リーダーの率先の姿が
同志を鼓舞する。
さあ誠実な対話へ!
動いてつかんだ実感を
ありのままに語ろう!
治病大小権実違目 P997
『元品の法性は梵天帝釈等と顕われ元品の無明は第六天の魔王と顕われたり、善神は悪人をあだむ悪鬼は善人をあだむ、末法に入りぬれば自然に悪鬼は国中に充満せり』
【通解】
元品の法性が梵天・帝釈等の諸天善神と顕れ、元品の無明は第六天の魔王と顕れているのである。善神は悪人をあだみ悪鬼は善人をあだむ。今は末法に入っているから、おのずから悪鬼が国中に充満している。
名字の言 歌手の魅力を最大限に引き出した作曲家・筒美京平氏 2021年9月16日
誰もが一度は耳にしたことがあるだろう。アニメ「サザエさん」の主題歌、日本レコード大賞受賞曲「また逢う日まで」など、作曲家・筒美京平氏が手掛けた曲は2800以上。作品総売上枚数は歴代1位を誇る▼数多くのヒット曲を生んだ氏が、作曲とともに力を入れたのが歌手の魅力を最大限に引き出すこと。歌い手の声質や性格を見抜いて助言し、要望に応じて編曲もした。その人の個性を重視し、多くのアーティストの才能を開花させた▼法華経に登場する妙音菩薩は、相手の境遇に応じて「三十四種類の姿」に身を変え、法を説いたという。それに歓喜した八万四千の菩薩も、同じように人々を救う行動を起こした。一人に尽くす慈悲は、幸の万波となった▼時には共にカメラに納まり、時にはピアノを弾いて——。池田先生の励ましは、その時、その場、その人に応じて自在である。ある出版関係者は、先生の言葉には、ぶれがなく、縁する人に「幸福になってほしい」との思いがあふれている、と。相手を思う真心こそ、励ましの智慧を生む根幹である▼妙音菩薩は、「能く娑婆世界の諸の衆生を救護する者なり」(法華経616ページ)と説かれる。友の心を揺さぶる「希望の妙音」を紡ぎ奏でたい。
寸鉄 2021年9月16日
新しい仕事は自分の枠を破ることから—戸田先生 弾ける生命で日々前進!
東京・秋川「師弟原点の日」。正義の魂継ぐ誉れ。勇み立正安国の言論戦を
他人にある勇気や忍耐はあなたの中にも—詩人。信心は胸中の宝輝かす力
流感とコロナ、同時流行警戒—医師。ワクチン・手洗い・マスク等聡明に
炊飯器や加湿器の蒸気による幼子の火傷に注意。設置は手の届かない所へ
☆男子部大学校生大会への池田先生のメッセージ
◇使命の舞台で挑戦貫き青年凱歌の連帯広げよ
正義の若師子たる大学校生の諸君、たくましき鍛えと成長の夏、ご苦労さま! 共戦の先輩たちも、尊き献身、いつもありがとう!
この秋は、日蓮大聖人の「竜の口の法難」より750年です。命に及ぶ大難に臨まれても、不二の弟子に悠然と、「これほどの悦びをば・わらへかし」(御書914ページ)と語られながら、発迹顕本されたのです。
戸田先生は、御本仏の闘争を通し、語られました。「行き詰まりを感じたならば、大信力を奮い起こして、自分の弱い心に挑み、それを乗り越え、境涯を開いていくことだ。それが、我々の月々日々の『発迹顕本』である」と。
今、試練の時代の中、思わぬ苦労や困難があるに違いない。
しかし、地涌の君たちには、「我即宇宙」「宇宙即我」という、生命の無限の可能性を解き放てる自行化他の題目がある。自他共に「人間革命」即「立正安国」の歴史を開ける広布の実践がある。
御聖訓に、「智者とは世間の法より外に仏法を行ず、世間の治世の法を能く能く心へて候を智者とは申すなり」(同1466ページ)と仰せです。
どうか、誉れの大学校生は、わが使命の舞台たる職場でも地域でも、「信心即生活」の挑戦を貫き、「仏法即社会」の実証を示しながら、「仏法勝負」の先駆の英雄として、青年凱歌のスクラムを勝ち広げてくれ給え!
愛弟子一人一人の健康と前進、負けじ魂の活躍を祈りつつ。
☆9月度座談会拝読御書 四条金吾殿御返事(煩悩即菩提御書)
◇拝読御文
『法華経の信心を・とをし給へ・火をきるに・やすみぬれば火をえず、強盛の大信力をいだして法華宗の四条金吾・四条金吾と鎌倉中の上下万人乃至日本国の一切衆生の口にうたはれ給へ、あしき名さへ流す況やよき名をや何に況や法華経ゆへの名をや』(御書全集1117ページ18行目〜1118ページ3行目、編年体御書485ページ18行目〜486ページ3行目)
◇[池田先生の指針から]人間として最高の生き方
大難が起きた時こそ、誰が真の信仰者か、本当の弟子かが明らかになります。
一心に師匠を求め、師匠をお守りしようと行動した弟子・(四条)金吾の信心を、大聖人がどれほど喜ばれたことでしょう。
「前々より変わらない弟子の志が、本当にありがたい」——大聖人は、その率直な御心情を綴られています。
それとともに、大聖人は御自身に競い起こった大難については、「悔しいとは思わない」「これほどすばらしい果報の生死はない」と御断言になっています。
さらには、「生死の苦しみを断ち切り、仏の果徳を得られる身となったことが喜ばしい」とまで仰せになっているのです。
すべては経文の通りであり、どれほど非難され、どれほど迫害されようとも、それこそ身命に及ぶ大難に遭われても、大聖人は「喜び」として悠然と乗り切られました。これが御本仏の御境涯です。
同時にこれは、大聖人が示してくださった、人間としての「最高の生き方」であり、「最高に尊い人生」であると拝したい。(『勝利の経典「御書」に学ぶ』第20巻)
◇ ◇ ◇
友の身を案じ、無事を祈り、声をかけ、励ましを送る。自分ができることからと、賢く朗らかに足取り軽く行動する。
いずこであっても、わが同志は「信心即生活」「仏法即社会」なりと一念を定めて実証を示し、世のため、人のため、家族のため、未来のために、粘り強く戦い続けている。
真正の「地涌の菩薩」でなければ、決してなし得ぬ行動である。
この「自他共の幸福」を願って動く、世界市民の連帯の壮大な広がりは、さながら御本仏が「地涌の義」と仰せの姿そのものであると、私は確信してやまない。(本紙2020年12月25日付、「随筆『人間革命』光あれ」)
◇師弟共戦が勝利の要諦
[キーワード�]不退の実践を
「法華経の信心を・とをし給へ」(御書1117ページ)、「日蓮が一門となりとをし給うべし」(同1360ページ)——日蓮大聖人は門下に対して、御書の随所で、信心を貫き通すことの重要性を教えられています。
そのことを、拝読御文では「火をきる」、つまり火をおこすことに例えられました。木をこすり合わせた摩擦熱で火をおこすには、休みなく作業しなくてはなりません。一生成仏を目指す信心もまた、何があろうと地道な歩みを止めないことが肝要です。
一方で、御書には「受くるは・やすく持つはかたし」(1136ページ)ともあります。悪縁の多い末法において、純粋な信仰を生涯、持ち続けることは容易ではありません。
まして、正法を実践する人の前に障魔が現れ、難にあうことは、御聖訓に照らしても明らかです。
その上で、大聖人は「大風吹けば求羅は倍増するなり」(同ページ)と述べられています。「求羅」とは、風に吹かれるほど体が大きくなるという想像上の生き物のことです。試練の大風が吹き荒れるほど、自分自身を大きく成長させ、信心を深めていける好機である!——こう捉えるのが、創価の希望の哲学です。
いかなる困難の壁が立ちはだかろうと、拝読御文に「強盛の大信力をいだして」とあるように、今一重の深い信心を奮い起こし、粘り強く不退の実践を貫き通す。その先に、誰人からも賛嘆されるような、人間革命の勝利の姿を輝かせていけるのです。
[キーワード�]これほどの喜び
今月は、日蓮大聖人が斬首の危機に直面した「竜の口の法難」から750年。この大難の折、殉死の覚悟で大聖人にお供したのが、鎌倉の中心的門下であった四条金吾です。
文永8年(1271年)9月12日、鎌倉にあった大聖人の草庵を、平左衛門尉頼綱が率いる多数の兵が襲撃。捕縛された大聖人は同日夜半、竜の口の刑場へ連行されますが、その際、急報に接した金吾は、すぐさま駆け付け、自らも命をなげうつ決心で同行しました。
いよいよ、大聖人が頸の座に臨まれると、金吾は「今が最期です」と嘆きましたが、それに対して大聖人は、「これほどの喜びを笑っていきなさい」(御書914ページ、通解)と師子吼され、悠然と金吾を励まされたのです。結局、幕府は大聖人への刑を執行することができず、大聖人を佐渡流罪に処します。どこまでも師匠を求めた金吾は、流罪地の佐渡にまで渡りました。
そうした金吾のあつい志を大聖人は本抄のほか、別の御書でも「いついかなる世に思い忘れることができようか」(1193ページ、通解)等、度々、御称賛されています。
その後も、大聖人の御指導を胸に、主君や同僚の抑圧など数々の逆境を乗り越えた金吾の雄姿は、師弟の一念さえ揺るがなければ、乗り越えられない困難などないことを示しているでしょう。
"さあ今日も、師と共に!"——誉れある共戦の道を、私たちも力強く歩んでいきましょう。
2021年9月16日木曜日
2021年9月15日水曜日
2021.09.15 わが友に贈る
飛躍の秋に挑む
受験生にエールを!
努力の先に栄光がある。
支える家族への
温かな配慮も忘れずに!
撰時抄 P288
『日蓮が法華経を信じ始めしは日本国には一?一微塵のごとし、法華経を二人三人十人百千万億人唱え伝うるほどならば妙覚の須弥山ともなり大涅槃の大海ともなるべし仏になる道は此れよりほかに又もとむる事なかれ』
【通解】
日蓮が法華経を信じ始めたことは、日本の国にとっては、一つのしずく、一つの小さな塵のようなものであるが、二人・三人・十人・百千万億人と唱え伝えていくならば、妙覚の須弥山ともなり、大涅槃の大海ともなるであろう。仏になる道は、これよりほかに求めてはならない。
【先生の指導から】
有名人になる道。名声を得る道。社会的に高い地位に上る道。それは、いろいろあるだろう。しかし「仏になる道」は、どこにあるのか。それは「広宣流布の拡大」にしかない。
大聖人の仏法は「広宣流布の信心」である。
信心即生活である。ゆえに、今がどれだけ厳しくとも、この広宣流布の信心さえ貫けば、すべての努力が生かされ、いくらでも生活の面で、また社会の面で、勝利し、成功していけるのである。
名字の言 「束」という文字の意味 2021年9月15日
広島県安芸高田市の稲作農家の壮年が語っていた。「あと2週間で稲刈りだった。でも収穫は無理でしょう」。田んぼに土砂が流入し、稲が根元から折れてしまった。手塩にかけた作物を、先月の豪雨は奪い去った。憤りや悔しさは察するに余りある▼古代、稲の収穫量を量る単位は「束」が用いられた。刈り取った稲を1束、2束と数えたそうだ。家屋の床下などに立てる短い柱は、同じ漢字で「束」と読む。日本の"食"と"住"を縁の下で支えてきたのは同じ言葉だった▼同市に住む女性部員は、田んぼと自宅が土砂に襲われた。途方に暮れていた時、壮年・男子部有志による「かたし隊」が駆け付けてくれた▼"縁の下"に潜り、必死で土砂をかき出す彼らには一つの共通点があった。それは「苦境の渦中にあること」。家族の大病、会社の経営難、学業の断念……。大変な時でも、否、大変な時だからこそ、"被災者のために!"と行動を起こしたのだ▼試練と戦う人は、苦しむ人の心が分かる。かたし隊の作業は"束の間"だったかもしれない。だが、苦楽を分かち合おうとする友の力が"結束"すれば、復興への大きな力となる。被災者が"人生の実りの時"を迎えるまで、励ましを送り続けたい。
寸鉄 2021年9月15日
「闇鏡も磨きぬれば玉と見ゆるが如し」御書。全員が輝ける仏法。祈り強く
結成50周年のドクター部が「部の日」。生命の世紀を開く抜苦与楽の医王と
東北女性部の日。今日も友情を拡大!皆様の連帯こそ立正安世界築く太陽
勇気なくしては空虚だ—文豪。同志と共に前へ!真の充実は広布の挑戦に
友の話から心まで理解する—これが真の聞き上手 耳を傾け、真心の激励を
〈社説〉 2021.9.15 きょう「ドクター部の日」
◇医療の最前線に立つ友に感謝
きょうは9・15「ドクター部の日」。1975年(昭和50年)の9月15日、池田大作先生がドクター部の第3回総会に出席したことが淵源である。
この歴史的な総会の4年前、71年(同46年)9月12日に同部は結成され、本年で結成50周年の節を刻んだ。
コロナ禍の中で迎えた本年、医療現場は、かつてないほどの正念場にある。
その時にあって、ドクター部の友は、師弟共戦の心を一段と燃やしながら、"使命を果たす「まことの時」は今"と、一人一人が命を守り支える献身と挑戦を重ねている。
兵庫のある男子部員は、国内屈指の医薬品メーカーに勤務。関西創価学園時代に、池田先生と科学者・ポーリング博士の対談集に感銘を受けて薬学の道に進んだ。
彼は感染症の終息のために、今こそ培ってきた技術や経験を生かそうと、社内でワクチン製造プロジェクトの発足に携わり、責任者として奮闘。国内のワクチン接種の加速へ、安定した供給を続けながら、海外への提供にも貢献を果たしている。
医療の最前線での尽力とともに、これまで磨き抜いてきた英知と行動力を社会の中で発揮するドクター部員の活躍は目覚ましい。
創価青年医学者会議、創価女性医学者会議等の友は、青年部の代表との意見交換を、昨年3月から22回開催し、感染症に関する正確な情報発信を続けてきた。
また、本紙で4月から連載を開始した「危機の時代を生きる——創価学会ドクター部編」では、各分野に精通する同部の友が、「生老病死」を説き明かす仏法の哲理、池田先生のリーダーシップのもとで全国・全世界の同志が実践する学会活動の意義を論じ、社会に希望の光を届ける言論を展開している。
池田先生は結成50周年記念指導集『生命の世紀』に発刊の辞を寄せた。
その中で、歴史学者・トインビー博士の"菩薩とは、苦悩の多い世界にとどまるためにあえて安息の境地に入ろうとしない"との見解を通して、「それぞれの誓願の舞台で、創価の名医として、広布の闘士として、郷土の依怙依託として奮闘するドクター部の群像にこそ、この崇高なる菩薩の精神が漲っている」とたたえた。
一瞬も気の抜けない生死の現場に立つ友に感謝を寄せつつ、健勝と活躍を祈りたい。
☆四季の励まし 健康の智慧を 大満足の人生を 2021年9月5日
◇池田先生の言葉
健康で、長生きをして、
価値ある充実の人生を
楽しんでいくのが、
信仰の目的である。
健康は、
自らの智慧と
決心でつくるものだ。
聡明に自己を律し、
賢明な生活を心掛け、
自分自身の健康を
勝ち取っていただきたい。
健康を保っている
ということ、
それ自体が、勝利である。
適度な運動も大事である。
また、上手に休息をとる。
ゆったりと睡眠をとる。
疲れをためないよう
工夫することだ。
根本は、信心である。
「健康でありますように」と
毎日、御本尊に祈ることだ。
題目は、
宇宙根源のリズムであり、
仏の偉大な生命力の
根本である。
ゆえに、
妙法の大良薬を持つ人は、
一人ももれなく
「更賜寿命」して、
大満足の使命の人生を
存分に生き切ってほしい。
また、生き切ることが
できるのだ。
懸命に努力し、
もてる力を発揮する。
その時に人は
生きがいを感じる。
元気になる。
その意味で、
学会活動は、
最高の健康の道である。
今は病気の人も、
決して
弱気になってはいけない。
何があっても強気で!
すべてに意味があるのだ。
どんなことがあっても、
微動だにしてはいけない。
悠然と進むのだ。
生命は永遠なんだから!
暑い夏だからこそ、
白馬が
大草原を駆けゆくような
清々しい題目で、
生命力満々と、
きょうも
価値創造の行動を!
【写真説明】7月13日に、池田大作先生が都内で撮影した蓮の花。薄紅がかった白色の花びらが凜と咲き、涼しさを届けてくれる。
蓮華は、他の花々と違い、花と実が同時に成長する。ゆえに、仏法では、仏の生命を開く因も果も同時に具わる「因果倶時」の法理の譬えなどに用いられる。
御書には「浄き事・蓮華にまさるべきや」(1109ページ)と。泥沼の中でも高潔な美しさを失わない蓮のように、我らも苦難や無理解に負けず、自他共の幸福に尽くす生き方を貫いていきたい。
張りのある勤行・唱題で生活のリズムを整え、心身共に健康第一で進みゆこう。
受験生にエールを!
努力の先に栄光がある。
支える家族への
温かな配慮も忘れずに!
撰時抄 P288
『日蓮が法華経を信じ始めしは日本国には一?一微塵のごとし、法華経を二人三人十人百千万億人唱え伝うるほどならば妙覚の須弥山ともなり大涅槃の大海ともなるべし仏になる道は此れよりほかに又もとむる事なかれ』
【通解】
日蓮が法華経を信じ始めたことは、日本の国にとっては、一つのしずく、一つの小さな塵のようなものであるが、二人・三人・十人・百千万億人と唱え伝えていくならば、妙覚の須弥山ともなり、大涅槃の大海ともなるであろう。仏になる道は、これよりほかに求めてはならない。
【先生の指導から】
有名人になる道。名声を得る道。社会的に高い地位に上る道。それは、いろいろあるだろう。しかし「仏になる道」は、どこにあるのか。それは「広宣流布の拡大」にしかない。
大聖人の仏法は「広宣流布の信心」である。
信心即生活である。ゆえに、今がどれだけ厳しくとも、この広宣流布の信心さえ貫けば、すべての努力が生かされ、いくらでも生活の面で、また社会の面で、勝利し、成功していけるのである。
名字の言 「束」という文字の意味 2021年9月15日
広島県安芸高田市の稲作農家の壮年が語っていた。「あと2週間で稲刈りだった。でも収穫は無理でしょう」。田んぼに土砂が流入し、稲が根元から折れてしまった。手塩にかけた作物を、先月の豪雨は奪い去った。憤りや悔しさは察するに余りある▼古代、稲の収穫量を量る単位は「束」が用いられた。刈り取った稲を1束、2束と数えたそうだ。家屋の床下などに立てる短い柱は、同じ漢字で「束」と読む。日本の"食"と"住"を縁の下で支えてきたのは同じ言葉だった▼同市に住む女性部員は、田んぼと自宅が土砂に襲われた。途方に暮れていた時、壮年・男子部有志による「かたし隊」が駆け付けてくれた▼"縁の下"に潜り、必死で土砂をかき出す彼らには一つの共通点があった。それは「苦境の渦中にあること」。家族の大病、会社の経営難、学業の断念……。大変な時でも、否、大変な時だからこそ、"被災者のために!"と行動を起こしたのだ▼試練と戦う人は、苦しむ人の心が分かる。かたし隊の作業は"束の間"だったかもしれない。だが、苦楽を分かち合おうとする友の力が"結束"すれば、復興への大きな力となる。被災者が"人生の実りの時"を迎えるまで、励ましを送り続けたい。
寸鉄 2021年9月15日
「闇鏡も磨きぬれば玉と見ゆるが如し」御書。全員が輝ける仏法。祈り強く
結成50周年のドクター部が「部の日」。生命の世紀を開く抜苦与楽の医王と
東北女性部の日。今日も友情を拡大!皆様の連帯こそ立正安世界築く太陽
勇気なくしては空虚だ—文豪。同志と共に前へ!真の充実は広布の挑戦に
友の話から心まで理解する—これが真の聞き上手 耳を傾け、真心の激励を
〈社説〉 2021.9.15 きょう「ドクター部の日」
◇医療の最前線に立つ友に感謝
きょうは9・15「ドクター部の日」。1975年(昭和50年)の9月15日、池田大作先生がドクター部の第3回総会に出席したことが淵源である。
この歴史的な総会の4年前、71年(同46年)9月12日に同部は結成され、本年で結成50周年の節を刻んだ。
コロナ禍の中で迎えた本年、医療現場は、かつてないほどの正念場にある。
その時にあって、ドクター部の友は、師弟共戦の心を一段と燃やしながら、"使命を果たす「まことの時」は今"と、一人一人が命を守り支える献身と挑戦を重ねている。
兵庫のある男子部員は、国内屈指の医薬品メーカーに勤務。関西創価学園時代に、池田先生と科学者・ポーリング博士の対談集に感銘を受けて薬学の道に進んだ。
彼は感染症の終息のために、今こそ培ってきた技術や経験を生かそうと、社内でワクチン製造プロジェクトの発足に携わり、責任者として奮闘。国内のワクチン接種の加速へ、安定した供給を続けながら、海外への提供にも貢献を果たしている。
医療の最前線での尽力とともに、これまで磨き抜いてきた英知と行動力を社会の中で発揮するドクター部員の活躍は目覚ましい。
創価青年医学者会議、創価女性医学者会議等の友は、青年部の代表との意見交換を、昨年3月から22回開催し、感染症に関する正確な情報発信を続けてきた。
また、本紙で4月から連載を開始した「危機の時代を生きる——創価学会ドクター部編」では、各分野に精通する同部の友が、「生老病死」を説き明かす仏法の哲理、池田先生のリーダーシップのもとで全国・全世界の同志が実践する学会活動の意義を論じ、社会に希望の光を届ける言論を展開している。
池田先生は結成50周年記念指導集『生命の世紀』に発刊の辞を寄せた。
その中で、歴史学者・トインビー博士の"菩薩とは、苦悩の多い世界にとどまるためにあえて安息の境地に入ろうとしない"との見解を通して、「それぞれの誓願の舞台で、創価の名医として、広布の闘士として、郷土の依怙依託として奮闘するドクター部の群像にこそ、この崇高なる菩薩の精神が漲っている」とたたえた。
一瞬も気の抜けない生死の現場に立つ友に感謝を寄せつつ、健勝と活躍を祈りたい。
☆四季の励まし 健康の智慧を 大満足の人生を 2021年9月5日
◇池田先生の言葉
健康で、長生きをして、
価値ある充実の人生を
楽しんでいくのが、
信仰の目的である。
健康は、
自らの智慧と
決心でつくるものだ。
聡明に自己を律し、
賢明な生活を心掛け、
自分自身の健康を
勝ち取っていただきたい。
健康を保っている
ということ、
それ自体が、勝利である。
適度な運動も大事である。
また、上手に休息をとる。
ゆったりと睡眠をとる。
疲れをためないよう
工夫することだ。
根本は、信心である。
「健康でありますように」と
毎日、御本尊に祈ることだ。
題目は、
宇宙根源のリズムであり、
仏の偉大な生命力の
根本である。
ゆえに、
妙法の大良薬を持つ人は、
一人ももれなく
「更賜寿命」して、
大満足の使命の人生を
存分に生き切ってほしい。
また、生き切ることが
できるのだ。
懸命に努力し、
もてる力を発揮する。
その時に人は
生きがいを感じる。
元気になる。
その意味で、
学会活動は、
最高の健康の道である。
今は病気の人も、
決して
弱気になってはいけない。
何があっても強気で!
すべてに意味があるのだ。
どんなことがあっても、
微動だにしてはいけない。
悠然と進むのだ。
生命は永遠なんだから!
暑い夏だからこそ、
白馬が
大草原を駆けゆくような
清々しい題目で、
生命力満々と、
きょうも
価値創造の行動を!
【写真説明】7月13日に、池田大作先生が都内で撮影した蓮の花。薄紅がかった白色の花びらが凜と咲き、涼しさを届けてくれる。
蓮華は、他の花々と違い、花と実が同時に成長する。ゆえに、仏法では、仏の生命を開く因も果も同時に具わる「因果倶時」の法理の譬えなどに用いられる。
御書には「浄き事・蓮華にまさるべきや」(1109ページ)と。泥沼の中でも高潔な美しさを失わない蓮のように、我らも苦難や無理解に負けず、自他共の幸福に尽くす生き方を貫いていきたい。
張りのある勤行・唱題で生活のリズムを整え、心身共に健康第一で進みゆこう。
2021年9月14日火曜日
2021.09.14 わが友に贈る
人の心を動かすのは
方法や策ではない。
困難な状況の中でも
広布を成し遂げゆく
熱情を一段と燃やそう!
法蓮抄 P1050
『我をば誰とか思食す我は是れ汝が子息法蓮が毎朝誦する所の法華経の自我偈の文字なり、此の文字は汝が眼とならん耳とならん足とならん手とならん』
【通解】
「私を誰だと思われる。私はあなたの子息の法蓮が毎朝、読誦するところの法華経の自我偈の文字である。この文字はあなたの目となり、耳となり、足となり、手となるであろう」
名字の言 「小さな楽しみ」が心を癒やす 2021年9月14日
身体の傷を癒やすには、栄養と休養を取って体力をつけることが大切である。同じように、心の傷を癒やすには、心の体力というべきものをつける必要がある、と医学博士の青木省三氏が論じている▼その一つが「小さな楽しみを見つけ、増やすこと」。道端の草花の撮影でもいい。自分が心地よく楽しいと感じる時間を見つけ、積み重ねていくことが、心の傷を癒やすことにつながるという(『ぼくらの中の「トラウマ」』ちくまプリマー新書)▼ある女性は毎朝、御書の音読を日課としている。きっかけは夫の「一緒にやろう」との一言だった。最初は気が進まなかったが、やり始めると、夫との音読は女性にとって、日々の小さな楽しみになった▼その夫が年頭、霊山に旅立った。だが、女性は今も、音読を続けている。「夫と一緒にいるようで、元気が出るんです。"お父さん、頑張るからね!"って」。これまで50世帯以上の弘教を実らせ、地域の同志から"お母さん"と慕われる女性はきょうも、胸中の夫と共に、一日をさっそうと出発する▼「月月・日日につより給へ」(御書1190ページ)。ささやかでも、たゆまぬ挑戦の一日一日が、苦難に負けない心をつくる。その歩みが幸の人生の足跡を刻んでいく。
寸鉄 2021年9月14日
対話という武器で平和を築く学会がいかに崇高か—識者。偉大な民衆運動
常勝関西が立ち上がれば日本の広宣流布は盤石!新たな勝利の一頁を頼む
東京・北区の日。創価の北極星の誇り胸に前進!皆で壁破り、凱歌の秋を
他人に親切にできる人ほど幸福を感じやすいと。地域に尽くす我らの人生
公明の強みは連携による意思決定の速さ—識者。持ち味生かし、庶民守れ
☆勇気の源泉——創立者が語った指針 真の優等生は母校愛の人——池田先生が贈る同窓生へのエール
全国、全世界で奮闘する創価教育の同窓生を励ますため、池田先生は各地を訪れる度に、同窓の集いを開き、人生勝利のエールを送ってきた。
1999年2月26日、池田先生は九州・宮崎を8年ぶりに訪問。同28日には、宮崎をはじめ九州各地から集った同窓の友と記念撮影を行い、スピーチを贈った。
●1999年2月 九州・宮崎創価教育同窓の集い
〈先生はスピーチの冒頭、72年5月のトインビー博士との初会見を振り返り、母校愛とは何かを語った〉
真の優等生とは、「母校を愛し続ける人」である。「同窓の友を、一生涯大切にし続ける人」である。
ご存じのように、トインビー博士は、最晩年に、仏法の若き実践者である私との対談を強く望まれた。
本来であれば、日本にご招待して、誕生して間もない創価大学に、ぜひ来ていただきたかったが、高齢の博士ご夫妻の体調が、もはや、それを許さなかった。そこで、若い私のほうから、ロンドンの博士のご自宅にお邪魔して、対談が始まったのである。
ご夫妻は、親愛の情を込めて、家の中のすみずみまで案内してくださった。
博士の書斎には、オックスフォード大学の同窓生で、第一次世界大戦で亡くなった友人たちの写真があった。二十枚ほど、大切に飾ってあった。深く、私の心に焼きついている。
また、博士との対談が続くなか、私はケンブリッジ大学を訪問した。
すると、その翌日の対談の際、ベロニカ夫人から、開口一番、丁重なごあいさつをいただいた。
「私の母校ケンブリッジ大学を訪問してくださったことを、心より感謝申し上げます」と。
夫人は、つねに、私の妻と二人で、対話を穏やかに微笑みながら見守っておられた。ティータイムになると、紅茶を入れ、手作りのクッキーを出してくださった。
その夫人も、「わが母校への誇りと愛情」を生涯、清々しく輝かせておられたのである。
トインビー博士との対談集は、世界中で読まれている。
博士は「世界の知性との対話」「文明と文明を結ぶ対話」を私に託された。遺言のごとく——。その通りに私は、対話の波を、深く広く世界に起こしてきた。
あとに続くのは、創価同窓の諸君である。
◇誰人とも堂々と
〈続いて、「遠くから、私のつくった学園、創大に、本当によく来てくださった」との真情を語った池田先生は、九州ゆかりの国木田独歩の小説『日の出』を通して、生涯母校の誇りを忘れない、一流の人物たれと呼び掛ける〉
ところで、小説『武蔵野』の作者として有名な国木田独歩は、九州の大分で教鞭を執ったことがある。独歩の作品に『日の出』という忘れ得ぬ短編小説がある。(以下、『日の出』〈『日本現代文学全集』18所収、講談社〉から引用・参照)
それは、明治の青年たちの懇談の場面から始まる。
欧米に留学したエリートたちが、意気揚々と"オックスフォード大学出身"とか"ハーバード大学出身"と誇る。
そのなかに、世間の注目を集める新進気鋭の青年がいた。彼は、こう聞かれた。
「貴殿は何処の御出身ですか」「三田(=慶応)ですか、早稲田ですか」
「違います」
青年は微笑した。
「大島学校です」「故郷の小学校です、私立小学です」
彼は、小学校しか出ていなかったのである。人々は笑い出した。嘲りの色を浮かべる者もいた。
しかし、彼は毅然と続ける。
「僕はオックスフォードにもハーバードにも帝国大学にも早稲田にも三田にも高等商業学校にも居たことは無いのです」
「斯う申すと、諸君は妙にお取になるかも知れませんが、僕はこれでも窃かに大島小学校出身ということを誇って居るのです。又た心から感謝して居るので御座います」
彼は、愛する母校の創立者が、無名でありながら、どれほどすばらしい人物であるかを、なみいるエリートたちに、堂々と語っていった。
その小学校の校訓は、ただ一言、「日の出を見よ」であった。
すなわち、"朝日が波を躍り出るような元気"をもて! 堂々たる勢いと、あくまでも気高い心で、一日一日を、全力を尽くして働こう! という指針である。
この創立の教えを胸に、青年は、同窓生とともに友情も固く生きぬいてきたのである。
その話を聞き、最後には皆、深く感銘し、ぜひ、その創立者に会ってみたい、と口々に語る——そういう物語である。
ともあれ、相手が誰人であろうとも、怯んではならない。臆してもならない。いわんや、嫉妬など絶対にする必要はない。「妬まない」ということが「一流の人格」の証である。
仏法では「本有無作」と説く。要するに"はたらかさず、つくろわず、もとのまま"である。本然のわが生命を「最高最善」に輝かせていく生き方である。
すましたり、気取ったり、いばったりしないで、ありのままの姿で、「人間らしく」いくのである。
「私は、こういう人間ですが、一生懸命、頑張ります。どうか、なんでも遠慮なく言ってください。一緒に前進しましょう!」
日南の大海原のような、こういう広々とした境涯になったら、勝ちである。
自由自在である。小さな、狭いエゴに固まったり、つまらない意地を張っても、損をするだけである。
◇「智慧」で道を開く
〈池田先生は未来を見すえ、激動の時代は「価値創造」の新世紀であると強調。同窓生こそ、新世紀を照らす太陽であるとたたえた〉
「言葉一つ」「言い方一つ」、そして「心一つ」で、人生は、どのようにでも悠々と開いていける。これが「智慧」である。
「知識」それ自体は、幸福ではない。「幸福」をつくるのは「智慧」である。
「知識」だけでは行き詰まりがある。「智慧」は行き詰まりがない。
「智慧」の水は、わが心の泉から限りなく汲み出していけるのである。
これからの激動の時代は、いよいよ「智慧」のある人が勝つ時代である。それが、「創価」すなわち「価値創造」の新世紀である。
トインビー博士も、名著『試練に立つ文明』のなかで、次のように論じておられた。
"生命であれ、社会であれ、新たなものを創造しようとする努力が、はじめから成功することなど、まったくありません。創造というのは、そんなに、なまやさしい仕事ではないのです。試行錯誤の過程を通して、はじめて究極の成功に達するのです。「悩みを通して、得られる智慧」によって、成功のチャンスがもたらされるのです。われわれ自身の努力を通じて、何らかの新しい「前例のない変化を歴史に与える道」が、われわれには開かれているのです"(深瀬基寛訳、『トインビー著作集』5所収、社会思想社、参照)と。
諸君こそ、「新しい世紀を照らす太陽」である。社会の中で光り、社会の中で、厳然と勝っていただきたい。
何があっても戦う。何があっても負けない。これが、創価魂である。
結びに、アメリカのロングフェローの詩を贈りたい。
「おお、このような世の中で恐れるな、
そうすればやがて君はかならず知るだろう、
苦しみに耐えて強くあることが
どんなに崇高なことであるかを」(「星の光」大和資雄訳、『世界名詩集大成』11所収、平凡社)
方法や策ではない。
困難な状況の中でも
広布を成し遂げゆく
熱情を一段と燃やそう!
法蓮抄 P1050
『我をば誰とか思食す我は是れ汝が子息法蓮が毎朝誦する所の法華経の自我偈の文字なり、此の文字は汝が眼とならん耳とならん足とならん手とならん』
【通解】
「私を誰だと思われる。私はあなたの子息の法蓮が毎朝、読誦するところの法華経の自我偈の文字である。この文字はあなたの目となり、耳となり、足となり、手となるであろう」
名字の言 「小さな楽しみ」が心を癒やす 2021年9月14日
身体の傷を癒やすには、栄養と休養を取って体力をつけることが大切である。同じように、心の傷を癒やすには、心の体力というべきものをつける必要がある、と医学博士の青木省三氏が論じている▼その一つが「小さな楽しみを見つけ、増やすこと」。道端の草花の撮影でもいい。自分が心地よく楽しいと感じる時間を見つけ、積み重ねていくことが、心の傷を癒やすことにつながるという(『ぼくらの中の「トラウマ」』ちくまプリマー新書)▼ある女性は毎朝、御書の音読を日課としている。きっかけは夫の「一緒にやろう」との一言だった。最初は気が進まなかったが、やり始めると、夫との音読は女性にとって、日々の小さな楽しみになった▼その夫が年頭、霊山に旅立った。だが、女性は今も、音読を続けている。「夫と一緒にいるようで、元気が出るんです。"お父さん、頑張るからね!"って」。これまで50世帯以上の弘教を実らせ、地域の同志から"お母さん"と慕われる女性はきょうも、胸中の夫と共に、一日をさっそうと出発する▼「月月・日日につより給へ」(御書1190ページ)。ささやかでも、たゆまぬ挑戦の一日一日が、苦難に負けない心をつくる。その歩みが幸の人生の足跡を刻んでいく。
寸鉄 2021年9月14日
対話という武器で平和を築く学会がいかに崇高か—識者。偉大な民衆運動
常勝関西が立ち上がれば日本の広宣流布は盤石!新たな勝利の一頁を頼む
東京・北区の日。創価の北極星の誇り胸に前進!皆で壁破り、凱歌の秋を
他人に親切にできる人ほど幸福を感じやすいと。地域に尽くす我らの人生
公明の強みは連携による意思決定の速さ—識者。持ち味生かし、庶民守れ
☆勇気の源泉——創立者が語った指針 真の優等生は母校愛の人——池田先生が贈る同窓生へのエール
全国、全世界で奮闘する創価教育の同窓生を励ますため、池田先生は各地を訪れる度に、同窓の集いを開き、人生勝利のエールを送ってきた。
1999年2月26日、池田先生は九州・宮崎を8年ぶりに訪問。同28日には、宮崎をはじめ九州各地から集った同窓の友と記念撮影を行い、スピーチを贈った。
●1999年2月 九州・宮崎創価教育同窓の集い
〈先生はスピーチの冒頭、72年5月のトインビー博士との初会見を振り返り、母校愛とは何かを語った〉
真の優等生とは、「母校を愛し続ける人」である。「同窓の友を、一生涯大切にし続ける人」である。
ご存じのように、トインビー博士は、最晩年に、仏法の若き実践者である私との対談を強く望まれた。
本来であれば、日本にご招待して、誕生して間もない創価大学に、ぜひ来ていただきたかったが、高齢の博士ご夫妻の体調が、もはや、それを許さなかった。そこで、若い私のほうから、ロンドンの博士のご自宅にお邪魔して、対談が始まったのである。
ご夫妻は、親愛の情を込めて、家の中のすみずみまで案内してくださった。
博士の書斎には、オックスフォード大学の同窓生で、第一次世界大戦で亡くなった友人たちの写真があった。二十枚ほど、大切に飾ってあった。深く、私の心に焼きついている。
また、博士との対談が続くなか、私はケンブリッジ大学を訪問した。
すると、その翌日の対談の際、ベロニカ夫人から、開口一番、丁重なごあいさつをいただいた。
「私の母校ケンブリッジ大学を訪問してくださったことを、心より感謝申し上げます」と。
夫人は、つねに、私の妻と二人で、対話を穏やかに微笑みながら見守っておられた。ティータイムになると、紅茶を入れ、手作りのクッキーを出してくださった。
その夫人も、「わが母校への誇りと愛情」を生涯、清々しく輝かせておられたのである。
トインビー博士との対談集は、世界中で読まれている。
博士は「世界の知性との対話」「文明と文明を結ぶ対話」を私に託された。遺言のごとく——。その通りに私は、対話の波を、深く広く世界に起こしてきた。
あとに続くのは、創価同窓の諸君である。
◇誰人とも堂々と
〈続いて、「遠くから、私のつくった学園、創大に、本当によく来てくださった」との真情を語った池田先生は、九州ゆかりの国木田独歩の小説『日の出』を通して、生涯母校の誇りを忘れない、一流の人物たれと呼び掛ける〉
ところで、小説『武蔵野』の作者として有名な国木田独歩は、九州の大分で教鞭を執ったことがある。独歩の作品に『日の出』という忘れ得ぬ短編小説がある。(以下、『日の出』〈『日本現代文学全集』18所収、講談社〉から引用・参照)
それは、明治の青年たちの懇談の場面から始まる。
欧米に留学したエリートたちが、意気揚々と"オックスフォード大学出身"とか"ハーバード大学出身"と誇る。
そのなかに、世間の注目を集める新進気鋭の青年がいた。彼は、こう聞かれた。
「貴殿は何処の御出身ですか」「三田(=慶応)ですか、早稲田ですか」
「違います」
青年は微笑した。
「大島学校です」「故郷の小学校です、私立小学です」
彼は、小学校しか出ていなかったのである。人々は笑い出した。嘲りの色を浮かべる者もいた。
しかし、彼は毅然と続ける。
「僕はオックスフォードにもハーバードにも帝国大学にも早稲田にも三田にも高等商業学校にも居たことは無いのです」
「斯う申すと、諸君は妙にお取になるかも知れませんが、僕はこれでも窃かに大島小学校出身ということを誇って居るのです。又た心から感謝して居るので御座います」
彼は、愛する母校の創立者が、無名でありながら、どれほどすばらしい人物であるかを、なみいるエリートたちに、堂々と語っていった。
その小学校の校訓は、ただ一言、「日の出を見よ」であった。
すなわち、"朝日が波を躍り出るような元気"をもて! 堂々たる勢いと、あくまでも気高い心で、一日一日を、全力を尽くして働こう! という指針である。
この創立の教えを胸に、青年は、同窓生とともに友情も固く生きぬいてきたのである。
その話を聞き、最後には皆、深く感銘し、ぜひ、その創立者に会ってみたい、と口々に語る——そういう物語である。
ともあれ、相手が誰人であろうとも、怯んではならない。臆してもならない。いわんや、嫉妬など絶対にする必要はない。「妬まない」ということが「一流の人格」の証である。
仏法では「本有無作」と説く。要するに"はたらかさず、つくろわず、もとのまま"である。本然のわが生命を「最高最善」に輝かせていく生き方である。
すましたり、気取ったり、いばったりしないで、ありのままの姿で、「人間らしく」いくのである。
「私は、こういう人間ですが、一生懸命、頑張ります。どうか、なんでも遠慮なく言ってください。一緒に前進しましょう!」
日南の大海原のような、こういう広々とした境涯になったら、勝ちである。
自由自在である。小さな、狭いエゴに固まったり、つまらない意地を張っても、損をするだけである。
◇「智慧」で道を開く
〈池田先生は未来を見すえ、激動の時代は「価値創造」の新世紀であると強調。同窓生こそ、新世紀を照らす太陽であるとたたえた〉
「言葉一つ」「言い方一つ」、そして「心一つ」で、人生は、どのようにでも悠々と開いていける。これが「智慧」である。
「知識」それ自体は、幸福ではない。「幸福」をつくるのは「智慧」である。
「知識」だけでは行き詰まりがある。「智慧」は行き詰まりがない。
「智慧」の水は、わが心の泉から限りなく汲み出していけるのである。
これからの激動の時代は、いよいよ「智慧」のある人が勝つ時代である。それが、「創価」すなわち「価値創造」の新世紀である。
トインビー博士も、名著『試練に立つ文明』のなかで、次のように論じておられた。
"生命であれ、社会であれ、新たなものを創造しようとする努力が、はじめから成功することなど、まったくありません。創造というのは、そんなに、なまやさしい仕事ではないのです。試行錯誤の過程を通して、はじめて究極の成功に達するのです。「悩みを通して、得られる智慧」によって、成功のチャンスがもたらされるのです。われわれ自身の努力を通じて、何らかの新しい「前例のない変化を歴史に与える道」が、われわれには開かれているのです"(深瀬基寛訳、『トインビー著作集』5所収、社会思想社、参照)と。
諸君こそ、「新しい世紀を照らす太陽」である。社会の中で光り、社会の中で、厳然と勝っていただきたい。
何があっても戦う。何があっても負けない。これが、創価魂である。
結びに、アメリカのロングフェローの詩を贈りたい。
「おお、このような世の中で恐れるな、
そうすればやがて君はかならず知るだろう、
苦しみに耐えて強くあることが
どんなに崇高なことであるかを」(「星の光」大和資雄訳、『世界名詩集大成』11所収、平凡社)
2021年9月13日月曜日
2021.09.13 わが友に贈る
新聞休刊日
中興入道消息 P1333
『彼の人は年ふりたる上心かしこく身もたのしくて国の人にも人とをもはれたり』
【通解】
その人は、年齢を重ねた上に、心が賢く、身も壮健で、社会の人々からも人格者として尊敬を集めていた。
☆世界広布の本陣・総本部 池田先生ご夫妻が近隣友好に尽力
あす12日で、1966年(昭和41年)に池田大作先生ご夫妻が、総本部の置かれる東京・新宿区信濃町に転居してから55周年を迎える。
転居は、大田区の小林町の自宅が道路拡張による区画整理の対象となったことがきっかけ。それを機に、信濃町に居を構えることになった。
先生は、"自身が住んでいる地域を愛し、地域に貢献し、そこを常寂光土としていくことが仏法者の使命である"と、自ら率先して近隣友好・地域貢献に力を注いだ。
総本部の敷地で開催されてきた「信濃町ふるさと盆踊り大会」は、先生が近隣と築いた信頼が出発点だ。ある時、信濃町商店振興会から「町内で盆踊りをしたい」との相談が。先生は即座に賛成し、協力を約束。85年に第1回が開かれ、コロナ禍前の2019年までに34回、行われている。
◇わが地域を「和楽の町」「繁栄の都」に
先生の"地域を大切にする心"は、恩師・戸田城聖先生から受け継いだもの。古くからの屋敷町で歴史に名を刻む著名人、文化人が数多く住む信濃町。戸田先生は、1953年に学会本部が西神田からこの地に移転して以来、町内をあいさつに回るなど、池田先生と共に近隣友好に心を砕いた。
恩師の思いを胸に池田先生は、転居する前から池田勇人総理や日中友好の先覚者である高碕達之助氏ら、各界の名士と対話を広げてきた。
「身土不二」——仏法では、自身と国土、人間と地域は一体であると説く。"郷土こそ世界の縮図""わが地域を「和楽の町」「繁栄の都」に"との強き祈りと実践の中に、広宣流布と立正安国の道が開かれることを忘れまい。
〈長編詩「本陣に永遠の栄光あれ勝利あれ」から抜粋〉
おお 信の濃き町よ!
一九五三年(昭和二十八年)
この地に 二代会長は
本部を定めたり
あの懐かしい洋館
師弟不二の同志の歓喜
賑やかな同志の語り合い
そして
決意に満ちた唱題の声
確信あふるる決意の声
尊貴な心は
新宿に高まり
信濃町に躍った
新しい偉大な歴史が始まった
やがて 私は
新宿 南元支部の一員になった
なんと 嬉しく
なんと 名誉なことであろうか
近隣の同志が
わが家の仏間を いっぱいにして
楽しく語り
明るい座談会をしたことも
今は 懐かしい
私の そして わが家の
広宣流布の激戦は
この地 新宿で
この町 信濃町で
展開されたことは
永遠の歴史と 薫るに違いない
☆教学随想 日蓮仏法の視座 生命尊厳を時代精神に
女性平和文化会議議長 小松法子
無意識の偏見の克服へ 自他共に輝く青春の日々を歩む
◇憎しみの連鎖
私たち青年部は今夏、広島・長崎・沖縄で、「戦争・被爆証言を聞く会」を開催し、オンラインで全国をつなぎ、不戦の誓いを新たにしてきました。証言してくださった方たちは、思い出したくもないであろう悲痛な戦争体験を語り、恒久平和への切実な願いを、青年部に託してくださいました。
今も地球上では紛争の渦中で苦しむ人々がいます。その意味で、現代を生きる私たちにとって「戦争」は決して過去の出来事ではありません。
証言会に参加された方からは、「世界平和のために、自分にできることが必ずあると確信した」「小さなことでも、自分にできることから始めていきたい」等の声が多く寄せられました。皆さん、何か行動を起こしたいと決意されていました。
今いる場所で、私たちにできること——それは、目の前の一人を理解していく努力ではないでしょうか。
アメリカ創価大学の学生だった時、私にとって忘れられない出来事がありました。
2013年(平成25年)9月、ケニアの首都・ナイロビでテロ事件が起こり、67人もの死者が出たのです。そのニュースに大きなショックを受け、「なぜ、人間が人間を殺すのか」「憎しみの連鎖を断つにはどうすればよいのか」と真剣に悩みました。
同時に、"今、私にできることは、世界中から集まった多様な学生と友情を育むことで、異文化間に平和の懸け橋を築いていくことだ"と、使命を深く自覚しました。
◇普遍性と共通性
大学に入学した当初、私の何げない質問で友人を不快にさせてしまったことがありました。日本人が皆、和食や着物、相撲観戦を好むとは限らないように、サッカーが嫌いなブラジル人がいても当然です。にもかかわらず、相手の国や文化の特徴にとらわれて、無意識のうちに"ラベル"を貼って接していたことが原因でした。
人はどうしても、自分と異なる人に"ラベル"を貼り、個人を判断しようとしがちです。これが、「無意識の偏見」です。それでは、他者への無理解やステレオタイプ(固定観念)を助長しかねません。
さまざまな文化を持つ友人たちとの大学生活では、「差異」と同様に、人間としての「普遍性」「共通性」に目を向ける大切さを学びました。
例えば、相手をよく知らないうちは、「○○○人の女性」など、出身国にひも付けて相手を見ていました。しかし、相手の好きなものや性格、将来の夢を知るうちに、その人を"同じ一人の人間"として理解できるようになります。
相手の個性を知り、"その人の代わりになる人は、世界のどこを探してもいない"と思えることで、深い友情を結ぶことができました。
人は誰しも生まれ育った環境によって、ある種の固定観念が育まれます。それに合わない他者への偏見を持っています。また、知らない相手への恐怖ゆえ、誤った先入観が肥大してしまう場合もあります。差別を生み出す、こうした偏見から完全に逃れる手段はないのかもしれません。
だからこそ、自身に対して「固定観念にとらわれてはいないか」「相手の思いを考慮しているか」と常に問い続けていくことが大切です。
◇万人に宝塔を見いだす
池田先生は、小説『新・人間革命』第30巻〈下〉で、東西冷戦下の複雑な国際情勢を憂慮し、「分断は分断を促進させる。ゆえに、人間という普遍的な共通項に立ち返ろうとする、統合の哲学の確立が求められる」とつづられています。
「人間という普遍的な共通項」に立ち返るとはどういうことか——ここでは、法華経で説かれる「宝塔」について、日蓮大聖人が門下に送られたお手紙から拝察したいと思います。
宝塔とは、法華経の虚空会の儀式に登場する、金・銀などの七宝で飾られた巨大な塔のことです。その大きさは、高さ五百由旬、幅二百五十由旬——一説には、地球の直径の3分の1から半分にも及ぶといわれる宝塔は、万人に具わる、仏界の生命の偉大さを表したものであると拝されます。
大聖人は次のように仰せです。
「末法に入って法華経を持つ男女の・すがたより外には宝塔なきなり、若し然れば貴賤上下をえらばず南無妙法蓮華経と・となうるものは我が身宝塔にして我が身又多宝如来なり」(御書1304ページ)
「男女の・すがたより外には」「貴賤上下をえらばず」とあるように、性別や社会的立場など、一切の差異を超え、仏の尊極な生命が、"ほかならぬあなた自身の胸中に具わっています"と大聖人は教えられています。
ここに、万人が等しく尊い存在である、との大聖人の人間観が輝いています。この究極の平等思想、人間尊敬の思想が、あらゆる悲惨をなくすための希望の源泉であると感じます。
◇変革は一人から
人類が、紛争に加え、新型コロナウイルスの感染拡大という困難に直面している今、分断や憎悪が表面化する場面があります。SNSでの誹謗・中傷問題も深刻です。
一人一人の尊厳を認め合う社会を築くために、重要な役割を果たすのが人権教育です。
本年は、「人権教育および研修に関する国連宣言」の採択から10年。これまでもSGI(創価学会インタナショナル)は、人権教育を市民社会の中で推進してきました。
SGIは、国連人権高等弁務官事務所などと共に、映画「尊厳への道——人権教育の力」を制作。映画では、女性が虐げられる慣習に苦しんだインドの少女が、教師に相談したことで人権教育が広まり、人々の意識変革につながった事例などが紹介されています。映画には一貫して「変革は一人から始まる」とのメッセージが込められています。
今月行われた「青年不戦サミット」(第30回青年平和連絡協議会)でも、一人一人が今いる場所で"平和の旗手"になっていくことを確認し合いました。
サミットに際し、先生は「一日の命は三千界の財にもすぎて候なり」(御書986ページ)との御文を拝し、「太陽の仏法を実践して一日また一日、かけがえのない青春の生命を自他共に明るく輝かせていくこと自体、不戦への挑戦です」とメッセージを贈ってくださいました。
わが身が宝塔である、尊い「宝」であると自身が生命の尊厳に目覚めることで、縁する人にも宝塔を見いだすことができます。
自分とあらゆる人の生命が尊い「宝」であり、生命の宝塔を輝かせていく——ここに、自他共の幸福を築いていくための大切な挑戦があると確信します。
目の前の一人と友情を結び、生命尊厳の哲学を時代精神へと高めゆくことが、地球上の全人類の幸福をつくることになると確信し、学会活動や草の根の平和運動に励んでいきます。
中興入道消息 P1333
『彼の人は年ふりたる上心かしこく身もたのしくて国の人にも人とをもはれたり』
【通解】
その人は、年齢を重ねた上に、心が賢く、身も壮健で、社会の人々からも人格者として尊敬を集めていた。
☆世界広布の本陣・総本部 池田先生ご夫妻が近隣友好に尽力
あす12日で、1966年(昭和41年)に池田大作先生ご夫妻が、総本部の置かれる東京・新宿区信濃町に転居してから55周年を迎える。
転居は、大田区の小林町の自宅が道路拡張による区画整理の対象となったことがきっかけ。それを機に、信濃町に居を構えることになった。
先生は、"自身が住んでいる地域を愛し、地域に貢献し、そこを常寂光土としていくことが仏法者の使命である"と、自ら率先して近隣友好・地域貢献に力を注いだ。
総本部の敷地で開催されてきた「信濃町ふるさと盆踊り大会」は、先生が近隣と築いた信頼が出発点だ。ある時、信濃町商店振興会から「町内で盆踊りをしたい」との相談が。先生は即座に賛成し、協力を約束。85年に第1回が開かれ、コロナ禍前の2019年までに34回、行われている。
◇わが地域を「和楽の町」「繁栄の都」に
先生の"地域を大切にする心"は、恩師・戸田城聖先生から受け継いだもの。古くからの屋敷町で歴史に名を刻む著名人、文化人が数多く住む信濃町。戸田先生は、1953年に学会本部が西神田からこの地に移転して以来、町内をあいさつに回るなど、池田先生と共に近隣友好に心を砕いた。
恩師の思いを胸に池田先生は、転居する前から池田勇人総理や日中友好の先覚者である高碕達之助氏ら、各界の名士と対話を広げてきた。
「身土不二」——仏法では、自身と国土、人間と地域は一体であると説く。"郷土こそ世界の縮図""わが地域を「和楽の町」「繁栄の都」に"との強き祈りと実践の中に、広宣流布と立正安国の道が開かれることを忘れまい。
〈長編詩「本陣に永遠の栄光あれ勝利あれ」から抜粋〉
おお 信の濃き町よ!
