実践の教学が学会魂だ。
行き詰まった時こそ
御書を拝そう!
希望と勇気と智慧は
無限に湧き出てくる!
船守弥三郎許御書 P1445
『法華経を行ぜん者をば諸天善神等或はをとことなり或は女となり形をかへさまざまに供養してたすくべし』
☆女性に贈ることば 二月二十八日
自分の心が変わり、使命感が変われば、すべてが変わっていく。
人のために、と行動していくなかに、最も光り輝いていく生命の軌道がある。
☆今日のことば365 二月二十八日
押し潰されるような
いやな時があったならば
朝早くすがすがしい散歩でもする余裕を
持ってくれ給えと
私は 君に激励しておきたいのだ
☆小説「新・人間革命」連載6000回特集 「新・人間革命」とその時代 2017年2月18日
「真実の師弟の道を示し、人類の幸福と平和のために、広宣流布の流れを永遠ならしめたい。
そして、その原動力たる創価学会を恒久化する方程式を明確に残さんと、今日も私はペンを執り続けている」
池田先生は、日々、『新・人間革命』をつづる真情をそう語ったことがある。
1993年(平成5年)8月6日、「広島原爆の日」に、恩師との思い出深き長野の地で執筆は始まった。同日、会見していたのがインド・ガンジー記念館のラダクリシュナン館長(当時)である。
この時、池田先生は65歳。連載に当たって、「はじめに」で、こう述べている。
「完結までに三十巻を予定している。その執筆は、限りある命の時間との、壮絶な闘争となるにちがいない」。そして、「まだまだ若い」と。
同年11月18日に新聞連載が開始され、短期の休載を除いて、足かけ25年にわたってペンの闘争は続く。
池田先生は記した。
「できることなら、全同志の皆さま、お一人お一人にあてて、感謝と励ましの手紙を差し上げたい。しかし、身は一つである。そこで、毎日、手紙をつづる思いで、小説『新・人間革命』の執筆に取り組んでいる」
真実の師弟の道を永遠に刻み残すとともに、同時代を生きる庶民に、平和と人生勝利の指針を贈る。
そこに、新聞連載の意義があろう。
◇1993年8月6日に執筆開始
●混沌とする冷戦後の世界へ 仏法ヒューマニズムの光を送る
『新・人間革命』第1巻は、60年(昭和35年)10月2日、山本伸一が初の海外歴訪に旅立つ情景から始まる。
「はじめに」には、こうある。
「日蓮大聖人の仏法のヒューマニズムの光をもって世界を包み、新たなる人類の歴史を開く創価ルネサンスの民衆の凱歌の姿を描くことになる」
執筆が開始された93年は、宗門の鉄鎖を断った「魂の独立」から2年。同志は、新たな世界広布の道標を求めていた。
冷戦後の当時は、イスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)の和平協定(93年9月)、欧州連合の発足(同年11月)などの平和と統合への動きと、ボスニア紛争、ルワンダ虐殺などの戦乱と分断の動きが相半ばしていた。新たな時代哲学への渇仰は、人類全体もまた同じであった。
池田先生は、執筆開始の翌9月に訪米し、ハーバード大学で「21世紀文明と大乗仏教」と題し、2度目の講演を行ってもいる。
世界を縦横に巡り、指導者、識者と文明間の対話を繰り広げつつ、『新・人間革命』のペンを握り、世界平和の基をなす、仏教の慈悲と寛容の哲学を発信していくのである。
◇2001年 対話こそ人間結合の力
●9月11日 米同時多発テロ
●10月11日から文明間対話を描く(第12巻)
2001年(平成13年)9月11日、アメリカで同時多発テロ事件が起こった時、『新・人間革命』は、第12巻「天舞」の章を連載中であった。
暴力の連鎖に懸念が強まる中、同章では、10月11日付から、欧州統合の父クーデンホーフ・カレルギー伯爵との文明間対話(1967年〈昭和42年〉)を描いていった。
「対話には、人間と人間を結び合う、結合の力がある」「人間の幸福、救済をめざす思想、宗教には、本来、人間を尊重するという共通項があります。それがある限り、必ず通じ合い、共感し合うはずであり、相互理解は可能であると思います」
「現代社会の不幸の元凶は、人間生命が尊厳なる存在であるという、本源的な考えが欠如していることだ」
アメリカSGIのストラウス理事長は語る。「先生は同じ第12巻(『新緑』の章)で、ニューヨーク訪問の模様を紹介してくださっていました。私たちはあの惨事の後、日々、小説の一節一節を読み返しながら、新たな平和と広布の建設へ進んでいったのです」
同国SGIでは現在、壮年部や婦人部の人材グループ等で、小説を学び合っている。
◇2011年 新生の春を告げよう!
●3月11日 東日本大震災
●9月1日から「福光」の章(第25巻)
「春を告げよう! 新生の春を告げよう!」——2011年(平成23年)3月11日の東日本大震災から半年。第25巻「福光」の章は9月1日付から始まった。
「冒頭の詩の一節が目に飛び込んだ時、身震いするほどの感動を覚えました」と盛島東北長が語る。「復興の指標として、心のど真ん中に据えたのが『福光』の章です」
津波で4人の子を失った宮城・女川町の婦人部の友は、「福光」の章から、小説をノートに書き写し続けた。すると「心に少しずつ光が差し込んだ」。
写し続ける中、ある言葉に出あう。「生きて信心に励める人には、他界した法友の志を受け継ぎ、戦う使命がある。それが故人への最高の回向となるのだ」(第26巻「厚田」の章)。題目で子らとつながっていることを確信できたという。
福島では冒頭の詩の暗唱運動が青年部を中心に始まり、この詩とともに、苦難を越えてきた。福島文化会館には、詩の銘板がある。
また同県の壮年部「正義大学校」、婦人部・女子部「うつくしま人間革命大学校」、青森の壮年部「勇将会」、婦人部・女子部「人材の森大学校」など、東北各地に小説研さんの波が広がる。
◇新聞連載回数で日本一
●「人間革命」と合わせ7509回
小説『新・人間革命』は日本の新聞小説史上、最多の連載回数を更新し続けている。2011年11月3日付で連載は4726回となり、山岡荘八氏の『徳川家康』の4725回(余話も含む)を超え、日本一に。
連載は、1509回にわたる小説『人間革命』と合わせると、きょうで7509回になる。
『新・人間革命』第1巻の「あとがき」に池田先生はつづっている。「生命の続く限り、私は書き続ける。正しい仏法とは何か。正しい人生とは何か。そして、何が歴史の『真実』か。人間にとって『正義』の戦いとは何かを。そこに、人類の未来を開く、一筋の道があるからだ」
◇23カ国地域・13言語で出版
●世界が学ぶ 幸福への指針
小説『新・人間革命』は、各国語に翻訳、出版されている。
初の外国語版は1995年(平成7年)1月、アメリカで発刊された、第1巻の英語版である。以来、スペイン語、デンマーク語、韓国語、インドネシア語、イタリア語など13言語、23カ国・地域で出版。本年1月15日には、同書の中国語版(繁体字)第27巻が新たに発刊された。
「『真実』を明確に書き残すことが、未来の人びとの明鏡となる。真実は、語らなければ残らない」。この思いで池田先生がつづる同書は、世界の友に幸福への指針を贈り、世界広布の方途を示し続けている。
◇朗読ラジオ番組は12年間
●励ましの声は電波に乗って
小説『新・人間革命』は、朗読ラジオ番組として、2003年(平成15年)4月から15年(同27年)3月まで、文化放送をキー局に、全国ネットで3123回にわたって放送された。
朗読を担当したのは、声優の小野田英一さんと沢田敏子さん。「歴史に残る最高の朗読番組を」との思いを込めた声に、多くの反響が寄せられてきた。
なお、ラジオ放送とは異なるが、聖教新聞社の公式ホームページ「SEIKYO online(セイキョウオンライン)」では、「音声配信サービス」で『新・人間革命』の音声ファイルをダウンロードして聴くことができる。
2017年2月28日火曜日
2017年2月27日月曜日
2017.02.27 わが友に贈る
◇今週のことば
「師子王とは前三後一」
小事にも油断しない。
奮迅の祈りと勢いから
道は劇的に開ける。
いざ師子王の心で勝て!
2017年2月27日
船守弥三郎許御書 P1445
『法華経を行ぜん者をば諸天善神等或はをとことなり或は女となり形をかへさまざまに供養してたすくべし』
☆女性に贈ることば 二月二十七日
いつも自然に振舞うこと、なごやかな雰囲気をつくること、笑顔を絶やさないことー一緒にいて、ありがたいなと思うのは、こうした妻の姿である。
☆今日のことば365 二月二十七日
青年時代の理想を一生もちつづけて実践する人が、人間としてもっとも価値ある人である。
☆小説「新・人間革命」連載6000回特集 「新・人間革命」と私 2017年2月18日
池田先生が「法悟空」のペンネームでつづる小説『新・人間革命』が、本日付の「大山」40で連載6000回を迎えた。第30巻に入った大長編は、人類の未来を開く希望の大叙事詩である。2面では、「『新・人間革命』と私」とのテーマで代表の友の声を紹介。3面では、「『新・人間革命』とその時代」と題し、執筆時の時代状況を振り返りつつ、渾身のペンの闘争をたどる。
◇主任副会長・総九州長 山本武
池田先生は、いわゆる"小説家"ではない。『新・人間革命』は、世界広宣流布の指揮を執る中での執筆である。その激闘は、余人の想像を絶する。
79回を数える九州指導の中でも、激闘の間隙を縫って口述したテープを、東京に送られたことがあった。誰もが後々の随筆で初めて知ったことだ。
「文章はペンで書くものではなく、命の筆先に血をつけて描く」(川端康成『新文章読本』)と。だが、先生の執筆は、文豪の思惟の範疇を超える。
卒寿を前にした今日なお続く、『新・人間革命』の執筆。永遠の師匠である牧口先生、戸田先生、池田先生の「創価三代の師弟の真実」を記し残してくださっている。
広宣流布という未聞の革命。三障四魔、三類の強敵に立ち向かい、尊い地涌の菩薩を守り抜く——その深慮は先生にしか分からない。私たちが心して学ぶべきは、その先生の心にこそあると思う。
忘れられないのは、1980年(昭和55年)8月10日、2年間にわたって休載を余儀なくされていた『人間革命』の第11巻が開始された日だ。早朝、自宅に届いた新聞を、あの時ほど焦がれる思いで開いたことはない。
当日の新聞には、題字下に小さく「小説『人間革命』第11巻 きょうから連載」とあるだけだった。しかし、私たちの心には、その活字が何倍にも大きく映った。
当時、私は大分県にいた。宗門事件の嵐が吹き荒れていた。休載中に、先生が第3代会長を辞任。厚い暗雲に覆われ、広布の視界は闇だった。
その日から皆で『人間革命』を読み合った。脱会者が出た地区でも、同様だった。
どこまでも弟子を思う先生の深い心に涙した。やがて反転攻勢の大波が、日本全土を包んでいった。
広宣流布は、仏と魔との間断なき闘争である。魔の狙いは永遠に一つ。「師弟の分断」である。
今、「大山」の章を学ぶ中で、先生がどれほどの思いをもって、永遠なる創価の未来を切り開いてこられたかを知り、粛然と襟を正す。
私たちは『人間革命』『新・人間革命』を何度も何度も読み深め、師の心を常に自らの指標にしていかねばならないと、自らに問うしかない。
宿命転換の信心の姿勢、目指すべき広布のリーダー像、勝利への指揮の執り方、組織発展の方程式、世界広布の方軌——一切が『人間革命』『新・人間革命』にある。
「根深ければ枝繁し」。今を生きる私たち一人一人の弟子の生きざまが、その地の師弟の精神の伝統をつくる。先生と共に、総仕上げの時を生きる私たちの使命と責任と福運は、限りなく大きい。
九州は3年前から「人間革命池田塾」と銘打ち、月ごとに巻を定め、研さんを重ねてきた。これまで『人間革命』全12巻、そして『新・人間革命』は11巻までを学んできた。
うれしいのは、研さんを通し、新しい人材が目覚ましく成長していることである。
"先生からの金文字の手紙"を、人生と広布の現場で戦いながら学び、師の精神を鑑に、自らの人間革命に挑戦することを誓うのみである。
「石に金をかへ糞に米をかうる」(御書910ページ)との思いで——。
◇第2総東京婦人部長 橋口美雪
『新・人間革命』連載6000回の大偉業に、尽きせぬ感謝の思いでいっぱいです。池田先生は人知れず、構想を練られ、1993年(平成5年)8月6日に長野の地で執筆を開始されました。その「時」「場所」は、先生の深いお考えのもとにあり、戸田先生を常に胸中に抱かれながらの闘争であったことに心が震えます。
また、この年は、八王子市に東京牧口記念会館が完成した年でもありました。先生は、同会館を"本陣"として各国の要人らとの対話を展開されるなど、世界広布の指揮を執られ、その大激闘の中で『新・人間革命』を執筆くださっていたことは、第2総東京の誇りです。
第28巻「広宣譜」の章では78年(昭和53年)、山本伸一が各部や方面・県などに、次々に学会歌を作る場面が描かれています。
その頃、私は創価女子高校(現・関西創価高校)の1年生でした。新たな歌の譜面が聖教新聞に掲載されるたびに、うれしくて全国から集った高等部の仲間と歌いました。
当時、学会を取り巻く状況など知る由もなく、あらためて、一つ一つの歌に込められた先生の万感の思いに胸が熱くなりました。
「大道」の章では、東京の歌「ああ感激の同志あり」の意義をつづってくださっています。東京への期待に触れ、日々「感激」の命で前進を誓いました。
そして現在、連載中の「大山」の章。79年(同54年)、先生がどれほど命を削り、学会を守り、同志を守り、今日の世界広布の大潮流を起こしてこられたことか。当時、先生は立川文化会館を反転攻勢の闘争の舞台とされ、壮絶な攻防戦の真っただ中にありながら、会館を訪れた同志を直接、激励してくださいました。その日々は、弟子として申し訳なくも、宝の歴史です。
第2総東京婦人部・女子部では15年ほど前から『新・人間革命』を学び合う「コスモス平和大学校」を開講しています。
受講生はのべ15万人を数え、そのうち1割以上が友人です。今や地域に根付いた運動として広く親しまれています。友人からは、次のような感想が寄せられています。
「小説のタイトルの通り、より良い人生を生きるための教科書、手引きです」「小説を読む中で、学会の真実の歴史を知り、たくさんの方の苦労や努力によって今日の学会が築き上げられたことに驚きを隠せません」「コスモス平和大学校は、人間革命号という大型客船に乗って、時間を超え、哲学・真理・人生を学ぶ世界旅のようです」
社会に希望の光を送り、世界を分断から調和へと導くメッセージ、励ましの力で一人の友が蘇生しゆく宿命転換のドラマ、そして私たちが幸せになるために「どう生きるべきか」を示す指針——先生が『新・人間革命』でつづられる言々句々が会員のみならず、どれほど、多くの読者の心を照らしているか計り知れません。
私自身、学会の永遠性を確立する今この時に『新・人間革命』を真剣に学び、"先生なら、どうされるか"と常に師と対話する思いで、弟子の道を貫き、"東京凱歌の年"を勝ち開いていきます。
◇インド男子部長 ゴーラブ・サブー
19歳の私は、貧困や不平等を解決する道を探し求めていました。
ある時、大学の友人が持つ本が目に入りました。タイトルは『人間革命』。「読ませてほしい」と言うと、彼は「これはメンバーのためのものだ」と。
インド創価学会(BSG)に入会し、私の新たな人生が始まりました。小説『人間革命』を初めて開いた日、本を閉じることができずに朝を迎えたことを覚えています。バスや電車でも、食事の時さえも手放さず、一気に読みました。
"一人の人間における偉大な人間革命は、全人類の宿命の転換をも可能にする"——この哲学を知り、私の疑問は晴れました。
以来、15年がたちます。『人間革命』を学び抜き、"池田大学"の一員として人生の確信をつかんだことが、私の最大の誇りです。
『新・人間革命』第3巻には、1961年2月、池田先生がインドのブッダガヤで"出でよ! 幾万、幾十万の山本伸一よ"と願われた場面が描かれています。私たちBSGにとって「山本伸一」は、広布の全責任を担い立つことを意味します。
最も重要なのは、伸一が常に師を心にとどめ、師に喜びをもたらし、師の期待に応えようとすることです。今日、BSG青年部は、「私は山本伸一だ!」と皆が誇らしく宣言します。これが、私たちの先生への誓いです。
2015年、私は『人間革命』第11巻「大阪」の章を根本に戦いを起こしました。その結果、55人の地区の座談会に、111人の友人が参加。それが波動となって、多くの地区が座談会に100人以上の友人を誘うことができました。
BSGは同年8月に10万の連帯を実現し、「11・18」には11万1111人に拡大。そして昨年、二月闘争を研さんする中で、15万5000人の地涌のスクラムを築くことができたのです。
池田先生は89歳の今も、執筆を通し、一人一人に手を差し伸べてくださっています。先生のお心を知るには、『人間革命』を学ぶ以外にありません。
毎週、地区ごとに研さんの集いを実施。携帯やタブレットで『人間革命』を学ぶ青年部も多くいます。『人間革命』を持ち歩くことが、先生と一緒にいるということなのです。
『新・人間革命』第5巻「勝利」の章に、「国に十万の国士あらば、苦悩の民衆を救いうること、火を見るよりも明らかである」とあります。師の構想を実現された先生のごとく、本年、BSG青年部は「10万の青年の連帯」という金字塔を打ち立てます。
「師子王とは前三後一」
小事にも油断しない。
奮迅の祈りと勢いから
道は劇的に開ける。
いざ師子王の心で勝て!
2017年2月27日
船守弥三郎許御書 P1445
『法華経を行ぜん者をば諸天善神等或はをとことなり或は女となり形をかへさまざまに供養してたすくべし』
☆女性に贈ることば 二月二十七日
いつも自然に振舞うこと、なごやかな雰囲気をつくること、笑顔を絶やさないことー一緒にいて、ありがたいなと思うのは、こうした妻の姿である。
☆今日のことば365 二月二十七日
青年時代の理想を一生もちつづけて実践する人が、人間としてもっとも価値ある人である。
☆小説「新・人間革命」連載6000回特集 「新・人間革命」と私 2017年2月18日
池田先生が「法悟空」のペンネームでつづる小説『新・人間革命』が、本日付の「大山」40で連載6000回を迎えた。第30巻に入った大長編は、人類の未来を開く希望の大叙事詩である。2面では、「『新・人間革命』と私」とのテーマで代表の友の声を紹介。3面では、「『新・人間革命』とその時代」と題し、執筆時の時代状況を振り返りつつ、渾身のペンの闘争をたどる。
◇主任副会長・総九州長 山本武
池田先生は、いわゆる"小説家"ではない。『新・人間革命』は、世界広宣流布の指揮を執る中での執筆である。その激闘は、余人の想像を絶する。
79回を数える九州指導の中でも、激闘の間隙を縫って口述したテープを、東京に送られたことがあった。誰もが後々の随筆で初めて知ったことだ。
「文章はペンで書くものではなく、命の筆先に血をつけて描く」(川端康成『新文章読本』)と。だが、先生の執筆は、文豪の思惟の範疇を超える。
卒寿を前にした今日なお続く、『新・人間革命』の執筆。永遠の師匠である牧口先生、戸田先生、池田先生の「創価三代の師弟の真実」を記し残してくださっている。
広宣流布という未聞の革命。三障四魔、三類の強敵に立ち向かい、尊い地涌の菩薩を守り抜く——その深慮は先生にしか分からない。私たちが心して学ぶべきは、その先生の心にこそあると思う。
忘れられないのは、1980年(昭和55年)8月10日、2年間にわたって休載を余儀なくされていた『人間革命』の第11巻が開始された日だ。早朝、自宅に届いた新聞を、あの時ほど焦がれる思いで開いたことはない。
当日の新聞には、題字下に小さく「小説『人間革命』第11巻 きょうから連載」とあるだけだった。しかし、私たちの心には、その活字が何倍にも大きく映った。
当時、私は大分県にいた。宗門事件の嵐が吹き荒れていた。休載中に、先生が第3代会長を辞任。厚い暗雲に覆われ、広布の視界は闇だった。
その日から皆で『人間革命』を読み合った。脱会者が出た地区でも、同様だった。
どこまでも弟子を思う先生の深い心に涙した。やがて反転攻勢の大波が、日本全土を包んでいった。
広宣流布は、仏と魔との間断なき闘争である。魔の狙いは永遠に一つ。「師弟の分断」である。
今、「大山」の章を学ぶ中で、先生がどれほどの思いをもって、永遠なる創価の未来を切り開いてこられたかを知り、粛然と襟を正す。
私たちは『人間革命』『新・人間革命』を何度も何度も読み深め、師の心を常に自らの指標にしていかねばならないと、自らに問うしかない。
宿命転換の信心の姿勢、目指すべき広布のリーダー像、勝利への指揮の執り方、組織発展の方程式、世界広布の方軌——一切が『人間革命』『新・人間革命』にある。
「根深ければ枝繁し」。今を生きる私たち一人一人の弟子の生きざまが、その地の師弟の精神の伝統をつくる。先生と共に、総仕上げの時を生きる私たちの使命と責任と福運は、限りなく大きい。
九州は3年前から「人間革命池田塾」と銘打ち、月ごとに巻を定め、研さんを重ねてきた。これまで『人間革命』全12巻、そして『新・人間革命』は11巻までを学んできた。
うれしいのは、研さんを通し、新しい人材が目覚ましく成長していることである。
"先生からの金文字の手紙"を、人生と広布の現場で戦いながら学び、師の精神を鑑に、自らの人間革命に挑戦することを誓うのみである。
「石に金をかへ糞に米をかうる」(御書910ページ)との思いで——。
◇第2総東京婦人部長 橋口美雪
『新・人間革命』連載6000回の大偉業に、尽きせぬ感謝の思いでいっぱいです。池田先生は人知れず、構想を練られ、1993年(平成5年)8月6日に長野の地で執筆を開始されました。その「時」「場所」は、先生の深いお考えのもとにあり、戸田先生を常に胸中に抱かれながらの闘争であったことに心が震えます。
また、この年は、八王子市に東京牧口記念会館が完成した年でもありました。先生は、同会館を"本陣"として各国の要人らとの対話を展開されるなど、世界広布の指揮を執られ、その大激闘の中で『新・人間革命』を執筆くださっていたことは、第2総東京の誇りです。
第28巻「広宣譜」の章では78年(昭和53年)、山本伸一が各部や方面・県などに、次々に学会歌を作る場面が描かれています。
その頃、私は創価女子高校(現・関西創価高校)の1年生でした。新たな歌の譜面が聖教新聞に掲載されるたびに、うれしくて全国から集った高等部の仲間と歌いました。
当時、学会を取り巻く状況など知る由もなく、あらためて、一つ一つの歌に込められた先生の万感の思いに胸が熱くなりました。
「大道」の章では、東京の歌「ああ感激の同志あり」の意義をつづってくださっています。東京への期待に触れ、日々「感激」の命で前進を誓いました。
そして現在、連載中の「大山」の章。79年(同54年)、先生がどれほど命を削り、学会を守り、同志を守り、今日の世界広布の大潮流を起こしてこられたことか。当時、先生は立川文化会館を反転攻勢の闘争の舞台とされ、壮絶な攻防戦の真っただ中にありながら、会館を訪れた同志を直接、激励してくださいました。その日々は、弟子として申し訳なくも、宝の歴史です。
第2総東京婦人部・女子部では15年ほど前から『新・人間革命』を学び合う「コスモス平和大学校」を開講しています。
受講生はのべ15万人を数え、そのうち1割以上が友人です。今や地域に根付いた運動として広く親しまれています。友人からは、次のような感想が寄せられています。
「小説のタイトルの通り、より良い人生を生きるための教科書、手引きです」「小説を読む中で、学会の真実の歴史を知り、たくさんの方の苦労や努力によって今日の学会が築き上げられたことに驚きを隠せません」「コスモス平和大学校は、人間革命号という大型客船に乗って、時間を超え、哲学・真理・人生を学ぶ世界旅のようです」
社会に希望の光を送り、世界を分断から調和へと導くメッセージ、励ましの力で一人の友が蘇生しゆく宿命転換のドラマ、そして私たちが幸せになるために「どう生きるべきか」を示す指針——先生が『新・人間革命』でつづられる言々句々が会員のみならず、どれほど、多くの読者の心を照らしているか計り知れません。
私自身、学会の永遠性を確立する今この時に『新・人間革命』を真剣に学び、"先生なら、どうされるか"と常に師と対話する思いで、弟子の道を貫き、"東京凱歌の年"を勝ち開いていきます。
◇インド男子部長 ゴーラブ・サブー
19歳の私は、貧困や不平等を解決する道を探し求めていました。
ある時、大学の友人が持つ本が目に入りました。タイトルは『人間革命』。「読ませてほしい」と言うと、彼は「これはメンバーのためのものだ」と。
インド創価学会(BSG)に入会し、私の新たな人生が始まりました。小説『人間革命』を初めて開いた日、本を閉じることができずに朝を迎えたことを覚えています。バスや電車でも、食事の時さえも手放さず、一気に読みました。
"一人の人間における偉大な人間革命は、全人類の宿命の転換をも可能にする"——この哲学を知り、私の疑問は晴れました。
以来、15年がたちます。『人間革命』を学び抜き、"池田大学"の一員として人生の確信をつかんだことが、私の最大の誇りです。
『新・人間革命』第3巻には、1961年2月、池田先生がインドのブッダガヤで"出でよ! 幾万、幾十万の山本伸一よ"と願われた場面が描かれています。私たちBSGにとって「山本伸一」は、広布の全責任を担い立つことを意味します。
最も重要なのは、伸一が常に師を心にとどめ、師に喜びをもたらし、師の期待に応えようとすることです。今日、BSG青年部は、「私は山本伸一だ!」と皆が誇らしく宣言します。これが、私たちの先生への誓いです。
2015年、私は『人間革命』第11巻「大阪」の章を根本に戦いを起こしました。その結果、55人の地区の座談会に、111人の友人が参加。それが波動となって、多くの地区が座談会に100人以上の友人を誘うことができました。
BSGは同年8月に10万の連帯を実現し、「11・18」には11万1111人に拡大。そして昨年、二月闘争を研さんする中で、15万5000人の地涌のスクラムを築くことができたのです。
池田先生は89歳の今も、執筆を通し、一人一人に手を差し伸べてくださっています。先生のお心を知るには、『人間革命』を学ぶ以外にありません。
毎週、地区ごとに研さんの集いを実施。携帯やタブレットで『人間革命』を学ぶ青年部も多くいます。『人間革命』を持ち歩くことが、先生と一緒にいるということなのです。
『新・人間革命』第5巻「勝利」の章に、「国に十万の国士あらば、苦悩の民衆を救いうること、火を見るよりも明らかである」とあります。師の構想を実現された先生のごとく、本年、BSG青年部は「10万の青年の連帯」という金字塔を打ち立てます。
2017年2月26日日曜日
2017.02.26 わが友に贈る
勇気を出せば
一切が楽しくなる!
