◇今週のことば
新しい人に
光を当てよう!
新しい青年を
大いに伸ばそう!
ここに地涌の勝ち鬨が。
2017年11月20日
四条金吾殿御返事 P1170
『真実一切衆生色心の留難を止むる秘術は唯南無妙法蓮華経なり』
☆女性に贈ることば 十一月二十日
自らの人生経験を生かしながら、なお日々新たに成長していく人こそ、人生の達人であろう。
☆今日のことば365 十一月二十日
人間が本来持つべき価値観とは、偏狭なものであってはならない。つまり自分の利欲さえ満足させればという極端な利己主義は当然のこと、一集団、一国家、一民族、ひとつのイデオロギーのためのものであってもならないのである。偏狭な価値観こそ、過去において戦争を引き起こし、また社会の矛盾と不合理を形成してきた元凶であったことを忘れてはならない。
☆希望航路 池田先生と進む人生旅 タイ3 2017年11月9日
◇喜び満ちる常楽の軌道を
タイのあいさつに、胸の前で手を合わせる「ワイ」と呼ばれる合掌の礼がある。
法華経に登場する不軽菩薩は、どんな人間にも仏の生命があることを信じ、人々を敬う礼拝行を貫いた。
その不軽菩薩の実践に重ね、池田先生はタイの友との出会いを振り返っている。
「仏法上、『礼拝』には深い意義があります。この心を込めて、私もタイでお会いする方々と、こちらから合掌して、あいさつをしました。目の前の、この子も、あの青年も、どんな使命をもった人なのか計りしれない。そう思うと、自然に胸の前で掌が合わさりました」
5度目のタイ訪問となった1992年1月31日。ソムポン・サンチャイシリクンさん(副壮年部長)は、先生の宿舎で役員として運営に当たっていた。
従業員が宿舎に到着した先生を迎えると、先生は胸元で手を合わせ、一人一人に「サワディークラップ!(こんにちは!)」「ありがとう!」と。
ある従業員がソムポンさんに尋ねた。
「この方はどなたですか? これほど慈悲に満ちた振る舞いをされた方は初めてです。誰一人、分け隔てなく、声を掛けてくださいました」
ソムポンさんは、先生が創価学会の指導者であり、世界の友の幸福を願い、行動を続けていることを語った。
「威風堂々としたお姿でありながら、この上なく謙虚な物腰でした。あいさつ一つで、これほど信心の偉大さを伝えられるのかと衝撃を受けました」
当時、ソムポンさんは牙城会の委員長。4年ぶりとなったプーミポン国王陛下への表敬をはじめ、国連の事務次長との会見や会合等の合間を縫い、激励を重ねる先生の姿を命に焼き付けた。
同行の幹部らが、頻繁に先生のもとを訪れる様子を目の当たりにし、ソムポンさんは「世界広布の中心におられる先生は、想像を絶する勢いで指揮を執られている。先生は常に全世界の同志を胸中に入れてくださっていると実感しました」。
ある朝、先輩と任務に就いていると、カメラを手にした先生に呼び止められ、促されるまま写真に納まった。「通訳もいなかったのですが、先生はカメラを通じて私たちに原点を築いてくださいました。シャッターを切る音が今も鮮明です。たった一瞬でしたが、この一瞬で私の人生は変わりました」
この時、24歳だったソムポンさん。経済的に困窮する中での任務だった。その後も仕事や家庭の悩みで悪戦苦闘を重ねた。「苦しい時はレンズ越しの激励を思い起こしました。先生が見てくださっている——そう思うと、反射的に力が湧き、一つ一つ乗り越えてくることができました」
ソムポンさんは、8年前に発足したタイ壮年部・王城会の初代委員長に就任。社会でも実証を示し、師に学んだ振る舞いを自らの行動で伝えている。
現在、王城会のメンバーは全国で1000人。会合の運営等に尽力し、タイ広布を力強く支えている。
92年2月5日、タイ広布31周年を記念する総会で、先生はタイに伝わる格言を引いた。
——カエルは蓮華の下に生まれ住むが、蓮華の花の蜜の味を知ることはない。しかし、ハチは遠くから飛んできて蜜を味わう。
この格言に触れ、先生は呼び掛けた。
「どんなに御本尊の近くにいても『信心』がなくなり、狂ってしまえば、もはや、全く功徳はない。反対に、仮にどんなに離れていても『信心』があれば功徳は無限である。皆さま方は、さらに、その偉大な実証を示していっていただきたい」
どこまでも「信心」が根本であり、妙法を唱える限り、胸中には永遠に希望の太陽が昇ると訴えたのである。
先生と初めての出会いを結んだワンナー・パンローンさん(婦人部本部長)は、この指導を、本当にその通りだと実感していた。
洋服の仕立業で生計を立てていたが、客足は遠のくばかり。膨らむ借金に夜逃げを考えた。"これ以上、迷惑を掛けるくらいなら死を選んだ方が……"。
ワンナーさんが人生最後と決めていたその日、近隣の学会員から声を掛けられた。自宅に招かれ、短い時間だったが、御本尊の前で真剣に手を合わせた。
店に戻ると、思いがけなく大口の依頼が舞い込んだ。しかも先払いでいいという。「祈り始めた日をきっかけに、まるで客層が一変したかのようでした」
数々の体験を積み、ワンナーさんは87年に御本尊を受持した。
「以前は悩みがあるたび、"あれが悪い、これが悪い"と、ひたすら原因探し。今は、まず自分が変わることで問題を解決できる確信があります。何事にも希望を見いだせるようになりました」
92年の先生との出会いは、ワンナーさんにとって父を亡くしたばかりでもあり、先生の慈愛が、まるで父のように感じられた。
「希望の仏法を教えてくださった先生に、どうしたらご恩を返せるか——祈るほどにその思いが強まります」
ワンナーさんはタイで最も面積が広いナコーンラーチャシーマー県で対話に歩き、これまで40人以上に弘教を実らせてきた。
悩みに真正面から立ち向かい、勝ち開いた体験を耳にするたび、地涌の使命に感謝を深める日々だ。
「どこかに涼やかな河が流れていれば、旅人たちが必ず寄ってくる。彼らは河のほとりで水を浴びたり、飲んだり、安心してくつろぎ、楽しむ。誠実な良き人はこの川のようである」
古来、タイの人々を潤してきたチャオプラヤー川を題材に、ある詩人は詠んだ。
92年の記念総会で池田先生はこの言葉を紹介。タイの同志こそ、"涼やかな河"とうたわれる誠実な一人一人であるとたたえた。
そして先生は、一次元から言えば、釈尊が「良き人」であったがゆえに、仏教もあらゆる人々から慕われ、広まっていったと言及。「さらに『人格』を磨きつつ、チャオプラヤー川の流れのごとく、タイの人々に限りない『安らぎ』と『潤い』を贈りゆく"希望の大河"となっていただきたい」と念願した。
当時、鼓笛隊の一員だったノンワディー・タニンマーンさん(婦人部員)は、94年2月6日、先生を歓迎演奏で迎えている。
「先生がこんなに間近で激励してくださるとは思わなくて、バトンを落とさないように必死でした。三色旗を振られて、『ありがとう』と優しく声を掛けてくださいました」
この時、ノンワディーさんはタマサート大学で学んでいたが、成績が振るわず、退学寸前まで追い込まれていた。「国際経済の単位が取れなくて。でも、鼓笛隊の練習に一歩も引かず、猛勉強しました。今の仕事はまさにその分野なんです」
卒業を果たし、イギリスの大学院に留学したノンワディーさん。帰国後は経済・政治番組のコメンテーターとして、多数のテレビに出演。司会やリポーター、ラジオのパーソナリティーも務める。
収録だけでなく、ノンワディーさんは企画段階から編集作業まで携わる。鼓笛隊・未来部時代に司会や案内、清掃等、それぞれの役員を経験したことで、各部門に配慮ができ、多くの人の協力で成り立つ番組作りを円滑に進められるようになったと振り返る。
最初は番組の進行で悩む場面もあったが、今は難しい内容を視聴者に分かりやすく伝えつつ、まるで家族との雑談のようにリラックスして番組をリードできるようになった。
「番組にもたくさんの反響があり、まるでこの仕事をするために私は生まれてきたようです」と、充実を語るノンワディーさん。
「何事にも深い意味があると感じます。悩みは全て、やがて誰かを勇気づけるためのものですし、それが宿命を使命に変えるという戦いだと思います」
仕事や生活での実証を通し、人生の苦難と闘う中で磨き上げられた人格の輝きが、チャオプラヤー川の流れのようにタイの隅々にまで広がっている。
2017年11月20日月曜日
2017年11月19日日曜日
2017.11.19 わが友に贈る
一人の勝利の背景には
無数の同志の祈りがあり
人知れぬ支えがある。
この麗しき人間の絆を
地域に社会に万代に!
南条殿御返事 P1578
『釈迦仏は我を無量の珍宝を以て億劫の間供養せんよりは末代の法華経の行者を一日なりとも供養せん功徳は百千万億倍過ぐべしとこそ説かせ給いて候』
☆女性に贈ることば 十一月十九日
人間、生老病死は避けられない。長い一生のうちには、自分や家族が病気に握ることも当然ある。
病気になること自体は、不幸でも何でもない。不幸なのは、病気に負けることである。
☆今日のことば365 十一月十九日
人間形成は、太い信頼のきずなで結ばれた、両者の暖かい生命の譜であり、時には火花を散らす熱烈な接触のなかに高められ、造成されるものではないだろうか。人間の内奥に秘められた無限の可能性、人格的な価値を発現させる方法は、この人間性のふれ合い以外には絶対にあり得ない。
☆御書と歩む 第93回 無冠の友の功労に感謝
『仏は文字に依って衆生を度し給うなり、問う其の証拠如何、答えて云く涅槃経の十五に云く「願わくは諸の衆生悉く皆出世の文字を受持せよ」文』(蓮盛抄、153ページ)
◇通解
仏は文字によって衆生を救われるのである。問う。その証拠はどうか。答えていう。涅槃経の巻十五に「願わくは、もろもろの衆生よ、ことごとく、みな、出世間(仏法の世界)の文字を受持しなさい」とある。
◇同志への指針
日蓮大聖人は民衆救済の御書を留められた。この金文字が輝き光る聖教新聞を日々、配達する無冠の友こそ御本仏の尊き使者であられる。諸天も讃嘆する大聖業だ。
どうか、「無冠即栄光」「無冠即福徳」の誇りも高く、健康・無事故の幸道を!
寒風の日も、雨や雪の日も、朝一番に届く真心の温もりに感謝合掌し、皆が聖教と共に生命の暁鐘を打ち鳴らそう!
☆地域を歩く 栃木県日光市 2017年11月8日
◇紅葉の美、人の輝き
日本の紅葉は、なぜ美しいのか。それは、色彩が豊かだから、という説がある。赤、橙、黄、緑——多色の木々が織りなす風景に、人は魅了されるのだ、と。
紅葉で知られる、栃木県の日光市(日光県)を訪ねた。JR宇都宮駅では、日光線だけが案内板もプラットホームも、焦げ茶色の"特別仕様"。電車内にはあちこちに、談笑しながら地図を広げる人がいる。
地元の住民は、紅葉も観光客も毎年の見慣れた光景だと語る。日光県のメンバーにとって、日光とは、どんな地なのか。そんな思いで、一人一人に聞いてみた。
「自分の人生を、色に例えるなら?」
◇
「創価班だから青、と言いたいですが(笑い)、紅葉でいうなら葉陰の、茶色ですかね。目立たなくても周りを支える、という意味で」(木村和宏さん、県男子部書記長)
外国人客も多く訪れるテーマパークで、イベント運営や、広報の担当を務める。
神奈川県の出身。大学4年の時、人を感動させる仕事がしたいと、現在の職場に内定を得た。
「でも、その思いとは裏腹に、私は子どもの頃から自分の存在意義を感じられず、つらいことがあると逃げるばかりでした」
そんな自身を変えたいと、卒業直前の2002年3月に入会した。
移住した日光は、進学や就職などで、地元を離れていく若者が多い地域だった。木村さんは、地元の学会員たちに大歓迎された。さらには、何かと頼ってもらえるようになった。
◇多色の人生が彩る 郷土広布の絵巻
「メンバーの訪問激励から座談会の司会、ちょっとした力仕事まで何でもお願いされるようになって(笑い)。そんな中で人と堂々と話せるようになり、自信を持てるようになっていきました」(木村和宏さん)
仕事でイベント運営や広報を任されるようになったのも、そうした変化の実証だろう。
「今は、この地の青年部として、仕事も信心も負けるわけにはいかないという思いです」
日光を、国内外に広く知られる"世界の日光"に——そんな思いを、静かに胸中に燃やす。
観光地の多い日光の、学会活動の在り方を、沼尾重夫県長、中村道代県婦人部長に聞いた。
「例えば鬼怒川など、温泉街で働く方が多い地域では、夜の会合はできません。座談会は、旅館などが休憩時間に入る、昼間にやるんです」
「でも、会合に参加しにくい分、訪問激励などで心を結びながら、信心に励んでいますね」
そうしたメンバーと、市内各地で出会った。
「自分を色で表すなら……赤ですね。ここで、学会の旗を掲げ続ける決意に燃えていかねば、という意味で」(木下一幸さん、地区幹事)
中禅寺湖のほとりで、食事処を経営する。一昨年に亡くなった父・清さんから継いだ店だ。
清さんは終戦後、親戚を頼って東京からこの地に来た。焼きそばの屋台で、5人の子を養った。1958年(昭和33年)に信心を始めた。
「私が中3の時、母が胆のうがんで亡くなり、それからは父が男手一つで育ててくれて」
旧習の深い地で、強盛に信心を貫く父を助けたいと、木下さんは中学卒業後、調理学校に進む。
20年前に屋台を終え、現在の店舗を構えた。手打ちそばもメニューに加えるなど、妻・美和子さん(地区副婦人部長)と工夫を重ねてきた。
「こういう商売で、なかなか会合にも出られないけど」、支えてくれている人がいる。
「地区部長です。昔から、地元の青年団で一緒だった人で、よく会いに来てくれる。そのたび、この地に貢献する生き方を決意し直すんです」
その人、大金謙治さんは近所のガソリンスタンドに勤めているという。
訪ねてみると、姿があった。あいさつし、木下さんが語っていたことを伝える。「なーんもよ」。大金さんは言葉少なに、はにかんだ。
鬼怒川温泉駅の前で、土産物店の店長を務める壮年にも話を聞いた。
「紅葉で言えば、自分は"黄色の中にそっとある赤"でありたい。控え目に、皆をホッとさせられれば、と」(梅宮一義さん、地区幹事)
高校を卒業後、鬼怒川温泉の大手ホテルで営業・販売を担ってきた。
「近年は団体客から個人客が中心になり、ここ数年で海外のお客さまが急激に増えたりと、変化が大きいですね」
だからこそ、学会で教わる「一人を大切に」という軸を持ち続けることが必要なのだという。
「今は、黄色とか……そう、幸せの色ですね」(齋藤芙士子さん、地区副婦人部長)
世界遺産である日光東照宮の近くで、享保8年(1723年)から続く茶屋を営む。生まれは東京だという。
「でも、戦争で疎開した宮城から列車で東京に戻る途中、私だけ宇都宮の駅で降ろされた。要は"口減らし"だったの。9歳の時でした」
日光の親戚の家に引き取られた。他に行き場はなく、何でも従うしか、生きる方法はなかった。縁談も、いつの間にか。そうして結婚した夫の母が茶屋を営んでいた。
「そして、一緒に店に立っていた人が学会員で、私も入会して、人生が変わったんです」
客ではない、何でも話せる「友人」ができた。結婚15年目、夫が胃がんで亡くなった時、婦人部の先輩たちが変わらず寄り添ってくれたことに、今も感謝する。
86年(昭和61年)9月14日、日光を訪問した池田先生は齋藤さんのことを聞き、激励の伝言を。
「先生は、私の今までの忍耐を、全て分かってくださっているんだと、本当にうれしかった」
人生の師匠と同志のおかげで、自分の人生を認められるようになった。店は今、メディアの取材が頻繁に入る、地域の有名店になっている。
「信心は真っ赤に燃え尽くしたい。学会創立100周年に、勝利の姿でいられるように」(平田滿義さん、副本部長)
日本最古のリゾートホテルとされる「日光金谷ホテル」で半世紀近く勤務。副支配人を務めた。心筋梗塞を機に、38歳で入会。病を越えて、妻・宮子さん(県婦人部主事)と共に、日光の広布の草創を築いてきた。
夫妻には忘れられない"生涯の宝"がある。
第1次宗門事件の時。平田さんは、邪智の坊主に「私は池田先生と共に歩む!」と言い切り、夫妻でメンバーの激励に歩いた。
さらに86年9月14日、ホテルが経営するベーカリーに、池田先生が立ち寄ったのだ。また、翌日に開催された第1回栃木県支部長会で、先生は平田さんのことに言及して激励した。
この会合のスピーチで先生は語っている。
「私どもは生涯、この無上道の妙法を師子吼しながら、自分らしく生きていけばよいのである。そこにのみ自らの生命に忠実に、自らの個性を光り輝かせながら、限りなき福徳の境涯を開き、成長していく方途がある」
◇
人間社会も紅葉と同じなのかもしれない。多様な色の人生が交差し、入り交じり、支え合う——その団結の中に、わが地にしかない彩りで輝く、郷土広布の絵巻もある。
無数の同志の祈りがあり
人知れぬ支えがある。
この麗しき人間の絆を
地域に社会に万代に!
南条殿御返事 P1578
『釈迦仏は我を無量の珍宝を以て億劫の間供養せんよりは末代の法華経の行者を一日なりとも供養せん功徳は百千万億倍過ぐべしとこそ説かせ給いて候』
☆女性に贈ることば 十一月十九日
人間、生老病死は避けられない。長い一生のうちには、自分や家族が病気に握ることも当然ある。
病気になること自体は、不幸でも何でもない。不幸なのは、病気に負けることである。
☆今日のことば365 十一月十九日
人間形成は、太い信頼のきずなで結ばれた、両者の暖かい生命の譜であり、時には火花を散らす熱烈な接触のなかに高められ、造成されるものではないだろうか。人間の内奥に秘められた無限の可能性、人格的な価値を発現させる方法は、この人間性のふれ合い以外には絶対にあり得ない。
☆御書と歩む 第93回 無冠の友の功労に感謝
『仏は文字に依って衆生を度し給うなり、問う其の証拠如何、答えて云く涅槃経の十五に云く「願わくは諸の衆生悉く皆出世の文字を受持せよ」文』(蓮盛抄、153ページ)
◇通解
仏は文字によって衆生を救われるのである。問う。その証拠はどうか。答えていう。涅槃経の巻十五に「願わくは、もろもろの衆生よ、ことごとく、みな、出世間(仏法の世界)の文字を受持しなさい」とある。
◇同志への指針
日蓮大聖人は民衆救済の御書を留められた。この金文字が輝き光る聖教新聞を日々、配達する無冠の友こそ御本仏の尊き使者であられる。諸天も讃嘆する大聖業だ。
どうか、「無冠即栄光」「無冠即福徳」の誇りも高く、健康・無事故の幸道を!
寒風の日も、雨や雪の日も、朝一番に届く真心の温もりに感謝合掌し、皆が聖教と共に生命の暁鐘を打ち鳴らそう!
☆地域を歩く 栃木県日光市 2017年11月8日
◇紅葉の美、人の輝き
日本の紅葉は、なぜ美しいのか。それは、色彩が豊かだから、という説がある。赤、橙、黄、緑——多色の木々が織りなす風景に、人は魅了されるのだ、と。
紅葉で知られる、栃木県の日光市(日光県)を訪ねた。JR宇都宮駅では、日光線だけが案内板もプラットホームも、焦げ茶色の"特別仕様"。電車内にはあちこちに、談笑しながら地図を広げる人がいる。
地元の住民は、紅葉も観光客も毎年の見慣れた光景だと語る。日光県のメンバーにとって、日光とは、どんな地なのか。そんな思いで、一人一人に聞いてみた。
「自分の人生を、色に例えるなら?」
◇
「創価班だから青、と言いたいですが(笑い)、紅葉でいうなら葉陰の、茶色ですかね。目立たなくても周りを支える、という意味で」(木村和宏さん、県男子部書記長)
外国人客も多く訪れるテーマパークで、イベント運営や、広報の担当を務める。
神奈川県の出身。大学4年の時、人を感動させる仕事がしたいと、現在の職場に内定を得た。
「でも、その思いとは裏腹に、私は子どもの頃から自分の存在意義を感じられず、つらいことがあると逃げるばかりでした」
そんな自身を変えたいと、卒業直前の2002年3月に入会した。
移住した日光は、進学や就職などで、地元を離れていく若者が多い地域だった。木村さんは、地元の学会員たちに大歓迎された。さらには、何かと頼ってもらえるようになった。
◇多色の人生が彩る 郷土広布の絵巻
「メンバーの訪問激励から座談会の司会、ちょっとした力仕事まで何でもお願いされるようになって(笑い)。そんな中で人と堂々と話せるようになり、自信を持てるようになっていきました」(木村和宏さん)
仕事でイベント運営や広報を任されるようになったのも、そうした変化の実証だろう。
「今は、この地の青年部として、仕事も信心も負けるわけにはいかないという思いです」
日光を、国内外に広く知られる"世界の日光"に——そんな思いを、静かに胸中に燃やす。
観光地の多い日光の、学会活動の在り方を、沼尾重夫県長、中村道代県婦人部長に聞いた。
「例えば鬼怒川など、温泉街で働く方が多い地域では、夜の会合はできません。座談会は、旅館などが休憩時間に入る、昼間にやるんです」
「でも、会合に参加しにくい分、訪問激励などで心を結びながら、信心に励んでいますね」
そうしたメンバーと、市内各地で出会った。
「自分を色で表すなら……赤ですね。ここで、学会の旗を掲げ続ける決意に燃えていかねば、という意味で」(木下一幸さん、地区幹事)
中禅寺湖のほとりで、食事処を経営する。一昨年に亡くなった父・清さんから継いだ店だ。
清さんは終戦後、親戚を頼って東京からこの地に来た。焼きそばの屋台で、5人の子を養った。1958年(昭和33年)に信心を始めた。
「私が中3の時、母が胆のうがんで亡くなり、それからは父が男手一つで育ててくれて」
旧習の深い地で、強盛に信心を貫く父を助けたいと、木下さんは中学卒業後、調理学校に進む。
20年前に屋台を終え、現在の店舗を構えた。手打ちそばもメニューに加えるなど、妻・美和子さん(地区副婦人部長)と工夫を重ねてきた。
「こういう商売で、なかなか会合にも出られないけど」、支えてくれている人がいる。
「地区部長です。昔から、地元の青年団で一緒だった人で、よく会いに来てくれる。そのたび、この地に貢献する生き方を決意し直すんです」
その人、大金謙治さんは近所のガソリンスタンドに勤めているという。
訪ねてみると、姿があった。あいさつし、木下さんが語っていたことを伝える。「なーんもよ」。大金さんは言葉少なに、はにかんだ。
鬼怒川温泉駅の前で、土産物店の店長を務める壮年にも話を聞いた。
「紅葉で言えば、自分は"黄色の中にそっとある赤"でありたい。控え目に、皆をホッとさせられれば、と」(梅宮一義さん、地区幹事)
高校を卒業後、鬼怒川温泉の大手ホテルで営業・販売を担ってきた。
「近年は団体客から個人客が中心になり、ここ数年で海外のお客さまが急激に増えたりと、変化が大きいですね」
だからこそ、学会で教わる「一人を大切に」という軸を持ち続けることが必要なのだという。
「今は、黄色とか……そう、幸せの色ですね」(齋藤芙士子さん、地区副婦人部長)
世界遺産である日光東照宮の近くで、享保8年(1723年)から続く茶屋を営む。生まれは東京だという。
「でも、戦争で疎開した宮城から列車で東京に戻る途中、私だけ宇都宮の駅で降ろされた。要は"口減らし"だったの。9歳の時でした」
日光の親戚の家に引き取られた。他に行き場はなく、何でも従うしか、生きる方法はなかった。縁談も、いつの間にか。そうして結婚した夫の母が茶屋を営んでいた。
「そして、一緒に店に立っていた人が学会員で、私も入会して、人生が変わったんです」
客ではない、何でも話せる「友人」ができた。結婚15年目、夫が胃がんで亡くなった時、婦人部の先輩たちが変わらず寄り添ってくれたことに、今も感謝する。
86年(昭和61年)9月14日、日光を訪問した池田先生は齋藤さんのことを聞き、激励の伝言を。
「先生は、私の今までの忍耐を、全て分かってくださっているんだと、本当にうれしかった」
人生の師匠と同志のおかげで、自分の人生を認められるようになった。店は今、メディアの取材が頻繁に入る、地域の有名店になっている。
「信心は真っ赤に燃え尽くしたい。学会創立100周年に、勝利の姿でいられるように」(平田滿義さん、副本部長)
日本最古のリゾートホテルとされる「日光金谷ホテル」で半世紀近く勤務。副支配人を務めた。心筋梗塞を機に、38歳で入会。病を越えて、妻・宮子さん(県婦人部主事)と共に、日光の広布の草創を築いてきた。
夫妻には忘れられない"生涯の宝"がある。
第1次宗門事件の時。平田さんは、邪智の坊主に「私は池田先生と共に歩む!」と言い切り、夫妻でメンバーの激励に歩いた。
さらに86年9月14日、ホテルが経営するベーカリーに、池田先生が立ち寄ったのだ。また、翌日に開催された第1回栃木県支部長会で、先生は平田さんのことに言及して激励した。
この会合のスピーチで先生は語っている。
「私どもは生涯、この無上道の妙法を師子吼しながら、自分らしく生きていけばよいのである。そこにのみ自らの生命に忠実に、自らの個性を光り輝かせながら、限りなき福徳の境涯を開き、成長していく方途がある」
◇
人間社会も紅葉と同じなのかもしれない。多様な色の人生が交差し、入り交じり、支え合う——その団結の中に、わが地にしかない彩りで輝く、郷土広布の絵巻もある。
2017.11.18 わが友に贈る
広宣流布大誓堂
完成5周年の明年へ
民衆凱歌の大行進を!
世界の友と肩組み
平和の世紀を築こう!
