笑顔を絶やさない人は
どんな時も負けない。
笑い合えば心が通う。
互いに元気になる。
溌剌と広布の劇を!
千日尼御前御返事 P1313
『天此の国を罰すゆへに此の疫病出現せり』
☆女性に贈ることば 二月二日
物事を、目先だけで見る人がいる。
たえず目先のことに紛動され、一喜一憂する生き方には、真の幸福も、真の向上もない。
一生涯を見据えて生きる忍耐が、永遠の幸福への種子になっていくのだ。
☆今日のことば365 二月二日
一度や、二度の失敗でくじけることはまことに愚かだ。人生は、長い長い旅路である。途中で、いかにすばらしい、華やかな人生を歩んでも、最後に不幸な、敗れた人生と化してしまったならば、これほどみじめなことはない。
☆誓いの天地 東京・新宿 2017年1月14日
◇今いる場所で輝く人に
◇決意ではなく「実証」を
東京23区の中央に位置する新宿区。江戸時代、五街道の一つ・甲州街道に「新しい宿」が設けられたことから、その名が付いた。
交通の中心である新宿駅には、JR・私鉄・地下鉄の5社が乗り入れ、1日の平均乗降者数は世界一。まさに日本の"心臓"だ。
天を突く高層ビルが並ぶ駅周辺から足を延ばせば、「美しい日本の歴史的風土100選」に選ばれた神楽坂、神田川沿いの「水とみどりの散歩道」など、情緒豊かな景色が広がる。
池田先生は、新宿の友に呼び掛けた。「自分のいるその場所を、『本有常住の常寂光土』と輝かせ、地域社会に貢献していくのが、仏法だ」と。その師の指針のままに、今、青年を先頭に、地域に信頼を広げている。
島名伸章さん(新宿本陣区、男子部副本部長〈部長兼任〉)は、新宿1丁目で「cocochiyo cafe」を経営している。
友人と共に行くカフェの、心安らぐ雰囲気が好きだったという島名さん。創価大学卒業後に菓子作りを学び、都内のカフェでメニュー開発を手掛けた。
「何度も試作を繰り返す中で、現在の技術の基礎ができました。とともに、学会活動で"人間力"を鍛えました」と島名さん。
大手コーヒーチェーン店で働いていた頃、全国で最も売り上げが低い店舗の店長に就いた。そこで気付いたのは、従業員の意欲の低さだった。
島名さんは一人一人と懇談の場を設け、調理や接客の基礎を徹底するとともに、皆が主体的に仕事に励めるよう、心を砕いた。
当時、時間をこじ開けて学会活動に取り組んでいた島名さん。広布の目標に、皆が喜びを感じて取り組めば、壁は破れると実感していた。その確信で、従業員にも対話を重ねる中、店の雰囲気が変わっていく。店長の3年間で、客の満足度評価は全国の上位に上がった。
「cocochiyo cafe」のオープンから2年3カ月。カフェ・喫茶店の激戦地域にあって、淹れたてのコーヒーとバラエティーに富んだ食事・デザートのメニュー、そして心和むひとときを求めて、常連客も増え続けている。
◇
タイ式ヨガのインストラクターとして活躍する伊藤真由美さん(新宿常勝区、女子部部長)は、「お客さまの健康の悩みを解決できるよう、自分を磨く毎日です」と語る。
今は健康そのものだが、幼い頃は病弱で、よく風邪をひいていた。"元気になりたい"との思いで運動を始め、中学・高校ではバスケットボール部、大学ではラクロス部で汗を流す。
ラクロス部では、早くからチームの中心的存在となった。人間関係に悩んだ時、"皆のために"と心を決めて祈ると、チーム内に団結が生まれた。自分が変われば周囲が変わる。この確信を語り、在学中に2人に弘教を実らせた。
卒業後は大手ホテルで、スパのインストラクターとして就職。仕事は充実していたが、既存のメニューだけでは、客の要望には十分に応えられないと感じてもいた。
「職場の第一人者に!」と奮起し、上司に頼み込んでタイへ。そこで、本場のマッサージと整体法を学んだ。
帰国後、タイ式ストレッチの提供を開始。評判が評判を呼び、ホテルの全インストラクターが学ぶプログラムになった。
今、伊藤さんはインストラクターとして独立し、活動の幅を広げる。心掛けているのは「誠実」。心を込めて施術した分だけ、笑顔が返ってくると実感している。
多忙でも、毎週の活動者会を欠かさず開き、女子部員を励ます。気軽にできる"健康法"を教えることも。伊藤さんの行くところ、笑顔の輪が広がっている。
◇栄光の共戦譜
「創価学会の本陣」——池田先生は、新宿への期待を語った。
学会本部が、西神田から現在の信濃町に移転したのは1953年(昭和28年)。以来、新宿は、全国、全世界の広布前進の「模範」の使命を担い続ける。
「我ら新宿家族」——先生は、万感を込めて呼び掛けた。
66年(同41年)、先生ご一家は大田区から信濃町に転居。"私も新宿の一員です"と、先生自らが先頭に立って、同志を励まし、近隣友好のために汗を流した。
根本勤一さん(新宿本陣区、副本部長)は、そうした先生の振る舞いに触れた一人である。
小学生の頃に入会した根本さん。中学に入ると、新聞配達のアルバイトで家計を支えた。
信濃町も担当区域。当時、学会本部の新しい建物が建設中だったと根本さんは記憶する。
「建設現場を視察する池田先生を、よく見かけました。会員や近隣の方々に、先生は、丁寧に挨拶されていました」
ある日の配達中、根本さんは先生から声を掛けられた。「ご苦労さま。君に本をあげるから、明日、聖教新聞社にいらっしゃい」と。
翌日、聖教新聞社の受付に、書籍が託されていた。その中には、「君が成長を祈らん」と揮毫が。
まだ墨も乾ききっていない本を手に取り、「生涯、学会、先生と共に生き抜こうと誓いました」。
その後も、先生の自宅で開かれた勤行会に地元の男子部の代表として参加するなど、幾度となく、師との原点を刻んだ。
感謝を胸に、今、広布に走りながら、町会の役員などで地域の発展に力を尽くす。
◇
あす15日は「新宿の日」。72年(同47年)、新宿区体育館(当時)で、池田先生と新宿の同志の記念撮影会が行われた日である。
当日は、みぞれまじりの雨だった。大学3年生だった舟越八重子さん(新宿常勝区、婦人部副本部長)は役員の一人。晴天を祈ってきただけに、"雨を降らせてしまった……"と落胆していた。
同志の心を晴らしたのは先生だった。記念撮影が始まると、先生は"天気を残念に思う必要はありません。これで空気も湿って、火災も少なくなるでしょう。私も風邪で喉を痛めていましたが、おかげで楽になりました"と。
「参加者を励まさずにはおかないという、先生の慈愛が心に染みました」。舟越さんは振り返る。
この日、彼女は約30人の同志と共に編さんした「新宿郷土史」を先生に届けた。直後、携わったメンバーに先生からの書籍が。その全てに、一人一人への指針が認められていた。舟越さんには「健康と成長を祈りつつ」と。
その日を原点に、女子学生部、女子部の活動に奔走。地区婦人部長、支部婦人部長も歴任した。
団地に住んで35年。「世界で一番、先生の近くで広布に励む喜びを伝えたい」と、一軒また一軒、同志の励ましに歩く。
◇
池田先生との撮影は、まず婦人部、次に男子部の順で行われた。
男子部を前に、先生は言った。「今日、参加した青年部で、『1・15グループ』を結成してはどうだろうか」と。そして毎年、この日を中心に集い、成長を確認し合おうと呼び掛けたのである。
男子部のリーダーとして参加していた福澤栄二さん(新宿池田区、副区長)。「思いがけないご提案に、皆が歓喜し、満場の拍手で応えました」
また席上、「新宿成人会」が結成。以降、毎年結成されてきた新宿伝統の人材グループである。
この提案通りに、1・15グループの最初の会合が行われたのは翌73年(同48年)1月7日。
男子部は、広布への決意を実践項目にまとめていた。会合で代表がそれを読み上げようとした時、先生は言った。「決意ではなく、実証を見せてもらいたい。君たちの実践の証しを、私は祈り待っているんだよ」と。厳愛の指導だった。
さらに85年(同60年)1月、「新宿の日」記念総会に出席した先生は、『三国志』の諸葛孔明の生涯を通して訴えた。座して待つよりも、打って出よ——と。
師の励ましに、新宿の友は奮い立った。翌86年から3年連続で、「日本一」の弘教を果たす。
そして地域に貢献することを、新宿の同志は約し合ってきた。福澤さん自身、地元の町会長を務めて今年で6年目となる。
今、総本部がある新宿へ、世界の友が集い来る。"広布と社会で断じて勝利の実証を"。その誓いの前進の先頭に立つのが、幸の城・新宿の同志である。
2017年2月2日木曜日
2017年2月1日水曜日
2017.02.01 わが友に贈る
広宣流布とは
友情を広げることだ。
誠実な「近隣友好」と
地道な「地域貢献」で
信頼の絆を結びゆこう!
四信五品抄 P342
『天子の襁褓に纒れ大竜の始めて生ずるが如し蔑如すること勿れ蔑如すること勿れ』
☆女性に贈ることば 二月一日
日常の生活のなかにこそ、人間が生を営むうえでの大切な本質があり、意味がある。それをおろそかにしては、真の幸福も平和もあり得ない。
いかに地味な陰の仕事でも、生き生きと、そして地道に、一日また一日、価値を創造しゆく人生は幸福である。
☆今日のことば365 二月一日
よき種は よき苗となり
よき花が咲こう
よき少年は よき青年となる
よき青年は よき社会の指導者となろう
☆大白蓮華巻頭言 2017年2月号 ブロックは幸福拡大の起点なり
◇大地なくして、万物の成長はない。
我ら創価の連帯には、『地区』そして『ブロック』という、地涌の人華を咲かせ広げゆく大地がある。
その豊かな土壌が、『一生成仏』のために、心の滋養を尽きることなく贈ってくれる。常に励ましの陽光が惜しまずに降り注がれ、どんな凍てついた心も温め、蘇生させずにはおかない。
日本中、世界中のいずこにも、この希望の光の天地が開かれているがゆえに、『冬は必ず春となる』(御書1253P)という幸福のドラマが生み出されるのだ。
中心に輝く地区部長、地区婦人部長、さらにブロック長、白ゆり長、総白ゆり長など、誇り高き最前線のリーダーの方々に、私は最敬礼を捧げたい。
日蓮大聖人は、門下に仰せになられた。
『一切の諸人之を見聞し志有らん人人は互に之を語れ』(967P)
身近な地域に根差して、顔の見える仲間が、たゆみなく集い、大仏法を共に学び、互いに語り合う。
御本仏が願われた、この異体同心の前進のリズムに完璧に則っているのが、地区であり、ブロックだ。
富木常忍夫妻も、四条金吾・日眼女夫妻も、阿仏房・千日尼夫妻も、それぞれに、現代でいうならば、まさに地区やブロック等に通ずる地域を担い立ち、同志を守り、広宣流布を進めていったと思われる。
だからこそ私も、あの二月闘争で『組』すなわちブロックを起点として、拡大の波動を起こしたのだ。
法華経に『若し法を聞くこと有らば一りとして成仏せざること無けん』(法華経38P)と記される。
一人もかけず—この仏の大誓願を実現しゆく現場が、ブロックであり、地区といってよい。
一人一人に光を当てて励ますからこそ、競い起こる障魔を打ち破り、人間革命の実証を示せる。
わずかな縁の人も、大聖人は『ゆめゆめ疎かにすることはない』(1489P通解)と大切になされた。
なかなか会合に出られないなど、様々な状況の友に、こまやかに心を配り、足を運び声をかけるリーダーの振る舞いは、まさに御本仏に直結している。
それはまた、国連が志向する『誰も置き去りにしない』社会の建設にも、連動していくといえよう。
『困難があるから福徳も大きい。励まし合って、強く朗らかに勝ちゆくのだ』と、恩師は叫ばれた。
あの大阪の戦いの折り、関西本部の勤行会に幼子らを連れ、遠慮がちに後ろで参加していた母がいる。夫の失業や姑の介護に直面しつつ、地区の太陽として『蝸牛のような歩みでも、苦しむ人と一緒に勝ちたい、皆に功徳を受けさせたい』と戦ってくれた。
その誓いの通りに、自他共の幸福勝利を飾られた。幼子らも大学教授等となり、後継の道を歩んでいる。
ともあれ、大聖人より託された広宣流布の大地から、地涌の人材が踊り出ないわけがない。友情の花が咲き、仏縁の実りが広がらないわけがない。
さあ、新たな幸福拡大の劇を、我らの地域から!
ブロックは
久遠の宝友の
幸の園
桜梅桃李で
皆が咲きゆけ
友情を広げることだ。
誠実な「近隣友好」と
地道な「地域貢献」で
信頼の絆を結びゆこう!
四信五品抄 P342
『天子の襁褓に纒れ大竜の始めて生ずるが如し蔑如すること勿れ蔑如すること勿れ』
☆女性に贈ることば 二月一日
日常の生活のなかにこそ、人間が生を営むうえでの大切な本質があり、意味がある。それをおろそかにしては、真の幸福も平和もあり得ない。
いかに地味な陰の仕事でも、生き生きと、そして地道に、一日また一日、価値を創造しゆく人生は幸福である。
☆今日のことば365 二月一日
よき種は よき苗となり
よき花が咲こう
よき少年は よき青年となる
よき青年は よき社会の指導者となろう
☆大白蓮華巻頭言 2017年2月号 ブロックは幸福拡大の起点なり
◇大地なくして、万物の成長はない。
我ら創価の連帯には、『地区』そして『ブロック』という、地涌の人華を咲かせ広げゆく大地がある。
その豊かな土壌が、『一生成仏』のために、心の滋養を尽きることなく贈ってくれる。常に励ましの陽光が惜しまずに降り注がれ、どんな凍てついた心も温め、蘇生させずにはおかない。
日本中、世界中のいずこにも、この希望の光の天地が開かれているがゆえに、『冬は必ず春となる』(御書1253P)という幸福のドラマが生み出されるのだ。
中心に輝く地区部長、地区婦人部長、さらにブロック長、白ゆり長、総白ゆり長など、誇り高き最前線のリーダーの方々に、私は最敬礼を捧げたい。
日蓮大聖人は、門下に仰せになられた。
『一切の諸人之を見聞し志有らん人人は互に之を語れ』(967P)
身近な地域に根差して、顔の見える仲間が、たゆみなく集い、大仏法を共に学び、互いに語り合う。
御本仏が願われた、この異体同心の前進のリズムに完璧に則っているのが、地区であり、ブロックだ。
富木常忍夫妻も、四条金吾・日眼女夫妻も、阿仏房・千日尼夫妻も、それぞれに、現代でいうならば、まさに地区やブロック等に通ずる地域を担い立ち、同志を守り、広宣流布を進めていったと思われる。
だからこそ私も、あの二月闘争で『組』すなわちブロックを起点として、拡大の波動を起こしたのだ。
法華経に『若し法を聞くこと有らば一りとして成仏せざること無けん』(法華経38P)と記される。
一人もかけず—この仏の大誓願を実現しゆく現場が、ブロックであり、地区といってよい。
一人一人に光を当てて励ますからこそ、競い起こる障魔を打ち破り、人間革命の実証を示せる。
わずかな縁の人も、大聖人は『ゆめゆめ疎かにすることはない』(1489P通解)と大切になされた。
なかなか会合に出られないなど、様々な状況の友に、こまやかに心を配り、足を運び声をかけるリーダーの振る舞いは、まさに御本仏に直結している。
それはまた、国連が志向する『誰も置き去りにしない』社会の建設にも、連動していくといえよう。
『困難があるから福徳も大きい。励まし合って、強く朗らかに勝ちゆくのだ』と、恩師は叫ばれた。
あの大阪の戦いの折り、関西本部の勤行会に幼子らを連れ、遠慮がちに後ろで参加していた母がいる。夫の失業や姑の介護に直面しつつ、地区の太陽として『蝸牛のような歩みでも、苦しむ人と一緒に勝ちたい、皆に功徳を受けさせたい』と戦ってくれた。
その誓いの通りに、自他共の幸福勝利を飾られた。幼子らも大学教授等となり、後継の道を歩んでいる。
ともあれ、大聖人より託された広宣流布の大地から、地涌の人材が踊り出ないわけがない。友情の花が咲き、仏縁の実りが広がらないわけがない。
さあ、新たな幸福拡大の劇を、我らの地域から!
ブロックは
久遠の宝友の
幸の園
桜梅桃李で
皆が咲きゆけ
2017年1月31日火曜日
2017.01.31 わが友に贈る
体調管理を賢明に!
流感にも十分注意し
疲れをためない工夫を。
豊かな智慧と生命力で
健康を勝ち取れ!
道場神守護事 P979
『必ず心の固きに仮りて神の守り則ち強し』
☆女性に贈ることば 一月三十一日
子どもを育てていく過程では、思いもよらない、困難な出来事に出合うものです。
その時こそ−−
お母さん、あなたの愛が必要です。
お母さん、あなたの強さが大切です。
お母さん、あなたが負けないことが、子どもの人生の勝利につながります。
☆今日のことば365 一月三十一日
早く休もう
そして 早く起きよう
そこにこそ 逞しい前進と建設があるからだ
☆青春勝利の大道 第8回 一切の根本は唱題行なり
◇日々"生命の鏡"を磨け
皆、自分自身を磨く方途を求めている。信心は、わが生命を最高に磨く実践である。
日蓮大聖人は、『只今も一念無明の迷心は磨かざる鏡なり是を磨かば必ず法性真如の明鏡と成るべし』(御書P384)と仰せになられた。
題目で磨いた"生命の鏡"は、智慧と勇気の輝きをいやまし、健康と幸福と勝利の光彩を放っていける。どんな富や名声であろうとも、"生命の鏡"を磨いた若人には、かなわない。
労苦を惜しまず広布に戦う青年は、友の労苦も鏡のように映し出せる。日々、題目を唱え、この濁世に、自他共に生命輝く世界を創り出していくのだ。
◇決意を込めた題目を
戸田先生は師子吼された。
『本当の決意を込めた題目をあげよ!題目は利剣である。題目は宝刀である。題目で勝つのだ!』
青年ならば、『試練を絶対に乗り越えてみせる』『わが地域を断じて日本一にする』と勇敢な決意で祈り、奮い立つのだ。
最強無敵の宝剣を持つ青年に、打ち破れない苦難などない。
この『変毒為薬』『煩悩即菩提』の原動力が、唱題なのだ。
『南無妙法蓮華経は精進行なり』(P790)との御指南のままに、たゆまぬ信行学を貫き、青春の逆転劇を!広布のロマンの宝友と励まし合い、凱歌の歴史を飾ってくれ給え!
☆仏法の教え 「賢者の信心」を貫く 2017年1月21日
「戦う魂」を持った人が最後は勝つ!
連載「生老病死を見つめて」では、創価学会員が信心根本に、生老病死という「四苦」を乗り越えてつかんだ信仰の確信と仏法の哲理を紹介する。今回は夫の「余命宣告」から亡くなるまでの日々を、一緒に歩んだ婦人の体験を通して考察したい。
◇心に刻む御聖訓
苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ(四条金吾殿御返事、1143ページ)
◇突然の余命宣告に動揺
日蓮大聖人は、苦境の渦中にあった弟子の四条金吾に語られている。
「賢人は、八風といって、八種の風に侵されない人を賢人というのである。(八風とは)利・衰・毀・誉・称・譏・苦・楽である。おおよその意味をいえば、利益があっても喜ばず、損をしても嘆かない等のことである。この八風に侵されない人を、必ず諸天善神は守られるのである」(御書1151ページ、通解)
信仰とは、何ものにも揺るがない、堂々たる自分を創り上げる力である。大聖人は、さまざまな面から人の心を迷わせ、紛動させる「八風」に侵されることなく、信心を貫く人こそ「賢人」となり、人生を勝利できると述べている。だが、迫りくる「死」や「病」といった障魔にも揺るがない生き方を貫くのは、決して容易ではない。
◇ ◆ ◇
山田栄子さん(55)=東京・港太陽区総合婦人部長=の夫・茂さんが亡くなったのは、2014年(平成26年)7月30日のこと。享年55歳。末期のすい臓がんとの宣告から、2年後のことだった。
茂さんの病が判明した時、腫瘍は既に5〜6センチあり、腹膜にも転移して手術は困難だった。茂さんから、その事実を伝えられた時、山田さんは頭の中が真っ白になり、涙があふれた。
担当医からは、「もっても良くて1年、まれに2年」と告げられた。動揺する山田さんや3人の子どもを前に、茂さんは毅然と語った。「大丈夫だよ。御本尊様は絶対だから。必ず治すよ」——それは、いつもと変わらない茂さんの言葉だった。
◇常に変わらない夫の姿
山田さんは郷里の愛媛で茂さんと知り合い、23歳で結婚。長男が1歳で、くも膜下出血を発症するなどの試練を乗り越えて、信心の確信を深めた。
1988年(昭和63年)には茂さんの転勤で東京・港区に転居し、その後、夫妻は広布の最前線で戦い抜いてきた。余命宣告を受けた時、茂さんは副区長。茂さんはその後、抗がん剤治療を開始するが、それは亡くなるまで50回を超えた。
山田さんは語る。
「がんによる痛みがなかったのが幸いでした。医者は『絶対に痛みがあるはずだ』と言うのですが、本人はいたって変わらないのです。がんが分かってからも通院で治療し、普段は仕事へ行き、学会活動にも一歩も引かずに挑戦していました」
茂さんは闘病中、「同志の励ましがあるからこそ病気と闘える。ありがたいね」と語っていた。
山田さんも夫と共に戦い抜こうと決意し、池田先生の指導を何度も読み返し、唱題に励んだ。だが、抗がん剤治療は必ずしも良い結果を示さず、落ち込むこともあったという。
そんな山田さんを励ますように、茂さんは語った。「この病は僕の宿命なんだよ。おかげで、本気の題目があがるよ」
"夫は決して諦めていない。病魔に負けるものか!"——茂さんの言葉を聞いて山田さんも気持ちを新たにした。
「苦を苦と悟り、楽を楽と開き、苦しくても楽しくても南無妙法蓮華経と唱えきっていきなさい」(同1143ページ、通解)との御聖訓を心に刻み、時間をこじ開けて御本尊に向かい続けた。
茂さんは医師の予想を覆し、強い生命力で病魔と闘い続けた。だが、2014年4月に入ると、次第に腹水がたまるようになり、茂さんは休職を余儀なくされる。
同年5月からは自宅療養となり、山田さんは在宅介護で献身的に支えた。この間、茂さんは亡くなる前日まで、力を振り絞るように自力でトイレに歩いていき、普段と変わらない生活を送り続けた。
◇悲しみに負けず前進
山田さんには忘れられない光景がある。
「亡くなる数日前、夫がかつて折伏した人からお見舞いの手紙が届きました。その時、夫はかなり体力も落ち、食事も十分に取れない状況でした。夫は手紙をうれしそうに何度も読み返しては唱題し、必死に食事を取って体力を回復させようとしていました。その姿に、夫の"生きるんだ!"という強い意志を感じました」
茂さんの振る舞いは、最期まで変わらなかったという。亡くなる直前、茂さんは山田さんを呼んで「背中をさすってほしい」と頼んだ。山田さんが唱題しながら背中をゴシゴシとさすると、「もうちょっと優しくして」と、茂さんは笑いながら言った。
そして「ありがとう」と語ると、ゆっくり目を閉じた。これが夫婦で交わした最後の会話になった。茂さんは山田さんにみとられ、苦しむことなく安詳として霊山に旅立っていった。
「夫の葬儀を終えてホッとすると、強い悲しみに襲われました。通りすがりの夫婦を見るだけで涙がこぼれ、"私は二度とこんなことはできないんだな"と思って悲しくなりました。そんな私の支えとなったのは、池田先生をはじめ同志の真心の励ましでした」
茂さんが亡くなってしばらくしたころ、地元の麻布文化会館で宝寿会の同志とばったり会った。
自身も幾多の苦難を乗り越えてきた宝寿会の婦人は、山田さんに駆け寄ると何も言わず抱きしめてくれた。そのぬくもりに学会の温かさを感じた。
夫の死から2年半——。この間、残された山田さん家族は、互いを思いやりながら、悲しみに負けず進んできた。山田さんは仏壇のそばにある遺影に日々の出来事を語り掛けながら、学会活動に歩いている。
「闘病中の2年間は、夫婦や家族の絆が最も強くなった時でもありました。夫が、どんな時も常に変わらない姿で家族に接して、病と闘い抜く姿を見せてくれたから、私たち家族も信心を疑うことなく進んでくることができました。『宿命を使命に変えよう』と、必死で闘い続けたこの2年間があったればこそ、今、病で苦しむ友に心から同苦し、励ましを送っていくことができるのだと思います」
流感にも十分注意し
疲れをためない工夫を。
豊かな智慧と生命力で
健康を勝ち取れ!
道場神守護事 P979
『必ず心の固きに仮りて神の守り則ち強し』
☆女性に贈ることば 一月三十一日
子どもを育てていく過程では、思いもよらない、困難な出来事に出合うものです。
その時こそ−−
お母さん、あなたの愛が必要です。
お母さん、あなたの強さが大切です。
お母さん、あなたが負けないことが、子どもの人生の勝利につながります。
☆今日のことば365 一月三十一日
早く休もう
そして 早く起きよう
そこにこそ 逞しい前進と建設があるからだ
☆青春勝利の大道 第8回 一切の根本は唱題行なり
◇日々"生命の鏡"を磨け
皆、自分自身を磨く方途を求めている。信心は、わが生命を最高に磨く実践である。
日蓮大聖人は、『只今も一念無明の迷心は磨かざる鏡なり是を磨かば必ず法性真如の明鏡と成るべし』(御書P384)と仰せになられた。
題目で磨いた"生命の鏡"は、智慧と勇気の輝きをいやまし、健康と幸福と勝利の光彩を放っていける。どんな富や名声であろうとも、"生命の鏡"を磨いた若人には、かなわない。
労苦を惜しまず広布に戦う青年は、友の労苦も鏡のように映し出せる。日々、題目を唱え、この濁世に、自他共に生命輝く世界を創り出していくのだ。
◇決意を込めた題目を
戸田先生は師子吼された。
『本当の決意を込めた題目をあげよ!題目は利剣である。題目は宝刀である。題目で勝つのだ!』
青年ならば、『試練を絶対に乗り越えてみせる』『わが地域を断じて日本一にする』と勇敢な決意で祈り、奮い立つのだ。
最強無敵の宝剣を持つ青年に、打ち破れない苦難などない。
この『変毒為薬』『煩悩即菩提』の原動力が、唱題なのだ。
『南無妙法蓮華経は精進行なり』(P790)との御指南のままに、たゆまぬ信行学を貫き、青春の逆転劇を!広布のロマンの宝友と励まし合い、凱歌の歴史を飾ってくれ給え!
☆仏法の教え 「賢者の信心」を貫く 2017年1月21日
「戦う魂」を持った人が最後は勝つ!
連載「生老病死を見つめて」では、創価学会員が信心根本に、生老病死という「四苦」を乗り越えてつかんだ信仰の確信と仏法の哲理を紹介する。今回は夫の「余命宣告」から亡くなるまでの日々を、一緒に歩んだ婦人の体験を通して考察したい。
◇心に刻む御聖訓
苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ(四条金吾殿御返事、1143ページ)
◇突然の余命宣告に動揺
日蓮大聖人は、苦境の渦中にあった弟子の四条金吾に語られている。
「賢人は、八風といって、八種の風に侵されない人を賢人というのである。(八風とは)利・衰・毀・誉・称・譏・苦・楽である。おおよその意味をいえば、利益があっても喜ばず、損をしても嘆かない等のことである。この八風に侵されない人を、必ず諸天善神は守られるのである」(御書1151ページ、通解)
信仰とは、何ものにも揺るがない、堂々たる自分を創り上げる力である。大聖人は、さまざまな面から人の心を迷わせ、紛動させる「八風」に侵されることなく、信心を貫く人こそ「賢人」となり、人生を勝利できると述べている。だが、迫りくる「死」や「病」といった障魔にも揺るがない生き方を貫くのは、決して容易ではない。
◇ ◆ ◇
山田栄子さん(55)=東京・港太陽区総合婦人部長=の夫・茂さんが亡くなったのは、2014年(平成26年)7月30日のこと。享年55歳。末期のすい臓がんとの宣告から、2年後のことだった。
茂さんの病が判明した時、腫瘍は既に5〜6センチあり、腹膜にも転移して手術は困難だった。茂さんから、その事実を伝えられた時、山田さんは頭の中が真っ白になり、涙があふれた。
担当医からは、「もっても良くて1年、まれに2年」と告げられた。動揺する山田さんや3人の子どもを前に、茂さんは毅然と語った。「大丈夫だよ。御本尊様は絶対だから。必ず治すよ」——それは、いつもと変わらない茂さんの言葉だった。
◇常に変わらない夫の姿
山田さんは郷里の愛媛で茂さんと知り合い、23歳で結婚。長男が1歳で、くも膜下出血を発症するなどの試練を乗り越えて、信心の確信を深めた。
1988年(昭和63年)には茂さんの転勤で東京・港区に転居し、その後、夫妻は広布の最前線で戦い抜いてきた。余命宣告を受けた時、茂さんは副区長。茂さんはその後、抗がん剤治療を開始するが、それは亡くなるまで50回を超えた。
山田さんは語る。
「がんによる痛みがなかったのが幸いでした。医者は『絶対に痛みがあるはずだ』と言うのですが、本人はいたって変わらないのです。がんが分かってからも通院で治療し、普段は仕事へ行き、学会活動にも一歩も引かずに挑戦していました」
茂さんは闘病中、「同志の励ましがあるからこそ病気と闘える。ありがたいね」と語っていた。
山田さんも夫と共に戦い抜こうと決意し、池田先生の指導を何度も読み返し、唱題に励んだ。だが、抗がん剤治療は必ずしも良い結果を示さず、落ち込むこともあったという。
そんな山田さんを励ますように、茂さんは語った。「この病は僕の宿命なんだよ。おかげで、本気の題目があがるよ」
"夫は決して諦めていない。病魔に負けるものか!"——茂さんの言葉を聞いて山田さんも気持ちを新たにした。
「苦を苦と悟り、楽を楽と開き、苦しくても楽しくても南無妙法蓮華経と唱えきっていきなさい」(同1143ページ、通解)との御聖訓を心に刻み、時間をこじ開けて御本尊に向かい続けた。
茂さんは医師の予想を覆し、強い生命力で病魔と闘い続けた。だが、2014年4月に入ると、次第に腹水がたまるようになり、茂さんは休職を余儀なくされる。
同年5月からは自宅療養となり、山田さんは在宅介護で献身的に支えた。この間、茂さんは亡くなる前日まで、力を振り絞るように自力でトイレに歩いていき、普段と変わらない生活を送り続けた。
◇悲しみに負けず前進
山田さんには忘れられない光景がある。
「亡くなる数日前、夫がかつて折伏した人からお見舞いの手紙が届きました。その時、夫はかなり体力も落ち、食事も十分に取れない状況でした。夫は手紙をうれしそうに何度も読み返しては唱題し、必死に食事を取って体力を回復させようとしていました。その姿に、夫の"生きるんだ!"という強い意志を感じました」
茂さんの振る舞いは、最期まで変わらなかったという。亡くなる直前、茂さんは山田さんを呼んで「背中をさすってほしい」と頼んだ。山田さんが唱題しながら背中をゴシゴシとさすると、「もうちょっと優しくして」と、茂さんは笑いながら言った。
そして「ありがとう」と語ると、ゆっくり目を閉じた。これが夫婦で交わした最後の会話になった。茂さんは山田さんにみとられ、苦しむことなく安詳として霊山に旅立っていった。
「夫の葬儀を終えてホッとすると、強い悲しみに襲われました。通りすがりの夫婦を見るだけで涙がこぼれ、"私は二度とこんなことはできないんだな"と思って悲しくなりました。そんな私の支えとなったのは、池田先生をはじめ同志の真心の励ましでした」
茂さんが亡くなってしばらくしたころ、地元の麻布文化会館で宝寿会の同志とばったり会った。
自身も幾多の苦難を乗り越えてきた宝寿会の婦人は、山田さんに駆け寄ると何も言わず抱きしめてくれた。そのぬくもりに学会の温かさを感じた。
夫の死から2年半——。この間、残された山田さん家族は、互いを思いやりながら、悲しみに負けず進んできた。山田さんは仏壇のそばにある遺影に日々の出来事を語り掛けながら、学会活動に歩いている。
「闘病中の2年間は、夫婦や家族の絆が最も強くなった時でもありました。夫が、どんな時も常に変わらない姿で家族に接して、病と闘い抜く姿を見せてくれたから、私たち家族も信心を疑うことなく進んでくることができました。『宿命を使命に変えよう』と、必死で闘い続けたこの2年間があったればこそ、今、病で苦しむ友に心から同苦し、励ましを送っていくことができるのだと思います」
2017年1月30日月曜日
2017.01.30 わが友に贈る
◇今週のことば
我らの伝統の2月!
