2019年2月4日月曜日

2019.02.04 わが友に贈る

◇今週のことば
試練の風雪に挑む友へ
「冬は必ず春となる」と
希望のエールを!
一人を大切にする心を
我らの地域に社会に!
2019年2月4日

妙密上人御消息 P1237
『人に食を施すに三の功徳あり一には命をつぎ二には色をまし三には力を授く』

【通解】
人に食物を施すことには三つの功徳があります。一には生命をたもつことができます。二には色艶を増します。三には力を与えるのです。

〈寸鉄〉 2019年2月4日
深き団結があれば恐れるものはない—戸田先生。共々に励まし栄光の峰へ
「東洋哲学研究所の日」。文明間・宗教間の懸け橋たれ!人類の平和のため
東京・中野の日。連帯固く勇気の対話拡大に率先。堂々たる広布の人材山脈
幹部は会合革命、時間革命を。短くも決意漲る集いに。創価とは価値創造
世界対がんデー。早期の発見・治療で死亡リスク大幅減。公明よ対策更に

☆第44回「SGIの日」記念提言(上) 「平和と軍縮の新しき世紀を」 2019年1月26日
創価学会インタナショナル会長 池田大作
民衆の生命と尊厳を脅かす紛争の根を断ち切る

きょう26日の第44回「SGI(創価学会インタナショナル)の日」に寄せて、SGI会長である池田大作先生は「平和と軍縮の新しき世紀を」と題する記念提言を発表した。
提言ではまず、軍縮を阻んできた背景にあるものを探る手がかりとして、物理学者で哲学者のカール・フォン・ヴァイツゼッカー博士が考察した「平和不在」の病理に言及。"病に対する治癒"のアプローチを重視する仏法の視座を通し、人間の生き方を変革するための鍵を提起しつつ、「平和な社会のビジョン」の骨格を打ち出した核兵器禁止条約の歴史的意義を強調している。
また、グローバルな脅威や課題に直面する人々の窮状を改善する「人間中心の多国間主義」を推進して、安全保障観の転換を図る重要性を指摘するとともに、軍縮の分野で「青年による関与」を主流化させるよう訴えている。
続いて、核兵器禁止条約への各国の参加の機運を高めるために、有志国による「核兵器禁止条約フレンズ」の結成を提案。日本がそのグループに加わり、核保有国と非保有国との対話の場の確保に努めることを呼び掛けている。
また、来年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議で、核軍縮の交渉義務に焦点を当てた討議を行った上で、国連の第4回軍縮特別総会を2021年に開催することを提唱。更に、AI兵器と呼ばれる「自律型致死兵器システム(LAWS)」を禁止する条約の交渉会議を早期に立ち上げるよう訴えている。
最後に、国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」に関して、安全な水の確保をグローバルな規模で図るために、国連で「水資源担当の特別代表」を新たに任命することや、世界の大学をSDGsの推進拠点にする流れを強めるための提案を行っている。

世界では今、グローバルな課題が山積する中で、これまで考えられなかったような危機の様相がみられます。
特に顕著なのは気候変動の問題です。世界の平均気温は4年連続で高温となっており、異常気象による被害が相次いでいます。
難民問題も依然として深刻で、紛争などで避難を余儀なくされた人は6850万人にのぼりました。
加えて、暗い影を落としているのが貿易摩擦の問題で、昨年の国連総会の一般討論演説で多くの国の首脳が述べたのも世界経済に及ぼす影響への懸念でした。
これらの課題とともに、国連が早急な対応を呼び掛けているのが軍縮の問題です。アントニオ・グテーレス事務総長は昨年5月、この問題に焦点を当てた包括的文書である「軍縮アジェンダ」を発表しました。
グテーレス事務総長は発表に際し、世界の軍事支出が1兆7000億ドルを超え、"ベルリンの壁"崩壊以降で最高額に達したことに触れる一方で、次のような警鐘を鳴らしました。
「各国が他の国の安全保障を顧みず、自らの安全保障だけを追求すれば、すべての国を脅かす地球規模の安全保障上の不安を生み出してしまうという矛盾がうまれます」
その上で強調したのは、軍事支出の総額が世界の人道援助に必要な額の約80倍に達したという点です。
このギャップが広がる中、「貧困に終止符を打ち、健康と教育を促進し、気候変動に対処し、地球を保護するための取り組みに必要な支出がされていません」との深い憂慮を示したのです(国連広報センターのウェブサイト)。
現在の状態が続けば、誰も置き去りにしない地球社会の建設を目指す「持続可能な開発目標(SDGs)」の取り組みが停滞することにもなりかねません。
軍縮は国連の創設以来の主要課題であり、私自身にとっても、35年以上にわたる毎年の提言で中核をなすテーマとして何度も論じてきた分野であります。
第2次世界大戦の惨禍を体験した世代の一人として、また、地球上から悲惨の二字をなくしたいとの信念で行動を続けた創価学会の戸田城聖第2代会長の精神を継ぐ者として、多くの民衆の生命と尊厳を脅かす紛争の根を断ち切るには、軍縮が絶対に欠かせないと痛感してきたからです。

◇生存の権利を守る信念に立脚した戸田会長の「原水爆禁止宣言」
私たち人間には、いかなる困難も乗り越えることができる連帯の力が具わっています。
不可能と言われ続けてきた核兵器禁止条約も2年前に採択が実現し、発効に向けて各国の批准が進んでいます。
闇が深ければ深いほど暁は近いと、眼前にある危機を"新しき歴史創造のチャンス"と受け止めながら、今こそ軍縮の潮流を大きくつくり出していくべきではないでしょうか。
そこで今回は、21世紀の世界の基軸に軍縮を据えるための足場について、�「平和な社会のビジョン」の共有、�「人間中心の多国間主義」の推進、�「青年による関与」の主流化、の三つの角度から論じてみたい。

◇核軍拡競争が再燃する恐れ
第一の足場として提起したいのは、「平和な社会のビジョン」の共有です。
世界では今、多くの分野にわたって兵器の脅威が増しています。
小型武器をはじめ、戦車やミサイルなどの通常兵器の輸出入を規制する武器貿易条約が2014年に発効しましたが、主要輸出国の参加が進まず、紛争地域で武器の蔓延を食い止められない状態が続いています。
化学兵器のような非人道的な兵器が、再び使用される事態も起きました。
また兵器の近代化に伴って、深刻な問題が生じています。武装したドローン(無人航空機)による攻撃が行われる中、市民を巻き込む被害が広がり、国際人道法の遵守を危ぶむ声があがっているのです。
核兵器を巡る緊張も高まっています。
昨年10月、アメリカのトランプ大統領は、ロシアとの中距離核戦力(INF)全廃条約=注1=から離脱する方針を発表しました。
両国の間で条約の遵守に関する対立が続いてきましたが、今後、条約が破棄されることになれば、他の保有国を含めた核軍拡競争が再燃する恐れがあります。
まさにグテーレス事務総長が「軍縮アジェンダ」の序文で述べていた、「冷戦時代の緊張状態が、より複雑さを増した世界に再び出現している」(「軍縮アジェンダ・私たちの共通の未来を守る」、「世界」2018年11月号所収、岩波書店)との警鐘が、強く胸に迫ってきてなりません。
なぜ、このような事態が21世紀の世界で繰り返されようとしているのか——。
この問題を前にして思い起こされるのは、著名な物理学者で卓越した哲学者でもあったカール・フォン・ヴァイツゼッカー博士が、かつて述べていた慧眼の言葉です。
博士は、私が友誼を結んできたエルンスト・フォン・ヴァイツゼッカー氏(ローマクラブ名誉共同会長)の父君で、世界平和のための行動を貫いた尊い生涯については対談集でも語り合ったところです。
その博士が冷戦の終結後に、"ベルリンの壁"が崩壊した1989年からドイツの統一が実現した90年までの世界の動きを振り返って、こんな言葉を述べていました(『自由の条件とは何か 1989〜1990』小杉尅次・新垣誠正訳、ミネルヴァ書房)。
「世界情勢はこの一年間全体としてはほんのわずかしか変化を経験しなかった」
もちろん、東西に分断されたドイツで人生の大半を過ごしてきた博士自身、冷戦の終結を巡る一連の動きが、歴史的な一大事件に他ならなかったことを何度も強調していました。

そのことを承知の上で博士には、ソクラテスの産婆術=注2=にも通じるような言葉の投げ掛けによって伝えたいメッセージがあったのではないでしょうか。
当時の政治・軍事状況を踏まえて、博士は次のように述べていました。
「制度化された戦争の克服は、残念ながら現況ではまだ精神の根源的変革の域に達していません」
つまり、異なる集団の間で覇権を巡って戦闘が繰り広げられる「制度化された戦争」の克服という根本課題は、冷戦の終結をもってしても、確たる展望を開くことができないままとなっている、と。
そして、こう警告を発していたのです。
「二〇世紀最後半の現時点においても停止することなき軍拡競争の結果、新種の武器開発が行なわれ、それがさらに戦争を勃発させる事態へ連動していく可能性と危険性すら存在する」
今の世界にも当てはまる警告であり、博士の洞察の深さを感じずにはいられません。平和と軍縮の問題は、冷戦時代から現在に至るまで"地続き"となっており、アポリア(難題)として積み残されたままであることが浮き彫りとなるからです。
それでも、希望の曙光はあります。軍縮の分野で、国際政治や安全保障に基づく議論だけでなく、人道的な観点からの問題提起が行われるようになり、対人地雷、クラスター爆弾、そして核兵器と、非人道的な兵器を禁止する条約が一つまた一つと制定されてきているからです。
国際人道法の形成にみられる歴史の大きな流れとしての人道的アプローチを追い風としながら、軍縮を大きく前進させるための共同作業を、すべての国が協力して開始していかねばなりません。

◇ヴァイツゼッカー博士の重要な考察
そこで、一つの手がかりとして言及したいのが、ヴァイツゼッカー博士が、軍縮を阻んできた背景にあるものを、「平和不在」という名の病理として掘り下げていた考察です(『心の病としての平和不在』遠山義孝訳、南雲堂)。
私が着目したのは、博士が平和を巡る問題を"病気"に譬えることで、いずれの国にも、また、どんな人にも決して無縁な課題ではないとの前提に立っていた点です。
その考えの基底には、人間は善と悪に分けられるような存在ではなく、「確定されていない生き物」であるとの認識がありました。
ゆえに、「ひとは平和不在を外側から、愚かさとも悪ともみなしてはいけない」のであって、「病気の現象だけを、目の前に置かねばならない」と強調したのです。
また博士は、「平和不在は教化によっても、罰することによっても克服できない。それは治療と呼ぶべき別のプロセスを必要とする」と指摘し、こう呼び掛けていました。「わたしたちが、病気の症状をわたしたち自身のうちに認識しない限り、また他の人達とわたしたち自身を病人として受け入れることを習わない限り、いかにしてわたしたちは病人を助けることができましょうか」と。
そうした博士であればこそ、アメリカとソ連に続いてイギリスが核開発競争に踏み出していた時代に、次のような問題意識を提示していたのではないかと思います。
博士が中心になって起草し、他の学者たちとの連名で57年に発表した「ゲッティンゲン宣言」には、こう記されています。
「自国を守る最善の方法、そして世界平和を促進する最短の道は、明確かつ自発的に、いかなる種類の核兵器の保有も放棄することであるとわれわれは信ずる」(マルティン・ヴァイン『ヴァイツゼッカー家』鈴木直・山本尤・鈴木洋子訳、平凡社)
この言葉は、核開発競争を続ける保有国に向けられたものというよりも、まずもって、"自分の国が核問題にどう臨むべきか"との一点に焦点を当てたものでした。
また、科学者として自分たちの仕事がもたらす結果に対する責任を負うがゆえに、すべての政治問題に対して沈黙することができないと宣言したのです。

◇三車火宅の譬え
一方、この「ゲッティンゲン宣言」と同じ年に、仏法者としての信念に基づいて「原水爆禁止宣言」を発表したのが、私の師である戸田第2代会長でした。
戸田会長は、当時高まっていた核実験禁止運動の重要性を踏まえつつも、問題の根本的な解決には、核兵器を正当化する安全保障の根にある思想を断ち切る以外にないとして、「その奥に隠されているところの爪をもぎ取りたい」(『戸田城聖全集』第4巻)と訴えました。
世界の民衆の生存の権利を守るとの一点に立脚して、その権利を脅かすことは誰であろうと許されないと訴え、国家の安全保障という高みに置かれていた核兵器の問題を、すべての人間に深く関わる"生命尊厳"の地平に引き戻すことに、「原水爆禁止宣言」の眼目はあったのです。
私が核廃絶の運動に取り組む中で、「核時代に終止符を打つために戦うべき相手は、核兵器でも保有国でも核開発国でもありません。真に対決し克服すべきは、自己の欲望のためには相手の殲滅も辞さないという『核兵器を容認する思想』です」と訴えてきたのも、その師の信念を継いだものに他なりません。
思い返せば、「原水爆禁止宣言」の発表から1年が経った時(58年9月)、私は戸田会長の師子吼を反芻しながら、「火宅を出ずる道」と題する一文を綴ったことがあります。
火宅とは、法華経の「三車火宅の譬え」から用いた言葉で、そこには、こんな話が説かれています。
ある長者の家が、突然、火事に見舞われた。しかし屋敷が広大なこともあり、子どもたちは一向に危険に気づかず、驚きも恐れもしていない。そこで長者は、「外に出よう」という気持ちを子どもたちが自ら起こせるように働きかけて、全員を火宅から無事に救出することができた——という話です。
私は、その説話に触れた一文の中で、「原水爆の使用は、地球の自殺であり、人類の自殺を意味する」と強調しました。核兵器はまさに、すべての国の人々に深く関わる脅威であり、その未曽有の脅威に覆われた"火宅"から抜け出す道を共に進まねばならないとの思いを込めて、その言葉を綴ったのです。
この説話が象徴するように、何よりも重要なのは、すべての人々を救うことにあります。
その意味で、グテーレス事務総長が主導した「軍縮アジェンダ」で、長らく論議の中核を占めてきた"安全を守る"という観点だけでなく、「人類を救うための軍縮」「命を救う軍縮」「将来の世代のための軍縮」との三つの立脚点が新たに打ち出されたことに、深く共感するものです。

◇戦争の悲劇を繰り返させない
アングリマーラを変えた二つの転機
では、いかなる手段も厭わず、どんな犠牲が生じても構わないといった思想に横たわる「平和不在」の病理を乗り越えて、すべての人々の命を救うための軍縮を世界の潮流に押し上げていくためには、何が必要となるのか——。
この難題と向き合うにあたり、"病に対する治癒"のアプローチを重視する仏法の視座を示すものとして紹介したいのは、釈尊が在世の時代の古代インドで、多くの人命を奪い、人々から恐れられていたアングリマーラを巡る説話です。

——ある時、釈尊の姿を見かけたアングリマーラは、釈尊の命を奪おうとして、後を追いかけた。
しかし、どれだけ足を速めても、釈尊のそばにはたどりつけない。
業を煮やした彼が立ち止まり、釈尊に「止まれ」と叫んだ。すると釈尊から返ってきたのは、「アングリマーラ、わたしは止まっている。おん身が止まれ」との答えだった。
自分は足を止めているのに、なぜ、そんなことを言うのかとたずねるアングリマーラに対し、釈尊はさらにこう答えた。
「止まれ」と言ったのは足のことではない。次々と命を奪うことに何の痛痒も感じない、その行動の奥底にある害心に対し、自らを制して止まるように言ったのである、と(長尾雅人責任編集『世界の名著1 バラモン教典 原始仏典』中央公論社を引用・参照)。
この言葉に胸を打たれたアングリマーラは、害心を取り払って悪を断つことを決意し、手にしていた武器を投げ捨てた。そして釈尊に、弟子に加えてほしいと願い出たのです。
以来、彼は釈尊に帰依し、自らが犯した罪を深く反省しながら、贖罪の思いを込めた仏道修行にひたすら励みました。
そんなアングリマーラに、もう一つの重要な転機が訪れました。
——アングリマーラが托鉢をしながら街を歩いていると、難産で苦しんでいる一人の女性を見かけた。何もできずに立ち去ったものの、女性の苦しむ姿が胸に残り、釈尊のもとに赴いてそのことを伝えた。
釈尊はアングリマーラに対し、女性のもとに引き返して、次の言葉をかけるように促した。「わたしは生まれてからこのかた、故意に生物の命を奪った記憶がない。このことの真実によっておん身に安らかさあらんことを、胎児に安らかさあらんことを」と。
自分が重ねてきた悪行を知るがゆえに、アングリマーラは真意がつかめなかった。そこで釈尊は、アングリマーラが害心を自ら取り払い、深く反省して修行を重ねていることに思いを至らせるかのように、改めて彼に対し、女性にこう告げるように呼び掛けた。
「わたしはとうとい道に志す者として生まれ変わってからこのかた、故意に生物の命を奪った記憶がない。このことの真実によっておん身に安らかさあらんことを、胎児に安らかさあらんことを」と。
釈尊の深い思いを知ったアングリマーラは、街に戻って女性に言葉を捧げた。すると苦しんでいた女性は穏やかな表情を取り戻し、無事に子どもを出産することができたのだった——(前掲『世界の名著1 バラモン教典 原始仏典』を引用・参照)。
この二つの出来事を通して、釈尊がアングリマーラに促したことは何であったか。
それは、彼を長らく突き動かしてきた害心に目を向けさせて、悪行を食い止めたことにとどまりませんでした。母子の命を助けるための道を照らし出し、アングリマーラが自らの誓いをもって"命を救う存在"になっていく方向へと、心を向けさせたのです。
もちろんこの説話は、一人の人間の生き方の変革のドラマを描いたものであって、現代とは時代も違えば、状況も違います。
しかし、行為の禁止を強調するだけでなく、その行為とは正反対の"命を救う存在"へと踏み出すことを促すベクトル(方向性)は、社会の変革にまで通じる治癒の底流となり得るのではないかと、私は提起したいのです。

◇ジュネーブ諸条約に込められた決意
今から70年前(1949年)に締結され、国際人道法の重要な原則を定めたジュネーブ諸条約には、このベクトルに相通じるような条約制定への思いが込められていたと感じます。
ジュネーブ諸条約は、妊婦をはじめ、子どもや女性、高齢者や病人を保護する安全地帯の設置などを求めて、第2次世界大戦の末期に赤十字国際委員会が準備作業に着手していたものでした。
戦後、交渉会議に参加した国々は、条約の採択に際し次の表明を行いました。
「各国政府は将来にわたり、戦争犠牲者の保護のジュネーブ諸条約を適用しなければならないことのないよう、また各国は強大国であろうと弱小国であろうと常に諸国間の相互理解と協力により紛争を友好的に解決することを希望する」(井上忠男『戦争と国際人道法』東信堂)
つまり、条約に対する違反行為を共に戒めるといった次元にとどまらず、条約の適用が問われるような、多くの人命が奪われる事態を未然に防ぐとの一点に、条約の制定を導いた思いが凝縮していたのです。
多くの人々が目の当たりにした戦争の残酷さと悲惨さが、交渉会議の参加者の間にも皮膚感覚として残っていたからこそ、国際人道法の基盤となる条約は、強い決意をもって採択されたのではないでしょうか。
私は、この条約の原点を常に顧みることがなければ、条文に抵触しない限り、いかなる行為も許されるといった正当化の議論が繰り返されることになると、強く警告を発したい。
まして現在、AI兵器と呼ばれる「自律型致死兵器システム(LAWS)」の開発が進む中で、"人間が直接介在せずに戦闘が行われる紛争"の到来さえ、現実味を帯びようとしています。このままではジュネーブ諸条約に結実した国際人道法の精神が十全に発揮されなくなる恐れがあり、私たちは今こそ、「平和不在」の病理を克服する挑戦を大きく前に進めねばならないと思うのです。
そのために重要な足場となるのが、「平和不在」の病理に対する認識を互いに持ちながら、治癒のあり方を共に探ること——すなわち、「平和な社会のビジョン」を共有していくことではないでしょうか。

◇核兵器禁止条約が持つ歴史的な意義
私は、このビジョンの骨格となるものを打ち出した軍縮国際法の嚆矢こそ、核兵器禁止条約に他ならないと訴えたい。
核兵器禁止条約は、軍縮や人道の範疇だけに収まる国際法ではありません。
国際人道法の名づけ親と言われる赤十字国際委員会のジャン・ピクテ元副委員長は、国際人道法の規則を構成する条文は「人道的な関心を国際法へ転換したもの」(前掲『戦争と国際人道法』)であると強調していました。
被爆者をはじめとする多くの民衆の"核兵器による惨劇を繰り返してはならない"との思いを凝縮した核兵器禁止条約は、まさにその系譜に連なるものだといえましょう。
さらに、核兵器禁止条約は、新しい国際法のあり方として注目されている、「ハイブリッド型国際法」の性格も帯びています。
これは気候変動の分野で提起されてきたもので、人権や強制移住の問題と連動させる形での問題解決を志向した、思考の枠組みの転換を促す条約のアプローチです。
そうした地球的な課題の連関性をより幅広く包摂したのが、核兵器禁止条約であると思うのです。
国家の主権に深く関わる安全保障であっても、「環境」「社会経済開発」「世界経済」「食糧安全保障」「現在及び将来の世代の健康」、そして「人権」と「男女双方の平等」のすべての重みを踏まえたものでなければならないとの方向性を明確に打ち出しているからです。
いずれの課題に対する配慮を欠いても、真の安全保障を確保することはできない——その意識の共有が土台になければ、核軍縮の交渉といっても、保有数のバランスばかりに目が向いて、軍備管理的な意味合いから抜け出すことは難しいのではないでしょうか。
その意味で、核兵器禁止条約は、長年にわたる核軍縮の停滞を打ち破るための基盤を提供するだけではありません。
核兵器禁止条約を支持する連帯の輪を広げる中で、�すべての人々の尊厳を守り合う「人権」の世界、�自他共の幸福と安全を追求する「人道」の世界、�地球環境と未来の世代に対する責任を分かち合う「共生」の世界への道を力強く開いていくことに、最大の歴史的な意義があると訴えたいのです。

◇不十分な状態続く人道危機への対応
次に、軍縮を進めるための第二の足場として提起したいのは、「人間中心の多国間主義」を共に育むことです。
「人間中心の多国間主義」は、深刻な脅威や課題に直面している人々を守ることに主眼を置くアプローチで、昨年8月に行われた国連広報局/NGO(非政府組織)会議の成果文書でも、その重要性が強調されていたものです。
SDGsの取り組みを前進させるために欠かせないアプローチですが、私は、この追求がそのまま、軍拡の流れを軍縮へと大きく転換する原動力となっていくに違いないと考えます。
国連のグテーレス事務総長が「軍縮アジェンダ」の発表にあたって警鐘を鳴らしていたように、世界全体の軍事支出が増加する一方で、人道危機への対応のために必要な支援が不十分となる状態が続いています。
災害だけをみても、毎年、2億人以上の人々が被災しているといわれます。
飢餓の問題も深刻です。8億2100万人が飢餓に見舞われ、栄養不良で発育が阻害されている5歳未満の子どもは約1億5100万人に及んでいます。
この問題を考えるにつけ、"そもそも安全保障は何のためにあるのか"との原点に立ち返る必要があると思えてなりません。
そこで言及したいのは、国連大学のハンス・ファン・ヒンケル元学長が「人間の安全保障」に関する論考で述べていた言葉です。
ヒンケル氏は、安全保障はさまざまな要因が関係するために複雑にみえるものの、一人一人の目線に立てば、何が脅威で、何を不安に感じるのかは明白に浮かび上がってくるとし、次のように指摘しました。
「世界の大多数の人々にとって、従来の安全保障が、個人レベルにおいて意味のある安心感を提供できなかったことは明白である」
「国際関係と外交政策の決定過程には、疾病や飢餓や非識字よりも、ハイ・ポリティクスを優先する態度や制度が埋め込まれている。私たちは、このようなあり方にあまりにも慣れてしまっており、多くの人にとって『安全』は国家の安全保障と同義になっている」
「ハイ・ポリティクス」とは政治上の最優先事項を意味する言葉ですが、国家の安全保障の比重に比べて、一人一人の生命と生活を脅かす諸課題への対応が遅れがちになる中で、世界の多くの人々が「意味のある安心感」を得られていない状況が生じているのではないかと、ヒンケル氏は問題提起したのです。

◇仏法に脈打つ「同苦」の精神がSGIの平和運動の源流
またヒンケル氏は別の講演で、極度の貧困に陥った人々の窮状について、こう述べていました。
「一日一日の生存さえ——まさしく『一日一日』であって、『一時間一時間』とさえいいうるのだが——保証されないとしたら、人はいかにして生活に喜びや意味を見い出したり、人間的尊厳を維持しながら生活を送ることができるだろうか。明日を迎えるのが精一杯というような生活が主たる関心事であるとしたら、人はいかにして未来に懸け、他者との絆を築くことができるだろうか」(「疎外、人間の尊厳、責任」、「日本国際問題研究所創立40周年記念シンポジウム報告書」所収)と。
私はそこに、従来の安全保障では見過ごされてきた人々の苦しみの深刻さを、痛切に感じるのです。
その辛い思いは、貧困や格差に苦しむ人々だけでなく、紛争のために難民生活を強いられた人々や、災害によって避難生活を余儀なくされた人々をはじめ、世界の多くの人々が抱えているものではないでしょうか。

◇アフリカで広がる画期的な難民支援
その意味で私は、同じ地球に生きる一人一人が「意味のある安心感」を抱くことができ、未来への希望を共に育んでいける世界を築くことこそ、「人間中心の多国間主義」の基盤にあらねばならないと訴えたい。
とはいっても、この挑戦はゼロからの出発ではありません。多くの深刻な問題に直面してきたアフリカで、意欲的な取り組みが始まっているアプローチだからです。
その契機となったのが、2002年のアフリカ連合(AU)の発足でした。
人道危機に対応するための協力が模索される中、7年前には「AU国内避難民条約」が発効しています。
これは他の地域には見られない先駆的な条約で、国内避難民の保護を地域全体で支えることを目指したものです。
また、難民支援の面でも特筆すべき動きがみられます。
例えばウガンダでは、南スーダンなどの紛争国から逃れた110万人もの難民を受け入れてきましたが、難民の人々は移動の自由と労働の機会が認められているほか、土地の提供を受け、医療や教育も受けられるようになっています。
ウガンダの多くの国民が紛争の被害に苦しみ、難民生活を送った経験を持ち、その時の思いが、難民の人々を支える政策の基盤となっているのです。
このほか、タンザニアでも注目すべき取り組みがありました。
タンザニアでは、周辺の国々から避難した30万人以上の難民の人々が生活していますが、その難民の人々と地域の住民が協力して、苗木を栽培する活動が行われてきたのです。
この活動は、薪を得るために森林伐採が進み、自然環境の悪化が懸念される中で始まったもので、難民キャンプとそのキャンプがある地域に約200万本の木々が植えられてきました。
アフリカの大地に新たに植えられた、たくさんの緑の木々——。その光景を思い浮かべる時、私の大切な友人で、アフリカに植樹運動の輪を広げたワンガリ・マータイ博士が述べていた言葉が胸に迫ってきます。
「木々は土地を癒し、貧困と飢えのサイクルを断ち切る一助になります」
「そして、木々は素晴らしい平和のシンボルです。木々は生き、私たちに希望を与えてくれます」(アンゲリーカ・U・ロイッター/アンネ・リュッファー『ピース ウーマン』松野泰子・上浦倫人訳、英治出版)
難民の人々にとって、新しく生活を始めた場所で栽培を手伝った木々の存在は生きる希望の象徴となり、「意味のある安心感」につながるものとなっているのではないでしょうか。
私は、"最も苦しんだ人こそが最も幸せになる権利がある"との信念に基づき、21世紀は必ず「アフリカの世紀」になると、半世紀以上にわたって訴え続けてきました。
世界で求められている「人間中心の多国間主義」のアプローチの旭日は、今まさにアフリカから昇ろうとしているのです。

◇無関心と無慈悲が苦しみを強める
現在、国連難民高等弁務官事務所が支援する難民の3割以上が、アフリカの国々で生活をしています。
国連で先月採択された、難民に関するグローバル・コンパクト=注3=でも呼び掛けられたように、大勢の難民の人々を受け入れ国だけで支えるのは容易ではなく、国際社会をあげて難民への支援とともに、受け入れ国に対する支援を強化することが欠かせません。
ともすれば、難民問題や貧困の問題にしても、その悲惨さに直面していない場合、"自分たちの国には関係がない"とか"自分たちの国の責任ではない"と考えてしまう傾向がみられます。「人間中心の多国間主義」は、こうした国の違いという垣根を超えて、深刻な脅威や課題に苦しんでいる人々を救うことを目指すアプローチなのです。
仏法の出発点となった釈尊の「四門出遊」の説話には、この意識転換を考える上で示唆を与えるメッセージがあると、私は考えます(以下、『ゴータマ・ブッダI』、『中村元選集[決定版]』第11巻所収、春秋社を引用・参照)。
古代インドの時代に、王族として生まれた釈尊は、政治的な地位と物質的な豊かさに恵まれる中で、寒さや暑さに悩まされることも、塵や草や夜露によって衣服が汚れることもない生活を送り、多くの人が王族に仕えてくれる環境の下で青年時代を送りました。
しかしある日、城門から出た釈尊が目にしたのは、病気や老いを抱えて苦しむ人々や、道端で亡くなっている人の姿でした。
その姿に激しく心を動かされた釈尊は、自分も含め、人間であるならば誰しも生老病死の苦しみは逃れがたいものであることを、まざまざと感じたのです。
釈尊が胸を痛めたのは、生老病死の悩みもさることながら、多くの人がそれを"今の自分とは関係のないもの"と考えて、苦しんでいる人々を忌み嫌ったり、厭う気持ちを抱いてしまっていることでした。
後に釈尊は当時を回想し、そうした人間心理について次のように述べました。
「自分が老いゆくものであって、また、老いるのを免れないのに、他人が老衰したのを見ると、考えこんで、悩み、恥じ、嫌悪している——自分のことを看過して」
こうした言葉を通し、釈尊は「老い」だけでなく、「病」や「死」に対しても同じ心理が働きやすいことを喝破しました。他者の苦しみを自分とは無縁のものと思い、嫌悪の念すら抱く——この人間心理を、釈尊は「若さの驕り」「健康の驕り」「いのちの驕り」として戒めたのです。
それらの驕りを、"人間と人間との心の結びつき"の観点から見つめ直してみるならば、驕りから生じる無関心や無慈悲が、人々の苦しみをより深刻なものにしてしまうという問題が、浮かび上がってくるのではないでしょうか。
いつの時代にも、"貧困などの状態に陥るのは本人の運命でやむを得ない"といった運命論や自己責任論をはじめ、"人々に苦しい思いをさせたとしても、自分の知るところではない"といった道徳否定論が横行しやすい面があります。
こうした考えに対して釈尊は、人間が生きる上でさまざまな苦しみに遭うことは避けられないとしても、自身の内なる可能性を開花させることで、人生を大きく切り開いていくことができると強調しました。
そしてまた、困難を抱える人々に対し、同苦して寄り添い、励まし支えていく縁を紡ぎ合う中で、安心と希望の輪を広げることができると強調したのです。

