学会は全員が主役だ。
自分にしか演じられない
広布と人生の劇がある。
痛快な勝利のドラマを!
使命の舞台は今ここに!
小乗大乗分別抄 P525
『或ははづかの小乗一途の小法をしりて大法を行ずる人はしからずと我慢して我が小法を行ぜんが為に大法秘法の山寺をおさへとる者もあり』
【通解】
あるいは、わずかの小乗のみの小法を知って、大法を行ずる人を間違いであると我慢の心を起こし、自分の小法を弘めるために大法秘法を弘める山寺を抑え取る者もあり
名字の言 抜けるような秋空を仰いで 2021年10月21日
秋は「天高し」。青く澄み渡る空が一段と高く見える季節である▼「見あぐれば塔の高さよ秋の空」。正岡子規がこう詠んだのは、親友・夏目漱石の下宿先で病気療養していた28歳の時だった。体調が戻り、愛媛・松山市の道々を久方ぶりに散歩した折の句という。漱石も回復を喜んだに違いない。松山城を望んで「見上ぐれば城屹として秋の空」と子規に贈っている。励まし高め合う2人の青年にとって、空は志を引き上げてくれるものだったのだろう▼法華経において空は境涯の高みを象徴している。見宝塔品の後半で想像を絶する高さの宝塔が衆生の前に現れるや、釈尊は説法の場を霊鷲山から空中へ移した。御書に「虚空とは寂光土なり」(742ページ)とある通り、虚空での会座は、広大な仏の世界を示している▼我らの信仰は、小さな自我の殻を破り、現実に悲観しがちな心を鍛え上げ、高き境涯へ到達するためにある。その眼から見れば、一切の苦しみや悩みは信心を強める糧と映ろう。厭うものだった現実は仏法を実践し、生命の偉大さを証明する尊き舞台へと変わる▼「秋天にわれがぐんぐんぐんぐんと」(高浜虚子)。抜けるような空を仰ぎ、わが心も高みへ高みへと誓う挑戦の秋である。
寸鉄 2021年10月21日
「師子吼とは仏の説なり」御書。唱題の力は偉大。祈りと誠実が心の扉開く
京都、奈良、和歌山、滋賀が勇戦!常勝の大行進をここから。破竹の拡大を
公明が大阪16・3・5・6で大接戦。断じて勝ち上がれ!皆が強力に支援!
兵庫2・8も激戦。公明よ全議員が死力尽くし凱旋を!民衆の連帯で後押し
偽情報4人に1人が気付かず拡散—調査。情報源の真偽確認。落ち着いて
〈社説〉 2021・10・21 増加する子どもの事故
◇社会全体で安全環境を構築
愛娘を亡くした後で夫婦関係にひずみが生まれ、修復できぬまま、妻もこの世から旅立つ——。今夏公開の映画「ドライブ・マイ・カー」には、家族を失った主人公の悲嘆や喪失感が描かれ、胸を締め付けられる思いがした。
翻って、乳幼児が誤って転落し死亡する事故が後を絶たない。子どもの「不慮の事故」は、14歳以下の死因で常に上位。コロナ禍によって在宅時間が延び、家の中の事故は増加傾向にあるという。日本小児科学会の「Injury Alert(傷害速報)」には、さまざまな事例が掲載されている。ボタン電池や洗濯用ジェルボールの誤飲、歯磨き中の喉突き、浴槽での溺水といった、家庭で警戒すべきポイントを確認できる。
注意深い見守りが大切なのは当然だが、事故の責任を親に押し付けても解決にはつながらない。小児科医の山中龍宏氏は「目を離さないでいることは、ほぼ不可能」(西田佳史、山中龍宏編著『保育・教育施設における事故予防の実践』中央法規出版)と断言する。小学校低学年にもなれば、ベランダの柵をよじ登るのに10秒も要さない。目の前にいても、制止すら容易ではないだろう。
子どもから危険を遠ざけ、親が仮に目を離した瞬間があっても、安全が守られるような環境の構築——安全に配慮した製品、適切な安全基準の設定、事故の危険性や予防方法の周知徹底、などを企業や行政、消費者が推進し、社会全体で事故を防いでいきたい。
コロナ禍に限らず、子育てには不安がつきものだ。最近は、対面による育児の相談機会が減り、父親の「産後うつ」も顕在化しつつある。育児支援団体の中心メンバーである男子部員は、絵本の読み聞かせや映画の上映会などを定期的に開催。「微力かもしれないが無力ではない」と、"新米パパ"たちの悩みに耳を傾ける。
何よりも、事故を防ぐために情報をアップデート(更新)し、学び続ける姿勢を忘れずにいたい。大阪市立大空小学校の初代校長・木村泰子さんは「自分をほんのちょっと変えるだけで、子どもを取り巻く環境が大きく変わる」(尾木直樹、木村泰子著『「みんなの学校」から「みんなの社会」へ』岩波ブックレット)と、願いを込める。未来の宝の安全と健康を祈りながら、1人も欠けることなく、一歩成長の毎日を。
☆随筆「人間革命」光あれ 凱歌の秋へ勇者共戦 2021年10月14日
広宣流布に生きゆく我らは、御本仏と常に共にある。
日蓮大聖人は、甲州(山梨)と「一千里の山海」を隔てた佐渡の老いたる功労の国府尼に仰せになられた。
「日蓮こい(恋)しく・をはせば 常に出ずる日ゆうべに・いづる月ををが(拝)ませ給え、いつ(何時)となく日月にかげ(影)をう(浮)かぶる身なり」(御書一三二五ページ)
妙法で結ばれた創価家族には、日天・月天という天の明鏡にも映し出されゆく、壮大なロマンの絆がある。日本中、世界中の地涌の宝友と誓願の祈りを一つに、共に励まし合い、異体同心の大連帯を広げゆくのだ。
◇模範の勝利島部
去る十月七日は、「勝利島部」の日であった。
この記念日に際して、全国の二百三十を超える島々で活躍されている、多くの友の近況を伺った。
北は北海道、東北から、東京、信越・北陸の島々、中部、関西の島々、広島など中国、四国の島々、南の九州・沖縄の島々まで——。
草創より、無理解な批判の中、忍耐して根を張り、地域の発展のために汗を流し、厚い信頼を勝ち得てきた多宝の父母がおられる。
負けじ魂を燃やし、コロナ禍の苦難とも闘い、人間革命の実証を示しゆく同志がいる。島の"希望の宝"と光る、凜々しき男女青年部、未来部の友もいる。
どんな烈風もはね返し、友好と貢献の見事な模範を打ち立てている創価の不軽菩薩たちに、私は合掌する。一つ一つの島に届けと題目を唱え、一人ひとりに福徳安穏あれ、栄光凱歌あれと祈る日々である。
大聖人は、荒海に浮かぶ佐渡で、門下はもとより島の人びとを大きく包容されながら、「一閻浮提広宣流布」の未来記を宣言された。
「一身一念法界に遍し」(同二四七ページ)である。
地涌大願の一念は、どんな限界をも破る。
一つの島の広布、一つの地域の立正安国は、紛れもなく「一つの世界」の広布であり、立正安国なのである。
御本仏は「其の国の仏法は貴辺にまか(任)せたてまつり候ぞ」(同一四六七ページ)と門下を激励された。
私たちは、いずこの地にあっても、わが使命の郷土、地域で、広布を託された幸福責任者なりと、誇りに胸を張っていきたい。
◇母の「豊富な力」
佐渡の千日尼へのお手紙には、「悲母の恩を報ぜんために此の経の題目を一切の女人に唱えさせんと願ず」(同一三一二ページ)と記されている。
牧口・戸田両先生以来、このお心を拝し、母たち女性たちを大切にするのが、創価の師弟の心である。
早いもので、私が長編詩「母」を作ってから、半世紀になる。一九七一年(昭和四十六年)の十月、大阪市の東淀川体育館で行われた関西婦人部幹部会が、発表の場であった。
あの"大阪の戦い"から十五年。私と共に、けなげに奮闘してくれた常勝関西の母たち女性たちに真っ先に贈りたかったのである。
まだ推敲の跡が残る詩の最終原稿を携えて、妻が私の名代として参加した。
「母よ!/おお 母よ」
「あなたは なんと不思議な力を/なんと豊富な力を もっているのか」
私が詩にうたった感嘆と敬愛は、今も変わらない。
否、これからこそ、女性たちの「豊富な力」が輝き光っていくはずだ。
折々に、クリームイエローの気品ある創価世界女性会館の前を通るたびに、妻が笑顔をほころばせる。
二十一世紀開幕の前年、「婦人」ではなくして「世界女性」との名を冠して誕生した殿堂の意義は深い。
日眼女(四条金吾夫人)に送られた御書には、妙法の大功力を譬え、「明かなる事・日月にすぎんや浄き事・蓮華にまさるべきや」(一一〇九ページ)と仰せである。
太陽と月の如く、蓮華の如く、まさに今、人びとに幸と智慧を送り、生命尊厳の女性の世紀を勝ち開く、希望のスクラムが新生しようとしている。
来る創立記念日の十一月十八日を期して、女子部が女性部として新出発する。いよいよ多様性の時代をリードし、桜梅桃李の個性をのびやかに尊重して生かし合い、朗らかな幸福と平和の大前進が始まるのだ!
いかなる混迷の世の闇も打ち払う、この創価の宝光を世界が待っている。
◇青年の大確信で
青年の秋だ。希望の秋だ。そして勝利の秋だ!
大文豪ゲーテは言った。
「青年は青年にたいしてもっとも強く働きかける」「これが世界を活気づけ、精神的にも肉体的にも死滅せしめない力なのである」と。
七十年前(一九五一年)の十月、私たち青年部は猛然と立ち上がった。
皆が若き胸に抱いていたのは、恩師からいただいた指針「青年訓」である。
「新しき世紀を創るものは、青年の熱と力である」
「奮起せよ! 青年諸氏よ。闘おうではないか! 青年諸氏よ」
その一言一言に、男子部も女子部も心躍らせた。
恩師は、さらに"同志の士気を鼓舞し、広宣流布の大願の中心人物たることを、自覚せよ"と絶大なる期待を託されたのだ。
翌月、東京都内で行われた学会全体の総会で、私は男子部を代表して「青年の確信」と題する決意発表を行った。当時は班長だったから、今でいえばニュー・リーダー、地区リーダーに当たるだろうか。
それは、恩師の「青年訓」への報恩の誓いであった。
「われら青年は、そのお言葉を絶対虚妄にいたしません」「闘争力と、勇気に満ちたる青年が、学会青年の確信であります」と——。
この総会で戸田先生は、弟子に応えてくださるかのように、「創価学会の大誓願」と題して講演された。
「北条時宗への御状」——文永五年(一二六八年)、執権の北条時宗を諫暁された御書を拝して、訴えられたのだ。
"創価学会の魂とは、この日蓮大聖人の魂を魂とし、一乗妙法の力で、全民衆を救うのが、学会精神であります"
この日から十年後(一九六一年)の十一月——。
「男子部の日」の淵源となった五日の男子部総会には十万人、そして十二日の「女子部の日」の淵源となった女子部総会には八万五千人の友が、勝ち鬨をあげて集ったのである。
この時、私が第三代会長として指揮を執り始めて一年半——生命の宝塔を林立させゆく青年たちの「勝利」の二字こそ、恩師に捧げる「師弟不二の誓願の結晶」となったのである。
◇舞を舞うが如く
それから、さらに二十星霜を経た一九八一年(昭和五十六年)。「青年の年」と銘打ったこの一年、私は、総東京はもちろん、東海道、関東、関西、信越、中部と、列島各地、そして北中米、ハワイ、ソ連(ロシア)、欧州と、世界中を駆け巡った。
一人の青年が本気で立ち上がれば、「二人・三人・百人と」広宣流布の陣列は必ずや広がっていく。
師の心を、わが心とする若人が一人いれば、その地域、その国の未来は明るい。これこそが、私が恩師のもとで先駆けた道であった。ゆえに、直接、会える、会えないではなく、私は、あらゆる機会を捉え、全精魂を注いで青年を励ました。
この年の九月に行われた「北海道青年部総会」の大成功を報じる聖教新聞を手に、私は「見たか! 北海道の青年が立ち上がったぞ!」と快哉を叫んだことも懐かしい。
十一月には、私は東京と関西で「嗚呼黎明は近づけり」の歌の指揮を執り、四国では、青年と共に「紅の歌」で新時代の暁鐘を打ち鳴らした。そして、「青年の年」の総仕上げが、九州・大分での長編詩「青年よ 二十一世紀の広布の山を登れ」の誕生であった。
この勇者の共戦によって本格的に始まった反転攻勢から、今日に至る世界広布の大道が開かれたのだ。
◇今再び「大いなる広布の山」を登れ!
大聖人は、「大悪を(起)これば大善きたる」(御書一三〇〇ページ)と断言され、勇み立つ生命を、「ま(舞)いをも・まいぬべし」「立ってをど(踊)りぬべし」、そして「上行菩薩の大地よりいで給いしには・をど(踊)りてこそい(出)で給いしか」と明かされている。
大悪——最も大変な時こそ、大善へと、自分自身を、さらに社会をも転じていけると勇み、立ち上がるのが、仏法者にほかならない。
そこには、憂いも悲嘆も、感傷も諦めもない。喜びだ。最高無上の妙法を実践する大歓喜であり、わが使命を果たす誉れである。これほど尊く充実した「青春の勝利劇」はないのだ。
当時の若師子も、華陽の乙女も、まっしぐらに広布の山を、私と一緒に登攀し、後継の陣列を築いてくれている。皆、私の生命の奥底から離れることはない。
今再び、我らの前には「大いなる広布の山」がある。学会創立百周年の二〇三〇年へ、さらに二十二世紀の民衆勝利を開くために、越えてゆかねばならぬ山だ。
ゆえに私は、今再び、愛し信ずる地涌の君たちに、声を大にして訴えたい。
この山を登攀したならば、見える限りの世界がすべて君たちのものだ!
その所願満足の歓喜の法戦こそ、無上道の人生であり、青春であるがゆえに、私はすべてを本門の君たちに託したい!——と。
2021年10月21日木曜日
2021年10月20日水曜日
2021.10.20 わが友に贈る
必死の一人は万軍に勝る。
まず自らが一人立つ。
そして一人を励まし抜く。
勇気の連帯を大きく広げ
限界突破の大行進を!
兵衛志殿御返事 P1091
『千年のかるかやも一時にはひとなる百年の功も一言にやぶれ候は法のことわりなり』
【通解】
千年も生い茂ったかるかやでも、火がつけば一時に灰となってしまい、百年もかかって立てた功績もわずか一言でやぶれてしまうことは、法の道理です。
名字の言 「未来までの・ものがたり」 2021年10月20日
「過去の歴史を正しく伝えれば、子どもたちは未来への希望を発見してくれるんです」。小学生に被爆体験を話してきた女性部員が言っていた。彼女は"語り部"を務める際、被爆後の復興の歩みを伝えることにも心を砕いてきた▼家族や身近な人を失った悲しみ、後遺症の恐怖、いわれなき偏見や差別を受けた悔しさ……。過酷な試練に耐えながら、多くの被爆者が懸命に生き抜いてきた。そして焦土と化し"もう草木は生えない"といわれた広島、長崎は緑輝く美しい都市へと見事に復興した▼この不屈の歴史に感動した子どもたちは、平和への感謝と強く生き抜く決意で、とびきりの笑顔になるという▼小説『人間革命』『新・人間革命』を読んで発心した青年が語っていた。「どの巻にも、庶民が苦難を乗り越えて幸福を勝ち取っていく姿が描かれている。読めば読むほど"自分も人間革命できる"と勇気が湧きます!」。三代会長と共に不屈の心で歩んできた「草創」の学会員の姿が、「今」を生きる私たちをどれほど奮い立たせてきたか▼「未来までの・ものがたりなに事か・これにすぎ候べき」(御書1086ページ)。今この時、苦難に挑み、断固と勝ち越える。その歩みは必ず、未来の"希望の物語"となる。
寸鉄 2021年10月20日
仏法は「本因妙」。未来はいくらでも変えられる。いつかではなく今全力で
北海道に全国から大声援民衆パワー全開で猛追!未聞の大逆転劇を共に!
北、足立、豊島、板橋が激戦。団結の大攻勢を!首都の空に勝利の旗必ず
広島の安佐南・北区、安芸高田、安芸太田、北広島が猛進!正義の勝鬨断固と
確保をいの一番に訴え、行き渡らせたのは公明—知事。命守る政治さらに
☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第10回 関西
本年は、「桂冠詩人」の称号が池田先生に贈られてから40周年。連載企画「勇気の舞 凱歌の行進」では、先生がつづった長編詩を紹介します。第10回は、関西の同志に詠んだ「常勝の空高く」(1983年)です。
◇勝利を私は待っている
関西の同志よ!
君達の
尊き心より広がりゆく
関西の空は
ある時は茜色に
ある時は紺碧に
また
ある時は曇天に
またある時は嵐の空に
移り変わることだろう
しかし
君達の行動は
何ものにも屈服せず
足取りも軽く
清新の生命の行進となって
続いていくことを
私は祈りたい
そして その若き地涌の行列をば
必ずや諸天も諸仏も
称え守りゆくに違いない
◆◇◆
かの 三十二年七月三日
そして 七月十七日の
あの 権力の熱火を
乗り越え
いつも 私を
心配してくれた
関西の 親しき
くずれざる 友情は
絶対に 忘れない
◆◇◆
私とともに
広布峻厳な
険しき山を乗り越え
天空万里を仰いだ
関西の同志よ!
あの人の顔も
あの人の家も
あの人の子らも
また病に臥せるあの人も
私は知っている
その健気なる
そして強盛なる
確かなる信心の軌跡を
私は知っている
◆◇◆
愛する関西の
あの「常勝の空」の歌声が
新時代へ
新章節へ
そして全世界へと こだまし
広く
また力強く
私の耳朶にも
響き渡ってくるような
気がしてならない
我が 心から愛する
関西の
偉大なる同志よ!
再びの大法戦に
「前進」また「前進」を合言葉に
威風にして
堂々の
勝利への大行進を
私は待っている
☆君も立て——若き日の挑戦に学ぶ 第10回「山口開拓指導〈下〉 私はどこまでも歩き続ける
【「若き日の日記」1956年(昭和31年)12月19日から】
信心による人間革命だけは、生涯必要。
これ、絶対に、根本なり。
1983年4月、山口広布開拓27周年を記念する県総会で、池田先生が贈った「広布源流」の書。脇書には「山口の友に贈る也」と
◇"まだできる"と前へ
池田大作先生が陣頭指揮を執り、山口の会員世帯を約10倍に拡大した「山口開拓指導」。先生は最前線に飛び込み、動きに動いた。
ある拠点を訪れた時のこと。そこには、メンバーのグループ分けの張り紙があった。イロハに区分されたグループが、「イ隊」「ロ隊」「ハ隊」と記されていた。
先生は、ユーモアを交えて語った。「こんな名前では戦う元気が出ないじゃないか。"イ隊"では"痛い"じゃないか」
会場には同志の笑顔が咲き、雰囲気がパッと明るくなった。先生は、拡大の上げ潮の時だからこそ、皆が窮屈にならないよう、リーダーとして気を配ったのである。
山口への派遣メンバーや地元の同志が、喜々として対話に励む中で、拡大の勢いはみるみる加速していった。しかし、対話が進めば進むほど、無理解や批判の壁にぶつかった。
防府市と岩国市を中心に対話を広げた、派遣メンバーの女性。話を快く聞いてくれる人は少なく、対話は実らなかった。降り出した雨に濡れながら、悔し涙をこらえた。
そんな時、先生の「四条金吾殿御返事」の講義を受けた。渾身の講義に、彼女は、これまでの苦闘の意味を深くかみ締めた。そして弾むような気持ちで決意を記した。
「苦難を乗り切ったとき、その難が大きければ大きいほど喜びは大きい。苦難から逃げるのではなく、信心で難を乗り越えるのだ」
彼女は同志と共に、元気に拠点を飛び出した。そして、その直後に知り合った一家をはじめ、縁する友に次々と対話を実らせた。
"もう無理だ"と退くのか。"まだできる"と前へ進むのか。拡大のカギは挑み続ける心にこそある。先生は、「御書」と「激励」を通し、一人一人の心に"挑戦の火"をともしていった。
430世帯だった山口の会員世帯は、1956年(昭和31年)の開拓指導を通じ、12月末には、3214世帯へと大きく飛躍。
57年(同32年)1月21日、先生は3度目の山口入りを果たす。滞在期間は、わずか5日間である。
「一月二十一日、山口県東端の岩国市にやってきて、二十二日、徳山、二十三日、防府、二十四日、宇部、二十五日、下関と、瀬戸内を西へと移動しながら、総仕上げの指導をして、組織をつくっていった」
◇開拓指導の意義
一、全国に拡大が波及
一、師の構想実現へうねり
一、中国広布の基盤構築
山口広布開拓20周年を祝う記念勤行会で、ピアノを演奏する池田先生(1977年5月21日、徳山文化会館〈当時〉で)
山口開拓指導の際、御書講義などが行われた宇部市の松屋旅館。池田先生は、1956年10月、11月、57年1月と、友の激励のために同旅館を訪れている
◇フル回転の激闘
池田先生は、会合での指導や一対一の激励とともに、わずかな時間を見つけては、励ましのはがきをつづっていった。列車で移動する際も、同志のために時間を割いた。
1957年(昭和32年)1月24日、先生は宿舎を出る直前まで個人指導を行い、列車に乗った。山陽本線から宇部線に乗り換えるために降りた小郡駅(当時)では、駆け付けた同志に心からの励ましを送った。
同日、宇部に移動した先生は、宇部市での開拓指導を締めくくる会合に参加。その前後も、拠点で渾身の激励を続けている。
滞在中、先生は食事の時間も惜しんだ。ある時、ご飯にお茶をかけ、サラサラッとかき込む姿を同志が見て、先生の健康を案じた。
すると先生は笑顔で言った。「悪いと分かっていても、次にやらなきゃいけないことがあって、急いでしまうんだね」
同志は、広布の"戦"に挑む中心者の覚悟の一念を、先生の姿を通して深く心に刻んだ。先生のフル回転の激闘は、最前線の友を鼓舞した。
先生は仏道修行における信念について、「動き続けていくのが仏道修行なのだ」「ともかく私は歩き続ける。どこまでも歩き続ける」と述べている。
戸田先生の真の弟子として、池田先生は一切の責任を担い、山口広布の土台を築いていった。だが、人知れない苦悩もあった。
3度目の山口入りの前月、先生は最愛の父親を亡くした。その時の思いを、日記にこう記している。
「私の生涯に、忘れ得ぬ日となる」「旧き、実直な父。封建的な、誠実な、スケール大なる父」「(戸田)先生より、種々の御配慮を戴く。感謝」(『若き日の日記』、1956年12月10日)
「此の永劫の離別の苦しみ。この絶対の解決こそ、仏法以外になき事を、唯々念う」(同、同年12月11日)
また、多くの派遣メンバーと同様、先生も経済的に厳しい状況にあった。
「体も疲れきっていた。経済的工面もたいへんだった。わが家の売れるものはすべて売って、交通費や滞在費等をやりくりした。ただ、私は戸田先生の山口に対する深き思いを、何としても実現したかった」
どんな苦悩があろうとも、池田先生は師匠への誓いを抱き締め、友のために走り抜いた。その先生のもとで、同志の"心の結合"が生まれていった。
小説『新・人間革命』には、開拓指導の勝利の要諦がつづられている。
「戸田城聖と(山本)伸一の師弟の魂の結合、さらに、伸一を中心とした同志の結合——それが、あの山口開拓指導の大勝利を打ち立てたのだ」
1月25日、開拓指導の掉尾を飾る「各支部合同総会」が下関で開催された。圧倒的な拡大と人材輩出で、歓喜が弾ける総会となった。一人一人の師弟直結の実践によって、山口は見違えるような組織へと生まれ変わったのである。
【「若き日の日記」1956年(昭和31年)12月6日から】
先生、折伏の師ならば、
われも折伏の弟子である。
1994年11月26日、池田先生は、山口文化会館で開催された第5回中国大勝利総会に出席。開拓指導の実践を振り返りながら、「かつて山口は明治の革命の源流であった。今度は壮大なる平和への『世界革命』の原動力となっていただきたい。そして盤石なる『中国の時代』を、ともどもに、つくりゆきたい」と呼び掛けた
◇「全責任を取ります」
3度目の山口入りの前後で、池田先生は二つの地を初めて訪れている。
一つが北海道の夕張。1957年(同32年)1月13日、池田先生は文京支部長代理として、夕張地区の友を激励するため、北へ向かった。
この日の地区総決起大会で、班の増設が発表された。
55年(同30年)11月に結成された夕張地区は、由仁、栗山、岩見沢、美唄、奈井江、滝川、赤平、芦別など、破竹の勢いで広がっていく。毎月、折伏の成果は支部のトップクラス。地区は当初、9班だったが、この日、45班まで増えた。
夕張に3日間滞在した先生は、同志に力強く訴えた。「逆境すら追い風にしていく生命力で師子王のごとく前進していきましょう!」
もう一つの地が広島だった。26日の開拓指導の帰途、先生は広島を初めて訪れ、岡山支部の広島地区総決起大会で"難にひるまぬ信心""清らかな信心""一生涯、不退の信心"との確たる指針を示した。
広島初訪問の2日後、先生は日記にこう書きとどめている。
「宿命打開と、広布の布石に、全力傾注の闘争せり。その実証、いつの日に出づるや」(同、57年1月28日)
山口開拓指導には、北海道から九州まで、全国各地から有志が参加し、その多くが先生の励ましに触れ、結果を出し、地元に戻った。山口の各市、夕張、広島——入魂の激励行によって、恩師・戸田先生の生涯の願業である75万世帯達成の実現へ、拡大のうねりが起こった。
山口滞在の最終日、池田先生は派遣メンバーに語り残している。
「この1年間が大切です。しっかり頑張りなさい。75万をやり遂げるのです。私が全責任を取ります」
師匠の構想実現へ、先生は全てを懸ける覚悟であった。
池田先生は、恩師・戸田先生と"山口で指導・折伏の旋風を"と交わした約束を果たした。開拓指導は、中国方面に揺るぎない広布の基盤を構築した。
先生は後年、地殻変動が山をつくるように、広布の大闘争が偉大なる歴史をつくり、渾身の山口開拓指導によって"大中国の陣列"が築かれたことを述べている。そして、こう強調した。
「あとは、その上に、自身の最高峰の戦いをもって、新しき『常勝』の歴史を開拓することだ!」
錦川に架かる5連の名橋「錦帯橋」を池田先生が撮影(1984年10月24日、山口・岩国市で)
まず自らが一人立つ。
そして一人を励まし抜く。
勇気の連帯を大きく広げ
限界突破の大行進を!
兵衛志殿御返事 P1091
『千年のかるかやも一時にはひとなる百年の功も一言にやぶれ候は法のことわりなり』
【通解】
千年も生い茂ったかるかやでも、火がつけば一時に灰となってしまい、百年もかかって立てた功績もわずか一言でやぶれてしまうことは、法の道理です。
名字の言 「未来までの・ものがたり」 2021年10月20日
「過去の歴史を正しく伝えれば、子どもたちは未来への希望を発見してくれるんです」。小学生に被爆体験を話してきた女性部員が言っていた。彼女は"語り部"を務める際、被爆後の復興の歩みを伝えることにも心を砕いてきた▼家族や身近な人を失った悲しみ、後遺症の恐怖、いわれなき偏見や差別を受けた悔しさ……。過酷な試練に耐えながら、多くの被爆者が懸命に生き抜いてきた。そして焦土と化し"もう草木は生えない"といわれた広島、長崎は緑輝く美しい都市へと見事に復興した▼この不屈の歴史に感動した子どもたちは、平和への感謝と強く生き抜く決意で、とびきりの笑顔になるという▼小説『人間革命』『新・人間革命』を読んで発心した青年が語っていた。「どの巻にも、庶民が苦難を乗り越えて幸福を勝ち取っていく姿が描かれている。読めば読むほど"自分も人間革命できる"と勇気が湧きます!」。三代会長と共に不屈の心で歩んできた「草創」の学会員の姿が、「今」を生きる私たちをどれほど奮い立たせてきたか▼「未来までの・ものがたりなに事か・これにすぎ候べき」(御書1086ページ)。今この時、苦難に挑み、断固と勝ち越える。その歩みは必ず、未来の"希望の物語"となる。
寸鉄 2021年10月20日
仏法は「本因妙」。未来はいくらでも変えられる。いつかではなく今全力で
北海道に全国から大声援民衆パワー全開で猛追!未聞の大逆転劇を共に!
北、足立、豊島、板橋が激戦。団結の大攻勢を!首都の空に勝利の旗必ず
広島の安佐南・北区、安芸高田、安芸太田、北広島が猛進!正義の勝鬨断固と
確保をいの一番に訴え、行き渡らせたのは公明—知事。命守る政治さらに
☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第10回 関西
本年は、「桂冠詩人」の称号が池田先生に贈られてから40周年。連載企画「勇気の舞 凱歌の行進」では、先生がつづった長編詩を紹介します。第10回は、関西の同志に詠んだ「常勝の空高く」(1983年)です。
◇勝利を私は待っている
関西の同志よ!
君達の
尊き心より広がりゆく
関西の空は
ある時は茜色に
ある時は紺碧に
また
ある時は曇天に
またある時は嵐の空に
移り変わることだろう
しかし
君達の行動は
何ものにも屈服せず
足取りも軽く
清新の生命の行進となって
続いていくことを
私は祈りたい
そして その若き地涌の行列をば
必ずや諸天も諸仏も
称え守りゆくに違いない
◆◇◆
かの 三十二年七月三日
そして 七月十七日の
あの 権力の熱火を
乗り越え
いつも 私を
心配してくれた
関西の 親しき
くずれざる 友情は
絶対に 忘れない
◆◇◆
私とともに
広布峻厳な
険しき山を乗り越え
天空万里を仰いだ
関西の同志よ!
あの人の顔も
あの人の家も
あの人の子らも
また病に臥せるあの人も
私は知っている
その健気なる
そして強盛なる
確かなる信心の軌跡を
私は知っている
◆◇◆
愛する関西の
あの「常勝の空」の歌声が
新時代へ
新章節へ
そして全世界へと こだまし
広く
また力強く
私の耳朶にも
響き渡ってくるような
気がしてならない
我が 心から愛する
関西の
偉大なる同志よ!
再びの大法戦に
「前進」また「前進」を合言葉に
威風にして
堂々の
勝利への大行進を
私は待っている
☆君も立て——若き日の挑戦に学ぶ 第10回「山口開拓指導〈下〉 私はどこまでも歩き続ける
【「若き日の日記」1956年(昭和31年)12月19日から】
信心による人間革命だけは、生涯必要。
これ、絶対に、根本なり。
1983年4月、山口広布開拓27周年を記念する県総会で、池田先生が贈った「広布源流」の書。脇書には「山口の友に贈る也」と
◇"まだできる"と前へ
池田大作先生が陣頭指揮を執り、山口の会員世帯を約10倍に拡大した「山口開拓指導」。先生は最前線に飛び込み、動きに動いた。
ある拠点を訪れた時のこと。そこには、メンバーのグループ分けの張り紙があった。イロハに区分されたグループが、「イ隊」「ロ隊」「ハ隊」と記されていた。
先生は、ユーモアを交えて語った。「こんな名前では戦う元気が出ないじゃないか。"イ隊"では"痛い"じゃないか」
会場には同志の笑顔が咲き、雰囲気がパッと明るくなった。先生は、拡大の上げ潮の時だからこそ、皆が窮屈にならないよう、リーダーとして気を配ったのである。
山口への派遣メンバーや地元の同志が、喜々として対話に励む中で、拡大の勢いはみるみる加速していった。しかし、対話が進めば進むほど、無理解や批判の壁にぶつかった。
防府市と岩国市を中心に対話を広げた、派遣メンバーの女性。話を快く聞いてくれる人は少なく、対話は実らなかった。降り出した雨に濡れながら、悔し涙をこらえた。
そんな時、先生の「四条金吾殿御返事」の講義を受けた。渾身の講義に、彼女は、これまでの苦闘の意味を深くかみ締めた。そして弾むような気持ちで決意を記した。
「苦難を乗り切ったとき、その難が大きければ大きいほど喜びは大きい。苦難から逃げるのではなく、信心で難を乗り越えるのだ」
彼女は同志と共に、元気に拠点を飛び出した。そして、その直後に知り合った一家をはじめ、縁する友に次々と対話を実らせた。
"もう無理だ"と退くのか。"まだできる"と前へ進むのか。拡大のカギは挑み続ける心にこそある。先生は、「御書」と「激励」を通し、一人一人の心に"挑戦の火"をともしていった。
430世帯だった山口の会員世帯は、1956年(昭和31年)の開拓指導を通じ、12月末には、3214世帯へと大きく飛躍。
57年(同32年)1月21日、先生は3度目の山口入りを果たす。滞在期間は、わずか5日間である。
「一月二十一日、山口県東端の岩国市にやってきて、二十二日、徳山、二十三日、防府、二十四日、宇部、二十五日、下関と、瀬戸内を西へと移動しながら、総仕上げの指導をして、組織をつくっていった」
◇開拓指導の意義
一、全国に拡大が波及
一、師の構想実現へうねり
一、中国広布の基盤構築
山口広布開拓20周年を祝う記念勤行会で、ピアノを演奏する池田先生(1977年5月21日、徳山文化会館〈当時〉で)
山口開拓指導の際、御書講義などが行われた宇部市の松屋旅館。池田先生は、1956年10月、11月、57年1月と、友の激励のために同旅館を訪れている
◇フル回転の激闘
池田先生は、会合での指導や一対一の激励とともに、わずかな時間を見つけては、励ましのはがきをつづっていった。列車で移動する際も、同志のために時間を割いた。
1957年(昭和32年)1月24日、先生は宿舎を出る直前まで個人指導を行い、列車に乗った。山陽本線から宇部線に乗り換えるために降りた小郡駅(当時)では、駆け付けた同志に心からの励ましを送った。
同日、宇部に移動した先生は、宇部市での開拓指導を締めくくる会合に参加。その前後も、拠点で渾身の激励を続けている。
滞在中、先生は食事の時間も惜しんだ。ある時、ご飯にお茶をかけ、サラサラッとかき込む姿を同志が見て、先生の健康を案じた。
すると先生は笑顔で言った。「悪いと分かっていても、次にやらなきゃいけないことがあって、急いでしまうんだね」
同志は、広布の"戦"に挑む中心者の覚悟の一念を、先生の姿を通して深く心に刻んだ。先生のフル回転の激闘は、最前線の友を鼓舞した。
先生は仏道修行における信念について、「動き続けていくのが仏道修行なのだ」「ともかく私は歩き続ける。どこまでも歩き続ける」と述べている。
戸田先生の真の弟子として、池田先生は一切の責任を担い、山口広布の土台を築いていった。だが、人知れない苦悩もあった。
3度目の山口入りの前月、先生は最愛の父親を亡くした。その時の思いを、日記にこう記している。
「私の生涯に、忘れ得ぬ日となる」「旧き、実直な父。封建的な、誠実な、スケール大なる父」「(戸田)先生より、種々の御配慮を戴く。感謝」(『若き日の日記』、1956年12月10日)
「此の永劫の離別の苦しみ。この絶対の解決こそ、仏法以外になき事を、唯々念う」(同、同年12月11日)
また、多くの派遣メンバーと同様、先生も経済的に厳しい状況にあった。
「体も疲れきっていた。経済的工面もたいへんだった。わが家の売れるものはすべて売って、交通費や滞在費等をやりくりした。ただ、私は戸田先生の山口に対する深き思いを、何としても実現したかった」
どんな苦悩があろうとも、池田先生は師匠への誓いを抱き締め、友のために走り抜いた。その先生のもとで、同志の"心の結合"が生まれていった。
小説『新・人間革命』には、開拓指導の勝利の要諦がつづられている。
「戸田城聖と(山本)伸一の師弟の魂の結合、さらに、伸一を中心とした同志の結合——それが、あの山口開拓指導の大勝利を打ち立てたのだ」
1月25日、開拓指導の掉尾を飾る「各支部合同総会」が下関で開催された。圧倒的な拡大と人材輩出で、歓喜が弾ける総会となった。一人一人の師弟直結の実践によって、山口は見違えるような組織へと生まれ変わったのである。
【「若き日の日記」1956年(昭和31年)12月6日から】
先生、折伏の師ならば、
われも折伏の弟子である。
1994年11月26日、池田先生は、山口文化会館で開催された第5回中国大勝利総会に出席。開拓指導の実践を振り返りながら、「かつて山口は明治の革命の源流であった。今度は壮大なる平和への『世界革命』の原動力となっていただきたい。そして盤石なる『中国の時代』を、ともどもに、つくりゆきたい」と呼び掛けた
◇「全責任を取ります」
3度目の山口入りの前後で、池田先生は二つの地を初めて訪れている。
一つが北海道の夕張。1957年(同32年)1月13日、池田先生は文京支部長代理として、夕張地区の友を激励するため、北へ向かった。
この日の地区総決起大会で、班の増設が発表された。
55年(同30年)11月に結成された夕張地区は、由仁、栗山、岩見沢、美唄、奈井江、滝川、赤平、芦別など、破竹の勢いで広がっていく。毎月、折伏の成果は支部のトップクラス。地区は当初、9班だったが、この日、45班まで増えた。
夕張に3日間滞在した先生は、同志に力強く訴えた。「逆境すら追い風にしていく生命力で師子王のごとく前進していきましょう!」
もう一つの地が広島だった。26日の開拓指導の帰途、先生は広島を初めて訪れ、岡山支部の広島地区総決起大会で"難にひるまぬ信心""清らかな信心""一生涯、不退の信心"との確たる指針を示した。
広島初訪問の2日後、先生は日記にこう書きとどめている。
「宿命打開と、広布の布石に、全力傾注の闘争せり。その実証、いつの日に出づるや」(同、57年1月28日)
山口開拓指導には、北海道から九州まで、全国各地から有志が参加し、その多くが先生の励ましに触れ、結果を出し、地元に戻った。山口の各市、夕張、広島——入魂の激励行によって、恩師・戸田先生の生涯の願業である75万世帯達成の実現へ、拡大のうねりが起こった。
山口滞在の最終日、池田先生は派遣メンバーに語り残している。
「この1年間が大切です。しっかり頑張りなさい。75万をやり遂げるのです。私が全責任を取ります」
師匠の構想実現へ、先生は全てを懸ける覚悟であった。
池田先生は、恩師・戸田先生と"山口で指導・折伏の旋風を"と交わした約束を果たした。開拓指導は、中国方面に揺るぎない広布の基盤を構築した。
先生は後年、地殻変動が山をつくるように、広布の大闘争が偉大なる歴史をつくり、渾身の山口開拓指導によって"大中国の陣列"が築かれたことを述べている。そして、こう強調した。
「あとは、その上に、自身の最高峰の戦いをもって、新しき『常勝』の歴史を開拓することだ!」
錦川に架かる5連の名橋「錦帯橋」を池田先生が撮影(1984年10月24日、山口・岩国市で)
2021年10月19日火曜日
2021.10.19 わが友に贈る
「仏法は勝負」だ。
我らの祈りと行動が
人類の未来を決める。
燃え上がる決意で
壁を破る一日一日を!
千日尼御前御返事 P1313
『天此の国を罰すゆへに此の疫病出現せり』
【通解】
天はこの国を罰するゆえに、この疫病が現れたのである。
名字の言 ナポレオンが語る「戦術の三大原則」 2021年10月19日
常勝将軍ナポレオンが語る「戦術の三大原則」がある。�全力を結集すること�活力を失わぬこと�名誉の戦死も辞さぬという断固たる決意を固めること▼この原則は、人生の戦いにも通じる。��は誰もが納得できるだろう。�を文豪トルストイの言葉で言い換えれば、「戦いに勝利するのは、勝とうという決意の固い側だ」となる。ナポレオン軍とロシア軍の戦いを描いた小説『戦争と平和』にある(望月哲男訳)▼ナポレオンがイタリア方面軍最高司令官としてオーストリア軍を迎え撃った時のこと。彼は訴えた。「わが兵力は半数だが、小をもって大を制するのが本当の勝利であることを忘れてはならん。粘り強さによって、すべてに打ち勝つことができるのだ」▼前進していたナポレオンの軍が止まった。敵は橋の向こうで砲列を敷いていた。この時、ナポレオンは軍の先頭に立って橋を渡り始めた。奮い立った兵士たちは司令官に続き、大勝をもぎとった(長�隆二著『不可能を可能にするナポレオン語録』日本教文社)▼強き一念は必ず伝播する。一念の「念」は「今の心」と書く。今の心に「断じて勝つ!」と刻み付け、一日一日を悔いなく前進したい。「心こそ大切なれ」(御書1192ページ)である。
寸鉄 2021年10月19日
「国は法に依って昌え」御書。生命尊厳の哲理掲げ立正安国の前進断じて
全国はどこも大激戦地。必ず勝つ!総立ちの拡大で巻き返しをここから!
衆院選公示。安定か混乱か—命運を決する一票。実現力と人物見極め選択
投票先で重視する政策、1位は対策—若者調査。「実績」抜群の公明よ戦え
一気に秋深まる1週間—予報。服装など賢く工夫。「前前の用心」で健康管理
☆小説「新・人間革命」に学ぶ
◇勝利
私たちは、なんのために戦うのか。
自身の幸福のためである。何があっても挫けない、自分自身を築くためである。人間革命のためである。また、人びとの幸福のためである。社会の繁栄と平和のためである。(中略)
私たちは、妙法をもって、末法の一切衆生を救うために出現した地涌の菩薩である。まさに広宣流布という「人間全体の幸福」の実現こそ、私たちの使命だ。
戦う限り、勝たねばならない。絶対に勝つと決めて、戦い抜くのだ。
勝利のためには、何よりも己自身を制覇せねばならぬ。牙をむく獰猛な敵も、所詮は自分の心の影にすぎない。
自身に勝つのだ!
臆病に勝つのだ!
あきらめの心に勝つのだ!
怠惰に勝つのだ!
自身に打ち勝ってこそ、大いなる「前進」があり、燦然と「勝利」の陽光は輝くのだ。
(第19巻「陽光」の章、199〜200ページ)
◇仏法は勝負
「御書には『仏法と申すは勝負をさきとし』(1165ページ)と仰せです。それは、広宣流布とは、第六天の魔王という生命破壊の魔性との戦いであり、さらには人間が生きるということ自体が、人生そのものが戦いであるからです。
人間の幸福といっても、自分の臆病や怠惰などの弱さと戦い、勝つことから始まります。人間革命とは、自己自身に勝利していくことであり、そのための、いわば道場が、学会活動の場であるともいえます。
私は、その時々の折伏の成果など、問題にしておりません。大事なことは、皆さんが強盛な信心に励み、大功徳を受け、生活も豊かになり、幸福に満ち満ちた悠々たる大境涯になっていくことです。そのための布教であり、学会の活動であることを、銘記していただきたいのであります」
(第8巻「布陣」の章、48〜49ページ)
☆御書カフェ 華陽姉妹の語らい 各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ 2021年10月10日
◇御文
『各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ』(聖人御難事、1190ページ)
◇通解
あなたがた一人一人が師子王の心を奮い起こして、どのように人が脅そうとも、決して恐れてはなりません。
◇教えて
師匠と同じ心で勇気の対話に挑戦したいです!
◇池田先生の指導
「師子王の心」とは何か。日蓮大聖人の大精神であり、末法の一切衆生を救済していこうという御心です。そして、その仰せのままに、広宣流布に立たれた、牧口先生、戸田先生のご精神でもあります。また、師子王の「師子」とは、師匠と弟子であり、師弟を意味しています。つまり、弟子が師匠と呼吸を合わせ、同じ決意に立ってこそ、何ものをも恐れぬ、勇敢な「師子王の心」を取り出していくことができるんです。(『新・人間革命』第26巻「奮迅」の章)
◇ ◆ ◇
勇気は、遠くにあるのではない。十界互具のわが生命の中に、厳然とある。老若男女を問わず、誰でも勇気は出せるのです。題目の師子吼で自身の弱い心を打ち破るのです。諦めの壁を乗り越えて戦っていくのです。
そして自他共の幸福を願って勇気の対話を実践していくことが慈悲に通じていくのです。(中略)
我ら創価の師弟は、永遠に、この「勇気の力」をもって戦い、勝っていくのです。(『わが愛する青年に贈る』)
☆池田華陽会御書30編 研さんのために 報恩抄�
◇今いる場所で使命を果たす
今月は「報恩抄」の前半を学びます。池田先生はつづられました。
「報恩は誓願を生みます。報恩は行動を生みます。報恩は勇気を生みます。報恩は勝利を生みます。報恩に徹する人は、自身の生命を最高に磨き、境涯を最大に勝ち光らせることができるのです」
日蓮大聖人が示された「報恩」の生き方を心に刻み、栄光の「11・18」へ、自分らしく、挑戦と勝利の歴史を築いていきましょう。(拝読範囲は御書293ページ冒頭〜310ページ11行目「已上三人なり」です)
◇本抄について
本抄は、旧師・道善房の逝去の知らせを聞かれた日蓮大聖人が、建治2年(1276年)7月、身延で認められた御書です。修学時代の兄弟子である浄顕房と義浄房に「本抄を道善房の墓前でも読むように」との伝言を添え、託されました。
道善房は、大聖人が若き日、安房国(千葉県南部)清澄寺で仏教を学んだ時に、師匠となった人物です。
本抄で大聖人は、師匠への報恩として、御自身の求道と弘教の御生涯を示されます。そして、「三大秘法の南無妙法蓮華経」の無量の功徳を明かされ、人類の未来を救う道を開いたことを宣言されます。
◇御文
『夫れ老狐は塚をあとにせず白亀は毛宝が恩をほうず畜生すらかくのごとしいわうや人倫をや、されば古への賢者予譲といゐし者は剣をのみて智伯が恩にあてこう演と申せし臣下は腹をさひて衛の懿公が肝を入れたり、いかにいわうや仏教をならはん者父母・師匠・国恩をわするべしや、此の大恩をほうぜんには必ず仏法をならひきはめ智者とならで叶うべきか』(御書293ページ1行目〜4行目)
◇通解
そもそも、狐は決して生まれた古塚を忘れず、また白亀は毛宝の恩に報いたという。畜生ですらこのように恩を知っている。まして人間においてはなおさらである。
ゆえに昔、予譲という賢人は、智伯の恩に報いようとして剣に伏して死んだという。また衛の弘演という臣下は、自分の腹を割き、懿公の肝を入れたという。ましてや、仏教を学ぶものが、どうして父母、師匠、国土や社会の恩を忘れてよいであろうか。
この大恩を報ずるためには、必ず仏法を学び究めて、智者とならなければ叶うことではない。
◇解説
日蓮大聖人は、掲げた御文の冒頭、恩を知り、恩に報いた「老狐」や「白亀」の説話と、命懸けで主君の恩に報いた、中国古代の賢人の故事を引き、"仏法者"であればなおさら、父母や師匠、国土・社会の恩を忘れてはならないと仰せです。
経典上の「報恩」の原語と考えられる、サンスクリット(古代インドの文語)の「クリタ・ジュニャー」には、「なされたこと」(クリタ)を「知る」(ジュニャー)との意味があります。
周囲の存在に目を向け、さまざまな恩を知り、感じた時に湧き上がる感動や感謝の思い。それが、次は自らが、恩ある人や周囲のために尽くしていこうという、報恩の決意となり、行動となる——これが仏法における知恩・報恩の生き方です。
続く御文で大聖人は、「大恩」に報いるための道として「仏法を学び究めて真の智者となり、人々を必ずや幸福に導いていく」との誓願を立てられたことを示されています。
報恩こそ、日蓮仏法の出発点であり、大聖人は誓願を果たすため、徹底して仏法の求道を重ねられました。そして、妙法弘通の大闘争を起こし、いかなる大難も敢然と勝ち越えながら、広宣流布の大道を切り開かれたのです。
本抄において、大聖人が特に重視されているのが「師匠の恩」です。
大聖人の修学時代の師・道善房は、最後まで念仏への執着が捨てられず、大聖人が迫害にあった時も、守ることができなかった人物でした。
それでも大聖人は、若き日、最初に仏法を教えてくれた恩ある師匠として大切にされ、逝去の報を聞かれるや、追善と報恩のために、本抄を書き留められました。
本抄の結論部分では、大聖人の妙法流布の功徳は全て、師である道善房に集まるとまで仰せです。どこまでも「師恩」に報いる生き方を、自らのお姿をもって示されたのです。
1958年(昭和33年)4月3日、戸田先生の逝去の翌日に、池田先生は「報恩抄」の一節を拝し、語られました。
「戸田先生の師恩に報いる道は、ただ一つ、先生が命を賭けてこられた広宣流布に邁進し、『先生、このように広布を進めました』と報告できる見事な闘争を展開する以外には、断じてありません」
師の心をわが心として、信心根本に人間革命に挑み、今いる場所で広布の使命を果たし抜いていく中に、最高の報恩の道があります。
縁する友の幸福を祈り、勇気と誠実の対話を朗らかに広げ、師弟勝利の青春を歩んでいきましょう。
★池田先生の指針から
信心を深め、無明を打ち破って、「大我」に生きゆく人生——。そこには、自分が縁する人々、自身を育んでくれた人々に尽きせぬ感謝の念が生じます。そして「知恩」「報恩」の清々しい道を力強く歩み抜くことができます。(中略)
「知恩」は、最も豊かな人間性の開発を目指す仏法の精神の発露です。
「報恩」は、無明に打ち勝った智慧の生命の証です。
知恩・報恩は、仏法者の人生を彩る生命の光なのです。(『希望の経典「御書」に学ぶ』第3巻)
◇ ◆ ◇
妙法弘通の大願に生き切る青春のなかに、父母への孝養も、お世話になった方々への報恩も、そして自他共の未来の幸福の創造も、一切が包含されている。(中略)
今いる場所で勝利を!
そう誓い、祈り、走り、戦い、勝つのが青年だ。
私が信頼する若き友よ!
偉大なる信力を奮い起こし、永遠不滅の勝利の城を築きゆくのだ!
青年よ、勝ちまくれ!
母たち、父たちの願った民衆勝利の朝を、威風も堂々と開きゆけ。(『随筆 出発の光』)
研さんのために
○…『わが愛する青年に贈る』(聖教新聞社)
○…『世界広布新時代の指針』(同)
○…『希望の経典「御書」に学ぶ』第3巻(同)
我らの祈りと行動が
人類の未来を決める。
燃え上がる決意で
壁を破る一日一日を!
千日尼御前御返事 P1313
『天此の国を罰すゆへに此の疫病出現せり』
【通解】
天はこの国を罰するゆえに、この疫病が現れたのである。
名字の言 ナポレオンが語る「戦術の三大原則」 2021年10月19日
常勝将軍ナポレオンが語る「戦術の三大原則」がある。�全力を結集すること�活力を失わぬこと�名誉の戦死も辞さぬという断固たる決意を固めること▼この原則は、人生の戦いにも通じる。��は誰もが納得できるだろう。�を文豪トルストイの言葉で言い換えれば、「戦いに勝利するのは、勝とうという決意の固い側だ」となる。ナポレオン軍とロシア軍の戦いを描いた小説『戦争と平和』にある(望月哲男訳)▼ナポレオンがイタリア方面軍最高司令官としてオーストリア軍を迎え撃った時のこと。彼は訴えた。「わが兵力は半数だが、小をもって大を制するのが本当の勝利であることを忘れてはならん。粘り強さによって、すべてに打ち勝つことができるのだ」▼前進していたナポレオンの軍が止まった。敵は橋の向こうで砲列を敷いていた。この時、ナポレオンは軍の先頭に立って橋を渡り始めた。奮い立った兵士たちは司令官に続き、大勝をもぎとった(長�隆二著『不可能を可能にするナポレオン語録』日本教文社)▼強き一念は必ず伝播する。一念の「念」は「今の心」と書く。今の心に「断じて勝つ!」と刻み付け、一日一日を悔いなく前進したい。「心こそ大切なれ」(御書1192ページ)である。
寸鉄 2021年10月19日
「国は法に依って昌え」御書。生命尊厳の哲理掲げ立正安国の前進断じて
全国はどこも大激戦地。必ず勝つ!総立ちの拡大で巻き返しをここから!
衆院選公示。安定か混乱か—命運を決する一票。実現力と人物見極め選択
投票先で重視する政策、1位は対策—若者調査。「実績」抜群の公明よ戦え
一気に秋深まる1週間—予報。服装など賢く工夫。「前前の用心」で健康管理
☆小説「新・人間革命」に学ぶ
◇勝利
私たちは、なんのために戦うのか。
自身の幸福のためである。何があっても挫けない、自分自身を築くためである。人間革命のためである。また、人びとの幸福のためである。社会の繁栄と平和のためである。(中略)
私たちは、妙法をもって、末法の一切衆生を救うために出現した地涌の菩薩である。まさに広宣流布という「人間全体の幸福」の実現こそ、私たちの使命だ。
戦う限り、勝たねばならない。絶対に勝つと決めて、戦い抜くのだ。
勝利のためには、何よりも己自身を制覇せねばならぬ。牙をむく獰猛な敵も、所詮は自分の心の影にすぎない。
自身に勝つのだ!
臆病に勝つのだ!
あきらめの心に勝つのだ!
怠惰に勝つのだ!
自身に打ち勝ってこそ、大いなる「前進」があり、燦然と「勝利」の陽光は輝くのだ。
(第19巻「陽光」の章、199〜200ページ)
◇仏法は勝負
「御書には『仏法と申すは勝負をさきとし』(1165ページ)と仰せです。それは、広宣流布とは、第六天の魔王という生命破壊の魔性との戦いであり、さらには人間が生きるということ自体が、人生そのものが戦いであるからです。
人間の幸福といっても、自分の臆病や怠惰などの弱さと戦い、勝つことから始まります。人間革命とは、自己自身に勝利していくことであり、そのための、いわば道場が、学会活動の場であるともいえます。
私は、その時々の折伏の成果など、問題にしておりません。大事なことは、皆さんが強盛な信心に励み、大功徳を受け、生活も豊かになり、幸福に満ち満ちた悠々たる大境涯になっていくことです。そのための布教であり、学会の活動であることを、銘記していただきたいのであります」
(第8巻「布陣」の章、48〜49ページ)
☆御書カフェ 華陽姉妹の語らい 各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ 2021年10月10日
◇御文
『各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ』(聖人御難事、1190ページ)
◇通解
あなたがた一人一人が師子王の心を奮い起こして、どのように人が脅そうとも、決して恐れてはなりません。
◇教えて
師匠と同じ心で勇気の対話に挑戦したいです!