最前線の心通う対話から
壁を破るパワーが。
祈りと勇気の拡大で
「今生人界の思出」を!
2017年1月30日
主師親御書 P386
『或時は人に生れて諸の国王大臣公卿殿上人等の身と成つて是れ程のたのしみなしと思ひ少きを得て足りぬと思ひ悦びあへり、是を仏は夢の中のさかへまぼろしのたのしみなり唯法華経を持ち奉り速に仏になるべしと説き給へり』
☆女性に贈ることば 一月三十日
「限界を破ろう」−−そう決めたとき、実は自分の心の限界を、すでに一歩、破っている。その時点で、理想や目標も、半ば達成されているとさえ言ってよい。
☆今日のことば365 一月三十日
冬来たりなば、春遠からじ。
極寒の冬なれど、春近しと思えば、胸はときめく。
いかなる苦難に遭っても、希望を決して捨ててはならぬ。
☆新時代を進む 第2回 福智輝くロマンの青春道を
各地の大雪や荒天による被害に、心からお見舞い申し上げます。
厳寒の中、聖教新聞を配達してくださる「無冠の友」をはじめ、皆さまの健康とご多幸、絶対無事故を、毎日、真剣に祈っております。
— ◇ —
にぎやかに楽しく女子部のロマン総会が始まった。列島のあの地この地に、青春の希望の舞が躍動する。
御聖訓に「仏になるみちは善知識にはすぎず」(御書1468ページ)と仰せである。
善知識——善き友と支え合い、励まし合う絆にこそ、「一生成仏」という幸福への確かな軌道がある。
このスクラムを手作りで広げる乙女たちの語らいが、どれほど尊く、大切か。
苦楽を分かち合って祈る。共に笑い、共に歌い、共に進む。ここに、孤独や不安を深める現代社会にあって、かけがえのない連帯がある。
草の根の対話は、地味であり、地道である。しかし、草創の女子部のリーダーたちとも、私は語り合った。
——世界広布といっても全ては足元から始まる。足元のできることから一つ一つ着実に積み重ねれば、必ず道は開ける、と。
— ◇ —
日蓮大聖人が女性の門下に贈られた御文を、あらためて拝読したい。
「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、いまだ昔よりきかず・みず冬の秋とかへれる事を、いまだきかず法華経を信ずる人の凡夫となる事を」(同1253ページ)
誰もが幸福になるために生まれてきた。
長い一生にあって、どんな厳しい試練の冬が襲いかかろうとも、断じて負けない。大歓喜の幸の春を、自他共に勝ち開いてみせる——この「絶対勝利」の福智の光を、わが生命に無限に漲らせていけるのが、正しき青春の信仰なのである。
幸福は、心で決まる。境涯で決まる。哲学で決まる。
— ◇ —
今、目覚ましい発展を続けるインドなど、いずこでも、青年拡大の大いなる原動力は、華陽姉妹である。
女子部が一人立てば、「希望の門」が開かれる。家庭に地域に、職場に社会に、さらに世界に未来に、妙法の幸の花は、幾重にも咲き広がっていくのだ。
さあ、太陽の婦人部を中心に、皆で応援しよう!
世界のどこよりも仲良く麗しく、朗らかな平和のロマンの集いであれ!
我らの伝統の2月!
最前線の心通う対話から
壁を破るパワーが。
祈りと勇気の拡大で
「今生人界の思出」を!
2017年1月30日
主師親御書 P386
『或時は人に生れて諸の国王大臣公卿殿上人等の身と成つて是れ程のたのしみなしと思ひ少きを得て足りぬと思ひ悦びあへり、是を仏は夢の中のさかへまぼろしのたのしみなり唯法華経を持ち奉り速に仏になるべしと説き給へり』
☆女性に贈ることば 一月三十日
「限界を破ろう」−−そう決めたとき、実は自分の心の限界を、すでに一歩、破っている。その時点で、理想や目標も、半ば達成されているとさえ言ってよい。
☆今日のことば365 一月三十日
冬来たりなば、春遠からじ。
極寒の冬なれど、春近しと思えば、胸はときめく。
いかなる苦難に遭っても、希望を決して捨ててはならぬ。
☆新時代を進む 第2回 福智輝くロマンの青春道を
各地の大雪や荒天による被害に、心からお見舞い申し上げます。
厳寒の中、聖教新聞を配達してくださる「無冠の友」をはじめ、皆さまの健康とご多幸、絶対無事故を、毎日、真剣に祈っております。
— ◇ —
にぎやかに楽しく女子部のロマン総会が始まった。列島のあの地この地に、青春の希望の舞が躍動する。
御聖訓に「仏になるみちは善知識にはすぎず」(御書1468ページ)と仰せである。
善知識——善き友と支え合い、励まし合う絆にこそ、「一生成仏」という幸福への確かな軌道がある。
このスクラムを手作りで広げる乙女たちの語らいが、どれほど尊く、大切か。
苦楽を分かち合って祈る。共に笑い、共に歌い、共に進む。ここに、孤独や不安を深める現代社会にあって、かけがえのない連帯がある。
草の根の対話は、地味であり、地道である。しかし、草創の女子部のリーダーたちとも、私は語り合った。
——世界広布といっても全ては足元から始まる。足元のできることから一つ一つ着実に積み重ねれば、必ず道は開ける、と。
— ◇ —
日蓮大聖人が女性の門下に贈られた御文を、あらためて拝読したい。
「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、いまだ昔よりきかず・みず冬の秋とかへれる事を、いまだきかず法華経を信ずる人の凡夫となる事を」(同1253ページ)
誰もが幸福になるために生まれてきた。
長い一生にあって、どんな厳しい試練の冬が襲いかかろうとも、断じて負けない。大歓喜の幸の春を、自他共に勝ち開いてみせる——この「絶対勝利」の福智の光を、わが生命に無限に漲らせていけるのが、正しき青春の信仰なのである。
幸福は、心で決まる。境涯で決まる。哲学で決まる。
— ◇ —
今、目覚ましい発展を続けるインドなど、いずこでも、青年拡大の大いなる原動力は、華陽姉妹である。
女子部が一人立てば、「希望の門」が開かれる。家庭に地域に、職場に社会に、さらに世界に未来に、妙法の幸の花は、幾重にも咲き広がっていくのだ。
さあ、太陽の婦人部を中心に、皆で応援しよう!
世界のどこよりも仲良く麗しく、朗らかな平和のロマンの集いであれ!
2017年1月29日日曜日
2017.01.29 わが友に贈る
人生は自己との闘争だ。
戦いがあるから面白い。
悩みや課題があるから
人間革命できるのだ。
楽しく強く進み勝て!
聖愚問答抄上 P491
『知恩をもて最とし報恩をもて前とす世に四恩あり之を知るを人倫となづけ知らざるを畜生とす』
☆女性に贈ることば 一月二十九日
真剣ほど強いものはない。物事に真剣に取り組んでいる姿ほど若々しく、美しいものはない。
☆今日のことば365 一月二十九日
人間は、皆、虚栄を張るものだ。
しかし、これからの指導者は、
確固たる力をもつ、人間でなくてはならぬ。
☆「雪の秋田指導」35周年記念特集� 2017年1月11日
◇世界の友が仰ぎ讃えむ
1982年(昭和57年)の1月10日から15日まで行われた「雪の秋田指導」。池田先生は「それは忘れえぬ 決して忘れることのできぬ 私の胸中の歴史の一コマであった」とつづっている。今回は「雪の秋田指導」35周年記念特集として2回にわたって掲載する。�では、先生の足跡を追い、「励ましのドラマ」に迫る。
秋田文化会館の1階ロビーにある金色に輝く銘板。池田先生の長編詩「みちのくの幸の光彩」が刻まれている。
その銘板の由来文に、先生は秋田の友への万感の思いをつづった。
「忍耐強く試練の冬を勝ち越えし不屈の勇者あり」
「全世界の創価の同志も その英姿を仰ぎ讃えむ」
——1977年(昭和52年)ごろから、秋田で第1次宗門事件が勃発。悪侶が退転・反逆者と結託し、謀略の限りを尽くした。
秋田の友は懸命に耐えた。その迫害の嵐を乗り越え、師弟の勝利の雄叫びが轟いたのが、82年(同57年)1月の「雪の秋田指導」である。
1982年(昭和57年)1月10日、池田先生は10年ぶりに秋田の地を踏んだ。
"一目でも"と、師を求める同志が、空港からの沿道に、次々と集まってきていた。寒風が吹きすさぶ中で、先生は居合わせた友と記念撮影を。会館到着後も、カメラに納まり、激励を重ねた。
その回数、計9回。空港到着後から、わずか1時間で励ました友は、約1000人に及んだ。"正義の心"熱き友との出会いの感動を、先生は詠んだ。
「寒風に 喜々と求道 広布へと 胸張る秋田の 友は光りぬ」
翌11日午前、先生は秋田会館(当時)で、元日から行われていた「池田SGI会長 平和行動展」へ足を運んだ。
同展は秋田青年部が企画し、準備に当たってきた。前日の10日には、来館者が1万人を突破。元日から、秋田の友は、師の正義を地域に宣揚していたのである。
その後、代表メンバーとの懇談会場へ。
この場にいた加藤ユミさん(故人)。80年(同55年)に、学会の親善交流使節団の一人として、アメリカを訪問できた感謝を伝えた。
先生は「海外に行くなんて、すごいね」。すると、加藤さんは「私は折伏をしました。そうしたら、いつの間にか海外に行けるような境涯になりました」。
先生の言葉に力がこもった。
「偉いな。愚直に学会活動に励んだ人が、一番幸せになるんだ」
◇
秋田指導3日目の12日、県幹部会が行われた。
伊藤克己さん(秋田黄金県、県副総合長)は、妻の陽子さん(同、県副婦人部長)と、幹部会に駆け付けた。
宗門事件で、伊藤さんの男子部時代の先輩が退転した。信頼していただけに、激しい怒りが込み上げた。
伊藤さんは「先生とお会いして"自分たちの地域の広宣流布は、自分たちの手で成し遂げていく"と腹が決まりました」と。
この誓いのままに、陽子さんと、地域広布にまい進してきた。その情熱は今も赤々と燃え、この10年で、夫妻は9世帯の弘教を実らせている。
陽子さんは、民生児童委員を18年にわたって務めるなど、地域貢献にも率先する。
「生涯、広布に戦い続ける。それが『雪の秋田指導』の報恩だと思っています」と、夫妻は口をそろえた。
翌13日午前、秋田文化会館に続々と友が集まってきた。先生の提案で、「自由勤行会」の開催が決まったのである。その場には、宗門事件の嵐が激しかった県北の能代、県南の大曲の友の歓喜した姿もあった。
勤行会終了後、会館に隣接する広場で、記念撮影が行われることに。降りしきる雪の中で、「人間革命の歌」の合唱が響き、師弟の勝ちどきが轟いた。
勤行会は午後も行われ、合わせて、約3000人が師のもとに集った。
先生は午前の友に「吹雪グループ」、午後の友に「嵐舞グループ」との名を贈った。さらに後年、行事の成功を自宅で祈り、見守った友は「雪の秋田指導 栄光グループ」と命名された。
先生は"栄光グループ"に対し「純白の雪の如く清らかな、その深き真心を、私はどうして忘れることができようか」と感謝をつづっている。
会えても、会えなくても、深く通い合う師と弟子の心。その絆は今も燦然と輝き、秋田広布の未来を照らし続けている。
◇
秋田を発つ前日の14日午後6時、青年部と未来部の代表が集い、第1回秋田県青年部総会が開催された。
この総会で、青年たちが心に刻み、今も語り継ぐ師の言葉がある。スピーチを終えた後、先生は会場の出口付近で、高らかに宣言した。
「きょう、私は正式に語っておきます。自分が思うと思わざるとにかかわらず、諸君は池田門下生であると思っています。信頼しています!」
総会に参加した栗田由美子さん(湯沢太陽県、県婦人部長)。この時が初めての師との出会いだった。
「まだまだ未熟な私たちのことを"池田門下生"とおっしゃってくださった。"この誇りを絶対に忘れない"と誓いました」
翌年、夫・民男さんと結婚。2人の子を授かった。経済的には苦しかったが、家族仲良く、幸せな生活だった。
91年(平成3年)、民男さんが心筋梗塞で倒れた。4カ月後に退院できたが、仕事ができる体ではなかった。
栗田さんは、保険の営業職に就いた。6年後、民男さんは霊山へ旅立ったが、"池田門下生"の誇りを胸に、仕事・家事・子育て・学会活動と、全てをやり切ってきた。
昨年11月、県婦人部長の任命を。「地域に功徳の花を咲かせていきます」と誓う。
渡辺達美さん(本荘大勝県、副支部長)も、会場にいた一人。
当時、入会5年。前日の撮影会にも参加し、勝利の凱歌を響かせた。「今の自分があるのは、秋田指導での先生の励ましがあったからです」と感謝は尽きない。
2011年(平成23年)5月、建築業を営む渡辺さんは、東日本大震災の被災地で仮設住宅の建設に携わった。その奮闘の様子を、先生は「秋田魁新報」の特別寄稿の中で紹介した。
"ここまで見守り、励まし続けてくださるのか"。先生の真心に応えんとする誓いを深くした。
渡辺さんは、多忙な合間を縫って勉強に励み、1級技能士や職業訓練指導員など数々の資格を取得してきた。一昨年には、厚生労働省が推進する「ものづくりマイスター」に選ばれ、若者の技能者育成にも尽力する。
12年(同24年)、妻・紀佐子さん(同、県副婦人部長)の乳がんが発覚した。だが、夫婦で懸命に祈り、抗がん剤治療等を経て、紀佐子さんの体調は回復。現在まで再発はない。
地域では待望の新「本荘文化会館」が昨年に完成し、大きな喜びが広がる。
渡辺さんは誓う。
「あの雪の中で合唱した『人間革命の歌』を歌いながら、夫婦で力を合わせ、広布拡大にまい進していきます」
松下誠さん(同、副県長)も、師の"池田門下生"の宣言を胸に刻む。
82年の元日から"平和行動展"の役員として奔走。14日の総会には、吹雪の中を、自宅から3時間かけて集った。
高校卒業後、実家の農家を継いだ。長年、米作りを続けていたが、89年(平成元年)に地元の酒蔵と契約し、酒米作りも始めることに。
数年間、収穫前に酒米の稲が根元から倒れるなど、試練が続いた。しかし、師の"宣言"を思い返しては、「絶対に負けない」と"負けじ魂"を燃やした。
創意工夫を重ね、5年目の挑戦で、ついに見事な稲が育った。そのことが、周囲の農家の信頼にもつながった。
2年前、県地域部長に。「先生が言われる通り、地域に根差すことが大事だな」。そう言って、松下さんは屈託ない笑顔を見せた。
◇
秋田県青年部総会の参加者は「2001年第1期会」と命名され、現在の秋田広布の中核を担っている。
5年前の「雪の秋田指導」30周年の折には、秋田の青年部と未来部の人材グループ「2030年第1期会」が結成され、新たな出発を切った。
池田先生は、秋田青年部に呼び掛けている。
「偉大なる秋田の青年たちよ! 団結せよ! 立ち上がれ! 断固として、勝利を勝ち取れ! 君たちのあとに、日本国中の青年が立ち上がるだろう!」
師が「広宣流布の『日本海の雄』」と讃える秋田。その後継の青年たちが、新たな歴史の幕を開く。
戦いがあるから面白い。
悩みや課題があるから
人間革命できるのだ。
楽しく強く進み勝て!
聖愚問答抄上 P491
『知恩をもて最とし報恩をもて前とす世に四恩あり之を知るを人倫となづけ知らざるを畜生とす』
☆女性に贈ることば 一月二十九日
真剣ほど強いものはない。物事に真剣に取り組んでいる姿ほど若々しく、美しいものはない。
☆今日のことば365 一月二十九日
人間は、皆、虚栄を張るものだ。
しかし、これからの指導者は、
確固たる力をもつ、人間でなくてはならぬ。
☆「雪の秋田指導」35周年記念特集� 2017年1月11日
◇世界の友が仰ぎ讃えむ
1982年(昭和57年)の1月10日から15日まで行われた「雪の秋田指導」。池田先生は「それは忘れえぬ 決して忘れることのできぬ 私の胸中の歴史の一コマであった」とつづっている。今回は「雪の秋田指導」35周年記念特集として2回にわたって掲載する。�では、先生の足跡を追い、「励ましのドラマ」に迫る。
秋田文化会館の1階ロビーにある金色に輝く銘板。池田先生の長編詩「みちのくの幸の光彩」が刻まれている。
その銘板の由来文に、先生は秋田の友への万感の思いをつづった。
「忍耐強く試練の冬を勝ち越えし不屈の勇者あり」
「全世界の創価の同志も その英姿を仰ぎ讃えむ」
——1977年(昭和52年)ごろから、秋田で第1次宗門事件が勃発。悪侶が退転・反逆者と結託し、謀略の限りを尽くした。
秋田の友は懸命に耐えた。その迫害の嵐を乗り越え、師弟の勝利の雄叫びが轟いたのが、82年(同57年)1月の「雪の秋田指導」である。
1982年(昭和57年)1月10日、池田先生は10年ぶりに秋田の地を踏んだ。
"一目でも"と、師を求める同志が、空港からの沿道に、次々と集まってきていた。寒風が吹きすさぶ中で、先生は居合わせた友と記念撮影を。会館到着後も、カメラに納まり、激励を重ねた。
その回数、計9回。空港到着後から、わずか1時間で励ました友は、約1000人に及んだ。"正義の心"熱き友との出会いの感動を、先生は詠んだ。
「寒風に 喜々と求道 広布へと 胸張る秋田の 友は光りぬ」
翌11日午前、先生は秋田会館(当時)で、元日から行われていた「池田SGI会長 平和行動展」へ足を運んだ。
同展は秋田青年部が企画し、準備に当たってきた。前日の10日には、来館者が1万人を突破。元日から、秋田の友は、師の正義を地域に宣揚していたのである。
その後、代表メンバーとの懇談会場へ。
この場にいた加藤ユミさん(故人)。80年(同55年)に、学会の親善交流使節団の一人として、アメリカを訪問できた感謝を伝えた。
先生は「海外に行くなんて、すごいね」。すると、加藤さんは「私は折伏をしました。そうしたら、いつの間にか海外に行けるような境涯になりました」。
先生の言葉に力がこもった。
「偉いな。愚直に学会活動に励んだ人が、一番幸せになるんだ」
◇
秋田指導3日目の12日、県幹部会が行われた。
伊藤克己さん(秋田黄金県、県副総合長)は、妻の陽子さん(同、県副婦人部長)と、幹部会に駆け付けた。
宗門事件で、伊藤さんの男子部時代の先輩が退転した。信頼していただけに、激しい怒りが込み上げた。
伊藤さんは「先生とお会いして"自分たちの地域の広宣流布は、自分たちの手で成し遂げていく"と腹が決まりました」と。
この誓いのままに、陽子さんと、地域広布にまい進してきた。その情熱は今も赤々と燃え、この10年で、夫妻は9世帯の弘教を実らせている。
陽子さんは、民生児童委員を18年にわたって務めるなど、地域貢献にも率先する。
「生涯、広布に戦い続ける。それが『雪の秋田指導』の報恩だと思っています」と、夫妻は口をそろえた。
翌13日午前、秋田文化会館に続々と友が集まってきた。先生の提案で、「自由勤行会」の開催が決まったのである。その場には、宗門事件の嵐が激しかった県北の能代、県南の大曲の友の歓喜した姿もあった。
勤行会終了後、会館に隣接する広場で、記念撮影が行われることに。降りしきる雪の中で、「人間革命の歌」の合唱が響き、師弟の勝ちどきが轟いた。
勤行会は午後も行われ、合わせて、約3000人が師のもとに集った。
先生は午前の友に「吹雪グループ」、午後の友に「嵐舞グループ」との名を贈った。さらに後年、行事の成功を自宅で祈り、見守った友は「雪の秋田指導 栄光グループ」と命名された。
先生は"栄光グループ"に対し「純白の雪の如く清らかな、その深き真心を、私はどうして忘れることができようか」と感謝をつづっている。
会えても、会えなくても、深く通い合う師と弟子の心。その絆は今も燦然と輝き、秋田広布の未来を照らし続けている。
◇
秋田を発つ前日の14日午後6時、青年部と未来部の代表が集い、第1回秋田県青年部総会が開催された。
この総会で、青年たちが心に刻み、今も語り継ぐ師の言葉がある。スピーチを終えた後、先生は会場の出口付近で、高らかに宣言した。
「きょう、私は正式に語っておきます。自分が思うと思わざるとにかかわらず、諸君は池田門下生であると思っています。信頼しています!」
総会に参加した栗田由美子さん(湯沢太陽県、県婦人部長)。この時が初めての師との出会いだった。
「まだまだ未熟な私たちのことを"池田門下生"とおっしゃってくださった。"この誇りを絶対に忘れない"と誓いました」
翌年、夫・民男さんと結婚。2人の子を授かった。経済的には苦しかったが、家族仲良く、幸せな生活だった。
91年(平成3年)、民男さんが心筋梗塞で倒れた。4カ月後に退院できたが、仕事ができる体ではなかった。
栗田さんは、保険の営業職に就いた。6年後、民男さんは霊山へ旅立ったが、"池田門下生"の誇りを胸に、仕事・家事・子育て・学会活動と、全てをやり切ってきた。
昨年11月、県婦人部長の任命を。「地域に功徳の花を咲かせていきます」と誓う。
渡辺達美さん(本荘大勝県、副支部長)も、会場にいた一人。
当時、入会5年。前日の撮影会にも参加し、勝利の凱歌を響かせた。「今の自分があるのは、秋田指導での先生の励ましがあったからです」と感謝は尽きない。
2011年(平成23年)5月、建築業を営む渡辺さんは、東日本大震災の被災地で仮設住宅の建設に携わった。その奮闘の様子を、先生は「秋田魁新報」の特別寄稿の中で紹介した。
"ここまで見守り、励まし続けてくださるのか"。先生の真心に応えんとする誓いを深くした。
渡辺さんは、多忙な合間を縫って勉強に励み、1級技能士や職業訓練指導員など数々の資格を取得してきた。一昨年には、厚生労働省が推進する「ものづくりマイスター」に選ばれ、若者の技能者育成にも尽力する。
12年(同24年)、妻・紀佐子さん(同、県副婦人部長)の乳がんが発覚した。だが、夫婦で懸命に祈り、抗がん剤治療等を経て、紀佐子さんの体調は回復。現在まで再発はない。
地域では待望の新「本荘文化会館」が昨年に完成し、大きな喜びが広がる。
渡辺さんは誓う。
「あの雪の中で合唱した『人間革命の歌』を歌いながら、夫婦で力を合わせ、広布拡大にまい進していきます」
松下誠さん(同、副県長)も、師の"池田門下生"の宣言を胸に刻む。
82年の元日から"平和行動展"の役員として奔走。14日の総会には、吹雪の中を、自宅から3時間かけて集った。
高校卒業後、実家の農家を継いだ。長年、米作りを続けていたが、89年(平成元年)に地元の酒蔵と契約し、酒米作りも始めることに。
数年間、収穫前に酒米の稲が根元から倒れるなど、試練が続いた。しかし、師の"宣言"を思い返しては、「絶対に負けない」と"負けじ魂"を燃やした。
創意工夫を重ね、5年目の挑戦で、ついに見事な稲が育った。そのことが、周囲の農家の信頼にもつながった。
2年前、県地域部長に。「先生が言われる通り、地域に根差すことが大事だな」。そう言って、松下さんは屈託ない笑顔を見せた。
◇
秋田県青年部総会の参加者は「2001年第1期会」と命名され、現在の秋田広布の中核を担っている。
5年前の「雪の秋田指導」30周年の折には、秋田の青年部と未来部の人材グループ「2030年第1期会」が結成され、新たな出発を切った。
池田先生は、秋田青年部に呼び掛けている。
「偉大なる秋田の青年たちよ! 団結せよ! 立ち上がれ! 断固として、勝利を勝ち取れ! 君たちのあとに、日本国中の青年が立ち上がるだろう!」
師が「広宣流布の『日本海の雄』」と讃える秋田。その後継の青年たちが、新たな歴史の幕を開く。
2017年1月28日土曜日
2017.01.28 わが友に贈る
弘教・拡大に挑み抜く
創価班・牙城会の
大学校生よ 頑張れ!
誓いは果たしてこそ。
誇り高く鍛えの青春を!