◇この仏法の眼差しは、生老病死の悩みにとどまらず、社会でさまざまな困難に直面している人々にも向けられたものでした。
例えば、ある大乗仏教の経典(優婆塞戒経)には次のような一節が説かれています。
「乾燥した場所には、井戸をつくり、果樹林を植え、水路を整備しよう」
「年配の人や子どもや体の弱い人が困っていれば、彼らの手をとって助けよう」
「住んでいた土地を失ってしまった人を見かけたら、親身な言葉をかけて寄り添おう」
これらの言葉は、自分も同じ苦しみに直面するかもしれない一人の人間として、"自分だけの幸福もなければ、他人だけの不幸もない"との心で「自他共の幸福」を目指していく、仏法の精神の一つの表れといえるものです。
私どもがFBO(信仰を基盤とした団体)として、平和や人権、環境や人道などの地球的な課題に取り組む上での思想的源流となってきたのも、こうした他者の苦悩に「同苦」する精神に他なりませんでした。
釈尊が洞察した、老いや病や死を自分に関係がないものとして厭い、苦しみを抱える人に冷たく接してしまう心理——。それはまた、貧困や飢餓や紛争で苦しんでいる人々を、自分が直面する問題ではないからと意識の外に置いてしまう心理と、底流において結びついているのではないかと思えてなりません。

◇環境問題が促す安全保障観の転換
この問題を考える時、先に触れた国連広報局/NGO会議の成果文書の中にも、「私たち民衆は、ナショナリズムかグローバリズムか、いずれかしかないといった誤った選択を拒否する」との言葉があったことが想起されます。
自国第一主義に象徴されるようなナショナリズムを追求すればするほど、「排他」の動きが強まることになり、経済的な利益を至上視するグローバリズムを進めれば進めるほど、「弱肉強食」的な世界の傾向が強まってしまいます。
そうではなく、深刻な脅威や課題に直面する人々を守ることに主眼を置いた「人間中心の多国間主義」のアプローチを、すべての国々が選び取って共に行動を起こしていく時代が来ていると思うのです。
安全を守る防衛の歴史には、"城壁を堅固に築けば、自分たちは安全である"との思想がみられますが、そうした考えは現代においても、"軍事力で防御された国境の内側にいる限り、自分たちの安全は確保できる"といった形で受け継がれてきたといえましょう。
しかし一方で、気候変動をはじめとする地球的な課題の多くは、国境を越える形で被害が及ぶものであり、新しいアプローチでの対応が欠かせないのではないでしょうか。
こうした中、ラテンアメリカとカリブ海諸国が、昨年3月、環境に関する権利を地域全体で守ることを目指す、「エスカス条約」という画期的な枠組みを採択しました。
この地域では、ハリケーンによる災害や、海洋の酸性化などの問題を抱えてきました。そこで、条約を通じて地域間の協力を強化するとともに、環境問題に取り組む人々を共に守り、重要な決定をする場合には多様な意見に耳を傾けることを義務づけるという、「人間中心」の方針が打ち出されたのです。

◇自分にしかできない行動が厳しい現実を突き破る力に
加えて、グローバルな規模でも注目すべき動きが始まっています。
国連環境計画が2年前に開始した「クリーン・シー・キャンペーン」で、海洋汚染を引き起こしてきたプラスチックごみの削減を目指す運動です。
現在までに50カ国以上が参加し、対象となる海岸線は世界全体の6割を超えるまでになりました。
これまで"海岸線を守る"というと防衛的な観点が前面にあったといえますが、今やそこに、"国の違いを超えて海洋を保護し、生態系を共に守る"というまったく新しい意味合いが生じつつあるのです。
歴史を振り返れば、現代にもつながる排他的なナショナリズムと、利益至上主義のグローバリズムの端緒となったのが、19世紀後半から世界に台頭した帝国主義でした。
創価学会の牧口常三郎初代会長は、その嵐が吹き荒れた20世紀の初頭(1903年)に、他国の民衆を犠牲にして自国の安全と繁栄を追い求める生存競争から脱して、各国が人道的競争に踏み出すべきであると訴えていました。
そしてその要諦を、「他のためにし、他を益しつつ自己も益する方法を選ぶにあり。共同生活を意識的に行うにあり」(『牧口常三郎全集』第2巻、第三文明社、現代表記に改めた)と強調したのです。
この軸足の転換は、現代の世界で切実に求められているものだと思えてなりません。
人道危機や環境協力の分野で助け合う経験を重ねることは、「平和不在」の病理がつくりだした対立と緊張の荒れ地に、信頼と安心の緑野を広げるための処方箋となるはずです。その先には、対抗的な軍拡競争から抜け出す道も開けてくるのではないでしょうか。
今年の9月には、国連で「気候サミット」が開催されます。
世界全体が「人間中心の多国間主義」へと大きく踏み出すための絶好の機会であり、"同じ地球で生きる人間の生命と尊厳にとって重要な協力とは何か"に焦点を当て、温暖化防止の取り組みの強化を図るとともに、安全保障観の転換を促す機運を高める出発点にしていくことを、私は強く呼び掛けたいのです。

◇国連事務総長の学生への呼び掛け
最後に、軍縮を進めるための第三の足場として提起したいのは、「青年による関与」を主流化させることです。
国連では今、多くの分野で青年がキーワードになっています。
その中核となるのが、昨年9月に始まった「ユース2030」の戦略です。世界18億人の青年のエンパワーメント(内発的な力の開花)を進めながら、若い世代が主役となってSDGsの取り組みを加速させることが目指されています。
人権の分野でも新しい動きがありました。
来年からスタートする「人権教育のための世界プログラム」の第4段階で、青年を重点対象にすることが決まったのです。
私も昨年の提言で、その方向性を呼び掛けていただけに、第4段階の活動が多くの国で軌道に乗ることを願ってやみません。
青年の重要性が叫ばれているのは、軍縮の分野も例外ではなく、グテーレス事務総長が主導した「軍縮アジェンダ」で明確に打ち出されています。何より事務総長の思いは、その発表の場として国連本部のような外交官の集まる場所ではなく、若い世代が学ぶジュネーブ大学を選んだことにも表れていました。
グテーレス事務総長は、こう呼び掛けました。
「この会場におられる学生の皆さんのような若者は、世界に変革をもたらす最も重要な力です」
「私は、皆さんが自分の力とつながりを利用し、核兵器のない世界、兵器が管理、規制され、資源がすべての人に機会と繁栄をもたらすように使われる世界を求めることを希望しています」(国連広報センターのウェブサイト)
その強い期待を胸に事務総長は、長年にわたり未解決となってきた核兵器の問題だけでなく、若者たちの未来に深刻な脅威を及ぼす課題として、新しい技術が引き起こす紛争の危険性を学生たちに訴えたのです。
なかでも事務総長が深い憂慮を示していたのが、サイバー攻撃の脅威でした。サイバー攻撃は、軍事的な打撃を与えるものにとどまらず、重要インフラへの侵入で社会的な機能を麻痺させることを目的にした攻撃など、多くの市民を巻き込み、甚大な被害を及ぼす危険性を持つものです。
このように現代の軍拡競争は、戦闘の有無にかかわらず、日常生活にまで及ぶ脅威を招いています。
しかも、その深刻さは、平和や人道に対する脅威だけにとどまりません。
人間の生き方、特に青年に及ぼす影響の観点から見つめ直してみるならば、軍拡の問題があまりにも複雑で巨大になってしまったがゆえに、現実を変えることはできないといった"あきらめ"を蔓延させる点に、根源的な深刻さがあるのではないでしょうか。

◇社会の土壌を蝕む"あきらめ"の蔓延
「平和不在」の病理の克服を訴えたヴァイツゼッカー博士が、何より懸念していたのもこの問題でした(前掲『心の病としての平和不在』)。
博士は、制度的に保障された平和の必要性を訴える自分の主張に対し、寄せられる非難として二つの類型を挙げました。
一つは、「われわれは平和の中で暮らしているではないか。大規模な兵器こそが平和をまもっているのだ」との非難です。
もう一つは、「戦争はいつの時代にもあったし、またこれからもあるだろう。人間の自然とはそういうものだ」との非難でした。
奇妙なことに二つの非難は、しばしば同じ人間が発する言葉でもあったといいます。つまり、「同じ人が、一方では平和の中で暮らしていると考え、他方では、平和は単なる聞き届けられない願望であるといっている」と。
そこで博士は、本人でも気づかない矛盾がなぜ起こるのかについて考察を進めました。
注視し続けることが困難な問題を前にした時、人間にはそれを頭の中から押しのけようとする心理が働く。その心の動きは、ある場合には精神の均衡を保つために必要かもしれないが、「生存に必要な判断」が求められる時に、果たしてそれで良いのだろうか。
それは、「わたしたち人間が、平和をつくり出すようになるためにはなにがなされねばならないか。なにを実行しなければならないか」について、真摯に考えようとする取り組みを足止めしてしまうのではないか——というのが、博士の問題提起だったのです。
この考察から半世紀が経った今なお、核抑止を積極的に支持しないまでも、安全保障のためにはやむを得ないと考える人々は、核保有国や核依存国の中に少なくありません。
核戦争が実際に起こらない限り、「大規模な兵器こそが平和をまもっているのだ」と考え、核の脅威から目を背けていても、一見、何の問題もないようにみえるかもしれない。
しかし、核問題に対する"あきらめ"が蔓延していること自体が、社会の土壌と青年たちの未来を蝕みかねないことに目を向ける必要があります。
核抑止に基づく安全保障は、ひとたび戦端が開かれれば、他国と自国の大勢の人々の命を奪い去る大惨事を招くだけではない。核兵器が使用される事態が起きなくても、核の脅威の下で生きることを強いられる不条理は続き、核兵器の防護や軍事機密の保護が優先されるため、国家の安全保障の名の下に自由や人権を制限する動きが正当化される余地も常に残ります。
そこに"あきらめ"の蔓延が加われば、自分たちの身に自由や人権の侵害が降りかからない限り、必要悪として見過ごしてしまう風潮が社会で強まる恐れがあるからです。
ヴァイツゼッカー博士が懸念していた「平和不在」の病理がもたらす悪影響が、このような形で今後も強まっていくことになれば、次代を担う青年たちが健全で豊かな人間性を育む環境は損なわれてしまうのではないでしょうか。

◇立正安国論の精神
釈尊の教えの精髄である法華経に基づき、13世紀の日本で仏法を展開した日蓮大聖人が、「立正安国論」において、社会の混迷を深める要因として剔抉していたのも、"あきらめ"の蔓延でありました。
当時は、災害や戦乱が相次ぐ中で、多くの民衆が生きる気力をなくしていました。その上、自分の力で困難を乗り越えることをあきらめてしまう厭世観に満ちた思想や、自己の心の平穏だけを保つことに専念するような風潮が社会を覆っていました。
その思想と風潮は、法華経に脈打つ教えとは対極にあるものに他なりませんでした。法華経では、すべての人間に内在する可能性をどこまでも信じ、その薫発と開花を通じて、万人の尊厳が輝く社会を築くことを説いていたからです。
度重なる災害で打ちひしがれている人々の心に希望を灯すには何が必要なのか。紛争や内戦を引き起こさないためには、どのような社会の変革が求められるのか——。
大聖人はその課題と徹底して向き合いながら、「如かず彼の万祈を修せんよりは此の一凶を禁ぜんには」(御書24ページ)と訴え、"あきらめ"の心を生じさせる社会の土壌に巣くう病根を取り除く重要性を強調しました。
社会の混迷が深いからといって、あきらめるのではない。人間の内なる力を引き出して、時代変革の波を共に起こすことを呼び掛けたのが、大聖人の「立正安国論」だったのです。
私どもは、この大聖人の精神を受け継ぎ、牧口初代会長と戸田第2代会長の時代から今日に至るまで、地球上から悲惨の二字をなくすために行動する民衆の連帯を築くことを社会的使命としてきました。
こうした仏法の源流にある釈尊の苦に関する洞察について、「厭世的な気分というものはない」(『佛陀と龍樹』峰島旭雄訳、理想社)と評したのは、哲学者のカール・ヤスパースでした。
ヤスパースの著作の中に、"あきらめ"を克服するための方途を論じた考察があります(『実存開明』草薙正夫・信太正三訳、創文社)。
一人一人の人間が直面する逃れられない現実を「限界状況」と名づけたヤスパースは、「現存在としてわれわれは、限界状況の前に眼を閉ざすことによってのみ、それらを回避することができる」が、それは自身の内なる可能性を閉ざすことになると指摘しました。
私が重要だと感じたのは、ヤスパースが、限界状況といっても一人一人の人間にとって個別具体的なものであるからこそ、そこに打開の糸口を見いだせると洞察していた点です。
つまり、人間はそれぞれ、生まれや環境といった異なる人生を背負っており、その制約によって生きる条件が狭められるものの、限界状況を自覚して正面から向き合うことを決断すると、他の誰かとは代替できない個別の境遇という「狭さ」を、本来の自分に生きゆく生の「深さ」へと転換することができる、と。
その上でヤスパースは、「このような限界状況にあっては、客観的な解決などというものは永久にあるわけでなく、あるものは、その都度の解決だけである」と訴え、だからこそ自分自身でなければ起こすことのできない一回一回の行動の重みが増してくると強調したのです。

◇共存の道を開く
このヤスパースの呼び掛けは、冷戦時代から平和と共存の道を開くために行動してきた私自身の思いとも重なるものです。
冷戦対立が激化した1974年に、中国とソ連を初訪問した私に浴びせかけられたのは、「宗教者が、何のために宗教否定の国へ行くのか」との批判でした。
しかし私の思いは、平和を強く願う宗教者だからこそ、中日友好協会やモスクワ大学から受けた中国やソ連への招聘という機縁を無にすることなく、何としても友好交流の基盤を築きたいとの一点にありました。
"このようにすれば必ず成功する"といった万能な解決策など、どこにもなかった。まさに、それぞれが「一回限りの状況」というほかない出会いと対話を誠実に重ねながら、教育交流や文化交流の機会を一つまた一つと、手探りで積み上げてきたのです。
冷戦終結後も、どの国の人々も孤立することがあってはならないと考え、アメリカとの厳しい対立関係にあったキューバや、テロ問題に直面していたコロンビアなどを訪問してきました。自分は何もできることはないとあきらめるのではなく、"宗教者や民間人だからこそできることは必ずあるはずだ"との信念で各国に足を運んできたのです。
また、35年以上にわたって平和と軍縮のための提言を続け、市民社会の連帯を広げるための行動を重ねてきました。
その大きな目標であった核兵器禁止条約が実現をみた今、私は自らの経験を踏まえて、世界の青年たちに呼び掛けたい。
一人一人が皆、尊極の生命と限りない可能性を持った存在に他ならず、国際社会の厳しい現実を、動かし難いものとして甘受し続けなければならない理由はどこにもない!——と。

◇エスキベル博士と共同で出した声明
昨年6月、世界の青年に向けて発表した、人権活動家のアドルフォ・ペレス=エスキベル博士との共同声明でテーマに掲げたのも、「もう一つの世界は可能である」との信念であり、私たちはこう訴えました。
「幾百万、幾千万もの人々が、戦争や武力衝突の暴力、飢えの暴力、社会的暴力、構造的な暴力によって、生命と尊厳を脅かされている。困窮している人々に連帯し、その窮状を打開するために、我々は両手だけでなく、考え方と心を大きく広げなければならない」
共同声明で言及したように、そのモデルとなる挑戦こそ、若い世代の情熱と豊かな発想力によって核兵器禁止条約の採択を後押しし、ノーベル平和賞を受賞したICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)の取り組みでした。
ICANの発足以来、国際パートナーとして共に行動してきたSGIでも、中核を担ってきたのは青年部のメンバーです。
SGIでは2007年から「核兵器廃絶への民衆行動の10年」の活動を立ち上げ、日本の青年部を中心に核兵器廃絶を求める512万人の署名を集めました。
イタリアでも、青年部を中心に「センツァトミカ(核兵器はいらない)」キャンペーンに協力し、同国の70都市以上で意識啓発のための展示を開催してきました。またアメリカでは学生部が、2030年までに核兵器廃絶を目指す「私たちの新たな明るい未来」と題する対話運動を、全米各地の大学などを舞台に活発に行ってきました。
これらの活動の一部は、国連に昨年提出した報告書でも紹介したところです。
安全保障理事会が2015年に採択した「2250決議」では、青年が平和構築と安全保障に貢献している事例を調査し、安保理と加盟国に報告するよう定めており、私どもの青年部の活動は、その「2250決議」に関する進捗研究でも言及されています。
青年部がまとめた報告書では、SGIの「核兵器廃絶への民衆行動の10年」の取り組みを総括して、次のように記しています。
「青年たちが運動に加わることで、核兵器の問題を意識していない人々にも裾野が広がり、すでに運動に参加している人々に更なる活力を与える波及効果がある」
人々の心に時代変革の思いを呼び起こし、共に強め合う——私は、その「共鳴力」の発揮に、青年の真骨頂があると訴えたい。
核兵器禁止条約の早期発効はもとより、その発効の先にある大きな課題、すなわち、核保有国や核依存国の参加を促し、核兵器の廃棄を前に進めるには、世界的な関心と支持を喚起し、維持し続けることが欠かせず、青年たちによる力強い関与がその生命線となるのではないでしょうか。
以上、私は軍縮を進めるための三つの足場をそれぞれ提起してきましたが、この青年たちが発揮する「共鳴力」こそ、他の二つの足場をも堅固に鍛え上げていく、すべての足場の要となるものであると強調したいのです。(�に続く)

語句の解説
注1 中距離核戦力(INF)全廃条約
アメリカのレーガン大統領とソ連のゴルバチョフ書記長が1987年12月に署名した条約。射程500〜5500キロの地上配備の弾道ミサイルと巡航ミサイルの生産・実験・保有を禁止した。冷戦終結後はロシアが条約の義務を継承し、91年5月に対象兵器の全廃が完了したが、近年、新たなINFの配備を禁止した条約の規定などを巡って対立が続いてきた。

注2 ソクラテスの産婆術
古代ギリシャの哲学者ソクラテスが用いた問答法で、言葉の投げ掛けや対話を重ねる中で、通念や常識に対する疑問を相手に呼び起こし、正しい認識や真理に導くアプローチ。弟子のプラトンがまとめた対話篇『テアイテトス』では、ソクラテスが、助産師だった彼の母の仕事になぞらえて、真理を産み出す過程を陣痛や分娩などに譬えている箇所がでてくる。

注3 難民に関するグローバル・コンパクト
2018年12月の国連総会で採択された、難民支援の連携を進めるための国際的な指針。難民の教育機会の確保や受け入れ国でのインフラ整備など、難民と受け入れ国の双方が恩恵を受けられる包括的な支援を進めるための国際協力の強化を目指す。各国の取り組みの進捗状況を報告する「グローバル難民フォーラム」を4年ごとに開催することも盛り込まれた。

2019年2月3日日曜日

2019.02.03 わが友に贈る

「一は万が母」だ。
必死の「一人」は
万軍に勝る。
ゆえに自ら一人立とう!
真摯に一人を励まそう!

種種御振舞御書 P917
『釈迦如来の御ためには提婆達多こそ第一の善知識なれ、今の世間を見るに人をよくなすものはかたうどよりも強敵が人をばよくなしけるなり』

【通解】
釈迦如来のためには、提婆達多こそ第一の善知識であった。今の世間を見ると、人を良くするものは、味方よりも強敵が人をよく成長させるのである。

〈寸鉄〉 2019年2月3日
若い力を糾合する学会は社会の模範—識者。後継育成更に。人材の大河を
池田先生の八重山、宮古初訪問45周年。世界一の幸福島に!原点胸に前進
自己の使命を認識するのは宗教的な人間だけだ—文豪。広布に生きる我ら
仕事以外で会話しない人が増加と。孤立進む現代。地域の絆結ぶ対話を益々
節分の日。ノルマ地獄で信者勧誘に蠢く日顕宗。「鬼は外」と毅然と撃退

☆勇気の旗高く 池田先生と新潟 2019年1月25日
◇頭を上げて前へ前へ!
これまで池田先生が各地の友に寄せたスピーチや指針などを紹介する「勇気の旗高く」。今回は新潟県を掲載する。

◇一人の変革
日本海に臨む荒浜の村——現在の新潟・柏崎で初代会長・牧口常三郎先生が生まれたのは1871年(明治4年)。池田先生は、牧口先生の『人生地理学』に触れつつ、新潟への期待を述べた。
思えば、牧口先生の故郷である荒浜のある柏崎は、文永十一年(一二七四年)の春、佐渡を後にされた大聖人の舟が、たどり着いた場所でもあった。
牧口先生は、約百年前、大著『人生地理学』で、中国、韓・朝鮮半島、ロシア等を結びゆく、日本海とその周辺海域を、「花綵(花づな)内海」と呼ぶことを提唱され、大いなる希望を寄せられていた。先生の先見通り、この「環日本海圏」が、二十一世紀の新しい国際秩序の要衝として、脚光を浴びている。その大きなリーダーシップを、新潟の天地が発揮しゆくことを、私は期待したい。
池田先生が新潟に第一歩をしるしたのは、65年前の1954年(昭和29年)2月である。先生は、初訪問の歴史を述懐し、つづった。
実は、その直前、戸田先生は体調を崩されていた。不死鳥のごとき生命力で、すぐに広布の陣頭に復帰されたが、私は一人、深刻な決意に奮い立っていた。"戦うのだ! 力をつけるのだ! 一日も早く、先生にご安心いただける後継の弟子となるのだ!"
我々の活動と成長が、戦いと前進が、共戦の連帯の拡大を無限に生んでいくのだ。これが、広宣流布の一つの方程式だ。
新潟は深い雪だった。そのなかを、友と一緒に私たちは走った。百人ほどの同志が集い合った指導会に、私は出席させていただいた。それが終わると、生き生きとした使命燃え立つ青年たちと、遅くまで語りに語った。そして懸命に激励した。
寒い翌日も折伏、さらに指導に走り回った。そして夜行列車に飛び乗る寸前まで、友を励まし続けた。
当時、私は、万感の思いを日記に書き留めた。
「此の地よりも、未来の大指導者の輩出する事を祈りつつ」と、その一節にある。
涌出せよ! 涌出せよ!
若き正義の師子よ、偉大な広布の大人材よ! 指導者は、第一にも、第二にも、人材を見出すことだ。人材を育てることだ。それが、責任であり、使命であり、任務であり、勝利なのだ。
ともかく、生命は「一人」が大事だ。「一人」の「人間革命」が大事だ。
これが、すべての出発と発展の原動力だ。一人の人間革命が、人びとを覚醒させ、地域を変革させ、そして、社会も国家も新しく変えてゆくのだ。
偉大なことは、そして大切なことは、一人の人間革命の原理を、法理を、大事な弟子たちに、強く深く教えていくことである。これが、戸田先生の決意であられた。

◇率先垂範
84年(同59年)9月2日に開かれた第1回「新潟青年平和文化祭」(新潟市陸上競技場)。その前日、池田先生は新潟市中央区の新潟池田文化会館へ。不眠不休で文化祭の準備を進め、疲労の色がにじんでいた青年部の代表を激励した。先生は当時を回想しながら、リーダーの使命を確認した。
私は、皆を労いながら、重責を担うリーダーたちであるゆえに、あえて言った。
「指導者は、どんなことがあっても、疲れた姿を見せてはならないんだよ」
ここ一番という時に、大将がくたびれていては、士気が上がるわけがない。
戸田先生の厳しい訓練を受けきってきた私は、どんなに体調が悪くとも、皆の前で、疲れたそぶりは、微塵も見せないと決めてきた。
同志を守るための、そして勝利の指揮をとるための幹部であるからだ。疲労を残さぬように知恵を働かせることも、大切な責任感である。
ゆえに幹部は、まず自らが厳然と祈り、満々と生命力を漲らせることだ! 晴ればれと率先垂範で戦い、皆の疲れを吹き飛ばし、喜悦の波動を広げていくことが、幹部の使命であることを断じて忘れてはならないだろう。
日蓮大聖人は、生きては帰れないといわれた極寒の流罪地・佐渡で「開目抄」や「観心本尊抄」など重要な御書を執筆された。池田先生は「開目抄」の一節を拝し、「創価の魂」を新潟家族に託した。
大聖人は、新潟で、末法の御本仏の大境涯を刻印された「開目抄」に仰せである。
「詮ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん」(御書232ページ)
誰が、大聖人の滅後、御書の通り、あえて大難の嵐を呼び起こしたか!
誰が、世界広宣流布の大闘争を起こしたか!
それが創価の誇りである。
それが創価の魂である。
大聖人に直結し、牧口先生に続く、わが新潟家族よ! いかなる三障四魔の怒濤も、堂々たる「勇気」の行進で、悠然と勝ち越え給え!

◇勇猛精進
「勇気」は新潟の永遠の指針である。
池田先生は83年(同58年)4月14日、新潟池田文化会館で開催された新潟県総会に出席。席上、「勇気」の文字を染め抜いた県旗のデザインが発表されている。翌15日の勤行会で先生は語った。
経文にも「勇猛精進」とあるように、信仰者の第一条件は"勇気"である。
御本尊を一生涯、持ちつづけ、折伏に邁進し、広宣流布を成就しゆく実行力は、勇気なくしてはありえない。その勇気とは、使命も、努力も、建設も、開拓もふくまれるうえでの勇気であることはいうまでもない。

さらに先生は91年(平成3年)5月19日、新潟県総会・音楽祭(新潟池田文化会館)の席上、「勇気の新潟」の使命について言及した。
「何があろうと、自分は、これでいく」という信念、モットーがなければ、風向きのままに、右に揺れ、左に揺れ、翻弄されて、結局、人生、何も残らない。後悔とむなしさだけの、みじめな自分となってしまう。それでは、何のための一生か。
そうならないためには、一歩も引いてはならない。毅然と頭を上げて、「信念」のままに、前へ、また前へ、進むことである。そして「信心」とは最高の信念なのである。
皆さまは、「勇気の新潟」を合言葉に、「勇気」の二字を決して忘れないでいただきたい。
勇気ある人のみが戦いに勝てる。そして、戦う人は幸福である。戦えない「いくじなし」では、結局、不幸になってしまう。人生、すべて戦いである。
どうかともどもに、ますますの「若さ」と「勇気」で、素晴らしき幸の人生を満喫していっていただきたい。正しき信心の心で、万年に輝きわたる「広宣流布」の大業のため、自身の永遠の勝利のために、この一日一日を、立派に勝利していただきたい。

池田先生は2004年5月の随筆で、懐かしき新潟の同志の顔を思い浮かべながら、つづった。

原点の新潟市。王者の佐渡。ロマンの瓢湖。凱歌の十日町。
不屈の長岡・見附・栃尾。師弟の柏崎。繁栄の糸魚川。
正義の上越。模範の新発田。共戦の三条・燕・加茂。
旭日の村上。躍進の新津・白根。和楽の小千谷。
新潟県の同志は、勇気、勇気、勇気で勝ち進む。

本年は池田先生の新潟初訪問から65周年の佳節である。
65年前、池田先生は新潟の青年たちに一首を詠んだ。
「大聖の 嵐の因縁 ある地にて 法旗を高く 君等起ちゆけ」と。
以来、いかなる苦難にも屈せず、"嵐は誉れ"と全てを勝ち越えてきた新潟の友。今ここから、「勇気の旗」を高らかに掲げ、使命の戦野を力走する。

2019年2月2日土曜日

2019.02.02 わが友に贈る

本当の失敗とは失敗を
恐れて挑戦しないこと。
「臆病にては
叶うべからず」だ。
さあ 勇気の一歩を!

