あの人に会おう!
この友と話そう!
行動した分だけ
仏縁と歓喜は広がる。
さあ勇んで人間の中へ!
祈祷抄 P1352
『行者は必ず不実なりとも智慧はをろかなりとも身は不浄なりとも戒徳は備へずとも南無妙法蓮華経と申さば必ず守護し給うべし』
☆女性に贈ることば 一月二十二日
よき友人は、あなたの教科書となり、あなたを理想へと引っ取ってくれる磁石となる。
☆今日のことば365 一月二十二日
友だちとは、利害もなく、醜いかけひきも伴わない、純粋に、人間と人間との真心で結び合った間柄である。もちろん、それには、たがいの理解の、浅い深いや、友情にかける姿勢の強弱のちがいがあろう。
☆仏法の教え 障魔に負けない 2017年1月17日
◇「戦い続ける人」が偉大な境涯を築く
広宣流布に進む途上には、必ずそれを阻もうとする障魔が現れる——。日蓮大聖人は繰り返し教えられています。今回は御書を拝して、「障魔に負けない」生き方について考察していきます。
〈Q〉入会した喜びを友人に語ったら、事実無根の悪口を言われました。
〈A〉仏法では、信心に励む人を三障四魔が襲うと説いています。
行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競い起る乃至随う可らず畏る可らず之に随えば将に人をして悪道に向わしむ之を畏れば正法を修することを妨ぐ
(兄弟抄、御書1087ページ)
日蓮大聖人は「仏法の修行が進み、その理解が深まれば、三障四魔が入り乱れて競い起こってくる。……だが、この三障四魔に、決して随ってはならない。畏れてはならない。これに随うならば、必ず人を悪道に向かわせる。これを畏れるならば、正法を修行することを妨げる」(御書1087ページ、通解)との天台大師の言葉を引かれ、真剣になって信心に励めば、それを妨げようとする障魔が競い起こると断言されています。
私たちの目的は「一生成仏」であり、何ものにも揺るがない幸福境涯の確立です。しかし、信心を持続する中には、必ずさまざまな障魔が現れてきます。このことを知って、いかなる障魔にも崩されない信心を確立していくことが肝要です。
信心の実践とは、自身の生命を大変革させていく戦いです。仏道修行の途上において、その変革を起こさせまいとする働きが、自身の生命自体や、周囲の人間関係の中に生じます。それは、船が進むときに波の抵抗が起こるようなものです。"仏道修行に励めば魔が競い起こるのは、正法の証しである"と、覚悟を定めることこそ信心の第一歩です。
〈Q〉「魔」を、どのように捉えるべきでしょうか?
〈A〉試練こそ成長のチャンス。「賢者の信心」が求められています。
火にたきぎを加える時はさかんなり、大風吹けば求羅は倍増するなり
(四条金吾殿御返事、御書1136ページ)
大聖人の御在世の時代に活躍した四条金吾は、主君を折伏したことや、同僚の嫉妬の中傷などで、さまざまな圧迫を受けました。苦境にあった金吾に対して、大聖人は仰せです。「火に薪を加える時には、火は盛んに燃える。大風が吹けば、求羅は倍増するのである」(御書1136ページ、通解)
御文に出てくる「求羅」は、風に吹かれるほど体が大きくなるという伝説上の虫のこと。大風という苦難や試練が吹き荒れるほど、自分自身を成長させ、信心を強固にしていける好機になるのです。
自身の境遇を嘆いていても始まりません。自分が人間革命し、強く賢くなっていく力が、信心です。自分を苦しめる「悪知識」をも、必ず成長の糧となる「善知識」へと変えていけるのが仏法です。
大聖人は、別の御書で「夏と秋と冬と春とのさかひには必ず相違する事あり凡夫の仏になる又かくのごとし、必ず三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退くこれなり」(同1091ページ)とも仰せです。
試練に直面した時こそ、自身を成長させるチャンスと前向きに捉えて、信心根本に進んでいく。
それこそ、大聖人が教えられている「賢者」の生き方なのです。
〈Q〉障魔との闘争で心掛ける点は何ですか?
〈A〉いかなる試練にも、同志や学会と共に前進していくことです!
月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし
(聖人御難事、御書1190ページ)
信心は永遠に仏と魔との闘争です。大聖人は、立宗宣言して以来、一貫して妙法流布に生き抜かれました。その間の御心境について、「第六天の魔王・十軍のいくさを・をこして・法華経の行者と生死海の海中にして同居穢土を・とられじ・うばはんと・あらそう、日蓮其の身にあひあたりて大兵を・をこして二十余年なり、日蓮一度もしりぞく心なし」(御書1224ページ)と仰せです。
そして、大聖人と同じ心で戦う門下に対して、「月々日々に信心を強めていきなさい。少しでもたゆむ心があれば、魔がそのすきにつけこんで襲ってくるであろう」(同1190ページ、通解)と強調されています。
では、大聖人が生涯をかけて戦い続けた魔性とは何でしょうか——。それは人間の根源的無明でした。魔の本質は、「奪命者」「奪功徳者」です。この魔を打ち破っていく源泉が、月々日々に「強める」心です。
池田先生は、「戦い続ける人、すなわち、常に仏界を開いている人は、魔を寄せつけません。常に前進する人が、必ず偉大な境涯を築き上げることができる。そのための仏法です」と語られています。
学会と共に、同志と共に進む中でこそ、障魔を打ち破っていくことができるのです。
〈智慧の扉〉 池上兄弟への励まし
池上宗仲・宗長兄弟は、日蓮大聖人が立宗宣言されて間もない頃に門下となり、信心に励んできました。しかし、父に信仰を反対され、兄・宗仲は2度にわたって勘当されます。当時、勘当は社会的立場も経済的基盤も失うことを意味していました。
大聖人は、苦難に直面した宗仲、宗長やその夫人に対し、「三障四魔との闘争」「一家和楽」「信仰者が難を受ける意味」等をつづった励ましのお手紙を折々に送られます。その一つが「兄弟抄」です。池上兄弟は大聖人の御指導通りに実践し、純粋な信仰を貫くとともに、後に、父親を入信させたのです。