さあ 伝統の2月!
勇気の声を凛々と響かせ
出会う人を必ず幸福に。
舞を舞うがごとく
歓喜の連帯を築こう!
寺泊御書 P953
『日蓮此の経文に当れり汝等何ぞ此の経文に入らざる』
◇寸鉄 2018年2月1日
「蘭室の友に交りて麻畝の性と成る」御書。相手の心動かす対話の名手たれ
牙城会結成の日。「勝って護る」が若き獅子の誇り。燃える闘魂で拡大に先駆
「指導とは激励なり」戸田先生。今日も友に真心の励ましを。一軒また一軒
今年の日本を漢字一字で—予測1位は「変」。変化の時こそ揺るがぬ信心で
週末にかけて列島各地で雪模様。転倒・交通事故に注意。安全最優先で行動
☆大白蓮華巻頭言2018年2月号 創価の「挑戦王」は朗らかなり
日蓮仏法は、「挑戦」の宗教である。
妙法とともに、月月・日日に蘇生した生命力で、たゆまず新たな価値を創造る挑戦だ。
御書とともに、人生のいかなる試練、なかんずく自他共の生老病死の苦悩を打開する挑戦だ。
同志とともに、現実社会の課題に立ち向かって、幸と平和の連帯を広げゆく挑戦なのである。
御本仏・日蓮大聖人は、熱原の法難の渦中、21歳の南条時光に烈々と呼び掛けられた。
「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(1561ページ)
そして、法華経の一文「願くは此の功徳を以て普く一切に及ぼし我等と衆生と皆共に仏道を成ぜん」(同ページ)を贈られたのである。
題目を唱え、「広宣流布の大願」に挑む生命は、妙法と一体であり、仏と一体である。ゆえに、宇宙大の功力が漲らないわけがない。
だからこそ、競い起こる難を勝ち越えて、縁する家族も、友人も、春属も、「一生成仏」という永遠の幸福の軌道へと、確かに牽引していけるのだ。
地涌の菩薩とは、いかなる存在か。時を逃さず、自ら誓い願った天地に躍り出て、久遠元初からの使命を果たしゆく「挑戦」の勇者に他ならない。わが学会こそ、地涌の挑戦のリズムが脈打つ陣列なのだ。
私の胸には、大関西の草創の母の叫びが蘇る。
「寝ても覚めても、みんな幸せになって欲しゅうて、人材が欲しゅうて、一心に歩き回りました」と。
創価とは
挑戦王の
異名なり
溢れんばかりの
勇気で勝ち切れ
幾つになろうと、挑戦を止めない信仰者の命は、ますます若々しく、ますます朗らかに冴え光る。
「いよいよ強盛の御志あるべし、冰は水より出でたれども水よりもすさまし、青き事は藍より出でたれども・かさぬれば藍よりも色まさる」(1221ページ)と御聖訓に仰せの通りである。
法華経の会座では、年を重ねて疲弊していた長老たちも、未だかつてない師匠の師子吼に歓喜踊躍し、生まれ変わった息吹で、今再びの挑戦を開始した。
信心の心は自在であり、誓願の祈りは無限である
「いままで・しりぞかせ給わぬ事申すばかりなし」(1224ページ)健気な母を讃えられたこの一節は、創価の多宝の父母への御賞讃と拝されてならない,
わが師・戸田域聖先生は、「信心こそ惰性を打ち破って、自分も家庭も地域も、一つ一つ、より良く変えていくための挑戦である」と指導された。
どんな小さなことでもよい。具体的に明確に祈りながら、新しい何かにチャレンジしていくことだ。
一日に一人でもよい。真心込めて声をかけ、励まし、仏縁を結んでいくことだ。
「3・16」の後継の儀式から60周年——。
今、うれしいことに、華陽の乙女、創価の若師子、普賢の俊英が溌刺と地涌の拡大に挑んでくれている。
この若人たちと共々に、わが地域に新たな「挑戦の友」を一人また一人、増やしていこうではないか!
栄光は、朗らかな「挑戦王」にこそ輝くのだから!
☆四季の励まし 「1・26」SGIの日 対話の力で平和を創る 2018年1月21日
人間は憎しみ合い、
傷つけ合うために
生まれてきたのでは決してない。
今こそ人間の無限の可能性を信じ、
平和創造の力を
引き出していく時ではないか。
戦争を起こすのは、人間である。
ゆえに、平和な世界を
創造できるか否かも、
人間自身の手の中にある。
相手に具わる
最極の仏の生命を信じ、敬い、
引き出していく祈りと行動が、
そのまま自分自身の仏の生命を
荘厳に光り輝かせる。
この相互触発の善縁を広げ、
世界の人々の心を結び
高めゆくことを、
我らは「広宣流布」と呼ぶ。
仏法が志向するのは、
人間性の極意の振る舞いだ。
正しき仏道修行の深まるところ、
いかなる差異も超え、
どんな人たちとも心を開いて、
仏縁を結ぶことができる。
1日24時間。
今この瞬間も、地球のどこかで、
地域の安穏を願い、
我らの同志が
勇気と励ましの対話を広げている。
なんと麗しき
民衆の平和の大連帯であろうか。
ここに崩れざる幸福の大地がある。
「平和」とは、
遠い彼方にあるものではない。
自分が今いる場所で、
あの友に会い、この友と縁を結び、
誠実に
対話を重ねる中で築かれるものだ。
自ら動き、自ら声を掛け、
友情を広げる中で築きゆくものだ。
地道な、真剣勝負の
「今日の一歩」の中に、
「明日の勝利」がある。
青い海、寄せる白波、風に揺れるヤシの葉——。南国の陽光に照らされ、全てが生き生きと輝いていた。1995年(平成7年)1月、池田大作先生が、アメリカのハワイでカメラに収めた。
日米開戦の地・ハワイ。戦争の惨禍の歴史が刻まれた地から、世界平和の大潮流を起こそうと、先生は60年10月、この地に世界広布の第一歩をしるした。
75年1月26日には、SGI(創価学会インタナショナル)が発足。この1・26「SGIの日」に寄せ、先生は毎年、記念提言を発表してきた。今年は、発表開始から35周年を迎える。
先生の信念と行動によって、SGIは192カ国・地域に広がり、平和の大道は開かれた。さあ、私たちも勇気の対話で、平和の一歩を踏み出そう。
2018年2月1日木曜日
2018年1月31日水曜日
2018.01.31 わが友に贈る
信心は未来を開く力。
過去や現実がどうあれ
常に「今」「ここから」
清新な息吹で出発だ!
歴史創る挑戦を共に!
佐渡御書 P961
『日蓮御房は師匠にておはせども余にこはし我等はやはらかに法華経を弘むべしと云んは螢火が日月をわらひ蟻塚が華山を下し井江が河海をあなづり烏鵲が鸞鳳をわらふなるべしわらふなるべし』
◇寸鉄 2018年1月31日
男女青年部が友情を結ぶ対話に邁進。伝統の2月、さらに拡大の上げ潮を!
世界に広がる仏法研鑽のうねり。民衆が学び、語りゆく未聞の大哲学運動
利他の行動が若者を向上させる唯一の道—哲人。学会活動で人格を鍛えよ
振込詐欺の防止に携帯のテレビ通話での確認が有効と。知恵使い断固撃退
子ども狙った悪質動画が問題に。ネットの閲覧は親も一緒にする等、賢く
☆随筆永遠なれ創価の大城 第27回 花の女子部に希望輝け
◇友情とロマンの「華陽の物語」を!
◇「負けない心」の幸福の姉妹たれ
この冬、北日本や日本海側など各地で、厳しい積雪に見舞われている。今週初めには、関東平野部でも大雪となった。
雪国の方々の大変なご苦労があらためて偲ばれる。聖教新聞を配達してくださる"無冠の友"の皆様方をはじめ、全国の宝友が絶対に無事故であるよう、体調を崩されないよう、ひたぶるに妻と題目を送っている。
日蓮大聖人は、深い雪道をかき分けて仏法に尽くす真心を讃えられ、「友にあらずばたれか問うべき」(真の友でなければ、誰が訪ねてくれるであろうか)と仰せになられた(御書一五五四ページ)。
創価家族の献身は全て御本仏が御照覧である。
◇伸び伸び楽しく
乙女たちの朗らかな声は、皆の生命を蘇らせる希望の暁鐘だ。
乙女たちの真摯な研鑽は、社会に哲学の大光を贈る福智の太陽だ。
そして、乙女たちの賑やかなスクラムは、世界へ未来へ、幸の華を広げゆく平和の大地なのだ。
今、全国各地で女子部の「ロマン総会」がたけなわである。
新年早々、友の激励に走り、「皆が喜んでくれるなら」と、祈りと知恵を尽くして準備に当たってくれている華陽の乙女は、何と健気なことか。
陰で支え、見守ってくださっている婦人部の母たちにも感謝は尽きない。世界で最も尊い"婦女一体"の明るい行進を、私は妻と嬉しく見つめ、大成功を祈る毎日だ。
楽しい所に、人は集まる。肩肘を張る必要などない。本有無作の自然の振る舞いの中で、学会の温かな励ましの世界を、信仰によって磨かれた人格の輝きを、伸び伸びと伝えていくことだ。
「どうすれば、新入会の友に、学会精神を伝えられるでしょうか」——以前、女子部のリーダーから、こんな質問を受けたことがある。
「難しく考えることはないよ」。私は答えた。
「日頃の触れ合いの中で、一歩一歩、信心を教えていけばいい。先輩として、親しい友人として、普通に、ありのままに接していけばいいのです」
「大切なのは、友の心を知り、時と場合に応じて語っていく、人間哲学者の直観の智慧だよ」
◇
思えば、私たち夫婦が若き日、常に心掛けていたのも、この点である。
私の部員には、入会まもないメンバーや、恩師・戸田先生のことをよく知らない友もいた。
自宅に呼んで、「戸田先生から作り方を教わったんだ」と話しながら、カレーライスを振る舞ったこともある。
書棚にあったゲーテやトルストイの本などを手に取ってもらい、師匠のもとで学んだ人間学を語ったこともあった。
学会活動の帰途、銭湯で共に汗を流したこと、屋台のラーメンを食べたことも懐かしい。
飾らず気取らず、率直な青年として触れ合い、友の心の機微を捉えながら、私なりの師と学会への思いを伝えていったのである。
「広布の前進のために」「同志の幸福のために」とたゆまず祈り、心を定めていけば、私たちの一挙手一投足も必ず信心の触発となるはずだ。
共に語り、共に喜ぶ。共に充実した時間を過ごし、共々に戦い勝つ——心に積み重ねた、その福徳の歴史は、互いの人生を支える土台となる。
御書には、「今生人界の思出」(四六七ページ)となり、そして「未来までの・ものがたり(物語)」(一〇八六ページ)となると約束されている。
広宣流布とは、人間と人間の深き心の交流を、地域へ、社会へ、明日へ広げながら、自他共の生命に、三世に輝く「栄光」を築いていける、最高のロマンなのである。
◇無限の力を開く
女子部は一人も残らず幸福に!
清らかな強き信心で、この一生を生き抜け!
——これが、わが師・戸田先生の願いであり、師弟一体の私たち夫婦の願いである。
嬉しいことに、「女子部は教学で立て!」との指針を胸に、創価の乙女たちが清新な求道心で、「華陽会御書三十編」の読了に挑戦している。
本年、女子部が研鑽する重点御書の一つ「顕仏未来記」は、戸田先生が大阪で初めて一般講義をされた御抄でもある。
現在、"常勝関西"が燃えに燃えて、対話拡大を進めていることは、何と頼もしいことか。
恩師は、講義の後の質問会で師子吼された。
——我らは、南無妙法蓮華経という題目の力、無限の福運の力を持っている。自ら題目を唱え、人にも唱えさせることによって、この力を開いていくのだ! と。
若くして妙法を受持した乙女が幸せにならないはずがあろうか。
広布の誓いに生き抜く青春は、必ず無限の福運の力が涌現する。必ず自分らしく輝き、自分でなければ果たせぬ使命に生き切っていけるのだ。
これが「自体顕照」である。その自身の生命の光が、周りをも幸福に照らしていくのだ。
「華陽」の二字には、「華のように美しく、太陽のように誇り高くあれ」との祈りが込められている。ゆえに何があろうが、不安に震えたり、一喜一憂したりすることはない。胸を張って、自信満々と華陽の生命で進めばよいのだ。
戸田先生は言われた。
「百の説法も、百冊の本も、妙法を持った『一人の女性』の生き生きとした姿にはかなわない」
まさしく白蓮グループの友の姿もそうである。
◇
ここで、窪尼御前という女性門下に送られた御文を拝したい。日興上人の叔母にあたり、富士方面で活躍した高橋六郎兵衛入道の夫人である。
夫の死の悲しみも乗り越え、大難の中、大聖人をお守りせんと、毅然たる信心を貫いていた。
この窪尼御前には一人の「姫御前」がいた。
大聖人は、この母娘に語りかけておられる。
「一人おられる姫御前は、長寿で、幸福で、"さすがあの方の娘であることよ"と、評判になるでしょう。(姫御前は)今も幼いのに母御前に孝養を尽くされるほどの女性ですから、父である故入道殿の後世をも助けられるでしょう」(御書一四八一ページ、通解)
御文からは、父の亡き後、姫御前が懸命に母を支える様子が拝される。大聖人は、姫御前が健やかに成長し、幸せになり、"何と素晴らしい娘さんか"と皆に賞讃されると仰せである。
私には、この健気なる姫御前が、わが女子部の皆さんと二重写しに思えてならない。
一家で、職場で、地域で、女子部が凜然と一人立てば、希望と勇気の太陽が昇り、歓喜の笑顔の花が咲き薫る。そこに、「冬は必ず春となる」(同一二五三ページ)との勝利劇が綴られゆくのだ。
◇女性の声を結べ
女性の活躍が、いかなる地域・団体でも最重要となる時代である。
昨年、国連で核兵器禁止条約が採択された。ここでも、広島・長崎の被爆者の方々をはじめ、核廃絶を求める女性の声を結集したことが大きな力となっている。
議論を進める上でも、ノーベル平和賞を受賞した「ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)」のベアトリス・フィン事務局長など女性が大きな役割を果たしていることは、ご存じの通りだ。
過日、このICANの一行が信濃町の総本部を訪問し、SGIとの一層の友情と協力を期待されていた(十七日)。
その折、二人のお子さんの母親でもあるフィン事務局長が、被爆者の方々の幼い頃の悲惨な体験を聞くにつけ、一人の母として、自分の子どもたちを絶対に同じ状況下に置いてはならないと強く決意してきた——と語られていたと伺った。
いやまして、生命を護る母の声、女性の力を! 平和を叫ぶ青年と民衆の連帯を!
フィン事務局長と、女子部、婦人部の代表との語らいも、未来を開く麗しい交流となった。
◇天翔ける翼あり
今月三十日で、"公民権運動の母"ローザ・パークスさんとお会いして、二十五周年となる。ロサンゼルス郊外にあった、当時のアメリカ創価大学のキャンパスでの出会いであった(一九九三年)。
二月四日が八十歳のお誕生日で、妻が用意したお祝いのケーキを満面の笑みで喜ばれた。
懇談の際には、慈母の如く「私の一番の"趣味"は、若者たちと一緒に働くこと、若者の手助けをすることです」と。私たちも地涌の若人を励まし、共に進みたい。
その翌年、パークスさんは初めて太平洋を越え日本まで訪問された。
この時、「青空へ翔ける鳩」の美しい刺繍を贈ってくださった。
私は申し上げた。
「希望の鳥が青空へ翔けていきます。闇を破って暁へと羽ばたいていく。『希望』の翼です。だれにも縛られない『自由』の翼です」
わが華陽姉妹よ、無限の希望の翼を広げ、ロマンの青空を自在に舞いゆけ! 春夏秋冬、「負けない心」で朗らかに!
みな天使
みな幸福の
姉妹かな
心の宮殿
共に光らせ
過去や現実がどうあれ
常に「今」「ここから」
清新な息吹で出発だ!
歴史創る挑戦を共に!
佐渡御書 P961
『日蓮御房は師匠にておはせども余にこはし我等はやはらかに法華経を弘むべしと云んは螢火が日月をわらひ蟻塚が華山を下し井江が河海をあなづり烏鵲が鸞鳳をわらふなるべしわらふなるべし』
◇寸鉄 2018年1月31日
男女青年部が友情を結ぶ対話に邁進。伝統の2月、さらに拡大の上げ潮を!
世界に広がる仏法研鑽のうねり。民衆が学び、語りゆく未聞の大哲学運動
利他の行動が若者を向上させる唯一の道—哲人。学会活動で人格を鍛えよ
振込詐欺の防止に携帯のテレビ通話での確認が有効と。知恵使い断固撃退
子ども狙った悪質動画が問題に。ネットの閲覧は親も一緒にする等、賢く
☆随筆永遠なれ創価の大城 第27回 花の女子部に希望輝け
◇友情とロマンの「華陽の物語」を!
◇「負けない心」の幸福の姉妹たれ
この冬、北日本や日本海側など各地で、厳しい積雪に見舞われている。今週初めには、関東平野部でも大雪となった。
雪国の方々の大変なご苦労があらためて偲ばれる。聖教新聞を配達してくださる"無冠の友"の皆様方をはじめ、全国の宝友が絶対に無事故であるよう、体調を崩されないよう、ひたぶるに妻と題目を送っている。
日蓮大聖人は、深い雪道をかき分けて仏法に尽くす真心を讃えられ、「友にあらずばたれか問うべき」(真の友でなければ、誰が訪ねてくれるであろうか)と仰せになられた(御書一五五四ページ)。
創価家族の献身は全て御本仏が御照覧である。
◇伸び伸び楽しく
乙女たちの朗らかな声は、皆の生命を蘇らせる希望の暁鐘だ。
乙女たちの真摯な研鑽は、社会に哲学の大光を贈る福智の太陽だ。
そして、乙女たちの賑やかなスクラムは、世界へ未来へ、幸の華を広げゆく平和の大地なのだ。
今、全国各地で女子部の「ロマン総会」がたけなわである。
新年早々、友の激励に走り、「皆が喜んでくれるなら」と、祈りと知恵を尽くして準備に当たってくれている華陽の乙女は、何と健気なことか。
陰で支え、見守ってくださっている婦人部の母たちにも感謝は尽きない。世界で最も尊い"婦女一体"の明るい行進を、私は妻と嬉しく見つめ、大成功を祈る毎日だ。
楽しい所に、人は集まる。肩肘を張る必要などない。本有無作の自然の振る舞いの中で、学会の温かな励ましの世界を、信仰によって磨かれた人格の輝きを、伸び伸びと伝えていくことだ。
「どうすれば、新入会の友に、学会精神を伝えられるでしょうか」——以前、女子部のリーダーから、こんな質問を受けたことがある。
「難しく考えることはないよ」。私は答えた。
「日頃の触れ合いの中で、一歩一歩、信心を教えていけばいい。先輩として、親しい友人として、普通に、ありのままに接していけばいいのです」
「大切なのは、友の心を知り、時と場合に応じて語っていく、人間哲学者の直観の智慧だよ」
◇
思えば、私たち夫婦が若き日、常に心掛けていたのも、この点である。
私の部員には、入会まもないメンバーや、恩師・戸田先生のことをよく知らない友もいた。
自宅に呼んで、「戸田先生から作り方を教わったんだ」と話しながら、カレーライスを振る舞ったこともある。
書棚にあったゲーテやトルストイの本などを手に取ってもらい、師匠のもとで学んだ人間学を語ったこともあった。
学会活動の帰途、銭湯で共に汗を流したこと、屋台のラーメンを食べたことも懐かしい。
飾らず気取らず、率直な青年として触れ合い、友の心の機微を捉えながら、私なりの師と学会への思いを伝えていったのである。
「広布の前進のために」「同志の幸福のために」とたゆまず祈り、心を定めていけば、私たちの一挙手一投足も必ず信心の触発となるはずだ。
共に語り、共に喜ぶ。共に充実した時間を過ごし、共々に戦い勝つ——心に積み重ねた、その福徳の歴史は、互いの人生を支える土台となる。
御書には、「今生人界の思出」(四六七ページ)となり、そして「未来までの・ものがたり(物語)」(一〇八六ページ)となると約束されている。
広宣流布とは、人間と人間の深き心の交流を、地域へ、社会へ、明日へ広げながら、自他共の生命に、三世に輝く「栄光」を築いていける、最高のロマンなのである。
◇無限の力を開く
女子部は一人も残らず幸福に!
清らかな強き信心で、この一生を生き抜け!
——これが、わが師・戸田先生の願いであり、師弟一体の私たち夫婦の願いである。
嬉しいことに、「女子部は教学で立て!」との指針を胸に、創価の乙女たちが清新な求道心で、「華陽会御書三十編」の読了に挑戦している。
本年、女子部が研鑽する重点御書の一つ「顕仏未来記」は、戸田先生が大阪で初めて一般講義をされた御抄でもある。
現在、"常勝関西"が燃えに燃えて、対話拡大を進めていることは、何と頼もしいことか。
恩師は、講義の後の質問会で師子吼された。
——我らは、南無妙法蓮華経という題目の力、無限の福運の力を持っている。自ら題目を唱え、人にも唱えさせることによって、この力を開いていくのだ! と。
若くして妙法を受持した乙女が幸せにならないはずがあろうか。
広布の誓いに生き抜く青春は、必ず無限の福運の力が涌現する。必ず自分らしく輝き、自分でなければ果たせぬ使命に生き切っていけるのだ。
これが「自体顕照」である。その自身の生命の光が、周りをも幸福に照らしていくのだ。
「華陽」の二字には、「華のように美しく、太陽のように誇り高くあれ」との祈りが込められている。ゆえに何があろうが、不安に震えたり、一喜一憂したりすることはない。胸を張って、自信満々と華陽の生命で進めばよいのだ。
戸田先生は言われた。
「百の説法も、百冊の本も、妙法を持った『一人の女性』の生き生きとした姿にはかなわない」
まさしく白蓮グループの友の姿もそうである。
◇
ここで、窪尼御前という女性門下に送られた御文を拝したい。日興上人の叔母にあたり、富士方面で活躍した高橋六郎兵衛入道の夫人である。
夫の死の悲しみも乗り越え、大難の中、大聖人をお守りせんと、毅然たる信心を貫いていた。
この窪尼御前には一人の「姫御前」がいた。
大聖人は、この母娘に語りかけておられる。
「一人おられる姫御前は、長寿で、幸福で、"さすがあの方の娘であることよ"と、評判になるでしょう。(姫御前は)今も幼いのに母御前に孝養を尽くされるほどの女性ですから、父である故入道殿の後世をも助けられるでしょう」(御書一四八一ページ、通解)
御文からは、父の亡き後、姫御前が懸命に母を支える様子が拝される。大聖人は、姫御前が健やかに成長し、幸せになり、"何と素晴らしい娘さんか"と皆に賞讃されると仰せである。
私には、この健気なる姫御前が、わが女子部の皆さんと二重写しに思えてならない。
一家で、職場で、地域で、女子部が凜然と一人立てば、希望と勇気の太陽が昇り、歓喜の笑顔の花が咲き薫る。そこに、「冬は必ず春となる」(同一二五三ページ)との勝利劇が綴られゆくのだ。
◇女性の声を結べ
女性の活躍が、いかなる地域・団体でも最重要となる時代である。
昨年、国連で核兵器禁止条約が採択された。ここでも、広島・長崎の被爆者の方々をはじめ、核廃絶を求める女性の声を結集したことが大きな力となっている。
議論を進める上でも、ノーベル平和賞を受賞した「ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)」のベアトリス・フィン事務局長など女性が大きな役割を果たしていることは、ご存じの通りだ。
過日、このICANの一行が信濃町の総本部を訪問し、SGIとの一層の友情と協力を期待されていた(十七日)。
その折、二人のお子さんの母親でもあるフィン事務局長が、被爆者の方々の幼い頃の悲惨な体験を聞くにつけ、一人の母として、自分の子どもたちを絶対に同じ状況下に置いてはならないと強く決意してきた——と語られていたと伺った。
いやまして、生命を護る母の声、女性の力を! 平和を叫ぶ青年と民衆の連帯を!
フィン事務局長と、女子部、婦人部の代表との語らいも、未来を開く麗しい交流となった。
◇天翔ける翼あり
今月三十日で、"公民権運動の母"ローザ・パークスさんとお会いして、二十五周年となる。ロサンゼルス郊外にあった、当時のアメリカ創価大学のキャンパスでの出会いであった(一九九三年)。
二月四日が八十歳のお誕生日で、妻が用意したお祝いのケーキを満面の笑みで喜ばれた。
懇談の際には、慈母の如く「私の一番の"趣味"は、若者たちと一緒に働くこと、若者の手助けをすることです」と。私たちも地涌の若人を励まし、共に進みたい。
その翌年、パークスさんは初めて太平洋を越え日本まで訪問された。
この時、「青空へ翔ける鳩」の美しい刺繍を贈ってくださった。
私は申し上げた。
「希望の鳥が青空へ翔けていきます。闇を破って暁へと羽ばたいていく。『希望』の翼です。だれにも縛られない『自由』の翼です」
わが華陽姉妹よ、無限の希望の翼を広げ、ロマンの青空を自在に舞いゆけ! 春夏秋冬、「負けない心」で朗らかに!
みな天使
みな幸福の
姉妹かな
心の宮殿
共に光らせ
2018年1月30日火曜日
2018.01.30 わが友に贈る
教学は勝利への羅針盤。
広布に戦う中で
御書を学んだ人は強い。
いかなる嵐にも負けず
人生の大航海を悠々と!
四条金吾女房御書 P1109
『明かなる事日月にすぎんや浄き事蓮華にまさるべきや、法華経は日月と蓮華となり故に妙法蓮華経と名く、日蓮又日月と蓮華との如くなり』
◇寸鉄 2018年1月30日
学会は世界の青年育成に貢献—博士。後継の人材は陸続。この潮流、未来へ
あらゆる財宝の中で最高のものは友人だ—哲人。友情結ぶ対話に幸の王道
「人にやらせよう」という要領主義では自分も周囲も育たぬ。幹部率先こそ
「災害時は自助が大切」と考える人が5年で倍に。意識更に。具体的備えも
電動自転車が普及。一方、思わぬスピード出て転倒事故も。呉々も安全運転
☆御書と歩む� 第4回 わが胸中に宇宙大の可能性が
『所詮・万法は己心に収まりて一塵もかけず九山・八海も我が身に備わりて日月・衆星も己心にあり』(蒙古使御書、1473ページ)
◇通解
所詮、万法は己心に収まって、一塵たりとも欠けてはいない。九山八海も、わが身に備わり、日月・衆星も己心に収まっている。
◇同志への指針
仏法は「我即宇宙」「宇宙即我」の大法則だ。妙法に合致した祈りの波動は、限りなく広がる。
「一念三千」の哲理を受持した青春ほど、強いものはない。壁にぶつかった時こそ、題目だ。創価の青年には、無限の可能性を開くカギがある。
地涌の若人よ、ベストを尽くせ! 「挑戦」即「栄光」だ。一人ももれなく使命深き受験生の健康と健闘を祈る。
☆無冠の友への新春メッセージ 2018年1月23日
◇皆さまは朝一番の栄光の走者
◇わが地域から友情と幸福の拡大を
厳寒の朝、寒風に胸を張って本紙の配達に走る「無冠の友」。真心こもる、その尊き一歩一歩こそ、広布拡大の原動力である。ここでは、配達員の機関紙「無冠」の新年特集(1月)に掲載された、池田先生の新春メッセージを紹介する。
「世界広布新時代 栄光の年」、誠におめでとうございます。
新しい一日も、新しい一月も、そして新しい一年も、常に一番の宝の友である「無冠の友」の皆さま方の一歩から始まります。
早朝から、凍てつく寒風の中でも、また、雪の降りしきる地域などにあっても、熱き不屈の心で、読者のもとへ聖教新聞を届けてくださる皆さまこそ、朝一番の「栄光」の走者なりと、心より感謝申し上げます。
◇
今年は、恩師・戸田城聖先生から私たち青年が、広宣流布の魂のバトンを受け継いだ「3・16」の記念式典から60周年を迎えます。
戸田先生のもとに、師弟の誓願を掲げた6千人の地涌の若人が勇み集った大儀式を報道したのは、前年の8月に週刊8ページ建てに発展した聖教新聞であります。その聖教を携えて、広布後継の滾り立つ息吹を、日本全国の津々浦々で分かち合ってくださったのは、当時の「無冠の友」でありました。
そして今、世界同時進行で展開する広宣流布の大回転も、「無冠の友」の偉大な「行躰即信心」のギアあればこそ、全同志の前進のエネルギーとなって、一人一人に脈動させていけるのであります。
御本仏・日蓮大聖人は、「随喜する声を聞いて随喜し」(御書1199ページ)と仰せになりました。日々、新たな「随喜」の波動の起点となりゆく皆さまの「五十展転の功徳」は、まさに無量無辺なのであります。
◇
先日、小学5年生の少女のすばらしい作文を、うれしく拝見しました。あるエッセーコンテストで、見事に入選した作品です。
関西の聖教新聞の販売店主として、朝早くから奮闘する父との心の交流が綴られています。
「お父さんは、教えてくれました。新聞が各家庭に届くまでには、たくさんの人の力が必要で、まず新聞の記事を書く記者さん、新聞を印刷する印刷会社の人たち、新聞を運ぶ運送会社の人たち。そして、一軒一軒、大切に届けてくれる配達員の人たち」というのです。
「手元に届いてこそ」と題された、このエッセーは、こう結ばれています。
「毎日毎日休むことなく新聞が届くのを待ってくれている人たちのために、がんばっているお父さん、支えてくれているすべての人に、ありがとうを伝えたいです」と。
「無冠の友」を誉れのアンカー(最終走者)とする真心と誠実と感謝のリレーを、私たちは、かけがえのない地域社会の信頼の柱として、次の世代へ託していきたいと思うのであります。
私の妻が知る神奈川県のあるお母さんは、地区婦人部長の任命を受けてから、その後、聖教の配達員を担い立たれました。
ご主人やお子さん方の応援を受けながら、配達員歴は20年を超えております。
その姿を見つめてきた次男の方も一昨年から配達することになり、お母さんは「親子2代で"無冠の友"の使命を果たせることが何よりの幸せです」と毅然と語られています。
私と妻が朝な夕な祈り続けているのは、広布にひた走る気高き「無冠ファミリー」が、創価学会の永遠の五指針、すなわち「一家和楽の信心」「幸福をつかむ信心」「難を乗り越える信心」「健康長寿の信心」そして「絶対勝利の信心」を体現され、常楽我浄の栄光に輝きわたることです。
◇
私が敬愛する、タイの名門タマサート大学のノーラニット評議会議長(元学長)は、聖教新聞のインタビューで、「友人をつくる」ことが「平和をつくる」ことと示されています。
「地域に友人が広がれば、地域に平和が築かれます。世界に友人が広がれば、世界に平和が築かれます。その実践は自分自身にも平和をもたらします」といわれるのです。
身近な「友情の拡大」から「幸福の拡大」を、さらに「平和の拡大」を——。
この先頭に立つのも、わが「無冠の友」です。
思えば、婦人部の愛唱歌「今日も元気で」が誕生したのは、50年前の「栄光の年」でした。
♪あかるい朝の
陽をあびて
今日も元気に
スクラムくんで……
新たな「栄光の年」も、この歌の心のままに「あかるい朝」の無冠のスクラムで、人と人、心と心を結び、わが地域から、共生社会と世界平和の光を広げていこうではありませんか!
◇
使命深き皆さま方であればこそ、夜明け前の暗い中を配達することが多いこの時季にあって、一日また一日、体調を整え、絶対に無事故でありますよう、よろしくお願いいたします。
そのためにも、どうか、睡眠不足にならないように、聡明に工夫してください。
大聖人は、「此の妙の文字は月なり日なり星なりかがみなり衣なり食なり花なり大地なり大海なり、一切の功徳を合せて妙の文字とならせ給う、又は如意宝珠のたまなり」(同1484ページ)と仰せです。
大切な大切な、愛する久遠の家族の皆さまが、この「一切の功徳」に厳然と包まれゆくことを、私と妻は強盛に祈り抜いてまいります。
さあ、ますます勇気凜々と、ますます希望に燃えて、「無冠」の大道を、これからも朗らかに大行進していきましょう。どうか、お元気で!
広布に戦う中で
御書を学んだ人は強い。
いかなる嵐にも負けず
人生の大航海を悠々と!
四条金吾女房御書 P1109
『明かなる事日月にすぎんや浄き事蓮華にまさるべきや、法華経は日月と蓮華となり故に妙法蓮華経と名く、日蓮又日月と蓮華との如くなり』
◇寸鉄 2018年1月30日
学会は世界の青年育成に貢献—博士。後継の人材は陸続。この潮流、未来へ
あらゆる財宝の中で最高のものは友人だ—哲人。友情結ぶ対話に幸の王道
「人にやらせよう」という要領主義では自分も周囲も育たぬ。幹部率先こそ
「災害時は自助が大切」と考える人が5年で倍に。意識更に。具体的備えも
電動自転車が普及。一方、思わぬスピード出て転倒事故も。呉々も安全運転
☆御書と歩む� 第4回 わが胸中に宇宙大の可能性が
『所詮・万法は己心に収まりて一塵もかけず九山・八海も我が身に備わりて日月・衆星も己心にあり』(蒙古使御書、1473ページ)
◇通解
所詮、万法は己心に収まって、一塵たりとも欠けてはいない。九山八海も、わが身に備わり、日月・衆星も己心に収まっている。
◇同志への指針
仏法は「我即宇宙」「宇宙即我」の大法則だ。妙法に合致した祈りの波動は、限りなく広がる。
「一念三千」の哲理を受持した青春ほど、強いものはない。壁にぶつかった時こそ、題目だ。創価の青年には、無限の可能性を開くカギがある。
地涌の若人よ、ベストを尽くせ! 「挑戦」即「栄光」だ。一人ももれなく使命深き受験生の健康と健闘を祈る。
☆無冠の友への新春メッセージ 2018年1月23日
◇皆さまは朝一番の栄光の走者
◇わが地域から友情と幸福の拡大を
厳寒の朝、寒風に胸を張って本紙の配達に走る「無冠の友」。真心こもる、その尊き一歩一歩こそ、広布拡大の原動力である。ここでは、配達員の機関紙「無冠」の新年特集(1月)に掲載された、池田先生の新春メッセージを紹介する。
「世界広布新時代 栄光の年」、誠におめでとうございます。
新しい一日も、新しい一月も、そして新しい一年も、常に一番の宝の友である「無冠の友」の皆さま方の一歩から始まります。
早朝から、凍てつく寒風の中でも、また、雪の降りしきる地域などにあっても、熱き不屈の心で、読者のもとへ聖教新聞を届けてくださる皆さまこそ、朝一番の「栄光」の走者なりと、心より感謝申し上げます。
◇
今年は、恩師・戸田城聖先生から私たち青年が、広宣流布の魂のバトンを受け継いだ「3・16」の記念式典から60周年を迎えます。
戸田先生のもとに、師弟の誓願を掲げた6千人の地涌の若人が勇み集った大儀式を報道したのは、前年の8月に週刊8ページ建てに発展した聖教新聞であります。その聖教を携えて、広布後継の滾り立つ息吹を、日本全国の津々浦々で分かち合ってくださったのは、当時の「無冠の友」でありました。
そして今、世界同時進行で展開する広宣流布の大回転も、「無冠の友」の偉大な「行躰即信心」のギアあればこそ、全同志の前進のエネルギーとなって、一人一人に脈動させていけるのであります。
御本仏・日蓮大聖人は、「随喜する声を聞いて随喜し」(御書1199ページ)と仰せになりました。日々、新たな「随喜」の波動の起点となりゆく皆さまの「五十展転の功徳」は、まさに無量無辺なのであります。
◇
先日、小学5年生の少女のすばらしい作文を、うれしく拝見しました。あるエッセーコンテストで、見事に入選した作品です。
関西の聖教新聞の販売店主として、朝早くから奮闘する父との心の交流が綴られています。
「お父さんは、教えてくれました。新聞が各家庭に届くまでには、たくさんの人の力が必要で、まず新聞の記事を書く記者さん、新聞を印刷する印刷会社の人たち、新聞を運ぶ運送会社の人たち。そして、一軒一軒、大切に届けてくれる配達員の人たち」というのです。
「手元に届いてこそ」と題された、このエッセーは、こう結ばれています。
「毎日毎日休むことなく新聞が届くのを待ってくれている人たちのために、がんばっているお父さん、支えてくれているすべての人に、ありがとうを伝えたいです」と。
「無冠の友」を誉れのアンカー(最終走者)とする真心と誠実と感謝のリレーを、私たちは、かけがえのない地域社会の信頼の柱として、次の世代へ託していきたいと思うのであります。
私の妻が知る神奈川県のあるお母さんは、地区婦人部長の任命を受けてから、その後、聖教の配達員を担い立たれました。
ご主人やお子さん方の応援を受けながら、配達員歴は20年を超えております。
その姿を見つめてきた次男の方も一昨年から配達することになり、お母さんは「親子2代で"無冠の友"の使命を果たせることが何よりの幸せです」と毅然と語られています。
私と妻が朝な夕な祈り続けているのは、広布にひた走る気高き「無冠ファミリー」が、創価学会の永遠の五指針、すなわち「一家和楽の信心」「幸福をつかむ信心」「難を乗り越える信心」「健康長寿の信心」そして「絶対勝利の信心」を体現され、常楽我浄の栄光に輝きわたることです。
◇
私が敬愛する、タイの名門タマサート大学のノーラニット評議会議長(元学長)は、聖教新聞のインタビューで、「友人をつくる」ことが「平和をつくる」ことと示されています。
「地域に友人が広がれば、地域に平和が築かれます。世界に友人が広がれば、世界に平和が築かれます。その実践は自分自身にも平和をもたらします」といわれるのです。
身近な「友情の拡大」から「幸福の拡大」を、さらに「平和の拡大」を——。
この先頭に立つのも、わが「無冠の友」です。
思えば、婦人部の愛唱歌「今日も元気で」が誕生したのは、50年前の「栄光の年」でした。
♪あかるい朝の
陽をあびて
今日も元気に
スクラムくんで……
新たな「栄光の年」も、この歌の心のままに「あかるい朝」の無冠のスクラムで、人と人、心と心を結び、わが地域から、共生社会と世界平和の光を広げていこうではありませんか!
