2022年1月9日日曜日

2022.01.09 わが友に贈る

団結を強める要諦は
自らが一人立つことだ!
燃え上がる信念から
「二人・三人・百人と」
共戦の炎は必ず広がる!

四恩抄 P938
『只法華経の故に罵詈毀謗せられて刀杖を加えられ流罪せられたるを以て大聖の臂を焼き髄をくだき頭をはねられたるになぞらへんと思ふ、是れ一つの悦びなり』

【通解】
ただ法華経を弘める故に、罵詈・毀謗され、刀杖を加えられ、流罪された事をもって、昔の大聖が臂を焼き髄を砕き頭をはねられた事になぞらえようと思う。これが第一の悦びである。

名字の言 「鬼にかなぼう」=「虎に翼」 2022年1月9日
日本で「百獣の王」といえばライオンだが、お隣の中国では虎だという。今年の干支である「寅」は「寅虎」とも書く▼春秋戦国時代の思想書『韓非子』が出典のことわざに「虎に翼」がある。地走るものの王たる虎に空飛ぶ翼を与えると、強い者にさらに力が加わって天下無敵になるという意味だ。それゆえ勇猛な将軍は「虎将」と称された。小説『三国志演義』で「五虎将軍」と呼ばれたのは関羽、張飛、馬超、黄忠、趙雲の5人である▼御書には、有名な「石虎将軍」の故事が引かれている。虎に親を殺された将軍・李広が、その虎を見つけて、仇討ちの一念を込めて一矢を放つ。矢は深々と刺さったが、仕留めたと思った虎は、実は虎に似た石だった。その後、何度も矢を放つが再びは刺さらない。つまり、この故事は「強き一念」の大切さを示している▼御聖訓に「法華経の剣は、信心のけなげなる人こそ用いることなれ。鬼にかなぼうたるべし」(新1633・全1124)と。中国語版の御書では「鬼にかなぼう」が「虎に翼」と訳される▼強い信心の人が、法華経のままに実践を貫けば、どんな障魔をも打ち破れる。無敵の剣を得たようなものである。信心とは勇気の異名。強盛な祈りで進む限り、恐れるものはない。

寸鉄 2022年1月9日
誓い漲る新春の幹部会。私の飛躍が創価の飛躍―青年の心で新時代を疾走
東京・目黒師弟正義の日。壁を破ろう!―師の叫びから40星霜。連続勝利へ
人が成しうる最も偉大な事は人に光を与える事―英雄。自他共の幸福開け
睡眠不足は心身不調の因に。新年の今、生活リズムを改善。聡明に健康第一
夢中で何かに挑む過程で自己肯定感も向上―識者 今日も勇み挑戦の一歩を

〈社説〉 2022・1・9 あす「成人の日」
◇自分らしく負けない人生を
あす10日は「成人の日」。参加者が密にならないよう配慮して成人式が行われる所も多い。
今年の「成人の日」は、"20歳成年"として最後となる。民法が改正され、4月1日から成年年齢が18歳に引き下げられるからだ。改正は、18、19歳の若者の自己決定権を尊重し、積極的な社会参加を促すことになる。一方、親の同意がない契約は取り消すことができた未成年者取消権が行使できなくなるので、消費者トラブルの拡大が懸念されてもいる。
今回、成人を迎える友は全員が"21世紀生まれ"であり、Z世代(1990年代中盤以降に生まれた若者たち)といわれる世代でもある。「9・11」の米同時多発テロ前後に生まれ、世界的な経済危機や東日本大震災等を経験。10代後半はコロナ禍の中で過ごした。学校ではSDGs(持続可能な開発目標)のことも学んできた。
こうした時代背景もあってか、Z世代は、社会的課題に取り組む企業に好印象を抱き、環境問題を自分に関わる課題と捉える傾向が強い。マーケティングアナリストの原田曜平氏は、触れる情報が"信頼できるか否か、本物か偽物か"について、Z世代が繊細な感性を持っていると指摘する(本紙電子版2021年5月14日付)。
激動の時代を歩んだ経験、社会貢献への関心、真偽を見極めようとする姿勢――新しい生活様式が求められるコロナ禍の中で、新成人は活路を開く可能性を秘めているといえよう。
原田氏はさらに、自分に「軸」があると、価値基準が明確になり、多様な選択肢を前にしても、判断に迷いにくいとも語っていた。
確かに、自分の中に、ぶれない「軸」を持つことは、とても大切だ。それは、膨大な情報にも左右されない、自己の根本の生き方を決めることといってもよい。
池田先生は19歳の時、「正しい人生」を探求する中で、戸田城聖先生に出会った。そして、仏法の実践を勧めた師に応え、「嵐に動かぬ大樹求めて/われ 地より湧き出でんとするか」と詠み、新たな人生の道を踏み出した。以来、75年。若き日の誓いを貫いてきた軌跡は多くの青年の希望である。
創価の新成人の皆さんもまた、一人の青年として"21世紀のトップランナー"の誇りも高く、負けない人生を自分らしく走り抜かれることを願ってやまない。

☆地涌の生命力で出発! 創立100周年へ 第6回本部幹部会
◇池田先生が祝福のメッセージ「誓いの友と妙法の大ロマンの道を」
◇原田会長、永石女性部長が各部の代表と共に出席
学会創立100周年の栄光の頂へ、地涌の生命力で、勇躍前進を約し合う第6回本部幹部会が8日午後、「青年・飛躍の年」の開幕を祝賀して、巣鴨の東京戸田記念講堂で開催された。
これには原田会長、長谷川理事長、永石女性部長が各部の代表と出席した。
池田大作先生はメッセージを贈り、「大法弘通」「慈折広宣流布」という人類の幸福と平和への新たな飛躍の大行進が始まったと強調。久遠からの誓いの友と、「歓喜の中の大歓喜」にあふれる妙法流布のロマンに生き抜こうと呼び掛けた。(全国配信は14日から17日〈配信の会場と時間等は各県・区で決定〉。同期間中、「モバイルSTB」「SOKAnet会員サポート」でも視聴可能)

◇人類平和へ飛躍の大行進
新生の息吹に満ちて集い来た全国の同志の気概を映すかのように、東京には澄み切った青空が広がっていた。雪が残る大地に、陽光が降り注ぐ。
「青年・飛躍の年」の開幕を記念する本部幹部会。池田先生はメッセージの中で、日蓮大聖人が明かされた、一切衆生を幸福にするとの仏の大誓願を、そのまま受け継いできたのが創価の師弟であると宣言した。
この創価三代の闘争に連なり、21世紀から22世紀へ、「立正安国」と「令法久住」のタスキをつなぐトップランナーこそ、新しき熱と力にあふれた池田門下の若人にほかならない。
幹部会の冒頭、事前に収録された、新成人の代表3人の清新な誓いが紹介された。
大学2年生の坂田大陸さん(千葉県出身)は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響でキャンパスに通えない日々が続いたが、"環境を言い訳にしない"と、多様な活動に率先。
SNSを駆使して、同じ学部に所属する約80人の全ての同期と一人も漏らさず交流を図り、学友同士を結ぶ懸け橋に。昨年には、自粛期間に習得したギターで大学祭のテーマソングを作成するなど、大学建設に携わった。
坂田さんは誓う。
「『自分は勝った』と心の底から胸を張れる人生を歩みます!」
竹中日菜乃さん(岐阜県出身)は、生後間もなく、先天性の心臓病と診断された。
1歳の時に受けた手術は無事に成功。成長した後、病を乗り越える際に、池田先生からの励ましと同志の祈りがあったことを両親から教わった。
"今度は私が命を救う側に"と、現在は創価大学の看護学部で、課題や演習に懸命に励んでいる。
竹中さんは「全ての人との縁を大切に、生きる力を引き出す人間力豊かな看護師になります」と声を弾ませる。
声楽家として、世界に活躍の場を広げる鈴木正彰さん(大阪府出身)。関西男声合唱団などで薫陶を受け、2018年には、第10回「東京国際声楽コンクール」の高校1・2年生部門で優勝した。
常に心掛けるのは、日頃の練習から本番の舞台を想定すること。一音一音に込められた作曲家の意図に迫り、忠実に表現できるよう努力を欠かさない。
「支えてくださる方々への感謝を忘れず、聴衆の心を震わせる歌声を届けます」と、鈴木さんの決意は固い。
さあ、大いなる理想へ生き生きと進む青年と共に、勇気の跳躍を遂げ、目を見張るような飛躍のドラマをつづる時は今!
幹部会では、池田主任副会長が池田先生のメッセージを紹介。その中で、かつて先生が元旦に認めた一対の書「大心」「大桜」が披露されると、参加者の瞳が一段と輝いた。
山口女子未来部長が未来部への激励に全力を注ぐ抱負を述べ、田島学生部長は、勇気の折伏で本年を勝ち飾る決意を披歴した。
次に、アルゼンチンSGI(創価学会インタナショナル)のパウラ・ロペス女子部長のあいさつ動画が映し出された。同女子部長は、徹底して一人を大切にする励ましの行動によって、妙法の人材群が勢いよく躍り出ている喜びを語った。
続いて、音楽隊・創価グロリア吹奏楽団と鼓笛隊・創価シャイニングスピリッツが祝賀演奏を披露(事前収録)。同志を鼓舞する妙音に、万雷の拍手が轟いた。
原田会長は、眼前の一人と真の友情を結ぶ語らいで、世界広布の扉を開いてきた池田先生の闘争に言及。人とのつながりの形式が変化する時代にあって、創意工夫を凝らしながら、地涌の連帯を広げゆく対話の旋風を共々に巻き起こそうと呼び掛けた。
最後に、池田先生のスピーチ(2002年1月の第13回本部幹部会)を収録した、新しいVOD番組「広布拡大こそ報恩の道」を皆で視聴した。

☆御書の旭光を 第68回 「仏の種」植えゆく励まし
〈御文〉
『法華経は種の如く仏はうへての如く衆生は田の如くなり』(曾谷殿御返事、1056ページ)

〈通解〉
(譬えて言えば)法華経は種であり、仏は植え手であり、衆生は田である。

〈池田先生が贈る指針〉
信心の喜びを語れば、友の生命に「仏の種」が必ず植えられる。相手の反応に一喜一憂する必要はない。仏種は時を超え、幸福の花を咲かせ、和楽の園を広げるからだ。
我らは妙法の種を蒔く人だ。最極の仏事に胸を張り、一人一人との縁を大切に育もう!
「いまだこりず候」と、御本仏直結の仏縁拡大を賢く、朗らかに!

☆ONE GOSHO この一節とともに! 祈禱抄
◇誓願の祈りから出発
いよいよ「青年・飛躍の年」の幕が開ける。新たなスタートに当たり、仏法の実践の根幹である「祈り」の姿勢について学んでいく。

◇御文
『法華経の行者の祈る祈は響の音に応ずるがごとし・影の体にそえるがごとし、すめる水に月のうつるがごとし・方諸の水をまねくがごとし・磁石の鉄をすうがごとし・琥珀の塵をとるがごとし、あきらかなる鏡の物の色をうかぶるがごとし』(御書1347ページ)

◇通解
法華経の行者の祈る祈りは、響きが音に応ずるように、影が体に添うように、澄んだ水に月が映るように、方諸(水を得る鏡)が水(露)を招くように、磁石が鉄を吸うように、琥珀が塵を取るように、明らかな鏡が物の色や形を浮かべるように、必ずかなうのである。

◇背景
本抄は、日蓮大聖人が文永9年(1272年)に流罪中の佐渡で著された。
当時、国内では天災が続き、蒙古襲来の危機なども重なった。為政者たちはそうした災難から逃れようと、諸宗に祈禱を依頼していた。
本抄で大聖人は、諸宗の祈りと法華経による祈りを比較。諸宗の誤りを明らかにし、法華経によってこそ、祈りがかなうとの大確信を示されている。

◇解説
「法華経の行者の祈り」は必ずかなう。
日蓮大聖人は"音が鳴れば響きが広がる""体には影が従う""磁石が鉄を吸い付ける""鏡に物が映る"等、森羅万象の原理であり、疑う余地のない事実を譬えとして用い、絶対の確信を教えられている。
御文の「法華経の行者」とは、法華経をその教説の通りに実践する「如説修行の人」である。
直接的には大聖人御自身のことであるが、大聖人の広宣流布の大願を継ぎ、奮闘する真の弟子もこれに当たる。
現代にあっては、まさに折伏や立正安国の対話に駆ける学会の同志こそ、法華経の行者にほかならない。
拝読御文の直前には、「どうして仏前のお誓いと自身が成仏した経の恩を忘れ、法華経の行者を捨てられるであろうか」(御書1347ページ、趣意)とある。
諸天善神は法華経に大恩があり、その恩を報じるために、法華経の行者を守護することを釈尊に誓った。もし、そのことを忘れるようなことがあれば、仏から罰せられるとまで大聖人は仰せである。
広布を推進する、日々の学会活動に挑み抜く私たちの祈りがかなう原理が、ここに示されている。
法華経の行者の祈りがかなうことは約束されている。だからこそ肝心なことは、揺るがぬ確信を持ち続けることである。
御文の譬えを踏まえれば、音は大きければ大きいほど、より遠くまで響き渡る。磁力は強ければ強いほど、より多くの鉄を吸い寄せる。
同じように、御本尊への祈りが強ければ強いほど、それに呼応して御本尊の功力が現れ、祈りが成就するのである。
そして忘れてはならないことは、強き祈りを根本に、法華経の行者として、勇敢に信心の実践を貫くことである。
人は、なかなか思うように進まないと、不安や諦めを抱いてしまうもの。祈りとは、その諦めと迷いを打ち破る"己心の戦い"ともいえる。その闘争を勝ち抜く原動力は何か。それは、深き決意であり、なかんずく"師弟の誓い"である。
池田先生は教えてくださっている。
「妙法の祈りとは、『誓願』です。最も強靱な精神の力です。祈りが心に満ち満ちているところ、いかなる臆病も、あきらめも、弱音も、入り込む隙などありません」
「青年・飛躍の年」の勝利を開く鍵は、男子部一人一人の成長と飛躍にかかっている。勝負となる一年の開幕に当たり、師に応えゆく誓願の題目から、あらゆる戦いを開始したい。
職場や家庭での挑戦、宿命との戦いなど、自身のあらゆる課題の克服へ、そして新たな広布の拡大へ――法華経の行者の祈りを根本に、大いなる飛躍の年としよう!

2022年1月8日土曜日

2022.01.08 わが友に贈る

奮闘する受験生に
真心こもる題目を!
懸命に支える家族への
心配りも欠かさずに
温かく応援していこう!

月満御前御書 P1110
『若童生れさせ給いし由承り候目出たく覚へ候、殊に今日は八日にて候、彼れと云い此れと云い所願しをの指すが如く春の野に華の開けるが如し、然ればいそぎいそぎ名をつけ奉る』

【通解】
お子さんが生まれたことを承りました。まことにめでたく存じます。ことに今日は八日です。お子さんの生まれたことといい、また今日が八日というよき日であるといい、全ての願いが叶っていく洋は、潮の満ちていくようであり、春の野に花が咲いたようなものです。

名字の言 真の敵は自分の中にいる 2022年1月8日
今年の箱根駅伝は熱戦だった。皆の思いが詰まったタスキをつなぐ懸命な走者たちを、白雪を冠した富士山が見守っていた▼独走など前後に走者が見えない時は自分のペースで走れる。一方、他の走者が視界に入り、競い合う時はペースは乱れるが、自己ベストを更新する走りになる場合も少なくない。監督やチームメート、家族などの周囲の思いを力に変えて走りながらも、根本は自分自身との戦い。真の敵は自分の中にいる▼3年連続のシード権を獲得した創価大学。エントリー選手上位10人の5000メートル、1万メートルにおける平均タイムは、それぞれ14位、5位だった。実力があっても心で負けてしまえば、勝負には勝てない。だから「名前や記録が走るのではない。自信をもって走ろう」と榎木監督▼厳しい練習の中でつかんだ自信が強さとなり、壁を突破する力になる。限界を超えた全走者が勝利者と称賛される箱根駅伝に、飛躍の方程式——努力なしに人生の勝利も栄冠もないことを、改めて教えてもらった▼不動の雄姿を見せる富士山では、山頂の年間平均風速は秒速12メートル。最大瞬間風速91メートルを記録した烈風が吹く。青年の心で飛躍を誓うこの一年、何があっても揺るぎない自分自身を築きたい。

寸鉄 2022年1月8日
「信心は確信。必ず幸福になるのです」戸田先生。人間革命の軌道を着実に
大阪・堺の日。常勝の電源地から励ましの光を! 共に青年の心で勇躍前進
この世で為すべき事は多い。すぐに為せ—楽聖。一日一日、真剣勝負で!
こたつでの"うたた寝"は脱水症状の恐れあり—医師。飲酒時は特に注意
バス車内での転倒事故の8割が発進・制動時と。手すり掴む等の心掛けを

〈社説〉 2022・1・8 「雪の秋田指導」から40年
◇池田門下の自覚が勝利の道開く
雪が舞う新たな年を迎えると、秋田の同志の心は燃える。
1982年1月、厳寒の秋田を訪れた池田先生との出会いを思い返すからである。明後10日は「雪の秋田指導」から40周年となる。
12年前、東北では"広布万葉の記録"という証言を同志から募った。
この時、秋田の友の多くが「雪の秋田指導」の感動をつづっている。それほど、先生の激励行が同志に広げた感動は大きかった。
第1次宗門事件の渦中、悪侶から理不尽な学会攻撃を受けた秋田の友。
その一人一人を励ましたいとの師の思いに引き寄せられるように、多くの出会いが刻まれた。
空港から秋田文化会館(当時)に向かう途上、先生は、街頭に立つ同志を見つけるたびに、車を降りて激励を。
会館に隣接する公園では集った同志と「人間革命の歌」を大合唱し、師弟の勝ち鬨が響き渡った。
証言集には、師と出会うことはなかったが「雪の秋田指導」について書かれたものも多い。
ある女性は、先生の秋田訪問に胸を高鳴らせながら、師の行程の無事を祈った。
"一目だけでもお会いしたい"と仕事を終え、急いで会館へ向かったが、行事はすでに終わっていた。
池田先生は後年、彼女のように諸行事の成功を祈っていた友らに思いを寄せ、「雪の秋田指導 栄光グループ」と名付け、たたえた。
この師の慈愛に胸を熱くした同志たちにとってもまた、忘れ得ぬ師との共戦譜であり、原点なのだ。
証言集には、当時まだ生まれていなかった青年たちの記録もある。
先輩から聞いた先生の激励行に感動し、未来部の友へ、秋田の原点を語り伝えているという。
「自分が思うと思わざるとにかかわらず、諸君は池田門下生であると思っています。信頼しています」——40年前の1月14日、第1回秋田県青年部総会の後、先生は青年部の友に期待を寄せた。
小説『新・人間革命』第29巻「清新」の章には次のようにある。
「師弟とは物理的な触れ合いのなかにあるのではない。心に師をいだき、その師に誓い、それを成就しようとする、必死の精進と闘争のなかにこそある」
広宣流布は"池田門下の自覚"によって飛躍的に進む。
師が示した共戦の心を、後継の青年たちが脈々と受け継ぎ、"吹雪に胸張り"勝利の道を開きゆく。

☆新春随想 永遠に「御書根本」の大道を 教学部長 森中理晃
◇人間主義の大光を放つ
日蓮大聖人御聖誕800年を慶祝する『日蓮大聖人御書全集 新版』が、昨年11月18日に発刊された。池田大作先生は、ご監修くださるとともに、巻頭に「序」を寄せ、「我ら創価学会は、永遠に『御書根本』の大道を歩む」との不朽の指針を示してくださった。新春に当たり、この「御書根本」の創価の誓願を新たにしていきたい。

◇「教学材宝(財宝)」——。
創立記念の本部幹部会で、御書発刊を記念して紹介してくださった、池田先生が認めた書である。
「材宝」と示されたことに、多くの方々が深い感慨を抱かれた。
御書根本の姿勢で教学を学び、各人の人生と生活の次元で大聖人直結の実践を展開する人材は、学会の宝であるだけでなく、社会の宝、さらには人類の宝ではないだろうか。
言うまでもなく、大聖人の仏法は、民衆仏法である。目覚めた民衆が自身の生活と社会の中で、仏法の功力を証明しながら、絶対的幸福に生きる喜びを知り、現実を変革するための宗教である。そもそも、御書に基づけば、唱題行以上には特別な修行もなければ、山林にこもる必要もない。むしろ、立正安国の実現のために、「娑婆世界」という現実社会の真っただ中で生活を営む人々が、自他共の幸福への行動を起こしていく。その民衆の力強い実践のなかにこそ仏法の実像がある。
であれば、誓願に立つ民衆の存在によってこそ広宣流布が成就すると言っても過言ではない。すなわち、民衆が強く良く賢くなり、民衆自身の変革によって、万人尊敬、生命尊厳の思想を基盤とする、平和と調和の社会が築かれていくなかに広宣流布の本質がある。その意味で、まぎれもなく、民衆こそが広宣流布の主人公である。

◇師弟直結の教学が学会の伝統
だからこそ、「御書」とは、民衆に開かれた聖典でなければならない。庶民が手にして、自らの信行の糧として拝していく。御書は、その時代の人々に親しまれる生きた経典として、常に同時代の人々のためにあるべきものだと確信する。
しかし、変えてはならない普遍の精神がある。それが、三代の会長が築かれた「御書根本」の伝統精神である。
すなわち、民衆が大聖人直結で、大聖人のお心に触れ、大聖人と同心で生き生きと仏法を実践する、この尊き「御書根本」の伝統を、90年余りの歴史の中で教えてくださったのが創価三代の会長であり、なかんずく池田先生である。
今回の「序」に、「『御書根本』の大道」と示されているなかに、創価の師弟の魂の結晶があると思えてならない。つまり、学会員にとって御書とは、師匠が教えてくれた「御書根本」の生き方を自らも実践する共戦の一書であり、不二の一書そのものなのだ。
命に刻むべきことは、大聖人御自身が障魔と三類の強敵の嵐の真っただ中で認められ、法華経の行者としての自らの正当性を証明されたのが御書であるということだ。「法華経の行者あらば、必ず三類の怨敵あるべし。三類はすでにあり。法華経の行者は誰なるらん。求めて師とすべし」(新111・全230)
法華経には、滅後悪世に法華経を弘通すれば必ず大難が起こることが示されている。三類の強敵が説かれた勧持品二十行の偈を末法で身読されたのは日蓮大聖人以外にいない。ゆえに、大聖人こそが末法の師にほかならない。
この大確信こそが、障魔の中でわが信念の道を揺るがずに堂々と歩み通す原動力になる。この難即誉れの大道を、三代の会長は自ら不惜身命の実践で示し、教えてくださったのである。

◇生活と人生で身読した学会員
そして、創価の師弟は、幾多の大難、現代の法難を全て、「御書に仰せの通りだ」「私たちの如説修行の実践に誤りはない」との御本仏直系の誇りで乗り越えてきた。
この原理は、個人にあっても、宿命と立ち向かい、大きく転換し転重軽受した学会員の無数の足跡にあっても同じである。
「地獄の苦しみぱっときえて」「冬は必ず春となる」「妙とは蘇生の義なり」「南無妙法蓮華経は師子吼のごとし」「心こそ大切に候え」等々、学会員が苦境の中で身で読み、希望と勝利の人生への転換点として心に刻んだ御文は、限りなく多い。
その一人一人の拝読の体験と実証こそ、創価学会の「材宝」であり、民衆勝利の叙事詩であり、日蓮仏法の証明ともなっているのである。
この2年、世界中をコロナ禍が席巻したが、国内外共に創価の行動は止むことがなかった。その原動力が教学であったことは、各国のリーダーたちが、本紙の連載「世界の友は今」「世界の友は今2021」で語っている通りである。いずこの国にあっても、オンラインを駆使するなど工夫を重ね、教学が希望の光源となったのである。
まさしく、創価の「御書根本」の前進の歩みは、世界的災厄の中で止まるどころか、いっそう強く大きく刻まれている。「御書根本」は、世界広布の推進軸にもなっているといえよう。

◇人類全体を結ぶ智慧の宝庫
池田先生は「序」の最後に、御書は人類全体を結び合い高める「随縁真如の智」を引き出す無窮の宝庫であると示されている。先の本部幹部会のメッセージでも、「『教学』は、まさしく私たちの人生の『財宝』であるとともに、全人類にとって、かけがえのない『財宝』にほかなりません」とつづられている。
まさしく、「創価」の名称の由来である「価値創造」とは、「随縁真如の智」の最極の証しにほかならない。創価学会は、価値論、生命論、人間革命の思想、そして人間主義の大光で、民衆を蘇生させ、社会を変革し、そして今、人類の宿命転換を視野に入れた挑戦を開始している。創価の「御書根本」の哲学と行動が、地球社会で大きく輝きを放つ時代を迎えている。
仏教学者のロケッシュ・チャンドラ博士は、「創価学会こそ、価値とともに成長・発展していくための、人類の大いなる『希望』なのです」と語っている(昨年11月13日付本紙)。
御書の智慧は、世界の期待であり、希望である。それに応えていくためにも、いやまして「御書根本」の大道を力強く歩んでいきたい。

2022年1月7日金曜日

2022.01.07 わが友に贈る

若き力の育成こそ
"後継の襷"をつなぎ
盤石な未来を築く鍵だ。
わが地域の宝の人材と
広布の道を走り抜こう!

