「師子王は前三後一」
どんな課題にも油断なく
全力を尽くし抜くのが
不撓不屈の学会魂だ!
大情熱で未来を開こう!
三世諸仏総勘文教相廃立 P566
『一切の法は皆是仏法なり』
【通解】
一切の法は皆、仏法である。
名字の言 コロナ禍の日常や思いを詠んだ"古今和歌集" 2020年7月10日
京都で"古今和歌集"が完成した。といっても、平安時代の話ではない。コロナ禍の日常や思いを、宇治のある地区の友らが詠んだものである▼「買い物に マスク忘れて 後戻り」「自粛にて 私のウエスト 大成長」「若作り それは無駄無駄 皆和歌作り」などクスッと笑える内容から、「お題目 心はつながる 大丈夫」「朗らかに 笑顔で過ごす 勝利の因は」「支え合い 共に進むと 勢い倍増」といった学会精神あふれるものまで実に合計1113。言葉の力で"苦難に立ち向かった地区の歴史"として、未来に残したいという▼言葉は不思議だ。一文字一文字の組み合わせによって心を表し、心を伝える。平安の古今集に紀貫之は「和歌は、人の心を種として、万の言の葉とぞなれりける」と記した。「はじめに言葉ありき」ではなく「心ありき」ともいえようか▼御書に「仏は文字によって人々を救う」(153ページ、通解)と。仏は人々の幸福を深く願うがゆえ、相手の状況に合わせて言葉を自在に駆使して法を説いた。「(法華経の)文字変じて又仏の御意となる」(469ページ)とも仰せだ▼「言葉の力は、心です。心が根底にあるから、言葉が生きてくる」と池田先生。同じ言葉でも、使う人の心の深さでその力は全く違う。「心こそ大切」である。(之)
寸鉄 2020年7月10日
「法は人に因って貴し」御書。万人救済の妙法を弘める広布の闘士は尊貴
山形の日。清く弛みない信心は最上川のごとく!励まし強く理想郷建設を
優れた人が賞讃されるのは優れた行為のためだ—文人。青年は何かで光れ
レジ袋有料化で「購入」は1割未満に。持続可能な地球環境へ一歩ずつ努力
児童・生徒の骨折相次ぐ。外出自粛で体力低下と。親子で適度な運動心掛け
☆小説「新・人間革命」学習のために 第13巻
◇相手を知ることが渉外の基本
<日中関係に暗雲が垂れこめる中、1966年(昭和41年)7月、青年部の幹部が中国の関係者と会談する。終了後、報告を受けた伸一は語る>
「やはり最初は硬い雰囲気だったんだね。初対面の時は、互いに緊張するだけに、その硬さを解きほぐしていくことが大事なんだ。
それは笑顔だよ。
そして、最初に何を言うかだ。
包み込むような温かさがあり、相手をほっとさせるようなユーモアや、ウイットに富んだ言葉をかけることだよ」(中略)
「それから、人と会う時には、相手がどういう経歴をもち、どういう家族構成かなども、知っておく努力をしなければならない。それは礼儀でもあるし、渉外の基本といってよいだろう。
たとえば、君たちだって、自己紹介した時に、『あなたのことは、よく存じております。こういう実績もおもちですね』と言って、自分の業績を先方が語ってくれたら、どう感じるかい。この人は、自分のことを"ここまで知ってくれているのか"と感心もするだろうし、心もとけ合うだろう。
それが、胸襟を開いた対話をするための第一歩となるんだ。だから私も、常にそうするように、懸命に努力している。お会いする方の著書があれば、できる限り目を通すようにしているし、その方について書かれた本なども読んで、頭に入れているんだよ」
(「金の橋」の章、36〜37ページ)
◇「異体同心」は個性開花の団結
<68年(同43年)秋、各方面で芸術部員による芸術祭が開催。一人一人の個性を尊重しつつ、団結するにはどうすればよいかと尋ねる芸術部の幹部に伸一は、指針を示す>
「実は、その原理が『異体同心』ということなんです。
世間では、団結というと、よく『一心同体』と言われる。これは、心も体も一体ということであり、心を同じくするだけでなく、行動や形式も同じことを求める。
つまり、全体主義となり、どうしても、個性は抑圧されることになる。
それに対して、大聖人は『一心同体』ではなく、『異体同心』と言われた。
これは"異体"である個人、また、それぞれの個性や特性の尊重が大前提になっています。
その一人ひとりが"同心"すなわち、広宣流布という同じ目的、同じ決意に立つことから生まれる、協力、団結の姿が異体同心です。
つまり、それは、外側からの強制によるものではなく、個人の内発的な意志による団結です。だから強いんです。
また、自主性が基本にあるから、各人が個性、特質をいかんなく発揮できるし、それによって、さらに全体が強くなる。たとえば、城の石垣というのは、同じ形の石ではなく、さまざまな形の石を組み合わせ、積み上げていくから、堅固であるといわれている。
野球をするにも、優秀なピッチャーばかり集めたからといって、勝てるものではない。『異体』すなわち、いろいろな人材が必要なんです。芸術部員は、一人ひとりが力もあり、強い個性をもっているだけに、皆が心を一つにして団結すれば、すごいパワーが発揮できます。
学会の強さは、この『異体同心』の団結にありました。その力によって、常に不可能の壁を破り、新しい歴史を開いてきた」
(「光城」の章、272〜273ページ)
◇青年時代の苦闘は生涯の財産
<69年(同44年)2月、沖縄で大学会の結成式に出席した伸一は、夜間に学ぶ二部学生に励ましを送る>
「全部やると決めて、挑戦していくことです。
逃げたり、卑屈になったりしてはいけない。また、焦ってはならない。今は将来に向かって、着実に人生の土台をつくる時です。
人生はある意味で死闘といえる。血を吐くような思いで、無我夢中で戦っていくしかありません。悩んで悩んで、悩み抜いていくところに成長がある。人間形成がある。それこそが、生涯の財産になります。
私も夜学に通っていたから、皆さんの苦しさ、辛さはよくわかります。
私は、三十歳まで生きられないといわれていた病弱な体でした。また、長兄は戦争で死に、家も焼かれ、暮らしは貧しく、いつも、腹を空かせていました。本を買うには、食費を削るしかなかったからです。
しかし、それでも私は、知恵を絞って時間を捻出し、徹底して学んできました。電車のなかも、勉強部屋でした。
そして、働きに働きました。朝も三十分前には出勤し、清掃をしてみんなを待ちました。
職場での信頼も厚く、戸田先生の会社に移る時には、上司も、同僚も、本当に惜しんでくれました。
さらに、猛然と学会活動に取り組み、信心ですべてを切り開いてきたんです。
家族が用意してくれた整った環境での勉学よりも、大変ななかで、泣く思いをして学んだことの方が、何倍も自分の血肉となり、身につくものなんです。
鍛えのない青年は、軟弱になり、人生を滅ぼしかねない。ゆえに、二部学生は、最高の修行の場を得ているということなんです。頑張りなさい」
(「楽土」の章、347〜348ページ)
◇広布の使命自覚した人が人材
<沖縄の高等部の集いで伸一は、人材の要件を示す>
「人材の要件とは何か——。
広宣流布の使命を自覚することです。
人は、なんのための人生なのかという、根本目的が定まっていなければ、本当の力は発揮できないものです。
また、力をつけ、立派な地位や立場を手にしたとしても、自分の立身出世のみが目的になっていれば、社会への真の貢献はできません。
才能の開花も、知恵の発揮も、忍耐も、すべて広宣流布の使命を自覚するところから生まれるものであることを、知ってください。さらに、人材とは、人格の人であるということです。人への思いやり、包容力、自分を律する精神の力、正義への信念と意志等々、人格の輝きこそ、人間として最も大事です。
それには、精神闘争が必要です。
自分の弱さに挑み、苦労に苦労を重ねて、自己の精神を磨き上げていくことです。
そして、人材には、力がなくてはならない。
心根は、清く、美しくとも、力がないというのでは、民衆の幸福、平和を築くことはできない。だから、何か一つでよい。これだけは誰にも負けないというものをもつことが必要です。
わが弟子ならば、全員が大人材であると、私は確信しております。皆さんこそ、私の宝です。沖縄の誇りです」
高等部員は、頷きながら、伸一の指導を聞いていた。
その目には、誓いの涙が光っていた。
人材を育むには、先輩幹部が一人でも多くの人と会うことである。
草木も、豊富な養分を吸収し、燦々たる太陽の光を浴びてこそ生長する。人材もまた、さまざまな励ましがあり、触発があってこそ、育ちゆくものである。
(「楽土」の章、349〜350ページ)
◇折伏精神とその要諦
<1968年(昭和43年)10月、伸一は、静岡・富士宮市内の地区座談会に出席。そこで参加者の悩みに答え、折伏の精神と、弘教の要諦を語る様子が、「北斗」の章で描かれている>
「私は、仕事が忙しくて休日も取れません。でも、なんとか折伏をしたいと思っています。ところが、なかなかできないもので悩んでおります」
「人を救おうとして悩むなんて、すごいことではないですか。尊く誇り高い、最高の悩みです。本当の慈悲の姿です。それ自体、地涌の菩薩の悩みであり、仏の悩みです」
集った同志は、弘教を実らせようと、日々、懸命に戦っていた。
それだけに、折伏についての話に、皆、目を輝かせ、真剣な顔で聴き入っていた。
「折伏を成し遂げる要諦は何か。
それは決意です。一念が定まれば、必ず状況を開くことができる。
折伏は、どこでもできるんです。
戸田先生は、牢獄のなかでも法華経の極理を悟り、看守を折伏しています。
まず、折伏をさせてくださいと、御本尊に懸命に祈り抜くことです。すると、そういう人が出てきます。
また、ともかく、あらゆる人と仏法の対話をしていくんです。
もちろん、信心の話をしても、すぐに入会するとは限りません。それでも、粘り強く、交流を深めながら、相手の幸福を日々祈り、対話を重ねていくことです。
種を蒔き、それを大切に育て続けていけば、いつか、必ず花が咲き、果実が実ります。
焦る必要はない。
さらに、入会しなくとも、ともに会合に参加して教学を勉強したり、一緒に勤行したりすることもよいでしょう。自然な広がりが大事です。
ともあれ、苦労して弘教に励んだ分は、全部、自分の福運になります。
相手が信心しようが、しまいが、成仏の因を積んでいるんです」
皆が笑顔で頷いていた。伸一の話を聞くうちに、安心感と勇気が湧いてくるのである。
彼は、言葉をついだ。
「また、対話してきた人を入会させることができれば、何ものにもかえがたい、最高最大の喜びではないですか。折伏は、一人ひとりの人間を根本から救い、未来永遠の幸福を約束する、極善の実践です」
(「北斗」の章、183〜184ページ)
☆全国最高協議会 池田先生がメッセージ 原田会長を中心に討議
◇創立90周年へ立正安国の旗を 9月下旬にオンラインで世界青年部総会を開催
全国最高協議会が8日午後、東京・新宿区の学会本部別館で行われ、原田会長、長谷川理事長、永石婦人部長、全国の方面長・婦人部長、各部の代表が出席した。
池田大作先生はメッセージを贈り、冒頭、九州をはじめ豪雨被災地へのお見舞いを述べるとともに、「変毒為薬」の復興を念願。試練に見舞われたこの上半期、「能忍」(能く忍ぶ)という仏の心で「四表の静謐」(世界の安穏)を祈り抜き、「仏法即社会」の智者の指揮で奮闘した全国の同志に、心から感謝した。
次いで先生は、「御義口伝」の「霊山一会儼然未散(霊山一会儼然として未だ散らず)」(御書757ページ)を拝し、「我らは、久遠元初より、そして未来永遠に、『妙法流布』の大誓願で結ばれている。常に我らの生命は一体であり、不二なのである」と強調。
「かかる濁世には互につねに・いゐあわせてひまもなく後世ねがわせ給い候へ」(同965ページ)を拝読し、青年部を先頭に智慧を出し合い、新時代の「異体同心」のスクラムを組みながら、一人一人がいよいよの「広布前進」をと望んだ。
そして、民衆の幸福と安穏、世界の平和と前進のために、新たな「立正安国」の凱歌を決意し合いたいと述べメッセージを結んだ。
◇広宣流布大誓堂での誓願勤行会を9月15日から再開 新型コロナ感染症対策委員会を設置
協議会では、11月18日の「学会創立90周年」を目指す下半期の諸活動について協議。各人・各家庭で折伏、聖教拡大、友好拡大などの目標を立て、「私の広布前進」で大佳節を祝賀しゆくことを確認した。また、感染防止に細心の注意を払い、オンラインの活用などの新しい活動様式も取り入れながら、「一対一」「少人数」の励ましを広げ、人材の拡大に取り組むことを約し合った。
さらに、諸行事について検討。10・2「世界平和の日」の60周年を記念する「世界青年部総会」を9月下旬にオンラインで実施することが決定した。
併せて、広宣流布大誓堂での「誓願勤行会」を9月15日からの予定で、首都圏・東京を対象に再開すること、学会本部に「新型コロナウイルス感染症対策委員会」(総合委員長=原田会長、委員長=谷川主任副会長)を新たに設けることが発表された。
席上、原田会長は、コロナ禍の中で奮闘する同志に最大に感謝。「心の固きに仮りて神の守り則ち強し」(同1220ページ)を拝し、「一歩も引くな」との第2代会長・戸田城聖先生の遺言を命に刻み、どこまでも信心根本に智慧を発揮して、今こそ「立正安国」の旗を掲げ、未曽有の「挑戦」に「応戦」したいと訴えた。
そして、これまで以上に「一人」を大切にし、励ましの連帯を広げながら、創立90周年の佳節を、池田門下の一人一人が「私の広布前進」で勝ち飾ろうと呼び掛けた。
◇青年部の協議会も 8月に学生部が教学実力試験
青年部最高協議会が8日、各方面とテレビ中継で結んで、学会本部別館で行われた。
志賀青年部長、西方男子部長、大串女子部長、樺澤学生部長、林女子学生部長をはじめ、全国の男女青年部の代表が参加し、下半期の対話拡大と人材育成について討議。また8月に学生部が実施する教学実力試験など、教学研さんの取り組みを確認した。
席上、志賀青年部長が、世界青年部総会へ、強き団結で勝ち進もうと力説。原田会長は、広布の希望である青年部の勇気と智慧の挑戦で、従藍而青の新たな歴史をと語った。
2020年7月10日金曜日
2020年7月9日木曜日
2020.07.09 わが友に贈る
荒天の日々が続く。
「無冠の友」の皆様
配達は決して無理せず
くれぐれも安全第一で!
絶対無事故を祈ります。
上野殿御返事 P1575
『其の上わづかの小郷にをほくの公事せめあてられてわが身はのるべき馬なし妻子はひきかくべき衣なし。かかる身なれども法華経の行者の山中の雪にせめられ食ともしかるらんとおもひやらせ給いてぜに一貫をくらせ給へるは貧女がめおとこ二人して一つの衣をきたりしを乞食にあたへりだが合子の中なりしひえを辟支仏にあたへたりしがごとし、たうとしたうとし』
【通解】
そのうえ、わずかの領地なのに多くの公事を課せられて、自身は乗るべき馬もなく、妻子は着るべき衣もない。そのような身であるけれども、法華経の行者が山の中で雪に責められて、食物も乏しいことであろうと思いやられて銭一貫文を送られたことは、貧しい女が夫婦二人で一つの衣を着ていたのを乞食に与え、利叱(りだ)が器の中にあった稗を辟支仏に与えたようなものである。尊いことである。尊いことである。
名字の言 「HOW」から「WHY」「WHAT」の時代へ 2020年7月9日
かつて創価大学の第7回入学式で、池田先生が次のような論調を紹介した。現代社会の動向を巨視的に見ると、時代は「HOW(どのように)」から「WHY(なぜ)」「WHAT(何のため)」に移りつつある、と▼つまり、目的が自明の場合、人々の関心事は"どう効率よく達成するか"という「手法」ばかりになる。一方で、環境が激変し、価値観が根底から揺らいでいる時、人は"なぜ""何のため"という「生きる意味」を問い直すという趣旨だ▼入学式は43年前の話である。だが、コロナ禍が世界に広がり、「異常気象」がもはや"異常"とはいえない気候変動となって現れている今、この視点は現在の私たちにも十分当てはまる▼無論、医療・科学技術などを駆使し、確実に生命を守る施策は絶対に必要である。その上で、従来の生活様式や機構、考え方を再検討し、今一度、個々が生きる根本的価値を確立すべき岐路に立っているのではないか▼こうした放置できない重大な事態を「一大事」という。先生は仏法における「一大事」をこう説明した。「一」は原点。「大」は原点から遍満した生命の拡大や知恵の発現。「事」はその拡大や発現が事実と刻まれること、と。平和と共生の"原点"である仏法の思想を、今こそ時代精神へと高めゆく時である。(代)
寸鉄 2020年7月9日
弥信心をはげみ給うべし—御書。強盛に祈り進め。正義の哲理を勇敢に語れ
「岐阜県女性平和の日」。婦女一体の団結こそ前進の力。さあ励ましの声を
人生を"楽しむ"親の姿が子の好奇心を伸ばすと。信心の歓喜も必ず伝わる
流水で15秒手洗い—残存ウイルスは約1%に。基本の徹底が感染防止の鍵
局地的気象予測は技術の限界が—専門家。予断許さぬ豪雨。引き続き警戒
☆小説「新・人間革命」学習のために 第12巻
◇励ましこそ広布発展の原動力
<1967年(昭和42年)5月、山本伸一はアメリカ、ヨーロッパ各国の歴訪の旅へ。7年前に世界広布の第一歩を刻んだハワイでは、2000世帯を超えるメンバーが誕生するなど、大きく発展を遂げていた>
七年前を知る同行の幹部たちにとっては、まさに隔世の感があった。
だが、大発展にあらためて驚きはしたものの、その原動力がなんであったかを、誰も考えようとはしなかったにちがいない。それは、伸一の、同志一人ひとりへの徹底した励ましであった。組織といっても、あるいは運動といっても、それを支えているのは、一人ひとりの人間である。その人間が一念を転換し、使命に目覚め立ち、最大の力を発揮していくならば、すべてを変えることができる。
ゆえに、個人指導という、目立たぬ、地道な活動こそが、広宣流布の生命線を握る、最も重要な作業となるのである。
ハワイを初めて訪問した折にも、伸一は寸暇を惜しんで、幾度となく、メンバーと対話を重ねた。座談会でも質問会を行い、日本に帰りたいと泣きじゃくる人の言葉に耳を傾け、同苦することから、彼の行動は始まったのである。
ホテルでも、個人指導に余念がなかった。
ともかく、対話を根気強く、惜しみなく続け、使命の種子を植え、希望の風を送り、皆の一念を変えていった。(中略)
対話による一念の転換——そこに、勝利を打ち立てる一切の鍵がある。
(「新緑」の章、19〜20ページ)
◇感謝の心が歓喜に、勝利に!
<6月、群発地震が続く長野の松代を訪れた伸一は、松代会館での集いで指導する>
「人間は、一人では生きられない。また、個人というのは、どうしても弱くなってしまう。
だから、崩れざる幸福を築いていくためには、信心を切磋琢磨していくよき同志が、組織が、必要なんです。そう考えるならば、学会という、大聖人の御精神を受け継ぐ組織のなかで、信心に励めることがいかにすばらしいか、よくわかると思います。
ところが、活動が大変だとか、あの人が気にくわないとか、何かあると、すぐに愚痴をこぼし、文句や不平不満をいう人がいる」(中略)
「実は、その愚痴と文句が、信心に邁進してきた功徳、福運を、消すことになるんです。また、それは、歓喜を奪い去り、心をすさんだものにし、自分で自分を不幸にしていく。
反対に、『ありがたいな』という感謝の思いは、歓喜を燃え上がらせていきます。
そして、歓喜は自らの心を豊かにし、幸福にします。歓喜あるところ、力は倍加し、勢いが増します。歓喜ある前進のなかにこそ、人生と広布の勝利があるんです。
つまり、同じ御本尊に題目を唱え、同じように学会活動に励んでいたとしても、愚痴と文句の一念なのか、感謝の一念なのかによって、結果は全く違ってしまう。どうか、皆さんは、これから、ますます福運をつけていくためにも、感謝の心で、喜びをもって信心に励んでいただきたいのであります」
(「愛郷」の章、143〜144ページ)
◇差異の尊重が人間共和を促進
<伸一は10月、東京・信濃町の創価文化会館で、「ヨーロッパ統合の父」として知られるクーデンホーフ・カレルギー伯爵と対談する>
(伯爵は)感慨のこもった声で言った。
「あなたは、常に非難中傷されながら、日本中の、いや世界の、実に多くの敵と戦っていることを、私は知っています。しかし、偉大な人というのは、皆、そうです」(中略)
ナチス・ドイツに戦いを挑んで迫害を受け、亡命せざるをえなかったクーデンホーフ・カレルギー伯爵は、正義の旗を掲げ立った者の宿命を、知悉していたのだ。
伸一は、毅然として語った。
「今、私が、世界の多くの敵と戦っていると言われましたが、イデオロギーや宗教が異なっているからといって、私にとっては、本来、敵ではありません。
もちろん、暴力やテロは絶対に悪ですし、民衆を支配し、隷属化させる権力とは、どこまでも戦います。
しかし、人間の幸福、救済をめざす思想、宗教には、本来、人間を尊重するという共通項があります。それがある限り、必ず通じ合い、共感し合うはずであり、相互理解は可能であると思います。
さらに、仏法で説く、万人が等しく『仏』の生命をもっているという考え方は、人間を貫く、内なる普遍の世界を開示するものといえます。
人類がそこに着目し、人間の共通項に目を向けていくならば、分断から融合へと発想を切り替える、回転軸となっていくと確信しています。
また、宗教の違いによって生じた文化的な差異は、違いを認めるというだけでなく、むしろ尊重すべきです」
(「天舞」の章、282〜283ページ)
◇あきらめずに1ミリでも前へ
<創価学園の開校の年である1968年(昭和43年)12月、学園を訪問した伸一は、成績が伸び悩んでいる生徒との面談の場を持ち、真心の励ましを送る>
生徒たちは、教師から「山本先生が、成績不振者に会われる」と聞かされていたせいか、ばつが悪そうな顔で、部屋に入って来た。
伸一は、生徒を、笑顔で迎えた。
「緊張する必要はないよ。叱るために会ったんじゃないからね。ぼくは、君たちを勇気づけたいだけなんだ」
そして、それぞれの生徒に、悩んでいることはないか、体調はどうか、通学時間はどのぐらいかかるのか、家庭の状況はどうかなどを、丹念に尋ねていった。
伸一は、何か問題があれば、相談にのり、助言し、できる限りの応援をしたかった。
また、勉強以外にも、生徒一人ひとりがもっている、さまざまな可能性を引き出す機会にしたかったのである。
語らいのなかで、多くの生徒たちは、その伸一の心を感じ取っていったようだ。
「先生。勉強、頑張ります!」と、自ら誓う生徒もいた。
それを聞いた伸一は、にっこりと頷き、包み込むように言った。
「そうだ。そうだよ。頑張るんだ。一ミリでも、二ミリでもいい。決してあきらめずに努力して、前進していくことが大事だよ」(中略)
来た時は、暗い顔をしていた生徒たちが、帰りには、風呂上がりのように、さっぱりと、紅潮した顔をしていた。
生徒を激励する伸一の姿を見て、最も驚いたのは、教師たちであった。(中略)
伸一の面談は、生徒たちにとっても、教師たちにとっても、大いなる発奮の起爆剤となった。
後年、その生徒たちのなかから、大学教授も出ることになる。
(「栄光」の章、373〜375ページ)
◇「創価教育学体系」への称賛
<1930年(昭和5年)11月18日、初代会長・牧口常三郎の『創価教育学体系』の第1巻が発刊される。「栄光」の章には、学識者が同書に寄せた称賛の声が記されている>
牧口常三郎の創価教育学とは、一言でいえば、「人生の目的たる価値を創造し得る人材を養成する」知識体系といえる。
牧口は、教育の目的は子ども自身の幸福にあると主張し、社会人として幸福生活を営めるようにしていくことに、教育の役割があるとしている。
富国強兵策のもと、国家のための教育が行われてきた時代にあって、それは、まさに革命的な提唱であった。(中略)
創価教育学は、彼の三十余年にわたる学校教育の実践のなかで培われ、実証に裏付けられた教育法であった。つまり、それまでの、観念的哲学理論で構成され、実証性に乏しい教育学とは一線を画した、独創的な教育学説であった。
当時と時代状況が異なる現代では、具体的な改革案はそのまま採用できない面もあろうが、牧口の学説には、未来を照らす、人間教育の光彩があった。
『創価教育学体系』の第一巻には、当時の日本を代表する三人の学識者が序文を寄せている。
そのなかで、国際連盟事務局次長を務めた新渡戸稲造は、「現代人が其の誕生を久しく待望せし名著」と讃嘆している。
『創価教育学体系』を民俗学者の柳田国男は、こう賞讃している。
「他には容易に得難き独創の価値は、或は此の行詰まった現代教育界を打開するに足ると信じ、改めて之を推奨するに躊躇しないものである」
また、フランス社会学の研究家である田辺寿利は絶讃する。
「一言もってこれを約すれば、鞏固なる理論と長年月の実験とを基礎として創始されたる『創価教育学』は、現代の日本が最も要求するところの教育学である」
そして、こう記す。
「一小学校長たるファブルは、昆虫研究のために黙々としてその一生をささげた。学問の国フランスは、彼をフランスの誇りであるとし、親しく文部大臣をして駕を枉げしめ、フランスの名に於いて懇篤なる感謝の意を表せしめた。
一小学校長たる牧口常三郎氏は、あらゆる迫害あらゆる苦難と闘ひつつ、その貴重なる全生涯を費して、終に画期的なる『創価教育学』を完成した。文化の国日本は、如何なる方法によって、国の誇りなるこの偉大なる教育者を遇せんとするか」
ところが、仏法正義の旗を掲げ、人類の幸福と平和の実現に生き抜いた牧口は、国家神道を精神の支柱に戦争を遂行する軍部政府によって、投獄される。
そして、一九四四年(昭和十九年)十一月十八日、彼は獄死したのである。それは『創価教育学体系』第一巻の発刊から、ちょうど十四年後にあたっていた。
「軍国日本」は、この偉大なる教育者にして偉大なる仏法指導者を、"国賊"とし、「獄死」をもって遇したのだ。それは、未来永劫に消えぬ、日本国家の最大の汚点であろう。
(318〜321ページ)
「無冠の友」の皆様
配達は決して無理せず
くれぐれも安全第一で!
絶対無事故を祈ります。
上野殿御返事 P1575
『其の上わづかの小郷にをほくの公事せめあてられてわが身はのるべき馬なし妻子はひきかくべき衣なし。かかる身なれども法華経の行者の山中の雪にせめられ食ともしかるらんとおもひやらせ給いてぜに一貫をくらせ給へるは貧女がめおとこ二人して一つの衣をきたりしを乞食にあたへりだが合子の中なりしひえを辟支仏にあたへたりしがごとし、たうとしたうとし』
【通解】
そのうえ、わずかの領地なのに多くの公事を課せられて、自身は乗るべき馬もなく、妻子は着るべき衣もない。そのような身であるけれども、法華経の行者が山の中で雪に責められて、食物も乏しいことであろうと思いやられて銭一貫文を送られたことは、貧しい女が夫婦二人で一つの衣を着ていたのを乞食に与え、利叱(りだ)が器の中にあった稗を辟支仏に与えたようなものである。尊いことである。尊いことである。
名字の言 「HOW」から「WHY」「WHAT」の時代へ 2020年7月9日
かつて創価大学の第7回入学式で、池田先生が次のような論調を紹介した。現代社会の動向を巨視的に見ると、時代は「HOW(どのように)」から「WHY(なぜ)」「WHAT(何のため)」に移りつつある、と▼つまり、目的が自明の場合、人々の関心事は"どう効率よく達成するか"という「手法」ばかりになる。一方で、環境が激変し、価値観が根底から揺らいでいる時、人は"なぜ""何のため"という「生きる意味」を問い直すという趣旨だ▼入学式は43年前の話である。だが、コロナ禍が世界に広がり、「異常気象」がもはや"異常"とはいえない気候変動となって現れている今、この視点は現在の私たちにも十分当てはまる▼無論、医療・科学技術などを駆使し、確実に生命を守る施策は絶対に必要である。その上で、従来の生活様式や機構、考え方を再検討し、今一度、個々が生きる根本的価値を確立すべき岐路に立っているのではないか▼こうした放置できない重大な事態を「一大事」という。先生は仏法における「一大事」をこう説明した。「一」は原点。「大」は原点から遍満した生命の拡大や知恵の発現。「事」はその拡大や発現が事実と刻まれること、と。平和と共生の"原点"である仏法の思想を、今こそ時代精神へと高めゆく時である。(代)
寸鉄 2020年7月9日
弥信心をはげみ給うべし—御書。強盛に祈り進め。正義の哲理を勇敢に語れ
「岐阜県女性平和の日」。婦女一体の団結こそ前進の力。さあ励ましの声を
人生を"楽しむ"親の姿が子の好奇心を伸ばすと。信心の歓喜も必ず伝わる
流水で15秒手洗い—残存ウイルスは約1%に。基本の徹底が感染防止の鍵
局地的気象予測は技術の限界が—専門家。予断許さぬ豪雨。引き続き警戒
☆小説「新・人間革命」学習のために 第12巻
◇励ましこそ広布発展の原動力
<1967年(昭和42年)5月、山本伸一はアメリカ、ヨーロッパ各国の歴訪の旅へ。7年前に世界広布の第一歩を刻んだハワイでは、2000世帯を超えるメンバーが誕生するなど、大きく発展を遂げていた>
七年前を知る同行の幹部たちにとっては、まさに隔世の感があった。
だが、大発展にあらためて驚きはしたものの、その原動力がなんであったかを、誰も考えようとはしなかったにちがいない。それは、伸一の、同志一人ひとりへの徹底した励ましであった。組織といっても、あるいは運動といっても、それを支えているのは、一人ひとりの人間である。その人間が一念を転換し、使命に目覚め立ち、最大の力を発揮していくならば、すべてを変えることができる。
ゆえに、個人指導という、目立たぬ、地道な活動こそが、広宣流布の生命線を握る、最も重要な作業となるのである。
ハワイを初めて訪問した折にも、伸一は寸暇を惜しんで、幾度となく、メンバーと対話を重ねた。座談会でも質問会を行い、日本に帰りたいと泣きじゃくる人の言葉に耳を傾け、同苦することから、彼の行動は始まったのである。
ホテルでも、個人指導に余念がなかった。
ともかく、対話を根気強く、惜しみなく続け、使命の種子を植え、希望の風を送り、皆の一念を変えていった。(中略)
対話による一念の転換——そこに、勝利を打ち立てる一切の鍵がある。
(「新緑」の章、19〜20ページ)
◇感謝の心が歓喜に、勝利に!
<6月、群発地震が続く長野の松代を訪れた伸一は、松代会館での集いで指導する>
「人間は、一人では生きられない。また、個人というのは、どうしても弱くなってしまう。
だから、崩れざる幸福を築いていくためには、信心を切磋琢磨していくよき同志が、組織が、必要なんです。そう考えるならば、学会という、大聖人の御精神を受け継ぐ組織のなかで、信心に励めることがいかにすばらしいか、よくわかると思います。
ところが、活動が大変だとか、あの人が気にくわないとか、何かあると、すぐに愚痴をこぼし、文句や不平不満をいう人がいる」(中略)
「実は、その愚痴と文句が、信心に邁進してきた功徳、福運を、消すことになるんです。また、それは、歓喜を奪い去り、心をすさんだものにし、自分で自分を不幸にしていく。
反対に、『ありがたいな』という感謝の思いは、歓喜を燃え上がらせていきます。
そして、歓喜は自らの心を豊かにし、幸福にします。歓喜あるところ、力は倍加し、勢いが増します。歓喜ある前進のなかにこそ、人生と広布の勝利があるんです。
つまり、同じ御本尊に題目を唱え、同じように学会活動に励んでいたとしても、愚痴と文句の一念なのか、感謝の一念なのかによって、結果は全く違ってしまう。どうか、皆さんは、これから、ますます福運をつけていくためにも、感謝の心で、喜びをもって信心に励んでいただきたいのであります」
(「愛郷」の章、143〜144ページ)
◇差異の尊重が人間共和を促進
<伸一は10月、東京・信濃町の創価文化会館で、「ヨーロッパ統合の父」として知られるクーデンホーフ・カレルギー伯爵と対談する>
(伯爵は)感慨のこもった声で言った。
「あなたは、常に非難中傷されながら、日本中の、いや世界の、実に多くの敵と戦っていることを、私は知っています。しかし、偉大な人というのは、皆、そうです」(中略)
ナチス・ドイツに戦いを挑んで迫害を受け、亡命せざるをえなかったクーデンホーフ・カレルギー伯爵は、正義の旗を掲げ立った者の宿命を、知悉していたのだ。
伸一は、毅然として語った。
「今、私が、世界の多くの敵と戦っていると言われましたが、イデオロギーや宗教が異なっているからといって、私にとっては、本来、敵ではありません。
もちろん、暴力やテロは絶対に悪ですし、民衆を支配し、隷属化させる権力とは、どこまでも戦います。
しかし、人間の幸福、救済をめざす思想、宗教には、本来、人間を尊重するという共通項があります。それがある限り、必ず通じ合い、共感し合うはずであり、相互理解は可能であると思います。
さらに、仏法で説く、万人が等しく『仏』の生命をもっているという考え方は、人間を貫く、内なる普遍の世界を開示するものといえます。
人類がそこに着目し、人間の共通項に目を向けていくならば、分断から融合へと発想を切り替える、回転軸となっていくと確信しています。
また、宗教の違いによって生じた文化的な差異は、違いを認めるというだけでなく、むしろ尊重すべきです」
(「天舞」の章、282〜283ページ)
◇あきらめずに1ミリでも前へ
<創価学園の開校の年である1968年(昭和43年)12月、学園を訪問した伸一は、成績が伸び悩んでいる生徒との面談の場を持ち、真心の励ましを送る>
生徒たちは、教師から「山本先生が、成績不振者に会われる」と聞かされていたせいか、ばつが悪そうな顔で、部屋に入って来た。
伸一は、生徒を、笑顔で迎えた。
「緊張する必要はないよ。叱るために会ったんじゃないからね。ぼくは、君たちを勇気づけたいだけなんだ」
そして、それぞれの生徒に、悩んでいることはないか、体調はどうか、通学時間はどのぐらいかかるのか、家庭の状況はどうかなどを、丹念に尋ねていった。
伸一は、何か問題があれば、相談にのり、助言し、できる限りの応援をしたかった。
また、勉強以外にも、生徒一人ひとりがもっている、さまざまな可能性を引き出す機会にしたかったのである。
語らいのなかで、多くの生徒たちは、その伸一の心を感じ取っていったようだ。
「先生。勉強、頑張ります!」と、自ら誓う生徒もいた。
それを聞いた伸一は、にっこりと頷き、包み込むように言った。
「そうだ。そうだよ。頑張るんだ。一ミリでも、二ミリでもいい。決してあきらめずに努力して、前進していくことが大事だよ」(中略)
来た時は、暗い顔をしていた生徒たちが、帰りには、風呂上がりのように、さっぱりと、紅潮した顔をしていた。
生徒を激励する伸一の姿を見て、最も驚いたのは、教師たちであった。(中略)
伸一の面談は、生徒たちにとっても、教師たちにとっても、大いなる発奮の起爆剤となった。
後年、その生徒たちのなかから、大学教授も出ることになる。
(「栄光」の章、373〜375ページ)
◇「創価教育学体系」への称賛
<1930年(昭和5年)11月18日、初代会長・牧口常三郎の『創価教育学体系』の第1巻が発刊される。「栄光」の章には、学識者が同書に寄せた称賛の声が記されている>
牧口常三郎の創価教育学とは、一言でいえば、「人生の目的たる価値を創造し得る人材を養成する」知識体系といえる。
牧口は、教育の目的は子ども自身の幸福にあると主張し、社会人として幸福生活を営めるようにしていくことに、教育の役割があるとしている。
富国強兵策のもと、国家のための教育が行われてきた時代にあって、それは、まさに革命的な提唱であった。(中略)
創価教育学は、彼の三十余年にわたる学校教育の実践のなかで培われ、実証に裏付けられた教育法であった。つまり、それまでの、観念的哲学理論で構成され、実証性に乏しい教育学とは一線を画した、独創的な教育学説であった。
当時と時代状況が異なる現代では、具体的な改革案はそのまま採用できない面もあろうが、牧口の学説には、未来を照らす、人間教育の光彩があった。
『創価教育学体系』の第一巻には、当時の日本を代表する三人の学識者が序文を寄せている。
そのなかで、国際連盟事務局次長を務めた新渡戸稲造は、「現代人が其の誕生を久しく待望せし名著」と讃嘆している。
『創価教育学体系』を民俗学者の柳田国男は、こう賞讃している。
「他には容易に得難き独創の価値は、或は此の行詰まった現代教育界を打開するに足ると信じ、改めて之を推奨するに躊躇しないものである」
また、フランス社会学の研究家である田辺寿利は絶讃する。
「一言もってこれを約すれば、鞏固なる理論と長年月の実験とを基礎として創始されたる『創価教育学』は、現代の日本が最も要求するところの教育学である」
そして、こう記す。
「一小学校長たるファブルは、昆虫研究のために黙々としてその一生をささげた。学問の国フランスは、彼をフランスの誇りであるとし、親しく文部大臣をして駕を枉げしめ、フランスの名に於いて懇篤なる感謝の意を表せしめた。
一小学校長たる牧口常三郎氏は、あらゆる迫害あらゆる苦難と闘ひつつ、その貴重なる全生涯を費して、終に画期的なる『創価教育学』を完成した。文化の国日本は、如何なる方法によって、国の誇りなるこの偉大なる教育者を遇せんとするか」
ところが、仏法正義の旗を掲げ、人類の幸福と平和の実現に生き抜いた牧口は、国家神道を精神の支柱に戦争を遂行する軍部政府によって、投獄される。
そして、一九四四年(昭和十九年)十一月十八日、彼は獄死したのである。それは『創価教育学体系』第一巻の発刊から、ちょうど十四年後にあたっていた。
「軍国日本」は、この偉大なる教育者にして偉大なる仏法指導者を、"国賊"とし、「獄死」をもって遇したのだ。それは、未来永劫に消えぬ、日本国家の最大の汚点であろう。
(318〜321ページ)
2020年7月8日水曜日
2020.07.08 わが友に贈る
試練の嵐と格闘する友へ
皆で勇気のエールを!