一九五三年(昭和二十八年)
この地に 二代会長は
本部を定めたり
あの懐かしい洋館
師弟不二の同志の歓喜
賑やかな同志の語り合い
そして
決意に満ちた唱題の声
確信あふるる決意の声
尊貴な心は
新宿に高まり
信濃町に躍った
新しい偉大な歴史が始まった
やがて 私は
新宿 南元支部の一員になった
なんと 嬉しく
なんと 名誉なことであろうか
近隣の同志が
わが家の仏間を いっぱいにして
楽しく語り
明るい座談会をしたことも
今は 懐かしい
私の そして わが家の
広宣流布の激戦は
この地 新宿で
この町 信濃町で
展開されたことは
永遠の歴史と 薫るに違いない
☆教学随想 日蓮仏法の視座 生命尊厳を時代精神に
女性平和文化会議議長 小松法子
無意識の偏見の克服へ 自他共に輝く青春の日々を歩む
◇憎しみの連鎖
私たち青年部は今夏、広島・長崎・沖縄で、「戦争・被爆証言を聞く会」を開催し、オンラインで全国をつなぎ、不戦の誓いを新たにしてきました。証言してくださった方たちは、思い出したくもないであろう悲痛な戦争体験を語り、恒久平和への切実な願いを、青年部に託してくださいました。
今も地球上では紛争の渦中で苦しむ人々がいます。その意味で、現代を生きる私たちにとって「戦争」は決して過去の出来事ではありません。
証言会に参加された方からは、「世界平和のために、自分にできることが必ずあると確信した」「小さなことでも、自分にできることから始めていきたい」等の声が多く寄せられました。皆さん、何か行動を起こしたいと決意されていました。
今いる場所で、私たちにできること——それは、目の前の一人を理解していく努力ではないでしょうか。
アメリカ創価大学の学生だった時、私にとって忘れられない出来事がありました。
2013年(平成25年)9月、ケニアの首都・ナイロビでテロ事件が起こり、67人もの死者が出たのです。そのニュースに大きなショックを受け、「なぜ、人間が人間を殺すのか」「憎しみの連鎖を断つにはどうすればよいのか」と真剣に悩みました。
同時に、"今、私にできることは、世界中から集まった多様な学生と友情を育むことで、異文化間に平和の懸け橋を築いていくことだ"と、使命を深く自覚しました。
◇普遍性と共通性
大学に入学した当初、私の何げない質問で友人を不快にさせてしまったことがありました。日本人が皆、和食や着物、相撲観戦を好むとは限らないように、サッカーが嫌いなブラジル人がいても当然です。にもかかわらず、相手の国や文化の特徴にとらわれて、無意識のうちに"ラベル"を貼って接していたことが原因でした。
人はどうしても、自分と異なる人に"ラベル"を貼り、個人を判断しようとしがちです。これが、「無意識の偏見」です。それでは、他者への無理解やステレオタイプ(固定観念)を助長しかねません。
さまざまな文化を持つ友人たちとの大学生活では、「差異」と同様に、人間としての「普遍性」「共通性」に目を向ける大切さを学びました。
例えば、相手をよく知らないうちは、「○○○人の女性」など、出身国にひも付けて相手を見ていました。しかし、相手の好きなものや性格、将来の夢を知るうちに、その人を"同じ一人の人間"として理解できるようになります。
相手の個性を知り、"その人の代わりになる人は、世界のどこを探してもいない"と思えることで、深い友情を結ぶことができました。
人は誰しも生まれ育った環境によって、ある種の固定観念が育まれます。それに合わない他者への偏見を持っています。また、知らない相手への恐怖ゆえ、誤った先入観が肥大してしまう場合もあります。差別を生み出す、こうした偏見から完全に逃れる手段はないのかもしれません。
だからこそ、自身に対して「固定観念にとらわれてはいないか」「相手の思いを考慮しているか」と常に問い続けていくことが大切です。
◇万人に宝塔を見いだす
池田先生は、小説『新・人間革命』第30巻〈下〉で、東西冷戦下の複雑な国際情勢を憂慮し、「分断は分断を促進させる。ゆえに、人間という普遍的な共通項に立ち返ろうとする、統合の哲学の確立が求められる」とつづられています。
「人間という普遍的な共通項」に立ち返るとはどういうことか——ここでは、法華経で説かれる「宝塔」について、日蓮大聖人が門下に送られたお手紙から拝察したいと思います。
宝塔とは、法華経の虚空会の儀式に登場する、金・銀などの七宝で飾られた巨大な塔のことです。その大きさは、高さ五百由旬、幅二百五十由旬——一説には、地球の直径の3分の1から半分にも及ぶといわれる宝塔は、万人に具わる、仏界の生命の偉大さを表したものであると拝されます。
大聖人は次のように仰せです。
「末法に入って法華経を持つ男女の・すがたより外には宝塔なきなり、若し然れば貴賤上下をえらばず南無妙法蓮華経と・となうるものは我が身宝塔にして我が身又多宝如来なり」(御書1304ページ)
「男女の・すがたより外には」「貴賤上下をえらばず」とあるように、性別や社会的立場など、一切の差異を超え、仏の尊極な生命が、"ほかならぬあなた自身の胸中に具わっています"と大聖人は教えられています。
ここに、万人が等しく尊い存在である、との大聖人の人間観が輝いています。この究極の平等思想、人間尊敬の思想が、あらゆる悲惨をなくすための希望の源泉であると感じます。
◇変革は一人から
人類が、紛争に加え、新型コロナウイルスの感染拡大という困難に直面している今、分断や憎悪が表面化する場面があります。SNSでの誹謗・中傷問題も深刻です。
一人一人の尊厳を認め合う社会を築くために、重要な役割を果たすのが人権教育です。
本年は、「人権教育および研修に関する国連宣言」の採択から10年。これまでもSGI(創価学会インタナショナル)は、人権教育を市民社会の中で推進してきました。
SGIは、国連人権高等弁務官事務所などと共に、映画「尊厳への道——人権教育の力」を制作。映画では、女性が虐げられる慣習に苦しんだインドの少女が、教師に相談したことで人権教育が広まり、人々の意識変革につながった事例などが紹介されています。映画には一貫して「変革は一人から始まる」とのメッセージが込められています。
今月行われた「青年不戦サミット」(第30回青年平和連絡協議会)でも、一人一人が今いる場所で"平和の旗手"になっていくことを確認し合いました。
サミットに際し、先生は「一日の命は三千界の財にもすぎて候なり」(御書986ページ)との御文を拝し、「太陽の仏法を実践して一日また一日、かけがえのない青春の生命を自他共に明るく輝かせていくこと自体、不戦への挑戦です」とメッセージを贈ってくださいました。
わが身が宝塔である、尊い「宝」であると自身が生命の尊厳に目覚めることで、縁する人にも宝塔を見いだすことができます。
自分とあらゆる人の生命が尊い「宝」であり、生命の宝塔を輝かせていく——ここに、自他共の幸福を築いていくための大切な挑戦があると確信します。
目の前の一人と友情を結び、生命尊厳の哲学を時代精神へと高めゆくことが、地球上の全人類の幸福をつくることになると確信し、学会活動や草の根の平和運動に励んでいきます。
2021年9月12日日曜日
2021.09.12 わが友に贈る
◇今週のことば
師子王の心で戦う時
「必ず仏になるべし」
御本仏の大闘争に続き
難を乗り越える信心を。
わが発迹顕本を共々に!
2021年9月12日
松野殿御返事 P1383
『何なる鬼畜なりとも法華経の一偈一句をも説かん者をば「当に起ちて遠く迎えて当に仏を敬うが如くすべし」の道理なれば仏の如く互に敬うべし、例せば宝塔品の時の釈迦多宝の如くなるべし』
【通解】
どのような悪鬼・畜生であっても、法華経の一偈一句を説く者に対しては「まさに、心から礼を尽くして遠くより出迎え、まさに仏を敬うようにしなさい」との、経の道理であるゆえに、仏法を持った者は、仏に仕えるごとく、互いに尊敬しあうべきである。
たとえば、法華経宝塔品の儀式のとき、釈迦多宝が半座を分けて釈迦仏を迎え、二仏が並座したように、たがいに尊敬しあわなければならない。
名字の言 刀鍛冶・吉原義人さんが語る「良い刀を作る急所」 2021年9月12日
高温の鋼から不純物をたたき出して、強度を上げる工程を「鍛錬」という。当代随一の刀鍛冶・吉原義人さんは、その重要性を本紙で語った。「良い刀を作れるかの急所」「少しでも手を抜いたり妥協すれば、いいもんはできない」▼御書に「鉄を念入りに鍛え打てば、内部の疵が表面に現れてくる」(1083ページ、通解)と。疵である"宿命"を転換し、人間革命するために、競い起こる障魔や難と戦い、勝つ。これが「信心の鍛錬」である▼日蓮大聖人は、立宗宣言に踏み切られるまで、葛藤を繰り返された。正法を説けば大難が起こる。門下は耐えられるか。だが、仏になるには諸難を乗り越えねばならない。ゆえに正法を説かれた▼大聖人は門下を慈愛の心で励ましつつ、徹底して鍛錬された。自らが迫害に耐え抜き、正法を弘める姿を通し、法華経の行者の在り方も示された▼750年前、大聖人は竜の口の法難を勝ち越え、発迹顕本された。池田先生は語る。「私どもは毎朝・毎夕、発迹顕本しているのです。久遠の大生命を己心にわき立たせて、広宣流布へと前進している。それ自体が、総じては、日々、寿量品を身で読んでいることに通じるのです」と。さあ、わが広布の使命を果たす「時」である。
寸鉄 2021年9月12日
竜の口の法難から750年。死身弘法の闘魂は三代に脈々。立正安国の志高く
埼玉の日。彩の国に地涌の勇者は陸続と。鉄桶の団結で新しき常勝の扉を
閉ざされた青年であってはならぬ—恩師。後継よ進んで対話を!拡大を!
御書「一大三千界にいたらざる所なし」。さあ確信の祈り今日も。宇宙の日
ゲーム時間長い子は学力低い傾向—調査。家庭で規則決め。未来の宝守れ
☆希望の指針——池田先生の指導に学ぶ 立正安国�
◇仏法は現実を変革する力
連載「希望の指針——池田先生の指導に学ぶ」では、テーマごとに珠玉の指導・激励を紹介します。今回は小説『人間革命』『新・人間革命』から、「立正安国」(全4回予定)の第1回を掲載します。
【宗教の使命とは?】 広宣流布は人類への「貢献活動」
<1954年(昭和29年)、戸田城聖は政治・経済・教育など、社会のあらゆる分野に広布の人材を輩出しようと「文化部」を設置。翌年、各界で活躍する同志を文化部員に任命し、その代表を4月の統一地方選挙の候補者に推薦した>
広宣流布の活動は、宗教革命を基本として、それによって、広く人類社会に貢献する活動である。日蓮大聖人の仏法が、行き詰まった現実の社会を見事に蘇生させることを目的とする以上、この宗教活動が、いつか社会化していくことは必然の道程であった。社会の各分野で活躍する人材を輩出していくという戸田城聖の構想は、水滸会や身近にいる幹部との会話で、しばしば語られていたが、政治改革は、未聞の活動領域であっただけに、現実の問題として認識する人は、ほとんどいなかったといってよい。戸田の壮大な構想を耳にしても、心地よいユートピアの夢物語として、歓喜するにすぎなかった。
そのなかで、師弟不二の道程を着々と歩んできていた山本伸一だけが、戸田の予言的展望を脳裏に刻んで、秘められた理想を現実化するための、うかがい知れぬ多くの辛労を、戸田と共に分かち合っていたのである。構想が未聞であっただけに、辛労の質もまた未聞であった。(中略)
この新しい展開に示された戸田の構想は、最初から人類の文化活動全般に向けられていた。それは、人間の幸福の実現をめざす日蓮大聖人の仏法の実践展開として、必然的なことであった。したがって、文化部の活動は、政治の分野に限られるものではない。もっと広範な社会的分野における活動が、意図されていたのである。
創価学会の存在を際立たせているものは、日蓮大聖人の仏法の唯一の正統派として、広宣流布を掲げ、立正安国をめざす実践活動に尽きるのである。この実践活動は即、一人の人間に人間革命をもたらす実践でもあった。
自らの生命を革命したといっても、社会に生きる一社会人であることには変わりはない。その一人ひとりが、社会建設の新しい力を発揮していくはずである。そして、この慈悲の哲理を掲げた運動の波動は波動を呼び、やがて社会のあらゆる分野を潤していくことになるのも確かなことだ。いかにそれが、遠い道のりに思われようと、他に確実な方途がない以上、確信のあるこの道を、真っしぐらに進むよりほかに使命の完遂はない。
戸田城聖は、広宣流布のはるかなる道程をつぶさに思いつつ、文化部の手塩にかけた要員をもって、社会を覚醒させる第一歩を踏み出したことに、油断のない配慮を、あらためて重ねなければならなかった。
(『人間革命』第9巻「展開」の章、179〜181ページ)
【立正安国の目指すもの】 人間の幸福のための社会を築く
<1961年(昭和36年)8月、創価学会恒例の夏季講習会が開かれる。講習会の中心となったのは、山本伸一の「立正安国論」講義であった。伸一は、御書を拝し、気迫と情熱を込めて講義していった>
「立正安国とは、わかりやすくいえば、真実のヒューマニズムの哲理を根本に、一人ひとりが自らの人間革命を行い、社会の繁栄と世界の平和を創造する主体者となっていくということです。
日蓮大聖人の御一代の弘法は、『立正安国論に始まり、立正安国論に終わる』と言われております。
大聖人が、この『立正安国論』をお認めになった目的は、地震や洪水、飢餓、疫病などに苦しみ喘ぐ、民衆の救済にありました。そして、そのために、まことの人間の道を説く仏法という生命の哲理を流布し、人間自身の革命をめざされたのです。つまり、一人ひとりの悪の心を滅し、善の心を生じさせ、知恵の眼を開かせて、利己から利他へ、破壊から創造へと、人間の一念を転換する戦いを起こされた。
なぜなら、人間こそが、いっさいの根本であるからです。肥沃な大地には、草木が繁茂する。同様に、人間の生命の大地が耕されれば、そこには、平和、文化の豊かな実りが生まれるからであります……」
(中略)
「社会の混乱や悲惨な現実をもたらす原因は、人間という原点を忘れた考え方に、皆が心を奪われていくことにあります。
現在、日本にあっては、昨年の新安保条約の成立以来、政治不信、政治離れが起こり、人びとの関心は、経済に向かっている。
確かに、党利党略に終始し、実力行使や強行採決など、議会制民主主義を踏みにじる現在の政治を見ていれば、国民が失望し、不信をいだくのも当然かもしれない。それも、政治家が民衆の幸福を、人間という原点を忘れているからです。しかし、だからといって国民が政治に無関心になって、監視を怠れば、政治の腐敗はさらに進んでいく。
また、人間を忘れた経済も冷酷です。ただ利潤第一主義、経済第一主義に走れば、社会はどうなるか。豊かにはなっても、人心はすさみ、自然環境の破壊も起こり、結局、人びとが苦しむことになります。
科学の世界にあっても、科学万能主義に陥れば、その進歩は、かえって、人間性を奪い、人間を脅かすものになっていきます。
ヒューマニズムに帰れ——これが、現代的にいえば日蓮大聖人の主張です。そして、政治や経済、科学に限らず、教育も、芸術も、社会のすべての営みを、人間の幸福のために生かしていく原理が、立正安国なのであります」
(『新・人間革命』第4巻「立正安国」の章、284〜287ページ)
◇【創価学会の目的】 地上から"悲惨"の二字を根絶へ
<1961年(昭和36年)8月の、夏季講習会で「立正安国論」を講義した山本伸一は、「須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か」(御書31ページ)の御文を拝し、力強く訴える>
四表とは、東西南北の四方であり、広く社会を、また、世界をさす。
「この意味は、『当然のこととして、一身の安堵、つまり、個人の安泰を願うならば、まず、四表、すなわち、社会の安定、世界の平和を祈るべきである』ということです。
ここには、仏法者の姿勢が明確に示されている。
自分の安らぎのみを願って、自己の世界にこもるのではなく、人びとの苦悩を解決し、社会の繁栄と平和を築くことを祈っていってこそ、人間の道であり、真の宗教者といえます。
社会を離れて、仏法はない。宗教が社会から遊離して、ただ来世の安穏だけを願うなら、それは、既に死せる宗教です。本当の意味での人間のための宗教ではありません。
ところが、日本にあっては、それが宗教であるかのような認識がある。宗教が権力によって、骨抜きにされてきたからです」
(中略)
「世の中の繁栄と平和を築いていく要諦は、ここに示されているように、社会の安穏を祈る人間の心であり、一人ひとりの生命の変革による"個"の確立にあります。
そして、社会の安穏を願い、周囲の人びとを思いやる心は、必然的に、社会建設への自覚を促し、行動となっていかざるを得ない。
創価学会の目的は、この『立正安国論』に示されているように、平和な社会の実現にあります。この地上から、戦争を、貧困を、飢餓を、病苦を、差別を、あらゆる"悲惨"の二字を根絶していくことが、私たちの使命です。
そこで、大事になってくるのが、そのために、現実に何をするかである。実践がなければ、すべては夢物語であり、観念です。
具体的な実践にあたっては、各人がそれぞれの立場で、考え、行動していくことが原則ですが、ある場合には、学会が母体となって、文化や平和の交流機関などをつくることも必要でしょう。また、たとえば、人間のための政治を実現するためには、人格高潔な人物を政界に送るとともに、一人ひとりが政治を監視していくことも必要です。(中略)
また、そうした社会的な問題については、さまざまな意見があって当然です。試行錯誤もあるでしょう。しかし、根本は『四表の静謐』を祈る心であり、人間が人間らしく、楽しく幸福に生きゆくために、人間を第一義とする思想を確立することです。
さらに、その心を、思想を深く社会に浸透させ、人間の凱歌の時代を創ることが、私どもの願いであり、立正安国の精神なのです」
(『新・人間革命』第4巻「立正安国」の章、287〜289ページ)
師子王の心で戦う時
「必ず仏になるべし」
御本仏の大闘争に続き
難を乗り越える信心を。
わが発迹顕本を共々に!
2021年9月12日
松野殿御返事 P1383
『何なる鬼畜なりとも法華経の一偈一句をも説かん者をば「当に起ちて遠く迎えて当に仏を敬うが如くすべし」の道理なれば仏の如く互に敬うべし、例せば宝塔品の時の釈迦多宝の如くなるべし』
【通解】
どのような悪鬼・畜生であっても、法華経の一偈一句を説く者に対しては「まさに、心から礼を尽くして遠くより出迎え、まさに仏を敬うようにしなさい」との、経の道理であるゆえに、仏法を持った者は、仏に仕えるごとく、互いに尊敬しあうべきである。
たとえば、法華経宝塔品の儀式のとき、釈迦多宝が半座を分けて釈迦仏を迎え、二仏が並座したように、たがいに尊敬しあわなければならない。
名字の言 刀鍛冶・吉原義人さんが語る「良い刀を作る急所」 2021年9月12日
高温の鋼から不純物をたたき出して、強度を上げる工程を「鍛錬」という。当代随一の刀鍛冶・吉原義人さんは、その重要性を本紙で語った。「良い刀を作れるかの急所」「少しでも手を抜いたり妥協すれば、いいもんはできない」▼御書に「鉄を念入りに鍛え打てば、内部の疵が表面に現れてくる」(1083ページ、通解)と。疵である"宿命"を転換し、人間革命するために、競い起こる障魔や難と戦い、勝つ。これが「信心の鍛錬」である▼日蓮大聖人は、立宗宣言に踏み切られるまで、葛藤を繰り返された。正法を説けば大難が起こる。門下は耐えられるか。だが、仏になるには諸難を乗り越えねばならない。ゆえに正法を説かれた▼大聖人は門下を慈愛の心で励ましつつ、徹底して鍛錬された。自らが迫害に耐え抜き、正法を弘める姿を通し、法華経の行者の在り方も示された▼750年前、大聖人は竜の口の法難を勝ち越え、発迹顕本された。池田先生は語る。「私どもは毎朝・毎夕、発迹顕本しているのです。久遠の大生命を己心にわき立たせて、広宣流布へと前進している。それ自体が、総じては、日々、寿量品を身で読んでいることに通じるのです」と。さあ、わが広布の使命を果たす「時」である。
寸鉄 2021年9月12日
竜の口の法難から750年。死身弘法の闘魂は三代に脈々。立正安国の志高く
埼玉の日。彩の国に地涌の勇者は陸続と。鉄桶の団結で新しき常勝の扉を
閉ざされた青年であってはならぬ—恩師。後継よ進んで対話を!拡大を!
御書「一大三千界にいたらざる所なし」。さあ確信の祈り今日も。宇宙の日
ゲーム時間長い子は学力低い傾向—調査。家庭で規則決め。未来の宝守れ
☆希望の指針——池田先生の指導に学ぶ 立正安国�
◇仏法は現実を変革する力
連載「希望の指針——池田先生の指導に学ぶ」では、テーマごとに珠玉の指導・激励を紹介します。今回は小説『人間革命』『新・人間革命』から、「立正安国」(全4回予定)の第1回を掲載します。
【宗教の使命とは?】 広宣流布は人類への「貢献活動」
<1954年(昭和29年)、戸田城聖は政治・経済・教育など、社会のあらゆる分野に広布の人材を輩出しようと「文化部」を設置。翌年、各界で活躍する同志を文化部員に任命し、その代表を4月の統一地方選挙の候補者に推薦した>
広宣流布の活動は、宗教革命を基本として、それによって、広く人類社会に貢献する活動である。日蓮大聖人の仏法が、行き詰まった現実の社会を見事に蘇生させることを目的とする以上、この宗教活動が、いつか社会化していくことは必然の道程であった。社会の各分野で活躍する人材を輩出していくという戸田城聖の構想は、水滸会や身近にいる幹部との会話で、しばしば語られていたが、政治改革は、未聞の活動領域であっただけに、現実の問題として認識する人は、ほとんどいなかったといってよい。戸田の壮大な構想を耳にしても、心地よいユートピアの夢物語として、歓喜するにすぎなかった。
そのなかで、師弟不二の道程を着々と歩んできていた山本伸一だけが、戸田の予言的展望を脳裏に刻んで、秘められた理想を現実化するための、うかがい知れぬ多くの辛労を、戸田と共に分かち合っていたのである。構想が未聞であっただけに、辛労の質もまた未聞であった。(中略)
この新しい展開に示された戸田の構想は、最初から人類の文化活動全般に向けられていた。それは、人間の幸福の実現をめざす日蓮大聖人の仏法の実践展開として、必然的なことであった。したがって、文化部の活動は、政治の分野に限られるものではない。もっと広範な社会的分野における活動が、意図されていたのである。
創価学会の存在を際立たせているものは、日蓮大聖人の仏法の唯一の正統派として、広宣流布を掲げ、立正安国をめざす実践活動に尽きるのである。この実践活動は即、一人の人間に人間革命をもたらす実践でもあった。
自らの生命を革命したといっても、社会に生きる一社会人であることには変わりはない。その一人ひとりが、社会建設の新しい力を発揮していくはずである。そして、この慈悲の哲理を掲げた運動の波動は波動を呼び、やがて社会のあらゆる分野を潤していくことになるのも確かなことだ。いかにそれが、遠い道のりに思われようと、他に確実な方途がない以上、確信のあるこの道を、真っしぐらに進むよりほかに使命の完遂はない。
戸田城聖は、広宣流布のはるかなる道程をつぶさに思いつつ、文化部の手塩にかけた要員をもって、社会を覚醒させる第一歩を踏み出したことに、油断のない配慮を、あらためて重ねなければならなかった。
(『人間革命』第9巻「展開」の章、179〜181ページ)
【立正安国の目指すもの】 人間の幸福のための社会を築く
<1961年(昭和36年)8月、創価学会恒例の夏季講習会が開かれる。講習会の中心となったのは、山本伸一の「立正安国論」講義であった。伸一は、御書を拝し、気迫と情熱を込めて講義していった>
「立正安国とは、わかりやすくいえば、真実のヒューマニズムの哲理を根本に、一人ひとりが自らの人間革命を行い、社会の繁栄と世界の平和を創造する主体者となっていくということです。
日蓮大聖人の御一代の弘法は、『立正安国論に始まり、立正安国論に終わる』と言われております。
大聖人が、この『立正安国論』をお認めになった目的は、地震や洪水、飢餓、疫病などに苦しみ喘ぐ、民衆の救済にありました。そして、そのために、まことの人間の道を説く仏法という生命の哲理を流布し、人間自身の革命をめざされたのです。つまり、一人ひとりの悪の心を滅し、善の心を生じさせ、知恵の眼を開かせて、利己から利他へ、破壊から創造へと、人間の一念を転換する戦いを起こされた。
なぜなら、人間こそが、いっさいの根本であるからです。肥沃な大地には、草木が繁茂する。同様に、人間の生命の大地が耕されれば、そこには、平和、文化の豊かな実りが生まれるからであります……」
(中略)
「社会の混乱や悲惨な現実をもたらす原因は、人間という原点を忘れた考え方に、皆が心を奪われていくことにあります。
現在、日本にあっては、昨年の新安保条約の成立以来、政治不信、政治離れが起こり、人びとの関心は、経済に向かっている。
確かに、党利党略に終始し、実力行使や強行採決など、議会制民主主義を踏みにじる現在の政治を見ていれば、国民が失望し、不信をいだくのも当然かもしれない。それも、政治家が民衆の幸福を、人間という原点を忘れているからです。しかし、だからといって国民が政治に無関心になって、監視を怠れば、政治の腐敗はさらに進んでいく。
また、人間を忘れた経済も冷酷です。ただ利潤第一主義、経済第一主義に走れば、社会はどうなるか。豊かにはなっても、人心はすさみ、自然環境の破壊も起こり、結局、人びとが苦しむことになります。
科学の世界にあっても、科学万能主義に陥れば、その進歩は、かえって、人間性を奪い、人間を脅かすものになっていきます。
ヒューマニズムに帰れ——これが、現代的にいえば日蓮大聖人の主張です。そして、政治や経済、科学に限らず、教育も、芸術も、社会のすべての営みを、人間の幸福のために生かしていく原理が、立正安国なのであります」
(『新・人間革命』第4巻「立正安国」の章、284〜287ページ)
◇【創価学会の目的】 地上から"悲惨"の二字を根絶へ
<1961年(昭和36年)8月の、夏季講習会で「立正安国論」を講義した山本伸一は、「須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か」(御書31ページ)の御文を拝し、力強く訴える>
四表とは、東西南北の四方であり、広く社会を、また、世界をさす。
「この意味は、『当然のこととして、一身の安堵、つまり、個人の安泰を願うならば、まず、四表、すなわち、社会の安定、世界の平和を祈るべきである』ということです。
ここには、仏法者の姿勢が明確に示されている。
自分の安らぎのみを願って、自己の世界にこもるのではなく、人びとの苦悩を解決し、社会の繁栄と平和を築くことを祈っていってこそ、人間の道であり、真の宗教者といえます。
社会を離れて、仏法はない。宗教が社会から遊離して、ただ来世の安穏だけを願うなら、それは、既に死せる宗教です。本当の意味での人間のための宗教ではありません。
ところが、日本にあっては、それが宗教であるかのような認識がある。宗教が権力によって、骨抜きにされてきたからです」
(中略)
「世の中の繁栄と平和を築いていく要諦は、ここに示されているように、社会の安穏を祈る人間の心であり、一人ひとりの生命の変革による"個"の確立にあります。
そして、社会の安穏を願い、周囲の人びとを思いやる心は、必然的に、社会建設への自覚を促し、行動となっていかざるを得ない。
創価学会の目的は、この『立正安国論』に示されているように、平和な社会の実現にあります。この地上から、戦争を、貧困を、飢餓を、病苦を、差別を、あらゆる"悲惨"の二字を根絶していくことが、私たちの使命です。
そこで、大事になってくるのが、そのために、現実に何をするかである。実践がなければ、すべては夢物語であり、観念です。
具体的な実践にあたっては、各人がそれぞれの立場で、考え、行動していくことが原則ですが、ある場合には、学会が母体となって、文化や平和の交流機関などをつくることも必要でしょう。また、たとえば、人間のための政治を実現するためには、人格高潔な人物を政界に送るとともに、一人ひとりが政治を監視していくことも必要です。(中略)
また、そうした社会的な問題については、さまざまな意見があって当然です。試行錯誤もあるでしょう。しかし、根本は『四表の静謐』を祈る心であり、人間が人間らしく、楽しく幸福に生きゆくために、人間を第一義とする思想を確立することです。
さらに、その心を、思想を深く社会に浸透させ、人間の凱歌の時代を創ることが、私どもの願いであり、立正安国の精神なのです」
(『新・人間革命』第4巻「立正安国」の章、287〜289ページ)
2021年9月11日土曜日
2021.09.11 わが友に贈る
平和——それは
諦めや無力感との
間断なき戦いだ。
対話を、対話を、
それでも対話を!
四条金吾殿御消息 P1113
『かかる日蓮にともなひて法華経の行者として腹を切らんとの給う事かの弘演が腹をさいて主の懿公がきもを入れたるよりも百千万倍すぐれたる事なり、日蓮霊山にまいりてまづ四条金吾こそ法華経の御故に日蓮とをなじく腹切らんと申し候なりと申し上げ候べきぞ』
【通解】
このような日蓮にともなひて、法華経の行者として腹を切ろうと言われたことは、かの中国の弘演が自分の腹をさいて主人の懿公の肝を入れたことよりも、百千万倍すぐれたことである。
日蓮が霊山に詣でた時には、まず四条金吾こそ法華経の故に、この日蓮と同じように腹を切ろうとしたと言いましょう。
【先生の指導】
「法」の貴きゆえに、護法の「行動」もまた最高に尊い。皆さまの日々の広布への「行動」こそ、「大福運」を積み、「大境涯」を開きゆく行動であると確信していただきたい。
名字の言 「結」の心で守られてきた岐阜の白川郷 2021年9月11日
真冬の岐阜・白川郷を取材したことがある。茅葺き屋根の合掌造り集落が世界文化遺産になったのは、1995年。建物や景観と共に、村民の相互扶助の暮らしも評価されたという▼白川郷の美観は「結」と呼ばれる助け合いの精神によって守られてきた。合掌造りは豪雪に強い一方、屋根の葺き替えは重労働で1軒に数百人の力が必要だ。村民は手を携え、厳しい自然に打ち勝ってきた▼白川郷もコロナ禍と無縁ではない。明治創業の旅館は存続の危機に。地区部長の館主は信心で乗り越えると決めた。家族全員で朝の勤行から出発し、広布拡大にも奔走。やがて経営支援の輪が大きく広がった▼「何より同志の励ましにどれほど支えられたか」と館主。まだ苦境を脱したわけではない。思い出すのは90年9月に池田先生が白川郷の友に寄せた伝言だ。「みんな仲良く守り合って、村の発展のために頑張ってください」。地域の創価家族は師の言葉を再びかみ締め、「世界遺産の里を永遠に」と誓う▼「合掌造り」の名は掌を合わせて祈る姿が由来ともいう。御書に「題目を唱え奉る音は十方世界にとずかずと云う所なし」(808ページ)と。コロナ禍の中で苦闘する全国・全世界の友に届けと真剣な祈りを絶やすまい。
寸鉄 2021年9月11日
形式ではなく本当の心で御本尊にぶつかれ—恩師 壁を破る祈りから出発!
「米同時多発テロ」20年。分断から協調へ—人間の心を結ぶ善の連帯今こそ
「賢人は金の如く」御書 目の前の試練を勝ち越え真価が!青年よ勇み挑め
感染禍で最もストレスを感じているのは子を持つ母と。真心の励まし皆で
変異株でも接種の重症化 予防効果は変わらずと。正しく恐れ聡明な日々を
〈社説〉 2021・9・11 あす「竜の口の法難」満750年
◇"今いる場所"で「発迹顕本」を
「今夜頸切られへ・まかるなり、この数年が間・願いつる事これなり」(御書913ページ)、「今度頸を法華経に奉りて其の功徳を父母に回向せん其のあまりは弟子檀那等にはぶくべし」(同ページ)——武装した兵士たちに連行され、竜の口に向かわれる日蓮大聖人が、決死の覚悟でお供する四条金吾に語った言葉である。
頸の座に臨んだ大聖人は、落涙する金吾に言い放たれた。「不かくのとのばらかな・これほどの悦びをば・わらへかし」(同ページ)
なんと偉大な御境涯であろう。
あす9月12日は、大聖人が「発迹顕本」された「竜の口の法難」から満750年である。
「発迹顕本」とは、宿業や苦悩を抱えた凡夫という姿(迹)を開き、仏の境地を、凡夫の身のままで顕すことをいう。それは、人間を離れた超越的な存在になるのではない。大聖人も、凡夫の身を捨てられたわけではない。凡夫の身そのものに久遠の仏の生命を顕されたのである。
「竜の口の法難」における「発迹顕本」とは、大聖人が身をもって示された、"人間はかくも偉大なり!"との大宣言といえまいか。
大聖人御在世の当時、打ち続く天災に加え、疫病が流行し、凄惨な状況だった。現実を厭い、死後の安楽を説く思想がはびこり、人間から生きる力を奪っていた。大聖人の仏法は、この民衆の生命を覆う苦悩とあきらめの闇を破り、人間勝利へ"希望の太陽"の光を注いだのだ。
翻って今、コロナ禍の中、社会には不安や悲観、閉塞感が重く沈殿し、誰もが生きる力の危機に直面しているのではないか。
だからこそ、私たちも大聖人のごとく、民衆を目覚めさせる広布に生き抜き、胸中に大聖人と同じ仏の生命を涌現していきたい。
池田先生は「発迹顕本」について語っている。「捨てるべき迹とは『弱気』です。『臆病の心』です。大聖人は、『勇気』の本地の御姿を示すことで、発迹顕本を万人に示された。この大聖人の『勇気』の御心を、自身の決意として、あらゆる困難に莞爾として立ち向かっていくことが、今度は私たちの発迹顕本につながる」
今いる場所が「発迹顕本」の舞台である。今こそ題目を唱え、臆病の心をたたき出し、勇敢に戦い、久遠の生命を輝かせ、地域と社会を明るく照らしていきたい。
☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第4回 北陸
本年は、「桂冠詩人」の称号が池田先生に贈られてから40周年。連載企画「勇気の舞 凱歌の行進」では、先生がつづった長編詩を紹介します。第4回は、北陸の同志に詠んだ「大北陸に幸福の旭日よ輝け!」(2003年)です。
◇皆の未来の運命は勝利
昭和三十二年の十月
夢に見た
師の生まれ故郷を
初訪問した私は
金沢へ 高岡へ
そして富山へと走った。
一途にして真剣なる
求道の友と
膝詰めで語り続けた。
皆 かけがえのない
一騎当千の勇者であった。
私は心躍らせ
日記に記した。
「北陸にも
広布の響き始まる」
そして今
かくも堅固に聳え立った
地域の平和と幸福の城よ!
再び 私は
こう書き綴りたい。
「北陸に
広布の勝利の響きは
永遠なり!」と。
◆◇◆
北陸の勝利!
それは
烈しい日差しのなかも
金の汗を光らせ
そしてまた
白雪の吹きつけるなかも
頬を紅に火照らせながら
歩きに歩いた
決意と信念の勝利だ!
北陸の勝利!
それは
無理解と偏見の堆積を
掘り崩し
打ち破り
友の心に響くまで
語りに語り続けた
執念の勝利だ。
ああ
新しい歌声が聞こえてくる。
美しい愉快な
音楽が聞こえてくる。
豊かな勝利の
祝福の音楽が聞こえてくる。
◆◇◆
北陸の灯台となりゆく
皆様の未来の運命は
勝利だ!
そして裕福だ!
さらにまた
社会の柱となりゆく
皆様の惜しみなき活躍には
永遠の栄光を決定づける
自由と完勝が待っている。
さあ
名誉ある
北陸の天地のために
今日も
そして今年も
心ゆくまで楽しみながら
意義ある自分史を綴り
戦いを進めよう!
☆「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第12回 敢闘精神
◇椎地四郎殿御書
『これにつけても・いよいよ・はげまして法華経の功徳を得給うべし、師曠が耳・離婁が眼のやうに聞見させ給へ、末法には法華経の行者必ず出来すべし、但し大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし』(御書1448ページ1行目〜3行目)
◇池田先生の講義から
「師子王の如くなる心」を持つ人には、いかなる逆境にも希望を創り広げていく「勇気」が具わっています。一切を乗り越え、重い宿命の鉄鎖をも断ち切る「智慧」が湧きます。何ものにも負けない「力」があるのです。
◆◇◆
私たちは、宿命を使命に変えるという「宿命転換」即「人間革命」の大哲理を持っています。それは、過去に呪縛されるのではなく、過去は受け継ぎつつも、それでもなお、自らの一念の変革でその意味を変え、自身の行動で価値を創造し、現在のこの瞬間から、新たな人生を断固として切り開くことを可能にする哲学です。
◆◇◆
今この瞬間から、再びチャンスを開く。新たなチャレンジを始める。このように、どんな苦難に突き当たろうとも、「負けじ魂」を燃やして立ち上がるのが、創価の勇者です。その胸に脈打っているのが、「いまだこりず候」(御書1056ページ)との御聖訓に連なる不撓不屈の学会精神です。
◆◇◆
いかなる人の人生も、自分自身の「物語」を書きつづっているのではないでしょうか。(中略)どんなことから書き始めるか、どんな波瀾万丈の筋書きにするか、どういう逆転劇を描くか、一切を自分で決めていくのです。
(『世界広布新時代の指針』から)
中井暢一 関東長
◇敢えて闘う勇気の信心を
本年、関東は幾重にも意義深い佳節を刻んでいます。
日蓮大聖人が千葉にお生まれになり、数えで800年。
牧口先生が茨城を訪れ、青年教育者と共に座談会に出席されて85周年。
戸田先生が、戦後初の地方指導の第一歩を栃木にしるされて75周年。
池田先生が、恩師の名代として埼玉で御書講義を開始されて70周年。
「人材の王国 使命の群馬」との永遠のモットーが発表されてから35周年。
先生は後年、「関東には、恐れなき敢闘精神がある」とたたえてくださいました。
学会にとっても大事な一年である本年。いかなる苦難にも、"いよいよの信心"で立ち上がることを教えられた「椎地四郎殿御書」を拝し、「敢えて闘う」「敢えて一歩踏み出す」敢闘精神をみなぎらせて、立正安国の対話に打って出ていきたいと思います。
◇君自身が成長しているか
創価大学3年だった1980年(昭和55年)11月、思いがけず池田先生との出会いが。先生は「これからは君たちの時代だ。あとはしっかり頼むよ!」と語られました。当時は、第3代会長を辞任された翌年。"生涯、何があろうと先生の弟子として広布に戦う"と誓いました。
先生は本抄の講義の中で、学会の同志が、苦難に直面するたびに、「今こそ成長の時だ!」と、「強盛の信心」を燃え上がらせ、人生の道を切り開いてきた事実を強調され、現在のこの瞬間から、新たな人生を断固として切り開いていく「本因妙の生き方」を教えてくださっています。
私自身、創大卒業後、専門商社に入社し、ほどなくして営業の部署へ。"社会で実証を"と奮闘しました。しかし、なかなか結果が出ない日々。あまりに多忙で会合にも参加できず、心身共に疲労困憊し、仕事にも活動にも中途半端になっている自分がいました。先輩に指導を求めると、"大事なことは、君自身が成長しているか。信心の歓喜がみなぎっているか、ということだよ"と。
はっとしました。表面的なことにとらわれ、広布への一念が揺らいでいた自分に気付いたのです。
先生は講義の中で、「根本的に宿命を転換していくためには、どうすればよいか。『法華経の行者』として、広宣流布の大願に戦い抜くことです」と教えてくださっています。
私は"全てをやり切り、成長しよう"と腹を決め、朝は誰よりも早く出勤し、一日の予定を綿密に立てました。日々真剣に仕事と活動に取り組む中で、喜びを実感するように。営業の成績は次第に向上し、やがて上司からも深い信頼を寄せてもらえるようになりました。強き信心に立てば、いかなる苦境も勝ち開いていけると確信した体験です。
◇金剛不壊の生命
今この時に生まれ、広布に生きる私たちにとって、病苦や経済苦など、目の前に現れてくる全ての苦難は、仏という大境涯を勝ち開くためのチャンスです。"これ以上は何もできない""もう無理だ"と思うような壁にぶち当たった時こそ、人間革命の勝負どころなのです。私たちは試練に直面するたびに、いよいよ強盛な信心を燃え上がらせたい。師子王の心で前進する生命には、勇気と智慧と力が湧き上がる——この先生の講義を心に刻みたいと思います。
私自身、コロナ禍の中で「立正安国論」を改めて研さんしました。災害が打ち続き、疫病がはびこる中、国主諫暁に打って出られた大聖人。社会の安穏、民衆の幸福のために、敢えて戦いを起こす——この精神は永遠に忘れてはなりません。先の見えない不安が社会を覆う今こそ、目の前の一人にどこまでも寄り添いながら、正義の対話で、善の連帯を拡大していこうではありませんか。
先生は、関東の同志への長編詩の中で、「私と共に 師子奮迅の力で 金剛不壊の大功徳の生命を 創り飾ってくれ給え!」と呼び掛けられました。
今この時に敢闘精神を燃やして戦うことが、決して崩れることのない金剛不壊の自分を築き、創立100周年への大道を開くことになります。
一日一日、全力で人間革命に挑み、栄光の11・18「創立記念日」を勝ち飾っていきましょう!
◇メモ
「椎地四郎殿御書」は、弘長元年(1261年)に鎌倉から椎地四郎に送られたとされる御消息。人物についての詳細は不明だが、四条金吾や富木常忍に宛てた御書に、椎地四郎の名があることから、同志と共に地道に弘教に励んできた人物だと推察される。本抄では、何らかの重要な情報を報告した椎地四郎に対し、大聖人御自身でも確認されたところ、まさしく椎地四郎が伝えてきた通りであったと称賛された上で、"いよいよ"の心で一段と信心に励み、功徳を受け切っていくよう御教示されている。師曠とは、中国・周の音楽家で耳がよかった。離婁とは、中国古代の伝説上の人物で、目が非常によかったとされる。
諦めや無力感との
間断なき戦いだ。
対話を、対話を、
それでも対話を!
四条金吾殿御消息 P1113
『かかる日蓮にともなひて法華経の行者として腹を切らんとの給う事かの弘演が腹をさいて主の懿公がきもを入れたるよりも百千万倍すぐれたる事なり、日蓮霊山にまいりてまづ四条金吾こそ法華経の御故に日蓮とをなじく腹切らんと申し候なりと申し上げ候べきぞ』
【通解】
このような日蓮にともなひて、法華経の行者として腹を切ろうと言われたことは、かの中国の弘演が自分の腹をさいて主人の懿公の肝を入れたことよりも、百千万倍すぐれたことである。
日蓮が霊山に詣でた時には、まず四条金吾こそ法華経の故に、この日蓮と同じように腹を切ろうとしたと言いましょう。
【先生の指導】
「法」の貴きゆえに、護法の「行動」もまた最高に尊い。皆さまの日々の広布への「行動」こそ、「大福運」を積み、「大境涯」を開きゆく行動であると確信していただきたい。
名字の言 「結」の心で守られてきた岐阜の白川郷 2021年9月11日
真冬の岐阜・白川郷を取材したことがある。茅葺き屋根の合掌造り集落が世界文化遺産になったのは、1995年。建物や景観と共に、村民の相互扶助の暮らしも評価されたという▼白川郷の美観は「結」と呼ばれる助け合いの精神によって守られてきた。合掌造りは豪雪に強い一方、屋根の葺き替えは重労働で1軒に数百人の力が必要だ。村民は手を携え、厳しい自然に打ち勝ってきた▼白川郷もコロナ禍と無縁ではない。明治創業の旅館は存続の危機に。地区部長の館主は信心で乗り越えると決めた。家族全員で朝の勤行から出発し、広布拡大にも奔走。やがて経営支援の輪が大きく広がった▼「何より同志の励ましにどれほど支えられたか」と館主。まだ苦境を脱したわけではない。思い出すのは90年9月に池田先生が白川郷の友に寄せた伝言だ。「みんな仲良く守り合って、村の発展のために頑張ってください」。地域の創価家族は師の言葉を再びかみ締め、「世界遺産の里を永遠に」と誓う▼「合掌造り」の名は掌を合わせて祈る姿が由来ともいう。御書に「題目を唱え奉る音は十方世界にとずかずと云う所なし」(808ページ)と。コロナ禍の中で苦闘する全国・全世界の友に届けと真剣な祈りを絶やすまい。
寸鉄 2021年9月11日
形式ではなく本当の心で御本尊にぶつかれ—恩師 壁を破る祈りから出発!
「米同時多発テロ」20年。分断から協調へ—人間の心を結ぶ善の連帯今こそ
「賢人は金の如く」御書 目の前の試練を勝ち越え真価が!青年よ勇み挑め
感染禍で最もストレスを感じているのは子を持つ母と。真心の励まし皆で
変異株でも接種の重症化 予防効果は変わらずと。正しく恐れ聡明な日々を
〈社説〉 2021・9・11 あす「竜の口の法難」満750年
◇"今いる場所"で「発迹顕本」を
「今夜頸切られへ・まかるなり、この数年が間・願いつる事これなり」(御書913ページ)、「今度頸を法華経に奉りて其の功徳を父母に回向せん其のあまりは弟子檀那等にはぶくべし」(同ページ)——武装した兵士たちに連行され、竜の口に向かわれる日蓮大聖人が、決死の覚悟でお供する四条金吾に語った言葉である。
頸の座に臨んだ大聖人は、落涙する金吾に言い放たれた。「不かくのとのばらかな・これほどの悦びをば・わらへかし」(同ページ)
なんと偉大な御境涯であろう。
あす9月12日は、大聖人が「発迹顕本」された「竜の口の法難」から満750年である。
「発迹顕本」とは、宿業や苦悩を抱えた凡夫という姿(迹)を開き、仏の境地を、凡夫の身のままで顕すことをいう。それは、人間を離れた超越的な存在になるのではない。大聖人も、凡夫の身を捨てられたわけではない。凡夫の身そのものに久遠の仏の生命を顕されたのである。
「竜の口の法難」における「発迹顕本」とは、大聖人が身をもって示された、"人間はかくも偉大なり!"との大宣言といえまいか。
大聖人御在世の当時、打ち続く天災に加え、疫病が流行し、凄惨な状況だった。現実を厭い、死後の安楽を説く思想がはびこり、人間から生きる力を奪っていた。大聖人の仏法は、この民衆の生命を覆う苦悩とあきらめの闇を破り、人間勝利へ"希望の太陽"の光を注いだのだ。
翻って今、コロナ禍の中、社会には不安や悲観、閉塞感が重く沈殿し、誰もが生きる力の危機に直面しているのではないか。
だからこそ、私たちも大聖人のごとく、民衆を目覚めさせる広布に生き抜き、胸中に大聖人と同じ仏の生命を涌現していきたい。
池田先生は「発迹顕本」について語っている。「捨てるべき迹とは『弱気』です。『臆病の心』です。大聖人は、『勇気』の本地の御姿を示すことで、発迹顕本を万人に示された。この大聖人の『勇気』の御心を、自身の決意として、あらゆる困難に莞爾として立ち向かっていくことが、今度は私たちの発迹顕本につながる」
今いる場所が「発迹顕本」の舞台である。今こそ題目を唱え、臆病の心をたたき出し、勇敢に戦い、久遠の生命を輝かせ、地域と社会を明るく照らしていきたい。
☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第4回 北陸
本年は、「桂冠詩人」の称号が池田先生に贈られてから40周年。連載企画「勇気の舞 凱歌の行進」では、先生がつづった長編詩を紹介します。第4回は、北陸の同志に詠んだ「大北陸に幸福の旭日よ輝け!」(2003年)です。
◇皆の未来の運命は勝利
昭和三十二年の十月
夢に見た
師の生まれ故郷を
初訪問した私は
金沢へ 高岡へ
そして富山へと走った。
一途にして真剣なる
求道の友と
膝詰めで語り続けた。
皆 かけがえのない
一騎当千の勇者であった。
私は心躍らせ
日記に記した。
「北陸にも
広布の響き始まる」
そして今
かくも堅固に聳え立った
地域の平和と幸福の城よ!
再び 私は
こう書き綴りたい。
「北陸に
広布の勝利の響きは
永遠なり!」と。
◆◇◆
北陸の勝利!
それは
烈しい日差しのなかも
金の汗を光らせ
そしてまた
白雪の吹きつけるなかも
頬を紅に火照らせながら
歩きに歩いた
決意と信念の勝利だ!
北陸の勝利!
それは
無理解と偏見の堆積を
掘り崩し
打ち破り
友の心に響くまで
語りに語り続けた
執念の勝利だ。
ああ
新しい歌声が聞こえてくる。
美しい愉快な
音楽が聞こえてくる。
豊かな勝利の
祝福の音楽が聞こえてくる。
◆◇◆
北陸の灯台となりゆく
皆様の未来の運命は
勝利だ!
そして裕福だ!
さらにまた
社会の柱となりゆく
皆様の惜しみなき活躍には
永遠の栄光を決定づける
自由と完勝が待っている。
さあ
名誉ある
北陸の天地のために
今日も
そして今年も
心ゆくまで楽しみながら
意義ある自分史を綴り
戦いを進めよう!
☆「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第12回 敢闘精神
◇椎地四郎殿御書
『これにつけても・いよいよ・はげまして法華経の功徳を得給うべし、師曠が耳・離婁が眼のやうに聞見させ給へ、末法には法華経の行者必ず出来すべし、但し大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし』(御書1448ページ1行目〜3行目)
◇池田先生の講義から
「師子王の如くなる心」を持つ人には、いかなる逆境にも希望を創り広げていく「勇気」が具わっています。一切を乗り越え、重い宿命の鉄鎖をも断ち切る「智慧」が湧きます。何ものにも負けない「力」があるのです。
◆◇◆
私たちは、宿命を使命に変えるという「宿命転換」即「人間革命」の大哲理を持っています。それは、過去に呪縛されるのではなく、過去は受け継ぎつつも、それでもなお、自らの一念の変革でその意味を変え、自身の行動で価値を創造し、現在のこの瞬間から、新たな人生を断固として切り開くことを可能にする哲学です。
◆◇◆
今この瞬間から、再びチャンスを開く。新たなチャレンジを始める。このように、どんな苦難に突き当たろうとも、「負けじ魂」を燃やして立ち上がるのが、創価の勇者です。その胸に脈打っているのが、「いまだこりず候」(御書1056ページ)との御聖訓に連なる不撓不屈の学会精神です。
◆◇◆
いかなる人の人生も、自分自身の「物語」を書きつづっているのではないでしょうか。(中略)どんなことから書き始めるか、どんな波瀾万丈の筋書きにするか、どういう逆転劇を描くか、一切を自分で決めていくのです。
(『世界広布新時代の指針』から)
中井暢一 関東長
◇敢えて闘う勇気の信心を
本年、関東は幾重にも意義深い佳節を刻んでいます。
日蓮大聖人が千葉にお生まれになり、数えで800年。
牧口先生が茨城を訪れ、青年教育者と共に座談会に出席されて85周年。
戸田先生が、戦後初の地方指導の第一歩を栃木にしるされて75周年。
池田先生が、恩師の名代として埼玉で御書講義を開始されて70周年。
「人材の王国 使命の群馬」との永遠のモットーが発表されてから35周年。
先生は後年、「関東には、恐れなき敢闘精神がある」とたたえてくださいました。
学会にとっても大事な一年である本年。いかなる苦難にも、"いよいよの信心"で立ち上がることを教えられた「椎地四郎殿御書」を拝し、「敢えて闘う」「敢えて一歩踏み出す」敢闘精神をみなぎらせて、立正安国の対話に打って出ていきたいと思います。
◇君自身が成長しているか
創価大学3年だった1980年(昭和55年)11月、思いがけず池田先生との出会いが。先生は「これからは君たちの時代だ。あとはしっかり頼むよ!」と語られました。当時は、第3代会長を辞任された翌年。"生涯、何があろうと先生の弟子として広布に戦う"と誓いました。
先生は本抄の講義の中で、学会の同志が、苦難に直面するたびに、「今こそ成長の時だ!」と、「強盛の信心」を燃え上がらせ、人生の道を切り開いてきた事実を強調され、現在のこの瞬間から、新たな人生を断固として切り開いていく「本因妙の生き方」を教えてくださっています。
私自身、創大卒業後、専門商社に入社し、ほどなくして営業の部署へ。"社会で実証を"と奮闘しました。しかし、なかなか結果が出ない日々。あまりに多忙で会合にも参加できず、心身共に疲労困憊し、仕事にも活動にも中途半端になっている自分がいました。先輩に指導を求めると、"大事なことは、君自身が成長しているか。信心の歓喜がみなぎっているか、ということだよ"と。
はっとしました。表面的なことにとらわれ、広布への一念が揺らいでいた自分に気付いたのです。
先生は講義の中で、「根本的に宿命を転換していくためには、どうすればよいか。『法華経の行者』として、広宣流布の大願に戦い抜くことです」と教えてくださっています。
私は"全てをやり切り、成長しよう"と腹を決め、朝は誰よりも早く出勤し、一日の予定を綿密に立てました。日々真剣に仕事と活動に取り組む中で、喜びを実感するように。営業の成績は次第に向上し、やがて上司からも深い信頼を寄せてもらえるようになりました。強き信心に立てば、いかなる苦境も勝ち開いていけると確信した体験です。
◇金剛不壊の生命
今この時に生まれ、広布に生きる私たちにとって、病苦や経済苦など、目の前に現れてくる全ての苦難は、仏という大境涯を勝ち開くためのチャンスです。"これ以上は何もできない""もう無理だ"と思うような壁にぶち当たった時こそ、人間革命の勝負どころなのです。私たちは試練に直面するたびに、いよいよ強盛な信心を燃え上がらせたい。師子王の心で前進する生命には、勇気と智慧と力が湧き上がる——この先生の講義を心に刻みたいと思います。
私自身、コロナ禍の中で「立正安国論」を改めて研さんしました。災害が打ち続き、疫病がはびこる中、国主諫暁に打って出られた大聖人。社会の安穏、民衆の幸福のために、敢えて戦いを起こす——この精神は永遠に忘れてはなりません。先の見えない不安が社会を覆う今こそ、目の前の一人にどこまでも寄り添いながら、正義の対話で、善の連帯を拡大していこうではありませんか。
先生は、関東の同志への長編詩の中で、「私と共に 師子奮迅の力で 金剛不壊の大功徳の生命を 創り飾ってくれ給え!」と呼び掛けられました。
今この時に敢闘精神を燃やして戦うことが、決して崩れることのない金剛不壊の自分を築き、創立100周年への大道を開くことになります。
一日一日、全力で人間革命に挑み、栄光の11・18「創立記念日」を勝ち飾っていきましょう!
◇メモ
「椎地四郎殿御書」は、弘長元年(1261年)に鎌倉から椎地四郎に送られたとされる御消息。人物についての詳細は不明だが、四条金吾や富木常忍に宛てた御書に、椎地四郎の名があることから、同志と共に地道に弘教に励んできた人物だと推察される。本抄では、何らかの重要な情報を報告した椎地四郎に対し、大聖人御自身でも確認されたところ、まさしく椎地四郎が伝えてきた通りであったと称賛された上で、"いよいよ"の心で一段と信心に励み、功徳を受け切っていくよう御教示されている。師曠とは、中国・周の音楽家で耳がよかった。離婁とは、中国古代の伝説上の人物で、目が非常によかったとされる。
2021年9月10日金曜日
2021.09.10 わが友に贈る
近隣との絆を大切に。
「何か困っていないか」
「力になれる事はないか」
真心あふれる声掛けで
支え合う地域を築こう!
