2019年4月30日火曜日

2019.04.30 わが友に贈る

GWは友情深める好機。
訪問・電話・手紙等で
真心の声を届けよう!
旧交を温める中に
新たな縁も生まれる。

如説修行抄 P501
『真実の法華経の如説修行の行者の師弟檀那とならんには三類の敵人決定せり』

【通解】
真実の法華経の如説修行の行者として師となり、その弟子檀那となるならば、三類の敵人が必ず現れるのである。

〈寸鉄〉 2019年4月30日
世界宗教に飛躍した平成の30年。192カ国に輝く民衆連帯こそ平和世紀の柱
妙法で人生の苦が解決できる事は絶対に疑いない—恩師。誓願の祈り深く
書物を一頁読む度に私は豊かに—文豪。良書は心の宝。今日、図書館記念日
改元詐欺多発。"銀行カードの変更が必要""還付金貰える"は嘘。警戒心強く
自転車の死亡・重傷事故4割が高齢者。ヘルメット着用で自衛を—警察庁

☆知性の架け橋 アメリカ・ハーバード大学(下) 2019年4月20日
◇1993年9月24日 開かれた対話こそ平和創出の源泉
1993年9月24日、池田先生はハーバード大学(米マサチューセッツ州ケンブリッジ市)で、「21世紀文明と大乗仏教」と題し、91年9月に続く、同大学での2度目の講演を行った。
ちょうどこの年、同大学のサミュエル・ハンチントン博士が「文明の衝突」論を発表。"衝突の要因は宗教"と見るこの言説が、論争を呼んでいた中での講演であった。
先生は冒頭、「生も歓喜、死も歓喜」との大乗仏教に流れ通う生死観を紹介。21世紀においては、生命観の変革こそが最重要になってくると主張した。
その上で、大乗仏教が21世紀の文明に貢献しうる視点として、「平和創出の源泉」「人間復権の機軸」「万物共生の大地」の3点を提示。対話や言論を徹底して重視してきた仏教の精神性に触れ、「開かれた心」による「開かれた対話」こそ、平和創出の源泉であると述べた。
講演は、あらゆる差異を超えて、人々を分断から調和へと導く「文明間の対話」の重要性を強く訴えるものとなった。
聴講者からは、「池田氏のメッセージをできるだけ多くの人に聴いてほしい」(ノーベル化学賞受賞者のダドリー・ハーシュバック博士)、「我々にとって多くの学ぶべき点がある」(ハーバード大学のハービー・コックス名誉教授)などの声が寄せられた。
この講演を受けて、同大学に隣接する地に設立されたのが、「池田国際対話センター(旧・ボストン21世紀センター)」である。講演の翌日に、第1回運営委員会が行われた。
同センターは、人類が直面する諸課題に対し、仏法の人間主義の視点から解決の方途を探る平和研究機関。「文明間の対話」を掲げ、これまで、多彩な識者を招き、平和建設のためのシンポジウムやセミナー等を活発に開催してきた。
同センターの取り組みに共感を寄せるハーバード大学のヌール・ヤーマン名誉教授は、「未来への大きな可能性を持った機関」と、その活動を高く評価する。
ハーバード大学での2度の講演は、"知性の都"ボストン地域に、仏法のヒューマニズムへの理解と共感を大きく広げる契機となった。

◇講演から
大乗仏教で説くこの「大我」とは、一切衆生の苦を我が苦となしゆく「開かれた人格」の異名であり、常に現実社会の人間群に向かって、抜苦与楽の行動を繰り広げるのであります。
こうした大いなる人間性の連帯にこそ、いわゆる「近代的自我」の閉塞を突き抜けて、新たな文明が志向すべき地平があるといえないでしょうか。
そしてまた、「生も歓喜であり、死も歓喜である」という生死観は、このダイナミックな大我の脈動のなかに、確立されゆくことでありましょう。
日蓮大聖人の「御義口伝」には、「四相(=生老病死)を以て我等が一身の塔を荘厳するなり」(御書740ページ)とあります。
21世紀の人類が、一人一人の「生命の宝塔」を輝かせゆくことを、私は心から祈りたい。
そして、「開かれた対話」の壮大な交響に、この青き地球を包みながら、「第三の千年」へ、新生の一歩を踏み出しゆくことを、私は願うものであります。

☆「平成」最後のわが友です。
青春を過ごした「平成」に感謝しつつ、「令和」に向けても頑張ります(^^♪

2019.04.29 わが友に贈る

◇今週のことば
「母の御恩忘れがたし」
母たちへの感謝の心から
幸福と平和が広がる。
太陽の婦人部を讃え
創価家族は笑顔で前進!
2019年4月29日

松野殿御返事 P1389
『法華経には行者を怨む者は阿鼻地獄の人と定む』

【通解】
法華怪には、(法華経の)行者を怨む者は、阿鼻地獄に堕ちる人であると定めている。

〈寸鉄〉 2019年4月29日
会長の著作は読むほどに自らの生き方が深まる—識者。青年よ成長の糧に
東京・大田の日。地域に見事なる友情スクラム。師弟源流の人材城は盤石
信仰とは無限の向上だ—戸田先生。昨日より今日。普段できないことに挑戦
東日本中心に流感の患者が再び増加と。手洗い・嗽等の励行を。健康第一で
五月病は連休中の生活の乱れが因に—医師。聡明に英気養い充実の日々を

☆ふるさとを照らす誉れの長者 地域部 2019年4月19日
"創価の全権大使"として、あの地この地で信頼と友情を広げる地域部の友。「部の日」の淵源となった「第1回地域部総会」で、池田先生は語った。「皆さま方の人生こそ、世間で仰がれる聖賢、指導者をもはるかに超えた尊極の人生である」と。地域のよりよき未来を築くため、献身する地域部の代表を紹介する。

山梨・大月市 小沢和枝さん
●一人一人と向き合いながら
富士山への玄関口として知られる山梨・大月駅。JR中央本線と富士急行線の乗換駅であり、近年は富士山や富士五湖などに向かう外国人観光客でにぎわう。
同駅からのびる線路の柵の外には、色とりどりの花が植えられた植木鉢がずらり。植栽したのは、小沢和枝さん(大月栄光県副婦人部長)を中心とする地元の婦人たちだ。美化活動を目的とした市の「アダプト・プログラム」の一環として、小沢さんが13年前に植栽グループを発足。年に2回、ビオラやマリーゴールドなどを植え、明るい町づくりを推進している。 
「カメラで列車を撮影する方も多いですし、少しでも周囲が華やいで、喜んでもらえたらうれしいです」
地域を愛してやまない小沢さんには、"もう一つの顔"がある。保護司を務めて24年。非行や犯罪に走った人の更生に尽くし、市の保護司会事務局長としても活躍してきた。
保護司は法務大臣の委嘱を受けた無給・非常勤の国家公務員。保護観察の対象になった人が社会復帰できるよう、生活上の助言や就労援助をするなど、更生をサポートするのが役目だ。
保護観察の対象者は月2回ほど保護司の自宅等へ足を運び、面談を受ける。そこで保護司は更生を図るための約束事(遵守事項)を守るよう指導や助言などを行うが、当然、一筋縄でいかないことが多いという。
「約束を破られることは、珍しくありません。面と向き合っても無口だったり、"本当に反省してる?"と思ってしまう態度を取られたり……でもじっくり話を聞くと、複雑な家庭環境や孤独による寂しさから犯罪に手を染めてしまったことが分かってきます。みんな本当は、心根が優しく、よりよく生きたいと願っている——それを信じ抜くことが、私の戦いだと思っています」
その信念を支えるのは、学会活動の中で培ってきた経験だ。"この人が立ち上がるまで諦めない"との覚悟の祈りを欠かさない。ときに全てを包容する"母"となり、ときに夢を語り励ます"友"となりながら、粘り強く一人一人と向き合ってきた。
保護観察が終わっても、直接自宅に来たり、手紙や電話で近況を報告してくれたりする人もいる。「資格が取れました!」「赤ちゃんの顔を見せにきました」——その時の彼ら彼女らの笑顔を見ることほど、うれしいものはない。
「より良い町に——その思いでこれまで走り抜いてきました。小さな一歩一歩がやがて、大きな喜びにつながると確信しています」
小沢さんは法務省主催の「社会を明るくする運動」の一環として、地域の防犯パトロールや中学校での非行防止教室などにも携わる。それらの長年の功労がたたえられ、昨年9月、法務大臣表彰を受けた。
「気配り上手で笑顔を忘れない小沢さんは、まさに地域貢献の見本」とは周囲の声。小沢さんの夫・端さん(副圏長)も今春から地元の自治会長に就任し、夫婦で地域貢献の人生を歩む。"愛する地域を幸福の楽土に"——と。

宮城・仙台市 永田佑さん
●誰もが助け合える町を共に
「ピンクのおじさん、こんにちは!」——夕暮れの町に小学生の声が響く。児童の視線の先には、「横断中」と書かれた旗を持つ永田佑さん(宮城・青葉大勝区副区長)の姿が。下校する児童の見守りを終えた後、ピンクの自転車で町をパトロールする永田さんの姿から、先の愛称が付けられた。
「きょうはずいぶん、元気だね!」「うん、テストで良い点が取れたんだ!」——児童が通るたびに、和やかな語らいが広がる。その一こま一こまを、柔らかな西日が照らしている。
学校ボランティア防犯巡視員として13年。児童や保護者が安心して暮らせるようにと毎日、見守りを続けてきた。誰よりも地域の防災や安全を考え、献身の汗を流してきた永田さんへの信頼は絶大だ。
定年退職後、仙台市青葉区国見ケ丘の町内会役員として"地域デビュー"したのが2005年。当時は宮城県沖地震の発生が危惧されていたが、町内会に防災組織は存在しなかった。
永田さんは防災懇談会を開き、自主防災組織委員会の発足に尽力。防災マップや指定避難所の運営マニュアル等の作成や、雨水をためる天水桶を集会所や自宅に設置するなど、具体的な対策を推進してきた。
あの東日本大震災の折には、天水桶がトイレの雑用水や清掃に役立ち、避難所運営もスムーズに。これが模範の取り組みとして、テレビでも紹介された。これらの防災対策を中心的に進めた永田さんは翌年、役員の総意で町内会長に選出された。
震災後、青葉区に避難してきた人は少なくない。
新たな地域で生活を始める不安、震災で負った心の傷……。その一つ一つを抱きとめるように、永田さんは寄り添った。"転勤族"だった永田さん自身にも、行く先々で温かく迎えてくれた同志の存在があったからこそ、今度は"自分が支える番だ"と決めていたのである。
誰もが助け合える町づくりを——その思いで永田さんは、町内会全25班それぞれの座談会の開催を推進。また月1回の班長会では、各家庭の近況や地域の課題を共有し、行政機関らと連携した。これまでカーブミラーの設置や交通表示の補修などを進め、町民一人一人に町を良くする主体者との自覚が芽生えていった。
震災後に青葉区に移り住んだ岩崎武宏さん(副本部長)と田川彰一さん(地区幹事)も、永田さんの面倒見の良さと行動力に感銘。今、共に手を携えて地域貢献に励む日々だ。
「地域の皆さまの協力と献身があってこそです」と永田さん。町内会長を2期4年務め、現在は顧問として町内会を支える。また小学校の学校関係者評価委員として学校運営のアドバイスも行う。毎年5月には、地元の市立小学校の1年生全員に、無事故を願う手紙とともに、震災後に咲いた"ど根性ひまわり"の種を贈り続けている。
今年で75歳。「"生涯現役"の心意気で、町民の皆さんの手足になりたい」。地域に理想郷を築く永田さんの挑戦は終わらない。

2019年4月28日日曜日

2019.04.28 わが友に贈る

出掛ける際は安全第一!
「前前の用心」怠らず
余裕ある計画を。
有意義に英気を養い
友好広げる黄金週間に!

御義口伝巻上 P740
『四面とは生老病死なり四相を以て我等が一身の塔を荘厳するなり、我等が生老病死に南無妙法蓮華経と唱え奉るは併ら四徳の香を吹くなり』

【通解】
(宝塔の)四つの面とは、生老病死という四つの相のことである。この生老病死をもって、我らの一身の生命の宝塔を荘厳するのである。
我らが生老病死に際して、南無妙法蓮華経と唱え奉ることは、そのまま常楽我浄の四つの徳の香りを薫らせることになるのである。

〈寸鉄〉 2019年4月28日
立宗の日。三代の激闘で立正安国の魂は現代に。さあ勢いよく連続闘争へ
北陸から友情の大輪を—新時代は燃える誓願の友ありて。石川・富山の日
青年は真剣勝負で自分を鍛えよ—戸田先生。大胆に動き、対話の中で磨け
千里の行も足下より始まる—老子。家族や近隣を大切に。そこに広布あり
乳幼児の誤飲事故に注意を。煙草・医薬品・電池の保管厳重に。子の目線で

☆地域を歩く 岩手・金ケ崎町 2019年4月19日
◇貢献の使命に生きる 人材をもって城となす
岩手・金ケ崎町。西部の駒ケ岳を有する高地と東部の北上川が流れる低地との間にある1300メートル以上の標高差が、多様な気候や風土を生み出す。
町では広大な牧草地を活用した畜産が盛んだ。
「酪農についてもっと学びたいと思い、一人で金ケ崎町にやって来ました」。清水萌子さん(女子地区リーダー)は今春、町内にある県立農業大学校を卒業し、同校の牛舎で指導助手として働き始めた。
横浜市出身。都会から地方に移住した"Iターン組"だ。幼い頃から、牧場を経営する親戚のもとに通い、乳牛と触れ合ってきた。酪農に関わりたいと思うようになり、神奈川県内の農業高校に進学した。
だが、鶏を殺して食べたり、牛の殺処分に携わったりするたびに、"家畜たちの生きる意味は何なのか""かわいそうで耐えられない"と悩み、生まれて初めて真剣に題目を唱えた。
そんなある日、高校を訪れた子どもたちが、搾った牛乳をおいしそうに飲む姿に接してハッとした。「真心込めて育てた牛から搾った牛乳を通し、命の大切さを伝えることが、牛への恩返しだと気付きました」
親元を離れての生活は苦労も多かったが、母親のように親身に接してくれた婦人部や女子部の先輩を支えに、学内の弁論大会で優秀賞、牛を引く技術を競う競技で全国大会進出を勝ち取るなど、充実の学生時代を過ごすことができた。感謝の思いを胸に、理想の酪農を目指す。

金ケ崎町を含む県南地域のブランド牛「いわて奥州牛」を肥育する及川秀信さん(壮年部員)。
農協の肥育部会奥州牛支部の金ケ崎分会で分会長を務める。及川さんの牛肉は、かつて県の枝肉研究会で最優秀賞を獲得。県内外から視察が相次ぐ。
そんな活躍著しい及川さんだが、農業大学校に通っていた学生時代は、肉牛の肥育に関わるつもりはなかった。
卒業を迎えた1999年(平成11年)は"就職氷河期"真っ最中。求人はなく、やむを得ず両親の後を継ぎ、肉牛の肥育を始めた。だが、両親が教えてくれるわけでも、"マニュアル"があったわけでもなかった。
一般的に、高値で売買されるブランド牛の肥育方法は、誰も教えたがらない。及川さんは手探り状態から、徐々に自分なりのやり方を考えた。
その間、なかなか販売成績は上がらない。そればかりか、出荷寸前の牛を病気で失ったり、東日本大震災による風評被害で牛肉が一時出荷停止になったりと、困難が次々と襲った。そんな及川さんを支えてきたのは、仏法の生命尊厳の思想だ。
「食べるということは、尊い命をいただいているということです。だからこそ、どんなことがあっても、一頭一頭の命に責任を持つ。そう決めています」
生産者の減少など、依然、肉牛の肥育を取り巻く状況は厳しい。その中で「いわて奥州牛」の第一人者を目指す及川さんへの信頼は、ひときわ厚い。

