2022年7月7日木曜日

2022.07.07 わが友に贈る

御聖訓「このことに
あわんためなりけり」
ここが広布の"勝負所"と
覚悟を定め全力を尽くす。
そこから活路が開ける!
(新2085・全1451)

乙御前御消息 P1221
『いかなる男をせさせ給うとも法華経のかたきならば随ひ給うべからず、いよいよ強盛の御志あるべし』

【通解】
どのような男性を夫とされても、法華経に敵対するならば従ってはいけません。ますます強い信心を貫いていきなさい。

名字の言 少女部員が七夕の短冊に書いたこと 2022年7月7日
昨年、学校行事の「七夕祭り」を終えて帰宅した少女部員が母に言った。「『おばあちゃんの足のけがが早くよくなりますように』って短冊に書いたよ。かなうといいな」と。「じゃあ、一緒にかなえてみる?」と母。少女は、その日から母と一緒に勤行を始めた▼少女の祖母の家は近所にある。先のやりとりを伝え聞き、「うれしいね。必ず治してみせるよ」と涙を流した。勇気をもらった祖母は見る見る回復し、数日後、元気に少女の自宅まで歩いて行った▼1月7日の人日、3月3日の上巳、5月5日の端午、7月7日の七夕、9月9日の重陽、それぞれの節句を合わせて「五節句」という。日蓮大聖人は、五節句は「妙法蓮華経」の五字に由来する祭りであると門下に教え、「五節供の時もただ南無妙法蓮華経と唱えて悉地成就せしめ給え」(新1456・全1070)と示された▼仏法では、仏の生命を開く因も果も同時に具わる「因果倶時」を説く。七夕の日に、祖母の全快を願う子や孫の祈りが、確かな"因"となり、祖母は早期回復という"果"を勝ち取ったように思えてならない▼私たちもまた、悔いなき一日一日の行動を「現在の因」とし、晴れやかな「未来の果」を断固、勝ち開いていこう。

寸鉄 2022年7月7日
「法華経の信心をとおし給え」御書。戦いは最後の瞬間まで。強き祈りで(新1522・全1117)
汗水たらし懸命になるから不可能も可能に—恩師 皆で立正安国の勝利劇を
一人立つ者が一番強い—劇作家イプセン。青年よ勇将たれ。率先の姿が全軍へ波動!
悪質な「送りつけ商法」の相談が感染禍で増加と。身に覚えのない品は拒否
公明の迅速な提言で物価抑制策が進展した—教授 「実行力」で他党を圧倒

☆御書と未来へ 第25回 「難こそ誉れ」の師子王の心で
〈御文〉
『かえすがえす、人のせいしあらば、心にうれしくおぼすべし。』〈上野殿御返事(大難必定の事)、新1843・全1512〉

〈通解〉
くれぐれも申し上げるが、人から制止されたならば(正しい法を受持している故の難なのだから)、かえって、うれしく思いなさい。

〈池田先生が贈る指針〉
"難こそ誉れ"だ。苦難の時に師子王の心で戦い切れば、必ず大果報を得る。大聖人は、この法理を若き門下に示された。
反発も圧迫も、勝利の瑞相である。地涌の青春は全てを打ち返し、飛躍の力に変える。大変であればあるほど、「心にうれしく」勇み立つのだ。
創価の若人よ、華陽の姉妹よ、"青年の月・7月"を勝ち飾れ!

☆明日を照らす テーマ:いよいよの信心 2022年6月28日
いかなる逆境にあっても、妙法への信仰を貫くならば、必ず仏界の生命を開いていくことができる——。日蓮大聖人は、共に戦う門下たちに、ことあるごとに教えられています。
池田先生は「何があってもたゆむことなく、むしろことあるごとに、いよいよ強盛の信心を奮い起こして、わが生命を錬磨していくことです。同じ法華経への信心、同じ御本尊への信心でも、いよいよ強盛の信心を奮い起こすことによって、功徳はいやまして大きくなり、境涯はいやまして広く、豊かになる」とつづっています。
今回の「明日を照らす」は、「いよいよの信心」をテーマに学んでいきましょう。

◇聖人御難事
『月々日々につより給え。すこしもたゆむ心あらば、魔たよりをうべし。』(新1620・全1190)

◇一日一日を悔いなく
【通解】月々日々に、信心を強めていきなさい。少しでもたゆむ心があれば、魔がその隙に、付け込んでくるであろう。

ここまで頑張ったのだから……。魔は、そういった心の隙に付け入ってきます。魔に食い破られないためにも、一瞬一瞬、自身を完全燃焼させていくことが大切です。
本抄が認められたのは、弘安2年(1279年)10月1日。前月の9月には、駿河国(静岡県中央部)で農民門下20人が不当に逮捕されるなど、「熱原の法難」の渦中でした。
日蓮大聖人は、掲げた御文の直前で、「各々、師子王の心を取り出だして、いかに人おどすともおずることなかれ」(新1620・全1190)とつづられています。「師子王の心」とは、最高の勇気です。大聖人は、あらゆる障魔を「師子王の心」で打ち破りました。"師である大聖人と同じ心で戦うならば、いかなる迫害にも負けることはない"と、門下に教えられているのです。
障魔は、油断や惰性など、"心の隙"を狙い、広布の歩みを止めさせようとします。だからこそ、大聖人は「月々日々につより給え」と呼び掛けられています。日々、師との誓いに立ち返り、共戦の決意を新たにする——。その繰り返しが信心を強め、障魔を打ち払うのです。
池田先生は「広布の遠征にあって、師弟共戦の生き方と菩薩の誓願とは、一体です。師弟に生き、地涌の誓願に生きる人生は、胸中の仏界の力強い生命を涌現させます」とつづっています。
「昨日より今日」「今日より明日」へ。師との誓いを胸に、一日一日を悔いなく戦い抜く、たゆまぬ挑戦が壁を破るのです。

◇兵衛志殿御返事
『夏と秋と、冬と春とのさかいには、必ず相違することあり。凡夫の仏になる、またかくのごとし。必ず三障四魔と申す障りいできたれば、賢者はよろこび愚者は退く、これなり。』(新1488・全1091)

◇「「賢者」の生き方を
【通解】夏と秋と、冬と春との季節の境目には、必ずそれまでとは相違することがある。凡夫が仏になる時も、また同じである。必ず三障四魔という妨げが出てくるが、その時、賢者は喜び、愚者は退くのである。

"今こそ、信心で立ち向かおう"——奮起しようとする時、障魔はあらゆる働きとなって現れ、決意を砕こうとします。
日蓮大聖人は、四季の変わり目には必ず変化が起きるように、凡夫が仏になる時には、「三障四魔」が必ず競い起こると仰せです。
その時に心すべきは、"自分が呼び起こした障魔なのだ"と自覚することです。障魔が攻め込んでくるように思えるかもしれませんが、そうではありません。自らが勇んで広布に挑んだからこそ、競い起こってくるのです。
大聖人は、「賢者はよろこび愚者は退く」と仰せです。いざ、眼前に障魔が現れた時に、"信心しているのに、どうして"と、苦難の壁や宿命の嵐にひるみ、立ち止まってしまうのか。"いよいよ、宿命転換の時が来た"と捉えて立ち上がるのか。どちらの道を行くか、試されるというのです。
池田先生はつづっています。
「魔が競うのは、正法である証です。実践が正しいことの証明です。どこまでも、主体者は自分です。永遠の常楽我浄の幸福境涯を得るために避けて通ることのできない試練である——こう覚悟した者にとって、障魔と戦うことは最高の喜びとなるのです」
困難に遭うたび、"賢者の道"を選び、嬉々として信心に励んできたのが、三代会長と共に歩んできた、学会員の生き方なのです。

2022年7月6日水曜日

2022.07.06 わが友に贈る

昨日の自分を超え
今日を勝ち抜く。
ここに人間革命がある。
「きわめてまけじ
だましいの人」たれ!
(新1309・全986)

御義口伝巻上 P725
『信は智慧の因にして名字即なり信の外に解無く解の外に信無し信の一字を以て妙覚の種子と定めたり』

【通解】
御本尊を信ずることは、日蓮大聖人の智慧をいただくことでもあり、名字即の位である。信と解(=御本尊を信ずること)と仏をさとることは一体である。
信の一字こそ、妙覚(=仏のさとり)の種である。

名字の言 しまくとぅばから学ぶ 2022年7月6日
聖教電子版で本紙の方面・県版を見ていると、沖縄版の連載が目に留まった。タイトルは「しまくとぅばから学ぶ」▼しまくとぅばの「しま」には島や村落だけでなく、古里の意味もある。「くとぅば」は言葉。だから「島言葉」と訳されるのが普通だが、沖縄地方の「古里の言葉」と言ったほうがしっくりくる。古里の文化と知恵が結晶した「しまくとぅば」を、仏法の視点を加えて解説する好企画だった▼例えば「才知ぇー 一代、誠ー 世万代」(才知で得たものは、せいぜい一代限りであるが、誠実の心は万代に及ぶ)。誠実で築いた信頼は崩れないことを、御書の一節「教主釈尊の出世の本懐は人の振る舞いにて候いけるぞ」(新1597・全1174)を踏まえて訴える▼かつて、標準語励行運動が強力に進められた沖縄では、しまくとぅばを学校で話すと、罰として「方言札」を首に掛けられた。古里の言葉を否定されたのだ。しまくとぅばでしか表現できないこともある。言葉の否定は、言葉を使う人と地域の否定と同じだ▼「月ぬ 走いや、馬ぬ 走い」(月の走りは、馬の走り)。駿馬が駆けるように、月日は一瞬にして過ぎ去る。今年も折り返し地点。一日一日を丁寧につづり、上半期の総仕上げに走りたい。

寸鉄 2022年7月6日
牧口・戸田両先生の法難の日。正義の魂は我らの胸に!誓い強く対話拡大
兵庫で必死の攻防続く。大関西の民衆パワーで、今再びの大逆転勝利を!
神奈川が大猛追。悔いなき大闘争で大勝旗を必ず全同志が総力で大応援!
愛知も情勢が緊迫。乱戦抜け出す執念の猛攻を!皆で栄光の虹を堅塁城に
公明比例が全国で激戦。全議員が死力尽くし押し上げ!支援も総当たりで

〈社説〉 2022・7・6 あす「クールアース・デー」
◇"できること"を語り合おう
世界で異常な高温が続く。6月には欧州各地で40度超えを記録。今月3日にはイタリア北部のアルプスで一部の氷河が崩落した。急激な気温上昇が原因と見られる。日本では異例の早い梅雨明けと連日の猛暑……改めて地球温暖化との関連を考えざるをえない。
あすは「クールアース・デー」。七夕の日に地球環境の大切さに思いをはせ、家庭や職場で、節電など具体的な温暖化対策を推進しようと2008年に制定。同年7月のG8洞爺湖サミット(主要国首脳会議)開催に合わせ、公明党が提案し、創設されたものだ。
同サミットでは温室効果ガスの削減へ長期目標が合意されたが、「脱炭素社会」実現へ、その挑戦はより一層の加速が求められている。大きな目標の達成には一人一人の意識変革が不可欠である。
創価学会の主要会館には、来館者が書籍に親しめる「SOKAライブラリー」がある。秋田文化会館では、地球環境への意識向上を目的に「SDGs(持続可能な開発目標)コーナー」を設置。その一角に、目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」の理解に資するため、レオ・レオニ作の絵本『スイミー』が紹介されている。
——赤い色の仲間たちと違い、スイミーは1匹だけ黒い色をした小さな魚だ。でも、仲間と協力して大きな魚の形を作って泳ぎ、襲ってくる強い魚も追い返す。黒い体のスイミーは、その個性を生かし"僕が目になろう"と、"大きな魚"の目の役割を担った、と。
自分には何ができるか。新潟県出身のある壮年は、青年部時代から環境問題に高い関心を寄せていた。"地球環境に役立つ仕事を"と、30代後半で林業の世界へ。2000年に現在の秋田県北秋田市に転居し、森林整備による樹木の保護・育成に従事する。
「自身の手で森を管理することで環境保全に力を尽くす手応えを感じます」と語り、秋田杉をはじめとする資源の利活用と環境保全への啓発に取り組み続けている。
「節約」といった持続可能な社会への取り組みが、抑制的な生き方の強制と受け止められては共感は得られない。池田先生は、"誇りある生き方の中で得られる「充足感」を広げていくことが地球環境保護の推進力になる"と語る。
"今、私にできることは何か"——地球の未来について友と語り合う、"熱い夕暮れ時"も必要だ。

☆御書と未来へ 第24回 希望の時代開く先駆たれ
〈御文〉
『師子の筋を琴の絃にかけてこれを弾けば、余の一切の獣の筋の絃、皆きらざるにやぶる。仏の説法をば師子吼と申す。乃至、法華経は師子吼の第一なり。』〈四条金吾殿御返事(梵音声の事)、新1528・全1122〉

〈通解〉
師子の筋を琴の絃にして、これを弾けば、他の一切の獣の筋の絃は皆、切ってもいないのに切れてしまう。仏の説法を師子吼という。法華経は師子吼の第一である。

〈池田先生が贈る指針〉
学生の声は強い。時代を変える。なかんずく「師子吼の第一」たる生命尊厳の大哲理を掲げた創価の学生部の言論が、いかに重要か。
恩師と私が民衆厳護の先駆を託した結成から65周年。いやまして勇気と英知の対話で友の心を晴らし、社会の暗雲を打ち払う連帯を築くのだ。立正安国の師子吼で平和と希望の未来を開け!

☆明日を照らす テーマ:社会で光る 2022年3月29日
日蓮大聖人の仏法は、日常を離れたところで修行するものではありません。どこまでも、現実社会の中で実践し、人生を勝ち開いていくためのものです。
池田先生は「どうか、皆さんは、社会にあって、最も良識豊かな、誰からも信頼、尊敬される一人ひとりになってください。それが広宣流布の力なんです。そのために、題目を唱え抜いて、自身の生命を磨き抜いていただきたい」とつづっています。
今回の「明日を照らす」は、「社会で光る」をテーマに学んでいきましょう。

◇御義口伝
『傅大士の釈に云わく「朝々仏とともに起き、夕々仏とともに臥す。時々に成道し、時々に顕本す」云々。』(新1027・全737)

◇朝の決意が勝利開く
【通解】傅大士の釈には「朝に夕に仏と共に起き臥し、時々に仏道を成じ、本地を顕す」とある……。

朝の時刻こそ運命の針が事を決する(『ファウスト』2、相良守峯訳、岩波文庫)——文豪ゲーテは、朝の重要性をつづっています。特に、忙しい社会人にとって"朝に勝つ"ことは、一日のリズムを整えるための重要な一歩となります。
「御義口伝」は、日蓮大聖人が身延で法華経の要文を講義され、それを日興上人が筆録したものと伝えられています。
「朝々仏とともに起き」との仰せのように、一日の始まりである"朝"に、真剣な決意を込めた題目を唱えることは、その日を勝利するための"起点"を築くことになります。
そして、「夕々仏とともに臥す」とあるように、夜はその日一日を振り返り、感謝の祈りを忘れず、次の日への誓いを立てていく——。この朝晩の勤行・唱題こそが、"仏とともに"歩む、最高のリズムなのです。祈りを根本にする人は、「時々に」自身に具わる仏界の境涯を開き、無限の力を現していくことができるのです。何も恐れるものはありません。
現実社会の荒波は、"なんとかなるだろう"といった弱々しい生命力では乗り越えることはできません。
池田先生は「朝の決意が、一日の勝利につながる。朝の勢いが、社会の開拓となる。(中略)仏法を行ずる我々は、白馬が嘶くように、朗々たる朝の勤行・唱題を響かせながら、今日も勝ち戦の行進を開始するのだ」とつづっています。
朝の祈りから満々たる生命力を湧き上がらせ、"きょうも必ず勝利してみせる"と、地域や社会へ勢いよく打って出ていきましょう。

◇四条金吾殿御返事
『強盛の大信力をいだして、「法華宗の四条金吾、四条金吾」と、鎌倉中の上下万人、乃至日本国の一切衆生の口にうたわれ給え。あしき名さえ流す。いわんやよき名をや。いかにいわんや法華経ゆえの名をや。』(別名「煩悩即菩提の事」、新1522・全1118)

◇"創価"の誇りも高く
【通解】強盛の大信力を出して、「法華宗の四条金吾、四条金吾」と、鎌倉中の上下万人をはじめとして、日本国の一切衆生の口にうたわれていきなさい。人は悪名でさえ流すものだ。まして、善き名を流すのは当然である。ましてや、法華経ゆえの名はいうまでもない。

"難こそ好機と迎え撃て!"——御本仏の悠然たる御境涯が拝されます。
本抄は、日蓮大聖人が流罪地の佐渡から、鎌倉の門下の中心者である四条金吾に宛てられたお手紙です。大聖人が佐渡流罪という最大の法難に遭う中、門下たちにも厳しい迫害がおよび、多くの弟子たちが退転していきました。
そのような危機的状況にあっても、弟子として信心を貫いていた金吾に、大聖人は渾身の励ましを送られています。
強盛な信力・行力を奮い起こしていけば、無量の仏力・法力を涌現させていくことができます。
日本中が、大聖人と門下の「悪名」を広げている状況にあって、金吾も弾圧を受けていました。それでも、「強盛の大信力をいだして」いけば、「法華経ゆえの名」は、必ず人々からたたえられるようになると教えられているのです。
大聖人直結の創価学会では、"逆境こそ人間革命の好機"と、多くの学会員が、強盛の大信力を出して、宿命転換のドラマをつづってきました。
その一人一人の"負けじ魂"が、周囲からの信頼を生み、仏法の素晴らしさを広げてきたのです。
変化の激しい時代。今こそ、どんな苦難をも勝ち越える、仏法の哲理が求められています。"創価"の名を誇り高く掲げ、今いる場所で勝利の実証を示すことで、社会に希望を送っていくのです。

2022年7月5日火曜日

2022.07.05 わが友に贈る

「ただひとえに
思い切るべし」御聖訓。
戦いは勢いで決まる。
地涌の誇りを胸に
大胆に打って出よう!
(新2085・全1451)

松野殿御返事 P1386
『然れば雪山童子の古を思へば半偈の為に猶命を捨て給ふ、何に況や此の経の一品一巻を聴聞せん恩徳をや何を以てか此れを報ぜん、尤も後生を願はんには彼の雪山童子の如くこそあらまほしくは候へ、誠に我が身貧にして布施すべき宝なくば我が身命を捨て仏法を得べき便あらば身命を捨てて仏法を学すべし。』

【通解】
したがって雪山童子の古を思えば、半偈のためにさえもなお命を捨てたのである。ましてやこの法華経の一品一巻を聴聞した恩徳に対しては、何をもってこれに報いたらよいであろうか。もっとも後世のことを願うならば、彼の雪山童子のように振舞うのが理想である。我が身が貧しくて布施する宝がないならば、そしてわが身命を捨てて仏法を得られる機会があったならば、身命を捨てて仏法を学ぶべきである。

名字の言 平和を願う民衆の声が世界を動かした 2022年7月5日
東京の「第五福竜丸展示館」で原水爆禁止署名を見たことがある。「○○町婦人会」「○○校区婦人会」など、体裁や文面は多種多様。署名運動の自発的な広がりを物語っていた▼1954年、米国による水爆実験で、遠洋漁業に出ていた第五福竜丸が被ばく。食卓から魚が消え、放射能汚染に強い不安を感じた女性たちが水爆反対の署名運動に立ち上がった。その声は全国に波及し、集まった署名は3000万以上に。世界を動かす平和のうねりとなった▼ある女性部のリーダーが広島で被爆したのは、小学4年生の時だった。爆心地から約3キロの自宅前を、焼けただれた人々が逃げ惑う"地獄絵図"を見た。その体験が平和を求める心となった▼転居した兵庫で入会し、66年の"雨の文化祭"に参加。関西の地で刻んだ池田先生との出会いを通して、平和の直道を知る。それは人間の生命に巣くう魔性と対峙し、対話によって友の仏性を輝かせること。入会60年を迎えた今も「平和は勝ち取らなあかん!」と意気軒高だ▼過日、初の締約国会議が開かれた「核兵器禁止条約」は、世界のヒバクシャの声が推進力となり、条約発効につながった。対話の力で民衆の善の連帯を広げる。そこに「立正安国」の直道がある。

寸鉄 2022年7月5日
御聖訓「平等大慧の智水乾くことなし」。題目第一の賢者に破れぬ壁はない(新1458・全1072)
埼玉が激戦。鉄桶の団結は烈風の中でこそ強く!一瀉千里で栄光の頂上へ
福岡が奮戦。新たな先駆の共戦譜を刻むのは今!大九州の底力を満天下に
大麻摘発8年連続増加、30歳未満が7割と。社会全体で注意喚起強め撲滅
子育て支援は経済成長と財政にも好影響—専門家 公明の役割は益々大きく

☆対話のツボ 【問い】友人に、自分の思いをうまく伝えることができません。
目には見えない自分の思いを言葉にすること自体、簡単なことではありません。時に、意図がうまく伝わらなかったり、誤解されてしまうこともあるかもしれません。
日蓮大聖人は、「言葉というのは心の思いを響かせて、声に表したものをいうのである」(新713・全563、通解)と記されています。言葉には、心の思いが表れていくとの仰せです。
大切なことは、"うまく伝える"ことではなく、誠実に"真心"を伝えることではないでしょうか。
ある男子部員は、吃音に苦しみながらも、"なんとかして、悩む友人に仏法を伝えたい"と決意。対話を終えた時には、「うまく伝えられたか、分からない」と語っていました。
友人はその後、入会を決意。「自分のことを思う、"熱く感じるほど"の真心に感動した」と話す姿が印象的でした。
池田先生は「人の心を動かすのは、真剣にして誠実な対話である。燃えるような情熱に触れた時、人の心もまた燃え上がるのである」とつづっています。
日々の勤行・唱題の中で、友の幸福を真心込めて祈るならば、その思いは必ず伝わります。
そう確信しているからこそ、学会員は、たとえ一度の対話で伝わらなくとも、"何度でも"語っていくのです。

☆大学校生とナットクTALK テーマ:自身との戦い
男子部大学校生からの質問に答える連載「大学校生とナットクTALK」。今回のテーマは「自身との戦い」。中村団長が、御書を学ぶ田崎ニュー・リーダーから質問を受けます。

登場人物
中村区男子部大学校団長 20歳の時に入会。情熱に燃える新進気鋭のリーダー。35歳。
田崎ニュー・リーダー 男子部大学校5期生として入校した28歳。

Q.仏法における「勝負」とは?
A.自らの「弱い心」に打ち勝つこと555555555
田崎ニュー・リーダー 中村さん、この間、初めて御書を購入しました。ちょっと質問があるんですけれど、いいですか。

中村区男子部大学校団長 多忙な中でも、御書に触れていくことも、疑問をぶつけることも、本当に大事なことだよ。素晴らしいね! どんな質問かな?

田崎 実は、「仏法と申すは勝負をさきとし」(新1585・全1165)という御文を拝読したんですが、字面だけ追うと、仏法って「勝利至上主義」みたいな考え方なのでしょうか。僕自身は、勝ち負けより、一生懸命さや、何かに挑戦すること自体が大切なのかなと思って……。

中村 なるほど(笑い)。その気持ち、よく分かるし、一理あるね。そもそも、仏法における勝負って、「何」と勝負しているんだろう?

田崎 えっ。そんなこと、考えもしませんでした。そうですね……。例えば、仕事の成果で同僚に負けないようにするとかですかね?

