2019年11月3日日曜日

2019.11.03 わが友に贈る

「時」を逃すな!
「いつか」ではなく
「今」立ち上がる。
決意即行動の人が
勝利の扉を開く!

持妙法華問答抄 P464
『受けがたき人身をうけ値いがたき仏法にあひて争か虚くて候べきぞ、同じく信を取るならば又大小権実のある中に諸仏出生の本意衆生成仏の直道の一乗をこそ信ずべけれ』

【通解】
受けがたい人間として生をうけ、あいがたい仏法にあいながら、どうしてむなしくしていられましょうか。同じように信心をとるならば、大乗教、小乗教、権教、実教とあるなかで、諸仏が世に出現した目的の、あらゆる人びとを即身成仏させていける一乗の法です。

〈寸鉄〉 2019年11月3日
『新・人間革命』は会長の心学ぶ教科書—識者。ここに師弟の道。研鑽益々
創価文化の日。音楽隊・鼓笛隊が各地で希望の行進。妙音菩薩に皆が喝采
「人を幸福にするのはやはり最も確かな幸福だ」哲人。我らの折伏行こそ
悲観的な口癖は行動に表れると。人生は心一つ。今日も溌剌と挑戦の一歩
児童虐待防止推進月間。地域の絆固く、励まし強く。親子を孤立させずに

☆ワールドトゥデイ 世界の今 イタリアの「永遠の都」を訪ねて 2019年10月25日
◇ローマの道はつねに楽しく!
今月は池田先生の欧州初訪問の月(1961年)。各国に蒔かれた妙法の種は今、「ワン・ヨーロッパ」という理想の花となって全土に咲き薫っている。中でもイタリアは、欧州をリードする発展を遂げ、2016年に政府との間でインテーサ(宗教協約)が発効。社会から深い信頼が寄せられている。明年は同国に支部が結成されて50周年の佳節。その源流の地・首都ローマで活動する友を取材した。(記事=西賢一、写真=中谷伸幸)

名画のような景観が果てしなく広がる。数千年の時を経た今も、不朽の輝きを放ち続ける姿は、まさに「永遠の都」そのものだ。
文豪ゲーテは、若き日からの憧れだったローマにたどり着いた感動を、こう記した。「ぼくはついにこの世界の首都に到達した」「わが青春の夢という夢がいま生き生きと眼の前に見えるのだ」
古来、幾多の歴史が生まれ、多様な文化を育んできたローマ。同国の広布の潮流も、ここから始まった。
1961年10月19日、池田先生はイタリアを初訪問。ローマに第一歩をしるした。当時、出迎えた会員は、仕事で赴任していた壮年と、その夫人だけである。
この日を起点として、再び先生が訪れた63年には、同国初の地区がローマに結成。以来、会員数は水かさを増していき、7年後にはイタリア支部が発足した。
当初は日本人が中心だったが、徐々にイタリア人のメンバーが各地に誕生。拡大の原動力になったのは、人間主義の仏法哲学への共感と、信仰の確信が語られる座談会だった。
座談会は折伏の場として、60年代から毎月開催されるように。地道な励まし運動に取り組みながら、皆で朗らかに集い合う良き伝統になっている。
対話と座談会を軸に、同国には現在、10万に迫るスクラムが堂々と築かれている。

◇明るい集いに歓喜は湧く
ローマといえば、有名な古代遺跡や文化遺産が頭に浮かぶが、それらが残る旧市街は、直径5キロほどの円の中に収まる大きさに過ぎない。市域面積はイタリアの都市で最も広く、東京23区の2倍以上ある。
市内の会員数は約1万2000人。その中で特に弘教と人材の拡大が進むのが、主にエウルと呼ばれる地区を活動の舞台とするウニヴェルソ(宇宙)支部だ。
エウルは旧市街から車で約30分の所にある新都心。官公庁や文化機関のほか、オフィスや集合住宅が立ち並ぶ。いわゆる"ローマ"とは全く趣の異なる町だ。
このエウルを中心としたエリアは昨年、ウニヴェルソ支部を含む2支部から3支部へと発展。だが、支部長のブルーノ・ゾーヤさんが転居してきた10年前には、少人数のグループが一つあるだけだった。
支部は現在、2地区8グループの体制に。座談会の参加者数は80人に上る。さらに今年に入り、6人の新会員が誕生。「そのうち5人は壮年部の紹介です!」とゾーヤさん。少し慌てて、「もちろん、婦人部の皆さんの応援のおかげですよ」と言葉を継ぐと、隣にいたルイージャ・パンドルフォさん(支部婦人部長)はニッコリ。仲良き組織で見られる、麗しい光景だ。
"躍進の秘訣"を問うと、パンドルフォ婦人部長は「題目です」と一言。支部ではリーダーが心を合わせて祈り、一人一人の状況に応じた激励に力を注ぐ。それにより、仕事等で多忙なメンバーとも、よく連携が取れるようになり、一段と団結が深まった。
功徳の体験も続々と。ゾーヤ支部長はコントラバス奏者として活躍する傍ら、支部内にある中学校の音楽教員となり、広布の会場となる自宅も購入できた。
男子部部長のティツィアーノ・ガッロさんは入会4年。唱題根本に、勤務するアパレル会社で模範の営業成績を収めた。忙しい日々を支えるのは、小説『新・人間革命』に描かれた山本伸一の雄姿だという。
「小説を読むと、池田先生がそばで見守ってくださっているように感じ、負けじ魂が燃え上がります」
祈り励まし、『新・人間革命』を通して心で師と対話する——ここに、世界広布の勝利の方程式がある。

イタリアの座談会は原則、友人を招き、機関誌からヒントを得たテーマに沿って懇談的に行われる。
今月3日には、同支部のヴィルトゥ・ウニヴェルサーレ(普賢)グループの友が集い合った。会場は閑静な住宅街の一角。開会30分前から自由唱題が始まり、辺りが暗くなった午後8時、座談会はスタートした。
テーマは「信心について」。日常生活の中で、どのように信心を生かし、苦難を乗り越えてきたか——信仰歴の長短を問わず、それぞれが実感を込めて語っていく。
ある男子部員は学会活動を通し、何事も決めて祈って動く大切さを学んだという。「今年立てた"ワインソムリエになる"という目標に近づくことができました。祈ると挑戦する勇気が出るんです」と笑顔で。
家族の問題を抱える女子部員は、信心して困難と向き合えるようになった。「正直、悩みは尽きません。でも、悩みは自分を成長させてくれる——そう感謝できるようになったと思います」と感慨深げに話した。
会場には新来者の姿も。感想を聞かれると、瞳を輝かせて言った。「実は今、大きな壁に直面していますが、皆さんの体験が心に光をともしてくれました」
ふと気が付くと、もう終了時刻。ピタリと話し声は止み、司会が御礼を述べる。閉会後も名残を惜しむように語らいが続く。やがて両頬を交互に合わせるあいさつを交わし、参加者は充実の表情で帰路に就いた。
形式ばった堅苦しさなどはない。苦楽を分かち、何でも語り合える家族の集い。その伝統が息づいているからこそ、イタリアは発展を遂げているのだろう。
「ローマの道は つねに楽しく」とは、かつて池田先生がイタリアの友に贈った言葉である。楽しい所に人は集まり、明るい所に歓喜は湧く——。永遠の都・ローマには、その理想の道が大きく広がっている。

2019年11月2日土曜日

2019.11.02 わが友に贈る

「善き人」こそ
人生の最高の財産だ。
縁する全ての人々と
開かれた心で語り合い
強気絆を結びゆこう!

松野殿後家尼御前御返事 P1393
『釈迦仏の御身に入らせ給い候か』

【通解】
釈迦仏が、あなたの御身に入られたのでしょうか。

〈寸鉄〉 2019年11月2日
人を育てよ!それが未来に繋がる勝利の道—恩師励ましの慈光を幾重にも
創価班の日。師弟の大城を護る後継の丈夫。陰の奮闘に「冥の照覧」は必ず
「妙と申す事は開と云う事なり」御書。誓願の題目で進めば破れぬ壁はなし
書く力が子供の考える力育む—教育者。手紙など綴る習慣を。大人も挑戦
マダニ感染症が最多に。草むら等の作業は肌露出控え目に。しっかり対策

☆男子部大学校生大会への池田先生のメッセージ 2019年10月23日
男子部大学校生大会が、9、10月を中心に、列島各地で盛大に開かれている。大学校2期生は現在、記念期間「ブレイク・リミット(限界突破)11・18」をばく進中だ(11月18日まで)。自他共の幸福のため、一人でも多くの友と仏縁を結び、限界突破の拡大に挑んでいる。ここでは、池田先生が同大会に贈ったメッセージを紹介する。

さあ、また前進だ! 世界第一の青春の道を
わが男子部大学校の栄光輝く2期生の諸君、誠にご苦労さまです。
大事な宝の大学校生の君たちが、勇んで広宣流布に挑戦し、自身を磨き、大きく成長しゆく人間革命の姿ほど、頼もしく、うれしいものはありません。
地域の創価家族の皆さんも、どれほど喜んでいることか。また、世界の同志も、どれほど見つめていることか。
君たちは一人一人が、創価学会の希望であり、日本の希望、人類の希望の、かけがえのない存在なのです。
日蓮大聖人は、若き南条時光に仰せになられました。「法妙なるが故に人貴し・人貴きが故に所尊し」(御書1578ページ)と。
家族との死別や自身の病気などの試練の連続のなかで、雄々しく闘う時光を励まされての御聖訓です。
仏法は、世界第一の生命尊厳の大法則です。ゆえに、この仏法を学び行ずる君たちは、今いかなる境遇にあろうとも、まぎれもなく世界第一の尊貴な青年なのであります。
そして、最高の哲理によって、わが生命を最高に輝かせることで、自分が今いる家庭も職場も地域社会も明るく照らし、光らせていけるのです。ここに、世界第一の青春の道があります。
この仏法を友に語り、幸福を祈ることは、その人を最高に尊く輝かせていくことです。
どうか、愛する諸君は、断じて勇敢に、自信満々と、胸を張って、正しき青春勝利の仏法を語り抜いてもらいたい。一人また一人、この究極の幸福と正義と平和の大連帯へ糾合していってもらいたい。
何があろうと、断固と負けず、題目を唱えきって、「さあ、これからだ」「さあ、また前進だ」と、粘り強く走り抜いた青春が、最後は必ず勝ちます。あとから振り返れば、全ての労苦が、自分の黄金の歴史となります。
生涯の同志たる大学校の仲間と共々に励まし合い、一人ももれなく、仕事でも広宣流布の闘争でも、自分らしく大勝利してくれたまえ! 絶対に無事故、健康第一で、聡明に親孝行を頼みます。

☆開学20周年へ 未来を開くアメリカ創価大学 第4回 ネパールの人材山脈
◇「志」の高さが人を偉大にする
アメリカ創価大学(SUA)では400人の学生が学んでおり、その4割がアメリカ国外からの留学生である。最も多いのは「日本」。では、次に多い国は——。
本年5月に開かれた「寄付者の集い」でハブキ学長が出した"クイズ"である。
答えは……「ネパール」。
多くの参加者が、意外な解答に驚きの表情を見せた。
SUAには現在、14人のネパール人留学生がいる。教職員いわく、彼らはとても意欲的で、向学心に満ちあふれているとのこと。昨年度の卒業式で、最優秀の学生に贈られる「創立者賞」に輝いたのも、ネパール人の学生であった。
北海道の1・8倍の国土に、100以上の民族からなる約3000万の人々が暮らすネパール。全人口の実に半数以上が、24歳以下の若年層である。
大自然に抱かれたこの"青年の国"から、なぜ、多くの学生がSUAに進学してくるのだろうか——。
◇ 
「そもそもネパールの若者は、留学への意識が高いんです。より良い教育環境を求め、国外に目を向けています。アメリカで学ぶ留学生の出身国を見ると、ネパールは11番目に多い国なんです」
米国留学を支援する「Education USA」のネパール事務所で働く、セレナ・マラさんが教えてくれた。アメリカで学ぶ2017年度のネパール人学生は1万3000人となっており、16年度と比べて14%も増加しているという(17年度の日本人数は1万9000人)。
マラさん自身もネパールで生まれ育ち、留学で視野を広げた。祖国の"後輩"のために役に立とうと今の仕事に就き、日々、200人もの留学志願者をサポート。「南・中央アジアの国々の中では、ネパール事務所が最も忙しいですよ」
同事務所では、2011年から、経済的に厳しい地域や家庭で育った学生の支援プログラムがスタートした。毎年、全国から数百人の応募があり、厳正な審査で十数人が選出される。現在、SUAで学ぶネパール人学生の大半が、このプログラム出身の俊英たちである。マラさんは語る。「彼らの多くは、SUAの『理念』と『カリキュラム』、そして充実した『奨学金制度』に魅力を感じているようです。先輩たちの勧めもあり、ここ数年でSUAの人気が高まっています」

二つの学校を設立
13期生のプラカッシュ・ビスタさんは「Education USA」の支援を受け、SUAに進学した最初の学生。今から6年前のことである。
彼は入学前に、自身が生まれ育ったネパール西部のカリコット郡の村に学校を設立していた。辺地にある村は、水道や電線も十分に整備されていない。さらに、約10年続いたネパール内戦で、家や学校が破壊されていた。ビスタさんは、一人また一人と村民のもとを訪ねて教育の必要性を訴え、資金を集めた。そして土地を耕し、廃虚を校舎に変え、無償で授業を行えるシステムを築いたのである。
そんな彼が、さらなる学識を得ようと、数千に及ぶアメリカの教育機関から選んだのがSUAだった。
「SUAが掲げる『平和』『人権』『生命の尊厳』といった理念を目にした時、ここで学びたいと思ったんです」
SUAに在学中も、出身地の隣村に二つ目の学校を設立。卒業後は、イギリスの大学院で社会起業の分野の修士号を取得した。昨年から母国に戻り、自身の学校の責任者として、経営基盤を固め、カリキュラムの充実に努めている。
「SUAで学び、教育観が大きく変わりました」と語るビスタさん。創立者・池田先生の「大学は大学に行けなかった人のためにある」との言葉を胸に、現在、自身の学校で「価値創造」をテーマにした授業を実施中。知識や技術を、いかに人のため、社会のために活用し、還元していくか——その"目的観"を深め、人間性を磨くことに力点を置いているという。
取材中、ビスタさんが「今度、SUAの卒業生が来校してくれるので、楽しみです」と声を弾ませた。12期生のキンバリー・モロネックスさんが、近日、教育研究の一環でビスタさんの学校に滞在するとのこと。
早速、モロネックスさんにも話を聞いた。彼女は現在、自身の地元サンディエゴで教員を務める傍ら、シカゴにあるデポール大学のオンラインの修士課程「世界市民育成のための価値創造教育」を受講している。〈編集部注=同大学には「池田大作教育研究所」があり、複数のSUA出身者たちが研究員・学生として在籍している〉
彼女は決意する。「ネパール訪問では、貧困と教育の関係性について研究します。そしてプラカッシュさんと一緒に、創価の教育哲学を、どう現場で実践していけるかを模索していきたいです」
ネパールの村々の一角で、創価教育の同窓生たちの連帯がいよいよ光り始める。

"真の豊かさ"とは
霧がかかる山々と、夕餉の煙が上がる小さな集落。あかね色の空のかなたに、白い秀峰が浮かぶようにそびえ立つ——。
SUAの「池田図書館」には、大きな「ヒマラヤ」の写真が掲げられている。
1995年11月、ネパールを初訪問した創立者が撮影したもので、4期生の入学の折に贈呈された。この写真に託した思いを、創立者はこう語っている。
「ヒマラヤは、激しき烈風に吹かれながら、天を目指して厳然と、そびえ立っております。この堂々たる"山の王者"の如く、皆さんも、最高峰の人生を生き抜いていただきたい。アメリカ創価大学は、その最高峰の知性と人格と信念を鍛え上げゆく、人間教育の殿堂であります」
◇ 
ネパールからの留学生たちは、この写真を仰ぐたびに向学心を湧き立たせているという。
「自然の純粋さ、気高さを感じる写真です。どんな嵐にも動じない、このヒマラヤのような堂々とした人間に、私もなりたいです」
チトワン郡の貧しい村で生まれ育ったスビナ・タパリヤさん(2年)。幼い頃、父親が友人とつくった学校に通い、雨漏りがする簡素な教室で懸命に学んだ。全国模試で成績上位者に選ばれた時、村中の人々が祝福してくれた。
彼女には、"教育のおかげで今の自分がある。村の希望の存在になれた"という誇りがある。「この恩を返すにはどうしたら良いか。そう考える中で、『貢献的人生』というSUAの指針に心が引かれました」
現在、「核兵器廃絶」などをテーマに勉強会やシンポジウムを開く学生団体「平和の文化」で、中心者の一人を務めている。「村にいた時は、世界が直面する核兵器問題の深刻さを知ることはありませんでした。もっと視野を広げていきます」
一方、さまざまな社会人経験を経て、「学び直したい」とSUAにやって来た学生もいる。
ビカッシュ・グプタさん(4年)は、かつてネパールの政府機関で働き、経済苦を抱える女性の支援に携わっていた。
「将来は、貧困解決や経済発展の分野で活躍したい。夢をかなえるために、SUAの『国際研究』専攻を選びました」
2年前には、社会起業の精神や政策分析などを学び合うSUAの学生団体を創設した。現在、各国出身の学友と活動に励んでおり、近日、初の学生ジャーナルも発刊する予定だという。
「"より良い世界を築こう"と私たち青年を触発してくださる創立者に、心から感謝しています。将来は、ネパール社会を担い立つ人になります」
◇ 
95年のネパール初訪問の折、創立者は行く先々で強調した。
「一国の豊かさは、人々の『心』の光で決まる。これが、私の変わらざる信念であります」と。
何のために学ぶのか——その「志」の高さこそ創価教育の魂であり、国の発展を目指すネパールの留学生たちが、心の奥底で追い求めているものにほかならない。
彼らの「理想」が創価教育を通して「形」となり、ネパール社会、ひいては国際社会を照らす日は遠くないだろう。
SUAで育まれるネパールの"人材山脈"に、各界の関心が集まりつつある。

2019年11月1日金曜日

2019.11.01 わが友に贈る

誰からも学ぼうとする
「謙虚な人」には
無限の向上がある。
自分らしく 悠々と
使命の花を咲かせよう!