金ケ崎町生まれの齊藤時勝さん(男子部本部長)は高校卒業後、経済苦にあえぐ家族を支えるため、地元のメッキ加工工場に就職。同時に、男子部の活動にも参加するようになった。
当初は、仕事と活動の両立に奮闘していたものの、仕事の忙しさのあまり、やがて活動から足が遠のいていった。その後、仕事を転々とするように。将来の夢はあったものの、それも実現が難しいことが分かると、いよいよ行き詰まった。
齊藤さんは振り返る。
「このままで本当にいいのかと思いました。独りよがりでは生きていけないのかなと初めて考えるようになりました」
再び信心根本の前進を決意した齊藤さん。その中で紹介を受けたのが、現在勤める就職先だった。男子部の活動で培ってきた後輩の育成や、周囲への気配りが職場で生かされた。
一方、齊藤さんは町を代表する市民ランナーとしても活躍。中国の姉妹都市・長春に派遣されたこともある。
地域の模範として、さらなる輝きを! それが齊藤さんの誓いだ。
県内最大級の工業団地がある金ケ崎町。町内の経済は日本や世界の状況に左右されてきた。
高校卒業後、就職を機に、金ケ崎町にやって来た、宮古市出身の千葉一幸さん(支部長)。
当時は"金が先"と揶揄されるほど地域経済が潤い、工業団地は活気にあふれていた。
だが、仕事は終わりが見えないほどの量。千葉さんは、ストレスが原因で十二指腸潰瘍になり入院。その時、宮古市の病院まで、わざわざ見舞いに来てくれたのが、金ケ崎町に住む学会員だった。
学会3世の千葉さんだが、まじめに信心をしようと思ったのは、この時が初めてだった。以来、仕事や子育てなどの悩みなど、地域の学会家族に支えられながら乗り越えてきた。
一方、時代の流れとともに、工業団地の様子も変化した。リーマン・ショックや東日本大震災の影響による配置転換やリストラで、多くの同僚や近隣の住民が転居を余儀なくされた。
千葉さんは今も、工業団地にある大手自動車部品メーカーに勤め、近くに住む。地域の人間関係の希薄さに危機感を覚え、学会員であるなしに関係なく声を掛ける等、自分でできることから挑戦する。
「住民の入れ替わりの激しい地域に住み続けていられるのは、本当にたまたまです。いついかなる時も支え合うつながりを、職場や地域につくることが大切だと思います」

工業団地の近隣住民に多い核家族。高橋法子さん(地区婦人部長)は3人の子育てをしながら、孤立しがちな母親を応援する取り組みをしている。
学会2世として北上市で生まれた。結婚を機に金ケ崎町へ。子育てサークルで地域に友好を広げる中、町が抱える課題が見付かった。
「さまざまな悩みを持つママがいる中で、気軽に相談できる場所が少ないと感じました。ママ同士がコミュニケーションを取っていけば、子どもたちにも良い影響があると思いました」
そんな高橋さんが仲間と立ち上げたのが、子育て支援団体「おーばる」。行政や専門機関・団体など地域の皆で子どもを育てる"共同養育"を目指し、料理教室などの交流の場を設け、訪問活動、情報誌の発行等を行う。
高橋さん自身、子育てに関する悩みは尽きることがない。だが、同じ状況の母親と痛みを分かち合うことで、お互いに心が軽くなるという。「子どもは地域の未来を開く宝の存在です。ママも子どもも笑顔輝く金ケ崎町を築いていきます!」
◇
今月は、1954年(昭和29年)4月25日に東北を訪れた戸田先生が「学会は、人材をもって城となすのだ」と池田先生に語ってから65周年の佳節。
現在、桜前線が北上中の東北北部では、今週末を中心に開花を迎える予想となっている。
金ケ崎町には、それぞれの"使命の花"を一足早く咲かせた人材城が築かれていた。

2019年4月27日土曜日

2019.04.27 わが友に贈る

健康は幸福の礎だ。
賢明な生活リズムで
心身を整えよう。
勤行・唱題を根本に
充実の一日一日を!

日興遺誡置文 P1618
『未だ広宣流布せざる間は身命を捨て随力弘通を致す可き事』

【通解】
未だ広宣流布が成就しない間は、身命を捨て、力の限り妙法を弘めていくべきである。

〈寸鉄〉 2019年4月27日
学会こそ日本の柱であり魂だ—恩師。誇りを胸に立正安国の大道を堂々と
黄金週間が開始!浩然の気養い、友情拡大に挑戦。"絶対無事故"の祈り深く
新しい時代が始まる大型連休。親子で楽しく朗らかに未来を語らう一時を
架空請求被害等の相談が数年で3倍超と。不審に感じたら電話「188」へ
ヘルメット非着用の自転車運転は致死率2・4倍。小事が大事。油断排して

☆虹を懸ける 池田先生と米ボストン� 2019年4月18日
◇創価のルネサンスの光彩を
アメリカの歴史と知性の街ボストン。池田先生は1991年と93年の2度、この地を訪れている。ボストンに輝く広布史と師弟のドラマを追った。

◇「世界に征くんだ」
1960年(昭和35年)10月2日、第3代会長に就任したばかりの池田先生は、戸田先生の遺言を胸に、北・南米へ旅立った。
上着の内ポケットには、恩師の写真が大切に納められていた。
アメリカでは、ハワイ、サンフランシスコ、シアトル、シカゴ、ニューヨーク、ワシントン、ロサンゼルスを歴訪。異国の地で生活する同志の心に勇気の灯を点じることから、世界広布の火ぶたが切られたのだ。
ボストンで本格的な妙法流布が始まったのは、その数年後のことである。

◇無名の開拓者
ボストンから車で南へ約1時間。ロードアイランド州コベントリーで暮らす92歳のテルコ・ラングウェルさんは、草創メンバーの一人である。
63年に青森で入会。その後、東京で行われる会合に駆け付け、池田先生との出会いを何度も刻んだ。
「将来、世界中で座談会が開かれるようになる」。青年会長の確信の声に、胸を躍らせたラングウェルさん。やがて基地で働くアメリカ人と結ばれ、海を渡ったのは69年のことだった。
当時、ボストン一帯で活動していた日本人のメンバーは数えるほど。彼女たちの励みになったのは、先生が草創の友に示した三指針——「市民権を得て良き市民に」「自動車の運転免許を取る」「英語のマスター」だった。
ラングウェルさんは、すぐに免許を取得し、来る日も来る日も学会活動に明け暮れた。生来、病弱で子どもを産めなかった分、青年たちをわが子だと思い、大切にした。貧しい大学生たちも多い。よく家に招き、手料理をふるまった。
「いつか必ず、先生をボストンにお迎えしたい。この素晴らしい若者たちを見ていただきたい——その一心でした」
その願いが実現したのは、22年後のこと。91年9月24日、池田先生が、ロサンゼルスから空路、ボストンに降り立ったのである。
先生は多忙な行事の合間を縫い、一人一人に励ましを送った。
後継の未来部員にも"お父さんやお母さんに叱られないように、しっかり勉強してください"と、ユーモアを交えて語り掛ける。役員としてその場に居合わせたラングウェルさんは、先生が青年たちと触れ合う姿を、後方でじっと見つめた。
「あの日の感動は生涯、忘れることはありません。命の限り、アメリカ広布にこの身をささげていく決心です。それが先生との誓いですから」
先生が予見した通り、今、世界中で"ザダンカイ"が行われる時代が到来した。コベントリーの集いは、いつもラングウェルさんと青年たちの笑顔であふれている。
◇
60年に福岡で入会したハルコ・ハリソンさんは、空軍に勤める夫と共に3人の子を連れて64年にアメリカへ。一家和楽を誓い、異国の地へと移住した。
だが、夫は肺結核になり、30代で歩行困難に。代わりにハリソンさんが料理人として働きに出た。家計は厳しく、氷点下になる冬もガス代が払えず、お湯さえ満足に使えない月日もあった。自暴自棄になった夫は、何度も命を絶とうとした。
娘のマーガレットさん(圏婦人部長)は思い返す。
「それでも母は、"これは私の人間革命の戦いなのよ"と御本尊に向かっていました。何時間も、お題目を唱えていました。わが家にとって、学会の会合が唯一、心が温まる時間でした」
逆境の中でも、ハリソンさんは弘教に歩いた。語学力は十分ではなかったが、「ナンミョウホウレンゲキョウ」「ブッダ」「ベネフィット(功徳)」の単語を駆使し、身ぶり手ぶりで仏法を語っていった。
池田先生の2度目のボストン訪問(93年)の折、ハリソンさんは、夫と6人の娘たちで撮った家族写真を届けた。すると先生から、"お写真ありがとう。とても美しいご家族の皆さんですね"との真心の伝言が。「今も一家の宝として大切にしています。先生は、全部分かってくださっている。本当に私たちは幸せです」
夫は亡くなる前に一層発心し、一家は経済苦も全て乗り越えた。ハリソンさんは現在、がんとの闘いの真っただ中。それでも「なぜ、いつも幸せそうなのですか」と尋ねてきた医師に仏法の確信を朗らかに語っている。
「"パイオニアの皆さんは、100歳まで長生きしてください"って、池田先生がおっしゃいましたから、絶対に負けません。"ああ、今日も先生と一緒に戦える"って、感謝の毎日です」
無名の開拓者たちの胸に宿る"信仰の炎"は、今も燃えている。

◇師弟の思い出
スティーブ・サパスティーンさん(副方面長)は73年に入会。街で知り合った人から、「仏教の会合に来てみないか?」と誘われたのがきっかけだった。
「大学を卒業後、進むべき道が分からず途方に暮れていました。インド、イスラエル、フィンランド、デンマークなどを旅し、帰国した矢先に声を掛けられたんです。仏教に興味を持ち始めていた時で、翌朝から題目を唱えました」
ベトナム戦争が泥沼化し、価値観が揺らいでいた時代。ヒッピーの全盛期が終わり、さまざまな新興宗教が青年たちを取り込んでいた。現実逃避する若者も増えていた。
ある日のこと。サパスティーンさんは、家族に信心のことを理解してもらおうと、実家にSGIの機関紙を置いて帰った。
後日、父親から電話が入った。
「家にあった新聞を読んだよ。ところで今、池田先生は何をされているんだい? この方と一緒に進んでいけば、きっと間違いないだろう」
生命力を高め、可能性を開き、社会に貢献する——初めて聞く「人間革命」の運動には、確かな哲理があった。サパスティーンさんの周囲では、創価の哲学への共感が広がっていった。
「まさにこれ以上ないタイミングでした。当時の青年たちは、ある意味で社会の犠牲者でした。希望を失っていた。そこへ日本人の婦人たちがやって来て、素晴らしい仏法を教えてくれたのです」
ボストンでは青年世代のメンバーが続々と誕生し、サパスティーンさんたちは、雨の日も雪の日も対話の先頭に立った。草創の婦人たちは、おにぎりを作って応援してくれた。
91年、青年部のリーダーとして、諸行事の運営役員を務めたサパスティーンさん。ボストン会館(当時)を訪れた池田先生が語った言葉を、胸に深く刻んできた。
「先生は、壁に掛かっていた大きな時計を指して、こう言われました。"この時計には、この部屋は少し小さいかもしれないね。いつか皆さんの手で、この時計にふさわしい会館を建てようよ"と。いつの日か、先生の期待にお応えできる青年の陣列をもって、広布の宝城を築く——これが先生との誓いになりました」
2016年、ボストンの同志が集い合う「ニューイングランド会館」が完成。その一番大きな部屋に、"師弟の思い出"が詰まったこの時計が掛けられている。

◇確かなる軌道
ボストンを初めて訪れた池田先生は、翌日の9月25日から、一級の学識者たちと会見を重ねていった。そして、メンバーが感動に胸を震わせる"出来事"が起きた。
ボストン近郊に立つ世界的名門・ハーバード大学のケネディ政治大学院で、先生が「ソフト・パワーの時代と哲学」と題し、講演を行ったのである(9月26日)。
89年に冷戦が終結し、講演の3カ月後にはソ連が崩壊するという時代の転換期。歴史の動因は、軍事や権力、富といった「ハード・パワー」から、知識や情報、文化などの「ソフト・パワー」に移っていた。先生は、仏法の「縁起」の思想に触れつつ、内発的精神に支えられた「自己規律」が求められていると訴えた。
講演は、時代の要請に応えるものだった。後にアメリカ国防長官を務めたアシュトン・カーター教授は述べている。「ソフト・パワーへの時流を確たるものにしなければならない」と。
当時、総合方面婦人部長だったキャサリーン・オレスキーさん。73年、大学生の時に入会し、草創の女子部として活動に励んできた。
先生を迎える直前、オレスキーさんは突然の関節リウマチを発症。加えて、夫のビジネスが苦境に陥った。子育てをしながら、寝る間も惜しんで諸行事の準備・運営に奔走していた。
「先生の講演は、私たちにとって新しい目覚めでした。視野が世界に広がり、自分たちの偉大な使命に目を見開いた瞬間だったのです。悩みも一気に吹き飛びました」
講演の翌日、さらなる喜びのニュースが。先生が、諸行事が大成功で終わった感謝を込め、ボストンのメンバーに詩を贈ったのだ。

わがボストンの
妙法の哲人たちよ
新しき
創価の
ルネサンスの光彩を
鮮烈に 力強く
輝かしてくれたまえ

詩には、「開拓」と「自由」と「平等」の原点の地・ボストンに生きる久遠の地涌の同志たちへの、限りない期待がつづられていた。
オレスキーさんは、先生が出席した会合で誓いを語った。「わがボストンに、全米一、世界一の麗しい"人間共和のスクラム"を築いてまいります!」
以来、自身の宿命転換に挑み、広布の先頭を走った。病も完治し、経済苦も乗り越えた。3人の子どもたちも立派に成長し、一家で広布の道を進む。
◇
池田先生の初訪問から2カ月後の91年11月28日、学会は宗門から「魂の独立」を果たす。その報は、ボストンの地でも喜びとなって広がった。自由の天地で、広布の新章が始まりを告げたのだ。
先生は、ボストンの同志への詩で詠んでいる。

この愉快な共進を
陰湿な妬みの徒に
断じて邪魔させては
ならない
人間のための宗教
生活のための信仰
幸福のための組織
この確かなる軌道を
迷いなく
また ためらわず
堂々と
そして聡明に
進みゆくことだ

2019年4月26日金曜日

2019.04.26 わが友に贈る

「徹して一人を大切に」
これが創価の魂だ。
焦らず忍耐強く
友に寄り添い続けよう。
深き祈りをたゆみなく!