全てに勝っていける!
題目を唱え抜き
勇猛精進の日々を!
四条金吾御書 P1176
『又御をととどもには常はふびんのよしあるべし、つねにゆせにざうりのあたいなんど心あるべし、もしやの事のあらむにはかたきはゆるさじ、我がためにいのちをうしなはんずる者ぞかしとをぼして、とがありともせうせうの失をばしらぬやうにてあるべし』
☆女性に贈ることば 二月二十六日
栄誉に輝いた友をほめたたえ、ともに喜ぶ人は、その心に福徳が積まれていく。反対に、妬んだり、たいしたことはないと見くだしたりする人は、自身の福徳を消してしまう。
わが友を幸福にしゆく女性が、幸福の博士なのである。
☆今日のことば365 二月二十六日
人には、ほめられて、ますますそれを実践してよくなっていく人、ほめられたが途中から叱られて、よくなっていく人、また叱られてのびていく人、それから叱られてもなかなかよくならない人と四種類ある。ほめられて成長していくという人はごく少ない。ほんとうに叱ってくれる人がいるということは、ありがたいことであり、幸福なことだ。
☆仏法の教え 大聖人直結 2017年2月14日
◇御本仏の御金言を創価学会が実現!
2月16日は日蓮大聖人御聖誕の日。創価学会はこれまで、大聖人に直結して広宣流布を進め、末法の御本仏の御金言を現実のものとしてきました。今回は御書を拝しながら、「大聖人直結」について学んでいきます。
〈Q〉信心を貫く上で、大事な姿勢とは何でしょうか?
〈A〉「日蓮が如く」との一念で、一歩も退かないことです。
総じて日蓮が弟子と云って法華経を修行せん人人は日蓮が如くにし候へ、さだにも候はば釈迦・多宝・十方の分身・十羅刹も御守り候べし(四菩薩造立抄、御書989ページ)
創価学会第2代会長の戸田城聖先生は、「信心は大聖人の時代に還れ」と語られていました。学会は、この言葉の通りに御書を拝し、御書の仰せのままに実践してきました。
特に、第3代会長の池田大作先生のもと、「御本尊根本」「御書根本」の広布の勢いは一段と加速。学会は世界192カ国・地域に発展したのです。
大聖人は「総じて日蓮の弟子といって法華経を修行する人々は、日蓮のようにしなさい。そうするならば、釈迦仏、多宝仏、十方分身の諸仏、十羅刹女も必ず守護されるであろう」(御書989ページ、通解)と仰せです。また、「日蓮と同意」(同1360ページ)など、大聖人と同じ決意に立つ重要性を訴えられています。
大聖人は立宗宣言以来、あらゆる迫害や大難を勝ち越えて、妙法流布に生き抜かれました。そして自ら広布の先頭に立つとともに、弟子にも"私と同じように戦いなさい!"と呼び掛けられました。
大聖人と同じ心で、さまざまな障魔の嵐にも、一歩も引くことなく戦い抜いてきたのが創価三代の会長であり、学会員です。この「戦う心」こそ、私たちが継承していく信心の根本姿勢です。
〈Q〉大聖人と同じ決意に立つには、どうすればよいですか?
〈A〉自身に具わる「師子王の心」を取り出して、戦い抜くことです。
強敵を伏して始て力士をしる、悪王の正法を破るに邪法の僧等が方人をなして智者を失はん時は師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし(佐渡御書、御書957ページ)
大聖人は「強敵を倒して、はじめて、力ある者であると分かる。悪王が正法を破ろうとし、邪法の僧らがその味方をして、智者を亡き者にしようとする時は、師子王の心を持つ者が必ず仏になるのである」(御書a957ページ、通解)と断言されています。
御書には、「師子」「師子王」という言葉が多く見られます。師子が吼えれば百獣が従うように、仏の教説は人々の魂を揺さぶります。逆境に直面している時こそ、自らが師子となって、「師子王の心」で戦うことで、逆境を変えていくことができると説くのが、日蓮大聖人の仏法です。
別の御書で大聖人は、「各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ」(同1190ページ)とも述べられています。
「師子王の心」とは「勇気」と言い換えることもできます。また、「各各」と呼び掛けられているとおり、「師子王の心」は万人の胸中に存在します。それを取り出すための要諦こそ、師弟不二の強盛な信心の実践にほかなりません。
大聖人が勇気ある信心の実践を門下に促したように、私たちもまた、一人一人が「師子王の心」を取り出して、「覚悟の信心」を実践していくことが重要なのです。
〈Q〉なぜ、学会は世界広宣流布を実現できたのですか?
〈A〉御書根本に、目覚めた一人が目の前の友を激励してきたからです。
衆流あつまりて大海となる微塵つもりて須弥山となれり、日蓮が法華経を信じ始めしは日本国には一�・一微塵のごとし
(撰時抄、御書288ページ)
目覚めた一人が、次なる一人を呼び覚まし、拡大していくのが広布の方程式です。
大聖人も「多くの川の流れが集まって大海となり、小さな塵が積もって須弥山となったのである。日蓮が法華経を信じ始めたのは、日本国にとっては、一滴の水、一粒の塵のようなものである」(御書288ページ、通解)と語られています。
そして、「やがて法華経の題目を、二人、三人、十人、百千万億人と、唱え伝えていくならば、妙覚の須弥山ともなり、大涅槃の大海ともなるであろう」(同ページ、通解)と宣言されています。
学会は御本仏の仰せの通りに、目の前の一人を励まし、蘇生させてきました。その先頭に立ってきたのが創価三代の会長です。
池田先生は語られています。
「法華経は万人を目覚めさせる教えです。一人一人の無明を力強く打ち破って、法性の生命を呼び覚ます力がある。一人の『法華経の行者』が行動を起こせば、太陽の如く周囲の闇を照らし、晴らしていくことができます」と。
「御本仏の仰せを決して虚妄にしない!」と立ち上がった一人の強盛な信心が次々に伝播することで、世界広宣流布は成し遂げられてきたのです。
◇智慧の扉 「実践の教学」の伝統
大聖人は、「行学の二道をはげみ候べし、行学たへなば仏法はあるべからず」(御書1361ページ)と仰せです。戸田先生は「信は理を求め、求めたる理は信を深からしむ」と語っていました。
一人一人が御書を学ぶことで、信が深まり、深まった信は、おのずと行動へとつながります。また、一つ一つの御金言を自身に当てはめ、人生を支える指針としていくならば、どんな事態に直面しても御本尊根本に立ち向かっていくことができます。
学会員は「行学の二道」に徹する中で確固たる信心を確立してきました。この「実践の教学」こそ学会の伝統なのです。
一切が楽しくなる!
全てに勝っていける!
題目を唱え抜き
勇猛精進の日々を!
四条金吾御書 P1176
『又御をととどもには常はふびんのよしあるべし、つねにゆせにざうりのあたいなんど心あるべし、もしやの事のあらむにはかたきはゆるさじ、我がためにいのちをうしなはんずる者ぞかしとをぼして、とがありともせうせうの失をばしらぬやうにてあるべし』
☆女性に贈ることば 二月二十六日
栄誉に輝いた友をほめたたえ、ともに喜ぶ人は、その心に福徳が積まれていく。反対に、妬んだり、たいしたことはないと見くだしたりする人は、自身の福徳を消してしまう。
わが友を幸福にしゆく女性が、幸福の博士なのである。
☆今日のことば365 二月二十六日
人には、ほめられて、ますますそれを実践してよくなっていく人、ほめられたが途中から叱られて、よくなっていく人、また叱られてのびていく人、それから叱られてもなかなかよくならない人と四種類ある。ほめられて成長していくという人はごく少ない。ほんとうに叱ってくれる人がいるということは、ありがたいことであり、幸福なことだ。
☆仏法の教え 大聖人直結 2017年2月14日
◇御本仏の御金言を創価学会が実現!
2月16日は日蓮大聖人御聖誕の日。創価学会はこれまで、大聖人に直結して広宣流布を進め、末法の御本仏の御金言を現実のものとしてきました。今回は御書を拝しながら、「大聖人直結」について学んでいきます。
〈Q〉信心を貫く上で、大事な姿勢とは何でしょうか?
〈A〉「日蓮が如く」との一念で、一歩も退かないことです。
総じて日蓮が弟子と云って法華経を修行せん人人は日蓮が如くにし候へ、さだにも候はば釈迦・多宝・十方の分身・十羅刹も御守り候べし(四菩薩造立抄、御書989ページ)
創価学会第2代会長の戸田城聖先生は、「信心は大聖人の時代に還れ」と語られていました。学会は、この言葉の通りに御書を拝し、御書の仰せのままに実践してきました。
特に、第3代会長の池田大作先生のもと、「御本尊根本」「御書根本」の広布の勢いは一段と加速。学会は世界192カ国・地域に発展したのです。
大聖人は「総じて日蓮の弟子といって法華経を修行する人々は、日蓮のようにしなさい。そうするならば、釈迦仏、多宝仏、十方分身の諸仏、十羅刹女も必ず守護されるであろう」(御書989ページ、通解)と仰せです。また、「日蓮と同意」(同1360ページ)など、大聖人と同じ決意に立つ重要性を訴えられています。
大聖人は立宗宣言以来、あらゆる迫害や大難を勝ち越えて、妙法流布に生き抜かれました。そして自ら広布の先頭に立つとともに、弟子にも"私と同じように戦いなさい!"と呼び掛けられました。
大聖人と同じ心で、さまざまな障魔の嵐にも、一歩も引くことなく戦い抜いてきたのが創価三代の会長であり、学会員です。この「戦う心」こそ、私たちが継承していく信心の根本姿勢です。
〈Q〉大聖人と同じ決意に立つには、どうすればよいですか?
〈A〉自身に具わる「師子王の心」を取り出して、戦い抜くことです。
強敵を伏して始て力士をしる、悪王の正法を破るに邪法の僧等が方人をなして智者を失はん時は師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし(佐渡御書、御書957ページ)
大聖人は「強敵を倒して、はじめて、力ある者であると分かる。悪王が正法を破ろうとし、邪法の僧らがその味方をして、智者を亡き者にしようとする時は、師子王の心を持つ者が必ず仏になるのである」(御書a957ページ、通解)と断言されています。
御書には、「師子」「師子王」という言葉が多く見られます。師子が吼えれば百獣が従うように、仏の教説は人々の魂を揺さぶります。逆境に直面している時こそ、自らが師子となって、「師子王の心」で戦うことで、逆境を変えていくことができると説くのが、日蓮大聖人の仏法です。
別の御書で大聖人は、「各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ」(同1190ページ)とも述べられています。
「師子王の心」とは「勇気」と言い換えることもできます。また、「各各」と呼び掛けられているとおり、「師子王の心」は万人の胸中に存在します。それを取り出すための要諦こそ、師弟不二の強盛な信心の実践にほかなりません。
大聖人が勇気ある信心の実践を門下に促したように、私たちもまた、一人一人が「師子王の心」を取り出して、「覚悟の信心」を実践していくことが重要なのです。
〈Q〉なぜ、学会は世界広宣流布を実現できたのですか?
〈A〉御書根本に、目覚めた一人が目の前の友を激励してきたからです。
衆流あつまりて大海となる微塵つもりて須弥山となれり、日蓮が法華経を信じ始めしは日本国には一�・一微塵のごとし
(撰時抄、御書288ページ)
目覚めた一人が、次なる一人を呼び覚まし、拡大していくのが広布の方程式です。
大聖人も「多くの川の流れが集まって大海となり、小さな塵が積もって須弥山となったのである。日蓮が法華経を信じ始めたのは、日本国にとっては、一滴の水、一粒の塵のようなものである」(御書288ページ、通解)と語られています。
そして、「やがて法華経の題目を、二人、三人、十人、百千万億人と、唱え伝えていくならば、妙覚の須弥山ともなり、大涅槃の大海ともなるであろう」(同ページ、通解)と宣言されています。
学会は御本仏の仰せの通りに、目の前の一人を励まし、蘇生させてきました。その先頭に立ってきたのが創価三代の会長です。
池田先生は語られています。
「法華経は万人を目覚めさせる教えです。一人一人の無明を力強く打ち破って、法性の生命を呼び覚ます力がある。一人の『法華経の行者』が行動を起こせば、太陽の如く周囲の闇を照らし、晴らしていくことができます」と。
「御本仏の仰せを決して虚妄にしない!」と立ち上がった一人の強盛な信心が次々に伝播することで、世界広宣流布は成し遂げられてきたのです。
◇智慧の扉 「実践の教学」の伝統
大聖人は、「行学の二道をはげみ候べし、行学たへなば仏法はあるべからず」(御書1361ページ)と仰せです。戸田先生は「信は理を求め、求めたる理は信を深からしむ」と語っていました。
一人一人が御書を学ぶことで、信が深まり、深まった信は、おのずと行動へとつながります。また、一つ一つの御金言を自身に当てはめ、人生を支える指針としていくならば、どんな事態に直面しても御本尊根本に立ち向かっていくことができます。
学会員は「行学の二道」に徹する中で確固たる信心を確立してきました。この「実践の教学」こそ学会の伝統なのです。
2017年2月25日土曜日
2017.02.25 わが友に贈る
さあ二月闘争の
総仕上げの拡大を!
激しい寒暖差に注意し
健康第一、唱題第一で
新たな歴史を築こう!
四条金吾御書 P1176
『又御をととどもには常はふびんのよしあるべし、つねにゆせにざうりのあたいなんど心あるべし、もしやの事のあらむにはかたきはゆるさじ、我がためにいのちをうしなはんずる者ぞかしとをぼして、とがありともせうせうの失をばしらぬやうにてあるべし』
☆女性に贈ることば 二月二十五日
赤ちゃんが初めて自分を見つめて笑ってくれた時、片言のことばでしゃべった時。初めて自分の足で歩き始めた時 −。毎日が驚きと感動の日々だったと思います。
子どもがだんだん大きくなると、そうした感動を感じることは少なくなるかもしれませんが、子どもたちは変わることなく成長を続けているのです。その子どもの成長を温かく見守りながら、自分もともに成長する母親であり、教育者であってほしいと思います。
☆今日のことば365 二月二十五日
真の勝利は勇気と執念の連続によってのみ得られる
見栄をすて 外聞をすてて
体当たりで栄光の道を切り拓いてゆこう
☆御書と歩む 第53回 生命の宝塔を林立させよ 2017年2月16日
『末法に入って法華経を持つ男女の・すがたより外には宝塔なきなり、若し然れば貴賤上下をえらばず南無妙法蓮華経と・となうるものは我が身宝塔にして我が身又多宝如来なり』(阿仏房御書、1304ページ)
◇通解
末法に入って、法華経を持つ男女の姿よりほかには宝塔はないのである。もしそうであれば、身分の貴さや賤しさ、立場の上と下は関係なく、南無妙法蓮華経と唱える人は、その人自身が宝塔であり、また、その人自身が多宝如来なのである。
◇同志への指針
"あなたの生命こそ最極の宝塔なり"と御本仏は語り掛けられた。妙法は、生命を蹂躙する魔性を打ち破り、宝塔を自他共に輝かせる哲理だ。
65年前、東西冷戦の渦中、二月闘争に走りゆく私たち青年に、恩師は「地球民族主義」を提唱された。開かれた対話で差異を超え、生命の宝塔を林立させていく。地道にして最も力強く、幸と平和の連帯を拡大する道が、ここにある。
総仕上げの拡大を!
激しい寒暖差に注意し
健康第一、唱題第一で
新たな歴史を築こう!
四条金吾御書 P1176
『又御をととどもには常はふびんのよしあるべし、つねにゆせにざうりのあたいなんど心あるべし、もしやの事のあらむにはかたきはゆるさじ、我がためにいのちをうしなはんずる者ぞかしとをぼして、とがありともせうせうの失をばしらぬやうにてあるべし』
☆女性に贈ることば 二月二十五日
赤ちゃんが初めて自分を見つめて笑ってくれた時、片言のことばでしゃべった時。初めて自分の足で歩き始めた時 −。毎日が驚きと感動の日々だったと思います。
子どもがだんだん大きくなると、そうした感動を感じることは少なくなるかもしれませんが、子どもたちは変わることなく成長を続けているのです。その子どもの成長を温かく見守りながら、自分もともに成長する母親であり、教育者であってほしいと思います。
☆今日のことば365 二月二十五日
真の勝利は勇気と執念の連続によってのみ得られる
見栄をすて 外聞をすてて
体当たりで栄光の道を切り拓いてゆこう
☆御書と歩む 第53回 生命の宝塔を林立させよ 2017年2月16日
『末法に入って法華経を持つ男女の・すがたより外には宝塔なきなり、若し然れば貴賤上下をえらばず南無妙法蓮華経と・となうるものは我が身宝塔にして我が身又多宝如来なり』(阿仏房御書、1304ページ)
◇通解
末法に入って、法華経を持つ男女の姿よりほかには宝塔はないのである。もしそうであれば、身分の貴さや賤しさ、立場の上と下は関係なく、南無妙法蓮華経と唱える人は、その人自身が宝塔であり、また、その人自身が多宝如来なのである。
◇同志への指針
"あなたの生命こそ最極の宝塔なり"と御本仏は語り掛けられた。妙法は、生命を蹂躙する魔性を打ち破り、宝塔を自他共に輝かせる哲理だ。
65年前、東西冷戦の渦中、二月闘争に走りゆく私たち青年に、恩師は「地球民族主義」を提唱された。開かれた対話で差異を超え、生命の宝塔を林立させていく。地道にして最も力強く、幸と平和の連帯を拡大する道が、ここにある。
2017年2月24日金曜日
2017.02.24 わが友に贈る
広布とは「声」の戦いだ。
真実を叫ぶのも声。
人を励ますのも声だ。
「心の思いを響かして」
誠実に朗らかに語れ!
持妙法華問答抄 P466
『生涯幾くならず思へば一夜のかりの宿を忘れて幾くの名利をか得ん、又得たりとも是れ夢の中の栄へ珍しからぬ楽みなり』
☆女性に贈ることば 二月二十四日
なんでも聞こう、学ぼう。友人を広げよう。こういう姿勢の人は、自身の可能性を大きく伸ばすことができる。
☆今日のことば365 二月二十四日
汝よ 汝は いかにして
そんなに苦しむのか
汝よ 汝は いかにして
そんなに泣くのか
汝よ 汝は いかにして
そんなに悩むのか
苦しむがよい
若芽が 大地の殻を打ち破って
伸びゆくために
泣くがよい
梅雨の、彼方の、太陽を仰ぎ見る日まで
已むを得まい
悩むがよい
暗い 深夜を過ぎずして
尊厳なる 曙の空を望むことはできないからだ
☆四季の励まし 感謝の心で人生は輝く 2017年2月12日
感謝がある人は幸福である。
心には豊かさがあふれ、
喜びに満ち、
生き生きとして明るい。
福徳が輝く。
感謝のない人は不幸である。
いつも、不平と不満、
嫉妬と恨みと愚痴の
暗雲が渦巻いている。
だから、人も離れていく。
わが人生を輝かせゆく源泉は、
報恩感謝の一念にこそあるのだ。
誰のどのような行いによって
今の自分があるのか。
そのことを深く知り
感謝することで、
自己を最も強く肯定し、
自分自身の存在の基盤を
確立することができる。
自身の基盤を確立することは、
自分自身の大いなる
発展の土台となるのである。
報恩とは、
自身の可能性を最大に開いていく
「人間革命」の挑戦なのだ。
大文豪ゲーテは言う。
「感謝しなければならぬ人と
出あいながら、
感謝をわすれていることが、
どんなにしばしばだろう」
その通りである。
陰で支えてくれた方々に、
感謝の声を掛けていくことだ。
決して
当たり前と思ってはならない。
声一つ、言葉一つで、
人間の心は動く。
その心が一切を決める根本だ。
感謝を忘れず、
報恩に徹すれば、
自ずから
為すべき行動は定まる。
必ず無限の勇気と智慧が、
滾々と
湧き起こってくるのだ。
感謝の人は光る。
報恩の世界は栄える。
沿道には、池田大作先生の訪問を心待ちにしていた同志の姿があった。1988年(昭和63年)2月のシンガポール。感謝の思いを込めて、先生は車内からシャッターを切った。
感謝のない人は、自分のために人が何かをしてくれても「当たり前」だと思う。この「当たり前」を「ありがとう」の言葉に置き換えれば、どれだけの人が笑顔になるだろうか。地域へ、社会へ、笑顔を広げゆく感謝の人でありたい。
真実を叫ぶのも声。
人を励ますのも声だ。
「心の思いを響かして」
誠実に朗らかに語れ!
持妙法華問答抄 P466
『生涯幾くならず思へば一夜のかりの宿を忘れて幾くの名利をか得ん、又得たりとも是れ夢の中の栄へ珍しからぬ楽みなり』
☆女性に贈ることば 二月二十四日
なんでも聞こう、学ぼう。友人を広げよう。こういう姿勢の人は、自身の可能性を大きく伸ばすことができる。
☆今日のことば365 二月二十四日
汝よ 汝は いかにして
そんなに苦しむのか
汝よ 汝は いかにして
そんなに泣くのか
汝よ 汝は いかにして
そんなに悩むのか
苦しむがよい
若芽が 大地の殻を打ち破って
伸びゆくために
泣くがよい
梅雨の、彼方の、太陽を仰ぎ見る日まで
已むを得まい
悩むがよい
暗い 深夜を過ぎずして
尊厳なる 曙の空を望むことはできないからだ
☆四季の励まし 感謝の心で人生は輝く 2017年2月12日
感謝がある人は幸福である。
心には豊かさがあふれ、
喜びに満ち、
生き生きとして明るい。
福徳が輝く。
感謝のない人は不幸である。
いつも、不平と不満、
嫉妬と恨みと愚痴の
暗雲が渦巻いている。
だから、人も離れていく。
わが人生を輝かせゆく源泉は、
報恩感謝の一念にこそあるのだ。
誰のどのような行いによって
今の自分があるのか。
そのことを深く知り
感謝することで、
自己を最も強く肯定し、
自分自身の存在の基盤を
確立することができる。
自身の基盤を確立することは、
自分自身の大いなる
発展の土台となるのである。
報恩とは、
自身の可能性を最大に開いていく
「人間革命」の挑戦なのだ。
大文豪ゲーテは言う。
「感謝しなければならぬ人と
出あいながら、
感謝をわすれていることが、
どんなにしばしばだろう」
その通りである。
陰で支えてくれた方々に、
感謝の声を掛けていくことだ。
決して
当たり前と思ってはならない。
声一つ、言葉一つで、
人間の心は動く。
その心が一切を決める根本だ。
感謝を忘れず、
報恩に徹すれば、
自ずから
為すべき行動は定まる。
必ず無限の勇気と智慧が、
滾々と
湧き起こってくるのだ。
感謝の人は光る。
報恩の世界は栄える。
沿道には、池田大作先生の訪問を心待ちにしていた同志の姿があった。1988年(昭和63年)2月のシンガポール。感謝の思いを込めて、先生は車内からシャッターを切った。
感謝のない人は、自分のために人が何かをしてくれても「当たり前」だと思う。この「当たり前」を「ありがとう」の言葉に置き換えれば、どれだけの人が笑顔になるだろうか。地域へ、社会へ、笑顔を広げゆく感謝の人でありたい。
2017年2月23日木曜日
2017.02.23 わが友に贈る
他者に尽くす行動が
小さなエゴの殻を破り
境涯を大きく広げる!
学会と共に 同志と共に
人間革命の山を登れ!
