2021年12月20日月曜日

2021.12.19 わが友に贈る

宝の未来部にエールを!
子育てに励む家族への
サポートも大切だ。
後継の友を育む聖業を
地域で力を合わせて!

十章抄 P1274
『日本国の在家の者には但一向に南無妙法蓮華経ととなへさすべし、名は必ず体にいたる徳あり』

【通解】
日本国の在家の者は、ただ一向に南無妙法蓮華経と唱えるべきである。名は必ず体にいたる徳がある。

名字の言 似顔絵入りの名刺 2021年12月19日
彼の名刺には、名前と共に自身の似顔絵が印刷されていた。絵が得意な友人に描いてもらったという▼彼が少年部を担当していた時に作った名刺だった。訪問・激励などの折、初めて会う未来部員に手渡した。「この似顔絵、似ている?」と言うと、ほとんどの子が顔を上げた。「子どもたちと目を合わせ、同じ目線で会話することを、とにかく心掛けました。似顔絵は、そのきっかけです」▼「子どもたちが顔を上げないので、話が伝わったかどうか分からない」——。未来部担当者に共通する悩みを解決するため、祈り、試行錯誤し、たどり着いた知恵の結晶が"似顔絵の名刺"だった。数十年たったが、彼は「あの時に絆を結んだ未来部員が、立派に成長して再会できることが何よりもうれしい」と語る▼「目は心の窓」と言うように、その人のありのままの心の状態が表れる。相手の目を見て「この人は信頼できる」と感じるからこそ、相手の話に耳を傾けるのだ。目を合わせて会話することは信頼関係を築く第一歩である▼文豪ビクトル・ユゴーは小説『九十三年』で、子どもは誰のものかとの問いを立て、最後に「偉大な祖母である人類のもの」(辻昶訳)とつづった。この心で未来の使者と接したい。

寸鉄 2021年12月19日
青年の意気と力は歴史を変える—戸田先生。自分らしく青春の勝利史築け
御書「法華経を耳にふれぬれば是を種として必ず仏に」。仏縁広げる師走に
希望抱き続ければ世界は住みやすい場所へ—偉人立正安国の大理想へ邁進
ドクター部・白樺の皆様、本年も有難う!創価の薬王菩薩の健康と福徳祈る
感染性胃腸炎が昨年より増加。小まめな手洗い・嗽励行。食品加熱も怠らず

☆四季の励まし 新たな山へ 使命の大空へ 2021年12月12日
◇池田先生の言葉
一つの山を制覇したら、
新たな山の踏破を!
前進し、戦い続ける中に
人間としての成長がある。
人生の醍醐味がある。
世界に平和と幸福の大道を
広げゆく広宣流布は、
人間として最極の聖業である。

苦難の烈風に向かい、
決してたじろぐことなく、
高らかに飛翔を遂げていく——
これこそが、学会精神だ。
その心意気を忘れぬところに、
発展と勝利がある。

広宣流布に生きるとは、
大きく利他の翼を広げることだ。
そして、
使命の大空に羽ばたく時、
自身の境涯の飛躍があるのだ。

民衆を、
宿命や苦悩の鎖から解き放ち、
自らの翼で使命の大空に
羽ばたかせていく。
それを可能ならしめるのは、
一人一人への励ましの力だ。
ゆえに、
我らは民衆の中に飛び込み、
人類を照らす
希望と正義の哲理を
語っていくのである。

我らには、
異体同心の信心がある。
あらゆる壁を打ち破る、
不屈の負けじ魂がある。
無限の価値創造の大空を飛ぶ、
慈悲と智慧の翼がある。
さあ常勝のスクラムを
さらに強く、
勇気の前進、また前進だ!

さあ、出発しよう!
わが胸に
広布の誓いを燃やせば、
誰もが永遠の青年だ。
その本因妙の生命で
戦おうではないか。
皆で"歓喜の凱歌"を
高らかに歌いながら、
金色に染まる
新たな希望の大山に向かって!

【写真説明】白雪をまとった峰がどこまでも続く。眼下に連なるアルプスの4000メートル級の山々に、池田大作先生はカメラを向けた。1994年(平成6年)5月、先生はドイツから空路、イタリアへ向かっていた。宗門の弾圧を堂々と勝ち越えて、平和行動の翼を広げ、縦横に世界を駆け巡っていた。
今年の12月は、先生が九州・大分の地で長編詩「青年よ 21世紀の広布の山を登れ」を発表して40周年。2030年の学会創立100周年へ、その第一歩を勝利で踏み出した私たちの前には今、「新たな広布の山」が広がっている。
さあ、私の飛躍、創価の飛躍を期して、師と共に登攀を開始しよう!

☆紙上セミナー 仏法思想の輝き 白樺会副委員長 善浪正子
◇病と闘う友に寄り添う
【プロフィル】ぜんなみ・しょうこ 公立の総合病院に看護師として39年勤務した後、がん相談員を務める。1955年(昭和30年)入会。千葉県在住。女性部副本部長。

◇心の思いを声に響かせ
「がんは、万が一じゃなく二分の一」——これは、がん検診の受診率向上を促すキャッチコピーです。かつては、万が一の備えとしてのがん検診でしたが、今では日本人の2人に1人が、がんになる時代です。悪いことに、コロナ禍の影響で、昨年の受診者は対前年比で30・5%も減少しました(日本対がん協会)。
がん検診を見送るうちに未発見のがんが進行し、治療の選択の幅を狭めてしまいかねません。各検診機関は、国の指針にのっとった感染防止対策が徹底されているので、定期的ながん検診が推奨されています。
また、健康への不安があると、インターネットで検索し、さまざまな情報に触れることで、かえって心配になったり、間違った判断を下したりしてしまう方も増えています。無責任なネットの情報に惑わされないことも大切です。
がん治療は日進月歩。早期発見、早期治療で多くが治る時代です。とはいえ、がんは、日本人の死因のトップで、亡くなる方の約4人に1人を占めていますから、依然として死の影が付きまとうのも事実です。
病気そのものの苦痛を抱えながら、胸が裂かれるような不安を抱く方に、どのような言葉を掛けるべきか——。私も真剣に悩みながら、看護の道を歩んできました。

◇「希望カルテ」から
私は公立病院を定年退職し、一昨年から、がん患者やそのご家族の電話相談に携わっています。これまで、約1500人の相談を受けました。相談件数で最も多いのは「不安などの心の問題」です。相手の顔が見えない分、一言の重みをかみ締めながら言葉を紡いでいます。
がん相談員として従事できるのも、白樺会(女性看護者の集い)で培った経験のおかげです。病と闘う学会員の方々との出会いを重ねるうちに、その方の病状や治療法、悩みや家族の状況などを記した「希望カルテ」を作成するようになりました。それは、寄り添い続けることが自身の使命だと感じたからです。
この「希望カルテ」から、Aさんの闘病体験を紹介します。Aさんと出会った時、Aさんは3度目の卵巣がんが再発し、医師から「これ以上の治療は期待できない」と告げられ、激しく動揺していました。当時、息子さんは中学生。「諦めない。今は死ねない……」と、絞り出すようなAさんの声の響きが忘れられません。
Aさんは、新たな抗がん剤を試すも、病状は一進一退を繰り返しました。検査や治療のたびに連絡を取り合い、希望となることを見つけて、励まし続けました。
がんとの闘いは壮絶でしたが、"妙法と共に生き切る"と決めたAさんの生命力は、驚くほど豊かでした。Aさんからは、"病院のラウンジで、同じ病の方に体験を話してきたよ""祈ることができてうらやましい、と言われたの"と、喜びの報告が届くのです。
日蓮大聖人は、「南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや」(御書1124ページ)と仰せです。Aさんは、病を人生の妨げとはせず、励ます側にいたのです。
前向きに闘病を続けるAさんご一家に触れ、近隣の壮年が入会。さらにAさんは、遠方で暮らすご両親への長年にわたる祈りが実を結び、ご両親も晴れて御本尊を頂きました。Aさんの信心根本の生き方が、周囲に"真の幸福とは何か"を教えたのだと思います。
Aさんは更賜寿命して、息子さんが成人になるのを見届け、61歳の人生に幕を閉じました。最期まで、はつらつとした心で生き抜いた姿は、私や多くのがん患者の勇気と希望になりました。Aさんのご主人と息子さんの「少しも悔いはありません」との言葉は、彼女の人生勝利を物語るものではないでしょうか。

◇安心する存在に
看護師の道を歩み始めてから、池田先生が白樺の友に贈られた指針「病める人/心の傷ついている人を/私の使命感として/私は堕落させない」を、心に刻んできました。
東日本大震災の被災地では、白樺会の一員として健康相談に加わりました。現地の状況はあまりに厳しく、"何を言っても届かないのでは"と思うほど。そのなかで心掛けたのは、一人一人の生命に具わる力を信じて、声を掛けることでした。
ある時、一人の壮年から、「家族を亡くした方に、どう接すればいいか」と質問が。私は、「無理に励ます必要はありません。抱き合って、会えたことを喜び、一緒に追善の題目を送ってください」と答えるしかありませんでした。
その時、そばにいた方が、「そうです! その通りです!」と立ち上がりました。その方もまた、ご家族を亡くされていたのです。
被災地での経験は、私自身の看護人生にとって大きな節目になりました。価値観や生死観が真正面から問われる場で、創価学会の信仰の奥深さ、人間の強さを学びました。
大聖人は、「言と云うは心の思いを響かして声を顕すを云うなり」(同563ページ)と教えられています。言葉には、心の思いが表れます。苦悩する方と同じ目線に立ち、同じ方向を見て語れば、真心はきっと通じるものです。
励ましに、策や方法は必要ありません。そばにいるだけで安心する存在——そう感じ合える絆を、これからも育んでいきたいと思います。

[視点]更賜寿命
日蓮大聖人は、すでに定まった寿命でさえも、妙法の功徳力で延ばすことができると仰せです。これを、「更賜寿命」の功徳といいます。
大聖人は御入滅の7カ月前、闘病中の門下・南条時光を救わんと、「鬼神めらめ」(御書1587ページ)と病魔を叱咤し、烈々たる気迫でお手紙を認められました。こう記される直前、大聖人も病で筆を執ることさえ困難な中、全魂を込められたのです。時光は大聖人の渾身の激励に応え、病に打ち勝ち、その後、約50年も寿命を延ばしました。
戸田先生は、"寿命とは生命力を意味する"と言われています。妙法を唱え抜き、旺盛な生命力を引き出して、敢然と病に立ち向かう姿そのものが、信心の偉大な功徳なのです。

2021年12月18日土曜日

2021.12.18 わが友に贈る

今季一番の寒気が到来。
強風・積雪・路面凍結等に
十分に注意しよう!
事前の準備を怠らず
無事故第一の行動を!

光日上人御返事 P934
『松栄れば柏悦ぶ芝かるれば蘭なく情無き草木すら友の喜び友の歎き一つなり』

【通解】
松が栄えれば柏は悦ぶ。芝が枯れれば蘭は泣くといわれる。非情の草木すら友の喜び、友の嘆きは一体である。

名字の言 朗らかな創価家族と共に前進! 2021年12月18日
一年の掉尾を飾る座談会が各地で活発だ。世代や立場を超えて皆が和気あいあいと語り合う姿が麗しい▼ある地区会場の一こま。野球部で甲子園を目指す高等部員が決意発表した。「地区のおじちゃん、おばちゃんにパワーをもらっています。『エース投手になれよ!』『負けてもいいからケガしちゃだめ!』って。だけど僕は捕手だし、試合には勝ちたいんですけど……。でも、めっちゃうれしかった。必ず勝利を報告します!」▼営業職で伸び悩んでいた男子部員は、地区スローガン「昨日より今日、今日より明日へ、自分の新記録を!」を指さし、「この言葉の通り人と比べず、自分らしく頑張ります」と。それを聞いた壮年が「じゃあ俺もマイペースでゆっくり」とつぶやくと、横にいた夫人が「あなたはもっとハイペースで!」とぴしゃり▼笑顔と決意あふれる座談会に元気をもらった。そして実感した。活力に満ちた人の輪に入ると活力が湧くし、明るい連帯に加われば自分も明るくなる、と▼心が弾めば、生活が躍動し、人生が飛躍する。ゆえに朗らかな創価家族と共に前進! 思想家エマソンの言葉にこうある。「友人と共にあるとき、私たちは容易に偉大な人間になれる」(小泉一郎訳)。

寸鉄 2021年12月18日
「一人もかけず仏に成る」御書。一遍の題目に尽きせぬ功徳。倦まず弛まず
東京・足立の日。庶民の王者の使命は連戦連勝!対話と人材の拡大に先駆
「偉大な魂は高い山嶺のよう」作家。青年は崇高な理想を抱き苦難に挑め!
日本の国連加盟記念日。人類の議会に市民の声を更に。人道競争の時代を
孤独は心身に負担、自分から仲間広げる工夫を—医師。人間の絆こそ財宝

〈社説〉 2021・12・18 日本の国連加盟65周年
◇民衆の力で平和の潮流を
日本が国際連合に加盟したのは1956年12月18日である。欠席を除く77カ国の全会一致で決定。時の外相は演説で、国連の目的に誠実に奉仕すると誓った。65周年の節目に、改めて、核廃絶へのリーダーシップをはじめ、日本の国連における貢献を期待したい。
国連は今日、193の加盟国を擁し、他に替わるもののない、最も普遍的な機関となった。国家だけではない。多くのNGO(非政府組織)もパートナーとして参加している。学会は81年から、国連のNGOとして活動してきた。
池田先生は、市民社会の参加の意義をつづっている。「国連には、直接、その活動を支える"国民"がいない。ここに世界市民というグローバルな意識で、国連を支える民間の活動が必須となる」
気候変動や感染症をはじめ、人類は、これまで以上の国際協調を要する問題群に直面している。にもかかわらず、各国は「狭量なナショナリズム」と「利益至上主義のグローバリズム」の間で揺れ動いているのが実情だ。そのどちらでもない"人類益の追求"へ——かじ取りを担う国連の使命は大きい。
一方で、国連創設以来、一部の国の利害により、人類的立場での意思決定が度々、左右されてきたことも事実である。ゆえに、国家の枠組みに縛られない市民社会の側から、国連を後押しする国際世論を形成することが重要だ。そして、世論形成の鍵となるのは、「世界市民の育成」である。
世界市民といっても、特別な人間ではない。国連の前身である国際連盟で事務次長を務めた新渡戸稲造はつづっている。「他山の石以て玉を磨くべしという教が世に伝えられているが、僕は各国人と交わり、各国人の長所を学びたい」(『新渡戸稲造論集』岩波文庫)。自分とは異なる背景を持つ他者と、尊敬の念をもって、積極的に交わり、学んでいく——。この"開かれた精神"こそ、世界市民の大切な要件ではないだろうか。
96年、先生は当時のブトロス=ガリ国連事務総長と会見。「民衆は、まじめです。民衆は正直です。民衆は真剣に平和を願っています。(中略)民衆の善意こそ国連の本当の力になるはずです」と語り、その善意を結集することの重要性を確認し合った。私たちは地道に、誠実に平和の潮流をつくり上げよう。一つ一つの"開かれた対話"が、やがて大河になると信じつつ。

☆御書の旭光を 第65回 地区を支える同志に最敬礼
〈御文〉
『法華経の一偈一句をも説かん者をば「当に起ちて遠く迎えて当に仏を敬うが如くすべし」の道理なれば仏の如く互に敬うべし』(松野殿御返事、1383ページ)

〈通解〉
法華経の一偈、一句でも説く者は、「まさに立って遠来の友のように迎え、まさに仏を敬うようにしなさい」(普賢菩薩勧発品第28)という道理があるので、仏のように互いに敬いなさい。

〈池田先生が贈る指針〉
御本仏の仰せ通り、「仏の如く互に敬う」最極の人間尊敬の連帯は我らの地区にこそある。地域社会の安穏と信頼のオアシスだ。
その要たる地区部長、地区女性部長をはじめ尊き宝友の奮闘に、冥の照覧は間違いない。
皆で仲良く讃え合い、いよいよ功徳を増しながら、希望のスクラムに新たな地涌の友を!

☆みんなで学ぶ教学 第23回 桜梅桃李
◇"ありのまま"で光り輝く
今回の「みんなで学ぶ教学」は、「桜梅桃李」がテーマです。"ありのまま"の自分を最大に輝かせゆく、仏法の法理を学んでいきましょう。デパートに買い物に来た新入会者のリホさんは、支部女性部長のユリコさんに声を掛けられたようです。

ユリコ あら、なんだかぼーっとして、どうしたのかしら?

リホ ユリコさん! デパートに来ると、すてきな人が多くて"私もあんなふうになれたらいいな"と思っていました。

ユリコ 私は、リホさんのことを、とてもすてきな女性だと思っているわ。

リホ そうですかねえ……。もっと身長が高くて、すらっとした人になりたかったんです。

ユリコ そういう気持ちは分かるけどね。自分の良さを引き出していくことが大事だと思うわ。リホさんは"桜梅桃李"って言葉、知っているかしら?

リホ 聞いたことはあります。

ユリコ 御義口伝には、「桜梅桃李の己己の当体を改めずして」(御書784ページ)とつづられているの。桜は桜、梅は梅、桃は桃、李は李の良さがあるわ。同じように、私たちも、容姿や性格などが異なっていても、それぞれ自分にしかない良さを持っているわよね。この本来持っている良さをお互いに尊重しながら、一人一人が最大に輝いていくのが"桜梅桃李"の仏法なのよ。

リホ すてきな譬えですね。でも、私は優柔不断だし、自分のことが嫌になる時もあります。

ユリコ 自分のことは、自分が一番分かっているから、そういう時もあるわよね。私も、せっかちなところがあって、焦って失敗したりして悩んでいたことがあるの。でも、仕事や家事を先送りにできない性格のおかげで、夜にしっかり唱題する時間をつくることができているわ。たとえ自分の欠点に思えることだって、その人にしかない良さとして生きていくのよ。

リホ なるほど。

ユリコ 自分のことが嫌になったとしても、違う"誰か"になることはできないわ。御書には「はたらかさず・つくろわず・もとの儘」(同759ページ)ともつづられているのよ。"ありのまま"の自分を大切にして、輝かせていくことが大事なの。

リホ じゃあ、このままでいいのかな……。

ユリコ もちろん、"そのまま、何もしなくていい"という意味ではないわ。日々の課題や悩みに向き合いながら、信心に励む中で乗り越えていく——。その人間革命の実践を続けていくことで、長所も短所も、全てが生かされ、磨かれて、自然と"自分だけが持つ輝き"となっていくのよ。

リホ "自分だけが持つ輝き"ですか。そういうふうになれたらうれしいです。

ユリコ あら、リホさんはすでに輝いているわよ。いつも座談会の企画を考えてくれたり、未来部員をどうしたら励ませるか、工夫してくれたりしているわよね。リホさんだからこそ思いつくアイデアにあふれていて、いつも地区の皆さんは感謝してるのよ。

リホ お世話になっている地区の皆さんに、少しでも貢献したくて。そう思ってもらえたら、うれしいです。

ユリコ 梅は春の訪れを感じさせ、満開の桜は人々の心を明るくするように、"自分だけが持つ輝き"は"自分にしか果たせない使命"にもなっていくのよ。

リホ そうなんですね。だから、創価学会では年齢や性別など、異なる一人一人の輝きが集まって、"桜梅桃李のスクラム"が広がっているんですね。

ユリコ その通りね。
池田先生は「万人がそれぞれに輝き、互いに照らし合っていくのです。一切の出発点は、どこまでも、自分の可能性を信頼することから始まります。仏法は、全ての人の味方です。そして誰もが、世界を照らす希望の太陽となれるのです」とつづられているのよ。
私は、リホさんが今以上にすてきな女性になっていくと確信しているわ。

リホ そう言ってくださると、うれしいです。私も、"太陽のような女性"を目指してがんばります!

ユリコ じゃあ、お互いに輝いて、照らし合っていきましょう!

2021年12月17日金曜日

2021.12.17 わが友に贈る

皆が主役の座談会。
全ての人に光を当て
陰の努力を称え合おう!
苦楽を分かち合う同志と
笑顔の花咲く語らいを!

報恩抄 P319
『何れの月何れの日何れの夜の何れの時に日出ずるという公家諸家叡山等の日記あるならばすこし信ずるへんもや』

【通解】
いずれの月・いずれの日・いずれの夜、いずれの時間に、太陽が出現したという、公家・諸家・叡山等の日記があるならば、少しは信ずることもできようが、それにも、ぜんぜんないではないか。

名字の言 不動の信念でしなやかに"時代の乱気流"を捉える 2021年12月17日
飛行機に乗っていた時、乱気流に遭遇したことがある。機内から見える翼がうねうねと揺れ、"折れてしまうのでは?"と不安になった▼後で調べてみて分かった。主翼は軽量化され、あえて"しなる"ようになっている。その上で強度を保つために、翼内部の骨組みにストリンガー(縦通材)が張られていた。風による抗力をしなやかに受け、揚力を得る——そこには、強固な構造設計に基づく柔軟性があった▼今月5日、広島で開催された第4回「全国青年教育者実践報告大会」。過剰な校務、児童の暴言や同級生とのトラブル、さまざまな要望への対応……。登壇者は皆、思いもよらぬ試練に直面していた▼しかし、彼らは努力と挑戦を粘り強く積み重ね、試練を価値創造のバネへと転換していった。"子どもの幸福"という目的地を目指す——飛躍の源には「教師こそ最大の教育環境なり」との創価教育の理念があった▼118年前のきょう17日、ライト兄弟は人類初の有人動力飛行に成功した。不可能の通説を覆したのは、"必ず飛ぶ"との執念が生んだ"風を利用する"という柔軟な発想だった。不動の信念でしなやかに"時代の乱気流"を捉える。そこに新たな創造があり、発展があり、飛躍がある。

寸鉄 2021年12月17日
「煩悩即菩提」の仏法だ。必ず苦悩は乗り越えられる。"戦う信心"で前進!
青年が責任を持ち理想の学会を建設せよ—恩師。"今"の行動が未来を創る
変化する社会、学び直す人が増加。遅すぎる事はない。挑戦は若さの源泉
冬場の入浴時は温度差による血圧変動の危険が。脱衣所を暖める等工夫を
年末は空き巣・ひったくり被害が多く。短時間の外出も油断なく戸締まり

〈社説〉 2021・12・17 年末年始 交通事故・火災に注意
◇過信を排した"深き用心"を
"車に乗る時は「信号よーし」「いったんてーし」と呼称運転で発進。停止を自らに言い聞かせながら確認"——先日、本紙に掲載された「みんなの投稿」には、読者の皆さまから、無事故のための心掛けとしてさまざまな知恵と工夫が寄せられた。
この一年も、数々の痛ましい交通事故や火災があった。多くは予期せぬところで、突発的に起きている。
過去の記録では、12月は年間で最も交通事故の死者数が多い時期である。警察庁によると、昨年12月に交通事故で亡くなった方の数は全国で298人に上る。
なぜ12月に事故が多いのか。要因の一つは、年末にかけて「忙しさ」が増すことにあろう。
旅行や帰省、年末のあいさつといった人の動きに加え、お歳暮やセール、クリスマスやお正月に合わせた物流に伴い、交通量が増加する。
渋滞や強引な割り込み、クラクションにも過剰反応を起こしがち。気ぜわしい空気が事故を誘発している。
さらに、日没時刻の前後1時間に当たる薄暮時間帯は、死亡事故が特に多く発生している。
冬は日が落ちるのも早いため、早めのヘッドライトの点灯で、周囲からも存在を認識してもらえるようにしたい。
歩行者や自転車に乗る人も冬は暗めの服になりがちだが、明るい服装や反射材の装備など、自分を守る工夫をしよう。
火災にも注意したい。緊急事態宣言下にあった都内では、ガスコンロが原因の住宅火災が増加。寒さをしのぐ暖房器具はもちろん、たばこ・たき火が原因の火災も多い。
たとえ電話や呼び鈴が鳴っても"火を付けたまま、その場を離れない"など基本の習慣から見直し、火災を防ぐための整理整頓や、消火器や避難経路の確認など万が一に備えておきたい。
心理学者のリンダ・パーロフ氏とバーバラ・フェッツァー氏は、ある調査を通して指摘する。
人は日常生活の悪い出来事が自分たちに振りかかるリスクを平均以下に見積もり、自分や身内に限ってありえないと思っているという(マリア・コニコヴァ著『信頼と説得の心理学』ダイレクト出版)。
過信を退け、世間のニュースからも自身を振り返りたい。
「心にふかき・えうじん(用心)」(御書1176ページ)をたもち、無事故で希望・勝利の一年を締めくくろう!

☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第19回 壮年部の友へ
◇皆に希望を届ける人間王者たれ
先師 牧口先生も
恩師 戸田先生も
誉れある壮年部の年齢であられた

王冠もなく 名声もなく
非難中傷を
わが身に受けながら
蓮祖の御聖訓どおりの
法戦 また法戦に進んだ

よく わが師
戸田城聖先生は
臆病者は去れ!
去る者は去れ!
批判する者は 勝手にせよ! と

我らの燃えゆく生命体は
大聖人に 直結して
広布の魂に直結しゆく

我らには慈悲の涙がある
真昼の光の強さがある
暗き困難なときにも
美しき また尊き心がある
ともあれ
信心という 宇宙の宝石で
包まれている

◆◇◆

新中国の建設に身を捧げ
革命に生きた周恩来総理も
「勝利とは
座して待つものでなく
戦い取るものである」と
年を重ねても
心は壮んなり!
常に闘争の先頭に立ちて
自ら勝利の原動力となった

広宣流布という
人類最高の偉業に進む我らは
断じて 臆してはならない!
断じて 負けてはならない!

我らが歩みを止めれば
大聖人が悲しむ
人類が 野蛮に破壊される
つまり
人類が 永遠の闇に包まれ
不幸の流転と苦悩を
さまよい続ける

御聖訓にいわく
「今 日蓮等の類い
南無妙法蓮華経と唱え奉るは
大風の吹くが如くなり」
「南無妙法蓮華経は師子吼の如し」
なんと 悠然たる
御聖訓であろうか!

◆◇◆

君の心も 私の心も
燃え続けながら
高邁なる 来る年 来る年を
また一日 また一日と
生命の歴史を 綴っていくのだ
最も この世で美しいものを
見ながら 感じながら
歌いながら!

これだけ多くの宝友と
心と心で交わった私たちは
死後も 三世にわたって
賑やかにして 楽しかろう!
この生命の航路を僚友たちと
ともどもに生き抜き
両手を高々と挙げながら
麗しき月に照らされゆくは
なんと優美な
なんと不滅な
名誉なる足跡か!

◆◇◆

壮年の方々は
社会で勝たねばならない!
職場で勝たねばならない!
多くの人々と 信頼ある
親交を持たねばならない!
一家を 朗らかに大きく包む
城でなければならない!
頑健な身体で
頑健な現実闘争に
勝たねばならない!

自己の生命は
三世永遠に
自己自身なのである
ゆえに 自己自身を
いかに鍛えるか
向上させるか
幸福にさせるか
ここに
人間革命の課題がある

◆◇◆

心の広い人に!
心の深い人に!
心の温かい人に!
心の強い人に!
ここに 仏道修行の
勝利の旗がある

何処に行っても
皆を安心させゆく柱たれ!
皆に希望を持たせゆく 大人たれ!