佐渡御書 P960
『日蓮を信ずるやうなりし者どもが日蓮がかくなれば疑ををこして法華経をすつるのみならずかへりて日蓮を教訓して我賢しと思はん僻人等が念仏者よりも久く阿鼻地獄にあらん事不便とも申す計りなし』
☆女性に贈ることば 十一月十八日
師を慕い、師に近づこうと努力し続ける一念こそが、自分自身に限りない成長をもたらす。
☆今日のことば365 十一月十八日
建設には、希望がある。情熱がある。その建設の根底に偉大な思想があれば、その活動も更に大きく、深く永続されてゆく。理念、思想のない建設は、やがて崩れゆく運命にあるものだ。
☆御書と歩む 第92回 新たな拡大の道を
『日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし』(諸法実相抄、1360ページ)
◇通解
はじめは日蓮一人が南無妙法蓮華経と唱えたが、二人・三人・百人と次第に唱え伝えてきたのである。未来もまたそうであろう。
◇同志への指針
広宣流布は「一人立つ」精神から始まる。「一対一の語らい」からこそ、法は広まる。必ず「二人・三人・百人と」唱え伝わっていくのだ。
いずこの地も、いずこの国も、大聖人に直結する、無名にして偉大な創価の友から、大法弘通の金字塔が築かれてきたことを忘れまい。
「未来も又しかるべし」——地涌の連帯の新たな拡大へ、大確信の対話を!
☆2018年(平成30年)の活動 「世界広布新時代栄光の年」テーマ 2017年11月12日
創価学会が世界宗教へと大きく雄飛する「世界広布新時代」の前進が勢いを増すなか、明2018年は、私たちが目標としてきた広宣流布大誓堂完成5周年の「11・18」を迎える。さらに、3月16日には歴史的な広宣流布の記念式典から60周年、また8月6日には池田大作先生が小説『新・人間革命』の執筆を開始されて25周年という佳節を刻む。
池田先生は「不思議なる『大法弘通』の時を迎えた今、一人でも多くの新たな地涌の友を誕生させながら、『慈折広宣流布』という幸福と平和の大潮流を起こしていっていただきたい」「さあ、共々に『地よりか涌きたる我なれば この世で果たさん使命あり』と胸を張り、人間革命の栄光の暁鐘を打ち鳴らしていこうではないか!」(2017年9月、「世界広布新時代第27回本部幹部会」メッセージ)と呼び掛けられた。
学会の永遠性を確立する今このとき、各人が自身の生命を光り輝かせ、また青年部・未来部をはじめ多くの人材を光り輝かせ、さらに地域・社会が栄え光っていくように希望と励ましを送りながら、世界広布の峰へと進んでいきたい。
そこで明年のテーマは、目標としてきた栄光の2018年「11・18」を、皆が栄光の歴史で飾りゆこうとの強き決意を込めて、「世界広布新時代 栄光の年」と掲げ、前進していく。
私たちは、「弘教を実らせることほど、すばらしい人生の栄光はありません」(小説『新・人間革命』第29巻「清新」の章)との指針を胸に、いや増して折伏・弘教に取り組んでいきたい。そして創価の"精神の正史"である小説『新・人間革命』から師弟の魂を学びながら、栄光の歴史を開いていく。
1、皆で折伏・弘教に挑み、栄光の「11・18」を拡大で飾ろう!
「人生を勝ち越え、幸福になっていくには、どうすればよいか——。仏の生命も、地獄の生命も、わが心のなかにあります。その仏の生命を涌現させることによって、崩れざる幸せを築いていくことができる。それには、自身の一念を広宣流布に定め、自他共の幸福の実現を誓って唱題し、信心し抜いていくことです。日蓮大聖人は、『我もいたし人をも教化候へ』『力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし』(御書1361ページ)と仰せです。広宣流布に走り、折伏・弘教に生きるならば、わが身に仏の大生命が涌現し、あらゆる人生の苦をば、大歓喜に変えていくことができる」(小説『新・人間革命』第30巻「雄飛」の章)
○栄光の「11・18」へ、皆で折伏・弘教、聖教拡大に挑戦し、広宣流布大誓堂完成5周年を拡大で荘厳しよう。
○「座談会」に多くの友人を招き、皆で体験を語りながら、仏縁を広げ、育てていこう。
○「モバイルSTB」視聴運動を積極的に展開し、またSOKAnetなども活用して、学会理解を深めていこう。
○「教学部任用試験(仏法入門)」の会友受験を進め、地区2人以上の合格者を目指そう。
○「親族」との交流に力を入れるとともに、近隣友好・地域貢献に積極的に取り組み、職場でも信頼を勝ち取ろう。
2、「3・16」60周年、後継の青年部・未来部を全力で育もう!
「『広宣流布記念の日』の淵源となった昭和33年(1958年)3月16日、つまり『3・16』の儀式というと、時の総理大臣が来る予定であったことが、語り継がれておりますが、それは、決して本質的な問題ではなかった。戸田先生は、そんなことよりも、次の時代の一切を青年に託すという、いわば付嘱の儀式を行おうとされたんです。広宣流布というのは、1万メートル競走のように、ゴールがあって、そこにたどり着いたら、それで終わるというものではない。むしろ、"流れ"それ自体であり、常に、いつの時代も青年が先駆となり、原動力となって、さらに"新しい流れ"をつくり続けていく戦いなんです」(同第25巻「福光」の章)
○「『3・16』60周年記念青年部総会」(仮称)を目指し、青年層の折伏と青年部の拡大に各部一体で総力をあげよう。
○学会の永遠性の確立へ、未来部の育成に力を入れよう。各部一体の激励を強化し、任用試験を通して中等部員・高等部員も激励しよう。
○「信心の継承」に向け、家族で座談会や本部幹部会中継行事に参加するとともに、中継行事「SOKAキッズフェスタ」(仮称)や「七五三記念勤行会」なども活用しながら、未来部・未就学世代の未入会メンバーの入会を応援しよう。
3、小説「新・人間革命」を学び、自身の人間革命に挑戦しよう!
「(戸田)先生を知る人は多い。直接、指導を受けたという人もいる。しかし、先生に仕え抜き、その遺志を受け継いで、仰せ通りに広宣流布の道を開いてきたのは私だけです。したがって、あえて申し上げるけれども、学会のことも、先生の真実も、誰よりも私がいちばんよく知っている。その意味からも私は、世界の同志が、また、広宣流布のバトンを受け継ぐ後世の人たちが、創価の師弟の道をまっすぐに歩み通していけるように、小説『人間革命』を書き残しているんです」(同第30巻「雌伏」の章)
○小説『新・人間革命』第30巻までの読了・熟読に各人が取り組むなかで、実践を通して自分自身の人間革命に挑戦していこう。小説『新・人間革命』の学習会や研さん運動も工夫して進めよう。
○「教学の日」「教学試験」などを通して人間主義の仏法の研さんを進め、「行学の二道」に挑戦する人材の増加を目指そう。破邪顕正の教宣活動も着実に進めよう。
○リーダーは徹底して「訪問・激励」に動き、一人一人の声に耳を傾け、全力で励ましを送ろう。
年間主要行事
《本部行事》
�「創価学会の日」記念行事
5・3「創価学会の日」を記念する行事を、会館を使用して開催する。
�「創価学会創立記念日」の行事
11・18「創価学会創立記念日」の行事を、会館を使用して開催する。
《記念行事》
以下の記念日に、意義をとどめて行事を行う。
1・26「SGI(創価学会インタナショナル)の日」
3・16「広宣流布記念の日」
4・2「第2代会長戸田城聖先生命日」
5・19「創価学会常住御本尊記念日」
7・3「第2代会長戸田城聖先生出獄記念日」
8・24「第3代会長池田大作先生入信記念日」
9・8「原水爆禁止宣言の日」
10・2「世界平和の日」
11・18「初代会長牧口常三郎先生命日」
《各種行事》
�支部・地区総会の開催
「支部・地区総会」を開催する。開催期間、開催単位、内容等は方面・県に一任する。
�婦人部総会の開催
「婦人部総会」をグループ単位で開催する。
�女子部ロマン総会の開催
1月下旬から2月にかけて女子部「ロマン総会」を本部または部単位で開催する。
�教学試験・講座の実施
「教学部教授講座」(全国中継行事)を開催する(1月)。「教学部任用試験(仏法入門)」「青年部教学試験(1級)」を実施する予定。
《勤行法要諸行事》
�「日蓮大聖人御聖誕の日」を記念して、方面または県・分県の中心会館で勤行会を開催する。(2月16日)
�「立宗の日」を記念して、方面または県・分県の中心会館で勤行会を開催する。(4月28日)
�「竜の口の法難の日」の意義をとどめ、記念勤行会を開催する。(9月12日)
�「日蓮大聖人御入滅の日」に滅不滅の意義から勤行会を開催する。(10月13日)
◇
�3月21日を中心に「春季彼岸勤行法要」、9月23日を中心に「秋季彼岸勤行法要」を県・分県の中心会館で実施する。(3月21日、9月23日)
�「諸精霊追善勤行法要」を県・分県の中心会館で実施する。(7月15日または8月15日)
�「世界平和祈念 戦没者追善勤行法要」を方面または県・分県の中心会館で実施する。(8月15日)
◇
�「新年勤行会」を全国の会館で開催する。
(1月1日、2日)
�「成人の日」の記念勤行会を県・分県の中心会館で開催する。(1月8日)
�「敬老の日」に多宝会の記念勤行会等を開催する。(9月17日)
�「七五三」の記念勤行会を県・分県の中心会館で開催する。(11月15日)
※阪神・淡路大震災「『阪神ルネサンスの日』勤行会」を関西で会館を使用して開催する。(1月17日)
※東日本大震災「福光勤行会」を東北で会館を使用して開催する。(3月11日)
《墓園での勤行法要》
・全国の墓園・納骨堂では、「日蓮大聖人御入滅の日」である13日に、毎月、勤行法要を実施。牧口常三郎先生の命日(18日)、戸田城聖先生の命日(2日)に、毎月、勤行法要を行う。
・春季・秋季彼岸勤行法要を行うとともに、「諸精霊追善勤行法要」(7月15日または8月15日)を実施する。
平和・文化・教育運動
創価学会は、日蓮大聖人の仏法の理念を基調に平和・文化・教育の運動を多角的かつ広範に展開するとともに、人類普遍のヒューマニズムの哲学を探究し、平和のための善の連帯を世界に広げてきた。今後も各国のSGIと協力し、人類的諸課題解決のため、公共的役割を果たしていく。
なかんずく、池田大作先生の「日中国交正常化提言」50周年となる2018年は、中国をはじめアジア各国・地域の友好に注力する。
また、以下の取り組みを、女性や青年によるリーダーシップを最大に尊重しながら、SGI国連事務所(ニューヨーク、ジュネーブ)や関連団体をはじめ、国連諸機関、非政府組織(NGO)、信仰を基盤とした団体(FBO)等とも連携・協力して力強く推進する。
1、「平和の文化」構築に幅広く貢献
紛争の暴力化の予防と再発防止のために、創価学会は国連機関等とも協力して、「平和の文化」を構築する取り組みを引き続き幅広く展開する。そして、「対話」を通した啓発、人と人とのネットワークの拡大など、一人一人の平和への取り組みを支援する。
�国連の「平和の文化」ハイレベルフォーラム(年次会合)に貢献
�女性平和委員会は、「平和の文化フォーラム」「平和の文化講演会」を開催
�高齢社会の世界的先例である日本の課題を踏まえ、高齢者や子どもの人権と希望ある生活について考える「平和の文化と希望展」を各地で開催
�日本・アジアをはじめ全世界の戦争犠牲者を追悼し平和への誓いを新たにする「世界平和祈念 戦没者追善勤行法要」を実施
�戦争・被爆体験の継承活動を推進
�青年部「SOKAグローバルアクション」キャンペーンの一環として、広島・長崎・沖縄の青年部を中心とした「青年不戦サミット」を開催
�戸田平和記念館(横浜市)、沖縄研修道場などで平和意識の啓発活動を実施
�日中友好を次世代に継承させるため、青年交流を促進するとともに、「国交正常化提言50周年記念シンポジウム」等を開催
�平和構築の議論に青年の参画を求める国連安保理2250決議の普及を支援
�21世紀の国際社会に即した平和倫理、生命倫理の構築のための研究を推進
�東洋哲学研究所、池田国際対話センターとも協力し、宗教間・文明間対話や相互理解を促進
�民音研究所による「平和構築の音楽」を探求する研究活動を支援
2、「絶対悪」である核兵器の廃絶に向け連帯を拡大
歴史的な「核兵器禁止条約」の採択により、核兵器廃絶への挑戦は新たなステージに入った。2018年は「核軍縮に関するハイレベル会合」が国連で開催予定となっており、核兵器のない世界へ前進する上で、重要な局面を迎える。核兵器が「絶対悪」であることを一貫して訴えてきた池田先生の平和理念を基調に、創価学会は引き続き、各国SGIならびに他の団体と協力し、「核兵器禁止条約」の普及を推進する。また、平和・軍縮教育を草の根レベルで推進する。
�核兵器に関する各種国際会議に参加し議論に貢献
�核兵器の禁止と廃絶を訴える宗教コミュニティーの取り組みを推進
�「核兵器禁止条約」に関する新しいアニメーション映画を活用し、条約の普及を推進
�「核兵器なき世界への連帯」展や「核兵器廃絶への挑戦」展を各地で開催
�女性平和委員会は、ヒロシマ・ナガサキの被爆体験の映写会を草の根で展開
�ヒロシマ・ナガサキの被爆者が訴える「ヒバクシャ国際署名」に協力
�核兵器廃絶を求める青年の国際ネットワーク「アンプリファイ」の取り組みを支援
�戸田記念国際平和研究所による核兵器廃絶へ向けた研究を支援
3、多様性を尊重する社会へ「人権文化」を建設
世界各地で、ヘイトスピーチ(憎悪表現)や移民排斥など、少数者を非寛容に差別する事例が多発している中、人権について学び、理解を深め、人権を尊重する価値観を育むとともに、必要な行動を促す人権教育は、一層その重要性を増している。特に「世界人権宣言」採択より70周年を迎える2018年は、国際人権の前進に貢献するとともに、幅広い教育・啓発活動に一層注力する。
�「変革の一歩——人権教育の力」展の国際巡回を進めるとともに、関連のウェブサイトを制作
�人権教育の促進のため、国連人権理事会の討議に貢献
�ジェンダー平等促進のため、国連女性の地位委員会への貢献を継続
�人権教育映画「尊厳への道」の上映会を開催
�「勇気の証言——ホロコースト展」巡回を支援
�青年平和会議を中心に、人権や難民問題について考えるための連続セミナー等を開催
�生命尊厳の立場から、死刑廃止に関する意識を啓発
4、市民社会の一員として、持続可能な開発目標(SDGs)達成を支援
2015年に国連で採択された、国際社会の2030年に向けての指標である「SDGs(持続可能な開発目標)」では、「誰も置き去りにしない」との、仏法の生命尊厳・平等観にも通ずる誓いが掲げられている。この誓いを忘れることなく、SDGsの精神性を強めながら、その普及と推進に積極的に貢献する。
�「持続可能な開発のための教育」(ESD)の活動として、「わたしと地球の環境展」「希望の種子」展を引き続き開催
�SDGsに関する新展示の制作および巡回を支援
�他のFBO等と連携して、「SDGs体験談集」(仮称)の作成を支援
�地球憲章インタナショナル等と連携し、SDGs啓発アプリ「マプティング」を用いての「SDGs写真展」(仮称)の開催を支援
�女性平和文化会議などによるSDGsに関するセミナー等を開催
5、信仰を基盤とした地域のネットワークを生かし、人道活動を展開
自然災害の頻度や被害が増大する中、信仰を基盤とした地域のネットワークが緊急時に大きな力を発揮することが、国際的に注目されるようになっている。対応力を強め、復興支援を一層推進するとともに、国連をはじめ多様な組織との連携を強化する。また、深刻化する難民問題について意識を啓発するとともに、難民支援に取り組む。
�東日本および熊本での被災体験の聞き取り活動を推進。復興支援のため、「生命のかがやき」展や「希望の絆」コンサートを開催。「東北福光みらい館」での情報発信を強化
�創価学会および各国のSGIによる災害救援や復興支援の経験を生かし、国連機関等の防災の取り組みへの議論に貢献
�自然災害等の緊急時における支援のあり方をさらに効果的なものにする研究を推進
�難民問題に関する意識啓発のため、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)や国連UNHCR協会と協力し、難民映画の上映会を開催
�難民の子どもたちの教育を支援
�社会本部各部、地域本部各部は、個人の活動を通して、地域社会の発展と向上に貢献
6、世界の多彩な文化を市民社会と共に享受
グローバル化が進展する現代社会にあって、各国・各地域固有の文化を守り育む活動や、それらを市民社会と共有するための多彩な活動を推進する。また、それを担う人材の育成にも継続して取り組む。
�多彩な展示を開催
・宇宙との関わりを通じて「地球人」としてのあり方を問い直す「わたしと宇宙展」
・子どもから高齢者まで「読んで」「語って」「参加」できる「絵本とわたしの物語展」
・社会に広く「活字文化」の重要性を伝える「世界の書籍展」
・写真文化の普及、向上を目的とする「自然との対話」写真展
�全国主要会館の「創価ライブラリー」の充実と多彩なイベントで、良書との出合いを促進
�民主音楽協会による、多角的な音楽文化活動と各国との文化交流を支援
�東京富士美術館による、国内外における文化の相互交流の活動を支援
�東洋思想、なかんずく仏教の思想・哲学の研究および関連の学際的研究を推進する東洋哲学研究所を支援
�文化本部各部、国際本部各部は、個人の活動を通じて文化・学術の振興に貢献
�各地の音楽隊、鼓笛隊、合唱団は、演奏活動を通じて地域社会の活性化に貢献
7、「教育のための社会」実現へ人間主義の運動を推進
社会全体の教育力向上のために、「教育のための社会」への転換を図るべく、幅広い運動を推進する。
�教育本部は「人間主義」の教育運動を展開
・教育者と地域社会の教育力向上のために、人間教育実践報告大会、教育フォーラム等を開催
・各地で家庭教育セミナーや家庭教育懇談会等を開催して、家庭教育の向上に貢献
�辺地や離島などへの図書贈呈を推進
�世界市民の育成を目指す創価大学、アメリカ創価大学、創価学園を支援
�創価教育に関する国際学術交流を支援
�世界各地の学術機関に設置されている池田思想研究機関と連携
�教育の振興を通して青少年の健全な育成を図る牧口記念教育基金会の活動を支援
�平和委員会は、平和、人権、持続可能な開発、人道、世界市民教育等の分野において、展示やワークショップなどの教育ツールを通し、草の根の平和教育を展開
�各地で任意に活用できる平和教育の学習教材を、SOKAチャンネルVOD等を通じて提供
完成5周年の明年へ
民衆凱歌の大行進を!
世界の友と肩組み
平和の世紀を築こう!
佐渡御書 P960
『日蓮を信ずるやうなりし者どもが日蓮がかくなれば疑ををこして法華経をすつるのみならずかへりて日蓮を教訓して我賢しと思はん僻人等が念仏者よりも久く阿鼻地獄にあらん事不便とも申す計りなし』
☆女性に贈ることば 十一月十八日
師を慕い、師に近づこうと努力し続ける一念こそが、自分自身に限りない成長をもたらす。
☆今日のことば365 十一月十八日
建設には、希望がある。情熱がある。その建設の根底に偉大な思想があれば、その活動も更に大きく、深く永続されてゆく。理念、思想のない建設は、やがて崩れゆく運命にあるものだ。
☆御書と歩む 第92回 新たな拡大の道を
『日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし』(諸法実相抄、1360ページ)
◇通解
はじめは日蓮一人が南無妙法蓮華経と唱えたが、二人・三人・百人と次第に唱え伝えてきたのである。未来もまたそうであろう。
◇同志への指針
広宣流布は「一人立つ」精神から始まる。「一対一の語らい」からこそ、法は広まる。必ず「二人・三人・百人と」唱え伝わっていくのだ。
いずこの地も、いずこの国も、大聖人に直結する、無名にして偉大な創価の友から、大法弘通の金字塔が築かれてきたことを忘れまい。
「未来も又しかるべし」——地涌の連帯の新たな拡大へ、大確信の対話を!
☆2018年(平成30年)の活動 「世界広布新時代栄光の年」テーマ 2017年11月12日
創価学会が世界宗教へと大きく雄飛する「世界広布新時代」の前進が勢いを増すなか、明2018年は、私たちが目標としてきた広宣流布大誓堂完成5周年の「11・18」を迎える。さらに、3月16日には歴史的な広宣流布の記念式典から60周年、また8月6日には池田大作先生が小説『新・人間革命』の執筆を開始されて25周年という佳節を刻む。
池田先生は「不思議なる『大法弘通』の時を迎えた今、一人でも多くの新たな地涌の友を誕生させながら、『慈折広宣流布』という幸福と平和の大潮流を起こしていっていただきたい」「さあ、共々に『地よりか涌きたる我なれば この世で果たさん使命あり』と胸を張り、人間革命の栄光の暁鐘を打ち鳴らしていこうではないか!」(2017年9月、「世界広布新時代第27回本部幹部会」メッセージ)と呼び掛けられた。
学会の永遠性を確立する今このとき、各人が自身の生命を光り輝かせ、また青年部・未来部をはじめ多くの人材を光り輝かせ、さらに地域・社会が栄え光っていくように希望と励ましを送りながら、世界広布の峰へと進んでいきたい。
そこで明年のテーマは、目標としてきた栄光の2018年「11・18」を、皆が栄光の歴史で飾りゆこうとの強き決意を込めて、「世界広布新時代 栄光の年」と掲げ、前進していく。
私たちは、「弘教を実らせることほど、すばらしい人生の栄光はありません」(小説『新・人間革命』第29巻「清新」の章)との指針を胸に、いや増して折伏・弘教に取り組んでいきたい。そして創価の"精神の正史"である小説『新・人間革命』から師弟の魂を学びながら、栄光の歴史を開いていく。
1、皆で折伏・弘教に挑み、栄光の「11・18」を拡大で飾ろう!
「人生を勝ち越え、幸福になっていくには、どうすればよいか——。仏の生命も、地獄の生命も、わが心のなかにあります。その仏の生命を涌現させることによって、崩れざる幸せを築いていくことができる。それには、自身の一念を広宣流布に定め、自他共の幸福の実現を誓って唱題し、信心し抜いていくことです。日蓮大聖人は、『我もいたし人をも教化候へ』『力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし』(御書1361ページ)と仰せです。広宣流布に走り、折伏・弘教に生きるならば、わが身に仏の大生命が涌現し、あらゆる人生の苦をば、大歓喜に変えていくことができる」(小説『新・人間革命』第30巻「雄飛」の章)
○栄光の「11・18」へ、皆で折伏・弘教、聖教拡大に挑戦し、広宣流布大誓堂完成5周年を拡大で荘厳しよう。
○「座談会」に多くの友人を招き、皆で体験を語りながら、仏縁を広げ、育てていこう。
○「モバイルSTB」視聴運動を積極的に展開し、またSOKAnetなども活用して、学会理解を深めていこう。
○「教学部任用試験(仏法入門)」の会友受験を進め、地区2人以上の合格者を目指そう。
○「親族」との交流に力を入れるとともに、近隣友好・地域貢献に積極的に取り組み、職場でも信頼を勝ち取ろう。
2、「3・16」60周年、後継の青年部・未来部を全力で育もう!
「『広宣流布記念の日』の淵源となった昭和33年(1958年)3月16日、つまり『3・16』の儀式というと、時の総理大臣が来る予定であったことが、語り継がれておりますが、それは、決して本質的な問題ではなかった。戸田先生は、そんなことよりも、次の時代の一切を青年に託すという、いわば付嘱の儀式を行おうとされたんです。広宣流布というのは、1万メートル競走のように、ゴールがあって、そこにたどり着いたら、それで終わるというものではない。むしろ、"流れ"それ自体であり、常に、いつの時代も青年が先駆となり、原動力となって、さらに"新しい流れ"をつくり続けていく戦いなんです」(同第25巻「福光」の章)
○「『3・16』60周年記念青年部総会」(仮称)を目指し、青年層の折伏と青年部の拡大に各部一体で総力をあげよう。
○学会の永遠性の確立へ、未来部の育成に力を入れよう。各部一体の激励を強化し、任用試験を通して中等部員・高等部員も激励しよう。
○「信心の継承」に向け、家族で座談会や本部幹部会中継行事に参加するとともに、中継行事「SOKAキッズフェスタ」(仮称)や「七五三記念勤行会」なども活用しながら、未来部・未就学世代の未入会メンバーの入会を応援しよう。
3、小説「新・人間革命」を学び、自身の人間革命に挑戦しよう!