法華証明抄 P1586
『地にたうれたる人はかへりて地よりをく、法華経謗法の人は三悪並びに人天の地にはたうれ候へどもかへりて法華経の御手にかかりて仏になるとことわられて候』

【通解】
地に倒れた人は、かえって地によって立ち上がるのである。法華経謗法の人は三悪並びに人天の地には倒れるけれども、かえって法華経の御手にかかって仏になると説かれているのである。

〈寸鉄〉 2019年11月1日
創立の月開幕。朗らかに勇敢に自身の目標完遂!90周年の大勝利へ共々に
人間革命とは生き方が根本的に変化する事—恩師誓いに生きる勇者は最強
東京・八王子の日。人材が林立する世界広布の電源地。さあ模範の拡大頼む
社会が多様化し"共感力"が一段と重要に—識者。若師子よ対話の中で磨け
台風の被災各地で公明が奮闘。現場の声聞き更に全力で復旧・復興支援を

☆大白蓮華巻頭言2018年11月号 大歓喜の青春は創価にあり
我らには、紅燃ゆる「求道」の青春がある。
若き釈尊は、「生老病死」という本源的な苦悩の打開のために偉大な探求の道を歩み始めた。この仏法の出発の大情熱を、誇りも高く創価の青年は継承しているのだ。
我らには、大歓喜の「発見」の青春がある。
法華経に「衣裏珠の譬え」が説かれる。友の貧窮を見かねた親友が、寝ている間に衣の裏に最高の宝珠を縫い付けてくれた。それに気づかぬまま、友は流浪を続ける。再会した親友は宝珠のことを教え、友は大歓喜した、と。
日蓮大聖人は、この譬喩の深義を「始めて我心本来の仏なりと知るを即ち大歓喜と名く所謂南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり」788ページ)と仰せになられた。
ここにこそ、何ものにも勝る喜びの「発見」がある。
どの青年も、自分自身の中に仏の生命という無上の宝珠を秘めている。「この宝珠に目覚め給え!共に磨き、限りなく輝かせようではないか!」と、たゆまず呼び掛け続けてきたのが、創価学会青年部なのである。
我らには、従藍而青の「挑戦」の青春がある。
御聖訓には、「法華経はあいのごとし修行のふかきは・いよいよあをきがごとし」(1505ページ)と示されている。
従藍而青(藍よりして而も青し)とは、勇気の挑戦に他ならない。常に限界を突破して、人生と社会に新たな価値を創造しゆく勇敢な挑戦だ。忙しく苦労も多いが、計り知れない充実と向上の「人間革命」の劇が広がる。
我らには、世界を変える「連帯」の青春がある。
恩師に19歳でお会いして走り抜いてきた山本伸一の 広宣流布の「誓願」は、創価班や牙城会、男子部大学校、白蓮グループはじめ、世界中で地涌の菩薩の宝友が受け継いでくれている。この連帯こそ、21世紀の希望なのだ。
人類史のいかなる青年も仰ぎ見つめる、幸福と栄光の青春を、いよいよ旭日の勢いで勝ち飾ってくれ給え!

青春の
 人間革命
  光あれ
 試練も使命に
  朗らか王と

☆11月の広布史
◎11・3「創価文化の日」
人間文化の創造を目指し、学会では「文化の日」の11月3日を「創価文化の日」と定めている。

◎11・5「男子部の日」
1961年(昭和36年)11月5日、東京・国立競技場で第10回男子部総会を開催。54年(同29年)に第2代会長・戸田城聖先生が「国士訓」で青年部に呼び掛けた"精鋭10万人"の結集を実現させた。54年の男子部員数は、およそ1万人。当時、青年部の室長だった池田大作先生の指揮のもと、怒濤の拡大を開始。同総会までに35万人の陣容となった。
※参考資料=小説『新・人間革命』第5巻「勝利」

◎11・12「女子部の日」
1961年(昭和36年)11月12日、横浜・三ツ沢の競技場に、各地から8万5000人が集い、第9回女子部総会を開催。51年(同26年)、74人の参加者だった結成式から、わずか10年で飛躍的な発展を遂げた。
※参考資料=『新・人間革命』第5巻「勝利」

◎11・15「地域部の日」
1987年(昭和62年)11月15日に行われた、第1回総会を記念し制定された。

◎11・18「創価学会創立記念日」
1930年(昭和5年)11月18日、初代会長の牧口常三郎先生は、戸田先生と共に『創価教育学体系』第1巻を発刊。発刊日の11月18日が、後に創価学会の創立記念日となった。また、2013年(平成25年)の同日、池田先生の発願・命名により、「広宣流布大誓堂」を東京・信濃町に建立した。
※参考資料=『新・人間革命』第3巻「平和の光」、第7巻「文化の華」、第12巻「栄光」、第27巻「正義」

☆11月のオススメVOD
広布史
●「11・18」創立記念日 学会は永遠に師弟で勝つ

【広布史】「在在諸仏土 常与師倶生」——法華経には、いつの時代も、常に師と共に生まれ、仏法を行ずると説かれている。初代会長・牧口先生には第2代の戸田先生がいた。戸田先生には第3代の池田先生がいた。そして今、全世界に地涌の同志が。創価三代の師弟に貫かれた「11・18」。その深き意義に迫る(番組コード=CA07、20分)。

「男子部の日」「女子部の日」
●労苦は人生の基盤に

【池田先生のスピーチ】1995年6月の本部幹部会を収録したもの。『三国志』の諸葛孔明は、若き時代の苦難の日々を糧に、知識を知恵へと磨き、自らを常勝将軍へと鍛え上げていった。その歴史を通し、「苦労」こそが人生の最高の宝であり、「人の苦しみのわかる人」が広布のリーダーの条件であると青年部の友に語る(AG07、11分)。

●妙法のジャンヌ・ダルクたれ

【池田先生のスピーチ】2002年3月に行われた本部幹部会でのスピーチ。祖国の危機に一人立ち、勝利をもたらしたジャンヌ・ダルクの史実を紹介し、使命に舞いゆく女子部が正義の前進を加速させると強調。婦人部と女子部が力を合わせ、幸福勝利の歴史をと念願する(AG06、8分)。

友好対話へ
●笑顔記念日 「歓喜の劇」を演じた"大女優"

【よくわかる創価学会】北海道・十勝に住む家族の信仰体験。2010年、次女が10万人に数人という脳の病で倒れてしまう。絶望の中、一家を支えたのは、「変えられぬ宿命など断じてない」との師の励ましだった。"必ず師に勝利の報告を"と書き続けた闘病日記。そこには、一家の変毒為薬の歓喜の劇がつづられている(DA09、15分)。

●人生は、これからだ! 信仰に出あった壮年のドラマ

【よくわかる創価学会】40代・50代からの生き方が、改めて問われている今、まさに人生の折り返し地点で仏法と出あい、困難を乗り越えた2人——妻の病気と自身のリストラに立ち向かった壮年と、自身の変革によって職場での行き詰まりを打開した壮年の信仰体験を描く(DA07、15分)。

新展示
●ルネ・ユイグのまなざし 「フランス絵画の精華」展

【活動サポート】東京富士美術館で開催されている海外文化交流特別展「フランス絵画の精華」の魅力を伝える。池田先生と同美術館の名誉館長を務めたルネ・ユイグ氏の交流の足跡とともに、同展最大の見どころであるヴァトーの作品をはじめ、展示の一部も紹介する(JA09、5分)。

2019年10月31日木曜日

2019.10.31 わが友に贈る

会合は時間を厳守し
回数や内容も価値的に。
メリハリのある
集合離散のリズムから
一切の勝利は生まれる。

四条金吾殿御返事 P1143
『一切衆生南無妙法蓮華経と唱うるより外の遊楽なきなり経に云く「衆生所遊楽」云云』

【通解】
一切衆生にとって南無妙法蓮華経と唱える以外の遊楽はない。法華経如来受量品第十六に「衆生の遊楽する所なり」とある。

〈寸鉄〉 2019年10月31日
「我が末弟等を軽ずる事勿れ」御書。全員が地涌の菩薩。不可能の壁なし!
何のための信心か。宿業を打ち破るための信心だ—恩師。信強く、祈り深く
声は何にも増して人間の姿を表す—哲人。清々しい挨拶を。職場で地域で
プラごみによる海洋汚染—9割が関心あり。この心で足元から改善の一歩
自転車事故死、頭部負傷が6割。ヘルメット着用等、対策を。要は安全運転

☆心に御書を 第7回 同志を励ます福徳は絶大
『南無妙法蓮華経と受け持たん人を守らん功徳いくら程とも計りがたく・めでたき功徳なり神妙なり』(法華初心成仏抄、556ページ)

◇通解
(あなた方が)南無妙法蓮華経と受け持つ人を守る功徳は、どれほどとも量りがたく、素晴らしい功徳である。立派なことである。

◇池田先生が贈る指針
妙法を受持する人を守る功徳は絶大である。
同志のことを"我が事"として祈り、悩める友の元へ電光石火で駆け付ける。どこまでも寄り添い、同苦し、一緒に勇気の一歩を踏み出す——慈愛の献身を、御本仏が全て御照覧であられる。
創価の人間主義の励ましを一段と大きく広げ、自他共に福運安穏の境涯を開きゆこう!

☆11月度男子部「御書活動者会」 立正安国論
◇師と共に、同志と共に! 清新な決意で出発
11月度の男子部「御書活動者会(御書活)」では「立正安国論」を研さん。学会と共に、広布に生き抜く中に、人間革命の道があることを学ぶ。

◇御文
『蒼蠅驥尾に附して万里を渡り碧蘿松頭に懸りて千尋を延ぶ』(御書26ページ)

◇通解
小さな青バエも駿馬の尾につかまって万里を行くことができ、葛は大きな松の木にかかって千尋に伸びることができる。

◇背景と大意
「立正安国論」は、文応元年(1260年)7月16日、日蓮大聖人が39歳の時、時の実質的な最高権力者・北条時頼に提出された「国主諫暁の書」である。宛先は、北条時頼であるが、広くいえば社会の指導者全般であると拝することができる。
本書は、客(北条時頼を想定)と主人(大聖人を想定)との十問九答の問答形式。誤った教えに執着する客に対して、主人は理路整然と真実を説き示す。
「立正安国」とは、「正を立て、国を安んず」と読む。一人一人の胸中に、正法を確立し、社会、国家の繁栄と世界の平和を築いていくことを指す。
当時は地震、大風、洪水などの自然災害が相次ぎ、深刻な飢饉を招いた。さらに疫病の流行などが毎年のように続き、人心は乱れ、民衆は苦悩の底にあった。大聖人御自身も、こうした民衆の苦しみを目の当たりにされ、深く心を痛められた。
本書では、その根本原因は人々が正法に背き、悪法を信じていることにあると述べ、災厄の元凶として念仏を鋭く破折する。そして、このまま謗法の教えに執着していくなら、経典に説かれる七難のうち、まだ起こっていない「自界叛逆難」と「他国侵逼難」の二難が起こると警告し、速やかに妙法に帰依するように促している。
最後に、客は謗法の教えを捨てて、妙法に帰依することを誓う。

◇解説
拝読御文の直前で、念仏などの諸宗を破折する主人に対して、客が「あなたはいやしい身分の人でありながら、なぜ世間で貴ばれている念仏を破折するのか」と問う。それに対して、主人は自身を「少量」(取るに足らない者)であると謙遜しながら、真実の仏法者の姿勢を示したのがこの一節である。
「蒼蠅」「碧蘿」は主人の社会的立場などの「外見的な姿」を譬え、万里を走る「驥」や千尋の高さに至る「松」は「妙法の偉大さ」を譬えている。
すなわち、ハエや葛のように小さく弱い存在の自身であっても、全民衆の成仏を可能にする妙法を強く信じることによって境涯を広げ、より心豊かな人生を生きることができるのである。
人間の本当の偉大さは何で決まるか。
財産や地位、名声などでは決まらない。たとえ一時的に脚光を浴びたとしても、長い一生にあって、不幸な流転をたどってしまう人生模様も少なくない。
人間の偉大さは、いかなる法を持ち、いかなる哲学を学び、実践し抜いたかで決まる。私たちは日蓮仏法を行じるがゆえに、万人を救済しゆく無上の青春を送ることができるのである。
小説『新・人間革命』第2巻「先駆」の章には、山本伸一が第3代会長就任後、関西を訪問した場面が描かれている。
伸一は広布のリーダーが陸続と育っていることに目を見張った。だが、関西の友の実感としては伸一について無我夢中で走り抜いてきたにすぎなかった。
小説には、こうある。「広宣流布のいっさいの責任を担う若き闘将とともに、ひたぶるに駆け巡った彼らは、いつしか自らもまた、一騎当千の闘将に育っていたのであった。自己の境涯を大きく開く要諦は、広宣流布という本流に身を置いて進むところにある」と。
ここに永遠に変わらぬ人間革命の方程式があろう。「池田先生と共に」「学会と共に」と一念を定め、広布に走り抜く中で、自らの境涯を大きく開くことができるのである。
来る11・18「創価学会創立記念日」は、師との誓いを新たにし、弟子の一人一人が生まれ変わった決意で出発する日である。さあ、わが使命の舞台で新たな人間革命のドラマをつづりゆこう!

2019年10月30日水曜日

2019.10.30 わが友に贈る

人生は悩みとの戦いだ。
真の幸福とは
負けない生き方にある。
その根本は題目なり!
強く楽しく朗らかに!