聖愚問答抄上 P491
『知恩をもて最とし報恩をもて前とす世に四恩あり之を知るを人倫となづけ知らざるを畜生とす』
☆女性に贈ることば 一月二十七日
感謝と報恩を知る人は、いつまでも美しく、晴れ晴れとして、いっさいを勝ち越えている。
☆今日のことば365 一月二十七日
信用というものは、積むに難く崩すに易いものだ。十年かかって積んだ信用も、いざという時のほんのちょっとした言動で失ってしまうこともある。
苦難のなかを、まっしぐらに自らの使命に生きぬく人こそ、最後にあらゆる人の信用を勝ち得るものだ。
☆誓いの天地 高知市 2017年1月9日
地域で"なくてはならない人"に
団結固く"広布の魁"と光れ
高知市は「都会と田舎」の魅力を併せ持った街だ。
市街地にある「ひろめ市場」は、飲食店や雑貨店が集まり、連日、多くの人でにぎわいを見せる。カツオやウツボのタタキ、屋台餃子など、高知の名物料理が味わえる。
毎週日曜日には、高知城の追手門から東に延びる追手筋に、400を超える露店が並ぶ。この日曜市には、300年以上の歴史があるという。
市街地から南へ車で25分ほど移動すれば、太平洋を望む桂浜に到着する。月見の名所であり、坂本龍馬像の前は、絶好の記念撮影スポットだ。
池田先生はかつて、高知男子部に「自分の世代の広宣流布は、自分たちが開き築いていくんです」と語った。今、その誓いのままに前進するメンバーが、高知の地に陸続と誕生している。
高橋大樹さん(高知池田正義県、男子部本部長)、弟の輝男さん(高知池田本陣県、同)兄弟も、地域広布に駆ける青年だ。桂浜の近くで、船舶用の冷凍・冷蔵設備製造の会社を経営する。
大樹さんが中学1年の時、両親が離婚。母・小夜さん(白ゆり長)は、2人を育てるため、昼夜なく働き続けた。
「一刻も早く母を楽にしてあげたかった」と大樹さん。中学を卒業した後、職業訓練校へ。輝男さんも同じ道を進んだ。
だが、2人とも仕事が長く続かない。大樹さんは、短気な性格が災いし、輝男さんは、仕事で嫌なことがあるたびに逃げた。
そんな兄弟の転機は、創価班大学校の入校だった。"自分自身を変えたい"と、がむしゃらに学会活動に励んだ。
「本気で信心に取り組むようになってから、簡単に諦めなくなった。耐える強さが身に付きました」と兄弟は声をそろえる。
2011年(平成23年)、現在の会社を立ち上げた。当初は経営が軌道に乗らなかったが、苦境を乗り越えようと、2人で真剣に祈った。また、その年、共に弘教を実らせた。今、売り上げは順調だ。
「この先、海外の船舶にも、自分たちの設備を搭載できるようにしたい」と大樹さん。兄弟の視線は、龍馬のごとく、世界へ向けられている。
◇
安部直美総県女子部長に高知の魅力について質問すると、「夏の太陽のように熱い心」との答えが返ってきた。
"勝ち気"などを意味する土佐弁の「はちきん」に象徴されるように、高知女性はたくましいといわれる。
実際に、高知県は、女性の有業者、管理職比率が全国一(総務省統計局の平成24年就業構造基本調査)。高知は女性活躍の先進県である。
窪田美穂さん(高知池田本陣県、県女子部主任部長)は、県内の病院の循環器内科で、慢性心不全看護認定看護師として奮闘を重ねる。
小学生の時、母・スエ子さん(地区副婦人部長)が指定難病の潰瘍性大腸炎を発症した。看護師の励ましで、弱気だった母が明るくなる姿を見て、看護師を志すようになった。
看護学校を卒業後、現在の病院へ。患者の死に直面するたび、人間の命の重さを実感し、"どうすれば患者の心に寄り添う看護ができるか"を祈り、実践してきた。
看護に当たる慢性心不全の患者には、食事や運動など、さまざまな制限がある。そうした中で、生きる希望を失う人もいる。だからこそ、窪田さんは、患者に積極的に声を掛け、"生きていて良かった"と感じられる真心の看護に努める。
現在、白樺グループの四国総合委員長を務める。多忙な中で、学会活動にも全力を注ぐ。
「人の心が温かい高知が大好きです。地域でも、職場でも、"なくてはならない人"に成長していきます」——広布への誓いが、窪田さんの心に、夏の太陽のように輝いている。
栄光の共戦譜
東京・大田での池田先生の「二月闘争」から1年後の1953年(昭和28年)2月、蒲田支部(当時)のメンバーの対話で、高知に四国初の学会員が誕生した。
同年12月には、高知班の結成式が行われ、翌年7月、高知地区に発展した。
55年(同30年)1月22日、池田先生は恩師・戸田先生と共に高知へ。同地区の総会に出席した。
池田先生は「高知の広布は皆さんの手で」と強調。戸田先生は「幼稚園から大学まで、一貫教育の学校を必ずつくる。日本一の学校をつくるよ」と、創価一貫教育の構想を語り残している。
この総会に集った滝本冨美子さん(高知池田大光県、県議長)。「戸田先生と池田先生の高知初訪問の場に居合わせたことは、生涯の誉れです」
72年(同47年)6月20日、池田先生と、約6000人の高知の友との記念撮影会が開催された。撮影会に向かう途上、先生は詠んだ。
「我が友に 諸天も舞いゆけ 土佐の旅」
16回に及んだ撮影会では「日本一、世界一の模範の団結の高知を築こう」と呼び掛け、友の勝利の前進に期待を寄せた。
冨美子さんは、夫・永年さん(高知池田大光県、県主事)と参加。この折、先生と夫婦で懇談する機会があった。
「高知の友を深く思う先生の真心に、生涯、弟子として高知広布に戦い抜こうと腹が決まった瞬間でした」と永年さん。
その後、冨美子さんは初代の高知県婦人部長として、永年さんも壮年のリーダーとして、広い高知中を駆け巡った。
夫婦は今、合わせて167歳だが、広布への情熱は、ますます盛んだ。昨年は、全国に対話を拡大。今年も、と誓う。
◇
7回の池田先生の訪問の中でも、78年(同53年)12月4日から始まる7泊8日の高知指導は、多くの友が「宝の歴史」として胸に刻む。
翌5日の昼、先生は高知支部結成22周年の記念幹部会に出席。法華経の「普賢菩薩勧発品」を通して語った。
「信心を貫いていくうえで必要なのは、勇気です」「高知の皆さんは、自分に打ち勝つ、勇気ある信心の人であってください」
川田富松さん(高知池田大光県、副県長)は、この幹部会で先生と初の出会いを刻んだ。
10日に開催された高知県男子部幹部会にも、川田さんは参加。その時の「一人一人が、なんらかのかたちで社会に貢献してほしい。何かでトップになっていただきたい」との師の指導が、人生の指針となった。
92年(平成4年)、川田さんは、社会保険労務士試験に合格。現在、高知県社会保険労務士会の副会長を務める。
妻の敏枝さん(総県副婦人部長)は、高等部の人材グループ「四国鳳雛会」の一員として、72年の記念撮影会に参加した。
84歳の母・島田美津子さん(高知池田正義県、支部副婦人部長)は、これまでに96世帯の弘教を達成。高知広布を支えてきた功労者だ。
敏枝さんの原点は、45年前の6月18日に香川で行われた先生と四国鳳雛会の懇談会。師匠の「学会一筋で頑張っていくんだよ」との激励に、"生涯、先生・学会と共に"と誓った。
学会活動に率先しながら、県女性保護対策協議会副会長を務めるなど、地域貢献にも尽力する。
3人の子どもも"師弟一筋"の道を進む。
関冨美子さん(高知池田正義県、地区副婦人部長)は、78年12月10日、高知平和会館の周辺を散策していた先生から、激励を受けた。「3人の子どもも励ましてくださり、記念撮影までしてくださいました」と感謝は尽きない。
この時の感動を決意に、60歳まで証券会社に勤務しながら、学会活動にも取り組んできた。
一昨年、弘教を実らせた。師恩を胸に、広布の最前線を走る。
78年の高知指導で、先生は高知の友に指針を示した。
「水の信心」
「団結の高知」
「功徳の高知」
2018年は、この永遠の3指針の発表から40周年。師が「魁の高知」とたたえた天地で、友は団結固く、世界広布の"先駆け"の使命を敢然と果たしゆく。
創価班・牙城会の
大学校生よ 頑張れ!
誓いは果たしてこそ。
誇り高く鍛えの青春を!
聖愚問答抄上 P491
『知恩をもて最とし報恩をもて前とす世に四恩あり之を知るを人倫となづけ知らざるを畜生とす』
☆女性に贈ることば 一月二十七日
感謝と報恩を知る人は、いつまでも美しく、晴れ晴れとして、いっさいを勝ち越えている。
☆今日のことば365 一月二十七日
信用というものは、積むに難く崩すに易いものだ。十年かかって積んだ信用も、いざという時のほんのちょっとした言動で失ってしまうこともある。
苦難のなかを、まっしぐらに自らの使命に生きぬく人こそ、最後にあらゆる人の信用を勝ち得るものだ。
☆誓いの天地 高知市 2017年1月9日
地域で"なくてはならない人"に
団結固く"広布の魁"と光れ
高知市は「都会と田舎」の魅力を併せ持った街だ。
市街地にある「ひろめ市場」は、飲食店や雑貨店が集まり、連日、多くの人でにぎわいを見せる。カツオやウツボのタタキ、屋台餃子など、高知の名物料理が味わえる。
毎週日曜日には、高知城の追手門から東に延びる追手筋に、400を超える露店が並ぶ。この日曜市には、300年以上の歴史があるという。
市街地から南へ車で25分ほど移動すれば、太平洋を望む桂浜に到着する。月見の名所であり、坂本龍馬像の前は、絶好の記念撮影スポットだ。
池田先生はかつて、高知男子部に「自分の世代の広宣流布は、自分たちが開き築いていくんです」と語った。今、その誓いのままに前進するメンバーが、高知の地に陸続と誕生している。
高橋大樹さん(高知池田正義県、男子部本部長)、弟の輝男さん(高知池田本陣県、同)兄弟も、地域広布に駆ける青年だ。桂浜の近くで、船舶用の冷凍・冷蔵設備製造の会社を経営する。
大樹さんが中学1年の時、両親が離婚。母・小夜さん(白ゆり長)は、2人を育てるため、昼夜なく働き続けた。
「一刻も早く母を楽にしてあげたかった」と大樹さん。中学を卒業した後、職業訓練校へ。輝男さんも同じ道を進んだ。
だが、2人とも仕事が長く続かない。大樹さんは、短気な性格が災いし、輝男さんは、仕事で嫌なことがあるたびに逃げた。
そんな兄弟の転機は、創価班大学校の入校だった。"自分自身を変えたい"と、がむしゃらに学会活動に励んだ。
「本気で信心に取り組むようになってから、簡単に諦めなくなった。耐える強さが身に付きました」と兄弟は声をそろえる。
2011年(平成23年)、現在の会社を立ち上げた。当初は経営が軌道に乗らなかったが、苦境を乗り越えようと、2人で真剣に祈った。また、その年、共に弘教を実らせた。今、売り上げは順調だ。
「この先、海外の船舶にも、自分たちの設備を搭載できるようにしたい」と大樹さん。兄弟の視線は、龍馬のごとく、世界へ向けられている。
◇
安部直美総県女子部長に高知の魅力について質問すると、「夏の太陽のように熱い心」との答えが返ってきた。
"勝ち気"などを意味する土佐弁の「はちきん」に象徴されるように、高知女性はたくましいといわれる。
実際に、高知県は、女性の有業者、管理職比率が全国一(総務省統計局の平成24年就業構造基本調査)。高知は女性活躍の先進県である。
窪田美穂さん(高知池田本陣県、県女子部主任部長)は、県内の病院の循環器内科で、慢性心不全看護認定看護師として奮闘を重ねる。
小学生の時、母・スエ子さん(地区副婦人部長)が指定難病の潰瘍性大腸炎を発症した。看護師の励ましで、弱気だった母が明るくなる姿を見て、看護師を志すようになった。
看護学校を卒業後、現在の病院へ。患者の死に直面するたび、人間の命の重さを実感し、"どうすれば患者の心に寄り添う看護ができるか"を祈り、実践してきた。
看護に当たる慢性心不全の患者には、食事や運動など、さまざまな制限がある。そうした中で、生きる希望を失う人もいる。だからこそ、窪田さんは、患者に積極的に声を掛け、"生きていて良かった"と感じられる真心の看護に努める。
現在、白樺グループの四国総合委員長を務める。多忙な中で、学会活動にも全力を注ぐ。
「人の心が温かい高知が大好きです。地域でも、職場でも、"なくてはならない人"に成長していきます」——広布への誓いが、窪田さんの心に、夏の太陽のように輝いている。
栄光の共戦譜
東京・大田での池田先生の「二月闘争」から1年後の1953年(昭和28年)2月、蒲田支部(当時)のメンバーの対話で、高知に四国初の学会員が誕生した。
同年12月には、高知班の結成式が行われ、翌年7月、高知地区に発展した。
55年(同30年)1月22日、池田先生は恩師・戸田先生と共に高知へ。同地区の総会に出席した。
池田先生は「高知の広布は皆さんの手で」と強調。戸田先生は「幼稚園から大学まで、一貫教育の学校を必ずつくる。日本一の学校をつくるよ」と、創価一貫教育の構想を語り残している。
この総会に集った滝本冨美子さん(高知池田大光県、県議長)。「戸田先生と池田先生の高知初訪問の場に居合わせたことは、生涯の誉れです」
72年(同47年)6月20日、池田先生と、約6000人の高知の友との記念撮影会が開催された。撮影会に向かう途上、先生は詠んだ。
「我が友に 諸天も舞いゆけ 土佐の旅」
16回に及んだ撮影会では「日本一、世界一の模範の団結の高知を築こう」と呼び掛け、友の勝利の前進に期待を寄せた。
冨美子さんは、夫・永年さん(高知池田大光県、県主事)と参加。この折、先生と夫婦で懇談する機会があった。
「高知の友を深く思う先生の真心に、生涯、弟子として高知広布に戦い抜こうと腹が決まった瞬間でした」と永年さん。
その後、冨美子さんは初代の高知県婦人部長として、永年さんも壮年のリーダーとして、広い高知中を駆け巡った。
夫婦は今、合わせて167歳だが、広布への情熱は、ますます盛んだ。昨年は、全国に対話を拡大。今年も、と誓う。
◇
7回の池田先生の訪問の中でも、78年(同53年)12月4日から始まる7泊8日の高知指導は、多くの友が「宝の歴史」として胸に刻む。
翌5日の昼、先生は高知支部結成22周年の記念幹部会に出席。法華経の「普賢菩薩勧発品」を通して語った。
「信心を貫いていくうえで必要なのは、勇気です」「高知の皆さんは、自分に打ち勝つ、勇気ある信心の人であってください」
川田富松さん(高知池田大光県、副県長)は、この幹部会で先生と初の出会いを刻んだ。
10日に開催された高知県男子部幹部会にも、川田さんは参加。その時の「一人一人が、なんらかのかたちで社会に貢献してほしい。何かでトップになっていただきたい」との師の指導が、人生の指針となった。
92年(平成4年)、川田さんは、社会保険労務士試験に合格。現在、高知県社会保険労務士会の副会長を務める。
妻の敏枝さん(総県副婦人部長)は、高等部の人材グループ「四国鳳雛会」の一員として、72年の記念撮影会に参加した。
84歳の母・島田美津子さん(高知池田正義県、支部副婦人部長)は、これまでに96世帯の弘教を達成。高知広布を支えてきた功労者だ。
敏枝さんの原点は、45年前の6月18日に香川で行われた先生と四国鳳雛会の懇談会。師匠の「学会一筋で頑張っていくんだよ」との激励に、"生涯、先生・学会と共に"と誓った。
学会活動に率先しながら、県女性保護対策協議会副会長を務めるなど、地域貢献にも尽力する。
3人の子どもも"師弟一筋"の道を進む。
関冨美子さん(高知池田正義県、地区副婦人部長)は、78年12月10日、高知平和会館の周辺を散策していた先生から、激励を受けた。「3人の子どもも励ましてくださり、記念撮影までしてくださいました」と感謝は尽きない。
この時の感動を決意に、60歳まで証券会社に勤務しながら、学会活動にも取り組んできた。
一昨年、弘教を実らせた。師恩を胸に、広布の最前線を走る。
78年の高知指導で、先生は高知の友に指針を示した。
「水の信心」
「団結の高知」
「功徳の高知」
2018年は、この永遠の3指針の発表から40周年。師が「魁の高知」とたたえた天地で、友は団結固く、世界広布の"先駆け"の使命を敢然と果たしゆく。
2017年1月27日金曜日
2017.01.27 わが友に贈る
熱意なくして
達成された偉業はない。
苦闘なくして
偉大な人間は育たない。
大情熱のリーダーたれ!
種種御振舞御書 P913
『日蓮申すやう不かくのとのばらかなこれほどの悦びをばわらへかし』
☆女性に贈ることば 一月二十七日
感謝と報恩を知る人は、いつまでも美しく、晴れ晴れとして、いっさいを勝ち越えている。
☆今日のことば365 一月二十七日
信用というものは、積むに難く崩すに易いものだ。十年かかって積んだ信用も、いざという時のほんのちょっとした言動で失ってしまうこともある。
苦難のなかを、まっしぐらに自らの使命に生きぬく人こそ、最後にあらゆる人の信用を勝ち得るものだ。
☆教育 家庭は子どもの安全基地� 2017年1月15日
「やらせる」より自主性育む言動を
立命館大学准教授 安田裕子さん
大阪教育大学教授 戸田有一さん
家庭は子どもにとって一番身近であってほしい居場所。家庭が安心・安全を得られる場所になることで、子どもは諸活動にも意欲を燃やすことができます。家庭を子どもの安全基地にするために、どのような心掛けが大切なのか、立命館大学の安田裕子准教授と大阪教育大学の戸田有一教授に語り合ってもらいました(�は22日付掲載予定)。
◇手が出るのは不安が強いから
戸田 安田さんは虐待された子や家庭でのDV(ドメスティックバイオレンス)に心を痛め、何とかしたいという思いでの研究もされてきました。虐待というレベルまでいかなくとも、思わず子どもを厳しく叱ってしまうことは、少なからずあることかもしれません。しつけの延長で暴力に至ってしまうケースです。
例えば、小学校低学年の子どもが家でなかなか宿題をせず、授業の復習ができていない状態だったとします。親は「このままではいけない」と焦る。それで、嫌がっている子を叱りつけてでも勉強させる。こうした状態に陥ることもあります。
安田 「子どもをちゃんと育てなければ」という親の気持ちは自然なありようですし、また、親としての責任感からくるものでもあるでしょう。ただ、そうした気持ちがあまりにも強すぎ、変に気負ってしまって、その「理想的な」ありようから子どもがはみ出してしまったと思った時、不安と焦りで思わず手が出てしまうことがあり得るのではないでしょうか。
しかし暴力は、子どもの成長の観点からも、有効な方法とはとても言えません。たしかに子どもが幼い時は、力ずくで親の言うことを聞かせることができるかもしれません。しかし、子どもも心身ともに大きくなりますから、そんなことがいつまでも続くわけではありません。
戸田 子どもはやがて親の力でコントロールできなくなりますからね。そうなれば、力ずくで勉強させることはできないし、「勉強しなさい」と言う親に対して反抗したり、やっているふりをしたりするようになるでしょうね。
安田 力ずくで言うことを聞かせていると、子どもはそうした対処の仕方を学んでしまって、やがて子どもも力で反抗するようになったり、また、親のコントロールから逃れることばかりにエネルギーを注ぐようになってしまうのです。
◇問い掛けの工夫でやる気に
戸田 力で子どもを従わせるのは疲れますし、無益ですね。自発性を重視した関わり方が、長い目で見て有効という考えは同感です。わが家でも子どもに何かをさせたい時に、「〜しなさい」という命令文ではなく、「イエス」か「はい」で答える質問をするように心掛けました。
安田 勉強やお手伝いは、子ども自身も、やらなければいけないと、どこかで分かっています。それなのに、親から「やりなさい」と先に言われてしまうと、一気に嫌になり、やる気を失ってしまうのですよね。「イエス」か「はい」ですか(笑い)。面白いですね。具体的にはどんな質問ですか。
戸田 例えば「勉強する? お手伝いする?」とか、「今やる? 後でやる?」といった問い掛けをしていました。たいがい「後でやる」と言いますし、両方嫌と言われると困るのですが(笑い)。
親から言われたらやる気をなくすけれど、自分の意志でやることやタイミングを選べるのであれば、より主体的になれます。子どもには命令よりも、いろいろな選択肢を与えて、自ら選ばせてあげることが大切ですね。
安田 そうですね。それに加えて言葉による報酬も大切だと思います。本人が選択して行動した「勉強」や「お手伝い」に対して、「頑張ったね」とか、「お母さん、すごく助かったわ」とか。そうしたコミュニケーションを日頃から心掛けることが、子ども自身のやる気を高めることにつながりやすいとされています。
戸田 そもそも、子どもが何でも誰かの言うことに従うとしたら、困ったものです。子どもに「やらせる」ことよりも、駆け引きを通して自主性や忍耐力を育むことが大事です。それを、子どもを従わせるべきと思い込むと、怒ったり、ついつい、手を出したりしてしまうのでしょう。
安田 ただ、それでも手を出してはいけないのだと思います。たとえ、たたかれて身につく生活習慣や社会のルールがあったとしても、それは、たたかれたくないという気持ち、痛いことから自分を守りたいという思いから、従っているにすぎないといえるからです。
そうしたことを繰り返していれば、子どもは、自分の行動基準を、自分の言動そのものの善しあしではなく、相手が「こわいか、こわくないか」というような点にしてしまう恐れがあります。権威への迎合につながり得ることでもあります。そうしたことが、人格形成によい影響を与えるわけがないと思うのです。
◇大人の振る舞いをまねる
戸田 力で従わせるのではなく、辛抱強く、言葉で駆け引きしたいものですね。大変ですが。安田さんの研究や発言を通して、子どもの命と安心・安全を守るための、強い願いとたゆまぬ歩みを感じます。
昔から世の中の一部には「口で言っても分からない子には、手を出してもいい」という考え方が、浸透しているように感じます。
こうした考え方を大人は、いったいどこで学んだのでしょうか。おそらく、自分の人生の中で編み出したものではなく、誰かの考えを受け売りで言っているだけなのでしょう。
安田 普段の人間関係で、そのようなことは通用しませんよね。言うことを聞き入れてくれないからといって、友達、上司をたたいたら言うことを聞いてくれた、なんてことはあり得ないことです。それなのに、わが子にだけ、それが可能であると、どうして思うのでしょうか。
戸田 おかしなことです。近年、北欧などではわが子への体罰も法律で厳しく禁止されていますね。
安田 「子どもが大人の振る舞いをまねる」といったことに焦点をあてた行動心理学の実験があります。ケガをして困っている人に援助をしている大人の様子が映し出されたビデオを見る子どもと、ケガをした人がいても援助をしない大人が映し出されたビデオを見る子どもとに分けます。そして、実際にケガをした大人が来た時に、それぞれのビデオを見ていた子どもがどのような行動をとるのかを観察しました。
援助する大人のビデオを見ていた子どもは、ケガをしている大人に「どうしたの?」と援助しようとしたのに対し、援助しない大人のビデオを見ていた子どもは、ケガをした人に気をとどめることなく遊んでいた、という傾向が捉えられたのです。
この実験からも、大人の振る舞いを見て、子どもは自分の行動を学んでいくことは明らかでしょう。
戸田 なるほど。しつけのために子どもに暴力を振るうことは、結果として子どもに、「腹立たしい時は、相手に暴力を振るっていい」という考え方を伝えてしまっているとも言えるのですね。そういう論理が、平和の文化の対極にあります。大人の振る舞いが、子どもにどれほどの影響を与えているのか、深く自覚しておきたいものです。
やすだ・ゆうこ 大阪府生まれ。臨床心理学専攻。子どもを自然には授からなかった女性の経験と選択を捉える研究や、虐待被害に遭った子どもやDV家庭で育った子どもへの地域援助に関する研究、人の発達や人生径路の多様なありさまを捉える方法論に関する研究などを行う。著書に『不妊治療者の人生選択—ライフストーリーを捉えるナラティヴ・アプローチ』(新曜社)など。
とだ・ゆういち 1962年(昭和37年)、長野県生まれ。教育心理学専攻。ロンドン大学客員研究員、ウィーン大学客員教授なども経験。子育て支援やいじめ・虐待防止関連の国内外の調査に携わる。著書に『育自・共育あらかると—親の願いと子どものこころ』(北大路書房)など。
達成された偉業はない。
苦闘なくして
偉大な人間は育たない。
大情熱のリーダーたれ!
種種御振舞御書 P913
『日蓮申すやう不かくのとのばらかなこれほどの悦びをばわらへかし』
☆女性に贈ることば 一月二十七日
感謝と報恩を知る人は、いつまでも美しく、晴れ晴れとして、いっさいを勝ち越えている。
☆今日のことば365 一月二十七日
信用というものは、積むに難く崩すに易いものだ。十年かかって積んだ信用も、いざという時のほんのちょっとした言動で失ってしまうこともある。
苦難のなかを、まっしぐらに自らの使命に生きぬく人こそ、最後にあらゆる人の信用を勝ち得るものだ。
☆教育 家庭は子どもの安全基地� 2017年1月15日
「やらせる」より自主性育む言動を
立命館大学准教授 安田裕子さん
大阪教育大学教授 戸田有一さん
家庭は子どもにとって一番身近であってほしい居場所。家庭が安心・安全を得られる場所になることで、子どもは諸活動にも意欲を燃やすことができます。家庭を子どもの安全基地にするために、どのような心掛けが大切なのか、立命館大学の安田裕子准教授と大阪教育大学の戸田有一教授に語り合ってもらいました(�は22日付掲載予定)。
◇手が出るのは不安が強いから
戸田 安田さんは虐待された子や家庭でのDV(ドメスティックバイオレンス)に心を痛め、何とかしたいという思いでの研究もされてきました。虐待というレベルまでいかなくとも、思わず子どもを厳しく叱ってしまうことは、少なからずあることかもしれません。しつけの延長で暴力に至ってしまうケースです。
例えば、小学校低学年の子どもが家でなかなか宿題をせず、授業の復習ができていない状態だったとします。親は「このままではいけない」と焦る。それで、嫌がっている子を叱りつけてでも勉強させる。こうした状態に陥ることもあります。
安田 「子どもをちゃんと育てなければ」という親の気持ちは自然なありようですし、また、親としての責任感からくるものでもあるでしょう。ただ、そうした気持ちがあまりにも強すぎ、変に気負ってしまって、その「理想的な」ありようから子どもがはみ出してしまったと思った時、不安と焦りで思わず手が出てしまうことがあり得るのではないでしょうか。
しかし暴力は、子どもの成長の観点からも、有効な方法とはとても言えません。たしかに子どもが幼い時は、力ずくで親の言うことを聞かせることができるかもしれません。しかし、子どもも心身ともに大きくなりますから、そんなことがいつまでも続くわけではありません。
戸田 子どもはやがて親の力でコントロールできなくなりますからね。そうなれば、力ずくで勉強させることはできないし、「勉強しなさい」と言う親に対して反抗したり、やっているふりをしたりするようになるでしょうね。
安田 力ずくで言うことを聞かせていると、子どもはそうした対処の仕方を学んでしまって、やがて子どもも力で反抗するようになったり、また、親のコントロールから逃れることばかりにエネルギーを注ぐようになってしまうのです。
◇問い掛けの工夫でやる気に
戸田 力で子どもを従わせるのは疲れますし、無益ですね。自発性を重視した関わり方が、長い目で見て有効という考えは同感です。わが家でも子どもに何かをさせたい時に、「〜しなさい」という命令文ではなく、「イエス」か「はい」で答える質問をするように心掛けました。
安田 勉強やお手伝いは、子ども自身も、やらなければいけないと、どこかで分かっています。それなのに、親から「やりなさい」と先に言われてしまうと、一気に嫌になり、やる気を失ってしまうのですよね。「イエス」か「はい」ですか(笑い)。面白いですね。具体的にはどんな質問ですか。
戸田 例えば「勉強する? お手伝いする?」とか、「今やる? 後でやる?」といった問い掛けをしていました。たいがい「後でやる」と言いますし、両方嫌と言われると困るのですが(笑い)。
親から言われたらやる気をなくすけれど、自分の意志でやることやタイミングを選べるのであれば、より主体的になれます。子どもには命令よりも、いろいろな選択肢を与えて、自ら選ばせてあげることが大切ですね。
安田 そうですね。それに加えて言葉による報酬も大切だと思います。本人が選択して行動した「勉強」や「お手伝い」に対して、「頑張ったね」とか、「お母さん、すごく助かったわ」とか。そうしたコミュニケーションを日頃から心掛けることが、子ども自身のやる気を高めることにつながりやすいとされています。
戸田 そもそも、子どもが何でも誰かの言うことに従うとしたら、困ったものです。子どもに「やらせる」ことよりも、駆け引きを通して自主性や忍耐力を育むことが大事です。それを、子どもを従わせるべきと思い込むと、怒ったり、ついつい、手を出したりしてしまうのでしょう。
安田 ただ、それでも手を出してはいけないのだと思います。たとえ、たたかれて身につく生活習慣や社会のルールがあったとしても、それは、たたかれたくないという気持ち、痛いことから自分を守りたいという思いから、従っているにすぎないといえるからです。
そうしたことを繰り返していれば、子どもは、自分の行動基準を、自分の言動そのものの善しあしではなく、相手が「こわいか、こわくないか」というような点にしてしまう恐れがあります。権威への迎合につながり得ることでもあります。そうしたことが、人格形成によい影響を与えるわけがないと思うのです。
◇大人の振る舞いをまねる
戸田 力で従わせるのではなく、辛抱強く、言葉で駆け引きしたいものですね。大変ですが。安田さんの研究や発言を通して、子どもの命と安心・安全を守るための、強い願いとたゆまぬ歩みを感じます。
昔から世の中の一部には「口で言っても分からない子には、手を出してもいい」という考え方が、浸透しているように感じます。
こうした考え方を大人は、いったいどこで学んだのでしょうか。おそらく、自分の人生の中で編み出したものではなく、誰かの考えを受け売りで言っているだけなのでしょう。
安田 普段の人間関係で、そのようなことは通用しませんよね。言うことを聞き入れてくれないからといって、友達、上司をたたいたら言うことを聞いてくれた、なんてことはあり得ないことです。それなのに、わが子にだけ、それが可能であると、どうして思うのでしょうか。
戸田 おかしなことです。近年、北欧などではわが子への体罰も法律で厳しく禁止されていますね。
安田 「子どもが大人の振る舞いをまねる」といったことに焦点をあてた行動心理学の実験があります。ケガをして困っている人に援助をしている大人の様子が映し出されたビデオを見る子どもと、ケガをした人がいても援助をしない大人が映し出されたビデオを見る子どもとに分けます。そして、実際にケガをした大人が来た時に、それぞれのビデオを見ていた子どもがどのような行動をとるのかを観察しました。
援助する大人のビデオを見ていた子どもは、ケガをしている大人に「どうしたの?」と援助しようとしたのに対し、援助しない大人のビデオを見ていた子どもは、ケガをした人に気をとどめることなく遊んでいた、という傾向が捉えられたのです。
この実験からも、大人の振る舞いを見て、子どもは自分の行動を学んでいくことは明らかでしょう。
戸田 なるほど。しつけのために子どもに暴力を振るうことは、結果として子どもに、「腹立たしい時は、相手に暴力を振るっていい」という考え方を伝えてしまっているとも言えるのですね。そういう論理が、平和の文化の対極にあります。大人の振る舞いが、子どもにどれほどの影響を与えているのか、深く自覚しておきたいものです。
やすだ・ゆうこ 大阪府生まれ。臨床心理学専攻。子どもを自然には授からなかった女性の経験と選択を捉える研究や、虐待被害に遭った子どもやDV家庭で育った子どもへの地域援助に関する研究、人の発達や人生径路の多様なありさまを捉える方法論に関する研究などを行う。著書に『不妊治療者の人生選択—ライフストーリーを捉えるナラティヴ・アプローチ』(新曜社)など。
とだ・ゆういち 1962年(昭和37年)、長野県生まれ。教育心理学専攻。ロンドン大学客員研究員、ウィーン大学客員教授なども経験。子育て支援やいじめ・虐待防止関連の国内外の調査に携わる。著書に『育自・共育あらかると—親の願いと子どものこころ』(北大路書房)など。
2017年1月26日木曜日
2017.01.26 わが友に贈る
今日という一日を
悔いなく戦い抜こう!
一瞬一瞬を大事にする
真剣勝負の積み重ねが
揺るがぬ自身をつくる!