今いる わが場所が
宝塔と輝きをもつ
人間王者たれ!

☆質問BOX 使命が分かりません。
◇回答
たしかに、"あなたの使命は?"と聞かれても、なかなか明確に答えることは難しいかもしれません。「使命」とは、あらかじめ決められた「運命」のようなものではありません。"自分はこのために「命」を「使う」"と、決めて進む「道」であるといえます。
それは、草の根を分けるように、信心根本に、眼前の一つ一つの課題に全力で取り組む中で見えてくるのです。
池田先生は「人生の道は、人それぞれであり、さまざまな生き方がある。しかし、広宣流布の大使命に生き抜くならば、いかなる道を進もうが、最も自身を輝かせ、人生の勝者となることは絶対に間違いない」とつづられています。
信心に励む中で磨かれる"生命の輝き"が、自分にしか果たすことのできない、使命の道を照らしていくのです。

2021年12月16日木曜日

2021.12.16 わが友に贈る

誰もが尊き使命の人だ。
一人一人の長所を見つけ
信頼して励まし抜こう!
桜梅桃李の人材城を
わが地域 わが地区に!

妙心尼御前御返事 P1479
『病あれば死ぬべしといふ事不定なり』

【通解】
病になったから必ず死ぬとは限りません。

名字の言 今年を象徴する漢字一字 2021年12月16日
年の瀬が近づくと、一年を振り返るテレビ番組や新聞紙面などが増える。年末恒例ともなった"今年を象徴する漢字一字"に「金」が選ばれたとのニュースもあった▼東京オリンピック・パラリンピックでは日本のメダルラッシュに沸いた。米大リーグの大谷翔平選手はMVP獲得、将棋界では藤井聡太棋士が最年少4冠達成……。数々の金字塔が打ち立てられたことが「金」の理由である▼御書には「信の一字」という言葉が数多く見られる。「一念三千も信の一字より起り三世の諸仏の成道も信の一字より起るなり」(725ページ)、「元品の無明を対治する利剣は信の一字なり」(751ページ)……。日蓮大聖人は「信は仏道の源であり、功徳の母である」(97ページ、通解)と教える▼いわば今年の漢字一字は、世相が"どう見えたか"という表れである。一方、仏法の「信の一字」は、信心の眼で世相を"どう見るか"というまなざしである。さらには、そこに見いだした意味をどのように周囲や環境に連動させ、変革していくか、という意思にも昇華していく▼時代も社会も、人間の生命を映し出していると仏法では見る。ならば、わが人間革命を起点に、いかようにも開いていけると捉え、新しい年に臨みたい。

寸鉄 2021年12月16日
感激し合って帰る座談会に—戸田先生。健闘称え合い、明年へダッシュ!
御書「今日蓮が時に感じて此の法門広宣流布するなり」。青年が先駆し拡大
朝ごとに世界は新しく生まれ変わる—作家。一日の勝利は爽快な祈りから
がんは早期発見が重要—医師。感染落ち着く今が検診の時。先延ばしせず
ごみ収集車の火災多発。スプレー缶や充電池等が原因と。ルール守り廃棄

☆ペルナンブコ連邦大学「名誉博士号」授与式から——池田先生の謝辞
◇価値創造の英知で人類を結べ
一、はじめに、貴・ペルナンブコ連邦大学の栄光の創立75周年、誠におめでとうございます。
「人類の変革と発展」という遠大なビジョンを掲げ、長年にわたり、民衆に英知と希望の光を送ってこられた、偉大なる最高学府の晴れの佳節を、世界192カ国・地域のSGIの友を代表して、心よりお祝い申し上げます。
とともに、ひときわ厳しいコロナ禍の中で、地域の医療に多大なる貢献を果たされ、未曽有の試練を越えて、大学の再開に尽力された、全ての皆さま方の尊き奮闘に、満腔の敬意を表するものであります。
さらに、本年は、貴大学の誉れの卒業生であり、20世紀を代表する偉大な教育思想家である、パウロ・フレイレ博士の生誕100周年でもあります。
この祝賀の折に、博士の名を冠した記念の野外音楽堂で、貴大学からの名誉博士号を賜りますことは、この上ない光栄であります。
私は、この栄誉を、地元ペルナンブコ州はじめ貴国の発展に長年にわたり、誠実に献身を続けてきた、敬愛するブラジルSGIの同志、また、わがブラジル創価学園に学ぶ英才をはじめ後継の若人たちと心一つに、謹んで拝受させていただきます。ゴメス総長はじめ諸先生方、誠に誠に、ありがとうございます。

◇他者と手を携え
一、本日ここに、栄えある貴大学の一員とさせていただいた私は、紋章にある「獅子」と「松明」、そしてラテン語で印された「恐れなき美徳」とのモットーを胸に刻みつつ、先生方と共に、また青年たちと共に、教育ルネサンスの新たな飛躍をと、期しております。
その飛躍への翼は、第一に「民衆へのたゆまぬ貢献」であります。
「教育の獅子」であられたフレイレ博士は、「たゆまぬ正義のたたかいによって、献身的で倦むことを知らぬ闘争によって、世界をつくりかえることが可能だ」(パウロ・フレイレ著『希望の教育学』里見実訳、太郎次郎社エディタス)と叫ばれました。
この獅子吼は、私の恩師であり、民衆教育の大指導者であった戸田城聖先生の教えと響き合っております。
第2次世界大戦中、日本の軍部政府の弾圧による2年の投獄を厳然と勝ち越えた恩師は、私たち青年に「人間革命」という希望の哲理とともに、民衆の幸福勝利のための闘争を示されたのであります。
私が恩師に初めて出会ったのは、奇しくも貴大学が創立された翌年であり、このたゆまぬ師弟旅も、明年で75星霜となります。
私が感嘆してやまないのは、貴大学が常に民衆の側に立ち、世界が抱える社会格差や貧困や環境破壊など、難題の解決に向けて、力強く「持続可能なブラジルの発展」をリードされてきた伝統であります。
フレイレ博士が体現されていた通り、教育は知識の詰め込みではなく、この世界を人々と共に見つめ、「他者と手をたずさえ」、そして「希望と共に闘う」ことによって、「人間としての尊厳」を勝ち光らせていく営みでありましょう。
青年のエンパワーメント(内発的な力の開花)は、民衆奉仕の実践の中で、深く成し遂げられていきます。
その意味において、今、さまざまな苦難を耐え忍びながら懸命に学び抜き、民衆への貢献に挑んでいる、貴国をはじめ世界の若人たちが、必ずや逞しく飛躍を遂げ、人類史の新章節をもたらしてくれることを、私は確信してやまないのであります。

◇多様性こそ
一、次に、第二の翼は「多様性の尊重から生まれる価値創造力」であります。
「多様性なくして、多様な視点もなし。多様な視点なくして、卓越した発展もなし」——このゴメス総長の断固たる信念とリーダーシップのもと、社会の幅広い層の若者に差別なく教育の機会を広げる「アファーマティブ・アクション」(積極的格差是正措置)を推進されてきたのが、貴大学であります。
わがブラジルの誉れの友人たちも、いずこにもまして多様性に富む社会にあって、「桜梅桃李」という、それぞれの個性を最大に尊重し、生かし合っていく、人間共和と万物共生の連帯を織り成しています。
この大らかにして、麗しい寛容の大地ブラジルから、多彩なる価値創造の英知と力が尽きることなく、湧き出ずることでしょう。ここにこそ、人類を結び、自然環境とも調和しゆく地球文明の希望を、私は見いだす一人であります。
さらに、第三の翼は「対話によって共に学ぶ喜び」であります。
「対話は人間の存在の根幹にかかわる希求である」(同著『被抑圧者の教育学』三砂ちづる訳、亜紀書房)とは、フレイレ博士の鋭き洞察でありました。
実は、私たちの創価教育の創始者であり、戦時中、平和と正義の信念に殉じて獄死した牧口常三郎先生はフレイレ博士に先立つこと半世紀の1871年生まれで、今年が生誕150周年となります。
「教師は、自身が尊敬の的となる王座をくだって、王座に向かう者を指導する公僕となり、手本を示す主人ではなくて、手本に導く伴侶となるべきである」
この信念に立つ牧口先生が重視したのも、フレイレ博士と同じく、一方的な知識の伝達ではなく、対話によって学び合う知恵の啓発でありました。

◇互いを敬う
「鏡に向かって礼拝をなす時、浮かべる影また我を礼拝するなり」(御書新版1071ページ・御書全集769ページ)という仏典の美しい譬喩があります。
人間教育の真髄の喜びも、互いに尊厳なる生命を敬い、共に語らい、学び合う中にこそ、あるのではないでしょうか。
この喜びを、老若男女を問わず向学の世界市民が漲らせながら、牧口先生もフレイレ博士も志向された「教育の世紀」へ、貴大学の誇り高き校歌の一節さながらに、共々に飛躍していきたいと思うのであります。
「信念を貫き そして高みを目指すのだ!
我らも 変わらぬ青年の息吹で!
到来する光彩を 我が魂に一層輝かせ!
天空の青は その明るさを増し 生命は 太陽に向かって 幸の微笑みを送るのだ」
ご列席の皆さま方の益々のご健勝と貴大学の限りなき栄光、そして敬愛するペルナンブコ州はじめ、ブラジル連邦共和国の永遠の安穏と繁栄を心より祈って、私の謝辞とさせていただきます。
ムイト・オブリガード!(ポルトガル語で「大変に、ありがとうございました!」)

☆池田先生と共に 希望・勝利の師弟旅 心の財を 富士のごとく 2021年12月6日
白雪の
 富士も讃えむ
  凱歌かな

晴れわたる師走の青空を衝いて、白雪の富士が王者の風格で、ひときわ堂々と聳え立っていた。
この一年、広布と人生の見事な凱歌を飾った全同志を労い讃える英姿なりと、総本部から八王子市の東京牧口記念会館へ向かう車中、仰ぎ見た(12月2日)。
57年前、沖縄で小説『人間革命』を書き起こした日でもあり、平和への共戦譜を綴ってきた愛する沖縄の宝友の大健闘が偲ばれた。
◇ ◆ ◇ 
東京牧口記念会館には、殉教の牧口先生が常に拝されていた御書(霊艮閣版)が保管されている。私は、このほど完成した「新版」の御書全集を御宝前に供え、報恩謝徳の祈りを捧げた。
今日に至るまで牧口共栄会をはじめ地元の方々の真心で、会館は美しく整備されている。
日本全国、世界の各国・各地の広宣の法城を守り、荘厳してくださっている尊き同志へ、感謝は尽きない。
◇ ◆ ◇ 
邪宗門の鉄鎖を断ち切った1991年11月28日。この日を期して、日本中、世界中から燃え上がる地涌の誓願の署名簿などが、多数、届いたことが蘇る。
その一つに、私は贈った。
「独立記念日、万歳!
皆様の幸福記念日、万歳!」と。
日蓮大聖人は「妙法受持の人を賞め讃える者は、福を須弥山のごとく積み」(御書新版209ページ・御書全集291ページ、趣意)と引いておられる。
この三十星霜、創価家族の「心の財」は、いやまして須弥山のごとく、富士のごとく、高く揺るぎなく積み上げられているではないか。
まさしく「魂の独立記念日」は、正義を貫く学会員の「幸福記念日」なのである。
戸田先生は、よく言われた。「自分が幸福になるぐらいは、なんでもない。他人まで幸福にしていこうというのが信心の根底です」と。
女性部の新出発とともに、一段と「桜梅桃李」の多彩なスクラムで明るく楽しく、人間革命の幸と歓喜の波動を起こしていただきたい。
◇ ◆ ◇ 

富士仰ぎ
 富士のごとくの
   学びたれ

創立50周年を迎えて、ますます発展しゆく創価大学のキャンパスが本当にうれしかった。
紅葉が冴え彩る構内を巡った。
コロナ禍でも、力を合わせ、工夫して、探究と価値創造の挑戦を止めなかった誇りが伝わってくる。
教職員と関係の方々のたゆまぬ尽力に深謝したい。
使命深き創大生、短大生、そして留学生の健康と成長を心から祈った。ご家族をはじめ、送り出してくれている全ての方々に、安穏と幸福と勝利あれと念願せずにはいられない。
建設中の駅伝部の新「学生寮」も視察できた。
深き友情と信頼で結ばれた、わが"創価のメロス"たちよ、一人ももれなく、栄光凱歌の青春を走りゆけ!

2021年12月15日水曜日

2021.12.15 わが友に贈る

情報を伝えるだけでは
納得は生まれない。
丁寧な訪問・激励で
相手の思いに耳を傾け
共に決意の一歩を!

治病大小権実違目 P998
『結句は勝負を決せざらん外は此の災難止み難かるべし』

【通解】
結局は、仏法の正邪についての勝負を決する以外には、この災難はやまない。

名字の言 石垣島の気象観測の礎を築いた岩崎卓爾氏 2021年12月15日
100年以上、同じ場所で気象観測を続ける「百年観測所」に、国内で初めて世界気象機関から認定されたのが沖縄・石垣島地方気象台である。そこには、島の気象観測の礎を築いた岩崎卓爾氏の胸像が立つ▼赴任当初は苦難の連続だった。荒天や日照りで被害が出ると、気象観測を理由に住民から非難された。台風の観測中、飛んできた石が当たり右目を失明する。試練に遭うたび、氏は挑戦の心を燃やした▼気象観測の精度向上に努める一方、台風に強い住宅建築の推奨やハブの被害対策を実施。島の案内記や童謡集を著す郷土研究のほか、図書館の創設等にも尽力した。氏の情熱は人々の心に届き、気象観測の発展につながった▼石垣島を中心とした八重山に妙法の火がともった1955年。無理解の壁に苦しみながらも、草創の友は島の繁栄を祈り、対話に歩いた。広布の裾野を広げる中、74年に池田先生が石垣島へ。全国初の中学校への図書贈呈や、地元の名士らを招いての諸精霊追善法要が行われ、学会理解は大きく拡大した▼先生は、仏法を社会に開くのは「"地域のために尽くそう。社会に貢献しよう"という強い一念」と訴える。その確信と行動こそが、万代にわたる信頼と友情の礎となる。

寸鉄 2021年12月15日
「強盛の信力こそありがたく候へ」御書。題目の人は無敵。今日も祈り強く
神奈川・川崎の日。広布の心臓部から拡大の先陣を 師子王の心取り出し前進
「人材を発掘せよ」戸田先生。地道な励ましで人は育つ。皆に宝の使命が
暖房器具が原因の火災増える時季。消毒液の引火も注意。「前前の用心」で
コロナも流感もマスク着用・手洗い・嗽が予防の基本。換気も小まめに励行

☆世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第19回 師弟直結の教学
◇上野殿後家尼御返事
『法華経の法門をきくにつけて・なをなを信心をはげむを・まことの道心者とは申すなり、天台云く「従藍而青」云云、此の釈の心はあいは葉のときよりも・なをそむれば・いよいよあをし、法華経はあいのごとし修行のふかきは・いよいよあをきがごとし』(御書1505ページ8行目〜10行目)

◇池田先生の講義から
教学を深めることで、疑問が納得に変わり、「そういうことだったのか」と分かれば、さらに強盛な祈りとなります。
「本当にすごい仏法だ」と感じれば、祈りに感謝が生まれます。
「叶わないわけがない」と腹が決まれば、祈りは歓喜に包まれます。
「学」によって「信」が強くなれば、歓喜と感謝の祈りが生まれ、御本尊の功徳力を存分に強く引き出していくことができるのです。
◆◇◆
「学」の道にゴールはありません。
学べば学ぶほど、「学」が深まり、「信」も「行」も深まるのです。永遠に前進し、向上していく健気な信心の人こそ、本当の求道者として、自由自在の境涯に生ききっていける。
学会活動もそのためにあるのです。
悩みや困難に直面した時など、会合へ向かう足が重い場合もあるでしょう。しかし、そういう時こそ、仏の集いである学会の会合に足を運び、教学を学び、体験を聞くことで、生命が躍動します。信心が磨かれ、境涯を開いて、足取りも軽く前進していけるのです。
(『信仰の基本「信行学」』から)

小泊摂 女性部教学部長
◇永遠に前進する求道者に!
「女性部の皆さんは、何があっても題目を唱え抜き、一人も残らず『幸福の天使』として、また『平和の天女』として、『歓喜の中の大歓喜』の舞を、楽しく仲良く伸びやかに繰り広げていってください」
過日の本部幹部会へのメッセージで、池田先生は女性部の新出発を最大に祝福してくださいました。時を同じくして、『日蓮大聖人御書全集 新版』が発刊され、誰よりも深く身読していく使命が女性部にあると襟を正す思いです。
各地の同志からは「現代仮名遣いが用いられていて理解しやすい」「自分に頂いたお手紙のように感じられる」など、早速喜びの声が届いています。
これまで、女性部では「グループ学習・懇談」で御書の一節を拝し、励まし合う中で、実践の教学を心肝に染め、女子部では"教学で立て"との永遠の指針のもと「池田華陽会御書30編」の読了に挑戦し、共に幸福勝利の軌道を歩んできました。
「この一書とともに、『立正安国』『立正安世界』へ、『万年の外未来までも』、地涌の宝友が師弟誓願の不二の旅を歓喜踊躍して進みゆかれることを、私は心から願うものである」——先生が御書新版に寄せられた序文を心に刻み、より多くのメンバーが御書を開き"師弟直結の教学"を身に付けていけるよう、研さん運動の新たな波を起こしてまいります。今回は、「上野殿後家尼御返事」を拝し、「信行学」の「学」についてつづられた先生の講義を学び合っていきましょう。

◇仏界で染め上げる
大聖人は本抄で、藍を何度も重ねて染めれば鮮やかな青となるように、信心をどこまでも深めていくよう、御教示されています。このことについて先生は次のように講義されています。
「信心も、日々、自身の願いや目標に向かって、実践に励み、努力していくからこそ、祈りが強くなり、信心が深まるのです。御書を拝していく意義も同じです。戦いの中で何度も何度も拝していくことによって、自身の生命に、大聖人の勇気と正義のお振る舞い、弟子を思う大慈悲、何より妙法流布への大情熱を焼き付けるのです。そして、わが生命を仏界で染め上げるのです」
尼御前は、困難に遭遇したからこそ、御指導が命に響き、信心を深めていったと考えられます。それは私たちにも通じる原理ではないでしょうか。
コロナ禍により生活は一変し、それぞれが思いがけない苦悩を抱えました。対面が制限される中、私たちは、オンラインで御書を拝読したり、先生の講義を学んだりと、工夫を凝らして励まし合ってきました。これまで親しんできた御書を読み返し"この御文は今の自分への指針だ""今こそ自身の発迹顕本を"など、新たな感動と決意が湧いてきた人も少なくないと思います。
こうした触発のネットワークが一人一人の地涌の底力を呼び覚まし、対話の大波となって、民衆勝利の歴史を開くことができたのです。
わが家も、昨年夏、夫が突然の病で倒れ、救急搬送されて、九死に一生を得ました。同時期に、同居している姑の老化が急激に進み、日常生活に支障を来すように。葛藤の日々が続きました。「開目抄」の「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし」(御書234ページ)を何度も口ずさみ、必ず変毒為薬してみせると祈り、戦いました。
その結果、夫は1カ月で職場に復帰し、食生活などを見直して健康管理に気を配っています。姑は周囲の方々の応援も得て介護施設に通い始めたことで元気になり、卒寿(90歳)を晴れやかに迎えることができました。今、広布に全力投球できる日々に感謝でいっぱいです。

◇"1期生"の誇り高く
「一流の学者を凌駕する深き研さんと、みずからの成長をはかりゆくものであってほしい」——1987年(昭和62年)、先生のお心を体して、男女青年部による御書研さん運動が全国で巻き起こりました。各地で一つの御書を徹底して学び、"真の人間主義とは?""真の幸福とは?"と時のたつのも忘れて語り合いました。この時、十大部を始め、各地の研究論文が先生のご監修をいただいて、聖教新聞や「大白蓮華」等に掲載されていったのです。
運動の女子部の責任者として、各地の研さんメンバーと、懸命に学び抜いたことが、自身の信心の土台となっています。"青春の誓いを果たす時は今!"との決意で、女性部の教学運動に全力で取り組んでまいります。
新出発した女性部は、年齢の幅が広がり、ライフスタイルもさまざまです。だからこそ学び合えることがたくさんあります。池田華陽会、ヤング白ゆり世代、そして、多宝会の先輩も、皆、地涌の使命に生きる池田門下生です。
「此文を心ざしあらん人人は寄合て御覧じ料簡候て心なぐさませ給へ」(同961ページ)の通り、嬉しい時も、苦しい時も、師に心を合わせて、共に御書を拝し「行学の二道」を朗らかに歩んでいこうではありませんか。"女性部1期生"の誇りも高く、学び、語り、幸のスクラムを幾重にも広げていきましょう。

◇メモ
「上野殿後家尼御返事」は、南条時光の母・上野尼御前に与えられたお手紙。日蓮大聖人は本抄で、夫・南条兵衛七郎を若くして病気で失い、悲しみに耐えながら子どもたちを育てる尼御前を、抱きかかえるように励まされている。法華経の行者であった夫は必ず成仏しており、妙法で結ばれた夫婦は、死によって隔てられることなく、いつも一緒であると強調される。孤軍奮闘する尼御前は、師の一言一言を真っすぐに受け止めて立ち上がり、子どもたちに信心を伝えていった。

2021年12月14日火曜日

2021.12.14 わが友に贈る

人知れぬ地道な挑戦が
勝利への確かな道だ。
「十年一剣を磨く」
この信念で粘り強く
自身を鍛えよう!

四条金吾殿御返事 P1192
『夫れ運きはまりぬれば兵法もいらず果報つきぬれば所従もしたがはず』

【通解】
福運がなくなれば、どんな兵法も役に立たなくなり、果報が尽きてしまえば、従うべき人も従わなくなる。

53名字の言 感謝を伝えたい——ある壮年部員の実践 2021年12月14日
師走になると、各地の友人に電話をかける壮年部員がいる。先日、その彼から連絡が来た。「今年のうちにお礼が言いたくて!」。年始に年賀状をもらい、新鮮な気持ちで一年を出発するのもいいが、年末にこうして年を締めくくるのもまたいい▼彼は日頃、人から声を掛けられたり、手紙をもらったりする中で「心に残った言葉」をノートに書きとどめている。その言葉をくれた人への感謝を"年内に肉声でじかに伝えよう"と電話をしているのだという▼彼の話を聞きながら、二つのことを思った。一つは内容が具体的であること。"何月何日に、これをしていた時、こう言ってくれたことが、とてもうれしかった"と。抽象的表現や単なる美辞麗句では胸に響くまい▼もう一つは、他の方からの「心に残った言葉」も聞いたが、どれも彼の頑張りをたたえる真心に満ちたものだった。御書に「あまりに人が自分を褒める時は、『どんなふうにでもなろう』という心が出てくるものである」(1359ページ、通解)と。心根の良い同志に囲まれて信心に励んだからこそ、彼の大成長の一年があったのだと納得できた▼悩む友が奮い立つ励ましの声。広布前進を加速させる希望の声——真実の言葉を惜しむまい。]

寸鉄 2021年12月14日
学会員の生き方と行動が仏教の慈悲を体現—教授 創価の運動こそ未来創る
「関西女性の日」制定20周年。「常勝の門」開く太陽。福徳広げる語らい今日も
埼玉女性部の日。誉れの師弟共戦の連帯。地域に希望と励ましの対話拡大
「ながらスマホ」事故が後を絶たず。ちょっとだけが命取り。油断を排して
国内の温室効果ガス排出量が過去最少と。地球を守る意識変革と努力更に

☆ONE GOSHO この一節とともに! 妙密上人御消息
◇賛嘆の心に福徳輝く
学会活動における日々の励ましは、妙法を賛嘆し、功徳を広げる実践である——。青年が飛躍する明年への出発に際し、「たたえる心」に功徳が満ちる法理を学ぶ。

◇御文
『金はやけば弥色まさり剣はとげば弥利くなる・法華経の功徳はほむれば弥功徳まさる、二十八品は正き事はわずかなり讃むる言こそ多く候へと思食すべし』(御書1241ページ)

◇通解
金は、焼けばいよいよ色が良くなり、剣は、研げばいよいよよく切れるようになる。
(同じように)法華経の功徳をたたえるなら、ますます功徳が勝っていく。
(法華経)28品は、法理の真髄を説くところは、わずかであるが、たたえる言葉こそ多くあることを、心得ていきなさい。

◇背景
本抄は建治2年(1276年)閏3月、日蓮大聖人が身延で著され、妙密上人に送られたお手紙である。妙密上人について詳しくは明らかになっていないが、信心強盛な門下であったと考えられている。また、本抄の内容から、夫妻で信心に励み、折あるごとに大聖人に御供養を届けた、功労の弟子であることがうかがえる。
本抄では、大聖人をお守りする妙密上人の志自体が、日本国に法華経の題目を弘めていることに等しく、その功徳は妙密上人の身に集まり、諸天善神から必ず守護されると仰せになっている。

◇解説
金が輝きを増し、剣がより鋭くなる。この二つの例えを日蓮大聖人は、「功徳が勝る」ことに重ねられている。
金が輝くには精錬が必要であり、剣が鋭さを増すには「研ぐ」ことが欠かせない。同じように、妙法を実践する功徳がますます豊かになるのは、法華経の功徳を「たたえる」からであると、大聖人は教えられている。
この「たたえる」ことの意義を御教示されているのが、「二十八品は正き事はわずかなり讃むる言こそ多く候へと思食すべし」との一節である。
「二十八品」は、法華経28品を指す。法華経には、28品全体を通じて、仏や法華経そのものを賛嘆する言葉が数多くつづられている。一方で、「正き事」、すなわち法理の真髄が述べられた箇所はわずかである。
これは、万人成仏の法理が法華経の文底に秘められているからである。そして、その肝要を南無妙法蓮華経として顕されたのが大聖人である。
ゆえに、法華経は、南無妙法蓮華経の偉大さをたたえる経典だと言える。法華経の真髄である南無妙法蓮華経を称賛する心に、無量の福徳があふれるのである。
それでは、私たちにとって「法華経の功徳をたたえる」実践とは何であろうか。具体的には、信心の喜びや功徳の体験を周囲の友に語っていくことである。
友人に対話することで、福徳が積まれていく。相手がどんな反応をしようとも、積まれる功徳は全く同じである。そして、下種仏法であるがゆえに、相手の生命にまかれた妙法の種が、必ず幸福の大輪を咲かせていくことは間違いない。
また、広布に生きる同志を尊敬し、励ましていくことも「法華経の功徳をたたえる」ことに通じる実践である。皆が互いにたたえ合い、励まし合っていく——。そこから、生きる希望と困難に挑む勇気が湧き出ることは、多くの学会員が体験してきた事実である。
今回の拝読御文に照らせば、そうした「たたえる」実践の一つ一つが、法華経の真実を伝え広げていくことであると言えよう。
池田先生は語っている。
「頑張っている人を、たたえればたたえるほど、自身にも組織にも『福運』と『勢い』がつく。仏子を『ほめたたえる心が強い』ことが、『仏界が強い』証拠でもある。『御本尊をたたえ、広宣流布の勇者をたたえることのできる人』が『仏界の強い人』である」
学会創立100周年への"初陣"となった本年、私たちはコロナ禍の中、険難の峰を勝ち越え、民衆勝利の正義の実証を打ち立てた。そこには、一人一人が自分自身の壁に挑み、広布のために奮闘してきた、それぞれのドラマがある。
互いの挑戦を心からたたえ合いながら、明「青年・飛躍の年」へ決意を新たにしていきたい。

☆大学校生とナットクTALK テーマ:弘教
男子部大学校生からの質問に答える連載「大学校生とナットクTALK」。今回は「弘教」について。折伏に悩む木邑ニュー・リーダーが中村団長に相談します。

◇テーマ:弘教
登場人物
中村区男子部大学校団長 20歳の時に入会。情熱に燃える新進気鋭のリーダー。34歳。
木邑ニュー・リーダー 男子部大学校4期生。アパレル店で働く24歳。

Q体験がありません
Aありのまま率直に語ることが大切
中村区男子部大学校団長 先週の指導会は皆の熱意がすごかったね。僕も大学校生と一緒に頑張ろうと改めて決意したよ。木邑君は仏法対話に挑戦したって言ってたね!