中村 なるほど。でもね、ここでの「勝負」というのは、「世間的な勝負」ではなく、「自分自身との勝負」ということだと、僕は思うんだ。なぜなら仏法は、どこまでも自身の生命を変革することに重きを置いている。そして、僕たちの生命は、時に困難の壁に直面して、挑む前に逃げ出そうとしてしまうことがある。その生命を変革するのが信心なんだ。つまり、信心における勝利とは、「諦め」「臆病」といった自分の弱い心に打ち勝つことなんだよ。

田崎 そう言われると、初めて拝読した時と御文の印象が変わりますね。

中村 この御文は、信心を真剣に実践し続ければ、その先に、必ず勝利の結果を示せることを教えられていると拝すことができる。田崎君も、ぜひ「必ず人間革命する」「職場で実証を示してみせる」と強盛に祈り、行動してみてほしい。真剣な祈りには、必ず結果が伴うよ。

田崎 ただ、ずっと強い気持ちで挑戦し続けるって、中村さんは、苦しい時はないんですか。

中村 そりゃあ、僕にだって苦しい時はあるよ。だからこそ、励まし合う同志の絆が何より大切なんだ。また、池田先生は「勝つことよりも負けないことのほうが、実は偉大な勝利なのです」と教えられている。自身の弱い心に負けないで、挑戦を貫くことそれ自体が、深い次元での「勝利」なんじゃないかな。信心も人生も「持続の人」に勝るものはない。「弱い自分には負けないぞ!」と気持ちを奮い立たせながら、一緒に、広布と人生の山を登攀していこう! 振り返れば、必ず成長の節を刻んでいるはずだから。

2022年7月4日月曜日

2022.07.04 わが友に贈る

◇今週のことば
「信心しきった者が勝つ」
全てを味方に変える祈り。
勇気凜々と語り抜く声。
心一つに共戦する団結。
皆で広布と人生の万歳を!
2022年7月4日

御義口伝巻上 P737
『今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は与如来共宿の者なり、傅大士の釈に云く「朝朝仏と共に起き夕夕仏と共に臥し時時に成道し時時に顕本す」と云云』

【通解】
今、南無妙法蓮華経と唱える日蓮と門下は、「如来とともに宿する」者である。傅大士の釈には「朝に夕に仏と共に起き臥し、時々に仏道を成じ、本地を顕す」とある。

名字の言 "リサイクル率日本一"の陰に 2022年7月4日
環境省が先日、公表した2020年度の自治体別・一般廃棄物リサイクル率で、鹿児島県の大崎町が2年連続14度目の日本一になった。リサイクル率は全国平均の20%を大きく上回る83・1%である▼それを支えるのが、家庭ごみを出す全世帯で構成する「衛生自治会」。今春、会長になった壮年部員は、副会長を8年務め、外国人のために母国語のリサイクル表を作るなど、こまやかな対応を続けてきた▼壮年は19歳の時、結核で左肺の半分を取り除いた。45歳でがんを患い、胃の4分の3を切除。相次ぐ病苦を信心と周囲の励ましで乗り越えた。今度は自分が人のために尽くす番だと心に決めたという。「人のために火をともせば、我がまえあきらかなるがごとし」(新2156・全1598)との一節が壮年の胸に深く響いた▼現在、衛生自治会の会長をはじめ、10以上の地域役職を担っている。学会では県総合長。「人の何倍もの生きている充実感があります」と元気いっぱいだ▼人生は戦い。思いもよらぬ試練はつきものである。だが、使命を自覚することで希望を自ら創り出し、力を湧かせ、何度でも前に進める。苦難の時こそ「まことの時」と決め、勝利の飛躍台にしていくのが学会魂である。

寸鉄 2022年7月4日
「日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず」御書。誓願の友に破れぬ壁なし(新1675・全1282)
大兵庫が重大局面。もう一歩、あと一押し!皆も大応援で常勝の新章節を
情勢緊迫の神奈川。攻めに攻め抜き勝機を掴め!感激の同志も総力で援軍
正念場の愛知。必勝の炎赤々と!民衆の大連帯で一丸の対話拡大を今日も
公明、選挙区も比例も猛攻が急務。政策と実績を全力の訴え。支援も加速

☆ONE GOSHO この一節とともに! 生死一大事血脈抄 2022年6月26日
◇団結固く勇気の拡大を
7月に結成記念日を迎える男子部は今、立正安国の使命を胸に、勇気の対話拡大にまい進している。今回は、広宣流布の勝利の要諦である「異体同心の団結」について学ぶ。

◇御文
『総じて、日蓮が弟子檀那等、自他・彼此の心なく、水魚の思いを成して、異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉るところを、生死一大事の血脈とは云うなり。しかも、今、日蓮が弘通するところの所詮これなり。』(新1775・全1337)

◇通解
総じて日蓮の弟子たちが、自分と他人、彼と此という分け隔ての心をもたず、水と魚のように互いに親密な思いを抱き、異体同心で南無妙法蓮華経と唱えたてまつるところを「生死一大事の血脈」というのである。しかも今、日蓮が弘通する所詮はこれである。

◇背景
本抄は、文永9年(1272年)2月11日、日蓮大聖人が流罪地の佐渡・塚原で認められ、最蓮房に与えられたとされている。
最蓮房は、元は天台宗の学僧だったが、大聖人と同時期に何らかの理由で佐渡に配流され、大聖人と出会って弟子になったとされる。本抄は最蓮房が「生死一大事の血脈」という仏法の極理について、大聖人に質問したことに対する御返事である。
「生死一大事」とは、生死の苦悩を解決するための根本の大事、すなわち万人成仏の法を意味する。
また「血脈」とは、仏から衆生へ、師から弟子へと法門が伝えられるさまを表している。

◇解説
本抄の冒頭で日蓮大聖人は、生死一大事の血脈——すなわち、生死の苦悩を解決する根本の法とは「妙法蓮華経」であると結論されている。
この生死一大事の血脈である妙法を、いかにして門下の生命に継承させていくか——。
本抄では、私たちがその血脈を受け継ぐために重要となる信心の姿勢を3点、示されている。
第一に、仏、法、衆生の生命の三つに差別がないと信じること。つまり、自身の胸中に仏の生命が具わっていると"確信"して題目を唱えることである。
第二に、三世にわたって妙法を持ち抜く"不退の信心"。
そして第三に、"異体同心の団結"である。
「自他・彼此の心なく」とは、自分と他人の間に、差別や対立の心を持たないこと。つまり、自己中心の心を乗り越えていく挑戦であると言える。
「水魚の思いを成して」とは、水と魚が切り離すことができない関係であるように、互いに尊重し合っていくことである。
そして「異体同心」とは、性格や立場などが違っても(=異体)、同じ目的観、価値観を持つこと(=同心)。私たちでいえば、多彩な人材が互いの個性を認め合いながら、一人一人の可能性を最大限に発揮し、広宣流布を目指していくことである。
大聖人は、この異体同心の団結で南無妙法蓮華経と唱えていくところにこそ、生死一大事の血脈が流れ通うとされている。
そして、「日蓮が弘通するところの所詮これなり」と仰せである。広宣流布に向かって異体同心で団結する姿、それ自体が、目指すべき人類の平和の縮図と言えよう。この御文の後で、異体同心の団結があれば、広宣流布の大願が成就するだろうと述べられている。
この「異体同心」と対極にあるのが「同体異心」だ。表面的には同じ行動をしているように見えても、一人一人の心がバラバラの状態である。
大聖人は「異体同心事」の中で、「異体同心なれば万事を成じ、同体異心なれば諸事叶うことなし」(新2054・全1463)と述べられた。「周の武王」率いる800の諸侯の軍が、70万騎の「殷の紂王」の軍勢を打ち破った古代中国の故事を挙げられ、勝負は人数の大小ではなく、"戦う心"が一致しているかどうかで決まると示されている。
では、どうすれば「異体」を「同心」にできるのか。
池田先生は、異体同心という無敵の団結をつくり上げていく肝要について「まず、師匠の掲げる広宣流布という大理想を我が誓いとし、師弟共戦の祈りと行動を貫くことだ」と教える。
そして、「友の悩みを自らの悩みとし、一緒に祈り、一緒に立ち向かう、同苦の精神を最前線まで脈打たせていくことだ」と。
師の心をわが心として、広布への祈りを深め、自らが率先して正義を語り、周囲に励ましを送っていく——その一人一人の行動の結合が、異体同心の団結となるのだ。その力は単なる足し算ではなく、掛け算となって増し、千倍、万倍にもなる。
師との「同心」の祈りも強く、一人一人が今いる場所で決然と一人立ち、限界を打ち破る勇気の拡大で、勝利の決定打を放ちゆこう!

2022年7月3日日曜日

2022.07.03 わが友に贈る

"広布に励む一日の功徳は
極楽百年の修行に勝る"
大変であればあるほど
境涯革命のチャンスだ。
喜び勇んで友のもとへ!
(新261・全329)

四菩薩造立抄 P989
『総じて日蓮が弟子と云つて法華経を修行せん人人は日蓮が如くにし候へ、さだにも候はば釈迦多宝十方の分身十羅刹も御守り候べし』

【通解】
総じて、日蓮の弟子といって法華経を修行する人々は、日蓮と同じようにしなさい。そうするならば、釈迦仏・多宝仏・十方分身の諸仏、諸天善神たる十羅刹も必ず守護されるであろう。

【先生の指導から】
(前略)そしてまた、七月三日は、戸田先生の出獄の日であり、不二の弟子である私の入獄の日である。
まさに、創価学会の三代の師弟は、御書と法華経に違わぬ「如説修行(仏の説の如く修行する)」を貫き通してきた。
大聖人は門下に幾度となく、「日蓮が如く」と呼びかけておられる。
大聖人の教えどおりに、寸分違わずという決意で、そのまま実践する。それが、信心の極意にほかならない。

名字の言 エジソンが発明した「キネトスコープ」 2022年7月3日
映像技術の小型化・高性能化は著しい。スマートフォンでの動画撮影も日常になり、本紙の取材にも活用している。撮影した映像が見られるようになった出発点は、エジソンが発明した「キネトスコープ」だ▼その装置では、大きな箱に一人分の覗き窓があり、短い映像が楽しめる。米シカゴの万国博覧会にも出展され注目を集めた。日本に上陸したのは、誕生から数年後の1896年。その場所は神戸だった▼これからは「映像の時代」——池田先生は若き日から、その力に着目してきた。戸田先生の「原水爆禁止宣言」を後世に伝え残そうと、モノクロ(白黒)映像が主流だった時代に、カラー撮影に手を尽くしたのも、池田先生である▼第3代会長就任の翌1961年、先生は神戸・兵庫の2支部合同結成大会で、広布の記録映画の製作を発表した。発表の場を神戸にしたのは、神戸が「新しき文化の都」との考えからだ。この記録映画が、現在のSOKAチャンネルVODや聖教新聞の動画配信などに発展し、多くの友の触発の機会となっている▼世界広布の伸展や広布史を再現した動画を見るたび、今の行動が映像の一こま一こまにつながっていることを思う。わが心に広布史を刻み残す「師弟の月」7月に。

寸鉄 2022年7月3日
忘れまじ「7・3」。師弟の信心こそ絶対勝利の要諦 創価三代の魂継ぐ勇者に
大関西が総決起!天王山は今。執念の猛攻で新時代の"まさか"が実現皆で
全国の同志が勇気の拡大 希望の共進の足音も高く さあ栄光の頂へ一直線!
東北の日35周年。我らの合言葉は不撓不屈の前進 歴史を刻む大闘争今日も
女性支援の活動で最も頼りになるのは公明—識者 政治はポーズでなく結果

☆随筆「人間革命」光あれ 負けじ魂のバトンを君に 2022年6月30日
◇今日も仏の仕事を続けよう
今日六月三十日は、若き普賢菩薩の陣列たる学生部の結成六十五周年の記念日である。今年は、私が学生部に行った「御義口伝」講義から六十年ともなる。
真剣に研鑽した愛弟子たちと、御書に仰せのごとく「同じしらが(白髪)」(新1838・全1509)になるまで、師弟して共に戦えることは、この上ない喜びである。
皆、生々世々の友である。
ある日の講義の折、「楽天的であることは、指導者の要件でしょうか?」という質問が上がった。学生部らしい問いである。
私は言った。
——わが一念に、戦いを絶対に勝ち抜くという用心と気概がなくてはならない。それがない楽観主義では、民衆の心を真に考えていない指導者となる。
例えば、自身が悪口を言われ、難を受けた。それでも広宣流布のため、人びとの幸福勝利のために、微笑みながら、凜然と進む。それが真の楽観主義だ、と。
今、学びに学んで、労苦を厭わず民衆の大地に飛び込み、平和のため、未来のために金の汗を流す従藍而青の男女学生部が、どれほど人類の希望となり、英明な大指導者と育ちゆくか。私は楽しみでならない。

◇その人が勝利者
我らの勇気の行進は、妙法で結ばれた世界中の宝友の祈りと、いつも共にある。
先日も、イタリア婦人部の皆さんが、日本の女性部へエールを込めて、素晴らしい愛唱歌「平和の使者」の動画を送ってくれた。
「心を合わせよう
声を合わせよう
波を起こしていこう
平和と幸福の波を」と。
思えば、三十年前(一九九二年)の六月、ルネサンスの都フィレンツェを訪問中、女性メンバーたちの凜々しき決意の冊子に、私は感謝を込めて書き記した。
「負けない人 その人は勝った人
唱題の人 その人は幸の永遠の人
広布に生きる人 その人は三世の長者の人」
時代の試練にも負けじ魂朗らかに、イタリアの天地に躍動する同志の歌声と笑顔は、何と崇高なことか!
日蓮大聖人は、弘安元年(一二七八年)の七月三日、妙法尼御前に仰せられた。
「この法華経には、我らが身をば法身如来、我らが心をば報身如来、我らがふ(振)るま(舞)いをば応身如来と説かれて候えば、この経の一句一偈を持ち信ずる人は、皆この功徳をそな(具)え候」(新2098・全1402)
まさしく今、創価の女性たちは、尊き心身に仏の大生命力を漲らせ、人間尊敬の振る舞いで、平和と幸福の波を起こしている。
人生円熟の輝きを放つ、多宝の母たちをはじめ、大切な一人ひとりの無事安穏と健康長寿、福徳無量と所願成就を祈り、私と妻は題目を送り続ける日々である。猛暑の中、体調には、くれぐれも気をつけていただきたい。

◇さあ平和と幸福の波を!
◇立正安国の月へ
今年も、「立正安国の月」にして「師弟の月」「青年の月」、そして「関西の月」である七月が巡り来る。
わが師・戸田城聖先生は、一九四五年(昭和二十年)の七月三日、軍部政府による二年間の弾圧を耐え抜き、生きて出獄された。
先生に私が初めてお目にかかったのは、その二年後(一九四七年)のことである。先生は座談会で「立正安国論」を講義され、呼び掛けておられた。
「私は、この世から一切の不幸と悲惨をなくしたい。これを広宣流布という。どうだ、一緒にやるか!」
この師弟の共戦を誓願し、「人間革命」即「立正安国」の平和運動に身を投じて、七十五星霜となる。
私が事実無根の罪により、大阪の地で投獄されたのは、先生との出会いから十年後(一九五七年)の七月三日である。
「もし恩を知り心有る人々は、二つ当たらん杖には一つは替わるべきことぞかし」(新2084・全1450)との御金言を体し、師弟不二の信心で、一切を変毒為薬した難であった。
"大阪事件"から十年、関西の久遠の友と、この共戦譜を振り返る機会を得た。
それは、一九六七年(昭和四十二年)の六月、関西本部幹部大会の折である。

◇常勝の心を継承
当時の大阪府立体育館に勇み集った大阪、兵庫をはじめ全関西の同志と、私は語り合った。すなわち——
◎恩師がどれほど関西を愛し、東京と両眼、両肺のごとく大事にされていたか。
◎一九五六年(昭和三十一年)、異体同心の団結を合言葉に皆が一丸となり、弘教の金字塔を打ち立てる中で、世間をアッと驚かせる大勝利を飾ったこと。
◎翌年、"大阪事件"が起き、約二週間の勾留中、戸田先生には断じて累が及ばぬように盾となり、そして私が出獄した七月十七日に、中之島の中央公会堂で正しい仏法の勝利を宣言する大阪大会が開かれたこと。
◎四年半に及ぶ法廷闘争を貫き、一九六二年(昭和三十七年)一月、無罪判決を勝ち取り、満天下に正義を示したこと——等々。
"常勝関西"の底力と戦いと伝統よ、永遠なれ!と、不屈の負けじ魂のバトンを託す語らいであった。
「この関西の地より病人と貧乏人をなくしたい」との恩師の悲願を伝えつつ、私は断言した。
「誰が何と言おうが、信心を貫き通した人が、真実の幸福と、真実の勝利とを満喫し、所願満足の人生を生き切っていけることは、絶対に間違いない!」
そして私と関西の友は、「日蓮、一度もしりぞ(退)く心なし」(新1635・全1224)との御文のままに、追撃の手をゆるめることなく邪悪と戦い、断固前進しようと誓い合ったのだ。

◇希望掲げ大前進
「常勝関西たれ」とのモットーを確認し合ったのも、この大会であった。
この年、私は年頭に兵庫、大阪を訪れて以来、猛然と全国の友のもとへ走った。七月半ばまでの訪問先は、東京各地、埼玉をはじめ、二十六都道府県に及んだ。また関西には四度、神奈川に三度、愛知は四度、福岡へ三度と、足を運びもした。
関西とともに——
「全国の模範・東京たれ」
「常に先駆の九州たれ」
「広布の堅塁・中部たれ」
「人材の牙城・東北たれ」など、各地にモットーを贈ったのも、この年である。
そして今や、日本全国で、
「三代城の北海道」
「敢闘精神の関東」
「正義の太陽・東海道」
「師弟の信越」
「誓願の北陸」
「轟く歓喜の中国」
「志の天地・四国」
「広布の先進地帯・沖縄」と、全方面が桜梅桃李の持ち味を生かしながら、「水魚の思いを成して」(新1775・全1337)、創価の凱歌へ共進しているのだ。

◇大歴史家の指針
モットーといえば、半世紀前、イギリスの歴史家トインビー博士をお訪ねし、始まった対話の中で、博士の座右の銘を伺った。
すると、八十三歳の碩学は、即座に「ラボレムス」とのラテン語を挙げられ、「さあ、仕事を続けよう」という意味です、と教えてくださったのである。
帰国後、この珠玉のモットーを、真っ先に伝えて、分かち合ったのは、わが戦友である壮年部であった。
意気、天を衝く夏季講習会でのことである。
「さあ、今日も戦おう!」
「さあ、我らの仏の仕事を続けよう!」
"生涯青年"の気迫で、健康を大切にしながら、はつらつとした生命の息吹を湛えゆく賢者の人生を、と約し合ったことが懐かしい。
トインビー博士は、ある時、後輩たちに「次の仕事にとりかかる適切な時は、明日でもなければ来週でもない。今すぐなのである」ともアドバイスされている。
そして、アメリカの慣用語を添えられた。
「right now」——行動するのは、「今」がまさにその時なのだ。
「創価の四条金吾」たる、我ら黄金柱の壮年部の心意気にほかならない。

◇青年よ共に立て
大聖人が文応元年(一二六〇年)の七月十六日、国主を諫暁された「立正安国論」は、問答の最初に主人が「しばしば談話を致さん」(新25・全17)と語り掛け、最後は客が正義の対話を誓う言葉で結ばれる。
「国のため、法のため、人のために」(新49・全35)——生命尊厳の哲理を語らずにはいられない。仏法中道の智慧と慈悲の精神を、一人でも多くの人に知らしめたい。民衆に奉仕する正しき信念の人材を、社会に送り出したい。このやむにやまれぬ大情熱こそ、我らの挑戦の原動力である。
男子部、女子部(華陽姉妹)が結成された、誉れの「青年の七月」へ、地涌誓願の一人ひとりが、勇敢に快活に勇舞を広げている。
ある時は若者世代が抱える課題や社会の難題を語り合い、ある時は友の悩みに耳を傾け涙し、ある時は心の握手を固く交わして共に立ち上がるのだ。これほど尊貴な青春讃歌はない。
妙法尼御前への仰せには「百千万年くら(暗)き所にも灯を入れぬればあか(明)くなる」(新2100・全1403)とも示されている。
深い闇に覆われた世界は、太陽の仏法の叡智の光明を渇望してやまない。
頼もしき後継の青年群を先頭に、我ら創価家族の友情と信頼、共感と触発、そして開拓と連帯で、縁する友の心に光を送ろう!
そして、「天晴れぬれば地明らかなり」(新146・全254)と、国土を照らし、希望の未来を明るく創り開こうではないか!

2022年7月2日土曜日

2022.07.02 わが友に贈る

「湿れる木より
火を出だし」御聖訓。
諸天を揺り動かす
執念の祈りと行動を!
限界の壁は必ず破れる!
(新1539・全1132)

聖愚問答抄下 P500
『夫れ天魔は仏法をにくむ外道は内道をきらふ、されば猪の金山を摺り衆流の海に入り薪の火を盛んになし風の求羅をますが如くせば豈好き事にあらずや』

【通解】
天魔は仏法を憎む。外道は内道を嫌う。それゆえ猪が金山をこすってもかえって金山が光をまし、衆流が大海に入っても大海はそれを包むように、薪がかえって火を盛んにし、風が求羅という虫をますます成長させるように、いよいよ信心を強盛にしていくならば、まことに望ましいことではないか。

名字の言 あすから2022年の後半戦 2022年7月2日
暮らしの中には何かが切り替わる節目がある。例えば、二十四節気の「冬至」。一般に昼の時間が最短とされる日だ。季候の節目の一つと言えば、それまで。だが、この日を境に明るい時間が日に日に長くなると思えば"精力的に活動しよう"と気持ちを入れ替える人もいよう▼ちなみに、きょうは今年365日の真ん中に当たる。あすからは2022年の後半戦に入る。年頭に立てた目標を思い返して、今一度、決意のねじを巻き直し、前進に加速度をつけたい▼人生を切り替えたターニングポイントの一つが「入会記念日」という友は多い。先日、ある壮年部員に入会のいきさつを聞いた。以前、学会員の友人に自身の不遇の半生を語った。「こんな悲惨な人生が救われるわけないだろ!」と言い放った▼すると、友人は断言した。「これまでの言い知れぬ苦闘を、わが心の財と転じる仏法です。この信心で必ず人生の逆転劇が開幕します」。その後、入会した壮年は自身の境涯革命した姿を通し、次々と弘教を実らせた▼よく「時は今」という。"今"自体が過去と未来の転換点にほかならない。過去をどう意義づけ、未来をどう開いていけるか——全ては"今の戦い""今の勝利"に懸かっている。

寸鉄 2022年7月2日
「軍には大将軍を魂とす」御書。歴戦の壮年が走れば波動が!決定打を頼む(新1688・全1219)
常勝兵庫が栄光の峰へ!"とられじ、うばわん"の激闘制する押し上げ皆で
神奈川が勇進。雄弁こそ我らの剣。歴史的な逆転劇を!圧倒的拡大今こそ
夕張大会65周年。「信教の自由」を守った大師子吼。青年よ正義の心受け継げ
燃料1リットル40円程度抑制—公明の緊急提言が形に。全議員が力強く実績語れ

〈社説〉 2022・7・2 「大阪事件」から65年
◇"師弟の7月"に正義の陣列
池田先生が、事実無根の選挙違反容疑で逮捕された1957年7月の「大阪事件」から今年で65年。当時、参議院補欠選挙で一部の会員が起こした選挙違反を、池田先生に強引に結び付け、躍進する創価学会を陥れようとした権力の策謀こそ、事件の本質だった。
この年の6月、北海道では夕張炭労事件が勃発。池田先生は、炭労との攻防の陣頭指揮を執った後、7月3日に大阪へ。"三類の強敵"との戦いの壮絶さを知る戸田城聖先生は、乗り継ぎの羽田空港で池田先生を迎え「広宣流布は、現実社会での格闘なのだ。どんな難が競い起ころうが、戦う以外にないのだ」と語った。
戦時中、軍部権力に対して獄中闘争を貫いた初代・牧口常三郎先生は殉教。戸田先生は、45年7月3日、生きて出獄した。生死を超えて結ばれた"師弟の絆"こそ、創価三代を貫く魂である。
池田先生が獄中にあった7月12日、卑劣な権力の横暴に抗議すべく、東京の蔵前国技館に4万の同志が駆け付け、戸田先生のもと、「炎の東京大会」が開催された。
そして、池田先生が釈放された17日、大阪・中之島の中央公会堂で行われた「大阪大会」。集った2万の友は、嵐と雷鳴の中、"最後は信心しきった者が必ず勝つ!"との先生の叫びを生命に刻印。正義の炎を燃やし、峻厳な師弟に連なる闘争を貫き、"常勝の大関西"を築き上げてきたのである。
大阪事件の裁判は4年半に及んだ。判決前夜、池田先生は兵庫・尼崎市体育会館での会合で民衆を苦しめる権力を糾弾。終了後、青年たちに心境を語った。"一人一人が力をつけ成長することだ! 多くの友をつくり、正義の陣列を拡大することだ! そして広宣流布の戦いに勝って、世間をあっと言わせる時代を創ることだ!"
「大阪大会」当時、高校生だった兵庫・伊丹の錦宝会の友は、雷雨の中で誓ったあの日の思いのままに、地域広布に尽くしてきた。どんな苦難があっても「あの2週間を思えば、乗り越えられないことはありませんでした」。対話を続けてきた高校時代の同級生が近年、入会し、今、共に友好の輪を大きく広げる。
明日は「7・3」。そして7・17「大阪大会」から65年を迎える。今この時、"最後は必ず勝つ"との信念を赤々と燃やして、師と共に戦い抜く一日一日を!

