2021年10月12日火曜日

2021.10.12 わが友に贈る

難を乗り越える信心だ。
いかなる障魔も
「負けてたまるか!」と
強き祈りで受けて立つ。
そこに道は必ず開ける!

法華取要抄 P336
『日蓮は広略を捨てて肝要を好む所謂上行菩薩所伝の妙法蓮華経の五字なり』

【通解】
日蓮は広略を捨てて肝要を好む。すなわち上行菩薩によって伝えられた妙法蓮華経の五字である。

名字の言 友人が学会に入会した"決め手" 2021年10月12日
ある友人が学会に入会した。決め手は、招かれた座談会での地区部長による御書講義だという。友人いわく、老いも若きも皆で「幸せな人生を築くには、どう生きるべきか」を御聖訓に学ぶ姿勢に共感したとのこと▼さらに、講義の中で聞いた地区部長の体験談に感銘を受けた。厳しい職場環境であっても、退くことなく信心根本に挑み、周囲の信頼を勝ち取ったという体験だった。友人は「教義の通りに実践して、体験をつかんだ皆さんの言うことは信じられます」と語った▼かつて、池田先生が世界的音楽家のメニューイン氏と会談した時のこと。氏が"なぜここまで学会は発展したのか"と質問した▼先生は幾つかの要因を挙げる中、次のように答えた。「第一は、『法を厳格に守り、教えの通りに行動してきた』ということ」「第二の理由は(その上で)『どこまでも"人間中心"できた』こと」。加えて自身が恩師の人間性に引かれ、信頼したからこそ入信した心情を語り、こう述べた。「『人間』を信じて『人間』が集う。その輪が次第に広がっていく——これが、学会の発展でした」と▼「人間のための宗教」を学び、自ら実践し、人に語り、現実社会の中に確立していく。これが広宣流布である。

寸鉄 2021年10月12日
御書「命限り有り惜む可からず」。さあ短期決戦!己の最高記録へ悔いなく
東京が動けば勢いは全軍に。炎となって語り抜け。本陣の使命は絶対勝利!
大阪、兵庫、京都、奈良、和歌山、滋賀が反転攻勢。民衆パワーで常勝の劇を
ほめることはそれ自体で芸術—作家。称え励まし。麗しい絆こそ前進の力に
マスク未着用で感染リスク4倍と。外出時も飲食時だけ外す等、基本徹底

☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第9回 沖縄
本年は、「桂冠詩人」の称号が池田先生に贈られてから40周年。連載企画「勇気の舞 凱歌の行進」では、先生がつづった長編詩を紹介します。第9回は、沖縄の同志に詠んだ「新しき勝利と幸福の楽土」(2001年)です。

◇永遠の人間勝利あれ!
沖縄よ
おお 沖縄よ!
いつも光り輝く
飛び立つ鳥たちを
友としながら
人々を愛し
謙虚にして博学な
静かにして勇敢な
自らが偉そうにせず
すべての誉れを
人々に授けようとする
快活にして
人間の光に包まれた
友たちよ!

彼らには
一人寂しく
生きることはない。
皆が協調し
助け合い
降り注ぐ月の光と共に
雨に打たれゆく花々と共に
緑滴る草木と共に
常に爽やかに
そして力強く
楽しく生き抜く
鋭き瞳よ!

沖縄には
空虚なものは
どこにもない。
恐れるものも
どこにもない。
寂しきものも
どこにもない。

緑があり
そして花があり
さらに海があり
常に香しき
多くの薫りを
そよ風の翼に乗せながら
まき散らしてくれる
天地よ!

◆◇◆

我らは
無限の凄まじき
信仰と勇気を持っている。
ゆえに常に
自然体のままでありながら
そこには
自負と栄誉が
漲って輝いている。

誰人よりも
幾千万倍も威力を持ち
英知を持ち続けて
光の国に生きている。

沖縄よ
沖縄よ!
もはや
嘆き苦しむ時代は去った。
我らが
人生を満たしながら
どこにも境もなく
平等に
仕事をし 生き抜く
理想の天地だ。

生まれる時も
死する時も
一切の不調和を越え抜いた
理想的な調和のとれた天地で
魂が呼吸し合う
秩序ある完全な人生を
送り抜いていくのだ。

沖縄よ
勝利者の仏国土
沖縄よ!
沖縄に
永遠の栄光あれ!
沖縄に
永遠の歓喜あれ!
そして
沖縄に
永遠の人間勝利あれ!

☆共生の地球社会へ〜仏法の英知に学ぶ テーマ:非暴力の精神
◇登場人物
【ミライさん】好奇心旺盛な女子部員。世の中の出来事について、父・ホープ博士と語り合うことを楽しみにしている。
【ホープ博士】勉強熱心な壮年部員。毎月1回、家族と一緒に教学を研さんしている。「博士」はニックネーム。本業は会社員。

◇自他共の尊厳を守る信念を強固に
ミライ 今月、アメリカ・ニューヨークの国連本部で国連総会が行われているね。緊迫するアフガニスタン情勢をはじめ、人道危機に対応するための議論が始まるようだね。

ホープ ユニセフ(国連児童基金)の調査によれば、世界では、5分に1人のペースで、子どもが暴力によって亡くなっている。
SDGs(持続可能な開発目標)では、「平和と公正をすべての人に」という目標の下、「あらゆる場所において、全ての形態の暴力及び暴力に関連する死亡率を大幅に減少させる」ことなどを掲げているんだ。

◇瞋恚の克服
ミライ なぜ同じ人間同士で憎しみ合い、暴力や争いにエスカレートしてしまうんだろう?

ホープ この問題を仏法の眼で捉えてみよう。仏法では、「合戦は瞋恚よりをこる」(御書1064ページ)と、戦争の要因は、怒り、恨む生命にあるといわれている。瞋恚とは、例えば、裏切られ、踏みにじられたと感じることで心の奥底に蓄積する"負のエネルギー"ともいえるよ。

ミライ 「瞋るは地獄」(同241ページ)とあるように、瞋恚は地獄界の境涯のことだね。

ホープ そうだよ。生命が瞋恚に支配されてしまうと、相いれない対象を「敵」「悪」と見なし、やがて敵意が暴力・武力となって現れ、争いに発展してしまうんだ。自身を「善」、他者を「悪」と分け隔てる善悪二元論的な思想では、双方に恐怖や不信が増幅され、やがては社会の分断を深めることにつながりかねない。

ミライ こうした負の連鎖は、人間の業ともいえるね。

ホープ 仏法で説く「十界互具」は、とても示唆に富んでいるよ。
「十界互具」では、私たちの生命が善の境涯にあったとしても、悪の境涯も同時に具わっていて、生命の状態は縁に触れて変化を繰り返すと説くんだ。だから、たとえ瞋恚の生命に覆われていても、決して固定的に捉えるのではなく、変革の可能性があると見つめるのが、仏法の生命観なんだよ。
池田先生は語られているよ。
「仏法の『十界互具論』が促しているのも、互いを"悪"として糾弾したり、排除し合うのではなく、同じ人間として引き起こす可能性がある"社会の悪弊"の根を断つために、『内なる悪』への眼差しを互いに忘れず、自他共に『善性』を薫発し合う生き方を選び取ることなのです」(第39回「SGIの日」記念提言)

ミライ 自分自身に「悪」なんてないと思い込まないこと。そして、相手にも善性が具わることを信じる姿勢が大切なんだね。

◇不軽の実践
ホープ 瞋恚を乗り越え、平和と共生の心を確立するためには、仏界の生命の働きが欠かせないんだ。どんな人にも等しく仏性があると説くのが、日蓮大聖人の仏法だよ。この「万人が仏」ということを象徴する、「不軽菩薩」のエピソードが法華経に描かれているんだ。不軽菩薩は、あらゆる人に「二十四字の法華経」を説き続けたんだよ。

ミライ 二十四字の法華経?

ホープ 法華経の心を24字に凝縮したもので、次の意味があるんだ。
「私は深く、あなた方を敬います。決して軽んじたり、慢ったりしません。なぜなら、あなた方は皆、菩薩道の修行をすれば、必ず仏になることができるからです」
不軽菩薩は、万人の仏性を信じ、決して軽んじなかった。増上慢からの身体的暴力や言葉の暴力を浴びせられても、さっとかわして走り去り、遠くから再び24字を言い続けたんだよ。

ミライ 徹底して非暴力を貫いたんだね。

ホープ 池田先生は、不軽菩薩に脈打つ「非暴力の精神」について語られているよ。
「仏教の非暴力とは、口先だけの理想論ではありません。観念的また逃避的な敗北主義とも異なります。自他共の『人間の尊厳』を勝ち取るための積極的な"行動"を前提としています」
「暴力に暴力で抗するのはたやすい。しかし、それでは悪の輪廻は止まらない。また暴力に泣き寝入りしても悪を助長する。そのどちらでもなく、『人間の尊厳』を侵す、あらゆる暴力に対して、非暴力の強靱なる信念で、妥協なく戦い抜いていく——そこに仏教の実践があります」

ミライ 非暴力の行動とは、相手の善性を信じ、引き出そうとする勇気ある挑戦なんだね!

ホープ 一見遠回りのようであっても、多様な人々との対話や交流を通じて、信頼と友情の絆を幾重にも結ぶことで、自他共の善性が薫発され、「非暴力の精神」に満ちた社会が築かれるんだよ。

◇御文
『不軽菩薩は多年が間・二十四字の故に無量無辺の四衆に罵詈・毀辱・杖木・瓦石・而打擲之せられ給いき、所謂二十四字と申すは「我深く汝等を敬う敢て軽慢せず所以は何ん汝等皆菩薩の道を行じて当に作仏することを得べし」』(日妙聖人御書、1215ページ)

◇メモ
法華経常不軽品第20で登場する不軽菩薩は、釈尊の過去世における修行の姿の一つです。威音王仏の像法時代に仏道修行をし、自らを迫害する人々に対してさえ、必ず成仏できるという「二十四字の法華経」を唱えました。
しかし、上慢の四衆(在家・出家の男女)から、ののしられ、石を投げられるなどの迫害を受けます。それでも、相手の尊極な仏性を敬うゆえに、礼拝行を貫き、成仏の因を積むことができたのです。

◇[コラム:"いま"を知る]生命の手段化と戦う
来月2日は、国連が定める「国際非暴力デー」。1869年のこの日、非暴力を貫いたインド独立の父、マハトマ・ガンジーが誕生したことに由来する。ガンジーの非暴力運動は、「サティヤーグラハ(真理の把握)」と呼ばれ、不正と暴力に立ち向かう力の源泉を人間の内面に見いだしていた。ガンジーは、「正しい手段は、正しい結果をもたらす」との信念で非暴力運動を続けた。平和な社会を実現するために、暴力に訴えることは不合理である、との哲学だった。
これまで"正義"の名の下に、多くの血が流され、人間の尊厳が踏みにじられてきた。人間の生命を手段とする宗教・思想を、正当化させてはならない。御書には「命と申す物は一身第一の珍宝なり一日なりとも・これを延るならば千万両の金にもすぎたり」(986ページ)と。生命そのものは、何にも代えがたい至高の価値である。生命尊厳という平和の哲理を、一人一人に語り広げゆこう。

2021年10月11日月曜日

2021.10.11 わが友に贈る

新聞休刊日

報恩抄 P293
『仏教をならはん者父母師匠国恩をわするべしや、此の大恩をほうぜんには必ず仏法をならひきはめ智者とならで叶うべきか』

【通解】
仏法を学ぶ人は、父母の恩、師匠の恩、国土・社会の恩を忘れてはならない。この大恩に報いるためには、必ず、仏法の奥底を学び、修行して、智者とならなければならない。

☆池田先生と共に 希望・勝利の師弟旅 新鮮な友と友の輪を広げよ 2021年10月5日
60年前(1961年)の10月5日、世界の「立正安国」の道を開く一念で、私は欧州に降り立った。東西冷戦の象徴たる「ベルリンの壁」が造られて2カ月後である。
同志は少なかった。だからこそ「一人」を大切に、「一対一の対話」を重ねた。
善き人を見つけ、善き人と繋がる。それが未来への希望の光源となるからだ。
日蓮大聖人は、若き南条時光に仰せになられた。
「一切の事は国により時による事なり、仏法は此の道理をわきまうべきにて候」(御書1579ページ)
私たちは、欧州は足元を固めながら、じっくり信頼を深めようと語り合った。
欧州の友は、「私自身が創価学会だ」との自覚に立ち、「どんな苦戦を強いられようが、必ず勝って、広布の凱旋門をくぐる」という信念を分かち合ってくれた。60星霜を経て、欧州の地涌の陣列は16万を超え、コロナ禍にあっても、模範の市民として尊き貢献を果たしている。多彩な国土を超えて「欧州は一つ」と、異体同心の団結が輝き光る。
欧州の学術を探究して「人道的競争」を展望された先師・牧口先生、そして欧州の分断を憂慮し「地球民族主義」を主張された恩師・戸田先生も、喜び見つめておられるに違いない。
◇ ◆ ◇
欧州初訪問の日、デンマークに到着した私のもとに、日本の青年リーダーが駆けつけてくれた。彼は技術者として欧州出張中に、時間をやりくりして飛んできたのだ。求道の心がうれしかった。
私は「一生空しく過して万歳悔ゆること勿れ」(同970ページ)を拝し、時は「今」だ。君でなければできない戦いを! その中で自分を鍛え、永遠の福運を積みゆけと励ましを送った。彼は期待に応え、同志と共に、平和の天地・広島と中国の人材山脈を築いてくれた。
祈りを込めた、一人との出会い、一回の語らいから、無量の価値が生まれる。
◇ ◆ ◇
さらに40年前(1981年)、フランス青年部の大会に寄せて、パリの地下鉄で移動しながら一詩を口述したことも懐かしい。

「多くの新鮮な
友と友の輪を広げながら
老いたる人も
   悩める人も
求める人も
   悲しみ沈む人も
すべての人の心に
   光を当てながら
すべての人の喜びを
   蘇生させながら
我らは絶えまなく
前進しゆくのだ」

今、この生命連帯の友情の松明を、欧州も日本も世界も、青年が高らかに掲げて、対話を繰り広げている。
◇ ◆ ◇
季節の節目は、特に健康に留意していただきたい。
若き日、私は恩師から、「地涌の菩薩は、もともと頑健なのだ。頑健なりと決めて祈るのだ」と指導された。全同志が頑健なる地涌の大生命力を涌現させ、一切の病魔に打ち勝てるよう、妻と強盛に題目を送っている。

☆御書の旭光を 第56回 "覚悟の信心"に一人立て
〈御文〉
『ただ一えんにおもい切れ・よからんは不思議わるからんは一定とをもへ』(聖人御難事、1190ページ)

〈通解〉
ただいちずに思い切りなさい。良いことがあるのは不思議であり、悪いことがあるのが当然と考えなさい。

〈池田先生が贈る指針〉
滅不滅の大慈悲を現ずる御本仏は、最も尊く深く強い信念の極致を教えられた。それが信心だ。
わが生命は妙法の当体なり、我らの誓願は広宣流布なりと思い切れば、恐れるものはない。難局を突破できる無窮の力と智慧が湧いてくるのだ。
「必ず勝つと腹を決めよ。そして断じて勝て!」とは、恩師が示した勝利の真髄である。

☆ONE GOSHO この一節とともに! 松野殿御返事(十四誹謗抄)
◇同志を仏の如く敬う
あらゆる人を仏のごとく敬っていく実践こそ、法華経に説かれた最重要の教えである。この振る舞いに徹する中に、自身の成長も、広布の伸展もあることを学ぶ。

◇御文
『忘れても法華経を持つ者をば互に毀るべからざるか、其故は法華経を持つ者は必ず皆仏なり仏を毀りては罪を得るなり』(御書1382ページ)

◇通解
決して、法華経を持つ者を互いに謗ってはならない。その理由は、法華経を持つ者は必ず皆仏であり、仏を謗れば罪となるからである。

◇背景
本抄は建治2年(1276年)、駿河国(現在の静岡県)庵原郡松野郷の門下である松野六郎左衛門入道に宛てられたお手紙。別名を「十四誹謗抄」という。
日蓮大聖人が唱える題目と、自分たちが唱える題目では、功徳に相違があるかとの松野入道の問いに対し、大聖人は全く差別はないとして、仏法の功徳において万人が平等であることを説かれている。
その上で、"万人に仏性がある"とする心に背いて唱えるならば、その功力には差別があるとされ、「十四誹謗」(法華経への誹謗)を犯すことのないよう戒められている。

◇解説
法華経では、誰も差別することなく万人に仏性が具わることが説かれている。
本抄で、"題目の功徳に相違はない"ことを明らかにされた大聖人は、「十四誹謗」を通して、振る舞いの在り方について御教示されている。
十四誹謗とは、14種の法華経誹謗のこと。その中に、正法を行ずる人を「軽蔑すること(軽善)」「憎むこと(憎善)」「嫉むこと(嫉善)」「恨むこと(恨善)」がある。
これらを踏まえて、拝読御文では「仏を毀りては罪を得るなり」と、共に広布に歩む同志について誹謗することを、強く戒められている。
その理由として、大聖人は、「法華経を持つ者は必ず皆仏なり」と仰せである。さらに、そう心得て唱える題目の功徳は、「釈尊の御功徳」に等しいと御断言されている。
また、どのような人であっても、法華経を一言でも説く人を「当起遠迎、当如敬仏」の精神で敬うべきであることや、法華経を持っていない人をも礼拝すべきことを、本抄で御指南されている。
「法華経を持つ者」との仰せには、「人」ではなく、実践する「法」に重きが置かれているとも拝される。つまり、立場などを超えて、法を深く理解している人であれば、求めて話を聞いていく姿勢が大切である。
本抄でも、大聖人は弟子の三位房に言及され、"世間から見れば高い位ではないものの、法華経の理解があるから仏のように敬って、法門について尋ねてみなさい"と仰せである。
全ての人に仏性があると信じ、尊敬し、たたえていく——この法華経の根本精神を、改めて深く拝するのが本抄である。
私たちの日常の学会活動にあっても、広布に励む同志一人一人を仏として尊び、どんな挑戦も最大にたたえていく心と振る舞いの中でこそ、大福運が自他共の生命に刻まれていく。
皆が広布を目指して真剣であるからこそ、時には、学会組織の中で意見や感情がぶつかり合うことも、現実にはあるかもしれない。
大切なことは、"共戦の同志との触れ合いは、自身も皆も、共に成長できる機会"と捉えていくことではないだろうか。
苦手に思うような相手をも「仏の如く」敬う——そうした自分自身になることが、人間革命の第一歩である。
そして、自らの人間革命に挑む一人一人が、互いに寄り合い、心からたたえ合う中に、異体同心の固い団結が生まれ、広布の推進力も増していくことは間違いない。
池田先生はつづっている。
「信心に励んでいる私たちは、どのような役職や立場にあろうが、皆、仏子であり、平等であります。互いに、仏を敬うがごとく、尊敬し、信頼していくのが、本来の姿です」と。
自分自身が学び、境涯を開き、成長した分だけ、皆と共に前進でき、広宣流布の伸展は加速する。そう確信して、本年を荘厳する「立正安国」の凱歌の秋へ、同志の絆も固く、朗らかに進んでいきたい。

2021年10月10日日曜日

2021.10.10 わが友に贈る

◇今週のことば
「臆病にては
叶うべからず候」
師弟不二の勇気を出し
自信満々と語り切れ!
ここに勝利の成就あり。
2021年10月10日

木絵二像開眼之事 P469
『人の声を出すに二つあり、一には自身は存ぜざれども人をたぶらかさむがために声をいだす是は随他意の声、自身の思を声にあらはす事ありされば意が声とあらはる意は心法声は色法心より色をあらはす』

【通解】
人が声を出すのに二種類ある。一つには、自分ではたとえそのつもりがなくても、(相手に自分の心をいつわって)だまそうとするために声を出す。これは随他意の声である。一方、自分の思いをそのまま表した声がある。この場合は、自分の心中の意志が声となって外に出ている。心は心法、声は色法であり、心法から色法があらわれる。

名字の言 2年ぶりの出雲駅伝がきょうスタート 2021年10月10日
"大学駅伝シーズン"の開幕を告げる出雲駅伝が、きょう正午過ぎにスタートする。1989年から始まり、昨年はコロナ禍の影響で中止になった同大会。全日本大学駅伝(11月)、箱根駅伝(来年1月)と並ぶ「大学三大駅伝」の一つであり、そろって開催されれば2年ぶりとなる▼出雲駅伝は6区間45・1キロと、大学三大駅伝の中で最も距離が短い。2日間で10区間217・1キロを走る箱根駅伝の5分の1ほどだ。毎回、高速レースが展開されることから「スピード駅伝」と称される▼順位の変動が激しいのも特徴の一つ。とりわけ"逆転の6区"といわれる最終区でトップが入れ替わり、優勝が決まったケースは実に13回を数える▼まさに「一瞬の判断が明暗を分ける」「勝負は最後の瞬間まで分からない」ということであろう。"ここが勝負どころ"という急所を見極め、一気に前へ出る。どんなに苦しくとも諦めず、自分の力を出し切る。戦うべき時に戦わず、前進するべき時に前進しなければ、スポーツも人生も勝利はつかめない▼大会は、沿道での観戦自粛を呼び掛けるなど、感染症対策を強化して行われる。大成功を祈り、初出場する創価大学をはじめ、出雲路を駆ける全選手にエールを送りたい。

寸鉄 2021年10月10日
味方をつくることが一切の勝利に繋がる—恩師。誠実の振舞で共感の輪を
北海道の大空知、留萌、サロベツが激闘。断じて大逆転を!全国から声援
東京の北、足立、豊島、板橋に凱歌を必ず!総力で猛烈な押し上げ今こそ
広島戸田総県よここからが勝負だ!一丸となって攻め勝て。炎の開拓、皆で
世界精神保健デー。心の健康は身近な人の理解に関係と。地域の絆を強く

☆Switch——共育のまなざし 合唱運動が育む「心」とは
◇東京都合唱連盟理事長/合唱指揮者 清水敬一氏に聞く
長引くコロナ禍の影響で、文化芸術活動が大きな打撃を受けています。「合唱運動」もその一つ。読者の中にも、地域のコーラスグループや大学・学校の合唱部などに所属している方がおられるでしょう。活動が制約されている今だからこそ改めて考えたい、「合唱運動の魅力や意義」とは何か。東京都合唱連盟の理事長であり、約20の合唱団の指揮者も務める清水敬一氏にインタビューをしました。(聞き手=大宮将之)

歌う人と聴く人とが共につくる
励まし合いの「場」をこれからも

◇「非効率」の大切さ
<コロナ禍が本格化してから1年半。今、実感されていることは?>

合唱って「みんなで歌うこと」だけを指しているわけではないんですよね。みんなで集まって、世間話も含めて語り合って、練習や発表の場を通して人と人とがつながっていく……こうした営みが、どれほど自分にとって「心の栄養」になっていたか。そのことを実感している合唱関係者は僕も含めて多いでしょう。
学校や職場以外で、みんなと一緒に何らかの目的に向かって一生懸命になれる場所があるって、人が豊かに生きる上でとても大事なことだと思うんですよ。
「合唱」って子どもから大人まで誰もがすぐに参加できるでしょう? 僕は「村みたいなコーラス」という表現を好んでよく使うんですが、老若男女、上手な人もそうでない人も、いろんな人たちが集まっている世界が好きなんです。多様な人々がつながるきっかけをつくってくれるのが、「合唱」の一つの魅力ではないでしょうか。

<リアル(対面)の合唱運動が制約を受ける中、それでも「歌いたい」「つながりたい」と、オンライン練習を重ねている団体もあります>

昔はできなかったことができるようになった——これは、素晴らしいことだと思います。その上で、だからこそ「リアルならではの良さ」を再確認したという人も多いはず。
僕は大学で講師を務めているんですが、オンライン授業が多いし、東京都合唱連盟などの会議もオンラインで行われることがほとんど。チャットや画面共有の機能を使って、文字情報や写真を共有できるのは便利ですよね。あと、自宅からすぐに参加できるので、遅刻する人がいなくなったかな(笑い)。無駄話もできないから、予定時刻より早く終わることも少なくない。とっても「効率的」ですよね。
けれど僕は、こう思っているんです。"文化的なものは非効率の中から生まれる"って。時間をかけて同じ場所に集まり、みんなで顔を合わせることも、そう。話が脱線したり時間を忘れておしゃべりしたりすることも、そう。そこから思いがけない方向に展開が転がったり、新しい発想が生まれたりすることがある。心も動く。そこから得られるもの、生まれるものがたくさんある。
もちろん感染防止が第一ですが、合唱運動が制約を受けている今だからこそ、「非効率の大切さ」「リアルの素晴らしさ」が、より広く共有される機会になるといいですよね。

◇そろえなくていい?
<吹奏楽や舞踊などにおいても「リアルの意義」をかみ締めている人は、少なくありません。その上で「合唱ならではの魅力」は、どんなところにあると思われますか>

合唱には歌詞があります。いわば「言葉のある音楽」です。言葉には意味があり、合唱は「意味を伝える力」を持っている。合唱を通じて皆と同じ気持ちを共有できる——多くの人がイメージする魅力や意義は、このようなものではないでしょうか。
けれど僕は少し違う。むしろ合唱とは「言葉で説明できない何か」と出合えることに、大きな意義があると思っているんです。それは聴く側だけでなく歌う側にとっても——。
ハーモニーが美しいとか歌詞の意味が伝わったとか、これはまだ「言葉で説明できる」ものです。けれど人間の心を言葉で説明し尽くすことなど、本来はできないはず。
瞬間瞬間、心は変化していて多面的。何らかの課題や困難に直面した時に「こうありたい」「こうすべき」と頭で分かっていても「とはいえ、できない」という迷いも内包している。相反することを同時に考えられるのが人間らしさでもあるんですよね。だから同じ歌詞に触れても、その時の置かれている状況によって、いろんな捉え方ができるわけです。
それゆえに僕は合唱団の指揮や指導を任された時、団員の方々にこう言ってしまうんです。「みんなで気持ちをそろえなくてもいいんだよ」って。いつも「心を合わせて歌おう」と指導されていた人たちからすれば目が点になりますよね(苦笑い)。
もちろん音程やリズムはそろっている方がいい。僕も一方的に「気持ちをそろえるな」と言っているわけではありません。けれど人間は一人一人、考え方や受け止め方が違う。だからこそ面白い。同じ歌詞であるにもかかわらず、受け止め方の違う人たちが集団で歌い、ハーモニーを響かせるからこそ、ソロ歌唱では表現できない"えも言われぬ感情"を聴く人たちに呼び起こすことができる——僕はそう思っています。

◇被災地のコンサート
<思い起こす取材があります。創価学会音楽隊「しなの合唱団」が東日本大震災の被災地で行ってきた「希望の絆」コンサートです。被災状況は人それぞれ。生活再建に向けた歩みの速度も違う。そんな方々が同じ歌、同じ歌詞に触れた時、ある人には亡き家族との思い出がよみがえり、ある人は離れた故郷を思い、ある人は復興への誓いを抱く……。さまざまな状況にある方々が、言葉にはできない自分の感情と向き合うことができる「合唱」という"場"の力を感じました>

「希望の絆」コンサートは、合唱団の皆さん自身が被災者の方々から"受け取ったもの"も、とても大きかったのではないでしょうか。少しでも励ましたい、元気になってもらいたいと思って臨んだつもりが、むしろ合唱団の皆さんの方が励まされたり。「何のために歌うのか」「合唱とは何なのか」という問いを深く考える機会となったり——。
僕が、しなの合唱団の指揮者の一人になってから15年以上になりますが、団員の皆さんは本当に真面目で一生懸命な方が多い。2007年の「全日本合唱コンクール」で僕が指揮を務めた時、「金賞」の受賞を喜び合ったことも懐かしいですね。
しなの合唱団の皆さんも「希望の絆」コンサートをはじめ、さまざまなステージで感じてきたことがあるでしょうけれど、舞台上の合唱者と客席の方々の心がとけ合って、同時に"うねって"いく瞬間というのがあるんです。僕は指揮者で客席を見ることはできないけれど、背中でその"うねり"を感じられるくらいの瞬間です。"あ! お客さんたちがこの合唱作品の世界に入り込んでくれたな"ってハッキリと分かるんですよね。その時、お客さんもまた、「演者」「表現者」の側になり、舞台上の合唱者たちの心をも動かしていくんです。
そこで感じられるものもまた、先ほど申し上げた「言葉では説明できない何か」と言えるでしょう。それが双方にとって励ましとなったり、学びとなったり、気付きとなったりする。これは、無観客では絶対に生まれません。歌う側と聴く側が共につくりあげる"場"なんです。
コロナ禍によって合唱コンクールや合唱祭などが中止・縮小を余儀なくされ、合唱活動が存続の危機にさらされているのは、皆さんもご存じの通りです。東京都合唱連盟として「合唱の灯を絶やさぬために!」と銘打ったクラウドファンディングも実施しています。全日本合唱連盟としても「合唱活動における新型コロナウイルス感染症拡大防止のガイドライン」を策定し、普及に努めているところです。
合唱の"場"をこれからも、未来まで——僕の願いは、ただそれだけです。

【プロフィル】しみず・けいいち 1959年、東京生まれ。早稲田大学卒。指揮法を遠藤雅古氏、V・フェルドブリル氏、合唱指揮を関屋晋氏にそれぞれ学ぶ。現在、約20の合唱団でタクト(指揮棒)を振り、合唱とオーケストラのための作品のコーラスマスターとして数多くの初演に関わってきた。2005年に開かれた第7回世界合唱シンポジウムでは講師を務めた。国内外の音楽祭、作曲コンクール・合唱コンクールの審査員を歴任。著書に『合唱指揮者という生き方』(アルテスパブリッシング)など。全日本合唱連盟理事およびJCDA日本合唱指揮者協会理事、東京芸術大学および同大学附属高等学校講師も務める。

2021年10月9日土曜日

2021.10.09 わが友に贈る

対話の旋風を起こそう!
動き 語った分だけ
仏縁が結ばれる。
信頼と共感が広がる。
勇敢な挑戦劇を力強く!

