いて大歓喜します。
■総付嘱
「嘱累品」での付嘱は、釈尊に教化された本化(地涌)と、迹仏に教化された迹化の両方を含めた無量の菩薩に付嘱されたので、総付嘱といいます。
日蓮大聖人は、付嘱の光景を次のように記されています。
「嘱累品の心は、釈尊が虚空に立たれて、四百万億那由他の世界一面に、武蔵野の芒のように、富士山の木のように群がり、膝を詰め寄せ、頭を地につけ、身をかがめて、手を合わせ、汗を流して、釈尊の前に露のようにおびただしく集まった上行菩薩等や文殊等、大梵天王・帝釈・日月・四天王・竜王・十羅刹女等に法華経を譲るため、3度も頂をなでられたことにある。たとえば、悲母が子どもの髪をなでるようなものである。その時に、上行や日月天等は、かたじけない仰せを受けて、法華経を滅後末代に弘通することを誓われたのである」(御書1245ページ、通解)
菩薩の頭を3回なでられたことについては、「御義口伝」に「三摩の付嘱とは身口意三業三諦三観と付嘱し給う事なり」(同772ページ)と記されています。
池田先生は、次のように教えられています。
「弟子の立場から言えば、師の教えを『身』で行じ、『口』で行じ、『意』で行じて、一心三観の智慧を得ていく。すなわち自分の仏界を無量に開いていく——そういう意味になるでしょう」
「『弘教』です。広宣流布に動いていくことです。広宣流布に連なった『身』『口』『意』の三業は、塵も残さず、全部、大功徳に変わる」
付嘱といっても、託される側が、広布の戦いを起こしてこそ、法を受け継ぐことができるのです。
■嘱累
品の題名である「嘱累」の「嘱」には「たのむ」「まかせる」「たくす」など、「累」には「かさなる」の他に「つなぐ」「わずらわす」という意味があります。つまり「嘱累」には、"大変だが、弘通を頼む"という意味合いがあるのです。
また、嘱累品は、弟子の末法弘通の誓いで終わっています。
池田先生は「弟子の側から言えば、『私が全部、苦労を担っていきます』というのが『嘱累』です。それで師弟相対になる。師弟というのは、厳粛なものです。師の一言でも、どれだけ真剣に受けとめているか。『すべて実行しよう』と受けとめるのが弟子です」と。
「嘱累品」は、師から弟子へ法を託し、弟子が師に誓いを立てる——歓喜に彩られた"師弟の品"とも言えるのです。
【『法華経の智慧』から】 弟子の自覚を
慈悲と言っても、凡夫には慈悲なんか、なかなか出るものではない。「自分は慈悲がある」なんて言うのは、たいていは偽善者です。だから慈悲に代わるものは「勇気」です。「勇気」をもって、正しいものは正しいと語っていくことが「慈悲」に通じる。表裏一体なのです。表は勇気です。
◇
嘱累品に、弘教の人は「諸仏の恩を報ず」(法華経579ページ)とある。仏の願い、師匠の願いは、ただ「広宣流布」にある。ゆえに弘教に走ることが、それこそが師匠への「報恩」になるのです。恩を忘れて仏法はない。否、人道はない。仏法は「人間の生き方」を教えたものです。ゆえに、仏法者は、だれよりも「知恩の人」「報恩の人」でなければならない。
◇
たとえ師匠から離れた地にいようとも、直接話したことがなくても、自分が弟子の「自覚」をもって、「師匠の言う通りに実行するのだ」と戦っていれば、それが師弟相対です。根幹は、師匠対自分です。
(普及版〈下〉「嘱累品」)
【コラム】 二処三会
「嘱累品」で、「宝塔品」から始まった虚空会の儀式が、終わります。この後、法華経の説法の舞台は、再び霊鷲山へと移ります。
このように説法の場所が、霊鷲山から虚空会、虚空会から霊鷲山へと、二つの場所で三つの会座があることを「二処三会」といいます。
池田先生は、「『二処三会』には、深い意義があった。それは法華経全体の構成によって、『現実の世界から〈永遠の生命の世界〉へ』(霊鷲山から虚空会へ)、そしてまた『現実の世界へ』(虚空会から霊鷲山へ)という"人間革命のリズム"を示している」
私たちにとっては、現実社会で広宣流布の苦悩を誓願の祈りに変え、生命力を満々とたたえ、再び民衆救済、立正安国へと挑んでいく。
この往復作業こそが変革への確かな道であり、その実践の中に、自身の成長と人生の充実もあるのです。
2021年10月24日日曜日
2021.10.24 わが友に贈る
「いかなる事ありとも・
すこしもたゆむ事なかれ」
勇気と執念の言論が
混迷の時代を照らす。
声も惜しまず語ろう!
十字御書 P1492
『今日本国の法華経をかたきとしてわざわいを千里の外よりまねきよせぬ、此れをもつてをもうに今又法華経を信ずる人はさいわいを万里の外よりあつむべし』
【通解】
今、日本の国は法華経を敵として、禍を千里の外から招き寄せています。このことから考えてみると、今また、法華経を信ずる人は幸いを万里の外から集めることでしょう。
名字の言 国内初の快挙を成し遂げた広島市の安佐動物公園 2021年10月24日
今秋、開園50周年を迎えた広島市安佐北区の安佐動物公園は、世界最大級の両生類・オオサンショウウオの飼育下繁殖を成功させたことで知られる。国内初の快挙は徹底した"現場主義"によって実現した▼当初は文献も少なく、生態は謎だらけ。ならばと職員は生息地の川に何度も入った。行動を観察する中で気付いた。"自然の巣穴と同じ構造なら繁殖するのでは?"。そこで四つの水槽をパイプでつないだ「四連繁殖水槽」を製作。8年後、ついに繁殖に成功した▼58歳で突然のリストラに遭った同区の壮年部員がいる。再就職するも慣れない夜勤で体調を崩しがちに。そんな時、本部長の任命を受けた。壮年は"全てに意味がある"と捉え、出勤前に訪問・激励に歩いた▼その中で気付いた。"同じように苦難と戦う同志がいる。共に乗り越えるために俺の悩みはあったのだ!"。壮年は同苦の励ましを貫き、その姿に皆が奮起。本部内の全ブロックに、広布に立つ5人の勇士が誕生した。今、壮年は好条件の会社に転職。信心根本に仕事で実証を示す▼座して一人悶々と悩むよりも、現実の中に飛び込み挑み抜いてこそ、つかめるものがある。"現場から学ぶ"——そこに人生の変革も広布の発展もある。
寸鉄 2021年10月24日
「但偏に思い切るべし」御書。さあ勝負を決する日曜!気迫の対話を皆で
大阪、兵庫、京都、奈良、和歌山、滋賀に常勝の旗を!関西魂の見せ所は今
愛知、静岡、岐阜、三重よ攻め込め!爆発的拡大で燦然と光る金星この手に
福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島、沖縄が総力戦。逆転ここから
全国各地で反転大攻勢が急務。栄光開くのは草の根の力。全員で総当たり
☆四季の励まし 「今」「ここで」ベストを尽くせ 2021年10月17日
◇池田先生の言葉
「誰か」ではない。
「どこか」でもない。
「自分が今いる
その場所」が、
わが人生の
晴れ舞台である。
自分にしかできない
使命の劇を、
思う存分、勝ち飾るのだ。
眼前の課題に
一つ一つ挑戦し、
勝利していくなかに、
栄光の未来が開かれる。
人生の勝利者とは、
今日を勝ち抜く人である。
未来の勝利は今にある。
ゆえに、過去を振り向いて
嘆く必要もない。
いたずらに
未来に心をとらわれて、
焦りや不安を
覚える必要もない。
師匠の示した道に続いて、
今この時に、若き生命を
完全燃焼させて、
賢く朗らかに、
そして、粘り強く、
一歩また一歩、ベストを
尽くしていけばよい。
自分一人の幸せではない。
社会の平穏と繁栄を祈り、
その実現に尽くしてこそ、
真実の幸福は実現される。
また、そうした生き方を
貫いてこそ、
自己の小さな殻を
打ち破り、
本当に価値のある、
充実した人生を
築いていくことができる。
今、縁を結びゆく
一人一人を
誠実に大切にすることだ。
そして、今、
なすべきことをなし、
語るべきことを
語り切っていくことだ。
人生には、
これまでの壁を破り、
生まれ変わったように、
立ち上がるべき時がある。
今が、その時なのだ。
その原動力となるのが、
強く、正しき信仰である。
三世永遠の法則である、
大仏法への大確信なのだ。
過去の壁を破って、
決然と立ち上がれ!
自分が今いる
その場所から!