法華初心成仏抄 P557
『譬えば篭の中の鳥なけば空とぶ鳥のよばれて集まるが如し、空とぶ鳥の集まれば篭の中の鳥も出でんとするが如し口に妙法をよび奉れば我が身の仏性もよばれて必ず顕れ給ふ、梵王帝釈の仏性はよばれて我等を守り給ふ、仏菩薩の仏性はよばれて悦び給ふ』
☆女性に贈ることば 二月二十三日
人間として、たしかな目的をもって生き抜く人こそ、偉大であり、幸福です。
☆今日のことば365 二月二十三日
"遊ぶのはよいが、遊ばれてはいけない"とよくいわれる。遊びを楽しめることが必要なのであって、けじめつかずに流されてはいけないという意味らしい。虚無的な遊びは、結局、疲労と悔恨、そして悲哀がのこる場合が多いだろう。仕事にせよ、"遊ぶ"にせよ、もっとも生き甲斐を感ずるのは、人間らしい知恵を発揮して、何かを創造していく時であるらしい。
☆弟子の道−小説『新・人間革命』に学ぶ (下)
◇池田先生の「人間革命」 連載:1964年〜92年
学会再建に立った戸田先生
先生!伸一は征きます。先生がおっしゃった、わが舞台である 世界の広宣流布の大道を開き続けてまいります!弟子の敢闘をご覧ください。
(小説『新・人間革命』=第29巻「源流」から)
池田先生は小説『人間革命』第12巻「あとがき」に、こう記しています。
「恩師の真実を伝える伝記を書き残すことは、私の青春時代からの誓いであった」
先生が戸田先生の小説の"続編"を記そうと思い立つたのは、 恩師の小説が新聞掲載される前、「小説を書いたよ」と原稿をポケットに入れ、うれしそうに話す師 を見た時でした。
1954年8月 には、戸田先生と共に、恩師の故郷、北海道の厚田村(当時)を訪問。 その思いを、さらに深めます。
執筆の決意が不動のものとなつたのは、長野軽井沢での、戸田先生との語らいの直後、57年8月14日でした。恩師の最後の夏であり、師弟の出会いから満10周年を迎える、まさにその日。池田先生は、恩師の生涯と精神を後世に伝えゆくことを、「不二の弟子とし ての私の使命」と誓ったのです。
「戦争ほど、残酷なものはない」。
池田先生が小説『人間革命』の執筆を沖縄の地で開始したのは、164年12月2日。戦争の爪痕が深く刻まれた地で、人間主義の平和の哲理を記し始めました。
先生が「最も頭を悩ませた」と語る小説の冒頭は、「地涌の菩薩」の使命を自覚した、戸田先生の出獄の場面から始まります。
第1章のタイトルは「黎明」。 後年、池田先生は随筆で「『人間革命』とは、人間の、そして人類の平和と幸福の『黎明』を開きゆく闘争である」とつづっています。出獄した戸田先生の心中にともされた、広布誓願の炎こそ、まさに、新しき時代を開く人類の黎明でした。
全12卷の小説『人間革命』は、 戸田先生が第2代会長となり、生涯の願業「75万世帯」を成し遂げ、弟子に広布のバトンを託すストリーになつています。その中で、山本伸一との出会いと、師弟不二のドラマが描かれています。
戸田先生の小説の「巌さん」と 同じく、「山本伸一」もまた、絶体絶命の苦境の中で、師弟の道を貫きました。第4巻「秋霜」の章では、戸田先生が、事業の破綻によって学会の理事長を辞任。多くの人たちがののしり、去る中で、 伸はただ一人、戸田先生こそが永遠の人生の師であると定め、次の和歌を、恩師に贈ります。
「古の奇しき縁に仕へしを 人は変れどわれは変らじ」
池田先生の小説『人間革命』の 執筆は、体調が優れない時にはロ述をテープに吹き込み、また時には、香峯子夫人の代筆により、続けられてきました。第10巻の連載が終了した78年8月からは約2年間、休載となり、その間、第1次 宗門事件によって、先生は79年4 月に会長を辞任。
80年09月、第11 巻「転機」の章から再開し、その後、世界広布の本格的な展開のためにカ走を重ね、10年半にわたる休載もありましたが、92年11月、 全12卷の執筆が完結。そして93年2月11日に連載を終了します。
当初、小説『人間革命』は、戸田先生の逝去をもって筆を置く予定でした。しかし、池田先生は、 伸一が第3代会長に就任するまでを描いた「新・黎明」の章を加えます。伸一の心に燃え上がる"弟子の一念"が、世界広布の黎明を告げたところで結んだのです。
◇池田先生の「新・人間革命」 連載:1993年〜
池田先生の世界広布の軌跡
「平和ほど、尊きものはない」 1993年8月6日、広島に原爆が投下されて48年に当たるこの日、恩師との思い出の地・長野の軽井沢で、池田先生は小説『新・人間革命』の執筆を始めました。
同年10月には、八王子市に東京牧ロ記念会館が誕生。学会創立記念日の11月18日から、聖教新聞での連載がスタートしました。
池田先生は、かつて随筆でつづっています。「弟子が師匠の誓願を受け継ぎ、その構想を実現する。広宣流布を事実のうえで伸展させる、この師弟不二という、 まことの後継の弟子の戦いを書き記さなければ、戸田先生、さらには牧口先生の本当の偉大さを宣揚することはできない」と。
第1巻の「はじめに」では、すでに、"完結までに30巻を予定"と明記されています。それは、弟子たちが織り成す後継の遥かなる道を描き抜く、人生を懸けた闘争宣言でした。
第1巻の冒頭は、山本伸一が、 第3代会長就任から5カ月後の3月2日、世界への第一歩を踏み出すシーンです。出発の日は、戸田先生の月命日である2日。アメリ 力、カナダ、ブラジルの3力国を歴訪する伸一の胸ポケットには、 恩師の写真が収めてありました。
池田先生にとって、『新・人間 革命』の執筆もまた、激務に次ぐ激務の中での闘争でした。先生は 「海外の旅先で、夜更けて原稿に向かった時もあった。地方指導の旅の車中で、構想を練り上げることも珍しくなかつた」と振り返っています。
池田先生の『人間革命』と『新・人間革命』。その共通テーマ は、「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」という哲理にあります。それこそが、「戸田先生が示された平和建設の原理」なのです。
戸田先生の小説のペンネームが「妙悟空」だつたのに対し、池田先生は「法悟空」という名を用いています。この対比について、池田先生は『新・人間革命』第1巻の単行本の「あとがき」で、詳しく説明しています。
もともと「妙悟空」は、『西遊記』の「孫悟空」をもじったものであり、生前、戸田先生は、「孫」には"小さなもの"の意味があり、この名は仏法で説く"空"の概念をわずかに悟ったことを表していると語りました。
それに対し、「妙悟空」の「妙」 は"妙法"を表しており、牢獄の中で生命の本質を悟つたことを示すペンネームになつています。
戸田先生と池田先生のペンネームを合わせると、「妙法」となります。池田先生は記しています。
「仏法では『妙』は本源、『法』 は現象。『妙』は仏界、『法』は九界」「いわば、『妙』は師、『法』 は弟子ということになる」と。
戸田先生の『人間革命』、池田先生の『人間革命』『新・人間革命』をひもとくと、その執筆の歴史、小説の内容の全てが、金剛不壊の"師弟の物語"そのものであることが明白になります。
「師弟して 人間革命 光あれ」
この池田先生の句の精神を胸に、日々の『新・人間革命』の連載を学び深めながら、自分自身の人間革命の大叙事詩をつづり残していきましょう。
小さなエゴの殻を破り
境涯を大きく広げる!
学会と共に 同志と共に
人間革命の山を登れ!
法華初心成仏抄 P557
『譬えば篭の中の鳥なけば空とぶ鳥のよばれて集まるが如し、空とぶ鳥の集まれば篭の中の鳥も出でんとするが如し口に妙法をよび奉れば我が身の仏性もよばれて必ず顕れ給ふ、梵王帝釈の仏性はよばれて我等を守り給ふ、仏菩薩の仏性はよばれて悦び給ふ』
☆女性に贈ることば 二月二十三日
人間として、たしかな目的をもって生き抜く人こそ、偉大であり、幸福です。
☆今日のことば365 二月二十三日
"遊ぶのはよいが、遊ばれてはいけない"とよくいわれる。遊びを楽しめることが必要なのであって、けじめつかずに流されてはいけないという意味らしい。虚無的な遊びは、結局、疲労と悔恨、そして悲哀がのこる場合が多いだろう。仕事にせよ、"遊ぶ"にせよ、もっとも生き甲斐を感ずるのは、人間らしい知恵を発揮して、何かを創造していく時であるらしい。
☆弟子の道−小説『新・人間革命』に学ぶ (下)
◇池田先生の「人間革命」 連載:1964年〜92年
学会再建に立った戸田先生
先生!伸一は征きます。先生がおっしゃった、わが舞台である 世界の広宣流布の大道を開き続けてまいります!弟子の敢闘をご覧ください。
(小説『新・人間革命』=第29巻「源流」から)
池田先生は小説『人間革命』第12巻「あとがき」に、こう記しています。
「恩師の真実を伝える伝記を書き残すことは、私の青春時代からの誓いであった」
先生が戸田先生の小説の"続編"を記そうと思い立つたのは、 恩師の小説が新聞掲載される前、「小説を書いたよ」と原稿をポケットに入れ、うれしそうに話す師 を見た時でした。
1954年8月 には、戸田先生と共に、恩師の故郷、北海道の厚田村(当時)を訪問。 その思いを、さらに深めます。
執筆の決意が不動のものとなつたのは、長野軽井沢での、戸田先生との語らいの直後、57年8月14日でした。恩師の最後の夏であり、師弟の出会いから満10周年を迎える、まさにその日。池田先生は、恩師の生涯と精神を後世に伝えゆくことを、「不二の弟子とし ての私の使命」と誓ったのです。
「戦争ほど、残酷なものはない」。
池田先生が小説『人間革命』の執筆を沖縄の地で開始したのは、164年12月2日。戦争の爪痕が深く刻まれた地で、人間主義の平和の哲理を記し始めました。
先生が「最も頭を悩ませた」と語る小説の冒頭は、「地涌の菩薩」の使命を自覚した、戸田先生の出獄の場面から始まります。
第1章のタイトルは「黎明」。 後年、池田先生は随筆で「『人間革命』とは、人間の、そして人類の平和と幸福の『黎明』を開きゆく闘争である」とつづっています。出獄した戸田先生の心中にともされた、広布誓願の炎こそ、まさに、新しき時代を開く人類の黎明でした。
全12卷の小説『人間革命』は、 戸田先生が第2代会長となり、生涯の願業「75万世帯」を成し遂げ、弟子に広布のバトンを託すストリーになつています。その中で、山本伸一との出会いと、師弟不二のドラマが描かれています。
戸田先生の小説の「巌さん」と 同じく、「山本伸一」もまた、絶体絶命の苦境の中で、師弟の道を貫きました。第4巻「秋霜」の章では、戸田先生が、事業の破綻によって学会の理事長を辞任。多くの人たちがののしり、去る中で、 伸はただ一人、戸田先生こそが永遠の人生の師であると定め、次の和歌を、恩師に贈ります。
「古の奇しき縁に仕へしを 人は変れどわれは変らじ」
池田先生の小説『人間革命』の 執筆は、体調が優れない時にはロ述をテープに吹き込み、また時には、香峯子夫人の代筆により、続けられてきました。第10巻の連載が終了した78年8月からは約2年間、休載となり、その間、第1次 宗門事件によって、先生は79年4 月に会長を辞任。
80年09月、第11 巻「転機」の章から再開し、その後、世界広布の本格的な展開のためにカ走を重ね、10年半にわたる休載もありましたが、92年11月、 全12卷の執筆が完結。そして93年2月11日に連載を終了します。
当初、小説『人間革命』は、戸田先生の逝去をもって筆を置く予定でした。しかし、池田先生は、 伸一が第3代会長に就任するまでを描いた「新・黎明」の章を加えます。伸一の心に燃え上がる"弟子の一念"が、世界広布の黎明を告げたところで結んだのです。
◇池田先生の「新・人間革命」 連載:1993年〜
池田先生の世界広布の軌跡
「平和ほど、尊きものはない」 1993年8月6日、広島に原爆が投下されて48年に当たるこの日、恩師との思い出の地・長野の軽井沢で、池田先生は小説『新・人間革命』の執筆を始めました。
同年10月には、八王子市に東京牧ロ記念会館が誕生。学会創立記念日の11月18日から、聖教新聞での連載がスタートしました。
池田先生は、かつて随筆でつづっています。「弟子が師匠の誓願を受け継ぎ、その構想を実現する。広宣流布を事実のうえで伸展させる、この師弟不二という、 まことの後継の弟子の戦いを書き記さなければ、戸田先生、さらには牧口先生の本当の偉大さを宣揚することはできない」と。
第1巻の「はじめに」では、すでに、"完結までに30巻を予定"と明記されています。それは、弟子たちが織り成す後継の遥かなる道を描き抜く、人生を懸けた闘争宣言でした。
第1巻の冒頭は、山本伸一が、 第3代会長就任から5カ月後の3月2日、世界への第一歩を踏み出すシーンです。出発の日は、戸田先生の月命日である2日。アメリ 力、カナダ、ブラジルの3力国を歴訪する伸一の胸ポケットには、 恩師の写真が収めてありました。
池田先生にとって、『新・人間 革命』の執筆もまた、激務に次ぐ激務の中での闘争でした。先生は 「海外の旅先で、夜更けて原稿に向かった時もあった。地方指導の旅の車中で、構想を練り上げることも珍しくなかつた」と振り返っています。
池田先生の『人間革命』と『新・人間革命』。その共通テーマ は、「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」という哲理にあります。それこそが、「戸田先生が示された平和建設の原理」なのです。
戸田先生の小説のペンネームが「妙悟空」だつたのに対し、池田先生は「法悟空」という名を用いています。この対比について、池田先生は『新・人間革命』第1巻の単行本の「あとがき」で、詳しく説明しています。
もともと「妙悟空」は、『西遊記』の「孫悟空」をもじったものであり、生前、戸田先生は、「孫」には"小さなもの"の意味があり、この名は仏法で説く"空"の概念をわずかに悟ったことを表していると語りました。
それに対し、「妙悟空」の「妙」 は"妙法"を表しており、牢獄の中で生命の本質を悟つたことを示すペンネームになつています。
戸田先生と池田先生のペンネームを合わせると、「妙法」となります。池田先生は記しています。
「仏法では『妙』は本源、『法』 は現象。『妙』は仏界、『法』は九界」「いわば、『妙』は師、『法』 は弟子ということになる」と。
戸田先生の『人間革命』、池田先生の『人間革命』『新・人間革命』をひもとくと、その執筆の歴史、小説の内容の全てが、金剛不壊の"師弟の物語"そのものであることが明白になります。
「師弟して 人間革命 光あれ」
この池田先生の句の精神を胸に、日々の『新・人間革命』の連載を学び深めながら、自分自身の人間革命の大叙事詩をつづり残していきましょう。
2017年2月22日水曜日
2017.02.22 わが友に贈る
仕事等で忙しい時こそ
智恵と勇気を出し
連携を取ろう!
呼吸を合わせる努力から
拡大の波動は生まれる!
松野殿御返事 P1383
『何なる鬼畜なりとも法華経の一偈一句をも説かん者をば「当に起ちて遠く迎えて当に仏を敬うが如くすべし」の道理なれば仏の如く互に敬うべし、例せば宝塔品の時の釈迦多宝の如くなるべし』
☆女性に贈ることば 二月二十二日
人生は戦いである。それが生命の法則である。戦いを避けることは、それ自体、敗北である。
幸福は勝ち取るものだ。
☆今日のことば365 二月二十二日
立派な少年は
必ず立派な 青年となる
立派な少年は
必ず立派な 社会人と
なることができる
希望にもえて
前進する少年は
必ず良い 社会の指導者と
なることができる
☆弟子の道−小説『新・人間革命』に学ぶ (上)
小説『新・人間革命』「大山」の章の連載が、本年の元旦から始まりました。「恩師の精神を未来永遠に伝えゆくには、後継の 『弟子の道』を書き残さなければならない」(同小説「はじめに」から)との思いが込められた池田大作先生の執筆闘争も、いよいよ第30巻となり、"総仕上げ"を迎えています。青年部の一人一人が、師匠の心の奥底に迫り、師弟の精神を深める時は"今"です。
新企画「弟子の道−−小説『新・人間革命』に学ぶ」では、今後、各巻の特集を掲載していきます。
今回と次回(3月1 日付予定)は、そのプロローグとして、戸田城聖先生の小説『人間革命』、池田先生の小説『人間革命』『新・人間革命』に紡がれた"師弟の絆、思想の展開"について学びます。また、池田 主任副会長へのインタビューを2回にわたって掲載します。
◇戸田先生の「人間革命」 連載:1951年〜54年
先師・牧ロ先生と弟子の悟達
池田先生が小説を書こうと決意したきっかけは、恩師・戸田先生が小説『人間革命』を執筆したことにあります。
「妙悟空」というペンネームを用いた戸田先生の小説は、1951年4月20日付の聖教新聞創刊号から、約3年にわたり連載されました。
主人公は「巌九十翁」。牧ロ常三郎先生を師匠とし、心がすさんだ貧しい生活から、見事に蘇生していく姿が痛快に描かれています。 前半は小説を意識したフィクションですが、後半は、主人公に戸田先生の実体験が重ねられ、貴重な "真実の記録"となつています。
軍部政府の暴走が進むにつれて、信教の自由はむしばまれていきます。その中で、創価の師・牧ロ先生は、「仏法の力によつ て、日本を栄えさせてこそ、大聖人 はお喜びになるのではないか!」 と、「国家諫暁」を決断。多くの弟子たちは、保身の心から恐れを抱きますが、巌さんは、真正の弟子として続きます。「ぼくは牧ロ先生の弟子さ」「一大折伏戦に入ろうではないか!」と。
やがて牧ロ先生と巌さんは投獄。牢獄の中で巌さんが、自身が 「地涌の菩薩」であると悟り、広宣流布に生き抜く決意を定める場面で、物語は幕を閉じます。
ここでは、牧ロ先生の獄中での逝去は描かれていません。しかし、 日本のために正法流布に挺身した師を、獄死に至らしめた時の権力への怒り、そして、師の仇討ちを誓った戸田先生の思いは、主人公の「巌九十翁」に託されています。
54年、牧ロ先生の十回忌法要の折に、戸田先生は語りました。
「あれほど悲しいこと(牧口先生の獄死)は、私の一生涯になかつ た。そのとき、私は『よし、いまにみよ!先生が正しいか、正しくないか、証明してやる。もし自分が別名を使ったなら、巌窟王の名を使って、なにか大仕事をして、 先生にお返ししよう』と決心した」
戸田先生は、自身の分身である 小説の主人公を、名作『モンテ・クリスト伯』の「巌窟王」になぞらえ、「巌九十翁」と命名したのです。
戸田先生の小説『人間革命』の執筆には、池田先生も携わっていました。戸田先生は折々、途中まで書いた原稿を池田先生に渡したといいます。「後は君が書いておけ。また、直したいところは、好きなように直してよい」。
池田先生は当時を「ありがたき師の訓練」だったと振り返っています。 師弟の共戦で完成された小説 『人間革命』は、57年7月3日、 単行本として出版されます。この日、池田先生は、選挙違反という無実の罪を晴らすため、自ら大阪府警察本部に出頭し、逮捕・勾留 されました(大阪事件)。先生は、羽田の空港で師匠から贈られ た小説を抱き、権力の魔性との闘争を開始したのです。
戸田先生の小説『人間革命』下巻には、「人間革命の真髄」と題した「あとがき」が掲載されています。その中で戸田先生は、巌さんや同志たちの経済的な蘇生のド ラマなどに触れて、「真の人間革命はまだまだこれからである」。
そして「三類の強敵と闘い抜き、三障四魔を断破して、真の大利益、人間革命の真髄を把握されんことを希望する」と記しています。
その後の巌さん、つまり戸田先生が率いる草創の同志の"真実の闘い"を、弟子・池田先生は書き記していくことになります。
先生、戸田は命をかけて戦います。何がどうなろうと、 戸田は、どこまでも先生のお供をさせていただきます。 (小説『人間革命』第1巻「一人立つ」から)
◇池田 主任副会長へのインタビュー
師の人生を "追体験" 誰もが「山本伸一」に
池田先生は、小説『新・人間革命』第1巻の「はじめに」で、"完結までに30巻を予定"と書かれています。 ついに、その第30巻の連載が、本年の元日から始まりました。
昨年夏、池田先生が『新・人間革命』の執筆を開始された軽井沢の長野研修道場を訪れました。研修道場には、最初の執筆の日に記された「全30冊の予定なり」との直筆原稿が展示されていました。
当時、先生は65歳。ー般的には、"定年"を過ぎ、退職 という人生の一区切りの年齢でもあります。その時点で、 先生は全30巻での完結という壮大な目標を目指し、新たな挑戦を宣言されたのです。
前書き(「はじめに」)には、小説の執筆は「限りある 命の時間との、壮絶な闘争となる」と記されています。
先生は、『新・人間革命』の執筆こそ、人生で果たすべき使命であると定められていると感じます。連載を待ってくれている読者、後継の弟子たちに、何を伝え残していくか。 そこに、先生の人生を懸けた戦いがあるのだと思います。
池田先生が小説を書いた直接的なきっかけは、戸田 先生の小説『人間革命』にあります。その意味で、池田先生の『人間革命』『新・人間 革命』は、"師弟の物語の続編"と言えるのでしょうか。
戸田先生は、逝去の8力月前、軽井沢の地で、池田先生に語りました。「牧口先生のことは書けても、自分のことを一から十まで書き表すことなど、恥ずかしさが先に立つて、できないということだよ」と。この時、池田先生は、恩師の真実を残すために、"続編"を執筆することを固く決意されています。
一方、『新・人間革命』 は、戸田先生の理想を、弟子山本伸一がどう実現していくかということに力点が置かれている。また、伸一と共に、世界の後継の弟子たちが、どのように戦つたかということに光を当てています。
池田先生は『新・人間革命』の前書きで、「(戸田) 先生亡き後の広宣流布の世界への広がりこそが、恩師の本当の偉大さの証明になると考えた」と記しています。
半世紀にわたる『人間革命』『新・人間革命』の執筆は、全国、海外各地を駆け巡る激務の中で続けられてきました。先生は、日々の連載を通して、今の同志への激励や指針を贈っています。毎日、 戦いながら書き、同志を励ましていく。先生にとって小説の執筆は、"人生の大きな 柱"だと言っても過言ではありません。
なぜ『続・人間革命』ではなく、『新・人間革命』というタイ卜ルにされたのでしようか。
池田先生の『人間革命』の結びは、戸田先生が逝去された後、山本伸一が創価学会の会長に就任する場面で終わります。一方、『新・人間革命』の冒頭は、伸一の会長就任から5力月後、海外初訪問のシーンから始まっています。
これは、『新・人間革命』 が、単に歴史的事実を追うものでなく、「世界広布」を主題としているからではないでしょぅか。戸田先生から託された広宣流布の壮大な構想を、弟子がいかに実現していくか。いかに新たな時代に、人間革命の哲学と実践を展開していくか。そこに「新」と いう一字の意義があると言えるかもしれません。
創価の師弟の歴史をつづるに当たり、「小説」の形態を取つた理由とは?
池田先生は『新・人間革命』の前書きで、「私の足跡を記せる人はいても、私の心までは描けない。私でなければわからない真実の学会の歴史がある」と書かれています。小説は、人の心を描くには、一番適した形であると思います。
そして小説だからこそ、!! 者は、主人公の人生を「追体験」できます。
「山本伸一」は、あくまで仮名です。もちろん池田先生 の生涯そのものですが、弟子の戦いが凝縮されたモデルとも言える。つまり、誰もが 「山本伸一」として生きる可能性を持っている。「山本伸一」の人生、心の奥底を追体験し、先生の思いに自分の思 いを重ね合わせながら、共戦の道を歩むことができるのです。
大発展するインド創価学会のメンバーの合言葉は、「アイアムシンイチ・ヤマモト(私は山本伸一だ)」で す。先生の『新・人間革命』 を読み、インド広布に一人立った伸一の思いと行動を追体験しながら、"今こそ、自分が山本伸一の精神で戦おぅ" と立ち上がっています。
現在の第30巻の連載は、海外でも大きな反響を呼んでいると聞いています。
各国・地域のSGIメンバーからは、連日、連載中の 「大山」の章を、"即日で翻訳してほしい"という要望を たくさんいただいているようです。池田先生の今の思いを "同時共有したい"というのが、海外の同志の率直な思いです。
先生の日々の連載を、日本語でリアルタイムで学ぶことができる私たちは、求道の心 を燃やして真剣に拝していきたい。今はまさに"黄金の時"です。 (次回に続く)
智恵と勇気を出し
連携を取ろう!
呼吸を合わせる努力から
拡大の波動は生まれる!