松野殿御返事 P1386
『天より四種の花ふり虚空に音楽聞えて、諸仏菩薩は常楽我浄の風にそよめき娯楽快楽し給うぞや、我れ等も其の数に列なりて遊戯し楽むべき事はや近づけり』

【通解】
天から四種類の花が降ってきて、空には音楽が聞こえ、諸仏菩薩は常楽我浄の風にそよめき、心から楽しんでおられる。我らも、その数の中に連なって、遊戯し楽しむことができるのは、もう間近である。

〈寸鉄〉 2019年4月26日
学会員の社会変革の努力こそ平和を築く力—識者我らの前進を良識は期待
長野の日。人材山脈は隆々と。師弟有縁の天地で更なる正義の大叙事詩を
陰の人々、無名の人たちが一番偉いんだよ—詩人幹部は尊き同志に最敬礼
仕事ぶりを認められた新社会人はやる気も増す—調査。励ましこそ万の力
連休は交通機関が混雑。長距離運転は無理せず余裕持って。絶対無事故で

☆知性の架け橋 アメリカ・ハーバード大学(上)
◇1991年9月26日 人間の内発的精神が"分断"を封じ込める
世界最高峰の知性の学府ハーバード大学(米マサチューセッツ州ケンブリッジ市)。同大学ケネディ政治大学院の招請を受けた池田先生は1991年9月26日、「ソフト・パワーの時代と哲学」と題して講演した。
会場のウィナー講堂には、マサチューセッツ工科大学、ボストン大学など名門大学の学識者や、ノーベル賞受賞者など、そうそうたる顔ぶれが並び、耳を傾けた。
2年前の89年11月、「ベルリンの壁」が崩壊し、12月には米ソ首脳が冷戦終結を宣言。
以後、激動の国際情勢にあって、軍事力や権力、富などの「ハード・パワー」ではなく、知識や情報、文化などの「ソフト・パワー」に光を当てる思潮に注目が集まり始めていた。
この新しい概念を提唱した同大学国際問題研究センター所長(当時)のジョセフ・ナイ博士から2度にわたって招聘状が寄せられ、池田先生の学術講演が実現したのである。
先生は講演で、ソフト・パワーの潮流を不可逆なものとする鍵として、精神の"内発的なるもの"に言及。異文化の衝突が起こったような時に忍耐と熟慮を重ねることで、良心の内発的な働きは鍛え上げられ、「人間関係を分断し、破壊する悪を、最小限度に封じ込めることができる」等と述べた。
終了後、ナイ博士は「(講演は)世界に普遍的な貴重な未来へのメッセージ」と評価。同大学ケネディ政治大学院のスチーブ・ケルマン教授は「講演が実現できたことは実に意義深い。日米間の文化理解を深めるうえで、今回の講演は大きく寄与した」と語った。
その後、同大学と池田先生の交流は一層広がっていった。
92年3月、文化人類学部長のヌール・ヤーマン博士と会見。同年5月には、応用神学部長のハービー・コックス博士と語り合った。〈後に、両者との対話や書簡は、対談集にそれぞれ結実している〉
さらに両博士から、再度の講演を求める招聘状が届く。93年9月24日、池田先生は同大学で、2度目の講演に臨んだ(〈下〉に続く)。

◇講演から
ハード・パワーというものの習性は"外発的"に、時には"外圧的"に人間をある方向へ動かしますが、それとは逆に、人間同士の合意と納得による"内発的"な促し、内発的なエネルギーを軸とするところに、ソフト・パワーの大きな特徴があります。
このことは古来、人間の精神性や宗教性に根差した広い意味での哲学の本領とするところでありました。
ソフト・パワーの時代とはいえ、そうした哲学を欠けば、つまり、人間の側からの"内発的"な対応がなければ、知識や情報がいかに豊富でも、例えば容易に権力による情報操作を許し、"笑顔のファシズム"さえ招来しかねないのであります。
その意味からも、ソフト・パワーの時代を支え、加速していけるか否かは、あげて哲学の双肩にかかっているといっても過言ではないでしょう。

2019年4月25日木曜日

2019.04.25 わが友に贈る

近隣や地域を大切に!
清々しいあいさつと
良識豊かな振る舞いが
友好を深める根本だ。
誠実に勝る外交なし!

松野殿御消息 P1380
『昔し徳勝童子と申せしをさなき者は土の餅を釈迦仏に供養し奉りて阿育大王と生れて閻浮提の主と成りて結句は仏になる』

【通解】
昔、徳勝童子という幼い者は、土の餅を釈迦仏に供養して、阿育大王と生まれて閻浮提の王となり、最後には仏になったのである。

〈寸鉄〉 2019年4月25日
道徳心を再生し良き社会築く学会に期待—元総長皆が創価哲学の体現者と
江戸川「師弟勝利の日」。栄光燦たる信心の横綱。堂々たる凱歌の前進更に
国連記念日。平和の文化創る人類の議会。持続可能な未来へ民衆の声結集
長期外出時の空き巣に注意。施錠確認、郵便・新聞の一時停止等、対策を
子供主動の関わりが自己肯定感育むと。子の興味・関心を真っすぐ伸ばそう

☆御書と歩む� 第66回 不撓の前進不屈の闘争を!
『題目を唱うる人・如来の使なり、始中終すてずして大難を・とをす人・如来の使なり』(四条金吾殿御返事、1181ページ)

◇通解
題目を唱える人は、如来の使いである。また最初から最後まで、生涯、妙法を捨てることなく、大難を受けても受持し通す人は、如来の使いである。

◇同志への指針
最後まで貫き通す。ここに信仰の真髄がある。いかなる逆境にも題目を唱え、正義を語り切る——この人にこそ、仏の生命が脈打つ。
広宣流布は現実社会で具体的な目標に挑む前進だ。一人一人が「自分らしく戦い切った」と人間革命の歴史を刻むことが恩師の願いであった。共々に励まし、立正安国の使命の道を走り抜く先に、民衆の歓喜の凱歌は轟くのだ。

☆みんなで学ぶ教学〜新会員教室〜第24回 主師親の三徳
◇万人を救う熱願を示された大聖人
末法の御本仏・日蓮大聖人が自らの御振る舞いで示された、民衆救済の偉大な人間像とは——。今回の「みんなで学ぶ教学」は、「主師親の三徳」をテーマに学びます。

◇尊敬すべき三つの徳
——仕事で大きな責任を担うことになりました。

飛躍のチャンスですね! かつて池田先生は、リーダーに求められる資質に、「責任感」「智慧」「慈悲」を挙げました。これらは、日蓮大聖人が示された「主師親の三徳」を、それぞれ現代的に展開されたものです。

——「主師親の三徳」とは何でしょうか?

一切衆生が尊敬すべき「主の徳」「師の徳」「親の徳」の三徳のことです。徳とは、人に具わった力、人々に恵みを与える力といえます。
大聖人は「開目抄」の冒頭で、「夫れ一切衆生の尊敬すべき者三あり所謂主師親これなり」(御書186ページ)と示され、この三つの徳を兼ね備えた仏こそ根本として尊敬すべき対象である、と教えられています。

——それぞれ詳しく教えてください。

まず「主の徳」とは、人々を守る力・働きです。「主」とは「臣」に対するもので、主には、臣下を守り、その生活を支える"責任"がありました。幸・不幸をもたらす因果の理法をはっきり示し、人々を守る徳を表します。
二つ目の「師の徳」とは、正しい法に基づいて、人々を教え導く力・働きです。何が正しい法なのか、どのように実践するのがよいのか、幸福になるための"智慧"を教え示すことを表します。
最後に「親の徳」とは、人々を育て慈しむ力・働きです。親が子を"慈悲"の心で包むように、全ての人を平等に大切にし、自らと同じ境涯へと高めようと育むことを表します。

◇「柱」「眼目」「大船」に
——リーダーの資質に通じることがよく分かります。

「開目抄」の冒頭では、一応の結論として釈尊が真の主師親であることを述べられた上で、"末法の衆生に対して三徳を具えている仏とは誰なのか"が論じられます。
そして、真の成仏の法であり、末法の衆生を救う「一念三千」を覚り、"寿量文底下種の妙法"を弘める大聖人御自身が法華経の行者であることを明かしていきます。
大聖人はその御自覚から、一切衆生を救済する大願を次のように仰せです。
「我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ等とちかいし願やぶるべからず」(同232ページ)——「柱」が「主の徳」、「眼目」が「師の徳」、「大船」が「親の徳」を表していると拝することができます。
本抄の結びに、「日蓮は日本国の諸人にしうし父母(主師親)なり」(同237ページ)と、御自身こそ、主師親の三徳を具える末法の御本仏であられることを宣言されるのです。
しかも、佐渡流罪という命に及ぶ大難の渦中で、大聖人は本抄を著されたのです。

◇使命深き学会の運動
——命を賭しての宣言に、力強い御確信が伝わってきます。

「報恩抄」の次の一節にも、大聖人における主師親の三徳が明らかにされています。
「日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外・未来までもながるべし、日本国の一切衆生の盲目をひらける功徳あり、無間地獄の道をふさぎぬ」(同329ページ)
ここで「日蓮が……ながるべし」が衆生を慈しむ「親の徳」に、「日本国の……功徳あり」が人々に正しい生き方を指し示す「師の徳」に、そして「無間地獄の道をふさぎぬ」が衆生を守り抜く「主の徳」に当たります。
大聖人は、末法の主師親の三徳を具える存在として、全人類を救う道を開いてくださいました。この大聖人の熱願を継承し、世界広宣流布を進めてきたのが創価学会です。

——私たちにも深い使命があるのですね。

そうです。例えば、学会が進めてきた平和・文化・教育の運動は、主師親の三徳を社会における「価値創造」の原理として具現化したものといえます。
池田先生は語っています。
「生命の尊厳を護る『主の徳』を目指すのは、平和の貢献です。青年を正しく導く『師の徳』を体現するのが、人間教育です。人類の心を耕し、結び合う『親の徳』は、文化の交流です」
私たちは、妙法を根本に人格を磨き、仏法の精神を社会の基調にしていく挑戦を続けていきましょう。

放課後メモ
「主師親の三徳」については、次の書籍の中でも言及されています。
○…『開目抄講義』下巻76ページ(聖教新聞社)
○…『御書と師弟』第3巻68ページ(同)
○…『永遠の経典「御書」に学ぶ』第1巻83ページ(同)

2019年4月24日水曜日

2019.04.24 わが友に贈る

学会こそ日本の「柱」
「眼目」「大船」なり。
全民衆の幸福と勝利へ
共戦の同志と団結固く
威風堂々と進みゆこう!

新池御書 P1439
『此の経にあひ奉りぬれば諸罪は霜露の如くに法華経の日輪に値い奉りて消ゆべし』

【通解】
この法華経にあったならば、積み重なった悪業や罪も、妙法の太陽によって霜や露のように消え去るのである。

〈寸鉄〉 2019年4月24日
庶民が強くなるとは学会が強くなる事—恩師。立正安国の魂は我らに厳然
常勝大阪・師弟誓願の日。不撓不屈の勇者の連帯。世界が仰ぎ見る大行進を
「一切の草木は地より出生せり」御書。家庭こそ育みの大地。信心継承の礎
体験は力!希望の光源!自身の劇、語り伝えよう。「五十展転」の功徳ここに
幼児同乗の自転車事故や転倒に注意。ヘルメット着用等必ず。尊き命守れ

☆御書と歩む� 第65回 「勇気」こそ師弟の精髄
『各各我が弟子となのらん人人は一人もをくしをもはるべからず』(種種御振舞御書、910ページ)

◇通解
おのおの日蓮の弟子と名乗る人々は一人も臆する心を起こしてはならない。

◇同志への指針
御本仏の永遠の大宣言であられる。
弟子を名乗る限りは、断じて臆してはならない。どんな試練の烈風が吹き荒れようとも、怯まず胸を張るのだ。
「勇気」こそ、日蓮門下の魂なのである。
大聖人は「各各思い切り給へ」とも仰せである。決然と一念を定め、師弟の誓願勝利の道を、まっしぐらに進みゆこうではないか!

☆御聖訓に学ぶ勝利の要諦 テーマ「地涌の本舞台」 2019年4月16日
◇この時、この場を選んで広布を誓った使命の勇者
人間の生命には、計り知れない力が具わっています。この本然の力を発揮する鍵こそ、「地涌の菩薩」の自覚です。池田先生は、つづっています。「我らは末法広宣流布を誓い合った地涌の菩薩である。この時代、この場所を、自ら選んで生まれた使命の勇者だ。その大使命を自覚し、大願に生き抜く青春に、力が出ないわけがない。時代を変えゆく智慧が、湧かないわけがない」(『随筆 民衆凱歌の大行進』〈誓いの青年に贈る〉)。まぎれもなく、今いる所が使命の本舞台です。一人一人が、自分らしく朗らかに、痛快なる勝利劇をつづろうではありませんか。

◇歓喜の舞を共々に
●御文
『迦葉尊者にあらずとも・まいをも・まいぬべし、舎利弗にあらねども・立ってをどりぬべし、上行菩薩の大地よりいで給いしには・をどりてこそいで給いしか』(大悪大善御書、1300ページ)

●通解
迦葉尊者でなくても、舞を舞うべきところである。舎利弗でなくても、立って踊るべきところである。上行菩薩が大地から現れた時には、まさに踊り出られたのである。

成仏の法を聞いて歓喜に舞い踊った迦葉や舎利弗。
妙法流布のために大地から踊り出た上行菩薩。
——正法に出あったうれしさ、妙法を弘める喜びが、計り知れないことを教えられた御文です。
本抄は、一部のみが伝えられているお手紙で、誰に与えられたか不明です。社会が騒然とする中で、"いよいよ妙法が広まるのだ"との御確信をつづられたと拝されます。
法華経の会座で、釈尊は、末法の妙法流布の使命を託すために、真の弟子を呼び出しました。その時、大地から踊り出たのが地涌の菩薩であり、その上首(最高リーダー)が上行菩薩です。
なぜ大歓喜の心で踊り出たのでしょう。それは、悪世末法が、地涌の菩薩にとって、自身の使命を果たすべき最高の舞台だからです。
私たちにとっても、厳しき現状は、決して厭うべきものではなく、勇敢に立ち向かうべきものです。
得てして人は、あまりにも大きな壁や困難に直面してしまうと、萎縮し、弱気になってしまいがちです。
しかし、本物の覚悟、不屈の勇気を持った人は、逆に現状が厳しければ厳しいほど、困難を克服した未来に心を弾ませ、挑戦の気概にあふれていくものです。
さあ、地涌の使命に燃えて、嘆かず、怯まず、生命の底力を発揮し、共々に勝利の舞を舞いましょう。

◇わが地域に正義の旗を
●御文
『其の国の仏法は貴辺にまかせたてまつり候ぞ、仏種は縁に従って起る是の故に一乗を説くなるべし』(高橋殿御返事、1467ページ)

●通解
その国の仏法流布は、あなたにお任せします。仏種は縁によって起こる。その故に一乗(法華経)を説くのである。

誰がやらなくとも、自分がやる! 誰かではなく、自分が道を開く!——こう決めた人が勝利をつかむことができるのです。
御文は、自らが地域の"幸福責任者"との自覚に立つ大切さを教えられた一節です。
全責任を担う覚悟を決めれば、環境に左右される存在から、自らが環境をより良く変えていく存在へと変わることができます。
いわんや私たちは、広宣流布を誓って出現した地涌の菩薩です。であるならば、今いる地域・職場の環境、そして人間関係も、決して偶然の巡り合わせではありません。むしろ、自らが妙法の偉大さを証明する舞台として選んだ、使命の天地なのです。
「まかせたてまつり候」とは、単に任せたといった次元の言葉ではなく、大聖人と同じ決意、同じ覚悟で、"使命を果たし抜け"との、師匠の熱き期待にほかなりません。
「仏種は縁に従って起る」と仰せの通り、広宣流布といっても、仏縁を広げていくことが根本です。その方途が"法華経を説く"ことです。私たちにとっては、仏法対話であり、真実と正義を語り、善の連帯を広げていくことです。
もちろん、反発する人も、興味を示さない人もいるでしょう。しかし、2回、3回……10回と、粘り強く、仏縁を結び続けていくことです。
一人一人が、幸福責任者として、わが地域に正義の旗を打ち立てましょう!