日妙聖人御書 P1217
『正直なる事弓の絃のはれるがごとく墨のなはをうつがごとくなる者の信じまいらする御経なり』

【通解】
正直である事、あたかも弓の絃の張ったように、墨縄をうったように真っ直ぐな心の者が信じる御経である。

〈寸鉄〉 2019年10月30日
知恵の対話で希望の道照らす会長は平和の灯台—識者。不二の弟子よ続け
福島・いわきの友、頑張れ復旧・健康と勝利を皆が祈る。福光の凱歌を必ず
女子・婦人部の10帰運動を励行。打合せは価値的に。幹部は細心の配慮を
相手の長所引き出す方法は「褒めて励ます」—箴言勇気と自信育む激励こそ
来月9日まで読書週間。良書を友にする青春は幸福。寸暇を惜しみ繙こう

☆心に御書を 第6回 地域に信頼と友情の花を
『其の国の仏法は貴辺にまかせたてまつり候ぞ、仏種は縁に従って起る是の故に一乗を説くなるべし』(高橋殿御返事、1467ページ)

◇通解
その国の仏法流布は、あなたにお任せする。仏種は縁によって起こる。その故に一乗(法華経)を説くのである。

◇池田先生が贈る指針
御本仏から、わが地域の広布を託された我らである。辛労は尽きない。しかし地涌の我らに変えられぬ国土はないのだ。
人間の絆が薄らぐ社会だからこそ、心をつなぐ誠実な行動が光る。真心の対話から幸の仏縁が生まれる。
皆、宿縁の眷属なりと信頼の連帯を広げよう! ここに希望と蘇生の安全地帯があるからだ。

☆「教学部教授登用講座」のために 第1回 開目抄
◇勇気の源泉は広宣流布の誓願に
このほど、「教学部教授登用講座」(全3回)が実施されます。第1回中継行事は、11月2日(土)、3日(日)に、全国各地の会館・会場で開催されます(日時・会場の詳細は各県・区ごとに決定)。ここでは、中継行事の中で学ぶ御書の御文と通解、池田先生の『開目抄講義』を掲載しました(学習の便宜を図るため、講座の中で取り上げる順に合わせて、御文の冒頭に番号を振ってあります)。受講者は、御書と教材(本紙面)、受講カードを持参し、中継行事に参加してください。

◇「開目抄」について
「開目抄」は、日蓮大聖人こそが主師親の三徳を具えられた「末法の御本仏」であることを明かされた重書です。
大聖人が佐渡流罪中の文永9年(1272年)2月に、四条金吾に託して門下一同に与えられました。題号の「開目」とは、文字通り「目を開く」ことであり、末法の一切衆生に対して、執着を打ち破り、真の法華経の行者、すなわち大聖人に「目を開け」との呼び掛けと拝されます。
大聖人は前年9月12日に竜の口の法難に遭われ、続いて佐渡に流罪されました。迫害の嵐は門下たちにも及び、退転する者も続出していました。
本抄において大聖人は、"大聖人が法華経の行者であるなら、なぜ諸天善神の加護がないのか"等の疑問や批判に触れ、末法で妙法弘通を貫けば「三類の強敵」が現れることは法華経に説かれる通りであり、大聖人こそ真の法華経の行者であると示されます。
そして、いかなる大難があろうとも、民衆救済のために、不惜身命の精神で戦い抜くとの大誓願を述べられています。

◇現実世界で戦い抜く人こそ仏
●御文1
しかりと・いえども・いまだ発迹顕本せざれば・まことの一念三千もあらはれず二乗作仏も定まらず、水中の月を見るがごとし・根なし草の波の上に浮べるににたり、本門にいたりて始成正覚をやぶれば四教の果をやぶる、四教の果をやぶれば四教の因やぶれぬ、爾前迹門の十界の因果を打ちやぶって本門の十界の因果をとき顕す、此即ち本因本果の法門なり、九界も無始の仏界に具し仏界も無始の九界に備りて・真の十界互具・百界千如・一念三千なるべし(御書197ページ13行目〜17行目、編年体御書425ページ12行目〜16行目)

●通解1
そうはいっても、まだ釈尊が発迹顕本していないので、真実の一念三千も顕れていないし、二乗作仏も定まっていない。それは、(天の月を求めて)水中の月を見ているようなものである。根なし草が波の上に浮かんでいるのに似ている。
本門にいたって、始成正覚の教えを打ち破ったので、それまで説かれた四教の果は打ち破られてしまった。四教の果が打ち破られたので、(その果に至るための)四教の因も打ち破られた。爾前・迹門の十界の因果を打ち破って、本門の十界の因果を説き顕した。これが即ち本因本果の法門である。
九界も無始の仏界に具わり、仏界も無始の九界に具わって、真の十界互具・百界千如・一念三千となる。

●池田先生の指導から1
本果である仏界の生命が常住不滅であるとともに、本因である菩薩行を行ずる生命も尽きることがないのです。このように、九界の生命を断じて、仏界の生命を成就するという爾前諸経の成仏観とは大きく異なるのが、本門の因果、本因本果です。
事実、寿量品では、久遠実成の仏は成仏してからも、九界の現実世界で衆生を救い続けるという菩薩行を絶やすことはないと説かれています。
ここに、寿量品の発迹顕本によって真実の仏の姿が明らかになるのです。いうなれば、それは、「無限の菩薩行を現す永遠の仏」です。
九界の現実のなかで無限の菩薩行を行ずる生命は、九界の生命です。しかし同時に、永遠の仏界の生命が、その無限の菩薩行を現す根源のエネルギーになっているのです。
今世で初めて成仏したとされる始成正覚の仏は、入滅すると別世界の浄土に入るなどとされ、現実世界で菩薩行を続けることはありません。それに対して、久遠実成の仏は、現実世界がそのまま浄土であり、寂光土なのです。
そして、このような寿量品の仏にとって、九界の現実は、永遠の仏界の活力を自身の生命から現していくための機縁であり、仏界の智慧と慈悲を発揮するための舞台にほかなりません。(『開目抄講義』)

◇一切の疑難を突き抜けた大境涯
●御文2
詮ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん、身子が六十劫の菩薩の行を退せし乞眼の婆羅門の責を堪えざるゆへ、久遠大通の者の三五の塵をふる悪知識に値うゆへなり、善に付け悪につけ法華経をすつるは地獄の業なるべし、大願を立てん日本国の位をゆづらむ、法華経をすてて観経等について後生をごせよ、父母の頸を刎ん念仏申さずば、なんどの種種の大難・出来すとも智者に我義やぶられずば用いじとなり、其の外の大難・風の前の塵なるべし、我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ等とちかいし願やぶるべからず(御書232ページ1行目〜6行目、編年体御書462ページ1行目〜6行目)

●通解2
結局のところは、天も私を捨てるがよい。いかなる難にも遭おう。身命をなげうつ覚悟である。
舎利弗が過去世に六十劫という長い間、修行してきた菩薩行を途中で退転したのは、舎利弗の眼を求めたバラモンの責め苦に堪えられなかったからである。久遠五百塵点劫、および三千塵点劫の昔に、法華経の下種を受けながら、退転して悪道に堕ち、五百塵点劫や三千塵点劫という長遠の時間を経たのは、悪知識にあって惑わされたからである。
善につけ悪につけ、法華経を捨てることは地獄に堕ちる業となる。
「私は、大願を立てよう。たとえ、『日本国の王の位を譲るから、法華経を捨てて観無量寿経などに付き従って、後生の浄土への往生を目指せ』と誘惑されたり、『念仏を称えなければ父母の首をはねる』と脅されるなどの種々の大難が出てきても、私の正しい法義が智者に破られることがない限り、彼らの要求を決して受け入れることはない。それ以外の大難は、私にとっては風の前の塵のような、とるに足りないものである。私は日本の柱となろう。私は日本の眼目となろう。私は日本の大船となろう」などと誓った大願は、決して破ることはない。

●池田先生の指導から2
世間・門下の疑難を突き抜けた、大聖人の大境涯を示された御文です。"諸天の加護がほしい"とか、"難に遭いたくない"というような人々の思惑を超えて、大聖人御自身の御境地である法華経の行者としての覚悟が示されているのです。
大聖人の御境地からすれば、諸天の加護の有無を超えて大切なことがある。いかなる大難があろうと、身命を賭して成し遂げねばならない。
それは、仏が自らの大願として法華経で説いた、最高善である万人の成仏である。そして、その実現である広宣流布にほかなりません。
これこそ、世間や門下の人々がこだわり、執着するものを超えて、大聖人が戦い取ろうとされたものなのです。(中略)誓願とは、法華経の行者の「戦う魂」です。それゆえに、大聖人は、この一段において、法華経の行者としての誓願を説かれるのです。(『開目抄講義』)

●池田先生の指導から3
「ちかいし願やぶるべからず」——この御文は、ひとたび誓った誓願は、未来永劫に断じて破ることはない、との御断言です。この仏の大願をわが誓願として生き抜く強き信心の人にこそ、仏界の生命が湧現するのです。
わが創価学会は、この「誓願」を不惜身命で貫き通してきたからこそ、すべてに大勝利することができたのです。
「誓願」は、悪世末法に法を弘めるうえで根幹の柱です。正義に生きる強い誓いの心がなければ、濁世の激流を押し返すことなどできません。魔性を打ち返すことはできません。
いかなる大難をも恐れない。いかなる苦難にも怯えない。その勇気を生み出す根源の力が、広宣流布の誓願です。
誓願に生きれば、どのような障魔が出来しても、悠然たる王者の魂が光ります。どのような宿命が襲来しても、毅然たる勇者の魂が輝きます。(『開目抄講義』)

2019年10月29日火曜日

2019.10.29 わが友に贈る

信心に無駄はない。
広布のための行動は
全てが福運に変わる。
崩れざる心の財を
積みゆく日々たれ!

上野殿後家尼御返事 P1504
『夫れ浄土と云うも地獄と云うも外には候はずただ我等がむねの間にあり、これをさとるを仏といふこれにまよふを凡夫と云う』

【通解】
およそ、浄土といっても、地獄といっても、それはどこか他のところにあるものではありません。ただ私たちの胸の間(生命の中)にあるのです。
これをさとった者を仏といい、これに迷うのを凡夫というのです。

〈寸鉄〉 2019年10月29日
SGIは女性の本来の力を引き出す連帯—作家。平和創出の主役は私達と
「一切衆生の仏性が皆よばれて爰に集まる」御書一遍の題目の功力確信し
青森県婦人部の日。青年と人材の森を育む模範の民衆城。福徳の大輪薫れ
「真の苦労は人目につかない苦労」文人。副役職、各種役員の献身に最敬礼
有名企業騙る偽サイトの詐欺急増。暗証番号等、安易に打ち込むな。警戒を

☆勇気の旗高く 池田先生と山梨 2019年10月21日
◇山の如く揺るがぬ心で
池田先生が各地の友に寄せたスピーチや指針などを紹介する「勇気の旗高く」。今回は山梨県を掲載する。

◇師弟の人材城
山々に抱かれた山梨県。1955年(昭和30年)、県内で行われた水滸会の野外研修の折、戸田先生は語った。「この山紫水明の天地に、広宣流布の人材の城を築きたいな」。池田先生はこの恩師の言葉を胸に、幾度となく足を運んできた。2007年(平成19年)、山梨最高協議会に出席した池田先生は、師弟の精神について語った。

戸田先生は、天下の要所である山梨をこよなく愛し、大切にされた。この地で、青年を薫陶してくださった。
山梨には、創価の師弟の深い縁がある。重大な使命の天地なのである。
山梨創価学会の前進は、まことに立派である。偉大なる広宣流布の歴史を現実に大きく切り開いてくださっている。
私はいつも、戸田先生のお心を思い、そして、広宣流布の新時代を展望して、山梨を訪問させていただいている。

私は、ただ師匠のために戦った。
師匠に直結しない戦いは、いかなる戦いも意味がない。そう、私は決めていた。
全部、戸田先生の言われる通りに戦ってきた。
これが師弟である。

山梨の皆さまには、本物の師弟直結の人材城を築いてもらいたい。
皆さまはどうか、私とともに、真実の師弟の道を歩み抜いていただきたい。そして、勝ち抜いていただきたい。
師弟の精神が盤石であれば、それが土台となり、因となって、「大山梨」を築くことができる。
そうした見事なる「大山梨」ができれば、日本中、いな、世界中に、勝利の波動は広がっていくのである。

◇行学の二道を
山梨は、日蓮大聖人が晩年、末法万年の未来のために諸御抄の御述作と弟子の育成・教化に当たられた地である。1997年(平成9年)、その山梨に教学研修センター(笛吹市)がオープン。池田先生は開館間もない6月10日、同センターを訪れ、御書講義を。その中で「『教学第一』の山梨たれ! 『行動第一』の山梨たれ!」と呼び掛けた。

「心こそ大切なれ」(御書1192ページ)——これが、大聖人の根本の教えである。この「心」を、どうつくるか。
すなわち、一念に三千を具する、わが「心」を、どう鍛え、どう磨き、どう人間革命へと回転させていくか。そのために信心があり、学会活動がある。

大聖人は、この山梨の地から、四条金吾に、「陰徳あれば陽報あり」(同1178ページ)——人の目に見えないところで積んだ徳は、必ず目に見える報いを受けることができる——と励ましておられる。
金吾は、それまで、妬みの讒言によって、主君から遠ざけられていた。その難を、金吾は、けなげな信心と、真心の行動で見事に乗り越え、信頼を勝ち取っていった。
門下の勝利の姿を、大聖人はこよなく喜ばれながら、重ねて、こう仰せになられた。
「此は物のはしなり大果報は又来るべしとおぼしめせ」(同ページ)——これは、まだ始まりです。さらに大果報が来ると確信しなさい——。
法のための労苦は、すべて功徳となって、わが身を飾る。見えない陰の献身の行動が、目に見える結果となって、福徳は汲めども尽きない泉のごとくに、ぐんぐんと満ちてくる。
その確かな幸福の軌道に、皆さまは間違いなく入っておられる。この軌道から、絶対に外れてはならない。そのためにも、教学を学びゆくことが大切なのである。

「諸法実相抄」の有名な御文にいわく、「行学の二道をはげみ候べし、行学たへなば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ、行学は信心よりをこるべく候、力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし」(同1361ページ)——行学の二道に励んでいきなさい。行学が絶えてしまえば仏法はない。自分自身も行い、人にも教えていきなさい。行学は信心より起こるのである。力があるならば一文一句でも語っていきなさい——と。
どうか、わが山梨の皆さまは、日々、少しずつでも、御書を拝していただきたい。
そして、あの山々のごとく、揺るがぬ確信を築くことである。また、雄々しき行動へと勇みゆく、模範の「実践の教学」であっていただきたい。

◇何かで日本一に
かつて、上杉謙信と覇を競い、徳川家康・織田信長の連合軍を破った、武田信玄の軍団を輩出した山梨。2007年、池田先生は「首都圏を、さらには日本と世界を、堂々とリードしていっていただきたい」と、山梨の前進に期待を寄せている。

山梨は、最強の武田信玄の軍団を生み出した天地である。
同じ生きるなら、誇り高く生きるのだ。
仲良く前進!
朗らかに勝利!
そして日本一の充実した山梨を築いていただきたい。
何かで「日本一」を目指すのだ。
折伏日本一! 人材日本一! それも、すごい。
「団結日本一!」「朗らか日本一!」。これもまた素晴らしい。
——あの山梨の団結を見よ! 山梨は、どこか違う。あの姿の中に、真実の創価学会の魂がある!——
こういわれる模範の県を、築いていただきたいのだ。
それには、お金はいらない(笑い)。心で決まる。難しい話も、必要ない。心一つで決まるのだ。
ほかのどこよりも麗しい、異体同心の前進をお願いしたい。

立ち上がるのだ。
行動するのだ。
波を起こすのだ。
外へ、外へと打って出るのだ。折伏精神を胸に!
小さな世界にいるだけでは、新しい発展はない。停滞してしまって、傲りの心、退転の心に侵されてはならない。
列車も、飛行機も、どこかへ向かっていく。進まなければ、目的地には着けない。これが道理である。
人もまた、生き生きと、新天地に向かって飛び出すのだ。心を外へ開くのだ。自分の殻を破るのだ。そこに希望の拡大がある。幸福の光が広がる。
勇んで、外へ打って出る——これが、勝利し、発展し続けていくための原則なのである。

明年は、「ニュー山梨」との指針が示されて35周年の佳節。春には、待望の新「山梨文化会館」の完成が予定されている。山梨の同志は今、建設のつち音とともに、幸福の光を広げている。