四条金吾殿御返事 P1192
『いかに日蓮いのり申すとも不信ならばぬれたるほくちに火をうちかくるがごとくなるべし、はげみをなして強盛に信力をいだし給うべし』

【通解】
いかに日蓮が祈っても、あなた自身が不信ならば、濡れている火口(ほくち)に火を打ちかけるようなものである。勇んで強盛に信力を出しなさい。

名字の言 一瞬一瞬を大切に生きる 2022年1月7日
「日本のピカソ」ともいわれる洋画家・香月泰男の美術館(山口県長門市)を訪れた。画伯は第2次大戦後のシベリア抑留を経験した一人だ。極寒、飢餓、強制労働……。極限状態の中で九死に一生を得たゆえに、日々の時間を大切にした▼「一瞬一生」——自らの信念をそう表現した。この一瞬、このひと筆に一生を懸ける思いで生命を吹き込んだのだろう。油彩画、墨を使った素描画、「おもちゃ」と呼ばれるオブジェなど、一つ一つの作品に人を引き込む強い力を感じた▼ステージ4のがんを乗り越えた壮年が闘病体験を語っていた。一時は医師から「このままだとあと2カ月」と告げられた。だが彼には回復を信じ、祈り、寄り添う妻や娘がいた。勝利を待つ師や同志の存在があった▼"自分のことを、これほど思ってくれる人たちがいたのか"。感謝が込み上げ、一瞬一瞬を大切に生きようと誓った。病院や地域で出会った友に誠実を尽くし、一回一回の治療に真剣勝負の祈りで臨むうち、充実の毎日に変わった。がんとの壮絶な闘いを続け、克服する中で信仰の功力を確信した▼試練に直面した時、過去を悔いるのでも未来を憂えるのでもなく、「今、ここ」に全力を尽くす。その歩みの先に希望の光は差す。

寸鉄 2022年1月7日
「信心は年数ではない。勇気である」戸田先生。共に新たな勝利山を登攀
「我らが居住の山谷曠野、皆、皆常寂光の宝処なり」御書。使命の天地で輝け
苦しんだことのない者は弱い—哲学者。苦闘こそ人生の宝。"負けじ魂"で
変異株が各地で猛拡大。マスク着用、手洗い・嗽、換気…基本対策を再徹底
交通事故死が過去最少も高齢者の割合は最高と。前前の用心で絶対無事故

〈社説〉 2022・1・7 「デジタル化」と「人間革命」
◇"時代建設の主役"の誇りに燃え
近年、企業が市場で勝ち抜くには、「DX」の推進が不可欠ということが盛んに論じられるようになった。
「DX」とは、「デジタルトランスフォーメーション」の略称。デジタル技術の活用によって、組織やビジネスモデルを変革し、社会に新たな価値を創出しようとする取り組みを意味する。
例えば、大手の下着メーカーが電機メーカーと提携し、消費カロリーや心拍数などの生体情報を計測できる肌着を開発した。DXは、こうした異業種の連携によって、産業構造を変革する推進力になると期待されている。
2018年、経済産業省は「DXを推進しなければ、2025年以降、年間最大12兆円の経済損失が生じる可能性がある」との見解を示した。昨年9月、政府はデジタル庁を設置したが、今年も社会のあらゆる分野で、デジタル化が加速することは間違いない。
現在、コロナ禍によって、オンラインでの会議やテレワークが広がりつつある。デジタル化は、働き方を変え、余暇の過ごし方に幅の広がりを持たせることにもなった。それは、"いかに生きるべきか"という古くて新しいテーマを、私たちに突き付けているといえよう。そうした根源的な問いに応えることこそ、宗教が果たすべき使命にほかならない。
「デジタル化が進んでいった、その先に訪れるのは、人間存在が問われ続ける社会ではないだろうか。人間が人間らしく生きていくことが可能な時代が到来するかもしれない」(『デジタル化時代の「人間の条件」』筑摩書房)との考察もある。「智者とは、世間の法より外に仏法を行わず」(新1968・全1466)との御文の重みが、いよいよ増している。
必要な情報にスムーズにアクセスできる一方、ネット空間での匿名による誹謗中傷が後を絶たないなど、デジタル社会は正負両面がある。技術を活用しながら、より良い未来を創造するために、人間を、より強く、より善く、より賢く——その力を持つ宗教こそ、時代の要請である。
日蓮仏法は、人間の内的な力を開花させる「人間革命の宗教」だ。私たちは、デジタル化が進む社会に、「人間革命」という精神を吹き込む時代建設の主役——この誇りを胸に、本年も仏法の哲理を堂々と語り抜こう。

☆池田先生と共に 新たな広布の勝利山へ 大いなる生命の翼を共々に 2022年1月4日
妙法を信受する我らは、大宇宙の運行の妙なるリズムに則り、一年一年、「心の財」を積みながら、「地涌の人華」を多彩に咲かせ、広げていくのだ。
これほど充実した福徳の年輪はない。
北極圏に近いアイスランドの同志からは、厳寒の中、オンラインで新年の集いを行い、異体同心で元気に出発したと報告を頂いた。
欧州では、年頭から36カ国を「心は一つ」と結んで、伝統の広布サミットも予定されている。
* *
「青年・飛躍」の鍵は何か。それは、祈りを根本にした慈愛であり、真心からの励ましではなかろうか。
御本仏・日蓮大聖人は、母鳥が卵を温めて孵化させ、雛鳥たちを飛翔させる営みを、仏の慈悲に譬えられた。
有名な御文がある。
鳥の卵から、くちばしや目ができて、やがて大空を翔るように、「我らも無明の卵にしてあさましき身なれども、南無妙法蓮華経の唱えの母にあたためられまいらせて、三十二相の觜出でて八十種好の鎧毛生いそろいて、実相真如の虚空にかけるべし」(新2068・全1443)と。
すなわち、題目の「唱えの母」に温められるならば、万人が必ず必ず仏の大境涯を開いていけるのだ。
どの生命も、永遠の幸福の大空へ羽ばたく翼を抱いている。その翼を、自他共に大きく広げ、限りなく鍛え上げていくのが、我らの人間革命なのである。
今、心の凍てつくような社会にあって、人を励まし、若き生命を育てる温もりが渇仰されている。
新生の女性部を中心に、題目の「唱えの母」という最極の熱と力を漲らせながら、創価の人材群を一段と高く高く飛躍させていきたい。
* *
箱根駅伝では、創大駅伝部が負けじ魂と団結の力走で、感動と勇気を送ってくれた。本当にありがとう!
明2023年には、マレーシアに中高一貫校「創価インターナショナルスクール・マレーシア(SISM)」が開校する予定である。その定礎式が2日に晴れやかに行われた。
青年こそ、人類の希望だ。
平和と人道に殉じられた牧口先生、戸田先生の創価教育の希望の襷は、今や地球社会の若き世界市民に受け継がれている。
さあ、新たな勝利山へ、共々に登攀を開始しよう!

2022年1月6日木曜日

2022.01.06 わが友に贈る

爽やかな挨拶が
皆の心を元気にする。
職場や地域の方々が
笑顔になる声掛けを!
瑞々しい生命力で!

同生同名御書 P1114
『石を珠といへども珠とならず珠を石といへども石とならず』

【通解】
石を珠と言っても、珠とはならない。珠を石と言っても、石とはならない。

名字の言 「ただ驀然にこの道を」——箏曲家・宮城道雄氏の生き方 2022年1月6日
正月によく耳にする箏と尺八による「春の海」。作曲した宮城道雄氏は、十七絃や八十絃などの新楽器の考案や洋楽を取り入れた箏曲の作品を発表するなど、邦楽の発展に多大な業績を残した▼氏は幼少期に失明した。音楽は、光を失い、絶望に沈む宮城少年の希望の灯となった。目が見えない以上、音の世界で生きる——箏の稽古を積み重ねる中で、そう決めた。氏は述べている。「ただ驀然にこの道を進んで往こう。その一念が私を今日あらしめてくれた」(『新編 春の海』岩波文庫)▼一人の人間の生命には、無限の可能性が秘められている。その力を発揮させるのが、「強靱な一念」だ。不退の覚悟を定めた人は強い。どんな苦難も自らを飛躍させる力に変えることができる▼池田先生はかつて、全盲の箏曲家の女性を励ました。「"信心の眼"を、"心の眼"を開いて、強く生き抜いていくんです。あなたがそうなれば、みんなが希望を、勇気を感じます」。師の励ましから半世紀以上が経過した今も、彼女は箏曲を通して、自分の縁する人に生きる勇気を届けている▼音楽を創造するのも、勝利の人生を切り開くのも「心」。自らが決めた使命の大道をまっしぐらに進む——この誓いを貫く一日一日でありたい。

寸鉄 2022年1月6日
「日本国に弘むるあいだ畏れなし」御書。勇気の一人から拡大のうねりが
創価班「師弟誓願の日」。寒風に胸張る若師子よ。堂々飛躍の年の先陣を!
妙法を唱える人は全てが変毒為薬される—恩師。共に勝利の劇綴る一年に
今年の新成人は120万人で過去最少と。益々青年に焦点を。真心の励ましで
朝晩の冷え込みが厳しい季節。外出時や入浴時の温度差に注意。油断なく

☆君も立て——若き日の挑戦に学ぶ 第12回「地区講義〈下〉」 教学は"生き抜く力""戦い抜く力"
【「若き日の日記」1952年(昭和27年)12月6日から】
この思想、宗教、仏法以外に、末法万年の闇は、照らし得ないのだ。

◇大聖人の心を拝する
神奈川・鶴見市場駅の改札を出た池田先生が、鶴見支部市場地区の「地区講義」の会場に向かったのは、1951年(昭和26年)9月7日夕刻のことだった。
同地区と、埼玉の志木支部川越地区。二つの地区講義の担当となった先生は、この日、市場地区で初の講義を行った。
会場は線路沿いの学会員宅。時折、電車の走る音が響く。
御書の発刊前であり、「大白蓮華」などを活用しながら、「治病大小権実違目」「妙一尼御前御返事」を真剣に学び合った。
この日以来、先生は、川越地区と並行しながら鶴見に足を運び、講義を重ねていくことになる。
地区講義では、まず、研さんを行う範囲の御文を拝読する。続いて、先生が2、3行ずつ区切り、当てられた青年部員が順番に読む。青年部員の拝読が終わるごとに、先生が解説を加えた。厳粛な雰囲気で、凝縮された"信心のエッセンス"を実感する講義だったという。
ある時は「佐渡御書」から「世間の浅き事には身命を失へども大事の仏法なんどには捨る事難し」(956ページ)の一節を拝し、「大聖人様が難を受けられている時、徹底的に戦っておられる時の御書は激しい」と語った。
またある時は、「大聖人は門下の弟子に何をおっしゃっているのか、その心を読みとらねばなりません」と、御書と向き合う姿勢について教えた。
市場地区の御書講義で、参加者にとって印象的だったのが、講師としての振る舞いだった。先生は会場にいち早く到着し、集ってくる参加者を温かく迎えた。
講義の後、青年部に「きょうはよく読めたね」と励ましを送り、気さくな語らいも弾んだ。"真剣な御書講義"と、講義の前後での心を結ぶ"双方向の語らい"——そのリズムが、皆の求道の炎を燃え上がらせていったのである。

【講義を行う際の姿勢】
一、熟読すること。
二、明確に、解釈すること。
三、理論的であること。必ず、体験を通し、幅広く講義をなすこと。
〜「若き日の日記」1955年(昭和30年)11月5日から〜

◇末法の功徳は冥益
戸田先生は、御書講義を行う講義部員に対し、「威張ってはいけない。大聖人の仏法の講義をさせていただけること、そして皆が講義を聴いてくれることに感謝しなさい」と訴えている。
教学の研さんにあって、教える側・教わる側に上下関係などない。御書を通して共に信心を深めゆく同志である。
池田先生は、鶴見の講義に臨み、講師としての思いを記している。
「夜、鶴見に講義。講義のたび毎に思う、勉強せねばならぬと」(『若き日の日記』、1954年5月19日)
「力一杯、頑張る。もっと成長せねば、受講者に申しわけないと思いつつ帰る。実力。常に実力を養い、実力を持つことだ」(同、同年7月8日)
戦後間もない時代にあって、満足な教育を受けられず、文字を読んだり書いたりするのが苦手な受講者も多かったが、先生の講義を通じ、一人一人が御書研さんの喜びに燃えていった。
質問会も活発に行われ、それは時に1時間以上に及んだ。「夕刻、鶴見市場の講義。『立正安国論』第四段終了。九時三十分より、十一時まで、質問会をS宅で続行」(同、53年11月10日)
受け身ではなく、自らが仏法を求め、学び行じゆく実践。そこには、既成仏教の「僧侶」と「檀家」という関係では成し得なかった、民衆仏法による"新たな教学運動"の光景が生き生きと広がっていたのである。
地区講義の前年の1950年(昭和25年)から、先生は仕事の関係で鶴見を頻繁に訪れていた。空いた時間には、鶴見の会員のもとを訪ね、激励を重ねた。
先生を囲んでの自然発生的なミニ座談会が鶴見のあちこちで開かれ、拡大の勢いは加速。51年(同26年)4月20日付の本紙創刊号には、「聖火鶴見に炎上」との見出しが躍り、戸田先生の第2代会長就任前の上げ潮をつくった。
地区講義がスタートした後も、池田先生は激務の合間を縫って、鶴見の同志に渾身の励ましを送った。
11月、ある夫妻宅を訪問。夫が病を抱え、経済苦にあえぐ中、夫人は先生に窮状を訴えた。
「この貧乏はいつまで続くんですか」
先生は包み込むように答えた。
「末法の功徳は冥益です」
そして、冥益の意味を教えながら、必ず幸福の境涯になるとの確信を語った。
この時、先生自身が病を抱えていた。経済的な苦境も重なり、寒い冬にあって、オーバーさえ着られない状況だった。それでも先生は、翌月、翌々月と夫妻宅を訪れ、激励を続けた。
そこで先生は手帳を広げ、書き留めてあった御書の一節を拝した。
「四条金吾殿御返事」の「苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ、これあに自受法楽にあらずや」(1143ページ)である。
「苦しい時も、功徳をいただいて嬉しい時も、題目を唱えていきましょう。『あに自受法楽にあらずや』というのは、題目をあげた人のみが味わう生命の喜びのことです」
池田先生の、御書を通した真心の励ましに奮い立った夫妻は、"題目の闘争"を猛然と開始した。そして、宿命転換のドラマを紡いでいったのである。

◇最前線に勇気を!
地区講義を担当する池田先生の、さらなる大きな挑戦。それは、最前線から広布の突破口を開くことだった。
1951年(昭和26年)8月末、戸田先生は、川越地区の講師を池田先生に命じた際、こう語った。
「地区という小さな単位ではあっても、そこから、学会全体へと信心の炎は燃え広がっていく」
翌月、川越地区と市場地区の担当として初めて講義を行った時、先生は蒲田支部大森地区の地区委員(後の地区部長)だった。さらに、男子部では最前線の班長を兼務し、まさに最前線に身を置き、拡大に奔走していた。
地区講義のために移動する電車の中では、寸暇を惜しんで自身の地区・班のメンバーに、はがきを書いた。
地区講義を続けていた52年(同27年)2月には、蒲田支部の支部幹事として、「組」(後のブロック)に焦点を当て、1カ月間で支部201世帯という拡大の金字塔を打ち立てる。
市場地区は、先生の講義によって大きく発展した。蒲田支部所属の地区と"日本一"の弘教を競うようになった。鶴見支部自体も、蒲田支部の拡大に次ぐまでに飛躍を遂げた。
さらに、川越地区と市場地区での地区講義の戦いは、埼玉、神奈川といった首都圏に、広布の基盤を築き上げる原動力となったのである。
「行学の二道をはげみ候べし」(御書1361ページ)とある通り、行と学が両輪として働いてこそ、正しい仏道修行となる。先生の教学運動は、社会から隔絶されたものではなく、広布の戦いの真っただ中で展開された"最前線に勇気を送る教学"だった。
「御書の拝読は、人間革命であった。御書の拝読は、信心を無限に深めていく原動力であった。ここでいう教学とは、観念の教学ではない」——先生は、こう強調し、次のように述べている。
「大聖人の教学とは、生き抜く力、戦い抜く力、広宣流布への力となってゆく教学であった。その教学は、自身の血肉となって、あらゆる現実の人生と戦い進む、社会にあって断じて勝つための教学であり、大哲学であったのだ」
創価三代の師匠が、不惜身命の闘争で示し抜いた「御書根本」の実践。日蓮大聖人に直結する求道の連帯は今、日本だけでなく、世界中に広がっている。

2022年1月5日水曜日

2022.01.05 わが友に贈る

新年の号砲は鳴った。
「決意即行動」で
挑戦を開始しよう!
率先垂範の勢いが
栄光への偉大な力に!

星名五郎太郎殿御返事 P1209
『今此の善導法然等は種種の威を現じて愚癡の道俗をたぶらかし如来の正法を滅す』

【通解】
今この(念仏の)善導や法然らは、種々、人を恐れ従わせる不思議な力を現して、道理に暗い愚かな道俗をたぶらかし、如来の正法を滅する。

名字の言 わが最高峰に挑む1年に 2022年1月5日
「睦月」は1月の異称。友と仲むつまじく年始のあいさつを交わし、清新な決意で1年を出発した人も多いことだろう▼ある年の正月、日蓮大聖人は門下にお手紙をしたためられた。冒頭に「新春を迎えた喜びは、お互いにめでたい限りである。めでたい限りである」(新1363・全1002、通解)と記された後、力強く宣言された。「そもそも俗世間も、真実の世界である仏法においても勝負が肝要であり、世間も仏法も勝劣を決することを最も大切とする」(同)と▼「仏法は勝負」である。では何に勝つのか。その究極は「自分自身に」であろう。そして、その勝負に挑むのは誰か。これも「自分自身が」である▼池田先生は語る。「わが最高峰に挑み、自分自身が勝利する。これが、信仰の目的である。人生の正しい勝利の姿である。人間が人間として勝利した姿である」と▼「利のやつこ 位のやつこ 多き世に 我は我身のあるじなりけり」(佐佐木信綱)。目先の利益や地位に振り回される奴(=自由をなくした人)になることなく、自分自身に生き抜く気高い生涯の在り方を教えるのが仏法である。この世で最も仲むつまじい連帯である"創価の世界"で自分らしく奮闘し、勝ち飾る1年を。

寸鉄 2022年1月5日
「ひとえにおもい切って申し始め」御書。さあ師子の心で対話拡大の一波を
本年は「二月闘争」70周年"明確な目標"が勝利への第一歩。皆で共有し飛躍
「真の生命尊厳の思想は仏法しかない」戸田先生。広宣流布は平和への大道
厚着での補助座席利用はベルトが緩む危険あり。確実に固定し幼子守ろう
社会は「脱炭素元年」と。官民の取り組み加速へ。日常での意識変革も更に

〈社説〉 2022・1・5 人類貢献の一年を出発
◇「社会憲章」の理念胸に
人類は今、大きな危機、岐路にあるとは多くの人が共有する認識だろう。
国連のグテーレス事務総長は新年に寄せたメッセージで、世界は「道徳上の試練」に直面していると危機感を募らせた。
深刻化する貧困と不平等、不十分な気候変動対策、新型コロナウイルス感染症のワクチンの不公平な分配などを念頭に置いたものだ。
地球の存続を懸けて掲げられたSDGs(持続可能な開発目標)も、コロナ禍によって、期限である2030年までの達成は一層厳しいとの予測がなされている。地球と人類の存続が危ぶまれているのだ。
折しも本年は「かけがえのない地球」がうたわれた国連人間環境会議から50年。"今さえ、自分さえよければ"といった態度を脱却し、国境を超えた連帯と次世代に対する責任感を育む倫理・道徳の挑戦が焦点になっている。
学会は昨年、「SGI憲章」を改定し、「創価学会社会憲章」を制定した。
憲章には、仏法の生命尊厳観を基調に平和・文化・教育に貢献すること、「世界市民の理念」「積極的寛容の精神」「人間の尊厳の尊重」が高く掲げられ、「非暴力と"平和の文化"に立脚し、人類が直面する脅威に挑みゆく」決意が表明されている。
各国・地域のメンバーは、仏法者の果たすべき社会的使命として同憲章を捉え、家庭、地域、職場などそれぞれの場所で、この理念を実践に移す努力を重ねていく。
先のメッセージでグテーレス事務総長は、2022年を「あらゆる人々にとっての復興の年」にと私たちが決意することができるなら、現下の試練の克服は可能であると訴えた。
誰も置き去りにされることのない社会の建設へ、創価の悲願である"地球上から悲惨をなくす"との誓いを胸に、人類貢献の一年を出発したい。
仏法が説く生命尊厳の哲学、そして学会員が貫く"他人の不幸の上に自らの幸福を築くことはしない"との生き方を広げていくことが、そうした社会を実現する直道である。
本年は、イギリスの歴史家トインビー博士と池田先生の対談開始から50周年。博士はかつて、究極において歴史をつくるのは目を引く事件ではなく、「水底のゆるやかな動き」であるとの比喩を用いた。
一人一人の生命の変革を通し、地道にして着実な平和の潮流を生み出す創価の対話運動を、本年も誇り高く進めていきたい。

☆新年の御書 四信五品抄
『請う、国中の諸人、我が末弟等を軽んずることなかれ。進んで過去を尋ぬれば、八十万億劫供養せし大菩薩なり。あに熙連一恒の者にあらずや。退いて未来を論ずれば、八十年の布施に超過して五十の功徳を備うべし。天子の襁褓に纏われ、大竜の始めて生ずるがごとし。蔑如することなかれ、蔑如することなかれ。』(新270・全342)

◇拝読の手引き
妙法を唱え、広布に生きる人は、最高に尊貴な存在なのです——。
本抄は、下総国(現在の千葉県北部などの地域)の門下・富木常忍に与えられました。日蓮大聖人の力強い励ましに、どれほど歓喜したことでしょう。
同抄では、末法において妙法を信受する人について、過去世で極めて長い間、仏を供養した大菩薩であり、その功徳は、無数の人々に無量の布施をする功徳よりも、想像もつかないほど大きいと仰せです。
偉大な妙法を受持して、広布の師匠と共に、地涌の使命に生き抜く。その人は、まさに産着に包まれた皇帝の子どもが、やがて必ず偉大な皇帝となるように、成仏の軌道を歩み、大功徳を受けていくことが決まっているのです。
私たちは、いや増して若々しい「青年の心」で、さらなる境涯の高みへ飛躍するべく、広宣の使命を胸に、妙法流布の大誓願を貫いていきましょう。

☆1月度座談会拝読御書 持妙法華問答抄
◇御文
『寂光の都ならずば、いずくも皆苦なるべし。本覚の栖を離れて、何事か楽しみなるべき。
願わくは、「現世安穏、後生善処」の妙法を持つのみこそ、ただ今生の名聞、後世の弄引なるべけれ。すべからく、心を一にして南無妙法蓮華経と我も唱え他をも勧めんのみこそ、今生人界の思い出なるべき。』(御書新版519ページ2行目〜6行目、御書全集467ページ16行目〜18行目)

◇[池田先生の指針から]弘教の行動に信心は凝縮
苦悩の渦巻く悪世の社会である。しかし、この現実の場所を離れて、仏の国土はどこにもない。
ゆえに、日々どこまでも題目を唱え抜きながら、自らの生命の仏界を涌現し、勇気凜々と眼前の環境を切り開いていくのだ。希望の方へ、成長の方へ、団結の方へ、さらに勝利の方へ、変えていくのだ。
そして人間の一念の偉大さを、「今ここ」で、断固と証明していくのである。(『随筆 幸福の大道』)
    ◇ ◇ ◇
折伏は、御書に仰せ通りの如説修行であり、"難事中の難事"である。(中略)
たとえ、思うような結果が出なくとも、くよくよする必要は全くない。
私も同じであった。どうすれば思いが伝わるのか、相手の心に届くのか——その繰り返しだった。
誠意を尽くして書いた友への手紙が、全部、送り返されてきたこともあった。唇を噛んだ悔しさ、悲しさも、今は懐かしい。
「心を一にして南無妙法蓮華経と我も唱へ他をも勧んのみこそ今生人界の思出なるべき」(全467・新519)との仰せは、人生の年輪とともに深く強く拝される。
祈って動いた一日一日は、もがくような葛藤でさえも、すべて自分自身を鍛える、最高の生命錬磨である。胸中に燦然と輝く"信心の土台"となる。(『随筆 対話の大道』)
    ◇ ◇ ◇
妙法を唱え弘める実践は、相手を幸福の軌道に導くことはもちろん、自分自身も福徳に包まれ、自他共に幸せになる直道です。弘教の行動には、仏道修行の一切が余すことなく含まれ、信心が凝縮されています。(2020年2月号「大白蓮華」〈世界を照らす太陽の仏法〉)

◇広布に生き抜き 永遠の幸福境涯を
[キーワード�]寂光の都
拝読御文の直前には、法華経譬喩品に説かれる「三界は安きことなし、なお火宅のごとし」との経文が引用されています。"三界、すなわち現実世界は煩悩の業火が燃え盛る苦悩の世界である"との法華経の教えを踏まえた上で、日蓮大聖人は「寂光の都」「本覚の栖」を離れて真の幸福はないと述べられています。
「寂光の都」とは、仏が住む清浄な国土のことです。また、「本覚の栖」とは、仏の悟りの境地を意味します。
法華経以外の権大乗教には、阿弥陀仏など、現実を離れた別の国土に住むとされた仏が説かれています。ゆえに、そうした仏の救いを求めようとすれば、苦悩の現実を離れてその仏の国土に行くしかありません。
これに対して、法華経如来寿量品の仏は、別の国土ではなく、まさにこの娑婆世界(=苦悩が充満する現実世界)で説法教化し続けると説かれています。
大聖人は、「我らが居住して一乗を修行せんの処は、いずれの処にても候え、常寂光の都なるべし」(新1784・全1343)と仰せです。
仏国土といっても、どこか遠く離れた別のところにあるのではありません。
どこまでもこの現実世界にあって、信心根本に自らの生命の仏界を涌現し、環境を切り開いていくことで、自分の今いる場所を、最高の常寂光土と輝かせていくことができる——。これが、日蓮仏法の「娑婆即寂光」の法理なのです。

[キーワード�]今生人界の思い出
本抄の結びで日蓮大聖人は、広布に生き抜くことこそ、わが一生を飾る最高の「思い出」となることを示され、「自行化他」の信心に励む大切さを教えられています。
「自行」とは、自分自身が妙法の利益を得るための修行であり、具体的には「勤行・唱題」です。大聖人が顕された御本尊を信心根本に拝することで、大聖人と同じ仏の境涯を、わが身に開くことができます。
また、「化他」とは、周囲の人々に妙法を伝える「折伏・弘教」のことです。私たちが日々、広布のために励んでいる学会活動も、まさに「化他」になります。この「自行化他」の実践を重ねていくことで、自身の胸中に揺るぎない幸福境涯を確立していくことができるのです。
人間として生まれ、妙法に巡り合い、広布の大偉業に連なって、自他共の仏性を開いていく——。人として、これ以上に尊い生き方はありません。
なかんずく、世界192カ国・地域に妙法を弘めるという、仏教史上、未聞の壮挙を成し遂げてきた創価学会に連なり、稀有の師匠と共に戦えることほど、歓喜に満ちた誉れの人生はないでしょう。
拝読御文には「心を一にして」とあります。
まず自らが一心に法を求め抜き、勇気を出して、友人に心を込めて信心の確信を語る。そこに、世界広布の確かな前進もあります。
真剣な祈りで一念を定め、あの友この友に仏法を語り広げながら、喜びあふれる「今生人界の思い出」のドラマをつづっていきましょう。

2022年1月4日火曜日

2022.01.04 わが友に贈る

◇今週のことば
日々、清新な勤行・唱題で
生命に元初の太陽を!
「天晴れぬれば
地明らかなり」と
生活を社会を照らしゆけ。
2022年1月4日

四条金吾女房御書 P1109
『明かなる事日月にすぎんや浄き事蓮華にまさるべきや、法華経は日月と蓮華となり故に妙法蓮華経と名く、日蓮又日月と蓮華との如くなり』

【通解】
明るいことでは、日月に過ぎるものがありましょうか。浄らかなことでは、蓮華に勝るものがありましょうか。法華経は、日月と蓮華のように最極の法です。ゆえに、妙法蓮華経と名づけるのです。日蓮もまた、日月と蓮華のようなものであります。

名字の言 正月に勇気をくれた"足音" 2022年1月4日
苦境を突き抜けようと戦う中、心の支えとなるものは何か。ドイツの哲学者ヴァルター・ベンヤミンは記している。「夜のなかを歩みとおすときに助けになるものは橋でも翼でもなくて、友の足音だ」(野村修訳)▼「友の足音」とは、どんなに苦しい状況にあっても立ち止まらず、"わが使命"と決めた道を最後まで前へ、前へと進みゆく人の存在——そう捉えることもできる。その音には希望を諦めない「信念」が宿っているように思えてならない▼この正月も"足音"に勇気づけられた。2、3の両日に開催された第98回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)。創価大学をはじめ20大学に、関東学生連合を加えた21チームの若者たちの力走である▼持てる力の全てを出し切って自身の区間を走り抜き、次の走者へタスキをつなぐ。それを受け取ったランナーが力強く駆けだしていく。その情景には、理屈抜きで胸に熱いものが込み上げてくる▼ベンヤミンは先の言葉に続けた。「夜に抗して闘争する者は、夜のもっとも深い暗黒をも動かし、夜をも発光させなくてはならぬ」と。試練の渦中での苦闘そのものが、かけがえのない人生の財産となり、誰かの希望の光にもなる。その確信を胸に本年を走りだそう。

寸鉄 2022年1月4日
創大が箱根駅伝で気迫の力走!襷をつなぐ団結のドラマに全国が拍手喝采
御聖訓「人の力をませば我がちからまさり」。自他共の幸福開く道を本年も
若い人がぐんぐん伸びていく学会であれ—恩師。青年を先頭に颯爽と拡大
寒風の中、希望の便りを届ける無冠の友に感謝。絶対無事故を心から祈念
人間の活動は新しい目標を追うてはじまる—詩人 仕事始め。勇躍の決意で