「(戸田)先生を知る人は多い。直接、指導を受けたという人もいる。しかし、先生に仕え抜き、その遺志を受け継いで、仰せ通りに広宣流布の道を開いてきたのは私だけです。したがって、あえて申し上げるけれども、学会のことも、先生の真実も、誰よりも私がいちばんよく知っている。その意味からも私は、世界の同志が、また、広宣流布のバトンを受け継ぐ後世の人たちが、創価の師弟の道をまっすぐに歩み通していけるように、小説『人間革命』を書き残しているんです」(同第30巻「雌伏」の章)
○小説『新・人間革命』第30巻までの読了・熟読に各人が取り組むなかで、実践を通して自分自身の人間革命に挑戦していこう。小説『新・人間革命』の学習会や研さん運動も工夫して進めよう。
○「教学の日」「教学試験」などを通して人間主義の仏法の研さんを進め、「行学の二道」に挑戦する人材の増加を目指そう。破邪顕正の教宣活動も着実に進めよう。
○リーダーは徹底して「訪問・激励」に動き、一人一人の声に耳を傾け、全力で励ましを送ろう。
年間主要行事
《本部行事》
�「創価学会の日」記念行事
5・3「創価学会の日」を記念する行事を、会館を使用して開催する。
�「創価学会創立記念日」の行事
11・18「創価学会創立記念日」の行事を、会館を使用して開催する。
《記念行事》
以下の記念日に、意義をとどめて行事を行う。
1・26「SGI(創価学会インタナショナル)の日」
3・16「広宣流布記念の日」
4・2「第2代会長戸田城聖先生命日」
5・19「創価学会常住御本尊記念日」
7・3「第2代会長戸田城聖先生出獄記念日」
8・24「第3代会長池田大作先生入信記念日」
9・8「原水爆禁止宣言の日」
10・2「世界平和の日」
11・18「初代会長牧口常三郎先生命日」
《各種行事》
�支部・地区総会の開催
「支部・地区総会」を開催する。開催期間、開催単位、内容等は方面・県に一任する。
�婦人部総会の開催
「婦人部総会」をグループ単位で開催する。
�女子部ロマン総会の開催
1月下旬から2月にかけて女子部「ロマン総会」を本部または部単位で開催する。
�教学試験・講座の実施
「教学部教授講座」(全国中継行事)を開催する(1月)。「教学部任用試験(仏法入門)」「青年部教学試験(1級)」を実施する予定。
《勤行法要諸行事》
�「日蓮大聖人御聖誕の日」を記念して、方面または県・分県の中心会館で勤行会を開催する。(2月16日)
�「立宗の日」を記念して、方面または県・分県の中心会館で勤行会を開催する。(4月28日)
�「竜の口の法難の日」の意義をとどめ、記念勤行会を開催する。(9月12日)
�「日蓮大聖人御入滅の日」に滅不滅の意義から勤行会を開催する。(10月13日)
◇
�3月21日を中心に「春季彼岸勤行法要」、9月23日を中心に「秋季彼岸勤行法要」を県・分県の中心会館で実施する。(3月21日、9月23日)
�「諸精霊追善勤行法要」を県・分県の中心会館で実施する。(7月15日または8月15日)
�「世界平和祈念 戦没者追善勤行法要」を方面または県・分県の中心会館で実施する。(8月15日)
◇
�「新年勤行会」を全国の会館で開催する。
(1月1日、2日)
�「成人の日」の記念勤行会を県・分県の中心会館で開催する。(1月8日)
�「敬老の日」に多宝会の記念勤行会等を開催する。(9月17日)
�「七五三」の記念勤行会を県・分県の中心会館で開催する。(11月15日)
※阪神・淡路大震災「『阪神ルネサンスの日』勤行会」を関西で会館を使用して開催する。(1月17日)
※東日本大震災「福光勤行会」を東北で会館を使用して開催する。(3月11日)
《墓園での勤行法要》
・全国の墓園・納骨堂では、「日蓮大聖人御入滅の日」である13日に、毎月、勤行法要を実施。牧口常三郎先生の命日(18日)、戸田城聖先生の命日(2日)に、毎月、勤行法要を行う。
・春季・秋季彼岸勤行法要を行うとともに、「諸精霊追善勤行法要」(7月15日または8月15日)を実施する。
平和・文化・教育運動
創価学会は、日蓮大聖人の仏法の理念を基調に平和・文化・教育の運動を多角的かつ広範に展開するとともに、人類普遍のヒューマニズムの哲学を探究し、平和のための善の連帯を世界に広げてきた。今後も各国のSGIと協力し、人類的諸課題解決のため、公共的役割を果たしていく。
なかんずく、池田大作先生の「日中国交正常化提言」50周年となる2018年は、中国をはじめアジア各国・地域の友好に注力する。
また、以下の取り組みを、女性や青年によるリーダーシップを最大に尊重しながら、SGI国連事務所(ニューヨーク、ジュネーブ)や関連団体をはじめ、国連諸機関、非政府組織(NGO)、信仰を基盤とした団体(FBO)等とも連携・協力して力強く推進する。
1、「平和の文化」構築に幅広く貢献
紛争の暴力化の予防と再発防止のために、創価学会は国連機関等とも協力して、「平和の文化」を構築する取り組みを引き続き幅広く展開する。そして、「対話」を通した啓発、人と人とのネットワークの拡大など、一人一人の平和への取り組みを支援する。
�国連の「平和の文化」ハイレベルフォーラム(年次会合)に貢献
�女性平和委員会は、「平和の文化フォーラム」「平和の文化講演会」を開催
�高齢社会の世界的先例である日本の課題を踏まえ、高齢者や子どもの人権と希望ある生活について考える「平和の文化と希望展」を各地で開催
�日本・アジアをはじめ全世界の戦争犠牲者を追悼し平和への誓いを新たにする「世界平和祈念 戦没者追善勤行法要」を実施
�戦争・被爆体験の継承活動を推進
�青年部「SOKAグローバルアクション」キャンペーンの一環として、広島・長崎・沖縄の青年部を中心とした「青年不戦サミット」を開催
�戸田平和記念館(横浜市)、沖縄研修道場などで平和意識の啓発活動を実施
�日中友好を次世代に継承させるため、青年交流を促進するとともに、「国交正常化提言50周年記念シンポジウム」等を開催
�平和構築の議論に青年の参画を求める国連安保理2250決議の普及を支援
�21世紀の国際社会に即した平和倫理、生命倫理の構築のための研究を推進
�東洋哲学研究所、池田国際対話センターとも協力し、宗教間・文明間対話や相互理解を促進
�民音研究所による「平和構築の音楽」を探求する研究活動を支援
2、「絶対悪」である核兵器の廃絶に向け連帯を拡大
歴史的な「核兵器禁止条約」の採択により、核兵器廃絶への挑戦は新たなステージに入った。2018年は「核軍縮に関するハイレベル会合」が国連で開催予定となっており、核兵器のない世界へ前進する上で、重要な局面を迎える。核兵器が「絶対悪」であることを一貫して訴えてきた池田先生の平和理念を基調に、創価学会は引き続き、各国SGIならびに他の団体と協力し、「核兵器禁止条約」の普及を推進する。また、平和・軍縮教育を草の根レベルで推進する。
�核兵器に関する各種国際会議に参加し議論に貢献
�核兵器の禁止と廃絶を訴える宗教コミュニティーの取り組みを推進
�「核兵器禁止条約」に関する新しいアニメーション映画を活用し、条約の普及を推進
�「核兵器なき世界への連帯」展や「核兵器廃絶への挑戦」展を各地で開催
�女性平和委員会は、ヒロシマ・ナガサキの被爆体験の映写会を草の根で展開
�ヒロシマ・ナガサキの被爆者が訴える「ヒバクシャ国際署名」に協力
�核兵器廃絶を求める青年の国際ネットワーク「アンプリファイ」の取り組みを支援
�戸田記念国際平和研究所による核兵器廃絶へ向けた研究を支援
3、多様性を尊重する社会へ「人権文化」を建設
世界各地で、ヘイトスピーチ(憎悪表現)や移民排斥など、少数者を非寛容に差別する事例が多発している中、人権について学び、理解を深め、人権を尊重する価値観を育むとともに、必要な行動を促す人権教育は、一層その重要性を増している。特に「世界人権宣言」採択より70周年を迎える2018年は、国際人権の前進に貢献するとともに、幅広い教育・啓発活動に一層注力する。
�「変革の一歩——人権教育の力」展の国際巡回を進めるとともに、関連のウェブサイトを制作
�人権教育の促進のため、国連人権理事会の討議に貢献
�ジェンダー平等促進のため、国連女性の地位委員会への貢献を継続
�人権教育映画「尊厳への道」の上映会を開催
�「勇気の証言——ホロコースト展」巡回を支援
�青年平和会議を中心に、人権や難民問題について考えるための連続セミナー等を開催
�生命尊厳の立場から、死刑廃止に関する意識を啓発
4、市民社会の一員として、持続可能な開発目標(SDGs)達成を支援
2015年に国連で採択された、国際社会の2030年に向けての指標である「SDGs(持続可能な開発目標)」では、「誰も置き去りにしない」との、仏法の生命尊厳・平等観にも通ずる誓いが掲げられている。この誓いを忘れることなく、SDGsの精神性を強めながら、その普及と推進に積極的に貢献する。
�「持続可能な開発のための教育」(ESD)の活動として、「わたしと地球の環境展」「希望の種子」展を引き続き開催
�SDGsに関する新展示の制作および巡回を支援
�他のFBO等と連携して、「SDGs体験談集」(仮称)の作成を支援
�地球憲章インタナショナル等と連携し、SDGs啓発アプリ「マプティング」を用いての「SDGs写真展」(仮称)の開催を支援
�女性平和文化会議などによるSDGsに関するセミナー等を開催
5、信仰を基盤とした地域のネットワークを生かし、人道活動を展開
自然災害の頻度や被害が増大する中、信仰を基盤とした地域のネットワークが緊急時に大きな力を発揮することが、国際的に注目されるようになっている。対応力を強め、復興支援を一層推進するとともに、国連をはじめ多様な組織との連携を強化する。また、深刻化する難民問題について意識を啓発するとともに、難民支援に取り組む。
�東日本および熊本での被災体験の聞き取り活動を推進。復興支援のため、「生命のかがやき」展や「希望の絆」コンサートを開催。「東北福光みらい館」での情報発信を強化
�創価学会および各国のSGIによる災害救援や復興支援の経験を生かし、国連機関等の防災の取り組みへの議論に貢献
�自然災害等の緊急時における支援のあり方をさらに効果的なものにする研究を推進
�難民問題に関する意識啓発のため、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)や国連UNHCR協会と協力し、難民映画の上映会を開催
�難民の子どもたちの教育を支援
�社会本部各部、地域本部各部は、個人の活動を通して、地域社会の発展と向上に貢献
6、世界の多彩な文化を市民社会と共に享受
グローバル化が進展する現代社会にあって、各国・各地域固有の文化を守り育む活動や、それらを市民社会と共有するための多彩な活動を推進する。また、それを担う人材の育成にも継続して取り組む。
�多彩な展示を開催
・宇宙との関わりを通じて「地球人」としてのあり方を問い直す「わたしと宇宙展」
・子どもから高齢者まで「読んで」「語って」「参加」できる「絵本とわたしの物語展」
・社会に広く「活字文化」の重要性を伝える「世界の書籍展」
・写真文化の普及、向上を目的とする「自然との対話」写真展
�全国主要会館の「創価ライブラリー」の充実と多彩なイベントで、良書との出合いを促進
�民主音楽協会による、多角的な音楽文化活動と各国との文化交流を支援
�東京富士美術館による、国内外における文化の相互交流の活動を支援
�東洋思想、なかんずく仏教の思想・哲学の研究および関連の学際的研究を推進する東洋哲学研究所を支援
�文化本部各部、国際本部各部は、個人の活動を通じて文化・学術の振興に貢献
�各地の音楽隊、鼓笛隊、合唱団は、演奏活動を通じて地域社会の活性化に貢献
7、「教育のための社会」実現へ人間主義の運動を推進
社会全体の教育力向上のために、「教育のための社会」への転換を図るべく、幅広い運動を推進する。
�教育本部は「人間主義」の教育運動を展開
・教育者と地域社会の教育力向上のために、人間教育実践報告大会、教育フォーラム等を開催
・各地で家庭教育セミナーや家庭教育懇談会等を開催して、家庭教育の向上に貢献
�辺地や離島などへの図書贈呈を推進
�世界市民の育成を目指す創価大学、アメリカ創価大学、創価学園を支援
�創価教育に関する国際学術交流を支援
�世界各地の学術機関に設置されている池田思想研究機関と連携
�教育の振興を通して青少年の健全な育成を図る牧口記念教育基金会の活動を支援
�平和委員会は、平和、人権、持続可能な開発、人道、世界市民教育等の分野において、展示やワークショップなどの教育ツールを通し、草の根の平和教育を展開
�各地で任意に活用できる平和教育の学習教材を、SOKAチャンネルVOD等を通じて提供
2017年11月17日金曜日
2017.11.17 わが友に贈る
健康こそ躍進の力だ!
気温の変化に要注意。
風邪をひかないよう
体調管理を万全に。
リズム正しい生活を!
上野殿御返事 P1565
『しばらくの苦こそ候ともついにはたのしかるべし、国王一人の太子のごとしいかでか位につかざらんとおぼしめし候へ』
☆女性に贈ることば 十一月十七日
順調ばかりの人生など、あり得ない。たとえ、不本意な環境であったとしても、いっさいを満足の方向へと回転させながら、自分自身の幸福の花園を、咲き薫らせてほしい。
☆今日のことば365 十一月十七日
各人が、それぞれ、他にかえられない特性、人格をもち、しかも、たがいに協調して社会全体としての秩序を保っていく−−これが人間社会のあるべき姿であろう。
☆新時代を進む 第21回 誓願の青春スクラムは堂々
「青年拡大の年」の総仕上げへ、日本も、世界も、若人が力強く邁進している。
仏法源流のインドでは、男女青年部が10万を突破する地涌の大連帯を築いた。釈尊、そして日蓮大聖人が、いかばかりお喜びか。
創立の月・11月は、「男子部の日」(5日)、「女子部の日」(12日)の節を刻む。
淵源は、1961年、戸田先生に誓った精鋭の大結集を成し遂げた総会である。
——この世から「悲惨」の二字をなくすのだ。その根本の力が広宣流布である。人間革命の平和の光を地球上に広げゆこうではないか——師弟不二の心で、我らは拡大の誓願へ走った。
御書には「末法に入って法華経を持つ男女の・すがたより外には宝塔なきなり」(1304ページ)と説かれる。
一人の青年に妙法を受持させることは、その生命を最極の宝塔と輝かせゆくことである。これほど、未来を照らし晴らす聖業はない。
一人また一人と糾合した青年群の熱と力で、この半世紀余り、大法弘通の潮流を起こし続けてきたのだ。
そして今、尊き父母の折伏精神を受け継ぐ青春スクラムが、新たな地涌の人材を続々と呼び出している。未来部の成長も目を瞠る。21世紀はもとより22世紀の慈折広布の展望も、私の心には明るく広がる。
— ◇ —
恩師は、関西で弘教に挑む私に詠んでくださった。
我が弟子が
折伏行で
築きたる
錦州城を
仰ぐうれしさ
「折伏行」こそ、師恩に報じゆく無上の道である。折伏行の中に、勇気も、誠実も、英知も、忍耐も、全てが含まれている。この仏道修行に挑戦する青春は、常勝の栄光と福徳に包まれる。
関西はじめ、各国各地に聳え光る新時代の錦州城をうれしく仰ぐ日々である。
— ◇ —
私が対談したトインビー博士は言われていた。
——多くの指導者は、生死の問題を真正面から解決しようとせず、全て避けて通っている。ゆえに、世界の未来の根本的解決法は見いだせない。私はこの道を高等宗教、なかんずく大乗仏教に求めてきた、と。
大聖人は、「生死の大海を渡らんことは妙法蓮華経の船にあらずんば・かなふべからず」(御書1448ページ)と仰せになられた。
「生老病死」の苦悩を本源的に打開しゆくSGIは、人類の哲学の大船である。
若きキャプテンたる男女青年部を先頭に、平和の大航路を颯爽と進みゆこう!
☆総県長会議での原田会長の指導(要旨) 2017年11月11日
◇明年の「11・18」へ 折伏・弘教の拡大 訪問激励・小単位の語らい・青年育成へ全力
一、先月行われた衆院選について、超短期決戦、また全国的に悪天候に見舞われる中を大奮闘していただいた全国の同志の皆さまに心より御礼申し上げます。
今回、当選した公明党の議員は、支持者の汗と涙の激闘を絶対に忘れることなく、真剣に、全力で働いてもらいたい。仕事で、実績で、しっかりと恩返しをしてもらいたい。そう、切に願うものであります。
また、私どもリーダーは、真心と大誠実で同志をねぎらい、これまで以上に徹して励まし抜いてまいりたいと思います。
"まさかが実現"した、あの1956年(昭和31年)の戦いの後、戸田先生と池田先生が導き出された結論は、「会員の激励に最大の努力を払うこと」でありました。
大事なのは、どこまでも学会員お一人お一人の幸福である——私どもは、常にこの原点に立ち返り、全身全霊で信心の励ましを送っていきたい。
「11・18」創立の日に当たり、その出発を切る、本日の総県長会議にしてまいりたい。
◇友への「奉仕」こそ
一、私たちが目標としてきた栄光の2018年「11・18」へ、明年は1年間を通じて、折伏・弘教を大きく進めていきたい。
「弘教を実らせることほど、すばらしい人生の栄光はありません」とのご指導通り、皆で仏法対話に挑戦してまいりたい。
と同時に、次なる勝利を見据えても、また学会の永遠性を確立するという観点からも、今この時の最重要課題は、弘教の数だけではなく、「学会活動に励む人をいかに増やすか」です。
池田先生が教えてくださった戸田先生のご指導には、「創価学会は、地球上で最も尊厳な生命を守り、どれだけの人に妙法を受持せしめ、幸せにしたかということを数えるのである」とあります。
私たちの戦いは「信心をして、幸せになった方を増やす」「学会活動で、功徳を受けた方を増やす」ことです。それをより具体的にすれば「勤行・唱題を実践する人」「会合に参加する人」「聖教拡大に挑戦する人」「折伏に挑戦する人」が、それぞれ増えたのかどうか。これこそが勝負であります。
そのためには、広布の活動に勇んで取り組んでくださる方を大切にするのはもちろんのこと、新たな力である新入会の友、また青年部員への激励が必須になります。さらにいえば、あまり会合に参加できない方、また活動から遠ざかっている方にまで、どう励ましの手を差し伸べることができるか。
まさに明年は、1年間を通じて折伏を進めるとともに、さまざまな角度から激励に当たることができる。
だからこそ、リーダーが"会合と個人指導の比率は2対8を目標に"とのご指導を改めて生命に刻み、意識と行動を変革して、徹底して訪問激励に当たってまいりたい。
現在、連載されている小説『新・人間革命』「暁鐘」の章でも、先生は欧州各地で「信心懇談会」に力を入れたことをつづられながら、次のように指導してくださいました。
「小さな会合を、着実に重ねていくことです。メンバーがそろわないことがあっても、また声をかけ、よく励まし、疑問があれば、納得するまで語り合い、友情と信頼の絆を結んでいくことが大事なんです。寄せ返す波が岩を削るように、月々、年々に小会合を続けていけば、それが団結と前進の力になっていきます。地道な、目立たぬところに、同じことの繰り返しのなかに、いっさいの勝敗を決する生命線があるんです」と。
私たちの生命線は、小単位の語らいにある。根本は協議会であり、座談会であります。
そこで信心を触発し合う語らいができるか。さらには、その日までに家庭訪問を実践できるか。その繰り返しのなかでこそ、広布は進みます。
今、各地でも新任のリーダーが誕生しています。
新しい方も、交代する方も、立場が変わろうと変わるまいと、また正役職だろうと副役職だろうと、学会のリーダーの役割は、会員を大切にする励ましにあります。
先生は、南米解放の英雄であるシモン・ボリバルの言葉を教えてくださいました。それは「私にとって、栄光とは"いかによく奉仕するか"ということであり、"命令すること"にあるのではない」との至言であります。
私たちリーダーは、先生の心をわが心として、「友への奉仕にこそ栄光がある」と定め、徹底した訪問激励で、これまで以上に強固な組織をつくってまいりたい。この決意でスタートしたいと思います。
◇明年の活動リズム
一、折伏・弘教と人材育成・活動者増を大きく進めるために、明年の活動のリズムを確認させていただきたい。
第1の波は、「3・16」を目指しての青年部の拡大です。各部一体の団結で、青年層の折伏と青年部の拡大に総力を挙げたい。
第2の波は「5・3」から上半期を総仕上げする拡大です。明年は「創価学会母の日」の制定から30周年の佳節でもあり、それを記念して、婦人部総会は5月に開催する予定です。
また、本年延期となった教学部任用試験(仏法入門)は、明年6月に実施することといたします。「3・16」へ拡大した青年部も巻き込みながら、会友受験を積極的に進め、婦人部総会・任用試験など、上半期を、折伏と活動者増の第2波としていきたい。
なお、明年の任用試験はこの1回のみといたします。試験範囲については、本年予定していたものと全て同じです。
そして、明年下半期の戦いを、第3の波として、第1波、第2波、第3波と、折伏と活動者増のうねりを起こしていきたい。
本部幹部会も拡大の目標点としながら、広宣流布大誓堂完成5周年の「11・18」を、かつてない拡大で荘厳してまいりたい。
◇無事故で総仕上げ
一、日蓮大聖人は、身延の山中に供養の品々を送った一人の門下の志をたたえ、「福田によきたねを下させ給うか、なみだもとどまらず」(御書1596ページ)と仰せになられました。
この御書を通して、先生は小説『新・人間革命』につづられています。
「広宣流布に尽くすことは、福田に善根の種を蒔くことである——これは、伸一が青春時代から、強く確信してきたことでもあった」
世界広布の伸展を支える財務によって、福田に善根の種が植えられることは、間違いありません。その功徳は絶大です。
絶対無事故で、福徳あふれる財務となりますよう、真剣に祈っていきたいと思います。
また年の瀬に向け、慌ただしい季節となりますが、強き祈りを根本に、健康第一、無事故第一で諸活動を進めてまいりたい。特に、無冠の友の皆さんの絶対無事故を祈り、皆で励ましていきたい。
いよいよ、本年の総仕上げ、そして先生のお誕生日である「1月2日」は目前です。先生の卒寿を、池田門下の一人一人が、自らの戦いと拡大でお祝いしてまいりたい。
そして、明年の広宣流布大誓堂完成5周年を圧倒的な折伏・弘教で荘厳すべく、決意も新たに前進を開始しようではありませんか!
気温の変化に要注意。
風邪をひかないよう
体調管理を万全に。
リズム正しい生活を!
上野殿御返事 P1565
『しばらくの苦こそ候ともついにはたのしかるべし、国王一人の太子のごとしいかでか位につかざらんとおぼしめし候へ』
☆女性に贈ることば 十一月十七日
順調ばかりの人生など、あり得ない。たとえ、不本意な環境であったとしても、いっさいを満足の方向へと回転させながら、自分自身の幸福の花園を、咲き薫らせてほしい。
☆今日のことば365 十一月十七日
各人が、それぞれ、他にかえられない特性、人格をもち、しかも、たがいに協調して社会全体としての秩序を保っていく−−これが人間社会のあるべき姿であろう。
☆新時代を進む 第21回 誓願の青春スクラムは堂々
「青年拡大の年」の総仕上げへ、日本も、世界も、若人が力強く邁進している。
仏法源流のインドでは、男女青年部が10万を突破する地涌の大連帯を築いた。釈尊、そして日蓮大聖人が、いかばかりお喜びか。
創立の月・11月は、「男子部の日」(5日)、「女子部の日」(12日)の節を刻む。
淵源は、1961年、戸田先生に誓った精鋭の大結集を成し遂げた総会である。
——この世から「悲惨」の二字をなくすのだ。その根本の力が広宣流布である。人間革命の平和の光を地球上に広げゆこうではないか——師弟不二の心で、我らは拡大の誓願へ走った。
御書には「末法に入って法華経を持つ男女の・すがたより外には宝塔なきなり」(1304ページ)と説かれる。
一人の青年に妙法を受持させることは、その生命を最極の宝塔と輝かせゆくことである。これほど、未来を照らし晴らす聖業はない。
一人また一人と糾合した青年群の熱と力で、この半世紀余り、大法弘通の潮流を起こし続けてきたのだ。
そして今、尊き父母の折伏精神を受け継ぐ青春スクラムが、新たな地涌の人材を続々と呼び出している。未来部の成長も目を瞠る。21世紀はもとより22世紀の慈折広布の展望も、私の心には明るく広がる。
— ◇ —
恩師は、関西で弘教に挑む私に詠んでくださった。
我が弟子が
折伏行で
築きたる
錦州城を
仰ぐうれしさ
「折伏行」こそ、師恩に報じゆく無上の道である。折伏行の中に、勇気も、誠実も、英知も、忍耐も、全てが含まれている。この仏道修行に挑戦する青春は、常勝の栄光と福徳に包まれる。
関西はじめ、各国各地に聳え光る新時代の錦州城をうれしく仰ぐ日々である。
— ◇ —
私が対談したトインビー博士は言われていた。
——多くの指導者は、生死の問題を真正面から解決しようとせず、全て避けて通っている。ゆえに、世界の未来の根本的解決法は見いだせない。私はこの道を高等宗教、なかんずく大乗仏教に求めてきた、と。
大聖人は、「生死の大海を渡らんことは妙法蓮華経の船にあらずんば・かなふべからず」(御書1448ページ)と仰せになられた。
「生老病死」の苦悩を本源的に打開しゆくSGIは、人類の哲学の大船である。
若きキャプテンたる男女青年部を先頭に、平和の大航路を颯爽と進みゆこう!