【写真説明】北海道・旭川文化会館に咲くコスモスが秋の気配を醸し出す。町並みの向こうには、山々の稜線と湧き上がる白雲。季節の交錯を捉えた味わい深い一葉は1992年(平成4年)8月31日、池田大作先生が旭川を訪れた折に撮影したもの。
同日の旭川の幹部会には留萌、稚内、名寄、士別、富良野、また天売・焼尻などの離島やサロベツ地域からも同志が参加。先生は「『信心』という『旭日』を心に昇らせれば、人生は常に新しき『黎明』を迎える」と呼び掛けた。
日蓮仏法は本因妙。決意した今、ここから勝利への回転が始まる。さあ、新しき決意で前進だ! 民衆凱歌の夜明けへ!
☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第11回 総東京
本年は、「桂冠詩人」の称号が池田先生に贈られてから40周年。連載企画「勇気の舞 凱歌の行進」では、先生がつづった長編詩を紹介します。第11回は、総東京の同志に詠んだ「広布の都 大東京の晴れ舞台」(2003年)です。
◇連戦連勝の広布の本陣
おお
若々しき闘争の魂が
常に燃え上がる
東京の偉大なる友よ!
旭日の光に包まれ
新しく祈り
立ち上がる
勇気ある友よ!
◆◇◆
おお
懐かしき多摩
さらには山梨
そして
我らの二十三区とが
深く固く結合して
大東京の
難攻不落の常勝城は
築かれているのだ。
おお 常勝
おお 連勝の
大東京合衆国よ!
二十三区も
第二総東京も
首都圏も
大関東も
つまり
環東京圏の中に
広宣流布の境界線は
ないのだ。
東京は
一つとなって呼吸する
巨大な心臓である。
各区が
それぞれに
共に生命を分かち合う
心房であり
心室であり
大動脈なのだ。
◆◇◆
さあ 今日は
君は北へ!
あなたは南へ!
さあ 私は
今日は東へ!
明日は西へ!
人生の目的を知った
我らは強い。
◆◇◆
おお
新鮮な自由を
勝ち取る
連戦連勝の翼の光る
東京よ!
聡明な
智慧と力と連帯をもって
黄金の勝利と
誉れ高き
豊かな王国を
建設するのだ。
そして
勇敢なる不死鳥の
魂を光らせながら
声も朗らかに
互いに顔を見合わせながら
晴れ晴れと
勝ち戦の人生を
喜び語り合っていくのだ。
◆◇◆
「人材」の東京
「団結」の東京
「日本の中心」の東京
「広布の原動力」の東京に
栄光と勝利あれ!
☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第12回 北海道
本年は、「桂冠詩人」の称号が池田先生に贈られてから40周年。連載企画「勇気の舞 凱歌の行進」では、先生がつづった長編詩を紹介します。第12回は、北海道の同志に詠んだ「幸光れ! 広宣の大天地」(2000年)です。
◇三代城に栄光の幸光れ
北海道!
おお
偉大なる大地の
北海道!
忍耐と希望の
栄光輝く
北海道!
北海道の友は
高く さらに高く
勝利の喇叭を
吹き鳴らしながら
広宣流布という
金色の光を浴びて
また
真昼の光を浴びて
今日も断固として
思想の光の
輝く道を走り回る。
その魂は
使命感に燃え
清く 楽しく
爽やかである。
北海道!
おお 北海道!
我らの
連綿と連なる
果てしなき大地は
みな 我らの
愉快な大舞台である。
◆◇◆
思えば
「私も
北海道の
貧しい漁師の倅だよ。
それを何よりも
誇りとしているのだ」とは
戸田先生の口癖であった。
恩師は慈父の如く
二十六歳の私を
故郷・厚田村に
連れて来てくださり
広宣の開拓を託された。
北海道は
未来の新天地だ。
多くの友をつくろう!
青年は
この広野の中を
まっしぐらに進むのだ。
雪の日も 嵐の日も!
それが青春だ。
それが若人だ。
舞台を大きく持つことだ。
正義のために!
不幸の人々のために! と。
◆◇◆
北海道!
おお
北海道よ!
若き未来の北海道よ!
雄大なる王者の
わが北海道よ!
二十一世紀の天地
北海道に栄光あれ!
未来の大天地
北海道に祝福あれ!
偉大なる
広布の大天地
北海道の全同志に
勝利あれ!
おお
光り輝く三代城に
栄光の幸 光れ!
すこしもたゆむ事なかれ」
勇気と執念の言論が
混迷の時代を照らす。
声も惜しまず語ろう!
十字御書 P1492
『今日本国の法華経をかたきとしてわざわいを千里の外よりまねきよせぬ、此れをもつてをもうに今又法華経を信ずる人はさいわいを万里の外よりあつむべし』
【通解】
今、日本の国は法華経を敵として、禍を千里の外から招き寄せています。このことから考えてみると、今また、法華経を信ずる人は幸いを万里の外から集めることでしょう。
名字の言 国内初の快挙を成し遂げた広島市の安佐動物公園 2021年10月24日
今秋、開園50周年を迎えた広島市安佐北区の安佐動物公園は、世界最大級の両生類・オオサンショウウオの飼育下繁殖を成功させたことで知られる。国内初の快挙は徹底した"現場主義"によって実現した▼当初は文献も少なく、生態は謎だらけ。ならばと職員は生息地の川に何度も入った。行動を観察する中で気付いた。"自然の巣穴と同じ構造なら繁殖するのでは?"。そこで四つの水槽をパイプでつないだ「四連繁殖水槽」を製作。8年後、ついに繁殖に成功した▼58歳で突然のリストラに遭った同区の壮年部員がいる。再就職するも慣れない夜勤で体調を崩しがちに。そんな時、本部長の任命を受けた。壮年は"全てに意味がある"と捉え、出勤前に訪問・激励に歩いた▼その中で気付いた。"同じように苦難と戦う同志がいる。共に乗り越えるために俺の悩みはあったのだ!"。壮年は同苦の励ましを貫き、その姿に皆が奮起。本部内の全ブロックに、広布に立つ5人の勇士が誕生した。今、壮年は好条件の会社に転職。信心根本に仕事で実証を示す▼座して一人悶々と悩むよりも、現実の中に飛び込み挑み抜いてこそ、つかめるものがある。"現場から学ぶ"——そこに人生の変革も広布の発展もある。
寸鉄 2021年10月24日
「但偏に思い切るべし」御書。さあ勝負を決する日曜!気迫の対話を皆で
大阪、兵庫、京都、奈良、和歌山、滋賀に常勝の旗を!関西魂の見せ所は今
愛知、静岡、岐阜、三重よ攻め込め!爆発的拡大で燦然と光る金星この手に
福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島、沖縄が総力戦。逆転ここから
全国各地で反転大攻勢が急務。栄光開くのは草の根の力。全員で総当たり
☆四季の励まし 「今」「ここで」ベストを尽くせ 2021年10月17日
◇池田先生の言葉
「誰か」ではない。
「どこか」でもない。
「自分が今いる
その場所」が、
わが人生の
晴れ舞台である。
自分にしかできない
使命の劇を、
思う存分、勝ち飾るのだ。
眼前の課題に
一つ一つ挑戦し、
勝利していくなかに、
栄光の未来が開かれる。
人生の勝利者とは、
今日を勝ち抜く人である。
未来の勝利は今にある。
ゆえに、過去を振り向いて
嘆く必要もない。
いたずらに
未来に心をとらわれて、
焦りや不安を
覚える必要もない。
師匠の示した道に続いて、
今この時に、若き生命を
完全燃焼させて、
賢く朗らかに、
そして、粘り強く、
一歩また一歩、ベストを
尽くしていけばよい。
自分一人の幸せではない。
社会の平穏と繁栄を祈り、
その実現に尽くしてこそ、
真実の幸福は実現される。
また、そうした生き方を
貫いてこそ、
自己の小さな殻を
打ち破り、
本当に価値のある、
充実した人生を
築いていくことができる。
今、縁を結びゆく
一人一人を
誠実に大切にすることだ。
そして、今、
なすべきことをなし、
語るべきことを
語り切っていくことだ。
人生には、
これまでの壁を破り、
生まれ変わったように、
立ち上がるべき時がある。
今が、その時なのだ。
その原動力となるのが、
強く、正しき信仰である。
三世永遠の法則である、
大仏法への大確信なのだ。
過去の壁を破って、
決然と立ち上がれ!
自分が今いる
その場所から!
【写真説明】北海道・旭川文化会館に咲くコスモスが秋の気配を醸し出す。町並みの向こうには、山々の稜線と湧き上がる白雲。季節の交錯を捉えた味わい深い一葉は1992年(平成4年)8月31日、池田大作先生が旭川を訪れた折に撮影したもの。
同日の旭川の幹部会には留萌、稚内、名寄、士別、富良野、また天売・焼尻などの離島やサロベツ地域からも同志が参加。先生は「『信心』という『旭日』を心に昇らせれば、人生は常に新しき『黎明』を迎える」と呼び掛けた。
日蓮仏法は本因妙。決意した今、ここから勝利への回転が始まる。さあ、新しき決意で前進だ! 民衆凱歌の夜明けへ!
☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第11回 総東京
本年は、「桂冠詩人」の称号が池田先生に贈られてから40周年。連載企画「勇気の舞 凱歌の行進」では、先生がつづった長編詩を紹介します。第11回は、総東京の同志に詠んだ「広布の都 大東京の晴れ舞台」(2003年)です。
◇連戦連勝の広布の本陣
おお
若々しき闘争の魂が
常に燃え上がる
東京の偉大なる友よ!
旭日の光に包まれ
新しく祈り
立ち上がる
勇気ある友よ!
◆◇◆
おお
懐かしき多摩
さらには山梨
そして
我らの二十三区とが
深く固く結合して
大東京の
難攻不落の常勝城は
築かれているのだ。
おお 常勝
おお 連勝の
大東京合衆国よ!
二十三区も
第二総東京も
首都圏も
大関東も
つまり
環東京圏の中に
広宣流布の境界線は
ないのだ。
東京は
一つとなって呼吸する
巨大な心臓である。
各区が
それぞれに
共に生命を分かち合う
心房であり
心室であり
大動脈なのだ。
◆◇◆
さあ 今日は
君は北へ!
あなたは南へ!
さあ 私は
今日は東へ!
明日は西へ!
人生の目的を知った
我らは強い。
◆◇◆
おお
新鮮な自由を
勝ち取る
連戦連勝の翼の光る
東京よ!
聡明な
智慧と力と連帯をもって
黄金の勝利と
誉れ高き
豊かな王国を
建設するのだ。
そして
勇敢なる不死鳥の
魂を光らせながら
声も朗らかに
互いに顔を見合わせながら
晴れ晴れと
勝ち戦の人生を
喜び語り合っていくのだ。
◆◇◆
「人材」の東京
「団結」の東京
「日本の中心」の東京
「広布の原動力」の東京に
栄光と勝利あれ!
☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第12回 北海道
本年は、「桂冠詩人」の称号が池田先生に贈られてから40周年。連載企画「勇気の舞 凱歌の行進」では、先生がつづった長編詩を紹介します。第12回は、北海道の同志に詠んだ「幸光れ! 広宣の大天地」(2000年)です。
◇三代城に栄光の幸光れ
北海道!
おお
偉大なる大地の
北海道!
忍耐と希望の
栄光輝く
北海道!
北海道の友は
高く さらに高く
勝利の喇叭を
吹き鳴らしながら
広宣流布という
金色の光を浴びて
また
真昼の光を浴びて
今日も断固として
思想の光の
輝く道を走り回る。
その魂は
使命感に燃え
清く 楽しく
爽やかである。
北海道!
おお 北海道!
我らの
連綿と連なる
果てしなき大地は
みな 我らの
愉快な大舞台である。
◆◇◆
思えば
「私も
北海道の
貧しい漁師の倅だよ。
それを何よりも
誇りとしているのだ」とは
戸田先生の口癖であった。
恩師は慈父の如く
二十六歳の私を
故郷・厚田村に
連れて来てくださり
広宣の開拓を託された。
北海道は
未来の新天地だ。
多くの友をつくろう!
青年は
この広野の中を
まっしぐらに進むのだ。
雪の日も 嵐の日も!
それが青春だ。
それが若人だ。
舞台を大きく持つことだ。
正義のために!
不幸の人々のために! と。
◆◇◆
北海道!
おお
北海道よ!
若き未来の北海道よ!
雄大なる王者の
わが北海道よ!
二十一世紀の天地
北海道に栄光あれ!
未来の大天地
北海道に祝福あれ!
偉大なる
広布の大天地
北海道の全同志に
勝利あれ!
おお
光り輝く三代城に
栄光の幸 光れ!
2021年10月23日土曜日
2021.10.23 わが友に贈る
「遂に願う可きは仏国也」
創価の柱の壮年部よ
黄金に輝く時は今だ!
地涌の誓いを胸に
勇んで打って出よう!
撰時抄 P265
『法華経をひろむる者は日本国の一切衆生の父母なり章安大師云く「彼が為に悪を除くは即ち是れ彼が親なり」等云云、されば日蓮は当帝の父母念仏者禅衆真言師等が師範なり又主君なり』
【通解】
法華経をひろめる者は、日本国の一切衆生の父母である。章安大師は「相手のために悪を除いてあげることは、相手にとって親である」と言っている。そうであれば、日蓮は日本の帝王の父母であり、念仏者、禅衆、真言師らの師範であり、また主君である。
名字の言 宿命の吹雪に立ち向かう、北海道岩見沢市の壮年。 2021年10月23日
「諦めて、やめるのは簡単。どんなに苦しくても、ガムシャラに泥だらけになって最後までやり切る」。恩師・栗山英樹監督のこの言葉を支えに、試練と戦い続けた11年だった。プロ野球・北海道日本ハムの斎藤佑樹投手が現役を引退した▼「ハンカチ王子」として人気を博したが、プロ入り後は度重なるけがに泣いた。それでもチームに貢献しようと、前だけを見て必死に腕を振った。だから「やり続けたことに後悔はありません」――そう語る表情は晴れやかだった▼眼瞼けいれんを患う岩見沢市の壮年に新たな宿命の吹雪が襲ったのは昨年のこと。ステージ3Cの大腸がんが判明し、時同じく自動車修理工場の経営が最悪の苦境に陥った▼絶望で諦めかけていた時、次々と同志が駆け付け、共に祈り励ましてくれた。「あの時ほど同志に感謝したことはなかった。自分を諦めないこと。そして自分にも生きる使命があることを強く確信できました」と壮年。先日、初雪を観測した北海道で今、宿命転換を懸けた対話に走る▼支えてくれる同志がいる。信じてくれる師匠がいる。そう思えば越えられない苦難の冬は絶対にない。「冬は必ず春となる」(御書1253ページ)。不屈の人に人生の春は必ずやって来る。
寸鉄 2021年10月23日
朝の祈りから一日を勢いよく出発。御書「湿れる木より火を出し」と強盛に
列島全てかつてない激戦 決定打放つ対話を断固!社会の安定と未来のため
神奈川、千葉、山梨が猛追 執念で押し広げ逆転を!正義の同志は勝ってこそ
埼玉、茨城、栃木、群馬が追撃。我らの団結は無敵。さあ限界突破!凱歌皆で
若者の声を一番聞くのは公明―識者。政治は結果が全て。実現力で応えよ
〈社説〉 2021・10・23 あす24日「社会部の日」
◇「仏法即社会」の勇者にエール
コロナ禍で企業のテレワークが普及する一方、それが働き手のモチベーション(動機付け)に影響を与えているようだ。リクルートキャリアの調査では「働く意欲」の低下を感じる人はコロナ禍前に比べて1・6倍に増えたという。チームでの仕事が減少したことが要因とされ、人との関わり合いの重要性が浮き彫りになった。
そうした中にあって、試練と向き合い、使命の場所で奮闘するのが社会部の友である。あす24日は「社会部の日」。1973年(昭和48年)、職場・職域を同じくする同志が、共に職場の第一人者となることを目指し、結成された。
池田先生は、小説『新・人間革命』に同部への期待をつづった。「社会部の同志は、信仰で培った力を発揮し、なんとしても、試練を乗り越えていってほしかった。社会のテーマに、真っ向から挑み、活路を開き、人びとを勇気づけていくことこそ、仏法者の使命であるからだ」(第24巻「灯台」の章)
師の言葉のままに、職場の希望と光る友が各地で活躍している。
大手電気機器メーカーに勤務する男子部の友は昨年、過去最悪の赤字に苦しんだ。誰もが焦りを抱える中、男子部のオンライン会合の経験を生かし、社内で自由参加型のオンラインイベントを主催。皆で新たな商品企画等のアイデアを出し合うなど、社内交流を促進した。参加者から「希望がもてた」「また開催してほしい」等の声が。積極的な取り組みに上司からも高い評価が寄せられている。
広告営業に携わる壮年部の同志は相次ぐイベントの中止で受注数が激減。しかし、真剣に祈る中で、これまで断られてきたいくつもの団体や企業から思いもよらぬ注文が舞い込んだ。題目根本に地道に積み重ねた信頼が"まことの時"に実を結び、コロナ禍前の年を上回る売り上げへとつながった。
社会の激流の中に立ち、信心の偉大さを示しゆく同部の友。その姿には、いかなる逆境をもはね返す不屈の闘魂が脈打つ。
池田先生は語った。
「壁にぶつかった時こそ、信心で立つのだ。題目をあげぬき、決して負けてはいけない。『祈りとして叶わざるなし』の妙法である」
「仏法即社会」の勇者たちに、心からのエールを送りつつ、私たちも今一重の信心を奮い起こし、平和と希望と幸福が輝く社会の建設に尽力していきたい。
☆御書の旭光を 第57回 正義の師子吼が時代創造の力
〈御文〉
『仮令強言なれども人をたすくれば実語・輭語なるべし、設ひ輭語なれども人を損ずるは妄語・強言なり』(善無畏三蔵抄、890ページ)
〈通解〉
たとえ強い言葉であっても、人を助ければ真実の言葉、柔らかい言葉である。たとえ柔らかい言葉であっても、人を誤らせれば偽りの言葉であり、強い言葉である。
〈池田先生が贈る指針〉
深い慈悲から発する言葉には、心を打つ深い響きがある。邪な虚偽の言説は、いかに取り繕っても、いずれ見破られる。
人々の幸福と安穏を祈り、誠実に語り合う対話が、真の民主主義の成熟をもたらす。
生命尊厳の哲理、立正安国の信念に基づいた正義の師子吼こそ、時代創造の力だ。胸を張って真実を語り抜け!