聖愚問答抄上 P497
『只南無妙法蓮華経とだにも唱へ奉らば滅せぬ罪やあるべき来らぬ福や有るべき、真実なり甚深なり是を信受すべし』

【通解】
ただ南無妙法蓮華経とだけ唱えられるならば、滅しない罪はないのであり、招けない幸福はないのです。これは真実であり、深い法門であり、よく信受していきなさい。

名字の言 時間をかけて粘り強く考え続ける力 2021年10月9日
基礎研究は地図を持たずに砂漠を旅するようなもの——理論物理学者の大栗博司氏は、そう捉える。だからこそ「あきらめずに時間をかけて粘り強く考え続ける力」が大切と強調する▼それを実感したのは、米プリンストンの高等研究所での経験だ。画期的な論文を次々と発表する研究所だけに"どんな天才がいるのか"と思っていた。だが実際は毎日、自分の研究に頭をひねっては「どう思う」と尋ねてくる——日本と異なっていたのは、同僚たちの「しぶとく考える耐久力」だった(『探究する精神』幻冬舎新書)▼行動遺伝学では、人間の知能には少なからず遺伝の影響があるとの研究結果が報告されている。しかし、遺伝が全てを決定するわけではない。知能も才能も、自らの努力いかんによって、いくらでも大きく開花する▼基礎研究が"耐久力の闘争"であるように、行き詰まりとの連続闘争が人生の本質であろう。文豪・トルストイは「君を嘆かせ苦しませていることは、一つの試練にすぎず、その試練に基づいて君は自分の精神力を発揮し、それを強化することができる」(北御門二郎訳)と▼信心は、試練に立ち向かう心を涌現させる原動力である。日々、挑戦の歩みを粘り強く積み重ねたい。

寸鉄 2021年10月9日
山口開拓指導、開始の日。不二の闘争で築いた広布の金字塔。若師子よ続け
新潟、長野、石川、富山、福井が勇戦。民衆の底力を今こそ!断固と凱旋を
宮城、岩手、青森、秋田、山形、福島が果敢に拡大。不屈の東北魂で栄冠掴め
今日作すべき事を熱心になせ—仏典。今この瞬間に全力。人間革命の直道
首都圏の地震、1週間は余震に注意と。懐中電灯、家具の固定—備え再確認

〈社説〉 2021・10・9 あす「世界メンタルヘルスデー」
◇小さなエピソードを紡ぐ対話
メンタルヘルス(心の健康)の重要性が増している。あす10日は偏見をなくし、正しい知識の普及を目的として制定された「世界メンタルヘルスデー」である。
コロナ禍の中で、日本では働く人の45%がメンタルの不調を抱えており(NTTデータ経営研究所の調査)、産後うつの可能性がある人も倍増しているという。
不安が大きい状況だからこそ、その心に寄り添いたい。そうした思いから、本紙では電子版連載「WITH あなたと」でメンタルヘルスをテーマに、識者や当事者にインタビューを重ねてきた。
物理的には、心は脳の中にも、心臓の中にも見つからない。では、どこにあるのか?
連載の初回に取材した臨床心理士の東畑開人氏は、近著でこう書いている。
「心とはごくごく個人的で、内面的で、プライベートなものだ。だから、心は具体的で、個別的で、カラフルなエピソードに宿る」(『心はどこへ消えた?』文藝春秋)
連載する中で、うつで休職した男子部員、産後うつを経験した女性部員などに話を聞いた。
深く傷ついた先で、小さな出会いに癒やされ、自分らしくあることを少しずつ自分で認められるようになった——取材時に語られたのは、具体的で多様なエピソードだった。
心は、誰かの心と触れ合った時に、喜びや悲しみとして実感される。心を感じるには"もう一人"の存在が必要なのかもしれない。
取材では、学会の同志が「じっと話を聞いてくれた」というエピソードが多かった。
否定せず、すぐに答えやアドバイスを出すのでもない。ただ、そこに"いる"ことで、心が癒やされる瞬間もある。
本紙9月5日付では、精神科医の森川すいめい氏に、当事者と関係者を交えて対話をする「オープンダイアローグ」について聞いた。
氏は、相手の話を"聞き切る"こと、"変化を求めない"ことを意識した対話によって「困っていること自体は変わらないかもしれないのですが、それに対する『感情的な理解』が変わっていく」と。
池田先生は語っている。
「悩んでいる人は『聞いてもらう』だけで、ぐっと心が軽くなるものです。自分の話を親身になって『聞いてくれる』。そのこと自体が、生きる励ましになっていく」
身近な人の心を受け入れ、寄り添う。そんな温かな心を感じる、小さなエピソードを紡ぎたい。

☆「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第14回 一人立つ
◇諸法実相抄
『地涌の菩薩のさきがけ日蓮一人なり、地涌の菩薩の数にもや入りなまし、若し日蓮地涌の菩薩の数に入らば豈に日蓮が弟子檀那・地涌の流類に非ずや、経に云く「能く竊かに一人の為めに法華経の乃至一句を説かば当に知るべし是の人は則ち如来の使・如来の所遣として如来の事を行ずるなり」と、豈に別人の事を説き給うならんや』(御書1359ページ13行目〜16行目)

◇池田先生の講義から
一番大変な、一番つらい時に衆生を救っていくのが、地涌の菩薩であり、創価の同志は、まさしく地涌の勇者です。自身の苦悩や困難と戦いながら、広宣流布の使命に生き抜き、人間革命して、悩みに負けない堂々たる自分自身を築き上げ、社会に貢献してきたのです。
◆◇◆
目の前の一人を励ますため、苦悩の一人を救うために、動き、語りかけ、一対一で粘り強く対話を重ねていく。この最も地道な対話こそが、事実の上で「仏の仕事」(如来の事)を行じている何よりの証です。(中略)
経文に説かれる「如来の使」とは、他の誰かのことではない。ありがたくも大聖人に直結して、広宣流布へ如説修行する私たちのことなのです。
◆◇◆
大聖人の「民衆仏法」は、民衆一人一人が「一人立つ」師子へと変わっていく、力強い宗教です。
◆◇◆ 
師と同じく、民衆も師子王なり! まさに、そうした不二の民衆の出現こそを、大聖人は願い、待ち望まれていた。だからこそ、熱原の法難の渦中に「出世の本懐」を遂げたことを宣言されたのではないでしょうか。
(『人間革命の宗教』から)

平井秀昭 九州長
◇師と共に凱歌の頂へ!
本年は、長編詩「青年よ 21世紀の広布の山を登れ」の発表から40周年。その12月を前に、池田先生は「大白蓮華」9月号の「巻頭言」で、そのことに触れてくださいました。
「全創価家族が老いも若きも、今再び、燃え盛る地涌の青年の心で、あの友この友を、希望と充実と幸福の大行進に誘いながら、広布の山を共々に登りゆこう!」——師の呼び掛けに勇気百倍! 今こそ、広布と立正安国の新たな山を登る時です。九州の友は、その先駆を切って驀進しています。
大変であればあるほど、真っ先に立ち上がり、突破口を開いてきたことが私たち九州の誉れです。今回、日蓮大聖人が地涌の菩薩の先駆けとしての御真情を述べられた「諸法実相抄」を拝し、一人立つ使命を確認し合いたいと思います。

◇私たちが登る山
広宣流布の山は、どこかの誰かが登ってくれるものではありません。私たち一人一人が登る山なのです。
先生は講義の中で、地涌の生命の自覚こそが人間革命の根本であり、「その本質は師弟不二の行動です。その自覚と誇りを持つところに、地涌の底力が滾々と湧くのです」と教えてくださっています。
私も県長の時、「仏法正義の旗」を打ち立てるべく、かつてない拡大を誓い出発したものの、不可能としか思えない険難の峰を前に、"どうすればいいのか"と、苦悩したことがありました。
"とにかく題目しかない"と、唱題を重ねました。毎日御書をひもとき、さらに小説『人間革命』第10巻を読み返す中で、「強盛な信力があれば、不可能をも可能に」との一節が目に留まりました。
"そうだ! 信じる力に限界はない。環境ではない。強盛な信心があれば、断じて勝てる!"——確信がみなぎりました。その思いのままに、誠心誠意、訪問・激励に走り、対話拡大にも率先。同志の皆さまも総立ちとなり、結果として、壁を破る勝利の歴史を築くことができたのです。全ては確信の一念で決まる。広布の師匠と同じく、地涌の使命を自覚した一人立つ誓願から全ては始まるのだと心肝に染めました。
私たちの信心は、先生が講義されている通り、「民衆一人一人が『一人立つ』師子へと変わっていく、力強い宗教」です。そのことを先生は、熱原の法難を通して、次のように講義されています。
「大聖人に直接お会いしたこともない。信心の年数も短い。しかし、命に及ぶ大難に臨んで、熱原の門下たちは厳然と不屈であった。大聖人に直結していたのです。これが究極の師弟不二です。師匠の心をまっすぐに受け継ぐ弟子は、時空を超えて誕生するのです」

◇希望と充実の大行進
"いかなる嵐にも揺るがぬ師子よ、一人立て!"——40年前に発表された長編詩にも、師の万感のご期待が込められているのではないでしょうか。
長編詩が発表された県青年部幹部会で、場内役員を務めた大分のある壮年は、師匠の言葉を命に刻みました。
「題目をあげぬいた人には/誰人も絶対にかなわない!」——長男の死、自身の大病。その後の人生で苦難に直面するたびに、長編詩を思い起こし、夫人と共に祈り抜きました。今、「宿命を使命に」との深き自覚で、200人を超える友人・知人に友好の輪を広げておられます。
「師匠への『誓願の祈り』に徹すれば、越えられない試練の山はない! この確信のままに、凱歌の頂へ駆け登ります!」と意気軒高です。
師弟に、物理的距離や、信心の年数は関係ありません。"私が、学会を護ろう!""私が、先生と一緒に戦うんだ!"——この「一人立つ」勇者の連帯が、新しい歴史を開くのです。
誰も経験したことのないコロナ禍。その中で戦う学会創立100周年への初陣。全てが未聞の状況だからこそ、"先駆の九州"の使命はいや増して輝きます。
連日、同志と語り合っていると、お一人お一人の師匠を求める熱い心を感じずにはいられません。先生手作りの師弟不二の九州に、破れない壁はありません! だからこそ、"できないこと"を嘆くより、"できること"から挑戦を重ねようではありませんか。
地域のあの友、地区のあの同志に声を掛け、「希望と充実と幸福の大行進」に誘いながら、先生と共に、同志と共に、広布の最高峰を、断固として勝ち登っていきましょう!

メモ
「諸法実相抄」は、文永10年(1273年)5月、流罪地の佐渡で著され、最蓮房に与えられたとされる書。日蓮大聖人と同じ心に立って、自行化他にわたる唱題の実践に励む人は皆、地涌の菩薩であるとされ、広宣流布は必ず達成できるとの確信を述べられている。

2021年10月8日金曜日

2021.10.08 わが友に贈る

広布伸展の鍵は総合力だ。
副役職の友の活躍ありて
拡大の勢いは加速する!
皆が自らの使命を果たす
異体同心の大前進を!

御衣並単衣御書 P971
『物たねと申すもの一なれども植えぬれば多くとなり』

【通解】
物の種は、たとえ一つであっても植えれば多数となる。

名字の言 農漁光部の友の"こだわりの炭作り" 2021年10月8日
彼のこだわりの炭作りは、山に入り、木を切り倒すことから始まる。木炭の原料となる木材(炭材)は業者から購入する木炭生産者が多いと聞くが、なぜだろう▼「木材を買って作った方が楽ですが、業者に頼むと細い木や枝は捨てられてしまいます。それが勿体なくて嫌なんです。木に余すところはありません」。炭焼き窯に炭材を敷き詰める際、隙間ができると炭は折れやすくなる。彼は、業者に頼むと落とされてしまう細い木や枝をその隙間に詰めて、良質な炭を作る▼さらに驚いた。炭焼きの時に出る灰は、藍染めの染料を繊維に定着させるために利用するという。まさに「木に余すところなし」。北海道森町のローカルネットワークマガジン「森memo」に紹介された、農漁光部の友の記事である▼「もったいない」という言葉には、「自然を尊敬する精神、有限な資源を効率的に活用する精神が含まれています」と訴えたのは、"アフリカの環境の母"ワンガリ・マータイさん。池田先生は「母」を思い出す言葉であり、どんなものも無駄にしないという「慈しみの心」の象徴で「命を尊ぶ心」を育む、と▼この「母の心」を広げることが、人間が自然と共生する鍵だろう。きょうは「木の日」。

寸鉄 2021年10月8日
「本当に楽しかった」と言える戦いを—恩師。わが日記文書に栄光の一頁を
愛知、静岡、岐阜、三重が総立ち。師子は負けない。鉄壁の団結で激戦突破!
広島、岡山、山口、鳥取、島根が一瀉千里の力走!歴史的勝利へ今ここから
多忙な時ほど安全運転を心して。日程は余裕持ち。「百千万億倍・御用心」で
若者に大麻使用広がる。摘発者は4年で倍増と。奪命の魔物を断固と根絶

〈社説〉 2021・10・8 あさって「目の愛護デー」
◇現代の疲れ目に正しいケアを
文部科学省が公表した昨年度の学校保健統計調査によると、裸眼視力が1・0未満の小学生の割合が約4割、中学・高校生が約6割と、いずれも過去最高を更新。同省は若年層へのスマートフォンなどの普及だけでなく、コロナ禍の巣ごもり生活も一因とみている。
一方で、テレワークが主流になり、大人にも同じ影響がみられる。医薬品メーカーのツムラが、新型コロナでライフスタイルの大きな変化が求められた2020年に、身体に感じた不調について行った調査によると、最も多かった意見は「目の疲れ(63・7%)」だった。
あさって10月10日は「目の愛護デー」。「10・10」を横にすると、人の顔の目と眉に見えるからだそうだ。この機会に、疲れ目の回復法について確認したい。
人間は物を見る時、脳を活発に働かせる。目が疲れている時ほど、脳の処理能力を余計に使ってしまう。その結果、目の疲れは脳を疲れさせ、頭痛や肩凝り、思考力の低下など、全身の不調につながる場合がある。
パソコンなどを長時間使用する際は、1時間に1分ほど目を閉じるだけでも、リフレッシュできる。また入浴時などに、湯に浸したタオルを絞り、まぶたの上に2〜3分のせると血行が良くなり、目の疲労回復につながる。近くの物と遠くの物を交互に見たり、眼球を回したりすることで、毛様体筋(ピントを調整する筋肉)のストレッチ効果が期待できる。
目に良い働きをする食事を心掛けることもポイントだ。DHA(ドコサヘキサエン酸)、EPA(エイコサペンタエン酸)は涙の質を良くする良質な脂を含んでいるため、これらを含む魚を献立に取り入れると良い。また、視細胞という目の細胞を助け、目の防御能力を高めてくれるのが、ビタミンA・C・E(エース)だ。肉・魚・緑黄色野菜を毎食バランス良く食べていれば取ることができる。
目をケアするコツは、ほかにも数多くあるが、自分の生活に合わせて、正しく実践していきたい。
仏法では、人の見えない心を見抜く仏の力を「眼根清浄」と説く。池田先生は「衆生を救おうとする慈悲の一念が『智慧の眼』を開き、人々の悩みを見抜くことを可能にする」と語っている。"仏の眼"で友を幸福に導く使命をもつ私たちである。自らの目の健康にも配慮していきたい。

☆希望の指針——池田先生の指導に学ぶ 立正安国�
◇大衆とともに新たな時代を
連載「希望の指針——池田先生の指導に学ぶ」では、テーマごとに珠玉の指導・激励を紹介します。今回は小説『新・人間革命』から、「立正安国」(全4回予定)の第3回を掲載します。

【民主主義の要諦】 人々の「健全な魂」の開花が不可欠
〈1962年(昭和37年)2月、山本伸一はギリシャのアテネを訪れた。哲人ソクラテスが投獄されたと伝えられる牢獄の前に立ち、彼を死に追いやった、アテネの「民主主義」について考える。そして、伸一は同行の幹部と、ソクラテスの弟子・プラトンについて語り合う〉

プラトンが生涯を捧げたテーマ——それは、どうすれば、この世に「正義」を実現できるのかという根本的な問題であった。その探究の結論が、「哲人政治」の理想であった。
プラトンは、大著『国家』のなかで、いわゆる"哲人王の統治"こそが、国家と人類に幸福をもたらす「最小限の変革」であると主張したのである。
彼は、政治制度の在り方を分類して、第一を哲人王による王制とし、以下、名誉制、寡頭制、民主制、僭主制の五つを挙げている。民主制は、四番目の低い評価である。
民主制は人類の偉大なる知恵であり、発明である。しかし、それも、民主制を担い立つ人間自身のエゴイズムを制御し、自律する術を知らなければ、本来の民主とは全く異質な"衆愚"に陥りかねないことへの鋭い批判の矢を、プラトンは放ったのである。(中略)
人間の魂が正しく健康でなければ、いかなる制度も正しく機能しない。水は低きに流れる。人間もまた、内なる鍛錬、人格の陶冶がなければ、欲望の重力の赴くままに堕落を免れないのである。
ゆえに、プラトンは、引き続いて「魂の健康」「魂における調和」を考察し、"自己の内なる国制"に目を向けるように促す。
"外なる国制"を正義に適った最良のものにしていこうとするならば、必然的に"内なる国制"の整備を必要とするのである。つまり、「魂の健康」を育む哲学こそが、民主制を支える柱なのである。
プラトンは「哲学者たちが国々において王となって統治するか、あるいは現在王と呼ばれ権力者と呼ばれている人々が、真実にかつ充分に哲学するのでないかぎり」、「国々にとって不幸のやむときはないし、また人類にとっても同様だ」と述べている。(中略)山本伸一は、再び青年たちに語りかけた。
「師のソクラテスのような『正義の人』が、絶対に殺されることのない国家を建設しようと、プラトンは民主制の"落とし穴"を徹底的に解明していった。現代でも、しばしば民主政治に対して"衆愚政治"などという非難があるが、民衆の健全なる魂の開花がなければ、真実の民主はありえない。
結局、民衆を賢く、聡明にし、哲人王にしていくことが、民主主義の画竜点睛であり、それを行っているのが創価学会なんだよ」
(『新・人間革命』第6巻「遠路」の章、114〜117ページ)

☆大学校生とナットクTALK テーマ:相談すること
登場人物
中村区男子部大学校団長 20歳の時に入会。情熱に燃える新進気鋭のリーダー。34歳。
川口ニュー・リーダー 男子部大学校4期生。内気な性格の27歳。路線バスの運転手。

Q.なぜ悩みを話すの?
A.励まし合い 共に成長するため
中村区男子部大学校団長 川口君、お疲れさま! さっきはオンラインの会合ありがとう。ずっと画面がオフになっていたけど、移動中だったかな?

川口ニュー・リーダー あ、すみません。家にいたんですが、今日は聞くだけにしていました。学会の会合って、自分の悩みを赤裸々に話したり相談したりすることがあるじゃないですか。男子部の先輩たちは、普段から「何でも話してね」と言ってくれるのですが、自分はそういうのちょっと苦手で……。

中村 そうだったんだ。話してくれてありがとう。人それぞれだから、無理して会合で悩みを打ち明けなくても大丈夫だよ。悩みによっては、話しにくいこともあるよね。でも、もし自分で抱えきれなくなりそうだったら、信頼できる先輩に、率直に相談してみてほしいな。

川口 なんだか悩みを話すと、迷惑を掛けているようで気が引けます。

中村 迷惑なんてことはないよ。日蓮大聖人は「一切衆生の異の苦を受くるは悉く是れ日蓮一人の苦なるべし」(御書758ページ)と仰せになっている。皆の苦しみを自分の苦しみと捉えていくのが、大聖人の御精神なんだ。川口君に悩みがあれば、僕たちも一緒に悩みと向き合って、その解決を祈っていきたいと思っているよ。

川口 そこまで言ってもらえると心が軽くなります。

中村 御書に「植えた木であっても、強い支柱で支えれば、大風が吹いても倒れない」(1468ページ、通解)とある通り、大聖人は、支え合う善知識の絆が、いかに大切かを教えられている。創価学会の組織は、一人一人が苦難を勝ち越えられるよう互いに励まし、支え合っている団体なんだ。僕も、入会したばかりの頃は随分と先輩に相談に乗ってもらったよ。その場で解決しないこともあったけど、相談したことで「必ず乗り越えよう」と強く決意できたし、祈りも深まっていったよ。

川口 悩みをシェアすることで、前向きな力を出せるのが学会なんですね!

中村 悩みがあるってことは、今の状況を何とかしたいという向上心がある証拠。仏法では「煩悩即菩提」と言って、悩みは、自分が成長して人間革命するための大きなエネルギーと捉えるんだ。

川口 悩みがエネルギーになるなんて、考えたこともありませんでした。

中村 もし、話を聞いてほしいと思ったらいつでも連絡してね! 皆で一緒に成長しよう!

2021年10月7日木曜日

2021.10.07 わが友に贈る

今日という一日を
悔いなく戦い抜こう!
広布と人生の最高峰へ
新たな挑戦と開拓を。
師子奮迅の力で前へ!