☆原田会長を中心に各部代表者会議 2019年10月24日
◇地涌の人材の花また花を
世界広布新時代第72回の各部代表者会議が23日、原田会長を中心に、東京・新宿区の常勝会館(本部第2別館内)で行われた。
池田先生はメッセージを贈り、先の台風被害に遭った方々に思いをはせつつ、自ら被災しながら同志に尽くす友らの尊き献身に対し、御本仏が「いづれも・いづれも功徳に・ならざるはなし」(御書1098ページ)と全て御照覧であると、深く感謝した。
次いで「闇なれども灯入りぬれば明かなり濁水にも月入りぬればすめり、明かなる事・日月にすぎんや浄き事・蓮華にまさるべきや、法華経は日月と蓮華となり故に妙法蓮華経と名く」(同1109ページ)を拝読。
いかなる宿命の闇も世の濁りも、赫々と照らし晴らしていけるのが、妙法蓮華経の限りない大功力である。それぞれの誓願の国土で三変土田の歴史を刻みながら、いよいよ明るく清々しく、地涌の人材の花また花を咲かせゆこう——と訴えた。
そして、「11・18」を目指す多忙な日々にあっても、「異体同心」という最高最強のチームワークで励まし支え合い、賢く朗らかに創価のスクラムを組み広げ、生き生きと価値を創造していきたいと述べた。
最後に「口に妙法をよび奉れば我が身の仏性もよばれて必ず顕れ給ふ、梵王・帝釈の仏性はよばれて我等を守り給ふ、仏菩薩の仏性はよばれて悦び給ふ」(同557ページ)を拝し、一切を蘇らせ、味方に転じゆく題目の響きで、勇気凜々と前進しよう!と呼び掛け、メッセージを結んだ。
原田会長は改めて、台風被害への心からのお見舞いを述べ、できる限りの支援を続けたいと強調。師弟を一切の原動力に広布伸展を続けるタイ、インドなど各国の模様を紹介しつつ、その闘争に謙虚に学び、わが地域の"壁"を打ち破る挑戦で、明「前進・人材の年」へ先駆しようと訴えた。
また長谷川理事長、谷川主任副会長、男子部大学校の中原事務局長があいさつ。本社報道局の佐口博之記者が取材報告を行った。

2019年10月28日月曜日

2019.10.28 わが友に贈る

◇今週のことば
「つよきすけを
かひぬれば・たうれず」
信心のチームワークと
励ましのネットワークで
人材の揺るがぬ林立を!
2019年10月28日

松野殿御返事 P1388
『雪の中ふみ分けて御訪い候事御志定めて法華経十羅刹も知し食し候らん』

【通解】
雪の中を踏み分けて(あなたは使いを身延の山中にいる私に)寄こしてくださいました。その御志は、必ずや法華経も十羅刹女も知っておられることでしょう。

〈寸鉄〉 2019年10月28日
日蓮仏法は逆境にある人が幸せになる宗教—恩師世界中の友の体験が証明
東京「杉並婦人部の日」。弾む心で希望のスクラム拡大。勇気の人は朗らか
大学祭の秋。学生部有志、各地で環境保護等の訴え君の英知で調和の世紀を
社会的なつながり持つ人ほど健康で幸福—研究。友情結ぶ学会活動は王道
創大生の活躍に感動の渦—箱根駅伝の出場決定。さあ我らも!壁破る挑戦

☆私がつくる平和の文化 第10回 差別のない世界を
インタビュー 政治学者 姜尚中さん

「私がつくる平和の文化」第10回のテーマは「差別のない世界を」。登場していただくのは、政治学者の姜尚中さんです。差別や偏見のない世界を築くために私たちが心掛けるべき点について、語ってもらいました。(構成=小野顕一、歌橋智也)

差別をどう乗り越えるか、これは大変難しい問題です。
最初に結論を申し上げると、"差別のない世界"をつくるためには、人権というものの根幹に「生命論」がなければならない、と思っています。
生命に序列はない。どんな生命に対しても、「この人は生きるに値しない」などと人間が判断してはならない。生命に対する「畏敬の念」がベースになければ、人権といっても上っ面な言葉になってしまうからです。
僕は、差別に"一般"というものはなく、個々の具体的な問題、つまり性差、障がい、病気、人種、民族などが、さまざまな歴史的背景から複雑に絡み合って、本来、平等であるはずの人間に序列ができてしまったのだと考えます。
そもそも、差別といっても"濃淡"があります。極端な差別を見れば、誰もが「それは差別だ」と分かりますが、「これは果たして差別なのか」と、判然としないケースもある。そのうえ、多くの人は「自分は差別をしている気など毛頭ない」と言うでしょう。
だから大切なことは、「自分もどこかで間接的に差別をしているかもしれない」と気付くこと。そこが出発点なのです。
では、どうしたらそれに気付けるのか。僕としては、まずは私たちが、「生命は一つ一つ違う」「どんな生命にも存在する価値がある」という、コンセンサス(合意)をつくることだと思います。そのベースができないと、いくら「差別をやめましょう」といっても社会は変わりません。
そのために、まずは子どもたちに、生命の平等について教えていくことです。
僕の母親は食べ物を通して、「結局、人間はどんな偉い人も、そうでない人も、食べないと生きていけないし、そこはみんな平等だ」と言っていました。これは重要なメッセージです。母は"人間はみんな、何か偉大なものに生かされている"という感覚をもっていた。そうした感覚がある限り、生命への畏敬の念は分かち合えるんじゃないかと思います。
気を付けないといけないのは、大人の差別的な考えを、子どもはいとも簡単にスッと受容してしまうことです。あとでそれを改めるには、何十万倍のエネルギーが必要になります。例えば食卓で、ある事件のニュースを見ながら、親御さんがふと感想を漏らす。それを子どもは何とはなしに聞いている。そうした日常的な会話で耳に入ったことが、その子の、ある集団に対するイメージや感情をつくりあげてしまう。子どもというのは、社会を敏感にそのまま反映しますから。
一方で、差別は人間関係の循環を断ち切るものです。人間の社会は、コミュニケーションによって循環している。差別は、そこに"見えない壁"を生むのです。社会の中に、何か不純物のようなものを滞留させ、それが不平不満や憎しみ、嫌悪感となって増大し、誰かに向けられてしまう。
だから、この不安な時代に人々の心の中に平穏を取り戻すには、もっと人と人が支え合っていかないといけない。そうでないと、孤独とか、人とのコミュニケーションがうまくいかないとか、さまざまな問題を抱えた人が、暴力的な行為に走る可能性があります。
差別をするということは、ものの見方、考え方が何かにとらわれ、固着している状態です。特に大人には、いろいろな"かさぶた"があって、それを取ることが難しい。しかし、それが取り払われた時には、意外な「発見」があるのです。
その発見をどう促すか。やはり「対話」です。差別している人がいれば、その人と対話をするしかない。
差別される側が、差別をする側を糾弾したい気持ちは分かります。僕も若い頃は、気持ちがものすごく先走って、糾弾していました。でも、自分のネガティブな感情をぶつけるほど、結果は逆になっていく。相手を否定して向き合う限り、差別はなくならないと気付きました。
差別をすることは、結局は自分自身をおとしめることになる——一人一人がそのことに気付くような変化をつくりだしていく。それが「平和の文化」ではないか、と思います。「平和の文化」とは、出来上がっているものではない。日々、絶えず努力してつくっていくものなのです。

●人を覚醒させる「言葉の力」
今の時代、ネット上は、およそ寛容とは無縁のネガティブな感情にあふれている。人々が感情に左右されやすい時代です。そんな中で人々に何かを訴えるためには、僕の言葉を使うと「情」と「理」が必要だと思う。
「人を差別してはいけない」と、「理」を立て整然と話すことは大事です。でも、それだけではなかなか通じない。特に差別されている人の痛みというものは、「情」を通じてこそわかる。それで相手も「共感」できるのです。 だからこそ、「生命」という問題については、「生の声」で語り掛けることが大事だと思う。文字情報とか映像もありますが、こと「生命」の問題については、一回きりの出会いの中で交わされる、身体感覚を呼び覚ますような、互いの心に響く対話をしていくことだと思います。
最近は、SNSで「いいね!」と条件反射をしたり、軽い言葉で答えたりすることしかできなくなり、言葉の力が萎えている気がします。
差別を乗り越えるには、相対して語られる「言葉」によって人間自身が覚醒する。ものの見方が変わる。そうした、人の心を打つような対話が必要なのです。
キリストも仏陀も、常に分かりやすい言葉で人々の心に語り続けました。人種差別と闘ったガンジーやキング、マンデラといった先達も、対話の道を選びました。回り道にも思えますが、差別を乗り越えるには、どうすれば差別する人と対話の場をつくれるかを考えることです。
「声の力」「言葉の力」は大きい。池田先生も国家や文明、宗教の違いを超えて、対話に尽力しておられます。対話には、新しい自分への発見があります。
だから僕は、若い人たちこそが対話に挑戦することを期待しています。

カン・サンジュン 1950年、熊本県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、東京大学名誉教授。熊本県立劇場館長。専攻は政治学・政治思想史。『悩む力』『続・悩む力』『心の力』をはじめ、『マックス・ウェーバーと近代』『オリエンタリズムの彼方へ』など著書多数。小説作品に『母——オモニ』『心』がある。

★池田先生の指針から
人間が人間を蔑み、軽んじる差別や偏見が、どれほど人の心を傷つけ、気持ちを踏みにじるものか——。
その苦しみ、辛さは、差別された方にしかわからない。

異なる人間への差別意識、差異へのこだわりを克服することこそ、平和と普遍的人権を創出するための第一歩であり、開かれた対話を可能にする道である。

池田大作
(『名言100選』から)

「優しさのバトン」 灰庭愛結さん(高1)
自身の体験を通して差別に対する思いをつづった、灰庭愛結さん(高校1年)の作文を掲載します。富山県・内閣府共催の平成30年度「心の輪を広げる体験作文」(中学生の部)で最優秀賞を受賞しました。
私には心臓病という持病があります。小学生の時、「心臓病がうつる」と、さけられたり、触ると"菌まわし"されたり、「心臓病のくせに」とバカにされることもありました。とてもつらかったのを覚えています。
詳しい病名は心室中隔欠損症と肺動脈狭窄で、生まれつき右心室と左心室の間に穴があいていて、1歳半の時に手術をしました。手術前は元気でニコニコしていたのに、手術後はショックで笑わなくなり、親はとても心配したそうです。4歳の時には遺伝性球状赤血球症という、もう一つの病気を治すために脾臓と胆のうを摘出しました。この手術をする前に心臓の手術をした症例が世界で4例しかなく、両親はとても不安だったそうです。
入院中は幼稚園にも外に遊びにも行けず、母はそんな私のそばにずっといてくれました。父は仕事で忙しかったのに、毎日お見舞いに来てくれました。父も母も大変だったと思います。
病気にかかることはとてもつらいです。一生治らない病気もあります。いじめにあっている人もいます。
前に友達と駅前に行った時、どこか悪いのだなとひと目でわかるように歩いている人がいました。すると、その人を見て笑っている人やジロジロ見ている人がいるのです。すごく腹がたちました。なぜ病気をもっている人はいじめられたり、笑われたりしなければならないのか。私は間違っていると思います。逆の立場だったら、きっといやな気持ちになるはずです。
私は、小さい時から運動制限がかかっていましたが、今はすごく元気です。バドミントン部の部長もしました。仲間との学校生活もすごく楽しいです。ここまで元気になるまでに、つらいことや悲しいことをたくさん経験し、病気で苦しんだり、いじめられたり笑われたりする人や家族の気持ちが、わかるようになりました。だから、ここまで立派に育ててくれた両親にとても感謝しています。
これから、そうした人たちに出会ったら、両親が私にしてくれたように優しく接していきたい。周りの人にも私の経験を語り、優しさのバトンを渡し、たくさんの人に繋いでいけるといいと思います。(本人了承のもと抜粋して掲載)

2019年10月27日日曜日

2019.10.27 わが友に贈る

一言が大事だ。
一人の友の奮闘に
「本当にありがとう!」
「よくぞ、ここまで」と
真心の言葉で応えよう!

日女御前御返事 P1245
『石に矢のたつ是れ又父のかたきと思いし至信の故なり、何に況や仏法においてをや』

【通解】
中国の李広(りこう)将軍が放った矢が石に立ったというのも、(石を父親を殺した虎と思い)父親の仇と信じ抜いた一念の強さゆえである。まして、仏法においては、なおさらのことである。

〈寸鉄〉 2019年10月27日
創価教育は人類平和の為の道標—識者。世界市民育成の揺籃に各界が注目
学会員には困難に立ち向かう強さが—議員。被災の皆様、再起の劇を断固
会合の指導と個人指導の比率は「2対8」に。幹部率先の行動で広布は脈動
文字・活字文化の日。同志の本紙拡大に感謝。世界に誇れる希望の論調益々
ごみ収集車で火災多発!原因は電池等と。分別は再生の要。皆で規則順守

☆ロータスラウンジ 第10回 化城喩品第七(下)
◇仏法を行じ弘める振る舞いそのものがすでに仏の姿
法華経について、皆で学び、深めよう——「ロータスラウンジ——法華経への旅」の第10回は、「化城喩品第七」(下)です。前回の続きから、内容を追っていきます(前回は9月7日付。原則、月1回掲載)。

■大要(続き)
前回までで、仏と在世の弟子たちの「宿世の因縁」を説いてきました。それを受けて、「化城宝処の譬え」を通して、一仏乗の法華経こそが仏の真意であることを教えます。
では、砂漠を旅する一行のドラマを見てみましょう。

●シーン5
——人の行き来も絶えて、通るのも危なく恐ろしい、五百由旬という長い長い道がありました。
この悪路を通った先にある宝処(宝のある処)を目指し、多くの人々が歩んでいます。その一行の中に、険しい道の先まで見通せる、一人の聡明なリーダーがいました。
一行はリーダーのもと、険しい道を乗り越えようと、進んでいました。ところが道半ばで、音を上げます。
「私たちはひどく疲れ、もう進んでいくことができません。まだ、先は遠く、今から引き返そうと思います」
その言葉を聞いたリーダーは、思いました。"可哀想なことだ。どうして、すばらしい宝を諦めて、帰りたいと願うのだろうか"
そこでリーダーは一計を案じ、神通力を使って、三百由旬を過ぎた所に一つの城(都市)を出現させて語り掛けます。
「皆さん、恐れることはありません。どうか、諦めて帰ることはしないでください。この城に入れば、休息し、安穏になれます。宝処を目指そうと思えば、また進むことができるようになりますから」
疲れ切った人々は、「悪路をのがれることができて、安穏を得られるのだ」と歓喜し、進んで城に入り、休息を取りました。
皆の疲れが取れたので、リーダーは化城を消して、人々に語ります。
「皆さん、さあ、宝処は近くにあります。先ほどの大きい城は、私が作り出したもので、皆さんを休ませるためだけのものです」
「さあ、共に宝処へ!」——。

●シーン6
釈尊は、比丘(出家した男性信者)に告げます。
——仏も、このリーダーと同じようなものです。今、あなたたちのために、大導師となって、生死や煩悩に満ちた、険難で長遠な悪路を導いてきたのです。
もし、衆生が一仏乗だけを聞いたならば、"成道は、はるか遠い"と思い、仏を求める心を起こすこともなかったでしょう。だから仏は、比丘たちの心が弱いことを知って、仏になる道の途中に、休息させるために、あえて二乗を説いたのです。
それなのに、衆生が声聞や縁覚の覚りに安住していれば、仏はその人たちのために説くのです。
「あなたたちは、まだ真実の覚りを得ていない。真実の仏の智慧は、近くにある。仏は、方便の力によって、一仏乗を三乗に分別して説いてきたのです」と——。

■本来の願い
「化城宝処の譬え」は、開三顕一(三乗を開いて一乗を顕す)を説いています。
リーダーが作り出した幻の城は、仏が衆生を導くために説いてきた三乗方便の教えを譬えています。
ところが、二乗の覚りに満足してしまい、仏の無上の覚りを得ようとする心を起こさないので、「宿世の因縁」を説くことで、本来の願いを思い出させ、導こうとしたのです。
池田先生は、語っています。
「この心(=自他ともの幸福を願う心)を生ききるには、『師』が必要なのです。そのことを、長遠の時間にわたる師弟の因縁を通して、化城喩品で教えているのではないだろうか。要は、ここでいう因縁とは『人間と人間の永遠の絆』のことです。決して、人間を離れたものではない。人間を外から縛るものでもない。反対に、弟子の自分が、自分の生命の根本にある『成仏の因』を自覚する。すなわち久遠の『本願』を思い出す。そして、その因を仏果へと育ててくれる師匠という『縁』のありがたさを自覚する——この『最高の絆』への感謝と感動が、化城喩品の心なのです」(『法華経の智慧』普及版〈上〉) 