☆「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第15回 覚悟の信心
◇種種御振舞御書
『各各我が弟子となのらん人人は一人もをくしをもはるべからず(中略)法華経をばそこばく行ぜしかども・かかる事出来せしかば退転してやみにき、譬えばゆをわかして水に入れ火を切るにとげざるがごとし、各各思い切り給へ此の身を法華経にかうるは石に金をかへ糞に米をかうるなり』(御書910ページ12行目~16行目)
◇池田先生の講義から
弟子が勝って、師匠の勝利を決するのです。どこまでも弟子の決意、覚悟で決まります。次元は異なりますが、私自身も、恩師の構想を全て実現してきました。そのために、生きて生きて、生き抜き、戦い抜いてきました。
◆◇◆
人生の正念場に際して、今こそと「思い切る」勇気が勝利を開くのです。どこまでも「師匠と共に!」との共戦の中に、無窮の力がみなぎるのです。
◆◇◆
仏法を知り、広宣流布のために生き抜くことは、人生の意味を一変させます。(中略)師匠と同じ大願に生きる時、わが生命に「師子王の心」が涌現するのです。自分中心の「小願」にとどまっていれば、力も出ない。小さな自分で終わってしまう。大いなる自分へ、覚悟を決め、ど真ん中に「大願」を打ち立てることです。
◆◇◆
三世の師弟に貫かれた使命に、いよいよ生き抜こうではないか!
そして、我らの手で、断固として創価の勝利を決しようではないか!
(『わが「共戦の友」――各部の皆さんに贈る』から)
坂元信行 北陸長
◇師と同じ大願に立つ!
「北陸にも、広布の響き始まる」――1957年(昭和32年)10月、北陸を初訪問された池田先生は「若き日の日記」にこう記されました。
先生は26日に石川で、27日に富山で、指導会などに出席し、北陸広布の礎を築いてくださったのです。
この"原点の10月"を、正義の勝利で荘厳するため、友は今いる場所で師弟の誓願に奮い立っています。創立100周年を勝ち開く今この時、「種種御振舞御書」を通し、いざという時に立ち上がる"覚悟の信心"を心肝に染めていきましょう。
◇「思い切る」勇気
先生は講義の中で、「信心に励めば、三障四魔が紛然として競い起こることは必然です。だからこそ、大事なことは、『各各思い切り給へ』です」と述べられ、一大事の時こそ、覚悟の信心に立つ重要性を教えてくださっています。
私自身、大学を卒業後、大手建設機械メーカーに就職し、富山県に配属されました。環境の変化に戸惑いましたが、"ここで根を張り、誰よりも職場・地域に尽くせる人間に"と腹を決め、仕事に、学会活動に、汗まみれになって奔走しました。社会人として出発した富山で、信心の基礎を教えていただきました。
その後、石川に異動。工場で150人の社員の命を預かる立場となり、学会では男子部の本部長、圏男子部長に。どちらも真剣勝負です。一瞬の油断も許されない。追い詰められる中で、必死に題目を唱えて踏ん張りました。本部の男子部としては県で随一の弘教拡大ができました。
先生は、「人生の正念場に際して、今こそと『思い切る』勇気が勝利を開くのです。どこまでも『師匠と共に!』との共戦の中に、無窮の力がみなぎるのです」と講義されていますが、北陸は私にとって、まさに「思い切る」勇気の信心、覚悟の信心を教えていただいた天地なのです。
今、北陸の同志は、不屈の誓願に総立ちとなり、各地で共戦のドラマが生まれています。
ある富山の壮年は10もの病を抱え、透析を続けておられます。しかし"いよいよ誓願を果たす時。対話に動き切る"と、SNSも活用しつつ、かくしゃくと拡大へ歩いていらっしゃいます。また、長年地域に尽くしてきた石川のある壮年は、"毎日必ず1人以上の人を励ますこと"に挑戦。「正直行き詰まることもありますが、それでも1軒でも訪ねて語り合う。その中で自分の境涯も開けてくるんですよ」と語ってくれました。
さまざまな課題を抱えながらも、"先生への誓いを果たすんだ!"と懸命に戦い抜く、こうした最前線の同志こそが、広布を切り開かれていることを実感せずにはいられません。
◇全て生かしていける
誰しも現実の課題を抱えています。
「思い切る」といっても、そうした現実を投げ出して"学会活動だけ頑張る"などというわけでは決してありません。仕事や病、家族のこと……。言うに言われぬ悩みや思いを、「宿命」として諦めて足を止めるのではなく、あえて願って引き受けた「使命」と捉え返していく誓願に立ち上がっていくことではないでしょうか。先生の講義には次のようにあります。
「信心する前のあらゆる体験も、全部、生かし切っていけるのが妙法です。今、この時に仏法に巡り合い、広布の陣列に連なることができたのは、仏法の眼から見れば、決して偶然ではありません。師弟の宿縁は三世である」
覚悟の信心に立てば、これまでの葛藤も、苦しい日々も、全て意味あるものに変えていける。
"今この時、先生と共に、この天地で立正安国の大闘争を展開することを誓ったのだ!""困難な状況をあえて背負い、逆転劇を演じるために生まれてきたのだ!"――そう心を定めれば、無窮の力が湧いてきます。今いる場所で、自分ができる最大の挑戦に勇気をもって臨む。これこそ、師匠と同志から教えていただいた、学会員の何ものにも負けない生き方であると確信します。
肩書でも名誉でもない。広布のための行動こそが「心の財」と積まれ、生命を飾ります。さあ、北陸から新時代の扉を開く時です。師の心をわが心とする誓願に立ち、立正安国と人間革命の凱歌へ、共々に師弟勝利のドラマをつづり残しましょう!
メモ
「種種御振舞御書」は、建治2年(1276年)の御述作とされているが、詳細は不明。文永5年(1268年)から建治2年まで、約9年間にわたる日蓮大聖人の御闘争について述べられている。
創価の柱の壮年部よ
黄金に輝く時は今だ!
地涌の誓いを胸に
勇んで打って出よう!
