2020年8月9日日曜日

2020.08.09 わが友に贈る

躍進の8月に挑む
受験生とその家族に
真心のエールを!
皆で勝利を祈り抜き
温かく見守ろう!

四条金吾殿御返事 P1192
『いよいよ強盛に大信力をいだし給へ、我が運命つきて諸天守護なしとうらむる事あるべからず』

【通解】
いよいよ妙法に対する強盛なる大信力を出していきなさい。自分の福運が尽きてしまったのに、諸天善神の守護がないといって恨むようなことがあってはいけない。

名字の言 巨悪を生み出す温床——歴史学者の洞察 2020年8月9日
戦時中、ユダヤ人を虐殺した蛮行の責任は誰にあるのか——。ドイツの歴史学者グイド・クノップはこう洞察する。元凶はヒトラーに違いない。だが、「それを傍観し、また目を背けていた」数百万の人々の責任も重い、と(『ホロコースト全証言』高木玲・藤島淳一訳、原書房)▼不正や真実から目をそらす。勇気の声を上げない。行動を起こさない。そうした人々の姿勢こそが、巨悪を生み出す温床になったというのだ。「人類への警鐘」と受け止めたい▼これまで長崎、広島で数々の平和行事を取材してきた。当事者から貴重な証言を伺うたびに、胸が熱くなった。原爆への怒りが込み上げた。そして強く実感した。"戦争の実態を知れば知るほど、平和の尊さに感謝できる。行動を起こす意欲、勇気が湧く"と▼日蓮大聖人は「敵を知らなければ、敵にだまされてしまう」(御書931ページ、通解)と警鐘を鳴らされた。時代や社会が変わろうと、生命軽視の魔性の権化ともいうべき核兵器の存在を断じて許してはならない。傍観、無関心を蔓延させる風潮こそが"平和の敵"と見破り、打破していくことだ▼被爆75年を迎えた今、改めて長崎、広島と真剣に向き合う時である。歴史の真実を学び合い、平和創造の連帯を一段と強めていきたい。(誠)

寸鉄 2020年8月9日
75回目の長崎原爆の日。平和ほど尊いものはない—この心を我らが未来へ
原爆について知りたい—米国民8割超。核兵器は人類の敵。この思潮更に
言葉がなければ結び合う事もできぬ—哲人。一本の電話も心つなぐ契機と
水の事故相次ぐ。天候や体調の変化を甘く見ず。油断排して楽しい一時を
空調は入電時が最大電力—感染対策で換気の時も切らない方が安価。賢く

☆四季の励まし」 高め合う「創造家族」に 2020年8月2日
【写真の説明】黄、白、赤、紫……。色とりどりの花々が美しく咲いていた。本年5月、池田大作先生が都内で撮影した一葉である。
さまざまな花が集まって咲く姿は互いを支え、励まし合っているようにも見える。文豪・武者小路実篤は「仲よき事は美しき哉」と。"仲が良い"ということは、自然の世界でも人間の世界でも、美しく、心を安らかにする。
家族で過ごす時間の増える8月。日頃の感謝を言葉にして送るとともに、笑顔が生まれるコミュニケーションを心掛けていきたい。
私たちは一人ももれなく、創価家族の温かなスクラムの中にいる。真心の振る舞いで、互いの絆を強め、地域に和楽の花を咲かせよう。

◇池田先生の言葉
社会といっても、
その基盤は、
一つ一つの家庭にある。
ゆえに、盤石な家庭の
建設なくしては、
社会の繁栄もないし、
社会の平和なくしては、
家庭の幸福もありえない。
そこに世界平和への
方程式もある。

身近な家族同士では、
意外に
不平や欠点の指摘に、
終始していることも多い。
そうした中で
ほんのちょっとした、
励ましの言葉が
相手の心をほぐし、
会話を円滑に
するものである。
こうした繰り返しが、
自然のうちに
家族の絆を確かなものに
つくり上げていく。

家族になるのも
深い宿縁である。
互いが互いの幸福を
増進させる「善き友」で
ありたいものだ。
広宣流布という
高い目標に向かって、
支え合い、補い合い、
磨き合っていけば、
それは「創造家族」とも
言えるし、
「成長家族」とも言える。

親の信心は、
必ず子に伝わる。
たとえ、時間がかかっても、
回り道を重ねても、
絶対に伝わる。
飾る必要はない。
失敗を恐れなくてよい。
信念を曲げず、
自ら決めた道を
朗らかに進む。
その親の生き方こそ、
子に贈る
「最上の宝」なのだ。

家族が信心していなくても
何の心配もいらない。
その中で信心を貫いて
いること自体が全部、
家族の大功徳に変わる。
一人が
信心に立ち上がれば、
わが家に太陽が昇る。
全員を幸福の方向へ、
成仏の方向へ
導いていけるのが、
妙法の功力なのである。

2020年8月8日土曜日

2020.08.08 わが友に贈る

師弟の原点や
信仰の喜びを
家族で語り合おう!
広布の未来を開く
信心継承の夏に!

兵衛志殿御書 P1095
『よりもあはれにふしぎ(不思議)なる事は大夫志殿と殿との御事不思議に候、常さまには世末になり候へば聖人賢人も皆かくれただざんじむねいじんわざんきよくりの者のみこそ国には充満すべきと見へて候へば』

【通解】
何よりも尊く不思議なことは、お兄さんの大夫志殿とあなたの仲のことであり、まことに不思議に思っております。つねの例では、世が末になれば、聖人とか賢人とかいわれる人も、皆、いなくなり、ただ『讒言で人を陥れようとする人間』や『言葉巧みにへつらう人間』、『表面は和やかだが、陰にまわって人を陥れる人間』『理を曲げて我意を通す人間』ばかりが、国中に充満するようになると経文に書かれています。

名字の言 本に出会うことは、人に出会うことと近い——小説家・森博嗣氏 2020年8月8日
小説家の森博嗣氏は子ども時代、読書が苦手だった。理由は遠視。文字を見ようとピントを合わせても前後がぼやけてしまうので、一文字ずつ本を読むしかなかった▼そんな氏が、人生で初めて買った本がエラリー・クイーンの『Xの悲劇』。1ページを読むのに、10分以上もかかった。それでも毎日2時間以上をかけて読み進めた。結局、読了には約1カ月かかったが、その面白さに驚愕したという▼氏は「本に出会うことは、人に出会うこととかぎりなく近い」「本を開き、活字を読み始めるだけで、一瞬にして遠くまで行ける感覚がある」と(『読書の価値』NHK出版新書)。一人の人間が経験できることは限られているが、読書によって、多くの人の人生から学び、世界の文化を知ることができる▼池田先生は「本」について、地球を瞬時に移動できる"世界旅行の切符"であり、歴史を学び、未来社会を生きる"タイムマシン"であり、"偉人との対話の広場"と、未来部員に語っている。青春時代の読書は、「心の翼」を大きく広げ、向上の人生を生きる源泉となる▼未来っ子と共に、たくさんの"良書と出合う"夏としたい。未来部の「読書感想文コンクール」「きぼう作文コンクール」は、その絶好の機会である。(銘)

寸鉄 2020年8月8日
南無妙法蓮華経と唱え奉るを智慧とは云うなり—御書。祈れば必ず活路が
怠けている間に青年時代は過ぎ去る—戸田先生。青春の薫陶こそ生涯の宝
東京・荒川広布原点の日。師が築きし"庶民の都"。誇り胸に友情の輪を拡大
暑かったらマスク外して—小児科医会が子どもに呼び掛け。熱中症に注意
帰省する際も手指消毒や換気、「3密」等避けて—分科会。互いの命守る為

☆「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第5回 難を乗り越える信心<上> 萩本主任副会長
「紙上教学研さん『世界を照らす太陽の仏法』に学ぶ」の第5回では、萩本主任副会長と共に、「創価学会 永遠の五指針」の中の「難を乗り越える信心」について学んでいきます。(〈下〉は15日付の予定。前回は7月18日付に掲載。池田先生の講義は『創価学会 永遠の五指針』から引用)

◇池田先生の指導
「嵐は誉れ」です。
その勝利の鍵となるのが、
難と真正面から向き合う、
師子王の如き信心なのです。

1 人類の羅針盤となる哲学
未曽有のコロナ禍の中、世界中の同志が教学を根本に敢然と立ち向かい、学会創立90周年の「11・18」へ、勇んで前進を開始しています。私たち人類は今、未知のウイルスからの歴史的な「挑戦」を受けていると言えましょう。この「挑戦」に人類はいかにして「応戦」すべきか——その羅針盤となる哲学こそ、今回学ぶ「難を乗り越える信心」です。池田先生は講義で、次のように語られています。

■ 池田先生の講義
人間は、思わぬ事に直面した時、どう対応するかが大事となる。まさに挑戦と応戦です。
信心の実践から言えば、難や試練に遭った時に、信力、行力を奮い起こして、仏力、法力を引き出す。その応戦で積んだ「心の財」は大きい。崩れない。そして、多くの人を幸せにする力となります。
"大切な仏子を一人ももれなく幸福に"との恩師・戸田城聖先生の切なる願いが込められた指針が、「難を乗り越える信心」です。
—◆—
近年、災害などの苦境や困難から立ち上がる力として「レジリエンス」という概念が用いられています。これは、「回復力」「抵抗力」のことで、「困難を乗り越える力」を意味します。
池田先生は、毎年の「SGIの日」記念提言や、2018年に発表された、ノーベル平和賞受賞者のペレス=エスキベル博士との共同声明「世界の青年へ レジリエンスと希望の存在たれ!」でも、その重要性を訴えられ、世界の識者から賛同が寄せられています。
今、先行きの見えない不安が社会を覆っています。感染予防と社会経済活動を両立させる「新しい日常」を構築するに当たって、仕事をはじめ、自身や家族の病気・介護、自然災害などへの対応で、誰もが新たな課題に直面しています。
困難の壁が眼前に現れた時、嘆き、諦めるのか、乗り越えようと立ち向かっていくのか——その一瞬の心が、その後の人生を決めます。ひいては、全人類の未来をも決していくのです。
草創以来、学会の同志は「難を乗り越える信心」を貫いてきました。この「創価の賢者の生き方」に、人類が求めてやまない哲学があると確信します。

2 「難即安楽」の不屈の生き方
池田先生は「御義口伝」を拝し、「難即安楽」の法理について講義されています。

【御文】
御義口伝に云く妙法蓮華経を安楽に行ぜむ事末法に於て今日蓮等の類いの修行は妙法蓮華経を修行するに難来るを以て安楽と意得可きなり(御義口伝、750ページ3行目〜4行目)

【現代語訳】
御義口伝に仰せである。妙法蓮華経を安楽に修行するとは、末法においては、いま日蓮と門下が妙法蓮華経を修行するのに、難が起こってくることを「安楽」であると心得るべきである。

■ 池田先生の講義
「安」とは、何があっても揺るがない信心であり、「楽」とは、何があっても憂いなく生き抜いていける信心です。
戸田先生は、「試練の山を一つ切り抜けるたびに、成仏という、崩すことのできない境涯となっていくのである」と、一つ一つ、乗り越えていくことの大切さを教えられました。「一つ一つ」です。信心が深まるのを待って、それから難に向かうのではありません。難に向かっていく中で生命が磨かれ、金剛の信心が鍛え上げられるのです。
—◆—
「難即安楽」の法理は、一見、正反対の事柄が「即」でつながれています。この「即」とは"何もせずにそうなる"という意味ではありません。"必ずそうしてみせる!"という不屈の信心の一念と行動にほかなりません。
新型コロナの感染拡大によって、多くの同志が経済的苦境に立たされています。そのご苦労はいかばかりでしょうか。
建設会社を経営する、東京の壮年リーダーの体験です。これまでも事業の危機をたゆまぬ唱題の実践で乗り越えてきました。しかし、今回のコロナ禍で、予定していた工事がことごとく延期や中止となり、資金繰りが逼迫し絶体絶命のピンチに。落ち込みそうになる心を鼓舞し、夫妻して強盛に題目を唱え抜きました。すると、大きな受注が入り、何とか当面を乗り切れる状況になったとのこと。
青年部時代から池田先生の激励を受けてきたその方が「必ず仕事で実証を示し、先生にお応えします」と意気軒高に語られる姿に、「難即安楽」の不屈の生き方を垣間見る思いがしました。
かつて先生は「苦悩が何もないことが幸せなのではない。負けないこと、耐えられることが、幸せである」「一番、苦労した人が、最後は一番、幸福を勝ち取れる。幸福は、忍耐という大地に咲く花であることを忘れまい」とつづられました。
大事なのは「勝つこと」よりも「負けないこと」です。「真の安楽」とは「どんな苦難にも負けない」との確信であり、そこに、「絶対的幸福境涯」が開かれていくのです。

3 学会と共に大歓喜の人生を
苦難に直面した時、絶大な支えとなるのが師匠と同志の存在です。先生は、学会と共に歩む人生がいかに素晴らしく、尊いかを教えてくださっています。

■ 池田先生の講義
私たちは、いかなる障魔が競い起ころうとも、強き信心で、御本尊に祈ることができます。そして、共に励ましあえる同志がいます。
したがって、学会とともに歩む人生、それ自体が、最高の「難即安楽」の人生を歩んでいることになるのです。
いたずらに難を恐れて、"ほどほどに"小さく固まって生きる——そうした臆病な姿勢では、「歓喜の中の大歓喜」は得られません。日蓮大聖人の仏法は、消極的人生とは対極にあるといってよい。
「大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし」(御書1448ページ)、「賢者はよろこび」(同1091ページ)です。
「さあ何でもこい!」「難があるからこそ、人生を大きく楽しめるんだ。多くの人を救えるんだ」という、究極の積極的人生にこそ、真実の安楽があると教えられているのです。
—◆—
2000年(平成12年)7月、第2総東京長に任命された直後、先生から「戦いの要諦は家庭訪問だよ」とのご指導をいただきました。ご自身の"大阪の戦い"を通して、「私は徹底して家庭訪問に回った。自転車を3台乗りつぶして、8000軒、回った。君は1万軒、回りなさい」と。
同志のお宅に伺う際、私は必ず「先生との思い出」を聞いてきました。かつて記念撮影会に参加した方や、直接の出会いがなくとも、伝言や激励をいただいた方など、皆さん、必ず師弟の絆があります。さまざまな理由で思うように学会活動に参加できていない方も、先生との原点を語る時は、本当に喜びにあふれた顔をされます。一人一人に、それぞれの、師匠との原点がある。これこそが学会の強さの秘訣であると実感してきました。
今、小説『新・人間革命』の研さん運動が全世界で展開されています。山本伸一の振る舞いや言葉に触れて師弟の精神を学び、各自が"自分自身に向けられた指導"をつかみとっています。ほかの誰でもない、「自分と池田先生」との一点を、今再び生命の中心に据えることが、広布の推進力となることは間違いありません。
池田先生は、徹底して一人を大切にされてきました。その振る舞いによって築かれたのが麗しい創価の連帯です。
師の心をわが心として、どこまでも学会と共に!——この一念に、難を乗り越えていく力が湧き上がっていくのです。

4 悩める友の勝利を開く
続いて先生は、難の正体を喝破された「三沢抄」を拝されます。

【御文】
それに叶はずば我みづから・うちくだりて国主の身心に入りかわりて・をどして見むに・いかでか・とどめざるべきとせんぎし候なり(三沢抄、1488ページ1行目〜3行目)

【現代語訳】
(第六天の魔王が一切の眷属に命令して「各各の能力にしたがって、彼の行者を悩ましてみよ。それで駄目だったなら、彼の弟子檀那および国土の人々の心の中に入り代わって、あるいは諫め、あるいは脅してみよ」と言い)「それでも駄目だったなら、私が自ら降りていって国主の心身に入り代わって脅してみれば、どうして止められないことがあるだろうか」と評議するのである。

■ 池田先生の講義
第六天の魔王は、民衆が正法に目覚めて立ち上がることを阻もうとするのです。法華経の行者にとって、勝利とは、自分だけにとどまりません。悩める友、さらには、未来の友の勝利の大道を限りなく切り開いていく、尊き挑戦なのです。
—◆—
同志の体験に共通するのは、苦難に立ち向かい、題目を唱えていく中で大きく一念を転換されていることです。"自身が苦難を乗り越えることで、同じ苦難に悩む友の希望になる"との、「願い」から「誓い」への大転換です。これは、あの東日本大震災の時、被災地で激励に歩く中で深く感じたことでもあります。
東北のある壮年リーダーは震災直後、妹夫妻の行方が分からない中でも、"心の財は壊されない"との池田先生の万感の激励を自身の支えとして、不眠不休で友を励まし続けました。「自分が踏ん張れたのは同志のおかげです。自分にどんなことがあっても、苦難を共にする同志の最後の一人が立ち上がるまで励ましを送ろう、と決意しました。ただ先生にお応えしたいという一心でした」と。
その後、妹夫妻の鮭鱒養殖業を継いでマイナスからの再建に踏み出し、一昨年は過去最高の出荷量になったそうです。
コロナ禍で会社は大変ですが、震災の時に高校生だった次男が立派に成長し、一緒に働くことになったとの明るい話題もあり、「もう一回、新しい決意で出発します」と力強く語ってくれました。
こうした同志の姿には、苦難に負けず、妙法の功力を証明しゆく「地涌の菩薩」の尊い生命が光り輝いています。

■ 池田先生の講義
地涌の使命を自覚すれば、偉大な力が出る。難は、民衆を救うために、自ら願って受けた難となる。そして、それを乗り越えることで、人々を救うという願いを果たすことができる。使命を果たすために難はあるのです。
「なぜ自分が」という嘆きから、「だからこそ自分が」という誇りへ、難に対する姿勢の大転換を教えられているのです。

2020年8月7日金曜日

2020.08.07 わが友に贈る

朝に勝とう!
リズム正しい生活に
充実と成長がある。
清々しい勤行・唱題から
一歩前進の日々を!

異体同心事 P1463
『日本国の人人は多人なれども体同異心なれば諸事成ぜん事かたし、日蓮が一類は異体同心なれば人人すくなく候へども大事を成じて一定法華経ひろまりなんと覚へ候、悪は多けれども一善にかつ事なし』

【通解】
日本国の人々は、大勢いるが、体同異心なので、何事もうまくいかない。日蓮の一門は、異体同心であるゆえに、人数は少ないけれども、大事を成し遂げ、必ず妙法が広まると確信する。悪は多くとも、一善に勝つことはない。

名字の言 元大関・照ノ富士の復活劇に秘められた師弟のドラマ 2020年8月7日
"史上最大の復活劇"に沸いた大相撲の7月場所。返り入幕の元大関・照ノ富士が5年ぶり2度目の優勝を果たした▼「落ちているときも応援してくれた方々に、恩返しがしたかった」。5年前の大関昇進後、照ノ富士は両膝の負傷や内臓疾患などに苦しんだ。「横綱候補」の呼び声が高かったが、序二段まで番付を落とした▼元大関の幕下以下での現役続行は前例がない。照ノ富士は引退を申し出た。だが、伊勢ケ浜親方は慰留し続けた。「序二段で勝つことは恥ずかしいことじゃない」「まず体を治そう」。弟子を思い、復帰を諦めない師匠の度重なる激励に、"もう一度、新弟子の決意でやり直そう"と決め、心身を徹底して鍛え直した。優勝旗は、審判部長の師匠から受け取った▼逆境は、人間の真価を問う試金石でもある。70年前の8月、池田先生は恩師・戸田先生の事業難の打開に奔走する中、日記にこうつづった。「地に依って倒れた者は、地に依って起つ以外ない。この現状を、再起させれば、最大の活躍の証明となる」▼相撲の勝負は、"立ち合いで決まる"といわれる。勇気を奮い起こし、グッと力を込めて踏み出す大切さは、人生も同じだ。その一歩が、かつてのつまずきも「敗北」ではなく、「勝利の因」へと変えていく。(踊)

寸鉄 2020年8月7日
宗教は人生の背骨である—牧口先生。青年よ行学錬磨に挑み我が境涯開け
「子にすぎたる財なし」御書。未来部は皆、後継の大人材。共に祈り、成長!
各地で天気の変化激しく大雨等に注意。油断せず早め早めの避難を心掛け
都内で交通事故死が3割増。速度超過等が原因と。ルール順守し安全運転を
1日8千歩で死亡リスク半減—米研究。感染予防継続しつつ賢く健康管理

☆みんなで学ぶ教学 第9回 人の振る舞い
◇人格の輝きに共感と信頼が
今回の「みんなで学ぶ教学」は、仏法の実践にとって大切な「人の振る舞い」について学びます。さて、新会員のリホさんが、いつもお世話になっている地区婦人部長のユリコさんに、絵手紙を書いているようです。

ユリコ すてきな絵手紙ありがとう! リホさんの真心がうれしくて、心が温かくなったわ。絵もとっても上手なのね。

リホ 喜んでもらえてよかった。いつもお世話になっているから、感謝の思いを伝えたくて書いたんです。
実は今、気持ちを込めて友達にバースデーカードを贈ったり、なかなか会えていない知人に、勇気を出して絵手紙を送ったりしているんです。

ユリコ 受け取った友人にも思いが伝わって、友情が深まりそうね。感謝や思いやりの心を行動に表すって簡単なことじゃないのに、リホさんの振る舞いは本当に素晴らしいと思うわ。

リホ そんなに褒められると照れちゃいます(笑)。ユリコさんこそ、いつも笑顔で皆を励ましてくれて、感謝しています。
学会の方って、親切で、"皆のために"と行動している人が本当に多いですよね。

ユリコ それは、日々、自他共の幸福を祈っているからじゃないかな。唱題を重ね、学会活動をする中で自然と心が磨かれ、「振る舞い」となって、表れているからじゃないかしら。

リホ 私の振る舞いは大丈夫かなあ。感情や体調に左右されて、思わず無愛想になってしまうときもあります。

ユリコ そうなのね。誰にでもあることだから、気を付けていかないとね。
日蓮大聖人は、短気な性格の門下にどんなに納得できないと思うことがあっても、"怒りっぽい顔になってはいけない"など、感情にまかせて振る舞ってはいけないと注意されているわ。その後、この門下は、大聖人の仰せの通りに実践して、周囲から信頼されていったの。

リホ かなり具体的ですね。

ユリコ さらに「釈尊がこの世に出現された目的というのは、人の振る舞いを示すことにあった」(御書1174ページ、趣旨)とも教えられているの。
良識ある振る舞いと、人格の輝きをもって、社会や地域に共感と信頼を広げていく生き方に仏法があるとの仰せよ。

リホ 私もそういう生き方をしたいです。
ユリコ 大丈夫よ。リホさんは手紙を書くときに、一人一人のことを思い浮かべて、励ましや感謝の言葉をつづっているでしょ。

リホ 確かに、「あの人は元気かな」「この人にはとてもお世話になっているな」と、頭に浮かべながら書いています。

ユリコ そういうふうに心に思い浮かべられるようになっていくことが、人間革命している証しなのよ。
大聖人は「法華経の修行で非常に大切なのは、不軽品である」(同ページ、趣旨)と教えられているわ。
不軽品で説かれる不軽菩薩は、どんな人にも具わる仏の生命を敬い、礼拝し続けた菩薩なの。

リホ "あらゆる人を敬う"って、とてもすごいことですね。

ユリコ そうよね。
誰しも、苦手な人や、性格が合わないと感じる人がいるわ。でも、相手の幸福を願い誠実に接していけば、必ず相手の仏の生命を輝かせていけるのよ。
それが、自身の仏の生命を輝かせていくことにもなるのよ。だから大切な修行といわれているの。

リホ そうなんですね。私も、自身の振る舞いで、友情と信頼を広げられる人に成長していきます!
まずはちょっと苦手に思う友人に、手紙を書いてみようかな。

☆質問BOX 価値観の合わない人とは、どのように接していくべきでしょうか?
◇質問
価値観の合わない人とは、どのように接していくべきでしょうか?

◇回答
地域や社会で、自分とは異なる価値観を持った人と出会い、戸惑った経験がある人は多いと思います。その際、「ちょっとこの人とは合わないな」と、避けてしまうこともあります。
池田先生は、「違いがあるからこそ、この世界は多様性に富んだ、百花繚乱の花園なんだよ。だから、差異は本来、認めることはもとより、尊敬し、学び合うべきものだ」と語られています。
異なる価値観を持った人だからと、避けていても成長はありません。そうした相手だからこそ、題目で勇気と智慧をみなぎらせ、誠実に関わり続けることで、自分を磨いていくことです。
そうすれば、自分の境涯が広がるだけでなく、相手の仏性を触発することで、自他共の境涯を広げる機会としていけるのです。

2020年8月6日木曜日

2020.08.06 わが友に贈る

自分の心が変われば
日々の行動が変わり
環境をも変えていける。
理想の世界を創るのも
全ては一人の変革から!