■化城即宝処
「御義口伝」には、「化城即宝処とは即の一字は南無妙法蓮華経なり念念の化城念念の宝処なり」(御書732ページ)と示されています。
日蓮大聖人は、法華経の文を深く拝されて、「化城即宝処」と、化城と宝処は別々ではないと仰せです。
池田先生は「法華経の本意は九界即仏界、方便即真実ですから、化城と宝処は別々のものではない。化城即宝処なのです。その立場に立てば、じつは過程がそのまま目的である。つまり、仏道修行の果てに成仏があるというのではない。仏法を行じ、弘める振る舞いそのものが、すでに仏の姿なのです」(『法華経の智慧』普及版〈上〉)と語っています。
たとえいかなる境涯、境遇にあっても、自行化他にわたって南無妙法蓮華経を唱えていく時、その一瞬一瞬の生命に仏の生命が現れるのです。九界の衆生の生命に、仏の境涯を顕していくことができるのです。

■広宣流布は流れ
池田先生は「広宣流布は、流れの到達点ではなく、流れそれ自体である。何か特別な終着点があるものではない。『こうなったら広宣流布』というのは、譬えでは言えるが、決まった形のことではない。大聖人の仏法は『本因妙』の仏法であり、常に未来に広がっていく正法なのである。末法万年尽未来際のための仏法である。永遠に戦い続けることが、広宣流布に生きるということだ」とスピーチされました。
さらに先生は、「前進するためには、目標という『化城』を設定しなければならない。しかし、その『化城』に向かっての前進、行動は、深く見れば、それ自体、仏の所作なのです。その舞台が、すでに『宝処』なのです」(『法華経の智慧』普及版〈上〉)と語っています。
日々前進の人生こそが、"広宣流布に生きる"ことなのです。

◇『法華経の智慧』から 喜んで広布の苦労を
すべての活動を楽しんでいくことです。苦しみきった仏の所作などない。
「さあ喜んで、広宣流布の苦労をしていこう」「さあ、またこれで福運がつく」「また境涯を広げられる」と喜べる自分になれば、それ自体、仏界が輝いている証拠でしょう。(中略)
生きているかぎり、何か問題があるのは当然です。それをいちいち一喜一憂していたのではつまらない。
目標に向かって、懸命に挑戦する、ひたぶるに戦う。歯をくいしばって道を開いていく——振り返ってみれば、その時は苦しいようでも、じつはいちばん充実した、人生の黄金の時なのです。三世のドラマの名場面なのです。
大聖人は「今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は化城即宝処なり我等が居住の山谷曠野皆皆常寂光の宝処なり」(御書734ページ)と仰せられています。これはまさに、妙法を持ち、行ずる私たちの境涯を教えられています。いずこにあっても、いかなる境遇にあろうとも、私たちの根底は「歓喜の中の大歓喜」(同788ページ)なのです。
(普及版〈上〉「化城喩品」)

◇師と共に 学会と歩む幸福人生
「御義口伝」に「日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は一同に皆共至宝処なり、共の一字は日蓮に共する時は宝処に至る可し不共ならば阿鼻大城に堕つ可し」(御書734ページ)とあります。
妙法を唱える人は、皆が共に、仏の覚りの境地を開けると教えられています。その上で、「共」の一字が、仏界と地獄界の分かれ目となるのです。
「日蓮に共する」とは、私たちでいえば、大聖人の御遺命である一閻浮提広宣流布という大願を同じくして進むことです。広くいえば、広布の大願を現実のものとする学会と共に歩むことにほかなりません。
さらに、「在在諸仏土 常与師倶生」(法華経317ページ)の文からも、私たちの前進は"常に大聖人と共に"あるといえます。そのことを生命で実感することが宝処に至ることです。
また、「化城即宝処」の教えからも、広宣流布にまい進できること自体が、幸福なのです。

2019年10月26日土曜日

2019.10.26 わが友に贈る

「顕聖は罵詈して
試みるなるべし」
大闘争の中でこそ
偉大な人柄は築かれる・
不屈の信心で立て!

四信五品抄 P342
『天子の襁褓に纒れ大竜の始めて生ずるが如し蔑如すること勿れ蔑如すること勿れ』

【通解】
(妙法信受の人の位は)生まれたばかりの天皇の子が産着に包まれたようなものであり、また生まれたての大竜のようなものである。
故に、わが門下を決して蔑むようなことがあってはならない。

〈寸鉄〉 2019年10月26日
SGIは全世界の平和を築く為にある—元総長。新時代創る誇りに燃えて
池田先生の北陸初訪問の日。誓願の同志に恐れなし。金剛の人材城を建設
「悪積れば地獄」「善積れば仏」御書。因果は厳然。今日も広布貢献の一歩を
外国人留学生の就職が最多。差異から学び合う心を。多様性尊重の社会へ
朝晩の冷え込む季節に。暖房器具を出したら必ず清掃・点検を。用心重ね

☆10月度「御書講義」の参考 可延定業書
◇「戦う心」の源泉が信心
◇使命の人生を朗らかに

御書全集 986ページ 6行目〜14行目

10月度の「御書講義」では「可延定業書」を学びます。拝読範囲は「去年の十月これに来りて候いしが御所労の事をよくよくなげき申せしなり……一日もいきてをはせば功徳つもるべし、あらをしの命や・をしの命や」です。ここでは、学習の参考として、本抄の背景と大意、さらに理解を深めるための解説を掲載します。

◇背景と大意
本抄は、下総国葛飾郡若宮(現在の千葉県市川市)に住む富木常忍の妻・富木尼御前に送られたお手紙です。
早くから門下の中心的人物として活躍する夫を、懸命に支えていたのが尼御前でした。
尼御前は、心労からか、症状の重い病を患い、弱気になっていたようです。
大聖人は、妙法によって、寿命をも延ばすことができると励まされています。
題号にある「定業」とは、報いの内容や現れる時期が定まっている業のことです。本抄では、特に寿命の意味で用いています。
本抄の大意ですが、まず、業には定業と不定業があることを示され、定業である寿命でさえも、強盛な信心によって、延ばすことができると仰せです。
さらに、文証と先例を通し、法華経こそ、あらゆる人の病を癒やす大良薬であり、末法における女性の幸福を約束した経典であることを強調し、病気を治し、長寿を全うするように励まされます。
医術にすぐれた四条金吾の治療を受けるよう勧められ、その際の心構えに関しても、金吾の性格を踏まえて、こまやかにご指導されています。
最後に命は、何ものにも代え難い第一の宝であり、一日も長く生きて功徳を積むよう激励され、本抄を結ばれています。
大聖人の教えのままに実践を貫いた尼御前は、この後、二十数年も寿命を延ばしました。

◇抜苦与楽の励まし
身延を訪れた四条金吾から、富木尼御前の病気が心配であることを聞いていた大聖人は、「これにも・なげき入って候」と、"私も心配していました"と、包み込むように同苦されています。師匠の慈愛に、尼御前はどれほど感激したことでしょう。
さらに、金吾から、"夫の富木常忍が、尼御前を杖や柱のように支えとして頼みにしている"と聞いていると記されています。
感謝の思いは、人づてであっても、うれしいものです。
"必要とされている""大切にされている"と感じた尼御前は、夫を支えるためにも、生き抜かねばならないと思い、病に立ち向かう決意をしたに違いありません。
"回復を祈っています"等の同志の励ましは、病と闘う友にとって、思いを寄せてくれる存在を実感することになり、それは病の苦しみを和らげてくれるだけでなく、生きる力をも呼び覚ましてくれます。
創価の励ましの世界は、苦しみを抜き、生きる希望を与えてくれる抜苦与楽(苦を抜き楽を与える)の麗しい絆の世界なのです。

◇病と向き合う
四条金吾は、医術にもたけた頼れる門下であり、大聖人が信頼を寄せていました。
金吾のことを、「極めて負けじ魂の人で、自分の味方(信心の同志)のことを大事に思う人」と記し、尼御前が安心して治療を受けられるように心を砕いています。
その上で、「身の財(行動すること)を惜しんでいては、この病を治すのは難しいでしょう」と、行動を起こすよう訴えています。
仏法は道理です。ゆえに、大聖人も、当時の医療を、決して否定してはいません。むしろ、尼御前に、治療を受けるように促されています。信心で強じんな生命力を奮い立たせることはもちろん、その上で、具体的に病気を治療していくことが大切なのです。
不安であればあるほど、診察などを受けるのをちゅうちょしてしまいがちです。悩むだけであれば、問題の先送りであり、病を悪化させることになりかねません。
肝要なのは、病と真摯に向き合い、勇気をもって、速やかに行動していくことです。祈りが現実の行動に結びついてこそ、状況を好転させることができるのです。

◇巡り合えた喜び
「法華経にあわせ給いぬ」と、"妙法に巡り合えた"ことの素晴らしさを教えられています。
大聖人は尼御前に、今世の使命を思い出させようとされたと拝せます。
法華経には「仏には値いたてまつることを得難きこと、優曇波羅華の如く、又一眼の亀の浮木の孔に値えるが如ければなり」(657ページ)と記されています。
今世で大聖人の弟子となり、妙法を受持することができたのは、幸運としか言いようのないことです。変毒為薬、宿命転換の道が、大きく開かれているからです。
ゆえに、一日でも命を延ばし、今世での使命を果たし抜いて、幸福境涯を確立することを教えられているのです。
"何のための人生なのか"——根本の大事を忘れることは、病魔に負けた姿ともいえます。逆に、人生の崇高な目的に目覚めれば、病魔を打ち破り、生命の底力を発揮することができます。
苦しい状況にあったとしても、妙法に巡り合えたこと自体が喜びです。報恩と使命の人生を、朗らかに歩んでいきましょう。

◇一人の人を大切に
大聖人は、二人の門下(=四条金吾と富木尼御前)の立場を尊重され、同志と同志が互いに気持ちよく、真心で支え合っていく和合の在り方を教えられたと拝されます。
それにしても、尼御前が実際に治療に踏み出せるよう、「これほどまでに」と思われるほど、こまやかな配慮を、大聖人はなされています。
そのお振る舞いから、私たちはあらためて仏法指導者の模範の姿を学びたい。
「一人の人」を、どこまでも大切に!——その具体的な行動なくして、万人の幸福も、世界の平和もありえないからです。
「一人の人」のことを、どこまで祈り、励ましていけるか。
「一人の青年」の成長のために、どこまで心を砕き、道を開いていけるか。
だれが見ていようがいまいが、その戦いの中にしか、仏法はないのです。

★〈池田先生の指針から〉 病魔を打ち破る唱題
「一日生きる」ことは、それ自体、何ものにも代え難い「光」であり、「価値」であり、「生命の歓喜の讃歌」です。それを奪うことは、宇宙の根本の法則に背く重罪です。
戸田先生は、「どんな理由があっても、絶対に人を殺してはならない」と厳しく戒めておられました。
病気に対する姿勢として、大事なことは「おそれず」「あなどらず」です。
病気になること自体は、決して敗北ではありません。
仏も「少病少悩」という通り、病気との戦いがあります。
大切なことは、病気と戦う以前に、「心の次元」で敗れてはならない、という点です。病気に立ち向かっていく「戦う心」の源泉が信心です。ですから、先に拝したように、大聖人は本抄で、まず「心ざしの財」を教えられているのです。
そのうえで、具体的に治療に励むのは当然です。「信心しているのだから何とかなるだろう」とか、「たいしたことない」と考えるのは、誤った信心の捉え方であり、自身の体への軽視です。「いそぎいそぎ御対治」する行動が大事です。ゆえに、大聖人は「身の財」すなわち行動することを惜しんではいけないと厳しく戒められています。
「病魔」「死魔」を打ち破る根本の力が、妙法です。「南無妙法蓮華経は師子吼の如し」(御書1124ページ)です。
大事なのは、「戦う心」と「最高の治療」、そして「生命力」です。なかんずく、心を強めるのも、最高の治療を生かしていくのも、生命力をわきたたせるのも、唱題が根幹です。
(『希望の経典「御書」に学ぶ』第1巻)

2019年10月25日金曜日

2019.10.25 わが友に贈る

「仏法の根本は
信を以て源となす」
題目を唱え抜く人が
一番尊く 一番強い。
仏法勝利の証明者に!

佐渡御書 P958
『日蓮も又かくせめらるるも先業なきにあらず不軽品に云く「其罪畢已」等云云、不軽菩薩の無量の謗法の者に罵詈打擲せられしも先業の所感なるべし』

【通解】
また、日蓮がこのように迫害されるのも、過去世からの業がないわけではない。不軽品には「過去の罪の報いを受け終わって(其罪畢已)」と説かれている。不軽菩薩が数え切れないほどの謗法の人々に罵られ、打たれたことも過去世の業の報いであったということである。

〈寸鉄〉 2019年10月25日
創価班・牙城会・白蓮G新時代1期生が拡大に率先!後継の友を皆で応援
「たゆまぬ訓練は無敵」中国古典。青春の薫陶は生涯の宝に。土台を築け
練馬勇気の日。人材光る本陣・東京の要。励ましの対話で地域に幸の大光を
流感の流行早く。他者にうつさぬ為にもワクチン接種を。体調管理万全に
交通事故は夕暮れ時に多発。日が短くなる季節、帰宅時など二重三重に注意

☆心に御書を 第5回 変毒為薬の不屈の祈りを
『わざはひも転じて幸となるべし、あひかまへて御信心を出し此の御本尊に祈念せしめ給へ、何事か成就せざるべき』(経王殿御返事、1124ページ)

◇通解
災いも転じて幸いとなるであろう。心して信心を奮い起こし、この御本尊に祈念していきなさい。何事か成就しないことがあろうか。

◇池田先生が贈る指針
台風の被災地の復旧・復興、尊き宝友の健康・安穏、変毒為薬をひたぶるに祈っています。
妙法には無量無辺の大功力があります。いかなる災難も信心という心の大城を侵すことはできない。全ては永遠の幸福を開くための試練です。
一番大変な時に、一番不屈の勇気で民衆と社会を照らす。この地涌の創価の光を共に、共々に!

2019年10月24日木曜日

2019.10.24 わが友に贈る

一日の勝利は
"朝に勝つ"ことから。
食事・睡眠・運動など
規則正しい生活で
充実と向上の日々を!

西山殿御返事 P1474
『夫れ雪至つて白ければそむるにそめられず漆至つてくろければしろくなる事なし、此れよりうつりやすきは人の心なり、善悪にそめられ候、真言禅念仏宗等の邪悪の者にそめられぬれば必ず地獄にをつ、法華経にそめられ奉れば必ず仏になる』

【通解】
雪は、極めて白いものであるから、染めようにも染めることができません。漆は、極めて黒いものであるから、白くなることはありません。 雪や漆と違って移り変わりやすいものは、人間の心です。善にも悪にも染められるのです。真言宗、禅宗・念仏宗等の邪悪の者に染められてしまうならば、必ず地獄に堕ちます。法華経に染められるならば、必ず仏になることができます。

〈寸鉄〉 2019年10月24日
国連デー。会長の心継ぐ青年と進みたい—元次長不戦世紀へ人材を陸続と
第2総東京婦人部の日。地域に模範の拡大。世界広布の本陣の太陽は燦然
悩みある人は願いを立てよ。仏法は勝負—恩師。宿命転換の信心。祈り強く
職場で孤独感じる—5人に1人。誠実に絆を結ぶ社会部の振る舞いこそ光
弱みの改善よりも強みを伸ばした方が人は育つ—心理学。激励の達人たれ

☆新時代を築く 太陽輝け 無事に包まれ 2019年10月21日
我らは、妙法という究極の法則で結ばれている。
日蓮大聖人は、「題目を唱え奉る音は十方世界にとずかずと云う所なし」(御書808ページ)と仰せである。
打ち続く豪雨災害で筆舌に尽くせぬ苦労をされている方々に届けと、題目を送る日々である。
19日には世界聖教会館を再び訪れ、先月の「言論会館」に続いて「言論城の間」で真剣に勤行・唱題を行った。この仏間には、聖教新聞社の常住御本尊が安置されている。
「大悪をこれば大善きたる」「各各なにをかなげかせ給うべき」(同1300ページ)
創立の師・牧口常三郎先生は、この御聖訓を拝し、「どんな時、どんな場合でも、それをバネとして、大きく転換していくのだ。必ず転換できる」と激励された。
後継の創価家族は一段と励まし、支え合って、一切を変毒為薬していきたい。
* * *
「言論城の間」には、私が記した「聖教桜」の書も掛けられてある。
いかなる試練も越えて、「冬は必ず春となる」(同1253ページ)と、誰人も勝利の桜を爛漫と咲かせてほしい。聖教新聞には、この願いが込められている。
毎日毎朝、聖教を配達してくださる尊き無冠の友の皆さまに、妻と感謝の祈りを捧げた。寒さが厳しくなる時節、健康と絶対無事故、福徳無量を、いやまして祈念せずにはいられない。

祈るらむ
 君の頭上に
  幸福の
 太陽 輝け
   無事に包まれ

これが私の変わらざる心である。
* * *
聖教新聞に多くの寄稿をしてくださったフランスの美術史家ルネ・ユイグ氏は、ナチスの魔手から人類の美の至宝を守り抜いた「精神の闘士」「文化の闘士」である。現在、そのまなざしを偲ぶ「フランス絵画の精華」展が、東京富士美術館で開催されている。
ユイグ氏が誇りとする原点は、20代の若さでルーブル美術館の重責を担い、二つの重要な展覧会を任されたことであった。
若くして、たじろぐほどの責務に挑むことで、どんな困難も克服してみせるという積極果敢な人格になれたと言われるのだ。
「常に自分自身を超越し、自身以上を目指せ」とは、青年への万感のエールである。
* * *
思えば、阪神・淡路大震災、東日本大震災など、未曽有の苦難を乗り越えゆく中で、わが創価の青年たちは不撓不屈の「人間革命」のスクラムを築き広げてくれた。今も被災地で、清掃ボランティア「かたし隊」をはじめ、若き友の奮闘が頼もしい限りである。
この秋、新しいリーダーが澎湃と躍り出ている。
聖教は、女性が輝き、多宝の父母が光り、そして青年が躍動する新聞である。
聖教と共に、さあ、勇気の前進だ! 人材の拡大だ!