木邑ニュー・リーダー 初めて友達に学会の話をして、会合に誘ってみたんですけど、断られちゃいました。学会が世界中に広がっているとか、池田先生が各界の一流の方々と対話をしてこられたとか、"すごいね"とは言ってくれたんですけど、"信心する気はない"と言われてしまって……。

中村 でも、勇気を出して対話したこと自体、すごいことだよ! 相手が信心する「発心下種」も、信心しない「聞法下種」も、妙法を伝えた功徳は同じだからね。

木邑 僕には"大病を乗り越えた"とか"経済革命した"とか、大きな信心の体験がないから、折伏がうまくいかないんじゃないかと思うんですが……。

中村 その気持ち、分かる! 僕も大学校時代に折伏を始めた時に、同じように悩んだよ。その時、先輩から「立派な話をしようと肩肘を張る必要はないんだ。自分が"信心して良かった"と感じた率直な気持ちを、ありのまま友人に語ることが大切じゃないかな。"立派な誰か"の話より、"身近な中村君"の等身大の思いこそが、友人の心に最も響くと思うよ」ってアドバイスされたんだ。

木邑 そうだったんですね。

中村 折伏は「難事中の難事」だからね。池田先生も若い頃は、弘教がなかなか実らず悩まれていたそうだよ。当時を振り返った先生の随筆には「自分が不甲斐なく、どう語ればよいのか、必死に研究もした。そして、祈りに祈り、"もう一人""もう一人"との思いで、折伏行を重ねた。それが、どれほど大きな自身の力となっていったか計り知れない」とあるよ。

木邑 池田先生もですか!?

中村 そう。僕がかつて対話が実らずに悩んでいた時、当時の団長から「大事なのは諦めない心だよ」って言われたんだ。「いまだこりず候法華経は種の如く仏はうへての如く衆生は田の如くなり」(御書1056ページ)との御文を拝して、「いつ芽が出るか分からないけど、『いまだこりず候』との思いで、種をまき続けよう!」って激励してくれたんだよ。大変だった分、初めて弘教が実った時は、めちゃくちゃうれしかった。その大学校時代の折伏が、信心の大きな原点なんだ。

木邑 僕も諦めずに挑戦していきます!

中村 すごいね! 一緒に頑張ろう!

2021年12月13日月曜日

2021.12.13 わが友に贈る

◇今週のことば
我らの座談会は
生命飛躍の滑走路なり。
健闘を労い希望の対話を。
会場のご家族に感謝し
勢いよく新年へ出発だ!
2021年12月12日

下山御消息 P350
『此等の経文の亀鏡をもて両火房が身に指し当て見よ少もくもりなからん、一には名は持戒ときこゆれども実には放逸なるか二には慳貪なるか三には嫉妬なるか四には邪見なるか五には婬乱なるか此の五にはすぐべからず』

【通解】
経文を鏡(規範)として、両火房(極楽寺良観のこと)の身に当てはめてみよ。少しの曇りもなく符合するではないか。一つには、名は持戒の僧と世に聞こえるけれども、実際は放逸であるか。二つには慳貪であるか。三つには嫉妬であるか。四つには邪見であるか。五つには婬乱であるか。この五事に尽きるではないか。

名字の言 創大駅伝部と共にラストスパート! 2021年12月12日
新春の箱根駅伝にエントリーする各チーム16人が決定した。本番を走るのは10人。ここからさらにチーム内で競い合うことになる▼選ばれる選手がいる一方、選ばれなかった多くの選手がいるのは、どの大学も同じだろう。前回大会直後、創価大学の榎木監督が語っていた。約3分の2の選手はエントリーから外れ、悔し涙をのんだ。その中でも"0区"と呼ばれる箱根直前の記録会で、選外になった選手の多くが自己新を出した。サポートに回ったメンバーの走りが箱根に挑む選手たちを勢いづけてくれた、と▼今回も創大は選手の約3分の2がサポートに回る。その中には直前の競技会で自己記録を更新したメンバーも、これが最後になる4年生もいる。ここに至るまで、どれほどの努力があり、挑戦があったことか。彼らの力走をたたえずにはいられない▼「走姿顕心」という言葉がある。「走る姿に心が顕れる」との意味だ。走りたくても走れない仲間の分まで——その心が映し出された走りには、見る人を感動させる力がある▼先の言葉には「走る人の心が結果に顕れる」という意味もあると榎木監督は言う。"心で走る"創大駅伝部の勇姿を楽しみに、私たちも一年の総仕上げへ悔いなきラストスパートを!

寸鉄 2021年12月12日
組織動かすのは信仰への確信と情熱—戸田先生。真剣の一人で地区は伸展
中部広布原点の日。皆の勇気の拡大で民衆凱歌を 新時代を開く一番星に!
庶民を通してものを眺めよ。そこに真理が—文豪。尊き同志と心合わせ前へ
掃除中の転落事故は師走に倍増。特に高齢者。高所作業は無理せず安全優先
厚労省装う変異株対応の偽メールが横行。添付やリンク等、安易に開かず

☆ヒーローズ 逆境を勝ち越えた英雄たち 第14回 レイチェル・カーソン
〈レイチェル・カーソン〉
沈黙は私の心に安らぎを与えない。
目的を達成するためには、
大望を抱くことを恐れてはなりません。

"世界を変えた"と言われる一冊の書籍がある。
『沈黙の春』——農薬等に含まれる化学物質による環境汚染を告発し、自然破壊がもたらす生命の危機を訴えた本である。
著者は、アメリカの海洋生物学者で作家のレイチェル・カーソン。"20世紀の偉大な知性"の一人といわれる女性である。
執筆を開始したのは1958年。この頃、米国内ではDDTという有機塩素系殺虫剤が日常的に使われていた。安価でほぼ完全に害虫を駆除し、少量でも効果が長持ちするDDTを、人々は"奇跡の薬"と呼んだ。
生態系の平衡が崩れる危険性を叫ぶ専門家もいた。しかし、科学技術競争が激化する時代にあって「科学は正義」。経済至上主義の社会は"それくらい仕方がない"と耳を塞いだ。
そんなある日、友人から手紙が届く。そこには、殺虫剤が何の罪もない多くの生き物たちの命を奪った悲痛がつづられていた。カーソンは決意した。
「私が書くしかない!」
彼女は当時、『われらをめぐる海』『海辺』など、海の神秘や海洋生物の魅力を描いた本で知られるベストセラー作家。時代の流れに逆らう作品を出せば、理不尽な批判を浴びるだろう。それを覚悟した上での決断だった。「もしも私が沈黙をつづけるならば、私の心に安らぎはありえない」と。
『沈黙の春』は、そこから4年の歳月を経て出版された。彼女は科学技術を否定したいわけではなかった。生命の危機を差し置いてまで、自らの都合を優先し、自然を征服しようとする人間の傲慢さに警鐘を鳴らしたのだ。企業などからの非難は相次いだが、科学的根拠に基づいた訴えに世間は目を見張った。
「目的を達成するためには、人はみんな大きな夢を見なければならない、とずっと信じてきました。——大望を抱くことを恐れてはなりません」
一人の女性の勇気が、後のアメリカ環境保護庁創設の契機となり、新たな時代を切り開く力になっていったのである。

〈レイチェル・カーソン〉
過去よりも未来を見つめよう。
夜の後には必ず夜明けが訪れ、
冬の後には必ず春が来るのだから。

レイチェル・カーソンは1907年、アメリカ・ペンシルベニア州の小さな町に生まれた。
幼少から一日の大半を森や小川のほとりで過ごす。鳥や虫、草花を観察し、生命と生命の関わりを肌で感じながら育った。
読書が好きで、作家になりたいと思ったのは10歳の頃。だが、生まれつき病弱で家庭も貧しく、夢を実現するには困難な環境だった。事実、彼女が大学に通う際、両親は土地を担保に入れ、家財を売って学費を工面した。カーソンも食堂などで働きながら勉学に励んだ。
恩師との出会いをきっかけに生物学を志し、ジョンズ・ホプキンス大学大学院へ。修士号を取得し、大学で講師をしながら研究を続けるも父が急死。家族を養うために博士課程への進学を諦めた。
そこで始めたのが、海洋生物の魅力を伝えるラジオ番組の台本執筆だった。恩師に勧められた、このパートタイムの仕事から、作家への道が開けていく。
夢をかなえた後も苦悩は尽きなかったが、カーソンは強い信念をもって前へ進み続けた。
「大地や海が経てきた長い時の流れを思い、『百万年』や『10億年』の単位でものを考えるとき、そして、それにひきかえ人間は地上に生まれてまだ間もないのだと自覚するとき、私たちは自分がとらわれている不安や苦難のいくつかが、まったくささいなものであると悟ります」
『沈黙の春』を書いた4年間も例外ではない。母との死別に自身の闘病。リウマチ、心臓発作、虹彩炎、がん……。自らを"病気のカタログ"と称する状況でも、彼女は決して屈しなかった。寝たきりの状態になった時期もあった。それでも「私自身で原稿を見なければならないのです」と、一ページ一ページを入念に仕上げていった。
不屈の原動力は、どこからくるのか——。カーソンはたびたび、自然の美や神秘が、心に安らぎと勇気を与えてくれると述べた。また、著書にはこうも記している。
「夜のあとにはかならず夜明けが訪れ、冬のあとには春が来る」と。この不変の法則に照らした状況克服への確信こそが、生きる希望となったのだろう。
『沈黙の春』の発刊から2年後の1964年、カーソンは56年の生涯を閉じた。命を懸けて紡いだ言葉は、世代を超え、生命と環境を守る連帯を築いた。そして、自然の恩恵と脅威の両方を知る人類に、共生の未来を開く方途を示し続けている。

〈レイチェル・カーソンを語る池田先生〉
「より高い可能性を求めて進まない
人生に何の意味があるだろうか?」
いくつになっても青年の心で
生き生きと毎日を出発したい。
それが本因妙の仏法の生き方である。

レイチェル・カーソンの信念は、多くの人々の環境意識を啓発してきた。池田先生と対談集『地球対談 輝く女性の世紀へ』を発刊したアメリカの未来学者ヘイゼル・ヘンダーソン博士も、その一人である。
博士が『沈黙の春』を読んだのは、大気汚染防止の運動を始める少し前。「私を勇気づけ、立ち上がる一つのきっかけとなりました」と振り返る。
対談の中で先生は語った。
——政治も経済も、すべての根本を「生命」の価値に置く時代を目指さなければなりません。私が、「21世紀を『生命の世紀』に」と提唱してきたのも、その思いからでした——と。
博士は「生命の世紀」というビジョンに賛同を寄せ、「その新しい時代へと踏み出すためには、当たり前とされている常識や価値観、また権威といったものを、一人ひとりが見つめ直すことが大切になる」と訴えた。
池田先生のリーダーシップのもと、学会・SGIは環境問題を巡る草の根レベルの運動に取り組んできた。2002年には先生の環境提言をもとに、国連の「持続可能な開発のための教育の10年」の制定を提唱。日本政府が提案し、国連総会において満場一致で採択された。
また、その支援のための環境展を国内外で開催。近年は国連のSDGs(持続可能な開発目標)の達成と気候変動対策の活動に力を注ぎ続けている。
先生は1995年1月、ハワイを訪問。東西センターで「平和と人間のための安全保障」と題して講演し、カーソンの言葉に触れつつ、多様な文化、異質な価値観を認め合うことが、人類共生の道となると述べた。
彼女の生き方を通して、同志を励ましてきたこともある。
広宣のリーダーには——
「カーソンさんは言う。『人間は、より高い可能性を求めて進んでいかないなら、人生になんの意味があるだろうか?』
その通りである。『さあ、きょうも頑張ろう!』『あの人に会おう!』『この人と語ろう!』——いくつになっても、前向きな青年の心で、生き生きと毎日を出発したい。それが本因妙の仏法の生き方である。広宣流布に戦う人は、どこか光っている。生命が躍動している」(2003年8月3日、全国最高協議会でのスピーチ)
後継の友には——
「(カーソンは)真実のことを発表したにもかかわらず、でたらめな、ひどい悪口を言われました。けれども、彼女は自分の信念の正しさに自信をもっていました。だから、何を言われても恐れなかった。(中略)
どんな壁にぶつかっても、『負けない心』で、勇気をもって挑戦していくことです。挑戦した分だけ、皆さんの心が大きくなるからです。強くなるからです」(「少年少女きぼう新聞」02年1月号の新春メッセージ)
さらに創価の女性には、カーソンの次の言葉を贈った。
「私はいつも、すでにしたことよりも、これからしようとすることに興味があります」
今日よりも明日、今年よりも来年——さらなる高みへ、皆が青年の心で飛躍する時である。

2021年12月12日日曜日

2021.12.12 わが友に贈る

我らの座談会は
生命飛躍の滑走路なり。
健闘を労い希望の対話を。
会場のご家族に感謝し
勢いよく新年へ出発だ!

四条金吾殿御返事 P1136
『火にたきぎを加える時はさかんなり、大風吹けば求羅は倍増するなり、松は万年のよはひを持つ故に枝をまげらる、法華経の行者は火と求羅との如し薪と風とは大難の如し、法華経の行者は久遠長寿の如来なり、修行の枝をきられまげられん事疑なかるべし、此れより後は此経難持の四字を暫時もわすれず案じ給うべし』

【通解】
火に薪を加える時には火は盛んに燃えます。大風が吹けば求羅という虫は大きくなります。松は万年の長寿を持つゆえに枝を曲げられるのです。法華経の行者は火と求羅のようなものであり、薪と風は大難のようなものです。法華経の行者は久遠長寿の如来です。修行の枝を切られ、曲げられることは疑いないのです。これより以後は「此経難持」の四字をしばらくも忘れず思索していきなさい。

名字の言 創大駅伝部と共にラストスパート! 2021年12月12日
新春の箱根駅伝にエントリーする各チーム16人が決定した。本番を走るのは10人。ここからさらにチーム内で競い合うことになる▼選ばれる選手がいる一方、選ばれなかった多くの選手がいるのは、どの大学も同じだろう。前回大会直後、創価大学の榎木監督が語っていた。約3分の2の選手はエントリーから外れ、悔し涙をのんだ。その中でも"0区"と呼ばれる箱根直前の記録会で、選外になった選手の多くが自己新を出した。サポートに回ったメンバーの走りが箱根に挑む選手たちを勢いづけてくれた、と▼今回も創大は選手の約3分の2がサポートに回る。その中には直前の競技会で自己記録を更新したメンバーも、これが最後になる4年生もいる。ここに至るまで、どれほどの努力があり、挑戦があったことか。彼らの力走をたたえずにはいられない▼「走姿顕心」という言葉がある。「走る姿に心が顕れる」との意味だ。走りたくても走れない仲間の分まで――その心が映し出された走りには、見る人を感動させる力がある▼先の言葉には「走る人の心が結果に顕れる」という意味もあると榎木監督は言う。"心で走る"創大駅伝部の勇姿を楽しみに、私たちも一年の総仕上げへ悔いなきラストスパートを!

寸鉄 2021年12月12日
組織動かすのは信仰への確信と情熱―戸田先生。真剣の一人で地区は伸展
中部広布原点の日。皆の勇気の拡大で民衆凱歌を 新時代を開く一番星に!
庶民を通してものを眺めよ。そこに真理が―文豪。尊き同志と心合わせ前へ
掃除中の転落事故は師走に倍増。特に高齢者。高所作業は無理せず安全優先
厚労省装う変異株対応の偽メールが横行。添付やリンク等、安易に開かず

☆御書の旭光を 第64回 学会の大恩人・多宝の友に感謝
〈御文〉
『阿仏房にひつを・しおわせ夜中に度度・御わたりありし事いつの世にか・わすらむ』(千日尼御前御返事、1313ページ)

〈通解〉
(あなた〈千日尼〉が)阿仏房に櫃(食料等を入れる箱)を背負わせて、夜中に度々、訪ねてこられたことを、いつの世にか、忘れられようか。

〈池田先生が贈る指針〉
真心の功労を忘れない――御本仏の絶対の御照覧に、我らの広布の人生は包まれている。
幾多の大難を越えて、忘恩の悪侶らの背信にも打ち勝った多宝の父母の福徳は不滅である。この一人一人の尊き勝利劇が妙法の大功力の証明だ。
燃え上がる"永遠の学会青年"の心意気を継承し、皆が若々しく、いよいよの飛躍を!

☆教学随想 日蓮仏法の視座 「新・人間革命」世代の使命
志賀昭靖 青年部長
◇11・28「魂の独立記念日」 後継の"山本伸一"の連帯を拡大
11月28日、創価学会が日顕宗から"魂の独立"を果たしてから30周年の佳節を迎える。学会は世界宗教へと飛翔した。ここでは志賀青年部長の教学随想を掲載する。

◇師弟の種子
「池田先生はすごい方なんだよ」
「世界の指導者なんだよ」
物心ついた頃から、両親や地域の同志は口々に先生の偉大さを教えてくれた。
私は第1次宗門事件の震源地の一つである大分・竹田で生まれ育った。
1981年(昭和56年)の12月12日、岡城址での先生と竹田の同志との記念撮影に、祖母に抱かれた2歳の私も加わることができた。もちろん当時は、邪宗門の悪辣な振る舞いなど、知る由もない。
温かな創価家族によって私の心に下ろされ、育まれた創価の師弟の種子は、学生部となって芽吹いたように思う。主体的に学会活動を開始し、弘教に挑み、同志を励ます中で、師匠の闘争を肌で感じたからだ。
夏休みに帰省した際には、宗門事件についても、親に積極的に尋ねた。悪侶らの耳を疑うような、非道な仕打ちの数々に、邪宗門の極悪を知った。と同時に、仏敵と戦い、学会を護ってくれた両親をはじめ、地域の同志へ深い尊敬の念がわき上がった。
男子部長の大任を拝した2016年(平成28年)、悪と戦い、師匠の正義を叫び抜く男子部の構築を心に期した。
「仏と提婆とは身と影とのごとし」(御書230ページ)である。御聖訓に照らせば、広宣流布の途上において、悪との戦いは避けて通れない。池田先生の闘争、学会の歴史にも、それは明らかだ。であるならば、広布の大道を征く学会の前進を阻み、師弟の絆の分断を図る輩が出てきたならば、男子部が打ち破る――男子部がこの決意を忘れてはならないと、竹田に生まれた一人として、体験を語りに語り、拡大に走った。

◇嵐すら飛躍台に
しかし、心から師匠の偉大さを実感したのは、小説『新・人間革命』につづられた宗門事件のことを学んだときである。第30巻〈上〉「大山」の章には、次のように記されている。
「"荒波がなんだ! 私は師子だ。広宣流布の大指導者・戸田先生の直弟子だ。
新しい青年たちを育て、もう一度、新たな決意で、永遠不滅の創価学会をつくろう!"」
創価の師弟の分断を図ろうとする魔の手から全同志を護り、さらに、宗門事件という嵐すらも、"世界平和への対話行"と、"新たな人材育成"への飛躍台として奔走する山本伸一の師子王の闘争が描かれていた。また、苦難の時こそ、青年が立ち上がれとの万感のご期待がつづられていた。
一節一節に魂が揺さぶられ、目を見開かされる思いがした。
そして、「誓願」の章に記されている通り、先生の獅子奮迅の戦いによって師弟の絆を強靱にした学会は、第2次宗門事件という再びの魔の策謀に、微動だにしなかった。邪宗門の浅はかな策略を悠然と見破り、創価ルネサンスの大行進を開始したのである。
読み深める中で、偉大な師匠である先生と共に、学会と共に歩める喜びがふつふつと込み上げてきた。改めて、両親や竹田の同志が語っていた「先生の偉大さ」が胸に迫ってきたのである。

◇誓いを共有
昨年来、新型コロナウイルスの猛威が世界を覆っている。いわば、全世界が同時に同じ苦しみを分かち合っている。
次元は異なるかもしれないが、「立正安国論」の冒頭、主人と客が「主人の曰く独り此の事を愁いて胸臆に憤悱す客来って共に嘆く屢談話を致さん」(同17ページ)と語り合ったように、全世界の池田門下の青年たちが"憂い"を共有した。そして、小説『新・人間革命』を学び、立ち上がった。さまざまな制約の中でも知恵を絞り、広布の歩みをいや増して加速させた。オンラインを駆使し、130万の友が、「世界青年部総会」に集い合った。安国論の結びに、客が主人に決意を披歴したように、全世界の池田門下が"誓いを共有"したのである。
魂の独立から30年。この間、学会は世界宗教へと飛翔した。そして、その勇壮な離陸と時を同じくして先生が執筆され、完結させてくださった書こそ、小説『新・人間革命』にほかならない。全世界の同志が永遠に規範とすべき、学会の「精神の正史」である。広布拡大の要諦も、破邪顕正の闘争も、徹底して一人を大切にする振る舞いも、全ては、そこに凝縮されている。
2030年、そして万年の広布の未来を展望し、今、世界で躍動する青年の誓願のスクラムを、さらに力強く発展させていけるか。それはひとえに、次代を担う私たち青年が、この学会の精神の正史たる『新・人間革命』を心肝に染め、実践の規範とし、自らの血肉とできるか。さらには、時代精神として定着させることができるか否かにかかっているといっても過言ではない。

◇人間のための宗教
今、青年部では、小説『新・人間革命』を心肝に染めて戦う、青年部の新たな広布拡大と人材育成の取り組みである「新・人間革命」世代プロジェクトを推進している。各地で小説を胸に活躍する友の様子が聖教新聞等で紹介されている。
妻を襲った病魔を題目と折伏ではね返し、職場では全国1300人を超える社員の中でトップの営業成績を収めた友。また、学会活動に励み、『新・人間革命』を月に1冊読み深める中、11度目となる挑戦で教員採用試験に合格を果たし、教師として使命にひた走る友もいる。
一人一人、人間勝利のドラマは多彩で異なるものの、皆の歩みには、共通項があるように感じる。
それは、小説につづられる同志の体験や山本伸一の指導を糧として、自身が直面する試練や逆境から逃げず、正面から見据え、人間革命と宿命転換への「跳躍台」へと捉え返していることである。そして、「自分も必ず、この苦難を勝ち越えることができる」との確信を得て、自らの"反転攻勢の行動"を力強く開始しているように感じるのである。
宗門事件で嫉妬に駆られた邪宗門が企んだのは、結局、師弟の分断だった。しかし今、私たちは小説『新・人間革命』を通して、何の介在物もなく、時間も場所も超えて、池田先生と直結していくことができる。そして幸福と勝利を開いていける。
いかなる障魔が襲い掛かろうとも、創価の師弟の絆は絶対に絶ち切れない。今を生きる私たちは、自らの人生を通してそれを証明していく世代だ。その挑戦の中に、あらゆる差異を超える"人間のための宗教"の真価が輝くのではないだろうか。
"新時代の山本伸一"との自覚で立ち上がる、青年の陣列の拡大こそ、"一人の人間における偉大な人間革命が全人類の宿命を転換する"との池田先生の思想と行動を継承することにほかならない。
小説『新・人間革命』を自らの確固不動の信念へ、そして世界の思潮へ。これこそ、次なる未来を生きる私たち、まさに「『新・人間革命』世代」に託された重大な使命である。

2021年12月11日土曜日

2021.12.11 わが友に贈る

スピードが大事。
何事も先手を打つことだ。
友のため 勝利のため
鋭敏に 真剣に動こう!
そこに歓喜が生まれる。

南条兵衛七郎殿御書 P1494
『たとへば朝につかふる人の十年二十年の奉公あれども君の敵をしりながら奏もせず私にもあだまずば奉公皆うせて還つてとがに行はれんが如し』

【通解】
たとえば、朝廷に仕える人が、十年、二十年と奉公しても、主君の敵を知りながら、主君に報告もせず、個人としても敵として怒ることがなければ、長年の奉公の功績も、みな消えてしまい、かえって罪に問われるようなものである。

名字の言 勝負の行方は25人のテストジャンパーに託された 2021年12月11日
1998年の長野冬季五輪のスキージャンプ・ラージヒル団体。ひどい吹雪で競技は一時中断された。1本目を終えて日本は4位。中止か、再開か——25人のテストジャンパーが試験飛躍することになった▼続行の条件は全員がジャンプを決めること。誰かが失敗すれば、日本は4位でメダルを逃す。勝負の行方が委ねられる中、恐怖と戦いながら飛んだ彼らは次々と着地に成功。メンバーの一人は「目に見えない"タスキ"のようなものが伝わってくる感覚があった」と。無事に2本目が再開され、日本は大逆転で金メダルに輝いた▼山口県の壮年は、母が信心していたものの「自分は関係ない」と25年以上も入会を拒んでいた。そんなある日、母が介護施設に入るため、部屋を整理することに。仏壇の引き出しの中で見つけたのは、30通もの手紙だった▼書かれた年月も差出人も違う。だが、どの文面にも母の幸福を願う言葉がつづられていた。目頭を熱くした壮年は、昨年1月に入会。入会記念勤行会には手紙の送り主たちの笑顔があった▼表面には見えない"つながり"が、人の心を変え、幸のドラマを生むことがある。明日まで本年最後の「励まし週間」。未来へ希望の松明をつなぐ励ましを広げよう。

寸鉄 2021年12月11日
「題目計りを唱うる福計るべからず」御書。日々の真剣な祈りが幸福の源泉
墨田の日。師弟の縁深き庶民の王国。わが地域に模範の友情の大連帯築け
高齢者の孤立が益々大きな課題と。日々、語らいを広げる多宝会は社会の宝
大掃除は防災対策の機会にも。倒れ易い家具、頭上の収納、可燃物等を点検
パワハラの根底には価値観の違いや対話不足があると。意識変革の潮流を

☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第18回 女性部の友へ〈下〉
新しき女性の世紀は来りぬ!
壮大に生き抜く
未来のある信仰の人には
わが道の彼方に
香気が漂いゆく
わが城が待っている。