◇
使命深き皆さま方であればこそ、夜明け前の暗い中を配達することが多いこの時季にあって、一日また一日、体調を整え、絶対に無事故でありますよう、よろしくお願いいたします。
そのためにも、どうか、睡眠不足にならないように、聡明に工夫してください。
大聖人は、「此の妙の文字は月なり日なり星なりかがみなり衣なり食なり花なり大地なり大海なり、一切の功徳を合せて妙の文字とならせ給う、又は如意宝珠のたまなり」(同1484ページ)と仰せです。
大切な大切な、愛する久遠の家族の皆さまが、この「一切の功徳」に厳然と包まれゆくことを、私と妻は強盛に祈り抜いてまいります。
さあ、ますます勇気凜々と、ますます希望に燃えて、「無冠」の大道を、これからも朗らかに大行進していきましょう。どうか、お元気で!
2018年1月29日月曜日
2018.01.29 わが友に贈る
◇今週のことば
我らが語った分だけ
友の心の大地に
「仏の種」は蒔かれる。
検討を讃え合い
楽しく地涌の拡大を!
2018年1月29日
崇峻天皇御書 P1173
『返す返す今に忘れぬ事は頚切れんとせし時殿はともして馬の口に付きてなきかなしみ給いしをばいかなる世にか忘れなん、設い殿の罪ふかくして地獄に入り給はば日蓮をいかに仏になれと釈迦仏こしらへさせ給うとも用ひまいらせ候べからず同じく地獄なるべし』
◇寸鉄 2018年1月29日
会長の提言ほど人類を啓発し続けるメッセージはない—識者。平和の指標
法華経は「生死の長夜を照す大燈」と御書。信心で破れぬ闇なし!祈り強く
皆で智慧を出せばどんな問題でも早く解決する—恩師。団結こそ広布の要
誰かではなく自分から!その率先の対話に周囲も続く。決意漲る協議会に
「終末時計」は残り2分—核戦争の脅威が影響と。廃絶の潮流を民衆の力で
☆青春譜——池田先生と綴る未来 創価大学 第19回 写真部 2018年1月20日
◇「今」「この瞬間」を全力で
今月2日——月が地球に接近し、いつもより明るく、大きく見える「スーパームーン」が夜空を照らした。
この日は、創価大学創立者・池田先生の卒寿の誕生日。天も寿ぐ"光の芸術"に、シャッターを切った人も多いだろう。
池田先生もまた、折々にカメラを手にしてきた。創大が開学した1971年には、北海道・大沼湖畔で煌々と輝く月を撮影している。当時を述懐した随想「私とカメラ」には、こうつづられている。
「私は、技術的には決して上手でない。いや、わからないといったほうが本当かも知れない。が、それもよいと思っている。写真とは、技術だけではなく、透徹した心の作業であり、自己を表現するための手段であるという哲学をもっているからだ」
この言葉は、創大写真部の指針となっている。同部では、創立者の思想や写真の勉強会を行い、「創価芸術展」への出展やキャンパスの桜をテーマとした「創桜展」の開催などを通じて、心と技術を磨いている。学生自治会の写真室に所属し、大学行事の記録に携わる友もいる。
発足は、開学の年にさかのぼる。写真好きの学生数人が同好会を立ち上げ、翌年にはクラブに昇格。その後、松風センターの近くにあった理科実験棟(当時)の一室に暗室ができ、部室を設けた。
単なる趣味の集いではない。"創立者のように生命を表現できる写真家に"——皆が真剣勝負でカメラを構え、撮影した作品の講評会を行いながら、実力を高め合った。アルバイトでコツコツとお金をため、機材も一つ一つそろえていった。
◇強靱な生命力を持て
大学から連絡を受けた写真部員の代表が、重いカメラ機材を肩に、目的地へ急ぐ。向かった先は、文系校舎A棟のロビー。そこには、本紙のカメラマンと共に、池田先生の姿があった。80年8月17日のことである。
「きょうは僕がモデルになってあげるよ」
諸行事などで頻繁に大学を訪れていた先生の提案で、夏休みに即席の"写真研修会"が行われることになったのだ。
突然の出来事に、喜びながらも戸惑う友。さっそうと入り口へと歩きだした先生を慌てて追い掛け、研修会は始まった。
被写体となった先生が、若き写真家たちに声を掛ける。
「まだシャッターの音が弱いな」「負けるな!」
「良い写真を撮るには、強靱な心、生命力を持つこと。清い心、純粋さを持つこと」
ファインダーが熱気で何度も曇る。皆、汗だくになりながら、懸命にシャッターを切った。
さらに先生は続けた。「人の写真を撮ることは、生命と生命のぶつかり合いである」「相手の生命を引き出すのは自分の生命である」と。部員たちは胸を熱くしながら、さらなる成長を誓った。
◇黄金の歴史を共に
その後も、先生は写真部を見守り、温かく応援してきた。
89年5月。写真部の友は、学内に咲き誇る満開の桜をカラーフィルムに収め、写真を展示した。"多忙な創立者に少しでも安らいでいただきたい"——その思いで前年から開始した「創桜展」である。
鑑賞した先生は、真心に感謝しつつ、「今度、創立20周年の写真展をやろう。私も出展するよ」と提案する。それが実現したのは、同年の秋だった。
A棟ロビーのほぼ全面を使用し、創大と創価女子短期大学の写真部をはじめ、創価学園生らが出展。先生が撮影したキャンパスの写真も飾られた。
開幕式では先生がテープカットを行い、創大・短大の写真部部長が展示を案内した。
参加した部員は振り返る。
「私たちの思いに、先生が応えてくださったように感じました。会場に来られた先生を、記録員として撮影できたことは、写真部の誉れの歴史です」
先生は一つ一つの写真を丹念に鑑賞。「学生の感性は清らかで鋭い。素晴らしい作品ばかりで感銘しました」と語り、友の奮闘をたたえた。
写真も人生も「この瞬間」は二度と来ない。ゆえに「今」に全力を尽くそう! わが生命を磨き鍛えよう!
創部から約半世紀。先生と共に歩む卒業生は、プロのカメラマンやマスコミ、光学機器メーカーなど、多彩な分野で黄金の輝きを放っている。
我らが語った分だけ
友の心の大地に
「仏の種」は蒔かれる。
検討を讃え合い
楽しく地涌の拡大を!
2018年1月29日
崇峻天皇御書 P1173
『返す返す今に忘れぬ事は頚切れんとせし時殿はともして馬の口に付きてなきかなしみ給いしをばいかなる世にか忘れなん、設い殿の罪ふかくして地獄に入り給はば日蓮をいかに仏になれと釈迦仏こしらへさせ給うとも用ひまいらせ候べからず同じく地獄なるべし』
◇寸鉄 2018年1月29日
会長の提言ほど人類を啓発し続けるメッセージはない—識者。平和の指標
法華経は「生死の長夜を照す大燈」と御書。信心で破れぬ闇なし!祈り強く
皆で智慧を出せばどんな問題でも早く解決する—恩師。団結こそ広布の要
誰かではなく自分から!その率先の対話に周囲も続く。決意漲る協議会に
「終末時計」は残り2分—核戦争の脅威が影響と。廃絶の潮流を民衆の力で
☆青春譜——池田先生と綴る未来 創価大学 第19回 写真部 2018年1月20日
◇「今」「この瞬間」を全力で
今月2日——月が地球に接近し、いつもより明るく、大きく見える「スーパームーン」が夜空を照らした。
この日は、創価大学創立者・池田先生の卒寿の誕生日。天も寿ぐ"光の芸術"に、シャッターを切った人も多いだろう。
池田先生もまた、折々にカメラを手にしてきた。創大が開学した1971年には、北海道・大沼湖畔で煌々と輝く月を撮影している。当時を述懐した随想「私とカメラ」には、こうつづられている。
「私は、技術的には決して上手でない。いや、わからないといったほうが本当かも知れない。が、それもよいと思っている。写真とは、技術だけではなく、透徹した心の作業であり、自己を表現するための手段であるという哲学をもっているからだ」
この言葉は、創大写真部の指針となっている。同部では、創立者の思想や写真の勉強会を行い、「創価芸術展」への出展やキャンパスの桜をテーマとした「創桜展」の開催などを通じて、心と技術を磨いている。学生自治会の写真室に所属し、大学行事の記録に携わる友もいる。
発足は、開学の年にさかのぼる。写真好きの学生数人が同好会を立ち上げ、翌年にはクラブに昇格。その後、松風センターの近くにあった理科実験棟(当時)の一室に暗室ができ、部室を設けた。
単なる趣味の集いではない。"創立者のように生命を表現できる写真家に"——皆が真剣勝負でカメラを構え、撮影した作品の講評会を行いながら、実力を高め合った。アルバイトでコツコツとお金をため、機材も一つ一つそろえていった。
◇強靱な生命力を持て
大学から連絡を受けた写真部員の代表が、重いカメラ機材を肩に、目的地へ急ぐ。向かった先は、文系校舎A棟のロビー。そこには、本紙のカメラマンと共に、池田先生の姿があった。80年8月17日のことである。
「きょうは僕がモデルになってあげるよ」
諸行事などで頻繁に大学を訪れていた先生の提案で、夏休みに即席の"写真研修会"が行われることになったのだ。
突然の出来事に、喜びながらも戸惑う友。さっそうと入り口へと歩きだした先生を慌てて追い掛け、研修会は始まった。
被写体となった先生が、若き写真家たちに声を掛ける。
「まだシャッターの音が弱いな」「負けるな!」
「良い写真を撮るには、強靱な心、生命力を持つこと。清い心、純粋さを持つこと」
ファインダーが熱気で何度も曇る。皆、汗だくになりながら、懸命にシャッターを切った。
さらに先生は続けた。「人の写真を撮ることは、生命と生命のぶつかり合いである」「相手の生命を引き出すのは自分の生命である」と。部員たちは胸を熱くしながら、さらなる成長を誓った。
◇黄金の歴史を共に
その後も、先生は写真部を見守り、温かく応援してきた。
89年5月。写真部の友は、学内に咲き誇る満開の桜をカラーフィルムに収め、写真を展示した。"多忙な創立者に少しでも安らいでいただきたい"——その思いで前年から開始した「創桜展」である。
鑑賞した先生は、真心に感謝しつつ、「今度、創立20周年の写真展をやろう。私も出展するよ」と提案する。それが実現したのは、同年の秋だった。
A棟ロビーのほぼ全面を使用し、創大と創価女子短期大学の写真部をはじめ、創価学園生らが出展。先生が撮影したキャンパスの写真も飾られた。
開幕式では先生がテープカットを行い、創大・短大の写真部部長が展示を案内した。
参加した部員は振り返る。
「私たちの思いに、先生が応えてくださったように感じました。会場に来られた先生を、記録員として撮影できたことは、写真部の誉れの歴史です」
先生は一つ一つの写真を丹念に鑑賞。「学生の感性は清らかで鋭い。素晴らしい作品ばかりで感銘しました」と語り、友の奮闘をたたえた。
写真も人生も「この瞬間」は二度と来ない。ゆえに「今」に全力を尽くそう! わが生命を磨き鍛えよう!
創部から約半世紀。先生と共に歩む卒業生は、プロのカメラマンやマスコミ、光学機器メーカーなど、多彩な分野で黄金の輝きを放っている。
2018年1月28日日曜日
2018.01.28 わが友に贈る
「竹の節を一つ破ぬれば
余の節亦破るる」
真剣な一人から
偉大な歴史が開かれる。
勇気また勇気で前進だ!
経王殿御返事 P1124
『此の曼荼羅能く能く信ぜさせ給うべし、南無妙法蓮華経は師子吼の如しいかなる病さはりをなすべきや』
◇寸鉄 2018年1月28日
信仰が生み出す楽観主義が学会発展の力と確信—博士。世界の友と快活に
「一日なりとも名をあげん事こそ大切」御書。後継よ壁破る拡大の自分史を
人の心を動かすのは心の奥底から出たものだけ—文豪。真心の対話、今日も
報告・連絡・相談は迅速さと正確さが命だ。幹部は同志の心に的確に応えよ
配線器具の火災が多発。断線やコンセントの埃に注意を。今一度の総点検
☆藍よりも青く 「3・16」研さんのために 広布史(下) 2018年1月21日
◇創価学会は宗教界の王者である
1958年(昭和33年)3月15日夜、東京の出発地は、広宣流布の記念式典に参加する青年であふれた。
翌16日午前3時過ぎ、列車で向かった第1陣の青年たちが静岡の会場に到着。バスで東京を出発した友も、続々と集ってきた。
白い息を吐きながら駆け付けてきた青年たちに、戸田先生は心尽くしの食べ物を準備していた。
豚汁である。
青年たちは事前に、"椀と箸を持参せよ"と徹底されていた。その意味が初めて分かった瞬間だった。
戸田先生は、豚汁で使用した3頭の豚の皮を残しておくよう指示した。恩師の逝去後、その豚皮で、池田先生はペンケースを作り、代表の青年に贈った。
そこには、"師の心を忘れるな"との思いが込められていた。
戸田先生が青年を思い、豚汁を用意した一方で、池田先生は、歩くことさえままならない戸田先生の体を気遣い、恩師が乗るための「車駕」を準備した。
車駕には肘掛け椅子、手すりが備え付けられた。製作費は、すべて池田先生が工面した。
15日、池田先生は車駕が完成したことを戸田先生に報告。しばらく車駕を見ていた戸田先生から突然、厳しい言葉が発せられた。
「大きすぎる。これでは戦闘の役にはたたぬ!」
心配して駆け寄ってきた車駕の製作担当者たちに、池田先生は語った。
——戸田先生は、こうした一つ一つの事柄を通して、私たちを真剣に訓練してくださっているんだよ。ありがたいことじゃないか。今のお叱りの言葉も、先生のご慈愛なんだ。
不二の弟子は、最後の最後まで青年たちを育てようとしている師の心を、誰よりも深く理解していた。
◆◇◆
陽光が誓いの青年たちを照らし始めた。
16日午前8時、6000人の青年が大講堂横の広場に集まった。この日、来訪を予定していた、時の首相を迎える準備も始まった。
ところが、状況は急変した。首相から電話が入り、外交上の問題が起こったという理由で、欠席を伝えてきた。
戸田先生は電話口で怒りを露わにした。「6000人の青年が、前々から準備をして、待っているんですぞ。青年を騙すことになるではないか!」
首相が非礼を詫びると、戸田先生は叫んだ。
「私に詫びよと言っているのではない。詫びるのは、青年たちにだ!」
受話器を置いた戸田先生は、池田先生をはじめ、青年部のリーダーを呼び、首相の家族らが代理として来ることを伝え、語った。
「誰が来なくとも、青年と大儀式をやろうではないか!」
首相の「外交上の理由」は口実であった。事実は、「一国の総理が一宗教団体の会合などに出るとは、けしからん」と横やりを入れた人物がいたからである。
戸田先生は愛する青年のために、自ら死力を尽くして励ますことを決意した。
◆◇◆
式典の式次第は変更を余儀なくされたが、青年たちは迅速に対応していった。
式典の準備が進められる中、戸田先生の乗る車駕を担ぐメンバーは、車駕を安定させて移動する練習を繰り返していた。式典の会場周辺は、段差のある箇所もあり、車駕を水平に保つには、全員の呼吸を合わせることが求められた。
正午前、首相の家族らが到着し、音楽隊が演奏を開始。そのころ、戸田先生は池田先生に体を支えられながら、式典の会場へ移動を始めた。玄関前には車駕が置かれていた。
恩師は再び叱責した。「大きすぎて、実戦には向かぬ。戦いにならんぞ!」
この時、池田先生が一歩前に進み出た。「よく分かりました。申し訳ございません。しかし、この車駕は、弟子が真心で作ったものです。どうか、お乗りください」
弟子の一言に、恩師は、にっこりうなずいた。
戸田先生は車駕の肘掛け椅子に座り、悠然と青年を見守った。戸田先生の姿に、「軍には大将軍を魂とす」(御書1219ページ)の一節を思い返す友もいた。車駕は、青年たちの中を進んでいった。
式典後、戸田先生は語った。「体が良くなったら、あの車駕に乗って全国を回りたいな」
◆◇◆
午後0時40分、池田先生の司会で式典が始まった。
来賓のあいさつの後、登壇した戸田先生は烈々と宣言した。
「創価学会は宗教界の王者である」
この宣言について、小説『人間革命』第12巻「後継」の章につづられている。
「その言葉は、戸田が生涯をかけた広宣流布の、勝利の大宣言にほかならなかった。また、彼が青年たちに放った、人生の最後の大師子吼となった」
式典後、戸田先生は来賓と懇談。首相の家族の一人は、式典に参加した感想を、こう語った。
「将来に向かって伸びてゆく宗教だと思いました。そういう意味で今までの既成宗教と違った若い力をもっているという感じを受けました」
午後2時半ごろ、戸田先生は、池田先生が先導する車駕に乗り、青年たちの拍手に包まれ、式典会場を後にした。
一切を終え、帰途に就く青年たちを、池田先生は音楽隊のメンバーと共に見送った。やがて、音楽隊員も帰る時間となった時、池田先生は音楽隊長に頼んだ。
「申し訳ないが、もう1曲、演奏してくれないか。2階に戸田先生がおられる」
音楽隊が演奏した曲は、「星落秋風五丈原」。詩人・土井晩翠が、三国志の英傑・諸葛孔明の晩年の苦衷を詠ったものである。
この時のことを、池田先生は述懐している。
「私は、心で叫んでいた。"先生、お聴きください。青年部は、弟子たちは意気軒高です。ご安心ください!"」
「3・16」を境に、戸田先生の体は急速に衰弱していった。しかし、布団に横たわりながらも、体調が良い時には、池田先生を呼び、師弟の語らいを重ねた。
ある時は、「今日は、なんの本を読んだのか」と問い掛け、何があっても、指導者は読書を忘れてはならないことを語った。
ある朝には「昨日は、メキシコへ行った夢を見たよ」「君の本当の舞台は世界だ」と。不二の弟子は、恩師の言葉通り、世界中に後継の弟子が躍動する時代を切り開いた。
また、ある日、宗門の腐敗の兆候を感じ取り、池田先生に厳命した。
「追撃の手を緩めるな!」
それは、戸田先生の最後の指導となった。
◆◇◆
式典が行われてから1年が過ぎた1959年(昭和34年)3月16日。池田先生は青年部の代表と共に、戸田先生の墓前に向かった。
広布の一切の願業を果たした戸田先生は、58年4月2日に逝去。"学会は空中分解する"と世間が騒ぐ中で、池田先生は学会の実質的な舵取りを担い、同志の心に勇気と希望の灯をともし続けていた。
恩師の墓前で、池田先生は青年たちに語った。
——毎年、3月16日を青年部の伝統ある節目にしていこう。
戸田先生亡き後、「3・16」を、広布後継の誓いの日「3・16」たらしめたのは、池田先生である。
私たちが今、その意義を知り、自らの成長の節目とすることができるのは、池田先生がいたからである。
この「3・16」の精神を継承し、永遠ならしめるのは誰か——。
私たち一人一人である。
池田先生は述べている。
「君よ! 創価三代の人生の大道に続きゆく君たちよ!
今この時、今いる場所で断固として勝ち進め!
その執念の勝利また勝利に、忍耐強き一歩また一歩の前進に、『3・16』の師弟の宝冠は、いよいよ輝くことを忘れまい」
「3・16」研さんのための参考資料
『人間革命』第12巻「後継」、『新・人間革命』第2巻「錬磨」、第4巻「春嵐」、第25巻「福光」、『池田大作全集第42巻』所収「春秋抄」、『随筆 師弟の光』『随筆 栄光の朝』『随筆 幸福の大道』
余の節亦破るる」
真剣な一人から
偉大な歴史が開かれる。
勇気また勇気で前進だ!
経王殿御返事 P1124
『此の曼荼羅能く能く信ぜさせ給うべし、南無妙法蓮華経は師子吼の如しいかなる病さはりをなすべきや』
◇寸鉄 2018年1月28日
信仰が生み出す楽観主義が学会発展の力と確信—博士。世界の友と快活に
「一日なりとも名をあげん事こそ大切」御書。後継よ壁破る拡大の自分史を
人の心を動かすのは心の奥底から出たものだけ—文豪。真心の対話、今日も
報告・連絡・相談は迅速さと正確さが命だ。幹部は同志の心に的確に応えよ
配線器具の火災が多発。断線やコンセントの埃に注意を。今一度の総点検
☆藍よりも青く 「3・16」研さんのために 広布史(下) 2018年1月21日
◇創価学会は宗教界の王者である
1958年(昭和33年)3月15日夜、東京の出発地は、広宣流布の記念式典に参加する青年であふれた。
翌16日午前3時過ぎ、列車で向かった第1陣の青年たちが静岡の会場に到着。バスで東京を出発した友も、続々と集ってきた。
白い息を吐きながら駆け付けてきた青年たちに、戸田先生は心尽くしの食べ物を準備していた。
豚汁である。
青年たちは事前に、"椀と箸を持参せよ"と徹底されていた。その意味が初めて分かった瞬間だった。
戸田先生は、豚汁で使用した3頭の豚の皮を残しておくよう指示した。恩師の逝去後、その豚皮で、池田先生はペンケースを作り、代表の青年に贈った。
そこには、"師の心を忘れるな"との思いが込められていた。
戸田先生が青年を思い、豚汁を用意した一方で、池田先生は、歩くことさえままならない戸田先生の体を気遣い、恩師が乗るための「車駕」を準備した。
車駕には肘掛け椅子、手すりが備え付けられた。製作費は、すべて池田先生が工面した。
15日、池田先生は車駕が完成したことを戸田先生に報告。しばらく車駕を見ていた戸田先生から突然、厳しい言葉が発せられた。
「大きすぎる。これでは戦闘の役にはたたぬ!」
心配して駆け寄ってきた車駕の製作担当者たちに、池田先生は語った。
——戸田先生は、こうした一つ一つの事柄を通して、私たちを真剣に訓練してくださっているんだよ。ありがたいことじゃないか。今のお叱りの言葉も、先生のご慈愛なんだ。
不二の弟子は、最後の最後まで青年たちを育てようとしている師の心を、誰よりも深く理解していた。
◆◇◆
陽光が誓いの青年たちを照らし始めた。
16日午前8時、6000人の青年が大講堂横の広場に集まった。この日、来訪を予定していた、時の首相を迎える準備も始まった。
ところが、状況は急変した。首相から電話が入り、外交上の問題が起こったという理由で、欠席を伝えてきた。
戸田先生は電話口で怒りを露わにした。「6000人の青年が、前々から準備をして、待っているんですぞ。青年を騙すことになるではないか!」
首相が非礼を詫びると、戸田先生は叫んだ。
「私に詫びよと言っているのではない。詫びるのは、青年たちにだ!」
受話器を置いた戸田先生は、池田先生をはじめ、青年部のリーダーを呼び、首相の家族らが代理として来ることを伝え、語った。
「誰が来なくとも、青年と大儀式をやろうではないか!」
首相の「外交上の理由」は口実であった。事実は、「一国の総理が一宗教団体の会合などに出るとは、けしからん」と横やりを入れた人物がいたからである。
戸田先生は愛する青年のために、自ら死力を尽くして励ますことを決意した。
◆◇◆
式典の式次第は変更を余儀なくされたが、青年たちは迅速に対応していった。
式典の準備が進められる中、戸田先生の乗る車駕を担ぐメンバーは、車駕を安定させて移動する練習を繰り返していた。式典の会場周辺は、段差のある箇所もあり、車駕を水平に保つには、全員の呼吸を合わせることが求められた。
正午前、首相の家族らが到着し、音楽隊が演奏を開始。そのころ、戸田先生は池田先生に体を支えられながら、式典の会場へ移動を始めた。玄関前には車駕が置かれていた。
恩師は再び叱責した。「大きすぎて、実戦には向かぬ。戦いにならんぞ!」
この時、池田先生が一歩前に進み出た。「よく分かりました。申し訳ございません。しかし、この車駕は、弟子が真心で作ったものです。どうか、お乗りください」
弟子の一言に、恩師は、にっこりうなずいた。
戸田先生は車駕の肘掛け椅子に座り、悠然と青年を見守った。戸田先生の姿に、「軍には大将軍を魂とす」(御書1219ページ)の一節を思い返す友もいた。車駕は、青年たちの中を進んでいった。
式典後、戸田先生は語った。「体が良くなったら、あの車駕に乗って全国を回りたいな」
◆◇◆
午後0時40分、池田先生の司会で式典が始まった。
来賓のあいさつの後、登壇した戸田先生は烈々と宣言した。
「創価学会は宗教界の王者である」
この宣言について、小説『人間革命』第12巻「後継」の章につづられている。
「その言葉は、戸田が生涯をかけた広宣流布の、勝利の大宣言にほかならなかった。また、彼が青年たちに放った、人生の最後の大師子吼となった」
式典後、戸田先生は来賓と懇談。首相の家族の一人は、式典に参加した感想を、こう語った。
「将来に向かって伸びてゆく宗教だと思いました。そういう意味で今までの既成宗教と違った若い力をもっているという感じを受けました」
午後2時半ごろ、戸田先生は、池田先生が先導する車駕に乗り、青年たちの拍手に包まれ、式典会場を後にした。
一切を終え、帰途に就く青年たちを、池田先生は音楽隊のメンバーと共に見送った。やがて、音楽隊員も帰る時間となった時、池田先生は音楽隊長に頼んだ。
「申し訳ないが、もう1曲、演奏してくれないか。2階に戸田先生がおられる」
音楽隊が演奏した曲は、「星落秋風五丈原」。詩人・土井晩翠が、三国志の英傑・諸葛孔明の晩年の苦衷を詠ったものである。
この時のことを、池田先生は述懐している。
「私は、心で叫んでいた。"先生、お聴きください。青年部は、弟子たちは意気軒高です。ご安心ください!"」
「3・16」を境に、戸田先生の体は急速に衰弱していった。しかし、布団に横たわりながらも、体調が良い時には、池田先生を呼び、師弟の語らいを重ねた。
ある時は、「今日は、なんの本を読んだのか」と問い掛け、何があっても、指導者は読書を忘れてはならないことを語った。
ある朝には「昨日は、メキシコへ行った夢を見たよ」「君の本当の舞台は世界だ」と。不二の弟子は、恩師の言葉通り、世界中に後継の弟子が躍動する時代を切り開いた。
また、ある日、宗門の腐敗の兆候を感じ取り、池田先生に厳命した。
「追撃の手を緩めるな!」
それは、戸田先生の最後の指導となった。
◆◇◆
式典が行われてから1年が過ぎた1959年(昭和34年)3月16日。池田先生は青年部の代表と共に、戸田先生の墓前に向かった。
広布の一切の願業を果たした戸田先生は、58年4月2日に逝去。"学会は空中分解する"と世間が騒ぐ中で、池田先生は学会の実質的な舵取りを担い、同志の心に勇気と希望の灯をともし続けていた。
恩師の墓前で、池田先生は青年たちに語った。
——毎年、3月16日を青年部の伝統ある節目にしていこう。
戸田先生亡き後、「3・16」を、広布後継の誓いの日「3・16」たらしめたのは、池田先生である。
私たちが今、その意義を知り、自らの成長の節目とすることができるのは、池田先生がいたからである。
この「3・16」の精神を継承し、永遠ならしめるのは誰か——。
私たち一人一人である。
池田先生は述べている。
「君よ! 創価三代の人生の大道に続きゆく君たちよ!
今この時、今いる場所で断固として勝ち進め!
その執念の勝利また勝利に、忍耐強き一歩また一歩の前進に、『3・16』の師弟の宝冠は、いよいよ輝くことを忘れまい」
「3・16」研さんのための参考資料
『人間革命』第12巻「後継」、『新・人間革命』第2巻「錬磨」、第4巻「春嵐」、第25巻「福光」、『池田大作全集第42巻』所収「春秋抄」、『随筆 師弟の光』『随筆 栄光の朝』『随筆 幸福の大道』
2018年1月27日土曜日
2018.01.27 わが友に贈る
「意が声とあらはる」
友を思う深き祈りは
相手の心に必ず響く。
誠実に 爽やかに
幸の語らいを広げよう!
御義口伝巻上 P710
『今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは生死の闇を照し晴して涅槃の智火明了なり生死即涅槃と開覚するを照則闇不生とは云うなり、煩悩の薪を焼いて菩提の慧火現前するなり』
◇寸鉄 2018年1月27日
会長の共生の哲学と実践は世界平和実現への鍵—識者。心を結ぶ対話更に
本紙通信員制発足の日。ペンの勇者、万歳!皆様ありて聖教城は盤石なり
東京「豊島婦人部の日」。縁深き天地に輝く希望の連帯。友情の花を爛漫と
青年よ、常に正義と共にあれ—作家。師匠と歩む誉れの道。悔いなく進め
インフルエンザの流行がピーク。手洗い・嗽を入念に。咳エチケットも励行
☆藍よりも青く 「3・16」60周年へ走る 関西の若き友 2018年1月18日
◇次代を開く常勝の連帯
「3・16」60周年を記念する「世界青年部総会」へ、弘教・人材拡大に奮闘する全国青年部の友。ここでは、特集「藍よりも青く」の一環として、各方面の若き友の取り組みを特集する。第1回は、関西を紹介する。
3月の世界青年部総会、そして2月の関西総会を目指し、爆発的に弘教が進んでいるのが、兵庫・尼崎総県男子部だ。
「活動者の拡大に、こだわってきました。それが、弘教拡大の勢いを生む礎になりました」と高橋悟史総県男子部長は実感する。
一昨年9月、自行化他の実践をする人材拡大に焦点を定め、「部10勇士」(広布の会場に支部10人の男子部員が集う)の取り組みを開始した。
"壮年部は「ブロック5勇士」、男子部は「部10勇士」"——壮年部と男子部の取り組みが連動し、最前線まで浸透した。「部10勇士」で記念撮影した写真を総県の中心会館に掲示したことも、各部一体の活動の励みになった。
男子部員が少ない地域では、壮年部と男子部のリーダーが、総力を挙げて訪問激励。その中で、人材の裾野が広がり、一昨年11月末には全支部が「部10勇士」を達成。その後も、リーダーが一人を大切にする激励に徹し、目に見える1000人の陣列を築いてきた。
そして陸続と躍り出た新たな活動者が、相次いで仏法対話に挑み、破竹の勢いが生まれていった。
昨年11月18日から現在まで、総県男子部では、新入会者への御本尊流布が「支部2」に迫る。昨年9月からは、各部全体で「ブロック1」の弘教を実らせている。
開裕亮さん(男子地区副リーダー)も一昨年末、創価家族の励ましで立ち上がった一人。仕事で、深夜に帰宅する日も多い中、仏法対話を決意するも、なかなか友人を入会に導けずに悩んだという。
そんな時、折伏の場に、いつも同席してくれた男子部の先輩が一言。「どこまでも友人の幸せを強盛に祈り抜き、友人の悩みに寄り添っていくんだよ」
先輩の確信の言葉に、ハッとした。
「折伏したいという自分の思いだけが先行していました。祈りを重ねる中で、"一緒に友人の悩みを解決しよう"と真剣に思えるようになり、行動に移した時、一気に開けました」
これまで信心に興味を示さなかった友人に、再度、真心から対話すると、一人また一人と入会を決意。開さんは昨年、8世帯の御本尊流布を成し遂げた。
1・24「尼崎の日」へ、尼崎総県の拡大の勢いはとどまるところを知らない。
大阪・豊中総県女子部は、華陽の連帯を大きく広げている。
広布伸展の軸は、昨年9月からスタートした婦人部・女子部一体の取り組み「ペアフル」だ。"親子で対話、婦女で対話"を合言葉に、弘教、訪問激励、会合等の活動を一体で進め、友好の花を咲かせている。
ある圏では、婦人部主催で、女子部員を会合に招き、温かな励ましを送る。また、女子部の活躍や、池田先生の指針を紹介する手作りの"新聞"を作成し、それを片手に訪問激励に歩く地域もある。中でも一番の力になっているのが、女子部の友が婦人部の先輩と一緒に弘教に挑戦していることだという。
「仏法対話をしたことがない女子部員も、経験豊富な婦人部の方々と対話を進めることで、祈り方、友を幸せにしたいという執念など、多くのことを学んで成長することができ、喜びが広がっています」と上村愛弥総県女子部長は語る。
若い世代に、"私たちにもできる"という自信が生まれ、対話拡大の勢いが加速していった。友人の幸福を祈る題目の渦が巻き起こる中で、メンバーが相次いで弘教を実らせた。
「女子部の広布の目標は、何としても達成してあげたい」——常勝の母たちの思いと行動が、華陽姉妹の確かな連帯に結実しているのである。
西川結花子さん(常勝戸田圏女子部長)は、婦人部と小まめに連携を取りながら、温かな励ましに率先するリーダーだ。同圏では昨年、白蓮グループのメンバー全員が、友人を入会決意に導くなど、若き力が躍動している。
西川さんは社会での信頼も抜群。昨夏、業務のスピード、正確さなどを評価され、全国の社員の中で十数人に贈られる「優秀賞」を受賞している。
豊中総県女子部の友は、希望の拡大へ、喜びの前進を続けていく。
友を思う深き祈りは
相手の心に必ず響く。
誠実に 爽やかに
幸の語らいを広げよう!
御義口伝巻上 P710
『今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは生死の闇を照し晴して涅槃の智火明了なり生死即涅槃と開覚するを照則闇不生とは云うなり、煩悩の薪を焼いて菩提の慧火現前するなり』
◇寸鉄 2018年1月27日
会長の共生の哲学と実践は世界平和実現への鍵—識者。心を結ぶ対話更に
本紙通信員制発足の日。ペンの勇者、万歳!皆様ありて聖教城は盤石なり
東京「豊島婦人部の日」。縁深き天地に輝く希望の連帯。友情の花を爛漫と
青年よ、常に正義と共にあれ—作家。師匠と歩む誉れの道。悔いなく進め
インフルエンザの流行がピーク。手洗い・嗽を入念に。咳エチケットも励行
☆藍よりも青く 「3・16」60周年へ走る 関西の若き友 2018年1月18日
◇次代を開く常勝の連帯
「3・16」60周年を記念する「世界青年部総会」へ、弘教・人材拡大に奮闘する全国青年部の友。ここでは、特集「藍よりも青く」の一環として、各方面の若き友の取り組みを特集する。第1回は、関西を紹介する。
3月の世界青年部総会、そして2月の関西総会を目指し、爆発的に弘教が進んでいるのが、兵庫・尼崎総県男子部だ。
「活動者の拡大に、こだわってきました。それが、弘教拡大の勢いを生む礎になりました」と高橋悟史総県男子部長は実感する。
一昨年9月、自行化他の実践をする人材拡大に焦点を定め、「部10勇士」(広布の会場に支部10人の男子部員が集う)の取り組みを開始した。
"壮年部は「ブロック5勇士」、男子部は「部10勇士」"——壮年部と男子部の取り組みが連動し、最前線まで浸透した。「部10勇士」で記念撮影した写真を総県の中心会館に掲示したことも、各部一体の活動の励みになった。
男子部員が少ない地域では、壮年部と男子部のリーダーが、総力を挙げて訪問激励。その中で、人材の裾野が広がり、一昨年11月末には全支部が「部10勇士」を達成。その後も、リーダーが一人を大切にする激励に徹し、目に見える1000人の陣列を築いてきた。
そして陸続と躍り出た新たな活動者が、相次いで仏法対話に挑み、破竹の勢いが生まれていった。
昨年11月18日から現在まで、総県男子部では、新入会者への御本尊流布が「支部2」に迫る。昨年9月からは、各部全体で「ブロック1」の弘教を実らせている。
開裕亮さん(男子地区副リーダー)も一昨年末、創価家族の励ましで立ち上がった一人。仕事で、深夜に帰宅する日も多い中、仏法対話を決意するも、なかなか友人を入会に導けずに悩んだという。
そんな時、折伏の場に、いつも同席してくれた男子部の先輩が一言。「どこまでも友人の幸せを強盛に祈り抜き、友人の悩みに寄り添っていくんだよ」
先輩の確信の言葉に、ハッとした。
「折伏したいという自分の思いだけが先行していました。祈りを重ねる中で、"一緒に友人の悩みを解決しよう"と真剣に思えるようになり、行動に移した時、一気に開けました」
これまで信心に興味を示さなかった友人に、再度、真心から対話すると、一人また一人と入会を決意。開さんは昨年、8世帯の御本尊流布を成し遂げた。
1・24「尼崎の日」へ、尼崎総県の拡大の勢いはとどまるところを知らない。
大阪・豊中総県女子部は、華陽の連帯を大きく広げている。
広布伸展の軸は、昨年9月からスタートした婦人部・女子部一体の取り組み「ペアフル」だ。"親子で対話、婦女で対話"を合言葉に、弘教、訪問激励、会合等の活動を一体で進め、友好の花を咲かせている。
ある圏では、婦人部主催で、女子部員を会合に招き、温かな励ましを送る。また、女子部の活躍や、池田先生の指針を紹介する手作りの"新聞"を作成し、それを片手に訪問激励に歩く地域もある。中でも一番の力になっているのが、女子部の友が婦人部の先輩と一緒に弘教に挑戦していることだという。
「仏法対話をしたことがない女子部員も、経験豊富な婦人部の方々と対話を進めることで、祈り方、友を幸せにしたいという執念など、多くのことを学んで成長することができ、喜びが広がっています」と上村愛弥総県女子部長は語る。
若い世代に、"私たちにもできる"という自信が生まれ、対話拡大の勢いが加速していった。友人の幸福を祈る題目の渦が巻き起こる中で、メンバーが相次いで弘教を実らせた。
「女子部の広布の目標は、何としても達成してあげたい」——常勝の母たちの思いと行動が、華陽姉妹の確かな連帯に結実しているのである。
西川結花子さん(常勝戸田圏女子部長)は、婦人部と小まめに連携を取りながら、温かな励ましに率先するリーダーだ。同圏では昨年、白蓮グループのメンバー全員が、友人を入会決意に導くなど、若き力が躍動している。
西川さんは社会での信頼も抜群。昨夏、業務のスピード、正確さなどを評価され、全国の社員の中で十数人に贈られる「優秀賞」を受賞している。
豊中総県女子部の友は、希望の拡大へ、喜びの前進を続けていく。
2018年1月26日金曜日
2018.01.26 わが友に贈る
時代は深く強く
仏法を求めている。
信念貫く振る舞いが
共感と納得を生む。
善の連帯を広げよう!