撰時抄 P265
『法華経をひろむる者は日本国の一切衆生の父母なり章安大師云く「彼が為に悪を除くは即ち是れ彼が親なり」等云云、されば日蓮は当帝の父母念仏者禅衆真言師等が師範なり又主君なり』
【通解】
法華経をひろめる者は、日本国の一切衆生の父母である。章安大師は「相手のために悪を除いてあげることは、相手にとって親である」と言っている。そうであれば、日蓮は日本の帝王の父母であり、念仏者、禅衆、真言師らの師範であり、また主君である。
名字の言 宿命の吹雪に立ち向かう、北海道岩見沢市の壮年。 2021年10月23日
「諦めて、やめるのは簡単。どんなに苦しくても、ガムシャラに泥だらけになって最後までやり切る」。恩師・栗山英樹監督のこの言葉を支えに、試練と戦い続けた11年だった。プロ野球・北海道日本ハムの斎藤佑樹投手が現役を引退した▼「ハンカチ王子」として人気を博したが、プロ入り後は度重なるけがに泣いた。それでもチームに貢献しようと、前だけを見て必死に腕を振った。だから「やり続けたことに後悔はありません」――そう語る表情は晴れやかだった▼眼瞼けいれんを患う岩見沢市の壮年に新たな宿命の吹雪が襲ったのは昨年のこと。ステージ3Cの大腸がんが判明し、時同じく自動車修理工場の経営が最悪の苦境に陥った▼絶望で諦めかけていた時、次々と同志が駆け付け、共に祈り励ましてくれた。「あの時ほど同志に感謝したことはなかった。自分を諦めないこと。そして自分にも生きる使命があることを強く確信できました」と壮年。先日、初雪を観測した北海道で今、宿命転換を懸けた対話に走る▼支えてくれる同志がいる。信じてくれる師匠がいる。そう思えば越えられない苦難の冬は絶対にない。「冬は必ず春となる」(御書1253ページ)。不屈の人に人生の春は必ずやって来る。
寸鉄 2021年10月23日
朝の祈りから一日を勢いよく出発。御書「湿れる木より火を出し」と強盛に
列島全てかつてない激戦 決定打放つ対話を断固!社会の安定と未来のため
神奈川、千葉、山梨が猛追 執念で押し広げ逆転を!正義の同志は勝ってこそ
埼玉、茨城、栃木、群馬が追撃。我らの団結は無敵。さあ限界突破!凱歌皆で
若者の声を一番聞くのは公明―識者。政治は結果が全て。実現力で応えよ
〈社説〉 2021・10・23 あす24日「社会部の日」
◇「仏法即社会」の勇者にエール
コロナ禍で企業のテレワークが普及する一方、それが働き手のモチベーション(動機付け)に影響を与えているようだ。リクルートキャリアの調査では「働く意欲」の低下を感じる人はコロナ禍前に比べて1・6倍に増えたという。チームでの仕事が減少したことが要因とされ、人との関わり合いの重要性が浮き彫りになった。
そうした中にあって、試練と向き合い、使命の場所で奮闘するのが社会部の友である。あす24日は「社会部の日」。1973年(昭和48年)、職場・職域を同じくする同志が、共に職場の第一人者となることを目指し、結成された。
池田先生は、小説『新・人間革命』に同部への期待をつづった。「社会部の同志は、信仰で培った力を発揮し、なんとしても、試練を乗り越えていってほしかった。社会のテーマに、真っ向から挑み、活路を開き、人びとを勇気づけていくことこそ、仏法者の使命であるからだ」(第24巻「灯台」の章)
師の言葉のままに、職場の希望と光る友が各地で活躍している。
大手電気機器メーカーに勤務する男子部の友は昨年、過去最悪の赤字に苦しんだ。誰もが焦りを抱える中、男子部のオンライン会合の経験を生かし、社内で自由参加型のオンラインイベントを主催。皆で新たな商品企画等のアイデアを出し合うなど、社内交流を促進した。参加者から「希望がもてた」「また開催してほしい」等の声が。積極的な取り組みに上司からも高い評価が寄せられている。
広告営業に携わる壮年部の同志は相次ぐイベントの中止で受注数が激減。しかし、真剣に祈る中で、これまで断られてきたいくつもの団体や企業から思いもよらぬ注文が舞い込んだ。題目根本に地道に積み重ねた信頼が"まことの時"に実を結び、コロナ禍前の年を上回る売り上げへとつながった。
社会の激流の中に立ち、信心の偉大さを示しゆく同部の友。その姿には、いかなる逆境をもはね返す不屈の闘魂が脈打つ。
池田先生は語った。
「壁にぶつかった時こそ、信心で立つのだ。題目をあげぬき、決して負けてはいけない。『祈りとして叶わざるなし』の妙法である」
「仏法即社会」の勇者たちに、心からのエールを送りつつ、私たちも今一重の信心を奮い起こし、平和と希望と幸福が輝く社会の建設に尽力していきたい。
☆御書の旭光を 第57回 正義の師子吼が時代創造の力
〈御文〉
『仮令強言なれども人をたすくれば実語・輭語なるべし、設ひ輭語なれども人を損ずるは妄語・強言なり』(善無畏三蔵抄、890ページ)
〈通解〉
たとえ強い言葉であっても、人を助ければ真実の言葉、柔らかい言葉である。たとえ柔らかい言葉であっても、人を誤らせれば偽りの言葉であり、強い言葉である。
〈池田先生が贈る指針〉
深い慈悲から発する言葉には、心を打つ深い響きがある。邪な虚偽の言説は、いかに取り繕っても、いずれ見破られる。
人々の幸福と安穏を祈り、誠実に語り合う対話が、真の民主主義の成熟をもたらす。
生命尊厳の哲理、立正安国の信念に基づいた正義の師子吼こそ、時代創造の力だ。胸を張って真実を語り抜け!
☆「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第15回 覚悟の信心
◇種種御振舞御書
『各各我が弟子となのらん人人は一人もをくしをもはるべからず(中略)法華経をばそこばく行ぜしかども・かかる事出来せしかば退転してやみにき、譬えばゆをわかして水に入れ火を切るにとげざるがごとし、各各思い切り給へ此の身を法華経にかうるは石に金をかへ糞に米をかうるなり』(御書910ページ12行目~16行目)
◇池田先生の講義から
弟子が勝って、師匠の勝利を決するのです。どこまでも弟子の決意、覚悟で決まります。次元は異なりますが、私自身も、恩師の構想を全て実現してきました。そのために、生きて生きて、生き抜き、戦い抜いてきました。
◆◇◆
人生の正念場に際して、今こそと「思い切る」勇気が勝利を開くのです。どこまでも「師匠と共に!」との共戦の中に、無窮の力がみなぎるのです。
◆◇◆
仏法を知り、広宣流布のために生き抜くことは、人生の意味を一変させます。(中略)師匠と同じ大願に生きる時、わが生命に「師子王の心」が涌現するのです。自分中心の「小願」にとどまっていれば、力も出ない。小さな自分で終わってしまう。大いなる自分へ、覚悟を決め、ど真ん中に「大願」を打ち立てることです。
◆◇◆
三世の師弟に貫かれた使命に、いよいよ生き抜こうではないか!
そして、我らの手で、断固として創価の勝利を決しようではないか!
(『わが「共戦の友」――各部の皆さんに贈る』から)
坂元信行 北陸長
◇師と同じ大願に立つ!
「北陸にも、広布の響き始まる」――1957年(昭和32年)10月、北陸を初訪問された池田先生は「若き日の日記」にこう記されました。
先生は26日に石川で、27日に富山で、指導会などに出席し、北陸広布の礎を築いてくださったのです。
この"原点の10月"を、正義の勝利で荘厳するため、友は今いる場所で師弟の誓願に奮い立っています。創立100周年を勝ち開く今この時、「種種御振舞御書」を通し、いざという時に立ち上がる"覚悟の信心"を心肝に染めていきましょう。
◇「思い切る」勇気
先生は講義の中で、「信心に励めば、三障四魔が紛然として競い起こることは必然です。だからこそ、大事なことは、『各各思い切り給へ』です」と述べられ、一大事の時こそ、覚悟の信心に立つ重要性を教えてくださっています。
私自身、大学を卒業後、大手建設機械メーカーに就職し、富山県に配属されました。環境の変化に戸惑いましたが、"ここで根を張り、誰よりも職場・地域に尽くせる人間に"と腹を決め、仕事に、学会活動に、汗まみれになって奔走しました。社会人として出発した富山で、信心の基礎を教えていただきました。
その後、石川に異動。工場で150人の社員の命を預かる立場となり、学会では男子部の本部長、圏男子部長に。どちらも真剣勝負です。一瞬の油断も許されない。追い詰められる中で、必死に題目を唱えて踏ん張りました。本部の男子部としては県で随一の弘教拡大ができました。
先生は、「人生の正念場に際して、今こそと『思い切る』勇気が勝利を開くのです。どこまでも『師匠と共に!』との共戦の中に、無窮の力がみなぎるのです」と講義されていますが、北陸は私にとって、まさに「思い切る」勇気の信心、覚悟の信心を教えていただいた天地なのです。
今、北陸の同志は、不屈の誓願に総立ちとなり、各地で共戦のドラマが生まれています。
ある富山の壮年は10もの病を抱え、透析を続けておられます。しかし"いよいよ誓願を果たす時。対話に動き切る"と、SNSも活用しつつ、かくしゃくと拡大へ歩いていらっしゃいます。また、長年地域に尽くしてきた石川のある壮年は、"毎日必ず1人以上の人を励ますこと"に挑戦。「正直行き詰まることもありますが、それでも1軒でも訪ねて語り合う。その中で自分の境涯も開けてくるんですよ」と語ってくれました。
さまざまな課題を抱えながらも、"先生への誓いを果たすんだ!"と懸命に戦い抜く、こうした最前線の同志こそが、広布を切り開かれていることを実感せずにはいられません。
◇全て生かしていける
誰しも現実の課題を抱えています。
「思い切る」といっても、そうした現実を投げ出して"学会活動だけ頑張る"などというわけでは決してありません。仕事や病、家族のこと……。言うに言われぬ悩みや思いを、「宿命」として諦めて足を止めるのではなく、あえて願って引き受けた「使命」と捉え返していく誓願に立ち上がっていくことではないでしょうか。先生の講義には次のようにあります。
「信心する前のあらゆる体験も、全部、生かし切っていけるのが妙法です。今、この時に仏法に巡り合い、広布の陣列に連なることができたのは、仏法の眼から見れば、決して偶然ではありません。師弟の宿縁は三世である」
覚悟の信心に立てば、これまでの葛藤も、苦しい日々も、全て意味あるものに変えていける。
"今この時、先生と共に、この天地で立正安国の大闘争を展開することを誓ったのだ!""困難な状況をあえて背負い、逆転劇を演じるために生まれてきたのだ!"――そう心を定めれば、無窮の力が湧いてきます。今いる場所で、自分ができる最大の挑戦に勇気をもって臨む。これこそ、師匠と同志から教えていただいた、学会員の何ものにも負けない生き方であると確信します。
肩書でも名誉でもない。広布のための行動こそが「心の財」と積まれ、生命を飾ります。さあ、北陸から新時代の扉を開く時です。師の心をわが心とする誓願に立ち、立正安国と人間革命の凱歌へ、共々に師弟勝利のドラマをつづり残しましょう!