本因妙抄 P874
『彼の天台大師には三千人の弟子ありて章安一人朗然なり、伝教大師は三千人の衆徒を置く義真已後は其れ無きが如し、今以て此くの如し数輩の弟子有りと雖も疑心無く正義を伝うる者は希にして一二の小石の如し』
【通解】
かの天台大師には、三千人の弟子がいたが、章安一人だけが同じ明朗な悟りを得ている。伝教大師は、三千人の多くの門下を置いたが、一番弟子の義真の後は、同じ悟りを継ぐ人はいなかった。今も、それと同じようなものである。幾人かの弟子がいるといっても、疑う心がなく、正義を伝える者は希であって、一、二の小石のようなものだ。
名字の言 人は「ことばで色をぬる絵描きさん」 2021年9月10日
詩人の矢崎節夫さんが教えてくれた。言葉には色があり、人は「ことばで色をぬる絵描きさん」と(『金子みすゞ・ことばのまど あなたはあなたでいいの』ポプラ社)▼高校時代に体調を崩し、人と会うことができない時期が長く続いた友がいる。ある時、主治医が言った。「あなたはあえて苦しみを背負い、世の中に出てきた宝の人です。よくならないわけがありません。自分にしかできない、素晴らしい物語をつづっていってください」▼この言葉が友の心に届いた。家族や周囲の協力を得て数年前から農業の道へ。少しずつ元気を取り戻し、今年、JAの広報誌に「輝く農の人」と紹介された。「私は今、自分にしかできない『人間革命の物語』の第一歩を踏み出したように思います」▼言葉の色とは、言葉を発する人の「心の色」だろう。相手を思う心が根底にあるから言葉は生きる。まさに「言と云うは心の思いを響かして声を顕すを云うなり」(御書563ページ)。同じ言葉でも、言葉を発する人の「心の色」次第で、受け止め方は全く異なってくる▼「自分の使うことばの色で、自分のこころと相手のこころのキャンバスに色をぬるのです」(前掲書)。心を磨き、すてきな色の言葉を届けたいと思う。
寸鉄 2021年9月10日
「足は経なり」御聖訓。広布の魂は行動の二字に脈動。今日も開拓の一歩
戦いには突進力がなければならぬ—恩師。全幹部が"対話の秋"へ勢いよく
適度な運動や会話で心身が元気に—医師。学会活動は健康作る最高の良薬
夕暮れ時の交通事故が増える季節。反射材や明るい色の服の着用等対策を
太陽系に「未知の惑星」が存在の可能性と。宇宙は不思議に満ちて。生命も
〈社説〉 2021・9・10 米同時多発テロから20年
◇対話で 分断と差別からの転換を
あす11日、米同時多発テロから20年を迎える。未曽有のテロ事件は、その後の世界に分断と差別が広がる発火点となった。
2001年10月、凶行に及んだテロ組織が潜伏するアフガニスタンに対し、米国が武力攻撃を開始。時のタリバン政権を打倒した。だが、去る8月、駐留米軍の撤退によりタリバンが再びアフガニスタンを掌握し、世界に衝撃を与えている。この20年間の評価は分かれ、歴史の審判を待たなければならないが、軍事介入の問題点を改めて浮き彫りにした。
アフガニスタンへの攻撃と同じ頃、欧米諸国でイスラム教徒に対するヘイトクライム(憎悪犯罪)が増加。米国では、それまで年30件弱だった同様の犯罪が、01年には481件に激増した。
その後、米国は03年のイラクへの攻撃など、長きにわたり「対テロ戦争」を継続していく。
この頃から、主に中東地域でテロ事件の件数が増加し、その流れは時を経て、過激派組織「イスラム国(IS)」の台頭とともに、世界に波及する。15年のパリ同時多発テロをはじめ、欧米などで凶悪なテロ事件が頻発。それらは、生まれ育った自国の社会に不満を持つ青年やイスラム系移民の2世として差別を受けていた若者ら、やり場のない屈折した気持ちを抱えていた者たちの犯行でもあった。
なぜ、テロは繰り返されるのか。千葉大学の酒井啓子教授は、著書『9・11後の現代史』(講談社)の中で「ISが衰退し、息が絶えたとしても、世界の至る所で疎外され鬱屈を抱えてドロップアウトする者が存在する限り、終息することはないだろう」と述べている。
誰にも認められず、地域や集団に溶け込むことができない人々の悲痛な叫びは、出自や人種に関係なく、ここ日本にも存在するのではないだろうか。
池田先生はかつて、SGI提言の中で「対話がなければ、人間は独善という暗闇の中を歩き続けねばならない。いわば、対話とは、その暗闇にあって互いの足元を照らし合い、歩むべき道を見出す灯火といえます」と綴った。
混迷を深める世界にあって、対話を軸に、万人平等の人間主義の旗を掲げ、進む創価学会の使命はいやまして大きい。目の前の一人との対話こそが、"人類にとって最重要の10年"を切り開く一歩だと確信して前進していきたい。
☆池田先生と共に 希望・勝利の師弟旅 仏法で人格の芯を固めよ 2021年8月31日
正義の青年は、もとより多事多難である。だからこそ、偉大な人格が鍛えられる。
日蓮大聖人は、若き南条時光を繰り返し励まされた。「たがふ事あらば・いよいよ悦びとこそおもひて」(御書1542ページ)等と。
思うようにいかないことがあればあるほど、いよいよ喜び勇んで剛胆に立ち向かうのだ。
この勇気ある不退の信心を受け継いでいるのが、創価の青年たちである。
◇ ◆ ◇
きょう8月31日は「学生部の日」。
さらに、9月9日の「女子学生部の日」も間近である。
感染症の拡大が続き、学業や生活や進路など万般にわたり、苦労が絶えないであろう。
その中で、男女学生部の友はスクラム凜々しく「行学の二道」に励み、「立正安国」の対話を広げている。皆、智勇と福智の哲学者だ。
イギリスの歴史学者・トインビー博士との懇談の折、21世紀の青年へ助言を求めると、一言、「忍耐強くあれ」と語られた。挑戦と応戦という視点から人類史を俯瞰されてきた博士の一つの結論である。
今、大仏法の生命尊厳の哲理を掲げて、現代文明からの挑戦に忍耐強く応戦している君たちこそ、新たな地球文明の黎明を告げる旭日なりと、私は讃えたい。
トインビー博士が、困難な時代のリーダーの要件に、
一、洞察力
一、節度
一、度量
一、持久力
の4点を挙げられていたことも、思い起こされる。
特に度量について博士は、苦しいことさえ楽しそうに耐え忍んで乗り越えていく達人芸のような力とされた。
「御義口伝」には、「今日蓮等の類いの修行は妙法蓮華経を修行するに難来るを以て安楽と意得可きなり」(御書750ページ)と仰せである。
大聖人が示された仏道修行の真髄を、生き生きと現実社会で展開しているのが、学会活動にほかならない。
学生部出身者の中には、コロナ禍の今、命を救う最前線である医療に従事している友もいる。
後継の若人たちも、地涌の使命の青春を思う存分、乱舞し、仏法で人格の芯を揺るぎなく固め、新時代の指導者群を築き上げていただきたい。
◇ ◆ ◇
宝の未来部の鳳雛たちも、新学期である。
一人ももれなく、健やかに、伸び伸びと安心して前進し、成長していけるように、これまで以上に、皆で題目を送り、応援していこう!
創価家族の「教育力」で、いやまして希望の未来を創り開いていくのだ。
☆「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第11回 絶対勝利の要諦
◇四条金吾殿御返事
『いかに日蓮いのり申すとも不信ならばぬれたる・ほくちに・火をうちかくるが・ごとくなるべし、はげみをなして強盛に信力をいだし給うべし』(御書1192ページ14行目〜15行目)
◇池田先生の講義から
どこまでも「師弟不二の心」で、「師弟一体の祈り」を貫き通していくことこそ、いかなる苦難や困難をも勝ち越えゆくための信心の要諦なのです。また、ここに「法華経の兵法」の肝要があります。
◆◇◆
「日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか」(御書1360ページ)と仰せのように、大聖人の大誓願をわが誓願として、民衆の幸福のために不二の心で立ち上がる人が「地涌の菩薩」です。「誓願の祈り」が、「誓願の人生」を築くのです。
現代において、この御聖訓の通りに、広宣流布のために立ち上がったのが、先師・牧口先生、恩師・戸田先生です。創価学会は、この偉大な師弟の誓願から出発したのです。
◆◇◆
最初は"自分のための祈り"だったものが、そのまま"師と同じ誓願の祈り"へと発展していく。それは「師匠に守られる弟子」から、「師匠と共に戦う弟子」への一大転換劇ともいえるでしょう。(中略)
「師弟」とは、目覚めた民衆の陣列を築く、師匠の「精神」と「行動」を共戦の弟子が継承していくことなのです。
(『調和と希望の仏法 「人間の宗教」の時代へ』から)
五十嵐真理子 信越女性部長
◇弟子の人間革命の劇を!
「恩師の生涯を、後世永遠に書き伝えることは、わが人生の使命なり!」——今回学ぶ、「四条金吾殿御返事」の講義の中で、池田先生は述べられました。
恩師の広布の生涯をつづる小説『人間革命』の執筆を決意され、師の構想を実現する弟子の戦いを記す『新・人間革命』を起稿・脱稿された天地こそ信越です。
この有縁の地で戦う私たちは、今一度、いかなる苦難にも負けない絶対勝利の信心の要諦である師弟誓願の祈りについて、学び深め、弟子の人間革命の歴史をつづっていきましょう。
◇地涌の「真の力」
先生は講義の中で、「師弟の祈りが一致しなければ、真の力は出せません」と述べられています。
婦人部本部長(当時)を務めていた時、広布拡大がなかなか進まず、悩んだ時期がありました。
"このままではいけない。池田先生なら、どうされるだろうか"と祈る中、先輩にも指導を受け、"誰かではない。私が境涯を開き、必ず勝利する"と決めました。以来、メンバーや友人一人一人の幸せを真剣に祈るとともに、自身が先頭に立って動きました。皆さんも勇気を奮って戦われ、結果として目標を大きく上回る弘教を達成できたのです。
何より、拡大に挑戦した皆さんが、人間革命した歓喜の体験をつかむことができました。皆で喜び合ったことは忘れることができません。
"師匠のために"との誓願の一念で立ち上がり、自身の祈りが、皆の幸福・勝利という師の祈りに合致した時、地涌の菩薩としての「真の力」が出るのだと痛感します。広布の戦いは、一人一人が人間革命し、さらなる幸福を勝ち開いていく好機にほかなりません。
◇久遠の誓いに立ち返る
先生はさらに講義の中で、「私たち学会員は、信心の年数に関係なく、誰もが等しく、久遠(はるかな昔。永遠・根源のこと)からの誓いで末法広宣流布のために出現した誉れの地涌の菩薩です」と強調されています。
今、この地涌の使命を自覚し、多くの友が立ち上がっておられます。
南信圏の山間地域で活躍する、ある地区女性部長は2年前、乳がんが判明。抗がん剤治療の末に寛解を告げられました。しかし昨年11月、検診で新たに大腸がんが見つかり、リンパまで転移している可能性もあることが分かりました。
動揺する心を抑え、池田先生にお手紙を書くと、先生からの激励の伝言が。"絶対勝ちます"と誓いを立て、祈りに祈りました。後日、手術のためにもう一度検査をすると、不思議なほど、がんが小さくなっていたのです。手術ではなく内視鏡治療へと切り替わりました。
病魔に負けまいと継続して祈り、先生の指導を読み進めていくと、"あなたには、この地域の広宣流布を成し遂げていく、尊い使命がある"との一節が彼女の目に留まりました。
"そうだ。私には、先生と共に広布に生き抜く使命がある! だから病気に負けるわけにはいかない"——まさに、久遠からの誓いに立ち返るような深い祈りを重ねる中、治療が功を奏し、彼女は健康を取り戻されたのです。
闘病の中で、未入会のご主人は信心に理解を深め、彼女の活動を応援してくれるように。地区でも、ヤング白ゆり世代の方が入会されたのをはじめ、青年部が転勤してくるなど、人材が躍動しています。先生が講義されている通り、師と同じ誓願の祈りへと、祈りが深まる中での勝利劇に大きな感動が広がっています。
◇屹立した信心
広布の使命。弟子としての自覚。
今、祈りの中で、こうした根源的なことに向き合い、主体者として立ち上がられている方が、たくさんおられます。単なる目標や決意といった次元を突き抜け、皆の幸福と勝利を願う師の心、師の誓願に迫る信心を、改めて、今こそ打ち立てていく時です。一人一人が屹立した信心に立てば、どんな三障四魔にも紛動されない師弟の人材山脈が築かれると確信します。
2008年(平成20年)8月24日、池田先生は信越代表者会議の席上、語られました。
「師匠がいるから、勝利の軌道を歩める。師匠がいるから、増上慢を打ち破れる。師匠がいるから、人間革命できるのだ」
さあ、師弟の真実を叫ぶ、正義と勇気の言論戦で、新しい広布の勝利へ勇んで前進する時! 共戦の魂が刻み込まれた信越には、その先頭を走る使命があります。
師弟誓願の祈りを強く、自分自身の「人間革命」のドラマをつづっていきましょう!
◇メモ
「四条金吾殿御返事」は、弘安2年(1279年)の御述作。主君の江間氏を折伏した結果、主君の不興を買った四条金吾は、日蓮大聖人の御指導通り、強盛な信心と主君への誠実を貫く。金吾は主君の信頼を回復し、以前の3倍に及ぶ領地を与えられたが、今度は成功をねたむ人々から命を狙われる。本抄は、その危機を乗り越えた報告に対する御返事である。別名「法華経兵法事」。師と同じく、弟子が今一重、強盛な信心を奮い起こしていくことを教えられている。
「何か困っていないか」
「力になれる事はないか」
真心あふれる声掛けで
支え合う地域を築こう!
本因妙抄 P874
『彼の天台大師には三千人の弟子ありて章安一人朗然なり、伝教大師は三千人の衆徒を置く義真已後は其れ無きが如し、今以て此くの如し数輩の弟子有りと雖も疑心無く正義を伝うる者は希にして一二の小石の如し』
【通解】
かの天台大師には、三千人の弟子がいたが、章安一人だけが同じ明朗な悟りを得ている。伝教大師は、三千人の多くの門下を置いたが、一番弟子の義真の後は、同じ悟りを継ぐ人はいなかった。今も、それと同じようなものである。幾人かの弟子がいるといっても、疑う心がなく、正義を伝える者は希であって、一、二の小石のようなものだ。
名字の言 人は「ことばで色をぬる絵描きさん」 2021年9月10日
詩人の矢崎節夫さんが教えてくれた。言葉には色があり、人は「ことばで色をぬる絵描きさん」と(『金子みすゞ・ことばのまど あなたはあなたでいいの』ポプラ社)▼高校時代に体調を崩し、人と会うことができない時期が長く続いた友がいる。ある時、主治医が言った。「あなたはあえて苦しみを背負い、世の中に出てきた宝の人です。よくならないわけがありません。自分にしかできない、素晴らしい物語をつづっていってください」▼この言葉が友の心に届いた。家族や周囲の協力を得て数年前から農業の道へ。少しずつ元気を取り戻し、今年、JAの広報誌に「輝く農の人」と紹介された。「私は今、自分にしかできない『人間革命の物語』の第一歩を踏み出したように思います」▼言葉の色とは、言葉を発する人の「心の色」だろう。相手を思う心が根底にあるから言葉は生きる。まさに「言と云うは心の思いを響かして声を顕すを云うなり」(御書563ページ)。同じ言葉でも、言葉を発する人の「心の色」次第で、受け止め方は全く異なってくる▼「自分の使うことばの色で、自分のこころと相手のこころのキャンバスに色をぬるのです」(前掲書)。心を磨き、すてきな色の言葉を届けたいと思う。
寸鉄 2021年9月10日
「足は経なり」御聖訓。広布の魂は行動の二字に脈動。今日も開拓の一歩
戦いには突進力がなければならぬ—恩師。全幹部が"対話の秋"へ勢いよく
適度な運動や会話で心身が元気に—医師。学会活動は健康作る最高の良薬
夕暮れ時の交通事故が増える季節。反射材や明るい色の服の着用等対策を
太陽系に「未知の惑星」が存在の可能性と。宇宙は不思議に満ちて。生命も
〈社説〉 2021・9・10 米同時多発テロから20年
◇対話で 分断と差別からの転換を
あす11日、米同時多発テロから20年を迎える。未曽有のテロ事件は、その後の世界に分断と差別が広がる発火点となった。
2001年10月、凶行に及んだテロ組織が潜伏するアフガニスタンに対し、米国が武力攻撃を開始。時のタリバン政権を打倒した。だが、去る8月、駐留米軍の撤退によりタリバンが再びアフガニスタンを掌握し、世界に衝撃を与えている。この20年間の評価は分かれ、歴史の審判を待たなければならないが、軍事介入の問題点を改めて浮き彫りにした。
アフガニスタンへの攻撃と同じ頃、欧米諸国でイスラム教徒に対するヘイトクライム(憎悪犯罪)が増加。米国では、それまで年30件弱だった同様の犯罪が、01年には481件に激増した。
その後、米国は03年のイラクへの攻撃など、長きにわたり「対テロ戦争」を継続していく。
この頃から、主に中東地域でテロ事件の件数が増加し、その流れは時を経て、過激派組織「イスラム国(IS)」の台頭とともに、世界に波及する。15年のパリ同時多発テロをはじめ、欧米などで凶悪なテロ事件が頻発。それらは、生まれ育った自国の社会に不満を持つ青年やイスラム系移民の2世として差別を受けていた若者ら、やり場のない屈折した気持ちを抱えていた者たちの犯行でもあった。
なぜ、テロは繰り返されるのか。千葉大学の酒井啓子教授は、著書『9・11後の現代史』(講談社)の中で「ISが衰退し、息が絶えたとしても、世界の至る所で疎外され鬱屈を抱えてドロップアウトする者が存在する限り、終息することはないだろう」と述べている。
誰にも認められず、地域や集団に溶け込むことができない人々の悲痛な叫びは、出自や人種に関係なく、ここ日本にも存在するのではないだろうか。
池田先生はかつて、SGI提言の中で「対話がなければ、人間は独善という暗闇の中を歩き続けねばならない。いわば、対話とは、その暗闇にあって互いの足元を照らし合い、歩むべき道を見出す灯火といえます」と綴った。
混迷を深める世界にあって、対話を軸に、万人平等の人間主義の旗を掲げ、進む創価学会の使命はいやまして大きい。目の前の一人との対話こそが、"人類にとって最重要の10年"を切り開く一歩だと確信して前進していきたい。
☆池田先生と共に 希望・勝利の師弟旅 仏法で人格の芯を固めよ 2021年8月31日
正義の青年は、もとより多事多難である。だからこそ、偉大な人格が鍛えられる。
日蓮大聖人は、若き南条時光を繰り返し励まされた。「たがふ事あらば・いよいよ悦びとこそおもひて」(御書1542ページ)等と。
思うようにいかないことがあればあるほど、いよいよ喜び勇んで剛胆に立ち向かうのだ。
この勇気ある不退の信心を受け継いでいるのが、創価の青年たちである。
◇ ◆ ◇
きょう8月31日は「学生部の日」。
さらに、9月9日の「女子学生部の日」も間近である。
感染症の拡大が続き、学業や生活や進路など万般にわたり、苦労が絶えないであろう。
その中で、男女学生部の友はスクラム凜々しく「行学の二道」に励み、「立正安国」の対話を広げている。皆、智勇と福智の哲学者だ。
イギリスの歴史学者・トインビー博士との懇談の折、21世紀の青年へ助言を求めると、一言、「忍耐強くあれ」と語られた。挑戦と応戦という視点から人類史を俯瞰されてきた博士の一つの結論である。
今、大仏法の生命尊厳の哲理を掲げて、現代文明からの挑戦に忍耐強く応戦している君たちこそ、新たな地球文明の黎明を告げる旭日なりと、私は讃えたい。
トインビー博士が、困難な時代のリーダーの要件に、
一、洞察力
一、節度
一、度量
一、持久力
の4点を挙げられていたことも、思い起こされる。
特に度量について博士は、苦しいことさえ楽しそうに耐え忍んで乗り越えていく達人芸のような力とされた。
「御義口伝」には、「今日蓮等の類いの修行は妙法蓮華経を修行するに難来るを以て安楽と意得可きなり」(御書750ページ)と仰せである。
大聖人が示された仏道修行の真髄を、生き生きと現実社会で展開しているのが、学会活動にほかならない。
学生部出身者の中には、コロナ禍の今、命を救う最前線である医療に従事している友もいる。
後継の若人たちも、地涌の使命の青春を思う存分、乱舞し、仏法で人格の芯を揺るぎなく固め、新時代の指導者群を築き上げていただきたい。
◇ ◆ ◇
宝の未来部の鳳雛たちも、新学期である。
一人ももれなく、健やかに、伸び伸びと安心して前進し、成長していけるように、これまで以上に、皆で題目を送り、応援していこう!
創価家族の「教育力」で、いやまして希望の未来を創り開いていくのだ。
☆「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第11回 絶対勝利の要諦
◇四条金吾殿御返事
『いかに日蓮いのり申すとも不信ならばぬれたる・ほくちに・火をうちかくるが・ごとくなるべし、はげみをなして強盛に信力をいだし給うべし』(御書1192ページ14行目〜15行目)
◇池田先生の講義から
どこまでも「師弟不二の心」で、「師弟一体の祈り」を貫き通していくことこそ、いかなる苦難や困難をも勝ち越えゆくための信心の要諦なのです。また、ここに「法華経の兵法」の肝要があります。
◆◇◆
「日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか」(御書1360ページ)と仰せのように、大聖人の大誓願をわが誓願として、民衆の幸福のために不二の心で立ち上がる人が「地涌の菩薩」です。「誓願の祈り」が、「誓願の人生」を築くのです。
現代において、この御聖訓の通りに、広宣流布のために立ち上がったのが、先師・牧口先生、恩師・戸田先生です。創価学会は、この偉大な師弟の誓願から出発したのです。
◆◇◆
最初は"自分のための祈り"だったものが、そのまま"師と同じ誓願の祈り"へと発展していく。それは「師匠に守られる弟子」から、「師匠と共に戦う弟子」への一大転換劇ともいえるでしょう。(中略)
「師弟」とは、目覚めた民衆の陣列を築く、師匠の「精神」と「行動」を共戦の弟子が継承していくことなのです。
(『調和と希望の仏法 「人間の宗教」の時代へ』から)
五十嵐真理子 信越女性部長
◇弟子の人間革命の劇を!
「恩師の生涯を、後世永遠に書き伝えることは、わが人生の使命なり!」——今回学ぶ、「四条金吾殿御返事」の講義の中で、池田先生は述べられました。
恩師の広布の生涯をつづる小説『人間革命』の執筆を決意され、師の構想を実現する弟子の戦いを記す『新・人間革命』を起稿・脱稿された天地こそ信越です。
この有縁の地で戦う私たちは、今一度、いかなる苦難にも負けない絶対勝利の信心の要諦である師弟誓願の祈りについて、学び深め、弟子の人間革命の歴史をつづっていきましょう。
◇地涌の「真の力」
先生は講義の中で、「師弟の祈りが一致しなければ、真の力は出せません」と述べられています。
婦人部本部長(当時)を務めていた時、広布拡大がなかなか進まず、悩んだ時期がありました。
"このままではいけない。池田先生なら、どうされるだろうか"と祈る中、先輩にも指導を受け、"誰かではない。私が境涯を開き、必ず勝利する"と決めました。以来、メンバーや友人一人一人の幸せを真剣に祈るとともに、自身が先頭に立って動きました。皆さんも勇気を奮って戦われ、結果として目標を大きく上回る弘教を達成できたのです。
何より、拡大に挑戦した皆さんが、人間革命した歓喜の体験をつかむことができました。皆で喜び合ったことは忘れることができません。
"師匠のために"との誓願の一念で立ち上がり、自身の祈りが、皆の幸福・勝利という師の祈りに合致した時、地涌の菩薩としての「真の力」が出るのだと痛感します。広布の戦いは、一人一人が人間革命し、さらなる幸福を勝ち開いていく好機にほかなりません。
◇久遠の誓いに立ち返る
先生はさらに講義の中で、「私たち学会員は、信心の年数に関係なく、誰もが等しく、久遠(はるかな昔。永遠・根源のこと)からの誓いで末法広宣流布のために出現した誉れの地涌の菩薩です」と強調されています。
今、この地涌の使命を自覚し、多くの友が立ち上がっておられます。
南信圏の山間地域で活躍する、ある地区女性部長は2年前、乳がんが判明。抗がん剤治療の末に寛解を告げられました。しかし昨年11月、検診で新たに大腸がんが見つかり、リンパまで転移している可能性もあることが分かりました。
動揺する心を抑え、池田先生にお手紙を書くと、先生からの激励の伝言が。"絶対勝ちます"と誓いを立て、祈りに祈りました。後日、手術のためにもう一度検査をすると、不思議なほど、がんが小さくなっていたのです。手術ではなく内視鏡治療へと切り替わりました。
病魔に負けまいと継続して祈り、先生の指導を読み進めていくと、"あなたには、この地域の広宣流布を成し遂げていく、尊い使命がある"との一節が彼女の目に留まりました。
"そうだ。私には、先生と共に広布に生き抜く使命がある! だから病気に負けるわけにはいかない"——まさに、久遠からの誓いに立ち返るような深い祈りを重ねる中、治療が功を奏し、彼女は健康を取り戻されたのです。
闘病の中で、未入会のご主人は信心に理解を深め、彼女の活動を応援してくれるように。地区でも、ヤング白ゆり世代の方が入会されたのをはじめ、青年部が転勤してくるなど、人材が躍動しています。先生が講義されている通り、師と同じ誓願の祈りへと、祈りが深まる中での勝利劇に大きな感動が広がっています。
◇屹立した信心
広布の使命。弟子としての自覚。
今、祈りの中で、こうした根源的なことに向き合い、主体者として立ち上がられている方が、たくさんおられます。単なる目標や決意といった次元を突き抜け、皆の幸福と勝利を願う師の心、師の誓願に迫る信心を、改めて、今こそ打ち立てていく時です。一人一人が屹立した信心に立てば、どんな三障四魔にも紛動されない師弟の人材山脈が築かれると確信します。
2008年(平成20年)8月24日、池田先生は信越代表者会議の席上、語られました。
「師匠がいるから、勝利の軌道を歩める。師匠がいるから、増上慢を打ち破れる。師匠がいるから、人間革命できるのだ」
さあ、師弟の真実を叫ぶ、正義と勇気の言論戦で、新しい広布の勝利へ勇んで前進する時! 共戦の魂が刻み込まれた信越には、その先頭を走る使命があります。
師弟誓願の祈りを強く、自分自身の「人間革命」のドラマをつづっていきましょう!
◇メモ
「四条金吾殿御返事」は、弘安2年(1279年)の御述作。主君の江間氏を折伏した結果、主君の不興を買った四条金吾は、日蓮大聖人の御指導通り、強盛な信心と主君への誠実を貫く。金吾は主君の信頼を回復し、以前の3倍に及ぶ領地を与えられたが、今度は成功をねたむ人々から命を狙われる。本抄は、その危機を乗り越えた報告に対する御返事である。別名「法華経兵法事」。師と同じく、弟子が今一重、強盛な信心を奮い起こしていくことを教えられている。
2021年9月9日木曜日
2021.09.09 わが友に贈る
寒暖差が激しい
季節の変わり目だ。
体調を崩さないよう
外出や就寝時の服装等
賢明に工夫と準備を!
秋元殿御返事 P1070
『九月九日は経の一字のまつり戌を以て神とす、此くの如く心得て南無妙法蓮華経と唱へさせ給へ現世安穏後生善処疑なかるべし、法華経の行者をば一切の諸天不退に守護すべき経文分明なり』
【通解】
九月九日は経の一字の祭りで、戌をもって神とする。このように心得て南無妙法蓮華経と唱えていきなさい。現世は安穏であり後生は善処に生まれることは疑いないことである。
法華経の行者を一切の諸天が不退に守護することは経文に明らかである。
名字の言 "日本初"を数多く生んだ大阪・堺市 2021年9月9日
「ものの始まりなんでも堺」という。鉄砲、傘、三味線、水練学校など、大阪・堺市は"日本初"のものを数多く生んだ地である▼国産自転車も堺発祥とされるものの一つ。とある人物が明治期にアメリカから輸入した自転車で、時間貸しを始めたことがきっかけだ。その後、鉄砲鍛冶の技術を生かして自転車製造が本格化。"庶民の乗り物"として愛される自転車は、今も堺の地場産業である▼まだ庶民にとって自動車が高級品だった昭和31年、「大阪の戦い」でも自転車が大活躍した。若き日の池田先生は、自転車で大阪中の辻々を回り、友に励ましを重ねた。何台も乗りつぶしたことは語り草だ▼堺の地でも、先生は中古自転車のペダルをこいで路地から路地へ。地元の同志が「こちらです」「あのお宅です」と案内を務めた。先生はその姿から「わが街を愛し、それこそ地を這うように、地域を回りに回られていることが、痛いほど伝わってきた」と述懐している▼アインシュタインは人生を自転車に例えた。「バランスを失わないために走りつづけなければならない」と(鈴木主税訳)。広宣流布に走り続けることは、幸福と勝利の軌道に乗ること——それを尊き関西の父母たちが証明している。
寸鉄 2021年9月9日
「各各思い切り給へ」御書一念を定めれば智慧が湧く。必勝の祈りで今日も
若者は実行と決意、やれば必ずできる—牧口先生大胆な挑戦が青年の特権
北海道の日。難攻不落の三代城の友が拡大に先駆立正安国の大道を勇んで
英知磨き人格を陶冶する尊き青春!福智のスクラム広げる女子学生部の日
コロナ禍で都内のバイク利用者と事故死が増加。安全最優先で法令順守を
〈社説〉 2021・9・9 きょう「女子学生部の日」
◇新時代を開く幸福博士に
1975年のきょう、女子部学生局(当時)の集いに、池田先生が初めて出席された。メンバーの歓声と拍手が会場を包んだ。
先生は席上、「開目抄」を拝して、さまざまな人生の転機や環境の変化に屈せず、「不退の心」で広宣流布の大願に生き抜いてほしい、と万感の期待を込めて呼び掛けた。この出会いが、9・9「女子学生部の日」の淵源である。
女性として唯一、二つのノーベル賞を受賞したキュリー夫人は、生涯、"永遠の女子学生"のように向学心に燃え、夢を追った。"1世紀前に生まれてきたかった"と手紙を寄せた、めいに対して彼女が贈った言葉がある。「わたしは、どの時代でも、人はおもしろく有意義な人生を送れると思っています。肝心なのは、与えられた人生をむだにせず、<わたしは自分にできることはやった>と自分自身に言えるようにすること」(エーヴ・キュリー著『キュリー夫人伝』河野万里子訳、白水社)
存分に学ぶこともできない貧苦の学生時代を耐え、後に偉業を成し遂げたキュリー夫人だからこそ、その言葉に重みを感じる。
かつて、池田先生は創価女子短大生に、彼女の生き方を通して「順境のなかでは、人間の真の力は発揮できない。逆境に真正面から立ち向かっていくとき、本当の底力がわいてくる。逆境と闘うから、大いなる理想を実現することができるのです」と語った。
今年、愛知の短大を卒業した、ある女子部員。テーマパークのダンサーになる夢をかなえようとしていた昨年、コロナ禍に直面し、オーディションが相次ぎ中止に。目の前が真っ暗になったが、"こんな時こそ、ダンスで勇気と希望を送りたい"と奮起。唱題を重ねて挑戦し、ダンスインストラクターの職を得た。現在、地区リーダーとして学会活動に励みながら、ダンサーへの夢を追い続けている。
女子学生たちとの出会いから35年後の2010年、池田先生は記念の集いにメッセージを寄せた。
「妙法は、何があろうと、決して行き詰まりのない『希望の力』であります。永遠の『幸福の法則』であります。そして絶対の『勝利の秘術』なのであります」
妙法は希望の哲学である。聡明なる女子学生たちが、いかなる苦難にも信仰を貫き、"華陽姉妹"の誇りで、新時代を開く「幸福勝利の博士」になることを願う。
☆Switch——共育のまなざし 仕事、子育て、学会活動——"3立"を考える"創価のパパ"たち
「イクメン」(育児に励む男性)という言葉が生まれて10年余り。今回は、東京都江東区に住む男子部員のパパたちを紹介します。仕事、子育て、学会活動の"3立"は、簡単なことではありません。でも、「信心することで、生まれる力がある」と"創価のパパ"たちは語ります。課題と向き合いながら、「子育てを"自分のこと"として頑張りたい」と思う、その背景に迫ります。
◇"板挟み"の中で
「僕らの世代は、子育てについて"時代の過渡期"を生きているんだと思います」
岡田正人さん(41)=男子部本部長=は、息子が小学2年になる今日までの歩みを、そのように振り返る。
2014年(平成26年)3月、長男・英明君(7)が生まれた。岡田さんは広告代理店で働いている。「当時、会社は、男性が育児休暇を取る体制が、あまり整っていなかった」と言う。一方、社会では年々、男性の育児参加が話題になっていた。
◇"わが子と、何かしらの、つながりを持ちたい"
残業が多かった広告制作の傍ら、出勤前の朝、わが子のもく浴(入浴)は、自分が担当した。しかし、思いがけないことから、育児にさらに関わっていくことになる。
英明君が生まれて半年がたった頃、妻・久仁子さん=地区女性部長=が体調を崩す。「冷静な自分とパニックになる自分がいる不思議な感覚」(久仁子さん)を抱き、受診すると、「産後うつ」と診断された。
"少しでも、妻の負担を軽くしたい"。岡田さんは、会社の先輩や上司に相談したものの、返ってくる答えは、ほとんど同じだった。
「子育てが大変だと言っても一時のこと。皆、経験している。俺はどんなに大変でも、家庭と仕事なら、仕事を取ってきた」
各人が年間、数千万円規模の案件を抱え、評価を懸け、血眼になって働いていた。
「現在は改善されましたが、土日も休日返上で出社している同僚も、少なくありませんでした」
そうした職場と家庭の"板挟み"の中で、岡田さんは、土日は休み、平日も週の半分は定時に退勤し、洗濯や皿洗いを行った。だが、頑張っているつもりでも、「おっぱいをあげたり、夜泣きをあやしてくれたりするのは妻で、なかなか体調が改善するまでには至らない。申し訳なく思いました」と。
1カ月、2カ月、半年……そうした日々が続くと、蓄積した疲労が岡田さんの心身にも、ダメージを与えた。
"職場の信頼を維持できるか? 家族を守っていけるか? その前に、自分が倒れないだろうか?"
「苦しい」——会社の同僚にも家族にも言えない。その、孤立しそうになる岡田さんの心を受け止めてくれたのが、同世代の男子部の仲間で、子育てにも奮闘する若旅貴範さん(42)=区主任部長(部長兼任)=だった。
◇感謝の気持ち
若旅さんと岡田さんがファミリーレストランで語り合ったのは、岡田さんの長男・英明君が幼稚園の年少にあがる頃だ。
その間、岡田さんの妻・久仁子さんは、医師から「鉄欠乏性の貧血が、体調不良を招いた可能性がある」と言われ、その治療が奏功した。とはいえ体調には、依然として好不調の波があった。
また、育児についても、「子育てを担った分、妻に認めてほしい」と思う岡田さんと、「育児は"手伝い"じゃなくて"自分のこと"でしょ」と言う妻の間で、ズレが起こることもあった。
岡田さんと2人で話した日のことを、若旅さんは振り返る。「お互いに、妻からの指摘とか、自分の至らなさを吐き出して『まあ、それでも俺たちなりに頑張ってみよう』と。『忍耐、忍耐、また忍耐』と言い合って。そんな言葉を僕の妻が聞いたら、絶対に怒ったと思いますけど」と苦笑い。
一方で岡田さんは、若旅さんと一緒に、メンバーへの訪問・激励に歩いた日のことも、よく覚えている。若旅さんが何気なく口にした一言。それは「妻に、感謝できる自分でありたい」。
——若旅さんは、職場の上司から仏法の話を聞き、22歳の時に創価学会に入会した。信心に励む中で、確信を深める出来事が、妻・珠理さん=地区副女性部長(白ゆり長兼任)=との結婚から2年後に起きた。
検査の結果、若旅さん自身が精巣がんのステージ3で、肺とリンパ節にも、がんが転移していることが判明したのだ。間もなく、手術と抗がん剤治療、さらに2度目の手術と、約6カ月に及ぶ入院生活が始まった。
珠理さんは連日、病院に通い、支えてくれた。若旅さんは、抗がん剤の副作用で、吐き気と倦怠感に襲われ、ほとんど、ベッドから動くことができなかった。
そうした中で、ある思いを抱くようになった。"当たり前のように生きていられる一日がどれほど幸せか。一緒に歩んでくれる人がいることが、どれだけありがたいか。元気になって、この感謝の気持ちを、返していこう"
闘病を乗り越え、手術前に凍結保存した精子で授かったのが、一人娘の愛莉ちゃん(7)=小学1年=だ。そのような歩みがあって、子育てについて、若旅さんは、こう捉える。「妻から子育ての文句を言われたら、それはありがたい。リクエストが明確なのだから」と。
若旅さんは、術後10年を経て、昨年、医師から寛解を告げられた。
◇"自分のこと"として
男子部の部長であった岡田さんは、若旅さんとの交流を経て、より一層、仲間への訪問・激励に力を注ぐようになった。休みの日は、しばしば、幼稚園の年中になった息子を連れて、友のもとへ足を運んだ。
「最初のうちは子どもとのペースの違いもあるから、サクサク回れなかったですけど、"これも自分のトレーニングだ"と思って。やがて慣れました」
仕事のこと、家庭のこと、その両方……。悩みはメンバーによって違う。その思いを受け止め、池田先生の指導をもとに、一緒に答えを探そうと努めた。
「この時間までに仕事を終わらせて、活動に駆け付けるという一念が、一段階、上の集中力と成果を生むよ」
「育児は"自分のこと"。俺も父親に遊んでもらった記憶があまりないから、今、その考え方を自分に染み込ませてるんだ。一緒に頑張ろう」
友と語り合うことは同時に、「自分の中にある"父親像"を更新していくことでした」と岡田さんは言う。
訪問・激励を終え、帰宅後は御本尊に向かった。子どもの夕食、入浴、寝かし付け。子育てに終わりはない。祈れる時間が無限にあるわけでもない。だからこそ真剣に、「生命力を湧き立たせていこう」と、自分を鼓舞するように題目を唱えた。
祈りを重ねることで、物事の見え方が変わってくることを感じた。
"仕事の重圧は大きいが、業績を残せば、出退勤など、自由裁量の部分もある。妻からの要望も、言ってもらえることでコミュニケーションが取れる。見方によって、全部がチャンスになるんだ"と——。「僕には仲間がいる。そして、自分で自分を励ませる題目がある。"強みが、いっぱいある"と思うようになりました」
岡田さんが訪ね、絆を結んだ男子部の仲間たちもまた、その出会いから多くのことを学び、信心の実践を始めるきっかけになっていった。
岡田さんが部長を担い、部活動者会の参加者は、15人にまで増えた。現在は本部長を務める岡田さんの魅力をメンバーに尋ねると、「一緒に解決の道を考えてくれる」「等身大で自分の話をしてくれる」との言葉が返ってくる。
◇つくろわない姿
「人間は、自分を人に良く見せようとするものだ。誰にでもその癖がある。ありのままの姿でいきなさい」——この恩師・戸田先生による青年への指導を紹介し、かつて池田先生は次のようにつづった。
「御書にも、『はたらかさず・つくろわず・もとの儘』(759ページ)と仰せである。この無作三身の生命こそが、最も尊く、最も美しく、最も胸を打つのだ」
生命と生命の触発が、新たな触発を生んでいく。
30代独身の部長は、ある日、メンバーのもとを共に訪ねる道すがら、岡田さんが、早朝、仕事関連の資格取得を目指して勉強していることを知った。訪問後は、「これから公園で息子を遊ばせてくるね」と言って去っていく。「僕自身は、結婚に対して及び腰なんですけど、岡田さんのその背中は、すてきだなと思いました」と。
30歳の地区副リーダーは、"広布の役職"を受けようと決意した理由を明かす。「岡田さんが訪ねてくれて、『君の力を貸してほしい』って。僕を信頼してくれていることが、率直にうれしかった」
その地区副リーダーは2児の父親でもあり、育児のことで悩むたびに、岡田さんに相談してきた。
かつて岡田さんから言われた言葉が、心に残っている。「妻が笑顔でいられるように、また、子どもが成長できるように、自分がしてあげられることは何か。それを考え続けることが大切だなって、常々、僕も感じている」と。
岡田さんは、若旅さんをはじめ学会の同志との語らいを通して、こう考えるようになった。
「子育てに"正解"も"満点"もない。だからこそ、うまくいかなくても前向きに捉えられるし、頑張った分だけ得られるものがあるんじゃないかって」
共に積み重ねた、息子との時間。その中でいろいろな横顔を知ることができた。
「優しくて、人に手を出すことは絶対にしなくて、多くの友達の中では要領よくできなくて、一対一なら安心して自分を出せて、お風呂が好きで、水鉄砲で攻撃してくるのが好きで……」
気ぜわしく過ぎていく日常の中で、向き合わなければ見過ごしたであろう、その景色全てが「最高の思い出」となり、心に残り続けるものなのだろう。
最後に、岡田久仁子さん、若旅珠理さんから。「うーん。今も夫へ(子育てに関して)いろいろ言いたいことはありますけれども(笑い)。"わが子を広布後継の人材に"という同じ願いをもって、一緒に歩もうとしてくれる姿勢に、感謝しています」と異口同音に。
やはり、"もうこれで完璧"という"ゴール"はない。これからも、学童期、青年期へと続いていく親子の関係。子どもと一緒に歩むからこそ、折々に見える景色があるはずだ。
それを楽しみ、分かち合っていきたいと、"創価のパパ"たちは思う。家族と共に、また、支え合う学会の仲間と共に——。
季節の変わり目だ。
体調を崩さないよう
外出や就寝時の服装等
賢明に工夫と準備を!
秋元殿御返事 P1070
『九月九日は経の一字のまつり戌を以て神とす、此くの如く心得て南無妙法蓮華経と唱へさせ給へ現世安穏後生善処疑なかるべし、法華経の行者をば一切の諸天不退に守護すべき経文分明なり』
【通解】
九月九日は経の一字の祭りで、戌をもって神とする。このように心得て南無妙法蓮華経と唱えていきなさい。現世は安穏であり後生は善処に生まれることは疑いないことである。
法華経の行者を一切の諸天が不退に守護することは経文に明らかである。
名字の言 "日本初"を数多く生んだ大阪・堺市 2021年9月9日
「ものの始まりなんでも堺」という。鉄砲、傘、三味線、水練学校など、大阪・堺市は"日本初"のものを数多く生んだ地である▼国産自転車も堺発祥とされるものの一つ。とある人物が明治期にアメリカから輸入した自転車で、時間貸しを始めたことがきっかけだ。その後、鉄砲鍛冶の技術を生かして自転車製造が本格化。"庶民の乗り物"として愛される自転車は、今も堺の地場産業である▼まだ庶民にとって自動車が高級品だった昭和31年、「大阪の戦い」でも自転車が大活躍した。若き日の池田先生は、自転車で大阪中の辻々を回り、友に励ましを重ねた。何台も乗りつぶしたことは語り草だ▼堺の地でも、先生は中古自転車のペダルをこいで路地から路地へ。地元の同志が「こちらです」「あのお宅です」と案内を務めた。先生はその姿から「わが街を愛し、それこそ地を這うように、地域を回りに回られていることが、痛いほど伝わってきた」と述懐している▼アインシュタインは人生を自転車に例えた。「バランスを失わないために走りつづけなければならない」と(鈴木主税訳)。広宣流布に走り続けることは、幸福と勝利の軌道に乗ること——それを尊き関西の父母たちが証明している。
寸鉄 2021年9月9日
「各各思い切り給へ」御書一念を定めれば智慧が湧く。必勝の祈りで今日も
若者は実行と決意、やれば必ずできる—牧口先生大胆な挑戦が青年の特権
北海道の日。難攻不落の三代城の友が拡大に先駆立正安国の大道を勇んで
英知磨き人格を陶冶する尊き青春!福智のスクラム広げる女子学生部の日
コロナ禍で都内のバイク利用者と事故死が増加。安全最優先で法令順守を
〈社説〉 2021・9・9 きょう「女子学生部の日」
◇新時代を開く幸福博士に
1975年のきょう、女子部学生局(当時)の集いに、池田先生が初めて出席された。メンバーの歓声と拍手が会場を包んだ。
先生は席上、「開目抄」を拝して、さまざまな人生の転機や環境の変化に屈せず、「不退の心」で広宣流布の大願に生き抜いてほしい、と万感の期待を込めて呼び掛けた。この出会いが、9・9「女子学生部の日」の淵源である。
女性として唯一、二つのノーベル賞を受賞したキュリー夫人は、生涯、"永遠の女子学生"のように向学心に燃え、夢を追った。"1世紀前に生まれてきたかった"と手紙を寄せた、めいに対して彼女が贈った言葉がある。「わたしは、どの時代でも、人はおもしろく有意義な人生を送れると思っています。肝心なのは、与えられた人生をむだにせず、<わたしは自分にできることはやった>と自分自身に言えるようにすること」(エーヴ・キュリー著『キュリー夫人伝』河野万里子訳、白水社)
存分に学ぶこともできない貧苦の学生時代を耐え、後に偉業を成し遂げたキュリー夫人だからこそ、その言葉に重みを感じる。
かつて、池田先生は創価女子短大生に、彼女の生き方を通して「順境のなかでは、人間の真の力は発揮できない。逆境に真正面から立ち向かっていくとき、本当の底力がわいてくる。逆境と闘うから、大いなる理想を実現することができるのです」と語った。
今年、愛知の短大を卒業した、ある女子部員。テーマパークのダンサーになる夢をかなえようとしていた昨年、コロナ禍に直面し、オーディションが相次ぎ中止に。目の前が真っ暗になったが、"こんな時こそ、ダンスで勇気と希望を送りたい"と奮起。唱題を重ねて挑戦し、ダンスインストラクターの職を得た。現在、地区リーダーとして学会活動に励みながら、ダンサーへの夢を追い続けている。
女子学生たちとの出会いから35年後の2010年、池田先生は記念の集いにメッセージを寄せた。
「妙法は、何があろうと、決して行き詰まりのない『希望の力』であります。永遠の『幸福の法則』であります。そして絶対の『勝利の秘術』なのであります」
妙法は希望の哲学である。聡明なる女子学生たちが、いかなる苦難にも信仰を貫き、"華陽姉妹"の誇りで、新時代を開く「幸福勝利の博士」になることを願う。
☆Switch——共育のまなざし 仕事、子育て、学会活動——"3立"を考える"創価のパパ"たち
「イクメン」(育児に励む男性)という言葉が生まれて10年余り。今回は、東京都江東区に住む男子部員のパパたちを紹介します。仕事、子育て、学会活動の"3立"は、簡単なことではありません。でも、「信心することで、生まれる力がある」と"創価のパパ"たちは語ります。課題と向き合いながら、「子育てを"自分のこと"として頑張りたい」と思う、その背景に迫ります。
◇"板挟み"の中で
「僕らの世代は、子育てについて"時代の過渡期"を生きているんだと思います」
岡田正人さん(41)=男子部本部長=は、息子が小学2年になる今日までの歩みを、そのように振り返る。
2014年(平成26年)3月、長男・英明君(7)が生まれた。岡田さんは広告代理店で働いている。「当時、会社は、男性が育児休暇を取る体制が、あまり整っていなかった」と言う。一方、社会では年々、男性の育児参加が話題になっていた。
◇"わが子と、何かしらの、つながりを持ちたい"
残業が多かった広告制作の傍ら、出勤前の朝、わが子のもく浴(入浴)は、自分が担当した。しかし、思いがけないことから、育児にさらに関わっていくことになる。
英明君が生まれて半年がたった頃、妻・久仁子さん=地区女性部長=が体調を崩す。「冷静な自分とパニックになる自分がいる不思議な感覚」(久仁子さん)を抱き、受診すると、「産後うつ」と診断された。
"少しでも、妻の負担を軽くしたい"。岡田さんは、会社の先輩や上司に相談したものの、返ってくる答えは、ほとんど同じだった。
「子育てが大変だと言っても一時のこと。皆、経験している。俺はどんなに大変でも、家庭と仕事なら、仕事を取ってきた」
各人が年間、数千万円規模の案件を抱え、評価を懸け、血眼になって働いていた。
「現在は改善されましたが、土日も休日返上で出社している同僚も、少なくありませんでした」
そうした職場と家庭の"板挟み"の中で、岡田さんは、土日は休み、平日も週の半分は定時に退勤し、洗濯や皿洗いを行った。だが、頑張っているつもりでも、「おっぱいをあげたり、夜泣きをあやしてくれたりするのは妻で、なかなか体調が改善するまでには至らない。申し訳なく思いました」と。
1カ月、2カ月、半年……そうした日々が続くと、蓄積した疲労が岡田さんの心身にも、ダメージを与えた。
"職場の信頼を維持できるか? 家族を守っていけるか? その前に、自分が倒れないだろうか?"
「苦しい」——会社の同僚にも家族にも言えない。その、孤立しそうになる岡田さんの心を受け止めてくれたのが、同世代の男子部の仲間で、子育てにも奮闘する若旅貴範さん(42)=区主任部長(部長兼任)=だった。
◇感謝の気持ち
若旅さんと岡田さんがファミリーレストランで語り合ったのは、岡田さんの長男・英明君が幼稚園の年少にあがる頃だ。
その間、岡田さんの妻・久仁子さんは、医師から「鉄欠乏性の貧血が、体調不良を招いた可能性がある」と言われ、その治療が奏功した。とはいえ体調には、依然として好不調の波があった。
また、育児についても、「子育てを担った分、妻に認めてほしい」と思う岡田さんと、「育児は"手伝い"じゃなくて"自分のこと"でしょ」と言う妻の間で、ズレが起こることもあった。
岡田さんと2人で話した日のことを、若旅さんは振り返る。「お互いに、妻からの指摘とか、自分の至らなさを吐き出して『まあ、それでも俺たちなりに頑張ってみよう』と。『忍耐、忍耐、また忍耐』と言い合って。そんな言葉を僕の妻が聞いたら、絶対に怒ったと思いますけど」と苦笑い。
一方で岡田さんは、若旅さんと一緒に、メンバーへの訪問・激励に歩いた日のことも、よく覚えている。若旅さんが何気なく口にした一言。それは「妻に、感謝できる自分でありたい」。
——若旅さんは、職場の上司から仏法の話を聞き、22歳の時に創価学会に入会した。信心に励む中で、確信を深める出来事が、妻・珠理さん=地区副女性部長(白ゆり長兼任)=との結婚から2年後に起きた。
検査の結果、若旅さん自身が精巣がんのステージ3で、肺とリンパ節にも、がんが転移していることが判明したのだ。間もなく、手術と抗がん剤治療、さらに2度目の手術と、約6カ月に及ぶ入院生活が始まった。
珠理さんは連日、病院に通い、支えてくれた。若旅さんは、抗がん剤の副作用で、吐き気と倦怠感に襲われ、ほとんど、ベッドから動くことができなかった。
そうした中で、ある思いを抱くようになった。"当たり前のように生きていられる一日がどれほど幸せか。一緒に歩んでくれる人がいることが、どれだけありがたいか。元気になって、この感謝の気持ちを、返していこう"
闘病を乗り越え、手術前に凍結保存した精子で授かったのが、一人娘の愛莉ちゃん(7)=小学1年=だ。そのような歩みがあって、子育てについて、若旅さんは、こう捉える。「妻から子育ての文句を言われたら、それはありがたい。リクエストが明確なのだから」と。
若旅さんは、術後10年を経て、昨年、医師から寛解を告げられた。
◇"自分のこと"として
男子部の部長であった岡田さんは、若旅さんとの交流を経て、より一層、仲間への訪問・激励に力を注ぐようになった。休みの日は、しばしば、幼稚園の年中になった息子を連れて、友のもとへ足を運んだ。
「最初のうちは子どもとのペースの違いもあるから、サクサク回れなかったですけど、"これも自分のトレーニングだ"と思って。やがて慣れました」
仕事のこと、家庭のこと、その両方……。悩みはメンバーによって違う。その思いを受け止め、池田先生の指導をもとに、一緒に答えを探そうと努めた。
「この時間までに仕事を終わらせて、活動に駆け付けるという一念が、一段階、上の集中力と成果を生むよ」
「育児は"自分のこと"。俺も父親に遊んでもらった記憶があまりないから、今、その考え方を自分に染み込ませてるんだ。一緒に頑張ろう」
友と語り合うことは同時に、「自分の中にある"父親像"を更新していくことでした」と岡田さんは言う。
訪問・激励を終え、帰宅後は御本尊に向かった。子どもの夕食、入浴、寝かし付け。子育てに終わりはない。祈れる時間が無限にあるわけでもない。だからこそ真剣に、「生命力を湧き立たせていこう」と、自分を鼓舞するように題目を唱えた。
祈りを重ねることで、物事の見え方が変わってくることを感じた。
"仕事の重圧は大きいが、業績を残せば、出退勤など、自由裁量の部分もある。妻からの要望も、言ってもらえることでコミュニケーションが取れる。見方によって、全部がチャンスになるんだ"と——。「僕には仲間がいる。そして、自分で自分を励ませる題目がある。"強みが、いっぱいある"と思うようになりました」
岡田さんが訪ね、絆を結んだ男子部の仲間たちもまた、その出会いから多くのことを学び、信心の実践を始めるきっかけになっていった。
岡田さんが部長を担い、部活動者会の参加者は、15人にまで増えた。現在は本部長を務める岡田さんの魅力をメンバーに尋ねると、「一緒に解決の道を考えてくれる」「等身大で自分の話をしてくれる」との言葉が返ってくる。
◇つくろわない姿
「人間は、自分を人に良く見せようとするものだ。誰にでもその癖がある。ありのままの姿でいきなさい」——この恩師・戸田先生による青年への指導を紹介し、かつて池田先生は次のようにつづった。
「御書にも、『はたらかさず・つくろわず・もとの儘』(759ページ)と仰せである。この無作三身の生命こそが、最も尊く、最も美しく、最も胸を打つのだ」
生命と生命の触発が、新たな触発を生んでいく。
30代独身の部長は、ある日、メンバーのもとを共に訪ねる道すがら、岡田さんが、早朝、仕事関連の資格取得を目指して勉強していることを知った。訪問後は、「これから公園で息子を遊ばせてくるね」と言って去っていく。「僕自身は、結婚に対して及び腰なんですけど、岡田さんのその背中は、すてきだなと思いました」と。
30歳の地区副リーダーは、"広布の役職"を受けようと決意した理由を明かす。「岡田さんが訪ねてくれて、『君の力を貸してほしい』って。僕を信頼してくれていることが、率直にうれしかった」
その地区副リーダーは2児の父親でもあり、育児のことで悩むたびに、岡田さんに相談してきた。
かつて岡田さんから言われた言葉が、心に残っている。「妻が笑顔でいられるように、また、子どもが成長できるように、自分がしてあげられることは何か。それを考え続けることが大切だなって、常々、僕も感じている」と。
岡田さんは、若旅さんをはじめ学会の同志との語らいを通して、こう考えるようになった。
「子育てに"正解"も"満点"もない。だからこそ、うまくいかなくても前向きに捉えられるし、頑張った分だけ得られるものがあるんじゃないかって」
共に積み重ねた、息子との時間。その中でいろいろな横顔を知ることができた。
「優しくて、人に手を出すことは絶対にしなくて、多くの友達の中では要領よくできなくて、一対一なら安心して自分を出せて、お風呂が好きで、水鉄砲で攻撃してくるのが好きで……」
気ぜわしく過ぎていく日常の中で、向き合わなければ見過ごしたであろう、その景色全てが「最高の思い出」となり、心に残り続けるものなのだろう。
最後に、岡田久仁子さん、若旅珠理さんから。「うーん。今も夫へ(子育てに関して)いろいろ言いたいことはありますけれども(笑い)。"わが子を広布後継の人材に"という同じ願いをもって、一緒に歩もうとしてくれる姿勢に、感謝しています」と異口同音に。
やはり、"もうこれで完璧"という"ゴール"はない。これからも、学童期、青年期へと続いていく親子の関係。子どもと一緒に歩むからこそ、折々に見える景色があるはずだ。
それを楽しみ、分かち合っていきたいと、"創価のパパ"たちは思う。家族と共に、また、支え合う学会の仲間と共に——。
2021年9月8日水曜日
2021.09.08 わが友に贈る
後継の陣列ありて
偉大な歴史が築かれる。
皆で次代の友を育もう!