◇コラム 対話の達人、勇気の戦士
「末代の大難忍びがたかるべし、我五百塵点劫より大地の底にかくしをきたる真の弟子あり・此れにゆづるべし」(御書905ページ)と、末法広宣流布を託されたのが「地涌の菩薩」です。
では、「地涌の菩薩」は、どんな力を持つのでしょうか。
法華経に説かれる特徴を探ってみます。
「志念力は堅固にして」(法華経466ページ)——何ものにも壊されない固き決意を持つ人。誓いを貫く人。
「難問答に巧みにして」(同472ページ)——大確信と智慧をもった対話の達人。
「其の心に畏るる所無く」(同ページ)——勇気の人、勇敢な広布の戦士。
「忍辱の心は決定し」(同ページ)——何があってもへこたれない不撓不屈の闘士。
「端正にして威徳有り」(同ページ)——"あの人のようになりたい""あの人は立派だ"と言われるような魅力ある人。
このように、法華経には、とても立派な姿で描かれていますが、この力が、「地涌の菩薩」である私たち一人一人にも具わっているのです。
その力は、喜び勇んで戦う信心によって発揮されるのです。

2019年4月23日火曜日

2019.04.23 わが友に贈る

広布に尽くす奮闘に
無量無辺の福徳は燦然!
誉の創価家族と共に
新時代の「5/3」を
晴れやかに迎えよう!

四条金吾殿御返事 P1151
『だんなと師とをもひあわぬいのりは水の上に火をたくがごとし』

【通解】
弟子と師匠が心を同じくしない祈りは、水の上で火を焚くようなものであり、叶うわけがない
。

〈寸鉄〉 2019年4月23日
「題目を唱うる人・如来の使」御書。皆に無二の使命あり。肩組み次なる峰へ
三重県婦人部の日。地域照らす太陽の母は燦々!模範の前進に諸天も喝采
会場提供の同志に大感謝家族・近隣にも配慮を。仏法の会座を皆で守ろう
子ども読書の日。良書は心も頭脳も豊かにする最高の滋養。親子して挑戦
高齢者の一人暮らし増加20年後、東京は約3割と。互助の絆が一段と重要に

☆四季の励まし 「いよいよの心」で堂々と 2019年4月14日
勢い——。
それは、
"断じて成し遂げよう!"という、
強き決意と闘魂から生まれる。
自ら勇んでなそうとする、
自主、自発の行動から生まれる。
間髪を容れぬ
迅速な実践によって生まれる。
皆が互いに競い合い、
触発し合う切磋琢磨から生まれる。
そして、
戦いは、勢いのある方が勝つ。
 
「一」言われたら「三」言い返す。
「三」言われたら「十」言い返す
——この不屈の反撃精神こそ
言論戦の方程式である。
言うべきときに言わなければ、
悪が増長するだけである。
語らなければ、心は伝わらない。
心で思っていても、
それだけでは相手にはわからない。
真実を叫ぶのだ。
そうすれば、
敵をも味方に変えることができる。
 
信心とは——
断じてあきらめない勇気である。
自分と友の生命の可能性を
あきらめない。
幸福の拡大をあきらめない。
正義の勝利をあきらめない。
平和の創造をあきらめない。
大法弘通を、
断じてあきらめない勇気なのだ。
  
何が起ころうが、
私には信心がある!
わが家には信心がある!
我らには偉大な信心がある!
だから何ものも恐れない。
だから絶対に
乗り越えられない苦難はない。
真面目に、誠実に、勇敢に、
信心をやり切って、
最後は必ず勝つのだ!
この合言葉で、
いよいよこれからと、
「強盛の信心」で、
威風も堂々、進みゆこう!

春の訪れを喜ぶかのように、にぎやかに咲く黄色いヤマブキ。薄紅色の桜と美しいハーモニーを奏でている。池田大作先生が先月31日、学会本部の分室があった東京・市ケ谷周辺などを回った折に撮影した。
5・3「創価学会の日」を目指し、全国各地で"対話の花"が満開に咲いている。
かつて池田先生は全国の同志に呼び掛けた。「わが創価学会は、何の力で勝ってきたか。『勇気』である」「そして『忍耐』である。『団結』である。この三つで学会は勝ってきた。これを忘れてはならない」
勇気・忍耐・団結を胸に、「いよいよの心」で前進し、「5・3」を勝ち飾ろう!

2019年4月22日月曜日

2019.04.22 わが友に贈る

◇今週のことば
新時代開く凱歌、万歳!
全宝友の勇戦に最敬礼。
「心の財」は尊く輝く。
結び広げた信頼の絆で
地域の明日へ幸の光を!
2019年4月22日

富木殿御返事 P978
『若し悩乱する者は頭七分に破れ供養すること有らん者は福十号に過ぐ』

【通解】
もし悩まし乱す者は頭が七つに破れ、供養する者は福徳が仏に供養するよりもまさる。

〈寸鉄〉 2019年4月22日
勝利とは何と痛快!列島に歓喜の花。日本の柱は厳たり。世界の友も喝采
「ほむれば弥功徳まさる」御書。互いの奮闘を讃え合い栄光の「5・3」へ!
間もなく大型連休。銀行・病院の長期休業等の把握を。これも「前前の用心」
地球の日。温暖化対策は待ったなし。依正不二の哲理を今こそ時代精神に
公明党よここからが本当の勝負だ。「大衆と共に」の原点胸に実績で応えよ

☆新時代を築く 皆を味方に!友に希望を 2019年4月13日
「法妙なるが故に人貴し・人貴きが故に所尊し」(御書1578ページ)
まさに、この仰せ通りに、わが同志の立正安国の対話が、いずこでも貴き「蘭室の友」をつくり、尊き「娑婆即寂光」の宝土を広げている。
御本仏・日蓮大聖人は、どれほど讃えておられるか。
広宣流布の行動は全てが「我が一念に納めたる功徳善根」(同383ページ)であり、「今生人界の思出」(同467ページ)となる。
* * *
懐かしい東京の市ケ谷周辺を回るたびに、恩師との共戦譜が思い出される。今、縁の街々が栄え、後継の宝友たちが活躍する姿を、恩師もさぞお喜びであろう。
昭和26年5月、第2代会長に就任されて間もなく、お堀端に立つ3階建ての市ケ谷ビルに、戸田先生の会社の事務所が移転した。聖教新聞の編集室も置かれ、続いて学会本部の分室が設けられた。毎朝の「戸田大学」の講義が行われた場所でもある。
ここで先生は、毎日、会員の指導・激励に当たり、切実な悩みを抱えて訪ねて来た友を渾身の力で励まされた。
「大丈夫。この信心をして幸福にならないわけがない。心は王者でいきなさい。創価学会の名誉ある一員として誇りも高く生き抜きなさい」
皆、生まれ変わったように笑顔で帰っていった。悩みがなくなったのではない。しかし、自分自身が何ものにも負けぬ「妙法の当体」として、悩みを見下ろせる勇気と希望を持ったのだ。
創価の師弟は、まさしく「地涌の菩薩」の陣列である。一人一人が「広宣流布の闘士」として胸を張り、「宿命」を「使命」に転じ、誓願の国土で幸福と平和の連帯を築いていくのだ。
* * *
市ケ谷ビルでの若き日々、私は青年らしく元気な挨拶を心掛け、誠心誠意、内外の方々と語らいを重ねた。ビル全体の受付の方とも、2軒先にあった食堂のご家族や店員さんとも、ビルの前に来ていた行商の植木屋さんとも、心を通わせた。皆、学会に深い理解と信頼を寄せてくれた。
「仏種は縁に従って起る」(同1467ページ)
今、青年部が真剣に広げている対話が、どんなに大きな花を咲かせることか。私は楽しみでならない。
* * *
思えば4月14日は、再三にわたる第3代会長就任の要請を、私が受諾した日である。
——直弟子としてご恩を返す時が来た。日本の歴史、世界の歴史を創りゆく戦いを、同志と貫くのだ、と。
巡り来る60年目の5月3日へ、皆を味方に、友に希望を広げながら、晴れわたる創価の凱歌を共々に!

2019.04.21 わが友に贈る

御聖訓「ちかいし願
やぶるべからず」
広布の栄光の峰へ
励まし合いながら
誓いの道を歩み抜こう!

中興入道消息 P1332
『後には所の地頭領家かたきとなる後には一国さはぎ後には万民をどろくほどに、或は人の口まねをして南無妙法蓮華経ととなへ或は悪口のためにとなへ或は信ずるに似て唱へ或はそしるに似て唱へなんどする程に、すでに日本国十分が一分は一向南無妙法蓮華経』

【通解】
後には故郷の地頭や領家も敵対し、ついには、一国をあげて騒ぎ、万民が驚くありさまになった。そうしたなかで、人の口まねをして南無妙法蓮華経と唱える者がいたり、あるいは悪口のために唱え、あるいは信ずるに似て唱え、またあるいは誹謗するに似て唱える者などがおり、すでに日本国の民衆の10分の1は、一向に南無妙法蓮華経と(唱えるようになった)。

〈寸鉄〉 2019年4月21日
共生の心を広げる学会の青年は人類の希望—教授後継よ!友情育む対話へ
「一身一念法界に遍し」御書。いかなる状況をも動かす信心。祈りを貫け
勝利は最後まで努力した人間がつかむ—孫文。今できる事を地道に着実に
横断歩道でない場所渡る人の事故多し。危険行為と戒めて。運転側も注意
平成最後の統一選・後半の投票日。新時代の針路決める選択。賢明な一票

☆知性の架け橋 海外学術講演45年 ロシア・モスクワ大学(下)
1994年5月17日
「地球的連帯の世紀」へ
教育の交流をさらに!

1994年5月17日、池田先生はモスクワ大学で2度目の学術講演を行った。会場は75年5月の初講演と同じく、同大学の文化宮殿だった。
しかし、その19年間で同大学を取り巻く状況は劇的に変わっていた。世界を東西に二分した冷戦は終わり、ソ連から、ロシアを含む15の独立国家が誕生。学生にとっては、社会主義体制の柱であったマルクス・レーニン主義思想も、必修科目ではなくなっていた。
「センセイは今回まさにまったく新しい国に来たようなもの」(トローピン元副総長)だったといえる。
そしてまた、自由ゆえの政治・経済の混乱、武力紛争などが世界各地で噴出していた。
2度目の講演のタイトルは「人間——大いなるコスモス」。1回目の講演と同様に、ロシアの精神史に流れる「人間」への深い洞察が、講演を貫くテーマになっていた。
先生は、大乗仏教の視点から、�外からではなく人間の内面からつくる規範性�万物の共生を促す普遍性�蘇生を可能にする内発性——の3点を通し、優れた人格を育む真の宗教の使命に言及。世界の紛争の一凶である"閉鎖性"を、人間の普遍性から問い直す重要性を述べた。
そして、「地球的連帯の世紀」に向けて、全ての壁を超える「平和への対話」「文化・教育の交流」が、一段と重要になっていることを訴えた。
同講演は高い評価をもって迎えられた。
92年から今日まで同大学の総長を務めるサドーヴニチィ博士は、"たとえ思想は異なっていても、人間と人間同士が理解し合うための障害では決してないことを、自然に納得させる講演だった"と回想する。
同講演から25年。
創価大学で学んだロシアと日本の幾多の人材が今、活躍の舞台を広げている。モスクワ大学の卒業生で、創大に留学した、現ロシア大使のガルージン氏は語った。「その人材を育てられたのは、事実上、池田先生です。『人材育成』こそが、池田先生の露日関係への最大の貢献であると私は思います」
池田先生が2度の講演で放った知性の光は啓発を続け、両国を結んだ文化の架け橋は、輝きを増している。

◇講演から
仏典では、「心こそ大切なれ」という簡潔な言葉で、「内発性」を勧めております。また、釈尊の生涯の最大の目的を「人の振る舞い」として、人格の錬磨、完成こそ、修行の眼目と位置づけているのであります。改めて論ずるまでもありませんが、「地球的連帯の世紀」へ向け、宗教、民族、国家などの壁を超えた「平和への対話」と「文化・教育の交流」が、ますます要請されております。
とともに、無原則な離合集散ではなく、それぞれが、こうした人格形成の競い合い、いうなれば「世界市民」輩出の競争をしゆくことが、より創造的であろうと、私は思うのであります。(中略)
カオスをコスモスに転じゆく主役、機軸となるのが、「人間」であります。宗教も哲学も、文化や政治、経済も、その一点へと、収斂されていかねばならない時代であります。

2019年4月20日土曜日

2019.04.20 わが友に贈る

「湿れる木より
火を出し」御聖訓。
強盛なる祈りが
不可能を可能にする。
負けじ魂で突き進もう!

法華初心成仏抄 P552
『地獄には堕つるとも仏になる法華経を耳にふれぬれば是を種として必ず仏になるなり』

【通解】
地獄に堕ちても、仏になる法華経を耳に触れるならば、これを種として必ず仏になると説かれたのである。

〈寸鉄〉 2019年4月20日
本紙創刊記念日。全読者、「無冠の友」に感謝。師と同志つなぐ紙面充実誓う
戦は最後の5分で決まる—英雄。私はやり切ったと言える勝利の自分史を
疲れや寝不足は交通事故の因。薄暮時に多発。声掛け絶やすな。破壊は一瞬
改元めぐる詐欺、頻発と。「銀行カードの交換が必要」など。焦らず嘘を撃退
大衆に「同苦」し動くのが公明党—識者。立党精神胸に断じて期待に応えよ

☆私がつくる平和の文化 第4回 持続可能な開発
インタビュー 成蹊大学名誉教授 廣野良吉さん
「誰も置き去りにしない」社会を

「私がつくる平和の文化」第4回のテーマは「持続可能な開発」。登場していただくのは、長年にわたり国連開発計画など国際機関で活躍されてきた成蹊大学名誉教授の廣野良吉さんです。今、世界中で取り組んでいる「持続可能な開発目標(SDGs)」(注)の意義も含めて、分かりやすく語ってもらいました。(構成=内山忠昭、歌橋智也)

僕は中学生の時、学校では禁止されていたのに、こっそり映画を見に行きました。
ある国の緑豊かな谷で、炭鉱会社が森林を破壊して石炭を掘り出した。そのために、お金はたくさん入ってきたけれど、住民がどんどん呼吸器の病気になって苦しみだした。「これでは一体、何のための開発か?」。そこにやって来た宣教師の青年と、炭鉱主の娘が立ち上がる。彼らの戦いで炭鉱は閉鎖され、やがて美しい緑を取り戻す、という物語でした。
僕は感動して劇場で泣きました。地球のどこであっても人々の暮らしや環境を壊すような開発、経済発展は絶対にいけないと。また、身内であっても、悪は悪として堂々と主張することが、人々に幸せをもたらすのだと。この映画が僕の人生観を変えました。
今、世界中の国が2030年までに「持続可能な開発目標(SDGs)」を達成しようと挑戦しています。
「持続可能な開発」とは、一言で言えば、「地球上の限られた水、空気、土壌などの資源を、汚したり枯渇させたりせずに、未来の子どもたちにつなげるように開発しましょう」ということです。
世界を見渡すと、経済発展や技術開発によって、生活が豊かになった国がたくさんある。それは世界から貧困をなくすために大事なことです。しかし、その陰で、環境が破壊されたり、貧富の差が広がったりしている。教育を受けられない子どもがいる。「やっぱり誰かが取り残されている」ということが分かった。
これじゃあいけない。さらに気候変動のように、全ての国が協力しなければ解決できない問題も起きてきた。だから先進国も途上国も一緒に、世界中で「誰も置き去りにしない」と約束したんです。