辧殿尼御前御書 P1224
『しかりといえども弟子等檀那等の中に臆病のもの大体或はをち或は退転の心あり』
☆女性に贈ることば 一月二十六日
平和運動は決して遠くにあるものではない。自分さえよければというエゴの生命を、一人一人がいかにして乗り越えるか。
そして人の痛みをわが痛みとして感じる鋭い感受性をどう培うか−−日常のなにげない出来事のなかでの、そうした努力こそが大切であると思う。
☆今日のことば365 一月二十六日
生活の知恵とは、生活設計の努力である。計画性のない生活は、波間に漂う木の葉のようなものだ。平穏無事なときは目立たないが、一朝事あるときには波にのまれてしまう。
破綻した家庭は、農村よりも、文化的にみえる都会の方に多い。生活を楽しくするのは、文化であるより、まず知恵だという証拠である。
☆教育 子育てのストレス解消法 2017年1月8日
創価大学の鈎治雄教授に聞く
子育ての真っただ中では、ストレスを感じることも多く、イライラが募るものです。子育てのストレスを上手にコントロールするためのポイントについて、創価大学の鈎治雄教授に聞きました。
◇"現実"から離れる時間も
私は、講演会などで多くのお母さま方と触れ合う機会があります。皆さん、子育てだけでなく、家事、パート、介護、地域活動などを、精いっぱい、頑張っておられる方ばかりです。日々のご苦労に本当に頭が下がる思いです。一生懸命ゆえに、ストレスを抱えながら頑張り続けている方もいらっしゃるでしょう。
ストレスは一般的に、生活環境などの外的な要因と、個人の性格、ものの考え方といった内的な要因から起きるものとが掛け合わさって、相乗的に生じるものと考えられています。
生活環境が大変でも、性格が非常に明るく、くよくよしない人の場合、強いストレスを感じずに生きられることも事実です。だからこそ、個人が外の環境とどう向き合うかということが、大事になってきます。
今回は、私なりに考えた子育てのストレス解消法について、5点、紹介します。
一つ目は「一人になる時間をうまくつくる」ことです。多くのお母さんは子育てや家事、地域活動等の全てに真面目に取り組んでおられます。とても素晴らしいことです。ただ、真面目というのは見方を変えると、「常に自分と向き合っている」「自分と対決している」状態です。極度に自分と対決している状態が続けば、強いストレスが生じます。
自分と対決するのをやめることを心理学では「閉鎖」と呼びます。一人になる時間をつくることです。一生懸命に課題に挑戦しようと励む一方で、適度に"現実"から離れて自分一人になることも、ストレスを上手にコントロールするためにはとても大事です。
長時間ではなく、ちょっとした時間でもいいから公園のベンチに座って景色を見る、好きな音楽を聴く、コーヒーを飲むといったことでもよいでしょう。自分の生活スタイルの中で、ごく自然にストレス解消につながることをするのがお勧めです。
◇頑張った自分にご褒美!
二つ目は、頑張ったら「自分にご褒美をあげる」こと。子育てを頑張った後には、映画を見に行ったり、欲しいものを買ったりといったご褒美を与えることを意識してみてください。実際の生活の中では、自分が心から楽しめる、具体的なご褒美を目標に頑張ることが、ストレスの軽減につながります。
三つ目としては、現実の生活の中では不満やストレスが、たくさんたまるのが普通ですから、それを「吐き出せる場をもつ」ことです。同世代の方や同じ年齢の子どもがおられるお母さんと、日頃の悩み、つらさを語る。自分の思いの丈を聞いてもらう。つらかったことを吐き出す行為はカタルシス、心の浄化作用になります。
自分のことを語ると、気持ちが楽になるものです。
◇視点を少し先に向ける
四つ目は「助けられ上手、甘え上手なお母さんになろう」ということ。家族や近くの親戚、知人にうまく甘えて子どもの面倒を見てもらったり、自分の時間をつくったりするのです。
「子育ては家族の問題だ」と意識し過ぎると、他人に相談できずに、問題を一人で抱え込んでしまうことがあります。それでストレスがたまり、問題がさらに悪化してしまうことも。一人で抱え込み過ぎないことで心が軽くなります。つらいことは、少しでも誰かと共有できるように心掛けましょう。
ただ助けを求めるといっても、こちらの全ての要求に応じてもらおうとするのは適切ではありません。10の要求のうち、1か2を聞いてくれたら、理解できる人だと捉えることも大事だと思います。
五つ目として「子育てに完璧を追い求めない」ことです。プロのアナウンサーも時には原稿を読み間違えます。超一流のフィギュアスケーターでもジャンプを失敗することが何回もあります。子育てでも失敗がたくさんあるのが当たり前です。ただ、失敗ばかりに目を向けないで、少し先を見ていただきたいのです。
近くのものばかり見ていると、目が疲れるでしょう。だから、ちょっと遠くを見るのです。目の前の問題ばかりに気を取られるのではなく、少し先を見据える視点があると、心は軽くなります。楽観主義は、未来志向から生まれます。ちょっと先を見つめる心掛けです。そこから希望も生まれるのです。
悔いなく戦い抜こう!
一瞬一瞬を大事にする
真剣勝負の積み重ねが
揺るがぬ自身をつくる!
辧殿尼御前御書 P1224
『しかりといえども弟子等檀那等の中に臆病のもの大体或はをち或は退転の心あり』
☆女性に贈ることば 一月二十六日
平和運動は決して遠くにあるものではない。自分さえよければというエゴの生命を、一人一人がいかにして乗り越えるか。
そして人の痛みをわが痛みとして感じる鋭い感受性をどう培うか−−日常のなにげない出来事のなかでの、そうした努力こそが大切であると思う。
☆今日のことば365 一月二十六日
生活の知恵とは、生活設計の努力である。計画性のない生活は、波間に漂う木の葉のようなものだ。平穏無事なときは目立たないが、一朝事あるときには波にのまれてしまう。
破綻した家庭は、農村よりも、文化的にみえる都会の方に多い。生活を楽しくするのは、文化であるより、まず知恵だという証拠である。
☆教育 子育てのストレス解消法 2017年1月8日
創価大学の鈎治雄教授に聞く
子育ての真っただ中では、ストレスを感じることも多く、イライラが募るものです。子育てのストレスを上手にコントロールするためのポイントについて、創価大学の鈎治雄教授に聞きました。
◇"現実"から離れる時間も
私は、講演会などで多くのお母さま方と触れ合う機会があります。皆さん、子育てだけでなく、家事、パート、介護、地域活動などを、精いっぱい、頑張っておられる方ばかりです。日々のご苦労に本当に頭が下がる思いです。一生懸命ゆえに、ストレスを抱えながら頑張り続けている方もいらっしゃるでしょう。
ストレスは一般的に、生活環境などの外的な要因と、個人の性格、ものの考え方といった内的な要因から起きるものとが掛け合わさって、相乗的に生じるものと考えられています。
生活環境が大変でも、性格が非常に明るく、くよくよしない人の場合、強いストレスを感じずに生きられることも事実です。だからこそ、個人が外の環境とどう向き合うかということが、大事になってきます。
今回は、私なりに考えた子育てのストレス解消法について、5点、紹介します。
一つ目は「一人になる時間をうまくつくる」ことです。多くのお母さんは子育てや家事、地域活動等の全てに真面目に取り組んでおられます。とても素晴らしいことです。ただ、真面目というのは見方を変えると、「常に自分と向き合っている」「自分と対決している」状態です。極度に自分と対決している状態が続けば、強いストレスが生じます。
自分と対決するのをやめることを心理学では「閉鎖」と呼びます。一人になる時間をつくることです。一生懸命に課題に挑戦しようと励む一方で、適度に"現実"から離れて自分一人になることも、ストレスを上手にコントロールするためにはとても大事です。
長時間ではなく、ちょっとした時間でもいいから公園のベンチに座って景色を見る、好きな音楽を聴く、コーヒーを飲むといったことでもよいでしょう。自分の生活スタイルの中で、ごく自然にストレス解消につながることをするのがお勧めです。
◇頑張った自分にご褒美!
二つ目は、頑張ったら「自分にご褒美をあげる」こと。子育てを頑張った後には、映画を見に行ったり、欲しいものを買ったりといったご褒美を与えることを意識してみてください。実際の生活の中では、自分が心から楽しめる、具体的なご褒美を目標に頑張ることが、ストレスの軽減につながります。
三つ目としては、現実の生活の中では不満やストレスが、たくさんたまるのが普通ですから、それを「吐き出せる場をもつ」ことです。同世代の方や同じ年齢の子どもがおられるお母さんと、日頃の悩み、つらさを語る。自分の思いの丈を聞いてもらう。つらかったことを吐き出す行為はカタルシス、心の浄化作用になります。
自分のことを語ると、気持ちが楽になるものです。
◇視点を少し先に向ける
四つ目は「助けられ上手、甘え上手なお母さんになろう」ということ。家族や近くの親戚、知人にうまく甘えて子どもの面倒を見てもらったり、自分の時間をつくったりするのです。
「子育ては家族の問題だ」と意識し過ぎると、他人に相談できずに、問題を一人で抱え込んでしまうことがあります。それでストレスがたまり、問題がさらに悪化してしまうことも。一人で抱え込み過ぎないことで心が軽くなります。つらいことは、少しでも誰かと共有できるように心掛けましょう。
ただ助けを求めるといっても、こちらの全ての要求に応じてもらおうとするのは適切ではありません。10の要求のうち、1か2を聞いてくれたら、理解できる人だと捉えることも大事だと思います。
五つ目として「子育てに完璧を追い求めない」ことです。プロのアナウンサーも時には原稿を読み間違えます。超一流のフィギュアスケーターでもジャンプを失敗することが何回もあります。子育てでも失敗がたくさんあるのが当たり前です。ただ、失敗ばかりに目を向けないで、少し先を見ていただきたいのです。
近くのものばかり見ていると、目が疲れるでしょう。だから、ちょっと遠くを見るのです。目の前の問題ばかりに気を取られるのではなく、少し先を見据える視点があると、心は軽くなります。楽観主義は、未来志向から生まれます。ちょっと先を見つめる心掛けです。そこから希望も生まれるのです。
2017年1月25日水曜日
2017.01.25 わが友に贈る
未来部育成に全力を!
長所を見つけ
褒めて伸ばそう!
「後継の宝」の成長が
人類の命運を決める。
千日尼御前御返事 P1314
『あわれあわれふしぎなる事かな、此れもかまくらも此の方の者は此の病にて死ぬる人はすくなく候、同じ船にて候へばいづれもたすかるべしともをぼへず候いつるにふねやぶれてたすけぶねに値えるか、又竜神のたすけにて事なく岸へつけるかとこそ不思議がり候へ』
☆女性に贈ることば 一月二十五日
日々、より高く、より深く、より広い何かを求めて進歩する。
人のため、社会の平和のために行動する。
そこにかぎりない向上がある。充実がある。安心も幸福もある。何よりも若々しく生きられる。
☆今日のことば365 一月二十五日
趣味は豊かな心の泉である。その泉のなかより、自然にわきいづるものが尊いのである。また、趣味は、人間性の美しい色彩でもある。平凡のなかに、キラリと輝く人間性---ここに真実の美しさ、気品があり、趣味の真髄がある。
☆「雪の秋田指導」35周年記念特集㊦ 2017年1月12日
◇一人ももれなく幸福王者と輝け
池田先生は秋田への万感の思いを詠んでいる。「おお秋田 偉大な秋田に 勝利あれ 一人ももれなく 幸福王者と」。友の幸福を願い、見守ってきた先生。その深き真心に応えてきた秋田の同志。「雪の秋田指導」35周年記念特集㊦では、総秋田青年部の抱負と、"秋田の魂"を継ぐ一家の代表を紹介する。
◇総秋田 齋藤光一青年部長 "秋田の闘魂"は我らが継ぐ
1982年(昭和57年)1月10日、池田先生は秋田へ。空港から会館までの途上、同志を見つけては車から降り、雪でぬかるんだ道を、革靴のまま踏みしめて同志を励まされました。
この折の「雪の秋田指導」で刻まれた数々の黄金の歴史を受け継ぐため、総秋田青年部は会合や研修会などで先生の足跡、指導を研鑽してきました。
当時の歴史を学ぶほど、皆の胸に使命の天地で戦う誇りがみなぎり、雪道を訪問激励に向かう一歩一歩にも力がこもります。
現在、「『正義の秋田』――青年・大拡大月間」を驀進しています。男子部・学生部はかつてない対話に挑み、女子部はロマン総会の大成功へ励ましの輪を拡大。元日から多くの弘教が実り、広布の息吹がみなぎっています。
「雪の秋田指導」の場に居合わせた先輩が口々に言われること。それは「悪は許してはならない」「正義は叫ばなければならない」との"秋田の闘魂"です。
「日本海の雄」秋田の新たな青年の陣列を築いてまいります。
◇秋田嵐舞県 長谷部信男さん・俊子さん 師の温かさ知った原点
いつ師匠が来るかは分からなかった。それでも、長谷部俊子さん(婦人部副本部長)は、まだ幼かった長男の良弘さん(千秋光彩県、県男子部長)、長女の良美さん(県女子部主任部長)を抱え、秋田空港の近くで待ち続けた。
「どうしても、お会いしたかった。その気持ちだけで、その場に数時間いました」
1982年(昭和57年)1月10日の午後2時過ぎ、池田先生を乗せた車が近づいてきた。先生は車から降り、俊子さんと握手を。良弘さんの姿を見つけて、「創価大学に」と声を掛け、良美さんの頭をなでた。
「先生はね、あったかい人。時間にして数分だったと思う。だけど、あの感激は忘れられない」
雪の降る中で行われた13日の記念撮影にも、俊子さんは参加。師と共に勝ちどきを上げたことは、黄金の思い出だ。
夫の信男さん(副本部長)は、牙城会の一員として、13日の撮影の整理役員に就いていた。「県内から集う同志の姿を見て、改めて思いました。"学会は、先生と同志の一対一の絆でできているんだ"と」
14日の第1回秋田県青年部総会に集ったことは、誉れの原点である。
良弘さん、良美さん、次男の洋治さん(男子部員)は、父母の姿に、信心の姿勢を学んだ。
良弘さんは高校卒業後、建設会社に就職。1級土木施工管理技士などの資格を取得した。
2013年(平成25年)、創価大学通信教育部に入学。働きながら学ぶ努力を続ける。
昨年、弘教を実らせた。「青年の陣列を拡大します」と意気込む。
良美さんは、座談会などで、「雪の秋田指導」について学んできた。「時を重ねるほど、いかに大切な場にいたのかを実感します」と語る。
これまで訪問激励に尽力し、女子部の連帯を拡大。「一人を徹して大切にし、幸の輪を広げていきます」と決意する。
洋治さんは、仕事が多忙な中、果敢に対話に挑戦している。
地域で着実に信頼を積み重ね、学会理解の輪を広げてきた長谷部さん夫婦。「私たちが先生の恩に応えるには、広布拡大しかない。まだまだ頑張るよ」――そう声を弾ませる夫婦の姿には、「雪の秋田指導」の感動が、今も躍動していた。
◇能代広宣県 佐藤真一さん・サヨさん 一日も忘れたことはない
「これをね、いつもポケットに入れているんです」。そう言って、佐藤真一さん(総県総合長)が取り出した1枚の紙。「『雪の秋田指導』の時の池田先生の指導です」
妻のサヨさん(総県副婦人部長)が「『雪の秋田指導』のことを忘れたことは、一日もありません」と言葉を続けた。
真一さんは、能代市・多宝寺の檀家総代だった。1978年(昭和53年)の元日、"学会を離れないから"という理由で、解任された。
「宗門は先生、学会のおかげで発展したんでしょ。それなのに、弓を引くなんて、あまりにもばかげている。私は『お前たちなど相手にしない!』と叫んで寺を出ましたよ」
宗門の迫害が続く中、サヨさんは二ツ井支部の支部婦人部長に就任。仏法の正義は学会にしかないと語り抜いた。
そうして迎えた82年(同57年)1月12日。サヨさんは、先生との懇談の席に招かれた。
「場内を見渡し、先生は『秋田に人材が出てきたね』と。そのご期待にお応えしてみせると誓いました」
その日の夜に開催された県幹部会には夫婦で参加。能代の代表メンバーが勝利宣言した感動は、今も胸に鮮やかだ。
父母が歩んできた"広布の道"を今、長女・加代子さん(白ゆり長)、次女・由貴子さん(地区副婦人部長)も進む。
加代子さんは「何かあれば『題目あげれ』が父と母の口癖。私も母になって、気付けば子どもたちに『何があっても題目よ』と言うようになっていました」と笑顔で。
1月が巡り来るたび、秋田では座談会などで「雪の秋田指導」について学ぶのが伝統だ。
由貴子さんは、「その時の熱気が、私たちにも伝わってきます。まさに、『秋田の魂』だと感じます。その精神を継承し、伝え続けていかなければと思います」と語った。
2012年(平成24年)、真一さんに胸部大動脈瘤が見つかった。8時間の手術を行い、一命を取り留めた。
声がかすれるなどの後遺症が残ったものの、「命ある限り、先生のため、学会のため、同志のために戦い続ける。それが私の使命です」と、今も広布の最前線を走る真一さん。
夫の力強い言葉に、隣にいたサヨさんが、にっこりほほ笑んだ。
◇秋田黄金県 高橋■〈霍の右に犬〉さん・レツさん 「あんたの家は幸せだな」
草創期から妙法の灯がともった大仙市も、宗門事件の嵐が吹き荒れた地域である。
この地を広布の舞台とする太田支部で当時、地区婦人部長だった高橋レツさん(婦人部副本部長)。「絶対に退転者は出さない」と奔走し、地区から退転・反逆者は一人も出なかった。
1979年(昭和54年)9月、支部婦人部長に。学会への暴言を浴びる中、夫の■〈霍の右に犬〉さん(副県長)と「私たちの師匠は池田先生だ!」と、同志に正義を訴え抜いた。
82年(同57年)1月11日の午後、レツさんは池田先生が出席した懇談会に招かれた。先生はピアノを弾いて温かく皆を励ましてくれた。
「その時、再び奮起したんです。『よし、一生かけて実証を示そう』って」
57年(同32年)、■〈霍の右に犬〉さんと共に入会した。貧しく、わらぶき屋根の家には冬になると吹雪が吹き込んだ。「拝み屋」と冷やかされもしたが、「今に見てろ」との決意に変えた。
その後、自宅を改築し、広布の会場に提供。さまざまな悩みと戦う同志が集まった。三度の食事に事欠く生活苦、夫婦仲の問題……。まるで高橋家は"よろず相談所"となった。
「あの人がどういう性格か、好きな食べ物は何か、全部分かりました。自分たちの悩みもあったけど、知らない間に解決していました。同志の皆さんと、苦難を乗り越えてきたことが一番の財産です」(レツさん)
長男の直博さんは多くの同志が集う"創価家族"の中で信心を学んだ。「雪の秋田指導」の際に決定した「第1回世界農村青年会議」の運営に尽力。85年(同60年)の「第1回秋田青年平和合唱祭」にも参加し、秋田の発展に期待を寄せる師匠のスピーチに、生涯、広布の道をと誓った。
家業の農業を継ぎ、地域のJA職員としても奮闘。現在、太田支部の支部長、総秋田農漁光部の書記長として妻の三智子さん(支部婦人部長)と広布に駆ける。
孫の桂子さんは先月、女子部の本部長に。「私は池田先生にお会いしたことはありませんが、家族の姿を通して、先生を身近に感じています」と語る。同じく孫の大輔さんは植物の研究者として、ドイツの研究機関で使命の道をまい進中だ。
今では近隣の住民から「あんたの家は信心しているからこんなに幸せなんだな」と、深い信頼を寄せられる高橋さん一家。
師弟の道を真っすぐに歩んできた一家には今、功徳の花が爛漫と咲き薫っている。
長所を見つけ
褒めて伸ばそう!
「後継の宝」の成長が
人類の命運を決める。
千日尼御前御返事 P1314
『あわれあわれふしぎなる事かな、此れもかまくらも此の方の者は此の病にて死ぬる人はすくなく候、同じ船にて候へばいづれもたすかるべしともをぼへず候いつるにふねやぶれてたすけぶねに値えるか、又竜神のたすけにて事なく岸へつけるかとこそ不思議がり候へ』
☆女性に贈ることば 一月二十五日
日々、より高く、より深く、より広い何かを求めて進歩する。
人のため、社会の平和のために行動する。
そこにかぎりない向上がある。充実がある。安心も幸福もある。何よりも若々しく生きられる。
☆今日のことば365 一月二十五日
趣味は豊かな心の泉である。その泉のなかより、自然にわきいづるものが尊いのである。また、趣味は、人間性の美しい色彩でもある。平凡のなかに、キラリと輝く人間性---ここに真実の美しさ、気品があり、趣味の真髄がある。
☆「雪の秋田指導」35周年記念特集㊦ 2017年1月12日
◇一人ももれなく幸福王者と輝け
池田先生は秋田への万感の思いを詠んでいる。「おお秋田 偉大な秋田に 勝利あれ 一人ももれなく 幸福王者と」。友の幸福を願い、見守ってきた先生。その深き真心に応えてきた秋田の同志。「雪の秋田指導」35周年記念特集㊦では、総秋田青年部の抱負と、"秋田の魂"を継ぐ一家の代表を紹介する。
◇総秋田 齋藤光一青年部長 "秋田の闘魂"は我らが継ぐ
1982年(昭和57年)1月10日、池田先生は秋田へ。空港から会館までの途上、同志を見つけては車から降り、雪でぬかるんだ道を、革靴のまま踏みしめて同志を励まされました。
この折の「雪の秋田指導」で刻まれた数々の黄金の歴史を受け継ぐため、総秋田青年部は会合や研修会などで先生の足跡、指導を研鑽してきました。
当時の歴史を学ぶほど、皆の胸に使命の天地で戦う誇りがみなぎり、雪道を訪問激励に向かう一歩一歩にも力がこもります。
現在、「『正義の秋田』――青年・大拡大月間」を驀進しています。男子部・学生部はかつてない対話に挑み、女子部はロマン総会の大成功へ励ましの輪を拡大。元日から多くの弘教が実り、広布の息吹がみなぎっています。
「雪の秋田指導」の場に居合わせた先輩が口々に言われること。それは「悪は許してはならない」「正義は叫ばなければならない」との"秋田の闘魂"です。
「日本海の雄」秋田の新たな青年の陣列を築いてまいります。
◇秋田嵐舞県 長谷部信男さん・俊子さん 師の温かさ知った原点
いつ師匠が来るかは分からなかった。それでも、長谷部俊子さん(婦人部副本部長)は、まだ幼かった長男の良弘さん(千秋光彩県、県男子部長)、長女の良美さん(県女子部主任部長)を抱え、秋田空港の近くで待ち続けた。
「どうしても、お会いしたかった。その気持ちだけで、その場に数時間いました」
1982年(昭和57年)1月10日の午後2時過ぎ、池田先生を乗せた車が近づいてきた。先生は車から降り、俊子さんと握手を。良弘さんの姿を見つけて、「創価大学に」と声を掛け、良美さんの頭をなでた。
「先生はね、あったかい人。時間にして数分だったと思う。だけど、あの感激は忘れられない」
雪の降る中で行われた13日の記念撮影にも、俊子さんは参加。師と共に勝ちどきを上げたことは、黄金の思い出だ。
夫の信男さん(副本部長)は、牙城会の一員として、13日の撮影の整理役員に就いていた。「県内から集う同志の姿を見て、改めて思いました。"学会は、先生と同志の一対一の絆でできているんだ"と」
14日の第1回秋田県青年部総会に集ったことは、誉れの原点である。
良弘さん、良美さん、次男の洋治さん(男子部員)は、父母の姿に、信心の姿勢を学んだ。
良弘さんは高校卒業後、建設会社に就職。1級土木施工管理技士などの資格を取得した。
2013年(平成25年)、創価大学通信教育部に入学。働きながら学ぶ努力を続ける。
昨年、弘教を実らせた。「青年の陣列を拡大します」と意気込む。
良美さんは、座談会などで、「雪の秋田指導」について学んできた。「時を重ねるほど、いかに大切な場にいたのかを実感します」と語る。
これまで訪問激励に尽力し、女子部の連帯を拡大。「一人を徹して大切にし、幸の輪を広げていきます」と決意する。
洋治さんは、仕事が多忙な中、果敢に対話に挑戦している。
地域で着実に信頼を積み重ね、学会理解の輪を広げてきた長谷部さん夫婦。「私たちが先生の恩に応えるには、広布拡大しかない。まだまだ頑張るよ」――そう声を弾ませる夫婦の姿には、「雪の秋田指導」の感動が、今も躍動していた。
◇能代広宣県 佐藤真一さん・サヨさん 一日も忘れたことはない
「これをね、いつもポケットに入れているんです」。そう言って、佐藤真一さん(総県総合長)が取り出した1枚の紙。「『雪の秋田指導』の時の池田先生の指導です」
妻のサヨさん(総県副婦人部長)が「『雪の秋田指導』のことを忘れたことは、一日もありません」と言葉を続けた。
真一さんは、能代市・多宝寺の檀家総代だった。1978年(昭和53年)の元日、"学会を離れないから"という理由で、解任された。
「宗門は先生、学会のおかげで発展したんでしょ。それなのに、弓を引くなんて、あまりにもばかげている。私は『お前たちなど相手にしない!』と叫んで寺を出ましたよ」
宗門の迫害が続く中、サヨさんは二ツ井支部の支部婦人部長に就任。仏法の正義は学会にしかないと語り抜いた。
そうして迎えた82年(同57年)1月12日。サヨさんは、先生との懇談の席に招かれた。
「場内を見渡し、先生は『秋田に人材が出てきたね』と。そのご期待にお応えしてみせると誓いました」
その日の夜に開催された県幹部会には夫婦で参加。能代の代表メンバーが勝利宣言した感動は、今も胸に鮮やかだ。
父母が歩んできた"広布の道"を今、長女・加代子さん(白ゆり長)、次女・由貴子さん(地区副婦人部長)も進む。
加代子さんは「何かあれば『題目あげれ』が父と母の口癖。私も母になって、気付けば子どもたちに『何があっても題目よ』と言うようになっていました」と笑顔で。
1月が巡り来るたび、秋田では座談会などで「雪の秋田指導」について学ぶのが伝統だ。
由貴子さんは、「その時の熱気が、私たちにも伝わってきます。まさに、『秋田の魂』だと感じます。その精神を継承し、伝え続けていかなければと思います」と語った。
2012年(平成24年)、真一さんに胸部大動脈瘤が見つかった。8時間の手術を行い、一命を取り留めた。
声がかすれるなどの後遺症が残ったものの、「命ある限り、先生のため、学会のため、同志のために戦い続ける。それが私の使命です」と、今も広布の最前線を走る真一さん。
夫の力強い言葉に、隣にいたサヨさんが、にっこりほほ笑んだ。
◇秋田黄金県 高橋■〈霍の右に犬〉さん・レツさん 「あんたの家は幸せだな」
草創期から妙法の灯がともった大仙市も、宗門事件の嵐が吹き荒れた地域である。
この地を広布の舞台とする太田支部で当時、地区婦人部長だった高橋レツさん(婦人部副本部長)。「絶対に退転者は出さない」と奔走し、地区から退転・反逆者は一人も出なかった。
1979年(昭和54年)9月、支部婦人部長に。学会への暴言を浴びる中、夫の■〈霍の右に犬〉さん(副県長)と「私たちの師匠は池田先生だ!」と、同志に正義を訴え抜いた。
82年(同57年)1月11日の午後、レツさんは池田先生が出席した懇談会に招かれた。先生はピアノを弾いて温かく皆を励ましてくれた。
「その時、再び奮起したんです。『よし、一生かけて実証を示そう』って」
57年(同32年)、■〈霍の右に犬〉さんと共に入会した。貧しく、わらぶき屋根の家には冬になると吹雪が吹き込んだ。「拝み屋」と冷やかされもしたが、「今に見てろ」との決意に変えた。
その後、自宅を改築し、広布の会場に提供。さまざまな悩みと戦う同志が集まった。三度の食事に事欠く生活苦、夫婦仲の問題……。まるで高橋家は"よろず相談所"となった。
「あの人がどういう性格か、好きな食べ物は何か、全部分かりました。自分たちの悩みもあったけど、知らない間に解決していました。同志の皆さんと、苦難を乗り越えてきたことが一番の財産です」(レツさん)
長男の直博さんは多くの同志が集う"創価家族"の中で信心を学んだ。「雪の秋田指導」の際に決定した「第1回世界農村青年会議」の運営に尽力。85年(同60年)の「第1回秋田青年平和合唱祭」にも参加し、秋田の発展に期待を寄せる師匠のスピーチに、生涯、広布の道をと誓った。
家業の農業を継ぎ、地域のJA職員としても奮闘。現在、太田支部の支部長、総秋田農漁光部の書記長として妻の三智子さん(支部婦人部長)と広布に駆ける。
孫の桂子さんは先月、女子部の本部長に。「私は池田先生にお会いしたことはありませんが、家族の姿を通して、先生を身近に感じています」と語る。同じく孫の大輔さんは植物の研究者として、ドイツの研究機関で使命の道をまい進中だ。
今では近隣の住民から「あんたの家は信心しているからこんなに幸せなんだな」と、深い信頼を寄せられる高橋さん一家。
師弟の道を真っすぐに歩んできた一家には今、功徳の花が爛漫と咲き薫っている。
2017年1月24日火曜日
2017.01.24 わが友に贈る
いかなる苦難の嵐にも
御書を羅針盤として
敢然と立ち向かえ!
試練の烈風を追い風に
堂々たる人生行路を!