貴女の永遠の生命が
そして優しさと
純粋な信仰の生命が
正義の善の風を浴びながら
病める魂の人びとを
偉大な妙法の力で
包容する姿は
まさしく人間の天使だ。

◆◇◆

私たちは
魂の壮麗なる
幸福と勝利の金字塔を
一日また一日と
築いているのだ。

そこには
歓喜の歌が流れ
私自身が栄えゆく
永遠の芸術の生活が並ぶ。
快活に
来る日も また来る日も
日光が輝き
星の光が
我を飾ってくれる。

胸が燃ゆる
躍り進んでゆく
私の彼方には
あの陽光に包まれた
青春の日々を走り切り
戦い勝った喜びの満足が
そして生き抜く力が
希望の中に込み上げてくる。

私は
いかなる苦難の
宿命があったとしても
断じて
私の道から逃げない。
それが
人間としての
正しい歩みであるからだ。

あのデンマークの作家
アンデルセンの童話にも
「気を落としてはいけません!」
「うなだれていたって
何にもなりゃしません」と
語られている通りである。

満月の夜
そうだ!
三日月の日も
あるではないか。
常に常に
同じ姿ではない。
同じ幸福ではない。
すべての不幸を
すべての幸福に
変えゆく法理が
仏法だ。

私の人生は
自分自身への
最高の贈り物と
思っている。

◆◇◆

ああ あまりにも
大きな天の仕事を続けゆく
刻一刻の あの姿!
なんと涙が溢れんや。
そこに
永遠の心乱れぬ美があり
人として無限の
恐ろしいほどの美がある。

新しき太陽とともに
新しき女性の世紀は来りぬ。
女性の世紀とは
女性の幸福と
平和の権利を
勝ち取りゆく
生活の勝利だ。
運動の勝利だ。
活動の勝利だ。
前進の勝利だ。
生き抜く勝利だ。
一家の勝利だ。

仏の御聖訓の通りに
絶対に間違いのない
その正道を歩みゆく
私たちの前途は
幸福と勝利に
充ち満ちているのだ。

☆希望の指針——池田先生の指導に学ぶ 女性部(上)
◇あなたにしか歩めない人生の道がある
連載「希望の指針——池田先生の指導に学ぶ」では、女性部の新出発を祝して、指導・激励を掲載します(全2回)。今回は『女性に贈る 100文字の幸福抄』(主婦と生活社、2012年刊)から、珠玉の言葉を紹介します。

◇あいさつ
人を傷つける心ない言葉が
氾濫している現代だからこそ、
思いやりのある言葉を
かけ合うことを大切にしたい。
その第一歩は、「あいさつ」である。
始めは硬い表情でも、あいさつから笑顔が生まれ、
心の通った対話が広がる。

◇笑顔
「笑う」という言葉は、
古くは「咲う」とも書いたという。
笑顔は、人間が咲かせることのできる花である。
お金があってもなくても、
家族にも、友人にも、
惜しみなく贈ることのできる
幸せの花が笑顔である。

◇ありのまま
どんな時代を生きようとも、
その人には、その人にしか歩めない
人生の道がある。
ありのままの心の発露でいい。
ささやかに見える目標でも、
そこに近づこうと努力することが、
自分にしか歩めない充実の道となる。

◇母への感謝
「母への感謝」を忘れた時、
人は傲慢になる。
大切な「何か」を見失ってしまう。
そのままではやがて、
不幸の方向へと進んでいくことになる。
「母への感謝」をもち続ける人は、
正しく、心豊かな人生を歩んでいける。

◇鏡
心は不思議である。心は微妙である。
こちらが悪い感情を抱いていると、
相手にもそれが伝わっている。
こちらが笑顔の思いで接すれば、
相手にも微笑みの心が宿る。
相手はいわば、
自分にとっての鏡のような存在である。

◇新たな活力
新たな社会の希望の活力は、
女性のソフト・パワーである。
女性の知恵が発揮されれば、
職場であれ、地域であれ、
創造性が漲り、調和が図られていく。
女性が安心して伸びやかに働ける社会を
皆で作っていくことが大切である。

◇春遠からじ
長い人生、体調を崩して一休みする時もある。
思うようにいかぬことが幾つも重なる時もある。
それでも少しずつ前へ、
「春遠からじ」と自分自身を信じて進む。
一歩また一歩と!
その地道にして不屈の歩みそのものが
「幸福の道」である。

◇喜び
愚痴は「心のさび」といえるかもしれない。
心がさびつくと、
生命の回転が鈍くなり、固まってしまう。
本来ならば、できるようなことも、
できなくなってしまう。
喜びこそが、生命を回転させる
「心の潤滑油」である。

◇友情
この人生、友情をこそ、私は信ずる。
友情をこそ、誇りとする。
相手を人間として、
心から「好きだ」という感情は、
いわば魂と魂の交響であり、
人間性の精髄に通じる。
そこには他の何ものも介在する余地がない。

◇桜梅桃李
桜は桜、梅は梅と、
そのままの姿で最高に美しい。
人間も同じで、誰一人として使命のない人はいない。
希望さえ失わなければ、
その人でしか、もちえない、
最高の輝きを放ちながら、
自分らしい人生を送ることができる。

◇女性の力
命を慈しむ心、
愛する家族を守ろうとする時に発揮する
女性の力は偉大である。
女性の慈愛が賢明な勇気となって、
家庭だけでなく、広く社会に開かれていった時、
世界の平和構築は
必ず大きく前進するであろう。

◇一生涯の美
自分の個性を鍛え上げた人は美しい。
すぐ消えてしまう「一時の美」ではなく
ずっと続く「一生涯の美」である。
その人は他人をうらやまない。
他人を妬まない。
その人自身の心が
夏の高原の青空のように晴ればれとしている。

◇結婚
結婚したら幸せで、
結婚しないと不幸なのか。
決して、そうとは言えない。
急き立てられたり、あせる必要もない。
結婚するかしないか、いくつで結婚するか。
それで、人生が決まるのではない。
幸福を決めるのは「心」である。

◇慈悲
自分が縁する人を、
心から慈しみ大事にしていく。
この現実生活での振る舞いに、
本当の慈悲は光ってくる。
どれだけの人から慕われ希望を贈り、
どれだけの人の心に深く刻まれていくか。
人生の真価は、ここにあるといってよい。

◇太陽
太陽は毎日、
自らの軌道を繰り返し昇る。正確に進む。
そして、生きとし生けるものすべてに
慈光を贈り育んでいる。
日々の生活も、同じ行動の繰り返しかもしれない。
しかし、その中にのみ、
真実の幸福は創り上げられていくのである。

◇聞き上手
聞き上手は、人間関係を円滑にする。
そのコツは、相づちである。
まず「うんうんと、うなずく」こと。
そして「最後まで話をさえぎらない」こと。
「私の気持ちをわかってくれている」
その信頼感こそが、
心を開かせるからだ。

2021年12月10日金曜日

2021.12.10 わが友に贈る

「変毒為薬」の信心だ。
仕事で逆境に挑む友よ
労苦の中で培った体験は
人生勝利の礎となる。
忍耐強く朗らかに前へ!

妙密上人御消息 P1237
『人に食を施すに三の功徳あり一には命をつぎ二には色をまし三には力を授く』

【通解】
人に食物を施すことには三つの功徳があります。一には生命をたもつことができます。二には色艶を増します。三には力を与えるのです。

名字の言 横綱・照ノ富士が心に決めたこと 2021年12月10日
大相撲九州場所で全勝優勝を飾った横綱・照ノ富士。新横綱になってから2場所連続の優勝は大鵬以来、59年ぶりの快挙である▼23歳で大関に昇進するも、ひざのケガや内臓疾患などで休場が続き、一昨年には序二段まで番付を下げた。大関経験者が幕下以下に陥落するのは、昭和以降で初めてのこと。引退を考えたこともあった。それでも「一人でも『頑張っているな』と思ってくれる人がいるのならば、その人のために、もう一度土俵に立とう」と決めた▼復帰後は序二段や三段目、幕下、十両で負けることもあった。そのたびに敗因を分析し、課題を見つけては「その分、自分はまだまだ強くなれる」と、稽古を重ねた末の快進撃だった(『奈落の底から見上げた明日』日本写真企画)▼苦難に直面すると、人は往々にして"なぜ自分だけが"と思いがちだ。自分のことしか見えなくなり、心も小さく縮こまってしまう。"自分以外の誰かのために"と行動を起こせば、心は大きく広がり、新しい可能性が開けてくる▼池田先生は「人の『生きる力』を引き出した分だけ、自分の『生きる力』も増していく」と。あの友のために——きょうも挑戦の一歩を。自他共の幸福に生きる中に、人生勝利の道がある。

寸鉄 2021年12月10日
「青年よ 21世紀の広布の山を登れ」発表40周年。後継の誓いも新たに前進
青年教育など会長の行動に人類の方途が—教授。平和創造の確かな羅針盤
行動の奥に慈悲の心があれば必ず相手に通じる—恩師。強き祈りを根本に
世界人権デー。全ての生命が宝。人間主義の哲学を語り広げゆく使命は大
この1年で受動喫煙を経験—55%。路上での被害多く。配慮忘れぬ社会へ

〈社説〉 2021・12・10 きょう「世界人権デー」
◇一人を大切にする人権闘争こそ
本年、東京で開催されたオリンピック・パラリンピック大会で、競技種目を表す「ピクトグラム(絵文字)」が話題になった。起源は諸説あるが、1964年の東京での同大会をきっかけに広く普及したといわれ、言語的制約を超えた情報伝達手段として、現在も非常口やトイレの標識など身の回りで使用されている。あらゆる人に優しい先人の知恵である。
この"人への優しさ"の対極にあるのが、ヘイトスピーチ(憎悪表現)や移民排斥、新型コロナウイルスの感染者や医療従事者らへの差別など、人権を脅かす事例だ。対面では抑制される暴言が、容易にネット上に出る時代でもある。総務省によれば、昨年度のインターネット上の違法・有害情報は、相談だけでも5407件。2年連続で増えた。社会の分断は深い。亀裂を埋めるには、人権意識を高める努力が必要だ。
アムネスティ・インターナショナル日本の中川英明事務局長はかつて本紙で語った。「人権を守ることは、自分自身を大切にし、同じように他の人を大切にすること。人間はそれ自体が尊いのだという考えに立った時、日常の中でも、人権の大切さを実感できるようになるのではないでしょうか」
"人間は皆が尊極の存在"との仏法の視点に立って行動してきたのが、創価学会である。先月18日に施行された「創価学会社会憲章」。「目的及び行動規範」には、「創価学会は、人権を擁護し促進する。誰一人差別せず、あらゆる形態の差別に対し反対する」と明記されている。
学会はこれまで「人権教育ウェブサイト」の開設や展示の巡回などとともに、草の根の人権啓発を続けてきた。広布草創期から、苦悩にあえぐ"一人"を、徹底して励ましてきた。人権を、自分とはかけ離れた遠い場所にあるものではなく、身近なこととして捉え、人権意識の向上に貢献している。
池田先生は『青春対話』で「制度や法律で保障されていても、人権闘争を続けなければ空洞化してしまう」「『一人の人を大切にする』人権闘争です」と述べた。学びのみに終わらない実際の行動こそ、学会の魂である。
きょうは世界人権宣言の採択(1948年12月10日)を記念した「世界人権デー」。「人権の世紀」をつくる主体者との誇りを胸に、勇気の対話に一層励みたい。

☆四季の励まし 魂の独立から30年——「人間革命の宗教」の道を 2021年11月28日
◇池田先生の言葉
一人の人間の
蘇生と歓喜の人生こそ、
宗教本来の目的であり、
根本である。
したがって、
真に求められるのは、
生命の尊厳を説き明かし、
一人の人間を強く、
賢くする宗教である。
そこに、
「宗教のための宗教」
ではない、
「人間のための宗教」の
機軸がある。

日蓮仏法は、徹頭徹尾、
「人間のための宗教」だ。
一番重視すべきは、
どこまでも
眼前の一人を救い、
幸福にしていく実践だ。
苦しみ、悩んでいる人を
助けようとする、
慈愛の奉仕に徹する
「行動」にこそ、
宗教の価値がある。

悩みや苦しみを抱え、
いつも「救われる側」にいた
民衆が、
いつしか人々を支え、
「救う側」に回り、
「柱」「眼目」「大船」と
なっていく宗教である。
世界中に、
「民衆の柱」
「幸福の眼目」
「希望の大船」たる
人材を生み出しているのが
創価学会なのだ。
ここに
「人間革命の宗教」の
一大実証がある。

わが創価学会には——
民衆の苦悩の暗闇を破り、
勇気と希望を与えゆく
慈悲の大光がある。
敢然と邪悪を打倒し、
正義を叫び抜く
師子吼がある。
宿命を転換し、
自他共の幸福を築きゆく、
信心の大確信がある。

広宣流布という
末法万年にわたる大願の
戦いに終わりはない。
それは、全人類を
平和へと導いていく
間断なき行動と対話の
連続闘争であるからだ。
この粘り強き勇猛精進に、
私たち自身の
人間革命があり、
宿命転換がある。

【写真説明】赤、黄、青の鮮やかなバラに目を奪われる。2010年(平成22年)11月、創立記念日を寿ぐ「三色」の花々に、池田大作先生がレンズを向けた(都内で)。
きょう11月28日で邪宗門と決別した「魂の独立」から30年。人間を隷属させる宗門の呪縛を断って、創価学会は世界宗教へ飛躍した。地涌のスクラムは192カ国・地域に広がり、あの国、この地域に三色旗が翻る。
人間の可能性を開花させ、民衆を結び、地球文明の存続を可能にする新たな哲学を、世界は求めている。嫉妬や中傷など見下ろし、「世界広布」即「世界平和」の道を、威風も堂々と歩み抜こう。

☆12月度座談会拝読御書 聖愚問答抄
『されば一遍此の首題を唱へ奉れば一切衆生の仏性が皆よばれて爰に集まる時我が身の法性の法報応の三身ともに・ひかれて顕れ出ずる是を成仏とは申すなり、例せば籠の内にある鳥の鳴く時・空を飛ぶ衆鳥の同時に集まる是を見て籠の内の鳥も出でんとするが如し』(御書全集498ページ8行目〜10行目、編年体御書292ページ5行目〜7行目)

◇[池田先生の指針から]己心の御本尊を讃嘆
南無妙法蓮華経と唱えることは、日蓮大聖人の顕された御本尊を最高に讃嘆することです。
それは同時に、わが己心の御本尊を讃嘆することであり、わが仏界の生命を讃嘆することです。そうすれば、みずからの名を呼んで讃えられた仏界の生命が、顕れて出てくるのです。
「よびよばれて」と仰せです。呼ぶ側も自身、呼ばれる側も自身です。外から与えられるのではない。自分のなかから呼び覚ますのです。御本尊との感応です。
その声の響きに応じて、全宇宙の諸天善神が動くのです。そして、われわれの生命を守ってくれるのです。
また、あらゆる仏も菩薩も歓喜するのです。「歓喜とは法界同時の歓喜なり」(御書735ページ)です。宇宙全体が歓喜に満ちあふれるのです。(『池田大作全集』第32巻所収、「御書の世界」)
       ◇ ◇ ◇
唱題に励むとき、大宇宙の根本の法則である妙法と、わが生命が融合する。小宇宙である自身の生命の扉が大宇宙に向かって全開し、全宇宙の頂点から一切を広々と見わたすことができる。宇宙に包まれていた小宇宙が、大宇宙を包みかえしていく——これが我らの祈りです。
悠々と大宇宙を旅しながら、生命を浄化できる。そして十界のあらゆる衆生の境涯を深く知って、幸福に導く「慈悲」と「智慧」が、こんこんと湧き上がってくるのです。
この祈りの大きさこそが、広宣流布の真髄です。(中略)
なかんずく、広宣流布の師匠と心のギアを合わせ、師弟の魂に燃える祈りを貫くならば、わが生命の奥底から、仏の力が発光していくことは間違いありません。(『御書と師弟』第2巻)

◇広布の祈りこそ 一切の原動力
[キーワード�]題目の偉大な功力
私たち学会員が日々、御本尊に向かって実践する一遍の祈りに、どれほど偉大な功力があるか。本抄で日蓮大聖人は、その題目の力用について、"妙法を唱えることで、自他共の仏性を呼び顕していくことができる"と教えられています。
拝読御文の後段で「法華一部の功徳は只妙法等の五字の内に籠れり」(御書498ページ)と仰せの通り、妙法蓮華経の五字の内に、法華経28品の一切の功徳が納まっています。
だからこそ、妙法を唱える功徳は無量無辺であり、ありとあらゆる衆生の仏の生命を呼び覚ますことができます。たとえ一遍の題目であっても、計り知れない功徳があるのです。
ほかにも、題目の偉大な功徳については、御書の随所で示されています。
「妙法蓮華経の五字を唱うる功徳莫大なり」(同13ページ)
「一度妙法蓮華経と唱うれば一切の仏・一切の法・一切の菩薩(中略)一切衆生の心中の仏性を唯一音に喚び顕し奉る功徳・無量無辺なり」(同557ページ)
題目を唱え抜き、仏の大生命力を湧き出す人に、断じて行き詰まりはありません。いかなる苦難に直面しようと、全てを悠々と乗り越えていくことができるのです。
偉大な妙法と、世界一の師匠に巡り合い、思う存分、御本尊に題目を唱えることができる——。人間として、これ以上の幸福はありません。そのことへの感謝の心を原動力に、自分自身と広布のさらなる飛躍を、共々に成し遂げていきましょう。

[キーワード�]わが生命の変革から
偉大な功徳のある妙法の題目であっても、その功力を十全に引き出していけるかどうかは、御本尊に向かう私たちの信心によって決まります。
第2代会長・戸田城聖先生は、そのことを、分かりやすく次のように教えられました。
「釣鐘を、楊枝でたたくのと、箸でたたくのと、撞木(鐘を鳴らす棒)でつくのとでは、音が違うだろう。同じ釣鐘だが、強く打てば強く響き、弱く打てば弱く響く。御本尊も同じだ。こちらの信力(信じる力)・行力(行じる力)の強弱によって、功徳に違いがあるのだよ」
日蓮仏法は、「おすがり信仰」でも「他力本願の祈り」でもありません。自ら誓い、願いを立て、戦いを起こす「誓願の宗教」です。わが目標を率先して定め、"必ず成し遂げてみせる"と御本尊に強盛に祈る時、不可能を可能にする無限の力を涌現することができます。
そして、私たちの祈りには、自らの生命の変革だけにとどまらず、あらゆる人々の仏性を呼び覚まし、周囲の人々の生命をもダイナミックに変革していける偉大な力があります。
真剣な祈りを根本に、自らが人間革命し、その連帯を広げることで、地域社会を明るく照らしていく——。これこそ永遠不変の世界広布の方程式です。
本年の総仕上げに当たり、私たちは広布の誓願を一段と燃やして、自他共の幸福を強く祈りながら、一人また一人と仏縁を結び、人間革命の連帯を大きく広げていこうではありませんか。

2021年12月9日木曜日

2021.12.09� わが友に贈る

青年よ 二十一世紀の広布の山を登れ


「なぜ山に登るのか」
「そこに山があるからだ」と
かつて
ある著名な登山家は言った

我らは今
広宣流布の山である
二十一世紀の山を
登攀せんとしているのだ

我が 青年達よ
妙法正義の旗を振りながら
満ちたりたる人生の自立のために
二十一世紀の山を
勇敢に登り征け

そのためにも
大なり小なり
自己に直面する日々の現実の山を
一歩一歩
また一つ一つ
登りゆかねばならない
その厳しき現実と
社会の山を登りゆかんとする
その生命の中にのみ
真実の充実しきった
青春の価値があるからだ
そして その深く
自身の決めたこの道にのみ
無言にして
無限の言い知れぬ
広びろとした広野の如き
自己自身をつくり
見つめゆくことができるのである

我が 門下の青年よ
生きて生きて生き抜くのだ
絶対不滅にして
永遠の大法のために
また この世に生を受けた
尊き自己自身の使命のために
さらに
我らの信条である
世界に平和の鐘を
社会に正義の旗を
打ち建てゆくために

今日も太陽は昇る
春の桜の朝にも
かの炎熱の日々にも
紅葉の秋にも
吹雪と嵐の曇天にも
悠然と太陽は昇る
と共に逞しく
未来に生きゆく青年の胸中にも
大法輝く太陽が
刻々と昇りゆく
青春であらねばならない

若き君たちよ
青春とは太陽の異名である
その無限の可能性に
光り輝く太陽を抱きながら
今日一日を
すべてに勝ち取っていく
日々であっていただきたい

我が 太陽の仏法昇りきたりて
法灯連綿七百年
そしてまた
「源遠ければ流長し」の
原理のもとに
その大河は
満々と世界に流れ広がった

昭和二十六年
その太陽の仏法を掲げて
勇敢にして信念の
青年部の先輩立ちて三十年
その時集いし不屈の
凛々しき若武者と
清純なる乙女ら
二百六十余人
今 ここ三十年の流れに
ある時は
岩にぶつかり
ある時は
嵐に水かさを増しながら
ある時は
炎熱の日々に水かさを減じながら
今や四百万人の脈々たる奔流となる
会長の後継者も
全て青年部出身者であったことを
忘れないでもらいたい

この悠々たる大河の流れは
誰人も
決して止めることはできない
いかなる権力をもってしても
いかなる邪悪な妨害ありとも
時代の先取りとしながら
さらにさらに
水かさを広く深く拡げながら
大海に向かって
流れていくに違いない

この若き青年諸君の
勇猛(ゆうみょう)にして精進の弘法の力により
日蓮大聖人の太陽の仏法は
我が国を超えて
世界へと輝きわたる
また その妙法流布の大河の流れも
九十数か国に流れわたった
平和のため
生命尊厳のため
世界の大仏法として
あらゆる慈悲を与えながら
滔々と歓び渡る

その先駆を切りし人々は
すべて青年であったのだ
御書に曰く
「日蓮が慈悲曠大ならば
南無妙法蓮華経は万年の外
未来までもながるべし」と

信教の自由を守るための
我らの慈悲と哲理の秩序ある行進には
階級もない
国境もない
全ての人が本源よりの
自らの使命と権利と幸福を
創りゆくためへの行進なのだ

我らは 絶対に暴力に反対する
我らは 絶対に戦争に反対する
この大仏法を基調として
平和と文化の賛同を得ながら
国境を越え
イデオロギーを超え
共鳴の華の輪を拡げゆくのだ
人間は誰人たりといえども
幸福になりゆく権利があるからだ

私は諸君の成長をひたすら待っている
否 祈っている
それしか広宣流布の道がないことを
知っているからだ
そこで 私は申し上げたい
現実の二十一世紀の山へ
登りゆくためへの原動力は
勤行 唱題であることを
忘れてはならないということである

「一丈のほりを こへぬもの
十丈 二十丈のほりを こうべきか」
の御聖訓のままに
今 君達が存在するその場所で
断じて勝たねばならない
仏法の真髄である
題目をあげぬいた人には
誰人もかなわないからである
この一点を
君達は忘れてはならないし
実践しぬいてもらいたい

いかなる苦衷の最中(さなか)に入っても
希望を失ってはいけない
希望は力である
これこそ信心であるからだ

ともあれ 人間のみが
希望を生み出す
価値ある存在であるからだ
かりに 不運にも
姿は敗れることがあったとしても
信心の二字だけは
決して敗れてはならない
信心の二字が不撓であるならば
いつの日か必ずや
その人には
勝利の満足の証(あかし)が待っている
その証は
社会の中に厳然として
明確に証明されるのが
事の仏法であるからだ

ここで 若き君達は
聡明なリーダーとして
成長していただきたい
また
民衆と共に歩みゆくことを
絶対に忘れてはならない
民衆が主権者であるからだ
民衆は常に賢者であることを
知らねばならない

その民衆の支持と信仰があるかぎり
我らの行進は
いやが上にも
限りなき前進の歴史を
築くことができるからだ

故に 若き君達は
労多きことを誇りとしながら
良き市民の人生の案内役
そしてまた
若き哲学者であっていただきたいのだ

来るべき時代は
かかる若きリーダーを
望み待っていることを
私は知っている
信仰と哲学なき人は
羅針盤のなき船舶のようなものだ
もはや
物の時代から心の時代
心の時代から生命の時代に
刻々と移りかわっている
そこにのみ真実の人生の幸福という
価値あることを人々はめざめ始めた
いまや
有名とか 財産で偉さが決まる時代は
全く過ぎ去ったといってよい
大衆による大衆の時代なのだ

この大衆の時代に
大衆より信頼を得た人が
真実のリーダーなのである
人間は皆 すべて平等である
上下などある筈がない
若き君達よ
朝な夕なに大衆と常に接し
共に生き
大衆と温かき連係をとりながら
そして大衆と呼吸し
共鳴してゆく
若き新世紀のリーダーに
なっていただきたいのだ

私は 君達を信ずる
君達に期待する
君達を愛する

私も
人生の恩師と定(き)めた
戸田門下生の一人として
あらゆる迫害を浴びながらも
その時 誓いあった広宣流布という
民衆のための法戦を
貫き通してきたつもりである
いわれなき冤罪は
歴史が厳然と裁くことを
断言しておきたい

いかなる
権威 権力をもって迫害されても
一人の人間として
どこまで難を乗り越えられるか
その姿を示しゆくところに
人間革命の実証があるとの
信念に殉じて生きてきた

絶対に
卑怯者にはなりたくなかった
また なってはならない
裏切り者であってはならない
それは
いかに正義ぶった
論調を展開しようとも
もはや 野干になりさがった
言々であることを知悉しているからだ

若き青年リーダーたちよ
問題にあったて
常に鋭く
その事件の本質を
見抜きゆく洞察力を持たねばならない
また 様々な法戦にあって
その背後にある
陰謀 画策の構図を
見破らねばならない

故に 未来に生きゆく青年たちは
賢者であらねばならない
愚者であってはならない
騙されてはならない
聡明と智恵者であらねばならない
これこそ
「天晴れぬれば地明らかなリ」との如く
信心の要件といわねばならないからだ

詮ずる所は
不幸と幸福
邪悪と正義
魔と仏の戦いが
仏法の仏法たる所以であることを
自覚していただきたいのだ
ともあれ 若き君達は
同信退転の
あわれな友を乗り越え 乗り越えて
生命の宝塔の
求道の人々と交わりながら
ひたすらに
運動の繰り返しを
回転しぬいていただきたい

真実の
充実しきった意義ある人生には
真実の
偉大な仏法と信仰が必要なのである
君達の最高の誇りは
日蓮大聖人の仏法を持(たも)ち
青春を乱舞しぬいているということに
つきることを知らねばならない

二十一世紀の山は近い
もはや彼方に見える
二十一世紀は
全てが君達のものだ
君達の暁であり
檜舞台である
君達が存分に活躍しゆく
総仕上げの大舞台である

二〇〇一年五月三日——
この日が
私共の そして君達の
大いなる
目標登攀の日であるといってよい
広布第二幕の勝負は
この時で決せられることを
忘れないでほしいのだ
愛する君達よ
その日まで労苦の修行を
足も軽やかに
健康で
日々歩んでいただきたい

全てが自身のためと思い
そして 民衆のためと思い
悩める友のためと思いながらの
修行であっていただきたい
そして永遠に刻みゆく
忘れ得ぬ自己自身の
歴史の綴りであることを思いながらの
精進であっていただきたい
どうか 苦しき時
行き詰まりそうになった時に
あの雄々しき多くの同志がいることを
忘れてはならない
また 彼の地にも
あの先輩が
あの同志がいることを
決して忘れてはならない
そのために 自身に克ちゆく唱題も
忘れてはならない

我らの そして君達の
行動と活躍の全ては
三世を通観なされる
日蓮大聖人の御照覧が
常にあることを忘れてはならない
また この経を持(たも)つ人には
必ず諸天の厳たる護りがあることを
疑ってはならない
これを信心というのだ

少々の屈辱と侮蔑の
非難を浴びせられても
釈尊もそうであられたし
ましてや
日蓮大聖人の大迫害よりみるならば
あまりにも小さき難であることを
凡夫である我々は
感謝しなければならないのだ
かの熱原の法難を
そして近くは
我が学会の誉れある
初代 二代会長の法難を
想い起こしてもらいたい

どうか 後継の諸君よ
老いたる親を大切に
そして社会を大切に
泥沼の如き労苦の社会の中にこそ
「如蓮華在水」の原理があることを
知っていただきたいのだ
その複雑きわまりなき社会にあって
若き地湧の後継者たる君達は
厳然として自己の宮殿をひらきながら
悠然と
ある時はさらに走り
ある時は耐え
そして
ある時は青春の叫びを訴えながら
またと来らざるこの一日一日を
前へ前へと
進みゆくことを願ってやまない

信仰とは
何ものをも恐れぬことだ
自己をして自己の信念を
法と人と社会のために
果たしゆくことだ
社会は厳しい
甘えてはならない
刻々と変遷しゆく
社会に流されるのではなくして
君達は堂々と歴史を作りゆく
主体者であることを自覚されたいのだ
表面的な社会の現状に紛動され
毀誉褒貶の八風に
侵されゆく自分であっては
もはや大聖人門下の
偉大なる信仰者とはいえないのだ

私が願ってやまない
若き 仏子達よ
今再び
スクラムを組みかえながら
たまには菜の花の広野で
次の目標への打ち合わせをしながら
また ある時は
「紅の歌」
「緑のあの道」を
高らかにうたいながら
堂々と若き後継の友を拡大しながら
ついに目指した
金剛の二十一世紀の山へと
共進を開始していただきたいのだ

その二十一世紀の
山に登りきったならば
あとは一切
君達のものである
それからは 広宣流布第三章の
平和と幸福への
歓喜の法戦を
全て君達に託したい


1981(昭和56)年12月10日 聖教新聞掲載

2021.12.09 わが友に贈る

組織発展の要は
リーダーの成長だ。
率先垂範の行動で
広布拡大の道を開き
同志に希望を送ろう!