2019年10月23日水曜日

2019.10.23 わが友に贈る

「さいわいは心より
いでて我をかざる」
尽きせぬ幸福の源泉は
自らの生命の中にある。
価値創造の劇を共に!

松野殿後家尼御前御返事 P1393
『師子の声には一切の獣声を失ふ虎の影には犬恐る、日天東に出でぬれば万星の光は跡形もなし』

【通解】
師子のほえる声には他のいっさいの獣が声をひそめてしまい、虎の影を見ただけで犬は恐れる。太陽が東天に昇れば、万星の光は、跡形もなく消えてしまう。

〈寸鉄〉 2019年10月23日
他者に共通の基盤見出すSGIの行動こそ理想—博士。共生社会をけん引
音楽隊・鼓笛隊が各地で熱演!弾む命で奏でる希望の旋律。創価文化の花
自分が若いと感じる人は「脳年齢」も若く—研究。生涯青春の多宝会こそ鑑
食品ロスは焼却等で環境への影響も大—国連機関声掛けと行動を家庭から
週末にかけ台風21号が北上。情報注視し警戒強く。無冠の友も絶対無事故で

☆四季の励まし 女性の声が時代を変える 2019年10月20日
人の気持ちに敏感な、
聡明な女性の会話。
その力は厚い鉄の
心の扉をも開く
力をもっている。
女性の正義の「声」は、
人々を動かし、
時代を変えていく。

私の心に
「平和の文化」の原形を
育んでくれたのは、
まぎれもなく母であった。
そして、
わが師・戸田先生との
出会いと仏法の信仰が、
私の平和への熱願を、
不動の哲学にしたのだ。
日蓮仏法は教える。
一個の人間における
一念の変革から、
人生も、地域も、社会も、
世界も、善の方向へ
変えていけるのだと。
平和の第一歩は、
平和が可能だという
確信である。
その信念に燃えた
偉大なピースメーカー
(平和を創造する人)の
先駆者であり、
「女性の世紀」の主役こそ、
わが創価の母たちである。

仏法は
「変毒為薬」の大法である。
何があろうとも、
必ず乗り越えていける。
ゆえに宿命転換の戦いに、
断じて負けてはならない。
どんなに
大変なことがあろうと、
妙法を唱え、
仏意仏勅の学会とともに
生きぬく人は、
厳として守護され、
必ずや
良い方向へ向かっていく。
所願満足の幸福の軌道を
歩んでいけることは、
御聖訓に照らして、
間違いない。

私たちには、
世界を新しくする力が、
世界を活気づける
希望の力がある!
ゆえに、前へ!
また断固として、
前へ進むのだ!
今再び、眼前の現実に
勇敢に挑みゆくのだ!
その人が、最高の勝利の
人間なのである。

先月28日、池田大作先生ご夫妻が東京・信濃町に竣工した「創価学会 世界聖教会館」を初訪問。その折、池田先生が同会館から「創価世界女性会館」を撮影した。晴れ渡る空に、創価の三色旗が堂々と翻っていた。
「女性の世紀」の殿堂と輝く創価世界女性会館。先生は2000年(平成12年)9月、同会館を初めて訪れ、「婦人部・女子部の皆さまが、一人も残らず、幸福になられるよう、勝利されるよう、毎日、真剣に祈っています」と真情を語った。
明年は、この初訪問から20周年。女性の力が世界を変える。その先駆を切るのが創価の女性である。婦人部・女子部の友に最敬礼しつつ、希望と友情の拡大へ心一つに進もう。

2019年10月22日火曜日

2019.10.22 わが友に贈る

永遠なる師弟がある。
強気同志の絆がある。
ゆえに我らは不撓なり!
使命深き一人一人に
仏法勝利の実証は厳然!

十字御書 P1491
『我等凡夫はまつげのちかきと虚空のとをきとは見候事なし、我等が心の内に仏はをはしましけるを知り候はざりけるぞ』

【通解】
私たち凡夫は、まつげが近くにあるのと虚空が遠くにあるのとは見ることができない。私たちの心の中に仏がおられるのを知らないでいたのである。

〈寸鉄〉 2019年10月22日
各地で新任幹部が誕生。まず3カ月が勝負。新生の心意気で11・18へ前進
福井「凱歌宣言」の日。"福運の井戸"から幸の連帯を拡大!常勝の誇りで
「末法の時は折伏以外にない」恩師。青年よ希望と正義の哲理を堂々と語れ
思春期・若年成人のがん、約8割が女性と。検診と支援体制の整備が急務だ
環境破壊の影響で数十年で50億人が食料危機と。今こそ英知結集し行動を

☆世界のザダンカイ パラグアイ 2019年10月13日
◇語り合う 深め合う
大いなる共感と触発と歓喜の広場——「ザダンカイ」は、世界共通の言葉である。日本から約1万8000キロ離れた南米パラグアイでも、創価家族の語らいが弾んでいた。8月中旬、エンカルナシオンとアスンシオンを訪れ、その模様を取材した。

◇エンカルナシオン
パラグアイの南東部に位置するイタプア県の県都エンカルナシオン。アルゼンチンとの国境をなすパラナ川沿いにある。
エンカルナシオンとその周辺の移住地が、サンタ・ロサ支部エンカルナシオン地区の活動の舞台である。
「ここイタプア県はパラグアイ広布の源流の地です。私たちは、道なき道を切り開いた先駆者の汗と涙を忘れず、新たな広布の波を起こしていこうではありませんか!」
会合の席上、タカシ・アタギ支部長が語ると、大拍手が。参加者の瞳には「源流」の誇りが光っていた。
戦後、日本人移住者はエンカルナシオンの北東16キロから始まるチャベス移住地や隣接のフラム移住地などに入植した。移住者に与えられた広大な土地は原生林。木を切り出し、自分たちで家を建てるところから始めなければならなかった。
この移住者の中に、学会員がいた。1961年、彼らを中心に、パラグアイ地区が結成されたのである。
アタギさんの父・テツオさんもパラグアイ広布を切り開いてきた一人だ。57年に愛媛で入会し、59年、妻と2人の子を連れてフラム移住地へ。日本から箱に詰めて持ってきた聖教新聞を手に、折伏に歩いた。生活は貧しかったが、心は充実していた。「自分のことを祈ったことは、ほとんどないね。いつもあの人、この人と、誰かのことを考え、祈って動いてきましたよ」
テツオさんは現在、88歳。「"こんないいところはない"と心の底から感じています」
そんな広布の先駆者の心を継いで、今、同地区は、新たな発展の時を迎えている。
この日、司会を務めたのは未来部のロバート・ルイス・ディアスさん。新入会で男子部のエドガル・ボルドンさんが信仰体験を披露し、女子部のジェシカ・アタギさんが教学の研究発表、ジェニファー・フレテスさんが青年部の運動を紹介した。
かつて日系人中心の地区だったが、現在は約7割がパラグアイ人のメンバーだ。このうち、青年部が半数を占め、地区は活気に満ちている。
アタギさんは語る。「源流の誇りこそ私たちの原動力です。私自身、毎年、2世帯の弘教が実り、個人折伏は20世帯を超えました。その大半が現地の青年です。私たちは今再び、先駆者の自覚で対話に打って出ます」

◇アスンシオン
首都アスンシオンでは毎週、班(日本のブロック)を中心に座談会を開いている。今回、取材した三つの班座談会は、いずれも「全員参加型」の内容だった。
王者支部のビスタ・アレグレ班では「慈悲」をテーマにディスカッションを。
「慈悲の根本は抜苦与楽です。相手の話をよく聞くことから始まると思います」
「悲しんでいる人を見たら、放っておけない。でも声を掛けるには勇気が必要ですね……」
さまざまな意見が飛び交う中、中心者である婦人部のマリアナ・バレットさん(班長)が小説『新・人間革命』第9巻「鳳雛」の章の一節を紹介した。
——山本伸一が、小児麻痺の後遺症と経済苦に悩む友に同苦しながら、"強い心を育んでほしい"と願い、あえて厳しい口調で語った場面である。
「あなたには、御本尊があるではないか! 迷ってはいけない。ハンディを嘆いて、なんになるのか。いくら嘆いてみても、事態は何も変わりません。また、すべての人が、なんらかの悩みをかかえているものだ。いっさいが恵まれた人間などいません。学会っ子ならば、どんな立場や状況にあろうが、果敢に挑戦し、人生に勝っていくことだ。どうなるかではなく、自分がどうするかです」
バレットさんはこの一節を通し、語った。
「慈悲は感傷的なものではありません。現実を嘆くのではなく、山本伸一のように、目の前の友と真剣に向き合うことが慈悲といえるのではないでしょうか」
最後に、男子部のマティアス・サンチェスさん(副班長)が口を開いた。「皆、悩みは尽きません。だからこそ友のことを真剣に祈り、勇気を出して励ましを届けていきたいと思います」
「不軽菩薩とは? どなたか説明してください」——王者支部の開発班では冒頭、婦人部のパトリシア・エスコバルさん(班長)が参加者に投げ掛けた。
「ちょっと間違っているかもしれないけれど……。何を言われても感謝できる人、どんな時でも、励ましを送れる人だと思います」
「素晴らしい。他の方はどうですか」とエスコバルさん。時に冗談を交えながら、皆が話しやすい雰囲気をつくっていく。
ある壮年が語った。
「不軽菩薩の言葉を信じられず、瓦のかけらや石を投げつける人がいました。それでも、不軽菩薩は、相手の可能性を信じ抜き、敬い続けました」
さらに壮年は続けた。
「私たちの実践に置き換えると、常に相手を敬うことは難しい時もあります。だから学会活動に励む意義があります。私も、もっと境涯を高め続けていきたいですね」
あっという間に1時間がたち、終了時刻に。この座談会が、まさに相手を敬い、相手の可能性を引き出す"地涌の菩薩の集い"そのものだった。
勝利支部の幸福班では「辨殿尼御前御書」の一節を学び合った。
担当は、男子部のヘラルド・アラルコンさん(班長)である。
「第六天の魔王・十軍のいくさを・をこして・法華経の行者と生死海の海中にして同居穢土を・とられじ・うばはんと・あらそう、日蓮其の身にあひあたりて大兵を・をこして二十余年なり、日蓮一度もしりぞく心なし」(御書1224ページ)
アラルコンさんは語った。「広宣流布は、やむことのない仏と魔との連続闘争です。ここでは、不退の信心こそ一切の魔を打ち破っていく極意であると仰せです」
ここから、参加者は「魔の働き」について語り合った。
「"このくらいでいいかな"と思ってしまう妥協の心。"自分には関係ない"という無関心。魔は自分の中に潜んでいますね。成長を妨げる働きがあると思います」
「魔は、日常生活の中で突然、襲ってきます。でも教学を学び、活動に励めば、境涯が高まり、"これが魔だ"と見破ることができます。魔を打ち破るたびに、私たちは成長していけますね」
参加者は「折伏に挑み続けていくことが、魔を打ち破る力であり、宿命転換の道である」と決意し合った。
これで座談会は終了かと思いきや、皆、立ち上がり、庭へ。"コミュニケーションゲーム"が始まり、大盛り上がり。創価家族の笑い声がアスンシオンの夜空に響いた。

2019年10月21日月曜日

2019.10.21 わが友に贈る

◇今週のことば
「妙とは蘇生の義なり」
いかなる困難も
必ず打開できる妙法だ。
異体同心の同志と共に
不屈の使命力で前へ!
2019年10月21日

日女御前御返事 P1249
『かかる法華経を末代の女人二十八品を品品ごとに供養せばやとおぼしめす但事にはあらず、宝塔品の御時は多宝如来釈迦如来十方の諸仏一切の菩薩あつまらせ給いぬ、此の宝塔品はいづれのところにか只今ましますらんとかんがへ候へば、日女御前の御胸の間八葉の心蓮華の内におはしますと日蓮は見まいらせて候、例せば蓮のみに蓮華の有るがごとく后の御腹に太子を懐妊せるがごとし』

【通解】
このように貴い法華経二十八品を女人であるあなたが品々ごとに供養しようと思い立たれたことは大変素晴らしいことである。宝塔品の儀式には多宝如来・釈迦如来・十方の諸仏・一切の菩薩が集まったのである。その宝塔品が今、どこにあるかと考えてみるとそれは日女御前の胸中・八葉の心蓮華の中にこそあると日蓮はみるのである。それは例えば蓮の実に蓮華があり、后のおなかに太子を懐妊するようなものである。

〈寸鉄〉 2019年10月21日
「一念三千も信の一字より起り」御書。何があっても題目。これ人生開く要
台風被災地で青年部らが復旧に汗。人々のため!その心意気こそ創価の光
人は希望によって逆境から救われる—作家。励ましの声を。目前の一人に
乳がん撲滅訴えるピンクリボン月間。早期発見・治療が鍵。過信せず検診
ネット通販詐欺に注意。安易に買わず。契約前に会社情報などをよく確認

☆ライオンハート 師子の誓い 第2回 アメリカ アレン・ザキさん
◇飛躍の鍵は"持続の祈り"
——発心したのはいつ頃ですか?

それが、つい3年前のことなんです。
学会員の両親のもとで生まれ育ち、高等部の時までは会合にも参加していました。しかし大学に入ってからは、忙しさなどを理由に、信心から遠ざかっていました。
私は幼い頃から、カメラマンになることが夢でした。大学で写真について専門的に学び、卒業後はフリーランス等として撮影の仕事に従事。しかし2016年の初頭、勤務する撮影プロダクションが経営難に。仕事が激減し、生活苦に陥ったのです。
金銭的な余裕がなく、一人むなしく過ごす中で、どんなことにもマイナス思考になってしまいました。
そんな折、職場の同僚が「一緒にSGIの会合に参加してみない?」と、誘ってくれたのです。「実は僕も学会員なんだ」と言うと、彼女は大変に驚き、笑顔の語らいが広がりました。
久々に参加した地区座談会。題目の声を聞くと、幼い頃に聞いた両親の唱題の声を思い出し、"またここに来たい"と思いました。その後も多くの同志から励ましを受け、もう一度、信心で苦難を乗り越えようと決意。御本尊を受持しました。

——その後、どのような変化がありましたか?