法華証明抄 P1587
『上下万人にあるいはいさめ或はをどし候いつるについに捨つる心なくて候へばすでに仏になるべしと見へ候へば天魔外道が病をつけてをどさんと心み候か、命はかぎりある事なりすこしもをどろく事なかれ』
☆女性に贈ることば 一月二十四日
世間体や表面的な次元にとらわれた生き方では、いつまでたっても安心感は得られない。いつも何かに左右され、軸がなくなってしまう。すると、「困った」「どうしよう」と、グルグル回っているだけで前へ進まず、愚痴や心配が絶えなくなってしまう。
そうではなく、一念のハンドルによって、すべてを希望の方向へ、幸福の方向へと、力強く回転させていくことだ。
☆今日のことば365 一月二十四日
いかなる境遇にあっても
自己の使命を貫く者は
常に 人生の勝利者となろう
☆「雪の秋田指導」35周年記念特集� 2017年1月11日
◇世界の友が仰ぎ讃えむ
1982年(昭和57年)の1月10日から15日まで行われた「雪の秋田指導」。池田先生は「それは忘れえぬ 決して忘れることのできぬ 私の胸中の歴史の一コマであった」とつづっている。今回は「雪の秋田指導」35周年記念特集として2回にわたって掲載する。�では、先生の足跡を追い、「励ましのドラマ」に迫る。
秋田文化会館の1階ロビーにある金色に輝く銘板。池田先生の長編詩「みちのくの幸の光彩」が刻まれている。
その銘板の由来文に、先生は秋田の友への万感の思いをつづった。
「忍耐強く試練の冬を勝ち越えし不屈の勇者あり」
「全世界の創価の同志も その英姿を仰ぎ讃えむ」
——1977年(昭和52年)ごろから、秋田で第1次宗門事件が勃発。悪侶が退転・反逆者と結託し、謀略の限りを尽くした。
秋田の友は懸命に耐えた。その迫害の嵐を乗り越え、師弟の勝利の雄叫びが轟いたのが、82年(同57年)1月の「雪の秋田指導」である。
1982年(昭和57年)1月10日、池田先生は10年ぶりに秋田の地を踏んだ。
"一目でも"と、師を求める同志が、空港からの沿道に、次々と集まってきていた。寒風が吹きすさぶ中で、先生は居合わせた友と記念撮影を。会館到着後も、カメラに納まり、激励を重ねた。
その回数、計9回。空港到着後から、わずか1時間で励ました友は、約1000人に及んだ。"正義の心"熱き友との出会いの感動を、先生は詠んだ。
「寒風に 喜々と求道 広布へと 胸張る秋田の 友は光りぬ」
翌11日午前、先生は秋田会館(当時)で、元日から行われていた「池田SGI会長 平和行動展」へ足を運んだ。
同展は秋田青年部が企画し、準備に当たってきた。前日の10日には、来館者が1万人を突破。元日から、秋田の友は、師の正義を地域に宣揚していたのである。
その後、代表メンバーとの懇談会場へ。
この場にいた加藤ユミさん(故人)。80年(同55年)に、学会の親善交流使節団の一人として、アメリカを訪問できた感謝を伝えた。
先生は「海外に行くなんて、すごいね」。すると、加藤さんは「私は折伏をしました。そうしたら、いつの間にか海外に行けるような境涯になりました」。
先生の言葉に力がこもった。
「偉いな。愚直に学会活動に励んだ人が、一番幸せになるんだ」
◇
秋田指導3日目の12日、県幹部会が行われた。
伊藤克己さん(秋田黄金県、県副総合長)は、妻の陽子さん(同、県副婦人部長)と、幹部会に駆け付けた。
宗門事件で、伊藤さんの男子部時代の先輩が退転した。信頼していただけに、激しい怒りが込み上げた。
伊藤さんは「先生とお会いして"自分たちの地域の広宣流布は、自分たちの手で成し遂げていく"と腹が決まりました」と。
この誓いのままに、陽子さんと、地域広布にまい進してきた。その情熱は今も赤々と燃え、この10年で、夫妻は9世帯の弘教を実らせている。
陽子さんは、民生児童委員を18年にわたって務めるなど、地域貢献にも率先する。
「生涯、広布に戦い続ける。それが『雪の秋田指導』の報恩だと思っています」と、夫妻は口をそろえた。
翌13日午前、秋田文化会館に続々と友が集まってきた。先生の提案で、「自由勤行会」の開催が決まったのである。その場には、宗門事件の嵐が激しかった県北の能代、県南の大曲の友の歓喜した姿もあった。
勤行会終了後、会館に隣接する広場で、記念撮影が行われることに。降りしきる雪の中で、「人間革命の歌」の合唱が響き、師弟の勝ちどきが轟いた。
勤行会は午後も行われ、合わせて、約3000人が師のもとに集った。
先生は午前の友に「吹雪グループ」、午後の友に「嵐舞グループ」との名を贈った。さらに後年、行事の成功を自宅で祈り、見守った友は「雪の秋田指導 栄光グループ」と命名された。
先生は"栄光グループ"に対し「純白の雪の如く清らかな、その深き真心を、私はどうして忘れることができようか」と感謝をつづっている。
会えても、会えなくても、深く通い合う師と弟子の心。その絆は今も燦然と輝き、秋田広布の未来を照らし続けている。
◇
秋田を発つ前日の14日午後6時、青年部と未来部の代表が集い、第1回秋田県青年部総会が開催された。
この総会で、青年たちが心に刻み、今も語り継ぐ師の言葉がある。スピーチを終えた後、先生は会場の出口付近で、高らかに宣言した。
「きょう、私は正式に語っておきます。自分が思うと思わざるとにかかわらず、諸君は池田門下生であると思っています。信頼しています!」
総会に参加した栗田由美子さん(湯沢太陽県、県婦人部長)。この時が初めての師との出会いだった。
「まだまだ未熟な私たちのことを"池田門下生"とおっしゃってくださった。"この誇りを絶対に忘れない"と誓いました」
翌年、夫・民男さんと結婚。2人の子を授かった。経済的には苦しかったが、家族仲良く、幸せな生活だった。
91年(平成3年)、民男さんが心筋梗塞で倒れた。4カ月後に退院できたが、仕事ができる体ではなかった。
栗田さんは、保険の営業職に就いた。6年後、民男さんは霊山へ旅立ったが、"池田門下生"の誇りを胸に、仕事・家事・子育て・学会活動と、全てをやり切ってきた。
昨年11月、県婦人部長の任命を。「地域に功徳の花を咲かせていきます」と誓う。
渡辺達美さん(本荘大勝県、副支部長)も、会場にいた一人。
当時、入会5年。前日の撮影会にも参加し、勝利の凱歌を響かせた。「今の自分があるのは、秋田指導での先生の励ましがあったからです」と感謝は尽きない。
2011年(平成23年)5月、建築業を営む渡辺さんは、東日本大震災の被災地で仮設住宅の建設に携わった。その奮闘の様子を、先生は「秋田魁新報」の特別寄稿の中で紹介した。
"ここまで見守り、励まし続けてくださるのか"。先生の真心に応えんとする誓いを深くした。
渡辺さんは、多忙な合間を縫って勉強に励み、1級技能士や職業訓練指導員など数々の資格を取得してきた。一昨年には、厚生労働省が推進する「ものづくりマイスター」に選ばれ、若者の技能者育成にも尽力する。
12年(同24年)、妻・紀佐子さん(同、県副婦人部長)の乳がんが発覚した。だが、夫婦で懸命に祈り、抗がん剤治療等を経て、紀佐子さんの体調は回復。現在まで再発はない。
地域では待望の新「本荘文化会館」が昨年に完成し、大きな喜びが広がる。
渡辺さんは誓う。
「あの雪の中で合唱した『人間革命の歌』を歌いながら、夫婦で力を合わせ、広布拡大にまい進していきます」
松下誠さん(同、副県長)も、師の"池田門下生"の宣言を胸に刻む。
82年の元日から"平和行動展"の役員として奔走。14日の総会には、吹雪の中を、自宅から3時間かけて集った。
高校卒業後、実家の農家を継いだ。長年、米作りを続けていたが、89年(平成元年)に地元の酒蔵と契約し、酒米作りも始めることに。
数年間、収穫前に酒米の稲が根元から倒れるなど、試練が続いた。しかし、師の"宣言"を思い返しては、「絶対に負けない」と"負けじ魂"を燃やした。
創意工夫を重ね、5年目の挑戦で、ついに見事な稲が育った。そのことが、周囲の農家の信頼にもつながった。
2年前、県地域部長に。「先生が言われる通り、地域に根差すことが大事だな」。そう言って、松下さんは屈託ない笑顔を見せた。
◇
秋田県青年部総会の参加者は「2001年第1期会」と命名され、現在の秋田広布の中核を担っている。
5年前の「雪の秋田指導」30周年の折には、秋田の青年部と未来部の人材グループ「2030年第1期会」が結成され、新たな出発を切った。
池田先生は、秋田青年部に呼び掛けている。
「偉大なる秋田の青年たちよ! 団結せよ! 立ち上がれ! 断固として、勝利を勝ち取れ! 君たちのあとに、日本国中の青年が立ち上がるだろう!」
師が「広宣流布の『日本海の雄』」と讃える秋田。その後継の青年たちが、新たな歴史の幕を開く。
◎日付、間違えました m(__)m
御書を羅針盤として
敢然と立ち向かえ!
試練の烈風を追い風に
堂々たる人生行路を!
法華証明抄 P1587
『上下万人にあるいはいさめ或はをどし候いつるについに捨つる心なくて候へばすでに仏になるべしと見へ候へば天魔外道が病をつけてをどさんと心み候か、命はかぎりある事なりすこしもをどろく事なかれ』
☆女性に贈ることば 一月二十四日
世間体や表面的な次元にとらわれた生き方では、いつまでたっても安心感は得られない。いつも何かに左右され、軸がなくなってしまう。すると、「困った」「どうしよう」と、グルグル回っているだけで前へ進まず、愚痴や心配が絶えなくなってしまう。
そうではなく、一念のハンドルによって、すべてを希望の方向へ、幸福の方向へと、力強く回転させていくことだ。
☆今日のことば365 一月二十四日
いかなる境遇にあっても
自己の使命を貫く者は
常に 人生の勝利者となろう
☆「雪の秋田指導」35周年記念特集� 2017年1月11日
◇世界の友が仰ぎ讃えむ
1982年(昭和57年)の1月10日から15日まで行われた「雪の秋田指導」。池田先生は「それは忘れえぬ 決して忘れることのできぬ 私の胸中の歴史の一コマであった」とつづっている。今回は「雪の秋田指導」35周年記念特集として2回にわたって掲載する。�では、先生の足跡を追い、「励ましのドラマ」に迫る。
秋田文化会館の1階ロビーにある金色に輝く銘板。池田先生の長編詩「みちのくの幸の光彩」が刻まれている。
その銘板の由来文に、先生は秋田の友への万感の思いをつづった。
「忍耐強く試練の冬を勝ち越えし不屈の勇者あり」
「全世界の創価の同志も その英姿を仰ぎ讃えむ」
——1977年(昭和52年)ごろから、秋田で第1次宗門事件が勃発。悪侶が退転・反逆者と結託し、謀略の限りを尽くした。
秋田の友は懸命に耐えた。その迫害の嵐を乗り越え、師弟の勝利の雄叫びが轟いたのが、82年(同57年)1月の「雪の秋田指導」である。
1982年(昭和57年)1月10日、池田先生は10年ぶりに秋田の地を踏んだ。
"一目でも"と、師を求める同志が、空港からの沿道に、次々と集まってきていた。寒風が吹きすさぶ中で、先生は居合わせた友と記念撮影を。会館到着後も、カメラに納まり、激励を重ねた。
その回数、計9回。空港到着後から、わずか1時間で励ました友は、約1000人に及んだ。"正義の心"熱き友との出会いの感動を、先生は詠んだ。
「寒風に 喜々と求道 広布へと 胸張る秋田の 友は光りぬ」
翌11日午前、先生は秋田会館(当時)で、元日から行われていた「池田SGI会長 平和行動展」へ足を運んだ。
同展は秋田青年部が企画し、準備に当たってきた。前日の10日には、来館者が1万人を突破。元日から、秋田の友は、師の正義を地域に宣揚していたのである。
その後、代表メンバーとの懇談会場へ。
この場にいた加藤ユミさん(故人)。80年(同55年)に、学会の親善交流使節団の一人として、アメリカを訪問できた感謝を伝えた。
先生は「海外に行くなんて、すごいね」。すると、加藤さんは「私は折伏をしました。そうしたら、いつの間にか海外に行けるような境涯になりました」。
先生の言葉に力がこもった。
「偉いな。愚直に学会活動に励んだ人が、一番幸せになるんだ」
◇
秋田指導3日目の12日、県幹部会が行われた。
伊藤克己さん(秋田黄金県、県副総合長)は、妻の陽子さん(同、県副婦人部長)と、幹部会に駆け付けた。
宗門事件で、伊藤さんの男子部時代の先輩が退転した。信頼していただけに、激しい怒りが込み上げた。
伊藤さんは「先生とお会いして"自分たちの地域の広宣流布は、自分たちの手で成し遂げていく"と腹が決まりました」と。
この誓いのままに、陽子さんと、地域広布にまい進してきた。その情熱は今も赤々と燃え、この10年で、夫妻は9世帯の弘教を実らせている。
陽子さんは、民生児童委員を18年にわたって務めるなど、地域貢献にも率先する。
「生涯、広布に戦い続ける。それが『雪の秋田指導』の報恩だと思っています」と、夫妻は口をそろえた。
翌13日午前、秋田文化会館に続々と友が集まってきた。先生の提案で、「自由勤行会」の開催が決まったのである。その場には、宗門事件の嵐が激しかった県北の能代、県南の大曲の友の歓喜した姿もあった。
勤行会終了後、会館に隣接する広場で、記念撮影が行われることに。降りしきる雪の中で、「人間革命の歌」の合唱が響き、師弟の勝ちどきが轟いた。
勤行会は午後も行われ、合わせて、約3000人が師のもとに集った。
先生は午前の友に「吹雪グループ」、午後の友に「嵐舞グループ」との名を贈った。さらに後年、行事の成功を自宅で祈り、見守った友は「雪の秋田指導 栄光グループ」と命名された。
先生は"栄光グループ"に対し「純白の雪の如く清らかな、その深き真心を、私はどうして忘れることができようか」と感謝をつづっている。
会えても、会えなくても、深く通い合う師と弟子の心。その絆は今も燦然と輝き、秋田広布の未来を照らし続けている。
◇
秋田を発つ前日の14日午後6時、青年部と未来部の代表が集い、第1回秋田県青年部総会が開催された。
この総会で、青年たちが心に刻み、今も語り継ぐ師の言葉がある。スピーチを終えた後、先生は会場の出口付近で、高らかに宣言した。
「きょう、私は正式に語っておきます。自分が思うと思わざるとにかかわらず、諸君は池田門下生であると思っています。信頼しています!」
総会に参加した栗田由美子さん(湯沢太陽県、県婦人部長)。この時が初めての師との出会いだった。
「まだまだ未熟な私たちのことを"池田門下生"とおっしゃってくださった。"この誇りを絶対に忘れない"と誓いました」
翌年、夫・民男さんと結婚。2人の子を授かった。経済的には苦しかったが、家族仲良く、幸せな生活だった。
91年(平成3年)、民男さんが心筋梗塞で倒れた。4カ月後に退院できたが、仕事ができる体ではなかった。
栗田さんは、保険の営業職に就いた。6年後、民男さんは霊山へ旅立ったが、"池田門下生"の誇りを胸に、仕事・家事・子育て・学会活動と、全てをやり切ってきた。
昨年11月、県婦人部長の任命を。「地域に功徳の花を咲かせていきます」と誓う。
渡辺達美さん(本荘大勝県、副支部長)も、会場にいた一人。
当時、入会5年。前日の撮影会にも参加し、勝利の凱歌を響かせた。「今の自分があるのは、秋田指導での先生の励ましがあったからです」と感謝は尽きない。
2011年(平成23年)5月、建築業を営む渡辺さんは、東日本大震災の被災地で仮設住宅の建設に携わった。その奮闘の様子を、先生は「秋田魁新報」の特別寄稿の中で紹介した。
"ここまで見守り、励まし続けてくださるのか"。先生の真心に応えんとする誓いを深くした。
渡辺さんは、多忙な合間を縫って勉強に励み、1級技能士や職業訓練指導員など数々の資格を取得してきた。一昨年には、厚生労働省が推進する「ものづくりマイスター」に選ばれ、若者の技能者育成にも尽力する。
12年(同24年)、妻・紀佐子さん(同、県副婦人部長)の乳がんが発覚した。だが、夫婦で懸命に祈り、抗がん剤治療等を経て、紀佐子さんの体調は回復。現在まで再発はない。
地域では待望の新「本荘文化会館」が昨年に完成し、大きな喜びが広がる。
渡辺さんは誓う。
「あの雪の中で合唱した『人間革命の歌』を歌いながら、夫婦で力を合わせ、広布拡大にまい進していきます」
松下誠さん(同、副県長)も、師の"池田門下生"の宣言を胸に刻む。
82年の元日から"平和行動展"の役員として奔走。14日の総会には、吹雪の中を、自宅から3時間かけて集った。
高校卒業後、実家の農家を継いだ。長年、米作りを続けていたが、89年(平成元年)に地元の酒蔵と契約し、酒米作りも始めることに。
数年間、収穫前に酒米の稲が根元から倒れるなど、試練が続いた。しかし、師の"宣言"を思い返しては、「絶対に負けない」と"負けじ魂"を燃やした。
創意工夫を重ね、5年目の挑戦で、ついに見事な稲が育った。そのことが、周囲の農家の信頼にもつながった。
2年前、県地域部長に。「先生が言われる通り、地域に根差すことが大事だな」。そう言って、松下さんは屈託ない笑顔を見せた。
◇
秋田県青年部総会の参加者は「2001年第1期会」と命名され、現在の秋田広布の中核を担っている。
5年前の「雪の秋田指導」30周年の折には、秋田の青年部と未来部の人材グループ「2030年第1期会」が結成され、新たな出発を切った。
池田先生は、秋田青年部に呼び掛けている。
「偉大なる秋田の青年たちよ! 団結せよ! 立ち上がれ! 断固として、勝利を勝ち取れ! 君たちのあとに、日本国中の青年が立ち上がるだろう!」
師が「広宣流布の『日本海の雄』」と讃える秋田。その後継の青年たちが、新たな歴史の幕を開く。
◎日付、間違えました m(__)m
2017年1月23日月曜日
2017.01.23 わが友に贈る
◇今週のことば
「女子は門をひらく」
楽しきロマン総会から
希望と幸福の連帯が。
心の宮殿を光らせ
未来へ青春勝利の舞を!
2017年1月23日
祈祷抄 P1352
『袋きたなしとて金を捨る事なかれ』
☆女性に贈ることば 一月二十三日
自分の命を削ってまでも、子どものために生きる−−母親の愛情とは、それほど深く大きいものだ。
☆今日のことば365 一月二十三日
栄誉というものは、蛍火のようなものだ。
それが、暗黒の夜空に輝く点では美しく、その限りでは尊いものであるが、近づいてみれば、なんらの力もないことが、すぐわかってしまう。だから、最も美しく尊いのは、与えられるべくして栄誉を与えられた、その人のすぐれた人格にあるわけである。
☆健康 鼠径部ヘルニア 2017年1月8日
脚の付け根が膨らむ
日帰りや短期入院の手術が主流に
俗に「脱腸」とも呼ばれている「鼠径部ヘルニア」。高齢化の影響もあり手術件数は増加してきています。この病気について、日本ヘルニア学会で理事を務める、みやざき外科・ヘルニアクリニック(札幌市中央区)の宮�恭介院長に聞きました。
◇小腸や大腸が飛び出す
脚の付け根、脚とおなかの境目を鼠径部といいます。この部分は、力を入れると最も腹圧がかかりやすい場所です。
また、鼠径部には、腹壁を構成する筋肉がなく、薄い筋膜しかありません。その筋膜が、さまざまな要因で弱くなることで、おなかの中にある小腸や大腸などが飛び出してしまうのが、「鼠径部ヘルニア」です。
年間18万件以上の手術が行われており、誰もがなり得る病気です。男性では50〜60歳代、女性では40歳代が好発年齢で、圧倒的に男性に多い疾患です。
立つと鼠径部が膨らみ、横になったり、手で押したりするとへこむという、出たり入ったりすることが主な症状で、初期には、ほとんど痛みなどがありません。
ただし、放置すると、次第に膨らみが大きくなり、腹部膨満感、便秘などの症状を来すこともあります。
◇3つの種類に分類される
鼠径部ヘルニアは、飛び出ている場所の違いによって、「外鼠径ヘルニア」「内鼠径ヘルニア」「大腿ヘルニア」の3種類に分けられます。
また、発症する時期によって、「小児鼠径部ヘルニア」と「成人鼠径部ヘルニア」に分かれます。
小児鼠径部ヘルニアは、先天性の病気で、発生率は約5%です。鼠径部の腹膜が閉じないまま生まれてくることで発症します。そのほとんどが「外鼠径ヘルニア」で、1歳以下であれば、自然に治ってしまう場合がありますが、基本的に1歳を過ぎると自然に治ることはありません。
成人鼠径部ヘルニアでは、約75%が「外鼠径ヘルニア」で、次いで「内鼠径ヘルニア」が約20%の頻度ですが、女性の内鼠径ヘルニアはまれです。
「大腿ヘルニア」の頻度は5%以下で、ほとんどが女性です。
加齢によって筋膜が弱くなることが主な原因とされ、ぜんそくや便秘、排尿障害などの他の疾患、女性であれば妊娠、あるいは長年の力仕事や立ち仕事などによる負担も加わって発症するとされています。
◇メッシュシートで覆う術式
鼠径部ヘルニアの唯一の治療法は手術です。小児の外鼠径ヘルニアでは、ヘルニアの出口を糸で縛ってふさぐ「高位結紮術」を行います。
一方、成人鼠径部ヘルニアでは、この方法だけでは不十分で、弱くなった鼠径部の筋膜を補強する必要があります。
以前は、筋膜と筋膜を引き寄せて縫合する方法「組織縫合法」が行われていましたが、術後の痛みや突っ張り感が残ることが多く、再発の可能性も10%以上と高かったのです。
こうした課題を解決するため、20年ほど前から行われるようになったのが、「メッシュシートによる鼠径ヘルニア修復術」です。
これは、主にポリプロピレン製の網目状のシートを用いて、ヘルニアの出口とその周辺を広く覆うものです。
切開口は4〜6センチ程度で、メッシュは腹圧でしっかりと腹壁にくっつくため、内部の密な縫合は不要です。
現在、日本で使用されているメッシュシートは20種類以上あります。当院では、性別、年齢、ヘルニアの大きさや種類に応じて、数種類のメッシュを使い分けており、患者さんに最も適したメッシュを使用するようにしています。
また、違和感や異物感の少ない柔らかいタイプのもの、体内に入れた後に半分以上が溶けて吸収される半吸収性のものなど、メッシュシートの改良も進んでいます。
実際の手術時間は40〜50分程度です。皮膚の閉創を特殊な接着剤で行うことで、抜糸の必要もありません。
従って、最近では、多くの施設で日帰り手術が行われています。また、腹腔鏡手術が得意な施設では、腹腔鏡による鼠径ヘルニア修復術を行うこともあります。
当院では日帰り手術ですので、手術当日からシャワー浴ができ、3日後からは入浴も可能です。保険が適用されますので、通常の手術であれば3割負担の場合、5万円程度の自己負担額となります。
◇自身のタイミングで治療
鼠径部ヘルニアは薬や生活習慣の改善では治りません。先に述べた通り、根治させるためには手術しかないのですが、たいていの場合、手術の緊急性はありません。
鼠径部ヘルニアは、がんなどの悪性疾患とは違い、良性疾患だといえます。従って、早期発見・早期治療の考え方は当てはまりません。症状が悪化してくる過程は自覚することができます。
注意が必要なのは、痛みがあっても放置したままでいることで、押しても戻らない状態になることです。そうなると、飛び出した臓器に血液が流れなくなり、そのままだと壊死してしまうことがあります。
この状態を嵌頓といい、その場合はすぐに手術が必要です。痛みが続くようであれば、すぐに専門医の診断を受けるようにしてください。
痛みを感じない状態であれば、自分自身の決断で、いつでも手術を受けることは可能です。手術法の進歩などにより、再発も減り、術後の生活の質(QOL)も保つことができます。自身の生活のリズムに合わせて、安心して手術を受けていただければと思います。
「女子は門をひらく」
楽しきロマン総会から
希望と幸福の連帯が。
心の宮殿を光らせ
未来へ青春勝利の舞を!
2017年1月23日
祈祷抄 P1352
『袋きたなしとて金を捨る事なかれ』
☆女性に贈ることば 一月二十三日
自分の命を削ってまでも、子どものために生きる−−母親の愛情とは、それほど深く大きいものだ。
☆今日のことば365 一月二十三日
栄誉というものは、蛍火のようなものだ。
それが、暗黒の夜空に輝く点では美しく、その限りでは尊いものであるが、近づいてみれば、なんらの力もないことが、すぐわかってしまう。だから、最も美しく尊いのは、与えられるべくして栄誉を与えられた、その人のすぐれた人格にあるわけである。
☆健康 鼠径部ヘルニア 2017年1月8日
脚の付け根が膨らむ
日帰りや短期入院の手術が主流に
俗に「脱腸」とも呼ばれている「鼠径部ヘルニア」。高齢化の影響もあり手術件数は増加してきています。この病気について、日本ヘルニア学会で理事を務める、みやざき外科・ヘルニアクリニック(札幌市中央区)の宮�恭介院長に聞きました。
◇小腸や大腸が飛び出す
脚の付け根、脚とおなかの境目を鼠径部といいます。この部分は、力を入れると最も腹圧がかかりやすい場所です。
また、鼠径部には、腹壁を構成する筋肉がなく、薄い筋膜しかありません。その筋膜が、さまざまな要因で弱くなることで、おなかの中にある小腸や大腸などが飛び出してしまうのが、「鼠径部ヘルニア」です。
年間18万件以上の手術が行われており、誰もがなり得る病気です。男性では50〜60歳代、女性では40歳代が好発年齢で、圧倒的に男性に多い疾患です。
立つと鼠径部が膨らみ、横になったり、手で押したりするとへこむという、出たり入ったりすることが主な症状で、初期には、ほとんど痛みなどがありません。
ただし、放置すると、次第に膨らみが大きくなり、腹部膨満感、便秘などの症状を来すこともあります。
◇3つの種類に分類される
鼠径部ヘルニアは、飛び出ている場所の違いによって、「外鼠径ヘルニア」「内鼠径ヘルニア」「大腿ヘルニア」の3種類に分けられます。
また、発症する時期によって、「小児鼠径部ヘルニア」と「成人鼠径部ヘルニア」に分かれます。
小児鼠径部ヘルニアは、先天性の病気で、発生率は約5%です。鼠径部の腹膜が閉じないまま生まれてくることで発症します。そのほとんどが「外鼠径ヘルニア」で、1歳以下であれば、自然に治ってしまう場合がありますが、基本的に1歳を過ぎると自然に治ることはありません。
成人鼠径部ヘルニアでは、約75%が「外鼠径ヘルニア」で、次いで「内鼠径ヘルニア」が約20%の頻度ですが、女性の内鼠径ヘルニアはまれです。
「大腿ヘルニア」の頻度は5%以下で、ほとんどが女性です。
加齢によって筋膜が弱くなることが主な原因とされ、ぜんそくや便秘、排尿障害などの他の疾患、女性であれば妊娠、あるいは長年の力仕事や立ち仕事などによる負担も加わって発症するとされています。
◇メッシュシートで覆う術式
鼠径部ヘルニアの唯一の治療法は手術です。小児の外鼠径ヘルニアでは、ヘルニアの出口を糸で縛ってふさぐ「高位結紮術」を行います。
一方、成人鼠径部ヘルニアでは、この方法だけでは不十分で、弱くなった鼠径部の筋膜を補強する必要があります。
以前は、筋膜と筋膜を引き寄せて縫合する方法「組織縫合法」が行われていましたが、術後の痛みや突っ張り感が残ることが多く、再発の可能性も10%以上と高かったのです。
こうした課題を解決するため、20年ほど前から行われるようになったのが、「メッシュシートによる鼠径ヘルニア修復術」です。
これは、主にポリプロピレン製の網目状のシートを用いて、ヘルニアの出口とその周辺を広く覆うものです。
切開口は4〜6センチ程度で、メッシュは腹圧でしっかりと腹壁にくっつくため、内部の密な縫合は不要です。
現在、日本で使用されているメッシュシートは20種類以上あります。当院では、性別、年齢、ヘルニアの大きさや種類に応じて、数種類のメッシュを使い分けており、患者さんに最も適したメッシュを使用するようにしています。
また、違和感や異物感の少ない柔らかいタイプのもの、体内に入れた後に半分以上が溶けて吸収される半吸収性のものなど、メッシュシートの改良も進んでいます。
実際の手術時間は40〜50分程度です。皮膚の閉創を特殊な接着剤で行うことで、抜糸の必要もありません。
従って、最近では、多くの施設で日帰り手術が行われています。また、腹腔鏡手術が得意な施設では、腹腔鏡による鼠径ヘルニア修復術を行うこともあります。
当院では日帰り手術ですので、手術当日からシャワー浴ができ、3日後からは入浴も可能です。保険が適用されますので、通常の手術であれば3割負担の場合、5万円程度の自己負担額となります。
◇自身のタイミングで治療
鼠径部ヘルニアは薬や生活習慣の改善では治りません。先に述べた通り、根治させるためには手術しかないのですが、たいていの場合、手術の緊急性はありません。
鼠径部ヘルニアは、がんなどの悪性疾患とは違い、良性疾患だといえます。従って、早期発見・早期治療の考え方は当てはまりません。症状が悪化してくる過程は自覚することができます。
注意が必要なのは、痛みがあっても放置したままでいることで、押しても戻らない状態になることです。そうなると、飛び出した臓器に血液が流れなくなり、そのままだと壊死してしまうことがあります。
この状態を嵌頓といい、その場合はすぐに手術が必要です。痛みが続くようであれば、すぐに専門医の診断を受けるようにしてください。
痛みを感じない状態であれば、自分自身の決断で、いつでも手術を受けることは可能です。手術法の進歩などにより、再発も減り、術後の生活の質(QOL)も保つことができます。自身の生活のリズムに合わせて、安心して手術を受けていただければと思います。
2017年1月22日日曜日
2017.01.22 わが友に贈る
あの人に会おう!
この友と話そう!
行動した分だけ
仏縁と歓喜は広がる。
さあ勇んで人間の中へ!