一緒に動き 一緒に喜ぶ。
実践の中で共に成長を!
法華初心成仏抄 P557
『譬えば篭の中の鳥なけば空とぶ鳥のよばれて集まるが如し、空とぶ鳥の集まれば篭の中の鳥も出でんとするが如し口に妙法をよび奉れば我が身の仏性もよばれて必ず顕れ給ふ、梵王帝釈の仏性はよばれて我等を守り給ふ、仏菩薩の仏性はよばれて悦び給ふ』
【通解】
たとえば籠の中の鳥が鳴けば、空を飛ぶ鳥が呼ばれて集まるようなものである。空を飛ぶ鳥が集まれば、籠の中の鳥も出ようとするようなものである。
口に妙法を呼びたてまつれば、わが身の仏性も呼ばれて、必ず、顕れられる。梵天や帝釈の仏性は、呼ばれて我らを守ってくださる。
仏・菩薩の仏性は、呼ばれてお喜びになる。
名字の言 日本画家・丸木夫妻が描いた「原爆の図」 2021年9月8日
日本画家の丸木位里氏と妻・俊氏が、32年間で描いた15部にわたる連作「原爆の図」。13番目の作品「米兵捕虜の死」に関して、夫妻はこう記した▼「爆心地近くの地下壕にいれられていた米兵捕虜たちは、/やがて死ぬかもしれません。/いや、或いは生きたかもしれないのです。/けれどその前に、/日本人が虐殺しているということを知りました。/わたしたちは震えながら、/米兵捕虜の死を描きました」▼被害者の視点だけではなく、加害者の目も持って、夫妻は原爆の悲惨さ、戦争の残虐さを見つめようとした。「原爆の図」の展覧会は、欧州各国や米国など世界各地で開催され、核兵器の脅威を世界に伝えた▼広島の壮年部員は18歳の時に被爆した。アメリカを憎んだ時期もあった。その壮年が、証言集『75——未来へつなぐヒロシマの心』の出版の折、未来部員の取材を受けた。「平和って何ですか?」との問いに、壮年は答えた。「人と仲良くすることです。だから、相手を知ることが平和への第一歩です」▼友情を広げることに、仏法者の生き方の本義がある。戸田先生の原水爆禁止宣言からきょうで64年。自分の足元から平和への行動の連帯を築きたい。そこから、確かな「平和の図」が描かれる。
寸鉄 2021年9月8日
『新・人間革命』完結3年。青年よ学び、広布開け!"新時代の山本伸一"たれ
宮崎の日。太陽の同志が輝いた分、地域は明るく。さあ友情拡大の新記録へ
「修行の肝心は不軽品にて候なり」御書。今日も誠実に。目前の一人の為
友人との会話はストレス解消に効果的と。寄り添う工夫を。電話も上手に
感染症の偽報道、見抜くには公的情報の確認が有効—研究。振り回されず
〈社説〉 2021・9・8 創価の平和運動原点の日
◇「9・8」に込められた魂
きょう9月8日は、1957年、戸田先生が"遺訓の第一"として「原水爆禁止宣言」を発表した日であり、今日に至る創価学会の平和運動の原点の日である。
宣言当時、東西冷戦下の大国は核兵器開発競争に狂奔し、その破壊力への恐怖が戦争を抑止すると正当化していた。世界の民衆の生存の権利を奪い、人類を破滅に追いやる、この悪魔的兵器と魔性の思考を、戸田先生は「絶対悪」として糾弾されたのである。
同宣言の意義について池田先生は、誰もが持つ「生存の権利」という一点に立脚することで、「国家」の安全保障という高みに置かれていた核兵器の問題を、全ての「人間」に深く関わる生命尊厳の地平に引き戻すことにあったと述べている。"核抑止"という安全保障の論理のもとで置き去りにされた「民衆」に視点を戻し、イデオロギーのもとで見失われていた「人間」に光を当てる——この生命尊厳の思想に基づく人間根本のまなざしこそ、創価の平和運動の根幹といえる。
「9・8」に恩師が示した理念を継承し、池田先生は対話の渦を起こしていった。68年9月8日には、文化大革命の渦中で国際的に孤立していた中国との国交正常化提言を発表。10度の訪中などを通し、両国を結ぶ民衆往来の「金の橋」を築いた。74年9月8日には「宗教者がなぜ」との批判に動ずることなく、「そこに人間がいるから」とソ連(当時)を訪問。中ソ対立の緩和と日本との教育・文化交流の道を開いていった。
2018年9月8日、小説『新・人間革命』の新聞連載完結に当たり、池田先生は「あとがき」につづっている。
「社会も、国家も、世界も、それを建設する主体者は人間自身である。『憎悪』も『信頼』も、『蔑視』も『尊敬』も、『戦争』も『平和』も、全ては人間の一念から生まれるものだ。したがって、『人間革命』なくしては、自身の幸福も、社会の繁栄も、世界の恒久平和もあり得ない」
核兵器に加え、地球規模の感染症や気候変動という危機によって社会の在り方が問われている今、改めてこの原点を確認したい。人間を置き去りにし、生命尊厳の基軸を失った変革は結局、歪みをもたらし、行き詰まる。人間主義に基づく創価の哲学を、大きく語り広げていく時である。
☆君も立て——若き日の挑戦に学ぶ 第8回「原水爆禁止宣言」
◇一人一人の心に"平和の炎"を
【「若き日の日記」1957年(昭和32年)11月18日から】
先生の師恩は、山よりも高し。
海よりも深し。忘れじ、われは。
偉大なる師の歴史を世界に示さん。
◇原子爆弾だけは許せん
「……核あるいは原子爆弾の実験禁止運動が、今、世界に起こっているが、私は、その奥に隠されているところの爪をもぎ取りたいと思う」
1957年(昭和32年)9月8日、横浜・三ツ沢の競技場で行われた青年部の「若人の祭典」の席上、第2代会長・戸田城聖先生の烈々たる師子吼が轟いた。
「それは、もし原水爆を、いずこの国であろうと、それが勝っても負けても、それを使用したものは、ことごとく死刑にすべきであるということを主張するものであります」
この年、世界は東西冷戦下の"分断"の中にあった。「核抑止論」による軍拡によって、核実験が繰り返されていた。
事態を憂慮した戸田先生は、青年への"遺訓の第一"として、「原水爆禁止宣言」を訴えたのである。
戸田先生は、生命尊厳を第一義とする仏法者として、死刑制度には反対であった。それでも、あえて「死刑に」と叫んだのは、原水爆を保有し、使用したいという人間の"己心の魔性"を絶対悪と断じるためだった。
戸田先生の核兵器なき世界への思いは、同宣言の前から一貫していた。
56年(同31年)6月、福岡の八幡市(現・北九州市)では、「原爆などを使う人間は最大の悪人だ!」と叫んだ。宣言の2カ月前の7月、雑誌での対談でも、「原子爆弾だけは許せん。アメリカでも、ロシアでも、どっちであっても、そういうことは断じて許さん」と強く訴えている。
「原水爆禁止宣言」から2カ月後、戸田先生は広島を訪れる予定だった。平和記念公園に立つ広島平和記念館(当時)での決起大会に出席するためである。
しかし、戸田先生の体調をよく知っていた池田大作先生は、広島行きが恩師の命に関わるのではないかと案じた。「師のお身体、極度に衰弱」「おやつれ、甚だし」(『若き日の日記』、1957年11月19日)。
戸田先生の広島への出発の前日、池田先生は恩師のもとに急行した。
◇被爆地・広島への思い
「ご無理をなされば、お体にさわり、命にもかかわります。おやめください」
1957年(昭和32年)11月19日、池田先生は、戸田先生に対し、広島行きをやめるよう懇願した。
戸田先生は毅然と答えた。
「そんなことができるものか。……そうじゃないか。仏のお使いとして、一度、決めたことがやめられるか。俺は、死んでも行くぞ」
しかし、出発の日の朝、戸田先生は自宅で倒れてしまう。池田先生は、この時の真情を述べている。
「先生の被爆地・広島への思いは、いかばかりであったろうか。核兵器という『サタン(悪魔)の爪』に破壊された広島へ、命と引きかえで出発する覚悟だった」「生命を賭して、広島行きを望まれた、あの師の気迫は、生涯、わが胸から消えることはない。いな、それが、私の行動の原点になった」
同23日、戸田先生は、「原水爆禁止宣言」をテーマにした第5回の女子部総会に出席する予定だった。しかし、体調の悪化により参加できず、青年室長の池田先生が恩師の名代として出席した。
総会には1万2千人が集い、原子力問題を論じる研究や、被爆した女子部員の体験などが発表された。池田先生は、「原水爆禁止宣言」の精神の継承を呼び掛けた。
「日本の中でも創価学会、創価学会の中でも青年部員が、会長先生(戸田先生)の、この宣言を伝えていこうではありませんか」
また、「原水爆禁止宣言」の発表から1年後の58年(同33年)9月26日、池田先生は本紙に、「火宅を出ずる道」と題する一文を寄せた。
「原水爆の使用は、地球の自殺であり、人類の自殺を意味する」「その根本は、人生の目的、人生の幸福への、正しく強き理念を失った人の、末路の姿である」
そこには、"恩師の平和の叫びを虚妄にしてはならない"との強い思いと、"戸田先生の遺訓が成就するまで、断じて戦い抜く"との池田先生の覚悟がつづられていた。
◇「火宅を出ずる道」
池田先生が記した「火宅を出ずる道」には、「三界は安きこと無し 猶火宅の如し」(法華経191ページ)が引用されている。
法華経の「三車火宅の譬え」は、長者の家が火事になり、さまざまな方便を駆使して、子どもたちを助け出すたとえ話である。燃え盛る家(火宅)は、煩悩の炎に包まれた現実の世界(三界)をたとえている。
池田先生は、核兵器という「未曽有の脅威に覆われた"火宅"から抜け出す道を共に進まねばならない」との強い願いを込めた。
いかにして人類を"火宅"から助け出すことができるのか——池田先生は、恩師亡き後も、"遺訓の第一"を生命に刻み、日本中、世界中を駆け巡った。多くの対談集でも、核廃絶の信条を訴え抜いた。それに呼応した青年部は、反戦出版、核廃絶1千万署名等、草の根の平和運動を展開していった。
「ニューヨークは暑いよ」「みんな元気で! 無事故で行ってらっしゃい。祈っています」——1982年(昭和57年)5月、広島と長崎から集った被爆者・被爆2世との懇談で、池田先生は温かく語り掛けた。米ニューヨークの国連本部で開催される国連軍縮特別総会に際し、学会が派遣するメンバーだった。
彼らは訪問先で、「被爆証言を聞くNGOの集い」や「反核討論集会」などを実施。この期間、被爆者たちと語らったハーバード大学のモンゴメリー博士は、彼らが未来を志向し平和を訴える姿に衝撃を受けた——"池田会長を慕う被爆者が、憎悪を超えて、人類の融合のために戦っている"。被爆者たちは、その姿を通し、師匠から教わった仏法の生命哲学への共感を広げたのである。
池田先生の平和行動の偉大さは、一人一人の心に生命尊厳の平和の明かりをともし続けてきたことにある。心の中に"平和の砦"が築かれていってこそ、真の平和がある。
池田先生は呼び掛けた。「恩師の遺訓のまま我らは弛まず進む。それは『元品の無明』を破って『元品の法性』を開き、民衆一人一人の心に平和の砦を築く地涌の挑戦である。『生命尊厳』を地球社会の柱に打ち立てゆく精神闘争だ」
偉大な歴史が築かれる。
皆で次代の友を育もう!
一緒に動き 一緒に喜ぶ。
実践の中で共に成長を!
法華初心成仏抄 P557
『譬えば篭の中の鳥なけば空とぶ鳥のよばれて集まるが如し、空とぶ鳥の集まれば篭の中の鳥も出でんとするが如し口に妙法をよび奉れば我が身の仏性もよばれて必ず顕れ給ふ、梵王帝釈の仏性はよばれて我等を守り給ふ、仏菩薩の仏性はよばれて悦び給ふ』
【通解】
たとえば籠の中の鳥が鳴けば、空を飛ぶ鳥が呼ばれて集まるようなものである。空を飛ぶ鳥が集まれば、籠の中の鳥も出ようとするようなものである。
口に妙法を呼びたてまつれば、わが身の仏性も呼ばれて、必ず、顕れられる。梵天や帝釈の仏性は、呼ばれて我らを守ってくださる。
仏・菩薩の仏性は、呼ばれてお喜びになる。
名字の言 日本画家・丸木夫妻が描いた「原爆の図」 2021年9月8日
日本画家の丸木位里氏と妻・俊氏が、32年間で描いた15部にわたる連作「原爆の図」。13番目の作品「米兵捕虜の死」に関して、夫妻はこう記した▼「爆心地近くの地下壕にいれられていた米兵捕虜たちは、/やがて死ぬかもしれません。/いや、或いは生きたかもしれないのです。/けれどその前に、/日本人が虐殺しているということを知りました。/わたしたちは震えながら、/米兵捕虜の死を描きました」▼被害者の視点だけではなく、加害者の目も持って、夫妻は原爆の悲惨さ、戦争の残虐さを見つめようとした。「原爆の図」の展覧会は、欧州各国や米国など世界各地で開催され、核兵器の脅威を世界に伝えた▼広島の壮年部員は18歳の時に被爆した。アメリカを憎んだ時期もあった。その壮年が、証言集『75——未来へつなぐヒロシマの心』の出版の折、未来部員の取材を受けた。「平和って何ですか?」との問いに、壮年は答えた。「人と仲良くすることです。だから、相手を知ることが平和への第一歩です」▼友情を広げることに、仏法者の生き方の本義がある。戸田先生の原水爆禁止宣言からきょうで64年。自分の足元から平和への行動の連帯を築きたい。そこから、確かな「平和の図」が描かれる。
寸鉄 2021年9月8日
『新・人間革命』完結3年。青年よ学び、広布開け!"新時代の山本伸一"たれ
宮崎の日。太陽の同志が輝いた分、地域は明るく。さあ友情拡大の新記録へ
「修行の肝心は不軽品にて候なり」御書。今日も誠実に。目前の一人の為
友人との会話はストレス解消に効果的と。寄り添う工夫を。電話も上手に
感染症の偽報道、見抜くには公的情報の確認が有効—研究。振り回されず
〈社説〉 2021・9・8 創価の平和運動原点の日
◇「9・8」に込められた魂
きょう9月8日は、1957年、戸田先生が"遺訓の第一"として「原水爆禁止宣言」を発表した日であり、今日に至る創価学会の平和運動の原点の日である。
宣言当時、東西冷戦下の大国は核兵器開発競争に狂奔し、その破壊力への恐怖が戦争を抑止すると正当化していた。世界の民衆の生存の権利を奪い、人類を破滅に追いやる、この悪魔的兵器と魔性の思考を、戸田先生は「絶対悪」として糾弾されたのである。
同宣言の意義について池田先生は、誰もが持つ「生存の権利」という一点に立脚することで、「国家」の安全保障という高みに置かれていた核兵器の問題を、全ての「人間」に深く関わる生命尊厳の地平に引き戻すことにあったと述べている。"核抑止"という安全保障の論理のもとで置き去りにされた「民衆」に視点を戻し、イデオロギーのもとで見失われていた「人間」に光を当てる——この生命尊厳の思想に基づく人間根本のまなざしこそ、創価の平和運動の根幹といえる。
「9・8」に恩師が示した理念を継承し、池田先生は対話の渦を起こしていった。68年9月8日には、文化大革命の渦中で国際的に孤立していた中国との国交正常化提言を発表。10度の訪中などを通し、両国を結ぶ民衆往来の「金の橋」を築いた。74年9月8日には「宗教者がなぜ」との批判に動ずることなく、「そこに人間がいるから」とソ連(当時)を訪問。中ソ対立の緩和と日本との教育・文化交流の道を開いていった。
2018年9月8日、小説『新・人間革命』の新聞連載完結に当たり、池田先生は「あとがき」につづっている。
「社会も、国家も、世界も、それを建設する主体者は人間自身である。『憎悪』も『信頼』も、『蔑視』も『尊敬』も、『戦争』も『平和』も、全ては人間の一念から生まれるものだ。したがって、『人間革命』なくしては、自身の幸福も、社会の繁栄も、世界の恒久平和もあり得ない」
核兵器に加え、地球規模の感染症や気候変動という危機によって社会の在り方が問われている今、改めてこの原点を確認したい。人間を置き去りにし、生命尊厳の基軸を失った変革は結局、歪みをもたらし、行き詰まる。人間主義に基づく創価の哲学を、大きく語り広げていく時である。
☆君も立て——若き日の挑戦に学ぶ 第8回「原水爆禁止宣言」
◇一人一人の心に"平和の炎"を
【「若き日の日記」1957年(昭和32年)11月18日から】
先生の師恩は、山よりも高し。
海よりも深し。忘れじ、われは。
偉大なる師の歴史を世界に示さん。
◇原子爆弾だけは許せん
「……核あるいは原子爆弾の実験禁止運動が、今、世界に起こっているが、私は、その奥に隠されているところの爪をもぎ取りたいと思う」
1957年(昭和32年)9月8日、横浜・三ツ沢の競技場で行われた青年部の「若人の祭典」の席上、第2代会長・戸田城聖先生の烈々たる師子吼が轟いた。
「それは、もし原水爆を、いずこの国であろうと、それが勝っても負けても、それを使用したものは、ことごとく死刑にすべきであるということを主張するものであります」
この年、世界は東西冷戦下の"分断"の中にあった。「核抑止論」による軍拡によって、核実験が繰り返されていた。
事態を憂慮した戸田先生は、青年への"遺訓の第一"として、「原水爆禁止宣言」を訴えたのである。
戸田先生は、生命尊厳を第一義とする仏法者として、死刑制度には反対であった。それでも、あえて「死刑に」と叫んだのは、原水爆を保有し、使用したいという人間の"己心の魔性"を絶対悪と断じるためだった。
戸田先生の核兵器なき世界への思いは、同宣言の前から一貫していた。
56年(同31年)6月、福岡の八幡市(現・北九州市)では、「原爆などを使う人間は最大の悪人だ!」と叫んだ。宣言の2カ月前の7月、雑誌での対談でも、「原子爆弾だけは許せん。アメリカでも、ロシアでも、どっちであっても、そういうことは断じて許さん」と強く訴えている。
「原水爆禁止宣言」から2カ月後、戸田先生は広島を訪れる予定だった。平和記念公園に立つ広島平和記念館(当時)での決起大会に出席するためである。
しかし、戸田先生の体調をよく知っていた池田大作先生は、広島行きが恩師の命に関わるのではないかと案じた。「師のお身体、極度に衰弱」「おやつれ、甚だし」(『若き日の日記』、1957年11月19日)。
戸田先生の広島への出発の前日、池田先生は恩師のもとに急行した。
◇被爆地・広島への思い
「ご無理をなされば、お体にさわり、命にもかかわります。おやめください」
1957年(昭和32年)11月19日、池田先生は、戸田先生に対し、広島行きをやめるよう懇願した。
戸田先生は毅然と答えた。
「そんなことができるものか。……そうじゃないか。仏のお使いとして、一度、決めたことがやめられるか。俺は、死んでも行くぞ」
しかし、出発の日の朝、戸田先生は自宅で倒れてしまう。池田先生は、この時の真情を述べている。
「先生の被爆地・広島への思いは、いかばかりであったろうか。核兵器という『サタン(悪魔)の爪』に破壊された広島へ、命と引きかえで出発する覚悟だった」「生命を賭して、広島行きを望まれた、あの師の気迫は、生涯、わが胸から消えることはない。いな、それが、私の行動の原点になった」
同23日、戸田先生は、「原水爆禁止宣言」をテーマにした第5回の女子部総会に出席する予定だった。しかし、体調の悪化により参加できず、青年室長の池田先生が恩師の名代として出席した。
総会には1万2千人が集い、原子力問題を論じる研究や、被爆した女子部員の体験などが発表された。池田先生は、「原水爆禁止宣言」の精神の継承を呼び掛けた。
「日本の中でも創価学会、創価学会の中でも青年部員が、会長先生(戸田先生)の、この宣言を伝えていこうではありませんか」
また、「原水爆禁止宣言」の発表から1年後の58年(同33年)9月26日、池田先生は本紙に、「火宅を出ずる道」と題する一文を寄せた。
「原水爆の使用は、地球の自殺であり、人類の自殺を意味する」「その根本は、人生の目的、人生の幸福への、正しく強き理念を失った人の、末路の姿である」
そこには、"恩師の平和の叫びを虚妄にしてはならない"との強い思いと、"戸田先生の遺訓が成就するまで、断じて戦い抜く"との池田先生の覚悟がつづられていた。
◇「火宅を出ずる道」
池田先生が記した「火宅を出ずる道」には、「三界は安きこと無し 猶火宅の如し」(法華経191ページ)が引用されている。
法華経の「三車火宅の譬え」は、長者の家が火事になり、さまざまな方便を駆使して、子どもたちを助け出すたとえ話である。燃え盛る家(火宅)は、煩悩の炎に包まれた現実の世界(三界)をたとえている。
池田先生は、核兵器という「未曽有の脅威に覆われた"火宅"から抜け出す道を共に進まねばならない」との強い願いを込めた。
いかにして人類を"火宅"から助け出すことができるのか——池田先生は、恩師亡き後も、"遺訓の第一"を生命に刻み、日本中、世界中を駆け巡った。多くの対談集でも、核廃絶の信条を訴え抜いた。それに呼応した青年部は、反戦出版、核廃絶1千万署名等、草の根の平和運動を展開していった。
「ニューヨークは暑いよ」「みんな元気で! 無事故で行ってらっしゃい。祈っています」——1982年(昭和57年)5月、広島と長崎から集った被爆者・被爆2世との懇談で、池田先生は温かく語り掛けた。米ニューヨークの国連本部で開催される国連軍縮特別総会に際し、学会が派遣するメンバーだった。
彼らは訪問先で、「被爆証言を聞くNGOの集い」や「反核討論集会」などを実施。この期間、被爆者たちと語らったハーバード大学のモンゴメリー博士は、彼らが未来を志向し平和を訴える姿に衝撃を受けた——"池田会長を慕う被爆者が、憎悪を超えて、人類の融合のために戦っている"。被爆者たちは、その姿を通し、師匠から教わった仏法の生命哲学への共感を広げたのである。
池田先生の平和行動の偉大さは、一人一人の心に生命尊厳の平和の明かりをともし続けてきたことにある。心の中に"平和の砦"が築かれていってこそ、真の平和がある。
池田先生は呼び掛けた。「恩師の遺訓のまま我らは弛まず進む。それは『元品の無明』を破って『元品の法性』を開き、民衆一人一人の心に平和の砦を築く地涌の挑戦である。『生命尊厳』を地球社会の柱に打ち立てゆく精神闘争だ」
2021年9月7日火曜日
2021.09.07 わが友に贈る
全民衆の幸福を祈り
苦悩する「一人」に関わる。
これが創価の誇りだ!
安穏な社会の構築へ
粘り強く対話に挑もう!
新池御書 P1439
『かかる悪所にゆけば王位将軍も物ならず獄卒の呵責にあへる姿は猿をまはすに異ならず、此の時は争か名聞名利我慢偏執有るべきや』
【通解】
死後の地獄等という苦悩の世界に行ったならば、王の位も、将軍の位も、何の役にも立たない。獄卒の責めにあう姿は、猿回しに回される猿と変わらない。こうなった時は、どうして名聞名利や我慢偏執の心でいられようか。
【先生の指導】
王様や将軍の地位など、死後の世界では、何の力もない。にもかかわらず、世間の欲望に執着して、正しき仏法に背くならば、その人の末路は、あまりに哀れであり、愚かである。
このことを、よくよく考え、妙法を信じていくべきであるとの大聖人の御叱責とも拝せられるであろう。
この生命の厳粛な因果の理法からは、だれ人も逃れることはできない。それは、いくら遠くに逃げようとしても、地球の外には、ましてや宇宙の外には行けないのと同じなのである。
名字の言 "心の距離"を縮める語らい 2021年9月7日
大学進学で上京した数十年前のこと。公衆電話で実家に連絡した時、10円玉が次々と落ちる早さに驚いた。実家からの小包が、発送から到着まで何日もかかったことにも閉口した。身近なことに故郷の遠さを実感。と同時に、ありがたさも感じていた▼今年の夏、帰省したくてもできなかった人たちは、望郷の念を強くしただろう。募る思いはその人にとって、「会う」ということが、いかに重要な意味を持っているかの証しでもある▼広宣流布は、一人一人のもとへ幾度となく足を運び、直接会って励まし合い、共に前進することで築かれてきた。日蓮大聖人も「面にあらずば申しつくしがたし」(御書1099ページ)などと、顔を合わせて語らうことの大切さを教えられている▼一方で、大聖人は実際には会えない門下にも心を砕かれた。高齢のため、大聖人がおられる身延まで来られない女性門下には「あなたの身は佐渡でも、心はこの身延に来ています(会っているのと同じです)」(同1316ページ、趣意)と励まされた▼「会う」には、「2人以上の人間の間がなくなること」との意味もある。その"間"とは、実際の距離以上に、お互いの"心の距離"であろう。信じ合い、通じ合う心があればいい。
寸鉄 2021年9月7日
御書「朝朝・仏と共に起き夕夕仏と共に臥し」。日々新生の決意で広布に前進
鹿児島の日。皆が青年の心で"凱歌の秋"へ勇躍!歴史開く拡大を我らから
苦しい環境に支配されてはならぬ—恩師。試練を勝ち抜く人生の名優に!
家庭の蔵書数多い小中生ほど試験の正答率高く—調査。親子で繙く習慣を
教育の無償化を実現した公明党に敬意—大学学長万民が輝く社会へ死力を
☆明日を照らす テーマ:不動の信心
日蓮大聖人は門下に対して、障魔に負けることなく、不動の信心に励めば、揺るがぬ仏界の境涯を開くことができると教えられています。
池田先生は「学会は、日蓮大聖人の仰せ通りに死身弘法の実践を貫き、忍辱の鎧を着て進んできた。創価の師弟は、この不動の信心によって、すべてを勝ち抜いてきたのだ」とつづっています。
今回の「明日を照らす」は、「不動の信心」をテーマに学んでいきましょう。
◇兄弟抄
『心の師とは・なるとも心を師とせざれとは六波羅蜜経の文なり。設ひ・いかなる・わづらはしき事ありとも夢になして只法華経の事のみさはくらせ給うべし』(御書1088ページ)
◇師弟不二が勝利開く
【通解】わが心に対して師とはなっても、わが心を師としてはならない、とは六波羅蜜経の文である。たとえ、どんな煩わしい苦難があっても、夢の中のこととして、ただ法華経のことだけを思っていきなさい。
◇
何かあれば揺れ動くような、凡夫の心を基準としては、仏の境涯を得ることはできません。
本抄は、日蓮大聖人が門下の池上宗仲、宗長兄弟と、その夫人たちに与えられたお手紙です。池上家は、鎌倉幕府に仕える有力な工匠でした。兄の宗仲は、法華経の信仰に反対する父から勘当を受け、社会的立場や経済基盤を失う危機に直面していました。一方で、弟の宗長は、信仰を捨てれば家督を譲り受ける状況にありました。ゆえに大聖人は、兄弟の信心が動揺することを心配され、激励されました。
「心の師」となるとは、確固不動の「法」を持つ生き方です。私たちでいえば、御本尊根本、御書根本の姿勢が「心の師」を求めることになります。そのために、「法」と私たちを結び付ける、仏法実践の師匠の存在が不可欠となります。自分中心ではなく、師弟不二の信心を貫いていけば、あらゆる苦難をも"一時の夢のようなもの"と悠然と見下ろしながら、前へ進んでいくことができると教えられているのです。
池上兄弟は、大聖人のご指導を実践する中で試練を乗り越え、信心に反対していた父を入信へと導きました。大聖人直結の創価学会には、いかなる烈風にさらされようとも、師と共に人生を切り開いてきた同志が数多くいます。いかなる時も、師の心をわが心とし、未来まで続く"勝利の物語"をつづっていきましょう。
◇四条金吾殿御返事
『賢人は八風と申して八のかぜにをかされぬを賢人と申すなり、利・衰・毀・誉・称・譏・苦・楽なり、をを心は利あるに・よろこばず・をとろうるになげかず等の事なり、此の八風にをかされぬ人をば必ず天はまほらせ給うなり』(別名「八風抄」、御書1151ページ)
◇全てを"追い風"に変え
【通解】賢人とは八風といって八つの風に侵されない人をいうのである。八つの風とは、利・衰・毀・誉・称・譏・苦・楽である。おおよその意味は、利益があっても喜ばず、衰えても嘆かないなどのことである。この八風に侵されない人を、必ず諸天は守護されるのである。
◇
"決して世間の毀誉褒貶や、目先の利害損得に振り回されてはいけない"
日蓮大聖人は四条金吾に、諭すように教えられました。
金吾は主君の江間氏を折伏したことから疎まれ、領地替えの命令を下されます。同僚からは「金吾は主君を軽んじている」などと讒言され、窮地に陥りました。金吾は、身の潔白を証明するため、主君に対して訴訟をしようとまで、思いつめるようになりました。本抄は、これらの報告を聞かれた大聖人の御返事になります。
「八風」とは、人々の心を動かし、仏道修行を妨げる8種類の働きのことです。この「八風」には、一般的に人々が望み求める「四順」と、いやがり避ける「四違」があります。人から褒めたたえられることで、慢心を起こして信心に励むことを怠れば、魔に付け入られてしまいます。また、軽蔑や悪口を受けることで前進をやめてしまえば、成仏への道を閉ざしてしまいます。風が吹けばなびくように、自身を取り巻く環境に流されるのではなく、何があっても広布に歩む人を、必ず諸天が守るとの仰せです。
その後、大聖人のご指南通り、状況や感情に左右されることなく「賢人」の振る舞いを重ねた金吾は、信頼を回復し、以前の3倍の領地を賜りました。
信心の実践を貫けば、全てのことを、人間革命への"追い風"に変えていくことができるのです。
苦悩する「一人」に関わる。
これが創価の誇りだ!
安穏な社会の構築へ
粘り強く対話に挑もう!
新池御書 P1439
『かかる悪所にゆけば王位将軍も物ならず獄卒の呵責にあへる姿は猿をまはすに異ならず、此の時は争か名聞名利我慢偏執有るべきや』
【通解】
死後の地獄等という苦悩の世界に行ったならば、王の位も、将軍の位も、何の役にも立たない。獄卒の責めにあう姿は、猿回しに回される猿と変わらない。こうなった時は、どうして名聞名利や我慢偏執の心でいられようか。
【先生の指導】
王様や将軍の地位など、死後の世界では、何の力もない。にもかかわらず、世間の欲望に執着して、正しき仏法に背くならば、その人の末路は、あまりに哀れであり、愚かである。
このことを、よくよく考え、妙法を信じていくべきであるとの大聖人の御叱責とも拝せられるであろう。
この生命の厳粛な因果の理法からは、だれ人も逃れることはできない。それは、いくら遠くに逃げようとしても、地球の外には、ましてや宇宙の外には行けないのと同じなのである。
名字の言 "心の距離"を縮める語らい 2021年9月7日
大学進学で上京した数十年前のこと。公衆電話で実家に連絡した時、10円玉が次々と落ちる早さに驚いた。実家からの小包が、発送から到着まで何日もかかったことにも閉口した。身近なことに故郷の遠さを実感。と同時に、ありがたさも感じていた▼今年の夏、帰省したくてもできなかった人たちは、望郷の念を強くしただろう。募る思いはその人にとって、「会う」ということが、いかに重要な意味を持っているかの証しでもある▼広宣流布は、一人一人のもとへ幾度となく足を運び、直接会って励まし合い、共に前進することで築かれてきた。日蓮大聖人も「面にあらずば申しつくしがたし」(御書1099ページ)などと、顔を合わせて語らうことの大切さを教えられている▼一方で、大聖人は実際には会えない門下にも心を砕かれた。高齢のため、大聖人がおられる身延まで来られない女性門下には「あなたの身は佐渡でも、心はこの身延に来ています(会っているのと同じです)」(同1316ページ、趣意)と励まされた▼「会う」には、「2人以上の人間の間がなくなること」との意味もある。その"間"とは、実際の距離以上に、お互いの"心の距離"であろう。信じ合い、通じ合う心があればいい。
寸鉄 2021年9月7日
御書「朝朝・仏と共に起き夕夕仏と共に臥し」。日々新生の決意で広布に前進
鹿児島の日。皆が青年の心で"凱歌の秋"へ勇躍!歴史開く拡大を我らから
苦しい環境に支配されてはならぬ—恩師。試練を勝ち抜く人生の名優に!
家庭の蔵書数多い小中生ほど試験の正答率高く—調査。親子で繙く習慣を
教育の無償化を実現した公明党に敬意—大学学長万民が輝く社会へ死力を
☆明日を照らす テーマ:不動の信心
日蓮大聖人は門下に対して、障魔に負けることなく、不動の信心に励めば、揺るがぬ仏界の境涯を開くことができると教えられています。
池田先生は「学会は、日蓮大聖人の仰せ通りに死身弘法の実践を貫き、忍辱の鎧を着て進んできた。創価の師弟は、この不動の信心によって、すべてを勝ち抜いてきたのだ」とつづっています。
今回の「明日を照らす」は、「不動の信心」をテーマに学んでいきましょう。
◇兄弟抄
『心の師とは・なるとも心を師とせざれとは六波羅蜜経の文なり。設ひ・いかなる・わづらはしき事ありとも夢になして只法華経の事のみさはくらせ給うべし』(御書1088ページ)
◇師弟不二が勝利開く
【通解】わが心に対して師とはなっても、わが心を師としてはならない、とは六波羅蜜経の文である。たとえ、どんな煩わしい苦難があっても、夢の中のこととして、ただ法華経のことだけを思っていきなさい。
◇
何かあれば揺れ動くような、凡夫の心を基準としては、仏の境涯を得ることはできません。
本抄は、日蓮大聖人が門下の池上宗仲、宗長兄弟と、その夫人たちに与えられたお手紙です。池上家は、鎌倉幕府に仕える有力な工匠でした。兄の宗仲は、法華経の信仰に反対する父から勘当を受け、社会的立場や経済基盤を失う危機に直面していました。一方で、弟の宗長は、信仰を捨てれば家督を譲り受ける状況にありました。ゆえに大聖人は、兄弟の信心が動揺することを心配され、激励されました。
「心の師」となるとは、確固不動の「法」を持つ生き方です。私たちでいえば、御本尊根本、御書根本の姿勢が「心の師」を求めることになります。そのために、「法」と私たちを結び付ける、仏法実践の師匠の存在が不可欠となります。自分中心ではなく、師弟不二の信心を貫いていけば、あらゆる苦難をも"一時の夢のようなもの"と悠然と見下ろしながら、前へ進んでいくことができると教えられているのです。
池上兄弟は、大聖人のご指導を実践する中で試練を乗り越え、信心に反対していた父を入信へと導きました。大聖人直結の創価学会には、いかなる烈風にさらされようとも、師と共に人生を切り開いてきた同志が数多くいます。いかなる時も、師の心をわが心とし、未来まで続く"勝利の物語"をつづっていきましょう。
◇四条金吾殿御返事
『賢人は八風と申して八のかぜにをかされぬを賢人と申すなり、利・衰・毀・誉・称・譏・苦・楽なり、をを心は利あるに・よろこばず・をとろうるになげかず等の事なり、此の八風にをかされぬ人をば必ず天はまほらせ給うなり』(別名「八風抄」、御書1151ページ)
◇全てを"追い風"に変え
【通解】賢人とは八風といって八つの風に侵されない人をいうのである。八つの風とは、利・衰・毀・誉・称・譏・苦・楽である。おおよその意味は、利益があっても喜ばず、衰えても嘆かないなどのことである。この八風に侵されない人を、必ず諸天は守護されるのである。
◇
"決して世間の毀誉褒貶や、目先の利害損得に振り回されてはいけない"
日蓮大聖人は四条金吾に、諭すように教えられました。
金吾は主君の江間氏を折伏したことから疎まれ、領地替えの命令を下されます。同僚からは「金吾は主君を軽んじている」などと讒言され、窮地に陥りました。金吾は、身の潔白を証明するため、主君に対して訴訟をしようとまで、思いつめるようになりました。本抄は、これらの報告を聞かれた大聖人の御返事になります。
「八風」とは、人々の心を動かし、仏道修行を妨げる8種類の働きのことです。この「八風」には、一般的に人々が望み求める「四順」と、いやがり避ける「四違」があります。人から褒めたたえられることで、慢心を起こして信心に励むことを怠れば、魔に付け入られてしまいます。また、軽蔑や悪口を受けることで前進をやめてしまえば、成仏への道を閉ざしてしまいます。風が吹けばなびくように、自身を取り巻く環境に流されるのではなく、何があっても広布に歩む人を、必ず諸天が守るとの仰せです。
その後、大聖人のご指南通り、状況や感情に左右されることなく「賢人」の振る舞いを重ねた金吾は、信頼を回復し、以前の3倍の領地を賜りました。
信心の実践を貫けば、全てのことを、人間革命への"追い風"に変えていくことができるのです。
2021年9月6日月曜日
2021.09.06 わが友に贈る
◇今週のことば
「礼儀いささか・
をろかに思うべからず」
乱世なればこそ
誠実の振る舞いで開け!
信念の人間外交で勝て!
2021年9月6日
富木殿女房尼御前御書 P990
『むかしはことにわびしく候いし時よりやしなはれまいらせて候へばことにをんをもく(恩重く)をもいまいらせ候』
【通解】
昔、特に不自由であった時から御供養をお受けしてきたので、貴女の御恩をまことに重く思っています
名字の言 勇気と感動をくれた東京パラリンピック 2021年9月6日
大空に緑色の線を引く青色の飛行機。大地に咲く青い朝顔の花。それらを母子が見つめている——。絵の題名は「ブルーインパルスとあさがお」。小学1年の少女部員が、東京パラリンピックの開幕に合わせて飛行したブルーインパルスを見て描いた▼勇気と感動を与えてくれたパラリンピックが閉幕した。人間の強さや無限の可能性を示した選手たちの雄姿は、言葉では言い表せない努力、努力の結晶だったに違いない▼「両手足がないフェンシング選手」と呼ばれる、イタリアのビオ選手は「自分を信じてハードワークをすればやりたいことは何でもできる」と。「不可能はないということを証明したい」と言うのは、卓球に出場したエジプトのハマドトゥ選手。両腕がない彼は足の指でボールを挟んでサーブのトスをあげ、口にくわえたラケットで打つ▼「レースでの強さだけでなく、私の折れない心(レジリエンス)を見てほしい」とは、陸上・車いすのクラスのメダリスト、アメリカのマクファーデン選手。彼女のモットーは「私にはできる」(選手の言葉はNHKのHPから)▼一筋の飛行機雲のように、誰かの心に人生の"光路"を残したい。ブルーインパルスの合言葉は「創造への挑戦」である。
寸鉄 2021年9月6日
学会の対話から多様な人と結び合える事を学んだ—学長。共生世紀の主役
誰が何と言おうと同志と一緒に前へ—恩師。皆で今できる挑戦を粘り強く
「我が身の外に仏無し」御書。自分が祈り、自分が変わる。ここに広布の魂
10分多く歩くだけで死亡リスク低下と。体動かす習慣を賢く。健康のため
子のネット利用時間が増—調査。依存化せぬよう規則決めを。親子で話し
〈社説〉 2021・9・6 躍動の東京パラが閉幕
◇皆が伴走者で「共生」の社会に
「スリーアギトス」——赤・青・緑の三本の曲線からなるパラリンピックのシンボルマークの名称だ。三色は国旗で最も多く使用されている色で、曲線は「動き」を象徴し、「アギト」はラテン語で「私は動く」という意味である。
約4400人の選手が躍動し切った、第16回夏季パラリンピック東京大会が5日閉幕した。
閉会式のコンセプトは「Harmonious Cacophony(調和する不協和音)」。「違いがあることで対立が生じるのではなく、新たな未来が生まれていく」との意味を込めたという。多様性を認め合う「共生」という、パラリンピックのテーマを感じる演出だった。
また5日は、マラソンT12(視覚障がいのある人のクラス)、通称ブラインドマラソンが行われ、女子では道下美里選手が金メダルを獲得した。レースをテレビで観戦していると、「GUIDE」と書かれたゼッケンを着け、選手とロープを握り合いながら走る人の姿があった。伴走者とも呼ばれている人たちである。
道下選手はレース後のコメントで「最高の伴走者と最強の仲間がいたので、ここにたどりついたと思っている」と述べていた。
ブラインドマラソンにおいて、伴走者はとても重要だ。女子マラソンT12の世界記録は2時間54分13秒、今回の優勝タイムは3時間0分50秒である。これだけのスピードで走りながら、伴走者は道案内だけではなく、ペースメーカーとなり、能力を最大限に引き出す励ましの声掛けなども行う。
二人を繋ぐロープは「きずな」とも呼ばれ、このロープを通してお互いの調子や感じていることまで伝わるという。まさに、信頼関係によってドラマが生まれるのがブラインドマラソンだ。
「伴走者はレースを共に走るだけの存在ではない。誰かを応援し、その願いを叶えようと思う者は、みんな伴走者なのだ」(浅生鴨著『伴走者』講談社文庫)——同競技を題材にした小説の一節だ。
御書に「植えた木であっても、強い支柱で支えれば、大風が吹いても倒れない」(1468ページ、通解)との印象的な例えがある。支え合うことがどれほど大切か。
私たちは、一人だけで生きていくのは難しい。だからこそ、皆で支え合い応援し合い、皆が誰かの伴走者として、一人一人が輝ける「共生」の社会を築いていきたい。
☆共生の地球社会へ〜仏法の英知に学ぶ テーマ:貧困問題
登場人物
【ミライさん】好奇心旺盛な女子部員。世の中の出来事について、父・ホープ博士と語り合うことを楽しみにしている。
【ホープ博士】勉強熱心な壮年部員。毎月1回、家族と一緒に教学を研さんしている。「博士」はニックネーム。本業は会社員。
◇現実を見つめ、行動の一歩を
ミライ 東京オリンピック開会式で、バングラデシュの経済学者ムハマド・ユヌス氏に「オリンピック月桂冠賞」が授与されたね。
アスリートを支えるなど、スポーツ界での社会貢献活動が評価されたようね。氏は、貧困問題でも知られているね。
ホープ 世界最貧国といわれ、大飢饉で苦しむ祖国の窮状を目の当たりにしたユヌス氏は、貧しい人々の自立を促すために、少額の資金を無担保で融資する取り組みを始めたんだ。その資金を元手に技能を生かした仕事が新たに生まれ、所得が創出されるようになったんだよ。
ミライ ユヌス氏と、氏が創設した銀行は、貧困軽減に大きく貢献したとして、2006年(平成18年)にノーベル平和賞を受賞したよね。
ホープ 今でも世界人口の1割に当たる、約7億人が1日1・9ドル(約207円)未満の生活を強いられているんだよ(本年2月現在)。
住む家がなかったり、食料が買えなかったりするなど、生きていくために必要最低限の生活ができない状態を「絶対的貧困」というんだ。
こうした極度の貧困に苦しむ人の割合は、1990年に比べ3分の1以下まで減少してきたけど、まだまだ深刻なんだ。
◇人権の究極の否定
ミライ 国連が進めるSDGs(持続可能な開発目標)では、2030年までに世界中で極度の貧困にある人をなくすことや、さまざまな次元で貧困ラインを下回っている人の割合を半減させることを目標にしているよ。
けれども、"コロナ禍の影響で、貧困撲滅の目標達成は困難な状況"と報道されているね。
ホープ さらに、地域差なども課題なんだよ。特にサハラ以南のアフリカ地域や南アジアが深刻で、極度の貧困状態で生活している人の8割を占めているんだ。また、女性は男性と比べて雇用の機会も少ないから、貧困状態に陥りがちだ。
ミライ そうした地域では、農業を主な収入源としている人が多いから、気候変動や自然災害の影響を受けてしまうと、さらに貧困は深刻化してしまう。紛争や難民、教育問題などにも、貧困は影響しているよね。
ホープ ユヌス氏は「貧困は運命をコントロールしようとするあらゆるものを人々から奪うため、人権の究極の否定になる」(『貧困のない世界を創る』猪熊弘子訳、早川書房)と述べているよ。
これは大切な視点だね。貧困は人間から、幸福になるチャンスどころか、生きる希望をも奪ってしまうことが、根本的な問題なんだよ。
ミライ 当然ながら具体的な政策や取り組みも一層求められるけれど、一人一人の"心の変革"も大切だよね。
◇平和を願う心
ホープ ここで、釈尊の出家の動機とされる「四門遊観」の説話を学ぼう。
——王族として裕福な暮らしをしていた釈尊が、城門から出た時に目にしたのは、病や老いを抱えて苦悩する人々や、道端で亡くなっている人の姿だったんだ。釈尊は、人は誰しも生老病死の苦しみから逃れられないことを感じたんだよ。
池田先生は、多くの人が生老病死の苦しみを"今の自分とは関係がない"と捉えて、苦悩する人々を忌み嫌うことに、釈尊は胸を痛めたのではないかと、鋭く考察されたんだ。
ミライ 釈尊の慈悲が感じられる話だね。
ホープ 先生は続けて、次のように語られているよ。
「釈尊が洞察した、老いや病や死を自分に関係がないものとして厭い、苦しみを抱える人に冷たく接してしまう心理——。それはまた、貧困や飢餓や紛争で苦しんでいる人々を、自分が直面する問題ではないからと意識の外に置いてしまう心理と、底流において結びついているのではないかと思えてなりません」(第44回「SGIの日」記念提言)
ミライ 世界で何が起こっているのか、人々がどのように苦しんでいるのか、自分から知る努力をしないといけないね。つらい現実から目を背けたままだと、"自分さえ良ければ……"といったエゴイズムに陥ってしまいかねないんだね。
ホープ 日蓮大聖人は、「自身の安心を考えるなら、あなたはまず社会全体の静穏を祈ることが必要ではないのか」(御書31ページ、通解)と、自分の安らぎのみを願うのではなく、民衆が生活を営む基盤である社会の安定を呼び掛けられているよ。
ミライ 社会を離れて、仏法はないんだね。
ホープ その通りだよ! 「自分だけの幸福もなければ、他人だけの不幸もない」との先生の言葉を心に刻んで、世界の平和と安定を願う"心"を一人一人の胸中に確立していくのが仏法者の生き方なんだよ。世界の安穏を祈る心は、現実を直視する勇気となり、そこから解決への「行動の一歩」が生まれるはずだよ。
◇御文
『汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か』(立正安国論、31ページ)
◇メモ
日蓮大聖人が、民衆の幸福と社会全体の静穏、世界平和を願われ、認められたのが「立正安国論」です。
その中で、民衆が生きる基盤となる社会の安穏を祈ることを教えられています。
そこには、自分だけの幸福や安全も、他人だけの不幸や危険もないという仏法の哲理が輝いています。
混迷の時代を変革するために、「自他共の幸福」を願うのが仏法者の姿勢なのです。
[コラム:"いま"を知る]誰も置き去りにしない
ある大乗仏典には、勝鬘夫人という女性が、釈尊に誓いを述べる場面が描かれている。「私は、孤独な人、不当に拘禁され自由を奪われている人、病気に悩む人、災難に苦しむ人、貧困の人を見たならば、決して見捨てません。必ず、その人々を安穏にし、豊かにしていきます」。彼女は生涯、苦悩にあえぐ人のために、行動し、誓願を貫いた。
池田先生は「国連を支援することは、勝鬘夫人に象徴される菩薩道的生き方の一つの帰結」と述べている。国連が掲げるSDGs(持続可能な開発目標)の基本理念は、「誰も置き去りにしない」。国家の枠を超えた一人の「人間」への温かなまなざしは、大乗仏教と深く共鳴している。
国連は、人間の尊厳を脅かす紛争や飢餓など、地球規模の課題を解決するために創設された。生命尊厳の妙法を持つ私たちは、国連を中心とした市民社会の連帯を広げるべく、これからも草の根の活動を推進していく。
「礼儀いささか・
をろかに思うべからず」
乱世なればこそ
誠実の振る舞いで開け!
信念の人間外交で勝て!