☆四季の励まし 誓願を果たす時は「今」 2022年6月26日
◇池田先生の言葉
我らには、
果たすべき誓願がある。
勝つべき闘争がある。
その成就の力を具えて、
生まれてきたのだ。

険しい使命の難関が
打ち続くことは、
もとより覚悟の上である。
その時こそ、
まことの信心が試される
勝負の時といってよい。
全て、皆が永遠に
仏になりゆくための
仏道修行だからである。

同じ広布の戦でも、
喜んで動けば、
功徳は大きい。
自らの足で立ち、
自らの声で語るのだ。
友のために祈り、
励ましていくのだ。
自分が生き生きとすれば、
皆も元気になる。
皆が勝利し、
皆が幸福になる道を
開いていくのだ。

声が大事である。
声が弾丸である。
声が剣である。
しゃべるのだ。
声の力で、
相手の心を開き、
心に響かせていくのだ。
また、勇気と誠実で
会って語れば、
越えられない壁など
絶対にない。

自らの仏性に目覚め、
広宣流布の使命に
決然と
「一人立つ」勇者がいれば、
新たな変革の波が起こる。
自分が変われば、
地域が変わり、
世界が変わる。

満々たる生命力の
題目の声を!
友を励ます
勇気と希望の声を!
時代変革の
正義と真実の声を!
さあ、平和社会の建設へ、
民衆の幸福拡大へ、
「立正安国」の
大願に燃えて、
声を張り上げて
打って出ていくのは、
「今」この時なのだ。

【写真説明】山下公園の芝生と街路樹の緑がみずみずしい。その向こうには、はるか太平洋へと続く横浜港の海が広がる。2001年(平成13年)5月、池田大作先生が神奈川文化会館から撮影した。
この訪問の折、先生は、神奈川から世界広布への航海を開始した歴史に触れ、訴えた。「21世紀の日本の進路を、『人道』へ、『平和』の方向へと向けていきたい」「皆さま方の、たゆみない日々の行動こそ、その根本の力である。民衆の叫びほど、強いものはない」
創価の師弟による立正安国の大闘争の軌跡が刻まれた7月は、もう間近。誓願の炎を燃やし、確信の声で、平和の明日を開こう!

2022年7月1日金曜日

2022.07.01 わが友に贈る

「始めより終わりまで、
いよいよ信心を」御聖訓。
わが誓願を果たすまで
不屈の前進を貫こう!
悔いなき広布の闘争を!
(新2063・全1440)

乙御前御消息 P1219
『犬は師子をほうれば腸くさる修羅は日輪を射奉れば頭七分に破る』

【通解】
犬は、師子に向かって吠えれば腸がくさり、阿修羅は日輪(太陽)を矢で射れば、頭が七分に破れる。

【先生の指導から】
法華経の行者である大聖人に敵対し、迫害を加える邪悪な坊主は、獅子に吠えかかる大、太陽を射る修羅のように、わが身を滅ぼすであろうとのご断言である。
この原理は、大聖人の仰せのままに、御本尊根本、御書根本で広布に進む学会についても同様である。仏勅の学会に卑劣な誹謗を加え、広宣流布の和合を破壊せんとした人間が、今、ことごとく「腸くさる」「頭七分に破る」の厳しき仏罰を受けていることは歴然たる事実だ。

名字の言 成長し続けるエベレスト 2022年7月1日
世界最高峰のエベレストの標高は今も高くなり続けている。測定する方法や場所によって違いはあるが、毎年数ミリから数センチずつ上昇するという研究もある▼地質学者のM・P・シャルマ博士によると、エベレストを擁するヒマラヤ山脈は、隆起と侵食を比較したとき、隆起の程度の方が大きいからだ。「つまり、まだ『成長している』のです」と。比べるものなき高さにあってなお、天空に向かって成長するエベレスト。人生もかくありたいものだ▼酸素ボンベなしで8000メートル級の山々に挑む登山家の小西浩文さんが本紙で語っていた。生死を分かつような極限状態を乗り越えるためには、まず"自分は生き抜いてやる"という明確な意志を持つこと。「その上で、心が通じ合う仲間がいて、力が発揮できる」。自分は絶対に勝つ。そう腹を決めた人間同士が団結すれば、限界をも超える最高の力を出せるということだろう▼強風、極寒、低酸素……。山登りは頂に向かって進むほど、状況は過酷さを増す。人生のさまざまな挑戦もまた、到達点に近づいた時こそ、最大の勢いと執念が求められる正念場だ▼"必ず勝つ! 最後は勝つ!"と負けじ魂をいや増し燃え上がらせ、鉄桶の団結で「広布の峰」を登攀しよう。

寸鉄 2022年7月1日
「青年の月」7月。決意即挑戦で勝利掴む夏に!生涯光る自身の歴史綴れ
神奈川が限界突破の猛攻 立正安国の天地に正義の凱歌を!共戦の友が応援
愛知が勇猛果敢に大反撃 民衆パワーで勝ち進め!堅塁中部の団結で活路を
先駆福岡が栄光のゴールへ一直線!燃えるが如き大九州の闘魂で断固凱旋
埼玉が激闘。戦いは攻める勢いで優る方が勝つ!関東の真価を今こそ発揮

〈社説〉 20220・7・1 熱中症に賢明な対策を
◇厳しい夏を有意義に過ごそう
先週末から列島各地で猛暑日を記録し、夏本番を迎えた。と同時に、熱中症の危険度も一気に高まったと言ってよい。
近年では、毎年のように、熱中症によって1000人以上の人が亡くなっている。もはや"天災"とも言うべきだ。熱中症対策を改めて意識したい。
先月、厚生労働省は新型コロナウイルスの感染対策を踏まえた熱中症対策の一つとして、会話がほとんどない場合は、屋外ではマスクを外すよう呼び掛けるリーフレットを作成し、注意喚起するテレビCMの放送も決めた。
政府広報オンラインサイトでは、熱中症の有効な対策として「暑い時間帯を避けての行動」「エアコンの活用」「こまめな水分補給と適度な塩分補給」などを挙げている。
また、日本気象協会などは、体を暑さに慣らすための「暑熱順化」を紹介している。
「熱中症ゼロへ」プロジェクトのサイトによると、ウオーキングや筋力トレーニングなどを30分程度行ったり、入浴したりし、日々、適度に汗をかくことで、暑熱順化が進むという。
発汗量や血流量が増加し、発汗による気化熱や体の表面から熱を逃がす熱放散がしやすくなり、熱中症になりにくい体づくりにつながる。
なお、同サイトでは、自分がどのくらい暑熱順化ができているかを簡単に確認できるチェック表も公開されている。
その上で、熱中症にかかりやすいとされる、子どもや高齢者などには、一段と心配りをしていきたい。
中でも、ここ数年、熱中症による死亡者の約8割を65歳以上の高齢者が占めている。暑さや渇きの感覚が弱くなる高齢者は、熱中症にかかりやすいので注意が必要だ。
また最近、新たに注目されているのが、運動などを始める前にあらかじめ体温を下げておく「プレクーリング」。冷水やシャーベット状の飲み物を摂取して、体内から冷却する方法と、体表面を直接冷やす方法とがある。
御書に、「さきざきよりも百千万億倍御用心あるべし」(新1590・全1169)とある。
平年より厳しい暑さが予想されている今年の夏。一人一人が今一度、万全の暑さ対策を心掛けながら、友情の輪を広げていく有意義な夏にしていきたい。

☆大白蓮華巻頭言2022年7月号 「だからこそ!」我は立つ
苦難に燃え立つ勇気から、偉人な人間革命の飛躍が始まる。
日蓮大聖人は大難の佐渡から、「強盛の大信力をいだして、『法華宗の四条金吾、四条金吾』と、鎌倉中の上下万人、乃至日本国の一切衆生の囗にうたわれ給え」と師子吼された。
日蓮門下と名乗れば、悪口罵詈・猶多怨嫉の標的とされた渦中である。
だからこそ金吾夫妻は弟子の誇りに胸を張り、眼前の苦境を切り開き、負けじ魂で同志を守っていったのだ。
それは、御指南の通り短気や油断を戒め、人を敬う振る舞いを重ねゆく挑戦でもあった。
その人間革命の実証が「よかりけり」と人々を感嘆させ、師弟の凱歌を轟かせたのである。
戸川先生が御書を拝し、言われたことが思い起こされる。
「信心とは一念を決めることだ。信心で勝つと決め切れば、楽しく大きく勝てるんだよ!」
かつて、学会への誹謗が渦巻く中、地域広布に懸命に尽くしてくれる同志を、私は讃え、ねぎらい、語り合った。
−−周囲には、誤解や悪い印象を抱いている人がいるかもしれない。しかし、「だからこそ、自分がいるんだ。私は、学会の全権大使なんだ」との自覚で理解の輪を広げていこう、と。
いずこにも、大変であればあるほど、金吾夫妻のごとく、「だからこそ!」と強盛の大信力をいだして、自らの勇気の声と大誠実の振る舞いで、反転攻勢の戦いを起こしゆく創価の大使が光る。ゆえに、学会は断じて負けないのだ。
関西をはじめ、わが同志と「最後は正しい仏法が必ず勝つ」と誓い合った、あの大阪大会から二十年目の一九七六年(昭和五十一年)七月、私は「人間革命の歌」を作り、恩師に捧げた。
「地よりか涌きたる我なれば この世で果たさん使命あり」
君も我も地涌の使命を果たしゆく大闘争の中で、人間革命の勝利劇を飾り、世界へ世紀へ希望を送ろうではないか!

不二なれば
 師弟の七月に
  後継の
 師子よ舞い勝て
  威風も堂々

☆2022 7月の学会史
2022年6月16日
◎7・1「札幌大会」
◎7・2「夕張大会」
65年前の1957年(昭和32年)7月、池田大作先生は学会員の信教の自由を圧迫した北海道・夕張炭労に対し、「札幌大会」(1日)、「夕張大会」(2日)を開催。民衆勝利の大道が開かれた。
※参考資料=小説『人間革命』第11巻「波瀾」「夕張」

◎7・3 戸田先生出獄の日、池田先生入獄の日
1945年(昭和20年)7月3日、軍部政府により不敬罪、治安維持法違反に問われ、投獄されていた戸田城聖先生が出獄した。また57年(同32年)の7月3日には、参議院大阪地方区の補欠選挙で支援の責任者であった池田先生が、事実無根の選挙違反の容疑で大阪府警に不当逮捕された(62年1月25日に無罪判決)。
※参考資料=『人間革命』第1巻「黎明」、第11巻「大阪」、『新・人間革命』第5巻「獅子」

◎7・3「東北の日」35周年
35年前の1987年(昭和62年)7月3日、池田先生が出席し、東北最高会議が行われたことが淵源である。

◎7・8「白蓮グループの日」
1966年(昭和41年)、池田先生が女子部の役員メンバーに「白蓮グループ」の名称を贈り、同年7月8日付の本紙で発表された。
※参考資料=『新・人間革命』第24巻「厳護」

◎7・11「男子部結成記念日」
1951年(昭和26年)7月11日、東京・西神田の旧学会本部で戸田先生のもと百数十人が集い、男子部が結成された。
※参考資料=『人間革命』第5巻「随喜」

◎7・12「東京大会」
◎7・17「大阪大会」
1957年(昭和32年)7月3日の池田先生の不当逮捕を受け、同12日に「東京大会」、また先生が出獄した同17日に「大阪大会」が開催された。

◎7・19「女子部結成記念日」
女子部は1951年(昭和26年)7月19日、旧学会本部で戸田先生のもと結成された。2021年(令和3年)11月18日、女性部として新出発した。
※参考資料=『人間革命』第5巻「随喜」

◎7・22「鼓笛隊の日」
1956年(昭和31年)7月22日、33人で鼓笛隊が結成された。
※参考資料=『新・人間革命』第14巻「使命」

◎7・27「中部の日」
1976年(昭和51年)7月27日、池田先生が中部記念幹部会に出席し、「中部旗」を授与したことが淵源。

2022年6月30日木曜日

2022.06.30 わが友に贈る

新たな歴史を築く時は今。
何ものも恐れぬ勇気と
誠実を貫く言論で
拡大の波動を起こそう!
地涌の友よ広布に走れ!

松野殿御返事 P1381
『聖人の唱えさせ給う題目の功徳と我れ等が唱へ申す題目の功徳と何程の多少候べきやと云云、更に勝劣あるべからず候』

【通解】
聖人が唱えられる題目の功徳と、私たちが唱える題目の功徳とでは、どれほどの違いがあるのでしょうか、とのご質問ですが、まったく勝劣はありません。

名字の言 未来部員会で担当者が手品をした訳 2022年6月30日
数十年前の未来部員会の思い出。担当者の男子部員が手品を行った。彼は文房具のクリップの箱から短い棒状の鉄を数本取り出し、「この棒がすごい力を発揮します」と言い、服のポケットにしまった▼再び出して箱に戻すとクリップがくっついた。2本、3本と棒を増やすと数多くのクリップが吸い寄せられてつながった。ポケットで同じ形の磁石にすり替えたというのが種明かし。参加者は"なぜ?"と驚いた▼彼が手品をしたのには訳がある。母親が入院中の少女部員を励ますためだった。彼は「手品で使った磁石のように、私たちでいえば、幸せを引き寄せる力が題目です。その力は団結するほどに強くなる。みんなで○○ちゃんとお母さんを応援しよう」と。以来、皆が唱題に挑戦した▼翌月の部員会には先の少女と、退院した母の姿も。「おかげで、おばちゃんは病気をやっつけたよ」と感謝され、部員たちは飛び上がって喜んだ。"本気の祈りは状況を変える"と子ども心に学んだ▼池田先生は語る。「最終的に勝敗を決するものは、一人また一人の胸の奥に刻み込まれた、金剛にして不壊なる一念という大感情であることをけっして忘れてはならない」。必死の一人が団結すれば、その力は計り知れない。

寸鉄 2022年6月30日
学生部こそ希望の未来を創る主役。大いなる理想を友に語れ!結成65周年
兵庫で大激戦続く。ここからが関西魂の見せ場!民衆の大連帯で金字塔を
「一日片時もたゆむことなく」御書。時を逃さぬ行動を。毎日が真剣勝負(新1698・全1226)
心の世界は、いくらでも変化する事を忘れるな—恩師。粘り強い対話こそ
公明、比例も押し上げに総力。全議員が全人脈に総当たり。皆で大応援!

〈社説〉 2022・6・30 きょう学生部結成65周年
◇"つながり"の価値を見つめる時
「Z世代」——1990年代後半から2000年代に生まれ、物心ついた時からネットやSNS(交流サイト)が発達した環境で育った世代を指す。まさに今の大学生が、このZ世代に当たる。
SNSは、ネット空間を通じて広く関係を構築でき、多様な情報を瞬時に得ることができる。その半面、相手の表情や感情が見えづらく、深い人間関係を築きにくい側面も指摘されている。一昨年に突如、世界を襲ったコロナ禍は、SNSが身近な若者にとって、"つながり"の価値を見つめ直す契機となった。
特に学生は、コロナ禍で授業がオンラインになり、キャンパスでの友人との関わりが著しく減少した。「リアル」で会う機会が増えてきたとはいえ、いまだ多くの学生が孤独感を抱えて暮らしている。
自らも現役学生であるNPO法人「あなたのいばしょ」理事長の大空幸星さんは、「望まない孤独」をなくす鍵は「多様なつながりをつくること」と強調する。そして「そのために特別なことをする必要はなく、縁している人に声を掛けていくことが大切」(創価新報6月15日付)と語る。人間は支え合って生きる存在である。リアルであれ、オンラインであれ、そうした支える、支えられるといった"つながり"自体が、生きる活力になると言えよう。
ある男子学生部の友は、アメリカへの留学を目指して大学に進学し、努力の末に交換留学を勝ち取った。しかし、コロナ禍によって長年の目標だった留学が中止に。失意の底にいた彼を学生部の同志が励まし続けてくれた。「悩みにじっと耳を傾けてくれる友の存在が、前を向く力になりました」と語る彼は、学生部のリーダーとして今度は"励ます側"に立ち、教育者を目指して努力を重ねる。
池田先生はつづっている。
「人に『生きる力』を与えるのは何か。それは、自分以外のだれかのために生きようという『人間の絆』ではないだろうか」
きょう6月30日は学生部結成65周年。今、男女学生部の友は、縁する友に励ましの声を送り、希望を持てる社会の構築へ正義の連帯を拡大している。その誠実な挑戦の中にこそ、広宣流布・立正安国という人間共和の理想は輝く。誰一人置き去りにしない"つながり"を一段と広げゆく、先駆の学生部の使命はいやまして大きい。

☆栄光の共戦譜 第6回 1965年(昭和40年)「勝利の年」
◇すべては「一人」から始まる
池田先生の第3代会長就任60周年を記念して発刊された年譜『栄光の共戦譜』には、黄金の"師弟の足跡"がとどめられている。本連載では、年譜を1年ごとに追いながら、現在の広布の活動に通じる"学会の原点"を確認していく。第6回は、「勝利の年」と銘打たれた1965年(昭和40年)を掲載する。

◇「1・15」中等部結成記念日
◇「9・23」少年少女部結成記念日
1964年(昭和39年)、池田先生は、青年部幹部との協議の場で語った。
「みんなが賛成ならば、高等部、中等部を結成しようと思う」
日本・世界の未来を見据えたとき、学会の使命は、中学・高校生を育成する範を示すことだと、先生は考えていた。
同年6月7日、高等部が結成を迎えた。池田先生の第3代会長就任後、最初に誕生した部となった。翌65年(同40年)1月15日には、全国各地で中等部が結成された。先生は中等部員に対し、「勤行をしっかりしましょう」「勉強をしっかりしましょう」「正しく、強く、明るい毎日を送りましょう」等の指針を贈った。
創価の後継たちへの育成が本格化し、8月には、「少年部をつくってはどうか」と提案。9月23日、少年部結成の集いが各地で開催され、この日が、少年少女部の結成記念日となったのである。
先生は決して、未来部員を子ども扱いしなかった。時に優しく、時に厳しく、"後継の宝"への薫陶を重ねた。
5年後の70年(同45年)、「言論問題」の嵐が吹き荒れた。困難な状況が学会を取り巻く中にあって、先生が絆を強めたのは、使命深き未来部員たちだった。
同年6月、未来部の代表と語らいながら、先生は「大阪事件」に言及。「民衆を守り、幸福にするために、みんな、しっかり勉強してほしい」と訴えた。
「言論問題」の渦中、先生は記者会見でこう宣言している。「学会がどうなるか、二十一世紀を見てください。社会に大きく貢献する人材が必ず陸続と育つでしょう。その時が、私の勝負です!」
後継者の育成は、学会の未来を決する。"創価の師子"たる未来部員、そして未来部出身者の成長の姿こそ、師弟勝利の証しである。

◇「7・15」聖教新聞の日刊化
「本紙日刊は、いよいよきょうから始まりました」——1965年(昭和40年)7月15日付の本紙で、聖教新聞の日刊化が告知された。
51年(同26年)4月20日、戸田先生が第2代会長に就任する直前に創刊された聖教新聞は、ブランケット判の月3回刊。発行部数は5千部だった。
広布の伸展とともに、64年(同39年)9月には200万部を突破。週3回刊となっていた。この年の秋から、日刊化に向けて準備が進められた。
当初、日刊化は翌65年10月から開始される予定だった。だが、広布の前進が加速していることから、3カ月早められたのである。
同年6月、聖教新聞社を訪問した池田先生は、急ピッチで作業に当たる職員たちを激励した。こまやかな新聞評も行い、「聖教は、思想と哲学の電源地であり、世界最強の言論城にしていかなければならない」と聖教の使命を訴えた。
日刊化によって、先生の言論の戦いは、さらに激しさを増した。65年元日から本紙でスタートしていた小説『人間革命』の連載回数は、週3回から週7回へと大幅に増えた。早朝や深夜に原稿用紙に向かう日が続いた。
やがて聖教新聞の発行部数は、三大紙と肩を並べるまでに飛躍的に増加。日刊化と相前後し、「ワールド・トリビューン」「ノーバ・エラ」(後のブラジル・セイキョウ)など、各国語の機関紙誌が世界各地で誕生し、"思想と哲学の光"は世界に広がっていった。
「日本中、世界中の人に読ませたい」——この戸田先生の熱願を継いだ池田先生の激闘によって、聖教新聞は大きく発展した。聖教電子版は現在、210を超える国と地域からアクセスされている。

◇「8・17」メキシコ初訪問
池田先生は、1965年(昭和40年)8月14日、北・中米訪問に出発した。この日は、その18年前、初めて出席した座談会で戸田先生と出会った日だった。
17日、池田先生はメキシコを初訪問した。先生にとって、同国訪問は特別な意味を持っていた。58年(同33年)3月、恩師は、病床で愛弟子に世界広布の構想を託した。亡くなる前月のことである。
「メキシコへ行った夢を見たよ。待っていた、みんな待っていたよ。日蓮大聖人の仏法を求めてな。行きたいな、世界へ。広宣流布の旅に……」「君の本当の舞台は世界だよ。世界は広いぞ……」
戸田先生がメキシコに関心を募らせたのは、牧口先生が『人生地理学』の中で同国について触れたことにあった。
戸田先生が夢にまで見たメキシコ訪問——。池田先生は恩師の思いを胸に、3日間の滞在で、一人一人の心に広布の灯をともしていった。
「さあ、メキシコ広布の新しい幕を開きましょう!」
「一つの火が燃えれば、野原を焼き尽くすように、すべては、一人から始まる」
先生が第一歩を刻んだ「8月17日」は後に「メキシコの日」となった。メキシコの同志は、その原点を節目として、友情の連帯を広げてきた。
昨年の同日には、メキシコ創価学会として、SGI(創価学会インタナショナル)とICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)が共同制作した「核兵器なき世界への連帯——勇気と希望の選択」展のバーチャル展示会が、メキシコ創価学会のホームページ上で開幕。積極的な平和発信は大きな反響を呼んだ。
師と刻んだ原点を胸に、広布の"新しい幕"を開いていく——その連続闘争の中で、黄金の共戦譜は輝きを増す。

◆年表◆ 1965年
〈1月1日〉
聖教新聞で小説「人間革命」の連載を開始

〈1月15日〉
全国各地での中等部結成式に、勤行、勉学の大切さなど5つの指針を贈る

〈1月16日〉
九州・関西・中国・中部指導(〜20日。福岡、大阪、鳥取、岐阜、愛知)

〈3月7日〉
中国・関西・中部指導(〜12日。広島、大阪、兵庫、愛知、静岡、山梨)

〈5月3日〉
会長就任5周年の第28回本部総会(東京)

〈5月18日〉
東北第3本部落成入仏式(秋田)

〈5月28日〉
中国・関西・中部指導(〜6月2日。岡山、大阪、京都、愛知)

〈6月23日〉
関西・中部指導(〜26日。大阪、兵庫、愛知)

〈7月9日〉
関西・中部指導(〜10日。大阪、愛知)

〈7月11日〉
第8回学生部総会(東京)

〈7月15日〉
聖教新聞が日刊化

〈8月10日〉
高・中等部メンバーとの記念撮影の折、少年部の結成を提案(静岡)

〈8月14日〉
北・中米訪問(〜25日。アメリカ、メキシコ)

〈9月23日〉
全国各地で少年部が結成される

〈10月3日〉
関西・中部指導(〜4日。大阪、愛知)

〈10月19日〉
欧州訪問(〜31日。フランス、西ドイツ、イタリア、ポルトガル)
フランスでヨーロッパ本部事務所の開所式
ヨーロッパ総合本部の設置、アフリカ支部の結成を発表
遠路、各国から集った友の質問に答えつつ、欧州・アフリカ広布の伸展をたたえる(20日)

〈11月23日〉
第14回青年部総会(東京)

〈11月26日〉
第1回創価大学設立審議会(東京)

※年表は『栄光の共戦譜』から転載

2022年6月29日水曜日

2022.06.29 わが友に贈る

気温の急上昇に警戒!
水分補給や冷房の使用等
適切な熱中症対策を!
子どもや高齢者への
声掛けも忘れずに。

小乗大乗分別抄 P526
『或は慈悲魔と申す魔身に入つて三衣一鉢を身に帯し小乗の一法を行ずるやからはづかの小法を持ちて国中の棟梁たる比叡山竜象の如くなる智者どもを一分我が教にたがへるを見て邪見の者悪人なんどうち思へり』

【通解】
あるいは慈悲魔という魔が身に入るゆえに、三衣一鉢を身に帯して小乗の一法を修行する輩が、わずかの小法を持っただけで、国中の仏法の頭である比叡山の竜象のような智者を、自分の教えと違っているのを見て、邪見の人・悪人であるなどと思っている。

名字の言 体験は勇気と希望の光源 2022年6月29日
「道理・証文よりも現証にはすぎず」(新1941・全1468)。会合でも、大きな励みになるのは信仰体験だ。信心の喜びと確信が友の胸に伝わり、勇気と希望が湧く▼都内のある地域の壮年部が毎週、開く集いもそうである。2月に地区部長となり、3月に弘教を実らせた壮年。昔の彼を知る人は、生まれ変わったような姿に目を見張った。9年前、持病が悪化し、同じ時期に両親も他界。自暴自棄に陥り、「この上ない生き地獄を味わいました」▼御本尊に唱題すると、学生部時代に学んだ、御書の一節がよみがえってきた。「たとえ、どんな煩わしいことがあっても夢の中のこととして、ただ法華経のことだけに専念しなさい」(新1481・全1088、通解)。困難と戦い抜いた池上兄弟に与えられた御文だった▼「この御金言を抱きしめてきました。"新しい自分をつくる時だ""全ての悩みを乗り越え、広布の人生を貫くのだ"と、腹が決まりました。地域の同志も親身に支えてくださり、現在の自分があります。この恩は生涯、忘れません」▼体験に勝る説得力はない。困難を勝ち越えた体験の数々は、信仰の素晴らしさを伝えると同時に、同じ問題に直面した多くの人への最大の励ましとなる。

寸鉄 2022年6月29日
「顔貌に色を調えて閑かに言上すべし」御書。誠実に自信満々と正義を語れ(新1673・全1280)
福岡が一気呵成の大進撃 強気の開拓でせり上がれ 先駆は堂々と勝ってこそ
埼玉に燃え上がる敢闘魂 さあ、対話の大旋風を!痛快なる勝利劇を共々に
大阪・東京、混戦突破へ総当たり!戦いはここから執念の拡大で栄光の頂へ
平和と福祉掲げる公明の存在は益々重要—教授。確かな未来へ舵取りを!