四条金吾殿女房御返事 P1135
『又三十三のやくは転じて三十三のさいはひとならせ給うべし、七難即滅七福即生とは是なり、年はわかうなり福はかさなり候べし』

【通解】
三十三の厄はかえって三十三の幸福となるでありましょう。「七難即滅・七福即生」というのはこのことです。年は若くなり、福運は重なっていくことでしょう。

名字の言 宮古島に飛来する渡り鳥・サシバの"タカ柱" 2021年10月7日
秋も深まる10月上旬、沖縄に吹く「新北風」に乗って、タカ科の渡り鳥・サシバが宮古島に飛来する。本州で繁殖した後、島の自然林で羽を休め、東南アジアで越冬する▼集団で長距離を移動するサシバの"タカ柱"を見ることがある。上昇気流を利用して高所から風に乗る方法だ。若いサシバを支えて群れをなし、上昇気流へと導くリーダーを中心に、目的地を目指す▼宮古島に住むある女性部員が未来部の時、1974年に初来島した池田先生と出会いを刻んだ。「一生涯、信心から離れてはいけないよ」。鳳雛たちへの温かな励ましを原点に、宮古島から初めて創価大学へ進んだ夫と共に宮古島広布に励んできた▼30年ほど前、幼かった三男が、股関節の骨が壊死する病に。一家を襲った試練に信心で立ち向かい、完治した三男は夫に続き創大へ進学した。昨年、島の発展に尽くした夫は霊山へ。女性は涙を拭い、師との原点を思い返し、後継の子どもたちと人間革命の道を歩む決意を新たにした▼上昇気流が発生する要因の一つは、吹く風が山に沿って上昇することだ。人生の"上昇気流"もまた、自身が掲げた目標という「山」に挑んでこそ生まれる。わが頂を目指して、きょうも勇気の一歩を踏み出そう。

寸鉄 2021年10月7日
「せめ返し・せめをとし」御書。激戦の時こそ青年が真価を!雄弁の将たれ
福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島が攻勢 先駆とは勇気。勝ち抜け
沖縄が奮闘。わが天地に栄光の虹を!大情熱胸に対話拡大のドラマ綴ろう
勝利島部の日。立正安国は地域友好から。希望の幸福島へ団結固く前進!
"簡単に儲かる"と騙すマルチ商法の被害相談—20代以下6割。鋭く撃退

〈社説〉 2021・10・7 きょう「勝利島部の日」
◇「一人立つ」決意で社会照らす
きょう7日は「勝利島部の日」。1978年のこの日、全国120島の代表が学会本部に集い、開催された第1回離島本部(当時)総会が淵源である。
池田先生は、遠来の友を抱きかかえるように歓迎。「常に島の繁栄を願って、島民のために活躍を」と万感の期待を寄せた。特に「心肝に染めてほしい御文」として、「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし」(御書234ページ)との「開目抄」の一節を拝し、激励した。
離島の友は、師との原点を胸に刻み、その心は、後継の同志にも脈々と受け継がれている。
島の広布の大きな転換点となったのが、本部幹部会の映像を直接届ける「インターネット中継」であった(2006年から順次拡充)。島にいながら、師の姿と温かい声に触れ、友は共戦を誓い、歓喜に沸いた。
大分県の大入島での中継開始は2008年。参加を楽しみにしている友人も多い。その中の一婦人は「世界の人々の幸せを願う池田先生の心に涙しました」と、学会への見方を一変。9年前に入会した。現在、87歳になるが、手押し車を押しながら地区女性部長と共に、喜々として対話に歩く。今や大入島広布の原動力だ。
福岡県の藍島の人口は200人ほど。漁協の役員など地域に信頼を築く同志が多く、学会理解の"先進地域"だ。5・3「創価学会の日」等、記念日の中継行事には友人を招く。さらに、中継や座談会には家族ぐるみでの参加が伝統になっている。昨年は、島育ちの未来っ子が初めて関西創価高校に進学。島の新たな希望が増えた。
池田先生は随筆につづった。
「『離島こそ広宣流布の先駆の天地なり』と。その出発点は、何よりも『一人立つ』ことだ。広布の誓願に燃えた一人がいれば、そこから新たな前進が始まる。正しき法を持った『一人立つ』勇者が、地域社会を明々と照らす希望の灯台となるのだ。これが、『立正安国』の信心の方程式である」
広布の伸展は環境では決まらない。師と心を合わせ、地域の繁栄を願う求道の心と行動が新時代を開く。逆境をはね返す知恵で、オンラインでつながる友も増えた。
「一人立つ」決意で、険難の先駆の道を行く勝利島部の同志の奮闘に学び、わが使命の天地で勝利を開く対話に挑みたい。

☆御書の旭光を 第55回 幸の仏縁広げる対話を
〈御文〉
『法華経は一文・一句なれども耳にふるる者は既に仏になるべき』(四恩抄、936ページ)

〈通解〉
法華経は、一文・一句であっても、耳に触れた人は、すでに仏になるであろう。

〈池田先生が贈る指針〉
たとえ一言でも、妙法に触れれば、成仏という最極の生命の軌道へ導かれる。それほど、仏法を聞かせる功徳は大きい。
縁する一人一人を大切に、勇気と誠実の語らいで希望の仏縁を結ぼう!
立正安国の対話は、現在の社会への大善の貢献であると同時に、未来永遠に自他共の幸福の連帯を築く仏の聖業なのだから。

☆10月度座談会拝読御書 千日尼御前御返事(真実報恩経事)
◇拝読御文
『此の経文は一切経に勝れたり地走る者の王たり師子王のごとし・空飛ぶ者の王たり鷲のごとし、南無阿弥陀仏経等はきじのごとし兎のごとし・鷲につかまれては涙をながし・師子にせめられては腸わたをたつ』(御書全集1310ページ15行目〜17行目、編年体御書1121ページ15行目〜17行目)

◇[池田先生の指針から]苦難は生命を鍛え上げる
「今まで」どうだったかではない。大切なのは、「これから」どうかである。
今まで以上に、強盛な信心を奮い起こすことだ。その人を、ありとあらゆる諸天善神が、必ず守っていく。
「三類の強敵」が現れるのも、「三障四魔」が競い起こるのも、ありとあらゆる苦難は、自分自身の信心を試しているのである。すべて、仏界の生命を開いていくために必要なことなのだ。
ゆえに、いちだんと信心を強めていけば、絶対に乗り越えていける。勝っていける。強盛な信心があるかぎり、乗り越えられない苦難はない。(池田大作先生の指導選集〈中〉『人間革命の実践』)
       ◇ ◇ ◇
阿仏房・千日尼夫妻らは、大聖人が鎌倉に御帰還された後も、佐渡の地で信心を貫き、勇敢に広布の旗を掲げました。そこに、俗衆増上慢、道門増上慢など三類の強敵が出現し、門下の人々が理不尽な非難中傷の礫を浴びたであろうことは想像に難くありません。
その悔し涙を全部、大聖人はご存じであられた。「よしにくまばにくめ」——憎みたい者は憎むがよい、と。大聖人門下であるならば、そんな低次元の感情など見下ろしていけ。くよくよなんかせず、からりと割り切っていきなさいと言われています。(中略)
悪口した人々さえも「毒鼓の縁」で最後は救っていく、広大無辺の大慈悲の仏法です。
何も心配はないのです。何も恐れる必要はないのです。「鉄は炎打てば剣となる」(御書958ページ)ように、一切の苦難は、自身の生命を金剛不壊に鍛え上げ、宿命の鉄鎖を断ち切って人生を自由に遊戯しゆく力を開発する原動力になるのです。(『勝利の経典「御書」に学ぶ』第14巻)

◇不動の信念と 不屈の勇気で
[キーワード�]"人間王者"の誇り
法華経の経文が一切経の中で最も勝れていることを、日蓮大聖人は拝読御文で、陸や空の王者である「師子王」「鷲」に譬えて示されています。
御書に「持たるる法だに第一ならば持つ人随って第一なるべし」(465ページ)とあるように、法華経が最勝の経典であるがゆえに、その法を持つ人もまた、人間の王者ともいうべき尊い存在なのです。
師子王については、大聖人が御書の随所で言及されています。
「師子王の剛弱を嫌わずして大力を出す」(御書992ページ)と仰せの通り、師子王は、いかなる相手であっても常に全力を奮い起こします。相手を侮り、力を出し惜しみすることはありません。
さらに、「師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし」(同957ページ)とあります。常に「今この時」を逃さず、師と同じ師子王の心で、恐れず広宣流布に立ち上がる。その人の胸中に、必ず幸福境涯は開かれるのです。
大聖人は、千日尼に送られた別のお手紙で、「仏法の道理を人に語らむ者をば男女僧尼必ずにくむべし、よしにくまばにくめ」(同1308ページ)と、力強く励まされました。
"憎むなら、憎むがよい! 正義ゆえの悪口罵詈ほど、最高の誉れはない!"——これが、御本仏の烈々たる御確信です。
私たちもまた、強盛な祈りを根本に、不動の信念と不屈の勇気を湧き出して、崇高な使命に生きる"人間王者"の誇りも高く、師と共に堂々と前進していきましょう。

[キーワード�]師恩に報いる時は今
拝読御文の後段では、「報恩」についても述べられています。
日蓮大聖人は"受けがたい人身を受け、値いがたい仏法に値う"ことができた恩徳について、父母の恩では、父は天に、母は大地に譬えられると仰せになり、「悲母の大恩ことに・ほうじがたし」(御書1311ページ)と示されました。
そして、「女人成仏」を通して万人の幸福の道を開いた法華経こそが、末法の一切衆生を救う真実の報恩の教えであると明かし、「悲母の恩を報ぜんために此の経の題目を一切の女人に唱えさせんと願ず」(同1312ページ)との一節をつづられました。
重要なことは、大聖人の御生涯を貫く誓願の本質が、御自身の「悲母の恩」に報じたいという、人間としての率直な心情から出発されているということです。
池田先生は、つづっています。
「恩を知り、恩に報いる。この知恩・報恩の一念に立った時、人間は最も気高く、最も強くなれる」
報恩といっても、特別なことではありません。自分が縁する一人一人を"恩ある人"と大切にし、感謝の心で希望の哲学を語っていく。これが、仏法における知恩・報恩の生き方です。
何より、最高の人生を教えてくれた師匠の大恩に報いていくこと以上の、人生の喜びはありません。
師の心をわが心として、縁する友の幸福を真剣に祈り、地道に仏縁を結び広げていくという、日々の広布の実践の中でこそ、歓喜あふれる無上の報恩の道は輝くのです。

2021年10月6日水曜日

2021.10.06 わが友に贈る

最前線の地区・ブロックが
励ましの電源地だ!
互いの奮闘をたたえ合い
勇気凜々と進みゆこう!
歓喜の渦を幾重にも!

食物三徳御書 P1598
『人に物をほどこせば我が身のたすけとなる、譬へば人のために火をともせば我がまへあきらかなるがごとし、悪をつくるものをやしなへば命をますゆへに気ながし、色をますゆへに眼にひかりあり、力をますゆへにあしはやくてきく、かるがゆへに食をあたへたる人かへりていろもなく気もゆわく力もなきほうをうるなり』

【通解】
人に物を施せば我が身を助けることになる。例えば人のために灯をともしてやれば、自分の前も明るくなるようなものである。悪を為すものに物を施すならば、その悪人は生命力を増すゆえに、生気が長くなり、色を増すゆえに目に光が宿り、悪の力が強くなるために足が早く、手がよくきくようになる。そのために食を施した人はかえって色を失い、生気も弱くなり、力もなくなるという報いを受けるのである。

名字の言 向島に住む広島の夫妻が知った「本当の功徳」 2021年10月6日
イチジクは漢字で「無花果」と書く。だが、実際は"花が無い果実"ではない。私たちが食べる実の内側の赤いつぶつぶ——それが花である。外から見えないだけで確かに咲いている▼仏法では、目に見えない功徳を「冥益」と言う。学会草創の先輩方に話を聞くと、多くの方が述懐していた。地域のために広布へ走る中で「本当の功徳に気が付くことができた」と▼イチジクが"満開"を迎えた瀬戸内海の向島に住む広島の女性部員は10年前、急性骨髄性白血病を発症。入院中、"病を治し、信心の確信をつかもう"と心の中で祈り、夫は折伏に駆けた▼しかし病状は好転せず、弘教も実らなかった。それでも夫妻は、病魔との壮絶な闘いの中で「本当の功徳」を知った。それは、何があっても負けない心を磨き上げたこと。その後、見舞いに来た友人が夫妻の確信に触れて入会。妻は臍帯血移植を経て、4年前に完治を勝ち取った▼あす10月7日は「勝利島部の日」。かつて池田先生は同部の友に"冥益とは、言い換えれば、崩れざる幸福境涯を築くことである"と語った。困難に負けず、悠然と広布に歩み抜く。その生き方の中にこそ、真の信仰は輝く。外からは見えないが、功徳の花は心の中に咲き薫る。

寸鉄 2021年10月6日
「遊行して畏れ無きこと師子王の如く」御書。これ創価の本領。自信満々と
埼玉、茨城、栃木、群馬が渾身の拡大。敢闘精神を燃やして逆転劇を今こそ
神奈川、千葉、山梨に断固勝利の旭日を。正義を語りに語り、せり上がれ!
徳島、香川、愛媛、高知よ攻め勝て!さあ共戦の志で。皆が壁を破る前進を
人間関係は広く深いほど健康に好影響と。地域に友情育む学会活動は王道

〈社説〉 2021・10・6 池田先生の欧州初訪問60周年
◇差異を超える万人尊敬の哲学
池田先生は60年前(1961年)の10月5日、デンマークに到着。西ドイツ(当時)、フランス、イギリスなど欧州9カ国を回る平和旅の第一歩をしるした。
激化する東西冷戦下の最前線ともいえる欧州では、2カ月前に"分断の象徴"である「ベルリンの壁」が築かれ始めたばかりであり、先生はその壁の前にも立った。
先生は後年、この欧州初訪問を振り返り、「ベルリンを訪れ、壁を見つめて、私は欧州と世界の平和を深く祈念し、人類を結ぶ対話を心に期した。世界の知性との対話、対談集の刊行は、ヨーロッパが原点となった」と述懐した。
事実、先生は欧州訪問後、国家や民族、宗教、イデオロギーなどを超えて、各界の識者や指導者との対話の道を切り開いていった。
欧州統合の父クーデンホーフ=カレルギー伯爵(67年初会談)、歴史学者トインビー博士(72年初会談)をはじめ次々と——。世界の知性と発刊した対談集だけでも約80点に及ぶ。
人類を結ぶ対話の潮流を起こした先生の行動の意義は、コロナ禍という未曽有の危機に直面し、世界に、また社会に分断の溝が深まる今、いや増して光り輝く。
アメリカ、韓国、フランスでは7割以上の人々が、自国の社会の分断を感じている(本年3月、公益財団法人新聞通信調査会調べ)。
日本でも、人間関係の希薄化は深刻で、先月発表の内閣府の調査では、全世代(15〜89歳)の約半数が「友人・知人との交流減少に困っている」と答えた。
分断を協調へ、孤独を連帯へと転じゆく確固たる哲学が、今ほど求められている時はないだろう。
仏法では、全ての人に仏性があり、自分も相手も尊極の仏の生命を具えていると説く。
先生は欧州の同志に、折あるごとに"良き市民として社会に貢献を""仲良く朗らかに進もう"と訴えている。
言語や文化の異なる国々が近接し、複雑に絡み合う欧州。隣国同士で戦火を交えた歴史もある。
だからこそ先生は、互いに尊敬し合い、社会を良くするための献身の行動、信頼を築く振る舞いを呼び掛けたのだ。
万人尊敬の仏法の視座に立ち、あらゆる差異を超える対話で人間主義の連帯を広げてきたのである。
私たちも、師の対話を模範として、友と心を結び合う対話の潮流を起こしていきたい。

☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第8回 九州
本年は、「桂冠詩人」の称号が池田先生に贈られてから40周年。連載企画「勇気の舞 凱歌の行進」では、先生がつづった長編詩を紹介します。第8回は、九州の同志に詠んだ「正義の炎 大九州の魂は燃えたり」(2002年)です。

◇苦難の彼方に虹は輝く
正義とは
勝つことである。
そしてまた
幸福とは
勝つことである。

冬は必ず春となる。
君よ
今の苦難の彼方にも
必ずや虹の輝く
栄光満足の時が
待っている。

君よ
断じて諦めるな。
断じて臆するな。
そしてまた
決して前進を忘れるな。
戦いをやめるな!

必ず勝つのだ。
そして
幸福を勝ち取るのだ。
それが
人間の人間としての道だ!

◆◇◆

ああ
いかなる非難の迫害が
あろうとも
「負けんとよ!」
「負けちょられん!」と
聞こえてくる
火の国の
偉大な友の声!

そしてまた
「頑張らんと」
「頑張らんね」
「きばれ!」という
勇ましき青年たちの
覇気と笑顔の声!

さらに
「嬉しかぁ」
「楽しかぁ」
あの肝っ玉の母たちの
女王の微笑み!

「それ よか」
「それ いいっちゃが」
「大丈夫たい!」
「大丈夫くさ!」
頼もしき
九州男児の力強い声!
美しき
九州女子部の朗らかな声!

九州は戦った。
九州は走った。
九州は勝った。
九州には
喜びの連鎖が響きわたった!

◆◇◆

我らは
火の国を愛する。
火の国が大好きだ。
極めて率直に
この歴史的な火の国を
守りたいのだ。

私も
そして
あなたも
九州に生き抜くことを
祝福する。

いかに
孤軍奮闘の時があっても
絶対に
その険難の山を
猛烈な勢いで
乗り越えるのが
九州の生命だ。

☆勝ちゆく君へ 第21回 開拓こそ 若人の使命
◇広宣の華と舞え
わが白蓮グループの友を先頭に、華陽姉妹が「11・18」へ、凜々しく朗らかに進んでいます。広宣の華と舞う女子部に、無量無辺の福徳よ輝けと、妻と題目を送っています。
御聖訓には、「経に云く『世間の法に染まらざること蓮華の水に在るが如し地より而も涌出す』云云、地涌の菩薩の当体蓮華なり」(御書519ページ)と。
濁世の只中で、妙法を唱えゆく皆さんこそ、最も尊く清らかな蓮華の当体なのです。
どんな悩みや苦労も人間革命の滋養に転じて、幸と平和の花を咲かせ切っていけます。
ありのままの生命で明るく胸を張り、希望の対話を社会へ!

◇創意工夫して勇気の連鎖を
青年とは「開拓」の異名です。
65年前の秋、戸田先生は若き私に、関西に続き、中国方面の広布の開拓を託されました。
山口県に3度、足を運び、延べ22日間の短期決戦です。恩師の事業を支えつつの闘争は、時間を創り出す勝負でした。離れていても、友に題目を送り、電話や手紙で励まし続けました。
日蓮大聖人は、「声仏事を為す」(同708ページ)とも、「仏は文字に依って衆生を度し給うなり」(同153ページ)とも仰せです。
今、不二の若人が、心をつなぐ勇気の声を、創意工夫して広げています。さあ、青春凱歌へ、苦難の中で勝利をもぎとる「開拓力」を発揮してくれ給え!
(創価新報2021年9月15日付より)

2021年10月5日火曜日

2021.10.05 わが友に贈る

戦いは勢いで決まる!
これが勝負の鉄則だ。
「但偏に思い切るべし」
自ら誓いし広布の峰へ
堂々たる勇猛精進を!

新尼御前御返事 P907
『御勘気の時千が九百九十九人は堕ちて候』

【通解】
御勘気のとき、千人のうち九百九十九人が退転してしまった。

名字の言 実りの秋。旬の食材で健康に 2021年10月5日
実りの秋が到来した。米農家をはじめ、生産者の皆さんの笑顔輝く時季である。作物を育てる苦労は大きいだけに、喜びもひとしおだろう▼北海道の野菜農家の声が弾んでいた。「豊作は、もちろんうれしい。消費者の皆さんに『おいしい!』と喜んで食べていただくことは、もっとうれしい」▼今ではほとんどの食材が季節に関係なく手に入るが、食べ物には本来、一番おいしく栄養価が高い時季「旬」がある。ジャガイモは春と秋。カボチャは収穫期の夏と、収穫後に追熟させて食べ頃となる秋から冬とされる。旬の食材は、その季節に私たちが必要な栄養をたっぷり含んでいる。旬を知り、体に取り入れることは、先人の知恵である▼日蓮大聖人は、門下からの御供養の品々を書き留めておられる。届けられた品々は、保存の利く米やみそなどを別とすれば旬の食材。疫病等が重なった当時、旬の食材こそが健康の基だったのだろう。まさに「いもは(中略)くすりのごとし」(御書1537ページ)、「いのちは・ともしびのごとし・食はあぶらのごとし」(同1596ページ)▼私たちの食生活は、豊富な食材によって支えられている。改めて生産者の皆さんに心から感謝し、「いただきます」と手を合わせた。

寸鉄 2021年10月5日
仏法は総仕上げのときに勝利できる法—牧口先生 決定した一念で共に前進
中部青年部の日。後継よ創価の全権大使の覚悟で走れ!栄光の"この道"を
「年は・わかうなり福はかさなり」御書。経験豊かな太陽会が動けば波動が
国連の「世界教師デー」。子らの幸福祈り奮闘する教育本部の友に最敬礼!
口だけでは駄目だ。肝腎なのはやることだ—魯迅 誰が働くか?政治を監視

☆四季の励まし ハーバード講演30周年——対話で世界を味方に 2021年9月26日
◇池田先生の言葉
語り合うことは、
学び合うことである。
知り合うことである。
そして、
尊敬し合うことである。
対話は、人類を友とし、
世界を味方にすることだ。

対話の出発点は、
乱れ切った社会への
悲憤である。
苦しみ悩む民衆に
同苦する心である。
この共通の地平に立てば、
いかに差異があっても、
同じ人間として、
真摯な対話が、
いつでも可能なのだ。

仏法の師弟の大誓願である
「広宣流布」には、
その文字の中に、
すでに対話の魂が
込められている。
「広宣」とは
「広く宣べる」との
意味である。
対話の実践がなければ、
広宣流布は
成し遂げられない。

私たちには、
生命の真髄を解明した
仏法がある。
そして、現実の社会に
積極果敢に関わっていく
「立正安国」の
理念と行動がある。
ゆえに誰人に相対しても
萎縮することはない。
毅然と闊達に、
よりよき人生と
社会を開く対話を
繰り広げていくことが
できるのだ。

対話は、何幕もの
劇のようでもある。
火花の散る瞬間があり、
共鳴の音楽が
高鳴る至福の時がある。
生き生きとした対話には、
充実があり、活力が漲る。

さあ、いよいよ
強盛な信心に立ち、
生き生きと
対話に打って出よう!
自他共の幸福のため、
社会と世界のため、
希望の未来のために、
永遠に輝く
常勝の民衆城を
築いていこうではないか!

【写真説明】世界最高峰の知性の学府・米ハーバード大学。招請を受けた池田大作先生は1991年(平成3年)9月26日、「ソフト・パワーの時代と哲学」と題して同大学で講演。調和の時代へ、自己規律の哲学と人間の内発的な力の必要性を訴えた。写真はその訪問の折に収めたケンブリッジの街並み。講演したウィナー講堂は右手前の建物にある。
きょうでハーバード講演から30周年。93年にも2度目の講演を行うなど、先生の海外学術講演は32回に及ぶ。さらに民族や宗教などの差異を超え、各界の識者と交流し、対話の力で平和建設の潮流を起こしてきた。我らも師の闘争に続き、希望の対話を広げたい。

☆勝ちゆく君へ 第20回 地涌の本領を今こそ!
◇師子吼の言論を若き力で
8月24日は、聖教新聞の「創刊原点の日」です。1950年のこの日、戸田先生の事業の窮地の中、師弟で広布の機関紙の構想を語らいました。
最大の逆境で最大の価値創造をと、示し留めた歴史です。
御聖訓に、「師とは師匠授くる所の妙法子とは弟子受くる所の妙法・吼とは師弟共に唱うる所の音声なり」(御書748ページ)と。
妙法流布、立正安国の言論戦は、不二の師弟の師子吼であり、主役は後継の若人なのです。
若き言論の師子は、聖教新聞、創価新報と共に、生命尊厳の哲理を高く掲げていただきたい。民衆に希望と勇気の励ましを、社会に価値創造の英知の光を!