祈祷抄 P1352
『行者は必ず不実なりとも智慧はをろかなりとも身は不浄なりとも戒徳は備へずとも南無妙法蓮華経と申さば必ず守護し給うべし』
☆女性に贈ることば 一月二十二日
よき友人は、あなたの教科書となり、あなたを理想へと引っ取ってくれる磁石となる。
☆今日のことば365 一月二十二日
友だちとは、利害もなく、醜いかけひきも伴わない、純粋に、人間と人間との真心で結び合った間柄である。もちろん、それには、たがいの理解の、浅い深いや、友情にかける姿勢の強弱のちがいがあろう。
☆仏法の教え 障魔に負けない 2017年1月17日
◇「戦い続ける人」が偉大な境涯を築く
広宣流布に進む途上には、必ずそれを阻もうとする障魔が現れる——。日蓮大聖人は繰り返し教えられています。今回は御書を拝して、「障魔に負けない」生き方について考察していきます。
〈Q〉入会した喜びを友人に語ったら、事実無根の悪口を言われました。
〈A〉仏法では、信心に励む人を三障四魔が襲うと説いています。
行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競い起る乃至随う可らず畏る可らず之に随えば将に人をして悪道に向わしむ之を畏れば正法を修することを妨ぐ
(兄弟抄、御書1087ページ)
日蓮大聖人は「仏法の修行が進み、その理解が深まれば、三障四魔が入り乱れて競い起こってくる。……だが、この三障四魔に、決して随ってはならない。畏れてはならない。これに随うならば、必ず人を悪道に向かわせる。これを畏れるならば、正法を修行することを妨げる」(御書1087ページ、通解)との天台大師の言葉を引かれ、真剣になって信心に励めば、それを妨げようとする障魔が競い起こると断言されています。
私たちの目的は「一生成仏」であり、何ものにも揺るがない幸福境涯の確立です。しかし、信心を持続する中には、必ずさまざまな障魔が現れてきます。このことを知って、いかなる障魔にも崩されない信心を確立していくことが肝要です。
信心の実践とは、自身の生命を大変革させていく戦いです。仏道修行の途上において、その変革を起こさせまいとする働きが、自身の生命自体や、周囲の人間関係の中に生じます。それは、船が進むときに波の抵抗が起こるようなものです。"仏道修行に励めば魔が競い起こるのは、正法の証しである"と、覚悟を定めることこそ信心の第一歩です。
〈Q〉「魔」を、どのように捉えるべきでしょうか?
〈A〉試練こそ成長のチャンス。「賢者の信心」が求められています。
火にたきぎを加える時はさかんなり、大風吹けば求羅は倍増するなり
(四条金吾殿御返事、御書1136ページ)
大聖人の御在世の時代に活躍した四条金吾は、主君を折伏したことや、同僚の嫉妬の中傷などで、さまざまな圧迫を受けました。苦境にあった金吾に対して、大聖人は仰せです。「火に薪を加える時には、火は盛んに燃える。大風が吹けば、求羅は倍増するのである」(御書1136ページ、通解)
御文に出てくる「求羅」は、風に吹かれるほど体が大きくなるという伝説上の虫のこと。大風という苦難や試練が吹き荒れるほど、自分自身を成長させ、信心を強固にしていける好機になるのです。
自身の境遇を嘆いていても始まりません。自分が人間革命し、強く賢くなっていく力が、信心です。自分を苦しめる「悪知識」をも、必ず成長の糧となる「善知識」へと変えていけるのが仏法です。
大聖人は、別の御書で「夏と秋と冬と春とのさかひには必ず相違する事あり凡夫の仏になる又かくのごとし、必ず三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退くこれなり」(同1091ページ)とも仰せです。
試練に直面した時こそ、自身を成長させるチャンスと前向きに捉えて、信心根本に進んでいく。
それこそ、大聖人が教えられている「賢者」の生き方なのです。
〈Q〉障魔との闘争で心掛ける点は何ですか?
〈A〉いかなる試練にも、同志や学会と共に前進していくことです!
月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし
(聖人御難事、御書1190ページ)
信心は永遠に仏と魔との闘争です。大聖人は、立宗宣言して以来、一貫して妙法流布に生き抜かれました。その間の御心境について、「第六天の魔王・十軍のいくさを・をこして・法華経の行者と生死海の海中にして同居穢土を・とられじ・うばはんと・あらそう、日蓮其の身にあひあたりて大兵を・をこして二十余年なり、日蓮一度もしりぞく心なし」(御書1224ページ)と仰せです。
そして、大聖人と同じ心で戦う門下に対して、「月々日々に信心を強めていきなさい。少しでもたゆむ心があれば、魔がそのすきにつけこんで襲ってくるであろう」(同1190ページ、通解)と強調されています。
では、大聖人が生涯をかけて戦い続けた魔性とは何でしょうか——。それは人間の根源的無明でした。魔の本質は、「奪命者」「奪功徳者」です。この魔を打ち破っていく源泉が、月々日々に「強める」心です。
池田先生は、「戦い続ける人、すなわち、常に仏界を開いている人は、魔を寄せつけません。常に前進する人が、必ず偉大な境涯を築き上げることができる。そのための仏法です」と語られています。
学会と共に、同志と共に進む中でこそ、障魔を打ち破っていくことができるのです。
〈智慧の扉〉 池上兄弟への励まし
池上宗仲・宗長兄弟は、日蓮大聖人が立宗宣言されて間もない頃に門下となり、信心に励んできました。しかし、父に信仰を反対され、兄・宗仲は2度にわたって勘当されます。当時、勘当は社会的立場も経済的基盤も失うことを意味していました。
大聖人は、苦難に直面した宗仲、宗長やその夫人に対し、「三障四魔との闘争」「一家和楽」「信仰者が難を受ける意味」等をつづった励ましのお手紙を折々に送られます。その一つが「兄弟抄」です。池上兄弟は大聖人の御指導通りに実践し、純粋な信仰を貫くとともに、後に、父親を入信させたのです。
この友と話そう!
行動した分だけ
仏縁と歓喜は広がる。
さあ勇んで人間の中へ!
祈祷抄 P1352
『行者は必ず不実なりとも智慧はをろかなりとも身は不浄なりとも戒徳は備へずとも南無妙法蓮華経と申さば必ず守護し給うべし』
☆女性に贈ることば 一月二十二日
よき友人は、あなたの教科書となり、あなたを理想へと引っ取ってくれる磁石となる。
☆今日のことば365 一月二十二日
友だちとは、利害もなく、醜いかけひきも伴わない、純粋に、人間と人間との真心で結び合った間柄である。もちろん、それには、たがいの理解の、浅い深いや、友情にかける姿勢の強弱のちがいがあろう。
☆仏法の教え 障魔に負けない 2017年1月17日
◇「戦い続ける人」が偉大な境涯を築く
広宣流布に進む途上には、必ずそれを阻もうとする障魔が現れる——。日蓮大聖人は繰り返し教えられています。今回は御書を拝して、「障魔に負けない」生き方について考察していきます。
〈Q〉入会した喜びを友人に語ったら、事実無根の悪口を言われました。
〈A〉仏法では、信心に励む人を三障四魔が襲うと説いています。
行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競い起る乃至随う可らず畏る可らず之に随えば将に人をして悪道に向わしむ之を畏れば正法を修することを妨ぐ
(兄弟抄、御書1087ページ)
日蓮大聖人は「仏法の修行が進み、その理解が深まれば、三障四魔が入り乱れて競い起こってくる。……だが、この三障四魔に、決して随ってはならない。畏れてはならない。これに随うならば、必ず人を悪道に向かわせる。これを畏れるならば、正法を修行することを妨げる」(御書1087ページ、通解)との天台大師の言葉を引かれ、真剣になって信心に励めば、それを妨げようとする障魔が競い起こると断言されています。
私たちの目的は「一生成仏」であり、何ものにも揺るがない幸福境涯の確立です。しかし、信心を持続する中には、必ずさまざまな障魔が現れてきます。このことを知って、いかなる障魔にも崩されない信心を確立していくことが肝要です。
信心の実践とは、自身の生命を大変革させていく戦いです。仏道修行の途上において、その変革を起こさせまいとする働きが、自身の生命自体や、周囲の人間関係の中に生じます。それは、船が進むときに波の抵抗が起こるようなものです。"仏道修行に励めば魔が競い起こるのは、正法の証しである"と、覚悟を定めることこそ信心の第一歩です。
〈Q〉「魔」を、どのように捉えるべきでしょうか?
〈A〉試練こそ成長のチャンス。「賢者の信心」が求められています。
火にたきぎを加える時はさかんなり、大風吹けば求羅は倍増するなり
(四条金吾殿御返事、御書1136ページ)
大聖人の御在世の時代に活躍した四条金吾は、主君を折伏したことや、同僚の嫉妬の中傷などで、さまざまな圧迫を受けました。苦境にあった金吾に対して、大聖人は仰せです。「火に薪を加える時には、火は盛んに燃える。大風が吹けば、求羅は倍増するのである」(御書1136ページ、通解)
御文に出てくる「求羅」は、風に吹かれるほど体が大きくなるという伝説上の虫のこと。大風という苦難や試練が吹き荒れるほど、自分自身を成長させ、信心を強固にしていける好機になるのです。
自身の境遇を嘆いていても始まりません。自分が人間革命し、強く賢くなっていく力が、信心です。自分を苦しめる「悪知識」をも、必ず成長の糧となる「善知識」へと変えていけるのが仏法です。
大聖人は、別の御書で「夏と秋と冬と春とのさかひには必ず相違する事あり凡夫の仏になる又かくのごとし、必ず三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退くこれなり」(同1091ページ)とも仰せです。
試練に直面した時こそ、自身を成長させるチャンスと前向きに捉えて、信心根本に進んでいく。
それこそ、大聖人が教えられている「賢者」の生き方なのです。
〈Q〉障魔との闘争で心掛ける点は何ですか?
〈A〉いかなる試練にも、同志や学会と共に前進していくことです!
月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし
(聖人御難事、御書1190ページ)
信心は永遠に仏と魔との闘争です。大聖人は、立宗宣言して以来、一貫して妙法流布に生き抜かれました。その間の御心境について、「第六天の魔王・十軍のいくさを・をこして・法華経の行者と生死海の海中にして同居穢土を・とられじ・うばはんと・あらそう、日蓮其の身にあひあたりて大兵を・をこして二十余年なり、日蓮一度もしりぞく心なし」(御書1224ページ)と仰せです。
そして、大聖人と同じ心で戦う門下に対して、「月々日々に信心を強めていきなさい。少しでもたゆむ心があれば、魔がそのすきにつけこんで襲ってくるであろう」(同1190ページ、通解)と強調されています。
では、大聖人が生涯をかけて戦い続けた魔性とは何でしょうか——。それは人間の根源的無明でした。魔の本質は、「奪命者」「奪功徳者」です。この魔を打ち破っていく源泉が、月々日々に「強める」心です。
池田先生は、「戦い続ける人、すなわち、常に仏界を開いている人は、魔を寄せつけません。常に前進する人が、必ず偉大な境涯を築き上げることができる。そのための仏法です」と語られています。
学会と共に、同志と共に進む中でこそ、障魔を打ち破っていくことができるのです。
〈智慧の扉〉 池上兄弟への励まし
池上宗仲・宗長兄弟は、日蓮大聖人が立宗宣言されて間もない頃に門下となり、信心に励んできました。しかし、父に信仰を反対され、兄・宗仲は2度にわたって勘当されます。当時、勘当は社会的立場も経済的基盤も失うことを意味していました。
大聖人は、苦難に直面した宗仲、宗長やその夫人に対し、「三障四魔との闘争」「一家和楽」「信仰者が難を受ける意味」等をつづった励ましのお手紙を折々に送られます。その一つが「兄弟抄」です。池上兄弟は大聖人の御指導通りに実践し、純粋な信仰を貫くとともに、後に、父親を入信させたのです。
2017年1月21日土曜日
2017.01.21 わが友に贈る
わが地区を世界一に!
そう大きく祈れば
境涯も大きく開かれる。
さあ動こう語ろう!
足取り軽く 弾む命で!
寂日房御書 P903
『かかる者の弟子旦那とならん人人は宿縁ふかしと思うて日蓮と同じく法華経を弘むべきなり』
☆女性に贈ることば 一月二十一日
人間としての強い芯をもちつつ、謙虚さのなかに美しい品格と知性を輝かせていきたい。
☆今日のことば365 一月二十一日
長い生涯から
振り返ってみれば
現在の労苦が
最も思い出深き歴史に
変わることだろう
☆中等部結成52周年大会への池田先生のメッセージ 2017年1月18日
朗らかに青春の生命を開拓
「感謝」「学び」「勇気」の言葉で
大好きな中等部の結成の日を祝う大会、誠におめでとう!
今日は、愛する皆さんに「青春勝利の開拓者たれ!」と申し上げたい。
日蓮大聖人は、「妙法の妙とは『開く』という意義である」(御書943ページ、通解)と仰せになられました。私たちが唱える南無妙法蓮華経の題目には、「仏界」という最も強く、最も賢く、最も豊かな宇宙大の宝の生命を開きゆく力があるのです。
特に、若くして信心にめぐりあえた皆さんは、自分自身の可能性を限りなく開く最強無敵の鍵を持っている。ゆえに、何があっても題目を忘れず、大いなる夢を掲げて、朗らかに青春の生命を開拓していってください。
ここで、「正義の走者」たる皆さん方の若き命を、大きく開き、拡大してくれる、三つの不思議な言葉を伝えたいと思います。
一つは、「ありがとう!」という感謝の言葉です。お父さんやお母さんをはじめ、皆さんの一日一日は多くの人々の真心や親切に支えられています。そのことに気づいて、「ありがとう!」と言葉に表せる人は、皆から大切にされ、知らず知らずのうちに、喜びと福運に満ちた絆を結んでいけます。
二つ目は、「教えてください!」という学びの言葉です。この世界には、学ぶべきことが無限にある。探求心を燃やして、先生や良き先輩などに「教えてください!」と、どんどんぶつかって学ぶ。さらに良き本にも積極果敢に挑んでいけば、次から次へ新しい発見をして、心の宇宙を広げられます。
三つ目は、「楽しく乗り越えよう!」という勇気の言葉です。青春は皆、試練がある。しかし、苦しいことがあっても、断じて弱気にはならない。「楽しく乗り越えよう!」と自分を励まし、師子王の心で立ち向かえば必ず道は開けます。そして、何ものにも負けない人格が鍛えられていくのです。
最後に、私が30年前に訪れた、カリブ海に浮かぶ美しきドミニカ共和国の大思想家(ペドロ・エンリケス・ウレニャ)の言葉を贈ります。「未来を信ずること。それは、健全にして気高き青年の信条である。これこそ、我らの勝利の旗印とすべきなのだ」と。
さあ、希望の未来を信じて、歌声も明るく、私と一緒に進みゆこう! 世界が見つめる人類の宝、負けじ魂の中等部、万歳!
みんな元気で!
そう大きく祈れば
境涯も大きく開かれる。
さあ動こう語ろう!
足取り軽く 弾む命で!
寂日房御書 P903
『かかる者の弟子旦那とならん人人は宿縁ふかしと思うて日蓮と同じく法華経を弘むべきなり』
☆女性に贈ることば 一月二十一日
人間としての強い芯をもちつつ、謙虚さのなかに美しい品格と知性を輝かせていきたい。
☆今日のことば365 一月二十一日
長い生涯から
振り返ってみれば
現在の労苦が
最も思い出深き歴史に
変わることだろう
☆中等部結成52周年大会への池田先生のメッセージ 2017年1月18日
朗らかに青春の生命を開拓
「感謝」「学び」「勇気」の言葉で
大好きな中等部の結成の日を祝う大会、誠におめでとう!
今日は、愛する皆さんに「青春勝利の開拓者たれ!」と申し上げたい。
日蓮大聖人は、「妙法の妙とは『開く』という意義である」(御書943ページ、通解)と仰せになられました。私たちが唱える南無妙法蓮華経の題目には、「仏界」という最も強く、最も賢く、最も豊かな宇宙大の宝の生命を開きゆく力があるのです。
特に、若くして信心にめぐりあえた皆さんは、自分自身の可能性を限りなく開く最強無敵の鍵を持っている。ゆえに、何があっても題目を忘れず、大いなる夢を掲げて、朗らかに青春の生命を開拓していってください。
ここで、「正義の走者」たる皆さん方の若き命を、大きく開き、拡大してくれる、三つの不思議な言葉を伝えたいと思います。
一つは、「ありがとう!」という感謝の言葉です。お父さんやお母さんをはじめ、皆さんの一日一日は多くの人々の真心や親切に支えられています。そのことに気づいて、「ありがとう!」と言葉に表せる人は、皆から大切にされ、知らず知らずのうちに、喜びと福運に満ちた絆を結んでいけます。
二つ目は、「教えてください!」という学びの言葉です。この世界には、学ぶべきことが無限にある。探求心を燃やして、先生や良き先輩などに「教えてください!」と、どんどんぶつかって学ぶ。さらに良き本にも積極果敢に挑んでいけば、次から次へ新しい発見をして、心の宇宙を広げられます。
三つ目は、「楽しく乗り越えよう!」という勇気の言葉です。青春は皆、試練がある。しかし、苦しいことがあっても、断じて弱気にはならない。「楽しく乗り越えよう!」と自分を励まし、師子王の心で立ち向かえば必ず道は開けます。そして、何ものにも負けない人格が鍛えられていくのです。
最後に、私が30年前に訪れた、カリブ海に浮かぶ美しきドミニカ共和国の大思想家(ペドロ・エンリケス・ウレニャ)の言葉を贈ります。「未来を信ずること。それは、健全にして気高き青年の信条である。これこそ、我らの勝利の旗印とすべきなのだ」と。
さあ、希望の未来を信じて、歌声も明るく、私と一緒に進みゆこう! 世界が見つめる人類の宝、負けじ魂の中等部、万歳!
みんな元気で!
2017年1月20日金曜日
2017.01.20 わが友に贈る
小さな油断が
大きな事故につながる。
可燃物は放置せず
火の元の総点検を!
百千万億倍の用心で!
窪尼御前御返事 P1479
『ねふかければはかれずいづみに玉あれば水たえずと申すやうに御信心のねのふかくいさぎよき玉の心のうちにわたらせ給うか、たうとしたうとし』
☆女性に贈ることば 一月二十日
兄弟のなかでも病弱だった私は、兄たちよりも母に心配をかけた。
戦後、私が夜学に通っていた頃、どんなに遅く帰っても、母は必ず待っていてくれた。うどんを温めては、「たいへんだったね。たいへんだったね」というひと言に、無限の母の慈愛を身に感じたものである。
☆今日のことば365 一月二十日
もし、かつての、美しいままの、"愛国心"の理念にあたるものを、現代に求めるとすれば、それは、世界全体を"我が祖国"とする人類愛であり、世界愛でなくてはならぬであろう。
☆四季の励まし わが最高峰を目指して 2017年1月15日
大きな目標を立て、
それぞれの道で
最高峰を目指して
努力を重ねていく。
その労苦のなかでこそ、
自らの秘められた可能性が
解き放たれていく。
それは、他人と比較して
どうかではない。
昨日より今日、
今日より明日へと、
向上していくことである。
いかなる分野にも、
"浅深"がある。
人生にあっても同じである。
自分一人のために生きるのか、
より大きな価値のために
生きるのか。
自分のことのみを考えて
生きることはたやすい。
大いなる理想のために生きるには
強靱なる決意と勇気が必要だ。
その決意と勇気に立てるか否か。
そこに人間としての
真価が問われるといえよう。
牧口常三郎先生は
「目的は行動を生む。
曖昧な的に向かって
放たれた矢が当たるわけがない」
と語られた。
明確な目的のあるところ、
明確な行動がある。
そしてまた、
偉大な行動ありて、
初めて偉大な目的が達成できる。
さあ、新しき前進のこの年も、
わが大道を歩みながら、
多くの人と会い、
多くの友と会おう。
また多くの人と語り、
多くの友と語ろう。
この快活な人間と
人間との「対話」の大波が、
「人間主義の世紀」であり、
「創価の世紀」である。
万年の白雪を冠した峰々が夕焼けに染まる。世界一の大山脈・ヒマラヤ。その威容が、厚い雲の上に浮かんでいた。1995年(平成7年)11月、ネパールの首都カトマンズの郊外から、池田大作先生がカメラに収めた。
ヒマラヤは、あらゆる小事を見おろして微動だにしない。堂々と屹立する姿は、まさに王者の風格である。
かつて池田先生は語った。「人間、仰ぎ見る最高峰を心の中に持ってこそ、強く、気高く生きることができる」と。人生の最高峰を目指していけば、勇気も希望も無限に湧いてくる。
さあ、新たな勝利の峰へ威風堂々と出発し、人間王者と輝きゆこう!
大きな事故につながる。
可燃物は放置せず
火の元の総点検を!
百千万億倍の用心で!
窪尼御前御返事 P1479
『ねふかければはかれずいづみに玉あれば水たえずと申すやうに御信心のねのふかくいさぎよき玉の心のうちにわたらせ給うか、たうとしたうとし』
☆女性に贈ることば 一月二十日
兄弟のなかでも病弱だった私は、兄たちよりも母に心配をかけた。
戦後、私が夜学に通っていた頃、どんなに遅く帰っても、母は必ず待っていてくれた。うどんを温めては、「たいへんだったね。たいへんだったね」というひと言に、無限の母の慈愛を身に感じたものである。
☆今日のことば365 一月二十日
もし、かつての、美しいままの、"愛国心"の理念にあたるものを、現代に求めるとすれば、それは、世界全体を"我が祖国"とする人類愛であり、世界愛でなくてはならぬであろう。
☆四季の励まし わが最高峰を目指して 2017年1月15日
大きな目標を立て、
それぞれの道で
最高峰を目指して
努力を重ねていく。
その労苦のなかでこそ、
自らの秘められた可能性が
解き放たれていく。
それは、他人と比較して
どうかではない。
昨日より今日、
今日より明日へと、
向上していくことである。
いかなる分野にも、
"浅深"がある。
人生にあっても同じである。
自分一人のために生きるのか、
より大きな価値のために
生きるのか。
自分のことのみを考えて
生きることはたやすい。
大いなる理想のために生きるには
強靱なる決意と勇気が必要だ。
その決意と勇気に立てるか否か。
そこに人間としての
真価が問われるといえよう。
牧口常三郎先生は
「目的は行動を生む。
曖昧な的に向かって
放たれた矢が当たるわけがない」
と語られた。
明確な目的のあるところ、
明確な行動がある。
そしてまた、
偉大な行動ありて、
初めて偉大な目的が達成できる。
さあ、新しき前進のこの年も、
わが大道を歩みながら、
多くの人と会い、
多くの友と会おう。
また多くの人と語り、
多くの友と語ろう。
この快活な人間と
人間との「対話」の大波が、
「人間主義の世紀」であり、
「創価の世紀」である。
万年の白雪を冠した峰々が夕焼けに染まる。世界一の大山脈・ヒマラヤ。その威容が、厚い雲の上に浮かんでいた。1995年(平成7年)11月、ネパールの首都カトマンズの郊外から、池田大作先生がカメラに収めた。
ヒマラヤは、あらゆる小事を見おろして微動だにしない。堂々と屹立する姿は、まさに王者の風格である。
かつて池田先生は語った。「人間、仰ぎ見る最高峰を心の中に持ってこそ、強く、気高く生きることができる」と。人生の最高峰を目指していけば、勇気も希望も無限に湧いてくる。
さあ、新たな勝利の峰へ威風堂々と出発し、人間王者と輝きゆこう!
2017年1月19日木曜日
2017.01.19 わが友に贈る
強き一念の祈りは
必ず諸天を動かす!
自身の最高峰を目指し
何があっても
たゆまず前に進め!
聖人等御返事 P1455
『各にはおづる事なかれ、つよりもてゆかば定めて子細いできぬとおぼふるなり』
☆女性に贈ることば 一月十九日
どんなに可憐な野の花も、決して、ひ弱ではない。
弱いように見えて強い。風にも、雨にも負けない。
同じように、「何があっても負けない!」というのが、私たちの合言葉だ。
☆今日のことば365 一月十九日
いつの時代も、いかなる立場であっても、つねにもっとも尊敬されたのは、人間らしい心をもち、人間らしく生きぬいた人である。
☆池田華陽会御書30編に学ぶ 日女御前御返事(御本尊相貌抄) 2017年1月14日
◇御本尊根本に幸福の軌道を
今月から毎月、心新たに「池田華陽会御書30編」を学んでいきます。創価学会創立90周年の2020年末までに全30編を研さんします。本年の重点御書は、「日女御前御返事(御本尊相貌抄)」(1月)、「佐渡御書」(2・3月)、「乙御前御消息」(4・5月)、「兄弟抄」(6・7月)、「一生成仏抄」(8・9月)、「法華証明抄」(10月)、「阿仏房御書」(11月)、「減劫御書」(12月)の8編です。
今月は「日女御前御返事」を拝して、御本尊への確信の祈りを根本に、「ロマン総会」から一年の誓いの出発を切っていきましょう(拝読範囲は本抄全編です)。
◇本抄について
本抄は、建治3年(1277年)8月、日蓮大聖人が56歳の時に身延で認められ、女性門下の日女御前に送られたお手紙です。日女御前についての詳細は不明ですが、頂いた御書の内容から、信心と教養の深い女性であったと考えられます。
本抄は、御本尊の御姿等の深義が明かされていることから、別名を「御本尊相貌抄」といいます。
当時は、蒙古襲来(文永の役)後の混乱期で、再びの襲来の恐怖から、社会は騒然とした状況でした。
そのような中で、日女御前は純粋な信心を貫き、大聖人から御本尊を頂いたことへの感謝を込めて、御供養の品々をお届けしました。本抄は、その真心に対する御返事です。
◇御文
『此の御本尊全く余所に求る事なかれ・只我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり、是を九識心王真如の都とは申すなり、十界具足とは十界一界もかけず一界にあるなり、之に依って曼陀羅とは申すなり、曼陀羅と云うは天竺の名なり此には輪円具足とも功徳聚とも名くるなり、此の御本尊も只信心の二字にをさまれり以信得入とは是なり』(御書1244ページ9行目〜12行目)
◇通解
この御本尊を決して別の所に求めてはならない。ただ、私たち衆生が法華経を持って南無妙法蓮華経と唱える、その胸中の肉団にいらっしゃるのである。これを「九識心王真如の都」というのである。
十界具足とは、十界のどの一界も欠けることなく一界に納まっているということである。このことによって、御本尊を曼陀羅というのである。曼陀羅というのはインドの言葉であり、訳すと輪円具足とも功徳聚ともいうのである。
この御本尊も、ただ信心の二字に納まっている。「信によってこそ入ることができる(以信得入)」とはこのことである。
(解説)ありのままで自分らしく輝く
「万人を必ず幸福に」——この仏の願いを実現するため、日蓮大聖人は、末法の民衆を救う御本尊を顕されました。
私たちは、この御本尊を拝して南無妙法蓮華経の題目を唱えることで、自身の仏界の生命を現すことができます。
本抄の前半で大聖人は、この御本尊は、それまで誰も顕すことのなかった"未曽有の御本尊"であり、大聖人が初めて「法華弘通のはたじるし」として末法広宣流布のために顕されたと示されます。
そして、掲げた御文で、"この御本尊を決して別の所に求めてはなりません。妙法を持ち唱える、その胸中の肉団にいらっしゃるのです"と、自らの生命の偉大さに目覚めていくよう教えられています。御本尊は自身の外にあるのではなく、信心に励む自身の胸中にあるのです。
ゆえに、この御本尊がある「胸中の肉団」を、大聖人は、生命の根底に存在する何ものにも汚されない清浄なものとして、「九識心王真如の都」と表現されています。
続いて、「十界具足とは十界一界もかけず一界にあるなり、之に依って曼陀羅とは申すなり」と仰せです。
御本尊の相貌(姿・様相)を拝すれば、中央に「南無妙法蓮華経 日蓮」と認められ、その周りに、仏・菩薩をはじめとする十界の衆生が納まっています。妙法には、十界のいかなる衆生も救う力があります。自身が今、どんな境涯であっても、御本尊を拝すれば、ありのままの姿で仏界の生命を現し、自分らしく輝いていくことができるのです。
大聖人は、十界の全てが欠けることなく一界に納まっているゆえに、御本尊を「曼陀羅(曼荼羅)」というと示されています。「曼陀羅」とは、サンスクリット(古代インドの文章語)に由来し、「輪円具足」(全てが欠けることなく具わること)とも、「功徳聚」(功徳の集まり)とも訳されます。
この御本尊の偉大な功力を引き出すのは、どこまでも「信心」です。大聖人は"この御本尊も、ただ信心の二字に納まっている"と仰せです。私たちの信力・行力によって、御本尊の限りない仏力・法力を引き出すことができるのです。
池田先生は、「勇気も、智慧も、慈悲も、希望も、確信も、忍耐も、幸福へと前進しゆく、すべての力の源泉は、わが胸中にある」とつづっています。
私たちの生命それ自体が尊極の"妙法の当体"であると確信し、唱題根本に勝利の一年を開いていきましょう。
◇池田先生の指針から
「御本尊根本」の信心を教えてくださったのが、牧口先生、戸田先生です。「御本尊根本」の信心と実践は、創価学会の出現によって厳然と確立されました。ですから、創価学会は御本尊の無量の功徳力を引き出すことができたのです。(中略)
大聖人の仰せの通りの御本尊根本の信心は、創価学会にしかありません。だから、世界広布が現実のものとなったのです。
私たちは、どこまでも「御本尊根本」の信心で、また、「大聖人直結」「唱題根本」「御書根本」の実践で前進してまいりましょう。(『勝利の経典「御書」に学ぶ』第11巻)
◆
「御本尊」つまり根本として尊敬すべき当体は、自分自身を離れて、どこか特別な場所にあるのではない。
妙法を信受して題目を唱え、広宣流布に励みゆく、ありのままの私たちの「胸中の肉団」に、おわします。これこそ、最も清らかで何ものにも汚されず、最も尊貴で何ものにも壊されない「元初の心の都」なのです。(2014・6・8付、本部幹部会へのメッセージ)
必ず諸天を動かす!
自身の最高峰を目指し
何があっても
たゆまず前に進め!