種種御振舞御書 P911
『わづかの小島のぬしらがをどさんををぢては閻魔王のせめをばいかんがすべき、仏の御使となのりながらをくせんは無下の人人なり』

【通解】
わずかばかりの小島である日本の国の主(執権)等がおどすのを恐れているようでは、退転して地獄に堕ちたときに閻魔王に責められたならばいったいどうするのですか。仏の御使いと名乗っておきながら、今さら臆病になったら、それはもっともいやしい人々です。

名字の言 被爆した女性に希望の灯をともしたアオギリの木 2020年8月6日
「75年は草木も生えぬ」。広島は終戦後、そう言われた。爆心地から1・3キロほど離れた広島逓信局の中庭で被爆したアオギリは、枯れ木同然の状態に。ところが翌年、新たな芽を出した▼この逓信局に勤務していた故・沼田鈴子さんは、被爆で左足を失った。人生に絶望した彼女に、希望の灯をともしたのがアオギリだった。焼け焦げた幹から伸びる芽が、生きることを呼び掛けているように思えた▼「この命がある限り、私は未来を生きる若い人たちのために、核兵器の脅威を語り継いでいく」。生前、こう語っていた沼田さんは、21カ国で原爆の悲惨さを訴えた。彼女に勇気を与えたアオギリは今も、広島の平和記念公園で、静かに平和の尊さを語り続けている▼今、被爆者の平均年齢は83歳を超える。その体験の継承は私たちの責務だ。広島の青年・未来部では、被爆体験の聞き取りを実施してきた。ある未来部員は「今の生活は、75年前からつながっていると感じました。過去の戦争を"自分ごと"として考えていきたい」と▼広島で被爆した詩人・原民喜は詠んだ。「ヒロシマのデルタに/青葉したたれ」。次世代へ記憶をつなぎ、核廃絶に粘り強く挑み続ける——その戦いが、核兵器によって人生を奪われた方々の思いに応えることになる。(子)

寸鉄 2020年8月6日
広島の原爆忌75年。"核兵器は絶対悪"。戸田先生の信念の叫びを若人が継承
信越師弟誓願の日。勇み希望と励ましの連帯拡大我が人間革命の歴史綴れ
東北の歌「青葉の誓い」発表の日。福光の凱歌を共々に。題目第一で前進
コンビニでレジ袋「辞退」が7割超。有料化で。プラスチックごみ削減さらに
詐欺等の被害、上半期で128億円と。法務省等騙る新しい手口も。警戒強く

☆勇気の旗高く 池田先生が福井の友に贈る指針 郷土のルネサンスを
池田先生が各地の友に寄せたスピーチや指針などを紹介する「勇気の旗高く」。今回は福井県を掲載する。
◇不死鳥の如く
<池田先生が初めて福井を訪れたのは、1959年(昭和34年)3月24日。御書の「一切衆生・南無妙法蓮華経と唱うるより外の遊楽なきなり」(1143ページ)を拝し、県内各地から集った1700人の友に、「この信心をたもった私たちは、世界最高の幸福者である」と力強く訴えた。その背景には、"幾度となく災害に見舞われてきた福井の同志を励ましたい"との思いがあった。
先生が最初に、「郷土のルネサンスを」と呼び掛けたのも、福井だった。73年(同48年)6月5日に行われた県幹部会での講演である。多くの同志が誓いを新たにしたこの日は、後に「福井の日」に制定された>
ここ福井県は自然条件の厳しい土地柄であります。だが、歴史を振り返ってみると、古代においてはまことに誇りと気概に満ちた国土でありました。三世紀末から六世紀にかけての古墳時代をみても、福井県下の古墳は約三千基にのぼると推定されております。
古墳は、当時の豪族の権力と財力の象徴であり、それはとりもなおさず、本格的な農業生産の大きさを示していた。ということは、古墳三千基は、そのまま福井地方の大繁栄ぶりを物語っていたといってよいでありましょう。
(私は)古代からの誇りと気概と実力は、脈々として現代にも底流をなしていて、条件さえ整えば、立派にそれが開花すると考えている一人であります。
その証拠に、福井は豪雨、豪雪、地震による大災害多発地帯であるにもかかわらず、そのたびごとに立派に立ち上がり、不撓不屈の精神を如実に発揮してきたではありませんか。
現在の立派な福井市を建設し"不死鳥・福井"と賛嘆されたことは天下周知の事実であります。
福井の皆さん方は"福井のルネサンス(文芸復興)を私どもの時代で必ず成し遂げる"また"子孫のために福井のルネサンスの土壌だけは開拓してみせる"ということを合言葉にして進んでいっていただきたいのであります。

◇我らは勝ちたり
<福井は、第1次宗門事件の嵐が最も激しかった地域の一つ。苦難の中で、友は先生との絆をさらに強め、忍耐強く広布の陣列を広げてきた。
90年(平成2年)10月22日、池田先生は9年ぶりに福井を訪問。石川、富山の同志も参加した日本海3県合同総会の席上、「皆さまは見事に勝ちました!」とたたえた。先生は、2000年の随筆でこうつづっている>
震災、水害、豪雪……戦後になってからも、幾度となく天災に遭いながら、たくましく復興してきた福井である。
そのなかで、同志も、また、信頼の根を張り、深雪を踏み分けるように、創価の大道を広げてきたのである。
しかし、にわかに、冷酷無残な悪侶の狂刃が、わが学会の純真な仏子に襲いかかり、苦悩と悲嘆と混乱に陥れたのだ。
福井の寺で、激しい学会攻撃が始まったのは、七六年(昭和五十一年)の半ばごろであり、「法師の皮を著たる畜生」(御書1386ページ)の卑劣な策動の狼煙であった。
福井の同志は、来る日も来る日も、暗黒の嵐を耐えに耐え、必死に、創価の正義軍の陣列を守り抜いていた。
私は、福井の友がかわいそうでならなかった。その苦衷を思うと、胸が苦しかった。
ある日、私は、福井に電話を入れた。七九年(昭和五十四年)の九月——名誉会長になって間もない、私自身も自由に動けぬ時代であった。
「福井の皆さんも、悔しいだろう。しかし、こんなことが、いつまでも続くわけがない。大聖人が必ず裁いてくださる。それまで、福井の皆さんも、耐え抜いてください」
「仏法は勝負だ。正義は必ず勝つ! 十年後には、はっきりするよ!」
そして、福井訪問を約束して電話を切ったのである。
福井は、遂に、遂に、「師子王の心」で奮い立った。
この二年後、武生文化会館でお目にかかった皆さま方の、あの雄々しき大英雄の姿は忘れられない。
そして、激戦の十年が過ぎた九〇年(平成二年)——私は、勝利の太陽に包まれた福井文化会館を訪問したのである。
福井の同志の、あの晴れやかな顔、顔、顔。一緒に参加した石川、富山の友も、心の底から歓喜していた。
我らは勝ちたり! 堂々たる福井の凱旋の大会は、日本一、世界一であった。

◇"新思考"の時代
<池田先生は、この90年の3県合同総会の席上、幸・不幸を決めるのは自身の「心」であると強調。その心を鍛えるのが、日々の信仰の実践であると語った>
若狭湾など、美しい自然の景観に恵まれたふるさと——。私も、この福井が、そして石川、富山の地が、大好きである。私は東京生まれで、太平洋側は比較的よく知っているが、できれば将来は、この日本海側の地で、時間をかけて、人生と広布への語らいを、皆さまと行いたい。
また福井では、これまで発展のマイナス要因とされてきた「雪」を、逆にプラス要因として活用できるよう、工夫されているとうかがった。「活雪」、つまり雪を活かすという、逆転の発想である。
例えば、冬に雪にちなんだ行事を催す。また、村おこしに役立てたり、雪を利用する新しいタイプの公園を整備したり——まことに、素晴らしいアイデアと思う。
ものごとは価値的にとらえたほうが得である。そして、新しい発展のためには、古い"常識"にとらわれない柔軟な発想と知恵が必要となる。いわゆる"新思考"の時代なのである。
他人と比べたり、見栄を張ったり、そんなことで、いつも心が焦りと不満で揺れている——それでは、どんなに他の人から幸福そうに見えたとしても、何の意味もない。むしろ不幸である。人生は他の人に見せるためにあるのではない。自分自身の人生であり、自分自身が満足できるかどうかが根本である。
勇者は、どんな環境でも平静でいられる。憶病な人は常に心が不安である。知恵ある人は、障害をも自分の味方にしてみせる。知恵なき人は幸運をも、つまずきの原因にする。強者にとっては、運命と戦うことすら喜びであり、弱者にとっては、人生そのものが重荷であろう。全部、自分で決まる。自分の「一念」で一切が百八十度、違う顔を見せてくる。
幸・不幸を決定する、この「心」に、限りない「強さ」と「知恵」をわき出させていくもの——これが妙法の信仰であり、私どもの日々の実践なのである。
<苦難の中、真っすぐに師弟の道を歩んできた福井の友。池田先生は「勇者の福井」の前進に期待を寄せる>
粘り強い挑戦と持続、そして決してあきらめない負けじ魂——これこそ偉大な歴史をつくる力である。
いかなる困難な環境さえも、自身の栄光の舞台に変えていけるのが、仏法であり、妙法である。
今、人間世紀を拓く「勇者の福井」に、希望の太陽は赫々と昇った。
「常勝関西」の一翼を担い、いよいよ「世界の福井」の本領を発揮する、歓びの春が来た!
私には聞こえる! 朗らかな福井の同志の敢闘に、あの地、この地から、潮のごとく沸き上がる、行進と喝采の響きが!

2020年8月5日水曜日

2020.08.05 わが友に贈る

猛暑の時季が到来。
迷わずエアコン等を使い
万全の熱中症対策を。
適切なマスクの使い方や
換気の工夫も賢明に。

開目抄上 P200
『少少の難はかずしらず大事の難四度なり』

【通解】
少少の難は数知れず、大難はすでに四度に及んだ。

名字の言 ノーベル賞受賞の山中教授を支えた「V」と「W」 2020年8月5日
ノーベル賞を受賞した山中伸弥教授は、自身を支えた言葉として「V」と「W」を挙げる。「V」はビジョン。「W」はワーク。ここで言うビジョンとは「目的」に近い。米国留学中、研究所の所長から教わったことだという(『心揺るがす講演を読む』所収の教授の講演から。水谷もりひと監修、ごま書房新社)▼山中教授はハードワークには自信があったが、ビジョンについては、研究に追われ、いつしか、いいポストに就ければくらいの思いでいた。しかし所長は"そんなことのために研究者になったのか"と。そう言われて、"現代の医学では治せない病気を治すため"に研究者を志したことを思い出す。以来、わがビジョンを大切にしてきた▼戸田先生と池田先生の師弟が重視したのもビジョンである。戸田先生が焼け野原に立った時、学会は壊滅していた。その現実に縛られていたら、75万世帯の達成という発想は出てこなかったに違いないと、池田先生は述べている▼いかに現状が厳しくとも、"世界の民衆の幸福のため"との明確なビジョンがあったから、大きな指標を定めて、現実を開くことができた▼今、新たに男子部の「ビジョン会議」が開催されている。師弟のビジョンの実現へ、新しい発想と行動に期待が高まる。(進)

寸鉄 2020年8月5日
「師子王の如くなる心をもてる者必ず仏に」御書。負けじ魂が我らの合言葉
広島青年部「平和誓願の日」。君らの手で不戦世紀を!さあ若き陣列拡大を
私は今の条件下で最善を尽くすだけだ—芸術家。電話などで励ましを日々
睡眠不足は免疫力低下に—研究。規則正しい生活で友好期間を生き生きと
コロナ禍で親子の接する時間増えた—65%。信心の継承を心通う語らいで

☆第3代会長就任60周年記念 広布史アルバム 第7回 中部の友の「7・27」
◇「この道」歩まん 朗らかに
「7・27」。中部の同志が、池田先生との誓いに燃え立つ原点の日である。
1976年(昭和51年)7月27日、中部の記念幹部会(名古屋文化会館)に出席した先生は、堅塁の象徴である「中部旗」を贈った。中部の頭文字「C」が赤・青・緑の3色で描かれ、3県の強き団結を示すように、「堅塁」の金文字が輝いていた。
愛知と三重と岐阜の団結を象徴する「中部旗」が授与され、「中部の日」の淵源となった歴史的な会合である。
私の決意は深かった。
"今日の出会いを、中部の苦しき宿命を転換する原点にしたい"
一九七〇年(昭和四十五年)の"言論問題"の前後より、学会は、数人の代議士からも罵倒され、ある時は、テレビを使い、雑誌を使い、演説会を使い、非難中傷された。あらゆる会合で、火をつけるように、悪口罵詈を煽り立てられた。
なんという悪逆か! なんという狂気じみた悪口か!
私自身も、愛知県の代議士から、国会喚問の要求を初めてされた。
「信教の自由」を侵害する狂暴な嵐であった。理不尽な罵倒の連続であった。

一部の評論家や著名人、そしてまた何人かの代議士たちは、これだけの大攻撃を受けた愛知の学会は、必ず崩壊するであろうと囁いていた。
しかし、中部の創価学会の勇敢なる信心は、凄まじき苦境を乗り越え、すべてに大勝利したのだ。それは、永遠に燦と輝きわたる歴史として残るにちがいない。
中部旗の授与から2年後(78年)、同じ7月27日に開催された記念幹部会(中部文化会館<当時>)では、池田先生が作詞した中部歌「この道の歌」が発表された。
「この道」とは、信念の道であり、そしてまた正義の道、幸福の道、同志と歩む勝利の道である。それは、我ら「創価の烈士」が進みゆく大道なのだ。
当初の発表では、歌詞の結びは、「ああ中部中部 諸天舞う」となっていた。
だが、皆の合唱を聴きながら、最後の歌詞がちょっと違うな、と思った。諸天が「舞う」だけでは、主体である我々にとっては、受動的になってしまうからだ。
大事なのは、諸天をも「舞わせる」、つまり「動かしていく」、我々自身の強き祈りと行動にしていくべきであると思った。
そこで、後になって申し訳なかったが、「諸天舞え」と直したのである。
仏法の勝負は厳しい。中途半端な、ひ弱な精神では、断じて勝てない。
民衆の悲嘆の流転を変え、堂々たる民衆勝利の大喝采を叫ぶことはできない。
ゆえに、徹して、断じて強くあれ! ひとたび戦いを起こしたなら、必ず勝て!
必死の一人は、万軍に勝るのだ!
「広布の一番星」と輝く友は、自らが決めた「この道」を、これからも進む。「堅塁・中部」の誇りも高く。

"今日を、中部の宿命を転換する原点に"——中部記念幹部会に出席した池田先生は、「生死一大事血脈抄」の一節を拝して、「組織は人間の和」であると強調。指導の後、金糸で刺しゅうされた「堅塁」の二字が躍る「中部旗」を高々と掲げ、会場中央へ。万雷の拍手に包まれ、代表に同旗が授与された(1976年7月27日、名古屋文化会館で)

中部の友が愛してやまない「この道の歌」が発表されたのは、1978年7月27日。「中部の日」を記念する幹部会の席上であった。この日、自ら"司会"を務めた池田先生は、男性と女性に分かれての"歌合戦"を提案。「両方とも満点です。今日のところは引き分け!」——会場は大いに沸き、同歌の精神が友の心に刻まれた(中部文化会館<当時>で)

「この道の歌」を合唱した「中部の日」記念幹部会(1978年7月27日、中部文化会館<当時>で)。この模様が描かれた小説『新・人間革命』第28巻「大道」の章に、「『我等の決めた道』『この道』とは、この妙法流布の大道なんです」「この道にこそ、世間の次元では味わうことのできない、信心の醍醐味があり、生命の奥底から湧きいずる喜楽があります」と

2020年8月4日火曜日

2020.08.04 わが友に贈る

大難が起こった時こそ
強盛の信心で立とう!
変毒為薬の仏法だ。
「現在」から「未来」へ
焦らず着実に進もう!

乙御前御消息 P1220
『妙楽大師のたまはく「必ず心の固きに仮りて神の守り則ち強し」等云云、人の心かたければ神のまほり必ずつよしとこそ候へ、是は御ために申すぞ古への御心ざし申す計りなし』

【通解】
妙楽大師は「必ず心が固いことによって諸天善神の守りは強い」と言われている。心の堅固な者には諸天善神の守りが必ず強いというのである。こう言うのは、あなたのために言うのである。あなたの昔からのお志は言い尽くせない。

名字の言 正しい行いは迷わずやる——"新人"となった70歳の挑戦 2020年8月4日
ニューヨークを舞台にした映画「マイ・インターン」(2015年公開)。定年後、新たな生きがいを探していた主人公の壮年は、70歳でファッション通販会社のシニアインターンに応募する。晴れて採用となった彼を待っていたのは、仕事の指示がメールで届くといった、前職とは全く異なる環境だった▼そこで、パソコンの起動方法すら分からなかった彼は、現状を受け止め、自分にできることから始める。荷物だらけの机を片付けたり、親子ほど年の離れた同僚の相談に乗ったり。少しずつ信頼を積み上げていくうち、誰からも好かれる社内の人気者に。40歳年下の女性社長も、彼の助言に勇気をもらい、公私それぞれの深刻な問題に立ち向かっていく▼「行動あるのみ」とは、劇中で彼が口にした信念の言葉。社長のサポートを受けながら開設したSNSの「座右の銘」の欄には「正しい行いは迷わずやれ」と記した▼年長者の知恵と経験は若い世代が学ぶべき宝であり、前進の歩みを止めない姿は私たちの模範である。このコロナ禍でも活路を開こうと、慣れないスマホやオンライン通話の活用に挑む多くの先輩方がいる▼皆がそれぞれの立場で、今できることに全力を尽くす。挑戦への応戦こそが社会を変え、未来を照らす光となる。(仁)

寸鉄 2020年8月4日
自分が変わり責任を持てば勝利できる—戸田先生11・18へ幹部自らが率先
世界青年部総会へ後継の勇者が躍進!試練の時に広布に駆ける功徳は燦然
敵というものは忘れさせて狙う—御書。事故、詐欺等に注意。祈り、油断なく
8月は「食品衛生月間」。丁寧な手洗い・加熱等が大原則と。賢く健康生活
海洋プラスチックごみの流出、対策なしで20年後に2倍超。行動変革皆で

☆心に御書を 第64回 信心の眼で魔を見破れ
〈御文〉
『法華経を持つ者は必ず成仏し候、故に第六天の魔王と申す三界の主此の経を持つ人をば強に嫉み候なり』(種種御振舞御書、925ページ)

〈通解〉
法華経を持つ者は必ず成仏する。それ故に第六天の魔王という三界の主が、この経を持つ人を強く嫉むのである。

〈池田先生が贈る指針〉
広布に生きる人生は、「成仏」という絶対の幸福への大道である。ゆえに、天魔が嫉んで妨げようとする。
病魔も同じだ。断じて負けてはならない。信心の眼で魔と見破り、断固と打ち勝つのだ。
「必ず成仏し候」——病の友も、看護・介護のご家族も、妙法の大功力を確信して、聡明に勇敢に宿命転換の前進を!

☆ロータスラウンジ 第16回 見宝塔品第十一〈下〉
◇御本尊を拝することで「いま・ここ」で虚空会の儀式に連なれる
法華経について、皆で学び、深めよう——「ロータスラウンジ——法華経への旅」の第16回は、「見宝塔品第十一」(下)です(前回は6月16日付。原則、月1回掲載)。

■三箇の勅宣
日蓮大聖人は、「開目抄」の中で、「見宝塔品」の経文に照らし、御自身が「末法の法華経の行者」であることを証明されました。
そこで挙げられているのが「三箇の勅宣」です。これは、法華経の会座に列席している菩薩たちに、釈尊が滅後の弘通を3回にわたって勧めている箇所になります。
まず第1の勅宣は、「付属有在(付属して在ること有らしめん)」(法華経386ページ)です。
滅後の娑婆世界で法華経を弘める者に「付属」することを宣言し、弘通の誓いの言葉を述べるように呼び掛けたことです。付属とは、教えを弘めるように託すことです。
第2の勅宣は、十方の諸仏が集まって虚空会の儀式が行われたのは、「令法久住(法をして久しく住せしめん)」(同387ページ)のためであることを示し、弘通の誓いを述べるように呼び掛けたことです。
第3の勅宣は「六難九易」を説き(同390ページ以下)、滅後の弘通が難事中の難事であることを示して、大願を起こして滅後弘通の誓いの言葉を述べるように、菩薩たちに命じたことです。
大聖人は立宗に当たり、「六難九易」の経文に照らして、「今度・強盛の菩提心を・をこして退転せじと願じぬ」(御書200ページ)と誓願を立てられました。あえて滅後の弘通が困難であることが説かれているのは、不退の決意でそれらを乗り越えていく生き方を呼び掛けられているからにほかなりません。

■六難九易
「見宝塔品」に描かれている「六難九易」とは、具体的にどのようなことなのでしょう。
まず九つの易しいことです。
�法華経以外の諸々の経典を説くこと。
�須弥山をとって他方の無数の仏土に投げ置くこと。
�足の指でこの三千大千世界を動かし、遠く他国に投げること。
�この世界の頂点である有頂天に立って、法華経以外の無量の経典を説くこと。
�手で虚空をつかんで自在に動くこと。
�大地を足の甲に置いて天に昇ること。
�乾いた草を背負って大火に入っても焼けないこと。
�無数の法門を説いて人々に神通力を得させること。
�多くの人々に小乗の最高の覚りである阿羅漢の位を得させること。
易しいこととして挙げられていますが、とても実現できないようなことばかりです。
では、もっと困難な六つのこととは、どんなことでしょう。
�仏の滅後に、悪世で法華経を説くこと。
�仏の滅後に、法華経を書き、あるいは人にも書かせること。
�仏の滅後に、悪世で、しばらくの間でも法華経を読むこと。
�仏の滅後に、一人のためにでも法華経を説くこと。
�仏の滅後に、法華経を聞き、その意味を問うこと。
�仏の滅後に、能く法華経を受持すること。
つまり、釈尊滅後の悪世に、法華経を自行化他にわたって修行することは、極めて難しいというのです。
伝教大師は『法華秀句』で、「六難九易」の意義について「浅きは易く深きは難しとは釈迦の所判なり浅きを去って深きに就くは丈夫の心なり」と述べています。
丈夫の心とは仏の心のことです。つまり、釈尊が六難九易を説いて滅後弘通を勧めたのは、"浅い教えを去って、深い教えである法華経を弘めよ"という意味なのです。

■法華経を持つ男女
日蓮大聖人は、宝塔の意義について、次のように認められています。
「末法に入って法華経を持つ男女の・すがたより外には宝塔なきなり、若し然れば貴賤上下をえらばず南無妙法蓮華経と・となうるものは我が身宝塔にして我が身又多宝如来なり」(御書1304ページ)
「今阿仏上人の一身は地水火風空の五大なり、此の五大は題目の五字なり、然れば阿仏房さながら宝塔・宝塔さながら阿仏房・此れより外の才覚無益なり」(同ページ)
宝塔は、万人に具わる尊極な仏性を表現していると言えます。さらに、妙法を信じ、南無妙法蓮華経と唱える人間の生命そのものであることも教えられています。
また、大聖人以外に「宝塔の中の二仏並座の儀式を作り顕すべき人なし」(同1358ページ)と言われ、「是全く日蓮が自作にあらず多宝塔中の大牟尼世尊分身の諸仏すりかたぎたる本尊なり」(同1243ページ)と仰せです。
大聖人は、虚空会の儀式をもって御本尊を顕されたのです。

■境智冥合
釈尊と多宝仏が、宝塔の中で並んで座ったことには、どういう意味があるのでしょう。
大聖人は、境智冥合を現していると教えられています。
仏性があるという真理が「境」です。それを覚知する智慧の働きが「智」です。ここでは、多宝が「境」、釈尊が「智」に当たります。
つまり、扉が閉じている宝塔は、私たちの生命に仏界が本来具わっていることを譬えています。
扉が開かれて、二仏が並び座る姿は、境智冥合を現し、真実の成仏の姿を現しています。
池田先生は語っています。
「本来、だれもが『仏』である。これは『境』です。その仏界を輝かせるのは、智慧の光です。仏であることを自覚する智慧があって、初めて仏と輝く。これが境智冥合です。
私どもで言えば『以信代慧(信を以て慧に代う)』ですから、『信心』が『智』にあたる。
自分に『仏界がある』というのは客観的真理であり『境』です。それを事実のうえで輝かせるのが『信心』です」(『法華経の智慧』普及版〈上〉)