☆箱根駅伝 創価大学が堂々の総合7位
◇3年連続でシード権 往路8位・復路6位
第98回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)が2、3日に行われ、創価大学が総合7位(往路8位、復路6位)に入り、3年連続でシード権を獲得した。総合記録は10時間56分30秒だった。

◇粘ってつないだ217・1キロの襷リレー
チーム一丸で、粘って粘ってタスキをつないだ「217・1キロ」だった。
2日午前8時。東京・大手町の読売新聞社前で、往路5区間107・5キロのタスキリレーの号砲が鳴った。
創価大学の1区を託されたのは葛西潤選手(3年)。今シーズンはけがに苦しみ続けたが、復帰間もない昨秋の競技会で1万メートルの自己ベストを出すなど、本番に向けて調子を上げてきた。
レースは5キロ過ぎから中央大学が先頭に。それに引っ張られるように、後続もスピードアップする。その中で「自分のリズムを刻むことに専念した」という葛西選手は、2位集団がペースアップした後も、粘りの走りで食らいつき、トップと1分41秒差の15位で鶴見中継所へ。
記録は1時間2分21秒。区間3位だった前回大会の創大の記録を1分近く上回るタイムだが、それでも15位という順位が、今回のハイペースぶりを物語っている。
続く「花の2区」では、ケニア人留学生のフィリップ・ムルワ選手(同)が前評判通りの実力を発揮する。
15キロ過ぎの権太坂までに10人抜きを達成。「コンディションがとても良く、満足のいく走りができました」と振り返ったように、各校のエースが顔をそろえる区間を2位で快走し、順位を6位まで押し上げた。
3区には、桑田大輔選手(2年)が出走。初挑戦の箱根路は早いタイミングで単独走になり、難しいレース展開になった。
それでも懸命に腕を振り、首位と3分30秒差の11位で4区の嶋津雄大選手(4年)にタスキを託した。

◇4区 嶋津が区間賞
1万メートルで創価大学の日本人歴代最高記録を持つエースの信条は「心で走る」。「他の大学を抜くたびに"もっと前に"という力が湧いた」と、序盤から次々に順位を上げ、19キロ付近までに7人を追い抜いた。
同じ4区でトップに躍り出た前回大会を彷彿させる勢いで、最終的にチームを5位に浮上させた嶋津選手。4区の自己記録(1時間2分49秒)を塗り替える1時間1分8秒で堂々の区間賞に輝き、「"必ず勝てる"と確信して走ることができました」と会心の笑みを浮かべた。
その嶋津選手からタスキを受けた5区・三上雄太選手(同)は、焦らずに走ることを意識し、2度目の山上りに挑んだ。
「前半は重い走りになってしまいましたが、後半は修正できました」と、主将として最後まで冷静に山を駆け、8位でゴールテープを切った。
創大の往路記録は前回大会を24秒上回る5時間27分44秒だった。

◇箱根路に光った「心の走り」
復路(5区間109・6キロ)は3日午前8時、神奈川・芦ノ湖から往路1位の青山学院大学がスタート。
創大は5分38秒後に出走し、濱野将基選手(3年)が2年連続の6区で安定した走りを見せる。
前後の走者と離れていたが、「単独走でも粘り強く山を下ることを心掛けました」との言葉通り、前回大会に近い個人タイムで順位をキープした。
7区の新家裕太郎選手(同)は、長身を生かした大きなストライドで加速。目標の総合3位を諦めない攻めの姿勢で区間4位と好走し、5位でタスキリレーした。
8区は今回、創大唯一の1年生走者となった吉田凌選手。6キロ過ぎで帝京大学をとらえると、前を行く東京国際大学、中央大学と激しい上位争いを繰り広げる。
「併走する時間が長くなりましたが、"追い越されないぞ"という強い気持ちでいきました」と、3位・中央大学とのタイム差を12秒まで詰め、5位で戸塚中継所に飛び込んだ。
最初で最後の箱根路に臨んだ9区・中武泰希選手(4年)は、4年間の全てをぶつける思いで必死に脚を動かした。順位は9位に下がったものの、執念の走りで最終10区にタスキをつなぐ。
アンカーを任されたのは松田爽汰選手(3年)。熾烈なシード権争いで、後続も迫る緊張感の中、集中してレースに入ると、区間5位の力走でチームの順位を二つ上げ、総合7位で大手町のゴールテープを切った。
松田選手は「期待された自分の役割を果たすことができたと思います」と力強く。
創大の復路記録は5時間28分46秒。総合記録は前回大会を26秒上回った。
「ストライプインパクト」のスローガンを掲げ、5度目の箱根路に挑んだ創大駅伝部。榎木和貴監督はチームの健闘をたたえつつ、次のように語った。
「選手たちは最後まで諦めずに走り切り、7位という誇れる結果を残すことができました。これも日頃から陰に陽に応援してくださる方々のおかげです。誠にありがとうございました。今後、さらに成長した姿を見せられるように努力していきます」

☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第21回 未来部の友へ
本年は、「桂冠詩人」の称号が池田先生に贈られてから40周年。連載企画「勇気の舞 凱歌の行進」では、先生がつづった長編詩を紹介します。第21回は、未来部の友に詠んだ「若き君よ 勝ちまくれ! 青春は人生の 一生の土台」(2002年)です。

◇君の使命は君しか持てない
未来は無限だ。
未来は希望だ。
未来は夢だ。
未来は大活躍の劇場だ。

「未来部」は
なんと無限の意味をはらんだ
名前であろうか。

◆◇◆

若き生命の持ち主は
皆が
その魂は
閃光を放っているのだ。

気取る必要もない。
失敗に臆する必要もない。
愚かと言われようが
貧しいと言われようが
そんなことは
弱々しい風が
吹いていると思え!

君の夢は
君しか持てない。
君の宝は
君しか持てない。
君の使命は
君しか持てない。

だから
不思議にして偉大なる
生命の鍵を
持っているのが
君なのだ!

◆◇◆

君の長い生涯の中に
決して希望を
死滅させてはならない。
感情で
逃走してはならない。
邪険な人々の罵りに
人生を
奪われてもならない。

胸を張って
北風に進むのだ。
断固として
自分自身の人生を
勝利するのだ。
父のために
母のために
自分自身のために
平和のために
友情のために
そして
永遠のために!

そこにこそ
幾千人に
痛めつけられても
すべてが
勝ち抜いた君の
長い生涯を飾りゆく
大勲章と光るのだ!

君よ
君の名前を呼ぶ人が
いなくとも
君は君らしく
生きるのだ。

有名になる必要などない。
狂った人間の世界で
褒められる必要もない。
狂乱した嫉妬の世界で
悩む必要もない。

君は君らしく
確かなる人生観を持って
残酷なこの社会を
切り開いていくのだ。
人生は劇だ。
若さは名優だ。

◆◇◆

友よ
不安に行き詰まるような
弱々しい青春であるな!
すべてが
私の人生の
転機ととらえて
偉大なる
正義の目標に向かって
勝利の坂を
勇敢に登っていくのだ!

青春よ
勝ちまくれ!
若き君よ
希望の未来に舞いゆけ!

未来部 万歳!
未来部の成長が
広宣流布だ。
未来部の勝利が
創価の勝利だ。

未来部に
栄光あれ!
勝利あれ!

☆大学校生とナットクTALK テーマ:卒団に向けて
男子部大学校生からの質問に答える連載「大学校生とナットクTALK」。今回のテーマは「卒団に向けて」。中村団長が崎本ニュー・リーダー宅を訪問した際に、質問を受けます。

登場人物
中村区男子部大学校団長 20歳の時に入会。情熱に燃える新進気鋭のリーダー。34歳。
崎本ニュー・リーダー 男子部大学校4期生として入団した22歳。

Q.目標を立てる意味は?
A.自分が前進するため
中村区男子部大学校団長 間もなく新年を迎えて、3月には男子部大学校の卒団だね。

崎本ニュー・リーダー はい! ただ、大学校入団から今まで、先輩から折々に「目標を立てよう」と言われてきました。もちろん目標は、あった方がいい気はしますが、もう少し深い「目標を立てる意味」みたいなものってあるんですか。

中村 大事な質問だね。その意義の一つとして僕が考えるのは、「自分自身が一歩ずつ前進するため」ということかな。

崎本 前に進む……。

中村 例えば、大学校に入った時も「毎日の勤行・唱題」「勇気の折伏」に挑戦するって目標を立てたよね。今、どうなってる?

崎本 最初はハードルが高いって思ったんですが、そう決めたら意識するようになって、勤行は欠かさずやるようになりました。先輩に励ましてもらって、初めて仏法対話もできました。

中村 崎本君の勇気に、僕も感動したよ。仕事でも学会活動でも、目標がないと、何をするかがあやふやになって、活力をもって挑戦するのが難しくなるよね。目標を立てると進む道が明確になって、"今日、今週、今月に挑戦すること"に具体的に向き合えるんだ。1年もたつと、すごい成長だよね。

崎本 確かに、目標があるから行動できたと思います。

中村 法華経に「化城宝処の譬え」という話がある。大勢の人々がはるか遠くの宝物がある所(宝処)へ進んでいたけれど、疲れて諦めそうになった時、リーダーが途中、神通力によって一つの都市(化城)を作り出した。皆は喜んで、そこまで到達して十分に休んだところ、リーダーは化城を消す。「宝処はもうすぐだ」と励まして、また皆で元気よく出発するんだ。

崎本 僕たちに置き換えると、一つ一つの「目標」が、その「化城」ってことですか?

中村 そう。そして、目の前の目標へ挑戦していくこと、その日々自体に、これ以上ない価値があるんだ。御書には「化城即宝処とは即の一字は南無妙法蓮華経なり念念の化城念念の宝処なり」(732ページ)とある。一つ一つの目標へ、真剣に祈って挑戦していく中で、人間革命という偉大な目的も成就できるんだよ。

崎本 卒団に向けた目標、僕は友人に弘教を実らせることに決めています。

中村 池田先生は「目標を決めて信心に励むことが大切なんです」「必ず広宣流布しようと決めて、年ごとに、具体的な前進の目標を立てて挑戦していくことです」と励まされている。一緒に折伏に挑戦し、最高の卒団を迎えよう!

2022年1月3日月曜日

2022.01.03 わが友に贈る

新聞休刊日

新池御書 P1440
『かやうに此の山まで度度の御供養は法華経並に釈迦尊の御恩を報じ給うに成るべく候、弥はげませ給うべし懈ることなかれ』

【通解】
このようにこの山まで度々の御供養をされていることは、法華経並びに釈尊の御恩を報じられることになるであろう。いよいよ励まれるがよい。怠ってはなりません。

☆新春あいさつ 原田稔会長
◇「対話の大旋風」を使命の舞台で
使命の大地を踏み締める足に力を込め、栄光の空へと踏み出す「青年・飛躍の年」が開幕しました。同志の皆さま、明けましておめでとうございます。
本年は池田先生の入信75周年、「二月闘争」70周年と、幾重にも重要な佳節を刻みます。さらに20世紀最高峰の歴史家トインビー博士と先生の対談開始から50周年。2年間で合計40時間に及んだ語らいを終えた後、博士は先生に人類の未来を託されました。
「ミスター池田! あなたが、世界に対話の旋風を巻き起こしていくことを、私は、強く念願しています」と。
この半世紀、まさに先生の「対話の旋風」によって、仏法の人間主義は混迷の時代に希望の光彩を放ち、創価学会は世界宗教へと力強く飛翔を遂げました。
さらなる飛躍を期す本年、後継の私たちも、御書に「今、日蓮等の類い、南無妙法蓮華経と唱え奉るは、大風の吹くがごとくなり」(新1034・全742)と仰せのごとく、それぞれの使命の舞台で正義と確信の「対話の大旋風」を巻き起こしてまいりたい。
また博士は、先生にしみじみと語られました。「私が若ければ、東洋の仏法の真髄を探求し、実践し、行動したかった」と。博士の、人生への謙虚で真摯な姿勢に心を打たれました。
私たちは、仏法の真髄を偉大な師匠から学び、探求し、実践し、行動できます。この誇りに燃え、自他共の幸福を広げゆくことこそ、学会の、私たちの久遠の誓願です。
さあ本年、わが「信行学」の成長で、社会に希望の連帯を広げながら、自身の、そして広布の大いなる飛躍を成し遂げようではありませんか。

☆新春あいさつ 永石貴美子女性部長
◇共感の励ましで幸の連帯を拡大
「青年・飛躍の年」、明けましておめでとうございます。
昨年、新出発した女性部にとって、文字通り「飛躍」の一年の開幕です。池田先生は新生・女性部に対し、「仏のごとく互いに敬うべし」(新1989・全1383)との御文を拝し、互いに尊敬し合い、皆を幸福と平和へリードしていくことを望まれました。
女性部飛躍の鍵は、師が示された通り、池田華陽会、ヤング白ゆり世代を含めた全世代が、一人も残らず伸びやかに、桜梅桃李の使命を発揮できるよう、温かな共感の励ましの世界を地区やグループの中で築いていくことにあります。
コロナ禍で孤立が大きな社会問題となり、とりわけ女性を取り巻く環境も厳しさを増す今ほど、"誰も置き去りにしない"創価家族の存在は希望です。また今ほど、人々をつなぎ、生きる勇気と力を送る創価の哲学と運動が求められている時代はないと強く感じます。
一人一人が、その尊き使命に立って、教学の研さん、小説『新・人間革命』の学習に励み、信仰と師弟に生きる歓喜を胸に、友情の絆を結び広げる"10人の本当の友人づくり"に挑戦していきたいと思います。そして、地域・社会に希望あふれる幸のスクラムを大きく拡大していこうではありませんか!
「生命尊厳と平等そして平和の世紀」を創り光らせてほしい——一貫して「21世紀は女性の世紀」と訴え、その実現に動かれてきた池田先生は、女性部誕生を祝して万感の期待を寄せてくださいました。多様性を尊重する平和の連帯である女性部が、先生のお心のままに、新たな誓いで立ち上がる時です。さあ、池田先生、奥さまと共に、永遠に広布の未来を開く挑戦を開始していきましょう!

☆新春あいさつ 志賀昭靖青年部長
◇師弟誓願貫き共戦の歴史を築く
晴れやかに迎えた「青年・飛躍の年」は、昨年、「新たな青年学会建設の10年」の初陣を勝ち飾った私たちが、一段と勢いを増して、広布を拡大しゆく一年です。
本年は、池田先生が弘教の金字塔を打ち立てた「二月闘争」から70周年。一人立つ若き師子の闘争が学会発展の飛躍台となり、恩師・戸田城聖先生の願業である75万世帯の成就へと実を結んだのです。
池田先生は随筆につづられました。
「『広宣流布』は、一人の『人間革命』から始まる。決意した一人が、一人を立たせる。その一人が、さらにまた、もう一人を奮い立たせていく。勇気は勇気を呼ぶ。この『一対一』の決意の連鎖こそが、拡大の鉄則である」と。
師の開拓精神を受け継ぐ本門の青年部が、徹底して一人を大切にする励ましで、地涌のスクラムを広げ、師恩に報いる弘教拡大の実証を示してまいりたい。
その決勝点として、広布のバトンを継ぎゆく誓いの日である3・16「広宣流布記念の日」を迎える3月に、第2回「青年部幹部会」を開催します。
私たち青年部は、『日蓮大聖人御書全集 新版』を手に、混迷する社会を照らしゆく希望の哲理を心肝に染め抜いていきたい。そして、「新・人間革命」世代プロジェクトを軸に、勝利のリズムをつくり、一人一人が小説『新・人間革命』に描かれた山本伸一の行動を力強く実践していきます。
学会創立100周年の栄光の峰へ——「月々日々につより給え」(新1620・全1190)との御聖訓のままに、挑戦と前進の息吹あふれる大闘争で、師弟共戦の黄金の歴史をつづりましょう!

☆御書の旭光を 第67回 確信の人は幸福なり!
〈御文〉
『今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉りて念念勿生疑の信心に住す可きなり』(御義口伝、776ページ)

〈通解〉
今、日蓮とその弟子は、南無妙法蓮華経と唱え、微塵も疑わないという信心に立つべきである。

〈池田先生が贈る指針〉
妙法を信じ切る——信の一字こそ元品の無明を切る利剣であり、三世の諸仏の智慧を得る源なのだ。「諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし」である。
恩師は「全ては確信だよ」と言われた。御本尊への信が強ければ生命に太陽が昇る。大変なときこそ、「われ妙法の当体なり」と誓願の題目を唱え、勝ち開くのだ。

☆インド・創価池田女子大学卒業式への池田先生ご夫妻のメッセージ
◇崇高な理想へ勇気の挑戦 探求心と創造力と行動で
汲めども尽きぬ価値創造の泉であるキャンパスに舞い戻られた卒業生の皆さん! 誠におめでとうございます。
新たな人生の挑戦を開始されている凜々しき皆さん一人一人と、私も妻も、固い心の握手を交わす思いで、祝福の大喝采を送っております。
本日の式典には、名門マドラス大学の尊敬するS・ガウリ副総長がご臨席され、皆さん方を温かく見守ってくださっております。
30年ほど前になりますが、私がお会いして、インドの偉大な精神を語り合った、ラマスワミ・ベンカタラマン第8代インド大統領も、マドラス大学の誉れの卒業生であられました。
大統領が生涯にわたって希求された「自由」への道は、いかなるものであったか。大統領は、詩聖タゴールの一節を通し、ご自身の信念を吐露されております。
すなわち——
「心が怖れをいだかず、頭が毅然と高くたもたれているところ」
「言葉が 真理の深みから湧き出づるところ」
「たゆみない努力が 完成に向かって 両腕をさしのべるところ」(『ギタンジャリ』森本達雄訳)
そこにこそ、祖国を自由に導き、世界を平和と協調へと至らしめる人間の道があるといわれるのであります。
まさしく、ここ皆さんの愛する母校こそ、この詩さながらの理想郷ではないかと、私は思いますが、いかがでしょうか。
この青春の心の故郷から羽ばたいた皆さん一人一人には、いかなる荒波にも胸を張って立ち向かう「勇気の挑戦」があり、人間主義の「崇高なる理想」があります。倦まず弛まず自身を磨きゆく「創造性の開花」があるのです。
そして、試練に直面しても、励まし合って共に立ち上がる最良の学友がおり、家族の絆で結ばれ、常に親身になって寄り添い、勇気づけてくださっているクマナン議長をはじめ最良の教職員の方々がおられます。
この同窓の尊き連帯は、これからの長い使命の人生にあって、ますます真価を発揮し、かけがえのない高貴な光を放っていくことでしょう。
現在、WHO(世界保健機関)の首席科学官として、新型コロナウイルス感染症対策の最前線で、人類のために勇敢に奮闘されているリーダーは、私の敬愛してやまない友人であるM・S・スワミナサン博士の長女であり、ここチェンナイ出身のソーミヤ・スワミナサン博士です。
この博士が、深く心に刻まれていることは何か——。それは、民衆のため、弱き立場にある人々のために尽くされた、尊き母の姿から学んだ「探求心を持つこと」「創造的で大胆であること」、そして「信念のために立ち上がること」であります。
どうか皆さんも、燃え上がる創価の「探求心」、「大胆な創造力」、そして信念を貫く「行動」で、一日一日を着実に、粘り強く勝ち開きながら、人類貢献の誇り高き道を朗らかに歩んでいってください。
私と妻は、かけがえのない宝の皆さん方と、ご一家の健康とご多幸を、祈り続けてまいります。
最後に、前途洋々たる未来へ飛翔しゆく乙女に、希望あれ! 歓喜あれ! 栄光あれ!と申し上げ、メッセージといたします。

2022年1月2日日曜日

2022.01.02 わが友に贈る

新聞休刊日

御義口伝巻上 P715
『根深ければ則ち条茂く源遠ければ則ち流長きが如し』

【通解】
根が深ければ大木となり枝や葉は茂り、源が遠ければ流れが長いようなものである。

☆随筆「人間革命」光あれ 燃える命で飛躍の春へ 2021年12月27日
師走になると、尽きせぬ感謝とともに思い起こされる恩師の和歌がある。

勝ち負けは
 人の生命の
  常なれど
 最後の勝をば
  仏にぞ祈らむ

これは、一九五七年(昭和三十二年)の十二月に、戸田城聖先生から私が賜った一首である。
先生が波瀾万丈の苦難を乗り越え、生涯の願業たる七十五万世帯の大折伏を遂に達成された時であった。だが、体調を崩されて悲願の広島行きも断念し、静養を余儀なくされていた。
私自身、夕張炭労事件や大阪事件をはじめ、熾烈な攻防戦の矢面に立ち続けた渦中である。冤罪を晴らす法廷闘争も始まっていた。
御書に仰せのごとく、三障四魔が紛然と競い起こり、学会が更なる飛躍を果たせるか否かの分岐点にあったといってよい。
ゆえに先生は、「仏法と申すは勝負をさきとし」(御書一一六五ページ)との御聖訓を、自ら今一重深く拝された。
そして、何があろうとも、「師子王の心」で悠然と祈り、戦おう! 途中はどうあれ、最後は断じて勝とうではないか! 全学会員を勝たせようではないか!と、病を押して励ましてくださったのである。
不二の弟子として私は奮い立ち、強く固く決意した。
——一年また一年、世の毀誉褒貶を見下ろしながら、先陣を切って"次こそは""来年こそは"と、広布の法戦に挑みゆくのだ。わが誉れの同志が一人ももれなく、一切を変毒為薬して「最後の勝」を飾りゆけるように道を開くのだ、と。
ゆえに私にとって、何よりの喜びは、創価家族の凱歌の人生にほかならない。
つい先日も、聖教新聞に、牧口常三郎先生と戸田先生の故郷である北海道の百三歳を迎える多宝のお母さまが、それはそれは神々しい笑顔で紹介されていた。
度重なる悲嘆を越え、「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし」(同二三四ページ)との一節を拝し抜いてきた生命が輝いている。
「私は勝ちました」との大勝利宣言に、妻と最敬礼して拍手を送った。日本中、世界中に光る、この「最後の勝」の晴れ姿こそを、私は報恩の誠として先師と恩師に捧げたいのである。

◇冬に不屈の信心
北海道、東北、北陸、信越、北関東、近畿、中国、さらに世界の北国、雪国の宝友の冬のご苦労が偲ばれる。
折から寒波襲来で大雪となり、皆様の無事安穏を祈らずにはいられない。
とりわけ、日の出前の暗く寒い中、聖教新聞を配達してくださる、尊き「無冠の友」の無事故を祈念するとともに、この一年の労に最大に感謝申し上げたい。
厚田の天地に念願の墓園が開園した折、北海天地の友と私は御書を拝読した。
「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、いまだ昔よりきかず・みず冬の秋とかへれる事を」(同一二五三ページ)と。
そして約し合った。
厳寒の逆境を勝ち越えた春の訪れにこそ、計り知れない希望と喜びがある。"法華経は冬の信心なり。冬は必ず春となるのだ"と確信し、粘り強く苦難への挑戦を繰り返そう、と。
この御書を頂いた妙一尼は、迫害が続く中、夫に先立たれ、病気の子らを抱えながら、必死に信心を貫き通した女性である。
世界の創価の女性たちが鑑としてきた母である。
妙一尼は、流罪の大難に遭われた佐渡の日蓮大聖人のもとへ、自らの従者を遣わし、お仕えさせてもいる。
その御礼を綴られた御返事が、今回、御書の新版に新たに収められた。
大聖人は、釈尊が過去世に積んだ身の供養と対比されながら、法華経の行者を護り抜こうとする妙一尼の気高い「志」を、大絶賛されているのである。
「志既に彼に超過せり。来果何ぞ斉等ならざらんや」(御書新版一六九三ページ)——あなたの志はすでに彼の人(過去世の釈尊)を超えています。未来の果報がどうして同じでないことがあるでしょうか——と。
今また、妙法の広宣流布のために異体同心で戦う創価の同志、なかんずく女性たち母たちが無量無辺の大果報に包まれゆくことは、絶対に間違いないのだ。

◇桜梅は薫り 桃李は香る 平和と共生の人華を爛漫と!
「冬は必ず春となる」に続けて、大聖人が引かれた法華経の一節がある。
「若し法を聞くこと有らば 一りとして成仏せざること無けん」(創価学会版法華経一三八ページ)
誰一人として置き去りにせず、救っていくのだ! 必ず救い切れるのだ!と。
日蓮仏法は、いかなる困難な壁も越え、万人成仏の妙法を全世界に弘め、一切衆生を幸福にすることを根本の誓願とした「広宣流布の宗教」である。
そして、あらゆる差別を排し、誰もが平等に仏性を具えた尊極の存在であると、一人ひとりが個性を生かし合い、尊敬し合う「人間主義の宗教」なのだ。
思えば、一九七九年(昭和五十四年)の五月三日朝、公式に第三代会長を辞する総会を前に、私は内外の策動を清風の心で見極めながら、筆を執った。
「桜梅薫 桃李香」(桜梅は薫り 桃李は香る)と。
大聖人が示された、厳冬を勝ち越えた凱歌の春に、「桜梅桃李」という平和共生の人華の園を、世界中に薫り香らせゆかんと、人知れず心に期したのである。
時は満ち、時は来りて、晴れやかな女性部の新出発とともに、いやまして多彩な自体顕照の幸のスクラムが広がり、嬉しい限りだ。

◇「魂の独立」30年
御本仏の平等大慧の御精神を踏みにじる権威主義、差別主義の邪宗門の衣の呪縛を解き放ち、正義の学会が「魂の独立」を果たして三十周年を迎えた。
あの一九九一年(平成三年)の秋から年末、私は、関西の兵庫へ、大阪へ、中部の愛知へ、第二総東京へ、わが故郷・大田区をはじめ東京各区へ、大聖人有縁の千葉、神奈川、静岡へ、そして埼玉へと、西へ東へ、動きに動いた。
その前進は、「文化音楽祭」など、創価の意気軒昂なる歌や舞と共にあった。
さながら「ま(舞)いをも・まいぬべし」「をど(踊)りてこそい(出)で給いしか」(御書一三〇〇ページ)と仰せ通りの民衆の躍動である。
文化や芸術は、人間性の多彩な開花であり発露だ。それを教条的、独善的な偏見によって排斥する、生命抑圧の宗門と決別し、我らは晴れ晴れと進んだ。そして文化の力で、世界の人びとを結んできたのである。
過日、八王子を訪れた際、彼方に秀麗なる白雪の富士を望むことができた。
富士のある静岡、山梨の友の不屈の同志たちのことが胸に迫る。ことに富士宮特区の友は、「魂の独立」三十周年の記念日に大歓喜で集い合った。
痛快なる民衆の勝利劇に、私も快哉を叫んだ。
"富士宮の不二の同志、万歳!"——と。
このほど、東海道の青年たちが、学会正義を師子吼して戦った先輩同志の闘魂を後世に残そうと聞き取り調査を行い、証言集として届けてくれた。その後継の心意気が誠に頼もしい。

◇「勇気」を称えよ
「芸術は世界を一つに結びつけます」とは、楽聖ベートーベンの言葉である。
本年、コロナ禍に屈せず、創価グロリア吹奏楽団、創価ルネサンスバンガード、関西吹奏楽団、また、創価シャイニングスピリッツ、創価グランエスペランサ、創価ジャスティスウィングス、創価中部ブリリアンス・オブ・ピースなど、各地の音楽隊・鼓笛隊、さらに創価大学のパイオニア吹奏楽団等の活躍はめざましかった。
「創立の日」記念の本部幹部会でも、世界の青年部と音楽隊によるベートーベンの「第九」(歓喜の歌)が、全学会に満々と「飛躍の息吹」を行き渡らせてくれた。
「第九」といえば、四国の徳島や、福岡はじめ九州の友が歌い上げた大合唱も忘れることはできない。
ベートーベンに、「フィデリオ」という歌劇がある。
「レオノーレ」という名の妻が「フィデリオ」という偽名で男装して牢獄内に潜入し、不当に捕らわれた夫を助けるストーリーである。
劇中、厳しい困難を前に、レオノーレは歌う。
「希望よ来たれ、疲れはてた人々の最後の星を消さないでおくれ。そして私の目標をてらしておくれ」
レオノーレの勇敢な行動は、夫を陥れた悪人までも「何という法外な勇気だ」と感嘆させていく。
最後には夫と全ての国事犯が釈放され、「高いよろこびの情熱でレオノーレの気高き勇気はたたえられよ」との大合唱が轟き渡る。
それは、苦闘の友を励まし、いかなる大悪も大善へと転じゆく、世界中の創価の女性たちへの喝采と響き合っているのだ。
"女性部一期生"の労苦もあろう。しかし一切は後世の感謝と称賛に変わる。その大確信で、どこまでも仲良く、朗らかに、楽しい前進を、お願いしたい。

◇師弟は誓い深く
激動のこの一年、最愛のご家族を亡くされた方々もおられるだろう。
大聖人は、母を追善する四条金吾に仰せである。
——亡き母は釈迦・多宝・十方の諸仏の御宝前におられて、「これこそ四条金吾殿の母よ母よ」と同心に頭をなでられ、悦び褒められていますよ、と(御書一一一二ページ、趣意)。
広宣流布の真正の闘士である学会員の父母たちも、家族眷属も、皆、永遠に、大聖人の御照覧に包まれ、三世十方の仏菩薩から讃嘆され、厳護されゆくことを誇りとしていただきたい。
「希望・勝利の年」から、「青年・飛躍の年」へ!
忍耐と充実の冬から、友情と福徳の爛漫の春へ! 沖縄の桜の開花も近づく。共戦の喜びを沸き立たせ、地涌の青年を先頭に、さあ前進だ!