☆ストーリーズ 師弟が紡ぐ広布史 第21回 21世紀は女性の世紀 �池田先生ご夫妻と兵庫の友

日本一
 世界一なる
  兵庫かな
 見よやあの地区
  見よやこの支部

◇「1月24日」のメモ
その日、池田大作先生は、兵庫婦人部長(当時)の西村尚子さんに一枚のメモを渡した。1985年1月24日のことである。
メモは、先生の口述を香峯子夫人が筆記したもの。「兵庫婦人部の日 3月16日」と書かれていた。衝撃にも似た感動が、西村さんの五体を貫いた。さらに、三つの指針も記されていた。
「清新な信心と幸の生活を作る兵庫」
「希望の人生と求道常楽の兵庫」
「あなたも私も仏子の兵庫」
3月16日は、恩師・戸田城聖先生が池田先生をはじめとする青年たちに後事の一切を託した"広宣流布の記念式典"が行われた日である。西村さんは、兵庫の使命の重大さを痛感した。
「兵庫婦人部の日」の制定が正式に発表されたのは、西村さんがメモを受け取ったその日に、兵庫池田講堂(現・西宮平和講堂)で行われた兵庫代表者会議である。
先生は席上、「兵庫は日本一だ」と何度も語り、「人材も日本一、福運も日本一、仲の良さも日本一と誇れる素晴らしき兵庫を」と呼び掛けた。
この日から23年前の62年1月24日、尼崎市体育会館(当時)で関西男子部幹部会が開かれた。先生は「善良な市民を苦しめている権力とは、断固、一生涯戦う」と宣言した。翌25日、先生に「大阪事件」の無罪判決が出された。
先生が師子吼を放った「1月24日」から、「素晴らしき兵庫」の建設へ、友は新たな師弟共戦譜をつづり始めた。

◇決意のアルバム
1991年7月、それまで3分県の布陣だった兵庫が6分県に発展した。
藤田康子さんは、姫路県の婦人部長に就いた。同県のリーダーらは、新出発の決意を込めてアルバムを作成し、池田先生に届けた。
新体制の発足から2カ月が経過した9月15日、藤田さんに一本の電話がかかってきた。「アルバムに、先生がご揮毫を認めてくださいました」との連絡だった。数日後、アルバムが戻ってきた。そこには、こう記されていた。
「悔なき人生を おくりゆける人は 三世の幸福者であり 三世の長者である」。この言葉に続いて、「九月十五日 大作」とあった。さらに、左下のスペースには、「KANEKO」とつづられていた。
先生ご夫妻の文字に、藤田さんの目は釘付けになった。"先生、奥さまの「姫路、頑張れ! 兵庫、負けるな!」とのエールだ"。湧き上がる感謝は、広布前進の力となった。
当時、第2次宗門事件の真っただ中。藤田さんは師の励ましを胸に、一人一人と語り合い、「先生と共に、学会と共に、悔いなき人生を送ろう」と訴え続けた。
昨年2月、肝細胞がんの手術を受けた。病が判明した時、藤田さんは「悔いなき人生を送る」との決意を一層、強くした。その誓いのまま、兵庫の地を駆け巡っている。

◇「やあ! お帰り!」
それは突然の出来事だった。1989年10月17日、長瀬昭子さんは、西本時代さんが運転する車に乗っていた。
赤信号で停車していると、後ろの車が、猛スピードでぶつかってきた。飲酒運転だった。
翌18日、事故の報告を受けた池田先生は、即座に励ましの和歌を詠んだ。
西本さんには「偉大なる 母の法難 耳にして 驚き祈らむ ひたすら無事をば」と送り、長瀬さんには「偉大なる 母の法難 耳にして 祈りに祈らむ 完治の笑顔を」と認めた。
当時、二人は圏婦人部長として、互いに切磋琢磨しながら、広布拡大に挑戦していた。だが、事故に遭った後、"リーダーとして、同志の皆さんに申し訳ない"との思いが心を占め、悶々とした日々が続いた。
事故から1年が過ぎた90年10月21日、二人に転機が訪れる。関西に滞在中の池田先生と懇談の機会に恵まれた。その日、関西文化会館に向かうと、先生はドクター部のメンバーの家族を励ましていた。
「人生にはいろんなことがある。しかし、決して負けてはいけない。必ず宿命転換できる。どこまでも明るくいくんだよ」
二人が近くで待っていると、香峯子夫人がそばに来た。
事故からしばらくの間、長瀬さんは右腕に麻痺が残った。しかし、懸命にリハビリに励み、動くようになった。そのことを報告すると、夫人は先生に「ここに宿命転換をされた証明者がいます」と語った。先生は二人の方を向くと、両手を大きく広げた。
「やあ! お帰り!」
師は待っていた。二人が元気に戻ってくることを——。「お帰り」の一言は、暗雲が覆っていた二人の心に、まばゆい太陽の光となって差し込んだ。
以来、この出会いを宝として、広布一筋の人生を歩んできた。今、立正安国の勝利劇をつづろうと、対話拡大に率先している。

◇感謝のある人は幸せに
第1次宗門事件の折、播磨方面は宗門の悪僧らによる学会攻撃が、関西の中で激しかった地域の一つである。
その嵐が吹き荒れていた渦中の1978年11月13日、池田先生は加古川文化会館を初めて訪問した。
会館に到着すると、先生はすぐに同志の輪の中へ。握手を交わし、激励を重ねた。リーダーには「会員中心」の指揮を、と強調した。
島津淳子さんは、館内の一室で役員に就いていた。そこにも先生は姿を現し、陰の戦いに徹する献身に、心からの感謝を伝えた。
会館の2階では、婦人部の合唱団が練習していた。先生は香峯子夫人と共に足を運び、メンバーを励ました。
加古川支部結成17周年を記念する勤行会で先生は、「きょうは、おそばでも食べているような気持ちで楽しく語り合いましょう」と切り出した。
そして、「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちい給うべし」(新1623・全1192)との御聖訓を拝し、「いかに三障四魔、三類の強敵が競い起こったとしても、"法華経に勝る兵法なし"の信心があれば、すべてに打ち勝っていける」と訴えた。
勤行会の終了後、香峯子夫人は島津さんに声を掛けた。懇談の中で、夫人が語った「感謝のある人は幸せになります」との言葉を、島津さんは胸に深く刻んだ。
師への感謝、学会への感謝——。先生の加古川初訪問を原点として、報恩の人生を進んだ。地域活動にも率先。健康体操を通して、近隣同士の絆を育んでいる。

◇大好きな丹波
1982年4月17日、池田先生と兵庫の各部代表のリーダーとの懇談会が開かれた。
その場で、吉竹としゑさんは、「明日の18日、丹波の総会を開催します」と伝えた。先生は「分かっているよ。大成功を祈っています」と語った。
としゑさんと夫の五雄さんは、丹波地方の一粒種。自宅を広布の会場として提供した。畳を替えるたび、畳店から「なんでこんなに、お宅の畳は隅から隅まで傷むんですか」と不思議がられた。
多くの同志の依怙依託となり、ひたすら丹波広布の原野を開拓した。旧習の深い地で、地域の有力者にも次々と学会理解の輪を広げた。
吉竹さん夫婦の苦闘を、先生ご夫妻は誰よりもたたえてきた。78年、先生は「山奥に 福運一灯 久遠の幸」と詠み贈っている。
師に見守られて迎えた総会は、2600人が集い、爆発的な盛り上がりを見せた。先生は、「2600人とは、よく集まったね。これで丹波は一つの突破口を開いたよ」と伝言を送った。
総会から7カ月後の11月15日、丹波の婦人部総会が行われた。先生ご夫妻は友に寄せる真情を、メッセージにつづった。
「兵庫第一に大好きな丹波の皆様」
「どうか、素晴らしい信心第一、家庭第一、健康第一で兵庫第一の、いな日本第一のお幸せなお一人お一人になられますことを祈って、東京の地よりメッセージを送ります」
メッセージは、香峯子夫人の手書きだった。
この婦人部総会から今年は40周年。先生ご夫妻の深き慈愛は、今も丹波の女性たちを優しく包んでいる。

◇万感の和歌
1994年5月、兵庫県の総会が東京牧口記念会館で行われた。
池田先生は和歌を贈った。
「わが天地 誉れの兵庫に 生まれけむ 三世の友との 広宣誓いて」
「行くならば 栄光輝く この道を 兵庫の友と 歩む楽しさ」
さらに、万感の思いを詠んだ。
「日本一 世界一なる 兵庫かな 見よやあの地区 見よやこの支部」

【アナザーストーリーズ】
◇一切は一念の変革から
今から55年前の1967年、兵庫本部(現・灘文化会館)が誕生した。同本部で、兵庫の主要行事が開かれ、池田先生は友との出会いを刻んできた。
ある時、香峯子夫人が出席しての懇談会が行われた。その場に、小嶋悦子さんも集った。
小嶋さんは、新たな役職に就いたばかり。組織には年長者が多く、どのように活動を進めていけばいいか分からなかった。
その苦悩を率直に打ち明けた。すると、夫人は「私もそうでしたよ」と寄り添い、優しく語り掛けた。
「ご年配の方は人生経験、生活の知恵が豊かです。そのことを学ぼうとする姿勢が大切です。信心のことは、御書を通して、しっかりお話しするようにしてください」
夫人の励ましに、小嶋さんの心はすっきりとした。御書の研さんに挑戦し、メンバーと一方通行ではなく、双方向の関係を築いた。気心が知れてくると、組織の雰囲気は自然と明るくなった。
心が変われば、行動が変わる。自身の一念の変革から一切は始まる——この確信を、小嶋さんは55年前の夫人との出会いでつかんだ。

◇明石から勝利の証しを
「いい子だね」
池田先生は、溝垣慶子さんが抱いていた、生後7カ月の長男・雅人さんの頬をなでた。1986年11月10日、関西文化会館の周辺でのことである。
先生と溝垣さんが語らっていると、雅人さんが、握っていた先生の指を口の中に入れてしまった。「すみません!」と謝る溝垣さんに、先生は笑顔を浮かべて、「あれ、乳歯が生えてきているね」と。
香峯子夫人は「おなかがすいているんじゃないかしら」と語り、手元にあった饅頭を取り出した。「これは、赤ちゃんには無理よね」。すると、先生が「それなら、お母さんにあげよう」と、饅頭を溝垣さんに手渡した。
この出会いの翌月、雅人さんの難聴が判明した。検査を続ける中で、医師から「5歳になったら、手術をしましょう」と言われた。
母として、手術は避けたかった。溝垣さんは必死に祈り、宿命転換を懸けて、学会活動に励んだ。
2歳、3歳、4歳と、雅人さんの難聴は続いた。ところが、5歳の時、聴力が突然、回復した。医師は首をかしげた。手術の必要はなくなった。溝垣さんは、信心の力を心から実感した。
次男の高志さんは、先天性の弱視で生まれた。その試練も、溝垣さんは夫・好人さんと共に乗り越えた。
現在、雅人さんはITエンジニアとして、高志さんは中学校の教員として、社会で奮闘を重ねる。
あの時の先生の励ましがあったから、今の家族がある——溝垣さんの感謝は尽きない。その師恩に報いるには、広布勝利の証しを打ち立てることと決め、使命の天地である明石、そして兵庫を奔走している。

2022年6月28日火曜日

2022.06.28 わが友に贈る

創価の太陽・女性部の
日々の奮闘に大感謝!
どこまでも朗らかに
無量の福徳を積みながら
地域に希望の陽光を!

同生同名御書 P1115
『おのおのわずかの御身と生れて鎌倉にゐながら人目をもはばからず命をもおしまず法華経を御信用ある事ただ事ともおぼえず』

【通解】
あなた方は、身分も低く生まれ、しかも(迫害の強い)鎌倉に住みながら、人目をもはばからず、命をも惜しまず、法華経の信心をされている事は、ただ事とも思えない。

【先生の指導から】
昭和18年の6月、牧口先生と戸田先生は、静岡の大石寺に呼びつけられ、大謗法の神札を受けるよう強要された。しかし、創価の師弟は断固として拒否した。臆病な、狂った宗門に憤激しながら。
もし、このとき、両先生が宗門を破折しておられなかったならば、大聖人の「立正安国」の大精神は死に絶え、「広宣流布」の命脈は断絶していたに違いない。牧口先生、戸田先生の烈々たる信念の戦いは、日本の国家主義という「一凶」を禁じゆく大闘争となったのである。
牧口先生は、58年前のきょう6月28日、再度、法主を直接、諌めておられる。しかし、こともあろうに宗門は、この正義の学会を切り捨てた。軍部権力の弾圧が自分たちに及ぶのを恐れたのである。
牧口先生、戸田先生は、7月6日の早朝に逮捕された。牧口先生は、逮捕から1年後の秋、11月18日、創価学会の創立記念日に獄死し、殉教された。
後継の弟子・戸田先生は、逮捕から2年後の7月3日に出獄され、権力の魔性に対する仇討ちの戦いを開始された。7月がめぐり来るたびに、戸田先生の「巌窟王」の闘魂は、いやまして炎と燃え上がった。

名字の言 サンゴの再生に取り組む沖縄の人々の思い 2022年6月28日
沖縄はサンゴの島である。沖縄本島や周辺の島々を形成する琉球石灰岩は、長い年月をかけて、サンゴの骨格が堆積したもの。この時期、サンゴは大潮の晩に産卵し、繁殖期を迎える▼近年、温暖化の影響で各地のサンゴが減少。石垣島では、水産庁と協力し、地元の漁師たちがサンゴの再生に取り組む。産卵後、幼生の成長を助ける新たな方法である。多様な生物を育み、台風の防波堤にもなるサンゴ保全の重要性は高い▼再生には時間を要する。計画に携わる人々の多くは、その成果を見ることはないという。だが彼らは語る。「子どもたちの世代に、将来に向けた技術を残したい」と。今の挑戦は、未来の豊かな海へとつながっていく▼米国の海洋生物学者レイチェル・カーソンは著書『沈黙の春』で、化学物質による自然破壊がもたらす生命の危機を訴えた。幾多の批判や病などに屈しなかった彼女の原動力——それは"冬の後には春が来る"との不変の法則に基づく希望と確信だった。命懸けでつづった言葉は、生命と環境を守る連帯を築いた▼"今日より明日へ"と前進する「本因妙」の仏法の力は、"今"を懸命に生き抜く中で発揮される。その努力と挑戦の積み重ねこそが、希望の未来を開いていく。

寸鉄 2022年6月28日
対話の最大の決め手は人格—恩師。誠意を尽くして語れば深い信頼が残る
神奈川よ勇猛果敢に攻め捲れ!底力発揮し勝利の扉を開け。悔いを残すな
愛知が疾風迅雷の進撃!困難の巌砕く執念の拡大今日も。凱旋の歓呼必ず
強さは不屈の意志から生じる—偉人ガンジー。青年よ絶対に勝つと決めて壁を破れ
熱中症の発生、最多は室内と。就寝中にも危険が。無理せずエアコン利用を

☆Switch——共育のまなざし 在日外国人の"ママ友"との絆
山梨・南アルプス市に、在日外国人のシングルマザーと、彼女を入会に導いた日本人の女性部員がいます。出会いを結んで以来、異国の日本で懸命に生きてきた"ママ友"を、その女性部員のみならず、地元の学会員たちも、真心で包んでいきました。そして、日本人の女性部員が子育ての悩みに直面した時、支えとなってくれたのは、そのシングルマザーと息子さんでした。

◇「仲良くして」と
森亜古さん=地区女性部長=と、マークプラコーン・サンワンさん=女性部員=が出会ったのは、2013年のことだ。森さんの長男・冠太さん(高校1年)とサンワンさんの長男・友さん(同)が、小学校への入学を機に仲良くなり、連れだって通学するようになった。
ある日、森さんが冠太さんとスーパーマーケットへ買い物に行った時のこと。自転車のチャイルドシートに座っている友さんを見つけた。彼が乗る自転車を、店の駐輪場に止めようとする女性がいる。

"あの人が友君のお母さんかしら"
森さんは歩み寄って声を掛けた。「冠太の母です。友君が一緒に遊んでくれて、ありがとうございます」
するとサンワンさんは、こう返事をした。「私、日本人じゃないの」。外見からも、たどたどしい日本語からも、そのことは分かった。サンワンさんは続けた。「でも仲良くしてください」と。
丁寧に頭を下げるサンワンさんの姿に、森さんは妙に心を打たれた。森さんが「こちらこそ喜んで。よろしくお願いします」と言うと、サンワンさんはホッとしたように笑顔を見せてくれた。

それから"ママ友"の付き合いが始まった。サンワンさんがタイ出身だということを聞き、食品雑貨店に勤めていた森さんは、「よかったら食べて」とタイの麺を見つけて届けに行ったことがある。サンワンさんは、すぐに調理して"お裾分け"に来てくれた。森さんは"なんて心の温かな人だろう"と感じた。
相手に対して抱いた好感は、サンワンさんも同じだったようだ。2人が打ち解けるまでに長い時間はかからなかった。
やがて、サンワンさんは自らの来し方を、森さんに語るようになった。

◇人の輪の中
サンワンさんは、タイの首都・バンコクから数百キロ離れた村で生まれ育った。
実家は農業を営んでいたものの、暮らしは貧しかった。サンワンさんは、小学校を卒業するとバンコクへ。ハウスキーパー(家政婦)として10年ほど働き、出稼ぎのために来日した。山梨に来て日本人男性と結婚し、友さんとその姉を出産したものの、友さんが3歳の時に離婚。その後はシングルマザーとして子どもたちを育てた。

ハローワークや市役所の担当者も力を尽くしてくれ、工場勤務と内職を掛け持ちすることで、親子3人、何とか生活してきた。苦しいことは数え切れないほどあった。見掛けや文化の違い、言葉の壁、それらから生じる人間関係のあつれき……。サンワンさんは森さんに教えてくれた。「言葉は分からなくても、のけ者にされている時は、相手の目を見れば分かる」と。

子育てでも悔しい思いをした。長女は小学生の時、「外国人はあっちへ行け」と、いじめられた。サンワンさんは「泣いて帰ってくる娘のことを、抱き締めることしかできなかった」と言う。
森さんは胸が締め付けられる思いがした。"苦労を重ねながら、懸命に生きてきたサンワンさんに、どうか幸せになってほしい"
創価学会の信仰の話をせずにはいられなかった。2013年の年末、サンワンさんは森さんに誘われて座談会に参加した。地区の同志たちは口々に「よく来てくれましたね」と温かく迎えた。サンワンさんは「こんなに親切に外国人のことを思ってくれる日本人がいる場所に、初めて来た」と感想を口にした。

仏法用語の意味が分からず、すぐには入会に踏み切れなかった。それでも、「南無妙法蓮華経で幸せになれる」との言葉が心に刻まれた。以後、サンワンさんは、工場勤務の行き帰り、自転車に乗りながら、心の中で毎日、題目を唱えていく。
とともに、息子の小学校の諸行事では、森さんと、家族ぐるみの付き合いをした。
運動会では一緒に場所取りをし、他のママ友たちの家族とも昼食を囲んだ。姉の時とは異なり、友さんが学校でいじめに遭うことはなかった。「森さんがママさんたちの輪の中に、私を迎え入れてくれた」。サンワンさんは今も深く、感謝している。

◇"君のそばに"
子どもたちが中学に進学した2019年。2学期から森さんの長男・冠太さんが不登校になった。夏休み最終日、「明日から2学期だね」と声を掛けると、普段と変わらず「そうだね」と答えていた息子が翌朝、布団に潜って「行きたくない」と言う。翌日もその次の日も……。

"え、なんで?"。森さんは、夏休みと打って変わって無表情で過ごす息子の姿に戸惑った。息子はあまり多くを語るタイプではないものの、中学校の担任からは「学校では友達とよく話し、昼休みは校庭で元気に遊んでいた」と聞いた。
日がたつごとに、不安に駆られた。"この子はこの先、どうなってしまうのだろう"
心配のあまり無理やり学校へ引っ張って行った日も、「逃げちゃダメだよ」と強く言ってしまった日もある。近所の目を気にしている自分もいた。そんな時、教員をしている学会の先輩から言われた。
「学校に行くことは、当たり前だと思っているでしょう。でも、違うんです。"戦い"に行くような思いで、学校に行く子もいます」

雷に打たれたような思いがした。"息子は毎日、悩んで頑張って「行ってきます」と家を出ていたんだ"と。"冠太を信じ抜こう。理屈じゃなく、心の底からそう思えるまで題目を唱えよう"と決めた。
夫の隆男さん=副本陣長(副ブロック長)=も、しばしば、冠太さんと、2つ年下の長女・ここなさん兄妹を連れて近県までドライブへ。またある時は、息子の中学校にある登校支援の教室に付き添い、わが子と共に歩んだ。
そして、森さんの家に冠太さんを訪ね続けて来てくれたのが、サンワンさんの息子の友さんだった。
ゲームをしたり、外でバドミントンをしたり。そこには昔から変わらない2人の姿があった。学校に行くとか行かないとか、そういう話はしない。友さんは「いつも通り、"僕は君のそばにいるよ"という気持ち」で過ごしたという。サンワンさんも"息子の親友である冠太君の幸せを"と願い、森さんの不安から決意まで、その心を分かち合ってくれた。

2020年初頭、国内で新型コロナの感染拡大が起こり、3月には山梨の小・中学校でも卒業式などの諸行事を挟み、休校が続いた。同月下旬、3学期の修了式を前に、冠太さんは母へ「学校に行くよ」と。そして学期末と、休校期間が明けた5月下旬以降、登校するようになった。
それから2年。今春、2人は中学校を卒業し、別々の高校に進学した。冠太さんは友さんへの思いを語る。「会う機会は減っても、ずっと大切な友達です」と。