松野殿御返事 P1383
『何なる鬼畜なりとも法華経の一偈一句をも説かん者をば「当に起ちて遠く迎えて当に仏を敬うが如くすべし」の道理なれば仏の如く互に敬うべし、例せば宝塔品の時の釈迦多宝の如くなるべし』
☆女性に贈ることば 二月二十二日
人生は戦いである。それが生命の法則である。戦いを避けることは、それ自体、敗北である。
幸福は勝ち取るものだ。
☆今日のことば365 二月二十二日
立派な少年は
必ず立派な 青年となる
立派な少年は
必ず立派な 社会人と
なることができる
希望にもえて
前進する少年は
必ず良い 社会の指導者と
なることができる
☆弟子の道−小説『新・人間革命』に学ぶ (上)
小説『新・人間革命』「大山」の章の連載が、本年の元旦から始まりました。「恩師の精神を未来永遠に伝えゆくには、後継の 『弟子の道』を書き残さなければならない」(同小説「はじめに」から)との思いが込められた池田大作先生の執筆闘争も、いよいよ第30巻となり、"総仕上げ"を迎えています。青年部の一人一人が、師匠の心の奥底に迫り、師弟の精神を深める時は"今"です。
新企画「弟子の道−−小説『新・人間革命』に学ぶ」では、今後、各巻の特集を掲載していきます。
今回と次回(3月1 日付予定)は、そのプロローグとして、戸田城聖先生の小説『人間革命』、池田先生の小説『人間革命』『新・人間革命』に紡がれた"師弟の絆、思想の展開"について学びます。また、池田 主任副会長へのインタビューを2回にわたって掲載します。
◇戸田先生の「人間革命」 連載:1951年〜54年
先師・牧ロ先生と弟子の悟達
池田先生が小説を書こうと決意したきっかけは、恩師・戸田先生が小説『人間革命』を執筆したことにあります。
「妙悟空」というペンネームを用いた戸田先生の小説は、1951年4月20日付の聖教新聞創刊号から、約3年にわたり連載されました。
主人公は「巌九十翁」。牧ロ常三郎先生を師匠とし、心がすさんだ貧しい生活から、見事に蘇生していく姿が痛快に描かれています。 前半は小説を意識したフィクションですが、後半は、主人公に戸田先生の実体験が重ねられ、貴重な "真実の記録"となつています。
軍部政府の暴走が進むにつれて、信教の自由はむしばまれていきます。その中で、創価の師・牧ロ先生は、「仏法の力によつ て、日本を栄えさせてこそ、大聖人 はお喜びになるのではないか!」 と、「国家諫暁」を決断。多くの弟子たちは、保身の心から恐れを抱きますが、巌さんは、真正の弟子として続きます。「ぼくは牧ロ先生の弟子さ」「一大折伏戦に入ろうではないか!」と。
やがて牧ロ先生と巌さんは投獄。牢獄の中で巌さんが、自身が 「地涌の菩薩」であると悟り、広宣流布に生き抜く決意を定める場面で、物語は幕を閉じます。
ここでは、牧ロ先生の獄中での逝去は描かれていません。しかし、 日本のために正法流布に挺身した師を、獄死に至らしめた時の権力への怒り、そして、師の仇討ちを誓った戸田先生の思いは、主人公の「巌九十翁」に託されています。
54年、牧ロ先生の十回忌法要の折に、戸田先生は語りました。
「あれほど悲しいこと(牧口先生の獄死)は、私の一生涯になかつ た。そのとき、私は『よし、いまにみよ!先生が正しいか、正しくないか、証明してやる。もし自分が別名を使ったなら、巌窟王の名を使って、なにか大仕事をして、 先生にお返ししよう』と決心した」
戸田先生は、自身の分身である 小説の主人公を、名作『モンテ・クリスト伯』の「巌窟王」になぞらえ、「巌九十翁」と命名したのです。
戸田先生の小説『人間革命』の執筆には、池田先生も携わっていました。戸田先生は折々、途中まで書いた原稿を池田先生に渡したといいます。「後は君が書いておけ。また、直したいところは、好きなように直してよい」。
池田先生は当時を「ありがたき師の訓練」だったと振り返っています。 師弟の共戦で完成された小説 『人間革命』は、57年7月3日、 単行本として出版されます。この日、池田先生は、選挙違反という無実の罪を晴らすため、自ら大阪府警察本部に出頭し、逮捕・勾留 されました(大阪事件)。先生は、羽田の空港で師匠から贈られ た小説を抱き、権力の魔性との闘争を開始したのです。
戸田先生の小説『人間革命』下巻には、「人間革命の真髄」と題した「あとがき」が掲載されています。その中で戸田先生は、巌さんや同志たちの経済的な蘇生のド ラマなどに触れて、「真の人間革命はまだまだこれからである」。
そして「三類の強敵と闘い抜き、三障四魔を断破して、真の大利益、人間革命の真髄を把握されんことを希望する」と記しています。
その後の巌さん、つまり戸田先生が率いる草創の同志の"真実の闘い"を、弟子・池田先生は書き記していくことになります。
先生、戸田は命をかけて戦います。何がどうなろうと、 戸田は、どこまでも先生のお供をさせていただきます。 (小説『人間革命』第1巻「一人立つ」から)
◇池田 主任副会長へのインタビュー
師の人生を "追体験" 誰もが「山本伸一」に
池田先生は、小説『新・人間革命』第1巻の「はじめに」で、"完結までに30巻を予定"と書かれています。 ついに、その第30巻の連載が、本年の元日から始まりました。
昨年夏、池田先生が『新・人間革命』の執筆を開始された軽井沢の長野研修道場を訪れました。研修道場には、最初の執筆の日に記された「全30冊の予定なり」との直筆原稿が展示されていました。
当時、先生は65歳。ー般的には、"定年"を過ぎ、退職 という人生の一区切りの年齢でもあります。その時点で、 先生は全30巻での完結という壮大な目標を目指し、新たな挑戦を宣言されたのです。
前書き(「はじめに」)には、小説の執筆は「限りある 命の時間との、壮絶な闘争となる」と記されています。
先生は、『新・人間革命』の執筆こそ、人生で果たすべき使命であると定められていると感じます。連載を待ってくれている読者、後継の弟子たちに、何を伝え残していくか。 そこに、先生の人生を懸けた戦いがあるのだと思います。
池田先生が小説を書いた直接的なきっかけは、戸田 先生の小説『人間革命』にあります。その意味で、池田先生の『人間革命』『新・人間 革命』は、"師弟の物語の続編"と言えるのでしょうか。
戸田先生は、逝去の8力月前、軽井沢の地で、池田先生に語りました。「牧口先生のことは書けても、自分のことを一から十まで書き表すことなど、恥ずかしさが先に立つて、できないということだよ」と。この時、池田先生は、恩師の真実を残すために、"続編"を執筆することを固く決意されています。
一方、『新・人間革命』 は、戸田先生の理想を、弟子山本伸一がどう実現していくかということに力点が置かれている。また、伸一と共に、世界の後継の弟子たちが、どのように戦つたかということに光を当てています。
池田先生は『新・人間革命』の前書きで、「(戸田) 先生亡き後の広宣流布の世界への広がりこそが、恩師の本当の偉大さの証明になると考えた」と記しています。
半世紀にわたる『人間革命』『新・人間革命』の執筆は、全国、海外各地を駆け巡る激務の中で続けられてきました。先生は、日々の連載を通して、今の同志への激励や指針を贈っています。毎日、 戦いながら書き、同志を励ましていく。先生にとって小説の執筆は、"人生の大きな 柱"だと言っても過言ではありません。
なぜ『続・人間革命』ではなく、『新・人間革命』というタイ卜ルにされたのでしようか。
池田先生の『人間革命』の結びは、戸田先生が逝去された後、山本伸一が創価学会の会長に就任する場面で終わります。一方、『新・人間革命』の冒頭は、伸一の会長就任から5力月後、海外初訪問のシーンから始まっています。
これは、『新・人間革命』 が、単に歴史的事実を追うものでなく、「世界広布」を主題としているからではないでしょぅか。戸田先生から託された広宣流布の壮大な構想を、弟子がいかに実現していくか。いかに新たな時代に、人間革命の哲学と実践を展開していくか。そこに「新」と いう一字の意義があると言えるかもしれません。
創価の師弟の歴史をつづるに当たり、「小説」の形態を取つた理由とは?
池田先生は『新・人間革命』の前書きで、「私の足跡を記せる人はいても、私の心までは描けない。私でなければわからない真実の学会の歴史がある」と書かれています。小説は、人の心を描くには、一番適した形であると思います。
そして小説だからこそ、!! 者は、主人公の人生を「追体験」できます。
「山本伸一」は、あくまで仮名です。もちろん池田先生 の生涯そのものですが、弟子の戦いが凝縮されたモデルとも言える。つまり、誰もが 「山本伸一」として生きる可能性を持っている。「山本伸一」の人生、心の奥底を追体験し、先生の思いに自分の思 いを重ね合わせながら、共戦の道を歩むことができるのです。
大発展するインド創価学会のメンバーの合言葉は、「アイアムシンイチ・ヤマモト(私は山本伸一だ)」で す。先生の『新・人間革命』 を読み、インド広布に一人立った伸一の思いと行動を追体験しながら、"今こそ、自分が山本伸一の精神で戦おぅ" と立ち上がっています。
現在の第30巻の連載は、海外でも大きな反響を呼んでいると聞いています。
各国・地域のSGIメンバーからは、連日、連載中の 「大山」の章を、"即日で翻訳してほしい"という要望を たくさんいただいているようです。池田先生の今の思いを "同時共有したい"というのが、海外の同志の率直な思いです。
先生の日々の連載を、日本語でリアルタイムで学ぶことができる私たちは、求道の心 を燃やして真剣に拝していきたい。今はまさに"黄金の時"です。 (次回に続く)
2017年2月21日火曜日
2017.02.21 わが友に贈る
後継の育成こそ
広宣流布の命脈だ。
皆で新しい人を
どんどん伸ばそう!
個性輝く人材城を築け!
治病大小権実違目 P997
『元品の法性は梵天帝釈等と顕われ元品の無明は第六天の魔王と顕われたり、善神は悪人をあだむ悪鬼は善人をあだむ、末法に入りぬれば自然に悪鬼は国中に充満せり』
☆女性に贈ることば 二月二十一日
一流の人格の人は、友情を徹底して大切にする。信義を重んじる。
☆今日のことば365 二月二十一日
私はテレビ文化そのものを、否定しているのでは毛頭ない。ただ、その相対として、活字文化が軽視されるのを悲しむのである。テレビの楽しさを享受しつつも、それに埋没してはいけない。一人一人が主体性をもち、逆にテレビ文化を支配していくとき、初めてテレビ文化を超えたといいうるであろう。"家に本なきは、人に魂なきがごとし"と私は思うのである。
☆誓いの天地 東京・中野区 2017年2月2日
◇信心の歓喜広がる青年の街 「今」を勝ち「ここ」で勝つ!
JR中央線で新宿駅から4分。
中野区は、中野駅を中心に、北は西武新宿線、南は地下鉄丸ノ内線が走る交通至便の町である。
特に近年は、中野駅周辺の整備が進み、北口の西側に「中野四季の都市」が誕生。区民が憩う「中野四季の森公園」を囲むように、オフィスビルや3つの大学などが立ち並び、新たなにぎわいを見せている。
中野駅北口から真っすぐに延びる中野サンモール商店街に向かうと、まず目に飛び込んでくるのが、おやき処「れふ亭」——今川焼きの名店である。
多彩なメニューに、庶民的な価格。何より、その確かな"味"を求めて、客足は絶えない。一番人気は小倉あんこだという。
「区内だけでなく各地から、遠くは韓国にも常連のお客さまがいます」と語るのは、千葉拓雄さん(中野戸田区、男子部本部長)。1984年(昭和59年)に父・公毅さん(同区、地区幹事)が始めた同店の経営を、専務として任されている。店長の林正樹さん(同区、男子部副部長)との息もぴったりだ。
千葉さんは生粋の"中野っ子"。青春時代はスポーツに汗を流し、高校では卓球の東日本大会で優勝した経験も。しかし、その後は一転、荒れた生活を送るように。
転機は22歳の時。男子部の先輩の激励と妻・美智子さん(同区、白ゆり長)との出会い、さらには"宿命に苦しむ友人を救いたい"と初めての折伏に挑んだことが、発心のきっかけになった。
以来、3年連続で弘教を達成。2004年9月26日には「21世紀中野兄弟会」の一員として、「『中野兄弟』栄光の集い」で、師匠・池田先生との原点を刻んだ。
分区の牙城会委員長も兼務。人材育成に奔走する傍ら、特技を生かし、60人以上が所属する卓球サークルで友好を拡大。商店街の2代目たちとも交流を深める。
社長の父と母・富江さん(同区、地区副婦人部長)が信心で築いた店を守り発展させようと、誠実第一の接客を心掛ける千葉さん。
「あまりにも 日本一かな 今川の 焼きたて見つめて 同志らは笑顔に」——池田先生から贈られた和歌を胸に、きょうも来店客との一瞬の出会いに真心を込める。
都心へのアクセスがよく、若者に人気のエリアとなっている西武新宿線沿線。その一つ、野方駅周辺の地域で女子部本部長を務めるのは、白藤啓子さん(中野牧口区)。訪問介護の事業所に勤める多忙な毎日の中、「楽しく朗らかに」をモットーに、はつらつと学会活動に励む。21世紀中野兄弟会のメンバーでもある。
将来への夢がなく、仕事で悩んでいた時、介護施設で働く親友の職場を見学。人と触れ合う仕事に魅力を感じ、かつて同じ業界にいた母・由美子さん(同区、支部副婦人部長)の勧めもあって、現在の会社に入社した。
だが、しばらくすると、経営方針の変更により、同僚が次々と退社していった。慢性的な人手不足が続く介護の世界。白藤さんは意を決し、上司に"皆が働きやすい環境づくりを"と直訴する。その分、周囲の2倍、3倍の努力を重ね、懸命に信頼を広げた。
そうした姿が認められ、4年前からは事業所の最年少管理者に。社内表彰も2度受賞し、模範の実証を示してきた。「利用される方々全員に満足していただきたい。『ありがとう』と言われるたびにやりがいを感じ、この仕事が大好きになります」
家族の事故や病、経済苦などの困難を、信心で乗り越えてきた白藤さん。生まれ育った中野では、中学の同窓会の幹事となって、卒業後も友情を大切にしている。
本部の女子部の活動者も増加。"楽しいところに人は集まる"との師の指導のままに、広布と社会の女性リーダーとして、縁する全ての人たちに希望を送り続ける。
◇栄光の共戦譜
中野は池田先生が手塩にかけて育てた、妙法の人材山脈である。
来る2月4日は「中野の日」。
1973年のこの日、先生は中野駅近くの中野体育館へ。「中野・青少年スポーツの集い」に出席し、参加者と記念撮影を行った。
先生は男子部・女子部・学生部・未来部のメンバーを「中野兄弟会」と命名し、ある提案をする。
一つは「将来の希望をメモに書いて、提出すること」。もう一つは「30年間、2月4日を中心にして、毎年集まること」であった。
「一流のジャーナリスト」と記した上田康晴さん(中野牧口区、副本部長)は当時、大学4年生。学会が権力から弾圧を受けた言論問題の後であり、胸中には正義の炎が赤々と燃えていた。
当初はアルバイトだった大手出版社で正社員採用を勝ち取り、漫画雑誌の編集部では担当した連載作品が大ヒット。「社内一の売り上げ」という目標を達成し、編集長、編集本部長に抜てきされる。
50代で取締役、常務取締役となり、学会組織では支部長に就任。唱題根本に病魔も克服し、信心の功力を深く実感してきた。
だが4年前、試練に襲われる。社内での意見の相違から、退社を余儀なくされてしまったのだ。
収入もなくなり、妻の香代子さん(同区総合婦人部長)と共に、ただ祈るしかなかった。折れそうになる心を支えたのは、師匠への誓いであり、欠かさずに参加してきた中野兄弟会の誇りだった。
1年後、フリーの編集者として新出発することに。かつての実績が高く評価され、企画編集の依頼が次々と舞い込むようになった。
「池田先生を範として、『一流のジャーナリスト』の道を追求していきたい」。上田さんは生涯、信念のペンを振るい続ける。
「大実業家」と書いたのは、学生部だった金子裕次さん(中野池田区、副支部長)。あの日、卓球の試合に"参戦"した先生の慈顔が、目に焼き付いて離れない。
大学を卒業し、父が営む工務店に就職。しかし2年後、父が亡くなると、潮が引くように取引先が去っていった。
題目を唱える中、リフォーム業を手掛けることを決意。最初は全く仕事が入らなかったが、具体的な目標を掲げ、祈り動いた。
経営は徐々に軌道に乗り、28歳で「金子外装工事」を設立。入会時はバラック小屋だった実家に、広布の拠点となる4階建ての会社兼自宅を新築した。妻・裕美さん(同区、婦人部副本部長)との間に誕生した3人の子は皆、21世紀中野兄弟会。夫婦で大病も乗り越え、報恩の道を一筋に歩む。
中野総区の団地部女性部長として、近隣友好に尽くす佐藤通子さん(総区副婦人部長)は振り返る。「記念撮影の折、清掃役員だった私に、池田先生は『風邪を引かないように。ありがとう』と、温かく声を掛けてくださいました」。夫の文孝さん(中野戸田区、副区長)は中野兄弟会である。
佐藤さんには忘れられない場面がある。85年6月15日。中野牧口区の中野北会館を訪れた先生ご夫妻と、中野駅南口近くで、ばったり出会ったのだ。先生は不登校になった小学1年生の長女・範子さん(蒲田広宣区、地区婦人部長)の両肩に手を置き、力強く激励。長男・伸孝さん(中野戸田区、男子部副部長)の前にしゃがみ、優しく頭をなでた。「また会おう!」。その後、範子さんは元気に学校へ通えるように。二人が21世紀中野兄弟会の一員となったことが佐藤さんの最大の誉れだ。
両兄弟会をはじめ、中野の隅々で綴られた師弟の共戦譜。池田先生は93年6月3日、中野池田区の中野南文化会館を車で視察。昨年5月25日には、中野戸田区の中野文化会館を写真に収めた。
何より中野は、戸田先生が学会再建の一歩を踏み出し、池田先生が中野駅から入信の儀式の場へと向かった広布誓願の天地。
「仏法の勝負は、常に『今』であり、『ここ』である。だから、『今』を勝つのだ! 『ここ』で勝つのだ!」——厳寒の冬から、躍進の春、栄光の夏へ、仲良き中野は先生と共に、新時代の凱歌の扉を、さっそうと開きゆく。
広宣流布の命脈だ。
皆で新しい人を
どんどん伸ばそう!
個性輝く人材城を築け!
治病大小権実違目 P997
『元品の法性は梵天帝釈等と顕われ元品の無明は第六天の魔王と顕われたり、善神は悪人をあだむ悪鬼は善人をあだむ、末法に入りぬれば自然に悪鬼は国中に充満せり』
☆女性に贈ることば 二月二十一日
一流の人格の人は、友情を徹底して大切にする。信義を重んじる。
☆今日のことば365 二月二十一日
私はテレビ文化そのものを、否定しているのでは毛頭ない。ただ、その相対として、活字文化が軽視されるのを悲しむのである。テレビの楽しさを享受しつつも、それに埋没してはいけない。一人一人が主体性をもち、逆にテレビ文化を支配していくとき、初めてテレビ文化を超えたといいうるであろう。"家に本なきは、人に魂なきがごとし"と私は思うのである。
☆誓いの天地 東京・中野区 2017年2月2日
◇信心の歓喜広がる青年の街 「今」を勝ち「ここ」で勝つ!
JR中央線で新宿駅から4分。
中野区は、中野駅を中心に、北は西武新宿線、南は地下鉄丸ノ内線が走る交通至便の町である。
特に近年は、中野駅周辺の整備が進み、北口の西側に「中野四季の都市」が誕生。区民が憩う「中野四季の森公園」を囲むように、オフィスビルや3つの大学などが立ち並び、新たなにぎわいを見せている。
中野駅北口から真っすぐに延びる中野サンモール商店街に向かうと、まず目に飛び込んでくるのが、おやき処「れふ亭」——今川焼きの名店である。
多彩なメニューに、庶民的な価格。何より、その確かな"味"を求めて、客足は絶えない。一番人気は小倉あんこだという。
「区内だけでなく各地から、遠くは韓国にも常連のお客さまがいます」と語るのは、千葉拓雄さん(中野戸田区、男子部本部長)。1984年(昭和59年)に父・公毅さん(同区、地区幹事)が始めた同店の経営を、専務として任されている。店長の林正樹さん(同区、男子部副部長)との息もぴったりだ。
千葉さんは生粋の"中野っ子"。青春時代はスポーツに汗を流し、高校では卓球の東日本大会で優勝した経験も。しかし、その後は一転、荒れた生活を送るように。
転機は22歳の時。男子部の先輩の激励と妻・美智子さん(同区、白ゆり長)との出会い、さらには"宿命に苦しむ友人を救いたい"と初めての折伏に挑んだことが、発心のきっかけになった。
以来、3年連続で弘教を達成。2004年9月26日には「21世紀中野兄弟会」の一員として、「『中野兄弟』栄光の集い」で、師匠・池田先生との原点を刻んだ。
分区の牙城会委員長も兼務。人材育成に奔走する傍ら、特技を生かし、60人以上が所属する卓球サークルで友好を拡大。商店街の2代目たちとも交流を深める。
社長の父と母・富江さん(同区、地区副婦人部長)が信心で築いた店を守り発展させようと、誠実第一の接客を心掛ける千葉さん。
「あまりにも 日本一かな 今川の 焼きたて見つめて 同志らは笑顔に」——池田先生から贈られた和歌を胸に、きょうも来店客との一瞬の出会いに真心を込める。
都心へのアクセスがよく、若者に人気のエリアとなっている西武新宿線沿線。その一つ、野方駅周辺の地域で女子部本部長を務めるのは、白藤啓子さん(中野牧口区)。訪問介護の事業所に勤める多忙な毎日の中、「楽しく朗らかに」をモットーに、はつらつと学会活動に励む。21世紀中野兄弟会のメンバーでもある。
将来への夢がなく、仕事で悩んでいた時、介護施設で働く親友の職場を見学。人と触れ合う仕事に魅力を感じ、かつて同じ業界にいた母・由美子さん(同区、支部副婦人部長)の勧めもあって、現在の会社に入社した。
だが、しばらくすると、経営方針の変更により、同僚が次々と退社していった。慢性的な人手不足が続く介護の世界。白藤さんは意を決し、上司に"皆が働きやすい環境づくりを"と直訴する。その分、周囲の2倍、3倍の努力を重ね、懸命に信頼を広げた。
そうした姿が認められ、4年前からは事業所の最年少管理者に。社内表彰も2度受賞し、模範の実証を示してきた。「利用される方々全員に満足していただきたい。『ありがとう』と言われるたびにやりがいを感じ、この仕事が大好きになります」
家族の事故や病、経済苦などの困難を、信心で乗り越えてきた白藤さん。生まれ育った中野では、中学の同窓会の幹事となって、卒業後も友情を大切にしている。
本部の女子部の活動者も増加。"楽しいところに人は集まる"との師の指導のままに、広布と社会の女性リーダーとして、縁する全ての人たちに希望を送り続ける。
◇栄光の共戦譜
中野は池田先生が手塩にかけて育てた、妙法の人材山脈である。
来る2月4日は「中野の日」。
1973年のこの日、先生は中野駅近くの中野体育館へ。「中野・青少年スポーツの集い」に出席し、参加者と記念撮影を行った。
先生は男子部・女子部・学生部・未来部のメンバーを「中野兄弟会」と命名し、ある提案をする。
一つは「将来の希望をメモに書いて、提出すること」。もう一つは「30年間、2月4日を中心にして、毎年集まること」であった。
「一流のジャーナリスト」と記した上田康晴さん(中野牧口区、副本部長)は当時、大学4年生。学会が権力から弾圧を受けた言論問題の後であり、胸中には正義の炎が赤々と燃えていた。
当初はアルバイトだった大手出版社で正社員採用を勝ち取り、漫画雑誌の編集部では担当した連載作品が大ヒット。「社内一の売り上げ」という目標を達成し、編集長、編集本部長に抜てきされる。
50代で取締役、常務取締役となり、学会組織では支部長に就任。唱題根本に病魔も克服し、信心の功力を深く実感してきた。
だが4年前、試練に襲われる。社内での意見の相違から、退社を余儀なくされてしまったのだ。
収入もなくなり、妻の香代子さん(同区総合婦人部長)と共に、ただ祈るしかなかった。折れそうになる心を支えたのは、師匠への誓いであり、欠かさずに参加してきた中野兄弟会の誇りだった。
1年後、フリーの編集者として新出発することに。かつての実績が高く評価され、企画編集の依頼が次々と舞い込むようになった。
「池田先生を範として、『一流のジャーナリスト』の道を追求していきたい」。上田さんは生涯、信念のペンを振るい続ける。
「大実業家」と書いたのは、学生部だった金子裕次さん(中野池田区、副支部長)。あの日、卓球の試合に"参戦"した先生の慈顔が、目に焼き付いて離れない。
大学を卒業し、父が営む工務店に就職。しかし2年後、父が亡くなると、潮が引くように取引先が去っていった。
題目を唱える中、リフォーム業を手掛けることを決意。最初は全く仕事が入らなかったが、具体的な目標を掲げ、祈り動いた。
経営は徐々に軌道に乗り、28歳で「金子外装工事」を設立。入会時はバラック小屋だった実家に、広布の拠点となる4階建ての会社兼自宅を新築した。妻・裕美さん(同区、婦人部副本部長)との間に誕生した3人の子は皆、21世紀中野兄弟会。夫婦で大病も乗り越え、報恩の道を一筋に歩む。
中野総区の団地部女性部長として、近隣友好に尽くす佐藤通子さん(総区副婦人部長)は振り返る。「記念撮影の折、清掃役員だった私に、池田先生は『風邪を引かないように。ありがとう』と、温かく声を掛けてくださいました」。夫の文孝さん(中野戸田区、副区長)は中野兄弟会である。
佐藤さんには忘れられない場面がある。85年6月15日。中野牧口区の中野北会館を訪れた先生ご夫妻と、中野駅南口近くで、ばったり出会ったのだ。先生は不登校になった小学1年生の長女・範子さん(蒲田広宣区、地区婦人部長)の両肩に手を置き、力強く激励。長男・伸孝さん(中野戸田区、男子部副部長)の前にしゃがみ、優しく頭をなでた。「また会おう!」。その後、範子さんは元気に学校へ通えるように。二人が21世紀中野兄弟会の一員となったことが佐藤さんの最大の誉れだ。
両兄弟会をはじめ、中野の隅々で綴られた師弟の共戦譜。池田先生は93年6月3日、中野池田区の中野南文化会館を車で視察。昨年5月25日には、中野戸田区の中野文化会館を写真に収めた。
何より中野は、戸田先生が学会再建の一歩を踏み出し、池田先生が中野駅から入信の儀式の場へと向かった広布誓願の天地。
「仏法の勝負は、常に『今』であり、『ここ』である。だから、『今』を勝つのだ! 『ここ』で勝つのだ!」——厳寒の冬から、躍進の春、栄光の夏へ、仲良き中野は先生と共に、新時代の凱歌の扉を、さっそうと開きゆく。
2017年2月20日月曜日
2017.02.20 わが友に贈る
◇今週のことば
"一は万の母"なり。
春を呼ぶ声の響きで
一人一人に励ましを!