◇真の実力を鍛えゆけ
苦難の時にこそ、勝利の因が刻まれる——学業にも仕事にも通ずる要諦です。
男女学生部の宝友が、尊き研鑽に励んでいます。男子学生部の伝統の教学実力試験も、大成功を祈ります。
人生勝利の骨格を築き上げるのが行学の錬磨です。
御義口伝には、「煩悩の薪を焼いて菩提の慧火現前するなり」(同710ページ)と仰せです。
妙法の祈りは、どんな状況にあっても、前進の智慧を無限に湧き立たせていく力です。
あえて困難な時代に舞うが如く踊り出てきた地涌の菩薩たちが、真の実力を鍛え、本領を発揮する時は今です。
(創価新報2021年8月18日付より)

2021年10月4日月曜日

2021.10.04 わが友に贈る

◇今週のことば
「柱なければ・たもたず」
我らは日本の柱なり。
民衆の声を、正義の声を
いよいよ威風堂々と!
生命尊厳の社会のために。
2021年10月4日

諸法実相抄 P1361
『不思議なる契約なるか、六万恒沙の上首上行等の四菩薩の変化か、さだめてゆへあらん、総じて日蓮が身に当ての法門わたしまいらせ候ぞ、日蓮もしや六万恒沙の地涌の菩薩の眷属にもやあるらん、南無妙法蓮華経と唱へて日本国の男女をみちびかんとおもへばなり、経に云く一名上行乃至唱導之師とは説かれ候はぬか、まことに宿縁のをふところ予が弟子となり給う』

【通解】
日蓮と貴辺とは不思議な契約があるのであろうか。六万恒沙の上首の上行等の四菩薩の変化であろうか。さだめて故あることであろう。総じて日蓮が身にあたる法門を差し上げている。日蓮はあるいは六万恒沙の地涌の菩薩の眷属であるかもしれない。南無妙法蓮華経と唱えて日本国の男女を導かんと思っているがゆえである。法華経従地涌出品第十五には「一名上行乃至唱導之師」と説かれているではないか。あなたにはまことに深い宿縁によって日蓮の弟子となられたのである。

名字の言 「虎の威を借る狐」の淵源となった説話 2021年10月4日
「虎の威を借る狐」は、権勢をもつ者の力に頼って威張る小人物を意味する。中国の史書『戦国策』に、淵源となった説話がある▼虎に捕まった狐が"獣の長者である私を食べてはいけない"と訴える。その証拠として、狐は自分が先に立って歩き、自分の後をついてくるよう虎に提案。獣たちは虎の姿を見て逃げだす。ところが、虎はそれに気付かず"狐を恐れている"と思い込む▼この説話は、虎から見た場合、「正邪を見抜く大切さ」を示しているように思える。他を圧倒するような力を持っていたとしても、虚言にだまされてしまえば、小人物にさえ利用されてしまう▼世間に広まるうそは、必ずと言っていいほど、さも真実らしい姿を装う。正義を広げゆく戦いとは虚言との戦いでもある。あの1956年(昭和31年)の「大阪の戦い」でも、"創価の真実を知ってもらいたい"との熱情が、学会に対する誤解と偏見を共感へと変えていった▼池田先生は「敵に対しては、『一』言われたら『十』言い返す。いな、『百』言い返す。正義の怒りをもって、言い切り、責め抜くことが大切である」と。真実の太陽が昇れば、詭弁は霧のように消え去る。師子王の心を燃やし、凱歌の秋を走り抜きたい。

寸鉄 2021年10月4日
創価の連帯が広がれば良い社会が築けると確信—識者。対話へ自信満々と
「出かけよう、道は僕らの前にある」詩人。躍進誓う10月!友のもとへ勇んで
東京富士美のエジプト展好評。古代人の心と文化に迫る浪漫溢れる作品群
国連世界宇宙週間。妙法は宇宙の根源の法則。朝の勤行から勝利の律動を
ネット通販巡る相談件数急増と。契約内容をよく確認。落とし穴を見抜け

〈社説〉2021・10・4 長編詩「母」——発表から50年
◇なんと不思議な豊富な力か
♪母よ あなたは なんと不思議な 豊富な力を もっているのか
池田先生が作詞した「母」の歌が誕生して、本年で45年。その基となった長編詩「母」が、大阪で行われた関西婦人部幹部会(1971年10月4日)で発表されて50年の佳節を迎えた。
「『母』の歌を聴くと、心が洗われ、限りなく温かい気持ちになります」——母を称えた歌詞は現在、諸言語に翻訳され、国境を超えて人々に愛唱されている。
作家の井上靖氏は"母が持つ愛の無限の深さ、強さ、広さ、美しさを称える詩に心打たれます"と語り、タイのある文化大臣は"どの国に、こんなに素晴らしい母の讃歌があるでしょうか。日本の方がうらやましい"と述べている。
かつて学会青年部の訪中団が、北京の人民大会堂で「母」の歌のメロディーを響かせた。その場にいた来賓の林麗?氏(池田先生と周恩来総理の会見の通訳)は、何度もうなずきながら歌に聴き入り、その瞳は涙であふれていた。
インドのソニア・ガンジー氏は、夫のラジブ・ガンジー首相が爆弾テロで命を落として9カ月後、自宅に池田先生ご夫妻を迎えた。
先生は、「母は太陽です。太陽は輝いてこそ太陽です」「前へ、また前へと進んでください」「一番、悲しかった人が、一番、晴れやかに輝く人です。悲しみの深かった分だけ、大きな幸福の朝が来るのです」と言いながら、「母」の曲のオルゴールを贈った。
後にソニア氏は、「オルゴールが大好きで、毎日、聴いていました」と語っている。
池田先生は歌に込めた思いを、次のようにつづっている。「長編詩『母』を歌にと考えたのも、けなげな庶民の母たちが、世界の人々の幸せと平和を祈り、日夜、献身的に行動しておられることへの感謝の思いからである」と。
聡明な励ましの声。快活な笑顔。全ての生命を守り慈しむ母ありて、私たちは「今」を生きている。母への感謝の思いこそ、人間の善性を目覚めさせ、結び付ける普遍的な力といえよう。
御書には、「百千万年くらき所にも燈を入れぬればあかくなる」(1403ページ)とある。コロナ禍の中にあって、人生の真の豊かさや生きがいが問い直される今、友の幸せを祈り、わが身を惜しまず行動する、創価の女性の連帯こそ、社会の希望の光である。

☆ストーリーズ 師弟が紡ぐ広布史 第12回 阪神・淡路大震災
◇フル回転した真心のネットワーク
ハワイ大学の平和研究所と学術機関「東西センター」の招聘を受け、1995年1月21日、池田大作先生は日本からハワイへ旅立つ予定だった。
世界青年平和文化祭、SGI(創価学会インタナショナル)総会など、重要行事が控えていた。
その4日前——1月17日の午前5時46分、阪神・淡路大震災が起こった。先生は、ハワイの全行程のキャンセルも考えた。
しかし、1月26日には、ハワイ大学の訪問と東西センターの講演が予定されていた。先生の訪問に合わせ、欧州やアジアの大学関係者が集うことになっていた。
変更できるスケジュールは、全て変更した。あと1日、もう1日と出発を延期し、先生は救援活動への激励に全力を注いだ。

震災が発生した17日の午前7時半ごろ、学会本部では先生の言葉が徹底された。——全力で救援を。考えつく、全てのことを。
同8時、東京と関西の両方に災害対策本部が設置。同9時、東西の対策本部に、ドクター部、白樺会・白樺グループによる「救急医療班」が結成された。
先生からのお見舞いが逐次、被災された方々に伝えられた。先生はさらに、関西へ伝言を送った。
「リーダーが滅入ってはいけない。社会の現象なんだから負けてはいけない」
「最善を尽くし、何でもしてあげてください」
時間の経過とともに、被害の全容が明らかになっていく。その甚大さに、多くの人が気を落とす中、関西の同志は心を奮い立たせ、救援活動に走った。
当時、学会の会館がなかった兵庫区。個人会場が災害対策本部になった。家主は、近くの電柱に「創価学会救援本部」との張り紙をした。午前11時には、その救援本部に、三田市の同志から大量のおにぎりが届いた。
午後10時ごろ、救援物資を乗せた艀が大阪港を出発した。艀は、停泊中の船と陸の間を、乗客や貨物を乗せて運ぶ小舟である。問い合わせた船舶会社の船は全て出払っており、艀をチャーターすることになった。
大阪港文化会館に集まった大量の物資を、壮年・男子部が5時間かけて積み込んだ。数十人のメンバーが、そのまま艀に乗った。午後11時半、神戸港に到着。物資を降ろし、大阪港に戻ると、時計の針は午前4時を回っていた。
"川を越えたら一切、愚痴は言うな"——尼崎の青年部は、それを合言葉に、尼崎から兵庫県東部を流れる武庫川を越え、神戸の被災地へ向かった。
先生がハワイへ出発したのは、1月25日の深夜。その折、「子どもたちの教育は、不自由していないだろうか」と。関西の対策本部は即座に反応し、兵庫県や神戸市に教育用品を寄贈した。
ハワイに到着した先生は26日、東西センターで講演。翌27日、アメリカ最高会議で、関西への思いを語った。
「わが偉大なる関西の友は、自分のことをさしおいてまで、人々のもとに足を運び、激励を続けている」
「人の面倒をみた人、友を励まし続けた人。その人には、だれもかなわない」

ハワイ訪問4日目となる1995年1月28日、世界青年平和文化祭が行われた。
創価合唱団が「ポリネシアンメドレー」を歌い終わると、舞台は関西吹奏楽団に移った。1曲目は「南太平洋メドレー」。2曲目に入ると、関西の交流団が立ち上がった。関西の愛唱歌「常勝の空」の演奏が始まった。

♪今再びの 陣列に
 君と我とは 久遠より……

関西吹奏楽団と交流団のメンバーは、池田先生の方を向いた。先生は白い帽子を何度も、力強く回した。師の姿は、関西の友にとって、"関西、負けるな!"とのエールにほかならなかった。
阪神・淡路大震災が発生した1月17日から22日までの6日間で、学会は22万本の飲料水、65万個のおにぎり、50万個のパンを用意した。毛布7万5千枚、紙おむつ4万人分、粉ミルク5500缶、医療品2万5千箱なども準備した。
これらの物資を、ヘリコプターやチャーター船、トラック、バイクなどで輸送した。都市機能が停止する中、「陸」「海」「空」と、あらゆる方向から迅速な救援活動を展開した。
震災時、兵庫県知事を務めていた故・貝原俊民氏。生前、「私がいた知事公舎に、午前6時15分頃だったか、一番早く駆け付けたのは、地元の学会壮年部の方だった。私のことまで心配していただいていることに感激しました」との証言を残している。
信仰の有無など関係ない。同じ人間として、苦難にある人に救援の手を差し伸べる——関西の友の救援活動は、池田先生の心そのものだった。

95年2月2日、聖教新聞で連載中だった小説『新・人間革命』第3巻「仏法西還」の章で、山本伸一が仏法の生死観を語る場面が描かれ始めた。
4日付では、「広布のために、仏の使いとして行動し抜いた人は、いかなる状況のなかで亡くなったとしても、恐怖と苦悩の底に沈み、地獄の苦を受けることは絶対にない」と。
2月2日、ハワイでの諸行事を終えた先生は、関西へ。4日、関西文化会館で行われた追善勤行法要。先生は、「悪い象に殺された場合は地獄等には堕ちない。悪知識に殺された場合は地獄等に堕ちる」との経文を通し、「震災等で亡くなられた場合も、悪象による場合と同じく、絶対に地獄に堕ちない」と訴えた。
法要での師の励まし、小説に記された仏法の生死観は、関西の友の胸中に、大きな希望をともした。

震災時、救急病院の看護師だった婦人。子どもたちを神戸講堂に避難させると、自らは病院へ向かった。"野戦病院"の様相を呈する状況の中で、看護に当たった。
次々に襲い掛かる死の現実。心が押しつぶされそうになりながら、不眠不休で患者に寄り添い続けた。
震災後、家族を故郷の宮崎に帰した。大変な時だからこそ、子どもたちと一緒にいたい。でも、患者のそばを離れるわけにはいかない。身が裂かれるようだった。
"母親の私のことをどう思っているだろう"。不安が残った。震災から半年後、長女が書いた七夕の短冊に、婦人は目頭を熱くした。
——大きくなったら、お母さんのような看護師になりたい。
患者に尽くす「白樺の心」は、子どもたちに伝わっていた。後年、長女は看護師に。長男は創価大学に学び、広布後継の道を歩む。次女は創価大学を卒業後、看護学校へ。現在、看護師として奮闘を重ねる。三女は関西創価高校で向学の青春を謳歌している。

95年10月17日、「SGI総会」「21世紀兵庫希望総会」が、兵庫池田文化会館で晴れやかに開催された。
このSGI総会は2日間にわたって行われ、被爆50年の広島の地で開催される予定だった。
それが、1日目は広島で、2日目は兵庫で開かれることに。池田先生の提案だった。
震災から9カ月、神戸の街にはまだ、がれきの粉塵が飛び、復興は緒に就いたばかりだった。先生は語った。
「まだ車の渋滞がひどいのもわかっている。総会の運営も大変だ。しかし、懸命に立ち上がろうとしている、その神戸の地でやることに意味があるんだ」
兵庫のリーダーは、SGI総会に合わせ、「21世紀 兵庫総会」の開催を企画した。先生は、「総会に『希望』の二文字を加えようよ」と提案を重ねた。
震災から2カ月後、兵庫での座談会は、「希望座談会」との名称で行われた。兵庫の友は「希望」を語り合い、「希望」の力を持って、復興に立ち上がったのである。だからこそ、総会に「希望」の二文字が入ることは、何よりの喜びだった。
17日の総会で、先生は強調した。
「希望が力である。希望は『勇気』と『知恵』から生まれる。『知識』だけからは生まれない。そして信心とは『無限の希望』を生む知恵である。『永遠の希望』を生む知恵である」

「湊川はどっち?」
長田文化会館に駆け付けた友に、池田先生は尋ねた。2000年2月29日のことである。
南北朝時代の武将・楠木正成と正行。親子の別れを描いた歌"大楠公"を、戸田先生はこよなく愛した。「父は兵庫に赴かん」(落合直文作詞)——父・正成が最期を遂げた戦が、「湊川の合戦」だった。
湊川の方向を確認すると、ピアノで"大楠公"を弾いた。会館には、地元のメンバーが次々と集まってきていた。皆で勤行した後、先生は語った。
「よくここまで復興されました。しかし、まだまだ、これからが大変でしょう。私も応援を続けます。一生涯、お題目を送ります。亡くなられた同志も、家族も、必ず広宣流布の陣列に元気に戻ってくることを確信してください」
「どうか朗らかに! 朗らかな人には、誰もかなわない。そして忍耐をもって生き抜いていただきたい。一緒に人生を生きましょう! お元気で! 日本一の長田区です」
その場にいた長田区の壮年。震災の時、自宅が全壊した。生き埋めの中、夫婦で「常勝の空」を歌い、死の恐怖と戦った。
震災発生から2時間ほどの後、知人が助け出してくれた。壮年はすぐに、長田文化会館へ。会館の状況を確認すると、近隣の人たちの救助に走った。
震災後、7回転居した。思い通りにいかない現実。じっと耐え、復興の歩みを続けてきた。
壮年は少人数の語らいを大切にした。被災した一人一人の状況は異なるからだ。現在のコロナ禍でも、目の前の一人に、共に広布に立ち上がることを呼び掛ける。
「『日本一の長田区』との先生の万感の思いに、生涯、応え続けていきます」。壮年は力を込めた。

戦後最大の都市直下型地震。多くの建物が崩れる中で、決して壊れないものがあった。
励まし合い、支え合う「人間の絆」である。
"負けたらあかん!"との「不屈の魂」である。
先生は関西の友の貢献をたたえている。
「組織があったから動いたのではない。苦しんでいる方々の痛みを共にし、行動せずにはいられぬ『同苦の心』が、同志の胸に燃えていたからこそ、真心のネットワークがフル回転で働いたのだ」

2021年10月3日日曜日

2021.10.03 わが友に贈る

「竹の節を一つ破ぬれば
余の節亦破るるが如し」
限界突破の一人がいれば
その波動は千波万波と!
これが広布の方程式だ。

開目抄下 P223
『当世日本国に第一に富める者は日蓮なるべし命は法華経にたてまつり名をば後代に留べし』

【通解】
当世日本国に第一に富める者は日蓮である。命は無上最大の法華経に奉り、名をば後代に留めるのである。

名字の言 子守歌は親から継いだ「愛情の調べ」 2021年10月3日
数年前、公園で子連れの母たちが談笑中、一人が言った。「私が幼い頃に母から聞かされた子守歌を歌うと、この子、寝付きがいいの」。他の母も同じような経験があるのか、うなずいていた▼わが子を揺らして歌う時、"母もこうしてくれた"と感謝が湧く。その心こもる歌に、子は安心して眠る。子守歌は親から継いだ「愛情の調べ」——母たちの会話に思った▼ある女性部員は幼少期に両親が離婚し、母に育てられた。後年、彼女は幸せな結婚をし、4児の母に。だが、夫が病で急逝した。"どうやって生きていけば……"。苦悩は深かった▼唱題する中、自分を信心に導いてくれた亡き母が脳裏に浮かんだ。"母のように強盛な信心で、私も幸福の人生を築いてみせる"と誓った。以来、一切の苦難を必死の祈りではね返した。現在、立派に成人した子どもたちが思い出話をすると決まって出る言葉がある。「母の題目が子守歌だった」——彼女の信心と愛情が、子を守り抜いたという"証言"であろう▼池田先生は「正しい信念を、正しい哲学を、正しい信仰を脈々と継承していく——そこにこそ、人間の最も崇高な永遠性の劇がある」と。子は、親が貫いた"負けじ魂の信心"を最高の宝として受け継ぐ。

寸鉄 2021年10月3日
最も大変なことに真っ先に挑戦せよ—戸田先生。勇気の拡大劇を「私」から
北海道の大空知、留萌、サロベツの友が大奮戦!連戦連勝へ押し上げ皆で
東京の北、足立、豊島、板橋よ師子となって走りゆけ!本陣に凱歌を必ず
広島戸田総県よ頑張れ。開拓魂の本領発揮の時!総力挙げて歴史的金星を
東西ドイツの統一の日。分断の壁破った民衆の力—我らも心結ぶ交流益々

☆いのちの賛歌 心に刻む一節 桜梅桃李の輝き 2021年9月21日
テーマ:桜梅桃李の輝き
企画「いのちの賛歌 心に刻む一節」では、御聖訓を胸に、宿命に立ち向かってきた創価学会員の体験を紹介するとともに、池田先生の指導を掲載する。今回は「桜梅桃李の輝き」をテーマに、佐賀県の母と娘に話を聞いた。

◇御文
『設ひ・いかなる・わづらはしき事ありとも夢になして只法華経の事のみさはくらせ給うべし』(兄弟抄、御書1088ページ)

◇通解
たとえ、どんな煩わしい苦難があっても、夢の中のこととして、ただ法華経のことだけを思っていきなさい。

◇使命のない人などいない
娘が教えてくれた信心
"3歳になったのに、言葉が出てこない"。西川節子さん=佐賀・吉野ケ里平和圏女性部総合長=は悩み、苦しんだ末に、長女・郁美さん=女子地区リーダー=を連れて病院へ。医師に「発達障がい」による言葉の遅れと告げられた。
      ◇
「当時はまだ、『発達障がい』など一般に知られておらず、ただただショックだったのを覚えています」
1977年(昭和52年)3月、西川さんは夫・義憲さん(68)=副支部長=と結婚し、学会に入会。第1子を出産するも、生後すぐに亡くした。郁美さんは、その2年後にやっと授かった娘だった。
郁美さんはその後、小学校に上がっても、いくつかの単語しか話せなかった。小学校側から「特殊学級(当時)に」との話もあったが、西川さんは断ったという。
「"普通学級で学ばせてあげたい"という思いもそうですが、どこか"周りの目"を気にしている自分もいて」
結局、郁美さんは4年生から特殊学級に通うことになった。
"娘は娘"。頭では分かっていても、無意識に同年代の子とわが子を比べてしまう。そんな自分に嫌気が差し、信心にも積極的になれなかった西川さん。
誰にも相談できずにいた悩みを、ようやく、当時の支部婦人部長に打ち明けた。「なんで私ばかり、こんな思いをするんですか?」
支部婦人部長のまなざしは、温かかった。
「使命のない人などいない。郁美ちゃんは、お母さんに信心を教えるために生まれてきたの。あなたの宝物なのよ」
宝物——その一言が胸に突き刺さった。"世間体ばかり気にしていた私は、なんて情けない母親だったんだろう"。涙で相手の笑顔がかすんだ。
「郁美を幸せにするためにも、信心で私自身が変わろうって思えたんです」
この頃、郁美さんが、学校でうまく話せないことを冷やかされるような、いじめを受けていることを知った。
心が押しつぶされそうな中、巡り合った御聖訓が「設ひ・いかなる・わづらはしき事ありとも夢になして」(御書1088ページ)の一節だった。
"どんな苦悩も、仏法の眼から見れば夢のようなもの。信心で必ず乗り越えられる!"。その確信を胸に、娘と共に毎日、祈りを合わせた。
郁美さんは、「何があっても笑顔でいようって、自分に言い聞かせていたんです」と振り返る。やがて郁美さんは、教員の熱心な関わりで、少しずつ話せる言葉が増えていった。そうした様子を見てきた他の保護者が、西川さんに「どうしたら、郁美ちゃんのような明るい子に育つの?」と相談してきたこともあった。
小学校を卒業した郁美さんは、地元中学校の特殊学級で学ぶようになる。しかし、いじめは中学校でもなくならなかった。西川さんは「娘のことを理解してもらえない。これがつらかった」と話す。母と娘の、悩みの日々が続いた。それでも、「親身になってくれる特殊学級の先生がいたおかげで、郁美は一日も休まず通い続けることができました」。
その後、郁美さんは猛勉強の末、福岡県内の私立高校に進学。この頃になると、会話の困難さは、ほとんどなくなり、いい友人にも恵まれたという。
充実した高校生活を送り、皆勤賞で卒業した郁美さんは、地元企業に就職。気付けば、会話で困るようなことはなくなっていた。
郁美さんが20歳の時には、対話を重ねてきた友人が「あなたのように明るくなりたい」と、自ら進んで入会した。この時、西川さんをはじめ、触発された弟妹も次々と弘教を実らせた。
西川さんは話す。
「その人にしか果たせない使命が必ずある。そのことを、私たち家族は郁美から教わったんです。郁美の姿が誰かの希望になるなんて、親として、これほどうれしいことはありません」
郁美さんは「たくさん悩み、いじめも経験しました。でも、だからこそ、悩んでいる人には"寄り添いたい"と思える自分になれたのかな」と、笑顔を見せる。
「只法華経の事のみさはくらせ給うべし」(同ページ)——日蓮大聖人は「兄弟抄」で、苦境に直面した門下たちに、"妙法と共に、広宣流布に生き抜いていくのだ"と激励された。
どんなに「わづらはしき事」(同ページ)も、信心を根本にした生き方を貫く中で、全て境涯革命への糧にしていける。そして、広布の大願に生き抜く人は、必ず人生を大きく開いていくことができる。西川さん親子は御聖訓を拝し、その確信を心に強く刻む。
池田先生は語っている。
「桜は桜のままに咲き、自らの使命に生きている。梅も、桃も、李もそうだ。われわれ一人一人の人間も同じでなくてはならない。
一人一人が個性をもっている。また人格をもち、尊い生命をもった存在である。ゆえに、あくまでも自分らしく、主体性をもって生きていけばよいのである。
自分にしかない使命、生き方があるものだ。あの人のようでなければならないということはないのである。(中略)
信心の眼より見れば、自分自身のこの世に生まれた使命と、それぞれの因縁があるといってよい。それを、それぞれ心から楽しく自覚できるのが、この妙法である。
妙法の信心の力によって自分のなかにある仏界を涌現させていくことが、人生にとって根本の幸せなのである」(池田大作先生の指導選集〈上〉『幸福への指針』)
大聖人は「兄弟抄」で、苦難に立ち向かう門下を「未来までの・ものがたりなに事か・これにすぎ候べき」(同1086ページ)と称賛された。何があっても"負けない"挑戦の姿こそ、皆に勇気を与え続けるドラマと輝くのだ。

[教学コンパス]
日本社会に根強いとされる、横並びを強制するような「同調圧力」。長期化するコロナ禍により、協調性が求められる場面が増え、日常の中でも、さまざまな息苦しさを感じる人は多いのではないだろうか。わずかな差異をも認めず、人を安易に鋳型にはめ込もうとするような「不寛容なまなざし」のまん延は、自分とは異なる人を簡単に排除する風潮を生みかねない。多様な人の活躍を阻む社会は、結果として、個々人の「生きにくさ」をますます強めていってしまうだろう。
本来、人は誰一人として同じではない。誰もが、その人にしか果たせない使命を持った「かけがえのない一人」である。それを、「御義口伝」では「桜梅桃李」と表した。釈尊の教えの精髄である「法華経」で示されているのも、自身の「かけがえのなさ」に目覚めた人が、一人また一人と広がることで「自他共の尊厳が輝く世界」が築かれていく民衆のドラマであるともいえる。人生劇場の主人公は「私」である!——こう深く心を定めた人は、負けない。

2021年10月2日土曜日

2021.10.02 わが友に贈る

さあ「対話の秋」本番。
わが人間革命のため
自他共の幸福のため
励ましを広げよう!
友好の大いなる実りを!

法華初心成仏抄 P550
『人既にひがみ法も実にしるしなく仏神の威験もましまさず今生後生の祈りも叶はず、かからん時はたよりを得て天魔波旬乱れ入り国土常に飢渇して天下も疫癘し他国侵逼難自界叛逆難とて我が国に軍合戦常にありて、後には他国より兵どもをそひ来りて此の国を責むべしと見えたり』

【通解】
人の心は既に僻み、経法も実に効力がなく、仏神の威力もなくなり、今生後生の祈りもかなわない。
このような時は、天魔・波旬が乱れ入り、国土は常に飢饉となり、天下には疫病が流行し、他国侵逼難・自界叛逆難といって我が国に合戦が絶えず、後には他国から兵士が襲ってきてこの国を責めるであろうことが明白である。

名字の言 世界文化遺産の縄文遺跡群から学べること 2021年10月2日
ユネスコの世界文化遺産に登録された北海道・北東北の縄文遺跡群。津軽海峡を挟み、この地域は、同一の文化圏を形成していた▼縄文時代は日本独自の時代区分。世界でも珍しい「採集・漁労・狩猟」による人間の定住の中で、墓や土偶など精緻で複雑な精神文化が生まれた。その間、約1万年は戦争が起きなかったといわれる▼私たちの周囲にはモノがあふれ、縄文時代とは比較にならないほど、暮らしは便利だ。だが、縄文遺跡群から学べることは数多くある。その一つが「持続可能性」。函館市の「垣ノ島遺跡」からは世界最古の漆器が出土した。一本の木から少量しか採れない漆の特性を知り、数年先を見越しながら、自らの生活に必要な樹液だけを採取していた▼際限なき消費は生態系のバランスに影響を及ぼす。現在の感染症や気候変動も、その均衡が崩れたことに起因する。昔の生活に戻ることが解決策にはならないとしても、過去に学び、未来を見据え、自らの生活に本当に必要なのかを問う——そうした、生き方の転換が迫られていよう▼縄文時代の人々は、自分と環境が結び付いていると捉えていたという。持続可能な社会へ、この生命共生の心こそ、次代に受け継ぎたい遺産である。

寸鉄 2021年10月2日
世界平和の日。一閻浮提広布は創価の師弟が実現 地球結ぶ民衆の連帯燦然
大阪、兵庫、京都、奈良、和歌山、滋賀よ時は今!常勝の炎燃やし師子吼を
神奈川、千葉、山梨から正義の音声を満天下に!直結の同志の責務は勝利
一人立つ勇敢な挑戦から地区に歓喜のうねりが!「一は万が母」と御書に
政治は何を言ったかより何をやったかだ。公明よ豊富な実績を堂々と語れ

〈社説〉 2021・10・2 「箱根すすき祭り」から50年
◇真心の振る舞いで地域に信頼を
秋の陽光を浴びて、箱根のススキも黄金色に輝き始めた。
桂冠詩人・池田先生はうたった。
「芒は/親子二人きりではない。/大勢の子どもがいる/大勢の親戚がいる。/大勢の友だちと/笑い 語りあう姿は/弱々しいようであっても/芯は/いかなる大木よりも/強いのだ」——。
あす10月3日は、箱根研修所(現・神奈川研修道場)で第1回「箱根すすき祭り」が開催されて、50年の節目を刻む。
1971年、地域に信頼を広げる集いをとの先生の提案を受け、神奈川では「三崎カーニバル」や「鎌倉祭り」といった地域友好行事が行われた。そうした中、同年10月3日に「箱根すすき祭り」が開かれたのである。
祭りには、箱根、小田原、静岡県・熱海の学会員と友人ら約2000人が参加。模擬店が並び、舞台では合唱や演奏、踊りなどが披露された。地域の友と、笑いの絶えない、心通い合うひととき。先生は会場を歩き、一人一人に声を掛けていった。その振る舞いに、学会への理解は大きく広がった。
地域友好の原点「10・3」は「箱根の日」となり、師の精神は今も脈々と、同志の胸に流れ通う。
当時、池田先生の前で、太鼓の演奏を披露した壮年が会長を務める「箱根太鼓振興会」には、壮年・男子部員が所属。地域行事や宿泊施設でのイベントなどで演奏を披露し、町の振興に貢献している。
国内はもとより、世界各地から観光客が訪れる箱根は、コロナ禍によって大きな打撃を受けた。箱根のホテルで働く男子部の部長は、大変な時こそ、創価の青年の底力を示す時と、唱題と勇気の対話拡大に率先して挑戦。誠実な仕事に徹し抜き、資格取得の勉強などにも励み、職場での信頼を大きく広げた。
箱根は、仕事などの関係から、住民の転出入が多い。だからこそ、一期一会の思いで友と語る。全国・世界に広がった"箱根同志"の絆は強く、互いに離れた地にいても励ましを送り合う。かつて先生が「『箱根は世界の同志のオアシス』を合言葉に」と期待を寄せた通りの姿を示している。
「生命力」や「心が通じる」との花言葉があるススキ。輝く姿で周囲を照らす箱根の友にならい、あふれる生命力と、友を包む真心の対話で、わが地域に信頼の輪を大きく広げていきたい。