◇考え行動する
冠太さんが不登校にあった2020年1月26日、サンワンさんの入会記念勤行会が行われた。
初めて座談会に参加してから、勤務先の行き帰りに胸中で唱題を重ねて6年余り——その間、願っていた労働環境の職場に転職を果たした。何社もの面接に挑み、時に森さん宅で御本尊に向かって共に祈り、つかんだ結果。そうした中でサンワンさんは「題目を唱えると勇気や希望が湧いてくることを感じて」入会を決意したのだった。

森さんと共に、多くの友が入会記念勤行会に参加し、サンワンさんの新出発を祝福した。その一人が、和出陽子さん=県総合女性部長(総県副国際部長兼任)。サンワンさんにも森さんにも、励ましを送り続けてきた。
「在日外国人のメンバーの中には、夜勤など負担の大きい仕事をしている方も少なくありません。そんな中、唱題で生命力をみなぎらせ、職場で信頼を得て、生活の基盤を確立しています」と和出さん。また、多くの女性部員への激励も重ねる中で、気付いたことがある。
「それは、誰もが何かしらの課題を抱えているということです。外見や言葉、文化の違いもあれば、一見しただけでは分からない家庭や仕事の問題、内面の葛藤も……。悩みは違っても、信心根本に向き合うからこそ"同じように苦しんでいる人を放っておけない"と思える。同志の存在は本当にありがたいです」

同志から祝福を受けるサンワンさんの姿を見て、森さんは自分が入会した時のことを思い出した。夫の隆男さんと交際していた時に仏法の話を聞き、2005年に入会した。当時は「仕事も人間関係も、何をしてもうまくいかない」と、自らを卑下していた。反対に「学会の皆さんは朗らかで、キラキラと輝いて見えた」と言う。

自身の入会から十数年を経て森さんは思い至った。「同志の皆さんが輝いて見えたのは、苦労がないからではなく、苦労と向き合って、そのど真ん中を走ってきたからなんだ」と。サンワンさんとの絆を育みながら、自らの子育てと向き合うからこそ、気付くことができた。
今、森さんは「大変だと感じる時も、一人じゃなかった」と振り返る。夫の支えはもとより、両親は離れた実家から応援の電話をくれた。同居する義父・佐一さん=副支部長(本陣長兼任)=と義母・陽子さん=県副女性部長=も、孫である冠太さんを温かく見守ってくれた。「そして家族だけでなく、"学会家族"の皆さんが祈り励ましてくれたから、頑張ろうと思えたんです」と。

池田先生は語っている。
「私は常々、『一番苦しんでいる人こそ、一番幸福になる権利がある』と訴えてきました。仏法とは、その一番苦しんでいる人のためにあるのです。その人に同苦する、その人のことを自分と同じだと感じる、その人の身になって考え行動する。そこに慈悲が光ります」
励まし合いながら歩んできた、森さんとサンワンさん。2人は、これまでの経験を糧として、これからも"出会った友を励ます人生"を歩んでいくに違いない。

2022年6月27日月曜日

2022.06.27 わが友に贈る

◇今週のことば
「新しき世紀を創るものは
青年の熱と力である」
楽しく賢く伸びやかに
信頼と友情を広げゆけ!
青春凱歌の金字塔を共に。
2022年6月27日

同生同名御書 P1115
『釈迦仏普賢菩薩薬王菩薩宿王華菩薩等の各各の御心中に入り給へるか、法華経の文に閻浮提に此の経を信ぜん人は普賢菩薩の御力なりと申す是なるべし』

【通解】
釈迦仏をはじめ、普賢菩薩・薬王菩薩・宿王華菩薩などが、あなた方の心の中に入っておられるであろう。法華経普賢菩薩勧発品第二十八に「閻浮提に法華経を信ずることができるのは普賢菩薩のお力によるのである」と説かれているのはこのことである。

名字の言 365段の急勾配を上って見えたもの 2022年6月27日
群馬県の伊香保にある有名な石段を、かつて上ったことがある。両脇に古い土産店なども並ぶ風情漂う石段を、多くの老若男女が上り下りしていた▼とはいえ、365段の急勾配。エスカレーターなどはなく、自力で一段一段、踏み締めて上るしかない。頂上に着いて振り返ると、視界には山々の威容が広がり、眼下には石段の道が延々と続く。その絶景は充実感をもたらし、疲れも吹き飛ばしてくれた▼創価大学の職員だった女性部の友に聞いた話。ある日、創立者の池田先生が大学行事に出席するため来校した。先生が会場へ向かう校内の窓から、ふと外に目をやると、近くの階段を1人の男性が幼子を抱きかかえて上っていくのが見えた▼先生は大きく手を振った。しかし、男性は背中を向けているので気付かない。それでも先生は男性が上り切るまで振り続けた。その場に役員で居合わせた、先の女性部の友は胸を熱くした。"先生は本人が気付こうが、気付くまいが、こうしてずっと見守り、一人一人を励まされてきたのだ"と▼どんなに厳しい苦難の坂があろうとも、弟子は胸中に師への誓いを抱き、断じて上り切ろう。そこに師弟勝利の未来を開き、報恩の人生の軌跡が描けると確信して。

寸鉄 2022年6月27日
「異体同心なればかちぬ」御書。我らの団結は無敵。総立ちして限界突破を!(新2054・全1463)
兵庫が熾烈な競り合い。ここから一気呵成の猛攻で金星掴め!同志が援軍
「未来会の日」。若き日の誓い果たす時。一騎当千の師子よ師弟共戦の心で
今夏は猛暑、今週も記録的な暑さと。水分・塩分補給こまめに熱中症対策
公明、選挙区・比例ともに大激戦に。全議員が支持拡大に総力。皆が大声援

☆忘れ得ぬ旅 太陽の心で——池田先生の連載エッセーから 第21回 横浜
◇荒波を越え 栄光の凱旋を
月刊誌「パンプキン」誌上の池田先生の連載エッセー「忘れ得ぬ旅 太陽の心で」を紹介する本企画。今回は「横浜——新時代を創る『開かれた港』」〈2012年11月号〉を掲載する(潮出版社刊の同名のエッセー集から抜粋)。太平洋に面する国際都市・横浜は、世界から多くの人々が訪れ、新しい文化が次々と花開いてきた。私たちも、対話の大海原へ朗らかに船出し、広々とした心で友好の絆を幾重にも結んでいきたい。

海のごとく
  心ひろびろと
空のごとく
  心限りなく高く
風のごとく
  心幸せのために自在たれ

心は不思議です。大きく開けば、どこまでも広く、どこまでも高く、そして、どこまでも自在に、躍動させていくことができます。
大海原と向き合い、新鮮な出会いと語らいが光る港には、皆の心を開いて、弾ませてくれる活力があります。
その世界に燦たる「共生」と「進取」の国際港が、私たちの大好きな横浜です。
東京・大田に生まれ育った私は、少年時代から、多摩川をはさんだ"ご近所"の神奈川で、たくさんの思い出を刻んできました。日本の各地を訪れた帰途、車窓から神奈川の天地を目にすると、それだけで故郷に帰ったような安堵と懐かしさが込み上げてきます。
折々に、雄大な世界へ広がる横浜の海を友と眺め、浩然の気を養いながら、新たな使命の航路を開拓してきたことは、宝の歴史です。
横浜は、わが人生のかけがえのない「心の港」と言っても、決して過言ではありません。
横浜出身の思想家・岡倉天心と交友を結び、横浜で深き創作の歴史を残したインドの大詩人タゴールは綴っております。
「ひたむきに急ぐそよ風のように、生命と若さをもって世界のなかに飛び出していきたい」と。
まさに、横浜には、活発な交流のなかで、常に新しいものを生み出し、新時代を創り開く若々しさがあふれていると言えましょう。

◇友よ負けるな
〈幾重にも広布の歴史が刻まれた横浜、そして神奈川。池田先生は、青春時代に友を励ましたことや、戸田先生が「原水爆禁止宣言」を発表したことを述懐する〉

戦後、横浜、神奈川の庶民の幸福を深く願われ、何度も足を運んで一人一人を励まされたのが、私の師匠・戸田城聖先生です。
私も師の心を体して、愛する故郷に尽くす思いで、川崎、そして、鶴見をはじめ横浜——神奈川の各地へ、友の輪のなかへ飛び込んでいきました。
それは、師の事業が厳しい苦境の時でもありました。訪ねる家々も皆、生活苦や病気との闘いに直面していました。そうしたなかで、私は、一人の青年として、困難にあった時にこそ「賢者はよろこび愚者は退く」という勇気の哲学を語っていったのです。
家計を支えるために、働きながら学ぶ道を選んだ少年には、自作の詩を贈りました。
「友よ負けるな希望を高く
 僕が信ずる君が心を
 努力 努力 また努力
 あの日の誓い忘れるな
 君の意気と若さとで
 断じて進め あくまでも」——。
私自身、肺を患い、熱が続き、血痰を吐きながらの悪戦苦闘の連続でした。私の体を案じて、家の鶏の産みたての卵を分けてくださった、横浜の庶民の婦人の真心を、私は今も温かく思い起こします。

わが師は一九五七年、横浜市・三ツ沢の陸上競技場に集結した五万人の青年らを前に、遺訓の第一として「原水爆禁止宣言」を発表しました。
世界の民衆の「生存の権利」を叫び、それを脅かす魔性を弾劾した師子吼です。
生命を傷つけ脅かすものは悪であり、生命を守り育むものこそ善であります。これこそ人類に普遍の正義ではないでしょうか。
思えば、神奈川の鎌倉は、人道主義を掲げた「白樺派」の文学者らの拠点でもありました。志賀直哉は「不正虚偽を憎む気持」を培い、長与善郎は「正義に対する愛」を人々のなかに燃やすことを願いました。
新たな思潮が生まれ出ずる天地で、私の信頼する友人たちも、人間主義の「正義の旗」を誇り高く掲げ、世界市民の連帯を広げてきました。

◇いよいよ勇み立って
〈結びに池田先生は、横浜港のシンボル「氷川丸」に言及。大海原を進みゆく大船のごとく、いかなる荒波も越えゆこうと呼び掛ける〉

日本初の臨海公園である山下公園で、次代を担う青年や少年少女たちと、幾たびとなく語らいを重ねてきたことも、忘れることはできません。
山下公園に係留されている貨客船・氷川丸は一九三〇年、横浜で建造されました。主にアメリカ西海岸のシアトルと日本を結び、約三十年で二百五十四回の太平洋横断をしています。
"もてなしの心"が評判を呼び、あの喜劇王チャップリンも乗船しました。
戦争中には、ある時はナチスの迫害から逃れるユダヤの人々を乗せ、ある時は病院船として傷病兵を運び、機雷に接触する危機も乗り越えて、重要な使命を果たしました。
戦後は、"平和と文化の使者"として多くの留学生や芸術団なども乗せています。
人生もまた、嵐の海を越えて、価値ある行動を断固と成し遂げていく航海です。
横浜生まれの作家・吉川英治氏は記しました。
「人と生れたからには、享けた一命をその人がどう生涯につかいきるか、それでその人の値うちもきまる」
「人の一生にはたくさんなことができる。誓えばどんな希望でもかけられる」
ここから出発し、ここに帰り、また再び、ここから旅立つ——。開港百五十年を超えた横浜は、「母なる港」であり、「開かれた港」です。
わが愛する神奈川の二十一世紀の若き世界市民たちも、いよいよ勇み立って、希望の銅鑼を打ち鳴らしながら、新時代へ船出をしています。
いかなる荒波も、勇敢に朗らかに突き破って、必ずや栄光の凱旋を! と、灯台の光の如く、私もエールを送り続ける毎日です。

一隻の大船
 断じて目的
   達成を
 共に万歳
  勝利の万歳

(『忘れ得ぬ旅 太陽の心で』第3巻所収)

2022.06.26 わが友に贈る

広布の黄金柱・壮年部よ!
いよいよ本領発揮だ!
"わが姿を見よ"と
同志を鼓舞する
師子奮迅の拡大を頼む!

下山御消息 P346
『如来は未来を鑑みさせ給いて我が滅後正法一千年像法一千年末法一万年が間我が法門を弘通すべき人人並に経経を一一にきりあてられて候』

【通解】
如来は未来を見通されて自らの亡き後、正法一千年・像法一千年・末法一万年の間、自らの法門を弘通すべき人々と弘めるべき経を一つ一つ明確に当てられている。

名字の言 島民の約半数が本紙を購読——福岡・藍島 2022年6月26日
「聖教新聞、楽しく読んでいますよ!」「いつも学会の皆さんから元気をもらっています」。福岡県北九州市の藍島で出会った人が、口々に温かい声を掛けてくださった。島に暮らす約80世帯の5割近くが、本紙の購読経験者である▼かつて地元の学会員は、島の伝統、風習などの壁にぶつかり、つらい思いもしたという。だが、負けずに闘志を燃え上がらせた。"祈り、笑顔、真心を倍加して語ろう"と▼メンバーは島のさまざまな仕事を引き受け、「幸福パトロール隊」と称して高齢者宅への声掛けも行う。明るく誠実に地域に尽くす姿に接し、島民の大半が学会の実像を知り、良き理解者に。その信頼は今、不動のものとなった。友は語る。「苦しい時も前に進み続けたからこそ、私たちは強くなれた。島の広布が開けた」▼御書に「誰かが信仰をさまたげたら、心の中で『うれしい』と思いなさい」(新1843・全1512、趣意)と。立正安国の道に苦難は多い。その時こそ"飛躍への大チャンス"と心を奮い立たせ、果敢なる行動に打って出たい▼我らには、無限の力を引き出す師弟がある。全てをプラスに転じる哲学があり、同志がいる。乗り越えられない壁などない。恐れなく、前進また前進!

寸鉄 2022年6月26日
英雄は失敗にも勇気増し最終の勝利を得る—牧口先生。不屈こそ創価の魂
正義の大神奈川が激闘!縦横無尽に動き語ろう。全国の応援胸に勇気凜々
国連憲章の調印記念日。民衆は不戦を希求。学会は人類の議会へ支援貫く
国際麻薬乱用撲滅デー。抵抗感薄い若年層。未来奪う魔物は社会挙げ根絶
公明の後押しで携帯電話料金引き下げ—前首相。更に国民生活守る戦いを

☆いのちの賛歌 心に刻む一節 テーマ:病と向き合う
◇御文
『妙とは蘇生の義なり。蘇生と申すは、よみがえる義なり。』(法華経題目抄、新541・全947)

◇通解
妙とは蘇生の意味である。蘇生とは、よみがえるということである。

◇人生に勝つための信心
慢性骨髄性白血病と診断され
1989年(平成元年)2月のある朝、安達純子さん(64)=兵庫県養父市、北兵庫宝光県総合女性部長=は突然、大量の血を吐いた。緊急入院となり、輸血が必要なため血液検査したところ、結果を見た医師の顔が曇った。吐血の原因は胃潰瘍によるものだと判明したが、「慢性骨髄性白血病」であることが分かった。地区婦人部長(当時)の時のことだった。
      ◇
「病名を聞いた時は"なんで私が?"って。頭の中はその言葉だけでした」
安達さんは振り返る。
体に異変を感じたのは、30歳を過ぎた頃。だるさや吐き気、めまいに襲われることが増えていたが、「たいして気にしてなかったんです」。吐血したのは、そうした中でのことだった。
医師からは、発病してすでに数年はたっており、このまま急性期に至れば命に及ぶため、早期の骨髄移植を勧められた。
しかし当時、国内での骨髄移植の事例は多くなかった。移植に必要な、同じ白血球の型(HLA)を持つドナーは、数万人に1人の割合ともいわれるが、公的骨髄バンクもまだなく、たとえ移植できても完治できるか不明とも告げられた。
「話を聞けば聞くほど不安が募ってきて。悔しさと死の恐怖で、涙が止まりませんでした」
病室に駆け付けた婦人部(当時)の先輩は、そんな安達さんを抱きかかえるように励ましてくれた。
「大丈夫! 戦って出た宿業なんやし。絶対に乗り越えられる!」
確信の言葉が胸に刺さった。
1カ月ほどで退院。安達さんは夫・道一さん(67)=副支部長(地区部長兼任)=と、御本尊の前から病魔との"闘争"を開始した。「信心で勝つ以外にない。祈るほど、そう心が定まっていきました」
夫妻で強盛に題目を唱えては、仏法対話に、同志の激励に、広大な地域を走った。
90年6月、関西池田記念墓地公園の開園記念の場で、初訪問した池田先生と師弟の出会いを刻んだ。
「先生は、全て分かってくださっている。負けるわけにはいかない!」。心のエンジンが、一段とうなりを上げた。
その後、東京にいた安達さんの姉と、白血球の型が一致することが判明した。希望の光が差した。東京の国立病院で移植手術を受けることが決まった。
同年11月に入院。移植の前処置として、大量の投薬と放射線照射による治療が行われた。
「その副作用が想像以上に過酷で」と安達さん。髪の毛は全て抜け、あらゆる内臓の粘膜はただれた。絶え間のない吐き気と発熱。激しい下痢。食べ物を全く口にできなかった。
「兵庫の同志が送ってくれた励ましの手紙に、どれほど勇気をもらったか。"もう、治療をやめてしまいたい"と弱気が頭をもたげるたび、心で題目を唱えて、ねじ伏せました」
安達さんは無菌室に移り、91年3月1日、移植の日を迎えた。姉の骨髄から採取した造血幹細胞が、点滴によって安達さんの体に入っていった。
術後2週間ほどで生着が確認され、無菌室から一般病棟へ。その後もつらい症状は続いたが、祈りを重ねては歯を食いしばるように耐え抜き、同年7月、晴れて退院することができた。
実は、治療による副作用もあって、夫妻の間に子どもはいない。安達さんは「そのことで、ずいぶんと悩みましたね」と、ほほ笑む。
「苦しみの渦中で深く拝した御文は、『妙とは蘇生の義なり』の一節です。新しい生命を誕生させる代わりに、私の生命を"蘇生"させてもらえた——この御聖訓を拝す中で『蘇生の義』を実感できました。私は、広布の母として生き抜くんだと、心が強くなりました」
一時は人生を悲観した「絶望」の中から、安達さんは「希望」を見いだし、前を向いてきた。
「信心で"蘇生"したこの人生。だからこそ、広布のため、師匠と同志のために使っていきます」
骨髄移植での過酷な副作用と闘っていた安達さんは、かつて池田先生が兵庫の同志に贈った「人生/勝つために/信心のあることを/忘れまい」との言葉を、心の中で何度も反すうしたという。
「しんどい現実から思わず逃げ出したくなる時、"負けるわけにはいかない。信心で必ず乗り越えてみせる!"って、師匠や同志の顔を思い浮かべては、自身を奮い立たせました」
その上で、安達さんはこうも話す。「苦しいといえば、これほど苦しい経験はありませんでした。けれど、信心のおかげで、こんなに大きな宿業を今世で呼び起こすことができた。祈る中でそう確信できた時に、心の底から感謝が湧いてきたんです。なんて幸せな人生だろうと」
そうした境涯の変革を、安達さんは"蘇生"だと捉える。
安達さんと二人三脚で歩んできた道一さんは、どう見てきたのか。
「強い人やと思います。つらい状況でも、決して弱音を吐かない。退かない。信心一筋の人はここまで強くなれるんやと教わりました」
池田先生は語っている。
「今、ここで、生活に戦い、人生に戦い、広宣流布に戦う——その生命に幸福の旭日は赫々と昇りゆくのだ。(中略)
いかなる苦悩をもち、いかなる境遇にあろうが、その人でなければ果たせぬ尊き使命がある。それを深く自覚した時、すべては変わる。久遠の『大願』を果たすために、私たちは、今ここに生まれてきた。宿命は即、使命となり、わが勝利の逆転劇を荘厳する舞台となるのだ。
いかに現実が多事多難であろうとも、ここから離れて、幸福の大地はどこにもない」(池田大作先生の指導選集〈上〉『幸福への指針』)
信心によって境涯を開けば、いかなる試練も悠々と見下ろしていける。確信みなぎる"常勝の母"は、悩める友の"蘇生"を願って、今日も広布の舞台を駆ける。

[教学コンパス]
晴れ間がのぞいた梅雨時の空を、燃えるような夕日が染める。大自然が織り成す"天空の芸術"に、思わず心を動かされる。ナチスの強制収容所を生き延びた精神科医のフランクルは、過酷な環境を生き抜いた人の共通点の一つに「夕焼けに感動したこと」を挙げている。極限状態でも美しさを感じる——本来の人間性を失わなかったことが、精神的な強さとなり、困難に打ち勝つ力となったのだ。
苦悩に満ちた現実世界を、仏教では「娑婆」という。サンスクリットの「サハー」の音写で、「堪忍」などと訳されるが、この不条理な娑婆世界にあって、忍び難き苦難に打ち勝つドラマを日々、演じているのが創価の同志である。
過酷な宿命の嵐の中で、懸命に御本尊に向かい、現実変革に果敢に挑みながらも、地涌の菩薩として民衆救済に生きるという、自らの根本の使命を決して見失わない。
そうした一人一人が使命の舞台で演じる、人間革命の鮮やかな勝利劇こそ、生命が織り成す"究極の芸術"だと、たたえたい。

2022年6月25日土曜日

2022.06.25 わが友に贈る

「かしこへおしかけ、
ここへおしよせ」御聖訓。
勝負は「勢い」で決まる。
どこまでも攻めの一念で
対話の旋風を起こそう!
(新600・全502)

可延定業書 P986
『きわめてまけじたまし(不負魂)の人にて我がかたの事をば大事と申す人なり』

【通解】
(四条金吾殿は)極めて負けじ魂の人で、自分の味方(信心の同志)のことを大切にする人です。

名字の言 再び開花の時を迎えた福島のハマヒルガオ 2022年6月25日
先日、福島県浜通りに住む通信員の方から一葉の写真を頂戴した。写っていたのは、浜辺に群生する淡いピンク色のハマヒルガオである▼その浜辺は東日本大震災で津波被害に遭い、ハマヒルガオも砂ごと押し流された。しかし、蘇生を願う地元の住民が植栽運動を実施。地道に取り組んだ結果、"初夏の風物詩"は再び開花の時を迎えた。それは、思いをつなぐ人々の努力が紡いだ"奇跡の風景"ともいえる。ハマヒルガオの花言葉は「絆」である▼ある女性部員には長年、仏法対話を継続してきた友人がいた。会合には参加してくれるものの、入会には至らず、半ば諦めかけていた時、女性部の先輩から声を掛けられた。「諦めとは、信心の無限の可能性を閉ざしてしまうこと。大切なのは、相手の仏性を信じ抜くこちらの一念よ」▼その後、心新たに唱題を重ねる中で友人の心境に変化が。「私の幸せを祈り続けてくれた、あなたの真心に報いたい」と、今春、16年越しの対話が実った。今、二人で仲良く広布拡大に駆ける▼池田先生はつづった。「誰もが心一つで、明るい対話の花も、楽しい友情の花も、豊かな文化の花も、生き生きと咲かせていける」。その開花の時をつくる力は、わが胸中にある。

寸鉄 2022年6月25日
青年の心を揺さぶるのは青年の叫び—戸田先生。社会変革の情熱は伝わる
兵庫が師子奮迅の猛攻。世界一の"カンサイ・スピリット"で大逆転へ!
団地部の日。信頼と友好広げる模範の友。「地域の灯台」と輝く福徳の賢者
男性の日傘利用に肯定的—8割。"メンズ商品"も続々と。熱中症対策、賢く
公明が連立にいるから教育支援を力強く推進できる—教授。政治は実現力

〈社説〉 2022・6・25 想像以上に危険な「歩きスマホ」
◇小さな油断排し無事故の日々を
今や、多くの人が手にするようになったスマートフォン(スマホ)。NTTドコモモバイル社会研究所が実施した、都道府県別の人口比率で分けた7050人への調査によると、スマホの所有比率は、2010年には4・4%だったが、22年を迎えた時点では94%に達したことが分かった。
カメラ機能や音楽プレーヤーとしての機能、インターネット接続などの利便性の向上が、急速な普及につながったといえようか。
その一方で、社会問題となっているのが、いわゆる「歩きスマホ」による事故の多発だ。
東京消防庁によると、15年から19年までの5年間で「歩きながら」「自転車に乗りながら」など、歩きスマホ等の事故によって、211人が救急搬送され、うち34人が入院の必要がある中等症以上と診断されている。事故と報告されない事例は、はるかに多いだろう。
愛知工科大の小塚一宏名誉教授の研究によると、スマホの画面を見ながら歩くと、視界が「20分の1」になるという。つまり、通常より95%の視野を失った状態である。当然、衝突や転倒といった危険に遭遇する可能性が増す。また、両手か利き手でスマホを操作していれば、転倒した際、とっさに手をつくことが難しくなる。
周りが見えていないゆえに、壁や人とぶつかる、階段や駅のホームから転落・落下する、赤信号に気付かずに車と接触する等々の命に関わる事例がある。さらに周囲の人を巻き込んでしまう事故もあり、中には多額の損害賠償責任や刑事責任を課せられたケースも。事態を憂慮し、公共の場所での歩きスマホを規制する条例を定めた地方自治体もある。
私たちは、まず自分の意識から「このくらいは平気だろう」という小さな油断を排したい。それが大きな事故を防ぐことにつながる。池田先生は教えている。「小さなミスや小さな手抜きが、魔のつけ込む隙を与え、取り返しのつかない大事故を生むのだ。ゆえに、小事が大事なのである」と。
外に出たときには、スマホで地図を確認したり、SNSで誰かと連絡を取り合ったりすることもあるだろう。自分も周りも守っていくために「歩きスマホは厳禁」、「スマホを使用するときは立ち止まって安全な場所で」と徹底し、無事故の日々を送っていきたい。

☆共生の地球社会へ〜仏法の英知に学ぶ テーマ:海洋環境を守る
登場人物
【娘・ミライさん】好奇心旺盛な女性部員。世の中の出来事について、父・ホープ博士と語り合うことを楽しみにしている。
【父・ホープ博士】勉強熱心な壮年部員。毎月1回、家族と一緒に教学を研さんしている。「博士」はニックネーム。本業は会社員。

◇充足を得る生き方に転換を
ホープ 今月27日から、ポルトガルのリスボンで「国連海洋会議」が行われるよ。今、国際問題となっている海洋汚染や乱獲など、海洋環境をどう守るか議論される予定なんだ。

ミライ SDGs(持続可能な開発目標)では、目標14「海の豊かさを守ろう」を掲げているね。

ホープ 私たちにとって、海は食料を提供しているだけでなく、新たな薬品資源を見つける場所としても注目されているんだ。
海は、多種多様な生物の宝庫でもあるよね。ところが、世界の海に流れ込むごみの量が増え続けて、自然環境と経済に大きな影響を及ぼしている。

ミライ 海の汚染はどれくらい進んでいるの?