【『法華経の智慧』から】 九界即仏界
宝塔が大地から出現したというのも意味がある。大地とは九界の現実です。衆生の生命です。宝塔は、ただたんに仏界という生命を表現しているだけではない。衆生の命そのものに宝塔が打ち立てられることを示している。九界即仏界です。ゆえに宝塔は、大地から涌出したのではないだろうか。
◇
「いま・ここ」で永遠なる虚空会の儀式に連なれる。我が身に、我が生活に、我が家庭に、宝塔を光らせていける。これが御本尊のすばらしさです。どこまでも身近です。現実です。
虚空会は前後の霊山会(霊鷲山での会座)と違って、「時空を超えた」世界である。歴史的な特定の時・場所ではない。だからこそ、「いつでも・どこでも」虚空会につながることができるのです。
虚空会の儀式を表した御本尊を拝することによって、私どもは、「いま」永遠なる宇宙生命と一体になり、「ここで」全宇宙を見おろす境涯を開けるのです。
その意味で、日々の勤行・唱題は、宇宙飛行士が宇宙空間から地球を望むよりも、もっと壮大な「生命の旅」と言えるのではないだろうか。
(普及版〈上〉「見宝塔品」)

◇明鏡——尊極の生命を映し出す
日蓮大聖人は、御本尊を虚空会の宝塔を用いて表現されています。それは私たちが目指すべき仏の生命境涯を顕されたものです。
大聖人は、「我等衆生の五体五輪妙法蓮華経と浮び出でたる間宝塔品を以て鏡と習うなり」(御書724ページ)と仰せです。
自身が妙法蓮華経の当体であることを、法華経の見宝塔品を鏡として映し出すことができるのです。
鏡がなければ、自分がどんな姿をしているか知ることはできません。同じように、自身の生命を映し出す鏡がなければ、煩悩に支配され、宿命に流されていることに気付くこともできません。
いわんや御本尊という明鏡がなければ、自身に具わる尊極なる仏性を顕すことはできないのです。
故に、悪世を力強く生き抜いていくためには、御本尊を信じ、祈り、我が生命に仏界を涌現させていくことが大切なのです。

2020年8月3日月曜日

2020.08.03 わが友に贈る

◇今週のことば
友の幸福と社会の安穏を
今日も強く祈りゆこう!
「自他共に智慧と慈悲と
有るを喜とは云うなり」
新時代に深き生命観を!
2020年8月3日

松野殿御返事 P1388
『但在家の御身は余念もなく日夜朝夕南無妙法蓮華経と唱え候て最後臨終の時を見させ給へ』

【通解】
在家の身としては、ただ余念なく、日に夜に、朝に夕に南無妙法蓮華経と唱えて、最後臨終の時を見なさい。

名字の言 講談界の人間国宝が心に刻む言葉 2020年8月3日
講談界で初の人間国宝に認定されたのは、六代目一龍齋貞水氏。座右の銘は「偉大なる未完成を目指す」である▼62歳での栄誉だったが、実は自分では、前座時代のように勢いのある高座は、体力的に難しいと感じていたそうだ。そんな時に思い出したのが、かつて先輩に言われた「芸は枯れちゃいけねえ」との言葉。つまり"年齢を理由に芸を衰えさせてはいけない"と▼そこで氏は、「赤穂義士伝」「緑林五漢録」などの長編読み物に、失敗を恐れず挑むように。またジャズダンスや京劇との共演のほか、ヨーロッパ公演を行うなど新しい取り組みを始めた。「芸人は死ぬまで勉強」という氏は、81歳の今も、がんと闘いつつ高座に上がる(塩崎淳一郎著『評伝 一龍齋貞水』岩波書店)▼どんな世界でも、"現状に満足せず努力を重ねる人"は、人々に勇気と生きる力を与えてくれる。人は往々にして"こんなものだ""これくらいで"と考えがちだが、それは自分を諦めるに等しい。そこに生命の躍動や精神の輝きはない▼日蓮大聖人は「いよいよ強盛の信力をいたし給へ」(御書1143ページ)と。成長の夏を目指して"今""ここ"から、新たな挑戦を開始しよう。"いよいよ"の心から、未来の可能性は無限に広がっていく。(誼)

寸鉄 2020年8月3日
会長の対談集には混迷の中から未来開く展望が—識者。今こそ胸に刻んで
学生部が教学実力試験へ研鑽の夏。剣豪の修行の如く!民衆守る知性磨け
人材を育てる人が人材—恩師。次代の青年励まし、共に青年の心意気で前進
運動不足による身体機能低下で感染症への抵抗力が弱まると。聡明に工夫
親が5%変われば子どもは50%変わる—教育者。親は子の鑑。挑戦の姿を

☆心に御書を 第63回 絶対的幸福の直道を
〈御文〉
『妙法と唱へ蓮華と読まん時は我が一念を指して妙法蓮華経と名くるぞと深く信心を発すべきなり』(一生成仏抄、383ページ)

〈通解〉
妙法と唱え、蓮華と読誦するときは、わが一念をさして妙法蓮華経と名付けるのであると深く信心を起こすべきである。

〈池田先生が贈る指針〉
最も基本の勤行・唱題が、どれほど深遠な仏道修行であるか。
「我が一念」こそ妙法の当体なりと覚知し、金剛不壊の仏の大生命力が涌現しゆく儀式なのだ。
どんな悩みも打ち破れぬわけがない。広大無辺の功徳力を引き出せる。
「歓喜の中の大歓喜」の題目で、自他共に「一生成仏」という絶対的幸福の直道を!

☆ONE GOSHO 南条殿御返事
◇平和の楽土を築く挑戦
本年8月で終戦75年——。日蓮仏法は、万人の幸福のための「平和の哲学」にほかならない。今回は、妙法を弘めることが、社会を変えゆく方途であることを学ぶ。

◇御文
『かかる不思議なる法華経の行者の住処なれば・いかでか霊山浄土に劣るべき、法妙なるが故に人貴し・人貴きが故に所尊しと申すは是なり』(御書1578ページ)

◇通解
このように不思議な法華経の行者の住処であるから、どうして霊山浄土に劣ることがあるだろうか。法華文句に「法が妙であるがゆえに、その法を持った人は貴い。人が貴いがゆえに、その人がいる所も尊い」といっているのはこのことである。

◇背景
本抄は弘安4年(1281年)9月、日蓮大聖人が身延で著され、駿河国(静岡県中央部)の門下・南条時光、あるいは南条一族の誰かに与えられたと推定されている。
頻発する自然災害や、深刻な飢饉、疫病の大流行に加え、本抄ご執筆の直前には2度目の蒙古襲来があり、世情は極めて騒然としていた。
そのような状況下で、お手紙を頂いたこの門下は、何らかの病を患っていたようだが、大聖人のもとへ使いを送り、赤誠の御供養を届けた。
大聖人は、困難な中でも供養を届けた門下の真心に対し、末法で法華経の行者にわずかでも供養する人は、計り知れないほどの大果報を受けるであろうと、門下の志を最大に称えられている。

◇解説
本抄の冒頭、日蓮大聖人は、門下の病身を気遣われ、"再会する日を待ち望んでいる"と慈愛の励ましを送られている。
御執筆当時、大聖人が住まわれたのは、人里離れた身延の山中にある、小さな草庵であった。
しかし大聖人は、拝読御文で、正法受持の人の尊貴さを表した天台大師の『法華文句』の言葉を引かれ、妙法を実践する法華経の行者がいる場所であるがゆえに、霊山浄土(仏の住む清浄な国土)にも劣らないと述べられている。
「法華経の行者」とは、妙法を持ち、実践する人のことである。
現代でいえば、大聖人の仏法を正しく実践し、妙法弘通に生き抜く、創価学会員一人一人である。
人間の真価は、いかなる法を持ち、いかなる生き方をするかで決まる。
世界最高峰の哲理を持ち、広布に励む人は、世界で最も尊貴な存在であり、その人の住む場所もまた、平和と安穏の仏国土として輝かせていくことができるのだ。
言い換えれば、自分が今いる場所を"希望の天地"として開いていく実践が、仏法者の使命なのである。
とりわけ、混迷の渦巻く現代社会にあって、対話によって世界第一の生命尊厳の思想を広げることで、地域や社会、職場を一段と繁栄させゆく挑戦こそ、私たち男子部の責務にほかならないのだ。
池田先生はかつて、終戦の日を前に、「いずこの地を訪れても、私が祈りを込めて拝してきた御聖訓」として、今回の御文を記し、こうつづられた。
「たとえ今、どんな苦境にあろうと、妙法を受持した創価の友が献身する国土が、平和に勝ち栄えていかないわけがない。草創以来、この確信で同志を励まし続けてきた」
この師の心をわが心とし、学会員は"一人の変革が社会を変える"との「人間革命」の精神を胸に、地域社会に尽くしてきた。
その陣列は今や世界192カ国・地域に広がる。この「人間革命の連帯」こそ、平和建設の最大の力にほかならない。
広島への原爆投下から48年後の1993年(平成5年)8月6日、先生は小説『新・人間革命』の執筆を開始された。その冒頭に「平和ほど、尊きものはない。平和ほど、幸福なものはない」とつづられた真情を、かつて、「『原爆の日』に、自らに下した、平和への闘争宣言であった」と述懐された。
翻って今、師の"闘争宣言"を受け継ぎ、平和の世紀を開くのは、私たち後継の青年の使命である。
「誰か」ではなく「自分」が、「いつか」ではなく「今」、大確信の対話に挑み、人間革命の大連帯を広げたい。

2020年8月2日日曜日

2020.08.02 わが友に贈る

直接会えなくても
心と心はつながる。
"あなたは一人じゃない"
思いを言葉にして
共生の連帯を築こう!

四条金吾殿御返事 P1192
『此の日蓮は首題の五字を汝にさづく、法華経受持のものを守護せん事疑あるべからず』

【通解】
この日蓮は、首題の五字(妙法蓮華経)を、あなたに授ける。法華経受持の者を諸天善神が守護することは、断じて疑いない。

名字の言 親の信念の言葉は必ずわが子に伝わる 2020年8月2日
「わが家の20歳の誕生日プレゼントは『御書』と決まっている」「親が学会の記念日を大切にし、その意義を語ってくれる」「両親が同志の活躍を語るのを聞き、学会の偉大さが分かった」▼これらは、かつて本紙地方版で「わが家の広布後継の取り組み」として紹介された"子どもの側の声"。「寝る前に母が信仰体験を聞かせてくれた」「お風呂で『10』を数える代わりに、生命論の『十界』を一つずつ言ってから湯船を出た」などユニークなものもあった▼「父親が子どもに語ることは世間には聞こえないが彼の子孫には聞こえる」とは、ドイツの小説家、ジャン・パウルの言葉。父親に限らず、"信仰の持つ力、創価の平和の心を教えたい"という親の信念の言葉は、必ずわが子の生命に残り、一家一族の幸福の道を開く因となる▼池田先生は指針を贈っている。「短い時間でも凝縮して、劇的に心の通い合う家族もある」「どうか、我が家らしい工夫を重ねながら、"親子一体"の向上の軌道を進んでいただきたい」と▼「未来部ドリームチャレンジ期間」(8月31日まで)も折り返しとなり、夏休みの地域も多い。わが家・わが街の"未来を創る"との確信を胸に、未来部のメンバーを精いっぱいの真心の言葉で励ましていきたい。(道)

寸鉄 2020年8月2日
「本当の仏法は、社会での大闘争の中に」恩師。共に立正安国へ不屈の挑戦を
「修行のふかきは・いよいよあをきがごとし」御書。揺るがぬ信こそ幸福の道
未来部の各種コンクールを応援。宝の友の成長が創価の希望。皆で励まし
感染半数が無症状者からの伝播—調査。3密避け、マスク着用を。油断せず
各地で梅雨明け。暑さに体慣れぬ今こそ熱中症に注意。小まめに水分補給

〈社説〉 2020・8・2 「スター・ウィーク」7日まで 2020年8月2日
ロマンの世界を旅する夏に
"星を見よ、それだけでも心に平和が訪れる"——。池田先生は人類初の月面着陸を成功させた米アポロ計画の理論的中心者・ジャストロウ博士との会談で、こう語り合った。
今年の7月は、長梅雨などの影響で、全国的な日照不足となった。当然、夜間も雨や曇りが続き、月や星の光も不足気味だという人も多いのではないか。ようやく迎えた梅雨明け、夏の夜空にきらめく星々との対話が待ち遠しい。
今月1日から7日は「スター・ウィーク〜星空に親しむ週間〜」。例年、この期間を中心に各地で天体観望会などの関連イベントが催される。星空を眺めたり、プラネタリウムに出掛けたりすることは、家族や友人との有意義な語らいを広げ、絆を強める格好の機会になるだろう。
そもそも8月は、星の観測に適している。こと座のベガ、わし座のアルタイル、はくちょう座のデネブがつくりだす「夏の大三角」が、頭の真上付近に輝く。中でも、七夕の「織り姫」として有名な、こと座のベガは、天の北半球で最も明るい星として知られ、初めて観測する人でも見つけやすい。
また、12月の「ふたご座流星群」、1月の「しぶんぎ座流星群」と並び、「三大流星群」の一つとして数えられる「ペルセウス座流星群」が夏の夜空を飾る。寒い時期ではないため、外に出て観測しやすい流星群といえる。今月20日ごろまで見られるそうだが、流星が最も多くなると予想されているのは12日の深夜から未明。1時間に30個程度が確認できる。
一般社団法人「星つむぎの村」共同代表の高橋真理子さんは、観測を楽しむ具体的な方法として、�寝転がって見る�(月や惑星の観測には)望遠鏡(双眼鏡)を使って見る�友人や家族などと一緒に見ることを挙げた。また、本紙「スタートライン」(6月7日付)で高橋さんは、「一人一人が、広大な宇宙の中の、小さな、そして、かけがえのない存在であることを感じて生きていくことができれば、世界はきっと美しくなる」とも。実際に夜空の星を見上げ、宇宙のスケールを目の前にすることで、かけがえのない自分自身を感じ、優しく穏やかな気持ちになれるだろう。
御書には「所詮・万法は己心に収まりて一塵もかけず九山・八海も我が身に備わりて日月・衆星も己心にあり」(1473ページ)と。森羅万象が私たちの胸中にあり、人間は誰もが等しく無限の可能性を持つ。仏法では宇宙と自分が一体であるという哲理を説く。コロナ禍の今だからこそ、きらめく星空を仰ぎ、「外なる宇宙」「内なる宇宙」に思いをはせるロマンの世界を旅する夏にしたい。

☆2030年へ 後継の正義の走者に贈る
◇平和を開くチャレンジの夏に!
A Summer of Challenge toward Creating an Age of Peace

8月は「平和」を誓う月です。広島への原爆投下から48年となる8月6日に、私は小説『新・人間革命』を書き起こしました。
「平和ほど、尊きものはない。平和ほど、幸福なものはない。平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない」
冒頭の一節は、わが未来部へ託す創価の師弟の信念です。
皆さんには「妙法の信心」という最極の正義があります。この正義によって立つ時、皆さんの力は百倍千倍にもなります。21世紀を「平和の世紀」と照らす希望の太陽と輝くのです。
世界中の仲間と共に、地球上に友情と信頼を広げゆく使命の皆さんです。楽しく粘り強く、語学の実力も磨いてください。
この夏は、戦争と平和をテーマに読書にも挑もう! みんなが踏み出す一歩こそ、平和を開く偉大なチャレンジだから!

☆四季の励まし 未来部と共に成長の夏を 2020年7月26日
【写真の説明】陽光を浴びて輝くヤシの木。その向こうには、真っ青な海原が広がっていた——。1987年(昭和62年)2月、池田大作先生が、ドミニカ共和国の首都サントドミンゴでカメラに収めた。
創価学会では今夏、「未来部ドリームチャレンジ期間」を推進(8月31日まで)。「未来部イングリッシュチャレンジ」をはじめ、各種コンクールの募集が行われている。子どもたちが"自分発"で取り組めるよう、創価家族が一丸となって応援していく。
太陽の光を受けて草木が伸びるように、子どもは"励ましの光"によって健やかに育つ。わが家、わが地域の"後継の宝"と共に、挑戦と成長の夏にしていこう。

◇池田先生の言葉
少子化が
進む時代だからこそ、
「一人」が大事である。
「一人」を徹底して
大切にしていくことだ。
後継の一人一人が、
「一騎当千の人材」に
育ってこそ、
平和の未来は盤石となる。

師の夢は、
弟子の夢である。
弟子の勝利は、
師の勝利である。
これが「創価の師弟」だ。
後継の未来部の皆さんも、
この「師弟の道」に
続いてもらいたい。
未来部は私の生命である。
未来部の勝利こそが、
私の勝利なのだ。

絶対に、
君には君にしかできない、
この世の使命がある。
あなたには、あなたでしか
咲かせられない
人生がある。
何を疑ったとしても、
このことだけは
疑ってはならない。

夢と現実を結ぶ橋は
「努力」である。
努力する人は
希望が湧いてくる。
希望とは、
努力から生まれるのだ。
夢を大きくもって、
走れるところまで
走るのだ。

よき先輩をもち得た人は、
人生の宝を持った人だ。
若き後輩の生命に、
希望と成長の種子を
残しゆく人は、
偉大な人間教育の王者だ。
わが創価学会にあって、
未来部の育成に
奮闘してくださる
尊き皆様方こそ、
その王者の中の
大王者の方々である。

さあ、後継者育成の夏、
共に成長の夏だ。
大切な未来部を
皆で励まそう!
宝の師子の子を、
全力で育てよう!
ここにこそ、
広宣流布の永遠の前進と
勝利の大道があると
確信して!

2020年8月1日土曜日

2020.08.01 わが友に贈る

健康・無事故こそ
幸福・勝利の土台だ。
"自分は大丈夫"との
過信や油断は禁物。
賢明に有意義な夏を!

聖愚問答抄 P491
『知恩をもて最とし報恩をもて前とす世に四恩あり之を知るを人倫となづけ知らざるを畜生とす』

【通解】
(聖人は)恩を知ることを最高とし、恩を報ずることを第一としてきた。世の中には四つの恩がある。これを知る者を人倫(人の道に適った人間)と名づけ、知らない者を畜生という。恩に報いる生き方にこそ、偉大な人間としての完成があると仰せです。

名字の言 核廃絶——シュバイツァーを動かしたカズンズ博士の思い 2020年8月1日
「原子爆弾の実験を今後終らせることは、苦悶する人類が求めている希望の光明のようなものであろう」(鮎川信夫訳)——1957年、ノルウェーのオスロ放送局で、哲学者シュバイツァーが核兵器の廃絶を訴えた▼ノーベル平和賞を受賞したシュバイツァーだったが、当初、平和に関するコメントを求められても消極的だった。自らの発言が、国際政治などの場で利用されることを嫌ったためだ。その彼が核廃絶の声明を発表したのは、"米国の良心"といわれるノーマン・カズンズ博士が促したからである▼第2次世界大戦の終戦から4年後、カズンズ博士は広島を訪問。悪魔の兵器の恐ろしさを肌で感じた。帰国後、原爆で両親を失った「原爆孤児」の里親を募るなど、原爆被害者の支援に尽力。「核時代」の一日も早い終焉を強く願っていた博士だからこそ、シュバイツァーの心を動かしたのだろう▼広島の平和記念公園には、「ノーマン・カズンズ氏記念碑」が立つ。そこに刻まれた博士の言葉に、「世界平和は努力しなければ達成できるものではない 目標を明確に定め責任ある行動をとることこそ人類に課せられた責務である」と▼戦後75年の8月が巡り来た。核廃絶への「責任ある行動」は、今の私たちに向けられた言葉である。(嶺)

寸鉄 2020年8月1日
友情広げる8月。電話や手紙等、方法は知恵次第。励ましの心で対話拡大!
「御信心をば雪漆のごとくに御もち有るべく候」御書。純真な祈りこそ力
身体には鍛錬、心には読書—詩人。心身鍛える時。共に工夫し挑戦の日々を
夏の省エネ総点検の日。環境問題は待ったなし。身近な努力が未来を守る
食中毒予防は�洗う�低温保存�加熱が基本と。きょうから食品衛生月間

☆大白蓮華巻頭言2020年8月号 聖教は「多宝」の命の共戦譜
御本仏は、妙法の「変心為薬」の大功力を宣言された。
「災来るとも変じて幸と為らん」(P979)
いかなる絶体絶命の窮地に追い込まれても、そこから不屈の価値創造を成し遂げてみせる。これが、広宣流布の大誓願を貫き通す創価の師弟の逆転劇である。我らの聖教新聞の誕生は、何よりも、その象徴といってよい。
七十年前の八月十四日。事業の最悪の苦境の中で、戸田城聖先生と私は、新聞記者の収材に誠心誠意応じた。
その直後、先生は新聞の持つ力を鋭く洞察しながら、私に機関紙発刊へ構想を練るよう指示されたのである。
翌年の四月ニ十日、先生の第二代会長就任に先駆けて聖教は創刊された。どんな不幸の淵にある庶民からも、「絶対勝利」の希望を引き出す新聞が生まれたのだ。
御聖訓には、「法華経は釈迦如来の書き顕して此の御音を文字と成し給う仏の御心はこの文字に備れり」(P1122)と説かれる。法華経の「慈悲の極理」を根幹とする聖教新聞の一文字一文字も、「一切衆生を幸福に」という御本仏のお心を備えていると確信してやまない。
法華経の会座では多宝如来が出現し、平等大慧の妙法を「善き哉、善き哉」「皆是れ真実なり」と証明される。
そして今、聖教新聞の真実を、あらゆる宿命を転換してきた人生の凱歌を通し証明してくれているのが、黄金の笑顔の多宝会、宝寿会、錦宝会の長者にほかならない。
戦争で教育の機会を奪われた尊き「無冠」のお母さまが、「文字も聖教新聞を読んで学びました。私の中身は全部、聖教と学会に育ててもらったんです」と語られていた。
仏法の「師子吼」には、「一切衆生に仏性あり」と訴え切る意義がある。そして恐れを取り除き、虚偽を打ち破り、皆の威光勢力を増し、若き世代を導き育む力がある。不安や分断の逆巻く今、聖教は世界の姉妹紙誌と一体の師子吼で、民衆の英知と良心を結び、高めゆくのだ。
「聖教さながら多宝会」の父母と一緒に、「人問革命」という痛快な逆転勝利の共戦譜を、今日もつづりゆこう!