◇地球が我々の家
ですが、いくら素晴らしい理念を掲げても、大事なことはそれを「いかにして実現するか」です。だからSDGsでは家庭や地域、職場、政府が、みんなで力を合わせて問題を解決していきましょう、と強調しているんです。
今の時代、私たちは世界で起きていることに無関心では生きていけません。最近は、「中国がくしゃみをすると、世界が風邪をひく」といわれます。ブラジルでコーヒー豆が不作になれば、日本のコーヒーも値上がりする。中東の内戦で発生した難民問題がヨーロッパを揺るがしている。日本は、少子高齢化で働く人が足りなくなって、外国の方に仕事をお願いせざるを得なくなっている。
世界の人々が自立心を持ちながら、お互いに支え合い、経済的に「相互依存」するしかない。「地球が我々の家なんだ」と考えざるを得ない時代になっているのです。

◇家庭から始まる
紛争が続くシリアなどの現状を見ると、まずは平和が来なければ「開発」などできません。だけど、平和になっても「持続可能な開発」ができるとは限らない。
それぞれの国や地域で、優先すべき課題は違います。それに、食べる物、着る物、暮らし方、何が好きか、みんな違います。それを理解しないで、上から「これをやれ」と無理やり押し付けても、誰もやりません。だから僕は国際会議に行っては、「平和の文化」がなければ「持続可能な開発」はあり得ない、と強調しています。「平和の文化」とは、各地域に住む人々の多様性・自主性を尊重し、一人一人の日常生活が、常に平和の方向へ動くようになることだからです。
さて、SDGsの推進といっても日々の家庭生活から始まります。僕の住んでいる武蔵野市では、家庭教育としてゴミの減量、分別、リサイクルに力を入れています。親御さんが意識を高く持っていれば、それがお子さんたちの言動にそのまま表れますよね。
池田先生の提言は全部読ませていただいています。また創価学会は、環境展示や中高生のSDGsフォトコンテスト(別掲)などにも取り組んでこられた。今後は、もっと視覚や感性に訴える新しい啓発運動を考えられたらいいと思います。僕も長年、若者に呼び掛けて環境問題のミュージカルを一緒にやっています。
テーマは、「青い地球は誰のもの?」。皆さん、地球は誰のものだと思いますか。そう、「自分たちのもの」です。また、未来の世代から借りているものです。みんながそう思えば、もっと大切にできるのではないでしょうか。

ひろの・りょうきち 1931年、静岡県生まれ。成蹊大学教授、政策研究大学院大学の客員教授等を歴任。諸外国で大学院客員教授の他、国連経済社会理事会議長、またアジア開発銀行、国連開発計画等の国際機関で局長として勤務。外務省ODA懇談会委員、国際開発学会会長、日本評価学会副会長等を務める。日本ユニセフ協会理事など多数の諮問委員も担う。

●持続可能な開発目標(SDGs)
国連加盟国が2030年までに達成すべき目標として採択したもの。貧困や飢餓の撲滅、不平等の解消、教育の確保、気候変動への対策など17分野の目標、169のターゲットを設定。

池田先生の指針から
今、必要な「地球人意識」。
それは、遠いどこかにあるのではない。
コンピューターの画面の中にあるのでもない。
人間として人間のために"胸を痛める心"の中にあるのだ。
「あなたが苦しんでいるかぎり、私も苦しむ。あなたが、だれであろうと! あなたの悩みが何であろうと!」と。

池田大作

(『君が世界を変えていく』から)

未来部「SDGsフォトコンテスト」から
中高生が「持続可能な開発目標(SDGs)」を身近に意識して撮影した写真を、池田先生の言葉とともに紹介します。

●『明日をみつめて』から
多くの資源を消費し、豊かな生活をしている一部の人びとの陰で、世界の多くの人びとが飢えにさいなまれ、「人間の尊厳」を侵されている。(中略)悲惨な現実を知りながら、実際の行動を起こさずにいることは、臆病との謗りを免れまい。

●『青春対話』から
仏法の真髄においては、一本の草も木も、石ころや塵でさえも「仏」の生命をもっていると見るのです。これ以上の「生命の尊厳」の哲学はない。

●『青年抄』から
世の中には、「自分一人では何も変えることはできない」という諦めの風潮がある。そんなことはない。一人が変われば、一人一人が行動すれば、必ず、周囲に、そして世界に、大きな影響を及ぼしていける。

2019年4月19日金曜日

2019.04.19 わが友に贈る

「今」という時は
二度と戻らない。
広宣流布の大願成就へ
瞬時も無駄にせず
全精魂を注ぎ切ろう!

曾谷入道殿許御書 P1039
『既に之を謗る者に大罰有り之を信ずる者何ぞ大福無からん』

【通解】
すでに、法華経の大行者を謗る者に大罰があるのである。どうして信ずる者に大福がないことがあろうか。

〈寸鉄〉 2019年4月19日
庶民を守れば永遠に栄える—恩師。正義の学会は192カ国に拡大。平和の礎
仏法は勝負。「本因妙」の祈りと勇敢な行動でわが新記録を!歴史刻む好機
あらゆる障害は奮励努力により打破される—偉人青年よ全ての壁を越えよ
自転車事故に注意。忙しい時こそ一重深く。携帯等のながら運転は厳禁だ
再生可能エネの導入等でCO2排出が1・2%減。社会全体で更なる対策を

☆知性の架け橋 海外学術講演45年 ロシア・モスクワ大学(中)
1975年5月27日
人間を結ぶ文化交流で「精神のシルクロード」を

池田先生が米カリフォルニア大学ロサンゼルス校で行った初の海外学術講演から今月で45年。ここでは先生の32回の講演の中から、代表的なものの概要や反響等を紹介する。
◇
池田先生が2度目の学術講演を行ったのは、ロシア(当時、ソ連)のモスクワ大学だった。1975年5月、第2次訪ソの折である。
1755年に創立された同国最高峰の学府。その歩みは、「ロシア人のアイデンティティの歴史」(トローピン元副総長)というほど、広範な影響を与えてきたという。
「東西文化交流の新しい道」と題した講演で先生は、ロシアに脈打つ豊かな精神文化に光を当てた。ゴーリキーやトルストイら文豪に通底するのが、「人間」の追究にあったと指摘。あらゆる人々を文化の交流で結ぶ「精神のシルクロード」が、今ほど要請されている時はないと述べた(要旨を別掲)。
"社会主義国の大学で、精神性を強調した講演が受け入れられるか"——関係者を包んだ緊張感を破るように、聴衆から大拍手が鳴り響いた。
先生が前年9月に同国を初訪問した際、内外から"なぜ宗教否定の国に行くのか"と批判が起こった。ソ連にとっても日本は「実に遠い国」(同副総長)だった。しかし先生は"そこに人間がいるかぎり、私は行く"との信念で、民衆や学生の中に飛び込み、真心を尽くした。わずか8カ月後、再びソ連へ。
講演に先立ち、モスクワ大学側からの強い要請を受け、「名誉博士号」を受章。これが先生にとって最初の名誉学術称号となった。
74年、75年の訪問以来、池田先生が自らリーダーシップをとり、青年部代表の訪ソ、民音によるソ連の民族舞踊の日本公演、同大学と創価大学の留学生交流等と幾重にも文化と教育の橋が築かれ、心の扉が開かれていく。
同講演は、大学にも厳しい制約があった社会主義の時代にあって"国家の頭脳であるモスクワ大学に「考える種」をまくことに成功した"(評論家の佐藤優氏)とも評される。
池田先生が同大学で2度目の講演を行ったのは、第6次訪問の94年5月のことだった(〈下〉に続く)。

◇講演から
人間歓喜の高鳴る調べが、あたかも人々の胸中に張られた絃に波動し、共鳴音を奏でるように、文化は人間本来の営みとして、あらゆる隔たりを超えて、誰人の心をもとらえるのであります。
この人間と人間との共鳴にこそ、文化交流の原点があると、私は考えるのであります。したがって、人間性の共鳴を基調とする文化の性格というものは調和であり、まさに、武力とは対極点に立つものであります。(中略)
東西文化交流を求める声が世界の潮流になって来ていることは、疑いない事実であります。
民族、体制、イデオロギーの壁を超えて、文化の全領域にわたる民衆という底流からの交わり、つまり人間と人間との心をつなぐ「精神のシルクロード」が、今ほど要請されている時代はないと、私は訴えたいのであります。

2019年4月18日木曜日

2019.04.18 わが友に贈る

勝負を決するのは
最後の最後まで走り抜く
種年と粘り強さだ!
さあ 栄光のゴールへ
自分らしく 悔いなく!

種種御振舞御書 P916
『依智にして二十余日其の間鎌倉に或は火をつくる事七八度或は人をころす事ひまなし、讒言の者共の云く日蓮が弟子共の火をつくるなりと』

【通解】
依智に滞在すること二十余日、その間、鎌倉で、あるいは放火が七・八度あり、あるいは殺人が絶えなかった。讒言の者どもが「日蓮の弟子どもが火をつけたのである」と。

〈寸鉄〉 2019年4月18日
勇気の一人がいれば大事を成就—牧口先生。それは「私」と!主体者の心で
東京の中央・目黒・文京よ勇敢に攻め勝て!スピードと団結で乱戦突破を
大学会の日。各界に希望送る仏法即社会の世雄。若き日の誓い果たしゆけ
人のために生きることは疑いのない幸福—文豪。立正安国の大道を今日も
SNSの儲け話に注意。宣伝するだけ、調査に答えるだけは嘘だ。冷静に

☆負けじ魂ここにあり わが生命の学園生 第18回 関西校 1994〜96年度
闇を破って煌々と輝く金星に!
「自分はやりきった」という挑戦の先に勝利の人生がある。

「気取らないでやりましょう。ワイワイと楽しく!」
1994年10月25日、関西創価学園で行われた第5回「友好交歓会」。創立者・池田先生の呼び掛けに、場内は和やかな雰囲気に包まれた。
オープニングを飾ったのは、小学校のアンジェリック・ブラスバンドの「新世界より」(ドボルザーク作曲)。続く中学・高校の吹奏楽部は、シベリウス作曲の「フィンランディア」を力強く響かせた。
その後、中学・高校の女子生徒、男子生徒、小学生がそれぞれ愛唱歌を熱唱した。すると、海外の来賓たちが、飛び入り参加して自国の歌謡曲を次々と披露。学園生たちは、オペラやアフリカの民謡などに心を躍らせ、喝采を送った。
この日、約2年ぶりに関西学園を訪れた池田先生は、インド初代首相のネルー氏と娘との逸話を通してスピーチ。「どんなに離れていても、父と娘の心の扉は、いつも開かれていた。私と学園生の皆さんも、まったく同じである」と強調した。
さらに、氏が獄中から娘に宛てた書簡「人間は、一念を定めさえすれば、天国からの風にも、地獄からの風にも、不動の姿勢で立ち向かえるのです。そして人間は、運命そのものを左右し、転換することができるのです」を紹介。これを「私の生命の娘であり、息子である学園生に贈りたい」と語り掛けた。
当時、小学4年生で、アンジェリック・ブラスバンドの一員として参加したエリアス明日香さん(小学校14期)。この年に入部し、クラリネットを始めたばかりだった。
「先生は曲が終わる前に立ち上がり、惜しみない拍手を送ってくださいました。それが、とてもうれしかったことを覚えています」
高校3年次には、プロの奏者を目指して音大を受験するも、最終面接で涙をのんだ。
しかし、エリアスさんは"日本がだめなら世界へ"とアメリカに渡り、ニューヨーク市立大学クイーンズ・カレッジの音楽学部に進学。同大を首席で卒業し、奨学金を得て名門ジュリアード音楽院へ。現在は、フリーランスのクラリネット奏者として室内楽やオーケストラの演奏活動などを行っている。
「将来は、貧しい子どもたちに、音楽の魅力を伝える仕事がしたい」
学園での原点が、世界で活躍する原動力だ。

世界の指導者が
第14回健康祭を終えた95年10月8日の夜、男子寮生たちの元にうれしい知らせが届く。「池田先生が寮を訪問される!」——それは、男女共学となった82年以来、男子寮生の悲願でもあった。
その2日後、先生は、完成したばかりの新「金星寮」へ。到着するや、真っ先に管理者夫妻の元へ向かい、「寮生は私の宝ですから、くれぐれもよろしくお願いします」とあいさつ。建物内を視察し、寮生たちとの記念の集いに出席した。
席上、先生は金星寮の名前の意義について言及した。
「金星は、夜明け前、暁の東空に高く輝く(『明けの明星』)。また、夕焼けの余韻のなか、真っ先に西の空に光を放つ(『宵の明星』)。天空高く、どの星よりも明るく、闇を破って煌々と輝く——それが『金星』である。そして、これこそが、21世紀の『金星』たる、学園生の使命である」
さらに、若き日に関西に移り住んで学ぶことを希望していた恩師・戸田城聖先生の言葉「我れを支配するものは我れなり……」を紹介。「人生は、結局、『自分はこう生きる』と自分で決めるしかない。人に決めてもらうものではない。自分で目的を決め、挑戦し、『自分はやりきった』と自分で満足していく。そこに、勝利の人生がある」と力説した。
寮の落成に寄せて、先生は次の言葉を揮毫して贈った。「金星寮 この中より 日本の指導者が 世界の指導者が」
以来、24星霜。鍛えの青春を共にした学友たちが、いよいよ各地で輝き光る時を迎えている。

後退するな
96年3月17日に挙行された第21回卒業式。式典には、2日前に香港から関西入りした池田先生が祝福に駆け付けた。
中学生代表で卒業証書を受け取ったのは、乾華子さん(高校24期)。
「私が証書を受け取る様子を、池田先生はじっと見つめてくださいました。その慈愛のまなざしからは、"この先も、ずっと見守っているからね"との思いが感じられてなりませんでした」
乾さんが暮らしていた神戸市は、前年の1月17日に発生した阪神・淡路大震災で甚大な被害に見舞われた。交通網が遮断され、ライフラインは壊滅状態に。
数日後、通学できない乾さんの元に、クラスメートたちから寄せ書きのファクスが届く。さらに学園の教職員らが交通の不便な中、救援物資を担いで会いに来てくれた。その後、鉄道が復旧するまでの期間、教職員宅に友人と下宿させてもらうことに。池田先生からも、たびたび見舞いの伝言や激励が届けられた。
「学園で受けた多くの励ましが、その後の生き方を変えてくれました」
以来、"誰か困っている人がいれば、今度は私が励ます番"と、報恩の人生を歩む乾さん。今も愛する神戸の地で、「他人の不幸のうえに自分の幸福を築くことはしない」との平和の哲学を広げている。
◇ 
同じく、あの日の卒業式を心に刻む小野浩志さん(高校21期)は、大阪・吹田市にある産業廃棄物を処理する会社で、代表取締役を務めている。
創価大学を卒業後、東京の旅行会社に就職。病に倒れた祖父を支えるため、2004年に大阪へ戻り、会社を手伝った。
だが、間もなくして祖父が大腸がんで他界。さらに翌年、専務の叔父が心筋梗塞で急逝してしまう。屋台骨を失い、経営が悪化の一途をたどる中、小野さんは意を決して代表取締役に就任。しかしその直後、リーマン・ショックによる不況の荒波が容赦なく襲い掛かった。
「倒産」の二文字が頭をよぎる。そんな小野さんの心に浮かんだのは、学園の卒業式での先生のスピーチだった。
先生はあの日、父と夫の死別を乗り越えて8人の子を育て上げた香港の著名な画家・方召?氏の生涯を通して訴えた。
「人生は順調な時ばかりではない。また、そうであっては人間ができるはずがない」「これからの皆さんの前途にも、思いがけない悲しみや悩みがあるかもしれない。しかし、その時こそ、絶対に負けてはならない。あきらめてはならない。後退してはならない」
小野さんは、どんな状況にも逃げないと決め、耐えに耐えた。得意先の会社が閉鎖し、廃業寸前にまで追い込まれた時も"全て成長するための試練だ"と自身に言い聞かせ、踏みとどまった。
そんなある日、後継ぎのいなくなった同業者から、仕事を引き継いでほしいとの相談が。別の会社からも新たな仕事を任され、窮地を脱することができた。今では、経営も安定。2013年には産業廃棄物処理業界の模範として「地方優良事業所表彰」が贈られた。
小野さんは振り返る。「どんな苦難にも動じなくなったことが、一番の財産だと思います」
池田先生は、卒業式で訴えた。「苦労につぐ苦労、波瀾万丈の人生を生きぬいてこそ、深みのある本物の人物ができるのである。その『揺るぎなき境涯』にこそ本当の幸福もある」

2019年4月17日水曜日

2019.04.17 わが友に贈る

心を動かすのは心。
策ではない。
根本は真剣な祈りだ。
友のため社会のため
誠心誠意で語り抜こう!