新春に
 誓い深まる
  師弟かな

2022年1月1日土曜日

2022.01.01 わが友に贈る

「願わくは、我が弟子等、
大願をおこせ」御聖訓。
立正安国に生き抜く
誉れの人生を堂々と!
飛躍の一年を共々に!

顕仏未来記 P508
『月は西より出でて東を照し日は東より出でて西を照す仏法も又以て是くの如し正像には西より東に向い末法には東より西に往く』

【通解】
月は西から出て東を照らし、日は東から出て西を照らす。仏法もまた同じである。正法並びに像法時代には西のインドから東へ伝わり、末法においては、東の日本から西へ流布していくのである

名字の言 池田先生の「生涯青春」の信念に感動した井上靖氏 2022年1月1日
作家の井上靖氏が正月元日の感懐をつづった短文がある。子どもたちが凧を持って、近くの公園に出掛けていった。やにわに家の中が静かになると「思いは自分のところに戻って来る」▼歳を重ねた自分は、もう凍てついた広場へ元気に向かうこともない。凧も持っていない。だが何かを揚げなければならない。そんな思いがやって来る。「凧に似たものを、高く揚がるものを、烈風の中に舞い、奔り、狂うものを、高く揚げなければならぬと思う」と▼池田先生との往復書簡『四季の雁書』で紹介された話である。先生がつづった「生涯青春」の信念に感動して、氏がしたためた返事だった。わが胸中に高く揚がるものが、あるや否や——その問いを持ち続ける限り、人は"青年"を生きている▼戸田先生は1958年、生涯最後となる年頭所感で「勇猛精進」と題し、訴えた。「きょうよりも明日、今月よりも来月、ことしよりも来年と、いよいよ信心強盛に励むことが、一年の計の基本であり、一生の計の根本となるのだ」。年々歳々、月々日々に、この師の言葉を実践してきた池田先生の闘争ありて、今日の世界広布は開かれた▼高く高く、もっと高く。幸福勝利の大空を目指して、「青年・飛躍の年」を出発しよう。

寸鉄 2022年1月1日
「灯を入れぬればあかく」御書。太陽の仏法の光を我らの対話で普く世界へ
信心は栄光勝利の羅針盤 さあ創価家族の団結固く新たな広布の山を登攀!
夕張事件と大阪事件65年 偉大な人権闘争。正義を受け継ぐ不二の若人走れ
明朝、箱根駅伝の号砲!全チームの大健闘祈る。選手に届けと自宅で声援
沖縄本土復帰50年。最も苦しんだ人が最も幸せに—平和の宝土に連帯燦然

☆新年の歌 池田大作先生
人類を
 結ぶ聖典
   心肝に
 われ地涌なりと
  壁を破れや
 
万代の
 女性の幸福を
   ふみあける
 和楽の舞の
  励まし姉妹よ
 
人創る
 者の王たり
  学会は
 地走り空飛び
  地球に栄えを

二〇二二年 元旦

☆大白蓮華巻頭言2022年1月号 誉れの地区に福智の海あり
日本、そして世界の識者との語らいの中で、しばしば異口同音に感心されていたことがある。
「創価学会の方々の眼差しは優しい。人間と生命への慈愛かあります。世界にとって、かけがえのない宝です」と。
法華経の観世音菩薩普門品第二十五には、「慈眼もて衆生を視る 福聚の海は無限なり」と説かれている。
日蓮大聖人は、この経文を通し、妙法の慈悲を体現して、海のごとく福智を無量に開いていくよう示された。その通り、どの人にも仏の生命ありと慈しみの眼を注ぎ、どんな宿命も打開できると勇気の声を送ってきたのが、創価家族である。
私は、とりわけ「地区」こそ、笑顔の慈眼で見交わし、仏のごとく互いに敬いながら、地域社会を大誠実の福徳と智慧で潤していく「福智の海」であると、祈りの一念を定めてきた。
一九六一年の最初のアジア歴訪の折、まだ人数が少ないゆえに、各国の地区の結成をためらうりリーダーヘ、私は言った。
「『0』には、何を掛けても『0』だが、『1』は何を掛けるかで、無限に広がっていく。だから、その『1』を、その一人を、大切に育てあげ、強くすることです」と。
そして一つの地区の「福智の海」から、どれほど人材が育ち、三十年後には、その国の広布の大海原がどこまで広がりゆくかを明確に展望し、着実に手を打ち続けてきたのである。
新たな飛躍の出発点は、「地区」であることを忘れまい。
今、不信や偏見の冷たい視線が人の心を傷つけ、引き裂く時代にあって、創価の「慈眼」の励ましが、いかに重要か。
御義口伝に曰く、「南無妙法蓮華経は福智の二法なり」と。
慈折広布の誓願の題目を唱え、満々たる福智を湛えながら、尊き地区部長、尊き地区女性部長を中心に、ますます温かく大らかな信頼の絆で、青年・飛躍の千波万波を広げゆこう!

わが地区の
 仏法流布を
  託されて
 不二の心で
  励む随喜よ

☆2022年 主な学会史
〈1月25日〉大阪事件無罪判決60周年
〈1月27日〉東洋哲学研究所創立60周年
〈1月29日〜2月〉二月闘争70周年
〈5月5日〉トインビー博士との対談開始50周年
〈6月30日〉学生部結成65周年
〈7月1日〉札幌大会65年
〈7月2日〉夕張大会65年
〈7月12日〉東京大会65年
〈7月17日〉大阪大会65年
〈8月14日〉戸田先生・池田先生 師弟の出会い75周年
〈8月31日〉「御義口伝」講義開始60周年
〈9月8日〉戸田先生の「原水爆禁止宣言」65周年

☆2022 1月の学会史
◎1・2 池田先生が男子部の第1部隊長に就任
1953年(昭和28年)1月2日、25歳の池田先生が男子部の第1部隊長に就任。翌54年3月までに、部員数を当初の4倍近くにまで拡大した。
※参考資料=小説『新・人間革命』第17巻「民衆城」

◎1・10〜15 雪の秋田指導
1982年(昭和57年)1月10日からの6日間、池田先生は障魔の嵐に耐えた秋田の友のもとへ。渾身の励ましを送り、正義の勝ち鬨を上げた。2022年で40周年。
※参考資料=『新・人間革命』第30巻〈下〉「勝ち鬨」

◎1・14「さんふらわあ7」号で四国の同志が師のもとへ
1980年(昭和55年)1月14日、第1次宗門事件の渦中、四国4県の代表約800人が客船「さんふらわあ7」号に乗り、池田先生の待つ神奈川へ。同年5月にも2度、訪れている。
※参考資料=『新・人間革命』第30巻〈上〉「雌伏」

◎1・15「中等部結成記念日」
1965年(昭和40年)1月15日、中等部結成を記念する集いが全国で行われた。
※参考資料=『新・人間革命』第9巻「鳳雛」

◎1・25「大阪事件」無罪判決
1957年(昭和32年)7月3日、池田先生は参院大阪地方区の補欠選挙における事実無根の選挙違反容疑で不当逮捕され、7月17日に出獄。
4年半の法廷闘争の末、62年1月25日、大阪地裁の無罪判決が出た。同年2月8日、検察は控訴を断念し、無罪が確定。2022年で60周年。
※参考資料=『新・人間革命』第5巻「獅子」

◎1・26「SGIの日」
1975年(昭和50年)1月26日、グアムに世界51カ国・地域の代表が集まって開かれた第1回「世界平和会議」で、「SGI(創価学会インタナショナル)」が発足。
池田先生はこの日に寄せ、83年から毎年、記念提言を発表している。
※参考資料=『新・人間革命』第21巻「SGI」

◎1・27「東洋哲学研究所」発足
1962年(昭和37年)1月27日、アジア文化等の研究機関として東洋学術研究所(現・東洋哲学研究所)が発足し、2022年で60周年。
※参考資料=『新・人間革命』第6巻「宝土」

◎1・29 中東初訪問
1962年(昭和37年)1月29日、池田先生が初の中東訪問へ出発。同30日、イランのテヘランに第一歩をしるす。2022年で60周年。
※参考資料=『新・人間革命』第6巻「宝土」「遠路」

◎「青年・飛躍の年」明けましておめでとうございます。コロナを乗り越え、青年の息吹で大いなる自分自身の大成長の飛躍の一年にして参りましょう (^^♪

2021年12月31日金曜日

2021.12.31 わが友に贈る

新聞休刊日

兄弟抄 P1081
『此の世界は第六天の魔王の所領なり一切衆生は無始已来彼の魔王の眷属なり、六道の中に二十五有と申すろうをかまへて一切衆生を入るるのみならず妻子と申すほだしをうち父母主君と申すあみをそらにはり貪瞋癡の酒をのませて仏性の本心をたぼらかす、但あくのさかなのみをすすめて三悪道の大地に伏臥せしむ、たまたま善の心あれば障碍をなす』

【通解】
そもそも、この娑婆世界は、第六天の魔王の所領です。そして、一切衆生は、無始已来、第六天の魔王の眷属です。第六天の魔王は、六道の中 に、二十五有(注、欲界の四悪趣・四州・六欲天、色界の大梵天・四禅天・無想 天・五浄居天、無色界の四空処天)という牢を構えて、その牢の中に一切衆生を 入れるだけでなく、妻子という足かせを打ち、父母・主君という網を天に張り、 三毒の酒を飲ませて、仏性の本心を狂わせるのです。第六天の魔王は、ただ、悪の肴ばかりを勧めて、三悪道の大地に倒れさせます。そして、たまたま、善心を持っている者に対しては、妨害を行います。

☆四季の励まし 大勝利の一年に「ありがとう」 2021年12月26日
◇池田先生の言葉
感謝の心から歓喜が湧く。
歓喜は意欲と活力と
創造の源となる。
ゆえに、
人生の勝利もまた、
感謝から生まれる。
 
今の自分があるのは、
多くの人々の
おかげであることを知り、
感謝の心を持って、
今度は自分が人々のために
尽くしていく。
この行為こそが、
「知恩」であり
「報恩」である。
報恩は、人間性の証明だ。
 
「心こそ大切」——
ここに信仰の極意がある。
人に真心を尽くす。
受けた真心は大切にする。
私はそれを、
厳格に実行し抜いてきた。
私は、お世話になった
方々のことは
絶対に忘れない。
 
御礼と
感謝の言葉によって、
信頼と友好の絆は
強まっていく。
人に対して、どれだけ
「ありがとう」と言えるか、
感謝の言葉を語れるか——
実は、そこに
人徳が表れるといっても
過言ではない。
 
我ら創価家族は、
この一年も大いに動き、
大いに語って、
広宣流布の前進を
成し遂げた。
希望を広げた。
未来を開いた。
夏の炎暑にも、
冬の寒風にも負けず、
堂々たる
完勝の一年を飾った。
わが弟子、
わが同志の大勝利が、
本当に嬉しい。
 
誰が知らなくとも、
誰が誉めなくとも、
仏天は全て
お見通しである。
陰の献身は、
一切合切が
自らの福徳となり、
命の輝きとなる。
「陰徳陽報」という、
生命の究極の栄光が
ここにあるのだ。

【写真説明】東京牧口記念会館(八王子市)から、真白き王者の富士が山並みの彼方に厳とそびえていた。池田大作先生が今月に撮影した一葉である。この気高き富士を仰いだ感慨を、先生は「この一年、広布と人生の見事な凱歌を飾った全同志を労い讃える英姿なり」とつづっている。
あらゆる困難を乗り越えて、創価の凱歌を轟かせたこの一年。大勝利は、立正安国の地涌の使命を燃やした、全ての同志の総合力の結晶である。年末年始は、家族や親戚、友人などと心を通わせる好機。報恩・感謝を真心の言葉で伝えつつ、「青年・飛躍」の明年へ走りゆこう。

☆忘れ得ぬ旅 太陽の心で 第17回 滋賀
月刊誌「パンプキン」誌上の池田先生の連載エッセー「忘れ得ぬ旅 太陽の心で」を紹介する本企画。今回は「滋賀——喜び育む湖国の恵み」〈2014年9月号〉を掲載する(潮出版社刊の同名のエッセー集から抜粋)。かつて「近江を制するものは天下を制する」といわれ、天下人らが堅固な城を築いた歴史の舞台・滋賀。日本最大の湖があり、豊かな文化が花開いた。400を超える河川の流れを受け入れる琵琶湖のように、多くの友と交流しながら、心を大きく豊かに広げていきたい。

移りゆく
 歴史を見つめし
  琵琶湖かな
 未来を映せよ
  滋賀の勝利の

人類の多様な文明を見つめ、世界中を旅してこられたイギリスの歴史家トインビー博士が、私に懐かしそうに語ってくださったことがあります。
「私がこれまでの人生で見た、最も美しい風景の一つは、琵琶湖のほとりの、黄金色に輝いた刈り入れ時の稲田の風景でしょう。湖水は陽光に映えて碧々と輝いていました」と。
ロンドンの博士のご自宅には、その時に撮った写真が大切に飾られていました。
日本一なる琵琶湖は、世界の知性から深く愛される地球の美の宝です。
それは、命を育み、大地を潤す水の宝庫です。
そこには、天を巡る太陽も、月光も、星々も、四季折々の地上の草木や生きものたちの営みも、明鏡のように映じています。
さらに、琵琶湖の恵みを活かしながら、暮らしてきた人々の生活も、詩情豊かに映し出されてきました。
澄んだ湖のように心の鏡を磨くなら、けなげに生きゆく命の美しさが明らかに映ってきます。
大きな湖のように心の鏡を広げるなら、皆が見落としている世界の素晴らしさも鮮やかに見えてくるにちがいありません。

◇日々に新たに
〈池田先生は、四季折々に装いを変える琵琶湖畔を散策したことや、地域貢献に励む友と語り合った思い出を述懐。湖国の美景が人々の心を感化し、「創造の力」を育んだと語り、この地に育まれた文化に光を当てる〉

「文化財の宝庫」と言われる滋賀の心を継承された女性・小倉遊亀画伯(大津市生まれ)の名作を、わが東京富士美術館で展示させていただいたことがあります。
画伯は、何を描いても同じようになってしまうと悩んでいた時、恩師から「自分の型を破る」ようアドバイスを受けたといいます。以来、「日々に新たに」、すなわち「生れ替りたい、そして新しく出直したい」と、新しい挑戦を繰り返していきました。挑戦の勇気があってこそ、自身の殻を破り、向上できるのでしょう。
画伯が描きたかったのは、「明るく、温かく、楽しいもの。/草にも木にも雲にも動物にも、通い合う愛のこころ。/生きることの喜びを感じ合うすこやかさ」にあふれた世界でした。
まさに、私たちが敬愛する滋賀の天地です。
田園の農道に咲き誇る、あの明るい菜の花、レンゲ草の畑。近江富士の優美な姿、白銀や霞をまとう伊吹山の幽玄、悠然たる瀬田川の流れ……。
それぞれが、生きる喜びと、生き抜く崇高さを謳い上げているようです。
歴史上、日本三大商人に挙げられる「近江商人」は、全国で行商に励みました。この近江商人に継承されたのが「三方よし(売手によし・買手によし・世間によし)」の信念でした。売り手と買い手だけでなく、その地の世間の人々にとっても、利益となることを目指したのです。
行商と言えば、私は、東近江市の友人家族のお宅に伺ったことを思い起こします。
そのご一家の婦人は、不慮の事故で夫を亡くしました。幼い三人のお子さんを抱え、多額の借金を背負いました。店も家も手放して、家畜小屋を改造して住んだといいます。婦人は、泣くような思いで、何度も何度も近江盆地から峠を越え、京都の街を行商に歩きました。
その絶望の淵にあって、希望の生命哲学と出あい、「もう一度人生に挑戦してみよう」と立ち上がったのです。一家の生活革命のため、同じように悩みに苦しむ友のため、必死に働き、活動しました。心ない人々の嘲笑にも断じて負けない。婦人は当時を「歯くいしばってナ」「"頑張るんや"って、自分に言い聞かせながら戦ってきたんですワ」と振り返っていました。
その母の姿を見て育ったお子さんたちは皆、立派に成長して、母を助けました。そして、ご一家は、人々の誇りとなるお店を築いて、胸を張って、地域に社会に貢献しています。
婦人がアメリカで、人々のために自身の人間革命の体験を語ると、皆が涙を流して聞いてくれたそうです。その姿に感銘した婦人は「さらに力の限り幸福の楽土の建設に取り組んでいきます」と誓っていました。
一人の人生、一つの地域における勝利の劇は、世界の友を勇気づける励ましとなるのです。
「近江聖人」と称えられた十七世紀の思想家・中江藤樹(高島出身)は、身近な家族、地域、職場の人々に対する「愛敬の二字」を強調しました。
「人を愛しうやまうは、すなわちおのれを愛しうやまうところなり」と。
ここに、自分も他者も、共に生き、共に繁栄していくべき原理があります。

◇喜びを育む
〈結びに、池田先生は、青年を育む滋賀の希望の未来を見つめた〉

滋賀の「滋」の字には「そだつ」「やしなう」の意味があります。あわせて「賀」の字は「よろこび」の意味を持っています。滋賀の名には、言わば、自他共の「喜びを育む」、青年を「育てる喜び」など、希望に満ちた意義が重なるのです。

若き友の心に「希望の種」を蒔く。それは、滋賀の県木モミジのように、美しい「幸福の樹」「繁栄の樹」「平和の樹」へと伸びゆくことでしょう。そして、琵琶湖の鏡に、明るい未来となって映し出されるでありましょう。

永遠に
 家族と薫らむ
  滋賀の友
 幸と心で
  この世かざれや

(『忘れ得ぬ旅 太陽の心で』第3巻所収)

◎本年も、わが友メールをご愛読いただき、誠にありがとうございました (^^♪

2021年12月30日木曜日

2021.12.30 わが友に贈る

新聞休刊日

諸法実相抄 P1358
『釈迦仏は我れ等衆生のためには主師親の三徳を備へ給うと思ひしに、さにては候はず返つて仏に三徳をかふらせ奉るは凡夫なり』

【通解】
釈迦仏は我ら衆生のために主師親の三徳を備えられていると思っていたが、そうではなくて、かえって仏に三徳をこうむらせているのは凡夫なのである。

☆Switch——共育のまなざし 池田先生の励ましの言葉から
◇子どもを叱るとき
子どもは褒めて伸ばすもの。それを前提とした上で、子育て中には、どうしてもわが子を叱らなければならない場面もあるでしょう。しかし、「子どもをどう叱ってよいのか、分かりません」といった悩みを抱えている方も少なくありません。池田先生が女性リーダーや創価の教育者と語り合ったてい談『21世紀への母と子を語る』(『池田大作全集』第62巻所収)の中から先生の励ましの言葉を抜粋して紹介します。(編集・構成=大宮将之)

◇わが子の未来を見すえ 祈りを根本に
◇確固たる価値観を
<「上手な叱り方は、あるのでしょうか」——子育て中の母親たちから多く寄せられた質問に、池田先生が答えます>

「上手な叱り方」ですか。難問ですね。「叱り方」といっても、根本は親の生き方が問われる。親が、自分の人生に対する信念、生き方を確立することが第一です。
親自身が、確固たる価値観をもつことです。そうでないと、結局、環境に振りまわされたり、育児書に振りまわされたり、子どもに振りまわされてしまう。それでは、子どももかわいそうです。

<確かに、叱る側の大人自身に自信がなく、子どもに毅然とした態度がとれずに悩んでいる場合があります。先生は「よく分かります。悩むこと自体が尊いのです」と受け止めつつ、"生命尊厳を基本に、大人自身がまず正しい価値観を確立しなければならない"と訴えながら、言葉を継ぎました>

性別、性格、家庭環境など、子どもによってそれぞれ違いがある。だから、いちがいに「こういう時は叱ってよい」とか、「これが上手な叱り方だ」とは、言えないでしょう。ただ、「ここぞ」という時に、きちんと叱れるかどうか。心が大切です。"たとえ嫌われても"叱ってあげられるのが、母親なのです。
本当に自分のためを思って叱ってくれる親を、子どもは嫌ったりしない。生命の奥で、愛情を感じ取っていく。逆に、子どもだって叱ってほしい時がある。親が自分と向きあい、真剣にかかわってくれるよう求めていることもあるのです。「いざ」という時に、あえて言ってあげるのが「慈悲」です。
日蓮大聖人は、仰せです。
「たとえ強い言葉であっても、人を助ければ、真実の言葉であり、穏やかな言葉である。たとえ穏やかな言葉であっても、人を誤らせてしまうのなら、偽りの言葉であり、強い言葉である」(御書890ページ、趣意)
お母さんが、どんなに優しい言葉で話しても、それで子どもをダメにしてしまえば、それは「偽りの言葉」です。たとえ、きつく子どもを叱ったとしても、子どものためを思い、子どもを救うならば、それは「真実の優しい言葉」なのです。
大事なのは、ふだんから子どもの成長を祈っているかどうかです。祈りがあれば、たとえその時には分からなくとも、親の思いが子どもにちゃんと伝わっていくのです。

◇「創造家族」で!
<叱れない親が増えている一方で、自分の感情をコントロールできず、ついカッとなって叱ってしまうことで悩んでいる人もいます。感情を抑えきれず、つい手が出てしまうという親も……>

叱るといっても、親が理由も言わずに、怒りにまかせて叱ってばかりいると、子どもがおびえます。そして、とにかく「怒られないように」「叱られないように」と、一種の「ずるさ」を身につけてしまうこともある。そんなことを繰り返しているうちに、大事な時にも親の言うことに耳をかたむけなくなってしまう。
◆ ◇ ◆
感情で叱らないといっても、なかなかかんたんにできることではない。ただ、その時の気分にまかせて、手を出すことは、あってはならない。また、しぜんな感情を押し殺すのがふしぜんな場合もある。ときに感情的になることがあっても、根底に愛情があれば、大丈夫。大事なのは、ふだんの親子の信頼関係です。

<児童虐待も問題になっています。親自身が虐げられて育った分、子どもにも同じように向かってしまうというケースもあるようです。そうした中、「子育てに自信がない」と語る親も少なくありません>

子育てといっても、初めは皆、「初心者」です。自信がなくて、当たり前です。家庭、家族というのは、千差万別であり、決してマニュアルどおりにはいかない。自分なりに、自分の家庭の教育を創りだしていくしかない。試行錯誤でいい。失敗を恐れる必要もない。「創造家族」です。

◇知恵は慈悲から
<「完璧な親」などいないのですね>

欠点も長所もあるから、人間なのです。そこに人間らしさがある。
だからこそ、子どもも安心できるのです。自慢話ばかりする親よりも、自分の失敗談を話してくれる親のほうが、子どもも相談しやすいといいます。
「賢明な母親になろう」と努力するのは大事です。しかし、格好だけ「よい母親」を装うなら、かえって子どもを苦しめるだけで、自分も苦しみます。自分らしくてよいのです。
◆ ◇ ◆
「子どもはかんたんに言うことを聞かないもの」——そう割り切ることです。「覚悟」を決める(笑い)。そして、心を広々と大きく持つことです。戸田先生も、よく言われていた。「境涯を大きく持ちなさい」と。「子どもとしょっちゅうケンカしているのは、境涯が低いんだぞ」とも。
子どもが駄々をこねる。言うことを聞かない。かんしゃくを起こす——それには、何か原因がある。子どもは言葉でうまく言い表せないから、そうやって気持ちを表しているのです。子どもが今、何を欲しているか。何が言いたいのか——子どもの「心」に目を向けるのです。

<親の側に「心のゆとり」がなければ、なかなかそうはいきません。先生は語りました>

親の生命力です。子どもとかかわっていくのは、本当に命を使うものです。そして「知恵」です。知恵は、慈悲から出るのです。仏は、ときに巧みな「たとえ」を用い、ときに厳しく叱咤し、ときにあたたかく包容しながら、衆生を導きます。それは、すべて衆生を思う慈悲から出ているのです。親も同じです。

◇「誓い」があれば
<立派な親といっても、学識や教養が必要なわけではありません。平凡にして、偉大な母や父はたくさんいます。偉大な親であるか否かは「『子どもを思う心』の深さ、大きさで決まります」と先生は語りました。それはまた、わが子の幸せを真剣に祈るとともに、子どもを社会に貢献する人に育てようという心、そしてその「誓い」の深さでもあると訴えます>

「過保護」の親、「放任」の親、いずれもよくないが、もとをただせば、親のエゴです。子どもを「自分の所有物」のように考えるところから、両極端が生まれるのです。
子どもを「広宣流布」という社会貢献の人材に——この「誓い」があれば、エゴにおちいらない。また、子どもがどのようになろうとも、決してあきらめたりできない。私がここまでやってこられたのも、戸田先生との「誓い」があったからです。
◆ ◇ ◆
師との誓いを胸に、これまで、必死の思いで走りぬいてきました。嵐の中も、猛吹雪の中も、ただ「誓い」を果たそうと。世界じゅうのあらゆるところで、飛行機の中でも、ホテルにいても、車中にあっても、題目をあげながら。「師との誓い」であるがゆえに、「あきらめる」などということは、考えもしなかった。次元は違うけれども、子育てにも、同じことが言えるのではないだろうか。

<池田先生は、広島の中国平和記念墓地公園に立つ「世界平和祈願の碑」の像に言及しました。世界的な彫刻家であるフランスのルイ・デルブレ氏が制作したもので「建設」「寛容」「勇気」「希望」「後継」「歓喜」の"六体の像"からなっています。そのうちの「後継」の像は、座った母親が小さな子どもを両手で抱き上げ、前の方へと掲げる姿をしています>

この像について、デルブレ氏は、こう言っている。
「子どもを産み育てる根源的な存在としての母親。そして、未来世紀を担い、大いなる希望をもって成長していく姿を、母親にかざされた幼児として表現しています。
母親にとって子どもは、自分の所有物でも、付属物でもありません。未来を開くため、世界の平和のために捧げ、送り出していくのです。幼児も一人の人間として、きりっとした表情をしています。後継の使命を決意し、自覚していることを、両手を横に広げて表現しているのです」
◆ ◇ ◆
「親のエゴ」ではなく、「子どもの未来」を子育ての基準にしていかなければなりません。
子育ては、長い目でみなければ分からない。「子どもの今」を満足させるだけでなく、「子どもの未来」をしっかりと見すえていくのです。そうすれば、「叱るべきとき」も、おのずと分かるのではないか。
子どもは、自分を映す鏡です。子育ては、子どもも、自分もともに成長していく崇高な作業なのです。

2021年12月29日水曜日

2021.12.29 わが友に贈る

本紙の配達に関わる皆様
通信員・新聞長をはじめ
聖教を支えてくださる
全ての方々に大感謝!
幸福安穏の新年を!