聖教と
 勝ちつづりゆく
  共戦譜
 多宝の命の
  笑顔は仏と

〈2020 学会史メモリアル〉8月
2020年7月24日
◎8・6 小説『新・人間革命』の起稿・脱稿の日
8月6日は、池田大作先生が小説『新・人間革命』を起稿(1993年)し、脱稿(2018年)した日。
同小説は海外13言語、23カ国・地域で出版されている。
起稿・脱稿とも長野研修道場で行われ、8月6日は「信越師弟誓願の日」に定められている。

◎8・12「教育原点の日」
1975年(昭和50年)8月12日、池田先生が「教育部」の夏季講習会に出席。
教育部が「教育本部」へ拡充された2002年(平成14年)に「教育原点の日」となった。
※参考資料=小説『新・人間革命』第24巻「人間教育」

◎8・14「関東の日」
戸田城聖先生と池田先生の"師弟の出会いの日"である8月14日が、2000年(平成12年)8月、「関東の日」に。

◎8・24「池田先生入信記念日」
1947年(昭和22年)8月14日、当時19歳の池田先生が、東京・蒲田での座談会に出席。
生涯の師となる戸田先生と出会い、10日後の8月24日に入信した。
※参考資料=『人間革命』第2巻「地涌」

◎8・24「聖教新聞創刊原点の日」
戸田先生の事業が行き詰まる中、1950年(昭和25年)8月24日、「聖教新聞」創刊の構想を戸田先生と池田先生が初めて語り合った。
語らいから本年で70年。

◎8・24「壮年部の日」
1976年(昭和51年)、池田先生が出席した副会長室会議で、先生の入信記念日である「8・24」が「壮年部の日」に。

◎8・26 学生部「飛翔会」結成45周年
1975年(昭和50年)8月26日、働き学ぶ2部学生の集いである学生部「飛翔会」が結成。
本年で45周年。
※参考資料=『新・人間革命』第23巻「勇気」

◎8・26「北陸の日」
1984年(昭和59年)8月26日、池田先生は「第1回北陸平和文化祭」に出席。
この日が「北陸の日」に。

◎8・29「国際部の日」
1968年(昭和43年)8月29日、池田先生が通訳や翻訳に携わる友を激励。
その後、「国際部」が発足し、2002年(平成14年)に「国際本部」へと拡充。

◎8・31「学生部の日」
1962年(昭和37年)8月31日、池田先生が学生部の代表に対し、「御義口伝」の講義を開始。
講義は約5年間続き、多くの人材が輩出された。
※参考資料=『新・人間革命』第6巻「若鷲」

2020年7月31日金曜日

2020.07.31 わが友に贈る

上半期の奮闘を
皆でたたえ合おう!
試練の中で積み重ねた
価値創造の歩みは
全てが人生の財となる。

盂蘭盆御書 P1430
『悪の中の大悪は我が身に其の苦をうくるのみならず子と孫と末へ七代までもかかり候けるなり、善の中の大善も又又かくのごとし、目蓮尊者が法華経を信じまいらせし大善は我が身仏になるのみならず父母仏になり給う、上七代下七代上無量生下無量生の父母等存外に仏となり給う』

【通解】
悪の中の大悪は、その報いの苦しみを、わが身に受けるだけでなく、子と孫と末代に七代までもかかるのである。善の中の大善もまた同じである。目連尊者が法華経を信じられた大善は、目連尊者自身が仏になっただけでなく、目連尊者の父母も仏になられたのである。また上七代、下七代、上無量生、下無量生の父母たちまでも、思いがけなく成仏されたのである。

名字の言 「食」を通して平和の尊さを知る 2020年7月31日
白いお米のおにぎりを、おなかいっぱい食べてみたい。それが太平洋戦争中のひいおじいちゃんの夢だったらしい。そんな話を小学生のひ孫たちが聞く。「少年少女きぼう新聞」8月号に掲載された漫画「ツボミチャン」の内容である▼「戦争になると白いお米ってなくなっちゃうのか」。子どもたちは戦時中の食生活を調べ、その悲惨さを思い知る。生きるために野草や虫さえ食べたこと。栄養不足で倒れる人もいたこと……一人の子がぽつりと言う。「戦争っていやだな」▼戦禍に苦しんだことはなくても、身近な「食」を通して平和の尊さをかみ締めることはできよう。平和なくして豊かな「食」はない。「食」は暮らしの基であり「命」。御書に「白米は白米にはあらず・すなはち命なり」(1597ページ)と仰せだ▼池田先生が60年前に第3代会長に就任した後、まず祈ったことは世界の平和、災害がないこと、そして「豊作でありますように」ということだった。庶民の幸福を願うゆえであり、「農業を大切にしない社会は、生命を粗末にする野蛮な社会となり、全ての面で行き詰まる」との信念からである▼今年は全国的に梅雨が長い。日照不足による農作物への影響も出ている。終戦75年の今夏、平和と豊作を一層強く祈りたい。(之)

寸鉄 2020年7月31日
広布に生き抜く志を持った人材を育てたい—恩師青年に全力の励ましを!
毎朝、本紙届ける「無冠の友」に感謝。激変の天候が続く夏、無事故最優先で
「此の土は本土なり」御書わが栄光の舞台はここ!誓いを定め恐れなく進め
長めの手洗いは熱を放出し熱中症予防にも有効。水分補給を含め油断せず
心身不調等訴える若者のSNS投稿急増—調査。周囲が声掛け絶やさずに

☆心に御書を 第62回 未来部員は輝く「宝塔」なり
〈御文〉
『日女御前の御身の内心に宝塔品まします凡夫は見ずといへども釈迦・多宝・十方の諸仏は御らんあり』(日女御前御返事、1250ページ)

〈通解〉
日女御前の御身の内に厳然と宝塔品はましますのである。凡夫には見えなくとも、釈迦、多宝、十方の諸仏はご覧になっているのである。

〈池田先生が贈る指針〉
未来部の育成は、令法久住の仏事だ。尊き担当者に感謝は尽きない。
仏眼で見れば、どの子の生命も「宝塔」である。全員が、妙法の当体だ。地涌の使命を自覚するとき、宝の可能性はダイヤのごとく輝きを増す。
一人の宝塔を開くことは、「世界広布」の未来を開くことだ。励ましの福徳は無量である。
共々に成長の夏を!

☆いのちの賛歌 心に刻む一節 病と向き合う
◇強き心で幸福をつかむ
長い人生の途上では誰しも、予期せぬ試練に直面することがある。悩みや葛藤の中にあって、困難に挑む勇気の源泉となるのが、日蓮大聖人の仏法である。新企画「いのちの賛歌 心に刻む一節」では、御聖訓を胸に、自らの宿命に立ち向かってきた創価学会員の体験をルポ形式で紹介。池田先生の指導選集『幸福と平和を創る智慧』(以下、『指導選集』)から指導を掲載する。今回は「病と向き合う」をテーマに、愛知県の婦人に話を聞いた。

◇御文
『妙楽大師のたまはく「必ず心の固きに仮りて神の守り則ち強し」等云云、人の心かたければ神のまほり必ずつよしとこそ候へ』(乙御前御消息、1220ページ)

◇通解
妙楽大師は「必ず心が固いことによって神(諸天善神)の守りは強い」と言われている。心の堅固な者には神の守りが必ず強いというのである。

◇2度の苦難。その時——
医師から突然の宣告を受けた時、人は何を思うだろう。胸に去来するものは、さまざまだ。
   ◇
栗橋哲子さん(72)=愛知・豊橋総県副婦人部長=は、幼少期に一家で入会。27歳の時、縁あって男子部だった夫・幸男さん(76)=地区幹事=と結ばれ、幸せをかみ締めていた。
結婚から1年が過ぎたある日、不正出血に気付いた。病院で検査すると、医師から思いもよらないことを告げられた。
「残念ですが、この状態では子どもはできません。諦めてください」
その瞬間、栗橋さんは、頭の中が真っ白になったという。
「『なぜですか?』と聞くのが精いっぱいで。そこからどうやって家に帰ったのかも分かりません。ただ"御本尊様、なんでですか?""池田先生、なんでですか?"と、何度も心でさけびました。もう、心がどうにかなりそうでした」
青春時代から広布に駆け、自分なりに信心の確信もあると思っていたが、現実は「受け止めきれませんでした」。題目をあげていても、涙が止まらない毎日だった。
ある時、婦人部の先輩が、御書の「人の心かたければ神のまほり必ずつよしとこそ候へ」(1220ページ)との一節を引いて、こう励ましてくれた。
「絶対に大丈夫。医師がなんと言っても、私たちには御本尊様があるじゃない! あなた自身が強くなることよ」
自分が強くなる——栗橋さんは、目の前がぱっと開けたように感じたという。
「"そうだ! これまで池田先生と一緒に戦ってきた自分が、負けるはずがない"って思えたんです。自分が強くなって、なにがあっても『幸せになりました』と先生に報告できる人生を歩もうって。この時から、祈りが真っすぐに定まりました」
前を向けるようになった栗橋さんは、ひたぶるに祈りを重ねながら、広布の最前線に身を置いた。
そんなある日、驚いたことに、妊娠が判明した。その後、無事に長男・映志さん(43)=地区幹事=を授かることができた。御本尊の功力を、かみ締めずにはいられなかった。
以来、栗橋さんは報恩感謝を胸に、家族で力を合わせて広布に励んできた。
ところが10年前、病が見つかる。検査の結果は、子宮体がんだった。
「もちろん不安はありました。けれど、不思議と動揺はなかったです。医師の言葉を聞いた瞬間、"よし! この信心で受けて立とう"って思えたんです。夫も『題目しかないね』って」
この時、脳裏に浮かんだのは、かつて婦人部の先輩から教えてもらった御書の一節だったそうだ。
「その御文の続きに、こうあります。『あなたの昔からの信心の深さは言い尽くせない。だが、それよりもなお一層、強盛に信心をされるべきである』(同ページ、通解)と。信心に『これでいい』ということはない。『終わり』はないんです。"そうだ! これでまた題目をあげられる!"って、感謝の気持ちがわき上がりました」
自身の細胞の一つ一つを奮い立たせるように、家族一丸となって猛然と題目をあげた。師匠と同志の温かな励ましが、心の隅にあった不安までも吹き飛ばしてくれた。
2010年(平成22年)8月、臨んだ長時間の手術は成功し、腫瘍のあった子宮と卵巣を全て摘出した。その後も定期的に検査を続け、2年前に「完治」を告げられた。
「宿命を乗り越えられたのは、そこから逃げずに立ち向かったから。結局、人生は試練の連続なんだと思います。苦難に直面するたび、題目をあげて心を奮い立たせ、挑み抜く。これ以外に道はありません。偉大な師匠、そして同志と共に、使命の『この道』を歩み続ける日々が、私にとって最高の幸せです」

2020年7月30日木曜日

2020.07.30 わが友に贈る

創価後継の未来部は
「法華経の命を継ぐ人」。
全員が世界の宝だ!
無限の可能性を信じ抜き
温かなエールを送ろう!

富木殿御返事 P962
『粗経文を勘え見るに日蓮法華経の行者為る事疑無きか但し今に天の加護を蒙らざるは一には諸天善神此の悪国を去る故か、二には善神法味を味わざる故に威光勢力無きか、三には大悪鬼三類の心中に入り梵天帝釈も力及ばざるか等』

【通解】
だいたい経文を読み思索してみると、日蓮が法華経の行者であることは疑いないところです。ただし今、難にあっても、諸天善神の守護をうけていない理由は、第一に諸天善神がこの悪国である日本を去ったためであり、第二に、法華経誹謗の者が多く諸天善神が法華経の法味を味わえないために勢いも力もなくなったためであり、第三に悪鬼神が三類の強敵の心の中に入ってしまって大梵天王や帝釈天王も力が及ばないためでありましょう。

名字の言 新たな日常に求められる「多様性の尊重」 2020年7月30日
昨年のこと。学会活動に頑張ってきた壮年が、ぱったりと地区の集いに来なくなった。気になって自宅を訪ねると、変わりなく元気そうに見えたので、ほっとした▼親しく会話していると、理由を打ち明けてくれた。「実は、持病の発作が出るようになって……。でも参加できない分、地区の発展を真剣に祈っていたよ」と。頑張ってきた"のに"ではなく、頑張ってきたから"こそ"、壮年は同志に心配を掛けまいと気遣い、活動への参加を見合わせていたのだ。こうした友への配慮を常に忘れてはいけない、と痛感した▼感染症と共存しながら充実した生活を送るには「多様性を尊重すること」——そう指摘する識者は多い。例えば、「皆で集まりたい」と思う人もいれば、「集まるのは怖い」と思う人も。コロナ感染の脅威の感じ方は人それぞれ▼「新たな日常」とは、いろいろな状況があり、いろいろな考え方の人がいるという多様性を尊重しつつ、自他共の幸福を築き上げていく「新たな挑戦」といえよう▼御書に「所見の人に於て仏身を見る」(242ページ)と。どんな人にも仏性がある。だからこそ"一人"を仏のごとく尊び、"一人"を心から大切にしていく。その姿勢こそ仏法の真髄であり、時代が求める最高の生き方と確信する。(実)

寸鉄 2020年7月30日
信心の歓喜を周囲と共有する学会員の姿に感動—教授。希望の連帯を拡大
「たすくる者強ければたうれず」御聖訓。幹部は苦難の友の励まし全力で
御本尊に常に感謝する人は福運がいよいよ増す—恩師。絶対勝利の題目を
熱中症原因の死者、この10年で2倍に。猛暑日増加で。躊躇せず空調活用
国内感染者の4割が20、30代—調査。若者の意識変革が鍵だ。声掛け強く

〈社説〉 2020・7・30 特集「危機の時代を生きる」 2020年7月30日
求められる「利他の精神」
新型コロナウイルスの感染流行によって、私たちのライフスタイルは様変わりした。マスクの着用が常態化し、オンラインで交流する機会も増えた。テレワークを導入した企業も多い。このように、コロナとの共存が前提となる生活は、「新しい日常」と呼ばれる。
ライフスタイルの変化に伴い、私たちの価値観や生き方なども変わっていくだろう。本紙の特集「危機の時代を生きる」では、コロナ禍で奮闘する学会員のエピソードや識者の声を通して、「新しい日常」を生きる上で大切な視点や生き方、そして創価の仏法哲理が何を提示できるかを探求してきた。
その一つに挙げられるのが「利他の精神」といえよう。感染者への差別や、"自粛警察"と呼ばれる行為が問題となったように、人間は危機的な状況に置かれた時、他者との間に壁をつくって、自分を守ろうとする。しかし、感染症はそうした壁をやすやすと越える。人々の分断は、社会の分断を招き、感染拡大を助長する恐れもある。
6月11日付に掲載された特集の中で、中部大学の酒井吉廣教授は、今後の国際社会における「利他の精神」の必要性を説き、「『分断』から『協調』への流れをつくるためにも、自分とは異なる他者との『共生の哲学』が求められています」と語った。また同17日付の、創価大学看護学部の佐々木諭教授のインタビューでは、「感染症対策で必要なのは『自分が感染しない』『人に感染させない』との思いを持ち、皆で感染を抑え込もうという協力体制です。その意味では、人々の絆が鍵を握ると思います」と、他者への共生・協力の重要性が示されている。
仏法は「依正不二」と説く。生を営む主体である人間(正報)と、人間が生を営むためのよりどころとなる環境・国土(依報)は別のものではあるが、実は密接不可分で、互いに影響され合うとの考えだ。これをさらに、自己と他者の関係性と見れば、自他は相互に深く支え合っている。自己の安全だけを求めていては、結果として自己を守ることはできない。「自利」を考えるならば、「利他」の視点は必須であるといえよう。
池田先生は語る。「『他人だけが不幸』はありえない。と同時に『自分だけが幸福』もありえない。ならば『人を幸せにする』ことが『自分が幸福になる道』です。自他共に幸福を勝ち開いていく。ここに、法華経の真髄の行動があります。これが、我らの学会精神です」と。
「自利」と「利他」を勝ち開く——「自他共の幸福」を目指す生き方こそ、「新しい日常」において、希求されるモデルの一つとなるだろう。

☆第3代会長就任60周年記念 「師弟凱歌の記憶」 第11回「不敗の原点 大阪大会」
1957年(昭和32年)7月17日、大阪・中之島の大阪市中央公会堂で歴史的な集いが行われた。池田大作先生の不当逮捕に抗議する「大阪大会」である。場内は満員となり、場外に1万数千人の同志があふれた。
同年4月、参院大阪地方区補欠選挙の支援活動において、熱心さのあまり、選挙違反をした会員が出た。それを学会の組織的犯行と一方的に見なした大阪府警が、支援の責任者であった池田先生を逮捕。7月3日のことだった。
15日間の勾留の末に、7月17日正午すぎ、先生は釈放され、大阪拘置所を出た。東京から駆け付けた戸田城聖先生をただちに伊丹空港で迎え、午後6時からの大阪大会に臨んだ。開会からまもなく、猛烈な雨が降り、雷鳴が轟いた。会場を取り囲んだ同志は、特設スピーカーから流れる登壇者の声を、身じろぎもせずに聞いていた。
いよいよ池田先生が登壇。第一声が終わると大拍手の中、戸田先生が立ち上がり、自ら愛弟子のためにコップに水を注ぐ。
「最後は、信心しきったものが、また、正しい仏法が、必ず勝つという信念でやろうではありませんか!」
池田先生の師子吼に、会場を揺るがす大拍手が再び鳴り響いた。
雨と涙の中で参加者は誓った。"そうや! 戦いは負けたらあかん!""これからは全ての戦いに信心で勝つ!"
終了後、先生は会場の外に出て、雨に打たれて聴いていた同志のために、音楽隊の演奏に合わせて何度も学会歌の指揮を執った。
以来、約4年半続いた裁判闘争を経て、1962年(同37年)1月25日、大阪地裁の無罪判決を勝ち取る。そして2月8日、エジプトのカイロで「控訴なし」の報を聞くのである。
——池田先生は1991年(平成3年)7月17日に行われた大阪幹部会に和歌を寄せた。

「七月の おお十七日の
  炎をば 君の胸にも
   あなたの胸にも 合掌」

「7・17」が巡り来るたびに、関西の友は常勝不敗の闘魂をたぎらせ、世界の同志が立正安国の誓いを新たにする。先生が証明した"信心しきったものが最後に必ず勝つ"との信念こそ、永遠に光る学会魂である。

◇「常勝の空」特別映像
「大阪大会」から21年となる1978年(昭和53年)7月17日、関西の歌「常勝の空」(山本伸一作詞)が発表されました。このたび「7・17」を記念し、関西吹奏楽団・関西男声合唱団が「常勝の空」を演奏・合唱した特別映像を制作。こちらからご覧いただけます。

☆第3代会長就任60周年記念 師弟凱歌の記憶 第12回「妙音奏でる平和の天使」 2020年7月22日
◇きょう「7・22」鼓笛隊結成記念日
法華経に登場する妙音菩薩は、苦悩渦巻く世界に妙なる調べとともに現れ、人々を幸せへと導く。
さながら"現代の妙音菩薩"として、華麗なメロディーと舞で、見る人の心に感動と勇気を送ってきたのが創価の鼓笛隊だ。
結成は1956年7月22日。その数カ月前、女子部の代表が、青年部の室長だった池田大作先生のもとへ。広布の展望を語り合う中で、鼓笛隊の結成が話題に上った。
だが、皆、貧しく、すぐに楽器をそろえる余裕などない。それでも先生は「どうにかして、楽器を買ってあげるから、少々、時間をくれないか」と語った。その後、自ら費用を工面して、ファイフとドラムを贈ったのである。
33人で出発した、手づくりの鼓笛隊。先生は「私は、この新しき『平和と文化の旗手』の誕生が、ことのほか嬉しかった」と真情をつづっている。
しかし、誕生した当初はファイフもドラムスティックも初めて手にする人ばかり。決意とは裏腹にまともに音が出せず、"スースー隊"と笑う人もいた。
悔しさをにじませるメンバーに先生は、「最初は、何を言われてもいいじゃないか。いつか、世界一になればいいんだ」と。さらに、"学会の鼓笛隊は「戦争の世紀」に終止符を打つために歴史の舞台に颯爽と登場した、尊き「平和の天使」なのである"と、その深き使命を示し、励まし続けてきた。
師の期待を抱き締めて、鼓笛隊は結成以来、国内各地でパレードに出演し、69年には全米総会を記念してアメリカで日米鼓笛隊がパレード。81年には、2月にアメリカ、5月にソ連へ。モスクワでは先生と共に、戦争犠牲者を追悼する「無名戦士の碑」を訪ね、鎮魂の曲を演奏するなど、文化の力で人々を結ぶ"無冠の外交使節"として活躍した。
結成20周年の1976年、「鼓笛隊の日」を記念して先生が贈った和歌。「平和への天使と はばたき二十年 銀の翼は 世界に ひらきぬ」と
明年に結成65周年を迎える今、鼓笛姉妹の連帯は世界に広がり、「太陽のように明るく 月光の如く清らかな鼓笛隊たれ」の指針のまま、世界中に妙音を響かせる。
コロナ禍にあっても一人でも多くの人に勇気を送ろうと、メンバーはオンラインでの演奏を実施。たゆみなく技術を磨く。
鼓笛隊の友に贈った随筆に、先生は、こうつづる。
「何があっても、常に大いなる目標へ、さらに次なる目標へと、力強く前進し続ける。これが『創価の心』だ。この強き金剛の心こそ、鼓笛隊の誉れの伝統だ」
逆境を力に変える妙音を今こそ!——鼓笛姉妹は、地球を包む音色で今日も希望を届ける。

2020年7月29日水曜日

2020.07.29 わが友に贈る

大気の状態が不安定。
引き続き豪雨等の
自然災害に要注意!
小まめな水分補給など
熱中症対策も万全に。

曾谷殿御返事 P1056
『謗法を責めずして成仏を願はば火の中に水を求め水の中に火を尋ぬるが如くなるべしはかなしはかなし』

【通解】
謗法を責めないでいて成仏を願うことは、火の中に水を求め、水の中に火を尋ねるようなものである。はかないことである。はかないことである。

名字の言 サッカーコーチの提案——ミスをしたチームメートにどう声を掛けるか 2020年7月29日
少年サッカークラブのコーチを務める、ある男子部員。"楽しくやろう"をモットーに指導するが、子どもたちの快活さはいまひとつで、チームの成績も伸び悩んでいた▼そこで彼が提案をした。練習や試合でミスをしてしまったチームメートへ、皆が掛ける声を「ドンマイ(気にするな)」から「ナイストライ(よく挑戦した)」に変えようと。以降、積極的なプレーが実を結ぶことも増え、皆、楽しそうだという▼文芸批評家の小林秀雄氏がある対談で"野球"を例に引いた、こんな趣旨の話をした。易しい球ばかり打ててもつまらない。好投手の難しい球を打ってこそ面白い、と(『人間の建設』)。失敗を恐れず、困難に挑んでこそ、真の楽しさや充実をつかめるということだろう▼これは信心にも通じよう。広布拡大について池田先生は指導している。「新しき開拓に、困難と労苦が伴うのは当然である。困難といえば、すべてが困難であり、不可能といえば、いっさいが不可能である。それを突き抜ける炎のような覇気と闘争によってのみ、広布の開拓はなされる」と▼"できるかどうか"は、可能性で推し量る面がある。だが"やるかどうか"は、主体者である自分の意欲と決意が、行動の起点となる。信心根本の挑戦が自らの世界を変えていく。(代)

寸鉄 2020年7月29日
御書「浅きを去って深きに就くは丈夫の心」。試練の今こそ立正安国へ一歩
創大・短大のオンライン見学会、事前予約受付中。俊英よ人間教育の大城へ
内面が明るくなれば周囲の闇も消える—詩人。信心は前進の光。祈り強く
感染収束後もテレワーク続けたい—76%。育児等と両立できる社会へ更に
自分が住む所の防災地図—46%が見たことなし。命を守る基本。確認必ず

☆第3代会長就任60周年記念 師弟凱歌の記憶 特別編「世界が憧れる幸福の宝島」
◇きょう池田先生の沖縄初訪問60周年
「私は 沖縄を詩う/私は 沖縄を愛する/私は 沖縄に涙する/そして 私は 沖縄に/民衆の幸の凱歌の潮騒を聞く」(長編詩「永遠たれ"平和の要塞"」)——きょう7月16日で、池田大作先生が沖縄を初訪問して60年となる。海も大空も大地も、人も美しい沖縄には、「命どぅ宝」(命こそ宝)の心が輝く。先生が「3日間で3年分は働く」との決意で臨んだ沖縄初訪問の歴史を、「師弟凱歌の記憶」特別編としてつづる。
"池田先生が初めて沖縄へ!"——南国の友が待ちに待った朗報は、1960年(昭和35年)6月10日付の本紙1面で伝えられた。
先生は5月3日の会長就任以来、関西に始まり北海道、九州、東北、中部、中国の幹部会に出席。就任式で亡き恩師・戸田城聖先生の七回忌までの目標として掲げた会員300万世帯の達成へ、怒濤のごとき拡大の波動を起こしていった。
戦後15年。沖縄はまだ、アメリカの施政権下にあった。本土との往来にはパスポートがいる。本紙の記事は「なかでも特筆すべきことは、会長池田先生が初めて海外に出発され、沖縄において指導されること」と強調している。沖縄初訪問は、世界広布への助走ともいうべき意義を含んでいたのである。
沖縄の友は沸き立った。
沖縄広布の一粒種として折伏の火ぶたを切った故・安見福寿さんの喜びは、とりわけ大きかった。長男の宏志さん(副圏長)が述懐する。「この時、私は14歳です。父は買ったばかりの車を毎日のように走らせ、島中を折伏や個人指導に回っていました。道があまり整備されていない時代で、よく山の中で立ち往生したことを語ってくれました」
仏法の話をすると、たいてい「ヤマトゥ(本土)から来た宗教」と揶揄された。それでも同志は、「必ず幸せになれる信心です」と歯を食いしばった。
先生の訪問を拡大の実証で飾ろうと、折伏の勢いは加速。約7000世帯の陣容を整え、先生の初来島を迎えたのである。

◇「立正安国論」上呈700年の佳節に
7月16日午後2時過ぎに羽田をノースウエスト機でたった池田先生は、約3時間半のフライトを経て、夕刻、那覇国際空港に降り立った。
ターミナルには歓迎の同志約200人が詰め掛けていた。入国審査を受け、ロビーに姿を現した先生を、地区部長の安見福寿さんらが迎えた。
「先生、ようこそ」——そう言ったきり、胸がいっぱいになった安見さん。
先生は「働くよ。3日間で3年分は働くからね」と温かく包み込んだ。
宿舎に移り、沖縄の実情を丹念に聞いた。
日本の敗戦から15年——「鉄の暴風」と形容され、県民の4分の1が犠牲になった地上戦を経験した沖縄は、戦後も基地建設に伴う土地の強制収用など、筆舌に尽くせぬ苦渋の道を歩んできた。祖国復帰は、当時、沖縄の人々の痛切な願いであった。
夕食後には、同行幹部が担当して、各部ごとの指導会を開催。続いて、池田先生が出席し、班長・班担当員以上が参加して幹部会が行われた。そこで先生は、翌日の大会で沖縄支部を結成したいと提案した。
「太陽が東から昇り、西を照らしていくように、この沖縄に始まり、やがて、台湾、香港、インドなど東洋の各地に、支部が誕生していくことでしょう。その先駆けの使命を、沖縄の皆さんに担っていただきたいのですが、いかがでしょうか」
万雷の拍手が起こった。
沖縄に第一歩をしるした7月16日は、日蓮大聖人が「立正安国論」を上呈して700年。一番苦しんだ人が一番幸せに——この"世界広布即世界平和"の新たな一歩を、沖縄から踏み出したのである。