南部六郎殿御書 P1374
『眠れる師子に手を付けざれば瞋らず流にさをを立てざれば浪立たず謗法を呵嘖せざれば留難なし』

【通解】
眠っている師子に、こちらから手を付けなければ瞋ることはない。水の流れにさおを立てなければ、浪は立たない。これと同様に謗法を呵嘖しなければ難を受けることはない。

〈寸鉄〉 2019年4月17日
「苦楽ともに思い合せて」御書。題目の人に行き詰まりなし。強盛の信力を
東京の大田・世田谷よ競り勝て。炎となり大攻勢を!勝利こそ本陣の使命
狛江市・多摩市が勇戦。ここが正念場だ。民衆の底力示し栄光の旗必ず!
8年連続の人口減。故に一人を一騎当千の人に。青年の激励に精魂込めて
詐欺検挙者、10代少年が多く。バイト感覚で参加と。啓発強め絶対に根絶

☆世界に魂を 心に翼を 第14回 沖縄芸能の光彩(中)
◇「私が見たのは"本当の涙"」
「これまで脚光を浴びたことのない沖縄の芸能が、日本中、世界中で喝采に包まれたわけですから。みんな、一回りも二回りも大きくなって、自信にあふれていました」
琉球舞踊家の玉城秀子氏(玉城流の二代目家元)が当時を振り返る。
ちょうど50年前、民音が主体となり、沖縄の舞踊家が流派を超えて一つになった「沖縄歌舞団」。陰りが見えていた芸能を画期的な演出で舞台化し、新たな展開に導いた。
全国公演(1969年)に続き、諸団体の助成を得て行われた海外公演は、30カ国以上で注目を集めている。
イギリスの新聞記者は"これほどの舞台が、まだ世界にあったとは。神が隠していた宝物だ"と絶賛。かつて沖縄で戦ったというアメリカの観客は"あの沖縄に、こんな素晴らしい踊りがあったのか"と声を震わせた。
歌舞団が結成された直後は、伝統を重んじる一部の文化人から批判もあった。従来の優雅な古典舞踊に加え、島々に伝わるエネルギッシュな民俗芸能も取り入れていたからだ。
「秀子先生のような家元が、こんな舞台をしてもいいんですか?」
玉城流の将来を憂う声さえあったが、いざ公演が始まると、そうした批判は影を潜めた。舞台には、かつて目にしたことのない躍動的な沖縄芸能が広がり、舞踊家たちも確かな手応えを感じていた。
玉城氏は言う。「何よりお客さまが喜んでくださった。時代に挑戦しなければ、守るべきものも守れません。古典に立脚した上で、新たな深みをさまざまに見せる。それが"守る"ということではないでしょうか」
前例のない規模の公演は、まさに"初めて尽くし"。その一幕一幕に忘れがたいドラマがあった。
東西冷戦の真っただ中、ソ連(当時)の首都モスクワでの舞台。
国や都市によっては、目の肥えた観衆もおり、公演途中でも遠慮なく退席することがあると聞いていた。
ステージ上から観衆の表情をうかがうが、反応は読み取れない。公演を最後まで見てくれるように——祈る思いで懸命に演技を続けた。
迎えた終演、数千人の観衆が総立ちに。万雷の喝采が沸き起こり、アンコールを求める拍手がやまない。涙を拭う人もいた。
アンコールに応じた後も、再演を望む拍手は続き、上演した作品を一から披露し直すほどの大盛況に。
「よかった!」「公演してよかったね!」。肩を組み合い、団員が固い握手を交わす。歌舞団を結成した当初は、アンコールを求められるなど想像すらしていなかった。
玉城氏は「大きな転換点でした。かつては差別がありましたから」と回想する。アメリカの施政下に置かれてきた沖縄は、戦争の傷痕が残る"辛苦の島"との印象も強かった。
「沖縄では頭に荷物を載せているとか、裸で暮らしていて、ちゃんとした日本語が話せないとか。そう言われるような時代でした。だから、観客の涙も素直に受け止められなくて……。芸を本当に喜んでくださっているのか。それとも、沖縄を哀れむ同情の涙なのか。でも、終演の瞬間に分かりました。私が見たのは本当の感動の涙でした。その時から、自分に誇りを持てたんです」
◇ ◆ ◇
その会見は、新たな時代の幕開けを予感させた。
本土復帰から約2年となる74年4月、那覇に民音のサービスセンターが開設。記者会見には、沖縄の舞踊家が流派を超えて一堂に会した。
芸術文化の交流を通し、伝統芸能のさらなる発展に尽くす——。会見では、民音の展望と、創立者である池田先生の理念が示されている。
この2月、池田先生は八重山諸島を初訪問。石垣島のヤドピケ浜では、先生を迎え、友が喜びに舞い踊っていた。先生もズボンの裾をたくし上げ、波打ち際へ。大粒の汗を光らせながら「安里屋ユンタ」を舞うと、周囲も次々と後に続いた。
同センターの初代所長を務めた大西国司さんは追想する。
「うれしい時も、悲しい時も、歌と踊りで乗り越えてきた沖縄です。池田先生と共に舞う、笑顔また笑顔。あの光景は忘れられません」
これが7度目の沖縄訪問だった。先生は60年の初訪問以来、一貫して「万国の津梁(懸け橋)」たる沖縄の使命を訴えてきた。"「文」をもって「化」する力"こそ沖縄の心であり、戦略、軍略的見地から「太平洋の要石」と呼ばれた沖縄を、世界に誇る「海のシルクロードの要石」に転換したいと繰り返し述べた。
池田先生は大西さんを見かけるたびに、親しみを込めて「沖縄!」と声を掛けている。「"大事な沖縄の人たちに、心から楽しんでもらえる取り組みを。そのための民音だよ"と、期待してくださいました」
サービスセンターの開設記念コンサート(74年5月)では、「読売日本交響楽団」を那覇に招いた。日本を代表するオーケストラの来沖である。沖縄中が沸き返った。
この日、読響の団員は、楽器を胸元に掲げるように入場している。
会場の那覇市民会館には、離島の小・中学生をはじめとする、250人の児童・生徒が招待されていた。
石垣島からは50人の生徒が参加していたが、引率の教員から、「まだ本当の楽器を見たことがない生徒もいるので、楽器をよく見せてほしい」との要望があり、そのリクエストに応えての入場だった。
曲目はドボルザークの交響曲第9番「新世界より」など。指揮はペーター・シュバルツ氏である。
南大東島から参加した女子中学生は、「この感動は、言葉では表現できません。本当の音楽をありがとうございます」と喜びを語っている。
バイオリン奏者を務めていた宮下要氏。その後、首席奏者として活躍するが、数々の演奏会の中でも、この時の公演は今も鮮明だ。「子どもたちの笑顔が、ひときわ印象的でした。団員も沖縄で演奏できる喜びにあふれていました」
県外から多彩な音楽芸術を紹介する一方で、民音は「おきなわ藍と紅と」(76年)、「南の七つ星」(80年)等の沖縄歌舞団の公演に尽力。離島などでの学校コンサートは70回を数える。
◇ ◆ ◇
84年7月、海上に広がる文化交流を描き出す民音公演「マリンロード音楽の旅」がスタートした。
第1回の舞台は、沖縄とタイ。
かの大航海時代に先駆け、琉球の民は、小さな船で黒潮に乗ってシャム湾へ。チャオプラヤー川を上り、アユタヤ王朝と交易を続けてきた。沖縄の泡盛はタイ米を原料とし、当時の名残が今に伝わっている。
全国16会場で開かれた公演には、両国を代表する舞踊家が名を連ね、タイからはシリントーン王女が主宰する「タイ国立民族舞踊団」が来日。200年の伝統と格式を誇る王立劇場のトップスターたちである。
一方、沖縄からは玉城秀子氏、佐藤太圭子氏ら、世界を舞台に活躍する舞踊家が出演。音楽を手掛けたのは、後に沖縄の伝統芸能で初となる人間国宝(琉球古典音楽)の認定を受けた、照喜名朝一氏である。
敗戦後、山原の収容所で手にした三線。いかなる境遇の人をも鼓舞する音楽の力を信じ、歌を紡いだ。
照喜名氏が初めて民音のステージに立ったのは、50年以上前。以来、民音を見つめて半世紀が過ぎた。
「大きな目覚めです。古典界にとっても、民謡界にとっても」
そう形容し、氏は言葉を継いだ。
「世界の民音だからこそ、沖縄だけでは出来ないことが可能になる。国と国との交流は大きな財産です。民音の取り組みを機に、沖縄では新たな作品が生まれていきました」

◇ ◆ ◇
公演の開幕を飾ったのは琉球舞踊の「四つ竹」。真紅の花笠が照明に浮かび、場内にどよめきが上がる。
タイ舞踊のこまやかな指先、しなやかな肢体の表現は、まさに琉球舞踊のコネリ(指先の技)や、ナヨリ(肢体のくねり技)そのもの。見え隠れする共通性を解き明かすような展開に、観客は胸を高鳴らせた。
最高潮のフィナーレは、全出演者によるカチャーシーの共演。地元・那覇での公演は、感極まった聴衆も飛び込んでの乱舞となった。
「精神のシルクロードは、海の道にも通じていましたね」。関係者が感嘆の声を漏らす。
かつて池田先生はモスクワ大学での記念講演で、"世界を「音楽」の光で照らした時、「精神のシルクロード」ともいうべき、文化交流の生命線が浮かび上がるに違いない"と述べた。民音の「シルクロード音楽の旅」では、陸路を舞台に文化交流を浮き彫りにしたが、その精神の道は、海上にも確かに広がっていた。
タイから始まったマリンロードの公演は、98年まで8回にわたって催され、マレーシア、インドネシア、フィリピン、ミャンマー、ブルネイ、ベトナム、スリランカの芸術家を日本に招いた。初来日となる招聘も多く、相互交流の新たな礎となってきた。
回を重ねるたび、話題になったのが、マリンロードにおける沖縄の存在感。「万国津梁」の名の通り、まさに南の海の"主役"であった。
あの沖縄歌舞団の公演から20年余り——。いつしか、沖縄の"新たな舞台"を望む声が高まり、それはやがて、沖縄で初となる一大ミュージカルの誕生につながっていく。
舞台は、交易華やかな16世紀前後の琉球。島を飛び出した若者たちが、東南アジアの国々を旅し、さまざまな人や音楽と出会いを結ぶ——。
マリンロードの国々も加わり、沖縄芸能界が再び一つとなる。

2019年4月16日火曜日

2019.04.16 わが友に贈る

「いまだこりず候」
いかなる苦難にも
決然と前を向くのだ!
毀誉褒貶に揺るがぬ
信仰の勇者・賢者たれ!

食物三徳御書 P1598
『譬へば人のために火をともせば我がまへあきらかなるがごとし』

【通解】
例えば、人のために灯をともしてあげれば、自分の前も明るくなるようなものである。

〈寸鉄〉 2019年4月16日
御書「大将軍をくしぬれば歩兵臆病なり」。勝負は長の一念。情熱の指揮を
香川女性の日。志の国に対話の花爛漫。婦女一体の団結で幸福楽土を建設
雄弁は言葉だけでなく声や顔にも表れる—文人。生命力満々に正義を語れ
小まめな運動は健康寿命延ばす秘訣と。友の為の一歩一歩は心身共に充実
大麻摘発者、半数が20代以下。未来を考えよ。一度の好奇心で一生を壊すな

☆御書と歩む� 第64回 題目の利剣で魔を打ち破れ
『日蓮智者に非ずと雖も第六天の魔王・我が身に入らんとするに兼ての用心深ければ身によせつけず』(最蓮房御返事、1340ページ)

◇通解
日蓮は智者ではないけれども、第六天の魔王が、私の身に入ろうとしても、かねてからの用心が深いので身に寄せ付けない。

◇同志への指針
人々の生命力を奪い、不幸に陥れる魔の働きは、あらゆる姿をとって心の隙に忍び寄る。御本仏が御自ら、断じて寄せ付けぬ深き用心を示してくださった。
こちらが臆すれば、魔は増長して付け入る。魔と見破り、"さあ来い!"と題目の利剣で迎え撃てば退散するのだ。競い起こる障魔を痛快に打ち破り、月月・日日に強く弛まず境涯を開きゆこう!

☆御書カフェ 華陽姉妹の語らい 2019年4月13日
〈教えて〉 今いる場所で、信頼を築いていきたいです。

〈御文〉 主の御ためにも仏法の御ためにも世間の心ねもよかりけり・よかりけりと鎌倉の人人の口にうたはれ給へ
(崇峻天皇御書、御書1173ページ)

〈通解〉 「主君に仕えることにおいても、仏法に尽くすことにおいても、世間における心掛けにおいても、大変に素晴らしい」と鎌倉の人々の口にうたわれていきなさい。

青年が勝ち取るべき第一のものは、信用だ。
青春時代は、未完成が当然である。
見栄を張ったり、取り繕ったりする必要はない。
自分らしく眼前の仕事に全力で取り組む。約束をしたことは誠実に守る。失敗しても、そこから学び、また挑戦する。地道であっても、忍耐強く創意工夫を重ねていくことだ。そうした姿に、信用は必ず築かれる。(『勝利の人間学』)
◇ ◆ ◇
自分らしく、信心を根本に、大誠実に徹していけば、全てを生かして、必ずいい方向に転じていくことができる。仕事で勝ち、信頼を広げることができる。これが、妙法です。(中略)
どこまでも「誠実一路」で行こう! 朗らかに堂々と勝とう! 仕事で。人生で。
みんな、私の弟子なのだから。最後は必ず勝てる!(2012・5・24付、「若き君へ 新時代の主役に語る」)

2019年4月15日月曜日

2019.04.15 わが友に贈る

新聞休刊日

上野殿御返事 P1510
『今始めて申すにあらず二十余年が間音もをしまずよばはり候いぬるなり、あなかしこあなかしこ、この御文は大事の事どもかきて候、よくよく人によませてきこしめせ、人もそしり候へものともおもはぬ法師等なり、恐恐謹言』

【通解】
このことは今初めていうのではない。立宗以来二十余年の間、音も惜しまず叫んできているのである。あなかしこ・あなかしこ、この御文には大事のことを書き記してある。よくよく人に読ませてお聞かせなさい。人が謗るであろうが、我等日蓮一門は、それらをものとも思わぬ法師等である。恐恐謹言。



☆御書と歩む� 第63回 「法華経の行者」の不退の祈り
『大地はささばはづるるとも虚空をつなぐ者はありとも・潮のみちひぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず』(祈祷抄、1351ページ)

◇通解
大地をさして外れることがあっても、大空をつなぐ者があっても、潮の満ち干がなくなっても、日が西から出ることがあっても、法華経の行者の祈りのかなわないことは絶対にない。