富木殿御返事 P962
『但生涯本より思い切て候今に飜返ること無く其の上又遺恨無し諸の悪人は又善知識なり』

【通解】
ただ私の生涯は、もとより覚悟のうえである。今になって、翻ることはないし、そのうえまた遺恨もない。多くの悪人はまた善知識である。

名字の言 苦悩の闇を破る太陽に 2021年12月29日
地球上には「極夜」という沈んだ太陽が姿を見せない現象がある。外は漆黒の闇だ。極夜の果てに昇る太陽を見れば"真の光と闇"が分かるのでは——探検家の角幡唯介氏は冬の北極で数カ月にわたり極夜を体験した▼極寒の闇の中、獣の襲来や暴風雪などで幾度も死に直面した。氏は、極夜の本質は外界ではなく、闇に支配された心理状態にあると言う。恐怖と絶望に屈せず、ついに現れた闇を破る太陽を「出生以来二度目の本物の光」と生命の誕生に重ねた(『極夜行』文藝春秋)▼8年前、100万人に数人の難病と診断された女性部員がいる。術後、意識不明の重体に陥るが、家族の祈りと同志の励ましで死の宣告を覆し蘇生。その後襲ったがんにも負けず、広布に励む姿が皆の希望となった▼法華経に「日月の光明の 能く諸の幽冥を除くが如く 斯の人は世間に行じて 能く衆生の闇を滅し」(妙法蓮華経並開結575ページ)と。仏法を持ち弘める地涌の菩薩は、太陽や月の光のように人々の苦悩の闇を晴らすことができると仰せだ▼試練の暗夜が明けきらぬ一年。苦難を希望へと転ずる原動力は、わが一念にある。朗々たる勤行・唱題で胸中に元初の太陽を昇らせ、共々に新年の飛躍を誓い合いたい。

寸鉄 2021年12月29日
創価の凱歌轟いた一年。同志の大奮闘に最敬礼!共に「青年・飛躍の年」へ
我々はこれからを考えて生きるのだ—牧口先生。歴史を開く本因妙の前進
根ふかければ葉かれず—御書。混迷の今、信心根本に。不屈の祈りと行動で
社会的な孤立感じる人が増加—調査。年末に知人に電話一本。真心は通ず
火災に警戒。建物周囲の可燃物整頓、電気配線の再点検。心の守りを固く

☆ストーリーズ 師弟が紡ぐ広布史 第15回 楽聖の魂の調べは鳴り響く
◇わが道を歓喜をもって走れ!
日本の師走を彩る風物詩の一つに、ベートーベン作曲の「交響曲第9番ニ短調」の演奏がある。今年も列島各地で「第九」が高らかに鳴り響く年末を迎えた。
ベートーベンは「極めて優れた作曲家・音楽家」を意味する「楽聖」といわれる。交響曲第5番「運命」や第6番「田園」など、彼が残した作品の数々は、今も多くの人を魅了する。
池田大作先生は若き日から、楽聖の伝記などを読み、その生涯に強く共感した。友人たちから、"ベートーベン博士"と呼ばれ、近所の中学校の夏季学校に招かれて、楽聖に関する講義をしたこともあった。

1949年1月3日、池田先生は戸田城聖先生が経営する出版社に初めて出社した。少年雑誌の編集に携わり、この年の5月には編集長となった。
だが、不況に加えて、戦前からの大手出版社が雑誌の復刊などに乗り出した。出版物は過剰生産に陥り、同年12月、少年雑誌は休刊を余儀なくされる。
戸田先生は新たな事業を開始したものの、暗礁に乗り上げた。翌50年8月には、業務停止が決定した。
この窮地の時、池田先生が手回しの蓄音機で繰り返し聴いたレコードが、ベートーベンの「運命」だった。
「ベートーベンの『運命』が、狭い一室に轟然と響きわたった時、その力強く厚い音の真っ只中に陶然として聴き入った感動は、今も鮮やかである」
肺病による発熱。給料は遅配が続いた。絶体絶命の中で、レコードがすりきれるほど聴いた「運命」は、若き先生の魂を鼓舞したのである。

53年1月2日、先生は25歳の誕生日を迎えたその日、男子部の第1部隊長に就任した。
年末までに部隊1000人の達成へ向けて驀進していたある日、第1部隊の会合終了後、一人の青年が池田先生のもとへ来た。"男子部の役職をやめたい"という相談だった。
青年は弱気になっていた。先生は、「逃げるんですか!」と一喝し、「一つ一つあきらめずに、力の限り挑戦していけば、すべてに勝利することができるものだ。私が応援するよ」と。
それでも、青年は自信が持てず、意を決して、池田先生のアパートへ向かった。先生はその青年と銭湯に行った後、アパートでレコードを2曲かけた。スッペの「軽騎兵」序曲と、ベートーベンの「運命」である。レコードを聴くと、青年に語った。
「悔しくとも、悲しくとも、また、どんなに大変でも、前へ、前へと進むんだ」
青年は後に長野広布のリーダーとなる。この時の先生の励ましについて、「現在も私の心の中に生きている」と手記に残した。音楽を通した激励は、青年の心をいつまでも温め続けた。

音楽家にとって、聴覚は命そのものである。その聴覚の異常を、ベートーベンが自覚するようになったのは、1798年ごろといわれる。
ベートーベンは主治医の勧めで、1802年の半年間ほど、オーストリアのウィーン郊外に位置するハイリゲンシュタットに居を構えた。そこで、彼は幾つもの名曲を生み出した。
ハイリゲンシュタットの建物は現在、ベートーベンの記念館に。1981年5月27日、オーストリア訪問の折、池田先生は記念館に足を運んだ。
楽譜や手紙、肖像画など、先生は一つ一つを丹念に見学。記念館の関係者から一筆を求められると快く応じ、ペンを走らせた。
「正義/青年時代に憧れの/大作曲家の家に来たる/ベートーベンと/常に生き語りし想い出を/思い出しながら/しばし、この地にたたずむ」
この日、先生に同行したヨシオ・ナカムラさん。2年前の79年4月10日、次男のケイジさんが生後6カ月で亡くなった。すぐに東京から電報が届いた。池田先生からだった。
「ダイショウニンノブッポウハ(大聖人の仏法は) シュクメイテンカンノブッポウデス(宿命転換の仏法です)」
「フドウノシンジンニタチ(不動の信心に立ち) スベテヲヘンドクイヤクシテ(全てを変毒為薬して)……」
同年4月24日、先生は第3代会長を辞任。ヨシオさんは、「最も大変な時に、日本から遠く離れた私と妻のヤスエのことを心配して電報を打たれた。先生が一人のために、どれほど心を砕かれてきたか。そのことを示しているのではないでしょうか」と振り返る。
師の励ましは続いた。2003年10月5日、聖教新聞にベートーベンの記念館を訪れた思い出をつづったエッセーが掲載された。
ヨシオさんとヤスエさんは目を真っ赤にしながら、紙面を読んだ。10月5日が、ケイジさんの25歳の誕生日だったからである。
「生きよう。もう数えるな。自分に何ができなくなったかを。もう数えるな。自分の手からこぼれてしまった幸福の数々を。むしろ、自分にもまだできることがある。それだけを考えて生きよう」——エッセーの一文一文を胸に刻み、ナカムラさん夫妻は、オーストリア広布に突き進んだ。
しかし、再び過酷な運命が待ち受けていた。2007年、創価大学に学び、オーストリアのテレビ局で働いていた長男のシンイチさんが、急性白血病で倒れた。先生は病床のシンイチさんに伝言を贈った。
「シンイチ君。断じて生き抜け。皆が待っている。創大生が、学会員が世界中で待っている。絶対負けるな。笑顔で会おう」
ステロイドの副作用で骨はもろくなり、両足にチタンを入れた。重度の貧血にも苦しめられた。それでも、生きることを諦めなかった。壮絶な闘病生活を続けて8年。シンイチさんはついに、社会復帰を果たした。
長女のカヨコさんも、創価大学を卒業し、オーストリアの地で自他共の幸福の輪を広げる。
難聴に苦しむベートーベンは、「僕は運命の喉元を締めつけてやりたい。どんなことがあっても運命に打ち負かされきりになってはやらない」(片山敏彦訳)と記した。
師の激励を生きる力に変え、蘇生の階段を一歩また一歩と上ってきた、ナカムラさん一家。楽聖のような不屈の歩みを、現在も続けている。

ベートーベンの肖像画を一度でも見たことがある人は多いだろう。バッハやモーツァルトなどの肖像画はかつらを着けているが、楽聖のそれは地毛である。
音楽家はかつて、王侯・貴族の支援によって生計を立てていた。かつらは宮廷の仕事場において必需品だった。
ベートーベンは王侯・貴族から自立した生活を望んだ。権力・財力など"力を持つ人間"にへつらうことを嫌った。楽聖は、自らの音楽は貧しい人々にささげられなければならない、と考えていた。

1990年11月16日、学会創立60周年を祝賀する本部幹部会が開催された。席上、富士交響楽団と創価合唱団によるベートーベンの交響曲第9番「歓喜の歌」の演奏・合唱が行われた。
先生はスピーチで、「歓喜の歌」に言及し、いかなる苦悩も突き抜けて、人生の勝利と歓喜を勝ち開いていこうと訴えた。さらに、創立65周年には5万人、創立70周年には10万人で「第九」の合唱を提案。"ドイツ語でもやろう"と呼び掛けた。
1カ月後の12月16日、宗門から「お尋ね」と題する文書が学会に送付されてきた。ドイツ語で「歓喜の歌」を歌うことは、キリスト教の神を賛嘆することであり、「外道礼讃」であるという的外れなものだった。そこには、宗門の「文化否定」の体質が如実に表れていた。
宗門が文書を送り付けてきた12月16日は、くしくも、ベートーベンの生誕の日である。この日、一年の掉尾を飾る本部幹部会が行われた。
先生は、ベートーベンが難聴という絶望の中で、作曲を続けた理由について、自らがつかんだ歓喜の境涯を、未来の人々のために分け与えたかったからであると語った。
この年、世界では、東西に分断されていたドイツが統一。その前夜、東ドイツで行われた式典で「歓喜の歌」が合唱された。ドイツ語では「神々」との表現があるが、それは特定の宗教を示したものではない。哲学者の河端春雄氏は、「人間の内なる精神の極致、理想」と指摘している。
「第九」は、宗派を超越し、人類の融和と勝利の象徴として、世界で歌われてきた。その普遍性を「外道礼讃」と否定した宗門は、閉鎖的な教団であることを自ら"逆証明"したのである。

創立65周年に5万人、創立70周年に10万人で「第九」の合唱を——この師の提案を実現したのが、九州青年部だった。しかも、ドイツ語である。
94年11月23日、福岡ドーム(当時)での「アジア青年平和音楽祭」で、5万人が「歓喜の歌」を合唱。2001年12月2日には、マリンメッセ福岡と九州の116会場、さらに東京の学会本部を生中継で結び、「アジア青年平和文化総会」が行われ、10万人の「歓喜の歌」が響き渡った。
「5万人の第九」が決定した後、幾つもの課題が出てきた。なかでも、"5万人の混声合唱が一つになれるか"は最大のものだった。
5万人がオーケストラの音を同時に聞くために、全員がレシーバーを耳に着けた。また、ロイヤルボックスから均等の距離で、合唱メンバーが扇形に並ぶようにした。さらに、各パートの歌声を一つにするために、合唱メンバーの指揮者を配置した。青年たちは、できる全てのことをやり抜いた。
本番数日前に初めて行われた5万人のリハーサル。ロイヤルボックスで、歌声は見事に一つに溶け合った。本番は、より力強く、より崇高な響きをたたえた。
音楽祭の終了後、先生は「数万の 若き歌声 世界へと 胸を貫き 飛びゆく美事さ」など3首の和歌を詠んだ。空はあかね色に染まっていた。先生は「この50年で、一番素晴らしい夕日だ」と。夕焼けは、九州青年部の勝利を現していた。

「歓喜の歌」に、「走れ、兄弟たちよ、汝らの道を/凱旋の英雄のように歓びをもって」(渡辺護訳)と。
2022年は、7年ごとの前進を期す「第2の七つの鐘」の4番目の鐘を打ち鳴らす出発の時である。
進もう。師と共に、同志と共に。
わが使命の道を、歓喜をもって。

【アナザーストーリー】
1957年8月30日、本紙に「運命の人 ベートーヴェン」と題する記事が掲載になった。執筆したのは池田先生である。
先生は、聴覚を奪われた中で、不朽の名作を残したこと自体が、楽聖の偉大さを物語っているとつづった。
執筆1カ月前の7月3日、先生は権力の横暴によって、無実の罪で逮捕・勾留された。過酷な獄中闘争は17日まで続いた。
8月上旬には、東京・荒川区で広布の指揮を執り、わずか1週間で区の会員世帯の1割を超える拡大を成し遂げた。
激闘に次ぐ激闘の中で、先生は原稿を書き、紙面を通して同志に勇気を届けた。
ベートーベンは、「おお、生命を千倍生きることはまったくすばらしい!」(片山敏彦訳)と書き残した。この言葉を通して、先生は述べている。
「わが友は、その使命と責任の大きさゆえ、来る日も来る日も、忙しい。労苦も多い。しかし、だからこそ、幾百倍、幾千倍も充実した人生を生きている。この生命を最大に輝かせているのだ。
この一年も『私は勝った!』『我らは勝った!』と、万歳の歓呼を共々に送り合おうではないか」

2021年12月28日火曜日

2021.12.28 わが友に贈る

変化の時代だからこそ
必ず現状を打開するとの
決定した一念が大切だ。
不屈の魂を燃やして
希望の未来を開こう!

千日尼御前御返事 P1312
『たすけんとする日蓮かへりて大怨敵とをもわるるゆへに女人こぞりて国主に讒言して伊豆の国へながせし上又佐渡の国へながされぬ』

【通解】
(一切の女性を救おうとしている)日蓮を、かえって大怨敵と思われるゆえに、女性たちが、こぞって国主に讒言をして、伊豆の国に流罪したうえ、また佐渡の国にも流罪したのである。

名字の言 人にあげればあげるほど増えるものは? 2021年12月28日
タイには、こんな"なぞなぞ"がある。「いくら振りまいてもなくならないものはなんだ?」▼答えは「笑顔」。なるほど、"ほほ笑みの国"らしい発想である。さらにもう一つ。「人にあげればあげるほど増えるものは?」。正解は「幸福」だという。今から20年前、池田先生が同国の「文化芸術貢献賞」を受賞した際、謝辞で紹介したものである。アメリカの同時多発テロから間もない頃だっただけに「平和とは? 幸せとは?」と問いながら、胸にとどめたことを覚えている▼御書に「喜とは自他共に喜ぶ事なり」(761ページ)と。苦しみや悲しみの多くは人間関係の中で生じる。同じように、本当の喜びも他者との関係性の中で育まれていくものである▼仏法では、人も国土も「一つの生命体」と捉え、不可分であると説く。全ての生命は互いに支え合い、大いなる生命の輪を織り成していると見るのだ。ゆえに池田先生は訴える。「人を幸福にした分、自分も幸福になるし、だれか一人でも不幸な人がいるかぎり、自分の幸福も完全ではない」▼笑顔と幸福を友に惜しみなく送り、平和と友情を広げた世界の同志に、感謝と敬意を表したい。地涌の勇者こそ真の「富める者」であり「心の長者」である。

寸鉄 2021年12月28日
「いよいよ」と御書に幾度も。現当二世の信心だ。挑戦やめぬ人は皆、青年
男子部大学校生が年末から仏法対話。気概頼もし。青春の原点を断じて築け
良友にまさる財宝はない—哲人。友情の輪を広げる大充実の交流期間を!
"久しぶりの長距離運転"増える時。呉々も無事故で。焦らず、賢く休憩取り
水で膨らむ玩具を幼児が誤飲する事故多発。遊ぶ時は一緒に。目を離さず

☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第21回 未来部の友へ
本年は、「桂冠詩人」の称号が池田先生に贈られてから40周年。連載企画「勇気の舞 凱歌の行進」では、先生がつづった長編詩を紹介します。第21回は、未来部の友に詠んだ「若き君よ 勝ちまくれ! 青春は人生の 一生の土台」(2002年)です。

◇君の使命は君しか持てない
未来は無限だ。
未来は希望だ。
未来は夢だ。
未来は大活躍の劇場だ。

「未来部」は
なんと無限の意味をはらんだ
名前であろうか。

◆◇◆

若き生命の持ち主は
皆が
その魂は
閃光を放っているのだ。

気取る必要もない。
失敗に臆する必要もない。
愚かと言われようが
貧しいと言われようが
そんなことは
弱々しい風が
吹いていると思え!

君の夢は
君しか持てない。
君の宝は
君しか持てない。
君の使命は
君しか持てない。

だから
不思議にして偉大なる
生命の鍵を
持っているのが
君なのだ!

◆◇◆

君の長い生涯の中に
決して希望を
死滅させてはならない。
感情で
逃走してはならない。
邪険な人々の罵りに
人生を
奪われてもならない。

胸を張って
北風に進むのだ。
断固として
自分自身の人生を
勝利するのだ。
父のために
母のために
自分自身のために
平和のために
友情のために
そして
永遠のために!

そこにこそ
幾千人に
痛めつけられても
すべてが
勝ち抜いた君の
長い生涯を飾りゆく
大勲章と光るのだ!

君よ
君の名前を呼ぶ人が
いなくとも
君は君らしく
生きるのだ。

有名になる必要などない。
狂った人間の世界で
褒められる必要もない。
狂乱した嫉妬の世界で
悩む必要もない。

君は君らしく
確かなる人生観を持って
残酷なこの社会を
切り開いていくのだ。
人生は劇だ。
若さは名優だ。

◆◇◆

友よ
不安に行き詰まるような
弱々しい青春であるな!
すべてが
私の人生の
転機ととらえて
偉大なる
正義の目標に向かって
勝利の坂を
勇敢に登っていくのだ!

青春よ
勝ちまくれ!
若き君よ
希望の未来に舞いゆけ!

未来部 万歳!
未来部の成長が
広宣流布だ。
未来部の勝利が
創価の勝利だ。

未来部に
栄光あれ!
勝利あれ!

☆ロータスラウンジ——法華経への旅 第31回 薬王菩薩本事品第二十三
◇末法広宣流布の戦士よ! 薬王菩薩のごとく、命を燃やせ!

■大要
薬王菩薩が一切衆生憙見菩薩だった時、日月浄明徳仏の入滅後に、報恩のため自分の臂(腕)を焼いて灯明として供養したという故事が説かれます。そして、仏滅後に法華経を弘める功徳は、この焼身の供養より大きいことが述べられます。それでは内容を追ってみましょう。
◇
その時、宿王華菩薩が、釈尊に言います。
「薬王菩薩は、どうしてこの娑婆世界を巡り歩くのでしょうか。どれほどの百千万億那由他の難行苦行があったのでしょうか。どうか説明してください。その話を聞いて皆、歓喜するでしょう」
——ここから質問に答える形で、薬王菩薩が一切衆生憙見菩薩だった時代の難行苦行の話が始まります。
その時、釈尊は宿王華菩薩に告げます。
「無量恒河沙劫の昔、日月浄明徳仏がいた……」と、その仏や菩薩たちの寿命、そして国土の様子などが示されます。続いて、「その時、日月浄明徳仏は、一切衆生憙見菩薩、そして多くの菩薩や声聞たちのために、法華経を説かれた」と語ります。
一切衆生憙見菩薩は、願って苦行を習い、精進し、仏を一心に求めること一万二千年を満たして、「現一切色身三昧」の境涯(十界の一切衆生の姿を自在に現せる境涯)を得ます。そこで一切衆生憙見菩薩は、大いに歓喜して思います。
「私が現一切色身三昧を得られたのは、全て法華経を聞くことができた力によるのである。今、日月浄明徳仏および法華経を供養しよう」
そして、一切衆生憙見菩薩は、さまざまな香を降らせるなどして、仏を供養して、さらに思います。
「神通力をもって仏を供養したとしても、私の身をもって供養するのには及ばない」
そこで、一切衆生憙見菩薩は、多くの香や香油を、千二百年にわたって飲み、さらに香油を身に塗るなどして、日月浄明徳仏の前で自分自身の体を燃やします。その光明は、八十億恒河沙の世界を照らします。
多くの仏が、一切衆生憙見菩薩を同時に褒めたたえます。
「これこそ真の精進である。これを『第一の布施』と名づける。多くの布施の中で、最も尊く、最も優れている。法をもって多くの仏を供養するからである」
一切衆生憙見菩薩の身体を燃やす火は、千二百年に及ぶまで続き、燃え尽きます。
一切衆生憙見菩薩は、このように法の供養をなし終わって、命が終わり、また日月浄明徳仏の国の中、浄徳王の家に生まれます。そして再び、仏を供養します。
日月浄明徳仏は、一切衆生憙見菩薩に告げます。
「入滅する時がやってきた」
そして、一切衆生憙見菩薩に命じます。
「仏法を、あなたに付嘱します。一切の弟子、阿耨多羅三藐三菩提(完全な覚り)の法、一切の宝などを付嘱する」
日月浄明徳仏が入滅すると、一切衆生憙見菩薩は悲しみ、仏を恋慕し、その舎利(聖骨)を八万四千の塔を造って供養します。そして思います。
「自分の心はまだ満足しない。さらに供養しよう」
そして、八万四千の塔の前で、自分の臂(腕)を、七万二千年にわたって燃やして供養します。その光景を見ていた声聞を求める人々らは、覚りを求める心を起こします。
多くの菩薩たちは、一切衆生憙見菩薩の臂がないのを見て、憂い、悩み、悲しみ、言います。
「一切衆生憙見菩薩は、私たちの師です。今、臂を焼いて無くしてしまった」
一切衆生憙見菩薩は、誓います。
「私は両方の臂を失ったが、必ず仏の金色の身を得るだろう。それが嘘でない証拠として、私の臂は元通りになるだろう」
臂は元通りになり、世界は六種に振動し、天から宝の花が降り、人々はいまだかつてない思いを得ます。
釈尊は、宿王華菩薩に告げます。
「あなたは、この話を聞いてどう思うか。一切衆生憙見菩薩は、どうして他の人のことであろう。今の薬王菩薩のことなのだ」
そして、法華経、またその中の一つの四句からなる偈(詩の形の経文)を受持する功徳は、計り知れないことを示します。
続いて、具体的に十の譬喩を通して功徳の偉大さを表現します。一切の川の流れなど、多くの水の中で海が第一であるように、この法華経も、多くの仏が説く経の中で最も深く、大きい……。
さらに、十二の譬喩を用いて、法華経が一切衆生を利益し、その願いを満足させることを示します。清涼の池が渇望している者を満たすように、寒い人が火を得るように……。
もし法華経を聞くことができ、もしくは書き、もしくは他の人に書かせるならば、その功徳は仏の智慧をもってしても計り知れない。
続いて、薬王菩薩本事品を聞き、受持する功徳を述べ、付嘱します。
「我滅度して後、後の五百歳の中、閻浮提に広宣流布して、断絶して悪魔・魔民・諸天・竜・夜叉・鳩槃荼等に其の便を得しむること無かれ」「此の経は則ち為れ閻浮提の人の病の良薬なればなり。若し人病有らんに、是の経を聞くことを得ば、病は即ち消滅して、不老不死ならん」等と語ります。
最後に多宝如来が、「あなたは、不可思議の功徳を成就して、釈尊に問い掛け、計り知れない一切衆生を利益した」と、宿王華菩薩を称えます。
このように「薬王品」では、師弟の報恩のドラマを通して、法華経の功徳が賛嘆されています。

【『法華経の智慧』から】 全人類に「癒しの光明」を
法華経はすべて「己心の儀式」です。経文を向こう側においていては、肝心なことは分からない。我が生命の薬王菩薩とは、名前の通り、心身の病気を治し、生命を「健康」にする力用と言ってよい。その本体は「妙法」であり「仏界」です。仏界の大生命力が生命の苦しみを癒す働きを「薬王」と名づける。
ゆえに御本尊に向かって唱題するとき、己心の薬王菩薩が働くのです。
◇
「健康」を象徴する薬王は、信念に「殉教」した菩薩であった。「戦う生命」それが「健康な生命」です。
◇
薬王品も、まさに「末法広宣流布の戦士よ! 薬王菩薩のごとく、命を燃やせ!」と教えているのではないだろうか。そういう青年が陸続と現れたとき、創価学会全体が永遠化される。「不老不死の教団」になっていくのです。
そうなって初めて、永遠の未来にわたって、全人類に「癒しの光明」を燦然と送り続けることができるのです。(普及版〈下〉「薬王菩薩本事品」)

【コラム】 本化と迹化
「薬王品」以降の6品には、迹化・他方の菩薩に弘通を託す意義が込められています。
広宣流布の主役は、あくまでも「本化」の菩薩である「地涌の菩薩」です。その上で、「迹化」の菩薩は、迹仏に化導された菩薩のことで、主役を助ける立場と言えます。つまり、「薬王品」からの6品は、「地涌の使命を助ける」働きを明かしていると考えることができます。
池田先生は語っています。
「『本化』として自行化他に励んで開拓した『仏界』の生命力を、『迹化』としての社会面、生活面で生かしていく。生かし、活躍していこうと努力するなかで、さらに『信心』が深まり『仏界』が固まっていく。この往復作業です。本化→迹化、迹化→本化という、粘り強い往復作業によって、自分の生命を限りなく向上させ、広宣流布を限りなく広げていくのです」
広宣流布へ、それぞれの舞台で、「さすがだ」と、実証輝く活躍をしていきたい。

2021年12月27日月曜日

2021.12.27 わが友に贈る

◇今週のことば
「希望」の大連帯を築いた
「勝利」の全宝友、万歳!
福徳は無量無辺なり。
みなが「青年」の翼を広げ
「飛躍」の新春を爽快に!
2021年12月27日

日興遺誡置文 P1618
『未だ広宣流布せざる間は身命を捨て随力弘通を致す可き事』

【通解】
未だ広宣流布が成就しない間は、身命を捨て、力の限り妙法を弘めていくべきである。

名字の言 「いのち」を脅かす三つの危機 2021年12月27日
批評家の若松英輔氏が「現代における『いのち』の危機は、必ずしも迫害というかたちをとらない」とつづっている。さらに「いのち」の危機として、次の三つを挙げている▼まず、自ら選び取ったわけではない強いられた「孤独」。次に、希望を絶たれた状態である「絶望」。最後に、誰の目にも触れずに孤独と絶望を抱えるほかない「孤立」である▼反対に「他者とのあいだにあるとき、『いのち』はその輝きを増す」と氏は指摘する。他者のために全身で何かに参与することで「『いのち』は強められる」と(『沈黙のちから』亜紀書房)▼長引くコロナ禍にあって、孤独や孤立の深刻化が危惧されている。会いたくても、周囲の状況がそれを許さない場合もある。福岡出身のある壮年は、今年も年末の帰省を断念した。その代わりに、元日は親族をオンラインでつなぎ"ファミリー勤行会"を行う予定だ。「勤行の後は、皆で新年の抱負を語り合い、にぎやかに出発します」と▼池田先生は、「たとえ会えなくても、電話の一言で、目の前の壁が破れることもある。一通の置き手紙が、その人の人生を変える場合だってある」と。知恵を絞り、工夫を重ねて、他者と心を通わせる年末年始としたい。