☆総県長会議での原田会長の指導(要旨) 2017年11月11日
◇明年の「11・18」へ 折伏・弘教の拡大 訪問激励・小単位の語らい・青年育成へ全力
一、先月行われた衆院選について、超短期決戦、また全国的に悪天候に見舞われる中を大奮闘していただいた全国の同志の皆さまに心より御礼申し上げます。
今回、当選した公明党の議員は、支持者の汗と涙の激闘を絶対に忘れることなく、真剣に、全力で働いてもらいたい。仕事で、実績で、しっかりと恩返しをしてもらいたい。そう、切に願うものであります。
また、私どもリーダーは、真心と大誠実で同志をねぎらい、これまで以上に徹して励まし抜いてまいりたいと思います。
"まさかが実現"した、あの1956年(昭和31年)の戦いの後、戸田先生と池田先生が導き出された結論は、「会員の激励に最大の努力を払うこと」でありました。
大事なのは、どこまでも学会員お一人お一人の幸福である——私どもは、常にこの原点に立ち返り、全身全霊で信心の励ましを送っていきたい。
「11・18」創立の日に当たり、その出発を切る、本日の総県長会議にしてまいりたい。
◇友への「奉仕」こそ
一、私たちが目標としてきた栄光の2018年「11・18」へ、明年は1年間を通じて、折伏・弘教を大きく進めていきたい。
「弘教を実らせることほど、すばらしい人生の栄光はありません」とのご指導通り、皆で仏法対話に挑戦してまいりたい。
と同時に、次なる勝利を見据えても、また学会の永遠性を確立するという観点からも、今この時の最重要課題は、弘教の数だけではなく、「学会活動に励む人をいかに増やすか」です。
池田先生が教えてくださった戸田先生のご指導には、「創価学会は、地球上で最も尊厳な生命を守り、どれだけの人に妙法を受持せしめ、幸せにしたかということを数えるのである」とあります。
私たちの戦いは「信心をして、幸せになった方を増やす」「学会活動で、功徳を受けた方を増やす」ことです。それをより具体的にすれば「勤行・唱題を実践する人」「会合に参加する人」「聖教拡大に挑戦する人」「折伏に挑戦する人」が、それぞれ増えたのかどうか。これこそが勝負であります。
そのためには、広布の活動に勇んで取り組んでくださる方を大切にするのはもちろんのこと、新たな力である新入会の友、また青年部員への激励が必須になります。さらにいえば、あまり会合に参加できない方、また活動から遠ざかっている方にまで、どう励ましの手を差し伸べることができるか。
まさに明年は、1年間を通じて折伏を進めるとともに、さまざまな角度から激励に当たることができる。
だからこそ、リーダーが"会合と個人指導の比率は2対8を目標に"とのご指導を改めて生命に刻み、意識と行動を変革して、徹底して訪問激励に当たってまいりたい。
現在、連載されている小説『新・人間革命』「暁鐘」の章でも、先生は欧州各地で「信心懇談会」に力を入れたことをつづられながら、次のように指導してくださいました。
「小さな会合を、着実に重ねていくことです。メンバーがそろわないことがあっても、また声をかけ、よく励まし、疑問があれば、納得するまで語り合い、友情と信頼の絆を結んでいくことが大事なんです。寄せ返す波が岩を削るように、月々、年々に小会合を続けていけば、それが団結と前進の力になっていきます。地道な、目立たぬところに、同じことの繰り返しのなかに、いっさいの勝敗を決する生命線があるんです」と。
私たちの生命線は、小単位の語らいにある。根本は協議会であり、座談会であります。
そこで信心を触発し合う語らいができるか。さらには、その日までに家庭訪問を実践できるか。その繰り返しのなかでこそ、広布は進みます。
今、各地でも新任のリーダーが誕生しています。
新しい方も、交代する方も、立場が変わろうと変わるまいと、また正役職だろうと副役職だろうと、学会のリーダーの役割は、会員を大切にする励ましにあります。
先生は、南米解放の英雄であるシモン・ボリバルの言葉を教えてくださいました。それは「私にとって、栄光とは"いかによく奉仕するか"ということであり、"命令すること"にあるのではない」との至言であります。
私たちリーダーは、先生の心をわが心として、「友への奉仕にこそ栄光がある」と定め、徹底した訪問激励で、これまで以上に強固な組織をつくってまいりたい。この決意でスタートしたいと思います。
◇明年の活動リズム
一、折伏・弘教と人材育成・活動者増を大きく進めるために、明年の活動のリズムを確認させていただきたい。
第1の波は、「3・16」を目指しての青年部の拡大です。各部一体の団結で、青年層の折伏と青年部の拡大に総力を挙げたい。
第2の波は「5・3」から上半期を総仕上げする拡大です。明年は「創価学会母の日」の制定から30周年の佳節でもあり、それを記念して、婦人部総会は5月に開催する予定です。
また、本年延期となった教学部任用試験(仏法入門)は、明年6月に実施することといたします。「3・16」へ拡大した青年部も巻き込みながら、会友受験を積極的に進め、婦人部総会・任用試験など、上半期を、折伏と活動者増の第2波としていきたい。
なお、明年の任用試験はこの1回のみといたします。試験範囲については、本年予定していたものと全て同じです。
そして、明年下半期の戦いを、第3の波として、第1波、第2波、第3波と、折伏と活動者増のうねりを起こしていきたい。
本部幹部会も拡大の目標点としながら、広宣流布大誓堂完成5周年の「11・18」を、かつてない拡大で荘厳してまいりたい。
◇無事故で総仕上げ
一、日蓮大聖人は、身延の山中に供養の品々を送った一人の門下の志をたたえ、「福田によきたねを下させ給うか、なみだもとどまらず」(御書1596ページ)と仰せになられました。
この御書を通して、先生は小説『新・人間革命』につづられています。
「広宣流布に尽くすことは、福田に善根の種を蒔くことである——これは、伸一が青春時代から、強く確信してきたことでもあった」
世界広布の伸展を支える財務によって、福田に善根の種が植えられることは、間違いありません。その功徳は絶大です。
絶対無事故で、福徳あふれる財務となりますよう、真剣に祈っていきたいと思います。
また年の瀬に向け、慌ただしい季節となりますが、強き祈りを根本に、健康第一、無事故第一で諸活動を進めてまいりたい。特に、無冠の友の皆さんの絶対無事故を祈り、皆で励ましていきたい。
いよいよ、本年の総仕上げ、そして先生のお誕生日である「1月2日」は目前です。先生の卒寿を、池田門下の一人一人が、自らの戦いと拡大でお祝いしてまいりたい。
そして、明年の広宣流布大誓堂完成5周年を圧倒的な折伏・弘教で荘厳すべく、決意も新たに前進を開始しようではありませんか!
2017年11月16日木曜日
2017.11.16 わが友に贈る
寒い中 忙しい中
中継行事に携わる
全役員に心から感謝!
尊き隠匿に陽報は厳然。
絶対無事故を頼む!
乙御前御消息 P1220
『日蓮をば日本国の上一人より下万民に至るまで一人もなくあやまたんとせしかども今までかうて候事は一人なれども心のつよき故なるべしとおぼすべし』
☆女性に贈ることば 十一月十六日
いつもいつも太陽の如く、満々たる生命力をたたえ、さわやかな笑顔で、誰からも慕われ信頼される良識の人でありたい。
☆今日のことば365 十一月十六日
私は、この世でもっとも美しいものは、人間の暖かい心であり、この社会は、たがいに愛しあい、守りあい、助けあっていくべきだと信じている。また、この信念を、つらぬいてきたつもりだ。一生涯、つらぬいていこうと決意もしている。
☆湖北大学「名誉教授」称号授与式での池田先生の謝辞 2017年11月10日
教育の大河で平和共生の緑野を広げよ
若人よ尽きせぬ知恵の扉を開け
「労苦即栄光」の大道を
「根深ければ則ち條茂く、源遠ければ則ち流長し」
この大中国の先哲の至言を胸に響かせながら、私は今、20世紀前半の湖北省の天地へと心を廻らしております。
激動の時代の真っ只中で、"教育の力によって、民衆を救い、社会を蘇らせていくのだ"と毅然と立ち上がった、貴国の賢者たちの英姿が命に迫ってくるのであります。
その一人、湖北省教育庁長であった黄建中先生は、文明の母なる大河・長江と漢水が交わる天下の要衝・武漢にあって、1930年、新たな学府の創設に着手されました。これこそ、栄光の名門、貴・湖北大学の淵源であります。
以来、87星霜——。
貴大学は、尚党委書記、趙学長の卓越したリーダーシップのもと、化学をはじめ、世界的レベルを誇る総合学府として、隆々たる大発展を続けておられるのであります。
一、実は、貴大学の起点となった1930年は、私たちの先師・牧口常三郎先生が『創価教育学体系』を発刊した年でもあります。
その日、11月18日が、わが創価学会の創立記念日であります。
「創価教育学」の出発から14年後——1944年の、くしくも同じ11月18日、日本の軍国主義の弾圧に屈しなかった牧口先生は信念の獄死を遂げました。
本日、光栄にも、同時代のアジアそして世界に崇高なる人材育成の模範を示してこられた、貴・湖北大学より、最高に尊き「名誉教授」の称号を賜りました。
創立と殉難の日を前に、この栄誉を、私は万感の思いを込めて、創価教育の父・牧口先生に捧げたいのであります。後継の弟子として、これほどの喜びと誉れはございません。
誠に誠に、ありがとうございます。
◇鳳凰のごとく使命の大空へ
一、貴大学という滔々たる教育の大河が、どれほど悠遠にして豊穣な文化の源流を有しておられるか。
校章には、いにしえの「楚国」の打楽器であり、礼楽の象徴である「編鐘」とともに、王者の瑞鳥・「鳳凰」がデザインされております。
そして、描かれた「鍵」が「知恵の扉を開く」との意義を表されていると伺いました。
偉大な先人の精神性を継承しつつ、尽きせぬ知恵を湧き出す鍵を身に付けた若人たちが、鳳凰のごとく、使命の大空へ限りなく羽ばたいていく——教育の究極の理想が、何と見事に凝縮されていることでしょうか!
なかんずく、私が日本、そして世界の青年に広く伝えたいのは、貴大学に脈々と流れ通う「自強不息、克難奮進(たゆまず努力し、困難に打ち勝ち前進する)」という伝統精神であります。
幾多の難問に直面する21世紀の世界に立ち向かう青年にとって、何よりも要請されるのは、この不撓不屈の負けじ魂でありましょう。貴大学の人間教育の薫陶に、私は深く感嘆する一人です。
◇世界の大学と先進の連帯
一、この6月には、貴大学の卒業式の行事の中で、尚書記と趙学長が、900人の卒業生と共に、ミニ・マラソンを行い、はなむけの励ましを贈られたとの心躍る報道に接しました。
長い人生のマラソンに挑みゆく卒業生たちの心身にとって、忘れ得ぬ支えとなり、険しき坂を突破しゆく力になるに違いありません。
「雨風の艱難の道を越えて、究極の高みを目指す。
現代化が我々に、発奮し社会の繁栄に尽くせと呼び掛ける!」
「団結して勤勉に励み、実を求め新たに創造する。
新時代が我々に、帆を上げて航海へ旅立てと呼び掛ける!」
素晴らしき校歌を仲良く朗らかに歌い上げながら、「使命即労苦」「労苦即栄光」の大道を邁進されゆく貴大学の同窓生のスクラムが、目に浮かんでくるのであります。
とともに、貴大学は「世界市民教育」にも力強く取り組まれています。世界の諸大学と、先進の連帯を結んでこられたことも、存じ上げています。
一、思えば、百十数年前、若き日の牧口先生は、当時の日本の代表的な留学生教育機関であった弘文学院で、貴国からの向学の青年に「人生地理学」の講義をし、深い心の交流を重ねておりました。講義に感銘した留学生たちは、中国語に翻訳して発刊してもおります。特に、この学院に学んだ7000人の英才のうち、およそ4割は、洞庭湖を挟んだ湖北省と湖南省の出身者であったと記録にとどめられております。
この先師の心を偲びながら、1975年、わが創価大学は、日中国交正常化後、新中国からの最初の国費留学生の方々をお迎えさせていただきました。
また、1989年に開始された、武漢人民ラジオ放送局での実用日本語講座にも、テキストや放送用テープの作成など貢献させていただいたのであります。
そして、うれしいことに、今回、馬場学長を代表とする訪問団を温かく迎えていただき、貴・湖北大学と創価大学の間に交流協定が調印される運びとなりました。
長江と漢水が合流しゆくように、二つの教育の流れの融合が、必ずや素晴らしい世界市民の連帯の水かさを増し、平和共生の緑野を広げゆくことを、私は確信してやみません。
私も貴大学の誉れある一員として、両国そして世界の青年たちと、ともどもに、いやまして尽力していく決心であります。
その真情を、牧口先生の教育哲学とも深く響き合う黄先生の言葉に託し、御礼のごあいさつとさせていただきます。
すなわち——
「行動によって知れ」
「為すことによって学べ」
「働きによって得よ」と。
貴大学の永遠無窮のご隆盛、そして、本日ご参加くださった全ての方々のご健勝を、心よりお祈り申し上げます。
謝謝!(中国語で「ありがとうございました!」)
☆中国・湖北大学「名誉教授」称号の授与式から 尚党委書記の授与の辞 2017年11月10日
池田大作先生が創価大学と本学の協力関係の構築を促進してくださったことに、本学を代表して最大の敬意を表するとともに、衷心より感謝申し上げます。
池田先生は、創価学会インタナショナル会長、創価学会名誉会長、創価大学創立者として、人類文明の交流とグローバル教育の推進に、卓越した貢献をなされました。
また、池田先生は中日国交正常化の提唱者のお一人として、長きにわたって両国人民の友誼の発展に尽力し、中日友好を促進されてきた傑出した使者であられます。
池田先生のご指導のもと、創価学会、また創価大学は、"平和・文化・教育を推進し、人類の幸福を願う"との理念を堅持し、社会の柱となる数多くの人材を育て、多大な業績を成し遂げてこられました。
池田先生に本学の「名誉教授」称号をお受けいただくことは、本学のグローバル化の歩みを加速させるものであり、大学事業のより良き発展につながるものと確信しております。
結びに、池田先生のご多幸とご健勝を心よりお祈り申し上げるとともに、創価大学、創価学会のますますのご発展を念願申し上げ、あいさつとさせていただきます。
誠にありがとうございました(大拍手)。
中継行事に携わる
全役員に心から感謝!
尊き隠匿に陽報は厳然。
絶対無事故を頼む!
乙御前御消息 P1220
『日蓮をば日本国の上一人より下万民に至るまで一人もなくあやまたんとせしかども今までかうて候事は一人なれども心のつよき故なるべしとおぼすべし』
☆女性に贈ることば 十一月十六日
いつもいつも太陽の如く、満々たる生命力をたたえ、さわやかな笑顔で、誰からも慕われ信頼される良識の人でありたい。
☆今日のことば365 十一月十六日
私は、この世でもっとも美しいものは、人間の暖かい心であり、この社会は、たがいに愛しあい、守りあい、助けあっていくべきだと信じている。また、この信念を、つらぬいてきたつもりだ。一生涯、つらぬいていこうと決意もしている。
☆湖北大学「名誉教授」称号授与式での池田先生の謝辞 2017年11月10日
教育の大河で平和共生の緑野を広げよ
若人よ尽きせぬ知恵の扉を開け
「労苦即栄光」の大道を
「根深ければ則ち條茂く、源遠ければ則ち流長し」
この大中国の先哲の至言を胸に響かせながら、私は今、20世紀前半の湖北省の天地へと心を廻らしております。
激動の時代の真っ只中で、"教育の力によって、民衆を救い、社会を蘇らせていくのだ"と毅然と立ち上がった、貴国の賢者たちの英姿が命に迫ってくるのであります。
その一人、湖北省教育庁長であった黄建中先生は、文明の母なる大河・長江と漢水が交わる天下の要衝・武漢にあって、1930年、新たな学府の創設に着手されました。これこそ、栄光の名門、貴・湖北大学の淵源であります。
以来、87星霜——。
貴大学は、尚党委書記、趙学長の卓越したリーダーシップのもと、化学をはじめ、世界的レベルを誇る総合学府として、隆々たる大発展を続けておられるのであります。
一、実は、貴大学の起点となった1930年は、私たちの先師・牧口常三郎先生が『創価教育学体系』を発刊した年でもあります。
その日、11月18日が、わが創価学会の創立記念日であります。
「創価教育学」の出発から14年後——1944年の、くしくも同じ11月18日、日本の軍国主義の弾圧に屈しなかった牧口先生は信念の獄死を遂げました。
本日、光栄にも、同時代のアジアそして世界に崇高なる人材育成の模範を示してこられた、貴・湖北大学より、最高に尊き「名誉教授」の称号を賜りました。
創立と殉難の日を前に、この栄誉を、私は万感の思いを込めて、創価教育の父・牧口先生に捧げたいのであります。後継の弟子として、これほどの喜びと誉れはございません。
誠に誠に、ありがとうございます。
◇鳳凰のごとく使命の大空へ
一、貴大学という滔々たる教育の大河が、どれほど悠遠にして豊穣な文化の源流を有しておられるか。
校章には、いにしえの「楚国」の打楽器であり、礼楽の象徴である「編鐘」とともに、王者の瑞鳥・「鳳凰」がデザインされております。
そして、描かれた「鍵」が「知恵の扉を開く」との意義を表されていると伺いました。
偉大な先人の精神性を継承しつつ、尽きせぬ知恵を湧き出す鍵を身に付けた若人たちが、鳳凰のごとく、使命の大空へ限りなく羽ばたいていく——教育の究極の理想が、何と見事に凝縮されていることでしょうか!
なかんずく、私が日本、そして世界の青年に広く伝えたいのは、貴大学に脈々と流れ通う「自強不息、克難奮進(たゆまず努力し、困難に打ち勝ち前進する)」という伝統精神であります。
幾多の難問に直面する21世紀の世界に立ち向かう青年にとって、何よりも要請されるのは、この不撓不屈の負けじ魂でありましょう。貴大学の人間教育の薫陶に、私は深く感嘆する一人です。
◇世界の大学と先進の連帯
一、この6月には、貴大学の卒業式の行事の中で、尚書記と趙学長が、900人の卒業生と共に、ミニ・マラソンを行い、はなむけの励ましを贈られたとの心躍る報道に接しました。
長い人生のマラソンに挑みゆく卒業生たちの心身にとって、忘れ得ぬ支えとなり、険しき坂を突破しゆく力になるに違いありません。
「雨風の艱難の道を越えて、究極の高みを目指す。
現代化が我々に、発奮し社会の繁栄に尽くせと呼び掛ける!」
「団結して勤勉に励み、実を求め新たに創造する。
新時代が我々に、帆を上げて航海へ旅立てと呼び掛ける!」
素晴らしき校歌を仲良く朗らかに歌い上げながら、「使命即労苦」「労苦即栄光」の大道を邁進されゆく貴大学の同窓生のスクラムが、目に浮かんでくるのであります。
とともに、貴大学は「世界市民教育」にも力強く取り組まれています。世界の諸大学と、先進の連帯を結んでこられたことも、存じ上げています。
一、思えば、百十数年前、若き日の牧口先生は、当時の日本の代表的な留学生教育機関であった弘文学院で、貴国からの向学の青年に「人生地理学」の講義をし、深い心の交流を重ねておりました。講義に感銘した留学生たちは、中国語に翻訳して発刊してもおります。特に、この学院に学んだ7000人の英才のうち、およそ4割は、洞庭湖を挟んだ湖北省と湖南省の出身者であったと記録にとどめられております。
この先師の心を偲びながら、1975年、わが創価大学は、日中国交正常化後、新中国からの最初の国費留学生の方々をお迎えさせていただきました。
また、1989年に開始された、武漢人民ラジオ放送局での実用日本語講座にも、テキストや放送用テープの作成など貢献させていただいたのであります。
そして、うれしいことに、今回、馬場学長を代表とする訪問団を温かく迎えていただき、貴・湖北大学と創価大学の間に交流協定が調印される運びとなりました。
長江と漢水が合流しゆくように、二つの教育の流れの融合が、必ずや素晴らしい世界市民の連帯の水かさを増し、平和共生の緑野を広げゆくことを、私は確信してやみません。
私も貴大学の誉れある一員として、両国そして世界の青年たちと、ともどもに、いやまして尽力していく決心であります。
その真情を、牧口先生の教育哲学とも深く響き合う黄先生の言葉に託し、御礼のごあいさつとさせていただきます。
すなわち——
「行動によって知れ」
「為すことによって学べ」
「働きによって得よ」と。
貴大学の永遠無窮のご隆盛、そして、本日ご参加くださった全ての方々のご健勝を、心よりお祈り申し上げます。
謝謝!(中国語で「ありがとうございました!」)
☆中国・湖北大学「名誉教授」称号の授与式から 尚党委書記の授与の辞 2017年11月10日
池田大作先生が創価大学と本学の協力関係の構築を促進してくださったことに、本学を代表して最大の敬意を表するとともに、衷心より感謝申し上げます。
池田先生は、創価学会インタナショナル会長、創価学会名誉会長、創価大学創立者として、人類文明の交流とグローバル教育の推進に、卓越した貢献をなされました。
また、池田先生は中日国交正常化の提唱者のお一人として、長きにわたって両国人民の友誼の発展に尽力し、中日友好を促進されてきた傑出した使者であられます。
池田先生のご指導のもと、創価学会、また創価大学は、"平和・文化・教育を推進し、人類の幸福を願う"との理念を堅持し、社会の柱となる数多くの人材を育て、多大な業績を成し遂げてこられました。
池田先生に本学の「名誉教授」称号をお受けいただくことは、本学のグローバル化の歩みを加速させるものであり、大学事業のより良き発展につながるものと確信しております。
結びに、池田先生のご多幸とご健勝を心よりお祈り申し上げるとともに、創価大学、創価学会のますますのご発展を念願申し上げ、あいさつとさせていただきます。
誠にありがとうございました(大拍手)。
2017年11月15日水曜日
2017.11.15 わが友に贈る
楽しいところに
人は集まる。
仲良きところに
福徳は輝きわたる。
和楽の連帯を広げよう!
千日尼御前御返事 P1316
『我等は穢土に候へども心は霊山に住べし、御面を見てはなにかせん心こそ大切に候へ、いつかいつか釈迦仏のをはします霊山会上にまひりあひ候はん』
☆女性に贈ることば 十一月十五日
自分が決めた使命の道を、人生の最終章まで、悔いなく断固と貴きながら、生き抜き、戦い抜いていくことだ。
そして自分自身が、勝利の満足をすることだ。「誰かのように」ではなく、「私らしく」生きていくのだ。
☆今日のことば365 十一月十五日
決して私は
悲しむまい
決して私は
嘆くまい
私には
宝があるから
☆世界広布新時代第28回本部幹部会への池田先生のメッセージ
◇叫ばん「創価の師弟、万歳」と
◇小説「新・人間革命」第30巻は第5章へ 「勝ち鬨」の章を連載
一、今、私の胸に蘇る戸田先生の師子吼があります。
1953年の春、ここ東京・豊島の天地で、「金曜講義」と呼ばれ親しまれた御書講義を始められる際の宣言であります。
「牧口先生が妙法に身命を奉った、この地で、この会場から、広宣流布の戦いを開始するのだ!」と。
以来、明年で65星霜。先師と恩師の魂魄をとどめる、この師弟の殿堂に、日本全国、そして世界70カ国・地域から地涌の宝友が集い来って、創立87周年を祝賀することができました。両先生の会心の笑顔が浮かびます。
SGIの尊きリーダーの皆さん、本当にようこそ! 本当にありがとう!(大拍手)
一、はじめに、わが全同志の奮闘に満腔の感謝を込めて、発表させていただきたいことがあります。
それは、小説『新・人間革命』の執筆についてです。
現在、第30巻の第4章「暁鐘」の章で、1981年のヨーロッパ、さらに北米訪問の歴史を連載しており、「その先はどうなるのでしょうか?」との問い合わせが多く寄せられています。
今日ここで、引き続き来月から、第5章の連載に入ることを、伝えさせていただきます。
タイトルは「勝ち鬨」です。1981年秋からの関西、四国、九州、そして翌年の雪の東北等々、忘れ得ぬ同志たちとの共戦譜をつづりながら、反転攻勢の勝ち鬨をあげた歴史を残していきますので、どうか楽しみにしてください(大拍手)。
◇使命に生き抜け
一、「勝ち鬨」とは、正義の勝利に轟かせる「鬨」の声です。凱歌の声です。
勝ち鬨といえば、戸田先生のもと、青年部が学んだ大河小説『永遠の都』に、印象深い場面があります。
すなわち信念の革命児ブルーノは、卑劣極まる陰謀にも屈せず、最後の最後まで同志ロッシィを信じ抜いて、叫び切りました。「(わが同志)デイビッド・ロッシィ万歳!」と(新庄哲夫訳、潮出版社)。
同志を裏切らなかったこの声こそ「欺瞞」に打ち勝ち、「誘惑」に打ち勝ち、「嫉妬」に打ち勝ち、なかんずく「自分自身」に打ち勝った勝利の声であった。人間として最も神々しい勝ち鬨であったと示されているのです。
戸田先生が、若き魂に一番、刻みつけたかった急所が、ここにあります。
先生の指導にお応えして、我ら草創の青年部は「いかなる時代になろうとも、かつまた、いかなる戦野に進もうとも、絶対に同志を裏切ることなく、使命を全うせんこと」を固く誓い合いました。青春の不滅の誓願です。
今、うれしいことに、創価の世界市民による麗しき友情の連帯は、地球社会の希望と光っています。『永遠の都』の舞台であるイタリアでも、わがSGIの友が、民族も、宗教も超えて、深く強い心の信頼で結ばれた、平和と文化と教育のネットワークを広げていることは、ご存じの通りです。
経文通りの悪口罵詈も、忘恩背信の邪宗門らの圧迫も、学会は「異体同心の団結」で全て勝ち越えてきた。いな、未来永劫に勝ち抜いていくのです。
牧口・戸田両先生に捧げる思いを込めて、「正義の勝利、万歳!」「創価の師弟、万歳!」「全世界の同志、万歳!」と叫びたいが、どうだろうか!
◇題目の音声
一、日蓮大聖人は、「真実一切衆生・色心の留難を止むる秘術は唯南無妙法蓮華経なり」(御書1170ページ)と仰せになられました。
我らが自行化他にわたって唱え、弘めゆく題目の音声こそ、人類に襲いかかる、いかなる苦難も断じて打開していく、生命の究極の勝ち鬨なのです。
御書には、あまりにも明確に、そして、あまりにも厳然と説かれています。
「仏の住む国土でないならば、いずこも皆、苦しみの世界である。仏のいる所を離れて、何が楽しみとなろうか。
願わくは『現世は安穏であり、来世には善い処に生まれる』と仰せの妙法を持つことのみが、この人生の真の栄光であり、来世には成仏の導きとなる。すべからく、心を一つにして、南無妙法蓮華経と我も唱え、人にも勧めることこそが、今生人界の思い出なのである」(467ページ、通解)と。
広宣流布に生き抜く創価家族こそ、自他共の生命に永遠に輝きわたる幸福と栄光の都を勝ち開くことができる。これが御本仏の絶対のお約束です。
一、半世紀前の1968年、「栄光の年」と銘打った、この年、私は21世紀を「生命の世紀」に、と提唱しました。時は巡り、人類の夢見た「平和と生命尊厳の世紀」へ、創価の若き人材が澎湃と躍り出ています。これからが「人間革命」と「立正安国」の栄光の勝ち鬨を轟かせゆく黄金時代です。
創価の父母たちの学会精神、折伏精神を明々と受け継ぎ、いよいよ威風堂々と邁進しようではないか!と申し上げ、私のメッセージといたします。
人は集まる。
仲良きところに
福徳は輝きわたる。
和楽の連帯を広げよう!