四条金吾女房御書 P1109
『夫婦共に法華の持者なり法華経流布あるべきたねをつぐ所の玉の子出で生れん目出度覚え候ぞ』
◇寸鉄 2018年1月26日
提言を発表。「人権の世紀」の建設へ。大生命哲学語る青年が時代の最先端
東北女性の日。負けじ魂で進む太陽の友!わが地域に励まし対話の大光を
真の幸福は土地を選ぶものではない—詩人。環境ではなく自身の変革から
折伏は慈悲の行為である—戸田先生。勇気即慈悲の確信で勇み友のもとへ
記憶力向上などをうたう医薬品の規制強化と。依存症等の危険周知も急げ
☆虹を懸ける 池田先生と香港� 2018年1月18日
◇励ましの世界を広げよう
世界広布は今、池田先生と同志の絆によって、192カ国・地域へと広がった。あの国にも、この地にも、先生の励ましの足跡が刻まれ、師との原点を胸に「友情の虹」「幸福の虹」「平和の虹」を懸けてきた、誇り高き地涌の友がいる。本連載では、世界宗教として、大いなる飛翔を果たしたSGIの師弟のドラマを紹介する。
戸田先生は詠んだ。
「雲の井に 月こそ見んと 願いてし アジアの民に 日をぞ送らん」
日蓮大聖人の未来記である「仏法西還」、そして恩師が遺命された「東洋広布」は、香港から始まった。
日中に友好の橋を架ける初の中国訪問も、出発地は香港だった。
今や58カ国・地域の194大学と学術交流協定を結んでいる創価大学の第1号の締結校は、香港中文大学。海外初の創価幼稚園の開園も香港である。
まさに名実ともに、アジアにおける平和・文化・教育運動の起点となった香港。先生の訪問は20度に及ぶ。
◇団結は拡大の力
諸天も寿ぐ快晴に包まれた1961年1月28日。池田先生を乗せた飛行機は香港に向かって離陸した。
この前年、第3代会長に就任した先生は、北・南米指導へ。世界広布のうねりが高まる中、次なる焦点と定めたのがアジアだった。
約5時間後、九龍半島の啓徳空港に降り立つと、送迎デッキから手を振る同志の姿が。当時、現地の会員は10世帯ほどだった。
その夜。香港で初めての座談会が先生一行を迎えて行われ、アジアで第1号となる地区が結成された。
集ったのは十数人。日本で入会はしたが、組織もなく、大半が自分なりの信心を実践してきたメンバーばかりだった。勤行を「キンコウ」と言い間違える人がいたほどである。
先生は同志の質問に答えつつ、信心の要諦を示していった。
「人間が成長していくには、独りぼっちではなく、互いに切磋琢磨していくことです。特に信心の世界にあっては、常に連携を取り合い、励まし合っていける同志が大事になります」「皆で力を合わせれば、大きな力になる。団結の力は足し算ではなく、掛け算なんです」
学会は、どこまでも励ましの世界である。そして、真の団結は、何倍、何十倍という勢いを生む——先生の指導は明快だった。
終了後、ホテルに戻った先生は、遅くまで「大白蓮華」の巻頭言の執筆に当たった。タイトルは「東洋広布」である。
翌日には、次の目的地であるセイロン(現・スリランカ)へ。以降、インド、ビルマ(現・ミャンマー)、タイ、カンボジアを歴訪し、2月13日には再び香港に戻った。
歴史的なアジア平和旅は、香港に始まり、香港に帰着した。
香港はアジア広布の「原点」となり、「玄関」ともなっていったのである。
◇強く生きるのだ
1年後、香港は倍増以上の発展を見る。中東からの帰途に立ち寄った先生のもとには、40人ほどの友が駆け付けた(62年2月)。
日本に帰国するまでのわずかな滞在だったが、空港内の一室で香港支部の結成が発表されると、皆の喜びは最高潮に達した。
さらに63年1月、64年の5月と10月にも、先生は香港を訪れている。この時、案内役を務めたのは、初代理事長の故・周徳光さん。草創の忘れ得ぬ功労者の一人である。その歴史は、小説『新・人間革命』第7巻「早春」の章などに詳しい。
周さんは九州出身。若き日に日本から中国へ渡り、戦後に移り住んだ香港で信心を始めた。貿易会社を営む多忙な日々の中、妻の周余佩珍さん(香港婦人部最高参与)と二人三脚で香港広布に奔走。東南アジアに点在する同志の激励にも献身してきた。
「いつも両親から信心の素晴らしさ、先生の偉大さを聞かされてきました。一家で先生とお会いした思い出は生涯の宝です」。そう語るのは、長女の呉周鳳兒さん(本部副婦人部長)。父に続いて家族と共に入会し、先生と初めて出会ったのは、10代の時だった。
以来、一貫して学会の庭で成長し、まだ少なかった女子部の同志と仲良く信心に励んできた。
次に先生が香港に足を運んだのは、74年である。それを見届けた父は、天寿を全うし、霊山へと旅立った。
後年、先生は周さん宅を訪れ、追善の勤行を。「母子して 諸仏に守らる 金の家」と色紙に揮毫し、居合わせた家族に真心からの励ましを送った。
「後に残った皆さんが強盛に信心を貫き、幸せになることです。強く生きることです。じっと見守ってくれていますよ」
これが、一家の永遠の指針となった。
鳳兒さんは結婚後、2人の子を育てながら広布の舞台で奮闘。夫の仕事でイギリスに駐在した際には、自家用車が横転する大事故に遭ったが、不思議と命は守られた。だからこそ感謝を忘れず、信仰体験を語りながら新たな人材育成に注力する日々だ。
弟の洲崎周一さんをはじめ、2人の妹は創価大学などを卒業し、SGI公認通訳として世界広布の一翼を担っている。
◇皆と良き友人に
6度目の訪問となった74年1月下旬。5泊6日の滞在中には、幾つもの行事が予定されていた。
初日の深夜まで友を励まし続けた先生は、2日目となる27日、約1000人との記念撮影会に出席。会場に着くや、この瞬間を待ち望んでいた同志の輪の中へ飛び込んだ。一人一人に声を掛け、握手を交わしていく。整理役員や受付の女子部員のところへも。
鄭彩容さんも役員として激励を受けた。「先生は私に『皆と良き友人になりなさい』と言われました。誰とでも仲良くしよう。香港中に友情を広げよう——この誓いは今も全く変わることはありません」
鄭さんは、この出会いの5年前に入会。まず母が信心を始め、父の大病が回復したことがきっかけで、信仰への確信を深めた。
洋服製造会社で働く中、77年に香港女子部長に就任。部員一人一人と良き友人となり、師弟の道を真っすぐに歩んできた。
香港副婦人部長として拡大の最前線を駆けていた3年前、ステージ3の卵巣がんに。激痛が体を襲った。御本尊の前に座るが、思うように声も出せない。何度も心がくじけそうになった。
そんな鄭さんを支え続けたのは、青春時代の誓いだった。
"必ず宿命転換してみせる!"と、痛みに耐えながら、必死に唱題を重ねた。すると治療が功を奏し、病状は徐々に好転。家族や同志の祈りもあり、以前のように元気に活動できるまでになった。
「病気のおかげで、苦難に負けない信心の大切さを改めて学びました。香港に仏法を弘めてくださった先生と共に、いつまでも健康で、充実した人生を生き抜きます!」
——74年までの10年間で、香港は大きく飛躍を遂げた。
途中、根強い反日感情から"日本から来た宗教"という、マスコミによる悪意の誹謗中傷もあったが、同志は微動だにしなかった。むしろ、良き市民として社会に貢献し、学会を取り巻く環境を変えていった。
毎月毎年、メンバーは増加し続け、支部から総支部、本部へと発展。妙法の功徳と確信が香港中に満ちていった。機関紙「黎明聖報」や、香港会館も誕生している。
10年ぶりとなった先生の香港訪問は、広布の盤石な基盤を築く中で実現した。地元4紙は写真入りで先生の到着を報じ、歓迎の意を表明したのである。
仏法を求めている。
信念貫く振る舞いが
共感と納得を生む。
善の連帯を広げよう!
四条金吾女房御書 P1109
『夫婦共に法華の持者なり法華経流布あるべきたねをつぐ所の玉の子出で生れん目出度覚え候ぞ』
◇寸鉄 2018年1月26日
提言を発表。「人権の世紀」の建設へ。大生命哲学語る青年が時代の最先端
東北女性の日。負けじ魂で進む太陽の友!わが地域に励まし対話の大光を
真の幸福は土地を選ぶものではない—詩人。環境ではなく自身の変革から
折伏は慈悲の行為である—戸田先生。勇気即慈悲の確信で勇み友のもとへ
記憶力向上などをうたう医薬品の規制強化と。依存症等の危険周知も急げ
☆虹を懸ける 池田先生と香港� 2018年1月18日
◇励ましの世界を広げよう
世界広布は今、池田先生と同志の絆によって、192カ国・地域へと広がった。あの国にも、この地にも、先生の励ましの足跡が刻まれ、師との原点を胸に「友情の虹」「幸福の虹」「平和の虹」を懸けてきた、誇り高き地涌の友がいる。本連載では、世界宗教として、大いなる飛翔を果たしたSGIの師弟のドラマを紹介する。
戸田先生は詠んだ。
「雲の井に 月こそ見んと 願いてし アジアの民に 日をぞ送らん」
日蓮大聖人の未来記である「仏法西還」、そして恩師が遺命された「東洋広布」は、香港から始まった。
日中に友好の橋を架ける初の中国訪問も、出発地は香港だった。
今や58カ国・地域の194大学と学術交流協定を結んでいる創価大学の第1号の締結校は、香港中文大学。海外初の創価幼稚園の開園も香港である。
まさに名実ともに、アジアにおける平和・文化・教育運動の起点となった香港。先生の訪問は20度に及ぶ。
◇団結は拡大の力
諸天も寿ぐ快晴に包まれた1961年1月28日。池田先生を乗せた飛行機は香港に向かって離陸した。
この前年、第3代会長に就任した先生は、北・南米指導へ。世界広布のうねりが高まる中、次なる焦点と定めたのがアジアだった。
約5時間後、九龍半島の啓徳空港に降り立つと、送迎デッキから手を振る同志の姿が。当時、現地の会員は10世帯ほどだった。
その夜。香港で初めての座談会が先生一行を迎えて行われ、アジアで第1号となる地区が結成された。
集ったのは十数人。日本で入会はしたが、組織もなく、大半が自分なりの信心を実践してきたメンバーばかりだった。勤行を「キンコウ」と言い間違える人がいたほどである。
先生は同志の質問に答えつつ、信心の要諦を示していった。
「人間が成長していくには、独りぼっちではなく、互いに切磋琢磨していくことです。特に信心の世界にあっては、常に連携を取り合い、励まし合っていける同志が大事になります」「皆で力を合わせれば、大きな力になる。団結の力は足し算ではなく、掛け算なんです」
学会は、どこまでも励ましの世界である。そして、真の団結は、何倍、何十倍という勢いを生む——先生の指導は明快だった。
終了後、ホテルに戻った先生は、遅くまで「大白蓮華」の巻頭言の執筆に当たった。タイトルは「東洋広布」である。
翌日には、次の目的地であるセイロン(現・スリランカ)へ。以降、インド、ビルマ(現・ミャンマー)、タイ、カンボジアを歴訪し、2月13日には再び香港に戻った。
歴史的なアジア平和旅は、香港に始まり、香港に帰着した。
香港はアジア広布の「原点」となり、「玄関」ともなっていったのである。
◇強く生きるのだ
1年後、香港は倍増以上の発展を見る。中東からの帰途に立ち寄った先生のもとには、40人ほどの友が駆け付けた(62年2月)。
日本に帰国するまでのわずかな滞在だったが、空港内の一室で香港支部の結成が発表されると、皆の喜びは最高潮に達した。
さらに63年1月、64年の5月と10月にも、先生は香港を訪れている。この時、案内役を務めたのは、初代理事長の故・周徳光さん。草創の忘れ得ぬ功労者の一人である。その歴史は、小説『新・人間革命』第7巻「早春」の章などに詳しい。
周さんは九州出身。若き日に日本から中国へ渡り、戦後に移り住んだ香港で信心を始めた。貿易会社を営む多忙な日々の中、妻の周余佩珍さん(香港婦人部最高参与)と二人三脚で香港広布に奔走。東南アジアに点在する同志の激励にも献身してきた。
「いつも両親から信心の素晴らしさ、先生の偉大さを聞かされてきました。一家で先生とお会いした思い出は生涯の宝です」。そう語るのは、長女の呉周鳳兒さん(本部副婦人部長)。父に続いて家族と共に入会し、先生と初めて出会ったのは、10代の時だった。
以来、一貫して学会の庭で成長し、まだ少なかった女子部の同志と仲良く信心に励んできた。
次に先生が香港に足を運んだのは、74年である。それを見届けた父は、天寿を全うし、霊山へと旅立った。
後年、先生は周さん宅を訪れ、追善の勤行を。「母子して 諸仏に守らる 金の家」と色紙に揮毫し、居合わせた家族に真心からの励ましを送った。
「後に残った皆さんが強盛に信心を貫き、幸せになることです。強く生きることです。じっと見守ってくれていますよ」
これが、一家の永遠の指針となった。
鳳兒さんは結婚後、2人の子を育てながら広布の舞台で奮闘。夫の仕事でイギリスに駐在した際には、自家用車が横転する大事故に遭ったが、不思議と命は守られた。だからこそ感謝を忘れず、信仰体験を語りながら新たな人材育成に注力する日々だ。
弟の洲崎周一さんをはじめ、2人の妹は創価大学などを卒業し、SGI公認通訳として世界広布の一翼を担っている。
◇皆と良き友人に
6度目の訪問となった74年1月下旬。5泊6日の滞在中には、幾つもの行事が予定されていた。
初日の深夜まで友を励まし続けた先生は、2日目となる27日、約1000人との記念撮影会に出席。会場に着くや、この瞬間を待ち望んでいた同志の輪の中へ飛び込んだ。一人一人に声を掛け、握手を交わしていく。整理役員や受付の女子部員のところへも。
鄭彩容さんも役員として激励を受けた。「先生は私に『皆と良き友人になりなさい』と言われました。誰とでも仲良くしよう。香港中に友情を広げよう——この誓いは今も全く変わることはありません」
鄭さんは、この出会いの5年前に入会。まず母が信心を始め、父の大病が回復したことがきっかけで、信仰への確信を深めた。
洋服製造会社で働く中、77年に香港女子部長に就任。部員一人一人と良き友人となり、師弟の道を真っすぐに歩んできた。
香港副婦人部長として拡大の最前線を駆けていた3年前、ステージ3の卵巣がんに。激痛が体を襲った。御本尊の前に座るが、思うように声も出せない。何度も心がくじけそうになった。
そんな鄭さんを支え続けたのは、青春時代の誓いだった。
"必ず宿命転換してみせる!"と、痛みに耐えながら、必死に唱題を重ねた。すると治療が功を奏し、病状は徐々に好転。家族や同志の祈りもあり、以前のように元気に活動できるまでになった。
「病気のおかげで、苦難に負けない信心の大切さを改めて学びました。香港に仏法を弘めてくださった先生と共に、いつまでも健康で、充実した人生を生き抜きます!」
——74年までの10年間で、香港は大きく飛躍を遂げた。
途中、根強い反日感情から"日本から来た宗教"という、マスコミによる悪意の誹謗中傷もあったが、同志は微動だにしなかった。むしろ、良き市民として社会に貢献し、学会を取り巻く環境を変えていった。
毎月毎年、メンバーは増加し続け、支部から総支部、本部へと発展。妙法の功徳と確信が香港中に満ちていった。機関紙「黎明聖報」や、香港会館も誕生している。
10年ぶりとなった先生の香港訪問は、広布の盤石な基盤を築く中で実現した。地元4紙は写真入りで先生の到着を報じ、歓迎の意を表明したのである。
2018年1月25日木曜日
2018.01.25 わが友に贈る
何のために生きるのか。
その目的観の大きさが
人生の深さを決める。
広宣流布の大理想へ
わが道を愉快に進もう!
三沢抄 P148
『此の法門出現せば正法像法に論師人師の申せし法門は皆日出でて後の星の光巧匠の後に拙を知るなるべし、此の時には正像の寺堂の仏像僧等の霊験は皆きへうせて但此の大法のみ一閻浮提に流布すべしとみへて候、各各はかかる法門にちぎり有る人なればたのもしとをぼすべし』
◇寸鉄 2018年1月25日
大阪事件の無罪判決から56年。正しい仏法が必ず勝つ。信念の闘争、我らも
関西婦人部の日。強盛な祈りと輝く笑顔!常勝の母たちありて創価は盤石
英雄とは自分のできる事をした人—文豪。今日も挑戦の一歩!着実に前へ
寒暖差は脳卒中や不整脈招く危険が。入浴・外出時は特に注意。賢き工夫で
あおり運転の厳正対処へ—警察庁が全国に通達。断じて走る凶器の撲滅を
☆中等部結成記念大会への池田先生のメッセージ 2018年1月17日
◇題目を唱えれば生命力がみなぎる
◇挑戦と努力で光り輝け
人類の希望の光と輝く皆さん、晴れやかな中等部大会の開催、本当におめでとう!
保護者の方々、また、担当者の方々、今年もよろしくお願いいたします。
世界192カ国・地域の創価の若人たちも、皆さん方と一緒に、「世界広布新時代 栄光の年」を勢いよくスタートしています。
今年のテーマである「栄光」は、英語では、どう表現されると思いますか?
意義をふまえて、「Brilliant Achievement」(ブリリアント・アチーブメント)と訳されます。「Brilliant」とは「輝かしい」という意味です。そして、「Achievement」には「努力で勝ち取る成果」という意味が含まれています。
つまり、「栄光の年」とは、生き生きと挑戦し努力を積み重ねて、一つ一つの課題を勝ち取り、自分自身の生命を思う存分に光り輝かせていく年なのです。
日蓮大聖人は、「花は咲いて果となり、月は出て必ず満ち、燈は油をさせば光を増し、草木は雨が降れば茂ります。それと同じように、人は善根(よい行い)を積めば、必ず栄えるのです」(御書1562ページ、趣意)と仰せになりました。
皆さんが若くして、大宇宙の根本の法則である題目を唱えることは、最高の善根です。題目を唱えれば、生命力がみなぎり、決意を持続する勇気も湧いてきます。どうか、皆さんは、自分自身の目標に向かって祈り、「さあ、やってみよう!」と、たくましくチャレンジして、何かで「努力の一番星」と輝いていってください。
中学時代に自分らしく苦労しながら、"挑戦する勇気""努力するクセ""やりとげる喜び"を身に付けた人は、決して負けません。一生涯の宝となります。
最後に、世界平和の未来を託しゆく、わが信ずる中等部に健康あれ! 成長あれ! 栄光あれ! と申し上げ、私のメッセージといたします。
風邪をひかないように。
親孝行をよろしく頼みます。
元気で!
その目的観の大きさが
人生の深さを決める。
広宣流布の大理想へ
わが道を愉快に進もう!
三沢抄 P148
『此の法門出現せば正法像法に論師人師の申せし法門は皆日出でて後の星の光巧匠の後に拙を知るなるべし、此の時には正像の寺堂の仏像僧等の霊験は皆きへうせて但此の大法のみ一閻浮提に流布すべしとみへて候、各各はかかる法門にちぎり有る人なればたのもしとをぼすべし』
◇寸鉄 2018年1月25日
大阪事件の無罪判決から56年。正しい仏法が必ず勝つ。信念の闘争、我らも
関西婦人部の日。強盛な祈りと輝く笑顔!常勝の母たちありて創価は盤石
英雄とは自分のできる事をした人—文豪。今日も挑戦の一歩!着実に前へ
寒暖差は脳卒中や不整脈招く危険が。入浴・外出時は特に注意。賢き工夫で
あおり運転の厳正対処へ—警察庁が全国に通達。断じて走る凶器の撲滅を
☆中等部結成記念大会への池田先生のメッセージ 2018年1月17日
◇題目を唱えれば生命力がみなぎる
◇挑戦と努力で光り輝け
人類の希望の光と輝く皆さん、晴れやかな中等部大会の開催、本当におめでとう!
保護者の方々、また、担当者の方々、今年もよろしくお願いいたします。
世界192カ国・地域の創価の若人たちも、皆さん方と一緒に、「世界広布新時代 栄光の年」を勢いよくスタートしています。
今年のテーマである「栄光」は、英語では、どう表現されると思いますか?
意義をふまえて、「Brilliant Achievement」(ブリリアント・アチーブメント)と訳されます。「Brilliant」とは「輝かしい」という意味です。そして、「Achievement」には「努力で勝ち取る成果」という意味が含まれています。
つまり、「栄光の年」とは、生き生きと挑戦し努力を積み重ねて、一つ一つの課題を勝ち取り、自分自身の生命を思う存分に光り輝かせていく年なのです。
日蓮大聖人は、「花は咲いて果となり、月は出て必ず満ち、燈は油をさせば光を増し、草木は雨が降れば茂ります。それと同じように、人は善根(よい行い)を積めば、必ず栄えるのです」(御書1562ページ、趣意)と仰せになりました。
皆さんが若くして、大宇宙の根本の法則である題目を唱えることは、最高の善根です。題目を唱えれば、生命力がみなぎり、決意を持続する勇気も湧いてきます。どうか、皆さんは、自分自身の目標に向かって祈り、「さあ、やってみよう!」と、たくましくチャレンジして、何かで「努力の一番星」と輝いていってください。
中学時代に自分らしく苦労しながら、"挑戦する勇気""努力するクセ""やりとげる喜び"を身に付けた人は、決して負けません。一生涯の宝となります。
最後に、世界平和の未来を託しゆく、わが信ずる中等部に健康あれ! 成長あれ! 栄光あれ! と申し上げ、私のメッセージといたします。
風邪をひかないように。
親孝行をよろしく頼みます。
元気で!
2018年1月24日水曜日
2018.01.24 わが友に贈る
妙法に生き抜けば
悩みに紛動されない
金剛の境涯が開かれる。
常楽我浄の人生を
共々に歩みゆこう!
衆生身心御書 P1595
『法華経の行者はいやしけれども守護する天こわし、例せば修羅が日月をのめば頭七分にわる犬は師子をほゆればはらわたくさる』
◇寸鉄 2018年1月24日
「天晴れぬれば地明かなり」御書。偉大な智慧で社会を照らす太陽たれ!
尼崎の日。破竹の勢いで進む関西の心臓部の友。拡大の金字塔を断固再び
女子部ロマン総会を全国で開催。平和と幸の連帯広げる桜梅桃李の青春譜
各家庭の家電利用が地球温暖化の一因と。環境保全は足元の取り組みから
凍結路の運転、歩行に注意。慣れた道も焦りは禁物。賢く「前前の用心」を
☆藍よりも青く 「3・16」研さんのために 広布史(上)
◇いざという時、広布の戦場に駆けつけられるかどうかだ
本年は、戸田先生が広宣流布の一切を後継の青年に託した「3・16」の記念式典から60周年。この佳節を慶祝する「世界青年部総会」(3月)へ、青年部の友が広布拡大に挑んでいる。3面では、特集「藍よりも青く」の一環として「3・16」の意義と精神を学ぶ。今回と次回は、「3・16」の歴史を確認する。
いかなる事業も、後継者で未来が決まる。
広宣流布もまた、師弟の精神が、次の世代へと継承されてこそ、永続的な発展がある。
法華経の主題は、仏が弟子に付嘱して、滅後の広宣流布を託すことにある。
御書に「霊山一会儼然未散」(757ページ)と。法華経が説かれた霊鷲山の会座は、いまなお厳然として散らず、永遠に常住しているとの意味である。
1958年(昭和33年)3月16日の広宣流布の記念式典について、池田先生は、こうつづっている。
「『3・16』の大儀式は、『霊山一会儼然未散』(霊山一会儼然として未だ散らず)の姿さながらに、我らには思えた」
「この大儀式には、法華経に説かれる付嘱の儀式に通ずる意義がある。私は、そう深く心中に期していた」
師の不惜身命の精神を永遠にとどめ、師から弟子へと、広布のバトンが託された日——それが「3・16」である。
◆◇◆
なぜ、戸田先生は、「3・16」を、"後継の儀式の日"と定めたのか。
その理由の一つは、池田先生をはじめ、未来を託すことができる青年が育ち、広布の基盤が整ってきたから、といえよう。
戸田先生が第2代会長に就任した51年(同26年)5月、学会の会員数は実質、約3000人。2カ月後に行われた男子部の結成式の参加者は約180人、女子部結成式は74人である。
だが、わずか6年後の57年(同32年)12月、戸田先生の生涯の願業である75万世帯の弘教が達成された。
その拡大の先頭に立ったのが池田先生である。
52年(同27年)、蒲田支部の支部幹事として指揮を執った「二月闘争」では、当時の支部の限界を破る201世帯の弘教を達成。
53年(同28年)、男子部の第1部隊長に就任し、約4倍の陣容に拡大。文京支部長代理にも就き、「前進また前進」を合言葉に、第一級の支部へと発展させた。
さらに、55年(同30年)の「札幌・夏の陣」では、10日間で388世帯という日本一の拡大を成し遂げ、翌56年(同31年)の「大阪の戦い」では1カ月で「1万1111世帯の弘教」という不滅の金字塔を打ち立てた。この年から始まった「山口開拓指導」でも、10倍近くの拡大を達成した。
池田先生は述べている。
「弘教七十五万世帯は、師弟の誓願であった。それを実現するのが弟子の使命であり、勝利の結実をもって、初めて後継者たりうるのだ。
もし師弟の誓願が達成できていなければ、『3・16』の式典——あの後継の大儀式は完成されなかった」
広布拡大の勝利があったからこそ、「3・16」の式典は実現したのである。
◆◇◆
58年3月、静岡で大講堂落慶の祝賀行事が始まった。毎日約7000人、1カ月で20万人が集う、かつてない規模の行事である。
池田先生は、運営の全責任を担った。列車やバスなどの輸送機関の確保、整理・誘導の役員体制など、検討しなければならない課題は山積していた。
すでに、前年の秋から打ち合わせが始まっており、年が明けてからは、幾度も輸送会議が開かれている。
当時の日記には、こう記されている。
「午後二時より、輸送会議。最高首脳(理事)は、その実態を知らず、現場の青年のやりにくきことを心配する」「夕刻、先生とお目にかかる。『やりづらくとも、君たちが、学会を支えてゆくのだ』と、厳しき指導あり」(58年1月18日)
思うに任せぬ状況の中で、池田先生は祝賀行事の無事故・大成功の指揮を執っていたのである。
迎えた同年3月1日、大講堂落慶の式典が開催された。戸田先生は衰弱した体を押して参加。多くの同志の前に姿を見せるのは、4カ月ぶりである。
終了後、エレベーターで、峻厳な師弟の場面が刻まれた。戸田先生が、池田先生に後事を託す遺言をしたのである。
「これで、私の仕事は終わった。私はいつ死んでもいいと思っている。大作、あとはお前だ。頼むぞ!」
祝賀行事終了後、大講堂前の広場では、音楽隊・鼓笛隊が演奏を続けていた。
大講堂から出てきた戸田先生は、池田先生に支えられながら音楽隊の方へ歩み寄った。
ぼくが太鼓を打とう——戸田先生は自ら大太鼓をたたいた。池田先生は即座に反応し、指揮を執った。学会歌の演奏が始まり、周囲にいた青年たちは、音楽に合わせて歌い始めた。
この一こまを、本紙は「"この師匠あればこそ"とみんなが誓ったひとときだった」と報道している。
さらに、戸田先生は、北海道・夕張の女子部員にも渾身の励ましを送った。
◆◇◆
同年3月5日、池田先生は大阪へ。祝賀行事が続く中、「大阪事件」の裁判に出廷するためである。
あいさつに来た池田先生に対し、戸田先生は病床から身を起こして言った。
「裁判は容易ならざる戦いになるだろう。しかし、最後は勝つ。金は金だ。真実は必ず明らかになる」
恩師の言葉の通り、84回の公判を終え、62年(同37年)1月25日に、無罪判決が出ている。
祝賀行事が始まって1週間が過ぎた頃、3月16日に時の首相が来訪することが決まった。
戸田先生は、池田先生に告げた。
「いい機会だ。その日は、青年部を呼ぼう。将来のために、広宣流布の模擬試験、予行演習となる式典をやろうじゃないか!」
池田先生は、祝賀行事に加え、記念式典の指揮も執ることになった。
式典の開催が正式に発表されたのは、11日の男子部幹部会。同じ日、女子部にも連絡が流れ始めた。
携帯電話やメールはもちろん、固定電話すら少ない時代である。だが、訪問や電報などを通して、瞬く間に伝えられた。
交通費の工面や、仕事の都合をつけることも容易ではなかった。「今から戸田先生のもとへ行こう!」と、前日の15日に連絡を受けた人もいる。それでも、皆、喜び勇んで師のもとに馳せ参じた。
戸田先生は常々、語っていた。「いざという時、広宣流布の戦場に駆けつけられるかどうかだ」
いざという時に、人間の真価が現れる。記念式典に駆け付けた6000人の青年は、恩師の指導を体現したのである。
◆◇◆
御書に「大梵天王・帝釈等も来下して」(1022ページ)と。梵天、帝釈とは、法華経の行者を守護する諸天善神のリーダーである。現代でいえば、社会的な指導者層を指しているとも捉えられる。
広宣流布の暁には、その指導者たちの共鳴と称賛を得る、との仰せである。
今、世界中の、あらゆる分野の指導者が、SGIの理念と行動をたたえ、多くの顕彰が贈られる時代が到来した。
池田先生は述べている。
「その一つ一つの儀式は、あの『3・16』の儀式の、精神の継承といってよいだろう」((下)に続く)
悩みに紛動されない
金剛の境涯が開かれる。
常楽我浄の人生を
共々に歩みゆこう!
衆生身心御書 P1595
『法華経の行者はいやしけれども守護する天こわし、例せば修羅が日月をのめば頭七分にわる犬は師子をほゆればはらわたくさる』
◇寸鉄 2018年1月24日
「天晴れぬれば地明かなり」御書。偉大な智慧で社会を照らす太陽たれ!
尼崎の日。破竹の勢いで進む関西の心臓部の友。拡大の金字塔を断固再び
女子部ロマン総会を全国で開催。平和と幸の連帯広げる桜梅桃李の青春譜
各家庭の家電利用が地球温暖化の一因と。環境保全は足元の取り組みから
凍結路の運転、歩行に注意。慣れた道も焦りは禁物。賢く「前前の用心」を
☆藍よりも青く 「3・16」研さんのために 広布史(上)
◇いざという時、広布の戦場に駆けつけられるかどうかだ
本年は、戸田先生が広宣流布の一切を後継の青年に託した「3・16」の記念式典から60周年。この佳節を慶祝する「世界青年部総会」(3月)へ、青年部の友が広布拡大に挑んでいる。3面では、特集「藍よりも青く」の一環として「3・16」の意義と精神を学ぶ。今回と次回は、「3・16」の歴史を確認する。
いかなる事業も、後継者で未来が決まる。
広宣流布もまた、師弟の精神が、次の世代へと継承されてこそ、永続的な発展がある。
法華経の主題は、仏が弟子に付嘱して、滅後の広宣流布を託すことにある。
御書に「霊山一会儼然未散」(757ページ)と。法華経が説かれた霊鷲山の会座は、いまなお厳然として散らず、永遠に常住しているとの意味である。
1958年(昭和33年)3月16日の広宣流布の記念式典について、池田先生は、こうつづっている。
「『3・16』の大儀式は、『霊山一会儼然未散』(霊山一会儼然として未だ散らず)の姿さながらに、我らには思えた」
「この大儀式には、法華経に説かれる付嘱の儀式に通ずる意義がある。私は、そう深く心中に期していた」
師の不惜身命の精神を永遠にとどめ、師から弟子へと、広布のバトンが託された日——それが「3・16」である。
◆◇◆
なぜ、戸田先生は、「3・16」を、"後継の儀式の日"と定めたのか。
その理由の一つは、池田先生をはじめ、未来を託すことができる青年が育ち、広布の基盤が整ってきたから、といえよう。
戸田先生が第2代会長に就任した51年(同26年)5月、学会の会員数は実質、約3000人。2カ月後に行われた男子部の結成式の参加者は約180人、女子部結成式は74人である。
だが、わずか6年後の57年(同32年)12月、戸田先生の生涯の願業である75万世帯の弘教が達成された。
その拡大の先頭に立ったのが池田先生である。
52年(同27年)、蒲田支部の支部幹事として指揮を執った「二月闘争」では、当時の支部の限界を破る201世帯の弘教を達成。
53年(同28年)、男子部の第1部隊長に就任し、約4倍の陣容に拡大。文京支部長代理にも就き、「前進また前進」を合言葉に、第一級の支部へと発展させた。
さらに、55年(同30年)の「札幌・夏の陣」では、10日間で388世帯という日本一の拡大を成し遂げ、翌56年(同31年)の「大阪の戦い」では1カ月で「1万1111世帯の弘教」という不滅の金字塔を打ち立てた。この年から始まった「山口開拓指導」でも、10倍近くの拡大を達成した。
池田先生は述べている。
「弘教七十五万世帯は、師弟の誓願であった。それを実現するのが弟子の使命であり、勝利の結実をもって、初めて後継者たりうるのだ。
もし師弟の誓願が達成できていなければ、『3・16』の式典——あの後継の大儀式は完成されなかった」
広布拡大の勝利があったからこそ、「3・16」の式典は実現したのである。
◆◇◆
58年3月、静岡で大講堂落慶の祝賀行事が始まった。毎日約7000人、1カ月で20万人が集う、かつてない規模の行事である。
池田先生は、運営の全責任を担った。列車やバスなどの輸送機関の確保、整理・誘導の役員体制など、検討しなければならない課題は山積していた。
すでに、前年の秋から打ち合わせが始まっており、年が明けてからは、幾度も輸送会議が開かれている。
当時の日記には、こう記されている。
「午後二時より、輸送会議。最高首脳(理事)は、その実態を知らず、現場の青年のやりにくきことを心配する」「夕刻、先生とお目にかかる。『やりづらくとも、君たちが、学会を支えてゆくのだ』と、厳しき指導あり」(58年1月18日)
思うに任せぬ状況の中で、池田先生は祝賀行事の無事故・大成功の指揮を執っていたのである。
迎えた同年3月1日、大講堂落慶の式典が開催された。戸田先生は衰弱した体を押して参加。多くの同志の前に姿を見せるのは、4カ月ぶりである。
終了後、エレベーターで、峻厳な師弟の場面が刻まれた。戸田先生が、池田先生に後事を託す遺言をしたのである。
「これで、私の仕事は終わった。私はいつ死んでもいいと思っている。大作、あとはお前だ。頼むぞ!」
祝賀行事終了後、大講堂前の広場では、音楽隊・鼓笛隊が演奏を続けていた。
大講堂から出てきた戸田先生は、池田先生に支えられながら音楽隊の方へ歩み寄った。
ぼくが太鼓を打とう——戸田先生は自ら大太鼓をたたいた。池田先生は即座に反応し、指揮を執った。学会歌の演奏が始まり、周囲にいた青年たちは、音楽に合わせて歌い始めた。
この一こまを、本紙は「"この師匠あればこそ"とみんなが誓ったひとときだった」と報道している。
さらに、戸田先生は、北海道・夕張の女子部員にも渾身の励ましを送った。
◆◇◆
同年3月5日、池田先生は大阪へ。祝賀行事が続く中、「大阪事件」の裁判に出廷するためである。
あいさつに来た池田先生に対し、戸田先生は病床から身を起こして言った。
「裁判は容易ならざる戦いになるだろう。しかし、最後は勝つ。金は金だ。真実は必ず明らかになる」
恩師の言葉の通り、84回の公判を終え、62年(同37年)1月25日に、無罪判決が出ている。
祝賀行事が始まって1週間が過ぎた頃、3月16日に時の首相が来訪することが決まった。
戸田先生は、池田先生に告げた。
「いい機会だ。その日は、青年部を呼ぼう。将来のために、広宣流布の模擬試験、予行演習となる式典をやろうじゃないか!」
池田先生は、祝賀行事に加え、記念式典の指揮も執ることになった。
式典の開催が正式に発表されたのは、11日の男子部幹部会。同じ日、女子部にも連絡が流れ始めた。
携帯電話やメールはもちろん、固定電話すら少ない時代である。だが、訪問や電報などを通して、瞬く間に伝えられた。
交通費の工面や、仕事の都合をつけることも容易ではなかった。「今から戸田先生のもとへ行こう!」と、前日の15日に連絡を受けた人もいる。それでも、皆、喜び勇んで師のもとに馳せ参じた。
戸田先生は常々、語っていた。「いざという時、広宣流布の戦場に駆けつけられるかどうかだ」
いざという時に、人間の真価が現れる。記念式典に駆け付けた6000人の青年は、恩師の指導を体現したのである。
◆◇◆
御書に「大梵天王・帝釈等も来下して」(1022ページ)と。梵天、帝釈とは、法華経の行者を守護する諸天善神のリーダーである。現代でいえば、社会的な指導者層を指しているとも捉えられる。
広宣流布の暁には、その指導者たちの共鳴と称賛を得る、との仰せである。
今、世界中の、あらゆる分野の指導者が、SGIの理念と行動をたたえ、多くの顕彰が贈られる時代が到来した。
池田先生は述べている。
「その一つ一つの儀式は、あの『3・16』の儀式の、精神の継承といってよいだろう」((下)に続く)
2018年1月23日火曜日
2018.01.23 わが友に贈る
インフルエンザが猛威!
手洗い・うがい・マスク
加湿や水分補給など
徹底した予防対策を。
体調管理を万全に!