瑞相御書 P1140
『夫十方は依報なり衆生は正報なり譬へば依報は影のごとし正報は体のごとし身なくば影なし正報なくば依報なし又正報をば依報をもつて此れをつくる』

【通解】
十方は依報である。衆生は正報である。依報は、たとえば影であり、正報は体である。身がなければ影はない。と同じく正報がなければ依報もないのである。またその正報は依報をもってその体を作る。

〈寸鉄〉 2019年2月2日
「今一重強盛に御志あるべし」御書。日々、清新な祈りを。喜び勇んで出発
励ましの拡大こそ人材と友情広げる鍵。全幹部が最前線の地区に飛び込め
女性の「10帰運動」を励行。打ち合わせ等は価値的に。周囲も配慮忘れず
景気拡大、6年2カ月で戦後最長に。庶民が実感伴うまで公明が先導せよ
援助が必要な子供は世界で4千万人—調査。子は宝。笑顔輝く未来を皆で

☆本紙創刊2万号記念特集(上) 聖教新聞の歩み 2019年1月20日
◇民衆の側に立つ正義の言論城
1951年(昭和26年)4月20日に創刊された聖教新聞。池田先生は聖教の使命をつづった。「民衆の中で生まれ、民衆に育まれた聖教新聞は、永久に民衆と共に進む正義の言論城である」と。ここでは創刊2万号の佳節に当たり、「聖教新聞の歩み」を紹介する。

◇師弟の語らい
聖教新聞の原点は「師弟」である。
1950年(昭和25年)、戸田先生の事業は、深刻な経済不況のあおりを受け、厳しい苦境にあった。
事業の破綻が決定的になると、それを聞き付けた新聞記者がスクープにしようと接近してきた。
同年8月23日、池田先生は、その矢面に立って渉外に当たった。そして翌24日、戸田先生は池田先生と共に取材に応じた。
誠意と道理を尽くして応対した結果、いいかげんな記事が世に出ることはなかった。
この直後、戸田先生は池田先生に語った。
「新聞は強い武器だな。これからは"文"の戦いだ」
「一つの新聞をもっているということは、実に、すごい力をもつことだ。学会も、いつか、なるべく早い時期に新聞をもたなければいけない。大作、よく考えておいてくれ」
最大の苦境の中、師弟の語らいから生まれた新聞が、聖教新聞である。後に、この「8・24」が「聖教新聞創刊原点の日」に制定されている(2007年)。
1951年(昭和26年)3月、戸田先生を中心に、初の企画会、編集会議が開かれた。この場で「聖教新聞」の名称が決まり、紙面構成等が協議された。
戸田先生は語った。
「この新聞をもって、広宣流布の火蓋を切っていくのだ。あらゆる意味で言論戦の雄とならねばならぬ」
池田先生はこの日の日記に記している。
「日本一、世界一の大新聞に発展せしむる事を心に期す」と。それから1カ月後の同年4月20日、聖教新聞の「第1号」が発刊されたのである。
1面のトップ記事は「信念とは何ぞや?」と題する戸田先生の論文。下段には戸田先生の小説『人間革命』が掲載された。2面には「聖火鶴見に炎上」の見出しが躍り、弘教の金字塔を打ち立てた草創の鶴見支部の奮闘が紹介されている。
当初の発行部数は、5000部。旬刊(10日に一度の発行)、2ページ建ての紙面構成であった。
創刊から約2週間後の5月3日、戸田先生が創価学会の第2代会長に就任。同月末、聖教新聞の編集室は、東京・市ケ谷のビルへ移転した。
カメラは旧式のものが1台あるだけで、机を二つ並べるといっぱいの狭い部屋だった。この小さな一室で制作された聖教新聞は、同志の勇気を鼓舞し、広布前進の勢いを加速させる役割を果たしていった。

◇学会の躍進と共に
53年(同28年)9月6日、聖教新聞は旬刊から週刊になった。
60年(同35年)5月3日、池田先生が第3代会長に就任すると、戸田先生の遺言である「300万世帯の達成」を目標として、新たな前進が始まった。
学会の躍進と共に、聖教新聞もさらに発展を遂げていく。同年9月3日に週2回刊、2年後の62年(同37年)1月1日からは週3回刊となった。
この年の11月末、学会は300万世帯を突破した。
広布の上げ潮の中、65年(同40年)の新年号から、池田先生の小説『人間革命』が連載開始。この年の7月15日から「日刊8ページ建て」となった。
当初、日刊化は10月からの予定だった。だが、「もう少し、早くできないだろうか」というのが池田先生の思いだった。小説『新・人間革命』第10巻「言論城」の章には、その真情が記されている。
「学会の前進は、日ごとに速まっている。週三回の発行では、もう、学会の前進のスピードに、ついて行けない時代になった」
事実、66年(同41年)11月に学会は600万世帯、さらに69年(同44年)2月には、700万世帯に達している。
70年(同45年)9月28日、本社ビルが完成。翌71年(同46年)1月4日から、現在の「日刊12ページ建て」になった。
「5000号」を迎えたのは、76年(同51年)4月30日。折しも創刊25周年の佳節であった。
池田先生は同年4月20日付の本紙に「創刊25周年に寄せて」を寄稿。その中で「5000号を迎え、25歳の若者となった聖教新聞の本舞台はいよいよこれからである」とし、本紙が1万号を数えた時を思い描きながら、「この人間の機関紙はいかなるものになっているであろうか」とつづった。
さらに、寄稿の結びで、「聖教新聞は、学会員一人一人が創りあげている新聞であり、広布の歴史そのものである。これまでの輝かしい伝統を継承し、発展させて、永遠に世界の庶民の味方として、歩みゆくよう祈ってやまない」と期待を述べた。
この頃、第1次宗門事件の嵐が吹き始めていた。宗門の悪侶や退転・反逆者らの策謀が渦巻く中、池田先生は80年(同55年)7月、休載していた『人間革命』の執筆を再開。それは、学会が反転攻勢を開始する大きな力となった。
90年(平成2年)7月19日、本紙は「1万号」の佳節を刻んだ。この2日後、法主を名乗る日顕が極悪の本性をさらけ出し、その年の暮れに、第2次宗門事件が勃発。聖教新聞は破邪顕正の論陣を張っていった。

◇平和の哲理を世界へ
翌91年(同3年)11月28日、学会は邪宗門・日顕宗の鉄鎖を断ち切り、世界宗教へと大きく飛翔を開始した。
SGIは当時の115カ国・地域から、今や192カ国・地域に広がった。
以来、本紙は連日にわたって世界広布の息吹を報じてきた。
93年(同5年)2月11日、池田先生の小説『人間革命』(全12巻)が完結した。同年の11月18日からは、小説『新・人間革命』の連載が開始された。
2004年(同16年)11月6日、本紙は「1万5000号」を迎えた。池田先生は呼び掛けた。
「毎朝、聖教の配達をしてくださる全国の"無冠の友"の皆様、愛読者の皆様、そして聖教を支えてくださるすべての方々に、心から『万歳!』と感謝を申し上げたい。さあ、世界平和のために、世界の広宣流布のために、『聖教の正義の言論城』から、新たなる勝利と希望の大道を開き、邁進してゆこうではないか!」
池田先生は、その決意のまま、激務の合間を縫って、自ら信念のペンを執り、全国、全世界の同志に生きる希望と勇気を送り続けてきた。
昨年9月8日には小説『新・人間革命』(全30巻)が完結。新聞連載回数は日本一の6469回に達し、400字詰め原稿用紙でおよそ1万5000枚に及んでいる。
そして、きょう2019年1月20日、本紙は「2万号」に。本年11月には、新社屋「創価学会 世界聖教会館」が完成する。
池田先生は万感の思いを和歌に託した。

ああ聖教 
 世界中に
  飛びゆきて
 平和と文化の
   言論 輝け

「2万号」という金字塔は、池田先生が一号一号、手作りで築き上げてきた"言論の魂"の結晶である。

2019年2月1日金曜日

2019.02.01 わが友に贈る

真心と誠実の言葉は
必ず相手に伝わる。
「心の思いを響かして」
友の幸福を祈り抜き
励ましの声を届けよう!

兄弟抄 P1082
『設ひ等覚の菩薩なれども元品の無明と申す大悪鬼身に入つて法華経と申す妙覚の功徳を障へ候なり』

【通解】
たとえ等覚の菩薩であっても、元品の無明という大悪鬼がその身に入って、法華経という妙覚の功徳を妨げるのである。

〈寸鉄〉 2019年2月1日
希望と尊厳ある生き方を教えてくれるのが創価三代—元市議。人生の道標
新時代の「二月闘争」始まる。24歳の師が築いた拡大の金字塔。門下よ続け
「牙城会結成の日」。会館厳護、そして民衆厳護。広布貢献こそ誉れの青春
自己に克つ者こそ最上の勝利者—仏典。まず幹部が壁破れ。突破口そこに
公明は国と地方の議員の連携が円滑—識者。三千人の団結で国民生活守れ

☆大白蓮華巻頭言 2019年2月号 勝利の春へ「善根」のスクラム楽しく
爛漫の春、それは冬の奮闘によってもたらされる。
雪深き北国で、信頼を勝ち広げてきた農漁光部の友から、「冬、剪定に手間暇かけた分、いいリンゴができます。一番地味でも一番重要なのです」と伺ったことがある。
広布も人生もまた、同じであるに違いない。
わが誉れの同志は、試練の冬も「吹雪に胸はり」との学会精神を燃え上がらせてくれている。だから、強い。
御本仏・日蓮大聖人は、その労苦を全て御照覧である。「いづれも・いづれも功徳にならざるはなし」(1098ページ)とは、厳冬に真心の志しを現した門下への仰せであった。
ともあれ、大宇宙には、冬を必ず春とする力がある。妙法に生き抜く我らは、この本源の大生命力を我が身に満々と宿して、勝ち戦の四季を織り成していけるのだ。
そして、寒風すさぶ現実の社会に希望の陽光を注ぎ、凍てついた、眼前の友どちの心を春の温もりで満たしていくのが、広宣流布、立正安国の対話運動に他ならない。
挑戦挑戦の若き日、戸田大学で学んだ御聖訓がある。
「此の妙法蓮華経を信仰し奉る一行に功徳として来らざる事なく善根として動かざる事なし」(500ページ)と。
その譬えとして、大聖人は「一つの大綱を引けば無量の網の目も動き、一つの角を引けば衣の全ての糸筋も手繰られるようなものである」と示しておられる。
題目を唱え、現場に打って出て、地道に積み動ねゆく一つ一つの行動、一回一回の語らいが、どれほど広大な功徳を呼び集め、どれほど偉大な善根を揺り動かしていくか。この闘争の中でこそ、地涌の人材は、躍り出るのだ。
65年前、青年部の室長に任命された私は、拡大の対話の先頭に立ち、入会まもない健気な同志を励ました。
みんな、奥底では宇宙の大生命とつながっている。ゆえに、真剣な祈りと一人一人との対話は、必ず家庭や職場や地域、ひいては世界までも変えていけるんだ、と。
「善根」のスクラムを楽しく広げ、世の衆望に応えゆく人材群を一段と輝き光らせよう!いざ勝利の春へ!

この道は
 善根つみゆく
  幸の道
 勇気の歩みで
   共に凱歌を

☆2月の広布史  2019年1月25日
◎「二月闘争」
1952年(昭和27年)2月、当時24歳だった池田大作先生が、蒲田支部の支部幹事として指揮を執り、当時の支部の限界を打ち破る「201世帯」の弘教を達成。最前線の組織単位である「組」(現在のブロック)に焦点を当て、第2代会長・戸田城聖先生の誕生月を、拡大の金字塔で荘厳した。
※参考資料=小説『人間革命』第5巻「驀進」、『新・人間革命』第3巻「平和の光」

◎2・11「戸田城聖先生誕生日」
戸田先生は、1900年(明治33年)2月11日、現在の石川県加賀市塩屋町で生まれた。
苦学して北海道の小学校教員となった後、上京。初代会長・牧口常三郎先生に出会い、牧口先生と共に創価教育学会(現在の創価学会)を創立した。戦後、学会を再建し、51年(昭和26年)5月3日、第2代会長に就任。57年(同32年)12月、75万世帯の弘教を達成し、広布の永遠の基盤を築いた。
※参考資料=『教学入門』『新会員の友のために——創価学会入門』

◎2・11「戸田記念国際平和研究所」設立
96年(平成8年)2月11日、戸田先生の生誕96周年を記念し、戸田記念国際平和研究所が発足。世界的な研究者らが、恒久平和への研究を進めている。

◎2・17「農漁光部の日」
77年(昭和52年)2月17日、学会本部で開催された農村部(当時)の第1回勤行会を記念して「部の日」が制定された。同部はその後、農漁村部に発展。2011年(平成23年)に農漁光部となった。
※参考資料=『新・人間革命』第24巻「灯台」

2019年1月31日木曜日

2019.01.31 わが友に贈る

自分が成長した分だけ
広布の緑野は広がる。
「まず私から!」
「さあ今日から!」
満々たる生命力で出発!

新池殿御消息 P1438
『事多しと申せども此の程風おこりて身苦しく候間留め候い畢んぬ』

【通解】
申し上げたいことは多々あるが、このほど風邪を引いて苦しいから、これで留めおく。

〈寸鉄〉 2019年1月31日
会長の執筆闘争に人間主義を宣揚する魂感じる—識者。"学び動く"弟子に
祈りを込めた対話には強い仏の力が—戸田先生。何があろうと題目第一で
飛び込まぬ者は海を渡れない—格言。溌剌と友の中へ!心結ぶ挑戦の一歩
今年の決意を漢字一文字で—1位は「新」と。新しい時代開く前進、我らも
SNSで犯罪被害に遭う子ども多し。携帯利用に規則を。親子で話し合い

☆御書と歩む� 第52回 宿命転換の誓いの道を
『此の経の題目は習い読む事なくして大なる善根にて候、悪人も女人も畜生も地獄の衆生も十界ともに即身成仏と説かれて候』(妙法尼御前御返事、1403ページ)

◇通解
この法華経の題目は、その意味を理解して唱えるのではなくても、大いなる善根になる。
悪人も女人も、畜生も地獄の衆生も、十界の衆生がともに皆、即身成仏すると説かれている。

◇同志への指針
日蓮仏法は、いかなる「宿命」も「使命」に変えゆく希望の大哲理である。我らは苦難を乗り越える「人間革命」の姿で、世界の民衆に妙法の力を示すのだ。この地涌の誓願に立つ時、困難の壁は勝利への飛躍台となる。
信心の眼に照らせば、全ての試練は、一生成仏し、永遠の幸福を勝ち取るための道程である。勇気に燃えて金剛不壊の仏の境涯を開きゆくのだ。

2019年1月30日水曜日

2019.01.30 わが友に贈る

我らには信心がある!
ゆえに何があっても
絶対に行き詰まらない。
変毒為薬の妙法で
試練の冬を幸福の春に!

乙御前御消息 P1221
『冰は水より出でたれども水よりもすさまじ、青き事は藍より出でたれどもかさぬれば藍よりも色まさる』

【通解】
いよいよ強盛の信心をしていきなさい。氷は水からできたものだが水よりも冷たい。青い色は藍から出たものだが、色を重ねると藍よりも色が濃くなる。

〈寸鉄〉 2019年1月30日
「法華経を持つ者は必ず皆仏なり」御書。互いに尊敬と感謝。そこに団結が
苦しんだ者にしか人の価値は分からない—文豪。青年よ苦闘の中で錬磨を
B長・白ゆり長が躍動!地域広布は皆様ありて。共戦の心でわが街照らせ
海のプラごみ、40年後に4倍—予測調査。循環型社会実現へ足元から実践
資産等を探る「電話」に注意を。事件の前兆と専門家。不審電話に要警戒

☆無冠の友への新春メッセージ 池田大作 2019年1月24日
◇創価勝利の道を共々に 安全最優先・絶対無事故・健康で
厳寒の冬も、夜明け前から本紙配達に駆ける「無冠の友」。全国の皆さまに支えられ、本紙は20日付で2万号の佳節を刻んだ。その尊き力走こそが、地域広布の要である。ここでは、配達員の機関紙「無冠」の新年特集に掲載された、池田先生の新春メッセージを紹介する。

敬愛する「無冠の友」の皆さん、新春、おめでとうございます!
来る日来る朝、尊き皆さんが真心込めて、一軒また一軒と、届けてくださる聖教新聞こそ、「創価勝利の年」の希望と勇気の暁鐘です。
御本仏・日蓮大聖人は、正月を寿ぐ門下の志を讃えられ、「人は善根をなせば必ずさかう」(御書1562ページ)と仰せになられました。
新しい一年も、一日一日、最高の「善根」を積まれゆく皆さん方が勝ち栄えていかれることは、断じて間違いありません。いつもいつも、一番お世話になり、本当にありがとうございます。
どうか、本年も、よろしくお願いいたします。

「歴史を動かし 創っていくのは/一人の 英雄ではない/生命をかけて戦う 陰の人なのだ」——これは、1969年(昭和44年)の元日に、私が「無冠の友」にお贈りした詩の一節です。
以来50年、まさしく生命をかけて戦う「無冠の友」の陰の大奮闘のおかげで、世界広宣流布の壮大なる歴史が創られました。
本年11月18日には、「創価学会 世界聖教会館」が、いよいよ落成いたします。日々鳴り響く建設の槌音が、私の命に、毎朝、新聞を配達してくださる皆さんの、人生勝利の前進の足音と重なり合って響いてきます。
現在、鉄骨も組み上げられ、急ピッチで建ち上がって見える世界聖教会館ですが、実は、土台などをつくるため、1年半以上もの月日が費やされました。
万般にわたって、見えない土台づくりは地味であり、華やかさもありません。しかし、この労作業が最も重要であり、土台が固まって初めて、壮大な建築も可能となります。
広宣流布における見えない土台づくり——それは、誰が見ていなくとも、地道に、誠実に、辛抱強く、誓願の道をまい進する同志の歩みです。
なかでも、日本の津々浦々で、「無冠の友」が日々、先駆を切って踏み固めゆく大盤石の土台があればこそ、我らの広布の城はいかなる嵐にも揺るがないのであります。そしてまた、その一歩一歩は、皆さん方の人間革命の不滅の足跡となり、必ずや生々世々に崩れざる大福運の土台となっていくでありましょう。
昨年は、災害が列島各地で続きました。ライフラインがストップした中を無冠の方々が、「この新聞が、どれほど皆の希望になるか」と題目を唱えながら、聖教を届けてくださったことも、私は胸を熱くして伺いました。
創価の師父・牧口常三郎先生は教えてくださっています。「遠大な理想をいだき、目的観を明確にしながら、身近な足元から実践するのが、正視眼的生活である」と。
先日も、最難関の国家試験に不屈の挑戦を貫いて合格した青年が、うれしい便りをくれました。そこには、"無冠の友としての日々の配達から、何物にも代え難い「爽快感」「達成感」「充実感」を得ました。それが何よりの勝利への原動力になりました"との気高い真情がつづられていたのです。
今、聖教新聞で連載されている写真企画「輝く無冠の友」の紙面を拝見するたびに、御書に仰せ通りの「陰徳陽報」の神々しいまでの生命の輝きに、感謝の合掌をしております。
◇ 
折しもこの1月、聖教新聞は発刊から2万号を刻みます。恩師・戸田城聖先生の「日本中、世界中の人に読ませたい」との願いのままに、1955年(昭和30年)6月の配達員制度の開始以来、「無冠の友」との共戦の一号一号が、私たちの黄金の日記文書であります。
今や、世界各国においても、多くの機関紙・誌が誕生し、「広宣流布と人間革命のドラマ」を、互いに発信し合う"聖教新時代"が到来しています。
ロシアの文豪トルストイは、「真の知識の道はただ一つ、人間いかに生くべきかを知ることのみが必要なのだ」(北御門二郎訳『文読む月日〈中〉』筑摩書房)と訴えました。
人類の進むべき幸福と平和の正道を示しゆくのが、聖教新聞の大使命です。その柱であり、エンジンである配達員の皆さんの功労は、時とともに、いやまして輝きを放ちゆくことでありましょう。

これから寒さが一段と厳しくなります。強盛な祈りを根本に、どうか疲れをためないよう、聡明に工夫をなさってください。配達前の準備体操を励行し、積雪や路面の凍結などに細心の注意を払いながら、安全最優先、絶対無事故の配達をお願いいたします。
大聖人は、遠路を越え訪ねてきた信心の深き門下を、「かかる所へ尋ね入らせ給いて候事・何なる宿習なるらん、釈迦仏は御手を引き帝釈は馬となり梵王は身に随ひ日月は眼となりかはらせ給いて入らせ給いけるにや、ありがたしありがたし」(御書1438ページ)と讃えられています。
私には、無冠の皆さんへの御賞讃と重なって拝されてなりません。
皆さんの勇気の一歩こそ、創価勝利の一歩です。宝の皆さん方の健康と、無冠家族の幸福と栄光を、朝な夕な、私は妻とさらに強盛に祈り抜いてまいります。
この一年も、新たな「人間革命」の勝利劇を晴れ晴れと飾りながら、私と共に、全世界の創価家族と一緒に、勇気凜々と前進しましょう!
どうか、お元気で!

2019年1月29日火曜日

2019.01.29 わが友に贈る

誰が見ていなくとも
黙々と広布を支える。
その人が最も尊い。
皆で感謝し称えよう!
和楽の学会家族なれば!

新池御書 P1443
『無明の卵にしてあさましき身なれども南無妙法蓮華経の唱への母にあたためられまいらせて三十二相の觜出でて八十種好の鎧毛生そろひて実相真如の虚空にかけるべし』

【通解】
無明の卵で、あさましい身であるけれども、南無妙法蓮華経の唱題の母に暖められて、三十二相の觜が出でてきて、八十種好の鎧毛が生え揃い、実相真如の大空に飛ぶことができる。

〈寸鉄〉 2019年1月29日
「臨終只今」という切実な求道の心を持て—恩師。今この時を悔いなく挑戦
「意は心法・声は色法・心より色をあらはす」御書。励まし一つも祈り込めて
幸福はその人が真の仕事をする所に存す—賢帝。広布に生き抜く人生こそ
有効な流感対策—部屋の加湿、手洗い、お茶の小まめな補給と。健康第一で
携帯やパソコン充電池の発火に注意。異常な発熱なら使用中止。油断せず

☆四季の励まし きょう本紙2万号——生きる勇気と希望を発信 2019年1月20日
◇本年11月18日完成予定の「世界聖教会館」
わが聖教新聞は編集、整理、
電送、印刷、輸送、販売店など
全ての方々の尽力の結晶である。
通信員の皆様の奮闘も光る。
この熱き心のリレーのアンカーを、
雨の日も風の日も担われているのが
無冠の王たる配達員の皆様である。
さらに聖教は、新聞長をはじめ
幾多の同志、幾百万の読者の
皆様に支えられている。
聖教新聞は、労苦をいとわぬ
全ての方々の心血が注がれた、
広宣流布への正義の弾丸である。

聖教新聞の使命は極めて大きい。
学会にあっては、
信心の教科書であり、
同志と同志の心をつなぐ
絆になっていかなくてはならない。
また、社会にあっては、
不正、邪悪と戦い、
仏法の慈光をもって、
まことの人間の道を照らし、
万人に幸福と平和への道を
指し示していく使命がある。

暗いニュースが続く時代だからこそ
人間の善性に光を当て、
民衆の結合を強め、
よりよき人生と社会を築くために、
励ましのエールを贈りたい。
御手紙を通して、
幾多の門下に生きる力を贈られた
日蓮大聖人の御心を拝し、
聖教新聞は、生きる勇気と希望を
発信していくのだ。

我らは「聖教新聞」とともに戦う。
「広宣流布」のために!
「一生成仏」のために!
「異体同心」のために!
「破邪顕正」のために!
「三世の歴史」のために!
「人間革命」のために!
「末法万年」のために!
「聖教」は、私の生命であり、
創価学会の生命であり、
仏法厳護の生命であり、
広宣流布の生命である。

聖教新聞の新社屋として、建設が進む東京・信濃町の「創価学会 世界聖教会館」。今月8日、池田大作先生が、その外観を車中からカメラに収めた。同会館は、本年11月18日の「学会創立記念日」に完成予定。生命尊厳の哲学を世界に発信しゆく新たな言論城となる。
チェコの作家で、「民衆新聞」の記者として活躍したカレル・チャペックは語った。「毎日、新聞が出るということはそれ自体すでに奇跡であります」(田才益夫訳『カレル・チャペックの新聞讃歌』青土社)
今日、本紙は発行2万号を迎えた。一号また一号は、創価の師弟の団結から生み出された奇跡である。さあ、世界聖教会館の建設の槌音とともに、我らも栄光の広布史をつづりゆこう。

2019年1月28日月曜日

2019.01.28 わが友に贈る

◇今週のことば
我らには
「題目の師子吼」がある。
「法華経の兵法」がある。
「励ましの団結」がある。
さあ 壁を破る2月だ!
2019年1月28日

御義口伝巻下 P774
『法華経を持ち奉るを以て一切の孝養の最頂とせり』

【通解】
妙法蓮華経を持ちたてまつることを、一切の孝養のなかで最高としたのである。

〈寸鉄〉 2019年1月28日
御書「千・万・億・阿僧祇の母は唯・一なるべし」。まず一人。味方をつくれ
自分の境遇を嘆くうちに青年時代は去ってしまう—恩師。君よ今日も前へ
「歩く人が多くなれば、それが道に」魯迅。人材の育成を。師弟の道、永遠に
今年の花粉飛散量は多めの予測。早めの対策が鍵。服薬・マスク着用等、賢く
「終末時計」残り2分。核戦争の脅威は変わらずと。廃絶へ民衆の力結集

☆第40回本部幹部会で紹介された池田先生の指針 最後は「信心強き人」が勝つ 2019年1月22日
幸福 希望 広布は行動の中に
万年に輝く栄光の歴史を
牧口先生「体験はダイヤモンド 実験証明なき宗教は観念論」

「世界広布新時代第40回本部幹部会」(12日、巣鴨の東京戸田記念講堂)の席上、1993年1月の新春幹部会での池田先生のスピーチ映像が上映された。勇気の対話拡大に走る友への指針として掲載する。

一、遠いところ、また寒いなか、本当にご苦労さまです。
文永12年(1275年)正月24日、日蓮大聖人は、大田乗明への御手紙にこう仰せである。
「抑俗諦・真諦の中には勝負を以て詮と為し世間・出世とも甲乙を以て先と為すか」(御書1002ページ)
——そもそも俗世間においても、真実の世界である仏法においても、勝負が肝要であり、世間も出世間(仏法)も、甲乙(勝劣)を決することを最も大切なこととするか——と。
世間においても、仏法においても、何が勝れ、何が劣るかを明らかにせねばならない。そして、正義は邪義に絶対に負けてはならない。
一、仏法も、社会も、人生も、「勝つか負けるか」——これが根本となる。
個人も、一家も、団体も、すべて「勝負」である。戦闘である。ゆえに、大聖人は御書に教えてくださっている。「世間でも勝ちなさい。仏法でも勝ちなさい」——と。
「勝つ」なかに「幸福」もある。「希望」もある。「広宣流布」もある。
ゆえに、大聖人直結の誉れの同志は、絶対に負けてはならない! 断じて勝たねばならない!
学会はこの「断じて勝つ」信心を貫いたゆえに、あらゆる障害を乗り越え、奇跡と言われる大勝利、大発展を成し遂げたのである。

◇仏法も社会も勝負
一、また大聖人は、弘安3年(1280年)正月11日、南条時光にこう仰せである。
「花は開いて果となり・月は出でて必ずみち・燈は油をさせば光を増し・草木は雨ふればさか(栄)う・人は善根をなせば必ずさかう」(同1562ページ)
——花は開いて、やがて実となり、月は出るごとに必ず満ち、灯は油をさせば光を増し、草木は雨が降れば繁る。(それと同じように)人は善根を積めば必ず栄える——。
仏法は道理である。
私どもは、法のため、人のため、広宣流布のために、日々、懸命に行学に励んでいる。
その真心の信心が、しんしんと降り積もる雪のように、わが身の善根とならないはずがない。「信心」強き人は、最後は必ず勝つ。必ず栄えていく。三世永遠に、無量の福運に包まれ、物心ともに、幸福に満ちみちていくのが仏法である。そうなるに決まっているのが、信心なのである。
ゆえに信心は、まじめに、地道に貫くことである。
仏のことを「能忍」という。広布のさまざまな労苦を、あるいは無理解な周囲の声を、「能く忍び」、耐え抜き、乗り越えてこそ、永遠の勝利者となる。
また仏の別号に「世雄」とある。民衆を救う"世の英雄"として、苦しい戦いも勇敢に戦闘し、勝つ人が仏なのである。
反対に、要領よく立ち回るだけの人は、表面は良いように見えても、福運はつかない。善根は積めない。
だれであろうと、どんなに高い地位にあろうと、学会を利用するだけの人間、学会員を裏切る恩知らずの人間は、善根を、すべて失ってしまう。
「始めは事なきやうにて終にほろびざるは候はず」(同1190ページ)——始めは何もないようであって、ついには滅びないものはない——と仰せのように、最後は必ず滅びていく。

◇燦然たる人生劇
一、初代会長・牧口先生は、戦時中の昭和17年(1942年)、功徳の実証に満ちあふれる学会員の体験談を喜ばれ、心からたたえられた。(『牧口常三郎全集』第10巻)
「斯る体験談の発表は、全く命がけの結果であり、ダイヤモンドの様なものである」と。さらに先生は「今までの宗教は観念論ばかりで実験証明はなかった」と言われ、この悪しき宗教史を変えゆく事業が、創価学会の使命であることを訴えられたのである。
私どもは、この一年、燦然と輝くダイヤモンドのごとき、福徳に満ちた大勝利の人生劇を、ともにつづってまいりたい。
一、ところで、イギリスのチャーチル首相が、独裁者・ヒトラーと本格的な戦いを開始したのは何歳か——それは、65歳の時であった。
首相就任の折、彼は獅子吼した。
「われわれの目的はなんであるかとお尋ねになるならば、私は一言でその問いに答えましょう——勝利、この二字であります!」(ロバート・ペイン著『チャーチル』佐藤亮一訳、文化放送出版部)
世界的に有名なスピーチである。
"目的は何か——勝つことである"と。最後の勝利を信じて戦ったチャーチルが、常に人々と「V」(ビクトリー。勝利)サインを交わしたことは有名である。
一、当時、ヒトラーの狂気は、ほしいままにヨーロッパを蹂躙していた。イギリスの情勢は極めて厳しかった。
ある日、悪化する戦況の報告を聞いた後、チャーチルは静かに口を開いた。
「さあ、これでおもしろくなった」——と。
苦境に立たされれば立たされるほど、彼は、ますます闘争心を奮い起こし、悠然と指揮をとったのである。
"今こそ、私の出番だ。力の見せどころだ""大変であるほど、やりがいがあるではないか!"
世界は"イギリスの運命は、近く終わりを告げるだろう"と見ていた。しかし、彼は人々に呼びかけた。(下院演説と放送で)
「もし、イギリス帝国が千年の久しきにわたって存続するならば、『これぞ彼らのもっとも輝かしいとき』と後世の人をして言わしめよう」(加瀬英明編『チャーチル名言集』講談社)
"「彼らは最も輝かしい勝利の歴史をつくった」——千年先の未来において、こう言われるような戦いをしよう!"というのである。
今、この時の戦いが、万年の果てまで「最も輝かしい歴史」となることを確信して進みたい。

◇世界に希望の灯を
一、ロンドンへの激しい空襲は続いた。食糧や武器も不足した。激動と混乱——。
戦況の報告を聞いた彼は、厳然と言った。
「イギリスが絶対に征服されずに、決然とナチに抵抗している事実を目のあたりにみることによって、踏みにじられ、絶望のどん底に苦しむヨーロッパの数億の男女の胸に、否、その境界を遠く越えて全地球上の自由を愛する人々の胸に、希望の灯が点じられ、やがてこの灯が燎原の火のごとく燃えさかることは間違いあるまい」(同)——。
"私たちの戦いで、人々の胸に希望の灯を!"——と。
私どもの戦いも、さらに赫々と世界の民衆の胸に「希望の灯」を点火している。そして万年の未来の民衆の胸にも点火している——この意気で、勝利また勝利の前進を広げてまいりたい。
本年一年の、皆さまのご活躍とご健康、そして輝かしい栄光を念願し、私の新春のごあいさつとさせていただく。
きょうは、本当にありがとう!(大拍手)

2019年1月27日日曜日

2019.01.27 わが友に贈る

多忙な日々の中でこそ
御書をひもとこう!
一文一句であっても
真剣に拝していくならば
心は広がり勇気が湧く!

