2017年10月31日火曜日

2017.10.31 わが友に贈る

「法華経の信心を・
とをし給へ」御聖訓。
"頑張り抜く"ことが
人生勝利の根本だ!
断じて負けない人たれ!

諌暁八幡抄 P585
『今日蓮は去ぬる建長五年四月二十八日より今年弘安三年十二月にいたるまで二十八年が間又他事なし、只妙法蓮華経の七字五字を日本国の一切衆生の口に入れんとはげむ計りなり、此れ即母の赤子の口に乳を入れんとはげむ慈悲なり』

☆女性に贈ることば 十月三十一日
一時の勝ち負けよりも大事なことは、何か。それは、「頑張ろう!戦いきろう!」という熱い情熱が燃えているかどうかです。

☆今日のことば365 十月三十一日
趣味というものに理屈はない。必ずしもなんらかの自己の目的と合致しなければならないというのでもない。いうなれば、趣味とは、自分の世界ができることの喜びであり、それ自体が楽しみなのである。

☆池田先生の揮毫 永遠の一筆 「青年よ世紀山」
1982年5月、池田先生は長崎を訪問。滞在中、諫早文化会館の敷地内にある「長崎池田青年塾」で未来を担う若き英雄たちに思いをはせて墨書したのが「青年よ世紀山」の揮毫である。
その前年の12月、同じ九州の地で、世界に向けて長編詩「青年よ21世紀の広布の山を登れ」を発表。
当時、九州をはじめ全国では悪侶による謀略の嵐が吹き荒れていた。その中で、後継の弟子は師との誓いを胸に、学会員を断じて守ろうと創価の旗を掲げ戦っていた。"青年しかない。 青年が立ち上がる時が来たのだ!"−−池田先生は険しき21世紀の世界広布の山を登りゆく 同志を、寸暇を惜しんで励まし抜いた。
「世界広布新時代青年拡大の年」である本年、山また山を越え、青年の気概に燃える友が新たな決意で、朗らかに前進している。
(2017年1月号 グラフSGI)

☆青春勝利の大道 第22回 希望の経典 御書と共に
◇一生の土台を築く研鑽を
創価の師弟は、常に御書とともに前進する。
思えば、私が戸田先生に初めてお会いしたのも、先生が「立正安国論」を烈々と講義されている座談会であった。
学生部の俊英たちと一緒に「御義口伝」を学び始めてからは、この8月で55年となる。御聖訓には、「法華経にそめられ奉れば必ず仏になる」(御書1474ページ)と仰せである。青春時代に深く心肝に染めた御文は、人生勝利の土台となり、平和創造の力となる。
御書を開けば、勇気が出る。智慧が湧く。希望が漲る。さあ、勤行・唱題で生命力も豊かに、今日も御書を繙こう!

◇学んだことを語れば力に
戸田先生は、よく言われた。「『声仏事を為す』(同708等)である。仏法で学んだことは、どしどし、声にして話しなさい。
そうすれば、どんどん身につくものです」と。
秋の教学試験へ、求道の息吹があふれている。受験する友も、応援する先輩も、学んだこと、感動したことを語ろう!
御書の一節でも、仏法用語でもいい。勇気の声で、
仏の智慧と確信を伝えていくことだ。それは必ずや、
自らの「心の財」となる。そして、友の悩みの闇を明るく照らし、迷いの暗雲を振り払う力となるからだ。
「哲学の宝剣」を磨き、破邪顕正と広布拡大の言論を!

2017年10月30日月曜日

2017.10.30 わが友に贈る

◇今週のことば
我らは誇り高き
広宣流布の闘士だ。
「大願とは法華弘通なり」
創立の精神たぎらせ
新たな拡大を共々に!
2017年10月30日

下山御消息 P357
『而るを日蓮が出現して一切の人を恐れず身命を捨てて指し申さば賢なる国主ならば子細を聞き給うべきに聞きもせず用いられざるだにも不思議なるに剰へ頚に及ばむとせし事は存外の次第なり』

☆女性に贈ることば 十月三十日
「あのうちが、こうだから」とか、「このうちは、ああしていた」と気にして、何か同じようでなければならないと考えるのは、愚かです。他人と比較しても、他人と同じにはなれないし、なる必要もない。それでは、にせものをつくります。形式をつくります。見栄っ張りをつくり、体裁をつくってしまう。

☆今日のことば365 十月三十日
この社会、この世界は、決して、大人だけのものではないのだ。
次をゆずるべき少年青年達の社会であり、世界があることを真摯に自覚すべきである。

☆御書と歩む 第90回 妙法の福徳は燦然たり
『仏法の中に内薫外護と申す大なる大事ありて宗論にて候』(崇峻天皇御書、1170ページ)

◇通解
仏法の中に、「内薫外護」という大変に大事な法門があって、それは仏法の要である。

◇同志への指針
内なる仏性を薫発すれば、外からの守護が必ず現れる。「内薫外護」の法門の通り、四条金吾夫妻は不屈の信心で相次ぐ苦境を大逆転した。
誰が見ていなくとも、誠実に積み重ねた善行を、仏天は御照覧である。因果の理法に照らされて、全て自身を荘厳する大果報となるのだ。
陰徳の人生に栄光の陽報はいよいよ輝く。私の70年の信仰の大確信である。

☆青春勝利の大道 第21回 生命磨く鍛えの日々を
◇朝の勤行が勝利のリズム
伝統の教学試験に向け、若人の求道が、何と凜々しいことか。受験者を応援してくれるスクラムも尊い限りである。
夏は青年の鍛えの季節。清々しい朝の勤行に挑戦しよう!
そこに、きょう一日を勝ち切っていくリズムがあるからだ。たゆまぬ価値創造の日々に、「信心即生活」の真髄がある。
今回の試験で学ぶ御聖訓には、「口に妙法をよび奉れば我が身の仏性もよばれて必ず顕れ給ふ、梵王・帝釈の仏性はよばれて我等を守り給ふ、仏菩薩の仏性はよばれて悦び給ふ」(御書557ページ)と仰せである。
さあ、妙法の旭日を生命に輝かせ、攻めゆく青春であれ!

◇友情のドラマを爽快に
戸田先生は「開かれた青年たれ!」と言われ、「どんどん人と会い、人と対話せよ!人の心をつかみ、味方をつくれ! 全てが自分自身の訓練となり、財産となる」と励まされた。
窮屈に考えなくてよい。ありのままの自分で、誠実に語っていけば、真心は通ずる。仏縁が必ず結ばれる。
今、世界の青年が、仏法の哲理を求めている時代である。自信満々と朗らかに、自らの体験を伝えていくことだ。座談会など学会家族の人間共和の世界へ、いざなっていくことだ。
創価の青年らしく、自らの境涯を大きく開き、新しい友情のドラマを爽快に創ろう!

2017年10月29日日曜日

2017.10.29 わが友に贈る

「一日もいきてをわせば
功徳つもるべし」御聖訓。
断じて病魔に負けるな!
尊き使命の人生を
強く強く生き抜こう!

可延定業書 P986
『きわめてまけじたまし(不負魂)の人にて我がかたの事をば大事と申す人なり』

☆女性に贈ることば 十月二十九日
同じ一生であるならば、喜んで生きたほうが得である。同じ行動をするなら、喜んで行動したほうが価値的である。愚痴や義務感で日々を灰色に覆うよりも、喜びを創り出していこうとする生き方のほうが、より創造的である。

☆今日のことば365 十月二十九日
単なる自分のわがままから、次から次へと職を変えるということは、人生において大きなマイナスであるし、その仕事に生きがいを見いだしていけるかどうかは、なによりもまず自分の努力いかんによって決定されるということを知っていただきたいのである。
仕事は、自分がそのなかに飛びこみ、苦労していったときに初めてよろこびを見いだしていけるものである。

☆金秋のモスクワ 初訪露43年 池田先生の足跡をたどって(下) 2017年10月20日
◇「人間を信じる」優しさと強さを
作家のチェーホフが、ゴーゴリ、ブルガーコフがいる。作曲家のショスタコービッチ、それにフルシチョフ、エリツィンら、世界を揺るがした政治家たちも。
モスクワのノヴォデヴィチ墓地には、荘重な造りを施した墓石が並ぶ。著名人たちの墓に、国内外の多くの観光客が集まっている。
そうした喧噪から離れた静かな場所に、一つの墓石があった。
「レム・ホフロフ」と刻まれたそれは、物理学者で、1973年から77年までモスクワ大学総長を務めた、ホフロフ博士のものである。
「素朴と言われてもよい、ともかく人間に会うことだ。人間として、人間同士の友情を結ぶことだ」。1974年9月8日、そう心に期してモスクワの土を踏んだ池田先生が、初めて出会った「人間」こそ、ホフロフ総長であった。
「モスクワは今、金の秋を迎えました。最もよい季節です」。穏やかな笑みを絶やさず、鋭い知性を温厚な振る舞いの中に包み込んでいた総長。
質実そのものの墓石が、そうした姿をしのぶのに、ふさわしいものに思えた。
77年、総長は登山中の事故で、51歳の若さで世を去った。池田先生は81年5月の3度目の訪露で、墓前に献花し、エレーナ夫人の自宅を訪問。残された子息たちを励ましている。
総長との交友はわずか4年に過ぎなかったが、その4年を礎に、モスクワ大学と、池田先生が創立した創価大学との友情はログノフ総長、現サドーヴニチィ総長に引き継がれ、43年後の今、大きく花開いている。
その一つの証左が、モスクワ大学で行われた、池田先生に対する「国際グローバル研究アカデミー」正会員証の授与であった。
授与は、世界50カ国から1500人の学識者らが集った国際会議「グローバリスティクス2017」の初日、9月25日に行われた。
同会議はサドーヴニチィ総長が提唱し、隔年で開かれているもの。開催中、キャンパスの至るところに会議のポスターを見かけ、モスクワ大学が総力を挙げていることが伝わってきた。
しかし総長は、開会式であいさつすると、席をはずさざるを得なかった。総長が正会員を務める最高学術機関「ロシア科学アカデミー」の、総裁選と重なったためである。
多忙を極める、その総長が、日も暗くなった後にわざわざ大学に戻り、本館に招いたのが、池田博正SGI副会長(創大最高顧問)だった。
開口一番、総長は「創価大学は、わがモスクワ大学が、日本で真っ先に交流を始めた大学の一つです。池田先生とは長年にわたって交流し、対談集も出すことができました」と。
そして「創大は私たちにとって、"最優先"の大学なのです」と述べ、再訪への期待を語った。
総長は幾たびも創大を訪れており、直近の来訪は昨年12月15日。プーチン大統領と時を同じくしての訪日だった。
創大訪問の予定は、到着したその日の午後4時。ところが、飛行機の遅れと道路の渋滞が重なり、東京・八王子市のキャンパスに着いた時間は午後7時半になった。予定行事のいくつかをキャンセルしても、驚くには当たらない。
ところが総長は、予定通りに講演を行い、同大学に開設された「ロシアセンター」にも足を運んだ。大学を出発した時、午後9時を過ぎていた。
"創大は最優先の大学"——それが掛け値なしの言葉であることが分かる。
「ぜひ池田先生に、私の心からの敬意をお伝えください。(94年5月、モスクワ大学に)一緒に植えた白樺の木も育っています。先生のご健勝とご長寿を、心から祈っています」
そう総長は、大学本館で池田SGI副会長に語るのだった。

モスクワ大学の正式名称は「M・V・ロモノーソフ記念モスクワ国立大学」という。
1755年、43歳だった科学者ロモノーソフが創立に奔走した。帝政ロシアの時代にあって、"特権階級のためではない、全ての人に開かれた学びの場を"との理想を掲げた。
風当たりは強かった。開校式にも出席できなかった。最初は、小さな薬局を校舎に改装して使った。
「赤の広場」の北側に位置するその場所には、国立歴史博物館が立っている。建物の壁に、大学原点の地であることを示すレリーフが刻まれていた。
「雀が丘」にある現在のモスクワ大学は、一つの街と言っていいほどの、広大なキャンパスを有する。
高さ240メートルの本館は圧倒的な存在感を持ち、モスクワを代表するクラシック建築の一つ。キャンパスにはロモノーソフ像が立ち、ロモノーソフ棟という名の建物もある。
創立者と「建学の精神」を大事にしていることが、一目で分かる。
43年前、池田先生は本館のバルコニーに立ち、市内を一望しながら、ホフロフ総長に語った。
「創価大学は、まだ、誕生したばかりの小さな大学ですが、21世紀には、貴大学に匹敵する大学になって、世界に貢献したいというのが、私の夢なんです」
ロモノーソフと同じ43歳で創大を開学して3年。まだ、卒業生もいなかった。
総長は応じた。「大学の意義は、決して大きさで決まるのではありません。創価大学には、全人類的価値を掲げる、すばらしい『建学の精神』があります。そこには、限りない未来があります。だからこそ私たちは、創価大学と真剣にお付き合いしたいのです」
創価教育の世界的広がり。ロシアをはじめ、各国で活躍する創大卒業生。モスクワ大学と創大の、今も続く留学生の往来——。それらを思う時、池田先生の間断なき行動への感謝とともに、ホフロフ総長の慧眼がしのばれてならない。

「モスクワに来られる時は、いつでもお会いしたい」——「正会員証」の授与翌日の9月26日、アレクセイ・ホフロフ副総長が、池田SGI副会長はじめ訪問団を本館に迎えた。副総長は、レム・ホフロフ総長の子息である。
池田先生が81年、総長の墓参の後、夫人の自宅を訪ね、激励したのが若き日の副総長。以来、先生と3度の出会いを重ねてきた。
「池田先生は偉大な方です。露日の友好、人的交流に長く貢献してこられた」「(初訪露された)74年が『原点』です。私は何度も日本を訪れていますが、常に心掛けているのは、父の開いた道を確かに継承していくということなのです」
にこやかに語る副総長。時は移ろい、体制は変わっても、父から子へ、「心」は確かにつながっていた。
国際会議「グローバリスティクス2017」の期間中、モスクワ大学の植物園に入らせてもらった。
94年5月17日、サドーヴニチィ総長と池田先生が植えた白樺の木が、そこに立っている。
人の腰の高さほどだった若木は、厳寒に、吹雪に嵐に耐えて、大木に育っていた。緑の葉は黄色く色づきはじめ、「金秋」の到来間近を告げていた。
白い木肌。風にさらさらと揺れる細い枝。白樺は優しく、素朴で美しい。
しかし、弱いのではない。やせた土にも育ち、山火事などで荒れた土地にも、最初に姿を見せ、人々を癒やしてくれるのが、白樺の木であるという。
人間もまた、"しなやかな強さ"を持ちたい。相手を思う優しさが世界を結び、ひたむきに信念を語り抜く強さが、社会を変えゆくことを信じたい。
モスクワ大学の白樺が、それを教えてくれた。

2017年10月28日土曜日

2017.10.28 わが友に贈る

季節の変わり目。
バランスの取れた食事
適度な睡眠・運動など
疲れをためない工夫を
新人即生活で進もう!