寸鉄 2021年12月27日
「一日もいきてをはせば功徳つもるべし」御聖訓。感謝の祈りで本年を完走
深く偉大な信心に立てば全てが開ける—戸田先生 誓願に生きる人生は無敵
創価大学が一般入試出願受付。受験生よ頑張れ!悔いなき挑戦の冬休みを
除雪中の事故に注意。作業時は家族、近隣の方等、複数人で。命綱の装着も
宗門の謀略で学会は団結し大発展—学者。C作戦から31年。正邪は明白に

☆通信員指導集「輝く創価の言論城」 池田先生の「発刊に寄せて」
◇希望の言葉を世界まで! 我らの聖教魂は永遠に
本紙創刊70周年の本年、通信員指導集『輝く創価の言論城』(非売品)が発刊された。ここでは、池田先生の「発刊に寄せて」の全文を掲載する。

◇

わが通信員こそ、陰徳陽報の「言論の闘士」であります。
わが通信員こそ、普く賢い「民衆の英雄」であります。
そして、我ら通信員こそ、生涯創造の「共戦の同志」なのであります。
この宿縁深き通信員の方々と心一つに、聖教新聞創刊七十周年の佳節を勝ち飾り、創価学会創立百周年へ従藍而青の言論戦を開始できることは、この上ない喜びであり、希望であります。
いまだかつてなき「民衆の機関紙」「人間の機関紙」たる聖教新聞を、飛躍させゆく鍵は何か。恩師・戸田城聖先生と私の真剣なる祈りと思索の結晶として、一九五四年(昭和二十九年)、誉れある通信員制度はスタートしました。
聖教の草創期にあって、最も献身的に支えてくださったのは、まぎれもなく通信員の皆様でありました。広宣流布の最前線の息吹をいち早く掴み、共に企画を練り、取材に走り、記事を書き、写真を撮る。その勇敢にして誠実な挑戦の積み重ねこそ、何ものにも代え難い聖教の熱となり、力となり、宝となってきたのであります。
聖教新聞は、通信員の不撓不屈の闘争なくして発展することは、決してありませんでした。これは、同じ通信員の誇り高き自負を持って執筆を続けてきた私が断言できる厳然たる事実であります。
家庭、地域、仕事、学会活動……多忙を極める毎日の中で、通信員の誓願を貫きゆくことが、いかに崇高な修行であるか。
まさしく、人知れぬ労苦と血のにじむような努力をいとわぬ「言論の闘士」たちの偉大な「陰徳」があればこそ、今日の世界的な聖教新聞の興隆という「陽報」があるのであります。そして、この「陰徳」は、皆様方の生命と一家眷属を三世永遠に包む「陽報」となって輝きわたることも、また間違いありません。
通信員が果たす使命は、時と共に、いや増して大きくなっております。電子版の充実もあり、現在、「世界聖教会館」を中心として全国の支社・支局が団結し、聖教新聞は五大州の隅々まで発信されています。皆様が懸命に取り組む一編の文章、一葉の写真、一本の動画が、希望の光、幸福の光、平和の光を、全世界へ放っていくのです。その一つ一つに触れ、「地方版の柱」であると同時に「世界に広がるセイキョウの柱」である皆様の尊き名前を拝するたび、私の心には尽きせぬ感動と感謝が込み上げてまいります。
聖教を「日本中、世界中の人に読ませたい」と熱願され、通信員の活躍を心から期待されていた戸田先生が、いかばかりお喜びでありましょうか。
「御義口伝」に、「此の法華経を閻浮提に行ずることは普賢菩薩の威神の力に依るなり、此の経の広宣流布することは普賢菩薩の守護なるべきなり」(御書七八〇ページ)と仰せの通り、世界広布は「普く賢い」菩薩の働きによって進みます。愛する郷土を照らす普く賢い「民衆の英雄」の英知が、そのまま地球社会の未来を晴らしていく時代に入っております。
とともに、普賢菩薩は「当起遠迎、当如敬仏」(法華経六七七ページ)という最上第一の相伝を託されます。「必ず仏の如くに法華経の行者を敬う可し」(御書七八一ページ)との御聖訓を聖教紙面で果たされゆく通信員の福徳は計り知れません。
御本仏・日蓮大聖人は打ち続く大難を、「山に山をかさね波に波をたたみ」(同二〇二ページ)と仰せです。我ら師弟は、この忍難弘通の道に連なり、「言論」と「対話」と「励まし」を武器として、幾多の難を共々に勝ち越えてきました。
御聖誕八百年を慶祝して発刊される『日蓮大聖人御書全集 新版』に、池上兄弟に送られた「兵衛志殿御返事」(一族末代栄えの事)が新たに収録されます。
その中で、賢者の信心と団結で乗り越え、凱歌の実証を示した兄弟と一族を最大に讃えられ、「このことは一代聖教をも引いて、百千まいにかくとも、つくべしとはおもわねども」と仰せになられています。
どれほど書いても書き尽くせない。どれほど讃えても讃え尽くせない——この御本仏のお心を拝しつつ、私たちはさらに、聖教の信念の一文字一文字を綴ってまいりたいと思うのであります。
末法万年尽未来際への世界広宣流布を展望するとき、私たちの言論闘争は、「いよいよ、これから」が本門の戦いであります。六十五歳で小説『新・人間革命』を書き起こした私も、ますます師弟不二の炎を燃え上がらせ、生涯創造の「共戦の同志」である皆様と共々に、黄金の日記文書を記し残していく決心であります。
日蓮仏法は地球の恒久平和への根本思想であり、実現への実践の方途を示しています。その「教科書」とも言うべき言論紙こそ、我らの聖教新聞です。正しき仏法を根本に、生命力満々と、人々の不安を打ち破る希望の言葉で、「安国」の実現へ、「安世界」の構築へ、今こそ力強く大前進しようではありませんか!
皆様には、気高き先輩から受け継いできた無敵の伝統と連帯があり、頼もしき後輩が限りなく明日へ続いています。
「正義の太陽たる通信員の聖教魂がある限り、創価の言論城は未来永劫に輝き続ける」——そう強く深く念じつつ、記念の句を贈り、発刊へのメッセージといたします。

通信員ありて
 創価と聖教
   輝けり

言論の
 師弟共戦
   金の日日

通信員こそ
 人間革命
   勝ち戦

二〇二一年八月二十四日 「聖教新聞創刊原点の日」に

2021年12月26日日曜日

2021.12.26 わが友に贈る

強烈な寒波接近に伴う
暴風雪・凍結に警戒を!
配達に携わる方など皆が
交通事故等に遭わぬよう
真剣に題目を送ります。

王日女殿御返事 P1263
『仏は真に尊くして物によらず、昔の得勝童子は沙の餅を仏に供養し奉りて阿育大王と生れて一閻浮提の主たりき、貧女の我がかしらをおろして油と成せしが須弥山を吹きぬきし風も此の火をけさず』

【通解】
仏はまことに尊く、供養の品物で真心を測ることはない。昔、得勝童子は砂の餅を仏に供養して阿育大王と生まれ、全世界の王となった。ある貧しい女性が自分の髪を剃って、その代価で油を求め、灯を供養したところ、須弥山を吹き抜いた強い風も、この灯を消すことはなかった。

名字の言 箱根駅伝中継を支える人々 2021年12月26日
来年で放送35年となる日本テレビの箱根駅伝中継には、延べ1000人以上の制作スタッフが携わる。選手一人一人のドラマを伝えるための事前取材は1年がかりで行うという▼当日は約80台ものカメラを使用するほか、各中継所などで70人を超えるスタッフが活躍。順位変動が起こりそうなポイントを予測し、先頭はもちろん、中位や下位争いも撮り逃さないよう注視する▼その中で、番組総合ディレクターの椿亮輔氏が悔しさをにじませながら振り返るのが前々回大会。最終10区で「シード権が変わる瞬間を撮れなかった」ことだ。シード圏内の10位から約1分遅れで出走した創価大学が予想外の速さで、前を走る中央学院大学を抜き去った場面である(「Number」2022年1月7日号)▼中継中、いつの間にか順位が入れ替わり、驚いたことを思い出した。同時に、視聴者に感動を届けようと奮闘する関係者の苦労を知り、深い感慨が込み上げた。どんな分野でも、一つのドラマの陰には、無数の人々の関わりがある。そこに思いを致す時、物事の見え方は重層的、多面的になる▼大会では約1800人の学生補助員も無事故の運営に当たる。多くの支えによって成り立つ"夢舞台"に熱い声援を送ろう。

寸鉄 2021年12月26日
妙法は上へ上へと向上しゆく法—戸田先生。新年の「飛躍」期し助走開始!
会長の青年の可能性への信頼が私を啓発—元次長 わが地域に後継の大河を
使命に目覚めた人はあらゆる悩みを解決—文豪。広布の大目的に生き抜け
創作四字熟語の最優秀作「七菌八起」に。長引く試練に"不屈の魂"で応戦
特殊詐欺が過去最多。被害者85%が65歳以上と—白書。慌てずに確認・相談

☆御書の旭光を 第66回 魔を寄せ付けぬ強盛な祈り
〈御文〉
『南無妙法蓮華経と御唱えつつしむべし・つつしむべし』(兵衛志殿御返事、1108ページ)

〈通解〉
南無妙法蓮華経と唱え、身を慎んでいきなさい。慎んでいきなさい。

〈池田先生が贈る指針〉
魔に付け入る隙を与えるなかれ——池上兄弟へ題目根本に同心で団結するよう戒められている。
信心は仏と魔の闘争である。油断や慢心、不和に魔は潜む。火災や交通事故など"絶対に起こさない。巻き込まれない"との強盛な祈りと聡明な振る舞いが要諦だ。
年末年始、「百千万億倍の用心」で幸福安穏の日々を!

☆「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第20回 善知識の連帯
◇三三蔵祈雨事
『夫れ木をうえ候には大風吹き候へどもつよきすけをかひぬれば・たうれず、本より生いて候木なれども根の弱きは・たうれぬ、甲斐無き者なれども・たすくる者強ければたうれず、すこし健の者も独なれば悪しきみちには・たうれぬ(中略)仏になるみちは善知識にはすぎず、わが智慧なににかせん、ただあつきつめたきばかりの智慧だにも候ならば善知識たいせちなり』(御書1468ページ1行目〜7行目)

◇池田先生の講義から
創価学会は、牧口先生、戸田先生の不惜身命の闘争から始まった大聖人直結の団体です。
御本仏の一切衆生救済の精神が横溢している、「民衆の安全地帯」です。善友が集い合い、誰も置き去りにしない「温かな人間主義の組織」です。
◆◇◆
今、多くの新会員が決意も新たに折伏・弘教に奮闘しています。青年部の共進、共戦も頼もしい限りです。
新たに立ち上がった友も多い。その陰には、共々に広布の大道を進んでいきたいと、共に励まし、共に祈り、共に学び、共に動き続けてくれた幾多の先輩や同志の奮闘があります。
先輩たちにとっても、そうした経験は、自身の境涯を開くきっかけとなっています。
また、成長した人材が、今度は後輩と一緒に前進する中で「心の財」(御書1173ページ)を積み上げていきます。こうした希望の連動の中でこそ、私たちは悩みを乗り越えて、自他共に大歓喜の人間革命を成し遂げていくことができるのです。
(『調和と希望の仏法——「人間の宗教」の時代へ』から)

石田幸司 男子部教学部長
◇自他共に歓喜の人間革命を!
御書根本に「青年・飛躍の年」へ!
男子部では、一人一人が生涯の指針となる御書の一節と出あうことを目指し、「ONE GOSHO運動」として、リーダー率先で会合や個人指導などで御聖訓を引く取り組みを続けています。
私も学生時代から御書に親しみ、多くの先輩や友に教えていただいた一節一節を、励みにしてきました。
今回、その中の一節で、特に男子部大学校生など、活動を始めて間もない友と学び合っている「三三蔵祈雨事」を拝していきたいと思います。

◇"仏道修行の全て?"
本抄の講義の冒頭で池田先生は、釈尊が弟子に語った、「善き友を持ち、善き友と一緒に進むということは、仏道の半ばではなく、仏道の全てなのである」という言葉を紹介されています。
この言葉を初めて知った学生の時、正直、"それは言い過ぎなのではないだろうか"と思いました。仏道修行には、自分の努力が、なによりも重要であると考えていたからです。
しかし、自身の過去を振り返ってみると、何一つとして自分一人だけで達成できたことはありません。どんな時にも必ず、共に祈り、共に悩み、共に戦う同志がいて、励まされてきたことに気付きました。
池田先生は、釈尊の言葉を通し、「ここに、仏道修行の本来の在り方が、端的に示されています。最後まで正しき信心を全うし、真実の勝利の人生を歩み抜くためには、自分を支えてくれる『善き友』、すなわち『善知識』の存在が絶対に必要なのです」と講義されています。私たちにとっての善知識とは、正しい仏法に導いてくれる師匠・池田先生と、善き同志の連帯を広げる創価学会にほかなりません。
「立正安国論」には、「汝蘭室の友に交りて麻畝の性と成る(中略)但し人の心は時に随って移り物の性は境に依って改まる」(御書31ページ)と仰せです。人の心は縁に紛動され、移ろいやすいものです。ゆえに、信心を貫くには、善知識を求め、触れ続けることが「絶対に必要」なのです。

◇関わる全ての方が
次に先生は、創価学会は「地位や名誉、財産も関係なく、老若男女を問わず、互いに飾らず、ありのままの人間として共に励まし合い、共々に成長し、幸福を勝ち取る『庶民の城』」であると述べられています。
その一員である私たちは、日常的に善知識に触れていると同時に、自分自身が誰かの善知識にもなれます。
池田先生は、「『共に』という心と行動のなかに、日蓮仏法の真髄があります。師弟の本質も『共戦』にあるのです」と強調されています。
師匠と同志と「共戦」する中に、大聖人が「日蓮が弘通する処の所詮是なり」(同1337ページ)と言われた「異体同心」が実現すると確信します。
私が男子部の部長時代、会合には参加するものの、消極的で寡黙な部員さんがいました。訪問・激励を重ね、共に題目を唱え、先生の指導を学ぶ"毎週の部の会合"に2年近く参加してもらったある日、突然、その彼が仕事についての決意を述べたのです。心の底から感動しました。そして彼は、その決意通りに仕事で結果を出すとともに、自分から他のメンバーに話し掛けたり、自主的に訪問・激励に挑戦したりするようにもなりました。その姿に、信心の素晴らしさ、仏縁に触れ続けることの大切さを教えてもらいました。
私は、"自分が善知識であろう"と思っていましたが、実はその彼は"私にとっての善知識"でもあるのだと実感しました。学会員であるなしにかかわらず、私に関わる全ての方が善知識であると心から感謝しています。

◇連鎖反応と相互作用
今回学ぶ御文は、善知識を求めることの大切さを教えられたものです。その上で、自身が誰かの善知識になっていく大切さを教えてくださっているとも拝せます。
その誰かがまた別の誰かにとっての善知識であり、自身にとっても善知識である——先の体験をはじめ、学会活動を通して、このことに気付かせていただきました。
善知識が善知識を呼ぶ"善知識の連鎖反応"、互いに善知識となる"善知識の相互作用"を次々と起こしているのが創価学会なのです。
私たちの日常の活動の中でも、さまざまな事情を抱えて、"思ったように頑張れていない"と、つらさを感じている方もいらっしゃると思います。しかし、どんな状況であっても、今を精いっぱい生きている姿が、誰かに希望と勇気を与えていることは間違いありません。
誰もが誰かの善知識——この創価の励ましの世界を築いてくださった池田先生への感謝は尽きません。
今、男子部では「共に動く」ことを活動のポイントに掲げています。明「青年・飛躍の年」を一人一人が勝利するため、御書根本に善知識の連帯を、さらに拡大していきます。

◇メモ
「三三蔵祈雨事」は、建治元年(1275年)、または、その翌年に身延で著され、駿河国(静岡県中央部)富士上方西山郷に住む門下・西山入道に与えられたお手紙とされる。「善知識」や現証の重要性が説かれている。善知識とは、良い友人・知人の意で、仏法を教え仏道に導いてくれる人。師匠や、仏道修行を励ましてくれる先輩・同志をいう。反対に誤った教えを説いて人々を迷わせ、仏道修行を妨げたり不幸に陥れる悪僧・悪人を「悪知識」という。

2021年12月25日土曜日

2021.12.25 わが友に贈る

会合運営・会館警備など
広布を陰で支える皆さま
この一年 ありがとう!
「かくれての信」に
無量の福徳は燦然と輝く。

一生成仏抄 P384
『衆生の心けがるれば土もけがれ心清ければ土も清しとて浄土と云ひ穢土と云うも土に二の隔なし只我等が心の善悪によると見えたり』

【通解】衆生の心がけがれれば、その住む国土もけがれ、心が清ければ国土も清いと説かれるように、浄土といい穢土といっても、国土に二つの隔てがあるわけではない。ただ我らが心の善悪によって浄土とも穢土ともなるのである。

名字の言 目には見えないサンタの贈り物 2021年12月25日
独りぼっちのねずみがいた。12月24日の夜、家の外には迷子になったサンタの姿が見えた。一緒にプレゼントを配った別れ際、「おまえさんのねがいごと、かなえてやらんとな」と2組のスケート靴と地図をくれた。絵本『クリスマス・イブのねがいごと』(岩崎書店)で描かれた一シーンである▼地図をたどった先に、小鳥の家があった。「ひょっとして、ぼくがおほしさまにおねがいしたともだちって、きみ?」と小鳥もびっくり。ねずみと小鳥は仲良くスケートで遊んだ。サンタの贈り物は、目には見えない「友情」だった▼広島県の男子中等部員に警察署から「感謝状」が贈られた。今月11日、塾の帰りに「道に迷った」という認知症の高齢者と遭遇。小まめに休憩を取りながら、寒い中、警察署まで同行した▼「これまで"目に見えないもの"を、たくさん教えてもらいましたから」と彼。周囲に励ましを広げる両親、友の幸福を祈る祖母——家族の生き方から学んだ"思いやりの心"が今回の行動につながったと、朗らかに語った▼日蓮大聖人は「心の一法より国土世間も出来する事なり」(御書563ページ)と仰せだ。心は見えない。だが、支え励まし合う心と心の交流から、自他共の笑顔輝く社会は築かれる。

寸鉄 2021年12月25日
「経を持つ人を捨て給う仏あるべしや」御書。苦境の友よ絶対勝利の祈りで
中大阪の日。一人への励ましから飛躍は始まる!常勝源流の友よ先陣頼む
歴史を学び史観を養え—恩師。民衆が時代を創る。青年は最前線で光る将に
変異株防ぐため基本対策徹底を—専門家。決して甘く見ず。食事の場でも
家庭での食中毒増加。流行の低温調理で不十分な加熱多し。推奨時間厳守

〈社説〉 2021・12・25 コロナ禍の中で奮闘する妙護G
◇共生の世紀を築く"先頭走者"
新型コロナが猛威を振るう中、最も対応に苦慮してきた職種の一つが介護・福祉業界だろう。
施設には、重症化リスクの高い高齢者や基礎疾患がある利用者が集う。日頃の業務では食事や排せつ、入浴の介助などがあり、接触を避けるのは難しい。
多くの利用者が共同生活を送る施設では、クラスター(感染者集団)の発生を防ごうと、さまざまな対策を講じてきた。マスク着用や消毒、換気などの基本的な感染対策に加え、面会の制限や定期的なPCR検査に加え、防護服着用などを実施する施設もある。
その渦中でも「一人一人の幸福のために」と、男子部の妙護グループをはじめ、介護・福祉に携わるメンバーは奮闘している。
大阪の特別養護老人ホームで働く男子部員は、少しでも感染リスクを減らすため、家族とも食事を別にするなど、対策に努めてきた。
「日々変化する状況の中、『命』をお預かりする仕事。だからこそ今という時を大切にしたい」と、入所者の表情や食事の取り方など、細かな変化を見逃さず、ケアマネジャーを通じて家族に伝える。感染状況が落ち着いてきた秋ごろには、対策を徹底した上での対面の面会を提案。入所者と家族が久しぶりの再会を果たし、喜ぶ姿に安堵した。
東京の知的障がい児・者福祉施設で働く男子部員は、うまく自己表現ができずに暴れてしまう利用者への対応で悩んだ。祈って考えると、"生きづらさや寂しさ、周囲への不信感を抱えているのではないか"と気付く。
利用者の心に寄り添い続けると、次第に信頼関係が深まった。暴れることがなくなって笑顔が増えていった。「"困っている人"を誰も置き去りにしたくない。"私が一番の理解者になろう"と心掛けています」
池田先生は語っている。「人を支えることによって、自らの生きる力も増していくのです。どこまでも"共に生きる"ことです。介護とは"命で命を支える"究極の人間性の振る舞いではないでしょうか」
「支援する側」と「支援される側」が固定された一方通行の関係性ではなく、共に前を向くなかで人生を学び、喜ぶ笑顔に感謝の心で寄り添う妙護グループの友。共生の世紀を築く"先頭走者"に心からのエールを送りたい。

☆希望の指針——池田先生の指導に学ぶ 女性部(下)
◇幸せを生み出す泉はあなたの中にある
連載「希望の指針——池田先生の指導に学ぶ」では、女性部の新出発を祝して、指導・激励を掲載します。今回は小説『新・人間革命』から、珠玉の言葉を紹介します。

◇幸福
真実の仏法は、やがていつか、どこかで幸福になることを教えているのではありません。今、この場所で幸福をつくり出していくための法です。その幸福を生み出していく力は、あなた自身の胸中にある。それを引き出していくのが信仰です。
(第6巻「宝土」の章、38ページ)

◇唱題の力
御本尊は、大慈悲の仏様です。自分自身が願っていること、悩んでいること、希望することを、ありのまま祈っていくことです。
苦しい時、悲しい時、辛い時には、子どもが母の腕に身を投げ出し、すがりつくように、「御本尊様!」と言って、無心にぶつかっていけばいいんです。御本尊は、なんでも聞いてくださる。思いのたけを打ち明けるように、対話するように、唱題を重ねていくんです。やがて、地獄の苦しみであっても、嘘のように、露のごとく消え去ります。
(第11巻「開墾」の章、138ページ)

◇体験
人生の波浪を乗り越えた体験は、人間の凱歌の証である。それは、広宣流布の確かなる軌道を進みゆく人の、頭上に輝く栄冠といえる。ゆえに、常に広布の大道をわが行路と定め、一つ一つの活動に、宿命の転換をかけ、全力で挑戦していくことだ。
(第7巻「萌芽」の章、150ページ)

◇知恵
人間が社会で生き抜くうえで大切なのは知恵だよ。
広宣流布も、人生も、勝利していくためには知恵が必要だ。知恵を出すには、旺盛な責任感、使命感をもって、題目を唱え、強い生命力を涌現しながら、考え抜いていくことだ。
(第7巻「早春」の章、248ページ)

◇時代とともに
学会の根本精神は、どんなに時代が変化しても、変わってはなりません。その根本精神とは、万人の幸福を実現するために、生涯、何があろうが、学会から離れず、広宣流布の尊き使命を果たし抜いていく心です。しかし、活動形態などは、時代とともに、また、世代によって、当然、変化していかなくてはならない。時代も、人の感性も変わってきているんですから。
(第25巻「人材城」の章、318ページ)

◇女性が主役
女性は、常に戦争の最大の被害者であった。女性の幸福なくして、人類の平和はない。女性が輝けば、家庭も、地域も、社会も輝く。ゆえに二十一世紀は、女性が主役となる「女性の世紀」に、しなくてはならない。
(第13巻「北斗」の章、160ページ)

◇親の姿
子どもは、日々、親の姿、生き方を見て、信仰への理解と共感を深めていく。ゆえに、親自身が、いかなる困難にも負けない強さや明るさ、人への思いやりなど、人格の輝きを増していくことが大切であり、それが、仏法の偉大さの証明となる。
(第12巻「新緑」の章、91ページ)

◇人生哲学
生きることは、宿命との戦いです。宿命の問題を解決していく道は、生命の大法である仏法による以外にない。その意味からも、教学を学び、幸福への人生哲学を、しっかりと身につけていただきたい。
(第29巻「常楽」の章、116ページ)

◇人材の育成
先輩と後輩が共に活動するなかで、後輩は、折伏・弘教、個人指導などを習得していく。"共戦"という実践なくして、本当の人材の育成はない。
(第27巻「求道」の章、337ページ)

◇誓願の祈り
広宣流布のために、"健康になります。健康にしてください""経済革命します。経済苦を乗り越えさせてください""和楽の家庭を築きます。築かせてください"と祈りに祈り、学会活動していくのである。広布誓願の祈りは、仏、地涌の菩薩の祈りであり、それゆえに諸天を、宇宙の一切を動かしていく。
(第29巻「常楽」の章、35ページ)

◇鍛えの青春
自分を不幸にするものは、他者ではない。時流でも、運命でもない。自身の弱さである。
希望をいだけず、勇気を奮い起こさず、あきらめてしまう。そして、無気力や自暴自棄に陥り、他人を恨み、自分をも嫌悪する魂の脆弱さが、自身を不幸にしてしまうのである。
ゆえに、幸福の人生を歩みゆくためには、青春時代に、徹して自身の魂を鍛え上げることが、何にも増して重要になるのである。
(第14巻「使命」の章、160ページ)

◇今日より明日
どこまでも御聖訓に照らして自己を見つめ、昨日の自分より今日の自分を、今日の自分より明日の自分を、一歩でも磨き高めようと挑戦していくなかに、人間革命の道があるのだ。そこにのみ無量の功徳があり、福運を積みゆくことができるのだ。
(第2巻「勇舞」の章、185ページ)

☆「人間革命」の希望の大航路へ——各部代表者会議 原田会長が出席
第11回各部代表者会議が22日、原田会長を中心に、東京・信濃町の広宣会館(学会本部別館内)で行われた。
池田大作先生はメッセージを贈り、大勝利の1年を飾った各部・各グループ、なかでも12・22「統監部の日」を迎えた同部の緻密な広布推進の労に感謝。御本仏は常に「かくれての信」を御照覧であるとたたえた。
さらに、創価大学の建設に携わった友と"船の機関部は人目につかないが、機関が止まれば船は動かない。誰が見ていようがいまいが、頑張って最高の大学を創ろう"と語り合った思い出を述懐。
学会においても、創価の運動を陰で支え担う同志は「広宣流布」即「立正安国」の大船の機関部であり、日本と世界の平和・文化・教育の大船の機関部であると力説した。
そして、明「青年・飛躍の年」へ、一人一人が地涌の菩薩の本領をいよいよ発揮し、御書根本のチームワークで、「人間革命」「一生成仏」という希望の大航路を、一段と力強く人類に示していこうと呼び掛けた。
最後に、御書新版に新たに収録された富木殿への御聖訓を拝読。
「あなたの真心のほどは、全て法華経に申し上げました。必ず十羅刹があなたを守護されることは疑いのないことでしょう。尼御前(富木殿の夫人)の健康のことを、私(大聖人)が案じていると、お伝え申し上げてください」(御書新版1343ページ、通解)
この一節を同志とその家族に贈りたいと述べ、「明年も心一つに、創価の大船は勝ち進もう!」と呼び掛け、メッセージを結んだ。
原田会長は、「勝負の10年」の緒戦を勝ち抜いた全同志の奮闘に重ねて感謝するとともに、1、2月のスタートダッシュが明年の勝利を決すると強調。池田先生が「二月闘争」で示された通り、「明確な目標の設定」「リーダー率先の行動」「一対一の励まし」で、広布の水かさを増していこうと訴えた。
また長谷川理事長、谷川主任副会長、佐口牙城会委員長、石田創価班委員長があいさつした。

2021年12月24日金曜日

2021.12.24 わが友に贈る

家族の語らいを大切に。
わが子の思いを受け止め
その頑張りを称えよう!
冬休みの関わりを通して
親子の絆をさらに強く!