開目抄 P203
『願兼於業と申してつくりたくなき罪なれども父母等の地獄に堕ちて大苦をうくるを見てかたのごとく其の業を造つて願つて地獄に堕ちて苦に同じ苦に代れるを悦びとするがごとし』

【通解】
願兼於業と言って、作りたくない罪であるが、父母等が地獄に堕ちて大苦を受けているのを見て、型通りの罪業を作り、願って地獄に堕ちて、同じ苦しみを代わって受けることを喜びとするようなものである。

〈寸鉄〉 2019年1月27日
人類は会長が提言で示す生命尊厳の視点を学ぶべき—識者。平和建設の光
東京「豊島婦人部の日」。戦いは断じて勝つ!地域に友情広げる創価の太陽
「行き詰まったら原点に戻れ」牧口先生。祈りから出発。ここに常勝の活路
変化の時代。故に青年の声に耳を傾けよ。新しい感覚取り入れる所は発展
列島に寒波襲来。予報を小まめに確認。対策万全に呉々も無事故最優先で

☆勇気の旗高く 池田先生と京都 2019年1月18日
◇威風堂々と勝利の舞を
池田先生が各地の友に寄せたスピーチや指針などを紹介する「勇気の旗高く」。今回は京都府を掲載する。

◇世界の憧れ
日本が誇り、世界が見つめる千年の都・京都。この美しき天地に、民衆の幸と和楽の都を築いてもらいたいと、池田先生はこれまで70回、京都に足を運んでいる。
1989年(平成元年)10月18日、池田先生は、京都平和講堂の落成を祝賀する京都記念幹部会に出席。愛するわが地域で勝ちゆけと、友に励ましを送った。後にこの日が10・18「京都の日」と制定された。
世界の憧れの京都は、広布の前進にあっても「世界一の京都」であっていただきたい。その京都で生き、舞い、歴史をつづられている皆さま方である。どうか、幸福に輝く世界第一の「心の皇帝」であっていただきたい。
わが地域を心から愛し誇りとしながら、地域に最大に貢献していこう——こう決めて前進していく人こそ、人生に確かな「幸福」と「広宣流布」の歴史を築くことができる。そして地域に、多くの友と多くの福運の花を咲かせゆくことができるにちがいない。
住む場所が人の幸不幸を決めるのではない。また、いつも遠くにばかり思いをはせて、足元が見えないようでは、いつまでたっても幸福の実像は結べない。
他の場所ではない。今、自分がいるところを「本有常住」の世界ととらえ、豊かで幸福に満ちた「常寂光土」のごとき地域をつくりあげていくことである。そこに、それぞれの地域で活躍する妙法の友の使命がある。

◇思想革命の電源地
歴史上、京都は「文化の都」でもあった。池田先生は1969年(昭和44年)9月2日、京都市体育館(当時)で行われた第23回関西幹部会に出席。広宣流布こそ大文化建設の民衆運動であるとし、京都の同志に"思想革命の電源地たれ!"との永遠の指針を贈った。
そして最後に「威風堂々の歌」などの指揮を執り、友の勇気を鼓舞。さらにマイクを握り、「京都を必ず日本一、幸せな国土にするぞ!」と呼び掛けると、会場の歓喜と決意は最高潮に達した。本年、50周年の佳節となる。
文化革命の根本は思想革命であり、さらに究極的には、宗教革命でなくてはならない。(中略)遠回りのようではあろうが、折伏以外に新しい繁栄、真実の文化の建設はありえないことを知ってほしい。そして、この折伏の実践こそ、根本的な、真実の革新である。
日本の思想界、宗教界の大変革をもたらすのだ、という心意気をもち、団結ある前進をしていっていただきたい。

◇妙法の楽土へ
京都の愛唱歌として誕生した「威風堂々の歌」は、池田先生の提案によって、全国で歌われることとなった。広布に進みゆく同志を鼓舞するこの歌は、今日まで歌い継がれ、日本のみならず、世界の同志に愛されている。
私もこの歌が大好きで、折あるごとに指揮をとらせていただいてきた。そして何事に対しても、この歌の心で堂々と恐れなく、一歩も退することなく進んできたつもりである。(中略)どうか、京都の皆さまは、今後も「威風堂々」の精神で、何ものにも負けず屈しない、誇り高き前進をしていかれるよう、心から念願したい。
妙法を弘める人は、最高に尊貴な存在である。一人、厳然と、そびえ立っていけばよい。愚か者たちが何を言おうが、何をしようが、悠然と見おろしていけばよい。富士の高嶺から見おろすように。
行動しかない。「百の言葉」より「一つの行動」である。議論ばかりしていても、行動がなければ「机上の空論」である。何の効果もない。
幹部かどうかではない。役職の上下ではない。「行動しているかどうか」である。「自らが動く」以外に仏法はないからである。広宣流布はないからである。本当の栄光もないからである。
池田先生は2003年(平成15年)3月、京都の友に長編詩「威風も堂々と生命の勝利の冠を!」を贈り、盤石なる広布の都を築きゆく同志に万感の期待を寄せた。

「広宣流布の闘士として
 名を後世に残しゆけ!」
この恩師の言葉のままに
断じて
妙法の楽土を!
断じて
希望の宝土を! と
「威風堂々の歌」を
声高らかに歌いながら
勝ち進みゆく
京都の勇者たちよ!
*  *  *
栄枯盛衰の理を知る
聡明で誠実な
創価の英雄たちは
ある時は
左京に 右京に
ある時は
上京に 中京に 下京に
またある時は
東山に 西京に
北区に 南区に
さらにある時は
山科に 伏見に 長岡京にと
同志の金の汗は
ほとばしった。

そして
舞鶴 亀岡に
丹後 宮津 福知山にと
希望の山並みを踏破し
「思想革命の電源地」たらんと
栄光と幸福の
歓喜の花園を築いてきた。
*  *  *
さあ
京都の偉大な戦友たちよ
今日も正義の行動を!
明日も広布の歴史を!
そして
世界を驚嘆させゆく
京都広布の金字塔を
圧倒的な連戦連勝で
打ち立ててくれ給え!

2019年1月26日土曜日

2019.01.26 わが友に贈る

「このやまひは
仏の御はからいか」
苦難があるからこそ
大きく境涯が開ける!
強き一念で挑み抜こう!

妙密上人御消息 P1239
『此の人末法に出現して妙法蓮華経の五字を一閻浮提の中(うち)国ごと人ごとに弘むべし』

【通解】
この上行菩薩(地涌の菩薩の上首)は末法に出現して、妙法蓮華経の五字を世界中の国ごと、人ごとに弘めるのである。

〈寸鉄〉 2019年1月26日
提言を発表。師の叫びに呼応する弟子に。平和と軍縮の新時代へ共に邁進
きょう「東北女性の日」。福光の太陽が輝けば皆が輝く。幸福の絆を地域へ
希望とは青年を鼓舞する眩い光だ—詩人。幹部は確信の声で同志を励ませ
トキの個体数増で「野生絶滅」を21年ぶり見直し。大空舞う日中友好の象徴
空気の乾燥続く。火の元点検をしっかり。「前前の用心」こそ最大の予防策

☆「創立90周年へ 創価勝利の年」開幕 世界広布新時代第40回本部幹部会 原田稔会長指導
◇社会の安寧と自他共の幸福のために立正安国の言論戦を堂々と
一、創立90周年への第一歩をしるす「世界広布新時代第40回本部幹部会」の開催、誠におめでとうございます。
また本日は、14カ国・地域から、123人のSGIの同志も参加されております。遠いところ、ようこそお越しくださいました。心より歓迎申し上げます(拍手)。
一、はじめに、昨年末の財務につきまして、広布部員の皆さまの尊き赤誠の志に、衷心より感謝し、御礼申し上げます。本当にありがとうございました(拍手)。
いよいよ幕を開けた2019年、マスコミ各社は「荒れる亥年」「亥年の難局」等々、12年に一度の「亥年選挙」を前に、政治の話題で持ちきりです。
学会が支援する公明党も、4月に実施される統一地方選挙に向けて、順次、予定候補を公認。学会としても、党からの支持依頼を受けて、各社会協議会において協議し、支持を決定しているところであります。
大衆の声を政治のど真ん中に反映させつつ、連立政権にあって政治の安定を担う公明党への期待は、ますます高まっております。
作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏は、次のように語っています。
「人間主義の価値観に基づいた政策を創造し、実現できる政党は、日本で公明党だけです。公明党の皆さんには今年、単なる勝利ではなく、大勝利を勝ち取ってもらいたい」と。
55年前に立党の基本理念として掲げた、「大衆福祉の公明党」へと前進するのが統一地方選、「日本の柱 公明党」へと前進するのが参院選であります。私どもも、まずは4月の統一地方選に向け、全力で支援していきたい(拍手)。

◇弟子の"初陣"へ
一、「創立90周年へ 創価勝利の年」の開幕を告げる新年勤行会に当たり、池田先生はメッセージを寄せてくださり、その中で私たちに、お歌を贈ってくださいました。
「師弟して/勝ちて謳わん/春の曲」
このお歌に触れて思い返されますのは、先生が小説『新・人間革命』の執筆を開始されてから20周年の折に詠まれたお歌です。
「師弟して/人間革命/光あれ」
『新・人間革命』が完結し、名実共に弟子の手で、広布の全責任を担いゆく時代に入った、その初陣が本年の戦いであります。
断じて完全勝利をして、師弟勝利の「春の曲」を、うたい上げていきたい。
現在、聖教新聞の新社屋である「創価学会 世界聖教会館」も、本年11月のオープンに向けて順調に建設が進んでおりますが、聖教新聞に「人間革命」という文字が躍ったのは、1951年(昭和26年)4月20日の創刊号でありました。
戸田先生自ら筆を執られた、この連載小説『人間革命』が、一冊の本として編まれたのは57年(同32年)。大阪事件で、羽田空港から大阪へ向かう池田先生に、戸田先生が、「いよいよ本が出たよ。大作、あとで読んでくれ」と渡されたのが、数日前にできたばかりの『人間革命』でした。
池田先生は、これを大阪への飛行機の中で真剣に読まれ、そして、権力の魔性との闘争に、敢然と挑まれたのであります。

◇強盛な祈りを
一、戸田先生は『人間革命』のあとがきを、「人間革命の真髄」と題し、つづられています。
そこでは、家庭革命や経済的な成功は、大聖人の仏法のわずかな一面にすぎないとされ、「真の人間革命はまだまだこれからである」とされています。
そして、戸田先生は続けられております。
「三類の強敵と闘い抜き、三障四魔を断破して、真の大利益・人間革命の真髄を把握されんことを希望する」と。
すなわち、三類の強敵と戦い抜き、三障四魔を打ち破る信心にこそ、真の人間革命があるのです。
そして、日蓮大聖人の御生涯を拝する時、三類の強敵が出来し、三障四魔の嵐が吹き荒れることとなる出発点は、「立正安国論」をもって国主諫暁を断行された瞬間でした。
大聖人は「安国論御勘由来」に「但偏に国の為法の為人の為にして身の為に之を申さず」(御書35ページ)と仰せです。つまりは、自分一身だけの幸福のために語るのではなく、自他共の幸福のために語り広げる言論闘争こそ、立正安国の精神なのであります。そして、そこに真の人間革命への道があると銘記していきたい。
まさに、大阪の戦いから大阪事件へと展開していく歴史の中で、池田先生が身をもって示してくださっている方程式であります。
一、池田先生は、この本年・平成31年の1月5日、聖教新聞に掲載された「池田先生と共に 新時代を築く」で、1956年(昭和31年)の1月5日、先生が関西の出発の地区部長会で拝された御聖訓を、「今再び、心肝に染めたい」と呼び掛けてくださいました。
「何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり」(御書1132ページ)
「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし」(同1192ページ)
私たちは、この御聖訓を心肝に染め、変化の激しい世相にも右顧左眄することなく、どこまでも信心根本に、「法華経の兵法」をもって戦い抜いていきたい。
そして、わが誓願の天地を痛快に「三変土田」していこうではありませんか(拍手)。

2019年1月25日金曜日

2019.01.25 わが友に贈る

会うことが広宣流布だ。
「誰と」「いつ」「どこで」
「どのように」を明確に
具体的に祈り抜こう!
友情を深める語らいを!

乙御前御消息 P1219
『軍には大将軍を魂とす大将軍をくしぬれば歩兵臆病なり』

【通解】
戦においては大将軍を魂とする。大将軍が臆したならば、部下の兵も臆病になってしまう。

〈寸鉄〉 2019年1月25日
大阪事件の無罪判決から57年。正義は絶対に勝つ。不屈の大闘争をわれらも
関西婦人部の日。常勝の母の祈りで広布は前進!幸福広げる対話を今日も
団結、団結、団結が私たちの合言葉—英雄。信心の異体同心にまさる力なし
睡眠に不満ある—7割。"寝る前のスマホ"は脳を覚醒と。賢く価値の日々
友人との交流がある人、死亡リスク半減—被災地調査。さあ絆結ぶ行動へ

☆「創立90周年へ 創価勝利の年」開幕 世界広布新時代第40回本部幹部会 志賀昭靖男子部長あいさつ
◇全責任を担い立つ勇者に
一、男子部は昨年、例年を大きく上回る「4万の折伏」を達成して、新しい年を迎えることができました。
何より、新たに立ち上がった男子部大学校生の活躍は目覚ましく、各地で行われた全国男子部幹部会に向けて、多くのメンバーが初めての弘教を実らせ、波動を広げました。
この歓喜を胸に、今後、各地で行われる入卒式に向けて、さらなる励ましを送っていきます。
そして本年は、池田先生が、学会の企画運営を担う青年部の室長に就任して65周年の佳節を迎えます。私たち男子部が学会の全責任を担うとの決意で、一切の戦いの先陣を切っていきます。
一、1958年(昭和33年)2月、戸田先生は「大白蓮華」の巻頭言の中で、「思えば、今日の政治の堕落の根源は、その罪の大半が青年にあると論ずる外はない」とつづられました。
当時の政治腐敗の現状を嘆かれながら、それを見て物言わぬ青年の姿勢を問われたのです。そして最後に「青年は心して政治を監視せよ」と、呼び掛けられました。
確かに、日本の若者の政治への無関心は、その投票率の低迷が示すように、今もなお深刻です。私もかつてはそういう青年の一人でした。
しかし、大学時代、初めての選挙で、公明党を支援し、私の認識は変わりました。当時、奨学金を借りており、就職活動も控えていた私は、公明党の議員に、奨学金の拡充や、若者の就労支援について要望しました。その後、公明党の活躍で、それらの政策は大きく前進。
「私たちが声を上げることで、変化は起きるのだ」と、政治を身近に感じる転機となりました。
そうした若者世代の小さな声を真剣に受け止め、地道に行動してきた公明党の戦いにより、ついに「給付型奨学金の導入」や「教育の無償化」が、政府の方針となるまでに至ったのであります。
公明党には、日本の平和と安定のため、そして、庶民を守るため、より一層の奮闘を期待したい。
また、その当時、政治のことを語り合った大学の友人のうち2人が後に入会。私も第1志望の就職を勝ち取りました。「立正安国の闘争」に挑む中での「境涯革命」「人間革命」の原点です。
一、思い返せば、大正生まれの私の祖母も、常日頃、公明党の活躍を心から祈り、期待し、誇りをもって多くの友人・知人に語っていました。
このように、一青年に政治の重要さを実感させる。一婦人に政治への関心を呼び起こす。そして、多くの名も無き庶民に、「自分たちもやれば、地方政治や国政に声を届けることができる」という希望を与えた。社会の繁栄のために真剣に動き、語るという民衆運動を、この日本に根付かせた。これこそ「創価の立正安国の運動」の偉大さであり、民主主義のあるべき姿をつくってきたと言っても過言ではありません。
立正安国論には「汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か」(御書31ページ)と仰せであります。地域と社会のために祈り、勇んで行動するのが日蓮仏法の精神です。
戸田先生は「この世の悲惨をなくす。不幸をなくす。人権を、人間の尊厳を守る。平和な社会を築いていく。そのなかにこそ、仏法の実践があるのだ」と強調されました。
この心意気で、男子部は、大きく動き、大きく仏縁を広げて、本年を自分自身の人間革命、宿命転換を成し遂げる最高の一年にしていきたい。
創立90周年に向けて、男子部一人一人が、わが地域の「青年室長」との自覚で、勢いよく「創価勝利」の突破口を開いていきます(拍手)。

☆「創立90周年へ 創価勝利の年」開幕 世界広布新時代第40回本部幹部会 大串博子女子部長あいさつ
◇友情と励ましの絆を拡大
一、いよいよ「創価勝利の年」が開幕しました。本年は、池田先生・奥さまが信濃町の創価女子会館を初訪問され、「女子部 永遠の五指針」を贈ってくださってから10周年という佳節を迎えます。
意義ある年のスタートに当たり、うれしい発表があります。このたび、女子部の中核である白蓮グループの任務スタイルが、新しく生まれ変わることになりました。蓮をモチーフにした新しいデザインのスカーフが完成しました(拍手)。
これまでのグリーンのユニフォームを改め、これからは私服に、この新しいスカーフを着用したスタイルで任務に就いていきます。巻き方も自由です。白蓮グループの一人一人が、さらに生き生きと力を発揮し、爽やかな笑顔と振る舞いで、幸のスクラムを広げていきます。
さらにうれしいことに、白蓮グループの指導集『勝利の女王 白蓮グループ』が発刊されることになり、池田先生から「大らかに『友情と連帯』の勝利を!」と題した「発刊に寄せて」を頂戴しました(拍手)。
先生のご期待を胸に、白蓮グループを先頭に、拡大の波動を起こしていく決意です。
一、女子部は今、励ましの絆を広げ、人材を拡大していこうと「訪問ロマン総会」を行っています。そして、全国で新たな人材が立ち上がり、正義と友情の華の対話が大きく広がっています。
埼玉で活躍する久木元さんは、お母さまと一緒に対話に動く中で育ち、女子部になってから、ますます活動に励むようになった21歳のメンバーです。
実は、久木元さんは幼い頃、脳性まひとの診断を受け、「一生、車いすになるでしょう」と言われました。
その後、努力を重ね、歩行できるまでになりました。拡大の挑戦では、人の何倍も時間や労力をかけ、苦難の連続でした。歯を食いしばって頑張り続けていたある時、小説『新・人間革命』「雌伏」の章に、山本会長が奄美から上京した車いすの女子部員を見つけ、「もう、大丈夫だ。必ず幸せになるよ」と激励する場面がつづられたのです。
久木元さんは、自分への激励と受け止め、「何があっても自分に負けず、広布のために堂々と正義を語り抜こう!」と奮起。これまで多くの人に学会理解を広げることができました。今は地区リーダーとして励ましを送る中、地区で2人の新たな華陽リーダーが誕生。職場や地域などあらゆる人に対話を続ける中、先月には希望通りの就職先も勝ち取ることができました。
一、広布に進む中で、全ての勝利を開いていけるとの確信で、女子部は、勇気の対話に挑み抜く一年にしていきます。
「一人の女性が、使命の大地で勇気に燃えて立ち上がる時、地域も社会も変わり始める」との先生のご指導通り、女子部は、師弟の誓いを胸に、動き、語り、勝利の門を開いていきます(拍手)。

2019年1月24日木曜日

2019.01.24 わが友に贈る

「団結」の力は
足し算ではなく掛け算。
皆の長所を生かそう!
共に祈り 心合わせれば
想像以上の力が出る!

四条金吾殿御返事 P1169
『いかに所領ををししとをぼすとも死しては他人の物、すでにさかへて年久しすこしも惜む事なかれ』

【通解】
いかに所領を惜しいと思っても、死ねば他人のものとなってしまう。あなたは所領をいただき、すでに栄えて年久しいことである。少しも所領など惜しむ心があってはならない。

〈寸鉄〉 2019年1月24日
会長から平和を築く対話の重要性を学んだ—識者心を結ぶ語らい、我らも
熊本「水俣の日」45周年。苦しんだ人が幸福に。友の歓喜の姿は蘇生の証し
尼崎の日。さあ友情拡大の波動を今こそ!大関西の心臓部が誇り高く前進
「日本国に弘むる間恐れなし」御書。信心は勇気の異名。今日も挑戦の一歩
未来暗いと新成人6割。故に青年部が光れ。希望の時代開く力を結集せよ

☆地域を歩く 兵庫・西宮市 2019年1月17日
◇信心の先輩から学んだ不屈の精神を輝かせて
平成最後の年となる2019年(平成31年)が開幕した。新元号となる5月を前に、平成史を振り返る機会が増えている。
きょうは、1995年(同7年)の「阪神・淡路大震災」から24年である。死者6434人、行方不明者3人、負傷者4万3792人に上る未曽有の大災害。震源地の兵庫をはじめ、関西の人々は一歩また一歩と復興への歩みを続けてきた。
兵庫県西宮市。現在、関西の「住みたい街」として人気を集める同市でも、震災当時は、県内で神戸市に次ぐ1100人を超える尊い命が失われ、6万世帯以上が全半壊した。
震災経験者の減少や記憶の風化が叫ばれる今、平成の先の時代を舞台に活躍する世代に求められるものとは何か。
新年最初の「地域を歩く」では、西宮市で活動する青年部の姿から、そのヒントを探りたい。

西宮市の中心地の一つ、西宮北口駅周辺。その街並みの美しさからは、大震災があったことは想像もできない。
「物心ついた頃には、すでに普通の生活はできていました。でも、未来に漠然とした不安がありました」。こう語るのは、北田幸恵さん(女子部部長)。
現在、南海トラフ地震や台風などの災害に備え、西宮をはじめ、県内の小学校の耐震化や橋の補修工事などを手掛ける会社に勤める。
北田さんが西宮で生まれたのは、震災の約3カ月後だった。
家族は居住が難しい状態となった自宅から、学会の西宮文化会館に一時避難した後、市内を転々とする。どの地でも同志の温かな励ましがあった。だが、北田さん自身は震災を経験したわけではない。当初、被災地で生まれたとはいっても、どこか"自分の将来とは関係ない"と捉えていた。
転機は、高校3年生の時。
「自分は何がしたいのか」と進路に悩んだ北田さんは、母親に連れられ、東京にある創価女子短期大学のオープンキャンパスに参加した。そこで目にしたのは、元気なあいさつで迎え、親身に相談に乗る短大生。その姿はまぶしいほど輝いていた。
"自分もこんな人に成長したい"——そう心の底から思った北田さん。真剣な唱題と勉強に挑戦し、見事、創価女子短大に合格した。入学後、同大学に通う女子学生部の先輩らと共に、池田先生の『青春対話』を学んだり、語り合ったりしているうちに、過去や環境を嘆くのではなく、それらを生かしながら、未来に向かって貢献の行動を起こす中にこそ成長の鍵があることに気付いた。
以来、"卒業したら、自分や家族を支えてくれた西宮や、そこに住む人々に恩返ししたい"との思いを抱くようになった。
西宮に何度も帰省しての就職活動の末、現在の勤務先から内定を得た北田さん。駅周辺を舞台に、仕事と学会活動に励んでいる。「震災で甚大な被害を被った西宮だからこそ、どんな災害にも負けない地域にする。そんな誇りに思える使命を見つけたのは、信心のおかげです」

今月14日は「成人の日」。この日、成人式を迎えた細木和美さん(女子地区リーダー)は、調理の専門学校に学ぶ2年生である。今春、卒業とともに調理師免許を取得し、社会に出る。
細木さんは幼い頃から、両親のもとで数々の信心の原点をつくってきた。高校進学の時には、共に題目をあげながら猛勉強した結果、公立高校の推薦を勝ち取った。以来、細木さんは「学会のことをもっと知りたい」と、進んで本部幹部会の中継行事に参加するようになった。
細木さんの原点の一つに、生まれる前の出来事である震災も挙がる。当時、彼女の父親は地域の同志の安否確認に走り回った。そんな父への感謝の声を、今なお聞くことがある。
「自分も大変なのに、他の人の所に駆け寄って、本当にすごいと思います。両親は、どんなに自分たちが苦しくとも、他者に尽くすとともに、子どもに対しても、いつも『大丈夫』と言って支えてくれました」
細木さんは高校卒業後、専門学校へ。女子部の人材グループ「白蓮グループ」にも入校した。そこで自他共の幸福の大切さを学び、休学中の同級生に題目を送ったり、初の仏法対話に挑んだりするなど、信心の実践に励むようになった。
「細木さんは未来部の頃から、まじめで素直な信心を貫いてきました」と語るのは淨慶陽子さん(支部婦人部長)。自身も4人の育児をしながら、地域の未来部に関わってきた。
細木さんに対し、ある時は会合で、ある時は出会った道端で激励を送った。専門学校生となった細木さんの「友達ができない」という悩みを耳にした時は、励ましの思いを込め、信仰体験が載った本紙を同封した手紙をつづったこともある。
淨慶さんをはじめ、西宮の学会家族から送られた励ましを、今も前進の糧にしている細木さん。今月末には「白蓮グループ」の入卒式も控える。「これまでは自分のことで精いっぱいでしたが、人のことも祈れるようになりました。両親や西宮の皆さんのように、いつも明るく振る舞える自分になりたい」

西宮市は、"あこがれの住宅地"として古くから開発されてきた。だが、震災後は新住民も増え、地域の絆が薄まりつつある。特に若年層は、就職・進学・結婚などで転出入が激しい。
「だからこそ、温かく楽しい雰囲気を心掛けています」と語るのは、結婚を機に転入した圏男子部長の菅野貴明さん。
その中で、"転入組"の山本悠拳さん(男子部部長)や内田和美さん(男子地区リーダー)らが、地元出身のメンバーと一緒に立ち上がって弘教を達成。市の男子部をけん引する拡大ができているという。
南征吾さん(総県男子部書記長)は京都で生まれ育った。震災当時は17歳。その後、専門学校などを経て奈良の医療・福祉専門学校で作業療法学科の専任教員を務めていたが、2015年(平成27年)秋、大阪の大学への転職を機に、交通至便な西宮にやって来た。
以来、教壇に立つだけでなく企業や大学等から依頼を受け、研究などを行うように。多忙を極め、心身共に"人生で一番しんどい時期"となった南さんを支えたのが学会家族だった。
その一人が山岡良次さん(支部長)。自身も、仕事の関係で関西各地を転々とし、震災後の08年(同20年)に西宮に移住した。「転勤族は皆、忙しい上、誰にも相談できずに悩んでいることが多いんです。だからこそ話を聞いて心を軽くしてあげたい。西宮でそれを学びました」
そんな山岡さんをはじめ、同志の応援を受けた南さん。京都に住む祖父母の折伏に挑み、昨年、入会に導くことができた。
一方、仕事でも、執筆を担当した専門書が数週間にわたってベストセラーに。研究の成果をフランス・パリの国際学会で発表するなど、実証を示す。
「西宮と言えば、震災というイメージがありました。だからこそ、それを乗り越えてこられた皆さんの励ましには一段と温かみを感じるのだと思います。今いる場所から、世界で活躍する人材に成長する。それが今まで私に関わってくださった皆さんへの恩返しと決めています」

1月17日は、復興と新世紀への出発の"原点"とする「阪神ルネサンスの日」である。
池田先生は「兵庫は、大震災の大試練を乗り越え、立ち上がってこられた。その不屈の精神は、やがて日本をリードし、21世紀の文明の大きな核となっていく」と語った。
平成から新時代へ。時は変われど、その「不屈の精神」は変わらない。"原点"の日を迎えるごとに、より深く、より強き信念となって若き世代に受け継がれている。

2019年1月23日水曜日

2019.01.23 わが友に贈る

交通事故に厳重注意。
"このくらい大丈夫"との
心の隙に魔は忍び寄る。
今一重の用心で
「安全第一」に徹しよう!

小乗大乗分別抄 P522
『一切衆生のみならず十界の依正の二法非情の草木一微塵にいたるまで皆十界を具足せり』

【通解】
一切衆生だけではなく十界の依報・正報の二法も、非情の草木や一微塵に至るまで、みな十界を具足している。

〈寸鉄〉 2019年1月23日
偉大な創価の大城を共につくろう—恩師。師弟不二の「共戦」こそ最強の力
列島を彩る女子部「訪問ロマン総会」の語らい。幸の花束届ける友を応援!
打ち合わせや会議は要点を絞り価値的に。時間革命は幹部の意識革命から
覚えのないメールや電話は誰かに一言、相談を。詐欺防止の鍵。鋭く撃退
安定政権故に子の貧困対策が継続的に進展—識者公明よ大衆の為に死力を

☆みんなで学ぶ教学〜新会員教室〜第22回 依正不二
◇自身も世界もダイナミックに変革!
私たちは自然や社会からさまざまな恩恵を受けるとともに、自らも周囲に働き掛けながら生きています。今回の「みんなで学ぶ教学」では、人間(正報)と、その人間を取り巻く環境(依報)は一体であると説く「依正不二」をテーマに学びます。

◇正報と依報は不可分
——新年を迎え、決意がみなぎっていたのですが、いつも通りの生活が始まると次第にやる気が……。

誰もが実感するところですね。私たち人間の気持ちや行動は、周囲の影響を受けることで変化していきます。
仏法では、生を営む主体(人間)のことを「正報」といい、人間が生を営むための依りどころとなる環境・国土のことを「依報」といいます。
依報、正報の「報」とは「報い」という意味です。善悪さまざまな行為(業)が生命に刻まれて因になり、それがなんらかの縁に触れ、善悪の果報となって顕れます。それが「報」です。
こうした過去の行為の果報を、現在に受けている主体が正報であり、それぞれの主体が生を営む環境・国土は、それぞれの人間がその果報を受けるための依りどころなので依報というのです。

——正報と依報には、どういう関係があるのでしょうか。

日蓮大聖人は、「夫十方は依報なり・衆生は正報なり譬へば依報は影のごとし正報は体のごとし・身なくば影なし正報なくば依報なし・又正報をば依報をもって此れをつくる」(御書1140ページ)と仰せです。
「正報なくば依報なし」「正報をば依報をもって此れをつくる」と示されているように、「正報」と「依報」は密接不可分の関係にあります。したがって仏法では、人間と、人間を取り巻く環境・国土との関係について「依正不二」の原理を説いています。

◇環境に翻弄されない
——「不二」についてくわしく教えてください。

「不二」とは、「而二不二(二にして二にあらず)」、すなわち二つの別のものであるけれども、実は分かちがたく関連しているということです。
したがって「依正不二」とは、依報と正報が、一応は別々のものとして捉えられるけれども、その究極においては一体であるという原理です。

——一体であるなら、自分に都合よく"環境のせい"にできなくなっちゃいますね……。

そうです! それが大切な視点です。
私たちは、ともすれば現状の不平・不満を、環境のせいにしてしまいがちです。また、環境に翻弄され、支配されることで、自分はダメだと無力感に陥ってしまうこともあるでしょう。
しかし、そうした"落とし穴"に落ちることなく、何ものにも壊されない絶対的幸福境涯である成仏を実現する方途を仏法は示しているのです。

◇朗々と唱題に励もう
——環境に負けないために大切なことは何でしょうか?

客観的には同じ環境であったとしても、今いる場所をどう捉えていくかについて、大聖人は「一生成仏抄」で次のように仰せです。
「衆生の心けがるれば土もけがれ心清ければ土も清しとて浄土と云ひ穢土と云うも土に二の隔なし只我等が心の善悪によると見えたり」(同384ページ)——仏の住む清浄な国土である「浄土」と受け止めるか、煩悩と苦しみが充満する、凡夫が住む娑婆世界である「穢土」と受け止めるかは、私たちの「心の善悪」によって決まるということです。
ゆえに、自分自身の生命を変革することによって、苦悩が渦巻く穢土を浄土へと変換していくことができるという、希望あふれる哲理が「依正不二」なのです。

——現実世界を変えるための実践とは?

「一生成仏抄」の先の御文に続いて、大聖人は「闇鏡も磨きぬれば玉と見ゆるが如し、只今も一念無明の迷心は磨かざる鏡なり是を磨かば必ず法性真如の明鏡と成るべし」(同ページ)と仰せです。衆生の生命を「鏡」に譬えられ、南無妙法蓮華経の唱題行によって「鏡」を磨くことを示されています。
「下地獄より上仏界までの十界の依正の当体・悉く一法ものこさず妙法蓮華経のすがたなり」(同1358ページ)と仰せのように、「十界の依正」すなわち全ての依報・正報は、ともに南無妙法蓮華経という根源の一法の顕れにほかなりません。
自身に本来具わる仏の生命を涌現させるとともに、自らを取り巻く環境をも変えていくために、どんな時も題目を朗々と唱え抜いていきましょう。

「依正不二」については、次の書籍の中でも言及されています。
○…指導選集『幸福と平和を創る智慧』第2部[上]12ページ(聖教新聞社)
○…『一生成仏抄講義』82ページ(同)
○…『教学入門』254ページ(同)

2019年1月22日火曜日

2019.01.22 わが友に贈る

「小事」が「大事」。
こまやかな気遣いが
互いの心を豊かにする、
人情の機微を鋭く捉える
慈愛のリーダーたれ!