一心に強盛な祈りを!
我らが持つ仏法は
難を乗り越える信心だ。
上野殿御返事 P1560
『大通結縁の者は三千塵点劫久遠下種の人の五百塵点劫生死にしづみし此等は法華経を行ぜし程に第六天の魔王国主等の身に入りてとかうわづらわせしかばたいしてすてしゆへにそこばくの劫に六道にはめぐりしぞかし』
【通解】
大通智勝仏の第十六王子によって法華経の縁を結んだ者は、退転して三千塵点劫という長い間、また久遠に法華経の下種を受けた者は五百塵点劫という極めて長い間、生死の大海に沈んだのである。これらの者は法華経を修行していた時に、第六天の魔王が国主等の身に入って、さまざまに障りをなしたので、退転して法華経を捨て、長い間、六道を輪廻したのである。
名字の言 危機を乗り越える二つの「勇気」 2020年7月8日
世界的大流行を意味する「パンデミック」は、古代ギリシャ語の「すべての人々(pandemos)」が語源という▼伝染病は、だれにでも感染の可能性がある。こうした危機を乗り越えるには、どうするか。哲学者の岸見一郎氏は「『勇気』がすべての人に伝染しなければなりません」と強調する▼それはどんな「勇気」なのか、氏は二つ挙げる。一つは"他者を仲間だと思う勇気"。皆が共に闘う同じ人間であり、感染の有無によって地域や人々を差別しない。もう一つは"悲観的にも楽天的にもならない勇気"。個人の力が及ばない問題であっても諦めない。氏は「悲観主義でも楽天主義でもなく、『楽観主義』に立たなければなりません」と(『今ここを生きる勇気』NHK出版新書)▼厳しい現実を前に"どうしようもない"とうなだれるのでもなく、"何とかなる"と甘く見るのでもない。決して希望を失わず、目前の課題に向かって"今、自分にできること"を実行する。楽観主義の人は、不屈の心の人であるとともに、弛まぬ行動の人ともいえよう▼「現実」を見つめつつ、「現実」に屈しない。目の前の一人に真心の励ましを送り、その輪を足元から広げていく。この"たくましき楽観主義者"が、社会を根底から支える力になる。(巍)
寸鉄 2020年7月8日
人間革命の思想こそ社会を変える原動力—日本の教授。今こそ我らの姿で
白蓮グループの日。試練の時代に励ましを拡大!華陽の連帯は創価の希望
新しい事への挑戦は脳を活性化—医師。さあ前進。この志から新しい発想も
大人数が触れる場所にはウイルス付着の恐れも。「触ったら手洗い」等意識
自宅での防災対策、3割が「特になし」と。命守る要は自助。備えしっかり
☆小説「新・人間革命」学習のために 第11巻
◇日々の勝利が黄金の歴史築く
<1966年(昭和41年)3月、山本伸一は、ブラジル・リオデジャネイロの広布が思うように進まないと話す、河野支部長夫妻を励ます>
「何事にも、時というものがあります。
ここの登り口に、小さな苗木が植えられていたが、あの木だって、十年、二十年とたてば、立派な木に育つでしょう。リオの組織も、今は小さいかもしれないが、十年、二十年と、題目を唱え抜いて、頑張っていくならば、必ず大発展します。
大事なことは、最初の決意を忘れることなく、一日一日が前進であった、勝利であったという、悔いなき力強い歴史を、わが身につづっていくことです。
つまり、"今日、何をするのか""今、何をするのか"を、常に問い続け、必死になって、挑戦し、行動し抜いていくことです。
これが法華経寿量品で説く『毎自作是念』(法華経493ページ、毎に自ら是の念を作す)ということです。また、少し難しくなるが『未曽暫癈』(同482ページ、未だ曽て暫くも癈せず)ということでもある。
すなわち、広布のための連続闘争こそ、仏の所作を実践している尊い姿であり、絶対的幸福への軌道なんです。
この美しきリオの未来の栄光は、あなたたちの双肩にかかっている。一緒に、黄金の歴史をつくろうではありませんか」
(「暁光」の章、32ページ)
◇実践の教学が信心の大確信に
<66年3月15日、ブラジルからペルーに渡った伸一は、リマの宿舎で現地の代表と懇談し、教学の大切さを訴える>
「教学と聞いただけで、難しいなと思う方もいるかもしれない。
しかし、教学は、一般の学問とは違います。生活、人生に、密接に結びついているんです。
まず最初は、難しい御書でなくてよいから、しっかりと拝読し、自分自身の身で読んでいくように提案したいと思います。
たとえば『法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる』(1253ページ)との有名な御文でもよい。
あるいは、『湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く』(1132ページ)との御文でもよい。
その仰せを信じて、心を定め、御文のままに精進していく。そうすれば、"まさにその通りだ!"と、実感し、御本尊への大確信をもつことができる。
それが、本当の意味で、御書を拝するということであり、『実践の教学』ということなんです。
また、仏法者として、人生の哲学をもつということにもなります。
一つの御文を、身で拝して、自分のものにすることができれば、自然に、ほかの御書もわかっていきます。すべてに通じていくんです」
皆、伸一の指導を聞いているうちに、"教学"や"御書の研鑽"ということが、身近なものに感じられてくるのであった。
(「開墾」の章、140ページ)
◇生命の変革で心に平和の砦を
<ベトナム戦争が激化していく中で、アメリカ青年部のメンバーは恒久平和実現の方途を求め、仏法の研鑽に励む。そして、戦争は人間生命に潜む「魔」の働きであると確信していく>
「魔」は、「殺者」「能奪命者」「破壊」などと訳され、煩悩など、衆生の心を悩乱させ、生命を奪い、智慧を破壊する働きである。
そして、この「魔」の頂点に立つのが、「第六天の魔王」である。
それは「他化自在天」といわれ、他者を隷属させ、自在に操ろうとする欲望を、その本質としている。
だが、「第六天の魔王」といっても、人間に潜む生命の働きなのである。
この魔性の生命が人間の心を支配する時、人間は殺者や破壊者の働きをなし、戦争を引き起こしていくのである。
では、何をもって、この「第六天の魔王」を打ち破ることができるのか。
それは、ただ一つ、「仏」の生命のみであることを、仏法は教えているのだ。
青年たちは語り合った。
「国家を形成しているのも人間だ。戦争を引き起こすのも、平和を築くのも、すべて人間だ。
つまり、人間こそがいっさいの原点だと思う。
その人間の心のなかに宿る、憎悪や破壊や支配といった『魔性』の生命を打ち砕き、『仏』の生命を打ち立てていかなければ、本当の平和はないのではないだろうか」
「ぼくも同じ考えだ。国家の指導者同士の和平交渉も大事だが、根本的な平和の道は、一人ひとりの人間の生命を変革する以外にない。
つまり、人間の心のなかに、崩れざる"平和の砦"を築く、"人間革命"しかないんだ」
「だから、結局は、遠い道のりのように思えても、広宣流布の推進こそが、最も確かで、本質的な平和への道ということになる」
(「常勝」の章、301〜302ページ)
◇広布に戦い続ける人こそが仏
<58年(同33年)7月、伸一は新潟の佐渡へ。同志に、人生を光り輝かせていく道について語った>
「人生の輝きを増していくには、どうすればよいか。まず、人生の根本目的をどこに定めるかです。
自分のみの幸せを願って、財産や、地位、名誉、名声、権威、権力を求めるのではなく、『広宣流布に生きよ!』というのが、大聖人の御指南です。
人は、どこに人間の輝きを見るのか。
それは、エゴイズムの殻を打ち破り、時には自分を犠牲にしながら、悩める友のため、人びとのため、社会のために献身する姿ではないでしょうか。
それこそが、広宣流布に生きる姿です。
しかも、広布の道には犠牲はない。
苦労したことは、すべて未来の大福運となり、大功徳となります」
参加者は、熱のこもる伸一の話に、真剣に耳をそばだてていた。
「また、人生の輝きは、自身の使命を自覚して、自ら勇んで広宣流布に邁進していくなかに生まれます。
信心は義務ではありません。権利です。
ところが、受け身になり、ただ人に言われたから動くというだけになってしまうと、どうしても義務感の信心になり、歓喜も湧いてきません。
反対に、自分から一人立ち、積極的に、果敢に行動していくところには、大歓喜があります。
さらに、日々、自分を磨き鍛えていくことです。つまり、持続の信心です。
持続というのは、ただ、昨日と同じことをしていればよいのではありません。『日々挑戦』『日々発心』ということです。
信心とは、間断なき魔との闘争であり、仏とは戦い続ける人のことです。
その戦いのなかにこそ、自身の生命の輝きがあり、黄金の人生があることを知っていただきたいのです」
(「躍進」の章、364〜366ページ)
◇大楠公と後継の道
「躍進」の章では、伸一が"大楠公"の歌を通して、青年を励ます場面が描かれている。この歌は戸田城聖が広宣流布の師弟の精神を込め、青年たちに指導してきた歌であった。
「さあ、みんなで一緒に歌おう」
伸一が弾く、"大楠公"の調べに合わせて、青年たちが歌い始めた。
♪青葉茂れる桜井の
里のわたりの夕まぐれ
…………
この歌は、戸田城聖が生前、よく青年たちに歌わせた歌であった。
"大楠公"は、一三三六年(延元元年・建武三年)、朝敵・足利尊氏の上洛を防ぐために、湊川の戦いに赴く武将・楠木正成と、長子の正行の、父子の別れを歌った歌である。
敗北が必至の湊川の戦いに臨む正成は、桜井の地でわが子・正行を呼び、故郷に引き返すように告げる。
だが、正行も父とともに死ぬ覚悟であり、帰ろうとはしなかった。しかし、正成は、二人が討ち死にするならば、尊氏の天下となってしまうことを訴え、生きて、早く立派に成長し、国のために仕えよと諭して、故郷に帰すのである。
戸田は、この歌に広宣流布の師弟の精神を託して、青年たちに歌わせ、歌い方についても、厳しく指導してきた。
特に、正行が父とともに討ち死にせんとする決意を歌った、「父上いかにのたもうも 見捨てまつりてわれ一人……」の箇所は、一人ひとりに何度も歌わせ、こう言うのであった。
「正行の心は、そんなものではない! 君のそんな目では、ましてや広宣流布の戦いはできんぞ。俺の目を見ろ!」
殉難を覚悟で広宣流布に生き抜く後継の師子を、鍛え育もうと、戸田は必死であったのである。また、正成が正行に言う「早く生い立ち大君に 仕えまつれよ国の為」のところでは、よく、こう語っていた。
「君たちも、一日も早く大成長し、立派な指導者になって、広布のため、社会のために、献身していくんだぞ。いいな!」
佐渡の青年たちも、"大楠公"の歌への戸田の思いは、何度となく、幹部から聞かされてきた。それだけに、伸一の奏でる"大楠公"の曲に合わせて合唱していると、戸田の姿が目に浮かび、胸が熱くなるのであった。伸一は、歌い終わった青年たちを励ますように、大きな声で言った。
「早く生い立て——これが戸田先生の私たちへの願いであり、期待であった。
佐渡のみんなも、その心で立ち上がり、大成長していくんだ。私は、もう立ち上がったよ。君たちも早く立とうよ」
(「躍進」の章、370〜372ページ)
皆で勇気のエールを!
一心に強盛な祈りを!
我らが持つ仏法は
難を乗り越える信心だ。
上野殿御返事 P1560
『大通結縁の者は三千塵点劫久遠下種の人の五百塵点劫生死にしづみし此等は法華経を行ぜし程に第六天の魔王国主等の身に入りてとかうわづらわせしかばたいしてすてしゆへにそこばくの劫に六道にはめぐりしぞかし』
【通解】
大通智勝仏の第十六王子によって法華経の縁を結んだ者は、退転して三千塵点劫という長い間、また久遠に法華経の下種を受けた者は五百塵点劫という極めて長い間、生死の大海に沈んだのである。これらの者は法華経を修行していた時に、第六天の魔王が国主等の身に入って、さまざまに障りをなしたので、退転して法華経を捨て、長い間、六道を輪廻したのである。
名字の言 危機を乗り越える二つの「勇気」 2020年7月8日
世界的大流行を意味する「パンデミック」は、古代ギリシャ語の「すべての人々(pandemos)」が語源という▼伝染病は、だれにでも感染の可能性がある。こうした危機を乗り越えるには、どうするか。哲学者の岸見一郎氏は「『勇気』がすべての人に伝染しなければなりません」と強調する▼それはどんな「勇気」なのか、氏は二つ挙げる。一つは"他者を仲間だと思う勇気"。皆が共に闘う同じ人間であり、感染の有無によって地域や人々を差別しない。もう一つは"悲観的にも楽天的にもならない勇気"。個人の力が及ばない問題であっても諦めない。氏は「悲観主義でも楽天主義でもなく、『楽観主義』に立たなければなりません」と(『今ここを生きる勇気』NHK出版新書)▼厳しい現実を前に"どうしようもない"とうなだれるのでもなく、"何とかなる"と甘く見るのでもない。決して希望を失わず、目前の課題に向かって"今、自分にできること"を実行する。楽観主義の人は、不屈の心の人であるとともに、弛まぬ行動の人ともいえよう▼「現実」を見つめつつ、「現実」に屈しない。目の前の一人に真心の励ましを送り、その輪を足元から広げていく。この"たくましき楽観主義者"が、社会を根底から支える力になる。(巍)
寸鉄 2020年7月8日
人間革命の思想こそ社会を変える原動力—日本の教授。今こそ我らの姿で
白蓮グループの日。試練の時代に励ましを拡大!華陽の連帯は創価の希望
新しい事への挑戦は脳を活性化—医師。さあ前進。この志から新しい発想も
大人数が触れる場所にはウイルス付着の恐れも。「触ったら手洗い」等意識
自宅での防災対策、3割が「特になし」と。命守る要は自助。備えしっかり
☆小説「新・人間革命」学習のために 第11巻
◇日々の勝利が黄金の歴史築く
<1966年(昭和41年)3月、山本伸一は、ブラジル・リオデジャネイロの広布が思うように進まないと話す、河野支部長夫妻を励ます>
「何事にも、時というものがあります。
ここの登り口に、小さな苗木が植えられていたが、あの木だって、十年、二十年とたてば、立派な木に育つでしょう。リオの組織も、今は小さいかもしれないが、十年、二十年と、題目を唱え抜いて、頑張っていくならば、必ず大発展します。
大事なことは、最初の決意を忘れることなく、一日一日が前進であった、勝利であったという、悔いなき力強い歴史を、わが身につづっていくことです。
つまり、"今日、何をするのか""今、何をするのか"を、常に問い続け、必死になって、挑戦し、行動し抜いていくことです。
これが法華経寿量品で説く『毎自作是念』(法華経493ページ、毎に自ら是の念を作す)ということです。また、少し難しくなるが『未曽暫癈』(同482ページ、未だ曽て暫くも癈せず)ということでもある。
すなわち、広布のための連続闘争こそ、仏の所作を実践している尊い姿であり、絶対的幸福への軌道なんです。
この美しきリオの未来の栄光は、あなたたちの双肩にかかっている。一緒に、黄金の歴史をつくろうではありませんか」
(「暁光」の章、32ページ)
◇実践の教学が信心の大確信に
<66年3月15日、ブラジルからペルーに渡った伸一は、リマの宿舎で現地の代表と懇談し、教学の大切さを訴える>
「教学と聞いただけで、難しいなと思う方もいるかもしれない。
しかし、教学は、一般の学問とは違います。生活、人生に、密接に結びついているんです。
まず最初は、難しい御書でなくてよいから、しっかりと拝読し、自分自身の身で読んでいくように提案したいと思います。
たとえば『法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる』(1253ページ)との有名な御文でもよい。
あるいは、『湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く』(1132ページ)との御文でもよい。
その仰せを信じて、心を定め、御文のままに精進していく。そうすれば、"まさにその通りだ!"と、実感し、御本尊への大確信をもつことができる。
それが、本当の意味で、御書を拝するということであり、『実践の教学』ということなんです。
また、仏法者として、人生の哲学をもつということにもなります。
一つの御文を、身で拝して、自分のものにすることができれば、自然に、ほかの御書もわかっていきます。すべてに通じていくんです」
皆、伸一の指導を聞いているうちに、"教学"や"御書の研鑽"ということが、身近なものに感じられてくるのであった。
(「開墾」の章、140ページ)
◇生命の変革で心に平和の砦を
<ベトナム戦争が激化していく中で、アメリカ青年部のメンバーは恒久平和実現の方途を求め、仏法の研鑽に励む。そして、戦争は人間生命に潜む「魔」の働きであると確信していく>
「魔」は、「殺者」「能奪命者」「破壊」などと訳され、煩悩など、衆生の心を悩乱させ、生命を奪い、智慧を破壊する働きである。
そして、この「魔」の頂点に立つのが、「第六天の魔王」である。
それは「他化自在天」といわれ、他者を隷属させ、自在に操ろうとする欲望を、その本質としている。
だが、「第六天の魔王」といっても、人間に潜む生命の働きなのである。
この魔性の生命が人間の心を支配する時、人間は殺者や破壊者の働きをなし、戦争を引き起こしていくのである。
では、何をもって、この「第六天の魔王」を打ち破ることができるのか。
それは、ただ一つ、「仏」の生命のみであることを、仏法は教えているのだ。
青年たちは語り合った。
「国家を形成しているのも人間だ。戦争を引き起こすのも、平和を築くのも、すべて人間だ。
つまり、人間こそがいっさいの原点だと思う。
その人間の心のなかに宿る、憎悪や破壊や支配といった『魔性』の生命を打ち砕き、『仏』の生命を打ち立てていかなければ、本当の平和はないのではないだろうか」
「ぼくも同じ考えだ。国家の指導者同士の和平交渉も大事だが、根本的な平和の道は、一人ひとりの人間の生命を変革する以外にない。
つまり、人間の心のなかに、崩れざる"平和の砦"を築く、"人間革命"しかないんだ」
「だから、結局は、遠い道のりのように思えても、広宣流布の推進こそが、最も確かで、本質的な平和への道ということになる」
(「常勝」の章、301〜302ページ)
◇広布に戦い続ける人こそが仏
<58年(同33年)7月、伸一は新潟の佐渡へ。同志に、人生を光り輝かせていく道について語った>
「人生の輝きを増していくには、どうすればよいか。まず、人生の根本目的をどこに定めるかです。
自分のみの幸せを願って、財産や、地位、名誉、名声、権威、権力を求めるのではなく、『広宣流布に生きよ!』というのが、大聖人の御指南です。
人は、どこに人間の輝きを見るのか。
それは、エゴイズムの殻を打ち破り、時には自分を犠牲にしながら、悩める友のため、人びとのため、社会のために献身する姿ではないでしょうか。
それこそが、広宣流布に生きる姿です。
しかも、広布の道には犠牲はない。
苦労したことは、すべて未来の大福運となり、大功徳となります」
参加者は、熱のこもる伸一の話に、真剣に耳をそばだてていた。
「また、人生の輝きは、自身の使命を自覚して、自ら勇んで広宣流布に邁進していくなかに生まれます。
信心は義務ではありません。権利です。
ところが、受け身になり、ただ人に言われたから動くというだけになってしまうと、どうしても義務感の信心になり、歓喜も湧いてきません。
反対に、自分から一人立ち、積極的に、果敢に行動していくところには、大歓喜があります。
さらに、日々、自分を磨き鍛えていくことです。つまり、持続の信心です。
持続というのは、ただ、昨日と同じことをしていればよいのではありません。『日々挑戦』『日々発心』ということです。
信心とは、間断なき魔との闘争であり、仏とは戦い続ける人のことです。
その戦いのなかにこそ、自身の生命の輝きがあり、黄金の人生があることを知っていただきたいのです」
(「躍進」の章、364〜366ページ)
◇大楠公と後継の道
「躍進」の章では、伸一が"大楠公"の歌を通して、青年を励ます場面が描かれている。この歌は戸田城聖が広宣流布の師弟の精神を込め、青年たちに指導してきた歌であった。
「さあ、みんなで一緒に歌おう」
伸一が弾く、"大楠公"の調べに合わせて、青年たちが歌い始めた。
♪青葉茂れる桜井の
里のわたりの夕まぐれ
…………
この歌は、戸田城聖が生前、よく青年たちに歌わせた歌であった。
"大楠公"は、一三三六年(延元元年・建武三年)、朝敵・足利尊氏の上洛を防ぐために、湊川の戦いに赴く武将・楠木正成と、長子の正行の、父子の別れを歌った歌である。
敗北が必至の湊川の戦いに臨む正成は、桜井の地でわが子・正行を呼び、故郷に引き返すように告げる。
だが、正行も父とともに死ぬ覚悟であり、帰ろうとはしなかった。しかし、正成は、二人が討ち死にするならば、尊氏の天下となってしまうことを訴え、生きて、早く立派に成長し、国のために仕えよと諭して、故郷に帰すのである。
戸田は、この歌に広宣流布の師弟の精神を託して、青年たちに歌わせ、歌い方についても、厳しく指導してきた。
特に、正行が父とともに討ち死にせんとする決意を歌った、「父上いかにのたもうも 見捨てまつりてわれ一人……」の箇所は、一人ひとりに何度も歌わせ、こう言うのであった。
「正行の心は、そんなものではない! 君のそんな目では、ましてや広宣流布の戦いはできんぞ。俺の目を見ろ!」
殉難を覚悟で広宣流布に生き抜く後継の師子を、鍛え育もうと、戸田は必死であったのである。また、正成が正行に言う「早く生い立ち大君に 仕えまつれよ国の為」のところでは、よく、こう語っていた。
「君たちも、一日も早く大成長し、立派な指導者になって、広布のため、社会のために、献身していくんだぞ。いいな!」
佐渡の青年たちも、"大楠公"の歌への戸田の思いは、何度となく、幹部から聞かされてきた。それだけに、伸一の奏でる"大楠公"の曲に合わせて合唱していると、戸田の姿が目に浮かび、胸が熱くなるのであった。伸一は、歌い終わった青年たちを励ますように、大きな声で言った。
「早く生い立て——これが戸田先生の私たちへの願いであり、期待であった。
佐渡のみんなも、その心で立ち上がり、大成長していくんだ。私は、もう立ち上がったよ。君たちも早く立とうよ」
(「躍進」の章、370〜372ページ)
2020年7月7日火曜日
2020.07.07 わが友に贈る
「異体同心なれば
万事を成じ」
大切なのは団結だ!
心を合わせる努力の中に
偉大な前進がある。
道妙禅門御書 P1243
『只肝要は此の経の信心を致し給い候はば現当の所願満足有る可く候、法華第三に云く「魔及び魔民有りと雖も皆仏法を護る」第七に云く「病即消滅して不老不死ならん」との金言之を疑う可からず』
【通解】
ただ肝要なことは、この法華経の信心をされるならば、現世と未来世の願いが満たされるということである。 法華経第三の巻(授記品)には「魔および魔民があったとしても、皆、仏法を守護する」とある。
また、第七の巻(薬王品)には「病は消滅して、不老不死の境涯を得るであろう」とある。これらの金言を疑ってはならない。
名字の言 少女部員が七夕の短冊に書いた願い事 2020年7月7日
街中で七夕飾りをよく見掛ける。短冊に記された「コロナが早くなくなりますように」「家族が健康であるように」といった多くの願い事が、世相を映し出している▼都内のある少女部員は父親と一緒に小さな笹を買い、自宅のベランダで短冊を吊るした。7月最初の日曜日。テレビで週間天気予報を見た彼女は、てるてる坊主を作り始めた。父は、東京の予報が"曇り時々雨"だからかなと思ったが、少女はもう一枚短冊をせがみ、こう書いた。「熊本にもう雨がふりませんように」▼それは全国の人々の願いでもあろう。九州南部を襲った豪雨による被害が広がっている。2年前の西日本豪雨も七夕の頃だった。この時節の空模様が恨めしくて仕方がない▼現段階で救援活動に直接携われる人は限られていても、誰もが祈ることはできる。2016年4月の熊本地震発災後、間もなく、池田先生は随筆で訴えた。「甚大な災難が、突然、人びとの絆を断ち切るが如く襲いかかる時、その試練をはね返すものは、我ら民衆の、何があっても共に守り合い、生き抜いていくという誓いであり、祈りではないでしょうか」▼御書に「題目を唱え奉る音は十方世界にとずかずと云う所なし」(808ページ)と。被災地で苦闘する方々に届けと、安穏と復旧を祈る。(之)
寸鉄 2020年7月7日
九州の豪雨で被害甚大。犠牲者を追善。続く災害、早めの避難など声掛けを
何かをなせ!何かを残せ—戸田先生。生涯光る歴史を。挑戦は青春の誉れ
「一閻浮提第一の富る者」御書。これ蓮祖の大確信。広布の勇者に福徳は厳然
「クールアース・デー」。小さな一歩の積み重ねでCO2削減へ。皆で行動
歩行中の交通事故死7割が高齢者。道路横断時が多く。運転者も注意更に
☆忘れ得ぬ旅 太陽の心で 第5回 フィレンツェ
月刊誌「パンプキン」誌上の池田先生の連載エッセー「忘れ得ぬ旅 太陽の心で」を紹介する本企画。今回は「フィレンツェ——人間を見つめる花の都」を掲載する(潮出版社刊の同名のエッセー集から抜粋)。イタリアのフィレンツェは、絢爛たる「人間復興」の文化が花開いたルネサンスの中心地。新しい生活様式が求められる今、この街に薫るルネサンスの精神に学び、人間の絆を強く結びながら、一人一人が絶えず再生し偉大な価値を創造しゆく「負けない生命」の力を湧き立たせていきたい。
世界まで
つつむ 旭日の
イタリアは
ルネッサンスの
満開 香りぬ
わが街は「花の都」なり——。
同じ暮らすのであれば、人それぞれに、自らが生きる地域を「花の都」と誇りにして、「花の人生」を飾っていきたいものです。
たとえ、少々地味な街並みで、一見平凡な生活であったとしても、誰もが心一つで、明るい対話の花も、楽しい友情の花も、豊かな文化の花も、生き生きと咲かせていけるはずです。その香り高い手本が、文字通り「花の都」という名を持ったイタリアのフィレンツェです。
ルネサンスの哲学者ピコ・デラ・ミランドラが、共感を込めて記した一節に、こうあります。
「世界というこの舞台において、最も感嘆すべきものと見られるものは何か」「人間ほど素晴しいと見られるものはない」
私たち人間自身のなかにこそ、何よりも素晴らしい宝があります。その宝を発見し、磨いていくならば、人間は一人一人が、わが生命の花を、もっともっと自分らしく色とりどりに咲き薫らせていくことができます——。
フィレンツェは、そう語りかけ、人生のルネサンス(再生)を促してくれる、人間の花すなわち「人華」の都でもあるのです。
◇人間の絆を強く
〈池田先生は、フィレンツェを初訪問した折に青年たちと語り合った思い出を述懐し、人間の絆にこそ、創造の花を育む力があると訴える。また、忘れ得ぬイタリアの一婦人の姿を紹介。病に負けず医師として使命を果たし、青年を励ましてきた不屈の歩みをつづった〉
「いかなる距離も我らの友情を引き離すことはなく、いかなる忘却の力も我らの記憶を消し去ることはない」
これは、フィレンツェの指導者で、ルネサンスの思想家であったブルーニの言葉です。
街自体が「屋根のない美術館」とも称されるフィレンツェを、私が初めて訪れたのは、一九八一年の五月のことです。
時に友人宅におじゃまし、時に陽光降り注ぐ芝生の上に座って、時にアルノ川に架かるヴェッキオ橋を渡り、時にミケランジェロ広場からフィレンツェの街を一望しながら、私は、とりわけ青年たちと徹して語り合いました。当時のイタリアでは、麻薬が蔓延するなど、青少年を取り巻く状況は厳しいものがありました。そうした風潮のなかで奮闘する健気な青年たちを、何とか励まし、力づけたかったのです。
——現実から逃避してはならない。希望の哲学を持って正面を向こう! 親に心配をかけぬよう、青年らしく、大いに学び、大いに働こう! 友と仲良く信頼し合って、共に前進するのだ、と。
「秀でた人物が出現するとき、多くの場合たった一人だけでない」と語ったのは、ルネサンスの画家・建築家のヴァザーリです。
どんなに才能に恵まれた人でも、一人で孤立していては、成長を続けられません。
レオナルド・ダ・ヴィンチをはじめ、きら星の如く優れた芸術家を生み出したルネサンスに、師弟の薫陶があり、先輩・後輩の継承があり、友と友との切磋琢磨があったことは、よく知られるところです。
人間の絆にこそ、創造の花を育て、開花させゆく光線があり、水分があり、滋養があるのではないでしょうか。
妻が近しいイタリアの婦人も、常に友や青年の話に耳を傾けて、励ましを贈り、多くの人材を育ててこられました。忘れ得ぬ方です。
彼女は十五歳の時に、突然、ポリオ(小児まひ)を患い、両足が不自由になりました。しかし断じて負けませんでした。悲嘆に打ちひしがれるより、学びに学び抜いて医師になったのです。自分が病気に苦しんできたからこそ、病気に苦しむ人を助けようという心からです。
慈愛の医師としての使命を果たして退職したあとに、仏法の生命哲学と出あいました。そして、かつて残酷な戦火に覆われたヨーロッパに、生命尊厳の哲学を伝え、人々の連帯を広げて、平和に貢献していくことを、人生の総仕上げとしていきます。
お子さんのいない彼女は、杖で体を支えながら歩きに歩いて、縁する青年を、息子のように、娘のように、激励してきたのです。
さらに日本語にも精通していた彼女の名翻訳が東洋の英知を紹介し、大きく道を開いて、今、イタリアでは幾万もの青年が続いて、生命ルネサンスの道を学んでいます。
この婦人が聡明な笑顔で語られていた言葉が、思い起こされます。
「どんな困難な状況があろうとも、一人一人とじっくり心の対話を重ねていけば、前進は可能です」
「異なる個性を持つ人がしっかりとスクラムを組んでいくことが大切です。それなくして世界平和の実現はありません」
◇負けない生命
〈先生は、歴史に名を刻んだ芸術家のごとく、今いる場所でベストを尽くし、偉大な価値を創造しゆく中に、「花の人生」が広がり、「花の都」が輝くとエールを送る〉
世界的なロベルト・ロンギ美術史研究財団のミーナ・グレゴリー会長は、若き美の探究者たちを育成されてきた芸術の母です。会長は私に語られました。「『芸術』は、生活を潤し、人生を豊かにする不可欠の宝です」と。
そして、「モノ」や「計算」や「利害」が中心となった殺伐たる時代を打ち破るために、芸術がもっと多くの人生に深く入っていくべきだと言われるのです。
フィレンツェのシンボルの一つであるヴェッキオ宮殿は、天井や壁、柱まで絵画や彫刻が配される美の殿堂であり、しかも中世から政治の中枢となってきました。
現在も市庁舎として使われています。
その広間の一角にさりげなく飾られているのが、大芸術家ミケランジェロの「勝利」の像です。
数々の迫害と苦難に勝って、不滅の名作を創り上げてきた彼は、毅然と断言しました。
「わたしは自分の今あるもろもろの条件の下で最善をつくすだけだ」
今いる場所で、いかなる苦難もはね返して偉大な価値の創造をしていく「負けない生命」こそ、最高の人間芸術でしょう。それは、フィレンツェの紋章の百合の花の如く、何にも汚されない清らかな花です。
この「花の心」から、「花の人生」が広がり、「花の都」が輝いていくのではないでしょうか。
花の人
花の心の
花の旅
(『忘れ得ぬ旅 太陽の心で』第2巻所収)
万事を成じ」
大切なのは団結だ!
心を合わせる努力の中に
偉大な前進がある。
道妙禅門御書 P1243
『只肝要は此の経の信心を致し給い候はば現当の所願満足有る可く候、法華第三に云く「魔及び魔民有りと雖も皆仏法を護る」第七に云く「病即消滅して不老不死ならん」との金言之を疑う可からず』
【通解】
ただ肝要なことは、この法華経の信心をされるならば、現世と未来世の願いが満たされるということである。 法華経第三の巻(授記品)には「魔および魔民があったとしても、皆、仏法を守護する」とある。
また、第七の巻(薬王品)には「病は消滅して、不老不死の境涯を得るであろう」とある。これらの金言を疑ってはならない。
名字の言 少女部員が七夕の短冊に書いた願い事 2020年7月7日
街中で七夕飾りをよく見掛ける。短冊に記された「コロナが早くなくなりますように」「家族が健康であるように」といった多くの願い事が、世相を映し出している▼都内のある少女部員は父親と一緒に小さな笹を買い、自宅のベランダで短冊を吊るした。7月最初の日曜日。テレビで週間天気予報を見た彼女は、てるてる坊主を作り始めた。父は、東京の予報が"曇り時々雨"だからかなと思ったが、少女はもう一枚短冊をせがみ、こう書いた。「熊本にもう雨がふりませんように」▼それは全国の人々の願いでもあろう。九州南部を襲った豪雨による被害が広がっている。2年前の西日本豪雨も七夕の頃だった。この時節の空模様が恨めしくて仕方がない▼現段階で救援活動に直接携われる人は限られていても、誰もが祈ることはできる。2016年4月の熊本地震発災後、間もなく、池田先生は随筆で訴えた。「甚大な災難が、突然、人びとの絆を断ち切るが如く襲いかかる時、その試練をはね返すものは、我ら民衆の、何があっても共に守り合い、生き抜いていくという誓いであり、祈りではないでしょうか」▼御書に「題目を唱え奉る音は十方世界にとずかずと云う所なし」(808ページ)と。被災地で苦闘する方々に届けと、安穏と復旧を祈る。(之)
寸鉄 2020年7月7日
九州の豪雨で被害甚大。犠牲者を追善。続く災害、早めの避難など声掛けを
何かをなせ!何かを残せ—戸田先生。生涯光る歴史を。挑戦は青春の誉れ
「一閻浮提第一の富る者」御書。これ蓮祖の大確信。広布の勇者に福徳は厳然
「クールアース・デー」。小さな一歩の積み重ねでCO2削減へ。皆で行動
歩行中の交通事故死7割が高齢者。道路横断時が多く。運転者も注意更に
☆忘れ得ぬ旅 太陽の心で 第5回 フィレンツェ
月刊誌「パンプキン」誌上の池田先生の連載エッセー「忘れ得ぬ旅 太陽の心で」を紹介する本企画。今回は「フィレンツェ——人間を見つめる花の都」を掲載する(潮出版社刊の同名のエッセー集から抜粋)。イタリアのフィレンツェは、絢爛たる「人間復興」の文化が花開いたルネサンスの中心地。新しい生活様式が求められる今、この街に薫るルネサンスの精神に学び、人間の絆を強く結びながら、一人一人が絶えず再生し偉大な価値を創造しゆく「負けない生命」の力を湧き立たせていきたい。
世界まで
つつむ 旭日の
イタリアは
ルネッサンスの
満開 香りぬ
わが街は「花の都」なり——。
同じ暮らすのであれば、人それぞれに、自らが生きる地域を「花の都」と誇りにして、「花の人生」を飾っていきたいものです。
たとえ、少々地味な街並みで、一見平凡な生活であったとしても、誰もが心一つで、明るい対話の花も、楽しい友情の花も、豊かな文化の花も、生き生きと咲かせていけるはずです。その香り高い手本が、文字通り「花の都」という名を持ったイタリアのフィレンツェです。
ルネサンスの哲学者ピコ・デラ・ミランドラが、共感を込めて記した一節に、こうあります。
「世界というこの舞台において、最も感嘆すべきものと見られるものは何か」「人間ほど素晴しいと見られるものはない」
私たち人間自身のなかにこそ、何よりも素晴らしい宝があります。その宝を発見し、磨いていくならば、人間は一人一人が、わが生命の花を、もっともっと自分らしく色とりどりに咲き薫らせていくことができます——。
フィレンツェは、そう語りかけ、人生のルネサンス(再生)を促してくれる、人間の花すなわち「人華」の都でもあるのです。
◇人間の絆を強く
〈池田先生は、フィレンツェを初訪問した折に青年たちと語り合った思い出を述懐し、人間の絆にこそ、創造の花を育む力があると訴える。また、忘れ得ぬイタリアの一婦人の姿を紹介。病に負けず医師として使命を果たし、青年を励ましてきた不屈の歩みをつづった〉
「いかなる距離も我らの友情を引き離すことはなく、いかなる忘却の力も我らの記憶を消し去ることはない」
これは、フィレンツェの指導者で、ルネサンスの思想家であったブルーニの言葉です。
街自体が「屋根のない美術館」とも称されるフィレンツェを、私が初めて訪れたのは、一九八一年の五月のことです。
時に友人宅におじゃまし、時に陽光降り注ぐ芝生の上に座って、時にアルノ川に架かるヴェッキオ橋を渡り、時にミケランジェロ広場からフィレンツェの街を一望しながら、私は、とりわけ青年たちと徹して語り合いました。当時のイタリアでは、麻薬が蔓延するなど、青少年を取り巻く状況は厳しいものがありました。そうした風潮のなかで奮闘する健気な青年たちを、何とか励まし、力づけたかったのです。
——現実から逃避してはならない。希望の哲学を持って正面を向こう! 親に心配をかけぬよう、青年らしく、大いに学び、大いに働こう! 友と仲良く信頼し合って、共に前進するのだ、と。
「秀でた人物が出現するとき、多くの場合たった一人だけでない」と語ったのは、ルネサンスの画家・建築家のヴァザーリです。
どんなに才能に恵まれた人でも、一人で孤立していては、成長を続けられません。
レオナルド・ダ・ヴィンチをはじめ、きら星の如く優れた芸術家を生み出したルネサンスに、師弟の薫陶があり、先輩・後輩の継承があり、友と友との切磋琢磨があったことは、よく知られるところです。
人間の絆にこそ、創造の花を育て、開花させゆく光線があり、水分があり、滋養があるのではないでしょうか。
妻が近しいイタリアの婦人も、常に友や青年の話に耳を傾けて、励ましを贈り、多くの人材を育ててこられました。忘れ得ぬ方です。
彼女は十五歳の時に、突然、ポリオ(小児まひ)を患い、両足が不自由になりました。しかし断じて負けませんでした。悲嘆に打ちひしがれるより、学びに学び抜いて医師になったのです。自分が病気に苦しんできたからこそ、病気に苦しむ人を助けようという心からです。
慈愛の医師としての使命を果たして退職したあとに、仏法の生命哲学と出あいました。そして、かつて残酷な戦火に覆われたヨーロッパに、生命尊厳の哲学を伝え、人々の連帯を広げて、平和に貢献していくことを、人生の総仕上げとしていきます。
お子さんのいない彼女は、杖で体を支えながら歩きに歩いて、縁する青年を、息子のように、娘のように、激励してきたのです。
さらに日本語にも精通していた彼女の名翻訳が東洋の英知を紹介し、大きく道を開いて、今、イタリアでは幾万もの青年が続いて、生命ルネサンスの道を学んでいます。
この婦人が聡明な笑顔で語られていた言葉が、思い起こされます。
「どんな困難な状況があろうとも、一人一人とじっくり心の対話を重ねていけば、前進は可能です」
「異なる個性を持つ人がしっかりとスクラムを組んでいくことが大切です。それなくして世界平和の実現はありません」
◇負けない生命
〈先生は、歴史に名を刻んだ芸術家のごとく、今いる場所でベストを尽くし、偉大な価値を創造しゆく中に、「花の人生」が広がり、「花の都」が輝くとエールを送る〉
世界的なロベルト・ロンギ美術史研究財団のミーナ・グレゴリー会長は、若き美の探究者たちを育成されてきた芸術の母です。会長は私に語られました。「『芸術』は、生活を潤し、人生を豊かにする不可欠の宝です」と。
そして、「モノ」や「計算」や「利害」が中心となった殺伐たる時代を打ち破るために、芸術がもっと多くの人生に深く入っていくべきだと言われるのです。
フィレンツェのシンボルの一つであるヴェッキオ宮殿は、天井や壁、柱まで絵画や彫刻が配される美の殿堂であり、しかも中世から政治の中枢となってきました。
現在も市庁舎として使われています。
その広間の一角にさりげなく飾られているのが、大芸術家ミケランジェロの「勝利」の像です。
数々の迫害と苦難に勝って、不滅の名作を創り上げてきた彼は、毅然と断言しました。
「わたしは自分の今あるもろもろの条件の下で最善をつくすだけだ」
今いる場所で、いかなる苦難もはね返して偉大な価値の創造をしていく「負けない生命」こそ、最高の人間芸術でしょう。それは、フィレンツェの紋章の百合の花の如く、何にも汚されない清らかな花です。
この「花の心」から、「花の人生」が広がり、「花の都」が輝いていくのではないでしょうか。
花の人
花の心の
花の旅
(『忘れ得ぬ旅 太陽の心で』第2巻所収)
2020年7月6日月曜日
2020.07.06 わが友に贈る
◇今週のことば
先師・恩師の法難の月。
「師子王の如くなる心を
もてる者必ず仏になる」
創価の誉れの師子は
いかなる難も越えゆけ!