法蓮抄 P1044
『戯論に一言継母の継子をほむるが如く心ざしなくとも末代の法華経の行者を讃め供養せん功徳は彼の三業相応の信心にて一劫が間生身の仏を供養し奉るには百千万億倍すぐべし』

【通解】
戯れに一言でも、継母が継子をほめるように、志がなくても、末代の法華経の行者をほめ、供養する功徳は、かの三業相応の信心によって一劫の間、生身の仏を供養することよりも百千万億倍すぐれている。

名字の言 「節目は成長の軌跡であると同時に再出発の拠点」 2021年12月24日
各地で雪のニュースが聞かれるようになった。札幌・函館の両市では、路面電車の軌道に積もった雪を払う「ササラ電車」が走る。車両に取り付けられた「ササラ」は細い竹を束ねたブラシで、回転させて雪を吹き飛ばす▼節のある竹はしなやかさがあり、簡単には折れない。畑の雑草であるメヒシバやツユクサも同様に節をもつそうだ▼節目を作る営みは、植物の成長からすれば、一休みしているようにも見える。だが、節目があることで、たとえ刈られても、そこから再び芽を出すことができる。「雑草にとって、節目は成長の軌跡であると同時に再出発の拠点となります」と植物学者の稲垣栄洋氏は語る(『大事なことは植物が教えてくれる』マガジンハウス)▼人間も、立ちはだかる苦難の壁を乗り越えた時、人生の節ができると言えるかもしれない。その体験が原点とも転機ともなって、人生の風雪にも折れることなく、生涯、青年の心で伸びやかに成長していける▼年末年始は一年の来し方を振り返り、新たな"飛躍の節"を刻もうと決意する好機。「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(御書1561ページ)の一節を深く拝し、清新な息吹で出発しよう。そこから、明年の"破竹の勢い"が生まれる。

寸鉄 2021年12月24日
「須弥山の始を尋ぬれば一塵」御聖訓。今日の一歩前進が次なる飛躍の因に
「会館守る会」「宝城会」に感謝!令法久住のための尊き献身に功徳は厳たり
青年は夢が大きすぎる位でいい—戸田先生。目標は高く!勢いよく挑戦を
健康寿命さらに延びる。今世の命を何に使うか—"生き方"が問われる時代
列島に寒波。大雪の恐れ。雪下ろしは命綱使う等、落下に注意。安全最優先

〈社説〉 2021・12・24 地域の宝の受験生にエール
◇若き可能性を信じる励ましを
「この季節になると3度の大学受験を思い出すんです」と、ある学生部のリーダーが語ってくれた。
彼の受験の挑戦は、中学校の勉強の復習から始まった。浪人1年目は勉強することに慣れるので精いっぱい。2年目は、それまでに何通もの不合格通知を見ていたこともあり、模試で良い判定が出ても、なかなか不安を拭い去ることはできなかった。
それでも諦めずに頑張れたのは、浪人1年目に亡くなった祖母の励ましの言葉があったからだ。祖母は、彼の1度目の受験当日に、メールを送ってくれた。体調への気遣い、そして"自分のやってきたことに自信をもって、堂々と胸を張って受験すれば、あなたなら大丈夫!"との、彼の可能性を信じ抜く内容だったそうだ。
彼は、心が折れてしまいそうになるたびに、「自分の可能性を信じてくれている人がいたじゃないか」と、メールを見返し、自身を鼓舞し続けたという。
昨年に続き、今年の受験生たちも、コロナ禍の影響で登校できず、授業がオンラインになるなど、かつてとは異なる学校生活を過ごしてきた。ある生命保険会社の調査(2021年)では、コロナ禍が進路や志望校の選択に影響を与えたと回答した中高生は約7割。うち半数は「不安が増した」と。制限の多い中、未来に向かって挑戦する友も多い。
池田先生は「励ましとは、安心と希望と勇気を与えることである。相手の生命を燃え上がらせ、何ものにも負けない力を引き出す、精神の触発作業である」とつづっている(『新・人間革命』第21巻「共鳴音」の章)。
周囲は、"地域の宝"である受験生の負担にならないように、気を配ることが大切だ。その上で電話や手紙なども活用しながら、会う場合は短い時間でも、丁寧な励ましに徹しよう。
彼らの不安や悩みを完全に取り去ることは難しいかもしれない。それでも同苦の精神で励ませば、相手の心は軽くなる。友に、苦難に負けない希望や勇気を届けたい。「ほかの誰でもない、あなた自身の可能性を信じ抜こう! 私たちも祈っているから」と、真心のエールを送ろう。
創価の「精神の触発」によって、若き彼らの人生と私たち自身の人生に、黄金の勝利の歴史を刻んでいきたい。

☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第20回 多宝の友へ
本年は、「桂冠詩人」の称号が池田先生に贈られてから40周年。連載企画「勇気の舞 凱歌の行進」では、先生がつづった長編詩を紹介します。第20回は、多宝の友に詠んだ「広宣の勝利者に贈る」(2001年)です。

◇君は宇宙と共に三世に永遠!
おお
偉大なる多宝の友よ!
広宣流布に戦い抜いた
尊き多宝の友よ!

皆さまは戦った。
そして
皆さまは勝った。
真っ赤な太陽と共に
生き抜き
戦い抜き
偉大にして荘厳なる
人生を飾られた。

後悔なく
人生の前進
また前進をし抜いて
最高に尊貴な宝冠を
胸に抱きながら
悠然として
未来を高々と見つめながら
あなたは勝った!
人間の英雄である。

君よ
今日も
歓びを認める日であれ!
そして今日も
いかに苦しくても
美しく朗らかに
足跡を残しゆく日であれ!

◆◇◆

自身の勝利は
人生の最終章の時に
決定される。
自身の幸福もまた
その最終章で決まる。
若くしての成功も
若くしての幸福も
幻である。

勝ち誇った人生の
今際の時の境涯が
永遠の合図となる。
「人生の勝負は
死の数年前で決まる」とは
著名な哲学者の言葉であった。

◆◇◆

君の一生は
自分を感動させながら
無数の人々まで
感動させ抜いた。

卑劣な者たちまでも
今となっては
あなたの強き信念を
見上げ
自身の中傷・批判を
覆しながら
最敬礼をしている姿よ。

あなたは勝った!
あなたの人生は
生ある限り 尊き仏天が
行く道を荘厳する。
さらに眠る時が来ても
無数の鳥が
舞い出でて歌い
君のいるところ一帯は
あらゆる国々の名曲が
轟き響きわたって
聞こえる。

君には
世の果てはない。
宇宙と共に
三世に永遠!
わが一族も
これまた
三世に永遠!

◆◇◆

おお
生き抜こう!
おお
戦い抜こう!

君も
人生を躍れ!
私も
勝って人生を躍る。

御聖訓には
「上行菩薩の大地より
いで給いしには
をどりてこそ
いで給いしか」と。

優しく そして
燃える忍耐で武装した
壮麗なる わが友よ!

無数に飛び交う
あの白鳥を見つめながら
堂々たる
偉大な人生の勝利を
金星の勝利を
見せつけ給え!

☆いのちの賛歌 心に刻む一節 テーマ:世雄と光る
企画「いのちの賛歌 心に刻む一節」では、御聖訓を胸に、宿命に立ち向かってきた創価学会員の体験を紹介するとともに、池田先生の指導を掲載する。今回は「世雄と光る」をテーマに、福島県の壮年に話を聞いた。

テーマ:世雄と光る
◇御文
『聖人の唱えさせ給う題目の功徳と我れ等が唱へ申す題目の功徳と何程の多少候べきやと云云、更に勝劣あるべからず候』(松野殿御返事、御書1381ページ)

◇通解
聖人の唱えられる題目の功徳と我々が唱える題目の功徳に、どれほどの相違があるのかとの質問であるが、題目の功徳にはまったく勝劣はない。

◇決定した祈りで道を開く
◇会社の経営危機を乗り越えて
2007年(平成19年)の春先。福島市にある建設会社の代表取締役に就任したばかりの佐藤敏清さん(63)=福島・伊達常勝県長=は、事務所で一人、腕組みをして目をつむっていた。折からの不況のあおりを受け、経営はすでに傾いていた。多額の負債もあった。「どうするか……」。小さくうめいた。
     ◇
佐藤さんは高校を卒業後、職を転々とし、23歳の頃、友人の父親が役員を務めていた現在の建設会社に誘われて入った。
建築現場で汗を流しながら、学会では男子部として求道の炎を燃やした。折伏にも地道に挑み、師との原点を築いてきた。
会社の前代表取締役から後継の打診を受けたのは06年ごろ。50歳を目前にした時だった。佐藤さんは、恩義も思い入れもある会社だけに、悩んだ。そして、恩返しの思いもあって、引き受けることにしたという。
「その時点で、会社の経営が厳しいことは分かっていました。けれど、『信心してっから、何とかなっぺ』という、負けん気の方が強かったんです」
会社は、佐藤さんの就任前から赤字が続いていた。
その後、世界的な経済危機や、公共事業の削減などの影響によって、福島市内の建設業界もじわじわと体力を奪われる中、佐藤さんの会社も土俵の際に追い込まれていく。毎年積み重なる債務は、いつしか数千万円規模にまで膨らんでいた。
「周りの同業者たちもバタバタと倒れていった。つぶれずとも、経営は"瀕死の状態"という会社ばかり。うちも、いつ倒産してもおかしくないような状況でした」
社員と共に佐藤さんも営業に動いたが、新たな受注はほとんど無かった。社員への給料の遅配や、リストラも余儀なくされる。去っていく社員の背中を見るのは、つらかった。
当時、学会では支部長を務めていた佐藤さん。「どうしたらいいんだって、悩みに悩みました。自分がここで負ければ、学会に泥を塗ることになると思って」と振り返る。
この時に拝した御書が、「聖人の唱えさせ給う題目の功徳と我れ等が唱へ申す題目の功徳」には「更に勝劣あるべからず候」(1381ページ)との一節だった。
師匠と弟子が唱える祈りの功力は、全く同じである——題目の深義を示された御本仏の仰せに、胸を打たれた。
"そうだ! 創価の祈りに不可能は断じてないはずだ。俺の姿で、それを証明してみせる!"
御書に線を引き、命にたたき込むように、佐藤さんは何度も何度も拝した。
「とにかく、祈りました。寝ても覚めても題目しかなかった」
祈るほど、抱いていた焦りや不安が小さくなっていった。「まず、目の前のことに全力を尽くそう!」。心が前を向いた。
営業先では、顧客のどんな要望にも真摯に耳を傾けた。引き受けた仕事は、たとえ規模が小さくても誠心誠意、取り組んだ。
また、どんなに苦しい状況でも、学会活動には一歩も引かなかった。自らの命を磨く唯一の道は、そこにしかないと覚悟を決めていたのだ。
やがて、丁寧な仕事ぶりが評価され、工事の受注数は少しずつ伸びていった。
この間、東日本大震災にも見舞われたが、地域の復興に尽くす中で経営状況は徐々に上向いていく。数年後、数千万円の負債を完済し、会社を安定した軌道に乗せることができた。かつてリストラした社員たちも、呼び戻せた。
「師弟の祈りが合致していった時に、師と同じ不屈の力を湧き出せるんです。"どん底"を経験したからこそ、私はその確信を深めることができました」
今では、県や市の公共事業に元請けとして携われるまでに。これまで、福島市からの2度の優良工事表彰にも輝いた。
「祈って自らの心を定めれば、ぶれなくなる。何があっても右往左往しなくなる。そうなれば、人生で負けることは絶対にありません」

佐藤さんが大切にしている箱の中には、池田先生の指導が掲載された、本紙の過去紙面などがしまってある。
「苦しい時はそれを引っ張り出してきて、何度も読み返す。すると"こんなことで負けてらんねえな!"って気合が入る。常に根本は師弟です」
振り返れば、佐藤さんの人生は「挑戦」の連続だった。
35歳で結婚。第2子が生まれた翌年、39歳で福島大学の経済学部(当時)に社会人枠で入学した。「信心している自分がどこまでやれるのか、試してみたかった」と佐藤さんは笑う。
日中は建築現場で働き、夜は大学に通って授業を受ける日々。当時、学会では地区部長を務めていた。激務が重なり、体調を崩したこともあった。
行き詰まるたび、師の指導を読み返しては、自らの「心」を奮い立たせた。その後、同大学大学院に進み、経済学研究科修士課程を修了している。
経営の厳しい会社を受け継いだのも、ある意味で「挑戦」だった。その横に、いつも笑顔で支え続けてくれた妻がいたからこそ、挑み抜けたことは言うまでもない。
佐藤さんは話す。
「人生、真っすぐな一本道はありえない。紆余曲折は必ずある。挑戦の連続だから、何があっても命をビシッと真っすぐにしてくれる"哲学"が必要なんです。それが、創価の師弟です」
池田先生は語っている。
「『法華経の信心』とは、観念論でも抽象論でもない。現実の社会で勝利するための具体的な智慧を発揮しゆくものでなくてはなりません。
大聖人御自身が、師子王の心で、勝利また勝利の大闘争を続けてこられた。決定した一念にこそ諸天善神も動くのです」(池田大作先生の指導選集〈中〉『人間革命の実践』)
全てに祈り、勝つ!——不屈の信念を貫く佐藤さんの姿に、社会のいかなる激流をも乗り越えていく智慧と情熱が脈打っている。

[教学コンパス]
主に働く世代を対象に実施した、あるアンケート結果によると、「仕事でのやりがい」を感じるために取り組んだこととして、最も多かった回答が、「目の前の仕事に一生懸命取り組む」ということだった。仕事も人生も、眼前の現実に真正面から向き合い、勇気をもって挑んでいく中でこそ、自らが果たすべき使命を見いだしていけるのだろう。
日蓮大聖人は「一丈の堀を越えられない者が、どうして十丈・二十丈もの堀を越えることができるだろうか」(御書912ページ、通解)と仰せだ。私たちの活動もまた、地道な挑戦の連続である。どこまでも信心根本に、まず、目の前のことに粘り強く挑戦する。勇気の歩みを、一歩また一歩と重ねていく。その弛まぬ前進の先に、自らが思ってもみないような幸福境涯が開けることは、御書に照らして間違いないのだ。
明年は「青年・飛躍の年」。偉大な飛躍も、その始まりは「一歩」を踏み出すことから。自身の境涯をさらに開いていく挑戦を、ここから開始したい。(優)

2021年12月23日木曜日

2021.12.23 わが友に贈る

学会は同苦の心で進む
励ましのオアシスだ。
つらい時 苦しい時は
周囲に伝えることも大切。
希望の未来を共に!

立正安国論 P31
『国土乱れん時は先ず鬼神乱る鬼神乱るるが故に万民乱る』

【通解】
国土の乱れるときは、まず鬼神が乱れる。(鬼神すなわち思想が乱れる)思想が乱れるがゆえに万民が乱れる。

名字の言 毎月、座談会で体験発表する多宝会の女性 2021年12月23日
御聖訓の「はたらかさず・つくろわず・もとの儘」(御書759ページ)のごとく純粋な信心を貫く多宝会の女性がいる。その人の振る舞いに毎月の座談会で触れ、心が洗われる1年だった▼彼女は思わぬ悩みに直面した近況を友に報告しては「いやあ、弱りました」とこぼす。だが少しも困っているようには見えない。「悩みが大きい分、題目があがります」と逆境のわが身を全く悲観しない。落胆どころか「変毒為薬の仏法ですから、これからどんなことになるのか、今からドキドキです」と頬を紅潮させるのだ▼こうなると周囲も気になって仕方がない。同志は日々の勤行で彼女の勝利を祈り、エールを送った。そして迎えた翌月の座談会で、彼女が「こんな功徳を頂きました!」と意気軒高に体験発表するのがお決まりだった▼御書に「年は若返り、福は重なるであろう」(1135ページ、通解)とある。池田先生は語る。「若さとは、『動く』ことである。知恵を振り絞り、心を働かせ、何かを為すことだ。どんな境遇にあっても、何とかしようという挑戦の心を忘れないことだ。その人の生命は若い」と▼数え年では毎年正月、年齢に1歳を加える。それでも心はますます若く、信心で前進を期す新年を迎えたい。

寸鉄 2021年12月23日
「是を耳に触るる一切衆生は功徳を得る」御書。勇敢に語れば必ず仏縁に
ふるさと交流期間。顔を合わせれば会話も弾む。友や親戚と絆強める好機
東京・荒川師弟勝利の日。常勝不敗の闘魂は赤々。庶民の連帯で広布拡大!
新立川が師弟原点の日。輝く創価の凱歌の電源地 対話の大旋風をここから
飲酒運転の摘発増加と。「自分は大丈夫」の慢心排して。声掛け合い根絶

〈社説〉 2021・12・23 「岩倉使節団」の出港から150年
◇多様性の時代を開く主体者に
今から150年前の1871年(明治4年)12月23日、不平等条約の改正交渉や欧米諸国の制度・文化の調査を目的とした遣外使節団が横浜を出港した。
正使に岩倉具視、副使に木戸孝允・大久保利通・伊藤博文らと、明治新政府の要人を中心に構成された「岩倉使節団」である。彼らは米国を第一歩として、2年近くかけて12カ国を歴訪し、政治・経済・教育・社会等を視察した。
公式記録や使節団員の手紙等には、先進諸国の発展への驚きがうかがえるとともに、その原動力に冷静な目も向ける。"自主自治の精神"にあふれたある国では、豊かな「民力」から価値を生み出す土壌として「普通の教育」に着目し、別の国では、世界に進出する旺盛な「営業力」に学ぼうとしている(『米欧回覧実記』)。
教員など職業に就く女性が多いことに注目したり、男女同権や婦人参政権を巡る動きに言及したりした記述もある(前掲書)。ただ、その後の日本は、欧米先進国を手本に近代化を急ぐが、男女平等の実現は遅れ続けたといえる。 
2024年度から発行予定の新5000円札の"顔"になる津田梅子は、使節団と共に海を渡った留学生の一人だ。7歳で渡米した彼女は、約11年にわたり現地で教育を受けた。帰国後、日本の女子教育の乏しさを憂い、再度の留学を経た後に女子英学塾(後の津田塾大学)を設立。日本の女子高等教育の充実に尽力した。
かつて池田先生は"人類の半分は女性である。その女性の地位が向上し、すぐれた教育を受けられなければ、国際社会で日本が真に重要な地位を得ることはできない。また、日本の真の発展もない"との彼女の先見を紹介した。
翻って本年、世界経済フォーラム(WEF)が公表した「男女格差報告」によると、日本は156カ国中120位。長年の課題とされながら格差が埋まらない。多様な一人一人を大切にする社会の建設へ、本気でかじを切る時だ。
仏法は「桜梅桃李」の多彩な個性の開花を促す哲学である。先月に施行した「創価学会社会憲章」にも「ジェンダー(=社会的性差)平等の実現と女性のエンパワーメント(=内発の力の開花)の推進に貢献」が明記された。
私たちは"多様性の時代を開く主体者"との自覚で、励ましの対話に挑みたい。

☆Switch——共育のまなざし 脳科学から見る「家庭教育」 小児科医・成田奈緒子さんに聞く
◇自分で考え生き抜く力は何歳からでも鍛え直せる」
子育てや教育の視点をスイッチ(転換)する意味を考える企画「Switch——共育のまなざし」。今回は、小児科医で脳科学者の成田奈緒子さんに、「家庭教育」の意義を伺いました。"研究者"の枠を超え、子育てや学校生活に悩む親子の声に耳を傾け、エールを送ってきた成田さん。脳の成長という観点から語る、「これさえ頑張れば大丈夫」という極意とは——。(聞き手=橋本良太)

◇「助けて」と言える
〈成田さんは最近、神戸大学医学部の同窓生で、ノーベル医学・生理学賞受賞者の山中伸弥教授との共著を出版されました。子育てをテーマに対談され、主要な話題の一つとして「レジリエンス」(乗り越える力)について論じられています〉

卒業以来、約30年ぶりにじっくり語り合いをさせていただきました。"飾るところがなく、ユーモアあふれる山中君"の人柄は、大学時代のままでした。子育てや社会のことについて論じ、多くの共通点を見いだせたことは驚きであり、うれしくもありました。
私は、発達障がいがある人の脳の研究を行っています。「レジリエンス」は、「自己肯定感」、周囲の人との関係を保つ「社会性」、周囲の人から助けられている実感「ソーシャルサポート」の3要素から成り立ちます。脳のトレーニングを重ね、脳波の分布を測定すると、ソーシャルサポートの点数が、最も上がりやすいことが分かりました。三つのうちの一つでも向上すれば、合計点としてのレジリエンスも上がる。発達障がいのある人が、社会での生きづらさを解消することにつながればと思い、研究を続けてきました。
このレジリエンス、特に「ソーシャルサポート」は"障がいのない人にも重要な意味をもつ"ということが、私と山中先生が一致したところです。ソーシャルサポートは、周りに対して「おかげさまと思える力」であり、それは、誰かに「『助けて』と言える力」でもあります。
山中先生とは研究者の世界を例に語り合ったのですが、"自分で考え、問いを立て、周りの助けも得ながら、何かを生み出していく"こと。それは、生きること全般に通じる力だと思います。そうした力を養うには、家庭教育から変えていくしかないと私は感じています。

◇早寝・早起き・朝ごはん
〈脳科学の観点から「家庭教育」が果たす役割とは何でしょうか〉

人間の機能の大部分は脳が担っており、子どもの発達を、ほぼ「脳の育ち」と考えても間違いではありません。「脳育て」には守るべき順番とバランスがあります。
最初にきちんと育てるべきなのは、寝ること、起きること、食べること、体を動かすことをつかさどる"からだの脳"(間脳や脳幹など)です。これは、生まれてから、5年くらいをかけて育っていきます。
次に1歳ごろから"おりこうさんの脳"(大脳新皮質)が成長し始めます。言語機能や細かな運動、思考などをつかさどり、18歳くらいまでの時間をかけて育ちます。
最後に育つのが、"こころの脳"です。大脳新皮質の中でも最も高度な働きをもつ「前頭葉」を用いて論理的思考を行います。人間の脳はだいたい10歳を過ぎたころから"からだの脳"で起こる欲求や情動を前頭葉までつなぐ神経回路が構築されていきます。

この順番を知った上で、バランスよく「脳育て」を行うことが大切です。例えば"からだの脳"を育てるべき時に、塾や習い事にたくさんの時間を使って夜更かしをしては、本末転倒です。「脳育て」のやり方は多岐にわたりますが、基本は「早寝・早起きをさせて、しっかり朝ごはんを食べさせる」。この生活習慣を確立することが家庭教育の担う一番重要なところで、それができれば、全てうまくいくといっても言い過ぎではありません。

〈共著では山中教授が「そこ、言い切るんですね」と述べています〉

はい、断言します(笑い)。私は2014年に"専門家集団による親子支援の場"として「子育て科学アクシス」を立ち上げました。正しい知識を得ていた親御さんの子どもたちは、「早寝・早起き・朝ごはん」を継続していたことで、コロナ禍の生活環境の変化にも影響されないばかりか、それを実践する以前に抱えていた心身の不調をも解消することができました。私自身が目にしてきた実例が多くあります。

◇親の不安が子どもに
〈成田さんは児童相談所や発達障がい者支援センターの嘱託医も務め、多くの親子に助言を送ってこられました。子どもたちは何に悩み、さらにコロナ禍の中、どのようなストレスを感じているのでしょうか〉

コロナ禍の前から多く見られたのは、学校で"荒れている子"が、家では別人のように従順でおとなしいケース。親に見捨てられるのが不安で、家では絶対に暴れないし、親の言いなりになっている。そのストレスが学校で爆発するのです。
私が接する親御さんには「『ええかっこしい』をやめよう」と伝えてきました。日本では長年、多くの親が「世間体」を気にし、わが子に対して「こうなってほしい」というレールを敷いてきたように思います。そのレールから外れることが心配で世話を焼く。それでは、子どもたちは自分の本音を言えません。
子どもが学校でストレスにさらされることもあります。学校は社会の在りようを伝える場でもあり、どうしても指示が多くなる。私が見学した特別支援学校でも、まず「おはようございます」と言えるまでは、それ以降の授業を開始しないということがありました。
そしてコロナ禍の中で、学校での指示は、さらに拡大し、顕著になりました。マスクの着用や、手洗いうがい、ご飯を食べる時は「黙食」(黙って食べる)等です。昨年春の一斉休校の時には、大量の自習教材用のプリントが配布され、外にも遊びに行けない事態も発生しました。
一方で、そうした制約に由来するように見える「ストレスの本質」は何かと考えた時、子どもの不安は、実は大人(親)の不安を体現しているということを感じます。新学期になれば学校に行かせておけばよいという"当たり前"が突然なくなった不安、子どもの自習(学力)に親が責任を持たされるという不安、リモートワークの場合には、働きながらそれを行うという不安も生まれる。
不安になると眠れなくなるので、親が寝る時刻が遅くなり、睡眠不足になります。するとイライラして、つい子どもに当たり、子どももイライラが募り、眠れなくなる——この悪循環です。
先ほど、「早寝・早起き・朝ごはん」を確立できていた家庭が、コロナ禍でも影響を受けなかったとお話ししたのは、そうした理由からです。

◇一人の幸福を皆で
〈幼児期からの生活習慣の確立が大切になりますね〉

脳の成長の目安となる年齢は先ほど述べた通りです。しかし、同時に強調したいのは「子どもの脳は、何歳からでも育て直せます」ということです。生活習慣の確立は、脳に確実に良い変化をもたらします。
親御さんも何かと忙しい現代社会です。「子どもの年齢に合った十分な睡眠時間を取らせる」。その一点を、何とか頑張ってもらえたらと思います。
また、最近の親御さんは真面目です。いろいろな子育ての情報や知識を収集して、"できるだけ早く""完璧に""良い子に"育てたいと思う。しかし、脳が18歳までに育ちあがることを考えると、成果もそれ以降に感じられるようになることが多いはずです。長い目で見守ることも必要です。
今は、親が若い世代であるほど、地域と交流することへの心理的ハードルが高いように思います。ある親御さんは、近隣の方と一度も話をしたことがない中で子育てをしていました。子どもは歌が大好きで、放課後、帰ってくると大声で歌う。親からすると、子どもの声が"ご近所の怒りを買っているのでは?"と不安で、「やめなさい」と、子どもを毎日怒っていたんですね。
私はそのお母さんに、「一度ご近所さんへ、『うちの子がうるさくてご迷惑をお掛けしています』って、あなたから言ってみてください」とお伝えしたんです。数週間後、結果を教えてくれました。「数軒お訪ねしましたが、どの家も、『全然気にしてないわよ』って。むしろ『元気でいいわね』『今はコロナで誰かとお話をすることも少なかったから、訪ねてきてくれてうれしかったわ』って言ってくれました」と。そして「子どものことを怒らなくて済むようになりました」と、笑顔で言っておられました。
ちょっとした触れ合いで、親の不安は減るんですね。地域の中で、道ですれ違った際のあいさつ一つからでも、ご近所の方から声を掛けていただけるといいなと思います。
そして、子どもとの関係性の密度にもよると思いますが、子どもに対しては「いつでも助けるよ。大丈夫だよ」と周囲から伝えることが重要だと思います。冒頭にお話しした「『助けて』と言える力」を育てるには、それを言える環境が大切です。
子どもたちが、"SOSは恥ずかしいことじゃない。あなたは一人で生きているのではない"というメッセージを親から、さらには地域の大人からも感じることができたなら、素晴らしいことです。
少子化が進む今だからこそ、子どもの一人一人に焦点を当て、その幸福を追求することが、社会の未来を豊かにすると思います。