◇「前進」の決意で船出
翌7月17日。支部結成大会の会場前には、朝から長蛇の列ができた。沖縄本島はもとより、宮古や八重山の島々からも、喜々として友が集って来た。
空は青く、太陽の光は刺すようにまぶしい。
新垣昇さん(沖縄方面参事)は、場外で整理誘導役員に就いていた。高校3年生で、入会2年目だった。「先生を沖縄にお迎えできたことが誇らしく、汗をびっしょりかきながら、学生服で任務に就きました。また、沖縄らしい夏の暑い時に来てくださったことに、感激したことを思い出します」
訪問に際し、周囲から"もっと涼しい時期に"との意見もあったという。だが先生は「同志の労苦は、最も大変な時に現地へ行かなくては分からない」と、盛夏の訪問を決めたのである。
会場は満員。外にはゴザが敷かれ、場内外で1万2000人を超える友が集った。場内の正面には、「前進」の大文字が掲げられ、求道の熱気に満ちていた。
登壇した先生は、軍部政府に抵抗し、獄死した牧口常三郎先生と、生きて出獄した戸田城聖先生の闘争に触れつつ、未来のために、世界の平和に貢献しゆく学会の使命の深さを語った。
さらに、「文証」「理証」「現証」の明快な基準に照らしてこそ宗教の浅深、高低が明らかになることを強調。中でも、最も大切な功徳の「現証」を積み上げ、その確信と体験を語りながら折伏を進めてほしいと訴えた。
「ユタ」の言葉によって物事を決める慣習などが色濃く残り、学会への無理解による非難中傷を浴びてきた友の心に、先生の明解な指導が勇気の炎をともした。
この日、沖縄の女子部の中心者となった本山多津子さん(総県婦人部主事)は語る。「会合に先立って、先生は"最も大事なことは福運だよ"等と、女性の生き方を諄々と説いてくださいました。あの結成大会でのお姿、決意を生涯忘れることはありません」
会合を終えた先生は、支部結成を祝う寄せ書きに力強い筆でつづった。
「沖縄の同志よ団結せよ」

◇沖縄戦の激戦地で厳粛に題目三唱を
初訪問の最終日となった18日午前。池田先生一行は沖縄戦の激戦地である南部戦跡を訪れた。
太平洋戦争で悲惨な地上戦が展開された沖縄では、"一木一草といえどもこれを戦力化すべし"の号令のもと、全島が要塞化された。本土決戦までの時間を稼ぐ「捨て石」にされ、米軍による激しい攻撃が続いた。日本の守備隊が潜んでいそうな所は火炎放射器で焼かれ、激しい砲爆撃で丘は削られた。日本軍によって"自決"を強要される悲劇もあった。マラリアや飢えで命を落とした人なども含め、県民の4人に1人が犠牲になったとされる。
一切の掃討戦などが終わるのは、8月15日の終戦から20余日が過ぎた9月7日のことだった。
池田先生の一行は最初に、看護要員として動員され亡くなった学徒隊らを慰霊する「ひめゆりの塔」へ向かった。塔のそばには、ガス弾によって乙女たちが命を落とした自然壕が口をあけている。関係者の説明を聞き終えた先生は、つぶやくように「残酷だな……あまりにも残酷だ」と。厳粛に題目を三唱した。

◇「皆さんの犠牲は無駄にしません。必ず仏国土に変えてみせます」
さらに一行は摩文仁へ。
先生は、従軍した学徒を合祀する「沖縄師範健児之塔」や、人々が身を隠した洞窟を視察しながら、ゆっくりと踏みしめるように歩みを運んだ。
カメラを持参して同行した久保田淑子さん(県婦人部主事)は、健児之塔の前で祈りをささげる先生の様子を、鮮明に記憶している。
「先生は、『皆さんの犠牲は無駄にしません。必ず沖縄を仏国土に変えてみせます』と強くおっしゃったんです。その深いお心を感じながら、必死でシャッターを切りました」
先生は後に、南部戦跡を訪れた真情をうたった。
「世界不戦への誓いを固めつつ思った/いつの日か書かねばならぬ/小説『人間革命』の筆を/もっとも戦争の辛酸をなめた/この沖縄の地で起こそうと」
敗戦間近の焼け野原から広布の戦いを開始した戸田先生の生涯を通して、世界平和を開く指導原理と、それを実践する学会の使命を、ここ沖縄から書きつづる——この池田先生の決意を知る人は、この時、まだいなかった。

◇「人間革命」執筆 そして平和の天地に
池田先生は61年(同36年)の沖縄総支部結成大会、62年(同37年)の沖縄本部落成式に出席。
4度目の訪問となった64年(同39年)12月2日、沖縄本部で小説『人間革命』のペンを執った。
「戦争ほど、残酷なものはない。戦争ほど、悲惨なものはない」——。
前述の久保田さんは、翌65年(同40年)1月1日付の本紙で連載を開始した『人間革命』の第1回を読み、思わず「あっ」と息をのんだという。沖縄で書かれたことは知らない。だが自分が沖縄戦で痛感したことが、そのまま書かれていると思えたからだ。
以後も池田先生は、沖縄訪問を重ね、その歴史は17回を数える。
沖縄支部の初代婦人部長を務めた仲間玉枝さん(総県婦人部総主事)は「先生は沖縄にいらっしゃるたびに、私たちに『三変土田』の法理を教えてくださったと思います」と振り返る。
その象徴が、恩納村の沖縄研修道場にある「世界平和の碑」。
碑はかつて米軍の核ミサイル・メースBの発射台だった。
「永遠に残そう! 『人類は、かつて戦争という愚かなことをした』との一つの証しとして」。この先生の提案によって、84年(同59年)、平和への誓いのシンボルに生まれ変わった。
本部町の沖縄平和記念墓地公園には、「永遠平和の碑」がある。99年(平成11年)2月、同墓園を初訪問した折、先生は沖縄の代表と共に、碑の前で厳粛に祈りを捧げた。
「もう二度と、沖縄に戦争はない。できない!」
深い決意を込めた鋭い声を、沖縄の同志は忘れない。
沖縄戦終結から75年。
先生の初訪問から60年。
沖縄の父母たちは、師の限りない励ましを抱き締めて、世界が憧れる幸福の宝島を築いた。「命どぅ宝」の精神を語り継ぐ青年たちの躍動も頼もしい。
限りない先生の励ましを胸に、「世界最初の広宣流布の地帯」を目指す沖縄健児の意気は高い。

2020年7月28日火曜日

2020.07.28 わが友に贈る

活路を開く智慧と希望は
全て御書の中にあり!
一節でも一行でもいい。
「今の私への御手紙だ」と
捉えて拝していこう!

新尼御前御返事 P907
『御勘気の時千が九百九十九人は堕ちて候』

【通解】
御勘気のとき、千人のうち九百九十九人が退転してしまった。

名字の言 「誰かのために」が力になる 2020年7月28日
高校野球の独自大会が各地で開催されている。選手や関係者の皆さんの健康と無事故を祈りたい。かつて地方大会の優勝校の主将に勝因を聞いた時だ。主将いわく、試合に出られない人の分まで頑張ろうと皆で誓い合った結果です、と。選手たちから、大事な生き方を教えられることが度々あった▼17年前、「嗅神経芽細胞腫」という鼻の奥のがんを患い、懸命の治療も効果なく、悶々としていた壮年がいた。ある時、支部の集いで体験発表してほしいと頼まれた。病気が治ったわけでもないのに自分に何が語れるのか。迷ったが、引き受けた▼引き受けたからには、参加してくれる人のために信心の実証を示したいと、会合までの3週間、死にもの狂いで祈った。検査の結果、医師が驚くほど、がんは小さくなり、体験発表では生き生きとした壮年の姿があった。62歳の今も壮年は、広布と社会の第一線で奮闘する▼自分のためだけでは力が出なくとも、誰かのためと思えば力が湧き上がる。池田先生は語る。「人に『生きる力』を与えるものは何か。それは、自分以外の誰かのために生きようという『人間の絆』ではないだろうか」と▼無私の心で祈ってくれる同志がいる。弟子の勝利を祈り待つ師匠がいる。この学会家族の絆を誇らしく思う。(進)

寸鉄 2020年7月28日
「法華経を信ずるを水の行者とは云うなり」御書。地道な実践が勝利の直道
未来部がドリームチャレジ期間。勉強第一、健康第一で大きく伸びゆけ!
世の荒波にもまれてこそ優れた人に成長できる—恩師。青年は激戦に挑め
SNSで画像転載は著作物の権利侵害加担の恐れ安易な投稿は厳重に注意
今夏のゲリラ豪雨発生、昨年比1・4倍に—予測常に最新情報確認し警戒

☆心に御書を 第61回 強き信心こそ安心の「柱」
〈御文〉
『法華経は三世の諸仏・発心のつえにて候ぞかし、但し日蓮をつえはしらとも・たのみ給うべし、けはしき山・あしき道・つえを・つきぬれば・たをれず、殊に手を・ひかれぬれば・まろぶ事なし』(弥源太殿御返事、1227ページ)

〈通解〉
法華経は三世の諸仏の発心の杖である。ただし(あなたにとっては、この)日蓮を杖・柱とも頼まれるがよい。険しい山、悪い道では杖をつくならば倒れない。ことに手を引かれるならば転ぶことはない。

〈池田先生が贈る指針〉
御本仏は、生老病死の険難の山坂も悪路も、杖となり柱となって支え守ってくださる。
ゆえに妙法と進む我らの生命の旅路は、何があっても絶対に安心である。永遠に常楽我浄の幸の軌道なのだ。
私たちの唱える題目も、生死を超えて家族と眷属の杖・柱となる。創価家族の命の絆ほど強いものはない。

☆「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第4回 幸福をつかむ信心<下> 杉本総合婦人部長
「紙上教学研さん『世界を照らす太陽の仏法』に学ぶ」の第4回は、前回(4日付)に続いて「幸福をつかむ信心」について、杉本総合婦人部長と共に学びます。(第5回は8月1日付に掲載の予定。池田先生の講義は『創価学会 永遠の五指針』から引用)

◇池田先生の指導
「喜とは自他共に喜ぶ事なり」と。
自分も、他者も共に喜ぶ。
そこに真の歓喜と幸福があるのです。

1 世界第一の「富める者」の誇り
それでは、前回に続いて「幸福をつかむ信心」について学んでいきましょう。
池田先生は、講義の中で"世界第一の富める者"との日蓮大聖人の宣言の意義について、教えてくださっています。

【御文】
『日蓮は世間には日本第一の貧しき者なれども仏法を以て論ずれば一閻浮提第一の富る者なり、是れ時の然らしむる故なりと思へば喜び身にあまり感涙押へ難く教主釈尊の御恩報じ奉り難し』(四菩薩造立抄、御書988ページ14行目〜16行目)

【現代語訳】
日蓮は世間的に見れば日本第一の貧しい者であるけれども、仏法の上から論ずるなら、一閻浮提(世界)第一の富める者である。これは(末法という)時がそうさせる故であると思うと、喜びは身にあまり、感涙は抑えがたく、教主釈尊の御恩は報じ奉りがたい。

■ 池田先生の講義
大聖人は迫害によって、何度も命を狙われ、流罪も二度に及び、さらに日本中から悪口罵詈されました。「四菩薩造立抄」で仰せのように、世間的に見れば「日本第一の貧しき者」かもしれません。しかし、仏法の明鏡に映してみれば、「一閻浮提第一の富る者なり」——"世界第一の富める者"であると宣言されています。
「喜びは身にあまり、感涙は抑えがたく」と、大聖人は仰せです。いかなる権力の魔性にも侵されない、金剛不壊の幸福境涯の実像が、ここに拝されます。

—◆—
人間としての最高の「喜び」と「幸福」は何か——。それは、人生における自身の本然の「使命」を知ることだと思います。
私は今、小説『新・人間革命』を生命に刻む思いで精読しています。第5巻の「歓喜」の章で、戸田先生が「われ地涌の菩薩なり」と覚知した戦時中の獄中闘争を振り返って、こう語られる部分があります。
「使命を知るとは、自分の生涯を捧げて悔いない道を見つけたということだ。そうなれば人間は強いぞ。恐れも、不安もなくなる」と。
私たちもまた「地涌の菩薩」として、妙法を弘め、人々の幸福と平和を実現するために、この世に生まれてきました。この「使命」を深く自覚した時、命の底から喜びと力が湧いてきます。そしてどんな逆境にも、決して負けない希望が、わが胸中に広がっていくことを実感します。

2 「師弟不二」で嵐に打ち勝つ
池田先生は、幾多の嵐を乗り越えた、戸田先生との「師弟不二」の闘争について、講義の中で記されています。

■ 池田先生の講義
戸田先生は、戦時中に獄中から家族へ送った手紙に、こう記されていました。
——今どんなに苦しくても、貧しくても、私の生きている限り「富める者」との自信を失わずにいてください——と。
不惜身命の戦いを貫いた先生は、牢獄にあっても魂の王者でした。「富める者」との大確信の上から、自身に連なる一家眷属もまた「富める者」なりと叫ばれたのです。
この偉大な師匠の不二の弟子である私も、嵐の中を、広宣流布一筋に突き進んできました。妙法のため、師匠のため、同志のために捧げきった命です。大難はもとより覚悟の上でした。「嵐は誉れ」と、一切を乗り越え、尊き草創の父母たちと共に世界広宣流布の道なき道を切り開いてきました。
今度は、わが同志が、わが後継の青年諸君が、われ世界一の幸福者なりと、この誉れの大道を勝ち進んでいただきたいのです。

—◆—
池田先生が、私たち弟子のために、未来のために、どれほどの大難に耐え、勝利の道を切り開いてくださったか。
1979年(昭和54年)4月24日、第1次宗門事件の嵐の中、池田先生は会長を辞任されました。本部職員になったばかりの私は、大きな衝撃を受けました。悔しさでいっぱいでした。
翌日、重い気持ちで信濃町に出勤すると、偶然、先生とお会いしたのです。先生は烈風のただ中におられたにもかかわらず、未入会だった私の父の状況などを聞き、温かく激励してくださいました。
そして、厳然と言われました。「先生は強いよ」と。その師子王のごときお姿は、今も胸に深く刻まれています。
81年、正義の反転攻勢を開始された先生は、大分を訪問されました。私も同行させていただきました。会館の庭で先生の姿を見るなり、駆け寄ってきた年配の婦人部がいました。宗門の非道な仕打ちに耐え、同志を守り抜いてきた草創の母だったのでしょう。先生は言われました。「おばあちゃんは勝ったんだよ。心配ないよ。勝ったんだよ!」と。
師匠が命を懸けて守り、築いてくださった学会です。その学会、そして大切な同志を断じて守り抜いていくのが、青年の使命、そして私たち弟子の責任です。

3 「自他共に」が真の幸福
先生はまた、「御義口伝」の一節を通して、「歓喜」「幸福」の真の意味について、講義をしてくださっています。

【御文】
『喜とは自他共に喜ぶ事なり(中略)然るに自他共に智慧と慈悲と有るを喜とは云うなり所詮今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る時必ず無作三身の仏に成るを喜とは云うなり』(御義口伝、御書761ページ14行目〜17行目)

【現代語訳】
(随喜の)「喜」とは、自他共に喜ぶことである。(中略)
すなわち、自他共に智慧と慈悲があることを「喜」というのである。所詮、今末法において日蓮大聖人とその門下が、南無妙法蓮華経と唱えたてまつる時、必ず無作三身の仏と成ることを「喜」というのである。

■ 池田先生の講義
「喜とは自他共に喜ぶ事なり」と。自分も、他者も共に喜ぶ。そこに真の歓喜が、幸福があると言われるのです。
幸福とは、各人が自らつかむものであり、自身の生命で感得するものです。しかし同時に、自分一人だけの幸福もありえません。自分さえ幸せなら後は関係ない——それでは、利己主義です。だからといって"自分はいいから、他の人が幸せに"というのも、仏法の理想とは異なります。そうではなく、"自分も人も一緒に!""自他共の幸福を目指す"というのが、本当の幸福でしょう。

—◆—
他の人の幸福を願い、友の幸福のために行動する——その地道にして偉大な実践を、私たちは、日々の学会活動の中で行っています。
「あの人が悩みを乗り越えられるように」と祈る。「あの人は元気かしら」と電話をかけ、手紙を書く。日々、他者を思いやり、「人のため」にと行動することが、人間として、どれほど尊いことであるか——。今、さまざまな分断が広がる世界の中で、このような学会員の生き方は大きな輝きを放ち、人間と人間を結ぶ偉大な力になっています。
池田先生は「『心の財』は、分かち合えば合うほど、増えるのです」と言われました。本当にその通りだと実感します。
友の悩みに同苦し、その友の蘇生のドラマに涙し、歓喜する——私たちの友を思う行動によって「自他共の幸福」は社会に広がっていきます。
そして「一人の人間の幸福」を全ての原点とする、人間主義の思想が人々の心に浸透していく時、世界の「立正安国」の道は開かれると、先生は教えてくださっています。

4 世界に歓喜の花園を広げる
最後に先生は、学会は「価値創造の団体」であることを強調されています。

■ 池田先生の講義
創価学会は、「価値創造の団体」です。
美・利・善の価値の創造は、「自他共の幸福」の内実です。私たちは、一人一人の信心の勝鬨の発露として、この幸の花を豊かに多彩に咲かせながら、地域に、社会に、そして全世界に、幸福と勝利と平和の歓喜の花園を広げていくのです。
大聖人は、「随喜する声を聞いて随喜し」(御書1199ページ)と仰せになりました。
今、「幸福をつかむ信心」の歓喜の波動が、国境を越え、民族や言語などの差異を越えて、グローバルに拡大しゆく世界広布新時代を迎えました。それは、全人類が共に幸福をつかむ、民衆凱歌の世紀を開く挑戦です。

—◆—
池田先生は、"広宣流布は、妙法の大地に展開する大文化運動である"と言われています。仏法の光に照らされた私たちの力強い生命は、生活を潤し、豊かな文化を育み、地球を喜びで包むことを教えてくださっているのです。
先月10日付の聖教新聞で、77年に池田先生が各地の婦人部総会へ贈られた真心のピアノ演奏を動画で聴くことができ、全国の婦人部に大きな感動と喜びが広がりました。また、先生は自ら、音楽隊・鼓笛隊の結成をはじめ、文化祭の開催などを推進してこられました。
文化は人間性の発露であり、苦難を乗り越える力となるからです。
コロナ禍の中にあっても、各国の創価の友は、音楽を通して「師弟の心」「負けない心」を世界に発信してくれています。ブラジルイケダヒューマニズム交響楽団は、「母」の曲や学会歌「今日も元気で」をオンラインで"合奏"しました。インドでは外出規制の中、新愛唱歌を作成し、同志を鼓舞しています。
生命の共鳴に国境はありません。この麗しい姿自体が、学会が世界宗教であることの一つの証しであると思います。
これからも先生と共に、世界の同志と共に、幸福の連帯をさらに大きく広げていきたいと決意を新たにしています。

■ 池田先生の講義
幸福とは、日々の着実な積み重ねです。
そして、私たちが幸福を目指す人生の根幹には、日々の最高の「祈り」があります。
私は今日も真剣に祈り抜き、そして、いつまでも祈り続けます。
大切な皆様が健康・長寿であるように!
所願満足で、現世安穏であるように!
使命を成就し、後生善処であるように!
一人も残らず、幸福であるように!
大勝利の人生を勝ち飾れるように!

2020年7月27日月曜日

2020.07.27 わが友に贈る

◇今週のことば
「いかなる病
さはりをなすべきや」
妙法の師子吼を響かせ
健康・無事故の日々を。
皆で励まし合いながら!
2020年7月27日

生死一大事血脈抄 P1337
『然れば久遠実成の釈尊と皆成仏道の法華経と我等衆生との三つ全く差別無しと解りて妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり』

【通解】
さて、久遠実成の釈尊(日蓮大聖人)と、あらゆる衆生を成仏せしめる法華経(文底独一本門の大御本尊)と、私たち衆生との三つは、まったく差別がないと信じ理解して、南無妙法蓮華経の題目を唱えていくことを、生死一大事の血脈というのです。

名字の言 「五木の子守唄」に込められた力強い心 2020年7月27日
子守歌と聞けば、母親が子どもを寝かしつけるための愛情がこもった歌を思い浮かべる。だが、熊本・五木村に伝わる「五木の子守唄」の歌詞は、そうではない。経済的苦境のため、年季奉公に出された守子の娘たちが自らの境遇を歌っている▼「子どん可愛いけりゃ 守りに餅食わせ 守りが転くれば 子もこくる(子どもが可愛いのなら、守子に餅を食わせろ。守子が倒れてしまえば、子どもも倒れてしまう)」。歌詞には悲哀を嘆くだけでなく、不条理を乗り越えようとする力強さもある▼民俗学者の赤坂憲雄氏は「五木の子守唄」を「守り子たちの抵抗の唄」と評している。「幼い子守りの娘たちが、捨て身で、何か巨大な黒い影に向けて、孤独な戦いを挑んでいる姿が、ここにはある」と(『子守り唄の誕生』講談社現代新書)▼不遇のどん底にあっても、負けないと決めた時、人は底知れぬ強さを発揮することができる。小説『新・人間革命』第25巻「人材城」の章には、「五木の子守唄」を通して、「人間は誰もが力を秘め、そして、誰にでも、幸せになる権利がある」と▼最も苦しんだ人が、最も幸福になる——そのために、私たちの信仰はある。さまざまな困難と戦う一人一人を、断じて孤独にさせず、その「心」を力強く支えたい。(芯)

寸鉄 2020年7月27日
会長の著作には闇の中にある人を奮起させる力が—詩人。今日も胸に刻み
中部の日。広布の一番星が輝けば未来は一層輝く—希望拡大の主役は私と
青年部が「不戦の誓い継承月間」を前進。君らの手で悲惨の二字なき世界を
旧友と再び繋がる—心の若返りに効果と。電話やオンライン等を使い賢く
自分は罹らないから平気…この油断は感染の因。危険ある所は呉々も避け

☆きょう池田先生とゴルバチョフ氏(ソ連大統領)との会見30周年 2020年7月27日
きょう27日は、池田大作先生とソ連(当時)大統領であったミハイル・ゴルバチョフ氏との初会見から30周年。会見の経緯や意義を振り返るとともに、先生の日露友好の信念を受け継ぐ使命と展望について、創価大学の田中亮平副学長(国際担当)の声を紹介する。

◇日露友好の歴史開いた率直な対話
1990年7月27日、モスクワのクレムリンで行われた、池田先生とゴルバチョフ氏の歴史的な会見。
語らいは、氏が進めた「ペレストロイカ(改革)」の現状と意義、青年への期待などを巡って1時間10分に及んだ。
会見では、先生が「世界平和を愛する一人の哲学者として、大統領の訪日を念願しています」と語ると、氏は「絶対に実現させます」「できれば春に日本を訪れたい」と明言した。この発言は一大ニュースとして日本中を駆け巡った。先生の誠実な対話が日露友好の新たな一ページを開いたのである。
ゴルバチョフ氏は85年、最高指導者に当たるソ連共産党書記長に就任。経済改革や情報公開などを促進した。また、世界の緊張緩和に向け、対話を重視した「新思考外交」で西側諸国や中国、東欧に歩み寄った。
さらに氏は、核軍縮・廃絶に積極的に取り組む。しかし当初は"単なる宣伝"との心ない批判にさらされる。その中で先生は86年、ノーボスチ通信に氏の取り組みを支持する所信を寄稿。翌年にもソ連『新時代』誌が同趣旨の先生の論文を掲載し、英語やフランス語などでも紹介された。
氏の努力は実を結び、87年にアメリカとの間で中距離核戦力(INF)全廃条約が締結。89年にはマルタでブッシュ米大統領と冷戦終結を宣言し、世界規模の対立に終止符を打ったのである。
そうした世界史のうねりの中で行われたのが、先生とゴルバチョフ氏との会見だった。
冒頭、先生は「今日は大統領と"けんか"をしにきました。火花を散らしながら、なんでも率直に語り合いましょう。人類のため、日ソのために!」とユーモアを込めて発言。氏も「私も率直な対話が好きです。会長とは、昔からの友人同士のような気がします」と応じた。
会見で氏は、先生の掲げる人間主義の価値観と理想を評価。「ペレストロイカの『新思考』も、会長の哲学の樹の一つの枝のようなものです」と述べた。先生も、自身と氏の考えは「人間」を見つめるという共通性があると強調した。
氏は91年4月、約束通り日本を訪れ、池田先生と再会。以来、東京、大阪、モスクワで、合わせて10度の会談を重ねている。対談集『20世紀の精神の教訓』は、語らいの一つの結実である。
30年前の会見は、30年という歳月を経ても色あせることはない。個人の自由と尊厳、社会の平和と安穏に勝る価値はないという二人の信念は、21世紀に生きる人々の心を揺さぶり続けるだろう。