まず、"信心は続けることが大切。勤行・唱題を持続できるようになろう"と先輩に励まされ、「受くるは・やすく持つはかたし・さる間・成仏は持つにあり」(御書1136ページ)の一節を胸に、毎日、欠かさず祈るようになりました。
その中で、"どんな困難も打ち破るんだ"との強い気持ちが心の底から湧き上がり、どんなにつらい現実にも、向き合っていこうと思えるように。職場の環境も徐々に改善され、苦境を脱することができたのです。
信心の功徳を実感した私は、報恩感謝の思いでさらに積極的に学会活動に挑戦。昨年6月には、職場の同僚に初めての御本尊流布を実らせることができました。

——現在は男子部本部長として、師弟の縁深きロサンゼルスの天地で存分に奮闘されていますね。

はい! 本年前半、私たちは「支部青年部座談会」(7月)に向けて、対話の大波を起こそうと、仏法対話に全力を挙げてきました。各部一体での訪問・激励も徹底し、本部として、100人の友人を招くことができ、8月だけで19人の友が新たに入会しました。
現在は、小説『新・人間革命』の研さんや新たな人材の育成に注力しながら、11・18「創価学会創立記念日」を勝利で飾ろうと、皆で仲良く前進しています。
8、9月に初めて日本でのSGI青年研修会に参加することができました。
行く先々で出会った同志の温かな振る舞いに心から感動。いかなる障魔の嵐が吹き荒れようとも、師弟不二の炎を燃やし、広布の大道を進みゆこうと誓っています。まずは自分自身が拡大の先頭に立ち、わが地域に広宣拡大の金字塔を打ち立ててまいります。

1986年入会。写真家として、雑誌の表紙の撮影等を手掛ける。牙城会員として会館厳護の任務に携わる。男子部本部長。

2019年10月20日日曜日

2019.10.20 わが友に贈る

題目の人は強い。
苦難にも負けない。
「いよいよ強盛に
大信力をいだし給へ」
勇気の心で進みゆこう!

下山御消息 P349
『現証に付て事を切らんと思う処に、彼常に雨を心に任せて下す由披露あり、古へも又雨を以て得失をあらはす例これ多し、所謂伝教大師と護命と守敏と弘法と等なり、此に両火房上より祈雨の御いのりを仰せ付けられたり』

【通解】
現証をもって決着をつけようと思っていたところ、良観房は常に雨を心のままに降らせると世間に宣伝している。昔もまた祈雨をもって優劣を決した例は多くある。かの伝教大師と護命、守敏と弘法の例などである。ちょうどこの時にあたって両火房が幕府より祈雨を仰せつけられたという。

〈寸鉄〉 2019年10月20日
創価の力は人間の絆で築いた団結に—博士。復旧・復興へ!同志と支え合い
広島の日。地涌の使命に燃えて対話拡大。平和を願う民衆の大連帯今こそ
幹部は会合に参加できぬ友にこそ励ましを。組織の隅々に信仰の歓喜送れ
無許可の廃棄業者は不法投棄の温床と。出す前に確認を。リサイクルの日
歩行者の死亡事故、7割が道路横断中。車の運転は「歩行者優先」を忘れず

☆第43回本部幹部会 沖縄総会から(会長指導)
◇明2020年のテーマは「前進・人材の年」
◇皆が前進 皆が人材 新しい陣列を勇気の挑戦で
一、「世界広布新時代第43回本部幹部会」ならびに「沖縄総会」の開催、誠におめでとうございます(拍手)。
また本日は、5カ国・地域から、114人のSGIメンバーが参加されています。
遠いところ、ようこそお越しくださいました。心より歓迎申し上げます。

◇平和の種が花開く
一、さてこのたび、インド、タイ、そして中国を訪問してまいりました。いずこにあっても、池田先生のまかれた幸福と平和の種が見事に育ち、花開く時代を迎えていることを、改めて実感する歴訪でありました。
20万人以上もの陣列を築くインドでは、待望の新「本部」と、創価菩提樹園に「池田講堂」が完成。また、コヴィンド大統領との会見、名門マーナブ・ラチャナ大学から池田先生への名誉哲学博士号授与など、学会への共感は、インド社会全体に広がっています。
一方、タイ創価学会の陣列は、19万4000人を超え、この四半世紀で10倍の発展を成し遂げました。中でも壮年部は、明年に向けて、7万5000人の連帯を築こうと意気盛んです。
池田先生との出会いを重ねてこられたアナン元首相が、「世界の調和のために献身される池田博士から、会うたびに多くのことを学びました。その時の会話は、すぐに書き起こして、全て覚えています」と語られたように、タイにおいても、池田先生の平和思想は厳然と根付いています。
先生が親交を深められたプーミポン前国王の次女で、ワチラロンコーン国王の妹君であられる、シリントーン王女との会見の模様が、タイのテレビ各局で放映されたのも、そうした社会的信頼の表れであります。
そして、建国70年の国慶節(建国記念日)を迎えた中国では、人民大会堂での記念レセプションに、学会を代表して出席してまいりました。
また、周恩来総理のめいである周秉徳氏と会見。周氏は、学会による日中友好への一貫した姿勢を高く評価しつつ、「後継とは、具体的な実践によって実を結ぶものです」と結論されていました。
まさに今、インドにあっても、タイにあっても、否、全世界にあって、「わたしが山本伸一」と、地涌の使命を自覚した池田門下の一人一人が、「具体的な実践」によって、「後継」の実を結んでいるのであります。
学会創立90周年を迎える明2020年は、池田先生の第3代会長就任から60周年の佳節を刻みます。
池田先生が会長に就任された、1960年の年間テーマは「前進の年」。私どもは、さらなる世界広布の前進と、人材拡大の実証で、先生の偉大さを全世界に宣揚していきたい。
そこで、明年はテーマを「前進・人材の年」と掲げ、共に進んでいきたい(拍手)。
一、池田先生の戦いは、蒲田の二月闘争、札幌・夏の陣、大阪の戦い、山口開拓指導と、若き日から「前進また前進」の連続でした。
かつて池田先生は教えてくださいました。
「私も若き日に、C級支部といわれ、弘教の勢いも全然あがらなかった文京支部で、戸田先生の命により支部長代理として指揮をとった。そのときの合言葉が『前進』であった。"この支部が前進しなければ、学会全体が前進しない"との確信に立ち、それこそ歌を口ずさむ思いで生き生きと戦った」と。
私たちもまた、「私の前進なくして、世界広布の前進はない」との確信に立って、生き生きと戦っていきたい。
先生は、こうも教えてくださっています。
「私は徹底して、(文京)支部のメンバー一人一人と会っていきました。当時の組織はタテ線だから、神奈川の橋本や保土ケ谷方面など、支部員もあちこちに散在している。私は、そうしたメンバーを全力で励まし、電光石火で手を打っていった。そして、その年の12月には、全国が目を見張る、第一級の拡大の成果を残すことができたのです」
実際、当時の女性支部長のご主人からして、仕事が忙しい上、威張る幹部が嫌で、当初は活動を避けていました。
しかし、先生が機会を逃さず、「奥さまには、いつも本当にお世話になっております」と、丁寧に頭を下げ、あいさつされると、ご主人の学会に対する見方は一変。やがて、奥さまの後を受けて支部長となるまでに成長されました。
人材育成とは、まず自分が模範の人材に成長すること。この原点に立ち返り、明「前進・人材の年」は、"皆が前進""皆が人材"の「目を見張る」一年にしていきたいと思います。

◇柔軟かつ大胆に
一、池田先生が60歳の還暦を迎えた折、長年、先生と親交を結んだ経営の神様・松下幸之助氏は、こう祝詞を寄せてくださいました。
「もうひとつ『創価学会』をお作りになられる位の心意気で」と。
今後、少子高齢化が加速度的に進展していきます。それに即応して、学会組織の形や在り方も、柔軟かつ大胆に変化していかなければなりません。
変化を頑迷固陋に拒むのではなく、しかしまた変化に唯々諾々と従うのでもなく、時代の「挑戦」に対して、雄々しく「応戦」し、学会が新たな進化を遂げゆく、チャンスへと転じていくべき時です。
池田先生の会長就任60周年を迎える明年、今度は、私たち後継の池田門下が、「もう一つ『創価学会』を作る心意気」で、前進の気迫を五体にみなぎらせて戦い、人材を見付け、育て、伸ばし、広げながら、わがブロック、わが地区、わが支部の広布を一歩前進させていきたい。そして、先生にご安心いただける創立90周年にしていきたい。
さあ、まずは本年、「世界聖教会館」が開館する「11・18」を大勝利で飾り、前進また前進の号砲を高らかに打ち鳴らしていこうではありませんか(拍手)。

2019年10月19日土曜日

2019.10.19 わが友に贈る

気温が大きく変化し
体調を崩しやすい時期。
風邪や流感に注意!
"百千万億倍の用心"で
賢明な予防と対策を!

聖人御難事 P1190
『月月日日につより給へすこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし』

【通解】
月々日々に信心を強めていきなさい。少しでもたゆむ心があれば、魔がそのすきにつけこんで襲ってくるであろう。

〈寸鉄〉 2019年10月19日
「最後の勝利は苦労した人間にある」戸田先生。今の奮闘は生涯の宝なり
リーダーとは希望を配る人のこと—英雄。今こそ励ましの光で地域照らせ
「互に読聞けまいらせさせ給え」御書。共に学び共に成長。これ学会の魂
東日本で雨続く。少しの量でも洪水や土砂災害に警戒と。常に情報を確認
いじめ認知件数54万件で過去最多。学校・家庭・社会が一体で根絶へ総力を

☆心に御書を 第4回 悔いなき凱歌の人生を
『一期を過ぐる事程も無ければいかに強敵重なるとも・ゆめゆめ退する心なかれ恐るる心なかれ』(如説修行抄、504ページ)

◇通解
一生は、つかの間に過ぎてしまう。それゆえ、いかに三類の強敵が重なろうとも、決して退く心、恐れる心を起こしてはならない。

◇池田先生が贈る指針
御本仏は、命に及ぶ大難の佐渡でも、悠然と弟子たちを励まされた。
断じて退くな! 何も恐れるな! 勇敢に試練の嵐を乗り越えれば勝利の青空が広がるのだ。
この如説修行の魂を受け継ぎ、創価の師弟は三類の強敵と戦い抜いてきた。これ以上の誉れはない。我らは大聖人直系の「師子王の心」で、悔いなき凱歌の人生を!

☆池田華陽会御書30編に学ぶ 上野殿後家尼御返事(下)(地獄即寂光御書) 2019年10月12日
◇信心根本に幸福境涯を確立 宿命転換の哲理を胸に
今月は、「上野殿後家尼御返事」の後半を学びます。
池田先生は、本抄の講義の中でつづられました。
「宿命との戦いに際して、尼御前は、どこまでも大聖人を求め抜き、戦い抜き、見事に勝利していきます。仏法の生死観を極めた師匠と共に戦えることが、どれほど、すばらしいことか。師弟共に、『生も歓喜』『死も歓喜』の境涯を歩むことが、真の即身成仏の法門なのです」
日蓮大聖人が女性門下に示された、いかなる宿命にも負けない幸福哲学を学んでいきましょう。(拝読範囲は、御書1505ページ11行目〜本抄末尾です)

◇本抄について
本抄は、日蓮大聖人が、駿河国(静岡県中央部)の門下であり、南条時光の母である上野尼御前に送られたお手紙です。
尼御前の夫・南条兵衛七郎は、文永2年(1265年)3月、重い病のため亡くなりました。
本抄は、文永11年(1274年)の御執筆ともいわれてきましたが、内容等から、兵衛七郎の逝去のすぐ後、文永2年7月の御述作ではないかと考えられています。
兵衛七郎が亡くなった時、後に家督を継ぐ次男の時光は7歳、末の息子はまだ尼御前の胎内にいました。
大聖人は本抄を通して、悲しみをこらえながら必死の思いで家族を守り育てる尼御前を、包み込むように励まされています。

◇御文
『故聖霊は此の経の行者なれば即身成仏疑いなし、さのみなげき給うべからず、又なげき給うべきが凡夫のことわりなり、ただし聖人の上にも・これあるなり、釈迦仏・御入滅のとき諸大弟子等のさとりのなげき・凡夫のふるまひを示し給うか。
いかにも・いかにも追善供養を心のをよぶほどはげみ給うべし、古徳のことばにも心地を九識にもち修行をば六識にせよと・をしへ給う・ことわりにもや候らん、此の文には日蓮が秘蔵の法門かきて候ぞ、秘しさせ給へ・秘しさせ給へ』(御書1506ページ8行目〜13行目)

◇通解
亡くなった上野殿は、この法華経の行者ですから即身成仏は間違いありません。だから、そのように嘆くべきではありません。しかしまた、嘆くのが凡夫のならいです。もっとも、聖人であっても嘆くことはあるのです。釈迦仏が入滅された時、多くの優れた弟子たちが、悟りを得ていたのに嘆かれたのは、凡夫の振る舞いを示されたのでしょうか。
何としても、追善供養を心ゆくまで励まれることです。
昔の智者の言葉にも「心の根底を第九識(根本浄識)におき、修行は六識においてしなさい」と教えられています。これは道理かもしれません。
この手紙には日蓮の胸中に秘めた大切な法門を書きました。心に深くとどめておきなさい、とどめておきなさい。

◇解説
本抄を結ばれるに当たり、大聖人はあらためて、"亡くなった兵衛七郎は法華経の行者であったので、即身成仏は間違いない"と仰せです。"ですから、何も嘆くことはないのですよ"との、師の慈愛と確信あふれる言葉に、尼御前はどれほど勇気づけられたでしょうか。
しかし尼御前にとって、大切な人を失った悲しみや、幼い子を抱えて暮らす不安は、簡単にぬぐい去れないほど深かったに違いありません。
大聖人は、そうした心情に寄り添われ、"分かっていても、つい嘆いてしまうのが凡夫です。聖人でさえ特別な時には嘆くものです"と、励まされます。
最愛の人の死に接し、心の整理がつくまでの時間は、誰かが決められるものではありません。大切なことは、ありのままの気持ちで、"心ゆくまで"題目を唱え抜いていくことです。
また、追善の祈りも、妙法の祈りであれば、全てが仏道修行に通じていきます。本抄では、「心地を九識にもち修行をば六識にせよ」との、古徳の言葉が引用されています。
仏法の生命観を示す法理に「九識論」があります。これは、生命が物事を認識する働きを、表層から深層に向かって9種に分けたものです。
「六識」とは、五感(眼・耳・鼻・舌・身)の働きである「五識」に「意識」を加えたもので、私たちの日常は六識の働きで成り立ちます。
この六識の次に、七識・八識があります。そして「九識」こそ、最も根源にある清浄無垢の生命、すなわち仏界です。
「心地を九識にもち」とは、現実がどんな状況であれ、自らの生命に尊極の仏界があることを確信し、御本尊に祈り抜いていくことと拝せます。
その上で、「修行をば六識にせよ」とあるように、仏道修行の場は、どこまでも現実生活の中にあります。
現実の悩みや目標に向かい、真剣に題目を唱え抜くことで、仏界の生命を涌現させ、確立していくことができるのです。
どんな悩みも、信心根本に立ち向かえば、最高の幸福境涯を開く糧となることを確信し、前進していきましょう。

★池田先生の講義から
たとえ今、地獄の境涯にあったとしても、一念が転換すれば、直ちに妙法の当体としての清浄にして尊極なる生命を、その身のままで、現すことが可能なのです。(中略)
大聖人は、その身に成就された尊極の生命を御本尊としてあらわしてくださいました。その御本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱える人は、我が生命を覆う無明を打ち破って、妙法と一体の仏界の生命を、我が身に涌現していけるのです。(『希望の経典「御書」に学ぶ』第1巻)
◇ ◆ ◇
御本尊の前では、何も飾る必要はない。
嬉しいときは嬉しいままに、悲しいときは悲しいままに、ありのままの自分で御本尊を拝していくことです。
苦楽ともに思い合わせて、題目を唱えに唱え抜くのです。
妙法の広大な力によって、その祈りがすべて仏道修行になります。何があろうと唱題し抜いた人が、真の勝利を得るのです。(同)

◇研さんのために
○…『希望の経典「御書」に学ぶ』第1巻(聖教新聞社)
○…『信仰の基本「信行学」』(同)
○…2018年6月号「大白蓮華」掲載の「世界を照らす太陽の仏法」

2019年10月18日金曜日

2019.10.18 わが友に贈る

共に悩み、共に祈り、
友に動き、共に喜ぶ。
それが学会の同志だ。
世界一の励ましの世界を
今いる場所で広げよう!