清澄寺大衆中 P895
『恩をしらぬ人となりて後生に悪道に堕ちさせ給はん事こそ不便に候へ』

☆女性に贈ることば 十月二十八日
小さい頃から、子どもの傾向というものを賢明に見極めていくことです。そうすれば、大きくなって反抗するような時期を迎えたとしても、動じないですむ。

☆今日のことば365 十月二十八日
自惚れは、未来の前進を不明確にし、
暗黒へ梶を取っていくようなものである。

☆10・18「民音創立記念日」特集
◇文化の交流で世界を結ぶ 相互理解深める公益事業
きょう18日、創立記念日を迎えた民主音楽協会(民音)。アジア、中南米、アフリカ、欧州など、世界に文化交流を広げ、名実共に日本を代表する音楽文化団体へと発展した。ここでは、民音の公益事業と、駐日コロンビア共和国大使館のガブリエル・ドゥケ大使へのインタビューを紹介する。

今秋、民音では「ニカラグア共和国」「バーレーン王国」の2カ国との音楽交流が新たに始まり、海外との文化交流は、107カ国・地域となった。
民音は、これまで7万8000回を超す演奏会を開催。鑑賞者は延べ1億1000万人以上に上る。
このほかにも、若手指揮者の登竜門といわれる「東京国際音楽コンクール〈指揮〉」の開催や"青少年に一流の音楽との出あいを"との理念で開始された「学校コンサート」、さらには地域・社会への貢献を目的とした公益事業にも力を注いできた。
創立50周年を迎えた2013年からは、"民音第2期"と位置づけ、日本の優れた伝統芸能を世界に広める活動を展開。同年10・11月に、「民音芸術団」の特別公演が中国の北京、天津両市の3会場で開催された。以来、毎年の公演は、大きな反響を呼んでいる。
さらに、世界と日本の青年音楽家たちの交流を目的とした「Min?On Global Music Network」が、14年から新たにスタート。
15年のロシア公演は、特別な行事のみで使用されるモスクワ大学の「インペリアル・ホール」で行われ、音楽文化を通して、相互理解を深めた。
民音音楽博物館では、「教育、学術および文化の発展に寄与する」との目的から、これまで文化講演会を開催してきた。現在、各国大使館との共催企画も積極的に行われている。

インタビュー 駐日コロンビア共和国大使館 ガブリエル・ドゥケ大使
——昨年、駐日大使に就任されて以降、コロンビア大使館との共催で2回、民音文化講演会が開催されています。

ガブリエル・ドゥケ大使 昨年、パーカッション奏者のトゥパック・マンティージャの講演会を開催しました。先月には、わが国が誇るダンスカンパニー「ペリフェリア」が、ダンスの魅力を伝えてくれました。
どちらの講演会も好評を博し、大変にうれしく思います。
コロンビアと民音との関係は1988年に始まりました。この時、民音の招聘で、「コロンビア国立民族舞踊団」の公演が実現しました。99年には、アンドレス・パストラナ元大統領の来日を記念し、無形文化遺産に登録されている「バランキージャ民族舞踊団」の公演が、民音主催で行われました。
長年にわたる民音とのパートナーシップは、コロンビアと日本の両国間の相互理解を深める上で、非常に有意義なものです。

——池田SGI会長の「芸術・文化・音楽を通しての人間と人間の交流による相互理解こそが、世界平和の基盤である」との理念のもと、民音は1963年10月に誕生しました。

大使 その理念に、全面的に賛同します。SGI会長は、多くの文化的業績を残されています。その一つが民音の創立です。
日本の文化を世界に発信し、世界の多様な文化を日本国内に紹介する。民音の使命の大きさは、計り知れません。
昨年、わが国のサントス大統領がノーベル平和賞を受賞しました。半世紀以上にわたる内戦終結への努力が評価されたものです。
大統領の信念とは、思想や価値観などの差異があったとしても、「我々は『同じ人間』である」ということです。私たちは、人類全体に恩恵をもたらすことに力を合わせていかねばなりません。
「差異」は本来、人間を分断するものではなく、人間を豊かにするものです。その力となるのが、文化交流なのです。

——大使に就任されて、さまざまな日本文化に触れてこられたと伺いました。

大使 私自身、来日してから、より文化の大切さを感じるようになりました。というのも、日本文化を通して、日本のことが、さらに好きになったからです。
歌舞伎、能、和太鼓、墨絵など、日本には洗練された表現の文化が多いと思います。食文化も芸術的です。
コロンビアは、北はカリブ海、西は太平洋に面し、南東部には熱帯雨林が広がっています。生物多様性に富んでいます。
こうした地理的環境が多彩な文化を育みました。また、歴史的にも、先住民の文化、スペイン統治時代の欧州文化の影響も受けています。アフリカ系移民が受け継いできた文化もあります。わが国では、さまざまな文化が融合しています。
音楽のジャンルは多岐にわたり、ダンスの種類も数多くあります。総じて、明るい表現のものが、多いのが特徴です。
こうした「違い」が、私に思考の幅の広がりを、もたらしてくれています。

——最後に、今後の民音の活動に対する期待をお聞かせください。

大使 これまで続けてこられた事業を、さらに発展させてもらいたいと思います。民音の活動は、世界平和を築く基盤となるものです。ぜひ、世界との交流を、さらに広げてほしい。
ただ、コロンビアとの関係は、どの国よりも深いものであってほしいですね(笑い)。
今後も、民音との協力関係を深めながら、文化交流を促進し、日本との友好の絆を強めていきたいと念願しています。

2017年10月27日金曜日

2017.10.27 わが友に贈る

地道な家庭訪問こそ
広布進展の原動力だ。
膝詰めの対話から
新たなうねりを起こし
本年を勝ち飾ろう!

小乗大乗分別抄 P526
『或は慈悲魔と申す魔身に入つて三衣一鉢を身に帯し小乗の一法を行ずるやからはづかの小法を持ちて国中の棟梁たる比叡山竜象の如くなる智者どもを一分我が教にたがへるを見て邪見の者悪人なんどうち思へり』

☆女性に贈ることば 十月二十七日
青春時代、いくら華やかに虚栄を張っても、それだけでは結局、年をとって福運は消えてしまう。虚栄には幸福はない。
地道の中にこそ、幸福の道がある。

☆今日のことば365 十月二十七日
いくら正しい意見だといっても、常に自分の主張だけを貫こうとすれば、人はなかなか聞くものではありません。いつも自分の意見ばかり押し通そうとする人と、ふだん、よく他の人の意見を聞く人とでは、どちらが本当に大事な時に説得力をもつことができるでしょうか。
協調性があり、他の人の意見もよく聞く人こそ、いざというとき、本当に主張しぬきたい意見が皆に聞き入れられるのです。

☆世界の識者の眼 ペルー コンチネンタル大学 エサウ・カロ・メサ総長 2017年10月17日
◇「民衆のため」を忘れるな SGIの人間主義を時代が希求
池田先生は、南米最古の学府である国立サンマルコス大学をはじめ、ペルーの諸大学から名誉学術称号が贈られている。1999年9月には、名門・国立ペルー中央大学から「名誉博士号」が授与された。当時、同大学の総長だったエサウ・カロ・メサ氏(現・コンチネンタル大学総長)に、先生との思い出、創価教育やSGIへの評価などについてインタビューした。(聞き手=西賢一記者)

◇社会を照らす価値創造教育
——池田先生との出会いを教えてください。

カロ総長 初めに、このたびのサンマルコス大学からの「名誉博士号」の授与を、心からお祝い申し上げたいと思います(本年8月)。
「名誉教授」称号(1981年)に続く栄誉は、ペルー社会からの絶大なる信頼の証しといっても過言ではありません。
池田博士は、世界中に"価値の種子"をまき、平和の文化を築くための道筋を示してこられました。そのような方と同時代を生きることができ、誇りに思います。
これから先も長きにわたり、博士が我々と一緒にいてくださることを望み、また祈っています。
私が池田博士という存在に出あったのは、ペルー中央大学の総長時代でした。95年に総長に就任し、「価値創造の教育」を探究する中、その道で世界的に活躍されている人物がいることを知ったのです。
その後、ペルーSGIのシマ理事長(現・最高参与)にお会いし、現代を代表する識者である博士を、より深く理解することができました。
博士の哲学は21世紀に不可欠なものです。ゆえに人間主義の巨匠を、ペルー中央大学にお迎えしたい。その思いを強くした私は、自らが推薦人となって、「名誉博士号」を授与する議案を大学評議会に提出しました。
当時の評議会は、学部長と学生代表らで構成されていました。最初に授与対象者の経歴や業績を詳細かつ厳正に審査します。この時は、平和・文化・教育における博士の顕著な足跡を全員が高く評価し、全会一致で決定したことをよく覚えています。
そして、99年9月に東京で授与式を執り行うことになったのです。

——来日の折には、創価学園・創価大学を視察されています。創価教育の実践は、総長の目にどのように映ったのでしょうか。

総長 まず感銘を受けたのは、創価教育の質の高さです。
"小学校から大学までトータルして見る"という一貫教育システムは、ペルーでは一般的ではありません。しかも、日本をはじめ世界各国に幼稚園もあります。
滞在中、私は関西創価学園と創価大学を訪問しました。そこで目の当たりにしたのは、時間に正確で礼儀正しい生徒・学生の姿であり、彼らと教職員との親しい関係性でした。
"縦"ではなく"横"の関係を築こうとされている教職員の姿勢に感動したのです。
その模範こそ、世界的な指導者でありながら、誰よりも気さくで温かく接してくださった池田博士でした。
私自身も、教育者として、こちらから学生たちの輪の中に入ることを心掛けています。
歴史を振り返ると、ペルーの教育は非常に厳格であったように思えます。そこには、人間的な価値を教えてこなかった一つの反省があります。
わが国では、今も犯罪が多発し、多くの青年たちが価値を見失い、人生を豊かに生きる方法を知らずに育っています。
だからこそ、価値創造の教育が必要である。とりわけ、高等教育を受ける人たちは、知識だけでなく、人間性を育まなければならない——博士の振る舞いと創価教育の実践から、そのことを学ばせていただきました。
博士からは現在も、毎年のようにグリーティングカード(新年状)が届き、そのたびに真の友情を感じ、喜びでいっぱいになります。

◇「正直」「誠実」「勤勉」であれ
——99年の授与式の席上、総長は「今日に通用する教訓」として、インカ帝国時代の三つの倫理観に言及されました。

総長 そうでしたね。
その一つ目は、「アマ・リューリャ」——「うそをついてはならない」です。
単純なようですが、学術界をはじめ、どのような分野でも、客観性や現実性、何より誠実性が求められます。うそによっては、どんな問題も解決することはできません。
二つ目は、「アマ・ケーリャ」——「怠けてはならない」です。
例えば、仕事において肉体的、精神的な負担を軽減し、効率化をはかることは、もちろん必要です。しかし、それにこだわりすぎて、勤勉さを欠くことは望ましくありません。
三つ目は、「アマ・スア」——「盗んではならない」です。
これは、盗難や犯罪といった、社会の秩序を乱す行為の排除であり、私たちは多くの善良な人々が営々として築き上げてきた価値観の破壊を防がなければなりません。
インカ文明は、これらの倫理観によって、「正直さ」「誠実さ」「勤勉さ」という行動規範を民衆の中に打ち立てようとしました。
私が追求してきたのは、価値観の喪失が叫ばれる現代社会において、どうすればこの行動規範を時代精神として復興できるか、ということでした。
その答えを、私は池田博士とSGIが進めておられる「人間革命」運動の中に見いだしたのです。
世界を善の方向へと導く博士の哲学のように、インカの倫理観もまた、私たち自身の行動を通して、ペルー社会に復元しなければならないと考えています。

——SGIの「人間革命」運動のどのような点を評価されていますか。

総長 SGIの皆さんは、"より良いペルー"を目指して、日々奮闘されています。そこには、私たちが忘れてはならない、人間として大変に重要な価値が光っていると感じます。
世界には多くの宗教がありますが、SGIではより人間的な教育が行われていると確信します。
池田博士がペルーを初訪問されて、昨年でちょうど50年になったと伺いました。
その大切な原点を胸に、良き市民であろうとする、お一人お一人に、私は敬意を表したい。
仏法思想の偉大さは、それを実践する皆さんが「生き方が変わった」「元気になった」「幸せになった」という事実によって証明されていくべきでありましょう。
SGIをリードする博士は、言葉で、活字で、行動で、平和貢献の道を歩み続けておられます。その全てが「民衆のため」という一点に集約されていることに感動を禁じ得ません。
わが大学は「コンチネンタル」、つまり「大陸」という名前を冠しています。
その名の通り、これからも広々と開かれた視点を大切にしながら、博士と共に、SGIの皆さんと共に進んでいきたいと願っています。

Esau Caro Meza 1942年生まれ。コンチネンタル大学総長。ペルー中央大学卒。インカ・ガルシラソ・デ・ラ・ベガ大学で博士号を取得(経営学)。化学エンジニア。ペルー中央大学総長などを歴任。創価大学名誉博士。

2017年10月26日木曜日

2017.10.26 わが友に贈る

打てば響くような
反応のスピードこそ
外交の要諦だ。
迅速かつ誠実な行動で
信頼の輪を幾重にも!