四条金吾殿女房御返事 P1135
『一切の人はにくまばにくめ、釈迦仏多宝仏十方の諸仏乃至梵王帝釈日月等にだにもふびんとをもはれまいらせなばなにかくるしかるべき、法華経にだにもほめられたてまつりなばなにかくるしかるべき』

【通解】
一切の人が憎むならば憎めばよい。釈迦仏・多宝仏・十方の諸仏をはじめとして、梵天・帝釈・日天・月天等にさえ、いとおしく思っていただけるならば、何が苦しいことがあるでしょうか。法華経(御本尊)にさえ、ほめていただけるならば、何が苦しいことがあるでしょうか。

〈寸鉄〉 2019年1月22日
「曖昧な的に放った矢が当る訳がない」牧口先生。具体的目標へ今日も一歩
高知青年部の日。若人の勇気の行動から歴史は始まる。創価勝利の魁頼む
各地で男子部大学校生が出発。迸る情熱!さあ青春の大挑戦へ打って出よ
大いなる苦労なしには人生は何も与えぬ—詩人。苦闘は人格を磨く宝なり
公明は常に子育て・教育政策をリード—識者。声を形にする実現力で光れ

☆新時代を築く 対話の花を地域に世界に 2019年1月15日
年頭から全国各地、元気いっぱい、勢いを増して前進している様子を、何よりうれしく聞いている。
思えば、あのトインビー博士は、2年越しの語らいの最後に、40歳ほど若い私の手を強く握り締め、未来を開く「平和への対話」を託してくださった。
博士の声が胸に響く。
——ミスター池田が主張し、実践してきた「中道」にこそ、これからの人類の進むべき道があります。人類全体を結束させるために、さらに世界中に対話を広げていってください——と。
「中道」とは、変転してやまない現実世界の真っ只中で、大宇宙を貫く根本の法則に則って、「人間主義の正道」「生命尊厳の大道」を選び取り、果敢に価値創造していく智慧である。創価の我らのこの智慧こそが、いよいよ混迷の世を照らし晴らす時代に入っている。
異体同心で支え合い、励まし合い、護り合いながら、地域と日本の繁栄のため、世界の平和のため、人類の未来のため、断固として一つ一つ勝ち切っていこう!
* * *
1954年(昭和29年)3月30日、戸田先生より私は青年部の室長の任命を受けた。
この日の日記に、私は記した。一段、一段、学会の中核となって、広布の推進をせねばならぬ。妙法の流布をいたす。これ使命なり——と。
そして、揺れ動く時代を見つめつつ、御書の一節を書き留めた。
「結句は勝負を決せざらん外は此の災難止み難かるべし」(998ページ)
社会の安穏なくして、民衆の安堵はない。自他共の幸福と平和へ、青年が先頭に立って、勇敢に行動に打って出る。このたゆまぬ挑戦にこそ、若き命の「人間革命」があり、「宿命転換」の勝利がある。それが、そのまま「立正安国」の勝利へ連動していくのだ。
今、わが後継の友が、日本中、世界中で、それぞれの地域の"青年室長"の決意で正義の連帯を築きゆく姿は何と誇らしいことか。
* * *
青年部の室長として、私が心肝に染めた御聖訓を、不二の愛弟子に贈りたい。
「但偏に思い切るべし」「今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり、此れこそ宇治川を渡せし所よ・是こそ勢多を渡せし所よ・名を揚るか名をくだすかなり」「釈迦・多宝・十方の仏・来集して我が身に入りかはり我を助け給へと観念せさせ給うべし」(御書1451ページ)と。
皆、法華経に説かれる「師子奮迅之力」を色心に漲らせ、病魔など吹き飛ばして指揮を執ってくれ給え!
各地の宝の全同志に届けと、私と妻も強盛に題目を送っていきます。
さあ、楽しく戦おう!

2019年1月21日月曜日

2019.01.21 わが友に贈る

◇今週のことば
「創価勝利」とは
自他共の幸福勝利だ。
誠実と確信の声で
「蘭室の友」を広げゆけ!
2019年1月21日

四条金吾殿御返事 P1192
『いかに日蓮いのり申すとも不信ならばぬれたるほくちに火をうちかくるがごとくなるべし、はげみをなして強盛に信力をいだし給うべし』

【通解】
いかに日蓮が祈っても、あなた自身が不信ならば、濡れている火口(ほくち)に火を打ちかけるようなものである。勇んで強盛に信力を出しなさい。

〈寸鉄〉 2019年1月21日
会長の言葉は皆を平和の主体者にする力が—識者生命尊厳の思潮を今こそ
練馬の日。勇気の師子吼で広布拡大の突破口を!堂々たる東京模範の前進
深く人間を愛する者が真の賢者—作家。目の前の一人を大切に。仏法の魂
報告・連絡・相談は正確かつ緊密に。幹部は迅速に手を打ち、同志を守れ
インフル患者数が1週間で3倍。咳エチケット、嗽・手洗いを徹底。拡大防げ

☆中等部首都圏研修会への池田先生のメッセージ 2019年1月16日
◇どんな時もへこたれない「負けじ魂」の人こそ真の勝利者
1・15「中等部結成の日」54周年を記念して、首都圏の研修会が行われた(14日、巣鴨の東京戸田記念講堂)。ここでは、池田先生が研修会に寄せたメッセージを紹介する。

宝の中の宝である中等部の皆さん、「結成の日」を記念する大切な研修会、誠にご苦労さまです。
陰で支えてくれている役員の皆さん、また、素晴らしい歌声と演奏の富士中学生合唱団、創価グロリア・ジュニア吹奏楽団、そして、鼓笛隊の皆さん、本当にありがとう! みんなで、楽しく有意義な友情の集いとしてください。
担当者の方々、いつもお世話になります。この一年も、よろしくお願いします。
今年は「創価勝利の年」です。創価の勝利とは、常に今から未来へ広がる勝利です。それは何よりも、わが未来部の皆さん一人一人の勝利に他なりません。
きょうは、みんなで、三つの勝利を決意し合いたいと思います。
第一は、「学びの努力の勝利」です。
この東京戸田記念講堂では、創価学会の「創立の父」である牧口先生と戸田先生の肖像が皆さんを見守っておられます。牧口・戸田両先生も徹底した「学びの努力」の人であり、青年たちに「学は光、無学は闇」と示されました。創価の青年は学びの努力で青春の生命を輝かせ、社会の不幸の闇を照らしていくように、激励されたのです。
学びの命には、常に喜びがあり、充実があります。どうか、皆さんも自分らしく生き生きと学びに挑戦し、わが生命を太陽のように輝き光らせていってください。
第二は、「へこたれない負けじ魂の勝利」です。
青春は、誰でも、壁にぶつかったり、うまくいかなかったりの連続です。だからこそ、学会っ子は「負けじ魂」を朗らかに燃え上がらせて進もう!
戸田先生のもとで、私が編集長を務めていた少年雑誌の最終号に、有名な作家の方が励ましを寄せてくださいました。
"ぼくたちは、どんなときでも へこたれないことにしよう。人間だから、負けることも失敗することもある。でも大事なことは、へこたれないで、また立ち上がることだ"というのです。
このへこたれない「負けじ魂」で何度でも立ち上がる人こそ、真の勝利者なのです。
そして第三は、「師子王の勇気の勝利」です。
日蓮大聖人は、「各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ、師子王は百獣にをぢず・師子の子・又かくのごとし」(御書1190ページ)と仰せです。
「師子王の心」とは、何ものも恐れぬ勇気です。この師子王の心を取り出す力が、勤行・唱題です。何があっても題目を唱え、一つ一つ立ち向かっていこう! 若き師子王の皆さんには、全てを必ず勝ち越えていける「絶対勝利の信心」があるからです。
結びに、私が若き日から座右の銘として、胸に刻んできた先哲の言葉を贈ります。
「正義によって立て! 汝の力、二倍せん」
愛する中等部の皆さん一人一人が、健康で、笑顔あふれる大躍進の「勝利の年」を送れるよう、私は妻と一生懸命祈っていきます。
寒い日が続きますので、どうか、風邪などひかないように! 大切なご家族にくれぐれもよろしくお伝えください(大拍手)。

2019年1月20日日曜日

2019.01.22 わが友に贈る

さあ足取り軽く
対話の最前線へ!
会えば心が近づく。
語れば絆が生まれる。
友情の輪を幾重にも!

法華行者逢難事 P965
『かかる濁世には互につねにいゐあわせてひまもなく後生ねがわせ給い候へ』

【通解】
このような濁世には互いにつねに話し合って、ひまなく後世を願うようにしなさい。

〈寸鉄〉 2019年1月20日
本紙2万号。師弟で築いた広布の言論城。皆様の愛読と拡大に心から感謝
聖教新聞には人間尊重の魂がこもっている—識者民衆に光を送る紙面益々
列島各地で男子部大学校が入卒式。次代は君らの手に。生涯、鍛えの日々を
感激に燃えて戦えば祈りは叶う—恩師。動いた分、己の福運に。自発能動で
他者に親切な人は人生も充実—調査。勇んで地域に尽くす我らの人生こそ

☆御書と歩む� 第51回 人間革命は朝晩の勤行から
『苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ、これあに自受法楽にあらずや、いよいよ強盛の信力をいたし給へ』(四条金吾殿御返事、1143ページ)

◇通解
苦を苦と覚り、楽を楽と開き、苦しくても楽しくても、南無妙法蓮華経と唱えきっていきなさい。これこそ自受法楽ではないか。ますます、強盛な信力を奮い起こしていきなさい。

◇同志への指針
持続は力なり。朝晩の勤行のたゆまぬ実践が、どれほど偉大な力を発揮することか。宇宙大の「法楽」を、わが生命に受けきっていく、幸福と勝利のリズムである。
人生は山あり谷あり。しかし、「苦楽ともに思い合せて」妙法を唱えれば、一切を「人間革命」の希望の劇へ転じていける。今日も「断じて勝つ!」と一念を定め、いよいよ強盛な祈りから出発しよう!

☆ロータスラウンジ 第1回 序品第一
「如是我聞」——
"我が身の上の法門"と全生命で聞き、信受すること

法華経について、皆で学び、深めよう——「ロータスラウンジ——法華経への旅」は、入門編(全4回)に続き、28品の各品を紹介する本編に入っていきます(原則、月1回掲載)。主に各品の大要と、そこで示される重要な法理などを紹介します。第1回は「序品第一」です。

■大要
法華経の説法が行われる舞台や聴衆が紹介され、全体のイメージが明らかになります。

●シーン1
説法の場所は、「王舎城の耆闍崛山」です。
王舎城は、古代インドのマガダ国の首都で、現在のインド・ビハール州のラージギルに当たるとされています。
耆闍崛山は霊鷲山のことで、王舎城の東北にある山です。その名は、"山の形が鷲に似ているから""鷲が多くすむから"との理由から付けられたとされています。
続いて、登場人物が紹介されます。
迦葉や舎利弗など1万2千人の比丘(出家した男性修行者)たち、摩訶波闍波提比丘尼など6千人の比丘尼(出家した女性修行者)たち、文殊師利菩薩や観世音菩薩など8万人の菩薩たち、帝釈天(釈提桓因)などの天界の王や天子など7〜8万……阿闍世王とその眷属。
その数は、解釈の仕方によって異なりますが、数十万、もしくは数百万とされます。
霊鷲山にいる釈尊の前に、人間だけでなく天界の神々なども含めた、膨大な数の聴衆が集まったのです。

●シーン2
釈尊は、聴衆の前で、無量義処三昧(仏の無量の教えの根源の法に心を定める三昧〈瞑想〉)に入って、神通力によって種々の不思議な現象を現します。
「天は曼陀羅華・摩訶曼陀羅華・曼殊沙華・摩訶曼殊沙華を雨らして」と、天から花の雨をふらせます。
さらに「普き仏の世界は六種に震動す」と、大地が六種に震動します。
これらの現象を目の当たりにした聴衆は、不思議な出来事に歓喜して、釈尊を見つめます。
すると釈尊は、眉間にある白毫から光を放ち、東方の1万8千の世界をくまなく照らしだします。それは下は地獄界から、上は有頂天まで届きます。
まるで映画のように、それぞれの世界の様相が映し出されます。

●シーン3
不思議な現象に聴衆は、"どういうことなのか?"と、疑問を抱きます。
釈尊の次に仏になるとされている弥勒菩薩が代表して、過去から仏に仕えてきた文殊師利菩薩なら知っているだろうと質問します。
"どうして、このような不思議な現象がおこったのか?"
文殊師利菩薩は答えます。
"遠い昔、同じような不思議な現象を見たことがある。過去の仏は光を放ち終わって、大法である法華経を説いた。だから今、釈尊もまた、法華経を説かんとされているのであろう"
いよいよ、法華経が説かれる舞台が整ったのです。

■如是我聞
「序品第一」の冒頭は、「如是我聞(是くの如きを我聞きき)」で始まります。
これは、各経典の冒頭によくある言葉で、「私はこのように聞いた」という意味です。
では、"こう聞いた"と言っている「私」とは、一体だれのことでしょうか。
これは、経典を編纂した人たちです。なかでも、釈尊の侍者として多くの説法を聞き「多聞第一」といわれた阿難とされています。
では、一体、何を聞いたのでしょうか。
「如是我聞」の後に述べられる、経典の内容全体を指します。つまり、法華経28品全体のことです。
その上で、大聖人は、「廿八品の文文句句の義理我が身の上の法門と聞くを如是我聞とは云うなり、其の聞物は南無妙法蓮華経なり」(御書794ページ)と仰せです。
私たちにとって「如是我聞」とは、単に"阿難等がこのように聞いた"といった意味ではありません。
"法華経28品の一字一句は、ことごとく南無妙法蓮華経の当体である自身のことを説いている"と、自分の外に置いて読むのではなく、自分自身の生命の法門であると全生命で信受していくことです。
池田先生は「法華経の『如是我聞』とは、全生命をかたむけて仏の生命の響きを受けとめ、仏の生命にふれていくことです」(『法華経の智慧』普及版〈上〉「序品」)と語っています。
私たちが「法華経」を学ぶに当たっては、決して遠くのことを説いていると捉えるのではなく、自分自身のことが説かれていると読んでいくことが大事なのです。

なるほど
霊鷲山に数十万、数百万ともいわれる、膨大な聴衆が集まったことは、何を表現しようとしているのでしょう。
戸田先生は語られました。
「拡声器もなかった時代に何十万の人を集めて釈尊が講義したと思われますか。法華経の文上からみれば集まったことになっている。これはたいへんな数です。何十万の人を集めて講義したと。それならウソかと。ウソではない。ではほんとうに集まったのか。何十万の人に拡声器もなくて、いくら仏が大音声をだしたからといって講義できましょうか」
「ではウソかというのか。ウソではない。集まったともいえるし、集まらなかったともいえるのです」
「その何十万と集まったのは釈尊己心の声聞であり、釈尊己心の菩薩なのです。何十万いたってさしつかえない」(『戸田城聖全集』第6巻)
法華経を「おとぎ話」などといわれることもありますが、集まった聴衆は生命の種々の働きの象徴であり、生命の世界、悟りの世界を表現することで、生命の法、己心の法を説いているのです。

白毫の光 全世界に届く題目の光
白毫とは、仏のもつ特徴の一つで、両眉の間に、右回りに渦を巻いて生えている、長い白い毛のことです。仏は、そこから光を放つとされています。
法華経の序品で、「仏は眉間白毫相の光を放ちて、東方の万八千の世界を照らしたまうに、周遍せざること靡し。下阿鼻地獄に至り、上阿迦尼呼天に至る」(法華経77ページ)と記されています。
仏が発する光は、遍く世界を照らし、十界の各界にまで届きます。差別なく、一切を照らすのが、仏の発する光なのです。
日蓮大聖人は、この光について「白毫の光明は南無妙法蓮華経なり」「題目の光無間に至りて即身成仏せしむ」(御書712ページ)と仰せです。
妙法は、全世界をくまなく照らし、無間地獄の衆生まで救う力があるのです。
妙法こそが、何の差別もなく、一切衆生を救っていくことができる皆成仏道の教えなのです。

『法華経の智慧』から "救われる弟子"から"救う弟子"へ
「如是我聞」の心とは「師弟不二」の心です。それが仏法伝持の極意です。
一切衆生を救おうとする仏の一念と、その教えを体得し弘めようとする弟子の一念が、響きあう「師弟不二」のドラマ——それが「如是我聞」の一句に結晶しているのです。
しかも、法華経は「滅後のための経典」です。「仏の滅後の衆生救済をどうするか。だれが法華経を受持し、弘めるのか」。序品の舞台からすでに、この根本のテーマが奏でられている。

仏の入滅を転機として、"救われる弟子"から"救う弟子"へと転換したのです。これこそ法華経の精神です。だから「如是我聞」の心とは、弟子が決然と立ち上がることです。「さあ、師と同じ心で、民衆を救っていくぞ」と、困難を求めて突き進む、その"大闘争宣言"とは言えないだろうか。
法華経成立の観点から言えば、二十八品の法華経は、仏の滅後、仏と同じ境涯に立って全民衆を救おうと「如是我聞」した弟子たちによってこそ、まとめられたのであろう。その意味からも、法華経は「師弟不二」の経典です。
(普及版〈上〉「序品」)

2019年1月19日土曜日

2019.01.19 わが友に贈る

励ましとは
「安心」を広げること
「自信」を持たせること
「勇気」をともすことだ。
その根本は題目なり!

三世諸仏総勘文教相廃立 P563
『此の心の一法より国土世間も出来する事なり、一代聖教とは此の事を説きたるなり此れを八万四千の法蔵とは云うなり是れ皆悉く一人の身中の法門にて有るなり、然れば八万四千の法蔵は我身一人の日記文書なり』

【通解】
この心という一法から国土の違いも出てくるのである。一代聖教(釈尊が一生の間に説いた聖なる教え)とはこのことを説いたのであり、これを八万四千の法蔵というのである。これは皆ことごとく釈尊一人の身中の法門である。したがって八万四千の法蔵は我が身一人の日記の文書なのである。

〈寸鉄〉 2019年1月19日
賢明で卓越したSGIの女性は私の触発の源泉—博士。婦女の希望の連帯
自分を豊かにすることが人生を豊かにする—哲人人間革命運動が実証示す
共に広宣流布へ戦う中で青年を育てよ—戸田先生後継こそ未来の希望なり
今日からセンター試験。健闘を皆が祈る。学び抜いた成果を悔いなく発揮
がん患者が過去最多と。実態把握で対策の質向上へ。公明よ命守る先頭に

☆わが誓願の天地に平和と幸福の仏法勝負の証を! 2019年1月13日
◇威風堂々と本部幹部会
東京戸田記念講堂には、初代会長・牧口常三郎先生と第2代会長・戸田城聖先生の肖像が掲げられている。
両先生が初めての出会いを結んだのは1920年(大正9年)1月頃。本年は100年目の節目である。
「この師弟の出会いを淵源として、今、『人間革命の光の世紀』が開かれているのであります」——池田先生は本部幹部会に寄せたメッセージの中で、そう述べた。小説『新・人間革命』が完結してから迎えた本年、"創価勝利の年"は、全国・全世界の同志が自らの姿で"新たな人間革命の物語"をつづることを誓い、学会創立90周年に向けて飛躍を遂げゆく一年となる。
——本紙で池田先生の小説『人間革命』の連載が始まったのは、65年(昭和40年)元日付。その年の学会のテーマは、「勝利の年」だった。先生はその前年末に沖縄や中部などへ。年が明けると、北は北海道から南は九州にまで飛び、各地で同志との記念撮影会を開催。またアメリカ、メキシコ、欧州各国を訪れ、現地で奮闘する友を励まし、広布の布石を打ち続けた。
今再び迎えた"勝利の年"——その出陣に当たって、池田先生が、かつてしたためた二つの「書」が紹介された。
一つは「仏法勝負乃証」。もう一つは「法華経に勝る兵法なし」——82年(同57年)、創価の反転攻勢の大行進の中、中部の天地で記されたものである。
先生はメッセージで訴えた。"重大な歴史の転換点に立つ今この時、「法華経の兵法」に勝るものなしと胸を張り、それぞれの誓願の天地で「仏法勝負乃証」を威風堂々と打ち立てていこう!"と。
来日したアメリカの壮年リーダーは「訪問・激励と座談会を軸に正義の連帯をさらに広げよう」と誓った。アルゼンチン婦人部の同志は「人間主義の光彩で地域を社会を明るく照らそう」と決意を新たにした。台湾の青年は「師弟の精神を燃やし、広布拡大の新記録を打ち立ててみせる」と瞳を輝かせた。
"私の勝利"こそ、"創価の勝利"!——参加者の心が一つになった瞬間だった。
幹部会では、池田主任副会長が池田先生のメッセージを紹介。
大串女子部長は「訪問ロマン総会」(今月末まで)を通して、正義と友情の華の対話が広がる模様を語った。
ここで国内3会場が順々に中継で結ばれ、新成人の代表が"創価勝利"へ出陣する誓いを披露した。
先駆・九州の福岡からは、英語スピーチコンテストで全国第2位の成績を収めた女子部の友が、流ちょうな英語で抱負を。
堅塁・中部の愛知からは、昨年の全国大会で5度目の"日本一"に輝いた鼓笛隊のメンバーが、華陽姉妹の輪を広げゆく決意を。
常勝・関西の兵庫からは、2人の友人に弘教を実らせた知勇兼備の若人が、将来の夢を爽やかに語った。
次に志賀男子部長が昨年、大学校生を先頭に「4万の折伏」を果たした男子部の戦いを報告。さらなる広布拡大への誓いを述べた。
音楽隊・しなの合唱団が3曲を披露。イギリスSGI(創価学会インタナショナル)のハラップ理事長が若き日に刻んだ師弟の原点を胸に、庶民を守る法廷弁護士として奮闘してきたこと、また各部一体の戦いで昨年、1万5000人の地涌の陣列を構築した同SGIの発展を伝えた。
原田会長は、『新・人間革命』が完結し、名実ともに弟子の手で広布の全責任を担いゆく時代に入ったと強調。その初陣となる本年を完全勝利し、"師弟勝利の「春の曲」"をうたおうと呼び掛けた。
次いで、戸田先生の小説『人間革命』の末尾に書かれた「人間革命の真髄」と題する文章の一節に触れつつ、「自他共の幸福のために語り広げる言論闘争こそが立正安国の精神であり、そこに真の人間革命への道がある」と力説した。そして、56年(同31年)の「大阪の戦い」の出発の会合で、池田先生が御書を拝して「法華経の兵法」こそ一切の根本であると指導したことに言及しつつ、誓願の天地で「三変土田」の勝利劇をと訴えた。
続いて、93年1月の新春幹部会での池田先生のスピーチ映像を視聴。最後に皆で学会歌「誓いの青年よ」を大合唱した。

2019年1月18日金曜日

2019.01.18 わが友に贈る

乾燥による火災に注意!
「自分は大丈夫」との
油断を断じて排そう!
火の元の点検など
皆で声を掛け合おう!

御義口伝巻下 P761
『自他共に智慧と慈悲と有るを喜とは云うなり』

【通解】
自他共に智慧と慈悲があることを喜というのである。

〈寸鉄〉 2019年1月18日
学会員こそまことの地涌の菩薩だ—恩師。尊極な"仏の使い"の誇りで前進
幹部は1回の会合、訪問・激励に真剣勝負で。祈り動いた分だけ広布は拡大
真実なる事は黙すべからず—哲人。堂々と正義を語れ!勝利の軌道そこに
社会の活力保つには高齢者の活躍が鍵と。生涯青春の心光る多宝会を見よ
企業の倒産が10年連続で減少。公明よ中小企業を後押しする具体策力強く

☆勇気の旗高く 池田先生と千葉 2019年1月14日
◇旭日の勢いで新たな前進
池田先生が各地の友に寄せたスピーチや指針などを紹介する「勇気の旗高く」。今回は千葉県を掲載する。

◇大仏法の原点
黄金色の菜の花は、千葉県の県花である。温暖な南房総では、今月下旬から咲き、首都圏でいち早く春を告げる。この菜の花のように、苦難の冬にあっても快活に進む千葉の友へ、池田先生は思いをつづった。
私と千葉の皆さまの思い出は、限りない。
わが青年部とともに、銚子や富津で語り合ったこと。また千葉の広宣流布の草創時代から、浦安や佐原に走り、船橋や市原に駆けたこと。そして、市川、松戸、柏、野田、佐倉、勝浦、天津小湊、大原等の同志と語り合ったことも、懐かしい。さらに、成田は、世界への飛翔の窓口である。
今、館山には、"菜の花"に包まれた、王者の千葉研修道場も完成した(1998年2月=編集部注)。
千葉の舞台は、いつも何かが躍り出るが如く、賑やかである。永遠に、新鮮な旭日の昇る勢いが感じられる。
末法の御本仏日蓮大聖人が、東天に向かいて、大宇宙に南無妙法蓮華経の宣言をなされたお姿と魂を、断じて忘れてはならない。千葉の同志は、大聖人の直結の門下の誉れと魂を受持して、この誇り高き一生を飾り、三世にわたる栄光を胸に抱きながら、前進されんことを祈りたい。
千葉県は、日蓮大聖人が御聖誕された誉れの天地。大聖人は建長5年(1253年)の4月28日、千葉の地で「南無妙法蓮華経」の題目を唱え、立宗宣言をされた。この地に生きる友の深い使命を、先生は千葉広布60周年を記念して発刊された『師弟の光彩 旭日の千葉』の巻頭言にとどめている。
千葉は、私の手作りの「広宣流布の新天地」だ。
頼もしい、そして信頼してやまぬ希望の人材群が、勇敢に、誠実に、常に新しき妙法の拡大の波を起こしてくれている。
御本仏・日蓮大聖人は、仰せになられた。
「日蓮心ざす事は生処なり日本国よりも大切にをもひ候」(御書901ページ)
御聖誕の故郷を、蓮祖は、どこよりも何よりも、大切に大切に思われていた。何と不思議な、何と福運ある宝土であろうか。
本州の平地で、一番早く旭日が昇りゆくのは、房総半島である。
悪世末法の深き闇を打ち破る、日蓮仏法の元初の光彩は、この千葉より、全世界、いな全宇宙に向かって放たれた。「歓喜の中の大歓喜」である南無妙法蓮華経の大音声は、ここ千葉から轟き始めたのだ。
万年の果て、そして尽未来際の彼方までも赫々と照らしゆく、「太陽の大仏法」の原点こそ、我らの誉れの千葉である。

◇「今」を勝つ
「旭日の千葉」と池田先生は呼び掛ける。そこには、大聖人有縁の天地であるという意義とともに、どんな大変な所にも駆け付け、希望の太陽を昇らせる友への深い期待が込められている。
戸田先生は言われた。
「自分が幸福になるぐらいは、なんでもない。簡単なことです。他人まで幸福にしていこうというのが信心の根底です」と。
その通りである。
信心の炎は、自分のことだけで汲々とした小さな境涯を打ち破る。友の勝利が、わが勝利であり、わが勝利が友の勝利である。
どこそこで、あの友が苦しんでいる。かの地域で仲間が奮闘している。そう聞けば、わが事のように祈る! 自他共の完勝のため、そこへ駆けつけ、共に戦う!
この熱烈な同志愛があればこそ、あらゆる大難を乗り越え、学会は勝利し、また勝利してきたのだ。
私は知っている。
千葉の同志には、惜しみなく世界に光を送る、あの赫々たる太陽が燃えている。
最も戦いが大変な場所に、常に、勇んで駆けつけては、勝利の突破口を開いてこられたのが、千葉の皆様方であったからだ!
1974年(昭和49年)の2月。先生は千葉の勝浦、そして大聖人御聖誕の地・天津小湊方面へ向かっていた。その途次に大原駅で下車した折、駅構内の片隅に千葉の同志の姿が見えた。先生は列車を降りるや即座に友のもとへ。その時の思いを、こうつづった。
たった一瞬の出会いが、一生を決める場合がある。たった一言が、人生の転機にもなる。
まして、わが同志は、広宣流布のために戦ってくださる尊き戦友だ。御本仏が護り、必ず賞讃される方々だ。どうして通り一遍の対応で済ませることができようか!
大聖人は、「立宗」以来、「二十余年が間・一時片時も心安き事なし」(御書1514ページ)と仰せである。心休まる暇もない、命に及ぶ大難の連続のなか、邪悪を破り、人びとを励まし、大法を説き続けられた。
その峻厳な連続闘争に続きゆく道は、「今」を勝つために心血を注ぐ以外にない。
ゆえに私は、生命のアンテナを研ぎ澄まし、「今しかない」「今しかない」と、一人また一人と、出会いを重ねてきた。さらに、一瞬一瞬、正義の長剣を振るって、広布途上の卑劣な妨害をはね返し、険難の峰を登ってきたのだ。
わが同志よ、わが弟子よ、断固として、今を勝て!

◇行動が第一
90年(平成2年)5月、千葉文化会館で行われた千葉県記念総会の席上、先生は、釈尊も大聖人も弘法のためによく歩いた"行動第一の人"であったことに触れ、こう語った。
「行動」した分だけ、「境涯」は広がる。またみずから歩き、労苦の汗をしたたらせた地域は、自身にとって永遠の歴史の国土となる。その栄光の歴史は、三世にわたって生命から消えない。
「御義口伝」には「我等が頭は妙なり喉は法なり胸は蓮なり胎は華なり足は経なり此の五尺の身妙法蓮華経の五字なり」(御書716ページ)——われらが頭は妙である。のどは法である。胸は蓮である。腹は華である。足は経である。この五尺の身が妙法蓮華経の五字の当体である——と述べられている。
広宣流布のために、頭を使い、のどを使い、胸で心をくだき、体を動かし、足を使っていく——。そこに全身が、妙法の宝塔と輝きわたっていくのである。
93年(同5年)1月の千葉県総会では、「四条金吾釈迦仏供養事」等の御書を拝し、佐渡流罪をはじめとする難を勝ち越えた大聖人の闘争に言及。広宣流布に立ち上がった以上、難があるのは当然であり、難を乗り越えてこそ仏になれると強調し、勝利を導く一念について語った。
仏道修行に苦労がないはずがない。大聖人は、御自身があれほどの大難をすべて連続勝利してこられたのは、絶対にグチを言わない、人を恨まない「一念」が祈りとなったからだとおっしゃっているのである。
"全部、自分が決めたことだ""何のグチも文句もない""ただ、まっすぐに戦うのみである""勇んで、前へ進むだけである"——腹を決めた、晴ればれとした信心の一念によってこそ、連続勝利はある。諸天も動く。自身も大福運を開く。晴れわたる大空のごとき大境涯となる。
「立正安国」という民衆救済の大闘争を千葉の地から起こされた日蓮大聖人。その天地で戦う誇りと使命を胸に、友は師弟一体の行動で、創価の人材城を築いてきた。いよいよ"創価勝利の年"。千葉の勇者は、どこまでも池田先生と共に、旭日の勢いで勝ち進む。

2019年1月17日木曜日

2019.01.17 わが友に贈る

受験生、頑張れ!
風邪をひかないように。
人と比べるのではなく
昨日の自分に勝とう!
負けじ魂で栄光の春へ!