◇池田先生の指導
「師子王の心」とは何か。日蓮大聖人の大精神であり、末法の一切衆生を救済していこうという御心です。そして、その仰せのままに、広宣流布に立たれた、牧口先生、戸田先生のご精神でもあります。また、師子王の「師子」とは、師匠と弟子であり、師弟を意味しています。つまり、弟子が師匠と呼吸を合わせ、同じ決意に立ってこそ、何ものをも恐れぬ、勇敢な「師子王の心」を取り出していくことができるんです。(『新・人間革命』第26巻「奮迅」の章)
◇ ◆ ◇
勇気は、遠くにあるのではない。十界互具のわが生命の中に、厳然とある。老若男女を問わず、誰でも勇気は出せるのです。題目の師子吼で自身の弱い心を打ち破るのです。諦めの壁を乗り越えて戦っていくのです。
そして自他共の幸福を願って勇気の対話を実践していくことが慈悲に通じていくのです。(中略)
我ら創価の師弟は、永遠に、この「勇気の力」をもって戦い、勝っていくのです。(『わが愛する青年に贈る』)
☆池田華陽会御書30編 研さんのために 報恩抄�
◇今いる場所で使命を果たす
今月は「報恩抄」の前半を学びます。池田先生はつづられました。
「報恩は誓願を生みます。報恩は行動を生みます。報恩は勇気を生みます。報恩は勝利を生みます。報恩に徹する人は、自身の生命を最高に磨き、境涯を最大に勝ち光らせることができるのです」
日蓮大聖人が示された「報恩」の生き方を心に刻み、栄光の「11・18」へ、自分らしく、挑戦と勝利の歴史を築いていきましょう。(拝読範囲は御書293ページ冒頭〜310ページ11行目「已上三人なり」です)
◇本抄について
本抄は、旧師・道善房の逝去の知らせを聞かれた日蓮大聖人が、建治2年(1276年)7月、身延で認められた御書です。修学時代の兄弟子である浄顕房と義浄房に「本抄を道善房の墓前でも読むように」との伝言を添え、託されました。
道善房は、大聖人が若き日、安房国(千葉県南部)清澄寺で仏教を学んだ時に、師匠となった人物です。
本抄で大聖人は、師匠への報恩として、御自身の求道と弘教の御生涯を示されます。そして、「三大秘法の南無妙法蓮華経」の無量の功徳を明かされ、人類の未来を救う道を開いたことを宣言されます。
◇御文
『夫れ老狐は塚をあとにせず白亀は毛宝が恩をほうず畜生すらかくのごとしいわうや人倫をや、されば古への賢者予譲といゐし者は剣をのみて智伯が恩にあてこう演と申せし臣下は腹をさひて衛の懿公が肝を入れたり、いかにいわうや仏教をならはん者父母・師匠・国恩をわするべしや、此の大恩をほうぜんには必ず仏法をならひきはめ智者とならで叶うべきか』(御書293ページ1行目〜4行目)
◇通解
そもそも、狐は決して生まれた古塚を忘れず、また白亀は毛宝の恩に報いたという。畜生ですらこのように恩を知っている。まして人間においてはなおさらである。
ゆえに昔、予譲という賢人は、智伯の恩に報いようとして剣に伏して死んだという。また衛の弘演という臣下は、自分の腹を割き、懿公の肝を入れたという。ましてや、仏教を学ぶものが、どうして父母、師匠、国土や社会の恩を忘れてよいであろうか。
この大恩を報ずるためには、必ず仏法を学び究めて、智者とならなければ叶うことではない。
◇解説
日蓮大聖人は、掲げた御文の冒頭、恩を知り、恩に報いた「老狐」や「白亀」の説話と、命懸けで主君の恩に報いた、中国古代の賢人の故事を引き、"仏法者"であればなおさら、父母や師匠、国土・社会の恩を忘れてはならないと仰せです。
経典上の「報恩」の原語と考えられる、サンスクリット(古代インドの文語)の「クリタ・ジュニャー」には、「なされたこと」(クリタ)を「知る」(ジュニャー)との意味があります。
周囲の存在に目を向け、さまざまな恩を知り、感じた時に湧き上がる感動や感謝の思い。それが、次は自らが、恩ある人や周囲のために尽くしていこうという、報恩の決意となり、行動となる——これが仏法における知恩・報恩の生き方です。
続く御文で大聖人は、「大恩」に報いるための道として「仏法を学び究めて真の智者となり、人々を必ずや幸福に導いていく」との誓願を立てられたことを示されています。
報恩こそ、日蓮仏法の出発点であり、大聖人は誓願を果たすため、徹底して仏法の求道を重ねられました。そして、妙法弘通の大闘争を起こし、いかなる大難も敢然と勝ち越えながら、広宣流布の大道を切り開かれたのです。
本抄において、大聖人が特に重視されているのが「師匠の恩」です。
大聖人の修学時代の師・道善房は、最後まで念仏への執着が捨てられず、大聖人が迫害にあった時も、守ることができなかった人物でした。
それでも大聖人は、若き日、最初に仏法を教えてくれた恩ある師匠として大切にされ、逝去の報を聞かれるや、追善と報恩のために、本抄を書き留められました。
本抄の結論部分では、大聖人の妙法流布の功徳は全て、師である道善房に集まるとまで仰せです。どこまでも「師恩」に報いる生き方を、自らのお姿をもって示されたのです。
1958年(昭和33年)4月3日、戸田先生の逝去の翌日に、池田先生は「報恩抄」の一節を拝し、語られました。
「戸田先生の師恩に報いる道は、ただ一つ、先生が命を賭けてこられた広宣流布に邁進し、『先生、このように広布を進めました』と報告できる見事な闘争を展開する以外には、断じてありません」
師の心をわが心として、信心根本に人間革命に挑み、今いる場所で広布の使命を果たし抜いていく中に、最高の報恩の道があります。
縁する友の幸福を祈り、勇気と誠実の対話を朗らかに広げ、師弟勝利の青春を歩んでいきましょう。
★池田先生の指針から
信心を深め、無明を打ち破って、「大我」に生きゆく人生——。そこには、自分が縁する人々、自身を育んでくれた人々に尽きせぬ感謝の念が生じます。そして「知恩」「報恩」の清々しい道を力強く歩み抜くことができます。(中略)
「知恩」は、最も豊かな人間性の開発を目指す仏法の精神の発露です。
「報恩」は、無明に打ち勝った智慧の生命の証です。
知恩・報恩は、仏法者の人生を彩る生命の光なのです。(『希望の経典「御書」に学ぶ』第3巻)
◇ ◆ ◇
妙法弘通の大願に生き切る青春のなかに、父母への孝養も、お世話になった方々への報恩も、そして自他共の未来の幸福の創造も、一切が包含されている。(中略)
今いる場所で勝利を!
そう誓い、祈り、走り、戦い、勝つのが青年だ。
私が信頼する若き友よ!
偉大なる信力を奮い起こし、永遠不滅の勝利の城を築きゆくのだ!
青年よ、勝ちまくれ!
母たち、父たちの願った民衆勝利の朝を、威風も堂々と開きゆけ。(『随筆 出発の光』)
研さんのために
○…『わが愛する青年に贈る』(聖教新聞社)
○…『世界広布新時代の指針』(同)
○…『希望の経典「御書」に学ぶ』第3巻(同)
2021年10月18日月曜日
2021.10.18 わが友に贈る
◇今週のことば
「異体同心なれば
万事を成じ」
我らの団結に恐れなし。
負けじ魂の宝友と
破竹の勢いで攻め勝て!
2021年10月18日
三沢抄 P1487
『仏法をがくする者は大地微塵よりをほけれどもまことに仏になる人は爪の上の土よりもすくなし』
【通解】
そもそも、仏教を学ぶ者は、大地微塵の数よりも多い。けれども、その中で、真に仏になる人は、爪の上に置いた土よりも少ない。
名字の言 カーリンガ王の敗因とアッサカ王の勝因 2021年10月18日
古代インドの仏教説話を一つ。強大な軍を擁し、王自身も象のように強いカーリンガという国があった。ある日、カーリンガ王は策謀を巡らせてアッサカ国に戦争を仕掛けた▼開戦前、天帝が勝敗を占い、「カーリンガ国が勝つ」と予想した。それを聞いた王は大喜び。この話は広く伝わり、すでに勝った気でいる王に率いられたカーリンガ軍は"我々の勝ちだそうだ"と、戦いの手を緩めた▼一方のアッサカ王は、決死の覚悟で自ら馬に乗り、千人の精鋭と共に敵陣へ突撃。油断したカーリンガ軍を打ち破った。それを見た天帝は語る。「心のゆるぎなき集中と、統一乱さず、時にのぞみての出陣」。そして「確固たる勇気」。このゆえに「アッサカ王に勝利あり」と(松村恒・松田慎也訳『ジャータカ全集4』春秋社)▼「大丈夫だろう」という慢心、「自分ぐらいは」という人任せ――どんな強者でも、世評や風聞に惑わされて歩みを止めてしまえば、足をすくわれる。勝負の厳しさである▼池田先生は「自分らしく精一杯戦っていくことだ。その真剣な一念によってこそ、自分ならではの、最高の力が発揮される」と教える。自分が活路を開いてみせる――その決定した一念の行動から勝利への回転は始まる。
寸鉄 2021年10月18日
「一日一時もゆるがせにせず闘い抜け」戸田先生。"挑戦の自分史"を今日も
北海道の大空知、留萌、サロベツが奮戦。日本中がエール。大逆転を断固
東京の北、足立、豊島、板橋よ頑張れ!勝機摑む拡大を。全同志が応援!
広島戸田総県が一気呵成の行軍。民衆の大連帯で栄光の峰へ駆け上がれ!
交通死は10~12月の薄暮時に突出と。早めの点灯、交差点の左右確認を徹底
〈社説〉 2021・10・18 きょう「民音」創立記念日
◇音楽から人間の魂を学ぶ
きょう10月18日は、民主音楽協会(民音)の創立記念日である。
「人類共通の宝である最高の音楽を民衆の手に」「音楽の力で人々を結び、世界平和の礎を築く」――これらの創立理念を掲げ、民音は1963年(昭和38年)10月18日に産声を上げた。
110カ国・地域と広く交流を結び、先日も世界屈指の規模である「東京国際音楽コンクール〈指揮〉」を成功裏に終えるなど、民音は世界に存在感を示す音楽団体として着実な発展を続けている。
この58年の歴史は、推進委員、賛助会員をはじめ、毎回の公演等を陰で支えてきてくださった、全ての方々の歩みにほかならない。
今、本紙では、民音の軌跡をたどる「世界に魂を 心に翼を――民音が開いた文化の地平」を連載しており、たくさんの読者から感想が寄せられている。
連載中のオペラ編では、ウィーン国立歌劇場やミラノ・スカラ座といった、日本のオペラ史における画期をなした超一流歌劇場の引っ越し公演を特集している。
これまで、オーケストラやバレエ、民族舞踊、各種コンクールなど、各分野における民音の貢献を取材する中で、各界の専門家にインタビューを行ってきた。そこで異口同音に語られるのは、民音の創立理念の先見性、何より民音創立者・池田先生の音楽と民衆へのまなざしに触れた感動である。
先日、ある識者が、連載で描いた一場面について、感慨深く語ってくれた。
民音でアーティストが来日するたびに、池田先生は感謝の伝言を寄せ、公演を支える人々にも心を尽くしてきた。ある折、先生は招へいに携わるスタッフに言う。
「いつも本当にありがとう。でも"素晴らしい公演だった"で終わってはいけない。歌や音楽から"人間の魂"を学ぶんだ」
音楽に込められたメッセージ、奏者や団体が持つ歴史や精神――その一つ一つに敬意を表し、次世代に伝えていくことが、芸術交流に取り組む者の責務なのだ、と。そこには、文化を守り、育む主体者であるとの誇りが脈打つ。
「そこまで思いをはせ、公演を支えてくれるのが民音の皆さんです。その源流は創立者の思想なのでしょう」と、その識者は語る。
人間の不屈の魂をたたえ、音楽で世界を結びゆく民音の挑戦を、これからも力強く応援したい。
☆創価学園「情熱の日」への池田先生のメッセージ
◇君たちの負けじ魂こそ人類を照らす希望の光
尊き友情のスクラム輝く「情熱の日」、誠におめでとう!
私の心には、いつも君たち学園生が、躍動しています。コロナ禍にも屈しない一人一人の努力をたたえ、私は全員に青春勝利の金メダルを差し上げたい思いです。
今日は、わが創価教育に溢れるばかりの期待を寄せてくださっている世界の友と一緒に、愛する皆さんへ、三つのエールを送ります。
一つ目は、「若獅子よ、怯まず進め!」です。
30年以上前になりますが、澄み渡る秋空の下、南アフリカの人権の大英雄、ネルソン・マンデラ氏を、皆さんの先輩たちと共に熱烈に歓迎しました。
27年半、1万日にも及ぶ過酷な投獄に負けず、人間の平等と尊厳のために戦い抜いた正義の獅子は、青年に語り掛けています。「自分の運命の脚本を自分で書き、自分で主役を演じてください」(『ネルソン・マンデラ 未来を変える言葉』セロ・ハタン、サーム・フェンター編、長田雅子訳、明石書店)と。皆さんも、勇気ある若獅子として、自ら決めた道を怯まず、自分らしく胸を張って進んでいってください。
二つ目は、「鳳雛よ、翼を鍛えよ!」です。
創価大学にも訪問してくださった、環境の母、ケニアのワンガリ・マータイ博士は、素晴らしい笑顔のリーダーでした。確信に満ちて「全力を注いであきらめずに難問に立ち向かえば、驚くほどの成果が生まれる」(『UNBOWED へこたれない ワンガリ・マータイ自伝』小池百合子訳、小学館)と、皆を励ましています。
使命深き鳳雛たる皆さんも、目の前の課題をあきらめずにベストを尽くしていく時、必ずや若き翼を限りなく鍛え上げ、希望の大空へ悠々と羽ばたいていくことができます。
三つ目は、「世界を照らす太陽に!」です。
70年前の秋、私の恩師である戸田城聖先生は「新しき世紀を創るものは、青年の熱と力である」と叫ばれました。
まさしく、皆さんの生命に燃え上がる熱と力こそが、世界を照らす太陽なのです。青春時代は、先の見えないことや、言い知れぬ悩みも絶えないことでしょう。しかし皆さんの負けじ魂は、その一切を勝利のエネルギーに転じ、世界の未来を明るく晴らしていくことができます。これこそが人類の希望の光なのです。
私は毎日、懸命に、かけがえのない皆さんの健康と無事故、そして楽しく有意義な学園生活を祈り抜いていきます。
☆質問BOX 仏法対話をしたのですが、反発され、落ち込んでしまいました。
◇回答
たしかに、勇気を奮い起こしたのに、友人から反発されると、思いが通じなかったように感じてしまうかもしれません。しかし、友の幸福を祈り、語った真心は、必ず相手に通じていきます。
ある男子部員は、仏法対話をした友人から"二度と信心の話をしないでほしい"と言われました。それでも、思いを込めて祈り抜くと、8年後、友人の方から"仏法の話を聞きたい"と連絡が。その後、入会に導くことができ、"何でも言い合える"親友になったと振り返っています。
池田先生は「祈りと確信を込めた慈悲の振る舞いは、必ず『仏縁』となります。その時は、かりに反発されたとしても、相手の生命の奥深くに仏縁を結んでいるのです」と語っています。
相手の反応がどうあれ、仏縁を広げられたことを確信し、友人の幸せのため、勇気を出せたことに胸を張っていきましょう。
☆Switch――共育のまなざし 幼い子どもを育てる親御さんたちへ
◇人を育むことほど尊いことはない
わが子を授かってから成人するまで、どの時代も子育てに苦労はつきもの。とは言っても、「子どもが幼いうちは毎日バタバタしていて本当に大変!」という方は多いのではないでしょうか。今回の「Switch――共育のまなざし」では、幼い子どもを育てる親御さんたちに向けて池田先生が送った励ましの言葉を、『21世紀への母と子を語る』(『池田大作全集』第62巻所収)の中から抜粋して紹介します。(編集・構成=大宮将之)
◇今は基盤を築く時
<1年365日、目まぐるしい毎日を送る親御さんたちの奮闘を池田先生はたたえつつ、語りました>
皆さんは、結婚、出産、子育てと、次から次へ、新しい経験の連続でしょう。環境の変化に、戸惑うことも多いにちがいない。
毎日の生活の中で、ふと我に返った時に、「いったい自分は何をやっているのだろう?」と思うようなこともあるかもしれない。
今は、幸福の基盤を築いていく時です。まず自分の足元を固めることです。
現実の生活の中で、がっちりと根を張っていってほしい。根は見えない。建物の基礎も地中深く、人の目にふれることはない。それを築くのは、地味な作業かもしれません。
しかし、どんな立派な建物も、一朝一夕にできあがるものではない。また、いくら華やかでも、かんたんにできあがったものは、もろく、壊れやすいものです。
地道に、着実に――これは、平凡のように見えて、じつはもっとも偉大なことなのです。その繰り返しによって、揺るがぬ堅固な基礎が築かれていくのです。
太陽は、うまず、たゆまず、みずからの軌道を進み、万物を照らし、育んでいく。皆さんは"一家の太陽"です。太陽のごとく明るく、太陽のごとく力強く、太陽のごとく健康に、「きょうも、何かに挑戦しよう!」「きょうも、もう一歩進もう!」と、目標を持って、張りのある一日一日を積み重ねていってほしい。
その積み重ねによって、20年、30年と経った時、わが家庭を「幸福の殿堂」、「幸福の大樹」としていくことができるのです。
◇リズムを大切に
<子育てに家事に仕事にと、目の前のことだけで精一杯。そんな状況にある人にとっては「何かに挑戦しよう」と決意すること自体、大きな前進といえるでしょう。ある母親が、その"決意の出発の場"として「朝の勤行」を大切にしてきたことを話すと、先生はこう応えました>
「朝の勝利」は「一日の勝利」だね。「一日の勝利」の積み重ねは、やがて「人生の勝利」につながっていく。すがすがしい「一日の出発」こそ、充実の人生の秘訣です。
きょう一日がどのような一日となるかは、自分自身の朝の勤行の姿を見ると分かる。朝の勤行の姿は、その日一日の"生活の縮図"と言ってもよいでしょう。
あわてて勤行・唱題した時は、その日一日も、なんとなくあわただしく過ぎ去ってしまい、実りのない日であったと経験されたこともあるでしょう。
反対に、朗々とすがすがしく勤行・唱題をしてスタートした一日は、さわやかな充実した一日であるはずです。
祈りというのは、さまざまな思い、願いの凝縮とも言える。毎朝の祈りで、自身と一家の成長を願い、そのための目標をゆるぎなく定める。そして胸中に太陽を昇らせて、生き生きと出発していきたいものです。
<親にとって一日のリズムが大切であるように、子どもにとっても「安心して育つリズム」があります。早めに就寝することであったり、毎日なるべく決まった時間帯に朝食や夕食を取ることであったり……>
子どもが小さいうちは、とくに「睡眠」と「食事」が大切と言われている。リズム正しく、きちんと取れないと、子どもの成長に影響しかねません。生活が順調に回転するためには、おのずからリズムがある。それを身につけさせていくのが、しつけとも言えるでしょう。
それは、親と子のふれあいの中で身についていく。それもふれあう時間の長短ではなくして、子どもの生活リズムは、家庭で、親子で工夫して、知恵を働かせてつくっていくものです。子どもが、すこやかに成長するリズムを、どう確立するか。これは、親としての「戦い」の一つと考えてほしい。
◇親切と思いやり
<続いて話題は池田先生の「創作童話」を巡って。先生はこれまで未来部世代に向けて、20作以上もの創作物語をつづってきました>
子ども向けの作品を書くというのは、大人に対する以上に心を引き締めていかねば書けません。「子どもだから」などと、甘く見ることは少しもできません。子どもは、驚くほど、豊かな感受性を持っている。大人が思っている以上に、子どもは多くのことを理解しているのです。
だから私は、その子どもの心に、「勇気」と「正義」を育むために、直接、語りかける思いで、童話や物語を書いてきました。
<平和の尊さを伝える作品『少年とさくら』(1974年発表)も、その一つ。わが子に何度も読み聞かせてきたという母親の話に耳を傾けながら、先生は言葉を継ぎました>
戦争の悪と戦い、平和を訴えた作品といえば、喜劇王チャップリンの「独裁者」があります。これは、第2次世界大戦が始まった翌年(1940年)に制作された映画です。
この映画の中で、チャップリンはヒトラーを風刺した、ヒンケルという独裁者と、ヒンケルと瓜二つのユダヤ人の二役を演じている。
<チャップリン扮する、ヒンケルと取りちがえられたユダヤ人が、独裁者を否定して戦争反対の演説をするラストシーンは有名です>
当時、独裁者ヒトラーは日の出の勢いだった。この映画は、チャップリンにとって命懸けだったのです。その演説の最後にチャップリンは、「ハンナ、ぼくの声が聞こえるかい?」と呼びかけている。ハンナとは、映画に出てくる恋人の名だが、じつは、チャップリンのお母さんの名前だったのです。
「ハナ(ハンナ)、ぼくの声が聞こえるかい? いまどこにいようと、さあ、顔を上げて! 見上げてごらんよ、ハナ! 雲が切れるよ! 光が射してきたよ! やみが去って、僕たちの上にも光が輝くんだ! 欲望と憎しみと残忍さをなくした、よりよい世界がやってくるよ。見上げてごらん、ハナ!」(ラジ・サクラニー『チャップリン――ほほえみとひとつぶの涙を』上田まさ子訳、佑学社)
画面は、雲の流れる空。チャップリンはきっと、天にいるお母さんに向かって呼びかけたのでしょう。波瀾万丈の人生を歩んだ、チャップリンを支えたのは「母の愛」でした。その「母の愛」が、人間性を踏みにじる「独裁者」との戦いへとチャップリンを駆りたてたのです。
また、チャップリンは演説のなかで、こう言っている。「知識はわたしたちに冷ややかな目を与え、知恵はわたしたちを非情で冷酷にしました。考えるばかりで、思いやりがなくなってしまいました。わたしたちに必要なのは、機械ではなく、人間性です。頭のよさよりも親切と思いやりが必要なのです」(同)
◇わが命を何に使うか
<「人間性」「思いやり」を、子どもの心に育んでいけるかどうか。現代は親の負担が増えているだけに、地域や社会全体で子どもを育てていくことが重要でしょう。創価学会が果たすべき使命と役割も、そこにあります。池田先生は訴えました>
人を育てるのは、楽なことではありません。ともすれば、たいへんな疲労をともなうこともある。
しかし、命を削るような労苦なくして、本当に人を育てることなどできません。日蓮大聖人は「命限り有り惜む可からず」(御書955ページ)と仰せです。命には限りがある。惜しんではならない。だからこそ、何に命を使うかが重要なのです。
「人間を育てる」ことこそ、最高に尊いことではないだろうか。
◆◇◆
私は今、「命を惜しまず」教育に情熱をそそいでいこうと思っています。人生最終の事業を「教育」と決めているからです。
私は、晩年の戸田先生の命をかけた闘争を思い出します。あれは逝去の前年、先生はすでに、立ち上がれないほど衰弱しておられた。それでも先生は、同志の待つ広島へなんとしても行こうとされていた。先生の命を危ぶみ、必死にお止めする私を、先生は叱咤された。
「行く、行かなければならんのだ!」「同志が待っている。……死んでも俺を行かせてくれ。死んだら、あとはみんなで仲よくやってゆけ。死なずに帰ったなら、新たな決意で新たな組織を創ろう……」
最後の最後まで、命をふりしぼって同志に尽くそうとした恩師の姿を、私は忘れることはできません。
「異体同心なれば
万事を成じ」
我らの団結に恐れなし。
負けじ魂の宝友と
破竹の勢いで攻め勝て!
2021年10月18日
三沢抄 P1487
『仏法をがくする者は大地微塵よりをほけれどもまことに仏になる人は爪の上の土よりもすくなし』
【通解】
そもそも、仏教を学ぶ者は、大地微塵の数よりも多い。けれども、その中で、真に仏になる人は、爪の上に置いた土よりも少ない。
名字の言 カーリンガ王の敗因とアッサカ王の勝因 2021年10月18日
古代インドの仏教説話を一つ。強大な軍を擁し、王自身も象のように強いカーリンガという国があった。ある日、カーリンガ王は策謀を巡らせてアッサカ国に戦争を仕掛けた▼開戦前、天帝が勝敗を占い、「カーリンガ国が勝つ」と予想した。それを聞いた王は大喜び。この話は広く伝わり、すでに勝った気でいる王に率いられたカーリンガ軍は"我々の勝ちだそうだ"と、戦いの手を緩めた▼一方のアッサカ王は、決死の覚悟で自ら馬に乗り、千人の精鋭と共に敵陣へ突撃。油断したカーリンガ軍を打ち破った。それを見た天帝は語る。「心のゆるぎなき集中と、統一乱さず、時にのぞみての出陣」。そして「確固たる勇気」。このゆえに「アッサカ王に勝利あり」と(松村恒・松田慎也訳『ジャータカ全集4』春秋社)▼「大丈夫だろう」という慢心、「自分ぐらいは」という人任せ――どんな強者でも、世評や風聞に惑わされて歩みを止めてしまえば、足をすくわれる。勝負の厳しさである▼池田先生は「自分らしく精一杯戦っていくことだ。その真剣な一念によってこそ、自分ならではの、最高の力が発揮される」と教える。自分が活路を開いてみせる――その決定した一念の行動から勝利への回転は始まる。
寸鉄 2021年10月18日
「一日一時もゆるがせにせず闘い抜け」戸田先生。"挑戦の自分史"を今日も
北海道の大空知、留萌、サロベツが奮戦。日本中がエール。大逆転を断固
東京の北、足立、豊島、板橋よ頑張れ!勝機摑む拡大を。全同志が応援!
広島戸田総県が一気呵成の行軍。民衆の大連帯で栄光の峰へ駆け上がれ!
交通死は10~12月の薄暮時に突出と。早めの点灯、交差点の左右確認を徹底
〈社説〉 2021・10・18 きょう「民音」創立記念日
◇音楽から人間の魂を学ぶ
きょう10月18日は、民主音楽協会(民音)の創立記念日である。
「人類共通の宝である最高の音楽を民衆の手に」「音楽の力で人々を結び、世界平和の礎を築く」――これらの創立理念を掲げ、民音は1963年(昭和38年)10月18日に産声を上げた。
110カ国・地域と広く交流を結び、先日も世界屈指の規模である「東京国際音楽コンクール〈指揮〉」を成功裏に終えるなど、民音は世界に存在感を示す音楽団体として着実な発展を続けている。
この58年の歴史は、推進委員、賛助会員をはじめ、毎回の公演等を陰で支えてきてくださった、全ての方々の歩みにほかならない。
今、本紙では、民音の軌跡をたどる「世界に魂を 心に翼を――民音が開いた文化の地平」を連載しており、たくさんの読者から感想が寄せられている。
連載中のオペラ編では、ウィーン国立歌劇場やミラノ・スカラ座といった、日本のオペラ史における画期をなした超一流歌劇場の引っ越し公演を特集している。
これまで、オーケストラやバレエ、民族舞踊、各種コンクールなど、各分野における民音の貢献を取材する中で、各界の専門家にインタビューを行ってきた。そこで異口同音に語られるのは、民音の創立理念の先見性、何より民音創立者・池田先生の音楽と民衆へのまなざしに触れた感動である。
先日、ある識者が、連載で描いた一場面について、感慨深く語ってくれた。
民音でアーティストが来日するたびに、池田先生は感謝の伝言を寄せ、公演を支える人々にも心を尽くしてきた。ある折、先生は招へいに携わるスタッフに言う。
「いつも本当にありがとう。でも"素晴らしい公演だった"で終わってはいけない。歌や音楽から"人間の魂"を学ぶんだ」
音楽に込められたメッセージ、奏者や団体が持つ歴史や精神――その一つ一つに敬意を表し、次世代に伝えていくことが、芸術交流に取り組む者の責務なのだ、と。そこには、文化を守り、育む主体者であるとの誇りが脈打つ。
「そこまで思いをはせ、公演を支えてくれるのが民音の皆さんです。その源流は創立者の思想なのでしょう」と、その識者は語る。
人間の不屈の魂をたたえ、音楽で世界を結びゆく民音の挑戦を、これからも力強く応援したい。
☆創価学園「情熱の日」への池田先生のメッセージ
◇君たちの負けじ魂こそ人類を照らす希望の光
尊き友情のスクラム輝く「情熱の日」、誠におめでとう!
私の心には、いつも君たち学園生が、躍動しています。コロナ禍にも屈しない一人一人の努力をたたえ、私は全員に青春勝利の金メダルを差し上げたい思いです。
今日は、わが創価教育に溢れるばかりの期待を寄せてくださっている世界の友と一緒に、愛する皆さんへ、三つのエールを送ります。
一つ目は、「若獅子よ、怯まず進め!」です。
30年以上前になりますが、澄み渡る秋空の下、南アフリカの人権の大英雄、ネルソン・マンデラ氏を、皆さんの先輩たちと共に熱烈に歓迎しました。
27年半、1万日にも及ぶ過酷な投獄に負けず、人間の平等と尊厳のために戦い抜いた正義の獅子は、青年に語り掛けています。「自分の運命の脚本を自分で書き、自分で主役を演じてください」(『ネルソン・マンデラ 未来を変える言葉』セロ・ハタン、サーム・フェンター編、長田雅子訳、明石書店)と。皆さんも、勇気ある若獅子として、自ら決めた道を怯まず、自分らしく胸を張って進んでいってください。
二つ目は、「鳳雛よ、翼を鍛えよ!」です。
創価大学にも訪問してくださった、環境の母、ケニアのワンガリ・マータイ博士は、素晴らしい笑顔のリーダーでした。確信に満ちて「全力を注いであきらめずに難問に立ち向かえば、驚くほどの成果が生まれる」(『UNBOWED へこたれない ワンガリ・マータイ自伝』小池百合子訳、小学館)と、皆を励ましています。
使命深き鳳雛たる皆さんも、目の前の課題をあきらめずにベストを尽くしていく時、必ずや若き翼を限りなく鍛え上げ、希望の大空へ悠々と羽ばたいていくことができます。
三つ目は、「世界を照らす太陽に!」です。
70年前の秋、私の恩師である戸田城聖先生は「新しき世紀を創るものは、青年の熱と力である」と叫ばれました。
まさしく、皆さんの生命に燃え上がる熱と力こそが、世界を照らす太陽なのです。青春時代は、先の見えないことや、言い知れぬ悩みも絶えないことでしょう。しかし皆さんの負けじ魂は、その一切を勝利のエネルギーに転じ、世界の未来を明るく晴らしていくことができます。これこそが人類の希望の光なのです。
私は毎日、懸命に、かけがえのない皆さんの健康と無事故、そして楽しく有意義な学園生活を祈り抜いていきます。
☆質問BOX 仏法対話をしたのですが、反発され、落ち込んでしまいました。
◇回答
たしかに、勇気を奮い起こしたのに、友人から反発されると、思いが通じなかったように感じてしまうかもしれません。しかし、友の幸福を祈り、語った真心は、必ず相手に通じていきます。
ある男子部員は、仏法対話をした友人から"二度と信心の話をしないでほしい"と言われました。それでも、思いを込めて祈り抜くと、8年後、友人の方から"仏法の話を聞きたい"と連絡が。その後、入会に導くことができ、"何でも言い合える"親友になったと振り返っています。
池田先生は「祈りと確信を込めた慈悲の振る舞いは、必ず『仏縁』となります。その時は、かりに反発されたとしても、相手の生命の奥深くに仏縁を結んでいるのです」と語っています。
相手の反応がどうあれ、仏縁を広げられたことを確信し、友人の幸せのため、勇気を出せたことに胸を張っていきましょう。
☆Switch――共育のまなざし 幼い子どもを育てる親御さんたちへ
◇人を育むことほど尊いことはない
わが子を授かってから成人するまで、どの時代も子育てに苦労はつきもの。とは言っても、「子どもが幼いうちは毎日バタバタしていて本当に大変!」という方は多いのではないでしょうか。今回の「Switch――共育のまなざし」では、幼い子どもを育てる親御さんたちに向けて池田先生が送った励ましの言葉を、『21世紀への母と子を語る』(『池田大作全集』第62巻所収)の中から抜粋して紹介します。(編集・構成=大宮将之)
◇今は基盤を築く時
<1年365日、目まぐるしい毎日を送る親御さんたちの奮闘を池田先生はたたえつつ、語りました>
皆さんは、結婚、出産、子育てと、次から次へ、新しい経験の連続でしょう。環境の変化に、戸惑うことも多いにちがいない。
毎日の生活の中で、ふと我に返った時に、「いったい自分は何をやっているのだろう?」と思うようなこともあるかもしれない。
今は、幸福の基盤を築いていく時です。まず自分の足元を固めることです。
現実の生活の中で、がっちりと根を張っていってほしい。根は見えない。建物の基礎も地中深く、人の目にふれることはない。それを築くのは、地味な作業かもしれません。
しかし、どんな立派な建物も、一朝一夕にできあがるものではない。また、いくら華やかでも、かんたんにできあがったものは、もろく、壊れやすいものです。
地道に、着実に――これは、平凡のように見えて、じつはもっとも偉大なことなのです。その繰り返しによって、揺るがぬ堅固な基礎が築かれていくのです。
太陽は、うまず、たゆまず、みずからの軌道を進み、万物を照らし、育んでいく。皆さんは"一家の太陽"です。太陽のごとく明るく、太陽のごとく力強く、太陽のごとく健康に、「きょうも、何かに挑戦しよう!」「きょうも、もう一歩進もう!」と、目標を持って、張りのある一日一日を積み重ねていってほしい。
その積み重ねによって、20年、30年と経った時、わが家庭を「幸福の殿堂」、「幸福の大樹」としていくことができるのです。
◇リズムを大切に
<子育てに家事に仕事にと、目の前のことだけで精一杯。そんな状況にある人にとっては「何かに挑戦しよう」と決意すること自体、大きな前進といえるでしょう。ある母親が、その"決意の出発の場"として「朝の勤行」を大切にしてきたことを話すと、先生はこう応えました>
「朝の勝利」は「一日の勝利」だね。「一日の勝利」の積み重ねは、やがて「人生の勝利」につながっていく。すがすがしい「一日の出発」こそ、充実の人生の秘訣です。
きょう一日がどのような一日となるかは、自分自身の朝の勤行の姿を見ると分かる。朝の勤行の姿は、その日一日の"生活の縮図"と言ってもよいでしょう。
あわてて勤行・唱題した時は、その日一日も、なんとなくあわただしく過ぎ去ってしまい、実りのない日であったと経験されたこともあるでしょう。
反対に、朗々とすがすがしく勤行・唱題をしてスタートした一日は、さわやかな充実した一日であるはずです。
祈りというのは、さまざまな思い、願いの凝縮とも言える。毎朝の祈りで、自身と一家の成長を願い、そのための目標をゆるぎなく定める。そして胸中に太陽を昇らせて、生き生きと出発していきたいものです。
<親にとって一日のリズムが大切であるように、子どもにとっても「安心して育つリズム」があります。早めに就寝することであったり、毎日なるべく決まった時間帯に朝食や夕食を取ることであったり……>
子どもが小さいうちは、とくに「睡眠」と「食事」が大切と言われている。リズム正しく、きちんと取れないと、子どもの成長に影響しかねません。生活が順調に回転するためには、おのずからリズムがある。それを身につけさせていくのが、しつけとも言えるでしょう。
それは、親と子のふれあいの中で身についていく。それもふれあう時間の長短ではなくして、子どもの生活リズムは、家庭で、親子で工夫して、知恵を働かせてつくっていくものです。子どもが、すこやかに成長するリズムを、どう確立するか。これは、親としての「戦い」の一つと考えてほしい。
◇親切と思いやり
<続いて話題は池田先生の「創作童話」を巡って。先生はこれまで未来部世代に向けて、20作以上もの創作物語をつづってきました>
子ども向けの作品を書くというのは、大人に対する以上に心を引き締めていかねば書けません。「子どもだから」などと、甘く見ることは少しもできません。子どもは、驚くほど、豊かな感受性を持っている。大人が思っている以上に、子どもは多くのことを理解しているのです。
だから私は、その子どもの心に、「勇気」と「正義」を育むために、直接、語りかける思いで、童話や物語を書いてきました。
<平和の尊さを伝える作品『少年とさくら』(1974年発表)も、その一つ。わが子に何度も読み聞かせてきたという母親の話に耳を傾けながら、先生は言葉を継ぎました>
戦争の悪と戦い、平和を訴えた作品といえば、喜劇王チャップリンの「独裁者」があります。これは、第2次世界大戦が始まった翌年(1940年)に制作された映画です。
この映画の中で、チャップリンはヒトラーを風刺した、ヒンケルという独裁者と、ヒンケルと瓜二つのユダヤ人の二役を演じている。
<チャップリン扮する、ヒンケルと取りちがえられたユダヤ人が、独裁者を否定して戦争反対の演説をするラストシーンは有名です>
当時、独裁者ヒトラーは日の出の勢いだった。この映画は、チャップリンにとって命懸けだったのです。その演説の最後にチャップリンは、「ハンナ、ぼくの声が聞こえるかい?」と呼びかけている。ハンナとは、映画に出てくる恋人の名だが、じつは、チャップリンのお母さんの名前だったのです。
「ハナ(ハンナ)、ぼくの声が聞こえるかい? いまどこにいようと、さあ、顔を上げて! 見上げてごらんよ、ハナ! 雲が切れるよ! 光が射してきたよ! やみが去って、僕たちの上にも光が輝くんだ! 欲望と憎しみと残忍さをなくした、よりよい世界がやってくるよ。見上げてごらん、ハナ!」(ラジ・サクラニー『チャップリン――ほほえみとひとつぶの涙を』上田まさ子訳、佑学社)
画面は、雲の流れる空。チャップリンはきっと、天にいるお母さんに向かって呼びかけたのでしょう。波瀾万丈の人生を歩んだ、チャップリンを支えたのは「母の愛」でした。その「母の愛」が、人間性を踏みにじる「独裁者」との戦いへとチャップリンを駆りたてたのです。
また、チャップリンは演説のなかで、こう言っている。「知識はわたしたちに冷ややかな目を与え、知恵はわたしたちを非情で冷酷にしました。考えるばかりで、思いやりがなくなってしまいました。わたしたちに必要なのは、機械ではなく、人間性です。頭のよさよりも親切と思いやりが必要なのです」(同)
◇わが命を何に使うか
<「人間性」「思いやり」を、子どもの心に育んでいけるかどうか。現代は親の負担が増えているだけに、地域や社会全体で子どもを育てていくことが重要でしょう。創価学会が果たすべき使命と役割も、そこにあります。池田先生は訴えました>
人を育てるのは、楽なことではありません。ともすれば、たいへんな疲労をともなうこともある。
しかし、命を削るような労苦なくして、本当に人を育てることなどできません。日蓮大聖人は「命限り有り惜む可からず」(御書955ページ)と仰せです。命には限りがある。惜しんではならない。だからこそ、何に命を使うかが重要なのです。
「人間を育てる」ことこそ、最高に尊いことではないだろうか。
◆◇◆
私は今、「命を惜しまず」教育に情熱をそそいでいこうと思っています。人生最終の事業を「教育」と決めているからです。
私は、晩年の戸田先生の命をかけた闘争を思い出します。あれは逝去の前年、先生はすでに、立ち上がれないほど衰弱しておられた。それでも先生は、同志の待つ広島へなんとしても行こうとされていた。先生の命を危ぶみ、必死にお止めする私を、先生は叱咤された。
「行く、行かなければならんのだ!」「同志が待っている。……死んでも俺を行かせてくれ。死んだら、あとはみんなで仲よくやってゆけ。死なずに帰ったなら、新たな決意で新たな組織を創ろう……」
最後の最後まで、命をふりしぼって同志に尽くそうとした恩師の姿を、私は忘れることはできません。
2021年10月17日日曜日
2021.10.17 わが友に贈る
磨かれた人格の輝きは
百万言の雄弁に勝る。
真心と誠実の振る舞いは
皆を味方に変える。
朗らかに! 堂々と!
同一鹹味御書 P1447
『夫れ味に六種あり一には淡二には鹹三には辛四には酸五には甘六には苦なり、百味の?膳を調ふといへども一つの鹹の味なければ大王の膳とならず、山海の珍物も鹹なければ気味なし』
【通解】
味に六種がある。一には淡、二には鹹、三には辛、四には酸、五には甘、六には苦である。たとえ百味の料理を調えたとしても、一つの鹹の鹹味がなければ大王の膳とはならない。山海の珍物も、鹹がなければ何の風味もない。
名字の言 じっくり一歩ずつ 2021年10月17日
先日、知り合いの夫妻に子どもが生まれた。その時に思った。赤ちゃんが母の胎内にいる期間を俗に「十月十日」という。そして誕生し、成人するまで20年……実に長い▼社会にはスピード重視の分野も多い。おかげで便利を享受できる面がある。ただ、人間の心身の成長は"じっくり一歩ずつ"が望ましいと感じる▼信仰も同じだ。問題の解決を祈った途端、ぱっとかなってしまえば、本物の信心は築けない。ある女性部員の話。彼女は、故郷から離れた山村に住む未入会の男性と結婚した。同居家族、集落の人は信心に無理解だった。"私の宿命か……"と苦悶した▼だが祈るほどに心が変わった。"この悩みは信心の素晴らしさを証明するための「私の使命」だ"と。以来、誠実に一家和楽と地域発展に尽くした。やがて家族から「自慢の嫁」、周囲では「立派な女性」と口々に言われるようになった。そして家族全員が入会。足かけ10年の勝利の実証だった▼御聖訓には「地獄の苦しみがぱっと消えて」(御書1000ページ、通解)とある。これは"ぱっと"解決するというより、一念が変わった「瞬間」を意味する。それを裏付けるように彼女は語った。「宿命を使命に変えた瞬間からの10年間は『宝の歳月』でした」
寸鉄 2021年10月17日
「かしこへ・おしかけ・ここへ・おしよせ」御書。果敢な行動力で圧倒せよ
大東京よ爆発的拡大を。本陣には喜び勝たなむ力あり—今こそ本領発揮!
新潟、長野、石川、富山、福井よ押しまくれ!ここから渾身の攻めで逆転を
徳島、香川、愛媛、高知が力闘。執念で正義を叫び、新たな勝利の暁鐘鳴らせ
相手に与える印象は表情や声で9割が決まると。一瞬の出会いも真剣勝負
☆ヒーローズ 逆境を勝ち越えた英雄たち 第12回 ローザ・パークス
〈パークス氏〉
ウィ・シャル・オーバーカム!
私たちは必ず勝利する。決意すれば恐れることなど何もないのです。
今から65年前の1956年1月、池田大作先生の師子吼が関西本部に響きわたった。「今度の関西の戦いは勝った!」——広布史に燦然と輝く「大阪の戦い」の出発である。
若き指導者の大確信に呼応して、関西では5月に大阪支部が「1万1111世帯」という未曽有の弘教を達成。7月には世間をあっと言わせる"まさかが実現"の金字塔を打ち立てた。
その勢いはやがて、新たな民衆勢力の台頭を恐れた権力による弾圧を呼び起こす。ここから、創価の人権闘争が本格的に始まったのである。
「大阪の戦い」の開始に先立つこと1カ月。太平洋を隔てたアメリカでは、一人の女性が正義の人権闘争に立ち上がった。「公民権運動の母」と敬愛されるローザ・パークス氏である。
当時のアメリカ社会には人種差別がはびこり、黒人への暴力や殺人が横行していた。
55年12月、アラバマ州モンゴメリーで市営バスに乗車していたパークス氏は、運転手から白人乗客に席を譲るよう恫喝される。しかし彼女は「ノー!」と拒否。駆け付けた警官に逮捕されてしまう。
この勇気ある行動は民衆の心に火をつけ、M・L・キング博士を中心とした「バス・ボイコット運動」へと発展。その後、公民権運動は各地に広がり、63年には20万人による「ワシントン大行進」が行われ、「ウィ・シャル・オーバーカム(私たちは必ず勝利する)」の歌声が轟いた。そして翌64年7月、人種差別を撤廃する公民権法が制定されたのである。
後に氏は自らの半生をこう振り返っている。「私は長年の経験から、『決意すれば、恐れる心を打ち消すことができる』ということを学びました。何をすべきかわかっていさえすれば、恐れることなど何もないのです」
あの日、もし彼女が決意の声を上げなければ、差別の壁は動かなかったかもしれない。
「一人の勇気」が社会を変える——人権闘争の歴史は、それを雄弁に物語っている。
〈パークス氏〉
希望を捨ててはいけません。
未来の世界がどうなるかは、今の自分の行動にかかっています。
パークス氏の人権闘争のルーツは、偏見にさらされた苦悩の実体験にある。
青春時代を過ごした祖父母の家は、黒人差別の強い地域にあった。祖父は銃を側に置いて眠りにつき、彼女はいつ白人に襲われても逃げられるように、服を着たまま寝かされた。
白人と黒人の"違い"を意識するようになったのは、学校に通い始めた頃。黒人学校には窓ガラスがなかった。徒歩で通学中、バスに乗った白人からゴミを投げ付けられもした。多感な少女の心は、差別に対する憤りでいっぱいになった。
19歳の時、全米黒人地位向上協会(NAACP)のメンバーだったレイモンド・パークス氏と結婚。人権運動に身を投じていく。
1940年代に入ると、人種差別は一段と激化。公共のバスは座席の前部が白人用、後部が黒人用に区別された。黒人は前方のドアで運賃を支払った後、一度降車して、後方のドアから再び乗車することを義務づけられた。
43年の冬のある日のこと。パークス氏は前方ドアからバスに乗り、乗客をかき分けて後方へと移動した。拳銃を持った運転手は後方ドアからの乗車を命令。拒否すると威嚇され、強制的にバスを降ろされた。車内の人種隔離の規則を作るなど、運転手には警察的権限が与えられていたのだ。
後に氏が逮捕された際のバスを運転していたのも同じ男だった(55年12月)。12年の時を経ても、黒人への不当な扱いは何ら変わっていなかった。
「よく人は、あの日私が席を譲らなかったのは、疲れていたからだと言います。しかし、それは違います。(中略)私が疲れていたのは、白人のいいなりになることに対してだったのです」——彼女の不服従の行動に端を発し、「バス・ボイコット運動」の波は急速に拡大。怒りを爆発させた人々は抗議のためにバスを拒み、来る日も来る日も歩き続けた。さまざまな脅迫も妨害も、目覚めた民衆の行進を止めることはできなかった。
「強くありつづけなければなりません。希望を捨ててはいけません。そうすれば、きっと打ち勝つことができます」
56年11月、連邦最高裁は"公共の交通機関における差別は憲法違反"との歴史的な判決を出す。バス・ボイコット運動が勝利を収めた瞬間だった。
その後、氏は公民権運動の精神を継承しゆく青少年の育成などに力を注ぎ、87年に「ローザ&レイモンド・パークス自己開発教育センター」を設立する。
92年12月には、講演会に招かれてアメリカ創価大学ロサンゼルス・キャンパス(当時)を訪問。語学研修中の創価女子短大生と交流し、学生の純真さに心から感動した氏は、翌月、訪米した創立者・池田大作先生と会見する。
〈パークス氏を語る池田先生〉
生きている限り、前進する。
人間を差別し、見くだす邪悪は絶対に許さない。
この強き心で民衆の世紀を照らしゆけ!
1993年1月30日。アメリカ創大ロサンゼルス・キャンパスに到着した"人権の母"を出迎えたのは、あの日、「ワシントン大行進」でキング博士らと共に歌った「ウィ・シャル・オーバーカム」の大合唱だった。
「会ってすぐに、これほどまでに親しみを覚え、『友人だ』と実感できる人には会ったことがありません」。和やかな語らいが弾む中、パークス氏はそう述べると、アメリカで『写真は語る』という本が出版されることに言及した。各界の著名人が"人生に最も影響を与えた写真"を選んで掲載する企画で、彼女にもその依頼があったのだ。
当初は、バス・ボイコット運動の写真にしようとした。だが"池田会長との出会いこそ、人生に最も大きな影響を及ぼすに違いない"と考えた氏は、会見での写真を載せたいと切望。その要請に池田先生は笑顔で応じた。
「きょう会長にお会いしたことによって、『世界平和』への活動という新しい側面が、私の人生に開けてきたような気がします」——新たな展望を口にした氏は、翌94年5月、81歳で初めて太平洋を渡り創価大学へ。訪問の翌日には旧・聖教新聞本社で、先生と再会を果たした。
先生は、氏の歩みや公民権運動における女性の貢献に触れ、女性部をはじめ使命に生きる創価の友にエールを送ってきた。
「パークスさんは語っている。『私が生きている限り、私が動ける限り、偏見や人種差別、人々を後退させる悪に対して戦い抜いてまいります』
生きている限り、前進する。人間を差別し、民衆を見くだす邪悪は、絶対に許さない。この強き心が、民衆の世紀——21世紀を希望で照らす」(2003年8月21日、21世紀女性研修会でのスピーチ)
「パークスさんは、『未来の世界がどうなるかは、私たちが今どのように生きるかにかかっています』と強調されていた。
未来のために、今、自分に何ができるか。一流の人物は、この一点を見つめながら、命ある限り行動を続ける」(07年11月24日、婦人部最高協議会でのスピーチ)
「歴史を変える民衆運動の根幹には、女性の『励まし』がある。我ら創価の広宣流布の運動もまた、女性たち、母たちの『励まし』の力で朗らかに勝ってきた。これからも徹して励まし合いながら勝ち続けていくのだ」(本紙13年2月9日付「随筆 我らの勝利の大道」)
正義が栄え、民衆が輝く未来——立正安国の凱歌を開くのは「勇気の行動」「真心の激励」、そして「必ず勝つ!」という「決定した一念」にほかならない。
百万言の雄弁に勝る。
真心と誠実の振る舞いは
皆を味方に変える。
朗らかに! 堂々と!
同一鹹味御書 P1447
『夫れ味に六種あり一には淡二には鹹三には辛四には酸五には甘六には苦なり、百味の?膳を調ふといへども一つの鹹の味なければ大王の膳とならず、山海の珍物も鹹なければ気味なし』
【通解】
味に六種がある。一には淡、二には鹹、三には辛、四には酸、五には甘、六には苦である。たとえ百味の料理を調えたとしても、一つの鹹の鹹味がなければ大王の膳とはならない。山海の珍物も、鹹がなければ何の風味もない。
名字の言 じっくり一歩ずつ 2021年10月17日
先日、知り合いの夫妻に子どもが生まれた。その時に思った。赤ちゃんが母の胎内にいる期間を俗に「十月十日」という。そして誕生し、成人するまで20年……実に長い▼社会にはスピード重視の分野も多い。おかげで便利を享受できる面がある。ただ、人間の心身の成長は"じっくり一歩ずつ"が望ましいと感じる▼信仰も同じだ。問題の解決を祈った途端、ぱっとかなってしまえば、本物の信心は築けない。ある女性部員の話。彼女は、故郷から離れた山村に住む未入会の男性と結婚した。同居家族、集落の人は信心に無理解だった。"私の宿命か……"と苦悶した▼だが祈るほどに心が変わった。"この悩みは信心の素晴らしさを証明するための「私の使命」だ"と。以来、誠実に一家和楽と地域発展に尽くした。やがて家族から「自慢の嫁」、周囲では「立派な女性」と口々に言われるようになった。そして家族全員が入会。足かけ10年の勝利の実証だった▼御聖訓には「地獄の苦しみがぱっと消えて」(御書1000ページ、通解)とある。これは"ぱっと"解決するというより、一念が変わった「瞬間」を意味する。それを裏付けるように彼女は語った。「宿命を使命に変えた瞬間からの10年間は『宝の歳月』でした」
寸鉄 2021年10月17日
「かしこへ・おしかけ・ここへ・おしよせ」御書。果敢な行動力で圧倒せよ
大東京よ爆発的拡大を。本陣には喜び勝たなむ力あり—今こそ本領発揮!
新潟、長野、石川、富山、福井よ押しまくれ!ここから渾身の攻めで逆転を
徳島、香川、愛媛、高知が力闘。執念で正義を叫び、新たな勝利の暁鐘鳴らせ
相手に与える印象は表情や声で9割が決まると。一瞬の出会いも真剣勝負
☆ヒーローズ 逆境を勝ち越えた英雄たち 第12回 ローザ・パークス
〈パークス氏〉
ウィ・シャル・オーバーカム!
私たちは必ず勝利する。決意すれば恐れることなど何もないのです。
今から65年前の1956年1月、池田大作先生の師子吼が関西本部に響きわたった。「今度の関西の戦いは勝った!」——広布史に燦然と輝く「大阪の戦い」の出発である。
若き指導者の大確信に呼応して、関西では5月に大阪支部が「1万1111世帯」という未曽有の弘教を達成。7月には世間をあっと言わせる"まさかが実現"の金字塔を打ち立てた。
その勢いはやがて、新たな民衆勢力の台頭を恐れた権力による弾圧を呼び起こす。ここから、創価の人権闘争が本格的に始まったのである。
「大阪の戦い」の開始に先立つこと1カ月。太平洋を隔てたアメリカでは、一人の女性が正義の人権闘争に立ち上がった。「公民権運動の母」と敬愛されるローザ・パークス氏である。
当時のアメリカ社会には人種差別がはびこり、黒人への暴力や殺人が横行していた。
55年12月、アラバマ州モンゴメリーで市営バスに乗車していたパークス氏は、運転手から白人乗客に席を譲るよう恫喝される。しかし彼女は「ノー!」と拒否。駆け付けた警官に逮捕されてしまう。
この勇気ある行動は民衆の心に火をつけ、M・L・キング博士を中心とした「バス・ボイコット運動」へと発展。その後、公民権運動は各地に広がり、63年には20万人による「ワシントン大行進」が行われ、「ウィ・シャル・オーバーカム(私たちは必ず勝利する)」の歌声が轟いた。そして翌64年7月、人種差別を撤廃する公民権法が制定されたのである。
後に氏は自らの半生をこう振り返っている。「私は長年の経験から、『決意すれば、恐れる心を打ち消すことができる』ということを学びました。何をすべきかわかっていさえすれば、恐れることなど何もないのです」
あの日、もし彼女が決意の声を上げなければ、差別の壁は動かなかったかもしれない。
「一人の勇気」が社会を変える——人権闘争の歴史は、それを雄弁に物語っている。
〈パークス氏〉
希望を捨ててはいけません。
未来の世界がどうなるかは、今の自分の行動にかかっています。
パークス氏の人権闘争のルーツは、偏見にさらされた苦悩の実体験にある。
青春時代を過ごした祖父母の家は、黒人差別の強い地域にあった。祖父は銃を側に置いて眠りにつき、彼女はいつ白人に襲われても逃げられるように、服を着たまま寝かされた。
白人と黒人の"違い"を意識するようになったのは、学校に通い始めた頃。黒人学校には窓ガラスがなかった。徒歩で通学中、バスに乗った白人からゴミを投げ付けられもした。多感な少女の心は、差別に対する憤りでいっぱいになった。
19歳の時、全米黒人地位向上協会(NAACP)のメンバーだったレイモンド・パークス氏と結婚。人権運動に身を投じていく。
1940年代に入ると、人種差別は一段と激化。公共のバスは座席の前部が白人用、後部が黒人用に区別された。黒人は前方のドアで運賃を支払った後、一度降車して、後方のドアから再び乗車することを義務づけられた。
43年の冬のある日のこと。パークス氏は前方ドアからバスに乗り、乗客をかき分けて後方へと移動した。拳銃を持った運転手は後方ドアからの乗車を命令。拒否すると威嚇され、強制的にバスを降ろされた。車内の人種隔離の規則を作るなど、運転手には警察的権限が与えられていたのだ。
後に氏が逮捕された際のバスを運転していたのも同じ男だった(55年12月)。12年の時を経ても、黒人への不当な扱いは何ら変わっていなかった。
「よく人は、あの日私が席を譲らなかったのは、疲れていたからだと言います。しかし、それは違います。(中略)私が疲れていたのは、白人のいいなりになることに対してだったのです」——彼女の不服従の行動に端を発し、「バス・ボイコット運動」の波は急速に拡大。怒りを爆発させた人々は抗議のためにバスを拒み、来る日も来る日も歩き続けた。さまざまな脅迫も妨害も、目覚めた民衆の行進を止めることはできなかった。
「強くありつづけなければなりません。希望を捨ててはいけません。そうすれば、きっと打ち勝つことができます」
56年11月、連邦最高裁は"公共の交通機関における差別は憲法違反"との歴史的な判決を出す。バス・ボイコット運動が勝利を収めた瞬間だった。
その後、氏は公民権運動の精神を継承しゆく青少年の育成などに力を注ぎ、87年に「ローザ&レイモンド・パークス自己開発教育センター」を設立する。
92年12月には、講演会に招かれてアメリカ創価大学ロサンゼルス・キャンパス(当時)を訪問。語学研修中の創価女子短大生と交流し、学生の純真さに心から感動した氏は、翌月、訪米した創立者・池田大作先生と会見する。
〈パークス氏を語る池田先生〉
生きている限り、前進する。
人間を差別し、見くだす邪悪は絶対に許さない。
この強き心で民衆の世紀を照らしゆけ!