2020年7月6日
聖愚問答抄上 P494
『邪正肩を並べ大小先を争はん時は万事を閣いて謗法を責むべし是れ折伏の修行なり』
【通解】
邪と正が肩を並べて立ち、大乗と小乗が争う時には、万事をさしおいて、謗法を責めなさい。これが折伏の修行である。
名字の言 具体的に現実に心を尽くす——"原爆被害者の会"の壮年の奮闘 2020年7月6日
平和の心を継承するために設立されたNPO法人"原爆被害者の会"の理事長をしている壮年が語っていた。「コロナ感染を防ぐため、人と人との物理的距離を保つことは大切。でも、恐れるべき対象はウイルスのはず。その対象が、いつの間にか『隣人』にすり替わってしまうことは防ぎたい」▼壮年は、高齢化する被爆者やその家族へ一軒一軒電話し、声を聞き、相談に乗り、心の距離を縮めてきた。今、約300人の会員から寄せられる信頼は絶大だ。壮年は言う。「どんな時も具体的に、現実に心を尽くしていく。すべて学会で培った平和創造の精神です」▼山岡荘八の小説『高杉晋作』(講談社)にこうある。「どのように高遠な識見も、それが現実に根をおろして実行されないのでは一椀の汁にも劣る」。確かに、「世界平和」や「人類愛」などを一般論で語るだけでは、人の胸に響かない。社会は動かせない▼それに対し、ある時は医師にも見放された病気の友に寄り添い、ある時は経済苦で生きる力を失いかけた友を懸命に励まし、朝な夕な"具体的"に"現実"に、民衆の幸福に尽くし抜いてきたのが学会の歴史である▼創立90周年の11月18日へ、自他共の幸福を足元から広げる創価の友。この誉れ高き連帯に連なる人生を、誇りに思う。(誠)
寸鉄 2020年7月6日
人の為、世界の為に戦うのが大聖人門下だ—恩師立正安国の大道を勇んで
祈りは心の希望を新鮮にする—文豪。今日も朝の勤行から爽やかに開始!
梅雨前線が活発。河川の増水や土砂災害に警戒。防災地図を確認し備えを
図書館で電子書籍の貸し出しが急増。良書は精神の滋養。触れる機会賢く
「元気な高齢者は魅力的」9割と。青春の心意気で生き生き進む多宝会の姿
☆日蓮大聖人の慈愛の眼差し 大田乗明 壮年こそ安心と確信の柱 2020年6月29日
◇下総地域で富木常忍、曾谷教信らと共に奮闘 大聖人から重要な御抄を頂くなど信頼厚き門下
壮年には、社会の荒波をくぐり抜けてきた経験がある。度胸がある。風格がある。
一家も職場も地域も、重鎮たる壮年世代に覇気があれば、活気があふれ、隆々と発展していく。
日蓮大聖人の御在世当時、多くの男性門下が信心の歩みを重ね、「広布の黄金柱」の壮年として活躍した。その一人が大田乗明である。
大聖人の励ましを胸に、自らの苦難と立ち向かいながら、妙法流布に生き抜いた。大聖人のお手紙からは、その求道の姿勢に対する信頼や期待の大きさをうかがうことができる。
◇妻と共に真心の供養を行う
大田乗明は、下総国葛飾郡八幡荘中山(現在の千葉県市川市中山)に住んでいた門下である。生年は大聖人と同じ貞応元年(1222年)と考えられている。早い時期から大聖人に帰依したとされ、下総方面(現在の千葉県などの一部)の中心的門下だった富木常忍や曾谷教信らと支え合いながら、純真な信心に励んだ。
大聖人が乗明、教信ら3人の門下に宛てられた「転重軽受法門」の内容から、文永8年(1271年)の竜の口の法難の直後、相模国の依智(現在の神奈川県厚木市)に留め置かれた大聖人のもとに、お見舞いを申し上げていることが分かる。この時、3人一緒に大聖人を訪ねたのかどうかは定かではないが、師匠の最大の難にあっても信心を貫いたのである。
また、大聖人が身延に入山された翌年の同12年(1275年)3月、乗明は教信との連名でお手紙を頂いている(御執筆年を、これ以前とする説もある)。当時、あらゆる難との闘争の中で、大聖人が所持されていた聖教(経釈などの書籍)の多くが失われていた。大聖人は、こうした経典類の収集を二人に依頼された。
大聖人はその際、「両人共に大檀那為り」(御書1038ページ)と記されている。「檀那」とは、在家の有力な信仰者との意味で、仏教教団を経済的に支える人を指す。「大檀那」との仰せに、いかに大聖人が、この二人の門下を重んじられていたかを拝することができる。
そんな乗明に試練が襲い掛かったのは、同じ年の建治元年(1275年)11月頃。病気に悩まされていることを、大聖人に御報告している。これに対する御返事の中で大聖人は、乗明の病気は、今までの真言の信仰を悔い改める心を起こしたゆえに、未来世に受ける重い苦しみを今、軽く受けているのであり、病を治して長寿とならないことがあるだろうか(同1011ページ、趣旨)と、万感の励ましを送られている。
また、大聖人の身延入山後も、乗明は夫人と共に、米や銭、衣服などの御供養を続けている。大聖人は、そのたびに心からの感謝の念を表されるとともに、供養の功徳は、計り知れないほど偉大であることを教えられている。
例えば、建治3年(1277年)11月に、乗明の夫人が小袖(袖丈の短い衣服)を御供養した際には、その功徳により、後生(未来世)において極寒に責められるという苦しみを免れるだけでなく、今生には種々の大きな難を払い、男女の子どもたちにまでその功徳が及ぶ(同1013ページ、趣旨)と仰せになっている。
頂いたお手紙の内容から、乗明の夫人が、信心や法門の理解の上でも優れた女性であったことがうかがえる。真心の御供養をはじめ、師匠のために尽くし抜き、懸命に信心に励む功徳は、自らを包み守ることはもちろんのこと、子どもたちにまでも及んでいく——大聖人の確信の言葉に、夫人は夫と共に、偉大な師匠と最極の妙法を持つ人生の喜びを実感したに違いない。
◇師匠の精神を後世に伝える
大聖人は、求道心にあふれた乗明の信心の姿勢を、最大に称賛されている。弘安元年(1278年)4月に送られたお手紙で、次のように述べられている。
「あなた(乗明)が、私(大聖人)の教えを聞いてからは、それまで信仰していた真言宗への執着をきっぱり捨てて法華経に帰依し、ついには自己の身命よりも法華経を大事に思うほど、強盛な信心を確立するまでになった。これはまことに不思議なことである」(同1015ページ、趣旨)
このような仰せからも、乗明が確固たる信仰の基盤を築いていたことが分かる。他の御抄では、「聖人」や「上人」とまでたたえられている。
ところで、このお手紙を頂く前に、乗明は「自分は厄年に当たっており、そのためか、心身共に苦悩が多くなりました」(同1014ページ、趣旨)と、大聖人に報告したようだ。
これに対して大聖人は、「法華経を受持する者は教主釈尊の御子であるので、どうして梵天・帝釈・日月・星々も、昼夜に、朝夕に守らないことがあろうか。厄の年の災難を払う秘法として法華経に過ぎるものはない。まことに頼もしいことである」(同1017ページ、通解)と仰せになっている。
法華経を持つ者は、諸天善神に必ず守られる。いかなる難も法華経の信仰で免れることができる——師の励ましに、大きな勇気を得た乗明は、一層、信心を深めていっただろう。
その後、乗明は「三大秘法禀承事(三大秘法抄)」を与えられている。三大秘法とは、大聖人が明かされた前代未聞の三つの重要な法理であり、大聖人の仏法における根幹である。この重書を後世へと託されたこと自体が、乗明に対する大聖人の深い信頼の表れであるといえよう。
乗明は、大聖人が弘安5年(1282年)10月13日に御入滅になられた後、その翌年の同6年(1283年)4月26日に亡くなったとされている(他の説もある)。師匠から重要な御抄を頂くとともに、最期まで、それを後世に伝えゆく、使命の生涯を送ったのである。
池田先生は、下総地域で奮闘した三人の男性門下について、次のようにつづっている。
「下総方面の中心であった、富木常忍、大田乗明、曾谷教信も壮年である。(中略)この壮年たちが、今こそ立ち上がろうと、勇猛果敢に戦い、同志を励ましていったからこそ、大法難のなかでも確信の柱を得て、多くの人びとが、信仰を貫き通せたにちがいない。壮年がいれば、皆が安心する。壮年が立てば、皆が勇気を燃え上がらせる。壮年の存在は重い。その力はあまりにも大きい」
一人の壮年が揺るぎなき信心で立ち上がり、師匠のため、広布のために尽くす実践は、全てが福徳となり、自身のみならず、一家の勝利を開いていく。そして、周囲の人々にも励ましの輪を幾重にも広げていけるのである。
先師・恩師の法難の月。
「師子王の如くなる心を
もてる者必ず仏になる」
創価の誉れの師子は
いかなる難も越えゆけ!
2020年7月6日
聖愚問答抄上 P494
『邪正肩を並べ大小先を争はん時は万事を閣いて謗法を責むべし是れ折伏の修行なり』
【通解】
邪と正が肩を並べて立ち、大乗と小乗が争う時には、万事をさしおいて、謗法を責めなさい。これが折伏の修行である。
名字の言 具体的に現実に心を尽くす——"原爆被害者の会"の壮年の奮闘 2020年7月6日
平和の心を継承するために設立されたNPO法人"原爆被害者の会"の理事長をしている壮年が語っていた。「コロナ感染を防ぐため、人と人との物理的距離を保つことは大切。でも、恐れるべき対象はウイルスのはず。その対象が、いつの間にか『隣人』にすり替わってしまうことは防ぎたい」▼壮年は、高齢化する被爆者やその家族へ一軒一軒電話し、声を聞き、相談に乗り、心の距離を縮めてきた。今、約300人の会員から寄せられる信頼は絶大だ。壮年は言う。「どんな時も具体的に、現実に心を尽くしていく。すべて学会で培った平和創造の精神です」▼山岡荘八の小説『高杉晋作』(講談社)にこうある。「どのように高遠な識見も、それが現実に根をおろして実行されないのでは一椀の汁にも劣る」。確かに、「世界平和」や「人類愛」などを一般論で語るだけでは、人の胸に響かない。社会は動かせない▼それに対し、ある時は医師にも見放された病気の友に寄り添い、ある時は経済苦で生きる力を失いかけた友を懸命に励まし、朝な夕な"具体的"に"現実"に、民衆の幸福に尽くし抜いてきたのが学会の歴史である▼創立90周年の11月18日へ、自他共の幸福を足元から広げる創価の友。この誉れ高き連帯に連なる人生を、誇りに思う。(誠)
寸鉄 2020年7月6日
人の為、世界の為に戦うのが大聖人門下だ—恩師立正安国の大道を勇んで
祈りは心の希望を新鮮にする—文豪。今日も朝の勤行から爽やかに開始!
梅雨前線が活発。河川の増水や土砂災害に警戒。防災地図を確認し備えを
図書館で電子書籍の貸し出しが急増。良書は精神の滋養。触れる機会賢く
「元気な高齢者は魅力的」9割と。青春の心意気で生き生き進む多宝会の姿
☆日蓮大聖人の慈愛の眼差し 大田乗明 壮年こそ安心と確信の柱 2020年6月29日
◇下総地域で富木常忍、曾谷教信らと共に奮闘 大聖人から重要な御抄を頂くなど信頼厚き門下
壮年には、社会の荒波をくぐり抜けてきた経験がある。度胸がある。風格がある。
一家も職場も地域も、重鎮たる壮年世代に覇気があれば、活気があふれ、隆々と発展していく。
日蓮大聖人の御在世当時、多くの男性門下が信心の歩みを重ね、「広布の黄金柱」の壮年として活躍した。その一人が大田乗明である。
大聖人の励ましを胸に、自らの苦難と立ち向かいながら、妙法流布に生き抜いた。大聖人のお手紙からは、その求道の姿勢に対する信頼や期待の大きさをうかがうことができる。
◇妻と共に真心の供養を行う
大田乗明は、下総国葛飾郡八幡荘中山(現在の千葉県市川市中山)に住んでいた門下である。生年は大聖人と同じ貞応元年(1222年)と考えられている。早い時期から大聖人に帰依したとされ、下総方面(現在の千葉県などの一部)の中心的門下だった富木常忍や曾谷教信らと支え合いながら、純真な信心に励んだ。
大聖人が乗明、教信ら3人の門下に宛てられた「転重軽受法門」の内容から、文永8年(1271年)の竜の口の法難の直後、相模国の依智(現在の神奈川県厚木市)に留め置かれた大聖人のもとに、お見舞いを申し上げていることが分かる。この時、3人一緒に大聖人を訪ねたのかどうかは定かではないが、師匠の最大の難にあっても信心を貫いたのである。
また、大聖人が身延に入山された翌年の同12年(1275年)3月、乗明は教信との連名でお手紙を頂いている(御執筆年を、これ以前とする説もある)。当時、あらゆる難との闘争の中で、大聖人が所持されていた聖教(経釈などの書籍)の多くが失われていた。大聖人は、こうした経典類の収集を二人に依頼された。
大聖人はその際、「両人共に大檀那為り」(御書1038ページ)と記されている。「檀那」とは、在家の有力な信仰者との意味で、仏教教団を経済的に支える人を指す。「大檀那」との仰せに、いかに大聖人が、この二人の門下を重んじられていたかを拝することができる。
そんな乗明に試練が襲い掛かったのは、同じ年の建治元年(1275年)11月頃。病気に悩まされていることを、大聖人に御報告している。これに対する御返事の中で大聖人は、乗明の病気は、今までの真言の信仰を悔い改める心を起こしたゆえに、未来世に受ける重い苦しみを今、軽く受けているのであり、病を治して長寿とならないことがあるだろうか(同1011ページ、趣旨)と、万感の励ましを送られている。
また、大聖人の身延入山後も、乗明は夫人と共に、米や銭、衣服などの御供養を続けている。大聖人は、そのたびに心からの感謝の念を表されるとともに、供養の功徳は、計り知れないほど偉大であることを教えられている。
例えば、建治3年(1277年)11月に、乗明の夫人が小袖(袖丈の短い衣服)を御供養した際には、その功徳により、後生(未来世)において極寒に責められるという苦しみを免れるだけでなく、今生には種々の大きな難を払い、男女の子どもたちにまでその功徳が及ぶ(同1013ページ、趣旨)と仰せになっている。
頂いたお手紙の内容から、乗明の夫人が、信心や法門の理解の上でも優れた女性であったことがうかがえる。真心の御供養をはじめ、師匠のために尽くし抜き、懸命に信心に励む功徳は、自らを包み守ることはもちろんのこと、子どもたちにまでも及んでいく——大聖人の確信の言葉に、夫人は夫と共に、偉大な師匠と最極の妙法を持つ人生の喜びを実感したに違いない。
◇師匠の精神を後世に伝える
大聖人は、求道心にあふれた乗明の信心の姿勢を、最大に称賛されている。弘安元年(1278年)4月に送られたお手紙で、次のように述べられている。
「あなた(乗明)が、私(大聖人)の教えを聞いてからは、それまで信仰していた真言宗への執着をきっぱり捨てて法華経に帰依し、ついには自己の身命よりも法華経を大事に思うほど、強盛な信心を確立するまでになった。これはまことに不思議なことである」(同1015ページ、趣旨)
このような仰せからも、乗明が確固たる信仰の基盤を築いていたことが分かる。他の御抄では、「聖人」や「上人」とまでたたえられている。
ところで、このお手紙を頂く前に、乗明は「自分は厄年に当たっており、そのためか、心身共に苦悩が多くなりました」(同1014ページ、趣旨)と、大聖人に報告したようだ。
これに対して大聖人は、「法華経を受持する者は教主釈尊の御子であるので、どうして梵天・帝釈・日月・星々も、昼夜に、朝夕に守らないことがあろうか。厄の年の災難を払う秘法として法華経に過ぎるものはない。まことに頼もしいことである」(同1017ページ、通解)と仰せになっている。
法華経を持つ者は、諸天善神に必ず守られる。いかなる難も法華経の信仰で免れることができる——師の励ましに、大きな勇気を得た乗明は、一層、信心を深めていっただろう。
その後、乗明は「三大秘法禀承事(三大秘法抄)」を与えられている。三大秘法とは、大聖人が明かされた前代未聞の三つの重要な法理であり、大聖人の仏法における根幹である。この重書を後世へと託されたこと自体が、乗明に対する大聖人の深い信頼の表れであるといえよう。
乗明は、大聖人が弘安5年(1282年)10月13日に御入滅になられた後、その翌年の同6年(1283年)4月26日に亡くなったとされている(他の説もある)。師匠から重要な御抄を頂くとともに、最期まで、それを後世に伝えゆく、使命の生涯を送ったのである。
池田先生は、下総地域で奮闘した三人の男性門下について、次のようにつづっている。
「下総方面の中心であった、富木常忍、大田乗明、曾谷教信も壮年である。(中略)この壮年たちが、今こそ立ち上がろうと、勇猛果敢に戦い、同志を励ましていったからこそ、大法難のなかでも確信の柱を得て、多くの人びとが、信仰を貫き通せたにちがいない。壮年がいれば、皆が安心する。壮年が立てば、皆が勇気を燃え上がらせる。壮年の存在は重い。その力はあまりにも大きい」
一人の壮年が揺るぎなき信心で立ち上がり、師匠のため、広布のために尽くす実践は、全てが福徳となり、自身のみならず、一家の勝利を開いていく。そして、周囲の人々にも励ましの輪を幾重にも広げていけるのである。
2020年7月5日日曜日
2020.07.05 わが友に贈る
全国各地で雨が続く。
土砂災害に厳重警戒!
気象情報に注意し
いざという時は
早めの防災行動を!
報恩抄 P314
『「法華経を讃むると雖も還て法華の心を死す」等云云、此等をもつておもうに法華経をよみ讃歎する人人の中に無間地獄は多く有るなり』
【通解】
「法華経を讃むるといえども、かえって法華経の心を死す」等と。
これによって、つくづくと思うのは、むしろ法華経を読み法華経を賛嘆する人々の中に、かえって無間地獄におちる人が多くあるのである。
名字の言 ハスの一種「中日友誼蓮」が誕生した逸話 2020年7月5日
間もなく見頃を迎えるハスの一種に、「中日友誼蓮」がある。1963年の秋、中国で中日友好協会が発足。この時、植物学者の大賀一郎博士は、同協会の名誉会長に就任した郭沫若氏に、「大賀ハス」の実を贈った▼博士の真心を、氏は喜び、「大賀ハス」は北京や杭州など、中国の10カ所で植栽された。その後、ハスは中国内で中国古代蓮と交配され、「中日友誼蓮」と名付けられた新品種が誕生。66年に、その種が中国から日本に届けられた▼「ハスは平和の象徴なり」が、大賀博士の信念だった。中国にハスを贈った際、その言葉を認めた書も届けている。日中関係の先行きが見えない中、ハスの花は両国間の友好を願う人々の心を結ぶ希望でもあった▼中国・周恩来総理の先祖といわれる思想家・周敦頤は、「愛蓮の説」という文に記している。「蓮の淤泥より出でて染まらず、清漣に濯われて妖ならず」(蓮の花は泥の中から出ても泥に染まらず、清らかなさざ波に洗われても妖しい美しさがない)▼泥中に根を張り、清らかに咲く蓮の花のように、困難な現実にも諦めず、理想を求めて強く、気高く生きていく——法華経が説く「如蓮華在水」の法理のままに、平和と幸福の花を咲かせる人生ほど、美しいものはない。(芯)
寸鉄 2020年7月5日
学会の強みは青年が支えていること—恩師。さあ青年の月から友情を拡大
宮城女性の日。不撓不屈の信心!勇気の励まし!婦女一体で地域に希望を
「娑婆世界は耳根得道の国なり」御書。故に一本の電話も大切に。大誠実で
志があれば努力への刺激に—作家。立正安国の理想を胸に。祈りから出発
生活習慣病患者の2割がコロナ恐れ、通院自粛と。自己判断せず医師に相談
☆みんなで学ぶ教学 第8回 難を乗り越える信心
◇試練に打ち勝ち境涯を開こう
今回の「みんなで学ぶ教学」は「難を乗り越える信心」がテーマです。日々、仏道修行に励む中で、"なぜ"という窮地に立たされることがあります。幸福になるために信心に励んでいるのに、どうして試練に直面するのでしょうか。さて、なにやら上機嫌なカツヤさんがいます。
カツヤ ユタカ支部長! 仏法対話に挑戦しようと決意していたのに、なぜこんなことに……。
ユタカ カツヤくん。それはショックだよね。気持ちは分かるよ。でも、そんなことでせっかくの決意を失ってはいけないよ。
私も"もっと広宣流布のために頑張ろう"と決意した直後、突然病気で入院することになって、同じように思ったことがあったなあ。
カツヤ ユタカ支部長でも「信心しているのに、なぜ」と思ったことがあるんですね。
ユタカ もちろんあるさ。でも、先輩や同志の励ましで、"絶対に負けられない"と毎日真剣な唱題に挑戦するようになったんだ。今は治って前よりも元気だし、病気のおかげで信心の確信が深まったと感じているよ。
カツヤ そんなことがあったんですね。でも、どうして頑張ろうと思った時に邪魔されるんですか?
ユタカ それを仏法では「魔」というんだ。信心を実践し、自身の生命を変革しようとしている人には、それを阻もうと「魔」が競い起こるんだ。
御書に「行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競い起る」(御書1087ページ)とあるように、信心が深まると「三障四魔」というさまざまな障害が必ず現れる。
試練に直面したということは、カツヤくんが前進しているということなんだ。
カツヤ そうなんですか? 三障四魔は、3と4で7種類あったりするんですか?
ユタカ 鋭いね! 「三障」とは「煩悩障」「業障」「報障」のことで、「障」とは、障り、妨げということなんだ。
「四魔」には「陰魔」「煩悩魔」「死魔」「天子魔」があるんだ。「魔」とは、仏道修行者の生命から、輝きを奪うはたらきのことだよ。
カツヤ なんか全部、強そうですね……。
ユタカ 例えば、インターネットの動画に夢中になって勤行を忘れたり、上司や家族に信心を反対されて不安になったり、さまざまな形で現れるんだよ。
カツヤ えー。なんか負けそうです。
ユタカ 大事なことは、魔を魔と見破ることだよ。日蓮大聖人は「難来るを以て安楽と意得可きなり」(同750ページ)と仰せなんだ。
信心に励んでいる時に起こる難は、例えるなら、自転車に乗っていて、長くて急な坂道に遭遇するようなものだよ。でも、その坂を登り切った時に、見晴らしの良い景色が広がる。心がぱっと明るくなるだろ。苦難の坂を登り切ることで、境涯を大きく開いていけるんだ。
やがては、どんな坂でも登っていける力が付く。何があっても人生を楽しんでいくことができるんだ。
カツヤ 最近、自転車で通勤しているので、実感があります。「難」が起きたとしても、乗り越えればいいんですね。
ユタカ そうだね! "勤行しようかな""学会活動をがんばろうかな"という時に、それを妨げることが起きたら、まずは「三障四魔だ!」と見破っていくことだよ。そして「成長している証し」と、負けずに信心に挑戦していこう。
池田先生は「正しいからこそ、苦難がある。戦うからこそ、悩みも大きい。その試練を乗り越える中で、一段と境涯が開かれる」と指導されているよ。
カツヤ 「対話は諦めよう」と思った今が、成長のチャンスなんですね! さっそく決意の唱題をしようと思います。
ユタカ すばらしいね。じゃあ"同盟唱題"しようか!
☆質問BOX 家族や周囲から信心を反対されます。 2020年6月27日
【質問】家族や周囲から信心を反対されます。
【回答】
親しい人から反対されるのはつらいものです。しかし、反対されるということは、"自分のことを真剣に思ってくれている"と考えることもできます。親しい人からの批判や反対のほとんどは、創価学会に対する無認識から生じた、誤解によるものです。
大事なことは、自分自身が信心によって成長することです。その中で"消極的な自分が積極的に変わった""思いやりをもって行動できるようになった"という「人間革命」の姿が、必ず周囲の誤解を解いていきます。それこそが本当の意味で、家族や友人を大切にすることになります。
池田先生は「決して焦ることはない。まず、自分が立派に成長する姿を見せて、安心してもらうことだ」と語っています。
真心が家族や友人に伝わるよう、焦らず日々の学会活動に挑戦していきましょう。
土砂災害に厳重警戒!
気象情報に注意し
いざという時は
早めの防災行動を!
報恩抄 P314
『「法華経を讃むると雖も還て法華の心を死す」等云云、此等をもつておもうに法華経をよみ讃歎する人人の中に無間地獄は多く有るなり』
【通解】
「法華経を讃むるといえども、かえって法華経の心を死す」等と。
これによって、つくづくと思うのは、むしろ法華経を読み法華経を賛嘆する人々の中に、かえって無間地獄におちる人が多くあるのである。
名字の言 ハスの一種「中日友誼蓮」が誕生した逸話 2020年7月5日
間もなく見頃を迎えるハスの一種に、「中日友誼蓮」がある。1963年の秋、中国で中日友好協会が発足。この時、植物学者の大賀一郎博士は、同協会の名誉会長に就任した郭沫若氏に、「大賀ハス」の実を贈った▼博士の真心を、氏は喜び、「大賀ハス」は北京や杭州など、中国の10カ所で植栽された。その後、ハスは中国内で中国古代蓮と交配され、「中日友誼蓮」と名付けられた新品種が誕生。66年に、その種が中国から日本に届けられた▼「ハスは平和の象徴なり」が、大賀博士の信念だった。中国にハスを贈った際、その言葉を認めた書も届けている。日中関係の先行きが見えない中、ハスの花は両国間の友好を願う人々の心を結ぶ希望でもあった▼中国・周恩来総理の先祖といわれる思想家・周敦頤は、「愛蓮の説」という文に記している。「蓮の淤泥より出でて染まらず、清漣に濯われて妖ならず」(蓮の花は泥の中から出ても泥に染まらず、清らかなさざ波に洗われても妖しい美しさがない)▼泥中に根を張り、清らかに咲く蓮の花のように、困難な現実にも諦めず、理想を求めて強く、気高く生きていく——法華経が説く「如蓮華在水」の法理のままに、平和と幸福の花を咲かせる人生ほど、美しいものはない。(芯)
寸鉄 2020年7月5日
学会の強みは青年が支えていること—恩師。さあ青年の月から友情を拡大
宮城女性の日。不撓不屈の信心!勇気の励まし!婦女一体で地域に希望を
「娑婆世界は耳根得道の国なり」御書。故に一本の電話も大切に。大誠実で
志があれば努力への刺激に—作家。立正安国の理想を胸に。祈りから出発
生活習慣病患者の2割がコロナ恐れ、通院自粛と。自己判断せず医師に相談
☆みんなで学ぶ教学 第8回 難を乗り越える信心
◇試練に打ち勝ち境涯を開こう
今回の「みんなで学ぶ教学」は「難を乗り越える信心」がテーマです。日々、仏道修行に励む中で、"なぜ"という窮地に立たされることがあります。幸福になるために信心に励んでいるのに、どうして試練に直面するのでしょうか。さて、なにやら上機嫌なカツヤさんがいます。
カツヤ ユタカ支部長! 仏法対話に挑戦しようと決意していたのに、なぜこんなことに……。
ユタカ カツヤくん。それはショックだよね。気持ちは分かるよ。でも、そんなことでせっかくの決意を失ってはいけないよ。
私も"もっと広宣流布のために頑張ろう"と決意した直後、突然病気で入院することになって、同じように思ったことがあったなあ。
カツヤ ユタカ支部長でも「信心しているのに、なぜ」と思ったことがあるんですね。
ユタカ もちろんあるさ。でも、先輩や同志の励ましで、"絶対に負けられない"と毎日真剣な唱題に挑戦するようになったんだ。今は治って前よりも元気だし、病気のおかげで信心の確信が深まったと感じているよ。
カツヤ そんなことがあったんですね。でも、どうして頑張ろうと思った時に邪魔されるんですか?
ユタカ それを仏法では「魔」というんだ。信心を実践し、自身の生命を変革しようとしている人には、それを阻もうと「魔」が競い起こるんだ。
御書に「行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競い起る」(御書1087ページ)とあるように、信心が深まると「三障四魔」というさまざまな障害が必ず現れる。
試練に直面したということは、カツヤくんが前進しているということなんだ。
カツヤ そうなんですか? 三障四魔は、3と4で7種類あったりするんですか?
ユタカ 鋭いね! 「三障」とは「煩悩障」「業障」「報障」のことで、「障」とは、障り、妨げということなんだ。
「四魔」には「陰魔」「煩悩魔」「死魔」「天子魔」があるんだ。「魔」とは、仏道修行者の生命から、輝きを奪うはたらきのことだよ。
カツヤ なんか全部、強そうですね……。
ユタカ 例えば、インターネットの動画に夢中になって勤行を忘れたり、上司や家族に信心を反対されて不安になったり、さまざまな形で現れるんだよ。
カツヤ えー。なんか負けそうです。
ユタカ 大事なことは、魔を魔と見破ることだよ。日蓮大聖人は「難来るを以て安楽と意得可きなり」(同750ページ)と仰せなんだ。
信心に励んでいる時に起こる難は、例えるなら、自転車に乗っていて、長くて急な坂道に遭遇するようなものだよ。でも、その坂を登り切った時に、見晴らしの良い景色が広がる。心がぱっと明るくなるだろ。苦難の坂を登り切ることで、境涯を大きく開いていけるんだ。
やがては、どんな坂でも登っていける力が付く。何があっても人生を楽しんでいくことができるんだ。
カツヤ 最近、自転車で通勤しているので、実感があります。「難」が起きたとしても、乗り越えればいいんですね。
ユタカ そうだね! "勤行しようかな""学会活動をがんばろうかな"という時に、それを妨げることが起きたら、まずは「三障四魔だ!」と見破っていくことだよ。そして「成長している証し」と、負けずに信心に挑戦していこう。
池田先生は「正しいからこそ、苦難がある。戦うからこそ、悩みも大きい。その試練を乗り越える中で、一段と境涯が開かれる」と指導されているよ。
カツヤ 「対話は諦めよう」と思った今が、成長のチャンスなんですね! さっそく決意の唱題をしようと思います。
ユタカ すばらしいね。じゃあ"同盟唱題"しようか!
☆質問BOX 家族や周囲から信心を反対されます。 2020年6月27日
【質問】家族や周囲から信心を反対されます。
【回答】
親しい人から反対されるのはつらいものです。しかし、反対されるということは、"自分のことを真剣に思ってくれている"と考えることもできます。親しい人からの批判や反対のほとんどは、創価学会に対する無認識から生じた、誤解によるものです。
大事なことは、自分自身が信心によって成長することです。その中で"消極的な自分が積極的に変わった""思いやりをもって行動できるようになった"という「人間革命」の姿が、必ず周囲の誤解を解いていきます。それこそが本当の意味で、家族や友人を大切にすることになります。
池田先生は「決して焦ることはない。まず、自分が立派に成長する姿を見せて、安心してもらうことだ」と語っています。
真心が家族や友人に伝わるよう、焦らず日々の学会活動に挑戦していきましょう。
2020年7月4日土曜日
2020.07.04 わが友に贈る
師弟の月・7月を
男女青年部が力走!
真心の励ましを
朗らかに広げ
誓願の大道を進もう!
聖人等御返事 P1455
『各にはおづる事なかれ、つよりもてゆかば定めて子細いできぬとおぼふるなり』
【通解】
あなた方は、恐れてはならない。いよいよ強く進んでいくならば、必ず、正しい経緯が明らかになると思います。
名字の言 映画界の巨匠・黒澤明監督にとって「傑作」とは? 2020年7月4日
映画界の巨匠・黒澤明監督が、ある表彰式で質問を受けた。「あなたの作った映画で何が一番傑作ですか?」。「羅生門」「七人の侍」……"候補"は数え切れない。だが黒澤監督は答えた。「傑作はありません」▼うまく伝わらなかったのかと、同じ質問が繰り返された。監督は再び答えた。「芸術家にとって、傑作というものはありません。あるとすれば、それは未来の作品です」▼この有名な逸話を通して、哲学者の梅原猛氏は語る。できあがったものに満足せず、いつも未来に傑作があると思う——これが本当の芸術家、学者の偽らざる心である、と(『学ぶよろこび』朝日出版社)▼"次こそ"という心を持つ人は、常に向上していく。福島県のある多宝会の婦人部員は、信心根本に経済苦、大病を克服。悠々と人生の総仕上げをと思った矢先、原発事故の影響で避難生活を強いられた。だが婦人は負けなかった。「まだまだ! 私の人生、ここからが本番よ」。震災後、婦人は2人の友を入会に導いた。今、本紙を携え、生き生きと仏縁を広げる▼池田先生は「仏法者とは、永遠の求道者であらねばならない。そこに、人間革命の道がある」と。今日より明日へ、前を向く心から"人生の劇"は生まれる。自分らしく挑戦を重ねる"名優"でありたい。(閃)
寸鉄 2020年7月4日
信心を貫けば「善根として動かざる事なし」御書。唱題第一で勇敢に前進!