◇創価大学・田中副学長「創立者の精神を永遠に継承」
創立者・池田先生が築かれてきた日露友好の礎によって、創価大学にはロシアから絶大な信頼が寄せられています。
その大きな証しの一つが、2016年に「ロシアセンター」が本学に開設されたことです。これは大統領令によって設立された「ルースキー・ミール基金」が世界で推進する、ロシアの言語教育の推進と文化の普及に努める拠点です。
さらに、毎回の「日露学長会議」には馬場学長が招かれ、モスクワ大学のサドーヴニチィ総長らと親交を深めています。
池田先生が初めてソ連(当時)を訪問されたのは1974年。翌75年には創価大学とモスクワ大学の間で学術交流協定が結ばれ、学生・教員の往来が始まりました。
これまで、本学の学生からは日本を代表する優秀な通訳や国立大学の教授ら両国の友好に尽くす人材が誕生しています。また、現・駐日ロシア大使のガルージン氏も本学の留学生の一人です。
本学にロシア語を学ぶコース(文学部外国語学科ロシア語専攻=当時)が開設されたのが、先生とゴルバチョフ氏との会見に先立つ90年4月であったことにも、不思議な時の符合を感じます。
ゴルバチョフ氏は本学を2度、訪問されています(93年、2007年)。93年には、先生の提案でライサ夫人と共に「ゴルバチョフ夫婦桜」を植樹されました。氏と先生の変わらぬ友情を象徴するかのように毎年、美しい花を咲かせます。本学の担当者が氏と連携をとるたびに"私の桜は元気でしょうか"と、いつも気に掛けてくださっているそうです。
氏は、ロシアセンターの開所式にも「今後も露日友好の輪を広げ、深めていってくれることを期待します」と祝辞を寄せてくださいました。
先生と氏との会見、そして本学の本格的なロシア語教育のスタートから30周年を迎えた今、ロシアの交流校は「12」に広がっています。これからも、各大学と協力しながら、ロシア文化への見識を日本で広めるとともに、日露友好に尽くす人材の育成に一層、力を注いでまいります。

☆忘れ得ぬ旅 太陽の心で 第6回 高知
月刊誌「パンプキン」誌上の池田先生の連載エッセー「忘れ得ぬ旅 太陽の心で」を紹介する本企画。今回は「高知——おもてなしの心の清き流れ」を掲載する(潮出版社刊の同名のエッセー集から抜粋)。近代日本の夜明けを開いた人材が、志高く立ち上がった高知。その「志」には、思いやりの心があり、人情味があふれる。試練の時代の今、人と人、心と心のつながりが一段と求められている。この時こそ、南国土佐に息づく、温かな「ホスピタリティー(心こもるおもてなし)」の精神に学びたい。

太陽は
 昇り照らして
  つくりゆく
 いのち輝く
  黄金の世界を

平安の歌人・紀貫之は、有名な『土佐日記』で「この人々ぞ、志ある人なりける。この人々の深き志はこの海にも劣らざるべし」と、心通う人たちのことを感嘆しておりました。
海よりも深い志に生きる人々の「志の国」すなわち「志国」こそ、四国であり、高知です。高知には、「いごっそう」の丈夫たち、そして「はちきん」の母たち、女性たちの強き志が輝いています。
佐川町が生んだ「日本植物学の父」牧野富太郎博士は、夫人と共に、苦難の連続のなか、「私は決して負けまい」という決心と、いのちへの「思い遣りの心」で、大きな志を果たしていきました。
南国土佐には、「ひとりで泣かんでえい」「一緒に笑おうや」と、苦楽を分かち合う"ぬくい"絆があります。
江戸っ子とも相通ずる、人情味あふれる高知の友が、私は大好きです。

◇不屈の巌のごとく
〈本年は、池田先生の高知初訪問から65周年。先生は信頼する高知の同志と共々に、民衆運動のスクラムを広げてきた思い出を述懐しつつ、地域に根を張り、人々から慕われる宝友の姿をつづった〉

雄大な太平洋に臨む高知の広い天地を、南国の陽光を浴びながら、黒潮の香りのする風に吹かれながら、車と列車を乗り継ぎ、駆け巡ったことは、今も忘れられません。
そうしたなかで語り合ってきたことは、家族を愛し、友を愛し、地域を愛して、自分らしく貢献していく人生を! ということでした。
真実の幸福は、どこか遠くにあるのではない。外から与えられるものでもない。身近な一人一人を大切にするところにあるからです。
高知の各地に、長い歳月、地域に根を張って皆に尽くし、皆から慕われる、元気で知恵ある宝の存在がおられます。
「この方あればこそ、この地の幸あり」と讃えられる父たち、母たちです。
幡多郡で、「地域の友の幸せのために、体当たりで尽くしていこう」と奔走した夫妻がいます。
「まず動く」ことを心がけ、悩める友がいれば、険しい山道もいとわず、海風すさぶ断崖の道も恐れず、激励に駆けつけました。
つらい時には、太平洋の彼方に赫々と太陽が昇り、大海原を金色に染めゆく光景を励みにして、「断じて負けない! あの雄々しい波のごとく、あの不屈の巌のごとく生きちゃる!」と立ち上がってきたのです。

私の妻がよく知る高知市の母に、保育園の園長先生がいます。
もともとの出発は、市から"農地を使って保育園を設立してもらえないか"と依頼されたことでした。農家に嫁いで、ようやく農作業にも慣れた頃のことです。
困惑したものの、「地域の皆さんに喜んでもらえるなら」とお受けしました。そして、血のにじむような努力を重ねて、娘さんと一緒に、"子どもの希望の城"の保育園を築いてこられたのです。
「一人一人の成長を願い、地道にかかわっていくならば、必ず子どもは大きく育つ」と。
保育園の体育館を地域に開放したり、高齢者福祉施設とのほほえましい世代間交流なども行ってきました。
亡くなった最愛のご主人と息子さんの分までもと、故郷の喜びを誉れとし、地域に寄り添って生き抜いてきたのです。
今では卒園生が父母となり、二世代目の子どもたちも入園して、明るい笑い声が地域に響いています。
「地域のお役に立てることに感謝、感謝です」と、婦人は笑顔で語っていました。

◇勝利の幸あれ
〈高知には、何ものにも代え難い自然の美が備わり、「おもてなし」という心の美が光っている。そこに流れる親切や誠実といった伝統を輝かせながら、高知がさらに発展しゆくことを念願し、池田先生はエッセーを結んだ〉

高知には、「おもてなし」という心の美が光っています。全国の県庁で唯一「おもてなし課」があるように、訪れた人々を真心で迎えるホスピタリティーの精神が、高知に満ちているのです。
「おもてなし」には、目に見える「モノ」と、心を表す「コト」があり、とくに心のこもった「コト」のサービスが重要であると言われます。心は目には見えません。しかし相手を思う心は、必ず相手の心に通じていくものです。
「おもてなし」の語源の一つは「裏表なし」とされます。そこに、親切や誠実という「志」が、高知の伝統の心として清らかに流れているように感じるのは、私一人ではないでしょう。
高知には、自然と人間、人間と人間が共生し育んできた、豊かな農があり、食があり、文化があります。
高知育ちの近代日本の科学者・寺田寅彦博士は、大好きだった祖母の姿で最も懐かしく思い起こすのは、糸車を廻している姿だと綴っています。
婦人たちは糸車を廻し手織機で織物を織るのを誇りと楽しみとしていました。そこには、どんな娯楽も敵わない「物を作り出すことの喜び」があったからです。
地味であってもよい、愛する人のため、愛する郷土のために、何か価値あるものを作り出そうと努める女性の働きに、どれほど皆が支えられてきたことか。それが、どれほど尊く気高い振る舞いであることか。
今、そうした祖父母や父母たちの志を受け継いで、高知のさらなる繁栄を志す若い世代が、仲良くスクラムを組んで、立ち上がっています。
「ああ紅の 朝明けて」「ああ暁鐘を 打て 鳴らせ」と高らかに歌い、新しい志国の夜明けを目指しながら!
高知の県民歌には、未来に進む土佐の凜とした心意気が表れています。
 「築き興さん 弥栄の土佐
  光はもゆる 光はみつる」
「高知」——その名も「高き知恵」の大地は、希望の光輝く大地「光地」でもあります。そしてまた、幸福の心薫る大地「幸地」でもあるのです。
この憧れの南国高知の天地に、平和の光あれ、勝利の幸あれと、私も妻も祈る毎日です。

晴れ晴れと
 幸福の太陽
   我が胸に

(『忘れ得ぬ旅 太陽の心で』第1巻所収)

2020年7月26日日曜日

2020.07.26 わが友に贈る

広宣流布とは
信頼を広げること。
地域・社会に貢献し
友の幸福に尽くす
模範の"良き市民"たれ!

南条殿御返事 P1573
『無一不成仏と申して南無妙法蓮華経を只一度申せる人一人として仏にならざるはなしととかせ給いて候』

【通解】
「一として仏にならないものはない」といわれて、南無妙法蓮華経とただ一度でも唱えた人は一人として仏にならないものはない、と説かれているのである。

名字の言 人を鍛えるのは「人・本・旅」 2020年7月26日
「学びに年齢は関係ありません」と語るのは、立命館アジア太平洋大学の出口治明学長。生命保険会社を退職後、60歳の時にベンチャー企業としてライフネット生命を開業。70歳になった一昨年から、現職に就いた▼人を鍛えるのは「人・本・旅」と氏。すなわち、たくさんの人に会い、良書に親しみ、さまざまな場に足を運んで刺激を受けることだ。実際に氏は、学長就任に当たって、教育基本法や学校教育法などの法律を徹底して学んだ。そして、心構えや必要なことなどを聞くため、他大学の総長や学長を訪ねて回ったという▼氏は"自分が今いるポジションで、できることに少しずつでも取り組んでいくことが大切"と強調する。「どんな年齢の人でもいまこの時が一番若いのですから、思い立ったらすぐ行動することが大切」と(『還暦からの底力』講談社現代新書)▼何かを始めるとき、"今さら""もう遅いのでは"という、周囲のささやきや自分の心の声で気持ちが萎えることがある。ただ、それに従っても何も変わらない。"年齢は関係ない!""やってみよう!"と立ち上がれば、新しい自分が見えてくる▼仏法は「現当二世」と説く。常に「今」「ここから」未来は変わっていく。きょう成すべきことに、果敢に挑んでいこう。(巍)

寸鉄 2020年7月26日
「まことの時はわするるなるべし」御書。苦しい時こそ信強く!それが師子
長野婦人部の日。祈りと励ましで郷土を明るく!人材山脈の太陽は赫々と
壁を築くより橋を架けよ—古言。孤立進む現代。人々の心結ぶ声掛け益々
感染症の影響で防災備品の中身変化と。マスク等の準備も。各家庭で確認
読書習慣ある人は認知症の発症率が低い—研究。学びの人生は永遠に向上

〈社説〉 2020・7・26 杉原千畝"命のビザ"から80年
2020年7月26日
豊かな知恵に満ちた日常を
「人間として当たり前のことをしただけ」——。第2次世界大戦中の、今から80年前に、ナチスの迫害を逃れてきた多くのユダヤ人にビザを発給し、彼らの命を救った"日本のシンドラー"と称される外交官・杉原千畝の言葉だ。
リトアニアの在カウナス日本領事館に勤務していた杉原が、ユダヤ人にビザを発給し始めたのは、1940年7月26日ごろ。それから1カ月以上かけて、約6000人もの人命を救った。
彼の妻・幸子さんは、その"決断"の時の様子を本紙で回顧している。「最後に、『これでいいかい』と私に言うので、『そうしてください』と言いました。私も、主人と同じ考えでしたから」
2度にわたり、ビザ発給の可否を本国に確認するも「否」。それでもなお、戦時下に訓令違反も辞さず、人道の信念を貫いた夫妻の勇気の行動は、不滅の良心の輝きを放っている。
だが、杉原の優れた点は、ヒューマニズムだけではない。ビザ発給は、インテリジェンス・オフィサー(=情報の収集・分析のプロフェッショナル)として活躍してきた彼の真骨頂だった。
杉原の研究に従事する白石仁章氏は「偉大なヒューマニストの側面に、希代のインテリジェンス・オフィサーの姿が加わってこそ等身大の杉原像に近づける」(『杉原千畝 情報に賭けた外交官』新潮文庫刊)と記す。
カウナス在勤時、杉原が独断でユダヤ人に発給した"命のビザ"は「2139」。「6000」とは大きな開きがある。近年の調査で、1枚のビザで家族全員が救われた"特例措置"や、子どもの名前が併記されたケースが確認されている。
押し寄せる人が増えることを予想し、8月初めの段階で調書を簡略化。さらに、効力を担保しつつ、手書きの大部分をスタンプ化することでビザの大量発給を可能に。この"決断"もまた、緻密な計算や秘策に裏打ちされた"英断"だった。
そこには、戦渦の極限状態の中、"命を救う"と執念を燃やし、聡明に危機を乗り越え、不可能を可能にした英知が光る。杉原の行動から学ぶことは多い。
今は誰もが多くの情報を入手し、発信できる時代だ。膨大な情報をいかに見極め、社会や人のために生かせるか。その見識や判断力が一段と問われている。
池田先生は語っている。「知識は、究極的には、智慧をわきたたせるための手段である。智慧が『幸福』を生む。智慧こそ『人を救う力』であり、人が生きていくための根源の魂である」
コロナ禍で環境が激変している試練の今こそ、より深く、強盛に祈り、豊かな知恵に満ちた日常を送りたい。

☆女子部結成記念大会への池田先生のメッセージ 2020年7月20日
◇祈り励まし、試練を創造の知恵に 朗らかに勝利と幸福の花を!
明るく、爽やかに心を結び合う女子部結成記念の大会、誠におめでとう!
今、世界の試練の時に、花の女子部の皆さんが、凜として祈り、学び、励まし合うスクラムが、どれほど大いなる希望の光を放っていることでしょうか!
私も妻も、言い知れぬ、不安や労苦に立ち向かっている一人一人に届けと題目を送っております。
日蓮大聖人は女性の門下に、「妙の文字は月なり日なり星なりかがみなり衣なり食なり花なり大地なり大海なり、一切の功徳を合せて妙の文字とならせ給う」(御書1484ページ)と断言なされました。
何があろうと、この妙法を唱え抜いていくならば、どんな悩みも新しい前進のエネルギーに変え、どんな苦難も新しい創造の知恵に変えることができます。
仕事でも生活でも地域でも、断じて勝利の花、幸福の花を咲かせていけるのです。
皆さんには、この世界一の幸福の哲学があります。そして、共に実践する最高の同志がいます。創価家族がいます。
どこまでも、学会の良き先輩や仲間と支え合い、大地のように、大海のように、心広々と、希望と平和のスクラムを輝かせていってください。
どうか、親孝行の笑顔を忘れず、健康第一、無事故第一で、朗らかに、粘り強い、青春の前進であれ!

☆小説「新・人間革命」学習のために 「女子部」編
◇正義の心で 今、師とともに 華と舞え!
小説『新・人間革命』の山本伸一の激励・指導などを紹介する「My Human Revolution(マイ・ヒューマン・レボリューション)」。今回は、あす7・19「結成の日」を記念して「女子部」編を掲載する。次回は「未来部」編を24日付2面に掲載の予定。挿絵は内田健一郎。

◇苦労をも楽しむ人が人生の達人
<1961年(昭和36年)7月、山本伸一は長野で行われた「華陽会」の野外研修で人生の在り方について指導する>
「今日は、心身ともに鍛えて帰ってください。また、存分に遊び、楽しんで、大いに英気を養ってください。
人生を最高に楽しむということも、仏法に通じます。
大聖人は、あの佐渡の地にあっても、『流人なれども喜悦はかりなし』(御書1360ページ)と仰せです。
御本仏の大境涯、大確信から発せられた御言葉ですが、大聖人は、流罪という大苦難のなかでも、大歓喜を感じておられた。
どんな環境にあっても、人生を楽しみきっていけるのが信心です。戸田先生は、成仏というのは、生きていること自体が、楽しくて、楽しくてしょうがないという境涯であると、よく語っておられた。
人間の人生には、苦労はつきものです。学生のうちは、勉強しなければならないし、会社に入れば、働かなければならない。
(中略)しかし、そのなかに、意義を見いだし、生きがいをつくり、目標を定め、はつらつと挑戦し、苦労をも楽しみながら、瞬間、瞬間を最高に有意義に、楽しみきって生きていける人が、人生の達人なのです。
結局、幸福とは、外にあるのではない。私たちの心のなかにある。それを教えているのが仏法です」(中略)
「女子部は学会の花なんだから、いつも、このように楽しく、そして、常識豊かに、活動を進めていくことです。
誰が見ても、明るく、さわやかでいいなと思えることが、信心のすばらしさの証明になるからだよ」
(第4巻「立正安国」の章、257〜258、263ページ)

◇唱題こそ絶対的幸福境涯の源泉
<61年(同36年)11月、第9回女子部総会で伸一は、女子部幹部が思索し、議論を重ねてきた絶対的幸福境涯を確立する方途について語る>

「相対的幸福」とは、経済的な豊かさや社会的な地位など、自分の外の世界から得られる幸福である。そんな幸福は、ひとたび環境条件が変われば、いともたやすく崩れ去ってしまうものだ。
これに対して、「絶対的幸福」とは、いかなる困難や試練にも負けることなく、生きていること自体が楽しくてしようがないという境涯の確立である。
彼女たちは、戸田城聖が、山本伸一が、常に訴えてきた"幸せ"とは、この「絶対的幸福」にあったことを知ったのである。
そして、具体的には、日々、力強く唱題に励みながら、"妙法"という確かな生命の軌道に乗り、自身の人間革命をめざして、生き生きと生活に、学会活動に取り組んでいくなかに幸福があるとの、結論となっていった。
一人ひとりのメンバーは、皆、それぞれ、深刻な悩みを抱えていた。しかし、彼女たちは、真剣に信心に励み、広宣流布の使命に生きようとしている時には、生き抜く喜びを実感していた。
それは「絶対的幸福」に至る、確かなる生命の手応えといってよい。(中略)
伸一は、信仰の目的について語っていった。(中略)
「どうすれば、その絶対的幸福境涯を確立することができるか。その方途を示されたのが日蓮大聖人であり、それは、御本尊への唱題以外にありません。簡単といえば、これほど簡単なことはないし、万人に幸福の道を開いた、これほど偉大なる仏法、大哲理はありません」
(第5巻「勝利」の章、230〜231、241〜242ページ)

◇"豊かな心"育む生き方の哲学を
<77年(同52年)5月、熊本文化会館の屋上にある庭園で伸一は、女子部の職員らと懇談する>

「戸田先生は、常に、『女子部は教学で立ちなさい』と言われていた。それは、幸福になっていくためには、生命の法理に立脚した人生の哲学が不可欠だからなんです。また、本当の意味で、女性が人間として自立していく道が、そこにあるからなんです」
かつて、女性は、幼い時は父母に従い、結婚してからは夫に従い、老いてからは子に従うべきであるとされていた。
近代の女性たちは、そうした服従の綱を断ち、自立の道を歩もうとしてきた。「女性の世紀」を展望するうえで大事なことは、その自立の道が、真の幸福の道へ直結していくことであろう。
本当に一つ一つの物事を自分で考え、判断しているだろうか。周囲の意見や、流行、大勢などに従ってはいないか。それが、何をめざし、どこに向かっていくかを深く考えることもなく、ただ、みんなから遅れないように、外れないようにと、必死になって追いかけて、生きてはいないだろうか。
本当の幸福は、自分で創り上げていくものだ。誰かから与えられるものではない。自分の外に求めた幸福は、時とともに、いつか崩れ去ってしまう、束の間の幸福である。幸福になるには、「幸せとは何か」を明らかにした「哲学」が必要になる。「哲学」というのは、生き方の根本となる考え方である。日蓮大聖人は、教えてくださっている。
「蔵の財よりも身の財すぐれたり身の財より心の財第一なり」(御書1173ページ)と。
お金も必要であろう。健康や技能も大事である。しかし、最も大切なのは、心の財、つまり、強く、豊かな心だ。
(第25巻「人材城」の章、316〜317ページ)

◇試練に打ち勝つ「強さ」培う信心
<78年(同53年)3月、伸一は東京・立川文化会館で行われた女子部のブロック長会に出席し、信心の意味について訴える>

人生は、決して平坦ではない。若い時代の幸せが、永遠に続くとは限らない。
結婚してから、夫の仕事の問題や病、家庭不和、あるいは、子育てなどで、悩み苦しむこともある。それに打ち勝つ強さを培い、未来にわたる福運を積んでいくための信心である。(中略)
「皆さんが担当しているブロックの部員さんのなかには、仏法はすごいと感じていても、"人に信心していると言うのが恥ずかしい"と思っている方もいるかもしれない。しかし、勇気をもって、その弱さを打ち破っていくことが大事なんです。
幸福の王女という主役を演じるのに、恥ずかしがって舞台の袖にいたのでは何も始まりません。強く生き抜いていくうえで必要なのは勇気です。人生のあらゆる局面を左右するのは、勇気があるかどうかであると言っても過言ではありません。
その勇気の心を磨いていくのが、信仰なんです。学会活動なんです。
御書に『随力弘通』『随力演説』とありますが、各人の力に随って、仏法への率直な思いを、自分らしく、自分の言葉で、周囲の人に語っていけばいいんです。自身の崩れざる幸福のために、女子部の皆さんは勇気を奮い起こしてください。
広宣流布の未来は、皆さんたち青年部に託す以外にない。女子部がいるだけで、組織は花園になります。希望の光に包まれます。女子部、頼むよ。皆さんを見守っていきます」
父の祈りにも似た言葉であった。
(第26巻「奮迅」の章、419〜420ページ)

◇女子部への指針
自分を大切に!
聡明な人生を!
価値ある青春を!
皆さんが幸福になるための信仰であり、学会なのである。
(指導集『青春の光彩�』)

2020年7月25日土曜日

2020.07.25 わが友に贈る

学び続ける人に
行き詰まりはない。
徹底して自身を磨き
哲学と見識を備える
賢者の振る舞いを!