御義口伝巻上 P737
『今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は与如来共宿の者なり、傅大士の釈に云く「朝朝仏と共に起き夕夕仏と共に臥し時時に成道し時時に顕本す」と云云』

☆女性に贈ることば 十月二十六日
人に尽くそうと決め、勇気を出して行動を開始した時、もっと強い自分になれる。人間としての器が、もつと大きくなる。

☆今日のことば365 十月二十六日
人が一生の間に体験することは、まことに限られたものである。だが、読書によって、他人の経験を自分の経験として体験することは、人生の深さと世間の広さをまざまざと知ることだといってよい。

☆パラグアイ・ニホンガッコウ大学「名誉教育学博士号」授与式から オルテガ総長の授与の辞 2017年10月16日
本大学の大学評議会の決議によって、池田大作博士のこれまでの偉大なご功績に鑑み、「名誉教育学博士号」を授与することが決定されました。
大学関係者および来賓の皆さまが参列されている席上、大学評議会議長として私に付与された権限によって、この学位記を授与させていただきます。
ただ今から、池田博士には、教育における名誉博士としての全ての権利、義務、尊厳、さらに特権が与えられ、ニホンガッコウ大学の一員となられます。そして、人類のために大変多くの業績を残されている池田博士は、本学で名誉博士としての待遇を受けられることになります。
世界の平和および環境のため、重要な運動を今日まで展開し、善の行動をしてこられたのが池田博士です。
その顕彰の証人として来られた大学関係者の皆さまのご参列に、深く感謝申し上げます。
そして、池田博士への「名誉教育学博士号」授与式に参列された全ての来賓の皆さまにも、心より御礼申し上げます。
大変にありがとうございました(大拍手)。

2017年10月25日水曜日

2017.10.25 わが友に贈る

広布に生きる人生に
行き詰まりはない。
全てを意味あるものに!
たくましき楽観主義で
胸中に新生の太陽を!

諸経と法華経と難易の事 P992
『仏法は体のごとし世間はかげのごとし体曲れば影ななめなり』

☆女性に贈ることば 十月二十五日
教育は、「共育(共に育つ)」です。
子どもは不思議です。子どもには、まぶしい生命の輝きがある。子どもの元気な姿を見れば、大人も元気になる。
にぎやかな子どもの声があるところ、そこには希望がある。
平和がある。生きる喜びがわいてくる。

☆今日のことば365 十月二十五日
歌は心で聴くものだ。そうすれば、その歌の精神が明瞭にわかるだろう。聴く心がなければ、言葉はわかっても、その歌の精神はわかるはずがない。

☆ニホンガッコウ大学「名誉教育学博士号」授与に寄せた池田先生の謝辞 2017年10月16日
一、貴国パラグアイは、偉大なる「太陽の大地」にして「勇壮な歴史を誇る、伝説の大地」(詩人ルベン・ダリオ)と讃えられております。
どこまでも澄み渡る青空、緑輝く大地、平和に流れゆく大河、そして、世界のいずこにも増して、朗らかで、友誼の心あふれる人々——今、私の心は、「太陽の大地」の誇り高き宝友と一緒にあります。
憧れの貴国を、私が初めて訪問できたのは、1993年の2月でありました。
奇しくも、その3月に創立されたのが、青少年を薫育する、貴「ニホンガッコウ」であります。
校歌に、「全体人間になれと、無限の可能性を広げてくれる」「教育の絶え間ない向上を目指す、献身の教育に賞讃あれ」と謳われているように、崇高なる人間教育の理念を掲げ、若き英才を育んでこられました。そして、2008年12月に、世界市民を育成する先進的な知性の学城「ニホンガッコウ大学」が威風堂々とそびえ立ったのであります。
貴大学からの最高に栄えある英知の宝冠を、私は貴国の良き市民、模範の国民として活躍する、敬愛するパラグアイの友をはじめ、世界192カ国・地域のSGIメンバーと共に、分かち合わせていただきます。
誠に、誠にありがとうございます。(大拍手)

◇牧口先生の実践と響き合う理念
一、貴大学のシンボルマークには、両手に抱かれた地球に、パラグアイと日本が描かれています。そこには、最も遠く離れた両国の心を一つに結び、人類に貢献しゆく人材を輩出しようとの、オルテガ総長ご夫妻の強い決意が輝き光っております。
貴国のグアラニーの伝統の言葉に、「志を抱き続ければ、成し遂げられる」とあるように、総長ご夫妻は、幾多の困難を勝ち越えながら、今日の大発展を築いてこられたのであります。
総長ご夫妻は、学生や児童と接する時は、実の父母のように、こまやかに心を配り、保護者であるご家族も折々に学校に招くなど、皆の絆を強め合うひとときを持たれていると伺っております。キャンパスに広がる人間教育の麗しき光景が目に浮かぶようです。
それは、創価教育の創始者である牧口常三郎先生の理念とも深く響き合うものであります。
教育の目的は「子どもの幸福」にあるとの信念に立った牧口先生は、若き日、寒さの厳しい北海道の小学校では、雪の降る朝でも外に出て、登校する子どもたちを迎えました。あかぎれで手を腫らした子がいれば、お湯を沸かし、手を温めてあげたといいます。
また、東京の小学校の校長時代には、弁当を持参できない子どものために、無料の給食を先駆的に実施されるなど、さまざまな工夫をこらし、子どもたちを慈しまれました。
「教育は最優最良の人材にあらざれば成功することの出来ぬ人生最高至難の技術であり芸術である」と牧口先生は宣言されています。
そして、「自他共の幸福」を目指す人間教育の粘り強い推進によって、社会の矛盾や葛藤を打開しつつ、平和な社会の創造をと展望したのであります。
この教育哲学もまた、貴大学の理念に深く通底していることに、私は感銘を深くしております。
貴国が誇る世界的な作家であり、私どもSGIの草の根の教育運動にも深い共感を寄せてくださっていた、ロア・バストス先生は、述べられています。
「大きな出来事というものは、時として目に見えない、ささやかなことから始まることが多いものだ」と。
一人一人の若人を励まし、一人一人の人材を育てゆく教育は、「時として目に見えない」誠に地道な営みであります。
しかし、その弛みなき挑戦の中にこそ、時代を変革し、社会を安定させ、前進させゆく、偉大なる原動力があるのではないでしょうか。

◇壮麗な人間共和と平和友情の花園を
一、歴史を創るのは「水底のゆるやかな動き」である——これは、私が対談したイギリスの大歴史家トインビー博士の深き洞察でもありました。
貴国の国名「パラグアイ」には、「大河の集まる国」との意義があると言われます。
貴大学が、滔々と流れゆく大河の如く、尽きることのない幾多の優秀な人材を育み、世に送り出しながら、パラグアイの大地に、そして地球社会の沃野に、壮麗な人間共和と平和友情の花園を、いよいよ咲き広げていかれることを心から願ってやみません。
私も、今日よりは、誉れ高き貴大学の一員として、先生方とご一緒に、生涯、全力を尽くしゆく決意でおります。
その心情を、私の大好きなグアラニーの箴言に託させていただきます。
「勇者と船の帆は、最後まで屹立している」と。
結びに、わが母校たる貴大学のますますの隆盛と、パラグアイの無窮の栄光、そして本日ご列席のすべての皆様方のますますのご健勝を、心よりお祈り申し上げ、私の謝辞とさせていただきます。
ムーチャス・グラシアス!(スペイン語で「大変にありがとうございました!」)(大拍手)

2017年10月24日火曜日

2017.10.24 わが友に贈る

誉れの「11・18」へ
皆が清新な決意で
広布拡大の快進撃を!
新しい友をつくり
新しい時代を開こう!

御義口伝巻上 P725
『信は智慧の因にして名字即なり信の外に解無く解の外に信無し信の一字を以て妙覚の種子と定めたり』

☆女性に贈ることば 十月二十四日
誠実にかなうものはない。誠実さがないところに、愛情もない。論理も包容力も、ユーモアもなくなる。笑顔も、知恵もなくなる。
誠実が、人びとの心を動かす。誠実が、人生の勝利のカギである。

☆今日のことば365 十月二十四日
職場には、だいたい三様の人がいる。絶対にいなくてはならない人、いてもいなくてもよい人、いないほうがよい人。それは仕事の種類で決まるものではない。人によって決まってくるのである。

☆御書と歩む 第89回 「一念に億劫の辛労」を!
『一念に億劫の辛労を尽せば本来無作の三身念念に起るなり所謂南無妙法蓮華経は精進行なり』(御義口伝、790ページ)

◇通解
一念に億劫の辛労を尽くして、自行化他にわたる実践に励んでいくなら、本来、わが身に具わっている仏の生命が瞬間瞬間に現れてくる。いわゆる南無妙法蓮華経は精進行である。

◇同志への指針
いかなる壁も、題目を唱え抜いて突破する。一念を定めた今の勇猛精進が、億劫にも通ずる地涌の大闘争だ。
妙法のために尽くす辛労に一切の無駄はない。広宣流布の最前線で、負けじと勇んで戦い進む中でこそ、仏の智慧は躍動する。諸天も動き、必ず活路は開けるのだ。
信頼するわが同志よ、悪戦苦闘を突き抜けて、歓喜の大功力を漲らせてくれ給え!

2017年10月23日月曜日

2017.10.23 わが友に贈る

◇今週のことば
「日本の柱」は勝ちたり。
皆の尊き大奮闘、万歳!
「冥の照覧」は厳然だ。
福運も仏縁も満々と
さあ 胸張り前進を!
2017年10月23日

諸法実相抄 P1360
『釈迦仏多宝仏十方の諸仏菩薩虚空にして二仏うなづき合い、定めさせ給いしは別の事には非ず、唯ひとへに末法の令法久住の故なり』

☆女性に贈ることば 十月二十三日
伸びようとしている人は美しい。人生という旅は、足を止めてしまえば、そこが終点である。
生きているかぎり、より高く、より深く、広い何かを求めて、進歩していきたい。

☆今日のことば365 十月二十三日
親子の愛、夫婦の愛、恋人同士の愛、友愛等----さまざまな愛があろうが、そのなかに流れゆくものは、いつも生命の暖かいふれあいなのだ。

☆御書と歩む 第88回 嵐に不動の鍛えの信心で
『きたはぬ・かねは・さかんなる火に入るればとくとけ候、冰をゆに入るがごとし、剣なんどは大火に入るれども暫くはとけず是きたへる故なり』(四条金吾殿御返事、1169ページ)

◇通解
鍛えられていない鉄は、燃え盛る火に入れれば、すぐに溶けてしまう。それは、氷を湯に入れたようなものである。剣などは、大火に入れても、しばらくは溶けない。これは、鍛えられているからである。

◇同志への指針
わが門下は鍛え抜いた宝剣なり! 試練の炎にも怯むことなかれ! これが御本仏の烈々たる師子吼であられる。
「仏法は勝負」だ。断じて負けない金剛不壊の生命を発揮する信仰なのだ。ひたぶるに仏道修行に徹しゆく人は、「ここぞ」という時に、必ず絶対勝利の実証を示せる。
創価の青年は、何ものにも翻弄されぬ「世雄」(社会の英雄)と勝ち光れ!

2017年10月22日日曜日

2017.10.22 わが友に贈る

広宣流布の労苦は全て
「今生人界の思出」に。
わが身を飾る大福徳に。
栄光の創立記念日へ
共々に凱歌の歴史を!

新池御書 P1443
『相構へていかにしても此の度此の経を能く信じて命終の時千仏の迎いに預り霊山浄土に走りまいり自受法楽すべし、信心弱くして成仏ののびん時某をうらみさせ給ふな』

☆女性に贈ることば 十月二十二日
すべての努力は、人生の宝です。勝利の宝であり、幸福の宝です。

☆今日のことば365 十月二十二日
岩に、さえぎられた苗木は、まっすぐに伸びることはできない。かといって、温室で育てられたものは、はやく生長するが、風雪に対する抵抗力が弱いものである。伸び伸びと、自由な空気のなかで、しかも、自然な試練のなかに、きたえられていくことが、本人にとって、最も幸せな道ではないだろうか。

☆ワールドリポート 微笑みの国タイ バーンサパーン本部バーングルード地区 2017年10月13日
◇さあ今日も友のもとへ!
◇広布の一粒種誕生から14年 咲き輝く2000人の笑顔
本年、地涌の陣列が16万人を超え、勢いよく発展を遂げるタイ創価学会。首都バンコクをはじめ、プーケットやサムイ島などタイ南部でも、拡大の機運が高まっている。バンコクから車で南へ4時間。プラチュワプキーリーカンの友を訪ねた。(記事=小野顕一、写真=伊野光)

車で南下するにつれ、日差しがジリジリと強まる。
車中、バンコクからタイ南部に通うリーダーが教えてくれた。「これから向かうバーンサパーン本部は、十数年前までメンバーがいませんでした。今では800世帯、2000人が活動しています」「次々に新しい地区や支部が誕生して、名称を覚えるのが一苦労です」と、にこやかに笑う。
海岸沿いの家で、同本部・バーングルード地区の座談会が行われていた(先月19日)。会場に入ると、照りつける太陽から一転、暗い室内に目がくらむ。平日の昼、午後1時から始まった座談会だが、会場は多くの人でにぎわっていた。
「活動に励む中で、時間を自在に活用できる境涯になっていけるんです」と、漁師のチャイナロン・ノーイポンさん(副支部長)。この会場の提供者だ。
入会は6年前。がんに苦しむめいが、信心で病を克服したことに驚いた。「何かあったら祈って」の一言が胸に残った。
ある朝の漁。魚に引っ張られて、釣り竿が海中に沈んでしまった。無我夢中で題目を唱え、海面から水中を探る。すると信じられないことに、釣り竿が浮かび上がってきた。おまけに、針には巨大な魚が。
この日をきっかけに、チャイナロンさんは活動に参加。幸・不幸を決めるのは自身の一念であると学び、信仰の喜びを語り歩いた。
2011年8月、折伏した友人3人と共に御本尊を受持。友人が、またその友人に弘教を実らせ、歓喜の輪は70人に広がっている。