家庭や職場で慕われる事が指導者への道—恩師。慈愛と信頼光る灯台たれ
忍耐はあらゆる困苦に対する最上の治療—作家。共々に負けじ魂燃やして
食糧不足の人、世界で倍増と。国際社会の協力急務。共生の時代創出こそ
天候の急変に注意。「前前の用心」で外出前に予報を確認。行動は無理なく
☆6月度「座談会拝読御書」 曾谷殿御返事(輪陀王御書) 森中教学部長「SOKAnet」の講義から
◇強盛な祈りで安穏な社会を
◇はじめに
本抄は、別名に「輪陀王御書」とあるように、輪陀王と白馬の有名な故事が描かれている御書として知られています。
——昔、輪陀王という王がいました。この王は、白馬のいななきを聞くことで生命力を高め、その力で国も栄えていました。
この白馬は、白鳥を見て、いなないていたのですが、ある日、白鳥が突然いなくなってしまい、白馬は鳴かなくなります。すると、王の生命力が弱まり、国は衰え、外国からの侵略も始まりました。
さまざまな人が祈りましたが白鳥は戻りません。そこに馬鳴菩薩が現れて、祈ったところ、たちまち白鳥が現れ、白馬は喜び、いななきます。王は以前の百千万倍の力に満ち、人々も活気を取り戻し、国に安穏が戻った——というお話です。
日蓮大聖人が、この故事を通して、何を仰せられているのかを、念頭に置いて学んでいきましょう。
※SOKAnetで配信されている「白馬のいななき」は、こちらから視聴できます。
◇背景と大意
本抄は、弘安2年(1279年)8月、日蓮大聖人が、曾谷教信の子息である曾谷道宗に送られたとされているお手紙です。
この当時、"蒙古が再び攻めてくるのではないか"と懸念されており、人々は、恐怖におびえていました。
1度目の蒙古襲来の後、その恐ろしさを知り、日本中が騒然としている中で、戦乱の危機に加えて、飢饉や疫病が日本中に広がり、天候不順も続いていました。誰もが、「死」という現実を目の当たりにしている状況だったのです。
反対にいえば、武士から庶民に至るまで、誰もが「生きる意味」について、何らかの問い掛けをしていた時代であったとも考えられます。
本抄を頂いた曾谷道宗について、詳細は分かりません。しかし、父・教信は、富木常忍や大田乗明と並んで、下総国(現在の千葉県北部など)で活躍した門下です。
この御書を頂いた2年後の弘安4年(1281年)7月には、教信は、蒙古との戦闘に備えて筑紫(現在の九州北部)に行くことになります。まさに、こうした時代の動乱の中で、大聖人は、曾谷殿親子に信仰の本質を教え、希望を送られます。
◇拝読御文
『白馬のなくは我等が南無妙法蓮華経のこえなり、此の声をきかせ給う梵天・帝釈・日月・四天等いかでか色をましひかりをさかんになし給はざるべき、いかでか我等を守護し給はざるべきと・つよづよと・をぼしめすべし』(御書全集1065ページ3行目〜5行目、編年体御書1204ページ15行目〜17行目)
◇諸天を動かす
日蓮大聖人は、「白馬のなくは我等が南無妙法蓮華経のこえなり」と仰せです。"白馬のいななき"を、大聖人門下の「南無妙法蓮華経の声」に例えられています。
続いて、題目の声によって、梵天・帝釈をはじめとする一切の諸天善神の色つやが増し、威光が強くなると仰せです。
諸天善神とは、法華経の行者や国土を守る、あらゆる善の働きです。
そして、大聖人は門下に「いかでか我等を守護し給はざるべきと・つよづよと・をぼしめすべし」と呼び掛けられます。
この御文を拝して、曾谷氏が、"全ては信心が根本だ""強く強く信心を深めていこう"と、一切の不安や困難に力強く立ち向かい、立正安国の闘争を誓ったことは間違いないでしょう。
◇題目の意義
池田先生は、本抄を講義した『勝利の経典「御書」に学ぶ』で、私たちが唱える題目の意義を三点にわたって講義しています(別掲)。
�「題目は、『宿命転換の根源力』です。いかに強固なる宿命の鉄鎖も、わが生命の根源の力を呼び現す題目の妙用で断ち切っていけるのです」
�「題目は、『人間革命の源泉』です。わが生命に本来具わる仏の命を題目で呼び現し、その自由で晴れ晴れとした生命力を満喫するとき、『歓喜の中の大歓喜』と言うべき大境涯を開くことができるのです」
�「題目は、『立正安国の原動力』です。題目でわが生命に開かれた歓喜の波動は、全宇宙へと瞬時に広がっていきます。それゆえ、必ず、一切衆生の歓喜の波動を呼び起こし、わが家庭、わが地域、わが国土が歓喜で包まれていくのです」
◇難を乗り越える
さらに、先生は「師弟誓願の題目」を訴えています。
本抄で大聖人が曾谷殿に教えられているのは、"師弟が共に誓願に立つこと"です。
拝読御文の直前に、「白馬は日蓮なり・白鳥は我らが一門なり」(御書1065ページ)とあります。
弟子である白鳥の声で、白馬が元気になる——白鳥と白馬の声が国を変えるのです。
つまり、師匠と弟子が心を合わせた「師弟誓願の題目」が原動力となって、一人一人が悩みや苦難を乗り越え、一国、そして人類の宿命をも転換することができるのです。
あらためて、師弟の宿縁がどれほど強い絆であることか。本抄には、「しかるに日蓮が一るいいかなる過去の宿じうにや法華経の題目のだんなとなり給うらん」(同ページ)と仰せです。
私たちで言えば、創価学会の師弟に連なることが、どれほど意義深いことか。
池田先生は、「大白蓮華」6月号の巻頭言で述べています。
「御本仏とご一緒に、牧口先生が命を賭して示し遺してくださった、何ものにも負けない『師子王の心』こそ、我ら師弟の不滅の原点といってよい。
広布と人生の途上において、いかに先の見えない苦境に追い込まれても、殉教の先師の忍難弘通の姿を思えば、何を嘆くことがあろうか。何を惑うことがあろうか」
「人類が一丸となって試練に立ち向かう今、『生命尊厳』の信念と『変毒為薬』の英知輝く、若き創価の世界市民の連帯は何と頼もしいことか」
私たちは、ますます「生命尊厳」の旗を掲げ、世界に地涌の連帯を強め、人類の境涯を高めていく——師弟誓願の唱題で、一切の困難をたくましく乗り越えていきましょう。
男女青年部が力走!
真心の励ましを
朗らかに広げ
誓願の大道を進もう!
聖人等御返事 P1455
『各にはおづる事なかれ、つよりもてゆかば定めて子細いできぬとおぼふるなり』
【通解】
あなた方は、恐れてはならない。いよいよ強く進んでいくならば、必ず、正しい経緯が明らかになると思います。
名字の言 映画界の巨匠・黒澤明監督にとって「傑作」とは? 2020年7月4日
映画界の巨匠・黒澤明監督が、ある表彰式で質問を受けた。「あなたの作った映画で何が一番傑作ですか?」。「羅生門」「七人の侍」……"候補"は数え切れない。だが黒澤監督は答えた。「傑作はありません」▼うまく伝わらなかったのかと、同じ質問が繰り返された。監督は再び答えた。「芸術家にとって、傑作というものはありません。あるとすれば、それは未来の作品です」▼この有名な逸話を通して、哲学者の梅原猛氏は語る。できあがったものに満足せず、いつも未来に傑作があると思う——これが本当の芸術家、学者の偽らざる心である、と(『学ぶよろこび』朝日出版社)▼"次こそ"という心を持つ人は、常に向上していく。福島県のある多宝会の婦人部員は、信心根本に経済苦、大病を克服。悠々と人生の総仕上げをと思った矢先、原発事故の影響で避難生活を強いられた。だが婦人は負けなかった。「まだまだ! 私の人生、ここからが本番よ」。震災後、婦人は2人の友を入会に導いた。今、本紙を携え、生き生きと仏縁を広げる▼池田先生は「仏法者とは、永遠の求道者であらねばならない。そこに、人間革命の道がある」と。今日より明日へ、前を向く心から"人生の劇"は生まれる。自分らしく挑戦を重ねる"名優"でありたい。(閃)
寸鉄 2020年7月4日
信心を貫けば「善根として動かざる事なし」御書。唱題第一で勇敢に前進!
家庭や職場で慕われる事が指導者への道—恩師。慈愛と信頼光る灯台たれ
忍耐はあらゆる困苦に対する最上の治療—作家。共々に負けじ魂燃やして
食糧不足の人、世界で倍増と。国際社会の協力急務。共生の時代創出こそ
天候の急変に注意。「前前の用心」で外出前に予報を確認。行動は無理なく
☆6月度「座談会拝読御書」 曾谷殿御返事(輪陀王御書) 森中教学部長「SOKAnet」の講義から
◇強盛な祈りで安穏な社会を
◇はじめに
本抄は、別名に「輪陀王御書」とあるように、輪陀王と白馬の有名な故事が描かれている御書として知られています。
——昔、輪陀王という王がいました。この王は、白馬のいななきを聞くことで生命力を高め、その力で国も栄えていました。
この白馬は、白鳥を見て、いなないていたのですが、ある日、白鳥が突然いなくなってしまい、白馬は鳴かなくなります。すると、王の生命力が弱まり、国は衰え、外国からの侵略も始まりました。
さまざまな人が祈りましたが白鳥は戻りません。そこに馬鳴菩薩が現れて、祈ったところ、たちまち白鳥が現れ、白馬は喜び、いななきます。王は以前の百千万倍の力に満ち、人々も活気を取り戻し、国に安穏が戻った——というお話です。
日蓮大聖人が、この故事を通して、何を仰せられているのかを、念頭に置いて学んでいきましょう。
※SOKAnetで配信されている「白馬のいななき」は、こちらから視聴できます。
◇背景と大意
本抄は、弘安2年(1279年)8月、日蓮大聖人が、曾谷教信の子息である曾谷道宗に送られたとされているお手紙です。
この当時、"蒙古が再び攻めてくるのではないか"と懸念されており、人々は、恐怖におびえていました。
1度目の蒙古襲来の後、その恐ろしさを知り、日本中が騒然としている中で、戦乱の危機に加えて、飢饉や疫病が日本中に広がり、天候不順も続いていました。誰もが、「死」という現実を目の当たりにしている状況だったのです。
反対にいえば、武士から庶民に至るまで、誰もが「生きる意味」について、何らかの問い掛けをしていた時代であったとも考えられます。
本抄を頂いた曾谷道宗について、詳細は分かりません。しかし、父・教信は、富木常忍や大田乗明と並んで、下総国(現在の千葉県北部など)で活躍した門下です。
この御書を頂いた2年後の弘安4年(1281年)7月には、教信は、蒙古との戦闘に備えて筑紫(現在の九州北部)に行くことになります。まさに、こうした時代の動乱の中で、大聖人は、曾谷殿親子に信仰の本質を教え、希望を送られます。
◇拝読御文
『白馬のなくは我等が南無妙法蓮華経のこえなり、此の声をきかせ給う梵天・帝釈・日月・四天等いかでか色をましひかりをさかんになし給はざるべき、いかでか我等を守護し給はざるべきと・つよづよと・をぼしめすべし』(御書全集1065ページ3行目〜5行目、編年体御書1204ページ15行目〜17行目)
◇諸天を動かす
日蓮大聖人は、「白馬のなくは我等が南無妙法蓮華経のこえなり」と仰せです。"白馬のいななき"を、大聖人門下の「南無妙法蓮華経の声」に例えられています。
続いて、題目の声によって、梵天・帝釈をはじめとする一切の諸天善神の色つやが増し、威光が強くなると仰せです。
諸天善神とは、法華経の行者や国土を守る、あらゆる善の働きです。
そして、大聖人は門下に「いかでか我等を守護し給はざるべきと・つよづよと・をぼしめすべし」と呼び掛けられます。
この御文を拝して、曾谷氏が、"全ては信心が根本だ""強く強く信心を深めていこう"と、一切の不安や困難に力強く立ち向かい、立正安国の闘争を誓ったことは間違いないでしょう。
◇題目の意義
池田先生は、本抄を講義した『勝利の経典「御書」に学ぶ』で、私たちが唱える題目の意義を三点にわたって講義しています(別掲)。
�「題目は、『宿命転換の根源力』です。いかに強固なる宿命の鉄鎖も、わが生命の根源の力を呼び現す題目の妙用で断ち切っていけるのです」
�「題目は、『人間革命の源泉』です。わが生命に本来具わる仏の命を題目で呼び現し、その自由で晴れ晴れとした生命力を満喫するとき、『歓喜の中の大歓喜』と言うべき大境涯を開くことができるのです」
�「題目は、『立正安国の原動力』です。題目でわが生命に開かれた歓喜の波動は、全宇宙へと瞬時に広がっていきます。それゆえ、必ず、一切衆生の歓喜の波動を呼び起こし、わが家庭、わが地域、わが国土が歓喜で包まれていくのです」
◇難を乗り越える
さらに、先生は「師弟誓願の題目」を訴えています。
本抄で大聖人が曾谷殿に教えられているのは、"師弟が共に誓願に立つこと"です。
拝読御文の直前に、「白馬は日蓮なり・白鳥は我らが一門なり」(御書1065ページ)とあります。
弟子である白鳥の声で、白馬が元気になる——白鳥と白馬の声が国を変えるのです。
つまり、師匠と弟子が心を合わせた「師弟誓願の題目」が原動力となって、一人一人が悩みや苦難を乗り越え、一国、そして人類の宿命をも転換することができるのです。
あらためて、師弟の宿縁がどれほど強い絆であることか。本抄には、「しかるに日蓮が一るいいかなる過去の宿じうにや法華経の題目のだんなとなり給うらん」(同ページ)と仰せです。
私たちで言えば、創価学会の師弟に連なることが、どれほど意義深いことか。
池田先生は、「大白蓮華」6月号の巻頭言で述べています。
「御本仏とご一緒に、牧口先生が命を賭して示し遺してくださった、何ものにも負けない『師子王の心』こそ、我ら師弟の不滅の原点といってよい。
広布と人生の途上において、いかに先の見えない苦境に追い込まれても、殉教の先師の忍難弘通の姿を思えば、何を嘆くことがあろうか。何を惑うことがあろうか」
「人類が一丸となって試練に立ち向かう今、『生命尊厳』の信念と『変毒為薬』の英知輝く、若き創価の世界市民の連帯は何と頼もしいことか」
私たちは、ますます「生命尊厳」の旗を掲げ、世界に地涌の連帯を強め、人類の境涯を高めていく——師弟誓願の唱題で、一切の困難をたくましく乗り越えていきましょう。
2020年7月3日金曜日
2020.07.03 わが友に贈る
今日できることに
ベストを尽くそう!
その努力の積み重ねが
人格を磨いていく。
人生を輝かせていく。
光日房御書 P929
『をひたるはわはとどまりてわきき子のさきにたつなさけなき事なれば神も仏もうらめしや、いかなればをやに子をかへさせ給いてさきにはたてさせ給はずとどめをかせ給いてなげかさせ給うらんと心うし、心なき畜生すら子のわかれしのびがたし』
【通解】
年老いた母が生き残って若き子が先だったのは、余りに情けない事なので、神も仏もうらめしい。どうして、親と子をかえて、親の方を先立せずにこの世に留め置いて、嘆かされるのであろうかと実につらいことである。心ない畜生でさえも、子との別れには堪え難いものである。
名字の言 きょう7月3日。創価の三代会長に脈打つ「不惜身命」の精神 2020年7月3日
「御手紙拝見、くりかえし くりかえし 楽しんでいます」。大戦中、軍部権力に捕らわれた牧口先生を支えた一つが手紙だった。獄中に届く家族からの手紙を生きる励みとし、自らもペンを執り、つづった。1943年(昭和18年)7月6日の逮捕から殉教までの1年4カ月に書いた家族宛ての書簡31通が残されている▼同じく牢獄にあった戸田先生は、子息への手紙に"同時刻に題目を唱えよう"と書き送った。父と子の"同盟唱題"である。コロナ禍にあっても、手紙等で心を結び、祈りを広げる世界の創価の友を、両先生が頼もしく見つめておられるだろう▼池田先生が事実無根の罪で逮捕されたのは57年(同32年)7月3日。権力の魔性と戦った三代の会長によって、法華経の「不惜身命(身命を惜しまず)」の精神は現代によみがえった。池田先生は語る。不惜身命とは「命を粗末にするということではない。自分の尊い生命を、仏法のために惜しまず使っていくということです」と▼人から"奪う"のではなく、"与える"ことを教えたのが仏法。人々に真心を、励ましを、勇気を、希望を与えていく。その努力と祈りが、自身の小さな殻を破る▼世界広布を実現してきた三代の師匠と創価の父母たちの不惜身命の魂を受け継ぐ、誓いの月としたい。(進)
寸鉄 2020年7月3日
師弟不二の原点「7・3」世界広布は三代の大闘争ありて実現。青年よ続け
東北の日。郷土を照らす希望の連帯!今こそ立正安国の旗掲げ対話拡大を
「うれしきかな末法流布に生れあへる我等」御書。同志との共戦は最高の宝
熱中症は予防が最も大切と。早めの水分・塩分補給、冷房利用で賢く対策
親が本を読むほど子の読む本の数も多く。豊かな心育む読書週間を家庭で
☆心に御書を 第56回 題目の功力は絶大
〈御文〉
『法華経の題目をつねは・となへさせ給へば此の妙の文じ御つかひに変ぜさせ給い・或は文殊師利菩薩或は普賢菩薩或は上行菩薩或は不軽菩薩等とならせ給うなり』(妙心尼御前御返事、1484ページ)
〈通解〉
(あなた<妙心尼>は)法華経の題目を常に唱えられているのだから、この「妙」の文字が(冥途の故入道殿への)御使いに変じられ、あるいは文殊師利菩薩、普賢菩薩、上行菩薩、不軽菩薩となられるのである。
〈池田先生が贈る指針〉
最愛の家族を亡くした方への励ましである。
妙法は、地球を動かし、太陽を輝かせ、大宇宙を運行させる究極のリズムである。十方の仏菩薩を味方にし、わが眷属も生死を超えて護り抜ける。
題目の人に行き詰まりはない。最極の智慧も勇気も忍耐力も涌現する。必ず"一番、良かった"と言い切れる人生の軌道となるのだ。
☆ロータスラウンジ 第15回 見宝塔品第十一〈上〉
◇自行化他にわたって妙法を唱えるとき私たちの生命が宝塔となる
■大要
「見宝塔品第十一」では、冒頭、七宝で飾られた巨大な宝塔が大地から涌現し、空中に浮かびます。その塔の中から「多宝如来」が、釈尊の説法が真実であると証明します。さらに、会座に集った人々を、仏が神通力で虚空へ浮かび上がらせます。ここから説法の場が「虚空会」になります。そこで釈尊は、「六難九易」等を通して、滅後の法華弘通を勧めます。それでは内容を追ってみましょう。
●シーン1
仏の前にこつぜんと、高さ500由旬、縦横250由旬もの、金・銀・瑠璃などの七宝で飾られた巨大な宝塔が、大地から涌現し、空中に浮かびます。(由旬は、インドの距離の単位。1由旬とは帝王が1日に行軍する道のりとされ、およそ10キロメートルと考えられている)
すると、その時、宝塔の中から大音声が聞こえてきます。
「すばらしい。すばらしい。釈尊は、よくぞ法華経を大衆のために説いてくださった。その通りです。その通りです。あなたが説かれたことは、すべて真実です」
会座の四衆(出家・在家の男性と女性)は、宝塔が空中に浮かんでいるのを目の当たりにし、その中から響く声を聞いて喜び、また驚きつつ、宝塔に合掌します。
●シーン2
その時、大楽説菩薩が、人々の疑念を知り、釈尊に問います。
「どういうわけで、宝塔が大地から現れ、その中から声が発せられたのですか」
釈尊は答えます。
「この宝塔の中には、多宝如来という名前の仏様がおられる。
この仏様は、かつて菩薩の道を修行していた時に、大きな誓いを立てたのです。『法華経が説かれる所があれば、私の塔はその前に現れ、証明役となって、すばらしい、すばらしいと讃嘆しよう』と。
だから今、法華経が説かれるこの場所に、多宝如来の塔が出現して、『すばらしい。すばらしい』と、讃嘆したのです」
●シーン3
それを聞いて、大楽説菩薩は、釈尊に要請します。
「私たちに、多宝仏の姿を見させてください」
釈尊は、大楽説菩薩に告げます。
「この多宝仏には、『釈尊の分身となって十方世界(全宇宙)で法華経を説いている仏をすべて呼び戻したならば、私は姿を現そう』との深き願いがあるのだ。
今、十方世界で説法している私の分身を集めようと思う」
ここから、いわゆる「三変土田」が始まります。
——まず、釈尊は、分身の諸仏が集まってこられるように、今いる娑婆世界を清浄にし、不信の人界・天界の衆生を他の国土に移して、分身の諸仏を集めます。
しかし、入りきれなかったため、さらに2度にわたって、八方それぞれの二百万億那由他という無数の国土を清浄にして、人界・天界の衆生を他の国土に移し、十方の世界の諸仏を集め、一つの仏国土に統一しました。
このように、3度にわたって国土を清めたことを「三変土田」といいます。
●シーン4
釈尊は、一堂に会した十方世界の分身の諸仏が"宝塔の扉を開いてほしい"と望んでいることを知り、空中に浮かびます。
人々は起立し、合掌して、その模様を見つめています。釈尊は右の指で、宝塔の扉を開きます。
全ての聴衆は、宝塔の中に多宝仏の姿を見ます。さらに、「すばらしい。すばらしい。釈尊は快く法華経を説いてくださる。私は法華経の説法を聞くために、ここに出現したのだ」と語るのを聞きます。
●シーン5
その時、宝塔の中の多宝仏は、自分の座っていた場所の半分を釈尊に与えて語ります。
「釈尊よ。この場所にお座りください」
釈尊が宝塔の中に並んで座ります(二仏並坐)。
人々は「仏は高く遠い所にいらっしゃる。どうか仏の神通力によって、私たちを空中に引き上げてください」と願います。
釈尊はその思いに応え、神通力によって大勢の人々を空中に引き上げると、大音声で皆に告げます。
「だれか、この娑婆世界で、広く法華経を説くものはいないか。私は、もう長くは生きていない。法華経の弘通を託したいのだ」
ここから、「嘱累品第二十二」まで空中での説法がつづきます。これを「虚空会の儀式」と言います。
●偈文
これまでの説法の意義を繰り返して、偈(詩句の形式)として説かれます。
見宝塔品では、ここに「令法久住」や「六難九易」「此経難持」といった大切な法理が示されます。
該当の箇所を追ってみます。
◇ ◇ ◇
宝塔が出現し、十方の諸仏が集まったのは何のためだったのでしょうか。それは「令法久住(法をして久しく住せしめん)」(法華経387ページ)のためであったと記されています。未来永遠にわたって妙法が伝えられるようにするためであったのです。
さらに、仏の滅後に法華経を持ち弘めることが、他の経典の場合にくらべて、いかに難しいかを「六難九易」を挙げて説かれています。
法華経では「諸余の経典は 数恒沙の如し 此等を説くと雖も 未だ難しと為すに足らず」(390ページ)から「我滅して後に於いて 若し能く 斯くの如き経典を奉持せば 是は即ち難しと為す」(393ページ)までの箇所に、九つの易しいことと、六つの難しいことが具体的に記されています。
それを受けて「此経難持(此の経は持ち難し)」(同ページ)と、仏の滅後に法華経を受持することがいかに困難であるかが示されます。
だからこそ、法華経を受持しゆく大願をおこす人こそが、無上の仏道を得ることができると教え、「自説誓言(自ら誓言を説け)」(同ページ)と、誓願を勧めているのです。(�に続く)
【『法華経の智慧』から】 限りなく境涯が広がる
妙法蓮華経の説法によって、妙法蓮華経の宝塔が涌現する。私どもが自行化他にわたって妙法を唱えるとき、私たちの生命が宝塔となる。宝塔が出現する。唱えられる法も妙法蓮華経。唱える私たちも妙法蓮華経です。
◇ ◇ ◇
依正不二ですから、我が身に宝塔を開けば、我が生きる世界も宝塔の世界であり、「宝塔の中に入る」ことになる。御本仏の世界の一員として、自在に活躍しているということです。このちっぽけな自分という身が、七宝で荘厳され、大宇宙へと限りなく境涯が広がるのです。これほどすばらしいことはない。
◇ ◇ ◇
我が身に宝塔を見、我が友に宝塔を見る。そして「宝塔」また「宝塔」の林立で、我が地域を荘厳していくのです。地球を荘厳していくのです。
◇ ◇ ◇
広布への行動によって、初めて「宝塔」は立つ。観念ではない。現実との格闘であり、大難との真剣勝負です。そこに「聞・信・戒・定・進・捨・慚」の七宝で飾られた自分自身と輝くのです。(普及版<上>「見宝塔品」)
【コラム】七宝——わが身を輝かせる
「見宝塔品」に出てくる巨大な宝塔は、金・銀・瑠璃などの七宝で飾られていました。
それは、尊厳なる生命を表現しているといえます。
大聖人は、この七宝について「聞・信・戒・定・進・捨・慚」であると示されています(御書1304ページ)。
「聞」とは、正法を求め聞き学ぶことです。「信」とは、妙法を信受することです。「戒」とは、末法にあっては妙法を受持することです。「定」とは、不動の信を確立することです。「進」とは、精進のことです。「捨」とは、煩悩などを捨てることです。「慚」とは、反省し、求道心を絶やさないことです。
つまり、この七つの修行、私たちにとっては、自行化他にわたる唱題行によって、自分自身の生命を最高に光り輝かせていくことができるのです。
★〈直球勝負 @伝言板〉 2020年6月8日
御書こそ人生の 荒海渡る羅針盤 千葉県松戸市 寺岡洋(会社員 53歳)
新型コロナの影響で仕事はテレワークとなり、毎日のように朝から晩までパソコンに張り付いていました。肩凝りと眼精疲労で体もきつく、窮屈な日々でした。
そこでゴールデンウイークは、青年部時代に果たせなかった御書の研さんを決意。「開目抄」と「観心本尊抄」を聖教新聞社発刊の『世界広布の翼を広げて 教学研鑽のために』と『現代語訳』を活用し、全編精読しました。手になじみやすいサイズで、『現代語訳』がとてもためになりました。次は、「撰時抄」「報恩抄」の『現代語訳』を活用し、五大部の精読に挑みたいと思います。
本紙5月10日付「壮年部のページ」で、指導集『黄金柱の誉れ』から、教学の大切さについての池田先生の指導を学び、勇気を得て、ますます御書の研さんに励もうと決意することができました。
「御書は『信心の背骨』であり、ゆえに確固不動の『人格の背骨』となるのだ」「教学こそ、危険千万な人生の荒海を渡るための羅針盤の大哲学なのである。教学が強くなれば、信心はさらに強くなる。反対に強靭な"背骨"がなければ、いざという時に弱い」とありました。
今まさに「いざという時」です。支部の皆さまにも、御書を学び、眼前の荒海を乗り越えようと訴えていきます。
★〈声〉 読者の投稿 2020年6月19日
ピアノの調べが 強く優しく響く 千葉県松戸市 谷由紀子(75歳)
6・10「婦人部の日」の聖教電子版で、「真心のピアノの調べ 最も大切な婦人部に贈る」と題した池田先生のピアノ演奏を視聴しました。
北は北海道から南は沖縄まで、全国各地の同志との写真を背景に、池田先生のピアノの音色が、優しく、力強く響き、心に染みました。まるで先生ご夫妻と一緒に、皆で「婦人部の日」をお祝いしているかのような気持ちになりました。
「荒城の月」「さくら」、創価学園の寮歌(当時)、「うれしいひなまつり」「夕焼小焼」「春が来た」と曲が進むにつれて、自身の思い出がよみがえりました。入会当初から学生部、女子部、そして現在の婦人部へ。学会活動を通し、宿命を使命に変えていった苦闘と歓喜の日々は私の"心の財"です。同時に、"今が、一番幸せ"と確信することができ、感謝でいっぱいになりました。
曲目の最後、「熱原の三烈士」の演奏を聞きながら、私は決意を固めました。"新型コロナ禍は、新しいアイデアを生み出すチャンスと捉えよう。婦人部は負けない! 何があっても創価学会と共に!池田先生と共に! 希望の人生を歩もう!"と。
決意も新たに、「希望の絆 女性月間」を明るく前進します。
ベストを尽くそう!
その努力の積み重ねが
人格を磨いていく。
人生を輝かせていく。
光日房御書 P929
『をひたるはわはとどまりてわきき子のさきにたつなさけなき事なれば神も仏もうらめしや、いかなればをやに子をかへさせ給いてさきにはたてさせ給はずとどめをかせ給いてなげかさせ給うらんと心うし、心なき畜生すら子のわかれしのびがたし』
【通解】
年老いた母が生き残って若き子が先だったのは、余りに情けない事なので、神も仏もうらめしい。どうして、親と子をかえて、親の方を先立せずにこの世に留め置いて、嘆かされるのであろうかと実につらいことである。心ない畜生でさえも、子との別れには堪え難いものである。
名字の言 きょう7月3日。創価の三代会長に脈打つ「不惜身命」の精神 2020年7月3日
「御手紙拝見、くりかえし くりかえし 楽しんでいます」。大戦中、軍部権力に捕らわれた牧口先生を支えた一つが手紙だった。獄中に届く家族からの手紙を生きる励みとし、自らもペンを執り、つづった。1943年(昭和18年)7月6日の逮捕から殉教までの1年4カ月に書いた家族宛ての書簡31通が残されている▼同じく牢獄にあった戸田先生は、子息への手紙に"同時刻に題目を唱えよう"と書き送った。父と子の"同盟唱題"である。コロナ禍にあっても、手紙等で心を結び、祈りを広げる世界の創価の友を、両先生が頼もしく見つめておられるだろう▼池田先生が事実無根の罪で逮捕されたのは57年(同32年)7月3日。権力の魔性と戦った三代の会長によって、法華経の「不惜身命(身命を惜しまず)」の精神は現代によみがえった。池田先生は語る。不惜身命とは「命を粗末にするということではない。自分の尊い生命を、仏法のために惜しまず使っていくということです」と▼人から"奪う"のではなく、"与える"ことを教えたのが仏法。人々に真心を、励ましを、勇気を、希望を与えていく。その努力と祈りが、自身の小さな殻を破る▼世界広布を実現してきた三代の師匠と創価の父母たちの不惜身命の魂を受け継ぐ、誓いの月としたい。(進)
寸鉄 2020年7月3日
師弟不二の原点「7・3」世界広布は三代の大闘争ありて実現。青年よ続け
東北の日。郷土を照らす希望の連帯!今こそ立正安国の旗掲げ対話拡大を
「うれしきかな末法流布に生れあへる我等」御書。同志との共戦は最高の宝
熱中症は予防が最も大切と。早めの水分・塩分補給、冷房利用で賢く対策
親が本を読むほど子の読む本の数も多く。豊かな心育む読書週間を家庭で
☆心に御書を 第56回 題目の功力は絶大
〈御文〉
『法華経の題目をつねは・となへさせ給へば此の妙の文じ御つかひに変ぜさせ給い・或は文殊師利菩薩或は普賢菩薩或は上行菩薩或は不軽菩薩等とならせ給うなり』(妙心尼御前御返事、1484ページ)
〈通解〉
(あなた<妙心尼>は)法華経の題目を常に唱えられているのだから、この「妙」の文字が(冥途の故入道殿への)御使いに変じられ、あるいは文殊師利菩薩、普賢菩薩、上行菩薩、不軽菩薩となられるのである。
〈池田先生が贈る指針〉
最愛の家族を亡くした方への励ましである。
妙法は、地球を動かし、太陽を輝かせ、大宇宙を運行させる究極のリズムである。十方の仏菩薩を味方にし、わが眷属も生死を超えて護り抜ける。
題目の人に行き詰まりはない。最極の智慧も勇気も忍耐力も涌現する。必ず"一番、良かった"と言い切れる人生の軌道となるのだ。
☆ロータスラウンジ 第15回 見宝塔品第十一〈上〉
◇自行化他にわたって妙法を唱えるとき私たちの生命が宝塔となる
■大要
「見宝塔品第十一」では、冒頭、七宝で飾られた巨大な宝塔が大地から涌現し、空中に浮かびます。その塔の中から「多宝如来」が、釈尊の説法が真実であると証明します。さらに、会座に集った人々を、仏が神通力で虚空へ浮かび上がらせます。ここから説法の場が「虚空会」になります。そこで釈尊は、「六難九易」等を通して、滅後の法華弘通を勧めます。それでは内容を追ってみましょう。
●シーン1
仏の前にこつぜんと、高さ500由旬、縦横250由旬もの、金・銀・瑠璃などの七宝で飾られた巨大な宝塔が、大地から涌現し、空中に浮かびます。(由旬は、インドの距離の単位。1由旬とは帝王が1日に行軍する道のりとされ、およそ10キロメートルと考えられている)
すると、その時、宝塔の中から大音声が聞こえてきます。
「すばらしい。すばらしい。釈尊は、よくぞ法華経を大衆のために説いてくださった。その通りです。その通りです。あなたが説かれたことは、すべて真実です」
会座の四衆(出家・在家の男性と女性)は、宝塔が空中に浮かんでいるのを目の当たりにし、その中から響く声を聞いて喜び、また驚きつつ、宝塔に合掌します。
●シーン2
その時、大楽説菩薩が、人々の疑念を知り、釈尊に問います。
「どういうわけで、宝塔が大地から現れ、その中から声が発せられたのですか」
釈尊は答えます。
「この宝塔の中には、多宝如来という名前の仏様がおられる。
この仏様は、かつて菩薩の道を修行していた時に、大きな誓いを立てたのです。『法華経が説かれる所があれば、私の塔はその前に現れ、証明役となって、すばらしい、すばらしいと讃嘆しよう』と。
だから今、法華経が説かれるこの場所に、多宝如来の塔が出現して、『すばらしい。すばらしい』と、讃嘆したのです」
●シーン3
それを聞いて、大楽説菩薩は、釈尊に要請します。
「私たちに、多宝仏の姿を見させてください」
釈尊は、大楽説菩薩に告げます。
「この多宝仏には、『釈尊の分身となって十方世界(全宇宙)で法華経を説いている仏をすべて呼び戻したならば、私は姿を現そう』との深き願いがあるのだ。
今、十方世界で説法している私の分身を集めようと思う」
ここから、いわゆる「三変土田」が始まります。
——まず、釈尊は、分身の諸仏が集まってこられるように、今いる娑婆世界を清浄にし、不信の人界・天界の衆生を他の国土に移して、分身の諸仏を集めます。
しかし、入りきれなかったため、さらに2度にわたって、八方それぞれの二百万億那由他という無数の国土を清浄にして、人界・天界の衆生を他の国土に移し、十方の世界の諸仏を集め、一つの仏国土に統一しました。
このように、3度にわたって国土を清めたことを「三変土田」といいます。
●シーン4
釈尊は、一堂に会した十方世界の分身の諸仏が"宝塔の扉を開いてほしい"と望んでいることを知り、空中に浮かびます。
人々は起立し、合掌して、その模様を見つめています。釈尊は右の指で、宝塔の扉を開きます。
全ての聴衆は、宝塔の中に多宝仏の姿を見ます。さらに、「すばらしい。すばらしい。釈尊は快く法華経を説いてくださる。私は法華経の説法を聞くために、ここに出現したのだ」と語るのを聞きます。
●シーン5
その時、宝塔の中の多宝仏は、自分の座っていた場所の半分を釈尊に与えて語ります。
「釈尊よ。この場所にお座りください」
釈尊が宝塔の中に並んで座ります(二仏並坐)。
人々は「仏は高く遠い所にいらっしゃる。どうか仏の神通力によって、私たちを空中に引き上げてください」と願います。
釈尊はその思いに応え、神通力によって大勢の人々を空中に引き上げると、大音声で皆に告げます。
「だれか、この娑婆世界で、広く法華経を説くものはいないか。私は、もう長くは生きていない。法華経の弘通を託したいのだ」
ここから、「嘱累品第二十二」まで空中での説法がつづきます。これを「虚空会の儀式」と言います。
●偈文
これまでの説法の意義を繰り返して、偈(詩句の形式)として説かれます。
見宝塔品では、ここに「令法久住」や「六難九易」「此経難持」といった大切な法理が示されます。
該当の箇所を追ってみます。
◇ ◇ ◇
宝塔が出現し、十方の諸仏が集まったのは何のためだったのでしょうか。それは「令法久住(法をして久しく住せしめん)」(法華経387ページ)のためであったと記されています。未来永遠にわたって妙法が伝えられるようにするためであったのです。
さらに、仏の滅後に法華経を持ち弘めることが、他の経典の場合にくらべて、いかに難しいかを「六難九易」を挙げて説かれています。
法華経では「諸余の経典は 数恒沙の如し 此等を説くと雖も 未だ難しと為すに足らず」(390ページ)から「我滅して後に於いて 若し能く 斯くの如き経典を奉持せば 是は即ち難しと為す」(393ページ)までの箇所に、九つの易しいことと、六つの難しいことが具体的に記されています。
それを受けて「此経難持(此の経は持ち難し)」(同ページ)と、仏の滅後に法華経を受持することがいかに困難であるかが示されます。
だからこそ、法華経を受持しゆく大願をおこす人こそが、無上の仏道を得ることができると教え、「自説誓言(自ら誓言を説け)」(同ページ)と、誓願を勧めているのです。(�に続く)
【『法華経の智慧』から】 限りなく境涯が広がる
妙法蓮華経の説法によって、妙法蓮華経の宝塔が涌現する。私どもが自行化他にわたって妙法を唱えるとき、私たちの生命が宝塔となる。宝塔が出現する。唱えられる法も妙法蓮華経。唱える私たちも妙法蓮華経です。
◇ ◇ ◇
依正不二ですから、我が身に宝塔を開けば、我が生きる世界も宝塔の世界であり、「宝塔の中に入る」ことになる。御本仏の世界の一員として、自在に活躍しているということです。このちっぽけな自分という身が、七宝で荘厳され、大宇宙へと限りなく境涯が広がるのです。これほどすばらしいことはない。
◇ ◇ ◇
我が身に宝塔を見、我が友に宝塔を見る。そして「宝塔」また「宝塔」の林立で、我が地域を荘厳していくのです。地球を荘厳していくのです。
◇ ◇ ◇
広布への行動によって、初めて「宝塔」は立つ。観念ではない。現実との格闘であり、大難との真剣勝負です。そこに「聞・信・戒・定・進・捨・慚」の七宝で飾られた自分自身と輝くのです。(普及版<上>「見宝塔品」)
【コラム】七宝——わが身を輝かせる
「見宝塔品」に出てくる巨大な宝塔は、金・銀・瑠璃などの七宝で飾られていました。
それは、尊厳なる生命を表現しているといえます。
大聖人は、この七宝について「聞・信・戒・定・進・捨・慚」であると示されています(御書1304ページ)。
「聞」とは、正法を求め聞き学ぶことです。「信」とは、妙法を信受することです。「戒」とは、末法にあっては妙法を受持することです。「定」とは、不動の信を確立することです。「進」とは、精進のことです。「捨」とは、煩悩などを捨てることです。「慚」とは、反省し、求道心を絶やさないことです。
つまり、この七つの修行、私たちにとっては、自行化他にわたる唱題行によって、自分自身の生命を最高に光り輝かせていくことができるのです。
★〈直球勝負 @伝言板〉 2020年6月8日
御書こそ人生の 荒海渡る羅針盤 千葉県松戸市 寺岡洋(会社員 53歳)
新型コロナの影響で仕事はテレワークとなり、毎日のように朝から晩までパソコンに張り付いていました。肩凝りと眼精疲労で体もきつく、窮屈な日々でした。
そこでゴールデンウイークは、青年部時代に果たせなかった御書の研さんを決意。「開目抄」と「観心本尊抄」を聖教新聞社発刊の『世界広布の翼を広げて 教学研鑽のために』と『現代語訳』を活用し、全編精読しました。手になじみやすいサイズで、『現代語訳』がとてもためになりました。次は、「撰時抄」「報恩抄」の『現代語訳』を活用し、五大部の精読に挑みたいと思います。
本紙5月10日付「壮年部のページ」で、指導集『黄金柱の誉れ』から、教学の大切さについての池田先生の指導を学び、勇気を得て、ますます御書の研さんに励もうと決意することができました。
「御書は『信心の背骨』であり、ゆえに確固不動の『人格の背骨』となるのだ」「教学こそ、危険千万な人生の荒海を渡るための羅針盤の大哲学なのである。教学が強くなれば、信心はさらに強くなる。反対に強靭な"背骨"がなければ、いざという時に弱い」とありました。
今まさに「いざという時」です。支部の皆さまにも、御書を学び、眼前の荒海を乗り越えようと訴えていきます。
★〈声〉 読者の投稿 2020年6月19日
ピアノの調べが 強く優しく響く 千葉県松戸市 谷由紀子(75歳)
6・10「婦人部の日」の聖教電子版で、「真心のピアノの調べ 最も大切な婦人部に贈る」と題した池田先生のピアノ演奏を視聴しました。
北は北海道から南は沖縄まで、全国各地の同志との写真を背景に、池田先生のピアノの音色が、優しく、力強く響き、心に染みました。まるで先生ご夫妻と一緒に、皆で「婦人部の日」をお祝いしているかのような気持ちになりました。
「荒城の月」「さくら」、創価学園の寮歌(当時)、「うれしいひなまつり」「夕焼小焼」「春が来た」と曲が進むにつれて、自身の思い出がよみがえりました。入会当初から学生部、女子部、そして現在の婦人部へ。学会活動を通し、宿命を使命に変えていった苦闘と歓喜の日々は私の"心の財"です。同時に、"今が、一番幸せ"と確信することができ、感謝でいっぱいになりました。
曲目の最後、「熱原の三烈士」の演奏を聞きながら、私は決意を固めました。"新型コロナ禍は、新しいアイデアを生み出すチャンスと捉えよう。婦人部は負けない! 何があっても創価学会と共に!池田先生と共に! 希望の人生を歩もう!"と。
決意も新たに、「希望の絆 女性月間」を明るく前進します。
2020.07.02 わが友に贈る
仕事や生活の
新たな日常を皆が模索。
自身の感染防止対策が
周囲の人の健康も守る。
さらなる想像力を!