一人一人を味方に!
そこから希望の万波が。
2017年2月20日
四条金吾殿御返事 P1185
『今度の命たすかり候は偏に釈迦仏の貴辺の身に入り替らせ給いて御たすけ候か』
☆女性に贈ることば 二月二十日
人間の最も美しい姿のひとつは、真剣に仕事に打ち込んでいる姿である。
仕事に着任をもって、はつらつと取り組んでいる女性は、若さを失わない。
☆今日のことば365 二月二十日
大自然は、つぶさに観察すれば、するほど、その精巧さに驚嘆せずにはいられないような、複雑、微妙で、しかも壮大な生命の環を構成している。まさしく、宇宙の大芸術であるといってよい。昔から、人間の英知は、自らがその環のひとつであることを察知し、巧みに生きる術を考え出してきた。
☆池田華陽会御書30編に学ぶ 佐渡御書(上) 2017年2月11日
◇法のための行動が、わが境涯を開く
今月から2回にわたり、「佐渡御書」を学びます。
第2代会長・戸田城聖先生はかつて、論文「佐渡御書を拝して」に次のように記されました。「この御抄を拝して、深く胸打たれるものは、大聖人御自身のお命もあやうく、かつはご生活も逼迫しているときにもかかわらず、弟子らをわが子のごとく慈しむ愛情が、ひしひしとあらわれていることである。春の海に毅然たる大岩が海中にそびえ立ち、その巌のもとに、陽光をおびた小波があまえている風景にも似ているような感がある」
佐渡流罪という大難の中、弟子の勝利を願って不惜身命の信心を貫くよう励まされた日蓮大聖人の御精神を拝していきましょう。(今回の拝読範囲は、御書956ページ冒頭〜同958ページ7行目)
◇本抄について
本抄は、文永9年(1272年)3月、日蓮大聖人が51歳の時、流罪地の佐渡・塚原から、門下一同に宛てて認められたお手紙です。
前年の竜の口の法難以降、迫害の手は大聖人だけでなく門下にも及び、弟子たちは投獄・所領没収などの処罰を受けました。こうした中、弾圧を恐れて退転する者が相次いだのです。大聖人は、難に動揺する弟子たちを案じられ、文永9年2月、御自身が末法の御本仏であることを示された「開目抄」を門下一同に与えられました。
この2月には、大聖人が「立正安国論」で予言された自界叛逆難の的中を意味する「二月騒動(北条一族の内乱)」が起こりました。その知らせを受けて認められたのが本抄です。
◇御文
世間の法にも重恩をば命を捨て報ずるなるべし又主君の為に命を捨る人はすくなきやうなれども其数多し男子ははぢに命をすて女人は男の為に命をすつ、魚は命を惜む故に池にすむに池の浅き事を歎きて池の底に穴をほりてすむしかれどもゑにばかされて釣をのむ鳥は木にすむ木のひきき事をおじて木の上枝にすむしかれどもゑにばかされて網にかかる、人も又是くの如し世間の浅き事には身命を失へども大事の仏法なんどには捨る事難し故に仏になる人もなかるべし
(御書956ページ8行目〜同957ページ1行目)
◇通解
世間の道理でも、重き恩に対しては命を捨てて報いるものである。また、主君のために命を捨てる人は少ないように思われるけれども、その数は多い。男は名誉のために命を捨て、女は男のために命を捨てる。
魚は、命を惜しむため、すみかとしている池が浅いことを嘆いて、池の底に穴を掘って棲んでいる。しかし、餌にだまされて釣り針を呑んでしまう。
鳥は、すみかとしている木が低いことを恐れて、木の上の枝に棲んでいる。しかし、餌にだまされて網にかかってしまう。
人もまた、これと同じである。
世間の浅いことのために命を失うことはあっても、大事な仏法のためには身命を捨てることが難しい。それゆえ、仏になる人もいないのである。
〈解説〉不惜身命の心で勇んで広布へ
本抄で日蓮大聖人は門下に、「世間の浅き事」のために命を捨てるのではなく、「大事の仏法」のために使っていくべきであると教えられています。
本抄の御執筆当時は、門下にも迫害の嵐が吹き荒れ、さらに二月騒動が起こるなど、騒然とした状況でした。だからこそ大聖人は、冒頭から"何のために、わが命を使うのか"という信仰者としての根本目的を教えられていると拝されます。
掲げた御文では、男性が自身の名誉のために命を懸け、女性が男性のために献身した当時の事例が挙げられています。
これは、当時、人々が世間の倫理観、価値観に従って自らの命を捨てることも少なくなかったということです。
また、大聖人は、魚や鳥が、餌にだまされて捕まり、命を落としてしまう習性に譬えて、目先のことにとらわれる、こうした愚かさが人にもあることを示されます。
これらのことを通して大聖人は、「世間の浅き事」のために命を捨ててしまうゆえに仏になる人もいないと教えられます。「大事の仏法」のために身命を惜しまぬ実践を貫いてこそ仏の境涯を開くことができるのです。まさに、大難に直面する門下への厳愛の御指導です。
では、大切な自身の命を「大事の仏法」のために使うとは、私たちの実践でいえば、どうすることなのでしょうか。
それは、日々、題目を唱え、広宣流布のために全力で行動することに当たります。具体的には、縁する友の幸福を祈り、真心をもって語ること。悩んでいる目の前の友の声に耳を傾け、励ましを送ること。自身の殻を破る勇気の一歩を踏み出すこと——信心を根本に、こうした身近な行動を続ける中に不惜身命の姿勢があるのです。
この最も尊く、価値ある生き方を教えてくださったのが、創価三代の師弟です。池田先生は「仏法のために尊い生涯を捧げるならば、生々世々、功徳と幸福に包まれた人生を歩んでいけることは絶対に間違いありません」と述べています。
本年は、池田先生が、師・戸田先生の願業である75万世帯の実現のために拡大の突破口を開かれた二月闘争から65周年の佳節です。今この時に、師匠と共に最高の青春を歩める喜びを胸に、報恩の心で勇気の対話を広げていきましょう。
◇池田先生の講義から
「佐渡御書」は、いわば「創価学会の御書」と申し上げても、過言ではありません。大聖人が、燃え上がる正義の炎で綴り遺され、弟子たちの心に打ち込まれたこの御書を、学会の三代の師弟は不惜身命の信心で、色読してきたからです。
◇ ◆ ◇
大難によってこそ、人間の境涯は限りなく開かれる。その極理を教えてくださるのが仏法の師匠です。師匠とは何とありがたい存在でしょうか。この師恩に報いてこそ「弟子の道」です。本抄はまさしく、「師弟不二」という信仰の奥義が凝結した「誓願の一書」であると拝したい。
◇ ◆ ◇
「三世の生命観」「永遠の幸福観」に目覚めることこそが、人生と社会のさまざまな問題を打開するための根本的な転換点となるのです。正しき生死観を持てば、人類の境涯も高まります。生死観の浅深を見極めていくことが、二十一世紀の文明を開く哲学の急所であるといってよい。(いずれも『勝利の経典「御書」に学ぶ』第1巻)
◇研さんのために
○…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第1巻、「佐渡御書」(聖教新聞社)
○…『御書の世界』第2巻、「佐渡流罪」上下(同)
"一は万の母"なり。
春を呼ぶ声の響きで
一人一人に励ましを!
一人一人を味方に!
そこから希望の万波が。
2017年2月20日
四条金吾殿御返事 P1185
『今度の命たすかり候は偏に釈迦仏の貴辺の身に入り替らせ給いて御たすけ候か』
☆女性に贈ることば 二月二十日
人間の最も美しい姿のひとつは、真剣に仕事に打ち込んでいる姿である。
仕事に着任をもって、はつらつと取り組んでいる女性は、若さを失わない。
☆今日のことば365 二月二十日
大自然は、つぶさに観察すれば、するほど、その精巧さに驚嘆せずにはいられないような、複雑、微妙で、しかも壮大な生命の環を構成している。まさしく、宇宙の大芸術であるといってよい。昔から、人間の英知は、自らがその環のひとつであることを察知し、巧みに生きる術を考え出してきた。
☆池田華陽会御書30編に学ぶ 佐渡御書(上) 2017年2月11日
◇法のための行動が、わが境涯を開く
今月から2回にわたり、「佐渡御書」を学びます。
第2代会長・戸田城聖先生はかつて、論文「佐渡御書を拝して」に次のように記されました。「この御抄を拝して、深く胸打たれるものは、大聖人御自身のお命もあやうく、かつはご生活も逼迫しているときにもかかわらず、弟子らをわが子のごとく慈しむ愛情が、ひしひしとあらわれていることである。春の海に毅然たる大岩が海中にそびえ立ち、その巌のもとに、陽光をおびた小波があまえている風景にも似ているような感がある」
佐渡流罪という大難の中、弟子の勝利を願って不惜身命の信心を貫くよう励まされた日蓮大聖人の御精神を拝していきましょう。(今回の拝読範囲は、御書956ページ冒頭〜同958ページ7行目)
◇本抄について
本抄は、文永9年(1272年)3月、日蓮大聖人が51歳の時、流罪地の佐渡・塚原から、門下一同に宛てて認められたお手紙です。
前年の竜の口の法難以降、迫害の手は大聖人だけでなく門下にも及び、弟子たちは投獄・所領没収などの処罰を受けました。こうした中、弾圧を恐れて退転する者が相次いだのです。大聖人は、難に動揺する弟子たちを案じられ、文永9年2月、御自身が末法の御本仏であることを示された「開目抄」を門下一同に与えられました。
この2月には、大聖人が「立正安国論」で予言された自界叛逆難の的中を意味する「二月騒動(北条一族の内乱)」が起こりました。その知らせを受けて認められたのが本抄です。
◇御文
世間の法にも重恩をば命を捨て報ずるなるべし又主君の為に命を捨る人はすくなきやうなれども其数多し男子ははぢに命をすて女人は男の為に命をすつ、魚は命を惜む故に池にすむに池の浅き事を歎きて池の底に穴をほりてすむしかれどもゑにばかされて釣をのむ鳥は木にすむ木のひきき事をおじて木の上枝にすむしかれどもゑにばかされて網にかかる、人も又是くの如し世間の浅き事には身命を失へども大事の仏法なんどには捨る事難し故に仏になる人もなかるべし
(御書956ページ8行目〜同957ページ1行目)
◇通解
世間の道理でも、重き恩に対しては命を捨てて報いるものである。また、主君のために命を捨てる人は少ないように思われるけれども、その数は多い。男は名誉のために命を捨て、女は男のために命を捨てる。
魚は、命を惜しむため、すみかとしている池が浅いことを嘆いて、池の底に穴を掘って棲んでいる。しかし、餌にだまされて釣り針を呑んでしまう。
鳥は、すみかとしている木が低いことを恐れて、木の上の枝に棲んでいる。しかし、餌にだまされて網にかかってしまう。
人もまた、これと同じである。
世間の浅いことのために命を失うことはあっても、大事な仏法のためには身命を捨てることが難しい。それゆえ、仏になる人もいないのである。
〈解説〉不惜身命の心で勇んで広布へ
本抄で日蓮大聖人は門下に、「世間の浅き事」のために命を捨てるのではなく、「大事の仏法」のために使っていくべきであると教えられています。
本抄の御執筆当時は、門下にも迫害の嵐が吹き荒れ、さらに二月騒動が起こるなど、騒然とした状況でした。だからこそ大聖人は、冒頭から"何のために、わが命を使うのか"という信仰者としての根本目的を教えられていると拝されます。
掲げた御文では、男性が自身の名誉のために命を懸け、女性が男性のために献身した当時の事例が挙げられています。
これは、当時、人々が世間の倫理観、価値観に従って自らの命を捨てることも少なくなかったということです。
また、大聖人は、魚や鳥が、餌にだまされて捕まり、命を落としてしまう習性に譬えて、目先のことにとらわれる、こうした愚かさが人にもあることを示されます。
これらのことを通して大聖人は、「世間の浅き事」のために命を捨ててしまうゆえに仏になる人もいないと教えられます。「大事の仏法」のために身命を惜しまぬ実践を貫いてこそ仏の境涯を開くことができるのです。まさに、大難に直面する門下への厳愛の御指導です。
では、大切な自身の命を「大事の仏法」のために使うとは、私たちの実践でいえば、どうすることなのでしょうか。
それは、日々、題目を唱え、広宣流布のために全力で行動することに当たります。具体的には、縁する友の幸福を祈り、真心をもって語ること。悩んでいる目の前の友の声に耳を傾け、励ましを送ること。自身の殻を破る勇気の一歩を踏み出すこと——信心を根本に、こうした身近な行動を続ける中に不惜身命の姿勢があるのです。
この最も尊く、価値ある生き方を教えてくださったのが、創価三代の師弟です。池田先生は「仏法のために尊い生涯を捧げるならば、生々世々、功徳と幸福に包まれた人生を歩んでいけることは絶対に間違いありません」と述べています。
本年は、池田先生が、師・戸田先生の願業である75万世帯の実現のために拡大の突破口を開かれた二月闘争から65周年の佳節です。今この時に、師匠と共に最高の青春を歩める喜びを胸に、報恩の心で勇気の対話を広げていきましょう。
◇池田先生の講義から
「佐渡御書」は、いわば「創価学会の御書」と申し上げても、過言ではありません。大聖人が、燃え上がる正義の炎で綴り遺され、弟子たちの心に打ち込まれたこの御書を、学会の三代の師弟は不惜身命の信心で、色読してきたからです。
◇ ◆ ◇
大難によってこそ、人間の境涯は限りなく開かれる。その極理を教えてくださるのが仏法の師匠です。師匠とは何とありがたい存在でしょうか。この師恩に報いてこそ「弟子の道」です。本抄はまさしく、「師弟不二」という信仰の奥義が凝結した「誓願の一書」であると拝したい。
◇ ◆ ◇
「三世の生命観」「永遠の幸福観」に目覚めることこそが、人生と社会のさまざまな問題を打開するための根本的な転換点となるのです。正しき生死観を持てば、人類の境涯も高まります。生死観の浅深を見極めていくことが、二十一世紀の文明を開く哲学の急所であるといってよい。(いずれも『勝利の経典「御書」に学ぶ』第1巻)
◇研さんのために
○…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第1巻、「佐渡御書」(聖教新聞社)
○…『御書の世界』第2巻、「佐渡流罪」上下(同)
2017年2月19日日曜日
2017.02.19 わが友に贈る
楽しく明るい所に
人々は喜び集う。
歓喜と感謝の心に
福徳は いや増す。
皆で幸の楽土の建設を!
妙心尼御前御返事 P1479
『病あれば死ぬべしといふ事不定なり』
☆女性に贈ることば 二月十九日
子どもが起こす問題行動は、何か意味がある。子どもの心が発するシグナルです。
心のどこかがおかしくても、子どもは、それをうまく表現できない。また、自分でもよくわからないのが実際でしょう。
子どもの行動の意味を理解し、対応してあげることが必要なのです。子どものシグナルに気づくためには、心が子どもの方を向いていなくてはいけません。
☆今日のことば365 二月十九日
人生は最後の一瞬まで、建設の連続でありたい。
この心構えを生涯持ちつづけたかどうかが、その人の人生の価値を決定するといっても過言ではない。
☆仏法の教え みんなで学ぶ教学〜新会員教室〜第2回 広宣流布 2017年2月4日
◇"自他共の幸せ"の連帯を世界に広げよう
池田先生は、今年の年頭に「"青年拡大の年"なれば、共々に若々しく張り切って『一生成仏』『人間革命』という自転と、『広宣流布』『立正安国』という公転を、たゆまず進めてまいりたい」とつづられました。今回の「みんなで学ぶ教学」は、前回の「一生成仏」に続いて、「広宣流布」をテーマに学びます。
◇勤行の御祈念文にも
——創価学会の方々が、人のために尽くす姿に胸を打たれて入会しました。
仏法では、万人に本来具わっている仏の生命を開いていくことで、全ての人が幸福になれると説いています。
学会員は皆、この仏法の広宣流布を目指して学会活動に取り組み、縁する人々に励ましを送っているのです。
——「コウセンルフ」? どういう意味ですか。
「広宣流布」という言葉は、釈尊が説いた法華経の中に出てきます。
「私(釈尊)が亡くなった後、末法において、全世界に正法を広宣流布して、断絶させてはならない」(法華経601ページ、趣意)
「広宣」には「広く宣べる」との意味が、「流布」には「布のように布き広げていく」との意味があります。略して「広布」と言うこともあります。国や言語、文化土壌などの、あらゆる差異を超えて、万人成仏の妙法を広め、伝えていくことを指します。
御書に「大願とは法華弘通なり」(736ページ)とある通り、広宣流布こそ日蓮仏法の根本精神です。
——勤行の御祈念文にも「世界広宣流布大願成就」とありますね。
私たちの信心の大切な目的だから日々、祈るのです。
前回(1月10日付)学んだ「一生成仏」は、いうならば「個人の幸福」を願うものでした。
それに対して、世界平和や社会の繁栄を意味する「広宣流布」は、「万人の幸福」の実現を目指しています。
大聖人は「喜とは自他共に喜ぶ事なり」「自他共に智慧と慈悲と有るを喜とは云うなり」(御書761ページ)と仰せです。
「自分の幸福」だけを願う姿勢は、エゴ、利己主義であり、他方、「他人の幸福」を声高に叫ぶばかりでは、"偽善"に陥ってしまいかねません。
「一生成仏」と「広宣流布」双方の実現——つまり「自他共の幸せ」を目指して信心の実践に励むことが大切なのです。
◇仏意仏勅の創価学会
——創価学会の会合で、「広布」「広宣流布」という言葉を耳にする理由がよく分かりました。
先に引用した法華経の経文の後には、広宣流布を阻む障魔の働きを予見する言葉が続きます。事実、大聖人は末法の悪世にあって、命に及ぶ大難を忍ばれて、南無妙法蓮華経の大法を弘通されました。
この大聖人の死身弘法の精神に連なり、妙法を広め、広宣流布を進めてきたのが創価学会です。
大聖人の御入滅から700年、誰も妙法を世界に広めることはできませんでした。創価学会が、釈尊と大聖人の未来記(予言)を現実のものにしたのです。学会こそが「仏意仏勅」「大聖人直結」の教団である理由がここにあります。
広宣流布の担い手は、特別な聖職者ではなく、庶民である学会員でした。その尊き広布のバトンを受け継ぐ私たち一人一人も、創価学会の深き使命を自覚して、幸せの連帯を広げていきたいですね。
◇永遠に続く"流れ"
——「全員が学会員になれば、広宣流布は達成する」と考えていいのでしょうか?
世の中は絶えず変化し、その時代が抱える課題や人々の悩みも千変万化します。形式的に人数が増えることだけが広宣流布ではありません。「これで、広宣流布は終わり」という時もありません。
大聖人は、「日蓮の慈悲が広大であるならば、南無妙法蓮華経は万年のほか未来までも流布するであろう」(同329ページ、通解)と仰せです。
広宣流布とは、妙法を広めた先の到達点ではなく、妙法を広めゆく流れそのものといえます。
終わりのない運動ですから、私たちも常に未来を見据えて信心に励み、後に続く人を大切にしていきたいですね。
——私にできることは何でしょうか?
家族や友人の幸福を「祈る」ことから始めてみてはどうでしょう。そうした祈り自体が、広宣流布に通じる立派な実践です。
また、御本尊への祈りを根本に、より良い自分に変わっていく——こうした人間革命の実証を通じて、周囲に信心の素晴らしさを伝えていくことも大切です。
池田先生は語られました。
「広宣流布のために働き、広宣流布のために『信心の勝利』の実証を示そうと立ち上がるとき、言うに言われぬ大功徳が身にあふれてくるのです」
多くの学会員が、"広布のために"と奮闘する中で、自身にしか果たせない使命を見いだし、想像すらできなかったような幸福境涯を築いてきました。広布の使命に生き抜く中で、歓喜の人生を勝ち開いていきましょう。
人々は喜び集う。
歓喜と感謝の心に
福徳は いや増す。
皆で幸の楽土の建設を!
妙心尼御前御返事 P1479
『病あれば死ぬべしといふ事不定なり』
☆女性に贈ることば 二月十九日
子どもが起こす問題行動は、何か意味がある。子どもの心が発するシグナルです。
心のどこかがおかしくても、子どもは、それをうまく表現できない。また、自分でもよくわからないのが実際でしょう。
子どもの行動の意味を理解し、対応してあげることが必要なのです。子どものシグナルに気づくためには、心が子どもの方を向いていなくてはいけません。
☆今日のことば365 二月十九日
人生は最後の一瞬まで、建設の連続でありたい。
この心構えを生涯持ちつづけたかどうかが、その人の人生の価値を決定するといっても過言ではない。
☆仏法の教え みんなで学ぶ教学〜新会員教室〜第2回 広宣流布 2017年2月4日
◇"自他共の幸せ"の連帯を世界に広げよう
池田先生は、今年の年頭に「"青年拡大の年"なれば、共々に若々しく張り切って『一生成仏』『人間革命』という自転と、『広宣流布』『立正安国』という公転を、たゆまず進めてまいりたい」とつづられました。今回の「みんなで学ぶ教学」は、前回の「一生成仏」に続いて、「広宣流布」をテーマに学びます。
◇勤行の御祈念文にも
——創価学会の方々が、人のために尽くす姿に胸を打たれて入会しました。
仏法では、万人に本来具わっている仏の生命を開いていくことで、全ての人が幸福になれると説いています。
学会員は皆、この仏法の広宣流布を目指して学会活動に取り組み、縁する人々に励ましを送っているのです。
——「コウセンルフ」? どういう意味ですか。
「広宣流布」という言葉は、釈尊が説いた法華経の中に出てきます。
「私(釈尊)が亡くなった後、末法において、全世界に正法を広宣流布して、断絶させてはならない」(法華経601ページ、趣意)
「広宣」には「広く宣べる」との意味が、「流布」には「布のように布き広げていく」との意味があります。略して「広布」と言うこともあります。国や言語、文化土壌などの、あらゆる差異を超えて、万人成仏の妙法を広め、伝えていくことを指します。
御書に「大願とは法華弘通なり」(736ページ)とある通り、広宣流布こそ日蓮仏法の根本精神です。
——勤行の御祈念文にも「世界広宣流布大願成就」とありますね。
私たちの信心の大切な目的だから日々、祈るのです。
前回(1月10日付)学んだ「一生成仏」は、いうならば「個人の幸福」を願うものでした。
それに対して、世界平和や社会の繁栄を意味する「広宣流布」は、「万人の幸福」の実現を目指しています。
大聖人は「喜とは自他共に喜ぶ事なり」「自他共に智慧と慈悲と有るを喜とは云うなり」(御書761ページ)と仰せです。
「自分の幸福」だけを願う姿勢は、エゴ、利己主義であり、他方、「他人の幸福」を声高に叫ぶばかりでは、"偽善"に陥ってしまいかねません。
「一生成仏」と「広宣流布」双方の実現——つまり「自他共の幸せ」を目指して信心の実践に励むことが大切なのです。
◇仏意仏勅の創価学会
——創価学会の会合で、「広布」「広宣流布」という言葉を耳にする理由がよく分かりました。
先に引用した法華経の経文の後には、広宣流布を阻む障魔の働きを予見する言葉が続きます。事実、大聖人は末法の悪世にあって、命に及ぶ大難を忍ばれて、南無妙法蓮華経の大法を弘通されました。
この大聖人の死身弘法の精神に連なり、妙法を広め、広宣流布を進めてきたのが創価学会です。
大聖人の御入滅から700年、誰も妙法を世界に広めることはできませんでした。創価学会が、釈尊と大聖人の未来記(予言)を現実のものにしたのです。学会こそが「仏意仏勅」「大聖人直結」の教団である理由がここにあります。
広宣流布の担い手は、特別な聖職者ではなく、庶民である学会員でした。その尊き広布のバトンを受け継ぐ私たち一人一人も、創価学会の深き使命を自覚して、幸せの連帯を広げていきたいですね。
◇永遠に続く"流れ"
——「全員が学会員になれば、広宣流布は達成する」と考えていいのでしょうか?
世の中は絶えず変化し、その時代が抱える課題や人々の悩みも千変万化します。形式的に人数が増えることだけが広宣流布ではありません。「これで、広宣流布は終わり」という時もありません。
大聖人は、「日蓮の慈悲が広大であるならば、南無妙法蓮華経は万年のほか未来までも流布するであろう」(同329ページ、通解)と仰せです。
広宣流布とは、妙法を広めた先の到達点ではなく、妙法を広めゆく流れそのものといえます。
終わりのない運動ですから、私たちも常に未来を見据えて信心に励み、後に続く人を大切にしていきたいですね。
——私にできることは何でしょうか?