開目抄下 P233
『正法を護らんと欲せば彼の貧女の恒河に在つて子を愛念するが為に身命を捨つるが如くせよ』
◇寸鉄 2018年1月23日
他者の幸せに尽くす学会は良い方向に社会を変革—博士。今日も一人の為
仏の仰せ通りに動けば仏と同じ力を出せる—戸田先生。不動の確信で前へ
私は誰よりも青年を尊ぶ—哲人。後継こそ未来の希望!皆で真心の激励を
降雪は各地の交通機関に影響。余裕を持った行動を。無冠の友も無事故で
ネットでニュース読む人が新聞上回ったと。本紙オンラインも充実へ益々
◇御書と歩む� 第3回 ロマンと希望輝く青春を
『法華経を信ずる人は・さいわいを万里の外よりあつむべし』(十字御書、1492ページ)
◇通解
法華経を信ずる人は幸いを万里の外から集めるであろう。
◇同志への指針
行学の翼を広げ、友情の虹を懸けゆく人には、万里の彼方から幸福が集まる。
若くして妙法を持ち、崇高な使命に生きゆく乙女が、幸せにならないわけがない。無量無辺の大福徳に包まれる生命哲学の博士なのだ。
一人も残らずロマンと希望に輝く青春を! わが女子部は全員が朗らかな幸福の王女たれ! これが私と妻の願いであり、祈りである。
☆みんなで学ぶ教学 第12回 一念三千(下)
◇自身が変われば、世界が変わる
一念三千の「三千」の構成について解説した前回(2017年12月5日付)に続き、「一念三千�」となる今回は、私たちの生きる現実に、一念三千がどういう意味をもっているかについて学びます。
◇生命が宇宙へ広がる
——「一念」と「三千」の関係を教えてください。
日蓮大聖人は御書のなかで、一念三千について示した天台大師の『摩訶止観』を次のように引用されています。
「この三千の諸法は、一念の心にある。もし心が無ければそれまでのことであるが、たとえわずかでも心が有るならば、そこに三千の諸法が具わるのである」(御書238ページ、趣旨)
わずかでも私たちの「一念の心」があるところ、そこに「三千の諸法」が具わるということです。
「三千の諸法」とは、全宇宙に起こりうる、あらゆる現象です。つまり、私たちの一瞬一瞬の生命に全宇宙を具しているということになります。別の御書では、「山も海も、太陽も、月も、星々も、皆、私たちの胸中(己心)にある」(同1473ページ、趣旨)とも仰せです。
——ちっぽけにも思える自分の生命が、宇宙大にも広がるとは……。
「ちっぽけ」だなんて、とんでもない"勘違い"です。すべての生命が大宇宙と不可分のかけがえのない小宇宙であり、尊極で宇宙大の可能性をもつ存在であると捉えるのが仏法です。このことを覚り、この正しい生命観のもとで人間として正しく生きていく智慧と、すべての人をこの哲学で救っていきたいという慈悲を起こした人が仏です。
◇変革の哲理を示す
——スケールが大きすぎて、実感が湧きません。
天台大師は、自身の心を深く見つめていく修行法を説きましたが、極めて困難な方法であり、覚りに到達する人はまれでした。
これに対して、誰もが等しく境涯を変革し、一人一人の幸福を実現する社会を建設するための具体的な方途として南無妙法蓮華経の唱題行を説き明かし、自ら実践し続けてこられたのが、大聖人です。
——法華経と唱題行はどのような関係になるのでしょうか?
法華経如来寿量品第16で、「久遠実成(釈尊は実は非常に遠い過去〈久遠〉に成仏して以来、この娑婆世界に常住する仏であるということ)」が明かされました。
しかし、釈尊の成仏の根本原因となった法を、凡夫としてどのように修行すればよいのかについて、法華経の文面には明らかにされていませんでした。
これに対して、大聖人は、久遠実成の釈尊を仏たらしめた根源の法そのものを南無妙法蓮華経として明かされました。そして、この法を信受することで、凡夫が直ちに仏の境涯を自身の胸中に開き現していく道——つまり「万人成仏」の法が確立されたのです。
◇仏界を涌現できる
——自身の「仏性」を信じ抜くことが大切なのですね。
そうです。瞬間瞬間のわが生命に"無限の可能性"が秘められている、ということを知ることが大切です。「十界互具」の観点から見れば、"誰もが仏界を直ちに涌現できる"ということになります。
「一念三千は十界互具よりことはじまれり」(同189ページ)と仰せのように、一念三千を人間の境涯変革の道として捉えるために、大聖人の仏法においては十界互具が強調されるのです。
十界互具・一念三千という万人にあてはまる普遍の真理を、大聖人御自身が体現されました。事実の上で一念三千の妙法が顕わになった大聖人の御生命を顕されているのが、南無妙法蓮華経の御本尊です。
——御本尊を顕された意義が分かりました。
大聖人は一人一人の生命変革の道を打ち立てるとともに、自身の生命の変革は決して自分一人だけにとどまるものではなく、友人や家庭、職場、ひいては全人類の変革にまで及んでいく可能性を秘めていることを明かしました。
言い換えれば、"自分が変われば、世界が変わる"というメッセージを送っているのが、大聖人の一念三千の仏法なのです。
万人の幸福、すなわち広宣流布の決意に立って御本尊を拝することで、私たちは、誰もが仏界を現すことができます。希望の哲理を胸に、現実を変革する挑戦を続けていきましょう。
◇書籍案内
日蓮大聖人の仏法を分かりやすく解説した本連載を抜粋し、一冊にまとめた『さぁ はじめよう 幸福学入門』(写真)が好評発売中。
ふんだんに使用されているイラストやマンガを手掛かりに、「十界論」「一生成仏」など仏法の基本的な法理を学ぶ、新入会の友や未来部員に最適の一書。本社刊。700円(税込み)。
手洗い・うがい・マスク
加湿や水分補給など
徹底した予防対策を。
体調管理を万全に!
開目抄下 P233
『正法を護らんと欲せば彼の貧女の恒河に在つて子を愛念するが為に身命を捨つるが如くせよ』
◇寸鉄 2018年1月23日
他者の幸せに尽くす学会は良い方向に社会を変革—博士。今日も一人の為
仏の仰せ通りに動けば仏と同じ力を出せる—戸田先生。不動の確信で前へ
私は誰よりも青年を尊ぶ—哲人。後継こそ未来の希望!皆で真心の激励を
降雪は各地の交通機関に影響。余裕を持った行動を。無冠の友も無事故で
ネットでニュース読む人が新聞上回ったと。本紙オンラインも充実へ益々
◇御書と歩む� 第3回 ロマンと希望輝く青春を
『法華経を信ずる人は・さいわいを万里の外よりあつむべし』(十字御書、1492ページ)
◇通解
法華経を信ずる人は幸いを万里の外から集めるであろう。
◇同志への指針
行学の翼を広げ、友情の虹を懸けゆく人には、万里の彼方から幸福が集まる。
若くして妙法を持ち、崇高な使命に生きゆく乙女が、幸せにならないわけがない。無量無辺の大福徳に包まれる生命哲学の博士なのだ。
一人も残らずロマンと希望に輝く青春を! わが女子部は全員が朗らかな幸福の王女たれ! これが私と妻の願いであり、祈りである。
☆みんなで学ぶ教学 第12回 一念三千(下)
◇自身が変われば、世界が変わる
一念三千の「三千」の構成について解説した前回(2017年12月5日付)に続き、「一念三千�」となる今回は、私たちの生きる現実に、一念三千がどういう意味をもっているかについて学びます。
◇生命が宇宙へ広がる
——「一念」と「三千」の関係を教えてください。
日蓮大聖人は御書のなかで、一念三千について示した天台大師の『摩訶止観』を次のように引用されています。
「この三千の諸法は、一念の心にある。もし心が無ければそれまでのことであるが、たとえわずかでも心が有るならば、そこに三千の諸法が具わるのである」(御書238ページ、趣旨)
わずかでも私たちの「一念の心」があるところ、そこに「三千の諸法」が具わるということです。
「三千の諸法」とは、全宇宙に起こりうる、あらゆる現象です。つまり、私たちの一瞬一瞬の生命に全宇宙を具しているということになります。別の御書では、「山も海も、太陽も、月も、星々も、皆、私たちの胸中(己心)にある」(同1473ページ、趣旨)とも仰せです。
——ちっぽけにも思える自分の生命が、宇宙大にも広がるとは……。
「ちっぽけ」だなんて、とんでもない"勘違い"です。すべての生命が大宇宙と不可分のかけがえのない小宇宙であり、尊極で宇宙大の可能性をもつ存在であると捉えるのが仏法です。このことを覚り、この正しい生命観のもとで人間として正しく生きていく智慧と、すべての人をこの哲学で救っていきたいという慈悲を起こした人が仏です。
◇変革の哲理を示す
——スケールが大きすぎて、実感が湧きません。
天台大師は、自身の心を深く見つめていく修行法を説きましたが、極めて困難な方法であり、覚りに到達する人はまれでした。
これに対して、誰もが等しく境涯を変革し、一人一人の幸福を実現する社会を建設するための具体的な方途として南無妙法蓮華経の唱題行を説き明かし、自ら実践し続けてこられたのが、大聖人です。
——法華経と唱題行はどのような関係になるのでしょうか?
法華経如来寿量品第16で、「久遠実成(釈尊は実は非常に遠い過去〈久遠〉に成仏して以来、この娑婆世界に常住する仏であるということ)」が明かされました。
しかし、釈尊の成仏の根本原因となった法を、凡夫としてどのように修行すればよいのかについて、法華経の文面には明らかにされていませんでした。
これに対して、大聖人は、久遠実成の釈尊を仏たらしめた根源の法そのものを南無妙法蓮華経として明かされました。そして、この法を信受することで、凡夫が直ちに仏の境涯を自身の胸中に開き現していく道——つまり「万人成仏」の法が確立されたのです。
◇仏界を涌現できる
——自身の「仏性」を信じ抜くことが大切なのですね。
そうです。瞬間瞬間のわが生命に"無限の可能性"が秘められている、ということを知ることが大切です。「十界互具」の観点から見れば、"誰もが仏界を直ちに涌現できる"ということになります。
「一念三千は十界互具よりことはじまれり」(同189ページ)と仰せのように、一念三千を人間の境涯変革の道として捉えるために、大聖人の仏法においては十界互具が強調されるのです。
十界互具・一念三千という万人にあてはまる普遍の真理を、大聖人御自身が体現されました。事実の上で一念三千の妙法が顕わになった大聖人の御生命を顕されているのが、南無妙法蓮華経の御本尊です。
——御本尊を顕された意義が分かりました。
大聖人は一人一人の生命変革の道を打ち立てるとともに、自身の生命の変革は決して自分一人だけにとどまるものではなく、友人や家庭、職場、ひいては全人類の変革にまで及んでいく可能性を秘めていることを明かしました。
言い換えれば、"自分が変われば、世界が変わる"というメッセージを送っているのが、大聖人の一念三千の仏法なのです。
万人の幸福、すなわち広宣流布の決意に立って御本尊を拝することで、私たちは、誰もが仏界を現すことができます。希望の哲理を胸に、現実を変革する挑戦を続けていきましょう。
◇書籍案内
日蓮大聖人の仏法を分かりやすく解説した本連載を抜粋し、一冊にまとめた『さぁ はじめよう 幸福学入門』(写真)が好評発売中。
ふんだんに使用されているイラストやマンガを手掛かりに、「十界論」「一生成仏」など仏法の基本的な法理を学ぶ、新入会の友や未来部員に最適の一書。本社刊。700円(税込み)。
2018年1月22日月曜日
2018.01.22 わが友に贈る
◇今週のことば
華陽のロマン総会は
創価の春のさきがけだ。
「自他共に喜ぶ」
友情と励ましの光を
社会へ! 未来へ!
2018年1月22日
一生成仏抄 P383
『仏の名を唱へ経巻をよみ華をちらし香をひねるまでも皆我が一念に納めたる功徳善根なりと信心を取るべきなり』
◇寸鉄 2018年1月22日
「朝朝・仏と共に起き」御書。朗々たる勤行から出発!ここに勝利の軌道
高知青年部の日。魁の心燃ゆる若人が勇躍!自らの拡大で栄光の勝ち鬨を
いつも通りの会合・会議なら結果もいつも通り。幹部は思索し準備入念に
被爆体験語り継ぐ伝承者活動、国が支援へ。真実を後世に。不戦世紀の礎と
孤独な人は社会的繋がりある人より短命の傾向—英研究。絆結ぶ声掛けを
◇御書と歩む� 第2回 明確な目標こそ前進の力
『月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし』(聖人御難事、1190ページ)
◇通解
月々日々に信心を強めていきなさい。少しでもたゆむ心があれば、魔が、そのすきにつけ込んで襲ってくるであろう。
◇同志への指針
信心は永遠に挑戦だ。たゆまず自身と戦うことである。「今日の課題は何か」「今月の目標は何か」——明確に的を定め、具体的に祈ることだ。題目の師子吼で魔を打ち破り、満々たる生命力と随縁真如の智を湧き出すのだ。
昨年まで、そして昨日までの自分より一歩、前進する。ここに「人間革命」の喜びがある。スタートダッシュで黄金の一年を勝ち進め!
☆池田華陽会御書30編に学ぶ 顕仏未来記(上) 2018年1月16日
◇自他共の幸福広げる深き使命を胸に
「世界広布新時代 栄光の年」に学ぶ重点御書は、「顕仏未来記」(1・2月)、「上野殿御返事(竜門御書)」(3月)、「生死一大事血脈抄」(4・5月)、「種種御振舞御書」(6・7月)、「観心本尊抄」(8・9月)、「報恩抄」(10・11月)、「聖人御難事」(12月)の7編です。今月は「顕仏未来記」の前半を学びます。
広宣流布の大願に貫かれた日蓮大聖人の御精神を拝し、「世界広布新時代」に生まれ合わせた私たちの深き使命を心に刻みましょう。(拝読範囲は御書505ページ冒頭〜507ページ9行目)
◇本抄について
本抄は文永10年(1273年)閏5月、日蓮大聖人が流罪先の佐渡・一谷で認められたものです。
題号の「顕仏未来記」(仏の未来記を顕す)とは、「未来を予見し、記した仏の言葉を実現する」という意味です。
「仏の未来記」とは、釈尊の未来記を指しますが、本抄の元意は"末法の御本仏としての大聖人の未来記"を明かされることにあります。
釈尊の未来記とは、本抄の冒頭で引用されている法華経薬王品の経文を指します。ここには、末法における世界広宣流布が予言されています。本抄では、この釈尊の未来記を実現したのは、大聖人ただお一人であることが示されます。そのうえで、大聖人御自身の未来記として、法華経の肝要である南無妙法蓮華経の大法が全世界に広宣流布することが明かされます。
◇御文
法華経の第七に云く「我が滅度の後・後の五百歳の中に閻浮提に広宣流布して断絶せしむること無けん」等云云、予一たびは歎いて云く仏滅後既に二千二百二十余年を隔つ何なる罪業に依って仏の在世に生れず正法の四依・像法の中の天台・伝教等にも値わざるやと、亦一たびは喜んで云く何なる幸あって後五百歳に生れて此の真文を拝見することぞや(中略)時代を以て果報を論ずれば竜樹・天親に超過し天台・伝教にも勝るるなり(御書505ページ1行目〜506ページ1行目)
◇通解
法華経第7巻には「私(釈尊)が滅度した後、後の五百年のうちに、この法華経を全世界に広宣流布して、断絶させてはならない」(薬王菩薩本事品第23)と述べられている。
日蓮は一度は歎いて言う。今は釈迦仏の滅後、すでに二千二百二十余年が経っている。いったいどのような罪業があって、釈尊のおられる時代に生まれ合わせることができず、また、正法時代の四依の人(迦葉・阿難や竜樹・天親等)にも、像法時代の天台大師や伝教大師にも会えなかったのであろうかと。
また、一度は歓喜して言う。いったいどのような福運があって、後の五百年である末法に生まれ、この薬王品の真実の文を拝見することができたのであろうかと。(中略)
生まれ合わせた時代によって、身にそなわる果報の優劣を論ずるならば、日蓮は正法時代の竜樹・天親を超えているだけでなく、像法時代の天台・伝教にも勝れているのである。
〈解説〉流罪地・佐渡から民衆救済の大宣言
本抄の冒頭で日蓮大聖人は、釈尊の未来記を示す法華経の経文を引かれます。その趣旨は"末法において、法華経を全世界に広宣流布して、断絶させてはならない"というものです。本抄では、この未来記を実現したのが大聖人であると明かされていきます。
続く御文で大聖人は、末法という時に生まれた心情を、「歎いて云く」と述べられます。末法は、釈尊の滅後、仏教の正しい教えが見失われ、人々を救う力が弱まっていく時代です。仏法の衰えが社会にも反映して、人々の生命が濁り、争いが絶えなくなるのです。
この末法に生まれれば、法華経を説いた釈尊や、その教えを正しく継承した正法・像法時代の人々にも巡り合うことができません。ゆえに、大聖人は"嘆かわしい"と仰せなのです。
しかし、次に大聖人は一転して「喜んで云く」と、末法に生まれ合わせた"喜び"を示されます。なぜ"喜び"なのでしょうか。それは、末法こそ、法華経という"真実の法"が全世界に広宣流布する時だからです。
この釈尊の未来記の通りに、末法広宣流布を進められたのが大聖人です。さらに大聖人は本抄で、大聖人御自身の未来記として、法華経の真髄である南無妙法蓮華経が世界へと広まりゆくことを宣言されています。
この大聖人の仰せの通りに、現代にあって世界広布を現実のものとしたのが、創価の三代の師弟にほかなりません。
今、全世界に創価の連帯は広がり、一人一人が地涌の使命を胸に前進しています。まさに、世界広布の"新時代"です。この最重要の時に生まれ合わせた使命は計り知れません。
池田先生は今月の本部幹部会へのメッセージで、「今、『栄光の年』の年頭に当たり、共々に『久遠元初の誓願』に立ち返って、まさしく生まれ変わった大生命力で、全民衆の幸福安穏へ、全世界の平和共生へ、全人類の宿命転換へ、勇猛精進しようではありませんか!」と呼び掛けました。3月の「世界青年部総会」へ、「ロマン総会」からにぎやかに出発し師と共に栄光の歴史を築いていきましょう!
★池田先生の講義から
「顕仏未来記」は、私の大好きな御書です。「仏が予見した世界広宣流布を実現せん」との日蓮大聖人の広大なる御境涯を拝することができるからです。
そして、「未来の我が弟子よ、仏の心のままに世界広布に立ち上がれ!」との、御本仏の御遺命の叫びが、私の生命に響き渡って止みません。大聖人直結の学会精神の源流は、この一書にあると言っても過言ではありません。ゆえに戸田先生も、力を入れて幾たびも本抄を講義してくださっています。(中略)
ある質問に答えて、先生は断言された。それはまさに師子吼でした。
——法華経で南無妙法蓮華経を受けとった地涌の菩薩が、広宣流布のときに生まれて集まってくる。だから皆さんは貧乏なんかしていられないのだよ。「南無妙法蓮華経」という題目の力、無限の福運の力をもっているのだ! 題目を唱え、人にも唱えさせることによって、この力を開くのだ!——(中略)
創価の原点たる「広宣流布の大願」に立ち、連続勝利の凱歌の「勝ち戦」を繰り広げていきましょう。(『希望の経典「御書」に学ぶ』第1巻)
◇研さんのために
○…『希望の経典「御書」に学ぶ』第1巻、「顕仏未来記」(聖教新聞社)
華陽のロマン総会は
創価の春のさきがけだ。
「自他共に喜ぶ」
友情と励ましの光を
社会へ! 未来へ!
2018年1月22日
一生成仏抄 P383
『仏の名を唱へ経巻をよみ華をちらし香をひねるまでも皆我が一念に納めたる功徳善根なりと信心を取るべきなり』
◇寸鉄 2018年1月22日
「朝朝・仏と共に起き」御書。朗々たる勤行から出発!ここに勝利の軌道
高知青年部の日。魁の心燃ゆる若人が勇躍!自らの拡大で栄光の勝ち鬨を
いつも通りの会合・会議なら結果もいつも通り。幹部は思索し準備入念に
被爆体験語り継ぐ伝承者活動、国が支援へ。真実を後世に。不戦世紀の礎と
孤独な人は社会的繋がりある人より短命の傾向—英研究。絆結ぶ声掛けを
◇御書と歩む� 第2回 明確な目標こそ前進の力
『月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし』(聖人御難事、1190ページ)
◇通解
月々日々に信心を強めていきなさい。少しでもたゆむ心があれば、魔が、そのすきにつけ込んで襲ってくるであろう。
◇同志への指針
信心は永遠に挑戦だ。たゆまず自身と戦うことである。「今日の課題は何か」「今月の目標は何か」——明確に的を定め、具体的に祈ることだ。題目の師子吼で魔を打ち破り、満々たる生命力と随縁真如の智を湧き出すのだ。
昨年まで、そして昨日までの自分より一歩、前進する。ここに「人間革命」の喜びがある。スタートダッシュで黄金の一年を勝ち進め!
☆池田華陽会御書30編に学ぶ 顕仏未来記(上) 2018年1月16日
◇自他共の幸福広げる深き使命を胸に
「世界広布新時代 栄光の年」に学ぶ重点御書は、「顕仏未来記」(1・2月)、「上野殿御返事(竜門御書)」(3月)、「生死一大事血脈抄」(4・5月)、「種種御振舞御書」(6・7月)、「観心本尊抄」(8・9月)、「報恩抄」(10・11月)、「聖人御難事」(12月)の7編です。今月は「顕仏未来記」の前半を学びます。
広宣流布の大願に貫かれた日蓮大聖人の御精神を拝し、「世界広布新時代」に生まれ合わせた私たちの深き使命を心に刻みましょう。(拝読範囲は御書505ページ冒頭〜507ページ9行目)
◇本抄について
本抄は文永10年(1273年)閏5月、日蓮大聖人が流罪先の佐渡・一谷で認められたものです。
題号の「顕仏未来記」(仏の未来記を顕す)とは、「未来を予見し、記した仏の言葉を実現する」という意味です。
「仏の未来記」とは、釈尊の未来記を指しますが、本抄の元意は"末法の御本仏としての大聖人の未来記"を明かされることにあります。
釈尊の未来記とは、本抄の冒頭で引用されている法華経薬王品の経文を指します。ここには、末法における世界広宣流布が予言されています。本抄では、この釈尊の未来記を実現したのは、大聖人ただお一人であることが示されます。そのうえで、大聖人御自身の未来記として、法華経の肝要である南無妙法蓮華経の大法が全世界に広宣流布することが明かされます。
◇御文
法華経の第七に云く「我が滅度の後・後の五百歳の中に閻浮提に広宣流布して断絶せしむること無けん」等云云、予一たびは歎いて云く仏滅後既に二千二百二十余年を隔つ何なる罪業に依って仏の在世に生れず正法の四依・像法の中の天台・伝教等にも値わざるやと、亦一たびは喜んで云く何なる幸あって後五百歳に生れて此の真文を拝見することぞや(中略)時代を以て果報を論ずれば竜樹・天親に超過し天台・伝教にも勝るるなり(御書505ページ1行目〜506ページ1行目)
◇通解
法華経第7巻には「私(釈尊)が滅度した後、後の五百年のうちに、この法華経を全世界に広宣流布して、断絶させてはならない」(薬王菩薩本事品第23)と述べられている。
日蓮は一度は歎いて言う。今は釈迦仏の滅後、すでに二千二百二十余年が経っている。いったいどのような罪業があって、釈尊のおられる時代に生まれ合わせることができず、また、正法時代の四依の人(迦葉・阿難や竜樹・天親等)にも、像法時代の天台大師や伝教大師にも会えなかったのであろうかと。
また、一度は歓喜して言う。いったいどのような福運があって、後の五百年である末法に生まれ、この薬王品の真実の文を拝見することができたのであろうかと。(中略)
生まれ合わせた時代によって、身にそなわる果報の優劣を論ずるならば、日蓮は正法時代の竜樹・天親を超えているだけでなく、像法時代の天台・伝教にも勝れているのである。
〈解説〉流罪地・佐渡から民衆救済の大宣言
本抄の冒頭で日蓮大聖人は、釈尊の未来記を示す法華経の経文を引かれます。その趣旨は"末法において、法華経を全世界に広宣流布して、断絶させてはならない"というものです。本抄では、この未来記を実現したのが大聖人であると明かされていきます。
続く御文で大聖人は、末法という時に生まれた心情を、「歎いて云く」と述べられます。末法は、釈尊の滅後、仏教の正しい教えが見失われ、人々を救う力が弱まっていく時代です。仏法の衰えが社会にも反映して、人々の生命が濁り、争いが絶えなくなるのです。
この末法に生まれれば、法華経を説いた釈尊や、その教えを正しく継承した正法・像法時代の人々にも巡り合うことができません。ゆえに、大聖人は"嘆かわしい"と仰せなのです。
しかし、次に大聖人は一転して「喜んで云く」と、末法に生まれ合わせた"喜び"を示されます。なぜ"喜び"なのでしょうか。それは、末法こそ、法華経という"真実の法"が全世界に広宣流布する時だからです。
この釈尊の未来記の通りに、末法広宣流布を進められたのが大聖人です。さらに大聖人は本抄で、大聖人御自身の未来記として、法華経の真髄である南無妙法蓮華経が世界へと広まりゆくことを宣言されています。
この大聖人の仰せの通りに、現代にあって世界広布を現実のものとしたのが、創価の三代の師弟にほかなりません。
今、全世界に創価の連帯は広がり、一人一人が地涌の使命を胸に前進しています。まさに、世界広布の"新時代"です。この最重要の時に生まれ合わせた使命は計り知れません。
池田先生は今月の本部幹部会へのメッセージで、「今、『栄光の年』の年頭に当たり、共々に『久遠元初の誓願』に立ち返って、まさしく生まれ変わった大生命力で、全民衆の幸福安穏へ、全世界の平和共生へ、全人類の宿命転換へ、勇猛精進しようではありませんか!」と呼び掛けました。3月の「世界青年部総会」へ、「ロマン総会」からにぎやかに出発し師と共に栄光の歴史を築いていきましょう!
★池田先生の講義から
「顕仏未来記」は、私の大好きな御書です。「仏が予見した世界広宣流布を実現せん」との日蓮大聖人の広大なる御境涯を拝することができるからです。
そして、「未来の我が弟子よ、仏の心のままに世界広布に立ち上がれ!」との、御本仏の御遺命の叫びが、私の生命に響き渡って止みません。大聖人直結の学会精神の源流は、この一書にあると言っても過言ではありません。ゆえに戸田先生も、力を入れて幾たびも本抄を講義してくださっています。(中略)
ある質問に答えて、先生は断言された。それはまさに師子吼でした。
——法華経で南無妙法蓮華経を受けとった地涌の菩薩が、広宣流布のときに生まれて集まってくる。だから皆さんは貧乏なんかしていられないのだよ。「南無妙法蓮華経」という題目の力、無限の福運の力をもっているのだ! 題目を唱え、人にも唱えさせることによって、この力を開くのだ!——(中略)
創価の原点たる「広宣流布の大願」に立ち、連続勝利の凱歌の「勝ち戦」を繰り広げていきましょう。(『希望の経典「御書」に学ぶ』第1巻)
◇研さんのために
○…『希望の経典「御書」に学ぶ』第1巻、「顕仏未来記」(聖教新聞社)
2018年1月21日日曜日
2018.01.21 わが友に贈る
社会は変化の連続なれば
女性の意見を大切に!
青年の発想を生かそう!
これが永遠に発展する
「創価」の伝統だ。
頼基陳状 P1159
『主の暴を諌めざれば忠臣に非ざるなり、死を畏れて言わざるは勇士に非ざるなり』
◇寸鉄 2018年1月21日
良き隣人として地域再生に尽くすSGIに感謝—市長。更に絆結ぶ行動を
「練馬の日」45周年。師弟直結で栄光の年の勝利へ誉れ高く東京模範の前進
「題目を弘めんと思うばかりなり」御書。拡大こそ創価の魂。勇んで対話へ
一方通行の話では友の心に響かない。耳を傾けよ。納得と共感広げる将たれ
車に自動ブレーキあっても油断なく。機能の過信は事故の元。安全運転で
☆世界広布新時代第30回本部幹部会で紹介された池田先生の指針 2018年1月16日
皆に勇気を! 皆に希望を!
一番地道な活動こそ 一番大事な勝利の道
「世界広布新時代第30回本部幹部会」(7日、八王子市の東京牧口記念会館)の席上、1998年9月の本部幹部会での池田先生のスピーチ映像が上映された。「世界広布新時代 栄光の年」の勝利を期す友への指針として掲載する。
一、終戦後、1945年(昭和20年)の9月22日。戸田先生が出獄されてから、2カ月半たっていた。
師匠の牧口先生は、すでにいない。学会の組織は全滅。戸田先生の事業も多額の借金。焼け野原。社会も殺伐。生きる糧も、生きる柱もない。荒れ果てた、すさんだ時代であった。
その最大の苦境のなかで、戸田先生は、この9月22日、ご自身のノートに、こう厳然と記されたのである。
「南無妙法蓮華経の信仰は、向上を意味する。無限の向上である。朝に今日一日の伸びんことを思い、勇躍して今日一日を楽しむ。しかして無限に向上して行く」
「まだまだ、その上へその上へと向上して行く法である」
きょう一日、自分はぐんぐん成長しよう。生き生きと生きよう。楽しんで生きよう。無限に向上していくのが信仰なんだ。南無妙法蓮華経なんだ——そういう先生の大確信であった。
◇膝づめの対話で
皆が絶望し、何の希望も見えない時代。その時に、戸田先生は一人、戦いを開始された。
「お金もない。何もない。しかし、妙法がある! 皆に『無限の希望』の妙法を与えよう!
『宇宙の宝』の妙法を与えよう! これ以上の宝はないのだから! そのために、勇気を出して、自分は戦闘を開始しよう!」——そういう思いで。
人生、何かを始めなければいけない。
やるんだか、やらないんだか——すぐに舞台の裏に隠れてしまうような、そんな人生ではつまらない。
わが「使命の舞台」に、さっそうと立ち、「さあ、やるぞ!」「何かをやってみせるぞ!」「観客に感銘を与えてみせるぞ!」——こういう人生でありたいと思うが、どうだろうか(拍手)。
一、戸田先生は考えられた。どうしていこうか。会場もない。お金もない。なんにもない……そうだ! 「膝づめの対話」でやろう! こう決められた。
これが知恵である。慈悲である。
一人一人、悩める人に耳を傾けながら、徹底して「この一人を幸せにしよう!」「妙法を教えていこう!」——そこに執念を燃やされた。「大事なのは、たくさんの人ではない。『一人』だ!」と。
あるとき、戸田先生は、経済苦で悩む人を、ユーモアを込めながら、こう激励された。
「今に必ず幸せになる! 心配しなくてもいいよ。必ずなるんだから。
仏に仕えた功徳は大きい。必要なときには、どっと功徳が出てくるんだ。
ちょうど水道の蛇口のようなものだ。ふだんは、余計なお金は使えないように、蛇口が閉まっている(笑い)。必要なときに、その蛇口を開ければいいんだ。そういう功徳あふれる自分の生命に必ず、なっていくんだよ」と。
また、ある人には、先生は、こう教えられた。
「この仏法は、どんなことがあっても、最後は、幸せで幸せで困るような境涯になることが決まっているんだ。それが、すぐに良くなってしまったら、もう死ななければいけないことになる(笑い)。若いうちには、うんと苦労したほうがいい。
最後に、絶対に、『幸福でたまらない境涯』『楽しくてたまらない境涯』になる。そういう人生を飾っていくのが、この妙法なんだ。学会活動の功徳なんだ」
事実、その通りになっている。
一、日蓮大聖人は仰せである。「一切衆生・南無妙法蓮華経と唱うるより外の遊楽なきなり」(御書1143ページ)
"妙法を唱える以上の幸福はない"との御断言である。これを心から確信していただきたい。
皆に「自信」を与える!
「勇気」を与える!
「希望」を与える!
それには妙法しかない。創価学会しかない(拍手)。
◇法華経の根本精神
一、日蓮大聖人の「御義口伝」には「釈尊八箇年の法華経を八字に留めて末代の衆生に譲り給うなり」(同781ページ)——釈尊が8年間にわたって説いた法華経を、八文字に留めて、それを末法の衆生に譲り与えられた——と。
"法華経の真髄"である、その「八文字」とは何か。
それは、法華経の最後(普賢品第28)に説かれた「当起遠迎、当如敬仏」(法華経677ページ)の文である。即ち「当に起って遠く迎うべきこと、当に仏を敬うが如くすべし」——法華経をたもつ者を見たならば、仏を敬うように、必ず、遠くからでも立ち上がって出迎え、敬っていきなさい、という教えである。
これが法華経の結論であることを、大聖人は「最上第一の相伝」(御書781ページ)と述べられている。以前にも申し上げたことがある。総じては、「大聖人の仰せのままに広宣流布する人を、仏のごとく大切にせよ」ということである。
一、戸田先生も、この「法華経の根本精神」を常に大切にしておられた。
ある時は、こう言われた。「学会の会合は、たとえ一人でも、二人でも、その人を大切にし、その人のために仏法を説き、感激をもって、真剣に語り合っていくのだ」と。
牧口先生も同じであられた。
反対に、小さな座談会や会合を軽視する人間は、慢心があるのである。
◇形式にとらわれず
一、戸田先生は、座談会を大事にされ、事前に綿密に打ち合わせをされた。
「司会者は?」「内容は?」「私がこう話すから、あなたはこのように話してあげなさい」等々。
来た人が、本当に満足できるよう、皆で考え、準備していくことである。この「地道」が「勝利の道」である。いかなる時代になろうと、「基本」をおろそかにしてはならない。
豪放磊落な先生であったが、小さな会合にも、こういう心の砕きようであった。
会合中も、絶えず「これでみんな満足するか」と、アンテナを張り巡らされていた。
「形式などに、とらわれる必要はない。初めて来た人も『本当に楽しい!』『よく、わかった!』と言える雰囲気をつくってもらいたい。そうでないと、かわいそうだ」とよく言われた。
少人数の会合こそが本当の勝負である。
「一番地道な活動が、一番大事な戦」と決めて戦うことである。そこに、本当の勝利が生まれる。「地道」に徹し、「地道」を粘り強く繰り返しているところが強い。この方程式を忘れないでいただきたい。
一、きょうは遠いところ、本当にご苦労さま。
海外の皆さまも、ありがとう!
サンキュー・ソー・マッチ!(大拍手)
女性の意見を大切に!
青年の発想を生かそう!
これが永遠に発展する
「創価」の伝統だ。
頼基陳状 P1159
『主の暴を諌めざれば忠臣に非ざるなり、死を畏れて言わざるは勇士に非ざるなり』
◇寸鉄 2018年1月21日
良き隣人として地域再生に尽くすSGIに感謝—市長。更に絆結ぶ行動を
「練馬の日」45周年。師弟直結で栄光の年の勝利へ誉れ高く東京模範の前進
「題目を弘めんと思うばかりなり」御書。拡大こそ創価の魂。勇んで対話へ
一方通行の話では友の心に響かない。耳を傾けよ。納得と共感広げる将たれ
車に自動ブレーキあっても油断なく。機能の過信は事故の元。安全運転で
☆世界広布新時代第30回本部幹部会で紹介された池田先生の指針 2018年1月16日
皆に勇気を! 皆に希望を!
一番地道な活動こそ 一番大事な勝利の道
「世界広布新時代第30回本部幹部会」(7日、八王子市の東京牧口記念会館)の席上、1998年9月の本部幹部会での池田先生のスピーチ映像が上映された。「世界広布新時代 栄光の年」の勝利を期す友への指針として掲載する。
一、終戦後、1945年(昭和20年)の9月22日。戸田先生が出獄されてから、2カ月半たっていた。
師匠の牧口先生は、すでにいない。学会の組織は全滅。戸田先生の事業も多額の借金。焼け野原。社会も殺伐。生きる糧も、生きる柱もない。荒れ果てた、すさんだ時代であった。
その最大の苦境のなかで、戸田先生は、この9月22日、ご自身のノートに、こう厳然と記されたのである。
「南無妙法蓮華経の信仰は、向上を意味する。無限の向上である。朝に今日一日の伸びんことを思い、勇躍して今日一日を楽しむ。しかして無限に向上して行く」
「まだまだ、その上へその上へと向上して行く法である」
きょう一日、自分はぐんぐん成長しよう。生き生きと生きよう。楽しんで生きよう。無限に向上していくのが信仰なんだ。南無妙法蓮華経なんだ——そういう先生の大確信であった。
◇膝づめの対話で
皆が絶望し、何の希望も見えない時代。その時に、戸田先生は一人、戦いを開始された。
「お金もない。何もない。しかし、妙法がある! 皆に『無限の希望』の妙法を与えよう!
『宇宙の宝』の妙法を与えよう! これ以上の宝はないのだから! そのために、勇気を出して、自分は戦闘を開始しよう!」——そういう思いで。
人生、何かを始めなければいけない。
やるんだか、やらないんだか——すぐに舞台の裏に隠れてしまうような、そんな人生ではつまらない。
わが「使命の舞台」に、さっそうと立ち、「さあ、やるぞ!」「何かをやってみせるぞ!」「観客に感銘を与えてみせるぞ!」——こういう人生でありたいと思うが、どうだろうか(拍手)。
一、戸田先生は考えられた。どうしていこうか。会場もない。お金もない。なんにもない……そうだ! 「膝づめの対話」でやろう! こう決められた。
これが知恵である。慈悲である。
一人一人、悩める人に耳を傾けながら、徹底して「この一人を幸せにしよう!」「妙法を教えていこう!」——そこに執念を燃やされた。「大事なのは、たくさんの人ではない。『一人』だ!」と。
あるとき、戸田先生は、経済苦で悩む人を、ユーモアを込めながら、こう激励された。
「今に必ず幸せになる! 心配しなくてもいいよ。必ずなるんだから。
仏に仕えた功徳は大きい。必要なときには、どっと功徳が出てくるんだ。
ちょうど水道の蛇口のようなものだ。ふだんは、余計なお金は使えないように、蛇口が閉まっている(笑い)。必要なときに、その蛇口を開ければいいんだ。そういう功徳あふれる自分の生命に必ず、なっていくんだよ」と。
また、ある人には、先生は、こう教えられた。
「この仏法は、どんなことがあっても、最後は、幸せで幸せで困るような境涯になることが決まっているんだ。それが、すぐに良くなってしまったら、もう死ななければいけないことになる(笑い)。若いうちには、うんと苦労したほうがいい。
最後に、絶対に、『幸福でたまらない境涯』『楽しくてたまらない境涯』になる。そういう人生を飾っていくのが、この妙法なんだ。学会活動の功徳なんだ」
事実、その通りになっている。
一、日蓮大聖人は仰せである。「一切衆生・南無妙法蓮華経と唱うるより外の遊楽なきなり」(御書1143ページ)
"妙法を唱える以上の幸福はない"との御断言である。これを心から確信していただきたい。
皆に「自信」を与える!
「勇気」を与える!
「希望」を与える!