この地で最初に信心を始めたのは、パイブーン・タンマウィスットさん(本部長)とプラパーポーン・タユウさん(婦人部本部長)夫妻。2003年9月、母の勧めで入会した。
ぜんそくやリウマチに悩んでいた夫妻だが、「唱題すると、健康を取り戻し、元気に活躍する未来の姿が浮かびました」。病気を治し、信心の確信を得る。翌年には折伏も実りだした。
収穫に波があったゴムの栽培も安定。弘教に歩いた分、ゴムの木も大きく成長するように思えた。品質の良さが口コミで広がり、大口の顧客にも恵まれた。
「友人に語れる体験が増えた。それが一番の喜びです」と夫妻は言う。「会う人全てに、仏法の偉大さを伝えています。悩みのない人はいませんから」
タイは国民の大半が仏教徒。仏法用語への理解もある。「でも学会で折伏を実践するまでは、どこか遠い教えのように感じていました」と地区の友は言う。
「宿命」という言葉も、宿命転換の法理を知らなければ、「宿命だから……」と諦めを促すものとなる。
宿命転換の仏法を知った喜び、そして活動から得る生命の充実が、どの友の表情にもあふれていた。
魚屋を営むソムチャーイ・ノーイポンさん(副支部長)は、「信心をする前、家族の中で、私は犬より人気がなかった」と笑う。
家庭不和に貧乏、さらに病に苦しむ姿を見かねた妹から仏法の話を聞き、6年前に入会。健康を回復し、家を好条件で購入することができた。あれほど悩んだ家庭内の口論もなくなり、両親と7人のきょうだい、そして2人の子と共に、一家和楽の信心に励む。
「願いがかなうこともそうですが、それ以上に"なぜその問題で悩む必要があったのか"、納得できる答えが得られることに感謝です」とソムチャーイさん。仕事後、皆で唱題するのが何よりの楽しみと話す。
唐辛子とキュウリ栽培を手掛けるモンティカー・カンナークさん(婦人部員)は、先に入会した両親から唱題を勧められていた。
だが4年前の5月、父が事故で急死。打ちひしがれる母に、同志がつきっきりで激励を重ねてくれた。
その励ましの心に接し、モンティカーさんは、仏法に縁した父が、宿命を転換して次の生に旅立ったことを確信する。一昨年5月、御本尊を受持した。
「信心の偉大さを示し語れるように」と祈ると、収穫量が日ごとに増え、作物が考えられないほどの高値で売れた。そうした彼女の変化を間近で見ていた友人も、御本尊を頂いている。
家具職人のコーソン・トーンテーさん(副支部長、2011年入会)は同志の振る舞いに胸を打たれた。
タイでは、あいさつの際に手を合わせるが、学会員がまるで仏を敬うように手を合わせる姿に、この上ない誠実さを感じたという。「正しい道を教えている」と直感し、それから学会の会合に参加するように。
相手に寄り添う家具作りができ、それが好調な売り上げにも直結。「池田先生に感謝をお伝えしたい。私たちが日蓮大聖人の仏法を信じられるのは、先生のおかげですから」と語る。
同本部では12月に御本尊授与式が行われる。30人の会友が、教学を深めつつ、御本尊を自宅に迎える日を心待ちにしている。
取材中、ふと気が付いた。
タイの同志が必ず、「信心を教えてくれた池田先生に恩返しがしたい。だから広宣流布がしたい」と、異口同音に言うことに——。
感謝と報恩の行動ある限り、人生はどこまでも勝ち開ける。友の太陽のような微笑みが、そのことを雄弁に物語っていた。

2017年10月21日土曜日

2017.10.21 わが友に贈る

「其の国の仏法は貴辺に
まかせたてまつり候ぞ」
執念の祈りと挑戦で
わが使命の天地に
広布の大金字塔を!

千日尼御前御返事 P1316
『法華経の師子王を持つ女人は一切の地獄餓鬼畜生等の百獣に恐るる事なし』

☆女性に贈ることば 十月二十一日
背伸びをすることなく、つくろうことなく、しかし決して怯むことなく、その場その場で自分のもてる力を、誠実に真剣に出しきっていく。その人こそ、平凡に見えて、豊かな知恵の人であろう。

☆今日のことば365 十月二十一日
若いのだ 進もう
 一直線に 吾が道を
若いのだ 働こう
 天より与えられし ものを作る思いで
若いのだ 勇気を出せ
 師の下に戦うは 総てが 善に通ずるを確信して
若いのだ 快活であれ
 負けても 勝っても 苦しくとも 淋しくとも

☆金秋のモスクワ 初訪露43年 池田先生の足跡をたどって(上) 2017年10月12日
◇「使命感」が人間を偉大にする
その場所を訪ねたのは、9月23日土曜日、快晴の朝だった。モスクワのひんやりとした空気は、はや晩秋を思わせる。
ロシアのノーベル文学賞作家ミハイル・ショーロホフ氏の部屋があったアパートは、クレムリンの西、シプチェフ・ブラジェク通りの33番に、質素なたたずまいで、今も健在だった。
43年前、池田先生との会談が行われた、まさにその場所である。
建物の壁には、ここにかつて住んだ著名人のレリーフが並ぶ。ソ連時代の軍人たちに交じってショーロホフ氏のレリーフがあった。
建物の入り口はテープで遮られ、どうやら改装中らしい。インターホンを押し、遠く日本から訪ねた「理由」を伝えてみた。
"ロシアのお母さん"といった風情の、気のいいご婦人が工事の立会人で、快く中に通してくれた。ショーロホフ氏の部屋は、4階の9号室だったという。
婦人はエカテリーナ・ミレンチェワ・ファジーエワさん。驚いたことに、父親がショーロホフ氏と友人だったと話す。ソ連時代、ロシア共和国の文化省で要職にあったそうで、「ノーベル文学賞の授賞式にも、父はショーロホフと共に行きました」と教えてくれた。
「歴史を残すのは大事なことです」。笑顔で語るエカテリーナさんと別れ、再び通りから9号室を見上げてみる。ここで43年前、ロシアきっての文豪と、東洋の仏教指導者である先生が出会ったのだと思うと、深い感慨が込み上げてきた。
——1974年9月16日午後、語らいは実現した。
初訪露の過密な行程の中で、この会談だけは、池田先生のほうから強く希望したものだった。『静かなドン』『人間の運命』をはじめ、ロシアの大地と民衆に根差して歴史を捉えた、骨太のショーロホフ文学に魅了されてきたからだ。
しかし、会談が実現するかどうかは、直前まで分からなかった。
ショーロホフ氏は当時69歳。健康状態は思わしくなく、しかも普段は、モスクワから離れた、ドン川のほとりにあるヴョーシェンスカヤ村で暮らしていた。
だが、関係者の心配は杞憂に終わる。池田先生という人物に氏は大いに関心を抱き、医師の制止を押し切って、このモスクワのアパートに出向いたのである。
氏はわざわざスーツに着替え、先生を迎えた。
「ロストフには行きましたか」と、氏は尋ねた。ロストフ州は氏の故郷であり、『静かなドン』の舞台でもある。
先生は答えた。
「いいえ、今回は、訪問することはできませんでした。いつか、ぜひ、ご一緒に訪問させていただきたい」「そのためにもショーロホフ先生には、いつまでも、お元気でいていただかなくてはなりません。東洋には、深い使命に生きる人は、健康になるという考えがあります。一番、大切なのは、使命感です」
氏が返した。「私も、それを信じます。何回も入院したが、病気を克服して出てきました。私は使命感を忘れたことはありません」
池田先生に期待通りの"人物"を見たからだろう。氏は終始、上機嫌で、コニャックを持ち出し、酒を飲まない先生に勧め、困らせる場面もあった。
「私は飲めませんが、私の師匠の前会長は、よく飲みました。その前の会長は飲みません。"飲む・飲まない"が交互になっているんです」
そんな先生の当意即妙の答えから、話題は自然に、創価学会の師弟、軍部政府の弾圧と戦った歴史に及んでいった。
ショーロホフ氏もまた、ロシア革命後の内戦の中で青春を送り、第2次世界大戦では、ドイツ軍の爆撃で母を亡くした。遠くの中学に入った一人息子と文通したい一心で文字を覚えたという、けなげで、いとしい大切な母を——。
あまつさえ、会談当時、文豪は"『静かなドン』は盗作"とする、いわれなき中傷とも戦っていた。
人間は、歴史という大河の流れに任せて、波間を漂う木の葉のような存在にすぎないのか。それとも、逆巻く運命の波に抗い、自らの人生を切り開こうとする戦いに価値があるのか。
それはショーロホフ文学、いなショーロホフという人間そのものの真髄に迫る問いであり、だからこそ先生が、ぜひとも聞いてみたいテーマであった。
「運命の変革を突き詰めて考えていくならば、どうしても自己自身の変革の問題と関連してくると思います。この点はどのようにお考えでしょうか」
それに対する氏の見解こそは、語らいの核心を成すものだった。
「運命に負けないかどうかは、その人の信念の問題であると思います。一定の目的に向かう信念のない人は何もできません。
われわれは、皆が"幸福の鍛冶屋"です。幸福になるために、精神をどれだけ鍛え抜いていくかです。精神的に強い人は、たとえ運命の曲がり角にあっても、自分の生き方に一定の影響を与えうるものです」
池田先生はうなずいた。
「まったく同感です。たとえ、どんなに過酷な運命であっても、それに負けない最高の自己をつくる道を教えているのが仏法なんです。その最高の自己を『仏』と言います。
また、そう自分を変革することを、私たちは『人間革命』と呼んでいます」
——語らいから43年。モスクワで、うれしい出会いがあった。
池田先生に対し、モスクワ大学でロシア「国際グローバル研究アカデミー」正会員証が授与された翌日(9月26日)、氏の令孫であるアレクサンドル・ショーロホフ下院(国家院)議員(ロシア国際博物館評議会会長)と、池田博正SGI副会長をはじめ代表団の懇談が持たれたのである。
祖父のアパートにあるレリーフのことが話題に上ると、議員は「"偉大なる池田先生とショーロホフがここで会見した"と、そこに刻まれるべきですね」と笑顔で応じた。
さらに議員は、『静かなドン』が近年、テレビドラマになった話題を紹介。「古典や名著は、どんなに時代が変わり光の当てられ方が変わっても、人々に訴え掛ける力を持っているものです」と語るのだった。
そして、一冊の書籍を手渡した。
『わが父について』。議員の父君が、その父親である文豪ショーロホフとの思い出をつづった本である。「池田会長。心からの敬意を込めて。貴殿がかつて始めた対話を続けるために」と献辞が添えられていた。
父から子、子から孫へ、ショーロホフ家の魂が受け継がれているように、祖父ショーロホフと池田先生が始めた対話もまた、世代を超えて続いている証しとして、贈られたのである。
モスクワの秋は短い。10月にはもう雪が舞い、長い冬がやってくる。だからこそ、命を燃やして輝く黄葉がいとおしい。
ロシアの人々は、この短く美しい季節を「黄金の秋」と呼ぶ。
通りの街路樹の葉は淡く色づき、まさに、金秋の季節が始まろうとしていた。
市街を蛇行して流れるモスクワ川は、ゆるやかに、しかし確かに、水を運んでいた。その流れはオカ川へと注ぎ、オカ川はやがてヴォルガ川と合流して、はるかカスピ海にたどり着く。
川の水は、一時として同じ場所にとどまらない。同じように、現在は瞬く間に過去へと流れ去り、人間を待ってはくれない。
しかし、だからこそ、諦めるのでもなく、時流に右往左往するのでもなく、この世に生を受けた根源の使命を深く見つめて、「今」という瞬間瞬間を、真剣に戦い抜く人でありたい。
その努力の中でのみ、時空の壁を乗り越える偉大なる精神の力を、人は、得ることができるのだろう。

2017年10月20日金曜日

2017.10.20 わが友に贈る

御聖訓「ちかいし願
やぶるべからず」
誓願は果たしてこそ!
決定した祈りと行動で
断じて栄光をつかもう!

開目抄下 P236
『設い山林にまじわつて一念三千の観をこらすとも空閑にして三密の油をこぼさずとも時機をしらず摂折の二門を弁へずばいかでか生死を離るべき』

☆女性に贈ることば 十月二十日
人ではない。自分である。自分が成長すれば周囲も変わる。
自分を見つめず、何を論じ何を行っても、無責任であるし、大きな価値は生めないであろう。

☆今日のことば365 十月二十日
スポーツには、ルールがきちんと定められており、そのルールにのっとって、フェア・プレーすることが要求されます。ルールを守ること、卑怯な行動をとらないこと、チームのなかで自分の役目を果たすこと、互いの弱点をカバーし合い、助け合っていくこと、これらは、あらゆる社会生活に共通する重要な精神だと思います。

☆新時代を進む 第19回 正義の走者は"澎湃"と!
我ら創価家族には、偉大な正義の源流がある。
戦時中、軍部政府の弾圧にも断じて屈しなかった殉教の師父・牧口先生が、獄中で最後の葉書を綴られたのは、昭和19年(1944年)の10月13日であった。
御本仏御入滅のこの日、先生は「三障四魔ガ紛起スルノハ当然デ、経文通リデス」と大確信を記された。
先師の死身弘法を偲び、「立正安国」の魂を胸に奮闘する全同志に届けと、八王子の東京牧口記念会館で勤行・唱題した(10日)。
会館には、随所に線が引かれた、牧口先生の座右の御書が保管されている。
「極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず」
「日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず」
「いまだこりず候」
「悪は多けれども一善にかつ事なし」
広布の大闘争の中でこそ、境涯革命ができ、無量の大福運を積める。ゆえに、大聖人直結の「勇気」と「執念」と「団結」で恐れなく戦い進め、との先師の師子吼が生命に響いてくる。
— ◇ —
東京富士美術館の「遥かなるルネサンス」展にも立ち寄り、イタリアが誇る美の至宝を鑑賞した。
その一つに、ルネサンス期の美術工芸の名品「市民を救うカエサルが描かれた大皿」が展示されている。
厳しい戦いに臨んだ古代ローマの英雄カエサルは、「この困難は、ただ機敏な行動によってのみ克服される」と叫んだ。
学会の強さはスピードである。どんな困難にも、創価の英雄は迅速果敢な行動で栄光の逆転劇を生むのだ。
— ◇ —
牧口先生の夢を実現した創価大学・創価女子短期大学のキャンパスも回った。
創大祭・白鳥祭を大成功で終え、愛する創大生・短大生が躍動していた。英知の世界市民たる留学生の友情も、尊く輝き光っている。
牧口先生が若き日、用いられた筆名は「澎湃」である。水が漲るように勢いを増す生命力で「従藍而青」の人材群を育成されたのだ。
先生が展望した、民衆の幸福と平和を開く「人道的競争」の時代が始まった。その先頭に正義の走者たる創価のメロスたちが、いよいよ"澎湃"と躍り出ている。
— ◇ —
寒さが本格化してきた。北海道や東北はじめ全宝友の健康と無事安穏を祈る。無冠の友も、お元気で! 皆で悔いなく走り切って、立正安国の勝利を飾ろう!