如説修行抄 P504
『誰人にても坐せ諸経は無得道堕地獄の根源法華経独り成仏の法なりと音も惜まずよばはり給いて諸宗の人法共に折伏して御覧ぜよ三類の強敵来らん事疑い無し』

【通解】
だれ人であれ、諸経は成仏できない教えであり、人を地獄へ落す根源であり、ただ法華経だけが 成仏の教えである、と声を惜しまず叫んで、諸宗の人々とその邪法を折伏してごらんなさい。 三類の強敵が競い起こってくることは間違いない。

〈寸鉄〉 2019年1月17日
"私が創価学会だ"との精神を漲らせよ—恩師。勝利は一人立つ勇者から
御書「南無妙法蓮華経は精進行なり」。勇猛に祈り抜け。題目こそ躍進の源
本年初の中継行事。役員の皆様方の献身に感謝。尊き陰徳に陽報は燦然と
阪神・淡路大震災24年。家具の固定や防災備品を再度確認。教訓を忘れず
自分の孤独死心配する人が半数超と。孤立化進む現代。絆結ぶ声掛け更に

☆世界広布新時代第40回本部幹部会への池田先生のメッセージ
わが誓願の天地に平和と幸福の仏法勝負の証を!
「法華経の兵法」で勝ち進め
御聖訓「悪は多けれども一善にかつ事なし」
兵庫・愛知・福岡を中継で結び 新成人が誓い

一、法華経の会座さながらに、日本一の音楽隊、日本一の鼓笛隊の「平和の文化」の妙音が轟くなか、明るく笑顔が弾ける新春の本部幹部会、誠におめでとう!(大拍手)
日本が一番冷え込む「寒中」の季節に、真夏の南半球から31時間の旅で駆けつけてくれたアルゼンチン、また、アメリカ、ヨーロッパ、台湾、タイ、ラオス、そして韓国をはじめ、14カ国・地域の尊き同志の皆さん方、本当にありがとう!(大拍手)
創価の世界市民が、かくも麗しい「地球民族」のスクラムで前進しゆく晴れ姿を、牧口先生、戸田先生も、どれほど喜ばれていることでしょう。
今年は、牧口・戸田両先生のお二人が初めてお会いされてより、100年の佳節となります。〈1920年1月頃に出会ってから100年目となる〉
この師弟の出会いを淵源として、今、「人間革命の光の世紀」が開かれているのであります。
戸田先生が牧口先生にお仕えし始めたのは、まさに20歳になろうとする時でありました。私が戸田先生にお仕えしたのも、同じ年代であります。
うれしいことに、今日は、ここ東京・戸田講堂をはじめ、常勝・関西、堅塁・中部、先駆・九州などを結び、全国の希望に燃える新成人の代表も参加してくれています。 
不思議にも、戸田先生と100年の歳月を経て、凜々しく誓いの門出を迎えた、宿縁深き地涌の若人たちが一人ももれなく栄光と福徳の人生を進みゆかれるように、皆でエールの大拍手を送ろうではありませんか!(大拍手)

日蓮仏法の真髄
一、本日の「創価勝利の年」の出陣に当たり、二つの書を披露させていただきたい。
『新・人間革命』の最終章「誓願」の章を、私は1982年(昭和57年)春の関西と中部の青年文化祭から書き起こしました。その反転攻勢の大行進のなか、中部の天地で記し留めた書であります。
一つは、「仏法勝負乃証」。
もう一つは、「法華経に勝る兵法なし」であります。
御本仏・日蓮大聖人は仰せになられました。
「夫れ仏法と申すは勝負をさきとし」(御書1165ページ)
また、「仏法と申すは道理なり道理と申すは主に勝つ物なり」(同1169ページ)と。
これこそ、大聖人から創価の三代の師弟が受け継ぎ、三障四魔、三類の強敵と戦い抜きながら、厳然と証明してきた日蓮仏法の真髄に他なりません。
「一生成仏」も「広宣流布」も、永遠に「仏」と「魔」との大闘争であります。我ら真の日蓮門下は、この末法濁悪の世で断固として勝つことを誓い願って生まれてきました。
そして、わが誉れの同志は、一人一人の生活と人生でも、立正安国の挑戦でも、一つまた一つ、絶対勝利の実証を示し切ってきました。
だからこそ、世界宗教の大飛躍が成し遂げられたのであります。

師子王の心で
一、思えば、古今東西、呉子・孫子、諸葛孔明、アレキサンダー、ナポレオン、さらに、現代の経営戦略等々、さまざまな兵法が探求されてきた。
しかし、一人の人間が宿命を転換し、永遠の幸福を勝ち取る兵法はなかった。
あらゆる民衆の連帯を築き、社会の安定と繁栄を勝ち開く兵法はなかった。
そして、「妙法」という大宇宙の根本法則に則り、人類の境涯を高め、平和と共生の未来へ、勝ち栄えさせゆく兵法はなかった。
そのために、大聖人が残し託してくださったのが、「法華経の兵法」なのです。
「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし」(同1192ページ)との仰せのままに、あの不可能を可能にする「大阪の戦い」に臨む年頭、私が悩み抜き、祈り切って命に定めたことは、「法華経の兵法」を将軍学とすることでした。
つまり、一念に「億劫の辛労」を尽くす精進行の題目が、どれほど力を発揮するか。
御書根本に励まし合う絆から、どれほど「随縁真如の智慧」が湧き出ずるか。
難を恐れぬ朗らかな「柔和忍辱の心」で、どれほど変毒為薬していけるか。
不軽菩薩の如く「人を敬う」大誠実の振る舞いが、どれほど仏縁を広げるか。
関西の誓いの友と私は、何よりも「師子王の心」の勇気で、仏菩薩も諸天善神も、悪鬼魔民さえも揺り動かしながら、ついに"まさか"を実現したのです。

異体同心で凱歌を
一、幾多の難問に直面する地球社会は、いやまして法華経の兵法を渇仰しています。
御書には、現証のリズムを「百日・一年・三年・七年が内に」(同911ページ)とも仰せです。
重大な歴史の転換点に立つ今この時、我らは学会活動で鍛え上げた「法華経の兵法」に勝るものなしと胸を張り、御本仏から任された、それぞれの誓願の天地で、「百日・一年・三年・七年」と、「仏法勝負乃証」をいよいよ威風堂々と打ち立てていこうではありませんか!
「悪は多けれども一善にかつ事なし」(同1463ページ)との御金言の通り、日本全国、そして全世界の創価家族と「異体同心」の凱歌を共々に誓い合って、出発のメッセージといたします。
わが愛弟子たちの「健康長寿」と「絶対勝利」を、私は祈り抜いていきます(大拍手)。

2019年1月16日水曜日

2019.01.16 わが友に贈る

建設は死闘。
瞬間瞬間 惰性を排し
新たな決意で進もう!
努力と挑戦の一歩一歩が
"私の人間革命"だ!

法蓮抄 P1044
『十号と申すは仏の十の御名なり十号を供養せんよりも末代の法華経の行者を供養せん功徳は勝るとかかれたり』

【通解】
十号というのは、仏の十の御名である。十号の仏を供養するよりも、末代の法華経の行者を供養する功徳は勝れると書かれたのである。

〈寸鉄〉 2019年1月16日
西夏語「法華経写本」発刊学会が人類の精神の宝を未来へ。生命尊厳の大光
愛知婦人部の日。誉れの「この道」歩む堅塁の母よ!弾む心で対話を拡大
「此の信の字元品の無明を切る利剣なり」御書。題目の勇者に破れぬ壁なし
世界の海水温上昇、推計より大幅に加速と。国境越えた"行動"の連帯急げ
新成人の外国人人口が5年で2倍。多様性への眼差しと配慮が益々重要に

☆池田華陽会御書30編に学ぶ 四条金吾殿御返事(法華経兵法事) 2019年1月12日
「法華経の兵法」で人生の勝利劇を!
師と同じ心で祈り抜く

今月は、「四条金吾殿御返事(法華経兵法事)」を研さんします。
池田先生は、本抄の講義の中でつづられました。
「私は、戸田先生の構想を実現するために、あらゆる激戦の最前線に立ち、『絶対勝利の信心』の極意を体得しました。戸田先生にお仕えした11年間、私は、この『法華経の兵法』の勝利の実証を厳然と示し、師匠に喜んでいただきました。今、この必勝の実践哲学を、わが本門の弟子たちに託す時が来ました」
"絶対勝利の信心の要諦"を学び、新たな一年を勇気凜々と出発していきましょう。(拝読範囲は本抄全編です)

◇本抄について
本抄は、弘安2年(1279年)10月、日蓮大聖人が四条金吾に与えられたお手紙です。
この5年前(文永11年)、大聖人が流罪地の佐渡から御帰還されると、金吾は決意に燃え、主君の江間氏を折伏。江間氏は、大聖人に敵対する極楽寺良観の信者であったため、金吾は次第に遠ざけられ、一時は法華経を捨てよと迫られる苦境に陥ります。
それでも、金吾は大聖人の御指導通り、忍耐強く強盛な信心と主君への誠実を貫き、主君の信頼を回復。以前の3倍の領地を賜るまでになりました。
ところが今度は、金吾をねたむ勢力が金吾を襲撃したのです。その危機を乗り越えた報告に対する御返事が本抄です。
大聖人は、金吾が無事であったのは「普段からの用心」「勇気」「強盛な信心」の結果であると教えられます。そして、信心こそ一切の勝利の要諦であることを示されます。

◇御文
『ただ心こそ大切なれ、いかに日蓮いのり申すとも不信ならばぬれたる・ほくちに・火をうちかくるが・ごとくなるべし、はげみをなして強盛に信力をいだし給うべし、すぎし存命不思議とおもはせ給へ、なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし、「諸余怨敵・皆悉摧滅」の金言むなしかるべからず、兵法剣形の大事も此の妙法より出でたり、ふかく信心をとり給へ、あへて臆病にては叶うべからず候』(御書1192ページ14行目〜1193ページ2行目)

◇通解
ただ、心こそが大切なのである。
どれほど日蓮があなたのことを祈ったとしても、あなた自身が不信であるならば、濡れた火口に火を付けるようなものである。自身を励まして、強盛に信力を奮い起こしていきなさい。過日、命を永らえることができたのは、不思議と思っていきなさい。
どのような兵法よりも、法華経の兵法を用いていくべきである。「あらゆる怨敵は、皆ことごとく滅びる」(法華経薬王品第23)との金言は、決して空しいはずがない。兵法や剣術の真髄も、この妙法から出たものである。深く信心で受け止めていきなさい。決して、臆病では何事も叶わないのです。

◇解説
掲げた御文の直前で大聖人は、兵法に優れた3人の武将を挙げ、彼らは確かに兵法に長けていたが、それだけでは勝利を得られなかったことを示されます。そして、「ただ心こそ大切なれ」との結論を述べられます。
人生の勝利と幸福を決するのは、どこまでも「心」です。妙法の当体として心を輝かせゆく実践が、自行化他にわたる唱題です。
大聖人は、この「心」の在り方として、"弟子が師匠と同じ心で祈る"という点を強調されています。そうでなければ、祈りは叶わないとも戒められています。「心こそ大切」の「心」とは「師弟不二の心」です。
続いて"どのような兵法よりも法華経の兵法を用いなさい"と仰せです。
兵法とはもともと、戦闘の戦術や武術のことです。私たちに当てはめれば、仕事や生活で良い結果を得るための、工夫や方法のことであると言えます。
これらを勝利へ結実させる、最高の力が「法華経の兵法」、すなわち「強盛なる信心」です。
宇宙根源の法である妙法を根本に前進すれば、法華経薬王品に、「あらゆる怨敵は、皆ことごとく滅びる」とある通り、人生のいかなる苦難も乗り越えることができるのです。
大聖人は本抄の最後に、臆病の心を戒められ、深く信心を起こすよう、重ねて励ましを送られています。臆病の心に負けてしまえば、自身の本当の力や可能性を発揮することはできません。ゆえに、大事なのは「勇気」です。
自身が妙法の当体であると確信し、今いる場所で現実の課題に挑戦する。勇気を奮い起こして行動していく中に、「法華経の兵法」が発揮されます。
いよいよ「創立90周年へ 創価勝利の年」がスタートしました。私たちは、題目根本、御書根本の「師弟不二の信心」で、自分らしく「人間革命」の勝利劇をつづっていきましょう!

★池田先生の講義から
誰が知らなくとも、師匠のため、広宣流布のため、一心不乱に祈り抜き、祈り切ることです。誰が見ていなくとも、大聖人が御照覧です。自分自身の仏界が見ています。そこに、諸天善神が必ず動き始めるのです。(中略)
御書は、大聖人が遺してくださった人類救済の「法華経の兵法」の指南書です。広宣流布と人生行路の一切の壁を突破しゆく「勝利の経典」であります。
御聖訓を心肝に染め、正しく行じていくならば、わが生涯も「まさかが実現」の大勝の劇で悔いなく勝ち誇っていけることは絶対に間違いない。
本抄を頂いた四条金吾が逆境をはね返し、勝利の実証を示したのも、師匠である大聖人の仰せ通りに「苦楽ともに思い合せて」題目を唱え抜いたからです。そして聡明に身を律し、勇気で戦い切ったからにほかならない。師匠の深き一念に心を合わせて戦えば、勝てない戦などありません。(『御書と師弟』第1巻)

◇研さんのために
○…『希望の経典「御書」に学ぶ』第2巻(聖教新聞社)
○…『御書と師弟』第1巻(同)
○…『信仰の基本「信行学」』(同)

2019年1月15日火曜日

2019.01.15 わが友に贈る

「桜梅桃李」の仏法だ。
人それぞれ成長の速度も
咲かせる花も違う。
だからこそ朗らかに
長所を伸ばす励ましを!

日眼女造立釈迦仏供養事 P1187
『譬えば頭をふればかみゆるぐ心はたらけば身うごく、大風吹けば草木しづかならず大地うごけば大海さはがし、教主釈尊をうごかし奉ればゆるがぬ草木やあるべきさわがぬ水やあるべき』

【通解】
例えば、頭を振れば髪が揺らぐ。心が働けば身体が動く。大風が吹けば草木も静かではいられない。大地が動けば大海も荒れる。同じように、教主釈尊を動かせば、揺るがぬ草木があるだろうか。騒がぬ水があるだろうか。

〈寸鉄〉 2019年1月15日
妙法持つ女性は最も尊貴—恩師。友のため広布のために走る母に福徳厳然
中等部結成記念日。夢は大きく、負けじ魂で挑戦。後継の大成長を師が待つ
東京・新宿の日。皆の範たる幸の城。さあ拡大!創価勝利は世界の本陣から
「舌は一枚しかないが、耳は二つある」歴史家。語る倍聞く。激励の要諦
インフルエンザが猛威。手洗い・マスクの徹底を。感染防ぎ、広げぬ賢者に

☆総県長会議での原田会長の指導(要旨) 2019年1月12日
◇励ましが皆の力を引き出す
◇攻めの対話 「一人」に光を 「正」と「副」の団結
「創立90周年へ 創価勝利の年」が開幕し、各方面・県で、対話・拡大のスタートダッシュを切っていただきました。
本年も全国各地、全世界で新年勤行会が盛大に行われ、仕事始めも総本部は千客万来。池田先生は年頭から「師弟して 勝ちて謳わん 春の曲」など、多くの句や和歌を贈る中で、勝利へのエールを送ってくださっています。先生としっかり呼吸を合わせ、異体同心の団結も固く、連続勝利へ出発してまいりたい。
昨年末の財務については、皆さまの強き祈りと、温かな、細やかな励ましにより、一切無事故で終了することができました。本当にありがとうございました。
広宣流布が世界同時進行で進む今、それを支える真心の財務に取り組んでくださった広布部員の皆さまの福徳は計り知れません。この後、財務の受領証の配布も行われますが、真心込めて、丁寧にお渡しいただきたいと思います。
統一地方選と参院選が相次いで行われる「亥年の政治決戦」である本年は、公明党にとっても結党55年、また自民党と連立を組んで20年という節目になります。
年頭、各界のリーダーも、政治を安定させ、生活者に根差した政策を進める公明党への期待を語っておりました。公明党には断固、その期待に応えてもらいたい。

◇会えばドラマが
一、ともあれ、きょうは、本年の連続勝利に向け、その要諦を3点、確認したい。
第1に「攻めの対話こそ勝利の絶対的要因」です。
聖教新聞には「勇気の旗高く」と題して、池田先生が各地の友に寄せたスピーチや指針を紹介する新連載が始まりました。1月8日付の第1回、神奈川の友への指導にこうありました。
「人生は攻撃精神で勝つ! 広宣流布は正義を語り抜く攻めの対話で勝つ! 強気の攻めの戦いこそ、勝利の絶対的要因だ。これこそ、わが師・戸田先生が教えてくださった必勝の極意である」と。
まさに広布の歴史は、攻めの行動があってこそ、開かれてきました。先生が「絶対的要因」「必勝の極意」とまで言われていることを肝に銘じて、私たちも勢いよく、果敢に打って出てまいりたい。
人と会うからこそ、心が結ばれます。味方が広がります。ドラマが生まれます。そして今は、電話やメール、SNSで友情を広げることもできる。ともあれ「よし、拡大しよう」との勇気の一歩が大事です。
さらに、自分の足元を固めるのはもちろん、勇んで「厳しい所へ動く」「一番大変な所に飛び込む」。これこそが学会精神です。大きく動くからこそ、境涯も大きくなる。
対話で世界広布を切り開かれてきた偉大な師匠と同じく、私たちも「偏見や誤解のある人も理解者に」「あえて大変な所へ」と行動を起こしたい。その勇気を出すには、祈りです。そして、励ましです。何よりリーダー率先の拡大が、皆を鼓舞し、勇気づける。まずはリーダーから大きく動き、拡大に走りたい。
一、第2に「皆が最大に力を発揮する」という点です。
あの「大阪の戦い」から3年後の昭和34年(1959年)。この年は本年同様、統一地方選と参院選が重なった、学会にとって初めての「ダブル選挙」でありました。その前年に戸田先生が逝去され、会長職は空席のまま。全ては、若き総務であった池田先生の双肩にかかっていました。
統一地方選では全国に地方議員が誕生する大躍進。そして参院選では前回、苦杯をなめた東京地方区でトップ当選、全国区で5人全員が上位当選。昭和31年(56年)の「まさかが実現」に続き、新聞各紙には「"落選知らず"の組織」「なぜ強い創価学会」と見出しが躍ったのであります。
先生はいかに動かれたのか。大阪の戦いと同じく、主戦場となった東京をくまなく回られたのです。時には自転車で、時には軽トラックの助手席に乗り込んで、一人一人を励まされた。昭和31年の大阪の戦いも、昭和34年の東京の戦いも、先生の強き一念と徹底した励ましがあってこそ、勝利への道は開かれたのです。
翻って本年、私たちも、一人を大切に、一人に光を当てる激励に全力を尽くしていきたい。
昨年は、全国で新入会の友が、数多く誕生しました。世界広布新時代を担う新入会の皆さんが、拡大に挑戦できるかどうか。それこそが、本年の勝利はもとより、学会の未来を決します。
さらに、地域やさまざまな分野で活躍する方、多宝会や太陽会の皆さん、働く婦人部の方、ふだんはあまり会合に参加できない方など、あらゆる角度から光を当て、組織の隅々まで励ましを広げていきたい。
昨年末にはモバイルSTBが拡充されました。会合で活用するだけでなく、訪問・激励などを通しても、多くのメンバーが見られるよう工夫してまいりたい。
ともあれ、「皆の力を最大に発揮してこそ勝利がある」「そのためにリーダーは徹底して最前線を走る」——これを肝に銘じて、出発したいと思います。

◇功徳を広げる挑戦
一、第3に、小説『新・人間革命』から、「正役職と副役職の団結」を確認したいと思います。第22巻「波濤」の章には、次のようにつづられています。
「正役職の人は、副役職の人が、遠慮して力が発揮できなかったり、寂しさを感じたりすることがないように、しっかり抱きかかえる思いで、スクラムを組むことです」
さらに、「正役職者は、常に副役職者と話し合い、自分と同じ決意、同じ自覚に立てるようにしていかなくてはならない。それには、まず、情報を共有し合い、副役職の人の意見をよく聞き、動きやすいようにしてあげることです」ともあります。
いかなる戦いも、正役職の頑張りはもちろんですが、力ある副役職の方も含め全リーダーが団結し、総力を発揮してこそ勝利が見えてきます。そのために正役職の方は、共に戦う副役職の方への感謝を忘れることなく、その声に耳を傾け、心を砕いてまいりたい。副役職の方の役割もはっきりさせながら、全員で前進していきたい。
一方、同じく「波濤」の章には、副役職の方に対して、次のような指導があります。
「副役職の観点から、根本姿勢を述べておきます。それは、正役職ではないからといって、遠慮し、活動に消極的になったり、組織から遠ざかるようなことがあっては、絶対にならないということです」
「副役職の人のなかには、仕事など、さまざまな事情で、思うように活動の時間を取れない人もいるでしょう。たとえ、時間的には制約があったとしても、戦う一念は、一歩たりとも退いてはならない」と。
副役職の方も、「正役職の方だけがやればいい」「我関せず」というような無責任な姿勢であってはなりません。正であれ副であれ、役職を担った以上、広布を推進する使命と責任は重い。
団結が強い組織は、連絡・報告が密です。互いに声を掛け合い、気遣いがあります。そして、正と副が力を合わせるからこそ、人材も生まれる。組織も強くなる。拡大も進む。「学会に団結がなくなれば、仏法の流れは途絶えてしまう」との指導を生命に刻み、リーダーは互いに尊敬し、たたえ合いながら、異体同心で前進していきたい。
一、我々が、なぜ立正安国の挑戦を続けるのか。先生は「大白蓮華」1月号の巻頭言で、「地域と社会への貢献を果たしながら、多くの人々と仏縁を結んで、自他共に功徳を広げていくことができる」との戸田先生の言葉を教えてくださいました。
まさに、私たちの戦いは「功徳を広げる」ためにある。大闘争の中でこそ、無量無辺の大功徳を積める。宿命転換も早い。そして、その功徳は「自他共に」広がっていく。
本年の戦いを通じて、一人一人が信心の利剣で自らの殻を破り、どう境涯を開けたのか。どう幸福になったのか。この点を確認し合い、励まし合いながら、進んでいきたい。
先生は50年前、三障四魔の烈風が吹き荒れる中、高熱を押して和歌山指導を断行されました。幹部会に出席し、全力で指導した後、「武田節」の指揮を執られた。まさに、真剣勝負の積み重ねがあってこそ、歴史は作られる。その不惜身命の精神を受け継ぎ、実践するのは今であります。
本日よりは、強き祈りで勝つ。強き信心で勝つ。そして、強き師弟で勝つ。栄光の「5・3」を祝賀すべく、怒濤の前進を開始しようではありませんか!

2019年1月14日月曜日

2019.01.14 わが友に贈る

華陽姉妹のロマン総会に
皆で暖かなエールを!
婦人部の応援に感謝。
希望と友情の励ましで
「幸福の門」を広々と!

上野殿御返事 P1508
『文の心は仏を一中劫が間供養したてまつるより、末代悪世の中に人のあながちににくむ法華経の行者を供養する功徳はすぐれたりととかせ給う』

【通解】
文の心は仏を一中劫の間供養するよりも、末代悪世にあって人が強く憎む法華経の行者を供養する功徳の方が勝れていると説かれているのである。

〈寸鉄〉 2019年1月14日
SGI交流交歓会を盛大に。誓願の心に国境なし。世界の同志と共に広布へ
四国婦人部の日。志の国に広がる対話の花。正義の誇り胸に友情の花園を
真の雄弁とは言うべき事を言う事—文人。堂々と語れ!情熱は必ず伝わる
平成最後の「成人の日」。新しき創価勝利の時代をここから!君の熱と力で
歩きスマホ、7割が人にぶつかった経験。「自分は大丈夫」が事故にと戒め

☆忘れ得ぬ瞬間 創立者の語らい 第9回 創価大学 寮生懇談会
◇地中深く人生の根を張れ
英知と人格を錬磨する創価大学の学生寮。親元を離れ、切磋琢磨する寮生を、創立者・池田先生は、折に触れて励まし続けてきた。1980年代には「寮生懇談会」に出席し、向学の指針を贈った。83年11月18日の第4回の集いでは、"人生の基礎の時代に、学問に徹し抜け"と強調。良き学友と共に、自分に負けない青春をと望んだ。

時代は「一流の時代」である。二流、三流ではもはや追いついていけない。世界的にもそういう時代です。

勉学の時間はおのおの異なるかもしれないが、今のうちにしっかりやっておかなければならないと思う。遊びたいのもわかる。さぼりたいのもわかる。しかし、一つのことに"徹する"、この徹するということが大切です。徹しきれるという人は、すでに因果倶時で勝利を得ているのです。
今の諸君は、やはり勉強が一つの仕事であります。生活だし、人生です。したがって、それぞれの立場で自分の勉学にだけは徹し獲得しておく。これを忘れてはならない。

勉強ができる人というのは、努力ができる人ということです。努力なくして勉強ができることは、普通はありえない。勉学は責任というか、人間の権利であります。これを放棄したら動物と同じです。
今、基礎の勉強をしっかりしておかないと、社会に出た時、皆にばかにされてしまう。人生の基礎の時代に頑張りなさい。自分が実力を持っていけば大勢の人がついてくるし、守ってあげられる。救ってあげられるし、一緒になって歩んでいける。そういう中心者になれる。家族も安心して暮らせる。実力をつけるということは、いろんな意味で大事なことです。

知識というのは両刃の剣です。それによって幸福になり、社会に力を示すこともできる。反対に不幸になってしまう場合もある。知識それ自体は幸、不幸には関係はない。それを決めるのは自分の一念です。

仲の良い、いい友だちを持つことは人生の最大の財宝であります。このような清らかな、親しみを持った友人ができる世界というものは、私は稀であると思っております。

ともかくいやなことも、へこたれそうになることも、悲観することも、感傷的になることも、青春だからいろいろあるに決まっています。青春とは悩む時代、煩悶する時代です。その激流に流されて沈んでしまうか、そのなかでもがきながら前へ前へと進むか、これが青春の闘いです。ここに、未来への勝敗を決めるチャンスがある。

◇頑張り抜く人に
さらに第6回の集い(84年2月3日)では、建学の精神を忘れず、全員が21世紀の人材にとスピーチした。翌85年1月30日の第8回寮生懇談会では、母校の看板を背負い、一人一人が勝利の人生をと力説。来るべき将来の"時"のために、今は地中深く根を張りゆけと訴えた。

諸君は今はまだ、勉学の最中だけれども、体力的にも、精神的にも全ての面で諸君たちの時代に入っていることは間違いない。
その意味において、私はたくさんの大学生がいる中で、不思議な縁で、創大の建学の精神に馳せ参じて来てくださった諸君に全面的に期待する以外にないし、全面的に諸君を応援するのが私の人生と思っております。諸君にしか未来はない。21世紀は全部諸君の活動の舞台である。我々ではない。それを私は、今深く感じながら、これからの人に対して、全魂を打ち込んでおります。特に建学の精神に馳せ参じてくださった諸君に対しては、明確なる目標の人材として、私はこれからも接していくつもりであります。
〈84年2月3日〉

自分は何をもってこの人生を生きゆくのか、また、たとえ自分を偏見の目で見ていた人間であっても、本当に感服させていける力を持つことです。このことは、人間にとってたいへん意義深く、大事なことであります。

諸君にとっては、すでにこの創大が自身の"ルーツ"であり、いわば一生涯、母校という一つの看板を背負った立場となったのです。ゆえに、それぞれの分野で、それぞれの特性を生かしながら、この創価大学で、英知を磨き、立派に研鑽して、それぞれの栄冠の人生を勝ちとっていただきたい。

もう一つ、諸君に申し上げておきたいことは、青春時代とは、"時"の来るのを待ち、大地の下に根を張って、張りめぐらしていく時代だということであります。諸君がこの時代に悩むことも、勉強に励むことも、また、さまざまに心を動揺させることも、すべて、生涯にわたる根を張っていくためへの栄養なのであります。
根は目立たない。また、虫も食べに来るだろうし、もぐらも来るかもしれない。けれども、その根を深く広く張りめぐらした人こそが、時とともに青々と葉を茂らせ、花を咲かせ、見事なる実を結ばせることができるのであります。
逆に、温室で育てられ、花を咲かせたようなひ弱な姿は、自然とともにダイナミックに生きゆく溌剌たる青春の姿とは、ほど遠いものがあると、私は思う。その意味において、諸君は今、勉強をし、根を張りながら、将来、自分はこの分野で大きく育つのだという目標をもって、頑張りぬいていただきたい。
頑張るということは、偉大なる人生への向上の条件であります。頑張ることなく自然に偉大な人間に、というわけにはいかない。そういう姿勢では何もできない。
大事な諸君たちです。どうか風邪をひかないように、身体に気をつけて、また交通事故などにも十分注意しながら、独立独歩の学生生活を送っていただきたい。
〈85年1月30日〉

2019年1月13日日曜日

2019.01.13 わが友に贈る

「但偏に思い切るべし」
友の幸福輝く立正安国へ
わが一念を定めよう!
中途半端な心を退け
堂々たる強気の前進を!