◇同志への指針
広宣流布のために戦う「法華経の行者」の祈りには、広大無辺の力がある。これが御本仏のお約束である。
祈り抜き、祈り切る。そして行動を貫き通す時、無限の智慧が湧く。十界のいかなる衆生も諸天善神となって、仏の陣列を護りに護る。
戦う題目に勝るものはない。不退の信力・行力こそ、不可能を可能にしゆく仏力・法力の原動力なのだ。

☆池田華陽会御書30編に学ぶ 如説修行抄(上) 2019年4月13日
平和な社会を建設する挑戦者に!
"負けない心"で広布に励む

今月は、「如説修行抄」の前半を学びます。
池田先生は、本抄の講義の中でつづっています。
「どこまでも『師匠の仰せのまま』に、苦難に臆さず理想のために戦う仏弟子の生き方を教えられたのが本抄です。『師弟不二の書』ともいうべきこの重書を、ただただ末法万年の広布のために、未来永遠の創価の勝利のために、魂に刻みつけて拝してまいりたい」
創価の誉れの「如説修行」の信心で、広布拡大の新たな歴史を勝ち開きましょう。(拝読範囲は501ページ冒頭〜502ページ9行目です)

◇本抄について
本抄は、文永10年(1273年)5月、日蓮大聖人が流罪地の佐渡・一谷で著され、門下一同に与えられた書です。
題号の「如説修行」とは、「仏の説の如く修行する」との意です。仏とは釈尊のことですが、大聖人門下にとっては、末法の御本仏・日蓮大聖人のことと拝されます。
佐渡流罪という命に及ぶ大難の渦中で大聖人は、「開目抄」「観心本尊抄」を認められ、末法万年に民衆を救いゆく仏法の骨格を確立されます。
そして、両書の後に書かれた本抄では、三類の強敵が競うのは、真実の「如説修行の行者」の証しであり、門下に対し、大聖人と同じ不退の心で、折伏の実践を貫くよう、渾身の激励をされています。

◇御文
『法華折伏・破権門理の金言なれば終に権教権門の輩を一人もなく・せめをとして法王の家人となし天下万民・諸乗一仏乗と成って妙法独り繁昌せん時、万民一同に南無妙法蓮華経と唱え奉らば吹く風枝をならさず雨壤を砕かず、代は羲農の世となりて今生には不祥の災難を払ひ長生の術を得、人法共に不老不死の理顕れん時を各各御覧ぜよ現世安穏の証文疑い有る可からざる者なり』(御書502ページ5行目〜9行目)

◇通解
「法華経の折伏は、権教の理を打ち破る(法華折伏・破権門理)」の金言であるので、ついに権教を信ずる輩を一人も残さず攻め落として仏の門下とし、国中のすべての人々が、二乗や菩薩などをめざす低い教えを捨てて最高の成仏の教えを信じ、妙法だけが独り盛んになった時、すべての人々が同じく、南無妙法蓮華経と唱えるならば、吹く風は枝を鳴らさず、雨は優しく降って土を砕かず、時代は理想とうたわれた伏羲・神農のような世となって、今世では不幸な災難を払い長寿の方法を得て、人も法も共に不老不死の姿が現実となる時を、皆それぞれ御覧なさい。「現世は安穏」という経文に何の疑いもないのである。

◇解説
掲げた御文は、"法華経薬草喩品に「現世安穏」と説かれているのに、「如説修行の行者」はなぜ難に遭うのか"との疑いに答えた箇所です。
この前の部分で大聖人は、仏の正しい教えが見失われ、争いが絶えない末法で、権教(仮の教え)と実教(真実の教え)を明確に立て分けていく、「如説修行の行者」の御闘争を示されます。
さらに、その御確信のままに「かしこへ・おしかけ・ここへ・おしよせ」(御書502ページ)と、三類の強敵の出現を御覚悟の上で他宗の誤りを指摘し、妙法を弘通したと述べられます。
掲げた御文の冒頭では、大聖人の御確信の根拠として、天台大師の『法華玄義』にある「法華折伏・破権門理」を引用されています。
すなわち、権教に執着する人々は、"法華経で仏自身が権門の理を破折している"ので、結局は仏意に随わざるをえません。万人が仏意に正しく随うことを「法王の家人」となると言われ、全ての教えが法華経のもとに統合されることを「諸乗一仏乗」と言われています。
そして、人々が妙法を受け入れ、妙法を根本とする社会が築かれる時に、「現世安穏」の世が実現すると仰せです。
「現世安穏」の象徴として、理想的な天候に恵まれることと、中国の伝説上の名君が治めた太平の世が挙げられます。
また、「人法共に不老不死」といって、妙法の働きが衰えることなく一切を包み、老いや死の苦しみに左右されない境涯が確立されるとも仰せです。
現代にあって私たちが、「仏法の人間主義」を掲げ、粘り強い対話で共感の輪を広げていることは、「現世安穏」の社会を築く挑戦です。
また、私たち一人一人に当てはめれば、「現世安穏」とは、何の悩みも葛藤もないということではありません。
いかなる困難があったとしても、師弟不二の心で友の幸福を祈り、誠実に正義を語り抜く——私たちが、"何があっても負けない心"で、日々の学会活動に励む、この境涯そのものが「現世安穏」の姿にほかならないのです。
師と共に栄光の「5・3」へ——朗らかに友情の語らいを広げ、前進していきましょう。

★池田先生の講義から
「現世安穏」といっても、決して彼方の理想社会にのみあるものではありません。法華経の教えの通りに、「自他共の幸福」と「平和安穏の国土」の実現を目指して戦う如説修行の行者の境涯そのものが、実は既に「現世安穏」なのです。(中略)
戦えば、自身の仏界が躍動します。最高の歓喜が満ちあふれてきます。
日蓮仏法の不惜身命には悲壮感はありません。溌剌たる挑戦には、常に歓喜の生命が漲るものです。(中略)
広宣流布への挑戦は苦闘の連続です。それは同時に、無上の歓喜が伴う仏界涌現の実践にほかならないのです。
戦う生命の中に成仏の喜悦の大境涯が躍動する。「大難即成仏」「大難即悟達」の境涯にまさる「現世安穏」はありません。
大聖人の御指導のままに、御書の仰せの通りに、広宣流布に戦う魂を赫々と燃え上がらせていくなかにこそ、幸福と希望の大前進があるのです。(『勝利の経典「御書」に学ぶ』第5巻)

◇研さんのために
○…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第5巻(聖教新聞社)
○…『御書の世界』第2巻(同)

2019年4月14日日曜日

2019.04.14 わが友に贈る

◇今週のことば
我ら民衆の連帯こそ
揺るがぬ日本の柱なり。
誇り高く信念の対話を!
朗らかに友情の深化を!
勝利の物語を未来まで。
2019年4月14日

中興入道消息 P1332
『去ぬる建長五年四月二十八日より今弘安二年十一月まで二十七年が間退転なく申しつより候事月のみつるがごとくしほのさすがごとくはじめは日蓮只一人唱へ候いしほどに、見る人値う人聞く人耳をふさぎ眼をいからかし口をひそめ手をにぎりはをかみ父母兄弟師匠ぜんうもかたきとなる』

【通解】
去る建長5年の4月28日より、今の弘安2年11月に至る27年の間というもの、退転なく、強盛に南無妙法蓮華経の弘通に努めてきたことは、月が満ち、潮が満ちていくごとくであった。
はじめは日蓮ただ一人、題目を唱えていたが、見る人、会う人、聞く人、いずれも耳をふさぎ、眼を怒らせ、□をゆがめ、手を握りしめ、歯がみをして、父母、兄弟、師匠、同僚までも、敵対した。

〈寸鉄〉 2019年4月14日
「かしこへ・おしかけ・ここへ・おしよせ」御書。勇猛果敢に最激戦の地へ
東京・目黒区、文京区よ師子となって断固勝て!一気呵成の猛攻で凱旋を
私たちはスピードの時代を生きる—文豪。幹部は変化見落とさず手を打て
熊本地震3年。心のケア必要な青少年は1800人と。寄り添う心を常に
統一地方選、市区議選が告示。さあ後半戦。公明よ大衆の期待担い走り抜け

☆御書と歩む� 第62回 「強盛な信心」で勝利の春を
『敵は・ねらふらめども法華経の御信心強盛なれば大難も・かねて消え候か、是につけても能く能く御信心あるべし』(四条金吾殿御返事、1186ページ)

◇通解
(あなた〈四条金吾〉も、石虎将軍の故事と同様である)敵は狙っているであろうが、法華経への信心が強盛であるので、大難も、事が起きる前に消えたのでありましょうか。これにつけても、よくよく強盛な信心を起こしていきなさい。

◇同志への指針
恩師は"母の仇討ちの一念で放った矢が岩をも貫いた"という石虎将軍の故事を、よく語られた。そして、この御聖訓を拝し、いかなる強敵も恐れるな! 正義の人生は勝利への執念を貫け! と師子吼されたのである。
恩師が教えてくださった御本仏直伝の「強盛なる信心」で、一切を乗り越え、創価桜の道を爛漫と勝ち開こうではないか!

☆御聖訓に学ぶ勝利の要諦 テーマ「異体同心」 2019年4月6日
◇学会と共に、同志と共に「人間革命」の自分史を
「団結は力である。団結は正しい。団結は美しい。団結は楽しい」(「随筆 新・人間革命」〈勝利の鉄則〉、『池田大作全集』第132巻所収)——創価の世界は、互いに尊敬し、励まし、助け合っていく、麗しい団結の世界です。使命深き仏の世界です。だからこそ異体同心で、一切の障魔を打ち破り、勝利を開いてくることができたのです。池田先生はつづっています。「学会と共に! 同志と共に! 正義の師弟が共々に! その心があればこそ、偉大なる人間革命の山を登ることができるのだ」(同)。「異体同心」の団結で、人生と広布の歴史を勝ち飾ろう。

団結が勝敗を決する
●御文
日蓮が一類は異体同心なれば人人すくなく候へども大事を成じて・一定法華経ひろまりなんと覚へ候、悪は多けれども一善にかつ事なし(異体同心事、1463ページ)

●通解
『日蓮の一門は異体同心なので、人数は少なくても大事を成し遂げて、必ず法華経は広まるだろうと思うのである。悪は多くても一善に勝つことはない。』

仏法は勝負です。勝敗を決するのは、人数の多寡でもなければ、置かれている状況の優劣でもありません。「異体同心」の団結こそ、絶対勝利の要諦です。
本抄は、「熱原の法難」の渦中にある、駿河地方(静岡県中央部)の門下に与えられたとされています。
当時、悪侶と悪しき権力が結託し、大聖人門下に迫害を加えていました。
悪の輩が、利害だけで徒党を組み、法華経の行者を迫害する構図は、いつの時代も同じです。また、正義をおとしめる手段は、ウソやデマ、そして命に及ぶ脅しです。
それらは、同志の絆を分断し、信心を破壊しようとします。だからこそ、支え、励まし合い、信心の団結を強固にしていくことが大事なのです。
妙法流布の途上で、難に遭うのは必然です。否、広宣流布が進んでいるからこそ、難が競い起こるのです。
その時、異体同心の団結を強くし、折伏精神をみなぎらせて拡大に打って出れば、必ず大事を成し遂げることができるのです。
大聖人は、「悪は多くても一善に勝つことはない」と、御確信を述べられています。
これは、仏法の道理であるだけでなく、弟子が"断じて勝つ!"と皆で心を合わせ、団結する大切さを教えられています。
恐れなく、強気で、善の連帯を広げれば、必ず悪を打ち破っていけるのです。 

◇広布への祈りを合わせる
●御文
総じて日蓮が弟子檀那等・自他彼此の心なく水魚の思を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり(生死一大事血脈抄、1337ページ)

●通解
総じて日蓮の弟子檀那らが、自分と他人、彼と此という分け隔ての心をもたず、水と魚のように親密な思いを抱き、異体同心で南無妙法蓮華経と唱えていくことを生死一大事の血脈というのである。

広宣流布を目指し、互いに同志を尊敬し、祈りを合わせることで、信心の血脈を受け継ぐことができるのです。
本抄は、文永9年(1272年)2月、佐渡の地で認められ、最蓮房に与えられたとされます。内容から、「生死一大事の血脈」という仏法の極理についての質問に対する、御返事とされています。
「生死一大事血脈」とは、万人成仏の法のことです。その法を受け継ぐ信心の姿勢の一つとして「異体同心」が挙げられています。
大聖人は、分け隔ての心をもたず、親密な思いを抱く姿を「異体同心」と仰せです。
組織といっても、人間の集まりです。意見が合わないことも、相手の欠点が目につくこともあるでしょう。そうした時、"団結しよう""相手を尊敬できるようになろう"と、まず自身が人間革命していくことです。
団結するとは、広宣流布という崇高な目的に心を定め、自他共の幸福を願うことのできる自分になるということです。また、相手を尊敬することは、相手の生命に仏性を見いだすことであり、それは取りも直さず、自身の仏性に目覚めることでもあります。
一人一人が広布誓願の祈りを合わせ、小さな自身の殻を破り、大きく相手を包み込める自分になることで、異体同心の団結は生まれるのです。
異体同心を目指す前進の中に、広宣流布の前進も、自身の人間革命もあるのです。

◇コラム 自らが「一人立つ」
団結というと、何か自分の気持ちを抑え込んだりして、皆に合わせていくイメージを抱く人もいるでしょう。しかし、信心の団結は、個性をつぶし、横並びを強制するような"同調圧力"などとは無縁です。
「異体同心」の「異体」には、一人一人を大切にする人間主義の思想が脈打っています。一人ももれなく、かけがえのない広布の人材だからです。
それと対極にあるのが「同体異心」です。表面的には、周りと合わせているようでも、心がバラバラであれば、一人一人の力も、全体としての力も発揮することなどできません。
「異体同心」を実現する要が「同心」です。目的を同じにすることです。その究極が信心であり、広布の大願です。
誓願を同じくする一人一人が、"誰かがやるだろう"といった油断を排し、今いる場所で使命を果たすことで、不可能を可能にする「異体同心」の団結の力が発揮されるのです。
一人一人が、自ら一人立ち、最高の力を出し切るからこそ、その力は単なる足し算ではなく、かけ算となって拡大し"まさか"とさえ思うような大事を成し遂げることができるのです。

2019年4月13日土曜日

2019.04.13 わが友に贈る

「心の固きに仮りて
神の守り則ち強し」
広布に生き抜く人を
諸天は厳然と護る。
福徳の道を堂々と!