1993年1月30日。アメリカ創大ロサンゼルス・キャンパスに到着した"人権の母"を出迎えたのは、あの日、「ワシントン大行進」でキング博士らと共に歌った「ウィ・シャル・オーバーカム」の大合唱だった。
「会ってすぐに、これほどまでに親しみを覚え、『友人だ』と実感できる人には会ったことがありません」。和やかな語らいが弾む中、パークス氏はそう述べると、アメリカで『写真は語る』という本が出版されることに言及した。各界の著名人が"人生に最も影響を与えた写真"を選んで掲載する企画で、彼女にもその依頼があったのだ。
当初は、バス・ボイコット運動の写真にしようとした。だが"池田会長との出会いこそ、人生に最も大きな影響を及ぼすに違いない"と考えた氏は、会見での写真を載せたいと切望。その要請に池田先生は笑顔で応じた。
「きょう会長にお会いしたことによって、『世界平和』への活動という新しい側面が、私の人生に開けてきたような気がします」——新たな展望を口にした氏は、翌94年5月、81歳で初めて太平洋を渡り創価大学へ。訪問の翌日には旧・聖教新聞本社で、先生と再会を果たした。
先生は、氏の歩みや公民権運動における女性の貢献に触れ、女性部をはじめ使命に生きる創価の友にエールを送ってきた。
「パークスさんは語っている。『私が生きている限り、私が動ける限り、偏見や人種差別、人々を後退させる悪に対して戦い抜いてまいります』
生きている限り、前進する。人間を差別し、民衆を見くだす邪悪は、絶対に許さない。この強き心が、民衆の世紀——21世紀を希望で照らす」(2003年8月21日、21世紀女性研修会でのスピーチ)
「パークスさんは、『未来の世界がどうなるかは、私たちが今どのように生きるかにかかっています』と強調されていた。
未来のために、今、自分に何ができるか。一流の人物は、この一点を見つめながら、命ある限り行動を続ける」(07年11月24日、婦人部最高協議会でのスピーチ)
「歴史を変える民衆運動の根幹には、女性の『励まし』がある。我ら創価の広宣流布の運動もまた、女性たち、母たちの『励まし』の力で朗らかに勝ってきた。これからも徹して励まし合いながら勝ち続けていくのだ」(本紙13年2月9日付「随筆 我らの勝利の大道」)
正義が栄え、民衆が輝く未来——立正安国の凱歌を開くのは「勇気の行動」「真心の激励」、そして「必ず勝つ!」という「決定した一念」にほかならない。
2021年10月16日土曜日
2021.10.16 わが友に贈る
広宣流布は言論戦だ。
語らなければ
真実は伝わらない。
今こそ友の心に
確信の声を届けよう!
四信五品抄 P342
『天子の襁褓に纒れ大竜の始めて生ずるが如し蔑如すること勿れ蔑如すること勿れ』
【通解】
(妙法信受の人の位は)生まれたばかりの天皇の子が産着に包まれたようなものであり、また生まれたての大竜のようなものである。故に、わが門下を決して蔑むようなことがあってはならない。
名字の言 ゴルフの渋野日向子選手の強さ 2021年10月16日
ゴルフの渋野日向子選手が国内ツアーで復活の逆転優勝を果たした。海外初参戦でメジャー制覇を遂げた2019年以来、約2年ぶりの勝利に涙する姿は、その間の苦悩を物語っていた▼渋野選手の強さの一つは「バウンスバック」。"跳ね返り"を意味し、ボギー以上の悪いスコアを出した次のホールで、バーディー以上の成績をマークすること。2年前、彼女は国内トップのバウンスバック率で勝利を積み上げ、精神力の強さを示した▼大きな期待を背に迎えた昨年は、力を発揮できず苦しい一年に。悩んだ末に着手したのがスイングの改造だった。五輪代表を逃し、冷評も浴びたが、"過去の自分を超える"と逆境を跳ね返し、再び頂点に立った▼スポーツジャーナリストの二宮清純氏は「成功体験は未来の失敗体験」と語る。「一つの成功に酔いすぎると、その後の変化が見えなくなり、進歩が止まる」(『対論・勝利学』第三文明社)と。スポーツに限らず、人間の成長を阻む難敵は"自分はこれでやってきた"という、成功した過去への執着心だろう▼変化を恐れず、変化の中に飛び込み、新しい自分をつくる。昨日より今日、今日より明日へと進みゆく「挑戦の人」「向上の人」に勝利の栄冠は輝く。
寸鉄 2021年10月16日
「いよいよ」「なをなを」が仏法者の魂。社会の為、自身の勝利の為に挑戦!
北、足立、豊島、板橋が猛追!再びの東京凱歌へ大胆に切り込み大金星を
広島戸田総県に必勝の炎が赤々。さあ未踏の峰へ。攻め抜いたほうが勝つ!
彼等は野干のほうるなり日蓮が一門は師子の吼るなり—御書。青年よ叫べ
3回目接種も無料化へ—公明が提言。試練克服へ具体策更に。政権の要と
〈社説〉 2021・10・16 きょう「世界食料デー」
◇わが家の一工夫が大きな力に
コンビニエンスストアでデザートに手を伸ばすと、黄緑色の表示「てまえどり」が目に飛び込んできた。すぐ食べるなら、棚の手前から販売期限の迫った商品を積極的に選ぼうという勧めだ。環境省、農林水産省、消費者庁とコンビニ4社が連携して促進する。選び方一つで、まだ食べられるのに捨てられる食品ロスの削減に貢献できる。本紙に登場した女優の柴田理恵さんも、豆腐を手前から取るようにしているそうだ。
約半分が家庭から出るとされる食品ロス。私たちの生活ではどんな工夫ができるだろうか。
例えば家庭菜園。読者から寄せられたアイデアは、生ごみは菜園の肥料にする、お米のとぎ汁で花を育てる、野菜くずでだしを取る、などなど。ちなみに野菜の栄養は、捨てられがちな皮などにより多く含まれるので、体にも地球にも良く、一石二鳥だ。
コロナ禍で手作りに対する考え方が変化している。おうち時間を活用するストレス解消法として、パンやお菓子を作る「ストレスベイキング」が広がった。同時に食の社会問題に関心を持つ人も増加。余った食材をおいしく変身させる「サルベージ(=救う)クッキング」のシェフ、キムラカズヒロさんは「食への興味やワクワク感こそが、フードロス削減の第一歩」と語る(『「使い切る」ための4つのアイデアと50のレシピ』誠文堂新光社)。楽しくポジティブに食を考える価値観が生まれつつある。余り物こそが食卓を彩る宝になるかもしれない。
ノーベル平和賞を昨年受賞した、国連世界食糧計画(WFP)日本事務所代表の焼家直絵さんは本紙で、先進国の肉食が増えるにつれ、餌となる穀物の消費も増え、その結果、貧困層から食料を奪うことになると指摘。「食料問題を"対岸の火事"だと思わないでください。世界がボーダーレスになっている今、私たちの行動が直接、世界に影響することがある」と語った。毎日の一工夫は、重なれば大きな力になる。
「余り物を使って思わず食べちゃうおつまみを作りたい」「今月の家計費を抑えたい」。興味でも節約でもいい。その一歩が、実は世界につながる一歩になるのだ。きょう10月16日は、世界の食料問題を考える「世界食料デー」。目に留まった何か一つから始めてみよう。
☆創大祭・白鳥祭「記念フェスティバル」への池田先生のメッセージ
◇不屈の英知と勇気で試練の壁を打ち破れ
一、不屈の負けじ魂光る青春凱歌の祭典、誠におめでとう!
打ち続くコロナ禍の中、知恵と工夫を凝らし、見事なチームワークで創立50周年を飾ってくれた、わが創大生、わが短大生、わが留学生の皆さん、本当にありがとう!
一、今回の創大祭・白鳥祭のテーマには、「友よ! 希望の新世紀を!」「百花の姉妹 彩ろう 希望の虹を」と掲げられております。
実は60年前の今日10月8日、造られて間もない「ベルリンの壁」の前に立った私が、深く強く胸に抱いていたのも、断固として「希望の新世紀」を開き、「希望の虹」を懸けてみせるとの一念でありました。
民衆を引き裂く残酷な悲劇を目の当たりにし、憤怒を込め「30年後には必ず壁はなくなる」と、私は同行の青年に語りました。
30年とはワン・ジェネレーション、一世代であります。分断と対立の壁という負の遺産を、次の世代には決して残さないとの決意でありました。
私は、人類の良心と英知と勇気は、いかなる魔性にも断じて勝つと「希望」を燃え上がらせて、世界を結ぶ対話を開始しました。そして、10年後には、わが希望を分かち合う「平和のフォートレス(要塞)」たる創大を創立したのです。ベルリンの壁は、28年にして崩壊しました。
一、東西冷戦終結の功労者であるゴルバチョフ氏と語り合ったように、人類が崩すべき壁は、未だ、たくさんあります。また、君たち一人一人の青春にも、立ちはだかる試練の壁が尽きないに違いない。
しかし、我ら創価の世界市民には、「どんな壁も必ず打ち破れる。否、絶対に打ち破ってみせるのだ」という大いなる希望があります。
希望とは、冬を耐え、春を呼ぶ忍耐であり、執念です。
希望とは、人間の善性を信じ、高め合う信頼であり、友情です。
そして希望とは、青年の連帯で社会を照らす価値創造です。
大先哲の至言に「未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ」と。
どうか、「明日の希望は今日のわが探究にあり。この我らのスクラムにあり」と朗らかに確信し、新世紀の虹を勝ち光らせてくれたまえ!
敬愛してやまない宝の君たちの健康と無事故、栄光勝利を祈ります。
☆法華経に勝る兵法なし 千葉への指針から 第1回
立正安国の凱歌の秋へ——新連載「法華経に勝る兵法なし」では、池田先生が千葉の同志に送られたスピーチや指針の抜粋を紹介する。
◇愚痴を排して連続勝利へ
広宣流布に立った以上、難があるのは当然である。避けようのない法則である。「法華経」にそう説かれている。「御書」に繰り返し、そう仰せである。
難を乗り越えてこそ、仏に成れるのである。
ゆえに、何が起ころうと、今さら、あわてる必要はない。グチなど言っても、しかたがない。だれを恨む筋合いのものでもない。
一般の世間でも、「勝つ」ためには、死にもの狂いである。スポーツの世界しかり。経済の世界も、他の分野も同様である。人の知らないところで、皆、筆舌に尽くせぬ苦労を重ねている。だれもが必死なのである。そのなかにあって、微塵も甘さがあれば、勝てるわけがない。全部、"戦争"である。
いわんや、仏道修行に苦労がないはずがない。大聖人は、御自身があれほどの大難をすべて連続勝利してこられたのは、絶対にグチを言わない、人を恨まない「一念」が祈りとなったからだとおっしゃっているのである。
"全部、自分が決めたことだ""何のグチも文句もない""ただ、まっすぐに戦うのみである""勇んで、前へ進むだけである"——腹を決めた、晴ればれとした信心の一念によってこそ、連続勝利はある。諸天も動く。自身も大福運を開く。晴れわたる大空のごとき大境涯となる。
大聖人は、この原理を教えてくださっている。
(1993年1月、第3回千葉県総会でのスピーチ、『池田大作全集』第82巻所収)
◇広布のために労をいとわず
牧口先生は、若き日の名著『人生地理学』の中で、「半島は文明の起点である」と論じられた。先生は、その例として、千葉の房総半島が、大聖人という「宗教改革の巨人」を出したことを強調されていた。当時、先生は、まだ入信をされていなかった。しかし、文明論的な次元から、大聖人の故郷・千葉の天地に注目されていた。偉大な先生である。
その後、先生ご自身が、日蓮大聖人の仏法を奉じ、「宗教改革」に身を投じられたのである。
牧口先生は、千葉で立宗された大聖人の御姿を通して、学会員を励まされた。一九三九年(昭和十四年)、折伏のために九州に足を運ばれたときのことである。
当時は、列車の長旅である。今のように飛行機はない。高齢(六十七歳)のお体には、そうとうこたえたはずである。しかし、先生は、法のためならば、いかなる労もいとわれなかった。
その折、初対面のある婦人も、牧口先生の青年のようなすがすがしい音声、絶対の確信、誠実と慈愛の姿に感動して入会を決意する。
声が大事である。確信が大事である。姿が大事である。すべて諸法実相である。
(中略)
先生に中途半端はない。話すかぎりは、全魂をこめて、相手の心に使命と希望の火を灯さなければ——そういう一念であられた。
「あなたが御本尊をいただくということは、仏法の原理に照らして、九州の全民衆が不幸という悩みから救われることになるのです!」
「一人立て!」である。どの地でも、広宣流布はつねに「一人」から始まる。
(1997年1月、第5回千葉県総会でのスピーチ、『池田大作全集』第87巻所収)
☆みんなで学ぶ教学 第21回 勇気
◇幸福の扉を開く挑戦を
今回の「みんなで学ぶ教学」は、「勇気」がテーマです。私たち一人一人に具わる勇気を、"取り出す"信心について学んでいきましょう。支部女性部長のユリコさんは、新入会者のリホさんが、道に迷っている人を助けているのを見掛けたようです。
ユリコ 感動したわ! 今、リホさんが人助けしているところを見掛けたのよ。本当に偉いわね。
リホ あ! ユリコさん、こんにちは。"困ってそうだな"と感じたので、とっさに声を掛けました。勇気を出して良かったです。
ユリコ 心に思っていても、それを行動に移すことは簡単じゃないわ。リホさんは、勇気を"取り出せる"ように成長しているのよ。
リホ 勇気を"取り出せる"ですか。
ユリコ そうよ。日蓮大聖人は、「各各師子王の心を取り出して」(御書1190ページ)と弟子たちへ呼び掛けられているの。「師子王」とは、ライオンが百獣に優れていることを王に譬えた、仏の異名のことよ。
「師子王の心」とは、仏が具える、何ものをも恐れない「勇気」のことをいうの。その勇気は、自分の中にあるものなのよ。
リホ ライオンのような勇気!
すごいですね。
ユリコ 大聖人は立宗以来、いかなる迫害の嵐が吹き荒れても、民衆救済のため、全ての大難を勝ち越えて、万人成仏の妙法を説き弘められたの。その末法の御本仏としての御境涯を「師子王」に譬えられ、弟子たちにも「師子の子・又かくのごとし」(同ページ)と、「師子王の子」として成仏の境涯を開いていけることを教えられているのよ。
リホ 私には、とてもそんな勇気はないです……。
ユリコ そう思うかもしれないけど、私たちは、いつも自身の中にある小さな勇気を奮い起こしているのよ。日々の生活を振り返ってみても、何をするにも勇気が必要じゃないかしら。朝、早起きするのも、人に優しくするのも、皆に感謝を伝えるのも、勇気がなければ行動に移すことはできないわ。
勇気は、人生を豊かにしていくために、必要不可欠なものといえるわね。
リホ たしかに、身近な一つ一つのことにも勇気が必要かもしれません。でも、どうしたら私も、全てを勝ち越えていける「師子王」のような勇気を"取り出せる"ようになるんでしょうか?
ユリコ 私たちでいえば、日々の学会活動に全力で挑んでいくことよ。
勤行・唱題に励む中で、勇気を奮い起こしていく——。そうやって毎日、新たに仏法対話に挑戦するなど、一つ一つの活動の積み重ねが、自身の臆病の壁を破り、どんな時でも勇気を取り出せる境涯を築いていくのよ。
リホ なるほど。毎日の実践が勇気につながっていくんですね。
ユリコ そうね。それが自身の幸福を開いていくのよ。だからこそ、大聖人は弟子たちに「師子王の心を取り出して」と教えられているのよ。
池田先生は「勇気は、誰でも平等にもっています。勇気は、幸福という無尽蔵の宝の扉を開くカギです。しかし、多くの人が、それを封印し、臆病、弱気、迷いの波間を漂流している。どうか皆さんは、勇気を取り出し、胸中の臆病を打ち破ってください。そこに人生を勝利する要因があります」とつづられているわ。
リホ なんだか、一日の捉え方が変わった気がします。だから学会員の皆さんからは、前向きな勢いを感じるんですね。
私もユリコさんのような、すてきな人を目指して、悔いの無い"全力の日々"にしていこうと思います。
語らなければ
真実は伝わらない。
今こそ友の心に
確信の声を届けよう!
四信五品抄 P342
『天子の襁褓に纒れ大竜の始めて生ずるが如し蔑如すること勿れ蔑如すること勿れ』
【通解】
(妙法信受の人の位は)生まれたばかりの天皇の子が産着に包まれたようなものであり、また生まれたての大竜のようなものである。故に、わが門下を決して蔑むようなことがあってはならない。
名字の言 ゴルフの渋野日向子選手の強さ 2021年10月16日
ゴルフの渋野日向子選手が国内ツアーで復活の逆転優勝を果たした。海外初参戦でメジャー制覇を遂げた2019年以来、約2年ぶりの勝利に涙する姿は、その間の苦悩を物語っていた▼渋野選手の強さの一つは「バウンスバック」。"跳ね返り"を意味し、ボギー以上の悪いスコアを出した次のホールで、バーディー以上の成績をマークすること。2年前、彼女は国内トップのバウンスバック率で勝利を積み上げ、精神力の強さを示した▼大きな期待を背に迎えた昨年は、力を発揮できず苦しい一年に。悩んだ末に着手したのがスイングの改造だった。五輪代表を逃し、冷評も浴びたが、"過去の自分を超える"と逆境を跳ね返し、再び頂点に立った▼スポーツジャーナリストの二宮清純氏は「成功体験は未来の失敗体験」と語る。「一つの成功に酔いすぎると、その後の変化が見えなくなり、進歩が止まる」(『対論・勝利学』第三文明社)と。スポーツに限らず、人間の成長を阻む難敵は"自分はこれでやってきた"という、成功した過去への執着心だろう▼変化を恐れず、変化の中に飛び込み、新しい自分をつくる。昨日より今日、今日より明日へと進みゆく「挑戦の人」「向上の人」に勝利の栄冠は輝く。
寸鉄 2021年10月16日
「いよいよ」「なをなを」が仏法者の魂。社会の為、自身の勝利の為に挑戦!
北、足立、豊島、板橋が猛追!再びの東京凱歌へ大胆に切り込み大金星を
広島戸田総県に必勝の炎が赤々。さあ未踏の峰へ。攻め抜いたほうが勝つ!
彼等は野干のほうるなり日蓮が一門は師子の吼るなり—御書。青年よ叫べ
3回目接種も無料化へ—公明が提言。試練克服へ具体策更に。政権の要と
〈社説〉 2021・10・16 きょう「世界食料デー」
◇わが家の一工夫が大きな力に
コンビニエンスストアでデザートに手を伸ばすと、黄緑色の表示「てまえどり」が目に飛び込んできた。すぐ食べるなら、棚の手前から販売期限の迫った商品を積極的に選ぼうという勧めだ。環境省、農林水産省、消費者庁とコンビニ4社が連携して促進する。選び方一つで、まだ食べられるのに捨てられる食品ロスの削減に貢献できる。本紙に登場した女優の柴田理恵さんも、豆腐を手前から取るようにしているそうだ。
約半分が家庭から出るとされる食品ロス。私たちの生活ではどんな工夫ができるだろうか。
例えば家庭菜園。読者から寄せられたアイデアは、生ごみは菜園の肥料にする、お米のとぎ汁で花を育てる、野菜くずでだしを取る、などなど。ちなみに野菜の栄養は、捨てられがちな皮などにより多く含まれるので、体にも地球にも良く、一石二鳥だ。
コロナ禍で手作りに対する考え方が変化している。おうち時間を活用するストレス解消法として、パンやお菓子を作る「ストレスベイキング」が広がった。同時に食の社会問題に関心を持つ人も増加。余った食材をおいしく変身させる「サルベージ(=救う)クッキング」のシェフ、キムラカズヒロさんは「食への興味やワクワク感こそが、フードロス削減の第一歩」と語る(『「使い切る」ための4つのアイデアと50のレシピ』誠文堂新光社)。楽しくポジティブに食を考える価値観が生まれつつある。余り物こそが食卓を彩る宝になるかもしれない。
ノーベル平和賞を昨年受賞した、国連世界食糧計画(WFP)日本事務所代表の焼家直絵さんは本紙で、先進国の肉食が増えるにつれ、餌となる穀物の消費も増え、その結果、貧困層から食料を奪うことになると指摘。「食料問題を"対岸の火事"だと思わないでください。世界がボーダーレスになっている今、私たちの行動が直接、世界に影響することがある」と語った。毎日の一工夫は、重なれば大きな力になる。
「余り物を使って思わず食べちゃうおつまみを作りたい」「今月の家計費を抑えたい」。興味でも節約でもいい。その一歩が、実は世界につながる一歩になるのだ。きょう10月16日は、世界の食料問題を考える「世界食料デー」。目に留まった何か一つから始めてみよう。
☆創大祭・白鳥祭「記念フェスティバル」への池田先生のメッセージ
◇不屈の英知と勇気で試練の壁を打ち破れ
一、不屈の負けじ魂光る青春凱歌の祭典、誠におめでとう!
打ち続くコロナ禍の中、知恵と工夫を凝らし、見事なチームワークで創立50周年を飾ってくれた、わが創大生、わが短大生、わが留学生の皆さん、本当にありがとう!
一、今回の創大祭・白鳥祭のテーマには、「友よ! 希望の新世紀を!」「百花の姉妹 彩ろう 希望の虹を」と掲げられております。
実は60年前の今日10月8日、造られて間もない「ベルリンの壁」の前に立った私が、深く強く胸に抱いていたのも、断固として「希望の新世紀」を開き、「希望の虹」を懸けてみせるとの一念でありました。
民衆を引き裂く残酷な悲劇を目の当たりにし、憤怒を込め「30年後には必ず壁はなくなる」と、私は同行の青年に語りました。
30年とはワン・ジェネレーション、一世代であります。分断と対立の壁という負の遺産を、次の世代には決して残さないとの決意でありました。
私は、人類の良心と英知と勇気は、いかなる魔性にも断じて勝つと「希望」を燃え上がらせて、世界を結ぶ対話を開始しました。そして、10年後には、わが希望を分かち合う「平和のフォートレス(要塞)」たる創大を創立したのです。ベルリンの壁は、28年にして崩壊しました。
一、東西冷戦終結の功労者であるゴルバチョフ氏と語り合ったように、人類が崩すべき壁は、未だ、たくさんあります。また、君たち一人一人の青春にも、立ちはだかる試練の壁が尽きないに違いない。
しかし、我ら創価の世界市民には、「どんな壁も必ず打ち破れる。否、絶対に打ち破ってみせるのだ」という大いなる希望があります。
希望とは、冬を耐え、春を呼ぶ忍耐であり、執念です。
希望とは、人間の善性を信じ、高め合う信頼であり、友情です。
そして希望とは、青年の連帯で社会を照らす価値創造です。
大先哲の至言に「未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ」と。
どうか、「明日の希望は今日のわが探究にあり。この我らのスクラムにあり」と朗らかに確信し、新世紀の虹を勝ち光らせてくれたまえ!
敬愛してやまない宝の君たちの健康と無事故、栄光勝利を祈ります。
☆法華経に勝る兵法なし 千葉への指針から 第1回
立正安国の凱歌の秋へ——新連載「法華経に勝る兵法なし」では、池田先生が千葉の同志に送られたスピーチや指針の抜粋を紹介する。
◇愚痴を排して連続勝利へ
広宣流布に立った以上、難があるのは当然である。避けようのない法則である。「法華経」にそう説かれている。「御書」に繰り返し、そう仰せである。
難を乗り越えてこそ、仏に成れるのである。
ゆえに、何が起ころうと、今さら、あわてる必要はない。グチなど言っても、しかたがない。だれを恨む筋合いのものでもない。
一般の世間でも、「勝つ」ためには、死にもの狂いである。スポーツの世界しかり。経済の世界も、他の分野も同様である。人の知らないところで、皆、筆舌に尽くせぬ苦労を重ねている。だれもが必死なのである。そのなかにあって、微塵も甘さがあれば、勝てるわけがない。全部、"戦争"である。
いわんや、仏道修行に苦労がないはずがない。大聖人は、御自身があれほどの大難をすべて連続勝利してこられたのは、絶対にグチを言わない、人を恨まない「一念」が祈りとなったからだとおっしゃっているのである。
"全部、自分が決めたことだ""何のグチも文句もない""ただ、まっすぐに戦うのみである""勇んで、前へ進むだけである"——腹を決めた、晴ればれとした信心の一念によってこそ、連続勝利はある。諸天も動く。自身も大福運を開く。晴れわたる大空のごとき大境涯となる。
大聖人は、この原理を教えてくださっている。
(1993年1月、第3回千葉県総会でのスピーチ、『池田大作全集』第82巻所収)
◇広布のために労をいとわず
牧口先生は、若き日の名著『人生地理学』の中で、「半島は文明の起点である」と論じられた。先生は、その例として、千葉の房総半島が、大聖人という「宗教改革の巨人」を出したことを強調されていた。当時、先生は、まだ入信をされていなかった。しかし、文明論的な次元から、大聖人の故郷・千葉の天地に注目されていた。偉大な先生である。
その後、先生ご自身が、日蓮大聖人の仏法を奉じ、「宗教改革」に身を投じられたのである。
牧口先生は、千葉で立宗された大聖人の御姿を通して、学会員を励まされた。一九三九年(昭和十四年)、折伏のために九州に足を運ばれたときのことである。
当時は、列車の長旅である。今のように飛行機はない。高齢(六十七歳)のお体には、そうとうこたえたはずである。しかし、先生は、法のためならば、いかなる労もいとわれなかった。
その折、初対面のある婦人も、牧口先生の青年のようなすがすがしい音声、絶対の確信、誠実と慈愛の姿に感動して入会を決意する。
声が大事である。確信が大事である。姿が大事である。すべて諸法実相である。
(中略)
先生に中途半端はない。話すかぎりは、全魂をこめて、相手の心に使命と希望の火を灯さなければ——そういう一念であられた。
「あなたが御本尊をいただくということは、仏法の原理に照らして、九州の全民衆が不幸という悩みから救われることになるのです!」
「一人立て!」である。どの地でも、広宣流布はつねに「一人」から始まる。
(1997年1月、第5回千葉県総会でのスピーチ、『池田大作全集』第87巻所収)
☆みんなで学ぶ教学 第21回 勇気
◇幸福の扉を開く挑戦を
今回の「みんなで学ぶ教学」は、「勇気」がテーマです。私たち一人一人に具わる勇気を、"取り出す"信心について学んでいきましょう。支部女性部長のユリコさんは、新入会者のリホさんが、道に迷っている人を助けているのを見掛けたようです。
ユリコ 感動したわ! 今、リホさんが人助けしているところを見掛けたのよ。本当に偉いわね。
リホ あ! ユリコさん、こんにちは。"困ってそうだな"と感じたので、とっさに声を掛けました。勇気を出して良かったです。
ユリコ 心に思っていても、それを行動に移すことは簡単じゃないわ。リホさんは、勇気を"取り出せる"ように成長しているのよ。
リホ 勇気を"取り出せる"ですか。
ユリコ そうよ。日蓮大聖人は、「各各師子王の心を取り出して」(御書1190ページ)と弟子たちへ呼び掛けられているの。「師子王」とは、ライオンが百獣に優れていることを王に譬えた、仏の異名のことよ。
「師子王の心」とは、仏が具える、何ものをも恐れない「勇気」のことをいうの。その勇気は、自分の中にあるものなのよ。
リホ ライオンのような勇気!
すごいですね。
ユリコ 大聖人は立宗以来、いかなる迫害の嵐が吹き荒れても、民衆救済のため、全ての大難を勝ち越えて、万人成仏の妙法を説き弘められたの。その末法の御本仏としての御境涯を「師子王」に譬えられ、弟子たちにも「師子の子・又かくのごとし」(同ページ)と、「師子王の子」として成仏の境涯を開いていけることを教えられているのよ。
リホ 私には、とてもそんな勇気はないです……。
ユリコ そう思うかもしれないけど、私たちは、いつも自身の中にある小さな勇気を奮い起こしているのよ。日々の生活を振り返ってみても、何をするにも勇気が必要じゃないかしら。朝、早起きするのも、人に優しくするのも、皆に感謝を伝えるのも、勇気がなければ行動に移すことはできないわ。
勇気は、人生を豊かにしていくために、必要不可欠なものといえるわね。
リホ たしかに、身近な一つ一つのことにも勇気が必要かもしれません。でも、どうしたら私も、全てを勝ち越えていける「師子王」のような勇気を"取り出せる"ようになるんでしょうか?
ユリコ 私たちでいえば、日々の学会活動に全力で挑んでいくことよ。
勤行・唱題に励む中で、勇気を奮い起こしていく——。そうやって毎日、新たに仏法対話に挑戦するなど、一つ一つの活動の積み重ねが、自身の臆病の壁を破り、どんな時でも勇気を取り出せる境涯を築いていくのよ。
リホ なるほど。毎日の実践が勇気につながっていくんですね。
ユリコ そうね。それが自身の幸福を開いていくのよ。だからこそ、大聖人は弟子たちに「師子王の心を取り出して」と教えられているのよ。
池田先生は「勇気は、誰でも平等にもっています。勇気は、幸福という無尽蔵の宝の扉を開くカギです。しかし、多くの人が、それを封印し、臆病、弱気、迷いの波間を漂流している。どうか皆さんは、勇気を取り出し、胸中の臆病を打ち破ってください。そこに人生を勝利する要因があります」とつづられているわ。
リホ なんだか、一日の捉え方が変わった気がします。だから学会員の皆さんからは、前向きな勢いを感じるんですね。
私もユリコさんのような、すてきな人を目指して、悔いの無い"全力の日々"にしていこうと思います。
2021年10月15日金曜日
2021.10.15 わが友に贈る
昨日の自分に勝つ!
この間断なき挑戦の中に
人間革命はある。
「負けてたまるか!」と
不屈の魂を燃やして!
崇峻天皇御書 P1174
『蔵の財よりも身の財すぐれたり身の財より心の財第一なり、此の御文を御覧あらんよりは心の財つませ給うべし』
【通解】
蔵に蓄える財宝よりも、身の財がすぐれ、身の財よりも、心に積んだ財が第一である。この手紙をご覧になってから以後は、心の財を積んでいきなさい。
名字の言 揺るぎない哲学を世界へ——きょうから新聞週間 2021年10月15日
医師と作家の対談を取材した時の話。異業種ということもあってか、なかなか2人の対話はかみ合わなかった。だが話題が東日本大震災に移るや、一気に心は打ち解けた。両者は復興ボランティアで東北に何度も足を運んでいた▼取材後、雰囲気が一変した理由を聞くと、2人の答えは同じ内容だった。「悩み、苦闘する人への深い思いやりと行動のある人は"本物"。この価値観で人を見ます」と▼かつて、本紙を購読する識者が語った。「さまざまな立場、分野で生きる人の信仰体験に深い感銘を受ける」——その訳は、信仰で自身の宿命を転換したことが、単に生活上の悩みを解決させたという域にとどまっていない。その実証が、やがて周囲の人や社会に良い変化を与えていくと確信していることに感動する。だから「この哲学に生きる人は強い」と述べていた▼きょうから新聞週間。今年の週間標語の佳作の一つに、こうある。「ゆれる世に ゆるがぬ記事の 存在感」。聖教新聞の存在感は、生き抜く力を説く"揺るぎない哲学"を世界に普遍化するところにあると自負する▼「世界市民は新聞を読むことから生まれた」(田才益夫訳)とは、チェコの作家カレル・チャペックの言葉。本紙の使命は大きい。
寸鉄 2021年10月15日
「広宣流布は私がやる!」この気概で進め—恩師。誓願の勇者に無限の力が
北海道の大空知、留萌、サロベツが執念の開拓。攻め抜き勝利の大旗を!
神戸の兵庫・北・長田区、西宮が大激戦。戦いは勢い!総力の拡大で凱旋へ
尼崎に聳える民衆の大城関西魂で必ず勝ち抜く!圧倒的な攻勢をここから
「無料お試し」が高額定期購入になる事故増。甘い謳い文句に罠。よく確認
☆忘れ得ぬ旅 太陽の心で 第15回 ハワイ
月刊誌「パンプキン」誌上の池田先生の連載エッセー「忘れ得ぬ旅 太陽の心で」を紹介する本企画。今回は「ハワイ——世界にアロハ(人類愛)の魂を」〈2013年1月号〉を掲載する(潮出版社刊の同名のエッセー集から抜粋)。明日2日は、1960年に池田先生が初の海外指導に出発した日であり、ハワイはその第一歩の地。現地の挨拶「アロハ」には、人類愛や思いやり、自然への感謝、敬意などの意義が込められている。世界が大きな苦難に直面する今、この「アロハ」の精神に学び、朗らかに、平和の連帯をわが地域へと広げていきたい。
新たなる
前途かがやけ
君の旅
「人の呼ぶ声には生命があります」とは、私の好きなハワイのことわざです。
人が人を気づかい、呼びかける声ほど、温もりのある生命の響きはありません。
ハワイには、「アロハ」という素晴らしい挨拶があります。もはや、世界市民の挨拶と言っても過言ではないくらい、ハワイの人々のホスピタリティー(もてなしの心)とともに、人類に広く親しまれています。
人々は出会いの時にも、別れの時にも、「アロハ」と挨拶を交わします。その短い一言のなかに、「人類愛」「思いやり」「同苦」「寛容」「慈悲」などの意義があります。さらには自らを育んでくれている人や自然への「感謝」「敬意」まで込められているのです。
ハワイでは、「アロハ」の精神を、こう歌い上げてきました。
「ハワイの人々よ 思いやりを持って/共に助け合いましょう/明るい方向へ思いを向けて/謙虚に慎み深く/辛抱強く続けると勝利が訪れます」と。
この「アロハ」の精神を携えて人生の旅を進めれば、暗く寒々しい世相にあっても、明るく温かな心の楽園を創り広げることができるはずです。
◇感謝・誠実・励まし
〈池田先生が初の海外指導に飛び立ったのは、1960年10月2日。最初に訪れたのが、太平洋戦争の開戦の地となったハワイだった。先生は、この場所から平和への闘争を開始する〉
私は、真っ先にパールハーバー(真珠湾)や国立太平洋記念墓地に向かい、すべての戦没者の冥福を深く深く祈りました。
とともに、この地に根を張ってこられた日系人の方々が、日本の奇襲攻撃で始まった戦争のせいで、どれほど厳しい苦難に直面されたか。そして、どれほど粘り強い苦労を重ねて、再び信頼を勝ち取ってこられたかに、思いを馳せました。
私は私の立場で、不戦の誓いを新たにし、"ハワイを世界平和の先駆の地にしよう!"と貢献を決意したのです。
〈池田先生は、これまで幾度もハワイを訪問。多民族が共生する美しい島々を「人類の心を結ぶ宝島」とたたえ、そこに息づく"調和の心"を紹介した〉
「アロハ」の精神を誇りとされていたのが、ここハワイで、米国初の日系人州知事を務められたジョージ・アリヨシさん夫妻です。多様な人種と文化が共存するハワイのリーダーとして、こう語っておられました。
「人間は、だれでも、ひとりで生きているんじゃない、『オタガイニ(お互いに)』世話になっているんだというのが、父の哲学でした。私は知事の仕事をする上でも、この信条でやりました」
「人は、ロボットではありません。『あなたの努力のおかげです』と尊敬され、認められてこそ、力が出るんです」と。
これからのリーダーシップに不可欠な「感謝」や「敬愛」、そして「誠実」や「励まし」を生き生きと先駆的に示してくださっていました。
◇不屈の信念で
〈ハワイ訪問を予定していた95年1月、阪神・淡路大震災が発生。池田先生は愛する関西の友を思い、被災地への激励を重ね続ける中、ハワイに向かった〉
一九九五年の一月十七日早朝、この大震災が発生しました。私は、ハワイの東西センターでの講演(一月二十六日)が予定されていましたが、前日まで出国を遅らせ、救援と激励の手を打ち続けました。
若い頃から何度も通ってきた兵庫の尊きあの友この友を思い、被災地のことをただただ祈るなかで、機中の人となりました。
国連創設五十周年を記念して行った東西センターでの講演は、「平和と人間のための安全保障」がテーマでした。安全保障とは、一人一人の安心や精神の充実を創出することでもあります。その源は、地域の絆や、人間自身の変革、不屈の精神でありましょう。講演する私の胸には、大震災に立ち向かう友の姿がありました。また、関西の友の苦しみを、わが苦しみとして案じてくれるハワイの方々の心がありました。
そして、その心と共に、私はハワイから関西に直行したのです。
私の思いは今も、前へ前へと立ち上がった関西の友、ハワイの友と一緒に歩み続けています。
関西の友が大事にする「負けたらあかん」の合言葉と響き合う、ハワイの伝統精神があります。
名歌「アロハ・オエ」の作者でもあるリリウオカラニ女王(ハワイ最後の王)は、十九世紀末、故郷を守るために、外国の圧力に対して堂々と立ち向かいました。ついに位を奪われるに至る女王は、自らのモットー「オニパー(たじろぐことなく強く立つ)」を、ハワイの子らにも贈りました。
この精神を通して、ハワイ大学スパーク・マツナガ平和研究所の所長を務められたグアンソン博士は、「人生において勇気と不屈の信念によって立つことほど重要なものはない」と強調されていました。
ハワイのことわざには「雨が降るから、虹も出る」とあります。苦難の雨があってこそ幸福の虹がかかるのです。「虹の州(レインボー・ステート)」ハワイでは、多彩な個性と文化を持つ子どもたちが仲良く学ぶ姿を、「虹の子どもたち」とも表現するといいます。
わが人生と地域社会に、「アロハ」の心で、友情の虹、希望の虹、勝利の虹を大きく明るく描いていきたいものです。
虹の道
ともども歩まむ
平和かな
(『忘れ得ぬ旅 太陽の心で』第3巻所収)
この間断なき挑戦の中に
人間革命はある。
「負けてたまるか!」と
不屈の魂を燃やして!
崇峻天皇御書 P1174
『蔵の財よりも身の財すぐれたり身の財より心の財第一なり、此の御文を御覧あらんよりは心の財つませ給うべし』
【通解】
蔵に蓄える財宝よりも、身の財がすぐれ、身の財よりも、心に積んだ財が第一である。この手紙をご覧になってから以後は、心の財を積んでいきなさい。
名字の言 揺るぎない哲学を世界へ——きょうから新聞週間 2021年10月15日
医師と作家の対談を取材した時の話。異業種ということもあってか、なかなか2人の対話はかみ合わなかった。だが話題が東日本大震災に移るや、一気に心は打ち解けた。両者は復興ボランティアで東北に何度も足を運んでいた▼取材後、雰囲気が一変した理由を聞くと、2人の答えは同じ内容だった。「悩み、苦闘する人への深い思いやりと行動のある人は"本物"。この価値観で人を見ます」と▼かつて、本紙を購読する識者が語った。「さまざまな立場、分野で生きる人の信仰体験に深い感銘を受ける」——その訳は、信仰で自身の宿命を転換したことが、単に生活上の悩みを解決させたという域にとどまっていない。その実証が、やがて周囲の人や社会に良い変化を与えていくと確信していることに感動する。だから「この哲学に生きる人は強い」と述べていた▼きょうから新聞週間。今年の週間標語の佳作の一つに、こうある。「ゆれる世に ゆるがぬ記事の 存在感」。聖教新聞の存在感は、生き抜く力を説く"揺るぎない哲学"を世界に普遍化するところにあると自負する▼「世界市民は新聞を読むことから生まれた」(田才益夫訳)とは、チェコの作家カレル・チャペックの言葉。本紙の使命は大きい。
寸鉄 2021年10月15日
「広宣流布は私がやる!」この気概で進め—恩師。誓願の勇者に無限の力が
北海道の大空知、留萌、サロベツが執念の開拓。攻め抜き勝利の大旗を!
神戸の兵庫・北・長田区、西宮が大激戦。戦いは勢い!総力の拡大で凱旋へ
尼崎に聳える民衆の大城関西魂で必ず勝ち抜く!圧倒的な攻勢をここから
「無料お試し」が高額定期購入になる事故増。甘い謳い文句に罠。よく確認
☆忘れ得ぬ旅 太陽の心で 第15回 ハワイ
月刊誌「パンプキン」誌上の池田先生の連載エッセー「忘れ得ぬ旅 太陽の心で」を紹介する本企画。今回は「ハワイ——世界にアロハ(人類愛)の魂を」〈2013年1月号〉を掲載する(潮出版社刊の同名のエッセー集から抜粋)。明日2日は、1960年に池田先生が初の海外指導に出発した日であり、ハワイはその第一歩の地。現地の挨拶「アロハ」には、人類愛や思いやり、自然への感謝、敬意などの意義が込められている。世界が大きな苦難に直面する今、この「アロハ」の精神に学び、朗らかに、平和の連帯をわが地域へと広げていきたい。
新たなる
前途かがやけ
君の旅
「人の呼ぶ声には生命があります」とは、私の好きなハワイのことわざです。
人が人を気づかい、呼びかける声ほど、温もりのある生命の響きはありません。
ハワイには、「アロハ」という素晴らしい挨拶があります。もはや、世界市民の挨拶と言っても過言ではないくらい、ハワイの人々のホスピタリティー(もてなしの心)とともに、人類に広く親しまれています。
人々は出会いの時にも、別れの時にも、「アロハ」と挨拶を交わします。その短い一言のなかに、「人類愛」「思いやり」「同苦」「寛容」「慈悲」などの意義があります。さらには自らを育んでくれている人や自然への「感謝」「敬意」まで込められているのです。
ハワイでは、「アロハ」の精神を、こう歌い上げてきました。
「ハワイの人々よ 思いやりを持って/共に助け合いましょう/明るい方向へ思いを向けて/謙虚に慎み深く/辛抱強く続けると勝利が訪れます」と。
この「アロハ」の精神を携えて人生の旅を進めれば、暗く寒々しい世相にあっても、明るく温かな心の楽園を創り広げることができるはずです。
◇感謝・誠実・励まし
〈池田先生が初の海外指導に飛び立ったのは、1960年10月2日。最初に訪れたのが、太平洋戦争の開戦の地となったハワイだった。先生は、この場所から平和への闘争を開始する〉
私は、真っ先にパールハーバー(真珠湾)や国立太平洋記念墓地に向かい、すべての戦没者の冥福を深く深く祈りました。
とともに、この地に根を張ってこられた日系人の方々が、日本の奇襲攻撃で始まった戦争のせいで、どれほど厳しい苦難に直面されたか。そして、どれほど粘り強い苦労を重ねて、再び信頼を勝ち取ってこられたかに、思いを馳せました。
私は私の立場で、不戦の誓いを新たにし、"ハワイを世界平和の先駆の地にしよう!"と貢献を決意したのです。
〈池田先生は、これまで幾度もハワイを訪問。多民族が共生する美しい島々を「人類の心を結ぶ宝島」とたたえ、そこに息づく"調和の心"を紹介した〉
「アロハ」の精神を誇りとされていたのが、ここハワイで、米国初の日系人州知事を務められたジョージ・アリヨシさん夫妻です。多様な人種と文化が共存するハワイのリーダーとして、こう語っておられました。
「人間は、だれでも、ひとりで生きているんじゃない、『オタガイニ(お互いに)』世話になっているんだというのが、父の哲学でした。私は知事の仕事をする上でも、この信条でやりました」
「人は、ロボットではありません。『あなたの努力のおかげです』と尊敬され、認められてこそ、力が出るんです」と。
これからのリーダーシップに不可欠な「感謝」や「敬愛」、そして「誠実」や「励まし」を生き生きと先駆的に示してくださっていました。
◇不屈の信念で
〈ハワイ訪問を予定していた95年1月、阪神・淡路大震災が発生。池田先生は愛する関西の友を思い、被災地への激励を重ね続ける中、ハワイに向かった〉
一九九五年の一月十七日早朝、この大震災が発生しました。私は、ハワイの東西センターでの講演(一月二十六日)が予定されていましたが、前日まで出国を遅らせ、救援と激励の手を打ち続けました。
若い頃から何度も通ってきた兵庫の尊きあの友この友を思い、被災地のことをただただ祈るなかで、機中の人となりました。
国連創設五十周年を記念して行った東西センターでの講演は、「平和と人間のための安全保障」がテーマでした。安全保障とは、一人一人の安心や精神の充実を創出することでもあります。その源は、地域の絆や、人間自身の変革、不屈の精神でありましょう。講演する私の胸には、大震災に立ち向かう友の姿がありました。また、関西の友の苦しみを、わが苦しみとして案じてくれるハワイの方々の心がありました。
そして、その心と共に、私はハワイから関西に直行したのです。
私の思いは今も、前へ前へと立ち上がった関西の友、ハワイの友と一緒に歩み続けています。
関西の友が大事にする「負けたらあかん」の合言葉と響き合う、ハワイの伝統精神があります。
名歌「アロハ・オエ」の作者でもあるリリウオカラニ女王(ハワイ最後の王)は、十九世紀末、故郷を守るために、外国の圧力に対して堂々と立ち向かいました。ついに位を奪われるに至る女王は、自らのモットー「オニパー(たじろぐことなく強く立つ)」を、ハワイの子らにも贈りました。
この精神を通して、ハワイ大学スパーク・マツナガ平和研究所の所長を務められたグアンソン博士は、「人生において勇気と不屈の信念によって立つことほど重要なものはない」と強調されていました。
ハワイのことわざには「雨が降るから、虹も出る」とあります。苦難の雨があってこそ幸福の虹がかかるのです。「虹の州(レインボー・ステート)」ハワイでは、多彩な個性と文化を持つ子どもたちが仲良く学ぶ姿を、「虹の子どもたち」とも表現するといいます。
わが人生と地域社会に、「アロハ」の心で、友情の虹、希望の虹、勝利の虹を大きく明るく描いていきたいものです。
虹の道
ともども歩まむ
平和かな
(『忘れ得ぬ旅 太陽の心で』第3巻所収)
2021年10月14日木曜日
2021.10.14 わが友に贈る
急いでいる時ほど
安全第一の心掛けを!
無理・油断・焦りは禁物。
「事故を起こさない」と
強き祈りで進もう!
崇峻天皇御書 P1174
『蔵の財よりも身の財すぐれたり身の財より心の財第一なり、此の御文を御覧あらんよりは心の財つませ給うべし』
【通解】
蔵に蓄える財宝よりも、身の財がすぐれ、身の財よりも、心に積んだ財が第一である。この手紙をご覧になってから以後は、心の財を積んでいきなさい。
名字の言 ことわざ「六日の菖蒲、十日の菊」 2021年10月14日
今の季節は、七十二候の「菊花開」(10月13〜17日ごろ)という。七十二候とは1年を72分割し、およそ5日ごとの季節の変化を短い文章で表現したもの。四季と共に暮らした先人の心の結晶である▼新暦と旧暦とは1カ月ほどずれがあり、きょう10月14日は旧暦の9月9日。季節の変わり目に無病息災を願う五節句の一つ、「重陽の節句」の日である。この時季に見頃となる菊を使って不老長寿を願う節句なので、「菊の節句」とも呼ばれる▼「六日の菖蒲、十日の菊」ということわざがある。5月5日の「端午の節句」に用いる菖蒲、「重陽の節句」に使用する菊——いずれも1日遅れの6日、10日に準備しても役に立たないことから「時機を逃すな」と戒めるもの▼御書に「末法の女性が、法華経を修行して定まった寿命を転じて延ばすことは、秋に稲が実り、冬に菊花が咲くようなもので、誰が驚くであろうか」(985ページ、通解)と。時を示す比喩として「秋の稲米」「冬の菊花」が用いられている▼人生にも「時」があり、「四季」がある。希望の春を迎えるために今、何をすべきか。「未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ」(御書231ページ)——時を逃さない行動の積み重ねが、輝く未来を開く。
寸鉄 2021年10月14日
戦いは迅速であれ—戸田先生。時を逃さぬ先手の行動を。電光石火で拡大
関西の電源地、堺市の堺・東・北区よ断固、反転攻勢を。凱歌を庶民の都に!
大阪市の大正・住之江・住吉・西成区が大奮闘!常勝の万歳を断じて皆で
東淀川・淀川・西淀川・此花区に民衆の勝鬨を!入魂の対話で激戦を突破
旭・鶴見区、守口・門真市が執念の猛攻!栄光の頂を目指して連帯固く前進
☆忘れ得ぬ旅 太陽の心で 第14回 広島
月刊誌「パンプキン」誌上の池田先生の連載エッセー「忘れ得ぬ旅 太陽の心で」を紹介する本企画。今回は「広島——母の祈りに満ちた平和の天地」〈2012年8月号〉を掲載する(潮出版社刊の同名のエッセー集から抜粋)。人類史上、初めて原爆が投下された広島。池田先生は、苦難に屈せず平和の旗を掲げる人々の姿を紹介し、「限りなく勇気の光を贈りゆく『希望の天地』」とたたえる。平和な世界の建設へ!——「広島の心」に学び、今いる場所から、友好を大きく広げていきたい。
偉大なる
母あり 友あり
平和あり
わが愛する広島には、偉大なる慈愛の母がいます。不屈の信念の友がいます。ゆえに、決して尽きることのない平和への希望があります。
戦争の最も悲惨にして残酷な苦悩から立ち上がり、「平和の都」の建設の夢へ、全世界の先頭を進んできた天地こそ、私たちの広島なのです。
私の恩師である戸田城聖先生は、青年への第一の遺訓として「原水爆禁止宣言」を発表しました。
一九五七年九月八日、五万人の若人らを前に、核兵器を「絶対悪」として使用禁止と廃絶を叫び切ったのです。
「われわれ世界の民衆は、生存の権利をもっております。その権利をおびやかすものは、これ魔ものであり、サタンであり、怪物であります」と。
この宣言の二カ月後、恩師が衰弱の著しい身を押して訪問しようとしたのが、広島です。必死で止める私に、「死んでも行かせてくれ」と言われた言葉は、わが胸奥から離れることはありません。
私にとって、広島は常に、この師匠の分身として訪ねる天地となりました。だからこそ、平和への燃え上がる情熱と具体的な行動なくして、広島へ行くことはできないと、自らに厳しく言い聞かせてきたのです。
◇強く生き抜く
〈池田先生はたびたび広島を訪れ、原爆の犠牲者らに追善の祈りを捧げてきたことを述懐。続いて、平和を築きゆく広島の友の生き方に光を当てた〉
原爆によって一瞬にして最愛の家族や友人を失った悲しみ、原爆症との壮絶な闘い、自分や子どもの後遺症への底知れぬ不安……。それぞれに痛切な苦悩に立ち向かいながら、広島の母の生命は何と清く美しく、広島の友の人生は何と強くたくましいのか。
あまりにも多くの命を奪った原爆にも負けず、新しい命を育て上げていくことが、平和への闘争であると、心を定めた母がいます。
被爆した自分が「生きて生きて生き抜いていくこと」それ自体が、死の兵器に打ち勝つ挑戦なりと、闘志を奮い立たせる青年がいました。
ひとたびは破壊され尽くした、この広島に根を張り、明るく仲良く幸福と歓喜の花を咲かせていくことが、亡くなった方々への追悼であると、活動してきた女性もおります。
一人一人の心には、人類のなかから選ばれて広島で戦いゆく使命の誇りが光っています。
私がお会いした尾道市出身の平山郁夫画伯も、若き日に被爆した八月六日を原点に、平和と文化の創造に立ち上がり、「生きることが美である」「生きよう、成長しようとしているときには、美しさを表す」と強調されていました。
私と妻が知る婦人は、爆心地から二キロほどの自宅で被爆し、最愛の妹や親友、多くの同僚を亡くしました。自身も甲状腺の異常に苦しめられます。終戦後に結婚して四人の子に恵まれましたが、交通事故で夫を失い、多額の借金を抱え、体調不良の身で悪戦苦闘が続きました。
婦人はある日、戸田先生の「原水爆禁止宣言」を知り、「私の苦しい心をわかってくれる人がいたんだ!」と感激し、そして誓いを立てます。
「人々の暮らしを破壊する核兵器を絶対に許してはならない!」と、勇気を出して各地で被爆体験を語るようになりました。
一九八二年六月、国連広報局、また広島・長崎市と共に、私たちは「核兵器——現代世界の脅威」展をニューヨークの国連本部で開催しました。国連本部で初めて広島と長崎の被爆の実態が展示されたのです。この婦人も、被爆者の代表として参加しました。
ところが、「ノーモア・ヒロシマ」と語れば、アメリカ人から「リメンバー・パールハーバー」と返ってくる。「原爆投下のおかげで戦争が終わったんだ」という元兵士もいました。
婦人は思わず「あなたは親や家族の頭の上に原爆を落とせますか」と言い返しました。さらに「アメリカが憎いのではありません。戦争が憎いのです。共に平和を!」と訴えると、元兵士をはじめ人々は皆、涙を流したといいます。
母の渾身の勇気ある叫びは、悲劇の歴史さえも、人を結び、平和を築く種子へと変えているのです。
◇開拓精神で!
〈広島青年部は、国内外の識者から平和を学ぶ「広島学講座」を、これまで180回以上開催。長崎、沖縄の青年部と共に「平和サミット」(2015年から「青年不戦サミット」に名称変更)を毎年のように開いてきた。池田先生はこうした取り組みを紹介しつつ、世代を超えて不戦の誓いを伝える広島は、「人類の永遠の『平和の都』」であるとたたえる〉
北広島町の中国平和記念墓地公園の「世界平和祈願の碑」には、六体の像が深い誓いを秘めて凜然と立っています。その一つの「後継の像」は、母が子を抱き上げる姿をしています。制作されたフランスの世界的彫刻家ルイ・デルブレ氏は語られていました。
「子どもを上にかざしているのは、子どもは自分の所有物ではなく、『未来の平和のために、世界へと送り出していく』そういう意義です。幼児のほうも、一人の人間として、きりっとした表情をしています。後継の困難な使命を自覚し、決意しているからです」
生命を慈しむ「母の祈り」を、青年たちが継承してこそ、平和は永続します。頼もしいことに、平和のために行動してきた広島の父母のスクラムに若き不撓の波が続いています。
かつて広島から海外へ移住した人の数は全国一であったといいます。その進取の気性に富んだ広島のパイオニア精神は、今日、平和と人道の開拓においても、輝きを放っています。
最も苦しんだところが、最も幸福になる——。
広島は人類の永遠の「平和の都」です。東日本大震災の被災地や、世界で苦難に立ち向かう人々とも連帯し、限りなく勇気の光を贈りゆく「希望の天地」なのです。
君立ちて
世界の平和の
幕ひらき
この道走れや
彼方の虹見て
(『忘れ得ぬ旅 太陽の心で』第3巻所収)
安全第一の心掛けを!
無理・油断・焦りは禁物。
「事故を起こさない」と
強き祈りで進もう!
崇峻天皇御書 P1174
『蔵の財よりも身の財すぐれたり身の財より心の財第一なり、此の御文を御覧あらんよりは心の財つませ給うべし』
【通解】
蔵に蓄える財宝よりも、身の財がすぐれ、身の財よりも、心に積んだ財が第一である。この手紙をご覧になってから以後は、心の財を積んでいきなさい。
名字の言 ことわざ「六日の菖蒲、十日の菊」 2021年10月14日
今の季節は、七十二候の「菊花開」(10月13〜17日ごろ)という。七十二候とは1年を72分割し、およそ5日ごとの季節の変化を短い文章で表現したもの。四季と共に暮らした先人の心の結晶である▼新暦と旧暦とは1カ月ほどずれがあり、きょう10月14日は旧暦の9月9日。季節の変わり目に無病息災を願う五節句の一つ、「重陽の節句」の日である。この時季に見頃となる菊を使って不老長寿を願う節句なので、「菊の節句」とも呼ばれる▼「六日の菖蒲、十日の菊」ということわざがある。5月5日の「端午の節句」に用いる菖蒲、「重陽の節句」に使用する菊——いずれも1日遅れの6日、10日に準備しても役に立たないことから「時機を逃すな」と戒めるもの▼御書に「末法の女性が、法華経を修行して定まった寿命を転じて延ばすことは、秋に稲が実り、冬に菊花が咲くようなもので、誰が驚くであろうか」(985ページ、通解)と。時を示す比喩として「秋の稲米」「冬の菊花」が用いられている▼人生にも「時」があり、「四季」がある。希望の春を迎えるために今、何をすべきか。「未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ」(御書231ページ)——時を逃さない行動の積み重ねが、輝く未来を開く。
寸鉄 2021年10月14日
戦いは迅速であれ—戸田先生。時を逃さぬ先手の行動を。電光石火で拡大
関西の電源地、堺市の堺・東・北区よ断固、反転攻勢を。凱歌を庶民の都に!