一代聖教大意 P401
『人の不成仏は我が不成仏、人の成仏は我が成仏凡夫の往生は我が往生』
【通解】
他人の不成仏は我が不成仏、他人の成仏は我が成仏、凡夫の往生は我が往生である。
名字の言 漫画家から落語家になった林家木久扇氏。「『ああ、こっちでよかったんだ』と思える生き方を」 2020年7月2日
「もともと僕は、落語家になるつもりなんて、少しもなかった」と語るのは、林家木久扇氏。18歳で会社に就職するも、4カ月で退社。漫画家に弟子入りした▼作品が雑誌に掲載され、漫画家として歩み始めた4年目のこと。師匠から、「絵が描けてしゃべれたら売れるぞ、ちょっと落語をやってみたら」と言われた。漫画の取材のつもりで、三代目桂三木助に入門。そして、そのまま落語家になった▼収入の少ない前座時代は、雑誌の挿絵を描き、生活費を工面したことも。苦労はあったが、後悔はないという。「飛び込んだあとで、状況や環境を自分の意に沿うようにしちゃえばいい。『ああ、こっちでよかったんだ』と思える生き方を、自分でつくっちゃえばいいんですよ」と氏。本年、高座生活60周年を迎えた(『イライラしたら豆を買いなさい』文春新書)▼人生、思ってもみなかった道に進むことがある。それを"なぜこんなことに"と嘆くより、"新しい自分になるための舞台"と捉えれば、その瞬間から可能性の扉は開いていく▼池田先生は「たとえ失敗しても、へこたれずに努力したことが、全部、自分自身の揺るぎない根っことなる」と。根が深いほど、木はたくましく育つ。青年の心で挑戦し、強い根を張る7月に。(銘)
寸鉄 2020年7月2日
強く正しき信仰は、必ず明朗な人生を開く—恩師苦境に勝つ勇気の祈りを
夕張大会の日。北海天地に轟いた正義の師子吼。バトン持つ若人よ立て!
きょう1年の"真ん中"。希望は自分で創るもの。目標を再度明確に大前進
「あおり運転」は自転車も犯罪として摘発対象に。悪質な危険行為は撲滅!
大雨が過ぎた後も土砂災害に警戒。「無冠の友」の皆さま、呉々も無事故で
☆四季の励まし 青年の心で価値ある人生を 2020年6月28日
【写真の説明】みずみずしい緑。右手に、大相撲で知られる両国国技館(東京・墨田区)が見える。2017年(平成29年)6月、池田大作先生が撮影した。
この付近には、かつて日大講堂があった。32歳の池田先生が第3代会長に就任した地であり、1万数千人の青年たちの前で「日中国交正常化提言」を発表した場でもある。先生は「ここから、広布の使命を自覚した、いかに多くの青年たちが、世界へ羽ばたいていったことか」と。
一人の青年が立ち上がれば、勇気の炎は燃え広がり、時代が動く。来る6月30日は学生部の結成記念日。そして7月11日は男子部、同19日は女子部の結成記念日である。
さあ、青年を先頭に、青年の心で励ましの光を広げよう!
◇池田先生の言葉
青年とは先駆者である。
挑戦者である。
開拓者である。
すでに、
でき上がった土台の上に、
自分が
花を咲かせるのではない。
人のため、社会のため、
あとに続く
後輩たちのために、
自分が礎となる——。
この青年の
誇り高き闘魂によって、
道なき道が開かれる。
価値ある人生、なかんずく
「価値ある青春」を
開くもの——。
それは「今まで、
どうであったか」ではない。
「これから、
どう生きるか」。
この力強い
前向きの一念である。
そこに勝利の道がある。
今の自分を超える労作業に
絶えず挑戦していく。
その「向上する心」にこそ、
青年の魂がある。
青年の力は無限である。
たとえ
逆境に突き落とされても、
ピンチを
チャンスに変える。
最後に勝つ
ドラマをつくる。
それが青年の強さである。
偉大な使命に生き抜けば、
偉大な自分を
築いていける。
青年の証しとは何か。
それは年齢ではない。
年老いても
「心は青年」の人がいる。
心が生きているか
死んでいるか。
わが胸に
「戦う心」が燃えているか
どうかである。
さあ、いよいよ、
太陽輝く7月へ!
躍動する「青年の月」へ!
偉大なる創価の師弟は、
断固と全てに
勝ちまくっていくのだ。
人類の幸福と平和という、
世界広宣流布の
大願を高く掲げ、
さらに壮大なる
創価の「師弟の物語」を、
来る日も来る日も、
綴り築こうではないか!
新たな日常を皆が模索。
自身の感染防止対策が
周囲の人の健康も守る。
さらなる想像力を!
一代聖教大意 P401
『人の不成仏は我が不成仏、人の成仏は我が成仏凡夫の往生は我が往生』
【通解】
他人の不成仏は我が不成仏、他人の成仏は我が成仏、凡夫の往生は我が往生である。
名字の言 漫画家から落語家になった林家木久扇氏。「『ああ、こっちでよかったんだ』と思える生き方を」 2020年7月2日
「もともと僕は、落語家になるつもりなんて、少しもなかった」と語るのは、林家木久扇氏。18歳で会社に就職するも、4カ月で退社。漫画家に弟子入りした▼作品が雑誌に掲載され、漫画家として歩み始めた4年目のこと。師匠から、「絵が描けてしゃべれたら売れるぞ、ちょっと落語をやってみたら」と言われた。漫画の取材のつもりで、三代目桂三木助に入門。そして、そのまま落語家になった▼収入の少ない前座時代は、雑誌の挿絵を描き、生活費を工面したことも。苦労はあったが、後悔はないという。「飛び込んだあとで、状況や環境を自分の意に沿うようにしちゃえばいい。『ああ、こっちでよかったんだ』と思える生き方を、自分でつくっちゃえばいいんですよ」と氏。本年、高座生活60周年を迎えた(『イライラしたら豆を買いなさい』文春新書)▼人生、思ってもみなかった道に進むことがある。それを"なぜこんなことに"と嘆くより、"新しい自分になるための舞台"と捉えれば、その瞬間から可能性の扉は開いていく▼池田先生は「たとえ失敗しても、へこたれずに努力したことが、全部、自分自身の揺るぎない根っことなる」と。根が深いほど、木はたくましく育つ。青年の心で挑戦し、強い根を張る7月に。(銘)
寸鉄 2020年7月2日
強く正しき信仰は、必ず明朗な人生を開く—恩師苦境に勝つ勇気の祈りを
夕張大会の日。北海天地に轟いた正義の師子吼。バトン持つ若人よ立て!
きょう1年の"真ん中"。希望は自分で創るもの。目標を再度明確に大前進
「あおり運転」は自転車も犯罪として摘発対象に。悪質な危険行為は撲滅!
大雨が過ぎた後も土砂災害に警戒。「無冠の友」の皆さま、呉々も無事故で
☆四季の励まし 青年の心で価値ある人生を 2020年6月28日
【写真の説明】みずみずしい緑。右手に、大相撲で知られる両国国技館(東京・墨田区)が見える。2017年(平成29年)6月、池田大作先生が撮影した。
この付近には、かつて日大講堂があった。32歳の池田先生が第3代会長に就任した地であり、1万数千人の青年たちの前で「日中国交正常化提言」を発表した場でもある。先生は「ここから、広布の使命を自覚した、いかに多くの青年たちが、世界へ羽ばたいていったことか」と。
一人の青年が立ち上がれば、勇気の炎は燃え広がり、時代が動く。来る6月30日は学生部の結成記念日。そして7月11日は男子部、同19日は女子部の結成記念日である。
さあ、青年を先頭に、青年の心で励ましの光を広げよう!
◇池田先生の言葉
青年とは先駆者である。
挑戦者である。
開拓者である。
すでに、
でき上がった土台の上に、
自分が
花を咲かせるのではない。
人のため、社会のため、
あとに続く
後輩たちのために、
自分が礎となる——。
この青年の
誇り高き闘魂によって、
道なき道が開かれる。
価値ある人生、なかんずく
「価値ある青春」を
開くもの——。
それは「今まで、
どうであったか」ではない。
「これから、
どう生きるか」。
この力強い
前向きの一念である。
そこに勝利の道がある。
今の自分を超える労作業に
絶えず挑戦していく。
その「向上する心」にこそ、
青年の魂がある。
青年の力は無限である。
たとえ
逆境に突き落とされても、
ピンチを
チャンスに変える。
最後に勝つ
ドラマをつくる。
それが青年の強さである。
偉大な使命に生き抜けば、
偉大な自分を
築いていける。
青年の証しとは何か。
それは年齢ではない。
年老いても
「心は青年」の人がいる。
心が生きているか
死んでいるか。
わが胸に
「戦う心」が燃えているか
どうかである。
さあ、いよいよ、
太陽輝く7月へ!
躍動する「青年の月」へ!
偉大なる創価の師弟は、
断固と全てに
勝ちまくっていくのだ。
人類の幸福と平和という、
世界広宣流布の
大願を高く掲げ、
さらに壮大なる
創価の「師弟の物語」を、
来る日も来る日も、
綴り築こうではないか!
2020年7月1日水曜日
2020.07.01 わが友に贈る
無限に向上する人には
他者から学ぼうとする
謙虚な姿勢がある。
周囲への感謝を忘れず
探求心を燃やしゆこう!
国府尼御前御書 P1325
『日蓮をこいしくをはしせば常に出ずる日ゆうべにいづる月ををがませ給え、いつとなく日月にかげをうかぶる身なり』
【通解】
日蓮を恋しく思われたなら、常に(朝に)出る太陽、夕べに出る月を拝まれるがよい。(日蓮は)いつであっても、太陽や月に影を浮かべる身なのです。
名字の言 人間の精神は「太陽」のように絶えず輝いている——ゲーテ 2020年7月1日
気象情報会社の予想では、全国で梅雨が明けるのは7月下旬だという。日によって晴れ間があるとはいえ、太陽が恋しい季節。ただ、思えば雲のはるか上空には太陽が常に輝いている▼ゲーテは人間の精神とは"年を重ねても壊れることなく、永遠から永遠へと働き続ける"ものとし、「太陽」に例えた。「われわれの肉眼にだけは沈んで行くように見えるが、実際は決して没することなく、絶えず輝き続けているのだ」(高橋健二訳)▼ある多宝会の婦人は、入会以前から病を患っていた。知り合いの婦人部員から「強く生き抜くための仏法です」と聞き、教学部任用試験に挑戦。合格を機に入会した。だがその後、さらなる病を発症し、医師に余命3カ月半と告げられた▼その時、彼女は思った。"病という「魔」が競い起こった。本当に御書の通りだ"。そして確信した。"ならば、この信心で病魔に負けることなく、宿命転換できるんだ"と。あの日から3年半がたつ。米寿を迎えた彼女は、ますます元気で信心に励んでいる▼悩みという暗雲に覆われると、人は心に輝く"希望の太陽"を見失いそうになる。だが太陽の仏法を持ち、胸中に信心の確信を燃やし続ける限り、人生に闇はない。その信仰勝利の晴れ姿は周囲にも希望の光を届けることになる。(白)
寸鉄 2020年7月1日
「宿縁ふかしと思うて」御書。さあ師弟の絆胸に。創立90周年へ希望を拡大
人間関係が希薄な今こそ学会の役割に期待—日本の識者。激励の声を益々
今日から未来部ドリームチャレンジ期間。宝の友を皆で応援。成長の夏を
対策は一人一人が習慣化してこそ効果が—専門家手洗いなど、当たり前に
国民安全の日。心の隙に魔は付け込む。事故・火災起こさぬ祈りと意識強く
☆第百蓮華巻頭言2020年7月号 「立正安国」の勇気の大光を
わが師弟の旅は「立£安国論」と共に始まった。
終戦から二年、戸田城聖先生と初めてお会いした座談会で、先生は「立正安国論」を講義し、呼び掛けられた。
−−御本尊を、ひとたび受持した以上、個人としての成仏の問題は必ず解決する。しかし、一家のことを、一国のことを、さらに動乱の二十一世紀の世界を考えた時、
私は、この世から一切の不幸と悲惨をなくしたい。これを広宣流布という。どうだ、一緒にやるか!−−と。
日蓮仏法の真髄たる「立正安国」の旗を、戦後の荒野に、先生と共に我ら青年は決然と掲げたのだ。
「立正安国論」は、眼前の「天変地夭・飢饉疫癘」に憤俳する主人と客人の対話である。それは民衆の現実の苦悩をどう打開するかという。憂いの共有心から始まる。
権勢によりかかる客人は、時に顔色を変えて席を立とうとし、時に傲慢に「汝賤身を以て」と見下し反発する。
しかし主人は笑顔で包容し、「大乗を学す」誇りを込め悠然と語らいを深める。怒りや偏見に引き裂かれるのでもなく、諦めや無力感に引きずられるのでもない。分断も悲観も超え、生命尊厳の法理を共に探究して、「四表の静謐」を祈り行動する"誓いの共有"へと導くのだ。
大聖人は、安国論に寄せて「但偏に国の為法の為人の為にして身の為に之を申さず」(P35)と仰せである。
この大闘争に連なるゆえに、時代がどうあれ、学会は立正安国の対話を貫いてきた。どんな差異にも囚われず、その人の仏性を信じて「蘭室の交わり」を結び、平和・文化・教育の連帯を全世界に広げてきたのだ。
御本仏から託された「立正安国」の旗は、若き地涌の世界市民に継承されている。グローバル社会を襲う未聞の挑戦にも、地球民族の英知の結合で応戦し、二十一世紀の生命のルネサンスを必ずや果たしゆくに違いない。
「一人を手本として一切衆生平等」(P456)なり。
一人一人の青年の「人間革命」から無限の希望が広がる。我ら師弟の遠大な旅路は、今日も断固、前へ!
試練にも
不退の旗持つ
若人ありて
創価の宝土は
勇気の大光を
☆2020年 学会史メモリアル 7月
◎7・3「戸田先生出獄の日、池田先生入獄の日」
1945年(昭和20年)7月3日は、軍部政府により不敬罪、治安維持法違反の罪に問われ、投獄されていた戸田城聖先生(当時・理事長)が出獄した日。戸田先生は、獄死した初代会長・牧口常三郎先生の遺志を継ぎ、学会の再建に立ち上がった。本年は出獄から75年。
57年(同32年)7月3日、大阪府警が、参議院大阪地方区の補欠選挙で支援の責任者であった池田大作先生(当時・青年部の室長)を、選挙違反の容疑で不当逮捕(大阪事件)。同月12日、蔵前の国技館(当時)で大阪事件に抗議する「東京大会」が行われた。
池田先生は、17日に釈放され、同日、中之島の大阪市中央公会堂で「大阪大会」が開かれた。62年(同37年)1月25日に無罪判決が出された。※参考資料=小説『人間革命』第1巻「黎明」、第11巻「大阪」、『新・人間革命』第4巻「立正安国」、第5巻「獅子」、『池田大作全集』第22巻、『法華経の智慧』普及版〈下〉
◎7・3「東北の日」
87年(昭和62年)7月3日、池田先生は東北・仙台を訪問。"仏法は勝負であり、信心は絶えざる魔との戦いである"と語り、東北広布のさらなる発展に期待した。
◎7・11「男子部結成記念日」
51年(昭和26年)7月11日、東京・西神田の旧学会本部で、戸田先生のもと、百数十人が集い、男子部が結成された。75万世帯達成に向け、男子部は弘教に奮闘。若き池田先生は蒲田、関西などで折伏・弘教の金字塔を打ち立てた。※参考資料=『人間革命』第5巻「随喜」
◎7・15 聖教新聞「日刊化」55周年
聖教新聞は65年(昭和40年)7月15日付から日刊化がスタートし、本年で55周年となる。※参考資料=『新・人間革命』第10巻「言論城」
◎7・16「沖縄初訪問」60周年
日蓮大聖人の「立正安国論」提出から700年となる60年(昭和35年)7月16日、池田先生は沖縄を初訪問。本年で60周年。沖縄は当時、米国の施政権下にあった。※参考資料=『新・人間革命』第2巻「先駆」
◎7・19「女子部結成記念日」
女子部の結成式は51年(昭和26年)7月19日、西神田の旧学会本部で行われた。戸田先生は、集った74人に、「女子部員は、一人残らず幸福に」と激励した。※参考資料=『人間革命』第5巻「随喜」
◎7・27「中部の日」
76年(昭和51年)7月27日、池田先生は名古屋での中部記念幹部会に出席し、"異体同心こそ広布実現の要諦である"とスピーチ。「中部旗」を授与した。
他者から学ぼうとする
謙虚な姿勢がある。
周囲への感謝を忘れず
探求心を燃やしゆこう!
国府尼御前御書 P1325
『日蓮をこいしくをはしせば常に出ずる日ゆうべにいづる月ををがませ給え、いつとなく日月にかげをうかぶる身なり』
【通解】
日蓮を恋しく思われたなら、常に(朝に)出る太陽、夕べに出る月を拝まれるがよい。(日蓮は)いつであっても、太陽や月に影を浮かべる身なのです。
名字の言 人間の精神は「太陽」のように絶えず輝いている——ゲーテ 2020年7月1日
気象情報会社の予想では、全国で梅雨が明けるのは7月下旬だという。日によって晴れ間があるとはいえ、太陽が恋しい季節。ただ、思えば雲のはるか上空には太陽が常に輝いている▼ゲーテは人間の精神とは"年を重ねても壊れることなく、永遠から永遠へと働き続ける"ものとし、「太陽」に例えた。「われわれの肉眼にだけは沈んで行くように見えるが、実際は決して没することなく、絶えず輝き続けているのだ」(高橋健二訳)▼ある多宝会の婦人は、入会以前から病を患っていた。知り合いの婦人部員から「強く生き抜くための仏法です」と聞き、教学部任用試験に挑戦。合格を機に入会した。だがその後、さらなる病を発症し、医師に余命3カ月半と告げられた▼その時、彼女は思った。"病という「魔」が競い起こった。本当に御書の通りだ"。そして確信した。"ならば、この信心で病魔に負けることなく、宿命転換できるんだ"と。あの日から3年半がたつ。米寿を迎えた彼女は、ますます元気で信心に励んでいる▼悩みという暗雲に覆われると、人は心に輝く"希望の太陽"を見失いそうになる。だが太陽の仏法を持ち、胸中に信心の確信を燃やし続ける限り、人生に闇はない。その信仰勝利の晴れ姿は周囲にも希望の光を届けることになる。(白)
寸鉄 2020年7月1日
「宿縁ふかしと思うて」御書。さあ師弟の絆胸に。創立90周年へ希望を拡大
人間関係が希薄な今こそ学会の役割に期待—日本の識者。激励の声を益々
今日から未来部ドリームチャレンジ期間。宝の友を皆で応援。成長の夏を
対策は一人一人が習慣化してこそ効果が—専門家手洗いなど、当たり前に
国民安全の日。心の隙に魔は付け込む。事故・火災起こさぬ祈りと意識強く
☆第百蓮華巻頭言2020年7月号 「立正安国」の勇気の大光を
わが師弟の旅は「立£安国論」と共に始まった。
終戦から二年、戸田城聖先生と初めてお会いした座談会で、先生は「立正安国論」を講義し、呼び掛けられた。
−−御本尊を、ひとたび受持した以上、個人としての成仏の問題は必ず解決する。しかし、一家のことを、一国のことを、さらに動乱の二十一世紀の世界を考えた時、
私は、この世から一切の不幸と悲惨をなくしたい。これを広宣流布という。どうだ、一緒にやるか!−−と。
日蓮仏法の真髄たる「立正安国」の旗を、戦後の荒野に、先生と共に我ら青年は決然と掲げたのだ。
「立正安国論」は、眼前の「天変地夭・飢饉疫癘」に憤俳する主人と客人の対話である。それは民衆の現実の苦悩をどう打開するかという。憂いの共有心から始まる。
権勢によりかかる客人は、時に顔色を変えて席を立とうとし、時に傲慢に「汝賤身を以て」と見下し反発する。
しかし主人は笑顔で包容し、「大乗を学す」誇りを込め悠然と語らいを深める。怒りや偏見に引き裂かれるのでもなく、諦めや無力感に引きずられるのでもない。分断も悲観も超え、生命尊厳の法理を共に探究して、「四表の静謐」を祈り行動する"誓いの共有"へと導くのだ。
大聖人は、安国論に寄せて「但偏に国の為法の為人の為にして身の為に之を申さず」(P35)と仰せである。
この大闘争に連なるゆえに、時代がどうあれ、学会は立正安国の対話を貫いてきた。どんな差異にも囚われず、その人の仏性を信じて「蘭室の交わり」を結び、平和・文化・教育の連帯を全世界に広げてきたのだ。
御本仏から託された「立正安国」の旗は、若き地涌の世界市民に継承されている。グローバル社会を襲う未聞の挑戦にも、地球民族の英知の結合で応戦し、二十一世紀の生命のルネサンスを必ずや果たしゆくに違いない。
「一人を手本として一切衆生平等」(P456)なり。
一人一人の青年の「人間革命」から無限の希望が広がる。我ら師弟の遠大な旅路は、今日も断固、前へ!
試練にも
不退の旗持つ
若人ありて
創価の宝土は
勇気の大光を
☆2020年 学会史メモリアル 7月
◎7・3「戸田先生出獄の日、池田先生入獄の日」
1945年(昭和20年)7月3日は、軍部政府により不敬罪、治安維持法違反の罪に問われ、投獄されていた戸田城聖先生(当時・理事長)が出獄した日。戸田先生は、獄死した初代会長・牧口常三郎先生の遺志を継ぎ、学会の再建に立ち上がった。本年は出獄から75年。
57年(同32年)7月3日、大阪府警が、参議院大阪地方区の補欠選挙で支援の責任者であった池田大作先生(当時・青年部の室長)を、選挙違反の容疑で不当逮捕(大阪事件)。同月12日、蔵前の国技館(当時)で大阪事件に抗議する「東京大会」が行われた。
池田先生は、17日に釈放され、同日、中之島の大阪市中央公会堂で「大阪大会」が開かれた。62年(同37年)1月25日に無罪判決が出された。※参考資料=小説『人間革命』第1巻「黎明」、第11巻「大阪」、『新・人間革命』第4巻「立正安国」、第5巻「獅子」、『池田大作全集』第22巻、『法華経の智慧』普及版〈下〉
◎7・3「東北の日」
87年(昭和62年)7月3日、池田先生は東北・仙台を訪問。"仏法は勝負であり、信心は絶えざる魔との戦いである"と語り、東北広布のさらなる発展に期待した。
◎7・11「男子部結成記念日」
51年(昭和26年)7月11日、東京・西神田の旧学会本部で、戸田先生のもと、百数十人が集い、男子部が結成された。75万世帯達成に向け、男子部は弘教に奮闘。若き池田先生は蒲田、関西などで折伏・弘教の金字塔を打ち立てた。※参考資料=『人間革命』第5巻「随喜」
◎7・15 聖教新聞「日刊化」55周年
聖教新聞は65年(昭和40年)7月15日付から日刊化がスタートし、本年で55周年となる。※参考資料=『新・人間革命』第10巻「言論城」
◎7・16「沖縄初訪問」60周年
日蓮大聖人の「立正安国論」提出から700年となる60年(昭和35年)7月16日、池田先生は沖縄を初訪問。本年で60周年。沖縄は当時、米国の施政権下にあった。※参考資料=『新・人間革命』第2巻「先駆」
◎7・19「女子部結成記念日」
女子部の結成式は51年(昭和26年)7月19日、西神田の旧学会本部で行われた。戸田先生は、集った74人に、「女子部員は、一人残らず幸福に」と激励した。※参考資料=『人間革命』第5巻「随喜」
◎7・27「中部の日」
76年(昭和51年)7月27日、池田先生は名古屋での中部記念幹部会に出席し、"異体同心こそ広布実現の要諦である"とスピーチ。「中部旗」を授与した。
2020年6月30日火曜日
2020.06.30 わが友に贈る
「話すと元気になる」
「あの人がいるから
心強い」と慕われる
安心と信頼の存在に!
励ましの光を幾重にも!
報恩抄 P319
『何れの月何れの日何れの夜の何れの時に日出ずるという公家諸家叡山等の日記あるならばすこし信ずるへんもや』
【通解】
いずれの月・いずれの日・いずれの夜、いずれの時間に、太陽が出現したという、公家・諸家・叡山等の日記があるならば、少しは信ずることもできようが、それにも、ぜんぜんないではないか。
名字の言 クラシック音楽は「変わらないから面白い」 2020年6月30日
作曲家・ピアニストの山中惇史さんが、本紙の文化欄で語っていた。クラシック音楽は、楽譜に沿った忠実な演奏が求められる。その奏法は何百年も変わらない。「変わらないから面白いのです」と▼クラシックの名曲には、偉大な音楽家たちの"魂"が息づいている。魂の力は、時を経ても衰えない。そこに迫ろうとする限り、楽器や演奏者が変わっても人々を魅了し続けるだろう▼変化変化の社会。近年は、インターネット等が普及し、新しい情報、新しい製品が容易に手に入るようになった。が、どんな新情報や新製品もすぐに古くなる。しかも、そのサイクルはますます短くなるようだ。心したいのは、いかに技術が進歩しても、人間の本質に関わる「生老病死」という根本的な苦悩はなくならないということだ▼仏法は「生老病死」という四苦を「常楽我浄」の四徳に転じる哲理と実践を説く。すなわち、「生」を喜びと充実で満たし、「老」や「病」さえ大きな境涯を開く糧にし、「死」を永遠の幸福への晴れやかな出発にしていく。この仏法の叡智は、古くなることがない▼混迷を深める時代に、「生きた哲学」を共に学び、共に実践し、支え励まし合いながら希望を広げる創価の世界。この陣列の尊さを、改めて思う。(実)
寸鉄 2020年6月30日
「一切の法は皆是れ仏法」御書。智慧の太陽が輝く信心即生活の賢者たれ!
学生部結成記念日。俊英の使命は先駆!学び語り新時代の扉を堂々と開け
牧口先生は70歳でも「われわれ青年は」が口癖と。生涯青春の多宝会、尊し
あすからレジ袋有料化。地球守る鍵は一人一人の意識変革と具体的行動に
7月は「熱中症予防強化月間」。絶対に油断せず。健康こそ人生勝利の基盤
☆心に御書を 第55回 未来を開く真の知性と光れ
<御文>
『智者と申すは国のあやうきを・いさめ人の邪見を申しとどむるこそ智者にては候なれ』(頼基陳状、1156ページ)
<通解>
智者というのは、国の危機を諫め、人の邪見をとどめることこそ、智者ではないでしょうか。
<池田先生が贈る指針>
讒言で陥れられた門下の冤罪を晴らすために執筆された御書である。
激動の乱世だからこそ、正義と真実を語り、勇気と希望を贈るのが、真の知性だ。その原動力が、仏法の人間主義の大哲学である。
虚偽や悪意が渦巻く社会に、創価の普賢たる男女学生部の言論は、凜と輝き光る。未来を開く「善の絆」を強固に!
☆明日を照らす テーマ:善知識 2020年6月9日
かつて池田先生は、組織について悩んでいるという青年に語りました。「学会の組織は、一人一人を強くし、魔に打ち勝っていくためにある。一人で孤立していては、人間革命も広宣流布もできない。今はわからなくても、学会と共に、同志と共に、前進してごらん。学会の組織のありがたさを深く感じる時が、必ず来るよ」と。これまで多くの友が、学会の中で蘇生のドラマをつづってきました。今回の「明日を照らす」は、「善知識」をテーマに学びます。
三三蔵祈雨事
『されば仏になるみちは善知識にはすぎず、わが智慧なににかせん、ただあつきつめたきばかりの智慧だにも候ならば善知識たいせちなり、而るに善知識に値う事が第一のかたき事なり』(御書1468ページ)
◇成仏の方向を示す
【通解】仏になる道は善知識に勝るものはない。わが智慧は何の役に立とう。ただ暑さ寒さを知るだけの智慧でもあるならば、善知識が大切なのである。しかしながら、善知識に値うことが最も難しいことである。
◇
本抄は、日蓮大聖人が建治元年(1275年)、あるいはその翌年に身延で著され、駿河国(静岡県中央部)の富士方面に住む西山入道に送られたとされています。当時は、大聖人が予言した他国侵逼難が的中し(文永の役)、危機感を募らせた幕府と朝廷は有力寺社等に蒙古調伏の祈祷を命じていました。
社会が騒然としたなか、成仏のためには「善知識」という縁が大切であることを教えられました。
仏法用語で「知識」とは友人や知人を意味し、仏法の正しい実践に導いてくれる存在を「善知識」と呼びます。
成仏を目指そうと仏道修行に励むことは、一人一人の実践が基本です。しかし、信心を阻もうとする三障四魔を一人で打ち破るのは決して容易ではありません。ゆえに、師匠や同志という"善き友"の支えや触発が、確固とした幸福境涯を築くためには必要不可欠なのです。
しかし凡夫は、「わが智慧」が勝れていると思い込んでしまい、求道の心を失い、善知識を遠ざけてしまいがちです。また、末法は悪知識が充満する時代でもあります。よって、善知識を自ら求める姿勢が肝要だと仰せなのです。
創価学会は、最高の善知識の集いです。「題目を唱えましょう」「仏法を学びましょう」——広宣流布の方向、成仏の方向を指し示す、学会の組織の中で行学に励むことこそ、幸福と勝利の人生を歩む要諦なのです。
種種御振舞御書
『国主等のかたきにするは既に正法を行ずるにてあるなり、釈迦如来の御ためには提婆達多こそ第一の善知識なれ、今の世間を見るに人をよくなすものはかたうどよりも強敵が人をば・よくなしけるなり』(御書917ページ)
◇悪知識をも成長の糧に
【通解】国主等が敵にするのは、こちらがすでに正法を行じているということである。釈迦如来にとっては(迫害を加えてきた)提婆達多こそ第一の善知識ではなかったか。今の世間を見ると、人をよくするものは、味方よりも強敵が人をよくしているのである。
◇
本抄は、日蓮大聖人が建治2年(1276年)に身延で認められ、光日房に与えられたとされていましたが、詳細は不明です。大聖人御自身のお振る舞いや不惜身命の闘争が記されています。
仏法の修行と理解が深まれば、三障四魔が必ず競い起こる——天台大師の『摩訶止観』に記された通り、大聖人御自身が国主等の迫害に遭うこと自体が、正法を行じている証しであると教えられています。
提婆達多は、釈尊の親戚で才能豊かな弟子でありながら、釈尊を嫉んで敵対し殺害や教団の分裂などを企てます。
釈尊は、提婆達多と戦い魔を打ち破ることで自身の偉大さが証明され、教団も発展しました。ゆえに大聖人は、釈尊を迫害し抜いた提婆達多を善知識と仰せなのです。
同じように大聖人にとって、御自身の命を狙う極楽寺良観や平左衛門尉ら迫害者こそが、仏になるための"第一の味方"であったと喜ばれています。
"世間においても、自身を成長させ強くするものは、味方よりも強敵である"と仰せの通り、私たちの人生においても、信心を妨げる存在や、苦手な人に直面したり、行き詰まりを感じたりした時が、成長のチャンスです。相手のことを祈り、信心で立ち向かうことで、自身の境涯を大きく開く好機にできます。
何があっても強盛な信心を奮い起こし、人生を勝利することで、悪知識をも善知識へと変えていけるのです。
☆きょう「学生部結成記念日」
◇希望の哲学で新たな歴史を開け
きょう6月30日は「学生部結成記念日」である。1957年のこの日、第2代会長・戸田城聖先生のもとに男女学生の代表約500人が集って、学生部は結成。池田大作先生が祝電を送った。男女学生部の友は、今月を「希望の哲学を胸に! 先駆励まし月間」として、御書の研さんと希望の拡大に走ってきた。また結成記念日に寄せて、各国学生部のリーダーからメッセージが届けられた。
◇男子学生部は全国オンライン総会を開催
新型コロナウイルスの世界的流行は、学生たちの生活に大きな影響をもたらしている。
大学等の授業の多くはオンラインとなり、友人と直接会う機会は激減。不況による経済的困難に直面する学生も多く、就職活動でも不安な状況が続く。
だからこそ、互いの「心の距離」を近づけ、「希望」を広げていこう!——男女学生部はインターネットを駆使して、多彩な取り組みを進めてきた。そうした中、共に唱題や仏法対話、研さんに励む友は例年よりも増加している。
男子学生部は、ライブ講義「学生部スタディーチャンネル」を3月末から、ほぼ毎週配信。学生部のリーダーが、基礎教学や御書の講義を行ってきた。6月は「佐渡御書」を学び、「困難に負けずに頑張ります!」などの声が多数寄せられた。
また、全国で8万人を超える友人に励ましの対話を広げてきた。28日には全学生部員を対象とした"オンライン総会"を動画配信で実施。さらなる成長を皆で誓い合った。
◇女子学生部は各地でオンラインの集い
女子学生部は「開目抄」をはじめ「池田華陽会御書30編」の研さんに取り組んできた。
同世代の友と勉強や信心について気軽に語り合える会合をオンラインで開く地域も。会合では、新入生から先輩への質問コーナーや広布史を学ぶクイズ、御書講義、信仰体験などを通し、福智のスクラムを拡大。「この集いが、自分が頑張れる原動力です!」など喜びの声が聞かれる。
池田先生は、学生部の友に万感の期待を寄せている。
「新たな地球文明の創造へ、創価の世界宗教の真価を、いよいよ発揮する本舞台が、わが不二の学生部を待っているのだ」
さあ、共に希望の歴史の建設を!——師弟の誓いを胸に、若き友は前進を続ける。
◇活躍する友の話題を紹介
富山の山谷祐貴さん(大学3年)は医学部で学ぶとともに、5月からは大学生への生活支援として、総菜を届けるボランティア活動に参加している。
組織ではグループ長として「皆の成長の原動力になれば」と、オンラインの集いを毎週開催。自ら御書講義などを行う。
集いには大学の友人も毎週のように参加しており、「ここに来ると、1週間頑張ろうと思えるんです」と感想を。その姿を見て、他の部員が自身の友人を集いに招くなど、決意の波が広がる。
山谷さんは「周囲を安心させられる力と人格をもった医師となり、地域医療の発展に貢献したい」と誓う。
神奈川の岩崎優里花さん(大学6年)は、明年の歯科医師国家試験の合格を目指し全力を尽くす。昨年は勉強や人間関係の問題で悩んだこともあったが、同志と御書を学ぶ中で、自分を信じて進むことができた。
その確信のままに、今月、新入生とオンライン御書学習会を開き、「諸法実相抄」を共に研さん。また、仏法対話にも挑戦し、先日は友人に『ワールド セイキョウ』を渡すことができた。
岩崎さんは力強く語る。「今まで支えてくれた家族、同志、そして池田先生への感謝を忘れず、勝利の実証を示してまいります」
◇各国のリーダーからメッセージ
フィリピン アンダヤ学生部長
フィリピンの大学生は、通信環境が十分でない場合もある中、オンライン授業と、個人のレベルに合わせた課題に取り組むなどして学業に励んでいます。
こうした状況下で、学生部は、各人がどのように自身の困難を乗り越えているかを共有する「Breakthrough(突破口を開こう)」運動を開始。早速、唱題根本に奨学生として大学入学を果たした体験や、御書の一節を胸に、自己への挑戦を重ねる様子が報告されています。
今こそ信心への確信を胸に、物理的に離れていようとも、SNS等を駆使して部員へ、友人へ、励ましの輪を大きく広げる時と実感します。
「逆境に打ち勝つ」との哲学に満ちた池田先生の指導などを、オンラインの学習会を通して深めながら、強固な心の団結を築き、民衆を守る学生部の使命を果たしていきます!