妙法比丘尼御返事 P1418
『日蓮は此の法門を申し候へば他人にはにず多くの人に見て候へども』

【通解】
日蓮は、この法門を語ってきたので他の人と比較にならないほど、多くの人に会ってきた

名字の言 ベートーベンの音楽は「悩むものの友だち」 2020年7月25日
今年、生誕250周年となる楽聖ベートーベンについて、音楽評論家の吉田秀和氏がつづっている。「ベートーヴェンの音楽は、ほかのどんな音楽よりも、悩むものの友だちであり、ときに、慰め手である」(『吉田秀和全集1』白水社)▼楽聖が人生の途上で味わった苦悩の深さは計り知れない。突然の家族の死、貧困と孤独、音楽家として致命的ともいえる難聴……▼その中で彼は、勇気を湧き立たせ、希望を見いだし、作曲という"戦い"に挑み続けた。「勇気、からだがどんなに弱っていようとも精神で打ち克ってみせよう」(小松雄一郎訳)、「希望よ、お前は心を鉄にきたえる!」(吉田秀和訳)と。だからだろう。彼の音楽は時を超え、国を超え、人々の心を鼓舞し続ける▼各地に甚大な被害をもたらした「令和2年7月豪雨」。50年間住んできた自宅が損壊した壮年が語っていた。「絶対に負けません。復活する姿を見ていてください」。ある婦人は自ら被災しながらも、懸命に友を励ましていた。「大丈夫。師匠と同志が祈ってくれています。一緒に乗り越えましょう」▼苦難があれど、試練があれど、不屈の心で連帯し、前へ前へ進む創価の友。この"蘇生の劇"は必ず、偉大な音楽のごとく、勇気と希望の曲を奏で続ける。(誠)

寸鉄 2020年7月25日
「今日蓮等の類いは善の導師なり」御聖訓。試練の時こそ地域の灯台と輝け
「志の固き人は幸いなるかな」詩人。広布に生き抜く人生は最も尊く幸福
社会の基盤は、家庭にある—戸田先生。親子で信心継承の夏季友好期間に
北極圏が記録的高温に。温暖化が原因と。未来を守るため人類の英知結集
マスク、手袋等の"コロナごみ"が海・川で増加。自分勝手の心捨て規則守れ

☆創価学園「栄光の日」への池田先生のメッセージ 2020年7月18日
◇「師子の信念」「負けじ魂」で王者の山を登りゆけ!
苦しい試練の日々を越えて、晴れ晴れと「栄光の日」、誠におめでとう! みんな、本当によく頑張り抜きました。
「負けない心」「負けじ魂」のわが学園生こそ、私の最大の誇りです。私は一人一人と固い固い心の握手を交わし、その頭に「勝利の栄冠」をかぶせて差し上げたい思いでいっぱいです。
歴史を学ぶと、古今東西、苦難の時に偉大な魂の人材が躍り出ています。14世紀初め、イタリアに誕生した桂冠詩人のペトラルカも、その一人です。
皆さん方と七百年の歳月を隔てた青年ペトラルカは、私が講演したボローニャ大学で勉学に励みました。ペスト(黒死病)という恐ろしい感染症が蔓延する危機の時代を生き抜いて、ルネサンスという文化の黄金時代を切り開いていったのです。
私の師匠・戸田城聖先生も私も好きな、この大詩人の言葉があります。
「運命はわたしを苦しめ、叩くことはできても、打ちのめすことはできません」(近藤恒一編訳『ペトラルカ=ボッカッチョ往復書簡』岩波文庫)というのであります。
そして、ペトラルカは「勇敢さ」と「辛抱強さ」を力とし、さらに絶対の信頼で結ばれた「友情」を宝として「友と朗らかに」、苦難の運命さえも不屈の創造のバネとしたのです。
思えば、戸田先生と私が学園・大学という創価教育の学びやの建設を構想したのも、70年前、先生の事業が最も苦しい時でした。学園は、まさに「師子の信念」から生まれたのです。
さまざまな制約があり、思うようにいかないことや悔しいこともあるでしょう。しかし、わが学園生は、だからこそ、大地のように、たくましく鍛錬を!
大海のように、大きな心で勉学を! 読書を!
太陽のように、明るい笑顔で友情を! 親孝行を! と申し上げ、私のメッセージといたします。
みんな健康第一で、「王者の山」を一歩一歩、登りゆく夏にしてください(大拍手)。

☆勇気の旗高く 池田先生が鳥取の友に贈る指針 出発点は「一念の変革」
◇波は荒くも
<鳥取県で最初に学会の支部が誕生したのは、1960年(昭和35年)5月3日。池田先生が第3代会長に就任したその日であった。今年で60周年になる。先生は、会長就任前の同年2月に鳥取を初訪問し、広布に一人立つ決意を歌に詠んだ。後に当時の思いを、こうつづっている>

私が初めて、多くの願いを込めながら、「山光」の鳥取の天地に足を運んだのは、一九六〇年(昭和三十五年)の寒き二月のことである。
その二十二日には、鳥取市内で、山陰の総決起大会が開催された。
「山陰」というと、いつしか陰気なイメージを与えがちであるが、この地を新しい広布の楽園にしていかんとする、信念の同志の炎は燃え上がり、寒々とした地域どころか、南国のような季節を感じる日となった。
翌日、私たちは、日本一といわれる鳥取砂丘に、波音と風に包まれながら立った。雄大なる自然と私たちの精神とが、親しく交流し、深く呼吸しゆく瞬間であった。
師・戸田先生が逝いて二年。当時、わが学会は船頭を失ったまま、荒れ狂う大波の中を、最悪の状態で進んでいた。
わが愛する会員を断固として守りゆかねばならない。
そのためには、犠牲を払って、誰かが厳然と立たなければならなかった。
私が、会長になることは、すでに決まっていたようなものだ。それが戸田先生の心であり、当時の幹部の心であり、全会員の総意であったことは間違いなかった。
私は、殉難を覚悟し、広宣流布に立つ決意をもって、この光に満ちた大砂丘で、一首の歌を詠んだ。

東洋の
 広宣流布に
  断固征け
 日本海の
  波は荒くも

懐かしきこの日から七十日後、私は、第三代会長に推戴されたのである。
その五月三日に、山陰で最初の支部として誕生したのが、鳥取支部であった。

◇人間が輝く天地に
<その後も先生は、鳥取の発展を願い、激励を重ねた。65年(同40年)1月には、地区部長会に出席。最前線を駆けるリーダー170人と誓いの握手を交わした。また、豪雨被害のあった72年(同47年)9月には、復興に立ち上がる同志たちにエールを。その翌年、後に「鳥取の日」に制定される9月17日の県幹部総会では"地域の繁栄は「一念の変革」から"と呼び掛けた>

地域の開発、繁栄の基礎は、なんといっても「一念の変革」「精神の開発」から出発するものである。この確たる法則にのっとってこそ、精神も生き、労働の成果も生かされてくるのであります。
しっかり題目をあげて人間革命をし、自分は、これだけのものを後世に残した、鳥取県に残した、人間、庶民のなかに残した、と言い切れる一人一人になっていただきたい。私は、そこにこそ、人生の生きがいもあり、広宣流布の発展もあり、また山陰地方という、この大切な郷土の発達、繁栄もあると、確信したいのであります。
物質文明がもたらした人間疎外。これは、はなはだ強力であって、すべてを妨害しております。たくさんの、いわんや一般社会からみても、底知れぬ大きな妨害となっていることは、間違いないところであります。
教育効果の力だけでは、もはやこの物質文明がもたらした人間疎外という大きな問題は、とうてい乗り越えがたい強力さをもっている。
故に、現代および将来のヒューマニズムは、どうしても仏法によって生命の内奥から顕現していく以外には絶対にない、と訴えておきたいのであります。
今、幸いにも、学会員である皆さん方は、着実にそれを実践しつつあります。これは実に重大なる実践行動なのであります。願わくは、各人が、その力強い、生命の内奥からにじみでる温かさを、これからもますます発現して、この山陰を本当に住みよい郷土にして、日本の人々からうらやましい、山陰がうらやましい、といわれるような理想郷に仕上げていただきたいことを心からお願いしたいのであります。

◇民衆力の拡大を
<同志にとって不滅の原点となっているのが78年(同53年)7月の来訪である。池田先生は鳥取に4日間滞在し、8000人以上の友を激励した。この間、中国方面歌「地涌の讃歌」が完成し、本州の日本海沿岸で初めてとなる本部幹部会で発表された。先生は、2004年の随筆で当時をこう振り返る>

最重要の行事である「本部幹部会」を、米子文化会館で行ったのも、この時である。本州の日本海沿岸で、初めての本幹であった。
会場を彩ったヒマワリの花の如く、誇らしき笑顔、また笑顔の鳥取、島根の友よ! さらに、広島、岡山、山口の中国の兄弟姉妹よ!
私たちが作った中国の歌「地涌の讃歌」が発表されたのも、この席上であった。
全同志が鳥取・島根を見た。いな、驚いた。そして、ここから響いてくる、雄々しき広宣流布の行進曲に、戦う勇気を奮い起こしていった。
ここ鳥取が、また島根が、創価の「本陣」であった。
私と共に、師弟不二の決心で全創価学会を動かし、堂々と指揮をとったのだ!
勇気を持て!
誇りを持て!
それは、大きい転機であった。皆の胸中に激しく回転を始めた心の革命だった。

<山陰地方を"山光"とたたえる先生は、この随筆の中で、固定観念に縛られない視点を持つ大切さを訴えた>

「いつも同じ視点」からだけでは、一面的になり、真実の姿はわからない。
たとえば、山光の地域は、かつて、中国大陸、韓・朝鮮半島との交流の"表玄関"であった。渡来船は、美しき大山をめざし、日本海の荒波を越えてきたのであろうか。
近年、その大交流を物語る、日本最大級の弥生遺跡や遺物が、続々と出土している。また、淀江では、日本最古級の彩色仏教壁画も発見された。仏教文化が栄えた古の国際交流の一大拠点——それが、わが山光であった。
近代では、日本海側を"裏日本"と呼ぶ風潮があった。しかし、見る目を変えれば、地図は全く変わるのだ。
今や環日本海エリア、また北東アジアは、二十一世紀の平和と繁栄の鍵を握る、希望の先進地となってきた。
その意味でも、鳥取、島根をはじめ、日本海沿岸地域の民衆力の拡大が、どれほど多くの人びとの勇気と決意の光源となることか!
さらにいえば、「人を見る目」も、決して一面的であってはなるまい。こちらの姿勢いかんで、人間関係は大きく変わってくるものだ。
それが、「あの人は駄目」「この人はこう」と固定観念をもち、決め込んでしまうと、相手の違った顔が見えない。いな、相手と真っすぐ向き合うことができないのだ。
相手ではない。自分の目に惑わされるのだ。
また、自分に対してすら、「自分は、もう、これだけしかできない」と決めつけてしまう場合もある。
先入観。我見。固定観念。思い込み——それらが自分を縛り、閉じ込めてしまっているのだ。その心の檻を打ち破ることだ!
それには祈りと行動だ。勇気をもって、ぶつかっていくことだ。動けば、おのずから、視点は変わるのだ。
思えば、法華経は、あらゆる人びとに幸福の可能性を開いた経王である。「この人は駄目だ」とは、絶対に決めつけなかった経典なのだ。

<支部結成から60周年の本年、友の新しい決意と行動で、鳥取に幸福の楽土が大きく広がっていく>

2020年7月24日金曜日

2020.07.24 わが友に贈る

局地的な豪雨による
河川の増水・氾濫や
土砂災害に厳重警戒!
配達員の皆様も
安全・無事故第一で!

月水御書 P1199
『法華経は一日の所作に一部八巻二十八品或は一巻或は一品一偈一句一字或は題目ばかりを南無妙法蓮華経と只一遍となへ或は又一期の間に只一度となへ或は又一期の間にただ一遍唱うるを聞いて随喜し或は又随喜する声を聞いて随喜し是体に五十展転して末になりなば志もうすくなり随喜の心の弱き事二三歳の幼穉の者のはかなきが如く牛馬なんどの前後を弁へざるが如くなりとも、他経を学する人の利根にして智慧かしこく舎利弗目連文殊弥勒の如くなる人の諸経を胸の内にうかべて御坐まさん人人の御功徳よりも勝れたる事百千万億倍なるべきよし経文並に天台妙楽の六十巻の中に見え侍り』

【通解】
法華経は一日のつとめに一部八巻二十八品、あるいは一巻、あるいは一品・一偈・一句・一字、あるいは題目ばかりを南無妙法蓮華経とただ一遍唱え、あるいは一生の間にただ一度唱え、あるいはまた一生の間にただ一遍唱えるのを聞いて隨喜し、あるいはまた、その隨喜する声を聞いて隨喜し、このように五十展転して、おわりになれば志も薄くなり、隨喜の心の弱いことは、二・三歳の幼子がはかないように、牛馬などが前後をわきまえないのと同じようにはかなくなっても、他の経を修学する人で、利根の智慧も深く、舎利弗・目連・文殊・弥勒のような、諸経の胸中に浮かべておられる人々の御功徳よりも、勝れていることは百千万億倍であると、法華経や天台・妙楽の著した六十巻の書物の中に明かされている。

名字の言 傘寿を迎える壮年が語った師弟の原点 2020年7月24日
池田先生の会長就任60周年を記念して発刊された年譜『栄光の共戦譜』。世界192カ国・地域に広がった広宣流布の軌跡がつづられている▼「私の入会は、池田先生が第3代会長に就任された1960年の5月。先生の会長就任60年の歩みは、そのまま、自分の入会60年の歩みと重なります」。間もなく傘寿(80歳)を迎える壮年が誇らしく話し始めた▼壮年の原点は、入会2年目に訪れた池田先生との出会い。"私は、何があっても諸君の屋根になる。土台となる"との先生の師子吼と振る舞いに全身に電流が走り、人生が百八十度変わったという。「この時、"この方に本気になって付いていく"と誓ったのです」▼学会活動を本格的に始めてからも、経済苦、家族との突然の別れをはじめ、宿命の嵐は猛然と吹き荒れた。それでも原点が揺らぐことはなかった。「私の場合、創価学会の世界の素晴らしさを心の底から実感できるまで50年、60年かかりました。何事もそうですが、自分が本気になって取り組まないと分かりません」▼御義口伝に「共の一字は日蓮に共する時は宝処に至る可し」(御書734ページ)と。どんな時も師匠と共に! 偉大な学会と共に!——これこそ、我らの原点であり、永遠に忘れてはならない学会精神である。(側)

寸鉄 2020年7月24日
世界青年部総会へ出発!誓いは一つ。"未来までの広布の物語"綴る挑戦を
信心で苦難に向かえば、仏の力が出る—戸田先生祈りが根本。さあ勇躍!
「父母の恩を報ぜよ」御書感謝の心を持つ人は負けない。自身が成長し輝く
炎天下でのマスク着用は熱中症に注意。自覚ないまま進行も。水分忘れず
飛び交う感染情報、不安吐露する人増加と。正確な情報確認し賢明に行動

☆新時代を築く 常勝の連帯の光を世界へ 2020年7月17日
7月17日は「大阪の日」。苦楽を分かち合ってきた関西家族は、生死を超えて、私の胸奥から離れることはない。
大阪大会の当時、戸田先生が深く偲ばれたことがある。
それは、文応元年(1260年)7月16日、日蓮大聖人が「立正安国論」で国主諫暁し、その後、松葉ケ谷の法難に遭われ、翌年には伊豆へ流罪された歴史である。
先生は「立正安国」の大精神を貫くからこそ難が競い起こることを示し、大聖人の仰せのまま一歩も退かない創価の師弟の覚悟を語られたのだ。
「この世の悲惨をなくし、不幸をなくし、人権を、人間の尊厳を守り、平和な社会を築いていくなかにこそ仏法の実践がある」と。
そして先生は、私と一緒に戦い抜いた関西の同志を最大に讃嘆され、何ものも恐れぬ「立正安国」の民衆の陣列が築き上げられたことを、何よりの誇りとされたのである。
昭和32年のあの日あの時、中之島の大阪市中央公会堂で、私は関西の誓いの友と"最後は、信心しきったものが、また、正しい仏法が、必ず勝つ"と宣言した。今や、この「負けたらあかん」の常勝の連帯は、若き地涌の世界市民に継承されている。

* * *
愛する九州をはじめ各地の甚大な豪雨被害に、重ねて心からお見舞い申し上げます。被災された方々の健康と無事安穏、一日も早い復旧・復興を懸命に祈っております。
「わざはひも転じて幸となるべし」(御書1124ページ)
「しばらくの苦こそ候とも・ついには・たのしかるべし」(同1565ページ)
御本仏の約束通り、絶対に変毒為薬できる信心です。必ず宿命転換できる仏法です。頼もしき青年部の「かたし隊」はじめ不撓不屈の創価の絆で、断じて苦難の坂を越えていかれるよう、ひたぶるに題目を送っていきます。

* * *
信心しているのに、なぜ、さまざまな重苦に遭うのか。
大聖人は、竜の口の法難の直後、「転重軽受(重きを転じて軽く受く)」という法門を明かされた(同1000ページ)。「地獄の苦み」さえも、今生で「ぱっと」消し去ることができる。全ては、未来永遠に崩れざる成仏の幸福境涯を開きゆくためなのだ。
この御書を連名で頂いた3人の門下は、兄弟一体の仏弟子「修利槃特」のごとく、不二の団結で怯まず進んでいくように激励された。
厳しいコロナ禍にあっても、全世界の宝友たちは、まさに「自他彼此の心なく」励まし合い、社会へ希望と勇気と友情の光を送っている。
今、大きく変容する世界で「四表の静謐」への祈りこそ、人類を結び、高める力となる。
笑顔を湛えて皆を包容しゆく「立正安国」の対話こそ、いかなる試練も前進の活力に転じ、あらゆる存在を味方に変えるのだ。
異体を同心とする桜梅桃李のチームワークで、地球社会の明日へ平和と安穏を!

☆日蓮大聖人の慈愛の眼差し 光日尼 仏法は生死を超えた希望の道
◇息子を失った悲哀を乗り越え、一途に信心を貫いた安房の門下
日蓮大聖人の御生涯は、門下への励ましに次ぐ励ましであられた。
まして、息子を失い、悲しみに沈む母・光日尼への励ましは、凍てつく大地を解かす、春の陽光のようであった。
大聖人の深き慈愛に包まれ、光日尼は生きる希望を見いだし、絶望の淵から蘇生していったのである。
光日尼は、安房国東条郡天津(千葉県鴨川市天津)在住の門下で、夫に先立たれた女性である。息子の弥四郎は武士であり、「容貌も立派で、素直な感じ」(御書928ページ、趣意)であった。
光日尼が大聖人に帰依したきっかけや時期は、はっきりしないが、弥四郎は幼い頃から母・光日尼と共に大聖人のことを尊敬申し上げていた。

◇息子・弥四郎の苦悩と願い
弥四郎は、仕えている主君から、何らかの戦に参加するよう命じられていたようである。ある時、苦悩した彼は、大聖人に御指導を受けようと思い立つ。
弥四郎は大聖人の法華経の講義に出席した。大聖人の佐渡流罪以前のことと思われる。その場には知らない人も多くいたため、弥四郎は大聖人に声を掛けることはせず、後に使いの者に手紙を持たせて御指導を申し込んだ。
弥四郎は、大聖人からすぐに招かれた。大聖人と直接ご対面したのはこれが初めてだったかもしれない。これまでの経緯を詳しく述べた後、必死に訴える。
「世間は無常です。自分はいつ死ぬのか分かりません。しかも私は、武士として主君にお仕えしている身です。その上、言い渡されたことは逃れることができません。それにつけても後生を思えば恐ろしくて仕方ありません。どうかお助けください」(同929ページ、通解)と。
生命の尊厳を説く仏教を信仰していながら、生業として武器を手に取らざるを得ない。人を殺めれば地獄に堕ちてしまう——こうした葛藤は、鎌倉時代の武士が抱え込まざるを得なかった不条理であったろう。
全てを聞かれた後、大聖人は経文を引いて激励される。その御指導を受けた弥四郎は申し上げた。
「夫のいない母を差し置いて自分が先に死んでしまえば、これほどの親不孝はありません。自分にもしやのことがあったならば、母のことをよろしくとお弟子にお伝えください」(同ページ、通解)
弥四郎が孝行息子で、信心も堅固であったことがうかがえる。そして、弥四郎は、この問題を無事に乗り越えることができた。

◇訃報伝える手紙 師の渾身の激励
それから時は過ぎ、建治2年(1276年)、光日尼からの手紙が、身延の大聖人のもとへ届く。息子・弥四郎の訃報だった。
そこには、大聖人が身延に入山されて間もない文永11年(1274年)6月8日、弥四郎が若くして亡くなったと書かれていた。
この時、光日尼が深い悲しみに沈んでいたことは想像に難くない。しかも、何らかの事情があったのか、光日尼はわが子の死を大聖人に2年間、報告できないでいたのである。その間の母の苦悩はいかばかりであっただろうか。
息子の訃報を記した手紙の中で、光日尼は大聖人に質問した。
「弥四郎の後生はどのようなところに生まれるでしょうか。教えを頂きたい」(同930ページ、趣意)
生前に弥四郎が述べていた不安と重なるものがある。大聖人は返書(「光日房御書」)をしたためられる。
「届いたお手紙を開かないでいたうちはうれしかったが、今この訃報を読んだ後には、どうしてこのように急いで開いてしまったのだろうか、まるで浦島太郎の玉手箱のようであった。開けたことを悔いたものである」(同928ページ、通解)
母の苦しみに分け入り、希望の灯をともしていく。その同苦の息遣いは、まるで目の前で語り掛けているようである。
先に述べた生前の弥四郎と大聖人とのやりとりも、この返書に記されていることである。
お手紙を手にした光日尼は、息子がいかに日頃から親思いであったかを知り、胸が熱くなったに違いない。この中で、大聖人は次のように教えられている。
「たとえ大きな罪であっても、悔い改めて妙法を行ずるなら、その罪は消える」(同930ページ、通解)
「故・弥四郎殿が『悪人』と呼ばれてしまう人であったとしても、生みの母が釈迦仏の御宝前で昼夜に嘆き、追善を行えば、どうして弥四郎殿が成仏できないことがあるでしょうか。ましてや、法華経を信じていたのですから、親を導く身となられているでしょう」(同931ページ、趣意)
大聖人がどこまでも、亡き息子の確固たる信心を大切にされていることがうかがえる。そして、亡くなった弥四郎こそが、生死を超え、善知識となって、母を成仏に導いてくれるというのである。
その上でお手紙の結びで、悪知識にくれぐれも用心していくよう忠告される。また、地域の責任者である弟子と連携を取り、彼らと会うたびに、このお手紙を読んでもらうよう指示されている。

◇慈悲と勇気こそ「励まし」の根底
大聖人の大確信に触れ、光日尼の心には生きる希望が湧いてきたことだろう。光日尼は一途に信心を貫いた。数年後には、悲哀を乗り越えていった自らの信仰体験を大聖人に報告申し上げている。
大聖人はご返事を送られ、母の信心を最大限にたたえられた。「心の月くもりなく身のあかきへはてぬ、即身の仏なり」(同934ページ)と。
光日尼が信心で得た晴れやかな境涯である。それは、生死を超えて、わが子から生きる力をもらったという確かな実感でもあったろう。
大聖人の渾身の励ましによって、一人の"嘆きの母"が蘇生し、宿命転換していったのである。
後に送られたお手紙で、大聖人は、こう約束されている。
「今、光日上人は、わが子を思うあまり法華経の行者となられました。母と子は必ず共に霊山浄土に参ることができるでしょう。その時のご対面はどんなにかうれしいことでしょう」(同ページ、通解)
大聖人は「光日上人」とまで仰せである。「上人」とは当時の高僧に対する尊称だが、大聖人はそれを無名の一女性門下に贈られたのである。
生死の苦悩からの解放という仏教の根本目的から見ても、光日尼にこそ、ふさわしい呼び名であると拝される。
池田先生は、「光日房御書」の講義で述べている。
「指導は策や方法では生まれません。その人の幸福を願って徹して祈る。その心自体が自身の『仏性』を強く深く涌現させます。仏法の励ましは、その仏の智慧から生ずる励ましであり、根底は慈悲です。そして、勇気です。共に『勝利を創る』——その日まで、励まし抜くしかありません」
「励まし」の本質は、相手への同苦である。友の苦しみをわが苦しみとして、勝利の日まで共に歩み抜いていくことである。
あまりに絶望する友に、掛ける言葉が見つからなくても、すぐに悲しみを吐露してくれなくても、私たちは祈っていくことができる。静かに、力強く寄り添っていくことができる。
そして、こうした励まし合いの中で、私たちは必ずや宿命転換を成し遂げ、蘇生することができる。
いかなる状況にあっても希望を失わない、仏法者の確固たる生き方を、御本仏は示されている。

2020年7月23日木曜日

2020.07.23 わが友に贈る

夏は友好を深める好機。
心通う多様なつながりが
安心・安全の社会を築く。
電話や手紙等も活用し
朗らかに絆を結ぼう!

立正安国論 P26
『天下泰平国土安穏は君臣の楽う所土民の思う所なり、夫れ国は法に依つて昌え法は人に因つて貴し国亡び人滅せば仏を誰か崇む可き法を誰か信ず可きや、先ず国家を祈りて須く仏法を立つべし』

【通解】
天下案泰・国土安穏は君主・万民がひとしく願うことである。一体、国家は法によって栄え、法は人によって貴いのである。
国が亡び人々が滅するならば、仏を誰が崇めるであろう。法を誰が信ずるであろう。
まず国家の安泰を祈って、しかるのちに仏法を立てるべきである。もしそのような災難を防ぎ、国家繁栄の術があるなら聞きたいものである。

名字の言 どう生きるか。「海の日」に思う 2020年7月23日
♪海は広いな 大きいな……この歌い出しの童謡といえば、ご存じ「海」である▼この歌が小学校の音楽の教科書に載ったのは、1941年の春。同年12月、日本は太平洋戦争に突入した。♪海にお舟を浮かばせて 行ってみたいな よその国……(JASRAC出2006445—001)。日本は"軍国主義の帆"を揚げて"よその国"を侵攻した。同歌が戦意高揚に利用されたとする向きもある。それでも「海」は、子どもたちの憧れとともに歌い継がれてきた▼若き日の池田先生にとって海は、"いかに生きるべきか"を思索する場所だった。東京・大田区の森ケ崎海岸を親友と歩きながら、人生や哲学を語り合った。戸田城聖先生から世界広布を託されたのも、北海道・厚田の海を共に望んだ時である▼「この海の向こうには、大陸が広がっている」「世界へ行くんだ」——この恩師との約束を果たすため、池田先生は1960年10月2日、海を渡った。本年は60周年。後継の青年たちは今、オンラインでの世界青年部総会へと向かう。「広宣流布とは、民衆の幸福のため、世界の平和のための正義の大航海である」との師の信念のままに▼きょうは「海の日」。信仰と師匠という確かな羅針盤を持ち、使命の人生航路を進む幸福をかみ締めたい。(之)

寸鉄 2020年7月23日
道を開け! 道を創れ! 一切を勝利の劇に—恩師青年の使命は先駆の開拓
三重蘇生の日。師弟共戦の「この道」を未来まで。太陽の励ましを友の心に
WHO、日本提唱の「3密回避」を世界に呼び掛け。感染防止策さらに徹底を
ながら運転の厳罰化後、半年で人身事故が半減。"少しだけ"の油断大敵
赤ちゃん用フェースシールドに熱中症リスクと。窒息の危険あり。要注意

☆オンライン男子部幹部会への池田先生のメッセージ 2020年7月16日
◇友情・信頼の拡大で「立正安国」の鐘を
若き心と心を結び合う、結成記念の大会、おめでとう!
大きな時代の試練に雄々しく立ち向かう、君たちの尊き奮闘を、私は胸を熱くして見守っています。
それぞれに今、言い知れぬ苦労があるだろうけれども、全てが自分自身の生命の財宝となる。
私も、戸田先生の事業が最悪の苦境にあった時、自らの病気にも苦しみながら、題目を唱えに唱えて、阿修羅の如く戦い抜いた。それが、何ものにも負けない力となっています。
日蓮大聖人は、厳然と仰せになられました。「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし」(御書1192ページ)、「ふかく信心をとり給へ、あへて臆病にては叶うべからず候」(同1193ページ)と。
我らには、一切を勝ち開く「法華経の兵法」がある。
我らには、いかなる壁も打ち破る「師子王の勇気」がある。
我らには、何があっても励まし合う「異体同心の団結」がある。
どうか、大宇宙の究極の法則である妙法とともに、偉大なる生命力を発揮して、人生と社会の新たな価値創造の道を切り開いていってください。
そして、一人また一人、友情と信頼のすそ野を大きく広げながら、世界広布と立正安国の前進の鐘を、高らかに打ち鳴らしてくれ給え!
親孝行を忘れずに、家族を、職場を大切にしてください。
わが愛弟子に、健康あれ! 忍耐あれ! 絶対勝利あれ!