大阪市の大正・住之江・住吉・西成区が大奮闘!常勝の万歳を断じて皆で
東淀川・淀川・西淀川・此花区に民衆の勝鬨を!入魂の対話で激戦を突破
旭・鶴見区、守口・門真市が執念の猛攻!栄光の頂を目指して連帯固く前進
☆忘れ得ぬ旅 太陽の心で 第14回 広島
月刊誌「パンプキン」誌上の池田先生の連載エッセー「忘れ得ぬ旅 太陽の心で」を紹介する本企画。今回は「広島——母の祈りに満ちた平和の天地」〈2012年8月号〉を掲載する(潮出版社刊の同名のエッセー集から抜粋)。人類史上、初めて原爆が投下された広島。池田先生は、苦難に屈せず平和の旗を掲げる人々の姿を紹介し、「限りなく勇気の光を贈りゆく『希望の天地』」とたたえる。平和な世界の建設へ!——「広島の心」に学び、今いる場所から、友好を大きく広げていきたい。
偉大なる
母あり 友あり
平和あり
わが愛する広島には、偉大なる慈愛の母がいます。不屈の信念の友がいます。ゆえに、決して尽きることのない平和への希望があります。
戦争の最も悲惨にして残酷な苦悩から立ち上がり、「平和の都」の建設の夢へ、全世界の先頭を進んできた天地こそ、私たちの広島なのです。
私の恩師である戸田城聖先生は、青年への第一の遺訓として「原水爆禁止宣言」を発表しました。
一九五七年九月八日、五万人の若人らを前に、核兵器を「絶対悪」として使用禁止と廃絶を叫び切ったのです。
「われわれ世界の民衆は、生存の権利をもっております。その権利をおびやかすものは、これ魔ものであり、サタンであり、怪物であります」と。
この宣言の二カ月後、恩師が衰弱の著しい身を押して訪問しようとしたのが、広島です。必死で止める私に、「死んでも行かせてくれ」と言われた言葉は、わが胸奥から離れることはありません。
私にとって、広島は常に、この師匠の分身として訪ねる天地となりました。だからこそ、平和への燃え上がる情熱と具体的な行動なくして、広島へ行くことはできないと、自らに厳しく言い聞かせてきたのです。
◇強く生き抜く
〈池田先生はたびたび広島を訪れ、原爆の犠牲者らに追善の祈りを捧げてきたことを述懐。続いて、平和を築きゆく広島の友の生き方に光を当てた〉
原爆によって一瞬にして最愛の家族や友人を失った悲しみ、原爆症との壮絶な闘い、自分や子どもの後遺症への底知れぬ不安……。それぞれに痛切な苦悩に立ち向かいながら、広島の母の生命は何と清く美しく、広島の友の人生は何と強くたくましいのか。
あまりにも多くの命を奪った原爆にも負けず、新しい命を育て上げていくことが、平和への闘争であると、心を定めた母がいます。
被爆した自分が「生きて生きて生き抜いていくこと」それ自体が、死の兵器に打ち勝つ挑戦なりと、闘志を奮い立たせる青年がいました。
ひとたびは破壊され尽くした、この広島に根を張り、明るく仲良く幸福と歓喜の花を咲かせていくことが、亡くなった方々への追悼であると、活動してきた女性もおります。
一人一人の心には、人類のなかから選ばれて広島で戦いゆく使命の誇りが光っています。
私がお会いした尾道市出身の平山郁夫画伯も、若き日に被爆した八月六日を原点に、平和と文化の創造に立ち上がり、「生きることが美である」「生きよう、成長しようとしているときには、美しさを表す」と強調されていました。
私と妻が知る婦人は、爆心地から二キロほどの自宅で被爆し、最愛の妹や親友、多くの同僚を亡くしました。自身も甲状腺の異常に苦しめられます。終戦後に結婚して四人の子に恵まれましたが、交通事故で夫を失い、多額の借金を抱え、体調不良の身で悪戦苦闘が続きました。
婦人はある日、戸田先生の「原水爆禁止宣言」を知り、「私の苦しい心をわかってくれる人がいたんだ!」と感激し、そして誓いを立てます。
「人々の暮らしを破壊する核兵器を絶対に許してはならない!」と、勇気を出して各地で被爆体験を語るようになりました。
一九八二年六月、国連広報局、また広島・長崎市と共に、私たちは「核兵器——現代世界の脅威」展をニューヨークの国連本部で開催しました。国連本部で初めて広島と長崎の被爆の実態が展示されたのです。この婦人も、被爆者の代表として参加しました。
ところが、「ノーモア・ヒロシマ」と語れば、アメリカ人から「リメンバー・パールハーバー」と返ってくる。「原爆投下のおかげで戦争が終わったんだ」という元兵士もいました。
婦人は思わず「あなたは親や家族の頭の上に原爆を落とせますか」と言い返しました。さらに「アメリカが憎いのではありません。戦争が憎いのです。共に平和を!」と訴えると、元兵士をはじめ人々は皆、涙を流したといいます。
母の渾身の勇気ある叫びは、悲劇の歴史さえも、人を結び、平和を築く種子へと変えているのです。
◇開拓精神で!
〈広島青年部は、国内外の識者から平和を学ぶ「広島学講座」を、これまで180回以上開催。長崎、沖縄の青年部と共に「平和サミット」(2015年から「青年不戦サミット」に名称変更)を毎年のように開いてきた。池田先生はこうした取り組みを紹介しつつ、世代を超えて不戦の誓いを伝える広島は、「人類の永遠の『平和の都』」であるとたたえる〉
北広島町の中国平和記念墓地公園の「世界平和祈願の碑」には、六体の像が深い誓いを秘めて凜然と立っています。その一つの「後継の像」は、母が子を抱き上げる姿をしています。制作されたフランスの世界的彫刻家ルイ・デルブレ氏は語られていました。
「子どもを上にかざしているのは、子どもは自分の所有物ではなく、『未来の平和のために、世界へと送り出していく』そういう意義です。幼児のほうも、一人の人間として、きりっとした表情をしています。後継の困難な使命を自覚し、決意しているからです」
生命を慈しむ「母の祈り」を、青年たちが継承してこそ、平和は永続します。頼もしいことに、平和のために行動してきた広島の父母のスクラムに若き不撓の波が続いています。
かつて広島から海外へ移住した人の数は全国一であったといいます。その進取の気性に富んだ広島のパイオニア精神は、今日、平和と人道の開拓においても、輝きを放っています。
最も苦しんだところが、最も幸福になる——。
広島は人類の永遠の「平和の都」です。東日本大震災の被災地や、世界で苦難に立ち向かう人々とも連帯し、限りなく勇気の光を贈りゆく「希望の天地」なのです。
君立ちて
世界の平和の
幕ひらき
この道走れや
彼方の虹見て
(『忘れ得ぬ旅 太陽の心で』第3巻所収)
2021年10月13日水曜日
2021.10.13 わが友に贈る
青年の勇気と知恵こそ
新たな時代を創る力だ!
皆が活躍できるよう
最大の励ましと応援を。
共に希望の未来へ!
新池御書 P1440
『始より終りまで弥信心をいたすべしさなくして後悔やあらんずらん、譬えば鎌倉より京へは十二日の道なり、それを十一日余り歩をはこびて今一日に成りて歩をさしをきては何として都の月をば詠め候べき』
【通解】
始めから終わりまでいよいよ信心をすべきである。そうでなければ後悔するであろう。例えば、 鎌倉から京都へは12日を要する道のりである。それを11日あまり歩いて、あと1日になって歩くのをやめてしまったならば、どうして都の月を眺めることができようか。
名字の言 亡き父から学んだ「心の財」 2021年10月13日
医師として多くの人の臨終に立ち会ってきた友の言葉が、とても印象に残っている。「亡くなる時、その人の分まで価値ある人生を生きようと"心のバトン"を受け継いでくれる存在があれば、『死』は永遠の幸福への出発に感じられるのではないでしょうか」▼ある女子部員は2年前、父が末期がんで「余命」を告げられた。しかし、父の残りの人生は"余り"などではなく、宝のように輝く日々だった。家族で一日一日を大切にしながら、共に祈り、学会活動の話題で盛り上がり、笑い、涙した▼昨秋、父はほほ笑みを浮かべ、安らかに旅立った。生前を知る同志は「あなたのお父さんにどれほど励まされたか」「今の自分があるのはお父さんのおかげ」と感謝を口々に。父がこれほどに慕われ、心の財を積んできたことに彼女は感動し、「私も広布に生き抜きます!」と"使命のバトン"を受け継いだ▼「先臨終の事を習うて後に他事を習うべし」(御書1404ページ)。命には限りがある。分かっていても、それを身近な人や自分に引き当てて考えるのは勇気がいる。だが、この一点に真剣に向き合った時、大切なものが見えてくる▼地位、財産、名声などより「心の財」を求める人生にこそ、真の幸福と満足がある。
寸鉄 2021年10月13日
一生懸命だから不可能も可能になる—恩師。絶対勝つ。皆がこの心で挑戦
神奈川、千葉、山梨よ正義の底力発揮を。大逆転へ気迫の進撃をここから!
埼玉、茨城、栃木、群馬が猛追。敢闘魂で新記録の拡大へ!総力で勝機を
愛知、静岡、岐阜、三重に金星を断固!誰をも味方にする攻めの対話今こそ
電話は孤独感を和らげる効果—研究。絆が希薄な社会。一本に真心込めて
〈社説〉 2021・10・13 「日蓮大聖人御入滅の日」
◇一人一人の幸福が平和の基盤に
「日蓮生れし時より・いまに一日片時も・こころやすき事はなし、此の法華経の題目を弘めんと思うばかりなり」(御書1558ページ)——民衆の幸福を願い、妙法流布に生き抜かれた日蓮大聖人は、弘安5年(1282年)10月13日、61歳で崇高な御一生を終えられた。本年で739年を数える。
その御生涯は、正法流布を阻む障魔との連続闘争であったが、多くの弟子もまた、迫害に屈することなく、不退の信心を貫いた。
「日蓮は、この法門を語ってきたので、他の人と比較にならないほど、多くの人に会ってきた」(同1418ページ、通解)
人と会い、人と語り、妙法を弘め抜かれたのが大聖人である。
大聖人と門下との強い絆。その背景には、常に一人を大切にされる大聖人の慈愛があった。
夫を亡くし、病弱な幼子を抱える妙一尼には、「冬は必ず春となる」(同1253ページ)と、悲しみに寄り添いながら、抱きかかえるように励まされている。
南条時光が重病であるとの報告を受けた時には、時光を苦しめる病魔に対して、「鬼神めらめ」(同1587ページ)と厳しく叱責された。大聖人御自身が病と闘う中、自らの命を振り絞るかのような師子吼に触れ、時光は、50年も更賜寿命することができた。
"強盛な信心を貫き、人生を勝ち開け!"——大聖人の深き御慈愛が胸に迫ってくる。
弟子への真剣な薫陶は、御生涯の最後まで続いた。御入滅の前月に、池上宗仲の屋敷で病を押して、「立正安国論」を講義されたという記録もある。命を削る思いで、弟子たちに"立正安国の戦い"を託されたのだ。
民衆一人一人の幸福なくして、社会の平和・繁栄はない。この立正安国の大理想を、現代において展開しているのが創価学会である。
池田先生は語っている。
「一人を励まし、命の底から生き抜く力を蘇生させるのです。この地道な行動の積み重ねこそが、世界192カ国・地域にまで地涌の民衆連帯を広げ、創価学会を世界宗教へ飛翔させてきた原動力にほかなりません」
私たちは、「仏の如く互に敬うべし」(同1383ページ)との、大聖人の根本精神を心に刻み、目の前の一人に誠実な語らいを広げ、"立正安国""立正安世界"の社会を築きゆこうではないか。
☆忘れ得ぬ旅 太陽の心で 第13回 ロサンゼルス
月刊誌「パンプキン」誌上の池田先生の連載エッセー「忘れ得ぬ旅 太陽の心で」を紹介する本企画。今回は「ロサンゼルス——共に踏み出す開拓の一歩」〈2013年8月号〉を掲載する(潮出版社刊の同名のエッセー集から抜粋)。20世紀の初めに急成長を遂げたアメリカ・ロサンゼルス。半砂漠地帯から大都市へ——その開拓は、一本の長い水路を引いたことから始まった。地道な、そして着実な歩みを重ねていく先に、希望の未来は開けてくる。さあ、今日も開拓の心を燃やし、挑戦の一歩を踏み出そう!
勇気ある
この第一歩に
未来あり
人生も、社会も、勇敢なチャレンジの第一歩から開かれます。
アメリカの開拓時代、旅人が街に到着すると、「どこから来たか?」とは聞かれませんでした。最初に問われたことは、「これから、どこへ行くのか? 何をするつもりなのか?」であったと言います。
過去がどうあれ、大事なことは、今ここから、いかなる一歩を踏み出していくかでしょう。
思えば、カリフォルニアの陽光が降り注ぐ世界屈指の大都市ロサンゼルスも、百年ほど前までは、比較的人口が少ない半砂漠地帯でした。二十世紀の初めに急成長を遂げたのです。
その繁栄を開いた大いなる一歩は、約四百キロ離れた山脈から一本の水路を引いたことです。
四百キロといえば、東京から東北に行けば宮城や岩手、西へ進めば大阪や兵庫ほどの直線距離になります。
それほどの遠大なスケールで、山岳地帯を越えて水を引いてきたのですから、先人たちの苦労が偲ばれます。
さらに、雨があまり降らない気候を映画撮影の格好の条件として活かし、ハリウッドに象徴される映画産業を発達させました。広大な砂漠地帯を、みずみずしい夢と文化の発信地として栄えさせていったのです。
ハリウッド映画にもなった小説『怒りの葡萄』『エデンの東』等で有名な、カリフォルニアの作家スタインベック(一九〇二〜六八)は語っていました。
「たとえ怖くても、新しい試みをするごとに驚きと希望と喜びがあるのです」と。
◇できることから
〈中南米やアジアからの移住者も多い、多様性の天地・ロサンゼルス。池田先生は1960年10月に初訪問し、母国を離れて暮らす日本出身の女性らを激励。未来へ希望の灯をともした〉
初訪問の折には、アメリカ軍人の夫との結婚を機に渡米したものの、異国の生活になじめず悪戦苦闘する女性たちから「日本に帰りたい……」という声も、多く聞きました。
その苦労は痛いほど察せられました。しかし、不思議な宿縁で舞い来たった天地です。断じて幸福を勝ち取れないわけがない。私は、具体的に三つのアドバイスを申し上げました。
�市民権を取り、良きアメリカ市民になる
�自動車の運転免許を取る
�英語をマスターする
思うにまかせぬ境遇にあって、あれこれ考え過ぎても、身動きがとれなくなってしまう。まず、できることから目標を立てて、一歩、前へ進めば、そこから希望の活路が広がります。
それから半世紀——。それぞれに、最良のアメリカ市民、模範のアメリカの母として、お子さんやお孫さん方、また、後輩たちに囲まれ、悠々と、晴れやかに社会貢献と勝利の人生を飾っておられることが、私の何よりの喜びです。
◇悔いなく大歓喜で
〈ロサンゼルスは、池田先生が世界の多くの識者らと交流を結んだ地でもある。先生はアメリカの「人権の母」ローザ・パークスさんとの語らいを振り返りつつ、万人に共通する「生命」を見つめることで、一切の差異を超えて理解し合えると強調。続いて、一人の女性の生き方を通し、自分が変われば環境を変えられると訴える〉
ロスの地で、友と美しい満月を仰いだことも、忘れ得ぬ思い出です。
月が静かに満ちていくように、一歩一歩、淡々と、前を見つめて歩み抜いてこそ、所願満足の人生があるのではないでしょうか。
私と妻の友人で、満月のような笑顔を湛えた女性がいます。ロスを拠点として、法曹界で活躍するとともに、市民のリーダーとなって献身してきた方です。
この女性は幼い頃、母と一緒に、生活が荒れた父と離別することになりました。さらに、結婚を決意した男性からは悩まされ、胎内に宿した生命も亡くしました。
彼女は、"学歴や地位、知識や富があっても、自分の生命を変えていかない限り、本当の幸福はない"と痛感したといいます。そして、希望にあふれた友たちと支え合って、生命尊厳の哲学を探究していきます。
そのなかで、かつては許せなかった父を看病し、心を通わせ、安穏な人生の総仕上げに尽くすこともできました。
「自分が人間革命すれば、環境を変えることができる!」——彼女は、苦難と戦う友をどこまで勇気づけられるか、月月日日に強く挑戦しつつ、多くの青少年を、わが子のように育んでいます。
「幸福は、誰かがもたらしてくれるものではない。自分自身の手でつかみ取るものである」
正義の旗を掲げ、満月の如く悔いなく大歓喜の人生を進みゆく女性の断固たる信念です。
〈結びに池田先生は、勇敢なる歩みは世代を超えて伝わっていくと述べ、「今日より明日へ」の着実な前進を望んだ〉
カリフォルニア出身の国民的大詩人ロバート・フロスト(一八七四〜一九六三)は、「世界を救えるのは、大胆、勇気、前進のみである」と強調しました。
勇気の一歩は、未来の世代に受け継がれます。
私は、敬愛するアメリカへの恩返しの心を込めて、アメリカ創価大学(SUA)を創立しました。ロサンゼルス・キャンパスを経て、同じカリフォルニア州のオレンジ郡キャンパスで、地域と共に発展を続けています。
教職員の方々は、「SUAは学生中心の教育機関」として、世界から集った俊英を大切に薫陶してくださっています。学生たちは、他者のため、地域社会のため、世界のために「貢献的人生を生きよう」と大情熱で学び抜いてくれています。生命尊厳、また、人間主義を根幹とした地球文明の揺籃と光っていることが、私の誇りです。
生命を慈しむ女性たちの心は、カリフォルニアの大空と大海原のように、大きく寛やかです。その心に包まれて、わが向学の英才たちが、新たな開拓の一歩を踏み出してくれています。
今日より明日へ、この一歩前進とともに、「生命尊厳」と「人間共和」の希望の光が広がりゆくことを、私は確信してやみません。
(『忘れ得ぬ旅 太陽の心で』第4巻所収)
新たな時代を創る力だ!
皆が活躍できるよう
最大の励ましと応援を。
共に希望の未来へ!
新池御書 P1440
『始より終りまで弥信心をいたすべしさなくして後悔やあらんずらん、譬えば鎌倉より京へは十二日の道なり、それを十一日余り歩をはこびて今一日に成りて歩をさしをきては何として都の月をば詠め候べき』
【通解】
始めから終わりまでいよいよ信心をすべきである。そうでなければ後悔するであろう。例えば、 鎌倉から京都へは12日を要する道のりである。それを11日あまり歩いて、あと1日になって歩くのをやめてしまったならば、どうして都の月を眺めることができようか。
名字の言 亡き父から学んだ「心の財」 2021年10月13日
医師として多くの人の臨終に立ち会ってきた友の言葉が、とても印象に残っている。「亡くなる時、その人の分まで価値ある人生を生きようと"心のバトン"を受け継いでくれる存在があれば、『死』は永遠の幸福への出発に感じられるのではないでしょうか」▼ある女子部員は2年前、父が末期がんで「余命」を告げられた。しかし、父の残りの人生は"余り"などではなく、宝のように輝く日々だった。家族で一日一日を大切にしながら、共に祈り、学会活動の話題で盛り上がり、笑い、涙した▼昨秋、父はほほ笑みを浮かべ、安らかに旅立った。生前を知る同志は「あなたのお父さんにどれほど励まされたか」「今の自分があるのはお父さんのおかげ」と感謝を口々に。父がこれほどに慕われ、心の財を積んできたことに彼女は感動し、「私も広布に生き抜きます!」と"使命のバトン"を受け継いだ▼「先臨終の事を習うて後に他事を習うべし」(御書1404ページ)。命には限りがある。分かっていても、それを身近な人や自分に引き当てて考えるのは勇気がいる。だが、この一点に真剣に向き合った時、大切なものが見えてくる▼地位、財産、名声などより「心の財」を求める人生にこそ、真の幸福と満足がある。
寸鉄 2021年10月13日
一生懸命だから不可能も可能になる—恩師。絶対勝つ。皆がこの心で挑戦
神奈川、千葉、山梨よ正義の底力発揮を。大逆転へ気迫の進撃をここから!
埼玉、茨城、栃木、群馬が猛追。敢闘魂で新記録の拡大へ!総力で勝機を
愛知、静岡、岐阜、三重に金星を断固!誰をも味方にする攻めの対話今こそ
電話は孤独感を和らげる効果—研究。絆が希薄な社会。一本に真心込めて
〈社説〉 2021・10・13 「日蓮大聖人御入滅の日」
◇一人一人の幸福が平和の基盤に
「日蓮生れし時より・いまに一日片時も・こころやすき事はなし、此の法華経の題目を弘めんと思うばかりなり」(御書1558ページ)——民衆の幸福を願い、妙法流布に生き抜かれた日蓮大聖人は、弘安5年(1282年)10月13日、61歳で崇高な御一生を終えられた。本年で739年を数える。
その御生涯は、正法流布を阻む障魔との連続闘争であったが、多くの弟子もまた、迫害に屈することなく、不退の信心を貫いた。
「日蓮は、この法門を語ってきたので、他の人と比較にならないほど、多くの人に会ってきた」(同1418ページ、通解)
人と会い、人と語り、妙法を弘め抜かれたのが大聖人である。
大聖人と門下との強い絆。その背景には、常に一人を大切にされる大聖人の慈愛があった。
夫を亡くし、病弱な幼子を抱える妙一尼には、「冬は必ず春となる」(同1253ページ)と、悲しみに寄り添いながら、抱きかかえるように励まされている。
南条時光が重病であるとの報告を受けた時には、時光を苦しめる病魔に対して、「鬼神めらめ」(同1587ページ)と厳しく叱責された。大聖人御自身が病と闘う中、自らの命を振り絞るかのような師子吼に触れ、時光は、50年も更賜寿命することができた。
"強盛な信心を貫き、人生を勝ち開け!"——大聖人の深き御慈愛が胸に迫ってくる。
弟子への真剣な薫陶は、御生涯の最後まで続いた。御入滅の前月に、池上宗仲の屋敷で病を押して、「立正安国論」を講義されたという記録もある。命を削る思いで、弟子たちに"立正安国の戦い"を託されたのだ。
民衆一人一人の幸福なくして、社会の平和・繁栄はない。この立正安国の大理想を、現代において展開しているのが創価学会である。
池田先生は語っている。
「一人を励まし、命の底から生き抜く力を蘇生させるのです。この地道な行動の積み重ねこそが、世界192カ国・地域にまで地涌の民衆連帯を広げ、創価学会を世界宗教へ飛翔させてきた原動力にほかなりません」
私たちは、「仏の如く互に敬うべし」(同1383ページ)との、大聖人の根本精神を心に刻み、目の前の一人に誠実な語らいを広げ、"立正安国""立正安世界"の社会を築きゆこうではないか。
☆忘れ得ぬ旅 太陽の心で 第13回 ロサンゼルス
月刊誌「パンプキン」誌上の池田先生の連載エッセー「忘れ得ぬ旅 太陽の心で」を紹介する本企画。今回は「ロサンゼルス——共に踏み出す開拓の一歩」〈2013年8月号〉を掲載する(潮出版社刊の同名のエッセー集から抜粋)。20世紀の初めに急成長を遂げたアメリカ・ロサンゼルス。半砂漠地帯から大都市へ——その開拓は、一本の長い水路を引いたことから始まった。地道な、そして着実な歩みを重ねていく先に、希望の未来は開けてくる。さあ、今日も開拓の心を燃やし、挑戦の一歩を踏み出そう!
勇気ある
この第一歩に
未来あり
人生も、社会も、勇敢なチャレンジの第一歩から開かれます。
アメリカの開拓時代、旅人が街に到着すると、「どこから来たか?」とは聞かれませんでした。最初に問われたことは、「これから、どこへ行くのか? 何をするつもりなのか?」であったと言います。
過去がどうあれ、大事なことは、今ここから、いかなる一歩を踏み出していくかでしょう。
思えば、カリフォルニアの陽光が降り注ぐ世界屈指の大都市ロサンゼルスも、百年ほど前までは、比較的人口が少ない半砂漠地帯でした。二十世紀の初めに急成長を遂げたのです。
その繁栄を開いた大いなる一歩は、約四百キロ離れた山脈から一本の水路を引いたことです。
四百キロといえば、東京から東北に行けば宮城や岩手、西へ進めば大阪や兵庫ほどの直線距離になります。
それほどの遠大なスケールで、山岳地帯を越えて水を引いてきたのですから、先人たちの苦労が偲ばれます。
さらに、雨があまり降らない気候を映画撮影の格好の条件として活かし、ハリウッドに象徴される映画産業を発達させました。広大な砂漠地帯を、みずみずしい夢と文化の発信地として栄えさせていったのです。
ハリウッド映画にもなった小説『怒りの葡萄』『エデンの東』等で有名な、カリフォルニアの作家スタインベック(一九〇二〜六八)は語っていました。
「たとえ怖くても、新しい試みをするごとに驚きと希望と喜びがあるのです」と。
◇できることから
〈中南米やアジアからの移住者も多い、多様性の天地・ロサンゼルス。池田先生は1960年10月に初訪問し、母国を離れて暮らす日本出身の女性らを激励。未来へ希望の灯をともした〉
初訪問の折には、アメリカ軍人の夫との結婚を機に渡米したものの、異国の生活になじめず悪戦苦闘する女性たちから「日本に帰りたい……」という声も、多く聞きました。
その苦労は痛いほど察せられました。しかし、不思議な宿縁で舞い来たった天地です。断じて幸福を勝ち取れないわけがない。私は、具体的に三つのアドバイスを申し上げました。
�市民権を取り、良きアメリカ市民になる
�自動車の運転免許を取る
�英語をマスターする
思うにまかせぬ境遇にあって、あれこれ考え過ぎても、身動きがとれなくなってしまう。まず、できることから目標を立てて、一歩、前へ進めば、そこから希望の活路が広がります。
それから半世紀——。それぞれに、最良のアメリカ市民、模範のアメリカの母として、お子さんやお孫さん方、また、後輩たちに囲まれ、悠々と、晴れやかに社会貢献と勝利の人生を飾っておられることが、私の何よりの喜びです。
◇悔いなく大歓喜で
〈ロサンゼルスは、池田先生が世界の多くの識者らと交流を結んだ地でもある。先生はアメリカの「人権の母」ローザ・パークスさんとの語らいを振り返りつつ、万人に共通する「生命」を見つめることで、一切の差異を超えて理解し合えると強調。続いて、一人の女性の生き方を通し、自分が変われば環境を変えられると訴える〉
ロスの地で、友と美しい満月を仰いだことも、忘れ得ぬ思い出です。
月が静かに満ちていくように、一歩一歩、淡々と、前を見つめて歩み抜いてこそ、所願満足の人生があるのではないでしょうか。
私と妻の友人で、満月のような笑顔を湛えた女性がいます。ロスを拠点として、法曹界で活躍するとともに、市民のリーダーとなって献身してきた方です。
この女性は幼い頃、母と一緒に、生活が荒れた父と離別することになりました。さらに、結婚を決意した男性からは悩まされ、胎内に宿した生命も亡くしました。
彼女は、"学歴や地位、知識や富があっても、自分の生命を変えていかない限り、本当の幸福はない"と痛感したといいます。そして、希望にあふれた友たちと支え合って、生命尊厳の哲学を探究していきます。
そのなかで、かつては許せなかった父を看病し、心を通わせ、安穏な人生の総仕上げに尽くすこともできました。
「自分が人間革命すれば、環境を変えることができる!」——彼女は、苦難と戦う友をどこまで勇気づけられるか、月月日日に強く挑戦しつつ、多くの青少年を、わが子のように育んでいます。
「幸福は、誰かがもたらしてくれるものではない。自分自身の手でつかみ取るものである」
正義の旗を掲げ、満月の如く悔いなく大歓喜の人生を進みゆく女性の断固たる信念です。
〈結びに池田先生は、勇敢なる歩みは世代を超えて伝わっていくと述べ、「今日より明日へ」の着実な前進を望んだ〉
カリフォルニア出身の国民的大詩人ロバート・フロスト(一八七四〜一九六三)は、「世界を救えるのは、大胆、勇気、前進のみである」と強調しました。
勇気の一歩は、未来の世代に受け継がれます。
私は、敬愛するアメリカへの恩返しの心を込めて、アメリカ創価大学(SUA)を創立しました。ロサンゼルス・キャンパスを経て、同じカリフォルニア州のオレンジ郡キャンパスで、地域と共に発展を続けています。
教職員の方々は、「SUAは学生中心の教育機関」として、世界から集った俊英を大切に薫陶してくださっています。学生たちは、他者のため、地域社会のため、世界のために「貢献的人生を生きよう」と大情熱で学び抜いてくれています。生命尊厳、また、人間主義を根幹とした地球文明の揺籃と光っていることが、私の誇りです。
生命を慈しむ女性たちの心は、カリフォルニアの大空と大海原のように、大きく寛やかです。その心に包まれて、わが向学の英才たちが、新たな開拓の一歩を踏み出してくれています。
今日より明日へ、この一歩前進とともに、「生命尊厳」と「人間共和」の希望の光が広がりゆくことを、私は確信してやみません。
(『忘れ得ぬ旅 太陽の心で』第4巻所収)
2021年10月12日火曜日
2021.10.12 わが友に贈る
難を乗り越える信心だ。
いかなる障魔も
「負けてたまるか!」と
強き祈りで受けて立つ。
そこに道は必ず開ける!
法華取要抄 P336
『日蓮は広略を捨てて肝要を好む所謂上行菩薩所伝の妙法蓮華経の五字なり』
【通解】
日蓮は広略を捨てて肝要を好む。すなわち上行菩薩によって伝えられた妙法蓮華経の五字である。
名字の言 友人が学会に入会した"決め手" 2021年10月12日
ある友人が学会に入会した。決め手は、招かれた座談会での地区部長による御書講義だという。友人いわく、老いも若きも皆で「幸せな人生を築くには、どう生きるべきか」を御聖訓に学ぶ姿勢に共感したとのこと▼さらに、講義の中で聞いた地区部長の体験談に感銘を受けた。厳しい職場環境であっても、退くことなく信心根本に挑み、周囲の信頼を勝ち取ったという体験だった。友人は「教義の通りに実践して、体験をつかんだ皆さんの言うことは信じられます」と語った▼かつて、池田先生が世界的音楽家のメニューイン氏と会談した時のこと。氏が"なぜここまで学会は発展したのか"と質問した▼先生は幾つかの要因を挙げる中、次のように答えた。「第一は、『法を厳格に守り、教えの通りに行動してきた』ということ」「第二の理由は(その上で)『どこまでも"人間中心"できた』こと」。加えて自身が恩師の人間性に引かれ、信頼したからこそ入信した心情を語り、こう述べた。「『人間』を信じて『人間』が集う。その輪が次第に広がっていく——これが、学会の発展でした」と▼「人間のための宗教」を学び、自ら実践し、人に語り、現実社会の中に確立していく。これが広宣流布である。
寸鉄 2021年10月12日
御書「命限り有り惜む可からず」。さあ短期決戦!己の最高記録へ悔いなく
東京が動けば勢いは全軍に。炎となって語り抜け。本陣の使命は絶対勝利!
大阪、兵庫、京都、奈良、和歌山、滋賀が反転攻勢。民衆パワーで常勝の劇を
ほめることはそれ自体で芸術—作家。称え励まし。麗しい絆こそ前進の力に
マスク未着用で感染リスク4倍と。外出時も飲食時だけ外す等、基本徹底
☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第9回 沖縄
本年は、「桂冠詩人」の称号が池田先生に贈られてから40周年。連載企画「勇気の舞 凱歌の行進」では、先生がつづった長編詩を紹介します。第9回は、沖縄の同志に詠んだ「新しき勝利と幸福の楽土」(2001年)です。
◇永遠の人間勝利あれ!
沖縄よ
おお 沖縄よ!
いつも光り輝く
飛び立つ鳥たちを
友としながら
人々を愛し
謙虚にして博学な
静かにして勇敢な
自らが偉そうにせず
すべての誉れを
人々に授けようとする
快活にして
人間の光に包まれた
友たちよ!
彼らには
一人寂しく
生きることはない。
皆が協調し
助け合い
降り注ぐ月の光と共に
雨に打たれゆく花々と共に
緑滴る草木と共に
常に爽やかに
そして力強く
楽しく生き抜く
鋭き瞳よ!
沖縄には
空虚なものは
どこにもない。
恐れるものも
どこにもない。
寂しきものも
どこにもない。
緑があり
そして花があり
さらに海があり
常に香しき
多くの薫りを
そよ風の翼に乗せながら
まき散らしてくれる
天地よ!
◆◇◆
我らは
無限の凄まじき
信仰と勇気を持っている。
ゆえに常に
自然体のままでありながら
そこには
自負と栄誉が
漲って輝いている。
誰人よりも
幾千万倍も威力を持ち
英知を持ち続けて
光の国に生きている。
沖縄よ
沖縄よ!
もはや
嘆き苦しむ時代は去った。
我らが
人生を満たしながら
どこにも境もなく
平等に
仕事をし 生き抜く
理想の天地だ。
生まれる時も
死する時も
一切の不調和を越え抜いた
理想的な調和のとれた天地で
魂が呼吸し合う
秩序ある完全な人生を
送り抜いていくのだ。
沖縄よ
勝利者の仏国土
沖縄よ!
沖縄に
永遠の栄光あれ!
沖縄に
永遠の歓喜あれ!
そして
沖縄に
永遠の人間勝利あれ!
☆共生の地球社会へ〜仏法の英知に学ぶ テーマ:非暴力の精神
◇登場人物
【ミライさん】好奇心旺盛な女子部員。世の中の出来事について、父・ホープ博士と語り合うことを楽しみにしている。
【ホープ博士】勉強熱心な壮年部員。毎月1回、家族と一緒に教学を研さんしている。「博士」はニックネーム。本業は会社員。
◇自他共の尊厳を守る信念を強固に
ミライ 今月、アメリカ・ニューヨークの国連本部で国連総会が行われているね。緊迫するアフガニスタン情勢をはじめ、人道危機に対応するための議論が始まるようだね。
ホープ ユニセフ(国連児童基金)の調査によれば、世界では、5分に1人のペースで、子どもが暴力によって亡くなっている。
SDGs(持続可能な開発目標)では、「平和と公正をすべての人に」という目標の下、「あらゆる場所において、全ての形態の暴力及び暴力に関連する死亡率を大幅に減少させる」ことなどを掲げているんだ。
◇瞋恚の克服
ミライ なぜ同じ人間同士で憎しみ合い、暴力や争いにエスカレートしてしまうんだろう?
ホープ この問題を仏法の眼で捉えてみよう。仏法では、「合戦は瞋恚よりをこる」(御書1064ページ)と、戦争の要因は、怒り、恨む生命にあるといわれている。瞋恚とは、例えば、裏切られ、踏みにじられたと感じることで心の奥底に蓄積する"負のエネルギー"ともいえるよ。
ミライ 「瞋るは地獄」(同241ページ)とあるように、瞋恚は地獄界の境涯のことだね。
ホープ そうだよ。生命が瞋恚に支配されてしまうと、相いれない対象を「敵」「悪」と見なし、やがて敵意が暴力・武力となって現れ、争いに発展してしまうんだ。自身を「善」、他者を「悪」と分け隔てる善悪二元論的な思想では、双方に恐怖や不信が増幅され、やがては社会の分断を深めることにつながりかねない。
ミライ こうした負の連鎖は、人間の業ともいえるね。
ホープ 仏法で説く「十界互具」は、とても示唆に富んでいるよ。
「十界互具」では、私たちの生命が善の境涯にあったとしても、悪の境涯も同時に具わっていて、生命の状態は縁に触れて変化を繰り返すと説くんだ。だから、たとえ瞋恚の生命に覆われていても、決して固定的に捉えるのではなく、変革の可能性があると見つめるのが、仏法の生命観なんだよ。
池田先生は語られているよ。
「仏法の『十界互具論』が促しているのも、互いを"悪"として糾弾したり、排除し合うのではなく、同じ人間として引き起こす可能性がある"社会の悪弊"の根を断つために、『内なる悪』への眼差しを互いに忘れず、自他共に『善性』を薫発し合う生き方を選び取ることなのです」(第39回「SGIの日」記念提言)
ミライ 自分自身に「悪」なんてないと思い込まないこと。そして、相手にも善性が具わることを信じる姿勢が大切なんだね。
◇不軽の実践
ホープ 瞋恚を乗り越え、平和と共生の心を確立するためには、仏界の生命の働きが欠かせないんだ。どんな人にも等しく仏性があると説くのが、日蓮大聖人の仏法だよ。この「万人が仏」ということを象徴する、「不軽菩薩」のエピソードが法華経に描かれているんだ。不軽菩薩は、あらゆる人に「二十四字の法華経」を説き続けたんだよ。
ミライ 二十四字の法華経?
ホープ 法華経の心を24字に凝縮したもので、次の意味があるんだ。
「私は深く、あなた方を敬います。決して軽んじたり、慢ったりしません。なぜなら、あなた方は皆、菩薩道の修行をすれば、必ず仏になることができるからです」
不軽菩薩は、万人の仏性を信じ、決して軽んじなかった。増上慢からの身体的暴力や言葉の暴力を浴びせられても、さっとかわして走り去り、遠くから再び24字を言い続けたんだよ。
ミライ 徹底して非暴力を貫いたんだね。
ホープ 池田先生は、不軽菩薩に脈打つ「非暴力の精神」について語られているよ。
「仏教の非暴力とは、口先だけの理想論ではありません。観念的また逃避的な敗北主義とも異なります。自他共の『人間の尊厳』を勝ち取るための積極的な"行動"を前提としています」
「暴力に暴力で抗するのはたやすい。しかし、それでは悪の輪廻は止まらない。また暴力に泣き寝入りしても悪を助長する。そのどちらでもなく、『人間の尊厳』を侵す、あらゆる暴力に対して、非暴力の強靱なる信念で、妥協なく戦い抜いていく——そこに仏教の実践があります」
ミライ 非暴力の行動とは、相手の善性を信じ、引き出そうとする勇気ある挑戦なんだね!
ホープ 一見遠回りのようであっても、多様な人々との対話や交流を通じて、信頼と友情の絆を幾重にも結ぶことで、自他共の善性が薫発され、「非暴力の精神」に満ちた社会が築かれるんだよ。
◇御文
『不軽菩薩は多年が間・二十四字の故に無量無辺の四衆に罵詈・毀辱・杖木・瓦石・而打擲之せられ給いき、所謂二十四字と申すは「我深く汝等を敬う敢て軽慢せず所以は何ん汝等皆菩薩の道を行じて当に作仏することを得べし」』(日妙聖人御書、1215ページ)
◇メモ
法華経常不軽品第20で登場する不軽菩薩は、釈尊の過去世における修行の姿の一つです。威音王仏の像法時代に仏道修行をし、自らを迫害する人々に対してさえ、必ず成仏できるという「二十四字の法華経」を唱えました。
しかし、上慢の四衆(在家・出家の男女)から、ののしられ、石を投げられるなどの迫害を受けます。それでも、相手の尊極な仏性を敬うゆえに、礼拝行を貫き、成仏の因を積むことができたのです。
◇[コラム:"いま"を知る]生命の手段化と戦う
来月2日は、国連が定める「国際非暴力デー」。1869年のこの日、非暴力を貫いたインド独立の父、マハトマ・ガンジーが誕生したことに由来する。ガンジーの非暴力運動は、「サティヤーグラハ(真理の把握)」と呼ばれ、不正と暴力に立ち向かう力の源泉を人間の内面に見いだしていた。ガンジーは、「正しい手段は、正しい結果をもたらす」との信念で非暴力運動を続けた。平和な社会を実現するために、暴力に訴えることは不合理である、との哲学だった。
これまで"正義"の名の下に、多くの血が流され、人間の尊厳が踏みにじられてきた。人間の生命を手段とする宗教・思想を、正当化させてはならない。御書には「命と申す物は一身第一の珍宝なり一日なりとも・これを延るならば千万両の金にもすぎたり」(986ページ)と。生命そのものは、何にも代えがたい至高の価値である。生命尊厳という平和の哲理を、一人一人に語り広げゆこう。
いかなる障魔も
「負けてたまるか!」と
強き祈りで受けて立つ。
そこに道は必ず開ける!
法華取要抄 P336
『日蓮は広略を捨てて肝要を好む所謂上行菩薩所伝の妙法蓮華経の五字なり』
【通解】
日蓮は広略を捨てて肝要を好む。すなわち上行菩薩によって伝えられた妙法蓮華経の五字である。
名字の言 友人が学会に入会した"決め手" 2021年10月12日
ある友人が学会に入会した。決め手は、招かれた座談会での地区部長による御書講義だという。友人いわく、老いも若きも皆で「幸せな人生を築くには、どう生きるべきか」を御聖訓に学ぶ姿勢に共感したとのこと▼さらに、講義の中で聞いた地区部長の体験談に感銘を受けた。厳しい職場環境であっても、退くことなく信心根本に挑み、周囲の信頼を勝ち取ったという体験だった。友人は「教義の通りに実践して、体験をつかんだ皆さんの言うことは信じられます」と語った▼かつて、池田先生が世界的音楽家のメニューイン氏と会談した時のこと。氏が"なぜここまで学会は発展したのか"と質問した▼先生は幾つかの要因を挙げる中、次のように答えた。「第一は、『法を厳格に守り、教えの通りに行動してきた』ということ」「第二の理由は(その上で)『どこまでも"人間中心"できた』こと」。加えて自身が恩師の人間性に引かれ、信頼したからこそ入信した心情を語り、こう述べた。「『人間』を信じて『人間』が集う。その輪が次第に広がっていく——これが、学会の発展でした」と▼「人間のための宗教」を学び、自ら実践し、人に語り、現実社会の中に確立していく。これが広宣流布である。
寸鉄 2021年10月12日
御書「命限り有り惜む可からず」。さあ短期決戦!己の最高記録へ悔いなく
東京が動けば勢いは全軍に。炎となって語り抜け。本陣の使命は絶対勝利!
大阪、兵庫、京都、奈良、和歌山、滋賀が反転攻勢。民衆パワーで常勝の劇を
ほめることはそれ自体で芸術—作家。称え励まし。麗しい絆こそ前進の力に
マスク未着用で感染リスク4倍と。外出時も飲食時だけ外す等、基本徹底
☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第9回 沖縄
本年は、「桂冠詩人」の称号が池田先生に贈られてから40周年。連載企画「勇気の舞 凱歌の行進」では、先生がつづった長編詩を紹介します。第9回は、沖縄の同志に詠んだ「新しき勝利と幸福の楽土」(2001年)です。
◇永遠の人間勝利あれ!
沖縄よ
おお 沖縄よ!
いつも光り輝く
飛び立つ鳥たちを
友としながら
人々を愛し
謙虚にして博学な
静かにして勇敢な
自らが偉そうにせず
すべての誉れを
人々に授けようとする
快活にして
人間の光に包まれた
友たちよ!
彼らには
一人寂しく
生きることはない。
皆が協調し
助け合い
降り注ぐ月の光と共に
雨に打たれゆく花々と共に
緑滴る草木と共に
常に爽やかに
そして力強く
楽しく生き抜く
鋭き瞳よ!
沖縄には
空虚なものは
どこにもない。
恐れるものも
どこにもない。
寂しきものも
どこにもない。
緑があり
そして花があり
さらに海があり
常に香しき
多くの薫りを
そよ風の翼に乗せながら
まき散らしてくれる
天地よ!
◆◇◆
我らは
無限の凄まじき
信仰と勇気を持っている。
ゆえに常に
自然体のままでありながら
そこには
自負と栄誉が
漲って輝いている。
誰人よりも
幾千万倍も威力を持ち
英知を持ち続けて
光の国に生きている。
沖縄よ
沖縄よ!
もはや
嘆き苦しむ時代は去った。
我らが
人生を満たしながら
どこにも境もなく
平等に
仕事をし 生き抜く
理想の天地だ。
生まれる時も
死する時も
一切の不調和を越え抜いた
理想的な調和のとれた天地で
魂が呼吸し合う
秩序ある完全な人生を
送り抜いていくのだ。
沖縄よ
勝利者の仏国土
沖縄よ!
沖縄に
永遠の栄光あれ!
沖縄に
永遠の歓喜あれ!
そして
沖縄に
永遠の人間勝利あれ!
☆共生の地球社会へ〜仏法の英知に学ぶ テーマ:非暴力の精神
◇登場人物
【ミライさん】好奇心旺盛な女子部員。世の中の出来事について、父・ホープ博士と語り合うことを楽しみにしている。
【ホープ博士】勉強熱心な壮年部員。毎月1回、家族と一緒に教学を研さんしている。「博士」はニックネーム。本業は会社員。
◇自他共の尊厳を守る信念を強固に
ミライ 今月、アメリカ・ニューヨークの国連本部で国連総会が行われているね。緊迫するアフガニスタン情勢をはじめ、人道危機に対応するための議論が始まるようだね。
ホープ ユニセフ(国連児童基金)の調査によれば、世界では、5分に1人のペースで、子どもが暴力によって亡くなっている。
SDGs(持続可能な開発目標)では、「平和と公正をすべての人に」という目標の下、「あらゆる場所において、全ての形態の暴力及び暴力に関連する死亡率を大幅に減少させる」ことなどを掲げているんだ。
◇瞋恚の克服
ミライ なぜ同じ人間同士で憎しみ合い、暴力や争いにエスカレートしてしまうんだろう?
ホープ この問題を仏法の眼で捉えてみよう。仏法では、「合戦は瞋恚よりをこる」(御書1064ページ)と、戦争の要因は、怒り、恨む生命にあるといわれている。瞋恚とは、例えば、裏切られ、踏みにじられたと感じることで心の奥底に蓄積する"負のエネルギー"ともいえるよ。
ミライ 「瞋るは地獄」(同241ページ)とあるように、瞋恚は地獄界の境涯のことだね。
ホープ そうだよ。生命が瞋恚に支配されてしまうと、相いれない対象を「敵」「悪」と見なし、やがて敵意が暴力・武力となって現れ、争いに発展してしまうんだ。自身を「善」、他者を「悪」と分け隔てる善悪二元論的な思想では、双方に恐怖や不信が増幅され、やがては社会の分断を深めることにつながりかねない。
ミライ こうした負の連鎖は、人間の業ともいえるね。
ホープ 仏法で説く「十界互具」は、とても示唆に富んでいるよ。
「十界互具」では、私たちの生命が善の境涯にあったとしても、悪の境涯も同時に具わっていて、生命の状態は縁に触れて変化を繰り返すと説くんだ。だから、たとえ瞋恚の生命に覆われていても、決して固定的に捉えるのではなく、変革の可能性があると見つめるのが、仏法の生命観なんだよ。
池田先生は語られているよ。
「仏法の『十界互具論』が促しているのも、互いを"悪"として糾弾したり、排除し合うのではなく、同じ人間として引き起こす可能性がある"社会の悪弊"の根を断つために、『内なる悪』への眼差しを互いに忘れず、自他共に『善性』を薫発し合う生き方を選び取ることなのです」(第39回「SGIの日」記念提言)
ミライ 自分自身に「悪」なんてないと思い込まないこと。そして、相手にも善性が具わることを信じる姿勢が大切なんだね。
◇不軽の実践
ホープ 瞋恚を乗り越え、平和と共生の心を確立するためには、仏界の生命の働きが欠かせないんだ。どんな人にも等しく仏性があると説くのが、日蓮大聖人の仏法だよ。この「万人が仏」ということを象徴する、「不軽菩薩」のエピソードが法華経に描かれているんだ。不軽菩薩は、あらゆる人に「二十四字の法華経」を説き続けたんだよ。
ミライ 二十四字の法華経?
ホープ 法華経の心を24字に凝縮したもので、次の意味があるんだ。
「私は深く、あなた方を敬います。決して軽んじたり、慢ったりしません。なぜなら、あなた方は皆、菩薩道の修行をすれば、必ず仏になることができるからです」
不軽菩薩は、万人の仏性を信じ、決して軽んじなかった。増上慢からの身体的暴力や言葉の暴力を浴びせられても、さっとかわして走り去り、遠くから再び24字を言い続けたんだよ。
ミライ 徹底して非暴力を貫いたんだね。
ホープ 池田先生は、不軽菩薩に脈打つ「非暴力の精神」について語られているよ。
「仏教の非暴力とは、口先だけの理想論ではありません。観念的また逃避的な敗北主義とも異なります。自他共の『人間の尊厳』を勝ち取るための積極的な"行動"を前提としています」
「暴力に暴力で抗するのはたやすい。しかし、それでは悪の輪廻は止まらない。また暴力に泣き寝入りしても悪を助長する。そのどちらでもなく、『人間の尊厳』を侵す、あらゆる暴力に対して、非暴力の強靱なる信念で、妥協なく戦い抜いていく——そこに仏教の実践があります」
ミライ 非暴力の行動とは、相手の善性を信じ、引き出そうとする勇気ある挑戦なんだね!