千日尼御前御返事 P1316
『我等は穢土に候へども心は霊山に住べし、御面を見てはなにかせん心こそ大切に候へ、いつかいつか釈迦仏のをはします霊山会上にまひりあひ候はん』
☆女性に贈ることば 十一月十五日
自分が決めた使命の道を、人生の最終章まで、悔いなく断固と貴きながら、生き抜き、戦い抜いていくことだ。
そして自分自身が、勝利の満足をすることだ。「誰かのように」ではなく、「私らしく」生きていくのだ。
☆今日のことば365 十一月十五日
決して私は
悲しむまい
決して私は
嘆くまい
私には
宝があるから
☆世界広布新時代第28回本部幹部会への池田先生のメッセージ
◇叫ばん「創価の師弟、万歳」と
◇小説「新・人間革命」第30巻は第5章へ 「勝ち鬨」の章を連載
一、今、私の胸に蘇る戸田先生の師子吼があります。
1953年の春、ここ東京・豊島の天地で、「金曜講義」と呼ばれ親しまれた御書講義を始められる際の宣言であります。
「牧口先生が妙法に身命を奉った、この地で、この会場から、広宣流布の戦いを開始するのだ!」と。
以来、明年で65星霜。先師と恩師の魂魄をとどめる、この師弟の殿堂に、日本全国、そして世界70カ国・地域から地涌の宝友が集い来って、創立87周年を祝賀することができました。両先生の会心の笑顔が浮かびます。
SGIの尊きリーダーの皆さん、本当にようこそ! 本当にありがとう!(大拍手)
一、はじめに、わが全同志の奮闘に満腔の感謝を込めて、発表させていただきたいことがあります。
それは、小説『新・人間革命』の執筆についてです。
現在、第30巻の第4章「暁鐘」の章で、1981年のヨーロッパ、さらに北米訪問の歴史を連載しており、「その先はどうなるのでしょうか?」との問い合わせが多く寄せられています。
今日ここで、引き続き来月から、第5章の連載に入ることを、伝えさせていただきます。
タイトルは「勝ち鬨」です。1981年秋からの関西、四国、九州、そして翌年の雪の東北等々、忘れ得ぬ同志たちとの共戦譜をつづりながら、反転攻勢の勝ち鬨をあげた歴史を残していきますので、どうか楽しみにしてください(大拍手)。
◇使命に生き抜け
一、「勝ち鬨」とは、正義の勝利に轟かせる「鬨」の声です。凱歌の声です。
勝ち鬨といえば、戸田先生のもと、青年部が学んだ大河小説『永遠の都』に、印象深い場面があります。
すなわち信念の革命児ブルーノは、卑劣極まる陰謀にも屈せず、最後の最後まで同志ロッシィを信じ抜いて、叫び切りました。「(わが同志)デイビッド・ロッシィ万歳!」と(新庄哲夫訳、潮出版社)。
同志を裏切らなかったこの声こそ「欺瞞」に打ち勝ち、「誘惑」に打ち勝ち、「嫉妬」に打ち勝ち、なかんずく「自分自身」に打ち勝った勝利の声であった。人間として最も神々しい勝ち鬨であったと示されているのです。
戸田先生が、若き魂に一番、刻みつけたかった急所が、ここにあります。
先生の指導にお応えして、我ら草創の青年部は「いかなる時代になろうとも、かつまた、いかなる戦野に進もうとも、絶対に同志を裏切ることなく、使命を全うせんこと」を固く誓い合いました。青春の不滅の誓願です。
今、うれしいことに、創価の世界市民による麗しき友情の連帯は、地球社会の希望と光っています。『永遠の都』の舞台であるイタリアでも、わがSGIの友が、民族も、宗教も超えて、深く強い心の信頼で結ばれた、平和と文化と教育のネットワークを広げていることは、ご存じの通りです。
経文通りの悪口罵詈も、忘恩背信の邪宗門らの圧迫も、学会は「異体同心の団結」で全て勝ち越えてきた。いな、未来永劫に勝ち抜いていくのです。
牧口・戸田両先生に捧げる思いを込めて、「正義の勝利、万歳!」「創価の師弟、万歳!」「全世界の同志、万歳!」と叫びたいが、どうだろうか!
◇題目の音声
一、日蓮大聖人は、「真実一切衆生・色心の留難を止むる秘術は唯南無妙法蓮華経なり」(御書1170ページ)と仰せになられました。
我らが自行化他にわたって唱え、弘めゆく題目の音声こそ、人類に襲いかかる、いかなる苦難も断じて打開していく、生命の究極の勝ち鬨なのです。
御書には、あまりにも明確に、そして、あまりにも厳然と説かれています。
「仏の住む国土でないならば、いずこも皆、苦しみの世界である。仏のいる所を離れて、何が楽しみとなろうか。
願わくは『現世は安穏であり、来世には善い処に生まれる』と仰せの妙法を持つことのみが、この人生の真の栄光であり、来世には成仏の導きとなる。すべからく、心を一つにして、南無妙法蓮華経と我も唱え、人にも勧めることこそが、今生人界の思い出なのである」(467ページ、通解)と。
広宣流布に生き抜く創価家族こそ、自他共の生命に永遠に輝きわたる幸福と栄光の都を勝ち開くことができる。これが御本仏の絶対のお約束です。
一、半世紀前の1968年、「栄光の年」と銘打った、この年、私は21世紀を「生命の世紀」に、と提唱しました。時は巡り、人類の夢見た「平和と生命尊厳の世紀」へ、創価の若き人材が澎湃と躍り出ています。これからが「人間革命」と「立正安国」の栄光の勝ち鬨を轟かせゆく黄金時代です。
創価の父母たちの学会精神、折伏精神を明々と受け継ぎ、いよいよ威風堂々と邁進しようではないか!と申し上げ、私のメッセージといたします。
2017年11月14日火曜日
2017.11.14 わが友に贈る
わが生命には
宿命を使命に変える
無限の力がある!
この歓喜と確信で
堂々と今日を勝とう!
千日尼御前御返事 P1316
『譬えば天月は四万由旬なれども大地の池には須臾に影浮び雷門の鼓は千万里遠けれども打ちては須臾に聞ゆ、御身は佐渡の国にをはせども心は此の国に来れり』
☆女性に贈ることば 十一月十四日
子どもは大きくなれば、親の手を次第に離れていくものだが、その大事な離陸の時が、小学校低学年の時期です。この時期こそ、お母さんが心して子どもと向きあうべき時です。
☆今日のことば365 十一月十四日
基礎づくりの時は、背広でなく作業服が必要だ。
見栄坊では、完全なるものはできまい。
☆希望航路 池田先生と進む人生旅 タイ2 2017年11月5日
◇友を潤す慈愛の大河たれ
昨年10月、タイのプーミポン国王が88歳で崩御され、国葬が先月25日から29日まで営まれた。
在位70年にあって、プーミポン国王は国民の絶大な尊敬を集め、タイの発展と国民の融和の要となってきた。
池田先生はプーミポン国王を3度、表敬している。その最初の会見は、1988年2月3日。24年ぶりのタイ訪問の折だった。
心から敬愛するプーミポン国王と人生の師匠である池田先生の出会い。それは同志が待ち望んだ瞬間だった。
語らいは1時間に及び、日タイの交流、文化、平和、芸術など多岐にわたった。
先生は国王御撮影の写真展を、日本やアメリカなどで開催することを提案。翌89年、国王御撮影の特別写真展が実現する。
会見の模様は、国営放送のトップニュースで放映された。
タイでは、創価学会の活動に対して誤解や偏見を持つ人もいた。このプーミポン国王との会見によって、学会がタイの発展と平和を願い、そのために貢献する団体であることが正しく認識されていったのである。
スリー・イアムウィリヤポンさん(副婦人部長)は、この会見の直前に池田先生から激励を受けた。
「タイでの行事が全て大成功することをお祈りしています」——スリーさんがそう伝えると、先生は「ありがとう。偉いね」と。諸行事の運営役員として陰で奔走するスリーさんを励ましてくれた。
「タイ中の同志が心を合わせ、訪問の大成功を祈っていました。タイの広宣流布を永遠に盤石たらしめる原点になる。そう確信していました」
当時、スリーさんはタイの女子部長。前年(87年)5月、日本で先生と出会いを結び、「先生をお迎えできるように、タイの女子部は頑張っています!」と決意を伝えていた。
スリーさんは幼少の時から、原因不明の体調不良に悩んできた。どの病院でも、医師の答えは同じだった。
近所の顔見知りから信心を勧められた。教えられるままに題目を唱えると、体の不調が消えた。実証を得て、13歳で入会した。
その後、女子部長に就任したスリーさんはタイ全土を駆け、師と歩む充実の青春を訴えた。88年の先生の訪問時には、5000人が集うまでに発展。見事に拡大の誓いを果たすことができた。
この訪問から明年で30年。タイでは、広宣流布大誓堂完成5周年の明2018年へ向けて、タイ語版の御書発刊に取り組んでいる。
スリーさんは2010年から翻訳グループの責任者を務める。21人の委員が、毎週、英語版と中国語版を参考に、丸1日がかりで翻訳を進める。
「今、立正安国論や観心本尊抄、一生成仏抄の翻訳をチェックしています。大聖人の御精神が後世に伝わるよう、一字一句を慎重に検討しています」
仏教国のタイでは、信心を語る際に日蓮仏法への深い理解が欠かせない。教学の研鑽に重きが置かれ、先生の教学著作も数多くのタイ語版が発刊。今、御書の完成が待望されている。
スリーさんは語る。
「今年5月には"法華経展"が開催され、タイの広宣流布が新たな段階に入ったことを感じます。最高の御書を出版するために、池田先生の近年の御書講義もしっかりと学び、全員が広布に戦い切って臨んでいます」
「やっと、皆さま方が待ちに待ってくださった、わが愛する花と緑の美しき心のタイの国を訪れることができました」——88年2月4日、先生はタイの代表者の集いに出席。
27年前の同国初訪問の思い出を述懐し、あらぬ誤解や中傷に屈することなく、広布の歩みを進めてきた同志に感謝を伝えた。
「さまざまな逆境の激しい嵐も、全て自身の成長への糧として、大いなる信心の『結実』をたくましく目指されている。その強き信心の姿を、日蓮大聖人はいかばかりか賛嘆してくださるに違いない」
「『一生成仏』の信心である。一生の最後の最後まで信心を貫き通してこそ、『成仏』という、人間として最極の『結実』を得ることができる」
滞在中、先生は行事を支えた役員、創価大学からの留学生や卒業生、タイの学生部と記念撮影を行っている。
ピチャイ・ポンサーサオワパークさん(副本部長)は、この出会いを原点に、人生の冬を春に変えてきた。
11人きょうだいの9番目に生まれたピチャイさん。家族を養うため、小学校を卒業すると働きに出た。
79年、知人から折伏を受け、両親と共に入会する。経済革命を果たし、一家が余裕を持って暮らせる家に転居することができた。
その後、ピチャイさんはデザイン関係の会社を設立。順調な経営を続けていたが、2008年、依頼主が行方をくらまし、多額の借金を背負ってしまう。
金策に奔走するが、ピチャイさんは体調を崩し、歩行も困難に。さらに帯状疱疹などを発症してしまう。
「先生はあの時、必ず乗り越えられると断言された。その思いを裏切るわけにはいかない」——ピチャイさんは、"かつてない悩みは、かつてない祈りで解決してみせる"と決めた。別の事業を立ち上げ、2年がかりで借金を返済。体調も元に戻すことができた。
画廊のリノベーションをきっかけに、ピチャイさんは、幼い頃に抱いていた絵の道を志す。難関の大学院に合格し、仕事を続けながら美術を専攻。講師よりも年上だったが、同期の中で一番早く卒業することができた。
これまで450の作品を手掛け、国内外で賞に輝いている。
「一番の教えを信じれば、その人も一番になる。まさに大聖人が示された通りでした。冬の厳しさや苦しみを知るからこそ、絵に込められる思いがあります」とピチャイさん。
「感謝を忘れず、勇気の信心を続けていきたい」と絵筆を握る。
88年の滞在で、池田先生はタイ到着とともに「微笑の国 豊饒の大地」と題する長編詩の制作に取り掛かり、同志に贈っている。
おお 愛する 愛するタイの友よ
チャオプラヤーはいま
燦たる旭日を浴び
金の帯となって
黄金の稲穂実る沃野を流れゆく
あなたたちもまた
平和と文化と友誼の
母なるチャオプラヤーとなって
友を 社会を潤してくれ給え
師の期待を力に、友は自らの人間革命の挑戦で、広布の滔々たる流れを広げていく。
宿命を使命に変える
無限の力がある!
この歓喜と確信で
堂々と今日を勝とう!
千日尼御前御返事 P1316
『譬えば天月は四万由旬なれども大地の池には須臾に影浮び雷門の鼓は千万里遠けれども打ちては須臾に聞ゆ、御身は佐渡の国にをはせども心は此の国に来れり』
☆女性に贈ることば 十一月十四日
子どもは大きくなれば、親の手を次第に離れていくものだが、その大事な離陸の時が、小学校低学年の時期です。この時期こそ、お母さんが心して子どもと向きあうべき時です。
☆今日のことば365 十一月十四日
基礎づくりの時は、背広でなく作業服が必要だ。
見栄坊では、完全なるものはできまい。
☆希望航路 池田先生と進む人生旅 タイ2 2017年11月5日
◇友を潤す慈愛の大河たれ
昨年10月、タイのプーミポン国王が88歳で崩御され、国葬が先月25日から29日まで営まれた。
在位70年にあって、プーミポン国王は国民の絶大な尊敬を集め、タイの発展と国民の融和の要となってきた。
池田先生はプーミポン国王を3度、表敬している。その最初の会見は、1988年2月3日。24年ぶりのタイ訪問の折だった。
心から敬愛するプーミポン国王と人生の師匠である池田先生の出会い。それは同志が待ち望んだ瞬間だった。
語らいは1時間に及び、日タイの交流、文化、平和、芸術など多岐にわたった。
先生は国王御撮影の写真展を、日本やアメリカなどで開催することを提案。翌89年、国王御撮影の特別写真展が実現する。
会見の模様は、国営放送のトップニュースで放映された。
タイでは、創価学会の活動に対して誤解や偏見を持つ人もいた。このプーミポン国王との会見によって、学会がタイの発展と平和を願い、そのために貢献する団体であることが正しく認識されていったのである。
スリー・イアムウィリヤポンさん(副婦人部長)は、この会見の直前に池田先生から激励を受けた。
「タイでの行事が全て大成功することをお祈りしています」——スリーさんがそう伝えると、先生は「ありがとう。偉いね」と。諸行事の運営役員として陰で奔走するスリーさんを励ましてくれた。
「タイ中の同志が心を合わせ、訪問の大成功を祈っていました。タイの広宣流布を永遠に盤石たらしめる原点になる。そう確信していました」
当時、スリーさんはタイの女子部長。前年(87年)5月、日本で先生と出会いを結び、「先生をお迎えできるように、タイの女子部は頑張っています!」と決意を伝えていた。
スリーさんは幼少の時から、原因不明の体調不良に悩んできた。どの病院でも、医師の答えは同じだった。
近所の顔見知りから信心を勧められた。教えられるままに題目を唱えると、体の不調が消えた。実証を得て、13歳で入会した。
その後、女子部長に就任したスリーさんはタイ全土を駆け、師と歩む充実の青春を訴えた。88年の先生の訪問時には、5000人が集うまでに発展。見事に拡大の誓いを果たすことができた。
この訪問から明年で30年。タイでは、広宣流布大誓堂完成5周年の明2018年へ向けて、タイ語版の御書発刊に取り組んでいる。
スリーさんは2010年から翻訳グループの責任者を務める。21人の委員が、毎週、英語版と中国語版を参考に、丸1日がかりで翻訳を進める。
「今、立正安国論や観心本尊抄、一生成仏抄の翻訳をチェックしています。大聖人の御精神が後世に伝わるよう、一字一句を慎重に検討しています」
仏教国のタイでは、信心を語る際に日蓮仏法への深い理解が欠かせない。教学の研鑽に重きが置かれ、先生の教学著作も数多くのタイ語版が発刊。今、御書の完成が待望されている。
スリーさんは語る。
「今年5月には"法華経展"が開催され、タイの広宣流布が新たな段階に入ったことを感じます。最高の御書を出版するために、池田先生の近年の御書講義もしっかりと学び、全員が広布に戦い切って臨んでいます」
「やっと、皆さま方が待ちに待ってくださった、わが愛する花と緑の美しき心のタイの国を訪れることができました」——88年2月4日、先生はタイの代表者の集いに出席。
27年前の同国初訪問の思い出を述懐し、あらぬ誤解や中傷に屈することなく、広布の歩みを進めてきた同志に感謝を伝えた。
「さまざまな逆境の激しい嵐も、全て自身の成長への糧として、大いなる信心の『結実』をたくましく目指されている。その強き信心の姿を、日蓮大聖人はいかばかりか賛嘆してくださるに違いない」
「『一生成仏』の信心である。一生の最後の最後まで信心を貫き通してこそ、『成仏』という、人間として最極の『結実』を得ることができる」
滞在中、先生は行事を支えた役員、創価大学からの留学生や卒業生、タイの学生部と記念撮影を行っている。
ピチャイ・ポンサーサオワパークさん(副本部長)は、この出会いを原点に、人生の冬を春に変えてきた。
11人きょうだいの9番目に生まれたピチャイさん。家族を養うため、小学校を卒業すると働きに出た。
79年、知人から折伏を受け、両親と共に入会する。経済革命を果たし、一家が余裕を持って暮らせる家に転居することができた。
その後、ピチャイさんはデザイン関係の会社を設立。順調な経営を続けていたが、2008年、依頼主が行方をくらまし、多額の借金を背負ってしまう。
金策に奔走するが、ピチャイさんは体調を崩し、歩行も困難に。さらに帯状疱疹などを発症してしまう。
「先生はあの時、必ず乗り越えられると断言された。その思いを裏切るわけにはいかない」——ピチャイさんは、"かつてない悩みは、かつてない祈りで解決してみせる"と決めた。別の事業を立ち上げ、2年がかりで借金を返済。体調も元に戻すことができた。
画廊のリノベーションをきっかけに、ピチャイさんは、幼い頃に抱いていた絵の道を志す。難関の大学院に合格し、仕事を続けながら美術を専攻。講師よりも年上だったが、同期の中で一番早く卒業することができた。
これまで450の作品を手掛け、国内外で賞に輝いている。
「一番の教えを信じれば、その人も一番になる。まさに大聖人が示された通りでした。冬の厳しさや苦しみを知るからこそ、絵に込められる思いがあります」とピチャイさん。
「感謝を忘れず、勇気の信心を続けていきたい」と絵筆を握る。
88年の滞在で、池田先生はタイ到着とともに「微笑の国 豊饒の大地」と題する長編詩の制作に取り掛かり、同志に贈っている。
おお 愛する 愛するタイの友よ
チャオプラヤーはいま
燦たる旭日を浴び
金の帯となって
黄金の稲穂実る沃野を流れゆく
あなたたちもまた
平和と文化と友誼の
母なるチャオプラヤーとなって
友を 社会を潤してくれ給え
師の期待を力に、友は自らの人間革命の挑戦で、広布の滔々たる流れを広げていく。
2017年11月13日月曜日
2017.11.13 わが友に贈る
新聞休刊日
曾谷入道殿許御書 P1033
『此等の大菩薩末法の衆生を利益したもうこと猶魚の水に練れ鳥の天に自在なるが如し、濁悪の衆生此の大士に遇つて仏種を殖うること例せば水精の月に向つて水を生じ孔雀の雷の声を聞いて懐妊するが如し』
☆女性に贈ることば 十一月十三日
今、自分たちは何をすべきか、その目的を忘れての恋愛は邪道である。互いに目的を達成していこうと励ましあっていくことが大切である。
☆今日のことば365 十一月十三日
人は、自分に都合の悪い部分は、つとめて無視したいものだ。真理をわざわざ見過ごそうとするところに、誤りの共通点がある。
☆希望航路 池田先生と進む人生旅 タイ1 2017年11月2日
◇アジアの灯台 使命の天地
池田先生がタイへの第一歩を刻んだのは、1961年2月。以来、6度にわたって同国を訪れ、同志を励まし続けてきた。師弟の絆に貫かれたタイ広布の歩みを紹介する。
55年前、アジア初の支部として「バンコク支部」が結成された。
第3代会長に就任した池田先生は、1961年2月にタイを初めて訪れた。翌62年2月11日にタイを再訪し、座談会を開催。そこでバンコク支部結成を発表したのである。
この日は恩師・戸田城聖先生の誕生日。前年にタイを訪れていた日も同じ2月11日であり、池田先生は師に思いをはせつつ、タイの地涌の使命を訴えた。
「戸田先生は『雲の井に月こそ見んと願いてし アジアの民に日をぞ送らん』との和歌を詠まれましたが、タイは、そのアジアに幸の光を送る一大拠点であり、アジアの灯台となる使命の天地であります。また絶対にそうなっていただきたい」
前年の初訪問の時、タイの同志はわずかに日本人2人。この62年の再訪では、15人ほどのメンバーが空港で先生を出迎えた。
その一人がラッタナー・チッウィブーンさん(副総合婦人部長)。
「両親、弟、5人の妹と一緒に、先生をお迎えしました。一人一人をねぎらい、握手をしてくださいました」
台湾からタイにやって来たラッタナーさん一家は、知人に勧められて入会したばかり。
父は肺病を患って失業。母の内職だけでは生計が立たず、ラッタナーさんは学業を断念して働きに出た。
日系企業でタイピストとして勤務。「信心は一人前、仕事は三人前」の指導に奮い立つ中で、秘書に抜てきされた。父も病に打ち勝ち、6年ぶりに職を得ることができた。
その後、タイ女子部長に就任したラッタナーさんは、65年8月に来日。部旗授与式で、池田先生から直接、温かな激励を受けた。
「最初はメンバーのほとんどが(広東省の)潮州や台湾出身で、中国語が中心でした。共産主義者の集まりと誤解されたこともあります。やがてタイ語や英語ができる友が加わり、弘教が広がっていきました」
当時、タイはなかなか政情が安定せず、クーデターが頻発していた。戒厳令が敷かれ、5人以上で集まることが禁じられた。そうした制約の中での活動だったが、友は少しも臆することはなかった。信心即生活の実証が、仏法の偉大さを雄弁に物語っていたからだ。
初のアジア歴訪で、池田先生は同行幹部に広布の展望を語った。
その模様が小説『新・人間革命』第3巻の「平和の光」の章に描かれている。
先生は、東南アジア総支部長となる日本の幹部に問い掛けた。
「30年後には、それぞれの国の広宣流布を、どこまで進めようと思っているのかい」
答えに窮する幹部に先生は続けた。
「(私は)タイやインドにも、今の学会本部以上の会館が建つぐらいにしたいと考えている。そうでなければ、戸田先生が念願された東洋広布など、永遠にできません。時は来ているんです」
そう語り、先生はアジア広布の青写真を練り上げていく。日本からの派遣幹部の体制も整備されていった。
国民のほとんどが上座部仏教を信仰するタイにあって、派遣幹部は、日蓮大聖人の教えが釈尊の仏法の精髄であることを教え、膝詰めで研さんを重ねた。66年には初の教学試験も開催されている。
また研さんの指針として、機関誌の発刊も決定。ラッタナーさんらが作成に携わった。
「皆で支部長の家に集まり、大きい紙を折って作りました。最初の30冊が完成した時には、インクで手が真っ黒。会合が思うようにできない中、機関誌で同志の心を結べればと一生懸命でした」
これが今に続く月刊誌「サーン・クンカー(価値創造)」の淵源となっている。
バンコク在住のラッタナーさんは、機関誌の編集作業に奮闘する傍ら、週末は北部の同志のもとに通った。
金曜の夜行バスで出発し、日曜夜に帰宅。国境沿いの地域で内戦に苦しむ同志や、村で流行したエイズと闘う友に寄り添った。御本尊をひたぶるに信じ、宿命転換を成し遂げる姿を数え切れないほど目にしてきた。
ラッタナーさん自身も宿命の嵐に見舞われた。悩みに押しつぶされそうな時、同じ問題で悩む同志に出会う。
「絶対に解決できます!」——ラッタナーさんは自分に言い聞かせるように、信心の確信を語った。見事に苦境を打開し、その同志と共に問題を乗り越えることができた。
池田先生はラッタナーさんと再会した折、こう詠み贈っている。
偉大なる
使命を帯びて
タイ国に
佛子と生きゆく
幸の王女よ
先生の和歌を心の宝に、ラッタナーさんは師弟の絆の偉大さを伝え続けている。
3度目の訪問となった64年10月2日、池田先生は、バンコクの支部長・支部婦人部長に就いた潘鏗鏘・和子さん夫妻(ともに故人)らと語らった。
日本語ができる和子さんが、タイの状況をつぶさに報告した。
学会への誤解から活動が警戒されていること、組織を協会にする申請を出したが却下されたこと……。
先生は、当時、誤解によって、学会活動が制限されている国が他にもあることに触れ、「信心は一歩も引いてはいけません」。個人の信仰は自由であり、学会は人々の幸福のために奉仕する団体であることを確認した。
「潘さんご夫妻も、堂々と、このタイにあって、学会の真実と正義を訴え抜いてください。社会は動いています。時代は変わります。いや、みんなで変えていくんです」と強気の実践を促している。
和子さんは東京・目黒区生まれ。17歳の時、自分を育ててくれた父母が、実の両親でないことを知る。本当の親を捜したが、見つけることはできなかった。
終戦後、タイに渡り、料理人の鏗鏘さんと結婚。鏗鏘さんは同僚から折伏を受け、61年に信心を始めていた。その後、ラッタナーさん一家を入会に導いている。
夫妻は経済苦と家庭不和に苦しんだが、全てを信心で受け止め、前進の糧としてきた。その背中を見て育った4男2女が広布のリーダーとして活躍する。
娘のスリーポーン・アサカワさん(支部副婦人部長)は、女子部本部長などを歴任。舞踊グループ責任者として、多くの後継者を育てた。
「"池田先生がいらっしゃらなかったら、タイの人は南無妙法蓮華経を知らなかった""先生にお応えしたい。広宣流布しかない"が両親の口癖でした」
"先生一筋"に生きる両親の姿を胸に、スリーポーンさんは師への感謝を語ってきた。
"タイの全てのメンバーが、先生と信心の原点を築けるように"——潘夫妻の決意は、いかなる苦難をも越えゆく不動の信念となって友の心に伝わった。
三世まで
常楽わするな
師弟かな
タイ広布の礎を築いた潘夫妻をたたえ、池田先生がしたためた揮毫である。
そして、師を求める心が全土に躍動した88年2月、24年ぶりとなる先生のタイ訪問が実現することになる。
曾谷入道殿許御書 P1033
『此等の大菩薩末法の衆生を利益したもうこと猶魚の水に練れ鳥の天に自在なるが如し、濁悪の衆生此の大士に遇つて仏種を殖うること例せば水精の月に向つて水を生じ孔雀の雷の声を聞いて懐妊するが如し』
☆女性に贈ることば 十一月十三日
今、自分たちは何をすべきか、その目的を忘れての恋愛は邪道である。互いに目的を達成していこうと励ましあっていくことが大切である。
☆今日のことば365 十一月十三日
人は、自分に都合の悪い部分は、つとめて無視したいものだ。真理をわざわざ見過ごそうとするところに、誤りの共通点がある。
☆希望航路 池田先生と進む人生旅 タイ1 2017年11月2日
◇アジアの灯台 使命の天地
池田先生がタイへの第一歩を刻んだのは、1961年2月。以来、6度にわたって同国を訪れ、同志を励まし続けてきた。師弟の絆に貫かれたタイ広布の歩みを紹介する。
55年前、アジア初の支部として「バンコク支部」が結成された。
第3代会長に就任した池田先生は、1961年2月にタイを初めて訪れた。翌62年2月11日にタイを再訪し、座談会を開催。そこでバンコク支部結成を発表したのである。
この日は恩師・戸田城聖先生の誕生日。前年にタイを訪れていた日も同じ2月11日であり、池田先生は師に思いをはせつつ、タイの地涌の使命を訴えた。
「戸田先生は『雲の井に月こそ見んと願いてし アジアの民に日をぞ送らん』との和歌を詠まれましたが、タイは、そのアジアに幸の光を送る一大拠点であり、アジアの灯台となる使命の天地であります。また絶対にそうなっていただきたい」
前年の初訪問の時、タイの同志はわずかに日本人2人。この62年の再訪では、15人ほどのメンバーが空港で先生を出迎えた。
その一人がラッタナー・チッウィブーンさん(副総合婦人部長)。
「両親、弟、5人の妹と一緒に、先生をお迎えしました。一人一人をねぎらい、握手をしてくださいました」
台湾からタイにやって来たラッタナーさん一家は、知人に勧められて入会したばかり。
父は肺病を患って失業。母の内職だけでは生計が立たず、ラッタナーさんは学業を断念して働きに出た。
日系企業でタイピストとして勤務。「信心は一人前、仕事は三人前」の指導に奮い立つ中で、秘書に抜てきされた。父も病に打ち勝ち、6年ぶりに職を得ることができた。
その後、タイ女子部長に就任したラッタナーさんは、65年8月に来日。部旗授与式で、池田先生から直接、温かな激励を受けた。
「最初はメンバーのほとんどが(広東省の)潮州や台湾出身で、中国語が中心でした。共産主義者の集まりと誤解されたこともあります。やがてタイ語や英語ができる友が加わり、弘教が広がっていきました」
当時、タイはなかなか政情が安定せず、クーデターが頻発していた。戒厳令が敷かれ、5人以上で集まることが禁じられた。そうした制約の中での活動だったが、友は少しも臆することはなかった。信心即生活の実証が、仏法の偉大さを雄弁に物語っていたからだ。
初のアジア歴訪で、池田先生は同行幹部に広布の展望を語った。
その模様が小説『新・人間革命』第3巻の「平和の光」の章に描かれている。
先生は、東南アジア総支部長となる日本の幹部に問い掛けた。
「30年後には、それぞれの国の広宣流布を、どこまで進めようと思っているのかい」
答えに窮する幹部に先生は続けた。
「(私は)タイやインドにも、今の学会本部以上の会館が建つぐらいにしたいと考えている。そうでなければ、戸田先生が念願された東洋広布など、永遠にできません。時は来ているんです」
そう語り、先生はアジア広布の青写真を練り上げていく。日本からの派遣幹部の体制も整備されていった。
国民のほとんどが上座部仏教を信仰するタイにあって、派遣幹部は、日蓮大聖人の教えが釈尊の仏法の精髄であることを教え、膝詰めで研さんを重ねた。66年には初の教学試験も開催されている。
また研さんの指針として、機関誌の発刊も決定。ラッタナーさんらが作成に携わった。
「皆で支部長の家に集まり、大きい紙を折って作りました。最初の30冊が完成した時には、インクで手が真っ黒。会合が思うようにできない中、機関誌で同志の心を結べればと一生懸命でした」
これが今に続く月刊誌「サーン・クンカー(価値創造)」の淵源となっている。
バンコク在住のラッタナーさんは、機関誌の編集作業に奮闘する傍ら、週末は北部の同志のもとに通った。
金曜の夜行バスで出発し、日曜夜に帰宅。国境沿いの地域で内戦に苦しむ同志や、村で流行したエイズと闘う友に寄り添った。御本尊をひたぶるに信じ、宿命転換を成し遂げる姿を数え切れないほど目にしてきた。
ラッタナーさん自身も宿命の嵐に見舞われた。悩みに押しつぶされそうな時、同じ問題で悩む同志に出会う。
「絶対に解決できます!」——ラッタナーさんは自分に言い聞かせるように、信心の確信を語った。見事に苦境を打開し、その同志と共に問題を乗り越えることができた。
池田先生はラッタナーさんと再会した折、こう詠み贈っている。
偉大なる
使命を帯びて
タイ国に
佛子と生きゆく
幸の王女よ
先生の和歌を心の宝に、ラッタナーさんは師弟の絆の偉大さを伝え続けている。
3度目の訪問となった64年10月2日、池田先生は、バンコクの支部長・支部婦人部長に就いた潘鏗鏘・和子さん夫妻(ともに故人)らと語らった。
日本語ができる和子さんが、タイの状況をつぶさに報告した。
学会への誤解から活動が警戒されていること、組織を協会にする申請を出したが却下されたこと……。
先生は、当時、誤解によって、学会活動が制限されている国が他にもあることに触れ、「信心は一歩も引いてはいけません」。個人の信仰は自由であり、学会は人々の幸福のために奉仕する団体であることを確認した。
「潘さんご夫妻も、堂々と、このタイにあって、学会の真実と正義を訴え抜いてください。社会は動いています。時代は変わります。いや、みんなで変えていくんです」と強気の実践を促している。
和子さんは東京・目黒区生まれ。17歳の時、自分を育ててくれた父母が、実の両親でないことを知る。本当の親を捜したが、見つけることはできなかった。
終戦後、タイに渡り、料理人の鏗鏘さんと結婚。鏗鏘さんは同僚から折伏を受け、61年に信心を始めていた。その後、ラッタナーさん一家を入会に導いている。
夫妻は経済苦と家庭不和に苦しんだが、全てを信心で受け止め、前進の糧としてきた。その背中を見て育った4男2女が広布のリーダーとして活躍する。
娘のスリーポーン・アサカワさん(支部副婦人部長)は、女子部本部長などを歴任。舞踊グループ責任者として、多くの後継者を育てた。
「"池田先生がいらっしゃらなかったら、タイの人は南無妙法蓮華経を知らなかった""先生にお応えしたい。広宣流布しかない"が両親の口癖でした」
"先生一筋"に生きる両親の姿を胸に、スリーポーンさんは師への感謝を語ってきた。
"タイの全てのメンバーが、先生と信心の原点を築けるように"——潘夫妻の決意は、いかなる苦難をも越えゆく不動の信念となって友の心に伝わった。
三世まで
常楽わするな
師弟かな
タイ広布の礎を築いた潘夫妻をたたえ、池田先生がしたためた揮毫である。
そして、師を求める心が全土に躍動した88年2月、24年ぶりとなる先生のタイ訪問が実現することになる。
2017年11月12日日曜日
2017.11.12 わが友に贈る
◇今週のことば
「法華の題目は
獅子の吼ゆるが如く」
たゆまぬ勤行・唱題で
大生命力を出せ!