それには妙法しかない。創価学会しかない(拍手)。
◇法華経の根本精神
一、日蓮大聖人の「御義口伝」には「釈尊八箇年の法華経を八字に留めて末代の衆生に譲り給うなり」(同781ページ)——釈尊が8年間にわたって説いた法華経を、八文字に留めて、それを末法の衆生に譲り与えられた——と。
"法華経の真髄"である、その「八文字」とは何か。
それは、法華経の最後(普賢品第28)に説かれた「当起遠迎、当如敬仏」(法華経677ページ)の文である。即ち「当に起って遠く迎うべきこと、当に仏を敬うが如くすべし」——法華経をたもつ者を見たならば、仏を敬うように、必ず、遠くからでも立ち上がって出迎え、敬っていきなさい、という教えである。
これが法華経の結論であることを、大聖人は「最上第一の相伝」(御書781ページ)と述べられている。以前にも申し上げたことがある。総じては、「大聖人の仰せのままに広宣流布する人を、仏のごとく大切にせよ」ということである。
一、戸田先生も、この「法華経の根本精神」を常に大切にしておられた。
ある時は、こう言われた。「学会の会合は、たとえ一人でも、二人でも、その人を大切にし、その人のために仏法を説き、感激をもって、真剣に語り合っていくのだ」と。
牧口先生も同じであられた。
反対に、小さな座談会や会合を軽視する人間は、慢心があるのである。
◇形式にとらわれず
一、戸田先生は、座談会を大事にされ、事前に綿密に打ち合わせをされた。
「司会者は?」「内容は?」「私がこう話すから、あなたはこのように話してあげなさい」等々。
来た人が、本当に満足できるよう、皆で考え、準備していくことである。この「地道」が「勝利の道」である。いかなる時代になろうと、「基本」をおろそかにしてはならない。
豪放磊落な先生であったが、小さな会合にも、こういう心の砕きようであった。
会合中も、絶えず「これでみんな満足するか」と、アンテナを張り巡らされていた。
「形式などに、とらわれる必要はない。初めて来た人も『本当に楽しい!』『よく、わかった!』と言える雰囲気をつくってもらいたい。そうでないと、かわいそうだ」とよく言われた。
少人数の会合こそが本当の勝負である。
「一番地道な活動が、一番大事な戦」と決めて戦うことである。そこに、本当の勝利が生まれる。「地道」に徹し、「地道」を粘り強く繰り返しているところが強い。この方程式を忘れないでいただきたい。
一、きょうは遠いところ、本当にご苦労さま。
海外の皆さまも、ありがとう!
サンキュー・ソー・マッチ!(大拍手)
2018年1月20日土曜日
2018.01.20 わが友に贈る
「心の財第一なり」
広布の道を歩む我らは
世界一の心の長者だ!
生き生きと朗らかに
確信の声を響かせよう!
撰時抄 P291
『されば我が弟子等心みに法華経のごとく身命もおしまず修行して此の度仏法を心みよ』
◇寸鉄 2018年1月20日
創価の若者がいれば未来は必ず変えられる—博士青年こそ混迷時代の希望
香川県婦人部の日。信仰は幸福になる為の権利。地域に対話の花を爛漫と
「すべての人にはその個性の美しさがある」哲人。幹部は友の持ち味生かせ
犯罪発生件数が戦後最少も詐欺は増加。「自分は大丈夫」の隙を魔は狙う
家庭の食品ロス、年間で6万5千円。わが家から削減への意識改革を開始
☆「世界広布新時代 栄光の年」開幕 世界広布新時代第30回本部幹部会から(要旨) 原田稔会長 2018年1月13日
◇青年を先頭に「3・16」60周年へ前進
◇励ましの力で人間革命と広布拡大を
一、「世界広布新時代第30回本部幹部会」の開催、誠におめでとうございます(拍手)。
本日は、SGIメンバーも代表で参加されております。遠いところ、ようこそお越しくださいました。心から歓迎申し上げます。
さらに本日は、新成人の代表も参加しています。栄光の人生へ第一歩を踏み出す門出に、祝福の大拍手を送ろうではありませんか(大拍手)。
一、初めに、昨年末の財務につきまして、広布部員の皆さまの尊き真心に、あつく御礼申し上げます。かつて池田先生は、「真心の財務をもって学会を守り、学会を発展させ、広宣流布の勝利の道を大きく開いてくださっている功労者の方々にも、深く御礼を申し上げていかねばならない。その心がある限り、学会は発展する」と、ご指導くださいました。
弘教は、人々に正法を教え施す「法施」に当たり、財務は、その活動を経済面から支える「財施」です。法施と財施の両輪が相まってこそ、この現実社会で広布を推進できます。ゆえに、広布部員の皆さまの大功労は計り知れません。本当にありがとうございます(拍手)。
併せまして、学会の大動脈たる「無冠の友」の皆さまにも、衷心より感謝申し上げます。
明年11月の「世界聖教会館」落成に向け、全国の配達員・通信員の集合写真が、今月から順次、聖教紙面に掲載されることとなりました。誠におめでとうございます(拍手)。
特に冬は、暗い時間帯の配達が増え、早朝の冷え込みも厳しく、積雪や路面凍結などによる転倒事故が起こりやすくなっています。どうか健康・無事故の配達を、何とぞよろしくお願い申し上げます。
一、さて、2018年「世界広布新時代 栄光の年」がにぎやかに開幕しました。
池田先生も3日、広宣流布大誓堂で勤行・唱題し、全同志の健康と幸福と勝利をご祈念してくださいました。
その御宝前には、昨年11月に世界のリーダーが署名した「創価学会会憲」の署名簿も供えられ、先生は「『異体同心』のスクラムで、一段と世界広宣流布を進め、各国・各地が平和に安穏に、繁栄していかれるよう、真剣な祈りを捧げた」と、つづってくださっております。世界中の池田門下にとって、これにまさる喜びはございません。
そして、何よりうれしいニュースは、池田先生の卒寿をお祝いする1月2日、イタリアのトゥルシ市と韓国の天安市から先生に名誉市民称号が贈られ、これで先生に授与された名誉市民称号が「800」となったことであります。古今東西に類例を見ない、まさに前人未到の壮挙です。大変におめでとうございます(拍手)。
一、名誉市民称号は、民族や宗教の壁を超えて、「世界市民」に寄せられた尊敬と信頼の証しです。池田先生の平和・文化・教育へのご業績の偉大さを、雄弁に物語っています。
そして特筆すべきは、それらの都市の多くは、直接、先生が訪れたことのない地だという事実です。
今回、先生に名誉市民称号を贈ったトゥルシ市のコズマ市長は、数年前から地元のSGIメンバーと交流を重ねてきました。その中で、誠実に対話と友情を広げるメンバーの姿に共感を覚え、さらに先生の著作などを通して、その平和運動の足跡を知るなど、長年にわたって理解を深めてこられました。
また、天安市は「韓国のジャンヌ・ダルク」と呼ばれる抗日運動の女性闘士・柳寛順の故郷であり、独立記念館も立つ地です。
SGIの友は、この天安市で環境保全運動や慈善バザーなど、幅広く地域のために尽くしてきました。具市長は、そうしたメンバーの行動を通してSGIの哲学を知り、支部の集いにも来賓として参加。交流を重ねる中で、池田先生に深い信頼を寄せるようになりました。昨年は天安希望文化会館の開館式にも出席し、祝辞を述べてくださっています。
◇「弟子の勝利」が「師匠の勝利」と
一、この両市に限らず、いずこの地にあっても、地道に社会貢献の行動を続けるメンバーの姿が注目され、やがて、その活動の根底に脈打つ池田先生の人間主義の理念への理解が広がり、深い共感へとつながっています。
「弟子の勝利」こそ「師匠の勝利」です。そして、弟子の勝利とは、現実の広布拡大以外にはありません。
池田先生は、小説『新・人間革命』に、こうつづってくださっています。
「学会を守ることが私を守ることになる。一人の会員を、十人、百人、千人の会員を守ることが、私を守ることです。なぜなら、私の人生は、そのためにあると決めているからです」「学会を離れ、会員を離れて、私はない。もし、君に少しでも、私を守ろうという心があるなら、学会の組織の最前線を走り抜き、会員を守ることです」と。
学会のありとあらゆる今日の活動は、この娑婆世界にあって事実の上で広宣流布を伸展させ、立正安国を実現するために、全て池田先生が手作りで築き上げてくださったものであります。
その宝を受け継ぎ、守り、さらに発展させゆく、最も地道にして粘り強き戦いなくして、師弟の精神など断じてありません。
日蓮大聖人は、「世の人疑い有らば委細の事は弟子に之を問え」(御書509ページ)と仰せです。私を見よ! 創価の青年を見よ!——こう胸を張って宣言しゆく時こそ、この「栄光の年」であります。
まずは「3・16」60周年を、全門下の折伏・弘教、そして、創価後継の青年拡大をもって大勝利し、池田先生にご安心いただきたい。
一、2月から毎月、極力、会合をなくして、全てのリーダーが徹底した訪問激励へと歩きに歩く「励まし週間」を設定します。一人一人に寄り添い、励ます中で、人間革命と広宣流布の実践に立ち上がらせていきたい。
さあ、「今年こそ!」との大誓願の祈りで、先生と共に、広布と人生の「栄光の年」を勝ち進もうではありませんか(拍手)。
☆「世界広布新時代 栄光の年」開幕 世界広布新時代第30回本部幹部会から(要旨) 永石貴美子婦人部長 2018年1月13日
◇平和と幸福の連帯を広げよう
一、ますますお元気な池田先生・奥さまのもと、世界宗教へ飛翔する「世界広布新時代 栄光の年」開幕の本部幹部会、大変におめでとうございます(拍手)。
世界中の同志が、先生・奥さまへのあふれる感謝とお祝いの心をお届けしようと、いまだかつてない勢いで祈り行動し、全国各地の新年勤行会では多くの新入会の友が誕生。最高に晴れやかな新年を迎えました。
一、本年は、5・3「創価学会母の日」制定30周年の佳節を刻みます。池田先生は、学会で最も大切な5月3日「創価学会の日」を、「婦人部の皆さまを最大にたたえ、その労を顕彰する日としてはどうか」と提案され、「創価学会母の日」と制定されたのです。
その5月に、記念の「婦人部総会」を、グループ単位で盛大に開催していきます。
婦人部の伝統あるグループは、少人数の学習・懇談の場です。少人数だから「全員が主役」です。
以前、私が婦人部総会に訪れた、新宿区のグループ長の園田さんは、出版関係の仕事をしながら、多忙な中でも、毎月、グループの集いを開催。参加できない部員さんのもとへは足を運び、手紙に池田先生の言葉を添え、届け続けてきました。
そんな中、祈りと真心がついに届き、1人の部員さんが昨年、30年ぶりにグループの集いに参加。そこには園田さん自身の友人も参加され、昨年11月に入会しました。
信心に立ち上がったばかりの2人が、皆さまの励ましによって、部員さんは活動者に、そして新入会の友は折伏を決意し、新年を誓願の祈りからスタートしたのです。
園田さんは幼い頃、両親の離婚や母の病に宿命を感じ、20にも及ぶ宗教を求め、そんな時、友人から学会の話を聞きました。題目をあげると生命の底から力が湧き、"他の宗教とは違う"と、21歳の時に入会しました。
先生の哲学の深さを、師匠を持てる人生の素晴らしさを、一人でも多くの人に伝えたいとの一心で、入会して34年間で31人の友人を折伏されました(拍手)。その中には、生き別れたお母さんと妹さん、大学教授や今、地区婦人部長として奮闘する親友もいます。男子部・女子部のリーダーも誕生しました。
園田さんが一番誇りとすることは、皆が創価の庭で活躍していることです。
一、池田先生は「歴史を変える民衆運動の根幹には、女性の『励まし』がある。我ら創価の広宣流布の運動もまた、女性たち、母たちの『励まし』の力で朗らかに勝ってきた」と、ご指導くださいました。
グループ発足40周年を刻む本年は、5月の婦人部総会を中心に、平和と幸福の連帯を力強く広げていきたいと思います。
さあ、陸続と育ちゆく後継の青年部、宝の未来部に励ましの陽光を送りながら、先生・奥さまと共に、未来までの栄光を開く師弟共戦の歴史を築いていきましょう(拍手)。
広布の道を歩む我らは
世界一の心の長者だ!
生き生きと朗らかに
確信の声を響かせよう!
撰時抄 P291
『されば我が弟子等心みに法華経のごとく身命もおしまず修行して此の度仏法を心みよ』
◇寸鉄 2018年1月20日
創価の若者がいれば未来は必ず変えられる—博士青年こそ混迷時代の希望
香川県婦人部の日。信仰は幸福になる為の権利。地域に対話の花を爛漫と
「すべての人にはその個性の美しさがある」哲人。幹部は友の持ち味生かせ
犯罪発生件数が戦後最少も詐欺は増加。「自分は大丈夫」の隙を魔は狙う
家庭の食品ロス、年間で6万5千円。わが家から削減への意識改革を開始
☆「世界広布新時代 栄光の年」開幕 世界広布新時代第30回本部幹部会から(要旨) 原田稔会長 2018年1月13日
◇青年を先頭に「3・16」60周年へ前進
◇励ましの力で人間革命と広布拡大を
一、「世界広布新時代第30回本部幹部会」の開催、誠におめでとうございます(拍手)。
本日は、SGIメンバーも代表で参加されております。遠いところ、ようこそお越しくださいました。心から歓迎申し上げます。
さらに本日は、新成人の代表も参加しています。栄光の人生へ第一歩を踏み出す門出に、祝福の大拍手を送ろうではありませんか(大拍手)。
一、初めに、昨年末の財務につきまして、広布部員の皆さまの尊き真心に、あつく御礼申し上げます。かつて池田先生は、「真心の財務をもって学会を守り、学会を発展させ、広宣流布の勝利の道を大きく開いてくださっている功労者の方々にも、深く御礼を申し上げていかねばならない。その心がある限り、学会は発展する」と、ご指導くださいました。
弘教は、人々に正法を教え施す「法施」に当たり、財務は、その活動を経済面から支える「財施」です。法施と財施の両輪が相まってこそ、この現実社会で広布を推進できます。ゆえに、広布部員の皆さまの大功労は計り知れません。本当にありがとうございます(拍手)。
併せまして、学会の大動脈たる「無冠の友」の皆さまにも、衷心より感謝申し上げます。
明年11月の「世界聖教会館」落成に向け、全国の配達員・通信員の集合写真が、今月から順次、聖教紙面に掲載されることとなりました。誠におめでとうございます(拍手)。
特に冬は、暗い時間帯の配達が増え、早朝の冷え込みも厳しく、積雪や路面凍結などによる転倒事故が起こりやすくなっています。どうか健康・無事故の配達を、何とぞよろしくお願い申し上げます。
一、さて、2018年「世界広布新時代 栄光の年」がにぎやかに開幕しました。
池田先生も3日、広宣流布大誓堂で勤行・唱題し、全同志の健康と幸福と勝利をご祈念してくださいました。
その御宝前には、昨年11月に世界のリーダーが署名した「創価学会会憲」の署名簿も供えられ、先生は「『異体同心』のスクラムで、一段と世界広宣流布を進め、各国・各地が平和に安穏に、繁栄していかれるよう、真剣な祈りを捧げた」と、つづってくださっております。世界中の池田門下にとって、これにまさる喜びはございません。
そして、何よりうれしいニュースは、池田先生の卒寿をお祝いする1月2日、イタリアのトゥルシ市と韓国の天安市から先生に名誉市民称号が贈られ、これで先生に授与された名誉市民称号が「800」となったことであります。古今東西に類例を見ない、まさに前人未到の壮挙です。大変におめでとうございます(拍手)。
一、名誉市民称号は、民族や宗教の壁を超えて、「世界市民」に寄せられた尊敬と信頼の証しです。池田先生の平和・文化・教育へのご業績の偉大さを、雄弁に物語っています。
そして特筆すべきは、それらの都市の多くは、直接、先生が訪れたことのない地だという事実です。
今回、先生に名誉市民称号を贈ったトゥルシ市のコズマ市長は、数年前から地元のSGIメンバーと交流を重ねてきました。その中で、誠実に対話と友情を広げるメンバーの姿に共感を覚え、さらに先生の著作などを通して、その平和運動の足跡を知るなど、長年にわたって理解を深めてこられました。
また、天安市は「韓国のジャンヌ・ダルク」と呼ばれる抗日運動の女性闘士・柳寛順の故郷であり、独立記念館も立つ地です。
SGIの友は、この天安市で環境保全運動や慈善バザーなど、幅広く地域のために尽くしてきました。具市長は、そうしたメンバーの行動を通してSGIの哲学を知り、支部の集いにも来賓として参加。交流を重ねる中で、池田先生に深い信頼を寄せるようになりました。昨年は天安希望文化会館の開館式にも出席し、祝辞を述べてくださっています。
◇「弟子の勝利」が「師匠の勝利」と
一、この両市に限らず、いずこの地にあっても、地道に社会貢献の行動を続けるメンバーの姿が注目され、やがて、その活動の根底に脈打つ池田先生の人間主義の理念への理解が広がり、深い共感へとつながっています。
「弟子の勝利」こそ「師匠の勝利」です。そして、弟子の勝利とは、現実の広布拡大以外にはありません。
池田先生は、小説『新・人間革命』に、こうつづってくださっています。
「学会を守ることが私を守ることになる。一人の会員を、十人、百人、千人の会員を守ることが、私を守ることです。なぜなら、私の人生は、そのためにあると決めているからです」「学会を離れ、会員を離れて、私はない。もし、君に少しでも、私を守ろうという心があるなら、学会の組織の最前線を走り抜き、会員を守ることです」と。
学会のありとあらゆる今日の活動は、この娑婆世界にあって事実の上で広宣流布を伸展させ、立正安国を実現するために、全て池田先生が手作りで築き上げてくださったものであります。
その宝を受け継ぎ、守り、さらに発展させゆく、最も地道にして粘り強き戦いなくして、師弟の精神など断じてありません。
日蓮大聖人は、「世の人疑い有らば委細の事は弟子に之を問え」(御書509ページ)と仰せです。私を見よ! 創価の青年を見よ!——こう胸を張って宣言しゆく時こそ、この「栄光の年」であります。
まずは「3・16」60周年を、全門下の折伏・弘教、そして、創価後継の青年拡大をもって大勝利し、池田先生にご安心いただきたい。
一、2月から毎月、極力、会合をなくして、全てのリーダーが徹底した訪問激励へと歩きに歩く「励まし週間」を設定します。一人一人に寄り添い、励ます中で、人間革命と広宣流布の実践に立ち上がらせていきたい。
さあ、「今年こそ!」との大誓願の祈りで、先生と共に、広布と人生の「栄光の年」を勝ち進もうではありませんか(拍手)。
☆「世界広布新時代 栄光の年」開幕 世界広布新時代第30回本部幹部会から(要旨) 永石貴美子婦人部長 2018年1月13日
◇平和と幸福の連帯を広げよう
一、ますますお元気な池田先生・奥さまのもと、世界宗教へ飛翔する「世界広布新時代 栄光の年」開幕の本部幹部会、大変におめでとうございます(拍手)。
世界中の同志が、先生・奥さまへのあふれる感謝とお祝いの心をお届けしようと、いまだかつてない勢いで祈り行動し、全国各地の新年勤行会では多くの新入会の友が誕生。最高に晴れやかな新年を迎えました。
一、本年は、5・3「創価学会母の日」制定30周年の佳節を刻みます。池田先生は、学会で最も大切な5月3日「創価学会の日」を、「婦人部の皆さまを最大にたたえ、その労を顕彰する日としてはどうか」と提案され、「創価学会母の日」と制定されたのです。
その5月に、記念の「婦人部総会」を、グループ単位で盛大に開催していきます。
婦人部の伝統あるグループは、少人数の学習・懇談の場です。少人数だから「全員が主役」です。
以前、私が婦人部総会に訪れた、新宿区のグループ長の園田さんは、出版関係の仕事をしながら、多忙な中でも、毎月、グループの集いを開催。参加できない部員さんのもとへは足を運び、手紙に池田先生の言葉を添え、届け続けてきました。
そんな中、祈りと真心がついに届き、1人の部員さんが昨年、30年ぶりにグループの集いに参加。そこには園田さん自身の友人も参加され、昨年11月に入会しました。
信心に立ち上がったばかりの2人が、皆さまの励ましによって、部員さんは活動者に、そして新入会の友は折伏を決意し、新年を誓願の祈りからスタートしたのです。
園田さんは幼い頃、両親の離婚や母の病に宿命を感じ、20にも及ぶ宗教を求め、そんな時、友人から学会の話を聞きました。題目をあげると生命の底から力が湧き、"他の宗教とは違う"と、21歳の時に入会しました。
先生の哲学の深さを、師匠を持てる人生の素晴らしさを、一人でも多くの人に伝えたいとの一心で、入会して34年間で31人の友人を折伏されました(拍手)。その中には、生き別れたお母さんと妹さん、大学教授や今、地区婦人部長として奮闘する親友もいます。男子部・女子部のリーダーも誕生しました。
園田さんが一番誇りとすることは、皆が創価の庭で活躍していることです。
一、池田先生は「歴史を変える民衆運動の根幹には、女性の『励まし』がある。我ら創価の広宣流布の運動もまた、女性たち、母たちの『励まし』の力で朗らかに勝ってきた」と、ご指導くださいました。
グループ発足40周年を刻む本年は、5月の婦人部総会を中心に、平和と幸福の連帯を力強く広げていきたいと思います。
さあ、陸続と育ちゆく後継の青年部、宝の未来部に励ましの陽光を送りながら、先生・奥さまと共に、未来までの栄光を開く師弟共戦の歴史を築いていきましょう(拍手)。
2018年1月19日金曜日
2018.01.19 わが友に贈る
「ほむれば弥功徳まさる」
一人一人の尊き挑戦を
皆で最大に称え合おう!
創価家族の連帯こそ
希望と躍進の原動力だ!
大悪大善御書 P1300
『大悪をこれば大善きたる、すでに大謗法国にあり大正法必ずひろまるべし、各各なにをかなげかせ給うべき、迦葉尊者にあらずともまいをもまいぬべし、舎利弗にあらねども立つてをどりぬべし』
◇寸鉄 2018年1月19日
人間革命の思想が世界の変革への鍵—博士。「池田哲学」は平和世紀の道標
今日は誰を励ましたか—小さな積み重ねが拡大の源泉。全幹部が最前線へ
難が来たら喜べ!宿命転換の好機なのだ—戸田先生。猛然たる祈りで前進
冰は水より出でたれども水よりもすさまじ—御書後継よ自己の力信じ挑め
家庭消火器点検の日。容器の錆や変形、使用期限を確認。前前の用心こそ
☆四季の励まし 青年と共に偉大な人生を 2018年1月7日
大いなる理想に生きる——
そこに青年の証しがある。
そして偉大なる人生とは
"青年の心"で
一生を生き抜くところにある。
若き挑戦の魂に
行き詰まりはない。
全ては"行動"から始まる。
行動を開始すれば、知恵がわく。
「道」が見えてくる。
道があるから歩くのではない。
歩くから道ができるのである。
若いということは、それだけで、
いかなる権力者も敵わない
「無限の財宝」をもっている。
くよくよと
後ろを振り向く必要など、
まったくない。
まず今いる、その場所で、
自分らしく光っていくことだ。
信頼を勝ち取っていくことだ。
あの大歴史家トインビー博士の
「若さ」の秘訣は明快であった。
「次の世代に
起ころうとしていることに、
ほんとうに
関心をもつこと」である。
人生の総仕上げとは、
過去の肩書など取り払って、
未来のため、青年のために、
心を砕き、知恵を出し、
手を打つことなのだ。
私は青年を信ずる。
一点の曇りもなく、
わが弟子を信じている。
青年には、限りない宝がある。
それは誠実だ。正義だ。勇気だ。
青春には、誇り高き使命がある。
それは行動だ。前進だ。勝利だ。
君たちよ! あなたたちよ!
青春の生命の本領を
大いに発揮し、
私と共に、新時代を断固として
勝ち飾ろうではないか!
ジェット機が雲を突き抜け、大空へ上昇していくと、眼下に白雪のアルプス山脈が広がっていた。1994年(平成6年)5月、ドイツからイタリアに向かう機中、池田大作先生がシャッターを切った。
人生は、決して平たんな道ばかりではない。仕事の問題や病気、家庭不和など、次々と試練の山が立ちはだかる。そうした山々に挑むからこそ、自身の秘められた力を引き出せる。
スイスの思想家・ヒルティは叫んだ。「さあ、前進だ、断固として『より高きをめざせ』」(草間平作・大和邦太郎訳『幸福論(第三部)』岩波書店)
さあ、新しき勝利の峰へ出発しよう。青年と共に、青年の心で——。
☆池田先生の「第1部隊長」就任65周年 師の構想を実現してこそ弟子 2018年1月12日
池田先生が男子部の第1部隊長に就任して、本年で65周年。先生が指揮を執った1年余りで、第1部隊の陣容は約4倍に拡大した。いかに青年を糾合し、新たな人材を育てたのか。先生の行動から、広布拡大の要諦を学ぶ。
1953年(昭和28年)1月2日、25歳の誕生日の日、池田先生は男子部の第1部隊長に就任した。
この日の日記につづっている。
「健男子として、何ものにも恐れず、青年を率いて起とう」
戸田先生は各部隊に目標を示した。年末までに「各部隊1000人」の達成である。
この時、第1部隊の部員数は、337人。1年間で3倍の拡大である。
池田先生は、第1部隊の最初の班長会で力説した。
——「第1部隊」という名の通り、すべての戦いで「第1」になろう。
当時、先生の体調は万全とはいえなかった。「身体の調子すこぶる悪し」(53年1月25日)、「身体の具合、悪し。背中に、焼けたる鉄板を一枚入れたるが如し」(同年2月4日)等と日記に記している。
さらに、先生は4月に文京支部長代理にも就任。戸田先生の会社では営業部長の重責を担い、多忙を極めていた。
そうした状況の中で、自ら拡大の先頭に立ち、同志の激励に奔走した。
ある日、第1部隊の友が尋ねた。
「私なんかより、はるかに多忙なのに、どうしてそんなに悠然としていられるのですか」
先生の答えは明確だった。「戸田先生の構想を破綻させるような弟子には、絶対にならないと心に決めているからです」
そこには、「言われたから」「打ち出しだから」などという受け身の姿勢など微塵もない。
師の構想を断じて実現してみせる——25歳の青年の胸中には、誓いの炎が赤々と燃えていた。
◇「一人」を心から大切に
恩師が示した「部隊1000人」達成に向け、池田先生は目標を明確にした。
まず、新たな人材を登用し、六つであった班を、10班に再編・拡大。10人の班長を「部隊十傑」と命名し、中心者の団結を図った。
さらに、各班で10人の分隊長を登用して「部隊百傑」として、各分隊が10人の部員を達成することを掲げたのである。
目標は定まった。では、それを遂行するための鍵とは何か——先生は「一人」を心から大切にした。
形式的に人数が増えることが広宣流布ではない。
この信心で何人の人が幸福になったのか。何人の青年が広布の使命を自覚し、自らの人間革命に挑んでいるのか。
ここに広布の実像があることを、池田先生は第1部隊の戦いで示した。
第1部隊の活動の舞台は、墨田・江東・江戸川区など、いわゆる下町を中心とした地域であった。
先生は同志から自転車を借り、路地を走っては、一軒また一軒と、班長と共に訪問激励に回った。
会えない友には、移動の合間を縫って、はがきを書き送った。会合の前には、部員のもとへ足を運び、不在の場合には、激励の言葉や御書の一節をつづったメモを残した。会合の後にも参加できなかった友への激励に走った。
また、壮年・婦人部の対話で信心を始めた家庭に青年がいれば、あいさつに行った。同世代の友として、成長を誓い合った。
下町で働く同志は残業が多かった。先生は日曜日に自宅を開放し、集ってくる友に励ましを送った。
時には、レコードをかけて親しく語り合い、戸田先生から作り方を教わったカレーを振る舞ったこともあった。
こうした懇談の場が、自然と"勝利への作戦会議"の場となった。
さらに、先生は教学に力を注いだ。第1部隊には、読み書きが苦手な青年もいた。先生は友を自宅に招き、「観心本尊抄」「撰時抄」「当体義抄」「如説修行抄」「顕仏未来記」などを共に研さん。部隊独自の弁論大会も企画した。
教学の研さんを通し、第1部隊のメンバーは、自らの深い使命を自覚し、現実を変革する仏法の哲理を生命に刻んだ。
こうして、第1部隊の戦いは、日を追うごとに勢いを増していったのである。
◇友を奮い立たせた檄文
同年10月、2カ月後の12月20日に行われる第2回男子青年部総会に、各部隊1000人の結集目標が発表された。
この時点での第1部隊の部員数は約600人。1月のスタートから2倍近くの拡大である。
しかし、「1000人の結集」という目標達成のためには、わずか2カ月で、それまで以上の拡大が求められる。
浮足立つメンバーに、先生は確信を込めて語った。
「そんなに大変なことじゃないよ。簡単なことなんだよ。一人があともう一人を連れてくれば、目標は完遂することができる」
戦いが終盤に差し掛かった時点で、再び「一人」を焦点にした拡大を訴えたのである。
先生は自ら最前線の友を励まし続けた。共に戦ってきた班長一人一人に激励のはがきを書いた。
第1部隊の拡大は加速し、10月の1カ月間で、部員数は800人を突破。そして翌11月、ついに「部隊1000人」を成し遂げた。
同年11月20日、第1部隊の臨時の決起大会が開催された。この場で、参加者に1枚の印刷物が配られた。「我が親愛なる同志諸君に告ぐ」と題する、先生自らが自費で作った活版刷りの檄文である。
そこには、部隊1000人の結集の意義とともに、広布の使命を果たすための心構えが、4点にわたって示されていた。
1点目は、御本尊を信じ、自分は折伏の闘士であると確信すること。
2点目は、教学に励むこと。
3点目は、行動に当たっては、勇気をもち、沈着にして粘り強くあること。
4点目は、学会精神を会得し、自ら広宣流布の人材たらんと自覚すること、である。
男子青年部総会を目前に控えた同年12月7日にも、先生は総結集を呼び掛ける檄文を送った。先生の大情熱に、友は奮い立った。
ある班は、4月の時点で部員数は20人ほど。メンバーは東京のほか、埼玉にもいた。だが、総会には、埼玉で50人、東京で50人を超す部員を結集した。
ほかの班も次々と壁を破り、第1部隊は1000人を超す結集を果たした。
池田先生は、翌54年(同29年)3月に青年部の室長に就任するまで、第1部隊長として指揮を執った。その間に、部員数は当初の4倍近くにまで拡大した。
さらに、第1部隊からは、多彩な人材が陸続と育っていった。それは、「一人」を大切にする行動の持続が、新たな歴史を開くという証明でもあった。
◇積み重ねの上に勝利が
53年(同28年)という年は、「創価学会の発展の歴史にあって、最も折伏意欲のみなぎった年であった」と池田先生はつづっている(『人間革命』第7巻「翼の下」の章)。
事実、この1年で、学会の世帯数は約2万から7万世帯にまで伸びている。
前年の「二月闘争」で、「201世帯」の弘教という当時の支部の限界を突破する拡大を達成し、53年に青年拡大の金字塔を打ち立てた池田先生の戦いは、学会の飛躍的な勢いを生み、恩師の願業である75万世帯の弘教へとつながった。
第1部隊の戦いを通し、池田先生は語っている。
「会合も、個人指導も、御書講義も、一回一回が真剣勝負だった。
疲れて、ペンを握ることさえ辛い夜もあった。だが、必死に書いた激励の手紙ほど、同志は奮い立ってくれた。
勝利は突然やってくるものではない。
日々の、懸命な『小勝利』の積み重ねの上に『大勝利』があるのだ」
一人一人の尊き挑戦を
皆で最大に称え合おう!
創価家族の連帯こそ
希望と躍進の原動力だ!
大悪大善御書 P1300
『大悪をこれば大善きたる、すでに大謗法国にあり大正法必ずひろまるべし、各各なにをかなげかせ給うべき、迦葉尊者にあらずともまいをもまいぬべし、舎利弗にあらねども立つてをどりぬべし』
◇寸鉄 2018年1月19日
人間革命の思想が世界の変革への鍵—博士。「池田哲学」は平和世紀の道標
今日は誰を励ましたか—小さな積み重ねが拡大の源泉。全幹部が最前線へ
難が来たら喜べ!宿命転換の好機なのだ—戸田先生。猛然たる祈りで前進
冰は水より出でたれども水よりもすさまじ—御書後継よ自己の力信じ挑め
家庭消火器点検の日。容器の錆や変形、使用期限を確認。前前の用心こそ
☆四季の励まし 青年と共に偉大な人生を 2018年1月7日
大いなる理想に生きる——
そこに青年の証しがある。
そして偉大なる人生とは
"青年の心"で
一生を生き抜くところにある。
若き挑戦の魂に
行き詰まりはない。
全ては"行動"から始まる。
行動を開始すれば、知恵がわく。
「道」が見えてくる。
道があるから歩くのではない。
歩くから道ができるのである。
若いということは、それだけで、
いかなる権力者も敵わない
「無限の財宝」をもっている。
くよくよと
後ろを振り向く必要など、
まったくない。
まず今いる、その場所で、
自分らしく光っていくことだ。
信頼を勝ち取っていくことだ。
あの大歴史家トインビー博士の
「若さ」の秘訣は明快であった。
「次の世代に
起ころうとしていることに、
ほんとうに
関心をもつこと」である。
人生の総仕上げとは、
過去の肩書など取り払って、
未来のため、青年のために、
心を砕き、知恵を出し、
手を打つことなのだ。
私は青年を信ずる。
一点の曇りもなく、
わが弟子を信じている。
青年には、限りない宝がある。
それは誠実だ。正義だ。勇気だ。
青春には、誇り高き使命がある。
それは行動だ。前進だ。勝利だ。
君たちよ! あなたたちよ!
青春の生命の本領を
大いに発揮し、
私と共に、新時代を断固として
勝ち飾ろうではないか!