観心本尊抄 P241
『末代の凡夫出生して法華経を信ずるは人界に仏界を具足する故なり』

【通解】
末代の凡夫が人間と生まれてきて、法華経を信ずるのは、人界に、もともと仏界を具足しているからである。

〈寸鉄〉 2019年1月13日
決意漲る新春の幹部会。さあここから!わが地域の勝利こそ創価の勝利と
冬は春に備えて活力を蓄える時だ—恩師。友情の花咲く春へ。対話の種を
挨拶一つ、言葉遣い一つが信頼につながる。仏法は振る舞い。小事が大事
入浴時の事故死は冬に多発。血圧変動に注意。脱衣所を温める等、工夫賢く
いつでもできる事も期限を設けるとやる気が増す—脳科学。後回しにせず

☆勇気の旗高く 池田先生と神奈川 2019年1月8日
◇創価の勝利へ出発しゆく港
新連載「勇気の旗高く」では、これまで池田先生が各地の友に寄せたスピーチや指針などを順次、紹介する。第1回は神奈川県。

◇一切の起点
横浜市中区の神奈川文化会館の前には山下公園がある。その先が世界に開かれた横浜の港だ。
池田先生は神奈川文化会館から、この「港」の光景を見つめつつ、神奈川への思いを折に触れて、つづってきた。

◇神奈川は大好きだ。
神奈川のにぎやかな港は、去来する船舶と人生の生き生きとした劇をば感じさせ、何か別世界に来たような気にさせてくれるからだ。
今日も変わらず、この港では、朝早くから、多くの船が未来に向かって波を切り、その希望の警笛が交差しながら鳴りやまない。
わが広宣流布の戦いにあっても、一貫して神奈川は広布の陣列の先頭に立って、東京をはじめ全国の牽引力となってきた。
神奈川は、不思議にも新しき時代を先取りしていく、偉大な創造の力をもち、人びとの羨望を集める魅力をもっている。
つまり、我らの目標とする平和と文化の一大発信センターの使命を立派に果たしてくれてきた。

港は、一切の起点だ。神奈川は、常に創価の勝利へ出発しゆく港である。

神奈川は、日蓮大聖人が立正安国の主戦場とされた地である。池田先生は1997年9月、神奈川・海外代表者協議会(神奈川文化会館)の席上、その意義について次のように言及した。

私が申し上げたいことは、ひとつ。それは「神奈川よ、叫べ」「神奈川よ、立ち上がれ」ということに尽きる。
神奈川は、日蓮大聖人が広宣流布の大闘争をされた天地である。
私が会長を勇退した後、その足で、ただちに神奈川を訪れたのも、その意義を噛みしめたかったのである。その心を知っていただきたい。
この地で、大聖人御一人をねらって、三障四魔、三類の強敵が押し寄せた。
大聖人御一人を倒せば、広宣流布はできないことを、敵は皆、知っていたからである。ある意味で、味方よりも敵のほうが、大聖人の偉大さをよく知り、恐れていたのである。大難と一人、大聖人が「師子王」として戦われた天地は、ここ神奈川である。
ゆえに私は、神奈川を特別に大切に思い、神奈川の同志を信頼してきた。神奈川にこそ、真の大聖人門下としての大闘争を期待したのである。

◇広布の闘士
神奈川の鶴見は、池田先生が草創の父母たちと広宣流布へ走り、比類なき同志の団結を築き上げてきた誉れの天地である。
池田先生は1988年4月、神奈川県記念本部長会(横浜平和講堂)の席上、鶴見を舞台に潔く戦い抜いた草創の同志を最大に称賛しつつ、次代を担う後継の青年部に期待を寄せた。

今度は、若き青年の諸君が、これから二十年、三十年、後世の人に"あの人こそ"とうたわれる、立派な「広宣流布の闘士」として生きぬいてほしい。
また、それが、ほかならぬ自分自身のためである。使命に生きる以上の幸福はない。
広布に殉じ、妙法という永遠なる「大法」にのっとって、一生を、そして三世を常楽我浄の生命で楽しみきっていく。
これ以外に真実の幸福はない。他の楽しみはすべて、はかなき幻のごとき幸福であり、仮の喜びにすぎない。

かつて池田先生は、全国各地に存在する「白糸の滝」を紹介しながら、神奈川・旭区にある凜とした白糸の滝にも触れた。
そして"「滝」は壮年部の象徴"であると述べ、全国の壮年部、なかんずく神奈川の壮年部の奮闘をたたえた。

今、全国で、滝の如く、朗らかに堂々と、わが壮年部が立ち上がってくれている。
景気は、依然として深刻だ。先行きの見えない混迷が続いている。その中で、壮年部の戦友は、歯を食いしばって奮闘する日々だ。
本気の男の姿は、「一騎当千」である。旭区には、その名も「万騎が原」と呼ばれる古戦場がある。旭・保土ケ谷、そして神奈川の壮年部は、まさに一騎が「万騎」に匹敵する力を発揮せんと意気軒昂だ。

◇人生の極意
神奈川は池田先生が「正義」「共戦」の揮毫を認め、世界広布への新たな指揮を開始した地である。
先生は、仏法流布の歴史に照らし、広布の未来を見据え、「正義」と「共戦」の旗を託すべき友が、ここにいると信じたからだ。先生はその万感の思いをつづった。

御書に仰せの通り、大難は、師弟の「共戦」と「正義」の証だ。正義は、座して宣揚できるものではない。
「正」という字義には、「攻めて正す」とある。「正義」とは、義を正す能動の戦いなのだ。
人生は攻撃精神で勝つ! 広宣流布は正義を語り抜く攻めの対話で勝つ! 強気の攻めの戦いこそ、勝利の絶対的要因だ。これこそ、わが師・戸田先生が教えてくださった必勝の極意である。

池田先生は2006年1月、神奈川・静岡合同協議会(神奈川文化会館)の折、「正義」の神奈川の使命を語った。

何があろうと、正義は正義である。ゆえに、絶対に勝つのだ。愛する同志とともに、世界広布を断じて成し遂げるのだ——これが私の決意であった。
神奈川には、あまりにも深き思い出がある。
神奈川は、永遠の「正義」の天地である。
だからこそ、勝利の「使命」があり、「責任」があり、「栄光」があると申し上げたい。

さらに池田先生は、指導集『世界広布の港 神奈川』の「巻頭の辞」で、愛する神奈川の同志に呼び掛けた。

万事を成ずる力は「勇気」です。間断なき勇気の挑戦から、いかなる限界の壁も敢然と打ち破られます。
神奈川には、創価の真髄の勇気が脈打っています。
どうか、これからも、県歌「ああ陽は昇る」の歌声も高らかに、皆が青年と共に、青年の息吹で、いよいよ「絶対勝利の信心」を断固として満天下に示していってください。

神奈川は、草創の同志が、池田先生と共に創価勝利の突破口を開いた「共戦」の大地である。
今再び、正義と共戦の「港」から、新時代の"創価勝利の暁鐘"が、高らかに打ち鳴らされる。

2019年1月12日土曜日

2019.01.12 わが友に贈る

"誰か"ではない。
「私の勝利」こそ
「創価の勝利」だ!
広布の主体者として
誉れの自分史を綴ろう!

顕謗法抄 P446
『仏菩薩を信じたるも愛子夫婦なんどをあいし父母主君なんどをうやまうには雲泥なり、仏菩薩等をばかろくをもえるなり』

【通解】
仏菩薩を信じているとはいえ、我が子や夫・妻などを愛し、父母、主君などを尊敬するのに比べればその思いには雲泥の差がある。仏菩薩を軽く思っているのである。

〈寸鉄〉 2019年1月12日
差異を超え協調する学会員の生き方を世界は希求—博士。共生世紀の主役
どんな悩みも祈りに変え信心を深めていけ—恩師すべてを宿命転換の糧に
御書「友にあふて礼あれ」親しき人にも礼儀を忘れず。家族・地域の絆を固く
中小企業で65歳超の雇用が拡大。豊富な知恵と経験を生かす「幸齢社会」へ
不急の110番通報は160万件と。賢明な利用を。照会や相談等は「♯9110」を

☆御書と歩む� 第50回 「自他共の幸福」目指す仏法
『願くは「現世安穏・後生善処」の妙法を持つのみこそ只今生の名聞・後世の弄引なるべけれ須く心を一にして南無妙法蓮華経と我も唱へ他をも勧んのみこそ今生人界の思出なるべき』(持妙法華問答抄、467ページ)

◇通解
願わくは「現世は安らかであり、来世には善い所に生まれる」と仰せの妙法を持つこと、それのみが、この一生の真の名誉であり、来世の導きとなるのである。
ぜひとも全精魂を傾けて、南無妙法蓮華経と自身も唱え、他の人にも勧めるがよい。それこそが、人間として生まれてきたこの一生の思い出となるのである。

◇同志への指針
皆を幸福にできる人が、真に幸福な人である。
「永遠不滅の妙法」を持ち、広宣流布しゆく人生こそ、「永遠不滅の栄光」に包まれるのだ。
自行化他の題目を唱え、自他共に最極の仏の生命を涌現させながら、幸福と勝利のスクラムを広げゆこう!
新たな一年も、世界中の地涌の友と、一日一日、「今生人界の思出」を!

2019年1月11日金曜日

2019.01.11 わが友に贈る

「大悪をこれば
大善きたる」
逆境こそ飛躍の力だ!
地涌の使命を確信し
希望の未来を開こう!

上野殿御返事 P1509
『いかなれば他人は五六十までも親と同じしらがなる人もあり、我がわかき身に親にはやくをくれて教訓をもうけ給はらざるらんと御心のうちをしはかるこそなみだもとまり候はね』

【通解】
他人は五十・六十になり親子で同じ白髪になる人もいるのに、自分は若い身で親に早く別れ、いろいろ教えてもらえなかったというあなたの御心中を推し量ると涙を押さえることはできない。

〈寸鉄〉 2019年1月11日
座談会は生命を潤すオアシス。歓喜が歓喜を呼ぶ。新年の決意光る語らいを
仏法は本因妙。今ここから!日々、心新たに挑戦。その人が"信心の勝利者"
「軍には大将軍を魂とす」御書。長の一念で勢いが決まる。率先垂範で拡大
冬も食中毒に注意。手洗いや加熱調理を入念に。充実の日々は健康ありて
雪道・凍結路に注意。高齢者の転倒事故相次ぐ。歩幅は狭く、焦りは禁物

☆1月度 男子部「御書活動者会」研さんのために 種種御振舞御書
◇先駆けの対話拡大を 広布の使命と誇り胸に

2019年1月度の男子部「御書活動者会(御書活)」では、「種種御振舞御書」を研さん。「創立90周年へ 創価勝利の年」の開幕に当たり、広宣流布の「さきがけ」の意義について学ぶ。

◇御文
『法華経の肝心・諸仏の眼目たる妙法蓮華経の五字・末法の始に一閻浮提にひろまらせ給うべき瑞相に日蓮さきがけしたり、わたうども二陣三陣つづきて迦葉・阿難にも勝ぐれ天台・伝教にもこへよかし』(御書910ページ)

◇通解
法華経の肝心であり、仏たちの眼目である妙法蓮華経の五字が、末法の初めに全世界に弘まっていく瑞相として、日蓮が先駆けしたのである。わが一門の者たちは、二陣、三陣と続いて、迦葉・阿難にも勝れ、天台・伝教をも超えていくのだ。

◇背景と大意
本抄は建治2年(1276年)、日蓮大聖人が身延で認められ、光日房に与えられたとされているが、詳細は不明である。
大聖人は、文応元年(1260年)に当時の実質的な最高権力者へ届けた「立正安国論」の中で、正しい法を弘めなければ、「他国侵逼難(他国からの侵略)」が起こることを警告。この予言は、文永5年(1268年)に蒙古から国書が届いたことで、現実味を帯びることになった。
本抄では、この模様を回想されるところから始まり、身延入山を経た9年間の大聖人御自身の振る舞いがつづられている。
この間、大聖人は竜の口の法難や佐渡流罪など、激しい大難を受け続けた。一方、社会に目を向けると、二月騒動や蒙古の襲来といった未曽有の国難により、騒然としていた。大聖人は、御自身の闘争の歴史を通し、末法濁世の民衆と国土を救いゆく生き方を教えられている。

◇解説
拝読御文の前段で、日蓮大聖人は釈尊滅後、2220年余りの間、正法・像法時代の正師たちでさえ正法を弘めることがなかったことを明かされている。
これに対して、大聖人は、自ら先陣を切って妙法を弘められた真情を「日蓮さきがけしたり」と宣言されている。
すなわち、これまで誰も弘めたことのない南無妙法蓮華経の大法を弘めゆく先陣を、私が切ったのだ、と仰せである。
「法華経の肝心・諸仏の眼目たる妙法蓮華経の五字」と述べられているように、南無妙法蓮華経は万人成仏を説いた法華経の真髄であり、あらゆる仏を成仏させた根源の法である。大聖人は、この大法を、命に及ぶ大難にも屈することなく、不惜身命で弘め抜かれた。
続く御文では、弟子たちに対し、"この私の闘争に「二陣三陣」と続け"と呼び掛けられている。
師と同じ広宣流布の大願に立って後を受け継ぐ真実の弟子が陸続と躍り出てこそ、広宣流布の未来が開かれる。
続いて、大聖人に連なり、末法の時に妙法を弘めゆく門下は、釈尊の直弟子である迦葉・阿難にも勝れ、像法時代の正師である天台・伝教をも超えていくよう述べられている。大聖人は、師と共に妙法に生き抜く人生がどれほど偉大であるかを、弟子たちに教えられたのである。
この大聖人の仰せのままに、同じ死身弘法の精神で、拡大の実践に励んできたのが、創価学会である。
世界192カ国・地域に及ぶ世界広布の伸展が現実のものとなったのは、創価の三代会長をはじめ、草創以来の幾多の同志による勇気と率先の行動の結実にほかならない。
池田先生は次のように強調している。
「御本仏・日蓮大聖人が教えてくださった、この『さきがけ』すなわち『先駆の勇気』ほど強いものはない。深いものはない。尊いものはない。人がどうあれ、状況がどうあれ、広宣流布のために勝ってみせると、一人立って祈る。一歩、前へ踏み出す。そこから、すべてを勝ち開いてきたのが、学会精神です」
いよいよ開幕する「創立90周年へ 創価勝利の年」。私たちはあらためて未曽有の大法を弘める誇りと、使命の大きさを胸に刻みたい。そして年頭に当たり、広布や人生の目標を明確にしながら、「さきがけ」の対話拡大を勢いよくスタートしていこう。

2019年1月10日木曜日

2019.01.10 わが友に贈る

朝のあいさつは
心の扉を開く力がある。
自ら笑顔で声掛けを!
わが地域わが職場で
皆を照らす太陽に!

乙御前御消息 P1220
『鎌倉に候いし時は念仏者等はさてをき候いぬ、法華経を信ずる人人は志あるもなきも知られ候はざりしかども御勘気をかほりて佐渡の島まで流されしかば問い訪う人もなかりしに女人の御身としてかたがた御志ありし上我と来り給いし事うつつならざる不思議なり』

【通解】
日蓮が鎌倉にいた時には、念仏者らはさておいて、法華経を信じる人々でも、本当に信心がある人なのか、ない人なのか、分かりませんでしたが、幕府から咎めを受けて佐渡の島まで流されてみると、訪れる人もありませんでした。
そのなかで、あなたは女性の身でありながら、さまざまな御志の品を届けられたうえ、ご自身が訪ねてこられたことは、現実のこととも思えず、考えることもできないことです。

〈寸鉄〉 2019年1月10日
弱い自分に会長は希望を与えてくれた—若き巨匠から献呈曲。平和の太陽
秋田「師弟原点の日」。師の雄姿は今も友の胸に。共戦の勝ち鬨を今こそ!
社会変革は心の変革から—周総理。これ人間革命の思想と共鳴。まず自分
子供の誤飲、煙草が4年連続最多。手の届く所での放置禁物。注意怠らず
後部座席のシートベルト着用は4割弱と。全席で徹底を厳守。命守る基本

☆四季の励まし 満々たる生命力で出発! 2019年1月6日
一日一日、
生まれ変わったように生きる。
その人生には感傷もない。
愚痴もない。
堅実な一歩一歩が必ず
偉大な使命の人生となっていく。
これが「創価の道」である。

自分は昨日までの自分ではない。
学会も、昨日までと同じではない。
そう決めて、今日から
新しい夜明けを始めるのだ。
今再び、わが人生の戦線に
「価値創造」という
新生の夜明けを開くのだ!

人間は、臆病になり、
挑戦をやめ、希望を捨て、
諦めの心を抱くことによって、
自らを不幸にしていくのだ。
我らは妙法という根源の法に則り、
満々たる生命力をたたえ、
一つ一つの課題を克服しながら
広布に走る。
ありのままの自分を輝かせ、
自他共の幸福を築くために。

妙法に生きる私たちは、
毎日が久遠元初であり、
毎日が元旦である。
今日も、わが生命に
赫々たる元朝の太陽を昇らせ、
無明の闇を打ち破っていける。
その暁鐘こそ、
南無妙法蓮華経という音律なのだ。

人生は勝つことだ。
勝つ力が信心である。
広宣流布に行動することこそ、
永遠につながる幸福の基盤である。
広宣流布のため、
立正安国のため、戦い抜き、
勝ち抜いた幸福は永久に滅びない。
この一年も、共々に
汝自身の幸福への戦いを
勝利勝利で飾って、
所願満足の歴史を
晴れ晴れと残していこう!

澄み切った青空のもと、緑の大地が広がる。はるか向こうには、荒々しい岩山がそびえ立っていた——1991年(平成3年)6月、池田大作先生が南仏トレッツにある欧州研修道場を訪れた折、サント・ビクトワール山(聖なる勝利山)を撮影した。
「創立90周年へ 創価勝利の年」が幕を開けた。日本を代表する実業家・松下幸之助氏はつづった。「毎朝、心があらたまれば、毎日がお正月。あらたまった心には、すべてのものが新しく、すべてのものがおめでたい」(『道をひらく』PHP研究所)
本来、一日として同じ日はない。自分自身の目標を明確に定め、清新な決意でかけがえのない一日また一日を出発しよう。その一歩一歩が、勝利と幸福の軌跡となる。

2019年1月9日水曜日

2019.01.09 わが友に贈る

会場提供の皆様
この一年も
お世話になります。
真心の宝城と共に
地域広布の新時代を!

四条金吾殿女房御返事 P1134
『此の世の中の男女僧尼は嫌うべからず法華経を持たせ給う人は一切衆生のしうとこそ仏は御らん候らめ、梵王帝釈はあをがせ給うらめとうれしさ申すばかりなし』

【通解】
この世の中の男であれ女であれ、僧であれ尼であれ、法華経を受持された人は、すべての人の「主人」の立場であると仏は見ておられるであろう。(この人を)梵天・帝釈は仰いで尊敬されるであろうと思い、うれしさは言いようもない。

〈寸鉄〉 2019年1月9日
タイ語版「御書」が発刊。世界に広がる研鑽の波。仏法史上に光る大聖業!
東京・目黒師弟正義の日。自身の壁を今こそ突破。弾む生命で破竹の拡大を
「賢きを人と云いはかなきを畜」御書。信心は振舞に表れる。誠実の賢者と
火事や交通事故に十分注意。絶対に起こさない!心の守り固く新春を前進
詐欺メールなどが増加。PCに加え、スマホでも。見知らぬ発信元に要警戒

☆1月度座談会拝読御書 大悪大善御書
地涌の菩薩の底力で妙法流布を
大願に生きる人は最も尊く、最も強い

◇拝読御文
『大事には小瑞なし、大悪をこれば大善きたる、すでに大謗法・国にあり大正法必ずひろまるべし、各各なにをかなげかせ給うべき、迦葉尊者にあらずとも・まいをも・まいぬべし、舎利弗にあらねども・立ってをどりぬべし、上行菩薩の大地よりいで給いしには・をどりてこそいで給いしか』御書全集 1300ページ1行目〜3行目

◇本抄について
本抄は、一部分のみが伝えられているお手紙です。
そのため、いつ、誰に与えられたものか不明です。ただ、その内容から、悪世末法の中で、苦闘している弟子を激励するために、認められたと推察されます。
日蓮大聖人の御在世当時は、一国を挙げた大謗法によって、三災七難が相次ぎました。さらに、大聖人が「立正安国論」で示された自界叛逆難、他国侵逼難も、それぞれ二月騒動、蒙古襲来として現実のものとなるなど、社会全体が騒然としていました。
大聖人は本抄で、大悪は大正法が広まる大善の前兆であるとの御確信を述べられ、嘆いてはならないと励まされます。
そして、成仏の法を聞いた迦葉や舎利弗が大歓喜して舞い踊ったように、妙法流布を誓って上行菩薩が大地から躍り出たように、普賢菩薩が法華経の会座に勇んではせ参じたように、苦難の中にあっても、喜々として、広布に前進していくよう教えられています。

◇逆境は人間革命の好機
今、自分が立っている現状を、どう見るのか、どう捉えるのか——一念の違いで、同じ状況であっても、喜びを感じることもあれば、嘆きを感じることもあります。
本抄で大聖人は、「大悪をこれば大善きたる、すでに大謗法・国にあり大正法必ずひろまるべし」と、大悪をも大正法が広まる前兆と捉えていく、一念の大転換を教えられています。
大聖人は本抄で、釈尊の十大弟子である迦葉と舎利弗が、歓喜した姿を挙げています。
「頭陀(欲望を制する修行)第一」といわれた迦葉も、「智慧第一」といわれた舎利弗も、共に法華経以前の教えでは、成仏できないとされていました。
しかし、迦葉も舎利弗も、法華経の会座で成仏の法に出あい、"未来に仏に成る"と知り、躍り上がらんばかりに歓喜しました。自身が本来、仏であることに目覚める以上の喜びはないのです。
希望の大法である妙法を持つ私たちは、信心を貫けば、最後は必ず幸福になれるのです。これ以上の喜びはありません。
にもかかわらず、現実を嘆き、諦めて受け入れることは、自身の可能性を否定することにつながり、不幸の因を積んでしまうことになってしまいます。
だからこそ大聖人は、「各各なにをかなげかせ給う」と、諦めや弱気を排していくように教えられているのです。
"必ず良くしてみせる"との、決定した信心の人は、厳しき現実や逆境を、そのまま人間革命の好機としていけるのです。

◇喜び戦う信心に歓喜が
本抄では、迦葉、舎利弗の例に続き、地涌の菩薩の上首(指導者)である上行菩薩の歓喜の姿が取り上げられます。
迦葉や舎利弗は、自身が仏であると知った喜びでしたが、上行菩薩は一切衆生を救済する使命を帯びて、悪世に躍り出る歓喜です。
地涌の菩薩は、自ら願い、あえて悪世、悪国に生まれて、妙法を弘めます。
ゆえに、地涌の菩薩にとって、現実世界が自らの使命を果たすべき絶好の舞台になるのです。そこには絶望もなければ、嘆きもありません。むしろ、困難であればあるほど、大きな使命に生きる喜びにあふれ、生命の底力を発揮していくのが、地涌の菩薩なのです。
大聖人は別の御書で、「日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか」(1360ページ)と仰せです。地涌の偉大な生命力は、広布に生きる学会員一人一人に、厳然と具わっています。
さらに大聖人は、「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(御書1561ページ)と、誓いの人生を門下に教えられています。それは、誓願を立てることが、大悪を大善に、悪国を大正法の広まる仏国へと変えていく、歓喜の力、根源の力を引き出すカギだからです。
池田先生は、「『広宣流布の大願』と『仏界の生命』とは一体です。だからこそ——この誓いに生き抜く時、人は最も尊く、最も強く、最も大きくなれる」と語っています。
どんなに状況が悪かろうが、嘆かず、怯まず、"いよいよ、これからだ!"と、喜び戦う信心に、踊躍歓喜の大生命力が沸き起こってくるのです。

◇生きる力を奪う謗法
大聖人が鎌倉で弘教を開始された当時、異常気象や大地震などの天変地異が相次ぎ、大飢饉、疫病なども続発。人々は苦しみにあえいでいました。
大聖人は民衆救済のため「立正安国論」を著し、時の実質的な最高権力者の北条時頼に提出しました。
その中で、天変地異が続く原因は、人々が正法に背いて邪法を信じる謗法にあり、最大の元凶は念仏であると指摘。人々が正法に帰依しなければ、三災七難のうち、まだ起こっていない自界叛逆難、他国侵逼難の二つが起こるであろうと警告しました。
ところが幕府は、大聖人の諫言を無視しただけでなく、念仏者たちと結託。大聖人を亡き者にしようと、迫害を加えていきました。
このように、万人成仏の教えである法華経を否定し、法華経の行者を迫害する状況を、大聖人は「大謗法・国にあり」と仰せになっていると拝せます。
念仏は、死後の救済を願う教えです。人々を現実から逃避させ、生きる力を奪います。それと対極にあるのが、生きる力を沸き立たせる大聖人の仏法です。
池田先生は「闇が深ければ深いほど、自分自身の生命を、太陽のごとく光り輝かせ、現実の暗闇を明々と照らしていく。これが創価の人生である。仏法の人生であり、真実の人生である」と語られています。
地域や職場にあって、自らが輝くことで、人々に希望を送る生き方こそ「真実の人生」なのです。

★池田先生の指針から 「不退の人」が「勝利の人」
私どもの創価の広宣流布運動は、世界中から地涌の菩薩を呼び出し、大いなる平和と希望のうねりを広げゆく「民衆の大行進」ともいえましょう。
「大悪をこれば大善きたる(中略)各各なにをかなげかせ給うべき」(御書1300ページ)と悠然と宣言なされた御抄には、さらに、「上行菩薩の大地よりいで給いしには・をどりてこそいで給いしか」(同ページ)と仰せです。
地涌の菩薩のリーダーである上行菩薩は、舞を舞うが如く大地から勇んで踊り出てきたと言われています。しかも、この上行菩薩一人だけではありません。「同時に涌出せり」(法華経452ページ)です。無量無数の地涌の菩薩が一緒に躍り出たのです。
法華経には、虚空会の一座の人々が、地涌の菩薩が無量の国土の虚空に遍満する姿を見たと説かれています。自由で、快活で、しかも整然と、そして壮大な舞台で——それは、まさに、歓喜また歓喜の波動が広げる「地涌の大行進」です。
(2013年11月号「大白蓮華」に掲載の「勝利の経典『御書』に学ぶ」)
◇ ◆ ◇
何があろうと、わが信仰の戦闘を続行しゆく「不退の人」こそが「勝利の人」です。
牧口先生は叱咤なされた。
「大聖人は『大悪をこれば大善きたる』『各各なにをかなげかせ給うべき』と仰せである。
どんな時、どんな場合でも、それをバネとして、大きく転換していけ!」
少しも嘆かない。前へ前へ進む信心こそ、「大悪」を打ち破り、「大善」に転じ切っていく力です。
「進まざるは退転」である。もう一歩、あと一歩と忍耐強く攻め抜く。勝利をつかむ最後の一瞬まで前進をやめない。この心が大切なのです。この一念が勝敗を決するのです。
(『御書と師弟』第2巻「不退転の信心」)
◇ ◆ ◇
異体同心なればこそ、わが学会は断じて負けない。絶対に行き詰まらない。必ずや万事を成就し、皆が尽きることのない大功徳を受け切っていけるのです。
これまでも、ありとあらゆる苦難を我らは異体同心で乗り越えてきました。これからも、全国・全世界の創価家族が地球を包みゆく異体同心の団結で、「大悪をこれば大善きたる」(御書1300ページ)の実証を勝ち示していこうではありませんか!
(2018年7月10日付本紙、本部幹部会・九州総会へのメッセージ)

参考文献
○…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第7巻「減劫御書」(聖教新聞社刊)
○…『御書と師弟』第3巻「動執生疑」(同)

2019年1月8日火曜日

2019.01.08 わが友に贈る

インフルエンザに注意!
防寒・うがい・手洗い
マスクの着用など
日々の予防を大切に!
健康こそ幸福の基盤だ!

四条金吾釈迦仏供養事 P1144
『此の経の中に得具五眼とは一には肉眼二には天眼三には慧眼四には法眼五には仏眼なり、此の五眼をば法華経を持つ者は自然に相具し候、譬へば王位につく人は自然に国のしたがうがごとし、大海の主となる者の自然に魚を得るに似たり』

【通解】
この経の中に「五眼を具することが得られた」とあるが、その五眼とは一には肉眼・二には天眼・三には慧眼・四には法眼・五には仏眼をいうのである。
法華経を持つ者には、この五眼が自然に相わってくるのである。たとえば王位につく人には、自然にその国民が従うごとく、また大海の主となる者には、自然に魚が従ってくるようなものである。

〈寸鉄〉 2019年1月8日
「法華経修行の者の所住の処を浄土」御書。宿命転換の劇を今いる場所で
異体同心がなければ広布はできない—恩師。一人立つ勇者の団結こそ最強
朗々たる勤行・唱題から勢いよく出発。青年よ朝に勝て!全ての勝利の源
電車の迷惑行為、1位は荷物の持ち方・置き方。他者への配慮忘れぬ余裕を
河川氾濫で浸水被害の恐れ3540万人と。教訓を具体策に。公明よ動け

☆新時代を築く 健康・福徳・勝利の一年に! 2019年1月5日
全世界の宝友と「創価勝利の年」を勇躍出発できた。
雪が降り積もる中、勇んで新年勤行会に大勢の友が集われた地域もある。
未入会のご家族も一緒に仲睦まじく参加されたり、新入会の凜々しき若人を皆で祝福したりと、歓喜あふれる人間共和の集いである。
全ての役員の尊き奮闘を心から労い、讃えたい。
毎朝、聖教新聞を配達してくださる無冠の友の皆さまをはじめ、大切な大切な創価家族が、健康・福徳・勝利の一年であるよう、懸命に題目を送っていきます。
* * * 
新春の総本部も千客万来の賑わいで、内外の方々が真心から寿いでくださり、感謝に堪えない。
「法華経の会座に連なる三光天子(日天子、月天子、明星天子)も祝賀しているようです」と、2日の日の出前に月と金星が大接近した写真を届けてくれた友もいる。
御本仏・日蓮大聖人は、「日月天の四天下をめぐり給うは仏法の力なり」(御書1146ページ)と仰せである。妙法という大宇宙の究極のリズムに則り、月月・日日にたゆまず、「生命の讃歌」を皆で謳い上げていきたい。 
一人一人の「人間革命」の前進が、そのまま地域や社会の「立正安国」の前進へと連動していくのが、広布のロマンだからである。
小説『人間革命』を書き起こした沖縄で、私は同志と美しき「うるま島」を「東洋のハワイに!」と語り合ってきた。今、沖縄を訪れる観光客の数は、まさにハワイと並び、年間1千万人に及ぼうとしていると伺った。
「関西の心臓部」として、広布の常勝を牽引してきた尼崎の友からも、うれしい報告があった。かつて"公害の街"と呼ばれた尼崎が、昨年、関西の「本当に住みやすい街」の1位に選ばれたというのである。
戸田先生は言われた。「いずこであれ、広宣流布への信心があるところが仏の国土なのだ。そこにこそ、大聖人の魂はおわします」
* * * 
昭和31年の1月5日、関西の出発の地区部長会で私たちが拝した御聖訓を、今再び、心肝に染めたい。
「何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり」(同1132ページ)
「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし」(同1192ページ)
さあ、誓願の天地で、「三変土田」という楽土建設の希望のドラマを、勇気凜々と創りゆこうではないか!