ホープ 例えば、海に流出しているプラスチックごみは、毎年800万トンに及ぶといわれ、これはジャンボジェット機5万機分の重さに相当するんだ。海洋汚染の対策を強化しないと、2050年には海中のプラごみの重量が、海の魚の総量を超えてしまうかもしれないんだよ。

ミライ 海鳥やウミガメが、5ミリ以下の「マイクロプラスチック」を誤って飲み込んでしまい、弱っている映像を見たことがある。
マイクロプラスチックは化学物質を吸着しやすいから、有害な物質を媒介して、海の生き物や生態系に悪影響を与えかねないようだね。私たち人間への影響も心配だよ。

ホープ プラスチックは軽くて丈夫で、加工もしやすいから、幅広く活用される優れた素材だよね。医療をはじめ、私たちの生活の質を大きく向上させている。
けれども、不法投棄やポイ捨てによって正しく処理されないことで、自然界に残り続けてしまい、事態が深刻化しているんだ。
こうした状況を踏まえて、本年3月、国連環境総会でプラごみの海洋汚染などについて、国際協定を作る決議が採択されたんだよ。これまで、海や河川への流出を規制する国際条約がなかっただけに、これからの推移に注目したいね。

◇本当の豊かさ
ミライ 海洋汚染の実態に直面すると、私たち人間が、「快適さ」「便利さ」「利益」を優先するあまり、環境保全を蔑ろにしてきたことを、深く考えさせられるね。

ホープ そうだね。自然への影響を無視して資源を浪費し続けていては、地球環境や私たちの暮らしの持続可能性が危ぶまれる一方だ。
大量生産・大量消費では、本当の豊かさが得られないことは明らかだよね。
だから、人間が本来もつ「欲望」をどう制するかが焦点なんだよ。
釈尊は、人間の欲望が際限ないことを「たとえ貨幣の雨を降らすとも、欲望の満足されることはない」と表現しているよ。(『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元訳、岩波書店)
さらに仏教では、欲望が肥大することで、自他の生命を傷つけ、破壊させる状態を「貪欲」と呼ぶんだ。

ミライ 貪欲に支配されないために、仏法の智慧に学んでいきたいね。

◇少欲知足
ホープ 法華経にも「少欲知足」と説かれているよ。欲望の肥大化をコントロールすること(少欲)で、得られたもので満足する生き方(知足)を教えているんだ。
対して、富や財に恵まれているようであっても、欲望に支配されてしまえば、人間として「不知足」であり、本質的には貧しいと考えるんだ。

ミライ 苦しみながら嫌々、節制したり、人から強制されたりしても、充足は得られないし、長続きしない。誰もやりたがらないよね。
「少欲知足」は、幸福を感じつつも、節度ある"ちょうどいい"生き方を教えているんだね。多くの人に共感を広げ、行動に変化をもたらすメッセージが込められているね。

ホープ 日蓮大聖人は、「(唱題する時)煩悩という薪を焼いて、菩提(悟り)という智慧の火が現れるのである」(新987・全710、通解)と仰せだよ。
池田先生は、この御文を拝して、欲望をコントロールしながら、より大きな目的のために転じていく生き方を、「欲望そのものを『滅する』ことを目指すのではなく、欲望の源にある"自分を取り巻く状況を何とかしたい"という生命のエネルギーを、自己の利益のためだけでなく、『自他共の幸福』に資する方向へと向け、『質的転換』を図ること」と示されているよ。(『地球革命への挑戦』潮出版社)

ミライ どこまでも人間の可能性に光を当てる、仏法の法理に希望を感じるよ。
実際、海洋汚染に立ち向かおうと、自然界で分解される植物由来のプラスチックの開発が進むなど、新たな兆しも出てきているよね。

ホープ 自他共の幸福を目指す仏法者として、一人一人が希望を持ち続け、自然環境に貢献的なライフスタイルを確立し、海洋汚染の改善に向けて行動を変えていこうね。

◇御文
『煩悩の薪を焼いて、菩提の慧火現前するなり。』(御義口伝、新987・全710)

◇メモ
爾前経では、煩悩を不幸の原因と捉え、煩悩を断じ尽くすことを説いてきました。しかし、煩悩、欲望を離れて人間はありません。大切なのは、その欲望にとらわれることなく、むしろ成長と幸福のバネにする信心です。
"どうすれば良い社会になるのか"といった悩みも煩悩の一種。信心を根本に、煩悩を薪のように燃やしていけば、智慧が湧き出て、必ず前進への原動力に転じることができるのです。

[コラム:"いま"を知る]人道的競争の時代
学生が就職先を選ぶ上で、興味深い結果がある。2024年に、卒業を控える大学生・大学院生のうち、「企業がSDGs(持続可能な開発目標)に取り組んでいることを知ると、志望度が上がる」と回答した学生は7割弱に及んだ(あさがくナビ調べ)。一方で、企業のSDGsへの取り組みを、"一時のブームに乗っているだけではないか?"と見る学生の目は真剣だ。
初代会長・牧口常三郎先生は大著『人生地理学』で、人類の発展を、軍事的・政治的・経済的競争を経て、「人道的競争」の時代へ移ると予見された。現代の諸課題を見渡せば、他者や自然環境の犠牲の上に、人類の幸福と繁栄が得られないことは明白である。
同著発刊から100年以上たった今、SDGsが普及し、誰も取り残さない社会をつくろうと、多様な取り組みが広がっている。「他のためにし、他を益しつつ自己も益する」との、人道的競争の理念を実践する日々でありたい。

2022年6月24日金曜日

2022.06.24 わが友に贈る

多宝の友の奮闘ありて
広布の大道は盤石。
百戦錬磨の経験と行動が
後継の同志を鼓舞する!
幸福の凱歌を高らかに!

十字御書 P1491
『地獄と仏とはいづれの所に候ぞとたづね候へば或は地の下と申す経文もあり或は西方等と申す経も候、しかれども委細にたづね候へば我等が五尺の身の内に候とみへて候』

【通解】
地獄と仏とは、どこに存在するのかと探究したとき、あるいは地の下にあるという経文もあり、あるいは西方等にあるという経もあります。しかしながら、詳細に探究してみると、私達の五尺の身の内にあると説かれています。

名字の言 女性部員の「常勝の信心」 2022年6月24日
ある女性部員と語らい、話題は入会動機に。60年前、結婚した先は貧しかった。ある日、近所の学会員から「『冬は必ず春となる』(新1696・全1253)を実感できる信仰です」と聞き、入会したという▼「確かにその通りでした。ただ、夏と秋が過ぎれば、また冬が来るように苦難は続きまして……」と女性は苦笑し、しみじみと言葉を継いだ。「でも、そのたびに信心で乗り越え、何度も春をわが家に呼び込みましたよ」▼別の女性部員は、長女を出産した喜びもつかの間、その娘が大病を患っていると告げられた。それでも"信心で勝つ!"と唱題を重ねる中、幼い娘は過酷な手術や治療にも耐え、成長していった▼しかし、続いて次女、三女にも長女と同じ病が見つかった。"これでもか"と襲い掛かる試練に、女性部員は「常勝の信心」をより強く燃やし、立ち向かった。同志も一家を励まし続けた。娘二人の手術は成功。現在、子どもたちは皆、元気に日常生活を送っている▼難のない仏道修行など、あり得ない。一時は敗れたように見える事態が人生にはあっても、この信仰は「常勝の信心」である。「常勝」とは、途中のいかなる試練の冬も、"必ず"春に転じ、勝って咲くことである。

寸鉄 2022年6月24日
猛者の進んで大陣を破る—御書。いざ決戦の時。正義の壮年・男子よ頼む(新780・全123)
日本の要・愛知が対話の旋風!堅塁中部の団結で勝ち上がれ。皆がエール
福岡が激走!ここが正念場に。先駆の中の先駆の真骨頂を発揮し栄光掴め
埼玉が大攻勢。一人立つ勇者の連帯は無敵。果敢に攻め抜き堂々凱旋を!
燃料価格抑制など公明の提言が政府の対策に反映 暮らし守る政治を貫け!

〈社説〉 あすは「団地部の日」
◇地域との絆結ぶ先駆の行動
今、団地が注目を浴びている。
企業と都市再生機構(UR)がリノベーション(大規模改修)を手掛けた団地や、近隣の大学と協力してのコミュニティーづくりなどが話題を呼び、若者世代からも人気の団地が出ているという。
こうした明るい話題の一方、旧来の団地には課題も多い。その一つが居住者の高齢化である。
団地建設が盛んになったのは、1950年代後半。木造の家屋が大多数の時代にあって、コンクリートの外壁にステンレス製の流し台などを備えた団地は"暮らしの最先端"とされた。だが、半世紀以上が経過した今、単身高齢者も増え、孤独死などの問題を抱える。
こういった課題は団地に限らず、ゆくゆくは日本社会全体が抱えることになる。団地に暮らす人々は、"課題の最先端"を生きているといっても過言ではない。
その中で、存在感を増すのが団地部の友だ。担い手不足が深刻な自治会活動をはじめ、高齢者の見守りなど、多くの同志が近隣住民と手を取り合い、率先して地域のために献身の汗を流す。
多くの外国人が住むある団地では、ルール違反のゴミ出しや深夜の騒音が問題となり、周囲の日本人居住者は冷ややかな目で見ていたという。しかし、団地部の友は積極的に声を掛け、ゴミ捨てなどのルールを教える。その理由について「もし自分が同じ立場だったら、文化の違いに戸惑うこともあるでしょうし、周囲に知り合いがいなかったら孤独にも感じるでしょう。そう思うと、力になってあげたいんですよ」と語っていた。
無縁社会といわれる現代。そうした友の奮闘に「団地部の方々の団結があれば、団地が直面するさまざまな課題に立ち向かっていける」と期待を寄せる識者もいる。
1978年(昭和53年)6月25日、池田先生は団地部の第1回全国大会に出席し、訴えた。「社会は連帯である。その連帯の先端で結び合い、協調し合っていかねばならない団地部の皆さんこそ、革新の次元で活躍されている方々である」「社会の前駆を行く誇りを忘れないでいただきたい」
あす25日は、この事を淵源とする「団地部の日」。師との原点を胸に最先端の課題に立ち向かう団地で、目の前の一人と友情を結び、地域の絆を強める友の先駆の行動は、これからの社会を生き抜く上での大切な視点を教えている。

☆御書根本の大道 池田大作先生の講義に学ぶ 第13回 普賢の英知
◇御義口伝
『御義口伝に云わく、「勧発」とは、「勧」は化他、「発」は自行なり。「普」とは、諸法実相、迹門の不変真如の理なり。「賢」とは、智慧の義なり、本門の随縁真如の智なり。しかるあいだ、経末に来って本迹二門を恋法したまえり。詮ずるところ、今、日蓮等の類い、南無妙法蓮華経と唱え奉る者は、普賢菩薩の守護なり云々。』(新1084・全780)

◇勇気の指標
「勧発」とは、自分自身が信心を「発し」、その歓喜の生命で、他の人に「勧める」ことです。まさに、生命と生命の触発です。「普賢」とは、「普く」理論を究め、「賢く」智慧を発揮することです。人々に、安心と希望、確信と勇気を送る智慧です。
◆◇◆
歓喜踊躍の生命によってこそ、相手自身の仏性を目覚めさせ、涌現させることができるのです。相手のことを真剣に思う慈悲の一念から、無量の智慧が湧いてくるのです。
そして、誠心誠意の励ましです。広宣流布は、身近な一人一人への励ましの一歩から開かれていくのです。
◆◇◆
健気に戦う庶民を仏の如く敬い、抱きかかえていく。徹頭徹尾、この精神から離れない智勇の後継者が、わが誉れの学生部なのです。
◆◇◆
学生部は徹底して御書を学び、人間主義の仏法を探究し抜くとともに、真摯に学問に挑戦し、謙虚に古今東西の知の体系を吸収してほしい。心広々と、壮大にして深遠な仏法の大海と、一流の思想・哲学の水脈を結び、どこまでも民衆を守り切る普賢の力の輝きを放っていくことです。
それが世界宗教です。皆の鍛錬と成長が、「新しき世紀」を創るのです。

◇"民衆の時代"を勝ち開く 田島大樹 学生部長
法華経の最終章「普賢菩薩勧発品第28」に登場する「普賢菩薩」。
釈尊が妙法を説いていることを知り、説法の終わりかけた頃に、無数の人々を率いて駆け付け、法華経の行者を守護することを誓ったと説かれています。
池田先生は、このことに触れて、「学生部も、戸田先生の総仕上げの時に結成された部です。いよいよ、『民衆の時代』を開く重大な使命を託すために呼び出された"創価の普賢菩薩"といってよいでしょう」と期待を寄せてくださいました。
1957年(昭和32年)6月30日に学生部が結成されて本年で65周年。意義深い本年を勝ち飾ろうと、全国の学生部員は学問と広布の闘争に全力で挑んでいます。
「御義口伝」を拝し、学生部に託された使命を今一度、胸に刻んでいきましょう。

◇相手を思う一念から
「どこまでも、民衆と共に生き、民衆を守り抜き、民衆のために戦い切る、妙法の指導者に成長すること」——先生は学生部の使命について、このようにつづってくださっています。
長引くコロナ禍、ウクライナ危機、悪化する経済……分断や孤立が叫ばれ、先の見えない激動の社会で、多くの人が苦しんでいることを思うと激しく胸が痛みます。
生命尊厳の哲理を掲げる学生部こそが、必ずや力をつけて、誰一人置き去りにすることなく幸せを享受できる「民衆の時代」を勝ち開くのだと決意しています。
「デジタルネーティブ」と呼ばれる今の学生世代は、年長の世代にはないSNSを中心とした世界観を持っています。ネット空間では、物理的距離を超えて容易に他者と"つながり"を結べる一方で、その絆は希薄になりがちです。
池田先生は私たちがなすべき実践の根本について、御文に即して教えてくださっています。
「自分自身がまず御本尊に真剣に、強盛に祈り抜くことです。そこから、歓喜と充実で躍動し、自身の生命空間が必ず広がります」
「歓喜踊躍の生命によってこそ、相手自身の仏性を目覚めさせ、涌現させることができるのです。相手のことを真剣に思う慈悲の一念から、無量の智慧が湧いてくるのです」
題目根本に生命力をたたえ、友の幸せを祈り、勇気の対話に打って出ていく。その中で心通う深い"つながり"も築かれていくと確信します。
私自身も学生時代、勉学に挑みつつ、キャンパスの友人や教授に師匠の哲学を伝えようと、「SGIの日」記念提言や対談集を紹介して対話を重ねました。素っ気ない反応をされたこともありましたが、同志と共に祈ると、師と共に戦う歓喜がみなぎりました。徐々に、民衆の幸福のために身を粉にして行動されてきた先生の思想と生き方に共鳴し、行動を共にしてくれる友人も出てきました。結果として大学時代に3人の友を入会に導くことができ、学業では、五つの教員免許を取得。自身の師弟共戦の原点になっています。

◇人間尊敬の知性
「広宣流布を求めてやまない大情熱にこそ、人類の境涯を高め、豊かにする普遍の知性が現れるのです。誓願を掲げ、民衆を苦しめる悪とは断固、戦うからこそ、正義の知性が光るのです。眼前の一人の仏性を、絶対に確信するからこそ、人間尊敬の知性となるのです」
この先生の講義の通り、広布へのあふれる"熱量"をもって正義の陣列を拡大していきたいと思います。
ある友は先輩の励ましに奮起し、ツイッターを駆使して40人もの新しい友人を拡大。その後、実際に会い、友好を深めることができました。またある友はアカデミックハラスメントや、幼い頃からの持病に負けず、信念の対話に挑戦。弘教を実らせる中で病の寛解を勝ち取ることができました。
戸田先生が最後に結成され、池田先生が不惜身命で育んでくださった"普賢の英知"の連帯は今、大きく広がっています。
小説『新・人間革命』第2巻「先駆」の章で、山本伸一が学生部員に呼び掛けます。
「今、皆さんが成すべきことは、大情熱をたぎらせ、人の何倍も勉強し、信仰の実践に取り組むことです」
今こそ学生部が、新たな広宣流布を開きゆく使命を胸に、新しい発想と新しい挑戦で、正義を叫び切り、"民衆の時代"を勝ち開きます。

◇メモ
「御義口伝」は、日蓮大聖人が、身延で法華経の要文を講義され、それを日興上人が筆録したものと伝えられている。御文で大聖人は、普賢菩薩勧発品の「勧発」と「普賢」について、「勧」を化他行、「発」を自行に、「普」を「不変真如の理」、「賢」を「随縁真如の智」に配されている。

2022年6月23日木曜日

2022.06.23 わが友に贈る

確信ある青年の声から
新しい時代は創られる。
正義と真実を語ることに
遠慮などいらない。
自分らしく自信満々と!

教行証御書 P1282
『日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず』

【通解】
日蓮の弟子等は、臆病であってはならない。

【先生の指導から】
この大聖人の仰せのごとく、威風も堂々と戦うことだ。妙法という無上道に生きゆくわれらに、恐れるものは何もない。

名字の言 いつかはゴールに達するという歩き方ではだめだ——ゲーテ 2022年6月23日
「私にとって信心とは、人生を思い通りに進んでいけるエンジン。祈って動くと、全てが違うんです。農作業も順調に進むし、作物の品質も良くなる」。すくすくと育つスイカに目を細めながら、山形県の女性が語っていた▼35年前、農家の夫と結婚。最初は悪戦苦闘の連続だった。周囲が当たり前のように行う作業ができない。慣れない仕事に体と心が悲鳴を上げた。「あの頃はとにかく疲れすぎて自然と涙があふれました。今は私が(農作業は)一番上手ですよ!」▼納得のスイカができるまで10年かかった。スイカを食べた人が「おいしい」と笑顔になる時が一番うれしいと言う。「スイカを通して"笑顔のつながり"が広がることが最高の宝。大地の上で生命を育むことが農業の魅力です」▼真剣勝負の時を重ね、今の彼女の笑顔がある。文豪ゲーテの言葉を思い起こす。「いつかはゴールに達するというような歩き方ではだめだ。一歩一歩がゴールであり、一歩が一歩としての価値をもたなくてはならない」(手塚富雄訳)。どんな道もそうであろう▼女性の心の支えとなった御書の一節がある。「その国の仏法は貴辺にまかせたてまつり候ぞ」(新1953・全1467)。信仰に徹する人は負けない。

寸鉄 2022年6月23日
沖縄「慰霊の日」。平和は尊し。我らは不戦の誓い胸に"立正安世界"の道を
兵庫が気迫の追い上げ。強気の語らいで金星を!民衆の底力で大勝旗必ず
神奈川が総立ちで猛反撃 勢いと執念で大逆転へ!日本中が大声援で後押し
一人の献身が全ての者に力と勇気を与えた—文豪ユゴー "私の前進"が突破口開く
公明、選挙区・比例で拡大急務。全議員が実績・政策語り壁を破れ!皆で支援

〈社説〉 2022・6・23 きょう、沖縄「慰霊の日」
◇今、語り継ぐ「命どぅ宝」の心
太平洋戦争末期の1945年、沖縄では国内最大の地上戦が起こった。「この世の地獄を全て集めた」といわれた凄惨な戦闘は、20万人余の尊い命を奪った。軍人、民間人を問わず、犠牲者の名前が刻まれた「平和の礎」には、戦後77年となる本年も、新たに55人の名が刻銘された。きょうは、沖縄戦等の戦没者を追悼する、沖縄「慰霊の日」である。
「こわいをしって、へいわがわかった」——本年、沖縄県平和祈念資料館が募集した「児童・生徒の平和メッセージ」で最優秀賞となった詩の題名である。書いたのは小学2年生の少女。きっかけは、家族で美術館に行った際に見た、沖縄戦の惨禍を描いた絵画だった。
「こわくてかなしい絵だった」と詩につづったように、戦争で命が失われたことに心を痛めた。そして"平和を考えて、大切にしたい"との心が芽生えたという。
戦争の残酷さを知ることで、平和が当たり前ではないことが分かる。体験者の高齢化が進み続ける中、忘れてはいけない教訓をどう継承していくか。それは、戦後を生きる私たちの使命である。
沖縄青年部はその自覚を胸に、「戦争証言集」の発刊や「沖縄戦の絵」の収集・展示など、あらゆる形で継承を進めてきた。
そして今月、新たな平和運動として「沖縄戦の紙芝居」の貸し出しが始まった。15歳で沖縄戦を経験した女性の証言を基に"体験者の思いを未来へつなげたい"と、青年部が制作したものだ。先日、那覇市内の小学校での平和を考える授業で紙芝居が朗読された。
絵をじっと見つめ、悲惨な戦争の記憶に耳を傾ける児童たち。読み終えた教師が感想を聞くと、いくつもの手が挙がった。「大切な命がなくなる戦争は絶対にやってはいけないと思った」「戦争をやったらみんなが悲しんでしまう。世界中が平和で仲良くしてほしい」。さらに児童たちは語った。「平和のために身近な人を大切にしたい」「けんかをした友だちとも仲良くしていきます」
「沖縄戦の紙芝居」や「沖縄戦の絵」は今年、県内23の学校やこども園、保育園で平和学習に活用されている。戦争の歴史を風化させず、平和を継承していくには、生命尊厳の心を育み続ける不断の努力を重ねる以外にない。沖縄の「命どぅ宝」の思想を、今こそ、語り継いでいきたい。

☆御書と未来へ 第23回 いよいよの大信力で勝利へ
〈御文〉
『法華経の行者をば諸天善神守護すべきよし、嘱累品にして誓状をたて給い、一切の守護神・諸天の中にも我らが眼に見えて守護し給うは日月天なり。いかでか信をとらざるべき。』〈四条金吾殿御返事(法華経兵法の事)、新1622・全1192〉

〈通解〉
法華経の行者に対しては、諸天善神が守護すると、法華経嘱累品第22で誓いを立てている。一切の守護神・諸天善神の中でも、我々の眼にはっきりとその姿が見えて守護しているのは、日天(太陽)と月天(月)である。どうして諸天善神の守護を信じないでいられようか。

〈池田先生が贈る指針〉
強敵との熾烈な戦いを四条金吾は勝ち越えた。なぜか。「前々の用心」、「けなげ」(勇気)、「法華経の信心つよき故に」と、御本仏は仰せである。
妙法を行ずる生命は大宇宙の諸天を動かし、縁する全ての衆生を味方にできる。
法華経に勝る兵法なし——この大確信で「いよいよ強盛に大信力をいだし」勝利の実証を!