☆随筆「人間革命」光あれ わが胸に燃やせ開拓魂 2021年9月23日
◇立正安国へ平和と幸福の潮を!
秋の「彼岸」に際し、崇高な広宣流布への途上で逝去された同志とご家族へ、懇ろに追善回向をさせていただいております。
さらに、コロナ禍の中で亡くなられた全ての方々に心から題目を送ります。
そしてまた、この災厄の終息と、全同志の健康無事を懸命に祈っております。
御義口伝には、「南無妙法蓮華経と唱え奉る時・題目の光無間に至りて即身成仏せしむ」(御書七一二ページ)と仰せです。
私たちは、三世永遠を照らす妙法の慈光で、二十一世紀の地球と人類を、より明るく温かく包んでいきたいと思うのであります。

◇宗教の使命とは
本年は、先師・牧口常三郎先生の大著『創価教育学体系』の第二巻『価値論』の発刊九十年に当たる。
先生は、同書で「人を救い世を救う」ことに、宗教が社会に存立する意義があると、明晰に指摘された。
ゆえに、思想の動揺、生活の不安にある末法の現代において、「立正安国」という民衆救済と平和創出を掲げた日蓮仏法こそが、一宗一派を超えて人間の踏むべき道を正しく開いていくのだと宣言されている。
先生は、この『価値論』を発刊した年の夏には、縁深き北海道を訪れ、札幌や岩見沢で、郷土教育について講演もされている。新渡戸稲造ら知識人との交流も地道に続けておられた。
相手の信条や立場など関係なく、自ら動いて友情を広げ、価値創造の連帯を結ばれた。そして、不二の弟子・戸田城聖先生と共に、「立正安国」へ具体的な行動を起こしゆく創価の組織の土台を築かれたのである。

◇常勝関西の初陣
先師と恩師が率先して示されたように、地道な開拓こそ、勝利への王道である。そして、わが学会の常勝の前進は、最前線の尊き一つ一つの地区から生まれる。
一九五六年(昭和三十一年)、あの「大阪の戦い」も、年頭の異体同心の地区部長会から始まった。
私たちは「大法興隆所願成就」の関西常住の御本尊の前で御聖訓を拝した。
「何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり」(同一一三二ページ)
この御文の如く、大聖人正統の弟子として、我らは祈りをそろえて、不可能を可能にする道を豁然と開こうと誓い合ったのである。
関西の地区部長、地区担当員(現在の地区女性部長)たちは、一念を私の一念に合わせて脈動させ、跳躍し、共に険路を越えてくれた。
法華経二十八品の最後に普賢菩薩は誓いを立てる。
すなわち、「法華経の行者の苦しみを除き、安穏ならしめ、魔や魔民が付け入らないように護ります」。「大いに歓喜して精進できるよう励まします」。さらに、「法華経を全世界に流布し、決して断絶させません」等と。
御本仏から「其の国の仏法は貴辺にまか(任)せたてまつり候ぞ」(同一四六七ページ)と託された使命の天地で、この普賢の誓いを遂行するリーダーこそ、地区部長、地区女性部長なのだ。
「"まさか"が実現」の関西の初陣は、まぎれもなく全地区の凱歌であった。

◇偉大な志に立つ
大阪の戦いに続く同年九月、恩師・戸田先生から、私は「山口開拓指導」の総責任者に任じられた。
当時、私は日記に記した。
「義経の如く、晋作の如く戦うか。歴史に残る法戦」
源義経も、高杉晋作も、"世の中狭し"と時代を乱舞し、各地にその勇名を馳せた。義経は"我を手本とせよ"と兵庫の鵯越の坂を駆け、讃岐の屋島へ、長門の壇ノ浦へと追撃した。
一方、高杉晋作は幕末の長州で、維新回天の大業を開いた。その祖先は安芸国高田郡(現在の広島県安芸高田市)に居を構え、後に毛利氏に仕えた戦国武将とされる。「高杉」の名を冠した城跡もある。
さて、幕末乱世、晋作が二十一歳の時に転機が訪れる。敬愛する師の吉田松陰が処刑されたのである。
弟子は師匠の無念を晴らさんと立ち上がる。そのための開拓が、各地の志士と心を結ぶことだった。翌年、故郷の萩を起点に、大阪、堺へ、関東、信越、北陸へと駆け巡った。
「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し」との縦横無尽の行動は、短日月に歴史回天の礎を築くのだ。
晋作が自らに課したのは"困ったと言わないこと"である。「いかなる難局に処しても、必ず、窮すれば通ずで、どうにかなる」との確信に立っていた。
晋作が結成した「奇兵隊」の隊士となる条件は、身分でも経歴でもない。志があるか否かであった。 
「志」——これこそ、山口開拓指導に携わった同志に共通する自発の力である。
恩師は言われた。
「学会は日本の潮である。平和と幸福の潮である。この潮を、全世界の潮流として、地上に理想の社会をつくっていこうではないか」
この大理想を実現するのだと、友は山口に駆けつけてくれた。東京、関東、関西、岡山・広島など中国はもとより、北海道、東北、東海道、中部、さらに九州、四国からも、広布の志に燃え、困難を突き抜けて開拓の対話に挑んだのである。
思うように拡大が進まないと悩むリーダーたちとは「必ずできる。我らは民衆を救うために来た地涌の菩薩ではないか」と自負し合い、一緒に壁を破っていった。
この年(一九五六年)の十月から翌年一月までに三度、延べ二十二日間の戦いで、山口の世帯数は約十倍に飛躍し、新たな地区が澎湃と誕生したのである。

◇縁した「一人」と
なぜ、この短期決戦に勝てたのか。それは、どこまでも「一人を大切に」したからに他ならない。
戸田先生は当時、幾度となく語られていた。
「たった一人でも聞いてくれる者がある。一人の人に会えばよい」
人数ではない。一対一の対話を大事にして、縁した「一人」と心を通わせることが、一切の原点である。
そして一人の顔が見える座談会こそ学会の縮図であり、地区は励ましのネットワークの中心基地である。地域に友情と信頼を広げる民衆の城であり、桜梅桃李の和楽の園なのだ。
地区こそ霊山の一会なり——私は、大切な座談会を希望と活力の会座にと、若き日から先駆した。
ある時は、東京・足立区高野町(現在の江北四丁目)で行われた座談会に伺った。青年が育っていることを心から喜ぶ支部長の姿は、目に焼き付いて離れない。
北区東十条の北会館(当時)での地区座談会のことも蘇る。新来の友人たちも入会を決意された。
皆、愛する地元への貢献を一段と強めていかれた。現在も、地域の商店街などが大いに栄えていると伺い、嬉しい限りである。
沖縄の同志が、垣根なく開かれた、楽しく賑やかな座談会で郷土の発展の力を結集してこられたことも、希望のモデルである。

◇大情熱は消えじ
一九六〇年(昭和三十五年)十月、東西冷戦の最中、恩師の写真を胸に旅立った世界広布の開拓も、「一人」の激励、「一地区」の結成から出発した。
いかなる時代状況であれ、一人の幸福から万人の蘇生へ、一地区の和楽から国土の平和と繁栄へ波動を起こしゆくのが、我らの広宣流布であるからだ。
忘れ得ぬ光景がある。
一九七九年(同五十四年)十一月、豊島区巣鴨の東京戸田記念講堂で行われた本部幹部会で、北海道・留萌管内の天売島から参加した七十二歳の大ブロック長(現在の地区部長)が素晴らしい体験発表をしてくれた。
烈風に負けず、地域広布へ「激流の如き情熱」を燃やし、「果てしなく広がる大空の如き夢」をもち、「鉄石の決意」で戦い続けると師子吼したのだ。
この広布大願の闘魂に応えて、私は第三代会長辞任後、初めて「威風堂々の歌」の指揮を執った。
七十年前、私は担当する地区で広布の開拓を、青春の熱誠で開始した。日記には、"わが地区が完璧になるよう、御本尊に祈る"との真情を繰り返し綴っている。
今も変わらぬ心で、日本全国、さらに全世界の全ての地区に届けと、妻と共に題目を捧げる日々である。
偉大な地区部長、地区女性部長の健康長寿とご一家の栄光勝利、そして地区の全宝友の幸福安穏を祈り、記念の句を贈りたい。

地区部長には——

 不二の指揮
  地涌の黄金柱に
    凱歌あれ

地区女性部長には——

 福徳の
  創価の太陽よ
    舞い光れ

さあ、わが地区の異体同心の同志と共々に、地涌の開拓魂を燃え上がらせて、新たな民衆凱歌の金字塔を打ち立てようではないか!

2021年10月1日金曜日

2021.10.01 わが友に贈る

台風の影響に警戒を!
大雨が降る地域以外でも
強風や高波などへの
注意が必要だ。
安全を最優先で!

最蓮房御返事P1340
『第六天の魔王我が身に入らんとするに兼ての用心深ければ身によせつけず、故に天魔力及ばずして王臣を始として良観等の愚癡の法師原に取り付いて日蓮をあだむなり』

【通解】
第六天の魔王が、私の身に入ろうとしても、かねての用心が深いので身に寄せつけない。ゆえに、天魔は力及ばずに、王や臣下をはじめとして良観などの愚かな法師たちに取りついて、日蓮を怨むのである。

名字の言 創大生が「シュリーまん」で町おこし 2021年10月1日
ドイツの考古学者シュリーマンは現在の東京・八王子市を訪れたことがある。1865年、「絹の道」で通じる横浜から八王子へ。織物業で栄えていた当時の模様を旅行記に記している▼彼の生誕200年を明年に控え、創価大学の文学部生が町おこしプロジェクトを開始した。八王子のご当地銘菓「都まんじゅう」と協働。彼の似顔絵の焼き印が入ったまんじゅうが、きょうから限定発売される。その名も「シュリーまん」。今月中旬には、駅前の一書店に創大生が選んだシュリーマンの関連書籍コーナーも設置されるという▼創大創立者の池田先生は彼の生涯を通し、青年に諦めない心の大切さを訴えてきた。9歳で母を失い、さらに父は失業。経済苦で高校にも進めない。働きながら語学を磨き、「伝説の"トロイの遺跡"を発掘する」という夢を貫いた▼後年、夢は現実となる。発見したのは遺跡だけではなかった。「青春の志に生き抜く人間ほど強いものはない」という"素晴らしい発見"をしたのだと、先生はつづった▼青年時代に原点を持つ人は負けない。各地の創大卒業生を取材するたび、そう思う。本年は創大創立50周年。100周年を目指して「向学の金の道」を歩む若き学友に、エールを送りたい。

寸鉄 2021年10月1日
「言わずんばある可からず」御書。立正安国こそが使命。大情熱の対話で
愛知、静岡、岐阜、三重が勇進。圧倒的拡大今こそ。列島の要に大勝旗よ翻れ
新潟、長野、石川、富山、福井が総立ちへ!誓願の民衆パワーで栄光の峰に
季節の変わり目。強盛な祈りと賢き休息—メリハリ付け日々、健康第一で
SNS通じたいじめ、小学生に増加と。子を守るために親が適切な管理を

〈社説〉 2021・10・1 新たな地平を開く恩師の悟達
◇「生命尊厳」を時代精神に
「コギト・エルゴ・スム」——デカルトが著書『方法序説』で用いた言葉だ。ラテン語で、「我思う、ゆえに我あり」を意味する。
デカルトは、不変の真理を見つけるため、あらゆるものを疑うことから出発した。その結果、疑う「私」という存在は疑うことができないとの結論に達した。
池田先生は小説『人間革命』第4巻「生命の庭」の章で、『方法序説』と、第2代会長・戸田先生が「大白蓮華」の創刊号(1949年7月発刊)に寄稿した「生命論」を比較し、こう述べている。
「数百年に一度、あるかないかといった秀抜な発想を、両者とも自分の日常の体験と、日常のありふれた言葉で語ることから始め、その発想の場の設定のうえに、不滅の哲学を発芽させた」
デカルトが提唱した「我思う、ゆえに我あり」は、近代哲学の地平を開いたといわれる。池田先生が、『方法序説』と戸田先生の「生命論」を対比させたのは、「仏とは生命なり」との恩師の獄中の悟達こそ、行き詰まりの様相を呈する現代文明の、新たな地平を開く哲理であるとの絶対の確信からにほかならない。
先生は、恩師の悟達を深く捉えながら、生命論を展開してきた。1972年(昭和47年)10月1日発行の「大白蓮華」誌上では、先生を中心に、てい談「生命論」が開始されている。「学術部の日」の淵源である。
社会はコロナ禍という、かつてない感染症の危機に直面している。経済や医療をはじめ、あらゆる分野で深刻な事態が生じている。この危機の中で、私たちが改めて気付いたことは、「生命ほど尊いものはない」との当たり前だが、普遍的な価値である。
アフターコロナ(コロナ後)の展望が今、多彩な視点で議論されているが、「生命尊厳」を社会の礎に据え、時代精神に高めることこそ肝要であろう。
池田先生は述べている。「今世紀を『生命の世紀』『生命尊厳の世紀』にしていかなければならないと深く期する私の決意も、宗派性などという次元をはるかに超えて人類の精神史に貢献していくにちがいない恩師のかけがえのない体験(=獄中の悟達)を、時代の閉塞状況を突き破る突破口に、との思いから発している」
この師の誓願を継ぎ、実現していくことは、私たちの責務である。

☆大白蓮華巻頭言2021年10月号 仏性を呼び覚ます対話の渦を
一九六一年十月、築かれてニカ月後の「ベルリンの壁」を私は目の当たりにし、人々を引き裂く魔性に憤怒した。
それは、師・戸田城聖先生が第一の遺訓とされた「原水爆禁止宣言」で、世界の民衆の生存の権利を脅かす根源と喝破した魔性そのものである。この魔性に打ち勝つ究極の力こそ、人間生命に内在する仏性にほかならない。
私は、三十年先には必ず壁が破られていることを深く祈るとともに、仏性を呼び覚ます対話の渦をと誓った。
日蓮大聖人は、全宇宙の仏菩薩をはじめ、「日月・明星」から「那落の炎の底まで」含め、「所有一切衆生の備うる所の仏性を妙法蓮華経とは名くるなり」(P498)と示された。ゆえに妙法を一遍唱えれば、一切衆生の仏性を皆、呼び集め、我が身の仏性も顕し出せると仰せである。
自行化他の題目を唱えゆく地涌の生命ほど、強く大きなものはない。天空も、大地も、生きとし生けるものを包み込み、絶望や不幸、不信や対立の壁に閉じ込められてきた人問の本然の力たる仏性を解き放ち、結び合いゆく壮大な前進こそ、我らの広宣流布である。
わが誉れの同志は、一人一人の宿命の壁に体当たりでぶつかって「人間革命」に挑むと同時に、万人の幸せと国土の安穏を祈り、心の壁を取り払って、地球上いずこの地にも「立正安国」のスクラムを広げてきたのだ。
分断の象徴「ベルリンの壁」は二十八年後に崩壊した。私の一歩から六十年の今、統一ドイツをはじめ全欧州で、尊き創価の世界市民たちが異体同心の団結で、コロナ禍にも屈せず、平和と共生の連帯を輝かせてくれている。
東西冷戦の終結の立役者ゴルバチョフ氏と語り合ったことが蘇る。
「今再び、『あきらめの壁』『無力感の壁』を青年の勇気で破ろう!」と。
行く手に、いかに高く厚い壁が立ちはだかろうとも、地走る者の王・師子王の如く何ものにも遮られない師子吼を轟かせ、空飛ぶ者の王・大鷲の如く一切の障壁を悠々と見おろして、生命尊厳の勝利の虹の橋を架けるのだ。

妙法に
 破れぬ無明の
  壁はなし
 平和の師子吼を
  王者の我らは

☆学ぼう 10月の学会史 2021
◎10・1「学術部の日」
1972年(昭和47年)10月1日発行の「大白蓮華」誌上での、池田大作先生のてい談「生命論」(後に『生命を語る』として出版)の連載開始が淵源。

◎10・2「世界平和の日」
1960年(昭和35年)10月2日、恩師・戸田城聖先生の構想実現のため、池田先生が初の海外訪問へ出発。世界広布の第一歩が踏み出された日が、後に「世界平和の日」に。
※参考資料=小説『新・人間革命』第1巻「旭日」、第24巻「母の詩」

◎10・4 長編詩「母」発表50周年
1971年(昭和46年)10月4日、関西婦人部幹部会で長編詩「母」が発表。本年で50周年。

◎10・5「欧州初訪問」60周年
1961年(昭和36年)10月5日、池田先生が欧州を初訪問。本年で60周年。9カ国を回る平和旅で、欧州広布の礎が築かれた。
※参考資料=『新・人間革命』第4巻「大光」

◎10・7「勝利島部の日」
1978年(昭和53年)10月7日、離島本部(当時)の第1回総会を記念して、「離島部の日」が制定。後に「勝利島部の日」となった。
※参考資料=『新・人間革命』第28巻「勝利島」

◎10・8「中国・師弟原点の日」
1956年(昭和31年)10月8日、青年部の室長だった池田先生は岡山を初訪問し、中国方面に広宣流布の第一歩をしるした。

◎10・9「山口開拓指導」開始の日から65周年
1956年(昭和31年)10月9日、池田先生は山口へ。戸田先生の命を受け、山口開拓指導が始まる。本年は65周年。翌年1月までの計22日間で、当時の山口の会員世帯数を約10倍に拡大する弘教を達成した。
※参考資料=小説『人間革命』第11巻「転機」/VOD【広布史】「山口開拓闘争 広布拡大の『転機』」

◎10・18「民音創立記念日」
1963年(昭和38年)10月18日に行われた、民主音楽協会(民音)による初の記念演奏会に由来。
※参考資料=『新・人間革命』第8巻「清流」/VOD【池田先生の行動と軌跡】「民衆を結ぶ文化の架け橋 民主音楽協会」

◎10・24「社会部の日」
1973年(昭和48年)10月24日、職場・職域を同じくする同志が、自身を磨き、互いの成長を図ることを目的に結成された。
※参考資料=『新・人間革命』第24巻「灯台」

☆千葉青年部総会20周年 記念特集
◇2001年9月23日 "平和を願うならば 断固と広布を!"
20年前のその日、青年たちの感激と決意が天を突いた。
第2の「七つの鐘」が鳴り始めた、2001年(平成13年)の9月23日。広宣流布の闘士の殿堂・東京牧口記念会館で第1回千葉青年部総会が開催。21世紀最初の「千葉県青年部の日」に池田先生との新たな原点が刻まれた。
友は、立正安国の言論戦を勝ち飾り、圧倒的な聖教新聞の拡大を果たして総会に参加。席上、オーストリアの「ヨーロッパ青年文化協会」から、先生に対して特別感謝状とウィーン金貨が贈られた他、先生がスピーチに立ち、「創価の旭日の青年」に限りない期待を述べた。そして、千葉にとって永遠の指針ともいうべき、渾身の激励を送った。
今月、総会から20周年を迎えるに当たり、上下2回にわたって特集を掲載。今回は先生のスピーチ(抜粋)とともに、当時の参加者で、現在は壮年・女性部のリーダーを務める友の声を紹介する。

◇池田先生のスピーチ(抜粋)
正義を叫ぶ「勇気の皇帝」たれ
〈オーストリア出身の「ヨーロッパ統合の父」クーデンホーフ=カレルギー伯は〉若き世代は「平和の英雄たれ」との期待をこめて、(中略)こうも語っておられる。
青年のなかには「自分の信念を友人に打ち明けるだけの勇気のない者が多い。このような精神的な臆病こそ、一切の扇動政治の温床であり、軍国主義扇動の温床である」(『実践的理想主義』鹿島守之助訳、鹿島研究所出版会)と。
勇気がなければ、悪と戦えない。それでは結局、悪を温存し、はびこらせてしまう。だからこそ、千葉青年部は、地域で、社会で、青年らしく、勇気の声を凜々と響かせていただきたい。
青年が勇気をなくしたら、もはや、青年ではない。
青年は「勇気の皇帝」である。「平和の皇帝」である。若いというだけで、すでに、無限の財産と希望を持つ皇帝なのである。
ゆえに若き皆さんは、「あの青年は気持ちいいな!」「あの青年は素敵だな!」——周囲の人々にこう思わせる、凜々とした勇気の声を響かせていっていただきたい。
また、堂々と、そして伸び伸びと、仏法の「正義」と「人道」の大哲学を語りぬいていただきたい。そこに青年の最高の価値創造があることを知っていただきたいのである。

◇大悪を大善に 社会に安穏を
この九月十五日、オーストリアの首都ウィーンで、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、そして仏教の対話を促進するための、画期的な「四大宗教間対話シンポジウム」が開催された。
このシンポジウムは、ヨーロッパ科学芸術アカデミーが主催し、SGIが協力して行われたものである。
会議では、今回のアメリカのテロ事件が緊急のテーマとなった。
(中略)
ともあれ、いかに破壊の嵐が吹き荒れようとも、平和と幸福を創造し、建設しゆく妙法の智慧と慈悲は、決して行き詰まることはない。
(中略)
御聖訓には、「大悪は大善が来る前兆である。全世界がひどく乱れたならば、世界広宣流布は、もはや疑いないであろう」(御書一四六七ページ、通解)と仰せである。
「変毒為薬」の妙法である。お金のない人が、裕福になる。病気の人が、健康になる。どんな人も、自分らしく光っていける。そういう方向に、人間革命していける。社会をも、安穏の方向へ転換していける。
妙法は、たんなる言葉でも、文字でもない。人間が、勝手につくったものでもない。大宇宙を貫く、平和への根本の「法則」である。
どうか、創価の旭日の青年は、この、人類の進むべき「生命尊厳」の正しき永遠の軌道を、聡明に探求し、勇敢に主張しぬいていただきたい。
千葉青年部が、その先頭に立っていただきたい。

◇人類の希望を若人に託したい
十二年前の十月、私は、オーストリアの哲人指導者フラニツキ首相と語りあった。〈一九八九年十月七日、東京で〉
そのさい、首相は言われた。「ラテン語の格言には『平和を願うならば、戦争の準備をせよ』とあります。しかし、私はこの言葉を『平和を願うならば、平和の準備をせよ』と置き換えて、活動しているのです」と。
この言葉は、私たちの一致した結論であった。
そして今、私は申し上げたい。「平和を願うならば、平和の準備をせよ! すなわち、断固として広宣流布せよ!」と。
宇宙の根本法則である妙法を持つ私たちこそ、根本の平和主義者であり、広宣流布こそ、具体的な平和への行動となるからだ。
広宣流布——それは、人類の希望である。
その「希望」を、使命も深き千葉青年部、そして全国・全世界の、わが愛する創価の若き友に託して、私のスピーチを終わりたい。

2021年9月30日木曜日

2021.09.30 わが友に贈る

祈りが一切の根本だ。
「朝朝・仏と共に起き
夕夕仏と共に臥し」
胸中に大生命力を涌現し
日々 勝利のリズムで!