聖人等御返事 P1455
『各にはおづる事なかれ、つよりもてゆかば定めて子細いできぬとおぼふるなり』
☆女性に贈ることば 一月十九日
どんなに可憐な野の花も、決して、ひ弱ではない。
弱いように見えて強い。風にも、雨にも負けない。
同じように、「何があっても負けない!」というのが、私たちの合言葉だ。
☆今日のことば365 一月十九日
いつの時代も、いかなる立場であっても、つねにもっとも尊敬されたのは、人間らしい心をもち、人間らしく生きぬいた人である。
☆池田華陽会御書30編に学ぶ 日女御前御返事(御本尊相貌抄) 2017年1月14日
◇御本尊根本に幸福の軌道を
今月から毎月、心新たに「池田華陽会御書30編」を学んでいきます。創価学会創立90周年の2020年末までに全30編を研さんします。本年の重点御書は、「日女御前御返事(御本尊相貌抄)」(1月)、「佐渡御書」(2・3月)、「乙御前御消息」(4・5月)、「兄弟抄」(6・7月)、「一生成仏抄」(8・9月)、「法華証明抄」(10月)、「阿仏房御書」(11月)、「減劫御書」(12月)の8編です。
今月は「日女御前御返事」を拝して、御本尊への確信の祈りを根本に、「ロマン総会」から一年の誓いの出発を切っていきましょう(拝読範囲は本抄全編です)。
◇本抄について
本抄は、建治3年(1277年)8月、日蓮大聖人が56歳の時に身延で認められ、女性門下の日女御前に送られたお手紙です。日女御前についての詳細は不明ですが、頂いた御書の内容から、信心と教養の深い女性であったと考えられます。
本抄は、御本尊の御姿等の深義が明かされていることから、別名を「御本尊相貌抄」といいます。
当時は、蒙古襲来(文永の役)後の混乱期で、再びの襲来の恐怖から、社会は騒然とした状況でした。
そのような中で、日女御前は純粋な信心を貫き、大聖人から御本尊を頂いたことへの感謝を込めて、御供養の品々をお届けしました。本抄は、その真心に対する御返事です。
◇御文
『此の御本尊全く余所に求る事なかれ・只我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり、是を九識心王真如の都とは申すなり、十界具足とは十界一界もかけず一界にあるなり、之に依って曼陀羅とは申すなり、曼陀羅と云うは天竺の名なり此には輪円具足とも功徳聚とも名くるなり、此の御本尊も只信心の二字にをさまれり以信得入とは是なり』(御書1244ページ9行目〜12行目)
◇通解
この御本尊を決して別の所に求めてはならない。ただ、私たち衆生が法華経を持って南無妙法蓮華経と唱える、その胸中の肉団にいらっしゃるのである。これを「九識心王真如の都」というのである。
十界具足とは、十界のどの一界も欠けることなく一界に納まっているということである。このことによって、御本尊を曼陀羅というのである。曼陀羅というのはインドの言葉であり、訳すと輪円具足とも功徳聚ともいうのである。
この御本尊も、ただ信心の二字に納まっている。「信によってこそ入ることができる(以信得入)」とはこのことである。
(解説)ありのままで自分らしく輝く
「万人を必ず幸福に」——この仏の願いを実現するため、日蓮大聖人は、末法の民衆を救う御本尊を顕されました。
私たちは、この御本尊を拝して南無妙法蓮華経の題目を唱えることで、自身の仏界の生命を現すことができます。
本抄の前半で大聖人は、この御本尊は、それまで誰も顕すことのなかった"未曽有の御本尊"であり、大聖人が初めて「法華弘通のはたじるし」として末法広宣流布のために顕されたと示されます。
そして、掲げた御文で、"この御本尊を決して別の所に求めてはなりません。妙法を持ち唱える、その胸中の肉団にいらっしゃるのです"と、自らの生命の偉大さに目覚めていくよう教えられています。御本尊は自身の外にあるのではなく、信心に励む自身の胸中にあるのです。
ゆえに、この御本尊がある「胸中の肉団」を、大聖人は、生命の根底に存在する何ものにも汚されない清浄なものとして、「九識心王真如の都」と表現されています。
続いて、「十界具足とは十界一界もかけず一界にあるなり、之に依って曼陀羅とは申すなり」と仰せです。
御本尊の相貌(姿・様相)を拝すれば、中央に「南無妙法蓮華経 日蓮」と認められ、その周りに、仏・菩薩をはじめとする十界の衆生が納まっています。妙法には、十界のいかなる衆生も救う力があります。自身が今、どんな境涯であっても、御本尊を拝すれば、ありのままの姿で仏界の生命を現し、自分らしく輝いていくことができるのです。
大聖人は、十界の全てが欠けることなく一界に納まっているゆえに、御本尊を「曼陀羅(曼荼羅)」というと示されています。「曼陀羅」とは、サンスクリット(古代インドの文章語)に由来し、「輪円具足」(全てが欠けることなく具わること)とも、「功徳聚」(功徳の集まり)とも訳されます。
この御本尊の偉大な功力を引き出すのは、どこまでも「信心」です。大聖人は"この御本尊も、ただ信心の二字に納まっている"と仰せです。私たちの信力・行力によって、御本尊の限りない仏力・法力を引き出すことができるのです。
池田先生は、「勇気も、智慧も、慈悲も、希望も、確信も、忍耐も、幸福へと前進しゆく、すべての力の源泉は、わが胸中にある」とつづっています。
私たちの生命それ自体が尊極の"妙法の当体"であると確信し、唱題根本に勝利の一年を開いていきましょう。
◇池田先生の指針から
「御本尊根本」の信心を教えてくださったのが、牧口先生、戸田先生です。「御本尊根本」の信心と実践は、創価学会の出現によって厳然と確立されました。ですから、創価学会は御本尊の無量の功徳力を引き出すことができたのです。(中略)
大聖人の仰せの通りの御本尊根本の信心は、創価学会にしかありません。だから、世界広布が現実のものとなったのです。
私たちは、どこまでも「御本尊根本」の信心で、また、「大聖人直結」「唱題根本」「御書根本」の実践で前進してまいりましょう。(『勝利の経典「御書」に学ぶ』第11巻)
◆
「御本尊」つまり根本として尊敬すべき当体は、自分自身を離れて、どこか特別な場所にあるのではない。
妙法を信受して題目を唱え、広宣流布に励みゆく、ありのままの私たちの「胸中の肉団」に、おわします。これこそ、最も清らかで何ものにも汚されず、最も尊貴で何ものにも壊されない「元初の心の都」なのです。(2014・6・8付、本部幹部会へのメッセージ)
2017年1月18日水曜日
2017.01.18 わが友に贈る
厳寒の朝を駆ける
無冠の友に最敬礼。
無理せず 安全第一で。
勇気と希望を届ける
聖業に福徳は燦然!
法華証明抄 P1587
『鬼神めらめ此の人をなやますは剣をさかさまにのむか又大火をいだくか、三世十方の仏の大怨敵となるか、あなかしこあなかしこ、此の人のやまいを忽になをしてかへりてまほりとなりて鬼道の大苦をぬくべきか』
☆女性に贈ることば 一月十八日
身だしなみや服装を整え、清潔に、きちんとしていくこと。
世界の一流の人格というのは、その点にも心を配っている。
☆今日のことば365 一月十八日
私は、私なりに、音楽というものは、生きものであると感じている。心の感動を、音に託して、はじめて音楽は成り立ち得るものと思うし、心と心の共鳴以外のなにものでもない----と思っている。
☆みんなで学ぶ教学〜新会員教室〜第1回 一生成仏 2017年1月10日
◇唱題で仏性を開き、喜びの人生を歩もう
今回から「みんなで学ぶ教学〜新会員教室」と題して、新入会の方に仏法を分かりやすく解説していきます。また、「放課後メモ」では、テーマの理解を深める書籍等を紹介していきます。初回は「一生成仏」をテーマに、正しい成仏観・幸福観を学びます。
◇皆に無限の可能性が
——創価学会に入会して、何よりも驚いたのは、だれもが生き生きと信仰に励んでいることです。
現代にあって、日蓮大聖人の仏法を正しく実践している団体は創価学会以外にありません。「成仏」への直道がここにあります。
——「成仏」といわれても、ピンときません……。
「仏」というと、一般的には、きらびやかな仏像を思い浮かべたり、亡くなった方を表す言葉と理解したりしている人が多いかもしれません。
しかし、大聖人の成仏観は全く異なります。一人一人の生命に仏性(成仏するための性分)が具わっており、自分の祈りと行動で現実に顕していけると説いているのです。
朝晩の勤行で読誦する「法華経」には、万人の成仏が説かれています。凡夫(普通の人)がその身のままで、しかも今世で成仏できる——このことを大聖人は、「一生成仏」という言葉で示してくださっています。
——一生成仏? 初めて聞きました。
一生成仏とは文字通り、この一生のうちに成仏することです。
一生成仏について、大聖人は示されています。
「法華経の行者は、仏が説いた通りに修行すれば、必ず一生のうちに一人残らず成仏することができる。譬えば、春や夏に田んぼを作るが、稲に早生と晩生という品種の違いがあっても全て1年のうちに収穫できるように、法華経の行者も上中下の機根の相違があっても、必ず一生のうちに成仏できるのである」(御書416ページ、通解)
◇絶対的幸福境涯とは
——「成仏できる」とは、「幸せになれる」と言い換えることもできるでしょうか。
そうです。現実は悩みの連続です。そのために信心が必要になるのです。
創価学会第2代会長の戸田城聖先生は、幸福について「絶対的幸福」と「相対的幸福」があると述べています。
相対的幸福とは、恵まれた環境や裕福さ、社会的地位の高さなどで感じる満足感を指します。いわば、欲望が満たされたことで得られる幸福感といえます。しかし、人間の欲望には際限がないので、永続させるのは困難です。
——たしかに欲望がなくなることはありません。
これに対して、絶対的幸福とは、欲望にとらわれたり、状況に左右されたりすることのない"歓喜の境涯"を指します。
戸田先生は、絶対的幸福について次のように語っています。
「絶対的幸福というのは、どこにいても、生きがいを感ずる境涯、どこにいても、生きている自体が楽しい、そういう境涯があるのです。(中略)腹のたつことがあっても、愉快に腹がたつ、そういう境涯ができたら、うれしくありませんか」
始覚深き信と持続の祈り
——一生成仏するためには、具体的にどうすればよいのでしょうか?
大聖人は、「一生成仏抄」に詳しく記されています。
「深く信心を起こして、昼も夜も朝も夕も怠ることなく磨くべきである。では、どのようにして磨けばよいのか。ただ南無妙法蓮華経と唱えること、これが磨くということである」(御書384ページ、通解)
ここで、ポイントは二つあります。
第一に、「深く信心を起こす」ことです。自身に具わる仏性を確信して、御本尊に題目を唱えていきましょう。
第二に、「持続の信心」です。大聖人は、この御文の直前で鏡を譬えとして、映りの悪い鏡も磨いたならば、くっきり全てのものをよく映すことができると仰せです。同じように、生命も"磨き続ける"ことで、真実の悟りの生命と現れることを教えられています。
——創価学会の皆さんが輝いている理由が、分かったような気がします。
大聖人は、成仏の「成」について、「成は開く義なり」(同753ページ)と仰せです。人間離れした特別な"神仏"に成ることを目指す必要は全くありません。万人の生命に本来具わる"仏の生命"を開いていけるのが、私たちの信仰なのです。
信心を通して、以前の自分では思いもよらなかった、どんな時にも常に希望を見いだしていける人間に変われた——こうした喜びの連鎖が広まり、今では世界中で題目を唱える同志が立ち上がっているのです。
無冠の友に最敬礼。
無理せず 安全第一で。
勇気と希望を届ける
聖業に福徳は燦然!
法華証明抄 P1587
『鬼神めらめ此の人をなやますは剣をさかさまにのむか又大火をいだくか、三世十方の仏の大怨敵となるか、あなかしこあなかしこ、此の人のやまいを忽になをしてかへりてまほりとなりて鬼道の大苦をぬくべきか』
☆女性に贈ることば 一月十八日
身だしなみや服装を整え、清潔に、きちんとしていくこと。
世界の一流の人格というのは、その点にも心を配っている。
☆今日のことば365 一月十八日
私は、私なりに、音楽というものは、生きものであると感じている。心の感動を、音に託して、はじめて音楽は成り立ち得るものと思うし、心と心の共鳴以外のなにものでもない----と思っている。
☆みんなで学ぶ教学〜新会員教室〜第1回 一生成仏 2017年1月10日
◇唱題で仏性を開き、喜びの人生を歩もう
今回から「みんなで学ぶ教学〜新会員教室」と題して、新入会の方に仏法を分かりやすく解説していきます。また、「放課後メモ」では、テーマの理解を深める書籍等を紹介していきます。初回は「一生成仏」をテーマに、正しい成仏観・幸福観を学びます。
◇皆に無限の可能性が
——創価学会に入会して、何よりも驚いたのは、だれもが生き生きと信仰に励んでいることです。
現代にあって、日蓮大聖人の仏法を正しく実践している団体は創価学会以外にありません。「成仏」への直道がここにあります。
——「成仏」といわれても、ピンときません……。
「仏」というと、一般的には、きらびやかな仏像を思い浮かべたり、亡くなった方を表す言葉と理解したりしている人が多いかもしれません。
しかし、大聖人の成仏観は全く異なります。一人一人の生命に仏性(成仏するための性分)が具わっており、自分の祈りと行動で現実に顕していけると説いているのです。
朝晩の勤行で読誦する「法華経」には、万人の成仏が説かれています。凡夫(普通の人)がその身のままで、しかも今世で成仏できる——このことを大聖人は、「一生成仏」という言葉で示してくださっています。
——一生成仏? 初めて聞きました。
一生成仏とは文字通り、この一生のうちに成仏することです。
一生成仏について、大聖人は示されています。
「法華経の行者は、仏が説いた通りに修行すれば、必ず一生のうちに一人残らず成仏することができる。譬えば、春や夏に田んぼを作るが、稲に早生と晩生という品種の違いがあっても全て1年のうちに収穫できるように、法華経の行者も上中下の機根の相違があっても、必ず一生のうちに成仏できるのである」(御書416ページ、通解)
◇絶対的幸福境涯とは
——「成仏できる」とは、「幸せになれる」と言い換えることもできるでしょうか。
そうです。現実は悩みの連続です。そのために信心が必要になるのです。
創価学会第2代会長の戸田城聖先生は、幸福について「絶対的幸福」と「相対的幸福」があると述べています。
相対的幸福とは、恵まれた環境や裕福さ、社会的地位の高さなどで感じる満足感を指します。いわば、欲望が満たされたことで得られる幸福感といえます。しかし、人間の欲望には際限がないので、永続させるのは困難です。
——たしかに欲望がなくなることはありません。
これに対して、絶対的幸福とは、欲望にとらわれたり、状況に左右されたりすることのない"歓喜の境涯"を指します。
戸田先生は、絶対的幸福について次のように語っています。
「絶対的幸福というのは、どこにいても、生きがいを感ずる境涯、どこにいても、生きている自体が楽しい、そういう境涯があるのです。(中略)腹のたつことがあっても、愉快に腹がたつ、そういう境涯ができたら、うれしくありませんか」
始覚深き信と持続の祈り
——一生成仏するためには、具体的にどうすればよいのでしょうか?
大聖人は、「一生成仏抄」に詳しく記されています。
「深く信心を起こして、昼も夜も朝も夕も怠ることなく磨くべきである。では、どのようにして磨けばよいのか。ただ南無妙法蓮華経と唱えること、これが磨くということである」(御書384ページ、通解)
ここで、ポイントは二つあります。
第一に、「深く信心を起こす」ことです。自身に具わる仏性を確信して、御本尊に題目を唱えていきましょう。
第二に、「持続の信心」です。大聖人は、この御文の直前で鏡を譬えとして、映りの悪い鏡も磨いたならば、くっきり全てのものをよく映すことができると仰せです。同じように、生命も"磨き続ける"ことで、真実の悟りの生命と現れることを教えられています。
——創価学会の皆さんが輝いている理由が、分かったような気がします。
大聖人は、成仏の「成」について、「成は開く義なり」(同753ページ)と仰せです。人間離れした特別な"神仏"に成ることを目指す必要は全くありません。万人の生命に本来具わる"仏の生命"を開いていけるのが、私たちの信仰なのです。
信心を通して、以前の自分では思いもよらなかった、どんな時にも常に希望を見いだしていける人間に変われた——こうした喜びの連鎖が広まり、今では世界中で題目を唱える同志が立ち上がっているのです。
2017年1月17日火曜日
2017.01.17 わが友に贈る
リーダーは
同志の無事故を
誰よりも祈り抜こう!
魔を寄せ付けぬ覚悟で
鉄壁のスクラムを築け!
千日尼御前御返事 P1310
『此の経文は一切経に勝れたり地走る者の王たり師子王のごとし空飛ぶ者の王たり鷲のごとし』
☆女性に贈ることば 一月十七日
約束を守る人が、人間としていちばん偉い人である。
誓いを果たす人が、いちばん苦しそうに見えて、いちばん幸福な人である。
☆今日のことば365 一月十七日
僕は 今日も学ぶ
僕は 今日も書く
この人間の姿勢を
生涯 崩さずに
今日も 僕は進む
☆御書と歩む 第48回 友の心に大歓喜の慈光を
『竜女が成仏此れ一人にはあらず一切の女人の成仏をあらはす』(開目抄、P223)
◇通解
竜女の成仏は、竜女一人だけの成仏ではない。全ての女人の成仏を示している。
◇同志への指針
創価の女性は闇夜の希望の灯台だ。その笑顔は暗い世相を照らす光明である。
一人の聡明な女子部がいれば、パッと明るくなる。
はつらつたる華陽の乙女の語らいは、友の心に具わる仏の生命を呼び覚まし、歓喜と希望のスクラムを、世界へ、未来へと広げていくのだ。
皆の幸福と、楽しい「ロマン総会」の大成功を、私も妻も心から祈っています。
同志の無事故を
誰よりも祈り抜こう!
魔を寄せ付けぬ覚悟で
鉄壁のスクラムを築け!
千日尼御前御返事 P1310
『此の経文は一切経に勝れたり地走る者の王たり師子王のごとし空飛ぶ者の王たり鷲のごとし』
☆女性に贈ることば 一月十七日
約束を守る人が、人間としていちばん偉い人である。
誓いを果たす人が、いちばん苦しそうに見えて、いちばん幸福な人である。
☆今日のことば365 一月十七日
僕は 今日も学ぶ
僕は 今日も書く
この人間の姿勢を
生涯 崩さずに
今日も 僕は進む
☆御書と歩む 第48回 友の心に大歓喜の慈光を
『竜女が成仏此れ一人にはあらず一切の女人の成仏をあらはす』(開目抄、P223)
◇通解
竜女の成仏は、竜女一人だけの成仏ではない。全ての女人の成仏を示している。
◇同志への指針
創価の女性は闇夜の希望の灯台だ。その笑顔は暗い世相を照らす光明である。
一人の聡明な女子部がいれば、パッと明るくなる。
はつらつたる華陽の乙女の語らいは、友の心に具わる仏の生命を呼び覚まし、歓喜と希望のスクラムを、世界へ、未来へと広げていくのだ。
皆の幸福と、楽しい「ロマン総会」の大成功を、私も妻も心から祈っています。
2017年1月16日月曜日
2017.01.16 わが友に贈る
◇今週のことば
青年拡大の座談会だ!
皆が青年の心で
皆で青年を励まし
若々しく語り合おう!
「声仏事を為す」と。
2017年1月16日
松野殿御返事 P1386
『世の中ものうからん時も今生の苦さへかなしし、況や来世の苦をやと思し食しても南無妙法蓮華経と唱へ、悦ばしからん時も今生の悦びは夢の中の夢霊山浄土の悦びこそ実の悦びなれと思し食し合せて又南無妙法蓮華経と唱へ』
☆女性に贈ることば 一月十六日
どんなに忙しい毎日であっても、口元に出そうになる愚痴をニッコリと笑顔に変え、家族や周囲の人をほめたたえていけるような心のゆとりをなくさないでほしい。
☆今日のことば365 一月十六日
人の心の、移り変わりの激しさを、憤りたくなることがある。所詮、唯一人、強く生き抜くことだ。堂々と、伸びのびと、大地を闊歩して。
☆世界広布新時代第23回本部幹部会への池田先生のメッセージ 2017年1月8日
「正しい人生」を忍耐強く
わが人間革命の「歓喜の劇」を示しゆけ
題目こそ究極の妙音 いかなる苦悩も幸福への智慧に
一、広宣流布を成し遂げゆかんとする全世界の創価家族と共々に、希望に燃えて、明るく、仲良く、にぎやかに、新春を出発することができました。
とりわけ、一番寒く、一番忙しい、この時期に、はるばる来日してくれた、偉大なるSGIの指導者の皆さん方を、御本仏・日蓮大聖人も、三世十方の仏菩薩も、どれほど讃嘆なされていることでしょうか。
研修会で参加のアメリカの皆さん、メキシコの皆さん、ヨーロッパの皆さん、香港の皆さん、タイ・インドの皆さん、そして、韓国の皆さん、本当にご苦労さまです。世界の求道の友を、私たちは「ああ感激の同志あり」と熱烈に歓迎しようではありませんか!(大拍手)
「青年拡大の年」の開幕を飾る、地涌の若人たちの今日の歌声は、私の生命にも、何よりうれしく、頼もしく響いてきます。
音楽隊、鼓笛隊、そして、合唱団等の皆さん、いつもいつも、ありがとう!
法華経に登場する妙音菩薩は行く所、向かう所、「百千万億」もの音楽を奏でながら、衆生に、生きる喜びと希望の生命力を贈ります。
この「平和の文化」を現実社会に創造しゆく、創価の人間主義の大連帯を、わが青年部よ、歌声高らかに、思う存分、広げていってくれ給え!
◇師匠と定め70年
一、フレッシュな新成人の皆さんも、誠におめでとう!
思えば、私が恩師・戸田先生に初めてお会いをしたのは、成人を迎える直前に出席した座談会でした。敗戦まもない、深い闇に包まれた時代です。
私は質問しました。
「先生、正しい人生とは、いったい、どういう人生をいうのでしょうか」と。
戸田先生は、にっこりと微笑まれて、大聖人の大生命哲理の上から、満々たる確信で、生老病死の打開の道を明快に示してくださいました。
そして、こう言われたのです。
「考えるのもよい。しかし、考える暇に、大聖人の仏法を実践してごらんなさい。青年じゃありませんか。必ずいつか、自然に、自分が正しい人生を歩んでいることを、いやでも発見するでしょう」と。
先生は、貧しい庶民の、病弱な一青年を信頼し、励ましてくださいました。妙法の実践によって、若き生命から何ものにも負けない力を引き出し、民衆に、社会に、世界に貢献する未来を開くことができる。いな断じて、そうしてみせると、指導し、薫陶してくださったのです。
この先生を師匠と定めて、私はまっしぐらに走り抜いてきました。
そして70年——。波瀾万丈の大闘争を勝ち越えて、先生が約束してくださった通りに、一点の後悔もない「正しい人生」を生き抜くことができました。
これは、私より6年早く、家族と一緒に入会した妻も、全く同じ思いで、師匠と同志に心より感謝しております。
妙法と共に、学会と共に生きるならば、誰人も絶対に正しい生命の軌道を歩みゆける。このことを、私たちは人間革命の歓喜の劇をもって、道を求める世界の若人へ、一段と伝え弘めていこうではありませんか!
青年の蘇生にこそ、人類の宿命をも転換しゆく希望の光があるからです。
今月から始まる女子部の「ロマン総会」の楽しく朗らかな大成功も、婦人部の先輩方をはじめ、皆で祈り、応援していきたいと思います。
◇声を惜しまず
一、本日は、各界で活躍する方々も参加されています。皆で大喝采を送ろうではありませんか!(大拍手)
賢明にして誠実な民衆からの敬愛と賞讃に勝る栄光は、決してありません。
大聖人は、妙音菩薩についての御義口伝に、こう仰せであります。
「妙音とは今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る事は末法当今の不思議の音声なり、其の故は煩悩即菩提生死即涅槃の妙音なり云云」(御書774ページ)と。
我らには題目という究極の妙音がある。
ゆえに人生においても、社会においても、いかなる苦悩が立ちはだかろうと、断固として怯まず、一つ一つ幸福への智慧に転じ、自他共に境涯を開くことができる。試練が大きければ大きいほど、「心の財」も大きく積める。
我らは、題目を「獅子の吼ゆるが如く」(同764ページ)唱え抜き、励ましの声を、友情の声を、勇気の声を惜しまずに轟かせながら、この地球上に、正義と人道と平和の寂光土を、いやまして建設し、拡大してまいりたい。
◇さあ凱歌の行進!
一、今年は、トインビー博士と対談を開始して45周年。博士から託された「人類の心をつなぐ対話」という使命を、私は今も貫いております。
文明を結び、未来を照らす世界の知性との対談集も、80点に及びます。
トインビー博士が忘れ得ぬ語らいの最終章に、若き世代へ贈ってくださった励ましは、「忍耐強くあれ!」との一言でありました。
この言葉に加えて、「負けじ魂の青春に勝利あり」、そして「異体同心の民衆に凱歌あり」と申し上げ、私のメッセージといたします。
さあ、共々に、胸を張って、「凱歌の行進」へ踏み出そうではないか!(大拍手)
青年拡大の座談会だ!
皆が青年の心で
皆で青年を励まし
若々しく語り合おう!
「声仏事を為す」と。
2017年1月16日
松野殿御返事 P1386
『世の中ものうからん時も今生の苦さへかなしし、況や来世の苦をやと思し食しても南無妙法蓮華経と唱へ、悦ばしからん時も今生の悦びは夢の中の夢霊山浄土の悦びこそ実の悦びなれと思し食し合せて又南無妙法蓮華経と唱へ』
☆女性に贈ることば 一月十六日
どんなに忙しい毎日であっても、口元に出そうになる愚痴をニッコリと笑顔に変え、家族や周囲の人をほめたたえていけるような心のゆとりをなくさないでほしい。
☆今日のことば365 一月十六日
人の心の、移り変わりの激しさを、憤りたくなることがある。所詮、唯一人、強く生き抜くことだ。堂々と、伸びのびと、大地を闊歩して。
☆世界広布新時代第23回本部幹部会への池田先生のメッセージ 2017年1月8日
「正しい人生」を忍耐強く
わが人間革命の「歓喜の劇」を示しゆけ
題目こそ究極の妙音 いかなる苦悩も幸福への智慧に
一、広宣流布を成し遂げゆかんとする全世界の創価家族と共々に、希望に燃えて、明るく、仲良く、にぎやかに、新春を出発することができました。
とりわけ、一番寒く、一番忙しい、この時期に、はるばる来日してくれた、偉大なるSGIの指導者の皆さん方を、御本仏・日蓮大聖人も、三世十方の仏菩薩も、どれほど讃嘆なされていることでしょうか。
研修会で参加のアメリカの皆さん、メキシコの皆さん、ヨーロッパの皆さん、香港の皆さん、タイ・インドの皆さん、そして、韓国の皆さん、本当にご苦労さまです。世界の求道の友を、私たちは「ああ感激の同志あり」と熱烈に歓迎しようではありませんか!(大拍手)
「青年拡大の年」の開幕を飾る、地涌の若人たちの今日の歌声は、私の生命にも、何よりうれしく、頼もしく響いてきます。
音楽隊、鼓笛隊、そして、合唱団等の皆さん、いつもいつも、ありがとう!
法華経に登場する妙音菩薩は行く所、向かう所、「百千万億」もの音楽を奏でながら、衆生に、生きる喜びと希望の生命力を贈ります。
この「平和の文化」を現実社会に創造しゆく、創価の人間主義の大連帯を、わが青年部よ、歌声高らかに、思う存分、広げていってくれ給え!
◇師匠と定め70年
一、フレッシュな新成人の皆さんも、誠におめでとう!
思えば、私が恩師・戸田先生に初めてお会いをしたのは、成人を迎える直前に出席した座談会でした。敗戦まもない、深い闇に包まれた時代です。
私は質問しました。
「先生、正しい人生とは、いったい、どういう人生をいうのでしょうか」と。
戸田先生は、にっこりと微笑まれて、大聖人の大生命哲理の上から、満々たる確信で、生老病死の打開の道を明快に示してくださいました。
そして、こう言われたのです。
「考えるのもよい。しかし、考える暇に、大聖人の仏法を実践してごらんなさい。青年じゃありませんか。必ずいつか、自然に、自分が正しい人生を歩んでいることを、いやでも発見するでしょう」と。
先生は、貧しい庶民の、病弱な一青年を信頼し、励ましてくださいました。妙法の実践によって、若き生命から何ものにも負けない力を引き出し、民衆に、社会に、世界に貢献する未来を開くことができる。いな断じて、そうしてみせると、指導し、薫陶してくださったのです。
この先生を師匠と定めて、私はまっしぐらに走り抜いてきました。
そして70年——。波瀾万丈の大闘争を勝ち越えて、先生が約束してくださった通りに、一点の後悔もない「正しい人生」を生き抜くことができました。
これは、私より6年早く、家族と一緒に入会した妻も、全く同じ思いで、師匠と同志に心より感謝しております。
妙法と共に、学会と共に生きるならば、誰人も絶対に正しい生命の軌道を歩みゆける。このことを、私たちは人間革命の歓喜の劇をもって、道を求める世界の若人へ、一段と伝え弘めていこうではありませんか!
青年の蘇生にこそ、人類の宿命をも転換しゆく希望の光があるからです。
今月から始まる女子部の「ロマン総会」の楽しく朗らかな大成功も、婦人部の先輩方をはじめ、皆で祈り、応援していきたいと思います。
◇声を惜しまず
一、本日は、各界で活躍する方々も参加されています。皆で大喝采を送ろうではありませんか!(大拍手)
賢明にして誠実な民衆からの敬愛と賞讃に勝る栄光は、決してありません。
大聖人は、妙音菩薩についての御義口伝に、こう仰せであります。
「妙音とは今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る事は末法当今の不思議の音声なり、其の故は煩悩即菩提生死即涅槃の妙音なり云云」(御書774ページ)と。
我らには題目という究極の妙音がある。
ゆえに人生においても、社会においても、いかなる苦悩が立ちはだかろうと、断固として怯まず、一つ一つ幸福への智慧に転じ、自他共に境涯を開くことができる。試練が大きければ大きいほど、「心の財」も大きく積める。
我らは、題目を「獅子の吼ゆるが如く」(同764ページ)唱え抜き、励ましの声を、友情の声を、勇気の声を惜しまずに轟かせながら、この地球上に、正義と人道と平和の寂光土を、いやまして建設し、拡大してまいりたい。
◇さあ凱歌の行進!