2017年10月19日木曜日

2017.10.19 わが友に贈る

「強敵を伏して
始て力士をしる」御聖訓。
困難に挑み抜いてこそ
本当の力が発揮される。
破竹の勢いで進もう!

日女御前御返事 P1243
『爰に日蓮いかなる不思議にてや候らん竜樹天親等天台妙楽等だにも顕し給はざる大曼荼羅を末法二百余年の比はじめて法華弘通のはたじるしとして顕し奉る』

☆女性に贈ることば 十月十九日
声は鏡であり、その人の境涯が、くつきりと映し出される。
声ひとつで、人びとに希望を与え、納得と安心を広げ、正義を奮い起こしていくことができる。

☆今日のことば365 十月十九日
人間誰しも
 悩みは一生にわたってあるものだ
ただ その悩みをいかに転換させ
 人生をして向上にむかわしめてゆくかが
  大事な起点であるといっていい

☆御書と歩む 第87回 題目には無量無辺の功徳力
『今法華経は四十余年の諸経を一経に収めて十方世界の三身円満の諸仏をあつめて釈迦一仏の分身の諸仏と談ずる故に一仏・一切仏にして妙法の二字に諸仏皆収まれり、故に妙法蓮華経の五字を唱うる功徳莫大なり』(唱法華題目抄、13ページ)

◇通解
今、法華経は、四十余年の諸経を一経に収め、十方世界の(法・報・応の)三身円満の諸仏を釈迦一仏の分身の諸仏であると説くゆえに、一仏は一切仏であり、妙法の二字に諸仏は皆、収まるのである。ゆえに妙法蓮華経の五字を唱える功徳は莫大である。

◇同志への指針
妙法は一切を動かす大宇宙の根源の力である。ゆえに、我らの唱題の音声は、十方世界に轟きわたる。届かないところなどない。
自行化他の題目に、諸天は舞い、十方の諸仏は歓喜する。万人の仏性を呼び覚ます、無量無辺の功徳力がある。
宿命転換も唱題だ。人間革命も唱題だ。広宣流布も唱題だ。地涌の題目の底力を、今こそ発揮しようではないか!

☆10月度座談会拝読御書 阿仏房尼御前御返事
◇本抄について
本抄は、日蓮大聖人が身延の地から、佐渡の門下である阿仏房の妻・千日尼に送られた御消息です。建治元年(1275年)の御述作とされてきましたが、現在は建治2年(1276年)と考えられています。
千日尼は、大聖人の佐渡流罪中に、夫の阿仏房と一緒に大聖人に帰依し、苦境にあられた大聖人のもとに夫と共に通って種々の品を御供養するなど、強盛な信心を貫きました。
大聖人が佐渡流罪を赦免になり、身延に入山されてからも、千日尼は阿仏房を度々、大聖人のもとへ送り出しています。
本抄は、千日尼が謗法の罪の軽重の問題について質問したことに対し認められた御返事です。
大聖人は、法華経は一切衆生を仏にする教えであり、法華経への信心があれば、必ず成仏できることを教えられています。拝読御文では、いよいよ強盛な信心に励んでいくよう激励され、仏法を語って人々から憎まれたとしても信心を貫いていくよう励まされています。

◇拝読御文
『弥信心をはげみ給うべし、仏法の道理を人に語らむ者をば男女僧尼必ずにくむべし、よしにくまばにくめ法華経・釈迦仏・天台・妙楽・伝教・章安等の金言に身をまかすべし、如説修行の人とは是れなり』

◇仏縁の拡大
仏法では衆生の成仏への過程について、種熟脱の三義を説いています。これは植物が、初めは種から発芽し、成長し、実を結ぶ過程に譬えて、衆生の成仏への過程を示したものです。
このなかで一切の出発点となるのが、衆生の心田に成仏への種を下ろす「下種」という働き掛けです。
法華経では、一切衆生の生命に、もともと仏性という成仏への因が具わっていると説きます。具体的にその仏性を発動させていく働き掛けが、妙法を説いて衆生の生命に成仏の種子を下ろす「下種」という行為なのです。
日蓮大聖人は「仏種は縁に従って起る是の故に一乗を説くなるべし」(御書1467ページ)と仰せです。
すなわち一乗(妙法)を聞いたという縁に触発されて初めて、人々の胸中に「仏種」が形成され、芽生えていくのです。
ここでいう「仏種」とは、衆生の生命にもともと具わる仏性のことです。成仏の根本因を植物の種に譬えて仏種と呼んでいます。
人々に大聖人の仏法を語っていく行為は、相手の成仏への機縁となる尊い行為であり、その功徳は計り知れません。
妙法を根本に誠実な対話によって仏縁を広げることで、自他共の幸福の連帯が広がっていくのです。

◇「如説修行」
日蓮大聖人は拝読御文で法華経や釈尊の教え、さらに天台、妙楽、伝教、章安という仏法の正師の教え通りに実践する人が「如説修行の人」であると教えられています。
「如説修行」は法華経の文であり、「説の如く修行す」と読み下します。
大聖人は「如説修行抄」で、「此等のをきての明鏡を本として一分もたがえず唯有一乗法と信ずるを如説修行の人とは仏は定めさせ給へり」(御書503ページ)と仰せです。
「此等のをきて」とは、法華経以外の爾前権教は全て無得道であるから捨てるべきであるとの仏説を指しています。法華経のみが成仏の法であると信じて実践する人こそ、如説修行の人です。
大聖人は、仏の教えのままに、大難を乗り越えながら法華経の肝要である南無妙法蓮華経を弘め抜かれました。
さらに大聖人は同抄で、「釈尊御入滅の後二千余年が間に如説修行の行者は釈尊・天台・伝教の三人は・さてをき候ぬ、末法に入っては日蓮並びに弟子檀那等是なり」(同504ページ)と、折伏行を実践している大聖人とその門下こそが末法における「如説修行の行者」であると断言されています。
現代において、大聖人の仰せのままに妙法を弘通している団体は、創価学会以外にありません。
大聖人は「法華経の行者は如説修行せば必ず一生の中に一人も残らず成仏す可し」(同416ページ)と仰せです。創価学会員として御書に仰せの通りに仏法を実践することが、成仏への直道となるのです。

◇順縁・逆縁
友人が仏法の教えを聞いて、素直に信じ仏道に入ることを「順縁」といいます。
逆に、友人が反発する場合もあります。しかし、その場合も、仏法の教えを聞いたということは、仏法に縁したことにほかなりません。仏法に対し悪い行いをしても、それがかえって仏道に入るきっかけとなることを「逆縁」といいます。
日蓮大聖人は、次のように仰せです。
「とてもかくても法華経を強いて説き聞かすべし、信ぜん人は仏になるべし謗ぜん者は毒鼓の縁となって仏になるべきなり、何にとしても仏の種は法華経より外になきなり」(御書552ページ)
「毒鼓」とは、毒薬が塗られた太鼓のことで、涅槃経には、その音を耳にした人は、たとえ聞くつもりがなくても、皆、死んでしまうと説かれています。
ここで"死ぬ"とは、「煩悩が死ぬ」ことを意味し、妙法に縁すれば、たとえ反発した人であっても、煩悩を滅して成仏に至ることを譬えています。
相手が正法を耳にすればいつかは必ず信心に目覚め、成仏することができます。ゆえに、大聖人は「強いて法華経の五字の題名を聞かすべきなり、是ならでは仏になる道はなきが故なり」(同ページ)と、妙法蓮華経の五字を説き聞かせる以外に「仏になる道」はないと断言されているのです。
順縁・逆縁、いずれの衆生も救うのが、南無妙法蓮華経の仏法です。大聖人の仏法は、まさに末法において万人の救済を可能とする教えなのです。

◇池田先生の指針から 難が競うのは正法である証し
仏法を語れば必ず難にあう。悪世の中で、真実を語り抜くほどの難事はありません。大聖人は、千日尼を励まされました。
「仏法の道理を人に語らむ者をば男女僧尼必ずにくむべし、よしにくまばにくめ」(御書1308ページ)
正法を語って悪口罵詈されることは、最高の名誉である。
仏法のために、嫌な思いをした分だけ、すべて功徳に変わる。勇気をもって正義を語り抜くことこそ、「如説修行」の実践であると示されているのです。
生命は永遠であり、妙法の力用は宇宙大です。
この世の非難中傷など、あまりにも小さな波にすぎない。そう心に決めた大勇の信心が、無量無辺の大福運となって、わが生命を、一家眷属を、三世永遠の幸福と栄光で包んでいく。
これが仏法の因果の理法であります。
戸田先生も、「何があろうと、広宣流布のためには、びくともしない人間となれ!」と教えられました。(『御書と師弟』第3巻)
◇ ◆ ◇
当時、皆で学んだ「阿仏房尼御前御返事」には、次のような一節があった。
「弥信心をはげみ給うべし、仏法の道理を人に語らむ者をば男女僧尼必ずにくむべし、よしにくまばにくめ法華経・釈迦仏・天台・妙楽・伝教・章安等の金言に身をまかすべし、如説修行の人とは是れなり」(同ページ)
私は訴えていった。
経文に照らし、御書に照らし、正法正義を叫べば、必ず迫害がある。非難、中傷のつぶてを浴びる。
それは、正義の証明なのである。ゆえに絶対に臆してはならない。
「憎むなら憎むがいい! 自分は何も恐れないぞ」と、いよいよ信心の炎を燃やすことだ! いよいよ正義を叫ぶことだ!
その人が「如説修行の人」なのである。
御本仏・蓮祖の御指南に一分の誤りもないのだ。(『池田大作全集』第132巻)

参考文献
○…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第14巻(聖教新聞社)

2017年10月18日水曜日

2017.10.18 わが友に贈る

信心とは行動の異名だ。
広布に動けば動くほど
友情と境涯は広がる。
さあ今日もはつらつと
足取り軽く友のもとへ!

四条金吾殿御返事 P1180
『此れ程の不思議は候はず此れ偏に陰徳あれば陽報ありとは此れなり』

☆女性に贈ることば 十月十八日
誰が見ていようと、見ていまいと、つねに人間として正しい行動を貫いている。いっさい恥じるところがない。ゆえに心は青空の如く晴れ晴れとし、悠々としていられる。
これこそ、優れた人物に共通する楽しみであり、また誇りである。

☆今日のことば365 十月十八日
あまり若い時にあさましい恋愛をするのは私には賛成できません。恋は一生に一度、命がけですればよいのだ。情熱は、牛のよだれのようにだらだらと流すものではありません。

☆新時代を進む 第18回 心を結べ!仏縁を幾重にも
わが師の笑顔が浮かぶ。戸田先生が放たれた「原水爆禁止宣言」より60年——。
歴史を画する「核兵器禁止条約」が国連で採択され、その発効へ力強く尽力されるICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)に、今年のノーベル平和賞の授賞が決定した。
広島・長崎の被爆者の熱願を世界へ伝え、核兵器の非人道性を訴え続けてこられた尊き奮闘に敬意を表し、心から祝福申し上げたい。
ICANの方々と手を携え、世界中で核兵器廃絶を訴える展示の開催など民衆行動を進めてきた創価の青年を、恩師も労い、讃えてくださっているに違いない。
「核兵器なき世界」への大いなる一歩前進である。「無理だ」「不可能だ」と絶望するような局面でも、絶対に諦めない。皆が心を合わせ、連帯を広げ、新しい力を糾合すれば、世界の未来は必ず開いていけるのだ。
— ◇ —
日蓮大聖人は仰せである。「御勘気を二度まで・かほり・すでに頸となりしかども・ついにをそれずして候へば、今は日本国の人人も道理かと申すへんもあるやらん」(御書1138ページ)
いかなる試練があろうと、恐れなく正義を掲げ、叫び切る。その一貫した信念の行動が、人々の心を変える。
大聖人の「立正安国」の御精神と、恩師の遺訓を原点として、我らは、どんな困難にも一歩も退かず、大誠実の対話を貫き通している。だからこそ、今や世界の良識が絶大なる信頼を寄せ、創価の前進勝利を熱く見つめているのだ。
「地球民族の平和の柱」「生命尊厳の哲理の眼目」「人道勝利の栄光の大船」として、遠大な未来を展望しつつ、今日も一人一人と心を結び、仏縁を幾重にも広げていこうではないか!
— ◇ —
「原水爆禁止宣言」の前年(1956年)、恩師の心を体し、私は不二の関西の宝友たちと、揺るぎない民衆の正義と平和の連帯を築き上げた。
さらに、その年の10月、全国から勇み集った同志と山口開拓闘争を開始した。まず10日間の短期決戦を一日一日、誇りも高く——「必ず勝つと決めて祈る」「心を一つに励まし合う」「勇気と確信で語り切る」と、皆で勝利へ走り抜いた。
病気と闘う友とは、「南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや」(同1124ページ)の御聖訓を一緒に拝した。
広布の大使命に挑む学会員の色心は、かけがえのない「宝器」である。師子王の頑健なる大生命力が漲らないわけがない。
わが全同志の健康を妻と強く祈念する日々である。

☆池田華陽会御書30編に学ぶ 女子部教学室 法華証明抄 2017年10月14日
◇師弟を根本に勝利の人生を
今月は「法華証明抄」を学びます。
池田先生は、つづっています。
「弟子が師と不二の道を貫けば、打ち破れない魔性などありません。師弟が一体であれば、変毒為薬できない病気などありません。健康・長寿の要諦を示す『師弟勝利の一書』。これが『法華証明抄』です」
病と闘う愛弟子に本抄で渾身の大激励をされた日蓮大聖人。その法華経の行者としての烈々たる師子吼を心に刻みましょう。(拝読範囲は本抄全編です)

◇本抄について
本抄は、弘安5年(1282年)2月28日、日蓮大聖人が身延で認められ、駿河国(静岡県中央部)の門下である南条時光に送られたお手紙です。
熱原の法難を、強盛な信心で勇敢に乗り越えた時光は、この時、24歳の青年でした。その時光が重病であるとの報告が大聖人のもとに入ります。
実は、大聖人御自身も、この前年から病と闘われていました。本抄を送られる3日前には、時光へのお見舞いの書状を弟子に代筆させて送られています。そして今度は自らが病を押して筆を執られ、時光に宛てて再び送られたのが本抄です。
本抄には、「法華経の行者 日蓮(花押)」と認められています。そのように記された御書は、本抄のみです。
法華経の行者としての立場から、広布後継の弟子の勝利のために厳愛の御指導をされているのが本抄なのです。