御義口伝巻下 P775
『八万四千とは我等が八万四千の塵労なり南無妙法蓮華経と唱え奉る処にて八万四千の法門と顕るるなり』

【通解】
八万四千とは、われらの凡夫の八万四千の塵労であり、南無妙法蓮華経と唱えたとき、その八万四千の塵労は則八万四千の法門とあらわれる。法華経の文字の数は、開経の無量義経、結経の観音賢菩薩行法経も合わせ、八万四千字である。

〈寸鉄〉 2019年4月13日
青年部がしっかりしていれば学会は永久に発展—恩師。使命に胸張り邁進
東京・中央区の友が激戦。執念の攻勢で突破口開け感激の同志の勝ち鬨を!
徳島女性の日。幸の春風を送る希望の連帯。婦女一体の対話で地域を変革
改元に便乗の詐欺メール横行。大手携帯通信会社装い。慌てず冷静に撃退
公明には声を聴く優しさと実現する力強さが—識者。総力で期待に応えよ

☆創価小学校入学式への池田先生のメッセージ 2019年4月9日
わが宝の学園生よ、英知桜・友情桜・親孝行桜を爛漫と
心の宝箱を開けるカギ
�「勇気」のカギでチャレンジ!
�「友情」のカギで楽しく仲良く
�「読書」のカギで喜びと知恵を

喜びいっぱいの入学、おめでとう! わが創価小学校へ、ようこそ!
きょうから皆さんは、この「希望の城」の王子・王女です。
皆さんの出発を、花も鳥も、風も空も、そして太陽も、きっと喜んでくれていることでしょう。
大切なお子さまを送り出してくださったご家族の方々に、心からお祝いと感謝を申し上げます。
この希望の城で、皆さんは、すばらしい宝物をたくさん発見していってください。
じつは、皆さんは、最高の宝箱をもっています。それは、何だと思いますか?
自分の胸に手を当ててみてください。そう、「心の宝箱」です。
きょうは、この「心の宝箱」を大きく開く「三つのカギ」を、皆さん一人ひとりにわたします。
一つめは「勇気」というカギです。
「よし、やるぞ!」「負けないぞ!」という強い気持ちです。朝、早く起きるのも勇気。勉強をがんばるのも勇気です。くじけそうになっても、ねばり強くチャレンジしていけば、皆さんの無限の力がグングン出ていきます。
二つめは「友情」というカギです。
朝は、「おはよう!」と明るくあいさつして、楽しく仲良く出発しよう! また、こまっている友だちがいたら、「どうしたの?」「だいじょうぶ?」と温かく声をかけられる人になってください。宝の友だちといっしょなら、大きな坂も必ずこえていけます。
三つめは「読書」というカギです。
本をひらけば、世界中、宇宙までも旅をすることができます。偉大な人や、美しい物語に出あうこともできます。毎日、少しずつでいいから、良い本を読んで、ワクワクする冒険の旅へ出かけましょう。新しいことを知れば、大きな喜びと知恵があふれてきます。
皆さんには、どんな時も、助け守ってくれる創価小学校の先生方がついています。
さあ、私といっしょに、希望の大空を見つめて、栄光の山を登ろう!
大好きな皆さんの健康と成長を祈っています。みんな、元気で!(大拍手)

2019年4月12日金曜日

2019.04.12 わが友に贈る

正義と真実の声が
ウソとデマを打破する。
沈黙は悪への加担だ。
立正安国の言論戦で
社会に希望と活力を!

四条金吾殿御返事 P1136
『火にたきぎを加える時はさかんなり、大風吹けば求羅は倍増するなり、松は万年のよはひを持つ故に枝をまげらる、法華経の行者は火と求羅との如し薪と風とは大難の如し、法華経の行者は久遠長寿の如来なり、修行の枝をきられまげられん事疑なかるべし、此れより後は此経難持の四字を暫時もわすれず案じ給うべし』

【通解】
火に薪を加える時には火は盛んに燃えます。大風が吹けば求羅という虫は大きくなります。松は万年の長寿を持つゆえに枝を曲げられるのです。
法華経の行者は火と求羅のようなものであり、薪と風は大難のようなものです。法華経の行者は久遠長寿の如来です。
修行の枝を切られ、曲げられることは疑いないのです。これより以後は「此経難持」の四字をしばらくも忘れず思索していきなさい。

〈寸鉄〉 2019年4月12日
祈りとは"あきらめない勇気"。執念で自身の壁破れ。弛まぬ唱題が根本
東京・狛江、多摩の勇者よ本領発揮の時だ!団結固く未来までの勝利の劇を
「すこしも・をそるる心なかれ」御書。攻めの対話で活路を!青年が先駆せよ
新しい事を学び続ける人は若い—実業家。生涯求道の多宝の友が輝く時代
気温の変化による「寒暖差疲労」に注意。運動・食事・休養など聡明に工夫

☆創価学園入学式への池田先生のメッセージ 2019年4月9日
努力を貫く人が最後に勝つ
勇敢に学び創造と革新の力で世界に貢献を
ハーバード大学の研究「幸せは人から人へ伝わる」 民衆に幸福広げる人格を磨きゆけ!

一、我らの「負けじ魂ここにあり」の歌のごとく、今日は、桜の舞いゆく春の陽に包まれた入学式になりました。東京校は第52期生の皆さん、関西校は第47期生の皆さん、本当におめでとう!
私の創立した創価教育の学びの門に、よくぞ集ってくれました。送り出してくださったご家族の方々、誠にありがとうございます!
一、先日、私は、日本を代表する国立劇場の前で、誇りと感謝を込めて、一本の満開の桜の写真を撮りました。それは、この劇場で、わが東西の学園の箏曲部が、優秀校として毎年のように行ってきた演奏を、20年来、ずっと見守ってきてくれた桜なのです。
いついかなる時も、いずこにあっても、私の心から学園生のことが離れることはありません。学園生は、私の命そのものだからです。
私が撮影した、この桜は、「ソメイヨシノ」を受け継ぐ「ジンダイアケボノ」という新しい品種であり、丈夫で病気に負けず、これからの新しい世代の桜として、大きな期待が寄せられています。
今日、入学された皆さんは、まさしく新時代の誉れの「学園桜」です。大切な大切な一人一人と、固い心の握手を交わしつつ、三つのエールを贈ります。

◇「偉大な価値とは富ではなく知恵」
一、第一に、「勇敢に! 学び伸びゆく英知桜たれ!」と申し上げたい。
創価学園の校訓に、私は「進取の気性に富み、栄光ある日本の指導者、世界の指導者に育て」と掲げました。そして創立者である私自身が、先頭に立って、学園生の道を開きゆかんと、世界の大学や学術機関でも講演を行ってきました。45年前の4月、アメリカのカリフォルニア大学ロサンゼルス校を第1回として32回を数えます。
20世紀最高峰の大歴史学者トインビー博士をはじめ、世界の知性とも人類の平和への対話を貫いてきました。発刊した対談集は約80点となります。
「人間革命」と「地球革命」をテーマに語り合い、一緒に対談集を出版したのは、世界的な研究機関・ローマクラブの会長を務められたホフライトネル博士です。スペインのリーダーでもあり、六つの言語を駆使する大国際人です。 
この博士が、お父さんから学んだ大事な指針を語ってくれたことがあります。
それは「偉大な価値とは、物質的な富ではなく、知恵の獲得である」ということです。学ぶこと自体が何よりの宝であるとの教えを胸に、博士は勇敢に大胆に学び抜き、「創造の力」「革新の力」で世界に貢献してきました。とともに、人々に尽くされた尊きご両親に、真心あふれる親孝行を果たされたのです。
わが学園には、世界に開かれた最高の教育環境が整い、創価教育の精神を体現して全力で皆さんを育まれる先生方、職員の方々がそろっております。
どうか、この学びの園で、思い切り学び、限りない英知の大桜と伸びていってください。そして麗しい「親孝行桜」を咲き薫らせていただきたいのであります。

◇1ミリでも前へと諦めずに挑戦を
一、第二に申し上げたいのは、「快活に! 挑み光る努力桜たれ!」ということです。
先日、「現代のナイチンゲール」ともたたえられるイギリスの看護師のバーチンガー博士が創価大学で講演を行い、皆さんの先輩たちと有意義に交流されました。
紛争や飢餓で苦しむ人々や子どもたちを救うため、アフリカや中東など世界で、医療活動に奔走してきた偉大な女性です。
博士は、若き日々、読み書きが困難な学習障がいで苦しみました。しかし、いつもお母さんが「山を眺めているのではなく、山を登ろう」と背中を押してくれました。
そして、何としても夢を叶えようと、常に10倍の努力を心掛けて、目の前の課題の山を一つ一つ勝ち越えてきたのです。
学園の草創期、私は勉学で悪戦苦闘している友に、「卑屈になってはいけない。今度こそ、今度こそと、挑戦していくんだよ」と励ましたことがあります。今、立派な大学者・大教育者となって、多くの若人を育成されています。
思うようにいかない時も、「1ミリでも、2ミリでも前進を」と決めて、諦めずに努力を続けた人が最後は勝つ。「努力桜」こそ「勝利桜」なのです。

◇希望にあふれて良き友と一緒に
一、第三に、「聡明に! 喜び広げる友情桜たれ!」と申し上げたい。
私はハーバード大学での講演の折、関西創価学園で申し上げた「他人の不幸の上に自分の幸福を築くことはしない」との信条を紹介しました。
このハーバード大学での有名な研究の中に、「幸せな気持ちは人から人へ伝わる」という洞察があります。つまり、一人が幸福を感じていれば、その友人も、さらに友人の友人も、幸福感が高まるというのです。
現実社会の真っただ中で、民衆に幸福を広げていける人格を薫陶するのが、創価の人間教育です。その根本の力は、良き友情を結ぶことです。
残念ながら、今の時代は、人を不幸に陥れる悪い縁が渦巻いています。皆さんは聡明に鋭く善と悪を見極め、常に明るい希望の太陽の方向へ良き友と進んでいってください。
そうして咲かせる「友情桜」が、やがて世界を照らす「平和桜」と広がります。
最後に、晴れの門出に一首を贈ります。

咲き光れ
 勇気と希望の
  学園桜
 縁の友と
  世界へ 未来へ

2019年4月11日木曜日

2019.04.11 わが友に贈る

「誰かがやるだろう」では
真の力は発揮できない。
「私が戦う!」との
一人立つ覚悟の信心が
無限の智慧を引き出す!

御義口伝巻下 P787
『自身の仏乗を悟つて自身の宮殿に入るなり所謂南無妙法蓮華経と唱え奉るは自身の宮殿に入るなり』

【通解】
自身の内なる妙法を悟って、自身の宮殿に入るのである。南無妙法蓮華経と唱えていくことは自身の宮殿に入っていくのである。

〈寸鉄〉 2019年4月11日
「今に至るまで軍やむ事なし」御書。さあ正義の連続闘争へ。溌剌と前進
東京・世田谷が猛攻勢。勇気の拡大で押し捲れ!山の手に民衆勝利の旗を
ヤング・ミセスの日。家庭・地域で奮闘。幸の連帯築く先頭走者に福徳あれ
塩分過多など悪い食習慣が死亡原因の2割—研究バランス整え健康第一で
多様なニーズ捉える地方議員こそ公明党の底力—教授。存在感示す時は今

☆創価大学・女子短期大学入学式への池田先生のメッセージ 2019年4月3日
◇新時代の創造的世界市民と育て 向学と挑戦の青春を
一、武蔵野の天地に、新しい春が来ました。厳しい冬を越え、花は咲き、鳥も歌い、新入生の皆さんを歓迎しております。
何よりも、皆さん一人一人こそが、躍動する希望の春の生命そのものなのであります。
創価大学は49期生の皆さん、創価女子短期大学は35期生の皆さん、また大学院生の皆さん、さらに通信教育部の皆さん、そして留学生の皆さん、誉れの入学、誠におめでとう! 私の創立した大学に、よくぞ来てくれました。
送り出してくださったご家族の方々にも、心よりお祝いと御礼を申し上げます。
今日は、地元・八王子の方々からも深く愛されている、我らのキャンパスの桜並木を一緒に散策しながら語り合う思いで、簡潔に三つの指針を送ります。
一、第一に、「地球民族の和楽のスクラムを広げよ!」と申し上げたい。
思えば、わが創大の起工式を行ったのは、50年前の今日この日でありました。
4月2日は、創価教育の源流である私の師匠・戸田城聖先生の祥月命日であります。
起工式の折、私は、植樹してまもない桜など、1万6000本の苗木を見晴らしつつ、やがて桜梅桃李の花また花に彩られゆく未来のキャンパスに思いをはせました。
とともに、戦後いち早く、わが恩師が提唱した「地球民族主義」という遠大な平和のビジョンを実現する大学へと発展させゆくことを、強く心に期したのであります。
半世紀を経て、今、その通りになりました。スーパーグローバル大学として、世界との学術・教育交流も、60カ国・地域、200大学を超えております。
皆さんには、かけがえのない自分自身を、第一級の力ある世界市民に錬磨し、使命の大空へ堂々と飛翔しゆく最高の環境とチャンスが、広々と開かれています。
創大・短大の先生方、また職員の方々も一段とフレッシュな息吹で、皆さんを迎えてくれております。
不思議な縁で集い合った世界の良き学友たちと互いに励まし切磋琢磨しながら、人類の平和と共生の縮図ともいうべき「地球民族の和楽のスクラム」を、仲良く朗らかに築き、広げていっていただきたいのであります。

◇自らの努力で
一、第二に申し上げたいのは、「新時代を開く学びの新風を起こせ!」ということです。
新しい時代は新しい英知から生まれる。そして、新しい英知をたゆみなく生み出すのが大学であり、その英知の新風を起こすのが、新入生の皆さんなのです。
私の敬愛してやまない「現代化学の父」ポーリング博士も、大学の新1年生と共に学ぶことを、ことの外大切にされ、喜びとされていました。
皆さんは今、胸に抱いているみずみずしい向学と探究、挑戦と独創の初心を、誇りとし、宝として、一日一日、いよいよ輝かせゆく学びの青春であってください。
学ぶことこそ、青春の権利であり、人間の誉れなのであります。学ぶ生命には、断じて行き詰まりはありません。
私が共に対談集を発刊した中国を代表する文豪・王蒙元文化相が語っていた至言が思い起こされます。すなわち「我、学ぶゆえに我あり」と言われるのであります。
さらに王蒙先生は、青年たちへの期待と信頼を込めて、「学習は頭脳と魂に光と未来を与えてくれます」と語られました。
とりわけ若き日、ご自身が異郷の地での逆境に負けず、学ぶ喜びを見いだし、語学を習得された体験を踏まえて、エールを送ってくださっております。
「人生を生き抜くには、開かれた心を持つことです。異なる文化に対する関心を持つことです」「異なる言語を学ぶなかで、世界を感じ、生命を感じ、愛と信仰を、人間の力を、大自然の力を感じることです」と。
ともあれ「新時代」とは、受け身で待つものでもなければ、流されるものでもない。
若人こそが先駆して、自らの学びの努力で切り開いていくものでありましょう。
「我らが学んだ分だけ、時代は進み、社会は勝ち栄える」との気概をもって、この平和のフォートレスから自在闊達なる知性の新風を巻き起こしてください。

◇民衆を照らせ
一、第三に、「創造的生命の旭日を昇らせよ!」と申し上げたい。
私の忘れ得ぬ友に、アカデミー・フランセーズ会員で、世界的な美術史家ルネ・ユイグ先生がいます。
ルーブル美術館の人類の至宝をナチスの魔手から守り抜いた文化の闘士であり、東京富士美術館を最大に応援してくださった大恩人です。
ユイグ先生の信条は「生命は創造が目的」(西野嘉章・寺田光徳訳『かたちと力』、潮出版社刊)ということです。
だからこそ、私たちの「創価」つまり「価値創造」の哲学に限りない共鳴を寄せられていたのです。
先生の盟友であるリディ・ユイグ夫人も、"一人一人が、まだ知らない自分自身の生命の内なる力と可能性を信じて開拓する。その時に、闇のように見える現実から暁に近づくことができる"と明晰に論じておられました。
短大は明年の開学35周年、創大は明後年の開学50周年を目指して、いやまして「創造的世界市民」の育成に力を注いでおります。
この学城で、思う存分、自らの創造的生命の旭日を決然と昇らせていってください。そして、大恩ある父母を包み、尊き民衆を照らし、さらには、いまだ混迷の闇深き世界を赫々と晴らして、人間主義の凱歌の暁を告げていただきたいのであります。
結びに、わが命たる皆さんの健康と無事故、大成長を祈り、和歌を送ります。

青春の
 旭日昇れ
  限りなく
 勝利の暁
  勇気の光で

今日は、本当におめでとう!
これから一緒に栄光の歴史を創りゆこう!(大拍手)