ジェット機が雲を突き抜け、大空へ上昇していくと、眼下に白雪のアルプス山脈が広がっていた。1994年(平成6年)5月、ドイツからイタリアに向かう機中、池田大作先生がシャッターを切った。
人生は、決して平たんな道ばかりではない。仕事の問題や病気、家庭不和など、次々と試練の山が立ちはだかる。そうした山々に挑むからこそ、自身の秘められた力を引き出せる。
スイスの思想家・ヒルティは叫んだ。「さあ、前進だ、断固として『より高きをめざせ』」(草間平作・大和邦太郎訳『幸福論(第三部)』岩波書店)
さあ、新しき勝利の峰へ出発しよう。青年と共に、青年の心で——。
☆池田先生の「第1部隊長」就任65周年 師の構想を実現してこそ弟子 2018年1月12日
池田先生が男子部の第1部隊長に就任して、本年で65周年。先生が指揮を執った1年余りで、第1部隊の陣容は約4倍に拡大した。いかに青年を糾合し、新たな人材を育てたのか。先生の行動から、広布拡大の要諦を学ぶ。
1953年(昭和28年)1月2日、25歳の誕生日の日、池田先生は男子部の第1部隊長に就任した。
この日の日記につづっている。
「健男子として、何ものにも恐れず、青年を率いて起とう」
戸田先生は各部隊に目標を示した。年末までに「各部隊1000人」の達成である。
この時、第1部隊の部員数は、337人。1年間で3倍の拡大である。
池田先生は、第1部隊の最初の班長会で力説した。
——「第1部隊」という名の通り、すべての戦いで「第1」になろう。
当時、先生の体調は万全とはいえなかった。「身体の調子すこぶる悪し」(53年1月25日)、「身体の具合、悪し。背中に、焼けたる鉄板を一枚入れたるが如し」(同年2月4日)等と日記に記している。
さらに、先生は4月に文京支部長代理にも就任。戸田先生の会社では営業部長の重責を担い、多忙を極めていた。
そうした状況の中で、自ら拡大の先頭に立ち、同志の激励に奔走した。
ある日、第1部隊の友が尋ねた。
「私なんかより、はるかに多忙なのに、どうしてそんなに悠然としていられるのですか」
先生の答えは明確だった。「戸田先生の構想を破綻させるような弟子には、絶対にならないと心に決めているからです」
そこには、「言われたから」「打ち出しだから」などという受け身の姿勢など微塵もない。
師の構想を断じて実現してみせる——25歳の青年の胸中には、誓いの炎が赤々と燃えていた。
◇「一人」を心から大切に
恩師が示した「部隊1000人」達成に向け、池田先生は目標を明確にした。
まず、新たな人材を登用し、六つであった班を、10班に再編・拡大。10人の班長を「部隊十傑」と命名し、中心者の団結を図った。
さらに、各班で10人の分隊長を登用して「部隊百傑」として、各分隊が10人の部員を達成することを掲げたのである。
目標は定まった。では、それを遂行するための鍵とは何か——先生は「一人」を心から大切にした。
形式的に人数が増えることが広宣流布ではない。
この信心で何人の人が幸福になったのか。何人の青年が広布の使命を自覚し、自らの人間革命に挑んでいるのか。
ここに広布の実像があることを、池田先生は第1部隊の戦いで示した。
第1部隊の活動の舞台は、墨田・江東・江戸川区など、いわゆる下町を中心とした地域であった。
先生は同志から自転車を借り、路地を走っては、一軒また一軒と、班長と共に訪問激励に回った。
会えない友には、移動の合間を縫って、はがきを書き送った。会合の前には、部員のもとへ足を運び、不在の場合には、激励の言葉や御書の一節をつづったメモを残した。会合の後にも参加できなかった友への激励に走った。
また、壮年・婦人部の対話で信心を始めた家庭に青年がいれば、あいさつに行った。同世代の友として、成長を誓い合った。
下町で働く同志は残業が多かった。先生は日曜日に自宅を開放し、集ってくる友に励ましを送った。
時には、レコードをかけて親しく語り合い、戸田先生から作り方を教わったカレーを振る舞ったこともあった。
こうした懇談の場が、自然と"勝利への作戦会議"の場となった。
さらに、先生は教学に力を注いだ。第1部隊には、読み書きが苦手な青年もいた。先生は友を自宅に招き、「観心本尊抄」「撰時抄」「当体義抄」「如説修行抄」「顕仏未来記」などを共に研さん。部隊独自の弁論大会も企画した。
教学の研さんを通し、第1部隊のメンバーは、自らの深い使命を自覚し、現実を変革する仏法の哲理を生命に刻んだ。
こうして、第1部隊の戦いは、日を追うごとに勢いを増していったのである。
◇友を奮い立たせた檄文
同年10月、2カ月後の12月20日に行われる第2回男子青年部総会に、各部隊1000人の結集目標が発表された。
この時点での第1部隊の部員数は約600人。1月のスタートから2倍近くの拡大である。
しかし、「1000人の結集」という目標達成のためには、わずか2カ月で、それまで以上の拡大が求められる。
浮足立つメンバーに、先生は確信を込めて語った。
「そんなに大変なことじゃないよ。簡単なことなんだよ。一人があともう一人を連れてくれば、目標は完遂することができる」
戦いが終盤に差し掛かった時点で、再び「一人」を焦点にした拡大を訴えたのである。
先生は自ら最前線の友を励まし続けた。共に戦ってきた班長一人一人に激励のはがきを書いた。
第1部隊の拡大は加速し、10月の1カ月間で、部員数は800人を突破。そして翌11月、ついに「部隊1000人」を成し遂げた。
同年11月20日、第1部隊の臨時の決起大会が開催された。この場で、参加者に1枚の印刷物が配られた。「我が親愛なる同志諸君に告ぐ」と題する、先生自らが自費で作った活版刷りの檄文である。
そこには、部隊1000人の結集の意義とともに、広布の使命を果たすための心構えが、4点にわたって示されていた。
1点目は、御本尊を信じ、自分は折伏の闘士であると確信すること。
2点目は、教学に励むこと。
3点目は、行動に当たっては、勇気をもち、沈着にして粘り強くあること。
4点目は、学会精神を会得し、自ら広宣流布の人材たらんと自覚すること、である。
男子青年部総会を目前に控えた同年12月7日にも、先生は総結集を呼び掛ける檄文を送った。先生の大情熱に、友は奮い立った。
ある班は、4月の時点で部員数は20人ほど。メンバーは東京のほか、埼玉にもいた。だが、総会には、埼玉で50人、東京で50人を超す部員を結集した。
ほかの班も次々と壁を破り、第1部隊は1000人を超す結集を果たした。
池田先生は、翌54年(同29年)3月に青年部の室長に就任するまで、第1部隊長として指揮を執った。その間に、部員数は当初の4倍近くにまで拡大した。
さらに、第1部隊からは、多彩な人材が陸続と育っていった。それは、「一人」を大切にする行動の持続が、新たな歴史を開くという証明でもあった。
◇積み重ねの上に勝利が
53年(同28年)という年は、「創価学会の発展の歴史にあって、最も折伏意欲のみなぎった年であった」と池田先生はつづっている(『人間革命』第7巻「翼の下」の章)。
事実、この1年で、学会の世帯数は約2万から7万世帯にまで伸びている。
前年の「二月闘争」で、「201世帯」の弘教という当時の支部の限界を突破する拡大を達成し、53年に青年拡大の金字塔を打ち立てた池田先生の戦いは、学会の飛躍的な勢いを生み、恩師の願業である75万世帯の弘教へとつながった。
第1部隊の戦いを通し、池田先生は語っている。
「会合も、個人指導も、御書講義も、一回一回が真剣勝負だった。
疲れて、ペンを握ることさえ辛い夜もあった。だが、必死に書いた激励の手紙ほど、同志は奮い立ってくれた。
勝利は突然やってくるものではない。
日々の、懸命な『小勝利』の積み重ねの上に『大勝利』があるのだ」
2018年1月18日木曜日
2018.01.18 わが友に贈る
広布の主体者には
愚癡や文句はない。
「小我」を打ち破り
「大我」に生き抜く。
これぞ誉れの人間学だ。
根露枝枯御書 P1299
『此れ即根露るれば枝枯れ源乾けば流竭く自然の道理なり、念仏宗禅宗と真言とは其の根本謬ごを本とし誑惑を源とせり、其の根源顕れなば設い日蓮はいやしくとも天のはからひ大法流布の時来るならば彼の悪法やぶれて此の真実の法立つ事疑なかるべし』
◇寸鉄 2018年1月18日
座談会での体験の共有が信仰深め、社会変革の源に—博士。本年も活発に
「ひとへに・をもひ切りて申し始めし」御書。語らねば心は届かぬ。さあ一歩
若い力を伸ばしていけ—戸田先生。地域に後継の人材を!祈りと励ましで
急加速や急ハンドル…凍結路では「急」が付く運転は事故の元。油断排して
花粉症は若い人ほど重症化と。早めの対策で症状は緩和。嗽・マスク着用を
☆1月度座談会拝読御書 顕仏未来記
◇「丈夫の心」で民衆救済の誓願貫く 世界広布を実現させた創価学会
◇本抄について
本抄は文永10年(1273年)閏5月、日蓮大聖人が流罪先の佐渡・一谷で著されたものです。
題号の「顕仏未来記」(仏の未来記を顕す)とは、「未来を予見し、記した仏の言葉を実現する」という意味です。
「仏の未来記」とは一往は釈尊の未来記を指しますが、本抄の元意は"末法の御本仏としての大聖人の未来記"を明かされることにあります。
釈尊の未来記とは、本抄冒頭に引用されている法華経薬王品の経文を指します。ここでは「私(=釈尊)が亡くなって後、『後の五百歳』に正法を全世界に広宣流布して、断絶させてはならない」(法華経601ページ、趣旨)と述べられています。
本抄では、この釈尊の未来記を現実のものとしたのは、大聖人ただお一人であることが示されます。
そのうえで、大聖人御自身の未来記として、法華経の肝要である南無妙法蓮華経の大法が世界中に流布することが明かされています。
◇拝読御文
『伝教大師云く「浅きは易く深きは難しとは釈迦の所判なり浅きを去って深きに就くは丈夫の心なり、天台大師は釈迦に信順し法華宗を助けて震旦に敷揚し・叡山の一家は天台に相承し法華宗を助けて日本に弘通す」等云云、安州の日蓮は恐くは三師に相承し法華宗を助けて末法に流通す三に一を加えて三国四師と号く』
(P509 8〜11行目)
◇六難九易
拝読御文の冒頭には伝教大師の言葉が引用されています。これは、法華経見宝塔品に説かれる「六難九易」を通して、深い教えである法華経の弘通を呼び掛けた言葉です。六難九易は、六つの難しいことと九つの易しいことを挙げて、仏の滅後の妙法弘通の難しさを示しています。
九つの易しいこととは、「須弥山を手にとって他の国土に投げ置く」「足の指でこの大宇宙(三千大千世界)を動かして、遠くへ投げる」「枯れ草を背負って劫火のなかに入っても焼けない」などです。常識では到底、成しがたいと思われることばかりですが、悪世に妙法を持ち弘めることに比べれば、これらはまだ易しいと釈尊は言います。
六つの難しいこととは、滅後悪世に「法華経を弘める」「しばらくでも法華経を読む」「法華経を受け、持ち続ける」などです。
仏の滅後に妙法を自ら実践し、弘めていくことが、いかに難事であるかが強調されているのです。
釈尊は、この六難九易を通して何を示したかったのでしょうか。
池田先生は「それは、末法広宣流布が難事であることを強調することで、民衆救済の強い誓願を起こすべきであることを菩薩たちに勧めるためです」と述べています。
仏の滅後に妙法を弘める人には、必ず難が競い起こります。その困難を自覚し、"いかなる難があっても末法広宣流布を断固、進める"と誓うことが、広布推進の原動力となります。広布の誓願を立て、それを貫くことが、信仰の実践における根幹となるのです。
◇広宣流布
正しい教えである正法を流布し、万人を仏の境涯に導くことこそが、仏法の目標です。それゆえ、法華経には「我滅度して後、後の五百歳の中、閻浮提に広宣流布して、断絶して悪魔・魔民・諸天・竜・夜叉・鳩槃荼等に其の便を得しむること無かれ」(法華経601ページ)と説かれています。
この経文は「後の五百歳」、すなわち末法において、正法を全世界(一閻浮提)に広宣流布していくべきことを述べたものです。
日蓮大聖人は、こうした法華経の経文の通り、末法の悪世において命に及ぶ幾多の大難を忍ばれて、南無妙法蓮華経の大法を弘通されました。
御書には、次のように示されています。
「大願とは法華弘通なり」(御書736ページ)
「日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外・未来までもながるべし」(同329ページ)
まさに広宣流布こそ、大聖人の根本精神であり、大聖人は弟子に対しても、広宣流布に生き抜くよう、繰り返し促されています。
この大聖人の御精神を受け継いで、御書に仰せの通りに妙法を弘通し、広宣流布を進めてきた和合僧(仏法実践者の集い)が創価学会です。
大聖人滅後700年の間、創価学会が出現するまで、誰も妙法を弘めることはできませんでした。創価学会が、「閻浮提に広宣流布」との経文の通り、事実の上で日本はもとより、世界中に妙法を弘めてきたのです。釈尊と大聖人の未来記(予言)を実現したのが創価学会にほかならないのです。
◇「三国四師」
「三国四師」の「三国」とは、インド、中国、日本を指し、「四師」とは、妙法を覚り、時代に応じて正法である法華経を弘めた4人の正師を指します。
日蓮大聖人は拝読御文で、インドの釈尊、中国の天台大師、日本の伝教大師という三国の正師を受け継いで、御自身が末法に妙法を弘通してきたと述べられています。そして、この三国三師に御自身を加え、「三国四師」と名付けると宣言されています。
これは、釈尊から始まる仏教正統の精神が、天台大師、伝教大師を経て、大聖人に継承されているとの宣言です。
三国四師は、法華経の行者の系譜です。この系譜こそ、仏教の"本流"であることを示すものにほかなりません。仏法の継承は、万人の幸福の実現という根本の目的を正しく受け継ぐところにあるのです。
大聖人は、末法濁世に生きる人々を救うために、法華経の極理である「南無妙法蓮華経」を顕され、唱題行によって万人がその身のままで成仏できる幸福の大道を開かれました。
創価学会は、この大聖人の御精神を寸分も違えずに継承し、広宣流布を進めてきました。仏法の正統は、創価の師弟に厳然と受け継がれているのです。
★池田先生の指針から 仏教の正統に連なる誉れ
いかなる大難をも越えて、法華弘通の誓願に生き抜くことが、「仏の心」を我が心としていく唯一の道なのです。
どんなことがあっても、広布の誓願に生き、自身の使命を果たし抜こうとする「強い心」「深い心」を貫けば、我が生命を仏の生命へと鍛え上げていくことができる。
そのことを大聖人は「浅きを去って深きに就くは丈夫の心なり」との伝教大師の言葉をもって示されています。
「丈夫の心」とは、法華経に示された「仏の心」のままに、敢然と広宣流布の信心に立ち上がる「勇者の心」にほかなりません。
勇敢に広布に戦い抜くなら、「仏の心」が我が生命に満ちあふれてこないわけがない。(『希望の経典「御書」に学ぶ』第1巻)
◇ ◆ ◇
本抄の末尾で大聖人は、インドの釈尊、中国の天台大師、日本の伝教大師という法華宗の三国三師を受け継いで、末法に妙法を弘通してきたと述べられています。したがって、御自身を加えて「三国四師」と名づけると宣言されています。
この「三国四師」は、法華経の行者の系譜です。それは、万人の成仏という、仏教の究極の理想を実現する真の正統であり、その道を開きゆく創造的開拓者が法華経の行者です。
妙法という無限の力を自他ともの胸中に湧き立たせ、濁悪の世にあっても蓮華のように価値の花を咲かせ切っていく。その勝利の人華を陸続と開花させ、自分も蓮華と咲き、万人をも蓮華と輝かせていくのが「法華宗」です。言い換えれば、「法華宗」とは、万人に尊極の生命を開く「人間宗」であり、「価値創造宗」です。(中略)
創価学会は、この三国四師の系譜において創立された、真の法華宗を世界に弘通している唯一の仏勅の教団です。
そして、無数の地涌の菩薩を全世界に呼び覚まし、万年の未来にわたる堂々たる平和への大行進を続ける尊貴なる和合僧団であります。
戸田先生は「広宣流布のさきがけをしようではないか」と叫ばれ、「創価学会は宗教界の王者である」と宣言されました。
私は、私とともに戦ってきてくださった皆様とともに、「我らこそ御本仏の未来記の主人公なり」と、誇り高く宣言したい。(同)
◇参考文献
○…『希望の経典「御書」に学ぶ』第1巻(聖教新聞社)
愚癡や文句はない。
「小我」を打ち破り
「大我」に生き抜く。
これぞ誉れの人間学だ。
根露枝枯御書 P1299
『此れ即根露るれば枝枯れ源乾けば流竭く自然の道理なり、念仏宗禅宗と真言とは其の根本謬ごを本とし誑惑を源とせり、其の根源顕れなば設い日蓮はいやしくとも天のはからひ大法流布の時来るならば彼の悪法やぶれて此の真実の法立つ事疑なかるべし』
◇寸鉄 2018年1月18日
座談会での体験の共有が信仰深め、社会変革の源に—博士。本年も活発に
「ひとへに・をもひ切りて申し始めし」御書。語らねば心は届かぬ。さあ一歩
若い力を伸ばしていけ—戸田先生。地域に後継の人材を!祈りと励ましで
急加速や急ハンドル…凍結路では「急」が付く運転は事故の元。油断排して
花粉症は若い人ほど重症化と。早めの対策で症状は緩和。嗽・マスク着用を
☆1月度座談会拝読御書 顕仏未来記
◇「丈夫の心」で民衆救済の誓願貫く 世界広布を実現させた創価学会
◇本抄について
本抄は文永10年(1273年)閏5月、日蓮大聖人が流罪先の佐渡・一谷で著されたものです。
題号の「顕仏未来記」(仏の未来記を顕す)とは、「未来を予見し、記した仏の言葉を実現する」という意味です。
「仏の未来記」とは一往は釈尊の未来記を指しますが、本抄の元意は"末法の御本仏としての大聖人の未来記"を明かされることにあります。
釈尊の未来記とは、本抄冒頭に引用されている法華経薬王品の経文を指します。ここでは「私(=釈尊)が亡くなって後、『後の五百歳』に正法を全世界に広宣流布して、断絶させてはならない」(法華経601ページ、趣旨)と述べられています。
本抄では、この釈尊の未来記を現実のものとしたのは、大聖人ただお一人であることが示されます。
そのうえで、大聖人御自身の未来記として、法華経の肝要である南無妙法蓮華経の大法が世界中に流布することが明かされています。
◇拝読御文
『伝教大師云く「浅きは易く深きは難しとは釈迦の所判なり浅きを去って深きに就くは丈夫の心なり、天台大師は釈迦に信順し法華宗を助けて震旦に敷揚し・叡山の一家は天台に相承し法華宗を助けて日本に弘通す」等云云、安州の日蓮は恐くは三師に相承し法華宗を助けて末法に流通す三に一を加えて三国四師と号く』
(P509 8〜11行目)
◇六難九易
拝読御文の冒頭には伝教大師の言葉が引用されています。これは、法華経見宝塔品に説かれる「六難九易」を通して、深い教えである法華経の弘通を呼び掛けた言葉です。六難九易は、六つの難しいことと九つの易しいことを挙げて、仏の滅後の妙法弘通の難しさを示しています。
九つの易しいこととは、「須弥山を手にとって他の国土に投げ置く」「足の指でこの大宇宙(三千大千世界)を動かして、遠くへ投げる」「枯れ草を背負って劫火のなかに入っても焼けない」などです。常識では到底、成しがたいと思われることばかりですが、悪世に妙法を持ち弘めることに比べれば、これらはまだ易しいと釈尊は言います。
六つの難しいこととは、滅後悪世に「法華経を弘める」「しばらくでも法華経を読む」「法華経を受け、持ち続ける」などです。
仏の滅後に妙法を自ら実践し、弘めていくことが、いかに難事であるかが強調されているのです。
釈尊は、この六難九易を通して何を示したかったのでしょうか。
池田先生は「それは、末法広宣流布が難事であることを強調することで、民衆救済の強い誓願を起こすべきであることを菩薩たちに勧めるためです」と述べています。
仏の滅後に妙法を弘める人には、必ず難が競い起こります。その困難を自覚し、"いかなる難があっても末法広宣流布を断固、進める"と誓うことが、広布推進の原動力となります。広布の誓願を立て、それを貫くことが、信仰の実践における根幹となるのです。
◇広宣流布
正しい教えである正法を流布し、万人を仏の境涯に導くことこそが、仏法の目標です。それゆえ、法華経には「我滅度して後、後の五百歳の中、閻浮提に広宣流布して、断絶して悪魔・魔民・諸天・竜・夜叉・鳩槃荼等に其の便を得しむること無かれ」(法華経601ページ)と説かれています。
この経文は「後の五百歳」、すなわち末法において、正法を全世界(一閻浮提)に広宣流布していくべきことを述べたものです。
日蓮大聖人は、こうした法華経の経文の通り、末法の悪世において命に及ぶ幾多の大難を忍ばれて、南無妙法蓮華経の大法を弘通されました。
御書には、次のように示されています。
「大願とは法華弘通なり」(御書736ページ)
「日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外・未来までもながるべし」(同329ページ)
まさに広宣流布こそ、大聖人の根本精神であり、大聖人は弟子に対しても、広宣流布に生き抜くよう、繰り返し促されています。
この大聖人の御精神を受け継いで、御書に仰せの通りに妙法を弘通し、広宣流布を進めてきた和合僧(仏法実践者の集い)が創価学会です。
大聖人滅後700年の間、創価学会が出現するまで、誰も妙法を弘めることはできませんでした。創価学会が、「閻浮提に広宣流布」との経文の通り、事実の上で日本はもとより、世界中に妙法を弘めてきたのです。釈尊と大聖人の未来記(予言)を実現したのが創価学会にほかならないのです。
◇「三国四師」
「三国四師」の「三国」とは、インド、中国、日本を指し、「四師」とは、妙法を覚り、時代に応じて正法である法華経を弘めた4人の正師を指します。
日蓮大聖人は拝読御文で、インドの釈尊、中国の天台大師、日本の伝教大師という三国の正師を受け継いで、御自身が末法に妙法を弘通してきたと述べられています。そして、この三国三師に御自身を加え、「三国四師」と名付けると宣言されています。
これは、釈尊から始まる仏教正統の精神が、天台大師、伝教大師を経て、大聖人に継承されているとの宣言です。
三国四師は、法華経の行者の系譜です。この系譜こそ、仏教の"本流"であることを示すものにほかなりません。仏法の継承は、万人の幸福の実現という根本の目的を正しく受け継ぐところにあるのです。
大聖人は、末法濁世に生きる人々を救うために、法華経の極理である「南無妙法蓮華経」を顕され、唱題行によって万人がその身のままで成仏できる幸福の大道を開かれました。
創価学会は、この大聖人の御精神を寸分も違えずに継承し、広宣流布を進めてきました。仏法の正統は、創価の師弟に厳然と受け継がれているのです。
★池田先生の指針から 仏教の正統に連なる誉れ
いかなる大難をも越えて、法華弘通の誓願に生き抜くことが、「仏の心」を我が心としていく唯一の道なのです。
どんなことがあっても、広布の誓願に生き、自身の使命を果たし抜こうとする「強い心」「深い心」を貫けば、我が生命を仏の生命へと鍛え上げていくことができる。
そのことを大聖人は「浅きを去って深きに就くは丈夫の心なり」との伝教大師の言葉をもって示されています。
「丈夫の心」とは、法華経に示された「仏の心」のままに、敢然と広宣流布の信心に立ち上がる「勇者の心」にほかなりません。
勇敢に広布に戦い抜くなら、「仏の心」が我が生命に満ちあふれてこないわけがない。(『希望の経典「御書」に学ぶ』第1巻)
◇ ◆ ◇
本抄の末尾で大聖人は、インドの釈尊、中国の天台大師、日本の伝教大師という法華宗の三国三師を受け継いで、末法に妙法を弘通してきたと述べられています。したがって、御自身を加えて「三国四師」と名づけると宣言されています。
この「三国四師」は、法華経の行者の系譜です。それは、万人の成仏という、仏教の究極の理想を実現する真の正統であり、その道を開きゆく創造的開拓者が法華経の行者です。
妙法という無限の力を自他ともの胸中に湧き立たせ、濁悪の世にあっても蓮華のように価値の花を咲かせ切っていく。その勝利の人華を陸続と開花させ、自分も蓮華と咲き、万人をも蓮華と輝かせていくのが「法華宗」です。言い換えれば、「法華宗」とは、万人に尊極の生命を開く「人間宗」であり、「価値創造宗」です。(中略)
創価学会は、この三国四師の系譜において創立された、真の法華宗を世界に弘通している唯一の仏勅の教団です。
そして、無数の地涌の菩薩を全世界に呼び覚まし、万年の未来にわたる堂々たる平和への大行進を続ける尊貴なる和合僧団であります。
戸田先生は「広宣流布のさきがけをしようではないか」と叫ばれ、「創価学会は宗教界の王者である」と宣言されました。
私は、私とともに戦ってきてくださった皆様とともに、「我らこそ御本仏の未来記の主人公なり」と、誇り高く宣言したい。(同)
◇参考文献
○…『希望の経典「御書」に学ぶ』第1巻(聖教新聞社)
2018年1月17日水曜日
2018.01.17 わが友に贈る
「随喜する声を
聞いて随喜し」
体験を語り合おう!
一人の勝利の実証は
皆の勇気の源泉だ。
上野殿御返事 P1554
『こうへのどの(故上野殿)をこそいろあるをとこと人は申せしに其の御子なればくれないのこきよしをつたへ給えるか、あいよりもあをく水よりもつめたき冰かなとありがたしありがたし』
◇寸鉄 2018年1月17日
「一人」を徹底して大切にしたから創価学会は発展—博士。友に激励の光を
学んだ事はどしどし話せそうすれば身につく—戸田先生。若人よ実践せよ
私達が一日一日やっている事が歴史である—英雄広布の聖業に連なる誉れ
他者への「貢献感」高い高齢者ほど元気に—専門家地域照らす多宝の友こそ
阪神・淡路大震災23年。家族・職場で災害時の対応を確認。教訓忘れるな
☆全国総県長会議から 原田会長の指導 2018年1月7日
人材の躍動を 青年の拡大を
「一人の励まし」が栄光への道 個人指導こそ活動の基本
「3・16」60周年へ 青年と一体で折伏・弘教
一、「世界広布新時代 栄光の年」が幕を開けました。何よりうれしいことに、いつもよりも満月が明るく、大きく見える「スーパームーン」も寿ぐ中で、池田先生は90歳、卒寿のお誕生日を迎えられました。大変に、おめでとうございます!(大拍手)
全国・全世界で新年勤行会が盛大に行われ、1月2日の先生のお誕生日も、1月4日の仕事始めも、総本部は千客万来。さらに、イタリアのトゥルシ市、韓国の天安市から名誉市民称号が先生に授与され、これで世界からの名誉市民称号は、800を数えるに至りました。
名誉市民とは「市の模範」「市の誇り」と認められた人物に、市民の総意を込めてささげられる栄誉であり、いわば「民衆の栄冠」です。世界の民衆から慕われ、尊敬されている証しでもあります。800という大偉業に、改めて祝福と感謝の大拍手をお送りしたいと思います(大拍手)。
大変ありがたいことに、1月3日、先生は広宣流布大誓堂で、全同志の健康と幸福と勝利をご祈念してくださいました。長谷川理事長と一緒に、今後の広布の展望について、種々、ご指導をいただきました。
先生は昨年末の随筆で、次のようにつづってくださいました。
「九十歳になる今、一層、熱い思いが湧き上がる。『不思議なる霊山一会の愛弟子たちと共に、末法万年尽未来際までの地涌の義を決定づける』——これが、新しい一年に臨む私の決意である」
そして「大白蓮華」新年号の巻頭言「未来までの栄光ひらく一年に!」でも、「『この一年あればこそ』と後世から謳われゆく栄光の歴史を、共々に飾り綴ろうではないか!」と呼び掛けてくださいました。
師匠が、未来までを決定づけると強く決意されている本年です。師匠と同じく、いな、師匠以上に弟子が決意を燃やし、戦いを起こすのは当然であります。
「本年の折伏・弘教」が、広布の未来を決します。「本年の活動者増」が、学会の未来を決します。私たちは今、世界一の師匠である池田先生と共に戦えることに最大に感謝し、最大の誇りとしながら、未来までの地涌の義を決定づける本年の大拡大を、師弟共戦で成し遂げてまいりたい。この深き誓いのもと、出発を切ってまいりたい。
一、昨年末に行われました財務につきましては、一切無事故で終了することができました。心より御礼申し上げます。本当に、ありがとうございました。
この後、財務の受領証の配布が行われます。真心込めて、一人一人に丁寧にお渡しいただき、受領証の配布をもって、無事故の財務としてまいりたい。
◇「励まし週間」に総力
一、昨年末の最高協議会の折、池田先生は「焦点は、青年の拡大であり、人材の躍動である」と明快に示してくださいました。
前回の総県長会議でも確認した通り、私たちの戦いは「信心をし、学会活動に励んで、功徳を受け、幸せになった人を増やす」ことにあります。
「勤行・唱題を実践する人」「会合に参加する人」「聖教拡大に挑戦する人」「折伏に挑戦する人」を増やすために、本年は年間を通じて、徹底して訪問激励を進めたい。
言うまでもなく、小説『新・人間革命』の山本伸一会長の激励行は、私たちの実践の鑑であります。
たとえば、今から40年前、1978年の新年がつづられた第26巻「法旗」の章では、山本会長の元日の行動が描かれています。
元旦、自宅での勤行で、全会員の健康・長寿と一家の繁栄を真剣に祈念された後、山本会長は峯子夫人が用意された筆を執り、次々と色紙に揮毫されていきます。さらに自宅を徒歩で出発されるやいなや、出会った会員と記念撮影。大激励された後、学会本部での新年勤行会に出席し、指導に全精魂を傾けられるのであります。
この1978年という年は、広布第2章の「支部制」が発表された年です。そして"会合と個人指導の比率は2対8を目標に"との指導をしてくださった年でもあります。それを自ら実践されるかのごとく、先生は元日から、励ましに次ぐ励ましの戦いを開始されたのであります。
本年、私たちも、未来までの栄光への道は、「今日一日の訪問」「目の前の一人の激励」にあると決めて、励ましに徹してまいりたい。その充実のために、最高協議会でも種々検討を重ね、本年は毎月の「座談会の週」と同様に、全国共通で毎月「励まし週間」を設定し、徹底して訪問激励を推進していきたい。
「励まし週間」は原則、「本部幹部会・中継行事」や「座談会の週」の前に設定し、本幹中継や座談会に多くの方の参加を促すとともに、一人でも多くの方が勤行・唱題や学会活動に励み、信心の確信をつかめるよう、訪問激励・個人指導に当たってまいりたい。
可能な限り会合を減らすなど、訪問激励の時間を優先的に割けるよう、工夫したいと思います。
まずは来月2日から8日を2月の「励まし週間」として、訪問激励に総力を挙げてまいりたい。
小説『新・人間革命』には、次のようにもつづられています。
「座談会を迎えるにあたっては、幹部が手分けをして、連絡、指導、激励にあたり、全員が参加できるように力を尽くしていくことが大事になります。座談会は、当日だけでなく、結集も含め、事前の準備によって決まってしまう」(第13巻「北斗」の章)
会合に来られない方を、どう励ませるのか。座談会、本幹までに、どう激励できるのか。これこそが勝負であります。
また、ある地域では「区・圏の日」などの記念日には「記念の会合」を行うのではなく、「記念の訪問激励」を行おうと決めて、実践しているという話もうかがいました。素晴らしい工夫例であると思います。
励ましの週は、私も徹底して訪問激励に動きます。「リーダーの活動の基本は個人指導にあり」。これを全幹部が肝に銘じて、本年一年間、戦いを進めてまいりたい。
一、本年は、栄光の「11・18」、広宣流布大誓堂完成5周年に向けて、皆で折伏・弘教に挑戦していきます。まず目指すは「3・16」60周年記念の「世界青年部総会」です。
この日までに、どれだけ青年世代の折伏を進められるのか。そして、3月の「励まし週間」は、世界青年部総会を前にした1週間とします。当日に、わが地域・わが家庭の青年部をどれだけ結集できるのか。壮年・婦人も、この点に心を定めて、各部一体の団結で、世界青年部総会を大成功させていきたい。
時代を画する世界青年部総会、その主役が青年部であることは言うまでもありません。
その青年を成長させ、勝利させる責任は、青年部時代から先生に薫陶を受け、青年を大事にするという伝統を教えていただいた壮年・婦人部にあります。
青年と共に折伏に挑む。青年の見本となる折伏に挑む。壮年・婦人が範を示してこそ、世界青年部総会の大成功があり、青年の育成が成し遂げられます。
友人一人一人に合わせ、聖教新聞ならびに聖教PR版、またモバイルSTB、さらにはSOKAnetなど、広布拡大の"武器"を大いに活用し、各部一体の団結で大きく折伏を進めてまいりたい。
"焦点は人材の躍動と青年の拡大"、これを肝に銘じて、一人でも多くの地涌の菩薩を呼び出しながら、先生と共に、未来までの栄光を勝ち開こうではありませんか!
聞いて随喜し」
体験を語り合おう!
一人の勝利の実証は
皆の勇気の源泉だ。
上野殿御返事 P1554
『こうへのどの(故上野殿)をこそいろあるをとこと人は申せしに其の御子なればくれないのこきよしをつたへ給えるか、あいよりもあをく水よりもつめたき冰かなとありがたしありがたし』
◇寸鉄 2018年1月17日
「一人」を徹底して大切にしたから創価学会は発展—博士。友に激励の光を
学んだ事はどしどし話せそうすれば身につく—戸田先生。若人よ実践せよ
私達が一日一日やっている事が歴史である—英雄広布の聖業に連なる誉れ
他者への「貢献感」高い高齢者ほど元気に—専門家地域照らす多宝の友こそ
阪神・淡路大震災23年。家族・職場で災害時の対応を確認。教訓忘れるな
☆全国総県長会議から 原田会長の指導 2018年1月7日
人材の躍動を 青年の拡大を
「一人の励まし」が栄光への道 個人指導こそ活動の基本
「3・16」60周年へ 青年と一体で折伏・弘教
一、「世界広布新時代 栄光の年」が幕を開けました。何よりうれしいことに、いつもよりも満月が明るく、大きく見える「スーパームーン」も寿ぐ中で、池田先生は90歳、卒寿のお誕生日を迎えられました。大変に、おめでとうございます!(大拍手)
全国・全世界で新年勤行会が盛大に行われ、1月2日の先生のお誕生日も、1月4日の仕事始めも、総本部は千客万来。さらに、イタリアのトゥルシ市、韓国の天安市から名誉市民称号が先生に授与され、これで世界からの名誉市民称号は、800を数えるに至りました。
名誉市民とは「市の模範」「市の誇り」と認められた人物に、市民の総意を込めてささげられる栄誉であり、いわば「民衆の栄冠」です。世界の民衆から慕われ、尊敬されている証しでもあります。800という大偉業に、改めて祝福と感謝の大拍手をお送りしたいと思います(大拍手)。
大変ありがたいことに、1月3日、先生は広宣流布大誓堂で、全同志の健康と幸福と勝利をご祈念してくださいました。長谷川理事長と一緒に、今後の広布の展望について、種々、ご指導をいただきました。
先生は昨年末の随筆で、次のようにつづってくださいました。
「九十歳になる今、一層、熱い思いが湧き上がる。『不思議なる霊山一会の愛弟子たちと共に、末法万年尽未来際までの地涌の義を決定づける』——これが、新しい一年に臨む私の決意である」
そして「大白蓮華」新年号の巻頭言「未来までの栄光ひらく一年に!」でも、「『この一年あればこそ』と後世から謳われゆく栄光の歴史を、共々に飾り綴ろうではないか!」と呼び掛けてくださいました。
師匠が、未来までを決定づけると強く決意されている本年です。師匠と同じく、いな、師匠以上に弟子が決意を燃やし、戦いを起こすのは当然であります。
「本年の折伏・弘教」が、広布の未来を決します。「本年の活動者増」が、学会の未来を決します。私たちは今、世界一の師匠である池田先生と共に戦えることに最大に感謝し、最大の誇りとしながら、未来までの地涌の義を決定づける本年の大拡大を、師弟共戦で成し遂げてまいりたい。この深き誓いのもと、出発を切ってまいりたい。
一、昨年末に行われました財務につきましては、一切無事故で終了することができました。心より御礼申し上げます。本当に、ありがとうございました。
この後、財務の受領証の配布が行われます。真心込めて、一人一人に丁寧にお渡しいただき、受領証の配布をもって、無事故の財務としてまいりたい。
◇「励まし週間」に総力
一、昨年末の最高協議会の折、池田先生は「焦点は、青年の拡大であり、人材の躍動である」と明快に示してくださいました。
前回の総県長会議でも確認した通り、私たちの戦いは「信心をし、学会活動に励んで、功徳を受け、幸せになった人を増やす」ことにあります。
「勤行・唱題を実践する人」「会合に参加する人」「聖教拡大に挑戦する人」「折伏に挑戦する人」を増やすために、本年は年間を通じて、徹底して訪問激励を進めたい。
言うまでもなく、小説『新・人間革命』の山本伸一会長の激励行は、私たちの実践の鑑であります。
たとえば、今から40年前、1978年の新年がつづられた第26巻「法旗」の章では、山本会長の元日の行動が描かれています。
元旦、自宅での勤行で、全会員の健康・長寿と一家の繁栄を真剣に祈念された後、山本会長は峯子夫人が用意された筆を執り、次々と色紙に揮毫されていきます。さらに自宅を徒歩で出発されるやいなや、出会った会員と記念撮影。大激励された後、学会本部での新年勤行会に出席し、指導に全精魂を傾けられるのであります。
この1978年という年は、広布第2章の「支部制」が発表された年です。そして"会合と個人指導の比率は2対8を目標に"との指導をしてくださった年でもあります。それを自ら実践されるかのごとく、先生は元日から、励ましに次ぐ励ましの戦いを開始されたのであります。
本年、私たちも、未来までの栄光への道は、「今日一日の訪問」「目の前の一人の激励」にあると決めて、励ましに徹してまいりたい。その充実のために、最高協議会でも種々検討を重ね、本年は毎月の「座談会の週」と同様に、全国共通で毎月「励まし週間」を設定し、徹底して訪問激励を推進していきたい。
「励まし週間」は原則、「本部幹部会・中継行事」や「座談会の週」の前に設定し、本幹中継や座談会に多くの方の参加を促すとともに、一人でも多くの方が勤行・唱題や学会活動に励み、信心の確信をつかめるよう、訪問激励・個人指導に当たってまいりたい。
可能な限り会合を減らすなど、訪問激励の時間を優先的に割けるよう、工夫したいと思います。
まずは来月2日から8日を2月の「励まし週間」として、訪問激励に総力を挙げてまいりたい。
小説『新・人間革命』には、次のようにもつづられています。
「座談会を迎えるにあたっては、幹部が手分けをして、連絡、指導、激励にあたり、全員が参加できるように力を尽くしていくことが大事になります。座談会は、当日だけでなく、結集も含め、事前の準備によって決まってしまう」(第13巻「北斗」の章)
会合に来られない方を、どう励ませるのか。座談会、本幹までに、どう激励できるのか。これこそが勝負であります。
また、ある地域では「区・圏の日」などの記念日には「記念の会合」を行うのではなく、「記念の訪問激励」を行おうと決めて、実践しているという話もうかがいました。素晴らしい工夫例であると思います。
励ましの週は、私も徹底して訪問激励に動きます。「リーダーの活動の基本は個人指導にあり」。これを全幹部が肝に銘じて、本年一年間、戦いを進めてまいりたい。
一、本年は、栄光の「11・18」、広宣流布大誓堂完成5周年に向けて、皆で折伏・弘教に挑戦していきます。まず目指すは「3・16」60周年記念の「世界青年部総会」です。
この日までに、どれだけ青年世代の折伏を進められるのか。そして、3月の「励まし週間」は、世界青年部総会を前にした1週間とします。当日に、わが地域・わが家庭の青年部をどれだけ結集できるのか。壮年・婦人も、この点に心を定めて、各部一体の団結で、世界青年部総会を大成功させていきたい。
時代を画する世界青年部総会、その主役が青年部であることは言うまでもありません。
その青年を成長させ、勝利させる責任は、青年部時代から先生に薫陶を受け、青年を大事にするという伝統を教えていただいた壮年・婦人部にあります。
青年と共に折伏に挑む。青年の見本となる折伏に挑む。壮年・婦人が範を示してこそ、世界青年部総会の大成功があり、青年の育成が成し遂げられます。
友人一人一人に合わせ、聖教新聞ならびに聖教PR版、またモバイルSTB、さらにはSOKAnetなど、広布拡大の"武器"を大いに活用し、各部一体の団結で大きく折伏を進めてまいりたい。
"焦点は人材の躍動と青年の拡大"、これを肝に銘じて、一人でも多くの地涌の菩薩を呼び出しながら、先生と共に、未来までの栄光を勝ち開こうではありませんか!
2018年1月16日火曜日
2018.01.16 わが友に贈る
広布を切り開くのは
勇気と執念の行動だ!
弘教に走る若き友よ。
臆病の壁を打ち破り
わが勝利史を飾りゆけ!
善無畏三蔵抄 P883
『日輪東方の空に出でさせ給へば南浮の空皆明かなり大光を備へ給へる故なり』
◇寸鉄 2018年1月16日
青年と語る事が最高の喜び—戸田先生。人材を育てる人は自身も若々しく
「法華経を持つ人は父と母との恩を報ずるなり」御書。君よ真の親孝行を
愛知婦人部の日。師弟の道歩む堅塁の母よ!幸の連帯拡大の一番星と輝け
オゾン層破壊、20%減と。フロンガスの制限で。世界が歩調合わせ対策更に
雪道や凍結路での転倒に注意。歩幅は狭く、しっかり踏み締め。焦りは禁物
☆世界広布新時代第30回本部幹部会への池田先生のメッセージ
元初の誓願わが胸に人類の宿命転換へ進め
創価の師弟は永遠に不二なり
勇猛精進! 誓い躍り出た使命の国土で
一、地球を結ぶ我ら創価家族の明るくにぎやかな新年の本部幹部会、誠におめでとう!