◇御文
『すでに仏になるべしと見へ候へば・天魔・外道が病をつけてをどさんと心み候か、命はかぎりある事なり・すこしも・をどろく事なかれ、又鬼神めらめ此の人をなやますは剣をさかさまに・のむか又大火をいだくか、三世十方の仏の大怨敵となるか、あなかしこ・あなかしこ、此の人のやまいを忽になをして・かへりてまほりとなりて鬼道の大苦をぬくべきか、其の義なくして現在には頭破七分の科に行われ・後生には大無間地獄に堕つべきか』(御書1587ページ4行目〜7行目)

◇通解
(南条時光が)もはや仏に成ることは間違いないと見えたからこそ、天魔や外道が病にさせて脅そうとこころみているのでしょう。人の命には限りがあります。ですから少しも驚いてはいけません。
また、鬼神どもよ。この人(時光)を悩ますとは、剣を逆さまにのむのか。自ら、大火を抱くのか。三世十方の仏の大怨敵となるのか。まことに恐れるべきである。
この人の病をすぐに治して、反対に、この人の守りとなって餓鬼道の大苦から免れるべきではないか。そうでなければ、現世には「頭が七つに破れる」との罪を受け、後生には大無間地獄に堕ちるであろう。

◇解説 鬼神を呵責する御本仏の大確信
"後継のわが弟子よ、断じて生き抜け!"
本抄には、病と闘われながら、弟子のために命を削る思いで筆を執られた日蓮大聖人の深き慈愛が込められています。
本抄を頂いた南条時光は、熱原の法難の際、矢面に立って同志を守り抜くなど、強盛な信心を貫いてきた門下です。
その時光の信心の姿勢をたたえて、大聖人は掲げた御文で、時光が仏になることは間違いないと述べられています。
そして、時光が今、直面している病は、天魔や外道が信心を試そうとして起こっていると仰せです。天魔・外道とは、ここでは仏道修行を妨げ、災厄をもたらす働きのことを指します。
「行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競い起る」(御書1087ページ)とあるように、信心の実践が深まっているからこそ障魔が競い起こります。
大事なことは、障魔が競い起こった時に、ひるむことなく戦い抜く勇気です。そして、必ず変毒為薬してみせると腹を決め、広布のためにできる行動を起こすことです。
続いて大聖人は、時光の命を奪おうとする鬼神に対し、"時光を苦しめるとは、自ら身を滅ぼし、あらゆる仏の敵となるつもりか"と烈々たる気迫で叱り飛ばしておられます。
ここでの鬼神とは、人の生命をむしばみ、奪う働きをするものを指します。
もともと鬼神は、餓鬼道の苦しみを受けている衆生です。鬼神は、法華経を持つ人を守護すること等で、この苦悩の境涯を脱することができるのです。
ゆえに大聖人は鬼神に向かって、妙法を持つ時光の病を治し、さらに時光を守護して、餓鬼道の苦しみから免れるよう教えられているのです。
この鬼神への呵責を通して大聖人は、何ものも恐れぬ法華経の行者としての確信を時光に示されていると拝されます。
この師の厳愛の指導に、時光は奮い立ったことでしょう。時光は大病を克服して、50年も寿命を延ばし、師匠への報恩の人生を貫いたのです。
「師匠にお応えしたい」と立ち上がれば、無限の勇気と力が湧き上がり、苦難を乗り越え、変毒為薬することができるのです。
栄光の11・18「創価学会創立記念日」へ、強盛な祈りを根本に、正義の対話を広げ、"師弟勝利の門"を開いていきましょう!

◇池田先生の講義から
私たちも、いよいよ、「法華経の行者の祈り」を強盛にして、病魔に対しては「鬼神めらめ」と叱責しながら、一切の悪鬼をも、わが使命の人生の味方に変えていく決心で前進していきたい。
ゆえに、師子吼の如き題目が大切です。(中略)いかなる病魔に対しても、わが生命の奥底から「師子王の心」を取りいだして、敢然と立ち向かっていく——この「勇気ある信心」が根幹となるのです。
◇ ◆ ◇
真の健康とは何か。それは、病気がない状態を言うのではありません。信心根本に生き生きと価値創造の営みを続けられるかどうかです。病気の宿業を使命に変え、常に自身の生命を革新している人は、病魔に勝利している人です。戦う中に、真の色心の健康がある。それを教えているのが日蓮仏法です。(中略)何があっても絶対に負けない。あきらめない。屈しない。この人こそ、生命の勝利者です。真の健康・長寿の勇者なのです。(『勝利の経典「御書」に学ぶ』第6巻)

研さんのために
○…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第6巻、「法華証明抄」(聖教新聞社)
○…『御書の世界』第3巻、「生老病死」��(同)

2017年10月17日火曜日

2017.10.17 わが友に贈る

大変な時こそ
朗らかに! 大胆に!
強気で祈り進めば
逆風すら追い風になる。
挑戦と感激のドラマを!

曾谷殿御返事 P1065
『白馬のなくは我等が南無妙法蓮華経のこえなり、此の声をきかせ給う梵天帝釈日月四天等いかでか色をましひかりをさかんになし給はざるべき、いかでか我等を守護し給はざるべきとつよづよとをぼしめすべし』

☆女性に贈ることば 十月十七日
どんなに絶体絶命の危機にあっても、最後の最後まで「希望はある」と信ずることだ。胸中にある希望は無限だからである。

☆今日のことば365 十月十七日
宇宙自然の運行は、複雑微妙である。しかし、ごまかしのない確たるものであることも事実である。その本質をどれだけ的確に洞察し、人間生活をより実り多きものにするか。そして、人間の歴史が営々として築きあげてきた知識の遺産のいずれが正しく、いずれが間違っているか−−その判別の作業は、困難だが重要なことではないだろうか。

☆新時代を進む 第17回 「師子王の心」で勇敢に!!
御本仏・日蓮大聖人が、「立正安国論」を認められ、民衆の安穏と世界の平和への道を示されたのは、文応元年(1260年)である。
それから満700年、第3代会長に就任した私は、直ちに関西を訪れ、そして北海道・東北・関東から九州・沖縄まで日本全国を駆け巡った。愛する同志と「立正安国」の対話の大波を起こしていったのである。
さらに10月の2日に、世界広布への一歩を踏み出した。上着の内ポケットに恩師の写真を抱いて。
3週間ほどの短期日に、3カ国9都市を回った。
一日一日が、まさに真剣勝負である。一人一人と誠心誠意、語り、励まし、仏縁を結んで、幸と平和の種を蒔いていった。
「悦しきかな汝蘭室の友に交りて麻畝の性と成る」(御書31ページ)
我らはいよいよ勇気凜々と確信の声を響かせて、人間性薫る「蘭室の交わり」を広げていくのだ。
— ◇ —
「立正安国」のためには、正しき哲学に生き抜く賢人を忍耐強く育て、たゆまず社会に送り出し続けていかねばならない。
御聖訓には、「賢人は八風と申して八のかぜにをかされぬを賢人と申すなり、利・衰・毀・誉・称・譏・苦・楽なり」「此の八風にをかされぬ人をば必ず天はまほらせ給うなり」(同1151ページ)と明快に示されている。
毀誉褒貶の八風など、物ともしない信念の賢人は、民衆の大地にこそ立つ。
「民衆と共に」「民衆の中へ」「民衆のために」——徹して、この一点を貫き通すゆえに、我ら創価の師弟は、梵天・帝釈を揺り動かしながら、全てを勝ち越えていけるのだ。
— ◇ —
きょう(2日)、北海道・厚田の戸田記念墓地公園は開園40周年を迎える。恩師の故郷を生死不二の永遠の都にと献身くださっている方々に、感謝は尽きない。「心の財」は無量である。
開園のあいさつで私は、先生と学んだ小説『永遠の都』の一節を引いた。
「常に断崖の淵を歩いてきた人間にとって、最大の緊急事態も、いわば日常茶飯の出来事にすぎません」(ホール・ケイン著、新庄哲夫訳、潮出版社)
仏法の眼から見れば、障魔が競い起こるのは、必ず勝てるという瑞相である。
さあ、広布の長途の旅を、どんな時も朗らかに悠然と、共に励まし、共々に征こうではないか!
「師子王の心」で、勝利の決勝点へ!

☆10月度 男子部「御書活動者会」研さんのために 上野殿後家尼御返事
◇必ず勝つと決めて前進! わが地域を幸福の楽土へ
10月度の男子部「御書活動者会(御書活)」では、「上野殿後家尼御返事(地獄即寂光御書)」を研さん。日蓮大聖人の励ましの心と、「一念」を定めることの大切さを学ぶ。

◇御文
『夫れ浄土と云うも地獄と云うも外には候はず・ただ我等がむねの間にあり、これをさとるを仏といふ・これにまよふを凡夫と云う、これをさとるは法華経なり、もししからば法華経をたもちたてまつるものは地獄即寂光とさとり候ぞ』(御書1504ページ)

◇通解
浄土といっても、地獄といっても、自分の外にあるのではない。ただ、私たちの胸の中にある。これを悟るのを仏といい、これに迷うのを凡夫という。これを悟るのが法華経である。もし、そうであるなら、法華経を受持している人は、「地獄即寂光」と悟ることができるのである。

◇背景と大意
本抄は、日蓮大聖人へ御供養の品を送った上野尼御前に宛てられたお手紙である。尼御前は駿河国(現在の静岡県中央部)の門下で、南条時光の母親に当たる。
尼御前の夫・南条兵衛七郎は文永2年(1265年)3月、重い病のため、他界。本抄は文永11年(1274年)の御執筆ともいわれてきたが、内容等から、兵衛七郎が逝去したすぐ後、文永2年7月の御述作とされている。
兵衛七郎が亡くなった時、後に家督を継ぐ次男の時光は7歳。末子の五郎は、まだ尼御前の胎内にいた。
本抄で大聖人は、尼御前を温かく励まされ、法華経を受持する者は「地獄即寂光」と悟っているのであり、亡き夫は法華経の行者であり、日蓮の弟子であるのだから、地獄の苦しみを免れ、必ず成仏している、と教えられている。
尼御前は大聖人の激励を胸に、その後も、五郎の早世など度重なる苦難を、信心根本に勝ち越えていった。

◇解説
法華経以前の仏教では、苦悩に満ちた娑婆世界とは別に、仏が住む清浄な国土である「浄土(寂光土)」があるとされていた。
事実、現実世界においては、家族との死別、病気の苦しみ、仕事の問題や人間関係——誰しも何らかの苦悩を抱えている。
眼前に立ちはだかる壁を前に、他人のせいにして愚痴や不満の心に覆われ、今の苦しみから逃れたい一心で現実逃避を選ぼうとする人もいる。
こうした浄土観を転換させたのが法華経である。法華経で「十界互具」が説かれることで、「浄土」と「地獄」は人間の外にある別々の世界であるとの認識を一変させる。いわば、人間の内面にある生命境涯として展開されるのである。
日蓮大聖人は本抄で、「浄土」と「地獄」が「私たち自身の胸中にある」ことを、悟るのが「仏」であり、迷うのが「凡夫」であると示された。
つまり、妙法を持つ私たちは、たとえ地獄のような苦悩の淵にいたとしても、自行化他の題目を唱えることで、わが胸中に仏界の生命を涌現させ、今いる場所を浄土(寂光土)へと転じていくことができると仰せだ。これを「地獄即寂光」といい、この法理を悟っているのが仏である。
別の御書に「餓鬼は恒河を火と見る・人は水と見・天人は甘露と見る」(1050ページ)とある。同じガンジス川を見ても、十界の境涯によって見える"景色"は全く違うものとなる。
悩みが尽きない凡夫でも、仏の智慧を発揮すれば、苦しみの環境さえも一変させることができる。つまり、物事をどう感じるかを決定するのは、周りの状況ではなく、自身の境涯そのものなのだ。
いかなる苦難にあっても"これこそ信心を深めるチャンスである"と快活に決意を燃やし、真正面から立ち向かっていくのが、広宣の闘士たる男子部の気概だ。広布と人生の勝利を目指し、常に"今こそ戦うべき時!"と一念を定めていきたい。
池田先生は語っている。
「大事なことは、常に前進の方向へ一念を定めることです。壁を乗り越える挑戦自体が、自身の境涯を確実に広げていく因となることは間違いありません。戦えば必ず生命は変わります」と。
さあ、広布を永遠ならしめる基盤を築く時は今である。自他共の幸福を目指し、勇気と誠実と正義の対話を広げよう! 悩める友に励ましを送ろう! そして、今いる場所を希望あふれる楽土にしていこうではないか。

2017年10月16日月曜日

2017.10.16 わが友に贈る

◇今週のことば
法華経に勝る兵法なし。
「いよいよ・
はりあげてせむべし」
勇気凛々と語り切れ!
そこに栄光の暁鐘が。
2017年10月16日

妙法尼御前御返事 P1404
『日蓮幼少の時より仏法を学び候しが念願すらく人の寿命は無常なり、出る気は入る気を待つ事なし風の前の露尚譬えにあらず、かしこきもはかなきも老いたるも若きも定め無き習いなり、されば先臨終の事を習うて後に他事を習うべし』