家族や友人の幸福を「祈る」ことから始めてみてはどうでしょう。そうした祈り自体が、広宣流布に通じる立派な実践です。
また、御本尊への祈りを根本に、より良い自分に変わっていく——こうした人間革命の実証を通じて、周囲に信心の素晴らしさを伝えていくことも大切です。
池田先生は語られました。
「広宣流布のために働き、広宣流布のために『信心の勝利』の実証を示そうと立ち上がるとき、言うに言われぬ大功徳が身にあふれてくるのです」
多くの学会員が、"広布のために"と奮闘する中で、自身にしか果たせない使命を見いだし、想像すらできなかったような幸福境涯を築いてきました。広布の使命に生き抜く中で、歓喜の人生を勝ち開いていきましょう。
2017年2月18日土曜日
2017.02.18 わが友に贈る
今日の課題に勝て!
今日の自分に勝て!
この信心即生活の
たゆみなき挑戦の中に
偉大な未来は築かれる!
下山御消息 P350
『此等の経文の亀鏡をもて両火房が身に指し当て見よ少もくもりなからん、一には名は持戒ときこゆれども実には放逸なるか二には慳貪なるか三には嫉妬なるか四には邪見なるか五には婬乱なるか此の五にはすぐべからず』
☆女性に贈ることば 二月十八日
年齢ではない。環境でもない。心である。
人生は心ひとつで、いつでも、どこでも、最高に輝かせることができる。
☆今日のことば365 二月十八日
女性にとって、若いということは、それだけで、すばらしい宝石をもっているようなものだ。みずみずしいというか、ういういしいというか、若い女性は、なにも飾らずとも、それだけで美しいものである。
☆未来部育成のページ 池田先生の指針 2017年2月7日
北国育ちの大教育者であられた、師・戸田城聖先生は、少年少女に呼びかけられた。
「冬に鍛えよ!」と。
この季節は、寒風にも、雪にも負けず、真剣に、受験に挑戦している友も多い。
頑張れ! 強い心で!
卒業、進学、進級——未来部の友にとって、青春時代の大事な成長の節目だ。
天高く青空へ昇るには、風や雲を突き抜けねばならぬ。
十八世紀フランスの思想家ルソーは言っている。
「わたしたちは、強くなるように生まれついているのだ。苦しいことなしに強くなれると思っているのだろうか」(『エミール』上、今野一雄訳、岩波文庫)
強くなれ!
徹して断じて、強くなれ! 苦しいこと、つらいことも、全部、強くなるための試練なのだ。
二月十六日の御聖誕であられる日蓮大聖人は、「金は・やけば真金となる」(御書1083ページ)と仰せだ。
本物は鍛えられて、ますます輝く。これが、人間の魂の成長の法則である。
〈『池田大作全集』第138巻、「世界の希望の宝・未来部」(上)〉
私たちの一切の奮闘努力も、結論すれば、ただ後継の友のため、未来永遠に続く道を開くためである。
御書には、「紹継」(974ページ等)という言葉が記されている。
「継承」と同じく「受け継ぐ」という意義である。
「伝持の人」すなわち後継者がいなければ、やがて未来は閉ざされてしまう。
広宣流布とは、滔々たる大河の流れの如く、仏法の人間主義の精神を次の世代へ、未来へ継承していくことであり、正義の魂のバトンを受け継ぐリレーなのである。
ゆえに、未来部の前進が、広布の前進だ。未来部の勝利が、師弟の勝利だ。
わが創価の宝であり、家庭の宝、地域の宝、社会の宝、そして人類の宝である未来部の友を、私たちは最大に護り、励まし、育んでいきたい。
〈2013年5月6日付本紙「随筆 我らの勝利の大道」〉
未来部員の一人ひとりが広宣流布の宝である。
御聖訓に「八歳の竜女は大海より来って経力を刹那に示し」(同465ページ)と仰せの如く、法華経の会座において、即身成仏、万人成仏の実証を示したのは、年若い竜女であった。
七歳の時に日蓮大聖人にお会いしたとされる南条時光は十六歳から、師のもとで直々の薫陶を受けた。
大聖人は、亡き父の信心を立派に継承する時光の姿を讃えられ、こう仰せになられた。
「あわれ人はよき子はもつべかりけるものかなと、なみだかきあえずこそ候いし」(同1507ページ)と。
門下の子弟を皆、わが子の如く慈しみ、育んでくださる。これが大聖人の御心であられた。
わが家、そして、わが地域の、かけがえのない使命を持った宝の未来部員に、温かな声をかけ、真剣に育て上げていくことは、大聖人が最も喜んでくださる"仏の仕事"なのである。
〈『随筆 対話の大道』「青年学会の希望の黎明(上)」〉
今日の自分に勝て!
この信心即生活の
たゆみなき挑戦の中に
偉大な未来は築かれる!
下山御消息 P350
『此等の経文の亀鏡をもて両火房が身に指し当て見よ少もくもりなからん、一には名は持戒ときこゆれども実には放逸なるか二には慳貪なるか三には嫉妬なるか四には邪見なるか五には婬乱なるか此の五にはすぐべからず』
☆女性に贈ることば 二月十八日
年齢ではない。環境でもない。心である。
人生は心ひとつで、いつでも、どこでも、最高に輝かせることができる。
☆今日のことば365 二月十八日
女性にとって、若いということは、それだけで、すばらしい宝石をもっているようなものだ。みずみずしいというか、ういういしいというか、若い女性は、なにも飾らずとも、それだけで美しいものである。
☆未来部育成のページ 池田先生の指針 2017年2月7日
北国育ちの大教育者であられた、師・戸田城聖先生は、少年少女に呼びかけられた。
「冬に鍛えよ!」と。
この季節は、寒風にも、雪にも負けず、真剣に、受験に挑戦している友も多い。
頑張れ! 強い心で!
卒業、進学、進級——未来部の友にとって、青春時代の大事な成長の節目だ。
天高く青空へ昇るには、風や雲を突き抜けねばならぬ。
十八世紀フランスの思想家ルソーは言っている。
「わたしたちは、強くなるように生まれついているのだ。苦しいことなしに強くなれると思っているのだろうか」(『エミール』上、今野一雄訳、岩波文庫)
強くなれ!
徹して断じて、強くなれ! 苦しいこと、つらいことも、全部、強くなるための試練なのだ。
二月十六日の御聖誕であられる日蓮大聖人は、「金は・やけば真金となる」(御書1083ページ)と仰せだ。
本物は鍛えられて、ますます輝く。これが、人間の魂の成長の法則である。
〈『池田大作全集』第138巻、「世界の希望の宝・未来部」(上)〉
私たちの一切の奮闘努力も、結論すれば、ただ後継の友のため、未来永遠に続く道を開くためである。
御書には、「紹継」(974ページ等)という言葉が記されている。
「継承」と同じく「受け継ぐ」という意義である。
「伝持の人」すなわち後継者がいなければ、やがて未来は閉ざされてしまう。
広宣流布とは、滔々たる大河の流れの如く、仏法の人間主義の精神を次の世代へ、未来へ継承していくことであり、正義の魂のバトンを受け継ぐリレーなのである。
ゆえに、未来部の前進が、広布の前進だ。未来部の勝利が、師弟の勝利だ。
わが創価の宝であり、家庭の宝、地域の宝、社会の宝、そして人類の宝である未来部の友を、私たちは最大に護り、励まし、育んでいきたい。
〈2013年5月6日付本紙「随筆 我らの勝利の大道」〉
未来部員の一人ひとりが広宣流布の宝である。
御聖訓に「八歳の竜女は大海より来って経力を刹那に示し」(同465ページ)と仰せの如く、法華経の会座において、即身成仏、万人成仏の実証を示したのは、年若い竜女であった。
七歳の時に日蓮大聖人にお会いしたとされる南条時光は十六歳から、師のもとで直々の薫陶を受けた。
大聖人は、亡き父の信心を立派に継承する時光の姿を讃えられ、こう仰せになられた。
「あわれ人はよき子はもつべかりけるものかなと、なみだかきあえずこそ候いし」(同1507ページ)と。
門下の子弟を皆、わが子の如く慈しみ、育んでくださる。これが大聖人の御心であられた。
わが家、そして、わが地域の、かけがえのない使命を持った宝の未来部員に、温かな声をかけ、真剣に育て上げていくことは、大聖人が最も喜んでくださる"仏の仕事"なのである。
〈『随筆 対話の大道』「青年学会の希望の黎明(上)」〉
2017年2月17日金曜日
2017.02.17 わが友に贈る
会場提供のご家族に
心からの感謝の言葉を!
時間厳守や節電・節水
近隣への配慮を忘れず
地域の宝城を皆で守れ!
妙密上人御消息 P1237
『人に食を施すに三の功徳あり一には命をつぎ二には色をまし三には力を授く』
☆女性に贈ることば 二月十七日
かけがえのない一生である。大切な、尊き自分自身である。将来に悔いや、心のかげりを残すような青春であってもらいたくない。
最後の最後に「私は幸福になった」「私は本当に満足だ。勝った」と笑顔で言える人生のための青春時代であっていただきたい。
☆今日のことば365 二月十七日
自分の幸福を犠牲にして、他人のため、社会のために尽くしていくのは、確かに美しい行為ではあるが、自分を失ってしまったならば、それは、単なるお人好しで終わってしまう。
☆新時代を進む 第4回 ああ感激の同志あり!
全国各地の大雪、暴風雪による被害にお見舞いを申し上げます。農作物への影響なども案じております。
いまだ寒さも厳しく、わが宝友の健康・長寿、なかんずく、聖教新聞を配達してくださっている「無冠の友」の皆さま方の絶対無事故を、さらに強盛に祈ります。
— ◇ —
戸田城聖先生の生誕の日(2月11日)に当たり、恩師記念会館で報恩感謝の勤行を行った(10日)。
「報恩抄」の文段には、「若し法を伝えて衆生を利せば、畢竟、恩を報ずるなり」と示されている。
師恩に報いる最上の道は、妙法を語り、一人でも多くの友と仏縁を結び、幸福の人生へ導くことである。
戸田先生は、広宣流布の拡大、立正安国の進展を何より願われた折伏の大師匠であられる。青年部を先頭に、新たな二月闘争が、日本中、世界中で繰り広げられていることを、最も喜んでくださるに違いない。
— ◇ —
恩師は、1900年(明治33年)の生まれ。文字通り、20世紀に輝きわたる不滅のご生涯であられた。
それからまさに百年の時を経て誕生したのが、今の未来部のメンバーである。
先生が呼び出された地涌の人材群は、もはや何ものも押しとどめることのできない潮流となった。
恩師記念会館には、少年少女希望絵画展の作品が展示されていた。皆、本当に上手であり、若き価値創造の生命が生き生きと、また伸び伸びと躍動している。
創価後継の若人たちが、21世紀を限りなく照らし晴らしゆく未来へ、私の心は限りなく広がる。
会館には、我ら東京の歌「ああ感激の同志あり」の歌詞も掲げられていた。
戸田先生にお聞かせする思いで、妻と口ずさんだ。
♪おお東天に 祈りあり
元初の生命の 曙は
春の桜の 匂うごと
喜び勝たなん 力あり
総本部の桜も、寒風に負けず蕾を膨らませている。
功徳満開の創価の大桜を、今年も恩師に捧げたいと祈る日々である。
心からの感謝の言葉を!
時間厳守や節電・節水
近隣への配慮を忘れず
地域の宝城を皆で守れ!
妙密上人御消息 P1237
『人に食を施すに三の功徳あり一には命をつぎ二には色をまし三には力を授く』
☆女性に贈ることば 二月十七日
かけがえのない一生である。大切な、尊き自分自身である。将来に悔いや、心のかげりを残すような青春であってもらいたくない。
最後の最後に「私は幸福になった」「私は本当に満足だ。勝った」と笑顔で言える人生のための青春時代であっていただきたい。
☆今日のことば365 二月十七日
自分の幸福を犠牲にして、他人のため、社会のために尽くしていくのは、確かに美しい行為ではあるが、自分を失ってしまったならば、それは、単なるお人好しで終わってしまう。
☆新時代を進む 第4回 ああ感激の同志あり!
全国各地の大雪、暴風雪による被害にお見舞いを申し上げます。農作物への影響なども案じております。
いまだ寒さも厳しく、わが宝友の健康・長寿、なかんずく、聖教新聞を配達してくださっている「無冠の友」の皆さま方の絶対無事故を、さらに強盛に祈ります。
— ◇ —
戸田城聖先生の生誕の日(2月11日)に当たり、恩師記念会館で報恩感謝の勤行を行った(10日)。
「報恩抄」の文段には、「若し法を伝えて衆生を利せば、畢竟、恩を報ずるなり」と示されている。
師恩に報いる最上の道は、妙法を語り、一人でも多くの友と仏縁を結び、幸福の人生へ導くことである。
戸田先生は、広宣流布の拡大、立正安国の進展を何より願われた折伏の大師匠であられる。青年部を先頭に、新たな二月闘争が、日本中、世界中で繰り広げられていることを、最も喜んでくださるに違いない。
— ◇ —
恩師は、1900年(明治33年)の生まれ。文字通り、20世紀に輝きわたる不滅のご生涯であられた。
それからまさに百年の時を経て誕生したのが、今の未来部のメンバーである。
先生が呼び出された地涌の人材群は、もはや何ものも押しとどめることのできない潮流となった。
恩師記念会館には、少年少女希望絵画展の作品が展示されていた。皆、本当に上手であり、若き価値創造の生命が生き生きと、また伸び伸びと躍動している。
創価後継の若人たちが、21世紀を限りなく照らし晴らしゆく未来へ、私の心は限りなく広がる。
会館には、我ら東京の歌「ああ感激の同志あり」の歌詞も掲げられていた。
戸田先生にお聞かせする思いで、妻と口ずさんだ。
♪おお東天に 祈りあり
元初の生命の 曙は
春の桜の 匂うごと
喜び勝たなん 力あり
総本部の桜も、寒風に負けず蕾を膨らませている。
功徳満開の創価の大桜を、今年も恩師に捧げたいと祈る日々である。
2017年2月16日木曜日
2017.02.16 わが友に贈る
一日の命の尊さは
全宇宙の財宝にも勝る。
かけがえのない今日を
存分に喜び生きよう!
大生命力を燃やして!
御講聞書 P819
『今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者、無上宝聚不求自得の長者に非ずや』
☆女性に贈ることば 二月十六日
本当に自分のことを理解してくれる人がいるかぎり、安心して力を出すことができる − それぐらい、心の絆は重要です。
親子の絆、教師と生徒の絆、師弟の鮮と、さまざまな鮮があるが、人生の年給を重ねれば重ねるほど、そのありがたみがわかるようになる。
☆今日のことば365 二月十六日
怜悧な、利害打算の多い世の中にあって、もっと無償の行為があってよいのではないかと思う。だまされまいとするあまり、人間らしい善意の芽ばえすらつみ取ってしまっては、味気なさすぎる。
☆御書と歩む 第52回 家族を照らす「太陽」に 2017年2月9日
『浄蔵・浄眼は父の妙荘厳王・外道の法に著して仏法に背き給いしかども二人の太子は父の命に背いて雲雷音王仏の御弟子となり終に父を導いて沙羅樹王仏と申す仏になし申されける』(聖愚問答抄、492ページ)
◇通解
浄蔵・浄眼は、父の妙荘厳王が外道の法に執着して仏法に背かれていた。けれどもこの二人の王子は、父の命に背いて雲雷音王仏の御弟子となり、ついに父を導いて沙羅樹王仏という仏に成したのである。
◇同志への指針
法華経に説かれる浄蔵・浄眼の二人の王子は、仏法で得た歓喜の功徳の姿を見せることで父親を正法に導いた。まさしく「人間革命」の力だ。
一人の「希望の太陽」が昇れば、必ず一家和楽を実現できる。妙法を持った人間性の輝きが、皆を明るく照らし、幸福家族を創るのだ。焦る必要はない。日々、太陽の如く、わが使命の軌道を朗らかに進み抜こう、勝利の春へ!
全宇宙の財宝にも勝る。
かけがえのない今日を
存分に喜び生きよう!
大生命力を燃やして!
御講聞書 P819
『今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者、無上宝聚不求自得の長者に非ずや』
☆女性に贈ることば 二月十六日
本当に自分のことを理解してくれる人がいるかぎり、安心して力を出すことができる − それぐらい、心の絆は重要です。
親子の絆、教師と生徒の絆、師弟の鮮と、さまざまな鮮があるが、人生の年給を重ねれば重ねるほど、そのありがたみがわかるようになる。
☆今日のことば365 二月十六日
怜悧な、利害打算の多い世の中にあって、もっと無償の行為があってよいのではないかと思う。だまされまいとするあまり、人間らしい善意の芽ばえすらつみ取ってしまっては、味気なさすぎる。
☆御書と歩む 第52回 家族を照らす「太陽」に 2017年2月9日
『浄蔵・浄眼は父の妙荘厳王・外道の法に著して仏法に背き給いしかども二人の太子は父の命に背いて雲雷音王仏の御弟子となり終に父を導いて沙羅樹王仏と申す仏になし申されける』(聖愚問答抄、492ページ)
◇通解
浄蔵・浄眼は、父の妙荘厳王が外道の法に執着して仏法に背かれていた。けれどもこの二人の王子は、父の命に背いて雲雷音王仏の御弟子となり、ついに父を導いて沙羅樹王仏という仏に成したのである。
◇同志への指針
法華経に説かれる浄蔵・浄眼の二人の王子は、仏法で得た歓喜の功徳の姿を見せることで父親を正法に導いた。まさしく「人間革命」の力だ。
一人の「希望の太陽」が昇れば、必ず一家和楽を実現できる。妙法を持った人間性の輝きが、皆を明るく照らし、幸福家族を創るのだ。焦る必要はない。日々、太陽の如く、わが使命の軌道を朗らかに進み抜こう、勝利の春へ!
2017年2月15日水曜日
2017.02.15 わが友に贈る
勝利の智恵は
組織の最前線にあり。
リーダーは喜び勇んで
同志の輪に飛び込み
現場の声を生かせ!
一昨日御書 P183
『彼の太公が殷の国に入りしは西伯の礼に依り張良が秦朝を量りしは漢王の誠を感ずればなり、是れ皆時に当つて賞を得謀を帷帳の中に回らし勝つことを千里の外に決せし者なり』
☆女性に贈ることば 二月十五日
世界の人びととの友好も大事であるが、隣近所との友好はもつと大事である。友好・友情こそ、人生の宝である。
☆今日のことば365 二月十五日
青春は一生の土台を築く時代である。土台が、立派に仕上がっていなければ、その上に何を積み重ねても崩れてしまう。将来の、大きな花を咲かせるために、その土台を建設している時代だと思えば、勉強も、仕事も、すべてが有意義にならないわけがない。
利己主義のみでなく、つねに社会に目を開き、社会のなかで、自分を大きく成長させようという人生は、もっとも充実した、青春といえよう。
☆池田先生ご夫妻の女子部ロマン総会へのメッセージ 2017年2月8日
◇人類の宝の華陽姉妹よ朗らかな幸福の劇を!
「冬は必ず春となる」(御書1253ページ)——この明るい希望の哲学の光を広げ、うるわしい友情の花を咲かせゆく「ロマン総会」、誠におめでとうございます!
世界192カ国・地域の友も、皆さんの青春満開の語らいを熱く見つめ、声援を送っています。私と妻の心も、若き日に戻って、皆さんの輪の中に飛び込む思いで、けなげな活躍を讃えております。
日蓮大聖人は、「喜ぶということは、自分も他者も共に喜ぶことである」「自他共に智慧と慈悲を持っていることが、本当の喜びなのである」(同761ページ、趣意)と仰せになられました。
その通りの仲良く聡明な女性の連帯から、どれほど生きる喜びが湧き出ずることか。皆さんの智慧と慈悲のスクラムこそ、地球の平和の尽きることのない泉なのです。
ともあれ、皆さんの生命には、最高の幸福の宮殿があります。ゆえに、自信をなくしたり、弱気になったりする必要はありません。
どうか、世界第一の生命哲学とともに、また、心から信頼し合える創価家族とともに、誇りを持って、気高く、青春を走り抜いていってください。
私と妻は、皆さんが一人ももれなく、桜梅桃李の生命を自分らしく輝かせながら、朗らかな幸福勝利の劇を飾りゆかれんことを、強盛に祈り、見守ってまいります。
人類の宝の華陽姉妹よ、健康と福智の青春凱歌を共々に!
組織の最前線にあり。
リーダーは喜び勇んで
同志の輪に飛び込み
現場の声を生かせ!
一昨日御書 P183
『彼の太公が殷の国に入りしは西伯の礼に依り張良が秦朝を量りしは漢王の誠を感ずればなり、是れ皆時に当つて賞を得謀を帷帳の中に回らし勝つことを千里の外に決せし者なり』
☆女性に贈ることば 二月十五日
世界の人びととの友好も大事であるが、隣近所との友好はもつと大事である。友好・友情こそ、人生の宝である。
☆今日のことば365 二月十五日
青春は一生の土台を築く時代である。土台が、立派に仕上がっていなければ、その上に何を積み重ねても崩れてしまう。将来の、大きな花を咲かせるために、その土台を建設している時代だと思えば、勉強も、仕事も、すべてが有意義にならないわけがない。
利己主義のみでなく、つねに社会に目を開き、社会のなかで、自分を大きく成長させようという人生は、もっとも充実した、青春といえよう。
☆池田先生ご夫妻の女子部ロマン総会へのメッセージ 2017年2月8日
◇人類の宝の華陽姉妹よ朗らかな幸福の劇を!
「冬は必ず春となる」(御書1253ページ)——この明るい希望の哲学の光を広げ、うるわしい友情の花を咲かせゆく「ロマン総会」、誠におめでとうございます!
世界192カ国・地域の友も、皆さんの青春満開の語らいを熱く見つめ、声援を送っています。私と妻の心も、若き日に戻って、皆さんの輪の中に飛び込む思いで、けなげな活躍を讃えております。
日蓮大聖人は、「喜ぶということは、自分も他者も共に喜ぶことである」「自他共に智慧と慈悲を持っていることが、本当の喜びなのである」(同761ページ、趣意)と仰せになられました。
その通りの仲良く聡明な女性の連帯から、どれほど生きる喜びが湧き出ずることか。皆さんの智慧と慈悲のスクラムこそ、地球の平和の尽きることのない泉なのです。
ともあれ、皆さんの生命には、最高の幸福の宮殿があります。ゆえに、自信をなくしたり、弱気になったりする必要はありません。
どうか、世界第一の生命哲学とともに、また、心から信頼し合える創価家族とともに、誇りを持って、気高く、青春を走り抜いていってください。
私と妻は、皆さんが一人ももれなく、桜梅桃李の生命を自分らしく輝かせながら、朗らかな幸福勝利の劇を飾りゆかれんことを、強盛に祈り、見守ってまいります。
人類の宝の華陽姉妹よ、健康と福智の青春凱歌を共々に!
2017年2月14日火曜日
2017.02.14 わが友に贈る
誓願と感謝の
勤行・唱題から
一日を出発しよう!
「苦楽ともに思い合せて」
生命練磨の日々を!
生死一大事血脈抄 P1338
『相構え相構えて強盛の大信力を致して南無妙法蓮華経臨終正念と祈念し給へ、生死一大事の血脈此れより外に全く求むることなかれ』
☆女性に贈ることば 二月十四日
人間は自分一人で生まれてくることはできない。また附して、たった一人で一人前の人間になれるものでもない。家族のなかに生まれ、家族のなかで育ち、やがて一個の人間として成長していく。夫婦も、親子も、兄弟姉妹も、日に見えぬひとつの法則で結ばれているともいえる。その心の絆こそ、真の家族の結晶であるに違いない。
☆今日のことば365 二月十四日
高山を征服しようという意欲はあっても、登山の技術をもたなければ、暴挙にすぎなくなってしまう。それと同じく、人生のあらゆる障害も、それを克服するには、どうすれば、もっとも確実に、価値的に目的を達成できるかを知らなければなるまい。
☆2月度 男子部「御書活動者会」研さんのために 椎地四郎殿御書 2017年1月28日
嵐にも揺るがぬ信心を!