年の初めの忙しい中、厳冬の日本へ、燃え上がる求道の魂で勇み集われた、アメリカの皆さん、メキシコの皆さん、ヨーロッパ6カ国の皆さん、タイ・カンボジアの皆さん、韓国の皆さん、そしてブラジルの皆さん、本当にようこそ、おいでくださいました!(大拍手)
何より、御本仏・日蓮大聖人が「道のとを(遠)きに心ざしのあらわるるにや」(御書1223ページ)と、皆さん方の深き尊き信心の志を讃えておられることでありましょう。
この功徳は計り知れません。ありがとう! 本当にありがとう!(大拍手)
◇日々「心の対話」を交わす思いで
一、きょうは、久方ぶりに東京牧口記念会館での開催となりました。
創立の父・牧口常三郎先生が若き愛弟子・戸田城聖先生と共に、日蓮仏法を信奉されたのは、ちょうど90年前の1928年(昭和3年)であります。
それは、法華経の極理である「広宣流布」という地涌の菩薩の「誓願」を、大聖人から、そのまま創価の師弟が受け継ぐ永遠の原点となりました。
牧口先生の座右の御書には、力強く二重線が引かれ、格別に大切にされていた箇所があります。
「開目抄」の「詮ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん」(同232ページ)から始まる「大誓願」の一節です。
すなわち、「大願を立てん」。そして、「智者に我義やぶられずば用いじとなり、其の外の大難・風の前の塵なるべし、我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ等とちかいし願やぶるべからず」(同ページ)と。
御本仏の大誓願に寸分違わず立ち上がったのが、わが創価学会です。
大聖人の御在世から一段と末法が進み、経文に説かれる白法隠没・闘諍堅固の様相が深まるなかで、我ら創価の師弟は、勇敢に自行化他の題目を唱え抜き、いかなる大難も「風の前の塵」と吹き飛ばしながら、ただただ広宣流布、また立正安国、そして令法久住の誓願を貫き通してきたのであります。
何ものにも負けない、この民衆による平和・文化・教育の栄光の大叙事詩を、私は戸田先生の直弟子として、小説『人間革命』全12巻、さらに『新・人間革命』全30巻に書きつづり、いよいよ総仕上げに入っております。全同志の愛読、応援に、感謝は尽きません。
そして、本日は、一点、ご報告があります。
それは、今、連載している「勝ち鬨」の章に続いて、最終章を執筆し、タイトルは「誓願」といたします(大拍手)。
この章では、僭聖増上慢の迫害を勝ち越え、痛快なる「魂の独立」を果たすとともに、SGIが目を見張る大発展を遂げ、世界宗教として地球社会を照らしゆく軌跡と、未来までの展望をとどめていきます。
世界中のかけがえのない宝の友の一人一人と、日々、心の対話、生命の交流を交わす思いで力の限り執筆を続けますので、引き続き楽しみにしてください(大拍手)。
◇強く朗らかな人間革命の劇を
一、ともあれ、地涌の「誓願」に生き抜く人生ほど、強く尊く朗らかな人間革命の劇はありません。何かにすがるのでもない。誰かを頼るのでもない。自分自身が妙法の当体として師匠と共に誓い祈り、動き戦って、一つ一つ大願を成就するのです。自ら誓って躍り出た使命の国土に、楽土を築くのです。
「誓願」は、仏の生命と一体の智慧と力を湧き出していく勇気の泉です。
「誓願」は、試練の宿命も使命に変えて勝ち鬨を轟かせる常勝の旗です。
「誓願」は、あらゆる差異を超えて異体同心の連帯を広げる希望の光です。
そして距離も時間も超え、「誓願」によって、師弟は永遠に不二なのであります。
今、「栄光の年」の年頭に当たり、共々に「久遠元初の誓願」に立ち返って、まさしく生まれ変わった大生命力で、全民衆の幸福安穏へ、全世界の平和共生へ、全人類の宿命転換へ、勇猛精進しようではありませんか!
3月の世界青年部総会を楽しみに見つめつつ、わが後継の宝友に御聖訓を贈ります。「かかる者の弟子檀那とならん人人は宿縁ふかしと思うて日蓮と同じく法華経を弘むべきなり」(同903ページ)と。
終わりに、全同志の健康長寿と福徳無量の一年を祈り、メッセージとします(大拍手)。
◇本部幹部会で紹介された「栄光乃城」の書
「世界広布新時代 栄光の年」の門出となる本部幹部会の席上、池田先生がしたためた「栄光乃城」の書(写真)が紹介された。
この書が記されたのは、第1次宗門事件の嵐が吹き荒れる最中の1980年(昭和55年)1月。第2総東京の立川文化会館で指揮を執っていた池田先生のもとに、東北・秋田のリーダーが駆け付けた時だった。
当時、"東の秋田、西の大分"と言われるほど、邪悪な僧らの謀略に苦しめ抜かれた地で、血涙を流しながら奮闘してきた同志である。先生は、その友に渾身の激励を。そして目の前で筆を執り、一文字また一文字、したためて贈ったのがこの書であった。
まことの「栄光」とは、いかなる試練の風雪も恐れない「不屈の勇気」の異名である。先生が、この書に託された創価の「師子王の心」を一人一人が取りいだして、新たな一年、広布と人生の「栄光乃城」を築き上げていこう!
☆世界広布新時代第30回本部幹部会
池田先生がメッセージ 原田会長、永石婦人部長が各部代表、海外の友と出席
小説「新・人間革命」第30巻 最終章は「誓願」の章
「世界広布新時代 栄光の年」の開幕を記念する「世界広布新時代第30回本部幹部会」が7日午後、八王子市の東京牧口記念会館で開催された。原田会長、長谷川理事長、永石婦人部長が各部の代表、来日したSGI(創価学会インタナショナル)の友らと出席。池田大作先生は祝福のメッセージ(3面に掲載)を贈った。その中で先生は、現在連載中の小説『新・人間革命』第30巻の「勝ち鬨」の章に続いて、最終章となる「誓願」の章を執筆すると発表。共に祈り、動き戦って、一つ一つ大願を成就し、自ら誓って躍り出た使命の国土に、楽土を築こうと呼び掛けた。(2・3面に関連記事。全国中継は12日から15日〈中継の会場と時間は各県・区で決定〉)
かなたから、白雪に輝く日本一の名峰が見守っていた。
燦々と降り注ぐ陽光も、師弟の大城・東京牧口記念会館に集い来った全国・世界の同志を照らしている。
創価の「栄光の朝の門出」を、富士も、諸天も、祝福するかのように——。
本部幹部会の冒頭、場内に喜びと決意の渦が広がった。池田先生の「書」が紹介された瞬間である。
墨痕鮮やかに、したためられたその文字は「栄光乃城」。先生が第3代会長を辞任した翌年(1980年)の1月に書きとどめられたものだ。
いかなる障魔も「風の前の塵」(御書232ページ)と吹き飛ばし、わが地域に、わが人生に、栄光の城を築きゆけ!——「師子王の心」がみなぎるその四文字を、会場の全同志が、熱いまなざしで見つめる。さらに、民衆による栄光の大叙事詩である小説『新・人間革命』の最終章となる「誓願」の章の執筆が発表されるや、場内は割れんばかりの拍手に包まれた。
先生は、幹部会へのメッセージで訴えた。「地涌の『誓願』に生き抜く人生ほど、強く尊く朗らかな人間革命の劇はありません」「今、『栄光の年』の年頭に当たり、共々に『久遠元初の誓願』に立ち返って、まさしく生まれ変わった大生命力で、全民衆の幸福安穏へ、全世界の平和共生へ、全人類の宿命転換へ、勇猛精進しようではありませんか!」
「誓願」——この二字を胸に、海を越え、はるばる来日を果たしたSGIの友の瞳が、ひときわ輝く。とりわけブラジル・イケダヒューマニズム交響楽団のメンバーは、格別の感慨をかみ締めていたに違いない。まさにこの幹部会こそが、師への「誓願」を果たす舞台であったからだ。
「世界の同志を代表して、池田先生の卒寿(90歳)を祝賀する演奏をお届けします!」——シンイチ・イケダ楽団長の声が響くと、楽団の代表25人が颯爽と楽器を構えた。男性は黄色のネクタイを結び、女性は黄色のワンピースに身を包む。創価学会の三色旗の中で「栄光」を意味する黄色を選び、そろえたという。「栄光の年の開幕を拡大で飾ろう!」と誓い、来日に当たって全員が"2世帯の個人折伏"を実らせた。
本年、結成25周年を迎えるイケダヒューマニズム交響楽団の歩みそのものが「誓願」に貫かれた四半世紀でもある。1993年2月、ブラジルを訪問した池田先生の前で演奏した折、先生から「世界第一を目指そう! 世界各国で演奏して、いつの日か、日本へ凱旋の公演を!」と呼び掛けられた。
この師弟の約束を果たしたのが2008年1月、東京牧口記念会館で行われた本部幹部会だった。池田先生の80歳を寿ぐ音色を奏でる中、友は師に再び誓ったのである。"先生の人間主義の哲学を宣揚して、いつかまた日本で公演を!"と。
これまでアメリカ、アルゼンチン、パラグアイなどで演奏。昨年11月には南米屈指のサンパウロ市立劇場で公演し、6000人を魅了した。楽団の陣容も500人に発展。プロの演奏家として世界で活躍する友や、教員、医療従事者など多士済々の顔ぶれに。それぞれの使命の舞台で人間主義の哲学を発信する。
10年ぶりの日本での凱旋公演——指揮者のアレシャンドレ・コンセイソン・ピントさんが大きく深呼吸した。10年前に師の前で演奏した思い出がよみがえる。プロの指揮者として国内有数の音楽院で教壇に立ちながら、恵まれない子どもたち1300人に一流の音楽教育の場を提供するなど、人間教育を実践してきた10年だった。
"誓願に生き抜く人生は、かくも素晴らしい!"——師弟共戦の誇りに瞳を輝かせ、タクトを振り上げる。曲目はサンバの名曲「ブラジル」、そしてラテンのリズムが心地よい「チコチコ」だ。音楽隊・創価グロリア吹奏楽団も演奏に加わった。参加者が立ち上がって体を揺らし、手拍子を刻む。満座の聴衆がスタンディングオベーション(総立ちの拍手)となり、「誓願のステージ」に応えた。
◆◇◆
幹部会では、池田主任副会長が池田先生のメッセージを紹介。伊藤女子部長は先月、自らが弘教を実らせた喜びとともに、ロマン総会に向けて各地で華陽のスクラムが広がりゆく模様を報告。志賀男子部長は、男子部として昨年11月までに3万の折伏、そこから本年の「1・2」までに新たに7000の弘教を果たした戦いに言及し、3月の「世界青年部総会」を拡大で荘厳しゆく決意を述べた。
次いで、メキシコ創価学会のロハス婦人部長が登壇。かつて日本に仕事で赴任した折、東京の同志と共に広布に駆けた思い出を述懐しつつ、メキシコの天地に今、核兵器廃絶を目指す創価の平和運動への称賛が広がる様子を伝えた。
永石婦人部長は5・3「創価学会母の日」制定から30周年となる本年、広布の母の"励ましの力"で、平和と幸福の連帯を広げたいと力説した。
原田会長は、池田先生の卒寿の誕生日である2日、イタリア・トゥルシ市と韓国・天安市から先生に名誉市民称号が贈られたことをもって、授与された同称号が計800に及んだことを紹介。この歴史的壮挙の背景には、各地で地道に社会貢献の行動を続ける創価の同志がいることに触れ、「弟子の勝利」が「師の勝利」であると訴えつつ、弘教と青年拡大の潮流を高めゆこうと呼び掛けた。
続いて、1998年9月の本部幹部会での池田先生のスピーチ映像を皆で視聴。最後に学会歌「紅の歌」を合唱した。
♪老いたる父母の
築きたる
広布の城をいざ
護り抜け……
師と共に、創価の父母たちが築き上げてきた「広布の栄光の城」を護り、さらに荘厳しゆく主役こそ、青年にほかならない。
さあ青年を先頭に、師弟の誓願を胸に、舞いに舞い征け! 万葉の人間讃歌の時代を開くために!
勇気と執念の行動だ!
弘教に走る若き友よ。
臆病の壁を打ち破り
わが勝利史を飾りゆけ!
善無畏三蔵抄 P883
『日輪東方の空に出でさせ給へば南浮の空皆明かなり大光を備へ給へる故なり』
◇寸鉄 2018年1月16日
青年と語る事が最高の喜び—戸田先生。人材を育てる人は自身も若々しく
「法華経を持つ人は父と母との恩を報ずるなり」御書。君よ真の親孝行を
愛知婦人部の日。師弟の道歩む堅塁の母よ!幸の連帯拡大の一番星と輝け
オゾン層破壊、20%減と。フロンガスの制限で。世界が歩調合わせ対策更に
雪道や凍結路での転倒に注意。歩幅は狭く、しっかり踏み締め。焦りは禁物
☆世界広布新時代第30回本部幹部会への池田先生のメッセージ
元初の誓願わが胸に人類の宿命転換へ進め
創価の師弟は永遠に不二なり
勇猛精進! 誓い躍り出た使命の国土で
一、地球を結ぶ我ら創価家族の明るくにぎやかな新年の本部幹部会、誠におめでとう!
年の初めの忙しい中、厳冬の日本へ、燃え上がる求道の魂で勇み集われた、アメリカの皆さん、メキシコの皆さん、ヨーロッパ6カ国の皆さん、タイ・カンボジアの皆さん、韓国の皆さん、そしてブラジルの皆さん、本当にようこそ、おいでくださいました!(大拍手)
何より、御本仏・日蓮大聖人が「道のとを(遠)きに心ざしのあらわるるにや」(御書1223ページ)と、皆さん方の深き尊き信心の志を讃えておられることでありましょう。
この功徳は計り知れません。ありがとう! 本当にありがとう!(大拍手)
◇日々「心の対話」を交わす思いで
一、きょうは、久方ぶりに東京牧口記念会館での開催となりました。
創立の父・牧口常三郎先生が若き愛弟子・戸田城聖先生と共に、日蓮仏法を信奉されたのは、ちょうど90年前の1928年(昭和3年)であります。
それは、法華経の極理である「広宣流布」という地涌の菩薩の「誓願」を、大聖人から、そのまま創価の師弟が受け継ぐ永遠の原点となりました。
牧口先生の座右の御書には、力強く二重線が引かれ、格別に大切にされていた箇所があります。
「開目抄」の「詮ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん」(同232ページ)から始まる「大誓願」の一節です。
すなわち、「大願を立てん」。そして、「智者に我義やぶられずば用いじとなり、其の外の大難・風の前の塵なるべし、我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ等とちかいし願やぶるべからず」(同ページ)と。
御本仏の大誓願に寸分違わず立ち上がったのが、わが創価学会です。
大聖人の御在世から一段と末法が進み、経文に説かれる白法隠没・闘諍堅固の様相が深まるなかで、我ら創価の師弟は、勇敢に自行化他の題目を唱え抜き、いかなる大難も「風の前の塵」と吹き飛ばしながら、ただただ広宣流布、また立正安国、そして令法久住の誓願を貫き通してきたのであります。
何ものにも負けない、この民衆による平和・文化・教育の栄光の大叙事詩を、私は戸田先生の直弟子として、小説『人間革命』全12巻、さらに『新・人間革命』全30巻に書きつづり、いよいよ総仕上げに入っております。全同志の愛読、応援に、感謝は尽きません。
そして、本日は、一点、ご報告があります。
それは、今、連載している「勝ち鬨」の章に続いて、最終章を執筆し、タイトルは「誓願」といたします(大拍手)。
この章では、僭聖増上慢の迫害を勝ち越え、痛快なる「魂の独立」を果たすとともに、SGIが目を見張る大発展を遂げ、世界宗教として地球社会を照らしゆく軌跡と、未来までの展望をとどめていきます。
世界中のかけがえのない宝の友の一人一人と、日々、心の対話、生命の交流を交わす思いで力の限り執筆を続けますので、引き続き楽しみにしてください(大拍手)。
◇強く朗らかな人間革命の劇を
一、ともあれ、地涌の「誓願」に生き抜く人生ほど、強く尊く朗らかな人間革命の劇はありません。何かにすがるのでもない。誰かを頼るのでもない。自分自身が妙法の当体として師匠と共に誓い祈り、動き戦って、一つ一つ大願を成就するのです。自ら誓って躍り出た使命の国土に、楽土を築くのです。
「誓願」は、仏の生命と一体の智慧と力を湧き出していく勇気の泉です。
「誓願」は、試練の宿命も使命に変えて勝ち鬨を轟かせる常勝の旗です。
「誓願」は、あらゆる差異を超えて異体同心の連帯を広げる希望の光です。
そして距離も時間も超え、「誓願」によって、師弟は永遠に不二なのであります。
今、「栄光の年」の年頭に当たり、共々に「久遠元初の誓願」に立ち返って、まさしく生まれ変わった大生命力で、全民衆の幸福安穏へ、全世界の平和共生へ、全人類の宿命転換へ、勇猛精進しようではありませんか!
3月の世界青年部総会を楽しみに見つめつつ、わが後継の宝友に御聖訓を贈ります。「かかる者の弟子檀那とならん人人は宿縁ふかしと思うて日蓮と同じく法華経を弘むべきなり」(同903ページ)と。
終わりに、全同志の健康長寿と福徳無量の一年を祈り、メッセージとします(大拍手)。
◇本部幹部会で紹介された「栄光乃城」の書
「世界広布新時代 栄光の年」の門出となる本部幹部会の席上、池田先生がしたためた「栄光乃城」の書(写真)が紹介された。
この書が記されたのは、第1次宗門事件の嵐が吹き荒れる最中の1980年(昭和55年)1月。第2総東京の立川文化会館で指揮を執っていた池田先生のもとに、東北・秋田のリーダーが駆け付けた時だった。
当時、"東の秋田、西の大分"と言われるほど、邪悪な僧らの謀略に苦しめ抜かれた地で、血涙を流しながら奮闘してきた同志である。先生は、その友に渾身の激励を。そして目の前で筆を執り、一文字また一文字、したためて贈ったのがこの書であった。
まことの「栄光」とは、いかなる試練の風雪も恐れない「不屈の勇気」の異名である。先生が、この書に託された創価の「師子王の心」を一人一人が取りいだして、新たな一年、広布と人生の「栄光乃城」を築き上げていこう!
☆世界広布新時代第30回本部幹部会
池田先生がメッセージ 原田会長、永石婦人部長が各部代表、海外の友と出席
小説「新・人間革命」第30巻 最終章は「誓願」の章
「世界広布新時代 栄光の年」の開幕を記念する「世界広布新時代第30回本部幹部会」が7日午後、八王子市の東京牧口記念会館で開催された。原田会長、長谷川理事長、永石婦人部長が各部の代表、来日したSGI(創価学会インタナショナル)の友らと出席。池田大作先生は祝福のメッセージ(3面に掲載)を贈った。その中で先生は、現在連載中の小説『新・人間革命』第30巻の「勝ち鬨」の章に続いて、最終章となる「誓願」の章を執筆すると発表。共に祈り、動き戦って、一つ一つ大願を成就し、自ら誓って躍り出た使命の国土に、楽土を築こうと呼び掛けた。(2・3面に関連記事。全国中継は12日から15日〈中継の会場と時間は各県・区で決定〉)
かなたから、白雪に輝く日本一の名峰が見守っていた。
燦々と降り注ぐ陽光も、師弟の大城・東京牧口記念会館に集い来った全国・世界の同志を照らしている。
創価の「栄光の朝の門出」を、富士も、諸天も、祝福するかのように——。
本部幹部会の冒頭、場内に喜びと決意の渦が広がった。池田先生の「書」が紹介された瞬間である。
墨痕鮮やかに、したためられたその文字は「栄光乃城」。先生が第3代会長を辞任した翌年(1980年)の1月に書きとどめられたものだ。
いかなる障魔も「風の前の塵」(御書232ページ)と吹き飛ばし、わが地域に、わが人生に、栄光の城を築きゆけ!——「師子王の心」がみなぎるその四文字を、会場の全同志が、熱いまなざしで見つめる。さらに、民衆による栄光の大叙事詩である小説『新・人間革命』の最終章となる「誓願」の章の執筆が発表されるや、場内は割れんばかりの拍手に包まれた。
先生は、幹部会へのメッセージで訴えた。「地涌の『誓願』に生き抜く人生ほど、強く尊く朗らかな人間革命の劇はありません」「今、『栄光の年』の年頭に当たり、共々に『久遠元初の誓願』に立ち返って、まさしく生まれ変わった大生命力で、全民衆の幸福安穏へ、全世界の平和共生へ、全人類の宿命転換へ、勇猛精進しようではありませんか!」
「誓願」——この二字を胸に、海を越え、はるばる来日を果たしたSGIの友の瞳が、ひときわ輝く。とりわけブラジル・イケダヒューマニズム交響楽団のメンバーは、格別の感慨をかみ締めていたに違いない。まさにこの幹部会こそが、師への「誓願」を果たす舞台であったからだ。
「世界の同志を代表して、池田先生の卒寿(90歳)を祝賀する演奏をお届けします!」——シンイチ・イケダ楽団長の声が響くと、楽団の代表25人が颯爽と楽器を構えた。男性は黄色のネクタイを結び、女性は黄色のワンピースに身を包む。創価学会の三色旗の中で「栄光」を意味する黄色を選び、そろえたという。「栄光の年の開幕を拡大で飾ろう!」と誓い、来日に当たって全員が"2世帯の個人折伏"を実らせた。
本年、結成25周年を迎えるイケダヒューマニズム交響楽団の歩みそのものが「誓願」に貫かれた四半世紀でもある。1993年2月、ブラジルを訪問した池田先生の前で演奏した折、先生から「世界第一を目指そう! 世界各国で演奏して、いつの日か、日本へ凱旋の公演を!」と呼び掛けられた。
この師弟の約束を果たしたのが2008年1月、東京牧口記念会館で行われた本部幹部会だった。池田先生の80歳を寿ぐ音色を奏でる中、友は師に再び誓ったのである。"先生の人間主義の哲学を宣揚して、いつかまた日本で公演を!"と。
これまでアメリカ、アルゼンチン、パラグアイなどで演奏。昨年11月には南米屈指のサンパウロ市立劇場で公演し、6000人を魅了した。楽団の陣容も500人に発展。プロの演奏家として世界で活躍する友や、教員、医療従事者など多士済々の顔ぶれに。それぞれの使命の舞台で人間主義の哲学を発信する。
10年ぶりの日本での凱旋公演——指揮者のアレシャンドレ・コンセイソン・ピントさんが大きく深呼吸した。10年前に師の前で演奏した思い出がよみがえる。プロの指揮者として国内有数の音楽院で教壇に立ちながら、恵まれない子どもたち1300人に一流の音楽教育の場を提供するなど、人間教育を実践してきた10年だった。
"誓願に生き抜く人生は、かくも素晴らしい!"——師弟共戦の誇りに瞳を輝かせ、タクトを振り上げる。曲目はサンバの名曲「ブラジル」、そしてラテンのリズムが心地よい「チコチコ」だ。音楽隊・創価グロリア吹奏楽団も演奏に加わった。参加者が立ち上がって体を揺らし、手拍子を刻む。満座の聴衆がスタンディングオベーション(総立ちの拍手)となり、「誓願のステージ」に応えた。
◆◇◆
幹部会では、池田主任副会長が池田先生のメッセージを紹介。伊藤女子部長は先月、自らが弘教を実らせた喜びとともに、ロマン総会に向けて各地で華陽のスクラムが広がりゆく模様を報告。志賀男子部長は、男子部として昨年11月までに3万の折伏、そこから本年の「1・2」までに新たに7000の弘教を果たした戦いに言及し、3月の「世界青年部総会」を拡大で荘厳しゆく決意を述べた。
次いで、メキシコ創価学会のロハス婦人部長が登壇。かつて日本に仕事で赴任した折、東京の同志と共に広布に駆けた思い出を述懐しつつ、メキシコの天地に今、核兵器廃絶を目指す創価の平和運動への称賛が広がる様子を伝えた。
永石婦人部長は5・3「創価学会母の日」制定から30周年となる本年、広布の母の"励ましの力"で、平和と幸福の連帯を広げたいと力説した。
原田会長は、池田先生の卒寿の誕生日である2日、イタリア・トゥルシ市と韓国・天安市から先生に名誉市民称号が贈られたことをもって、授与された同称号が計800に及んだことを紹介。この歴史的壮挙の背景には、各地で地道に社会貢献の行動を続ける創価の同志がいることに触れ、「弟子の勝利」が「師の勝利」であると訴えつつ、弘教と青年拡大の潮流を高めゆこうと呼び掛けた。
続いて、1998年9月の本部幹部会での池田先生のスピーチ映像を皆で視聴。最後に学会歌「紅の歌」を合唱した。
♪老いたる父母の
築きたる
広布の城をいざ
護り抜け……
師と共に、創価の父母たちが築き上げてきた「広布の栄光の城」を護り、さらに荘厳しゆく主役こそ、青年にほかならない。
さあ青年を先頭に、師弟の誓願を胸に、舞いに舞い征け! 万葉の人間讃歌の時代を開くために!
2018年1月15日月曜日
2018.01.15 わが友に贈る
◇今週のことば
地区は広布の母なる港。
友よ来れと賑やかに
栄光の船出の座談会を!
「うれしきかな」と
喜び勇んで拡大だ!
2018年1月15日
聖愚問答抄上 P494
『邪正肩を並べ大小先を争はん時は万事を閣いて謗法を責むべし是れ折伏の修行なり』
◇寸鉄 2018年1月15日
「男子部大学校」が発足。皆を一騎当千の人材に!ここから新しき歴史築け
中等部結成記念日。君らの大成長を世界が待つ。勉学と親孝行の博士に!
組織を動かすのは信仰への絶対の確信—戸田先生幹部は自らの体験を語れ
東京・新宿の日。本陣の創価家族は常に朗らか。幸福と勝利の花を爛漫と
22年後、4割が単独世帯に—推計。孤立進む時代。近隣の絆結ぶ対話を益々
☆紀行「SGIの源流を訪ねて」 グアムから始まった平和の潮流 第3回=完 2018年1月6日
◇戦争の宿命を転換し幸福楽土実現 混迷の21世紀拓く世界宗教の使命
SGIは仏法を基調として平和・文化・教育の活動を力強く推進しています。ここでは、発足の地の誇りも高く前進するグアムの同志を取材するとともに、SGI結成時の池田先生の平和外交とスピーチを振り返ります。(記事、グアムの写真=光澤昭義)
◇活路を開いた池田先生の外交
第2次世界大戦の終結時、核保有国は米国のみだったが、1960年代半ばまでに、ソ連(当時)、英国、フランス、中国が核実験に成功。70年代半ばにはインドが地下核実験を成功させた。核兵器の拡散は進む一方だった。
また、60年代を通じ、社会主義のイデオロギー路線を巡る中国とソ連の対立が激化。69年には国境沿いで武力衝突が起き、核兵器を保有する両国間の軍事的緊張が高まっていた。
世界情勢が緊迫の度を強める中、池田先生(当時は創価学会会長)は74年5月、中国を初訪問。9月にはソ連を初めて訪問し、アレクセイ・コスイギン首相と会談した。
同年12月初旬には再び中国へ。中ソ対立の溝を埋めようと、コスイギン首相から託された"不戦の意思"を中国の首脳に伝えた。
5日には、周恩来総理と会見し、信義の絆を強めた。
そして、75年1月初めから米国本土へ。ニューヨークの国連本部でクルト・ワルトハイム事務総長と会談。学会青年部が行った戦争絶滅と核廃絶を訴える1000万人の署名簿を手渡した。
さらに13日、小雪が舞う首都ワシントンDCでは、ヘンリー・キッシンジャー国務長官との初会見に臨んだ。
「あなたたちは、世界のどこの勢力を支持しようとお考えですか」とのキッシンジャー長官の問いに、池田先生は「東西両陣営のいずれかにくみするものではありません。中国に味方するわけでも、ソ連に味方するわけでも、アメリカに味方するわけでもありません。私たちは、平和勢力です。人類に味方します」と答えた。
二人は8回にわたり会談を重ねることになる。
池田先生は後年、『随筆 人間世紀の光』で綴った。
「東西冷戦下の対立や不信の氷壁をとかし、人と人を結び続けた激動の一年であった。時をつくり、対話の大潮流を起こしゆく一日一日であった」と。
池田先生は米国での諸行事を行い、グアムへ移動する。
1月26日、グアムには世界51カ国・地域の代表158人が集い合い、「世界平和会議」が盛大に開催された。
池田先生が世界平和を展望し、民間外交を果敢に推進される中、SGIは誕生したのである。
◇再び紛争地域となる恐れ
1980年代末、東西冷戦は終結した。その後、国家や地域などの境界を越えて社会や経済が一体化するグローバリゼーションの動きが加速し、時代が急激に変化した一方で、21世紀を迎えた今も戦争・紛争は世界の各地で後を絶たない。
核兵器開発やテロリズムの脅威は、既存の国際秩序を揺るがす要因となっている。
なかでも、北朝鮮は国連安全保障理事会の制裁が10回に及んでいるにもかかわらず、核・ミサイル開発を強行している。
SGI発足の頃は中ソの対立が焦点だったが、今日では、米朝間の緊張の高まりが国際社会の不安定要因となっている。
その結果、グアムと太平洋地域は再び戦場となりかねない状況に。しかも核戦争の危険をはらんでいる。平和への期待が高まるのは当然といえよう。
75年1月26日、SGIが発足した平和会議で、グアム(政庁)の知事だったリカルド・ボダーリヨ氏は強い期待を寄せた。
「グアムの住民は、人間の歴史の上で最も悲惨な戦争と(激しい地震や台風など)各種の災害に苦しみました。平和会議の会場が、グアム島に選ばれたことは、最も適切であると思います」
"現実の脅威"に直面する中、平和への闘争を思う時、SGI発足の地・グアムと太平洋地域に刻まれる歴史的意義を考えざるを得ない。
平和会議の会場となったITC(国際貿易センター)ビルは、グアム中心部のランドマーク的存在として今もそびえ立つ。
道路を挟み、ITCのすぐ向かいにある公園内に、2010年1月16日、「SGI発足記念碑」が設置された。
◇妙法の種蒔く尊い一生を
昨年11月26日の昼下がり、グアム上院議会の元議長であり、SGIメンバーでもあるジュディ・ウォンパット氏に取材した。
彼女は、グアムとSGIの歴史を振り返った後、「私たちの愛するグアムは、幾度もの試練に直面してきました。仏法の眼から見れば、グアムのカルマ(宿命・宿業)といえます。池田先生は、宿命深い社会を変革する方途を示してくれているのです」と涙ながらに語っていた。
グアムと同様、太平洋戦争の戦禍に苦しんだ沖縄には、東西冷戦のさなか、核ミサイル「メースB」の発射基地が配備された。
時が過ぎ、恩納村の創価学会沖縄研修道場内には発射台が跡地として残っていた。取り壊しが検討されていた1983年、池田先生は現場を視察し、「基地の跡は、永遠に残そう」と提案。その場所には今、「世界平和の碑」が建立されている。
核ミサイルの発射基地が一転、世界平和の発信地として生まれ変わったのだ。
御聖訓には「此の心の一法より国土世間も出来する事なり」(御書563ページ)と仰せである。
戦争という宿命に翻弄された地を、平和の天地へと転ずる——。
SGIの平和活動は、一人の人間革命を通じて、わが国土を仏国土へと変革し、最も幸福な社会を建設していく戦いである。
「地平線の彼方に、大聖人の仏法の太陽が、昇り始めました」——75年の平和会議の席上、池田先生は力強く訴え掛けた。
「皆さん方は、どうか、自分自身が花を咲かせようという気持ちでなくして、全世界に妙法という平和の種を蒔いて、その尊い一生を終わってください。私もそうします」
この一文は「SGI発足記念碑」の中央に刻まれている。
11月26日午前、記念碑の前に、アメリカSGIグアム本部のメンバーが集い、記念撮影を行った。
今年で発足から43年。一人一人の笑顔に浮かぶ「平和の光彩」が眩かった。
◇池田先生の平和外交
〈1974年〉
5月30日 中国を初訪問
9月8日 ソ連(当時)を初訪問
17日 ソ連のコスイギン首相と会談
12月2日 中国を再び訪問。ソ連には中国を攻撃する意思がないことを伝える
5日 中国の周恩来総理と会見
〈1975年〉
1月10日 国連のワルトハイム事務総長と会談。学会青年部が行った戦争絶滅と核廃絶を訴える1000万人の署名簿を手渡す
13日 キッシンジャー米国務長官と初会見
26日 グアムで開催された「世界平和会議」に出席。創価学会インタナショナル(SGI)が結成され、SGI会長に就任
地区は広布の母なる港。
友よ来れと賑やかに
栄光の船出の座談会を!
「うれしきかな」と
喜び勇んで拡大だ!
2018年1月15日
聖愚問答抄上 P494
『邪正肩を並べ大小先を争はん時は万事を閣いて謗法を責むべし是れ折伏の修行なり』
◇寸鉄 2018年1月15日
「男子部大学校」が発足。皆を一騎当千の人材に!ここから新しき歴史築け
中等部結成記念日。君らの大成長を世界が待つ。勉学と親孝行の博士に!
組織を動かすのは信仰への絶対の確信—戸田先生幹部は自らの体験を語れ
東京・新宿の日。本陣の創価家族は常に朗らか。幸福と勝利の花を爛漫と
22年後、4割が単独世帯に—推計。孤立進む時代。近隣の絆結ぶ対話を益々
☆紀行「SGIの源流を訪ねて」 グアムから始まった平和の潮流 第3回=完 2018年1月6日
◇戦争の宿命を転換し幸福楽土実現 混迷の21世紀拓く世界宗教の使命
SGIは仏法を基調として平和・文化・教育の活動を力強く推進しています。ここでは、発足の地の誇りも高く前進するグアムの同志を取材するとともに、SGI結成時の池田先生の平和外交とスピーチを振り返ります。(記事、グアムの写真=光澤昭義)
◇活路を開いた池田先生の外交
第2次世界大戦の終結時、核保有国は米国のみだったが、1960年代半ばまでに、ソ連(当時)、英国、フランス、中国が核実験に成功。70年代半ばにはインドが地下核実験を成功させた。核兵器の拡散は進む一方だった。
また、60年代を通じ、社会主義のイデオロギー路線を巡る中国とソ連の対立が激化。69年には国境沿いで武力衝突が起き、核兵器を保有する両国間の軍事的緊張が高まっていた。
世界情勢が緊迫の度を強める中、池田先生(当時は創価学会会長)は74年5月、中国を初訪問。9月にはソ連を初めて訪問し、アレクセイ・コスイギン首相と会談した。
同年12月初旬には再び中国へ。中ソ対立の溝を埋めようと、コスイギン首相から託された"不戦の意思"を中国の首脳に伝えた。
5日には、周恩来総理と会見し、信義の絆を強めた。
そして、75年1月初めから米国本土へ。ニューヨークの国連本部でクルト・ワルトハイム事務総長と会談。学会青年部が行った戦争絶滅と核廃絶を訴える1000万人の署名簿を手渡した。
さらに13日、小雪が舞う首都ワシントンDCでは、ヘンリー・キッシンジャー国務長官との初会見に臨んだ。
「あなたたちは、世界のどこの勢力を支持しようとお考えですか」とのキッシンジャー長官の問いに、池田先生は「東西両陣営のいずれかにくみするものではありません。中国に味方するわけでも、ソ連に味方するわけでも、アメリカに味方するわけでもありません。私たちは、平和勢力です。人類に味方します」と答えた。
二人は8回にわたり会談を重ねることになる。
池田先生は後年、『随筆 人間世紀の光』で綴った。
「東西冷戦下の対立や不信の氷壁をとかし、人と人を結び続けた激動の一年であった。時をつくり、対話の大潮流を起こしゆく一日一日であった」と。
池田先生は米国での諸行事を行い、グアムへ移動する。
1月26日、グアムには世界51カ国・地域の代表158人が集い合い、「世界平和会議」が盛大に開催された。
池田先生が世界平和を展望し、民間外交を果敢に推進される中、SGIは誕生したのである。
◇再び紛争地域となる恐れ
1980年代末、東西冷戦は終結した。その後、国家や地域などの境界を越えて社会や経済が一体化するグローバリゼーションの動きが加速し、時代が急激に変化した一方で、21世紀を迎えた今も戦争・紛争は世界の各地で後を絶たない。
核兵器開発やテロリズムの脅威は、既存の国際秩序を揺るがす要因となっている。
なかでも、北朝鮮は国連安全保障理事会の制裁が10回に及んでいるにもかかわらず、核・ミサイル開発を強行している。
SGI発足の頃は中ソの対立が焦点だったが、今日では、米朝間の緊張の高まりが国際社会の不安定要因となっている。
その結果、グアムと太平洋地域は再び戦場となりかねない状況に。しかも核戦争の危険をはらんでいる。平和への期待が高まるのは当然といえよう。
75年1月26日、SGIが発足した平和会議で、グアム(政庁)の知事だったリカルド・ボダーリヨ氏は強い期待を寄せた。
「グアムの住民は、人間の歴史の上で最も悲惨な戦争と(激しい地震や台風など)各種の災害に苦しみました。平和会議の会場が、グアム島に選ばれたことは、最も適切であると思います」
"現実の脅威"に直面する中、平和への闘争を思う時、SGI発足の地・グアムと太平洋地域に刻まれる歴史的意義を考えざるを得ない。
平和会議の会場となったITC(国際貿易センター)ビルは、グアム中心部のランドマーク的存在として今もそびえ立つ。
道路を挟み、ITCのすぐ向かいにある公園内に、2010年1月16日、「SGI発足記念碑」が設置された。
◇妙法の種蒔く尊い一生を
昨年11月26日の昼下がり、グアム上院議会の元議長であり、SGIメンバーでもあるジュディ・ウォンパット氏に取材した。
彼女は、グアムとSGIの歴史を振り返った後、「私たちの愛するグアムは、幾度もの試練に直面してきました。仏法の眼から見れば、グアムのカルマ(宿命・宿業)といえます。池田先生は、宿命深い社会を変革する方途を示してくれているのです」と涙ながらに語っていた。
グアムと同様、太平洋戦争の戦禍に苦しんだ沖縄には、東西冷戦のさなか、核ミサイル「メースB」の発射基地が配備された。
時が過ぎ、恩納村の創価学会沖縄研修道場内には発射台が跡地として残っていた。取り壊しが検討されていた1983年、池田先生は現場を視察し、「基地の跡は、永遠に残そう」と提案。その場所には今、「世界平和の碑」が建立されている。
核ミサイルの発射基地が一転、世界平和の発信地として生まれ変わったのだ。
御聖訓には「此の心の一法より国土世間も出来する事なり」(御書563ページ)と仰せである。
戦争という宿命に翻弄された地を、平和の天地へと転ずる——。
SGIの平和活動は、一人の人間革命を通じて、わが国土を仏国土へと変革し、最も幸福な社会を建設していく戦いである。
「地平線の彼方に、大聖人の仏法の太陽が、昇り始めました」——75年の平和会議の席上、池田先生は力強く訴え掛けた。
「皆さん方は、どうか、自分自身が花を咲かせようという気持ちでなくして、全世界に妙法という平和の種を蒔いて、その尊い一生を終わってください。私もそうします」
この一文は「SGI発足記念碑」の中央に刻まれている。
11月26日午前、記念碑の前に、アメリカSGIグアム本部のメンバーが集い、記念撮影を行った。
今年で発足から43年。一人一人の笑顔に浮かぶ「平和の光彩」が眩かった。
◇池田先生の平和外交
〈1974年〉
5月30日 中国を初訪問
9月8日 ソ連(当時)を初訪問
17日 ソ連のコスイギン首相と会談
12月2日 中国を再び訪問。ソ連には中国を攻撃する意思がないことを伝える
5日 中国の周恩来総理と会見
〈1975年〉
1月10日 国連のワルトハイム事務総長と会談。学会青年部が行った戦争絶滅と核廃絶を訴える1000万人の署名簿を手渡す
13日 キッシンジャー米国務長官と初会見
26日 グアムで開催された「世界平和会議」に出席。創価学会インタナショナル(SGI)が結成され、SGI会長に就任
2018年1月14日日曜日
2018.01.14 わが友に贈る
さあ友と会い語ろう!