☆第3代会長就任60周年記念 広布史アルバム 第6回 昭和51年7月18日 「人間革命の歌」誕生
◇逆境の時こそ、使命の道を勇んで進め
誓いを貫きゆく正義の歌を。
師弟の魂あふれる勇気の歌を。
池田先生が「人間革命の歌」の制作を決めたのは、1976年(昭和51年)6月の末のことである。
当時、広布の伸展と共に、一部のマスコミによる、いわれなき中傷があった。また、宗門の悪侶らも、陰湿な悪口を浴びせ始めていた。障魔が蠢動する中、池田先生は、大切な同志が一人も漏れなく地涌の使命を果たし抜くため、歌の制作を開始した。
この歌を作った当時は、すでに第一次の宗門問題の兆しが現れていた時期であった。聖職者であるべき僧が、あろうことか信徒を見下し、かりそめの宗教的権威をかさに、民衆を支配しようとする策動であった。
それらが、私一人に向けられたものであれば、まだよい。大切な学会と学会員を守るためならば、私自身は、どんな批判の矢面にも立とう。
だが、ひたすら「僧俗和合」を願い、守りに守ってきた聖職者から、一方的にいじめられ、ののしられる庶民の悲しみ、苦しみ——それが、どれほど深く、大きなものであったか。
しかも、そうした悪侶の策謀に対する、やむにやまれぬ正義の声すら、表立ってはあげられないという厳しい時代であった。それでも同志は、「和合のために」と歯がみをする思いで、耐えに耐えてくださっていたのである。
そのけなげなる尊い友のために、はたして何ができるのか。私は人知れず、さまざまに思索をめぐらした。——「人間革命の歌」は、そうした背景のもとに生まれた歌である。
民衆をいじめ、僧衣の権威で縛りつけようとする悪侶らの陰険な言動——だからこそ私は、いわば新たなる「魂の自由」の歌、「幸福への前進」の歌を、全国の友に贈りたかったのである。
嵐吹きすさぶ時こそ、仏法者としての「人間革命」の好機ではないか。「地涌の同志」が、使命の道を勇んで開いていくべき、旅立ちの時ではないか、と。
先生が歌詞を作り終えたのは、7月16日。当初、18日の本部幹部会で、曲と共に発表する予定だった。しかし、曲が仕上がらず、先に歌詞のみが発表された。
「歌は、心で歌うものだ。そして心で聴くものだ」。作詞に取り組む私の脳裏からは、恩師の姿が、言葉が、瞬時も離れることはなかった。
——私は、恩師とともに、あの「人間革命の歌」を綴ったつもりである。
やがて歌詞はできたが、問題は曲のほうである。もとより専門的な音楽教育を受けたわけではないし、楽譜で音階を追うこともおぼつかない。曲の一応のイメージができあがると、周りの若い人の意見も確かめながら、少しずつ練り上げていった。
先生は、本部幹部会に出席した後、再びピアノに向かった。試行錯誤を重ね、やがて曲も出来上がった。しかし、先生は録音テープを聴くと、さらに、歌詞にも、曲にも、手直しを加えた。
そして、7月18日午後8時40分、ついに「人間革命の歌」が完成。歌詞と楽譜は、翌19日付の聖教新聞に掲載され、歓喜と決意の波動が列島を包んだ。
さいわいなことに、全国の友は、「人間革命の歌」を愛唱してくださった。私の「心」を受けとめてくださった。
しかし、その後、波浪は、さらに激しく学会に襲いかかってきた。一時期は、とうとう、この「人間革命の歌」をはじめ、いくつかの愛唱歌さえも歌えない、いな、歌ってはならないという状況になったことを、今なお覚えている方もおられるであろう。
だが、いかなる権威も、人間の心までは縛れない。会合の帰り道で、一日の仕事を終えてたどる家路で、友は「人間革命の歌」を口ずさみながら、あの苦しい日々を進んでくださったのである。
「人間革命の歌」は、どんな吹雪にも、胸を張って生きぬいていこうという心を歌ったものである。人生には、暴風雨があり、暗い夜もある。だが、それを越えれば、ふたたび、晴れた青空を仰ぎ見ることができる——。
冬の寒さを知る人こそが、春の暖かさを実感できる。苦しみが深かった分だけ、大きな幸福の朝が光るのである。
どんな「運命」も「価値」に転換していく人——それが、人間としての勝利者であり、王者であろう。
その王者の「前進の歌」となれば、これほどの幸せはない。

☆「如説修行」で平和の宝土を 原田会長を中心に各部代表者会議 2020年7月22日
世界広布新時代第76回の各部代表者会議が21日、原田会長を中心に、東京・信濃町の広宣会館(学会本部別館内)で行われた。
池田先生はメッセージを贈り、冒頭、世界全体が大きな困難と変動に立ち向かう中、異体同心の団結で進む同志の奮闘に感謝。とりわけ今春、社会に躍り出た友に「今の苦労は、全部、未来に偉大な使命を果たす滋養となり、福運となる」「若き同世代の友の勇気の旗頭となって、一緒に新時代を創造していこう!」と呼び掛けた。
次いで、目に見えない不安に覆われた世界にあって、人間自身を「強く」「善く」「賢く」する太陽の大仏法がいよいよ渇仰されていると強調。御聖訓「此の法華経には我等が身をば法身如来・我等が心をば報身如来・我等がふるまひをば応身如来と説かれて候へば、此の経の一句一偈を持ち信ずる人は皆此の功徳をそなへ候」(御書1402ページ)を拝し、ありのままの無作三身の生命で、仏の力と智慧と慈悲の振る舞いを発揮しゆく創価の大連帯こそ、人類の希望の光であると訴えた。そして、その先頭に立つ地涌の自覚も深く、桜梅桃李の多彩な同志を一人一人、こまやかに大切にしながら、いやまして勇猛精進をと望んだ。
続いて、九州をはじめ各地の豪雨被災者に改めてお見舞いを述べ、支援に尽くす友の献身をねぎらいつつ、戸田城聖先生と共に心肝に染め抜いてきた「如説修行抄」の一節「妙法独り繁昌せん時、万民一同に南無妙法蓮華経と唱え奉らば吹く風枝をならさず雨壤を砕かず」(同502ページ)を拝読。いかなる災難も「変毒為薬」し、民衆の幸福と安穏と和楽、平和と共生と繁栄の宝土を築きゆく「立正安国」の勝利へ、共々に「忍辱の鎧を著て」(同ページ)、今一重の「如説修行」を決意し合おうと述べ、メッセージを結んだ。
原田会長は、1970年(昭和45年)4月2日の戸田先生の十三回忌法要で、池田先生が障魔との攻防の矢面に立ち、同志を守りに守りながら、亡き師匠に広宣流布の勝利を報告した歴史に言及。
池田先生の師弟不二の大闘争によって、学会はあらゆる三障四魔を勝ち越え、世界宗教へと飛翔を遂げたと述べ、後継の池田門下の我々は、未聞の災難が覆う今こそ、"師の構想を必ず実現する"と決め、勇気凜々と智慧を湧かせて、「弟子の勝利」の実証を示しゆこうと呼び掛けた。
また長谷川理事長、谷川主任副会長があいさつした。

2020年7月22日水曜日

2020.07.22 わが友に贈る

人生は「桜梅桃李」。
誰かと比べるよりも
昨日の自分に勝とう!
日々 決意新たに
勇猛精進の歴史を!

種種御振舞御書 P921
『病の起りを知らざる人の病を治せば弥よ病は倍増すべし』

【通解】
病気の原因を知らない人が病気を治療すれば、いよいよ病気は倍増するであろう。

名字の言 英国の作家・スティーブンソン「生きる力をくれる日本の英雄」 2020年7月22日
「彼のような魂の持ち主は、不遇によって打ち砕かれたりはしない」——今から140年前、英国の作家・スティーブンソンが、文学雑誌に日本人の伝記を書いた。タイトルは「ヨシダ・トラジロウ」。すなわち幕末の思想家・吉田松陰である▼スティーブンソンが松陰を知ったのは、英国に留学していた松陰の門下生・正木退蔵と出会ったことに始まる。正木が語る松陰の人生に、彼は深い感銘を受けた。伝記を書いた後、友人への手紙に「生きる力を与えてくれる日本の英雄の話」と記している▼正木が松下村塾に入門したのは十代前半。在籍した期間は、わずか数カ月という。だが、松陰という人格に触れた感動は、時を経て色あせるどころか、言葉も風習も違う異国の作家の心をも動かした(よしだみどり『知られざる「吉田松陰伝」』祥伝社)▼精神的な触発に、出会う回数は関係ないのかもしれない。たった一度の出会いでも、短時間の語らいでも、人生を変えることがある。その歓喜と感動は、時間や空間を超えて広がっていく▼学会には、池田先生の励ましを、生涯の宝とする多くの友がいる。師弟の原点に常に立ち返り、挑戦を重ねる——求道の心が燃えている限り、いかなる不遇や逆境にも、決して負けることはない。(嶺)

寸鉄 2020年7月22日
人間革命の挑戦こそ真の民主主義を築く力—博士民衆が主役の時代を創出
鼓笛隊の日。試練の時も希望の連帯広げる平和の天使。健康と勝利あれ!
一言の励ましで何という結果がもたらされるか—詩人。一瞬一瞬に心込め
外出自粛で親子関係円満になった—4割。有意義な語らいで和楽の土台に
ストレスをバネにできる人は幸福度も高い—研究負けじ魂を燃やして前へ

☆四季の励まし 御書を開けば希望が輝く 2020年7月12日
【写真の説明】笛吹市にある学会の山梨教学研修センター。その上空に、七色の虹が輝く。1999年(平成11年)9月、池田大作先生がカメラに収めた。
この2年前、池田先生は同センターを初訪問。「立正安国論」を拝しつつ、日蓮大聖人の御精神のままに正義の対話をと呼び掛けた。
7月16日は、大聖人が時の実質的な最高権力者・北条時頼に「立正安国論」を提出された日である。本年で、760年の歴史を刻む。
立正安国論に曰く、「汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か」(御書31ページ)——あなたは、一身の安泰を願うなら、まず世の静穏、平和を祈るべきである、と。御書根本に、社会の安穏を祈り、友の心に希望の虹をかけていこう。

◇池田先生の言葉
人間が生きるには、
人との協調や気遣い、
また、礼儀やマナー、
支え合い、助け合いが
不可欠である。
その心を育むには、
人間をどう捉えるか
という哲学が必要である。
まさに、
それを教えているのが
仏法なのである。

御書には、
病苦や生活苦、
家族の看病や介護、
愛する人と別れる悲しみ、
親子の葛藤、
仕事・職場の圧迫等々、
千差万別の試練に直面した
門下への励ましが
満ち溢れている。
御書を開けば、
御本仏の
大生命の赫々たる陽光を
浴びることができる。
どんな不幸も、
どんな宿命も
勝ち越えていける勇気が、
智慧が、希望が
限りなく湧いてくるのだ。

御書を拝せば聡明になる。
心が美しくなる。
その一文字一文字は、
日蓮大聖人の
師子吼であられる。
一文でも、一節でもいい。
声に出して拝読し、
生命に
刻みつけていくことだ。
私も青年部時代の
激闘の中で、
日々、御書を開き、
日記などにも
要文を抜き書きした。
御書には、
魂の滋養が満ちている。

教学を学ぶ人は、
「哲学者」である。
哲学とは、よりよく生きる
「智慧」である。
戸田先生は
「仏法で学んだことは、
どしどし口に出して
話しなさい。
そうすれば、
やがて身につくものです」
と語られていた。
教学は、どこまでも、
「実践の教学」であり、
「広宣流布の教学」である。
正義を学び抜き、
生涯不退の原点を
築いていただきたい。

〈社説〉 2020・7・22 きょう「鼓笛隊の日」 2020年7月22日
社会に希望弾むメロディーを
生命が躍動するメロディーとリズム。清新かつ華麗な舞——。
きょうから7・22「鼓笛隊の日」を記念する演奏動画が聖教電子版で視聴できる。これは、全国の隊員が各人の自宅等で学会歌メドレーを演奏し、その模様を収めた動画を合わせて一つに編集されたもの。またメンバーは、配信された動画に合わせて自宅で演奏・演技することで、"鼓笛隊総会"の意義をとどめる。
現在、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、練習や会合は中止に。一人一人が個人練習に励みながら、今できることに挑戦している。あるメンバーは友人へ、心に刻んだ聖教新聞の記事などをSNSで送っている。またある友は、かつてないほど真剣な祈りに挑戦し、転職を勝ち取った。"鼓笛姉妹"は、縁する一人一人に希望を届けようと奮闘する。
そんな彼女たちは、小説『新・人間革命』を何度も読み返してきたという。
1956年(昭和31年)9月、鼓笛隊の初出動の模様を聞いた山本伸一は期待を寄せた。「いつか、世界一になればいいんだ。鼓笛隊は、必ずそうなる。私は確信しているよ。(中略)世界一になるには、なんのためかという、崇高な目的が必要だ。目的があいまいであれば、自分の本当の力を出し切ることはできない」(第14巻「使命」の章)
さらに79年(同54年)、第3回鼓笛隊総会に出席した伸一は呼び掛ける。「皆さんの美しい演技の裏には、どれほど厳しい修業があり、根性と忍耐をもって技術を磨き、挫けずに前進してきたことか。人生もまた、美しい開花の裏には苦闘がある」(第30巻<上>「雌伏」の章)
師の心に触れた友は、「読むほどに、鼓笛隊の使命の大きさ、池田先生の真心が響き、何度も胸が熱くなりました。今は、演奏に込めるべき心を確かめ、磨く大切な時間です」と前を向く。
メンバーと同世代で、白血病と闘う競泳女子の池江璃花子選手。今月、病の公表後初めて練習を公開した。「もしかしたらもう元には戻れないという気持ちもある」との不安とともに、「病気の人たちにも、ここまでまた強くなれるんだよということを知ってもらいたいし、中途半端なまま水泳を終わらせたくない」と(「毎日新聞」7月3日付)。その負けない心に胸を打たれる。
なぜ、鼓笛隊の演奏が人々の心に響くのか——。それは、さまざまな悩みに直面しながらも、広布のため、前へ、前へと進もうとする不屈の心が燃えているからではないだろうか。目の前の"一人を励ましたい"という慈悲の心を胸に尊き青春を歩む友たちが奏でる妙音は、社会に希望のファンファーレを轟かせる。

2020年7月21日火曜日

2020.07.21 わが友に贈る

小さな挑戦の積み重ねが
不動の自己を築く。
日々の目標を明確に
祈り 行動しよう!
そこに無限の成長が!

食物三徳御書 P1598
『食には三の徳あり、一には命をつぎ二にはいろをまし三には力をそう』

【通解】
食には三つの働きがあり、第1には生命を継続させ、第2には体や顔の色つやを増し、第3には心身の力を盛んにする。

名字の言 「思い込み」が人に与える影響とは? 2020年7月21日
効果のない薬も"よく効く"と伝えると、実際に効く。この思い込みの影響をプラセボ効果という。同様に「老いに対する思い込みが記憶に及ぼす影響も馬鹿にはできません」と語るのは、神戸大学大学院の増本康平准教授▼若年者から高齢者までを2グループに分け、記憶に関する同じ課題に取り組む実験。一方には"記憶の調査"、もう一方には"学習機能の調査"と伝えた。すると前者では若年者が好成績を収め、後者では年齢差は認められなかった▼高齢者の記憶力を低下させた要因に、"老いると記憶力が衰える"との否定的な思い込みがあると氏は言う。「(加齢による)さまざまな変化を受け入れ、自分を肯定的に評価することが、思い込みによる記憶力の低下を防ぐ」と(『老いと記憶』中公新書)▼"できない"と思えば、力はあっても出なくなる。池田先生は語る。「一念が変われば、一切が、その方向に動き始める。『よし!』と決めた瞬間、全神経が、ぱーっと、その方向に向く。『だめだ』と思えば、その瞬間に、全神経が萎縮し、本当に『だめ』な方向に向かっていく」▼どんなに選択肢が限られた状況でも、できることは必ずある。自分を信じ、前向きに行動を開始すれば、新しい世界が開けていく。(銘)

寸鉄 2020年7月21日
「日蓮によりて日本国の有無はあるべし」御書。立正安国の対話を今こそ
関西が記念月間。現場の知恵光る励まし拡大運動師弟不二の勝利の道進め
中高生の英語力が向上—調査。地球化時代を担う世代の成長が未来の希望
気温の変化大、熱中症に注意。室内でも多く。冷房など活用し賢く健康維持
公明党は最も困難な人に寄り添う事で一貫—識者死力尽くし期待に応えよ

☆池田華陽会御書30編に学ぶ 千日尼御前御返事(上)(雷門鼓御書) 2020年7月11日
◇勇気凜々と"信心の挑戦"を
今月と来月は、「千日尼御前御返事」を学びます。
池田先生は、本抄の講義の中でつづられました。
「一人の宿命転換は、全人類の宿命転換の道を開きます。創価の婦人部・女子部こそは、その根本的な変革のトップランナーです」
「『法華経の師子王』を持った女性の活躍が、どれほど大きく世界を変えていくか。創価の女性のスクラムは、その重大な使命を果たしゆく、世界の宝の存在なのです」
妙法こそ、幸福勝利を開く源泉であるとの確信を深め、誓い新たに7・19「女子部結成記念日」へ前進していきましょう!(今月の拝読範囲は1315ページ冒頭〜1316ページ10行目「甘露となる是なり」です)

◇本抄について
本抄は、弘安元年(1278年)閏10月19日、日蓮大聖人が身延で認められ、山海に隔てられた佐渡の地に住む、門下の千日尼に送られたお手紙です。
千日尼は、大聖人が佐渡に流されていた時、夫の阿仏房と共に弟子となり、命を懸けて大聖人をお守りしました。
大聖人が身延に入られた後も、夫妻は使命に燃えて、佐渡の広宣流布の中心者として活躍します。さらに、夫の阿仏房が、幾たびも遠路はるばる大聖人をお訪ねし、御供養の品をお届けしました。
本抄で大聖人は、毎年のように阿仏房を送り出してきた千日尼の真心を称賛され、"妙法を持つ女性は必ず幸福になる"と最大に励まされます。
また、「雷門の鼓」が千万里の遠くにあっても瞬時に聞こえるように、いかなる距離も超えて、師弟の心はつながっていることを教えられます。このことから本抄は「雷門鼓御書」とも呼ばれています。

◇御文
『譬えば一の師子に百子あり・彼の百子・諸の禽獣に犯さるるに・一の師子王吼れば百子力を得て諸の禽獣皆頭七分にわる、法華経は師子王の如し一切の獣の頂きとす、法華経の師子王を持つ女人は一切の地獄・餓鬼・畜生等の百獣に恐るる事なし、譬えば女人の一生の間の御罪は諸の乾草の如し法華経の妙の一字は小火の如し、小火を衆草につきぬれば衆草焼け亡ぶるのみならず大木大石皆焼け失せぬ、妙の一字の智火以て此くの如し諸罪消ゆるのみならず衆罪かへりて功徳となる毒薬変じて甘露となる是なり』(御書1316ページ6行目〜10行目)

◇通解
譬えば一頭の師子に百匹の子がいます。その百の子が多くの鳥獣に襲われている時、一頭の師子王が吼えれば、百の子は力を得て、多くの鳥獣は皆、頭が七分に割れます。
法華経は師子王と同じです。すべての獣の頂点となるようなものです。法華経という師子王を持つ女性は、一切の地獄・餓鬼・畜生等の百獣を恐れることはありません。譬えば女性が一生の間に犯す罪は、多くの枯れ草のようなものです。法華経の「妙」の一字は小さな火のようなものです。一面の草に小さな火をつければ、すべての草が焼き尽くされるだけでなく、大木や大石も皆焼け果てます。
「妙」の一字の智慧の火は、一切を焼き尽くす火のようなものです。あらゆる罪が消えるだけでなく、それらの罪はかえって功徳となるのです。「毒薬が変化して甘露となる」とはこのことです。

◇[解説]妙法の智慧で無明を破る
本抄の前半で、大聖人は三世十方の諸仏の名を挙げ、「法華経」はこれらの諸仏の師であり、諸仏は「妙の一字」によって成仏することができたと述べられます。
そして、掲げた御文の直前で、「法華経を供養する人の功徳は、十方の仏や菩薩に供養する功徳と同じである」(御書1316ページ、通解)と仰せです。
佐渡という、遠く離れた所にいようとも、広宣流布の師匠を思う千日尼。大聖人は、その純粋な信心に"宇宙大の福徳が輝いていく"とたたえられたと拝されます。
掲げた御文では、この法華経に供養する、無限の功徳を明かすため、法華経を「師子王」に、また、法華経を持ち、供養する人を「師子の子」に譬えられています。そして地獄・餓鬼・畜生等の不幸の生命を「禽獣(鳥やけもの)」に譬えられています。
どう猛な禽獣が襲い掛かってきても、師子王が吼えれば、同じ力を持つ師子の子は、勇気を奮い起こし、禽獣を打ち破ることができます。
同様に、法華経を供養する人は、妙法の無限の力を得て、不幸の生命を打ち破っていくことができるのです。
続く御文で大聖人は、「妙の一字」の力を「小さな火」に譬えています。小さな火であっても次から次へと「枯れ草」を燃やし尽くしていくように、「妙の一字」には、一生の間の多くの罪を全部消していける功力があると千日尼を激励されます。
さらに、妙法の智慧の火によって多くの草が燃えれば、やがて、大木や大石までもが焼き尽くされると仰せです。
「枯れ草」に譬えられる一生の罪とは、私たちで言えば、日常の悩みや苦しみを指すものと拝することができます。
つまり、一つ一つの悩みを、題目を唱え勝ち開いていく"信心の挑戦"を続ける中で、私たちは不幸の根源である「元品の無明」を打ち破り、宿命転換・一生成仏という大功徳を得ることができるのです。
ここに「変毒為薬」の妙法の偉大な力用があります。
師の励ましを胸に、何があっても勇気凜々と題目を唱え、「人間革命」の勝利の日々を歩んでいきましょう。

★池田先生の講義から
日常の悩みを自行化他の唱題の火で解決していく信心の挑戦をやめなければ、いつしか根深い宿業も燃え尽き、不幸の根源である元品の無明も砕け散っていくのです。そこに、宿命転換・一生成仏という功徳の大輪の花が咲き薫ることは間違いありません。(『希望の経典「御書」に学ぶ』第1巻)
◇ ◆ ◇
 戸田先生は言われました。
「真剣に御本尊に祈り切っていきなさい。この簡単な勝利の原理が、皆、なかなか、わからない。これが遠いように見えても、一番、確実な早道になっていくのです」(中略)
「日蓮大聖人のこの教えは、万人が宇宙大の生命力を発揮する教えであり、この教えによって人類は真の幸福に歓喜できるのである」
信心を貫く女性には、不幸などない。敗北などありません。どんな苦難にも、絶対に負けてはなりません。
「百獣に恐るる事なし」です。断じて断じて、耐えて勝つのです。悲しみの涙を、所願満足の勝利の笑顔に変えゆくのです。(『御書と師弟』第2巻)

研さんのために
○…『希望の経典「御書」に学ぶ』第1巻(聖教新聞社)
○…『御書と師弟』第2巻(同)