妙法尼御前御返事 P1402
『人の身の五尺六尺のたましひも一尺の面にあらはれ一尺のかほのたましひも一寸の眼の内におさまり候』

【通解】
人の身は五尺・六尺であっても、魂はの一尺の顔に現われ、一尺の顔に現われている魂も一寸の眼の中に収まっています。

名字の言 "不屈の文人"正岡子規がつづった晩年の言葉 2021年12月9日
正岡子規は、大病と闘い、亡くなる2日前まで筆を執り続けた"不屈の文人"だった。不自由なことも痛みに苦しんだ時もあったが、わが身を嘆いたり、感傷に浸ったりはしなかった▼最晩年の随筆集『病牀六尺』(岩波文庫)につづっている。「病気を楽しむといふことにならなければ生きて居ても何の面白味もない」▼この秋、周囲から惜しまれつつ90歳で逝いた婦人がいる。がんの再発、重い目の疾患に見舞われても「私は池田先生の弟子。転んでも、ただじゃ起きないわよ!」と泰然と振る舞い、他の患者や看護師まで励ました。担当医は「あんな元気な病人は見たことがない」と目を丸くした▼"自分が苦しんだ分、何倍も皆を喜ばせよう"と生け花、俳句、オペラ歌唱、三味線や和太鼓の演奏を披露。時には衣装をまとって、どじょうすくいを演じ、爆笑を誘った。亡くなる直前に残した言葉は「あー楽しかった。じゃあ、またね」。家族や地域の友は、そんな彼女を思い出すだけでパッと笑顔になるという▼人は病になることもある。老いや死も避けられない。その中で何があっても前を向き、試練さえ幸福の糧に転じゆく人生は、生死をも超えて人を励まし続ける。婦人の歩みから教わった。

寸鉄 2021年12月9日
「相手に会った瞬間が勝負だ。大確信で」戸田先生 生命力満々と友のもとへ
御書「人のために火をともせば」。その気高き心が自身の人間革命の道開く
学生の就職先選ぶ条件、社会貢献度の高さが1位 志頼もし。先輩が手本を
料理中の引火事故多し。掃除など、別の作業する"ながら料理"は危険大
ハラスメント撲滅月間。SNSでも相談窓口が。世代超え意識変革も更に

〈社説〉 2021・12・9 "広布の山を登れ"発表40周年
◇新たなる登攀を青年と共に
池田先生の長編詩「青年よ 21世紀の広布の山を登れ」が発表され、あすで40周年を迎える。
発表の舞台は1981年(昭和56年)12月10日の大分県青年部幹部会。師弟の分断を狙った第1次宗門事件の余燼がくすぶる中、先生が13年半ぶりに訪問した大分では、青年たちが悪侶や退転者らによる陰険な策謀に屈することなく、清新な信心を貫いていた。
折しも第2代会長・戸田城聖先生の「青年訓」発表から30周年。"今こそ青年に新たな指針を!"との熱願に応え池田先生が口述。翌日の聖教新聞に直ちに掲載。桂冠詩人として初の長編詩は、電撃のごとく青年たちの胸に響いた。
「なぜ山に登るのか」——400行に及ぶ詩を生命に刻み、多くの青年が試練の峰を越えてきた。
大分・日田市に住む女性部本部長は、高等部の代表として発表の場に参加した。その後、保育士の夢をかなえて、結婚。夫妻で"誓いの道"を歩んできた。
12年前、夫が病で急逝。長編詩を何度も読み返しては、悲哀と苦難の山を乗り越え、信頼を積み重ねた。今、保育園の園長として人間教育の最前線に立つ。3人の子も広布後継の道を進む。
大分市の圏男子部長は10年前、創価青年大会に参加して詩に込められた師匠の思いに感動。学会活動に取り組み始めた。経営する建設会社の苦境、失明寸前の大けがなど、壁にぶつかるたび、「いかなる苦衷の最中に入っても/希望を失うな!」との一節に奮起してきた。現在は経営規模も拡大。さらに成長を期す日々である。
青年部に対する、広布遂行の"責任""お願い""託する"との意義を込めて発表された長編詩。この40年は、師の心をわが心として未来を切り開いてきた弟子と、師匠との共戦の歴史でもある。
そして、この詩は、広布の全責任を担う自覚に立った青年がいる限り、時代を超えて"青年の指標"として輝き続けるに違いない。
「この山を登攀したならば、見える限りの世界がすべて君たちのものだ!」「私はすべてを本門の君たちに託したい!」(「随筆『人間革命』光あれ」〈凱歌の秋へ勇者共戦〉)
明年は「青年・飛躍の年」。学会創立100周年へ向けて「大いなる広布の山」へ、新たなる登攀を開始したい。青年と共に、青年の心で——。

☆希望の指針——池田先生の指導に学ぶ 「魂の独立」(下)
◇皆が「仏」! 皆が勝利者
【死身弘法の誉れ】 軍部政府の弾圧に屈せず正義貫く
〈1957年(昭和32年)6月初旬のある夜、山本伸一は、学会員への不当な圧迫を開始した北海道の夕張炭労への対策の指示を仰ぐために、恩師・戸田城聖の自宅を訪れる。戸田は広宣流布は権力との闘争であることを述べ、戦時中、軍部政府の弾圧に屈した宗門の歴史について語った〉

一九四三年(昭和十八年)六月、天照大神の神札を祭るように、軍部政府から強要された総本山が、牧口常三郎をはじめ、学会幹部に登山を命じたことに話が及ぶと、戸田の声は震えた。
「あの日、牧口先生と共に、私たちは、急いで総本山に向かった。先生は、来るべき時が来たことを感じておられた。列車の中で、じっと目を閉じ、やがて、目を開けると、意を決したように私に言われた。
『戸田君、起たねばならぬ時が来たぞ。日本の国が犯した謗法の、いかに大なるかを諫める好機の到来ではないか。日本を、みすみす滅ぼすわけにはいかぬ!』
『先生、戦いましょう。不肖、この戸田も、先生の弟子として、命を賭す覚悟はできております』
先生は、大きく頷かれ、口もとに笑みを浮かべられた。
私は、謗法厳誡の御精神のうえから、総本山を挙げて、神札を固く拒否されるものと思っていた。しかし……」
ここまで話すと、戸田は、声を詰まらせたが、ややあって、彼方を仰ぎ見るように顔を上げると、言葉をついだ。
「日恭猊下、日亨御隠尊猊下の前で、宗門の庶務部長から、こう言い渡されたのだ。
『学会も、一応、神札を受けるようにしてはどうか』
私は、一瞬、わが耳を疑った。先生は、深く頭を垂れて聞いておられた。そして、最後に威儀を正して、決然と、こう言われた。
『承服いたしかねます。神札は、絶対に受けません』
その言葉は、今も私の耳朶に焼き付いている。この一言が、学会の命運を分け、殉難の道へ、死身弘法の大聖人門下の誉れある正道へと、学会を導いたのだ」
(中略)戸田の語気は鋭く、声には重厚な響きがあった。彼は、伸一の眼を見すえながら、一気に話し続けた。
「ほどなく、牧口先生も、私も、特高警察に逮捕され、宗門からは、学会は登山を禁じられた。日蓮大聖人の御遺命を守り、神札を受けなかったがためにだ。権力の威嚇が、どれほどの恐怖となるか、このことからもわかるだろう。しかし、先生は、その権力に敢然と立ち向かわれ、獄死された。
先生なくば、学会なくば、大聖人の御精神は、富士の清流は、途絶えたのだ。これは、どうしようもない事実だ。学会が、仏意仏勅の団体であるゆえんもここにある」
(『人間革命』第11巻「大阪」の章、228〜230ページ)

【日蓮仏法の根幹】 万人の平等を説く仏法の人間主義
〈宗門は1990年(平成2年)12月中旬、山本伸一のスピーチについて「お尋ね」なる文書で、「大聖人の御聖意に反する」などと難詰してきた。学会は対話を求める一方、「お尋ね」の引用箇所に重要な誤りがあることを指摘。すると宗門は12月末、宗規の改正を理由に伸一の法華講総講頭などの資格喪失を一方的に通知してきた〉

彼らは、学会への理不尽な措置を改めず、僧俗の関係についても、「本質的に皆平等であるとし、対等意識をもって僧俗和合を進めるなどというのは、大きな慢心の表われであると同時に、和合僧団を破壊する五逆罪に相当するもの」とまで言っているのだ。もはや看過しておくわけにはいかなかった。日蓮仏法の根幹を歪め、世界広布を根本から阻む元凶になりかねないからだ。(中略)
宗門は、学会の再三にわたる話し合いの要請を、ことごとく拒否してきたが、大聖人は「立正安国論」で「屡談話を致さん」(御書17ページ)と仰せのように、対話主義を貫かれている。すべての人と語り合い、道理をもって、理解と共感と賛同を獲得していくことを教えられている。武力や権威、権力など、外圧によって人を屈服させることとは対極にある。
対話は、仏法の人間主義を象徴するものであり、それを拒否することは、大聖人の御精神を否定することだ。(中略)
対話主義の根底には、万人尊重の哲学と人間への信頼がある。そして、それは、すべての人が等しく「仏」の生命を具え、崇高なる使命をもっているという、万人の平等を説く仏法の法理に裏打ちされている。
しかし、日顕ら宗門は、その法理に反して、日本の檀家制度以来の、僧が「上」、信徒は「下」という考えを踏襲し、それを学会に押しつけ、隷属させようとしたのだ。
日蓮大聖人が根本とされた法華経は、「二乗作仏」や「女人成仏」が示すように、身分など、あらゆる差別と戦い、超克してきた平等の哲理である。それゆえに、世界の識者たちも、生命の尊厳を説き、人間共和と人類の平和を開く法理として、仏法を高く評価しているのである。
大聖人は、「僧も俗も尼も女も一句をも人にかたらん人は如来の使と見えたり」(同1448ページ)と、僧俗も、性差も超えた、人間の平等を明確に宣言されている。(中略)もしも、宗門によってその根幹が歪められることを放置すれば、横暴な宗門僧らの時代錯誤の権威主義がまかり通り、不当な差別を助長させ、混乱と不幸をもたらしてしまうことになる。
(『新・人間革命』第30巻〈下〉「誓願」の章、300〜302ページ)

【世界宗教の要諦】 「人間」が幸福になるための「宗教」
〈"衣の権威"で信徒を隷属させようと躍起になってきた宗門は、1991年(平成3年)11月末、正法正義を貫く学会に「破門通告書」を送付。学会は30日、全国各地で「創価ルネサンス大勝利記念幹部会」を開催する。山本伸一は創価国際友好会館での集いに参加し、スピーチした〉

「本日は、緊急に"祝賀の集い"があるというので、私も出席させていただいた」とユーモアを込めて切り出すと、爆笑が広がり、拍手が起こった。明るく、伸びやかな、喜びと決意がみなぎる集いであった。
伸一は、宗門が十一月二十八日付で学会に破門通告書を送ってきたことから、こう述べていった。
「十一月二十八日は、歴史の日となった。『十一月』は学会創立の月であり、『二十八日』は、ご承知の通り、法華経二十八品の『二十八』に通じる。期せずして、魂の"独立記念日"にふさわしい日付になったといえようか」(中略)
魂の"独立記念日"——その言葉に、誰もが無限の未来と無限の希望を感じた。
伸一は、日蓮大聖人の仰せ通りに、学会が不惜身命の精神で妙法広宣流布を実現してきたことを再確認し、力を込めた。
「これ以上、折伏・弘教し、これ以上、世界に正法を宣揚してきた団体はありません。また、いよいよ、これからが本舞台です。戸田先生も言われていたが、未来の経典に『創価学会仏』の名が厳然と記し残されることは間違いないと確信するものであります」
まさしく、仏意仏勅の創価学会であり、広宣流布のために懸命に汗を流す、学会員一人ひとりが仏なのである。
「宗教」があって「人間」があるのではない。「人間」があって「宗教」があるのである。「人間」が幸福になるための「宗教」である。この道理をあべこべにとらえ、錯覚してしまうならば、すべてが狂っていく——伸一は、ここに宗門の根本的な誤りがあったことを指摘し、未来を展望しつつ語った。
「日蓮大聖人の仏法は『太陽の仏法』であり、全人類を照らす世界宗教です。その大仏法を奉ずる私どもの前進も、あらゆる観点から見て、"世界的""普遍的"であるべきです。決して、小さな閉鎖的・封建的な枠に閉じ込めるようなことがあってはならない」(中略)
そして彼は、「時の貫首為りと雖も仏法に相違して己義を構えば之を用う可からざる事」(御書1618ページ)との「日興遺誡置文」を拝した。時の法主であるといっても、仏法に相違して自分勝手な教義を唱えれば、これを用いてはならないとの厳誡である。
伸一は、どこまでも、この遺誡のままに大聖人に直結し、勇躍、世界広布へ進んでいきたいと訴え、結びに、こう呼びかけた。
「どうか、皆様は、『世界一の朗らかさ』と『世界一の勇気』をもって、『世界一の創価学会』の建設へ邁進していただきたい。そして、大勝利の学会創立七十周年の西暦二〇〇〇年を迎えましょう!」
(『新・人間革命』第30巻〈下〉「誓願」の章、330〜333ページ)

2021年12月8日水曜日

2021.12.08 わが友に贈る

友の胸に灯をともせば
わが心も輝きを増す。
"自分発"の励ましで
皆に勇気を 喜びを!
地域の灯台たれ!

富木殿御返事 P978
『若し悩乱する者は頭七分に破れ供養すること有らん者は福十号に過ぐ』

【通解】
もし悩まし乱す者は頭が七つに破れ、供養する者は福徳が仏に供養するよりもまさる。

名字の言 「壁」の見方を変えてみる 2021年12月8日
先日、友人から「この冬の初雪が降りました」と連絡をもらい、本格的な冬の到来を感じた。雪には、雪明かり、雪化粧、雪の華……と寒い中にも風情のある言葉が多い。ただ「雪辱」だけは"雪の辱め?"と不思議に思い、北国の雪で心身を鍛えられた経験を持つ身としては、何とも腑に落ちなかった▼だが正しくは「辱めや恥を雪ぐ(=除き払う)」の意である。信仰者の観点からすれば、白雪のような純粋な信心で変毒為薬を果たす、とも捉えられるだろう▼研究者のある壮年部員を思い出す。「一面の銀世界」と言えば聞こえはいいが、豪雪地に暮らす彼にとって"雪の壁"は、物心への制限を感じさせる「悩みの種」だった▼壮年はまず、その厄介ものを"克服できないものか"と考えた。さらには"何かに利用できないか、生かせないか"と思案した。その努力は雪冷房システムの実用化に結実した▼困難の壁を破る——そのためには前進を阻む"壁"が存在しなくてはならない。壁とは何か。「壁」には「夢」との意味もあるという。ならば避けがちな壁は、見方を変えれば夢、願望ともなる。壁を乗り越えるということは、夢をつかむために必要な過程であり、使命の大道への一歩前進なのだろう。

寸鉄 2021年12月8日
「返す返す此の書をつねによませて」御聖訓。御書と共に行学の二道を邁進
「北九州の日」。頼もしき先駆の宝友の陣列。拡大の火蓋は常に火の国から
厳寒に胸張る無冠の皆様ありがとう!希望届ける尊業。健康と無事故祈る
就寝前のスマホは不眠の一因。白内障リスクも増—医師。聡明な活用こそ
還付金等の詐欺が横行。「ATMへ」の誘導は要警戒。不審電話は必ず相談

〈社説〉 2021・12・8 太平洋戦争開戦から80年
◇真心の対話から平和な世界を
1941年12月8日、日本陸軍は英領マレー半島を、海軍はハワイ真珠湾を攻撃。米英と戦争状態に入った。この太平洋戦争の開戦から、きょうで80年となった。
中国大陸で日中戦争が泥沼化する中、日本は列強による植民地支配からの解放をうたい、一時は東南アジアから南太平洋までの広大な地域を制圧。
だが、やがて劣勢となり、敗戦の坂を転落していった。
無謀な戦争はアジアの民衆に甚大な被害と犠牲をもたらし、国民もまた塗炭の苦しみを味わった。
小説『新・人間革命』第3巻で、後にビルマ(現ミャンマー)で戦死した池田先生の長兄が、中国大陸から帰国した際、こう語る。
「戦争は、決して美談なんかじゃない。結局、人間が人間を殺す行為でしかない。そんなことが許されるものか。皆、同じ人間じゃないか」——正気の人には当然の感覚だが、戦時下の異常さで、公には口にできない言葉であった。
戦争ほど残酷かつ悲惨なものはない。人間の生命を奪い破壊するからだ。その真実を歴史から真摯に学ばなければ、未来は危うい。
翻って、創価の師弟は非暴力の「対話」を貫いてきた。それは戦争の対極にあるものだ。
牧口常三郎先生は戦時中、戦争を肯定する精神的支柱たる国家神道と対峙。治安維持法違反と不敬罪で逮捕された獄中でも、"戦争の原因は謗法国であるところから起きている"と軍国主義の根を断罪された。
師と共に入獄した戸田城聖先生は、殉教の牧口先生の遺志を継ぎ、戦後の混乱期に、苦悩に沈む民衆との徹底した対話で、「平和と幸福の哲学」を広げていかれた。
そして池田先生は、「地上から悲惨の二字をなくしたい」との恩師の願いを胸に、世界に対話の潮流を起こされた。
先生の励ましにより立ち上がった創価の"平和の闘士"の連帯は今、アジアをはじめ地球社会を結んでいる。
明年は、「第2の七つの鐘」の4番目の鐘が打ち鳴らされる年となる。
池田先生は「第2の七つの鐘」となる21世紀の前半の50年で、「アジアをはじめ世界の平和の基盤をつくってまいりたい」との遠大な展望を示されている。
私たちには、世界の人々と共に「平和の道」を開くという「希望の未来」がある。
"私は平和建設の主役"との誇りに燃え、友を励ます真心の対話から、笑顔あふれる平和な世界を共々に築こう。

☆御書の旭光を 第63回 極善の妙法で生命を染め抜け
〈御文〉
『雪至って白ければそむるにそめられず・漆至ってくろければしろくなる事なし、此れよりうつりやすきは人の心なり、善悪にそめられ候』(西山殿御返事、1474ページ)

〈通解〉
雪は、極めて白いものであるから、染めようにも染めることができない。漆は、極めて黒いものであるから、白くなることはない。雪や漆と違って、移りやすいものは人の心である。善にも悪にも染められるのである。

〈池田先生が贈る指針〉
心は移ろう。悪縁に染まれば濁り乱れる。だからこそ、御書の明鏡に照らして魔を魔と見破り、極善の妙法で生命を染め抜くのだ。
学会はどこまでも「御書根本」で進む。ゆえに何ものにも揺るがない。一切を変毒為薬し、価値創造の未来を力強く開いていける。いよいよ御書と共に「御信心をば雪漆のごとくに」!

☆VOD新番組に収録された池田先生の指針——さあ大歓喜の交響曲を!
◇真実の幸福は全てに勝つこと
◇苦悩を突き抜けて偉大な境涯を開け
ベートーベンがこの「よろこびの歌」で知られる「第九交響曲」を作曲したのは1824年。日本では江戸時代末期となるが、それは死の3年前、53歳の時である。完成した最後の交響曲となった。
「第九」は「合唱付」として有名だが、当時、合唱付きの交響曲は他に例がなかった。
いわばベートーベンの"新思考"によって、新しき挑戦によって、人類に贈られた作品である。
合唱部分で歌われる「歓喜の歌」は、ベートーベンと同時代を生きたドイツの大詩人シラーの詩「歓喜に寄す」に曲をつけたものである。
"人類愛"と"平和"と"喜び"にあふれる、この詩に曲をつけようと彼が決めたのは、22、23歳のころといわれる。
彼は、この夢をいだき続け、育て続けた。そして、約30年後に実現させた。
青春の決意を見事に結実させたのである。
よく知られているように、そのころベートーベンの耳は、ほとんど聞こえなくなっていた。
「第九」の初演の際、聴衆の万雷の拍手も彼の耳には届かず、教えられて、初めて人々の大歓声に気づき、お辞儀をした——という話も伝わっている。
フランスの文豪ロマン・ロランは、「第九」を、嵐の生涯に打ち勝ったベートーベンの「精神(エスプリ)の凱歌」と位置づけている。
「不幸な貧しい病身な孤独な一人の人間、まるで悩みそのもののような人間、世の中から歓喜を拒まれたその人間がみずから歓喜を造り出す——それを世界に贈りものとするために。彼は自分の不幸を用いて歓喜を鍛え出す」(「ベートーヴェンの生涯」片山敏彦訳、『ロマンロラン全集』14所収、みすず書房)と。
そして「悩みをつき抜けて歓喜にいたれ!」(同前)とのベートーベンの言葉に、彼の全生涯がこめられているとロランは結論している。
耳も聞こえない。保守的な旧社会の人々からの圧迫もある。妬みもある。病気や経済的・家庭的悩みも尽きない——しかし彼は負けなかった。
戦った。
そして勝った。
あらゆる苦悩の暗雲をつき抜けて、雲上の晴れわたる青空のごとき"歓喜の境涯"にまで自身を高めた。
「第九」は、そうした人間ベートーベンの人生最終章の勝利の証しである。
仏法もまた"勝負"である。勝負である以上、当然、敵もいる。
困難につぐ困難もある。
しかし、それら一切に勝ちきってこそ、真実にして永遠の幸福はある。
広宣流布もある。
ゆえに「断じて勝利を!」と、私は声を限りに訴えたい。

◇戸田先生"我らは最高に「富める者」"
さて、昭和18年(1943年)、軍部の弾圧により、牧口先生と戸田先生が投獄された東京拘置所は、東京戸田記念講堂が建つここ巣鴨にあった。
そして翌昭和19年11月18日、牧口先生が73歳で逝去されたのも、この地である。(=東京拘置所の病監)
昭和19年8月、当時44歳の戸田先生が、巣鴨の獄中から夫人のお父さまにあてた手紙に次の一節がある。
「どうか強く生きていて下さい。(中略)今どんなに苦しくても貧しくても、私の生きている限り、『富める者』との自信を失わずにいて下さい」
国全体が混乱の渦中にあった時代である。激しさを増す空襲。ご子息も疎開。ましてご自分は獄中の身である。
だが、先生のこのご確信はどうか。——"われ、永遠に富める者なり""われに連なる者も皆、富める者なり"と。
信仰こそ最高の「富」である。
信仰者は、苦難があるほど、より力を出せる。周囲をも幸福にしていける。絶対に動ずることがない。
皆さまもまた、仏勅をこうむった方々である。尊貴なる地涌の一門である。
「自分がいる限り、何の心配もいらない」「自分こそ、最高に『富める者』である」との気概で、この人生を強く、また強く生きぬいていただきたい。
私は毎日、大切な皆さま方のご健康、ご長寿、無事故を、そして幸福を、真剣にご祈念している。
どうかこれからも、来る日も来る日も生命力を満々とたたえながら、朗らかに、どこまでも朗らかに進んでいただきたい。
そして皆さま全員が堅実な信心の実践で大福運を積みつつ、壮大なる、また絢爛たる創立70周年(10年後)への歴史を飾っていかれんことを重ねてお願いしたい。
本日は本当におめでとう。ご苦労さま!

☆2030年へ 後継の正義の走者に贈る 青春勝利の山へ共に一歩を! 2021年12月1日
Together Take Another Step Forward in Climbing the Mountain to Youthful Victory!

12月になると、九州・大分で詩を発表した歴史が蘇ります。「青年よ 21世紀の広布の山を登れ」。会場には高等部の友の凜々しき姿もあった。40年前です。
皆さんの先輩方は、私と共に苦難の山を越え、世界に平和の鐘を、社会に正義の旗を打ち立ててくれました。次は君たちです。
青春の挑戦も登山に例えられる。勉強、スポーツ、読書、語学、人間関係など、直面する日々の現実の山があるでしょう。大変だけれども、挑み登り切った時の喜びは何ものにも代え難い。
登攀のコースは一つではない。ペースも焦らず、自分らしくでいい。苦しい坂も、題目を唱え、まず一歩、踏み出せば、それが青春勝利の宝になる。"生命の足腰"が鍛えられ、どんな山も楽しめる自分になれるのです。
2030年そして22世紀の山を目指し、来年も一緒に進もう!

2021年12月7日火曜日

2021.12.07 わが友に贈る

54悩みのない人はいない。
一人で抱え込まず相談を。
思いを伝え 語り合う中で
信心の原点に立ち返る。
そこから蘇生の劇が!