栄光は基本の持続から。
2017年11月12日
千日尼御前御返事 P1311
『但法華経計りこそ女人成仏悲母の恩を報ずる実の報恩経にて候へと見候いしかば悲母の恩を報ぜんために此の経の題目を一切の女人に唱えさせんと願す』
☆女性に贈ることば 十一月十二日
欲しいものが、すぐ手に入るのが幸福ではない。悩みがないのが幸福なのではない。甘やかされては、卑しく、心の貧しい、わがままな人間になってしまう。
たとえ今は苦しくとも、希望を見つめ、苦労の坂を一歩一歩、上っていく。少しずつ、自分の力で自分の夢を実現していく。その人こそ、本当の深い喜びを知る人である。また、ここに、人間としての美しい人生がある。
☆今日のことば365 十一月十二日
長所は常にその裏に短所をはらんでいる。いかなる良薬であっても用い方ひとつで毒にもなる。問題は、せっかくの特質をどのようにして長所として生かしていくかである。そこに優れた英知の必要性があるわけだ。
☆明日を求めて 池田先生の対話録�第45回 リサール協会元会長 キアンバオ氏 2017年11月3日
◇「歩んだ道に悔いはない」この英雄の生き方を未来へ
「先生、お久しぶりです!」
目を輝かせたキアンバオ氏が、うれしそうに池田先生のもとへ。2008年10月11日、創価大学で行われた、先生への市立マニラ大学「名誉人文学博士号」の授与式に、氏が出席した折のこと。
先生は遠来の労に感謝し、「いつまでも健康で、長生きで! 私は貴殿を『英雄』とたたえます!」。
2年ぶりの再会。フィリピンと日本で、会見は10度を超えていた。そのたびに、フィリピンの国民的英雄リサールの生涯などを巡り、語らいは尽きなかった。
氏は先生を、敬愛の念を込めて「センセイ」と呼ぶ。
「池田先生は、リサールだけでなく、世界のあらゆることについて豊富な知識をお持ちです。私は先生の"弟子"と思っています」
先生もまた、氏のことを「私たちの永遠の兄弟です。永遠の同志です」と。
初会見は1996年11月8日。リサールの没後100年の年であった。氏は、自らが会長を務める「リサール協会」の最高栄誉である「リサール大十字勲章」を、先生に贈るために来日した。
東京牧口記念会館に氏を迎えた先生は、リサールにささげる自作の長編詩「暁の光を のぞみて」を手渡した。
そして会見を終えると、先生は氏が乗り込む車のドアを自ら開けて、丁重に見送った。
当時のことを、氏は「たくさんの指導者にお会いしましたが、ここまでする指導者はいませんでした」と、感慨深く回想した。
◇
ホセ・リサール。フィリピンでその名を知らない人はいない。
作家や詩人としてのみならず、哲学者、教育者、医学者、農学者等としても活躍し、20以上の言語に通じた。
300年以上続いていたフィリピンの植民地状態に、彼は「ペンの力」で立ち向かった。
「私は民衆を深い眠りから目覚めさせたい」(『暁よ紅に』)
「知恵と心を表現する一番効果的な手段はペンである」(同)
この熱烈な信念で、長編小説『ノリ・メ・タンヘレ(我に触れるな)』『エル・フィリブステリスモ(反逆・暴力・革命)』等を著し、忍従を強いられた祖国の姿を克明に描いていく。
政府当局は彼を危険視し、"反乱を扇動する者"として逮捕、流刑にした。そして1896年、彼を革命の「首謀者」と決め付け、35歳の若さで死刑に処した。
銃弾は、リサールの命を奪ったが、その精神を消し去ることはできなかった。彼の死は、正義を求める民衆の感情を沸き立たせた。フィリピンが独立を宣言したのは、その2年後であった。
民衆愛を貫いた"独立の父"の魂は、今なお人々の胸の内に生きている。
フィリピンには、彼の名を冠する団体が多くある。中でも大きな影響力を持つのが、1911年に設立されたリサール協会である。
リサールの行動と理念を、世界に伝えることを使命とするリサール協会。96年から4年間、同協会会長を務めたキアンバオ氏は、学生時代にリサールの本を読み、その人生を本格的に学び始めた。
リサールの精神を体現する人物を宣揚することが、彼の心を現代によみがえらせることになる——氏が先生との友情を大切にし、同協会からの栄誉をもってたたえ続けてきた理由も、そこにあるといえよう。
2度目の出会いは、98年2月8日だった。殉難の地にあるマニラのリサール公園を訪れた先生を、氏が迎えた。
同公園には、「ホセ・リサールの像」がある。軍楽隊の演奏が響く中、氏に導かれて、先生はゆっくりと歩み、像に献花した。
この訪問の折、リサール協会の「リサール国際平和賞」の授賞式がフィリピン国際会議場で行われ、第1号となる同賞が、ラモス大統領から先生に贈られた。
キアンバオ氏は述べた。
「(池田先生は)文化と教育の力で、人々を結び、平和を築こうと行動されている——これは、フィリピンの国家英雄リサール博士の行動と完全に一致します」
真心に深く感謝しつつ、先生はこう語った。「世界に、『戦争の英雄』の像は多い。しかし、『平和の英雄』『人道の英雄』を顕彰する像は、あまりにも少ない。だからこそ私は、リサール博士の精神を、全世界に広め、新世紀へ受け継いでいくことが、『平和』と『人道』の拡大につながると確信するのであります」
◇
この言葉通りに、先生は折に触れ、リサールの生涯や言葉を通して、全世界の友を励ましてきた。
そして二人の友情は、初会見から20年以上が経った今も、年を重ねるごとに輝きを増す。
"未来に平和の「種」をまきましょう"——そう約し合った二人にとっての喜びは、海を超えて育まれる青年同士の絆であろう。
創大では現在、国立フィリピン大学をはじめ、フィリピンの8大学と教育交流を進めている。
氏も毎年のように、先生の誕生日である1月2日には、近隣の子どもたちや創大からの留学生らを自宅に招き、"友情の集い"を行うなど、未来を担う若人の成長を見守り続ける。
民衆の幸福のために生き抜いたリサール——殉難を覚悟していた頃、彼はこうつづり残した。
「私は、自分の歩んできた道を後悔していない。もし、いままた一から始めたとしても、私は同じことをするだろう。なぜならば、それが私の使命だからである」
二人が深く願うのも、こうした平和と正義の精神を継ぎ、自らの使命の舞台に羽ばたく人材が、陸続と躍り出ることである。
ロヘリオ・キアンバオ 1940年、フィリピン・マニラ生まれ。イースト大学法学部修士課程修了。ケソン市やマニラでバランガイ(日本の「村」にあたる最小の行政単位)代表会議議長を歴任。バランガイを代表して国会議員も務めた。96年から4年間、ホセ・リサールの精神を継承し、宣揚する「リサール協会」の会長を務め、現在も国内外で活動している。同協会からは池田先生に「リサール大十字勲章」「国際平和賞」「国際青年平和賞」等が贈られている。
「法華の題目は
獅子の吼ゆるが如く」
たゆまぬ勤行・唱題で
大生命力を出せ!
栄光は基本の持続から。
2017年11月12日
千日尼御前御返事 P1311
『但法華経計りこそ女人成仏悲母の恩を報ずる実の報恩経にて候へと見候いしかば悲母の恩を報ぜんために此の経の題目を一切の女人に唱えさせんと願す』
☆女性に贈ることば 十一月十二日
欲しいものが、すぐ手に入るのが幸福ではない。悩みがないのが幸福なのではない。甘やかされては、卑しく、心の貧しい、わがままな人間になってしまう。
たとえ今は苦しくとも、希望を見つめ、苦労の坂を一歩一歩、上っていく。少しずつ、自分の力で自分の夢を実現していく。その人こそ、本当の深い喜びを知る人である。また、ここに、人間としての美しい人生がある。
☆今日のことば365 十一月十二日
長所は常にその裏に短所をはらんでいる。いかなる良薬であっても用い方ひとつで毒にもなる。問題は、せっかくの特質をどのようにして長所として生かしていくかである。そこに優れた英知の必要性があるわけだ。
☆明日を求めて 池田先生の対話録�第45回 リサール協会元会長 キアンバオ氏 2017年11月3日
◇「歩んだ道に悔いはない」この英雄の生き方を未来へ
「先生、お久しぶりです!」
目を輝かせたキアンバオ氏が、うれしそうに池田先生のもとへ。2008年10月11日、創価大学で行われた、先生への市立マニラ大学「名誉人文学博士号」の授与式に、氏が出席した折のこと。
先生は遠来の労に感謝し、「いつまでも健康で、長生きで! 私は貴殿を『英雄』とたたえます!」。
2年ぶりの再会。フィリピンと日本で、会見は10度を超えていた。そのたびに、フィリピンの国民的英雄リサールの生涯などを巡り、語らいは尽きなかった。
氏は先生を、敬愛の念を込めて「センセイ」と呼ぶ。
「池田先生は、リサールだけでなく、世界のあらゆることについて豊富な知識をお持ちです。私は先生の"弟子"と思っています」
先生もまた、氏のことを「私たちの永遠の兄弟です。永遠の同志です」と。
初会見は1996年11月8日。リサールの没後100年の年であった。氏は、自らが会長を務める「リサール協会」の最高栄誉である「リサール大十字勲章」を、先生に贈るために来日した。
東京牧口記念会館に氏を迎えた先生は、リサールにささげる自作の長編詩「暁の光を のぞみて」を手渡した。
そして会見を終えると、先生は氏が乗り込む車のドアを自ら開けて、丁重に見送った。
当時のことを、氏は「たくさんの指導者にお会いしましたが、ここまでする指導者はいませんでした」と、感慨深く回想した。
◇
ホセ・リサール。フィリピンでその名を知らない人はいない。
作家や詩人としてのみならず、哲学者、教育者、医学者、農学者等としても活躍し、20以上の言語に通じた。
300年以上続いていたフィリピンの植民地状態に、彼は「ペンの力」で立ち向かった。
「私は民衆を深い眠りから目覚めさせたい」(『暁よ紅に』)
「知恵と心を表現する一番効果的な手段はペンである」(同)
この熱烈な信念で、長編小説『ノリ・メ・タンヘレ(我に触れるな)』『エル・フィリブステリスモ(反逆・暴力・革命)』等を著し、忍従を強いられた祖国の姿を克明に描いていく。
政府当局は彼を危険視し、"反乱を扇動する者"として逮捕、流刑にした。そして1896年、彼を革命の「首謀者」と決め付け、35歳の若さで死刑に処した。
銃弾は、リサールの命を奪ったが、その精神を消し去ることはできなかった。彼の死は、正義を求める民衆の感情を沸き立たせた。フィリピンが独立を宣言したのは、その2年後であった。
民衆愛を貫いた"独立の父"の魂は、今なお人々の胸の内に生きている。
フィリピンには、彼の名を冠する団体が多くある。中でも大きな影響力を持つのが、1911年に設立されたリサール協会である。
リサールの行動と理念を、世界に伝えることを使命とするリサール協会。96年から4年間、同協会会長を務めたキアンバオ氏は、学生時代にリサールの本を読み、その人生を本格的に学び始めた。
リサールの精神を体現する人物を宣揚することが、彼の心を現代によみがえらせることになる——氏が先生との友情を大切にし、同協会からの栄誉をもってたたえ続けてきた理由も、そこにあるといえよう。
2度目の出会いは、98年2月8日だった。殉難の地にあるマニラのリサール公園を訪れた先生を、氏が迎えた。
同公園には、「ホセ・リサールの像」がある。軍楽隊の演奏が響く中、氏に導かれて、先生はゆっくりと歩み、像に献花した。
この訪問の折、リサール協会の「リサール国際平和賞」の授賞式がフィリピン国際会議場で行われ、第1号となる同賞が、ラモス大統領から先生に贈られた。
キアンバオ氏は述べた。
「(池田先生は)文化と教育の力で、人々を結び、平和を築こうと行動されている——これは、フィリピンの国家英雄リサール博士の行動と完全に一致します」
真心に深く感謝しつつ、先生はこう語った。「世界に、『戦争の英雄』の像は多い。しかし、『平和の英雄』『人道の英雄』を顕彰する像は、あまりにも少ない。だからこそ私は、リサール博士の精神を、全世界に広め、新世紀へ受け継いでいくことが、『平和』と『人道』の拡大につながると確信するのであります」
◇
この言葉通りに、先生は折に触れ、リサールの生涯や言葉を通して、全世界の友を励ましてきた。
そして二人の友情は、初会見から20年以上が経った今も、年を重ねるごとに輝きを増す。
"未来に平和の「種」をまきましょう"——そう約し合った二人にとっての喜びは、海を超えて育まれる青年同士の絆であろう。
創大では現在、国立フィリピン大学をはじめ、フィリピンの8大学と教育交流を進めている。
氏も毎年のように、先生の誕生日である1月2日には、近隣の子どもたちや創大からの留学生らを自宅に招き、"友情の集い"を行うなど、未来を担う若人の成長を見守り続ける。
民衆の幸福のために生き抜いたリサール——殉難を覚悟していた頃、彼はこうつづり残した。
「私は、自分の歩んできた道を後悔していない。もし、いままた一から始めたとしても、私は同じことをするだろう。なぜならば、それが私の使命だからである」
二人が深く願うのも、こうした平和と正義の精神を継ぎ、自らの使命の舞台に羽ばたく人材が、陸続と躍り出ることである。
ロヘリオ・キアンバオ 1940年、フィリピン・マニラ生まれ。イースト大学法学部修士課程修了。ケソン市やマニラでバランガイ(日本の「村」にあたる最小の行政単位)代表会議議長を歴任。バランガイを代表して国会議員も務めた。96年から4年間、ホセ・リサールの精神を継承し、宣揚する「リサール協会」の会長を務め、現在も国内外で活動している。同協会からは池田先生に「リサール大十字勲章」「国際平和賞」「国際青年平和賞」等が贈られている。
2017年11月11日土曜日
2017.11.11 わが友に贈る
弘教に挑む若き友を
皆で応援しよう!
広宣流布の未来は
「人材」で決まる。
青年こそ創価の宝だ!
御義口伝巻下 P762
『功徳とは六根清浄の果報なり、所詮今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は六根清浄なり、されば妙法蓮華経の法の師と成つて大なる徳有るなり、功は幸と云う事なり又は悪を滅するを功と云い善を生ずるを徳と云うなり、功徳とは即身成仏なり又六根清浄なり』
☆女性に贈ることば 十一月十一日
夫婦の関係は、家族の人間関係の基本です。軸であり、柱です。
夫婦のあり方が、子どもの成長にも大きな影響を及ぼします。
子どもの成長は、夫婦の向上です。
子どもの幸福は、夫婦の勝利です。
☆今日のことば365 十一月十一日
人間は、生地のままに生きることがもっとも楽しいものだ。偽ったり、飾ったりしようとすると、そこにいきおい無理が生ずる。どんなに高位高官につき、栄よう栄華をきわめても、虚飾がある限り、絶対に心からの幸福は味わえぬ。
☆明日を求めて 池田先生の対話録�第44回 アメリカの細菌学者 ルネ・デュボス博士 2017年10月28日
◇意志の力が未来を変える わが信念の灯火を次代へ
細菌学の権威として名高い米国のルネ・デュボス博士夫妻が、東京の聖教新聞本社を訪問したのは1973年11月28日、師走の訪れを感じさせる寒夜だった。前月に勃発した第4次中東戦争によって、世界が石油危機の不安に覆われていた時期である。
米国の名門ロックフェラー大学の医学研究所教授を務めた博士。世界を一新させた抗生物質の先駆的研究者であり、人間と自然環境の調和を鋭く主張した碩学としても知られる。著書『人間であるために』が69年度のピュリツァー賞に輝くなど、その社会的活動に注目が集まっていた。
73年の来日はNHKの招へいによるもので、同局では「ルネ・デュボスの思想」と題するシリーズ番組が放映されている。日本での多忙な行程の中、博士は池田先生との会見を切望した。
だが、両者の出会いを最も待ち望んでいた人物こそ、英国の歴史学者アーノルド・J・トインビー博士だったであろう。
会見に先立つこと半年前(73年5月19日)、トインビー博士から先生に1枚のメモが託された。2年越しに及んだトインビー・池田対談の終了直後のことである。
「お忙しいでしょうが、お会いしていただいても、決して時間の無駄にはならない私の友人の名を記しておきました」「あなたが、世界に対話の旋風を巻き起こしていくことを、私は、強く念願しています」
メモには、7人の世界的な学識者の名が書かれてあった。その一人が、デュボス博士だったのである。
◇
夜の帳に聖教新聞本社が包まれた午後8時ごろ、デュボス博士と先生の会談は始まった。
72歳の博士は、旅の疲れを感じさせない血色の良い笑みをたたえていた。ゆっくりとした手ぶりを交えつつ、「精神においては、すっかり日本人になりました」と、滞在した京都の印象などを楽しそうに語った。
話題が教育論に移ると、博士の表情は曇った。「現今の大学教育は、機構があまりに物質的で、人間的環境に欠けている。自分がいかに生きるかの認識を学生に与えていないのです」
ゆえに、博士は、当時開学まもない創価大学が「人間教育の最高学府」を標榜している点や、先生が語る人間教育の構想について、深い共感と期待を寄せた。
「青年へのメッセージを」との先生の要請に応え、博士は16世紀のフランスの文人ラブレーの箴言として「まず最初に何になりたいのか、何でありたいのかを明確に決めよ。そうすれば他は天より授けられるであろう」を挙げ、こう付言した。「しかし、授けられた可能性の中から正しく選択するのは、その人自身の問題です」
人生は「選択」の連続だ。進む道を決めるのは自分自身であり、その選択が「未来」を変える。ゆえに、「いかに生きるか」の価値基準をもつことが重要になる。
「人間は、人間性を向上させる進歩した選択を通して自分自身をつくりあげるのである」(『人間であるために』)。これが、博士の揺るがぬ信条であった。
限りない可能性を秘めた未来に眼を開き、人間の利己的な利害を超えた新しい世界をいかにして創造していくか。博士は未来の運命を変えうる人間の力を信じた。
「人間の将来というものは、どうしても避けられない宿命に結びつけられているわけではない」「人間と、その住む環境に起こる事柄は、かなりの程度まで人間の想像力と意志の力によって条件づけられている」(『生命の灯』)
そして、科学が社会にもたらす最大の貢献とは、人類に宇宙と人間の本性についての知識を与えるとともに、人間が自らの運命を決め、目標に達する最良の方法を学び取れるよう助けることであると確信していたのである。
博士が、世界的に有名な標語「シンク・グローバリー、アクト・ローカリー(地球的に考え、地域で行動する)」を発案し、地球環境の保護に心血を注いだことも、こうした信念を源とする。
いかにして環境問題を解決に導くか。博士は以前から、その方途として"人間性の回復"を強調してきた。人間が「自然の征服」という考えにとらわれている限り、世界の変革はない。真の変革のためには、自然と人間とを調和させる「新しい社会的宗教」が必要である——と。先生との会見でも、博士は"偉大な未来宗教の出現こそ人類の危機を救う唯一の鍵である"との信念を語っている。
先生は、生命(正報)と環境(依報)は不可分と説く「依正不二」の原理を紹介し、トインビー博士とも一致をみた論題について、博士にこう語った。
「仏法は中道主義です。中道とは人間主義であり、生命主義であります。21世紀は『生命の世紀』としていかなければなりません」
デュボス博士は温顔をほころばせ、深くうなずいた。
◇
会談の2カ月後、先生のもとに博士から新著『内なる神』が届けられた。本の扉には、博士のサインとともに、先生へのメッセージがしたためられていた。「本書の最後の一行に『ものごとのなりゆきは運命ではない』とあるのは、私が日蓮仏法の教理を人文主義的、科学的に表現したものです」
さらに、添えられた手紙には、「本書の精神は"人間革命"というあなたの思想と、必ずや一致するものと思う」と記されていた。
人間の変革は運命をも超越し、自然との調和と人類の真の繁栄をもたらす——両者が共有した理想の未来は、一朝一夕に築かれるものではない。
博士はつづっている。
「個々の人間の力が限られており、その貢献がささやかであり、その生きた期間が短いものであっても、私たちの努力は決して無駄ではない。なぜなら、リレー競争のなかの走者のように、私たちは生命の灯を次々と手渡してゆくからである」(『生命の灯』)
いかに社会が混沌とし、先の見えない時代になったとしても、理想の世界の実現を目指して、わが信念の灯火を次代へとつなげゆく勇者の力走がある限り、未来は、必ず開けていく。
ルネ・デュボス 1901年2月20日、フランス生まれ。38年にアメリカに帰化。ロックフェラー大学教授、ハーバード大学教授、ニューヨーク州立大学教授、アメリカ細菌学会会長等を歴任。「抗生物質時代」を築いた碩学として知られ、「細菌生態学」の分野などで数多くの業績を挙げた。医学者、文明批評家、環境学者などとしても活躍。『健康という幻想』(田多井吉之介訳/紀伊國屋書店)、『人間と適応』(木原弘二訳/みすず書房)など邦訳された著書も多数。『人間であるために』は69年度のピュリツァー賞を受賞した。1982年2月20日、81歳で死去。
皆で応援しよう!