道妙禅門御書 P1242
『祈祷に於ては顕祈顕応・顕祈冥応・冥祈冥応・冥祈顕応の祈祷有りと雖も只肝要は此の経の信心を致し給い候はば現当の所願満足有る可く候』

【通解】
祈りには、顕祈顕応・顕祈冥応・冥祈冥応・冥祈顕応の4種があるが、ただ肝心なことは、この法華経の信心をされるのなら、現在および未来の所願が満足されるという事である。

名字の言 世界をつなぐ翻訳の力 2021年9月30日
きょう9月30日は「世界翻訳の日」である。聖書をラテン語に訳し、キリスト教史に多大な影響を与えた聖職者ヒエロニムスの命日にちなんで認定された▼元中村学園大学教授で翻訳家の飼牛万里さんが西日本新聞(21日付)につづっている。「(翻訳の)使命は、言語と言語、文化と文化に橋を架けて行くことである」。的確に他の言語に変えゆくための作業は真剣勝負。一文字一文字に心血を注ぎ、身を削る思いで臨むのだという▼私たちが今、言葉の垣根を越えて、古今東西の文学作品や外国映画に親しんだり、多彩な文化を堪能したりできるのは、翻訳の力と言ってもいいだろう▼池田先生がつづった小説『新・人間革命』は海外13言語に翻訳・出版されている。マレーシア創価学会では、学会創立100周年となる2030年を目指し、今年から小説の朝の朗読運動をスタート。ニュージーランドSGIでは、小単位での研さんに取り組み、一人一人が創価の精神を心に刻む▼『新・人間革命』は、"信心の教科書"として世界中で学び深められている。師が魂魄をとどめた一書を、海外の同志が学ぶことができるのも、翻訳に全精魂を傾ける友がいるからだ。陰の労苦を誇りとする友への感謝は尽きない。

寸鉄 2021年9月30日
学会は青年が主体。どんな時も強くいけ—恩師。従藍而青の誇りで猛然と
広島・岡山・山口・鳥取・島根に開拓の炎は赤々!民衆の底力で激戦突破を
宮城・岩手・青森・秋田・山形・福島が師子奮迅。先手必勝で勇敢に前へ!
交通事故死0目指す日。慣れた道でも油断禁物。互いに声掛け未然に防止
社会の分断防ぐ公明の政策が安心感生む—作家。誰も取り残さぬ政治頼む

〈社説〉 2021・9・30 東京富士美術館で「エジプト展」
◇悠久の歴史に思い馳せる
かつて池田大作先生は、エジプト・ギザの三大ピラミッドを間近にしながら、現地の専門家と語り合ったことがある(1992年)。
5000年の時の重みに耐えて立つピラミッド——それは、人間の短い生に対し、死後の「永遠の生命」を保証してくれる「永遠の家」である、と。この話を通し、池田先生は後に「永遠感覚」ともいうべきものがエジプト文明を貫いているとつづった。
ピラミッドはその一つの象徴であり、背後には、古代エジプトの人々の、永遠性を志向してやまなかった精神の宇宙が豊かに広がっているといえようか。
今、東京富士美術館(八王子市)で開催中の海外文化交流特別展「古代エジプト展 天地創造の神話」は、まさにこの"心の世界"を伝えるものだ。"世界を語る美術館"をうたう東京富士美術館が、アフリカの国の文化を紹介する初の「交流展」でもある〈12月5日(日)まで。月曜休館〉。
展示品は、ドイツのベルリン国立博物館群エジプト博物館が所蔵する10万点以上の考古品・古代文書から約130点を厳選。このうち100点以上が日本初公開である。同博物館群は、大英博物館やルーブル美術館と並ぶ、欧州最大級の規模と質の高さを誇る総合博物館として知られる。
本展では、ファラオ(王)よりも神々が主役かもしれない。獅子や鳥をかたどった神像が並び、人の力を超えた存在を「神」として仰いだことがうかがわれる。王が神々に捧げ物をする場面を描いた遺物も。万物の奥には「マアト」(宇宙の秩序)があり、王はこれを守るよう求められていたという。
展示には、創造神話や人々の信仰の姿を伝える遺物、古代の宗教改革の息吹を伝えるアマルナ時代の彫像などもある。長大な「死者の書」や、装飾を施したミイラマスクなども興味深い。
死後の生命の復活は、エジプト神話の主題の一つである。多くのピラミッドの背面は、日が沈む「来世」の方向、西を向く。ミイラ製作も復活の際に必要な肉体を残すための風習だった。棺などにびっしりと書かれた象形文字「ヒエログリフ」は、死後の世界の幸福への願いが込められている。
「永遠の生命」を希求した古代エジプトの人々。本展は、彼らの死生観を知り、悠久の歴史に思いを馳せる好機となろう。

☆君も立て——若き日の挑戦に学ぶ 第9回 「山口開拓指導〈上〉」
◇"草の根"を貫いたところが勝つ
【拡大の原動力】
一、勝利への揺るぎなき一念
一、祈りを合わせる
一、電光石火のスピード
(「随筆 我らの勝利の大道」〈未来を開く青年大会�〉から)

◇「晋作の如く戦うか」
「大阪の戦い」を勝ち抜いた翌月の1956年(昭和31年)8月、全国の新支部結成大会が開催された。
この月、学会の支部数は、それまでの16支部から倍増。池田大作先生が陣頭指揮を執った「札幌・夏の陣」や「大阪の戦い」を経て、第2代会長・戸田城聖先生の生涯の願業である75万世帯の達成へ、大きな飛躍を遂げたのである。
9月5日、戸田先生と池田先生は、学会本部の会長室で、日本地図を広げながら、広布の展望を語り合った。地図には各県ごとの会員世帯数が書かれていた。地域によって大きなバラツキがあった。東京は10万、関西は6万を超えていたのに対して、山口県は430世帯。戸田先生は中国広布の未来を案じた。そして、愛弟子にこう言明した。
「ひとつ山口県で、指導・折伏の旋風を起こしてみないか」
池田先生は、間髪を入れず答えた。
「はい、やらせていただきます」
この年は、明治維新の先覚者・吉田松陰が松下村塾で講義を始めた年から、ちょうど100周年に当たっていた。池田先生は、日記に認めている。「来月より、山口県、全面折伏の指示あり。小生、総司令……。義経の如く、晋作の如く戦うか。歴史に残る法戦」(『若き日の日記』、1956年9月5日)
「晋作」とは、松陰の弟子・高杉晋作。戸田先生が「会ってみたい」と語っていた風雲児である。
池田先生は、山口に縁故のある同志を派遣メンバーとして募り、拡大の計画を綿密に練った。「山陽方面の派遣闘争日程を決める」「歴史的、先駆の闘争だ。誇り高き、前進を」(同、同年10月1日)
滞在費を工面するのも大変な中、全国26支部から派遣された同志は、山口広布の「開拓」の使命に燃えて活動を展開していった。

【「若き日の日記」1956年(昭和31年)12月23日から】
平坦な道を悠々と歩むより、嶮しき山を登ろう。革命児は。

◇魂を揺さぶる励まし
先生の山口入りは、1956年(昭和31年)10月から翌年1月までの間に3度。それぞれの訪問に、明確な意義を定めた。1回目——現地の同志と心を合わせ、闘争の火ぶたを切る。2回目——組織の勢いをつける。3回目——拡大をし抜いて勝利を決める、である。
池田先生の1回目の山口入りは、10月9日から18日の10日間だった。9日の早朝、先生は山口・下関駅に降り立った。
下関の拠点に到着すると、居並ぶ地元の同志や、派遣メンバーと祈りを合わせ、御書の「四信五品抄」を拝読した。山口開拓指導でも、「大阪の戦い」と同様、「祈り」と「御書」を根幹とした勝利のリズムを徹底したのである。
さらに、勝利の方程式として先生が示したのは、"中心者に呼吸を合わせる"ということだった。
防府では、なかなか対話が実らない状況が続いた。先生は下関で指揮を執っていたが、派遣メンバーは防府にとどまって対話を続けた。"下関に移動する時間を、対話に使った方が効率が良い"と考えていた。
先生は防府を訪れた折、派遣メンバーを諭した。
「君たちは、なぜ下関に来ないんだい。私は折伏の師匠である戸田先生の名代として指揮を執っている。その中心に呼吸が合わなければ、折伏はできないよ」
物事を効率良く進めることは大切だ。だが、それだけで広宣流布が進むわけではない。「中心者に呼吸を合わせる」とは、自らの境涯を広げることである。先生は、派遣メンバーの団結できない"一念の壁"を破ろうとしたのである。
山口に滞在中、先生は県下7都市を転戦しながら、一人一人に徹底して励ましを送り続けた。その激励は、"幸福にせずにはおくものか"との、真心と執念に満ちていた。
10月18日、岩国で弘教に励んでいた仙台支部の一人の派遣メンバーは、先生を乗せた列車が岩国駅を通ることを聞いた。この日は、先生が1回目の山口入りを終え、宇部から関西へと向かうタイミングだった。
列車が岩国駅で停車すると、先生はホームに降りた。派遣メンバーが、目標である5世帯の弘教が実った喜びを報告すると、先生は「ご苦労さま。本当にご苦労さま」と優しく包み込むように励ましを送った。列車に戻った先生は、岩国駅に集った友たちの姿が見えなくなるまで手を振った。一瞬でも、一言しか声を掛けられなくとも、先生は友との出会いを大切にし、真心の絆を結んでいった。
先生は強調する。
「日の当たらないところまで光を当てて、あらゆる人を味方にしながら、新しい道を切り開く。そうやって勝利してきたのが、学会の歴史である」
先生が、再び山口に入ったのは11月15日。2回目の山口滞在は、21日までの7日間。貴重な時間を無駄にできない。電光石火で動き、激励に次ぐ激励を重ねていった。

◇弟子よ偉大であれ
会える人だけでなく、会えない人にも励ましを——先生は山口開拓指導で、ペンを走らせ、筆を躍らせた。
徳山市(現・周南市)の拠点に、広島からの派遣メンバーがやって来た。婦人たちは、わずかな縁をたどり必死に対話を繰り広げていた。先生は、さまざまな状況を聞くと、留守を守る夫に、はがきを書いた。
「留守、何かと不自由と存じますが、よろしく頼みます。使命を果し早急に帰宅する様 申し居きました」
別の友には、こう記した。
「お葉書で失礼致します。奥様 元気で徳山にて頑張って居られます……山口の廣布の夜明です」
先生は、目の前にいない同志にも心を配り、感謝を述べた。
「山陽広布の黎明の聖鐘を打とう」——19日には、墨痕鮮やかに認めた。
この揮毫を受け取ったのは、高森(現・岩国市)の地で結核と闘いながら対話に奮闘する女性だった。「高森の人へ」との伝言が添えられていた。
20日、先生は萩市に足を延ばした。渾身の激励の合間を縫って、萩城址や松下村塾を訪れた。
明治維新の歴史に触れながら、先生は同志に語っている。
「吉田松陰だけが偉大であったのではない。弟子もまた、偉かったから、吉田松陰の名が世に出たんです。戸田先生が、どんなに偉大でも、弟子のわれわれがしっかりしなければ、なんにもならない」
翌年1月、先生は3回目の山口入りを果たす。先生自らが、弟子の模範を示し、山口県下の世帯数は、4カ月前から約10倍の4073世帯へと大拡大を遂げたのである。
吉田松陰は、「草莽崛起(民衆の決起)」を訴えた。山口開拓指導は、自他共の幸福のために、庶民が立ち上がった歴史である。
「草莽崛起」の思想を通し、先生は中国方面の同志に強調した。
「民衆とともに進んだところが勝つ。『草の根』の闘争を貫いたところが勝つ」
「『草の根の戦い』は、現実に根を張っているゆえに地味である。たいへんである。つらいことや、ときには、つまらなく思うこともあるかもしれない。
しかし、『草の根』の戦いがいちばん強く、いちばん尊いのである。これをやりぬいているから、学会は強い。学会は負けない」

2021年9月29日水曜日

2021.09.29 わが友に贈る

朝晩が冷え込む時季。
一枚多く羽織るなど
賢明に工夫を!
疲れをためないよう
体調管理を万全に!

開目抄下 P236
『仏法を壊乱するは仏法中の怨なり慈無くして詐り親しむは是れ彼が怨なり能く糾治せんは是れ護法の声聞真の我が弟子なり彼が為に悪を除くは即ち是れ彼が親なり能く呵責する者は是れ我が弟子駈遣せざらん者は仏法中の怨なり』

【通解】
仏法を破壊し乱す者は仏法の中の怨である。慈悲を失い、いたずらに偽り謗法の人々に親しむ者は、これ彼が為には怨となる。此等の人々を糾弾し治罰する者は、これ護法の声聞、真の我が弟子である。彼が為に謗法の悪知識を捨てさせる者は彼が親である。よく責め立てる者は、これは我が弟子である。謗法を追い出さない者は、仏法の中の怨である。

名字の言 夢はかなうのか?——ユーチューバー"トクサン"の答え 2021年9月29日
「夢は必ずかないますか」。子どもにそう聞かれたらどう答えるか。野球系ユーチューバー"トクサン"こと徳田正憲さんはイエスかノーで返さない▼幼い頃から創価大学時代までプロ野球選手を目指した。教員を志したこともある。どちらにもなれなかったが今、登録者数64万人を超えるユーチューブ番組でプロ野球選手と共演し、子どもに野球の素晴らしさを伝えている。「夢を持ち続けていれば、カタチを変えてかなっていきます」と断言した(「未来ジャーナル」9月号)▼人生を旅に例えるなら、夢は一つの道しるべに違いない。目標があるから「努力の道」を歩み続けることもできる。米国の公民権運動の指導者キング博士は「今日も、そして明日もわれわれが困難に直面するとしても、私にはなお夢がある」(梶原寿監訳)と言った。夢をかなえること以上に「夢を持つこと」に意味がある▼戸田先生は「青年は夢が大きすぎるくらいでいい」と語っていたという。人間は自分の夢以上にはなれない。夢に生き続ける人こそ永遠の青年だろう▼御書に「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(1561ページ)と。人類の幸福と平和を目指す広宣流布ほど、壮大な夢はない。ここに限りない向上の道がある。

寸鉄 2021年9月29日
我らは随自意で戦うのだ—牧口先生。確信の言葉は通ず。対話の道、堂々と
福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島が凱歌へ熱闘!拡大の先駆を今
沖縄健児の使命は平和の楽土建設。気迫の言論戦で新たな勝利の突破口を
「日中国交正常化の日」。青年よ先達の魂胸に民衆交流の"金の橋"を万代へ
笑顔忘れぬ人は見た目も心も若い—研究。生命力満々と今日も楽観主義で

☆御書の旭光を 第54回 功徳満開の人生を共々に
【御文】
『我が身は藤のごとくなれども法華経の松にかかりて妙覚の山にものぼりなん、一乗の羽をたのみて寂光の空をもかけりぬべし』(盂蘭盆御書、1430ページ)

【通解】
わが身は藤のようであるが、法華経という松の木に懸かれば妙覚の山にも登るであろう。一乗(妙法)の羽をたのんで寂光の空をもかけるであろう。

【池田先生が贈る指針】
人は生老病死の坂を幾つも越えねばならない。妙法と共に、御本仏と共に生命の旅を歩めることが、いかに素晴らしいか。どんな労苦も転じ、常楽我浄の境涯を必ず開ける。絶対の安心と希望の軌道である。
不退の信心で、家族も眷属も友人も、妙覚の山へ、寂光の空へ導いていけるのだ。功徳満開の人生を共々に!

☆ロータスラウンジ——法華経への旅 第29回 如来神力品第二十一
◇広宣流布を目指して進む我が同志こそ現代における「仏」です
法華経について、皆で学び、深めよう——「ロータスラウンジ——法華経への旅」の第29回は、「如来神力品第二十一」です。

■大要
地涌の菩薩が、仏の滅後に広く法華経を説くことを誓います。その時、仏が十神力(10種の不思議な力)を示して法華経の功徳をたたえ、上行菩薩をリーダーとする地涌の菩薩たちに未来の弘通を託します。それでは内容を追ってみましょう。

●シーン1
その時、千世界を微塵にした数の"地から湧き出てきた菩薩"(地涌の菩薩)が心一つに合掌し、釈尊の顔を仰ぎ見て、語ります。
「釈尊よ。私たちは、仏が入滅された後、分身の諸仏がおられた国土で、仏が入滅された所で、広く法華経を説きます。
それは、私たちもまた、受持・読・誦・解説・書写の『五種の妙行』を実践したいからです」
このように「地涌の菩薩」が、仏の滅後の弘通を誓います。

●シーン2
その時、釈尊は、文殊菩薩など無量百千万億の昔から娑婆世界に住んでいる菩薩、男女の出家者や在家の者、諸天や鬼神、人間や人間でないものなど、全ての生きとし生けるものの前で、十神力を現します。
�仏が広く長い舌を出すと、天まで届く。
�釈尊の全身の毛穴から、あらゆる色の光が放たれ、十方世界を照らす。諸仏も同じように、広く長い舌を出し、無量の光を放つ。
釈尊と諸仏が舌を収めると、今度は、�一斉に咳払いし、�一斉に指を弾いて鳴らす。
声と指の音が全宇宙に響き渡ることで、�十方の諸仏の世界の大地が六種に震動する。
�そこにいる生きとし生けるものが、娑婆世界の諸仏の姿を見ることができる。釈尊と多宝仏が宝塔の中の師子座におられるのも見ることができる。釈尊を、無量の菩薩や出家・在家の男女が取り囲んでいるのも見ることができる。そして、皆、いまだかつて味わったことのない大歓喜を得る。
�空中から、諸天の大きな声が響きわたり、「娑婆世界というところに、釈迦牟尼仏という仏がおられて、今、菩薩のために妙法蓮華経を説いておられる。あなたたちは、深く随喜して、釈迦牟尼仏を礼拝し供養しなさい」と語る。
その呼び掛けに応じて、�もろもろの衆生が合掌して、釈迦牟尼仏に帰命する。
�十方世界から種々の華や香や、ありとあらゆる宝物が娑婆世界に届けられ、雲のごとく集まって、一つの大きな宝の帳となり、それが十方の諸仏を覆う。
�十方の世界の隔てがなくなり、一つの仏土になる。

●シーン3
その時、釈尊は上行菩薩などに告げます。
「諸仏の神力は、このように無量無辺であり、不可思議である。
しかし、付嘱(教えを弘めるように託す)のために、この神力をもって、無量無辺百千万億阿僧祇劫の間、この経の功徳を説いたとしても、説き尽くせないのだ」
そして、次のように話します。
「肝要をまとめて語るならば、『如来の一切の所有の法』『如来の一切の自在の神力』『如来の一切の秘要の蔵』『如来の一切の甚深の事』が、全てこの法華経に宣べ、示され、明らかに説かれているのだ」
このように、釈尊が上行菩薩たちに、法華経の肝要を「四句の要法」にまとめて付嘱します。これを「結要付嘱」といいます。
続けて語ります。
「あなたたちは、仏の入滅後に、一心に法華経を受持し、読誦し、解説し、書写して修行すべきである」
「五種の妙行に励むならば、その場所がどこであろうと道場であり、多くの仏が完全な覚りを得て、説法をし、入滅された場所である」
法華経を修行する所は、どこであれ、道場であることが示されます。

●偈文
続いて偈文(詩の形式)で、これまでと同じ内容が述べられます。
ただ、十神力によって法の功徳の偉大さをたたえていた箇所は、次のように法を受持する人の功徳の偉大さの表現になっています。
「是の経を嘱累せんが故に 受持の者を讃美すること 無量劫の中に於いてすとも 猶故尽くすこと能わじ」(妙法蓮華経並開結574ページ)
御書に「法自ら弘まらず人・法を弘むる故に人法ともに尊し」(856ページ)とある通り、法を弘めるのは、どこまでいっても「人」です。法華経の願いである万人成仏は、弘通の人がいてこそ可能になるのです。
ゆえに「如来神力品」では、上行菩薩をリーダーとする地涌の菩薩に滅後の弘通が託されるのです。

■結要付嘱
「如来神力品」に関する「御義口伝」には「此の妙法蓮華経は釈尊の妙法には非ざるなり既に此の品の時上行菩薩に付属し給う故なり」(御書770ページ)と記されています。
つまり付嘱された法華経の肝要である「四句の要法」とは、法華経の文の底に秘し沈められた、成仏の根源の法である南無妙法蓮華経のことです。
さらに結要付嘱には、滅後末法に向けた重大な意味があります。それは、末法に、地涌の菩薩の上首である上行菩薩が出現して南無妙法蓮華経を弘通することを予言している内容だからです。
結要付嘱は、末法の弘通へ、釈尊から地涌の菩薩、なかんずくそのリーダーである上行菩薩へと、教主が交代することを示す儀式といえるのです。

【『法華経の智慧』から】 「人間」以外に「仏」はない
仏という「一人」から「全民衆」への正法広宣流布を担うのは、いかなる国土であってもつねに「地涌の菩薩」なのです。それはなぜか。
「地涌の菩薩」とは、内証の境涯が「仏」と同じでありながら、しかも、どこまでも「菩薩」として行動していくからです。いわば「菩薩仏」です。境涯が「仏」と師弟不二でなければ、正法を正しく弘めることはできない。

ありのままの凡夫が瞬間瞬間、久遠元初の生命を身にわき立たせていくのが、唯一、実在の「仏」なのです。
「人間」以外に「仏」はないのです。「人間以上」の「仏」は、にせものなのです。方便なのです。だから、人間らしく、どこまでも人間として「無上の道」を生きていくのが正しい。その人が「仏」です。それを教えているのが、法華経であり、神力品の「上行菩薩への付属」には、そういう「人間主義の仏法」への転換の意義が含まれているのです。
「日蓮と同意ならば」(御書1360ページ)と大聖人が仰せのように、広宣流布をめざして進む我が同志こそ、現代における「仏」です。
(普及版〈下〉「如来神力品」)

【コラム】 民衆の中へ
「如来神力品」の偈文(詩の形式)の中に、地涌の菩薩が民衆の中に入って、人々を救済する姿が、次のように描かれています。
「日月の光明の 能く諸の幽冥を除くが如く 斯の人は世間に行じて 能く衆生の闇を滅し 無量の菩薩をして 畢竟して一乗に住せしめん」(妙法蓮華経並開結575ページ)
太陽が昇れば、闇が消えるように、悪世末法にあって、地涌の菩薩が出現すれば、民衆に希望と勇気の光を送ることができるのです。それは人格、振る舞いが、月や太陽のような輝きを放っていくといえます。
さらに、「世間に行じて」とあるように、地涌の菩薩は、世間から離れるのではなく、どこまでも現実社会の中で、人々を救済していくことを教えているのです。
大変なところ、苦しんでいるところへ足を運び、民衆の幸福のために戦う——そこに地涌の使命があるのです。

2021年9月28日火曜日

2021.09.28 わが友に贈る

勝負を決するのは
電光石火のスピードだ。
迷いや躊躇する心を
勇敢に打ち破り
決意みなぎる力走を!

日女御前御返事 P1244
『曼陀羅と云うは天竺の名なり此には輪円具足とも功徳聚とも名くるなり、此の御本尊も只信心の二字にをさまれり以信得入とは是なり』

【通解】
曼陀羅というはインドの言葉であり、訳すれば輪円具足とも、功徳聚ともいうのである。この御本尊も、ただ信心の二字に収まっている。以信得入(信を以って入ることを得たり)とあるのは、このことである。

名字の言 地域のために用水路を造った咽声忠左衛門 2021年9月28日
広島の安芸高田市八千代町は江戸時代、たびたび水不足に陥ったという。農民の咽声忠左衛門は村の仲間と用水路を造り始めた。しかし、一人また一人と諦め、脱落していく▼忠左衛門は一人で作業を続けた。周囲は「農民を惑わす者」との理由で、忠左衛門の首と手と足に枷をつけた。それでも工事を続ける彼に、協力者が現れた。やがて、用水路は完成。農民たちは自分たちの行為を恥じ、彼の功績をたたえる石碑を建てた▼安芸高田市で、仏法を語り抜いてきた女性部員がいる。23歳で結婚し、島根から越してきた。当時、地域に学会員は彼女一人。近隣の人は素っ気ない態度をとった。だが、彼女は真心の対話を重ね、新入会者が誕生した▼女性部員は入会62年。多くの苦難を乗り越えてきた。3年前の西日本豪雨や今夏の豪雨災害では、自宅が浸水被害に遭いながら、同志や友人に電話で励ましを。他者への献身が、地域に信頼の輪を大きく広げてきた▼御書に「須弥山の始を尋ぬれば一塵なり・大海の初は一露なり・一を重ぬれば二となり・二を重ぬれば三・乃至十・百・千・万・億・阿僧祇の母は唯・一なるべし」(1237ページ)と。偉大な歴史も、一人から始まる。それは古今東西、不変の法則である。

寸鉄 2021年9月28日
「例には他を引くべからず」御書。幹部自ら拡大の喜びを語れば勇気が伝播
総東京が民衆凱歌へ勢い加速!破邪顕正の剣持ち再びの大逆転の劇を必ず
北の大地に模範の人材城 北海道は一つの大闘争で連続勝利の金字塔を断固
生きるとは目標に向かって歩むこと—哲人。広布の誓願に進む日々は偉大
3回目のワクチン無料等公明が重点政策次々と。命守る政治へ死力尽くせ

☆池田先生と共に 希望・勝利の師弟旅 「永遠の青春」を舞いゆけ 2021年9月18日
1978年(昭和53年)の11月、学会伝統の個人指導と仏法対話に率先する方々に、私は歌を贈った。
指導部の歌「永遠の青春」である。

ああはるかなる
      あの地にも
我はとびゆき 抱きたり
わたしは歩みて
      共に泣く
この世の思い出 幾度か
ああ法戦に 我勝てり

10年後の11月、この使命を受け継ぎ、先駆の誉れ・九州で「多宝会」が誕生し、その波動は全国各方面に広がり、東京では「宝寿会」、関西では「錦宝会」が結成された。
尊貴なる創価の長者のスクラムは、今や世界中で、金秋の生命の光彩を放っている。
日蓮大聖人は、流難の佐渡で、なぜ守られたか——中興の次郎入道という「年ふりたる上心かしこく身もたのしくて国の人にも人と・をもはれたりし人」が、厳然と正義の声をあげてくれたお陰であると記されている。〈御書1333ページ〉
仏勅の学会も、そうした力ある円熟の境涯の方々が地域に社会に絶大なる信頼を勝ち得ているからこそ、広宣流布と立正安国の伸展があることを忘れまい。
「敬老の日」(9月20日)を前に、共戦の尊き宝友のますますの健康福徳と無事安穏を心より祈ります。
◇ ◆ ◇
齢90に至る富木家の悲母を讃えられた御文は、そのまま学会の功労者への仰せと拝される。
「全宇宙の諸天が信心の志を知られるでしょう。その功徳は、露を大海に入れ、土を大地に加えるようなものです。生生に失われず、世世に朽ちないでしょう」(御書968ページ、趣意)と。
コロナ禍で思うように動けなくとも、電話や、時にオンラインにも挑み、慈愛の励ましと大情熱の仏縁を広げゆく多宝の振る舞いほど、胸打たれるものはない。
当然、年齢とともに、体の不調や予期せぬ困難なども避けられないであろう。
しかし大聖人は、「法華経の行者は久遠長寿の如来なり」(同1136ページ)とご断言くださっている。
何があろうと、わが学会家族が三世永遠の生命の凱歌に包まれることは、絶対に間違いないのだ。
◇ ◆ ◇
嬉しいことに、地涌の父母たちの負けじ魂を従藍而青の男女青年部が継承し奮闘している。
若き日の読書ノートに、私はドイツの詩人ヘルダーリンの言葉を書き留めた。
「いつも力一杯に活動していて、楽しみと仕事とに自己を打込んでいる事が、永遠の青春だよ」
我ら創価の師弟は、老いも若きも元初の誓願のまま妙法と共に、民衆のために「永遠の青春」を力いっぱい舞いゆこうではないか!

☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第7回 四国
本年は、「桂冠詩人」の称号が池田先生に贈られてから40周年。連載企画「勇気の舞 凱歌の行進」では、先生がつづった長編詩を紹介します。第7回は、四国の同志に詠んだ「不滅の大城 永遠勝利の四国」(2001年)です。

◇「志国」は不滅の大城!
おお四国!
おお志国!
我々にとって
誉れ高き
不可分の栄光は
永遠に
堅固な大城が
四国にあることだ。
いや
四国自体が
不滅の大城なのである。

◆◇◆

厳然たる勝利の鐘が
あらゆる嘆きを
打ち破って響く。
その生命の胸中を
流れゆく血潮にまで
満々たる決意が躍動する。

我らの四国は
永遠に勝利の四国!
不敗不滅の四国!

私たちは嘆きの歌を
永遠に歌わない!
声高く歌うのは
馬上も豊かに
地獄を抑え
観念の天国の存在を抑える
真実の哲理の歌だ。

それは
永遠に大宇宙とともに
厳然として実在する
仏界という
宇宙究極の法則と
人間の真髄とが
合致した世界である。
 
その歌は
天国のように
遠くにあるものではない。
きらびやかな
王宮にあるものではない。
変哲もない
一日一日の我が身に
脈々として湧き上がる曲だ。

◆◇◆

耐え難い苦難の山々があっても
風の前の塵などに
埋もれることなく
正々堂々と
新しき生命の因果の
壮大なる善意の累積を
無量無辺の遺産として
最後の落日を眺めるまで
輝き残すのだ。

君よ!
親しき友らに
そして
縁深き 我が一族に
勝ち誇った宝冠を
残し給え!
三世に光り輝く
ピラミッドのごとく
黄金の金字塔をば
幾千万年の後まで
君よ 残しゆけ!
偉大なる四国の君よ
残し給え!