"行き詰まりの壁"を破れ
2月度の男子部「御書活動者会(御書活)」では、「椎地四郎殿御書」を研さん。大難に直面しても、強盛な信心を起こして喜び勇んで戦っていくのが「法華経の行者」であることを学ぶ。
◇御文
『末法には法華経の行者必ず出来すべし、但し大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし、火に薪をくわへんにさかんなる事なかるべしや』(御書1448ページ)
◇通解
末法には法華経の行者が必ず出現する。ただし大難が起こったならば、強盛の信心で、いよいよ喜んでいくのである。火に薪を加えれば、燃え盛らないことがあろうか。
◇背景と大意
本抄は、椎地四郎に与えられたお手紙で、弘長元年(1261年)4月の御執筆と伝えられるが、詳細は不明である。
四条金吾や富木常忍に宛てた御書に、椎地四郎の名があることから、同志と共に地道に弘教に励んできた人物だと考えられる。
本抄で大聖人は、大難を受けることは「法華経の行者」の証しであると述べられた後、法華経を一文一句でも説き語る人は「如来の使」であり、椎地四郎自身も、その最高に尊い使命に生きる人であると称賛されている。
また、法華経を一文一句でも魂に染め抜いた人は、苦悩の生死の大海を越える「妙法蓮華経の船」に乗った人であり、大聖人の門下こそ、その人であると教えられている。
◇解説
拝読御文の冒頭で大聖人は、「末法には法華経の行者必ず出来すべし」と仰せである。
釈尊が"末法に必ず出現する"と予見した「法華経の行者」とは誰か——。それは五濁悪世の時代に妙法を流布し、民衆救済の実践に立ち上がる人のこと。具体的には、あらゆる大難を勝ち越え、末法万年の正法流布の道を切り開いた大聖人であり、その大聖人の尊き御精神のままに、現実の上で世界広布を進める、私たち創価学会員にほかならない。
同じ御書で「大難なくば法華経の行者にはあらじ」(1448ページ)と仰せのように、法華経の行者に大難が起こるのは、必定である。
ゆえに大聖人は拝読御文で、難が起こった時こそ、強き信心を奮い起こし、喜び勇んで進んでいくべきであると教えられている。
また、大難に挑む法華経の行者の境涯を「火」に、大難を「薪」に譬えられ、火に薪をくべれば火の勢いが盛んになるように、難が起これば、信心の炎はいやまして燃え上がり、法華経の行者としての自覚と確信も強固になっていくことを示されている。
かつて池田先生は、この御聖訓を通して、次のようにつづられた。
「人生は、どこまでいっても、行き詰まりとの戦いです。(中略)一つ一つ行き詰まりを、喜び勇んで打開しながら、一歩また一歩と、粘り強く仏の境涯を開いていく。これが、私たちの『発迹顕本』です」
私たちにとっての「大難」とは、人生のさまざまな場面で直面する"行き詰まりの壁"と言い換えることもできる。仕事、家庭、病気、経済苦、人間関係……。人生の途上には時に、幾多の"壁"が立ちはだかる。
また、末法の現代において友に仏法を語れば、偏見や無理解による中傷、悪口を受けることも少なくない。
しかし、その時にこそ"信心で、絶対に乗り越えられる!"との大確信に立ち、「強盛の信心」を奮い起こして進んでいきたい。その人は、どんな逆境も自身の成長への原動力としていける。また、難との戦いがあればこそ、嵐に揺るがぬ信心を築くことができる。
間もなく"伝統の2月"。1952年(昭和27年)1月29日、蒲田支部の緊急組長会で、24歳の池田先生は力強く訴えた。
「戸田先生の指導があって、今の私たちがあります。ご恩返しをするには、広宣流布の戦いしかない。戸田先生の52回目の誕生の月を、なんとしても歴史的金字塔で荘厳しましょう!」と。
"青年拡大の年"の本年、池田門下の私たちも、報恩の決意で拡大の突破口を開いていきたい。あらゆる苦難や試練にも負けず、一人一人が「新時代の二月闘争」に断じて勝利していこう!
勤行・唱題から
一日を出発しよう!
「苦楽ともに思い合せて」
生命練磨の日々を!
生死一大事血脈抄 P1338
『相構え相構えて強盛の大信力を致して南無妙法蓮華経臨終正念と祈念し給へ、生死一大事の血脈此れより外に全く求むることなかれ』
☆女性に贈ることば 二月十四日
人間は自分一人で生まれてくることはできない。また附して、たった一人で一人前の人間になれるものでもない。家族のなかに生まれ、家族のなかで育ち、やがて一個の人間として成長していく。夫婦も、親子も、兄弟姉妹も、日に見えぬひとつの法則で結ばれているともいえる。その心の絆こそ、真の家族の結晶であるに違いない。
☆今日のことば365 二月十四日
高山を征服しようという意欲はあっても、登山の技術をもたなければ、暴挙にすぎなくなってしまう。それと同じく、人生のあらゆる障害も、それを克服するには、どうすれば、もっとも確実に、価値的に目的を達成できるかを知らなければなるまい。
☆2月度 男子部「御書活動者会」研さんのために 椎地四郎殿御書 2017年1月28日
嵐にも揺るがぬ信心を!
"行き詰まりの壁"を破れ
2月度の男子部「御書活動者会(御書活)」では、「椎地四郎殿御書」を研さん。大難に直面しても、強盛な信心を起こして喜び勇んで戦っていくのが「法華経の行者」であることを学ぶ。
◇御文
『末法には法華経の行者必ず出来すべし、但し大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし、火に薪をくわへんにさかんなる事なかるべしや』(御書1448ページ)
◇通解
末法には法華経の行者が必ず出現する。ただし大難が起こったならば、強盛の信心で、いよいよ喜んでいくのである。火に薪を加えれば、燃え盛らないことがあろうか。
◇背景と大意
本抄は、椎地四郎に与えられたお手紙で、弘長元年(1261年)4月の御執筆と伝えられるが、詳細は不明である。
四条金吾や富木常忍に宛てた御書に、椎地四郎の名があることから、同志と共に地道に弘教に励んできた人物だと考えられる。
本抄で大聖人は、大難を受けることは「法華経の行者」の証しであると述べられた後、法華経を一文一句でも説き語る人は「如来の使」であり、椎地四郎自身も、その最高に尊い使命に生きる人であると称賛されている。
また、法華経を一文一句でも魂に染め抜いた人は、苦悩の生死の大海を越える「妙法蓮華経の船」に乗った人であり、大聖人の門下こそ、その人であると教えられている。
◇解説
拝読御文の冒頭で大聖人は、「末法には法華経の行者必ず出来すべし」と仰せである。
釈尊が"末法に必ず出現する"と予見した「法華経の行者」とは誰か——。それは五濁悪世の時代に妙法を流布し、民衆救済の実践に立ち上がる人のこと。具体的には、あらゆる大難を勝ち越え、末法万年の正法流布の道を切り開いた大聖人であり、その大聖人の尊き御精神のままに、現実の上で世界広布を進める、私たち創価学会員にほかならない。
同じ御書で「大難なくば法華経の行者にはあらじ」(1448ページ)と仰せのように、法華経の行者に大難が起こるのは、必定である。
ゆえに大聖人は拝読御文で、難が起こった時こそ、強き信心を奮い起こし、喜び勇んで進んでいくべきであると教えられている。
また、大難に挑む法華経の行者の境涯を「火」に、大難を「薪」に譬えられ、火に薪をくべれば火の勢いが盛んになるように、難が起これば、信心の炎はいやまして燃え上がり、法華経の行者としての自覚と確信も強固になっていくことを示されている。
かつて池田先生は、この御聖訓を通して、次のようにつづられた。
「人生は、どこまでいっても、行き詰まりとの戦いです。(中略)一つ一つ行き詰まりを、喜び勇んで打開しながら、一歩また一歩と、粘り強く仏の境涯を開いていく。これが、私たちの『発迹顕本』です」
私たちにとっての「大難」とは、人生のさまざまな場面で直面する"行き詰まりの壁"と言い換えることもできる。仕事、家庭、病気、経済苦、人間関係……。人生の途上には時に、幾多の"壁"が立ちはだかる。
また、末法の現代において友に仏法を語れば、偏見や無理解による中傷、悪口を受けることも少なくない。
しかし、その時にこそ"信心で、絶対に乗り越えられる!"との大確信に立ち、「強盛の信心」を奮い起こして進んでいきたい。その人は、どんな逆境も自身の成長への原動力としていける。また、難との戦いがあればこそ、嵐に揺るがぬ信心を築くことができる。
間もなく"伝統の2月"。1952年(昭和27年)1月29日、蒲田支部の緊急組長会で、24歳の池田先生は力強く訴えた。
「戸田先生の指導があって、今の私たちがあります。ご恩返しをするには、広宣流布の戦いしかない。戸田先生の52回目の誕生の月を、なんとしても歴史的金字塔で荘厳しましょう!」と。
"青年拡大の年"の本年、池田門下の私たちも、報恩の決意で拡大の突破口を開いていきたい。あらゆる苦難や試練にも負けず、一人一人が「新時代の二月闘争」に断じて勝利していこう!
2017年2月13日月曜日
2017.02.13 わが友に贈る
新聞休刊日
種種御振舞御書 P911
『わづかの小島のぬしらがをどさんををぢては閻魔王のせめをばいかんがすべき、仏の御使となのりながらをくせんは無下の人人なり』
☆女性に贈ることば 二月十三日
時間がたくさんあるからといって、いい子育てができるわけではない。
たとえ時間が限られていても、聡明な心があれば、子どもとの凝結した触れあいはつくれるものでしょう。
☆今日のことば365 二月十三日
青年は、望みが大きすぎるくらいで、ちょうどよいのだ。この人生で実現できるのは、自分の考えの何分の一かだ。初めから、望みが小さいようでは、なにもできないで終わる。
☆御書の解説 教学TALK 十界論� 2017年1月28日
Q イライラしてしまいます
A 自身の境涯で、捉え方が変わる
信心の素朴な疑問に答える「教学TALK」。今回も、「十界論」をテーマに語らいを広げる。新井男子部本部長が、牙城会大学校生の斉藤くんの自宅を訪れ、激励しています。
【登場人物】
●新井男子部本部長
学会3世の36歳。20代半ばまで学会活動をしていなかったらしい。
●斉藤くん
24歳。今月から牙城会大学校生に。職場では、新入社員の育成を任されている。
新井男子部本部長 なんだか元気がないようだね。一体、どうしたんだい?
斉藤くん 職場の上司が怒りっぽくて、困っているんです。普段から、ちょっとしたことで怒鳴ったり、部下を頭ごなしに大声でしかりつけたり……。
新井 ヘコむなあ。
斉藤 職場の雰囲気も悪くて、そのせいか僕もついイライラして、後輩への当たりがキツくなってしまって。悪循環ですよね。
新井 なるほど、それで元気がなかったんだね。もしかして斉藤くんは、その上司がいなくなれば環境が良くなると思ってないかい?
斉藤 えっ? 何で分かるんですか(笑い)。
新井 昔、僕も、しょっちゅうイライラしては、上司や同僚が変わってほしいって思っていたんだ。だから、斉藤くんの気持ちはよく分かるよ。今思えば、当時は「地獄界」の境涯だったのかもしれない。
斉藤 新井さんにもそんな時期があったんですね。「地獄界」は、教学部任用試験を受ける時に勉強しました。「瞋るは地獄」(御書241ページ)ですよね。
新井 「瞋る」って、自分に苦しみをもたらすものへの「瞋り」だよね。やっかいなのは、その不幸をもたらす原因が、決して自分にあるとは捉えられない点だ。池田先生は「そうとらえるだけの生命力がない」と語られている。
斉藤 ちょ、ちょっと待ってください。上司が悪いんじゃなくて、僕に原因があるってことですか?
新井 そう捉えられるかどうかが、境涯だといえるね。日蓮大聖人は、浄土でも穢れた地でも、それは「只我等が心の善悪によると見えたり」(同384ページ)と教えられている。つまり、自分自身の境涯によって、同じ環境でも捉え方、感じ方が異なってくるんだ。
斉藤 う〜ん。職場が嫌だと感じていたのは、僕自身が地獄界の生命に引っ張られていたということですか。
新井 僕は自己中心的な傾向が強かったけど、学会活動のおかげで、人に尽くし、相手の立場に立って物事を考える喜びを教えてもらったと思っている。上司から怒られた時に、「駄目なところを教えてもらえたから、もっと成長できる」って捉え、もっと頑張ろうと感じられるようになった。気付いたら職場に行くのが楽しくなっていたんだよ。
斉藤 会社に行くのが楽しいだなんて、すごいですね! 正直、僕は、会社に行くのが今つらいですから。
新井 仕事どころか、池田先生は「信心を貫けば、生きていること自体が楽しいという人生になる」と指導されている。さあ、境涯を大きく広げる学会活動に一緒に挑戦していこう!
◎今日明日と千葉県の高校入試、受験生のみんな全力で頑張れ(^^♪
種種御振舞御書 P911
『わづかの小島のぬしらがをどさんををぢては閻魔王のせめをばいかんがすべき、仏の御使となのりながらをくせんは無下の人人なり』
☆女性に贈ることば 二月十三日
時間がたくさんあるからといって、いい子育てができるわけではない。
たとえ時間が限られていても、聡明な心があれば、子どもとの凝結した触れあいはつくれるものでしょう。
☆今日のことば365 二月十三日
青年は、望みが大きすぎるくらいで、ちょうどよいのだ。この人生で実現できるのは、自分の考えの何分の一かだ。初めから、望みが小さいようでは、なにもできないで終わる。
☆御書の解説 教学TALK 十界論� 2017年1月28日
Q イライラしてしまいます
A 自身の境涯で、捉え方が変わる
信心の素朴な疑問に答える「教学TALK」。今回も、「十界論」をテーマに語らいを広げる。新井男子部本部長が、牙城会大学校生の斉藤くんの自宅を訪れ、激励しています。
【登場人物】
●新井男子部本部長
学会3世の36歳。20代半ばまで学会活動をしていなかったらしい。
●斉藤くん
24歳。今月から牙城会大学校生に。職場では、新入社員の育成を任されている。
新井男子部本部長 なんだか元気がないようだね。一体、どうしたんだい?
斉藤くん 職場の上司が怒りっぽくて、困っているんです。普段から、ちょっとしたことで怒鳴ったり、部下を頭ごなしに大声でしかりつけたり……。
新井 ヘコむなあ。
斉藤 職場の雰囲気も悪くて、そのせいか僕もついイライラして、後輩への当たりがキツくなってしまって。悪循環ですよね。
新井 なるほど、それで元気がなかったんだね。もしかして斉藤くんは、その上司がいなくなれば環境が良くなると思ってないかい?
斉藤 えっ? 何で分かるんですか(笑い)。
新井 昔、僕も、しょっちゅうイライラしては、上司や同僚が変わってほしいって思っていたんだ。だから、斉藤くんの気持ちはよく分かるよ。今思えば、当時は「地獄界」の境涯だったのかもしれない。
斉藤 新井さんにもそんな時期があったんですね。「地獄界」は、教学部任用試験を受ける時に勉強しました。「瞋るは地獄」(御書241ページ)ですよね。
新井 「瞋る」って、自分に苦しみをもたらすものへの「瞋り」だよね。やっかいなのは、その不幸をもたらす原因が、決して自分にあるとは捉えられない点だ。池田先生は「そうとらえるだけの生命力がない」と語られている。
斉藤 ちょ、ちょっと待ってください。上司が悪いんじゃなくて、僕に原因があるってことですか?
新井 そう捉えられるかどうかが、境涯だといえるね。日蓮大聖人は、浄土でも穢れた地でも、それは「只我等が心の善悪によると見えたり」(同384ページ)と教えられている。つまり、自分自身の境涯によって、同じ環境でも捉え方、感じ方が異なってくるんだ。
斉藤 う〜ん。職場が嫌だと感じていたのは、僕自身が地獄界の生命に引っ張られていたということですか。
新井 僕は自己中心的な傾向が強かったけど、学会活動のおかげで、人に尽くし、相手の立場に立って物事を考える喜びを教えてもらったと思っている。上司から怒られた時に、「駄目なところを教えてもらえたから、もっと成長できる」って捉え、もっと頑張ろうと感じられるようになった。気付いたら職場に行くのが楽しくなっていたんだよ。
斉藤 会社に行くのが楽しいだなんて、すごいですね! 正直、僕は、会社に行くのが今つらいですから。
新井 仕事どころか、池田先生は「信心を貫けば、生きていること自体が楽しいという人生になる」と指導されている。さあ、境涯を大きく広げる学会活動に一緒に挑戦していこう!
◎今日明日と千葉県の高校入試、受験生のみんな全力で頑張れ(^^♪
2017年2月12日日曜日
2017.02.12 わが友に贈る
◇今週のことば
体験に勝る雄弁なし。
信仰の喜び弾ける
明るい座談会を!
「冬は必ず春となる」
朗らかに希望を語れ!
2017年2月12日
兄弟抄 P1086
『未来までのものがたりなに事かこれにすぎ候べき』
☆女性に贈ることば 二月十二日
どんな時代の変化にあっても、つねに変わることがないのが、真の友情である。何かあると、すぐに変わってしまうような友情は本物ではない。むしろ、試練にあえばあうほど、真の友情はより強く、深く、結びあっていく。
☆今日のことば365 二月十二日
未来を論ずる人は多い
しかし 未来を考える人は余りにも少ない
☆2月度座談会拝読御書 妙一尼御前御消息
◇本抄について
本抄は、建治元年(1275年)5月、日蓮大聖人が54歳の時に身延で著され、鎌倉に住む妙一尼に与えられたお手紙です。
大聖人が、竜の口の法難、佐渡流罪という迫害に遭われ、多くの門下が退転する中にあっても、妙一尼は夫と共に法華経の信仰を貫き通しました。
ところが、そのために夫は、所領を没収されるなどの難に遭い、しかも大聖人が佐渡流罪を許される前に亡くなりました。
残された妙一尼は、自身も体が強くないうえに、病気の子らを抱える中、佐渡へ身延へと従者を送り、大聖人にお仕えさせたのです。
◇拝読御文
法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、いまだ昔よりきかず・みず冬の秋とかへれる事を、いまだきかず法華経を信ずる人の凡夫となる事を、経文には「若有聞法者無一不成仏」ととかれて候
◇難を乗り越える信心
"法華経を持つ"人が難を避けることはできません。「法華経を信ずる人は冬のごとし」との仰せの通りです。拝読御文は「難を乗り越える信心」を教えています。
まず大切なことは、私たちが地道に信仰を持続する中で、いかなる難にも崩されない強盛な信心を確立していくことです。
では、正しい法(正法)を持った人が、なぜ難に遭うのでしょうか。
正法を信じ行じて、成仏の境涯を目指すということは、自身の生命を根底から変革させていくことです。
どんな変革にあってもそうですが、仏道修行においても、その変革を起こさせまいとする働きが、自身の生命自体や、あるいは周囲の人間関係の中に生じます。ちょうど、船が進む時に、抵抗で波が起こるようなものです。
成仏を目指す仏道修行の途上に起こる、このような障害に「三障四魔」があります。
また、法華経には、末法濁悪の世に法華経を弘める「法華経の行者」に対して「三類の強敵」が現れ、迫害することが説かれています。これは、釈尊入滅後の悪世において、一切衆生の成仏を願って、法華経を広宣流布しようとする実践のあるところに起こってくる迫害です。
信心の途上で、こうした難を受ける意味について、個々人の宿業という観点から捉えれば、難は「宿命転換」の好機となります。正法を行ずる功徳によって、自身の生命に刻まれた悪業の報いを現世で現し、消していくことができるのです。
創価学会では草創以来、「難を乗り越える信心」に励んできました。現在、「難を乗り越える信心」は、「一家和楽の信心」「幸福をつかむ信心」「健康長寿の信心」「絶対勝利の信心」と共に、創価学会の永遠の五指針の一つとなっています。
◇万人成仏
拝読御文に、「若有聞法者無一不成仏」との法華経方便品第2の文が引用されています。この経文は、法華経を聞いた人は、一人ももれなく成仏するとの意味です。
法華経には、一切衆生の成仏、万人成仏の教えが示されています。それは、あらゆる生命に「仏界の生命」が具わっているという法理です。言い換えれば、万人に「仏性」(仏の性分)があるということです。
例えば、法華経方便品では、あらゆる仏は衆生に仏の智慧を開かせ、清浄な境涯を得させたいと思うゆえに、この世に出現したと述べられています(法華経121ページ、趣旨)。これは、衆生の生命に本来、仏の智慧が具わることを意味します。
法華経以外の経典では、例えば二乗(声聞界・縁覚界の衆生)は絶対に成仏できないと強調されたり、あるいは女性や悪人は仏になれないと説かれるなど、"誰もが皆、成仏できる"とは述べられていません。
法華経の万人成仏の法理は、その後、中国の天台大師によって、「十界互具」「一念三千」の法理として展開されました。
そして、末法において日蓮大聖人が不惜身命で大難と戦う中、御自身の胸中に仏界を現し、妙法と一体の御自身の生命を御本尊に顕されました。この御本尊を信じて、南無妙法蓮華経と唱題する時、自身の仏界が呼び起こされます。末法のあらゆる人々が仏に成る道を、大聖人が開いてくださったのです。
◇妙一尼への励まし
本抄は、夫に先立たれて心細くなることもあったであろう妙一尼への励ましの心にあふれています。
本抄で日蓮大聖人は例えば、"法華経のために所領を没収されたあなたのご主人は、不惜身命の実践をした雪山童子や薬王菩薩と同じ功徳があるのです。月の中か、太陽の中か、天の鏡に妻子の姿を浮かべて、一日中、見守っておられることでしょう"(御書1253ページ、趣旨)と述べられています。
大聖人は妙一尼に対し、何も心配する必要はなく、必ず霊山にいる故人が守ってくれることを伝え、安堵させようとされているのです。
さらに、大聖人は、"もし私が、力のある身となりましたなら、幼いご子息たちのことは見守っていきましょう"(同1254ページ、趣旨)とまで心を配っておられます。
妙一尼の不安を払拭しようとされる大聖人の心情がにじみ出た仰せです。
佐渡や身延へと従者を遣わし、師・大聖人への真心を尽くした妙一尼。
信心を根本に何としても苦境を乗り越えてほしいと願われた大聖人の深い慈愛を、本抄から拝することができます。
◇池田先生の指針から 真っすぐに幸福の軌道を
「妙一尼御前御消息」は、徹底した励ましの一書です。本抄を送られた時点で、妙一尼自身が、健気に信仰を貫き通していることは間違いありません。佐渡流罪、蒙古襲来という、教団も社会も激動の変化を続ける中、妙一尼が一点のぶれもなく大聖人とともに純真に信心に励んできたことは、御消息の文面からも推察されます。
しかし、その置かれている環境は、まさしく冬のような逆境でした。大聖人は妙一尼に「絶対に幸せになってほしい」「必ず成仏してほしい」との思いから、妙一尼の心に潜む悲哀や不安を一掃させようと、本抄で入魂の激励を重ねられていると拝察されます。(『希望の経典「御書」に学ぶ』第2巻)
◇ ◆ ◇
「法華経を信ずる人は冬のごとし」——それは、一切の宿命と戦い、乗り越え、「成仏への厳然たる軌道」を歩んでいきなさいとの厳父の慈言と拝することができます。
その成仏への軌道を「冬は必ず春となる」と示されているのです。
冬は春となる。秋に逆戻りすることはない——。これは誰も動かすことのできない自然の法則です。同じように、成仏の大法である妙法を受持しきった人が仏になれず、まして、凡夫の迷いのままで終わるはずがない。妙法を聞いて信受した人は「無一不成仏」——一人ももれなく成仏する。これが法華経に説かれた仏のお約束です。生命の大法則です。
仏の眼から見れば、誰人にも幸福になる権利がある。誰もが、歓喜踊躍の人生を送ることができる。いわんや胸中の妙法を涌現する方途を知っているのが、日蓮仏法を持った私たちです。ゆえに私たちには、幸福になる権利があるだけでなく、真の幸福を万人に開いていく大いなる使命もあるのです。
「冬は必ず春となる」とは、「信心の試練を勝ち越えた凡夫は必ず仏となる」ということです。本来、誰もが胸中に仏の生命をもっています。それを開き現していく人生の軌道に入った大聖人門下が成仏できないわけがない、との師子吼が轟いてきます。
体験に勝る雄弁なし。
信仰の喜び弾ける
明るい座談会を!
「冬は必ず春となる」
朗らかに希望を語れ!