2021年9月6日
富木殿女房尼御前御書 P990
『むかしはことにわびしく候いし時よりやしなはれまいらせて候へばことにをんをもく(恩重く)をもいまいらせ候』
【通解】
昔、特に不自由であった時から御供養をお受けしてきたので、貴女の御恩をまことに重く思っています
名字の言 勇気と感動をくれた東京パラリンピック 2021年9月6日
大空に緑色の線を引く青色の飛行機。大地に咲く青い朝顔の花。それらを母子が見つめている——。絵の題名は「ブルーインパルスとあさがお」。小学1年の少女部員が、東京パラリンピックの開幕に合わせて飛行したブルーインパルスを見て描いた▼勇気と感動を与えてくれたパラリンピックが閉幕した。人間の強さや無限の可能性を示した選手たちの雄姿は、言葉では言い表せない努力、努力の結晶だったに違いない▼「両手足がないフェンシング選手」と呼ばれる、イタリアのビオ選手は「自分を信じてハードワークをすればやりたいことは何でもできる」と。「不可能はないということを証明したい」と言うのは、卓球に出場したエジプトのハマドトゥ選手。両腕がない彼は足の指でボールを挟んでサーブのトスをあげ、口にくわえたラケットで打つ▼「レースでの強さだけでなく、私の折れない心(レジリエンス)を見てほしい」とは、陸上・車いすのクラスのメダリスト、アメリカのマクファーデン選手。彼女のモットーは「私にはできる」(選手の言葉はNHKのHPから)▼一筋の飛行機雲のように、誰かの心に人生の"光路"を残したい。ブルーインパルスの合言葉は「創造への挑戦」である。
寸鉄 2021年9月6日
学会の対話から多様な人と結び合える事を学んだ—学長。共生世紀の主役
誰が何と言おうと同志と一緒に前へ—恩師。皆で今できる挑戦を粘り強く
「我が身の外に仏無し」御書。自分が祈り、自分が変わる。ここに広布の魂
10分多く歩くだけで死亡リスク低下と。体動かす習慣を賢く。健康のため
子のネット利用時間が増—調査。依存化せぬよう規則決めを。親子で話し
〈社説〉 2021・9・6 躍動の東京パラが閉幕
◇皆が伴走者で「共生」の社会に
「スリーアギトス」——赤・青・緑の三本の曲線からなるパラリンピックのシンボルマークの名称だ。三色は国旗で最も多く使用されている色で、曲線は「動き」を象徴し、「アギト」はラテン語で「私は動く」という意味である。
約4400人の選手が躍動し切った、第16回夏季パラリンピック東京大会が5日閉幕した。
閉会式のコンセプトは「Harmonious Cacophony(調和する不協和音)」。「違いがあることで対立が生じるのではなく、新たな未来が生まれていく」との意味を込めたという。多様性を認め合う「共生」という、パラリンピックのテーマを感じる演出だった。
また5日は、マラソンT12(視覚障がいのある人のクラス)、通称ブラインドマラソンが行われ、女子では道下美里選手が金メダルを獲得した。レースをテレビで観戦していると、「GUIDE」と書かれたゼッケンを着け、選手とロープを握り合いながら走る人の姿があった。伴走者とも呼ばれている人たちである。
道下選手はレース後のコメントで「最高の伴走者と最強の仲間がいたので、ここにたどりついたと思っている」と述べていた。
ブラインドマラソンにおいて、伴走者はとても重要だ。女子マラソンT12の世界記録は2時間54分13秒、今回の優勝タイムは3時間0分50秒である。これだけのスピードで走りながら、伴走者は道案内だけではなく、ペースメーカーとなり、能力を最大限に引き出す励ましの声掛けなども行う。
二人を繋ぐロープは「きずな」とも呼ばれ、このロープを通してお互いの調子や感じていることまで伝わるという。まさに、信頼関係によってドラマが生まれるのがブラインドマラソンだ。
「伴走者はレースを共に走るだけの存在ではない。誰かを応援し、その願いを叶えようと思う者は、みんな伴走者なのだ」(浅生鴨著『伴走者』講談社文庫)——同競技を題材にした小説の一節だ。
御書に「植えた木であっても、強い支柱で支えれば、大風が吹いても倒れない」(1468ページ、通解)との印象的な例えがある。支え合うことがどれほど大切か。
私たちは、一人だけで生きていくのは難しい。だからこそ、皆で支え合い応援し合い、皆が誰かの伴走者として、一人一人が輝ける「共生」の社会を築いていきたい。
☆共生の地球社会へ〜仏法の英知に学ぶ テーマ:貧困問題
登場人物
【ミライさん】好奇心旺盛な女子部員。世の中の出来事について、父・ホープ博士と語り合うことを楽しみにしている。
【ホープ博士】勉強熱心な壮年部員。毎月1回、家族と一緒に教学を研さんしている。「博士」はニックネーム。本業は会社員。
◇現実を見つめ、行動の一歩を
ミライ 東京オリンピック開会式で、バングラデシュの経済学者ムハマド・ユヌス氏に「オリンピック月桂冠賞」が授与されたね。
アスリートを支えるなど、スポーツ界での社会貢献活動が評価されたようね。氏は、貧困問題でも知られているね。
ホープ 世界最貧国といわれ、大飢饉で苦しむ祖国の窮状を目の当たりにしたユヌス氏は、貧しい人々の自立を促すために、少額の資金を無担保で融資する取り組みを始めたんだ。その資金を元手に技能を生かした仕事が新たに生まれ、所得が創出されるようになったんだよ。
ミライ ユヌス氏と、氏が創設した銀行は、貧困軽減に大きく貢献したとして、2006年(平成18年)にノーベル平和賞を受賞したよね。
ホープ 今でも世界人口の1割に当たる、約7億人が1日1・9ドル(約207円)未満の生活を強いられているんだよ(本年2月現在)。
住む家がなかったり、食料が買えなかったりするなど、生きていくために必要最低限の生活ができない状態を「絶対的貧困」というんだ。
こうした極度の貧困に苦しむ人の割合は、1990年に比べ3分の1以下まで減少してきたけど、まだまだ深刻なんだ。
◇人権の究極の否定
ミライ 国連が進めるSDGs(持続可能な開発目標)では、2030年までに世界中で極度の貧困にある人をなくすことや、さまざまな次元で貧困ラインを下回っている人の割合を半減させることを目標にしているよ。
けれども、"コロナ禍の影響で、貧困撲滅の目標達成は困難な状況"と報道されているね。
ホープ さらに、地域差なども課題なんだよ。特にサハラ以南のアフリカ地域や南アジアが深刻で、極度の貧困状態で生活している人の8割を占めているんだ。また、女性は男性と比べて雇用の機会も少ないから、貧困状態に陥りがちだ。
ミライ そうした地域では、農業を主な収入源としている人が多いから、気候変動や自然災害の影響を受けてしまうと、さらに貧困は深刻化してしまう。紛争や難民、教育問題などにも、貧困は影響しているよね。
ホープ ユヌス氏は「貧困は運命をコントロールしようとするあらゆるものを人々から奪うため、人権の究極の否定になる」(『貧困のない世界を創る』猪熊弘子訳、早川書房)と述べているよ。
これは大切な視点だね。貧困は人間から、幸福になるチャンスどころか、生きる希望をも奪ってしまうことが、根本的な問題なんだよ。
ミライ 当然ながら具体的な政策や取り組みも一層求められるけれど、一人一人の"心の変革"も大切だよね。
◇平和を願う心
ホープ ここで、釈尊の出家の動機とされる「四門遊観」の説話を学ぼう。
——王族として裕福な暮らしをしていた釈尊が、城門から出た時に目にしたのは、病や老いを抱えて苦悩する人々や、道端で亡くなっている人の姿だったんだ。釈尊は、人は誰しも生老病死の苦しみから逃れられないことを感じたんだよ。
池田先生は、多くの人が生老病死の苦しみを"今の自分とは関係がない"と捉えて、苦悩する人々を忌み嫌うことに、釈尊は胸を痛めたのではないかと、鋭く考察されたんだ。
ミライ 釈尊の慈悲が感じられる話だね。
ホープ 先生は続けて、次のように語られているよ。
「釈尊が洞察した、老いや病や死を自分に関係がないものとして厭い、苦しみを抱える人に冷たく接してしまう心理——。それはまた、貧困や飢餓や紛争で苦しんでいる人々を、自分が直面する問題ではないからと意識の外に置いてしまう心理と、底流において結びついているのではないかと思えてなりません」(第44回「SGIの日」記念提言)
ミライ 世界で何が起こっているのか、人々がどのように苦しんでいるのか、自分から知る努力をしないといけないね。つらい現実から目を背けたままだと、"自分さえ良ければ……"といったエゴイズムに陥ってしまいかねないんだね。
ホープ 日蓮大聖人は、「自身の安心を考えるなら、あなたはまず社会全体の静穏を祈ることが必要ではないのか」(御書31ページ、通解)と、自分の安らぎのみを願うのではなく、民衆が生活を営む基盤である社会の安定を呼び掛けられているよ。
ミライ 社会を離れて、仏法はないんだね。
ホープ その通りだよ! 「自分だけの幸福もなければ、他人だけの不幸もない」との先生の言葉を心に刻んで、世界の平和と安定を願う"心"を一人一人の胸中に確立していくのが仏法者の生き方なんだよ。世界の安穏を祈る心は、現実を直視する勇気となり、そこから解決への「行動の一歩」が生まれるはずだよ。
◇御文
『汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か』(立正安国論、31ページ)
◇メモ
日蓮大聖人が、民衆の幸福と社会全体の静穏、世界平和を願われ、認められたのが「立正安国論」です。
その中で、民衆が生きる基盤となる社会の安穏を祈ることを教えられています。
そこには、自分だけの幸福や安全も、他人だけの不幸や危険もないという仏法の哲理が輝いています。
混迷の時代を変革するために、「自他共の幸福」を願うのが仏法者の姿勢なのです。
[コラム:"いま"を知る]誰も置き去りにしない
ある大乗仏典には、勝鬘夫人という女性が、釈尊に誓いを述べる場面が描かれている。「私は、孤独な人、不当に拘禁され自由を奪われている人、病気に悩む人、災難に苦しむ人、貧困の人を見たならば、決して見捨てません。必ず、その人々を安穏にし、豊かにしていきます」。彼女は生涯、苦悩にあえぐ人のために、行動し、誓願を貫いた。
池田先生は「国連を支援することは、勝鬘夫人に象徴される菩薩道的生き方の一つの帰結」と述べている。国連が掲げるSDGs(持続可能な開発目標)の基本理念は、「誰も置き去りにしない」。国家の枠を超えた一人の「人間」への温かなまなざしは、大乗仏教と深く共鳴している。
国連は、人間の尊厳を脅かす紛争や飢餓など、地球規模の課題を解決するために創設された。生命尊厳の妙法を持つ私たちは、国連を中心とした市民社会の連帯を広げるべく、これからも草の根の活動を推進していく。
2021年9月5日日曜日
2021.09.05 わが友に贈る
法華経の行者を
諸天は必ず守護する。
決めて・祈って・実践!
信心の基本に徹し
大歓喜の劇を綴ろう!
松野殿御返事 P1382
『何に賎者なりとも少し我れより勝れて智慧ある人には此の経のいはれを問い尋ね給うべし』
【通解】
どんなに社会的身分の低い者であっても、仏法のことについて、少しでも自分より優れ、智慧のある人に対しては、この経のいわれを問い、求めていくべきである。
名字の言 "あなたの奮闘を私は見ていますよ" 2021年9月5日
吉川英治文学新人賞、山本周五郎賞など数多くの賞を受けた作家の帚木蓬生氏。福岡県でメンタルクリニックを開業する精神科医でもある▼氏の診療所の看板には「心身の健康よろず相談引き受けます」とあるそうだ。そのせいか、診療の場が身の上相談になることも多い。生活のままならない状況を聞き続け、"困りましたね"と一緒に悩むことしかできない場合もある▼だが、「精神医療はこれが王道ではないか」と氏は語る。人の知らない所で苦労するのは誰もがつらいが、それを知っている人がいれば、耐えることができる。患者も「あなたの苦労はこの私がちゃんと知っていますという主治医がいると、耐え続けられます」と(『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』朝日選書)▼友の悩みを聞く際、的確な助言や答えが見つからない場合がある。すぐに解決できない問題であっても、じっくり耳を傾け、思いを知る努力を続けたい。大切なのは"あなたの奮闘を私は見ていますよ"との聞く側の姿勢であろう▼御書には「植えた木であっても、強い支柱で支えれば、大風が吹いても倒れない」(1468ページ、通解)と仰せだ。同苦の心で寄り添い続ける"強い支え"でありたい。
寸鉄 2021年9月5日
「一は万が母といへり」御書。一人を大切に。一人を味方に。これ勝利の要
女性部・白ゆり合唱団の結成の日。清き声で同志に希望を!尊き心に感謝
「勇気を出して動いた分、仏縁が広がる」戸田先生。さあ電話一本も真剣勝負
東京パラが閉幕。感動をありがとう!人間の力は偉大。壁破る挑戦、我らも
きょうまで防災週間。命守る基本は自助。家庭で非常持ち出し袋等を確認
☆御書の旭光を 第51回 広布を担い立つ主体者たれ
〈御文〉
『大魔のつきたる者どもは一人をけうくんしをとしつれば・それをひっかけにして多くの人をせめをとすなり』(上野殿御返事、1539ページ)
〈通解〉
魔に付け入られた者たちは、一人を説き落として退転させ、それをとっかかりにして、多くの人を責め落とすのである。
〈池田先生が贈る指針〉
青年門下へ広宣流布の陣列を守り抜けと託された御聖訓である。悪知識に攪乱させてはならない。魔は魔と見破れば退散する。一人一人が広布の主体者として、巌の如く何ものにも紛動されず屹立するのだ。
御本仏に直結する正義の和合の学会である。宝の同志を励まし支え、異体同心の大団結で強く賢く朗らかに!
☆大学校生とナットクTALK テーマ:人間関係の悩み
男子部大学校生からの質問に答える連載「大学校生とナットクTALK」。今回のテーマは「人間関係の悩み」。3カ月前に異動となり、新たな部署で奮闘する佐山ニュー・リーダーが、中村団長に不安を打ち明けます。
登場人物
中村区男子部大学校団長 20歳の時に入会。情熱に燃える新進気鋭のリーダー。34歳。
佐山ニュー・リーダー メーカー勤務で、入社6年目の28歳。
Q.職場でどう思われているか不安
A.自分らしく輝けるのが信心
中村区男子部大学校団長 お盆休みでリフレッシュできたかな?
佐山ニュー・リーダー 実は最近、職場に行くことを考えると気が重いんです。
中村 工場勤務から営業職になったんだよね。先日は「営業目標が達成できた」と話してくれていたけれど、何かトラブルでも?
佐山 いえ、これという失敗はないんです。でも、上司や同僚が優秀で、気後れしてしまうというか……。"自分はどう思われているんだろう?"と考えると、仕事の質問も、雑談も、声を掛けにくくて。自分が神経質な性格だから余計に嫌になるんです。
中村 職場では、特に人間関係は悩みが尽きないよね。鎌倉時代、日蓮大聖人の弟子の四条金吾も、主君の江間氏との関係に悩んだ。少し次元は違うけれど、今でいう上司と部下の関係にも通じるかもしれないね。
佐山 どんな悩みですか?
中村 金吾が江間氏を折伏したことがきっかけで疎まれ、遠ざけられてしまったんだ。さらに金吾に嫉妬していた同僚たちのウソを信じた江間氏から、信仰を捨てるように迫られ、領地を取り上げられそうになった時期もあったんだよ。
佐山 か、かなりハードですね。
中村 でも、金吾は「主の御ためにも仏法の御ためにも世間の心ねもよかりけり・よかりけりと鎌倉の人人の口にうたはれ給へ」(御書1173ページ)との大聖人の仰せの通り、主君に誠実に仕えた。後に、江間氏からの信頼を勝ち取り、従来の領地の3倍の広さに当たる、新たな領地を得たんだよ。
佐山 自分を疎む上司にすら誠実を尽くすって、すごいなあ。
中村 そうだね。金吾の姿に学ぶことは"人を思い、祈る中で、自分も大きく成長できる"ということだと僕は思う。それに小説『新・人間革命』の中で山本伸一会長が、"細かいことを気にする性格の人が信心に励むとどうなるか"を例に、こう話しているよ。「細心であるという性格は変わりません。しかし、人に言われたひとことを真摯に受けとめ、自分を向上させる糧にしていくようになります。また、他人の小さな欠点に気づくことは同じですが、その欠点を自分はどうやって補ってあげられるかという心配りができるようになる。さらに、他人の長所にも気づくようになります」(第27巻「激闘」の章)と。だから大丈夫。佐山君らしく輝ける信心なんだ。
佐山 希望が湧きました。祈ることから、僕も頑張ってみます!
諸天は必ず守護する。
決めて・祈って・実践!
信心の基本に徹し
大歓喜の劇を綴ろう!
松野殿御返事 P1382
『何に賎者なりとも少し我れより勝れて智慧ある人には此の経のいはれを問い尋ね給うべし』
【通解】
どんなに社会的身分の低い者であっても、仏法のことについて、少しでも自分より優れ、智慧のある人に対しては、この経のいわれを問い、求めていくべきである。
名字の言 "あなたの奮闘を私は見ていますよ" 2021年9月5日
吉川英治文学新人賞、山本周五郎賞など数多くの賞を受けた作家の帚木蓬生氏。福岡県でメンタルクリニックを開業する精神科医でもある▼氏の診療所の看板には「心身の健康よろず相談引き受けます」とあるそうだ。そのせいか、診療の場が身の上相談になることも多い。生活のままならない状況を聞き続け、"困りましたね"と一緒に悩むことしかできない場合もある▼だが、「精神医療はこれが王道ではないか」と氏は語る。人の知らない所で苦労するのは誰もがつらいが、それを知っている人がいれば、耐えることができる。患者も「あなたの苦労はこの私がちゃんと知っていますという主治医がいると、耐え続けられます」と(『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』朝日選書)▼友の悩みを聞く際、的確な助言や答えが見つからない場合がある。すぐに解決できない問題であっても、じっくり耳を傾け、思いを知る努力を続けたい。大切なのは"あなたの奮闘を私は見ていますよ"との聞く側の姿勢であろう▼御書には「植えた木であっても、強い支柱で支えれば、大風が吹いても倒れない」(1468ページ、通解)と仰せだ。同苦の心で寄り添い続ける"強い支え"でありたい。
寸鉄 2021年9月5日
「一は万が母といへり」御書。一人を大切に。一人を味方に。これ勝利の要
女性部・白ゆり合唱団の結成の日。清き声で同志に希望を!尊き心に感謝
「勇気を出して動いた分、仏縁が広がる」戸田先生。さあ電話一本も真剣勝負
東京パラが閉幕。感動をありがとう!人間の力は偉大。壁破る挑戦、我らも
きょうまで防災週間。命守る基本は自助。家庭で非常持ち出し袋等を確認
☆御書の旭光を 第51回 広布を担い立つ主体者たれ
〈御文〉
『大魔のつきたる者どもは一人をけうくんしをとしつれば・それをひっかけにして多くの人をせめをとすなり』(上野殿御返事、1539ページ)
〈通解〉
魔に付け入られた者たちは、一人を説き落として退転させ、それをとっかかりにして、多くの人を責め落とすのである。
〈池田先生が贈る指針〉
青年門下へ広宣流布の陣列を守り抜けと託された御聖訓である。悪知識に攪乱させてはならない。魔は魔と見破れば退散する。一人一人が広布の主体者として、巌の如く何ものにも紛動されず屹立するのだ。
御本仏に直結する正義の和合の学会である。宝の同志を励まし支え、異体同心の大団結で強く賢く朗らかに!
☆大学校生とナットクTALK テーマ:人間関係の悩み
男子部大学校生からの質問に答える連載「大学校生とナットクTALK」。今回のテーマは「人間関係の悩み」。3カ月前に異動となり、新たな部署で奮闘する佐山ニュー・リーダーが、中村団長に不安を打ち明けます。
登場人物
中村区男子部大学校団長 20歳の時に入会。情熱に燃える新進気鋭のリーダー。34歳。
佐山ニュー・リーダー メーカー勤務で、入社6年目の28歳。
Q.職場でどう思われているか不安
A.自分らしく輝けるのが信心
中村区男子部大学校団長 お盆休みでリフレッシュできたかな?
佐山ニュー・リーダー 実は最近、職場に行くことを考えると気が重いんです。
中村 工場勤務から営業職になったんだよね。先日は「営業目標が達成できた」と話してくれていたけれど、何かトラブルでも?
佐山 いえ、これという失敗はないんです。でも、上司や同僚が優秀で、気後れしてしまうというか……。"自分はどう思われているんだろう?"と考えると、仕事の質問も、雑談も、声を掛けにくくて。自分が神経質な性格だから余計に嫌になるんです。
中村 職場では、特に人間関係は悩みが尽きないよね。鎌倉時代、日蓮大聖人の弟子の四条金吾も、主君の江間氏との関係に悩んだ。少し次元は違うけれど、今でいう上司と部下の関係にも通じるかもしれないね。
佐山 どんな悩みですか?
中村 金吾が江間氏を折伏したことがきっかけで疎まれ、遠ざけられてしまったんだ。さらに金吾に嫉妬していた同僚たちのウソを信じた江間氏から、信仰を捨てるように迫られ、領地を取り上げられそうになった時期もあったんだよ。
佐山 か、かなりハードですね。
中村 でも、金吾は「主の御ためにも仏法の御ためにも世間の心ねもよかりけり・よかりけりと鎌倉の人人の口にうたはれ給へ」(御書1173ページ)との大聖人の仰せの通り、主君に誠実に仕えた。後に、江間氏からの信頼を勝ち取り、従来の領地の3倍の広さに当たる、新たな領地を得たんだよ。
佐山 自分を疎む上司にすら誠実を尽くすって、すごいなあ。
中村 そうだね。金吾の姿に学ぶことは"人を思い、祈る中で、自分も大きく成長できる"ということだと僕は思う。それに小説『新・人間革命』の中で山本伸一会長が、"細かいことを気にする性格の人が信心に励むとどうなるか"を例に、こう話しているよ。「細心であるという性格は変わりません。しかし、人に言われたひとことを真摯に受けとめ、自分を向上させる糧にしていくようになります。また、他人の小さな欠点に気づくことは同じですが、その欠点を自分はどうやって補ってあげられるかという心配りができるようになる。さらに、他人の長所にも気づくようになります」(第27巻「激闘」の章)と。だから大丈夫。佐山君らしく輝ける信心なんだ。
佐山 希望が湧きました。祈ることから、僕も頑張ってみます!
2021年9月4日土曜日
2021.09.04 わが友に贈る
友情の拡大が広宣流布!
心通わせる交流が
社会に活力を送る。
電話やSNSも活用し
希望の言葉を届けよう!
持妙法華問答抄 P466
『生涯幾くならず思へば一夜のかりの宿を忘れて幾くの名利をか得ん、又得たりとも是れ夢の中の栄へ珍しからぬ楽みなり』
【通解】
生涯はいくばくもない。思えば、この世は一夜の仮の宿であることを忘れて、どれほどの名利を得ようというのか。また得たとしてもこれは夢の中の栄えであって、珍しくもない楽しみである。
名字の言 人間を蘇生させる"心の絆" 2021年9月4日
ホームレス支援をしているNPO法人で活動してきた友の話を聞き、感銘を受けた▼仕事や住まいを失って孤立した人も、粘り強く寄り添い支え続ければ、やがて元気になる。自らの人生の役割を見いだしてからは、今度は自分が支援する側になって活動し始めることが多いという。「なぜ困窮者を支援するのか。それは人間を蘇生させる"心の絆"の尊さを実感できるからです」▼佐賀県・大町町に住むある一家は1990年7月、2019年8月に続き、本年8月、豪雨災害に見舞われた。1度の被災でも衝撃は大きいはず。それが今回で3度目である。全面リフォームしたばかりの自宅が損壊し、思い入れの深い物品も失った。心痛はいかばかりだろう▼そんな一家のもとへ次々と同志が「かたし隊」になって駆け付けてくれた。「ひもじか思いなんか絶対にさせんけんね」と汗だくで救援物資を届けてくれた人も。さらに池田先生から真心の伝言が届き、家主の壮年は目を真っ赤にして決意していた。「必ず復活してみせます。見ていてください」▼長引くコロナ禍、相次ぐ自然災害……。打ち続く困難に誰一人負けぬよう、心の絆を強める対話に挑みたい。励ましは「万の力」であることを示す時である。
寸鉄 2021年9月4日
「苦しいことがあっても明朗であれ」恩師。断固勝つ!究極の楽観主義で
東京・青梅青年部の日。広布の新天地から後継の人材が陸続!先頭を走れ
楽しみは行動に伴って生まれる—哲人。踏み出せば心が軽く。殻破ろう!
気象災害50年間で5倍、今後も増加と。地球温暖化対策は急務。変革の時
季節の変わり目。食事・休息等、賢くリズム整え前進を。健康が勝利の礎
〈社説〉 2021・9・4 「人新世」の時代と「人間革命」
◇地球の新たな進路を示す思想
地層などに含まれる化石などによって区分した年代を「地質時代」という。約1万年前から現在までは「完新世」と呼ばれる。
ノーベル化学賞を受賞した大気化学者のクルッツェン氏は、この地質時代に新たな区分を考案した。「人新世」といい、"人類の活動が、地球規模で影響を及ぼすようになった時代"と定義される。
現代文明は有限な資源を大量に消費し、大量にモノを生産し、大量に廃棄してきた。そして、大量に二酸化炭素を排出し、大量の汚染物質を海洋や大気に広げてきた。人類の活動によって生じている地球的危機が、気候変動である。
環境学者のヨハン・ロックストローム氏は近年、「プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)」という概念を提唱した。氏の研究によれば、気候変動はすでに、地球の限界を超えている。氏は"今すぐに行動の決断を"と強く訴える。
先日、国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が公表した報告書は、温暖化の原因が人間の活動と初めて断定した。産業革命以降の気温の上昇が、過去2000年以上の間で例がない水準であるとも述べている。
国内では、今夏の全国各地の記録的な大雨のように、毎年、甚大な気象災害が発生している。手をこまねいている時間はない。
気候変動は技術的、政策的な側面で社会の挑戦課題である。と同時に、人間一人一人の「生き方の変革」が求められている。
世界的なシンクタンクであるローマクラブは、持続可能な発展のために、人類が「新しい世界観と新しい思想を確立するという挑戦に直面している」と指摘する。「新しい世界観」「新しい思想」こそ、創価の人間革命の哲学——これが、私たちの確信である。
池田先生とローマクラブの創立者・ペッチェイ博士との対談集『21世紀への警鐘』(邦題)は、博士の言葉で締めくくられている。
「人間革命こそが、新しい進路の選択と、人類の幸運の回復を可能にする積極的な行動の鍵なのであり、したがって、われわれは人間革命を推進すべく、力の及ぶかぎりあらゆる手を尽くさなければなりません——手遅れにならないうちに」
人間革命の哲学を、「人新世」の確かな時代精神とするために、私たちは対話の歩みを続ける。焦らず、しかし、倦まず、弛まず。
☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第3回 信越
本年は、「桂冠詩人」の称号が池田先生に贈られてから40周年。連載企画「勇気の舞 凱歌の行進」では、先生がつづった長編詩を紹介します。第3回は、信越の同志に詠んだ「栄光の到達へ 勝利の前進を!」(2003年)です。
◇正義と真実の師子吼を
「鉄は炎打てば
剣となる
賢聖は罵詈して
試みるなるべし」
これは
信越で綴られた
佐渡御書の御聖訓である。
◆◇◆
対話の戦人として
そしてまた
言論の闘士として
正義と真実を師子吼し
強烈な感動の炎を放ちゆく
わが勇敢なる
信越の盟友よ!
◆◇◆
忍難弘通の御本仏が
幾万歩を歩まれ
その魂魄を留められた
正義の戦闘は
この信越の
生命の大道にある。
君の歩みは
不正なる権力も
傲慢な歴史も
鬼畜の如き中傷も
激しい怒りをもって
踏みつけていく
勇壮なる
黄金の炎の道だ!
おお 越後路と
そして信濃路は
万年への源流の道!
ここに
誉れの師弟の道があるのだ。
◆◇◆
それは
決然たる強力な攻勢の道!
さらには
完全勝利への
不撓不屈の道なのだ。
信越の天地で
師弟に生き抜く門下を
大聖人は讃えられた。
「金は大火にも焼けず
大水にも漂わず朽ちず・
鉄は水火共に堪えず・
賢人は金の如く
愚人は鉄の如し・
貴辺 豈 真金に非ずや」
わが信越の同志の
真金の信心こそ
広布永遠の鑑と
輝きゆくに違いない。
◆◇◆
おお
信越!
今日も進歩だ。
今日も勝利だ。
おお
信越の同志よ!
自分自身の
誉れある歴史のために
今日も闘争だ。
今日も前進だ。
そして
思い出多き
王座の汝自身を
創りゆくのだ!
☆大学校生とナットクTALK テーマ:人間関係の悩み
男子部大学校生からの質問に答える連載「大学校生とナットクTALK」。今回のテーマは「人間関係の悩み」。3カ月前に異動となり、新たな部署で奮闘する佐山ニュー・リーダーが、中村団長に不安を打ち明けます。
登場人物
中村区男子部大学校団長 20歳の時に入会。情熱に燃える新進気鋭のリーダー。34歳。
佐山ニュー・リーダー メーカー勤務で、入社6年目の28歳。
Q.職場でどう思われているか不安
A.自分らしく輝けるのが信心
中村区男子部大学校団長 お盆休みでリフレッシュできたかな?
佐山ニュー・リーダー 実は最近、職場に行くことを考えると気が重いんです。
中村 工場勤務から営業職になったんだよね。先日は「営業目標が達成できた」と話してくれていたけれど、何かトラブルでも?
佐山 いえ、これという失敗はないんです。でも、上司や同僚が優秀で、気後れしてしまうというか……。"自分はどう思われているんだろう?"と考えると、仕事の質問も、雑談も、声を掛けにくくて。自分が神経質な性格だから余計に嫌になるんです。
中村 職場では、特に人間関係は悩みが尽きないよね。鎌倉時代、日蓮大聖人の弟子の四条金吾も、主君の江間氏との関係に悩んだ。少し次元は違うけれど、今でいう上司と部下の関係にも通じるかもしれないね。
佐山 どんな悩みですか?
中村 金吾が江間氏を折伏したことがきっかけで疎まれ、遠ざけられてしまったんだ。さらに金吾に嫉妬していた同僚たちのウソを信じた江間氏から、信仰を捨てるように迫られ、領地を取り上げられそうになった時期もあったんだよ。
佐山 か、かなりハードですね。
中村 でも、金吾は「主の御ためにも仏法の御ためにも世間の心ねもよかりけり・よかりけりと鎌倉の人人の口にうたはれ給へ」(御書1173ページ)との大聖人の仰せの通り、主君に誠実に仕えた。後に、江間氏からの信頼を勝ち取り、従来の領地の3倍の広さに当たる、新たな領地を得たんだよ。
佐山 自分を疎む上司にすら誠実を尽くすって、すごいなあ。
中村 そうだね。金吾の姿に学ぶことは"人を思い、祈る中で、自分も大きく成長できる"ということだと僕は思う。それに小説『新・人間革命』の中で山本伸一会長が、"細かいことを気にする性格の人が信心に励むとどうなるか"を例に、こう話しているよ。「細心であるという性格は変わりません。しかし、人に言われたひとことを真摯に受けとめ、自分を向上させる糧にしていくようになります。また、他人の小さな欠点に気づくことは同じですが、その欠点を自分はどうやって補ってあげられるかという心配りができるようになる。さらに、他人の長所にも気づくようになります」(第27巻「激闘」の章)と。だから大丈夫。佐山君らしく輝ける信心なんだ。
佐山 希望が湧きました。祈ることから、僕も頑張ってみます!
心通わせる交流が
社会に活力を送る。
電話やSNSも活用し
希望の言葉を届けよう!
持妙法華問答抄 P466
『生涯幾くならず思へば一夜のかりの宿を忘れて幾くの名利をか得ん、又得たりとも是れ夢の中の栄へ珍しからぬ楽みなり』
【通解】
生涯はいくばくもない。思えば、この世は一夜の仮の宿であることを忘れて、どれほどの名利を得ようというのか。また得たとしてもこれは夢の中の栄えであって、珍しくもない楽しみである。
名字の言 人間を蘇生させる"心の絆" 2021年9月4日
ホームレス支援をしているNPO法人で活動してきた友の話を聞き、感銘を受けた▼仕事や住まいを失って孤立した人も、粘り強く寄り添い支え続ければ、やがて元気になる。自らの人生の役割を見いだしてからは、今度は自分が支援する側になって活動し始めることが多いという。「なぜ困窮者を支援するのか。それは人間を蘇生させる"心の絆"の尊さを実感できるからです」▼佐賀県・大町町に住むある一家は1990年7月、2019年8月に続き、本年8月、豪雨災害に見舞われた。1度の被災でも衝撃は大きいはず。それが今回で3度目である。全面リフォームしたばかりの自宅が損壊し、思い入れの深い物品も失った。心痛はいかばかりだろう▼そんな一家のもとへ次々と同志が「かたし隊」になって駆け付けてくれた。「ひもじか思いなんか絶対にさせんけんね」と汗だくで救援物資を届けてくれた人も。さらに池田先生から真心の伝言が届き、家主の壮年は目を真っ赤にして決意していた。「必ず復活してみせます。見ていてください」▼長引くコロナ禍、相次ぐ自然災害……。打ち続く困難に誰一人負けぬよう、心の絆を強める対話に挑みたい。励ましは「万の力」であることを示す時である。
寸鉄 2021年9月4日
「苦しいことがあっても明朗であれ」恩師。断固勝つ!究極の楽観主義で
東京・青梅青年部の日。広布の新天地から後継の人材が陸続!先頭を走れ
楽しみは行動に伴って生まれる—哲人。踏み出せば心が軽く。殻破ろう!
気象災害50年間で5倍、今後も増加と。地球温暖化対策は急務。変革の時
季節の変わり目。食事・休息等、賢くリズム整え前進を。健康が勝利の礎
〈社説〉 2021・9・4 「人新世」の時代と「人間革命」
◇地球の新たな進路を示す思想
地層などに含まれる化石などによって区分した年代を「地質時代」という。約1万年前から現在までは「完新世」と呼ばれる。
ノーベル化学賞を受賞した大気化学者のクルッツェン氏は、この地質時代に新たな区分を考案した。「人新世」といい、"人類の活動が、地球規模で影響を及ぼすようになった時代"と定義される。
現代文明は有限な資源を大量に消費し、大量にモノを生産し、大量に廃棄してきた。そして、大量に二酸化炭素を排出し、大量の汚染物質を海洋や大気に広げてきた。人類の活動によって生じている地球的危機が、気候変動である。
環境学者のヨハン・ロックストローム氏は近年、「プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)」という概念を提唱した。氏の研究によれば、気候変動はすでに、地球の限界を超えている。氏は"今すぐに行動の決断を"と強く訴える。
先日、国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が公表した報告書は、温暖化の原因が人間の活動と初めて断定した。産業革命以降の気温の上昇が、過去2000年以上の間で例がない水準であるとも述べている。
国内では、今夏の全国各地の記録的な大雨のように、毎年、甚大な気象災害が発生している。手をこまねいている時間はない。
気候変動は技術的、政策的な側面で社会の挑戦課題である。と同時に、人間一人一人の「生き方の変革」が求められている。
世界的なシンクタンクであるローマクラブは、持続可能な発展のために、人類が「新しい世界観と新しい思想を確立するという挑戦に直面している」と指摘する。「新しい世界観」「新しい思想」こそ、創価の人間革命の哲学——これが、私たちの確信である。
池田先生とローマクラブの創立者・ペッチェイ博士との対談集『21世紀への警鐘』(邦題)は、博士の言葉で締めくくられている。
「人間革命こそが、新しい進路の選択と、人類の幸運の回復を可能にする積極的な行動の鍵なのであり、したがって、われわれは人間革命を推進すべく、力の及ぶかぎりあらゆる手を尽くさなければなりません——手遅れにならないうちに」
人間革命の哲学を、「人新世」の確かな時代精神とするために、私たちは対話の歩みを続ける。焦らず、しかし、倦まず、弛まず。
☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第3回 信越
本年は、「桂冠詩人」の称号が池田先生に贈られてから40周年。連載企画「勇気の舞 凱歌の行進」では、先生がつづった長編詩を紹介します。第3回は、信越の同志に詠んだ「栄光の到達へ 勝利の前進を!」(2003年)です。
◇正義と真実の師子吼を
「鉄は炎打てば
剣となる
賢聖は罵詈して
試みるなるべし」
これは
信越で綴られた
佐渡御書の御聖訓である。
◆◇◆
対話の戦人として
そしてまた
言論の闘士として
正義と真実を師子吼し
強烈な感動の炎を放ちゆく
わが勇敢なる
信越の盟友よ!
◆◇◆
忍難弘通の御本仏が
幾万歩を歩まれ
その魂魄を留められた
正義の戦闘は
この信越の
生命の大道にある。
君の歩みは
不正なる権力も
傲慢な歴史も
鬼畜の如き中傷も
激しい怒りをもって
踏みつけていく
勇壮なる
黄金の炎の道だ!
おお 越後路と
そして信濃路は
万年への源流の道!
ここに
誉れの師弟の道があるのだ。
◆◇◆
それは
決然たる強力な攻勢の道!
さらには
完全勝利への
不撓不屈の道なのだ。
信越の天地で
師弟に生き抜く門下を
大聖人は讃えられた。
「金は大火にも焼けず
大水にも漂わず朽ちず・
鉄は水火共に堪えず・
賢人は金の如く
愚人は鉄の如し・
貴辺 豈 真金に非ずや」
わが信越の同志の
真金の信心こそ
広布永遠の鑑と
輝きゆくに違いない。
◆◇◆
おお
信越!
今日も進歩だ。
今日も勝利だ。
おお
信越の同志よ!
自分自身の
誉れある歴史のために
今日も闘争だ。
今日も前進だ。
そして
思い出多き
王座の汝自身を
創りゆくのだ!
☆大学校生とナットクTALK テーマ:人間関係の悩み
男子部大学校生からの質問に答える連載「大学校生とナットクTALK」。今回のテーマは「人間関係の悩み」。3カ月前に異動となり、新たな部署で奮闘する佐山ニュー・リーダーが、中村団長に不安を打ち明けます。
登場人物
中村区男子部大学校団長 20歳の時に入会。情熱に燃える新進気鋭のリーダー。34歳。
佐山ニュー・リーダー メーカー勤務で、入社6年目の28歳。
Q.職場でどう思われているか不安
A.自分らしく輝けるのが信心
中村区男子部大学校団長 お盆休みでリフレッシュできたかな?
佐山ニュー・リーダー 実は最近、職場に行くことを考えると気が重いんです。
中村 工場勤務から営業職になったんだよね。先日は「営業目標が達成できた」と話してくれていたけれど、何かトラブルでも?
佐山 いえ、これという失敗はないんです。でも、上司や同僚が優秀で、気後れしてしまうというか……。"自分はどう思われているんだろう?"と考えると、仕事の質問も、雑談も、声を掛けにくくて。自分が神経質な性格だから余計に嫌になるんです。
中村 職場では、特に人間関係は悩みが尽きないよね。鎌倉時代、日蓮大聖人の弟子の四条金吾も、主君の江間氏との関係に悩んだ。少し次元は違うけれど、今でいう上司と部下の関係にも通じるかもしれないね。
佐山 どんな悩みですか?
中村 金吾が江間氏を折伏したことがきっかけで疎まれ、遠ざけられてしまったんだ。さらに金吾に嫉妬していた同僚たちのウソを信じた江間氏から、信仰を捨てるように迫られ、領地を取り上げられそうになった時期もあったんだよ。
佐山 か、かなりハードですね。
中村 でも、金吾は「主の御ためにも仏法の御ためにも世間の心ねもよかりけり・よかりけりと鎌倉の人人の口にうたはれ給へ」(御書1173ページ)との大聖人の仰せの通り、主君に誠実に仕えた。後に、江間氏からの信頼を勝ち取り、従来の領地の3倍の広さに当たる、新たな領地を得たんだよ。
佐山 自分を疎む上司にすら誠実を尽くすって、すごいなあ。
中村 そうだね。金吾の姿に学ぶことは"人を思い、祈る中で、自分も大きく成長できる"ということだと僕は思う。それに小説『新・人間革命』の中で山本伸一会長が、"細かいことを気にする性格の人が信心に励むとどうなるか"を例に、こう話しているよ。「細心であるという性格は変わりません。しかし、人に言われたひとことを真摯に受けとめ、自分を向上させる糧にしていくようになります。また、他人の小さな欠点に気づくことは同じですが、その欠点を自分はどうやって補ってあげられるかという心配りができるようになる。さらに、他人の長所にも気づくようになります」(第27巻「激闘」の章)と。だから大丈夫。佐山君らしく輝ける信心なんだ。
佐山 希望が湧きました。祈ることから、僕も頑張ってみます!
2021年9月3日金曜日
2021.09.03 わが友に贈る
医療・福祉・教育など
命と生活を支える方々の
懸命な奮闘に感謝!
個々の状況に十分配慮し
「ありがとう」と声掛けを。
諸法実相抄 P1361
『行学の二道をはげみ候べし、行学たへなば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ、行学は信心よりをこるべく候、力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし』
【通解】
行学の二道を励んでいきなさい。行学が絶えてしまえば仏法はなくなってしまう。自分も実践し、人にも教え、勧めていきなさい。
行学は信心から起こるのである。力があるならば、一文一句であっても人に語っていきなさい。
名字の言 可能性を広げた女性部員の励まし 2021年9月3日
どんな分野でも才能を開花させる最たるものは、本人の努力だ。だが、自身の可能性に気付くきっかけは、他者の関わりが大きく影響すると思う▼ある女性部員は未来部時代、教員になるとの夢を、家の経済事情で諦めていた。しかし、高校3年の時、池田先生と出会って励まされ、未来を開く挑戦を決意。苦学の末、高校教師となった▼その婦人がある年、受け持ったクラスに欠席がちな男子生徒がいた。彼は何事も空回りする自分に悩んでいた。婦人は「まず一つ、打ち込めるものを見つけ、そこを突破口にしよう」と励ました。それから彼は、目前の課題に挑んでは可能性を広げていった▼男子生徒は卒業後も婦人を恩師と慕い、度々相談に来た。そんな彼に試練が。病の後遺症で車いす生活に。婦人は、失望する彼を励まし続けた。彼はテレビでロンドン・パラリンピックを見て、車いす陸上を知り、そこに人生の再起を懸けた。必死の努力は実り、今夏の東京パラリンピックで彼は2種目で金メダルを獲得した▼婦人は日々、教育現場で感激を新たにするという。「これから伸びゆく可能性を秘めた生徒が、こんなにもたくさんいる!」と。"励ましの連鎖"は、さらなる未来の大輪を爛漫と咲かせていく。
寸鉄 2021年9月3日
戦いが始まったら全員が師子となれ—戸田先生。リーダーの勢いで波動を
「スポーツ部」発足の日。不屈の挑戦の先に栄冠!人々に希望送る雄姿尊し
迅速な「報告・連絡・相談」が前進の要。多難の時こそ異体同心のスクラムで
子どもを乗せた自転車の事故に注意。ヘルメット・ベルト着用等で命守ろう
「頼れる近隣の人いる」は15%—60歳以上への調査孤立を防ぐ声掛け今こそ
☆御書の旭光を 第50回 「師弟の鑑」として厳然と
〈御文〉
『名聞名利を捨てて某が弟子と成りて我が身には我不愛身命の修行を致し・仏の御恩を報ぜんと面面までも教化申し此くの如く供養等まで捧げしめ給う事不思議なり』(松野殿御返事、1381ページ)
〈通解〉
名聞名利を捨てて、日蓮の弟子となり、わが身には「我不愛身命」の修行をして、仏の御恩を報じようと人々を導き、このように供養をささげるようになったことは、不思議というほかない。
〈池田先生が贈る指針〉
社会の風圧にも怯まず戦う壮年への御賞讃だ。師と共に、名聞名利などかなぐり捨てて、同志を厳護する黄金柱である。
師匠に勝利でお応えする——この報恩の一念ほど強いものはない。嵐の如き世相だからこそ、厳然たる信念の船長の名指揮が光る。
壮年部の共戦の友よ、「師弟は深くして楽し」と後世の鑑の歴史を!
☆ONE GOSHO この一節とともに! 法華初心成仏抄
◇堂々と信念を語れ
学会創立100周年に向けた"勝負の10年"の初陣となる本年。立正安国の凱歌の秋を勝ち飾るべく、男子部は勇気の拡大に挑んでいる。今回は、日蓮仏法の対話の姿勢を学ぶ。
◇御文
『とてもかくても法華経を強いて説き聞かすべし、信ぜん人は仏になるべし謗ぜん者は毒鼓の縁となって仏になるべきなり』(御書552ページ)
◇通解
とにもかくにも法華経を強いて説き聞かせるべきである。信じる人は仏になり、謗る者は毒鼓の縁となって仏になるのである。
◇背景
本抄を執筆された年月日、与えられた人物について、詳細は分かっていない。
内容から、かつて念仏を唱えていた女性信徒か、あるいは、いまだ念仏への未練を残している女性に対して、法華経信仰の基本を教えられた書であると推測される。
本抄は問答形式で展開され、信仰の核心に当たる唱題の深義と功徳を示すとともに、相手の機根や反応に翻弄されることなく、積極果敢に仏法を説いていくことを教えられている。
◇解説
"せっかく法華経を説き聞かせても、信じようとしない人は、かえって正法を誹謗し、その罪で悪道に堕ちてしまうのではないか"——今回学ぶ御文は、日蓮大聖人が、門下が抱くであろう疑念を思いやられ、つづられた箇所である。
まず大聖人は、どんな人に対しても「強いて説き聞かせるべきである」と断言される。「強いて」とは、"強引に"ではなく、"あえて"との意味である。相手の反応に右往左往するのではなく、自ら進んで、"あえて"正義を語っていく。これが、大聖人が示される対話の姿勢である。
それはなぜか。続く御文で大聖人は、法華経を素直に信じる者は、そのまま成仏できることに加え、反対に誹謗中傷する者も、それが「毒鼓の縁」となって仏になると記されている。
「毒鼓」とは、毒を塗った太鼓のことで、涅槃経には、この音を聞く者は皆、死に至ると説かれている。
ここでいう「死に至る」とは、「煩悩が死ぬ」ことの譬えで、相手の好むと好まざるとにかかわらず、正法を耳にすれば、必ず成仏に至ることを教えられているのである。本抄には、「法華経を耳にふれぬれば是を種として必ず仏になるなり」(御書552ページ)ともつづられている。私たちが日々、実践する対話運動は、相手の生命にある仏性を呼び覚ます最極の善縁となると強く確信したい。
よって対話の根本にあるのは、どこまでも相手の幸せを第一に思う慈悲にほかならない。だからこそ、"あえて"とは言っても、こちらの意見を一方的に押し付けて事足れりとする強引な行動であってはならない。疑問や質問に真摯に向き合い、納得と共感を抱いてもらえるよう、粘り強く語っていく姿勢が重要になる。
時には、なかなか友人に思いが伝わらなかったり、反発されたりすることがあろう。
しかし大事なことは、そうした反応も受け止めながら、思いやりをもって正義を語れるかどうかである。
信心の眼で見れば、誠実に語り抜いた事実こそが、自身の福徳となるのはもちろん、相手を幸福の軌道へと導くことになるからである。
池田先生は、19歳で入信されて以来、果敢に対話に挑んでこられた。
心を込めて書いた手紙を全部送り返されたことや、"どうして、こんなに仏法を求めている人が少ないのか"と思ったことなどを、つづられている。
それでも先生は、出会った人たちが絶対に幸福になれるようにと祈り、誠実に対話と交流を続けてこられたのである。
その中で弘教が実った時の喜びや、一つ一つの語らいが全て黄金の財産となり、やがて"世界の知性"との対話に生かされていったことを教えてくださっている。
池田先生はつづられている。
「強いて、仏法の正義を訴えていくのである。相手の反応がどうあれ、妙法に縁させることが大事なのだ」
「『強いて』語るためには、何よりもまず、自分の臆病な心、弱い心を打ち破らねばならない。そうであってこそ、勇気をもって、悠然と楽しく対話ができる。その結実は、真心と執念で決まる」
師の闘争に連なる池田門下の誇り高き男子部として、一段と勇気と執念の炎を燃え上がらせ、自己の限界を破る対話拡大を果たそう!
命と生活を支える方々の
懸命な奮闘に感謝!
個々の状況に十分配慮し
「ありがとう」と声掛けを。
諸法実相抄 P1361
『行学の二道をはげみ候べし、行学たへなば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ、行学は信心よりをこるべく候、力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし』
【通解】
行学の二道を励んでいきなさい。行学が絶えてしまえば仏法はなくなってしまう。自分も実践し、人にも教え、勧めていきなさい。
行学は信心から起こるのである。力があるならば、一文一句であっても人に語っていきなさい。
名字の言 可能性を広げた女性部員の励まし 2021年9月3日
どんな分野でも才能を開花させる最たるものは、本人の努力だ。だが、自身の可能性に気付くきっかけは、他者の関わりが大きく影響すると思う▼ある女性部員は未来部時代、教員になるとの夢を、家の経済事情で諦めていた。しかし、高校3年の時、池田先生と出会って励まされ、未来を開く挑戦を決意。苦学の末、高校教師となった▼その婦人がある年、受け持ったクラスに欠席がちな男子生徒がいた。彼は何事も空回りする自分に悩んでいた。婦人は「まず一つ、打ち込めるものを見つけ、そこを突破口にしよう」と励ました。それから彼は、目前の課題に挑んでは可能性を広げていった▼男子生徒は卒業後も婦人を恩師と慕い、度々相談に来た。そんな彼に試練が。病の後遺症で車いす生活に。婦人は、失望する彼を励まし続けた。彼はテレビでロンドン・パラリンピックを見て、車いす陸上を知り、そこに人生の再起を懸けた。必死の努力は実り、今夏の東京パラリンピックで彼は2種目で金メダルを獲得した▼婦人は日々、教育現場で感激を新たにするという。「これから伸びゆく可能性を秘めた生徒が、こんなにもたくさんいる!」と。"励ましの連鎖"は、さらなる未来の大輪を爛漫と咲かせていく。
寸鉄 2021年9月3日
戦いが始まったら全員が師子となれ—戸田先生。リーダーの勢いで波動を
「スポーツ部」発足の日。不屈の挑戦の先に栄冠!人々に希望送る雄姿尊し
迅速な「報告・連絡・相談」が前進の要。多難の時こそ異体同心のスクラムで
子どもを乗せた自転車の事故に注意。ヘルメット・ベルト着用等で命守ろう
「頼れる近隣の人いる」は15%—60歳以上への調査孤立を防ぐ声掛け今こそ
☆御書の旭光を 第50回 「師弟の鑑」として厳然と
〈御文〉
『名聞名利を捨てて某が弟子と成りて我が身には我不愛身命の修行を致し・仏の御恩を報ぜんと面面までも教化申し此くの如く供養等まで捧げしめ給う事不思議なり』(松野殿御返事、1381ページ)
〈通解〉
名聞名利を捨てて、日蓮の弟子となり、わが身には「我不愛身命」の修行をして、仏の御恩を報じようと人々を導き、このように供養をささげるようになったことは、不思議というほかない。
〈池田先生が贈る指針〉
社会の風圧にも怯まず戦う壮年への御賞讃だ。師と共に、名聞名利などかなぐり捨てて、同志を厳護する黄金柱である。
師匠に勝利でお応えする——この報恩の一念ほど強いものはない。嵐の如き世相だからこそ、厳然たる信念の船長の名指揮が光る。
壮年部の共戦の友よ、「師弟は深くして楽し」と後世の鑑の歴史を!
☆ONE GOSHO この一節とともに! 法華初心成仏抄
◇堂々と信念を語れ
学会創立100周年に向けた"勝負の10年"の初陣となる本年。立正安国の凱歌の秋を勝ち飾るべく、男子部は勇気の拡大に挑んでいる。今回は、日蓮仏法の対話の姿勢を学ぶ。
◇御文
『とてもかくても法華経を強いて説き聞かすべし、信ぜん人は仏になるべし謗ぜん者は毒鼓の縁となって仏になるべきなり』(御書552ページ)
◇通解
とにもかくにも法華経を強いて説き聞かせるべきである。信じる人は仏になり、謗る者は毒鼓の縁となって仏になるのである。
◇背景
本抄を執筆された年月日、与えられた人物について、詳細は分かっていない。
内容から、かつて念仏を唱えていた女性信徒か、あるいは、いまだ念仏への未練を残している女性に対して、法華経信仰の基本を教えられた書であると推測される。
本抄は問答形式で展開され、信仰の核心に当たる唱題の深義と功徳を示すとともに、相手の機根や反応に翻弄されることなく、積極果敢に仏法を説いていくことを教えられている。
◇解説
"せっかく法華経を説き聞かせても、信じようとしない人は、かえって正法を誹謗し、その罪で悪道に堕ちてしまうのではないか"——今回学ぶ御文は、日蓮大聖人が、門下が抱くであろう疑念を思いやられ、つづられた箇所である。
まず大聖人は、どんな人に対しても「強いて説き聞かせるべきである」と断言される。「強いて」とは、"強引に"ではなく、"あえて"との意味である。相手の反応に右往左往するのではなく、自ら進んで、"あえて"正義を語っていく。これが、大聖人が示される対話の姿勢である。
それはなぜか。続く御文で大聖人は、法華経を素直に信じる者は、そのまま成仏できることに加え、反対に誹謗中傷する者も、それが「毒鼓の縁」となって仏になると記されている。
「毒鼓」とは、毒を塗った太鼓のことで、涅槃経には、この音を聞く者は皆、死に至ると説かれている。
ここでいう「死に至る」とは、「煩悩が死ぬ」ことの譬えで、相手の好むと好まざるとにかかわらず、正法を耳にすれば、必ず成仏に至ることを教えられているのである。本抄には、「法華経を耳にふれぬれば是を種として必ず仏になるなり」(御書552ページ)ともつづられている。私たちが日々、実践する対話運動は、相手の生命にある仏性を呼び覚ます最極の善縁となると強く確信したい。
よって対話の根本にあるのは、どこまでも相手の幸せを第一に思う慈悲にほかならない。だからこそ、"あえて"とは言っても、こちらの意見を一方的に押し付けて事足れりとする強引な行動であってはならない。疑問や質問に真摯に向き合い、納得と共感を抱いてもらえるよう、粘り強く語っていく姿勢が重要になる。
時には、なかなか友人に思いが伝わらなかったり、反発されたりすることがあろう。
しかし大事なことは、そうした反応も受け止めながら、思いやりをもって正義を語れるかどうかである。
信心の眼で見れば、誠実に語り抜いた事実こそが、自身の福徳となるのはもちろん、相手を幸福の軌道へと導くことになるからである。
池田先生は、19歳で入信されて以来、果敢に対話に挑んでこられた。
心を込めて書いた手紙を全部送り返されたことや、"どうして、こんなに仏法を求めている人が少ないのか"と思ったことなどを、つづられている。
それでも先生は、出会った人たちが絶対に幸福になれるようにと祈り、誠実に対話と交流を続けてこられたのである。
その中で弘教が実った時の喜びや、一つ一つの語らいが全て黄金の財産となり、やがて"世界の知性"との対話に生かされていったことを教えてくださっている。
池田先生はつづられている。
「強いて、仏法の正義を訴えていくのである。相手の反応がどうあれ、妙法に縁させることが大事なのだ」
「『強いて』語るためには、何よりもまず、自分の臆病な心、弱い心を打ち破らねばならない。そうであってこそ、勇気をもって、悠然と楽しく対話ができる。その結実は、真心と執念で決まる」
師の闘争に連なる池田門下の誇り高き男子部として、一段と勇気と執念の炎を燃え上がらせ、自己の限界を破る対話拡大を果たそう!
2021年9月2日木曜日
2021.09.02 わが友に贈る
法華経とは将軍学なり!
リーダーは御聖訓を拝し
皆を励ましていくのだ。
広布と人生の逆転劇も
御書と共に進む中に!