メモ
「種種御振舞御書」は、建治2年(1276年)の御述作とされているが、詳細は不明。文永5年(1268年)から建治2年まで、約9年間にわたる日蓮大聖人の御闘争について述べられている。
2021年10月22日金曜日
2021.10.22 わが友に贈る
幾多の険難の山を
越えてきた歴戦の勇者よ
"常に挑戦""永遠に青春"
それが創価の生き方だ。
全同志の模範を今こそ!
法蓮抄 P1045
『赤子の水火をわきまへず毒薬を知らざれども乳を含めば身命をつぐが如し、阿含経を習う事は舎利弗等の如くならざれども華厳経をさとる事解脱月等の如くならざれども乃至一代聖教を胸に浮べたる事文殊の如くならざれども一字一句をも之を聞きし人仏にならざるはなし』
【通解】
赤子が水と火をわきまえることができなくても、また毒と薬を知ることができなくても、乳を飲めば身命を継ぐようなものである。阿含経を習うことは舎利弗等のようではなくとも、華厳経を悟ることは解脱月等のようではなくとも、ないし一代聖教を胸に浮かべることは文殊菩薩のようではなくとも、一字一句でも法華経を聞いた人は仏にならない人はいない。
名字の言 あすは「霜降」——配達員の健康と無事故を祈る 2021年10月22日
ある土曜の昼下がり、電車に乗った。向かいの席には幼稚園の運動着姿の男の子と軽装の両親が座っていた。運動会からの帰り道らしい▼男の子の手にはプラスチック製の金メダルが。今日のことを思い出したのか、メダルを見てはほほ笑んでいる。そんなわが子に両親も目を細めていた。父と母のうれしそうな顔を見た男の子は、さらに笑顔になった。まるで幸せの輪が広がっていくように見えた▼勤務時間の関係で、学会活動になかなか参加できない男子部員がいた。それでも彼は"広布に尽くしたい"と祈り、本紙配達員に。その純粋な信心の姿勢を多くの同志がたたえた。励ましの輪が彼の心をより強くし、使命感を一段と燃え上がらせることになった▼かつて池田先生は学会の発展を称賛する実業家の言葉を紹介した。「労苦を惜しまない(聖教新聞の)配達員の方々が、全国におられる。最も地道で、最も真面目な方々に、創価学会は光をあてていらっしゃる。その無事と活躍を祈っておられる。すばらしいことだ。だからこそ、世界的な創価学会になったのですね」▼あすは「霜降」。寒さが増す季節、配達や集金に携わる皆さんの健康と無事故を強く祈る。そこに自他共の幸福の拡大もある。
寸鉄 2021年10月22日
同志の健闘を称えよう!「喜とは自他共に喜ぶ事」御書。共に前進。共に歓喜
北海道の大空知、留萌、サロベツに全国がエール 智勇尽くし大金星必ず!
公明、東京が12区と比例で追い上げ。議員が総力で逆転を!皆が全力支援
広島3区・中国B、大激戦 公明よここから総攻撃し勝ち抜け!庶民が大応援
食品ロスの削減、各地で。無駄減らす工夫着実に。まず自分自身の実践から
〈社説〉 2021・10・22 "ネット誕生日"に思う
◇"人間らしく"の一点を問う
帰宅のため、電車に乗り込む。周りを見渡すと、ほとんどの人がスマートフォンの操作をしていた。最近では見慣れた光景だが、人が一様に小さな画面と向き合う様子に"本当の豊かさとは"と、ふと考えた。
10月29日は"インターネット誕生日"。1969年の同日、研究用のネットワークで、初めてメッセージのやりとりに成功したのが起源とされる。この時、送信できたのは"LOGIN"のうちの冒頭2文字だけ。しかし、この「挑戦」が情報社会の未来を開いた。
総務省の令和3年版「情報通信白書」によると、国内のインターネット利用率(個人)は約83%。端末別ではスマートフォンがパソコンを上回り、企業や家庭ではなく、個人がネットで世界とつながる時代となった。情報技術やAI(人工知能)などの進歩も目覚ましい。だが一方で、人間関係の希薄化、SNSでの誹謗中傷など、課題は多い。国は法整備を中心とした対策を講じているが、技術の進歩は新たな課題も生む。
2009年10月、中国・遼寧師範大学でのシンポジウムに寄せたメッセージの中で池田先生は、情報社会が、「人間を豊かにするはずの科学技術が『非人間化』を引き起こす」ジレンマに直面していると洞察。「何を考え、何を行うに際しても、一人の『人間』から決して離れない」との人間主義の思想が必要であると述べた。
技術者たちが初めてネットでのメッセージ送信に成功した時も、"この一歩が人間社会の豊かさにつながる"と、未来に希望を抱いていたはずだ。
本当の豊かさや幸福といっても、具体的な一人一人の「人間」がどこまでも人間らしく生きることができるのかどうか、という一点を、いかに死守できるかにかかっているのではないか。
「人間のため」をうたって登場したどんなに優れた技術も、一歩間違えれば、人間を手段化、隷属化してしまう。そういう両面性をもっていることを、人間自身が常に問い掛けていかなければならない。人間の幸福のためにインターネットを生かしていく智慧が、いよいよ問われている。
アルファベット2文字から未来が切り開かれたように、仏法の生命哲学を持った私たちは、人間の絆を強め、人間性を豊かにする対話の「挑戦」に徹したい。
☆希望の指針——池田先生の指導に学ぶ 立正安国�
◇明るく、楽しく歓喜の行進!
連載「希望の指針——池田先生の指導に学ぶ」では、テーマごとに珠玉の指導・激励を紹介します。「立正安国」の第4回は、小説『人間革命』『新・人間革命』から、1956年(昭和31年)の「大阪の戦い」について学びます。
【不可能を可能にする】 強盛な祈りで妙法の力を引き出す
〈1956年(昭和31年)1月、山本伸一は大阪へ。関西本部での地区部長会に臨んだ伸一は、関西に模範となる組織を築き上げるとともに、7月に予定されている大阪地方区の参議院議員選挙の勝利を強く訴える。しかし、現状の厳しさに大阪の同志たちは、勝利は実現不可能だとの思いを抱く〉
この瞬間に、伸一の熾烈な戦いが開始されたのである。
「誰人も、これでは全く勝利は不可能と思うでしょう。今、皆さんもそう考えておられる。
しかし、私どもは、立派な御本尊を頂いている。世間の人びとの常識では、とうてい不可能と思い込んでいることを可能にする力が、御本尊にはあるんです。
ただあきらめて、不可能と思っている人は、妙法の力を知らない人たちです。すべてを可能にする人は、その妙法の力を引き出すことのできる人です。
日蓮大聖人様は、このことを、ちゃんと御書にお認めになっている。
『呵責謗法滅罪抄』の末尾に、次のような御文があります。
『何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり』(御書1132ページ)
これは、佐渡においでになった大聖人様から、四条金吾に宛てられた御手紙の一節であります。
当時、鎌倉で弾圧に遭っていた弟子たちの身の上を思い、佐渡流罪のさなか、"諸天善神たちよ。なんとしてもわが弟子たちを守れ!"と、遠く御祈念なさっている、深い偉大な慈悲の御心がうかがえます。
ひどい乱世で、佐渡におられる大聖人は、弟子たちを、どうしようにも守ることはできない。とても不可能なことです。
しかし、大聖人様の御祈念は"しっぽりと濡れた木をこすってでも、なお火を出させてみせる。また、カラカラに乾いている砂漠のような大地から、水をほとばしり出させてみせる。このように私は、強盛に祈っているのだ"と、お認めになっている。
御本尊に対する祈りというものは、一大事の時には、このようなものでなければならぬとお示しになっているのです。
今、私たちの置かれた立場や、合理的な考えに慣れてしまった頭脳では、不可能と思うでしょう。しかし、無量の力を御本尊は秘めていることを、日蓮大聖人は、明確に教えていらっしゃる。
これを信じるか信じないかは、私たちの問題です。大聖人の正統派の弟子として戦う以上、まず、強盛な祈りによって、不可能を可能とする実践が勇んで出てこなければなりません」
(『人間革命』第10巻「一念」の章、42〜44ページ)
【活動推進の源泉】 御書講義通して地涌の使命を自覚
〈1956年(昭和31年)、関西の広布の波は、日を追うごとに大きく広がっていった。その原動力は、山本伸一の御書講義をはじめ、彼の師子奮迅の闘争であった〉
山本伸一は、一切の活動の推進にあたって、どこまでも御書を根本としていた。その御書を基軸とした指導の脈動は、心ある会員に、教学の重要さを気づかせていった。"すべては、御書にある"という自覚ほど、教学への求道心を奮い起こさせるものはない。
このころの伸一の大阪訪問は、まだ土曜、日曜を主としていたが、彼は、朝の八時というと、決まって関西本部三階仏間の御本尊の前に端座し、勤行を始めた。(中略)
厳然とした勤行が終わると、伸一の御書講義に移る。彼の講義は、講義のための講義ではなかった。
不可能を可能にするという大願を秘めた彼は、その朝、その朝、その原動力ともいうべき、時々刻々の焦点を、御書を通して明確にしたのである。
不可能と誰しも考える厚い壁は、信心の利剣で、こつこつと崩すよりほかにはない。伸一の口を通した朝の御書の一節一節は、全く鮮烈な意味を帯びて、彼らが、今、何をなすべきかを教えていた。
伸一の一念は、朝ごとに具体性をもって発露しつつあった。関西の活動の源泉は、まことに、この「朝の御書講義」に集約されていたといってよい。
ここから各組織の最先端へと散った、すべての幹部は、その日のうちに、朝、会得した御書を根本とする適切な指導を、そのまま全会員の胸へ、次から次へと語りかけていった。
組織の鼓動は脈打ちながら、まず、会員の胸につかえている不可能の壁の一角一角を、崩していったといってよい。山本伸一の胸ひとつに秘めた強烈な一念は、ようやく日ごとに脈動しつつ、重い巨大な歯車を、彼を軸として回転させ始めたのである。
伸一は、ここ二カ月余りの徹底的な個人指導で、信心のいかなるものかという「信」を自覚させた。そして、座談会活動によって、弘教の「行」の歓喜を沸き立たせていった。それに加えて、「朝の御書講義」で、実践の指針のすべてが、御書に歴然と込められていることを示し、「学」の重要さと、活動理念の崇高さを教えた。
地涌の菩薩の使命に燃えた「信」「行」「学」の実践ほど、無敵のものはない。智勇兼備の戦力は、このようにして、人知れず刻々と育まれていったのである。
(『人間革命』第10巻「脈動」の章、150〜152ページ)
【勝利の道を開く要件】 師の心をわが心として弟子が敢闘
〈1956年(昭和31年)、山本伸一の誠実と確信の対話によって、関西の同志は、一人、また一人と立ち上がっていった〉
勝利への力は、魂の触発にある。自身の燃え盛る生命が、同志の生命を燃え上がらせるのだ。伸一の敢闘を目の当たりにして、関西の幹部たちは深く思った。
"これが、ほんまのリーダーなんや。生命を削って戦うから境涯革命があるんや。やったろやないか!"