一、今年は、トインビー博士と対談を開始して45周年。博士から託された「人類の心をつなぐ対話」という使命を、私は今も貫いております。
文明を結び、未来を照らす世界の知性との対談集も、80点に及びます。
トインビー博士が忘れ得ぬ語らいの最終章に、若き世代へ贈ってくださった励ましは、「忍耐強くあれ!」との一言でありました。
この言葉に加えて、「負けじ魂の青春に勝利あり」、そして「異体同心の民衆に凱歌あり」と申し上げ、私のメッセージといたします。
さあ、共々に、胸を張って、「凱歌の行進」へ踏み出そうではないか!(大拍手)
2017年1月15日日曜日
2017.01.15 わが友に贈る
人と人のつながりが
地域の安全の基盤。
日頃の声掛けを大切に。
心通う交流で
安心のネットワークを!
四条金吾殿女房御返事 P1135
『一切の人はにくまばにくめ、釈迦仏多宝仏十方の諸仏乃至梵王帝釈日月等にだにもふびんとをもはれまいらせなばなにかくるしかるべき、法華経にだにもほめられたてまつりなばなにかくるしかるべき』
☆女性に贈ることば 一月十五日
家庭はつくられたものではない。つくるものである。建設すべきものである。
☆今日のことば365 一月十五日
生き生きと希望に燃えた青春を送るためには、まず健康であることが大切である。そして、人に迷惑をかけないことを大前提に、若々しい、二度と来ない若い時代の歴史を、人生行路の思い出を、美しく刻んでゆけるような、悔いのない青春を生きていただきたい。
☆世界広布新時代第23回本部幹部会 2017年1月8日
平和の地球へ希望の大音声を
池田先生がメッセージ
原田会長、永石婦人部長が各部・海外の代表と出席
「世界広布新時代 青年拡大の年」の開幕を記念する「世界広布新時代第23回本部幹部会」が7日午後、巣鴨の東京戸田記念講堂で晴れやかに開催された。これには原田会長、長谷川理事長、永石婦人部長が各部の代表、海外の友と出席。池田大作先生はメッセージ(3面)を贈り、「『平和の文化』を現実社会に創造しゆく、創価の人間主義の大連帯を、わが青年部よ、歌声高らかに、思う存分、広げていってくれ給え!」と念願。題目を唱え抜き、希望の大音声を轟かせながら、この地球上に正義と人道と平和の寂光土を築きゆく「凱歌の行進」へ踏み出そうと呼び掛けた。(2・3面に関連記事。全国中継は12日から15日〈中継の会場と時間は各県・区で決定〉)
東京の空には、澄み切った「青」が広がっていた。まばゆいほどの陽光が、東京戸田記念講堂に降り注ぐ。
"青年拡大の年"の幕開けにふさわしい大晴天に包まれ、行われた本部幹部会。冒頭を飾ったのは、音楽隊・しなの合唱団と、女子部・富士合唱団の歌声だった。
♪太陽昇る 凱歌の朝
生命を燃やし 人間革命の旗を掲げ……
歌の名は「凱歌の行進」。ヴェルディ作曲の歌劇「アイーダ」の「凱旋行進曲」に、青年部有志が歌詞を加えたものだ。世界広布という崇高な使命を自覚した青年の誓いが込められている。
合唱の終盤で、会場後方にいた500人の青年が一斉に立ち上がり、歌声を重ねた。
♪征け! 時は来たり 青年の年
拡大の 世界広布ここに
征け! 理想の道 平和の道
まっすぐに 進め進め 進めよ……
歌詞の基になっているのは、1970年12月に池田先生が発表した長編詩「青年の譜」。
当時の学会には、暗雲が立ち込めていた。言論問題である。
320行を超えるその詩は、こう始まる。「天空に雲ありて/風吹けど/太陽は 今日も昇る/午前八時の青年の太陽は/無限の迫力を秘めて/滲透しつつ 正確に進む」
長編詩に託した真情を、先生は、小説『新・人間革命』「蘇生」の章につづった。
「仏法を根底に社会の建設に立ち上がるなかにこそ、仏法者としての、青年の尊き使命がある」「青年が立つ時、時代は新しき回転を開始する。歴史を創る決戦の勝敗の鍵は、常に青年の腕のなかにある」と――。
この師の思いと歴史を学び、青年たちは歌の練習に励んできた。
「拡大の結果をもって集うことができました。池田先生に届けとばかり、精いっぱい、歌いました」(東京、男子部部長)
「先生との新たな原点を築くことができました。この一年も、必ず勝利するとの決意を歌声に込めました」(大阪、女子部部長)
清新な声の響きは、世界の青年たちの魂の共鳴板を激しくたたいた。香港で男子部部長を務める黃嘉南さんも決意を新たにした一人である。"よし! 希望の哲学を多くの友に語ろう! 地涌の連帯を広げていこう!"
師との原点は88年、香港で行われた第9回世界青年平和文化祭。後継の未来っ子の一人として、組み体操に出演した時のことだ。
黃さんは、池田先生が見守る中、同志と共に堂々たる演技を披露した。
厳しい練習を乗り越えられたのは、男子部の先輩の力強い励ましがあったからだ。今も思い出すと胸が熱くなる。「あの時受けた励ましを、後輩にも」。黃さんは今、目の前の一人に寄り添い、激励を重ねている。
仕事で多くの困難に直面した時もある。しかし、強い祈りで全てを勝ち開いてきた。今では、20人の従業員を抱える建築関係の会社の共同経営者として、実証を示す。
メキシコからは16人の友が来日した。
「青年拡大の年――それは婦人部が青年の成長のエネルギーになっていく年です!」
そう力を込めて訴えるのは、昨年11月にメキシコ婦人部長に就任したエウヘニア・ロハスさんだ。「時代が変わろうとも、青年たちに変わらぬ学会精神と広宣流布への大情熱を継承する。それだけは絶対に果たさなければならないのです」
その原動力は、自身が学会の庭で生き抜いてきた経験にあった。人間関係に悩み、精神的に追い詰められていた時があった。涙に暮れる日々だった。そんな時、婦人部の先輩が毎日のように話に耳を傾け、一緒に題目をあげてくれたという。
一人を大切にする学会の温かさを青年に伝えたい――メキシコでは本年、新たな取り組みとして"婦女一体""壮男一体"の団結で共に訪問激励に歩く。
皆が青年の心で! 各部一体の前進で! ここに、世界共通にして永遠に変わらない、広布の方程式がある。
◇
幹部会では、池田主任副会長が池田先生のメッセージを紹介。
田中光昭さん(第3総千葉男子部長、野田総県男子部長兼任)が活動体験を語った。荒れた青春を過ごす中、男子部の先輩の激励に奮起。大手外資系企業の営業マンとして全国屈指の業績を上げ、地域では若き自治会長として活躍する。今月2日には23世帯目の弘教を実らせた。
清水女子部長は、全国各地で開催されるロマン総会で多くの友と絆を結び、歓喜の華陽スクラムを大きく広げようと語った。
原田会長は実行と決意こそが学会精神であり、この心が燃え盛っていれば新たな青年の拡大も成し遂げられると強調。青年か否かを決めるのは年齢ではなく、自身の心と行動であると訴え、皆が青年の決意で立ち上がり、異体同心の団結で破竹のスタートダッシュを飾ろうと呼び掛けた。
続いて「新春幹部会」(1994年1月)での池田先生のスピーチを上映。最後に全員で学会歌「誓いの青年よ」を合唱した。
♪民衆の城に 凱歌 轟け……
愛するわが地域、わが国に、「広布と人生の凱歌」を天高く響かせゆく、創価の大行進が始まった。
地域の安全の基盤。
日頃の声掛けを大切に。
心通う交流で
安心のネットワークを!
四条金吾殿女房御返事 P1135
『一切の人はにくまばにくめ、釈迦仏多宝仏十方の諸仏乃至梵王帝釈日月等にだにもふびんとをもはれまいらせなばなにかくるしかるべき、法華経にだにもほめられたてまつりなばなにかくるしかるべき』
☆女性に贈ることば 一月十五日
家庭はつくられたものではない。つくるものである。建設すべきものである。
☆今日のことば365 一月十五日
生き生きと希望に燃えた青春を送るためには、まず健康であることが大切である。そして、人に迷惑をかけないことを大前提に、若々しい、二度と来ない若い時代の歴史を、人生行路の思い出を、美しく刻んでゆけるような、悔いのない青春を生きていただきたい。
☆世界広布新時代第23回本部幹部会 2017年1月8日
平和の地球へ希望の大音声を
池田先生がメッセージ
原田会長、永石婦人部長が各部・海外の代表と出席
「世界広布新時代 青年拡大の年」の開幕を記念する「世界広布新時代第23回本部幹部会」が7日午後、巣鴨の東京戸田記念講堂で晴れやかに開催された。これには原田会長、長谷川理事長、永石婦人部長が各部の代表、海外の友と出席。池田大作先生はメッセージ(3面)を贈り、「『平和の文化』を現実社会に創造しゆく、創価の人間主義の大連帯を、わが青年部よ、歌声高らかに、思う存分、広げていってくれ給え!」と念願。題目を唱え抜き、希望の大音声を轟かせながら、この地球上に正義と人道と平和の寂光土を築きゆく「凱歌の行進」へ踏み出そうと呼び掛けた。(2・3面に関連記事。全国中継は12日から15日〈中継の会場と時間は各県・区で決定〉)
東京の空には、澄み切った「青」が広がっていた。まばゆいほどの陽光が、東京戸田記念講堂に降り注ぐ。
"青年拡大の年"の幕開けにふさわしい大晴天に包まれ、行われた本部幹部会。冒頭を飾ったのは、音楽隊・しなの合唱団と、女子部・富士合唱団の歌声だった。
♪太陽昇る 凱歌の朝
生命を燃やし 人間革命の旗を掲げ……
歌の名は「凱歌の行進」。ヴェルディ作曲の歌劇「アイーダ」の「凱旋行進曲」に、青年部有志が歌詞を加えたものだ。世界広布という崇高な使命を自覚した青年の誓いが込められている。
合唱の終盤で、会場後方にいた500人の青年が一斉に立ち上がり、歌声を重ねた。
♪征け! 時は来たり 青年の年
拡大の 世界広布ここに
征け! 理想の道 平和の道
まっすぐに 進め進め 進めよ……
歌詞の基になっているのは、1970年12月に池田先生が発表した長編詩「青年の譜」。
当時の学会には、暗雲が立ち込めていた。言論問題である。
320行を超えるその詩は、こう始まる。「天空に雲ありて/風吹けど/太陽は 今日も昇る/午前八時の青年の太陽は/無限の迫力を秘めて/滲透しつつ 正確に進む」
長編詩に託した真情を、先生は、小説『新・人間革命』「蘇生」の章につづった。
「仏法を根底に社会の建設に立ち上がるなかにこそ、仏法者としての、青年の尊き使命がある」「青年が立つ時、時代は新しき回転を開始する。歴史を創る決戦の勝敗の鍵は、常に青年の腕のなかにある」と――。
この師の思いと歴史を学び、青年たちは歌の練習に励んできた。
「拡大の結果をもって集うことができました。池田先生に届けとばかり、精いっぱい、歌いました」(東京、男子部部長)
「先生との新たな原点を築くことができました。この一年も、必ず勝利するとの決意を歌声に込めました」(大阪、女子部部長)
清新な声の響きは、世界の青年たちの魂の共鳴板を激しくたたいた。香港で男子部部長を務める黃嘉南さんも決意を新たにした一人である。"よし! 希望の哲学を多くの友に語ろう! 地涌の連帯を広げていこう!"
師との原点は88年、香港で行われた第9回世界青年平和文化祭。後継の未来っ子の一人として、組み体操に出演した時のことだ。
黃さんは、池田先生が見守る中、同志と共に堂々たる演技を披露した。
厳しい練習を乗り越えられたのは、男子部の先輩の力強い励ましがあったからだ。今も思い出すと胸が熱くなる。「あの時受けた励ましを、後輩にも」。黃さんは今、目の前の一人に寄り添い、激励を重ねている。
仕事で多くの困難に直面した時もある。しかし、強い祈りで全てを勝ち開いてきた。今では、20人の従業員を抱える建築関係の会社の共同経営者として、実証を示す。
メキシコからは16人の友が来日した。
「青年拡大の年――それは婦人部が青年の成長のエネルギーになっていく年です!」
そう力を込めて訴えるのは、昨年11月にメキシコ婦人部長に就任したエウヘニア・ロハスさんだ。「時代が変わろうとも、青年たちに変わらぬ学会精神と広宣流布への大情熱を継承する。それだけは絶対に果たさなければならないのです」
その原動力は、自身が学会の庭で生き抜いてきた経験にあった。人間関係に悩み、精神的に追い詰められていた時があった。涙に暮れる日々だった。そんな時、婦人部の先輩が毎日のように話に耳を傾け、一緒に題目をあげてくれたという。
一人を大切にする学会の温かさを青年に伝えたい――メキシコでは本年、新たな取り組みとして"婦女一体""壮男一体"の団結で共に訪問激励に歩く。
皆が青年の心で! 各部一体の前進で! ここに、世界共通にして永遠に変わらない、広布の方程式がある。
◇
幹部会では、池田主任副会長が池田先生のメッセージを紹介。
田中光昭さん(第3総千葉男子部長、野田総県男子部長兼任)が活動体験を語った。荒れた青春を過ごす中、男子部の先輩の激励に奮起。大手外資系企業の営業マンとして全国屈指の業績を上げ、地域では若き自治会長として活躍する。今月2日には23世帯目の弘教を実らせた。
清水女子部長は、全国各地で開催されるロマン総会で多くの友と絆を結び、歓喜の華陽スクラムを大きく広げようと語った。
原田会長は実行と決意こそが学会精神であり、この心が燃え盛っていれば新たな青年の拡大も成し遂げられると強調。青年か否かを決めるのは年齢ではなく、自身の心と行動であると訴え、皆が青年の決意で立ち上がり、異体同心の団結で破竹のスタートダッシュを飾ろうと呼び掛けた。
続いて「新春幹部会」(1994年1月)での池田先生のスピーチを上映。最後に全員で学会歌「誓いの青年よ」を合唱した。
♪民衆の城に 凱歌 轟け……
愛するわが地域、わが国に、「広布と人生の凱歌」を天高く響かせゆく、創価の大行進が始まった。
2017年1月14日土曜日
2017.01.14 わが友に贈る
温かな励まし
誠実な語らいが
友情と信頼を育む。
さあ今日も元気に
一人の友のもとへ!
佐渡御書 P958
『心は法華経を信ずる故に梵天帝釈をも猶恐しと思はず』
☆女性に贈ることば 一月十四日
学校では、学生として、真剣に生きる。家庭では、娘として、正直に生きる。結婚すれば、妻として、立派に生きる。
自分が今いる、その場所で、その立場で、周囲と協調しながら、一生懸命に生きていく。それが「謙虚」です。
反対に、周りのことなど考えないで、自分のやりたいようにやるのは「倣慢」です。
倣慢は不正義です。人を不幸にします。
謙虚は正義です。人を幸福にします。
☆今日のことば365 一月十四日
文学における古典は、人間の本質を知るうえに、欠かすことのできない手がかりとなろう。そこには、時代的な制約も、もとよりあろうが、時代を超えて、変わらぬ、人間性のありのままが、見事に描きだされているといってよい。
☆総県長会議での原田会長の指導 要旨 2017年1月7日
「師のために」「各部一体で」「一人を励ます」
二月闘争に学ぶ拡大の要諦
一、「世界広布新時代 青年拡大の年」がスタートしました。皆が「青年の心」を燃やし、「異体同心の団結」で、本日から出発を切っていきたい。
昨年末の財務につきましては、皆さまの強き祈りと温かな激励により、一切無事故で終了することができました。心より御礼申し上げます。本当に、ありがとうございました。
このあとは、財務の受領証の配布が行われます。真心込めて、丁寧にお渡しいただき、最後まで無事故の財務としてまいりたい。
一、池田先生は、年頭の3日、広宣流布大誓堂で、創価学会の前進と団結と勝利をご祈念してくださいました。聖教新聞元日号からは、小説『新・人間革命』第30巻「大山」の章をスタートしてくださいました。
私たちは、先生がつづってくださる小説『新・人間革命』を日々、しっかりと学び、呼吸を合わせながら、広宣流布大誓堂の完成5周年となる2018年の「11・18」を目指し、まずは本年前半に拡大と勝利の金字塔を打ち立て、先生の入信70周年の佳節をお祝いしていきたい。
2018年の「11・18」を目指し、各方面・県が世帯増を成し遂げていく決意で、この2年間を戦っていきたい。
自身の殻を破れ
一、折伏・弘教を大きく進め、本年の完全勝利を開くためにも、本日は今一度、65周年の佳節を迎えた「二月闘争」から、拡大の要諦を3点、確認したい。
二月闘争の前月である、1952年(昭和27年)1月。戸田先生が詠まれたお歌は「友どちの 集いも堅き 学会は 折伏行の 王者なりけり」でありました。同じ月、戸田先生は"いよいよ大作を出すか"と、池田先生を蒲田支部幹事に任命されました。
当時24歳の池田先生は、力強く訴えます。
「戸田先生の指導があって、今の私たちがあります。ご恩返しをするには、広宣流布の戦いしかない。戸田先生の52回目の誕生の月を、なんとしても歴史的金字塔で荘厳しましょう!」と。
弟子の、この決定した一念が、二月闘争のスタートでありました。
さらに先生は、二月闘争を振り返り、「『師と共に』戦うから、小さな自分の殻を破れる。『師のために』戦うから、本当の底力が出せる」と教えてくださいました。「師と共に」「師のために」——この「師弟の戦い」こそ、広布拡大の最重要の力であります。
言うまでもなく、池田先生の指導と激励があって、今の私たちがいます。そして先生が「学会の永遠性の確立」を訴えられ、「総仕上げ」と言われている今この時よりほかに、池田門下の弟子が広布拡大でご恩返しをする時はありません。
1月2日を目指し、多くの男子部が折伏を実らせました。女子部のロマン総会も、先生の誕生月をお祝いする新しい伝統になりました。年齢に関係なく生涯、師との誓いを忘れない人が青年です。師と共に広布に生き抜く人が青年です。
私たちは、「断じて師匠にお応えする」「必ずや師匠に喜んでいただく」との一心で、動き、語り、壁を破っていきたい。
青年と一緒に
一、先生はかつて随筆で、二月闘争を「学会の歴史において、これこそ、青年が大先頭に躍り出て、壮年・婦人と一体で戦い、実質的に広布拡大を牽引した初陣であった」と意義づけられました。
さらに「常に、未来を託す人材の流れを『二陣三陣』と育成するために、間断なく種を蒔いていくことだ。これが、令法久住のための鉄則である」とも教えてくださいました。
今、この時に生まれ合わせた青年部・未来部こそ、創価学会を永遠に盤石ならしめる、使命深き大事な人材です。
その青年部・未来部を激励することはもちろん、二月闘争から学ぶ勝利の要諦は、青年を先頭にした「各部一体の団結」です。「青年を先頭に」というのは、当然ながら「青年だけにやらせよう」とか「青年を動かそう」ということではありません。
先輩である壮年・婦人が自ら、青年の模範となる対話に挑む。青年と一緒に、青年への折伏に挑戦する。それでこそ、拡大のうねりが起こり、その各部一体の拡大のなかでこそ、次代を担う青年が、拡大の先頭に立てる一騎当千の人材へと成長するのです。
功徳の体験こそ
一、池田先生は昨年、小説『新・人間革命』に、二月闘争について「勝利の眼目は、まさに徹底した個人指導にあった」と改めてつづられました。
さらに、続けられます。
「山本伸一に励まされた蒲田支部の同志は、一騎当千の闘士となって二月闘争に走った。皆が、途方に暮れるしかないほど深刻な悩みをかかえていた。しかし、そのなかで"私は信心で勝つ! 負けるものか!"と、広宣流布の使命に奮い立っていった」
「その戦いの帰結が、一支部で一カ月に二百一世帯という当時としては未曽有の弘教を実らせたのだ。そして、より重要なことは、勇んで二月闘争を展開した同志は、功徳の体験を積み、歓喜と確信に燃え、苦悩を乗り越えていったという厳たる事実である」と。
先生は二月闘争を振り返る際、「一人を大切に」と繰り返し教えてくださっています。未曽有の拡大が、直接一人と会い、共に祈り動くという、最も地道な活動からであったことを、ゆめゆめ忘れてはならない。
そして何より、先生が「折伏の成果」にも増して、拡大に取り組んだ一人一人の「功徳の体験」「苦悩を乗り越えた実証」を強調されていることを肝に銘じたい。
昨年の任用試験では、会友の合格者が前回に倍する数となりました。最近3年間の任用試験の合格者は、およそ30万人いらっしゃいます。
ここに象徴される「新しい力」が対話に打って出た時、拡大の結果が出ることはもちろん、功徳の体験が、歓喜の実証が、各地域で大きく花開くことは間違いありません。
私たちは「全員を勝利者に」との思いで訪問激励に徹し、拡大の上げ潮をつくっていきたい。
人間革命の旗を
一、聖教新聞元日号で発表されたように、聖教新聞社の新社屋が「創価学会 世界聖教会館」として建設されることになりました。2019年の11月18日に落成予定となっています。この日を目指し、聖教新聞のより一層の拡大にも、全力で取り組みたい。
2月には、聖教新聞PR版の発行も予定していますので、よろしくお願いいたします。
先生は、新年勤行会のメッセージで「いざ共に 人間革命 凱歌あれ」と詠んでくださいました。
「大白蓮華」1月号の「世界を照らす太陽の仏法」では、「今いる場所で、『わが人間革命の姿を見よ!』と、勝利の旗を掲げゆけ!」「陽出ずる21世紀に 人間革命 光あれ!」と呼び掛けてくださいました。
私たちは、今、先生と一緒に人間革命の旗を掲げて戦えることを最大の誇りとし、自らが人間革命の実証を厳然と示しながら、「凱歌の歴史」を堂々と切り開いていきましょう。
誠実な語らいが
友情と信頼を育む。
さあ今日も元気に
一人の友のもとへ!
佐渡御書 P958
『心は法華経を信ずる故に梵天帝釈をも猶恐しと思はず』
☆女性に贈ることば 一月十四日
学校では、学生として、真剣に生きる。家庭では、娘として、正直に生きる。結婚すれば、妻として、立派に生きる。
自分が今いる、その場所で、その立場で、周囲と協調しながら、一生懸命に生きていく。それが「謙虚」です。
反対に、周りのことなど考えないで、自分のやりたいようにやるのは「倣慢」です。
倣慢は不正義です。人を不幸にします。
謙虚は正義です。人を幸福にします。
☆今日のことば365 一月十四日
文学における古典は、人間の本質を知るうえに、欠かすことのできない手がかりとなろう。そこには、時代的な制約も、もとよりあろうが、時代を超えて、変わらぬ、人間性のありのままが、見事に描きだされているといってよい。
☆総県長会議での原田会長の指導 要旨 2017年1月7日
「師のために」「各部一体で」「一人を励ます」
二月闘争に学ぶ拡大の要諦
一、「世界広布新時代 青年拡大の年」がスタートしました。皆が「青年の心」を燃やし、「異体同心の団結」で、本日から出発を切っていきたい。
昨年末の財務につきましては、皆さまの強き祈りと温かな激励により、一切無事故で終了することができました。心より御礼申し上げます。本当に、ありがとうございました。
このあとは、財務の受領証の配布が行われます。真心込めて、丁寧にお渡しいただき、最後まで無事故の財務としてまいりたい。
一、池田先生は、年頭の3日、広宣流布大誓堂で、創価学会の前進と団結と勝利をご祈念してくださいました。聖教新聞元日号からは、小説『新・人間革命』第30巻「大山」の章をスタートしてくださいました。
私たちは、先生がつづってくださる小説『新・人間革命』を日々、しっかりと学び、呼吸を合わせながら、広宣流布大誓堂の完成5周年となる2018年の「11・18」を目指し、まずは本年前半に拡大と勝利の金字塔を打ち立て、先生の入信70周年の佳節をお祝いしていきたい。
2018年の「11・18」を目指し、各方面・県が世帯増を成し遂げていく決意で、この2年間を戦っていきたい。
自身の殻を破れ
一、折伏・弘教を大きく進め、本年の完全勝利を開くためにも、本日は今一度、65周年の佳節を迎えた「二月闘争」から、拡大の要諦を3点、確認したい。
二月闘争の前月である、1952年(昭和27年)1月。戸田先生が詠まれたお歌は「友どちの 集いも堅き 学会は 折伏行の 王者なりけり」でありました。同じ月、戸田先生は"いよいよ大作を出すか"と、池田先生を蒲田支部幹事に任命されました。
当時24歳の池田先生は、力強く訴えます。
「戸田先生の指導があって、今の私たちがあります。ご恩返しをするには、広宣流布の戦いしかない。戸田先生の52回目の誕生の月を、なんとしても歴史的金字塔で荘厳しましょう!」と。
弟子の、この決定した一念が、二月闘争のスタートでありました。
さらに先生は、二月闘争を振り返り、「『師と共に』戦うから、小さな自分の殻を破れる。『師のために』戦うから、本当の底力が出せる」と教えてくださいました。「師と共に」「師のために」——この「師弟の戦い」こそ、広布拡大の最重要の力であります。
言うまでもなく、池田先生の指導と激励があって、今の私たちがいます。そして先生が「学会の永遠性の確立」を訴えられ、「総仕上げ」と言われている今この時よりほかに、池田門下の弟子が広布拡大でご恩返しをする時はありません。
1月2日を目指し、多くの男子部が折伏を実らせました。女子部のロマン総会も、先生の誕生月をお祝いする新しい伝統になりました。年齢に関係なく生涯、師との誓いを忘れない人が青年です。師と共に広布に生き抜く人が青年です。
私たちは、「断じて師匠にお応えする」「必ずや師匠に喜んでいただく」との一心で、動き、語り、壁を破っていきたい。
青年と一緒に
一、先生はかつて随筆で、二月闘争を「学会の歴史において、これこそ、青年が大先頭に躍り出て、壮年・婦人と一体で戦い、実質的に広布拡大を牽引した初陣であった」と意義づけられました。
さらに「常に、未来を託す人材の流れを『二陣三陣』と育成するために、間断なく種を蒔いていくことだ。これが、令法久住のための鉄則である」とも教えてくださいました。
今、この時に生まれ合わせた青年部・未来部こそ、創価学会を永遠に盤石ならしめる、使命深き大事な人材です。
その青年部・未来部を激励することはもちろん、二月闘争から学ぶ勝利の要諦は、青年を先頭にした「各部一体の団結」です。「青年を先頭に」というのは、当然ながら「青年だけにやらせよう」とか「青年を動かそう」ということではありません。
先輩である壮年・婦人が自ら、青年の模範となる対話に挑む。青年と一緒に、青年への折伏に挑戦する。それでこそ、拡大のうねりが起こり、その各部一体の拡大のなかでこそ、次代を担う青年が、拡大の先頭に立てる一騎当千の人材へと成長するのです。
功徳の体験こそ
一、池田先生は昨年、小説『新・人間革命』に、二月闘争について「勝利の眼目は、まさに徹底した個人指導にあった」と改めてつづられました。
さらに、続けられます。
「山本伸一に励まされた蒲田支部の同志は、一騎当千の闘士となって二月闘争に走った。皆が、途方に暮れるしかないほど深刻な悩みをかかえていた。しかし、そのなかで"私は信心で勝つ! 負けるものか!"と、広宣流布の使命に奮い立っていった」
「その戦いの帰結が、一支部で一カ月に二百一世帯という当時としては未曽有の弘教を実らせたのだ。そして、より重要なことは、勇んで二月闘争を展開した同志は、功徳の体験を積み、歓喜と確信に燃え、苦悩を乗り越えていったという厳たる事実である」と。
先生は二月闘争を振り返る際、「一人を大切に」と繰り返し教えてくださっています。未曽有の拡大が、直接一人と会い、共に祈り動くという、最も地道な活動からであったことを、ゆめゆめ忘れてはならない。
そして何より、先生が「折伏の成果」にも増して、拡大に取り組んだ一人一人の「功徳の体験」「苦悩を乗り越えた実証」を強調されていることを肝に銘じたい。
昨年の任用試験では、会友の合格者が前回に倍する数となりました。最近3年間の任用試験の合格者は、およそ30万人いらっしゃいます。
ここに象徴される「新しい力」が対話に打って出た時、拡大の結果が出ることはもちろん、功徳の体験が、歓喜の実証が、各地域で大きく花開くことは間違いありません。
私たちは「全員を勝利者に」との思いで訪問激励に徹し、拡大の上げ潮をつくっていきたい。
人間革命の旗を
一、聖教新聞元日号で発表されたように、聖教新聞社の新社屋が「創価学会 世界聖教会館」として建設されることになりました。2019年の11月18日に落成予定となっています。この日を目指し、聖教新聞のより一層の拡大にも、全力で取り組みたい。
2月には、聖教新聞PR版の発行も予定していますので、よろしくお願いいたします。
先生は、新年勤行会のメッセージで「いざ共に 人間革命 凱歌あれ」と詠んでくださいました。
「大白蓮華」1月号の「世界を照らす太陽の仏法」では、「今いる場所で、『わが人間革命の姿を見よ!』と、勝利の旗を掲げゆけ!」「陽出ずる21世紀に 人間革命 光あれ!」と呼び掛けてくださいました。
私たちは、今、先生と一緒に人間革命の旗を掲げて戦えることを最大の誇りとし、自らが人間革命の実証を厳然と示しながら、「凱歌の歴史」を堂々と切り開いていきましょう。
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