イタリア ヴァレンテ女子学生部長
イタリア学生部はコロナ禍でも、友人を招いての集いをオンラインで継続。小説『新・人間革命』で学生部に触れられている箇所や「開目抄」「観心本尊抄」の研さんなどを通し、池田先生との絆を強め、学生部の使命を確認し合っています。
さらに、人権の闘士・エスキベル博士と池田先生の共同声明をもとに、持続可能な社会への展望と提案をまとめた「イタリア学生部宣言」の実現へ、実践を続けています。
きょう30日には、オンライン会議を開催します。学生部の代表が先生の平和提言や創価の社会活動などを紹介し、大学教授らがSDGs(持続可能な開発目標)について多様なテーマで講演する予定です。
学生部員の成長こそ社会の希望と確信し、民衆のために学び行動できる一人一人に成長していく決意です。
「あの人がいるから
心強い」と慕われる
安心と信頼の存在に!
励ましの光を幾重にも!
報恩抄 P319
『何れの月何れの日何れの夜の何れの時に日出ずるという公家諸家叡山等の日記あるならばすこし信ずるへんもや』
【通解】
いずれの月・いずれの日・いずれの夜、いずれの時間に、太陽が出現したという、公家・諸家・叡山等の日記があるならば、少しは信ずることもできようが、それにも、ぜんぜんないではないか。
名字の言 クラシック音楽は「変わらないから面白い」 2020年6月30日
作曲家・ピアニストの山中惇史さんが、本紙の文化欄で語っていた。クラシック音楽は、楽譜に沿った忠実な演奏が求められる。その奏法は何百年も変わらない。「変わらないから面白いのです」と▼クラシックの名曲には、偉大な音楽家たちの"魂"が息づいている。魂の力は、時を経ても衰えない。そこに迫ろうとする限り、楽器や演奏者が変わっても人々を魅了し続けるだろう▼変化変化の社会。近年は、インターネット等が普及し、新しい情報、新しい製品が容易に手に入るようになった。が、どんな新情報や新製品もすぐに古くなる。しかも、そのサイクルはますます短くなるようだ。心したいのは、いかに技術が進歩しても、人間の本質に関わる「生老病死」という根本的な苦悩はなくならないということだ▼仏法は「生老病死」という四苦を「常楽我浄」の四徳に転じる哲理と実践を説く。すなわち、「生」を喜びと充実で満たし、「老」や「病」さえ大きな境涯を開く糧にし、「死」を永遠の幸福への晴れやかな出発にしていく。この仏法の叡智は、古くなることがない▼混迷を深める時代に、「生きた哲学」を共に学び、共に実践し、支え励まし合いながら希望を広げる創価の世界。この陣列の尊さを、改めて思う。(実)
寸鉄 2020年6月30日
「一切の法は皆是れ仏法」御書。智慧の太陽が輝く信心即生活の賢者たれ!
学生部結成記念日。俊英の使命は先駆!学び語り新時代の扉を堂々と開け
牧口先生は70歳でも「われわれ青年は」が口癖と。生涯青春の多宝会、尊し
あすからレジ袋有料化。地球守る鍵は一人一人の意識変革と具体的行動に
7月は「熱中症予防強化月間」。絶対に油断せず。健康こそ人生勝利の基盤
☆心に御書を 第55回 未来を開く真の知性と光れ
<御文>
『智者と申すは国のあやうきを・いさめ人の邪見を申しとどむるこそ智者にては候なれ』(頼基陳状、1156ページ)
<通解>
智者というのは、国の危機を諫め、人の邪見をとどめることこそ、智者ではないでしょうか。
<池田先生が贈る指針>
讒言で陥れられた門下の冤罪を晴らすために執筆された御書である。
激動の乱世だからこそ、正義と真実を語り、勇気と希望を贈るのが、真の知性だ。その原動力が、仏法の人間主義の大哲学である。
虚偽や悪意が渦巻く社会に、創価の普賢たる男女学生部の言論は、凜と輝き光る。未来を開く「善の絆」を強固に!
☆明日を照らす テーマ:善知識 2020年6月9日
かつて池田先生は、組織について悩んでいるという青年に語りました。「学会の組織は、一人一人を強くし、魔に打ち勝っていくためにある。一人で孤立していては、人間革命も広宣流布もできない。今はわからなくても、学会と共に、同志と共に、前進してごらん。学会の組織のありがたさを深く感じる時が、必ず来るよ」と。これまで多くの友が、学会の中で蘇生のドラマをつづってきました。今回の「明日を照らす」は、「善知識」をテーマに学びます。
三三蔵祈雨事
『されば仏になるみちは善知識にはすぎず、わが智慧なににかせん、ただあつきつめたきばかりの智慧だにも候ならば善知識たいせちなり、而るに善知識に値う事が第一のかたき事なり』(御書1468ページ)
◇成仏の方向を示す
【通解】仏になる道は善知識に勝るものはない。わが智慧は何の役に立とう。ただ暑さ寒さを知るだけの智慧でもあるならば、善知識が大切なのである。しかしながら、善知識に値うことが最も難しいことである。
◇
本抄は、日蓮大聖人が建治元年(1275年)、あるいはその翌年に身延で著され、駿河国(静岡県中央部)の富士方面に住む西山入道に送られたとされています。当時は、大聖人が予言した他国侵逼難が的中し(文永の役)、危機感を募らせた幕府と朝廷は有力寺社等に蒙古調伏の祈祷を命じていました。
社会が騒然としたなか、成仏のためには「善知識」という縁が大切であることを教えられました。
仏法用語で「知識」とは友人や知人を意味し、仏法の正しい実践に導いてくれる存在を「善知識」と呼びます。
成仏を目指そうと仏道修行に励むことは、一人一人の実践が基本です。しかし、信心を阻もうとする三障四魔を一人で打ち破るのは決して容易ではありません。ゆえに、師匠や同志という"善き友"の支えや触発が、確固とした幸福境涯を築くためには必要不可欠なのです。
しかし凡夫は、「わが智慧」が勝れていると思い込んでしまい、求道の心を失い、善知識を遠ざけてしまいがちです。また、末法は悪知識が充満する時代でもあります。よって、善知識を自ら求める姿勢が肝要だと仰せなのです。
創価学会は、最高の善知識の集いです。「題目を唱えましょう」「仏法を学びましょう」——広宣流布の方向、成仏の方向を指し示す、学会の組織の中で行学に励むことこそ、幸福と勝利の人生を歩む要諦なのです。
種種御振舞御書
『国主等のかたきにするは既に正法を行ずるにてあるなり、釈迦如来の御ためには提婆達多こそ第一の善知識なれ、今の世間を見るに人をよくなすものはかたうどよりも強敵が人をば・よくなしけるなり』(御書917ページ)
◇悪知識をも成長の糧に
【通解】国主等が敵にするのは、こちらがすでに正法を行じているということである。釈迦如来にとっては(迫害を加えてきた)提婆達多こそ第一の善知識ではなかったか。今の世間を見ると、人をよくするものは、味方よりも強敵が人をよくしているのである。
◇
本抄は、日蓮大聖人が建治2年(1276年)に身延で認められ、光日房に与えられたとされていましたが、詳細は不明です。大聖人御自身のお振る舞いや不惜身命の闘争が記されています。
仏法の修行と理解が深まれば、三障四魔が必ず競い起こる——天台大師の『摩訶止観』に記された通り、大聖人御自身が国主等の迫害に遭うこと自体が、正法を行じている証しであると教えられています。
提婆達多は、釈尊の親戚で才能豊かな弟子でありながら、釈尊を嫉んで敵対し殺害や教団の分裂などを企てます。
釈尊は、提婆達多と戦い魔を打ち破ることで自身の偉大さが証明され、教団も発展しました。ゆえに大聖人は、釈尊を迫害し抜いた提婆達多を善知識と仰せなのです。
同じように大聖人にとって、御自身の命を狙う極楽寺良観や平左衛門尉ら迫害者こそが、仏になるための"第一の味方"であったと喜ばれています。
"世間においても、自身を成長させ強くするものは、味方よりも強敵である"と仰せの通り、私たちの人生においても、信心を妨げる存在や、苦手な人に直面したり、行き詰まりを感じたりした時が、成長のチャンスです。相手のことを祈り、信心で立ち向かうことで、自身の境涯を大きく開く好機にできます。
何があっても強盛な信心を奮い起こし、人生を勝利することで、悪知識をも善知識へと変えていけるのです。
☆きょう「学生部結成記念日」
◇希望の哲学で新たな歴史を開け
きょう6月30日は「学生部結成記念日」である。1957年のこの日、第2代会長・戸田城聖先生のもとに男女学生の代表約500人が集って、学生部は結成。池田大作先生が祝電を送った。男女学生部の友は、今月を「希望の哲学を胸に! 先駆励まし月間」として、御書の研さんと希望の拡大に走ってきた。また結成記念日に寄せて、各国学生部のリーダーからメッセージが届けられた。
◇男子学生部は全国オンライン総会を開催
新型コロナウイルスの世界的流行は、学生たちの生活に大きな影響をもたらしている。
大学等の授業の多くはオンラインとなり、友人と直接会う機会は激減。不況による経済的困難に直面する学生も多く、就職活動でも不安な状況が続く。
だからこそ、互いの「心の距離」を近づけ、「希望」を広げていこう!——男女学生部はインターネットを駆使して、多彩な取り組みを進めてきた。そうした中、共に唱題や仏法対話、研さんに励む友は例年よりも増加している。
男子学生部は、ライブ講義「学生部スタディーチャンネル」を3月末から、ほぼ毎週配信。学生部のリーダーが、基礎教学や御書の講義を行ってきた。6月は「佐渡御書」を学び、「困難に負けずに頑張ります!」などの声が多数寄せられた。
また、全国で8万人を超える友人に励ましの対話を広げてきた。28日には全学生部員を対象とした"オンライン総会"を動画配信で実施。さらなる成長を皆で誓い合った。
◇女子学生部は各地でオンラインの集い
女子学生部は「開目抄」をはじめ「池田華陽会御書30編」の研さんに取り組んできた。
同世代の友と勉強や信心について気軽に語り合える会合をオンラインで開く地域も。会合では、新入生から先輩への質問コーナーや広布史を学ぶクイズ、御書講義、信仰体験などを通し、福智のスクラムを拡大。「この集いが、自分が頑張れる原動力です!」など喜びの声が聞かれる。
池田先生は、学生部の友に万感の期待を寄せている。
「新たな地球文明の創造へ、創価の世界宗教の真価を、いよいよ発揮する本舞台が、わが不二の学生部を待っているのだ」
さあ、共に希望の歴史の建設を!——師弟の誓いを胸に、若き友は前進を続ける。
◇活躍する友の話題を紹介
富山の山谷祐貴さん(大学3年)は医学部で学ぶとともに、5月からは大学生への生活支援として、総菜を届けるボランティア活動に参加している。
組織ではグループ長として「皆の成長の原動力になれば」と、オンラインの集いを毎週開催。自ら御書講義などを行う。
集いには大学の友人も毎週のように参加しており、「ここに来ると、1週間頑張ろうと思えるんです」と感想を。その姿を見て、他の部員が自身の友人を集いに招くなど、決意の波が広がる。
山谷さんは「周囲を安心させられる力と人格をもった医師となり、地域医療の発展に貢献したい」と誓う。
神奈川の岩崎優里花さん(大学6年)は、明年の歯科医師国家試験の合格を目指し全力を尽くす。昨年は勉強や人間関係の問題で悩んだこともあったが、同志と御書を学ぶ中で、自分を信じて進むことができた。
その確信のままに、今月、新入生とオンライン御書学習会を開き、「諸法実相抄」を共に研さん。また、仏法対話にも挑戦し、先日は友人に『ワールド セイキョウ』を渡すことができた。
岩崎さんは力強く語る。「今まで支えてくれた家族、同志、そして池田先生への感謝を忘れず、勝利の実証を示してまいります」
◇各国のリーダーからメッセージ
フィリピン アンダヤ学生部長
フィリピンの大学生は、通信環境が十分でない場合もある中、オンライン授業と、個人のレベルに合わせた課題に取り組むなどして学業に励んでいます。
こうした状況下で、学生部は、各人がどのように自身の困難を乗り越えているかを共有する「Breakthrough(突破口を開こう)」運動を開始。早速、唱題根本に奨学生として大学入学を果たした体験や、御書の一節を胸に、自己への挑戦を重ねる様子が報告されています。
今こそ信心への確信を胸に、物理的に離れていようとも、SNS等を駆使して部員へ、友人へ、励ましの輪を大きく広げる時と実感します。
「逆境に打ち勝つ」との哲学に満ちた池田先生の指導などを、オンラインの学習会を通して深めながら、強固な心の団結を築き、民衆を守る学生部の使命を果たしていきます!
イタリア ヴァレンテ女子学生部長
イタリア学生部はコロナ禍でも、友人を招いての集いをオンラインで継続。小説『新・人間革命』で学生部に触れられている箇所や「開目抄」「観心本尊抄」の研さんなどを通し、池田先生との絆を強め、学生部の使命を確認し合っています。
さらに、人権の闘士・エスキベル博士と池田先生の共同声明をもとに、持続可能な社会への展望と提案をまとめた「イタリア学生部宣言」の実現へ、実践を続けています。
きょう30日には、オンライン会議を開催します。学生部の代表が先生の平和提言や創価の社会活動などを紹介し、大学教授らがSDGs(持続可能な開発目標)について多様なテーマで講演する予定です。
学生部員の成長こそ社会の希望と確信し、民衆のために学び行動できる一人一人に成長していく決意です。
2020年6月29日月曜日
2020.06.29 わが友に贈る
今週のことば
新時代の「青年の月」だ。
地涌の誓願の若き命に
越えられぬ試練はない。
舞を舞うがごとく
歓喜踊躍の前進を!
2020年6月29日
四条金吾女房御書 P1109
『夫婦共に法華の持者なり法華経流布あるべきたねをつぐ所の玉の子出で生れん目出度覚え候ぞ』
【通解】
あなた方夫婦はともに法華経を持つ人である。法華経が流布していく種を継ぐ、玉のような子どもが生まれるであろう。まことにめでたいことである。
名字の言 新たな栄光の共戦譜を 2020年6月29日
日に1度は必ず御書を手にし、年頭から全編拝読に挑む青年部員。彼は、充実の日々をこう表現する。「毎日、日蓮大聖人から個人指導を受けている気持ちになります」と▼「立正安国論」など法門についての論文に、教義の深遠さを知り、世界が開ける。門下を激励する御消息文に、自身も励まされ、勇気が湧く——時代を超え、大聖人から信心の薫陶を受けていると思うと、研さんにも真剣さが増す▼御聖訓に「(法華経の文字は)肉眼の者は文字と見る。(中略)仏は一字一字を金色の釈尊、つまり仏の生命そのものと見る」(御書1025ページ、通解)とある。同じ御文でも、拝する人の境涯や一念によって、理解の深さはいかようにも変わる▼現在、池田先生の会長就任60周年記念年譜『栄光の共戦譜』が友に贈呈されている。収録された年表に先生の死身弘法の軌跡を学びつつ、その行間から、当時の自身が宿命と戦いながらも師と紡いだ"わが栄光の共戦譜"がよみがえる友も多いことだろう▼同書は"あの時の誓いと奮闘を忘れてはならない""これからも共に人生を開いていこう"との思いがこもる、先生から私たち一人一人への励ましともいえる。学会創立100周年へ、新たな師弟凱歌の歴史を築いていこう。(城)
寸鉄 2020年6月29日
「他人なれどもかたらひぬれば命にも替る」御書。一本の電話も真心込めて
全てを価値創造に転じていけるのが創価の智慧—恩師。勇敢に困難に挑め
人は大きな目的があってこそ大きくなる—詩人。我らは立正安国のために
感染の誤った情報に触れていた人は7割—総務省正確な情報が不安除く要
警察等装い訪問する詐欺多し。銀行カードは他人に絶対渡すな。厳重管理
☆心に御書を 第64回 創価の若師子が対話に勇進
〈御文〉
『経に云く「若し法を聞くこと有らん者は一として成仏せざること無し」云云、文の心は此の経を持つ人は百人は百人ながら・千人は千人ながら・一人もかけず仏に成ると申す文なり』(上野尼御前御返事、1580ページ)
〈通解〉
法華経方便品に「もし法を聞いた者は、一人として成仏しない者はいない」と説かれている。経文の心は、この経を持つ人は、百人は百人すべて、千人は千人すべて、一人も欠けずに仏に成るという文である。
〈池田先生が贈る指針〉
妙法の世界は大きい。どんな差異も超えて、平等に「一人も欠けず仏になる」法理である。
創価の若師子たる男子部が、同世代を包み、地涌の対話を広げている。誠実と確信の声は、不安や悲嘆を払い、友を蘇生させずにはおかない。
分断の世相にも勇気の師子吼を響かせ、希望と信頼の連帯を築いてくれ給え!
新時代の「青年の月」だ。
地涌の誓願の若き命に
越えられぬ試練はない。
舞を舞うがごとく
歓喜踊躍の前進を!
2020年6月29日
四条金吾女房御書 P1109
『夫婦共に法華の持者なり法華経流布あるべきたねをつぐ所の玉の子出で生れん目出度覚え候ぞ』
【通解】
あなた方夫婦はともに法華経を持つ人である。法華経が流布していく種を継ぐ、玉のような子どもが生まれるであろう。まことにめでたいことである。
名字の言 新たな栄光の共戦譜を 2020年6月29日
日に1度は必ず御書を手にし、年頭から全編拝読に挑む青年部員。彼は、充実の日々をこう表現する。「毎日、日蓮大聖人から個人指導を受けている気持ちになります」と▼「立正安国論」など法門についての論文に、教義の深遠さを知り、世界が開ける。門下を激励する御消息文に、自身も励まされ、勇気が湧く——時代を超え、大聖人から信心の薫陶を受けていると思うと、研さんにも真剣さが増す▼御聖訓に「(法華経の文字は)肉眼の者は文字と見る。(中略)仏は一字一字を金色の釈尊、つまり仏の生命そのものと見る」(御書1025ページ、通解)とある。同じ御文でも、拝する人の境涯や一念によって、理解の深さはいかようにも変わる▼現在、池田先生の会長就任60周年記念年譜『栄光の共戦譜』が友に贈呈されている。収録された年表に先生の死身弘法の軌跡を学びつつ、その行間から、当時の自身が宿命と戦いながらも師と紡いだ"わが栄光の共戦譜"がよみがえる友も多いことだろう▼同書は"あの時の誓いと奮闘を忘れてはならない""これからも共に人生を開いていこう"との思いがこもる、先生から私たち一人一人への励ましともいえる。学会創立100周年へ、新たな師弟凱歌の歴史を築いていこう。(城)
寸鉄 2020年6月29日
「他人なれどもかたらひぬれば命にも替る」御書。一本の電話も真心込めて
全てを価値創造に転じていけるのが創価の智慧—恩師。勇敢に困難に挑め
人は大きな目的があってこそ大きくなる—詩人。我らは立正安国のために
感染の誤った情報に触れていた人は7割—総務省正確な情報が不安除く要
警察等装い訪問する詐欺多し。銀行カードは他人に絶対渡すな。厳重管理
☆心に御書を 第64回 創価の若師子が対話に勇進
〈御文〉
『経に云く「若し法を聞くこと有らん者は一として成仏せざること無し」云云、文の心は此の経を持つ人は百人は百人ながら・千人は千人ながら・一人もかけず仏に成ると申す文なり』(上野尼御前御返事、1580ページ)
〈通解〉
法華経方便品に「もし法を聞いた者は、一人として成仏しない者はいない」と説かれている。経文の心は、この経を持つ人は、百人は百人すべて、千人は千人すべて、一人も欠けずに仏に成るという文である。
〈池田先生が贈る指針〉
妙法の世界は大きい。どんな差異も超えて、平等に「一人も欠けず仏になる」法理である。
創価の若師子たる男子部が、同世代を包み、地涌の対話を広げている。誠実と確信の声は、不安や悲嘆を払い、友を蘇生させずにはおかない。
分断の世相にも勇気の師子吼を響かせ、希望と信頼の連帯を築いてくれ給え!
2020年6月28日日曜日
2020.06.28 わが友に贈る
いつも笑顔を忘れずに!
心に不屈の太陽を!
負けないことそれ自体が
全ての勝利につながる。
焦らず弛まず一歩ずつ!
南条殿御返事 P1531
『御心ざしのあらわれて候事申すばかりなし、せんするところはこなんでうどの(故南条殿)の法華経の御しんようのふかかりし事のあらわるるか、王の心ざしをば臣のべをやの心ざしをば子の申しのぶるとはこれなり、あわれことののうれしとをぼすらん』
【通解】
(南条時光の供養に)表れている志は、言葉では言い尽くせない。結局は、故南条殿(時光の父)の法華経への御信用が深かったことの表れであろうか。王の志を臣が述べ、親の志を子が申し述べるとはこのことである。本当に故殿はうれしく思っておられるであろう。
名字の言 コロナ禍で実感する「歌の力」 2020年6月28日
「歌は祈り」。オペラ歌手・佐藤しのぶさんが生前、自らの民音コンサートに掲げたタイトルである▼「私にとって歌うことと祈ることは、同じ」と、佐藤さんは本紙で語っていた。祈りも歌も、目には見えない。だが確かに人の心に届く。「今まで出会ったすべての方々への感謝の気持ちが、歌という形で伝えられたら」との願いを込めて、毎回のステージに全力で臨んでいたという▼"コロナ禍で歌の力を実感した"という人は少なくない。青年部の参加型プロジェクト「うたつく」(歌をつくろう)をはじめ、婦人部・白ゆり合唱団や未来部の代表、海外の友が作成した合唱動画を本紙電子版で視聴した読者も、多くおられるだろう▼信心に消極的だった青年が、同志の歌声を聞いた感想を寄せてくれた。一家を襲う宿命の嵐と戦っているさなかという彼。「"負けないで!"という祈りにも似た皆さんの思いが、僕の背中を押してくれました」。彼は友人にも合唱動画を送り、電話で仏法対話にも挑戦。"勇気の一歩"を踏み出した▼「歌は『訴う』こと」だと、池田先生は言う。「天に向かえば祈りとなり、人に向かえば心を伝えます」と。友の幸福を願う歌声は距離を超え、互いの心と心を結ぶ。そこから希望は生まれる。(之)
寸鉄 2020年6月28日
「青年の強みは燃ゆるが如き熱情」戸田先生。さあ若人の声の力で希望拡大
悩みを知らぬ者は幸福を知ることもない—文学者祈り強く変毒為薬の劇を
今後の社会で助け合いが必要と思う—9割。激励で心結ぶ我らの使命は大
大気が不安定な時期。気象情報を常に意識。無冠の皆様も無事故最優先で
空調の誤った洗浄方法で火災事故多発。説明書を必ず確認。自己流は禁物
☆第3代会長就任60周年記念 広布史アルバム 第5回 昭和54年6月
◇一人を味方に 友の幸福に尽くせ
あの友、この友の幸福を祈り、心を通わせる。胸襟を開いて、耳を傾け、日々の挑戦をたたえ合う。ここにこそ、創価学会の真実がある。
1979年(昭和54年)4月24日、池田先生は第3代会長を辞任。"会合で指導してはならない"など、宗門僧らによる師弟分断の謀略の嵐が吹き荒れる中、先生は功労者への訪問・激励を開始する。
「御聖訓通りの、ありとあらゆる中傷非難、そして迫害のなか、わが同志は、決して広宣流布の旗を下ろさなかった。この方々を護らずして、誰を護るのか! この方々を讃えずして、誰を讃えるのか! 本当ならば、尊い仏子である全学会員のお宅を、私は一軒一軒、訪問したかった」
先生は、一人、また一人と励ましを重ね、その数は600軒を超えた。
私の功労者宅への訪問は続いた。
その家の後継者や、小さいお孫さんとも親しく語り合った。一家一族を永遠に幸福の軌道に乗せることが、私の願いであり、祈りであったからだ。
母親の信心が立派な家庭は、どこも後継者がしっかりと育ち、栄えていた。全国を転戦しながら、移動の途中に、会員の家や店があれば、寄らせていただいた。
山口県では、離島にも足を運んだ。
兵庫県の中堅幹部のお宅では、関西の幹部に「3・16」の意義を後世に留める話をした。
大分空港に降り、坊主たちの苛めと戦い、苦しんできた方がいると知って、直ちにその場に向かったこともある。
二百軒目は、文京支部で共に戦った草創の支部長のお宅であった。
三百軒目は、神奈川の功労者で、ご一家のお母さんが病に伏したことを知り、お見舞いに伺った。
五百軒目は、坊主の迫害に耐え抜いた愛媛の勇者の家であった。一九八五年(昭和六十年)の寒い二月のことである。
一軒また一軒と数が増えるにつれ、自分の家族も増えるような思いであった。
苦労して個人指導、家庭指導に歩けば、その分だけ、人間としての厚みがまし、豊かな境涯になれるものだ。
きめ細かい生活指導こそ、不屈の信心の確立につながることを痛感する一日一日であった。会長辞任の直後、地道な家庭訪問から闘争を開始し、今や学会の民衆のスクラムは、世界をも結ぶまでになった。
一人を味方にできない人は、世界を味方にできない。
一つの家庭の幸福に尽くせない人は、人類の幸福に貢献できない。
一対一の対話——これこそ最も確かで崩れぬ、平和と幸福の人間の連帯を築く方途であるからだ。ここに、学会が永遠に栄え伸びゆく生命線があることを決して忘れてはならない。
心に不屈の太陽を!
負けないことそれ自体が
全ての勝利につながる。
焦らず弛まず一歩ずつ!
南条殿御返事 P1531
『御心ざしのあらわれて候事申すばかりなし、せんするところはこなんでうどの(故南条殿)の法華経の御しんようのふかかりし事のあらわるるか、王の心ざしをば臣のべをやの心ざしをば子の申しのぶるとはこれなり、あわれことののうれしとをぼすらん』
【通解】
(南条時光の供養に)表れている志は、言葉では言い尽くせない。結局は、故南条殿(時光の父)の法華経への御信用が深かったことの表れであろうか。王の志を臣が述べ、親の志を子が申し述べるとはこのことである。本当に故殿はうれしく思っておられるであろう。
名字の言 コロナ禍で実感する「歌の力」 2020年6月28日
「歌は祈り」。オペラ歌手・佐藤しのぶさんが生前、自らの民音コンサートに掲げたタイトルである▼「私にとって歌うことと祈ることは、同じ」と、佐藤さんは本紙で語っていた。祈りも歌も、目には見えない。だが確かに人の心に届く。「今まで出会ったすべての方々への感謝の気持ちが、歌という形で伝えられたら」との願いを込めて、毎回のステージに全力で臨んでいたという▼"コロナ禍で歌の力を実感した"という人は少なくない。青年部の参加型プロジェクト「うたつく」(歌をつくろう)をはじめ、婦人部・白ゆり合唱団や未来部の代表、海外の友が作成した合唱動画を本紙電子版で視聴した読者も、多くおられるだろう▼信心に消極的だった青年が、同志の歌声を聞いた感想を寄せてくれた。一家を襲う宿命の嵐と戦っているさなかという彼。「"負けないで!"という祈りにも似た皆さんの思いが、僕の背中を押してくれました」。彼は友人にも合唱動画を送り、電話で仏法対話にも挑戦。"勇気の一歩"を踏み出した▼「歌は『訴う』こと」だと、池田先生は言う。「天に向かえば祈りとなり、人に向かえば心を伝えます」と。友の幸福を願う歌声は距離を超え、互いの心と心を結ぶ。そこから希望は生まれる。(之)
寸鉄 2020年6月28日
「青年の強みは燃ゆるが如き熱情」戸田先生。さあ若人の声の力で希望拡大
悩みを知らぬ者は幸福を知ることもない—文学者祈り強く変毒為薬の劇を
今後の社会で助け合いが必要と思う—9割。激励で心結ぶ我らの使命は大
大気が不安定な時期。気象情報を常に意識。無冠の皆様も無事故最優先で
空調の誤った洗浄方法で火災事故多発。説明書を必ず確認。自己流は禁物
☆第3代会長就任60周年記念 広布史アルバム 第5回 昭和54年6月
◇一人を味方に 友の幸福に尽くせ
あの友、この友の幸福を祈り、心を通わせる。胸襟を開いて、耳を傾け、日々の挑戦をたたえ合う。ここにこそ、創価学会の真実がある。
1979年(昭和54年)4月24日、池田先生は第3代会長を辞任。"会合で指導してはならない"など、宗門僧らによる師弟分断の謀略の嵐が吹き荒れる中、先生は功労者への訪問・激励を開始する。
「御聖訓通りの、ありとあらゆる中傷非難、そして迫害のなか、わが同志は、決して広宣流布の旗を下ろさなかった。この方々を護らずして、誰を護るのか! この方々を讃えずして、誰を讃えるのか! 本当ならば、尊い仏子である全学会員のお宅を、私は一軒一軒、訪問したかった」
先生は、一人、また一人と励ましを重ね、その数は600軒を超えた。
私の功労者宅への訪問は続いた。
その家の後継者や、小さいお孫さんとも親しく語り合った。一家一族を永遠に幸福の軌道に乗せることが、私の願いであり、祈りであったからだ。
母親の信心が立派な家庭は、どこも後継者がしっかりと育ち、栄えていた。全国を転戦しながら、移動の途中に、会員の家や店があれば、寄らせていただいた。
山口県では、離島にも足を運んだ。
兵庫県の中堅幹部のお宅では、関西の幹部に「3・16」の意義を後世に留める話をした。
大分空港に降り、坊主たちの苛めと戦い、苦しんできた方がいると知って、直ちにその場に向かったこともある。
二百軒目は、文京支部で共に戦った草創の支部長のお宅であった。
三百軒目は、神奈川の功労者で、ご一家のお母さんが病に伏したことを知り、お見舞いに伺った。
五百軒目は、坊主の迫害に耐え抜いた愛媛の勇者の家であった。一九八五年(昭和六十年)の寒い二月のことである。
一軒また一軒と数が増えるにつれ、自分の家族も増えるような思いであった。
苦労して個人指導、家庭指導に歩けば、その分だけ、人間としての厚みがまし、豊かな境涯になれるものだ。
きめ細かい生活指導こそ、不屈の信心の確立につながることを痛感する一日一日であった。会長辞任の直後、地道な家庭訪問から闘争を開始し、今や学会の民衆のスクラムは、世界をも結ぶまでになった。
一人を味方にできない人は、世界を味方にできない。
一つの家庭の幸福に尽くせない人は、人類の幸福に貢献できない。
一対一の対話——これこそ最も確かで崩れぬ、平和と幸福の人間の連帯を築く方途であるからだ。ここに、学会が永遠に栄え伸びゆく生命線があることを決して忘れてはならない。
2020年6月27日土曜日
2020.06.27 わが友に贈る
「励まされる側」から
「励ます側」へ!
目の前の「一人」を
徹して大切に!
そこに広布の直道が。
月水御書 P1201
『殊に二十八品の中に勝れてめでたきは方便品と寿量品にて侍り、余品は皆枝葉にて候なり』
【通解】
ことに二十八品の中でも勝れて立派な品は方便品と寿量品である。その他の品は、皆、枝葉なのである。
名字の言 子どもたちの生命を守ったもの——映画「未来への伝言」 2020年6月27日
「未来への伝言」という映画がある。大流行したポリオ(小児まひ)から子どもたちの生命を救うため、ソ連(当時)の生ワクチンを入手しようと運動した日本の母親たちと、大量のワクチンを製造したソ連の医学者たちの奮闘を描く▼日本で大流行したのは、東西冷戦下の1960年。北海道を中心に感染は瞬く間に拡大し、年間報告患者数は5000人を超えた。300人以上が犠牲になっている。当時、有効とされた生ワクチンは国内使用が認められておらず、研究が進んでいたソ連からのワクチン寄贈の申し出もストップがかかった▼翌61年も流行は続き、「ポリオ患者発生数即日集計」が毎日、報道された。生ワクチンを求める声は国民運動となり、国は1300万人分の緊急輸入を決定。ソ連からは1000万人分が届けられた。ワクチン投与後、流行は急速に収束した▼「私も克服を真剣に祈った」。池田先生は第3代会長就任直後でもあった状況を振り返り、こう強く語っている。「『わが子を救いたい!』という母親たちの一念と、『日本の子どもを救いたい!』というソ連の医師の一念が、国家のコンクリートの壁を壊した」▼尊き生命を守るためには国境を超えた「人間としての連帯」が不可欠——これが未来への伝言だろう。(側)
寸鉄 2020年6月27日
「法華経は宝の山なり人は富人なり」御書。妙法の力は偉大。確信の題目で
天を晴らすような信心で生活照らせ—牧口先生。今いる場所で輝く実証を
結成50周年の未来会の日誓い貫く人生こそ崇高。生涯、共戦の道を進め!
「勝利は最も根気のある者にもたらされる」英雄。苦闘の先に歓喜は厳然と
7〜9月は平年より暑さ厳しく。熱中症に注意を。水分・塩分補給、小まめに
☆第3代会長就任60周年記念 広布史アルバム 第4回 昭和35年6月、福島での激励
◇生命即宇宙の悠々たるリズムで
1960年(昭和35年)5月23日、南米チリで観測史上最大の巨大地震が発生。津波は太平洋を横断し、翌24日未明に東北を襲った。
池田先生の行動は迅速だった。第3代会長就任から3週間。早朝、学会本部から、次々に見舞いと激励の電報を打つ。同時に災害対策本部を設け、津波の被害がなかった周辺地域に救援を呼び掛けた。
6月3日、先生は東北の同志を励ますため、福島の郡山へ。翌4日、東北総支部幹部会(郡山市民会館)に出席した。
津波襲来から、まだ10日余り。太平洋沿岸を走る鉄道は津波で断たれ、バスで何時間もかけて駆け付けた同志も多かった。
「どうしようもない津波というような三災七難……科学でも、政治でも、経済でも解決できないものは、たくさんあります」
「いずれの時代、いずこの国でも、宗教を根底としない文化、政治というものは、砂上の楼閣です」
登壇した池田先生は、苦難に直面する友を全精魂を込めて励ましつつ、災害の根本的な解決への道を訴えた。
「日蓮大聖人の生命哲学は、宇宙即生命、生命即宇宙であります。御本尊に題目をあげれば、365日、生命が大宇宙のリズムにキチッと合致して、悠々たるリズムの上に立った人生を生きていけるのです」
「仏法は勝負です。勝つか負けるかが仏法です。個人の宿命転換のためにも勝負です。生活革命のためにも勝負です。日本のためにも、世界のためにも、全部、勝負が根本です。その勝負も、御本尊が宇宙大の力をお貸しくださるわけですから、各々の立場で、洋々たる前進の戦をしていただきたいと思います」
「励ます側」へ!
目の前の「一人」を
徹して大切に!
そこに広布の直道が。
月水御書 P1201
『殊に二十八品の中に勝れてめでたきは方便品と寿量品にて侍り、余品は皆枝葉にて候なり』
【通解】
ことに二十八品の中でも勝れて立派な品は方便品と寿量品である。その他の品は、皆、枝葉なのである。
名字の言 子どもたちの生命を守ったもの——映画「未来への伝言」 2020年6月27日
「未来への伝言」という映画がある。大流行したポリオ(小児まひ)から子どもたちの生命を救うため、ソ連(当時)の生ワクチンを入手しようと運動した日本の母親たちと、大量のワクチンを製造したソ連の医学者たちの奮闘を描く▼日本で大流行したのは、東西冷戦下の1960年。北海道を中心に感染は瞬く間に拡大し、年間報告患者数は5000人を超えた。300人以上が犠牲になっている。当時、有効とされた生ワクチンは国内使用が認められておらず、研究が進んでいたソ連からのワクチン寄贈の申し出もストップがかかった▼翌61年も流行は続き、「ポリオ患者発生数即日集計」が毎日、報道された。生ワクチンを求める声は国民運動となり、国は1300万人分の緊急輸入を決定。ソ連からは1000万人分が届けられた。ワクチン投与後、流行は急速に収束した▼「私も克服を真剣に祈った」。池田先生は第3代会長就任直後でもあった状況を振り返り、こう強く語っている。「『わが子を救いたい!』という母親たちの一念と、『日本の子どもを救いたい!』というソ連の医師の一念が、国家のコンクリートの壁を壊した」▼尊き生命を守るためには国境を超えた「人間としての連帯」が不可欠——これが未来への伝言だろう。(側)
寸鉄 2020年6月27日
「法華経は宝の山なり人は富人なり」御書。妙法の力は偉大。確信の題目で
天を晴らすような信心で生活照らせ—牧口先生。今いる場所で輝く実証を
結成50周年の未来会の日誓い貫く人生こそ崇高。生涯、共戦の道を進め!