☆質問BOX 会合で"皆が主役に"と聞きましたが、自信がありません
◇答え
創価学会の組織では全員が主役となります。広布を前進させるための"役割"としては、さまざまな役職がありますが、"あの人は主役で、この人は脇役"というような意味ではありません。
また、自分の人生においては、誰もが主役であるといえます。時には、"自分なんて"と思うこともあるかもしれません。しかし、今がどんなに厳しい状況や環境にあったとしても、信心根本に立ち向かっていくならば、誰もが"人生の勝利劇"を演じる、主役となることができるのです。
池田先生は「人生は劇である。波瀾万丈を越え、最後に勝つのが真の勝利者である。偉大なる妙法に生きぬき、苦労を喜びに変え、悩みを成長への糧にしながら、深き使命の人生を晴ればれと生きぬいていただきたい」とつづっています。
同志と共に、自分らしく"人間革命の劇"を演じていきましょう。

2022年6月22日水曜日

2022.06.22 わが友に贈る

「なにの兵法よりも
法華経の兵法」御聖訓。
強き誓願の祈りから
無限の智慧と生命力が!
不屈の勇気で前進!
(新1623・全1192)

祈祷抄 P1351
『かかるなげきの庭にても法華経の敵をば舌をきるべきよし座につらなるまじきよしののしり侍りき』

【通解】
このような嘆きのなかにあって、法華経の敵は舌を切るべきである。一座に列なるべきではないなどと大声で言い立てたのであった。

名字の言 「命こそ宝」の思潮を世界へ——あす沖縄の「慰霊の日」 2022年6月22日
幼少の頃に沖縄戦を体験したある女性が、終戦から3年目の冬、母に連れられ南部戦跡を訪れた。一帯は沖縄戦最後の激戦地である▼壕の中に高く積まれた遺骨は「頭蓋骨の二つの穴が天空をにらみつけているよう」に見えた。そのそばで涙を流し続ける"おばあ"たち。凄惨な地上戦の傷痕は、少女のまぶたに焼き付いて離れなかった▼1960年7月、米軍統治下の沖縄を初訪問した池田先生は南部戦跡へ。62年にも同戦跡へ足を運び、64年12月、沖縄で小説『人間革命』を書き起こした。「戦争ほど、残酷なものはない。戦争ほど、悲惨なものはない」と▼当時、ベトナム戦争が世界に暗い影を落とし、沖縄の基地からも爆撃機が飛び立った。小説の冒頭の一節はこう続く。「だが、その戦争はまだ、つづいていた。愚かな指導者たちに、率いられた国民もまた、まことに哀れである」。戦争で苦しむのは常に弱い人々だ。強大な武力の応酬を前に、民衆になすすべなどない▼今なお戦火が絶えない現実にあって、他者の不幸に思いを巡らせ、生命の尊厳を守る眼が閉ざされていけば、平和は見いだせない。あすは沖縄の「慰霊の日」。「命こそ宝」の思潮を世界へ——仏法者の使命を深く胸に刻みたい。

寸鉄 2022年6月22日
始めより終わりまで、いよいよ信心をいたすべし—御書。慈折広布に邁進(新2063・全1440)
味方をつくること自体が一切の勝利—戸田先生。ダイナミックに動き対話
学会には人と人とを強く結ぶ力が—議員。あの友この友に希望の語らいを
地震や大雨相次ぐ。災害で命を守る基本は自助。もしもの備えを今、確認
参院選が公示。難局続く日本の命運決する一票。公明よ大衆に尽くし働け

〈社説〉2022・6・22 あすから「男女共同参画週間」
◇一人一人の個性が輝く社会に
「『あなたらしい』を築く、『あたらしい』社会へ」——。
あす23日から始まる「男女共同参画週間」(29日まで)のキャッチフレーズだ。同週間は、性別や年齢にかかわらず、誰もが自身の能力を十分に発揮できる社会の形成を促すもの。
内閣府がまとめた2022年版の男女共同参画白書では、人生や家族のあり方が変わる一方で、男女の賃金格差や働き方の慣行などが依然として"昭和"のままになっていると指摘。女性の就労環境の整備など、時代の変化に応じた制度・政策の見直しが必要だとしている。
男女格差の度合いを示す「ジェンダー・ギャップ指数」(世界経済フォーラム)において、昨年、日本が156カ国中120位となったことからも、男女間の不平等が大きいことが分かる。
この背景の一つには、「男性は仕事をして家計を支えるべきだ」「家事・育児は女性がするべきだ」といった、性別による無意識の偏見があると考えられている。
認定NPO法人フローレンス代表理事の駒崎弘樹さんは、本紙電子版で「無意識のうちに『最終的に、家事や育児は妻がやってくれるもの』という、ある種の甘えの構造が横たわっているのであれば、どこかでそれは変えないと永続してしまう」と語っている。
ただ、着実な変化であろう。同白書によると、20〜30代男性の7割以上は、家事と育児を「妻と半分ずつ分担したい」と希望している。この意欲を阻害しないためにも、企業を挙げた男性育休の促進や、テレワークなど柔軟な働き方を定着させることが重要だ。
池田先生は小説『新・人間革命』第28巻「革心」の章で、「社会のあらゆる分野で女性の能力を生かしていくことは、極めて重要なテーマ」と、女性の社会進出の重要性に触れた上で「その根本の第一歩こそ、男性の意識改革であろう。(中略)これまでの経験にばかり固執するのではなく、変化への対応能力を磨いていくことが、よりよく生きるための不可欠な要件となる」とつづった。
生活スタイルが多様化する今、一人一人の個性が輝く社会を実現するには何が必要か——。まずは自分から、身近な家庭や職場で性別役割分担の意識を見直し、互いに助け合い、特性を生かし合うことを心掛けていきたい。

☆御書と未来へ 第22回 人類を結ぶ菩薩の振る舞い
〈御文〉
『菩薩界とは、六道の凡夫の中において、自身を軽んじ他人を重んじ、悪をもって己に向け、善をもって他に与えんと念う者有り。』〈十法界明因果抄、新469・全433〉

〈通解〉
菩薩とは、六道の凡夫の中において、自身を軽んじて他人を重んじ、悪(苦しみ)は自分が引き受け、善(楽しみ)は他人に与えようと思う者のことをいう。

〈池田先生が贈る指針〉
菩薩は「国の宝・世界の宝」だ。"創価の菩薩の行動は、分断を超えて、幸と平和へ人類を結ぶ"と、ポーリング博士も信頼してくださった。
その鑑こそ、最も地道にして最も尊貴な貢献を貫く、団地部をはじめ地域本部の宝友なのだ。
仏に等しい慈悲と勇気の振る舞いで、わが団地、わが地域から、幸福城を築き広げてくれ給え!

☆みんなで学ぶ教学 第29回 一人立つ
◇周囲を照らす太陽に
どんな環境であっても、決意した「一人」が立ち上がり、信心に励んでいくならば、周囲を"希望の光"で、明るく照らしていくことができます。今回の「みんなで学ぶ教学」は、「一人立つ」がテーマです。近所を清掃し始めた新入会者のリホさんが、支部女性部長のユリコさんと話しています。

ユリコ 道がとってもキレイになったわ。ご近所の皆さんも、とても感謝していたのよ。本当にありがとう。

リホ それは良かったです。最近、この周辺はゴミのポイ捨てが増えたと話題になっていたんです。なかなか改善されないので、"それなら、自分がキレイにしよう"と思って、掃除するようにしたんです。

ユリコ 素晴らしいわ! まさに「一人立つ」精神ね。

リホ ただ、"皆の役に立てるなら、自分がやろう"って思っただけなんです。
そういえば、学会ではよく「一人立つ」という言葉を聞きますが、どういう意味でしたっけ?

ユリコ 「一人立つ」とは、"自分が今いる場所で、広宣流布の責任をもつ"ことといえるわ。"誰かがやるだろう"ではなく、"自分が"その地域の人々や社会の幸福のため、広布を前進させる主体者として、率先の行動を起こしていくことなのよ。

リホ なるほど。でもたった一人で、大きく変わるのでしょうか。

ユリコ 確かに、そう思うかもしれないわね。
日蓮大聖人は「はじめは日蓮一人が南無妙法蓮華経と唱えたが、そこから二人・三人・百人と次第に唱え伝えてきたのである。未来もまたそうであろう。これが地涌の義ではないだろうか」(新1791・全1360、通解)とつづられているの。
大聖人のごとく、一人が立ち上がれば、地涌の使命に目覚める人たちが、「二人・三人・百人と次第に」立ち上がり、広宣流布は必ず実現すると仰せなのよ。全ては一人から始まるのね。

リホ なるほど。

ユリコ 創価学会も、三代会長に脈打つ「一人立つ」精神で前進してきたのよ。
牧口先生は「勇気ある大善人が一人いれば、大事を成就することができる」と、戦時下の軍部政府に屈することなく戦い抜かれた。
その遺志を継いだ戸田先生が、戦後の焼け野原にたった一人立ち上がり、その戸田先生の大願を継承した池田先生が、世界中に創価の連帯を広げていったの。

リホ そうなんですね。感動しました。

ユリコ 私たち、学会員一人一人も、その精神を受け継ぎ、いかなる厳しい環境や、困難な状況にも一人立ってきたの。そして、自らの人間革命の姿で、地域や社会を太陽のように明るく照らしているのよ。リホさんのようにね!

リホ ありがとうございます。そんなに輝いてるかなあ……。

ユリコ あら、皆がリホさんの姿から勇気をもらっているわ。
池田先生は「自分が行動しても、それが本当に世界をよりよく変えられるのだろうか? 自分の力だけでは、何もすることができないのではないだろうか? こうした無力感や諦めを打ち破って、"世界を変える主役は、汝自身なり!"と、真実に目覚めるように教えたのが仏法です」とつづられているの。
今こそ、創価の希望の哲学が求められているんじゃないかしら。

リホ よく分かりました。自分から皆を明るくできるように、これからも頑張っていきます!

ユリコ 私も、さらなる決意で、"今日から""自分から"周囲に励ましを送っていくわ。

2022年6月21日火曜日

2022.06.21 わが友に贈る

一心不乱に挑戦する友を
最大にたたえよう!
一つ一つの言葉に
真心を込めて励まし抜く。
そこに壁を破る力が!

下山御消息 P357
『而るを日蓮が出現して一切の人を恐れず身命を捨てて指し申さば賢なる国主ならば子細を聞き給うべきに聞きもせず用いられざるだにも不思議なるに剰へ頚に及ばむとせし事は存外の次第なり』

【通解】
しかるに、日蓮が出現して、一切の人を恐れることなく身命を捨てて、その謗法を指摘し諌め申し上げたからには、賢明な国主であれば詳細を聞かれるべきであるのに、聞きもせず用いられないことすら不可解であるのに、まして首を切ろうとしたことはもってのほかである。

名字の言 劇場に漂う歴史の匂い——作曲家・團伊玖磨氏 2022年6月21日
作曲家の團伊玖磨氏は、世界各国のオペラを聴き歩く中で気付いた。劇場にはそれぞれ特有の「匂い」がある、と▼香水、ぶどう酒、葉巻たばこ……。外界から身にまとってきた観客たちの匂いは"入り交じって累積し、変質して、歴史の匂いとなっている"(『パイプのけむり選集 旅』小学館文庫)。一人一人の"香り"が劇場の伝統の一部になっているということだろう▼信心の世界にも「蘭室の友(蘭の香りのように人徳の薫り高い人)」が醸し出す"香気"がある。本年1月、ある目の不自由な男性が入会した。決め手となった一つが毎月の座談会。「皆さんの信仰体験に共通点があった」からだという▼それは「自らが置かれている状況を前向きに語ること」。病や経済苦を抱えながらも「絶対に勝ちます!」と誓い、宿命転換を目指し広布に走る。その姿に感銘を受けて入会した彼は、点字で勤行を覚え、父親に仏法対話。周囲に幸の薫風を広げている▼池田先生は「その人には、その人ならではの香りがある。香水とか体臭とかではなくて、『心の香り』『生命の香り』がある」と語る。匂いも心も、目には見えない。だが苦難に負けない同志の生き方は、味わい深い人生の香りとなり、友を社会を包んでいく。

寸鉄 2022年6月21日
初の核禁条約締約国会議非人道的な兵器の廃絶へ 民衆のスクラムで後押し
愛知が勇戦!堅塁の友は試練の時こそ本領発揮。民衆の大行進で断固凱旋
福岡が乾坤一擲の大攻勢 先駆の勇者に恐れなし!大九州の底力で栄冠掴め
埼玉の友が猛進。圧倒的拡大で新たな常勝城を!鉄桶の団結で押しまくれ
大阪・東京がせり上がりへ大奮闘。庶民の大連帯で攻め勝ち堂々凱歌を!

☆希望の指針——池田先生の指導に学ぶ 私の最高峰へ 2022年6月14日
◇祈って、祈って、祈り抜くのだ!
連載「希望の指針——池田先生の指導に学ぶ」では、テーマごとに珠玉の指導・激励を掲載します。今回は人生の最高峰へ挑む友に贈った、励ましの言葉を紹介します。

◇最後まで執念深く!
戦いは、執念深く攻めぬいたほうが勝つ。これが鉄則である。最後の最後まで、攻めて攻めて攻めぬく。これが本当の指揮である。中途半端はいけない。執念深く! 戦いは、勝つか、負けるかしかない。祈って、祈って、祈りぬくのだ。戦って、戦って、戦いぬくのだ。勝利の結果を見届けるまで!
(『池田大作全集』第99巻、30ページ)

◇皆に「師子王の心」が
勇気こそ万事の決定打である。あきらめや弱気を打ち破るのも勇気だ。限界に挑むのも勇気である。
御書には、「各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ」(全1190・新1620)と仰せである。「師子王の心」が学会魂である。
その勇気は「取り出す」ものだ。勇気のない人はいない。出していないだけなのである。
(『池田大作全集』第134巻、341ページ)

◇つねに未来を向いて
仏法は「現当二世」と説く。つねに、現在から未来へ、希望に燃えて、先手先手を打っていくための仏法であり、信心である。この一点を忘れてはならない。
御聖訓に「月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし」(全1190・新1620)と仰せのとおりである。
「もう、これくらいでいいだろう」という「たゆむ心」「弱い心」では、魔に負けてしまう。人生の最後のその日まで、断じて一歩も退いてはならない。
(『池田大作全集』第94巻、231ページ)

◇大闘争が歴史つくる
「『塵も積もれば山となる』という言葉はあるが、実際には塵が積もって山となったことはない」とは、牧口先生の教えである。
激しい地殻変動が山をつくるように、熾烈な大闘争が偉大なる歴史をつくる。
大悪と戦ってこそ、大善の境涯はつくられ、大難を越えてこそ、偉大なる人格はできる。
(『池田大作全集』第129巻、348ページ)

◇「負けない」人が勝つ
人生は、断じて退いてはならない。負けてはならない。「負けない」ことが「勝利」である。
最後まで「負けない」人は勝ったのである。
学会の前進も、どんな障魔にも退かなかった。前へ前へと進んだ。だから勝ってきた。
"何があろうと、一歩も退かない"——これが学会精神である。その人こそが、無限の勝利を得ることができる。
(『池田大作全集』第88巻、455ページ)

◇そこに友がいる限り
たとえ、一進一退の膠着状態に見えるところでも、絶壁に食らいついて、必死に戦っている友がいる。それを、目立つところだけ見て、健気な同志の陰の奮闘を見なければ、あまりにも傲慢な幹部だ。
いずこであれ、一人立つ勇者が現れれば、必ず広布の火蓋を切ることができる。いかに困難であっても、そこに奮闘する友がいる限り、一人を誠実に励まし抜く。これが壁を破る鉄則だ。
(『随筆 希望の大道』、241ページ)

◇限界を破る信心の力
限界を突破できるか、否か。それは、自身の一念で決まる。執念で決まる。
大聖人は、虎に母を殺された将軍が仇討ちのために放った矢は、石をも貫いたという中国の故事を引かれ、「強盛の信心」の真髄の力を教えておられる。
あの「大阪の戦い」の折、私はこの御書を拝し、関西の同志に語った。
「弓を満月の如く、キリキリと引き絞って、まさに全魂を込めて的を射んとする一念が大事なのだ。ここぞという時は、この姿勢を絶対に忘れてはならぬ」
戦いを決するのは、生命の奥底から発する勢いだ。
(『随筆 我らの勝利の大道』、220ページ)

◇"守り"に入らず前進
外からの刺激を求めていくことだ。また、心のアンテナを磨いて、いろいろなところから学んでいくことだ。
現状に安住したり、妥協して、守りに入ってはならない。それは滅びの前兆である。
妙法とは、無限の希望の大法である。限りない前進の原動力である。ゆえに私たちは、満々たる生命力で、勇敢に打って出てまいりたい。そこから、必ず、新しい勝利の突破口が開かれる。
(『池田大作全集』第97巻、57ページ)

◇万歳悔ゆること勿れ
一九五八年(昭和三十三年)の年頭、戸田先生は、「一生空しく過して万歳悔ゆること勿れ」(全970・新1324)との一節を拝して訴えられた。
「きょうよりも明日、今月よりも来月、ことしよりも来年と、いよいよ信心強盛に励むことが、一年の計の基本であり、一生の計の根本となるのだ。
まず、肚を決めよ! 決まったら、勇ましく進め!」
さあ、共に出発だ。燦然たる「勝利」の最高峰へ、共々に登るのだ。
(『池田大作全集』第139巻、255ページ)

2022年6月20日月曜日

2022.06.20 わが友に贈る

◇今週のことば
「皆、我が一念に納めたる
功徳・善根なり」
行動は即、境涯の革命だ。
共に大福運を積みながら
希望と安穏の社会を!
(新317・全383)
2022年6月20日

上野殿御返事 P1544
『今の時法華経を信ずる人あり或は火のごとく信ずる人もあり或は水のごとく信ずる人もあり、聴聞する時はもへたつばかりをもへどもとをざかりぬればすつる心あり、水のごとくと申すはいつもたいせず信ずるなり』

【通解】
今の時代に、法華経を信ずる人がいる。あるいは火の燃えるように信ずる人もあり、あるいは水が流れるように信ずる人もいる。教えを聴いた時は燃え立つばかりに思うが、遠ざかると、信心を捨てる心が起きてしまう。水のように信ずるとは、常に後退することなく信ずることをいう。

名字の言 小説『新・人間革命』は"信心の教科書" 2022年6月20日
都内のある地域の壮年部は「師弟常勝大学校」と銘打ち、小説『新・人間革命』を定期的に研さんしている。この春、新たに第7期生が入った▼先月、学んだのは第3巻と第4巻。各巻の内容を代表が紹介した後、5人ほどのグループに分かれて自由に意見交換する。当然ながら、同じ文章を読んでも感じ方や捉え方は十人十色。この違いが互いの刺激となる▼1961年のアジア平和旅が描かれた第3巻で、山本伸一は語る。「今回、訪問したほとんどの国に、わずかでもメンバーがいたというのは、大変なことです。『0』には、何を掛けても『0』だが、『1』であれば、何を掛けるかによって、無限に広がっていく。だから、その『1』を、その一人を、大切に育てあげ、強くすることです」(「平和の光」の章)▼ある壮年は思った。「次元は異なるが、仏縁を広げる私たちの対話は『一人』をつくる作業ではないだろうか」と。誰もがさまざまな人間関係の中で生きている。「一人」の真の友人ができれば、そこから共感の輪が大きく広がる▼『新・人間革命』は、単なる学会の歴史ではなく、広宣流布の不滅の方程式が示された"信心の教科書"。「今の自分」「今の活動」に生かせる"答え"がちりばめられている。

寸鉄 2022年6月20日
時代の先覚者には決然と進む覚悟が必要—恩師。立正安国の志高く対話へ
兵庫が反転攻勢へ。戦いは攻め抜いた方が勝つ。感激の同志と逆転勝利!
神奈川が一瀉千里の追走 正義の天地に栄光の旗を翻せ!総力戦で押し捲れ
世界難民の日。問題克服へ人道の連帯更に。誰も置き去りにしない未来を
物価高の今、公明主導の軽減税率が庶民生活守る—識者。輝く実績と行動

〈社説〉 2022・6・20 きょう「世界難民の日」
◇深刻な人道危機 克服へ連帯
"フルートを演奏した"という理由で、祖国・アフガニスタンを追われた青年がいる。命の危険におびえながら国境を越え、イランを経て日本へ。空港に到着した20歳を出迎えたのは、彼ら難民に光を当て、苦しみを取り除くために奔走してきた人々の笑顔だった。
創価学会平和委員会の「SDGsオンラインシネマシリーズ」にビデオメッセージを寄せた彼は、支援者に感謝しつつ、夢を語る。「美しい未来を実現するために多くの人と知り合い、良き友をつくっていきたい」。屈託のない笑顔には、失いかけた未来を再構築しようとする気概が脈打っていた。
ウクライナでは現在、1300万人超が国内外に逃れ、苦しい生活を強いられている。乳幼児や高齢者の手を引いて退避し、帰還の時を待つ母の心中はいかばかりか。日本でも、東京都が都営住宅を確保したり、日本財団が生活支援金を給付したりと、人道支援の輪が急ピッチで拡大。今後は、衣食住のサポートだけでなく"心のケア"も不可欠になる。
創価学会でも緊急人道支援として、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)をはじめ、ウクライナあるいはその周辺で支援に取り組む国際協力NGOなど、計5団体に寄付を実施。また、昨年からヨルダンで推進する音楽教育プロジェクト「音楽が私たちをつなぐ」のように、トラウマ(心的外傷)を抱える難民、避難民の子どもたちの精神的なサポートにも力を注いでいる。
世界の難民、避難民の総数は1億人を超えた。東南アジアや中東、アフリカの諸地域で続く人道危機も、今なお深刻である。戦争や紛争だけでなく、気候変動に伴う災害などで住む場所を失う「気候難民」も増加。こうした悲劇を生み出す「地球的問題群」は決して人ごとではなく、私たちは当事者の視点で関わっていくことが、いやまして求められていよう。
池田先生は、「誰も置き去りにしない」世界を築くために、「厳しい状況に置かれている人々の目線」に立つ大切さを訴えている。難民という状態に陥った方々が、どういう人生を送りたいと願っているのか、そこに心を寄せ、共に考えることが支援の出発点となろう。
きょうは「世界難民の日」。悲惨な紛争の一日も早い終息を祈りつつ、差別や偏見、無関心を共に乗り越える民衆の連帯を広げたい。

☆法華経に勝る兵法なし 千葉への指針から 第7回 広布のために「歩く」功徳は絶大
◇広布のために「歩く」功徳は絶大
次に「歩く」ことの意義に少々、ふれておきたい。「歩き」すなわち「ウオーキング」は、現在、もっとも身近で効果の高い健康法として、あらためて注目を集めている。
それはそれとして、仏教でも「歩行」は重視されている。
たとえば「経行」は、体調を整えるための一種の運動法で、釈尊時代から僧俗ともに、これを行った。法華経にも何回も出てくる。
(中略)
「経行」の功徳として、まとめると、だいたい次の五点が挙げられている。�体が鍛えられる(体力がつく)�病気が少ない�消化がよい�よく思索できる�意志が強くなる——こうした効果である。
(中略)
学会活動は、こうした面からも、日々、大きな価値を生んでいることを自覚していただきたい(拍手)。まして広布のために歩くことは、これ以上、尊き行動はない。
釈尊も、インドの大地を、よく歩かれた。足が鉄板のようになるほど歩いたといわれる。日蓮大聖人もまた、歩きに歩かれた。すべて弘法のため、一切の民衆のための行動であられた。
ゆえに、現実に広宣流布のために歩き、動かれている皆さま方こそ、大聖人の真実の門下であり、また釈尊以来の仏教の本流を実践している方々なのである。(1990年5月、第2回千葉県記念総会でのスピーチ、『池田大作全集』第74巻所収)