広宣流布の未来は
「人材」で決まる。
青年こそ創価の宝だ!
御義口伝巻下 P762
『功徳とは六根清浄の果報なり、所詮今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は六根清浄なり、されば妙法蓮華経の法の師と成つて大なる徳有るなり、功は幸と云う事なり又は悪を滅するを功と云い善を生ずるを徳と云うなり、功徳とは即身成仏なり又六根清浄なり』
☆女性に贈ることば 十一月十一日
夫婦の関係は、家族の人間関係の基本です。軸であり、柱です。
夫婦のあり方が、子どもの成長にも大きな影響を及ぼします。
子どもの成長は、夫婦の向上です。
子どもの幸福は、夫婦の勝利です。
☆今日のことば365 十一月十一日
人間は、生地のままに生きることがもっとも楽しいものだ。偽ったり、飾ったりしようとすると、そこにいきおい無理が生ずる。どんなに高位高官につき、栄よう栄華をきわめても、虚飾がある限り、絶対に心からの幸福は味わえぬ。
☆明日を求めて 池田先生の対話録�第44回 アメリカの細菌学者 ルネ・デュボス博士 2017年10月28日
◇意志の力が未来を変える わが信念の灯火を次代へ
細菌学の権威として名高い米国のルネ・デュボス博士夫妻が、東京の聖教新聞本社を訪問したのは1973年11月28日、師走の訪れを感じさせる寒夜だった。前月に勃発した第4次中東戦争によって、世界が石油危機の不安に覆われていた時期である。
米国の名門ロックフェラー大学の医学研究所教授を務めた博士。世界を一新させた抗生物質の先駆的研究者であり、人間と自然環境の調和を鋭く主張した碩学としても知られる。著書『人間であるために』が69年度のピュリツァー賞に輝くなど、その社会的活動に注目が集まっていた。
73年の来日はNHKの招へいによるもので、同局では「ルネ・デュボスの思想」と題するシリーズ番組が放映されている。日本での多忙な行程の中、博士は池田先生との会見を切望した。
だが、両者の出会いを最も待ち望んでいた人物こそ、英国の歴史学者アーノルド・J・トインビー博士だったであろう。
会見に先立つこと半年前(73年5月19日)、トインビー博士から先生に1枚のメモが託された。2年越しに及んだトインビー・池田対談の終了直後のことである。
「お忙しいでしょうが、お会いしていただいても、決して時間の無駄にはならない私の友人の名を記しておきました」「あなたが、世界に対話の旋風を巻き起こしていくことを、私は、強く念願しています」
メモには、7人の世界的な学識者の名が書かれてあった。その一人が、デュボス博士だったのである。
◇
夜の帳に聖教新聞本社が包まれた午後8時ごろ、デュボス博士と先生の会談は始まった。
72歳の博士は、旅の疲れを感じさせない血色の良い笑みをたたえていた。ゆっくりとした手ぶりを交えつつ、「精神においては、すっかり日本人になりました」と、滞在した京都の印象などを楽しそうに語った。
話題が教育論に移ると、博士の表情は曇った。「現今の大学教育は、機構があまりに物質的で、人間的環境に欠けている。自分がいかに生きるかの認識を学生に与えていないのです」
ゆえに、博士は、当時開学まもない創価大学が「人間教育の最高学府」を標榜している点や、先生が語る人間教育の構想について、深い共感と期待を寄せた。
「青年へのメッセージを」との先生の要請に応え、博士は16世紀のフランスの文人ラブレーの箴言として「まず最初に何になりたいのか、何でありたいのかを明確に決めよ。そうすれば他は天より授けられるであろう」を挙げ、こう付言した。「しかし、授けられた可能性の中から正しく選択するのは、その人自身の問題です」
人生は「選択」の連続だ。進む道を決めるのは自分自身であり、その選択が「未来」を変える。ゆえに、「いかに生きるか」の価値基準をもつことが重要になる。
「人間は、人間性を向上させる進歩した選択を通して自分自身をつくりあげるのである」(『人間であるために』)。これが、博士の揺るがぬ信条であった。
限りない可能性を秘めた未来に眼を開き、人間の利己的な利害を超えた新しい世界をいかにして創造していくか。博士は未来の運命を変えうる人間の力を信じた。
「人間の将来というものは、どうしても避けられない宿命に結びつけられているわけではない」「人間と、その住む環境に起こる事柄は、かなりの程度まで人間の想像力と意志の力によって条件づけられている」(『生命の灯』)
そして、科学が社会にもたらす最大の貢献とは、人類に宇宙と人間の本性についての知識を与えるとともに、人間が自らの運命を決め、目標に達する最良の方法を学び取れるよう助けることであると確信していたのである。
博士が、世界的に有名な標語「シンク・グローバリー、アクト・ローカリー(地球的に考え、地域で行動する)」を発案し、地球環境の保護に心血を注いだことも、こうした信念を源とする。
いかにして環境問題を解決に導くか。博士は以前から、その方途として"人間性の回復"を強調してきた。人間が「自然の征服」という考えにとらわれている限り、世界の変革はない。真の変革のためには、自然と人間とを調和させる「新しい社会的宗教」が必要である——と。先生との会見でも、博士は"偉大な未来宗教の出現こそ人類の危機を救う唯一の鍵である"との信念を語っている。
先生は、生命(正報)と環境(依報)は不可分と説く「依正不二」の原理を紹介し、トインビー博士とも一致をみた論題について、博士にこう語った。
「仏法は中道主義です。中道とは人間主義であり、生命主義であります。21世紀は『生命の世紀』としていかなければなりません」
デュボス博士は温顔をほころばせ、深くうなずいた。
◇
会談の2カ月後、先生のもとに博士から新著『内なる神』が届けられた。本の扉には、博士のサインとともに、先生へのメッセージがしたためられていた。「本書の最後の一行に『ものごとのなりゆきは運命ではない』とあるのは、私が日蓮仏法の教理を人文主義的、科学的に表現したものです」
さらに、添えられた手紙には、「本書の精神は"人間革命"というあなたの思想と、必ずや一致するものと思う」と記されていた。
人間の変革は運命をも超越し、自然との調和と人類の真の繁栄をもたらす——両者が共有した理想の未来は、一朝一夕に築かれるものではない。
博士はつづっている。
「個々の人間の力が限られており、その貢献がささやかであり、その生きた期間が短いものであっても、私たちの努力は決して無駄ではない。なぜなら、リレー競争のなかの走者のように、私たちは生命の灯を次々と手渡してゆくからである」(『生命の灯』)
いかに社会が混沌とし、先の見えない時代になったとしても、理想の世界の実現を目指して、わが信念の灯火を次代へとつなげゆく勇者の力走がある限り、未来は、必ず開けていく。
ルネ・デュボス 1901年2月20日、フランス生まれ。38年にアメリカに帰化。ロックフェラー大学教授、ハーバード大学教授、ニューヨーク州立大学教授、アメリカ細菌学会会長等を歴任。「抗生物質時代」を築いた碩学として知られ、「細菌生態学」の分野などで数多くの業績を挙げた。医学者、文明批評家、環境学者などとしても活躍。『健康という幻想』(田多井吉之介訳/紀伊國屋書店)、『人間と適応』(木原弘二訳/みすず書房)など邦訳された著書も多数。『人間であるために』は69年度のピュリツァー賞を受賞した。1982年2月20日、81歳で死去。
2017年11月10日金曜日
2017.11.10 わが友に贈る
今いる場所こそ
人間革命の舞台なり。
地域で職場で家庭で
信頼の太陽と輝こう!
仏法則社会なれば!
女人成仏抄 P471
『経文には一人一日の中に八億四千念あり念念の中に作す所皆是れ三途の業なり等云云』
☆女性に贈ることば 十一月十日
人生にあって、笑いがないということは、花がバッと開かないのと同じだ。いかなる葛藤の社会であっても、ユーモアだけは忘れたくない。
☆今日のことば365 十一月十日
敵多くして、立派な人がいると思う。敵多くして、悪人である場合も考えられる。味方多くして、立派な人がいると思う。味方多くして、八方美人の、人間の屑である場合も考えられる。
☆誓いの天地 静岡・掛川市 2017年10月25日
◇地域への熱い思いを胸に
掛川市は、静岡県の西部に位置する。北部は南アルプスの山々が占め、南部は遠州灘に面した砂浜海岸が広がる。
戦国時代に、掛川城、高天神城、横須賀城の三つの城が建てられ、その後、城下町として発展。東海道に沿って、掛川と日坂の宿場町が栄え、海上交易の中継地の役割も果たした。
全国有数の茶の生産量を誇り、メロンやイチゴの栽培も盛ん。「葛布」と呼ばれる葛の繊維を織り上げた布は、インテリア用品にも活用されている。
毎年10月には、掛川駅周辺市街地を中心に「掛川祭」が開催される。華やかに装飾された屋台など、街は祭り一色に染まる。
この「掛川祭」で、地域の子どもたちに「和太鼓」を教えているのが、佐藤友宏さん(掛川創価圏、男子部本部長)。
「祭りに関わる方々は、地域への思いが熱く、エネルギッシュな人が多い。皆さんと手を携えながら、地域に貢献していきたい」
もともと人間関係をつくるのが苦手で、"自分の世界"に閉じこもる性格だった。そんな自分を変えたいと思っていた時、友人から本部幹部会の中継行事に誘われた。
友人も、かつては"自分の殻"に閉じこもる人間だったが、まるで別人のように明るく変わっていた。その姿に信心の力を感じ、2006年(平成18年)に入会した。
翌年、創価班大学校に入校。だが、次第に信心から離れ、男子部の仲間も遠ざけるように。
毎晩のように遊び歩く生活が続く。そんな中、父が不慮の事故で亡くなった。
通夜には、佐藤さんを入会に導いた友人も来てくれた。「上七代・下七代・上無量生下無量生の父母等存外に仏となり給う」(御書1430ページ)との御聖訓を拝して励ましてくれた。その真心に、"父の分まで、精いっぱい人生を生きよう"と誓った。
以来、学会活動に一歩も引かずに挑戦。昨年には、弘教を実らせた。
現在、地域の消防団の一員としても活躍する佐藤さん。「自らの姿を通して、地域に学会理解の輪を広げていきます」
◇
東京・八王子市出身の若松由貴さん(掛川創価圏、女子部副本部長)。アメリカ創価大学(SUA)を卒業後、自動車の排ガス浄化触媒などの開発・生産・販売を行う会社に就職した。経営の視点から原価の引き下げを計画し、実現をサポートする部署で活躍する。
入社当初、「東京出身」「アメリカの大学卒業」という経歴で、社内から注目された。若松さんも、"SUAの看板を背負っている"と意気込んだが、専門用語などが分からず、何度も先輩から叱責された。
そのストレスから、じんましんを発症。それでも、"何としても社会で勝利の実証を"と、御本尊に思いをぶつけるように祈り、自分の心を奮い立たせた。
先輩の指摘にも、必死に食らいついた。少しずつ仕事を覚え、職場での信頼を広げた。3年後、じんましんは完治した。
昨年、会社の業務査定で、最高の評価を勝ち取った。今では"なくてはならない存在"として光る。
学会活動では、総静岡女子副未来部長を兼任し、未来部員の激励にも奔走。創価高校、SUAで学んだ原点を語っている。
「ここまで自分が成長することができたのは、静岡の皆さんの励ましのおかげです。静岡は、私の大切な『故郷』です」。若松さんの笑顔が弾けた。
◇栄光の共戦譜
●天下一 正義の太陽
学会創立記念日を迎える11月は、静岡の友にとって、忘れ得ぬ歴史が幾重にも刻まれた月である。
1971年(昭和46年)11月10日、清水市(当時)鈴与記念体育館で、池田先生が出席しての記念撮影会が開催された。「静岡県太陽の日」の淵源である。
約4000人の同志が集った撮影は、15グループに分かれ、3時間に及んだ。撮影の合間、先生はマイクを取り、友に万感の励ましを送り続けた。
"静岡は、あらゆる点で模範的な国土となり、妙法流布の実証を全国に先駆けて示していく使命がある"
"仲よく、信心からほとばしる底抜けの明朗さをもって進んでいってほしい"
会場には、同志が持ち寄った特産品が展示されていた。このコーナーに足を運んだ池田先生は、机上に置かれた色紙にしたためた。
「太陽」。この二字を、友は胸中深くに刻んだ。
日蓮大聖人は伊豆流罪。
日興上人は熱原の法難。
戦時中、牧口先生は軍部の弾圧によって、伊豆・下田で逮捕された。戸田先生、池田先生は悪侶の謀略と戦ってきた。
数々の大難が競い起こってきた地であるがゆえに、静岡には「正義の闘魂」が、世代を超えて、脈々と受け継がれている。
◇
掛川の友は、「あの11月」を忘れない。それは、81年(同56年)11月30日。池田先生が掛川市を初めて訪れた日である。
第1次宗門事件の嵐は、掛川にも吹き荒れた。師と共に、静岡の同志は宗門に尽くし抜いてきた。赤誠の外護を踏みにじる横暴に、"もう、だまってはいられない"と立ち上がった。
81年、掛川を含む駿河圏(当時)の友は、「500世帯の弘教」という大きな目標を掲げた。
年頭から怒濤の勢いで展開された対話は、「500世帯の弘教」に結実。この金字塔が打ち立てられた日こそ、師が掛川を訪問した11月30日だったのである。
この日、先生は学会員が営む市内の喫茶店へ激励に。駆け付けた圏のリーダーの中に、早川三夫さん(駿河常楽県、県副総合長)の姿もあった。
「目標達成の日のご訪問に、"先生は弟子の戦いを、全て分かってくださっている"と思えてなりませんでした」
早川さんは、71年11月の記念撮影会にも参加。師の激励に"「御書根本」「先生の指導根本」に進んでいこう"と誓い、真っすぐに学会活動に励んだ。
第1次宗門事件の時には、圏青年部長として同志の激励に奔走。自らが拡大の先頭に立って戦い、81年に掛川で師との出会いを刻んだ。
先生は友を温かく激励。早川さんは「本日、500世帯目の弘教が実りました」と元気いっぱいに報告した。
先生は「すごいね」「よかったね」と、何度も友の奮闘をたたえ、「学会は、どこまでも『師弟』だよ」と語った。
早川さんは、「当時の駿河圏が、今日のように発展した原動力は、この時の先生の励ましにほかなりません」と力を込めた。
2年前、前立腺がんが見つかった。だが、"信心の力を証明してみせる"と決め、懸命に祈り続けた。治療にも専念し、がん細胞は消滅。今、経過観察を続けながら、広布の最前線を駆ける日々だ。
関根恵子さん(遠州創価県、圏副婦人部長)も、師の掛川訪問の場に集った。
「記念撮影までしてくださった感動を、忘れることなどできません」
原点は、71年8月21日、静岡での師との出会いだ。この時、先生は関根さんら女子部の友に、「実証を示す人に」と期待を寄せた。
当時、社会人2年目。仏法への理解も浅かったが、一人一人の成長を心から願う師の姿に、"池田先生を「人生の師」として進もう"と決めた。
82年(同57年)、滝司さん(同、副支部長)と結婚。その後、滝司さんの海外転勤で、ポルトガルへ。現地の友と信心の喜びを語り合う中で、92年(平成4年)に支部が結成された。
「この前年、日顕宗と決別し、学会は"魂の独立"を果たしました。支部結成は、世界宗教へと飛躍する第一歩だったと思います」
翌年、帰国。静岡での新たな生活をスタートした矢先、ステージ3の子宮がんが見つかった。
医師から手術を告げられた。"自分には、まだ果たさなければいけない広布の使命がある"。必死に祈り、手術は無事に成功。その後の治療で快方に向かい、寛解を勝ち取った。
「これからも、功徳の実証をもって、先生にお応えしていきます」——そう語る関根さんの胸には、「実証を示す人に」との女子部時代の誓いが輝いている。
◇
71年の記念撮影から45年が経過した昨年11月、新愛称「太陽の静岡」が発表された。先生は静岡の友への万感の思いを詠んでいる。
「天下一 正義の太陽 静岡よ 一人ももれなく 凱歌の生命を」
"我らの11月"は、もうすぐだ。「正義の太陽」の誇りに燃え、掛川と静岡の新たな前進が始まる。
人間革命の舞台なり。
地域で職場で家庭で
信頼の太陽と輝こう!
仏法則社会なれば!
女人成仏抄 P471
『経文には一人一日の中に八億四千念あり念念の中に作す所皆是れ三途の業なり等云云』
☆女性に贈ることば 十一月十日
人生にあって、笑いがないということは、花がバッと開かないのと同じだ。いかなる葛藤の社会であっても、ユーモアだけは忘れたくない。
☆今日のことば365 十一月十日
敵多くして、立派な人がいると思う。敵多くして、悪人である場合も考えられる。味方多くして、立派な人がいると思う。味方多くして、八方美人の、人間の屑である場合も考えられる。
☆誓いの天地 静岡・掛川市 2017年10月25日
◇地域への熱い思いを胸に
掛川市は、静岡県の西部に位置する。北部は南アルプスの山々が占め、南部は遠州灘に面した砂浜海岸が広がる。
戦国時代に、掛川城、高天神城、横須賀城の三つの城が建てられ、その後、城下町として発展。東海道に沿って、掛川と日坂の宿場町が栄え、海上交易の中継地の役割も果たした。
全国有数の茶の生産量を誇り、メロンやイチゴの栽培も盛ん。「葛布」と呼ばれる葛の繊維を織り上げた布は、インテリア用品にも活用されている。
毎年10月には、掛川駅周辺市街地を中心に「掛川祭」が開催される。華やかに装飾された屋台など、街は祭り一色に染まる。
この「掛川祭」で、地域の子どもたちに「和太鼓」を教えているのが、佐藤友宏さん(掛川創価圏、男子部本部長)。
「祭りに関わる方々は、地域への思いが熱く、エネルギッシュな人が多い。皆さんと手を携えながら、地域に貢献していきたい」
もともと人間関係をつくるのが苦手で、"自分の世界"に閉じこもる性格だった。そんな自分を変えたいと思っていた時、友人から本部幹部会の中継行事に誘われた。
友人も、かつては"自分の殻"に閉じこもる人間だったが、まるで別人のように明るく変わっていた。その姿に信心の力を感じ、2006年(平成18年)に入会した。
翌年、創価班大学校に入校。だが、次第に信心から離れ、男子部の仲間も遠ざけるように。
毎晩のように遊び歩く生活が続く。そんな中、父が不慮の事故で亡くなった。
通夜には、佐藤さんを入会に導いた友人も来てくれた。「上七代・下七代・上無量生下無量生の父母等存外に仏となり給う」(御書1430ページ)との御聖訓を拝して励ましてくれた。その真心に、"父の分まで、精いっぱい人生を生きよう"と誓った。
以来、学会活動に一歩も引かずに挑戦。昨年には、弘教を実らせた。
現在、地域の消防団の一員としても活躍する佐藤さん。「自らの姿を通して、地域に学会理解の輪を広げていきます」
◇
東京・八王子市出身の若松由貴さん(掛川創価圏、女子部副本部長)。アメリカ創価大学(SUA)を卒業後、自動車の排ガス浄化触媒などの開発・生産・販売を行う会社に就職した。経営の視点から原価の引き下げを計画し、実現をサポートする部署で活躍する。
入社当初、「東京出身」「アメリカの大学卒業」という経歴で、社内から注目された。若松さんも、"SUAの看板を背負っている"と意気込んだが、専門用語などが分からず、何度も先輩から叱責された。
そのストレスから、じんましんを発症。それでも、"何としても社会で勝利の実証を"と、御本尊に思いをぶつけるように祈り、自分の心を奮い立たせた。
先輩の指摘にも、必死に食らいついた。少しずつ仕事を覚え、職場での信頼を広げた。3年後、じんましんは完治した。
昨年、会社の業務査定で、最高の評価を勝ち取った。今では"なくてはならない存在"として光る。
学会活動では、総静岡女子副未来部長を兼任し、未来部員の激励にも奔走。創価高校、SUAで学んだ原点を語っている。
「ここまで自分が成長することができたのは、静岡の皆さんの励ましのおかげです。静岡は、私の大切な『故郷』です」。若松さんの笑顔が弾けた。
◇栄光の共戦譜
●天下一 正義の太陽
学会創立記念日を迎える11月は、静岡の友にとって、忘れ得ぬ歴史が幾重にも刻まれた月である。
1971年(昭和46年)11月10日、清水市(当時)鈴与記念体育館で、池田先生が出席しての記念撮影会が開催された。「静岡県太陽の日」の淵源である。
約4000人の同志が集った撮影は、15グループに分かれ、3時間に及んだ。撮影の合間、先生はマイクを取り、友に万感の励ましを送り続けた。
"静岡は、あらゆる点で模範的な国土となり、妙法流布の実証を全国に先駆けて示していく使命がある"
"仲よく、信心からほとばしる底抜けの明朗さをもって進んでいってほしい"
会場には、同志が持ち寄った特産品が展示されていた。このコーナーに足を運んだ池田先生は、机上に置かれた色紙にしたためた。
「太陽」。この二字を、友は胸中深くに刻んだ。
日蓮大聖人は伊豆流罪。
日興上人は熱原の法難。
戦時中、牧口先生は軍部の弾圧によって、伊豆・下田で逮捕された。戸田先生、池田先生は悪侶の謀略と戦ってきた。
数々の大難が競い起こってきた地であるがゆえに、静岡には「正義の闘魂」が、世代を超えて、脈々と受け継がれている。
◇
掛川の友は、「あの11月」を忘れない。それは、81年(同56年)11月30日。池田先生が掛川市を初めて訪れた日である。
第1次宗門事件の嵐は、掛川にも吹き荒れた。師と共に、静岡の同志は宗門に尽くし抜いてきた。赤誠の外護を踏みにじる横暴に、"もう、だまってはいられない"と立ち上がった。
81年、掛川を含む駿河圏(当時)の友は、「500世帯の弘教」という大きな目標を掲げた。
年頭から怒濤の勢いで展開された対話は、「500世帯の弘教」に結実。この金字塔が打ち立てられた日こそ、師が掛川を訪問した11月30日だったのである。
この日、先生は学会員が営む市内の喫茶店へ激励に。駆け付けた圏のリーダーの中に、早川三夫さん(駿河常楽県、県副総合長)の姿もあった。
「目標達成の日のご訪問に、"先生は弟子の戦いを、全て分かってくださっている"と思えてなりませんでした」
早川さんは、71年11月の記念撮影会にも参加。師の激励に"「御書根本」「先生の指導根本」に進んでいこう"と誓い、真っすぐに学会活動に励んだ。
第1次宗門事件の時には、圏青年部長として同志の激励に奔走。自らが拡大の先頭に立って戦い、81年に掛川で師との出会いを刻んだ。
先生は友を温かく激励。早川さんは「本日、500世帯目の弘教が実りました」と元気いっぱいに報告した。
先生は「すごいね」「よかったね」と、何度も友の奮闘をたたえ、「学会は、どこまでも『師弟』だよ」と語った。
早川さんは、「当時の駿河圏が、今日のように発展した原動力は、この時の先生の励ましにほかなりません」と力を込めた。
2年前、前立腺がんが見つかった。だが、"信心の力を証明してみせる"と決め、懸命に祈り続けた。治療にも専念し、がん細胞は消滅。今、経過観察を続けながら、広布の最前線を駆ける日々だ。
関根恵子さん(遠州創価県、圏副婦人部長)も、師の掛川訪問の場に集った。
「記念撮影までしてくださった感動を、忘れることなどできません」
原点は、71年8月21日、静岡での師との出会いだ。この時、先生は関根さんら女子部の友に、「実証を示す人に」と期待を寄せた。
当時、社会人2年目。仏法への理解も浅かったが、一人一人の成長を心から願う師の姿に、"池田先生を「人生の師」として進もう"と決めた。
82年(同57年)、滝司さん(同、副支部長)と結婚。その後、滝司さんの海外転勤で、ポルトガルへ。現地の友と信心の喜びを語り合う中で、92年(平成4年)に支部が結成された。
「この前年、日顕宗と決別し、学会は"魂の独立"を果たしました。支部結成は、世界宗教へと飛躍する第一歩だったと思います」
翌年、帰国。静岡での新たな生活をスタートした矢先、ステージ3の子宮がんが見つかった。
医師から手術を告げられた。"自分には、まだ果たさなければいけない広布の使命がある"。必死に祈り、手術は無事に成功。その後の治療で快方に向かい、寛解を勝ち取った。
「これからも、功徳の実証をもって、先生にお応えしていきます」——そう語る関根さんの胸には、「実証を示す人に」との女子部時代の誓いが輝いている。
◇
71年の記念撮影から45年が経過した昨年11月、新愛称「太陽の静岡」が発表された。先生は静岡の友への万感の思いを詠んでいる。
「天下一 正義の太陽 静岡よ 一人ももれなく 凱歌の生命を」
"我らの11月"は、もうすぐだ。「正義の太陽」の誇りに燃え、掛川と静岡の新たな前進が始まる。
2017年11月9日木曜日
2017.11.09 わが友に贈る
座右の書を見つけよう!