四条金吾殿御返事 P1151
『賢人は八風と申して八のかぜにをかされぬを賢人と申すなり、利衰毀誉称譏苦楽なり』
【通解】
賢人は八風といって八種の風に侵されないのを賢人というのである。八風とは、利(うるおい)・衰(おとろえ)・毀(やぶれ)・誉(ほまれ)・称(たたえ)・譏(そしり)・苦(くるしみ)・楽(たのしみ)である。
名字の言 "三つの欲求"と心の健康 2021年9月2日
日々、やる気をもって生き生きとした生活を送るには、何が必要か。心理学博士の外山美樹氏は「三つのことが満たされる必要がある」と言う▼一つは"○○ができるようになりたい"という「有能感の欲求」。二つ目は"人とのつながりを感じていたい"と欲する「関係性の欲求」。そして"自ら行動を起こしたい"などの「自律性の欲求」。この三つの欲求は全ての人に備わっていて、それが満たされることで心の健康が保たれる▼さらに、これらの欲求は「他者との相互作用の中で充足される」と氏。自分の前向きな変化に気付いてくれる。自律性を支援し、見守り支えてくれる。そうした周囲のサポートが大切になると強調する(『勉強する気はなぜ起こらないのか』ちくまプリマー新書)▼感染症の急拡大が続き、社会全体に先の見えない不安が渦巻いている。先日の学会青年部と医学者による第22回会議では、そうした不安を一人で抱え込まず、周囲に援助や助言を求める方がいいと指摘していた。「"ちょっとした会話"が、頑張りすぎて疲れ果ててしまうことから自分を守ることになる」と▼人との関わりの中で、生命は力を増す。支え励まし合いながら、きょうも「共に」確かな一歩を踏み出そう。
寸鉄 2021年9月2日
「仏の説法をば師子吼と申す」御書。青年よ正義の対話を!言論の剣鋭く
「未来は精一杯努力する人たちのもの」哲学者。自分に勝ち、今日を勝て
9月は「食生活改善普及運動」。正しきリズムで!夏の疲れ残さずさあ勇躍
あおり運転、厳罰化1年で100件摘発。車載映像が証拠に。積極的な活用を
ストーカー被害者の声を公明が政策に反映—識者苦しむ人を全力で支えよ
〈社説〉 仏縁を結ぶ学会員の使命 2021・9・2
◇自他共に「真剣の一人」に
2年前、郊外の駅近くにタワーマンションが建った。続々と引っ越してくる入居者の中にも学会員がいて、新しいブロックが誕生することになった。
開催された初めての座談会。多くの人が初対面のため、一人一人が手書きの名札を付けて参加することに。最初はぎこちなかったものの、どこから来たかなど、全員が自己紹介するだけで予定時間をオーバー。終わる頃には拍手が相次ぐ盛り上がりを見せ、それぞれ連絡先を交換し合っていた。
新しい土地で暮らすのは不安もあるし、期待もある。皆が欲していたのは、何よりも人とのつながりだった。そんな中で新たな同志を支えた、近くに住む壮年部員がいた。
1人暮らしの彼は、いつも人の輪の中にいた。青年を見つけて団らんの場をつくっては耳を傾け、時に体験を語って聞かせた。自らの友人宅やなじみの店を一緒に歩きながら、会話が弾む。この地に池田先生とのどんな縁があるのか、どんな広布史を刻んできたのか。臨場感あふれる話しぶりで、今ここに立つ使命を新たな同志に引き継いでいた。
先日、その壮年部員は度重なるがんとの闘いの末に霊山へ旅立ったが、病床にあってもオンラインで会合に参加。広布に生き抜く尊貴な姿は、皆に感動を与えた。「皆に仏性があるように、誰とだって縁がある。こちら次第だよ」。コーヒーを飲みながら良い街にしたいと語っていた姿が、同志の胸に刻まれている。
池田先生の指導には、「環境がどうあれ、魂の『金の城の人』が一人いれば、『黄金の人材』さえ一人いれば、すべてを良き方向へ、幸福の方向へと開いていける。この『真剣の一人』を育て、『真剣の一人』に育ちながら、私どもは進んでいきたい」と。今、壮年が残した人の縁を結び直しながら、新たな対話拡大に励む同志が誕生している。
ことわざに「袖振り合うも多生の縁」と。すれ違う人でさえ偶然はなく、過去世からの宿縁によるという意味だが、縁は主体的な行動があってこそ生かされるものだろう。
人の幸福を祈って結んだ縁は、必ず地域を明るく照らす因となる。そこから偶然のこととは決して思えないような感動のドラマも展開していく。
☆随筆「人間革命」光あれ 平和を創る信念の対話 2021年8月24日
西日本を中心に、各地で続発した大雨災害に、心よりお見舞い申し上げます。
「立正安国論」に示されているように、「暴雨」は古来、「疫病」などと並んで、民衆にとって大きな「難」であります。
コロナ禍、自然災害……今も打ち続くこの苦難に負けず、民衆一人ひとりが、どう変毒為薬していくか。それを地域、社会、世界という次元から考え、祈り、力を合わせて行動していく。ここに私たちの「立正安国の誓い」があります。
復旧支援に尽力されている方々に、またコロナ禍の中、医療従事者はじめ命を守るために奮闘されている皆様に、深く感謝します。そして尊き宝友の健康長寿と無事安穏を、ひたぶるに祈っております。
◇誠実に朗らかに希望の哲学を語れ
◇共戦の旅へ出発
八月は、世界の不戦への誓いを強め、人類の平和へスクラムを広げゆく月——と言えよう。
恩師・戸田先生に、十九歳の私が初めてお会いできたのは、一九四七年(昭和二十二年)の八月十四日、三回目の終戦の日の前夜であった。敬愛する長兄の戦死の公報が届き、母が慟哭する姿を見てから約三カ月後のことである。
信念の獄中闘争を勝ち越えられた平和の民衆指導者から、「正しい人生」の道を示していただき、猛暑の二十四日に入信した。「広宣流布」即「世界平和」の大願を掲げて、師弟共戦の旅に出発したのである。
入信三年となる一九五〇年(昭和二十五年)の八月二十四日には、先生の事業の最大の苦境の渦中、師弟して生命尊厳の機関紙・聖教新聞の発刊を構想した。
その二年後の八月十四日夕刻、私は特急「つばめ」で淀川の鉄橋を渡り、広布の新天地を開く決意で大阪へ降り立った。この夜、堺市内で行われた座談会に出席し、強く明るい庶民の集いから"常勝関西"の建設へ、生き生きと勇戦を開始したのである。
さらに三年後の八月には、師の故郷・北海道の大地で、"夏の陣"さながら広布拡大に先駆した。日々、御書を拝し、「仏法を源泉に偉大な社会を開こう!」と励まし合い、日本一の弘教で戸田先生をお迎えしたのは、入信満八年の八月二十四日であった。
一年また一年と、原点の八月に師弟の勝利を刻みながら、不退の同志と共に、わが壮年部の戦友と共に、平和と人道への「この道」を歩み通してきたのだ。
「立正安国論」の結びに記された誓願には、「速に対治を回して早く泰平を致し先ず生前を安じて更に没後を扶けん」(御書三三ページ)とある。
何があろうが、我らは強盛に妙法を唱え、正義の旗を高く掲げて進む。苦悩する一人に関わり、民衆の幸せと天下の泰平のために戦う。忍耐強く、粘り強く、誠実な対話で、現実社会の安穏への道を開き、自他共に「一生成仏」という永遠の幸福を築いていくのだ。
◇負けない一生を
戸田先生と私の最初の出会いの翌日は、奇しくも仏教発祥の天地・インド共和国の独立の日であった。
今年、生誕百六十年を迎えたインドの詩聖タゴールの叫びが改めて胸に迫る。
「人間の歴史は、侮辱された人間が勝利する日を、辛抱づよく待っている」
これはタゴールが日本で詠んだ一詩である。
彼は一九一六年(大正五年)、神戸に初来日の第一歩を印すと、大阪、東京へ。横浜には長期滞在し、この夏、今の北区・飛鳥山の渋沢栄一翁の私邸や、茨城の五浦にも足を運んだ。長野の軽井沢で、女子学生らと緑陰懇談も重ねている。
先月、インドから嬉しい報告が届いた。女子部結成記念日の七月十九日、インドの"華陽姉妹"が五万人に達したというのだ。
コロナ禍にあっても、「如蓮華在水」の清らかで強靱な生命で、美事な幸の花園を広げてくれている。
「負けない人は幸福
恐れない人は幸福
信つよき人は幸福
皆さまは幸福の王女なり」——三十年ほど前、インドの女性たちへ、妻と贈った指針である。
私の妻も、同志たちと常々「負けない一生を」と、心に期してきた。
九歳で家族と共に信心を始めた妻も、この七月で満八十年となった。牧口先生の手を引いて自宅の座談会へ案内した草創の"未来部"であり、戸田先生のもとで女子部の一期生、そして"ヤング白ゆり世代"としても奮闘してきた。
インドをはじめ世界の平和の太陽たる女性たちが、一人ももれなく「負けない」一日一日を積み重ね、幸福勝利の人生であれと、妻は題目を送り続けている。
◇我は進む! 師弟誓願の「この道」を
◇魔性との大闘争
戸田先生が一九五七年(昭和三十二年)の九月八日、横浜・三ツ沢の競技場で、「原水爆禁止宣言」を発表された意義は、あまりにも深く大きい。
その二カ月ほど後、先生は最悪の体調にもかかわらず、広島訪問を断行しようとされた。戦時下の過酷な二年間の投獄、さらに十数年に及ぶ広布の激闘で、身体の憔悴は甚だしかった。
お体を案じて中止を進言した私を、先生は叱責し、「死んでも俺を広島に行かせてくれ!」と叫ばれた。
病状悪化で願望は叶わなかったが、なぜ、それほどまで執念を燃やされたのか。先生は、同志が待っているのだと言われた。特に広島平和記念館(当時)では、同志の新出発の集いが予定されていたのである。
人類で最初に原爆の犠牲となった広島に赴き、民衆の生存の権利を危機に陥らせている魔性の権力の根を絶つのだ、という烈々たる師の気迫に、弟子の私は感涙を抑えられなかった。
第六天の魔王との「とられじ・うばはん」という絶え間ない法戦に臨んで、「一度もしりぞく心なし」(御書一二二四ページ)と言われた大聖人の大闘争に、我ら創価の師弟は、勇気凜々と連なっていくのである。
◇"黙すあたわず"
原爆の恐ろしさ残酷さを世界に知らしめた絵画に、丸木位里・俊夫妻の「原爆の図」がある。位里氏は現在の広島市安佐北区の出身、俊夫人は北海道空知管内の秩父別町出身であった。
敗戦後の占領下、厳しい検閲で、原爆の悲惨な実態が公にされず、語られることがなくなっていく世の中に、「これはいけない」と位里氏は憤怒した。
「原爆をうやむやにするわけにはいかない、このことは描いて残さなければならない」——その思いが、「原爆の図」の連作に結実していったのだ。
ともあれ"黙ってはいられない"との、やむにやまれぬ大感情こそ、無関心や臆病や忘却に覆われた社会の中で、真実を救い出す原動力である。
日蓮大聖人は「言わずんばある可からず」(御書一七ページ)と仰せになられた。
大聖人が放たれた破邪顕正の師子吼は、七百年の時を超えて、戸田先生が原水爆の奥に潜む魔性の思考を打ち破られた洞察にまで、底深く響き渡っている。
この恩師の精神を受け継ぐのが、我らの言論戦だ。
ゆえに「広島原爆の日」にあたる八月六日を、私は小説『新・人間革命』の「起稿の日」とし、"命の限り"と新聞連載を続けた二十五年後のその日を、「脱稿の日」とした。そして恩師が「原水爆禁止宣言」を発表した九月八日、『新・人間革命』の連載を終えたのだ。
今や、バトンは未来に託された。わが愛弟子であり分身である新時代の"山本伸一たち"が、人生の「人間革命」のドラマを、世界中で壮大に舞い、多彩に綴ってくれている。
「長崎原爆の日」の九日を中心に、第三十回の節を刻む「青年不戦サミット」がオンラインで行われ、広島、長崎、沖縄の三県をはじめ全国の青年部代表や、男女高等部など未来部の友が、真剣な瞳で参加した。
不戦と核兵器廃絶への誓いを、後継の青年たち鳳雛たちが、凜然と継承してくれている。これほど頼もしいことはない。
◇邂逅から創造が
先日、レバノン共和国のアラブ科学出版社から、トインビー博士と私の対談集のアラビア語版が発刊された。博士との対談から明年で五十星霜。これで翻訳出版は三十言語となる。
博士も、きっと喜んでくださるであろう。陰の労苦を惜しまず、ご尽力いただいた全ての関係の方々に、心から御礼申し上げたい。
博士は、人格と人格の邂逅からこそ、真に新しい創造が生まれると洞察されていた。ゆえに、創価の私たちに、人類を結び、文明を結ぶ「生への選択」の対話を託してくださったのだ。
今、身近な地域社会にあっても、広範な地球社会にあっても、感染症や気候変動、分断や対立など山積する課題に、一段と対話を繰り広げて英知を結集し、新たな価値創造の力を発揮していかねばならない。
地涌の世界市民が先頭に躍り出て、人類の宿命転換への連帯を拡大するのだ。
◇最も雄弁な言葉
恩師の膝下で私が戦い始めた若き日、雑記帳に書き留めた民衆詩人ホイットマンの詩の一節がある。
「人間の肉体は言葉である、千万の言葉である」と。
口先だけの薄っぺらな言葉ではない。その人の全身から滲み出る勇気と信念、誠実な声、明るい笑顔、そして思いやりにあふれた振る舞いほど雄弁なものはない。その模範こそ、学会の父たち母たちである。
さあ、それぞれが今いる場所から、自分らしく希望の哲学を語り広げよう!
「いまだこりず候」(御書一〇五六ページ)という不屈の大情熱をもって、対話の広場に出ていこう!
愛する若人たちよ、進むのだ。永遠に前へ! 尊き同志よ、朗らかに前へ!
生命の讃歌、平和の凱歌を、堂々と轟かせながら!
リーダーは御聖訓を拝し
皆を励ましていくのだ。
広布と人生の逆転劇も
御書と共に進む中に!
四条金吾殿御返事 P1151
『賢人は八風と申して八のかぜにをかされぬを賢人と申すなり、利衰毀誉称譏苦楽なり』
【通解】
賢人は八風といって八種の風に侵されないのを賢人というのである。八風とは、利(うるおい)・衰(おとろえ)・毀(やぶれ)・誉(ほまれ)・称(たたえ)・譏(そしり)・苦(くるしみ)・楽(たのしみ)である。
名字の言 "三つの欲求"と心の健康 2021年9月2日
日々、やる気をもって生き生きとした生活を送るには、何が必要か。心理学博士の外山美樹氏は「三つのことが満たされる必要がある」と言う▼一つは"○○ができるようになりたい"という「有能感の欲求」。二つ目は"人とのつながりを感じていたい"と欲する「関係性の欲求」。そして"自ら行動を起こしたい"などの「自律性の欲求」。この三つの欲求は全ての人に備わっていて、それが満たされることで心の健康が保たれる▼さらに、これらの欲求は「他者との相互作用の中で充足される」と氏。自分の前向きな変化に気付いてくれる。自律性を支援し、見守り支えてくれる。そうした周囲のサポートが大切になると強調する(『勉強する気はなぜ起こらないのか』ちくまプリマー新書)▼感染症の急拡大が続き、社会全体に先の見えない不安が渦巻いている。先日の学会青年部と医学者による第22回会議では、そうした不安を一人で抱え込まず、周囲に援助や助言を求める方がいいと指摘していた。「"ちょっとした会話"が、頑張りすぎて疲れ果ててしまうことから自分を守ることになる」と▼人との関わりの中で、生命は力を増す。支え励まし合いながら、きょうも「共に」確かな一歩を踏み出そう。
寸鉄 2021年9月2日
「仏の説法をば師子吼と申す」御書。青年よ正義の対話を!言論の剣鋭く
「未来は精一杯努力する人たちのもの」哲学者。自分に勝ち、今日を勝て
9月は「食生活改善普及運動」。正しきリズムで!夏の疲れ残さずさあ勇躍
あおり運転、厳罰化1年で100件摘発。車載映像が証拠に。積極的な活用を
ストーカー被害者の声を公明が政策に反映—識者苦しむ人を全力で支えよ
〈社説〉 仏縁を結ぶ学会員の使命 2021・9・2
◇自他共に「真剣の一人」に
2年前、郊外の駅近くにタワーマンションが建った。続々と引っ越してくる入居者の中にも学会員がいて、新しいブロックが誕生することになった。
開催された初めての座談会。多くの人が初対面のため、一人一人が手書きの名札を付けて参加することに。最初はぎこちなかったものの、どこから来たかなど、全員が自己紹介するだけで予定時間をオーバー。終わる頃には拍手が相次ぐ盛り上がりを見せ、それぞれ連絡先を交換し合っていた。
新しい土地で暮らすのは不安もあるし、期待もある。皆が欲していたのは、何よりも人とのつながりだった。そんな中で新たな同志を支えた、近くに住む壮年部員がいた。
1人暮らしの彼は、いつも人の輪の中にいた。青年を見つけて団らんの場をつくっては耳を傾け、時に体験を語って聞かせた。自らの友人宅やなじみの店を一緒に歩きながら、会話が弾む。この地に池田先生とのどんな縁があるのか、どんな広布史を刻んできたのか。臨場感あふれる話しぶりで、今ここに立つ使命を新たな同志に引き継いでいた。
先日、その壮年部員は度重なるがんとの闘いの末に霊山へ旅立ったが、病床にあってもオンラインで会合に参加。広布に生き抜く尊貴な姿は、皆に感動を与えた。「皆に仏性があるように、誰とだって縁がある。こちら次第だよ」。コーヒーを飲みながら良い街にしたいと語っていた姿が、同志の胸に刻まれている。
池田先生の指導には、「環境がどうあれ、魂の『金の城の人』が一人いれば、『黄金の人材』さえ一人いれば、すべてを良き方向へ、幸福の方向へと開いていける。この『真剣の一人』を育て、『真剣の一人』に育ちながら、私どもは進んでいきたい」と。今、壮年が残した人の縁を結び直しながら、新たな対話拡大に励む同志が誕生している。
ことわざに「袖振り合うも多生の縁」と。すれ違う人でさえ偶然はなく、過去世からの宿縁によるという意味だが、縁は主体的な行動があってこそ生かされるものだろう。
人の幸福を祈って結んだ縁は、必ず地域を明るく照らす因となる。そこから偶然のこととは決して思えないような感動のドラマも展開していく。
☆随筆「人間革命」光あれ 平和を創る信念の対話 2021年8月24日
西日本を中心に、各地で続発した大雨災害に、心よりお見舞い申し上げます。
「立正安国論」に示されているように、「暴雨」は古来、「疫病」などと並んで、民衆にとって大きな「難」であります。
コロナ禍、自然災害……今も打ち続くこの苦難に負けず、民衆一人ひとりが、どう変毒為薬していくか。それを地域、社会、世界という次元から考え、祈り、力を合わせて行動していく。ここに私たちの「立正安国の誓い」があります。
復旧支援に尽力されている方々に、またコロナ禍の中、医療従事者はじめ命を守るために奮闘されている皆様に、深く感謝します。そして尊き宝友の健康長寿と無事安穏を、ひたぶるに祈っております。
◇誠実に朗らかに希望の哲学を語れ
◇共戦の旅へ出発
八月は、世界の不戦への誓いを強め、人類の平和へスクラムを広げゆく月——と言えよう。
恩師・戸田先生に、十九歳の私が初めてお会いできたのは、一九四七年(昭和二十二年)の八月十四日、三回目の終戦の日の前夜であった。敬愛する長兄の戦死の公報が届き、母が慟哭する姿を見てから約三カ月後のことである。
信念の獄中闘争を勝ち越えられた平和の民衆指導者から、「正しい人生」の道を示していただき、猛暑の二十四日に入信した。「広宣流布」即「世界平和」の大願を掲げて、師弟共戦の旅に出発したのである。
入信三年となる一九五〇年(昭和二十五年)の八月二十四日には、先生の事業の最大の苦境の渦中、師弟して生命尊厳の機関紙・聖教新聞の発刊を構想した。
その二年後の八月十四日夕刻、私は特急「つばめ」で淀川の鉄橋を渡り、広布の新天地を開く決意で大阪へ降り立った。この夜、堺市内で行われた座談会に出席し、強く明るい庶民の集いから"常勝関西"の建設へ、生き生きと勇戦を開始したのである。
さらに三年後の八月には、師の故郷・北海道の大地で、"夏の陣"さながら広布拡大に先駆した。日々、御書を拝し、「仏法を源泉に偉大な社会を開こう!」と励まし合い、日本一の弘教で戸田先生をお迎えしたのは、入信満八年の八月二十四日であった。
一年また一年と、原点の八月に師弟の勝利を刻みながら、不退の同志と共に、わが壮年部の戦友と共に、平和と人道への「この道」を歩み通してきたのだ。
「立正安国論」の結びに記された誓願には、「速に対治を回して早く泰平を致し先ず生前を安じて更に没後を扶けん」(御書三三ページ)とある。
何があろうが、我らは強盛に妙法を唱え、正義の旗を高く掲げて進む。苦悩する一人に関わり、民衆の幸せと天下の泰平のために戦う。忍耐強く、粘り強く、誠実な対話で、現実社会の安穏への道を開き、自他共に「一生成仏」という永遠の幸福を築いていくのだ。
◇負けない一生を
戸田先生と私の最初の出会いの翌日は、奇しくも仏教発祥の天地・インド共和国の独立の日であった。
今年、生誕百六十年を迎えたインドの詩聖タゴールの叫びが改めて胸に迫る。
「人間の歴史は、侮辱された人間が勝利する日を、辛抱づよく待っている」
これはタゴールが日本で詠んだ一詩である。
彼は一九一六年(大正五年)、神戸に初来日の第一歩を印すと、大阪、東京へ。横浜には長期滞在し、この夏、今の北区・飛鳥山の渋沢栄一翁の私邸や、茨城の五浦にも足を運んだ。長野の軽井沢で、女子学生らと緑陰懇談も重ねている。
先月、インドから嬉しい報告が届いた。女子部結成記念日の七月十九日、インドの"華陽姉妹"が五万人に達したというのだ。
コロナ禍にあっても、「如蓮華在水」の清らかで強靱な生命で、美事な幸の花園を広げてくれている。
「負けない人は幸福
恐れない人は幸福
信つよき人は幸福
皆さまは幸福の王女なり」——三十年ほど前、インドの女性たちへ、妻と贈った指針である。
私の妻も、同志たちと常々「負けない一生を」と、心に期してきた。
九歳で家族と共に信心を始めた妻も、この七月で満八十年となった。牧口先生の手を引いて自宅の座談会へ案内した草創の"未来部"であり、戸田先生のもとで女子部の一期生、そして"ヤング白ゆり世代"としても奮闘してきた。
インドをはじめ世界の平和の太陽たる女性たちが、一人ももれなく「負けない」一日一日を積み重ね、幸福勝利の人生であれと、妻は題目を送り続けている。
◇我は進む! 師弟誓願の「この道」を
◇魔性との大闘争
戸田先生が一九五七年(昭和三十二年)の九月八日、横浜・三ツ沢の競技場で、「原水爆禁止宣言」を発表された意義は、あまりにも深く大きい。
その二カ月ほど後、先生は最悪の体調にもかかわらず、広島訪問を断行しようとされた。戦時下の過酷な二年間の投獄、さらに十数年に及ぶ広布の激闘で、身体の憔悴は甚だしかった。
お体を案じて中止を進言した私を、先生は叱責し、「死んでも俺を広島に行かせてくれ!」と叫ばれた。
病状悪化で願望は叶わなかったが、なぜ、それほどまで執念を燃やされたのか。先生は、同志が待っているのだと言われた。特に広島平和記念館(当時)では、同志の新出発の集いが予定されていたのである。
人類で最初に原爆の犠牲となった広島に赴き、民衆の生存の権利を危機に陥らせている魔性の権力の根を絶つのだ、という烈々たる師の気迫に、弟子の私は感涙を抑えられなかった。
第六天の魔王との「とられじ・うばはん」という絶え間ない法戦に臨んで、「一度もしりぞく心なし」(御書一二二四ページ)と言われた大聖人の大闘争に、我ら創価の師弟は、勇気凜々と連なっていくのである。
◇"黙すあたわず"
原爆の恐ろしさ残酷さを世界に知らしめた絵画に、丸木位里・俊夫妻の「原爆の図」がある。位里氏は現在の広島市安佐北区の出身、俊夫人は北海道空知管内の秩父別町出身であった。
敗戦後の占領下、厳しい検閲で、原爆の悲惨な実態が公にされず、語られることがなくなっていく世の中に、「これはいけない」と位里氏は憤怒した。
「原爆をうやむやにするわけにはいかない、このことは描いて残さなければならない」——その思いが、「原爆の図」の連作に結実していったのだ。
ともあれ"黙ってはいられない"との、やむにやまれぬ大感情こそ、無関心や臆病や忘却に覆われた社会の中で、真実を救い出す原動力である。
日蓮大聖人は「言わずんばある可からず」(御書一七ページ)と仰せになられた。
大聖人が放たれた破邪顕正の師子吼は、七百年の時を超えて、戸田先生が原水爆の奥に潜む魔性の思考を打ち破られた洞察にまで、底深く響き渡っている。
この恩師の精神を受け継ぐのが、我らの言論戦だ。
ゆえに「広島原爆の日」にあたる八月六日を、私は小説『新・人間革命』の「起稿の日」とし、"命の限り"と新聞連載を続けた二十五年後のその日を、「脱稿の日」とした。そして恩師が「原水爆禁止宣言」を発表した九月八日、『新・人間革命』の連載を終えたのだ。
今や、バトンは未来に託された。わが愛弟子であり分身である新時代の"山本伸一たち"が、人生の「人間革命」のドラマを、世界中で壮大に舞い、多彩に綴ってくれている。
「長崎原爆の日」の九日を中心に、第三十回の節を刻む「青年不戦サミット」がオンラインで行われ、広島、長崎、沖縄の三県をはじめ全国の青年部代表や、男女高等部など未来部の友が、真剣な瞳で参加した。
不戦と核兵器廃絶への誓いを、後継の青年たち鳳雛たちが、凜然と継承してくれている。これほど頼もしいことはない。
◇邂逅から創造が
先日、レバノン共和国のアラブ科学出版社から、トインビー博士と私の対談集のアラビア語版が発刊された。博士との対談から明年で五十星霜。これで翻訳出版は三十言語となる。
博士も、きっと喜んでくださるであろう。陰の労苦を惜しまず、ご尽力いただいた全ての関係の方々に、心から御礼申し上げたい。
博士は、人格と人格の邂逅からこそ、真に新しい創造が生まれると洞察されていた。ゆえに、創価の私たちに、人類を結び、文明を結ぶ「生への選択」の対話を託してくださったのだ。
今、身近な地域社会にあっても、広範な地球社会にあっても、感染症や気候変動、分断や対立など山積する課題に、一段と対話を繰り広げて英知を結集し、新たな価値創造の力を発揮していかねばならない。
地涌の世界市民が先頭に躍り出て、人類の宿命転換への連帯を拡大するのだ。
◇最も雄弁な言葉
恩師の膝下で私が戦い始めた若き日、雑記帳に書き留めた民衆詩人ホイットマンの詩の一節がある。
「人間の肉体は言葉である、千万の言葉である」と。
口先だけの薄っぺらな言葉ではない。その人の全身から滲み出る勇気と信念、誠実な声、明るい笑顔、そして思いやりにあふれた振る舞いほど雄弁なものはない。その模範こそ、学会の父たち母たちである。
さあ、それぞれが今いる場所から、自分らしく希望の哲学を語り広げよう!
「いまだこりず候」(御書一〇五六ページ)という不屈の大情熱をもって、対話の広場に出ていこう!
愛する若人たちよ、進むのだ。永遠に前へ! 尊き同志よ、朗らかに前へ!
生命の讃歌、平和の凱歌を、堂々と轟かせながら!
2021年9月1日水曜日
2021.09.01 わが友に贈る
天災は予期せず起こる。
この教訓を決して忘れず
日頃から万全の備えを!
避難場所や連携方法など
話し合う機会設けよう。
四条金吾御書 P1176
『又御をととどもには常はふびんのよしあるべし、つねにゆせにざうりのあたいなんど心あるべし、もしやの事のあらむにはかたきはゆるさじ、我がためにいのちをうしなはんずる者ぞかしとをぼして、とがありともせうせうの失をばしらぬやうにてあるべし』
【通解】
弟たちに対しては、いつもよく面倒を見ていきなさい。いつも湯銭や草履の代金などに気を配ってあげなさい。
もしものことがあったならば、敵は許すまい。自分のために命を失おうとする者であると心得て、欠点や過ちがあっても、少々は見ても知らないようにしていきなさい
名字の言 きょう「防災の日」。自分にできることを考える 2021年9月1日
法律に基づき、主な事業所には社員らで構成する自衛消防隊が設置されている。以前、学会本部の青年職員から成る同隊が、地元の消防訓練審査会に出場した際の映像を見た▼彼らは小雨にぬれ、はねた泥で汚れながら、最後まで機敏に消火活動を実演した。無論、実際には訓練が役立ってしまうような事態が起こらないのが一番いい。彼らもそれを願いつつ、それでも"絶対に災害を防ぎ、同志が集う会館を守る"と、今の自分ができることに全力を尽くす——そんな姿に感嘆した▼きょうは「防災の日」。"災いを防ぐ"というのであれば、コロナ禍との戦いも当てはまるだろう。ウイルスへの感染防止のため、長期間、さまざまな制限を強いられた人々の心身は疲弊している。いまだ出口が見えない不安も募る▼そんなとき、"自分だけが努力したところで……"と諦めてしまえば、不安に押しつぶされてしまう。一方、"今の自分にできる最大限のことを実践しよう"となれば、不安を押し返す生命力が増す▼仏法では"人類の生存を脅かすものは魔である"と教える。科学的方策を賢明に講じつつ、各人が満々たる生命力を発揮し、魔の脅威に打ち勝っていく。この「善の結合」で危機を乗り切ろう。
寸鉄 2021年9月1日
「二人・三人・百人と」御書。まず自分が立つ!広布のドラマもそこから
牙城会の日。厳護の誓い燃える若き師子よ!誇り高く拡大の突破口を開け
VOD「立正安国と創価学会」が好評。混迷の世に光送るのが仏法。時は今
連休明けは子がストレス感じやすい—医師。寄り添う心でSOS見逃さず
孤独感じる若者世代多し—調査。青年部が友の声に耳を。友情育む使命大
〈社説〉 2021・9・1 書籍「危機の時代を生きる」が発刊
◇一歩一歩が価値創造の日常を
本社報道局編『危機の時代を生きる』が先月、発刊された(潮出版社)。コロナ禍の実相を明らかにして私たちの進むべき道を探るため、本紙では、昨年4月に連載企画「危機の時代を生きる」をスタート。同書は、その登場者の中から26人のインタビュー等を収録したものである。
「人類はウイルスとどう向き合うか」「人間と生命の可能性を問う」「危機の時代を生きる」「コロナ禍の『多様なリスク』と戦う」の4章立て。医学や生命科学、歴史、経済など多彩な分野の一級の識者が"ウィズコロナ"の時代に求められる視点や心構えを語っている。
WHO(世界保健機関)がパンデミック(世界的大流行)を宣言した2020年3月11日は、東日本大震災から9年のその日であった。同書で歴史学者の磯田道史氏は、"人類は「災後」ではなく「災間(災害と災害の間)」を生きている"と述べている。であるならば、大震災から10年余の今こそ、「これからの10年」を、自他共に幸福で健やかに生きゆくためのターニングポイントにしていかねばならない——この思いで本紙は取材を重ね、現在も連載を続けている。
生態系の破壊、成長一辺倒の経済の行き詰まり、SNSでの誹謗中傷など、インタビューでは、コロナ禍で浮き彫りになった課題を取り上げている。多くの識者が語ったように、それらは今に始まったことではない。人々が気付かなかった、あるいは見て見ぬふりをしてきた諸問題が、コロナ禍によって"あぶり出された"といえる。
私たちが当たり前のように送る日々は、無数のつながりに支えられている。一方で、自己の目的のために自然や他者を傷付けてしまっている可能性は、いつどこにでもある。その事実と真摯に向き合い、これまでの生き方や価値観を転換することが今、強く求められているといえよう。
作家で精神科医の帚木蓬生氏が、法華経の「即是道場」の思想を通して、今この場所を「自分を磨く場」と捉えることの大切さを訴えたように、生き方の転換へと一歩踏み出す舞台は、「日常」をおいて他にはない。これが同書を貫くメッセージである。
2030年への10年、いつかはゴールに到達するというのではなく、一日一日がゴールであるような価値創造の日々に挑む一人一人にとっての、希望の書となろう。
☆大白蓮華巻頭言2021年9月号 広布の山を今再び共々に!
愛する大九州の大分の天地から、「青年よ 二十一世紀の広布の山を登れ」と呼び掛けてより四十星霜——。
あれから試練の峰を幾つ制覇してきたことか。今、雲海の彼方に「世界広布」と「立正安国」の展望が見渡す限り開かれている。
私には、断固として共戦しながら登りきってくれた、尊き宝友たち一人一人の黄金の足跡が胸に迫ってくる。
皆、長編詩の如く「太陽の大仏法を持ち」、「大衆と温かき連係をとりながら」、青春の苦難の坂を越えてきた。
できることならば、その人間革命の勝利の登攀を一人ももれなく宣揚して差し上げたい。私の偽らざる心である
広布の山を登ることは、まさに「所願満足の歓喜の法戦」とともに「無上道の人生」を勝ち飾りゆくことなのだ。
日蓮大聖人は、御自身が命に及ぶ種々の大難を勝ち越えることができたのは、毎日、妙法を読誦し、仏天への誓願を貫いてきたからだと示され、こう仰せになられた。
「法華経の行者は信心に退転無く身に詐親無く・一切法華経に其の身を任せて金言の如く修行せば、慥に後生は申すに及ばず今生も息災延命にして勝妙の大果報を得・広宣流布大願をも成就す可きなり」(P1357)と。
牧囗先生・戸田先生以来、創価の師弟は、この御聖訓の通り、不退転の信心に立ち、悪に詐り親しむことなく、如説修行に邁進している。そして、皆が生活の中で福徳の実証を示し、生命凱歌の大果報をつかんでいくのだ。
「絶対勝利の信心」の軌道は、まぎれもなくここにある。一つ一つの信仰体験が何よりの証明といってよい。
広宣流布の大願とは、戸田先生が言われたように、人類の境涯を仏の高みへと引き上げていく挑戦である。
さあ、全創価家族が老いも若きも、今再び、燃え盛る地涌の青年の心で、あの友この友を、希望と充実と幸福の大行進に誘いながら、広布の山を共々に登りゆこう!
「世界に平和の鐘を 社会に正義の旗を 打ち建てゆくために!」
新たなる
広布の山を
勝ち疂れ
地涌の人華を
万朶と咲かせて
☆〈学ぼう 9月の学会史 2021〉
◎9・7、9・25 地区講義70周年
1951年(昭和26年)9月、第2代会長の戸田先生の命を受け、池田先生が地区講義を。神奈川・鶴見支部市場地区(7日)、埼玉・志木支部川越地区(25日)で開始され、本年で70周年。
※参考資料=小説『新・人間革命』第26巻「奮迅」
◎9・8「原水爆禁止宣言の日」
1957年(昭和32年)9月8日、戸田先生は"核兵器は絶対悪"との思想を全世界に広めゆくことを、遺訓の第一として後継の青年に託した。
※参考資料=『人間革命』第12巻「宣言」
◎9・8 「日中国交正常化提言」発表の日
1968年(昭和43年)9月8日、第11回学生部総会の席上、池田先生は「日中国交正常化提言」を発表した。
※参考資料=『新・人間革命』第13巻「金の橋」
◎9・8 小説『新・人間革命』の新聞連載完結の日
2018年(平成30年)9月8日、『新・人間革命』の新聞連載が完結。新聞の連載回数は、日本一の6469回(全30巻)。
◎9・9「女子学生部の日」
1975年(昭和50年)9月9日、池田先生の女子部学生局(当時)の集いへの出席が淵源。
※参考資料=『新・人間革命』第22巻「波濤」
◎9・9「北海道の日」
1973年(昭和48年)9月9日、池田先生が出席して行われた第1回北海道青年部総会が淵源。
◎9・12「教学部の日」
1976年(昭和51年)制定。750年前の1271年(文永8年)9月12日、日蓮大聖人が「竜の口の法難」に遭われ、発迹顕本を遂げられたことに由来する。
◎9・15「ドクター部の日」
1975年(昭和50年)9月15日、池田先生がドクター部の総会に出席。後に「部の日」に。
※参考資料=『新・人間革命』第22巻「命宝」
◎9・23「少年少女部結成記念日」
1965年(昭和40年)9月23日、池田先生の提案で結成。
※参考資料=『新・人間革命』第9巻「鳳雛」
◎9・26 米ハーバード大学での初講演から30周年
1991年(平成3年)9月26日、ハーバード大学で「ソフト・パワーの時代と哲学」と題して記念講演。本年で30周年。
※参考資料=『新・人間革命』第30巻〈下〉「誓願」
この教訓を決して忘れず
日頃から万全の備えを!
避難場所や連携方法など
話し合う機会設けよう。
四条金吾御書 P1176
『又御をととどもには常はふびんのよしあるべし、つねにゆせにざうりのあたいなんど心あるべし、もしやの事のあらむにはかたきはゆるさじ、我がためにいのちをうしなはんずる者ぞかしとをぼして、とがありともせうせうの失をばしらぬやうにてあるべし』
【通解】
弟たちに対しては、いつもよく面倒を見ていきなさい。いつも湯銭や草履の代金などに気を配ってあげなさい。
もしものことがあったならば、敵は許すまい。自分のために命を失おうとする者であると心得て、欠点や過ちがあっても、少々は見ても知らないようにしていきなさい
名字の言 きょう「防災の日」。自分にできることを考える 2021年9月1日
法律に基づき、主な事業所には社員らで構成する自衛消防隊が設置されている。以前、学会本部の青年職員から成る同隊が、地元の消防訓練審査会に出場した際の映像を見た▼彼らは小雨にぬれ、はねた泥で汚れながら、最後まで機敏に消火活動を実演した。無論、実際には訓練が役立ってしまうような事態が起こらないのが一番いい。彼らもそれを願いつつ、それでも"絶対に災害を防ぎ、同志が集う会館を守る"と、今の自分ができることに全力を尽くす——そんな姿に感嘆した▼きょうは「防災の日」。"災いを防ぐ"というのであれば、コロナ禍との戦いも当てはまるだろう。ウイルスへの感染防止のため、長期間、さまざまな制限を強いられた人々の心身は疲弊している。いまだ出口が見えない不安も募る▼そんなとき、"自分だけが努力したところで……"と諦めてしまえば、不安に押しつぶされてしまう。一方、"今の自分にできる最大限のことを実践しよう"となれば、不安を押し返す生命力が増す▼仏法では"人類の生存を脅かすものは魔である"と教える。科学的方策を賢明に講じつつ、各人が満々たる生命力を発揮し、魔の脅威に打ち勝っていく。この「善の結合」で危機を乗り切ろう。
寸鉄 2021年9月1日
「二人・三人・百人と」御書。まず自分が立つ!広布のドラマもそこから
牙城会の日。厳護の誓い燃える若き師子よ!誇り高く拡大の突破口を開け
VOD「立正安国と創価学会」が好評。混迷の世に光送るのが仏法。時は今
連休明けは子がストレス感じやすい—医師。寄り添う心でSOS見逃さず
孤独感じる若者世代多し—調査。青年部が友の声に耳を。友情育む使命大
〈社説〉 2021・9・1 書籍「危機の時代を生きる」が発刊
◇一歩一歩が価値創造の日常を
本社報道局編『危機の時代を生きる』が先月、発刊された(潮出版社)。コロナ禍の実相を明らかにして私たちの進むべき道を探るため、本紙では、昨年4月に連載企画「危機の時代を生きる」をスタート。同書は、その登場者の中から26人のインタビュー等を収録したものである。
「人類はウイルスとどう向き合うか」「人間と生命の可能性を問う」「危機の時代を生きる」「コロナ禍の『多様なリスク』と戦う」の4章立て。医学や生命科学、歴史、経済など多彩な分野の一級の識者が"ウィズコロナ"の時代に求められる視点や心構えを語っている。
WHO(世界保健機関)がパンデミック(世界的大流行)を宣言した2020年3月11日は、東日本大震災から9年のその日であった。同書で歴史学者の磯田道史氏は、"人類は「災後」ではなく「災間(災害と災害の間)」を生きている"と述べている。であるならば、大震災から10年余の今こそ、「これからの10年」を、自他共に幸福で健やかに生きゆくためのターニングポイントにしていかねばならない——この思いで本紙は取材を重ね、現在も連載を続けている。
生態系の破壊、成長一辺倒の経済の行き詰まり、SNSでの誹謗中傷など、インタビューでは、コロナ禍で浮き彫りになった課題を取り上げている。多くの識者が語ったように、それらは今に始まったことではない。人々が気付かなかった、あるいは見て見ぬふりをしてきた諸問題が、コロナ禍によって"あぶり出された"といえる。
私たちが当たり前のように送る日々は、無数のつながりに支えられている。一方で、自己の目的のために自然や他者を傷付けてしまっている可能性は、いつどこにでもある。その事実と真摯に向き合い、これまでの生き方や価値観を転換することが今、強く求められているといえよう。
作家で精神科医の帚木蓬生氏が、法華経の「即是道場」の思想を通して、今この場所を「自分を磨く場」と捉えることの大切さを訴えたように、生き方の転換へと一歩踏み出す舞台は、「日常」をおいて他にはない。これが同書を貫くメッセージである。
2030年への10年、いつかはゴールに到達するというのではなく、一日一日がゴールであるような価値創造の日々に挑む一人一人にとっての、希望の書となろう。
☆大白蓮華巻頭言2021年9月号 広布の山を今再び共々に!
愛する大九州の大分の天地から、「青年よ 二十一世紀の広布の山を登れ」と呼び掛けてより四十星霜——。
あれから試練の峰を幾つ制覇してきたことか。今、雲海の彼方に「世界広布」と「立正安国」の展望が見渡す限り開かれている。
私には、断固として共戦しながら登りきってくれた、尊き宝友たち一人一人の黄金の足跡が胸に迫ってくる。
皆、長編詩の如く「太陽の大仏法を持ち」、「大衆と温かき連係をとりながら」、青春の苦難の坂を越えてきた。
できることならば、その人間革命の勝利の登攀を一人ももれなく宣揚して差し上げたい。私の偽らざる心である
広布の山を登ることは、まさに「所願満足の歓喜の法戦」とともに「無上道の人生」を勝ち飾りゆくことなのだ。
日蓮大聖人は、御自身が命に及ぶ種々の大難を勝ち越えることができたのは、毎日、妙法を読誦し、仏天への誓願を貫いてきたからだと示され、こう仰せになられた。
「法華経の行者は信心に退転無く身に詐親無く・一切法華経に其の身を任せて金言の如く修行せば、慥に後生は申すに及ばず今生も息災延命にして勝妙の大果報を得・広宣流布大願をも成就す可きなり」(P1357)と。
牧囗先生・戸田先生以来、創価の師弟は、この御聖訓の通り、不退転の信心に立ち、悪に詐り親しむことなく、如説修行に邁進している。そして、皆が生活の中で福徳の実証を示し、生命凱歌の大果報をつかんでいくのだ。
「絶対勝利の信心」の軌道は、まぎれもなくここにある。一つ一つの信仰体験が何よりの証明といってよい。
広宣流布の大願とは、戸田先生が言われたように、人類の境涯を仏の高みへと引き上げていく挑戦である。
さあ、全創価家族が老いも若きも、今再び、燃え盛る地涌の青年の心で、あの友この友を、希望と充実と幸福の大行進に誘いながら、広布の山を共々に登りゆこう!
「世界に平和の鐘を 社会に正義の旗を 打ち建てゆくために!」
新たなる
広布の山を
勝ち疂れ
地涌の人華を
万朶と咲かせて
☆〈学ぼう 9月の学会史 2021〉
◎9・7、9・25 地区講義70周年
1951年(昭和26年)9月、第2代会長の戸田先生の命を受け、池田先生が地区講義を。神奈川・鶴見支部市場地区(7日)、埼玉・志木支部川越地区(25日)で開始され、本年で70周年。
※参考資料=小説『新・人間革命』第26巻「奮迅」
◎9・8「原水爆禁止宣言の日」
1957年(昭和32年)9月8日、戸田先生は"核兵器は絶対悪"との思想を全世界に広めゆくことを、遺訓の第一として後継の青年に託した。
※参考資料=『人間革命』第12巻「宣言」
◎9・8 「日中国交正常化提言」発表の日
1968年(昭和43年)9月8日、第11回学生部総会の席上、池田先生は「日中国交正常化提言」を発表した。
※参考資料=『新・人間革命』第13巻「金の橋」
◎9・8 小説『新・人間革命』の新聞連載完結の日
2018年(平成30年)9月8日、『新・人間革命』の新聞連載が完結。新聞の連載回数は、日本一の6469回(全30巻)。
◎9・9「女子学生部の日」
1975年(昭和50年)9月9日、池田先生の女子部学生局(当時)の集いへの出席が淵源。
※参考資料=『新・人間革命』第22巻「波濤」
◎9・9「北海道の日」
1973年(昭和48年)9月9日、池田先生が出席して行われた第1回北海道青年部総会が淵源。
◎9・12「教学部の日」
1976年(昭和51年)制定。750年前の1271年(文永8年)9月12日、日蓮大聖人が「竜の口の法難」に遭われ、発迹顕本を遂げられたことに由来する。
◎9・15「ドクター部の日」
1975年(昭和50年)9月15日、池田先生がドクター部の総会に出席。後に「部の日」に。
※参考資料=『新・人間革命』第22巻「命宝」
◎9・23「少年少女部結成記念日」
1965年(昭和40年)9月23日、池田先生の提案で結成。
※参考資料=『新・人間革命』第9巻「鳳雛」
◎9・26 米ハーバード大学での初講演から30周年
1991年(平成3年)9月26日、ハーバード大学で「ソフト・パワーの時代と哲学」と題して記念講演。本年で30周年。
※参考資料=『新・人間革命』第30巻〈下〉「誓願」
2021年8月31日火曜日
2021.08.31 わが友に贈る
"広宣流布の突破口を
私が開いてみせる!"
そう誓いを立てた時に
「仏の力」は湧き出る。
率先垂範の大前進を!
南条殿御返事 P1578
『法妙なるが故に人貴し人貴きが故に所尊しと申すは是なり』
【通解】
法が妙であるがゆえに、その法を持った人は貴い。人が貴いがゆえに、その人がいる所も尊い。
名字の言 失明した友と弘教に歩いた思い出 2021年8月31日
東京パラリンピックの開幕から1週間。困難に負けず、大舞台で躍動する選手を見ると胸が熱くなる▼目の不自由なマラソンランナーと共に走る伴走者を経験した人が語っていた。「選手を助けようと始めた伴走ですが、思い違いでした」。障がいに屈せず、必死に練習する情熱、執念、ひたむきさ……。そばで走り、どれほど勇気づけられたか。「私の方が助けられました」▼以前、目の病で失明した友と弘教に歩いた。サングラスに白杖を突く友。反対の手を肩にのせ、彼の知人宅へ。いざ仏法対話を始めると、学会嫌いだった相手から「自分の病気を治してから来いよ」と言われた▼帰り道、気落ちしていないか心配で励まそうとすると、逆に励まされた。「おかげで腹が決まった。あの人を感動させる実証を示すから!」。その言葉通り、後にあん摩マッサージ指圧師として自立した彼の活躍に感動し、先の知人も「人生を勝ちたい」と入会した。あの痛烈な批判さえ成長の糧にした友の姿を思い出すと、力が湧く▼強い立場の人だから弱い立場の人を支えられるのではない。苦難のただ中にある人が負けずに戦う姿こそ人を勇気づける。励まし励まされながら前進する人間の絆ほど尊いものはない。
寸鉄 2021年8月31日
御書「猛者の進んで大陣を破る」。青年よ勇気と智慧で拡大の先頭を走れ
学生部の日。存分に学び語れ。それが君達の特権。新時代のリーダーよ堂々
勇敢とは危機において挫けない事—哲人。今すべき事に全力!師子ならば
冷房下の部屋も2時間に1回程度換気を—専門家場などでも強力に対策
若い女性の「やせすぎ」が深刻と。バランスのよい食が健康の基本。聡明に
☆四季の励まし 幸福の地図を朗らかに 2021年8月29日
◇池田先生の言葉
人間は、対話の中でこそ、
真の人間に成長する。
対話とは、
相手から学ぶことである。
そこには
相手への尊敬がある。
相手から学べば、
自分も豊かになる。
だから豊かな対話には
喜びがある。幸福がある。
平和がある。
対話それ自体が、
人間の勝利の証しなのだ。
人間として
爽やかな好感を
広げていくことだ。
そこから、対話がはずみ、
友情が生まれ、
仏縁が結ばれる。
御本尊に
「皆と仲良くできる自分、
信頼される自分に
成長させてください」と
祈るのだ。
困難であればあるほど、
舞を舞うごとく、
喜び勇んで進むのだ。
民衆のために——
この一点を
忘れてはならない。
人に尽くす人こそが
真実の王者だ。
広宣流布のために、
動いた分、走った分、
語った分、
真の友情の道が開ける。
自他共の
幸福の地図が広がる。
これ以上、充実した、
悔いなき歴史はない。
向かい風であっても、
泥沼であっても、
友と手を携え、前へ前へ
進み抜いていけば、
崩れざる「異体同心」の
スクラムができあがる。
対話には納得がある。
信頼がある。知恵がある。
生き生きとした対話は、
民主主義の基盤である。
対話で民衆を励まし、
民衆の心と心を結べ!
これが、
広宣流布の不変の軌道だ。
皆が力を出し切ろう!
胸を張り、声も惜しまず、
わが信念を語ろう!
朗らかに伸び伸びと、
笑みを湛えて、
友情を結ぼう!
【写真説明】白、ピンク、赤——。色鮮やかに咲き誇るコスモスの花が、秋の訪れを告げる。池田大作先生が昨年9月、都内で撮影した。
コスモスは、可憐で繊細な姿からは想像できないほど、力強い生命力を秘めている。風や雨で倒されても、茎の途中から根を出し、たくましく起き上がる。
御書には「地にたうれたる人は・かへりて地よりをく」(1586ページ)と。試練や逆境に打ち勝つ強靱な生命力を、わが胸中に湧き出していけるのが信心である。
さあ、心を結ぶ語らいの秋へ! 希望の哲学を朗らかに語り抜き、わが地域から友情の花、信頼の花を爛漫と咲かせよう。
私が開いてみせる!"
そう誓いを立てた時に
「仏の力」は湧き出る。
率先垂範の大前進を!
南条殿御返事 P1578
『法妙なるが故に人貴し人貴きが故に所尊しと申すは是なり』
【通解】
法が妙であるがゆえに、その法を持った人は貴い。人が貴いがゆえに、その人がいる所も尊い。
名字の言 失明した友と弘教に歩いた思い出 2021年8月31日
東京パラリンピックの開幕から1週間。困難に負けず、大舞台で躍動する選手を見ると胸が熱くなる▼目の不自由なマラソンランナーと共に走る伴走者を経験した人が語っていた。「選手を助けようと始めた伴走ですが、思い違いでした」。障がいに屈せず、必死に練習する情熱、執念、ひたむきさ……。そばで走り、どれほど勇気づけられたか。「私の方が助けられました」▼以前、目の病で失明した友と弘教に歩いた。サングラスに白杖を突く友。反対の手を肩にのせ、彼の知人宅へ。いざ仏法対話を始めると、学会嫌いだった相手から「自分の病気を治してから来いよ」と言われた▼帰り道、気落ちしていないか心配で励まそうとすると、逆に励まされた。「おかげで腹が決まった。あの人を感動させる実証を示すから!」。その言葉通り、後にあん摩マッサージ指圧師として自立した彼の活躍に感動し、先の知人も「人生を勝ちたい」と入会した。あの痛烈な批判さえ成長の糧にした友の姿を思い出すと、力が湧く▼強い立場の人だから弱い立場の人を支えられるのではない。苦難のただ中にある人が負けずに戦う姿こそ人を勇気づける。励まし励まされながら前進する人間の絆ほど尊いものはない。
寸鉄 2021年8月31日
御書「猛者の進んで大陣を破る」。青年よ勇気と智慧で拡大の先頭を走れ
学生部の日。存分に学び語れ。それが君達の特権。新時代のリーダーよ堂々
勇敢とは危機において挫けない事—哲人。今すべき事に全力!師子ならば
冷房下の部屋も2時間に1回程度換気を—専門家場などでも強力に対策
若い女性の「やせすぎ」が深刻と。バランスのよい食が健康の基本。聡明に
☆四季の励まし 幸福の地図を朗らかに 2021年8月29日
◇池田先生の言葉
人間は、対話の中でこそ、
真の人間に成長する。
対話とは、
相手から学ぶことである。
そこには
相手への尊敬がある。
相手から学べば、
自分も豊かになる。
だから豊かな対話には
喜びがある。幸福がある。
平和がある。
対話それ自体が、
人間の勝利の証しなのだ。
人間として
爽やかな好感を
広げていくことだ。
そこから、対話がはずみ、
友情が生まれ、
仏縁が結ばれる。
御本尊に
「皆と仲良くできる自分、
信頼される自分に
成長させてください」と
祈るのだ。
困難であればあるほど、
舞を舞うごとく、
喜び勇んで進むのだ。
民衆のために——
この一点を
忘れてはならない。
人に尽くす人こそが
真実の王者だ。
広宣流布のために、
動いた分、走った分、
語った分、
真の友情の道が開ける。
自他共の
幸福の地図が広がる。
これ以上、充実した、
悔いなき歴史はない。
向かい風であっても、
泥沼であっても、
友と手を携え、前へ前へ
進み抜いていけば、
崩れざる「異体同心」の
スクラムができあがる。
対話には納得がある。
信頼がある。知恵がある。
生き生きとした対話は、
民主主義の基盤である。
対話で民衆を励まし、
民衆の心と心を結べ!
これが、
広宣流布の不変の軌道だ。
皆が力を出し切ろう!
胸を張り、声も惜しまず、
わが信念を語ろう!
朗らかに伸び伸びと、
笑みを湛えて、
友情を結ぼう!
【写真説明】白、ピンク、赤——。色鮮やかに咲き誇るコスモスの花が、秋の訪れを告げる。池田大作先生が昨年9月、都内で撮影した。
コスモスは、可憐で繊細な姿からは想像できないほど、力強い生命力を秘めている。風や雨で倒されても、茎の途中から根を出し、たくましく起き上がる。
御書には「地にたうれたる人は・かへりて地よりをく」(1586ページ)と。試練や逆境に打ち勝つ強靱な生命力を、わが胸中に湧き出していけるのが信心である。
さあ、心を結ぶ語らいの秋へ! 希望の哲学を朗らかに語り抜き、わが地域から友情の花、信頼の花を爛漫と咲かせよう。
2021年8月30日月曜日
2021.08.30 わが友に贈る
◇今週のことば
「一身一念法界に遍し」
題目の力は無限大なり。
誓願の祈りは無敵なり。
諸天を揺り動かして
勇気と希望の拡大を!
2021年8月30日
日女御前御返事 P1244
『日蓮が弟子檀那等正直捨方便不受余経一偈と無二に信ずる故によつて此の御本尊の宝塔の中へ入るべきなりたのもしたのもし』
【通解】
日蓮が弟子檀那等は「正直に方便を捨てて」の文や「余経の一偈をも受持してはならない」の文の通り、法華経のみを唯一無二に信ずることによって、この御本尊の宝塔の中へ入ることができるのである。まことに頼もしいことである。
名字の言 「変毒為薬」の人生を勝ち開いた創価の友 2021年8月30日
数式で「10×10」は100である。マイナス10にマイナス10を掛けても100となる。数学的には同じ数値だが、負の数同士を掛けて導き出された「100」の方が、心情的には"味わい深い"と感じてしまう▼それは「変毒為薬」の人生を勝ち開いた創価の友に学んできたからに違いない。マイナスとも思える試練から逃げず、本来であれば、しなくてよかったかもしれない苦労を積み重ねた結果、以前にも増す幸福の境涯を築いた多くの友がいる▼ある壮年部員は、サッカーざんまいの青春を送った。大学も強豪校に進み、夢の舞台を広げていった。だが、度重なるけがに泣いた。仲間の活躍を尻目に基礎練習の日々。"いっそ、別の道を"と心が揺れた▼それでも「これまでの歩みを帳消しにして、ゼロにしてしまえば、何を掛けてもゼロのままだ」と踏みとどまった。後に彼は自身の経験も生かし、スポーツに関する学術の道に進んだ。努力を重ね、データ分析だけでなく、個々人の感情や精神状態などの視点も取り入れた運動学の研究分野で才能を開花。現在、大学教授として活躍している▼成功ばかりで、終始、順風満帆とはいかない。波瀾万丈を乗り越えた人生行路にこそ、歓喜の凱歌は響き渡る。
寸鉄 2021年8月30日
私は進むぞ。君も進め—恩師。さあ共に決意固く。下半期の勝利へダッシュ
人間革命の実践こそ社会を調和と安定に導く光—博士。皆が変革の主役と
男子部が各地で大学校生大会。君の双肩に広布の未来あり。対話に先駆!