御講聞書 P819
『今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者、無上宝聚不求自得の長者に非ずや』

【通解】
日蓮門下の、南無妙法蓮華経と唱える者は、「これ以上はないという『宝の聚まり』を、求めることなく、自ずから得た長者」なのである。

名字の言 学会は「校舎なき総合大学」 2021年12月7日
「生活の中での体験には、『こんなことをして生きていきたい』と思うようになるきっかけがたくさんあります」。そう指摘するのは、教育学者の汐見稔幸氏である▼小学6年の男の子がある日、「医者になる」と言い始めた。授業を懸命に聴き、その内容を紙芝居にして発表するまでに。きっかけは大好きだった祖母の死と、医師という仕事との出合いだった▼校舎や校庭がある所だけが学校ではない、と氏は語る。「多様な人と出会え、すぐれた文化と出合えるコミュニティさえあれば、そこが学校となる」(『教えから学びへ』河出新書)▼ある男子部員は3年前、学会の友人葬に感動して入会した。会合で"御書は行動の中で拝することが大切"と聞き、手書きの研さんノートを作成。教学を深めながら学会活動に励んだ。先日、「はたらかさず・つくろわず・もとの儘」(御書759ページ)の一節を胸に初めての仏法対話に挑戦。「入会して良かったことを率直に語りました。対話って楽しいですね」と喜びを口にした▼戸田先生は学会を「校舎なき総合大学」と表現した。老若男女が共に仏法哲理を学び、互いの成長を祈り励まし合う。日々の活動は"幸福への直道"であり、"人間教育の道場"である。

寸鉄 2021年12月7日
正しい信仰を教えることこそ真の友情—牧口先生 情熱の声と誠実の振舞で
神奈川青年部「師弟勝利の日」。飛躍の年へ拡大の旋風を!正義の旗継承し
教育本部の人間教育実践報告に反響。子の幸福を開く大奮闘は未来の光源
暖房使用時は定期的換気を。「密閉空間」の改善が感染防止にも。油断せず
公明よ切れ目なく戦え!誰が大衆の為に働くか—有権者は鋭く見ているぞ

☆勇気の源泉——創立者が語った指針 "栄光の坂"を登り抜け!——池田先生が語る八王子ゆかりの画家の生涯
創価教育の父・牧口常三郎先生の『創価教育学体系』発刊100周年となる2030年へ、全国・全世界の創価教育同窓生が今、使命の舞台で奮闘している。ここでは、苦難の時代にあって、忍耐強く挑戦の歩みを重ねる友への指針として、1997年11月の「創価教育同窓の集い」での創立者・池田先生のスピーチの抜粋を掲載する。

●1997年11月 創価教育同窓の集い
〈創価大学池田記念講堂で開かれた同窓の集いで、池田先生はスピーチの前半、青春時代の原点を胸に「今いる場所」で戦い続ける中で、自分の歴史が築かれていくと強調。スピーチの後半では、創大のそばにある坂の名称の由来となった画家の生涯に触れ、"悩みがあるから成長できる"と語った〉
大学のすぐそばに「善太郎坂」の愛称で親しまれている坂道がある。滝山城址の下から、創価大学の「栄光門」へ登っていく坂である。
ところで、この坂が「善太郎坂」と名づけられるようになったのは、なぜか?
調べてみると、かつて付近の丹木町に住んでおられた著名な洋画家・小島善太郎画伯(1892年—1984年)に由来するという。
小島画伯は「独立美術協会」の創立会員として活躍され、「二科賞」など絵画界の権威ある賞も受賞された。日本洋画界の大功労者であられる。

小島画伯が八王子に住んだのは、1932年(昭和7年)から71年(同46年)までの約40年間である。この時期、八王子の風景を描いた「滝山展望」や「加住村の春」、また「村の子ども」などの名画を数多く残しておられる。
画伯の青春時代のエピソードがある。それは、絵画の研究所で学んでいた時のことである。
好きな絵画の勉強を始めたものの、なかなか自分が思うような絵を描くことができない。自信をなくし、しだいに絵の道を諦めかけていったという。さらに、ご両親と妹さんが相次いで亡くなるという悲しみも重なった。ご自身も体調を崩し、急性虫垂炎で入院。退院しても、研究所には戻らず、八王子にいた伯母さんのもとで、静養することになった。
——法華経に「三界は安きこと無し 猶火宅の如し」(法華経191ページ)とある。
この世は悩みの炎に包まれた家である。悩みなき人生はない。ゆえに幸福は、自分自身が悩みと戦いきって勝ちとる以外にないのである。
静養していた八王子が、小島青年にとって、自分を見つめ直す、いわば"第二の故郷"となった。
「雲は天才である」という石川啄木の言葉がある。
美しい八王子の青空が、白雲が、緑の木々が、また真っ赤な夕焼けが、青年に、さまざまなことを語りかけていったにちがいない。八王子は童謡「夕焼け小焼け」でも有名な、夕焼けの里でもある。青年の行き詰まった心は、生き生きと蘇生していった。

画伯は、決意する。「現実を回避してはならない」
「労苦の蔭に真珠が蒔いてある(中略)画の修行もそれではあるまいか。好きなものだけに眼を向ける(中略)それだけでは画の修行も成りたたない」
「研究所に通おう。そこで再び悩み抜こう! そここそ自分をつくってくれる道場でなくてはならない」(『若き日の自画像』雪華社)と。
青年は、自分自身の戦いの場所に戻り、八王子から、心新たに挑戦を開始したのである。
人生には、自分を鍛える「道場」が必要である。
「道場」がなければ、師範にはなれない。一流にはなれない。名人にはなれない。
日蓮仏法では、「道場」の意義について「此を去って彼に行くには非ざるなり」(御書781ページ)と説いている。
今いるところを離れて、どこかほかに「道場」があるのではない。わが一念を固めた時に、職場も、地域も、すべてが最高に意義ある「道場」となる。勝ち戦のための「道場」となる。
戸田先生は、よく語っておられた。
「どんなに大きな会社や組織でも、また、どんなに小さな会社や組織でも、いやな人間や悪い人間は必ずいるものだ。何も問題がないなどというのはありえない。もし何も問題がなく、完成された所であるとすれば、成住壊空という原理から言って、あとは滅びていくだけである。要するに、問題があるから、力がつく。悪い人間がいるから、境涯が大きくなる。そう達観して、大きく強く生きぬいていくことだ」と。
問題があり、悩みがあるからこそ、それと戦って成長できる。

◇本当の勝利者とは
〈池田先生は結びに、社会で戦う同窓生らに、人生という坂を最後まで登り抜けとエールを送る〉
小島画伯は、91歳まで生きぬかれた。そして、亡くなる寸前まで、毎日8時間の仕事を日課とし、間断なき創造の歩みを貫かれたという。皆さまもまた「健康」で、「長寿」で、「充実」の人生を生きぬいてもらいたい。これが私の強き強き念願である。
90歳を前にして、小島画伯は、こう語っている。「絵は人間が出来なければダメです。絵を描く前に人間であること、それがわかるまでに長い時間がかかりました」(「毎日新聞」1982年10月25日付)と。
文豪ゲーテの言葉にも、「ひとかどのものを作るためには、自分もひとかどのものになることが必要だ」(エッカーマン『ゲーテとの対話』中、山下肇訳、岩波文庫)とある。
人間としての「修行の坂」を最後まで登りきらねばならない。
戸田先生は、「最後に勝つ、その人が本当の勝利者である」と言われた。
私も、25歳——皆さんと同じ年代の時に、日記にこう書いた。「何事モ、戦イ抜ク者ガ 最後ノ勝利者ナリ」(『池田大作全集』第36巻、「若き日の日記」)と。

人生の「坂」は、登りきるか、それとも下るか、そのどちらかである。
「善太郎坂」を登ると、そこは、わが母校・創価大学の「栄光門」である。
どうか、一生という長い坂を、焦らずに、また忍耐強く、快活に、一歩また一歩と登っていただきたい。
そして、わが創価同窓生が一人も残らず、私は戦いきった! 私は悔いがない! 私は勝った! と言い切れる人生最極の「栄光の門」に到達しゆくことを私は祈りたい。

☆2030年へ 後継の正義の走者に贈る 学びは、愉快なチャンスなり 2021年11月1日
Learning Is a Wonderful Opportunity

戸田先生が誇りにされた思い出があります。1922年の11月、来日した大科学者アインシュタイン博士の講演会へ、牧口先生と共に参加したことでした。
「自分の勉強を義務だと思ってはいけません。すばらしいチャンスなのだと思うことです」——これが、博士の信条です(※)。学ぶことは、優れた精神を磨き、社会に貢献する力を鍛える"愉快なチャンス"だというのです。
牧口、戸田両先生は、みんなを幸福にするために学ぶのだと教えられました。学ぶ努力から、自分はもちろん、家族や友人も幸せにする希望が生まれます。
人のため、社会のため、世界のため——大目的を掲げて題目を唱え、楽しく学び抜こう! 青春の喜びも、未来のチャンスも、必ず大きく広がります。
「英知を磨くは何のため」と問い続け、愉快な探究の挑戦を!

2021年12月6日月曜日

2021.12.06 わが友に贈る

◇今週のことば
麗しき妙法の世界は
「讃むる言こそ多く候へ」
陰の功労の宝友を讃え
歓喜と功徳を広げよう!
信心のサーチライトで。
2021年12月6日

唱法華題目抄 P4
『謗法と申すは違背の義なり随喜と申すは随順の義なり』

【通解】
謗法というのは(法華経に)背くことであり、随喜というのは、(法華経の教えに)したがうことです。

名字の言 創価大学が農業の研究発表で最優秀賞に 2021年12月6日
「創価大に栄冠」——11月29日付の日本農業新聞に驚いた。大学生が日本の農業や食、JAなどに関する研究発表を競うアグリカルチャーコンペティション(アグコン)の第5回大会で、創価大学が実践的研究部門の最優秀賞に輝いた報道だった▼創大経営学部のチーム「Ray」は、農家が運営する、野菜の無人販売所の利用促進に取り組んだ。販売状況や場所が分かるスマートフォン用アプリを考案し、試験運用では「消費者の購入頻度や購入量が向上することを確認」。大学のある東京・八王子市などと連携し、実用化を目指す▼農業は後継者不足が指摘されて久しい。また食料自給率は37%(カロリーベース)で、先進国の中では最も低い。だからこそ「これからの農業は、新しい発想によって、大きく変わっていく」(アグコンのHP)▼これは農業の世界に限らない。高齢化が進む都内のある地区では最近、池田華陽会の友が積極的に参加するように。彼女は今秋、小説『新・人間革命』を学ぶ大学校を卒業。自他共の幸福のために喜々として仏縁を広げる姿に地区全体が活気づき、今年の拡大目標は全て達成した▼新しい"風"を取り入れることで新たな可能性が広がる。そこに持続的発展の鍵がある。

寸鉄 2021年12月6日
学会ほど人類の幸福の為に行動する団体はない—識者。心結ぶ対話、今日も
協議会の充実が"団結"と"飛躍"の因。焦点定め価値的に。共に広布の山を
「誠実」の道をゆけ!—恩師。青年は世の毀誉褒貶見下ろし正義と信義貫け
事故が増える時季。多忙な時ほど規則の順守を忘れず。無事故が勝利の礎
低温・乾燥で感染リスク増—学者。マスク着用や換気、適度な湿度に注意

〈社説〉 2021・12・6 世界の友の体験談に反響
◇苦難を越えて自分らしく輝く
宿命転換のドラマに、国境も人種の差異もない。今日も世界のあの地で、この場所で、人間革命の勝利劇が生まれている。
SGIメンバーの信仰体験を紹介する、本紙12面の企画「My Drama」「TOMORROW」が好評だ。
同企画では、「持続可能性と革新」をコンセプトに、竹材を扱う建築家として注目を集める婦人部員(ブラジル)、コンテンポラリーダンスの振付師を務め、英ロイヤル・オペラ・ハウスで自身の作品が上演された男子部員(オーストラリア)など、多彩な分野で活躍する友を紹介してきた。
皆、病気や経済苦、家庭不和などの困難を信心根本に乗り越え、社会でも実証を示してきたメンバー。その姿に、「苦境の時代の思いが赤裸々に吐露されていて、感動しました」「自分らしく、ありのままに生きる姿に共感を覚えました」「『冬は必ず春となる』(御書1253ページ)の御文を胸に、私も病魔に負けず、勝って前進していきたいと決意しました」など、読者から反響が寄せられている。
7月に登場したアメリカの壮年部員は、テレビ局のニュースリポーターとして奮闘する一方、性的少数者の若者を支えるNPO団体に所属し、支援活動に従事する。彼自身も、男性同性愛者として、過去に辛苦を味わった。
父からは「お前はうちの子じゃない」と。父への強い怒りと憎しみがあったが、自身の悩みと真正面から向き合おうと、御本尊に祈り抜くようになった。地道に両親と交流の機会をつくり、ついには和解することができた。
同体験には「まさか同じ立場の人を扱ってくれると思わなかったので、これまでの苦しみや寂しさが少し癒やされたような気がしています」との声が寄せられた。
SGIメンバーの活躍は、どんな困難も必ず乗り越えられるということ、そして、どこまでも自分らしく輝くことの素晴らしさを教えてくれる。
かつて池田先生は、「一人の宿命転換のドラマは、仏法正義の証です。同じ苦悩を背負った全ての人々のために、人生勝利の突破口を開いたことになるのです」と語っている。
私たちもまた、わが舞台で苦難や悩みに打ち勝ち、周囲に希望を送る存在と光っていきたい。

☆君も立て——若き日の挑戦に学ぶ 第11回 「地区講義〈上〉」
◇永遠に「御書根本」の大道を歩む
【「若き日の日記」1953年(昭和28年)3月9日から】
建設と、修行と、努力と、教学をば、生涯失ってはならぬ。

◇人を育てるんだ
「こんばんは!」
埼玉・川越駅の近くにある志木支部川越地区の会場に、池田先生の元気な声が響いた。
1951年(昭和26年)9月25日の夜、同地区で初めての「地区講義」が開かれた。23歳の若き先生が担当だった。
参加者は、不思議そうな顔をした。先生があまりにも若かったため、担当の講師だとは思わなかったのである。しかし、題目三唱を行うと、先生の全身からほとばしる気迫に、皆、思わず居住まいを正した。
この年の5月、戸田先生は第2代会長に就任。「講義部」の名称を9月1日から「教学部」に改め、教学の課程を一新した。
初信者に対しては、毎週水曜日、戸田先生が自ら法華経講義を行った。支部長らによる講義や地区講義などが、この課程の中に組み込まれた。一部のリーダーだけに頼るのではなく、庶民自身の手による本格的な教学運動のスタートである。
そこには、一人一人に広布の自覚を促そうとの、戸田先生の強い思いがあった。なにより"戦時中の弾圧で幹部が退転したのは、教学がなかったからだ"との反省があった。
8月末、戸田先生は池田先生に語った。
「御書を通して、深く信心を打ち込み、人を育てるんだ。組織を強化するには、人材の育成しかない。これは、地味だが、七十五万世帯達成のカギを握る大切な作業になる」
恩師の言葉は、御書根本の人材育成が広布推進の不変の鉄則であることを示していよう。池田先生は、川越地区ならびに鶴見支部市場地区の講義担当として派遣された。
"戸田先生の「名代」として講義に行くのだ""この御書講義は、師の願業を実現するための、突破口を開く戦いの一つなのだ!"
手探りの状況の中、戸田先生と池田先生の"師弟の実践"から形作られていった地区講義は、学会の教学運動の源流となった。
現在、地区座談会などで御書講義を行う形式が定着しているが、まさにこの51年の下半期から、地区を舞台にした御書研さんの流れが始まったのである。

◇師と同じ呼吸で
地区講義の担当が決まると、池田先生は仕事と学会活動の合間を縫って、講義を行う御書を何十回と拝読し、研さんを重ねた。
徹底して御書に向かう姿勢は、恩師から直接教え込まれたものであった。戸田先生は折あるごとに愛弟子に御書を講義した。
「『生死一大事血脈抄』の講義をして下さる。夜遅くまで、種々指導賜る」(『若き日の日記』、1950年12月10日)
池田先生は、御書講義での恩師とのやり取りを「私に少しでも真剣さが欠けた時には、先生は言下に叱咤された」と振り返っている。御書に刻まれた日蓮大聖人の精神を真剣勝負で心肝に染めていく——その「剣豪の修行」こそが、戸田先生と池田先生の"師弟の教学"であった。
池田先生は、「青春時代、師のもとで研鑽し抜いた『師弟の教学』が、すべての実践の根幹となっている」と述べている。
地区講義を通じて池田先生が伝えようとしたのも、戸田先生から教わった"師弟の教学"であった。
1951年(昭和26年)9月7日、池田先生は市場地区で講義を行った。
25日には、川越での講義に臨み、「佐渡御書」「聖人御難事」「日厳尼御前御返事」「治病大小権実違目」の4編を研さんした。
先生は「聖人御難事」の「各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ、師子王は百獣にをぢず・師子の子・又かくのごとし」(御書1190ページ)の一節を通してこう訴えた。
「師子王の『師子』とは、師匠と弟子であり、師弟を意味しています。つまり、弟子が師匠と呼吸を合わせ、同じ決意に立ってこそ、何ものをも恐れぬ、勇敢な『師子王の心』を取り出していくことができるんです」
師匠の「名代」の自覚をもって広布に進んでほしい——御書を通して、弟子の使命に奮い立つことを強く促した。
先生の川越地区講義は、足かけ3年で10回にわたって続けられた。"師弟の教学"に励む中で、受講者たちの心には、広布に生きる喜びが漲っていった。

◇最高の哲学を学ぶ喜び
子どもを背負って川越地区の講義に通ったある女性は、折伏に励むものの、塩をかけられたり、追い返されたりした。そんな時、先生の講義で「哲学」という言葉を初めて聞く。
「生命の境涯から言うならば、皆さんは大学で学ぶよりも立派なんです。それくらいすごい最高の哲学を学んでいるんですよ」
先生の言葉に、彼女の心は躍った。"最高の哲学"を実践する喜びを抑え切れず、帰り道、思わず学会歌を鼻歌で口ずさんだ。
入会後初めて参加した会合が地区講義だった女性もいた。彼女は病を抱えていたが、先生の講義を聞くと、温かい気持ちに包まれ、"病を治せる"との確信が湧いた。
その後、病は回復し、弘教に励めるように。夫も信心を始め、夫妻はそろって先生の講義を受けるまでになった。地区講義では、御書を学び終えるごとに「修了証書」が渡された。証書が大切な"家宝"となった。
川越地区での最後の講義の日、先生は日記に認めた。「埼玉、川越地区に講義。——『佐渡御書』。受講者、約五十名。次第に、人材、人物が、輩出して来た様子」(同、53年2月10日)
スタート時、10人に満たなかった受講者の数は約6倍に膨れ上がり、同地区は一変。弘教の力も増し、地区が大きく生まれ変わったのである。川越地区の躍動によって、志木支部も大支部に発展していくことになる。
池田先生は、55年の「札幌・夏の陣」、56年の「大阪の戦い」「山口開拓指導」等でも、常に御書を根幹にした実践で勝利の金字塔を打ち立てた。"師弟の教学"とは"実践の教学"であり、師匠から教わった通りに、弟子が"勝利の証しを示す戦い"でもあった。
今月18日、『日蓮大聖人御書全集 新版』が発刊された。コロナ禍で混迷する世界で、"太陽の仏法"が、いっそうの希望の輝きを放っていくに違いない。
先生は、御書新版の序文に寄せた。
「我ら創価学会は、永遠に『御書根本』の大道を歩む」
「この一書とともに、『立正安国』『立正安世界』へ、『万年の外未来までも』、地涌の宝友が師弟誓願の不二の旅を歓喜踊躍して進みゆかれることを、私は心から願う」

☆2030年へ 後継の正義の走者に贈る 名著に触れて心の世界を広げよう 2021年10月1日
Expand Your Inner World Through Literature

木々の葉が色づき、夏から秋へ、季節もページをめくります。「読書の秋」到来です。
戸田先生は青年に読書を強く勧めました。お会いするたびに「大作、今日は何の本を読んだか」と鋭く聞かれました。学ばずして、先生の前には行けなかったのです。この青春の挑戦が、後に世界中の識者たちと語らい、心を結び合う力になりました。
文豪ビクトル・ユゴーの『レ・ミゼラブル』に、「天空よりも壮大なる光景、それは実に人の魂の内奥である」(※)とあります。皆さんの若き魂は、無限に強く大きく気高くなれます。読書は内なる世界を広げゆく旅です。
妙法は「活の法門」であり、全てを活かしていける力です。皆さんが今、一冊一冊、名著に触れ学んだことが、地球の未来を明るく照らす光になります。
今日も、心躍る一ページを!

2021年12月5日日曜日

2021.12.05 わが友に贈る

一人の人間の生命には
宇宙大の尊さがある。
誰も置き去りにしない
人権の世紀を築くため
平和の哲学を語ろう!

四条金吾殿御返事 P1149
『日蓮をたすけんと志す人人少少ありといへども或は心ざしうすし或は心ざしはあつけれども身がうごせずやうやうにをはするに御辺は其の一分なり心ざし人にすぐれてをはする上わづかの身命をささうるも又御故なり、天もさだめてしろしめし地もしらせ給いぬらん』

【通解】
この日蓮を助けようと志す人々は少々いるけれども、あるいは志が薄い。あるいは志が厚くても、身がそれに伴わない。さまざまな人がおられるなかに、あなた(四条金吾)は、その一分に当たっている。日蓮を助けようという志が人よりすぐれておられるうえ、日蓮がわずかの身命をここまで支えることができたのも、あなたのおかげである。このことは、天も必ず知っておられるし、地もご存じであろう。

名字の言 「育児」は「育耳」 2021年12月5日
6歳の男児が詩人・谷川俊太郎氏に質問した。「ぼくはおっぱいがだいすきです。おっぱいのなかにはしあわせがつまっているとおもいます。谷川さんはなにがはいっているとおもいますか?」▼この問いに氏は、"ぼくは、生きる力が入っていると思います"と答えた(『星空の谷川俊太郎質問箱』ほぼ日)。乳児と会話はできない。だが、言葉以上に伝わる母の愛情から、生きる力が育まれるのだろう▼岡山市の女性部員には、重度の聴覚障がいがある2人の娘がいる。娘たちの耳に、母の声は聞こえない。それでも母は声を掛けた。「いい子だね」「大丈夫よ」。夜泣きをして、朝方に寝入った娘のそばで、慈愛の題目を唱えることもあった▼その後、2人は人工内耳手術に成功。先日、小学5年の妹が書いた作文が市の「障害者週間」作品コンテストで最優秀賞に輝いた。障がいがある人に自分は「はずかしがらず勇気をもって声をかける」と文中に。娘の"心の世界"に母の声は届いていた▼池田先生は「『育児』は『育耳』と言われる。子どもの耳に豊かな言葉を聞かせることが成長の力になる」と。温かな声が心を動かし、人生を変えていく。未来部勝利月間が始まった。宝の友に励ましの声を届けよう。

寸鉄 2021年12月5日
周総理と池田先生の会見から47年。君よ友誼の魂継ぎゆけ。青年交流更に
第2総東京青年部の日。"拡大の電源地"の使命大 新時代の勝利の歴史綴れ
「誓願と云うは題目弘通の誓願なり」御書。師と共に万年の広布へ歩む喜び
各地で地震が頻発。防災対策の基本は自助。油断なく日頃の備えを総点検
人と会って話す事が脳の老化予防に最良—医師。友情深める充実の師走を

☆ストーリーズ 師弟が紡ぐ広布史 第14回 詩心とは「正義の闘魂」の異名なり(下)
インド・チェンナイの創価池田女子大学に、600人の詩人・学術者らが集まった。
2011年12月17日、国際詩人団体「世界詩歌協会」が、池田大作先生の「桂冠詩人」称号の受章から30周年を祝賀する集いを開いた。パドマナーバン会長(当時)は、開幕を告げる挨拶で、高らかに宣言した。
「池田博士の詩は、まさに、あらゆる障壁を乗り越え、世界の民衆詩人として、民衆の心に平和を広めているのです」
祝賀の集いでは71人が登壇し、7時間にもわたって、先生の詩業をたたえる詩が詠まれていった。
1981年、世界芸術文化アカデミーが池田先生に「桂冠詩人」の称号授与を決定した時、同アカデミーの事務総長を務めていた、インドの詩人・スリニバス博士。世界詩歌協会の創立者でもある。2年前の79年7月、先生と博士は初の出会いを刻む。
この時、先生は英文詩集『わが心の詩』を贈った。博士は日本からインドへの帰路、詩集を何度も何度も読み返した。「全身に恍惚にも似た感動が走り抜けるのを覚えた」からである。以来、先生を「エベレストの頂点に立つ詩人」と最大にたたえた。
池田先生への博士の深い尊敬は「桂冠詩人」、さらに「世界桂冠詩人」「世界民衆詩人」と、各称号の授与に結実していった。

恩師・戸田城聖先生と池田先生との運命的な出会いを彩ったのも、詩歌である。
1947年8月14日、池田先生は小学校時代の同級生に誘われ、座談会に参加。この時、戸田先生は「立正安国論」の講義を行った。終了後、池田先生は戸田先生に「正しい人生とは」「本当の愛国者とは」などと質問した。
その一つ一つに、恩師は明快に答えた。池田先生はその場で、感謝の思いを即興詩に託した。
戸田先生はペンを執ったまま、詩想を巡らせることがあった。同志を励ますため、折に触れて和歌や句を詠んだ。事業が苦境の時や、広布の激戦の時に、池田先生へ詩歌を贈った。
「恩師の詩をいただくたび、私は誓った。恩師の一切を継ぐ志ならば——いつの日か恩師のように、詩歌で励ましを友に贈ることもまた、私に課せられた使命であろう」
「詩歌を綴る時、私の思いは、自身の喜び、楽しみはともかく、まず『いかに友を励ませるか』——この一点にあった」
世界の指導者・識者への献詩、全国・全世界の同志への詩など、池田先生がこれまでに詠んできた詩は約600編。ある友は先生に、こう尋ねた。
「なぜ、これほど多くの詩を詠むことができるのですか」
先生は応じた。
「特別なことは何もありません。その人をなんとか励ましてあげたい。前向きに力強く生きてほしい、という思いです。その思いで贈り続けてきた結果です」