ホープ 一見遠回りのようであっても、多様な人々との対話や交流を通じて、信頼と友情の絆を幾重にも結ぶことで、自他共の善性が薫発され、「非暴力の精神」に満ちた社会が築かれるんだよ。
◇御文
『不軽菩薩は多年が間・二十四字の故に無量無辺の四衆に罵詈・毀辱・杖木・瓦石・而打擲之せられ給いき、所謂二十四字と申すは「我深く汝等を敬う敢て軽慢せず所以は何ん汝等皆菩薩の道を行じて当に作仏することを得べし」』(日妙聖人御書、1215ページ)
◇メモ
法華経常不軽品第20で登場する不軽菩薩は、釈尊の過去世における修行の姿の一つです。威音王仏の像法時代に仏道修行をし、自らを迫害する人々に対してさえ、必ず成仏できるという「二十四字の法華経」を唱えました。
しかし、上慢の四衆(在家・出家の男女)から、ののしられ、石を投げられるなどの迫害を受けます。それでも、相手の尊極な仏性を敬うゆえに、礼拝行を貫き、成仏の因を積むことができたのです。
◇[コラム:"いま"を知る]生命の手段化と戦う
来月2日は、国連が定める「国際非暴力デー」。1869年のこの日、非暴力を貫いたインド独立の父、マハトマ・ガンジーが誕生したことに由来する。ガンジーの非暴力運動は、「サティヤーグラハ(真理の把握)」と呼ばれ、不正と暴力に立ち向かう力の源泉を人間の内面に見いだしていた。ガンジーは、「正しい手段は、正しい結果をもたらす」との信念で非暴力運動を続けた。平和な社会を実現するために、暴力に訴えることは不合理である、との哲学だった。
これまで"正義"の名の下に、多くの血が流され、人間の尊厳が踏みにじられてきた。人間の生命を手段とする宗教・思想を、正当化させてはならない。御書には「命と申す物は一身第一の珍宝なり一日なりとも・これを延るならば千万両の金にもすぎたり」(986ページ)と。生命そのものは、何にも代えがたい至高の価値である。生命尊厳という平和の哲理を、一人一人に語り広げゆこう。
2021年10月11日月曜日
2021.10.11 わが友に贈る
新聞休刊日
報恩抄 P293
『仏教をならはん者父母師匠国恩をわするべしや、此の大恩をほうぜんには必ず仏法をならひきはめ智者とならで叶うべきか』
【通解】
仏法を学ぶ人は、父母の恩、師匠の恩、国土・社会の恩を忘れてはならない。この大恩に報いるためには、必ず、仏法の奥底を学び、修行して、智者とならなければならない。
☆池田先生と共に 希望・勝利の師弟旅 新鮮な友と友の輪を広げよ 2021年10月5日
60年前(1961年)の10月5日、世界の「立正安国」の道を開く一念で、私は欧州に降り立った。東西冷戦の象徴たる「ベルリンの壁」が造られて2カ月後である。
同志は少なかった。だからこそ「一人」を大切に、「一対一の対話」を重ねた。
善き人を見つけ、善き人と繋がる。それが未来への希望の光源となるからだ。
日蓮大聖人は、若き南条時光に仰せになられた。
「一切の事は国により時による事なり、仏法は此の道理をわきまうべきにて候」(御書1579ページ)
私たちは、欧州は足元を固めながら、じっくり信頼を深めようと語り合った。
欧州の友は、「私自身が創価学会だ」との自覚に立ち、「どんな苦戦を強いられようが、必ず勝って、広布の凱旋門をくぐる」という信念を分かち合ってくれた。60星霜を経て、欧州の地涌の陣列は16万を超え、コロナ禍にあっても、模範の市民として尊き貢献を果たしている。多彩な国土を超えて「欧州は一つ」と、異体同心の団結が輝き光る。
欧州の学術を探究して「人道的競争」を展望された先師・牧口先生、そして欧州の分断を憂慮し「地球民族主義」を主張された恩師・戸田先生も、喜び見つめておられるに違いない。
◇ ◆ ◇
欧州初訪問の日、デンマークに到着した私のもとに、日本の青年リーダーが駆けつけてくれた。彼は技術者として欧州出張中に、時間をやりくりして飛んできたのだ。求道の心がうれしかった。
私は「一生空しく過して万歳悔ゆること勿れ」(同970ページ)を拝し、時は「今」だ。君でなければできない戦いを! その中で自分を鍛え、永遠の福運を積みゆけと励ましを送った。彼は期待に応え、同志と共に、平和の天地・広島と中国の人材山脈を築いてくれた。
祈りを込めた、一人との出会い、一回の語らいから、無量の価値が生まれる。
◇ ◆ ◇
さらに40年前(1981年)、フランス青年部の大会に寄せて、パリの地下鉄で移動しながら一詩を口述したことも懐かしい。
「多くの新鮮な
友と友の輪を広げながら
老いたる人も
悩める人も
求める人も
悲しみ沈む人も
すべての人の心に
光を当てながら
すべての人の喜びを
蘇生させながら
我らは絶えまなく
前進しゆくのだ」
今、この生命連帯の友情の松明を、欧州も日本も世界も、青年が高らかに掲げて、対話を繰り広げている。
◇ ◆ ◇
季節の節目は、特に健康に留意していただきたい。
若き日、私は恩師から、「地涌の菩薩は、もともと頑健なのだ。頑健なりと決めて祈るのだ」と指導された。全同志が頑健なる地涌の大生命力を涌現させ、一切の病魔に打ち勝てるよう、妻と強盛に題目を送っている。
☆御書の旭光を 第56回 "覚悟の信心"に一人立て
〈御文〉
『ただ一えんにおもい切れ・よからんは不思議わるからんは一定とをもへ』(聖人御難事、1190ページ)
〈通解〉
ただいちずに思い切りなさい。良いことがあるのは不思議であり、悪いことがあるのが当然と考えなさい。
〈池田先生が贈る指針〉
滅不滅の大慈悲を現ずる御本仏は、最も尊く深く強い信念の極致を教えられた。それが信心だ。
わが生命は妙法の当体なり、我らの誓願は広宣流布なりと思い切れば、恐れるものはない。難局を突破できる無窮の力と智慧が湧いてくるのだ。
「必ず勝つと腹を決めよ。そして断じて勝て!」とは、恩師が示した勝利の真髄である。
☆ONE GOSHO この一節とともに! 松野殿御返事(十四誹謗抄)
◇同志を仏の如く敬う
あらゆる人を仏のごとく敬っていく実践こそ、法華経に説かれた最重要の教えである。この振る舞いに徹する中に、自身の成長も、広布の伸展もあることを学ぶ。
◇御文
『忘れても法華経を持つ者をば互に毀るべからざるか、其故は法華経を持つ者は必ず皆仏なり仏を毀りては罪を得るなり』(御書1382ページ)
◇通解
決して、法華経を持つ者を互いに謗ってはならない。その理由は、法華経を持つ者は必ず皆仏であり、仏を謗れば罪となるからである。
◇背景
本抄は建治2年(1276年)、駿河国(現在の静岡県)庵原郡松野郷の門下である松野六郎左衛門入道に宛てられたお手紙。別名を「十四誹謗抄」という。
日蓮大聖人が唱える題目と、自分たちが唱える題目では、功徳に相違があるかとの松野入道の問いに対し、大聖人は全く差別はないとして、仏法の功徳において万人が平等であることを説かれている。
その上で、"万人に仏性がある"とする心に背いて唱えるならば、その功力には差別があるとされ、「十四誹謗」(法華経への誹謗)を犯すことのないよう戒められている。
◇解説
法華経では、誰も差別することなく万人に仏性が具わることが説かれている。
本抄で、"題目の功徳に相違はない"ことを明らかにされた大聖人は、「十四誹謗」を通して、振る舞いの在り方について御教示されている。
十四誹謗とは、14種の法華経誹謗のこと。その中に、正法を行ずる人を「軽蔑すること(軽善)」「憎むこと(憎善)」「嫉むこと(嫉善)」「恨むこと(恨善)」がある。
これらを踏まえて、拝読御文では「仏を毀りては罪を得るなり」と、共に広布に歩む同志について誹謗することを、強く戒められている。
その理由として、大聖人は、「法華経を持つ者は必ず皆仏なり」と仰せである。さらに、そう心得て唱える題目の功徳は、「釈尊の御功徳」に等しいと御断言されている。
また、どのような人であっても、法華経を一言でも説く人を「当起遠迎、当如敬仏」の精神で敬うべきであることや、法華経を持っていない人をも礼拝すべきことを、本抄で御指南されている。
「法華経を持つ者」との仰せには、「人」ではなく、実践する「法」に重きが置かれているとも拝される。つまり、立場などを超えて、法を深く理解している人であれば、求めて話を聞いていく姿勢が大切である。
本抄でも、大聖人は弟子の三位房に言及され、"世間から見れば高い位ではないものの、法華経の理解があるから仏のように敬って、法門について尋ねてみなさい"と仰せである。
全ての人に仏性があると信じ、尊敬し、たたえていく——この法華経の根本精神を、改めて深く拝するのが本抄である。
私たちの日常の学会活動にあっても、広布に励む同志一人一人を仏として尊び、どんな挑戦も最大にたたえていく心と振る舞いの中でこそ、大福運が自他共の生命に刻まれていく。
皆が広布を目指して真剣であるからこそ、時には、学会組織の中で意見や感情がぶつかり合うことも、現実にはあるかもしれない。
大切なことは、"共戦の同志との触れ合いは、自身も皆も、共に成長できる機会"と捉えていくことではないだろうか。
苦手に思うような相手をも「仏の如く」敬う——そうした自分自身になることが、人間革命の第一歩である。
そして、自らの人間革命に挑む一人一人が、互いに寄り合い、心からたたえ合う中に、異体同心の固い団結が生まれ、広布の推進力も増していくことは間違いない。
池田先生はつづっている。
「信心に励んでいる私たちは、どのような役職や立場にあろうが、皆、仏子であり、平等であります。互いに、仏を敬うがごとく、尊敬し、信頼していくのが、本来の姿です」と。
自分自身が学び、境涯を開き、成長した分だけ、皆と共に前進でき、広宣流布の伸展は加速する。そう確信して、本年を荘厳する「立正安国」の凱歌の秋へ、同志の絆も固く、朗らかに進んでいきたい。
報恩抄 P293
『仏教をならはん者父母師匠国恩をわするべしや、此の大恩をほうぜんには必ず仏法をならひきはめ智者とならで叶うべきか』
【通解】
仏法を学ぶ人は、父母の恩、師匠の恩、国土・社会の恩を忘れてはならない。この大恩に報いるためには、必ず、仏法の奥底を学び、修行して、智者とならなければならない。
☆池田先生と共に 希望・勝利の師弟旅 新鮮な友と友の輪を広げよ 2021年10月5日
60年前(1961年)の10月5日、世界の「立正安国」の道を開く一念で、私は欧州に降り立った。東西冷戦の象徴たる「ベルリンの壁」が造られて2カ月後である。
同志は少なかった。だからこそ「一人」を大切に、「一対一の対話」を重ねた。
善き人を見つけ、善き人と繋がる。それが未来への希望の光源となるからだ。
日蓮大聖人は、若き南条時光に仰せになられた。
「一切の事は国により時による事なり、仏法は此の道理をわきまうべきにて候」(御書1579ページ)
私たちは、欧州は足元を固めながら、じっくり信頼を深めようと語り合った。
欧州の友は、「私自身が創価学会だ」との自覚に立ち、「どんな苦戦を強いられようが、必ず勝って、広布の凱旋門をくぐる」という信念を分かち合ってくれた。60星霜を経て、欧州の地涌の陣列は16万を超え、コロナ禍にあっても、模範の市民として尊き貢献を果たしている。多彩な国土を超えて「欧州は一つ」と、異体同心の団結が輝き光る。
欧州の学術を探究して「人道的競争」を展望された先師・牧口先生、そして欧州の分断を憂慮し「地球民族主義」を主張された恩師・戸田先生も、喜び見つめておられるに違いない。
◇ ◆ ◇
欧州初訪問の日、デンマークに到着した私のもとに、日本の青年リーダーが駆けつけてくれた。彼は技術者として欧州出張中に、時間をやりくりして飛んできたのだ。求道の心がうれしかった。
私は「一生空しく過して万歳悔ゆること勿れ」(同970ページ)を拝し、時は「今」だ。君でなければできない戦いを! その中で自分を鍛え、永遠の福運を積みゆけと励ましを送った。彼は期待に応え、同志と共に、平和の天地・広島と中国の人材山脈を築いてくれた。
祈りを込めた、一人との出会い、一回の語らいから、無量の価値が生まれる。
◇ ◆ ◇
さらに40年前(1981年)、フランス青年部の大会に寄せて、パリの地下鉄で移動しながら一詩を口述したことも懐かしい。
「多くの新鮮な
友と友の輪を広げながら
老いたる人も
悩める人も
求める人も
悲しみ沈む人も
すべての人の心に
光を当てながら
すべての人の喜びを
蘇生させながら
我らは絶えまなく
前進しゆくのだ」
今、この生命連帯の友情の松明を、欧州も日本も世界も、青年が高らかに掲げて、対話を繰り広げている。
◇ ◆ ◇
季節の節目は、特に健康に留意していただきたい。
若き日、私は恩師から、「地涌の菩薩は、もともと頑健なのだ。頑健なりと決めて祈るのだ」と指導された。全同志が頑健なる地涌の大生命力を涌現させ、一切の病魔に打ち勝てるよう、妻と強盛に題目を送っている。
☆御書の旭光を 第56回 "覚悟の信心"に一人立て
〈御文〉
『ただ一えんにおもい切れ・よからんは不思議わるからんは一定とをもへ』(聖人御難事、1190ページ)
〈通解〉
ただいちずに思い切りなさい。良いことがあるのは不思議であり、悪いことがあるのが当然と考えなさい。
〈池田先生が贈る指針〉
滅不滅の大慈悲を現ずる御本仏は、最も尊く深く強い信念の極致を教えられた。それが信心だ。
わが生命は妙法の当体なり、我らの誓願は広宣流布なりと思い切れば、恐れるものはない。難局を突破できる無窮の力と智慧が湧いてくるのだ。
「必ず勝つと腹を決めよ。そして断じて勝て!」とは、恩師が示した勝利の真髄である。
☆ONE GOSHO この一節とともに! 松野殿御返事(十四誹謗抄)
◇同志を仏の如く敬う
あらゆる人を仏のごとく敬っていく実践こそ、法華経に説かれた最重要の教えである。この振る舞いに徹する中に、自身の成長も、広布の伸展もあることを学ぶ。
◇御文
『忘れても法華経を持つ者をば互に毀るべからざるか、其故は法華経を持つ者は必ず皆仏なり仏を毀りては罪を得るなり』(御書1382ページ)
◇通解
決して、法華経を持つ者を互いに謗ってはならない。その理由は、法華経を持つ者は必ず皆仏であり、仏を謗れば罪となるからである。
◇背景
本抄は建治2年(1276年)、駿河国(現在の静岡県)庵原郡松野郷の門下である松野六郎左衛門入道に宛てられたお手紙。別名を「十四誹謗抄」という。
日蓮大聖人が唱える題目と、自分たちが唱える題目では、功徳に相違があるかとの松野入道の問いに対し、大聖人は全く差別はないとして、仏法の功徳において万人が平等であることを説かれている。
その上で、"万人に仏性がある"とする心に背いて唱えるならば、その功力には差別があるとされ、「十四誹謗」(法華経への誹謗)を犯すことのないよう戒められている。
◇解説
法華経では、誰も差別することなく万人に仏性が具わることが説かれている。
本抄で、"題目の功徳に相違はない"ことを明らかにされた大聖人は、「十四誹謗」を通して、振る舞いの在り方について御教示されている。
十四誹謗とは、14種の法華経誹謗のこと。その中に、正法を行ずる人を「軽蔑すること(軽善)」「憎むこと(憎善)」「嫉むこと(嫉善)」「恨むこと(恨善)」がある。
これらを踏まえて、拝読御文では「仏を毀りては罪を得るなり」と、共に広布に歩む同志について誹謗することを、強く戒められている。
その理由として、大聖人は、「法華経を持つ者は必ず皆仏なり」と仰せである。さらに、そう心得て唱える題目の功徳は、「釈尊の御功徳」に等しいと御断言されている。
また、どのような人であっても、法華経を一言でも説く人を「当起遠迎、当如敬仏」の精神で敬うべきであることや、法華経を持っていない人をも礼拝すべきことを、本抄で御指南されている。
「法華経を持つ者」との仰せには、「人」ではなく、実践する「法」に重きが置かれているとも拝される。つまり、立場などを超えて、法を深く理解している人であれば、求めて話を聞いていく姿勢が大切である。
本抄でも、大聖人は弟子の三位房に言及され、"世間から見れば高い位ではないものの、法華経の理解があるから仏のように敬って、法門について尋ねてみなさい"と仰せである。
全ての人に仏性があると信じ、尊敬し、たたえていく——この法華経の根本精神を、改めて深く拝するのが本抄である。
私たちの日常の学会活動にあっても、広布に励む同志一人一人を仏として尊び、どんな挑戦も最大にたたえていく心と振る舞いの中でこそ、大福運が自他共の生命に刻まれていく。
皆が広布を目指して真剣であるからこそ、時には、学会組織の中で意見や感情がぶつかり合うことも、現実にはあるかもしれない。
大切なことは、"共戦の同志との触れ合いは、自身も皆も、共に成長できる機会"と捉えていくことではないだろうか。
苦手に思うような相手をも「仏の如く」敬う——そうした自分自身になることが、人間革命の第一歩である。
そして、自らの人間革命に挑む一人一人が、互いに寄り合い、心からたたえ合う中に、異体同心の固い団結が生まれ、広布の推進力も増していくことは間違いない。
池田先生はつづっている。
「信心に励んでいる私たちは、どのような役職や立場にあろうが、皆、仏子であり、平等であります。互いに、仏を敬うがごとく、尊敬し、信頼していくのが、本来の姿です」と。
自分自身が学び、境涯を開き、成長した分だけ、皆と共に前進でき、広宣流布の伸展は加速する。そう確信して、本年を荘厳する「立正安国」の凱歌の秋へ、同志の絆も固く、朗らかに進んでいきたい。
2021年10月10日日曜日
2021.10.10 わが友に贈る
◇今週のことば
「臆病にては
叶うべからず候」
師弟不二の勇気を出し
自信満々と語り切れ!
ここに勝利の成就あり。
2021年10月10日
木絵二像開眼之事 P469
『人の声を出すに二つあり、一には自身は存ぜざれども人をたぶらかさむがために声をいだす是は随他意の声、自身の思を声にあらはす事ありされば意が声とあらはる意は心法声は色法心より色をあらはす』
【通解】
人が声を出すのに二種類ある。一つには、自分ではたとえそのつもりがなくても、(相手に自分の心をいつわって)だまそうとするために声を出す。これは随他意の声である。一方、自分の思いをそのまま表した声がある。この場合は、自分の心中の意志が声となって外に出ている。心は心法、声は色法であり、心法から色法があらわれる。
名字の言 2年ぶりの出雲駅伝がきょうスタート 2021年10月10日
"大学駅伝シーズン"の開幕を告げる出雲駅伝が、きょう正午過ぎにスタートする。1989年から始まり、昨年はコロナ禍の影響で中止になった同大会。全日本大学駅伝(11月)、箱根駅伝(来年1月)と並ぶ「大学三大駅伝」の一つであり、そろって開催されれば2年ぶりとなる▼出雲駅伝は6区間45・1キロと、大学三大駅伝の中で最も距離が短い。2日間で10区間217・1キロを走る箱根駅伝の5分の1ほどだ。毎回、高速レースが展開されることから「スピード駅伝」と称される▼順位の変動が激しいのも特徴の一つ。とりわけ"逆転の6区"といわれる最終区でトップが入れ替わり、優勝が決まったケースは実に13回を数える▼まさに「一瞬の判断が明暗を分ける」「勝負は最後の瞬間まで分からない」ということであろう。"ここが勝負どころ"という急所を見極め、一気に前へ出る。どんなに苦しくとも諦めず、自分の力を出し切る。戦うべき時に戦わず、前進するべき時に前進しなければ、スポーツも人生も勝利はつかめない▼大会は、沿道での観戦自粛を呼び掛けるなど、感染症対策を強化して行われる。大成功を祈り、初出場する創価大学をはじめ、出雲路を駆ける全選手にエールを送りたい。
寸鉄 2021年10月10日
味方をつくることが一切の勝利に繋がる—恩師。誠実の振舞で共感の輪を
北海道の大空知、留萌、サロベツが激闘。断じて大逆転を!全国から声援
東京の北、足立、豊島、板橋に凱歌を必ず!総力で猛烈な押し上げ今こそ
広島戸田総県よここからが勝負だ!一丸となって攻め勝て。炎の開拓、皆で
世界精神保健デー。心の健康は身近な人の理解に関係と。地域の絆を強く
☆Switch——共育のまなざし 合唱運動が育む「心」とは
◇東京都合唱連盟理事長/合唱指揮者 清水敬一氏に聞く
長引くコロナ禍の影響で、文化芸術活動が大きな打撃を受けています。「合唱運動」もその一つ。読者の中にも、地域のコーラスグループや大学・学校の合唱部などに所属している方がおられるでしょう。活動が制約されている今だからこそ改めて考えたい、「合唱運動の魅力や意義」とは何か。東京都合唱連盟の理事長であり、約20の合唱団の指揮者も務める清水敬一氏にインタビューをしました。(聞き手=大宮将之)
歌う人と聴く人とが共につくる
励まし合いの「場」をこれからも
◇「非効率」の大切さ
<コロナ禍が本格化してから1年半。今、実感されていることは?>
合唱って「みんなで歌うこと」だけを指しているわけではないんですよね。みんなで集まって、世間話も含めて語り合って、練習や発表の場を通して人と人とがつながっていく……こうした営みが、どれほど自分にとって「心の栄養」になっていたか。そのことを実感している合唱関係者は僕も含めて多いでしょう。
学校や職場以外で、みんなと一緒に何らかの目的に向かって一生懸命になれる場所があるって、人が豊かに生きる上でとても大事なことだと思うんですよ。
「合唱」って子どもから大人まで誰もがすぐに参加できるでしょう? 僕は「村みたいなコーラス」という表現を好んでよく使うんですが、老若男女、上手な人もそうでない人も、いろんな人たちが集まっている世界が好きなんです。多様な人々がつながるきっかけをつくってくれるのが、「合唱」の一つの魅力ではないでしょうか。
<リアル(対面)の合唱運動が制約を受ける中、それでも「歌いたい」「つながりたい」と、オンライン練習を重ねている団体もあります>
昔はできなかったことができるようになった——これは、素晴らしいことだと思います。その上で、だからこそ「リアルならではの良さ」を再確認したという人も多いはず。
僕は大学で講師を務めているんですが、オンライン授業が多いし、東京都合唱連盟などの会議もオンラインで行われることがほとんど。チャットや画面共有の機能を使って、文字情報や写真を共有できるのは便利ですよね。あと、自宅からすぐに参加できるので、遅刻する人がいなくなったかな(笑い)。無駄話もできないから、予定時刻より早く終わることも少なくない。とっても「効率的」ですよね。
けれど僕は、こう思っているんです。"文化的なものは非効率の中から生まれる"って。時間をかけて同じ場所に集まり、みんなで顔を合わせることも、そう。話が脱線したり時間を忘れておしゃべりしたりすることも、そう。そこから思いがけない方向に展開が転がったり、新しい発想が生まれたりすることがある。心も動く。そこから得られるもの、生まれるものがたくさんある。
もちろん感染防止が第一ですが、合唱運動が制約を受けている今だからこそ、「非効率の大切さ」「リアルの素晴らしさ」が、より広く共有される機会になるといいですよね。
◇そろえなくていい?
<吹奏楽や舞踊などにおいても「リアルの意義」をかみ締めている人は、少なくありません。その上で「合唱ならではの魅力」は、どんなところにあると思われますか>
合唱には歌詞があります。いわば「言葉のある音楽」です。言葉には意味があり、合唱は「意味を伝える力」を持っている。合唱を通じて皆と同じ気持ちを共有できる——多くの人がイメージする魅力や意義は、このようなものではないでしょうか。
けれど僕は少し違う。むしろ合唱とは「言葉で説明できない何か」と出合えることに、大きな意義があると思っているんです。それは聴く側だけでなく歌う側にとっても——。
ハーモニーが美しいとか歌詞の意味が伝わったとか、これはまだ「言葉で説明できる」ものです。けれど人間の心を言葉で説明し尽くすことなど、本来はできないはず。
瞬間瞬間、心は変化していて多面的。何らかの課題や困難に直面した時に「こうありたい」「こうすべき」と頭で分かっていても「とはいえ、できない」という迷いも内包している。相反することを同時に考えられるのが人間らしさでもあるんですよね。だから同じ歌詞に触れても、その時の置かれている状況によって、いろんな捉え方ができるわけです。
それゆえに僕は合唱団の指揮や指導を任された時、団員の方々にこう言ってしまうんです。「みんなで気持ちをそろえなくてもいいんだよ」って。いつも「心を合わせて歌おう」と指導されていた人たちからすれば目が点になりますよね(苦笑い)。
もちろん音程やリズムはそろっている方がいい。僕も一方的に「気持ちをそろえるな」と言っているわけではありません。けれど人間は一人一人、考え方や受け止め方が違う。だからこそ面白い。同じ歌詞であるにもかかわらず、受け止め方の違う人たちが集団で歌い、ハーモニーを響かせるからこそ、ソロ歌唱では表現できない"えも言われぬ感情"を聴く人たちに呼び起こすことができる——僕はそう思っています。
◇被災地のコンサート
<思い起こす取材があります。創価学会音楽隊「しなの合唱団」が東日本大震災の被災地で行ってきた「希望の絆」コンサートです。被災状況は人それぞれ。生活再建に向けた歩みの速度も違う。そんな方々が同じ歌、同じ歌詞に触れた時、ある人には亡き家族との思い出がよみがえり、ある人は離れた故郷を思い、ある人は復興への誓いを抱く……。さまざまな状況にある方々が、言葉にはできない自分の感情と向き合うことができる「合唱」という"場"の力を感じました>
「希望の絆」コンサートは、合唱団の皆さん自身が被災者の方々から"受け取ったもの"も、とても大きかったのではないでしょうか。少しでも励ましたい、元気になってもらいたいと思って臨んだつもりが、むしろ合唱団の皆さんの方が励まされたり。「何のために歌うのか」「合唱とは何なのか」という問いを深く考える機会となったり——。
僕が、しなの合唱団の指揮者の一人になってから15年以上になりますが、団員の皆さんは本当に真面目で一生懸命な方が多い。2007年の「全日本合唱コンクール」で僕が指揮を務めた時、「金賞」の受賞を喜び合ったことも懐かしいですね。
しなの合唱団の皆さんも「希望の絆」コンサートをはじめ、さまざまなステージで感じてきたことがあるでしょうけれど、舞台上の合唱者と客席の方々の心がとけ合って、同時に"うねって"いく瞬間というのがあるんです。僕は指揮者で客席を見ることはできないけれど、背中でその"うねり"を感じられるくらいの瞬間です。"あ! お客さんたちがこの合唱作品の世界に入り込んでくれたな"ってハッキリと分かるんですよね。その時、お客さんもまた、「演者」「表現者」の側になり、舞台上の合唱者たちの心をも動かしていくんです。
そこで感じられるものもまた、先ほど申し上げた「言葉では説明できない何か」と言えるでしょう。それが双方にとって励ましとなったり、学びとなったり、気付きとなったりする。これは、無観客では絶対に生まれません。歌う側と聴く側が共につくりあげる"場"なんです。
コロナ禍によって合唱コンクールや合唱祭などが中止・縮小を余儀なくされ、合唱活動が存続の危機にさらされているのは、皆さんもご存じの通りです。東京都合唱連盟として「合唱の灯を絶やさぬために!」と銘打ったクラウドファンディングも実施しています。全日本合唱連盟としても「合唱活動における新型コロナウイルス感染症拡大防止のガイドライン」を策定し、普及に努めているところです。
合唱の"場"をこれからも、未来まで——僕の願いは、ただそれだけです。
【プロフィル】しみず・けいいち 1959年、東京生まれ。早稲田大学卒。指揮法を遠藤雅古氏、V・フェルドブリル氏、合唱指揮を関屋晋氏にそれぞれ学ぶ。現在、約20の合唱団でタクト(指揮棒)を振り、合唱とオーケストラのための作品のコーラスマスターとして数多くの初演に関わってきた。2005年に開かれた第7回世界合唱シンポジウムでは講師を務めた。国内外の音楽祭、作曲コンクール・合唱コンクールの審査員を歴任。著書に『合唱指揮者という生き方』(アルテスパブリッシング)など。全日本合唱連盟理事およびJCDA日本合唱指揮者協会理事、東京芸術大学および同大学附属高等学校講師も務める。
「臆病にては
叶うべからず候」
師弟不二の勇気を出し
自信満々と語り切れ!
ここに勝利の成就あり。
2021年10月10日
木絵二像開眼之事 P469
『人の声を出すに二つあり、一には自身は存ぜざれども人をたぶらかさむがために声をいだす是は随他意の声、自身の思を声にあらはす事ありされば意が声とあらはる意は心法声は色法心より色をあらはす』
【通解】
人が声を出すのに二種類ある。一つには、自分ではたとえそのつもりがなくても、(相手に自分の心をいつわって)だまそうとするために声を出す。これは随他意の声である。一方、自分の思いをそのまま表した声がある。この場合は、自分の心中の意志が声となって外に出ている。心は心法、声は色法であり、心法から色法があらわれる。
名字の言 2年ぶりの出雲駅伝がきょうスタート 2021年10月10日
"大学駅伝シーズン"の開幕を告げる出雲駅伝が、きょう正午過ぎにスタートする。1989年から始まり、昨年はコロナ禍の影響で中止になった同大会。全日本大学駅伝(11月)、箱根駅伝(来年1月)と並ぶ「大学三大駅伝」の一つであり、そろって開催されれば2年ぶりとなる▼出雲駅伝は6区間45・1キロと、大学三大駅伝の中で最も距離が短い。2日間で10区間217・1キロを走る箱根駅伝の5分の1ほどだ。毎回、高速レースが展開されることから「スピード駅伝」と称される▼順位の変動が激しいのも特徴の一つ。とりわけ"逆転の6区"といわれる最終区でトップが入れ替わり、優勝が決まったケースは実に13回を数える▼まさに「一瞬の判断が明暗を分ける」「勝負は最後の瞬間まで分からない」ということであろう。"ここが勝負どころ"という急所を見極め、一気に前へ出る。どんなに苦しくとも諦めず、自分の力を出し切る。戦うべき時に戦わず、前進するべき時に前進しなければ、スポーツも人生も勝利はつかめない▼大会は、沿道での観戦自粛を呼び掛けるなど、感染症対策を強化して行われる。大成功を祈り、初出場する創価大学をはじめ、出雲路を駆ける全選手にエールを送りたい。
寸鉄 2021年10月10日
味方をつくることが一切の勝利に繋がる—恩師。誠実の振舞で共感の輪を
北海道の大空知、留萌、サロベツが激闘。断じて大逆転を!全国から声援
東京の北、足立、豊島、板橋に凱歌を必ず!総力で猛烈な押し上げ今こそ
広島戸田総県よここからが勝負だ!一丸となって攻め勝て。炎の開拓、皆で
世界精神保健デー。心の健康は身近な人の理解に関係と。地域の絆を強く
☆Switch——共育のまなざし 合唱運動が育む「心」とは
◇東京都合唱連盟理事長/合唱指揮者 清水敬一氏に聞く
長引くコロナ禍の影響で、文化芸術活動が大きな打撃を受けています。「合唱運動」もその一つ。読者の中にも、地域のコーラスグループや大学・学校の合唱部などに所属している方がおられるでしょう。活動が制約されている今だからこそ改めて考えたい、「合唱運動の魅力や意義」とは何か。東京都合唱連盟の理事長であり、約20の合唱団の指揮者も務める清水敬一氏にインタビューをしました。(聞き手=大宮将之)
歌う人と聴く人とが共につくる
励まし合いの「場」をこれからも
◇「非効率」の大切さ
<コロナ禍が本格化してから1年半。今、実感されていることは?>
合唱って「みんなで歌うこと」だけを指しているわけではないんですよね。みんなで集まって、世間話も含めて語り合って、練習や発表の場を通して人と人とがつながっていく……こうした営みが、どれほど自分にとって「心の栄養」になっていたか。そのことを実感している合唱関係者は僕も含めて多いでしょう。
学校や職場以外で、みんなと一緒に何らかの目的に向かって一生懸命になれる場所があるって、人が豊かに生きる上でとても大事なことだと思うんですよ。
「合唱」って子どもから大人まで誰もがすぐに参加できるでしょう? 僕は「村みたいなコーラス」という表現を好んでよく使うんですが、老若男女、上手な人もそうでない人も、いろんな人たちが集まっている世界が好きなんです。多様な人々がつながるきっかけをつくってくれるのが、「合唱」の一つの魅力ではないでしょうか。
<リアル(対面)の合唱運動が制約を受ける中、それでも「歌いたい」「つながりたい」と、オンライン練習を重ねている団体もあります>
昔はできなかったことができるようになった——これは、素晴らしいことだと思います。その上で、だからこそ「リアルならではの良さ」を再確認したという人も多いはず。
僕は大学で講師を務めているんですが、オンライン授業が多いし、東京都合唱連盟などの会議もオンラインで行われることがほとんど。チャットや画面共有の機能を使って、文字情報や写真を共有できるのは便利ですよね。あと、自宅からすぐに参加できるので、遅刻する人がいなくなったかな(笑い)。無駄話もできないから、予定時刻より早く終わることも少なくない。とっても「効率的」ですよね。
けれど僕は、こう思っているんです。"文化的なものは非効率の中から生まれる"って。時間をかけて同じ場所に集まり、みんなで顔を合わせることも、そう。話が脱線したり時間を忘れておしゃべりしたりすることも、そう。そこから思いがけない方向に展開が転がったり、新しい発想が生まれたりすることがある。心も動く。そこから得られるもの、生まれるものがたくさんある。
もちろん感染防止が第一ですが、合唱運動が制約を受けている今だからこそ、「非効率の大切さ」「リアルの素晴らしさ」が、より広く共有される機会になるといいですよね。
◇そろえなくていい?
<吹奏楽や舞踊などにおいても「リアルの意義」をかみ締めている人は、少なくありません。その上で「合唱ならではの魅力」は、どんなところにあると思われますか>
合唱には歌詞があります。いわば「言葉のある音楽」です。言葉には意味があり、合唱は「意味を伝える力」を持っている。合唱を通じて皆と同じ気持ちを共有できる——多くの人がイメージする魅力や意義は、このようなものではないでしょうか。
けれど僕は少し違う。むしろ合唱とは「言葉で説明できない何か」と出合えることに、大きな意義があると思っているんです。それは聴く側だけでなく歌う側にとっても——。
ハーモニーが美しいとか歌詞の意味が伝わったとか、これはまだ「言葉で説明できる」ものです。けれど人間の心を言葉で説明し尽くすことなど、本来はできないはず。
瞬間瞬間、心は変化していて多面的。何らかの課題や困難に直面した時に「こうありたい」「こうすべき」と頭で分かっていても「とはいえ、できない」という迷いも内包している。相反することを同時に考えられるのが人間らしさでもあるんですよね。だから同じ歌詞に触れても、その時の置かれている状況によって、いろんな捉え方ができるわけです。
それゆえに僕は合唱団の指揮や指導を任された時、団員の方々にこう言ってしまうんです。「みんなで気持ちをそろえなくてもいいんだよ」って。いつも「心を合わせて歌おう」と指導されていた人たちからすれば目が点になりますよね(苦笑い)。
もちろん音程やリズムはそろっている方がいい。僕も一方的に「気持ちをそろえるな」と言っているわけではありません。けれど人間は一人一人、考え方や受け止め方が違う。だからこそ面白い。同じ歌詞であるにもかかわらず、受け止め方の違う人たちが集団で歌い、ハーモニーを響かせるからこそ、ソロ歌唱では表現できない"えも言われぬ感情"を聴く人たちに呼び起こすことができる——僕はそう思っています。
◇被災地のコンサート
<思い起こす取材があります。創価学会音楽隊「しなの合唱団」が東日本大震災の被災地で行ってきた「希望の絆」コンサートです。被災状況は人それぞれ。生活再建に向けた歩みの速度も違う。そんな方々が同じ歌、同じ歌詞に触れた時、ある人には亡き家族との思い出がよみがえり、ある人は離れた故郷を思い、ある人は復興への誓いを抱く……。さまざまな状況にある方々が、言葉にはできない自分の感情と向き合うことができる「合唱」という"場"の力を感じました>
「希望の絆」コンサートは、合唱団の皆さん自身が被災者の方々から"受け取ったもの"も、とても大きかったのではないでしょうか。少しでも励ましたい、元気になってもらいたいと思って臨んだつもりが、むしろ合唱団の皆さんの方が励まされたり。「何のために歌うのか」「合唱とは何なのか」という問いを深く考える機会となったり——。
僕が、しなの合唱団の指揮者の一人になってから15年以上になりますが、団員の皆さんは本当に真面目で一生懸命な方が多い。2007年の「全日本合唱コンクール」で僕が指揮を務めた時、「金賞」の受賞を喜び合ったことも懐かしいですね。
しなの合唱団の皆さんも「希望の絆」コンサートをはじめ、さまざまなステージで感じてきたことがあるでしょうけれど、舞台上の合唱者と客席の方々の心がとけ合って、同時に"うねって"いく瞬間というのがあるんです。僕は指揮者で客席を見ることはできないけれど、背中でその"うねり"を感じられるくらいの瞬間です。"あ! お客さんたちがこの合唱作品の世界に入り込んでくれたな"ってハッキリと分かるんですよね。その時、お客さんもまた、「演者」「表現者」の側になり、舞台上の合唱者たちの心をも動かしていくんです。
そこで感じられるものもまた、先ほど申し上げた「言葉では説明できない何か」と言えるでしょう。それが双方にとって励ましとなったり、学びとなったり、気付きとなったりする。これは、無観客では絶対に生まれません。歌う側と聴く側が共につくりあげる"場"なんです。
コロナ禍によって合唱コンクールや合唱祭などが中止・縮小を余儀なくされ、合唱活動が存続の危機にさらされているのは、皆さんもご存じの通りです。東京都合唱連盟として「合唱の灯を絶やさぬために!」と銘打ったクラウドファンディングも実施しています。全日本合唱連盟としても「合唱活動における新型コロナウイルス感染症拡大防止のガイドライン」を策定し、普及に努めているところです。
合唱の"場"をこれからも、未来まで——僕の願いは、ただそれだけです。
【プロフィル】しみず・けいいち 1959年、東京生まれ。早稲田大学卒。指揮法を遠藤雅古氏、V・フェルドブリル氏、合唱指揮を関屋晋氏にそれぞれ学ぶ。現在、約20の合唱団でタクト(指揮棒)を振り、合唱とオーケストラのための作品のコーラスマスターとして数多くの初演に関わってきた。2005年に開かれた第7回世界合唱シンポジウムでは講師を務めた。国内外の音楽祭、作曲コンクール・合唱コンクールの審査員を歴任。著書に『合唱指揮者という生き方』(アルテスパブリッシング)など。全日本合唱連盟理事およびJCDA日本合唱指揮者協会理事、東京芸術大学および同大学附属高等学校講師も務める。
2021年10月9日土曜日
2021.10.09 わが友に贈る
対話の旋風を起こそう!
動き 語った分だけ
仏縁が結ばれる。
信頼と共感が広がる。
勇敢な挑戦劇を力強く!
聖愚問答抄上 P497
『只南無妙法蓮華経とだにも唱へ奉らば滅せぬ罪やあるべき来らぬ福や有るべき、真実なり甚深なり是を信受すべし』
【通解】
ただ南無妙法蓮華経とだけ唱えられるならば、滅しない罪はないのであり、招けない幸福はないのです。これは真実であり、深い法門であり、よく信受していきなさい。
名字の言 時間をかけて粘り強く考え続ける力 2021年10月9日
基礎研究は地図を持たずに砂漠を旅するようなもの——理論物理学者の大栗博司氏は、そう捉える。だからこそ「あきらめずに時間をかけて粘り強く考え続ける力」が大切と強調する▼それを実感したのは、米プリンストンの高等研究所での経験だ。画期的な論文を次々と発表する研究所だけに"どんな天才がいるのか"と思っていた。だが実際は毎日、自分の研究に頭をひねっては「どう思う」と尋ねてくる——日本と異なっていたのは、同僚たちの「しぶとく考える耐久力」だった(『探究する精神』幻冬舎新書)▼行動遺伝学では、人間の知能には少なからず遺伝の影響があるとの研究結果が報告されている。しかし、遺伝が全てを決定するわけではない。知能も才能も、自らの努力いかんによって、いくらでも大きく開花する▼基礎研究が"耐久力の闘争"であるように、行き詰まりとの連続闘争が人生の本質であろう。文豪・トルストイは「君を嘆かせ苦しませていることは、一つの試練にすぎず、その試練に基づいて君は自分の精神力を発揮し、それを強化することができる」(北御門二郎訳)と▼信心は、試練に立ち向かう心を涌現させる原動力である。日々、挑戦の歩みを粘り強く積み重ねたい。
寸鉄 2021年10月9日
山口開拓指導、開始の日。不二の闘争で築いた広布の金字塔。若師子よ続け
新潟、長野、石川、富山、福井が勇戦。民衆の底力を今こそ!断固と凱旋を
宮城、岩手、青森、秋田、山形、福島が果敢に拡大。不屈の東北魂で栄冠掴め
今日作すべき事を熱心になせ—仏典。今この瞬間に全力。人間革命の直道
首都圏の地震、1週間は余震に注意と。懐中電灯、家具の固定—備え再確認
〈社説〉 2021・10・9 あす「世界メンタルヘルスデー」
◇小さなエピソードを紡ぐ対話
メンタルヘルス(心の健康)の重要性が増している。あす10日は偏見をなくし、正しい知識の普及を目的として制定された「世界メンタルヘルスデー」である。
コロナ禍の中で、日本では働く人の45%がメンタルの不調を抱えており(NTTデータ経営研究所の調査)、産後うつの可能性がある人も倍増しているという。
不安が大きい状況だからこそ、その心に寄り添いたい。そうした思いから、本紙では電子版連載「WITH あなたと」でメンタルヘルスをテーマに、識者や当事者にインタビューを重ねてきた。
物理的には、心は脳の中にも、心臓の中にも見つからない。では、どこにあるのか?
連載の初回に取材した臨床心理士の東畑開人氏は、近著でこう書いている。
「心とはごくごく個人的で、内面的で、プライベートなものだ。だから、心は具体的で、個別的で、カラフルなエピソードに宿る」(『心はどこへ消えた?』文藝春秋)
連載する中で、うつで休職した男子部員、産後うつを経験した女性部員などに話を聞いた。
深く傷ついた先で、小さな出会いに癒やされ、自分らしくあることを少しずつ自分で認められるようになった——取材時に語られたのは、具体的で多様なエピソードだった。
心は、誰かの心と触れ合った時に、喜びや悲しみとして実感される。心を感じるには"もう一人"の存在が必要なのかもしれない。
取材では、学会の同志が「じっと話を聞いてくれた」というエピソードが多かった。
否定せず、すぐに答えやアドバイスを出すのでもない。ただ、そこに"いる"ことで、心が癒やされる瞬間もある。
本紙9月5日付では、精神科医の森川すいめい氏に、当事者と関係者を交えて対話をする「オープンダイアローグ」について聞いた。
氏は、相手の話を"聞き切る"こと、"変化を求めない"ことを意識した対話によって「困っていること自体は変わらないかもしれないのですが、それに対する『感情的な理解』が変わっていく」と。
池田先生は語っている。
「悩んでいる人は『聞いてもらう』だけで、ぐっと心が軽くなるものです。自分の話を親身になって『聞いてくれる』。そのこと自体が、生きる励ましになっていく」
身近な人の心を受け入れ、寄り添う。そんな温かな心を感じる、小さなエピソードを紡ぎたい。
☆「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第14回 一人立つ
◇諸法実相抄
『地涌の菩薩のさきがけ日蓮一人なり、地涌の菩薩の数にもや入りなまし、若し日蓮地涌の菩薩の数に入らば豈に日蓮が弟子檀那・地涌の流類に非ずや、経に云く「能く竊かに一人の為めに法華経の乃至一句を説かば当に知るべし是の人は則ち如来の使・如来の所遣として如来の事を行ずるなり」と、豈に別人の事を説き給うならんや』(御書1359ページ13行目〜16行目)
◇池田先生の講義から
一番大変な、一番つらい時に衆生を救っていくのが、地涌の菩薩であり、創価の同志は、まさしく地涌の勇者です。自身の苦悩や困難と戦いながら、広宣流布の使命に生き抜き、人間革命して、悩みに負けない堂々たる自分自身を築き上げ、社会に貢献してきたのです。
◆◇◆
目の前の一人を励ますため、苦悩の一人を救うために、動き、語りかけ、一対一で粘り強く対話を重ねていく。この最も地道な対話こそが、事実の上で「仏の仕事」(如来の事)を行じている何よりの証です。(中略)
経文に説かれる「如来の使」とは、他の誰かのことではない。ありがたくも大聖人に直結して、広宣流布へ如説修行する私たちのことなのです。
◆◇◆
大聖人の「民衆仏法」は、民衆一人一人が「一人立つ」師子へと変わっていく、力強い宗教です。
◆◇◆
師と同じく、民衆も師子王なり! まさに、そうした不二の民衆の出現こそを、大聖人は願い、待ち望まれていた。だからこそ、熱原の法難の渦中に「出世の本懐」を遂げたことを宣言されたのではないでしょうか。
(『人間革命の宗教』から)
平井秀昭 九州長
◇師と共に凱歌の頂へ!
本年は、長編詩「青年よ 21世紀の広布の山を登れ」の発表から40周年。その12月を前に、池田先生は「大白蓮華」9月号の「巻頭言」で、そのことに触れてくださいました。
「全創価家族が老いも若きも、今再び、燃え盛る地涌の青年の心で、あの友この友を、希望と充実と幸福の大行進に誘いながら、広布の山を共々に登りゆこう!」——師の呼び掛けに勇気百倍! 今こそ、広布と立正安国の新たな山を登る時です。九州の友は、その先駆を切って驀進しています。
大変であればあるほど、真っ先に立ち上がり、突破口を開いてきたことが私たち九州の誉れです。今回、日蓮大聖人が地涌の菩薩の先駆けとしての御真情を述べられた「諸法実相抄」を拝し、一人立つ使命を確認し合いたいと思います。
◇私たちが登る山
広宣流布の山は、どこかの誰かが登ってくれるものではありません。私たち一人一人が登る山なのです。
先生は講義の中で、地涌の生命の自覚こそが人間革命の根本であり、「その本質は師弟不二の行動です。その自覚と誇りを持つところに、地涌の底力が滾々と湧くのです」と教えてくださっています。
私も県長の時、「仏法正義の旗」を打ち立てるべく、かつてない拡大を誓い出発したものの、不可能としか思えない険難の峰を前に、"どうすればいいのか"と、苦悩したことがありました。
"とにかく題目しかない"と、唱題を重ねました。毎日御書をひもとき、さらに小説『人間革命』第10巻を読み返す中で、「強盛な信力があれば、不可能をも可能に」との一節が目に留まりました。
"そうだ! 信じる力に限界はない。環境ではない。強盛な信心があれば、断じて勝てる!"——確信がみなぎりました。その思いのままに、誠心誠意、訪問・激励に走り、対話拡大にも率先。同志の皆さまも総立ちとなり、結果として、壁を破る勝利の歴史を築くことができたのです。全ては確信の一念で決まる。広布の師匠と同じく、地涌の使命を自覚した一人立つ誓願から全ては始まるのだと心肝に染めました。
私たちの信心は、先生が講義されている通り、「民衆一人一人が『一人立つ』師子へと変わっていく、力強い宗教」です。そのことを先生は、熱原の法難を通して、次のように講義されています。
「大聖人に直接お会いしたこともない。信心の年数も短い。しかし、命に及ぶ大難に臨んで、熱原の門下たちは厳然と不屈であった。大聖人に直結していたのです。これが究極の師弟不二です。師匠の心をまっすぐに受け継ぐ弟子は、時空を超えて誕生するのです」
◇希望と充実の大行進
"いかなる嵐にも揺るがぬ師子よ、一人立て!"——40年前に発表された長編詩にも、師の万感のご期待が込められているのではないでしょうか。
長編詩が発表された県青年部幹部会で、場内役員を務めた大分のある壮年は、師匠の言葉を命に刻みました。
「題目をあげぬいた人には/誰人も絶対にかなわない!」——長男の死、自身の大病。その後の人生で苦難に直面するたびに、長編詩を思い起こし、夫人と共に祈り抜きました。今、「宿命を使命に」との深き自覚で、200人を超える友人・知人に友好の輪を広げておられます。
「師匠への『誓願の祈り』に徹すれば、越えられない試練の山はない! この確信のままに、凱歌の頂へ駆け登ります!」と意気軒高です。
師弟に、物理的距離や、信心の年数は関係ありません。"私が、学会を護ろう!""私が、先生と一緒に戦うんだ!"——この「一人立つ」勇者の連帯が、新しい歴史を開くのです。
誰も経験したことのないコロナ禍。その中で戦う学会創立100周年への初陣。全てが未聞の状況だからこそ、"先駆の九州"の使命はいや増して輝きます。
連日、同志と語り合っていると、お一人お一人の師匠を求める熱い心を感じずにはいられません。先生手作りの師弟不二の九州に、破れない壁はありません! だからこそ、"できないこと"を嘆くより、"できること"から挑戦を重ねようではありませんか。
地域のあの友、地区のあの同志に声を掛け、「希望と充実と幸福の大行進」に誘いながら、先生と共に、同志と共に、広布の最高峰を、断固として勝ち登っていきましょう!
メモ
「諸法実相抄」は、文永10年(1273年)5月、流罪地の佐渡で著され、最蓮房に与えられたとされる書。日蓮大聖人と同じ心に立って、自行化他にわたる唱題の実践に励む人は皆、地涌の菩薩であるとされ、広宣流布は必ず達成できるとの確信を述べられている。
動き 語った分だけ
仏縁が結ばれる。
信頼と共感が広がる。
勇敢な挑戦劇を力強く!
聖愚問答抄上 P497
『只南無妙法蓮華経とだにも唱へ奉らば滅せぬ罪やあるべき来らぬ福や有るべき、真実なり甚深なり是を信受すべし』
【通解】
ただ南無妙法蓮華経とだけ唱えられるならば、滅しない罪はないのであり、招けない幸福はないのです。これは真実であり、深い法門であり、よく信受していきなさい。
名字の言 時間をかけて粘り強く考え続ける力 2021年10月9日
基礎研究は地図を持たずに砂漠を旅するようなもの——理論物理学者の大栗博司氏は、そう捉える。だからこそ「あきらめずに時間をかけて粘り強く考え続ける力」が大切と強調する▼それを実感したのは、米プリンストンの高等研究所での経験だ。画期的な論文を次々と発表する研究所だけに"どんな天才がいるのか"と思っていた。だが実際は毎日、自分の研究に頭をひねっては「どう思う」と尋ねてくる——日本と異なっていたのは、同僚たちの「しぶとく考える耐久力」だった(『探究する精神』幻冬舎新書)▼行動遺伝学では、人間の知能には少なからず遺伝の影響があるとの研究結果が報告されている。しかし、遺伝が全てを決定するわけではない。知能も才能も、自らの努力いかんによって、いくらでも大きく開花する▼基礎研究が"耐久力の闘争"であるように、行き詰まりとの連続闘争が人生の本質であろう。文豪・トルストイは「君を嘆かせ苦しませていることは、一つの試練にすぎず、その試練に基づいて君は自分の精神力を発揮し、それを強化することができる」(北御門二郎訳)と▼信心は、試練に立ち向かう心を涌現させる原動力である。日々、挑戦の歩みを粘り強く積み重ねたい。
寸鉄 2021年10月9日
山口開拓指導、開始の日。不二の闘争で築いた広布の金字塔。若師子よ続け
新潟、長野、石川、富山、福井が勇戦。民衆の底力を今こそ!断固と凱旋を
宮城、岩手、青森、秋田、山形、福島が果敢に拡大。不屈の東北魂で栄冠掴め
今日作すべき事を熱心になせ—仏典。今この瞬間に全力。人間革命の直道
首都圏の地震、1週間は余震に注意と。懐中電灯、家具の固定—備え再確認
〈社説〉 2021・10・9 あす「世界メンタルヘルスデー」
◇小さなエピソードを紡ぐ対話
メンタルヘルス(心の健康)の重要性が増している。あす10日は偏見をなくし、正しい知識の普及を目的として制定された「世界メンタルヘルスデー」である。
コロナ禍の中で、日本では働く人の45%がメンタルの不調を抱えており(NTTデータ経営研究所の調査)、産後うつの可能性がある人も倍増しているという。
不安が大きい状況だからこそ、その心に寄り添いたい。そうした思いから、本紙では電子版連載「WITH あなたと」でメンタルヘルスをテーマに、識者や当事者にインタビューを重ねてきた。
物理的には、心は脳の中にも、心臓の中にも見つからない。では、どこにあるのか?
連載の初回に取材した臨床心理士の東畑開人氏は、近著でこう書いている。
「心とはごくごく個人的で、内面的で、プライベートなものだ。だから、心は具体的で、個別的で、カラフルなエピソードに宿る」(『心はどこへ消えた?』文藝春秋)
連載する中で、うつで休職した男子部員、産後うつを経験した女性部員などに話を聞いた。
深く傷ついた先で、小さな出会いに癒やされ、自分らしくあることを少しずつ自分で認められるようになった——取材時に語られたのは、具体的で多様なエピソードだった。
心は、誰かの心と触れ合った時に、喜びや悲しみとして実感される。心を感じるには"もう一人"の存在が必要なのかもしれない。
取材では、学会の同志が「じっと話を聞いてくれた」というエピソードが多かった。
否定せず、すぐに答えやアドバイスを出すのでもない。ただ、そこに"いる"ことで、心が癒やされる瞬間もある。
本紙9月5日付では、精神科医の森川すいめい氏に、当事者と関係者を交えて対話をする「オープンダイアローグ」について聞いた。
氏は、相手の話を"聞き切る"こと、"変化を求めない"ことを意識した対話によって「困っていること自体は変わらないかもしれないのですが、それに対する『感情的な理解』が変わっていく」と。
池田先生は語っている。
「悩んでいる人は『聞いてもらう』だけで、ぐっと心が軽くなるものです。自分の話を親身になって『聞いてくれる』。そのこと自体が、生きる励ましになっていく」
身近な人の心を受け入れ、寄り添う。そんな温かな心を感じる、小さなエピソードを紡ぎたい。
☆「世界を照らす太陽の仏法」に学ぶ 第14回 一人立つ
◇諸法実相抄
『地涌の菩薩のさきがけ日蓮一人なり、地涌の菩薩の数にもや入りなまし、若し日蓮地涌の菩薩の数に入らば豈に日蓮が弟子檀那・地涌の流類に非ずや、経に云く「能く竊かに一人の為めに法華経の乃至一句を説かば当に知るべし是の人は則ち如来の使・如来の所遣として如来の事を行ずるなり」と、豈に別人の事を説き給うならんや』(御書1359ページ13行目〜16行目)
◇池田先生の講義から
一番大変な、一番つらい時に衆生を救っていくのが、地涌の菩薩であり、創価の同志は、まさしく地涌の勇者です。自身の苦悩や困難と戦いながら、広宣流布の使命に生き抜き、人間革命して、悩みに負けない堂々たる自分自身を築き上げ、社会に貢献してきたのです。
◆◇◆
目の前の一人を励ますため、苦悩の一人を救うために、動き、語りかけ、一対一で粘り強く対話を重ねていく。この最も地道な対話こそが、事実の上で「仏の仕事」(如来の事)を行じている何よりの証です。(中略)
経文に説かれる「如来の使」とは、他の誰かのことではない。ありがたくも大聖人に直結して、広宣流布へ如説修行する私たちのことなのです。
◆◇◆
大聖人の「民衆仏法」は、民衆一人一人が「一人立つ」師子へと変わっていく、力強い宗教です。
◆◇◆
師と同じく、民衆も師子王なり! まさに、そうした不二の民衆の出現こそを、大聖人は願い、待ち望まれていた。だからこそ、熱原の法難の渦中に「出世の本懐」を遂げたことを宣言されたのではないでしょうか。
(『人間革命の宗教』から)
平井秀昭 九州長
◇師と共に凱歌の頂へ!
本年は、長編詩「青年よ 21世紀の広布の山を登れ」の発表から40周年。その12月を前に、池田先生は「大白蓮華」9月号の「巻頭言」で、そのことに触れてくださいました。
「全創価家族が老いも若きも、今再び、燃え盛る地涌の青年の心で、あの友この友を、希望と充実と幸福の大行進に誘いながら、広布の山を共々に登りゆこう!」——師の呼び掛けに勇気百倍! 今こそ、広布と立正安国の新たな山を登る時です。九州の友は、その先駆を切って驀進しています。
大変であればあるほど、真っ先に立ち上がり、突破口を開いてきたことが私たち九州の誉れです。今回、日蓮大聖人が地涌の菩薩の先駆けとしての御真情を述べられた「諸法実相抄」を拝し、一人立つ使命を確認し合いたいと思います。
◇私たちが登る山
広宣流布の山は、どこかの誰かが登ってくれるものではありません。私たち一人一人が登る山なのです。
先生は講義の中で、地涌の生命の自覚こそが人間革命の根本であり、「その本質は師弟不二の行動です。その自覚と誇りを持つところに、地涌の底力が滾々と湧くのです」と教えてくださっています。
私も県長の時、「仏法正義の旗」を打ち立てるべく、かつてない拡大を誓い出発したものの、不可能としか思えない険難の峰を前に、"どうすればいいのか"と、苦悩したことがありました。
"とにかく題目しかない"と、唱題を重ねました。毎日御書をひもとき、さらに小説『人間革命』第10巻を読み返す中で、「強盛な信力があれば、不可能をも可能に」との一節が目に留まりました。
"そうだ! 信じる力に限界はない。環境ではない。強盛な信心があれば、断じて勝てる!"——確信がみなぎりました。その思いのままに、誠心誠意、訪問・激励に走り、対話拡大にも率先。同志の皆さまも総立ちとなり、結果として、壁を破る勝利の歴史を築くことができたのです。全ては確信の一念で決まる。広布の師匠と同じく、地涌の使命を自覚した一人立つ誓願から全ては始まるのだと心肝に染めました。
私たちの信心は、先生が講義されている通り、「民衆一人一人が『一人立つ』師子へと変わっていく、力強い宗教」です。そのことを先生は、熱原の法難を通して、次のように講義されています。
「大聖人に直接お会いしたこともない。信心の年数も短い。しかし、命に及ぶ大難に臨んで、熱原の門下たちは厳然と不屈であった。大聖人に直結していたのです。これが究極の師弟不二です。師匠の心をまっすぐに受け継ぐ弟子は、時空を超えて誕生するのです」
◇希望と充実の大行進
"いかなる嵐にも揺るがぬ師子よ、一人立て!"——40年前に発表された長編詩にも、師の万感のご期待が込められているのではないでしょうか。
長編詩が発表された県青年部幹部会で、場内役員を務めた大分のある壮年は、師匠の言葉を命に刻みました。
「題目をあげぬいた人には/誰人も絶対にかなわない!」——長男の死、自身の大病。その後の人生で苦難に直面するたびに、長編詩を思い起こし、夫人と共に祈り抜きました。今、「宿命を使命に」との深き自覚で、200人を超える友人・知人に友好の輪を広げておられます。
「師匠への『誓願の祈り』に徹すれば、越えられない試練の山はない! この確信のままに、凱歌の頂へ駆け登ります!」と意気軒高です。
師弟に、物理的距離や、信心の年数は関係ありません。"私が、学会を護ろう!""私が、先生と一緒に戦うんだ!"——この「一人立つ」勇者の連帯が、新しい歴史を開くのです。
誰も経験したことのないコロナ禍。その中で戦う学会創立100周年への初陣。全てが未聞の状況だからこそ、"先駆の九州"の使命はいや増して輝きます。
連日、同志と語り合っていると、お一人お一人の師匠を求める熱い心を感じずにはいられません。先生手作りの師弟不二の九州に、破れない壁はありません! だからこそ、"できないこと"を嘆くより、"できること"から挑戦を重ねようではありませんか。
地域のあの友、地区のあの同志に声を掛け、「希望と充実と幸福の大行進」に誘いながら、先生と共に、同志と共に、広布の最高峰を、断固として勝ち登っていきましょう!
メモ
「諸法実相抄」は、文永10年(1273年)5月、流罪地の佐渡で著され、最蓮房に与えられたとされる書。日蓮大聖人と同じ心に立って、自行化他にわたる唱題の実践に励む人は皆、地涌の菩薩であるとされ、広宣流布は必ず達成できるとの確信を述べられている。
2021年10月8日金曜日
2021.10.08 わが友に贈る
広布伸展の鍵は総合力だ。
副役職の友の活躍ありて
拡大の勢いは加速する!
皆が自らの使命を果たす
異体同心の大前進を!
御衣並単衣御書 P971
『物たねと申すもの一なれども植えぬれば多くとなり』
【通解】
物の種は、たとえ一つであっても植えれば多数となる。
名字の言 農漁光部の友の"こだわりの炭作り" 2021年10月8日
彼のこだわりの炭作りは、山に入り、木を切り倒すことから始まる。木炭の原料となる木材(炭材)は業者から購入する木炭生産者が多いと聞くが、なぜだろう▼「木材を買って作った方が楽ですが、業者に頼むと細い木や枝は捨てられてしまいます。それが勿体なくて嫌なんです。木に余すところはありません」。炭焼き窯に炭材を敷き詰める際、隙間ができると炭は折れやすくなる。彼は、業者に頼むと落とされてしまう細い木や枝をその隙間に詰めて、良質な炭を作る▼さらに驚いた。炭焼きの時に出る灰は、藍染めの染料を繊維に定着させるために利用するという。まさに「木に余すところなし」。北海道森町のローカルネットワークマガジン「森memo」に紹介された、農漁光部の友の記事である▼「もったいない」という言葉には、「自然を尊敬する精神、有限な資源を効率的に活用する精神が含まれています」と訴えたのは、"アフリカの環境の母"ワンガリ・マータイさん。池田先生は「母」を思い出す言葉であり、どんなものも無駄にしないという「慈しみの心」の象徴で「命を尊ぶ心」を育む、と▼この「母の心」を広げることが、人間が自然と共生する鍵だろう。きょうは「木の日」。
寸鉄 2021年10月8日
「本当に楽しかった」と言える戦いを—恩師。わが日記文書に栄光の一頁を
愛知、静岡、岐阜、三重が総立ち。師子は負けない。鉄壁の団結で激戦突破!