優しさが人の心を暖かくする—詩人。友の悩みに同苦し、真心の励ましを
熱中症による死亡は夜間に多し。就寝前にも水分補給を。エアコンも活用
〈社説〉 2021・8・30 きょうから「防災週間」
◇地域の安全祈り意識を高めよう
先日、消防署に勤務する男子部員と懇談する機会があった。立て続く大雨や熱中症の搬送など、相次ぐ災害や救急対応に追われる日々が続いたという。報道で被災状況を知ることはできるが、現場で任務に徹する人の声を聞いて、想像以上の苦労を実感した。
きょうから9月5日まで「防災週間」。1923年9月1日に発生した関東大震災、59年9月に襲来した伊勢湾台風などをきっかけに、60年に「防災の日」(9月1日)が制定。82年には、全国的に防災の行事を展開するための「防災週間」が決定された。日本は、地震や台風など災害の多い国。今月も、線状降水帯の発生で広い地域に大雨が降り、被害が出ている。災害から命を守る行動をとるように警戒レベル5の「緊急安全確保」が発令された地域もあった。
政府は、高い警戒レベルが発令された地域では、周囲に声を掛け合い、安全・確実な避難を呼び掛けている。また、ハザードマップで地域の災害リスクを知り、避難場所はどこか、安全な避難経路はどこかなどを確認するように訴えている(首相官邸ホームページ)。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、避難所の開設にも、いかに感染防止の工夫ができるかなど新たな課題も生まれている。地域の最新の対応に関して、正確な情報を得ることも大切だ。
本年3月、東日本大震災から10年を迎えた。復興庁が7月に発表した避難者数は今なお約4万人に及ぶ。3月21日、災害の教訓を生かすために創価学会青年部の主催で「青年福光サミット」がオンラインで開催された。災害発生直後、学会の会館を一時的な避難所として開放したことや「かたし隊」として被災地域の片付けを行ったことなどを報告。会合に出席した開沼博氏(現・東京大学大学院准教授)は「大規模災害時は、政府や行政が地域の細かい問題まで対処することは難しい。ですから、行政と個人の間に入る"繋がり"のような存在が重要です。こぼれ落ちてしまう人々を支える役割を学会が担ったことは、非常に価値があると思います」と講評を寄せた。
「立正安国論」には、「汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を嘘らん者か」(御書31ページ)と仰せである。地域の安穏と繁栄を祈りつつ、「防災週間」を契機に防災を"わが事"と捉えて、自他共の安全への意識を高めたい。
☆ストーリーズ 師弟が紡ぐ広布史 第11回 「一瞬」に「永遠」を込めて 記念撮影編�
◇勝ち鬨をあげよ!
本州付近に停滞した梅雨前線の活発な活動が、10日以上も続いた。
1972年(昭和47年)7月に降り続けた雨は、全国各地で甚大な被害を及ぼした。この「昭和47年7月豪雨」によって、島根県では宍道湖の水があふれた。約1万2000棟の住宅が床上浸水し、被災者は13万人を超えた。
7月11日、秋田にいた池田大作先生は、松江会館(当時)に電報を打った。「集中豪雨の報に接し、心配しております。同志の皆さんのご無事を祈るとともに、被災者に対しては、心からの激励をお願いいたします」
その後、豪雨災害で大きな被害を受けた地域の同志を励ますため、記念撮影会を行うことが発表された。島根では9月に開催されることが決まった。
前日までの雨はやみ、島根の友の喜びを表すかのような青空が広がった。72年9月17日、松江市立体育館に約4200人が集った。
会場に到着すると、先生は「晴れわたる 同志の瞳の 功徳かな」などの句を詠み、代表に贈った。そして、場内に入ると、「皆さん、まめでございますか」と呼び掛けた。
「まめ」は出雲地方の言葉ともいわれ、「元気」を意味する。先生のユーモアたっぷりの挨拶に、参加者の笑顔が広がる。
撮影の折、先生は青年に「粘り強く、20年、30年、50年先を目指して戦っていく人が、本物です」と強調。婦人には「お母さんはいつも明るくて、健康でいてください。母は一家の太陽です」と語った。
駐車場で整理・誘導役員に就いていた壮年。ワイシャツの袖をまくり、励ましを送り続ける先生の姿に、"師と同じ心で、友を励まそう"と決めた。その誓いの通り、島根の創価班初代委員長を務めた時も、同志の激励に駆けた。
高校卒業後から、総合建設業の会社で住宅設計の仕事に従事した。2001年(平成13年)、"力を貸してほしい"と請われ、54歳で別の会社に移った。74歳の今も、リフォーム部の部長として活躍する。
7年前、前立腺がんが見つかった。手術は6時間半に及んだが、無事に成功。大病を患ったからこそ、"日々を悔いなく"と仕事と活動に全力を注ぐ。
その姿には、「やらこいや!(さあ、やろう!)」との島根伝統の気風が脈打っている。
撮影会の終了後、先生は車中で詠んだ。「いつまでも いつまでも交う 目と目かな」
池田先生と島根の友の視線の交わり——。それは、師弟の語らいであった。友の胸中にともった誓いの炎は、今も赤く燃え続けている。
1981年(昭和56年)12月12日、池田先生は大分・竹田市の岡城址を訪問。本丸跡に集まった友と記念のカメラに納まった。
「西の大分」「東の秋田」といわれるほど、77年(同52年)ごろから、大分では宗門僧が悪辣な学会攻撃に狂奔した。その嵐の渦中、友は対話に駆け、80年(同55年)から2年連続で九州一の弘教を成し遂げた。
師と同じ心で立ち上がる真正の勇者がいれば、広布を阻む障魔は必ず勝ち越えることができることを、大分の友は証明したのである。
撮影が終了し、皆で「荒城の月」を合唱。池田先生は、大分の友をたたえるように、両手を「V」の字に高く掲げた。
「万歳! 万歳! 万歳!」
師と友の唱和は、師弟の「勝ち鬨」にほかならなかった。
ある婦人は「池田先生と一緒に万歳をし、長編詩『青年よ 21世紀の広布の山を登れ』が発表された大分県青年部幹部会に参加したことが原点です」と。
看護師として働く中、誰もが人生の最後を穏やかに迎えることの大切さを心から感じた。その時間を少しでも提供したいと、2012年(平成24年)に老人ホームを開設した。
81年の師との出会いで、"大分の地で戦い抜く"と誓った。以来、40星霜。婦人は学会同志に尽くし、入居者に尽くす、貢献の人生を歩む。
竹田を出発した先生は、熊本・阿蘇町(現・阿蘇市)にある白菊講堂(当時)へ。自由勤行会に出席した後、地元の代表メンバーと記念撮影を行った。
翌13日、南九州婦人会館(現・熊本会館)を視察し、熊本文化会館に戻ると、会館を訪れた友と相次ぎ記念撮影を。また、熊本文化会館の落成5周年記念の県幹部会に出席した。14日には、福岡の久留米・八女などで、渾身の激励を重ねた。
15日午後、熊本文化会館で、八代・人吉・水俣などの城南地域の友と、天草の友との自由勤行会が開催された。終了後、参加者が会館近くの壱町畑公園へ。先生の提案で、記念撮影が行われることになった。
「田原坂」の力強い歌声が響いた。凱歌の合唱が終わると、皆、両手を大きく振り上げた。
「万歳! 万歳! 万歳!」
大分に続き、熊本にも師弟の「勝ち鬨」が轟いた。
熊本広布史に永遠に刻まれる場面にいた婦人。潰瘍性大腸炎や骨粗鬆症など、数々の病を患った。しかし、「小さな坂で、へこたれては、絶対になりません」との勤行会での師の指導を励みに、宿命の坂を一つ一つ乗り越えてきた。
信心で乗り越えられない坂などない——その確信を、婦人は縁する人に語り続けている。
81年12月22日、池田先生と神奈川・小田原、静岡・御殿場の友との記念撮影が開催された。
撮影会では、皆で「ふじの山」を合唱し、勝利の万歳を。この日、先生は詠んだ。
「白雪の 鎧まばゆき 富士の山 仰ぎてわれらも かくぞありけり」「限りなく また限りなく 広宣に 天下の嶮も いざや恐るな」
翌82年(同57年)1月10日、先生は秋田へ。秋田文化会館(当時)に着くと、"玄関前の広場に命名を"との要請があった。先生は「晴天広場」と提案した。
「昭和47年7月豪雨」の際、秋田では先生との記念撮影が中止に。秋田の友にとって、「晴天」は豪雨の試練を勝ち越えた象徴であり、宗門僧の謀略を打ち破った歓喜の象徴でもあった。
13日の午前、2回にわたって「自由勤行会」が開催された。勤行会の後、会場に隣接する広場で記念撮影が行われた。降りしきる雪の中、参加者が「人間革命の歌」を合唱。皆で右腕を突き上げ、「勝ち鬨」が轟いた。
午後、3回目の「自由勤行会」が開かれ、記念撮影も行われた。先生は午前の友に「吹雪グループ」、午後の友に「嵐舞グループ」との名を贈った。
吹雪の中を2時間、車を走らせて駆け付けた壮年がいた。翌14日の県青年部総会にも参加。「自分が思うと思わざるとにかかわらず、諸君は池田門下生である」との師の期待に、"必ず信心の実証を"と誓った。
92年(平成4年)、念願だった歯科技工所を開所。多忙な中、学会活動も一歩も引かなかった。現在も地区部長として、秋田広布の最前線で奮闘を重ねる。25年間、配達員も務めた。
2人の子どもは創価大学を卒業。長男は区男子部長、次男は男子地区リーダーとして、後継の道を進んでいる。
反転攻勢の激励行の中、82年2月11日には、茨城で記念撮影が行われた。大分、熊本、神奈川・静岡、秋田に続いて、本紙で大きく掲載された。
池田先生との記念撮影——。その一葉一葉には、師と共に戦う友の歓喜が、学会と共に歩む友の誓いが、同志と共に前進する友の誇りが、刻まれている。
「一身一念法界に遍し」
題目の力は無限大なり。
誓願の祈りは無敵なり。
諸天を揺り動かして
勇気と希望の拡大を!
2021年8月30日
日女御前御返事 P1244
『日蓮が弟子檀那等正直捨方便不受余経一偈と無二に信ずる故によつて此の御本尊の宝塔の中へ入るべきなりたのもしたのもし』
【通解】
日蓮が弟子檀那等は「正直に方便を捨てて」の文や「余経の一偈をも受持してはならない」の文の通り、法華経のみを唯一無二に信ずることによって、この御本尊の宝塔の中へ入ることができるのである。まことに頼もしいことである。
名字の言 「変毒為薬」の人生を勝ち開いた創価の友 2021年8月30日
数式で「10×10」は100である。マイナス10にマイナス10を掛けても100となる。数学的には同じ数値だが、負の数同士を掛けて導き出された「100」の方が、心情的には"味わい深い"と感じてしまう▼それは「変毒為薬」の人生を勝ち開いた創価の友に学んできたからに違いない。マイナスとも思える試練から逃げず、本来であれば、しなくてよかったかもしれない苦労を積み重ねた結果、以前にも増す幸福の境涯を築いた多くの友がいる▼ある壮年部員は、サッカーざんまいの青春を送った。大学も強豪校に進み、夢の舞台を広げていった。だが、度重なるけがに泣いた。仲間の活躍を尻目に基礎練習の日々。"いっそ、別の道を"と心が揺れた▼それでも「これまでの歩みを帳消しにして、ゼロにしてしまえば、何を掛けてもゼロのままだ」と踏みとどまった。後に彼は自身の経験も生かし、スポーツに関する学術の道に進んだ。努力を重ね、データ分析だけでなく、個々人の感情や精神状態などの視点も取り入れた運動学の研究分野で才能を開花。現在、大学教授として活躍している▼成功ばかりで、終始、順風満帆とはいかない。波瀾万丈を乗り越えた人生行路にこそ、歓喜の凱歌は響き渡る。
寸鉄 2021年8月30日
私は進むぞ。君も進め—恩師。さあ共に決意固く。下半期の勝利へダッシュ
人間革命の実践こそ社会を調和と安定に導く光—博士。皆が変革の主役と
男子部が各地で大学校生大会。君の双肩に広布の未来あり。対話に先駆!
優しさが人の心を暖かくする—詩人。友の悩みに同苦し、真心の励ましを
熱中症による死亡は夜間に多し。就寝前にも水分補給を。エアコンも活用
〈社説〉 2021・8・30 きょうから「防災週間」
◇地域の安全祈り意識を高めよう
先日、消防署に勤務する男子部員と懇談する機会があった。立て続く大雨や熱中症の搬送など、相次ぐ災害や救急対応に追われる日々が続いたという。報道で被災状況を知ることはできるが、現場で任務に徹する人の声を聞いて、想像以上の苦労を実感した。
きょうから9月5日まで「防災週間」。1923年9月1日に発生した関東大震災、59年9月に襲来した伊勢湾台風などをきっかけに、60年に「防災の日」(9月1日)が制定。82年には、全国的に防災の行事を展開するための「防災週間」が決定された。日本は、地震や台風など災害の多い国。今月も、線状降水帯の発生で広い地域に大雨が降り、被害が出ている。災害から命を守る行動をとるように警戒レベル5の「緊急安全確保」が発令された地域もあった。
政府は、高い警戒レベルが発令された地域では、周囲に声を掛け合い、安全・確実な避難を呼び掛けている。また、ハザードマップで地域の災害リスクを知り、避難場所はどこか、安全な避難経路はどこかなどを確認するように訴えている(首相官邸ホームページ)。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、避難所の開設にも、いかに感染防止の工夫ができるかなど新たな課題も生まれている。地域の最新の対応に関して、正確な情報を得ることも大切だ。
本年3月、東日本大震災から10年を迎えた。復興庁が7月に発表した避難者数は今なお約4万人に及ぶ。3月21日、災害の教訓を生かすために創価学会青年部の主催で「青年福光サミット」がオンラインで開催された。災害発生直後、学会の会館を一時的な避難所として開放したことや「かたし隊」として被災地域の片付けを行ったことなどを報告。会合に出席した開沼博氏(現・東京大学大学院准教授)は「大規模災害時は、政府や行政が地域の細かい問題まで対処することは難しい。ですから、行政と個人の間に入る"繋がり"のような存在が重要です。こぼれ落ちてしまう人々を支える役割を学会が担ったことは、非常に価値があると思います」と講評を寄せた。
「立正安国論」には、「汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を嘘らん者か」(御書31ページ)と仰せである。地域の安穏と繁栄を祈りつつ、「防災週間」を契機に防災を"わが事"と捉えて、自他共の安全への意識を高めたい。
☆ストーリーズ 師弟が紡ぐ広布史 第11回 「一瞬」に「永遠」を込めて 記念撮影編�
◇勝ち鬨をあげよ!
本州付近に停滞した梅雨前線の活発な活動が、10日以上も続いた。
1972年(昭和47年)7月に降り続けた雨は、全国各地で甚大な被害を及ぼした。この「昭和47年7月豪雨」によって、島根県では宍道湖の水があふれた。約1万2000棟の住宅が床上浸水し、被災者は13万人を超えた。
7月11日、秋田にいた池田大作先生は、松江会館(当時)に電報を打った。「集中豪雨の報に接し、心配しております。同志の皆さんのご無事を祈るとともに、被災者に対しては、心からの激励をお願いいたします」
その後、豪雨災害で大きな被害を受けた地域の同志を励ますため、記念撮影会を行うことが発表された。島根では9月に開催されることが決まった。
前日までの雨はやみ、島根の友の喜びを表すかのような青空が広がった。72年9月17日、松江市立体育館に約4200人が集った。
会場に到着すると、先生は「晴れわたる 同志の瞳の 功徳かな」などの句を詠み、代表に贈った。そして、場内に入ると、「皆さん、まめでございますか」と呼び掛けた。
「まめ」は出雲地方の言葉ともいわれ、「元気」を意味する。先生のユーモアたっぷりの挨拶に、参加者の笑顔が広がる。
撮影の折、先生は青年に「粘り強く、20年、30年、50年先を目指して戦っていく人が、本物です」と強調。婦人には「お母さんはいつも明るくて、健康でいてください。母は一家の太陽です」と語った。
駐車場で整理・誘導役員に就いていた壮年。ワイシャツの袖をまくり、励ましを送り続ける先生の姿に、"師と同じ心で、友を励まそう"と決めた。その誓いの通り、島根の創価班初代委員長を務めた時も、同志の激励に駆けた。
高校卒業後から、総合建設業の会社で住宅設計の仕事に従事した。2001年(平成13年)、"力を貸してほしい"と請われ、54歳で別の会社に移った。74歳の今も、リフォーム部の部長として活躍する。
7年前、前立腺がんが見つかった。手術は6時間半に及んだが、無事に成功。大病を患ったからこそ、"日々を悔いなく"と仕事と活動に全力を注ぐ。
その姿には、「やらこいや!(さあ、やろう!)」との島根伝統の気風が脈打っている。
撮影会の終了後、先生は車中で詠んだ。「いつまでも いつまでも交う 目と目かな」
池田先生と島根の友の視線の交わり——。それは、師弟の語らいであった。友の胸中にともった誓いの炎は、今も赤く燃え続けている。
1981年(昭和56年)12月12日、池田先生は大分・竹田市の岡城址を訪問。本丸跡に集まった友と記念のカメラに納まった。
「西の大分」「東の秋田」といわれるほど、77年(同52年)ごろから、大分では宗門僧が悪辣な学会攻撃に狂奔した。その嵐の渦中、友は対話に駆け、80年(同55年)から2年連続で九州一の弘教を成し遂げた。
師と同じ心で立ち上がる真正の勇者がいれば、広布を阻む障魔は必ず勝ち越えることができることを、大分の友は証明したのである。
撮影が終了し、皆で「荒城の月」を合唱。池田先生は、大分の友をたたえるように、両手を「V」の字に高く掲げた。
「万歳! 万歳! 万歳!」
師と友の唱和は、師弟の「勝ち鬨」にほかならなかった。
ある婦人は「池田先生と一緒に万歳をし、長編詩『青年よ 21世紀の広布の山を登れ』が発表された大分県青年部幹部会に参加したことが原点です」と。
看護師として働く中、誰もが人生の最後を穏やかに迎えることの大切さを心から感じた。その時間を少しでも提供したいと、2012年(平成24年)に老人ホームを開設した。
81年の師との出会いで、"大分の地で戦い抜く"と誓った。以来、40星霜。婦人は学会同志に尽くし、入居者に尽くす、貢献の人生を歩む。
竹田を出発した先生は、熊本・阿蘇町(現・阿蘇市)にある白菊講堂(当時)へ。自由勤行会に出席した後、地元の代表メンバーと記念撮影を行った。
翌13日、南九州婦人会館(現・熊本会館)を視察し、熊本文化会館に戻ると、会館を訪れた友と相次ぎ記念撮影を。また、熊本文化会館の落成5周年記念の県幹部会に出席した。14日には、福岡の久留米・八女などで、渾身の激励を重ねた。
15日午後、熊本文化会館で、八代・人吉・水俣などの城南地域の友と、天草の友との自由勤行会が開催された。終了後、参加者が会館近くの壱町畑公園へ。先生の提案で、記念撮影が行われることになった。
「田原坂」の力強い歌声が響いた。凱歌の合唱が終わると、皆、両手を大きく振り上げた。
「万歳! 万歳! 万歳!」
大分に続き、熊本にも師弟の「勝ち鬨」が轟いた。
熊本広布史に永遠に刻まれる場面にいた婦人。潰瘍性大腸炎や骨粗鬆症など、数々の病を患った。しかし、「小さな坂で、へこたれては、絶対になりません」との勤行会での師の指導を励みに、宿命の坂を一つ一つ乗り越えてきた。
信心で乗り越えられない坂などない——その確信を、婦人は縁する人に語り続けている。
81年12月22日、池田先生と神奈川・小田原、静岡・御殿場の友との記念撮影が開催された。
撮影会では、皆で「ふじの山」を合唱し、勝利の万歳を。この日、先生は詠んだ。
「白雪の 鎧まばゆき 富士の山 仰ぎてわれらも かくぞありけり」「限りなく また限りなく 広宣に 天下の嶮も いざや恐るな」
翌82年(同57年)1月10日、先生は秋田へ。秋田文化会館(当時)に着くと、"玄関前の広場に命名を"との要請があった。先生は「晴天広場」と提案した。
「昭和47年7月豪雨」の際、秋田では先生との記念撮影が中止に。秋田の友にとって、「晴天」は豪雨の試練を勝ち越えた象徴であり、宗門僧の謀略を打ち破った歓喜の象徴でもあった。
13日の午前、2回にわたって「自由勤行会」が開催された。勤行会の後、会場に隣接する広場で記念撮影が行われた。降りしきる雪の中、参加者が「人間革命の歌」を合唱。皆で右腕を突き上げ、「勝ち鬨」が轟いた。
午後、3回目の「自由勤行会」が開かれ、記念撮影も行われた。先生は午前の友に「吹雪グループ」、午後の友に「嵐舞グループ」との名を贈った。
吹雪の中を2時間、車を走らせて駆け付けた壮年がいた。翌14日の県青年部総会にも参加。「自分が思うと思わざるとにかかわらず、諸君は池田門下生である」との師の期待に、"必ず信心の実証を"と誓った。
92年(平成4年)、念願だった歯科技工所を開所。多忙な中、学会活動も一歩も引かなかった。現在も地区部長として、秋田広布の最前線で奮闘を重ねる。25年間、配達員も務めた。
2人の子どもは創価大学を卒業。長男は区男子部長、次男は男子地区リーダーとして、後継の道を進んでいる。
反転攻勢の激励行の中、82年2月11日には、茨城で記念撮影が行われた。大分、熊本、神奈川・静岡、秋田に続いて、本紙で大きく掲載された。
池田先生との記念撮影——。その一葉一葉には、師と共に戦う友の歓喜が、学会と共に歩む友の誓いが、同志と共に前進する友の誇りが、刻まれている。
2021年8月29日日曜日
2021.08.29 わが友に贈る
誠実な心と明るい笑顔!
思いやりにあふれた
信念の振る舞いは
どんな雄弁にも勝る。
大情熱を燃やし進もう!
四条金吾殿女房御返事 P1135
『但し信心のよはきものをば法華経を持つ女人なれどもすつるとみえて候』
【通解】
ただし信心の弱い者は、法華経を受持する女性といえども、諸仏・諸天は捨てると書かれている。
名字の言 きょうの誕生花「サルスベリ」を見つめて 2021年8月29日
俳人・高浜虚子の随筆に「百日紅」がある。サルスベリの花の漢名だ。師と仰いだ正岡子規のもとで俳句を作り始めた時に、「はじめて百日紅という樹を見た」と述懐している▼その花を自宅の庭に植え、つぶさに観察し続けて気付いたことがあるという。夏の炎天に真っ赤な花を結ぶイメージが強いが、それはまだ"花の盛り"ではない。名に「百日」と冠するように花期が長く、「夏の末から秋にかけて咲くのであって、むしろ秋の部分が多い」と認識した(『定本 高浜虚子全集第9巻』毎日新聞社、現代表記に改めた)▼東京・信濃町駅前の外苑東通り沿いに並ぶサルスベリも、鮮やかさを増してきた。見上げるほどの背丈の木々に群生した葉の緑と花の紅のコントラストが美しい。かつて池田先生はうたった。「深緑に百日紅の花輝けり」▼サルスベリは8月29日の誕生花でもあるという。花言葉には「雄弁」「活動」「あなたを信じる」など、前向きなものが少なくない▼きょうは「座談会の週」の最終日。語らいの花を明るく咲かせる地域も多いだろう。「青天に咲きひろげゝり百日紅」(子規)。夏から秋へ、そして学会創立の「11・18」へ——わが心の空にも、紅に燃える情熱の花を大きく開花させていこう。
寸鉄 2021年8月29日
御書「二人一同の儀は車の二つのわの如し」。団結こそ躍進の要。連携強く
国際部の日。語学の翼で国籍超えて励まし拡大。世界市民の模範はここに
学生部が教学実力試験。生命尊厳の哲理刻む俊英頼もし。最後まで全力で
マスクなしの場面で感染目立つ—医師。今は油断なく。着用等の基本徹底
国連「核実験に反対する国際デー」。時代変える力は民衆の声!足元で結集
☆誓いをつなぐ 第7回 東京・城北地域
◇「感激の同志」と凱歌の秋へ
創価三代の師弟が世界広布の指揮を執ってきた本陣・東京。池田先生は、その使命と誇りを、折に触れて示してきた。
「万年の創価の勝利を決せんは 本陣・東京の責務なり」
「師弟凱歌の旭日を元初の朝に示さんは 本陣・東京の使命なり」
「東京は、永遠に『広宣流布の本陣』である。本陣として、『立正安国』の大闘争を勝ち抜かねばならない使命と宿命がある。責任があり、名誉がある」
日本と世界の広布の指揮を執りながら、先生は寸暇を惜しんで、本陣の各地をくまなく巡り、「師弟の絆」を結んできた。
東京のあの地この地に、先生との原点を宝として、ひたぶるに立正安国に走る同志がいる。文京、荒川と共に「城北」と呼ばれる北、足立、豊島、板橋もまた同様である。
大東京の北の砦「城北池田記念講堂」の建設が進む北総区。「すばらしき 北区は喜多区と うたわなむ 大東京を 四方に見つめて」との和歌を同志は忘れない。1968年(昭和43年)10月の東十条での座談会、「北区の日」の淵源となった75年(同50年)9月の記念撮影をはじめ、激戦のたびに、先生は励ましを注いできた。
足立総区の原点は、「足立の日」の淵源となった71年(同46年)12月の記念撮影。81年(同56年)10月、先生出席のもと開かれた友好総会での反転攻勢の歴史は、「王者・足立」の広布史に厳然と刻まれる。
創価三代の会長が立正安国の闘争を貫いた有縁の豊島総区。本部幹部会をはじめ重要な会合の舞台となる東京戸田記念講堂に、先生は幾度も足を運んだ。「決めた戦いは 断じて勝つ! これぞ 豊島の伝統なり!」——先生が贈った長編詩を胸に、今再びの凱歌をと、友の決意は固い。
50年前の71年(同46年)10月、板橋は東京各区で行われる池田先生との記念撮影のトップバッターに。後年、先生が贈った"大東京と大関東の錦州城たれ"との指針は、板橋総区の前進の原動力となってきた。
◇師弟の魂を胸に
北総区の橋元和子さん(総区女性部総主事)には、池田先生との忘れられない出会いがある。
79年(同54年)6月2日。東京戸田記念講堂の落成を翌日に控え、北区の婦人部長だった橋元さんは北、豊島の同志と準備に当たっていた。先生の会長辞任から1カ月余り。第1次宗門事件の嵐が吹き荒れていた。
「戸田先生の魂を打ち込むために来たよ!」——温かくも力強い先生の声が聞こえた。講堂を初訪問した先生は、開館式のために練習をしていた合唱団とオーケストラの友がいる会場へ足を運び、ピアノで「月の沙漠」と"大楠公"を奏でてくれた。
「あの時の光景、一音一音に師弟の魂を注ぎ込むようなピアノ演奏を思い出すたびに胸が熱くなります」
それは、難病のベーチェット病と闘い、2人の子育てに奮闘しながらも、同志を励まし続けていた橋元さんに、勇気の光を届けた太陽の励ましそのものだった。
橋元さんは、同講堂を訪れた先生との懇談に、たびたび同席する機会があった。ある時の「生きるか死ぬか、その時に、"このために生きよう"と思えるのが『希望』だよ」との厳愛の指導が、橋元さんの人生の支えとなった。
「生涯、先生と共に、学会と共に生きようと誓いました。師の心を伝えようと広布に走る中で、病気を克服できたことは、私の信心の原点です」
夫や子ども、孫も広布と地域の第一線で活躍。明春に完成予定の城北池田記念講堂を「喜多区」の幸福拡大で飾ろうと、同志と共に奔走している。
◇王者の誇りで
"学会3世"の田中広治さん(区男子部長)は生まれも育ちも足立。両親共に同区で青年部時代を過ごし、池田先生との原点を刻んできた。
「幼い頃から、折に触れて先生との出会いの感動を聞かせてくれました。幼心に『王者・足立』に誇りを感じてきました」
田中さん自身が信心の原点を築いたのは大学3年の時。学生部の先輩の「信心の確信をつかむには、学会活動しかない」との励ましをきっかけに折伏に挑戦。
1人、2人と対話するが、なかなか相手は心を開いてくれない。「自分にとって池田先生とは」「学会の素晴らしさとは」——御本尊に向かい自問自答し、友の幸せを真剣に祈る中で、幼なじみに弘教が実った。
その翌年、学生部の代表として、ペルー国立ホルヘ・バサドレ・グロマン大学からの池田先生への名誉博士号授与式に出席した。
席上、先生は呼び掛けた。「戦う人生は美しい。希望に燃え、勇気を燃やして、この一生を戦おう!」
その言葉が、今も胸に響いているという田中さん。以来、広布の第一線で拡大に走り、職場では人材紹介会社で営業企画を担当。学会の薫陶で培った力を発揮し、信頼を広げている。
「『王者』の名にふさわしい人材の拡大と勝利の歴史を、青年の熱と力で開いてまいります!」
◇不敗の大広布城
8月は東京の歌「ああ感激の同志あり」が発表された月。78年(同53年)の発表から43年となる。
先生が歌詞に込めた東京への期待は、小説『新・人間革命』第28巻「大道」の章につづられている。
「『感激』は、受け身になり、義務的に信心に取り組んでいたのでは生まれません。率先して行動を起こし、真剣勝負でぶつかっていく、その実践のなかにある」
「皆が"東京は一つである"との自覚で、何かあれば、飛んで行って守り、協力、応援し合っていくことが重要です」「東京は、本来、力を出せば無敵です。だから、『汝の勝利は 確かなり』なんです」
「"大東京"の前進は、わが町、わが地域という"小東京"の勝利のうえにある。私と一緒に、不敗の東京をつくろう! 世界の同志が仰ぎ見る、永遠不滅の、栄光の大広布城を築こうよ!」
学会創立100周年への勝負の10年。その緒戦を勝ち飾った総東京は、連続勝利の「凱歌の秋」へ威風堂々と出発した。その先頭に立つのは、北、足立、豊島、板橋の「感激の同志」たちである。
思いやりにあふれた
信念の振る舞いは
どんな雄弁にも勝る。
大情熱を燃やし進もう!
四条金吾殿女房御返事 P1135
『但し信心のよはきものをば法華経を持つ女人なれどもすつるとみえて候』
【通解】
ただし信心の弱い者は、法華経を受持する女性といえども、諸仏・諸天は捨てると書かれている。
名字の言 きょうの誕生花「サルスベリ」を見つめて 2021年8月29日
俳人・高浜虚子の随筆に「百日紅」がある。サルスベリの花の漢名だ。師と仰いだ正岡子規のもとで俳句を作り始めた時に、「はじめて百日紅という樹を見た」と述懐している▼その花を自宅の庭に植え、つぶさに観察し続けて気付いたことがあるという。夏の炎天に真っ赤な花を結ぶイメージが強いが、それはまだ"花の盛り"ではない。名に「百日」と冠するように花期が長く、「夏の末から秋にかけて咲くのであって、むしろ秋の部分が多い」と認識した(『定本 高浜虚子全集第9巻』毎日新聞社、現代表記に改めた)▼東京・信濃町駅前の外苑東通り沿いに並ぶサルスベリも、鮮やかさを増してきた。見上げるほどの背丈の木々に群生した葉の緑と花の紅のコントラストが美しい。かつて池田先生はうたった。「深緑に百日紅の花輝けり」▼サルスベリは8月29日の誕生花でもあるという。花言葉には「雄弁」「活動」「あなたを信じる」など、前向きなものが少なくない▼きょうは「座談会の週」の最終日。語らいの花を明るく咲かせる地域も多いだろう。「青天に咲きひろげゝり百日紅」(子規)。夏から秋へ、そして学会創立の「11・18」へ——わが心の空にも、紅に燃える情熱の花を大きく開花させていこう。
寸鉄 2021年8月29日
御書「二人一同の儀は車の二つのわの如し」。団結こそ躍進の要。連携強く
国際部の日。語学の翼で国籍超えて励まし拡大。世界市民の模範はここに
学生部が教学実力試験。生命尊厳の哲理刻む俊英頼もし。最後まで全力で
マスクなしの場面で感染目立つ—医師。今は油断なく。着用等の基本徹底
国連「核実験に反対する国際デー」。時代変える力は民衆の声!足元で結集
☆誓いをつなぐ 第7回 東京・城北地域
◇「感激の同志」と凱歌の秋へ
創価三代の師弟が世界広布の指揮を執ってきた本陣・東京。池田先生は、その使命と誇りを、折に触れて示してきた。
「万年の創価の勝利を決せんは 本陣・東京の責務なり」
「師弟凱歌の旭日を元初の朝に示さんは 本陣・東京の使命なり」
「東京は、永遠に『広宣流布の本陣』である。本陣として、『立正安国』の大闘争を勝ち抜かねばならない使命と宿命がある。責任があり、名誉がある」
日本と世界の広布の指揮を執りながら、先生は寸暇を惜しんで、本陣の各地をくまなく巡り、「師弟の絆」を結んできた。
東京のあの地この地に、先生との原点を宝として、ひたぶるに立正安国に走る同志がいる。文京、荒川と共に「城北」と呼ばれる北、足立、豊島、板橋もまた同様である。
大東京の北の砦「城北池田記念講堂」の建設が進む北総区。「すばらしき 北区は喜多区と うたわなむ 大東京を 四方に見つめて」との和歌を同志は忘れない。1968年(昭和43年)10月の東十条での座談会、「北区の日」の淵源となった75年(同50年)9月の記念撮影をはじめ、激戦のたびに、先生は励ましを注いできた。
足立総区の原点は、「足立の日」の淵源となった71年(同46年)12月の記念撮影。81年(同56年)10月、先生出席のもと開かれた友好総会での反転攻勢の歴史は、「王者・足立」の広布史に厳然と刻まれる。
創価三代の会長が立正安国の闘争を貫いた有縁の豊島総区。本部幹部会をはじめ重要な会合の舞台となる東京戸田記念講堂に、先生は幾度も足を運んだ。「決めた戦いは 断じて勝つ! これぞ 豊島の伝統なり!」——先生が贈った長編詩を胸に、今再びの凱歌をと、友の決意は固い。
50年前の71年(同46年)10月、板橋は東京各区で行われる池田先生との記念撮影のトップバッターに。後年、先生が贈った"大東京と大関東の錦州城たれ"との指針は、板橋総区の前進の原動力となってきた。
◇師弟の魂を胸に
北総区の橋元和子さん(総区女性部総主事)には、池田先生との忘れられない出会いがある。
79年(同54年)6月2日。東京戸田記念講堂の落成を翌日に控え、北区の婦人部長だった橋元さんは北、豊島の同志と準備に当たっていた。先生の会長辞任から1カ月余り。第1次宗門事件の嵐が吹き荒れていた。
「戸田先生の魂を打ち込むために来たよ!」——温かくも力強い先生の声が聞こえた。講堂を初訪問した先生は、開館式のために練習をしていた合唱団とオーケストラの友がいる会場へ足を運び、ピアノで「月の沙漠」と"大楠公"を奏でてくれた。
「あの時の光景、一音一音に師弟の魂を注ぎ込むようなピアノ演奏を思い出すたびに胸が熱くなります」
それは、難病のベーチェット病と闘い、2人の子育てに奮闘しながらも、同志を励まし続けていた橋元さんに、勇気の光を届けた太陽の励ましそのものだった。
橋元さんは、同講堂を訪れた先生との懇談に、たびたび同席する機会があった。ある時の「生きるか死ぬか、その時に、"このために生きよう"と思えるのが『希望』だよ」との厳愛の指導が、橋元さんの人生の支えとなった。
「生涯、先生と共に、学会と共に生きようと誓いました。師の心を伝えようと広布に走る中で、病気を克服できたことは、私の信心の原点です」
夫や子ども、孫も広布と地域の第一線で活躍。明春に完成予定の城北池田記念講堂を「喜多区」の幸福拡大で飾ろうと、同志と共に奔走している。
◇王者の誇りで
"学会3世"の田中広治さん(区男子部長)は生まれも育ちも足立。両親共に同区で青年部時代を過ごし、池田先生との原点を刻んできた。
「幼い頃から、折に触れて先生との出会いの感動を聞かせてくれました。幼心に『王者・足立』に誇りを感じてきました」
田中さん自身が信心の原点を築いたのは大学3年の時。学生部の先輩の「信心の確信をつかむには、学会活動しかない」との励ましをきっかけに折伏に挑戦。
1人、2人と対話するが、なかなか相手は心を開いてくれない。「自分にとって池田先生とは」「学会の素晴らしさとは」——御本尊に向かい自問自答し、友の幸せを真剣に祈る中で、幼なじみに弘教が実った。
その翌年、学生部の代表として、ペルー国立ホルヘ・バサドレ・グロマン大学からの池田先生への名誉博士号授与式に出席した。
席上、先生は呼び掛けた。「戦う人生は美しい。希望に燃え、勇気を燃やして、この一生を戦おう!」
その言葉が、今も胸に響いているという田中さん。以来、広布の第一線で拡大に走り、職場では人材紹介会社で営業企画を担当。学会の薫陶で培った力を発揮し、信頼を広げている。
「『王者』の名にふさわしい人材の拡大と勝利の歴史を、青年の熱と力で開いてまいります!」
◇不敗の大広布城
8月は東京の歌「ああ感激の同志あり」が発表された月。78年(同53年)の発表から43年となる。
先生が歌詞に込めた東京への期待は、小説『新・人間革命』第28巻「大道」の章につづられている。
「『感激』は、受け身になり、義務的に信心に取り組んでいたのでは生まれません。率先して行動を起こし、真剣勝負でぶつかっていく、その実践のなかにある」
「皆が"東京は一つである"との自覚で、何かあれば、飛んで行って守り、協力、応援し合っていくことが重要です」「東京は、本来、力を出せば無敵です。だから、『汝の勝利は 確かなり』なんです」
「"大東京"の前進は、わが町、わが地域という"小東京"の勝利のうえにある。私と一緒に、不敗の東京をつくろう! 世界の同志が仰ぎ見る、永遠不滅の、栄光の大広布城を築こうよ!」
学会創立100周年への勝負の10年。その緒戦を勝ち飾った総東京は、連続勝利の「凱歌の秋」へ威風堂々と出発した。その先頭に立つのは、北、足立、豊島、板橋の「感激の同志」たちである。
2021年8月28日土曜日
2021.08.28 わが友に贈る
引き続く残暑に警戒。
水分補給や冷房活用など
熱中症対策を怠らず。
困難を乗り切る活力も
賢明な体調管理から!
船守弥三郎許御書 P1445
『法華経を行ぜん者をば諸天善神等或はをとことなり或は女となり形をかへさまざまに供養してたすくべし』
【通解】
法華経を行ずる者を、諸天善神等は、あるいは男性となり、あるいは女性となり、形を変えて、さまざまに供養して助ける。
名字の言 東京五輪——柔道躍進の立役者・井上康生男子監督 2021年8月28日
過去最多となる58個のメダルを獲得した東京五輪の日本選手団。とりわけ活躍が光った競技が、男女共に金メダルを量産した柔道だろう▼躍進の立役者は、井上康生男子監督だ。9年前、男子が史上初めて金メダルゼロに終わったロンドン大会の後、"お家芸"の再建を託され、34歳の若さで監督に就任。旧来の精神論頼りではなく、データ分析に基づいた練習を取り入れるなど、柔軟な発想で「自立した選手の育成」を目指した▼"自分の時はこうだった"と現役時代の経験を押し付けず、一人一人に合った指導を心掛けたとも。勝てば選手の手柄、負ければ監督の責任——この"共に戦う姿勢"が自立心と信頼を育み、日本柔道の復活は成し遂げられた▼スポーツの世界に限らず、いかなる事業も現状や過去の成功に安住したままでは、時代の波に取り残される。中心者の意識変革はもとより、一人一人が主体者となって行動を起こしてこそ、新たな前進の渦が生まれよう▼「何事も受け身で、人に言われて動いていれば、つまらないし、勢いも出ない」「能動か、受動かによって、心の燃焼度、充実度は、全く異なる」と池田先生はつづる。変化を待つ傍観者ではなく、変化をつくる価値創造の人でありたい。
寸鉄 2021年8月28日
座談会は全員が主役だ。不思議な縁の同志と称え合い立正安国の誓い固く
葛飾・広布師弟原点の日。試練の今こそ本領発揮。鉄壁の団結で勝ち進め!
「人生のゴールは50代からだ。愉快に忍耐強く」恩師。誉れの使命の道を
災害時の冷静な対応、日頃の訓練が重要と。避難経路歩くなど体で覚えて
高血圧症、30年で倍増と。減塩等、食生活見直しを。健康は努力の積み重ねに
〈社説〉 2021・8・28 あす「国際部の日」
◇危機に輝く英知と哲学の連帯
国内で2回目の新型コロナワクチン接種を終えた人が、全体の4割を超えた。
先日、職域接種で2回目を済ませた在日外国人の友が、「自分は幸運だったが、職域接種がなく日本語が不得手な外国人は苦労している」と語っていた。
自治体によって対応は異なるが、基本的に接種券は日本語であり、医療機関や保健所との連絡も日本語。異国での感染拡大の中で不安を感じている人も多いはずだ。
そうした中、首都圏在住で英語を話す海外メンバーの集い「東京インタナショナル・グループ(TIG)」の友が、青年部の国際部員と連携し、ワクチン接種予約のサポートを始めた。
未曽有の危機にあって、創価の励ましのネットワークがここでも光っている。
国際部の友はあす29日、「部の日」53周年を迎える。
淵源は、1968年(昭和43年)8月29日、池田先生が通訳・翻訳に携わる友を激励したことにある。
3年後に国際部が結成され、現在、通訳翻訳部、国際ボランティア部、国際交流部、在日外国人部からなる国際本部へと発展。世界広布の使命を胸に、国内外で活躍する。
神奈川県のある男子部国際部の友は、世界の識者と対談を重ねる池田先生の姿に感銘を受け、国際分野での仕事を目指すように。
大手電機メーカーの国際部門で世界各国を飛び回る多忙な日々でも、男子部大学校の分区団長として大学校生の育成に心を尽くした。
信心根本に製品開発に挑んだ結果、発表した電気自動車を世界中のメディアが紹介。その後、国家資格である技術士試験に合格し、仕事と博士課程での研究の両立に挑戦する。
「先生の著作を学び学会活動に全力で取り組めば、自信と生命力がみなぎり、何をやりたいかが明確になります」と。
池田先生は小説『新・人間革命』第7巻「早春」の章に、学会員こそ「本当の意味での国際人」であり、「国際人として最も大事なポイントは、利己主義に陥ることなく、人びとを幸福にする哲学をもち、実践し、人間として尊敬されているかどうかである」とつづる。
グローバル化する社会にあって語学が大切なのは当然だが、差異を超え、他者に思いを寄せる人間力が最重要であろう。
その英知と哲学を兼ね備えた国際本部の友を先頭に、周囲に励ましを送る真の国際人の連帯をさらに広げ、危機の時代を乗り越えていきたい。
☆いのちの賛歌 心に刻む一節 世雄と光る 2021年8月17日
テーマ:世雄と光る
企画「いのちの賛歌 心に刻む一節」では、御聖訓を胸に、宿命に立ち向かってきた創価学会員の体験を紹介するとともに、池田先生の指導を掲載する。今回は「世雄と光る」をテーマに、岐阜県の壮年に話を聞いた。
◇御文
『御みやづかいを法華経とをぼしめせ、「一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」とは此れなり』(檀越某御返事、1295ページ)
◇通解
宮仕えを法華経の修行と思いなさい。「一切世間の治生産業は皆、実相と違背しない」と説かれているのは、このことである。
◇信心を自らのど真ん中に
4坪から県内有数企業へ
平光勝治さん(79)=岐阜大勝県主事=は、岐阜県内で、建築金物や精密板金の設計・製作・販売などを手掛ける会社を創業。水害や経済危機などの幾多の荒波を乗り越えて、県内有数の企業へと発展させた。
◇
「子どもの頃は、絵に描いたような貧乏暮らしでね」
平光さんが15歳の時に父親が他界。中学校卒業後、地元の金属加工会社で見習工として働き始めた。信心に巡り合ったのは、18歳の時だった。
「先に入会していた母親と、地域の男子部員の熱意に心を動かされたんだ」
20歳になると、長兄が営んでいた牛乳販売店の一隅を借りて、腕一本で独立した。胸にあったのは、「御みやづかいを法華経とをぼしめせ」(御書1295ページ)の一節。自らの職場こそが、仏法勝負の舞台——そこに職人魂を熱くした。
「俺の仕事で、この信心の偉大さを世に示してみせるぞって」
中途半端を嫌う職人かたぎ。仕事も学会活動も"やる"と決めたからには、とことん打ち込んだ。
わずか4坪の工場で、主に看板やステンレスの流し台を製作する下請けからのスタート。損得勘定は二の次で仕事に真剣に向き合い、多忙の合間を縫うように、広布の活動にも駆けた。
誠実な働きぶりは評判を呼び、注文が次々と舞い込んだ。
結婚と同時に自宅兼工場を新築し、従業員を雇用。その後も業績は堅調に伸展し、1973年(昭和48年)、現在の本社所在地に工場を新設した。
しかし、思いもよらない試練が平光さんを襲う。
76年(同51年)9月。台風17号の影響で岐阜県内でも豪雨が続き、長良川の堤防が決壊。濁流が街をのみ込んだのだ。
当時、平光さんは男子部のリーダーとして同志の救援活動に当たっていた。家人や従業員は避難していて無事だったものの、数日後、水に漬かりながら工場へ行くと、機械は全て水没していた。
「これでは工場は稼働できない。会社をどうするか。従業員たちの生活をどうするか……」。泥水の中で立ち尽くすしかなかった。
"いや、創価学会の看板を背負った俺が、こんなことで負けてはだめだ!"。拳を握り締めて顔を上げた。
水が引いた後、黙々と機械を洗浄して修理を重ね、数カ月後に工場を再開。遅れを挽回しようと、従業員たちと心一つに、できる仕事に力を注いだ。
そうした地道な姿に、人知れず、信頼は付いてきた。
それまで受けていた下請けの仕事から、徐々に元請けへ。新たな機械も導入でき、経営を水害前よりも安定した軌道に乗せることができた。
ところが水害から3年後、平光さんの会社を再び困難が襲う。
第2次オイルショックのあおりを受けて、受注が激減したのだ。社長の平光さんを先頭に、従業員総出で営業に駆けた。しかし、肩を落として帰社する日々が続く。
「"もうだめだ"という土俵際までいった」。会社の帳簿をにらみ、唇をかんだ。打開の知恵を絞ろうと仏壇の前に座り、しんしんと題目を唱えた。
ふと浮かぶ、従業員一人一人の顔。"ここで会社をつぶすわけにはいかない。もう一度、顧客へ誠意を尽くそう"。平光さんの心に、不屈の灯がともった。
後日、交渉を続けていた取引先の態度が軟化。「平光さんに全て任す」と言ってくれ、受注が増えたことで活路が開け、窮地を脱することができた。
諸天の加護を確信せずにはいられなかった。
平光さんの会社は、その後、バブル崩壊後の不況にも揺らぐことなく業績を伸ばし、現在、息子が受け継いでいる。
「仕事も人生も、変化の連続。だけど、心のど真ん中に信心を据えていれば、現実の変化に右往左往する必要はない。策や要領ではなく、迷わず信心で挑んでいけば、最後に必ず勝てる。それが、私がつかんだこの信仰の真髄です」
日蓮大聖人は、生活や社会の事象は「皆実相と相違背せず」(御書1295ページ)、すなわち、全て仏法そのものであることを教えられている。
「仕事も学会活動も、誰にも負けないぞと胸を張るくらい、常に情熱を込めてきた」と平光さんは頬を紅潮させる。
「御書にある通り、仕事や生活と信心とは、本来、切っても切り離せないもの。どちらかを頑張ればいいというものではないんです。むしろ、仕事や生活を"仏道修行"と捉えて、困難に粘り強く挑んでいく原動力が信心です。そして、苦労して道を開いてきた努力は全て、自身の境涯を開く糧にもなる。だから、仏法に無駄は何一つないんです」
ぶれない強さ。平光さんの、透徹した信心根本の生きざまに、その感を抱いた。
池田先生は語っている。
「長い人生である。その間には、自分の思ったようにいかないときもあるかもしれない。
しかし、私たちは『法華経に勝る兵法なし』の妙法を持っている。
途中の勝ち負けはどうであれ、最後は、法華経を持った人が、必ず勝つ。信心根本で生き抜いた人が、必ず勝つのである。それが仏法の大法則である。何の心配もいらない」
「仕事の姿勢には、その人の人生観も人間観も表れる。『何のために』生きるのかという一念が表れる。その最も深く、最も強く、最も正しい一念こそが、信心です。(中略)
『広宣流布』という世界一の大願に立って、自らの日々の仕事に全力で挑むこと——それが『御みやづかいを法華経』の心です」(池田大作先生の指導選集〈中〉『人間革命の実践』)
人は誰しも、世間から離れて生きることはできない。しかし、世間に翻弄される人生では不幸である。
現実の世の中において、雄々しく困難を乗り越え、勝利の姿を示していく——仏の異名は「世雄」である。
[教学コンパス]
IBMやウォルト・ディズニーなど「時代を超えて発展し続ける企業」を分析した米国の名著『ビジョナリー・カンパニー』(日経BP出版センター、山岡洋一訳)。同書で挙げられている項目の一つが、「決して満足しない」。永続する企業は「常に改善を進め、将来のために投資する終わりのない過程の結果、自然に成果が生まれてくる」と。成長への不断の挑戦に、不朽の組織を築く鍵がある。
御書には「月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし」(1190ページ)とある。成仏とは、己心の魔との絶えざる闘争にある。自らの弱い生命に挑み続けることで、苦難に負けない力強い仏界の生命をあらわしていけるのが、日蓮仏法だ。
「もう無理」という諦めや、「これくらいでいいだろう」という甘えを排し、前進し続けていけるかどうか。昨日より今日、今日より明日へ——常に原点を忘れず、「いよいよこれから!」と信心を貫き通す人の胸中にこそ、"わが人間革命"の不滅の勝利劇は刻まれる。
水分補給や冷房活用など
熱中症対策を怠らず。
困難を乗り切る活力も
賢明な体調管理から!
船守弥三郎許御書 P1445
『法華経を行ぜん者をば諸天善神等或はをとことなり或は女となり形をかへさまざまに供養してたすくべし』
【通解】
法華経を行ずる者を、諸天善神等は、あるいは男性となり、あるいは女性となり、形を変えて、さまざまに供養して助ける。
名字の言 東京五輪——柔道躍進の立役者・井上康生男子監督 2021年8月28日
過去最多となる58個のメダルを獲得した東京五輪の日本選手団。とりわけ活躍が光った競技が、男女共に金メダルを量産した柔道だろう▼躍進の立役者は、井上康生男子監督だ。9年前、男子が史上初めて金メダルゼロに終わったロンドン大会の後、"お家芸"の再建を託され、34歳の若さで監督に就任。旧来の精神論頼りではなく、データ分析に基づいた練習を取り入れるなど、柔軟な発想で「自立した選手の育成」を目指した▼"自分の時はこうだった"と現役時代の経験を押し付けず、一人一人に合った指導を心掛けたとも。勝てば選手の手柄、負ければ監督の責任——この"共に戦う姿勢"が自立心と信頼を育み、日本柔道の復活は成し遂げられた▼スポーツの世界に限らず、いかなる事業も現状や過去の成功に安住したままでは、時代の波に取り残される。中心者の意識変革はもとより、一人一人が主体者となって行動を起こしてこそ、新たな前進の渦が生まれよう▼「何事も受け身で、人に言われて動いていれば、つまらないし、勢いも出ない」「能動か、受動かによって、心の燃焼度、充実度は、全く異なる」と池田先生はつづる。変化を待つ傍観者ではなく、変化をつくる価値創造の人でありたい。
寸鉄 2021年8月28日
座談会は全員が主役だ。不思議な縁の同志と称え合い立正安国の誓い固く
葛飾・広布師弟原点の日。試練の今こそ本領発揮。鉄壁の団結で勝ち進め!