「勝利は最も根気のある者にもたらされる」英雄。苦闘の先に歓喜は厳然と
7〜9月は平年より暑さ厳しく。熱中症に注意を。水分・塩分補給、小まめに
☆第3代会長就任60周年記念 広布史アルバム 第4回 昭和35年6月、福島での激励
◇生命即宇宙の悠々たるリズムで
1960年(昭和35年)5月23日、南米チリで観測史上最大の巨大地震が発生。津波は太平洋を横断し、翌24日未明に東北を襲った。
池田先生の行動は迅速だった。第3代会長就任から3週間。早朝、学会本部から、次々に見舞いと激励の電報を打つ。同時に災害対策本部を設け、津波の被害がなかった周辺地域に救援を呼び掛けた。
6月3日、先生は東北の同志を励ますため、福島の郡山へ。翌4日、東北総支部幹部会(郡山市民会館)に出席した。
津波襲来から、まだ10日余り。太平洋沿岸を走る鉄道は津波で断たれ、バスで何時間もかけて駆け付けた同志も多かった。
「どうしようもない津波というような三災七難……科学でも、政治でも、経済でも解決できないものは、たくさんあります」
「いずれの時代、いずこの国でも、宗教を根底としない文化、政治というものは、砂上の楼閣です」
登壇した池田先生は、苦難に直面する友を全精魂を込めて励ましつつ、災害の根本的な解決への道を訴えた。
「日蓮大聖人の生命哲学は、宇宙即生命、生命即宇宙であります。御本尊に題目をあげれば、365日、生命が大宇宙のリズムにキチッと合致して、悠々たるリズムの上に立った人生を生きていけるのです」
「仏法は勝負です。勝つか負けるかが仏法です。個人の宿命転換のためにも勝負です。生活革命のためにも勝負です。日本のためにも、世界のためにも、全部、勝負が根本です。その勝負も、御本尊が宇宙大の力をお貸しくださるわけですから、各々の立場で、洋々たる前進の戦をしていただきたいと思います」
2020年6月26日金曜日
2020.06.26 わが友に贈る
集中豪雨や地震など
突然の災害に警戒!
「備えあれば憂いなし」
避難経路の確認や
備蓄品の準備を入念に!
神国王御書 P1521
『銅鏡等は人の形をばうかぶれどもいまだ心をばうかべず、法華経は人の形を浮ぶるのみならず心をも浮べ給へり、心を浮ぶるのみならず先業をも未来をも鑒み給う事くもりなし』
【通解】
銅鏡などは、人の姿は映しても、心までは映さない。法華経(という明鏡)は、人の姿のみならず、人の心も映し出してくださる。心のみならず、過去の業因も、未来も照らし出してくださって曇りがない。
名字の言 本当の自由とは?——車いすの青年に出会い感じたこと 2020年6月26日
車いす生活を送りながら、書家として活動している青年がいる。小学校6年の時、交通事故で重い障がいを負った。何度も絶望のふちに立たされた。しかし家族や同志の支えもあり、見事に"復活の劇"を演じてきた▼「二度と動かないでしょう」と医師から告げられた手。"絶対に動かしてみせる"と祈り、つらい治療に耐えた。そして動いた! 「立つことは無理」と言われた足。だが、介助があれば歩けるまでに回復した▼もともとリハビリのために始めた書道だったが、その才能が開花する。躍動感あふれる書の数々。彼の作品展はメディアでも大きく紹介され、反響を呼んだ。「ぼくが頑張れば、周りも元気になってくれる。だから努力は怠れませんよ」。そう語り、筆を走らせる姿が凜々しかった▼自由とは何か——。自分のことだけ考えて楽をする。それは自由ではなく、わがまま。つらいこと、嫌なことはしない。それは逃避。そうした生き方を続けていると自分の可能性はどんどん狭まり、逆に不自由になる▼困難の壁にぶつかっても希望を捨てない。自分らしく1歩でも1ミリでも挑戦を続け、可能性を開いていく。その生き方にこそ、真の自由と満足がある。そして真の幸福がある。伸び伸びと活躍する青年を見て、そう感じた。(誠)
寸鉄 2020年6月26日
「一日・片時も・たゆむ事なく」御書。信行学の実践で一歩前進の日々を
良き友に守られた人生は絶対負けない—戸田先生創価城は希望の安全地帯
国連憲章の調印記念日。不戦の誓いを共に、強く。民衆の声こそ"変革の力"
マスク着用による皮膚炎が増加。汗の除去・保湿などが有効と。賢く対策
「国際麻薬乱用撲滅デー」人間破壊の魔物を社会から根絶。監視の目厳しく
☆第3代会長就任60周年記念「師弟凱歌の記憶」 第9回「写真——眼で詠む詩」
池田先生の写真は「眼で詠まれた詩」——フランス・ルーブル美術館の絵画部長を務めた美術史家ルネ・ユイグ氏は、そう評した。
先生が写真の撮影を本格的に開始したのは、1970年ごろ。過労で体調を崩した折、カメラを贈られ、撮影した写真をそのお礼に届けるためであった。
しかし「自由な写真旅行とか、写真行脚とはいかない」。「そこで、会合等で、遠出をした場所を選んで、たまにファインダーをのぞくということを覚えた」
最初に本格的にレンズを向けたのは「月」だった。71年6月、北海道・函館近郊の大沼湖畔で周囲を照らす壮麗な月を目にした先生は、"日夜、戦っている学会員の皆さまが、この月の光に照らされ、英知輝く人になってほしい。名月天子よ、我が友を見守ってください"との願いを込めて、シャッターを切った。
今しかない"この一瞬"を捉える。先生にとって写真とは"自然との対話"であるとともに、同志に励ましを送る、瞬間瞬間の行動の結実なのである。
先生は71年以来、奮闘する友の励みになればと、折に触れてカメラを手にしてきた。移動の車中や海外を訪問した際など、激務の合間に出合った"瞬間の美"を捉えた作品は「自然との対話——池田大作写真展」に。82年の初開催から、これまで世界41カ国・地域、151都市で行われ、好評を博している。
しばしば同展のポスターなどにも使用され、広く親しまれる一葉がある。95年11月に撮影された、ヒマラヤを収めた写真。海外の高名な画家も「この写真には物語があります」と賛辞を惜しまない。
変わりやすい天候のため、なかなか目にすることはできないという夕日に染まった"世界一"の雄姿を、雲が開けた一瞬で収めた。
この折、集まってきた子どもたちに池田先生は「仏陀は、偉大なヒマラヤを見て育ったんです。あの山々のような人間になろうと頑張ったのです。堂々とそびえる勝利の人へと自分をつくり上げたんです。みなさんも同じです」「必ず、偉い人になれるんです」と語り、励ました。
"自然は偉大! 生命は偉大! 全ての人に希望を!"——深い願いが投影された先生の写真は、目にする人を鼓舞し続ける。
突然の災害に警戒!
「備えあれば憂いなし」
避難経路の確認や
備蓄品の準備を入念に!
神国王御書 P1521
『銅鏡等は人の形をばうかぶれどもいまだ心をばうかべず、法華経は人の形を浮ぶるのみならず心をも浮べ給へり、心を浮ぶるのみならず先業をも未来をも鑒み給う事くもりなし』
【通解】
銅鏡などは、人の姿は映しても、心までは映さない。法華経(という明鏡)は、人の姿のみならず、人の心も映し出してくださる。心のみならず、過去の業因も、未来も照らし出してくださって曇りがない。
名字の言 本当の自由とは?——車いすの青年に出会い感じたこと 2020年6月26日
車いす生活を送りながら、書家として活動している青年がいる。小学校6年の時、交通事故で重い障がいを負った。何度も絶望のふちに立たされた。しかし家族や同志の支えもあり、見事に"復活の劇"を演じてきた▼「二度と動かないでしょう」と医師から告げられた手。"絶対に動かしてみせる"と祈り、つらい治療に耐えた。そして動いた! 「立つことは無理」と言われた足。だが、介助があれば歩けるまでに回復した▼もともとリハビリのために始めた書道だったが、その才能が開花する。躍動感あふれる書の数々。彼の作品展はメディアでも大きく紹介され、反響を呼んだ。「ぼくが頑張れば、周りも元気になってくれる。だから努力は怠れませんよ」。そう語り、筆を走らせる姿が凜々しかった▼自由とは何か——。自分のことだけ考えて楽をする。それは自由ではなく、わがまま。つらいこと、嫌なことはしない。それは逃避。そうした生き方を続けていると自分の可能性はどんどん狭まり、逆に不自由になる▼困難の壁にぶつかっても希望を捨てない。自分らしく1歩でも1ミリでも挑戦を続け、可能性を開いていく。その生き方にこそ、真の自由と満足がある。そして真の幸福がある。伸び伸びと活躍する青年を見て、そう感じた。(誠)
寸鉄 2020年6月26日
「一日・片時も・たゆむ事なく」御書。信行学の実践で一歩前進の日々を
良き友に守られた人生は絶対負けない—戸田先生創価城は希望の安全地帯
国連憲章の調印記念日。不戦の誓いを共に、強く。民衆の声こそ"変革の力"
マスク着用による皮膚炎が増加。汗の除去・保湿などが有効と。賢く対策
「国際麻薬乱用撲滅デー」人間破壊の魔物を社会から根絶。監視の目厳しく
☆第3代会長就任60周年記念「師弟凱歌の記憶」 第9回「写真——眼で詠む詩」
池田先生の写真は「眼で詠まれた詩」——フランス・ルーブル美術館の絵画部長を務めた美術史家ルネ・ユイグ氏は、そう評した。
先生が写真の撮影を本格的に開始したのは、1970年ごろ。過労で体調を崩した折、カメラを贈られ、撮影した写真をそのお礼に届けるためであった。
しかし「自由な写真旅行とか、写真行脚とはいかない」。「そこで、会合等で、遠出をした場所を選んで、たまにファインダーをのぞくということを覚えた」
最初に本格的にレンズを向けたのは「月」だった。71年6月、北海道・函館近郊の大沼湖畔で周囲を照らす壮麗な月を目にした先生は、"日夜、戦っている学会員の皆さまが、この月の光に照らされ、英知輝く人になってほしい。名月天子よ、我が友を見守ってください"との願いを込めて、シャッターを切った。
今しかない"この一瞬"を捉える。先生にとって写真とは"自然との対話"であるとともに、同志に励ましを送る、瞬間瞬間の行動の結実なのである。
先生は71年以来、奮闘する友の励みになればと、折に触れてカメラを手にしてきた。移動の車中や海外を訪問した際など、激務の合間に出合った"瞬間の美"を捉えた作品は「自然との対話——池田大作写真展」に。82年の初開催から、これまで世界41カ国・地域、151都市で行われ、好評を博している。
しばしば同展のポスターなどにも使用され、広く親しまれる一葉がある。95年11月に撮影された、ヒマラヤを収めた写真。海外の高名な画家も「この写真には物語があります」と賛辞を惜しまない。
変わりやすい天候のため、なかなか目にすることはできないという夕日に染まった"世界一"の雄姿を、雲が開けた一瞬で収めた。
この折、集まってきた子どもたちに池田先生は「仏陀は、偉大なヒマラヤを見て育ったんです。あの山々のような人間になろうと頑張ったのです。堂々とそびえる勝利の人へと自分をつくり上げたんです。みなさんも同じです」「必ず、偉い人になれるんです」と語り、励ました。
"自然は偉大! 生命は偉大! 全ての人に希望を!"——深い願いが投影された先生の写真は、目にする人を鼓舞し続ける。
2020年6月25日木曜日
2020.06.25 わが友に贈る
相手の思いを受け止め
心を通わせよう!
違いを認め 尊重する
創価家族の姿こそ
世界の共生の模範だ!
妙一女御返事 P1259
『権門に寄せて日蓮ををどさんより但正しき文を出だせ、汝等は人をかたうどとせり日蓮は日月帝釈梵王をかたうどとせん』
【通解】
事を権力に寄せて日蓮をおどすよりも、正しい経文を出しなさい。汝等は人を味方としている。日蓮は日月・帝釈・梵王を味方としよう。
名字の言 団地の自治会長を務めた82歳壮年の心意気 2020年6月25日
東京の板橋区と北区の境にある浮間公園の自然は、梅雨の季節も美しい。野鳥が憩う池の周辺ではアジサイなどが彩りを競う。隣接する都営団地で、一昨年まで自治会長を務めた82歳の壮年は、自治会のモットーに「和」を掲げ、尽力してきた▼一家で団地に入居したのは11年前。住民との心をつないだのは、ダウン症の長女だった。長女と一緒にいると、「こんにちは」と皆が声を掛けてくれるのだ。温かく迎え入れてくれた人たちのためにと、壮年は自治会で活動するように▼今年はコロナ禍で自治会行事は一切中止。現在、長女を自宅で介護する壮年は、「娘とゆっくり過ごす良い時間になりました」と。かつては信心に反対したが、長女の誕生を機に入会した▼「娘のおかげで私も妻も信心に目覚め、地域活動に頑張ることもできました。生まれてきてくれたことに感謝でいっぱいです」。自粛の中でも毎月2部以上の聖教の購読推進を。一昨年は同じ団地の若い壮年を入会に導いた▼池田先生は、団地を「小さな合衆国」と表現した。各人が自立しつつ、困難があれば共に分かち合い、支え合う。他者のために行動することで、地域も自分も豊かになる。美しい調和社会の建設に奮闘する団地部の姿は、コロナ禍の今、ますます輝いていく。(進)
寸鉄 2020年6月25日
「大闇をば日輪やぶる」御書。題目で胸中に希望の太陽を!逆境の闇破れ
団地部の日。皆が友情と信頼の輪広げる全権大使励ましの声掛けを今こそ
「人材養成の基本は自分を養成するにある」恩師。まず自分!これ幹部の心
緊急事態宣言の全面解除から1カ月。第2波警戒。油断なく予防策の継続を
コロナの偽情報を信じて拡散した人35%。情報源を必ず確認。賢明に看破
☆新時代を築く 「勇気と理想」に生き抜け! 2020年6月23日
6月23日は、愛する沖縄の「慰霊の日」である。今年は戦後75年。全ての戦争犠牲者に追善の題目を捧げ、世界不戦の誓いを新たにしたい。
筆舌に尽くせぬ戦禍に苦しめられた沖縄で、私は憤悱を込め、小説『人間革命』を書き始めた。この一念を汲み、人類の宿命転換へ平和の起点となって、たゆみなく「立正安国」の金波を起こしてくれているのが、沖縄家族である。
「命どぅ宝(命こそ宝)」という深き心が光る沖縄で、自行化他の妙法を唱え弘めてきた父母たちこそ、最極の生命の「宝塔」にほかならない。
「世界で最初の広宣流布の地帯」へと進みゆく沖縄を、御本仏は「ここさながら宝塔の住処なり」(御書1304ページ)と、ご照覧であろう。
『人間革命』起稿の日、私は瞳凜々しき沖縄学生部の友と固い握手を交わした。何があっても、朗らかに舞い戦う沖縄健児たちは、二陣三陣と不退の人材群を築いてくれた。
そして今も、私は沖縄青年部・未来部の一人一人と心の握手を交わす思いで、成長を祈りゆく日々である。
* * *
1957年の6月30日、恩師・戸田城聖先生のもと、学生部は、夕張炭労事件、大阪事件という正義の人権闘争の渦中に結成された。
私は、師弟の故郷たる北海道から祝電を送った。権力の魔性に立ち向かう共戦の同志たちが、「我らの学会に学生部が誕生した!」と誇り高く喝采した笑顔も蘇る。
恩師は「多彩な学生が集えば校舎なき総合大学だ」と喜ばれ、「地球民族主義」の連帯の核となることを望まれた。
今、日本はもとより世界中で、男女学生部がオンラインなどを活用して励まし合い、平等大慧の仏法を研鑽し、地涌のスクラムを広げている。
さまざまな制約の中での学業、アルバイト、就職活動等、辛労は絶えないことだろう。
しかし、大変な時に、歯を食いしばって学び鍛えたことが、偉大な底力となる。真心を尽くして結んだつながりが、一生涯の陣列となる。
草創の学生部と学んだ御義口伝に、「今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは生死の闇を照し晴して涅槃の智火明了なり」「煩悩の薪を焼いて菩提の慧火現前するなり」(同710ページ)と仰せである。
妙法は、人生と社会のいかなる苦悩も幸福前進の力に変えながら、人類を覆う「生死の闇」を照らし晴らしゆく「絶対勝利」の智慧の炎なのだ。
* * *
学生部結成の翌年の6月30日、私は新設の総務に就任した。恩師逝去後の全学会の指揮を不二の心で執り始めたのである。その日の日記に、「勇気と理想に生きる、純真なる信仰者で生涯を、ただただ貫きたい」と記した。
わが創価の学徒たちよ!
わが普賢の若人たちよ!
この「勇気と理想」を、しかと受け継いでくれ給え。
心を通わせよう!
違いを認め 尊重する
創価家族の姿こそ
世界の共生の模範だ!
妙一女御返事 P1259
『権門に寄せて日蓮ををどさんより但正しき文を出だせ、汝等は人をかたうどとせり日蓮は日月帝釈梵王をかたうどとせん』
【通解】
事を権力に寄せて日蓮をおどすよりも、正しい経文を出しなさい。汝等は人を味方としている。日蓮は日月・帝釈・梵王を味方としよう。
名字の言 団地の自治会長を務めた82歳壮年の心意気 2020年6月25日
東京の板橋区と北区の境にある浮間公園の自然は、梅雨の季節も美しい。野鳥が憩う池の周辺ではアジサイなどが彩りを競う。隣接する都営団地で、一昨年まで自治会長を務めた82歳の壮年は、自治会のモットーに「和」を掲げ、尽力してきた▼一家で団地に入居したのは11年前。住民との心をつないだのは、ダウン症の長女だった。長女と一緒にいると、「こんにちは」と皆が声を掛けてくれるのだ。温かく迎え入れてくれた人たちのためにと、壮年は自治会で活動するように▼今年はコロナ禍で自治会行事は一切中止。現在、長女を自宅で介護する壮年は、「娘とゆっくり過ごす良い時間になりました」と。かつては信心に反対したが、長女の誕生を機に入会した▼「娘のおかげで私も妻も信心に目覚め、地域活動に頑張ることもできました。生まれてきてくれたことに感謝でいっぱいです」。自粛の中でも毎月2部以上の聖教の購読推進を。一昨年は同じ団地の若い壮年を入会に導いた▼池田先生は、団地を「小さな合衆国」と表現した。各人が自立しつつ、困難があれば共に分かち合い、支え合う。他者のために行動することで、地域も自分も豊かになる。美しい調和社会の建設に奮闘する団地部の姿は、コロナ禍の今、ますます輝いていく。(進)
寸鉄 2020年6月25日
「大闇をば日輪やぶる」御書。題目で胸中に希望の太陽を!逆境の闇破れ
団地部の日。皆が友情と信頼の輪広げる全権大使励ましの声掛けを今こそ
「人材養成の基本は自分を養成するにある」恩師。まず自分!これ幹部の心
緊急事態宣言の全面解除から1カ月。第2波警戒。油断なく予防策の継続を
コロナの偽情報を信じて拡散した人35%。情報源を必ず確認。賢明に看破
☆新時代を築く 「勇気と理想」に生き抜け! 2020年6月23日
6月23日は、愛する沖縄の「慰霊の日」である。今年は戦後75年。全ての戦争犠牲者に追善の題目を捧げ、世界不戦の誓いを新たにしたい。
筆舌に尽くせぬ戦禍に苦しめられた沖縄で、私は憤悱を込め、小説『人間革命』を書き始めた。この一念を汲み、人類の宿命転換へ平和の起点となって、たゆみなく「立正安国」の金波を起こしてくれているのが、沖縄家族である。
「命どぅ宝(命こそ宝)」という深き心が光る沖縄で、自行化他の妙法を唱え弘めてきた父母たちこそ、最極の生命の「宝塔」にほかならない。
「世界で最初の広宣流布の地帯」へと進みゆく沖縄を、御本仏は「ここさながら宝塔の住処なり」(御書1304ページ)と、ご照覧であろう。
『人間革命』起稿の日、私は瞳凜々しき沖縄学生部の友と固い握手を交わした。何があっても、朗らかに舞い戦う沖縄健児たちは、二陣三陣と不退の人材群を築いてくれた。
そして今も、私は沖縄青年部・未来部の一人一人と心の握手を交わす思いで、成長を祈りゆく日々である。
* * *
1957年の6月30日、恩師・戸田城聖先生のもと、学生部は、夕張炭労事件、大阪事件という正義の人権闘争の渦中に結成された。
私は、師弟の故郷たる北海道から祝電を送った。権力の魔性に立ち向かう共戦の同志たちが、「我らの学会に学生部が誕生した!」と誇り高く喝采した笑顔も蘇る。
恩師は「多彩な学生が集えば校舎なき総合大学だ」と喜ばれ、「地球民族主義」の連帯の核となることを望まれた。
今、日本はもとより世界中で、男女学生部がオンラインなどを活用して励まし合い、平等大慧の仏法を研鑽し、地涌のスクラムを広げている。
さまざまな制約の中での学業、アルバイト、就職活動等、辛労は絶えないことだろう。
しかし、大変な時に、歯を食いしばって学び鍛えたことが、偉大な底力となる。真心を尽くして結んだつながりが、一生涯の陣列となる。
草創の学生部と学んだ御義口伝に、「今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは生死の闇を照し晴して涅槃の智火明了なり」「煩悩の薪を焼いて菩提の慧火現前するなり」(同710ページ)と仰せである。
妙法は、人生と社会のいかなる苦悩も幸福前進の力に変えながら、人類を覆う「生死の闇」を照らし晴らしゆく「絶対勝利」の智慧の炎なのだ。
* * *
学生部結成の翌年の6月30日、私は新設の総務に就任した。恩師逝去後の全学会の指揮を不二の心で執り始めたのである。その日の日記に、「勇気と理想に生きる、純真なる信仰者で生涯を、ただただ貫きたい」と記した。
わが創価の学徒たちよ!
わが普賢の若人たちよ!
この「勇気と理想」を、しかと受け継いでくれ給え。
2020年6月24日水曜日
2020.06.24 わが友に贈る
就職活動に挑む友を
皆で励まし応援しよう!
新たな時代を切り開く
社会の宝となる存在だ。
使命の航路へ追い風を!
華果成就御書 P900
『よき弟子をもつときんば師弟仏果にいたりあしき弟子をたくはひぬれば師弟地獄にをつといへり、師弟相違せばなに事も成べからず』
【通解】良い弟子をもつならば、師弟は、ともに成仏し、悪い弟子をたくわえるならば、師弟は、ともに地獄に堕ちるといわれている。
師匠と弟子の心が違えば、何事も成し遂げることはできない。
名字の言 生活に根差した戸田先生の『推理式指導算術』 2020年6月24日
梅雨の風物詩にちなんだクイズを一つ。「カタツムリがいる。昼間に木を3メートル登るが、夜間には2メートル下がってしまう。高さ9メートルの頂上に達するには、何日かかるか」▼"1日に1メートルずつ登る"と決めてかかると、正解にならない。答えは「7日」。7日目の昼に3メートル登れば頂上に着く。戸田先生の『推理式指導算術』に出てくる問いだ。発刊は1930年6月25日で、当時のベストセラーに。カタツムリ算の他にも「旅人算」「年齢算」など内容は多彩である▼哲学者の鶴見俊輔氏も少年時代に同書で学び、難関の中学受験を突破したという。「受験勉強の書であるにもかかわらず、人生経験から勉強に入るように仕組まれていた」と(『鶴見俊輔著作集』筑摩書房)▼どうすれば子どもたちが幸せな人生を送れるか。創価教育を提唱した牧口、戸田両先生の主眼はそこにあった。受験勉強すらも「人生」や「正しさ」について自ら考える機会にと促したのである▼「たゆまざる 歩みおそろし かたつむり」(北村西望)。かつて池田先生はこの句を創価学園生に紹介し、「努力の歩みを決して止めてはならない」と訴えた。環境が大きく変化する中で、一歩を重ねる受験生へのエールにも通じよう。学び続ける人は必ず、青春勝利という頂にたどり着ける。(之)
寸鉄 2020年6月24日
「現世安穏・後生善処」の妙法。不退の信心を今。乗り越えられぬ試練なし
東京・世田谷女性の日。婦女の仲良き模範の前進希望の対話拡大に先駆!
体内時計の乱れは心身の健康悪化に。生活リズム正しく。朝の祈り根本に
小学1年生の交通事故が多い時期。運転は歩行者優先で。思いやり持って
コロナ関連詐欺が横行。個人情報は教えず。銀行カードも渡さず。要警戒
☆四季の励まし きょう「父の日」——信頼広げる人間王者に 2020年6月21日
【写真の説明】北海道の大沼湖畔。白波が次々と打ち寄せる。そのかなたには、駒ケ岳の英姿があった。1982年(昭和57年)6月、池田大作先生がカメラに収めた。
駒ケ岳の別名は「渡島富士」。その悠然とした姿は、毀誉褒貶の風にも揺るがず、わが信念に生き抜く創価の父たちと重なる。
かつて池田先生は述べた。「大変なときに、変わらずに頑張れば、あとで尊敬される。状況が厳しかろうが、人が変わろうが、自分は自分の決めた道を貫く。その人が『人間として』の王者です」と。
きょうは「父の日」。社会や地域で一歩一歩、信頼を広げる"人間王者"に、皆で心からの感謝の拍手を送ろう。
◇池田先生の言葉
家庭や地域にあっても、
厳しい経済闘争に
あっても、
宿命転換の激戦に
あっても、
一家の柱、
広布の要として、
辛抱強く
頑張ってくれている
創価の父に、
感謝と労いの笑顔を
贈っていただきたい。
波瀾万丈の苦労をしてこそ
「人間」はできる。
苦労もせず、
思い通りにいけば、
よいように思える
かもしれないが、
結局は、
傲慢で小さな人間に
なってしまうものだ。
やりづらくとも、
耐えて、努力し、
乗り越えていく。
その積み重ねのなかで
「人格」はできる。
偉い人の仕事は、
「自分のため」の
次元ではない。
「人のため」
「社会のため」である。
後輩のため、そして
後継の友のために戦い、
道を残していく——
ここに偉大な
「父」の心がある。
人生は長い。
勝つ時もあれば、
負ける時もある。
行き詰まり、
七転八倒する時も
あるだろう。
だが、人生の勝敗は
途中で決まらない。
栄光は、粘り抜いた
逆転劇によって
勝ち取るものだ。
だからこそ
心は負けてはならない。
あきらめてはならない。
父が厳然としていれば、
どれほど
安心と喜びが広がるか。
一騎当千である。
その「一人」を
大切にする。
粘り強く通い、
信頼を育み、
励まし続ける。
熱い男の友情と連帯を、
私は最大に讃えたい。
皆で励まし応援しよう!
新たな時代を切り開く
社会の宝となる存在だ。
使命の航路へ追い風を!
華果成就御書 P900
『よき弟子をもつときんば師弟仏果にいたりあしき弟子をたくはひぬれば師弟地獄にをつといへり、師弟相違せばなに事も成べからず』
【通解】良い弟子をもつならば、師弟は、ともに成仏し、悪い弟子をたくわえるならば、師弟は、ともに地獄に堕ちるといわれている。
師匠と弟子の心が違えば、何事も成し遂げることはできない。
名字の言 生活に根差した戸田先生の『推理式指導算術』 2020年6月24日
梅雨の風物詩にちなんだクイズを一つ。「カタツムリがいる。昼間に木を3メートル登るが、夜間には2メートル下がってしまう。高さ9メートルの頂上に達するには、何日かかるか」▼"1日に1メートルずつ登る"と決めてかかると、正解にならない。答えは「7日」。7日目の昼に3メートル登れば頂上に着く。戸田先生の『推理式指導算術』に出てくる問いだ。発刊は1930年6月25日で、当時のベストセラーに。カタツムリ算の他にも「旅人算」「年齢算」など内容は多彩である▼哲学者の鶴見俊輔氏も少年時代に同書で学び、難関の中学受験を突破したという。「受験勉強の書であるにもかかわらず、人生経験から勉強に入るように仕組まれていた」と(『鶴見俊輔著作集』筑摩書房)▼どうすれば子どもたちが幸せな人生を送れるか。創価教育を提唱した牧口、戸田両先生の主眼はそこにあった。受験勉強すらも「人生」や「正しさ」について自ら考える機会にと促したのである▼「たゆまざる 歩みおそろし かたつむり」(北村西望)。かつて池田先生はこの句を創価学園生に紹介し、「努力の歩みを決して止めてはならない」と訴えた。環境が大きく変化する中で、一歩を重ねる受験生へのエールにも通じよう。学び続ける人は必ず、青春勝利という頂にたどり着ける。(之)
寸鉄 2020年6月24日
「現世安穏・後生善処」の妙法。不退の信心を今。乗り越えられぬ試練なし
東京・世田谷女性の日。婦女の仲良き模範の前進希望の対話拡大に先駆!
体内時計の乱れは心身の健康悪化に。生活リズム正しく。朝の祈り根本に
小学1年生の交通事故が多い時期。運転は歩行者優先で。思いやり持って
コロナ関連詐欺が横行。個人情報は教えず。銀行カードも渡さず。要警戒
☆四季の励まし きょう「父の日」——信頼広げる人間王者に 2020年6月21日
【写真の説明】北海道の大沼湖畔。白波が次々と打ち寄せる。そのかなたには、駒ケ岳の英姿があった。1982年(昭和57年)6月、池田大作先生がカメラに収めた。
駒ケ岳の別名は「渡島富士」。その悠然とした姿は、毀誉褒貶の風にも揺るがず、わが信念に生き抜く創価の父たちと重なる。
かつて池田先生は述べた。「大変なときに、変わらずに頑張れば、あとで尊敬される。状況が厳しかろうが、人が変わろうが、自分は自分の決めた道を貫く。その人が『人間として』の王者です」と。
きょうは「父の日」。社会や地域で一歩一歩、信頼を広げる"人間王者"に、皆で心からの感謝の拍手を送ろう。
◇池田先生の言葉
家庭や地域にあっても、
厳しい経済闘争に
あっても、
宿命転換の激戦に
あっても、
一家の柱、
広布の要として、
辛抱強く
頑張ってくれている
創価の父に、
感謝と労いの笑顔を
贈っていただきたい。
波瀾万丈の苦労をしてこそ
「人間」はできる。
苦労もせず、
思い通りにいけば、
よいように思える
かもしれないが、
結局は、
傲慢で小さな人間に
なってしまうものだ。
やりづらくとも、
耐えて、努力し、
乗り越えていく。
その積み重ねのなかで
「人格」はできる。
偉い人の仕事は、
「自分のため」の
次元ではない。
「人のため」
「社会のため」である。
後輩のため、そして
後継の友のために戦い、
道を残していく——
ここに偉大な
「父」の心がある。
人生は長い。
勝つ時もあれば、
負ける時もある。
行き詰まり、
七転八倒する時も
あるだろう。
だが、人生の勝敗は
途中で決まらない。
栄光は、粘り抜いた
逆転劇によって
勝ち取るものだ。
だからこそ
心は負けてはならない。
あきらめてはならない。
父が厳然としていれば、
どれほど
安心と喜びが広がるか。
一騎当千である。
その「一人」を
大切にする。
粘り強く通い、
信頼を育み、
励まし続ける。
熱い男の友情と連帯を、
私は最大に讃えたい。
2020年6月23日火曜日
2020.06.23 わが友に贈る
苦難の中だからこそ
人の絆を一層強く!
友の不安を取り除く
慈愛の声を届けよう。
抜苦与楽の実践者たれ!
四条金吾殿御返事 P1180
『人のよにすぐれんとするをば賢人聖人とをぼしき人人も皆そねみねたむ事に候、いわうや常の人をや』
【通解】
人の世の中に勝れようとすると、賢人・聖人と思われるような人々さえも、皆そねみ、ねたむのである。まして常人はいうまでもない。
名字の言 きょう沖縄「慰霊の日」。"声なき声"を世界へ 2020年6月23日
75年前、沖縄は残酷な戦場と化した。軍は「ひめゆり学徒隊」など、10代後半の女子生徒を看護隊に動員。ところが6月18日に突然、壕の中にいた同学徒隊に「解散命令」が下された。少女らは砲弾の飛び交う外へ追い出され、若い命が奪われた▼先日、激戦地の一つの糸満市に立つ「梯梧之塔」を訪れた。「梯梧学徒隊」はじめ私立昭和高等女学校同窓生の慰霊碑は、「ひめゆりの塔」に近い林の中にある。脇の献歌には「一人来て 抱きしめて見ぬ わが友の 名の刻まれし 濡れし碑文」と。生き残った同窓生が戦地に散った友を思い、つづった言葉である▼沖縄戦などの犠牲者約24万人の名を刻む糸満市の「平和の礎」に、今年も新たに30人が刻銘された。戦争体験者の婦人の言葉を思い出す。「単なる名前と思わないでください」「ここに刻まれた方々の"声なき声"を、全世界の人に伝える使命があるから、私は生きているんです」▼60年前の7月、沖縄を初訪問した池田先生は「ひめゆりの塔」へ。沖縄戦で生き残った関係者から当時の模様を聞くと、平和への祈りを込めて合掌。「二度とこの悲劇を繰り返してはならない」と強く語った▼きょう23日は沖縄「慰霊の日」。"不戦の願い"を未来へつなぐのは、私たちの大きな使命である。(踊)
寸鉄 2020年6月23日
「根ふかきときんば枝葉かれず」御書。信心こそ人生勝利の力。祈り深く
沖縄慰霊の日。心に光る命どぅ宝の精神。不戦の誓い新たに対話の波を!
青年は決して、へこたれてはいけない—戸田先生逆境に挑め!戦えば成長
エコバッグ洗わない人が51%と。食中毒につながる恐れ。洗濯・除菌が有効
「あおり運転」厳罰化の改正道交法が今月末施行危険行為は断じて許すな
☆心に御書を 第53回 人間教育の太陽を赫々と!
〈御文〉
『妙と申す事は開と云う事なり世間に財を積める蔵に鑰なければ開く事かたし開かざれば蔵の内の財を見ず』(法華経題目抄、943ページ)
〈通解〉
「妙」とは、「開く」ということである。世間の例えで言えば、財宝を積んである蔵も、鍵がなければ開くことはできない。開かなければ蔵の中の財宝を見ることはできないのである。
〈池田先生が贈る指針〉
どの子も最極の生命の宝を持っている。その宝を信じ開く教育の真髄を牧口先生は示された。
日々、後継の教育本部の友が、使命の現場で尊い実践を貫いてくれている。多難な時代だからこそ、「子どもの幸福」を皆で祈り、一人一人を温かく励ますのだ。
人間教育の太陽を赫々と輝かせ、若き価値創造の生命を照らしゆこう!