☆女性に贈ることば 十月十六日
すべてに喜びを見いだしていくことだ。自分が喜べば、周囲も、さわやかになる。笑顔が広がる。価値が生まれる。

☆今日のことば365 十月十六日
大事な時に、人々の善悪が、わかるものだ。大事な、事件の時に、立派な、態度でありたい。

☆世界写真紀行 第25回 スイス・チューリヒの街並み 2017年10月9日
◇信義と誠実を貫く人に
路面電車や車が行き交い、多くの人でにぎわう大通り。歴史を感じさせる建物と、洗練された原色のデザインが調和する。
スイス・チューリヒのバーンホーフ通り。
町の中心にある中央駅からチューリヒ湖へ延びる約1・3キロ。大手銀行や保険会社が集中する金融街でもある。
世界的な経済都市である一方、チューリヒには、大学をはじめ教育機関も多く、文教都市としての顔も持つ。
初代会長・牧口先生が"教師の理想"とたたえたペスタロッチも、この町で生まれた。彼はチューリヒ郊外に農場を開園。貧しい農民の子どもたちと共に、労働と教育とを一体とする学校を開き、子どもたちの幸福のために生涯をささげた。
1961年10月、池田先生がスイスを初訪問。ジュネーブを経て、16日にチューリヒに到着した。
市街を散策する先生の一行。チューリヒ湖から、バーンホーフ通りを歩いて、中央駅へ向かった。
しばらく行くと、通り沿いの公園に、子どもと男性のブロンズ像が見えた。教育者ペスタロッチである。一行は、そこで足を止めた。
ペスタロッチの生い立ちには、次のようなエピソードがある。
——彼の家には、お手伝いのバーバラ・シュミットという女性がいた。ペスタロッチが幼い頃、父親は亡くなるが、彼女は夫人を助け、子どもたちを育てていく。
バーバラは十分な教育を受けていなかったものの、いちずで誠実だった。決して約束は破らず、強い信仰心と忍耐力を持っていた。ペスタロッチは後年、「この一女性の追憶はわたしにとって永久に忘れることができないだろう」(佐藤正夫訳)と記している——。
公園に立つ像を見つめつつ、語り合う様子が、小説『新・人間革命』第5巻「歓喜」の章につづられている。
山本伸一は、ペスタロッチの人格形成に大きな影響を与えたバーバラの存在を通し、次のように語った。
「人間の真価というのは、学歴や立場、肩書によって決まるのではない。信義を守るかどうか、誠実であるかどうかです。真剣であるかどうかです。そして、"信義の人""誠実の人""真剣の人"には、人間性の光彩がある。その人間性は、人の心を開き、必ず触発を与えていく。学会の世界を見ても、これまで、黙々と、陰で学会を支えてきたのは、そうした庶民ともいうべき、無名の人たちです」
無名の庶民が立ち上がり、師匠と共に築いてきた創価の大城。それは、民衆を大地とするゆえに、いかなる嵐にも微動だにしない。
友を信じ、対話を重ね、変わらぬ友情を結ぶ。どこまでも真剣に、どこまでも誠実に——。その人間としての誇り高い挑戦が、時代を根底から大きく動かしていく。

2017年10月15日日曜日

2017.10.15 わが友に贈る

「いまだこりず候」と
何度も立ち上がる中に
自身の人間革命がある。
さあ勇敢に 堂々と
正義の対話を広げよう!

聖愚問答抄下 P500
『此の妙法蓮華経を信仰し奉る一行に功徳として来らざる事なく善根として動かざる事なし』

☆女性に贈ることば 十月十五日
本当の幸福は−−自分自身の魂のなかにある。
決意の魂、勇気の魂、人びとに尽くす魂のなかにある。

☆今日のことば365 十月十五日
私は 日和見の評論を
 決してしたくない
人間共通の悩みを共にしながら
 勇気ある提言を
  貫き通したいのだ

☆希望航路 池田先生と進む人生旅 オーストリア4=完 2017年10月6日
◇広布の英雄その名を残せ
1992年6月10日、国家勲章「オーストリア科学・芸術名誉十字章勲一等」を受章した池田先生は、文部省からウィーン市立公園に向かった。公園内に立つヨハン・シュトラウス2世像の前で、祝福に駆け付けたオーストリアの同志が待っていたのである。
今、ザルツブルク地区の婦人部長を務めるサヨコ・フーバーさんも、この場にいたメンバーの一人である。
「私は、生粋の道産子です。『三代城の誇り』は片時も忘れたことはありません」
北海道・札幌で生まれたフーバーさん。13歳で入会し、女子部では大ブロック長(現・女子地区リーダー)を務めた。
71年2月には、札幌・中島公園での「雪の文化祭」に、姉の美智代さんと共に参加。先生との忘れ得ぬ出会いを結んでいる。
24歳の時、旅行先のハワイでオーストリア人の男性と出会い、6年後、結婚を機にザルツブルクに渡った。
市内のホテル勤務を経て、大手旅行会社に就職。ザルツブルクとウィーンの事務所で所長を務め、社会貢献を果たしていく。
一時的に、仕事でウィーンに移住したこともあったが、ザルツブルクの自宅を手放すことはなかった。
彼女の心には常に、「ザルツブルクの大地に根を張って、広宣流布を進めよう」との決意があったのである。
ザルツブルクは、カトリックの聖職者が領主を兼ねて統治した教会国家の時代を経て、発展した街。フーバーさんは、移住した三十数年前の状況をこう振り返る。
「この街では、カトリックの教義が市民生活に浸透しています。折伏をしたって、"頭が狂っているのか"と笑われる。当時は、まだそんな時代でした」
移住した当時、市内のメンバーは、彼女と日本人の女子部員の2人だけ。日本食を振る舞うパーティーを開き、近隣との友好を深めたが、弘教はなかなか実らない。
フーバーさんは御本尊に強く祈った。「ザルツブルクに広布の人材をください」と。
会合などでウィーンに行く際は、「聖教グラフ」(当時)を片手に、道中で出会った人に仏法の魅力を語った。
必ず広布を!——彼女の一念に吸い寄せられるように、他都市や他国から一人また一人とメンバーが集まってきた。13年前、ザルツブルクに地区が誕生した際、フーバーさんは初代地区婦人部長に就任。今ではインド、スリランカ、イタリア、ドイツなど各国の友が集うにぎやかな地区に発展している。
中には、仕事や留学で一時的に滞在し、ザルツブルクを離れていってしまう同志もいるが、彼女は言う。
「移民の多い都市だから人の出入りは少なくありません。でも、メンバーと共に唱えた題目は、ザルツブルクの大地に浸透しているんです。その功徳の積み重ねが、国土世間を変え、人々の宿命転換を果たしていくと確信しています」
8年ほど前に夫を亡くしたフーバーさん。家族のいない異国の地では「心細さ」を感じることも多い。
その時、支えとなったのは、先生の「建設は死闘。破壊は一瞬」との指針と、オーストリア広布の礎を築いた同志の励ましだった。
92年、シュトラウス像前での先生との記念撮影の際、フーバーさんは、ザルツブルクから駆け付けた。
先生の姿を見た時、彼女は心の中で、「先生! 私はザルツブルク広布に一生をささげます!」と叫んだ。
師への誓いは、25年たった今も色あせることなく輝いている。

記念撮影の折、先生は一人の年配の婦人を抱きかかえるようにして励ましている。
その場にいた中では最年長だったヨハナ・コッツァーさん。2度の世界大戦をくぐり抜け、戦争で家庭を破壊された彼女は、イタリアに住む娘の勧めで入会した。彼女を知る人は「愛嬌があり、青年部をかわいがっていました。誰からも好かれる素晴らしいおばあちゃんでした」と述懐する。
コッツァーさんに、優しく声を掛けた先生。「80歳です」と胸を張る彼女に、先生はすかさず、"いつまでも若々しく、お元気で!"と。笑顔の輪が広がった。
その後、コッツァーさんは95歳で天寿をまっとうするまで、この出会いを宝に、地道な信心を貫いた。
先生と話している瞬間を捉えた写真を大事に持ちながら、いつも先生への感謝を語っていたという。

オーバーエスターライヒ州の州都リンツの郊外にある街・ベルスに住み、支部婦人部長を務めるアグネス・シュタイナーさんも、92年の記念撮影に参加した一人である。
ザルツブルクで生まれた彼女は、ウィーンの大学に進学。だが、試験に合格できず、退学を余儀なくされ、社会福祉の専門学校に入学した。
挫折を乗り越えようと懸命に頑張っていたつもりだったが、周りが見えなくなっていたのか、知人から"あなたはまず、傲慢な性格を直した方がいい"と言われ、心が傷つき、孤独を感じていた。
その中で、友人が仏法を勧めてくれた。題目を唱えると、心に生命力がみなぎることを感じた。87年、彼女は御本尊を受持する。
以来、同州を広布の舞台として、メンバーの激励に走る中、彼女はリンツに住む一人の婦人部員に出会う。
女手一つで家庭を守るそのメンバーは、苦悩の底にいた。心の病を抱える6歳の息子(ヤコブ・カットナーさん)が、家出を繰り返していたのである。
悩みに沈むお母さんに寄り添い、「宿命を乗り越えよう」と、共に題目を唱えた。
その中、92年に先生との出会いが訪れる。記念撮影の折、シュトラウス像に向かう先生の隣には、カットナーさんの姿があった。
先生がカットナーさんの肩に手を置き、並んで歩く姿に、シュタイナーさんは「涙を抑えることができませんでした」と語る。
後に、カットナーさんは手記に、「僕の肩にかかる先生の腕は、暗闇と不安から守ってくれるマントのように感じた」と記した。
立派な青年に成長したカットナーさんは、ウィーンの大学で博士号を取得し、今、音楽イベントの企画宣伝会社を経営している。
シュタイナーさん自身もまた、押し寄せる幾多の苦難を信心根本に乗り越えてきた。
さまざまな家庭の問題があり、夫と離婚。長男のユキオさんは、学校を中退した後、事故に遭い、瀕死の重傷を負った。
試練が襲うたび、彼女は信心の炎を燃え上がらせ、一家の宿命転換を果たしていった。
長男は奇跡的な回復を遂げ、高校卒業後、念願の就職を得る。
長女のミツコさんは創価大学の国際教養学部に留学し、夢を目指して研究に励んでいる。
「離婚した夫とも、深い友情を結ぶことができました。彼は今、支部長として元気に学会活動に走っています。家族は今、かつては想像すらできなかった『強い心の絆』で結ばれています」
ベルスに移住して四半世紀。今、街のメンバーは25年前の約10倍、州の同志も7倍以上に増えている。
ソ連のゴルバチョフ元大統領がベルスを訪問した際、彼女は"ひとめだけでも"と観衆の列に加わった。
彼女の目の前に、一台の車が止まる。そこから降りてきたのは、大統領だった。
彼女が携えていた「グラフSGI」を見た大統領は、そこに載っていた池田先生の写真に喜び、居合わせた報道陣や市民に向かって先生の写真を掲げ、「彼は私の友人です!」と語った。
大統領が深い信頼を寄せる先生を師と仰ぎ、広布の使命を果たせる。彼女の胸には感激が込み上げた。

2010年9月4日、先生はオーストリアの友に、次のように詠み贈っている。

崇高な
 世界広布の
  英雄と
 君よ その名を
  三世に残せや

華々しい活躍の舞台がなくてもいい。いつも心に師を抱きながら苦難の友を励まし、「自他共の幸福」を勝ち開く。社会の安穏と繁栄を願い、正義の信念を叫び切っていく。それこそ、師弟栄光の誉れの道である。
颯爽と使命の天地を駆ける「広布の英雄」。その雄姿を、後世の人々は「偉大なる人間革命の勝利劇」とともに、語り継ぐだろう。

2017年10月14日土曜日

2017.10.14 わが友に贈る

頼もしき壮年部よ!
険難の峰を越えてきた
誠実と確信の声は
全てを味方に変える。
今こそ信心の底力を!

兵衛志殿御返事 P1108
『二人一同の儀は車の二つのわの如し鳥の二つの羽のごとし』

☆女性に贈ることば 十月十四日
働くこと、子を育てること、妻であること。また娘であること、地域の一員であること、学ぶこと−−それらが互いにぶつかりあい、悩みながらも、なおすべてを自分の成長の糧にしようと心が定まった時、初めて、女性は一個の太陽になれる。

☆今日のことば365 十月十四日
私には、菊つくりの経験はない。しかし丹精こめて、見事な大輪を咲かせる心境は理解できるような気がする。
私にとって最大の楽しみは、手塩にかけた青年たちが、立派に成長していくのを見守ることだ。

◇四季の励まし 信心しきった人が勝つ 2017年10月8日
ひとたび戦いを起こしたならば、
断じて勝たねばならない。
勝って、広宣流布の
偉大な歴史を残すことだ。
人ではない。自分である。
自身が、
どれだけ真剣に行動したか。
「私が戦う!」という
情熱がなければ、
勝利の勢いは生まれない。

同じ戦うならば、
前向きにいかなければ、
つまらない。
自ら動いて、
気持ちよく戦ってこそ
喜びもわく。
"生き生きと"
挑戦することである。
"生き生きと"進むところに、
福運はついてくる。

人生は、
「これ以上無理だ」と
あきらめる自分、
「もうこれくらいでいいだろう」と
妥協しそうになる
自分との戦いである。
「断じてあきらめない」
「断じて負けない」と、
自己との闘争に勝ちゆくことだ。

「いまだ こりず候」——
ここに、日蓮仏法の
真髄の負けじ魂がある。
正義の魂は絶対にこりない。
第六天の魔王の方が「こりた」と
音をあげるまで、
攻めて攻めて攻め抜くのだ。

「広宣流布」と「信心」——
これだけは、
断じて忘れてはならない。
大変な時に、頑張った分だけ、
功徳が増していく。
途中に何があろうとも、
信心しきった者は、
最後は必ず勝利する。

10年前の2007年(平成19年)11月。258回目の関西指導の折、池田大作先生は車中から、中之島の大阪市中央公会堂をカメラに収めた。
白い花こう岩を配した赤れんがの壁に、青銅のドーム屋根。明年で開館100年の歴史を刻む公会堂が常勝の空に向かい、堂々と、そびえ立っている。
不敗の原点である「大阪大会」(1957年)から60年。その舞台となった公会堂で、池田先生は師子吼した。最後は、信心しきったものが、また、正しい仏法が、必ず勝つ——と。
我らの「異体同心」の祈りと行動に勝る力はない。いかなる試練も、互いに励まし合いながら乗り越え、威風堂々と勝ち進もう。地涌の我らは、勝つために生まれてきたのだから!

2017年10月13日金曜日

2017.10.13 わが友に贈る

「一日なりとも名を
あげん事こそ大切なれ」
見栄や格好はいらない。
広宣流布に生き抜く
誉れの自分史を残そう!