山本伸一の率先垂範の行動が、全同志を触発し、共に戦う何人もの"山本伸一"をつくり出していったのである。
共感することによって、行動するのが人間である。ゆえに、リーダーが臆し、ずる賢くなって、率先して行動せずに、皆を動かそうとしても、動いてくれるわけがない。
すると、リーダーは焦りを感じて、その言動は、ともすれば、威圧的、命令的になっていく。そして、組織は、重く、暗くなり、人心は、ますます離れてしまうことになる。
それに対して、率先垂範のリーダーは、自らの行動を通して人に触発を与え、人びとの"やる気"を引き出し、皆の自主性、自発性を呼び覚ましていく。
ゆえに、その組織は、明るく、歓喜にあふれ、上昇気流に乗るように、勝利への流れがつくられていくのだ。
また、伸一は、戸田城聖こそ、広宣流布に、ただ一人立ち上がった、われらの師であり、この大阪、関西から、いや、日本、世界から、不幸に泣く人をなくしたいというのが、戸田の誓いであることを語り抜いた。
そして、こう訴えたのである。
「その戸田先生の心を、わが心として、先生に代わって戦おうではないですか! そうすることによって、私たちは、広宣流布の闘将である先生に直結していくことができる。そこに力が湧くんです。
先生を思えば、勇気が湧きます。自分が鼓舞されます。どうか、常に戸田先生を心に思い描いて、"先生は、じっと見ていてくださる""先生なら、どうされるか"と、日々、己心の師匠と対話しながら、戦っていこうではありませんか!」
広宣流布の戦いを進めるうえで、仏法の師と心を合わせていくことこそが、団結の根本である。そこに勝利への前進がある。
自転車も、車軸にスポークがしっかりと繋がってこそ、車輪の回転がある。この車軸の存在が師匠にあたるといってよい。
伸一の指揮のもと、関西は、怒濤の大前進を開始した。(中略)
戸田城聖の会長就任五周年となる五月には、遂に関西は、大阪支部一万一千百十一世帯、堺支部千五百十五世帯という弘教を成し遂げた。
「戸田先生は折伏の師匠である。なれば、弟子として弘教をもって、会長就任五周年をお祝いしよう」との伸一の思いを、関西の同志は、皆が共有していたのだ。
(『新・人間革命』第23巻「勇気」の章、242〜245ページ)
越えてきた歴戦の勇者よ
"常に挑戦""永遠に青春"
それが創価の生き方だ。
全同志の模範を今こそ!
法蓮抄 P1045
『赤子の水火をわきまへず毒薬を知らざれども乳を含めば身命をつぐが如し、阿含経を習う事は舎利弗等の如くならざれども華厳経をさとる事解脱月等の如くならざれども乃至一代聖教を胸に浮べたる事文殊の如くならざれども一字一句をも之を聞きし人仏にならざるはなし』
【通解】
赤子が水と火をわきまえることができなくても、また毒と薬を知ることができなくても、乳を飲めば身命を継ぐようなものである。阿含経を習うことは舎利弗等のようではなくとも、華厳経を悟ることは解脱月等のようではなくとも、ないし一代聖教を胸に浮かべることは文殊菩薩のようではなくとも、一字一句でも法華経を聞いた人は仏にならない人はいない。
名字の言 あすは「霜降」——配達員の健康と無事故を祈る 2021年10月22日
ある土曜の昼下がり、電車に乗った。向かいの席には幼稚園の運動着姿の男の子と軽装の両親が座っていた。運動会からの帰り道らしい▼男の子の手にはプラスチック製の金メダルが。今日のことを思い出したのか、メダルを見てはほほ笑んでいる。そんなわが子に両親も目を細めていた。父と母のうれしそうな顔を見た男の子は、さらに笑顔になった。まるで幸せの輪が広がっていくように見えた▼勤務時間の関係で、学会活動になかなか参加できない男子部員がいた。それでも彼は"広布に尽くしたい"と祈り、本紙配達員に。その純粋な信心の姿勢を多くの同志がたたえた。励ましの輪が彼の心をより強くし、使命感を一段と燃え上がらせることになった▼かつて池田先生は学会の発展を称賛する実業家の言葉を紹介した。「労苦を惜しまない(聖教新聞の)配達員の方々が、全国におられる。最も地道で、最も真面目な方々に、創価学会は光をあてていらっしゃる。その無事と活躍を祈っておられる。すばらしいことだ。だからこそ、世界的な創価学会になったのですね」▼あすは「霜降」。寒さが増す季節、配達や集金に携わる皆さんの健康と無事故を強く祈る。そこに自他共の幸福の拡大もある。
寸鉄 2021年10月22日
同志の健闘を称えよう!「喜とは自他共に喜ぶ事」御書。共に前進。共に歓喜
北海道の大空知、留萌、サロベツに全国がエール 智勇尽くし大金星必ず!
公明、東京が12区と比例で追い上げ。議員が総力で逆転を!皆が全力支援
広島3区・中国B、大激戦 公明よここから総攻撃し勝ち抜け!庶民が大応援
食品ロスの削減、各地で。無駄減らす工夫着実に。まず自分自身の実践から
〈社説〉 2021・10・22 "ネット誕生日"に思う
◇"人間らしく"の一点を問う
帰宅のため、電車に乗り込む。周りを見渡すと、ほとんどの人がスマートフォンの操作をしていた。最近では見慣れた光景だが、人が一様に小さな画面と向き合う様子に"本当の豊かさとは"と、ふと考えた。
10月29日は"インターネット誕生日"。1969年の同日、研究用のネットワークで、初めてメッセージのやりとりに成功したのが起源とされる。この時、送信できたのは"LOGIN"のうちの冒頭2文字だけ。しかし、この「挑戦」が情報社会の未来を開いた。
総務省の令和3年版「情報通信白書」によると、国内のインターネット利用率(個人)は約83%。端末別ではスマートフォンがパソコンを上回り、企業や家庭ではなく、個人がネットで世界とつながる時代となった。情報技術やAI(人工知能)などの進歩も目覚ましい。だが一方で、人間関係の希薄化、SNSでの誹謗中傷など、課題は多い。国は法整備を中心とした対策を講じているが、技術の進歩は新たな課題も生む。
2009年10月、中国・遼寧師範大学でのシンポジウムに寄せたメッセージの中で池田先生は、情報社会が、「人間を豊かにするはずの科学技術が『非人間化』を引き起こす」ジレンマに直面していると洞察。「何を考え、何を行うに際しても、一人の『人間』から決して離れない」との人間主義の思想が必要であると述べた。
技術者たちが初めてネットでのメッセージ送信に成功した時も、"この一歩が人間社会の豊かさにつながる"と、未来に希望を抱いていたはずだ。
本当の豊かさや幸福といっても、具体的な一人一人の「人間」がどこまでも人間らしく生きることができるのかどうか、という一点を、いかに死守できるかにかかっているのではないか。
「人間のため」をうたって登場したどんなに優れた技術も、一歩間違えれば、人間を手段化、隷属化してしまう。そういう両面性をもっていることを、人間自身が常に問い掛けていかなければならない。人間の幸福のためにインターネットを生かしていく智慧が、いよいよ問われている。
アルファベット2文字から未来が切り開かれたように、仏法の生命哲学を持った私たちは、人間の絆を強め、人間性を豊かにする対話の「挑戦」に徹したい。
☆希望の指針——池田先生の指導に学ぶ 立正安国�
◇明るく、楽しく歓喜の行進!