☆「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第2回 一家和楽の信心<下> 長谷川理事長
「紙上教学研さん『世界を照らす太陽の仏法』に学ぶ」の第2回は、前回(6日付)に続いて、「一家和楽の信心」について、長谷川理事長と共に学びます。(第3回は7月4日付に掲載の予定。池田先生の講義は『創価学会 永遠の五指針』から引用)
池田先生が講義で示された一家和楽を築く要諦
一、自らが「家庭の太陽」となって
慈悲の陽光で皆を包もう
二、親子、夫婦の絆は三世の宿縁
互いに尊敬し、励まし合おう
三、社会に貢献していくとともに
未来を創る人材を送り出そう
1 子を亡くした母に寄り添う
それでは、前回に続いて「一家和楽の信心」について学びましょう。
池田先生は、講義の中で、愛する息子を亡くした女性門下に送られた御書を拝して、次のように教えられています。
【御文】
光日上人は子を思うあまりに法華経の行者と成り給ふ、母と子と倶に霊山浄土へ参り給うべし、其の時御対面いかにうれしかるべき・いかにうれしかるべき(光日上人御返事、御書934ページ7行目〜8行目)
【現代語訳】
光日上人は、わが子を思うあまり、法華経の行者となられた。母と子がともに霊山浄土に参ることができよう。その時の御対面は、どんなにかうれしいことであろう。どんなにかうれしいことであろう。
■ 池田先生の講義
仏法は「人間のための宗教」です。いかなる生死の悲しみをも乗り越え、家族が永遠に幸福の軌道を進みゆく希望の哲学です。
誰しも死を迎えるゆえに、大切な家族を失う悲しみは避けられません。
とりわけ、子どもを亡くし悲嘆にくれる門下に対し、大聖人は、長年にわたって、その心に寄り添われ、大激励を続けられました。
その一人が、光日尼という安房国(千葉県南部)の女性です。光日尼には弥四郎という息子がいました。真摯に師匠を求めた弟子であり、また母親思いの孝行息子でした。
—◆—
なんという日蓮大聖人のお心でしょう。大聖人は"無常の現実"に悲しむ母に、どこまでも寄り添われました。
池田先生は、御聖訓を拝しつつ、一人一人を包むように励まし続けてこられました。お子さんを亡くした両親に「おつらい気持ちは痛いほどわかります。ご家族の方が幸福になることが、息子さんの厳然たる成仏の証しです」と、「親子一体」「生死不二」の成仏の法理の上から激励されたこともあります。先生の真心に、誰もが心に希望の太陽を昇らせます。
創価学会は、どこまでも一人の人間のために尽くし切る宗教です。
2 妙法の絆は三世永遠
■ 池田先生の講義
大切な家族を失うことは、あまりにもつらく悲しい出来事です。頭ではわかっていても、感情や心の次元で肉親の死を受け入れるまでには、時間がかかるでしょう。
心が落ち着くまでの時間は、人それぞれです。心が及ぶまで追善の題目を唱えなさい、という御文もあります。
病気で亡くなる場合もある。災害や事故で突然、命を失う場合もある。しかし、「心の財」は壊れることはありません。広宣流布の途上で亡くなった場合は、断じて今世の宿命転換を果たし、悠然たる境涯で霊山へと旅立っているのです。自らは信心していなくとも、家族の題目に包まれた方も同じです。
「生死不二」の仏法です。
大聖人は、妙法の絆で結ばれた家族は、死してなお、再び巡り合えると仰せです。親子、夫婦は三世の宿縁です。ゆえに、どこまでも信頼し、互いに成長していこうと励まし合うことで、妙法の絆はますます深くなっていきます。これが「和楽」の第二の要諦です。
「生も歓喜、死も歓喜」の仏法の眼から見るならば、「生も和楽、死も和楽」の大境涯を必ず開いていけるのです。
—◆—
東日本大震災の後、先生の激励を伝えるため、各部のリーダーが被災地を訪ねました。私も、大切なご家族を亡くされた方々と何人もお会いしました。
先生は、「悲しみに負ければ、故人が悲しみます。『生も仏』『死も仏』なのです。いつも、一緒なのです。一体なのです」と励まされました。この先生のお心を伝えるとともに自分自身の体験を話し、相手の方と同苦し、共に涙しました。
私は、4歳の時に東京大空襲に遭いました。火の海の中、母が私を布団にくるんで逃げたこと。布団の隙間から入ってくる火の粉の熱かったこと。母はさぞ熱かっただろうと思います。全てを失い、私はその後、親戚、知人の家に6年間預けられました。寂しいこと、つらいことがたくさんありました。おかげで、人の苦労がわかる自分になれました。やがて学会に巡り合うことができました。全て苦労のおかげ、と思います。
東北の方々は、一日一日、一年一年と歯を食いしばり、"負げでたまっか"と前に向かって生き抜きました。
先生は、何度も教えてくださいました。"悩みがあるから不幸、悩みがないから幸せ、そうじゃないよ。大事なことは悩みに負けないこと。信心根本に負けなければ、必ず幸せになるよ"と。
苦難から立ち上がれば、「生も歓喜、死も歓喜」「生も和楽、死も和楽」の大境涯になれる。亡くなられた家族ともども、「一家和楽」という勝利の姿を示すことができる。妙法の絆は三世永遠なのです。
3 後継の人材を育てよう
わが子を立派な後継の人材に。それは、皆が願っていることでしょう。しかし、現実は違う場合も多い。子どもがなかなか信心をしないと悩んでいる人も多いと思います。後継を育てゆく大切さについても、先生は教えてくださっています。
【御文】
こうへのどのをこそ・いろあるをとこと人は申せしに・其の御子なればくれないのこきよしをつたへ給えるか(上野殿御返事、御書1554ページ9行目〜10行目)
【現代語訳】
亡くなられた上野殿(南条兵衛七郎)こそ、情けに厚い人と言われていたが、(南条時光は)そのご子息であるから、父のすぐれた素質を受け継がれたのであろう。
■ 池田先生の講義
「和楽」の第三の要諦は、"開かれた家庭"として、社会へ貢献し、未来を創る人材を送り出すことです。
◇
兵衛七郎が亡くなった時に時光は7歳でした。その後、時光は家督を相続して地頭となり、父母からの信仰も受け継ぎました。
大聖人が身延に入山された文永11年(1274年)、16歳の凜々しい青年に成長した時光は大聖人のもとへ訪ねていきます。
大聖人はこの再会の折、立派に育った後継者に、「(父の兵衛七郎に)姿も違わないばかりか、お心まで似ていることは言いようもありません」(御書1507ページ、通解)と愛でられています。
—◆—
信心する以前は、誰もが自分のことだけで精いっぱい。人を思いやる心の余裕などなかった。学会に入って、いつの間にか、人の幸せを祈り、人に尽くす自分になっていました。"励まされていた自分"が、"励ます自分"に成長していました。私もその一人です。一人一人の「人間革命」です。
先生は語られました。
「この世に生まれて、いったい、何人の人を幸福にしたか。何人の人に『あなたのおかげで私は救われた』と言われる貢献ができたか。人生、最後に残るのは、最後の生命を飾るのは、それではないだろうか」
学会員は、自分がどんなに悩んでいても、どんな状況であっても、人の幸せのために、社会の安穏と平和のために、祈り、励まし、行動し続けている。「心の王者」です。「人間王者」です。
その皆さんの姿を、必ず子どもは見ています。必ず子どもの心に響いています。「わが子を、わが未来部を、広布と社会に貢献する人材に育てたい」との尊い心自体が素晴らしいと思います。
4 私たちは、皆、創価家族
今は、多様な価値観の時代です。家庭の在り方も大きく変わりました。しかし、「一家和楽」の価値は不変です。それを最後に学びましょう。
■ 池田先生の講義
互いに和楽の信心を築く中に、慈悲の生命が強く育まれます。青年が親を愛する中に、他者を思う心もこみ上げてきます。
一人暮らしの方、結婚されていない方もいます。お子さんのいない夫妻もおられます。ひとり親のご家庭もあります。家族の在り方は千差万別です。
しかし、私たちは、皆、創価家族です。久遠元初からの誓願という最も深く、最も麗しい生命の絆で結ばれています。
苦労を分かち合い、困難を克服し、互いの成長をたたえ合い、感謝し合う。愚痴を祈りに変え、非難を励ましに変え、苦楽を共にする価値創造の家族から、地域や共同体を変革する希望が生まれます。和楽の家庭が築かれてこそ、真の平和社会が創出されていきます。
—◆—
「これからは、私をお父さんと思っていきなさい。負けては、いけません。強くなるんです。ご両親の分まで幸せになっていくんです」——先生は、両親を亡くした女子部員に激励をされたこともあります。
先生が手作りで一人一人の同志を抱きかかえるように励まし、築いてきたのが、創価学会です。創価家族です。一人暮らしであっても、お子さんがいなくても、学会の庭には、温かい父母や仲間、たくましい青年や未来っ子がいます。皆が励まし合い、互いの幸福を祈り合いながら前進しています。信心で結ばれた創価家族ほど温かい世界は、ほかにありません。
今、コロナとの闘いの中で、人々が「大悪をこれば大善きたる」(御書1300ページ)と立ち上がっています。会えない場合があっても、電話やSNS等を使って友を勇気づけています。
多様性の社会の中で、あらゆる人を、友を大切にしていく。一人一人が地域・社会に貢献していく。この人間性の振る舞いにこそ、私たちの目指す「和楽の信心」「価値創造の家族」の真髄があるのではないでしょうか。
■ 池田先生の講義
今、世界中で妙法の和楽の家族が陸続と輝き、そこから、友情と調和と平和の連帯が幾百万、幾千万にも広がっています。家庭革命こそ、人類の宿命転換に直結するのです。
社会に安心を与える生命のオアシス——それが、私たちの「一家和楽」の実証によって、この地球のいたるところに誕生しています。
まさに、創価の「和楽」の家庭こそ、人類宗教の希望の太陽なのです。
人の絆を一層強く!
友の不安を取り除く
慈愛の声を届けよう。
抜苦与楽の実践者たれ!
四条金吾殿御返事 P1180
『人のよにすぐれんとするをば賢人聖人とをぼしき人人も皆そねみねたむ事に候、いわうや常の人をや』
【通解】
人の世の中に勝れようとすると、賢人・聖人と思われるような人々さえも、皆そねみ、ねたむのである。まして常人はいうまでもない。
名字の言 きょう沖縄「慰霊の日」。"声なき声"を世界へ 2020年6月23日
75年前、沖縄は残酷な戦場と化した。軍は「ひめゆり学徒隊」など、10代後半の女子生徒を看護隊に動員。ところが6月18日に突然、壕の中にいた同学徒隊に「解散命令」が下された。少女らは砲弾の飛び交う外へ追い出され、若い命が奪われた▼先日、激戦地の一つの糸満市に立つ「梯梧之塔」を訪れた。「梯梧学徒隊」はじめ私立昭和高等女学校同窓生の慰霊碑は、「ひめゆりの塔」に近い林の中にある。脇の献歌には「一人来て 抱きしめて見ぬ わが友の 名の刻まれし 濡れし碑文」と。生き残った同窓生が戦地に散った友を思い、つづった言葉である▼沖縄戦などの犠牲者約24万人の名を刻む糸満市の「平和の礎」に、今年も新たに30人が刻銘された。戦争体験者の婦人の言葉を思い出す。「単なる名前と思わないでください」「ここに刻まれた方々の"声なき声"を、全世界の人に伝える使命があるから、私は生きているんです」▼60年前の7月、沖縄を初訪問した池田先生は「ひめゆりの塔」へ。沖縄戦で生き残った関係者から当時の模様を聞くと、平和への祈りを込めて合掌。「二度とこの悲劇を繰り返してはならない」と強く語った▼きょう23日は沖縄「慰霊の日」。"不戦の願い"を未来へつなぐのは、私たちの大きな使命である。(踊)
寸鉄 2020年6月23日
「根ふかきときんば枝葉かれず」御書。信心こそ人生勝利の力。祈り深く
沖縄慰霊の日。心に光る命どぅ宝の精神。不戦の誓い新たに対話の波を!
青年は決して、へこたれてはいけない—戸田先生逆境に挑め!戦えば成長
エコバッグ洗わない人が51%と。食中毒につながる恐れ。洗濯・除菌が有効
「あおり運転」厳罰化の改正道交法が今月末施行危険行為は断じて許すな
☆心に御書を 第53回 人間教育の太陽を赫々と!
〈御文〉
『妙と申す事は開と云う事なり世間に財を積める蔵に鑰なければ開く事かたし開かざれば蔵の内の財を見ず』(法華経題目抄、943ページ)
〈通解〉
「妙」とは、「開く」ということである。世間の例えで言えば、財宝を積んである蔵も、鍵がなければ開くことはできない。開かなければ蔵の中の財宝を見ることはできないのである。
〈池田先生が贈る指針〉
どの子も最極の生命の宝を持っている。その宝を信じ開く教育の真髄を牧口先生は示された。
日々、後継の教育本部の友が、使命の現場で尊い実践を貫いてくれている。多難な時代だからこそ、「子どもの幸福」を皆で祈り、一人一人を温かく励ますのだ。
人間教育の太陽を赫々と輝かせ、若き価値創造の生命を照らしゆこう!
☆「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第2回 一家和楽の信心<下> 長谷川理事長
「紙上教学研さん『世界を照らす太陽の仏法』に学ぶ」の第2回は、前回(6日付)に続いて、「一家和楽の信心」について、長谷川理事長と共に学びます。(第3回は7月4日付に掲載の予定。池田先生の講義は『創価学会 永遠の五指針』から引用)
池田先生が講義で示された一家和楽を築く要諦
一、自らが「家庭の太陽」となって
慈悲の陽光で皆を包もう
二、親子、夫婦の絆は三世の宿縁
互いに尊敬し、励まし合おう
三、社会に貢献していくとともに
未来を創る人材を送り出そう
1 子を亡くした母に寄り添う
それでは、前回に続いて「一家和楽の信心」について学びましょう。
池田先生は、講義の中で、愛する息子を亡くした女性門下に送られた御書を拝して、次のように教えられています。
【御文】
光日上人は子を思うあまりに法華経の行者と成り給ふ、母と子と倶に霊山浄土へ参り給うべし、其の時御対面いかにうれしかるべき・いかにうれしかるべき(光日上人御返事、御書934ページ7行目〜8行目)
【現代語訳】
光日上人は、わが子を思うあまり、法華経の行者となられた。母と子がともに霊山浄土に参ることができよう。その時の御対面は、どんなにかうれしいことであろう。どんなにかうれしいことであろう。
■ 池田先生の講義
仏法は「人間のための宗教」です。いかなる生死の悲しみをも乗り越え、家族が永遠に幸福の軌道を進みゆく希望の哲学です。
誰しも死を迎えるゆえに、大切な家族を失う悲しみは避けられません。
とりわけ、子どもを亡くし悲嘆にくれる門下に対し、大聖人は、長年にわたって、その心に寄り添われ、大激励を続けられました。
その一人が、光日尼という安房国(千葉県南部)の女性です。光日尼には弥四郎という息子がいました。真摯に師匠を求めた弟子であり、また母親思いの孝行息子でした。
—◆—
なんという日蓮大聖人のお心でしょう。大聖人は"無常の現実"に悲しむ母に、どこまでも寄り添われました。
池田先生は、御聖訓を拝しつつ、一人一人を包むように励まし続けてこられました。お子さんを亡くした両親に「おつらい気持ちは痛いほどわかります。ご家族の方が幸福になることが、息子さんの厳然たる成仏の証しです」と、「親子一体」「生死不二」の成仏の法理の上から激励されたこともあります。先生の真心に、誰もが心に希望の太陽を昇らせます。
創価学会は、どこまでも一人の人間のために尽くし切る宗教です。
2 妙法の絆は三世永遠
■ 池田先生の講義
大切な家族を失うことは、あまりにもつらく悲しい出来事です。頭ではわかっていても、感情や心の次元で肉親の死を受け入れるまでには、時間がかかるでしょう。
心が落ち着くまでの時間は、人それぞれです。心が及ぶまで追善の題目を唱えなさい、という御文もあります。
病気で亡くなる場合もある。災害や事故で突然、命を失う場合もある。しかし、「心の財」は壊れることはありません。広宣流布の途上で亡くなった場合は、断じて今世の宿命転換を果たし、悠然たる境涯で霊山へと旅立っているのです。自らは信心していなくとも、家族の題目に包まれた方も同じです。
「生死不二」の仏法です。
大聖人は、妙法の絆で結ばれた家族は、死してなお、再び巡り合えると仰せです。親子、夫婦は三世の宿縁です。ゆえに、どこまでも信頼し、互いに成長していこうと励まし合うことで、妙法の絆はますます深くなっていきます。これが「和楽」の第二の要諦です。
「生も歓喜、死も歓喜」の仏法の眼から見るならば、「生も和楽、死も和楽」の大境涯を必ず開いていけるのです。
—◆—
東日本大震災の後、先生の激励を伝えるため、各部のリーダーが被災地を訪ねました。私も、大切なご家族を亡くされた方々と何人もお会いしました。
先生は、「悲しみに負ければ、故人が悲しみます。『生も仏』『死も仏』なのです。いつも、一緒なのです。一体なのです」と励まされました。この先生のお心を伝えるとともに自分自身の体験を話し、相手の方と同苦し、共に涙しました。
私は、4歳の時に東京大空襲に遭いました。火の海の中、母が私を布団にくるんで逃げたこと。布団の隙間から入ってくる火の粉の熱かったこと。母はさぞ熱かっただろうと思います。全てを失い、私はその後、親戚、知人の家に6年間預けられました。寂しいこと、つらいことがたくさんありました。おかげで、人の苦労がわかる自分になれました。やがて学会に巡り合うことができました。全て苦労のおかげ、と思います。
東北の方々は、一日一日、一年一年と歯を食いしばり、"負げでたまっか"と前に向かって生き抜きました。
先生は、何度も教えてくださいました。"悩みがあるから不幸、悩みがないから幸せ、そうじゃないよ。大事なことは悩みに負けないこと。信心根本に負けなければ、必ず幸せになるよ"と。
苦難から立ち上がれば、「生も歓喜、死も歓喜」「生も和楽、死も和楽」の大境涯になれる。亡くなられた家族ともども、「一家和楽」という勝利の姿を示すことができる。妙法の絆は三世永遠なのです。
3 後継の人材を育てよう
わが子を立派な後継の人材に。それは、皆が願っていることでしょう。しかし、現実は違う場合も多い。子どもがなかなか信心をしないと悩んでいる人も多いと思います。後継を育てゆく大切さについても、先生は教えてくださっています。
【御文】
こうへのどのをこそ・いろあるをとこと人は申せしに・其の御子なればくれないのこきよしをつたへ給えるか(上野殿御返事、御書1554ページ9行目〜10行目)
【現代語訳】
亡くなられた上野殿(南条兵衛七郎)こそ、情けに厚い人と言われていたが、(南条時光は)そのご子息であるから、父のすぐれた素質を受け継がれたのであろう。
■ 池田先生の講義
「和楽」の第三の要諦は、"開かれた家庭"として、社会へ貢献し、未来を創る人材を送り出すことです。
◇
兵衛七郎が亡くなった時に時光は7歳でした。その後、時光は家督を相続して地頭となり、父母からの信仰も受け継ぎました。
大聖人が身延に入山された文永11年(1274年)、16歳の凜々しい青年に成長した時光は大聖人のもとへ訪ねていきます。
大聖人はこの再会の折、立派に育った後継者に、「(父の兵衛七郎に)姿も違わないばかりか、お心まで似ていることは言いようもありません」(御書1507ページ、通解)と愛でられています。
—◆—
信心する以前は、誰もが自分のことだけで精いっぱい。人を思いやる心の余裕などなかった。学会に入って、いつの間にか、人の幸せを祈り、人に尽くす自分になっていました。"励まされていた自分"が、"励ます自分"に成長していました。私もその一人です。一人一人の「人間革命」です。
先生は語られました。
「この世に生まれて、いったい、何人の人を幸福にしたか。何人の人に『あなたのおかげで私は救われた』と言われる貢献ができたか。人生、最後に残るのは、最後の生命を飾るのは、それではないだろうか」
学会員は、自分がどんなに悩んでいても、どんな状況であっても、人の幸せのために、社会の安穏と平和のために、祈り、励まし、行動し続けている。「心の王者」です。「人間王者」です。
その皆さんの姿を、必ず子どもは見ています。必ず子どもの心に響いています。「わが子を、わが未来部を、広布と社会に貢献する人材に育てたい」との尊い心自体が素晴らしいと思います。
4 私たちは、皆、創価家族
今は、多様な価値観の時代です。家庭の在り方も大きく変わりました。しかし、「一家和楽」の価値は不変です。それを最後に学びましょう。
■ 池田先生の講義
互いに和楽の信心を築く中に、慈悲の生命が強く育まれます。青年が親を愛する中に、他者を思う心もこみ上げてきます。
一人暮らしの方、結婚されていない方もいます。お子さんのいない夫妻もおられます。ひとり親のご家庭もあります。家族の在り方は千差万別です。
しかし、私たちは、皆、創価家族です。久遠元初からの誓願という最も深く、最も麗しい生命の絆で結ばれています。
苦労を分かち合い、困難を克服し、互いの成長をたたえ合い、感謝し合う。愚痴を祈りに変え、非難を励ましに変え、苦楽を共にする価値創造の家族から、地域や共同体を変革する希望が生まれます。和楽の家庭が築かれてこそ、真の平和社会が創出されていきます。
—◆—
「これからは、私をお父さんと思っていきなさい。負けては、いけません。強くなるんです。ご両親の分まで幸せになっていくんです」——先生は、両親を亡くした女子部員に激励をされたこともあります。
先生が手作りで一人一人の同志を抱きかかえるように励まし、築いてきたのが、創価学会です。創価家族です。一人暮らしであっても、お子さんがいなくても、学会の庭には、温かい父母や仲間、たくましい青年や未来っ子がいます。皆が励まし合い、互いの幸福を祈り合いながら前進しています。信心で結ばれた創価家族ほど温かい世界は、ほかにありません。
今、コロナとの闘いの中で、人々が「大悪をこれば大善きたる」(御書1300ページ)と立ち上がっています。会えない場合があっても、電話やSNS等を使って友を勇気づけています。
多様性の社会の中で、あらゆる人を、友を大切にしていく。一人一人が地域・社会に貢献していく。この人間性の振る舞いにこそ、私たちの目指す「和楽の信心」「価値創造の家族」の真髄があるのではないでしょうか。
■ 池田先生の講義
今、世界中で妙法の和楽の家族が陸続と輝き、そこから、友情と調和と平和の連帯が幾百万、幾千万にも広がっています。家庭革命こそ、人類の宿命転換に直結するのです。
社会に安心を与える生命のオアシス——それが、私たちの「一家和楽」の実証によって、この地球のいたるところに誕生しています。
まさに、創価の「和楽」の家庭こそ、人類宗教の希望の太陽なのです。
2020年6月22日月曜日
2020.06.22 わが友に贈る
◇今週のことば
「御みやづかいを
法華経とをぼしめせ」
変化の社会にこそ
新たな価値創造の力を。
妙法の賢者と光れ!
2020年6月22日
妙法比丘尼御返事 P1415
『法華経の中に仏説かせ給はく我が滅度の後後の五百歳二千二百余年すぎて此の経閻浮提に流布せん時、天魔の人の身に入りかはりて此の経を弘めさせじとて、たまたま信ずる者をば或はのり打ち所をうつし或はころしなんどすべし、其の時先さきをしてあらん者は三世十方の仏を供養する功徳を得べし、我れ又因位の難行苦行の功徳を譲るべしと説かせ給う』
【通解】
法華経のなかで仏は「我が滅度の後・後の五百歳・二千二百余年を過ぎてこの経を閻浮提に流布しようとする時、天魔が人の身に入り代わって、この経を弘めさせまいと、たまたま信ずる者を、あるいは罵詈したり、あるいは打擲したり、所を追い払ったり、あるいは打ち殺したりするであろう。その時、第一に先駆けした者は三世十方の仏を供養するのと同じ功徳を得るであろう。また我が因位の難行・苦行の功徳を譲るであろう」と説かれています。
名字の言 自身の殻を破る「出会いパワー」 2020年6月22日
クルミは硬い殻に覆われているが、それを割るとおいしい実が現れる。「私にとって教育とは、まさにこの『殻を破る』こと」と語るのは、明治大学の齋藤孝教授。氏は、教師志望の学生たちが"殻を破る"契機にと、工夫を凝らした授業を行う▼例えば、それぞれ学んだ専門知識をショートコントで披露する授業。歌を歌う、キャラクターに扮する……最初は恥ずかしがっていた学生も、終わると"やってよかった"と笑顔に。実際、"翌年に残したい授業"を学生に尋ねると、多くがこの授業を挙げるそうだ▼殻を破るきっかけは、自分の内側からだけでなく、外側からの刺激で生まれることも多い、と氏は語る。「言わば、『出会いパワー』『縁の力』です」と(『潜在能力を引き出す「一瞬」をつかむ力』祥伝社新書)▼コロナ禍の中、電話やSNSでの励ましを印象的に語る人が少なくない。"地区婦人部長の明るい声にホッとしました""支部長の力強い言葉が胸に響いています"。直接、会えなくても、人の心を変える「出会いパワー」を生み出すことはできる▼御書に「万法は己心に収まりて一塵もかけず」(1473ページ)と。誰の生命にも、宇宙に等しい智慧と力が秘められている。その可能性を開く「出会いの劇」を、きょうも朗らかに。(誼)
寸鉄 2020年6月22日
創価の女性が記念月間を快走。太陽が輝けば世界は明るく。激励の光更に
心は王者でいけ。誇り高く生き抜け—恩師。皆が幸福になる仏法。信強く
奄美の日。試練の時こそ同志と共に、地域と共に。支え合いの絆は広布の鑑
東西の創価学園がウェブ見学会を開催中。英才よ集え!人類貢献の学舎へ
新型コロナの抗体、保有せぬ人が大半—厚労省。手洗い等、引き続き励行
☆第3代会長就任60周年記念 師弟凱歌の記憶 特別編
◇各地の婦人部総会に届いた1枚のレコード(1977年)
1977年(昭和52年)、全国各地で「第7回婦人部総会」が開催され、全会場にシートレコード(ビニール製レコード)が届けられた。これには、池田先生が総会に寄せた長文のメッセージと、真心のピアノ演奏が吹き込まれていた。
同年初頭から、宗門僧による理不尽な学会攻撃が行われ、同志は悔し涙をのみながら、広布の活動に励んでいた時である。
レコードから響く慈愛のメッセージと、「荒城の月」「さくら」、創価学園の寮歌(現在の創価中学・高校の校歌)、「うれしいひなまつり」「夕焼小焼」「春が来た」「熱原の三烈士」の力強くも優しいピアノの音色が、激闘を続ける友の胸を打った。
みんな負けるな! 何があっても学会と共に、私と共に希望の人生の並木道を歩こうよ!——先生と一緒に総会に参加しているかのような喜びが、日本列島の津々浦々に広がった。
◇〈「熱原の三烈士」の歌とは〉
池田先生が、1279年(弘安2年)の熱原の法難で殉教した三兄弟に思いをはせて作詞し、1976年7月(昭和51年)に発表。いかなる苦難があろうとも「わが友よ負けるな!」「断じて勝ちゆけ!」との、師の祈りが込められている。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「熱原の三烈士」の歌詞
作詞 山本伸一
富士の裾野の朝ぼらけ
若葉の露は彩なして
潤井の川のせせらぎに
雲雀の声にも児は舞いて
かくものどかな今朝の村
時末の世か水濁り
仏法の乱れは麻に似て
民の恨みも悲しけれ
熱原の郷百姓に
若き丈夫愁いあり
その名 熱原神四郎
弟 弥五郎 弥六郎
求道めし日々は浅けれど
清き血潮の布教進む
栄えの生命の法讃歌
誉れの優勢 口惜しさに
膏油煮え立ち喘ぎ立ち
障魔の権力は卑劣にも
和合の綱に手を伸ばし
攪き乱さんと仇心
諸行無常の鐘やみて
常楽我浄の風吹けば
ああ神四郎その兄弟
淋しく法戦消え去りぬ
繁れる法庭の杉木立
生死流転の神四郎
桜の花に吹く風に
あれよ広布の鑑よと
その名かんばし熱原の
烈士の命 誉れあり
「御みやづかいを
法華経とをぼしめせ」
変化の社会にこそ
新たな価値創造の力を。
妙法の賢者と光れ!
2020年6月22日
妙法比丘尼御返事 P1415
『法華経の中に仏説かせ給はく我が滅度の後後の五百歳二千二百余年すぎて此の経閻浮提に流布せん時、天魔の人の身に入りかはりて此の経を弘めさせじとて、たまたま信ずる者をば或はのり打ち所をうつし或はころしなんどすべし、其の時先さきをしてあらん者は三世十方の仏を供養する功徳を得べし、我れ又因位の難行苦行の功徳を譲るべしと説かせ給う』
【通解】
法華経のなかで仏は「我が滅度の後・後の五百歳・二千二百余年を過ぎてこの経を閻浮提に流布しようとする時、天魔が人の身に入り代わって、この経を弘めさせまいと、たまたま信ずる者を、あるいは罵詈したり、あるいは打擲したり、所を追い払ったり、あるいは打ち殺したりするであろう。その時、第一に先駆けした者は三世十方の仏を供養するのと同じ功徳を得るであろう。また我が因位の難行・苦行の功徳を譲るであろう」と説かれています。
名字の言 自身の殻を破る「出会いパワー」 2020年6月22日
クルミは硬い殻に覆われているが、それを割るとおいしい実が現れる。「私にとって教育とは、まさにこの『殻を破る』こと」と語るのは、明治大学の齋藤孝教授。氏は、教師志望の学生たちが"殻を破る"契機にと、工夫を凝らした授業を行う▼例えば、それぞれ学んだ専門知識をショートコントで披露する授業。歌を歌う、キャラクターに扮する……最初は恥ずかしがっていた学生も、終わると"やってよかった"と笑顔に。実際、"翌年に残したい授業"を学生に尋ねると、多くがこの授業を挙げるそうだ▼殻を破るきっかけは、自分の内側からだけでなく、外側からの刺激で生まれることも多い、と氏は語る。「言わば、『出会いパワー』『縁の力』です」と(『潜在能力を引き出す「一瞬」をつかむ力』祥伝社新書)▼コロナ禍の中、電話やSNSでの励ましを印象的に語る人が少なくない。"地区婦人部長の明るい声にホッとしました""支部長の力強い言葉が胸に響いています"。直接、会えなくても、人の心を変える「出会いパワー」を生み出すことはできる▼御書に「万法は己心に収まりて一塵もかけず」(1473ページ)と。誰の生命にも、宇宙に等しい智慧と力が秘められている。その可能性を開く「出会いの劇」を、きょうも朗らかに。(誼)
寸鉄 2020年6月22日
創価の女性が記念月間を快走。太陽が輝けば世界は明るく。激励の光更に
心は王者でいけ。誇り高く生き抜け—恩師。皆が幸福になる仏法。信強く
奄美の日。試練の時こそ同志と共に、地域と共に。支え合いの絆は広布の鑑
東西の創価学園がウェブ見学会を開催中。英才よ集え!人類貢献の学舎へ
新型コロナの抗体、保有せぬ人が大半—厚労省。手洗い等、引き続き励行
☆第3代会長就任60周年記念 師弟凱歌の記憶 特別編
◇各地の婦人部総会に届いた1枚のレコード(1977年)
1977年(昭和52年)、全国各地で「第7回婦人部総会」が開催され、全会場にシートレコード(ビニール製レコード)が届けられた。これには、池田先生が総会に寄せた長文のメッセージと、真心のピアノ演奏が吹き込まれていた。
同年初頭から、宗門僧による理不尽な学会攻撃が行われ、同志は悔し涙をのみながら、広布の活動に励んでいた時である。
レコードから響く慈愛のメッセージと、「荒城の月」「さくら」、創価学園の寮歌(現在の創価中学・高校の校歌)、「うれしいひなまつり」「夕焼小焼」「春が来た」「熱原の三烈士」の力強くも優しいピアノの音色が、激闘を続ける友の胸を打った。
みんな負けるな! 何があっても学会と共に、私と共に希望の人生の並木道を歩こうよ!——先生と一緒に総会に参加しているかのような喜びが、日本列島の津々浦々に広がった。
◇〈「熱原の三烈士」の歌とは〉
池田先生が、1279年(弘安2年)の熱原の法難で殉教した三兄弟に思いをはせて作詞し、1976年7月(昭和51年)に発表。いかなる苦難があろうとも「わが友よ負けるな!」「断じて勝ちゆけ!」との、師の祈りが込められている。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「熱原の三烈士」の歌詞
作詞 山本伸一
富士の裾野の朝ぼらけ
若葉の露は彩なして
潤井の川のせせらぎに
雲雀の声にも児は舞いて
かくものどかな今朝の村
時末の世か水濁り
仏法の乱れは麻に似て
民の恨みも悲しけれ
熱原の郷百姓に
若き丈夫愁いあり
その名 熱原神四郎
弟 弥五郎 弥六郎
求道めし日々は浅けれど
清き血潮の布教進む
栄えの生命の法讃歌
誉れの優勢 口惜しさに
膏油煮え立ち喘ぎ立ち
障魔の権力は卑劣にも
和合の綱に手を伸ばし
攪き乱さんと仇心
諸行無常の鐘やみて
常楽我浄の風吹けば
ああ神四郎その兄弟
淋しく法戦消え去りぬ
繁れる法庭の杉木立
生死流転の神四郎
桜の花に吹く風に
あれよ広布の鑑よと
その名かんばし熱原の
烈士の命 誉れあり
2020年6月21日日曜日
2020.06.21 わが友に贈る
御書をひもとけば
勇気がみなぎる。
仏の智慧が湧く。
「師子王の心」で
挑戦の歴史を刻もう!
四条金吾殿御返事 P1180
『此の法門につきし人あまた候いしかどもをほやけわたくしの大難度度重なり候いしかば一年二年こそつき候いしが後後には皆或はをち或はかへり矢をいる、或は身はをちねども心をち或は心はをちねども身はをちぬ』
【通解】
この法門についた人は数多くいるけれども、公私ともに大難がたびたび重なってきたので、一年、二年はついてきたものの、後々には、皆、あるいは退転し、あるいは反逆の矢を射た。また、あるいは身は堕ちなくても心は堕ち、あるいは心は堕ちなくても身は堕ちてしまった。
名字の言 きょう夕方、全国各地で「部分日食」 2020年6月21日
きょうの午後4時ごろから6時ごろまで、国内各地で「部分日食」を見ることができるという。月が太陽の一部を隠す"天体ショー"。梅雨の時季なので、晴れるかどうか気掛かりではあるが、期待が高まる▼ただ、観察する際には「絶対に肉眼では見ない」「専用の道具を用いる」など、目を傷めないための注意が必要だ。よく確認して、安全に空を見上げていただきたい▼この次に、日本で日食が起きるのは2023年4月20日で、国内の一部地域で見ることができるそうだ。この日は、3年後の本紙創刊記念日であり、さらなる充実・発展への指標を得たようにも思える▼さらに、その次に日本全国で部分日食が観測できるのは、学会創立100周年となる2030年。大宇宙の壮大なリズムとともに、"大いなる佳節を目指して、平和への歩みを強く、大きく!"との決意を深めたい▼こうした時の一致を"偶然"と片付けるのは簡単だが、そこに積極的な意味を見いだし、新たな前進の力としていくことは、"知恵の戦い"ともいえる。その意味において、きょうが「父の日」であることもまた、偶然ではないだろう。「広布のロマンを語り、平和への一歩をリードするのは、われら」と、創価の父たちが立ち上がる日としたい。(道)
寸鉄 2020年6月21日
梵音声と申すは仏の第一の相なり—御書。声は力。一瞬の出会いも心込めて
「足立女性の日」35周年。東京の王者の誇り胸に!婦女一体で励ましを拡大
予防の基本は�身体的距離を取る�取れないならマスク、と。新しい習慣に
社会を支え、家族を守る黄金柱に「ありがとう」の笑顔を。きょう父の日
夕方から部分日食—夏至では372年ぶり。肉眼での観測厳禁。親子で楽しく
☆心に御書を 第52回 「真金の信心」光る丈夫たれ
〈御文〉
『返す返す今に忘れぬ事は頸切れんとせし時殿はともして馬の口に付きて・なきかなしみ給いしをば・いかなる世にか忘れなん』(崇峻天皇御書、1173ページ)
〈通解〉
返す返す今も忘れられない事は、(竜の口で日蓮が)首を切られようとした時、あなたが私の供をし、馬の口にとりつき、泣き悲しまれたことである。これはいかなる世にも忘れることはできない。
〈池田先生が贈る指針〉
いざという時に丈夫の真価が光る。竜の口にお供した四条金吾の「真金の信心」は、学会壮年部に継承されている。
幾多の嵐を越えてきた、我ら師弟の誇りは高い。誰が褒めなくとも、御本仏が御照覧である。
乱世なればこそ、創価の負けじ魂で開拓だ。揺るがぬ黄金柱として、家族と同志を守り、民衆の城を厳然と!
勇気がみなぎる。
仏の智慧が湧く。
「師子王の心」で
挑戦の歴史を刻もう!
四条金吾殿御返事 P1180
『此の法門につきし人あまた候いしかどもをほやけわたくしの大難度度重なり候いしかば一年二年こそつき候いしが後後には皆或はをち或はかへり矢をいる、或は身はをちねども心をち或は心はをちねども身はをちぬ』
【通解】
この法門についた人は数多くいるけれども、公私ともに大難がたびたび重なってきたので、一年、二年はついてきたものの、後々には、皆、あるいは退転し、あるいは反逆の矢を射た。また、あるいは身は堕ちなくても心は堕ち、あるいは心は堕ちなくても身は堕ちてしまった。
名字の言 きょう夕方、全国各地で「部分日食」 2020年6月21日
きょうの午後4時ごろから6時ごろまで、国内各地で「部分日食」を見ることができるという。月が太陽の一部を隠す"天体ショー"。梅雨の時季なので、晴れるかどうか気掛かりではあるが、期待が高まる▼ただ、観察する際には「絶対に肉眼では見ない」「専用の道具を用いる」など、目を傷めないための注意が必要だ。よく確認して、安全に空を見上げていただきたい▼この次に、日本で日食が起きるのは2023年4月20日で、国内の一部地域で見ることができるそうだ。この日は、3年後の本紙創刊記念日であり、さらなる充実・発展への指標を得たようにも思える▼さらに、その次に日本全国で部分日食が観測できるのは、学会創立100周年となる2030年。大宇宙の壮大なリズムとともに、"大いなる佳節を目指して、平和への歩みを強く、大きく!"との決意を深めたい▼こうした時の一致を"偶然"と片付けるのは簡単だが、そこに積極的な意味を見いだし、新たな前進の力としていくことは、"知恵の戦い"ともいえる。その意味において、きょうが「父の日」であることもまた、偶然ではないだろう。「広布のロマンを語り、平和への一歩をリードするのは、われら」と、創価の父たちが立ち上がる日としたい。(道)
寸鉄 2020年6月21日
梵音声と申すは仏の第一の相なり—御書。声は力。一瞬の出会いも心込めて
「足立女性の日」35周年。東京の王者の誇り胸に!婦女一体で励ましを拡大
予防の基本は�身体的距離を取る�取れないならマスク、と。新しい習慣に
社会を支え、家族を守る黄金柱に「ありがとう」の笑顔を。きょう父の日
夕方から部分日食—夏至では372年ぶり。肉眼での観測厳禁。親子で楽しく
☆心に御書を 第52回 「真金の信心」光る丈夫たれ
〈御文〉
『返す返す今に忘れぬ事は頸切れんとせし時殿はともして馬の口に付きて・なきかなしみ給いしをば・いかなる世にか忘れなん』(崇峻天皇御書、1173ページ)
〈通解〉
返す返す今も忘れられない事は、(竜の口で日蓮が)首を切られようとした時、あなたが私の供をし、馬の口にとりつき、泣き悲しまれたことである。これはいかなる世にも忘れることはできない。
〈池田先生が贈る指針〉
いざという時に丈夫の真価が光る。竜の口にお供した四条金吾の「真金の信心」は、学会壮年部に継承されている。
幾多の嵐を越えてきた、我ら師弟の誇りは高い。誰が褒めなくとも、御本仏が御照覧である。
乱世なればこそ、創価の負けじ魂で開拓だ。揺るがぬ黄金柱として、家族と同志を守り、民衆の城を厳然と!
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