池田先生が「桂冠詩人」の称号を受章した1981年は、第1次宗門事件を経て、本格的な反転攻勢が開始された年である。その激励行は四国から始まった。
先生は四国を「詩国」とたたえ、「私が詩心という精神の剣をひっさげ、新たな闘争を開始した国」と述懐している。この「新たな闘争」の中で、誕生した学会歌が「紅の歌」であった。
81年11月10日、先生は、四国研修道場で行われた香川の記念幹部会で、高らかに宣言した。
「もう一度、私が指揮を執らせていただきます」
「私の心を知ってくださる方は、一緒に戦ってください!」
師の"闘争宣言"に、いち早く反応したのが四国男子部だった。翌11日の夜、彼らは"自分たちの心意気を歌にしよう"との思いで一つになった。
12日の夜に、先生と四国青年部の代表との懇談会が決まっていた。あと1日しかない。彼らは夜通しで作詞に没頭した。
「黎明の歌」と名付けた歌詞が、懇談会の直前に完成した。その歌詞を受け取ると、先生は「君たちのために、私が手伝おう」と目を通し始めた。
第一声は「いい言葉を寄せ集めた感じだな」。その通りだった。作詞に携わったメンバーが、それぞれ好きな言葉を出し合って作った歌詞だった。
先生は続けた。「1行目が勝負だよ。太陽が、ぱっと広がるような出だしでなくてはいけない」。冒頭の「ああ黎明の」を「ああ紅の」と書き換えた。そして、1番から3番までの歌詞に、一通りの直しを入れた。
さらに、「まだまだ考えます」と歌詞を持ち帰ると、その日の夜遅くまで推敲を重ねた。13日も、諸行事の合間を縫って、歌詞の一語一語に魂を込めていった。
「紅の歌」が完成したのは14日。推敲は二十数回にも及んだ。香峯子夫人は「あなたが青年におっしゃりたいことが、すべて入っていますね」と。
今も全国の友を鼓舞してやまない「紅の歌」は、「桂冠詩人」の受章が決定した後、先生が初めて作詞した学会歌となった。

四国で民衆凱歌の叙事詩を綴った1カ月後、池田先生は大分へ向かった。到着した81年12月8日の夜、先生は青年部との懇談の場で語った。
「学会は一切を青年に託してきた」「青年に何か書き贈りたい」
2日後の10日、先生は大分平和会館の管理者室で女性部(当時、婦人部)の友と懇談した。語らいを終えると、先生は「よし、やろう!」と詩の口述を始めた。
この日の午後7時、大分県青年部幹部会が予定されていた。詩は、その幹部会で発表されるものだった。5人の青年部員が必死に書き取った。
「桂冠詩人」として、先生が最初に長編詩の詩作を行った場は、管理者室である。この事実は、黙々と広布に尽くす人をサーチライトを当てるようにして見つけ、励ましを送ってきた、先生の透徹した信念を映し出していよう。
真剣勝負の口述が続いたが、県の代表メンバーとの懇談が控えていた。先生が懇談会場へ向かうと、青年たちは急いで詩の清書を進めた。
夕方、先生は会館へ戻るやいなや、すさまじい気迫で「原稿はどうなった」と。青年部幹部会の参加者が集まり、すでに会場はいっぱいになっていた。会合の開始時刻が1時間早められた。
先生はすぐに推敲に入った。半分余りが変更になった原稿もあった。直しの口述が終わった時には、すでに幹部会は始まっていた。
先生は幹部会で、完成したばかりの長編詩「青年よ 21世紀の広布の山を登れ」について語った。
「この"21世紀への指標"は私の決意であり、真心です。この場を借りて、全国の青年部に、21世紀に向けて広布遂行の"責任""お願い""託する"という意義を込めさせていただきます」
青年への思いが凝縮した長編詩は、第1次宗門事件の嵐を突き抜け、学会が新たな飛躍を開始しようとする時に誕生した。
「真の詩心」とは——先生は記した。「正義の闘魂の異名」と。

詩心は「正義の闘魂」——池田先生と語らいを重ねた識者には、それを体現する詩人もいる。チアゴ・デ・メロ氏も、その一人だ。
64年、祖国ブラジルで軍事クーデターが起こると、氏は投獄された。38歳の時である。著作は発禁処分に。自由を奪われた獄中で、氏は壁に刻まれた文字を見つけた。
「闇は来るが、私は歌う。なぜなら必ず朝は来るからだ」
その言葉は、氏が詠んだ詩の一節だった。自らの詩が絶望に沈む人の希望となっていた。それは、詩人にとって最大の名誉だった。
その氏が92年、南米初の開催となった「自然との対話——池田大作写真展」の名誉実行委員に就いた。この時、「池田大作氏に捧ぐ——新生の光の苗木」との詩を詠み、先生の平和行動を称賛した。
「あなたは/すでに勇敢に実践されてきた/知恵と忍耐とをもち/より良き世界をつくりゆくために/更にあなたは/人類の夜明けのビルを建設するため/休む間もなく/自らレンガを運び続けておられる」
翌93年、先生と氏はリオデジャネイロで初の出会いを結ぶ。4年後の97年、今度は来日した氏が、聖教新聞本社(当時)に先生を訪ねた。対談の折、氏は「人間革命」の哲学に触れた時のことを振り返った。
「詩人として、もはや感動することはないと思っていたのに、何十年ぶりの感動でした。池田会長は私を蘇生させた方です」
先生は語った。
「迫害の中で生まれたメロ先生の詩は、机上の作文ではありません。"魂の叫び"です」
対談で両者の詩心は深く、強く響き合った。人類のために戦い続ける生命と生命の共鳴は、美しい友情の交響詩を奏でた。

先生は長編詩「雑草」で詠んだ。
「君の辛労を私はじっと見守ろう/君の躍々たる真実を私だけは讃えたい/その姿を 私の/生涯にわたる路線としたいのだ」
この長編詩が発表されたのは、50年前の71年である。
ただ友のために——半世紀以上にわたって、先生のこの思いは一貫して変わらない。その深い真心から発する魂の言葉は、私たちを励まし続ける。
これまでも、そして、これからも。

2021年12月4日土曜日

2021.12.04 わが友に贈る

折伏に挑む若き宝友を
皆で最大に応援しよう!
友の奮闘を心から称え
行学の二道を共々に。
強き絆が未来を開く!

乙御前母御書 P1223
『道のとをきに心ざしのあらわるるにやかれは皆男子なり権化の人のしわざなり、今御身は女人なりごんじちはしりがたしいかなる宿善にてやをはすらん』

【通解】
道の遠さに、志があらわれるのであろうか。彼らは皆男子である。仏菩薩の化身した人の行為である。今あなたは女人である。権実の教判は知りがたい身である。いかなる宿縁を持った人なのであろうか。

名字の言 「あれから10年 これから10年」 2021年12月4日
「まだ、10年。」——岩手日報は、東日本大震災からの復興も、傷を負った心の回復も、いまだ途上にあることをそう表現している。節目となる本年も残りわずかとなった▼聖教新聞社提供の新番組「あれから10年 これから10年」も、この節目を節目で終わらせないことを願うもの(BS—TBS、毎週土曜午後8時54分から)。当時10代だった岩手・宮城・福島の若者が、"今"と"10年後の夢"を語るドキュメンタリーである▼ある女性は、当時12歳。祖父は津波にのまれた。家族と避難生活を強いられる中、自分が幼く非力であることを痛感したという。今、地元で小学校教諭を務める彼女は、10年後も変わらず"命を守る大切さ"を子どもたちに伝えたい、とほほ笑む▼御書に「過去の因を知らんと欲せば其の現在の果を見よ」(231ページ)と。今は過去の積み重ねでできているが、同じように過去を振り返っても「そのせいで」と捉えるか、「それがあったからこそ」と考えるかで、今の生き方は異なってくる。大切なのは、心が前を向こうとしているかどうかだろう▼私たちは「これまで」と「これから」の結び目に生きている。過去をバネにして今を懸命に生き、未来を自在に開いていきたい。

寸鉄 2021年12月4日
たとえ一人でも求める人に全力尽くす—戸田先生 妙法流布はこの一念から
「高知女性部の日」。最高に仲良き太陽の大連帯!今日も励ましの最前線へ
「凡夫の忽に仏となる」御書。広布誓願の勇者に無限の功徳。強盛に祈れ
農産品輸出、初の1兆円と。世界で人気の日本の"食"。農漁光の友に感謝
人権週間。人間は誰もが尊極な宝の存在。どんな差別も許さぬ社会を皆で

〈社説〉 2021・12・4 地球温暖化防止に尽力を
◇着実な実践が新たな希望開く
宮沢賢治は童話「グスコーブドリの伝記」で、二酸化炭素のもたらす温室効果により、冷害で苦しむ農民が救われる物語を描いた。1932年の発表。間もなく90年となる。寒冷地での苦悩に胸を痛めた賢治の目には、温室効果は未来への希望と映ったのだろう。
今日、その温室効果が、人類の直面する脅威の一つに挙げられている。海面上昇による島しょ国・臨海都市の水没や、暴風雨や熱波などの極端な気象現象の増加が懸念される。
今こそ地球温暖化の防止への努力を始めよう。1997年12月に京都で開かれた国連気候変動枠組み条約第3回締約国会議(COP3)を契機として、例年、この時期に温暖化防止が呼び掛けられている。また、本年はCOP26が開催され、石炭火力発電の段階的削減を進めることを合意するなど、「脱炭素」が焦点となっている。
今年の冬は、経済産業省の見通しでは電力需給が過去10年間で最も厳しくなるという。ガソリンや灯油の高値傾向も続いている。省エネルギーへの取り組みは、私たちの日々の暮らしを守るためであり、温室効果ガス排出削減につながって将来の人類を救う意義も持つ。身の回りでできることから、積極的に取り組んでいきたい。
家庭での節電の取り組みについて、経産省では、�減らす�ずらす�切り替えるの三つのポイントを挙げている。�は、電気製品の無駄な使用を減らすこと。�は、電気が多く使われる時間帯を避けた利用で、電力供給の安定化に寄与すること。�は、買い替えるときに省エネ型製品を選ぶこと——。特に電気を多く使うエアコンや洗濯機、電子レンジなどで、わが家に改善できることはないか、確認してみてはいかがだろう。ガスや灯油を使う給湯、暖房も、無駄のない活用を心掛けたい。
環境省が呼び掛けている「ウォームビズ」にも取り組みたい。暖房の室温を、20度を目安に抑えめに設定して、1枚多く羽織ったり、首、手首、足首を冷やさないよう、マフラーやレッグウオーマー等を活用したりするというものだ。
池田先生は、かつて「地球的問題群という『挑戦』に、人類が英知を尽くして『応答』するところに、新たな地球文明の地平を開きうる」と述べた。地球温暖化を防ぐための着実な実践を通し、新たな希望を開いていこう。

☆11月度「御書講義」(下) 寂日房御書
◇師と共に常楽我浄の人生を!
日蓮大聖人に連なり、生涯、師弟不二の大道を歩み抜く——。ここでは、森中教学部長の11月度「御書講義」(下)を掲載します。講義の動画はこちらから、11月30日まで視聴できます。

◇御文
『日蓮は此の上行菩薩の御使として日本国の一切衆生に法華経をうけたもてと勧めしは是なり、此の山にしてもをこたらず候なり、今の経文の次下に説いて云く「我が滅度の後に於て応に此の経を受持すべし是の人仏道に於て決定して疑い有ること無けん」と云云』(御書903ページ5行目〜7行目)

◇真の後継を願う
この段は、三つのポイントがあります。
最初のポイントは「日蓮は此の上行菩薩の御使として日本国の一切衆生に法華経をうけたもてと勧めしは是なり」との一節です。
ここで、大聖人は、御自身のことを「上行菩薩の御使」と仰せです。
この「使い」という表現は、"どこか別に上行菩薩がいて、自分は、その連絡係だ"などといった意味ではありません。
「使い」と表現しているその人自身が、現実に上行菩薩としての役割を果たし、悪世末法の中で全民衆救済の方途を確立された、ということです。
事実上、上行菩薩のなすべき役割を果たし切った。まさに、大聖人こそが上行菩薩その人であると宣言されていることは言うまでもありません。
その実践を端的に示された御文が「日本国の一切衆生に法華経をうけたもてと勧めし」との仰せです。
大難を覚悟して第一歩を踏み出し、また、事実、あらゆる大難を不惜身命の大闘争で乗り越え、勝利された——それが「うけたもてと勧めし」の内容です。
二つ目のポイントは、その大闘争は、終わることのない永遠の闘争だということです。
「此の山にしてもをこたらず候なり」と、大聖人は、民衆への妙法弘通の実践は、身延に入山されても怠ることなく続け、生涯にわたって貫いていることを示されています。
この不退転の覚悟が、仏法者の誉れです。
池田先生は、かつて、「仏とは、『永遠に戦い続ける人』の異名です」と語られました。
地涌の闘争は精進行です。三世永遠に戦い続ける中で常楽我浄の大境涯を示すことができる、ということです。
三つ目のポイントは、神力品の別の一節の引用です。
「今の経文の次下に説いて云く『我が滅度の後に於て応に此の経を受持すべし是の人仏道に於て決定して疑い有ること無けん』と云云」
この経文は、上行菩薩の弘通する法華経受持の実践によって、末法の万人の成仏が間違いないことを断言されています。
大聖人の実践が、万人を間違いなく仏にしていく上行の尊い振る舞いであり、それに連なって、妙法を受持し広布に励む私たちも必ず成仏できることを教えられています。
大聖人は、御自身と同じ戦いをする、真の後継の門下が出現することを願われていました。その思いが凝縮した一節が次の段です。

御文
かかる者の弟子檀那とならん人人は宿縁ふかしと思うて日蓮と同じく法華経を弘むべきなり、法華経の行者といはれぬる事はや不祥なりまぬかれがたき身なり(御書903ページ7行目〜9行目)

宿縁深き門下
本抄の前半で、大聖人は、法華経の行者として、また、上行菩薩として戦い抜かれたことを示されています。
そして、「自解仏乗」で日蓮と名乗られたことが示されました。
その内容を受けて、「かかる者の弟子檀那とならん人人」以下は、大聖人に連なる宿縁深き門下が、覚悟の信仰を貫き、師弟不二の生涯を築いていくように教えられています。
「かかる者の弟子檀那とならん人人は宿縁ふかしと思うて日蓮と同じく法華経を弘むべきなり」です。
大聖人との宿縁が深いということは、過去世において地涌の誓願に立ち、不二の決意に燃えて、今日、悪世に生まれてきた、ということです。
大聖人は、「生死一大事血脈抄」で、「過去の宿縁追い来って今度日蓮が弟子と成り給うか・釈迦多宝こそ御存知候らめ、『在在諸仏土常与師倶生』よも虚事候はじ」(御書1338ページ)と仰せです。
私たちは、この宿縁があって師弟の道を歩み、今世で広宣流布に集い合った同志です。
本抄の冒頭の「結句題目の行者となれり、まことにまことに過去十万億の諸仏を供養する者なり」(同902ページ)との仰せも、この師弟の宿縁を教えられていると拝することができます。
「日蓮と同じく」とは、いかなる難も恐れぬ勇気と、苦悩の衆生を救う慈悲と、あらゆる困難に立ち向かう智慧をもって、広宣流布に励んでいくように促されている一節です。
「法華経の行者といはれぬる事はや不祥なりまぬかれがたき身なり」——大難や宿命と戦うことは、世間的な眼から見れば苦労が多い「不祥」と映るかもしれません。しかし、そこにこそ真の成長と歓喜と、満足と充実の「使命」があります。
どこまでも「師弟」に生き抜く決意で、新たな挑戦を開始していきましょう。

結びに
「寂日房御書」の御書講義の範囲の続きの部分も確認しておきます。
最後に大聖人は、現在、未来にわたる御本尊の功徳力を強調され、大聖人を守り支える功徳によって、女性門下自身が荘厳されることは間違いないと示されています。
そして、信心を怠ることなく題目を唱えていきなさいと激励されて、お手紙を結ばれています。
「日蓮をたすけ給う事・今生の恥をかくし給う人なり後生は又日蓮御身のはぢをかくし申すべし、昨日は人の上・今日は我が身の上なり」(同903ページ)と仰せです。
「今生の恥」とは、今世で味わう恥、すなわち、現在の人生のさまざまな困難や苦しみを指しています。
大聖人に御供養し、身を助ければ、今度は、未来に大聖人があなたの身を助けることになるでしょう。昨日は他人の上、今日は我が身の上である、と教えられている一節です。
詳しくは分かりませんが、大聖人は、この御書を受け取った女性門下に対し、これまで大聖人に御供養し、大聖人の闘争をお守りしたことを、本当に深く感謝されています。それとともに、因果の功徳によって、この女性門下が今世も来世も、妙法の功力に包まれることは間違いないと示されています。
御供養をはじめ、広宣流布の一切の活動は、自身の生命を荘厳していきます。
すなわち、自分が、妙法の幸福の軌道に乗ることで、御本尊、そして、仏や菩薩、諸天善神に包まれ、守られていくことは絶対に間違いありません。
大聖人は、このお手紙を通じて、女性門下に"私と共に生きよ""広宣流布に生きよ""仏法のために生きよ"と仰せです。
決定した一念が、自分自身の幸福境涯を築き、大満足の人生を約束します。
創価学会創立100周年へ、次の一歩を踏み出し、力強く前進していきたいと思います。

☆学ぼう「黄金柱の誉れ」Q&A 第21回 病と闘う友に
病と闘う友の回復を皆で祈り、支えていく。それが創価の心です。病気と闘う心構えについて、壮年部指導集『黄金柱の誉れ』から池田先生の指導を紹介します(指導集135ページから137ページまでを抜粋)。

<報恩の信心で>
戸田先生は、病気の人の話を聞くと、その晩、その人の夢を見ることがあるくらい、一緒に苦しんであげていた。そのうえで、本気で信心しないで功徳だけ欲しがったり、少しでも良くなったのに「まだ全快しない」と愚痴を言うような人には、厳しく信心の姿勢を正しておられた。
「形式ではなく、命を打ち込んで、御本尊にすがりつくのです。命を御本尊に差し上げるくらいの、本当の決意をもった題目ならば、治らないわけがありません」(中略)
「少しでも良くなったならば、心から感謝することです。それなのに、まだ悪いところがある、まだ良くならないと、まるで御本尊様に貸しでもあるように考えているのではないですか。それではだめです。不知恩の行動に出ると、治ったものまで悪くなります。少しでも良くなったことを深く感謝して、感謝に満ちみちて信心をしなさい!」(中略)
まさに、薬王菩薩の「報恩」の信心を教えられたのです。この信心に立ったときに、己心の「薬王菩薩」が意気さかんに活動を始めるのです。自分の全細胞を一新させるくらいの決意で祈るのです。六十兆の全細胞一つ一つの薬王菩薩をたたき起こして、発動させるのです。私だって、三十歳までしか生きられないといわれた体で、ここまで働いて、ここまで長寿を勝ち取った。
(『池田大作全集』第31巻、「法華経の智慧」)

<幸福になり、勝利するための試練>
御聖訓には「この病は仏のお計らいだろうか。そのわけは、浄名経、涅槃経には病がある人は仏になると説かれている。病によって仏道を求める心は起こるものである」(御書1480ページ、通解)と御断言です。
病気という苦難を糧にして、自分の信心を強め、境涯を深め広げていくことができるのです。
病気との闘いは、妙法に照らして、永遠の次元から見れば、すべてが幸福になり、勝利するための試練です。病気だから、不健康なのではありません。他人や社会から決められるものでもない。
健康は、何があっても負けない自分自身の前向きな生き方の中にこそあるのです。
(本紙2012年7月26日付、「若き君へ」)

<「宿命を使命に変えるのです」>
戸田先生も、「初めから立派過ぎたのでは人々の中に入っていけないから、われわれは仏法を弘めるためにわざわざ貧乏や病気の姿をとって生まれてきたんだよ」「人生は芝居に出ているようなものだよ」と、しばしば言われていた。(中略)
自分の苦しみを「業」ととらえるだけでは、後ろ向きになる。それを、あえて「使命のために引き受けた悩みなのだ」「これを信心で克服することを自分が誓願したのだ」と、とらえるのです。
願兼於業は、この「一念の転換」を教えている。宿命を使命に変えるのです。自分の立てた誓願ゆえの悩みであるならば、絶対に乗り越えられないはずがない。
(『池田大作全集』第29巻、「法華経の智慧」)

2021年12月3日金曜日

2021.12.03 わが友に贈る

充実と納得の協議が
広布伸展の鍵だ。
事前の準備を入念に
皆が主役の語らいを!
心一つに進みゆこう!

生死一大事血脈抄 P1338
『相構え相構えて強盛の大信力を致して南無妙法蓮華経臨終正念と祈念し給へ、生死一大事の血脈此れより外に全く求むることなかれ』

【通解】
心して強盛の大信力を出し、南無妙法蓮華経、臨終正念と祈念なさるがよい。生死一大事の血脈をこのことのほかに求めてはならない。

名字の言 団結でつかんだ20年ぶりの日本一 2021年12月3日
連日、白熱の勝負が繰り広げられたプロ野球の日本シリーズ。全6試合が2点差以内という大接戦を制し、ヤクルトが4勝2敗で日本一に輝いた▼息詰まる投手戦となった最終戦。ヤクルトは執念の継投でオリックス打線を封じ、最後の攻撃へ。延長の激闘に終止符を打ったのは代打の切り札・川端。値千金の決勝打でチームを勝利に導いた▼初戦を前に、高津監督は選手・スタッフに呼び掛けた。「我々の特長はつながり。全員が一つの輪になって、全力で四つ勝てるように努力していこう」。野球は9人の先発メンバーだけでするものではない。救援投手、代打、代走、守備固め……。ユニホームを着ない裏方もいる。20年ぶりの日本一は、それぞれが役割を果たしてつかんだ団結の栄冠だった▼どんな舞台も、表に立つ人と裏で支える人がいる。主役だけでは成り立たない。役回りは違っても、携わる全ての人が一つの輪となり、持ち味を発揮してこそ、成功と発展の道は開かれる▼信心の世界も同じだ。学会が「勝負の10年」の初陣と位置付けた本年の凱歌は、誰一人欠けてもなし得なかった。陰に陽に広布を支える同志に心からの感謝を伝え、新しい一年も「総合力」で、皆が輝くドラマをつづろう。

寸鉄 2021年12月3日
「成仏は持つにあり」御書 苦難の時こそ御本尊に強く祈り進む—勝利の要諦
「聖教公式ツイッター」が好評。更に幅広く取材・制作現場から生の声を発信
「人財」が国語辞典に初収録と。皆、無二の人材。共に成長との心で励ましを
変異株の拡大、接種格差が因の見方も。国際枠組で途上国支援の加速急務
詐欺に加担させる「闇バイト」がSNSで横行と。若者蝕む魔手。断固撃退

☆11月度「御書講義」(中) 寂日房御書
◇世界に広がる地涌の大行進
地涌の菩薩の使命を自覚した、創価学会の連帯は世界規模で展開する時代を迎えました。ここでは、森中教学部長の11月度「御書講義」�を掲載します。講義の動画はこちらから、11月30日まで視聴できます。(�は11月18日付5面に掲載。�は11月23日付5面に掲載の予定)

◇御文
『斯人行世間の五の文字は上行菩薩・末法の始の五百年に出現して南無妙法蓮華経の五字の光明をさしいだして無明煩悩の闇をてらすべしと云う事なり』(御書903ページ4行目〜5行目)

◇衆生を救うため
「斯人行世間」——斯の人は世間に行じて、の一節を強調されています。
あくまで、現実世間、娑婆世界というこの苦悩の現実の世界こそ、上行菩薩をはじめとする地涌の菩薩の本舞台だということです。
これは、法華経での付嘱の流れとも一貫しています。
法華経では徹頭徹尾、滅後悪世、つまり、末法にあって、一番苦しんでいる衆生を救うために、釈尊は菩薩たちに後継を呼び掛けました。
そして、釈尊から託された、いわば、"末法救済のエース"が地涌の菩薩です。反対にいえば、地涌の菩薩でなければ、悪世の現実の民衆を救うことはできません。
"立派な菩薩の外見を持った救済者"が、上から施すような取り組み方で出現したのでは、苦しんでいる末法の人々を本当の意味で救い切ることはできません。
民衆の海の真っただ中にあって、自らも民衆の一員として登場し、同じ目線に立ち、同苦という慈悲の境涯で、どこまでも一人の人間の偉大さを自ら示し、一個の人間の内面にあった無限大の可能性を開いていく。この民衆の中での闘争でのみ、末法の一切衆生を救済することができます。
この戦いができるのが、地涌の菩薩です。
その裏付けが、地涌の誓願です。現実に、地涌の菩薩は願兼於業の誓願で、自ら民衆の一員として、民衆の中に飛び込んでくるのです。

◇「無明」を晴らす
釈尊の時代から末法の時代への、この法華経に基づく救済者のバトンタッチが、付嘱の儀式です。
この意義が、「斯人行世間」の中に込められていると拝することができます。
繰り返しになりますが、上行菩薩を筆頭とした地涌の菩薩が、末法の衆生の苦悩を救うために、娑婆世界という世間、つまり、悪世末法の現実社会に出現して、仏法を行ずるということです。
それが、「上行菩薩・末法の始の五百年に出現して南無妙法蓮華経の五字の光明をさしいだして無明煩悩の闇をてらすべしと云う事なり」との一節です。
改めて、この上行菩薩というのは、不思議な菩薩だと思います。
法華経の中でも、涌出品第15から、嘱累品第22までの八品にしか登場しません。そして、正法・像法にも出現せず、末法の初めの五百年に出現するのです。
いわば、衆生の闇が最も深く、これまでの仏法の力が見失われている時にこそ、民衆を救うために勇んで登場するのが上行菩薩であり、地涌の菩薩です。
また、それが広宣流布を断絶させまいとする釈尊の願いでもありました。
日蓮大聖人は、悪世末法の謗法充満の時代に出現され、万年の全人類が幸福になるための仏法を確立されました。
それこそが、南無妙法蓮華経の大法にほかなりません。
この「五字の光明」を取り出すことこそが、上行菩薩の根本の役割であることを教えられているのです。
そして、この光明が末法の衆生の闇を照らすのです。その闇とは「無明煩悩」です。人々の一切の迷いと不幸の根源ともいえます。
「無明」とは、自身の生命への根本的な無知です。そして、その無明から「煩悩」が生まれ、人々を苦しめます。
あらゆる苦悩の根源の因となるこの無明を晴らす根本が、南無妙法蓮華経の光明です。南無妙法蓮華経こそが三世諸仏の成仏の根源であり、万人成仏の法です。
どこまでも現実世界の中にあって、この妙法という光源で人々を照らすのが地涌の菩薩なのです。

◇学会員の宿縁
題目を唱える学会員の使命がどれだけ大きいか。
一人一人が、太陽となって、地涌の菩薩の使命を果たし抜くことを、世界中の人が待ち望んでいることは、間違いありません。
今から750年前、この地涌の最初の一人として立ち上がられた大聖人は、後に続く地涌出現を願われていた。
今、その地涌の大道を学会が受け継ぎ、地涌の大行進が世界中で始まっているという大事な時を迎えています。
創価学会のごとく、地涌の菩薩の教団が形成されたことは、仏教史に燦然と輝く出来事であると確信します。
世界規模で、地球を舞台とした地涌の使命に生きる創価学会は、まさしく仏意仏勅の、大聖人直系の無二の教団です。
その学会の一員として存分に戦えることに、どれだけの宿縁があるのか。私たちは、本抄から、深き宿縁の絆を学ぶことができます。
そのことをしっかり刻んで、次の段で"大聖人こそが上行菩薩である"ことを学んでいきたいと思います。

☆学ぼう「黄金柱の誉れ」Q&A 第20回 「弟子が吼えるかどうか」
"師弟"が"不二"であるかどうか——そこに勝利を開く力の源泉があります。壮年部指導集『黄金柱の誉れ』から池田先生の指導を紹介します(指導集76ページから80ページを抜粋)。

〈師匠に報告できる実証を〉
師匠の総仕上げの戦いというのは、弟子の大成を見届けることなんです。つまり、弟子が、『先生! わが勝利を、ご覧ください!』と、師匠に胸を張って報告できる実証を示すことなんです。それが、師弟不二です。
私は、そう心を定めたからこそ、力が出せた。勇気と智慧を湧かせることができた。
"広宣流布の師匠に応えよう!"と、弟子が燃え立つ時、師匠の師子王の生命が、わが胸中に脈打つんです。つまり、師弟不二の自覚に立てば、師と共に広宣流布の大使命を担う、久遠の自身の生命が脈動する。そこに、最大の力がみなぎるんです。
(小説『新・人間革命』第26巻「奮迅」)

〈だれかに言われて、やるのではない〉
(法華経に説かれる「作師子吼」の「師」とは「師匠が授けるところの妙法」。「子」とは「弟子が受けるところの妙法」。「吼」とは「師と弟子がともに唱える音声」。そして、「作」とは「おこすと読むなり」〈御書748ページ、趣意〉)
「おこす」とは「能動」です。だれかに言われて、やるのではない。「受け身」では師子吼にならない。(中略)師匠は吼えている。あとは、弟子が吼えるかどうかです。それを師匠は、じっと見つめて待っている。
(『池田大作全集』第30巻、「法華経の智慧」)

〈生きて、師の偉大さを顕彰した弟子〉
戸田先生は、師匠の牧口先生とともに牢獄へ行ったとき、何と祈られたか。
「わたくしは若い、先生はご老体である。先生が一日も早く出られますように。わたくしはいつまで長くなってもよい。先生が、早く、早く出られますように」と、朝夕、祈られたのです。何と崇高な祈りか。
仏智の広大無辺でしょう。牧口先生は獄死されたが、不二の弟子は生きて、牧口先生の偉大さを顕彰した。牧口先生の死を賭しての国家主義との闘争が、今、アジアで、世界で、どれほど創価学会の信用になっているか、計り知れない。(中略)
牧口先生は勝った。戸田先生の祈りは勝った。生死を超えて、勝ったのです。島国根性で狭い心の日本は、偉人を狭い三畳間の独房に押しこめた。
しかし、牧口先生の偉大さは、そんな黒い鎖を断ち切って、全世界に広がっていったのです。戸田先生の一念によって——。これが本当の師弟の戦いです。
仏法は、どこまでも師弟なのです。
(『池田大作全集』第31巻、「法華経の智慧」)

2021年12月2日木曜日

2021.12.02 わが友に贈る

一人一人の変革から
新しき時代が創られる。
ゆえに自身の生命を磨き
友と勇気の語らいを!
そこに希望の社会が!