広島、岡山、山口、鳥取、島根が一瀉千里の力走!歴史的勝利へ今ここから
多忙な時ほど安全運転を心して。日程は余裕持ち。「百千万億倍・御用心」で
若者に大麻使用広がる。摘発者は4年で倍増と。奪命の魔物を断固と根絶
〈社説〉 2021・10・8 あさって「目の愛護デー」
◇現代の疲れ目に正しいケアを
文部科学省が公表した昨年度の学校保健統計調査によると、裸眼視力が1・0未満の小学生の割合が約4割、中学・高校生が約6割と、いずれも過去最高を更新。同省は若年層へのスマートフォンなどの普及だけでなく、コロナ禍の巣ごもり生活も一因とみている。
一方で、テレワークが主流になり、大人にも同じ影響がみられる。医薬品メーカーのツムラが、新型コロナでライフスタイルの大きな変化が求められた2020年に、身体に感じた不調について行った調査によると、最も多かった意見は「目の疲れ(63・7%)」だった。
あさって10月10日は「目の愛護デー」。「10・10」を横にすると、人の顔の目と眉に見えるからだそうだ。この機会に、疲れ目の回復法について確認したい。
人間は物を見る時、脳を活発に働かせる。目が疲れている時ほど、脳の処理能力を余計に使ってしまう。その結果、目の疲れは脳を疲れさせ、頭痛や肩凝り、思考力の低下など、全身の不調につながる場合がある。
パソコンなどを長時間使用する際は、1時間に1分ほど目を閉じるだけでも、リフレッシュできる。また入浴時などに、湯に浸したタオルを絞り、まぶたの上に2〜3分のせると血行が良くなり、目の疲労回復につながる。近くの物と遠くの物を交互に見たり、眼球を回したりすることで、毛様体筋(ピントを調整する筋肉)のストレッチ効果が期待できる。
目に良い働きをする食事を心掛けることもポイントだ。DHA(ドコサヘキサエン酸)、EPA(エイコサペンタエン酸)は涙の質を良くする良質な脂を含んでいるため、これらを含む魚を献立に取り入れると良い。また、視細胞という目の細胞を助け、目の防御能力を高めてくれるのが、ビタミンA・C・E(エース)だ。肉・魚・緑黄色野菜を毎食バランス良く食べていれば取ることができる。
目をケアするコツは、ほかにも数多くあるが、自分の生活に合わせて、正しく実践していきたい。
仏法では、人の見えない心を見抜く仏の力を「眼根清浄」と説く。池田先生は「衆生を救おうとする慈悲の一念が『智慧の眼』を開き、人々の悩みを見抜くことを可能にする」と語っている。"仏の眼"で友を幸福に導く使命をもつ私たちである。自らの目の健康にも配慮していきたい。
☆希望の指針——池田先生の指導に学ぶ 立正安国�
◇大衆とともに新たな時代を
連載「希望の指針——池田先生の指導に学ぶ」では、テーマごとに珠玉の指導・激励を紹介します。今回は小説『新・人間革命』から、「立正安国」(全4回予定)の第3回を掲載します。
【民主主義の要諦】 人々の「健全な魂」の開花が不可欠
〈1962年(昭和37年)2月、山本伸一はギリシャのアテネを訪れた。哲人ソクラテスが投獄されたと伝えられる牢獄の前に立ち、彼を死に追いやった、アテネの「民主主義」について考える。そして、伸一は同行の幹部と、ソクラテスの弟子・プラトンについて語り合う〉
プラトンが生涯を捧げたテーマ——それは、どうすれば、この世に「正義」を実現できるのかという根本的な問題であった。その探究の結論が、「哲人政治」の理想であった。
プラトンは、大著『国家』のなかで、いわゆる"哲人王の統治"こそが、国家と人類に幸福をもたらす「最小限の変革」であると主張したのである。
彼は、政治制度の在り方を分類して、第一を哲人王による王制とし、以下、名誉制、寡頭制、民主制、僭主制の五つを挙げている。民主制は、四番目の低い評価である。
民主制は人類の偉大なる知恵であり、発明である。しかし、それも、民主制を担い立つ人間自身のエゴイズムを制御し、自律する術を知らなければ、本来の民主とは全く異質な"衆愚"に陥りかねないことへの鋭い批判の矢を、プラトンは放ったのである。(中略)
人間の魂が正しく健康でなければ、いかなる制度も正しく機能しない。水は低きに流れる。人間もまた、内なる鍛錬、人格の陶冶がなければ、欲望の重力の赴くままに堕落を免れないのである。
ゆえに、プラトンは、引き続いて「魂の健康」「魂における調和」を考察し、"自己の内なる国制"に目を向けるように促す。
"外なる国制"を正義に適った最良のものにしていこうとするならば、必然的に"内なる国制"の整備を必要とするのである。つまり、「魂の健康」を育む哲学こそが、民主制を支える柱なのである。
プラトンは「哲学者たちが国々において王となって統治するか、あるいは現在王と呼ばれ権力者と呼ばれている人々が、真実にかつ充分に哲学するのでないかぎり」、「国々にとって不幸のやむときはないし、また人類にとっても同様だ」と述べている。(中略)山本伸一は、再び青年たちに語りかけた。
「師のソクラテスのような『正義の人』が、絶対に殺されることのない国家を建設しようと、プラトンは民主制の"落とし穴"を徹底的に解明していった。現代でも、しばしば民主政治に対して"衆愚政治"などという非難があるが、民衆の健全なる魂の開花がなければ、真実の民主はありえない。
結局、民衆を賢く、聡明にし、哲人王にしていくことが、民主主義の画竜点睛であり、それを行っているのが創価学会なんだよ」
(『新・人間革命』第6巻「遠路」の章、114〜117ページ)
☆大学校生とナットクTALK テーマ:相談すること
登場人物
中村区男子部大学校団長 20歳の時に入会。情熱に燃える新進気鋭のリーダー。34歳。
川口ニュー・リーダー 男子部大学校4期生。内気な性格の27歳。路線バスの運転手。
Q.なぜ悩みを話すの?
A.励まし合い 共に成長するため
中村区男子部大学校団長 川口君、お疲れさま! さっきはオンラインの会合ありがとう。ずっと画面がオフになっていたけど、移動中だったかな?
川口ニュー・リーダー あ、すみません。家にいたんですが、今日は聞くだけにしていました。学会の会合って、自分の悩みを赤裸々に話したり相談したりすることがあるじゃないですか。男子部の先輩たちは、普段から「何でも話してね」と言ってくれるのですが、自分はそういうのちょっと苦手で……。
中村 そうだったんだ。話してくれてありがとう。人それぞれだから、無理して会合で悩みを打ち明けなくても大丈夫だよ。悩みによっては、話しにくいこともあるよね。でも、もし自分で抱えきれなくなりそうだったら、信頼できる先輩に、率直に相談してみてほしいな。
川口 なんだか悩みを話すと、迷惑を掛けているようで気が引けます。
中村 迷惑なんてことはないよ。日蓮大聖人は「一切衆生の異の苦を受くるは悉く是れ日蓮一人の苦なるべし」(御書758ページ)と仰せになっている。皆の苦しみを自分の苦しみと捉えていくのが、大聖人の御精神なんだ。川口君に悩みがあれば、僕たちも一緒に悩みと向き合って、その解決を祈っていきたいと思っているよ。
川口 そこまで言ってもらえると心が軽くなります。
中村 御書に「植えた木であっても、強い支柱で支えれば、大風が吹いても倒れない」(1468ページ、通解)とある通り、大聖人は、支え合う善知識の絆が、いかに大切かを教えられている。創価学会の組織は、一人一人が苦難を勝ち越えられるよう互いに励まし、支え合っている団体なんだ。僕も、入会したばかりの頃は随分と先輩に相談に乗ってもらったよ。その場で解決しないこともあったけど、相談したことで「必ず乗り越えよう」と強く決意できたし、祈りも深まっていったよ。
川口 悩みをシェアすることで、前向きな力を出せるのが学会なんですね!
中村 悩みがあるってことは、今の状況を何とかしたいという向上心がある証拠。仏法では「煩悩即菩提」と言って、悩みは、自分が成長して人間革命するための大きなエネルギーと捉えるんだ。
川口 悩みがエネルギーになるなんて、考えたこともありませんでした。
中村 もし、話を聞いてほしいと思ったらいつでも連絡してね! 皆で一緒に成長しよう!
副役職の友の活躍ありて
拡大の勢いは加速する!
皆が自らの使命を果たす
異体同心の大前進を!
御衣並単衣御書 P971
『物たねと申すもの一なれども植えぬれば多くとなり』
【通解】
物の種は、たとえ一つであっても植えれば多数となる。
名字の言 農漁光部の友の"こだわりの炭作り" 2021年10月8日
彼のこだわりの炭作りは、山に入り、木を切り倒すことから始まる。木炭の原料となる木材(炭材)は業者から購入する木炭生産者が多いと聞くが、なぜだろう▼「木材を買って作った方が楽ですが、業者に頼むと細い木や枝は捨てられてしまいます。それが勿体なくて嫌なんです。木に余すところはありません」。炭焼き窯に炭材を敷き詰める際、隙間ができると炭は折れやすくなる。彼は、業者に頼むと落とされてしまう細い木や枝をその隙間に詰めて、良質な炭を作る▼さらに驚いた。炭焼きの時に出る灰は、藍染めの染料を繊維に定着させるために利用するという。まさに「木に余すところなし」。北海道森町のローカルネットワークマガジン「森memo」に紹介された、農漁光部の友の記事である▼「もったいない」という言葉には、「自然を尊敬する精神、有限な資源を効率的に活用する精神が含まれています」と訴えたのは、"アフリカの環境の母"ワンガリ・マータイさん。池田先生は「母」を思い出す言葉であり、どんなものも無駄にしないという「慈しみの心」の象徴で「命を尊ぶ心」を育む、と▼この「母の心」を広げることが、人間が自然と共生する鍵だろう。きょうは「木の日」。
寸鉄 2021年10月8日
「本当に楽しかった」と言える戦いを—恩師。わが日記文書に栄光の一頁を
愛知、静岡、岐阜、三重が総立ち。師子は負けない。鉄壁の団結で激戦突破!
広島、岡山、山口、鳥取、島根が一瀉千里の力走!歴史的勝利へ今ここから
多忙な時ほど安全運転を心して。日程は余裕持ち。「百千万億倍・御用心」で
若者に大麻使用広がる。摘発者は4年で倍増と。奪命の魔物を断固と根絶
〈社説〉 2021・10・8 あさって「目の愛護デー」
◇現代の疲れ目に正しいケアを
文部科学省が公表した昨年度の学校保健統計調査によると、裸眼視力が1・0未満の小学生の割合が約4割、中学・高校生が約6割と、いずれも過去最高を更新。同省は若年層へのスマートフォンなどの普及だけでなく、コロナ禍の巣ごもり生活も一因とみている。
一方で、テレワークが主流になり、大人にも同じ影響がみられる。医薬品メーカーのツムラが、新型コロナでライフスタイルの大きな変化が求められた2020年に、身体に感じた不調について行った調査によると、最も多かった意見は「目の疲れ(63・7%)」だった。
あさって10月10日は「目の愛護デー」。「10・10」を横にすると、人の顔の目と眉に見えるからだそうだ。この機会に、疲れ目の回復法について確認したい。
人間は物を見る時、脳を活発に働かせる。目が疲れている時ほど、脳の処理能力を余計に使ってしまう。その結果、目の疲れは脳を疲れさせ、頭痛や肩凝り、思考力の低下など、全身の不調につながる場合がある。
パソコンなどを長時間使用する際は、1時間に1分ほど目を閉じるだけでも、リフレッシュできる。また入浴時などに、湯に浸したタオルを絞り、まぶたの上に2〜3分のせると血行が良くなり、目の疲労回復につながる。近くの物と遠くの物を交互に見たり、眼球を回したりすることで、毛様体筋(ピントを調整する筋肉)のストレッチ効果が期待できる。
目に良い働きをする食事を心掛けることもポイントだ。DHA(ドコサヘキサエン酸)、EPA(エイコサペンタエン酸)は涙の質を良くする良質な脂を含んでいるため、これらを含む魚を献立に取り入れると良い。また、視細胞という目の細胞を助け、目の防御能力を高めてくれるのが、ビタミンA・C・E(エース)だ。肉・魚・緑黄色野菜を毎食バランス良く食べていれば取ることができる。
目をケアするコツは、ほかにも数多くあるが、自分の生活に合わせて、正しく実践していきたい。
仏法では、人の見えない心を見抜く仏の力を「眼根清浄」と説く。池田先生は「衆生を救おうとする慈悲の一念が『智慧の眼』を開き、人々の悩みを見抜くことを可能にする」と語っている。"仏の眼"で友を幸福に導く使命をもつ私たちである。自らの目の健康にも配慮していきたい。
☆希望の指針——池田先生の指導に学ぶ 立正安国�
◇大衆とともに新たな時代を
連載「希望の指針——池田先生の指導に学ぶ」では、テーマごとに珠玉の指導・激励を紹介します。今回は小説『新・人間革命』から、「立正安国」(全4回予定)の第3回を掲載します。
【民主主義の要諦】 人々の「健全な魂」の開花が不可欠
〈1962年(昭和37年)2月、山本伸一はギリシャのアテネを訪れた。哲人ソクラテスが投獄されたと伝えられる牢獄の前に立ち、彼を死に追いやった、アテネの「民主主義」について考える。そして、伸一は同行の幹部と、ソクラテスの弟子・プラトンについて語り合う〉
プラトンが生涯を捧げたテーマ——それは、どうすれば、この世に「正義」を実現できるのかという根本的な問題であった。その探究の結論が、「哲人政治」の理想であった。
プラトンは、大著『国家』のなかで、いわゆる"哲人王の統治"こそが、国家と人類に幸福をもたらす「最小限の変革」であると主張したのである。
彼は、政治制度の在り方を分類して、第一を哲人王による王制とし、以下、名誉制、寡頭制、民主制、僭主制の五つを挙げている。民主制は、四番目の低い評価である。
民主制は人類の偉大なる知恵であり、発明である。しかし、それも、民主制を担い立つ人間自身のエゴイズムを制御し、自律する術を知らなければ、本来の民主とは全く異質な"衆愚"に陥りかねないことへの鋭い批判の矢を、プラトンは放ったのである。(中略)
人間の魂が正しく健康でなければ、いかなる制度も正しく機能しない。水は低きに流れる。人間もまた、内なる鍛錬、人格の陶冶がなければ、欲望の重力の赴くままに堕落を免れないのである。
ゆえに、プラトンは、引き続いて「魂の健康」「魂における調和」を考察し、"自己の内なる国制"に目を向けるように促す。
"外なる国制"を正義に適った最良のものにしていこうとするならば、必然的に"内なる国制"の整備を必要とするのである。つまり、「魂の健康」を育む哲学こそが、民主制を支える柱なのである。
プラトンは「哲学者たちが国々において王となって統治するか、あるいは現在王と呼ばれ権力者と呼ばれている人々が、真実にかつ充分に哲学するのでないかぎり」、「国々にとって不幸のやむときはないし、また人類にとっても同様だ」と述べている。(中略)山本伸一は、再び青年たちに語りかけた。
「師のソクラテスのような『正義の人』が、絶対に殺されることのない国家を建設しようと、プラトンは民主制の"落とし穴"を徹底的に解明していった。現代でも、しばしば民主政治に対して"衆愚政治"などという非難があるが、民衆の健全なる魂の開花がなければ、真実の民主はありえない。
結局、民衆を賢く、聡明にし、哲人王にしていくことが、民主主義の画竜点睛であり、それを行っているのが創価学会なんだよ」
(『新・人間革命』第6巻「遠路」の章、114〜117ページ)
☆大学校生とナットクTALK テーマ:相談すること
登場人物
中村区男子部大学校団長 20歳の時に入会。情熱に燃える新進気鋭のリーダー。34歳。
川口ニュー・リーダー 男子部大学校4期生。内気な性格の27歳。路線バスの運転手。
Q.なぜ悩みを話すの?
A.励まし合い 共に成長するため
中村区男子部大学校団長 川口君、お疲れさま! さっきはオンラインの会合ありがとう。ずっと画面がオフになっていたけど、移動中だったかな?
川口ニュー・リーダー あ、すみません。家にいたんですが、今日は聞くだけにしていました。学会の会合って、自分の悩みを赤裸々に話したり相談したりすることがあるじゃないですか。男子部の先輩たちは、普段から「何でも話してね」と言ってくれるのですが、自分はそういうのちょっと苦手で……。
中村 そうだったんだ。話してくれてありがとう。人それぞれだから、無理して会合で悩みを打ち明けなくても大丈夫だよ。悩みによっては、話しにくいこともあるよね。でも、もし自分で抱えきれなくなりそうだったら、信頼できる先輩に、率直に相談してみてほしいな。
川口 なんだか悩みを話すと、迷惑を掛けているようで気が引けます。
中村 迷惑なんてことはないよ。日蓮大聖人は「一切衆生の異の苦を受くるは悉く是れ日蓮一人の苦なるべし」(御書758ページ)と仰せになっている。皆の苦しみを自分の苦しみと捉えていくのが、大聖人の御精神なんだ。川口君に悩みがあれば、僕たちも一緒に悩みと向き合って、その解決を祈っていきたいと思っているよ。
川口 そこまで言ってもらえると心が軽くなります。
中村 御書に「植えた木であっても、強い支柱で支えれば、大風が吹いても倒れない」(1468ページ、通解)とある通り、大聖人は、支え合う善知識の絆が、いかに大切かを教えられている。創価学会の組織は、一人一人が苦難を勝ち越えられるよう互いに励まし、支え合っている団体なんだ。僕も、入会したばかりの頃は随分と先輩に相談に乗ってもらったよ。その場で解決しないこともあったけど、相談したことで「必ず乗り越えよう」と強く決意できたし、祈りも深まっていったよ。
川口 悩みをシェアすることで、前向きな力を出せるのが学会なんですね!
中村 悩みがあるってことは、今の状況を何とかしたいという向上心がある証拠。仏法では「煩悩即菩提」と言って、悩みは、自分が成長して人間革命するための大きなエネルギーと捉えるんだ。
川口 悩みがエネルギーになるなんて、考えたこともありませんでした。
中村 もし、話を聞いてほしいと思ったらいつでも連絡してね! 皆で一緒に成長しよう!
2021年10月7日木曜日
2021.10.07 わが友に贈る
今日という一日を
悔いなく戦い抜こう!
広布と人生の最高峰へ
新たな挑戦と開拓を。
師子奮迅の力で前へ!
四条金吾殿女房御返事 P1135
『又三十三のやくは転じて三十三のさいはひとならせ給うべし、七難即滅七福即生とは是なり、年はわかうなり福はかさなり候べし』
【通解】
三十三の厄はかえって三十三の幸福となるでありましょう。「七難即滅・七福即生」というのはこのことです。年は若くなり、福運は重なっていくことでしょう。
名字の言 宮古島に飛来する渡り鳥・サシバの"タカ柱" 2021年10月7日
秋も深まる10月上旬、沖縄に吹く「新北風」に乗って、タカ科の渡り鳥・サシバが宮古島に飛来する。本州で繁殖した後、島の自然林で羽を休め、東南アジアで越冬する▼集団で長距離を移動するサシバの"タカ柱"を見ることがある。上昇気流を利用して高所から風に乗る方法だ。若いサシバを支えて群れをなし、上昇気流へと導くリーダーを中心に、目的地を目指す▼宮古島に住むある女性部員が未来部の時、1974年に初来島した池田先生と出会いを刻んだ。「一生涯、信心から離れてはいけないよ」。鳳雛たちへの温かな励ましを原点に、宮古島から初めて創価大学へ進んだ夫と共に宮古島広布に励んできた▼30年ほど前、幼かった三男が、股関節の骨が壊死する病に。一家を襲った試練に信心で立ち向かい、完治した三男は夫に続き創大へ進学した。昨年、島の発展に尽くした夫は霊山へ。女性は涙を拭い、師との原点を思い返し、後継の子どもたちと人間革命の道を歩む決意を新たにした▼上昇気流が発生する要因の一つは、吹く風が山に沿って上昇することだ。人生の"上昇気流"もまた、自身が掲げた目標という「山」に挑んでこそ生まれる。わが頂を目指して、きょうも勇気の一歩を踏み出そう。
寸鉄 2021年10月7日
「せめ返し・せめをとし」御書。激戦の時こそ青年が真価を!雄弁の将たれ
福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島が攻勢 先駆とは勇気。勝ち抜け
沖縄が奮闘。わが天地に栄光の虹を!大情熱胸に対話拡大のドラマ綴ろう
勝利島部の日。立正安国は地域友好から。希望の幸福島へ団結固く前進!
"簡単に儲かる"と騙すマルチ商法の被害相談—20代以下6割。鋭く撃退
〈社説〉 2021・10・7 きょう「勝利島部の日」
◇「一人立つ」決意で社会照らす
きょう7日は「勝利島部の日」。1978年のこの日、全国120島の代表が学会本部に集い、開催された第1回離島本部(当時)総会が淵源である。
池田先生は、遠来の友を抱きかかえるように歓迎。「常に島の繁栄を願って、島民のために活躍を」と万感の期待を寄せた。特に「心肝に染めてほしい御文」として、「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし」(御書234ページ)との「開目抄」の一節を拝し、激励した。
離島の友は、師との原点を胸に刻み、その心は、後継の同志にも脈々と受け継がれている。
島の広布の大きな転換点となったのが、本部幹部会の映像を直接届ける「インターネット中継」であった(2006年から順次拡充)。島にいながら、師の姿と温かい声に触れ、友は共戦を誓い、歓喜に沸いた。
大分県の大入島での中継開始は2008年。参加を楽しみにしている友人も多い。その中の一婦人は「世界の人々の幸せを願う池田先生の心に涙しました」と、学会への見方を一変。9年前に入会した。現在、87歳になるが、手押し車を押しながら地区女性部長と共に、喜々として対話に歩く。今や大入島広布の原動力だ。
福岡県の藍島の人口は200人ほど。漁協の役員など地域に信頼を築く同志が多く、学会理解の"先進地域"だ。5・3「創価学会の日」等、記念日の中継行事には友人を招く。さらに、中継や座談会には家族ぐるみでの参加が伝統になっている。昨年は、島育ちの未来っ子が初めて関西創価高校に進学。島の新たな希望が増えた。
池田先生は随筆につづった。
「『離島こそ広宣流布の先駆の天地なり』と。その出発点は、何よりも『一人立つ』ことだ。広布の誓願に燃えた一人がいれば、そこから新たな前進が始まる。正しき法を持った『一人立つ』勇者が、地域社会を明々と照らす希望の灯台となるのだ。これが、『立正安国』の信心の方程式である」
広布の伸展は環境では決まらない。師と心を合わせ、地域の繁栄を願う求道の心と行動が新時代を開く。逆境をはね返す知恵で、オンラインでつながる友も増えた。
「一人立つ」決意で、険難の先駆の道を行く勝利島部の同志の奮闘に学び、わが使命の天地で勝利を開く対話に挑みたい。
☆御書の旭光を 第55回 幸の仏縁広げる対話を
〈御文〉
『法華経は一文・一句なれども耳にふるる者は既に仏になるべき』(四恩抄、936ページ)
〈通解〉
法華経は、一文・一句であっても、耳に触れた人は、すでに仏になるであろう。
〈池田先生が贈る指針〉
たとえ一言でも、妙法に触れれば、成仏という最極の生命の軌道へ導かれる。それほど、仏法を聞かせる功徳は大きい。
縁する一人一人を大切に、勇気と誠実の語らいで希望の仏縁を結ぼう!
立正安国の対話は、現在の社会への大善の貢献であると同時に、未来永遠に自他共の幸福の連帯を築く仏の聖業なのだから。
☆10月度座談会拝読御書 千日尼御前御返事(真実報恩経事)
◇拝読御文
『此の経文は一切経に勝れたり地走る者の王たり師子王のごとし・空飛ぶ者の王たり鷲のごとし、南無阿弥陀仏経等はきじのごとし兎のごとし・鷲につかまれては涙をながし・師子にせめられては腸わたをたつ』(御書全集1310ページ15行目〜17行目、編年体御書1121ページ15行目〜17行目)
◇[池田先生の指針から]苦難は生命を鍛え上げる
「今まで」どうだったかではない。大切なのは、「これから」どうかである。
今まで以上に、強盛な信心を奮い起こすことだ。その人を、ありとあらゆる諸天善神が、必ず守っていく。
「三類の強敵」が現れるのも、「三障四魔」が競い起こるのも、ありとあらゆる苦難は、自分自身の信心を試しているのである。すべて、仏界の生命を開いていくために必要なことなのだ。
ゆえに、いちだんと信心を強めていけば、絶対に乗り越えていける。勝っていける。強盛な信心があるかぎり、乗り越えられない苦難はない。(池田大作先生の指導選集〈中〉『人間革命の実践』)
◇ ◇ ◇
阿仏房・千日尼夫妻らは、大聖人が鎌倉に御帰還された後も、佐渡の地で信心を貫き、勇敢に広布の旗を掲げました。そこに、俗衆増上慢、道門増上慢など三類の強敵が出現し、門下の人々が理不尽な非難中傷の礫を浴びたであろうことは想像に難くありません。
その悔し涙を全部、大聖人はご存じであられた。「よしにくまばにくめ」——憎みたい者は憎むがよい、と。大聖人門下であるならば、そんな低次元の感情など見下ろしていけ。くよくよなんかせず、からりと割り切っていきなさいと言われています。(中略)
悪口した人々さえも「毒鼓の縁」で最後は救っていく、広大無辺の大慈悲の仏法です。
何も心配はないのです。何も恐れる必要はないのです。「鉄は炎打てば剣となる」(御書958ページ)ように、一切の苦難は、自身の生命を金剛不壊に鍛え上げ、宿命の鉄鎖を断ち切って人生を自由に遊戯しゆく力を開発する原動力になるのです。(『勝利の経典「御書」に学ぶ』第14巻)
◇不動の信念と 不屈の勇気で
[キーワード�]"人間王者"の誇り
法華経の経文が一切経の中で最も勝れていることを、日蓮大聖人は拝読御文で、陸や空の王者である「師子王」「鷲」に譬えて示されています。
御書に「持たるる法だに第一ならば持つ人随って第一なるべし」(465ページ)とあるように、法華経が最勝の経典であるがゆえに、その法を持つ人もまた、人間の王者ともいうべき尊い存在なのです。
師子王については、大聖人が御書の随所で言及されています。
「師子王の剛弱を嫌わずして大力を出す」(御書992ページ)と仰せの通り、師子王は、いかなる相手であっても常に全力を奮い起こします。相手を侮り、力を出し惜しみすることはありません。
さらに、「師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし」(同957ページ)とあります。常に「今この時」を逃さず、師と同じ師子王の心で、恐れず広宣流布に立ち上がる。その人の胸中に、必ず幸福境涯は開かれるのです。
大聖人は、千日尼に送られた別のお手紙で、「仏法の道理を人に語らむ者をば男女僧尼必ずにくむべし、よしにくまばにくめ」(同1308ページ)と、力強く励まされました。
"憎むなら、憎むがよい! 正義ゆえの悪口罵詈ほど、最高の誉れはない!"——これが、御本仏の烈々たる御確信です。
私たちもまた、強盛な祈りを根本に、不動の信念と不屈の勇気を湧き出して、崇高な使命に生きる"人間王者"の誇りも高く、師と共に堂々と前進していきましょう。
[キーワード�]師恩に報いる時は今
拝読御文の後段では、「報恩」についても述べられています。
日蓮大聖人は"受けがたい人身を受け、値いがたい仏法に値う"ことができた恩徳について、父母の恩では、父は天に、母は大地に譬えられると仰せになり、「悲母の大恩ことに・ほうじがたし」(御書1311ページ)と示されました。
そして、「女人成仏」を通して万人の幸福の道を開いた法華経こそが、末法の一切衆生を救う真実の報恩の教えであると明かし、「悲母の恩を報ぜんために此の経の題目を一切の女人に唱えさせんと願ず」(同1312ページ)との一節をつづられました。
重要なことは、大聖人の御生涯を貫く誓願の本質が、御自身の「悲母の恩」に報じたいという、人間としての率直な心情から出発されているということです。
池田先生は、つづっています。
「恩を知り、恩に報いる。この知恩・報恩の一念に立った時、人間は最も気高く、最も強くなれる」
報恩といっても、特別なことではありません。自分が縁する一人一人を"恩ある人"と大切にし、感謝の心で希望の哲学を語っていく。これが、仏法における知恩・報恩の生き方です。
何より、最高の人生を教えてくれた師匠の大恩に報いていくこと以上の、人生の喜びはありません。
師の心をわが心として、縁する友の幸福を真剣に祈り、地道に仏縁を結び広げていくという、日々の広布の実践の中でこそ、歓喜あふれる無上の報恩の道は輝くのです。
悔いなく戦い抜こう!
広布と人生の最高峰へ
新たな挑戦と開拓を。
師子奮迅の力で前へ!
四条金吾殿女房御返事 P1135
『又三十三のやくは転じて三十三のさいはひとならせ給うべし、七難即滅七福即生とは是なり、年はわかうなり福はかさなり候べし』
【通解】
三十三の厄はかえって三十三の幸福となるでありましょう。「七難即滅・七福即生」というのはこのことです。年は若くなり、福運は重なっていくことでしょう。
名字の言 宮古島に飛来する渡り鳥・サシバの"タカ柱" 2021年10月7日
秋も深まる10月上旬、沖縄に吹く「新北風」に乗って、タカ科の渡り鳥・サシバが宮古島に飛来する。本州で繁殖した後、島の自然林で羽を休め、東南アジアで越冬する▼集団で長距離を移動するサシバの"タカ柱"を見ることがある。上昇気流を利用して高所から風に乗る方法だ。若いサシバを支えて群れをなし、上昇気流へと導くリーダーを中心に、目的地を目指す▼宮古島に住むある女性部員が未来部の時、1974年に初来島した池田先生と出会いを刻んだ。「一生涯、信心から離れてはいけないよ」。鳳雛たちへの温かな励ましを原点に、宮古島から初めて創価大学へ進んだ夫と共に宮古島広布に励んできた▼30年ほど前、幼かった三男が、股関節の骨が壊死する病に。一家を襲った試練に信心で立ち向かい、完治した三男は夫に続き創大へ進学した。昨年、島の発展に尽くした夫は霊山へ。女性は涙を拭い、師との原点を思い返し、後継の子どもたちと人間革命の道を歩む決意を新たにした▼上昇気流が発生する要因の一つは、吹く風が山に沿って上昇することだ。人生の"上昇気流"もまた、自身が掲げた目標という「山」に挑んでこそ生まれる。わが頂を目指して、きょうも勇気の一歩を踏み出そう。
寸鉄 2021年10月7日
「せめ返し・せめをとし」御書。激戦の時こそ青年が真価を!雄弁の将たれ
福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島が攻勢 先駆とは勇気。勝ち抜け
沖縄が奮闘。わが天地に栄光の虹を!大情熱胸に対話拡大のドラマ綴ろう
勝利島部の日。立正安国は地域友好から。希望の幸福島へ団結固く前進!
"簡単に儲かる"と騙すマルチ商法の被害相談—20代以下6割。鋭く撃退
〈社説〉 2021・10・7 きょう「勝利島部の日」
◇「一人立つ」決意で社会照らす
きょう7日は「勝利島部の日」。1978年のこの日、全国120島の代表が学会本部に集い、開催された第1回離島本部(当時)総会が淵源である。
池田先生は、遠来の友を抱きかかえるように歓迎。「常に島の繁栄を願って、島民のために活躍を」と万感の期待を寄せた。特に「心肝に染めてほしい御文」として、「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし」(御書234ページ)との「開目抄」の一節を拝し、激励した。
離島の友は、師との原点を胸に刻み、その心は、後継の同志にも脈々と受け継がれている。
島の広布の大きな転換点となったのが、本部幹部会の映像を直接届ける「インターネット中継」であった(2006年から順次拡充)。島にいながら、師の姿と温かい声に触れ、友は共戦を誓い、歓喜に沸いた。
大分県の大入島での中継開始は2008年。参加を楽しみにしている友人も多い。その中の一婦人は「世界の人々の幸せを願う池田先生の心に涙しました」と、学会への見方を一変。9年前に入会した。現在、87歳になるが、手押し車を押しながら地区女性部長と共に、喜々として対話に歩く。今や大入島広布の原動力だ。
福岡県の藍島の人口は200人ほど。漁協の役員など地域に信頼を築く同志が多く、学会理解の"先進地域"だ。5・3「創価学会の日」等、記念日の中継行事には友人を招く。さらに、中継や座談会には家族ぐるみでの参加が伝統になっている。昨年は、島育ちの未来っ子が初めて関西創価高校に進学。島の新たな希望が増えた。
池田先生は随筆につづった。
「『離島こそ広宣流布の先駆の天地なり』と。その出発点は、何よりも『一人立つ』ことだ。広布の誓願に燃えた一人がいれば、そこから新たな前進が始まる。正しき法を持った『一人立つ』勇者が、地域社会を明々と照らす希望の灯台となるのだ。これが、『立正安国』の信心の方程式である」
広布の伸展は環境では決まらない。師と心を合わせ、地域の繁栄を願う求道の心と行動が新時代を開く。逆境をはね返す知恵で、オンラインでつながる友も増えた。
「一人立つ」決意で、険難の先駆の道を行く勝利島部の同志の奮闘に学び、わが使命の天地で勝利を開く対話に挑みたい。
☆御書の旭光を 第55回 幸の仏縁広げる対話を
〈御文〉
『法華経は一文・一句なれども耳にふるる者は既に仏になるべき』(四恩抄、936ページ)
〈通解〉
法華経は、一文・一句であっても、耳に触れた人は、すでに仏になるであろう。
〈池田先生が贈る指針〉
たとえ一言でも、妙法に触れれば、成仏という最極の生命の軌道へ導かれる。それほど、仏法を聞かせる功徳は大きい。
縁する一人一人を大切に、勇気と誠実の語らいで希望の仏縁を結ぼう!
立正安国の対話は、現在の社会への大善の貢献であると同時に、未来永遠に自他共の幸福の連帯を築く仏の聖業なのだから。
☆10月度座談会拝読御書 千日尼御前御返事(真実報恩経事)
◇拝読御文
『此の経文は一切経に勝れたり地走る者の王たり師子王のごとし・空飛ぶ者の王たり鷲のごとし、南無阿弥陀仏経等はきじのごとし兎のごとし・鷲につかまれては涙をながし・師子にせめられては腸わたをたつ』(御書全集1310ページ15行目〜17行目、編年体御書1121ページ15行目〜17行目)
◇[池田先生の指針から]苦難は生命を鍛え上げる
「今まで」どうだったかではない。大切なのは、「これから」どうかである。
今まで以上に、強盛な信心を奮い起こすことだ。その人を、ありとあらゆる諸天善神が、必ず守っていく。
「三類の強敵」が現れるのも、「三障四魔」が競い起こるのも、ありとあらゆる苦難は、自分自身の信心を試しているのである。すべて、仏界の生命を開いていくために必要なことなのだ。
ゆえに、いちだんと信心を強めていけば、絶対に乗り越えていける。勝っていける。強盛な信心があるかぎり、乗り越えられない苦難はない。(池田大作先生の指導選集〈中〉『人間革命の実践』)
◇ ◇ ◇
阿仏房・千日尼夫妻らは、大聖人が鎌倉に御帰還された後も、佐渡の地で信心を貫き、勇敢に広布の旗を掲げました。そこに、俗衆増上慢、道門増上慢など三類の強敵が出現し、門下の人々が理不尽な非難中傷の礫を浴びたであろうことは想像に難くありません。
その悔し涙を全部、大聖人はご存じであられた。「よしにくまばにくめ」——憎みたい者は憎むがよい、と。大聖人門下であるならば、そんな低次元の感情など見下ろしていけ。くよくよなんかせず、からりと割り切っていきなさいと言われています。(中略)
悪口した人々さえも「毒鼓の縁」で最後は救っていく、広大無辺の大慈悲の仏法です。
何も心配はないのです。何も恐れる必要はないのです。「鉄は炎打てば剣となる」(御書958ページ)ように、一切の苦難は、自身の生命を金剛不壊に鍛え上げ、宿命の鉄鎖を断ち切って人生を自由に遊戯しゆく力を開発する原動力になるのです。(『勝利の経典「御書」に学ぶ』第14巻)
◇不動の信念と 不屈の勇気で
[キーワード�]"人間王者"の誇り
法華経の経文が一切経の中で最も勝れていることを、日蓮大聖人は拝読御文で、陸や空の王者である「師子王」「鷲」に譬えて示されています。
御書に「持たるる法だに第一ならば持つ人随って第一なるべし」(465ページ)とあるように、法華経が最勝の経典であるがゆえに、その法を持つ人もまた、人間の王者ともいうべき尊い存在なのです。
師子王については、大聖人が御書の随所で言及されています。
「師子王の剛弱を嫌わずして大力を出す」(御書992ページ)と仰せの通り、師子王は、いかなる相手であっても常に全力を奮い起こします。相手を侮り、力を出し惜しみすることはありません。
さらに、「師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし」(同957ページ)とあります。常に「今この時」を逃さず、師と同じ師子王の心で、恐れず広宣流布に立ち上がる。その人の胸中に、必ず幸福境涯は開かれるのです。
大聖人は、千日尼に送られた別のお手紙で、「仏法の道理を人に語らむ者をば男女僧尼必ずにくむべし、よしにくまばにくめ」(同1308ページ)と、力強く励まされました。
"憎むなら、憎むがよい! 正義ゆえの悪口罵詈ほど、最高の誉れはない!"——これが、御本仏の烈々たる御確信です。
私たちもまた、強盛な祈りを根本に、不動の信念と不屈の勇気を湧き出して、崇高な使命に生きる"人間王者"の誇りも高く、師と共に堂々と前進していきましょう。
[キーワード�]師恩に報いる時は今
拝読御文の後段では、「報恩」についても述べられています。
日蓮大聖人は"受けがたい人身を受け、値いがたい仏法に値う"ことができた恩徳について、父母の恩では、父は天に、母は大地に譬えられると仰せになり、「悲母の大恩ことに・ほうじがたし」(御書1311ページ)と示されました。
そして、「女人成仏」を通して万人の幸福の道を開いた法華経こそが、末法の一切衆生を救う真実の報恩の教えであると明かし、「悲母の恩を報ぜんために此の経の題目を一切の女人に唱えさせんと願ず」(同1312ページ)との一節をつづられました。
重要なことは、大聖人の御生涯を貫く誓願の本質が、御自身の「悲母の恩」に報じたいという、人間としての率直な心情から出発されているということです。
池田先生は、つづっています。
「恩を知り、恩に報いる。この知恩・報恩の一念に立った時、人間は最も気高く、最も強くなれる」
報恩といっても、特別なことではありません。自分が縁する一人一人を"恩ある人"と大切にし、感謝の心で希望の哲学を語っていく。これが、仏法における知恩・報恩の生き方です。
何より、最高の人生を教えてくれた師匠の大恩に報いていくこと以上の、人生の喜びはありません。
師の心をわが心として、縁する友の幸福を真剣に祈り、地道に仏縁を結び広げていくという、日々の広布の実践の中でこそ、歓喜あふれる無上の報恩の道は輝くのです。
2021年10月6日水曜日
2021.10.06 わが友に贈る
最前線の地区・ブロックが
励ましの電源地だ!
互いの奮闘をたたえ合い
勇気凜々と進みゆこう!
歓喜の渦を幾重にも!
食物三徳御書 P1598
『人に物をほどこせば我が身のたすけとなる、譬へば人のために火をともせば我がまへあきらかなるがごとし、悪をつくるものをやしなへば命をますゆへに気ながし、色をますゆへに眼にひかりあり、力をますゆへにあしはやくてきく、かるがゆへに食をあたへたる人かへりていろもなく気もゆわく力もなきほうをうるなり』
【通解】
人に物を施せば我が身を助けることになる。例えば人のために灯をともしてやれば、自分の前も明るくなるようなものである。悪を為すものに物を施すならば、その悪人は生命力を増すゆえに、生気が長くなり、色を増すゆえに目に光が宿り、悪の力が強くなるために足が早く、手がよくきくようになる。そのために食を施した人はかえって色を失い、生気も弱くなり、力もなくなるという報いを受けるのである。
名字の言 向島に住む広島の夫妻が知った「本当の功徳」 2021年10月6日
イチジクは漢字で「無花果」と書く。だが、実際は"花が無い果実"ではない。私たちが食べる実の内側の赤いつぶつぶ——それが花である。外から見えないだけで確かに咲いている▼仏法では、目に見えない功徳を「冥益」と言う。学会草創の先輩方に話を聞くと、多くの方が述懐していた。地域のために広布へ走る中で「本当の功徳に気が付くことができた」と▼イチジクが"満開"を迎えた瀬戸内海の向島に住む広島の女性部員は10年前、急性骨髄性白血病を発症。入院中、"病を治し、信心の確信をつかもう"と心の中で祈り、夫は折伏に駆けた▼しかし病状は好転せず、弘教も実らなかった。それでも夫妻は、病魔との壮絶な闘いの中で「本当の功徳」を知った。それは、何があっても負けない心を磨き上げたこと。その後、見舞いに来た友人が夫妻の確信に触れて入会。妻は臍帯血移植を経て、4年前に完治を勝ち取った▼あす10月7日は「勝利島部の日」。かつて池田先生は同部の友に"冥益とは、言い換えれば、崩れざる幸福境涯を築くことである"と語った。困難に負けず、悠然と広布に歩み抜く。その生き方の中にこそ、真の信仰は輝く。外からは見えないが、功徳の花は心の中に咲き薫る。
寸鉄 2021年10月6日
「遊行して畏れ無きこと師子王の如く」御書。これ創価の本領。自信満々と
埼玉、茨城、栃木、群馬が渾身の拡大。敢闘精神を燃やして逆転劇を今こそ
神奈川、千葉、山梨に断固勝利の旭日を。正義を語りに語り、せり上がれ!
徳島、香川、愛媛、高知よ攻め勝て!さあ共戦の志で。皆が壁を破る前進を
人間関係は広く深いほど健康に好影響と。地域に友情育む学会活動は王道
〈社説〉 2021・10・6 池田先生の欧州初訪問60周年
◇差異を超える万人尊敬の哲学
池田先生は60年前(1961年)の10月5日、デンマークに到着。西ドイツ(当時)、フランス、イギリスなど欧州9カ国を回る平和旅の第一歩をしるした。
激化する東西冷戦下の最前線ともいえる欧州では、2カ月前に"分断の象徴"である「ベルリンの壁」が築かれ始めたばかりであり、先生はその壁の前にも立った。
先生は後年、この欧州初訪問を振り返り、「ベルリンを訪れ、壁を見つめて、私は欧州と世界の平和を深く祈念し、人類を結ぶ対話を心に期した。世界の知性との対話、対談集の刊行は、ヨーロッパが原点となった」と述懐した。
事実、先生は欧州訪問後、国家や民族、宗教、イデオロギーなどを超えて、各界の識者や指導者との対話の道を切り開いていった。
欧州統合の父クーデンホーフ=カレルギー伯爵(67年初会談)、歴史学者トインビー博士(72年初会談)をはじめ次々と——。世界の知性と発刊した対談集だけでも約80点に及ぶ。
人類を結ぶ対話の潮流を起こした先生の行動の意義は、コロナ禍という未曽有の危機に直面し、世界に、また社会に分断の溝が深まる今、いや増して光り輝く。
アメリカ、韓国、フランスでは7割以上の人々が、自国の社会の分断を感じている(本年3月、公益財団法人新聞通信調査会調べ)。
日本でも、人間関係の希薄化は深刻で、先月発表の内閣府の調査では、全世代(15〜89歳)の約半数が「友人・知人との交流減少に困っている」と答えた。
分断を協調へ、孤独を連帯へと転じゆく確固たる哲学が、今ほど求められている時はないだろう。
仏法では、全ての人に仏性があり、自分も相手も尊極の仏の生命を具えていると説く。
先生は欧州の同志に、折あるごとに"良き市民として社会に貢献を""仲良く朗らかに進もう"と訴えている。
言語や文化の異なる国々が近接し、複雑に絡み合う欧州。隣国同士で戦火を交えた歴史もある。
だからこそ先生は、互いに尊敬し合い、社会を良くするための献身の行動、信頼を築く振る舞いを呼び掛けたのだ。
万人尊敬の仏法の視座に立ち、あらゆる差異を超える対話で人間主義の連帯を広げてきたのである。
私たちも、師の対話を模範として、友と心を結び合う対話の潮流を起こしていきたい。
☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第8回 九州
本年は、「桂冠詩人」の称号が池田先生に贈られてから40周年。連載企画「勇気の舞 凱歌の行進」では、先生がつづった長編詩を紹介します。第8回は、九州の同志に詠んだ「正義の炎 大九州の魂は燃えたり」(2002年)です。
◇苦難の彼方に虹は輝く
正義とは
勝つことである。
そしてまた
幸福とは
勝つことである。
冬は必ず春となる。
君よ
今の苦難の彼方にも
必ずや虹の輝く
栄光満足の時が
待っている。
君よ
断じて諦めるな。
断じて臆するな。
そしてまた
決して前進を忘れるな。
戦いをやめるな!
必ず勝つのだ。
そして
幸福を勝ち取るのだ。
それが
人間の人間としての道だ!
◆◇◆
ああ
いかなる非難の迫害が
あろうとも
「負けんとよ!」
「負けちょられん!」と
聞こえてくる
火の国の
偉大な友の声!
そしてまた
「頑張らんと」
「頑張らんね」
「きばれ!」という
勇ましき青年たちの
覇気と笑顔の声!
さらに
「嬉しかぁ」
「楽しかぁ」
あの肝っ玉の母たちの
女王の微笑み!
「それ よか」
「それ いいっちゃが」
「大丈夫たい!」
「大丈夫くさ!」
頼もしき
九州男児の力強い声!
美しき
九州女子部の朗らかな声!
九州は戦った。
九州は走った。
九州は勝った。
九州には
喜びの連鎖が響きわたった!
◆◇◆
我らは
火の国を愛する。
火の国が大好きだ。
極めて率直に
この歴史的な火の国を
守りたいのだ。
私も
そして
あなたも
九州に生き抜くことを
祝福する。
いかに
孤軍奮闘の時があっても
絶対に
その険難の山を
猛烈な勢いで
乗り越えるのが
九州の生命だ。
☆勝ちゆく君へ 第21回 開拓こそ 若人の使命
◇広宣の華と舞え
わが白蓮グループの友を先頭に、華陽姉妹が「11・18」へ、凜々しく朗らかに進んでいます。広宣の華と舞う女子部に、無量無辺の福徳よ輝けと、妻と題目を送っています。
御聖訓には、「経に云く『世間の法に染まらざること蓮華の水に在るが如し地より而も涌出す』云云、地涌の菩薩の当体蓮華なり」(御書519ページ)と。
濁世の只中で、妙法を唱えゆく皆さんこそ、最も尊く清らかな蓮華の当体なのです。
どんな悩みや苦労も人間革命の滋養に転じて、幸と平和の花を咲かせ切っていけます。
ありのままの生命で明るく胸を張り、希望の対話を社会へ!
◇創意工夫して勇気の連鎖を
青年とは「開拓」の異名です。
65年前の秋、戸田先生は若き私に、関西に続き、中国方面の広布の開拓を託されました。
山口県に3度、足を運び、延べ22日間の短期決戦です。恩師の事業を支えつつの闘争は、時間を創り出す勝負でした。離れていても、友に題目を送り、電話や手紙で励まし続けました。
日蓮大聖人は、「声仏事を為す」(同708ページ)とも、「仏は文字に依って衆生を度し給うなり」(同153ページ)とも仰せです。
今、不二の若人が、心をつなぐ勇気の声を、創意工夫して広げています。さあ、青春凱歌へ、苦難の中で勝利をもぎとる「開拓力」を発揮してくれ給え!
(創価新報2021年9月15日付より)
励ましの電源地だ!
互いの奮闘をたたえ合い
勇気凜々と進みゆこう!
歓喜の渦を幾重にも!
食物三徳御書 P1598
『人に物をほどこせば我が身のたすけとなる、譬へば人のために火をともせば我がまへあきらかなるがごとし、悪をつくるものをやしなへば命をますゆへに気ながし、色をますゆへに眼にひかりあり、力をますゆへにあしはやくてきく、かるがゆへに食をあたへたる人かへりていろもなく気もゆわく力もなきほうをうるなり』
【通解】
人に物を施せば我が身を助けることになる。例えば人のために灯をともしてやれば、自分の前も明るくなるようなものである。悪を為すものに物を施すならば、その悪人は生命力を増すゆえに、生気が長くなり、色を増すゆえに目に光が宿り、悪の力が強くなるために足が早く、手がよくきくようになる。そのために食を施した人はかえって色を失い、生気も弱くなり、力もなくなるという報いを受けるのである。
名字の言 向島に住む広島の夫妻が知った「本当の功徳」 2021年10月6日
イチジクは漢字で「無花果」と書く。だが、実際は"花が無い果実"ではない。私たちが食べる実の内側の赤いつぶつぶ——それが花である。外から見えないだけで確かに咲いている▼仏法では、目に見えない功徳を「冥益」と言う。学会草創の先輩方に話を聞くと、多くの方が述懐していた。地域のために広布へ走る中で「本当の功徳に気が付くことができた」と▼イチジクが"満開"を迎えた瀬戸内海の向島に住む広島の女性部員は10年前、急性骨髄性白血病を発症。入院中、"病を治し、信心の確信をつかもう"と心の中で祈り、夫は折伏に駆けた▼しかし病状は好転せず、弘教も実らなかった。それでも夫妻は、病魔との壮絶な闘いの中で「本当の功徳」を知った。それは、何があっても負けない心を磨き上げたこと。その後、見舞いに来た友人が夫妻の確信に触れて入会。妻は臍帯血移植を経て、4年前に完治を勝ち取った▼あす10月7日は「勝利島部の日」。かつて池田先生は同部の友に"冥益とは、言い換えれば、崩れざる幸福境涯を築くことである"と語った。困難に負けず、悠然と広布に歩み抜く。その生き方の中にこそ、真の信仰は輝く。外からは見えないが、功徳の花は心の中に咲き薫る。
寸鉄 2021年10月6日
「遊行して畏れ無きこと師子王の如く」御書。これ創価の本領。自信満々と
埼玉、茨城、栃木、群馬が渾身の拡大。敢闘精神を燃やして逆転劇を今こそ
神奈川、千葉、山梨に断固勝利の旭日を。正義を語りに語り、せり上がれ!
徳島、香川、愛媛、高知よ攻め勝て!さあ共戦の志で。皆が壁を破る前進を
人間関係は広く深いほど健康に好影響と。地域に友情育む学会活動は王道
〈社説〉 2021・10・6 池田先生の欧州初訪問60周年
◇差異を超える万人尊敬の哲学
池田先生は60年前(1961年)の10月5日、デンマークに到着。西ドイツ(当時)、フランス、イギリスなど欧州9カ国を回る平和旅の第一歩をしるした。
激化する東西冷戦下の最前線ともいえる欧州では、2カ月前に"分断の象徴"である「ベルリンの壁」が築かれ始めたばかりであり、先生はその壁の前にも立った。
先生は後年、この欧州初訪問を振り返り、「ベルリンを訪れ、壁を見つめて、私は欧州と世界の平和を深く祈念し、人類を結ぶ対話を心に期した。世界の知性との対話、対談集の刊行は、ヨーロッパが原点となった」と述懐した。
事実、先生は欧州訪問後、国家や民族、宗教、イデオロギーなどを超えて、各界の識者や指導者との対話の道を切り開いていった。
欧州統合の父クーデンホーフ=カレルギー伯爵(67年初会談)、歴史学者トインビー博士(72年初会談)をはじめ次々と——。世界の知性と発刊した対談集だけでも約80点に及ぶ。
人類を結ぶ対話の潮流を起こした先生の行動の意義は、コロナ禍という未曽有の危機に直面し、世界に、また社会に分断の溝が深まる今、いや増して光り輝く。
アメリカ、韓国、フランスでは7割以上の人々が、自国の社会の分断を感じている(本年3月、公益財団法人新聞通信調査会調べ)。
日本でも、人間関係の希薄化は深刻で、先月発表の内閣府の調査では、全世代(15〜89歳)の約半数が「友人・知人との交流減少に困っている」と答えた。
分断を協調へ、孤独を連帯へと転じゆく確固たる哲学が、今ほど求められている時はないだろう。
仏法では、全ての人に仏性があり、自分も相手も尊極の仏の生命を具えていると説く。
先生は欧州の同志に、折あるごとに"良き市民として社会に貢献を""仲良く朗らかに進もう"と訴えている。
言語や文化の異なる国々が近接し、複雑に絡み合う欧州。隣国同士で戦火を交えた歴史もある。
だからこそ先生は、互いに尊敬し合い、社会を良くするための献身の行動、信頼を築く振る舞いを呼び掛けたのだ。
万人尊敬の仏法の視座に立ち、あらゆる差異を超える対話で人間主義の連帯を広げてきたのである。
私たちも、師の対話を模範として、友と心を結び合う対話の潮流を起こしていきたい。
☆桂冠詩人40周年 勇気の舞 凱歌の行進 第8回 九州
本年は、「桂冠詩人」の称号が池田先生に贈られてから40周年。連載企画「勇気の舞 凱歌の行進」では、先生がつづった長編詩を紹介します。第8回は、九州の同志に詠んだ「正義の炎 大九州の魂は燃えたり」(2002年)です。
◇苦難の彼方に虹は輝く
正義とは
勝つことである。
そしてまた
幸福とは
勝つことである。
冬は必ず春となる。
君よ
今の苦難の彼方にも
必ずや虹の輝く
栄光満足の時が
待っている。
君よ
断じて諦めるな。
断じて臆するな。
そしてまた
決して前進を忘れるな。
戦いをやめるな!
必ず勝つのだ。
そして
幸福を勝ち取るのだ。
それが
人間の人間としての道だ!
◆◇◆
ああ
いかなる非難の迫害が
あろうとも
「負けんとよ!」
「負けちょられん!」と
聞こえてくる
火の国の
偉大な友の声!
そしてまた
「頑張らんと」
「頑張らんね」
「きばれ!」という
勇ましき青年たちの
覇気と笑顔の声!
さらに
「嬉しかぁ」
「楽しかぁ」
あの肝っ玉の母たちの
女王の微笑み!
「それ よか」
「それ いいっちゃが」
「大丈夫たい!」
「大丈夫くさ!」
頼もしき
九州男児の力強い声!
美しき
九州女子部の朗らかな声!
九州は戦った。
九州は走った。
九州は勝った。
九州には
喜びの連鎖が響きわたった!
◆◇◆
我らは
火の国を愛する。
火の国が大好きだ。
極めて率直に
この歴史的な火の国を
守りたいのだ。
私も
そして
あなたも
九州に生き抜くことを
祝福する。
いかに
孤軍奮闘の時があっても
絶対に
その険難の山を
猛烈な勢いで
乗り越えるのが
九州の生命だ。
☆勝ちゆく君へ 第21回 開拓こそ 若人の使命
◇広宣の華と舞え
わが白蓮グループの友を先頭に、華陽姉妹が「11・18」へ、凜々しく朗らかに進んでいます。広宣の華と舞う女子部に、無量無辺の福徳よ輝けと、妻と題目を送っています。
御聖訓には、「経に云く『世間の法に染まらざること蓮華の水に在るが如し地より而も涌出す』云云、地涌の菩薩の当体蓮華なり」(御書519ページ)と。
濁世の只中で、妙法を唱えゆく皆さんこそ、最も尊く清らかな蓮華の当体なのです。
どんな悩みや苦労も人間革命の滋養に転じて、幸と平和の花を咲かせ切っていけます。
ありのままの生命で明るく胸を張り、希望の対話を社会へ!
◇創意工夫して勇気の連鎖を
青年とは「開拓」の異名です。
65年前の秋、戸田先生は若き私に、関西に続き、中国方面の広布の開拓を託されました。
山口県に3度、足を運び、延べ22日間の短期決戦です。恩師の事業を支えつつの闘争は、時間を創り出す勝負でした。離れていても、友に題目を送り、電話や手紙で励まし続けました。
日蓮大聖人は、「声仏事を為す」(同708ページ)とも、「仏は文字に依って衆生を度し給うなり」(同153ページ)とも仰せです。
今、不二の若人が、心をつなぐ勇気の声を、創意工夫して広げています。さあ、青春凱歌へ、苦難の中で勝利をもぎとる「開拓力」を発揮してくれ給え!
(創価新報2021年9月15日付より)
2021年10月5日火曜日
2021.10.05 わが友に贈る
戦いは勢いで決まる!
これが勝負の鉄則だ。
「但偏に思い切るべし」
自ら誓いし広布の峰へ
堂々たる勇猛精進を!
新尼御前御返事 P907
『御勘気の時千が九百九十九人は堕ちて候』
【通解】
御勘気のとき、千人のうち九百九十九人が退転してしまった。
名字の言 実りの秋。旬の食材で健康に 2021年10月5日
実りの秋が到来した。米農家をはじめ、生産者の皆さんの笑顔輝く時季である。作物を育てる苦労は大きいだけに、喜びもひとしおだろう▼北海道の野菜農家の声が弾んでいた。「豊作は、もちろんうれしい。消費者の皆さんに『おいしい!』と喜んで食べていただくことは、もっとうれしい」▼今ではほとんどの食材が季節に関係なく手に入るが、食べ物には本来、一番おいしく栄養価が高い時季「旬」がある。ジャガイモは春と秋。カボチャは収穫期の夏と、収穫後に追熟させて食べ頃となる秋から冬とされる。旬の食材は、その季節に私たちが必要な栄養をたっぷり含んでいる。旬を知り、体に取り入れることは、先人の知恵である▼日蓮大聖人は、門下からの御供養の品々を書き留めておられる。届けられた品々は、保存の利く米やみそなどを別とすれば旬の食材。疫病等が重なった当時、旬の食材こそが健康の基だったのだろう。まさに「いもは(中略)くすりのごとし」(御書1537ページ)、「いのちは・ともしびのごとし・食はあぶらのごとし」(同1596ページ)▼私たちの食生活は、豊富な食材によって支えられている。改めて生産者の皆さんに心から感謝し、「いただきます」と手を合わせた。
寸鉄 2021年10月5日
仏法は総仕上げのときに勝利できる法—牧口先生 決定した一念で共に前進
中部青年部の日。後継よ創価の全権大使の覚悟で走れ!栄光の"この道"を
「年は・わかうなり福はかさなり」御書。経験豊かな太陽会が動けば波動が
国連の「世界教師デー」。子らの幸福祈り奮闘する教育本部の友に最敬礼!