人は対話の中でこそ
大きく成長できる。
生き生きと弾む命で
友情の花を爛漫と!
四条金吾殿御消息 P1113
『難にあう所ごとに仏土なるべきか、娑婆世界の中には日本国・日本国の中には相模の国・相模の国の中には片瀬・片瀬の中には竜口に日蓮が命をとどめをく事は法華経の御故なれば寂光土ともいうべきか』
◇寸鉄 2018年1月14日
青年部が世の中に仏法の大確信を伝え切れ—恩時代動かす言論戦今こそ
四国婦人部の日。燃える師弟共戦の志。後継と共に幸のスクラムを拡大!
人を感動させるなら自分が感動を—画家。幹部が率先で人間革命の挑戦を
わが子に信心の継承を!ここに創価の万代決する要。本年初の未来部の日
厳しい冷え込み。流感や風邪に呉々も注意。睡眠・食事などをしっかりと
☆紀行「SGIの源流を訪ねて」 グアムから始まった平和の潮流 第2回 2018年1月5日
◇北朝鮮の脅威に募る危機感 外交的解決へ期待広がる
昨年8月、米国と北朝鮮が挑発し合う中、北朝鮮から弾道ミサイルの標的として名指しされたグアム。核・ミサイルの脅威に直面する現地を取材し、島の近海住民の不安や危機感、観光産業を中心とする地元経済への影響などを探った。(記事、写真=光澤昭義)
◇武力衝突に発展する恐れ
グアムは、米国本土の人々ですら関心が低い地域だったが、昨年の夏以降、ひときわ注目を集めている。
米軍は第2次世界大戦後、アンダーセン空軍基地などを擁するグアムを西太平洋の戦略的要衝と位置付けている。近年、北朝鮮が核兵器・ミサイル開発を強行。グアムの空軍基地には、約2時間の飛行で北朝鮮に到達するB1爆撃機が配備されている。
北朝鮮は8月上旬、グアム近海へ弾道ミサイルを撃ち込む作戦計画について「慎重に検討中」と発表し、「アンダーセン基地を含むグアムの主要軍事基地を制圧・けん制し、米軍に重大な警告シグナルを送るためだ」と主張。それに対し、トランプ米大統領が「北朝鮮は炎と怒りに見舞われるだろう」と応じ、両国間の緊張は急激に高まった。
8月29日には、北朝鮮から弾道ミサイルが発射され、日本の北海道上空を通過、太平洋上に落下した。米朝間の緊張は今も継続している。
それから約3カ月後の11月27日午前、空軍基地があるジーゴ(グアム北部)を訪問し、ルディ・マタンナニ市長にインタビューした。
「北朝鮮は核実験やミサイル発射を繰り返すことで、米国全土だけでなく、日本や韓国はじめ世界全体に脅威となっていることを理解しなければなりません」とマタンナニ市長。その上で「米国は(アジア太平洋地域に)平和と安定をもたらすため、あらゆる資源を活用しているのです」と力を込めた。
米朝間の緊張が弱まる気配はない。偶発的な出来事でさえ武力衝突に発展しかねないという深刻な状況だ。
国連安全保障理事会は、度重なる北朝鮮への制裁を決議しているが、北朝鮮は密輸やマネーロンダリング(資金洗浄)など、あらゆる手段を講じて制裁を無力化しようとしている。直近の12月22日の安保理決議で10回に上る。
国際的な「圧力」をかけつつ、いかにして北朝鮮を「対話」の場に引っ張り出すのか。各国の外交手腕が問われる。
◇観光業への打撃 地元住民が懸念
27日午後には、ジーゴ市内を車で巡った。
空軍基地は鉄網のフェンスで囲まれていた。フェンスの向こうは木々が茂っている。驚いたのは、道路を挟んで、すぐ近くに住宅や小学校があることだ。地元の住民によれば、空軍基地が近いことで騒音などの問題はあるという。
ジーゴ在住で、グアム中心街の日本食レストランで働く30代男性のアルフレッド・マナウィスさんも「騒音が気になる人はいる」と。
基地近くに住む年配の女性グレイシー・ラッソンさんは「どこにも逃げることはできないけれど、米政府を信用しているから……」と困惑の態で語った。
グアムの米軍基地は島の面積の3分の1を占める。グアム先住民族のチャモロ人を祖先とする住民には、米軍への複雑な思いもあるというが、地元住民の多くは米軍に信頼を置いていた。
マタンナニ市長は「ジーゴ市民の多くは、軍がグアムを守ってくれると強く信じています。私もその一人です。一方、ジーゴの社会が米軍及び軍関係者を支えている面もあります。街と空軍とは良好な関係を築いているのです」と強調した。
「夏以降、日本人観光客の数が減っています」と語るのは米航空会社に勤務する50代男性のフランク・クルーズさんだ。
そもそも、グアムへの日本人旅行者の数は、1997年の111万人をピークに減少し続けている(一昨年は74万人)。そこに、北朝鮮の核・ミサイル問題が深刻化。8月のミサイル発射直後から、修学旅行を含む日本人渡航者のキャンセルが相次いだ。
多くの観光客が利用する大手コンビニエンスストアで働く30代女性のアイリーン・クルーズさんも「地元の経済への影響は深刻」と感じている。景気の失速を不安視する声は、街頭での取材に応じてくれた現地の人々に共通していた。
◇不安煽る報道に批判の声も
11月29日早朝、北朝鮮が2カ月半ぶりに新型の大陸間弾道ミサイル「火星15」を発射し、日本の排他的経済水域内に落下した。
ホテルの部屋でテレビをつけると、ニュース報道はミサイル発射一色だった。
同日朝からグアムの大型ショッピングモールに行き、地元の買い物客にインタビューした。
大抵が「ミサイル発射をニュースで見たわ」との反応。「子どもや孫のことを考えると心配でならない」(ティナ・サンニコラスさん、40代女性)、「家族が大切だから」(前出のクルーズさん)などの声が多く聞かれた。
20代の若者たちからは「トランプ大統領は北朝鮮の暴走を許すべきではない」(イマニュエル・マグトトさん)、「トランプ大統領が過剰に攻撃的な態度を示すことに危うさを感じる」(タランナ・カストロさん)との相反する意見も聞いた。
20代女性のダニエラ・ブッカーさんは「米国を中心とした周辺各国の協力に期待したい」と語った。
服飾店で販売を担当する20代男性のグレン・メノウさんは「テレビ報道で映し出される北朝鮮の"独裁的な体制"からは、紛争をも辞さない雰囲気が感じられる」と不安げな表情だ。
グアムのテレビ局に勤務し、日本メディアの取材をサポートする機会がある20代男性は「戦争を避けるため、米政府の外交的解決を望むよりほかないが、その一方、不安を煽ろうとする報道に傾きがちなメディアは問題だと思う」と日本メディアの報道姿勢を疑問視した。
世代や仕事、生活環境などの違いによって、さまざまな意見があったものの、多くの現地住民から危機感の高まりがうかがえた。
北朝鮮の核開発・ミサイル発射が国際社会の重大な脅威となる中、平和を希求する声は一段と広がっているといえよう。
◎昨日、広宣流布大聖堂の勤行会に支部の壮年部の皆さんと参加、初めての方が、とても感謝・感動されていました(^^ゞ
人は対話の中でこそ
大きく成長できる。
生き生きと弾む命で
友情の花を爛漫と!
四条金吾殿御消息 P1113
『難にあう所ごとに仏土なるべきか、娑婆世界の中には日本国・日本国の中には相模の国・相模の国の中には片瀬・片瀬の中には竜口に日蓮が命をとどめをく事は法華経の御故なれば寂光土ともいうべきか』
◇寸鉄 2018年1月14日
青年部が世の中に仏法の大確信を伝え切れ—恩時代動かす言論戦今こそ
四国婦人部の日。燃える師弟共戦の志。後継と共に幸のスクラムを拡大!
人を感動させるなら自分が感動を—画家。幹部が率先で人間革命の挑戦を
わが子に信心の継承を!ここに創価の万代決する要。本年初の未来部の日
厳しい冷え込み。流感や風邪に呉々も注意。睡眠・食事などをしっかりと
☆紀行「SGIの源流を訪ねて」 グアムから始まった平和の潮流 第2回 2018年1月5日
◇北朝鮮の脅威に募る危機感 外交的解決へ期待広がる
昨年8月、米国と北朝鮮が挑発し合う中、北朝鮮から弾道ミサイルの標的として名指しされたグアム。核・ミサイルの脅威に直面する現地を取材し、島の近海住民の不安や危機感、観光産業を中心とする地元経済への影響などを探った。(記事、写真=光澤昭義)
◇武力衝突に発展する恐れ
グアムは、米国本土の人々ですら関心が低い地域だったが、昨年の夏以降、ひときわ注目を集めている。
米軍は第2次世界大戦後、アンダーセン空軍基地などを擁するグアムを西太平洋の戦略的要衝と位置付けている。近年、北朝鮮が核兵器・ミサイル開発を強行。グアムの空軍基地には、約2時間の飛行で北朝鮮に到達するB1爆撃機が配備されている。
北朝鮮は8月上旬、グアム近海へ弾道ミサイルを撃ち込む作戦計画について「慎重に検討中」と発表し、「アンダーセン基地を含むグアムの主要軍事基地を制圧・けん制し、米軍に重大な警告シグナルを送るためだ」と主張。それに対し、トランプ米大統領が「北朝鮮は炎と怒りに見舞われるだろう」と応じ、両国間の緊張は急激に高まった。
8月29日には、北朝鮮から弾道ミサイルが発射され、日本の北海道上空を通過、太平洋上に落下した。米朝間の緊張は今も継続している。
それから約3カ月後の11月27日午前、空軍基地があるジーゴ(グアム北部)を訪問し、ルディ・マタンナニ市長にインタビューした。
「北朝鮮は核実験やミサイル発射を繰り返すことで、米国全土だけでなく、日本や韓国はじめ世界全体に脅威となっていることを理解しなければなりません」とマタンナニ市長。その上で「米国は(アジア太平洋地域に)平和と安定をもたらすため、あらゆる資源を活用しているのです」と力を込めた。
米朝間の緊張が弱まる気配はない。偶発的な出来事でさえ武力衝突に発展しかねないという深刻な状況だ。
国連安全保障理事会は、度重なる北朝鮮への制裁を決議しているが、北朝鮮は密輸やマネーロンダリング(資金洗浄)など、あらゆる手段を講じて制裁を無力化しようとしている。直近の12月22日の安保理決議で10回に上る。
国際的な「圧力」をかけつつ、いかにして北朝鮮を「対話」の場に引っ張り出すのか。各国の外交手腕が問われる。
◇観光業への打撃 地元住民が懸念
27日午後には、ジーゴ市内を車で巡った。
空軍基地は鉄網のフェンスで囲まれていた。フェンスの向こうは木々が茂っている。驚いたのは、道路を挟んで、すぐ近くに住宅や小学校があることだ。地元の住民によれば、空軍基地が近いことで騒音などの問題はあるという。
ジーゴ在住で、グアム中心街の日本食レストランで働く30代男性のアルフレッド・マナウィスさんも「騒音が気になる人はいる」と。
基地近くに住む年配の女性グレイシー・ラッソンさんは「どこにも逃げることはできないけれど、米政府を信用しているから……」と困惑の態で語った。
グアムの米軍基地は島の面積の3分の1を占める。グアム先住民族のチャモロ人を祖先とする住民には、米軍への複雑な思いもあるというが、地元住民の多くは米軍に信頼を置いていた。
マタンナニ市長は「ジーゴ市民の多くは、軍がグアムを守ってくれると強く信じています。私もその一人です。一方、ジーゴの社会が米軍及び軍関係者を支えている面もあります。街と空軍とは良好な関係を築いているのです」と強調した。
「夏以降、日本人観光客の数が減っています」と語るのは米航空会社に勤務する50代男性のフランク・クルーズさんだ。
そもそも、グアムへの日本人旅行者の数は、1997年の111万人をピークに減少し続けている(一昨年は74万人)。そこに、北朝鮮の核・ミサイル問題が深刻化。8月のミサイル発射直後から、修学旅行を含む日本人渡航者のキャンセルが相次いだ。
多くの観光客が利用する大手コンビニエンスストアで働く30代女性のアイリーン・クルーズさんも「地元の経済への影響は深刻」と感じている。景気の失速を不安視する声は、街頭での取材に応じてくれた現地の人々に共通していた。
◇不安煽る報道に批判の声も
11月29日早朝、北朝鮮が2カ月半ぶりに新型の大陸間弾道ミサイル「火星15」を発射し、日本の排他的経済水域内に落下した。
ホテルの部屋でテレビをつけると、ニュース報道はミサイル発射一色だった。
同日朝からグアムの大型ショッピングモールに行き、地元の買い物客にインタビューした。
大抵が「ミサイル発射をニュースで見たわ」との反応。「子どもや孫のことを考えると心配でならない」(ティナ・サンニコラスさん、40代女性)、「家族が大切だから」(前出のクルーズさん)などの声が多く聞かれた。
20代の若者たちからは「トランプ大統領は北朝鮮の暴走を許すべきではない」(イマニュエル・マグトトさん)、「トランプ大統領が過剰に攻撃的な態度を示すことに危うさを感じる」(タランナ・カストロさん)との相反する意見も聞いた。
20代女性のダニエラ・ブッカーさんは「米国を中心とした周辺各国の協力に期待したい」と語った。
服飾店で販売を担当する20代男性のグレン・メノウさんは「テレビ報道で映し出される北朝鮮の"独裁的な体制"からは、紛争をも辞さない雰囲気が感じられる」と不安げな表情だ。
グアムのテレビ局に勤務し、日本メディアの取材をサポートする機会がある20代男性は「戦争を避けるため、米政府の外交的解決を望むよりほかないが、その一方、不安を煽ろうとする報道に傾きがちなメディアは問題だと思う」と日本メディアの報道姿勢を疑問視した。
世代や仕事、生活環境などの違いによって、さまざまな意見があったものの、多くの現地住民から危機感の高まりがうかがえた。
北朝鮮の核開発・ミサイル発射が国際社会の重大な脅威となる中、平和を希求する声は一段と広がっているといえよう。
◎昨日、広宣流布大聖堂の勤行会に支部の壮年部の皆さんと参加、初めての方が、とても感謝・感動されていました(^^ゞ
2018.01.13 わが友に贈る
未来部を応援しよう!
宝の子どもたちが
「心が軽くなった」
「自信が湧いた」と
笑顔になれる励ましを!
日厳尼御前御返事 P1262
『叶ひ叶はぬは御信心により候べし全く日蓮がとがにあらず』
◇寸鉄 2018年1月13日
人生を価値創造していく学会の哲学を時代は希求—博士。幸福建設の指標
創価班・牙城会大学校生が弘教に挑戦。生涯の原点を築く時。負けるな!
活動が活発になるか否か長たる者で決まる—戸田先生。最前線を走り抜け
大学入試センター試験が今日から開始。受験生の健闘祈る。執念で栄冠を
車の子供座席、59%が不適切な取付と。命守る為、今一度確認。事故は一瞬
☆紀行「SGIの源流を訪ねて」 グアムから始まった平和の潮流 第1回 2018年1月4日
◇深い使命担う「発足の地」 太平洋戦争の惨禍を刻印
「世界広布新時代 栄光の年」が始まった。昨年9月に創価学会会憲が制定され、世界教団として新たな出発を切ったSGIは1975年1月26日、太平洋の楽園と称される美しい島・グアムで発足した。平和と希望の連帯は、今や世界192カ国・地域に広がる。昨年11月下旬、SGIの平和活動の「源流」を訪ねて、グアムを取材した。短期連載「紀行『SGIの源流を訪ねて』 グアムから始まった平和の潮流」を、きょう1月4日付から3回にわたって掲載する。第1回は原子爆弾を搭載したB29が広島と長崎へ飛び立った島・テニアンでの取材と併せて、リポートします〈第2回は5日付6面、最終回は6日付4面に掲載〉。(記事、グアム・テニアンの写真=光澤昭義)
◇日本人旅行客でにぎわう観光地
11月25日午後、グアムの国際空港に降り立った。
常夏の島で知られるグアムは、年間の平均気温が約28度。日中は汗ばむほどの暑さだ。照りつける太陽がまぶしい。砂浜には海水浴を楽しむ人々も大勢いた。
米国の準州であるグアム。人口は約17万、島の面積は日本の淡路島とほぼ同じの小さな島だ。美しい自然と水資源が豊富であり、日本では観光地として、よく知られる。古くは1970年代、海外新婚旅行に出掛けた日本人の6割がグアムに集中する年もあったという人気ぶりだった。
グアムのホテルや市街地では、多くの旅行客が日本語を交わし合っていた。
米国本土の他の都市を出張した時には「中国から来たの?」と街角やタクシー内で聞かれたが、グアムでは、市街地の大通りやホテル前のベンチで休憩していると、地元の住民から「日本人ですか」と時々話し掛けられた。日本及び日本人は"身近な存在"なのだろう。
多民族・多文化が共生するグアムだが、先史時代からずっと先住民チャモロ人が暮らしてきた。航海技術や生活様式など独自の文化を高度に発達させたといわれる。だが、16世紀にスペインの植民地となり、文化、風俗などの西欧化が始まる。19世紀末の米西戦争後には米国の統治に。太平洋戦争が始まった1941年12月から約2年7カ月間は日本が占領し、支配した。
街には今も、各国の統治・占領時代をしのばせる史跡や建造物が残っており、観光で訪れる日本人旅行者も多い。
◇多数の民間人が戦闘の犠牲に
現在は、南国の楽園という明るいイメージが強いグアムだが、太平洋戦争の爪痕が深く刻まれた地でもある。グアムは激戦地の一つであり、日米決戦は凄惨を極めた。
米軍はグアム奪還作戦の初日で、日本軍に壊滅的な打撃を与えた。守備隊の約8割が戦死。窮地に陥った日本軍に残された戦術は「玉砕」以外になかった。一か八かの夜襲作戦に出るも惨敗。グアムの日本軍総兵力2万810人のうち、捕虜になった兵も含めた生還者は1304人だったという(旧厚生省資料)。
日本軍の部隊が壊滅したのち、ジャングルで潜伏生活を行い、餓えをしのぎつつ生き延びた兵士もいた。終戦から28年後、グアム中南部のタロフォフォに潜伏していた日本兵・横井庄一さんが発見され、日本国中が騒然となったことを覚えている人も多いだろう。
また、日本軍が真珠湾での奇襲作戦を敢行したハワイでは、攻撃目標が米軍だったために米国側の死者・犠牲者が主に軍人だった一方、グアムでは、44年7月からの米軍の進撃を受け、チャモロ人も含む多くの民間人が戦闘の犠牲となった。
グアム最北端のジーゴには「叉木山(マタグアク山)」がある。標高180メートルの小さな山だ。この地がグアム最後の激戦地となり、旧日本軍司令部は壊滅した。
現在のグアムといえば、大型リゾートホテルや高級ブランド店が林立し、多くの観光客でにぎわう市街地が思い浮かぶが、その華やかさからは、全く想像しがたい歴史の悲話だ。
山麓に立つ戦没者慰霊碑から山頂へ移動すると、林を挟んで向こう側に、グアム屈指の美しさを誇るリティディアン岬の砂浜が広がる。
さまざまな「顔」をもつグアム。その一つ一つが強く印象に残る。
◇75年1月26日、待望の結成
74年4月、池田先生(当時、創価学会会長)は、米国での諸行事に出席するため、ハワイを訪問した。そこでグアムからやって来たメンバーと出会う。
代表のメンバーと懇談する中、池田先生は、グアムで「世界平和会議」を開催し、日蓮仏法を実践する国際的な団体の発足を構想。グアムのメンバーからは"ぜひ開催していただきたい。ここから平和の波を起こしたい"との強い要請があった。
池田先生は、小説『新・人間革命』第21巻「SGI」の章に綴っている。
「戦争の悲惨な歴史が刻印されたグアムを、なんとしても、世界平和の発信地にしなければならない」と。
翌75年は、終戦から30年の節目を刻む年だった。
同年1月26日、「世界平和会議」は盛大に開催され、創価学会インタナショナル(SGI)が結成。この日から、SGIによる世界平和の潮流は始まったのだ。
他人の不幸のうえに自身の幸福を築かない——。
SGIはこれまで、仏法哲学の実践を通じて一人一人の幸福を実現する中、平和の連帯を世界に広げてきた。
フランスの詩人ポール・ヴァレリーは「平和とは、生じ得る諸々の貪慾に対して、これを制圧し得る諸々の力の収める潜勢的な、黙々とした、連続した勝利の謂である」と語っている(「ヨーロッパの盛衰に関する覚え書」)。
人生と誠実に向き合い、自身の境涯を高めていく。それが"平和の心"を豊かに育むことにつながっていく。
眼前に広がるリティディアン岬の鮮やかな景色を眺望しつつ、グアムがSGIの「発足の地」に選ばれたことの意義について、しばし思いを巡らせた。
世界広宣流布の歴史のうえで、グアムがもつ平和への深い使命を学びたいと願いつつ取材を重ねていった。
◇テニアンの誓い——「核の悲劇」を二度と起こさない
◇爆撃機が発進 広島・長崎へ
1944年の夏、米軍のグアム進撃と同じ時期、日本領だったテニアンも激戦地となった。その直前には、サイパンで激しい戦闘が繰り広げられた。グアム以外の2島は現在、米自治領の北マリアナ諸島に属する。
マリアナ諸島の中でも、グアム、サイパン、テニアンは日本軍の要衝だったが、ここを米軍が奪還したことで戦況は一気に逆転した。
11月28日、グアムから空路でサイパンを経由しテニアンを訪れた。飛行時間は1時間ほどという近さだ。セスナ機から見えるテニアンの海岸が美しかった。
テニアンの面積は101平方キロメートル、日本の小豆島の3分の2ほどと小さい。この地には旧日本海軍の第一航空艦隊司令部や通信所の建物が今も残存しており、戦争の痕跡を生々しく物語っていた。
戦後、昭和49年(1974年)生まれの記者にとって、戦時の記憶は映像や写真に頼るしかないが、戦跡を目の当たりにすると、歴史を追体験することができる。実際、テニアン南部のスーサイドクリフ(追い詰められた日本人が自殺した崖)の上に立つと、民間の人々を襲った恐怖と絶望に思いが及び、戦慄を覚えた。テニアン在住だった一般邦人1万3000人のうち、自ら命を絶った犠牲者の数は3500人に上ったという。
米軍の奪還後、テニアンから「超空の要塞」と呼ばれるB29爆撃機が連日のように、日本本土に向けて飛び立っていった。航続距離5230キロ以上のB29は、日本との往復が可能であり、テニアンは日本本土への戦略爆撃の拠点となった。
45年8月、広島と長崎に原子爆弾を投下したB29もテニアンから出撃した。
広島、長崎へのB29が離陸した全長2600メートルのエーブル滑走路と、原爆の搭載ピットは今も残されている。
11月28日午前、テニアンの役所を訪問し、北マリアナ諸島のジュード・ホフシュナイダー上院議員(テニアン選出)にインタビューした。
原爆投下の歴史について触れると、ホフシュナイダー議員は「テニアンに住む私たちにとって極めて心痛む出来事です。テニアンでは毎年、戦没者の追悼行事を開催しています。もちろん原爆で犠牲になった方々も含まれます。そのたびに、二度と原爆の悲劇を引き起こしてはならないと誓っているのです」と沈痛な表情だった。
◇水爆実験の実施 北朝鮮が示唆
テニアン・リーダーシップ公園には、池田先生の箴言を刻んだ「平和の碑」が立つ。
日本の軍国主義と戦い、獄死した初代会長の牧口先生、遺訓の第一として「原水爆禁止宣言」を発表した第2代会長の戸田先生、そして恩師の魂を受け継ぎ、世界平和の実現に献身的に取り組んできた池田先生——創価の三代会長に敬意を表する地元テニアンからの要請を受け、建立されたものだ。
〈碑は、赤御影石でつくられた幅2・5メートル四方、高さ1・5メートルのピラミッド型〉
2000年11月17日、「平和の碑」除幕式の席上、フランシスコ・ボーハ市長(当時)は力強く訴えた。
「テニアンは、きょうから、変わるのです。これからは、人類最悪の出来事である原爆投下をもたらした爆撃機の発進地としてでなく、世界平和への勇気ある挑戦の発信地として、人々に記憶されゆくでしょう」
ホフシュナイダー議員は、「尊い平和活動に貢献するSGIと協力し合うことは、テニアンにとって喜ばしいこと。SGIとのパートナーシップが継続していくことを、私たちも心から望んでいます」と語った。
核兵器の使用は人類史上かつてない惨劇をもたらしたが、太平洋戦争が終結した後も「核の悲劇」は収まらなかった。
1946年から58年にかけて、米国は北太平洋上のマーシャル諸島において、67回にわたる核実験を実施。54年3月1日、ビキニ環礁での水爆実験では、日本のマグロ漁船・第五福竜丸が被曝した。この事件は日本国内でも大々的に報道され、反核運動が全国的に巻き起こった。
核実験が繰り返されたことで大気中には著しい放射能が検出され、放射性降下物の広がりは、同じ北太平洋上のグアムを含む広範囲に及んだという。
また、グアムには50年代以降、核兵器が配備された事実も公文書から明らかになっている。
そして今日、核・ミサイル開発を強行している北朝鮮は太平洋上での水爆実験の実施を示唆している。
パシフィックとは「太平洋=平和」を意味する。この地域が平和を享受し続けることを願う取材となった。
宝の子どもたちが
「心が軽くなった」
「自信が湧いた」と
笑顔になれる励ましを!
日厳尼御前御返事 P1262
『叶ひ叶はぬは御信心により候べし全く日蓮がとがにあらず』
◇寸鉄 2018年1月13日
人生を価値創造していく学会の哲学を時代は希求—博士。幸福建設の指標
創価班・牙城会大学校生が弘教に挑戦。生涯の原点を築く時。負けるな!
活動が活発になるか否か長たる者で決まる—戸田先生。最前線を走り抜け
大学入試センター試験が今日から開始。受験生の健闘祈る。執念で栄冠を
車の子供座席、59%が不適切な取付と。命守る為、今一度確認。事故は一瞬
☆紀行「SGIの源流を訪ねて」 グアムから始まった平和の潮流 第1回 2018年1月4日
◇深い使命担う「発足の地」 太平洋戦争の惨禍を刻印
「世界広布新時代 栄光の年」が始まった。昨年9月に創価学会会憲が制定され、世界教団として新たな出発を切ったSGIは1975年1月26日、太平洋の楽園と称される美しい島・グアムで発足した。平和と希望の連帯は、今や世界192カ国・地域に広がる。昨年11月下旬、SGIの平和活動の「源流」を訪ねて、グアムを取材した。短期連載「紀行『SGIの源流を訪ねて』 グアムから始まった平和の潮流」を、きょう1月4日付から3回にわたって掲載する。第1回は原子爆弾を搭載したB29が広島と長崎へ飛び立った島・テニアンでの取材と併せて、リポートします〈第2回は5日付6面、最終回は6日付4面に掲載〉。(記事、グアム・テニアンの写真=光澤昭義)
◇日本人旅行客でにぎわう観光地
11月25日午後、グアムの国際空港に降り立った。
常夏の島で知られるグアムは、年間の平均気温が約28度。日中は汗ばむほどの暑さだ。照りつける太陽がまぶしい。砂浜には海水浴を楽しむ人々も大勢いた。
米国の準州であるグアム。人口は約17万、島の面積は日本の淡路島とほぼ同じの小さな島だ。美しい自然と水資源が豊富であり、日本では観光地として、よく知られる。古くは1970年代、海外新婚旅行に出掛けた日本人の6割がグアムに集中する年もあったという人気ぶりだった。
グアムのホテルや市街地では、多くの旅行客が日本語を交わし合っていた。
米国本土の他の都市を出張した時には「中国から来たの?」と街角やタクシー内で聞かれたが、グアムでは、市街地の大通りやホテル前のベンチで休憩していると、地元の住民から「日本人ですか」と時々話し掛けられた。日本及び日本人は"身近な存在"なのだろう。
多民族・多文化が共生するグアムだが、先史時代からずっと先住民チャモロ人が暮らしてきた。航海技術や生活様式など独自の文化を高度に発達させたといわれる。だが、16世紀にスペインの植民地となり、文化、風俗などの西欧化が始まる。19世紀末の米西戦争後には米国の統治に。太平洋戦争が始まった1941年12月から約2年7カ月間は日本が占領し、支配した。
街には今も、各国の統治・占領時代をしのばせる史跡や建造物が残っており、観光で訪れる日本人旅行者も多い。
◇多数の民間人が戦闘の犠牲に
現在は、南国の楽園という明るいイメージが強いグアムだが、太平洋戦争の爪痕が深く刻まれた地でもある。グアムは激戦地の一つであり、日米決戦は凄惨を極めた。
米軍はグアム奪還作戦の初日で、日本軍に壊滅的な打撃を与えた。守備隊の約8割が戦死。窮地に陥った日本軍に残された戦術は「玉砕」以外になかった。一か八かの夜襲作戦に出るも惨敗。グアムの日本軍総兵力2万810人のうち、捕虜になった兵も含めた生還者は1304人だったという(旧厚生省資料)。
日本軍の部隊が壊滅したのち、ジャングルで潜伏生活を行い、餓えをしのぎつつ生き延びた兵士もいた。終戦から28年後、グアム中南部のタロフォフォに潜伏していた日本兵・横井庄一さんが発見され、日本国中が騒然となったことを覚えている人も多いだろう。
また、日本軍が真珠湾での奇襲作戦を敢行したハワイでは、攻撃目標が米軍だったために米国側の死者・犠牲者が主に軍人だった一方、グアムでは、44年7月からの米軍の進撃を受け、チャモロ人も含む多くの民間人が戦闘の犠牲となった。
グアム最北端のジーゴには「叉木山(マタグアク山)」がある。標高180メートルの小さな山だ。この地がグアム最後の激戦地となり、旧日本軍司令部は壊滅した。
現在のグアムといえば、大型リゾートホテルや高級ブランド店が林立し、多くの観光客でにぎわう市街地が思い浮かぶが、その華やかさからは、全く想像しがたい歴史の悲話だ。
山麓に立つ戦没者慰霊碑から山頂へ移動すると、林を挟んで向こう側に、グアム屈指の美しさを誇るリティディアン岬の砂浜が広がる。
さまざまな「顔」をもつグアム。その一つ一つが強く印象に残る。
◇75年1月26日、待望の結成
74年4月、池田先生(当時、創価学会会長)は、米国での諸行事に出席するため、ハワイを訪問した。そこでグアムからやって来たメンバーと出会う。
代表のメンバーと懇談する中、池田先生は、グアムで「世界平和会議」を開催し、日蓮仏法を実践する国際的な団体の発足を構想。グアムのメンバーからは"ぜひ開催していただきたい。ここから平和の波を起こしたい"との強い要請があった。
池田先生は、小説『新・人間革命』第21巻「SGI」の章に綴っている。
「戦争の悲惨な歴史が刻印されたグアムを、なんとしても、世界平和の発信地にしなければならない」と。
翌75年は、終戦から30年の節目を刻む年だった。
同年1月26日、「世界平和会議」は盛大に開催され、創価学会インタナショナル(SGI)が結成。この日から、SGIによる世界平和の潮流は始まったのだ。
他人の不幸のうえに自身の幸福を築かない——。
SGIはこれまで、仏法哲学の実践を通じて一人一人の幸福を実現する中、平和の連帯を世界に広げてきた。
フランスの詩人ポール・ヴァレリーは「平和とは、生じ得る諸々の貪慾に対して、これを制圧し得る諸々の力の収める潜勢的な、黙々とした、連続した勝利の謂である」と語っている(「ヨーロッパの盛衰に関する覚え書」)。
人生と誠実に向き合い、自身の境涯を高めていく。それが"平和の心"を豊かに育むことにつながっていく。
眼前に広がるリティディアン岬の鮮やかな景色を眺望しつつ、グアムがSGIの「発足の地」に選ばれたことの意義について、しばし思いを巡らせた。
世界広宣流布の歴史のうえで、グアムがもつ平和への深い使命を学びたいと願いつつ取材を重ねていった。
◇テニアンの誓い——「核の悲劇」を二度と起こさない
◇爆撃機が発進 広島・長崎へ
1944年の夏、米軍のグアム進撃と同じ時期、日本領だったテニアンも激戦地となった。その直前には、サイパンで激しい戦闘が繰り広げられた。グアム以外の2島は現在、米自治領の北マリアナ諸島に属する。
マリアナ諸島の中でも、グアム、サイパン、テニアンは日本軍の要衝だったが、ここを米軍が奪還したことで戦況は一気に逆転した。
11月28日、グアムから空路でサイパンを経由しテニアンを訪れた。飛行時間は1時間ほどという近さだ。セスナ機から見えるテニアンの海岸が美しかった。
テニアンの面積は101平方キロメートル、日本の小豆島の3分の2ほどと小さい。この地には旧日本海軍の第一航空艦隊司令部や通信所の建物が今も残存しており、戦争の痕跡を生々しく物語っていた。
戦後、昭和49年(1974年)生まれの記者にとって、戦時の記憶は映像や写真に頼るしかないが、戦跡を目の当たりにすると、歴史を追体験することができる。実際、テニアン南部のスーサイドクリフ(追い詰められた日本人が自殺した崖)の上に立つと、民間の人々を襲った恐怖と絶望に思いが及び、戦慄を覚えた。テニアン在住だった一般邦人1万3000人のうち、自ら命を絶った犠牲者の数は3500人に上ったという。
米軍の奪還後、テニアンから「超空の要塞」と呼ばれるB29爆撃機が連日のように、日本本土に向けて飛び立っていった。航続距離5230キロ以上のB29は、日本との往復が可能であり、テニアンは日本本土への戦略爆撃の拠点となった。
45年8月、広島と長崎に原子爆弾を投下したB29もテニアンから出撃した。
広島、長崎へのB29が離陸した全長2600メートルのエーブル滑走路と、原爆の搭載ピットは今も残されている。
11月28日午前、テニアンの役所を訪問し、北マリアナ諸島のジュード・ホフシュナイダー上院議員(テニアン選出)にインタビューした。
原爆投下の歴史について触れると、ホフシュナイダー議員は「テニアンに住む私たちにとって極めて心痛む出来事です。テニアンでは毎年、戦没者の追悼行事を開催しています。もちろん原爆で犠牲になった方々も含まれます。そのたびに、二度と原爆の悲劇を引き起こしてはならないと誓っているのです」と沈痛な表情だった。
◇水爆実験の実施 北朝鮮が示唆
テニアン・リーダーシップ公園には、池田先生の箴言を刻んだ「平和の碑」が立つ。
日本の軍国主義と戦い、獄死した初代会長の牧口先生、遺訓の第一として「原水爆禁止宣言」を発表した第2代会長の戸田先生、そして恩師の魂を受け継ぎ、世界平和の実現に献身的に取り組んできた池田先生——創価の三代会長に敬意を表する地元テニアンからの要請を受け、建立されたものだ。
〈碑は、赤御影石でつくられた幅2・5メートル四方、高さ1・5メートルのピラミッド型〉
2000年11月17日、「平和の碑」除幕式の席上、フランシスコ・ボーハ市長(当時)は力強く訴えた。
「テニアンは、きょうから、変わるのです。これからは、人類最悪の出来事である原爆投下をもたらした爆撃機の発進地としてでなく、世界平和への勇気ある挑戦の発信地として、人々に記憶されゆくでしょう」
ホフシュナイダー議員は、「尊い平和活動に貢献するSGIと協力し合うことは、テニアンにとって喜ばしいこと。SGIとのパートナーシップが継続していくことを、私たちも心から望んでいます」と語った。
核兵器の使用は人類史上かつてない惨劇をもたらしたが、太平洋戦争が終結した後も「核の悲劇」は収まらなかった。
1946年から58年にかけて、米国は北太平洋上のマーシャル諸島において、67回にわたる核実験を実施。54年3月1日、ビキニ環礁での水爆実験では、日本のマグロ漁船・第五福竜丸が被曝した。この事件は日本国内でも大々的に報道され、反核運動が全国的に巻き起こった。
核実験が繰り返されたことで大気中には著しい放射能が検出され、放射性降下物の広がりは、同じ北太平洋上のグアムを含む広範囲に及んだという。
また、グアムには50年代以降、核兵器が配備された事実も公文書から明らかになっている。
そして今日、核・ミサイル開発を強行している北朝鮮は太平洋上での水爆実験の実施を示唆している。
パシフィックとは「太平洋=平和」を意味する。この地域が平和を享受し続けることを願う取材となった。
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