2019年1月7日月曜日

2019.01.07 わが友に贈る

◇今週のことば
一年の勝利は
生命の勢いで決まる。
歓喜の団結で決まる。
明るく楽しき座談会で
広布と人生を勝ち開け!
2019年1月7日

四条金吾御書 P1175
『なによりも承りてすずしく候事はいくばくの御にくまれの人の御出仕に人かずにめしぐせられさせ給いて、一日二日ならず御ひまもなきよしうれしさ申すばかりなし』

【通解】
何よりもうかがって爽快であることは、ずいぶん御主君から憎まれたあなたが、その主君の出仕の人数の内に召し具され、しかも一日・二日ではなく毎日御暇もない由、嬉しくて言いあらわせないほどである。

〈寸鉄〉 2019年1月7日
列島で新春の集い。先んずれば人を制す。同志と共に対話拡大へダッシュ
前を見つめる人には常に新しい地平線が見える—看護師。凱歌の春へ前進
広布に尽くす事こそ永遠の誉れ—戸田先生。青年よ自身の黄金の歴史刻め
目標は誰かに話すと達成率も上がる—心理学者。決意語らう地区協議会を
火災が多発。就寝前は火の元確認。可燃物の整理や電気配線等の総点検も

☆信仰体験 新春企画 勝利劇の幕を上げよう タレント 松井絵里奈さん
◇今いる所が一番輝ける舞台
昨年の3月11日。3・16「広宣流布記念の日」60周年を慶祝する世界青年部総会が、東京・八王子市の創価大学池田記念講堂で行われた。
司会を務めるのは、タレントの松井絵里奈さん。彼女の姿が、全国、全世界を結ぶ約1500の会場に届く。大役を任された当初は戸惑いもあったが、すぐに心は定まった。言語や文化の違いを超え、世界中の青年と共有したい思いがあったからだ。
"池田先生と歩む人生ほど、幸せなことはない!"
15歳で奈良から上京し、さまざまな壁にぶつかりながらも、師弟を胸に乗り越えてきた感謝がある——。
芸能界という夢が芽生えたのは、祖父とカラオケ番組に出演した8歳の時。"大好きな歌の世界で、キラキラと自分を輝かせたい"と中学卒業後、親の反対を押し切って東京に出た。
何のつても、お金もない。あるのは夢と希望のみ。生活費を稼ぐために、アルバイトを掛け持ち。所属事務所も、なかなか決まらない不安な日々が続く。それでも「毎日楽しいよ!」。母には心配を掛けまいと、うそをついた。
そんな頃、左官職人の父がリウマチを患い、仕事がままならなくなる。電話越しの母は、普段と変わらず励ましてくれた。
"本当は、家計が苦しいはずなのに"。親を思い、現状を打開したくて、御本尊に向かうようになった。
いつも話を聞いてくれた女子部の先輩たち。17歳のある日、「師弟に生きれば、強くなれるよ」と教えてくれた。その言葉を信じて学会活動に励んだ。
上京3年目。父の体が快方に向かい、松井さんの新たな所属事務所も決まった。だが、夢への階段は、思った景色ではなかった。望むような仕事は得られない。周りの人が輝いて見える。職場では厳しく指摘されてばかり。次第に、心を閉ざしていった。
"私には何の魅力もない。居場所なんてないし、消えてしまいたい"
だんだん人が怖くなり、自分を押し殺した。人に同調することで存在感を消した。「転んで、泥だらけになって、這いつくばるような状態。池田先生の言葉が支えだった」
池田先生の著作を毎日、ひもといた。
「たとえ地獄の底であろうと、題目の力によって、そこが寂光土に変わる。ゆえに、皆さまは、絶対に『勝利の人生』を生きられるのである。最高の『栄光の人生』になるに決まっているのである。卑下なんかしてはならない。人を妬む必要もない」
ご祈念の項目をつづるノートに、ひときわ大きく書いた。〈卑下してはいけない〉
21歳の時、池田先生と初めて出会う。2009年(平成21年)1月の本部幹部会。スピーチを聞き、涙しながら、奮い立つ自分がいた。この日、ノートに〈忍耐〉と記した。
仕事の姿勢が変わった。裏方のスタッフにも、より心を配るように。"苦手と思う人の幸せも祈ろう"と決めた。「すると、自分がどんどん明るくなって、見えてくる世界も変わったんです」
仕事が次々に舞い込む。ドキュメンタリー番組のレギュラーとして世界各国を回った。11年には、アニメの主題歌で歌手デビューも。駆け抜けた先で、夢の舞台が目の前に開けた。武道館で歌うこともできた。
13年末、松井さんは自分を見つめ直そうと、いったん、テレビの世界から離れることにした。アルバイト生活に戻っても、心は不思議と充実していた。
年が明け、14年の本紙新年号に掲載された小説『新・人間革命』に胸が高鳴った。
「世界広布新時代の朝は来た。世界は、彼方にあるのではない。自分の今いる、その家庭が、その職場が、その地域が、絢爛たる使命の大舞台だ。世界広宣流布の中心地なのだ。さあ、立ち上がろう。元初の太陽を胸に!」(第27巻〈正義〉の章)
輝く場所を、もう、どこか遠くに求めはしない。
「今いる所が、いつも、一番輝ける舞台なんです!」
やりたいことは山ほどある。食育と美容、地元の奈良県を盛り上げもしたい……。今再び、芸能界で生きる松井さん。浮き沈みの激しい場所で、人と比べず、自分らしく。晴れやかな笑顔を届けている。

◇謹賀新年
新年、挑戦したいことをほんっとにたくさん掲げています! 挑戦だからこそ、弱い心が出てくること、悔しさを味わうことがあるかもしれません。
でも、もう自分を卑下しないし、何より、挑戦は勇気の証し。どんな経験も、私を形作る大切な財産です。そう心から思えたことで、初めて本当の意味で、周りの人も大切にできる自分になれたと思います。
ほんの小さな一歩から、大きな価値が生まれる。こう確信しながら、私の"人間革命"をしていきます!

まつい・えりな 東京都渋谷区在住。2003年(平成15年)、芸能界デビュー、06年に「ミス週刊少年マガジン」に。14年3月からサンズエンタテインメントに所属。現在、NHK総合「うまいッ!」などに出演。華陽リーダー、芸術部員。

2019年1月6日日曜日

2019.01.06 わが友に贈る

我らの対話の根幹は
相手への尊敬だ。
互いの境涯を高め
皆が幸せになる道を
堂々と歩み抜こう!

諸法実相抄 P1360
『日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人三人百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし、是あに地涌の義に非ずや、剰へ広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし』

【通解】
初めは日蓮一人が南無妙法蓮華経と唱えたが、二人・三人・百人と次第に唱え伝えたのである。未来もまた同じであろう。これこそ、まさしく、地涌の義ではないだろうか。そればかりか、広宣流布の時には、日本国一同に南無妙法蓮華経と唱えることは、大地を的として弓を射ることのように、確かなことであろう。

〈寸鉄〉 2019年1月6日
「心の一法より国土世間も出来」御書。地域の変革へ。強盛な祈りから出発
創価班「師弟誓願の日」。広布の全責任を担う弟子よ!誇り胸に歴史を開け
おれは剣だ、おれは炎だ—詩人。燃える一人から時代は変わる。さあ率先
無冠の友の皆様、寒風の中をありがとう!無事故・健康・勝利の年にと祈る
乾燥する冬はかくれ脱水に注意。脳梗塞等の危険高めると。意識的に給水

☆創価新報 新年の歌

若獅子よ
 正義の眼目
  研ぎ澄ませ
 邪義を正して
  民衆を護れや

幸福と
 平和の門を
  開きゆけ
 華陽の金声を
  世界に響かせ

誓願の
 不二の伸一
  君なれば
 勝利の旗を
  いざ打ち立てよ

2019年 元旦

☆信仰体験 新春企画 勝利劇の幕を上げよう ものまね芸人 君島遼さん
◇ものまね王座決定戦で優勝
◇自分を開拓した先に感動がある
人生は劇に例えられる。新たな年、自分を一新する勢いで、わが使命の舞台で演じきっていきたい。心が変わった瞬間、今ここから、勝利の劇は幕を上げる——。

「さあ次は、君島遼による、ものまねメドレーです!」
暗転すると「ワンツー! ワンツー!」。まさに水前寺清子の掛け声。着物姿の君島さんが現れ、会場が沸く。歌い終えるや、後ろを向いて衣装を脱いだ。カツラをかぶって振り返れば、ちあきなおみの登場。続いて八代亜紀に都はるみに……。
大阪のショーパブ「ものまね・アラジン」を拠点に全国へ。今や、ものまね番組でも常連だ。この世界を席巻する27歳。悩みの中で芸を磨いてきた。
——アニメやゲームより、歌謡曲が大好きな少年だった。家族の影響で、美空ひばりなど昭和の歌手が心をとりこにした。
中学生のある日、家で小林幸子の曲を流しながら、まねて歌ってみた。"似てるかも"。以来、カラオケ店に通い、他の歌手の声もまねるように。
"動画を撮影し、インターネットに投稿しようか"。そう考えていた20歳の時。知り合いから、「ものまね・アラジン」に誘われた。初舞台に立つと、笑いが起こった。快感だった。
大学の通信教育で学び、回転ずし店でアルバイト。そこに、ものまねが加わった。のめり込む半面、迷いもあった。
5歳で日本舞踊の飛鳥流に入門し、芸を磨いて15年。全国での公演や愛・地球博などで舞踊を披露してきた。「飛鳥綾」として伝統芸能に身を置きつつも、ものまねの世界に足を踏み入れたことが後ろめたかった。
"ものまねが好きやからって、一生やっていけへんよな"
2012年(平成24年)、意を決し、芸術部員でもある3代目家元・飛鳥左近さんに意見を仰いだ。「ええと思うよ」
ただし、「仕事を頂けるなら、感謝をして働くこと」「悩みと苦労を芸の土台にすること」。そして、「題目の染み込んだ声で、思わず涙する歌を歌いなさい」。
この日が、君島遼の本当の出発となる。

ものまね人口は、ある意味全ての人。誰でも、その場でできる。そこで、どう違いを生み出すのか——。同じ曲でも、歌い手のデビューから現在に至るまでの歌い方を研究し尽くした。一瞬の目のやり場、足の運びや指先の動きまで、体にたたき込む。
小林幸子のヒット曲「おもいで酒」など、歌には、ワンフレーズに本人の特徴が凝縮される。その"らしさ"をものにするため、移動中の自転車や車の中、学会活動の帰り道はよく歌った。
13年は、飛躍の年となる。小林幸子さんと共演を果たし、テレビ番組でも活躍できた。
芸に生きる上で目標を決めた。それが、年に一度の伝統ある番組「ものまね王座決定戦」。だが、同年の初参戦は1回戦敗退、翌年は準決勝敗退、15年は出場さえかなわなかった。
この間、苦悩の連続だった。方向性の模索、人間関係の行き詰まり、自身の慢心に気付いて姿勢を恥じたことも。ある時、思い至った。
"心の片隅で、ものまねを軽んじていたんじゃないか"
この芸は単なる、まね事ではなく、「真剣になればなるほど、一人の人に成り代わる醍醐味がある」。
悩むたび、池田先生の指導を学び、努力を重ねた。昨年夏、本紙に連載中の小説『新・人間革命』第30巻下〈誓願〉の章に、こうあった。
「もし、こんな悩みがなければ——と現実を離れ、夢を見ているだけの生き方は、敗北です。どうすれば、今の課題を乗り越え、価値と勝利に変えていけるか——常に、その前向きな努力をなす人が『勝つ人』なんです。自分の一念が、そのまま人生となる——この真理を、見事なる勝利の劇で証明する『名優』であっていただきたい」 
昨年秋の「ものまね王座決定戦」。頂点だけを見つめ、まず祈りから出発した。舞踊と同じく、常に立ち返るのは「心を磨き、人格で表現すること」。
迎えた本番。1回戦、準決勝を突破できた。7人で得点を競う決勝では、最後の最後に舞台に上がる。結果、並み居る強豪を抜き去り、王座をつかんだ。
一つの目標をかなえ、次への挑戦は始まっている。極限まで本物に迫り、「似ている」という言葉で終わらせたくない。届けたいのは、本物に負けない"感動"だ。

◇謹賀新年
「創価勝利の年」は、誰もやったことのないものまねを開拓します。今までも、自分の声と近い人ではなく、声質が違う方に挑戦してきました。まず、"絶対無理やろな"っていう思いを越えるんです。
いつも二人の自分が心にいます。"これでええやろ"って満足する僕と、"いや、まだまだ全然やで"っていう僕。まず自分が感動すること。それには、稽古は当然として、第一に題目。同志と励まし合う中で生まれるネタほど強いものはない。この確信で、絶対に結果を出します!

きみしま・りょう
本名 柳元綾。1991年(平成3年)生まれ、入会。大阪府枚方市在住。日本舞踊飛鳥流の名取を取得した後、ものまねの世界へ。往年の演歌歌手を中心に、レパートリーは30人も。「ものまね界の超新星」と評されている。男子部副部長、芸術部員。

2019年1月5日土曜日

2019.01.05 わが友に贈る

「決意即行動」の
スピードが大事だ。
目標の達成に向けて
きょう何をすべきか。
常に明確にして進もう!

内房女房御返事 P1422
『譬へば木の根を動さんに枝葉静なるべからず大海の波あらからんに船おだやかなるべきや』

【通解】
たとえば木の根を動かそうとすれば枝葉も静かでありえないでしょうし、大海の波が荒れているのに船が穏やかでありえるでしょうか。

〈寸鉄〉 2019年1月5日
「相変わらずでは空転になる」恩師。清新な息吹で出発を!日々、祈り勝て
幸福とは、平和そのものだ—哲人。自他共の幸を開く。ここに仏法の真髄
年頭から対話拡大に走る青年部の友。君の勝利が創価の勝利。負けるな!
流感の流行は今から。手洗い・嗽を励行。健康こそ第一。対策はぬかりなく
格差是正に奮闘してきた公明党の施策に期待—識者。庶民守る政治を頼む

☆新年勤行会拝読御書
諫暁八幡抄 (御書588ページ、編年体御書1343ページ)
『天竺国をば月氏国と申すは仏の出現し給うべき名なり、扶桑国をば日本国と申すあに聖人出で給わざらむ、月は西より東に向へり月氏の仏法の東へ流るべき相なり、日は東より出づ日本の仏法の月氏へかへるべき瑞相なり、月は光あきらかならず在世は但八年なり、日は光明・月に勝れり五五百歳の長き闇を照すべき瑞相なり、仏は法華経謗法の者を治し給はず在世には無きゆへに、末法には一乗の強敵充満すべし不軽菩薩の利益此れなり、各各我が弟子等はげませ給へはげませ給へ』

◇拝読の手引き
本抄は弘安3年(1280年)12月、日蓮大聖人が身延で著されました。拝読御文とした本抄末尾の内容から、弟子一同に与えられた御抄と考えられます。
御文では、月と太陽の動きに寄せて、過去の「仏法東漸」と、未来の「仏法西還」を譬えられています。すなわち、釈尊の仏法は、インドから東の日本に伝来しましたが、末法には、日本国から昇った「太陽」の日蓮仏法が西へ還り、世界を妙法の光で照らします。ここで大聖人は、世界広布の大確信を述べられているのです。
また、釈尊の仏法が人々を照らしたのは、法華経が説かれたわずかな期間でした。ゆえに月の光に譬えられます。それに対して、大聖人の仏法は、末法の「長き闇」を未来永遠に照らしゆく大法であり、まさしく太陽の仏法です。だからこそ、大聖人は弟子たちに、いかなる大難にも屈せず、この大法を弘め抜いていくよう呼び掛けられています。
この仰せのまま、現実に世界広布を進めてきた仏意仏勅の教団が創価学会です。地涌の連帯は今、地球を希望の陽光で包んでいます。
学会創立90周年へ——創価勝利を開く最重要のこの時、私たちは世界の同志と手を携えながら、太陽の仏法を弘めゆく誇りも高く、喜び勇んで進んでいこうではありませんか。

2019年1月4日金曜日

2019.01.04 わが友に贈る

立正安国の大理想へ
釉薬前進しゆく一年。
広布誓願の信心と
異体同心の団結で
大いなる歴史を築こう!

諸法実相抄 P1360
『いかにも今度信心をいたして法華経の行者にてとをり、日蓮が一門となりとをし給うべし、日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか』

【通解】
このたび、信心をしたからには、法華経の行者として生き抜き、日蓮の一門となり通していきなさい。日蓮と同意であるならば、地涌の菩薩であろうか。

〈寸鉄〉 2019年1月4日
総本部に千客万来。各界指導者から新年状。世界の友と旭日の勢いで出発
己に勝つ者は偉大—文豪まず自分が!その挑戦に「創価勝利の年」の躍進も
新しい発想、新しい陣列が新しい時代を開く力!後継に真心の励まし益々
創価班・牙城会・白蓮Gが年始から奮闘。尊き労苦に感謝。冥の照覧は絶対
適度な食事・睡眠・運動—これ健康の基本。寒さ厳しい今こそ賢明に工夫

☆全国の新年勤行会への池田先生のメッセージ
皆が尊き使命の「地涌の菩薩」
日本一、いな世界一の新年勤行会、誠におめでとうございます。
これほど深き哲理と麗しき連帯、そして、明るい希望に満ちたお正月の集いが、一体、いずこにあるでしょうか。
御本仏・日蓮大聖人は、仰せになられました。
「夫れ人身をうくる事はまれなるなり、已にまれなる人身をうけたり又あひがたきは仏法・是も又あへり、同じ仏法の中にも法華経の題目にあひたてまつる結句題目の行者となれり、まことにまことに過去十万億の諸仏を供養する者なり」(御書902ページ)と。
今、ここに集い合った創価家族は、一人のこらず、計り知れない福運と、計り知れない使命の「地涌の菩薩」であります。
新春に当たり、この誇り高き大歓喜の自覚も新たに、我らの生命に元初の太陽を赫々と昇らせていきたいのであります。
私たちは、この妙法を「広宣流布」して、自分も家族も眷属も、皆で難を乗り越え、永遠の幸福をつかむため、生まれてきました。
私たちは、久遠より誓い願った宿縁の国土で「立正安国」の旗を打ち立て、この地球に平和と繁栄を創り開くため、生まれてきました。
人類が大仏法を求め始めた不思議なる、この時この一年——。
わが人生も、わが地域も、「賢者はよろこび」と不屈の挑戦を!
我らの頼もしき男女青年部を先頭に、いよいよの「勇猛精進」を!
そして、日本中、世界中の宝の友と一緒に、「仏法は勝負なり」と偉大なる実証を未来へ勝ち光らせていこうではありませんか!
大切な大切な皆さん方のますますの「健康長寿」と「無事安穏」、「和楽栄光」と「絶対勝利」を祈りつつ、

師弟して
 勝ちて謳わん
  春の曲

と贈ります。

さあ、共々に「さいわいを万里の外よりあつむ」(同1492ページ)一年を、仲良く楽しく飾りゆこう!

2019年1月3日木曜日

2019.01.03 わが友に贈る

新聞休刊日

日女御前御返事 P1244
『相構え相構えてとわりを我が家へよせたくもなき様に謗法の者をせかせ給うべし、悪知識を捨てて善友に親近せよとは是なり』

【通解】
よくよく心を引きしめて、遊女を我が家へ寄せつけたくないと思うのと同じように、謗法の者を防がなくてはならない。「悪知識を捨てて善友に親近しなさい」というのは、このことである。

☆新春特別企画 小説「新・人間革命」完結に寄せて ここから山本伸一は躍り出た
◇1949年1月3日 戸田先生の会社・日本正学館に池田先生が初出勤して70周年
◇冒険少年・少年日本の編集長 「少年に偉大なる夢を」

70年前の正月、1949年(昭和24年)1月3日に池田先生は、東京・西神田の日本正学館に初出勤した。師弟の運命的な出会いから1年4カ月余。戸田城聖先生は、自ら経営する出版社の一員に池田先生を加え、本格的な薫陶を開始する。小説『人間革命』『新・人間革命』の「山本伸一」はこの日、ここから、躍り出ていった。

東京のJR水道橋駅を降り、西口から南へ。千代田区西神田3丁目の五差路を右に曲がると、1台の公衆電話ボックスがある。普段は気に留める人も少ない。
昨年の4月30日、この電話ボックスを、池田先生はカメラに収めた。
今から70年前、そのすぐ奥に小さな建物があった。「日本正学館」。第2代会長・戸田城聖先生が経営する出版社である。
1949年の1月3日の朝。池田青年が扉の鍵を開けた。前日に、21歳になったばかり。
来るのは初めてではない。建物の2階には創価学会本部が置かれ、戸田先生が法華経講義を行った。池田青年も受講生であった。
それに、同じ駅の東口には、夜学生として学んだ東洋商業(現・東洋高校)があり、神田神保町の古書街にもよく足を運んだ。
だが、通い慣れた街の空気も、この日は、新鮮であったに違いない。新春というだけでなく、戸田先生の会社の一員として、初出勤する日だったからである。
入信して1年4カ月余。波乱激流を越え、広宣流布の道を切り開いていく師弟一体の劇は、ここから本格的に始まるのである。

初出勤の一日を、池田先生は鮮明に記憶している。
大森の自宅から弁当を持って午前8時に着くが、ほかに誰も来ていない。
無人で底冷えのする事務所で、黙々と掃除に精を出す。10時を過ぎても一人。"いったい、どうなっているのだ"といぶかしんでいると、訪ねる人がいた。電報の配達人だった。戸田先生宛てのもので、芝白金台町の自宅まで届けた。恩師の家を訪問するのは、それが初めてだった——。
入社後、池田先生が担当したのは、少年誌『冒険少年』の編集の仕事だった。
毎日のように叱られたが、恩師と一緒に働けることが何よりうれしかった。編集の仕事に携わるのは、少年時代からの夢でもあった。企画、原稿・挿絵などの依頼と受け取り、レイアウトから校正まで、一人で何でもやった。
目が回る忙しさの中でも、「日本一の雑誌に」「戸田先生を日本一の社長に」と、気宇壮大だった。
真剣、誠実な仕事ぶりが認められ、5月からは編集長を任されるようになる。
池田編集長が世に出したのは『冒険少年』の49年7、8月号(9月号は休刊)。改題した『少年日本』の10、11、12月号である。
荒廃した終戦後の世相の中で、子どもたちに「偉大なる夢」を贈りたかった。小学校の前まで行き、どんなものが読みたいか尋ねてみたこともある。
日記に書き残した。「少年よ、日本の少年よ。世界の少年達よ。願わくは、常に、一人も洩れなく明朗であれ、勇敢であれ、天使の如くあれ」
『冒険少年』『少年日本』に執筆した作家には、時代小説の山岡荘八、「銭形平次」の野村胡堂、日本SFの父・海野十三、「猿飛佐助」で知られる漫画家の杉浦茂、イラストの巨星・小松崎茂らがいた。
『少年日本』が休刊したため、幻に終わるが、大衆詩人の西條八十、推理小説家の横溝正史も、若き編集長の情熱を買って、執筆を快諾してくれた。
重要なのは、1年に満たない編集者の時代に、小説『人間革命』『新・人間革命』につながる線が見えることだ。『少年日本』10月号に載ったスイスの教育者ペスタロッチの伝記に、筆者「山本伸一郎」とある。依頼原稿が届かず、池田先生自ら、急きょ、書き下ろしたものである。
戸田先生も「なかなかいいじゃないか、山に一本の大樹が、一直線に天に向かって伸びてゆく」と、ペンネームを気に入っていた。
そこから「郎」を取った「山本伸一」が、小説『人間革命』に登場し『新・人間革命』の主人公となる。
絵を掲載した画家たちの一人には、三芳悌吉氏がいた。のちに『人間革命』の挿絵を担当した。
山岡氏が『少年日本』に書いた小説「紅顔三剣士」は未完となるが、その翌年、大長編『徳川家康』を開始。そのころ、氏が強調した言葉が「人間革命」である。同書第1巻のあとがきに「『徳川家康』に仮托して、人間革命の可能の限界を描こうとして気負っている」と書いた。
のちに山岡氏は、小説『高杉晋作』を聖教新聞に連載。完結の翌月、65年1月から始まった連載が、小説『人間革命』だった。

「ドッジ・ライン」によるデフレ不況の直撃を受け、戸田先生の出版事業は行き詰まり、『少年日本』は49年12月号で休刊となった。新しく始めた信用組合も、翌50年8月に業務停止。戸田先生は、創価学会の理事長も辞めざるを得なくなる。利なしと見て、多くの人間が去っていった。
そのただ中、池田先生は命を削って恩師に仕えた。
肺の病に苦しんだ。夜学(大世学院=東京富士大学の前身)も断念。給料も遅配が続く。靴下は全て破れ、自分で繕った。冬に着るコートもない。それでも恩師を信じ、慕い、支え、学会の第2代会長への道を開いていった。
戸田先生の真実、師弟の真髄は、自分でなければ描けない——恩師の膝下で池田先生が育んだ誓いの結晶が、小説『人間革命』『新・人間革命』である。
連載が完結した今も、創価の師弟を永遠ならしめんとする、その情熱が、衰えることはない。

◇小説「新・人間革命」第16巻「入魂」の章
戦後、学会の再建に着手した戸田城聖が、出版事業を再開し、日本正学館の事務所として購入した建物があったのが、今の千代田区の西神田であった。
この三階建ての社屋に学会本部を置き、一九五三年(昭和二十八年)十一月に、信濃町に学会本部が移転するまで、ここが広宣流布の電源地となってきたのである。
また、伸一にとっても千代田区は、青春時代の黄金の思い出を刻んだ天地であった。
戸田が、西神田に事務所を構えたころ、伸一は現在の千代田区三崎町にある、東洋商業の夜学に通い始めている。さらに、信心を始めた彼が、戸田から法華経講義を受けたのも、西神田の学会本部であった。
そして、一九四九年(昭和二十四年)一月に日本正学館に勤務するようになった伸一は、この建物を舞台に、師弟共戦の苦闘と栄光に彩られた、青春の日々を送っていくことになるのである。
特に戸田の事業が苦境に陥った一九四九年秋から一年半ほどの間の、まさに劇のごとき日々は、決して忘れることはできなかった。

2019年1月2日水曜日

2019.01.02 わが友に贈る

新聞休刊日

教行証御書 P1282
『日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず』

【通解】
日蓮の弟子等は、臆病であっては、弟子とは言えない。

☆新春あいさつ

◇会長 原田稔/不屈の建設こそ勝利の力
師弟の凱歌が世界に轟く中、"創価勝利の年"が開幕しました。
「礎は 深く また深く—— 尽未来の 永劫の聖火を 閃然として 点すからには 永遠に崩れない 礎を いまこそ 築こうではないか!」
「破壊は 一瞬 建設は 死闘 惰性は暗 希望は明 後退は死 前進は生」
これは1969年(昭和44年)、池田先生が、元日付の聖教新聞紙上で発表してくださった詩「建設の譜」の一節です。
以来半世紀、先生の不惜身命の建設によって、また世界の共戦の友による希望の前進によって、192カ国・地域に地涌の連帯が輝く時代が到来しました。学会創立90周年、100周年へ、世界宗教としての基盤を、いっそう強固にするべき本年だからこそ、私たちは今一度「破壊は一瞬 建設は死闘」——この峻厳な因果律を心に刻んでまいりたい。
御書には「ここさながら宝塔の住処なり」(1304ページ)と。先生が「万人の平和のための 断乎たる建設だ 一人が 一人の宝塔をひらき そのまた一人が—— もう一人の 宝塔を建てねばならぬ」(「建設の譜」)とつづってくださった通り、わが使命の場所で自らの胸中に、さらには友の心の中に、生命の宝塔を打ち立てゆく一対一の語らいこそ、三世に崩れぬ広布の基盤の建設にほかなりません。その建設にきょうも、あすも、忍耐強く、朗らかに、励まし合いながら取り組んでいく先に、必ずや全同志の「創価勝利」があると確信いたします。
さあ、この一年も、一人一人が人間革命のドラマをつづり、堂々たる勝利の金字塔を建設しようではありませんか。

◇婦人部長 永石貴美子/地域・社会の希望の太陽に
"創価勝利の年"、明けましておめでとうございます。
本年は「婦人部 実践の五指針」発表から10周年を迎えます。指針には「絶対勝利の婦人部」との池田先生のお心が込められています。私たち婦人部は、この師の心に応えゆこうと、一つ一つの課題を懸命に祈り勝ち越えながら、平和の世紀の構築へ歩みを運んできました。そして本年は、創立90周年を目前に、立正安国の大闘争に挑む重要な年となります。
先生は、小説『新・人間革命』最終章「誓願」の章に、「恒久平和は、人類の悲願にして、未だ果たし得ていない至難のテーマである。なればこそ、創価学会が出現したのだ! なればこそ、人間革命を可能にする仏法があるのだ! 対話をもって、友情と信義の民衆の大連帯を築くのだ!」と世界平和実現への強い決意をつづられました。
小説が完結を迎え、いよいよ、ここからが師匠と共につづる新たな共戦譜のスタートです。また、平和を目指し、広布拡大に大きく動くからこそ、大きく福運を積むことのできる千載一遇の時でもあります。
歴史的なこの時を、師弟の魂が刻まれた小説『新・人間革命』を日々ひもときながら、師匠の心を学び、実践する「私の人間革命運動」に全力で挑戦していきたいと思います。
そして、皆を照らす太陽の婦人部として、平和と幸福の礎である和楽の家庭を築き、地域・社会に貢献する中で、広布と人生の勝利を決然と開いていこうではありませんか。 
先生・奥さまと共に! 創立90周年の勝利へ、創価の女性のスクラム固く前進を開始していきましょう!

◇青年部長 竹岡光城/世界を照らす後継の連帯
本年は、池田先生が青年部の室長に就任してから65周年の佳節を刻みます。
池田室長は広布推進の企画・立案を行うとともに、それを具現化する行動を決然と起こし、恩師・戸田城聖先生の願業である75万世帯達成への突破口を開いていきました。
広布の全責任を担い立ち、現実に勝利の金字塔を打ち立てた池田室長の闘争を魂とし、それぞれの使命の天地で青年部が"創価勝利"のうねりを起こしていきたい。
そのためにも本年は、どこまでも一人一人が自身の人間革命にこだわっていきたい。一人の青年の成長と勝利が、地域の発展を促し、広布の未来を決していくからです。
昨年は日本各地で、各国の青年部と日本の青年部が交流を結んできました。2月にはアメリカの201人、5月にはインドの130人、8月には韓国の200人、11・12月には欧州21カ国の120人がそれぞれ来日。世界広布を誓う同志の絆を強め合いました。
訪日したメンバーは、師弟の誓願を掲げ、爆発的な弘教拡大を成し遂げ、社会にあっても勝利の実証を示してきた後継の精鋭たちでした。この一人一人の勝利の姿の根底には、池田先生の人間革命の思想が輝いていました。
人間革命の光が世界を照らす時代に入った今、この光をさらに輝かせていくのが、池田門下の青年部の使命にほかなりません。
「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」——この池田先生の人間革命の哲学を体現する、勝利の旗を厳然と打ち立ててまいりましょう!

☆2019年 主な学会史

1月3日 池田先生 日本正学館初出勤70周年
1月20日付 聖教新聞 創刊2万号
1月27日 聖教新聞 通信員制度発足65周年

3月30日 池田先生 青年部の室長就任65周年

4月1日 池田先生 海外初の大学講演45周年

5月6日 音楽隊結成65周年
5月30日 池田先生 中国初訪問45周年
5月 池田先生 オセアニア初訪問55周年

6月7日 高等部結成55周年

7月 「大白蓮華」創刊70周年

8月 池田先生 長野研修道場初訪問40周年

9月8日 池田先生 ロシア(旧ソ連)初訪問45周年
9月 婦人部「白ゆり長」誕生15周年

11月18日 牧口先生 殉教75年

12月2日 小説「人間革命」執筆開始55周年
12月5日 周恩来総理との会見45周年