口だけでは駄目だ。肝腎なのはやることだ—魯迅 誰が働くか?政治を監視
☆四季の励まし ハーバード講演30周年——対話で世界を味方に 2021年9月26日
◇池田先生の言葉
語り合うことは、
学び合うことである。
知り合うことである。
そして、
尊敬し合うことである。
対話は、人類を友とし、
世界を味方にすることだ。
対話の出発点は、
乱れ切った社会への
悲憤である。
苦しみ悩む民衆に
同苦する心である。
この共通の地平に立てば、
いかに差異があっても、
同じ人間として、
真摯な対話が、
いつでも可能なのだ。
仏法の師弟の大誓願である
「広宣流布」には、
その文字の中に、
すでに対話の魂が
込められている。
「広宣」とは
「広く宣べる」との
意味である。
対話の実践がなければ、
広宣流布は
成し遂げられない。
私たちには、
生命の真髄を解明した
仏法がある。
そして、現実の社会に
積極果敢に関わっていく
「立正安国」の
理念と行動がある。
ゆえに誰人に相対しても
萎縮することはない。
毅然と闊達に、
よりよき人生と
社会を開く対話を
繰り広げていくことが
できるのだ。
対話は、何幕もの
劇のようでもある。
火花の散る瞬間があり、
共鳴の音楽が
高鳴る至福の時がある。
生き生きとした対話には、
充実があり、活力が漲る。
さあ、いよいよ
強盛な信心に立ち、
生き生きと
対話に打って出よう!
自他共の幸福のため、
社会と世界のため、
希望の未来のために、
永遠に輝く
常勝の民衆城を
築いていこうではないか!
【写真説明】世界最高峰の知性の学府・米ハーバード大学。招請を受けた池田大作先生は1991年(平成3年)9月26日、「ソフト・パワーの時代と哲学」と題して同大学で講演。調和の時代へ、自己規律の哲学と人間の内発的な力の必要性を訴えた。写真はその訪問の折に収めたケンブリッジの街並み。講演したウィナー講堂は右手前の建物にある。
きょうでハーバード講演から30周年。93年にも2度目の講演を行うなど、先生の海外学術講演は32回に及ぶ。さらに民族や宗教などの差異を超え、各界の識者と交流し、対話の力で平和建設の潮流を起こしてきた。我らも師の闘争に続き、希望の対話を広げたい。
☆勝ちゆく君へ 第20回 地涌の本領を今こそ!
◇師子吼の言論を若き力で
8月24日は、聖教新聞の「創刊原点の日」です。1950年のこの日、戸田先生の事業の窮地の中、師弟で広布の機関紙の構想を語らいました。
最大の逆境で最大の価値創造をと、示し留めた歴史です。
御聖訓に、「師とは師匠授くる所の妙法子とは弟子受くる所の妙法・吼とは師弟共に唱うる所の音声なり」(御書748ページ)と。
妙法流布、立正安国の言論戦は、不二の師弟の師子吼であり、主役は後継の若人なのです。
若き言論の師子は、聖教新聞、創価新報と共に、生命尊厳の哲理を高く掲げていただきたい。民衆に希望と勇気の励ましを、社会に価値創造の英知の光を!
◇真の実力を鍛えゆけ
苦難の時にこそ、勝利の因が刻まれる——学業にも仕事にも通ずる要諦です。
男女学生部の宝友が、尊き研鑽に励んでいます。男子学生部の伝統の教学実力試験も、大成功を祈ります。
人生勝利の骨格を築き上げるのが行学の錬磨です。
御義口伝には、「煩悩の薪を焼いて菩提の慧火現前するなり」(同710ページ)と仰せです。
妙法の祈りは、どんな状況にあっても、前進の智慧を無限に湧き立たせていく力です。
あえて困難な時代に舞うが如く踊り出てきた地涌の菩薩たちが、真の実力を鍛え、本領を発揮する時は今です。
(創価新報2021年8月18日付より)
これが勝負の鉄則だ。
「但偏に思い切るべし」
自ら誓いし広布の峰へ
堂々たる勇猛精進を!
新尼御前御返事 P907
『御勘気の時千が九百九十九人は堕ちて候』
【通解】
御勘気のとき、千人のうち九百九十九人が退転してしまった。
名字の言 実りの秋。旬の食材で健康に 2021年10月5日
実りの秋が到来した。米農家をはじめ、生産者の皆さんの笑顔輝く時季である。作物を育てる苦労は大きいだけに、喜びもひとしおだろう▼北海道の野菜農家の声が弾んでいた。「豊作は、もちろんうれしい。消費者の皆さんに『おいしい!』と喜んで食べていただくことは、もっとうれしい」▼今ではほとんどの食材が季節に関係なく手に入るが、食べ物には本来、一番おいしく栄養価が高い時季「旬」がある。ジャガイモは春と秋。カボチャは収穫期の夏と、収穫後に追熟させて食べ頃となる秋から冬とされる。旬の食材は、その季節に私たちが必要な栄養をたっぷり含んでいる。旬を知り、体に取り入れることは、先人の知恵である▼日蓮大聖人は、門下からの御供養の品々を書き留めておられる。届けられた品々は、保存の利く米やみそなどを別とすれば旬の食材。疫病等が重なった当時、旬の食材こそが健康の基だったのだろう。まさに「いもは(中略)くすりのごとし」(御書1537ページ)、「いのちは・ともしびのごとし・食はあぶらのごとし」(同1596ページ)▼私たちの食生活は、豊富な食材によって支えられている。改めて生産者の皆さんに心から感謝し、「いただきます」と手を合わせた。
寸鉄 2021年10月5日
仏法は総仕上げのときに勝利できる法—牧口先生 決定した一念で共に前進
中部青年部の日。後継よ創価の全権大使の覚悟で走れ!栄光の"この道"を
「年は・わかうなり福はかさなり」御書。経験豊かな太陽会が動けば波動が
国連の「世界教師デー」。子らの幸福祈り奮闘する教育本部の友に最敬礼!
口だけでは駄目だ。肝腎なのはやることだ—魯迅 誰が働くか?政治を監視
☆四季の励まし ハーバード講演30周年——対話で世界を味方に 2021年9月26日
◇池田先生の言葉
語り合うことは、
学び合うことである。
知り合うことである。
そして、
尊敬し合うことである。
対話は、人類を友とし、
世界を味方にすることだ。
対話の出発点は、
乱れ切った社会への
悲憤である。
苦しみ悩む民衆に
同苦する心である。
この共通の地平に立てば、
いかに差異があっても、
同じ人間として、
真摯な対話が、
いつでも可能なのだ。
仏法の師弟の大誓願である
「広宣流布」には、
その文字の中に、
すでに対話の魂が
込められている。
「広宣」とは
「広く宣べる」との
意味である。
対話の実践がなければ、
広宣流布は
成し遂げられない。
私たちには、
生命の真髄を解明した
仏法がある。
そして、現実の社会に
積極果敢に関わっていく
「立正安国」の
理念と行動がある。
ゆえに誰人に相対しても
萎縮することはない。
毅然と闊達に、
よりよき人生と
社会を開く対話を
繰り広げていくことが
できるのだ。
対話は、何幕もの
劇のようでもある。
火花の散る瞬間があり、
共鳴の音楽が
高鳴る至福の時がある。
生き生きとした対話には、
充実があり、活力が漲る。
さあ、いよいよ
強盛な信心に立ち、
生き生きと
対話に打って出よう!
自他共の幸福のため、
社会と世界のため、
希望の未来のために、
永遠に輝く
常勝の民衆城を
築いていこうではないか!
【写真説明】世界最高峰の知性の学府・米ハーバード大学。招請を受けた池田大作先生は1991年(平成3年)9月26日、「ソフト・パワーの時代と哲学」と題して同大学で講演。調和の時代へ、自己規律の哲学と人間の内発的な力の必要性を訴えた。写真はその訪問の折に収めたケンブリッジの街並み。講演したウィナー講堂は右手前の建物にある。
きょうでハーバード講演から30周年。93年にも2度目の講演を行うなど、先生の海外学術講演は32回に及ぶ。さらに民族や宗教などの差異を超え、各界の識者と交流し、対話の力で平和建設の潮流を起こしてきた。我らも師の闘争に続き、希望の対話を広げたい。
☆勝ちゆく君へ 第20回 地涌の本領を今こそ!
◇師子吼の言論を若き力で
8月24日は、聖教新聞の「創刊原点の日」です。1950年のこの日、戸田先生の事業の窮地の中、師弟で広布の機関紙の構想を語らいました。
最大の逆境で最大の価値創造をと、示し留めた歴史です。
御聖訓に、「師とは師匠授くる所の妙法子とは弟子受くる所の妙法・吼とは師弟共に唱うる所の音声なり」(御書748ページ)と。
妙法流布、立正安国の言論戦は、不二の師弟の師子吼であり、主役は後継の若人なのです。
若き言論の師子は、聖教新聞、創価新報と共に、生命尊厳の哲理を高く掲げていただきたい。民衆に希望と勇気の励ましを、社会に価値創造の英知の光を!
◇真の実力を鍛えゆけ
苦難の時にこそ、勝利の因が刻まれる——学業にも仕事にも通ずる要諦です。
男女学生部の宝友が、尊き研鑽に励んでいます。男子学生部の伝統の教学実力試験も、大成功を祈ります。
人生勝利の骨格を築き上げるのが行学の錬磨です。
御義口伝には、「煩悩の薪を焼いて菩提の慧火現前するなり」(同710ページ)と仰せです。
妙法の祈りは、どんな状況にあっても、前進の智慧を無限に湧き立たせていく力です。
あえて困難な時代に舞うが如く踊り出てきた地涌の菩薩たちが、真の実力を鍛え、本領を発揮する時は今です。
(創価新報2021年8月18日付より)
2021年10月4日月曜日
2021.10.04 わが友に贈る
◇今週のことば
「柱なければ・たもたず」
我らは日本の柱なり。
民衆の声を、正義の声を
いよいよ威風堂々と!
生命尊厳の社会のために。
2021年10月4日
諸法実相抄 P1361
『不思議なる契約なるか、六万恒沙の上首上行等の四菩薩の変化か、さだめてゆへあらん、総じて日蓮が身に当ての法門わたしまいらせ候ぞ、日蓮もしや六万恒沙の地涌の菩薩の眷属にもやあるらん、南無妙法蓮華経と唱へて日本国の男女をみちびかんとおもへばなり、経に云く一名上行乃至唱導之師とは説かれ候はぬか、まことに宿縁のをふところ予が弟子となり給う』
【通解】
日蓮と貴辺とは不思議な契約があるのであろうか。六万恒沙の上首の上行等の四菩薩の変化であろうか。さだめて故あることであろう。総じて日蓮が身にあたる法門を差し上げている。日蓮はあるいは六万恒沙の地涌の菩薩の眷属であるかもしれない。南無妙法蓮華経と唱えて日本国の男女を導かんと思っているがゆえである。法華経従地涌出品第十五には「一名上行乃至唱導之師」と説かれているではないか。あなたにはまことに深い宿縁によって日蓮の弟子となられたのである。
名字の言 「虎の威を借る狐」の淵源となった説話 2021年10月4日
「虎の威を借る狐」は、権勢をもつ者の力に頼って威張る小人物を意味する。中国の史書『戦国策』に、淵源となった説話がある▼虎に捕まった狐が"獣の長者である私を食べてはいけない"と訴える。その証拠として、狐は自分が先に立って歩き、自分の後をついてくるよう虎に提案。獣たちは虎の姿を見て逃げだす。ところが、虎はそれに気付かず"狐を恐れている"と思い込む▼この説話は、虎から見た場合、「正邪を見抜く大切さ」を示しているように思える。他を圧倒するような力を持っていたとしても、虚言にだまされてしまえば、小人物にさえ利用されてしまう▼世間に広まるうそは、必ずと言っていいほど、さも真実らしい姿を装う。正義を広げゆく戦いとは虚言との戦いでもある。あの1956年(昭和31年)の「大阪の戦い」でも、"創価の真実を知ってもらいたい"との熱情が、学会に対する誤解と偏見を共感へと変えていった▼池田先生は「敵に対しては、『一』言われたら『十』言い返す。いな、『百』言い返す。正義の怒りをもって、言い切り、責め抜くことが大切である」と。真実の太陽が昇れば、詭弁は霧のように消え去る。師子王の心を燃やし、凱歌の秋を走り抜きたい。
寸鉄 2021年10月4日
創価の連帯が広がれば良い社会が築けると確信—識者。対話へ自信満々と
「出かけよう、道は僕らの前にある」詩人。躍進誓う10月!友のもとへ勇んで
東京富士美のエジプト展好評。古代人の心と文化に迫る浪漫溢れる作品群
国連世界宇宙週間。妙法は宇宙の根源の法則。朝の勤行から勝利の律動を
ネット通販巡る相談件数急増と。契約内容をよく確認。落とし穴を見抜け
〈社説〉2021・10・4 長編詩「母」——発表から50年
◇なんと不思議な豊富な力か
♪母よ あなたは なんと不思議な 豊富な力を もっているのか
池田先生が作詞した「母」の歌が誕生して、本年で45年。その基となった長編詩「母」が、大阪で行われた関西婦人部幹部会(1971年10月4日)で発表されて50年の佳節を迎えた。
「『母』の歌を聴くと、心が洗われ、限りなく温かい気持ちになります」——母を称えた歌詞は現在、諸言語に翻訳され、国境を超えて人々に愛唱されている。
作家の井上靖氏は"母が持つ愛の無限の深さ、強さ、広さ、美しさを称える詩に心打たれます"と語り、タイのある文化大臣は"どの国に、こんなに素晴らしい母の讃歌があるでしょうか。日本の方がうらやましい"と述べている。
かつて学会青年部の訪中団が、北京の人民大会堂で「母」の歌のメロディーを響かせた。その場にいた来賓の林麗?氏(池田先生と周恩来総理の会見の通訳)は、何度もうなずきながら歌に聴き入り、その瞳は涙であふれていた。
インドのソニア・ガンジー氏は、夫のラジブ・ガンジー首相が爆弾テロで命を落として9カ月後、自宅に池田先生ご夫妻を迎えた。
先生は、「母は太陽です。太陽は輝いてこそ太陽です」「前へ、また前へと進んでください」「一番、悲しかった人が、一番、晴れやかに輝く人です。悲しみの深かった分だけ、大きな幸福の朝が来るのです」と言いながら、「母」の曲のオルゴールを贈った。
後にソニア氏は、「オルゴールが大好きで、毎日、聴いていました」と語っている。
池田先生は歌に込めた思いを、次のようにつづっている。「長編詩『母』を歌にと考えたのも、けなげな庶民の母たちが、世界の人々の幸せと平和を祈り、日夜、献身的に行動しておられることへの感謝の思いからである」と。
聡明な励ましの声。快活な笑顔。全ての生命を守り慈しむ母ありて、私たちは「今」を生きている。母への感謝の思いこそ、人間の善性を目覚めさせ、結び付ける普遍的な力といえよう。
御書には、「百千万年くらき所にも燈を入れぬればあかくなる」(1403ページ)とある。コロナ禍の中にあって、人生の真の豊かさや生きがいが問い直される今、友の幸せを祈り、わが身を惜しまず行動する、創価の女性の連帯こそ、社会の希望の光である。
☆ストーリーズ 師弟が紡ぐ広布史 第12回 阪神・淡路大震災
◇フル回転した真心のネットワーク
ハワイ大学の平和研究所と学術機関「東西センター」の招聘を受け、1995年1月21日、池田大作先生は日本からハワイへ旅立つ予定だった。
世界青年平和文化祭、SGI(創価学会インタナショナル)総会など、重要行事が控えていた。
その4日前——1月17日の午前5時46分、阪神・淡路大震災が起こった。先生は、ハワイの全行程のキャンセルも考えた。
しかし、1月26日には、ハワイ大学の訪問と東西センターの講演が予定されていた。先生の訪問に合わせ、欧州やアジアの大学関係者が集うことになっていた。
変更できるスケジュールは、全て変更した。あと1日、もう1日と出発を延期し、先生は救援活動への激励に全力を注いだ。
震災が発生した17日の午前7時半ごろ、学会本部では先生の言葉が徹底された。——全力で救援を。考えつく、全てのことを。
同8時、東京と関西の両方に災害対策本部が設置。同9時、東西の対策本部に、ドクター部、白樺会・白樺グループによる「救急医療班」が結成された。
先生からのお見舞いが逐次、被災された方々に伝えられた。先生はさらに、関西へ伝言を送った。
「リーダーが滅入ってはいけない。社会の現象なんだから負けてはいけない」
「最善を尽くし、何でもしてあげてください」
時間の経過とともに、被害の全容が明らかになっていく。その甚大さに、多くの人が気を落とす中、関西の同志は心を奮い立たせ、救援活動に走った。
当時、学会の会館がなかった兵庫区。個人会場が災害対策本部になった。家主は、近くの電柱に「創価学会救援本部」との張り紙をした。午前11時には、その救援本部に、三田市の同志から大量のおにぎりが届いた。
午後10時ごろ、救援物資を乗せた艀が大阪港を出発した。艀は、停泊中の船と陸の間を、乗客や貨物を乗せて運ぶ小舟である。問い合わせた船舶会社の船は全て出払っており、艀をチャーターすることになった。
大阪港文化会館に集まった大量の物資を、壮年・男子部が5時間かけて積み込んだ。数十人のメンバーが、そのまま艀に乗った。午後11時半、神戸港に到着。物資を降ろし、大阪港に戻ると、時計の針は午前4時を回っていた。
"川を越えたら一切、愚痴は言うな"——尼崎の青年部は、それを合言葉に、尼崎から兵庫県東部を流れる武庫川を越え、神戸の被災地へ向かった。
先生がハワイへ出発したのは、1月25日の深夜。その折、「子どもたちの教育は、不自由していないだろうか」と。関西の対策本部は即座に反応し、兵庫県や神戸市に教育用品を寄贈した。
ハワイに到着した先生は26日、東西センターで講演。翌27日、アメリカ最高会議で、関西への思いを語った。
「わが偉大なる関西の友は、自分のことをさしおいてまで、人々のもとに足を運び、激励を続けている」
「人の面倒をみた人、友を励まし続けた人。その人には、だれもかなわない」
ハワイ訪問4日目となる1995年1月28日、世界青年平和文化祭が行われた。
創価合唱団が「ポリネシアンメドレー」を歌い終わると、舞台は関西吹奏楽団に移った。1曲目は「南太平洋メドレー」。2曲目に入ると、関西の交流団が立ち上がった。関西の愛唱歌「常勝の空」の演奏が始まった。
♪今再びの 陣列に
君と我とは 久遠より……
関西吹奏楽団と交流団のメンバーは、池田先生の方を向いた。先生は白い帽子を何度も、力強く回した。師の姿は、関西の友にとって、"関西、負けるな!"とのエールにほかならなかった。
阪神・淡路大震災が発生した1月17日から22日までの6日間で、学会は22万本の飲料水、65万個のおにぎり、50万個のパンを用意した。毛布7万5千枚、紙おむつ4万人分、粉ミルク5500缶、医療品2万5千箱なども準備した。
これらの物資を、ヘリコプターやチャーター船、トラック、バイクなどで輸送した。都市機能が停止する中、「陸」「海」「空」と、あらゆる方向から迅速な救援活動を展開した。
震災時、兵庫県知事を務めていた故・貝原俊民氏。生前、「私がいた知事公舎に、午前6時15分頃だったか、一番早く駆け付けたのは、地元の学会壮年部の方だった。私のことまで心配していただいていることに感激しました」との証言を残している。
信仰の有無など関係ない。同じ人間として、苦難にある人に救援の手を差し伸べる——関西の友の救援活動は、池田先生の心そのものだった。
95年2月2日、聖教新聞で連載中だった小説『新・人間革命』第3巻「仏法西還」の章で、山本伸一が仏法の生死観を語る場面が描かれ始めた。
4日付では、「広布のために、仏の使いとして行動し抜いた人は、いかなる状況のなかで亡くなったとしても、恐怖と苦悩の底に沈み、地獄の苦を受けることは絶対にない」と。
2月2日、ハワイでの諸行事を終えた先生は、関西へ。4日、関西文化会館で行われた追善勤行法要。先生は、「悪い象に殺された場合は地獄等には堕ちない。悪知識に殺された場合は地獄等に堕ちる」との経文を通し、「震災等で亡くなられた場合も、悪象による場合と同じく、絶対に地獄に堕ちない」と訴えた。
法要での師の励まし、小説に記された仏法の生死観は、関西の友の胸中に、大きな希望をともした。
震災時、救急病院の看護師だった婦人。子どもたちを神戸講堂に避難させると、自らは病院へ向かった。"野戦病院"の様相を呈する状況の中で、看護に当たった。
次々に襲い掛かる死の現実。心が押しつぶされそうになりながら、不眠不休で患者に寄り添い続けた。
震災後、家族を故郷の宮崎に帰した。大変な時だからこそ、子どもたちと一緒にいたい。でも、患者のそばを離れるわけにはいかない。身が裂かれるようだった。
"母親の私のことをどう思っているだろう"。不安が残った。震災から半年後、長女が書いた七夕の短冊に、婦人は目頭を熱くした。
——大きくなったら、お母さんのような看護師になりたい。
患者に尽くす「白樺の心」は、子どもたちに伝わっていた。後年、長女は看護師に。長男は創価大学に学び、広布後継の道を歩む。次女は創価大学を卒業後、看護学校へ。現在、看護師として奮闘を重ねる。三女は関西創価高校で向学の青春を謳歌している。
95年10月17日、「SGI総会」「21世紀兵庫希望総会」が、兵庫池田文化会館で晴れやかに開催された。
このSGI総会は2日間にわたって行われ、被爆50年の広島の地で開催される予定だった。
それが、1日目は広島で、2日目は兵庫で開かれることに。池田先生の提案だった。
震災から9カ月、神戸の街にはまだ、がれきの粉塵が飛び、復興は緒に就いたばかりだった。先生は語った。
「まだ車の渋滞がひどいのもわかっている。総会の運営も大変だ。しかし、懸命に立ち上がろうとしている、その神戸の地でやることに意味があるんだ」
兵庫のリーダーは、SGI総会に合わせ、「21世紀 兵庫総会」の開催を企画した。先生は、「総会に『希望』の二文字を加えようよ」と提案を重ねた。
震災から2カ月後、兵庫での座談会は、「希望座談会」との名称で行われた。兵庫の友は「希望」を語り合い、「希望」の力を持って、復興に立ち上がったのである。だからこそ、総会に「希望」の二文字が入ることは、何よりの喜びだった。
17日の総会で、先生は強調した。
「希望が力である。希望は『勇気』と『知恵』から生まれる。『知識』だけからは生まれない。そして信心とは『無限の希望』を生む知恵である。『永遠の希望』を生む知恵である」
「湊川はどっち?」
長田文化会館に駆け付けた友に、池田先生は尋ねた。2000年2月29日のことである。
南北朝時代の武将・楠木正成と正行。親子の別れを描いた歌"大楠公"を、戸田先生はこよなく愛した。「父は兵庫に赴かん」(落合直文作詞)——父・正成が最期を遂げた戦が、「湊川の合戦」だった。
湊川の方向を確認すると、ピアノで"大楠公"を弾いた。会館には、地元のメンバーが次々と集まってきていた。皆で勤行した後、先生は語った。
「よくここまで復興されました。しかし、まだまだ、これからが大変でしょう。私も応援を続けます。一生涯、お題目を送ります。亡くなられた同志も、家族も、必ず広宣流布の陣列に元気に戻ってくることを確信してください」
「どうか朗らかに! 朗らかな人には、誰もかなわない。そして忍耐をもって生き抜いていただきたい。一緒に人生を生きましょう! お元気で! 日本一の長田区です」
その場にいた長田区の壮年。震災の時、自宅が全壊した。生き埋めの中、夫婦で「常勝の空」を歌い、死の恐怖と戦った。
震災発生から2時間ほどの後、知人が助け出してくれた。壮年はすぐに、長田文化会館へ。会館の状況を確認すると、近隣の人たちの救助に走った。
震災後、7回転居した。思い通りにいかない現実。じっと耐え、復興の歩みを続けてきた。
壮年は少人数の語らいを大切にした。被災した一人一人の状況は異なるからだ。現在のコロナ禍でも、目の前の一人に、共に広布に立ち上がることを呼び掛ける。
「『日本一の長田区』との先生の万感の思いに、生涯、応え続けていきます」。壮年は力を込めた。
戦後最大の都市直下型地震。多くの建物が崩れる中で、決して壊れないものがあった。
励まし合い、支え合う「人間の絆」である。
"負けたらあかん!"との「不屈の魂」である。
先生は関西の友の貢献をたたえている。
「組織があったから動いたのではない。苦しんでいる方々の痛みを共にし、行動せずにはいられぬ『同苦の心』が、同志の胸に燃えていたからこそ、真心のネットワークがフル回転で働いたのだ」
「柱なければ・たもたず」
我らは日本の柱なり。
民衆の声を、正義の声を
いよいよ威風堂々と!
生命尊厳の社会のために。
2021年10月4日
諸法実相抄 P1361
『不思議なる契約なるか、六万恒沙の上首上行等の四菩薩の変化か、さだめてゆへあらん、総じて日蓮が身に当ての法門わたしまいらせ候ぞ、日蓮もしや六万恒沙の地涌の菩薩の眷属にもやあるらん、南無妙法蓮華経と唱へて日本国の男女をみちびかんとおもへばなり、経に云く一名上行乃至唱導之師とは説かれ候はぬか、まことに宿縁のをふところ予が弟子となり給う』
【通解】
日蓮と貴辺とは不思議な契約があるのであろうか。六万恒沙の上首の上行等の四菩薩の変化であろうか。さだめて故あることであろう。総じて日蓮が身にあたる法門を差し上げている。日蓮はあるいは六万恒沙の地涌の菩薩の眷属であるかもしれない。南無妙法蓮華経と唱えて日本国の男女を導かんと思っているがゆえである。法華経従地涌出品第十五には「一名上行乃至唱導之師」と説かれているではないか。あなたにはまことに深い宿縁によって日蓮の弟子となられたのである。
名字の言 「虎の威を借る狐」の淵源となった説話 2021年10月4日
「虎の威を借る狐」は、権勢をもつ者の力に頼って威張る小人物を意味する。中国の史書『戦国策』に、淵源となった説話がある▼虎に捕まった狐が"獣の長者である私を食べてはいけない"と訴える。その証拠として、狐は自分が先に立って歩き、自分の後をついてくるよう虎に提案。獣たちは虎の姿を見て逃げだす。ところが、虎はそれに気付かず"狐を恐れている"と思い込む▼この説話は、虎から見た場合、「正邪を見抜く大切さ」を示しているように思える。他を圧倒するような力を持っていたとしても、虚言にだまされてしまえば、小人物にさえ利用されてしまう▼世間に広まるうそは、必ずと言っていいほど、さも真実らしい姿を装う。正義を広げゆく戦いとは虚言との戦いでもある。あの1956年(昭和31年)の「大阪の戦い」でも、"創価の真実を知ってもらいたい"との熱情が、学会に対する誤解と偏見を共感へと変えていった▼池田先生は「敵に対しては、『一』言われたら『十』言い返す。いな、『百』言い返す。正義の怒りをもって、言い切り、責め抜くことが大切である」と。真実の太陽が昇れば、詭弁は霧のように消え去る。師子王の心を燃やし、凱歌の秋を走り抜きたい。
寸鉄 2021年10月4日
創価の連帯が広がれば良い社会が築けると確信—識者。対話へ自信満々と
「出かけよう、道は僕らの前にある」詩人。躍進誓う10月!友のもとへ勇んで
東京富士美のエジプト展好評。古代人の心と文化に迫る浪漫溢れる作品群
国連世界宇宙週間。妙法は宇宙の根源の法則。朝の勤行から勝利の律動を
ネット通販巡る相談件数急増と。契約内容をよく確認。落とし穴を見抜け
〈社説〉2021・10・4 長編詩「母」——発表から50年
◇なんと不思議な豊富な力か
♪母よ あなたは なんと不思議な 豊富な力を もっているのか
池田先生が作詞した「母」の歌が誕生して、本年で45年。その基となった長編詩「母」が、大阪で行われた関西婦人部幹部会(1971年10月4日)で発表されて50年の佳節を迎えた。
「『母』の歌を聴くと、心が洗われ、限りなく温かい気持ちになります」——母を称えた歌詞は現在、諸言語に翻訳され、国境を超えて人々に愛唱されている。
作家の井上靖氏は"母が持つ愛の無限の深さ、強さ、広さ、美しさを称える詩に心打たれます"と語り、タイのある文化大臣は"どの国に、こんなに素晴らしい母の讃歌があるでしょうか。日本の方がうらやましい"と述べている。
かつて学会青年部の訪中団が、北京の人民大会堂で「母」の歌のメロディーを響かせた。その場にいた来賓の林麗?氏(池田先生と周恩来総理の会見の通訳)は、何度もうなずきながら歌に聴き入り、その瞳は涙であふれていた。
インドのソニア・ガンジー氏は、夫のラジブ・ガンジー首相が爆弾テロで命を落として9カ月後、自宅に池田先生ご夫妻を迎えた。
先生は、「母は太陽です。太陽は輝いてこそ太陽です」「前へ、また前へと進んでください」「一番、悲しかった人が、一番、晴れやかに輝く人です。悲しみの深かった分だけ、大きな幸福の朝が来るのです」と言いながら、「母」の曲のオルゴールを贈った。
後にソニア氏は、「オルゴールが大好きで、毎日、聴いていました」と語っている。
池田先生は歌に込めた思いを、次のようにつづっている。「長編詩『母』を歌にと考えたのも、けなげな庶民の母たちが、世界の人々の幸せと平和を祈り、日夜、献身的に行動しておられることへの感謝の思いからである」と。
聡明な励ましの声。快活な笑顔。全ての生命を守り慈しむ母ありて、私たちは「今」を生きている。母への感謝の思いこそ、人間の善性を目覚めさせ、結び付ける普遍的な力といえよう。
御書には、「百千万年くらき所にも燈を入れぬればあかくなる」(1403ページ)とある。コロナ禍の中にあって、人生の真の豊かさや生きがいが問い直される今、友の幸せを祈り、わが身を惜しまず行動する、創価の女性の連帯こそ、社会の希望の光である。
☆ストーリーズ 師弟が紡ぐ広布史 第12回 阪神・淡路大震災
◇フル回転した真心のネットワーク
ハワイ大学の平和研究所と学術機関「東西センター」の招聘を受け、1995年1月21日、池田大作先生は日本からハワイへ旅立つ予定だった。
世界青年平和文化祭、SGI(創価学会インタナショナル)総会など、重要行事が控えていた。
その4日前——1月17日の午前5時46分、阪神・淡路大震災が起こった。先生は、ハワイの全行程のキャンセルも考えた。
しかし、1月26日には、ハワイ大学の訪問と東西センターの講演が予定されていた。先生の訪問に合わせ、欧州やアジアの大学関係者が集うことになっていた。
変更できるスケジュールは、全て変更した。あと1日、もう1日と出発を延期し、先生は救援活動への激励に全力を注いだ。
震災が発生した17日の午前7時半ごろ、学会本部では先生の言葉が徹底された。——全力で救援を。考えつく、全てのことを。
同8時、東京と関西の両方に災害対策本部が設置。同9時、東西の対策本部に、ドクター部、白樺会・白樺グループによる「救急医療班」が結成された。
先生からのお見舞いが逐次、被災された方々に伝えられた。先生はさらに、関西へ伝言を送った。
「リーダーが滅入ってはいけない。社会の現象なんだから負けてはいけない」
「最善を尽くし、何でもしてあげてください」
時間の経過とともに、被害の全容が明らかになっていく。その甚大さに、多くの人が気を落とす中、関西の同志は心を奮い立たせ、救援活動に走った。
当時、学会の会館がなかった兵庫区。個人会場が災害対策本部になった。家主は、近くの電柱に「創価学会救援本部」との張り紙をした。午前11時には、その救援本部に、三田市の同志から大量のおにぎりが届いた。
午後10時ごろ、救援物資を乗せた艀が大阪港を出発した。艀は、停泊中の船と陸の間を、乗客や貨物を乗せて運ぶ小舟である。問い合わせた船舶会社の船は全て出払っており、艀をチャーターすることになった。
大阪港文化会館に集まった大量の物資を、壮年・男子部が5時間かけて積み込んだ。数十人のメンバーが、そのまま艀に乗った。午後11時半、神戸港に到着。物資を降ろし、大阪港に戻ると、時計の針は午前4時を回っていた。
"川を越えたら一切、愚痴は言うな"——尼崎の青年部は、それを合言葉に、尼崎から兵庫県東部を流れる武庫川を越え、神戸の被災地へ向かった。
先生がハワイへ出発したのは、1月25日の深夜。その折、「子どもたちの教育は、不自由していないだろうか」と。関西の対策本部は即座に反応し、兵庫県や神戸市に教育用品を寄贈した。
ハワイに到着した先生は26日、東西センターで講演。翌27日、アメリカ最高会議で、関西への思いを語った。
「わが偉大なる関西の友は、自分のことをさしおいてまで、人々のもとに足を運び、激励を続けている」
「人の面倒をみた人、友を励まし続けた人。その人には、だれもかなわない」
ハワイ訪問4日目となる1995年1月28日、世界青年平和文化祭が行われた。
創価合唱団が「ポリネシアンメドレー」を歌い終わると、舞台は関西吹奏楽団に移った。1曲目は「南太平洋メドレー」。2曲目に入ると、関西の交流団が立ち上がった。関西の愛唱歌「常勝の空」の演奏が始まった。
♪今再びの 陣列に
君と我とは 久遠より……
関西吹奏楽団と交流団のメンバーは、池田先生の方を向いた。先生は白い帽子を何度も、力強く回した。師の姿は、関西の友にとって、"関西、負けるな!"とのエールにほかならなかった。
阪神・淡路大震災が発生した1月17日から22日までの6日間で、学会は22万本の飲料水、65万個のおにぎり、50万個のパンを用意した。毛布7万5千枚、紙おむつ4万人分、粉ミルク5500缶、医療品2万5千箱なども準備した。
これらの物資を、ヘリコプターやチャーター船、トラック、バイクなどで輸送した。都市機能が停止する中、「陸」「海」「空」と、あらゆる方向から迅速な救援活動を展開した。
震災時、兵庫県知事を務めていた故・貝原俊民氏。生前、「私がいた知事公舎に、午前6時15分頃だったか、一番早く駆け付けたのは、地元の学会壮年部の方だった。私のことまで心配していただいていることに感激しました」との証言を残している。
信仰の有無など関係ない。同じ人間として、苦難にある人に救援の手を差し伸べる——関西の友の救援活動は、池田先生の心そのものだった。
95年2月2日、聖教新聞で連載中だった小説『新・人間革命』第3巻「仏法西還」の章で、山本伸一が仏法の生死観を語る場面が描かれ始めた。
4日付では、「広布のために、仏の使いとして行動し抜いた人は、いかなる状況のなかで亡くなったとしても、恐怖と苦悩の底に沈み、地獄の苦を受けることは絶対にない」と。
2月2日、ハワイでの諸行事を終えた先生は、関西へ。4日、関西文化会館で行われた追善勤行法要。先生は、「悪い象に殺された場合は地獄等には堕ちない。悪知識に殺された場合は地獄等に堕ちる」との経文を通し、「震災等で亡くなられた場合も、悪象による場合と同じく、絶対に地獄に堕ちない」と訴えた。
法要での師の励まし、小説に記された仏法の生死観は、関西の友の胸中に、大きな希望をともした。
震災時、救急病院の看護師だった婦人。子どもたちを神戸講堂に避難させると、自らは病院へ向かった。"野戦病院"の様相を呈する状況の中で、看護に当たった。
次々に襲い掛かる死の現実。心が押しつぶされそうになりながら、不眠不休で患者に寄り添い続けた。
震災後、家族を故郷の宮崎に帰した。大変な時だからこそ、子どもたちと一緒にいたい。でも、患者のそばを離れるわけにはいかない。身が裂かれるようだった。
"母親の私のことをどう思っているだろう"。不安が残った。震災から半年後、長女が書いた七夕の短冊に、婦人は目頭を熱くした。
——大きくなったら、お母さんのような看護師になりたい。
患者に尽くす「白樺の心」は、子どもたちに伝わっていた。後年、長女は看護師に。長男は創価大学に学び、広布後継の道を歩む。次女は創価大学を卒業後、看護学校へ。現在、看護師として奮闘を重ねる。三女は関西創価高校で向学の青春を謳歌している。
95年10月17日、「SGI総会」「21世紀兵庫希望総会」が、兵庫池田文化会館で晴れやかに開催された。
このSGI総会は2日間にわたって行われ、被爆50年の広島の地で開催される予定だった。
それが、1日目は広島で、2日目は兵庫で開かれることに。池田先生の提案だった。
震災から9カ月、神戸の街にはまだ、がれきの粉塵が飛び、復興は緒に就いたばかりだった。先生は語った。
「まだ車の渋滞がひどいのもわかっている。総会の運営も大変だ。しかし、懸命に立ち上がろうとしている、その神戸の地でやることに意味があるんだ」
兵庫のリーダーは、SGI総会に合わせ、「21世紀 兵庫総会」の開催を企画した。先生は、「総会に『希望』の二文字を加えようよ」と提案を重ねた。
震災から2カ月後、兵庫での座談会は、「希望座談会」との名称で行われた。兵庫の友は「希望」を語り合い、「希望」の力を持って、復興に立ち上がったのである。だからこそ、総会に「希望」の二文字が入ることは、何よりの喜びだった。
17日の総会で、先生は強調した。
「希望が力である。希望は『勇気』と『知恵』から生まれる。『知識』だけからは生まれない。そして信心とは『無限の希望』を生む知恵である。『永遠の希望』を生む知恵である」
「湊川はどっち?」
長田文化会館に駆け付けた友に、池田先生は尋ねた。2000年2月29日のことである。
南北朝時代の武将・楠木正成と正行。親子の別れを描いた歌"大楠公"を、戸田先生はこよなく愛した。「父は兵庫に赴かん」(落合直文作詞)——父・正成が最期を遂げた戦が、「湊川の合戦」だった。
湊川の方向を確認すると、ピアノで"大楠公"を弾いた。会館には、地元のメンバーが次々と集まってきていた。皆で勤行した後、先生は語った。
「よくここまで復興されました。しかし、まだまだ、これからが大変でしょう。私も応援を続けます。一生涯、お題目を送ります。亡くなられた同志も、家族も、必ず広宣流布の陣列に元気に戻ってくることを確信してください」
「どうか朗らかに! 朗らかな人には、誰もかなわない。そして忍耐をもって生き抜いていただきたい。一緒に人生を生きましょう! お元気で! 日本一の長田区です」
その場にいた長田区の壮年。震災の時、自宅が全壊した。生き埋めの中、夫婦で「常勝の空」を歌い、死の恐怖と戦った。
震災発生から2時間ほどの後、知人が助け出してくれた。壮年はすぐに、長田文化会館へ。会館の状況を確認すると、近隣の人たちの救助に走った。
震災後、7回転居した。思い通りにいかない現実。じっと耐え、復興の歩みを続けてきた。
壮年は少人数の語らいを大切にした。被災した一人一人の状況は異なるからだ。現在のコロナ禍でも、目の前の一人に、共に広布に立ち上がることを呼び掛ける。
「『日本一の長田区』との先生の万感の思いに、生涯、応え続けていきます」。壮年は力を込めた。
戦後最大の都市直下型地震。多くの建物が崩れる中で、決して壊れないものがあった。
励まし合い、支え合う「人間の絆」である。
"負けたらあかん!"との「不屈の魂」である。
先生は関西の友の貢献をたたえている。
「組織があったから動いたのではない。苦しんでいる方々の痛みを共にし、行動せずにはいられぬ『同苦の心』が、同志の胸に燃えていたからこそ、真心のネットワークがフル回転で働いたのだ」
2021年10月3日日曜日
2021.10.03 わが友に贈る
「竹の節を一つ破ぬれば
余の節亦破るるが如し」
限界突破の一人がいれば
その波動は千波万波と!
これが広布の方程式だ。
開目抄下 P223
『当世日本国に第一に富める者は日蓮なるべし命は法華経にたてまつり名をば後代に留べし』
【通解】
当世日本国に第一に富める者は日蓮である。命は無上最大の法華経に奉り、名をば後代に留めるのである。
名字の言 子守歌は親から継いだ「愛情の調べ」 2021年10月3日
数年前、公園で子連れの母たちが談笑中、一人が言った。「私が幼い頃に母から聞かされた子守歌を歌うと、この子、寝付きがいいの」。他の母も同じような経験があるのか、うなずいていた▼わが子を揺らして歌う時、"母もこうしてくれた"と感謝が湧く。その心こもる歌に、子は安心して眠る。子守歌は親から継いだ「愛情の調べ」——母たちの会話に思った▼ある女性部員は幼少期に両親が離婚し、母に育てられた。後年、彼女は幸せな結婚をし、4児の母に。だが、夫が病で急逝した。"どうやって生きていけば……"。苦悩は深かった▼唱題する中、自分を信心に導いてくれた亡き母が脳裏に浮かんだ。"母のように強盛な信心で、私も幸福の人生を築いてみせる"と誓った。以来、一切の苦難を必死の祈りではね返した。現在、立派に成人した子どもたちが思い出話をすると決まって出る言葉がある。「母の題目が子守歌だった」——彼女の信心と愛情が、子を守り抜いたという"証言"であろう▼池田先生は「正しい信念を、正しい哲学を、正しい信仰を脈々と継承していく——そこにこそ、人間の最も崇高な永遠性の劇がある」と。子は、親が貫いた"負けじ魂の信心"を最高の宝として受け継ぐ。
寸鉄 2021年10月3日
最も大変なことに真っ先に挑戦せよ—戸田先生。勇気の拡大劇を「私」から
北海道の大空知、留萌、サロベツの友が大奮戦!連戦連勝へ押し上げ皆で
東京の北、足立、豊島、板橋よ師子となって走りゆけ!本陣に凱歌を必ず
広島戸田総県よ頑張れ。開拓魂の本領発揮の時!総力挙げて歴史的金星を
東西ドイツの統一の日。分断の壁破った民衆の力—我らも心結ぶ交流益々
☆いのちの賛歌 心に刻む一節 桜梅桃李の輝き 2021年9月21日
テーマ:桜梅桃李の輝き
企画「いのちの賛歌 心に刻む一節」では、御聖訓を胸に、宿命に立ち向かってきた創価学会員の体験を紹介するとともに、池田先生の指導を掲載する。今回は「桜梅桃李の輝き」をテーマに、佐賀県の母と娘に話を聞いた。
◇御文
『設ひ・いかなる・わづらはしき事ありとも夢になして只法華経の事のみさはくらせ給うべし』(兄弟抄、御書1088ページ)
◇通解
たとえ、どんな煩わしい苦難があっても、夢の中のこととして、ただ法華経のことだけを思っていきなさい。
◇使命のない人などいない
娘が教えてくれた信心
"3歳になったのに、言葉が出てこない"。西川節子さん=佐賀・吉野ケ里平和圏女性部総合長=は悩み、苦しんだ末に、長女・郁美さん=女子地区リーダー=を連れて病院へ。医師に「発達障がい」による言葉の遅れと告げられた。
◇
「当時はまだ、『発達障がい』など一般に知られておらず、ただただショックだったのを覚えています」
1977年(昭和52年)3月、西川さんは夫・義憲さん(68)=副支部長=と結婚し、学会に入会。第1子を出産するも、生後すぐに亡くした。郁美さんは、その2年後にやっと授かった娘だった。
郁美さんはその後、小学校に上がっても、いくつかの単語しか話せなかった。小学校側から「特殊学級(当時)に」との話もあったが、西川さんは断ったという。
「"普通学級で学ばせてあげたい"という思いもそうですが、どこか"周りの目"を気にしている自分もいて」
結局、郁美さんは4年生から特殊学級に通うことになった。
"娘は娘"。頭では分かっていても、無意識に同年代の子とわが子を比べてしまう。そんな自分に嫌気が差し、信心にも積極的になれなかった西川さん。
誰にも相談できずにいた悩みを、ようやく、当時の支部婦人部長に打ち明けた。「なんで私ばかり、こんな思いをするんですか?」
支部婦人部長のまなざしは、温かかった。
「使命のない人などいない。郁美ちゃんは、お母さんに信心を教えるために生まれてきたの。あなたの宝物なのよ」
宝物——その一言が胸に突き刺さった。"世間体ばかり気にしていた私は、なんて情けない母親だったんだろう"。涙で相手の笑顔がかすんだ。
「郁美を幸せにするためにも、信心で私自身が変わろうって思えたんです」
この頃、郁美さんが、学校でうまく話せないことを冷やかされるような、いじめを受けていることを知った。
心が押しつぶされそうな中、巡り合った御聖訓が「設ひ・いかなる・わづらはしき事ありとも夢になして」(御書1088ページ)の一節だった。
"どんな苦悩も、仏法の眼から見れば夢のようなもの。信心で必ず乗り越えられる!"。その確信を胸に、娘と共に毎日、祈りを合わせた。
郁美さんは、「何があっても笑顔でいようって、自分に言い聞かせていたんです」と振り返る。やがて郁美さんは、教員の熱心な関わりで、少しずつ話せる言葉が増えていった。そうした様子を見てきた他の保護者が、西川さんに「どうしたら、郁美ちゃんのような明るい子に育つの?」と相談してきたこともあった。
小学校を卒業した郁美さんは、地元中学校の特殊学級で学ぶようになる。しかし、いじめは中学校でもなくならなかった。西川さんは「娘のことを理解してもらえない。これがつらかった」と話す。母と娘の、悩みの日々が続いた。それでも、「親身になってくれる特殊学級の先生がいたおかげで、郁美は一日も休まず通い続けることができました」。
その後、郁美さんは猛勉強の末、福岡県内の私立高校に進学。この頃になると、会話の困難さは、ほとんどなくなり、いい友人にも恵まれたという。
充実した高校生活を送り、皆勤賞で卒業した郁美さんは、地元企業に就職。気付けば、会話で困るようなことはなくなっていた。
郁美さんが20歳の時には、対話を重ねてきた友人が「あなたのように明るくなりたい」と、自ら進んで入会した。この時、西川さんをはじめ、触発された弟妹も次々と弘教を実らせた。
西川さんは話す。
「その人にしか果たせない使命が必ずある。そのことを、私たち家族は郁美から教わったんです。郁美の姿が誰かの希望になるなんて、親として、これほどうれしいことはありません」
郁美さんは「たくさん悩み、いじめも経験しました。でも、だからこそ、悩んでいる人には"寄り添いたい"と思える自分になれたのかな」と、笑顔を見せる。
「只法華経の事のみさはくらせ給うべし」(同ページ)——日蓮大聖人は「兄弟抄」で、苦境に直面した門下たちに、"妙法と共に、広宣流布に生き抜いていくのだ"と激励された。
どんなに「わづらはしき事」(同ページ)も、信心を根本にした生き方を貫く中で、全て境涯革命への糧にしていける。そして、広布の大願に生き抜く人は、必ず人生を大きく開いていくことができる。西川さん親子は御聖訓を拝し、その確信を心に強く刻む。
池田先生は語っている。
「桜は桜のままに咲き、自らの使命に生きている。梅も、桃も、李もそうだ。われわれ一人一人の人間も同じでなくてはならない。
一人一人が個性をもっている。また人格をもち、尊い生命をもった存在である。ゆえに、あくまでも自分らしく、主体性をもって生きていけばよいのである。
自分にしかない使命、生き方があるものだ。あの人のようでなければならないということはないのである。(中略)
信心の眼より見れば、自分自身のこの世に生まれた使命と、それぞれの因縁があるといってよい。それを、それぞれ心から楽しく自覚できるのが、この妙法である。
妙法の信心の力によって自分のなかにある仏界を涌現させていくことが、人生にとって根本の幸せなのである」(池田大作先生の指導選集〈上〉『幸福への指針』)
大聖人は「兄弟抄」で、苦難に立ち向かう門下を「未来までの・ものがたりなに事か・これにすぎ候べき」(同1086ページ)と称賛された。何があっても"負けない"挑戦の姿こそ、皆に勇気を与え続けるドラマと輝くのだ。
[教学コンパス]
日本社会に根強いとされる、横並びを強制するような「同調圧力」。長期化するコロナ禍により、協調性が求められる場面が増え、日常の中でも、さまざまな息苦しさを感じる人は多いのではないだろうか。わずかな差異をも認めず、人を安易に鋳型にはめ込もうとするような「不寛容なまなざし」のまん延は、自分とは異なる人を簡単に排除する風潮を生みかねない。多様な人の活躍を阻む社会は、結果として、個々人の「生きにくさ」をますます強めていってしまうだろう。
本来、人は誰一人として同じではない。誰もが、その人にしか果たせない使命を持った「かけがえのない一人」である。それを、「御義口伝」では「桜梅桃李」と表した。釈尊の教えの精髄である「法華経」で示されているのも、自身の「かけがえのなさ」に目覚めた人が、一人また一人と広がることで「自他共の尊厳が輝く世界」が築かれていく民衆のドラマであるともいえる。人生劇場の主人公は「私」である!——こう深く心を定めた人は、負けない。
余の節亦破るるが如し」
限界突破の一人がいれば
その波動は千波万波と!
これが広布の方程式だ。
開目抄下 P223
『当世日本国に第一に富める者は日蓮なるべし命は法華経にたてまつり名をば後代に留べし』
【通解】
当世日本国に第一に富める者は日蓮である。命は無上最大の法華経に奉り、名をば後代に留めるのである。
名字の言 子守歌は親から継いだ「愛情の調べ」 2021年10月3日
数年前、公園で子連れの母たちが談笑中、一人が言った。「私が幼い頃に母から聞かされた子守歌を歌うと、この子、寝付きがいいの」。他の母も同じような経験があるのか、うなずいていた▼わが子を揺らして歌う時、"母もこうしてくれた"と感謝が湧く。その心こもる歌に、子は安心して眠る。子守歌は親から継いだ「愛情の調べ」——母たちの会話に思った▼ある女性部員は幼少期に両親が離婚し、母に育てられた。後年、彼女は幸せな結婚をし、4児の母に。だが、夫が病で急逝した。"どうやって生きていけば……"。苦悩は深かった▼唱題する中、自分を信心に導いてくれた亡き母が脳裏に浮かんだ。"母のように強盛な信心で、私も幸福の人生を築いてみせる"と誓った。以来、一切の苦難を必死の祈りではね返した。現在、立派に成人した子どもたちが思い出話をすると決まって出る言葉がある。「母の題目が子守歌だった」——彼女の信心と愛情が、子を守り抜いたという"証言"であろう▼池田先生は「正しい信念を、正しい哲学を、正しい信仰を脈々と継承していく——そこにこそ、人間の最も崇高な永遠性の劇がある」と。子は、親が貫いた"負けじ魂の信心"を最高の宝として受け継ぐ。
寸鉄 2021年10月3日
最も大変なことに真っ先に挑戦せよ—戸田先生。勇気の拡大劇を「私」から
北海道の大空知、留萌、サロベツの友が大奮戦!連戦連勝へ押し上げ皆で
東京の北、足立、豊島、板橋よ師子となって走りゆけ!本陣に凱歌を必ず
広島戸田総県よ頑張れ。開拓魂の本領発揮の時!総力挙げて歴史的金星を
東西ドイツの統一の日。分断の壁破った民衆の力—我らも心結ぶ交流益々
☆いのちの賛歌 心に刻む一節 桜梅桃李の輝き 2021年9月21日
テーマ:桜梅桃李の輝き
企画「いのちの賛歌 心に刻む一節」では、御聖訓を胸に、宿命に立ち向かってきた創価学会員の体験を紹介するとともに、池田先生の指導を掲載する。今回は「桜梅桃李の輝き」をテーマに、佐賀県の母と娘に話を聞いた。
◇御文
『設ひ・いかなる・わづらはしき事ありとも夢になして只法華経の事のみさはくらせ給うべし』(兄弟抄、御書1088ページ)
◇通解
たとえ、どんな煩わしい苦難があっても、夢の中のこととして、ただ法華経のことだけを思っていきなさい。
◇使命のない人などいない
娘が教えてくれた信心
"3歳になったのに、言葉が出てこない"。西川節子さん=佐賀・吉野ケ里平和圏女性部総合長=は悩み、苦しんだ末に、長女・郁美さん=女子地区リーダー=を連れて病院へ。医師に「発達障がい」による言葉の遅れと告げられた。
◇
「当時はまだ、『発達障がい』など一般に知られておらず、ただただショックだったのを覚えています」
1977年(昭和52年)3月、西川さんは夫・義憲さん(68)=副支部長=と結婚し、学会に入会。第1子を出産するも、生後すぐに亡くした。郁美さんは、その2年後にやっと授かった娘だった。
郁美さんはその後、小学校に上がっても、いくつかの単語しか話せなかった。小学校側から「特殊学級(当時)に」との話もあったが、西川さんは断ったという。
「"普通学級で学ばせてあげたい"という思いもそうですが、どこか"周りの目"を気にしている自分もいて」
結局、郁美さんは4年生から特殊学級に通うことになった。
"娘は娘"。頭では分かっていても、無意識に同年代の子とわが子を比べてしまう。そんな自分に嫌気が差し、信心にも積極的になれなかった西川さん。
誰にも相談できずにいた悩みを、ようやく、当時の支部婦人部長に打ち明けた。「なんで私ばかり、こんな思いをするんですか?」
支部婦人部長のまなざしは、温かかった。
「使命のない人などいない。郁美ちゃんは、お母さんに信心を教えるために生まれてきたの。あなたの宝物なのよ」
宝物——その一言が胸に突き刺さった。"世間体ばかり気にしていた私は、なんて情けない母親だったんだろう"。涙で相手の笑顔がかすんだ。
「郁美を幸せにするためにも、信心で私自身が変わろうって思えたんです」
この頃、郁美さんが、学校でうまく話せないことを冷やかされるような、いじめを受けていることを知った。
心が押しつぶされそうな中、巡り合った御聖訓が「設ひ・いかなる・わづらはしき事ありとも夢になして」(御書1088ページ)の一節だった。
"どんな苦悩も、仏法の眼から見れば夢のようなもの。信心で必ず乗り越えられる!"。その確信を胸に、娘と共に毎日、祈りを合わせた。
郁美さんは、「何があっても笑顔でいようって、自分に言い聞かせていたんです」と振り返る。やがて郁美さんは、教員の熱心な関わりで、少しずつ話せる言葉が増えていった。そうした様子を見てきた他の保護者が、西川さんに「どうしたら、郁美ちゃんのような明るい子に育つの?」と相談してきたこともあった。
小学校を卒業した郁美さんは、地元中学校の特殊学級で学ぶようになる。しかし、いじめは中学校でもなくならなかった。西川さんは「娘のことを理解してもらえない。これがつらかった」と話す。母と娘の、悩みの日々が続いた。それでも、「親身になってくれる特殊学級の先生がいたおかげで、郁美は一日も休まず通い続けることができました」。
その後、郁美さんは猛勉強の末、福岡県内の私立高校に進学。この頃になると、会話の困難さは、ほとんどなくなり、いい友人にも恵まれたという。
充実した高校生活を送り、皆勤賞で卒業した郁美さんは、地元企業に就職。気付けば、会話で困るようなことはなくなっていた。
郁美さんが20歳の時には、対話を重ねてきた友人が「あなたのように明るくなりたい」と、自ら進んで入会した。この時、西川さんをはじめ、触発された弟妹も次々と弘教を実らせた。
西川さんは話す。
「その人にしか果たせない使命が必ずある。そのことを、私たち家族は郁美から教わったんです。郁美の姿が誰かの希望になるなんて、親として、これほどうれしいことはありません」
郁美さんは「たくさん悩み、いじめも経験しました。でも、だからこそ、悩んでいる人には"寄り添いたい"と思える自分になれたのかな」と、笑顔を見せる。
「只法華経の事のみさはくらせ給うべし」(同ページ)——日蓮大聖人は「兄弟抄」で、苦境に直面した門下たちに、"妙法と共に、広宣流布に生き抜いていくのだ"と激励された。
どんなに「わづらはしき事」(同ページ)も、信心を根本にした生き方を貫く中で、全て境涯革命への糧にしていける。そして、広布の大願に生き抜く人は、必ず人生を大きく開いていくことができる。西川さん親子は御聖訓を拝し、その確信を心に強く刻む。
池田先生は語っている。
「桜は桜のままに咲き、自らの使命に生きている。梅も、桃も、李もそうだ。われわれ一人一人の人間も同じでなくてはならない。
一人一人が個性をもっている。また人格をもち、尊い生命をもった存在である。ゆえに、あくまでも自分らしく、主体性をもって生きていけばよいのである。
自分にしかない使命、生き方があるものだ。あの人のようでなければならないということはないのである。(中略)
信心の眼より見れば、自分自身のこの世に生まれた使命と、それぞれの因縁があるといってよい。それを、それぞれ心から楽しく自覚できるのが、この妙法である。
妙法の信心の力によって自分のなかにある仏界を涌現させていくことが、人生にとって根本の幸せなのである」(池田大作先生の指導選集〈上〉『幸福への指針』)
大聖人は「兄弟抄」で、苦難に立ち向かう門下を「未来までの・ものがたりなに事か・これにすぎ候べき」(同1086ページ)と称賛された。何があっても"負けない"挑戦の姿こそ、皆に勇気を与え続けるドラマと輝くのだ。
[教学コンパス]
日本社会に根強いとされる、横並びを強制するような「同調圧力」。長期化するコロナ禍により、協調性が求められる場面が増え、日常の中でも、さまざまな息苦しさを感じる人は多いのではないだろうか。わずかな差異をも認めず、人を安易に鋳型にはめ込もうとするような「不寛容なまなざし」のまん延は、自分とは異なる人を簡単に排除する風潮を生みかねない。多様な人の活躍を阻む社会は、結果として、個々人の「生きにくさ」をますます強めていってしまうだろう。
本来、人は誰一人として同じではない。誰もが、その人にしか果たせない使命を持った「かけがえのない一人」である。それを、「御義口伝」では「桜梅桃李」と表した。釈尊の教えの精髄である「法華経」で示されているのも、自身の「かけがえのなさ」に目覚めた人が、一人また一人と広がることで「自他共の尊厳が輝く世界」が築かれていく民衆のドラマであるともいえる。人生劇場の主人公は「私」である!——こう深く心を定めた人は、負けない。
2021年10月2日土曜日
2021.10.02 わが友に贈る
さあ「対話の秋」本番。
わが人間革命のため
自他共の幸福のため
励ましを広げよう!