四条金吾殿御返事 P1192
『いかに日蓮いのり申すとも不信ならばぬれたるほくちに火をうちかくるがごとくなるべし、はげみをなして強盛に信力をいだし給うべし』

☆女性に贈ることば 十月十三日
聡明な自分自身を築いていただきたい。社会にあって、「あの人は、さすがだ」と言われる人格をつくることです。皆と協調し、皆をリードし、皆から尊敬される人生を歩んでいってほしい。

☆今日のことば365 十月十三日
私が、どう苦しんでいようと、病んでいようと、国が破れようと、太陽はつねに輝いていた。私の心の底には、踏まれても、押されても希望の芽がすくすくと伸びていた。希望とは、一人の人間における太陽のようなものかもしれない。

☆御書と歩む 第86回 いかなる障魔も吹き飛ばせ
『種種の大難・出来すとも智者に我義やぶられずば用いじとなり、其の外の大難・風の前の塵なるべし』(開目抄、232ページ)

◇通解
(誘惑や脅しなど)種々の大難が出てきても、私の正しい法義が智者に破られることがない限り、決して受け入れることはない。それ以外の大難は、私にとっては風の前の塵のような、とるに足りないものである。

◇同志への指針
御本仏は命にも及ぶ大難・佐渡流罪の中で、民衆の生命を「宝塔」と輝かせ、留難の地も寂光土へ転じられた。
この大境涯に連なり、勝利島部など地域本部をはじめ、わが同志は、試練を勝ち越え、信頼を広げてきた。
我らには、何ものにも破られざる正義の大哲理がある。いかなる障魔も塵の如く吹き飛ばし、地域に社会に「平和の柱」を打ち立てるのだ。

☆壁を破れ! 私の決意 第12回 アメリカ レイナ・ケリーさん 2017年10月4日
◇不屈の祈りで使命の道開く
——発心したきっかけを教えてください。
わが家は、日本人の祖母が一家で最初に入会。私も幼い頃から、勤行・唱題に励んでいました。
その後、両親の仕事の関係で日本とアメリカを転々とし、高校卒業後、ハワイ大学に進学しましたが、入学早々、学ぶ意義が分からなくなり、1年次の前期で大学を中退。信心からも遠ざかり、レストランでアルバイトをしながら、友人と遊び回る日々を送っていました。
しかし、いつも帰宅すると、むなしさだけが残り、"このままでいいのか"という思いでいっぱいでした。
そんな中、日本に住む祖母を訪ねました。入会以来、真っすぐに信心を貫いてきた祖母は、私の話をじっくりと聞いてくれ、池田先生の指導を通して懸命に励ましてくれたのです。「お題目をあげよう」と。
私は久しぶりに御本尊の前に座り、唱題しました。不安が充満していた心が、少しずつ穏やかになり、前向きな気持ちに変わっていくことを実感しました。"もう一度、信心根本に頑張ろう"と奮起し、帰国後、座談会などに積極的に参加するようになりました。

——学会活動に励む中で、生活の変化はありましたか?
それまで職を転々としていましたが、何かで広布のお役に立ちたいと、以前から興味のあった服飾関係の短大に入学。大学で学ぶのは再挑戦でしたが、懸命に挑む中で、授業料の全額免除も受けられ、無事に卒業することができました。
その後は、婦人服を製造するハワイの企業で、CG(コンピューターグラフィックス)を用いて、デザイン等をサポートするテクニカルデザイナーに。祈ってきたことが全てかない、信心への確信を、いっそう深めることができました。

——パシフィック圏の副女子部長としても、活躍されていますね。
今、アメリカでは、広宣流布大誓堂完成5周年となる2018年の11月18日に向け、全米で青年5万人の結集を成し遂げようと、訪問激励、弘教拡大に全力で取り組んでいます。
また、青年部の教学運動「イケダ・ウィズダム・アカデミー」で、池田先生の『開目抄講義』を研さんし、苦難に負けない生き方、師匠を持つ人生の素晴らしさなどを学び合っています。
私もこれまで、アカデミーを通して池田先生の思想や行動を深く知り、師の心をわが心として、広布のために戦おうと仏法対話に挑戦。一昨年、いとこに弘教を実らせることができました。

——今後の決意を聞かせてください。
パシフィック圏は、池田先生が世界平和の旅路の中で最初に訪問してくださったハワイや、SGI結成の地・グアムなど、太平洋に輝く縁深き島々で構成されています。私たちには、美しい"平和の楽園"から、創価の人間主義の哲学を広げる大きな使命があると確信しています。
この使命の天地を広布の舞台とする誇りを胸に、大好きな華陽姉妹と心を合わせ、友情対話の大潮流を巻き起こしてまいります。

【プロフィル】1985年入会。婦人服のデザインをサポートするテクニカルデザイナーとして奮闘中。圏副女子部長。

2017.10.12 わが友に贈る

「団結」は無敵の力だ!
日々 奮闘する同志に
最大の励ましを!
感謝と尊敬の心に
前進の勢いは加速する!

十法界明因果抄 P435
『二乗は此等の報恩皆欠けたり故に一念も二乗の心を起すは十悪五逆に過ぎたり』

☆女性に贈ることば 十月十二日
何があっても、「私は太陽なんだ!」と悠然と生きることだ。
もちろん、曇りの日もある。しかし、曇っていても、太陽はその厚い雲の上で変わらずに輝いている。苦しい時も、心の輝きを失ってはならない。

☆今日のことば365 十月十二日
人間に心情を語ることにかけては、音楽ほど真正直なものはないだろう。嘘をつこうにも嘘のつきようはない。言語もいらない。論理を追う必要もない。理解しようなどと身がまえる愚かさを、さらさら必要としない。耳を澄ましていれば、わが心のなかの楽器は自然と共鳴するのだ。

☆御書と歩む 第85回 臨終只今の悔いなき日々を
『相構え相構えて強盛の大信力を致して南無妙法蓮華経・臨終正念と祈念し給へ、生死一大事の血脈此れより外に全く求むることなかれ』(生死一大事血脈抄、1338ページ)

◇通解
強く心して強盛の大信力を出し、南無妙法蓮華経・臨終正念と祈念しなさい。生死一大事の血脈をこれよりほかに決して求めてはならない。

◇同志への指針
戸田先生にお仕えし、戦う日々、心肝に染めた御聖訓である。今この時を、弟子として「臨終正念」「臨終只今」の決意で、悔いなく生き切るのだ、と。
眼前の戦いに、題目を唱えて挑む中にこそ、仏の智慧と力が流れ通うのである。
今日の課題は何か。張りのある勤行で明確に祈り、生命力を漲らせて、一日一日を勝ち切っていくことだ。

☆誓いの天地 三重・津市 2017年10月3日
◇青年に脈打つ「不屈の心」 空飛ぶ者の王・鷲のごとく
古くは安濃津と呼ばれた三重県の津市。「津」は「港」を意味し、鹿児島県南さつま市の坊津、福岡市の花旭塔津と並んで、「日本三津」の一つだった。
伊勢平野の中心に位置し、東は伊勢湾に面した港町、西は奈良県境まで山々がそびえる。海と山に囲まれた自然豊かな街だ。
天むす発祥の地。うなぎ屋が多くあり、津ギョーザも人気を集める。
平安時代の清少納言が『枕草子』につづった「ななくりの湯」は、市内の榊原温泉だといわれる。
松田綾香さん(中勢常楽圏、女子部部長)は、老舗の温泉旅館でフロント業務を担当する。
旅館は明後年、創業100周年を迎える。「お客さまの視点に立ち、"最高のおもてなしを"との心で仕事に取り組んでいます」
高校卒業後から働き始めた。最初は、予約を受けた際、客の要望を周囲に伝え忘れるなど、さまざまな失敗も経験。そのたびに、"最高の接客を"と祈り、決意新たに仕事に臨んだ。
勤務時間が不規則な中、学会活動にも全力を注いできた。3期にわたって白蓮グループで薫陶を受け、弘教も実らせた。
中学生の時、両親が離婚。複雑な感情を抱いていた中で、地域の学会員から何度も励ましが。創価家族の温かさを深く知った。
2年前、女子部部長の任命を受け、愛する地域を駆ける日々だ。
「旅館の発展は地域の繁栄にもつながります。これからも、信心根本に仕事に励んでいきます」

安藤恭典さん(中勢常楽圏、男子地区リーダー)は3歳の時、中耳炎が原因で聴覚のほとんどを失った。
"みんなと一緒に勉強がしたい"と、普通小学校で学んだ。しかし、中学生の時、いじめに遭い、心を閉ざすように。
ろう学校の高等部に進学したが、よそ者扱いされた。その時、学校の先輩からアドバイスを受け、手話を習得。そこから、周囲に溶け込めるようになった。
同校を卒業後、介護施設に就職。そこで、学会員と知り合った。
素直に勤行の実践を開始。しばらくすると、周囲から「雰囲気が変わったね」と言われるように。最初は信心に反対だった両親も、息子が変わる姿に入会を認め、2006年(平成18年)4月、晴れて御本尊を受持した。
学会活動に励みながら、地域活動にも率先してきた。現在、手話サークルの講師を務める。また、県聴覚障害者協会にも所属し、さまざまな活動に携わる。
昨年、9回目の挑戦で、介護福祉士の資格を取得。職場では、"利用者の方々に喜んでもらいたい"と心を砕き、信頼を広げる。
かつては、いじめの原因となった聴覚障がいを、心から憎んだ。しかし、今、"障がいがあるからこそ、使命に生きる人生を歩むことができる"と実感する。
不屈の心で進む安藤さんの確信——それは、「冬は必ず春となる」(御書1253ページ)の御聖訓である。

◇栄光の共戦譜
10月を迎えると、三重の友の「不屈の心」は、一段と燃え上がる。
池田先生が三重を初めて訪れたのは、1959年(昭和34年)10月5日。「伊勢湾台風」の猛威が東海地方を襲った直後である。
先生は、被災した友を抱きかかえるように激励。「大悪をこれば大善きたる」(御書1300ページ)の御聖訓を拝し、必ず変毒為薬ができると訴えた。この励ましを胸に、友は勝利の実証を示していったのである。
74年(同49年)10月6日には、三重県体育館(当時)で開催された第1回「三重県総会」に出席した。
先生は、障魔に打ち勝つ信心の重要性を強調。"一人一人の尊い人生にあって、自分自身の人間革命の軌跡を立派に勝ち取っていただきたい"と望んだ。
この日は「三重の日」。友は今、立正安国の対話に勇んで打って出ている。

20回を数える三重訪問の中でも、白山町にある三重研修道場では、数々の「師弟の原点」が刻まれてきた。
76年(同51年)7月23日、発表間もない「人間革命の歌」を師と共に熱唱。78年(同53年)4月23日の「三重文化合唱祭」では、師への誓いを込め、「威風堂々の歌」「今日も元気で」などを、高らかに歌い上げた。
合唱祭の翌日、舟見悦子さん(中勢本陣圏、婦人部副本部長)は、津文化会館(当時、三重文化会館)を訪問した師と、初めての出会いを結んだ。
館内にいた同志に、先生は声を掛け、「記念写真を撮ろう」と。撮影のために並ぶと、舟見さんの前に立ったのが、先生だった。
撮影が終わると、舟見さんは無我夢中で、「近くでパン屋をしています。お立ち寄りください」。先生は笑顔で「分かりました」と。
その日の夜、舟見さんは会合に参加するため、同会館にいた。すると、「すぐ、お店に戻ってきて」との連絡が。急いで店に向かうと、師の姿があった。
先生は、心臓が悪かった舟見さんの母・すゞさん(故人)の体調を気遣いつつ、「題目を唱え、いつまでも健康でね」と激励。舟見さんには、「学会から離れてはいけないよ」と優しく語った。
店には次々と地域の学会員が来た。その方々にも、先生は励ましを送った。
「わざわざ店に足を運んでくださり、信心を打ち込んでくださったことへの感謝は、忘れることなどできません」
以来、師への報恩の道を歩んできた。39年を経た今も、その誓いは赤々と燃える。今年2月には、弘教を実らせた。
舟見さんは語る。「生涯、広布に戦い抜く人生を貫いていきます」

師弟共戦の歌声が轟いた「三重文化合唱祭」から8カ月後の78年12月1日、先生は名張市を訪問。翌2日には、津市内の功労者宅を訪れている。
3日、三重研修道場の周辺で懇談会が行われた。同道場の整備などに携わった前出高男さん(中勢常楽圏、堅塁長〈ブロック長〉)は連絡を受け、駆け付けた。
先生は、前出さんに「地域から信頼される人に」と。その場にいた別のメンバーにも、「広宣流布は足元からだよ」と語った。
"宝の原点"を胸に、前出さんは、地域に尽くしてきた。スポーツ少年団の監督を約30年務め、現在は、青少年健全育成の活動に携わる。さらに、地域の体育協会、老人会でも活躍。周囲の信頼は厚い。
2011年(平成23年)、妻・トモ子さんが安らかに霊山へ。前出さんは力を込める。
「最後の最後まで、広布に走り抜いた妻の分まで戦い、必ず人生を勝利していきます」

1978年の三重訪問は、悪侶と退転・反逆者らが、師弟を離間させる謀略を巡らせていた渦中だった。その障魔の嵐を勝ち越え、82年(昭和57年)5月6日、友は4年ぶりに師を三重研修道場に迎えた。
翌7日、先生は三重県代表者会議に出席した後、桑本アヤ子さん(中勢常楽圏、婦人部員)が営む「レストラン白山」に、三重のリーダーと向かった。
先生は桑本さんに声を掛け、家族や店のことなどを尋ねた。桑本さんは、73年(同48年)にレストランをオープン。その4年後に、夫が亡くなった。
そのことを聞いた先生は、「立派なお店をつくられて。素晴らしいご主人でしたね」と。
桑本さんは、「未入会の夫のことまでたたえてくださった真心に感動しました」と振り返る。
翌8日、さらには9日にも、先生は桑本さんに励ましを。2人の子どもにも声を掛けた。
現在、レストランは次男の正行さん(同、地区部長)が継ぐ。正行さんは創価大学を卒業後、調理師免許を取得。35年前の師との出会いを誇りとして、地域から愛されるレストランを目指し、奮闘を重ねる。
2年前、桑本さんは脳梗塞を発症。さらに、失語症にもなったが、懸命なリハビリを続け、話せるまでに回復した。
母子は口をそろえる。「師恩を胸に、地域に幸福の連帯を広げていきます」
——三重県の地形は、「翼を広げた鷲」の姿に似ているといわれる。このことを通して、池田先生は三重の友に呼び掛けた。
「空飛ぶ者の王・鷲のごとく、大空に向かって勇壮なる飛翔を共々にしてゆこうではないか!」
鳥や飛行機と同様、広布の戦いにおいても、「向かい風」の時こそ、飛翔の好機——この勝利の要諦を知る三重の友が、新たな広布の暁鐘を打ち鳴らす。