2017年1月13日金曜日

2017.01.13 わが友に贈る

奮闘する受験生に
皆で最大の応援を!
挑戦と鍛えの冬から
栄光と歓喜の春へ
共に一日一日を勝て!

御義口伝巻下 P761
『御義口伝に云く随とは事理に随順するを云うなり喜とは自他共に喜ぶ事なり』

☆女性に贈ることば 一月十三日
子どもを一個の人格として尊敬できる親こそ、立派な家庭人というべきである。このような家庭人が、社会にあってはよき社会人であることは疑いのないところである。

☆今日のことば365 一月十三日
自己を批判しすぎて、消極的になる人あり。
自己を、深く思索、反省して、勇然と、突進できる人もあり。
愚かな、自己批判より、青年らしく、常に、あたって砕けゆく、根性が、大切であろう。

☆仏法の教え 御書発刊65周年 共感広げる人間主義の哲学 2017年1月1日
◇大聖人直結で学会は発展
本年は御書発刊から65周年の佳節。世界192カ国・地域に広がった創価の連帯も、御書を根本とした広宣流布の戦いによって築かれてきた。その原動力こそ青年である。ここでは、御書発刊の経緯や学会に脈打つ「実践の教学」の伝統、日蓮仏法の世界的な広がりなどを紹介。併せて、森中教学部長の「新春随想」を掲載する。

◇第2代会長就任直後に提案
戸田城聖先生は第2代会長に就任すると、即座に『日蓮大聖人御書全集』の発刊を決断。翌年4月28日に迫った立宗700年の記念事業として発表された。1951年(昭和26年)6月のことであった。
当時、学会員は他宗派から発刊された不十分な御書を使用せざるを得ない状況だった。
やむにやまれぬ思いから戸田先生が御書の発刊を提案すると、大石寺の梵鐘の鋳造に力を注いでいた宗門は一蹴。"学会による御書の出版は了承するが、援助はしない"と言ってきたのである。
大聖人の御精神を誤りなく後世に伝え、世界広宣流布を進めようとする学会と、寺の形式や権威を取り繕うことを優先した宗門。御書発刊の一事をもっても、広宣流布に懸ける思いは天と地ほどの差があった。
御書の発刊は、伊豆の畑毛に隠退していた、堀日亨上人から編さんの協力を得たほかは、校正作業をはじめ、資金の調達など、全て学会で行ったのである。
さらに、この事業を陰で黙々と支え、奮闘したのが池田大作先生だった。期間はわずか10カ月。連日連夜にわたる編さん・校正作業を経て、52年4月28日に御書発刊は成し遂げられたのである。
その後、学会は「行学の二道」に徹し、「実践の教学」で広宣流布を進めてきた。その先頭に立ったのも池田先生だった。
「2月闘争」「大阪の戦い」「山口開拓指導」など、戦いの中で常に同志と御書を拝し、拡大の金字塔を打ち立ててきた。
池田先生は語っている。
「御書を根本に、大聖人に直結し、『日蓮が如く』広宣流布を推進してきた唯一の仏意仏勅の団体が、創価学会である。ここに、大聖人の信心の血脈があり、正法正義がある。そして、ここに、無量の功徳と一生成仏への誉れの直道がある」

◇各言語で翻訳・出版を推進
戸田先生は御書の「発刊の辞」で、つづられた。
「この貴重なる大経典が全東洋へ、全世界へ、と流布して行く事をひたすら祈念して止まぬものである」と。
「仏法西還」そして「一閻浮提(世界)広宣流布」は、大聖人が誓願され、日興上人が受け継がれた聖業である。御書には、「月は西より東に向へり月氏の仏法の東へ流るべき相なり、日は東より出づ日本の仏法の月氏へかへるべき瑞相なり」(588ページ)と明確に仰せである。
また、日興上人は「日蓮大聖人の御書も、広宣流布の時には、また日本語を外国語に翻訳して、広く世界に伝えるべきである」(御書1613ページ、趣意)と展望されていた。
この御本仏の大願を実際に実現してきたのが、創価の三代会長、なかんずく池田先生である。
御書発刊から65周年、創価の連帯は世界192カ国・地域に広がった。
御書の翻訳・出版は、英語、中国語、スペイン語、韓国語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、ポルトガル語、オランダ語、デンマーク語などに及んでいる。
今では、世界中の同志が日々、日蓮大聖人の仏法を学び、御書を拝しながら地涌の使命に生き抜いている。各国・各地域の青年を先頭に、まさに世界同時進行で広宣流布は大きく進んでいる。