上野殿御返事 P1546
『又日蓮が弟子等の中になかなか法門しりたりげに候人人はあしく候げに候』

【通解】
また日蓮が弟子達の中に、法門を知った振りをする人々が、かえって間違いを犯しているようである。

名字の言 小説『人間革命』起稿の日と沖縄の同志 2021年12月2日
夫には先天性の眼疾患、妻も左目がほとんど見えない。生まれてきた子どもたちは病気がち。その一家が入会したのは1963年のこと。4畳半2間の自宅を広布の会場に提供し、「わが家は創価学会の城」と、夫妻は子どもたちに広布に尽くす誇りを語った▼翌64年12月2日、夫と長男と次男が沖縄本部(当時)で、池田先生と初めての出会いを結んだ。師の励ましは一家の「心の宝」となった。夫妻は悩みを抱える同志と共に祈り、共に広布に駆けた。一家の"創価の城"からは何人もの人材が誕生。父母の背中を見て育った5人の子どもも後継の道を進む▼一家を激励したこの日、池田先生は小説『人間革命』の筆を起こした。『人間革命』執筆開始の一日は、執筆だけで終わったのではない。先生は"励ましの戦い"にも全力を注いだ▼夏目漱石は新聞小説の苦労について、「一回書くのに大抵三四時間もかかる。然し時に依ると、朝から夜までかかって、それでも一回の出来上らぬ事もある」(『夏目漱石全集第10巻』筑摩書房)と。友の励ましに全精魂を傾けた上での執筆は"壮絶な闘争"以外の何ものでもない▼師が魂魄をとどめた『人間革命』『新・人間革命』に学び、わが飛躍の歴史を刻みたい。

寸鉄 2021年12月2日
『人間革命』起稿の日。断じて平和世紀へ—誓願の書を繙き我が勝利譜を
文芸部の日。"仏は文字で人々を救う"。師弟共戦の民衆守る言論勇者と光れ
祈りを込めた対話には強い仏の力が—戸田先生。真剣な題目が心の扉開く
信号ない横断歩道、渡る人いても7割の車が停車せず。歩行者優先を順守
百貨店騙る偽通販サイトの問題多発と。高級品の極端な割引等には要警戒

〈社説〉 2021・12・2 きょう「文芸部の日」
◇師弟の闘魂燃える言論の勇者に
ビクトル・ユゴーは詠んだ。
「雷よ、ほえるがよい、それなら、私はいっそう強くほえかえすから」(辻昶・稲垣直樹訳『ヴィクトル・ユゴー文学館 第1巻』所収「静観詩集」、潮出版社)
言葉の力で生涯、民衆を鼓舞し続けたユゴー。独裁者に追われ、亡命生活の逆境下で魂の言論闘争を貫いた。その作品は、"ヨーロッパの良心"といわれたロマン・ロランや革命作家・魯迅など、後世に多大な影響を与えた。
かつて第2代会長・戸田城聖先生は、「大作、君はユゴーとなって書きまくれ!」と語った。
池田先生が恩師の言葉の通りにペンを執り、小説『人間革命』の執筆を開始したのは、1964年(昭和39年)12月2日。この日が後に、「文芸部の日」と制定されたことに、大きな意義がある。
先生は激務の日々にあって、まさに生命を削り、活字で友に希望と勇気を送り続けた。長編詩、随筆、句や和歌、スピーチや提言など、人々の幸福を願っての言論の戦いは、瞬時もとどまることはなかった。小説『新・人間革命』が完結した後、先生は記した。
「私自身、ペンを握る者として一文芸部員の自覚で戦ってきたつもりだ。我、生涯、誉れの文芸部員なり!」
師に続き、師と共に"ペンの闘争"に挑む勇者の集いが、文芸部である。今、各地で小説や詩歌、エッセー、出版・編集、コミック、児童文学、シナリオなど、多彩な分野で奮闘する。
関西を中心に脚本・演出家として活躍するある友は、コロナ禍で舞台演劇が激減。その中で執筆に挑んだ小説が、東北の地方文化賞を受賞。舞台が戻りつつある今、数々の新作を手掛け、新境地を開く。
また、重度の障がいがある娘や認知症の母とのドラマが、VOD番組や映画にもなった兵庫のエッセイストは、創作に励みながら、本年、2人に弘教を実らせた。
混迷や苦難の時代だからこそ、人間主義の言論が光る。ある時は人々の幸福をうたう言葉となり、ある時は破邪顕正の炎の言々句々と燃える。池田先生は文芸部の友に「わが仏の生命を鮮烈に輝かせながら、一歩また一歩、『生命の世紀』の新たな文芸の大潮流を創り広げていただきたい」と訴えた。
学会創立100周年へ、師と不二の闘魂を胸に"書きまくる"、言論勇者の飛躍の時だ。

☆11月度「御書講義」(上) 寂日房御書
◇「太陽の仏法」が苦悩の闇を照らす
創価学会公式ホームページ「SOKAnet」で配信(11月30日まで)されている、森中教学部長の11月度「御書講義」を、上中下の3回にわたって掲載します(抜粋・編集)。教材は「寂日房御書」です。日蓮大聖人の民衆救済の闘争に連なる宿縁の深さを、胸に刻んでいきましょう。講義の動画はこちらから視聴できます。(�は11月21日付4面、�は11月23日付5面に掲載の予定)

◇はじめに
11月は、創価学会にとって「創立の月」です。また、今月は『日蓮大聖人御書全集 新版』刊行の月でもあります。
学会は、創立以来、三代の会長によって「御書根本」の伝統が築かれています。
私たちは、これからも、御書を真剣に学び、御書の通りに実践し、御書で示されている大境涯を築いていきたいと思います。
この11月度の御書講義では、「寂日房御書」を拝読し、師弟の三世にわたる宿縁、絆を学びます。
日蓮仏法は、「師弟の宗教」です。
師匠が「一人の人間」としての偉大な底力、智慧と慈悲と勇気に生きる人間としての尊極さを示した後、弟子が同じ生き方を目指していく、というのが仏法の師弟です。
その意味で、仏法の師弟とは、人間自身を高め、人間に内在する可能性を開花させ、尊極なる人間を創る、「人間の宗教」の生き方を示したものであるといえます。

◇背景と大意
本抄は、弘安2年(1279年)9月16日、日蓮大聖人が58歳の時、安房(千葉県南部)方面に住む門下のために認められ、弟子の寂日房に託されたお手紙です。
本抄の内容から、このお手紙を頂いた人物は、大聖人のご両親と何らかの縁があり、大聖人から幾度も指導を受け、御本尊まで頂いた門下であることが推測されます。御文の内容から、おそらくは、女性の門下だと推定されます。
本抄は、最初に、私たちが人間として生まれ、この仏法に巡り合うことが、いかにまれなことであり、どれだけ福徳のあることかが示されています。
今月の座談会拝読御書の範囲に、「夫れ人身をうくる事はまれなるなり、已にまれなる人身をうけたり又あひがたきは仏法・是も又あへり、同じ仏法の中にも法華経の題目にあひたてまつる結句題目の行者となれり、まことにまことに過去十万億の諸仏を供養する者なり」(御書902ページ)とある通り、妙法を唱え弘める私たちの人生は、過去世で十万億の諸仏を供養した果報であることは間違いないと断言されています。
次に、法華経勧持品に説かれている通り、「三類の強敵」と戦って、法華経を身で読み切られたのは、大聖人ただお一人であるとの事実を通して、大聖人こそ「日本第一の法華経の行者」(同ページ)であると宣言されます。
そして、この後から、今回の御書講義の範囲となります。
すなわち、「日蓮」の名前には、上行菩薩が末法に出現して、日月のような妙法の光明で、衆生の無明・煩悩の暗闇を照らすという意義が込められていると、法華経神力品の文を通して明かされます。
そして、このような大聖人の弟子となった人々は深い宿縁を自覚して、大聖人と同じように妙法を弘めていくべきであると促されています。

◇「上行菩薩の御使」
日蓮大聖人は、このお手紙の中で、幾重にも意義深い御自身の立場を明確に宣言されています。
まず「日蓮は日本第一の法華経の行者なり」(同ページ)と仰せです。
「法華経の行者」とは、ただ単に、法華経の経文を読んでいるだけの人ではありません。経文には、悪世に法華経を弘めれば難に遭うことが説かれています。それらの経文で説かれた難を自身が体験することが、本当の意味で、法華経を身で読むことであり、その人が「法華経の行者」なのです。
本抄では、三類の強敵が説かれている法華経勧持品を身で読まれたことが示されています。
また、このお手紙では、それだけでなく、大聖人御自身のお立場を、法華経に説かれる八十万億の菩薩の生まれ変わり、あるいは、地涌の菩薩の四人のリーダーたちの現れであろうか、とまで述べられています。この四人のリーダーの中でも、一番重要な立場であるのが上行菩薩です。
大聖人は、今回の御書講義の範囲で、「上行菩薩の御使」(同903ページ)として、経文に約束されている地涌の菩薩の上首(リーダー)である上行菩薩の行動を事実の上で貫いてきたと教えられています。
上行菩薩こそ、教主釈尊から付嘱を受けた、末法広宣流布の最高の指導者であり、このことは、大聖人がいかなる方であるかを、御自分で宣言されたということです。
御自身の立場をここまで書かれているのは、その不思議なる大聖人御自身に連なる門下の使命が、いかに大きいかを強調されるためであったと拝されます。
この師弟の宿縁深き門下とは、私たち学会員のことでもあります。私たちは、「行動第一」で、大聖人の民衆救済の大闘争に連なっていきたいと思います。

◇御文
『日蓮となのる事自解仏乗とも云いつべし、かやうに申せば利口げに聞えたれども道理のさすところさもやあらん、経に云く「日月の光明の能く諸の幽冥を除くが如く斯の人世間に行じて能く衆生の闇を滅す」と此の文の心よくよく案じさせ給へ』(御書903ページ2行目〜4行目)

◇現実の中で戦う
日蓮大聖人は、立宗宣言の後、御自身のことを「日蓮」と名乗られました。
誰かにつけてもらった名前でもなく、御自身で名乗られた名前であり、あとで示すように、甚深の意義があります。
「自解仏乗」とは、他人から教えを受けることなく、自ら「仏乗」、仏の境地を理解する、得るということです。
「かやうに申せば利口げに聞えたれども」——そう言うと、自画自賛のように聞こえるかもしれない。しかし、「道理のさすところさもやあらん」と、経文に基づく「道理」であることが示されています。
仏法は道理です。
この仏法の道理とは、文証・理証・現証の三証に裏付けられたものです。
ここで引用されている経文は、法華経神力品の一節です。
「日月の光明の能く諸の幽冥を除くが如く斯の人世間に行じて能く衆生の闇を滅す」
この経文には、太陽や月の光がさまざまな闇をなくすように、釈尊滅後に出現する上行菩薩は世間の中に仏法を行じて、衆生の闇を滅することが説かれています。
ポイントが二つあります。一つは、現実の世界こそが、仏法者の実践の舞台であるということ。そして、もう一つは、仏法者が、太陽の光のように、人々の闇を滅することができるということです。
経文の中の「斯の人」とは、釈尊から滅後悪世の広宣流布を託された地涌の菩薩の上首である上行菩薩にほかなりません。
この経文を踏まえて大聖人は、御自身が末法の闇を照らす上行菩薩の役割を担うという自覚の上から、「日蓮」と名乗られました。「日」とは、「日月の光明」です。「蓮」とは、「世間に行じて」とあるように、煩悩に汚れた「世間」にあって、泥沼の中で咲く蓮のごとく現実社会で行動を貫き通すことを示されていると拝せられます。
日蓮仏法を「太陽の仏法」と表現することは、言い得て妙だと思います。太陽の光は、瞬間に闇を滅することができます。そして、この光は、平等に誰にでも注がれます。
まさに、太陽の光のまばゆき明るさと、どこまでも現実の泥沼の中で戦う意味を込めて、大聖人は自ら「日蓮」と名乗られたのだと思います。

☆学ぼう「黄金柱の誉れ」Q&A 第19回 仏法は勝負
「法華経の兵法」こそ、我らの絶対勝利の力です。困難の壁を破りゆく勇者の生き方について、壮年部指導集『黄金柱の誉れ』から池田先生の指導を紹介します(指導集96ページから100ページを抜粋)。

〈一遍のあいさつから始める〉
戸田先生は、きちんとあいさつができない人間、朝、遅刻するような人間は出世できないと言われた。
上に立つ人間は、何事も人より率先して行わなければならない。また、礼儀正しくなければ務まらない。
「おはようございます!」と元気にあいさつをする。「ありがとうございます!」と、すがすがしくお礼を言う。
一遍のあいさつが、相手を感動させることがある。人の心を動かすのだ。
(本紙2006年8月29日付、信越最高協議会でのスピーチ)

〈"負けじ魂"の人となる〉
若き日、仕事に、学会活動に奔走する中、御書で"負けじ魂"という言葉を拝した新鮮な感動を私は思い起こす。
日蓮大聖人が「きわめて・まけじだましの人」(御書986ページ)と讃えられたその門下は、四条金吾である。
御文では、金吾のことを「我がかたの事をば大事と申す人なり」(同ページ)と付記されている。味方、同志を大切にし、守り抜くために、負けじ魂で戦ってくれる勇者なり、と。
金吾は、門下の旗頭として、決して負けるわけにはいかなかった。
「強盛の大信力をいだして法華宗の四条金吾・四条金吾と鎌倉中の上下万人乃至日本国の一切衆生の口にうたはれ給へ」(御書1118ページ)
この仰せ通りに、勝ち抜いてみせたのである。
学会精神も同じだ。
わが創価の負けじ魂の友は、どんなに苦しい局面にあっても、「信心即生活」「仏法即社会」の法理に則り、一歩も退かず前進してきた。
「仏法は勝負」である。
この信念で、断固として勝利の実証を示し切ってきた。これからも悪口罵詈など弾き飛ばして、揺るぎない信頼を勝ち開いていくのだ。
(『随筆 民衆凱歌の大行進』)

〈「勝つ!」と決めて祈る〉
日蓮大聖人は、「仏法は体のごとし世間はかげのごとし体曲れば影ななめなり」(御書992ページ)と断言なされている。
人間は、世間を離れて生きることはできない。しかし、世間に振り回され、翻弄される人生は不幸だ。絶対に強く賢くあらねばならない。
「体」とは、個人でいえば「信心」である。
何があろうと、信心を奮い起こして、頭を上げ、胸を張ることだ。
いかなる局面にあっても、「絶対に勝つ!」と決めて祈り切ることだ。
これこそ、最強無敵の「法華経の兵法」なのである。
(『池田大作全集』第137巻、「随筆 人間世紀の光」)

2021年12月1日水曜日

2021.12.01 わが友に贈る

一年を締めくくる師走。
忙しい中でも着実に
やるべき事をやり切ろう。
充実の総仕上げは
明年の飛躍への助走だ!

四条金吾殿御返事 P1136
『火にたきぎを加える時はさかんなり、大風吹けば求羅は倍増するなり、松は万年のよはひを持つ故に枝をまげらる、法華経の行者は火と求羅との如し薪と風とは大難の如し、法華経の行者は久遠長寿の如来なり、修行の枝をきられまげられん事疑なかるべし、此れより後は此経難持の四字を暫時もわすれず案じ給うべし』

【通解】
火に薪を加える時には火は盛んに燃えます。大風が吹けば求羅という虫は大きくなります。松は万年の長寿を持つゆえに枝を曲げられるのです。法華経の行者は火と求羅のようなものであり、薪と風は大難のようなものです。法華経の行者は久遠長寿の如来です。修行の枝を切られ、曲げられることは疑いないのです。これより以後は「此経難持」の四字をしばらくも忘れず思索していきなさい。

名字の言 仏教説話「雪山の寒苦鳥」の教訓 2021年12月1日
朝、自宅を出ると吐く息が白い。遠くに望む富士の峰も純白の衣に包まれている。冬到来である▼かつてインドには、四季を通じて雪が消えない極寒の「雪山」があったと仏教説話に説かれている。その山に寒苦鳥という宿無し鳥がいた。夜になると寒さに耐えかね、"夜が明けたら巣を作ろう"と鳴く。だが朝日が昇ると、その暖かさに夜の苦しみもどこへやら。"今を楽しまなければもったいない"と巣作りを怠った。その繰り返しで一生むなしく過ごしてしまう▼笑えない人もいるかもしれない。今やるべき課題を先延ばしにしがちな人間のさがを突いた教訓である。寒苦鳥が"作るべき巣"とは「確固たる信念」のたとえであり、「楽しみに流されず苦しみに負けない性根のすわりどころを示唆している」と、池田先生はつづっている▼この「雪山の寒苦鳥」を通して、ある未来部担当者は受験に挑む未来部員を励ましているという。自分自身の経験も踏まえながら「頭を鍛えるだけでなく、心も鍛えられるチャンスだよ」「『受験に勝った』と言える以上に『自分に勝った!』と言えることが大事なんだ」と▼冬来りなば春遠からじ。挑戦の季節を越え、全ての受験生に青春勝利の春よ来いと祈る。

寸鉄 2021年12月1日
人々結ぶ学会員の行動は社会の模範—識者。共生世紀へ友情育む対話益々
未来部勝利月間。鳳雛の成長・栄冠こそ次代の光。温かな激励を創価家族で
千葉県女性部の日。有縁の地に輝く旭日の連帯。希望拡大で郷土を明るく
「困難を笑いの種にし、それを乗りこえよ」作家。皆が師子。逆境に怯まず
冬の省エネ総点検の日。各地で電力供給は厳しい見通しと。節電意識更に

〈社説〉 2021・12・1 誰も置き去りにしない社会へ
◇"命に寄り添う"日蓮仏法
待望の『日蓮大聖人御書全集 新版』が発刊された。文字の拡大に伴い、サイズも大きくなった。手にした壮年部員が語っていた。「この重厚さは、まさに大聖人が一人一人の命に寄り添い、積み重ねてこられた御闘争の重みと言えますよね」と。
天災や飢饉が続発し、人命がはかなく奪われていった大聖人の御在世。その命一つ一つを何としても救わんと、大聖人は権力者に諫暁の書をしたため、門下に励ましの手紙を送り続けた。
「命と申す物は一身第一の珍宝なり一日なりとも・これを延るならば千万両の金にもすぎたり」(御書986ページ)。重い病と闘う門下に書き送った文である。
あなたの命は、いかなる財宝よりも貴い無二の宝なのですよ——この「命」を無条件で絶対的な価値とする生命尊厳の哲学を胸に、創価の師弟は、民衆の大海原に対話のうねりを起こし、世界に人間凱歌の連帯を広げてきた。
翻って現代社会では、命は大切だと誰もが口にする一方で、命を軽んじたり、他者の命を奪うことを許容したりする言葉や出来事があふれているように見える。
殺人事件や世界各地の紛争・戦乱。面識のない人に平気で「死ね」などの言葉を浴びせるSNS。命の奪い合いを、いたずらに煽り立てるゲームやドラマもある。目まぐるしい大量の情報の渦の中で、気が付くと、命は「絶対善」として守るべきものだとは捉えづらくなっているのではないだろうか。
未曽有のコロナ禍に見舞われた2020年。日本では自殺率が11年ぶりに上昇した。一人一人の「命」が直面している危機は深刻だ。なればこそ、その一人一人と向き合い、"どんな人にもかけがえのない仏性がある。一人も置き去りにするものか!"との信念で人間主義の哲学を語り広げる、私たちの対話の意義は限りなく大きい。
池田先生は語っている。「日蓮大聖人は『一日の命は三千界の財にもすぎて候なり』(御書986ページ)と仰せです。一日の命は、宇宙の財宝を集めたよりも貴いのです。だから一日一日を無駄にしてはいけない」(『法華経の智慧』)
この尊厳な生命を、誰もが平等に持っている。ゆえに一日一日、自他共の生命を輝かせゆく行動がどれほど偉大か。友に寄り添う励ましの対話に、わが貴き"命"を燃やし続けたい。

☆大白蓮華巻頭言 2021年12月号 信心の「心ざし」は自在なり
信心とは、何ものにも揺るがず、何ものにも侵されず、何ものにも屈しない、最も深く、強き心である。
日蓮大聖人は、大法戦を開始された御自身の出発点を「いかなる大難にも退せぬ心」(P1488)と仰せられた。
初代・牧口先生、二代・戸田先生以来、この御心を継ぎ、勇猛精進を貫いていることが、創価の師弟の誉れである。
とりわけ、全世界がコロナ禍に直面した去年、今年は、あらゆる動きが制限される中で、広宣流布の流れが停滞し後退させられかねない試練であったといってよい。
しかし、学会家族の信心の「心さし」は、いささかたりとも怯まず、退かなかった。いずこの国・地域も、思うように集まれなくとも、互いに気づかい支え合い、聡明に工夫して異体同心の団結を深め、断固と前進してきた。
そして民衆と社会の安穏を祈り、変毒為薬の光を送って、立正安国の希望・勝利の実証を打ち立てたのである。
御本仏の御賞讃はいかばかりであろうか。
「北国も東国も西国も南国も一同にやみなげくよしきこへ候、かかるよにいかなる宿善にか・法華経の行者をやしなわせ給う事ありがたく候ありがたく候」(15521)
これは、当時、二年にわたる疫病の大流行の渦中も、変わらぬ心ざしで大聖人をお守りし、先頭に立って強敵に立ち向かった南条時光への御聖訓である。
この功徳は、亡き家族への最高の追善になり、自身を荘厳し、さらに一切に及ぼしていけるとも示されている。
それは、今この時に、自発能動の信心で戦いを起こし続けている、わが同志一人一人への御照覧に他ならない。
信心の心ざしは自在であり、壮大であり、永遠である。
「心の一法より国土世間も出来する事なり」(P563)と明かされている通り、新たな年も、御本仏と共に、妙法と共に、立正安国と一閻浮提広宣流布、そして末法万年尽未来際への令法久住を心ざし、明朗に進みゆこう!
人類も地球も宇宙までも、元初の太陽の心で悠々と照らしながら、青年・飛躍の大ドラマを綴りゆくのだ。

真金を
 鍛える試練を
  勝ち超えて
 万年までの
  大河は無窮と

☆学ぼう 12月の学会史 2021
◎12・2 小説『人間革命』の執筆開始
1964年(昭和39年)12月2日、池田大作先生は小説『人間革命』の執筆を、太平洋戦争で凄惨な地上戦の舞台となった沖縄の地で開始した(翌65年の元日付から聖教新聞紙上で連載)。『人間革命』全12巻は完結まで28年余り。聖教新聞での連載は、1509回を数えた。その後、小説『新・人間革命』を25年にわたり執筆し、全30巻で完結した。連載回数は『人間革命』『新・人間革命』を合わせ、通算7978回。これは、日本の新聞小説史上、最多の連載回数である。
※参考資料=『新・人間革命』第9巻「衆望」/VOD【広布史】「恩師の『真実』を後世に 小説『人間革命』の執筆」

◎12・2「文芸部の日」
小説『人間革命』の執筆開始が淵源。池田先生は文芸部の結成の際、"人々に最大に貢献するのだという信念をもち、大いに活躍を"との指針を示した。
※参考資料=『新・人間革命』第14巻「使命」

◎12・5 池田先生が中国の周恩来総理と会見
1974年(昭和49年)12月5日、池田先生は第2次訪中の最後の夜、中国の周恩来総理と北京の305病院で歴史的な会見を行った。
※参考資料=『新・人間革命』第13巻「金の橋」、第20巻「信義の絆」

◎12・10 長編詩「青年よ 21世紀の広布の山を登れ」発表40周年
1981年(昭和56年)12月10日、池田先生は大分の地で長編詩「青年よ 21世紀の広布の山を登れ」を発表。本年で40周年。
※参考資料=『新・人間革命』第30巻〈下〉「勝ち鬨」

◎12・22「統監部の日」
1952年(昭和27年)12月22日、戸田城聖先生のもと、地方統監部が設置された。
※参考資料=『人間革命』第6巻「離陸」

◎「75万世帯の弘教」が成就
1957年(昭和32年)12月13日、戸田先生の願業である「75万世帯の弘教」の成就が聖教新聞で発表。同25日に行われた本部幹部会では、76万5000世帯となったことが報告された。第2代会長に就任した戸田先生が「私が生きている間に、75万世帯の折伏は、私の手でいたします」と叫ばれた時、学会員は実質3000余にすぎなかった。池田先生が東京の大田、文京をはじめ、札幌、大阪、山口と、一番大変なところに飛び込み、拡大の歴史を切り開いていく中、6年7カ月で成就した。
※参考資料=『人間革命』第12巻「憂愁」