「人生のゴールは50代からだ。愉快に忍耐強く」恩師。誉れの使命の道を
災害時の冷静な対応、日頃の訓練が重要と。避難経路歩くなど体で覚えて
高血圧症、30年で倍増と。減塩等、食生活見直しを。健康は努力の積み重ねに
〈社説〉 2021・8・28 あす「国際部の日」
◇危機に輝く英知と哲学の連帯
国内で2回目の新型コロナワクチン接種を終えた人が、全体の4割を超えた。
先日、職域接種で2回目を済ませた在日外国人の友が、「自分は幸運だったが、職域接種がなく日本語が不得手な外国人は苦労している」と語っていた。
自治体によって対応は異なるが、基本的に接種券は日本語であり、医療機関や保健所との連絡も日本語。異国での感染拡大の中で不安を感じている人も多いはずだ。
そうした中、首都圏在住で英語を話す海外メンバーの集い「東京インタナショナル・グループ(TIG)」の友が、青年部の国際部員と連携し、ワクチン接種予約のサポートを始めた。
未曽有の危機にあって、創価の励ましのネットワークがここでも光っている。
国際部の友はあす29日、「部の日」53周年を迎える。
淵源は、1968年(昭和43年)8月29日、池田先生が通訳・翻訳に携わる友を激励したことにある。
3年後に国際部が結成され、現在、通訳翻訳部、国際ボランティア部、国際交流部、在日外国人部からなる国際本部へと発展。世界広布の使命を胸に、国内外で活躍する。
神奈川県のある男子部国際部の友は、世界の識者と対談を重ねる池田先生の姿に感銘を受け、国際分野での仕事を目指すように。
大手電機メーカーの国際部門で世界各国を飛び回る多忙な日々でも、男子部大学校の分区団長として大学校生の育成に心を尽くした。
信心根本に製品開発に挑んだ結果、発表した電気自動車を世界中のメディアが紹介。その後、国家資格である技術士試験に合格し、仕事と博士課程での研究の両立に挑戦する。
「先生の著作を学び学会活動に全力で取り組めば、自信と生命力がみなぎり、何をやりたいかが明確になります」と。
池田先生は小説『新・人間革命』第7巻「早春」の章に、学会員こそ「本当の意味での国際人」であり、「国際人として最も大事なポイントは、利己主義に陥ることなく、人びとを幸福にする哲学をもち、実践し、人間として尊敬されているかどうかである」とつづる。
グローバル化する社会にあって語学が大切なのは当然だが、差異を超え、他者に思いを寄せる人間力が最重要であろう。
その英知と哲学を兼ね備えた国際本部の友を先頭に、周囲に励ましを送る真の国際人の連帯をさらに広げ、危機の時代を乗り越えていきたい。
☆いのちの賛歌 心に刻む一節 世雄と光る 2021年8月17日
テーマ:世雄と光る
企画「いのちの賛歌 心に刻む一節」では、御聖訓を胸に、宿命に立ち向かってきた創価学会員の体験を紹介するとともに、池田先生の指導を掲載する。今回は「世雄と光る」をテーマに、岐阜県の壮年に話を聞いた。
◇御文
『御みやづかいを法華経とをぼしめせ、「一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」とは此れなり』(檀越某御返事、1295ページ)
◇通解
宮仕えを法華経の修行と思いなさい。「一切世間の治生産業は皆、実相と違背しない」と説かれているのは、このことである。
◇信心を自らのど真ん中に
4坪から県内有数企業へ
平光勝治さん(79)=岐阜大勝県主事=は、岐阜県内で、建築金物や精密板金の設計・製作・販売などを手掛ける会社を創業。水害や経済危機などの幾多の荒波を乗り越えて、県内有数の企業へと発展させた。
◇
「子どもの頃は、絵に描いたような貧乏暮らしでね」
平光さんが15歳の時に父親が他界。中学校卒業後、地元の金属加工会社で見習工として働き始めた。信心に巡り合ったのは、18歳の時だった。
「先に入会していた母親と、地域の男子部員の熱意に心を動かされたんだ」
20歳になると、長兄が営んでいた牛乳販売店の一隅を借りて、腕一本で独立した。胸にあったのは、「御みやづかいを法華経とをぼしめせ」(御書1295ページ)の一節。自らの職場こそが、仏法勝負の舞台——そこに職人魂を熱くした。
「俺の仕事で、この信心の偉大さを世に示してみせるぞって」
中途半端を嫌う職人かたぎ。仕事も学会活動も"やる"と決めたからには、とことん打ち込んだ。
わずか4坪の工場で、主に看板やステンレスの流し台を製作する下請けからのスタート。損得勘定は二の次で仕事に真剣に向き合い、多忙の合間を縫うように、広布の活動にも駆けた。
誠実な働きぶりは評判を呼び、注文が次々と舞い込んだ。
結婚と同時に自宅兼工場を新築し、従業員を雇用。その後も業績は堅調に伸展し、1973年(昭和48年)、現在の本社所在地に工場を新設した。
しかし、思いもよらない試練が平光さんを襲う。
76年(同51年)9月。台風17号の影響で岐阜県内でも豪雨が続き、長良川の堤防が決壊。濁流が街をのみ込んだのだ。
当時、平光さんは男子部のリーダーとして同志の救援活動に当たっていた。家人や従業員は避難していて無事だったものの、数日後、水に漬かりながら工場へ行くと、機械は全て水没していた。
「これでは工場は稼働できない。会社をどうするか。従業員たちの生活をどうするか……」。泥水の中で立ち尽くすしかなかった。
"いや、創価学会の看板を背負った俺が、こんなことで負けてはだめだ!"。拳を握り締めて顔を上げた。
水が引いた後、黙々と機械を洗浄して修理を重ね、数カ月後に工場を再開。遅れを挽回しようと、従業員たちと心一つに、できる仕事に力を注いだ。
そうした地道な姿に、人知れず、信頼は付いてきた。
それまで受けていた下請けの仕事から、徐々に元請けへ。新たな機械も導入でき、経営を水害前よりも安定した軌道に乗せることができた。
ところが水害から3年後、平光さんの会社を再び困難が襲う。
第2次オイルショックのあおりを受けて、受注が激減したのだ。社長の平光さんを先頭に、従業員総出で営業に駆けた。しかし、肩を落として帰社する日々が続く。
「"もうだめだ"という土俵際までいった」。会社の帳簿をにらみ、唇をかんだ。打開の知恵を絞ろうと仏壇の前に座り、しんしんと題目を唱えた。
ふと浮かぶ、従業員一人一人の顔。"ここで会社をつぶすわけにはいかない。もう一度、顧客へ誠意を尽くそう"。平光さんの心に、不屈の灯がともった。
後日、交渉を続けていた取引先の態度が軟化。「平光さんに全て任す」と言ってくれ、受注が増えたことで活路が開け、窮地を脱することができた。
諸天の加護を確信せずにはいられなかった。
平光さんの会社は、その後、バブル崩壊後の不況にも揺らぐことなく業績を伸ばし、現在、息子が受け継いでいる。
「仕事も人生も、変化の連続。だけど、心のど真ん中に信心を据えていれば、現実の変化に右往左往する必要はない。策や要領ではなく、迷わず信心で挑んでいけば、最後に必ず勝てる。それが、私がつかんだこの信仰の真髄です」
日蓮大聖人は、生活や社会の事象は「皆実相と相違背せず」(御書1295ページ)、すなわち、全て仏法そのものであることを教えられている。
「仕事も学会活動も、誰にも負けないぞと胸を張るくらい、常に情熱を込めてきた」と平光さんは頬を紅潮させる。
「御書にある通り、仕事や生活と信心とは、本来、切っても切り離せないもの。どちらかを頑張ればいいというものではないんです。むしろ、仕事や生活を"仏道修行"と捉えて、困難に粘り強く挑んでいく原動力が信心です。そして、苦労して道を開いてきた努力は全て、自身の境涯を開く糧にもなる。だから、仏法に無駄は何一つないんです」
ぶれない強さ。平光さんの、透徹した信心根本の生きざまに、その感を抱いた。
池田先生は語っている。
「長い人生である。その間には、自分の思ったようにいかないときもあるかもしれない。
しかし、私たちは『法華経に勝る兵法なし』の妙法を持っている。
途中の勝ち負けはどうであれ、最後は、法華経を持った人が、必ず勝つ。信心根本で生き抜いた人が、必ず勝つのである。それが仏法の大法則である。何の心配もいらない」
「仕事の姿勢には、その人の人生観も人間観も表れる。『何のために』生きるのかという一念が表れる。その最も深く、最も強く、最も正しい一念こそが、信心です。(中略)
『広宣流布』という世界一の大願に立って、自らの日々の仕事に全力で挑むこと——それが『御みやづかいを法華経』の心です」(池田大作先生の指導選集〈中〉『人間革命の実践』)
人は誰しも、世間から離れて生きることはできない。しかし、世間に翻弄される人生では不幸である。
現実の世の中において、雄々しく困難を乗り越え、勝利の姿を示していく——仏の異名は「世雄」である。
[教学コンパス]
IBMやウォルト・ディズニーなど「時代を超えて発展し続ける企業」を分析した米国の名著『ビジョナリー・カンパニー』(日経BP出版センター、山岡洋一訳)。同書で挙げられている項目の一つが、「決して満足しない」。永続する企業は「常に改善を進め、将来のために投資する終わりのない過程の結果、自然に成果が生まれてくる」と。成長への不断の挑戦に、不朽の組織を築く鍵がある。
御書には「月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし」(1190ページ)とある。成仏とは、己心の魔との絶えざる闘争にある。自らの弱い生命に挑み続けることで、苦難に負けない力強い仏界の生命をあらわしていけるのが、日蓮仏法だ。
「もう無理」という諦めや、「これくらいでいいだろう」という甘えを排し、前進し続けていけるかどうか。昨日より今日、今日より明日へ——常に原点を忘れず、「いよいよこれから!」と信心を貫き通す人の胸中にこそ、"わが人間革命"の不滅の勝利劇は刻まれる。
2021年8月27日金曜日
2021.08.27 わが友に贈る
栄光の峰への出発は
学会伝統の座談会から!
感染防止策を徹底し
創意工夫を凝らしながら
希望あふれる集いを!
経王殿御返事 P1124
『此の曼荼羅能く能く信ぜさせ給うべし、南無妙法蓮華経は師子吼の如しいかなる病さはりをなすべきや』
【通解】
この曼陀羅をよくよく信じなさい。南無妙法蓮華経は師子吼のようなものである。どのような病が、障りをなすことができようか。
名字の言 最も虐げられている人に同苦して生きていく 2021年8月27日
釈尊には"家"がなかった。悟りを求めて出家して以来、粗末な服を着て、食べ物を分けてもらいつつ、各地を説法に歩いた▼「チャンダーラ」といわれた人々がいる。古代インド社会において最下層の身分とされていた。王家に生まれた釈尊は、あえてその恵まれた立場を捨て、チャンダーラと同じ境遇に身を置いたのである。財産や名誉など必要ない。最も虐げられている人に同苦して生きていく——それが仏教であり、そこに仏道修行があることを示したのだ▼日蓮大聖人も自らを「旃陀羅が子なり」(御書891ページ)と仰せである。「旃陀羅」とは「チャンダーラ」の音写であり、最も身分の低い者を指す。たとえいかなる人であっても、そのままの姿で仏の境涯を開いていけるとの「人権宣言」とも拝せよう▼創価学会はかつて"貧乏人と病人の集まり"と揶揄された。だがそれこそ、さまざまな苦しみを抱える人々と支え合って進んできた証左であり、宗教団体としての無上の誇りにほかならない▼英語の「HOME」には「家」の他に、"安心できる場所"といった意味合いも含まれる。誰一人置き去りにしない。全ての人に"心のホーム"を——永遠に変わらぬ学会の使命が、ここにある。
寸鉄 2021年8月27日
青年の財産は信頼—恩師広布の戦いは有言実行。青春凱歌の歩みを確固と
総秋田女性の日。桜梅桃李の人華光る人材の大城今こそ安心と喜びを友へ
「法華経の行者をば一切の諸天・不退に守護」御書揺り動かす強盛な祈りを
いじめの低学年化顕著、小学1・2年生に激増と。親は小さな変化見逃さず
厳しい残暑。水分・塩分補給や空調利用—熱中症対策の呼び掛けは具体的に
〈社説〉 2021・8・27 今月31日は「学生部の日」
◇先駆の誇り高く突き進もう
今月31日は「学生部の日」。1962年8月31日、池田先生は学生部の代表に「御義口伝」の講義を開始した。約5年間にわたって続けられた講義は、学生部の教学研さん運動の淵源になった。
伝統の「学生部教学実力試験」が今年も全国で実施される。新型コロナウイルスの感染拡大が進む中でも、画面共有機能などオンラインを活用して、メンバーが少しでも分かりやすく学べるよう、工夫を重ねながら、研さんを続けている。
コロナ禍の中で大学に入学した現1、2年生は、当初からオンラインでの活動が中心だった。中には、対面での会合に一度も参加したことのないメンバーすらいる。
学生部では、SNSなどを駆使した新たな形の人材育成に全力を挙げて取り組んできた。
ある1年生のメンバーは、入学当初から講義がオンラインに切り替わり、キャンパスに通うこともなく自宅で過ごす日々を余儀なくされた。講義が終わると、パソコンの画面が"プツン"と消える。そんな毎日に、徐々にむなしさと孤独を感じていった。そんな彼に初めて優しく声を掛けてくれたのが、地元の学生部の先輩だった。
画面越しでの顔合わせとなったが、「分からないことがあったら何でも聞いてね!」と、不安を抱える自分を温かく迎え入れてくれた。学生部の活動に前向きだったわけではなかったが、先輩から真心の励ましをもらった彼は発心し、少しずつ学会活動に挑戦するようになっていった。
日蓮大聖人は、遠く離れた地にいる一人の弟子へ、何度も真心のお手紙を送られた。直接会える、会えないではない。相手を思う真心は物理的な距離を超える。大切なことは"目の前の一人を徹底して励ます"菩薩の行動であろう。
学生部の使命は「先駆」といわれる。時代の変化の波頭を、真っ先に越えるのが学生部だともいえよう。コロナ禍で悩みも多いが、何のために学び、実力を磨くのか。未来を見つめた応戦は、必ず成長の種となるはずだ。
池田先生は「不思議にも、世界広布新時代の今この時に、願って生まれ合わせた学生部だ。一人ももれなく、計り知れない地涌の大力がある」と期待を寄せる。
"先駆の誇り"に燃え、激動の時代に希望の光を放つ、学生部の前進にエールを送りたい。
☆青年不戦サミットへの池田先生のメッセージ
◇差異を超え人間革命の連帯を
意義深き第30回の「青年不戦サミット」の開催、誠にご苦労さま!
混迷を深める時代にあって、一年また一年、誰も置き去りにしない「平和と人道の世界」を目指して行動を貫く君たちこそ、私にとって無二の誇りであり、最大の希望です。
また本日は、うれしいことに、全国の高等部の代表も、勇んで出席してくれています。
創価の平和運動は、常に若い世代が先頭に立って、困難や試練を乗り越えながら、新しい希望の力を増し、価値創造の行進を広げていきます。
今回を機に、高等部の参加を、新たな伝統として確立してはどうかと思いますが、皆さんいかがでしょうか(大拍手)。
思い返せば、このサミットの淵源となった、広島・長崎・沖縄の3県による「青年平和連絡協議会」が発足したのは、世界が冷戦の終結へ大きく動き始めていた1989年4月のことでした。
その半年後、私はパグウォッシュ会議のジョセフ・ロートブラット博士と「戦争と核兵器なき世界」の建設を展望し、語り合いました。ナチスのホロコースト(大量虐殺)によって、最愛の奥さまの命を奪われる悲しみも経験した博士は、怒りを込めて語られました。
「戦争は、人間を愚かな動物に変えてしまう力をもっている」「野蛮を憎んでいた人が、自ら野蛮な行為に走る。そこに、戦争の狂気がある」と。
その博士が、人類の生命変革へ、深い信頼を寄せてくださったのが、牧口先生と戸田先生が戦時中に貫いた信念の闘争を原点とする、創価の民衆の連帯でした。なかんずく博士は、生命尊厳の思想を掲げて進む創価の青年たちに、未来を託されていたのです。
日蓮大聖人は、「一日の命は三千界の財にもすぎて候なり」(御書986ページ)と宣言されました。太陽の仏法を実践して、一日また一日、かけがえのない青春の生命を自他共に明るく輝かせていくこと自体、不戦への挑戦です。
どうか、いかなる差異も超えて、一人また一人と人間革命のスクラムを組み、共生と平和の絆を広げ抜いてください。そして、「戦争と核兵器なき世界」へ、時代変革の波動を起こしてくれ給え! と心から念願して、私のメッセージといたします。
学会伝統の座談会から!
感染防止策を徹底し
創意工夫を凝らしながら
希望あふれる集いを!
経王殿御返事 P1124
『此の曼荼羅能く能く信ぜさせ給うべし、南無妙法蓮華経は師子吼の如しいかなる病さはりをなすべきや』
【通解】
この曼陀羅をよくよく信じなさい。南無妙法蓮華経は師子吼のようなものである。どのような病が、障りをなすことができようか。
名字の言 最も虐げられている人に同苦して生きていく 2021年8月27日
釈尊には"家"がなかった。悟りを求めて出家して以来、粗末な服を着て、食べ物を分けてもらいつつ、各地を説法に歩いた▼「チャンダーラ」といわれた人々がいる。古代インド社会において最下層の身分とされていた。王家に生まれた釈尊は、あえてその恵まれた立場を捨て、チャンダーラと同じ境遇に身を置いたのである。財産や名誉など必要ない。最も虐げられている人に同苦して生きていく——それが仏教であり、そこに仏道修行があることを示したのだ▼日蓮大聖人も自らを「旃陀羅が子なり」(御書891ページ)と仰せである。「旃陀羅」とは「チャンダーラ」の音写であり、最も身分の低い者を指す。たとえいかなる人であっても、そのままの姿で仏の境涯を開いていけるとの「人権宣言」とも拝せよう▼創価学会はかつて"貧乏人と病人の集まり"と揶揄された。だがそれこそ、さまざまな苦しみを抱える人々と支え合って進んできた証左であり、宗教団体としての無上の誇りにほかならない▼英語の「HOME」には「家」の他に、"安心できる場所"といった意味合いも含まれる。誰一人置き去りにしない。全ての人に"心のホーム"を——永遠に変わらぬ学会の使命が、ここにある。
寸鉄 2021年8月27日
青年の財産は信頼—恩師広布の戦いは有言実行。青春凱歌の歩みを確固と
総秋田女性の日。桜梅桃李の人華光る人材の大城今こそ安心と喜びを友へ
「法華経の行者をば一切の諸天・不退に守護」御書揺り動かす強盛な祈りを
いじめの低学年化顕著、小学1・2年生に激増と。親は小さな変化見逃さず
厳しい残暑。水分・塩分補給や空調利用—熱中症対策の呼び掛けは具体的に
〈社説〉 2021・8・27 今月31日は「学生部の日」
◇先駆の誇り高く突き進もう
今月31日は「学生部の日」。1962年8月31日、池田先生は学生部の代表に「御義口伝」の講義を開始した。約5年間にわたって続けられた講義は、学生部の教学研さん運動の淵源になった。
伝統の「学生部教学実力試験」が今年も全国で実施される。新型コロナウイルスの感染拡大が進む中でも、画面共有機能などオンラインを活用して、メンバーが少しでも分かりやすく学べるよう、工夫を重ねながら、研さんを続けている。
コロナ禍の中で大学に入学した現1、2年生は、当初からオンラインでの活動が中心だった。中には、対面での会合に一度も参加したことのないメンバーすらいる。
学生部では、SNSなどを駆使した新たな形の人材育成に全力を挙げて取り組んできた。
ある1年生のメンバーは、入学当初から講義がオンラインに切り替わり、キャンパスに通うこともなく自宅で過ごす日々を余儀なくされた。講義が終わると、パソコンの画面が"プツン"と消える。そんな毎日に、徐々にむなしさと孤独を感じていった。そんな彼に初めて優しく声を掛けてくれたのが、地元の学生部の先輩だった。
画面越しでの顔合わせとなったが、「分からないことがあったら何でも聞いてね!」と、不安を抱える自分を温かく迎え入れてくれた。学生部の活動に前向きだったわけではなかったが、先輩から真心の励ましをもらった彼は発心し、少しずつ学会活動に挑戦するようになっていった。
日蓮大聖人は、遠く離れた地にいる一人の弟子へ、何度も真心のお手紙を送られた。直接会える、会えないではない。相手を思う真心は物理的な距離を超える。大切なことは"目の前の一人を徹底して励ます"菩薩の行動であろう。
学生部の使命は「先駆」といわれる。時代の変化の波頭を、真っ先に越えるのが学生部だともいえよう。コロナ禍で悩みも多いが、何のために学び、実力を磨くのか。未来を見つめた応戦は、必ず成長の種となるはずだ。
池田先生は「不思議にも、世界広布新時代の今この時に、願って生まれ合わせた学生部だ。一人ももれなく、計り知れない地涌の大力がある」と期待を寄せる。
"先駆の誇り"に燃え、激動の時代に希望の光を放つ、学生部の前進にエールを送りたい。
☆青年不戦サミットへの池田先生のメッセージ
◇差異を超え人間革命の連帯を
意義深き第30回の「青年不戦サミット」の開催、誠にご苦労さま!
混迷を深める時代にあって、一年また一年、誰も置き去りにしない「平和と人道の世界」を目指して行動を貫く君たちこそ、私にとって無二の誇りであり、最大の希望です。
また本日は、うれしいことに、全国の高等部の代表も、勇んで出席してくれています。
創価の平和運動は、常に若い世代が先頭に立って、困難や試練を乗り越えながら、新しい希望の力を増し、価値創造の行進を広げていきます。
今回を機に、高等部の参加を、新たな伝統として確立してはどうかと思いますが、皆さんいかがでしょうか(大拍手)。
思い返せば、このサミットの淵源となった、広島・長崎・沖縄の3県による「青年平和連絡協議会」が発足したのは、世界が冷戦の終結へ大きく動き始めていた1989年4月のことでした。
その半年後、私はパグウォッシュ会議のジョセフ・ロートブラット博士と「戦争と核兵器なき世界」の建設を展望し、語り合いました。ナチスのホロコースト(大量虐殺)によって、最愛の奥さまの命を奪われる悲しみも経験した博士は、怒りを込めて語られました。
「戦争は、人間を愚かな動物に変えてしまう力をもっている」「野蛮を憎んでいた人が、自ら野蛮な行為に走る。そこに、戦争の狂気がある」と。
その博士が、人類の生命変革へ、深い信頼を寄せてくださったのが、牧口先生と戸田先生が戦時中に貫いた信念の闘争を原点とする、創価の民衆の連帯でした。なかんずく博士は、生命尊厳の思想を掲げて進む創価の青年たちに、未来を託されていたのです。
日蓮大聖人は、「一日の命は三千界の財にもすぎて候なり」(御書986ページ)と宣言されました。太陽の仏法を実践して、一日また一日、かけがえのない青春の生命を自他共に明るく輝かせていくこと自体、不戦への挑戦です。
どうか、いかなる差異も超えて、一人また一人と人間革命のスクラムを組み、共生と平和の絆を広げ抜いてください。そして、「戦争と核兵器なき世界」へ、時代変革の波動を起こしてくれ給え! と心から念願して、私のメッセージといたします。
2021年8月26日木曜日
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2021.08.26 わが友に贈る
「小事が大事」だ。
約束をしっかり守る!
相談には素早く応じる!
一つ一つの積み重ねから
確かな信頼が築かれる。
常忍抄 P981
『魔の習いは善を障えて悪を造らしむるをば悦ぶ事に候』
【通解】
魔の習性は、善事を妨げて悪事をさせて悦ぶ事である。
名字の言 防風林の苗木を植えた先人たちの願い 2021年8月26日
琉球王国の哲人指導者・蔡温は、山林政策を重視した。樹木は木材使用までに数十年から百年を要する。琉球の永き繁栄を見据え、建築や造船などの資源確保のため、森林の育成と保護を徹底して行った▼森林育成の脅威となる台風から、樹木や集落を守る防風林も各地で造られた。本部町備瀬のフクギ並木もその一つ。推定樹齢300年の木もあり、約2万本が集落を風害から守ってきた▼高さ15メートルになるフクギは成長が遅く、防風林として育つまで、苗木を植えた人の多くは恩恵を受けることはなかった。先人たちは未来の世代を守るとの願いを、その木に託したのである▼第3代会長に就任後、池田先生が最初に結成した部は高等部だった。当時、理解が及ばない幹部に先生は断言した。「30年後、40年後の学会をどうするのか。その時、学会の中核になっているのが、今の高校生です。苗を植えなければ、木は育たない。大樹が必要な時になって苗を植えても、手遅れだ」▼後継の成長なくして未来はない。仏法を持ち伝えていく「伝持の人」(御書508ページ)の育成は、そのまま未来を築くことになる。コロナ禍や災害が続く今こそ、"未来の大樹"を守り育て、共に試練を乗り越える日々にしたい。
寸鉄 2021年8月26日
「如来とは一切衆生なり」御書。皆が尊貴な大人材。励ましはその確信を胸に
北陸の日。師弟有縁の地で勇気の対話に走る友。自分発の挑戦で喜び倍加
時間を浪費するな!今、大事なことを見極めよ—恩師。日々拡大の一歩を
ネットで中傷の投稿者に罰金刑。言葉の暴力許さぬ思潮広がる。皆で撲滅
薬物検挙者が増加—20代が最多と。絶対に手を出させない。監視の眼鋭く
☆御書の旭光を 第49回 学び鍛え使命の大空へ
〈御文〉
『譬えば鳥の卵は始は水なり其の水の中より誰か・なすとも・なけれども觜よ目よと厳り出来て虚空にかけるが如し』(新池御書、1443ページ)
〈通解〉
たとえば、鳥の卵は、初めは水のようなものであるが、その中から誰が手を加えなくても、くちばしや目が出来上がってきて、ついには大空を飛ぶようなものである。
〈池田先生が贈る指針〉
未来部の友の生命は、地球の希望がつまった「宝の卵」だ。皆、自分が思うより無限大の可能性がある。その宇宙大の力を引き出すのが、信心即勉学、題目プラス努力である。悩みや失敗も偉大な翼を鍛えてくれる。
21世紀を担う鳳雛よ、朗らかに祈り学び、使命の大空へ羽ばたけ! ご家族や担当者の方々と祈っています。
☆ロータスラウンジ——法華経への旅 第28回 常不軽菩薩品第二十�
◇広宣流布へ「戦おう!」
この「一念」の中にのみ妙法蓮華経は生きている
■不軽の意味
不軽菩薩の名前にある「不軽」については、いろいろな解釈があります。
鳩摩羅什訳の「妙法蓮華経」では、"常に人を軽んじなかった"という意味です。しかし、サンスクリットでは、"常に人から軽んじられた"という反対の意味となっています。
池田先生は、「常不軽菩薩が、いつもバカにされていたという表面に着目すれば、たしかに『常に軽んじられた』菩薩になるでしょう。しかし一歩深く、その行動の本質、魂に着目すれば、『常に軽んじなかった』という訳は正しいのではないだろうか」と語っています。不軽菩薩は、どんなに人から軽んじられたとしても、"自分は人を軽んじない"という生き方を貫いたのです。
「御義口伝」には、「自他不二の礼拝なり、其の故は不軽菩薩の四衆を礼拝すれば上慢の四衆所具の仏性又不軽菩薩を礼拝するなり、鏡に向って礼拝を成す時浮べる影又我を礼拝するなり」(御書769ページ)とあります。
相手の成仏の可能性を信じることは、自分の成仏の可能性を信じることと一体です。不軽の実践は、自他共に仏性に目覚める修行なのです。
■二十四字の法華経
不軽菩薩の弘めた法華経は、「二十四字の法華経」といわれています。
「我深敬汝等、不敢軽慢。所以者何、汝等皆行菩薩道、当得作仏」(法華経557ページ)の24字のことです。
「御義口伝」には、「此の廿四字と妙法の五字は替われども其の意は之れ同じ廿四字は略法華経なり」(御書764ページ)とあるように、24字は、法華経の心が凝縮された「略法華経」に当たります。
それが、「私は深く、あなた方を敬います。決して、軽んじたり、あなどったりいたしません。なぜなら、あなた方は皆、菩薩道の修行をすれば、必ず仏になることができるからです」との万人尊敬の精神です。
■其罪畢已
「其罪畢已」は、「其の罪は畢え已わって」(法華経564ページ)と読み、不軽菩薩が礼拝行を貫いて得た宿命転換の功徳を表した言葉です。
日蓮大聖人は、「不軽菩薩の悪口罵詈せられ杖木瓦礫をかほるもゆへなきにはあらず・過去の誹謗正法のゆへかと・みへて其罪畢已と説れて候は不軽菩薩の難に値うゆへに過去の罪の滅するかとみへはんべり」(御書1000ページ)と仰せです。
不軽菩薩が上慢の四衆から迫害を受けたのも、過去の法華経誹謗の故であり、それに耐えて法華経を弘めたことによって、過去の重罪を消滅することができたのです。
池田先生は、「法を説いて、どんなに反対され、迫害されても、『これで自分の罪業を消しているのだ』と喜んで受けきっていきなさいということです。『嘆いてはならない』と教えてくださっているのです」と語っています。いかなる苦難があっても、常に朗らかに広布に励んでいくことを教えているのです。
■豈異人ならんや
釈尊は、礼拝行を貫き法華経を弘めた不軽菩薩について、「豈異人ならんや。則ち我が身是れなり」(法華経561ページ)と、実は釈尊自身の過去世の修行の姿であったと明かしました。釈尊の成仏の因が、不軽菩薩の礼拝行にあったのです。
大聖人は、「一代の肝心は法華経・法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり、不軽菩薩の人を敬いしは・いかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」(御書1174ページ)と仰せです。自他共に成仏へと導く、人を敬う振る舞いを示すことこそ、釈尊がこの世に生まれた一番重要な目的であると教えられています。
さらに大聖人は、「法華経は三世にわたる説法の儀式であり、過去の不軽品に出てくる迫害された不軽菩薩は、今、勧持品で説かれる三類の強敵を呼び起こした私である。今、勧持品を身で読んでいることは、未来にあっては不軽菩薩の戦いとなるのである」(同953ページ、趣意)との御確信を述べられています。
私たちにとって大切なことは、不軽の実践を過去の出来事として捉えるのではなく、自分自身のこととして不軽の修行を貫くことなのです。
■創価学会仏
池田先生は、威音王仏について、次のようにつづっています。
「戸田先生は明言されました。
『<創価学会仏>——未来の経典には、こう学会の名が記されるのだよ』
私の胸は高鳴りました。
それは、法華経不軽品に説かれる威音王仏に即しての厳然たる大確信です。
——最初の威音王仏は、衆生を教化し、入滅した。次に現れた仏もまた、威音王仏と名乗り、民衆を救済した。一代限りで終わることなく、次の代、さらに次の代と現れた。
そして、二万億もの仏が、みな同じ『威音王仏』という名前で、長遠なる歳月、民衆を救済してきた——と。
戸田先生は、『次第に二万億の仏有し、皆同一の号なり』(法華経556ページ)と描かれている無数の仏とは、"永遠に民衆を救済し続ける、威音王仏の名を冠した『和合僧団』であり、『組織』のこととはいえまいか"と、鋭く洞察されたのです。
まさしく『創価学会仏』とは、初代会長・牧口常三郎先生、第二代会長・戸田城聖先生という師弟に連なり、広宣流布の大誓願に生き抜く地涌の菩薩の集いにほかなりません」
【『法華経の智慧』から】 怒濤の社会の中へ
最も苦しんでいる民衆のなかに分け入って、人々の苦しさ、悲しさに同苦し、救っていく。それが「仏」です。
しかも、民衆を救わんと戦うゆえに、傲慢な権力者からは弾圧され、僧侶をはじめ悪い指導者に迫害され、当の民衆からさえ憎まれる。「悪口罵詈」であり、「杖木瓦石」です。
その大難のなかにこそ、「仏」はいらっしゃるのです。どこか安楽な別世界で、悟りすましているのが「仏」ではない。怒濤の社会の中へ、先頭を切って進むのが、「仏」なのです。
◆
今です。この今、広宣流布へ「戦おう!」という「一念」の中にのみ妙法蓮華経は生きている。
「豈に異人ならんや」。大聖人は「不軽菩薩はじつは釈尊であった。今、大難にあっている私もじつは釈尊なのだ。仏なのだ」と教えてくださっているのです。それが分からないと、法華経を学んだことにならないよ、と。
(普及版<下>「常不軽菩薩品」)
【コラム】 非暴力
不軽菩薩は、大勢力を誇った増上慢の人々に、杖木瓦石という暴力をもって迫害されました。それに対し、不軽菩薩は、礼拝行という精神の力で立ち向かったのです。
暴力性はどこからくるのか。日蓮大聖人は、「第六天の魔王の所為なり」(御書765ページ)と、不軽菩薩への迫害は、第六天の魔王の振る舞いとされています。自他共の仏性を信じられないことから暴力は生まれるのです。だからこそ不軽菩薩は、相手の眠れる仏性を信じて、それを目覚めさせるために仏縁を結び続けたのです。
ここに暴力が暴力を生んでしまう負の連鎖を断ち切る智慧があるのではないでしょうか。無関心な相手や、敵意を示すような相手でも、誠実な振る舞いによって、必ず仏性を触発していくことができるのです。
私たちも、あらゆる人に仏縁を広げ、人類の仏性を揺さぶり、覚ます立正安国の対話に邁進していきましょう。
約束をしっかり守る!
相談には素早く応じる!
一つ一つの積み重ねから
確かな信頼が築かれる。
常忍抄 P981
『魔の習いは善を障えて悪を造らしむるをば悦ぶ事に候』
【通解】
魔の習性は、善事を妨げて悪事をさせて悦ぶ事である。
名字の言 防風林の苗木を植えた先人たちの願い 2021年8月26日
琉球王国の哲人指導者・蔡温は、山林政策を重視した。樹木は木材使用までに数十年から百年を要する。琉球の永き繁栄を見据え、建築や造船などの資源確保のため、森林の育成と保護を徹底して行った▼森林育成の脅威となる台風から、樹木や集落を守る防風林も各地で造られた。本部町備瀬のフクギ並木もその一つ。推定樹齢300年の木もあり、約2万本が集落を風害から守ってきた▼高さ15メートルになるフクギは成長が遅く、防風林として育つまで、苗木を植えた人の多くは恩恵を受けることはなかった。先人たちは未来の世代を守るとの願いを、その木に託したのである▼第3代会長に就任後、池田先生が最初に結成した部は高等部だった。当時、理解が及ばない幹部に先生は断言した。「30年後、40年後の学会をどうするのか。その時、学会の中核になっているのが、今の高校生です。苗を植えなければ、木は育たない。大樹が必要な時になって苗を植えても、手遅れだ」▼後継の成長なくして未来はない。仏法を持ち伝えていく「伝持の人」(御書508ページ)の育成は、そのまま未来を築くことになる。コロナ禍や災害が続く今こそ、"未来の大樹"を守り育て、共に試練を乗り越える日々にしたい。
寸鉄 2021年8月26日
「如来とは一切衆生なり」御書。皆が尊貴な大人材。励ましはその確信を胸に
北陸の日。師弟有縁の地で勇気の対話に走る友。自分発の挑戦で喜び倍加
時間を浪費するな!今、大事なことを見極めよ—恩師。日々拡大の一歩を
ネットで中傷の投稿者に罰金刑。言葉の暴力許さぬ思潮広がる。皆で撲滅
薬物検挙者が増加—20代が最多と。絶対に手を出させない。監視の眼鋭く
☆御書の旭光を 第49回 学び鍛え使命の大空へ
〈御文〉
『譬えば鳥の卵は始は水なり其の水の中より誰か・なすとも・なけれども觜よ目よと厳り出来て虚空にかけるが如し』(新池御書、1443ページ)
〈通解〉
たとえば、鳥の卵は、初めは水のようなものであるが、その中から誰が手を加えなくても、くちばしや目が出来上がってきて、ついには大空を飛ぶようなものである。
〈池田先生が贈る指針〉
未来部の友の生命は、地球の希望がつまった「宝の卵」だ。皆、自分が思うより無限大の可能性がある。その宇宙大の力を引き出すのが、信心即勉学、題目プラス努力である。悩みや失敗も偉大な翼を鍛えてくれる。
21世紀を担う鳳雛よ、朗らかに祈り学び、使命の大空へ羽ばたけ! ご家族や担当者の方々と祈っています。
☆ロータスラウンジ——法華経への旅 第28回 常不軽菩薩品第二十�
◇広宣流布へ「戦おう!」
この「一念」の中にのみ妙法蓮華経は生きている
■不軽の意味
不軽菩薩の名前にある「不軽」については、いろいろな解釈があります。
鳩摩羅什訳の「妙法蓮華経」では、"常に人を軽んじなかった"という意味です。しかし、サンスクリットでは、"常に人から軽んじられた"という反対の意味となっています。
池田先生は、「常不軽菩薩が、いつもバカにされていたという表面に着目すれば、たしかに『常に軽んじられた』菩薩になるでしょう。しかし一歩深く、その行動の本質、魂に着目すれば、『常に軽んじなかった』という訳は正しいのではないだろうか」と語っています。不軽菩薩は、どんなに人から軽んじられたとしても、"自分は人を軽んじない"という生き方を貫いたのです。
「御義口伝」には、「自他不二の礼拝なり、其の故は不軽菩薩の四衆を礼拝すれば上慢の四衆所具の仏性又不軽菩薩を礼拝するなり、鏡に向って礼拝を成す時浮べる影又我を礼拝するなり」(御書769ページ)とあります。
相手の成仏の可能性を信じることは、自分の成仏の可能性を信じることと一体です。不軽の実践は、自他共に仏性に目覚める修行なのです。
■二十四字の法華経
不軽菩薩の弘めた法華経は、「二十四字の法華経」といわれています。
「我深敬汝等、不敢軽慢。所以者何、汝等皆行菩薩道、当得作仏」(法華経557ページ)の24字のことです。
「御義口伝」には、「此の廿四字と妙法の五字は替われども其の意は之れ同じ廿四字は略法華経なり」(御書764ページ)とあるように、24字は、法華経の心が凝縮された「略法華経」に当たります。
それが、「私は深く、あなた方を敬います。決して、軽んじたり、あなどったりいたしません。なぜなら、あなた方は皆、菩薩道の修行をすれば、必ず仏になることができるからです」との万人尊敬の精神です。
■其罪畢已
「其罪畢已」は、「其の罪は畢え已わって」(法華経564ページ)と読み、不軽菩薩が礼拝行を貫いて得た宿命転換の功徳を表した言葉です。
日蓮大聖人は、「不軽菩薩の悪口罵詈せられ杖木瓦礫をかほるもゆへなきにはあらず・過去の誹謗正法のゆへかと・みへて其罪畢已と説れて候は不軽菩薩の難に値うゆへに過去の罪の滅するかとみへはんべり」(御書1000ページ)と仰せです。
不軽菩薩が上慢の四衆から迫害を受けたのも、過去の法華経誹謗の故であり、それに耐えて法華経を弘めたことによって、過去の重罪を消滅することができたのです。
池田先生は、「法を説いて、どんなに反対され、迫害されても、『これで自分の罪業を消しているのだ』と喜んで受けきっていきなさいということです。『嘆いてはならない』と教えてくださっているのです」と語っています。いかなる苦難があっても、常に朗らかに広布に励んでいくことを教えているのです。
■豈異人ならんや
釈尊は、礼拝行を貫き法華経を弘めた不軽菩薩について、「豈異人ならんや。則ち我が身是れなり」(法華経561ページ)と、実は釈尊自身の過去世の修行の姿であったと明かしました。釈尊の成仏の因が、不軽菩薩の礼拝行にあったのです。
大聖人は、「一代の肝心は法華経・法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり、不軽菩薩の人を敬いしは・いかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」(御書1174ページ)と仰せです。自他共に成仏へと導く、人を敬う振る舞いを示すことこそ、釈尊がこの世に生まれた一番重要な目的であると教えられています。
さらに大聖人は、「法華経は三世にわたる説法の儀式であり、過去の不軽品に出てくる迫害された不軽菩薩は、今、勧持品で説かれる三類の強敵を呼び起こした私である。今、勧持品を身で読んでいることは、未来にあっては不軽菩薩の戦いとなるのである」(同953ページ、趣意)との御確信を述べられています。
私たちにとって大切なことは、不軽の実践を過去の出来事として捉えるのではなく、自分自身のこととして不軽の修行を貫くことなのです。
■創価学会仏
池田先生は、威音王仏について、次のようにつづっています。
「戸田先生は明言されました。
『<創価学会仏>——未来の経典には、こう学会の名が記されるのだよ』
私の胸は高鳴りました。
それは、法華経不軽品に説かれる威音王仏に即しての厳然たる大確信です。
——最初の威音王仏は、衆生を教化し、入滅した。次に現れた仏もまた、威音王仏と名乗り、民衆を救済した。一代限りで終わることなく、次の代、さらに次の代と現れた。
そして、二万億もの仏が、みな同じ『威音王仏』という名前で、長遠なる歳月、民衆を救済してきた——と。
戸田先生は、『次第に二万億の仏有し、皆同一の号なり』(法華経556ページ)と描かれている無数の仏とは、"永遠に民衆を救済し続ける、威音王仏の名を冠した『和合僧団』であり、『組織』のこととはいえまいか"と、鋭く洞察されたのです。
まさしく『創価学会仏』とは、初代会長・牧口常三郎先生、第二代会長・戸田城聖先生という師弟に連なり、広宣流布の大誓願に生き抜く地涌の菩薩の集いにほかなりません」
【『法華経の智慧』から】 怒濤の社会の中へ
最も苦しんでいる民衆のなかに分け入って、人々の苦しさ、悲しさに同苦し、救っていく。それが「仏」です。
しかも、民衆を救わんと戦うゆえに、傲慢な権力者からは弾圧され、僧侶をはじめ悪い指導者に迫害され、当の民衆からさえ憎まれる。「悪口罵詈」であり、「杖木瓦石」です。
その大難のなかにこそ、「仏」はいらっしゃるのです。どこか安楽な別世界で、悟りすましているのが「仏」ではない。怒濤の社会の中へ、先頭を切って進むのが、「仏」なのです。
◆
今です。この今、広宣流布へ「戦おう!」という「一念」の中にのみ妙法蓮華経は生きている。
「豈に異人ならんや」。大聖人は「不軽菩薩はじつは釈尊であった。今、大難にあっている私もじつは釈尊なのだ。仏なのだ」と教えてくださっているのです。それが分からないと、法華経を学んだことにならないよ、と。
(普及版<下>「常不軽菩薩品」)
【コラム】 非暴力
不軽菩薩は、大勢力を誇った増上慢の人々に、杖木瓦石という暴力をもって迫害されました。それに対し、不軽菩薩は、礼拝行という精神の力で立ち向かったのです。
暴力性はどこからくるのか。日蓮大聖人は、「第六天の魔王の所為なり」(御書765ページ)と、不軽菩薩への迫害は、第六天の魔王の振る舞いとされています。自他共の仏性を信じられないことから暴力は生まれるのです。だからこそ不軽菩薩は、相手の眠れる仏性を信じて、それを目覚めさせるために仏縁を結び続けたのです。
ここに暴力が暴力を生んでしまう負の連鎖を断ち切る智慧があるのではないでしょうか。無関心な相手や、敵意を示すような相手でも、誠実な振る舞いによって、必ず仏性を触発していくことができるのです。
私たちも、あらゆる人に仏縁を広げ、人類の仏性を揺さぶり、覚ます立正安国の対話に邁進していきましょう。
2021年8月25日水曜日
2021.08.25 わが友に贈る
悩みや不安の声に
耳を傾け励ましていく。
"私は一人じゃない"と
皆が思えるつながりを
わが地域に広げゆこう!
兄弟抄 P1084
『がうじやうにはがみをしてたゆむ心なかれ、例せば日蓮が平左衛門の尉がもとにてうちふるまいいゐしがごとくすこしもをづる心なかれ』
【通解】
信心強盛に歯をくいしばって難に耐え、たゆむ心があってはならない。例えば、日蓮が平左衛門尉の所で、堂々と振る舞い、言い切ったように、少しも恐れる心があってはならない。
名字の言 モモを生産する農漁光部の友の挑戦 2021年8月25日
厳しい残暑が続く中、農漁光部の友から爽やかな便りをいただいた。岡山県でモモとブドウを生産する壮年から▼天候不順は農家の悩みの種。県特産の清水白桃は今年、開花時期の春に霜が降りたことで大きな被害となった。霜によって花が枯死したため、実がならずに収穫量が軒並み激減。例年の3分の1以下の地域をはじめ、不作となった産地が少なくなかった▼壮年の場合、天候不順が農産物へ及ぼす最悪の状況を想定し、近年、生育に伴う作業工程を徹底的に見直してきた。いわゆる危機管理である。さらに、新商品の販売や販路の工夫などを積極的に行い、利益率が上がる経営体制を確立。その結果、例年通りの収穫量を確保し、過去最高に迫る売り上げとなった▼「何事もそうですが、自分の行動で一切が決まります。『勝利からの逆算』で、ピンチを成長のチャンスと捉え、勝利のために一つ一つ、手を打ってきたことが功を奏しました。青年部時代の訓練が全て生きています」と壮年▼厳しい試練に見舞われるたびに「自分が成長する好機だ!」と、喜び勇んで立ち向かう。これが学会精神である。モモは古来、魔を寄せ付けないと信じられてきたことから「天下無敵」という花言葉を持つ。
寸鉄 2021年8月25日
御書「但偏に国の為法の為人の為」。何があろうと志固く。立正安国へ一筋
目的なき行動は暗中模索—牧口先生。皆で目標を明確に!祈りを具体的に
まず足元から努力せよ—韓国詩人。今ここで友情拡大!それが広布の礎と
人に尽くす行為は心身を健康に—研究。学会活動に長寿の道。多宝会は鑑
マスク生活で水分補給量足りぬ人は9割。意識し小まめに。熱中症対策を
〈社説〉 2021・8・25 改正プロバイダー責任制限法
◇SNSで人を傷つけないために
「あなたはこのメダルに値しない」「審判を取り込んだ」——東京五輪の出場選手に対するSNSでの誹謗中傷が問題となったが、昨今、インターネット上の人権侵害は深刻化している。
総務省が運営する「違法・有害情報相談センター」が、2019年度に受け付けたネット上の名誉毀損などに関する相談件数は約5200件に上り、事業が始まった10年度の約4倍に増加した。
また、昨年5月に女子プロレスラーがSNSでの誹謗中傷に苦しみ、亡くなった事件も記憶に新しい。
こうした、ネット上で匿名の投稿者から誹謗中傷による人権侵害を受けた被害者を迅速に救済するため、本年4月、新たな裁判手続きを創設する「改正プロバイダー責任制限法」が成立。来年秋ごろまでに施行する予定となっている。
現行法で投稿者を特定するには、SNSなどの事業者と、投稿者が使ったネット接続事業者(プロバイダー)のそれぞれに裁判の手続きが必要。そのため1年半以上の時間がかかることもあり、弁護士費用なども負担となっていた。
しかし改正後は、投稿者の特定を一つの手続きで行うことを可能にする「新たな裁判手続」が創設。時間・費用・労力の面で被害者の負担が軽減されることが期待される。
法整備が抑止につながることを願う一方、根本的には、利用者一人一人の意識変革が必要であろう。
ネットでは自分の顔が見えないために、軽い気持ちで発言しがちだ。
自身も誹謗中傷を受けた女優の春名風花さんは本紙で、「文字は話し言葉と違って、温度がなく、時には刃となって受け手の心を鋭く突き刺します」と心境を語っていた。
そして発信する際は、「"画面の向こうに相手がいる""自分の発言で深く傷つく人がいるかもしれない"という意識を持ってほしい」と強く訴えている。
SNSは本来、人を幸せにするべきもの——ある被害者家族が語っていた言葉だ。
東京五輪では、結果を残せなかった選手の投稿に、温かな励ましの投稿も寄せられていた。
ある選手はそれに対し、「結果も大事だけど、幸せを感じられるのは結果だけではない」と感謝の投稿をしていた。
一人一人が他者を想像し、尊重する心を持ってこそ、SNSは人を幸せにするツールになる。
☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第2回 関東
本年は、「桂冠詩人」の称号が池田先生に贈られてから40周年。連載企画「勇気の舞 凱歌の行進」では、先生がつづった長編詩を紹介します。第2回は、関東の同志に詠んだ「正義の陣列は連戦連勝たれ!」(2007年)です。
◇不屈の敢闘精神よ輝け
蓮祖は
全人類を照らしゆく
民衆仏法の太陽を
ここ関東から
輝かせてくださったのだ。
だからこそ
本末究竟して等しく
関東の我らの勝利が
一閻浮提
そして尽未来際へ
全民衆の勝利を
決定づけていくことを
誇りも高く銘記し合いたい。
ともあれ
関八州を制する者は
天下を制する。
これは日本史の
確固たる方程式である。
ゆえに我らは
ここ大関東で
真剣勝負に挑むのだ!
ここ大関東で
完勝の旗を振るのだ!
◆◇◆
おお
師弟の埼玉よ!
旭日の千葉よ!
常勝の茨城よ!
人材の群馬よ!
攻勢の栃木よ!
威風も堂々たる
"五大州"の連合たる
我らの大関東は
太陽の如く一丸となって
どこよりも鮮烈に
必勝の大光を放ちゆくのだ!
◆◇◆
我らは
いかなる苦難も恐れない。
いかなる戦闘も惜しまない。
広宣流布のために
労多きことを
今生の無上の名誉として
朗らかに
今日も明日も戦う!
この勇猛なる精進こそ
大関東精神だ。
我らの不撓不屈の
輝く敢闘精神だ。
◆◇◆
君たちよ!
あなたたちよ!
永遠不滅なる
勝利の人生のため
栄光の生命のために
今日も
私と共に
戦ってくれ給え!
そして
私と共に
師子奮迅の力で
金剛不壊の大功徳の生命を
創り飾ってくれ給え!
耳を傾け励ましていく。
"私は一人じゃない"と
皆が思えるつながりを
わが地域に広げゆこう!
兄弟抄 P1084
『がうじやうにはがみをしてたゆむ心なかれ、例せば日蓮が平左衛門の尉がもとにてうちふるまいいゐしがごとくすこしもをづる心なかれ』
【通解】
信心強盛に歯をくいしばって難に耐え、たゆむ心があってはならない。例えば、日蓮が平左衛門尉の所で、堂々と振る舞い、言い切ったように、少しも恐れる心があってはならない。
名字の言 モモを生産する農漁光部の友の挑戦 2021年8月25日
厳しい残暑が続く中、農漁光部の友から爽やかな便りをいただいた。岡山県でモモとブドウを生産する壮年から▼天候不順は農家の悩みの種。県特産の清水白桃は今年、開花時期の春に霜が降りたことで大きな被害となった。霜によって花が枯死したため、実がならずに収穫量が軒並み激減。例年の3分の1以下の地域をはじめ、不作となった産地が少なくなかった▼壮年の場合、天候不順が農産物へ及ぼす最悪の状況を想定し、近年、生育に伴う作業工程を徹底的に見直してきた。いわゆる危機管理である。さらに、新商品の販売や販路の工夫などを積極的に行い、利益率が上がる経営体制を確立。その結果、例年通りの収穫量を確保し、過去最高に迫る売り上げとなった▼「何事もそうですが、自分の行動で一切が決まります。『勝利からの逆算』で、ピンチを成長のチャンスと捉え、勝利のために一つ一つ、手を打ってきたことが功を奏しました。青年部時代の訓練が全て生きています」と壮年▼厳しい試練に見舞われるたびに「自分が成長する好機だ!」と、喜び勇んで立ち向かう。これが学会精神である。モモは古来、魔を寄せ付けないと信じられてきたことから「天下無敵」という花言葉を持つ。
寸鉄 2021年8月25日
御書「但偏に国の為法の為人の為」。何があろうと志固く。立正安国へ一筋
目的なき行動は暗中模索—牧口先生。皆で目標を明確に!祈りを具体的に
まず足元から努力せよ—韓国詩人。今ここで友情拡大!それが広布の礎と
人に尽くす行為は心身を健康に—研究。学会活動に長寿の道。多宝会は鑑
マスク生活で水分補給量足りぬ人は9割。意識し小まめに。熱中症対策を
〈社説〉 2021・8・25 改正プロバイダー責任制限法
◇SNSで人を傷つけないために
「あなたはこのメダルに値しない」「審判を取り込んだ」——東京五輪の出場選手に対するSNSでの誹謗中傷が問題となったが、昨今、インターネット上の人権侵害は深刻化している。
総務省が運営する「違法・有害情報相談センター」が、2019年度に受け付けたネット上の名誉毀損などに関する相談件数は約5200件に上り、事業が始まった10年度の約4倍に増加した。
また、昨年5月に女子プロレスラーがSNSでの誹謗中傷に苦しみ、亡くなった事件も記憶に新しい。
こうした、ネット上で匿名の投稿者から誹謗中傷による人権侵害を受けた被害者を迅速に救済するため、本年4月、新たな裁判手続きを創設する「改正プロバイダー責任制限法」が成立。来年秋ごろまでに施行する予定となっている。
現行法で投稿者を特定するには、SNSなどの事業者と、投稿者が使ったネット接続事業者(プロバイダー)のそれぞれに裁判の手続きが必要。そのため1年半以上の時間がかかることもあり、弁護士費用なども負担となっていた。
しかし改正後は、投稿者の特定を一つの手続きで行うことを可能にする「新たな裁判手続」が創設。時間・費用・労力の面で被害者の負担が軽減されることが期待される。
法整備が抑止につながることを願う一方、根本的には、利用者一人一人の意識変革が必要であろう。
ネットでは自分の顔が見えないために、軽い気持ちで発言しがちだ。
自身も誹謗中傷を受けた女優の春名風花さんは本紙で、「文字は話し言葉と違って、温度がなく、時には刃となって受け手の心を鋭く突き刺します」と心境を語っていた。
そして発信する際は、「"画面の向こうに相手がいる""自分の発言で深く傷つく人がいるかもしれない"という意識を持ってほしい」と強く訴えている。
SNSは本来、人を幸せにするべきもの——ある被害者家族が語っていた言葉だ。
東京五輪では、結果を残せなかった選手の投稿に、温かな励ましの投稿も寄せられていた。
ある選手はそれに対し、「結果も大事だけど、幸せを感じられるのは結果だけではない」と感謝の投稿をしていた。
一人一人が他者を想像し、尊重する心を持ってこそ、SNSは人を幸せにするツールになる。
☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第2回 関東
本年は、「桂冠詩人」の称号が池田先生に贈られてから40周年。連載企画「勇気の舞 凱歌の行進」では、先生がつづった長編詩を紹介します。第2回は、関東の同志に詠んだ「正義の陣列は連戦連勝たれ!」(2007年)です。
◇不屈の敢闘精神よ輝け
蓮祖は
全人類を照らしゆく
民衆仏法の太陽を
ここ関東から
輝かせてくださったのだ。
だからこそ
本末究竟して等しく
関東の我らの勝利が
一閻浮提
そして尽未来際へ
全民衆の勝利を
決定づけていくことを
誇りも高く銘記し合いたい。
ともあれ
関八州を制する者は
天下を制する。
これは日本史の
確固たる方程式である。
ゆえに我らは
ここ大関東で
真剣勝負に挑むのだ!
ここ大関東で
完勝の旗を振るのだ!
◆◇◆
おお
師弟の埼玉よ!
旭日の千葉よ!
常勝の茨城よ!
人材の群馬よ!
攻勢の栃木よ!
威風も堂々たる
"五大州"の連合たる
我らの大関東は
太陽の如く一丸となって
どこよりも鮮烈に
必勝の大光を放ちゆくのだ!
◆◇◆
我らは
いかなる苦難も恐れない。
いかなる戦闘も惜しまない。
広宣流布のために
労多きことを
今生の無上の名誉として
朗らかに
今日も明日も戦う!
この勇猛なる精進こそ
大関東精神だ。
我らの不撓不屈の
輝く敢闘精神だ。
◆◇◆
君たちよ!
あなたたちよ!
永遠不滅なる
勝利の人生のため
栄光の生命のために
今日も
私と共に
戦ってくれ給え!
そして
私と共に
師子奮迅の力で
金剛不壊の大功徳の生命を
創り飾ってくれ給え!
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