友好の大いなる実りを!
法華初心成仏抄 P550
『人既にひがみ法も実にしるしなく仏神の威験もましまさず今生後生の祈りも叶はず、かからん時はたよりを得て天魔波旬乱れ入り国土常に飢渇して天下も疫癘し他国侵逼難自界叛逆難とて我が国に軍合戦常にありて、後には他国より兵どもをそひ来りて此の国を責むべしと見えたり』
【通解】
人の心は既に僻み、経法も実に効力がなく、仏神の威力もなくなり、今生後生の祈りもかなわない。
このような時は、天魔・波旬が乱れ入り、国土は常に飢饉となり、天下には疫病が流行し、他国侵逼難・自界叛逆難といって我が国に合戦が絶えず、後には他国から兵士が襲ってきてこの国を責めるであろうことが明白である。
名字の言 世界文化遺産の縄文遺跡群から学べること 2021年10月2日
ユネスコの世界文化遺産に登録された北海道・北東北の縄文遺跡群。津軽海峡を挟み、この地域は、同一の文化圏を形成していた▼縄文時代は日本独自の時代区分。世界でも珍しい「採集・漁労・狩猟」による人間の定住の中で、墓や土偶など精緻で複雑な精神文化が生まれた。その間、約1万年は戦争が起きなかったといわれる▼私たちの周囲にはモノがあふれ、縄文時代とは比較にならないほど、暮らしは便利だ。だが、縄文遺跡群から学べることは数多くある。その一つが「持続可能性」。函館市の「垣ノ島遺跡」からは世界最古の漆器が出土した。一本の木から少量しか採れない漆の特性を知り、数年先を見越しながら、自らの生活に必要な樹液だけを採取していた▼際限なき消費は生態系のバランスに影響を及ぼす。現在の感染症や気候変動も、その均衡が崩れたことに起因する。昔の生活に戻ることが解決策にはならないとしても、過去に学び、未来を見据え、自らの生活に本当に必要なのかを問う——そうした、生き方の転換が迫られていよう▼縄文時代の人々は、自分と環境が結び付いていると捉えていたという。持続可能な社会へ、この生命共生の心こそ、次代に受け継ぎたい遺産である。
寸鉄 2021年10月2日
世界平和の日。一閻浮提広布は創価の師弟が実現 地球結ぶ民衆の連帯燦然
大阪、兵庫、京都、奈良、和歌山、滋賀よ時は今!常勝の炎燃やし師子吼を
神奈川、千葉、山梨から正義の音声を満天下に!直結の同志の責務は勝利
一人立つ勇敢な挑戦から地区に歓喜のうねりが!「一は万が母」と御書に
政治は何を言ったかより何をやったかだ。公明よ豊富な実績を堂々と語れ
〈社説〉 2021・10・2 「箱根すすき祭り」から50年
◇真心の振る舞いで地域に信頼を
秋の陽光を浴びて、箱根のススキも黄金色に輝き始めた。
桂冠詩人・池田先生はうたった。
「芒は/親子二人きりではない。/大勢の子どもがいる/大勢の親戚がいる。/大勢の友だちと/笑い 語りあう姿は/弱々しいようであっても/芯は/いかなる大木よりも/強いのだ」——。
あす10月3日は、箱根研修所(現・神奈川研修道場)で第1回「箱根すすき祭り」が開催されて、50年の節目を刻む。
1971年、地域に信頼を広げる集いをとの先生の提案を受け、神奈川では「三崎カーニバル」や「鎌倉祭り」といった地域友好行事が行われた。そうした中、同年10月3日に「箱根すすき祭り」が開かれたのである。
祭りには、箱根、小田原、静岡県・熱海の学会員と友人ら約2000人が参加。模擬店が並び、舞台では合唱や演奏、踊りなどが披露された。地域の友と、笑いの絶えない、心通い合うひととき。先生は会場を歩き、一人一人に声を掛けていった。その振る舞いに、学会への理解は大きく広がった。
地域友好の原点「10・3」は「箱根の日」となり、師の精神は今も脈々と、同志の胸に流れ通う。
当時、池田先生の前で、太鼓の演奏を披露した壮年が会長を務める「箱根太鼓振興会」には、壮年・男子部員が所属。地域行事や宿泊施設でのイベントなどで演奏を披露し、町の振興に貢献している。
国内はもとより、世界各地から観光客が訪れる箱根は、コロナ禍によって大きな打撃を受けた。箱根のホテルで働く男子部の部長は、大変な時こそ、創価の青年の底力を示す時と、唱題と勇気の対話拡大に率先して挑戦。誠実な仕事に徹し抜き、資格取得の勉強などにも励み、職場での信頼を大きく広げた。
箱根は、仕事などの関係から、住民の転出入が多い。だからこそ、一期一会の思いで友と語る。全国・世界に広がった"箱根同志"の絆は強く、互いに離れた地にいても励ましを送り合う。かつて先生が「『箱根は世界の同志のオアシス』を合言葉に」と期待を寄せた通りの姿を示している。
「生命力」や「心が通じる」との花言葉があるススキ。輝く姿で周囲を照らす箱根の友にならい、あふれる生命力と、友を包む真心の対話で、わが地域に信頼の輪を大きく広げていきたい。
☆随筆「人間革命」光あれ わが胸に燃やせ開拓魂 2021年9月23日
◇立正安国へ平和と幸福の潮を!
秋の「彼岸」に際し、崇高な広宣流布への途上で逝去された同志とご家族へ、懇ろに追善回向をさせていただいております。
さらに、コロナ禍の中で亡くなられた全ての方々に心から題目を送ります。
そしてまた、この災厄の終息と、全同志の健康無事を懸命に祈っております。
御義口伝には、「南無妙法蓮華経と唱え奉る時・題目の光無間に至りて即身成仏せしむ」(御書七一二ページ)と仰せです。
私たちは、三世永遠を照らす妙法の慈光で、二十一世紀の地球と人類を、より明るく温かく包んでいきたいと思うのであります。
◇宗教の使命とは
本年は、先師・牧口常三郎先生の大著『創価教育学体系』の第二巻『価値論』の発刊九十年に当たる。
先生は、同書で「人を救い世を救う」ことに、宗教が社会に存立する意義があると、明晰に指摘された。
ゆえに、思想の動揺、生活の不安にある末法の現代において、「立正安国」という民衆救済と平和創出を掲げた日蓮仏法こそが、一宗一派を超えて人間の踏むべき道を正しく開いていくのだと宣言されている。
先生は、この『価値論』を発刊した年の夏には、縁深き北海道を訪れ、札幌や岩見沢で、郷土教育について講演もされている。新渡戸稲造ら知識人との交流も地道に続けておられた。
相手の信条や立場など関係なく、自ら動いて友情を広げ、価値創造の連帯を結ばれた。そして、不二の弟子・戸田城聖先生と共に、「立正安国」へ具体的な行動を起こしゆく創価の組織の土台を築かれたのである。
◇常勝関西の初陣
先師と恩師が率先して示されたように、地道な開拓こそ、勝利への王道である。そして、わが学会の常勝の前進は、最前線の尊き一つ一つの地区から生まれる。
一九五六年(昭和三十一年)、あの「大阪の戦い」も、年頭の異体同心の地区部長会から始まった。
私たちは「大法興隆所願成就」の関西常住の御本尊の前で御聖訓を拝した。
「何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり」(同一一三二ページ)
この御文の如く、大聖人正統の弟子として、我らは祈りをそろえて、不可能を可能にする道を豁然と開こうと誓い合ったのである。
関西の地区部長、地区担当員(現在の地区女性部長)たちは、一念を私の一念に合わせて脈動させ、跳躍し、共に険路を越えてくれた。
法華経二十八品の最後に普賢菩薩は誓いを立てる。
すなわち、「法華経の行者の苦しみを除き、安穏ならしめ、魔や魔民が付け入らないように護ります」。「大いに歓喜して精進できるよう励まします」。さらに、「法華経を全世界に流布し、決して断絶させません」等と。
御本仏から「其の国の仏法は貴辺にまか(任)せたてまつり候ぞ」(同一四六七ページ)と託された使命の天地で、この普賢の誓いを遂行するリーダーこそ、地区部長、地区女性部長なのだ。
「"まさか"が実現」の関西の初陣は、まぎれもなく全地区の凱歌であった。
◇偉大な志に立つ
大阪の戦いに続く同年九月、恩師・戸田先生から、私は「山口開拓指導」の総責任者に任じられた。
当時、私は日記に記した。
「義経の如く、晋作の如く戦うか。歴史に残る法戦」
源義経も、高杉晋作も、"世の中狭し"と時代を乱舞し、各地にその勇名を馳せた。義経は"我を手本とせよ"と兵庫の鵯越の坂を駆け、讃岐の屋島へ、長門の壇ノ浦へと追撃した。
一方、高杉晋作は幕末の長州で、維新回天の大業を開いた。その祖先は安芸国高田郡(現在の広島県安芸高田市)に居を構え、後に毛利氏に仕えた戦国武将とされる。「高杉」の名を冠した城跡もある。
さて、幕末乱世、晋作が二十一歳の時に転機が訪れる。敬愛する師の吉田松陰が処刑されたのである。
弟子は師匠の無念を晴らさんと立ち上がる。そのための開拓が、各地の志士と心を結ぶことだった。翌年、故郷の萩を起点に、大阪、堺へ、関東、信越、北陸へと駆け巡った。
「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し」との縦横無尽の行動は、短日月に歴史回天の礎を築くのだ。
晋作が自らに課したのは"困ったと言わないこと"である。「いかなる難局に処しても、必ず、窮すれば通ずで、どうにかなる」との確信に立っていた。
晋作が結成した「奇兵隊」の隊士となる条件は、身分でも経歴でもない。志があるか否かであった。
「志」——これこそ、山口開拓指導に携わった同志に共通する自発の力である。
恩師は言われた。
「学会は日本の潮である。平和と幸福の潮である。この潮を、全世界の潮流として、地上に理想の社会をつくっていこうではないか」
この大理想を実現するのだと、友は山口に駆けつけてくれた。東京、関東、関西、岡山・広島など中国はもとより、北海道、東北、東海道、中部、さらに九州、四国からも、広布の志に燃え、困難を突き抜けて開拓の対話に挑んだのである。
思うように拡大が進まないと悩むリーダーたちとは「必ずできる。我らは民衆を救うために来た地涌の菩薩ではないか」と自負し合い、一緒に壁を破っていった。
この年(一九五六年)の十月から翌年一月までに三度、延べ二十二日間の戦いで、山口の世帯数は約十倍に飛躍し、新たな地区が澎湃と誕生したのである。
◇縁した「一人」と
なぜ、この短期決戦に勝てたのか。それは、どこまでも「一人を大切に」したからに他ならない。
戸田先生は当時、幾度となく語られていた。
「たった一人でも聞いてくれる者がある。一人の人に会えばよい」
人数ではない。一対一の対話を大事にして、縁した「一人」と心を通わせることが、一切の原点である。
そして一人の顔が見える座談会こそ学会の縮図であり、地区は励ましのネットワークの中心基地である。地域に友情と信頼を広げる民衆の城であり、桜梅桃李の和楽の園なのだ。
地区こそ霊山の一会なり——私は、大切な座談会を希望と活力の会座にと、若き日から先駆した。
ある時は、東京・足立区高野町(現在の江北四丁目)で行われた座談会に伺った。青年が育っていることを心から喜ぶ支部長の姿は、目に焼き付いて離れない。
北区東十条の北会館(当時)での地区座談会のことも蘇る。新来の友人たちも入会を決意された。
皆、愛する地元への貢献を一段と強めていかれた。現在も、地域の商店街などが大いに栄えていると伺い、嬉しい限りである。
沖縄の同志が、垣根なく開かれた、楽しく賑やかな座談会で郷土の発展の力を結集してこられたことも、希望のモデルである。
◇大情熱は消えじ
一九六〇年(昭和三十五年)十月、東西冷戦の最中、恩師の写真を胸に旅立った世界広布の開拓も、「一人」の激励、「一地区」の結成から出発した。
いかなる時代状況であれ、一人の幸福から万人の蘇生へ、一地区の和楽から国土の平和と繁栄へ波動を起こしゆくのが、我らの広宣流布であるからだ。
忘れ得ぬ光景がある。
一九七九年(同五十四年)十一月、豊島区巣鴨の東京戸田記念講堂で行われた本部幹部会で、北海道・留萌管内の天売島から参加した七十二歳の大ブロック長(現在の地区部長)が素晴らしい体験発表をしてくれた。
烈風に負けず、地域広布へ「激流の如き情熱」を燃やし、「果てしなく広がる大空の如き夢」をもち、「鉄石の決意」で戦い続けると師子吼したのだ。
この広布大願の闘魂に応えて、私は第三代会長辞任後、初めて「威風堂々の歌」の指揮を執った。
七十年前、私は担当する地区で広布の開拓を、青春の熱誠で開始した。日記には、"わが地区が完璧になるよう、御本尊に祈る"との真情を繰り返し綴っている。
今も変わらぬ心で、日本全国、さらに全世界の全ての地区に届けと、妻と共に題目を捧げる日々である。
偉大な地区部長、地区女性部長の健康長寿とご一家の栄光勝利、そして地区の全宝友の幸福安穏を祈り、記念の句を贈りたい。
地区部長には——
不二の指揮
地涌の黄金柱に
凱歌あれ
地区女性部長には——
福徳の
創価の太陽よ
舞い光れ
さあ、わが地区の異体同心の同志と共々に、地涌の開拓魂を燃え上がらせて、新たな民衆凱歌の金字塔を打ち立てようではないか!
わが人間革命のため
自他共の幸福のため
励ましを広げよう!
友好の大いなる実りを!
法華初心成仏抄 P550
『人既にひがみ法も実にしるしなく仏神の威験もましまさず今生後生の祈りも叶はず、かからん時はたよりを得て天魔波旬乱れ入り国土常に飢渇して天下も疫癘し他国侵逼難自界叛逆難とて我が国に軍合戦常にありて、後には他国より兵どもをそひ来りて此の国を責むべしと見えたり』
【通解】
人の心は既に僻み、経法も実に効力がなく、仏神の威力もなくなり、今生後生の祈りもかなわない。
このような時は、天魔・波旬が乱れ入り、国土は常に飢饉となり、天下には疫病が流行し、他国侵逼難・自界叛逆難といって我が国に合戦が絶えず、後には他国から兵士が襲ってきてこの国を責めるであろうことが明白である。
名字の言 世界文化遺産の縄文遺跡群から学べること 2021年10月2日
ユネスコの世界文化遺産に登録された北海道・北東北の縄文遺跡群。津軽海峡を挟み、この地域は、同一の文化圏を形成していた▼縄文時代は日本独自の時代区分。世界でも珍しい「採集・漁労・狩猟」による人間の定住の中で、墓や土偶など精緻で複雑な精神文化が生まれた。その間、約1万年は戦争が起きなかったといわれる▼私たちの周囲にはモノがあふれ、縄文時代とは比較にならないほど、暮らしは便利だ。だが、縄文遺跡群から学べることは数多くある。その一つが「持続可能性」。函館市の「垣ノ島遺跡」からは世界最古の漆器が出土した。一本の木から少量しか採れない漆の特性を知り、数年先を見越しながら、自らの生活に必要な樹液だけを採取していた▼際限なき消費は生態系のバランスに影響を及ぼす。現在の感染症や気候変動も、その均衡が崩れたことに起因する。昔の生活に戻ることが解決策にはならないとしても、過去に学び、未来を見据え、自らの生活に本当に必要なのかを問う——そうした、生き方の転換が迫られていよう▼縄文時代の人々は、自分と環境が結び付いていると捉えていたという。持続可能な社会へ、この生命共生の心こそ、次代に受け継ぎたい遺産である。
寸鉄 2021年10月2日
世界平和の日。一閻浮提広布は創価の師弟が実現 地球結ぶ民衆の連帯燦然
大阪、兵庫、京都、奈良、和歌山、滋賀よ時は今!常勝の炎燃やし師子吼を
神奈川、千葉、山梨から正義の音声を満天下に!直結の同志の責務は勝利
一人立つ勇敢な挑戦から地区に歓喜のうねりが!「一は万が母」と御書に
政治は何を言ったかより何をやったかだ。公明よ豊富な実績を堂々と語れ
〈社説〉 2021・10・2 「箱根すすき祭り」から50年
◇真心の振る舞いで地域に信頼を
秋の陽光を浴びて、箱根のススキも黄金色に輝き始めた。
桂冠詩人・池田先生はうたった。
「芒は/親子二人きりではない。/大勢の子どもがいる/大勢の親戚がいる。/大勢の友だちと/笑い 語りあう姿は/弱々しいようであっても/芯は/いかなる大木よりも/強いのだ」——。
あす10月3日は、箱根研修所(現・神奈川研修道場)で第1回「箱根すすき祭り」が開催されて、50年の節目を刻む。
1971年、地域に信頼を広げる集いをとの先生の提案を受け、神奈川では「三崎カーニバル」や「鎌倉祭り」といった地域友好行事が行われた。そうした中、同年10月3日に「箱根すすき祭り」が開かれたのである。
祭りには、箱根、小田原、静岡県・熱海の学会員と友人ら約2000人が参加。模擬店が並び、舞台では合唱や演奏、踊りなどが披露された。地域の友と、笑いの絶えない、心通い合うひととき。先生は会場を歩き、一人一人に声を掛けていった。その振る舞いに、学会への理解は大きく広がった。
地域友好の原点「10・3」は「箱根の日」となり、師の精神は今も脈々と、同志の胸に流れ通う。
当時、池田先生の前で、太鼓の演奏を披露した壮年が会長を務める「箱根太鼓振興会」には、壮年・男子部員が所属。地域行事や宿泊施設でのイベントなどで演奏を披露し、町の振興に貢献している。
国内はもとより、世界各地から観光客が訪れる箱根は、コロナ禍によって大きな打撃を受けた。箱根のホテルで働く男子部の部長は、大変な時こそ、創価の青年の底力を示す時と、唱題と勇気の対話拡大に率先して挑戦。誠実な仕事に徹し抜き、資格取得の勉強などにも励み、職場での信頼を大きく広げた。
箱根は、仕事などの関係から、住民の転出入が多い。だからこそ、一期一会の思いで友と語る。全国・世界に広がった"箱根同志"の絆は強く、互いに離れた地にいても励ましを送り合う。かつて先生が「『箱根は世界の同志のオアシス』を合言葉に」と期待を寄せた通りの姿を示している。
「生命力」や「心が通じる」との花言葉があるススキ。輝く姿で周囲を照らす箱根の友にならい、あふれる生命力と、友を包む真心の対話で、わが地域に信頼の輪を大きく広げていきたい。
☆随筆「人間革命」光あれ わが胸に燃やせ開拓魂 2021年9月23日
◇立正安国へ平和と幸福の潮を!
秋の「彼岸」に際し、崇高な広宣流布への途上で逝去された同志とご家族へ、懇ろに追善回向をさせていただいております。
さらに、コロナ禍の中で亡くなられた全ての方々に心から題目を送ります。
そしてまた、この災厄の終息と、全同志の健康無事を懸命に祈っております。
御義口伝には、「南無妙法蓮華経と唱え奉る時・題目の光無間に至りて即身成仏せしむ」(御書七一二ページ)と仰せです。
私たちは、三世永遠を照らす妙法の慈光で、二十一世紀の地球と人類を、より明るく温かく包んでいきたいと思うのであります。
◇宗教の使命とは
本年は、先師・牧口常三郎先生の大著『創価教育学体系』の第二巻『価値論』の発刊九十年に当たる。
先生は、同書で「人を救い世を救う」ことに、宗教が社会に存立する意義があると、明晰に指摘された。
ゆえに、思想の動揺、生活の不安にある末法の現代において、「立正安国」という民衆救済と平和創出を掲げた日蓮仏法こそが、一宗一派を超えて人間の踏むべき道を正しく開いていくのだと宣言されている。
先生は、この『価値論』を発刊した年の夏には、縁深き北海道を訪れ、札幌や岩見沢で、郷土教育について講演もされている。新渡戸稲造ら知識人との交流も地道に続けておられた。
相手の信条や立場など関係なく、自ら動いて友情を広げ、価値創造の連帯を結ばれた。そして、不二の弟子・戸田城聖先生と共に、「立正安国」へ具体的な行動を起こしゆく創価の組織の土台を築かれたのである。
◇常勝関西の初陣
先師と恩師が率先して示されたように、地道な開拓こそ、勝利への王道である。そして、わが学会の常勝の前進は、最前線の尊き一つ一つの地区から生まれる。
一九五六年(昭和三十一年)、あの「大阪の戦い」も、年頭の異体同心の地区部長会から始まった。
私たちは「大法興隆所願成就」の関西常住の御本尊の前で御聖訓を拝した。
「何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり」(同一一三二ページ)
この御文の如く、大聖人正統の弟子として、我らは祈りをそろえて、不可能を可能にする道を豁然と開こうと誓い合ったのである。
関西の地区部長、地区担当員(現在の地区女性部長)たちは、一念を私の一念に合わせて脈動させ、跳躍し、共に険路を越えてくれた。
法華経二十八品の最後に普賢菩薩は誓いを立てる。
すなわち、「法華経の行者の苦しみを除き、安穏ならしめ、魔や魔民が付け入らないように護ります」。「大いに歓喜して精進できるよう励まします」。さらに、「法華経を全世界に流布し、決して断絶させません」等と。
御本仏から「其の国の仏法は貴辺にまか(任)せたてまつり候ぞ」(同一四六七ページ)と託された使命の天地で、この普賢の誓いを遂行するリーダーこそ、地区部長、地区女性部長なのだ。
「"まさか"が実現」の関西の初陣は、まぎれもなく全地区の凱歌であった。
◇偉大な志に立つ
大阪の戦いに続く同年九月、恩師・戸田先生から、私は「山口開拓指導」の総責任者に任じられた。
当時、私は日記に記した。
「義経の如く、晋作の如く戦うか。歴史に残る法戦」
源義経も、高杉晋作も、"世の中狭し"と時代を乱舞し、各地にその勇名を馳せた。義経は"我を手本とせよ"と兵庫の鵯越の坂を駆け、讃岐の屋島へ、長門の壇ノ浦へと追撃した。
一方、高杉晋作は幕末の長州で、維新回天の大業を開いた。その祖先は安芸国高田郡(現在の広島県安芸高田市)に居を構え、後に毛利氏に仕えた戦国武将とされる。「高杉」の名を冠した城跡もある。
さて、幕末乱世、晋作が二十一歳の時に転機が訪れる。敬愛する師の吉田松陰が処刑されたのである。
弟子は師匠の無念を晴らさんと立ち上がる。そのための開拓が、各地の志士と心を結ぶことだった。翌年、故郷の萩を起点に、大阪、堺へ、関東、信越、北陸へと駆け巡った。
「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し」との縦横無尽の行動は、短日月に歴史回天の礎を築くのだ。
晋作が自らに課したのは"困ったと言わないこと"である。「いかなる難局に処しても、必ず、窮すれば通ずで、どうにかなる」との確信に立っていた。
晋作が結成した「奇兵隊」の隊士となる条件は、身分でも経歴でもない。志があるか否かであった。
「志」——これこそ、山口開拓指導に携わった同志に共通する自発の力である。
恩師は言われた。
「学会は日本の潮である。平和と幸福の潮である。この潮を、全世界の潮流として、地上に理想の社会をつくっていこうではないか」
この大理想を実現するのだと、友は山口に駆けつけてくれた。東京、関東、関西、岡山・広島など中国はもとより、北海道、東北、東海道、中部、さらに九州、四国からも、広布の志に燃え、困難を突き抜けて開拓の対話に挑んだのである。
思うように拡大が進まないと悩むリーダーたちとは「必ずできる。我らは民衆を救うために来た地涌の菩薩ではないか」と自負し合い、一緒に壁を破っていった。
この年(一九五六年)の十月から翌年一月までに三度、延べ二十二日間の戦いで、山口の世帯数は約十倍に飛躍し、新たな地区が澎湃と誕生したのである。
◇縁した「一人」と
なぜ、この短期決戦に勝てたのか。それは、どこまでも「一人を大切に」したからに他ならない。
戸田先生は当時、幾度となく語られていた。
「たった一人でも聞いてくれる者がある。一人の人に会えばよい」
人数ではない。一対一の対話を大事にして、縁した「一人」と心を通わせることが、一切の原点である。
そして一人の顔が見える座談会こそ学会の縮図であり、地区は励ましのネットワークの中心基地である。地域に友情と信頼を広げる民衆の城であり、桜梅桃李の和楽の園なのだ。
地区こそ霊山の一会なり——私は、大切な座談会を希望と活力の会座にと、若き日から先駆した。
ある時は、東京・足立区高野町(現在の江北四丁目)で行われた座談会に伺った。青年が育っていることを心から喜ぶ支部長の姿は、目に焼き付いて離れない。
北区東十条の北会館(当時)での地区座談会のことも蘇る。新来の友人たちも入会を決意された。
皆、愛する地元への貢献を一段と強めていかれた。現在も、地域の商店街などが大いに栄えていると伺い、嬉しい限りである。
沖縄の同志が、垣根なく開かれた、楽しく賑やかな座談会で郷土の発展の力を結集してこられたことも、希望のモデルである。
◇大情熱は消えじ
一九六〇年(昭和三十五年)十月、東西冷戦の最中、恩師の写真を胸に旅立った世界広布の開拓も、「一人」の激励、「一地区」の結成から出発した。
いかなる時代状況であれ、一人の幸福から万人の蘇生へ、一地区の和楽から国土の平和と繁栄へ波動を起こしゆくのが、我らの広宣流布であるからだ。
忘れ得ぬ光景がある。
一九七九年(同五十四年)十一月、豊島区巣鴨の東京戸田記念講堂で行われた本部幹部会で、北海道・留萌管内の天売島から参加した七十二歳の大ブロック長(現在の地区部長)が素晴らしい体験発表をしてくれた。
烈風に負けず、地域広布へ「激流の如き情熱」を燃やし、「果てしなく広がる大空の如き夢」をもち、「鉄石の決意」で戦い続けると師子吼したのだ。
この広布大願の闘魂に応えて、私は第三代会長辞任後、初めて「威風堂々の歌」の指揮を執った。
七十年前、私は担当する地区で広布の開拓を、青春の熱誠で開始した。日記には、"わが地区が完璧になるよう、御本尊に祈る"との真情を繰り返し綴っている。
今も変わらぬ心で、日本全国、さらに全世界の全ての地区に届けと、妻と共に題目を捧げる日々である。
偉大な地区部長、地区女性部長の健康長寿とご一家の栄光勝利、そして地区の全宝友の幸福安穏を祈り、記念の句を贈りたい。
地区部長には——
不二の指揮
地涌の黄金柱に
凱歌あれ
地区女性部長には——
福徳の
創価の太陽よ
舞い光れ
さあ、わが地区の異体同心の同志と共々に、地涌の開拓魂を燃え上がらせて、新たな民衆凱歌の金字塔を打ち立てようではないか!
2021年10月1日金曜日
2021.10.01 わが友に贈る
台風の影響に警戒を!
大雨が降る地域以外でも
強風や高波などへの
注意が必要だ。
安全を最優先で!
最蓮房御返事P1340
『第六天の魔王我が身に入らんとするに兼ての用心深ければ身によせつけず、故に天魔力及ばずして王臣を始として良観等の愚癡の法師原に取り付いて日蓮をあだむなり』
【通解】
第六天の魔王が、私の身に入ろうとしても、かねての用心が深いので身に寄せつけない。ゆえに、天魔は力及ばずに、王や臣下をはじめとして良観などの愚かな法師たちに取りついて、日蓮を怨むのである。
名字の言 創大生が「シュリーまん」で町おこし 2021年10月1日
ドイツの考古学者シュリーマンは現在の東京・八王子市を訪れたことがある。1865年、「絹の道」で通じる横浜から八王子へ。織物業で栄えていた当時の模様を旅行記に記している▼彼の生誕200年を明年に控え、創価大学の文学部生が町おこしプロジェクトを開始した。八王子のご当地銘菓「都まんじゅう」と協働。彼の似顔絵の焼き印が入ったまんじゅうが、きょうから限定発売される。その名も「シュリーまん」。今月中旬には、駅前の一書店に創大生が選んだシュリーマンの関連書籍コーナーも設置されるという▼創大創立者の池田先生は彼の生涯を通し、青年に諦めない心の大切さを訴えてきた。9歳で母を失い、さらに父は失業。経済苦で高校にも進めない。働きながら語学を磨き、「伝説の"トロイの遺跡"を発掘する」という夢を貫いた▼後年、夢は現実となる。発見したのは遺跡だけではなかった。「青春の志に生き抜く人間ほど強いものはない」という"素晴らしい発見"をしたのだと、先生はつづった▼青年時代に原点を持つ人は負けない。各地の創大卒業生を取材するたび、そう思う。本年は創大創立50周年。100周年を目指して「向学の金の道」を歩む若き学友に、エールを送りたい。
寸鉄 2021年10月1日
「言わずんばある可からず」御書。立正安国こそが使命。大情熱の対話で
愛知、静岡、岐阜、三重が勇進。圧倒的拡大今こそ。列島の要に大勝旗よ翻れ
新潟、長野、石川、富山、福井が総立ちへ!誓願の民衆パワーで栄光の峰に
季節の変わり目。強盛な祈りと賢き休息—メリハリ付け日々、健康第一で
SNS通じたいじめ、小学生に増加と。子を守るために親が適切な管理を
〈社説〉 2021・10・1 新たな地平を開く恩師の悟達
◇「生命尊厳」を時代精神に
「コギト・エルゴ・スム」——デカルトが著書『方法序説』で用いた言葉だ。ラテン語で、「我思う、ゆえに我あり」を意味する。
デカルトは、不変の真理を見つけるため、あらゆるものを疑うことから出発した。その結果、疑う「私」という存在は疑うことができないとの結論に達した。
池田先生は小説『人間革命』第4巻「生命の庭」の章で、『方法序説』と、第2代会長・戸田先生が「大白蓮華」の創刊号(1949年7月発刊)に寄稿した「生命論」を比較し、こう述べている。
「数百年に一度、あるかないかといった秀抜な発想を、両者とも自分の日常の体験と、日常のありふれた言葉で語ることから始め、その発想の場の設定のうえに、不滅の哲学を発芽させた」
デカルトが提唱した「我思う、ゆえに我あり」は、近代哲学の地平を開いたといわれる。池田先生が、『方法序説』と戸田先生の「生命論」を対比させたのは、「仏とは生命なり」との恩師の獄中の悟達こそ、行き詰まりの様相を呈する現代文明の、新たな地平を開く哲理であるとの絶対の確信からにほかならない。
先生は、恩師の悟達を深く捉えながら、生命論を展開してきた。1972年(昭和47年)10月1日発行の「大白蓮華」誌上では、先生を中心に、てい談「生命論」が開始されている。「学術部の日」の淵源である。
社会はコロナ禍という、かつてない感染症の危機に直面している。経済や医療をはじめ、あらゆる分野で深刻な事態が生じている。この危機の中で、私たちが改めて気付いたことは、「生命ほど尊いものはない」との当たり前だが、普遍的な価値である。
アフターコロナ(コロナ後)の展望が今、多彩な視点で議論されているが、「生命尊厳」を社会の礎に据え、時代精神に高めることこそ肝要であろう。
池田先生は述べている。「今世紀を『生命の世紀』『生命尊厳の世紀』にしていかなければならないと深く期する私の決意も、宗派性などという次元をはるかに超えて人類の精神史に貢献していくにちがいない恩師のかけがえのない体験(=獄中の悟達)を、時代の閉塞状況を突き破る突破口に、との思いから発している」
この師の誓願を継ぎ、実現していくことは、私たちの責務である。
☆大白蓮華巻頭言2021年10月号 仏性を呼び覚ます対話の渦を
一九六一年十月、築かれてニカ月後の「ベルリンの壁」を私は目の当たりにし、人々を引き裂く魔性に憤怒した。
それは、師・戸田城聖先生が第一の遺訓とされた「原水爆禁止宣言」で、世界の民衆の生存の権利を脅かす根源と喝破した魔性そのものである。この魔性に打ち勝つ究極の力こそ、人間生命に内在する仏性にほかならない。
私は、三十年先には必ず壁が破られていることを深く祈るとともに、仏性を呼び覚ます対話の渦をと誓った。
日蓮大聖人は、全宇宙の仏菩薩をはじめ、「日月・明星」から「那落の炎の底まで」含め、「所有一切衆生の備うる所の仏性を妙法蓮華経とは名くるなり」(P498)と示された。ゆえに妙法を一遍唱えれば、一切衆生の仏性を皆、呼び集め、我が身の仏性も顕し出せると仰せである。
自行化他の題目を唱えゆく地涌の生命ほど、強く大きなものはない。天空も、大地も、生きとし生けるものを包み込み、絶望や不幸、不信や対立の壁に閉じ込められてきた人問の本然の力たる仏性を解き放ち、結び合いゆく壮大な前進こそ、我らの広宣流布である。
わが誉れの同志は、一人一人の宿命の壁に体当たりでぶつかって「人間革命」に挑むと同時に、万人の幸せと国土の安穏を祈り、心の壁を取り払って、地球上いずこの地にも「立正安国」のスクラムを広げてきたのだ。
分断の象徴「ベルリンの壁」は二十八年後に崩壊した。私の一歩から六十年の今、統一ドイツをはじめ全欧州で、尊き創価の世界市民たちが異体同心の団結で、コロナ禍にも屈せず、平和と共生の連帯を輝かせてくれている。
東西冷戦の終結の立役者ゴルバチョフ氏と語り合ったことが蘇る。
「今再び、『あきらめの壁』『無力感の壁』を青年の勇気で破ろう!」と。
行く手に、いかに高く厚い壁が立ちはだかろうとも、地走る者の王・師子王の如く何ものにも遮られない師子吼を轟かせ、空飛ぶ者の王・大鷲の如く一切の障壁を悠々と見おろして、生命尊厳の勝利の虹の橋を架けるのだ。
妙法に
破れぬ無明の
壁はなし
平和の師子吼を
王者の我らは
☆学ぼう 10月の学会史 2021
◎10・1「学術部の日」
1972年(昭和47年)10月1日発行の「大白蓮華」誌上での、池田大作先生のてい談「生命論」(後に『生命を語る』として出版)の連載開始が淵源。
◎10・2「世界平和の日」
1960年(昭和35年)10月2日、恩師・戸田城聖先生の構想実現のため、池田先生が初の海外訪問へ出発。世界広布の第一歩が踏み出された日が、後に「世界平和の日」に。
※参考資料=小説『新・人間革命』第1巻「旭日」、第24巻「母の詩」
◎10・4 長編詩「母」発表50周年
1971年(昭和46年)10月4日、関西婦人部幹部会で長編詩「母」が発表。本年で50周年。
◎10・5「欧州初訪問」60周年
1961年(昭和36年)10月5日、池田先生が欧州を初訪問。本年で60周年。9カ国を回る平和旅で、欧州広布の礎が築かれた。
※参考資料=『新・人間革命』第4巻「大光」
◎10・7「勝利島部の日」
1978年(昭和53年)10月7日、離島本部(当時)の第1回総会を記念して、「離島部の日」が制定。後に「勝利島部の日」となった。
※参考資料=『新・人間革命』第28巻「勝利島」
◎10・8「中国・師弟原点の日」
1956年(昭和31年)10月8日、青年部の室長だった池田先生は岡山を初訪問し、中国方面に広宣流布の第一歩をしるした。
◎10・9「山口開拓指導」開始の日から65周年
1956年(昭和31年)10月9日、池田先生は山口へ。戸田先生の命を受け、山口開拓指導が始まる。本年は65周年。翌年1月までの計22日間で、当時の山口の会員世帯数を約10倍に拡大する弘教を達成した。
※参考資料=小説『人間革命』第11巻「転機」/VOD【広布史】「山口開拓闘争 広布拡大の『転機』」
◎10・18「民音創立記念日」
1963年(昭和38年)10月18日に行われた、民主音楽協会(民音)による初の記念演奏会に由来。
※参考資料=『新・人間革命』第8巻「清流」/VOD【池田先生の行動と軌跡】「民衆を結ぶ文化の架け橋 民主音楽協会」
◎10・24「社会部の日」
1973年(昭和48年)10月24日、職場・職域を同じくする同志が、自身を磨き、互いの成長を図ることを目的に結成された。
※参考資料=『新・人間革命』第24巻「灯台」
☆千葉青年部総会20周年 記念特集
◇2001年9月23日 "平和を願うならば 断固と広布を!"
20年前のその日、青年たちの感激と決意が天を突いた。
第2の「七つの鐘」が鳴り始めた、2001年(平成13年)の9月23日。広宣流布の闘士の殿堂・東京牧口記念会館で第1回千葉青年部総会が開催。21世紀最初の「千葉県青年部の日」に池田先生との新たな原点が刻まれた。
友は、立正安国の言論戦を勝ち飾り、圧倒的な聖教新聞の拡大を果たして総会に参加。席上、オーストリアの「ヨーロッパ青年文化協会」から、先生に対して特別感謝状とウィーン金貨が贈られた他、先生がスピーチに立ち、「創価の旭日の青年」に限りない期待を述べた。そして、千葉にとって永遠の指針ともいうべき、渾身の激励を送った。
今月、総会から20周年を迎えるに当たり、上下2回にわたって特集を掲載。今回は先生のスピーチ(抜粋)とともに、当時の参加者で、現在は壮年・女性部のリーダーを務める友の声を紹介する。
◇池田先生のスピーチ(抜粋)
正義を叫ぶ「勇気の皇帝」たれ
〈オーストリア出身の「ヨーロッパ統合の父」クーデンホーフ=カレルギー伯は〉若き世代は「平和の英雄たれ」との期待をこめて、(中略)こうも語っておられる。
青年のなかには「自分の信念を友人に打ち明けるだけの勇気のない者が多い。このような精神的な臆病こそ、一切の扇動政治の温床であり、軍国主義扇動の温床である」(『実践的理想主義』鹿島守之助訳、鹿島研究所出版会)と。
勇気がなければ、悪と戦えない。それでは結局、悪を温存し、はびこらせてしまう。だからこそ、千葉青年部は、地域で、社会で、青年らしく、勇気の声を凜々と響かせていただきたい。
青年が勇気をなくしたら、もはや、青年ではない。
青年は「勇気の皇帝」である。「平和の皇帝」である。若いというだけで、すでに、無限の財産と希望を持つ皇帝なのである。
ゆえに若き皆さんは、「あの青年は気持ちいいな!」「あの青年は素敵だな!」——周囲の人々にこう思わせる、凜々とした勇気の声を響かせていっていただきたい。
また、堂々と、そして伸び伸びと、仏法の「正義」と「人道」の大哲学を語りぬいていただきたい。そこに青年の最高の価値創造があることを知っていただきたいのである。
◇大悪を大善に 社会に安穏を
この九月十五日、オーストリアの首都ウィーンで、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、そして仏教の対話を促進するための、画期的な「四大宗教間対話シンポジウム」が開催された。
このシンポジウムは、ヨーロッパ科学芸術アカデミーが主催し、SGIが協力して行われたものである。
会議では、今回のアメリカのテロ事件が緊急のテーマとなった。
(中略)
ともあれ、いかに破壊の嵐が吹き荒れようとも、平和と幸福を創造し、建設しゆく妙法の智慧と慈悲は、決して行き詰まることはない。
(中略)
御聖訓には、「大悪は大善が来る前兆である。全世界がひどく乱れたならば、世界広宣流布は、もはや疑いないであろう」(御書一四六七ページ、通解)と仰せである。
「変毒為薬」の妙法である。お金のない人が、裕福になる。病気の人が、健康になる。どんな人も、自分らしく光っていける。そういう方向に、人間革命していける。社会をも、安穏の方向へ転換していける。
妙法は、たんなる言葉でも、文字でもない。人間が、勝手につくったものでもない。大宇宙を貫く、平和への根本の「法則」である。
どうか、創価の旭日の青年は、この、人類の進むべき「生命尊厳」の正しき永遠の軌道を、聡明に探求し、勇敢に主張しぬいていただきたい。
千葉青年部が、その先頭に立っていただきたい。
◇人類の希望を若人に託したい
十二年前の十月、私は、オーストリアの哲人指導者フラニツキ首相と語りあった。〈一九八九年十月七日、東京で〉
そのさい、首相は言われた。「ラテン語の格言には『平和を願うならば、戦争の準備をせよ』とあります。しかし、私はこの言葉を『平和を願うならば、平和の準備をせよ』と置き換えて、活動しているのです」と。
この言葉は、私たちの一致した結論であった。
そして今、私は申し上げたい。「平和を願うならば、平和の準備をせよ! すなわち、断固として広宣流布せよ!」と。
宇宙の根本法則である妙法を持つ私たちこそ、根本の平和主義者であり、広宣流布こそ、具体的な平和への行動となるからだ。
広宣流布——それは、人類の希望である。
その「希望」を、使命も深き千葉青年部、そして全国・全世界の、わが愛する創価の若き友に託して、私のスピーチを終わりたい。
大雨が降る地域以外でも
強風や高波などへの
注意が必要だ。
安全を最優先で!
最蓮房御返事P1340
『第六天の魔王我が身に入らんとするに兼ての用心深ければ身によせつけず、故に天魔力及ばずして王臣を始として良観等の愚癡の法師原に取り付いて日蓮をあだむなり』
【通解】
第六天の魔王が、私の身に入ろうとしても、かねての用心が深いので身に寄せつけない。ゆえに、天魔は力及ばずに、王や臣下をはじめとして良観などの愚かな法師たちに取りついて、日蓮を怨むのである。
名字の言 創大生が「シュリーまん」で町おこし 2021年10月1日
ドイツの考古学者シュリーマンは現在の東京・八王子市を訪れたことがある。1865年、「絹の道」で通じる横浜から八王子へ。織物業で栄えていた当時の模様を旅行記に記している▼彼の生誕200年を明年に控え、創価大学の文学部生が町おこしプロジェクトを開始した。八王子のご当地銘菓「都まんじゅう」と協働。彼の似顔絵の焼き印が入ったまんじゅうが、きょうから限定発売される。その名も「シュリーまん」。今月中旬には、駅前の一書店に創大生が選んだシュリーマンの関連書籍コーナーも設置されるという▼創大創立者の池田先生は彼の生涯を通し、青年に諦めない心の大切さを訴えてきた。9歳で母を失い、さらに父は失業。経済苦で高校にも進めない。働きながら語学を磨き、「伝説の"トロイの遺跡"を発掘する」という夢を貫いた▼後年、夢は現実となる。発見したのは遺跡だけではなかった。「青春の志に生き抜く人間ほど強いものはない」という"素晴らしい発見"をしたのだと、先生はつづった▼青年時代に原点を持つ人は負けない。各地の創大卒業生を取材するたび、そう思う。本年は創大創立50周年。100周年を目指して「向学の金の道」を歩む若き学友に、エールを送りたい。
寸鉄 2021年10月1日
「言わずんばある可からず」御書。立正安国こそが使命。大情熱の対話で
愛知、静岡、岐阜、三重が勇進。圧倒的拡大今こそ。列島の要に大勝旗よ翻れ
新潟、長野、石川、富山、福井が総立ちへ!誓願の民衆パワーで栄光の峰に
季節の変わり目。強盛な祈りと賢き休息—メリハリ付け日々、健康第一で
SNS通じたいじめ、小学生に増加と。子を守るために親が適切な管理を
〈社説〉 2021・10・1 新たな地平を開く恩師の悟達
◇「生命尊厳」を時代精神に
「コギト・エルゴ・スム」——デカルトが著書『方法序説』で用いた言葉だ。ラテン語で、「我思う、ゆえに我あり」を意味する。
デカルトは、不変の真理を見つけるため、あらゆるものを疑うことから出発した。その結果、疑う「私」という存在は疑うことができないとの結論に達した。
池田先生は小説『人間革命』第4巻「生命の庭」の章で、『方法序説』と、第2代会長・戸田先生が「大白蓮華」の創刊号(1949年7月発刊)に寄稿した「生命論」を比較し、こう述べている。
「数百年に一度、あるかないかといった秀抜な発想を、両者とも自分の日常の体験と、日常のありふれた言葉で語ることから始め、その発想の場の設定のうえに、不滅の哲学を発芽させた」
デカルトが提唱した「我思う、ゆえに我あり」は、近代哲学の地平を開いたといわれる。池田先生が、『方法序説』と戸田先生の「生命論」を対比させたのは、「仏とは生命なり」との恩師の獄中の悟達こそ、行き詰まりの様相を呈する現代文明の、新たな地平を開く哲理であるとの絶対の確信からにほかならない。
先生は、恩師の悟達を深く捉えながら、生命論を展開してきた。1972年(昭和47年)10月1日発行の「大白蓮華」誌上では、先生を中心に、てい談「生命論」が開始されている。「学術部の日」の淵源である。
社会はコロナ禍という、かつてない感染症の危機に直面している。経済や医療をはじめ、あらゆる分野で深刻な事態が生じている。この危機の中で、私たちが改めて気付いたことは、「生命ほど尊いものはない」との当たり前だが、普遍的な価値である。
アフターコロナ(コロナ後)の展望が今、多彩な視点で議論されているが、「生命尊厳」を社会の礎に据え、時代精神に高めることこそ肝要であろう。
池田先生は述べている。「今世紀を『生命の世紀』『生命尊厳の世紀』にしていかなければならないと深く期する私の決意も、宗派性などという次元をはるかに超えて人類の精神史に貢献していくにちがいない恩師のかけがえのない体験(=獄中の悟達)を、時代の閉塞状況を突き破る突破口に、との思いから発している」
この師の誓願を継ぎ、実現していくことは、私たちの責務である。
☆大白蓮華巻頭言2021年10月号 仏性を呼び覚ます対話の渦を
一九六一年十月、築かれてニカ月後の「ベルリンの壁」を私は目の当たりにし、人々を引き裂く魔性に憤怒した。
それは、師・戸田城聖先生が第一の遺訓とされた「原水爆禁止宣言」で、世界の民衆の生存の権利を脅かす根源と喝破した魔性そのものである。この魔性に打ち勝つ究極の力こそ、人間生命に内在する仏性にほかならない。
私は、三十年先には必ず壁が破られていることを深く祈るとともに、仏性を呼び覚ます対話の渦をと誓った。
日蓮大聖人は、全宇宙の仏菩薩をはじめ、「日月・明星」から「那落の炎の底まで」含め、「所有一切衆生の備うる所の仏性を妙法蓮華経とは名くるなり」(P498)と示された。ゆえに妙法を一遍唱えれば、一切衆生の仏性を皆、呼び集め、我が身の仏性も顕し出せると仰せである。
自行化他の題目を唱えゆく地涌の生命ほど、強く大きなものはない。天空も、大地も、生きとし生けるものを包み込み、絶望や不幸、不信や対立の壁に閉じ込められてきた人問の本然の力たる仏性を解き放ち、結び合いゆく壮大な前進こそ、我らの広宣流布である。
わが誉れの同志は、一人一人の宿命の壁に体当たりでぶつかって「人間革命」に挑むと同時に、万人の幸せと国土の安穏を祈り、心の壁を取り払って、地球上いずこの地にも「立正安国」のスクラムを広げてきたのだ。
分断の象徴「ベルリンの壁」は二十八年後に崩壊した。私の一歩から六十年の今、統一ドイツをはじめ全欧州で、尊き創価の世界市民たちが異体同心の団結で、コロナ禍にも屈せず、平和と共生の連帯を輝かせてくれている。
東西冷戦の終結の立役者ゴルバチョフ氏と語り合ったことが蘇る。
「今再び、『あきらめの壁』『無力感の壁』を青年の勇気で破ろう!」と。
行く手に、いかに高く厚い壁が立ちはだかろうとも、地走る者の王・師子王の如く何ものにも遮られない師子吼を轟かせ、空飛ぶ者の王・大鷲の如く一切の障壁を悠々と見おろして、生命尊厳の勝利の虹の橋を架けるのだ。
妙法に
破れぬ無明の
壁はなし
平和の師子吼を
王者の我らは
☆学ぼう 10月の学会史 2021
◎10・1「学術部の日」
1972年(昭和47年)10月1日発行の「大白蓮華」誌上での、池田大作先生のてい談「生命論」(後に『生命を語る』として出版)の連載開始が淵源。
◎10・2「世界平和の日」
1960年(昭和35年)10月2日、恩師・戸田城聖先生の構想実現のため、池田先生が初の海外訪問へ出発。世界広布の第一歩が踏み出された日が、後に「世界平和の日」に。
※参考資料=小説『新・人間革命』第1巻「旭日」、第24巻「母の詩」
◎10・4 長編詩「母」発表50周年
1971年(昭和46年)10月4日、関西婦人部幹部会で長編詩「母」が発表。本年で50周年。
◎10・5「欧州初訪問」60周年
1961年(昭和36年)10月5日、池田先生が欧州を初訪問。本年で60周年。9カ国を回る平和旅で、欧州広布の礎が築かれた。
※参考資料=『新・人間革命』第4巻「大光」
◎10・7「勝利島部の日」
1978年(昭和53年)10月7日、離島本部(当時)の第1回総会を記念して、「離島部の日」が制定。後に「勝利島部の日」となった。
※参考資料=『新・人間革命』第28巻「勝利島」
◎10・8「中国・師弟原点の日」
1956年(昭和31年)10月8日、青年部の室長だった池田先生は岡山を初訪問し、中国方面に広宣流布の第一歩をしるした。
◎10・9「山口開拓指導」開始の日から65周年
1956年(昭和31年)10月9日、池田先生は山口へ。戸田先生の命を受け、山口開拓指導が始まる。本年は65周年。翌年1月までの計22日間で、当時の山口の会員世帯数を約10倍に拡大する弘教を達成した。
※参考資料=小説『人間革命』第11巻「転機」/VOD【広布史】「山口開拓闘争 広布拡大の『転機』」
◎10・18「民音創立記念日」
1963年(昭和38年)10月18日に行われた、民主音楽協会(民音)による初の記念演奏会に由来。
※参考資料=『新・人間革命』第8巻「清流」/VOD【池田先生の行動と軌跡】「民衆を結ぶ文化の架け橋 民主音楽協会」
◎10・24「社会部の日」
1973年(昭和48年)10月24日、職場・職域を同じくする同志が、自身を磨き、互いの成長を図ることを目的に結成された。
※参考資料=『新・人間革命』第24巻「灯台」
☆千葉青年部総会20周年 記念特集
◇2001年9月23日 "平和を願うならば 断固と広布を!"
20年前のその日、青年たちの感激と決意が天を突いた。
第2の「七つの鐘」が鳴り始めた、2001年(平成13年)の9月23日。広宣流布の闘士の殿堂・東京牧口記念会館で第1回千葉青年部総会が開催。21世紀最初の「千葉県青年部の日」に池田先生との新たな原点が刻まれた。
友は、立正安国の言論戦を勝ち飾り、圧倒的な聖教新聞の拡大を果たして総会に参加。席上、オーストリアの「ヨーロッパ青年文化協会」から、先生に対して特別感謝状とウィーン金貨が贈られた他、先生がスピーチに立ち、「創価の旭日の青年」に限りない期待を述べた。そして、千葉にとって永遠の指針ともいうべき、渾身の激励を送った。
今月、総会から20周年を迎えるに当たり、上下2回にわたって特集を掲載。今回は先生のスピーチ(抜粋)とともに、当時の参加者で、現在は壮年・女性部のリーダーを務める友の声を紹介する。
◇池田先生のスピーチ(抜粋)
正義を叫ぶ「勇気の皇帝」たれ
〈オーストリア出身の「ヨーロッパ統合の父」クーデンホーフ=カレルギー伯は〉若き世代は「平和の英雄たれ」との期待をこめて、(中略)こうも語っておられる。
青年のなかには「自分の信念を友人に打ち明けるだけの勇気のない者が多い。このような精神的な臆病こそ、一切の扇動政治の温床であり、軍国主義扇動の温床である」(『実践的理想主義』鹿島守之助訳、鹿島研究所出版会)と。
勇気がなければ、悪と戦えない。それでは結局、悪を温存し、はびこらせてしまう。だからこそ、千葉青年部は、地域で、社会で、青年らしく、勇気の声を凜々と響かせていただきたい。
青年が勇気をなくしたら、もはや、青年ではない。
青年は「勇気の皇帝」である。「平和の皇帝」である。若いというだけで、すでに、無限の財産と希望を持つ皇帝なのである。
ゆえに若き皆さんは、「あの青年は気持ちいいな!」「あの青年は素敵だな!」——周囲の人々にこう思わせる、凜々とした勇気の声を響かせていっていただきたい。
また、堂々と、そして伸び伸びと、仏法の「正義」と「人道」の大哲学を語りぬいていただきたい。そこに青年の最高の価値創造があることを知っていただきたいのである。
◇大悪を大善に 社会に安穏を
この九月十五日、オーストリアの首都ウィーンで、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、そして仏教の対話を促進するための、画期的な「四大宗教間対話シンポジウム」が開催された。
このシンポジウムは、ヨーロッパ科学芸術アカデミーが主催し、SGIが協力して行われたものである。
会議では、今回のアメリカのテロ事件が緊急のテーマとなった。
(中略)
ともあれ、いかに破壊の嵐が吹き荒れようとも、平和と幸福を創造し、建設しゆく妙法の智慧と慈悲は、決して行き詰まることはない。
(中略)
御聖訓には、「大悪は大善が来る前兆である。全世界がひどく乱れたならば、世界広宣流布は、もはや疑いないであろう」(御書一四六七ページ、通解)と仰せである。
「変毒為薬」の妙法である。お金のない人が、裕福になる。病気の人が、健康になる。どんな人も、自分らしく光っていける。そういう方向に、人間革命していける。社会をも、安穏の方向へ転換していける。
妙法は、たんなる言葉でも、文字でもない。人間が、勝手につくったものでもない。大宇宙を貫く、平和への根本の「法則」である。
どうか、創価の旭日の青年は、この、人類の進むべき「生命尊厳」の正しき永遠の軌道を、聡明に探求し、勇敢に主張しぬいていただきたい。
千葉青年部が、その先頭に立っていただきたい。
◇人類の希望を若人に託したい
十二年前の十月、私は、オーストリアの哲人指導者フラニツキ首相と語りあった。〈一九八九年十月七日、東京で〉
そのさい、首相は言われた。「ラテン語の格言には『平和を願うならば、戦争の準備をせよ』とあります。しかし、私はこの言葉を『平和を願うならば、平和の準備をせよ』と置き換えて、活動しているのです」と。
この言葉は、私たちの一致した結論であった。
そして今、私は申し上げたい。「平和を願うならば、平和の準備をせよ! すなわち、断固として広宣流布せよ!」と。
宇宙の根本法則である妙法を持つ私たちこそ、根本の平和主義者であり、広宣流布こそ、具体的な平和への行動となるからだ。
広宣流布——それは、人類の希望である。
その「希望」を、使命も深き千葉青年部、そして全国・全世界の、わが愛する創価の若き友に託して、私のスピーチを終わりたい。
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