◇動いた分だけ平和と幸福が広がる
庶民の智慧ほど偉大にして賢いものはない。学者よりも政治家よりも賢明だ。
新しい発想が、新しい力を引き出す。我らの千葉には、新しき"何か"を生み出す土壌がある。
二百年ほど前、初めて正確な日本地図を作った伊能忠敬も千葉の出身だ。
九十九里に生まれ、佐原の名家を再興した彼は、五十歳で江戸に出て測量技術を学び始めた。五十五歳の時、幕府の許可を得て、蝦夷地の測量に出発。以来、二十年もの歳月を「大日本沿海輿地全図」の作製に捧げていった。
(中略)
伊能忠敬は、後半生のすべてを賭けて、自身の夢の完成のために、日本中を歩きに歩いた。その距離は実に四千万歩ともいわれる。
広宣流布も行動で決まる。
自ら動いた分だけ、歩いた分だけ、語った分だけ、わが地域の"平和の地図"は拡大する。祈りに祈り、心を砕いた分だけ、"幸福の地図"は光を放っていくのだ。(「随筆 新・人間革命」〈昇りゆく千葉の旭日〉、『池田大作全集』第133巻所収)

☆学ぼう「黄金柱の誉れ」Q&A 第27回 【栄光への指針】
◇「勝つ!」と決めて祈る
日蓮大聖人は、「仏法は体のごとし世間はかげのごとし体曲れば影ななめなり」(全992・新1346)と断言なされている。
人間は、世間を離れて生きることはできない。しかし、世間に振り回され、翻弄される人生は不幸だ。絶対に強く賢くあらねばならない。
「体」とは、個人でいえば「信心」である。
何があろうと、信心を奮い起こして、頭を上げ、胸を張ることだ。
いかなる局面にあっても、「絶対に勝つ!」と決めて祈り切ることだ。
これこそ、最強無敵の「法華経の兵法」なのである。
(『池田大作全集』第137巻、「随筆 人間世紀の光」)

◇祈って、祈って、勝つ
現実は厳しい。一番いけないのは無責任です。「御本尊を拝んでいるから、なんとかなるだろう」というのは信心利用です。祈ったならば、全力をあげて、全身全霊で、それを実現していくために戦うのが、まことの信心です。
社会で勝ち、「実証」を示してこそ、一家の勝利もあるし、広布の伸展もある。不可能を可能にする信心で、「湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に」(全1132・新1539)祈って、祈って、勝つのです。
(『池田大作全集』第31巻、「法華経の智慧」)

◇柱は倒れてはならない
壮年部の先達ともいうべき四条金吾が、主君から"法華経を捨てよ"と責められ、所領を没収される危機にあった時、日蓮大聖人は、烈々たる気迫で指導された。
——もし、あなたが倒れたならば、敵はそれに乗じて、鎌倉の同志を皆、退転させてしまうだろう、と。
負けるな! 柱は、絶対に倒れてはならないのだ!
「一生はゆめ(夢)の上・明日をご(期)せず・いかなる乞食には・なるとも法華経にきずをつけ給うべからず」(全1163・新1583)
彼は勇敢に戦い抜いた。信心の究極は「人の振舞」なりと誠実を貫き、あらん限りの知恵を働かせた。身を慎み、周囲に細かい注意と配慮を怠らなかった。
そして、苦難を耐え抜き、蓮祖の指南通りに「法華宗の四条金吾・四条金吾」と、人びとに讃えられる勝利者となっていったのだ。
「仏法は勝負」である。
壮年部は、一家の柱、社会の柱、そして広宣流布の偉大なる黄金柱だ。皆様が厳然としているからこそ、婦人部も男女青年部も、安心して戦える。
(『池田大作全集』第133巻、「随筆 新・人間革命」)

2022年6月19日日曜日

2022.06.18 わが友に贈る

広布と人生の栄光の峰へ
眼前の坂を登りゆこう!
限界突破の拡大で
「今生人界の思い出」刻む
有意義な一日一日を!
(新519・全467)

兄弟抄 P1084
『なにとなくとも一度の死は一定なり、いろばしあしくて人にわらはれさせ給うなよ』

【通解】
特別なことがなくても、人間は、一度死ぬことが決まっています。臨終の姿が悪くて、人から笑われるようなことがあってはなりません。

名字の言 人生を勝ち開く"広布の父たち" 2022年6月19日
春先、果樹園を営む男子部員の自宅を訪れた。彼は不在で、家族から「ブドウ園にいるよ」と聞き、足を運ぶと、ブドウの木に芽傷処理をしている最中だった▼これは芽の付近の枝にあえて傷をつける作業。そうすることで枝先だけでなく、枝の途中にある芽も数多く成長し、ブドウの収穫量が増えるという。"傷を受けたことで、かえって新たな芽を出し、多くの果実を得る"——同じようなことが人生にもある▼調理師の壮年部員。昨年、コロナ禍の影響で、勤める店が閉鎖となり、失業した。壮年は深夜のアルバイトをして家族を養った。この間、学会の組織では地区部長として広布に走り抜いた▼壮年の娘は当時を「家計は苦しく大変だった。でも忘れ難い、大切な思い出になった」と述懐する。"必ず宿命転換するぞ!"と家族で唱題し、御書を研さんした。親子で仏法対話にも歩いた。娘は「必死な父の背中に"負けない"信心の姿勢を教わりました」とも。その後、壮年は和食店の料理長として再起を果たした▼試練や苦難によって傷を負っても、信心根本の人は、それを糧に、より実りある人生を勝ち開いていける。各地の"広布の父たち"の雄姿が、それを厳然と物語る。きょうは「父の日」。

寸鉄 2022年6月19日
新時代の平和革命は仏法の実践以外にない—戸田先生。誇り胸に語り捲れ
兵庫が猛追。民衆凱歌の時代を開く主役は我ら!全国の友も執念の大援軍
福岡が疾風怒濤の猛攻。先駆とは勇んで壁に挑む行動。総立ちし凱旋を!
総攻撃の烽火を愛知から勝利の「この道」を全同志と共に!雄弁に攻め抜け
きょう父の日。社会支え、一家守る壮年部に感謝。誉れの黄金柱よ出番は今

☆大慈悲の心音 門下への便り 第4回 弥三郎
人生にも、広宣流布の途上にも、"ここが正念場"という勝負どころがあります。むしろ、常に"今こそ人間革命の好機!"と捉えて眼前の課題に挑みゆく勇気の信心、潔い信心こそ、宿命転換の直道ではないでしょうか。
弥三郎という名の門下も、勝負に臨むに当たり、日蓮大聖人から渾身の激励のお手紙を賜った一人です。
彼に送られたお手紙で唯一残る「弥三郎殿御返事」によると、弥三郎は在家の身でありながら、何らかの事情で念仏僧と法論を行うことになったようです。そのことを身延の大聖人にご報告した返答が、建治3年(1277年)8月に御述作されたこのお手紙です。
当時、四条金吾や池上兄弟、南条時光ら、有力な日蓮門下は、難の渦中にありました。
同年5月に御執筆された「上野殿御返事(梵帝御計らいの事)」は、周囲から圧迫を加えられ始めた南条時光に対する"勝利の人間学"です。また、四条金吾が讒言によって主君から「法華経を捨てよ」と責められたのも、この年の6月。"正義の言論戦は、かくあるべし"と、大聖人は金吾に代わって直ちに筆を執り「頼基陳状」を著されました。
「弥三郎殿御返事」でも同じように、法論で"このように言い切りなさい""こう責めなさい"と具体的に記されています。
広布の前進を阻もうと、紛然と競い起こる三障四魔、三類の強敵——。大聖人は、師匠に呼応して立ち上がる弟子たちに対し、"私のように正義を叫び切れ!"と烈々たる折伏精神で共戦を呼び掛けられています。

◇一人立つ共戦の弟子に
『されば、心あらん人々は「我らがために」と思しめすべし。もし恩を知り心有る人々は、二つ当たらん杖には一つは替わるべきことぞかし。』(弥三郎殿御返事、新2084・全1450)

日本の諸宗の僧、そしてあらゆる衆生は、最も大恩ある法華経、釈迦仏を蔑ろにするという転倒に陥り、大苦を招いている——。
この真実をただ一人知った大聖人は、大難に次ぐ大難を耐え忍びながら、正義を叫び抜かれました。その目的は仏法の本義を取り戻し、未来永遠にわたる民衆の幸福を実現するためです。
大聖人は、恩を知り、心ある人々であるならば、大聖人が受ける「二つの杖(難)」のうち、一つは受けるべきであるとまで仰せです。
池田先生は、「本抄で大聖人は、弟子が広宣流布の主体者として『一人立つ』ことを願われたのではないでしょうか」と講義されています。
悩みや環境に翻弄され、「師匠による救いを待つ弟子」から、己心の悲哀を制覇し、広布を切り開く「師弟共戦の弟子」へ。
日蓮仏法は、どこまでも人間革命の宗教です。
その上で法論に臨むに当たって、「我が師は、たびたびの大難にも臆する心がなく、ますます意気軒高でいらっしゃると承知していると、しかるべき筋に申し上げなさい」と指南されています。
大聖人の師子吼を拝し、弥三郎の胸に、師匠と共に戦い抜く闘魂がみなぎったことでしょう。

◇「断じて勝つ」と心決めて
『構えて構えて、所領を惜しみ、妻子を顧み、また人を憑んであやぶむことなかれ。
ただひとえに思い切るべし。今年の世間を鏡とせよ。そこばくの人の死ぬるに、今まで生きて有りつるは、このことにあわんためなりけり。』(同、新2085・全1451)

戸田先生は言われました。
「乱れた世の中で生活が苦しいとき、何故私たちは生まれてきたかを考えなければならない。みな大聖人様の命を受けて広宣流布する役目を持って生まれて来たということが宿習なのである。それが解るか解らないかが問題なのだ」
今この時に集った私たちに使命のない人など一人もいません。
多くの同志が人生の岐路、広布の難所においてこの御文を拝し、わが使命を自覚して、勝利を開いてきました。
広布の言論戦に挑みゆく日蓮門下の心意気。その根本は油断や不安、他者を頼む心を排し、「断じて勝つ」と心を決めることです。
古来、幾多の勇将が命懸けで突破して名を馳せた合戦の勝負所「宇治川」「勢多(瀬田川)」。同じように、このたびの法論こそ、妙法弘通の歴史に永遠に名を残す絶好機ではないか!——大聖人の大確信が胸に迫ります。
池田先生は呼び掛けられています。「一人立ったその時、その場所が、仏法の正義を証明しゆく『宇治・勢多』の使命の宝処となるのです。ゆえに、わが親愛なる同志よ、わが後継の青年たちよ、断固として、今日を勝ち抜け!」 

2022年6月18日土曜日

2022.06.19 わが友に贈る

「強盛の信心いよいよ
悦びをなすべし」
地涌の使命を胸に
幸福広げる対話を!
さあ今日も前へ進もう!
(新1720・全1448)

祈祷抄 P1347
『されば法華経の行者の祈る祈は響の音に応ずるがごとし影の体にそえるがごとし、すめる水に月のうつるがごとし方諸の水をまねくがごとし磁石の鉄をすうがごとし琥珀の塵をとるがごとし、あきらかなる鏡の物の色をうかぶるがごとし』

【通解】
したがって、法華経の行者が祈る祈りは、音に応じて響きがあるように、影が体に添うように、澄んだ水に月が映るように、冷えた鏡が表面に露をつけるように、磁石が鉄を吸うように、琥珀が塵を取るように、曇りのない鏡が物の色を浮かべるように、必ず叶うのである。

【先生の指導から】
「祈りとして叶わざるなし」の妙法である。
「法華経に勝る兵法なし」の信心である。
恩師の「追撃の手をゆるめるな!」の叫びのままに、さらに強盛に祈りぬき、祈りきり、梵天・帝釈等を揺り動かしながら、爽快なる勝ち戦を続けてまいりたい。

名字の言 全日本大学駅伝予選会——創価大学の力走に期待 2022年6月18日
第54回全日本大学駅伝の地区選考会が、きょうから始まる。東海を皮切りに、あすは関東、関西、九州で行われ、8地区の選考会を勝ち抜いた17校と前回大会の上位8校などが学生日本一を懸け、11月の本戦に挑む▼最激戦の関東地区には、創価大学など20校がエントリー。各大学の8人が2人ずつ4組に分かれて1万メートルを走り、合計タイムの上位7校に全国への切符が与えられる▼初出場を狙う創大が目指すのは、スローガンに掲げた「強さの証明」だ。それを示したのが4月の日本学生陸上個人選手権1万メートル。序盤からレースを引っ張った葛西潤選手が優勝し、2位の嶋津雄大選手と共に最後まで主導権を渡さなかった▼長距離のトラック種目は多くの場合、集団を形成してレースが進む。単に先頭を走れば勝利に結び付くというわけではない。気象条件、レース展開、ライバルの調子などを見極める洞察力が求められる。何より必要なのは、どんな状況でも、自分のベストの力を自在に発揮できる"本物の強さ"だ▼積み重ねた努力は絶対に裏切らない。それは調子や条件が悪い時ほど自分を支え、前進させる強さとなる。駅伝部の力走を楽しみに、私たちも人生という名の大舞台で悔いなく走り抜こう!

寸鉄 2022年6月18日
「各々、師子王の心を取り出だして」御書。勇気はすべての人に。皆が人材(新1620・全1190)
兵庫が執念の反転攻勢。逆転の劇はここからだ。全同志が力強くエール!
正義の大神奈川が猛追!誠実と確信で語れ。いよいよ本領発揮し共に勝鬨
埼玉が鉄桶の団結で激走われらは前進あるのみ!民衆パワーで栄光の頂へ
食中毒が増加する季節。不十分な加熱等に注意。入念な手洗いも欠かさず

〈社説〉 2022・6・18 あす「朗読の日」
◇子どもと心を響かせ合う交流を
「読み聞かせ 親子見つめる 月天子」
かつて本紙「新・生き生き川柳」欄に紹介された句だ。就寝前に親子で楽しそうに読み聞かせをする様子が目に浮かんでくる。
あす6月19日は「朗読の日」。
2002年に、日本朗読文化協会が制定したもので、「朗読」という文化活動を通じて、広く社会に貢献することを目指し、さまざまな取り組みがされている。
最も身近な朗読の一つに、子どもへの絵本の読み聞かせがある。
同協会名誉会長の加賀美幸子さんは、かつて本紙のトーク企画で、「読み聞かせ」のこつを巡ってこう語った。
「『どうしたら伝わるか』という真剣な思いでしょうか。その上で、足りなければ、補えばいい。多すぎたら、削ればいい」
昨年、英・オックスフォード大学出版局(OUP)が発表した、保護者による子どもへの読み聞かせに関する調査で、保護者の75%は"読み聞かせが子どもとの関係構築を助ける"と回答し、51%は"読み聞かせの時間を増やしたい"と考えていることが分かった。
本紙でも、これまで読者や専門家の読み聞かせの工夫やアドバイスを紹介してきた。
その一人、フリーアナウンサーの堀井美香さんは、絵本を朗読する際に声の「強弱」、読む「スピード」、言葉と言葉の「間」の三つを、自分なりに変えてみることを勧めている。そのように「思いっ切り感情を込めて読んだ方がより楽しめるのでは」と親子で楽しむポイントを紹介していた。
最近は子どもも読み手となる絵本の「読み合い」も注目されている。読み聞かせ、読み合いのどちらも、聞き手と読み手とが一緒になり、ハラハラ・ドキドキし、喜びや悲しみを共有し、心を響かせ合える。子どもの心を豊かに耕し、親にとっても子どもへの愛情を深める大切な時間である。
池田大作先生は、「親から子へ、子から親へと通いあう『心の時間』こそが大事なのです」と強調し、「わずかな時間であったとしても、ともに語りあったり、何かを一緒に体験したり、感動しあった時間というのは、子どもの心に深く残っていく」と、子育てに奮闘する友へ励ましを送る。
たとえ10分でも絵本を通じた親子の時間をつくってみる。そうした積み重ねが心の財産となろう。

☆ヒーローズ 逆境を勝ち越えた英雄たち 第20回 ヘレン・ケラー
〈ヘレン・ケラー〉
不可能だと思われた障壁を征服し、完成の領域をさらに押し広げていく。
それに匹敵する歓びがあるでしょうか。

それは、今から90年前のことである。1932年6月15日、イギリスの名門・グラスゴー大学は、一人の女性に最高栄誉である「名誉博士号」を贈った。
アメリカの社会福祉運動家ヘレン・ケラーである。
授与式の会場となった19世紀建造のビュート・ホールに、大学総長の厳かな宣言が響く。会場の一角には、ヘレンの晴れ舞台を見守る教師アン・サリバンの姿が。
「我々は、勇気と不屈の忍耐をもって、人間の肉体の弱さゆえの障害を越えて、先例なく、また類例なき智力の勝利をかち得たる、この婦人を尊敬する。それと同時に我々は、彼女の友人にして教師である人、献身的な愛と天才によって、この勝利を可能ならしめた婦人を讃美するものである」
目・耳・口の"三重苦"に屈しなかったヘレン。そして彼女を懸命に薫陶し続けたサリバン——。総長の言葉は、偉大な師弟への賛辞にあふれていた。
「不可能だと思われた障壁を征服し、完成の領域をさらに押し広げてゆく歓び、それに匹敵する歓びがあるでしょうか」
この信念で、自らの生涯を通して人々に希望の光を与え続けたヘレンは、1880年6月27日、米アラバマ州で生まれた。
裕福な家庭で育つが、2歳を前に、原因不明の恐ろしい病に襲われる。やがて体調は回復したものの、後遺症として目と耳の機能が奪われ、さらには話すこともできなくなってしまった。
しかし両親は、娘の可能性を信じて愛情を注ぎ、障がいを乗り越える方途を求めて医師などの意見を聞き歩いた。その中で出会ったのが、電話の発明で知られるグラハム・ベル。聴覚障がい者の教育に携わっていた彼の提案で、盲学校の校長に家庭教師を紹介してもらうことになった。
そして、ヘレンが6歳だった87年3月3日、盲学校を優秀な成績で卒業したサリバンが家庭教師としてケラー家へ。ヘレンにとって「魂の誕生日」となったこの日から、半世紀にわたる二人三脚の歩みが始まったのである。
反抗心の強いヘレンに、サリバンは手を焼いた。それでも根気よく関わり続けるサリバンに、ヘレンは信頼を寄せていく。
「全てのものに名前がある」。それを認識させるため、サリバンは指の形でアルファベットを一文字ずつ表す「指文字」を、ヘレンの手のひらにつづり、言葉を教えた。しかし何度教わっても、ヘレンは「名前がある」ということを理解できない。
転機が訪れたのは、出会って1カ月が過ぎた頃。サリバンはヘレンを庭の井戸に連れて行き、コップを持たせて水を注いだ。コップからあふれ出した水が、ヘレンの手に伝わる。するとサリバンは、ヘレンのもう一方の手に何度も指文字で「WATER(水)」と書いた。水に触れたヘレンは、それが名前をもつものであると、初めて認識することができたのだ。
"生きた言葉が魂を目覚めさせ、光と望みと喜びを与え、自由にしてくれた"——この出来事は彼女の向学の意欲を呼び覚ました。
可能性の扉を開いたヘレンは、その後の数週間で300以上の単語を習得。学ぶ楽しさを知り、達成感に満たされていくと、次第に心も穏やかになっていった。
やがて読み書きができるようになると、さらに"声を発したい"との願いも実現させる。
大学進学の夢もかなえた。16歳で入学したケンブリッジ女学院を経て、ハーバード大学の女子学生が学ぶラドクリフ・カレッジに進み、優秀な成績で卒業する。
在学中には雑誌で連載を持ち、『わたしの生涯』と題する書籍を出版。作品は絶賛され、後に世界中で読まれる名著となった。
どんな不可能も可能にしてきたヘレンの傍らには、常にサリバンがいた。その献身への感謝を、ヘレンは次のように表現している。
「先生の存在が私とは切り離せぬものであり、また私の生涯の歩みは先生の歩みの中にあることを感じます。私の持っている一番良いものはみな先生のものです」
人生の師匠ともいうべきサリバンに導かれ、使命の道を切り開いたヘレン。大学卒業後は培った力を存分に生かし、障がい者のための福祉事業や社会運動に積極的に取り組んでいった。

〈ヘレン・ケラー〉
私たちの仕事に相応し、はるかな目的に向かって雄々しく進みうる力を与えてください——そう祈るのです。

1936年、彼女の成長と活躍を見守り続けてきたサリバンが、70歳でこの世を去った。大きな喪失感に襲われたヘレンだったが、悲しみを振り払うように、新たな挑戦として海外での講演活動を本格的に開始する。その第一歩として訪れた国こそ日本であった。
初訪問は37年4月。船で横浜港に着くと、約3カ月半かけて、東京、神奈川、埼玉、愛知、大阪、兵庫、福岡など全国を巡り、実に97回もの講演会を行っている。
ヘレンの訪日は3度。講演した会場の一つは、後に学会の「大阪大会」で池田先生が正義を師子吼した大阪市中央公会堂である。
ヘレンは晩年まで、障がい者が幸福に生きられる社会、そして世界の平和の実現を訴え続けた。
彼女の言葉にこうある。
「あらゆる苦闘は一つひとつが勝利なのです。もう少し努力をすれば光り輝く雲にとどき、空の青い深み、私の望みの高天原に着くのです」
「私たちは、私たちの力に相応した仕事を与えてください、ということを祈るのではなくして、私たちの仕事に相応し、大望心に燃え、はるかな目的に向かって、おおしく進みうる力を与えてください、ということを祈るのでなければなりません」
彼女が残した直筆メモなどの一部は、学会の「21世紀 希望の人権展」「7色に輝く女性展」等で展示され、大きな反響を呼んだ。
「師弟」によって育まれたヘレンの慈愛、忍耐、勇気は、人類史に不滅の光を放っている。

〈ヘレン・ケラーを語る池田先生〉
大事なのは、なによりも、自分自身が満足できたかどうかだ。
だれになんと言われようが、「私はやりきった!」「私は勝った!」
そう言い切れる人が勝者である。

グラスゴー大学がヘレンに名誉博士号を授与してから、ちょうど62年後の1994年6月15日。
彼女が式典に臨んだビュート・ホールに池田先生の姿はあった。この日、同大学から先生に名誉博士号が贈られたのである。
同じ「6月15日」という不思議な時の一致を見た授与式。
「池田氏の人生の方向を決定づけたのは、1947年、戸田城聖氏と出会い、氏の弟子になられたことであります」
推挙の辞では、ヘレンとサリバンの師弟を賛嘆した62年前と同様に、池田先生と戸田先生の師弟が世界に向かって宣揚された。
「真の正義の人を擁護し、賞讃することは、グラスゴー大学の誉れ高き伝統です」——そう述べたのは、式典を感慨を込めて振り返った同大学出身の教育者である。
"弟子の勝利は、師匠の勝利""弟子の喜びは、自らの勝利を師匠にささげること"——それを知るヘレンの言葉を通して語った池田先生のスピーチに、こうある。
「彼女は、『人間を変えるものは環境ではなく、人間自身の内なる力なのです』と語っている。
私たちの『人間革命』の思想と響き合う。大事なのは、なによりも、自分自身が満足できたかどうかだ。だれになんと言われようが、『私はやりきった!』『私は勝った!』と言い切れる人生を送った人が勝者である。
さらにヘレン・ケラーさんは言う。『他人のために尽そうとか、社会に新生命を打ち建てようという、私欲を離れた目的から永続的な確実な歓喜が生れるものであります』
私たちの前進は、社会の善のためである。友の希望のためである。自身の使命のためである。歓喜と充実の人生とならないはずはない」(2003年8月5日、全国最高協議会でのスピーチ)
2008年6月5日には「ヘレン・ケラーの思い出」と題した随筆を発表。その中で、最後に先生は力強く呼び掛けた。
「『我らの友よ、夜明けはそこまで来ているのです』
『我らがつくった大道を真っしぐらに前進しようではありませんか。団結し合い、覚悟を新たにして恐れることなく!』
これは、ヘレン・ケラーの人生を貫いた叫びである。
わが敬愛する同志よ、晴れ晴れと戦い、晴れ晴れと勝つのだ!
青年の心で、青年と共に!
滝の如く堂々と!」