二乗作仏事 P594
『師子身中の虫の自ら師子を食うが如し、外道には非ず多く我が仏法を壊りて大罪過を得ん』

【通解】
師子身中の虫が自ら師子を食うようなものである。外道ではなく、多くの仏弟子が仏法を破壊する大罪を犯すであろう。

〈寸鉄〉 2019年10月18日
各地で座談会。希望と勇気を心に灯し合う—妙法の会座は生命の安全地帯
民音創立記念日。優れた音楽・芸術を庶民の手に。今や世界結ぶ文化運動と
京都の日。不撓不屈の創価の連帯は威風も堂々。正義の対話で楽土建設を
台風被災地の生活再建に公明よ総力を。寒さ増す季節、対策の速度上げよ
流感の患者数が昨年同時期の8倍強。マスク着用、入念な手洗いなどで予防

☆池田先生のメッセージ 2019年10月13日
◇一人一人を尊び敬いながら人生を勝ち開く生命の力を!
教育で結ばれた心の絆は、国を超え、時を超えます。今日のこの教育の広場を、私がぜひともお見せしたかったと思う先生がおります。
ここ富山県のご出身で、わが青春の母校「大世学院」(現在の東京富士大学)の創立者であられる高田勇道先生であります。高田先生ご自身が教壇に立ち、やや甲高い声で熱弁をふるってくださったお姿が思い出されてなりません。
病を抱えておられたゆえ、時折、咳き込みながらも、「将来を担う人物が、どんどんと出てもらいたい。私はそれを信ずる」と、それはそれは烈々たる気迫で、私たち青年を励ましてくださるのが常でした。
高田先生は断言されました。教育とは「学生に生命を与えていくことである」と。すなわち、単に知識や技術を教えるだけでなく、一人の人間として現実社会の中で人生を勝ち開いていける「生命の力」を贈ることこそ、教育の本義である、との信念でありました。
それは、富山に隣接する新潟と石川を故郷とする、牧口常三郎先生と戸田城聖先生が掲げた、わが「創価教育」の哲学とも強く深く響き合うのであります。
教育は「生命といふ無上宝珠を対象とする」ゆえに、「最優最良の人材にあらざれば成功することの出来ぬ人生最高至難の技術であり芸術である」(『牧口常三郎全集6』所収「創価教育学体系(下)」第三文明社)との確信こそ、創価教育を貫くものでもあります。
本日、お集まりの先生方は、日本、そして、世界の未来を描いていく人間教育の大技術者であり、大芸術家にほかなりません。
仏典には「鏡に向って礼拝を成す時浮べる影又我を礼拝するなり」(御書769ページ)という美しい譬喩があります。一人ひとりの若き命を尊び、敬い、励まし、共に学びゆく教育こそ、まさしく相互の生命を最大に光輝あらしめる聖業なのであります。
聖業なるゆえに言い知れぬ労苦の連続でありましょう。なればこそ、聡明に健康第一で、良き仲間と励まし合いながら、たくましく朗らかな前進をお願いします。
そして、富山の秋の大地に咲き誇るコスモスの花の如く、烈風にも負けない、子どもたちの幸の笑顔を爛漫と咲き薫らせていこうではありませんか!(大拍手)

2019年10月17日木曜日

2019.10.17 わが友に贈る

被災された皆さま
断じて負けるな!
一日も早い復旧・復興を
世界の友も祈っている!
どうか健康第一で!

乙御前御消息 P1220
『日蓮をば日本国の上一人より下万民に至るまで一人もなくあやまたんとせしかども今までかうて候事は一人なれども心のつよき故なるべしとおぼすべし』

【通解】
日蓮を日本国の上一人より下万民に至るまで、一人の例外もなく害しようとしましたが、今までこうして無事に生きてくることができました。これは、日蓮は一人であっても、法華経を信ずる心の強いゆえに諸天善神が守護されたのであると思いなさい。

〈寸鉄〉 2019年10月17日
人々の心を鼓舞する会長の詩に驚嘆—博士。師に学び、激励の光を我らも
東京・板橋の日。本陣に堅固な友情の「金の橋」。新たな歴史を錦州城から
学会と進めば今の悩みは全部功徳に変わる—恩師心一つに変毒為薬の劇を
報告・連絡・相談こそ組織の命脈。小事が大事。幹部は友の思いに電光石火で
高齢者の体力向上続く。地域に生き生きと尽くす多宝会は幸齢社会の模範

☆支部未来本部長・未来部長会への池田先生のメッセージ 2019年10月8日
◇わが地域に人材の花を咲かせ広げよう!
恩師・戸田先生はよく言われておりました。
「人材を育てる人こそが真の人材だ」と。
広宣流布の尊き最前線で、まさしく真の人材の輝きを放たれている支部未来本部長の皆さん、未来部長の皆さん、いつもいつも本当にありがとうございます!
「開目抄」の最終章では、なぜ、法華経の会座に、釈迦・多宝・十方分身の諸仏が集まってきたのかが、論じられております。
日蓮大聖人は、宝塔品の「令法久住・故来至此」、すなわち「法をして久しく住せしめんが 故に此に来至したまえり」との経文を引用され、仰せになられました。
それは、「未来に法華経を弘めて未来の一切の仏子にあたえん」(御書236ページ)ためであると。
そして、その仏たちのお心は、大きな苦しみにあっている我が子を何としてでも救わずにおかないという父母よりも、さらに強く盛んであると言われるのであります。
本日の全国を結んでのテレビ会議は、この最極無上の仏に直結して、「未来の一切の仏子」を励まし育み、世界広宣流布の流れを永遠ならしめゆく「誓願の会座」にほかなりません。どれほど崇高にして、どれほど福徳あふれる集いでしょうか。
未来部担当者の方々が、また教育部の先生方が、親きょうだいにも勝る深い慈愛をもって、後継の宝の成長と幸福を願い、日夜、尽くしておられる献身を思う時、私は妻とともに、朝な夕な合掌せずにはいられません。
人の何倍、いな何十倍もお忙しい毎日でしょう。しかし、皆さんの功徳は無量無辺であり、子孫末代まで絶対に守られていくことを、どうか強く深く確信してください。
フランスの大思想家ルソーは教育小説『エミール』の中で訴えました。
「子どもに純真な心をもちつづけさせるよい方法は一つしかないと思われる。それは、子どものまわりにいるすべての人が純真なものを尊重し、愛することだ」と。
学会ほど、純真な心の世界はありません。学会ほど、正義の団体はありません。
この創価の庭にみなぎる人間主義、生命尊厳の「教育力」こそ、地域を、社会を、さらに世界までも、照らし晴らしゆく希望の太陽でありましょう。
きょうの有意義な研鑽を力としながら、共々に「いまだこりず候」(同1056ページ)と、励ましの種を蒔き、人材の花また華を、わが支部から未来へ咲かせ広げようではありませんか!
どうか健康第一で聡明に朗らかな前進をお願いします。私も題目を送り続けます。

2019年10月16日水曜日

2019.10.16 わが友に贈る

「一切衆生の同一苦は
悉く是日蓮一人の苦」
同苦こそ仏法の精髄だ。
苦悩の友に寄り添い
勇気を送りゆこう!

佐渡御書 P957
『おごれる者は強敵に値ておそるる心出来するなり例せば修羅のおごり帝釈にせめられて無熱池の蓮の中に小身と成て隠れしが如し』

【通解】
傲っている者は、強敵に遭遇すると、恐れる心が出てきます。例を挙げれば、傲り高ぶっていた修羅が、帝釈から攻められた際に、無熱池の蓮の中に身を縮めて、隠れてしまったようなものです。

〈寸鉄〉 2019年10月16日
苦難の時ほど学会の皆様は心強い味方と感じる—市長。地域の希望の柱と
広布に尽くす人を御本尊が放っておくか—恩師。最後は勝つ!この確信で
「食は命をつぐ」御聖訓。食品ロス削減も感謝の心から。今日、世界食料デー
災害に付け込む悪質詐欺に注意。「点検は無料」と訪問する業者は信じるな
新聞週間。機関紙を彩る人間蘇生のドラマ。読者に活力送る紙面をさらに

☆四季の励まし 平和は「友情の対話」から 2019年10月6日
創価学会が進める
広宣流布は、
決して宗派の拡大が
目的ではない。
法華経の生命尊厳と
万人尊敬の哲学を基調に、
人類の幸福と
世界の平和の確立を目指す
民衆運動である。
対話を根幹として、
人と人とを結び、
世界市民の「希望の連帯」
「善の連帯」を築き上げ、
地球民族の共生の理想を
実現していく精神闘争に
ほかならない。

利害による結合は、
もろく、はかない。
真の友情は、
苦難にあうほど深められ、
強められていくものだ。
「真実の友情」を
結ぶことこそ、
最高の人生の宝である。

ダイヤモンドは
ダイヤモンドでしか
磨けないように、
人間対人間の、
全人格的な
打ち合いによってこそ、
人は自らを鍛え、
さらなる高みへと
登攀していけるのだ。

力強い声は、
皆の心を大きく広げる。
温かい声は、
友の心を開かせる。
久しぶりに会う友には、
「しばらくでしたね」と、
こちらから声を掛ける。
失意の友には
「祈っています」と
励ましの声を贈る。
にこやかに、
明るい笑顔で語るのだ。
自信に満ちて、
正々堂々と対話するのだ。

目の前の一人を
大事にすることから
平和は始まる。
性格や好みが
合わない人もいるだろう。
でも自分と違うからこそ、
学ぶことも多い。
勇気を出して語らい、
友情を結ぼうと
聡明に努力していく。
ここに、
人類を一つに結びゆく
「世界市民」の
誇り高き一歩がある。

澄み切った青空の下、躍動のリズムに乗って青年たちが舞った——。
1992年(平成4年)2月、池田大作先生が恩納村の沖縄研修道場を訪問。アジア総会・平和音楽祭の後、野外で行われた交歓会では、アジアの青年たちが、平和建設の情熱を演舞に託した。その雄姿を、先生が撮影した。
道場内に立つ「世界平和の碑」。かつて核ミサイルの発射台だったが、先生の提案で生まれ変わった。先生はその真情を「核も、戦争も、人の心から生まれた。ならば、まず人の一念の『発射の向き』を変えよ! その逆転の作業を! 『碑』は、その象徴である」と述べている。
さあ、心豊かに友情を結ぼう。それが、平和への確実な道となる。

2019.10.15 わが友に贈る

新聞休刊日

兄弟抄 P1088
『設ひいかなるわづらはしき事ありとも夢になして只法華経の事のみさはぐらせ給うべしし』

【通解】
たとえ、どんな煩わしいことがあっても、夢だと思って、ただ法華経のことだけを考えていきなさい。

☆第43回本部幹部会・沖縄総会への池田先生のメッセージ
◇広布に生き抜く生命は偉大 人間革命の大歓喜に舞え!
一、わが師・戸田城聖先生は、第2代会長になられた折、私に一首の和歌を詠んでくださいました。
「現在も 未来も共に 苦楽をば 分けあう縁 不思議なるかな」と。
沖縄の広宣流布は、この恩師から直々に託された誓願であります。ゆえに私は、第3代に就任して真っ先に沖縄へ飛びました。
そして、愛してやまない沖縄の同志たち一人一人と、「苦楽を分けあう不思議なる縁」を結び、深め、広げてきたのであります。
以来、60星霜になろうとする今、わが沖縄家族の栄光と凱歌の晴れ姿ほど、うれしいものはありません。沖縄本島の各地と宮古・八重山など10の会場を結ぶ大晴天・大歓喜の沖縄総会、ならびに本部幹部会、誠におめでとう!(大拍手)
遠路はるばる集われたSGIの皆さん方、ようこそ、お越しくださいました。この福徳は、いかばかりか。
何より御本仏が、「心ざし大海よりふかく善根は大地よりも厚し」(御書1105ページ)と賛嘆してくださっているでありましょう。本当にありがとう!(大拍手)
一、わが創価学会は、どこまでも「御書根本」です。
だからこそ、何があっても行き詰まらない。
だからこそ、限りなく前進できるのであります。
大難の佐渡で記された「諸法実相抄」の一節を拝したい。
「たえて弘めん者をば衣を以て釈迦仏をほひ給うべきぞ、諸天は供養をいたすべきぞ・かた(肩)にかけせなか(背)にを(負)ふべきぞ・大善根の者にてあるぞ・一切衆生のためには大導師にてあるべし」(同1359ページ)との仰せであります。
日蓮大聖人の正統の門下たる創価の師弟は、三類の強敵と戦い、いかなる難も耐え忍びながら、妙法を弘め抜いてきました。それゆえに、三世十方の仏菩薩も、諸天善神も、我らを断固として護らずにはおきません。
このたゆまぬ大前進の中から、我らは地涌の人材を二陣三陣と呼び出し、励まし育て、一切衆生のためにと、地域へ社会へ世界へ、送り出しています。そして、その模範の中の模範、希望の中の希望こそ、わが沖縄創価学会なりと、胸を張って宣言したいのであります(大拍手)。

◇仏性に向かって
一、本日、代表の友が参加されているブラジルでも台湾でも、インド、シンガポールでも、そして韓国でも、創価の誉れの宝友たちは、法華経に説かれる「柔和忍辱の心」を深く体して、大変であればあるほど、「いまだこりず候」(同1056ページ)と御書の通り、勇敢に誠実に忍耐強く信念の行動に打って出てきました。
「立正安国論」には、対話の極意が幾重にも示されています。それは、相次ぐ災難をどうすれば打開できるかを巡る語らいです。
その中で、仏法への誤った理解を正されると、客人は顔色を変えて怒り出し、杖を手にとり、席を蹴って立ち去ろうとします。
しかし、その時「主人咲み止めて曰く」(同24ページ)。すなわち、すかさず微笑みを浮かべて、客人の足を止め、おおらかに包み込みます。そして、再び諄々と対話を進め、最後には、客人が主人と「誓い」を共有して、ついに「立正安国」の行動へ一緒に踏み出すのです。
仏法者の言論は、たじろいだり、気取ったり、臆したりする必要はない。「はたらかさず・つくろわず・もとの儘」(同759ページ)という本有無作の生命で、相手の仏性に向かって、正義と真実を朗らかに悠々と語り切っていけばよいのであります。
この笑顔の対話の力を生き生きと発揮して、歓喜あふれる友情の舞、幸福の舞、平和の舞を広げているのが、まさしく沖縄広布の尊き父母たちであり、創価家族の偉大な「おじい」「おばあ」ではないでしょうか。
大聖人は、夫に先立たれ、幼子を抱え信仰を貫いてきた健気な母を励まされました。
「此の妙の字は仏にておはし候なり、又此の妙の文字は月なり日なり星なりかがみなり衣なり食なり花なり大地なり大海なり、一切の功徳を合せて妙の文字とならせ給う、又は如意宝珠のたま(意のままに何でも取り出すことができる宝の珠)なり」(同1484ページ)と。
妙法を唱え、広布に生き抜く生命が、不幸になどなるわけがない。
太陽のように明るく、大地のように豊かに、大海のように広々と境涯を開き、生活にも、環境にも、未来にも、幸の花を咲かせ、宝の価値を自由自在に創造していくことができる。
必ず現実を変えられる。
断じて皆を幸せにできる。
これが、御本仏の絶対の約束なのであります。この無量無辺の仏力・法力をこんこんと湧き出していくのが、我らの信力・行力です。

◇一念の転換から
一、55年前の12月2日、ここ沖縄で、小説『人間革命』の執筆を始めた忘れ得ぬ日、私は居合わせた若き沖縄健児たちと握手を交わし、語りました。
——人間生命の一念の転換から、国土の宿命も転換できる。この沖縄から幸福の風、平和の波を起こそう! 日本と世界を背負う大人材を出そう!と。
今、その通りの実証が無数に光っているではありませんか!
この沖縄研修道場も、世界の知性から「人間が平和を創造できるという"象徴の地"」として大いなる希望を寄せられています。
このたび誕生した「世界聖教会館」の言論会館の須弥壇には、ここ沖縄研修道場の石が、日本の全都道府県、さらに世界五大陸の石とともに、平和と安穏と繁栄への祈りを込めて埋納されております。
また「世界聖教会館」という意義にふさわしく、建物の至る所に、ブラジル、インドなど、世界中の美しい石材が用いられているのであります。
私は、今再び、沖縄をはじめ全世界の信頼する後継の青年たち一人一人と固い心の握手を交わしたい。そして、大好きな「沖縄健児の歌」を共々に歌いながら、新たな「人間革命」の大前進を、大歓喜のカチャーシーを舞うがごとく開始しようと申し上げ、私のメッセージといたします(大拍手)。