2017年2月12日
兄弟抄 P1086
『未来までのものがたりなに事かこれにすぎ候べき』
☆女性に贈ることば 二月十二日
どんな時代の変化にあっても、つねに変わることがないのが、真の友情である。何かあると、すぐに変わってしまうような友情は本物ではない。むしろ、試練にあえばあうほど、真の友情はより強く、深く、結びあっていく。
☆今日のことば365 二月十二日
未来を論ずる人は多い
しかし 未来を考える人は余りにも少ない
☆2月度座談会拝読御書 妙一尼御前御消息
◇本抄について
本抄は、建治元年(1275年)5月、日蓮大聖人が54歳の時に身延で著され、鎌倉に住む妙一尼に与えられたお手紙です。
大聖人が、竜の口の法難、佐渡流罪という迫害に遭われ、多くの門下が退転する中にあっても、妙一尼は夫と共に法華経の信仰を貫き通しました。
ところが、そのために夫は、所領を没収されるなどの難に遭い、しかも大聖人が佐渡流罪を許される前に亡くなりました。
残された妙一尼は、自身も体が強くないうえに、病気の子らを抱える中、佐渡へ身延へと従者を送り、大聖人にお仕えさせたのです。
◇拝読御文
法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、いまだ昔よりきかず・みず冬の秋とかへれる事を、いまだきかず法華経を信ずる人の凡夫となる事を、経文には「若有聞法者無一不成仏」ととかれて候
◇難を乗り越える信心
"法華経を持つ"人が難を避けることはできません。「法華経を信ずる人は冬のごとし」との仰せの通りです。拝読御文は「難を乗り越える信心」を教えています。
まず大切なことは、私たちが地道に信仰を持続する中で、いかなる難にも崩されない強盛な信心を確立していくことです。
では、正しい法(正法)を持った人が、なぜ難に遭うのでしょうか。
正法を信じ行じて、成仏の境涯を目指すということは、自身の生命を根底から変革させていくことです。
どんな変革にあってもそうですが、仏道修行においても、その変革を起こさせまいとする働きが、自身の生命自体や、あるいは周囲の人間関係の中に生じます。ちょうど、船が進む時に、抵抗で波が起こるようなものです。
成仏を目指す仏道修行の途上に起こる、このような障害に「三障四魔」があります。
また、法華経には、末法濁悪の世に法華経を弘める「法華経の行者」に対して「三類の強敵」が現れ、迫害することが説かれています。これは、釈尊入滅後の悪世において、一切衆生の成仏を願って、法華経を広宣流布しようとする実践のあるところに起こってくる迫害です。
信心の途上で、こうした難を受ける意味について、個々人の宿業という観点から捉えれば、難は「宿命転換」の好機となります。正法を行ずる功徳によって、自身の生命に刻まれた悪業の報いを現世で現し、消していくことができるのです。
創価学会では草創以来、「難を乗り越える信心」に励んできました。現在、「難を乗り越える信心」は、「一家和楽の信心」「幸福をつかむ信心」「健康長寿の信心」「絶対勝利の信心」と共に、創価学会の永遠の五指針の一つとなっています。
◇万人成仏
拝読御文に、「若有聞法者無一不成仏」との法華経方便品第2の文が引用されています。この経文は、法華経を聞いた人は、一人ももれなく成仏するとの意味です。
法華経には、一切衆生の成仏、万人成仏の教えが示されています。それは、あらゆる生命に「仏界の生命」が具わっているという法理です。言い換えれば、万人に「仏性」(仏の性分)があるということです。
例えば、法華経方便品では、あらゆる仏は衆生に仏の智慧を開かせ、清浄な境涯を得させたいと思うゆえに、この世に出現したと述べられています(法華経121ページ、趣旨)。これは、衆生の生命に本来、仏の智慧が具わることを意味します。
法華経以外の経典では、例えば二乗(声聞界・縁覚界の衆生)は絶対に成仏できないと強調されたり、あるいは女性や悪人は仏になれないと説かれるなど、"誰もが皆、成仏できる"とは述べられていません。
法華経の万人成仏の法理は、その後、中国の天台大師によって、「十界互具」「一念三千」の法理として展開されました。
そして、末法において日蓮大聖人が不惜身命で大難と戦う中、御自身の胸中に仏界を現し、妙法と一体の御自身の生命を御本尊に顕されました。この御本尊を信じて、南無妙法蓮華経と唱題する時、自身の仏界が呼び起こされます。末法のあらゆる人々が仏に成る道を、大聖人が開いてくださったのです。
◇妙一尼への励まし
本抄は、夫に先立たれて心細くなることもあったであろう妙一尼への励ましの心にあふれています。
本抄で日蓮大聖人は例えば、"法華経のために所領を没収されたあなたのご主人は、不惜身命の実践をした雪山童子や薬王菩薩と同じ功徳があるのです。月の中か、太陽の中か、天の鏡に妻子の姿を浮かべて、一日中、見守っておられることでしょう"(御書1253ページ、趣旨)と述べられています。
大聖人は妙一尼に対し、何も心配する必要はなく、必ず霊山にいる故人が守ってくれることを伝え、安堵させようとされているのです。
さらに、大聖人は、"もし私が、力のある身となりましたなら、幼いご子息たちのことは見守っていきましょう"(同1254ページ、趣旨)とまで心を配っておられます。
妙一尼の不安を払拭しようとされる大聖人の心情がにじみ出た仰せです。
佐渡や身延へと従者を遣わし、師・大聖人への真心を尽くした妙一尼。
信心を根本に何としても苦境を乗り越えてほしいと願われた大聖人の深い慈愛を、本抄から拝することができます。
◇池田先生の指針から 真っすぐに幸福の軌道を
「妙一尼御前御消息」は、徹底した励ましの一書です。本抄を送られた時点で、妙一尼自身が、健気に信仰を貫き通していることは間違いありません。佐渡流罪、蒙古襲来という、教団も社会も激動の変化を続ける中、妙一尼が一点のぶれもなく大聖人とともに純真に信心に励んできたことは、御消息の文面からも推察されます。
しかし、その置かれている環境は、まさしく冬のような逆境でした。大聖人は妙一尼に「絶対に幸せになってほしい」「必ず成仏してほしい」との思いから、妙一尼の心に潜む悲哀や不安を一掃させようと、本抄で入魂の激励を重ねられていると拝察されます。(『希望の経典「御書」に学ぶ』第2巻)
◇ ◆ ◇
「法華経を信ずる人は冬のごとし」——それは、一切の宿命と戦い、乗り越え、「成仏への厳然たる軌道」を歩んでいきなさいとの厳父の慈言と拝することができます。
その成仏への軌道を「冬は必ず春となる」と示されているのです。
冬は春となる。秋に逆戻りすることはない——。これは誰も動かすことのできない自然の法則です。同じように、成仏の大法である妙法を受持しきった人が仏になれず、まして、凡夫の迷いのままで終わるはずがない。妙法を聞いて信受した人は「無一不成仏」——一人ももれなく成仏する。これが法華経に説かれた仏のお約束です。生命の大法則です。
仏の眼から見れば、誰人にも幸福になる権利がある。誰もが、歓喜踊躍の人生を送ることができる。いわんや胸中の妙法を涌現する方途を知っているのが、日蓮仏法を持った私たちです。ゆえに私たちには、幸福になる権利があるだけでなく、真の幸福を万人に開いていく大いなる使命もあるのです。
「冬は必ず春となる」とは、「信心の試練を勝ち越えた凡夫は必ず仏となる」ということです。本来、誰もが胸中に仏の生命をもっています。それを開き現していく人生の軌道に入った大聖人門下が成仏できないわけがない、との師子吼が轟いてきます。
2017年2月11日土曜日
2017.02.11 わが友に贈る
創価の師弟の精神こそ
前進と勝利の力だ!
報恩の戦いと実証で
二月闘争を荘厳し
青年拡大の大潮流を!
一代五時鶏図 P631
有縁の者何ぞ来らざるを得ん譬えば百川の海に潮す応須が如し縁に牽れて応生すること亦復是くの如し
☆女性に贈ることば 二月十一日
恩師・戸田先生が最後の誕生日(昭和三十三年二月十一日)に、私の妻に贈ってくださった和歌がある。
「月光の やさしき姿に 妙法の 強き心を ふくみ持てかし」
戸田先生から薫陶していただいた、この強き心を、女性の皆さんに伝えられることを、妻は深い喜びとしている。
☆今日のことば365 二月十一日
よき友を持つこと
よき先輩を持つこと
これは 人生の至上の幸運であり
誇るべき宝であるといっても過言ではなかろう
☆新時代を進む 第3回 勇気・誠実・団結で勝て!
暦の上で「立春」とはいえ、まだまだ寒い日が続く中、創価の宝友が新たな二月闘争に挑んでくれている。
日蓮大聖人は、地涌の菩薩を「大地の底にかくしをきたる真の弟子」(御書905ページ)とも明かされた。
世界広布新時代の今この時、躍り出た地涌の若人が、どれほど深い使命と宿縁を帯びていることか。
創価班、牙城会をはじめ、頼もしき男子部の皆さん!
白蓮グループをはじめ、清々しい女子部の皆さん!
そして、結成60周年へ走りゆく凜々しき男女学生部の皆さん!
未来の凱歌は、伸びゆく君たち、貴女たちのスクラムにある。
「青年を呼ぶのは、青年である。青年の心を揺さぶるものは、青年の叫びである」——恩師と同じ心で、私は皆さん方を絶対に信頼し、一切を見守っている。
また受験や卒業の季節であり、宝の未来部の友、一人一人に、温かくこまやかな励ましを送っていきたい。
— ◇ —
御聖訓には、「夫れ須弥山の始を尋ぬれば一塵なり・大海の初は一露なり・一を重ぬれば二となり・二を重ぬれば三・乃至十・百・千・万・億・阿僧祇の母は唯・一なるべし」(同1237ページ)とある。
全ては、一人から始まる。
一人を激励し、育てる。一人と対話し、仏縁を結ぶ。
地道にして粘り強い、この執念の積み重ねこそが、創価の大勝利山を築き、広布の大海原を開くのだ。
大聖人は「日蓮さきがけしたり」(同910ページ)と仰せになられた。御本仏に直結する「先駆」の学会精神で戦い進む皆さん方を、諸天が護らないわけがない。
わが学会の誇りは、大変であればあるほど、一人立つ勇者が、いずこにも光っていることだ。
御書に照らし、先駆の労は、三世十方の全ての仏を供養したのと同じ、無量無辺の大功徳に包まれることを確信していただきたい。
— ◇ —
勝利の方程式は、常に変わらない。
一人一人の「勇気ある信心」で勝つ!
一日一日の「誠実なる振る舞い」で勝つ!
そして、「異体同心の団結」で勝つ!
我ら創価家族は、不屈の負けじ魂で前進だ。
「青年拡大」へ、いよいよ仲良く、明るく、朗らかに、若き地涌の友を呼び出していこうではないか!
前進と勝利の力だ!
報恩の戦いと実証で
二月闘争を荘厳し
青年拡大の大潮流を!
一代五時鶏図 P631
有縁の者何ぞ来らざるを得ん譬えば百川の海に潮す応須が如し縁に牽れて応生すること亦復是くの如し
☆女性に贈ることば 二月十一日
恩師・戸田先生が最後の誕生日(昭和三十三年二月十一日)に、私の妻に贈ってくださった和歌がある。
「月光の やさしき姿に 妙法の 強き心を ふくみ持てかし」
戸田先生から薫陶していただいた、この強き心を、女性の皆さんに伝えられることを、妻は深い喜びとしている。
☆今日のことば365 二月十一日
よき友を持つこと
よき先輩を持つこと
これは 人生の至上の幸運であり
誇るべき宝であるといっても過言ではなかろう
☆新時代を進む 第3回 勇気・誠実・団結で勝て!
暦の上で「立春」とはいえ、まだまだ寒い日が続く中、創価の宝友が新たな二月闘争に挑んでくれている。
日蓮大聖人は、地涌の菩薩を「大地の底にかくしをきたる真の弟子」(御書905ページ)とも明かされた。
世界広布新時代の今この時、躍り出た地涌の若人が、どれほど深い使命と宿縁を帯びていることか。
創価班、牙城会をはじめ、頼もしき男子部の皆さん!
白蓮グループをはじめ、清々しい女子部の皆さん!
そして、結成60周年へ走りゆく凜々しき男女学生部の皆さん!
未来の凱歌は、伸びゆく君たち、貴女たちのスクラムにある。
「青年を呼ぶのは、青年である。青年の心を揺さぶるものは、青年の叫びである」——恩師と同じ心で、私は皆さん方を絶対に信頼し、一切を見守っている。
また受験や卒業の季節であり、宝の未来部の友、一人一人に、温かくこまやかな励ましを送っていきたい。
— ◇ —
御聖訓には、「夫れ須弥山の始を尋ぬれば一塵なり・大海の初は一露なり・一を重ぬれば二となり・二を重ぬれば三・乃至十・百・千・万・億・阿僧祇の母は唯・一なるべし」(同1237ページ)とある。
全ては、一人から始まる。
一人を激励し、育てる。一人と対話し、仏縁を結ぶ。
地道にして粘り強い、この執念の積み重ねこそが、創価の大勝利山を築き、広布の大海原を開くのだ。
大聖人は「日蓮さきがけしたり」(同910ページ)と仰せになられた。御本仏に直結する「先駆」の学会精神で戦い進む皆さん方を、諸天が護らないわけがない。
わが学会の誇りは、大変であればあるほど、一人立つ勇者が、いずこにも光っていることだ。
御書に照らし、先駆の労は、三世十方の全ての仏を供養したのと同じ、無量無辺の大功徳に包まれることを確信していただきたい。
— ◇ —
勝利の方程式は、常に変わらない。
一人一人の「勇気ある信心」で勝つ!
一日一日の「誠実なる振る舞い」で勝つ!
そして、「異体同心の団結」で勝つ!
我ら創価家族は、不屈の負けじ魂で前進だ。
「青年拡大」へ、いよいよ仲良く、明るく、朗らかに、若き地涌の友を呼び出していこうではないか!
2017年2月10日金曜日
2017.02.10 わが友に贈る
リーダーの本領は
励ましのスピードだ!
時を逃さぬ真剣さだ!
報告・連絡を綿密に
電光石火で友の元へ!
撰時抄 P291
『若し爾らば法華経を経のごとくに持つ人は梵王にもすぐれ帝釈にもこえたり、修羅を随へば須弥山をもになひぬべし竜をせめつかはば大海をもくみほしぬべし』
☆女性に贈ることば 二月十日
家庭教育へのアドバイス−−
○子どもと交流する日々の工夫を
○父と母が争う姿を見せない
○父と母が同時には叱らない
○公平に。ほかの子と比較しない
○親の信念の生き方を伝えよう
☆今日のことば365 二月十日
新しい事業の建設には、希望があり、未来がある。だが、その完成へ向かって、どこまで努力と研究と忍耐がつづけられるかによって、その事業が真実に進展し具体化されるか、あるいは夢想と化して消滅していくかが決定されるのである。
☆御書と歩む 第51回 仏縁の拡大は幸福の拡大
『されば此の経文をよみて見候へば此の経をきく人は一人もかけず仏になると申す文なり』(千日尼御返事、P1319)
◇通解
(法華経の一字一句を読めば、一切経を読むことになる)それゆえ、この経文(方便品の「若有聞法者 無一不成仏」)を読んでみると、この法華経を聞く人は、一人も欠けることなく仏になるという文なのである。
◇同志への指針
一字一句でも耳にした人は一人も残らず成仏に至る——これが法華経の偉大な力だ。
妙法を聞いた人が、すぐに発心しなくても、決して落胆することはない。妙法を語れば、必ず仏縁は結ばれ、相手の生命の仏性は、既に揺り動かされているからだ。
私たちが対話した分だけ、幸と希望のスクラムは大きく広がる。さあ、勇気凜々と行動を! 楽しく朗らかに!
励ましのスピードだ!
時を逃さぬ真剣さだ!
報告・連絡を綿密に
電光石火で友の元へ!
撰時抄 P291
『若し爾らば法華経を経のごとくに持つ人は梵王にもすぐれ帝釈にもこえたり、修羅を随へば須弥山をもになひぬべし竜をせめつかはば大海をもくみほしぬべし』
☆女性に贈ることば 二月十日
家庭教育へのアドバイス−−
○子どもと交流する日々の工夫を
○父と母が争う姿を見せない
○父と母が同時には叱らない
○公平に。ほかの子と比較しない
○親の信念の生き方を伝えよう
☆今日のことば365 二月十日
新しい事業の建設には、希望があり、未来がある。だが、その完成へ向かって、どこまで努力と研究と忍耐がつづけられるかによって、その事業が真実に進展し具体化されるか、あるいは夢想と化して消滅していくかが決定されるのである。
☆御書と歩む 第51回 仏縁の拡大は幸福の拡大
『されば此の経文をよみて見候へば此の経をきく人は一人もかけず仏になると申す文なり』(千日尼御返事、P1319)
◇通解
(法華経の一字一句を読めば、一切経を読むことになる)それゆえ、この経文(方便品の「若有聞法者 無一不成仏」)を読んでみると、この法華経を聞く人は、一人も欠けることなく仏になるという文なのである。
◇同志への指針
一字一句でも耳にした人は一人も残らず成仏に至る——これが法華経の偉大な力だ。
妙法を聞いた人が、すぐに発心しなくても、決して落胆することはない。妙法を語れば、必ず仏縁は結ばれ、相手の生命の仏性は、既に揺り動かされているからだ。
私たちが対話した分だけ、幸と希望のスクラムは大きく広がる。さあ、勇気凜々と行動を! 楽しく朗らかに!
2017年2月9日木曜日
2017.02.09わが友に贈る
限界とは
自らが作り出すものだ。
「もう5分 頑張ろう」
心の壁を打ち破るのは
その小さな一歩から!
法華経題目抄 P944
『六万九千三百八十四字一一の字の下に一の妙あり総じて六万九千三百八十四の妙あり、妙とは天竺には薩と云い漢土には妙と云う妙とは具の義なり具とは円満の義なり、法華経の一一の文字一字一字に余の六万九千三百八十四字を納めたり、譬えば大海の一?の水に一切の河の水を納め一の如意宝珠の芥子計りなるが一切の如意宝珠の財を雨らすが如し』
☆女性に贈ることば 二月九日
人生は、ひとつひとつが戦いである。途中に何があろうと、必ず、幸福の花を咲かせゆく戦いだ。
☆今日のことば365 二月九日
宇宙の奏でるリズムというものに人間も一体になって協和し、自然も、世のなかも、自分も歩調を揃えて新しい年に変わるという感情----そこに測り知れない安堵感と、一種の快い緊張感がある。
☆御書と歩む 第49回 真剣と行動の人を仏天は守る 2017年1月21日
『たえて弘めん者をば衣を以て釈迦仏をほひ給うべきぞ、諸天は供養をいたすべきぞ・かたにかけせなかにをふべきぞ』(諸法実相抄、1359ページ)
◇通解
(末法の法華経の行者には「三類の強敵」による大難が起こるが)この難に耐えて法華経を弘める者を、釈迦仏は衣をもって覆ってくださり、諸天は供養をし、あるいは肩に担い、背に負うて守るであろう。
◇同志への指針
大聖人の仰せ通り、我らはいかなる苦難にも耐え抜き、広宣流布に戦い続けている。ゆえに、仏天が厳然と守らないわけがない。真剣な祈りに、諸仏も応えてくださる。勇敢な行動に、諸天も動き働くのだ。仏法は道理である。
大誠実の人が、最後は必ず勝つ。正法正義の人は、宇宙まで味方にできる。信心とは、大満足の人生を勝ち開く絶対の大法則なのだ。
☆御書と歩む 第50回 未来を開く人材の流れを 2017年1月28日
『「令法久住・故来至此」等云云、三仏の未来に法華経を弘めて未来の一切の仏子にあたえんと・おぼしめす御心の中をすいするに父母の一子の大苦に値うを見るよりも強盛にこそ・みへたる』(開目抄、236ページ)
◇通解
(宝塔品に)「法を永久に存続させるために、ここにやって来た」とある。三仏が未来に法華経を弘めて、未来の一切の仏子たちに与えようとされたお心のうちを推察すると、わが子が大きな苦しみにあっているのを見る父母よりも、何としてでも救わずにはおかないとの思いが強く盛んであったと思われる。
◇同志への指針
未来の一切衆生を救いゆく平和と幸福の大建設——これが広宣流布であり、令法久住である。ゆえに、わが未来部の成長こそ、無限の希望となる。
宝の一人一人を誠実に励ましてくれる担当者の方々の尊き献身に心から感謝したい。
本格的な受験シーズンが到来した。試験に挑む友と、ご家族にエールを送りたい。
世界へ、未来へ、滔々たる人材の流れを創りゆこう!
☆四季の励まし 二月闘争65周年 心の壁を打ち破れ 2017年1月29日
新たな歴史は
一人の挑戦から始まる。
偉大な勝利は
一人の戦いから始まる。
状況を嘆いたり、
人任せにしてばかりいては、
何も変わらない。
自分が変われば、
その分、世界が変わる。
「妙法」に、
行き詰まりは絶対にない。
あるのは、自分の一念に巣くう、
臆病や諦めの壁だ。
己心の壁を打ち破れ!
あらゆる障害を乗り越え、
無限に前進する力が
信心だからである。
「限界を破ろう!」——
そう決めた時、
実は自分の心の限界を、
すでに一歩、破っている。
その時点で、理想や目標も、
半ば達成されているとさえ
言ってよい。
実践あるところには
ドラマがある。
ドラマがあるところに
感動が生まれる。
当然、失敗もあろう。
それでも、めげずに挑み抜いた
体験にこそ、共感が広がるのだ。
苦闘を勝ち越えた体験談は、
"自分には、とてもできない"と
弱気になっている同志の、
心の壁を打ち破る
勇気の起爆剤となる。
人の心を動かし、捉えるものは、
策でもなければ、技術でもない。
ただ誠実と熱意によるのである。
"いかなる人も、広宣流布の味方に
変えてみせる!"——
この烈々たる
祈りと勇気と勢いで、
栄光の歴史を開くのだ。
「これは地球が吠える声か。地球のうなり声か。地球が笑う歓呼の声か。聞こえてきたのは、水音ではなかった。雷鳴だった」——。カナダを訪れていた池田大作先生は、メンバーと共に「ナイアガラの滝」へ赴き、カメラを向けた。1981年(昭和56年)6月のことである。
轟然と落下する膨大な水流。もうもうと立ちのぼる水煙。ナイアガラ瀑布は、約1万2000年前の氷河期に誕生したという。一瞬の停滞もなく、ほとばしる光景は、見る者を圧倒する。
本年は、若き池田先生が広布拡大の突破口を開いた「二月闘争」から65周年。我らも満々たる生命力で、怒濤の前進を! 滝のごとく、激しく、たゆまず、堂々と!
自らが作り出すものだ。
「もう5分 頑張ろう」
心の壁を打ち破るのは
その小さな一歩から!
法華経題目抄 P944
『六万九千三百八十四字一一の字の下に一の妙あり総じて六万九千三百八十四の妙あり、妙とは天竺には薩と云い漢土には妙と云う妙とは具の義なり具とは円満の義なり、法華経の一一の文字一字一字に余の六万九千三百八十四字を納めたり、譬えば大海の一?の水に一切の河の水を納め一の如意宝珠の芥子計りなるが一切の如意宝珠の財を雨らすが如し』
☆女性に贈ることば 二月九日
人生は、ひとつひとつが戦いである。途中に何があろうと、必ず、幸福の花を咲かせゆく戦いだ。
☆今日のことば365 二月九日
宇宙の奏でるリズムというものに人間も一体になって協和し、自然も、世のなかも、自分も歩調を揃えて新しい年に変わるという感情----そこに測り知れない安堵感と、一種の快い緊張感がある。
☆御書と歩む 第49回 真剣と行動の人を仏天は守る 2017年1月21日
『たえて弘めん者をば衣を以て釈迦仏をほひ給うべきぞ、諸天は供養をいたすべきぞ・かたにかけせなかにをふべきぞ』(諸法実相抄、1359ページ)
◇通解
(末法の法華経の行者には「三類の強敵」による大難が起こるが)この難に耐えて法華経を弘める者を、釈迦仏は衣をもって覆ってくださり、諸天は供養をし、あるいは肩に担い、背に負うて守るであろう。
◇同志への指針
大聖人の仰せ通り、我らはいかなる苦難にも耐え抜き、広宣流布に戦い続けている。ゆえに、仏天が厳然と守らないわけがない。真剣な祈りに、諸仏も応えてくださる。勇敢な行動に、諸天も動き働くのだ。仏法は道理である。
大誠実の人が、最後は必ず勝つ。正法正義の人は、宇宙まで味方にできる。信心とは、大満足の人生を勝ち開く絶対の大法則なのだ。
☆御書と歩む 第50回 未来を開く人材の流れを 2017年1月28日
『「令法久住・故来至此」等云云、三仏の未来に法華経を弘めて未来の一切の仏子にあたえんと・おぼしめす御心の中をすいするに父母の一子の大苦に値うを見るよりも強盛にこそ・みへたる』(開目抄、236ページ)
◇通解
(宝塔品に)「法を永久に存続させるために、ここにやって来た」とある。三仏が未来に法華経を弘めて、未来の一切の仏子たちに与えようとされたお心のうちを推察すると、わが子が大きな苦しみにあっているのを見る父母よりも、何としてでも救わずにはおかないとの思いが強く盛んであったと思われる。
◇同志への指針
未来の一切衆生を救いゆく平和と幸福の大建設——これが広宣流布であり、令法久住である。ゆえに、わが未来部の成長こそ、無限の希望となる。
宝の一人一人を誠実に励ましてくれる担当者の方々の尊き献身に心から感謝したい。
本格的な受験シーズンが到来した。試験に挑む友と、ご家族にエールを送りたい。
世界へ、未来へ、滔々たる人材の流れを創りゆこう!
☆四季の励まし 二月闘争65周年 心の壁を打ち破れ 2017年1月29日
新たな歴史は
一人の挑戦から始まる。
偉大な勝利は
一人の戦いから始まる。
状況を嘆いたり、
人任せにしてばかりいては、
何も変わらない。
自分が変われば、
その分、世界が変わる。
「妙法」に、
行き詰まりは絶対にない。
あるのは、自分の一念に巣くう、
臆病や諦めの壁だ。
己心の壁を打ち破れ!
あらゆる障害を乗り越え、
無限に前進する力が
信心だからである。
「限界を破ろう!」——
そう決めた時、
実は自分の心の限界を、
すでに一歩、破っている。
その時点で、理想や目標も、
半ば達成されているとさえ
言ってよい。
実践あるところには
ドラマがある。
ドラマがあるところに
感動が生まれる。
当然、失敗もあろう。
それでも、めげずに挑み抜いた
体験にこそ、共感が広がるのだ。
苦闘を勝ち越えた体験談は、
"自分には、とてもできない"と
弱気になっている同志の、
心の壁を打ち破る
勇気の起爆剤となる。
人の心を動かし、捉えるものは、
策でもなければ、技術でもない。
ただ誠実と熱意によるのである。
"いかなる人も、広宣流布の味方に
変えてみせる!"——
この烈々たる
祈りと勇気と勢いで、
栄光の歴史を開くのだ。
「これは地球が吠える声か。地球のうなり声か。地球が笑う歓呼の声か。聞こえてきたのは、水音ではなかった。雷鳴だった」——。カナダを訪れていた池田大作先生は、メンバーと共に「ナイアガラの滝」へ赴き、カメラを向けた。1981年(昭和56年)6月のことである。
轟然と落下する膨大な水流。もうもうと立ちのぼる水煙。ナイアガラ瀑布は、約1万2000年前の氷河期に誕生したという。一瞬の停滞もなく、ほとばしる光景は、見る者を圧倒する。
本年は、若き池田先生が広布拡大の突破口を開いた「二月闘争」から65周年。我らも満々たる生命力で、怒濤の前進を! 滝のごとく、激しく、たゆまず、堂々と!
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