2021年9月27日月曜日

2021.09.27 わが友に贈る

◇今週のことば
「言と云うは心の思いを
響かして声を顕す」
友を思う深き祈りと
社会に尽くす強き志で
仏事を為す声の響きを!
2021年9月27日

法華取要抄 P335
『此の一閻浮提は縦広七千由善那八万の国之れ有り正像二千年の間未だ広宣流布せざるに法華経当世に当つて流布せしめずんば釈尊は大妄語の仏多宝仏の証明は泡沫に同じく十方分身の仏の助舌も芭蕉の如くならん』

【通解】
この一閻浮提(全世界)は、タテもヨコも七千由旬(一由旬は古代インドで帝王が一日に行軍する距離)に広がり、そのなかに八万の国がある。この国々に、正像二千年間、法華経はいまだ広まらなかった。今、末法においても広宣流布できなければ、釈尊は大ウソつきの仏となり、多宝仏の証明も水の泡となり、十方分身の仏の長舌による助証も芭蕉の葉のように、はかなく破れてしまおう。

名字の言 失敗から生まれた売れ筋商品——壮年の体験から 2021年9月27日
沖縄で洋菓子店を営む壮年を取材した時のこと。売れ筋商品について聞くと、「実はこれ、失敗から生まれたんです」と教えてくれた▼ふっくらさせたいと思っていたケーキが、手順を間違えてぺしゃんこに。この"失敗作"自体は味が濃厚でおいしかった。壮年は"これを商品化できないか"と考え、改良して販売した。「こんなにおいしいケーキは初めて食べた」と反響を呼び、店の看板商品となった▼生涯で数多くの特許を取得したエジソン。母ナンシーは彼に、"失敗は最高のレッスン"と教えたという。エジソンは失敗を指摘されても、「うまくいかないということを確認した成功例なのだ」と、"前進の証し"と捉えた。そこから新たな可能性を見いだし、世紀の発明を次々と生み出した(『こども座右の銘』メトロポリタンプレス)▼失敗は敗北を決定づけるものでも、不幸を意味するものでもない。確かに失敗が重なれば落胆は大きい。大切なことは、挑戦の火を自身の胸中から決して絶やさないこと。前へ進む限り、失敗は自己を飛躍させる糧となる▼自身の理想や目標へ、どれほど魂を燃焼させることができたか。そこに、真の人生の充実がある。広布という大理想を胸に日々前進したい。

寸鉄 2021年9月27日
一人の人に会えばよい—恩師。ここに立正安国の道も。絆結ぶ交流、今日も
徳島・香川・愛媛・高知よ勇敢に語れ!正義の四国から新しき勝利の暁鐘を
大関東が燃える敢闘精神で拡大!埼玉・茨城・栃木・群馬の団結固く凱歌へ
座りっぱなしは血流悪化の因。30分に1回立つ等、賢く工夫。健康守るため
秋の全国交通安全運動。薄暮時の事故多し。交通ルール守って点灯早めに

〈社説〉 2021・9・27 "情報の格差"なき世界を築く
◇ネットの時代を共生の時代へ
あるじの使いで都にやって来た太郎冠者。「すえひろがり」を買ってくるように言われたが、それが何か、どこで買える物か、確かめもせず、分からぬまま。声を掛けてきた"すっぱ(詐欺師)"の言葉に、古傘を「すえひろがり」と信じ込み……。
狂言の「末広がり」は、こんなあらすじで展開する。「すえひろがり」は扇のこと。知っているのに言わないあるじ。知ろうとしない太郎冠者。2人の"情報格差"が事の起こりともいえる。
国連の専門機関である国際電気通信連合(ITU)は、2019年末の時点で世界人口の51%、40億人がインターネットを利用していると推定している。新型感染症の世界的大流行で社会の仕組みが変化した20年以降、利用者はさらに増加していることだろう。
この数字は同時に、世界のほぼ半数の人がインターネットを利用する手段や機会を持てない状態にあることも意味する。増える利用者、取り残される人々。情報格差が広がる一方にしてはいけない。災害に直面して、あるいは昨年からのコロナ禍で私たちが学んだように、情報が命に直結することもある。その意味でも、正確で信頼できる情報が迅速に得られる環境の整備は急務だろう。
国連教育科学文化機関(ユネスコ)は、毎年9月28日を「情報へのユニバーサル・アクセスのための国際デー」と定めている。国籍や年齢、性別、障害などあらゆる要因にかかわらず、誰もが同じようにインターネットが利用でき、情報を得ることができる。この状態がユニバーサル・アクセスだ。
"情報の格差なき世界"を築く担い手に——この呼び掛けに市民としてどう応えるか。例えば、オンラインで開かれる学会の座談会や協議会に、同志に声を掛け、共に集い合う。こうした草の根の行動からユニバーサル・アクセスへの関心も広がるのではないか。
インターネットを使った技術は教育・医療など、さまざまな分野に革新をもたらす基軸として大きな期待が寄せられている。どのような未来を開き、世界を創るか。技術を「善用」するのも「悪用」するのも人間にほかならない。だからこそ、「他人の不幸の上に自分の幸福を築くことはしない」という哲学を、自ら貫きつつ、広げたい。世界の人々を結び、共生の時代を築くために。

☆御書の旭光を 第53回 慈悲の心を時代精神に
〈御文〉
『仏心とは大慈悲心是なりと説かれたれば礼拝の住処は慈悲なり』(御義口伝、769ページ)

〈通解〉
仏心とは大慈悲心を指すと説かれているのであるから、(不軽菩薩の)礼拝の住所は慈悲なのである。

〈池田先生が贈る指針〉
仏法の慈悲の大地に依って立ち、人を敬う行動を貫いたのが不軽菩薩である。医療・看護・介護等の最前線で献身する創価の友の心だ。抜苦与楽の振る舞いに、皆が感謝と敬愛を捧げる。
わがドクター部の結成50周年。負けじ魂で戦う「妙法の善医」を先頭に、慈悲の心を"健康の世紀""生命の世紀"の時代精神に!

☆世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第13回 発迹顕本
◇開目抄
『日蓮といゐし者は去年九月十二日子丑の時に頸はねられぬ、此れは魂魄・佐土の国にいたりて返年の二月・雪中にしるして有縁の弟子へをくればをそろしくて・をそろしからず・みん人いかに・をぢぬらむ、此れは釈迦・多宝・十方の諸仏の未来日本国・当世をうつし給う明鏡なりかたみともみるべし』(御書223ページ16行目〜18行目)

◇池田先生の講義から
門下が師子王の心を取り出して、どこまでも不退の信心を貫いた時に、本来自身が持っていた仏と同じ智慧と勇気と慈悲の大境涯を現していけるということです。それゆえに、凡夫成仏の鍵は、大聖人が示された如説修行の実践にあります。
◆◇◆
発迹顕本といっても、凡夫の身を離れて、何か特別な姿になるということではありません。どこまでも現実社会の中にあって、菩薩としての行動を貫くということです。
◆◇◆
発迹顕本を私たちの実践の上でとらえれば、永遠なる仏の願いの継承者としての自覚に立ち、不屈の挑戦を開始することといえましょう。一個の人間が、仏と同じ誓願の大道を力強く歩み出す。この不惜の民衆の連帯が、立正安国の大闘争を起こし、仏国土を建設し、平和な楽土を実現していく。ここに、日蓮仏法の発迹顕本の深義があると拝せるのではないでしょうか。
◆◇◆
地球全体が困難に直面する中、人類の宿命転換のために、今こそ一人一人が「人間はかくも偉大なり」との挑戦に生き抜く時です。(中略)いよいよ、断固として悪世末法の闇を晴らすことを決意して、威風堂々と我らの信念の行動を貫き通そうではありませんか!
(「大白蓮華」2021年9月号から)

藤井江利子 東海道女性部長
◇"大いなる使命"の目覚め
本年は「竜の口の法難」満750年。
日蓮大聖人が魂魄を留められた地で戦う"正義の神奈川"の友、そして「魂の独立」から30周年を迎える"太陽の静岡"の同志の闘魂は今、師への報恩の一念に燃え盛っています。
池田先生は今月の「大白蓮華」で、大聖人が、絶体絶命ともいえる最大の法難の渦中で「発迹顕本」された意義を講義してくださっています。この指針を命に刻み、立正安国の闘争へと前進する糧としていきたいと思います。

◇地涌の菩薩の本領
先生は講義の中で、「今、一人一人が"大いなる自分"、すなわち地涌の菩薩の本領を発揮し、"大いなる使命"、すなわち広宣流布と立正安国の大願を掲げ、人類の境涯を高めゆく聖業に邁進しています」とつづってくださいました。
東海道の同志も、長引くコロナ禍の今、地涌の使命を自覚し、智慧と勇気で幸の輪を広げています。
私自身、女子部時代、母に脳腫瘍が見つかり、失明の危機に。10時間を超える手術を前に、池田先生から万感のご伝言が届きました。師の励ましを胸に私も祈り抜く中、母は手術を乗り越えましたが、翌年、今度は卵巣がんの宣告が。加えて脳腫瘍も再発。さらに追い打ちをかけるように父と妹が病で亡くなったのです。
激しい病魔に私自身、何度も心が折れそうになりましたが、母は決して負けませんでした。抗がん剤で髪が抜けた頭に帽子をかぶり、勇んで対話を広げ、同じ病室で亡くなった方のご家族に弘教を実らせたのです。
その姿に衝撃を受けた私は、必ず信心で勝ち越えると定め、改めて猛然と唱題に挑みました。母はその後、健康を取り戻し、闘病中に5世帯の折伏を。私自身もヤング・ミセス(当時)時代に8世帯の折伏を実らせることができました。
"地涌の使命を自覚したなら、どんな障魔の嵐にも負けない! 誰もがこの信心で幸せになれる!"——この体験を通して広布に生き抜く確信をつかみました。

◇「励まし」が転機に
また、講義では、発迹顕本といっても、何か特別な姿になることではなく、"全ての人を揺るぎない幸福へ"との仏の「毎自作是念の悲願」(御書466ページ)を胸に、「悩める人々の真っただ中で妙法の広宣流布に励み、民衆の幸福と平和で安穏な社会の構築を目指していく」ことであると示されています。そして、私たちの実践の上でとらえたとき、発迹顕本とは「永遠なる仏の願いの継承者としての自覚に立ち、不屈の挑戦を開始すること」と教えてくださっています。
仕事や子育て、介護など、現実はさまざまな悩みの連続です。ましてやコロナ禍の今、さまざまな苦難に直面していらっしゃる方も少なくありません。その苦悩の現実の中で、不屈の信心に奮い立ち、自他共の幸福に尽くしていくことこそ、地涌の菩薩の"大いなる使命"です。では、逆境に負けず、皆が使命を自覚するために必要なことは何か——。そのきっかけこそ、「励まし」ではないでしょうか。
わが家も池田先生の励ましが転機となって苦境を勝ち越えることができました。「一は万が母」(同498ページ)です。目の前の一人を励ますことは、その背後にいるご家族をはじめ、多くの方に希望を送ることに通じます。私も、一度でも語り合った方が、信心で立ち上がれるようにと祈り、その後も電話をするなど、関わりを続けています。友の声に耳を傾け、励ましの絆をさらに強めていきたいと思います。
先生は、講義の結びで「地球全体が困難に直面する中、人類の宿命転換のために、今こそ一人一人が『人間はかくも偉大なり』との挑戦に生き抜く時です」と呼び掛けてくださいました。
過去でも未来でもない、師匠の総仕上げの戦いの「今この時」に生まれ合わせ、広布に戦える私たちは、どれほど深い使命をもった一人一人でしょうか。この"大いなる自分""大いなる使命"に目覚めた地涌の連帯ほど強いものはありません。
皆が発迹顕本に挑み、社会に生命尊厳の正義の哲理を打ち立てる勇気の対話拡大で、創立100周年への初陣の本年を、勝ち飾っていきましょう!

メモ
「開目抄」は、佐渡流罪中に認められ、文永9年(1272年)2月、門下一同に与えられた書。今回の御文は、大聖人が「竜の口の法難」で発迹顕本されたことを示す箇所である。「魂魄」とは、大聖人の御生命に顕された仏の境涯であり、勇気と智慧と慈悲にあふれた自在の境地。それに続く部分では、三類の強敵は恐ろしいように見えても、法華経の行者としての透徹した信心があれば、必ず打ち破れるとの大確信が込められている。

2021年9月26日日曜日

2021.09.26 わが友に贈る

心と心の触れ合いから
安心と喜びが生まれる。
故郷の友や親戚等との
旧交も大切に温めよう。
希望の連帯を朗らかに!

上野殿御返事 P1556
『権宗の人人無量にいひくるふともただほうろく千につち一つなるべし、法華折伏破権門理とはこれなり、尤もいみじく秘奥なる法門なり』

【通解】
権宗の人々が無量に言い狂ったとしても、要するに「千の土鍋も、たった一つの槌で砕ける」ようなものである。「法華は折伏にして、権門の理を破す」とは、このことである。最も大事な秘奥の法門である。

名字の言 紡がれ続ける「再会」の物語 2021年9月26日
「詩聖」と仰がれる杜甫が48歳の時、若き日の友人・衛八のもとを訪れ、「衛八処士に贈る」と題する詩を詠んだ▼杜甫が衛八と再会したのは、20年ぶりのこと。衛八は結婚しており、子どももいた。共通の友人のことが話題になった。「十盃の酒にも酔わないのは、あなたの友情の深いのに感動するからである」(『杜甫詩選』岩波文庫)。衛八との語らいは、杜甫を深い感動で包んだ▼ある友と一緒に、高校時代の恩師を訪ねた。懐かしい"生徒"との再会を喜んでくれた。歴史のクラブ活動でモンゴルの住居・包を実際に造ったり、古代の料理に挑戦したりなど、思い出話に花が咲いた▼再会は、楽しみと緊張が交錯する。年月を経た再会であればあるほど、その気持ちが強くなる。最初はぎこちなくても、語らっているうちに記憶が次々とよみがえり、心が弾んでくる。人とつながるツールは日進月歩だ。しかし、「会うこと」でしか得られない心の交流がある。それは古くから変わらぬ人生の真理だろう▼池田先生は「『会う』ことから何かが始まる。何かを学べるし、自分の世界も広がる。次の、新しい出会いへと、つながっていく」と。対話の秋。詩を詠ずる才はなくとも、感動の出会いを刻みたい。

寸鉄 2021年9月26日
「心かひなければ多くの能も無用なり」御書。勇気が広布の力。堂々と開拓
東京の北、足立、豊島、板橋よ今再びの凱歌を!感激の同志と怒濤の拡大
大阪から対話の大旋風を新たな常勝の金字塔へ—いざや前進、恐れなく!
人材を愛さなければ英雄とはいえぬ—戸田先生。励まし送り、共々に挑戦
核兵器の全面的廃絶のための国際デー。草の根の絆強く。ここに平和の礎

☆希望の指針——池田先生の指導に学ぶ 立正安国�
◇「人間」こそ我らの原点
連載「希望の指針——池田先生の指導に学ぶ」では、テーマごとに珠玉の指導・激励を紹介します。今回は小説『人間革命』『新・人間革命』から、「立正安国」(全4回予定)の第2回を掲載します。

【創価学会の使命】 平和担う人材育てる「教育的母体」
<1956年(昭和31年)7月、創価学会は初めて参議院議員選挙に候補(全国区4人、地方区2人)を推薦。山本伸一が指揮を執った大阪地方区は勝利を収めたが、当選は6人中3人にとどまる。伸一は、戸田城聖と今後の支援活動について語り合う>

戸田は、急に観点を変えて話しだした。
(中略)
「新しい民衆の基盤から、新しい民衆の代表である政治家を誕生させることが、今ほど望まれている時代はないだろう。創価学会から、同志を政治の分野に送ったのも、時代の要請ともいえる。(中略)
今回の選挙でも、学会の支援活動は、政治に無関心であった多くの人びとに、政治への関心をもたせた。これには、大きな意味がある。本来、政治は民衆のものだから、人びとが、政治を監視する意識をもつことが大事だ。そうした土壌を深め、広げていけば、そこから、新しい本格派の政治家が出現していくにちがいない。政治家を育てるのは、結局は民衆であるからだ。
将来、何十年先になるかわからないが、多くの民衆の期待に応え、衆望を担う真の政治家が、続々と出現したらどうだろう。世論は、彼らを信頼するに足る政治家として、支持するにちがいない。(中略)
政治家一人では、何もできるものではない。民衆が大事なんだよ。つまり、人間が原点だ。人間が的だよ。
また、こうも考えられる。
広宣流布が進んでいけば、社会のあらゆる分野に人材が育っていく。政治の分野にも、経済の分野にも、学術・芸術・教育など、どんな分野にも、社会の繁栄、人類の平和のために、献身的に活躍している学会員がいるようになるだろう。(中略)
要するに、創価学会は、人類の平和と文化を担う、中核的な存在としての使命を課せられることになると、私は考えている。
伸ちゃん、創価学会は、そのための人材を育て上げていく、壮大な教育的母体ということになっていくんじゃないか。要は、『人間』をつくることだ。伸ちゃん、この人間革命の運動は、世界的に広がっていくことになるんだよ」
戸田は、伸一と語り合っているうちに、知らず知らず、広宣流布の未来図を話していた。(中略)伸一は、その未来図を、遠く望むように目を細めて言った。
「創価学会が、広く社会を潤し、壮大な人間触発の大地となる。そこから、人類の輝かしい、新しい未来が眼前に開ける、まことに雄大な構想ですね。ずいぶん先の将来に思えますが……」
「遠いといっても、百年も先ということにはなるまい。しかし、私の生涯に、そのような時代が来るとは思えない。伸ちゃん、君たちの時代だ」
(『人間革命』第10巻「展望」の章、341〜344ページ)

【政教分離の原則とは?】 国家権力から「信教の自由」を守る
<1962年(昭和37年)1月、創価学会推薦の議員らによって、「公明政治連盟」の発足が発表される。これによって政治団体の"公政連"と宗教団体である創価学会の役割がより明確となった>

山本伸一が「公明政治連盟」という政治団体結成に踏み切った最大の理由は、創価学会は、どこまでも宗教団体であり、その宗教団体が、直接、政治そのものに関与することは、将来的に見て、避けた方がよいという判断からであった。
いわば、学会として自主的に、組織のうえで宗教と政治の分離を図っていこうとしていたのである。
本来、宗教団体が候補者を立てることも、政治に関与することも、憲法で保障された自由であり、権利である。宗教団体であるからといって、政治に関与することを制限するなら、「表現の自由」「法の下の平等」、さらには「信教の自由」をも侵害することになる。
憲法の第二〇条には「政教分離」がうたわれているが、ここでいう「政」とは国家のことであり、「教」とは宗教、または宗教団体をいい、国と宗教との分離をうたったものである。つまり、国は、宗教に対しては中立の立場を取り、宗教に介入してはならないということであり、宗教が政治に関与することや、宗教団体の政治活動を禁じたものではない。
憲法にうたわれた「政教分離」の原則とは、欧米の歴史をふまえつつ、戦前、戦中の、国家神道を国策とした政府による宗教弾圧の歴史の反省のうえに立って、「信教の自由」を実質的に保障しようとする条文にほかならない。
したがって、創価学会が政界に同志を送り出すことも、学会自体が政治活動を行うことも自由である。
宗教も、政治も、民衆の幸福の実現という根本目的は同じである。しかし、宗教が大地であるならば、政治はその土壌の上に繁茂する樹木の関係にあり、両者は次元も異なるし、そのための取り組み方も異なる。
たとえば、核兵器の問題一つとっても、核兵器は、人類の生存の権利を脅かすものであり、絶対に廃絶しなければならないという思想を、一人ひとりの心に培っていくことが、宗教としての学会の立場である。それに対して、政治の立場は、さまざまな利害が絡み合う国際政治のなかで、核兵器の廃絶に向かい、具体的に削減交渉などを重ね、協調、合意できる点を見いだすことから始まる。
また、宗教は教えの絶対性から出発するが、政治の世界は相対的なものだ。
そうした意味から、やはり、宗教団体のなかでの政治活動と宗教活動との、組織的な立て分けが必要であると伸一は結論したのだ。そして、政治活動は、政治団体が主体的に行い、学会は、その支援をするという方向性を考えてきたのである。
(『新・人間革命』第5巻「獅子」の章、302〜304ページ)

【社会建設の原理】 各人の心に生命尊厳の法理を確立
<1954年(昭和29年)の春のある夜、戸田城聖は「王仏冥合」すなわち、王法(世間の法)と仏法が奥深くで合致するとはどういうことか、山本伸一に語った>

「『王法』とは、そのまま解釈すれば、王の政治ということになるが、ただ政治だけに限定するわけにはいかない。むしろ、王の定めた法の及ぶ範囲、すなわち、世間法ととらえるべきだろう。
つまり、政治だけでなく、経済も、教育も、学術も含め、社会の文化的な営みのすべてを、『王法』と解釈すべきだ。そして、『王法』と『仏法』の『冥合』とは、いかなる姿をいうのかが、極めて重要になってくる」(中略)
「『王仏冥合』は、政治と仏法が制度的に、直接、一体化することでは決してない。
まず、『三大秘法抄』で述べられた『王法仏法に冥じ仏法王法に合して』(御書1022ページ)とは、いかなることか、から考えなくてはならない。
この『王法仏法に冥じ』の『冥』の字には『暗い』『幽か』『深い』という意味がある。つまり、表面的な形式や制度上の合体とは異なっている。『王法』と『仏法』が、奥深くで合致することであり、人間の営みである、あらゆる文化の根底に、仏法の哲理、精神が、しっかりと定着するということだ。もちろん、文化の根底といっても、社会を建設していく人間の心、一念のなかに仏法の哲理が確立されることを意味する。
また、『仏法王法に合して』とは、仏法の哲理、精神が、一人ひとりの生き方、行動を通して表れ、世間の法が、社会そのものが、仏法の在り方と合致していく姿だ。
仏法の哲理とは、簡単にいえば、『皆宝塔』『皆仏子』なるがゆえに、人間の生命は尊極無上であり、誰もが皆、幸福になる権利をもつというものだ。また、それを実現するための慈悲のことだよ。そして、自身の仏の生命を開き、いかなる環境にも負けない、創造的で主体的な自己を確立する人間革命の思想が仏法だ。いわば、仏法の哲理は、生命の尊厳と、人類の平等と、自由の原理であり、人権を守り、本当の民主主義を実現する根本の理念になるものといえる。
その仏法を一人ひとりの心に打ち立て、人格を陶冶していくことが、大聖人の示された社会建設の基本原理であり、その帰結が『王仏冥合』ということだ。
要するに『王仏冥合』といっても、あるいは『立正安国』といっても、具体的な一個の人間を離れてはあり得ない。それは、どこまでも、人間一人ひとりの一念を変え、生命を変革していく人間革命ということが、最大のポイントになるのだよ」
(『新・人間革命』第5巻「獅子」の章、325〜327ページ)

2021年9月25日土曜日

2021.09.25 わが友に贈る

創価の開拓魂とは
困難を突き抜ける
広布の志にあり。
情熱を燃え上がらせ
対話へ打って出よう!

上野殿後家尼御返事 P1504
『いきてをはしき時は生の仏今は死の仏生死ともに仏なり、即身成仏と申す大事の法門これなり』

【通解】
(故上野殿は)生きておられた時は「生の仏」、亡くなった今は「死の仏」であり、生死ともに仏である。これが即身成仏という大事な法門である。

名字の言 虫の声で思い出すこと 2021年9月25日
猛暑の日々が過ぎ、過ごしやすい日が増えてきた。学会活動の帰路、耳を澄ますと、コオロギの鳴き声が聞こえた▼昆虫は最初の抒情詩人——昆虫学者・ファーブルの言葉だ。コオロギは「歌い手の第一位」とも述べている(平野威馬雄訳『虫と自然を愛するファーブルの言葉』興陽館)。昆虫たちの"詠唱"は、心なごむ忙中閑のひとときとなった▼虫の声で思い出すことがある。ある識者が、アメリカの大学で日本文学の講義をした。そこで「虫が鳴く」を説明したが、受講した学生はなかなか理解を示さなかったという。虫の声に趣を感じる人もいれば、単なる雑音に聞こえる人もいる。"声"の感じ方は、人や文化でそれぞれだ▼法華経に説かれる観世音菩薩は、悩みの声を慈愛で受け止める菩薩である。人間は喜怒哀楽のさまざまな声を発する。言葉にならない"心の声"もある。耳を傾け、時には心まで澄ませて、相手の声に応えようとする。そこに、観世音菩薩のごとき実践がある▼耳にする内容が同じであったとしても、聞く人の境涯によって声の捉え方は異なってくる。だからこそ、心を磨きたい。創価学会は苦悩する人に寄り添う励ましの団体。きょうも友の幸福を祈り、声に耳を傾けよう。

寸鉄 2021年9月25日
妙法を「唱うるより外の遊楽なきなり」御書。題目の人は負けず。勇気凜々
北海道の大空知・留萌・サロベツの同志が進撃!壁破り自分自身の凱歌を
広島戸田総県が総立ち。百万一心の団結で拡大を 強気で攻めた方が勝つ!
青年は真実の師弟の教学を身に付けよ—戸田先生 絶対勝利の大哲学を胸に
国連のSDGs採択6年 青き地球を未来につなぐ全市民の指標。実践の時

〈社説〉 2021・9・25 「川越地区講義」開始70周年
◇「最前線」から平和の連帯を
「皆に信心の楔を打ってくるんだ!」「戸田の名代として、毅然として行ってきなさい!」——。1951年(昭和26年)9月25日、師の命を受けた23歳の池田大作先生が担当し、埼玉・志木支部の川越地区で第1回「地区講義」が行われた。戸田城聖先生の会長就任から4カ月。9月に教学部が発足し、各地で「地区講義」「支部講義」が開催された。池田先生は同じ時期、神奈川・鶴見支部市場地区の講義も担当している。
当時、朝鮮戦争の戦火はやまず、東西冷戦の対立と分断は世界に暗い影を落としていた。"世界平和のために何をすべきか"——後に池田先生は、当時の真情を語っている。「まず足もとの地区を、足もとの組織を、一歩一歩、確実に、粘り強く固め、『創価の力』をつけていこう! 時をつくり、『平和』と『友情』の懸け橋を世界中に結んでいこう!」。この誓いを胸に、組織の「最前線」で人材育成に全精魂を傾けた。
川越地区講義は、足かけ3年、記録に残るだけでも計10回行われた。研さん御書は「治病大小権実違目」「生死一大事血脈抄」「聖人御難事」など10編を超える。
「勇気が湧いてきました」「戦います! 私たちは、すごい仏法を、目の覚める思いで自分のものにできました」。受講者は地涌の使命に立ち上がった。当時の池田先生の日記には「川越地区に講義。——『佐渡御書』。受講者、約五十名。次第に、人材、人物が、輩出して来た様子」とある。
講義の開始から70年。御書根本の伝統は、確かに受け継がれている。埼玉ではこの佳節を目指し、青年部を中心に1年かけて教学運動を展開。中でも学生部は、夏休みにオンラインで週3回の勉強会を行うなど研さんに力を入れてきた。学生部伝統の教学実力試験では、今夏の高得点者が前年比1・5倍になるなど、多くの若人が希望の哲学を胸にはつらつと進む。
若き日の池田先生の誓願通り、地涌の連帯は192カ国・地域に広がった。世界中の同志が日々、コロナ禍をはじめ山積する地球的課題の克服を祈り、社会に貢献している。11月18日には『日蓮大聖人御書全集 新版』が発刊される。
今こそ、立正安国の御生涯を貫かれた御本仏の精神を学び、わが地域から平和と友情の連帯を広げたい。ここに、創価の師弟が目指す立正安世界の第一歩がある。

☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第6回 中部
本年は、「桂冠詩人」の称号が池田先生に贈られてから40周年。連載企画「勇気の舞 凱歌の行進」では、先生がつづった長編詩を紹介します。第6回は、中部の同志に詠んだ「新しき大中部の太陽よ 勝ち昇れ!」(2007年)です。

◇完勝の「この道」を開け
堂々と
 堅塁中部は
  確かなり
 完璧完勝
  師弟城かな

古き時代を変えゆく
天地がある。
それが
私の信ずる大中部だ!