【プロフィル】なりた・なおこ 小児科医・医学博士・公認心理師。神戸大学医学部卒業。米国セントルイスワシントン大学医学部、獨協医科大学、筑波大学基礎医学系を経て、2009年から文教大学教育学部教授。2014年に「子育て科学アクシス」を立ち上げ、代表を務める。『山中教授、同級生の小児脳科学者と子育てを語る』(講談社+α新書、共著)『子どもにいいこと大全』(主婦の友社、監修)『子どもの脳を発達させるペアレンティング・トレーニング 育てにくい子ほどよく伸びる』(合同出版、共著)ほか著作多数。

2021年12月22日水曜日

2021.12.22 わが友に贈る

リーダーはいかなる時も
会員のプライバシーを
絶対に厳守すること!
同志からの信頼こそ
揺るがぬ発展の礎だ。

聖愚問答抄上 P499
『大智舎利弗も法華経には信を以て入る其の智分の力にはあらず況や自余の声聞をや』

【通解】
大智慧の舎利弗も、法華経には、信によって入ることができたのである。その智慧の力によってではない。まして、その他の声聞はいうまでもない。

名字の言 冬至から春に向かって 2021年12月22日
きょうは冬至。昼が最も短く、夜が最も長い日。昼が最も長い夏至と日照時間を比べると、冬至の方が約5時間も短い▼「新聞配達を始めてから四季の変化を実感します。今の時季は、夜明け前の星空がとても美しいんです」。こう語るのは、本紙を配達する壮年。吐く息は白く、身も震える冬の朝だが、「一軒一軒、聖教新聞をポストに入れる時、言葉では言い表せない喜びに満たされます」▼雨の日もある。雪の日もある。風の強い日もある。毎朝が自分との戦いである。新聞配達を経験した、池田先生の呼び掛けがよみがえる。「皆が 祈る。/皆が祈らなくてはならない。/大切な大切な/使命ある広布の走者の/無事故と健康を!/家族ぐるみで/支えてくださっている/御一家の御多幸を!」(長編詩「希望の道 栄光の朝」)▼長年、病気と闘う山口県の読者から手紙を頂いた。「日々、聖教新聞から勇気と希望をもらい、前に前に進むことができています。毎日、励ましの声が聞こえてきます。必ず勝利の実証を示します」。この言葉を聞いた先の壮年は、使命を新たにした▼冬至の日から春に向かい、日脚は確実に伸びていく。「冬は必ず春となる」(御書1253ページ)。われらの人生の軌道である。

寸鉄 2021年12月22日
試練の山を一つ切り抜ける度に成仏の境涯となる—恩師。全て飛躍の糧と
統監部の日。広布支える陰の献身に感謝。一人を大切にする組織は大発展
不得意に挑む中で自分の価値が発揮—牧口先生。己に勝つのが成長の王道
割引・値引謳う「ふるさと納税」偽サイトに注意を。事前に自治体のHP確認
きょう冬至。厳寒の今こそ適度な睡眠心掛け体調管理。祈り根本で聡明に

〈社説〉 2021・12・22 きょう「統監部の日」
◇広布の飛躍を支える聖業
きょう22日は「統監部の日」。1952年(昭和27年)の同日、第2代会長・戸田城聖先生のもとで地方統監部が設置されたことが淵源である。若き池田先生が蒲田支部幹事として当時の弘教の限界を打ち破った「二月闘争」もこの年。戸田先生の願業75万世帯達成へと飛躍的に発展する学会にあって、その実勢を常に正確に把握し、広布推進の基盤となりゆく使命を担ったのが「統監部」であった。
小説『人間革命』には、「大阪の戦い」の中で、統監作業に励む友を山本伸一が激励する場面がつづられている。
「このような縁の下の仕事こそ、まさに、陰徳を積む仕事です。誰に知られなくとも、広宣流布の中枢の仕事であることは、間違いありません。陰徳は、必ず陽報となって顕れます」(第10巻「一念」の章)
師と心を合わせて、「正確・明確」「基本を大切に」「広布伸展を支える」の3モットーを貫いてきた同部の友。繁多な作業を、人知れず積み重ねてきた労苦ありて今日の世界広布がある。
明「青年・飛躍の年」は統監部結成70周年の節を刻む。2月の統監作業から「新システム」が導入される。地区統監シートも改訂され、各地の会館から同シートをファクス送信していた従来の作業から、スマートフォン等の専用アプリでシートを撮影して送信できるよう、大幅にリニューアルされることになっている。
池田先生は、「日本国の四十九億九万四千八百二十八人の男女各父母有りといへども其の詮を尋ぬれば教主釈尊の御子なり」(御書1369ページ。当時の「1億」は現在の「10万」に当たる)を拝し、日蓮大聖人が当時の総人口や男女別の人数、郡や郷の数などを詳細に把握されていたことに言及しつつ、統監部の友に指針を贈った。
「一つ一つの数字に一人一人の人生がある。一人ももれなく断じて幸福に、との御本仏の祈りが拝される。このお心に連なる聖業を、統監部の皆さまは担い立たれている。一枚の統監カードは『一人の生命』なり。地道にして労多き陰徳に、勝利の陽報を確信してやまない」と。
広布拡大を支える尊き同志の聖業に心から感謝しつつ、皆が青年の心意気で、眼前の一人に希望と勇気を送る励ましの対話に、いや増して勢いよく打って出たい。

☆Switch——共育のまなざし わが子の不登校と病を経て 2021年12月8日
◇「生まれてきた」それだけで素晴らしい
その母子に初めてお会いしたのは、2016年1月7日。中部の未来部育成の現場を取材しようと名古屋市の中部平和会館を訪れた折のことでした。「みんなを笑顔にする"明るい不登校の子"がいます」と紹介されたのが、谷俊太さんです。当時16歳。隣には、優しく笑みをたたえる母・千恵美さん(白ゆり長)の姿もありました。俊太さんが脳腫瘍を発症したのは18年12月。昨年の春に二十歳でその生涯を閉じる瞬間まで、皆に希望を送る俊太さんの生き方は全く変わりませんでした。不登校、そして病の意味さえも転換する姿を通して「わが子が教えてくれたこと、残してくれたものがあるんです」。そう千恵美さんは変わらぬほほ笑みで語ります。愛知・稲沢市のご自宅を訪ね、母子の歩みを振り返っていただきました。(記事=大宮将之)

◇使命の子ども
「お母さんを苦しめて、本当にごめんね」
小学6年の5月に不登校になって以来、俊太さんはそんな思いにずっと、さいなまれていたという。行けなくなった理由は"学校に対する恐怖心"だった。
学級担任が"説得"しようと自宅まで来たことがある。「みんながとても心配しているんだぞ!」。うつむいたままの俊太さんの隣で、千恵美さんは頭を下げ続けた。俊太さんは中学校に入学しても、通うことはできなかった。
登校するのは当たり前。不登校は不幸なこと——社会に根付く同調圧力が、母と子に重くのしかかる。学会の婦人部(当時)の先輩が中部平和会館で開かれている教育本部の「相談室」を勧めてくれたのは2012年の秋だった。
千恵美さんは躊躇した。一家の中で学会員は自分だけ。俊太さんも、長男の祐樹さんも夫も、信心をしていない。「それでも大丈夫よ。全ての子どもたちの幸せのために学会はあるんだから!」と先輩から背中を押され、千恵美さんはわが子を連れて相談室を訪れた。
教育本部の友は温かく迎えてくれた。「不登校は未来の可能性を左右するものではありません。むしろ俊太君は、旧来の価値観にとらわれている学校や社会を変えていける"使命の子"なんです」
俊太さんにとって、学会は"安心の居場所"となった。
ある晩、自宅の御本尊に題目を唱えていた千恵美さんの隣に、そっと俊太さんが座った。「僕もやってみたい」
その唱題の声が次第に大きくなっていく。感じるものがあったのだろう。ほおを紅潮させながら彼が放った言葉は「こんなにすごい"秘密兵器"を、どうして早く教えてくれなかったの!?」。
別に秘密にしていたわけでは……母は思わず、笑ってしまった。

◇会館での写真展
中部平和会館で、千恵美さんは多くの出会いを結んだ。教育本部の友や、俊太さんと同じ不登校の子たちである。
共感してくれる人の輪の中で、俊太さんも元気を取り戻していく。本来はおしゃべり好きな彼の朗らかさが、周囲にも笑顔を広げた。
彼がカメラを得意とすることを知った同志が「この会館で俊太君の写真展をやろう」と提案したのは、2013年3月のこと。千恵美さんは未入会の夫や長男、親戚をはじめ、俊太さんが籍を置く中学校の教員を招待した。
会館に足を運んだ皆が感嘆した。俊太さんの優しいまなざしが伝わる一葉一葉に、そして彼が生き生きと案内をしてくれる、その姿に——。
以来、彼は創価家族との日々もカメラで切り取るようになる。写真展も回を重ねた。
「僕、学会に入りたい」。俊太さんは母に申し出た。彼の成長する姿に触れ、兄の祐樹さんも続いた。
俊太さんは"明るい不登校の子"として中学生活を終えて通信制の高校へ。記者が彼と出会ったのは、その頃である。大好きなアニメ「機動戦士ガンダム」の話や趣味の落語の小噺を、うれしそうにしてくれた姿が忘れられない。
千恵美さんは語っていた。「何年も学校に行けないわが子を信じて待ち続けるのは、難しいものです。親がブレてはダメだと頭で分かってはいても、ささいなことに一喜一憂してしまう……」
そんな時、いつも「大丈夫だよ」と信じ、励まし続けてくれたのが、学会の同志だった。「皆さんに大きく包んでもらうことで、俊太が安心して伸び伸びと成長していく姿を見ていると、変わらなきゃいけないのは親の私の方だ」と気付いたという。
「うちも悩みは同じだよー」と、一緒に泣いたり笑ったりできる学会のお母さん仲間たち。人の心に敏感で、優しさに満ちた不登校の未来部員たち——俊太さんが"普通"に学校に通っていたら、出会うこともなかったに違いない。そう思うと、わが子への感謝があふれてくる。
2018年4月2日、俊太さんは創価大学の通信教育部に入学した。爛漫の桜花に包まれるキャンパスで、母と子は一枚の写真に納まった。

◇「幸せだなあ」
その同じ年に俊太さんが病に侵されることを、誰が想像しただろう。
12月に脳腫瘍を発症し、入院生活へ。検査の結果は絶望的。千恵美さんは足元が崩れ落ちるような衝撃に襲われ、不安で夜も眠れない。
俊太さんと一緒に手紙を書いた。彼が、便箋いっぱいに大きく記した言葉は「池田先生、絶対に負けません!」。わが子が固めた師への誓い。母も共戦の決意が定まった。"冬を必ず春にする"。その一心で唱題を重ねた。長男の祐樹さんも、地域の同志も、皆が真剣に祈ってくれた。
2019年4月5日、迎えた手術日の朝。俊太さんは目を覚ますや、「なんか幸せだなあ。生きてるって素晴らしい。皆さんに感謝」と言って手を合わせたという。14時間に及ぶ大手術は成功した。
順調に回復していくかと思われた時、恐れていた再発が分かる。動揺する千恵美さんを鼓舞したのは、むしろ俊太さんの姿だった。抗がん剤治療の影響で髪の毛が全て抜け落ち、日に日に体が衰弱して歩けなくなっても全く嘆くことがない。見舞いに来る人たちに冗談を飛ばし、笑顔で励ましてさえいる。医師や看護師にも感謝の言葉を掛けた。主治医から「説明がつかない」と言われるほどの回復の兆しを、何度も見せた。
「この時ほど、題目の力を実感したことはありません」と千恵美さんは言う。病室で俊太さんと共に題目を唱えていると、彼を知る何百人という中部の同志と"唱題会"をしているような感覚を覚えた。連日届く励ましのメールにも、どれほど勇気をもらったか。
御聖訓に「植えた木であっても、強い支柱で支えれば、大風が吹いても倒れない」(御書1468ページ、通解)とある。千恵美さんがそれまでイメージしていたのは2、3本の柱で木を支えている姿だったという。しかし「闘病中の実感は、とてつもなく太い支柱で何重にも囲まれて、倒れる隙間もない。これなら絶対に倒れるわけがない——そんな感じでした」。
それは、俊太さんの実感でもあったに違いない。病床で「なんかよく分からないけれど、幸せだなあ」という言葉を幾たびも口にした。思えば小学6年で不登校になった頃に、「死のう」とさえ思っていた彼である。それが、心から信じられる創価家族と出会い、「生まれてきたこと、生きていること、それがどれほど素晴らしいことか」と学んだ。病との闘いの中にあっても、そのことを生命の底から実感していた。
——満開の桜が輝いていた2020年4月2日、俊太さんは緩和ケア病棟へ。同月18日の朝、大好きな両親と兄に見守られながら、安らかに霊山へと旅立った。

◇未来に開く宝箱
闘病中の俊太さんが、母と病室で毎日、していたことがある。それは「ありがとう合戦」。俊太さんが「お母さんは、世界一のお母さんだよ。ありがとう」と言うと、千恵美さんは「こちらこそ。俊太は世界一の子だよ。ありがとう」と応える。すると、「いやいや、こちらこそありがとう」と返され、「いやいやいや、こちらこそありがとうだよ」と続くのである。
俊太さんに「ありがとう」を伝えたのは、母だけではない。同志の善意でまとめられた彼への追悼集が、四十九日の折に家族のもとに届けられた。言葉を寄せた友は120人余。不登校の時代を共にした仲間や、がんとの闘病中だという同志からのメッセージもあった。誰もが俊太さんから「生きる希望をもらった」という人ばかりだ。
今も千恵美さんは俊太さんの写真を見つめると、ほおをぬらすことがある。だがそれは、悲しみの涙ではなく「温かいもの」だという。もちろん寂しくないと言えばウソになる。それでもわが子の生命の輝きを思い出すたび、胸にあふれるのは「ありがとう」の言葉にほかならない。
「俊太は私の未来に『出会い』や『感動』という"宝箱"を散りばめ、残してくれたんだと思います」。不登校の中で悩みを共に乗り越えた未来部員の活躍を聞くたび、俊太さんの体験談が縁となって新たな出会いを結ぶたび、宝箱が一つまた一つと開いたような気持ちになる。

◇わが子よ、ありがとう!
池田先生は語っている。
「親子の縁は不思議です。三世の生命観から見れば、どれほどの深い絆で結ばれていることか。その子どもが、自分に、そしてまた家族に、最高の生き方へと進むきっかけを与えてくれるのです。それを親が、どう受けとめるかで、親も子どもも、大きく人生が変わってくる。どんな苦しみがあっても、どんな試練があっても、『わが子よ、生まれてきてくれて、ありがとう』——こう、心から言えるようになった時、親子はともに、幸福の方向へ進んでいけるのではないでしょうか」
わが子は何のために生まれてきたのか。今もなお、たくさんの人たちから俊太さんに寄せられる「ありがとう」の言葉を大切にしながら、千恵美さんは心に期している。
「これからも、いろいろな場面で"俊太の使命は、これだったのか"と感じることがあるはず。私が成長した分だけ、もっと深い俊太の使命を感じられるようになるかもしれません。そう思うと私にとって、心の中で生きる俊太と共に歩み、共に育つ"共育"はずっと続いていくんです」

2021年12月21日火曜日

2021.12.21 わが友に贈る

空気が乾燥する時期。
火災に厳重警戒!
燃えやすい物の放置や
たこ足配線等がないか
後回しにせず点検しよう。

教行証御書 P1279
『一切は現証には如かず』

【通解】
一切は現証にすぎるものではない。

名字の言 聴覚障がいのある写真家が大切にしていること 2021年12月21日
今、注目される写真家の一人である齋藤陽道さんは聴覚に障がいがあり、会話は手話か筆談で行う。相手の言葉を理解するのが容易でないからこそ、「こちらから心身すべてを開け放した無類の歓待の姿勢」を大切にする▼その思いが深くなったのは、自閉症の少年を撮影した時。少年の表情は硬く、呼び掛けに対する反応も薄いと感じた。だが、わずかに上がった口角は、少年にとって立派なほほ笑みだった▼表情や動作、言葉に、その人の内面がすべて表れるわけではない。それを読み取れるかどうかは、自分の器の問題であり、「語り得ないものを抱える存在」ほど、実は内面に「豊穣を抱えている」と思えるようになったという(『声めぐり』晶文社)▼同じ相手でも、受け止める側の姿勢によって、関係は大きく変わる。"苦手だな"と思う存在も、自分を成長させてくれると捉えれば、感謝さえ生まれる。御聖訓に「餓鬼は恒河を火と見る・人は水と見・天人は甘露と見る」(御書1050ページ)と仰せの通りである▼池田先生は「祈りには、どんな人間関係も、幸福の『仏縁』へ、勝利の『善知識』へと変える力がある」と教える。自身を磨き、境涯を広げた分だけ、信頼と友情の輪は広がっていく。

寸鉄 2021年12月21日
広宣流布は最高の善行だ—恩師。自他共の幸開く価値創造の歩みを今日も
和歌山の日。烈風魂で築きし常勝の民衆城!勇気の対話で飛躍の年を先駆
法華経の題目は「大光を備へ給へる」御書。我らの祈りは闇晴らす希望の源
新しい人と繋がる努力が脳を活性化と。地域友好に励む多宝の同志が証明
座りすぎ解消へ"30分に1度立ち上がり少しだけ歩く"が有効と。小事重ね

☆子どもと学ぶ 日蓮大聖人の御生涯 第2回 「立正安国論」提出
鎌倉で、若き日蓮大聖人さまが目にしたのは、病気で弱っている人々や食べ物がなくて苦しむ人々、また、大風や洪水などで、家や家族を失って悲しむ人々でした。
「この国では、仏教が広く信じられている。それなのに、どうして苦しむ人が、これほどたくさんいるのだろうか」
ある時、とても大きな地震が起こりました。家は倒れ、火の手が上がり、たくさんの人々が逃げまどいました。
心を痛めた大聖人さまは、「今こそ、人々の苦しみの原因を見つけ、救わなければならない!」と強く思いました。
仏さまの教えが書かれた、たくさんの本を読み、考え抜いた末、一つの書物を書き上げました。それが「立正安国論」です。
——誤った教えを信じていることで、人々の生きる力が弱まっている。これが苦しみの根本原因だ。すぐに、正しい教えを弘めなくてはならない。
ただ自分の幸せを願うだけではなく、周りの人々を幸せにするために、頑張っていくべきである。一人一人が本当の教えを信じ、実践していくことで、平和な世界がつくられることは間違いない——。
大聖人さまは、「国中の苦しむ人々を救いたい」との真剣な思いで、この「立正安国論」を、鎌倉幕府(武家の政府)で最も力を持つリーダーに送り届けました。
ところが、幕府の人たちは、これを無視しました。それどころか、何も悪いことをしていない大聖人さまに、迫害を加えてきたのです。
ある日、大聖人さまを憎む人たちが武器を手に、大聖人さまの鎌倉の住まいを襲ってきました。(松葉ケ谷の法難)
この時は、なんとか逃げることができましたが、その翌年、大聖人さまは幕府によって無実の罪で捕まり、遠く離れた伊豆という所へ送られてしまいました。
幕府から許されて、鎌倉に戻ったのは2年後でした。(伊豆流罪)
次の年、大聖人さまは病気のお母さまを見舞うため、故郷の安房国を訪れました。ところが、その地で、待ち伏せしていた武士たちに襲われたのです。
大聖人さまは額を刀で斬りつけられ、手の骨を折られました。
大聖人さまを守ろうとした弟子たちも斬られ、命を落としました。(小松原の法難)
どうにか命だけは助かった大聖人さま。どんなことがあっても正しい教えを弘めなくてはならないと、決意をいっそう深くするのでした。

◇[道しるべ]一念の変革
相次ぐ自然災害や深刻な飢饉、疫病の流行。塗炭の苦しみにあえぐ民衆を救わんと、日蓮大聖人が著されたのが「立正安国論」です。
文応元年(1260年)7月16日、大聖人は本書を、実質的な最高権力者・北条時頼に提出されました。
本書で大聖人は、不幸の根本原因は人々が正法に背き、悪法を信じていることにあると述べ、災厄の元凶として念仏思想を鋭く破折。速やかに妙法に帰依するように促されています。
その当時、現世の安穏を諦め、死後の安楽を願う念仏思想がまん延し、人々から生きる意欲を奪い去っていました。そうした誤った思想を打破して、人々の生きる力を呼び覚ますべく、大聖人は、妙法弘通の大闘争に挑まれたのです。
池田先生はつづっています。
「大聖人は、念仏破折をもって、あきらめ、現実逃避、無気力といった、人間の生命に内在し、結果的に人を不幸にしていく"弱さ"の根を絶とうとされたのである」
大聖人は「立正安国論」の結びで「汝早く信仰の寸心を改めて」(御書32ページ)と仰せです。
自身の「心」、信仰の「一念」が変われば、いかなる状況も必ず変えていくことができる——日蓮仏法は"一人の人間の無限の可能性"を示す、希望の哲理なのです。

[地図・略年表]
正嘉元年(1257年)8月(36歳)
鎌倉で大地震
文応元年(1260年)7月16日(39歳)
「立正安国論」を北条時頼に提出
その後、松葉ケ谷の法難
弘長元年(1261年)5月12日(40歳)
伊豆流罪
文永元年(1264年)11月11日(43歳)
小松原の法難
(聖寿は数え年)

2021年12月20日月曜日

2021.12.20 わが友に贈る

◇今週のことば
年末年始のあいさつは
心の温もりを広げる。
「友に合うて礼あるべし」
近隣・親戚・友人・知人と
信頼と友情の深まりを!
2021年12月20日

御義口伝巻上 P751
『此の本法を受持するは信の一字なり、元品の無明を対治する利剣は信の一字なり』

【通解】
この本法(三大秘法の南無妙法蓮華経)を受持するのは信の一字による。元品の無明を対治する利剣は信の一字である。

名字の言 希有の師匠と同じ時代に生きる喜び 2021年12月20日
46億年の地球の歴史を「1年間」に当てはめると? モスクワ大学のログノフ総長が池田先生との対談の中で語っている▼地球の始まりを1月1日午前0時とすると約40億年前に"生命"が誕生したのは2月ごろ。大気に酸素が行き渡るのは7月ごろで、生物が大陸に上がる時代は11月になってしまう。人類の出現は12月31日の大晦日の夜で、約5000年前にエジプト文明などが現れたのは「午後11時59分26秒」だという▼21世紀の開幕もこの"宇宙歴"では、年明けのわずか1秒前になる。宇宙の誕生は138億年前といわれるから、人としてこの星に生まれたことがどれほど希少であり、意義深いことか。御書に「人身は受けがたし爪の上の土」(1173ページ)と仰せの通りだ▼いわんや仏法に縁することをや。法華経にこんな比喩がある。仏にあうことは、3000年に一度開花する優曇華を見ることや、1000年に一度海上に浮かび上がる一眼の亀が浮木にあうことくらい難しい。しかし仏との宿縁が深いゆえ、正法と巡り合うことができた——と▼日蓮大聖人の御聖誕から800年。最高無二の哲学を持ち、希有の師匠と同じ時代に生きる喜びを胸に、残り少ない一年の一日一日を無駄にするまい。

寸鉄 2021年12月20日
学会は前進の息吹が漲り後退という言葉がない—学者。青年の心で飛躍!
東京・多摩池田総区「師弟原点の日」。共に友好対話拡大。共に凱歌の歩みを
善に対し感激と熱意持つ人こそ教養の人—哲人。生命弾ませ今日も広布へ
コロナ禍で不登校が過去最多。寄り添う心を常に。小さなSOSをキャッチ
国連の「人間の連帯国際デー」。差異を超え人を結ぶ創価の対話。使命は大

☆子どもと学ぶ 日蓮大聖人の御生涯 第1回:誕生から立宗宣言へ
日蓮大聖人の御聖誕800年という意義深き年に当たり、「子どもと学ぶ 日蓮大聖人の御生涯」を連載します。末法の御本仏の崇高な御生涯から、全人類の幸福を願う慈悲と勇気を学んでいきましょう。

◇第1回:誕生から立宗宣言へ
今から800年ほど前の鎌倉時代のお話です。
安房国(現在の千葉県南部)の海辺の村で、一人の元気な男の子が生まれました。後の日蓮大聖人さまです。
幼い大聖人さまは、すくすく育ち、12歳になると、安房国にある清澄寺というお寺で勉強するようになりました。
「苦しむ人々を救うために仏法をたくさん学び、日本一の賢い者になろう」——若き大聖人さまの胸には、決意の炎が赤々と燃えていました。
16歳を迎えた時、大聖人さまは、清澄寺の道善房を師匠として、本格的に仏法を学ぶ道に入りました。
ある日、いつものようにお寺で仏法を学んでいると、不思議な感動を覚えました。
「ああ、仏法の教えは、なんてすごいのだろう! まるで、暗い夜空に明るく輝く星が、進むべき方向を示しているようだ」
やがて、もっと深く学びたいという思いが強くなった大聖人さまは、当時の政治の中心地であった鎌倉をはじめ、遠く離れた京都や奈良などにある大きなお寺を巡りながら、難しい勉強に挑戦していきました。
各地の大きなお寺には、数え切れないほどの仏さまの教えをまとめた本があり、大聖人さまは、それらを読み深める中で、一つの確信をつかみます。
「仏さまのあらゆる教えの中で、最も勝れているのは『法華経』である。そして、法華経の教えの全てが詰まった大事な法こそ、『南無妙法蓮華経』なのだ。この教えを全世界に弘めるのは、私しかいない」
こうして、生まれ故郷に戻った大聖人さまは、32歳の時、清澄寺に集まった人々の前で、南無妙法蓮華経の題目を高らかに唱えました。
そして、「未来にわたって、あらゆる人々を救う正しい法は、この妙法しかない」と力強く宣言したのです。(立宗宣言)
ところが、別の信仰をしていた人たちは、その話を聞いて、「俺たちが間違っているというのか!」と、カンカンに怒り、大聖人さまを襲おうとします。
なんとか危機を逃れた大聖人さまは、故郷を離れ、鎌倉に向かいました。
自ら「日蓮」と名乗るようになり、人々に正しい教えを弘めるため、勇気の一歩を踏み出したのです。

◇[道しるべ]誓願の宗教
日蓮大聖人が立宗宣言をされたのは1253年(建長5年)4月28日。そこに至るまでの御心境が、「開目抄」につづられています。
謗法の諸宗こそが民衆の苦悩の元凶であると明かして正法を説けば、必ず大難が起こる。しかし、言わなければ人々の成仏の道を閉ざし、無慈悲になってしまう——葛藤の末になされたのが"正法を弘めゆく"との烈々たる御決断でした。そして、さらに思索を重ねられた大聖人は、「今度・強盛の菩提心を・をこして退転せじと願じぬ」(御書200ページ)と、不退転の決意で民衆救済の道を歩み抜くことを強く誓われたのです。
宣言以来、大聖人が幾多の迫害を乗り越え、死身弘法を貫かれた原動力こそ、広宣流布の誓願です。大聖人は、門下に対しても、「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(同1561ページ)と、自身と同じ誓願に生き抜くよう教えられています。
池田先生は述べています。
「(大聖人は)誓願を貫くことによって仏の心と一体化し、生命の奥底から仏界の無限の力を涌現することができることを示し、教えてくださったのである」
日蓮仏法は「誓願の宗教」です。広布の誓願に生き抜く人に行き詰まりはありません。一切の苦難を勝ち越え、必ず希望の人生を開いていけるのです。

[地図・略年表]
貞応元年(1222年)2月16日 御誕生(1歳)
天福元年(1233年)     清澄寺で修学を開始(12歳)
延応元年(1239年)     鎌倉などに遊学(18歳)
仁治3年(1242年)     比叡山などに遊学(21歳)
建長5年(1253年)4月28日 清澄寺で立宗宣言(32歳)
(聖寿は数え年)