連載「希望の指針——池田先生の指導に学ぶ」では、テーマごとに珠玉の指導・激励を紹介します。「立正安国」の第4回は、小説『人間革命』『新・人間革命』から、1956年(昭和31年)の「大阪の戦い」について学びます。
【不可能を可能にする】 強盛な祈りで妙法の力を引き出す
〈1956年(昭和31年)1月、山本伸一は大阪へ。関西本部での地区部長会に臨んだ伸一は、関西に模範となる組織を築き上げるとともに、7月に予定されている大阪地方区の参議院議員選挙の勝利を強く訴える。しかし、現状の厳しさに大阪の同志たちは、勝利は実現不可能だとの思いを抱く〉
この瞬間に、伸一の熾烈な戦いが開始されたのである。
「誰人も、これでは全く勝利は不可能と思うでしょう。今、皆さんもそう考えておられる。
しかし、私どもは、立派な御本尊を頂いている。世間の人びとの常識では、とうてい不可能と思い込んでいることを可能にする力が、御本尊にはあるんです。
ただあきらめて、不可能と思っている人は、妙法の力を知らない人たちです。すべてを可能にする人は、その妙法の力を引き出すことのできる人です。
日蓮大聖人様は、このことを、ちゃんと御書にお認めになっている。
『呵責謗法滅罪抄』の末尾に、次のような御文があります。
『何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり』(御書1132ページ)
これは、佐渡においでになった大聖人様から、四条金吾に宛てられた御手紙の一節であります。
当時、鎌倉で弾圧に遭っていた弟子たちの身の上を思い、佐渡流罪のさなか、"諸天善神たちよ。なんとしてもわが弟子たちを守れ!"と、遠く御祈念なさっている、深い偉大な慈悲の御心がうかがえます。
ひどい乱世で、佐渡におられる大聖人は、弟子たちを、どうしようにも守ることはできない。とても不可能なことです。
しかし、大聖人様の御祈念は"しっぽりと濡れた木をこすってでも、なお火を出させてみせる。また、カラカラに乾いている砂漠のような大地から、水をほとばしり出させてみせる。このように私は、強盛に祈っているのだ"と、お認めになっている。
御本尊に対する祈りというものは、一大事の時には、このようなものでなければならぬとお示しになっているのです。
今、私たちの置かれた立場や、合理的な考えに慣れてしまった頭脳では、不可能と思うでしょう。しかし、無量の力を御本尊は秘めていることを、日蓮大聖人は、明確に教えていらっしゃる。
これを信じるか信じないかは、私たちの問題です。大聖人の正統派の弟子として戦う以上、まず、強盛な祈りによって、不可能を可能とする実践が勇んで出てこなければなりません」
(『人間革命』第10巻「一念」の章、42〜44ページ)
【活動推進の源泉】 御書講義通して地涌の使命を自覚
〈1956年(昭和31年)、関西の広布の波は、日を追うごとに大きく広がっていった。その原動力は、山本伸一の御書講義をはじめ、彼の師子奮迅の闘争であった〉
山本伸一は、一切の活動の推進にあたって、どこまでも御書を根本としていた。その御書を基軸とした指導の脈動は、心ある会員に、教学の重要さを気づかせていった。"すべては、御書にある"という自覚ほど、教学への求道心を奮い起こさせるものはない。
このころの伸一の大阪訪問は、まだ土曜、日曜を主としていたが、彼は、朝の八時というと、決まって関西本部三階仏間の御本尊の前に端座し、勤行を始めた。(中略)
厳然とした勤行が終わると、伸一の御書講義に移る。彼の講義は、講義のための講義ではなかった。
不可能を可能にするという大願を秘めた彼は、その朝、その朝、その原動力ともいうべき、時々刻々の焦点を、御書を通して明確にしたのである。
不可能と誰しも考える厚い壁は、信心の利剣で、こつこつと崩すよりほかにはない。伸一の口を通した朝の御書の一節一節は、全く鮮烈な意味を帯びて、彼らが、今、何をなすべきかを教えていた。
伸一の一念は、朝ごとに具体性をもって発露しつつあった。関西の活動の源泉は、まことに、この「朝の御書講義」に集約されていたといってよい。
ここから各組織の最先端へと散った、すべての幹部は、その日のうちに、朝、会得した御書を根本とする適切な指導を、そのまま全会員の胸へ、次から次へと語りかけていった。
組織の鼓動は脈打ちながら、まず、会員の胸につかえている不可能の壁の一角一角を、崩していったといってよい。山本伸一の胸ひとつに秘めた強烈な一念は、ようやく日ごとに脈動しつつ、重い巨大な歯車を、彼を軸として回転させ始めたのである。
伸一は、ここ二カ月余りの徹底的な個人指導で、信心のいかなるものかという「信」を自覚させた。そして、座談会活動によって、弘教の「行」の歓喜を沸き立たせていった。それに加えて、「朝の御書講義」で、実践の指針のすべてが、御書に歴然と込められていることを示し、「学」の重要さと、活動理念の崇高さを教えた。
地涌の菩薩の使命に燃えた「信」「行」「学」の実践ほど、無敵のものはない。智勇兼備の戦力は、このようにして、人知れず刻々と育まれていったのである。
(『人間革命』第10巻「脈動」の章、150〜152ページ)
【勝利の道を開く要件】 師の心をわが心として弟子が敢闘
〈1956年(昭和31年)、山本伸一の誠実と確信の対話によって、関西の同志は、一人、また一人と立ち上がっていった〉
勝利への力は、魂の触発にある。自身の燃え盛る生命が、同志の生命を燃え上がらせるのだ。伸一の敢闘を目の当たりにして、関西の幹部たちは深く思った。
"これが、ほんまのリーダーなんや。生命を削って戦うから境涯革命があるんや。やったろやないか!"
山本伸一の率先垂範の行動が、全同志を触発し、共に戦う何人もの"山本伸一"をつくり出していったのである。
共感することによって、行動するのが人間である。ゆえに、リーダーが臆し、ずる賢くなって、率先して行動せずに、皆を動かそうとしても、動いてくれるわけがない。
すると、リーダーは焦りを感じて、その言動は、ともすれば、威圧的、命令的になっていく。そして、組織は、重く、暗くなり、人心は、ますます離れてしまうことになる。
それに対して、率先垂範のリーダーは、自らの行動を通して人に触発を与え、人びとの"やる気"を引き出し、皆の自主性、自発性を呼び覚ましていく。
ゆえに、その組織は、明るく、歓喜にあふれ、上昇気流に乗るように、勝利への流れがつくられていくのだ。
また、伸一は、戸田城聖こそ、広宣流布に、ただ一人立ち上がった、われらの師であり、この大阪、関西から、いや、日本、世界から、不幸に泣く人をなくしたいというのが、戸田の誓いであることを語り抜いた。
そして、こう訴えたのである。
「その戸田先生の心を、わが心として、先生に代わって戦おうではないですか! そうすることによって、私たちは、広宣流布の闘将である先生に直結していくことができる。そこに力が湧くんです。
先生を思えば、勇気が湧きます。自分が鼓舞されます。どうか、常に戸田先生を心に思い描いて、"先生は、じっと見ていてくださる""先生なら、どうされるか"と、日々、己心の師匠と対話しながら、戦っていこうではありませんか!」
広宣流布の戦いを進めるうえで、仏法の師と心を合わせていくことこそが、団結の根本である。そこに勝利への前進がある。
自転車も、車軸にスポークがしっかりと繋がってこそ、車輪の回転がある。この車軸の存在が師匠にあたるといってよい。
伸一の指揮のもと、関西は、怒濤の大前進を開始した。(中略)
戸田城聖の会長就任五周年となる五月には、遂に関西は、大阪支部一万一千百十一世帯、堺支部千五百十五世帯という弘教を成し遂げた。
「戸田先生は折伏の師匠である。なれば、弟子として弘教をもって、会長就任五周年をお祝いしよう」との伸一の思いを、関西の同志は、皆が共有していたのだ。
(『新・人間革命』第23巻「勇気」の章、242〜245ページ)
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