新しき歴史を創りゆく
勇者がいる。
それこそ
私の誉れの中部の友だ!

日蓮大聖人は
「撰時抄」に仰せになられた。
「我が弟子等
心みに法華経のごとく
身命も おしまず修行して
此の度 仏法を心みよ」

わが使命の人生において
「此の度」とは
いったい何時か。
待っていれば来るのか。
いな!
自分で定めるしかない。
弟子が決めるしかない。
それができなければ
永遠に「時」は来ない。
わが生命の全権は
汝自身の一念にあるからだ。

法華経では
おごそかに宣言されている。
「今 正しく是れ其の時なり
決定して大乗を説く」

栄光の
 中部の城は
   人間城
 今日も朗らか
   今日も楽しく

◆◇◆

ああ! 大中部の同志の瞳は
いつも私の胸中に
一番星の如く
燦然と煌めいている。

◆◇◆

列島を貫いて
日本の真ん中に
堂々と広がりゆく大中部よ!
幾たびも私と共に
死闘 激闘を勝ち越えた
その人間王者の風格は
なんと頼もしいことか!

中部は
常に大勝利するのだ!
中部は
必ず勝鬨を挙げるのだ!
中部は
断固として勝つのだ!

新たな
創価の完勝の「この道」は
名誉ある大中部から
断じて開いてくれ給え!

2021年9月24日金曜日

2021.09.24 わが友に贈る

「地区」こそ
幸福の楽土を創る起点だ。
どこまでも一人を大切に
桜梅桃李の和楽の園を
わが地域に広げゆこう!

唱法華題目抄 P8
『国を損じ人を悪道にをとす者は悪知識に過ぎたる事なきか』

【通解】
国を滅ぼし、人を悪道に堕とすものは、悪知識に過ぎるものはない。

名字の言 3000年に1度咲く「優曇華」の花 2021年9月24日
仏典に登場する「優曇華」の花は3000年に1度咲くという。人生を80年とすると、生きているうちに花を見られる可能性は極めて低い。日蓮大聖人は正法と巡り合うことが、いかに至難であり、有り難いことかを優曇華を例に教えられた▼数年前、ある青年部員が母と一緒に祖母の家へ行った。滞在中、祖母と共に広布に歩いた女性部員が来訪。皆で語らう中、祖母の入会動機が話題になった▼50年前、祖母の娘、つまり青年の母が幼くして命に及ぶ大病を患った。その際、先の女性部員に折伏を受けた祖母は、娘の病を治したい一心で入会。良医にも恵まれ、奇跡的に完治した。その後、娘は充実の女子部時代を送り、結婚。後年、青年を産み、母となった▼黙って聞く青年の目が潤む。青年は入会以来、学会活動に消極的だった。だが話を聞き、"今の自分があるのは祖母と母が信心と巡り合い、貫いたおかげ"と胸を熱くし、"この道に連なろう"と発心した。長い時を経て、青年の信心が確かに芽吹いた▼仏典では、月光が優曇華を開花させるように、慈愛の光明が衆生の善心の花を開かせる、と説く。一人一人に慈悲の励ましを送る創価の世界——ここに幸福の人生を花開かせる"希望の光"がある。

寸鉄 2021年9月24日
一つの方針を定めたら、それを貫く意志力を持て—恩師。壁破る鍵は執念
東北健児が勇戦。強気の拡大で勝ち捲れ。不屈の庶民の連帯に恐れなし!
中国方面が大車輪の奮闘 誉れの友の開拓魂光る!勝利つかみ新時代を開け
環境衛生週間。ゴミ削減やリサイクル等、小さな積み重ねから変革の波が
飲酒運転による死亡事故—5年間で950件と。一瞬の油断排し皆で根絶

☆Switch——共育のまなざし 池田先生の励ましの言葉から
◇父と母 妻と夫——支え合う同志として
子育てに地域や周囲の支援は必要ですが、何といっても夫婦間の理解と支えほど大事なものはないでしょう。今回の「Switch——共育のまなざし」のテーマは「父と母 妻と夫——支え合う同志として」。池田先生が女性リーダーや創価の教育者と語り合ったてい談『21世紀への母と子を語る』(『池田大作全集』第62巻所収)の中から、先生の励ましの言葉を抜粋して紹介します。

◇ささいなことでも
〈「夫婦の関係は、家族の人間関係の基本です。軸であり、柱です。夫婦のあり方が、子どもの成長にも大きな影響をおよぼします」——そう池田先生は訴えます。ある女性リーダーが忙しい夫との間で「夫婦らくがき帳」を作り、お互いの近況や伝言、さらに率直な思いなどを書いて共有している様子を伝えると、先生はこう応えました〉
夫婦が忙しい場合、おたがいにコミュニケーションを図っていくために「工夫」や「知恵」は必要だね。
信仰者とは、特別な人間になることではない。立派な社会人として働き、「よき父」「よき夫」として、「よき母」「よき妻」として、誠実に生きぬいていくことです。
現実の生活、家庭という足元をおろそかにして、いくら立派な理想論を振りかざしても、なんの説得力もない。夫婦は、おたがいに相手を理解していこうという努力が大切でしょう。そのためには、日ごろのちょっとした心づかいが大事だね。
◆ ◇ ◆
人の心というのは、思っている以上に繊細なものです。微妙な心の動きが、すべてを大きく変えていく。
その「心」に、どう気づき、思いやり、いい方向へ、皆が幸福になる方向へと持っていくか。現実生活のなかで、そういう知恵を発揮していくのが仏法の人間学です。
夫婦であれ、親子であれ、たとえ、ささいなことでも、「ありがとう」とか、「ごめんなさい」とか、言葉に出して表現していくのです。
小さなことのようだが、そうした小事の積み重ねが、大きなことにつながっていく。「小事」が「大事」です。また、こちら側の考えを一方的に押しつけるのではなく、相手の立場や考えをよく理解したうえでの言葉づかいやふるまいを心がけることです。

◇周恩来夫妻の八互原則
〈「模範の夫婦」とは? 池田先生が真っ先に挙げたのは、中国の周恩来総理と�穎超夫人でした〉

中国だけでなく、国際的にも尊敬を集め、「模範夫婦」と謳われたお二人です。ともに、革命の同志として、中国人民のために尊い生涯をささげられた。
そんなお二人ですから、若い人たちから結婚生活についてのアドバイスを求められることも多かったという。のちに、自分たちの経験をもとに「八互原則」——つまり「八つの互いの取り決め」というのをつくられ、若い人たちに教えたそうです。
西園寺一晃氏が著書の中で紹介されています。(『�穎超 妻として同志として』潮出版社、参照)
まず第一に「互愛」——互いに愛しあうこと。これが基本です。
第二に「互敬」——互いに尊敬しあうこと。新婚のころは守られても、時間がたつにつれ、なかなかできなくなる。とくに人前では注意しなくてはいけないとされていた。
第三に「互勉」——互いに励ましあうことです。
第四に「互慰」——互いに慰めあうこと。つらいこと、不愉快なことがあった時は、相手の気持ちを理解し、あたたかく接する。こういう時は相手を責めたり、感情を傷つけたりしてはいけないと言われている。
第五に「互譲」——互いに譲りあうことです。意見の相違や感情的な対立があっても、譲りあう気持ちがあれば、解決は早い。長引けば、感情的なしこりが残ってしまう。
第六は、「互諒」——互いに諒解しあうことです。どちらかが誤りを犯しても、それを責めるのでなく、諒解し、許しあうことです。
第七は「互助」——互いに助けあうこと。
そして第八は「互学」——謙虚になって、互いに学びあうことです。
�穎超さんは、これらのうちで「互譲」と「互諒」がもっともむずかしい、と言われていたそうです。

◇大らかに 賢明に
〈夫婦間では、ささいなことでケンカになり、互いに「我」を張っているうちに、いつのまにか根深いしこりになってしまう——ということがよくあります。例えば、夫が「自分は悪くない! 悪いのはあっちのほうだ!」と思っていたり、妻は妻で「相手が先に素直に謝ってさえくれれば、こちらも謝れるのに」と思ったりしている……〉

お互いに、そう思っていてはしようがないね(笑い)。
周総理夫妻の「八互原則」でいえば、先に譲り、許したほうが境涯が高いのです。相手が、怒っていても、「これだけ元気なら、当分、倒れないな」(笑い)というぐらいの大らかな気持ちで、賢明に家庭を操縦していくのです。
人間、だれしも欠点はある。その欠点をあげつらって、責めあっていたのでは、お互いにいやになってしまう。たとえ、それが「正しい」としても、いや、「正しい」からこそ、耐えがたい批判というのもあるのです。家庭においては、とくにそうです。
少しくらいの欠点や誤りは、大きな心でつつみこんで、長所を認め、たたえあっていくという、心豊かな励ましあいの家庭を築いていってほしい。父と母が、いつもいがみあい、争っているようでは、子どもの心に暗い影を落としてしまう。また、どちらかのいないところで、子どもに片方の親の悪口を言うようなことも、あってはならない。

◇わが子に心豊かな励まし合いの家庭を
◇活動と育児の両立
〈話題はさらに、�穎超さんが若い母親を励ましたエピソードにも及びました。当時は中国建国の真っただ中であり、女性も男性も、同じく新しい社会の建設に汗を流していたそうです。「活動と育児の両立」に悩む母親からの相談にじっくりと耳を傾けた�穎超さんは、どんな言葉で応えたのか。先生は一つ一つ紹介します〉
(�穎超さんは)さとすように、優しく、こう語りかけた。
「あなたの困難はよくわかるわ。でもね、まず精神的に負けてはだめよ」「特に母親の負担は大きいのよね。大変だけど、だからこそ女性は強い、すばらしいと思うわ」
「私たちのこの偉大な事業は次の世代、その次の世代へと引き継いでゆかなくてはならないわ。そのためには次の世代を担う若い人たち、そしてその次を担う子供たちが立派に育たなければならないのよ。子供は宝よ。あなたの宝でもあるし、私の宝でもあるの」
「要するに、子供の世話、教育などは前向きに考えるべきよ。負担ではなく、光栄な任務なの。この子たちが成長し、立派になり私たちの未来の事業を引き継いでくれる。考えただけでわくわくするでしょう。後継者を育てない革命は途中で必ず挫折してしまうわ」(前掲書)
〈それは「広宣流布」、そして一人一人の「人間革命」を懸けた信心の活動にも通じるでしょう。先生は語らいを次のように結びます〉
牧口先生が、「生涯でもっとも感銘を受けた」という言葉がある。
それは、ノーベルの「遺産は相続することが出来るが、幸福は相続する事は出来ぬ」という言葉でした。牧口先生は、これは、「幸福と財産との不一致を喝破」したものであると意義づけられました。(「教育目的論」、『創価教育学体系』第1巻所収)
いくら財産を残しても、それで子どもが幸福になるとはかぎらない。かえって、不幸にしてしまう場合だってある。
親が信念を貫き、懸命に生きぬいた姿そのものが、最高の"遺産"です。私どもでいえば、わが子に信心を教え、広布の立派な後継者に、そして社会に貢献しゆく力ある人材に育てていくことが、永遠に尽きることのない、不滅の財宝を残してあげることになるのです。

2021年9月23日木曜日

2021.09.23 わが友に贈る

「開かれた心」で
自ら語り掛けていく。
ここに仏法者の真価が。
誠実の声を響かせ
信頼の輪を広げよう!

四条金吾殿御返事 P1169
『日蓮は少より今生のいのりなし只仏にならんとをもふ計りなり、されども殿の御事をばひまなく法華経釈迦仏日天に申すなり其の故は法華経の命を継ぐ人なればと思うなり』

【通解】
日蓮は、若き日より、今世の栄を祈ったことはない。ただ仏になろうと思い願ってきただけである。けれども、あなたの事は、いつも法華経、釈尊、日天にお願いしている。そ

名字の言 「古代エジプト展」で心豊かな交流を 2021年9月23日
東京富士美術館で開催中の「古代エジプト展」に足を運んだ。ドイツの国立ベルリン・エジプト博物館が誇る約130点の至宝に圧倒された(12月5日まで)▼会場に入ると、古代エジプト人が「世界をどう見ていたのか」が伝わってくる。世界の始まりは原初の海「ヌン」で、この海から全てのものが創造されると考えられた。しかし、世界に終わりがやって来るとヌンに戻り、再びヌンから新たな世界が創られる。実に壮大な生と死のサイクルである▼太陽とロータスが装飾された作品が印象的だった。エジプトロータスは睡蓮のこと。太陽が昇ってから沈むまでが現世、沈んでから昇るまでが死後の世界とされたため、日の出とともに開花し、夕方に花を閉じる睡蓮は太陽と共に再生の象徴だった。また、水の中で成長し、水面から顔を出して花を咲かせる様子は、原初の海から世界を創造する力を示していた▼時代も風土も異なるが、仏教も太陽と蓮を象徴的に扱う。睡蓮は蓮と種は違うものの、御書に「法華経は日輪のごとし」(1114ページ)、「妙法蓮華経と申すは蓮に譬えられて候」(1580ページ)等とある▼心が豊かになり、視野が広がるのが文化交流の催しの魅力。秋の一日、友人と訪れるのもいい。

寸鉄 2021年9月23日
「題目の光無間に至りて」御書。秋の彼岸。広布の闘士の唱題こそ最高の追善
関東が力闘!勇気の対話から友情の劇が。大善の連帯で民衆勝利の歴史を
東海道よ破竹の進撃を。正義の太陽の同志は勇敢 師子吼を放ち勝ち飾れ!
少年少女部の結成記念日 後継の若芽を伸ばそう。励ましの陽光を隅々まで
公明がコロナ早期治療の道を開いた—医師。生命守る対策に死力を尽くせ

〈社説〉2021・9・23 少年少女部結成記念日
◇学会の永遠性を確かなものに
きょう9月23日は少年少女部の結成記念日。高等部、中等部に続き、21世紀の広布の未来を展望して池田先生が提案し、1965年のこの日に各地で結成の集いが行われた。当時の聖教新聞には、子どもたちが喜々として参加する様子が報じられている。
翌66年には首都圏の代表による合唱団が誕生。その後、各地にもつくられ、合唱団運動は後継の人材育成の要となってきた。
しかし、合唱団誕生から55周年を迎えた本年は、コロナ禍による感染防止のため、集まって一緒に歌うことができない状況が続いている。
そうした中にあっても、各地の合唱団では、子どもたちに池田先生の精神を伝え、広布後継の大樹を育もうと、担当者の知恵と工夫が光る取り組みが行われている。
九州では「Be Brave! プロジェクト」と称して、各家庭で少年少女部歌「Be Brave! 獅子の心で」を歌う様子を撮影する運動を推進。合唱団として皆が挑戦の第一歩を踏み出した。宮城県青葉少年少女合唱団の友は、7月の第2回「東北青年音楽祭」で「母」の曲を手話で披露し、家族への感謝を表現した。
富士少年希望少女合唱団では昨年来、オンラインでの歌唱練習を続けている。直接会えない分、担当者はきめ細かな激励に努めてきた。するとメンバーから「団員同士の仲をもっと深めたい」と、先輩が後輩と電話で対話する取り組みを開始。本年はその後輩たちが「今度は自分が」と、下の学年の友と語らいを広げている。
子どもの心は純粋で敏感だ。その心のキャンバスにどんな絵を描けるかは、周囲の大人たちの関わりによって大きく左右される。コロナ禍の今はなおさらだろう。
未来部育成の歴史は、どんな時も子どもたちに寄り添い、共に祈り、歌い、悩み、支えてきた担当者や地域の同志の献身の歴史である。その真心の言葉や振る舞いが、子どもたちの心に成長の因として刻まれてきたのである。
池田先生は「未来部の友を育てることは、未来を創ることそのものです。未来からの使者たちは、学会という究極の人間主義の庭で大きく豊かに育てていきたい」とつづる。少年少女部員は一人ももれなく使命ある宝の存在だ。その励ましの流れを止めないことが、学会の永遠性を築いていく。

☆きょう少年少女部結成記念日
◇学会歌「青年よ広布の山を登れ」 富士少年希望少女合唱団がさわやかに
池田先生の提案で1965年(昭和40年)9月23日に結成された少年少女部がきょう、56周年を迎えた。
部の日を記念して、富士少年希望少女合唱団が、学会歌「青年よ広布の山を登れ」をリモート合唱。"学会創立100周年の2030年を目指し、広布後継の道を歩みゆく!"との誓いを込めて歌い上げた。
さわやかな歌声を収録した動画には、各地の合唱団の"未来っ子"たちも友情出演。将来の夢を書いたボードを掲げ、映像に彩りを添えている。
少年少女部の伝統である合唱団運動の歴史は長い。部結成の翌66年(同41年)5月5日には、富士少年希望少女合唱団の前身となった「富士少年合唱団」「希望少女合唱団」が誕生。その後、全国各地に少年少女部の合唱団が生まれ、後継育成の合唱団運動が広がっていった。
合唱団メンバーはコロナ禍の中にあっても、地域の創価家族の励ましに支えられ、オンラインなどを活用して練習を継続。"獅子の子"らしく、勉強や読書、親孝行にと全てに挑戦する。
佐保少年部長、角田少女部長は語る。
「"未来からの使者"である少年少女部員一人一人が使命の舞台で輝いていけるよう、智慧を湧かせ、さらなる激励に全力を尽くしてまいります」

☆人間主義の哲学の視座 第11回 対談集「21世紀への選択」に学ぶ�
◇テーマ:安心と安全
池田大作先生の著作から、現代に求められる視点を学ぶ「人間主義の哲学の視座」。「安心と安全」をテーマに掲げ、今回からは、マジッド・テヘラニアン博士との対談集『21世紀への選択』をひもとく。

【テヘラニアン博士】
対話は平和を保障する唯一の手段。
21世紀において人類が進むべき方向

【池田先生】
「人間性」という共通の大地に立ち、
語り合うことが問題解決の糸口に。

◇恩師の遺訓
創価学会の平和運動の原点である戸田先生の「原水爆禁止宣言」(1957年9月8日)から、間もなく64年を迎える。
冷戦下の当時、「核抑止論」のもとで軍拡競争が繰り広げられていた。
「私は、その奥に隠されているところの爪をもぎ取りたい」——戸田先生は、核兵器を正当化する思想に潜む生命軽視の"魔性"を糾弾し、青年への「遺訓の第一」として訴えた。
恩師の遺志を継ぎ、世界中で対話と友好を広げ、生命の尊厳を時代精神へと高めていったのが池田先生である。
宣言から38年がたった、96年2月11日。恩師の生誕日に、先生は、「戸田記念国際平和研究所」を創設した。その初代所長に就任したのが、マジッド・テヘラニアン博士であった。
先生と博士は、92年7月以来、10度を超える語らいを重ね、2000年10月に対談集『21世紀への選択』を刊行。これまでに英語、フランス語、アラビア語、ヘブライ語などに翻訳されている。

◇研究所の使命
テヘラニアン博士は、イラン生まれの平和学者。イスラム世界に造詣が深い。先生との対話は、仏教とイスラムという文明間に橋を架ける作業となった。
対談集の冒頭、二人はそれぞれの生い立ちや、「平和への道」を歩み始めたきっかけを語る。
互いを「よく知る」ことが、友好を深めるための第一歩となり、社会の連帯の力となる。宗教的・文化的背景の異なる二人によるこの対談を、その一助に——これが先生と博士の真情であった。

池田 テヘラニアン博士は、私たちの対談を始めるにあたって、これを「対話への選択」と意義づけたいと提案されましたね。

テヘラニアン 今や私たちの時代は、この「生命」や「平和」と同程度に「対話」が必要とされる歴史の段階に入ったのです。じつのところ「対話」こそが、「生命」と「平和」を保障しうる唯一の手段かもしれないのです。

池田 そうした思いを共有して、私は、この対談の日本語版のタイトルを「21世紀への選択」と発案させていただきました(注=英語版のタイトルは「対話への選択」)。
思うに、人間の人間たる証は、つまるところ対話の精神に表れるのではないでしょうか。博士の故国イランの大詩人サアディーは、こう訴えています。「人は語るの術において獣にまさる、善きことを語らぬなら獣が汝に勝ろう!」(『薔薇園』蒲生礼一訳、平凡社)と。

戸田平和研究所の所長就任を、博士は「平和探求に生きてきた私にとっての、いうなれば『責任への挑戦』」であったと振り返る。
グローバリゼーションの進展は、国家間、文化間の交流や協力を促進した反面、経済や政治はより競争的になり、認識や利害が対立する状況が生まれてきた。
対話が欠ければ、「憎しみの種子」がまかれ続けてしまう——そう強い危機感を抱く博士が、スタッフと討議する中で掲げた研究所のモットーは、「地球市民のための文明間の対話」であった。

テヘラニアン 対話がない世界は、暗黒です。「対話」がなければ、人間は独善という暗闇の中を歩み続けねばならないのです。

池田 人間と人間が語りあうこと——ここからすべては始まります。(中略)友か敵かといった、二者択一的な関係を打ち破り、「人間性」という共通の大地に立って心を開いて話しあうことが、問題解決の糸口を見いだすことにつながると固く信じてきました。

テヘラニアン ご指摘のように、「相違点」と同時に「共通点」を見いだし、認めあうことから新しい価値は生まれてくるのです。

◇対立から共生へ
対談集発刊の翌年・2001年は、国連の「文明間の対話年」に定められた。文明と文明が出あい、交流を重ねる中から、新たな価値が生まれる——希望と期待に照らされた21世紀の幕開けであった。
だが、同年9月11日にアメリカ同時多発テロ事件が勃発。「文明の衝突」を象徴するかのような、国際社会を揺るがす事件だった。
対談で二人は、頻発する紛争やテロを取り上げ、時代を対立から共生へと転換する方途について論じ合っていた。各国語版に翻訳された対談集は、人々が求めてやまない「安心と安全」の社会への視座を育む糧となっていく。

テヘラニアン 今日の国際社会が取り組むべき最大の課題は、おたがいにスローガンの投げあいをやめて、世界平和を脅かしている貧困、無知、強欲という人間にとっての真の問題を解決する道筋を考えることだと思います。

池田 戦争や暴力が生みだす悲劇というものは、なにもそのときだけのものではない。憎しみが憎しみを呼び、暴力がまた新たな暴力をまねいてしまう——このことは、これまでの歴史が示している重い教訓と言えましょう。(中略)
たがいのことを、初めから"対立する存在"としてとらえるのではなく、何が障害になっているのか、何が対立を生みだしているのか——それを見きわめる作業こそが、まず求められるのではないでしょうか。

テヘラニアン そこで要請されるのが、「開かれた対話」の精神ですね。それはまさに、池田会長がこれまで率先して取り組んでこられたものですが、これこそ、21世紀において人類が進むべき方向なのです。

◇畏敬の念
「『相違』は『多様』に通じます。共通性を基盤として、ともに協力していく。また相違性に着目し、それぞれの役割を尊重し、おたがいの長所を学びながら危機にある現代世界に対し、いかなる貢献ができるか模索せねばなりません」
先生の言葉に、博士は深い賛同の意を表した。二人の対話には、そうした実践の具体例が、随所に散りばめられている。
例えば両者は、日蓮仏法とイスラム、また釈尊とムハンマドについて、互いに論じ、学び合う。
先生は、仏教やイスラムをはじめ、宗教の創始者は皆が「人間の解放」を目指したと述べ、その原点に戻れば、対立や争いは解消するであろうと訴える。
一方、博士は歴史上、諸宗教の共存共栄が可能であった都市の例を挙げ、民衆の次元では「区別をもちながらも共存」し、「共存しつつも差異は厳然として存在」するのが実像であったと語る。
信仰心が薄れ、対立や分断が社会を覆いつつある現代。科学技術や経済、政治など、全ての分野に、生きた人間の「生の重み」の復権を——二人は、その方途としての宗教の重要性を巡り論じ合った。

テヘラニアン 近代的世俗性と宗教的信仰は、たがいに排斥しあうものではありません。それとは反対に、宗教的信仰のない近代性の未来というものは、寒々として見通しは暗い。

主要な諸宗教に道徳的、精神的に導かれない現代の世界は、自滅してしまうでしょう。

池田 他者や未知のものに対する畏敬の念が、今、失われているのではないでしょうか。すべてを予測可能なもの、既知のものと矮小化してとらえ、それを支配したり加工しようとする。また、できると思っている。

自分以外のものを、軽視したり敵視するのではなく、まず「驚きの感覚」「畏敬の念」をもって見る。「存在の重み」「生の重み」の実感です。その感覚をたもっておくために、「永遠なるもの」「自分を超えたもの」を感じようとする宗教的な感性は、絶対に必要ですね。

【プロフィル】マジッド・テヘラニアン 1937年、イラン・マシュハド生まれ。政治学、政治経済学、中東研究などを専攻し、ハーバード大学で修士号、博士号を取得。ハワイ大学教授、同大学スパーク・マツナガ平和研究所所長、タフツ大学外交大学院客員教授などを歴任。戸田記念国際平和研究所の初代所長として発展に尽力した。2012年12月、死去。