読書は「心の栄養源」
「生涯の財産」だ。
一冊の良書には
人生を変える力がある。
上野殿母尼御前御返事 P1515
『止観第五の事正月一日辰の時此れをよみはじめ候、明年は世間怱怱なるべきよし皆人申すあひだ一向後生のために十五日まで止観を談ぜんとし候が、文あまた候はず候御計らい候べきか』
☆女性に贈ることば 十一月九日
宿命を真正面から見据えて、その本質の意味に立ち返れば、いかなる宿命も自身の人生を深めるための試練である。
そして、宿命と戦う自分の姿が、多くの人の鏡となっていくことを忘れまい。
☆今日のことば365 十一月九日
太平洋の広さの如き、境涯で、一生を送りたいものだ。
太平洋の怒濤の如き、生命力で、一生を戦いたいものだ。
太平洋の黒潮の如き、情熱で、一生をはつらつと送りたいものだ。
☆負けじ魂ここにあり わが生命の学園生第5回 札幌創価幼稚園 1976〜78年度 2017年10月24日
◇世界一の幼児教育の城を!それが私の夢です。根本は不幸な人を出さないことだ。
「あっ、池田先生だ!」
真新しい園舎に、王子・王女たちの声が響く。
1976年4月16日。札幌創価幼稚園(札幌市豊平区)で、晴れの第1回入園式が行われた。
創立者の池田先生は、新入生を出迎えるため、式典の1時間以上前から玄関で待っていた。
「入園おめでとう!」
「よく来たね」
一人一人、頭をなで、頬をさすり、抱きかかえて歓迎する。
北海道は、恩師・戸田先生の故郷である。
また札幌は、創価教育の父・牧口先生が学んだ北海道尋常師範学校(当時)や、教師として初めて教壇に立った同校の付属小学校があった場所だった。
"この地にいつか創価教育の城を"——池田先生は、創価学園の設立構想の段階から一人、心に期していた。
小説『新・人間革命』には、その真情を綴っている。
「札幌に、創価一貫教育の最初の門となる幼稚園をつくり、日本一、世界一の幼児教育の城にしたい。それが、私の夢だ」
◇21世紀の指導者を
先生は入園式の前日から、札幌幼稚園を訪れている。準備に奔走する教職員をねぎらいつつ、未来を展望して語った。
「この幼稚園を、日本一、世界一にしたいね。日本一、世界一ということの根本要件は、何よりも、この幼稚園からは、一人も不幸な人間を出さないということです。札幌創価幼稚園は、創価教育の出発点となります。目標は、21世紀の人間主義の指導者を育てることです」
年少1クラス、年長3クラスの合計155人からのスタート。
入園式で先生は、子どもたちの輪に飛び込み、自ら人間教育の範を示していった。
ピアノで「さくら」を演奏し、園児と記念撮影や植樹を。式典が終わった後も、握手やハイタッチをして、一人一人と交流し、忘れ得ぬ思い出を刻んだ。
さらに先生は、さくら組の三浦啓禎さん(1期卒園)に、自身が着けていた白バラの胸章を手渡した。
「池田先生を間近に見て、うれしさと恥ずかしさでいっぱいでした」と三浦さん。
幼い頃から体が弱く、クラスでも背が低い方だったが、1年間、元気に通い続けた。
小学校に上がると、体調を崩して休みがちに。勉強が追い付かず、悩んだこともあった。それでも、不屈の負けじ魂で地元の中学・高校を卒業。社会人となった。
だが、やがて過労で体が悲鳴を上げ、退職と入院を余儀なくされてしまう。その後も入退院を繰り返し、思うように働けない日々が続いた。
そんな三浦さんの支えになったのは、家族や創陽会(卒園生の集い)の仲間たちの存在だった。
何より、苦しい時はいつも先生から贈られた胸章を手に取って、自分を奮い立たせてきた。
——あの日、入園式から帰った三浦さんは、先生からの胸章を制服に着けて写真を撮った。
そこには、白い大きな花を胸に、誇らしげな表情を浮かべる姿が写っている。
"絶対に負けない! 必ず自分の使命の人生を開いてみせる!"
根気強く治療に励み、三浦さんは10年以上の歳月を経て、社会復帰を果たした。
現在は、児童福祉施設に勤めている。
「どんな子にも、自信を持って生きてもらいたい。先生が私を励まし続けてくださったように、今度は私が子どもたちの支えになっていきたいと決意しています」
◇将来は創大へ
入園式当日、子どもたちは「通園バス」に興味津々の様子だった。
それを見た先生は、試運転することを提案。共にバスに乗り、園児たちを送り届けた。
翌日(17日)にも、一緒にバスへ。車内は、先生を囲む"触れ合いの広場"となった。
ある園児が「大きな羽を2枚つけて飛ぶもの、なーんだ?」とクイズを出す。「チョウチョウ」と答えた先生に、「当たりー」と笑いかけた。
そうしたやりとりの中で先生が「一生懸命に勉強して、大きくなったら創価大学にもおいでね」と呼び掛けると、「はーい!」と元気な声が返ってきた。
年少クラスだった舟生日出男さん(2期卒園)も、その場にいた一人だ。
入園の折、優しく迎えてくれた先生の姿は、今も心に焼き付いている。後年、先生の教育に懸ける思いを知り、大学教員の道を志した。
受験で一度は不合格になるも、1浪して特待生で創大の教育学部へ。先生との約束を果たした。
卒業後は、東京工業大学と東京理科大学の大学院を経て、大学教員に。先進の学習支援システムを研究する。
「学生たちが、共に深く学び合い、着実に成長できる学習環境を整えたい」と、母校・創大で教育に尽くす毎日だ。
◇忘れていないよ
開園2年目の77年。この年、池田先生が初めて幼稚園を訪問したのは、9月生まれの園児たちのお誕生会だった。
会場となる遊戯室に入った先生ご夫妻は、皆を見守るように、場内後方に座った。
「きょうは、創価幼稚園に来てくださって、どうもありがとうございます!」
園児の代表2人が、先生と香峯子夫人に歓迎の花束を贈呈。各クラスによる発表が始まった。
鼓笛隊として見事なステージを披露したのは、すみれ組。年長の中で唯一の2年保育のクラスである。入園から1年半の成長を見てもらおうと、皆で張り切って練習してきた。
舞台では、大小の太鼓や鉄琴、鍵盤ハーモニカを手に合奏を。その前では、リズムに合わせてバトンを回す子も。演奏が終わると、先生は満面の笑みで拍手を送った。
最後に全員で先生が作詞した「厚田村」を合唱し、催しは幕を閉じた。
この日、先生は、懸命に頑張る園児や教員の様子をカメラに収め、後に写真を贈っている。
すみれ組の担任だった鈴木郁子さんには、ピアノ伴奏をしている姿を。「"いつも見守っているからね"との、先生の温かな心を感じました」と振り返る。
先生は会場を後にすると、居合わせた教職員に言った。
「本当に成長した。1年であんなに立派になるとは思わなかった。札幌の幼稚園から偉い人がどんどん出るよ!」
ご夫妻に花束を渡したのは、宮田正靖さんと久保美奈子さん(共に3期卒園)である。
宮田さんは東京・創価高校に進んだ後、東京大学、同大大学院に学び、札幌幼稚園初の「工学博士」に。大手電機メーカーに研究員として勤務する。
久保さんは創大を卒業し、現在は東京・創価学園がある小平市で2児の母として奮闘。長女を東京創価小学校に送り出している。
"お誕生会の原点"から40年の節を刻んだ本年9月、2人は近況を記した手紙とバラの花束を先生に届けた。
すると先生は、全卒園生への思いも込めて、真心の伝言を寄せた。
「ありがとう。本当にうれしい。札幌創価幼稚園、万歳だ! みんな、忘れていないよ」
読書は「心の栄養源」
「生涯の財産」だ。
一冊の良書には
人生を変える力がある。
上野殿母尼御前御返事 P1515
『止観第五の事正月一日辰の時此れをよみはじめ候、明年は世間怱怱なるべきよし皆人申すあひだ一向後生のために十五日まで止観を談ぜんとし候が、文あまた候はず候御計らい候べきか』
☆女性に贈ることば 十一月九日
宿命を真正面から見据えて、その本質の意味に立ち返れば、いかなる宿命も自身の人生を深めるための試練である。
そして、宿命と戦う自分の姿が、多くの人の鏡となっていくことを忘れまい。
☆今日のことば365 十一月九日
太平洋の広さの如き、境涯で、一生を送りたいものだ。
太平洋の怒濤の如き、生命力で、一生を戦いたいものだ。
太平洋の黒潮の如き、情熱で、一生をはつらつと送りたいものだ。
☆負けじ魂ここにあり わが生命の学園生第5回 札幌創価幼稚園 1976〜78年度 2017年10月24日
◇世界一の幼児教育の城を!それが私の夢です。根本は不幸な人を出さないことだ。
「あっ、池田先生だ!」
真新しい園舎に、王子・王女たちの声が響く。
1976年4月16日。札幌創価幼稚園(札幌市豊平区)で、晴れの第1回入園式が行われた。
創立者の池田先生は、新入生を出迎えるため、式典の1時間以上前から玄関で待っていた。
「入園おめでとう!」
「よく来たね」
一人一人、頭をなで、頬をさすり、抱きかかえて歓迎する。
北海道は、恩師・戸田先生の故郷である。
また札幌は、創価教育の父・牧口先生が学んだ北海道尋常師範学校(当時)や、教師として初めて教壇に立った同校の付属小学校があった場所だった。
"この地にいつか創価教育の城を"——池田先生は、創価学園の設立構想の段階から一人、心に期していた。
小説『新・人間革命』には、その真情を綴っている。
「札幌に、創価一貫教育の最初の門となる幼稚園をつくり、日本一、世界一の幼児教育の城にしたい。それが、私の夢だ」
◇21世紀の指導者を
先生は入園式の前日から、札幌幼稚園を訪れている。準備に奔走する教職員をねぎらいつつ、未来を展望して語った。
「この幼稚園を、日本一、世界一にしたいね。日本一、世界一ということの根本要件は、何よりも、この幼稚園からは、一人も不幸な人間を出さないということです。札幌創価幼稚園は、創価教育の出発点となります。目標は、21世紀の人間主義の指導者を育てることです」
年少1クラス、年長3クラスの合計155人からのスタート。
入園式で先生は、子どもたちの輪に飛び込み、自ら人間教育の範を示していった。
ピアノで「さくら」を演奏し、園児と記念撮影や植樹を。式典が終わった後も、握手やハイタッチをして、一人一人と交流し、忘れ得ぬ思い出を刻んだ。
さらに先生は、さくら組の三浦啓禎さん(1期卒園)に、自身が着けていた白バラの胸章を手渡した。
「池田先生を間近に見て、うれしさと恥ずかしさでいっぱいでした」と三浦さん。
幼い頃から体が弱く、クラスでも背が低い方だったが、1年間、元気に通い続けた。
小学校に上がると、体調を崩して休みがちに。勉強が追い付かず、悩んだこともあった。それでも、不屈の負けじ魂で地元の中学・高校を卒業。社会人となった。
だが、やがて過労で体が悲鳴を上げ、退職と入院を余儀なくされてしまう。その後も入退院を繰り返し、思うように働けない日々が続いた。
そんな三浦さんの支えになったのは、家族や創陽会(卒園生の集い)の仲間たちの存在だった。
何より、苦しい時はいつも先生から贈られた胸章を手に取って、自分を奮い立たせてきた。
——あの日、入園式から帰った三浦さんは、先生からの胸章を制服に着けて写真を撮った。
そこには、白い大きな花を胸に、誇らしげな表情を浮かべる姿が写っている。
"絶対に負けない! 必ず自分の使命の人生を開いてみせる!"
根気強く治療に励み、三浦さんは10年以上の歳月を経て、社会復帰を果たした。
現在は、児童福祉施設に勤めている。
「どんな子にも、自信を持って生きてもらいたい。先生が私を励まし続けてくださったように、今度は私が子どもたちの支えになっていきたいと決意しています」
◇将来は創大へ
入園式当日、子どもたちは「通園バス」に興味津々の様子だった。
それを見た先生は、試運転することを提案。共にバスに乗り、園児たちを送り届けた。
翌日(17日)にも、一緒にバスへ。車内は、先生を囲む"触れ合いの広場"となった。
ある園児が「大きな羽を2枚つけて飛ぶもの、なーんだ?」とクイズを出す。「チョウチョウ」と答えた先生に、「当たりー」と笑いかけた。
そうしたやりとりの中で先生が「一生懸命に勉強して、大きくなったら創価大学にもおいでね」と呼び掛けると、「はーい!」と元気な声が返ってきた。
年少クラスだった舟生日出男さん(2期卒園)も、その場にいた一人だ。
入園の折、優しく迎えてくれた先生の姿は、今も心に焼き付いている。後年、先生の教育に懸ける思いを知り、大学教員の道を志した。
受験で一度は不合格になるも、1浪して特待生で創大の教育学部へ。先生との約束を果たした。
卒業後は、東京工業大学と東京理科大学の大学院を経て、大学教員に。先進の学習支援システムを研究する。
「学生たちが、共に深く学び合い、着実に成長できる学習環境を整えたい」と、母校・創大で教育に尽くす毎日だ。
◇忘れていないよ
開園2年目の77年。この年、池田先生が初めて幼稚園を訪問したのは、9月生まれの園児たちのお誕生会だった。
会場となる遊戯室に入った先生ご夫妻は、皆を見守るように、場内後方に座った。
「きょうは、創価幼稚園に来てくださって、どうもありがとうございます!」
園児の代表2人が、先生と香峯子夫人に歓迎の花束を贈呈。各クラスによる発表が始まった。
鼓笛隊として見事なステージを披露したのは、すみれ組。年長の中で唯一の2年保育のクラスである。入園から1年半の成長を見てもらおうと、皆で張り切って練習してきた。
舞台では、大小の太鼓や鉄琴、鍵盤ハーモニカを手に合奏を。その前では、リズムに合わせてバトンを回す子も。演奏が終わると、先生は満面の笑みで拍手を送った。
最後に全員で先生が作詞した「厚田村」を合唱し、催しは幕を閉じた。
この日、先生は、懸命に頑張る園児や教員の様子をカメラに収め、後に写真を贈っている。
すみれ組の担任だった鈴木郁子さんには、ピアノ伴奏をしている姿を。「"いつも見守っているからね"との、先生の温かな心を感じました」と振り返る。
先生は会場を後にすると、居合わせた教職員に言った。
「本当に成長した。1年であんなに立派になるとは思わなかった。札幌の幼稚園から偉い人がどんどん出るよ!」
ご夫妻に花束を渡したのは、宮田正靖さんと久保美奈子さん(共に3期卒園)である。
宮田さんは東京・創価高校に進んだ後、東京大学、同大大学院に学び、札幌幼稚園初の「工学博士」に。大手電機メーカーに研究員として勤務する。
久保さんは創大を卒業し、現在は東京・創価学園がある小平市で2児の母として奮闘。長女を東京創価小学校に送り出している。
"お誕生会の原点"から40年の節を刻んだ本年9月、2人は近況を記した手紙とバラの花束を先生に届けた。
すると先生は、全卒園生への思いも込めて、真心の伝言を寄せた。
「ありがとう。本当にうれしい。札幌創価幼稚園、万歳だ! みんな、忘れていないよ」
2017年11月8日水曜日
2017.11.08 わが友に贈る
身近な人にこそ
こまやかな気配りを!
温かい言葉ひとつ
親切な行動ひとつで
心の絆は一段と強まる。
南条殿御返事 P1578
『法妙なるが故に人貴し人貴きが故に所尊しと申すは是なり』
☆女性に贈ることば 十一月八日
父親が息子を厳しく叱ると、反発されるだけの場合がある。母親が叱った場合には、比較的、心に入るとされる。
いちばんいけないのは、一緒になって叱ることである。これでは、子どもは逃げ場がなくなるからだ。
☆今日のことば365 十一月八日
人間はすべて平等ではないか。
有名主義、学歴主義、形式主義は葬り去って、たとえ社会の一隅で、一工員として戦っている人にも、社会全体の感謝と称賛の光が注がれる時代を、少しでも早く現出することを祈ってやまない。
☆四季の励まし 創立の月 躍動する生命で出発 2017年11月5日
広宣流布の大聖業は、
民衆救済の誓願に立たれた
日蓮大聖人お一人の
不惜身命の大闘争から始まった。
現代の世界広布の潮流も、
牧口先生、戸田先生が
日蓮仏法を純正に実践し、
創価学会を
創立したところから始まった。
「一人立つ心」とは、
わが創価学会の
「創立の精神」そのものである。
仏のことを「覚者」という。
「目覚めたる人」という意味だ。
仏教は人間を賢明にし、
知恵者とすることを目指す。
なかでも日蓮大聖人の仏法は、
一切の民衆に成仏、
すなわち「目覚めたる人」となる
方途を教えられた大法である。
現在から未来へ、
いかにして前進と向上、
成長と発展の道を開いていくか。
そこから
人間革命のドラマが始まる。
絶えず生き生きと
新しく出発するのが、
本因妙の仏法である。
日々、
心新たに前進する学会活動は、
仏法の法理に則って、
幸福と勝利のリズムを奏でゆく
行動なのである。
わが生命の奥底には、
尊貴なる地涌の生命が
脈動している。
深き誓願の祈りと勇敢な行動で、
その清らかで力強い生命力を
「涌出」させていくことだ。
皆さまは、一人残らず、
尊い使命を持って、
この地球に生を享けた。
新しい創価学会の大建設は、
この「地涌」の
大生命の躍動から始まる。
もみじの葉が紅に燃える。1988年(昭和63年)12月、池田大作先生が熱海の静岡研修道場でシャッターを切った。
静岡は、創価学会の初代会長・牧口常三郎先生が戦時中、信教の自由を侵す軍部政府の横暴と戦い、折伏に赴いた地である。先師が掲げた"正義の旗"は第2代会長・戸田城聖先生、第3代会長・池田先生に受け継がれ、学会は192カ国・地域に広がる平和と幸福の大連帯となった。
間もなく学会創立記念日の11月18日を迎える。「11・18」は、創価の三代会長の大闘争に続き、弟子が広宣流布の誓願に立つ日。
さあ、折伏精神を赤々と燃やし、共に新たな人間革命の勝利劇をつづりゆこう。
こまやかな気配りを!
温かい言葉ひとつ
親切な行動ひとつで
心の絆は一段と強まる。
南条殿御返事 P1578
『法妙なるが故に人貴し人貴きが故に所尊しと申すは是なり』
☆女性に贈ることば 十一月八日
父親が息子を厳しく叱ると、反発されるだけの場合がある。母親が叱った場合には、比較的、心に入るとされる。
いちばんいけないのは、一緒になって叱ることである。これでは、子どもは逃げ場がなくなるからだ。
☆今日のことば365 十一月八日
人間はすべて平等ではないか。
有名主義、学歴主義、形式主義は葬り去って、たとえ社会の一隅で、一工員として戦っている人にも、社会全体の感謝と称賛の光が注がれる時代を、少しでも早く現出することを祈ってやまない。
☆四季の励まし 創立の月 躍動する生命で出発 2017年11月5日
広宣流布の大聖業は、
民衆救済の誓願に立たれた
日蓮大聖人お一人の
不惜身命の大闘争から始まった。
現代の世界広布の潮流も、
牧口先生、戸田先生が
日蓮仏法を純正に実践し、
創価学会を
創立したところから始まった。
「一人立つ心」とは、
わが創価学会の
「創立の精神」そのものである。
仏のことを「覚者」という。
「目覚めたる人」という意味だ。
仏教は人間を賢明にし、
知恵者とすることを目指す。
なかでも日蓮大聖人の仏法は、
一切の民衆に成仏、
すなわち「目覚めたる人」となる
方途を教えられた大法である。
現在から未来へ、
いかにして前進と向上、
成長と発展の道を開いていくか。
そこから
人間革命のドラマが始まる。
絶えず生き生きと
新しく出発するのが、
本因妙の仏法である。
日々、
心新たに前進する学会活動は、
仏法の法理に則って、
幸福と勝利のリズムを奏でゆく
行動なのである。
わが生命の奥底には、
尊貴なる地涌の生命が
脈動している。
深き誓願の祈りと勇敢な行動で、
その清らかで力強い生命力を
「涌出」させていくことだ。
皆さまは、一人残らず、
尊い使命を持って、
この地球に生を享けた。
新しい創価学会の大建設は、
この「地涌」の
大生命の躍動から始まる。
もみじの葉が紅に燃える。1988年(昭和63年)12月、池田大作先生が熱海の静岡研修道場でシャッターを切った。
静岡は、創価学会の初代会長・牧口常三郎先生が戦時中、信教の自由を侵す軍部政府の横暴と戦い、折伏に赴いた地である。先師が掲げた"正義の旗"は第2代会長・戸田城聖先生、第3代会長・池田先生に受け継がれ、学会は192カ国・地域に広がる平和と幸福の大連帯となった。
間もなく学会創立記念日の11月18日を迎える。「11・18」は、創価の三代会長の大闘争に続き、弟子が広宣流布の誓願に立つ日。
さあ、折伏精神を赤々と燃やし、共に新たな人間革命の勝利劇をつづりゆこう。
2017年11月7日火曜日
2017.11.07 わが友に贈る
題目こそ
価値創造の源泉だ。
いかなる苦難も
成長の糧に変えゆく
絶対的幸福の人生を!
立正安国論 P21
『悪侶を誡めずんば豈善事を成さんや』
☆女性に贈ることば 十一月七日
四十代からが、女性のひとつの勝負です。それまでは、焦らず、着々と、崩れざる福徳の土台を固めていくことです。
☆今日のことば365 十一月七日
先輩よ 真の勇気ある人になれ
われも 平凡のなかに勇気ある人になりたし
これ後輩に対する責任なり
☆御書と歩む 第91回 一念を定めて祈り抜け
『南無妙法蓮華経と他事なく唱へ申して候へば天然と三十二相八十種好を備うるなり、如我等無異と申して釈尊程の仏にやすやすと成り候なり』(新池御書、1443ページ)
◇通解
「南無妙法蓮華経」と、他の事にとらわれることなく唱えていく時に、自然と三十二相・八十種好を具えるのである。「如我等無異」(我が如く等しくして異なること無からしめん)といって、釈尊のような仏にやすやすと成るのである。
◇同志への指針
一念を定めて妙法を唱え抜けば、ありのままの凡夫の姿で仏と同じ生命を具えていけるとのお約束である。
広布に進みゆく学会活動の中でこそ、互いの仏性を触発して、皆が人間革命することができる。
誰も差別なく、置き去りにしない。「如我等無異」という仏の誓願に連なって、我らは題目を響かせ、向上と幸福のスクラムを広げゆくのだ!
☆世界写真紀行 第26回 シンガポール マリーナ・ベイ地区
◇挑戦の心で新たな出発を
半世紀前、誰がこの街の様子を想像できただろうか。「奇跡」と呼ぶにふさわしい、堂々たる発展ぶりだ。
シンガポールのマリーナ・ベイ地区。
3棟のビルに"船"が乗った独創的なデザインは、複合施設「マリーナ・ベイ・サンズ」。付近には、美術館や博物館、コンサートホールなどの文化施設や、大型ショッピングセンターがあり、世界中から多くの人が訪れる。
日本の淡路島ほどの国土に、中国系、マレー系、インド系など500万人が暮らす。一人当たりの名目国内総生産(GDP)は日本の約1・4倍。世界的な経済大国だ。
その建国の歩みは、苦難に満ちたものだった。
1965年8月、シンガポールは、マレーシア連邦から独立した。資源はない。水や食糧も満足になかった。
建国の父リー・クアンユー首相は、池田先生との会見(88年)で振り返った。
「地理的にも小さく、人口も少ない。一国として成り立つには、すべて小さい。その課題を克服するためには、世界各国とリンク(連携)を結んでいかねばならなかった」
この言葉通り、首相自身が各国を回り、友好関係を築いていった。"人こそ最大の資源"と、英語教育を取り入れ、海外からも幅広く人材を受け入れた。こうした政策により、同国は目覚ましい経済成長を遂げていく。
2000年11月、池田先生がシンガポールへ。5年ぶり3度目の訪問である。街は至る所で建設が進み、活気にあふれていた。
シンガポール創価学会(SSA)もまた、足並みをそろえるように発展。毎年のシンガポールの独立国家式典には、政府の要請を受けたSSAのメンバーが出演するなど、社会貢献の連帯に絶大な信頼が寄せられている。
26日のリーダーの集いに出席した先生は、シンガポールの国民が心を一つにして独立後の試練に挑み、国家を建設してきた歴史に言及。困難に立ち向かう「挑戦の心」こそ、同国の精神の柱であると強調した。
さらに先生は、SGIの躍進の様子をたたえた上で、こう語った。
「『創業は易く、守成は難し』という言葉がある。人間の傾向として、いったん基盤ができあがると、たくましい挑戦心を失い、どうしても守りに入ってしまいがちである。だが、それからが本当の戦いであり、本当の挑戦が始まるのである。いかに環境が整おうが、建設期のみずみずしい情熱を、開拓の心を、決して忘れてはならない」
挑戦の心が燃える人は、何があっても負けない。どこまでも朗らかに、「いよいよだ!」「さあ、これからだ!」と前へ進むことができる。
きょうも師と共に、尊い同志と共に、はつらつと出発しよう。広布の大理想を胸に、自分自身の挑戦を開始しよう。このたくましい前進と向上の心こそ、永遠の学会精神である。
価値創造の源泉だ。
いかなる苦難も
成長の糧に変えゆく
絶対的幸福の人生を!
立正安国論 P21
『悪侶を誡めずんば豈善事を成さんや』
☆女性に贈ることば 十一月七日
四十代からが、女性のひとつの勝負です。それまでは、焦らず、着々と、崩れざる福徳の土台を固めていくことです。
☆今日のことば365 十一月七日
先輩よ 真の勇気ある人になれ
われも 平凡のなかに勇気ある人になりたし
これ後輩に対する責任なり
☆御書と歩む 第91回 一念を定めて祈り抜け
『南無妙法蓮華経と他事なく唱へ申して候へば天然と三十二相八十種好を備うるなり、如我等無異と申して釈尊程の仏にやすやすと成り候なり』(新池御書、1443ページ)
◇通解
「南無妙法蓮華経」と、他の事にとらわれることなく唱えていく時に、自然と三十二相・八十種好を具えるのである。「如我等無異」(我が如く等しくして異なること無からしめん)といって、釈尊のような仏にやすやすと成るのである。
◇同志への指針
一念を定めて妙法を唱え抜けば、ありのままの凡夫の姿で仏と同じ生命を具えていけるとのお約束である。
広布に進みゆく学会活動の中でこそ、互いの仏性を触発して、皆が人間革命することができる。
誰も差別なく、置き去りにしない。「如我等無異」という仏の誓願に連なって、我らは題目を響かせ、向上と幸福のスクラムを広げゆくのだ!
☆世界写真紀行 第26回 シンガポール マリーナ・ベイ地区
◇挑戦の心で新たな出発を
半世紀前、誰がこの街の様子を想像できただろうか。「奇跡」と呼ぶにふさわしい、堂々たる発展ぶりだ。
シンガポールのマリーナ・ベイ地区。
3棟のビルに"船"が乗った独創的なデザインは、複合施設「マリーナ・ベイ・サンズ」。付近には、美術館や博物館、コンサートホールなどの文化施設や、大型ショッピングセンターがあり、世界中から多くの人が訪れる。
日本の淡路島ほどの国土に、中国系、マレー系、インド系など500万人が暮らす。一人当たりの名目国内総生産(GDP)は日本の約1・4倍。世界的な経済大国だ。
その建国の歩みは、苦難に満ちたものだった。
1965年8月、シンガポールは、マレーシア連邦から独立した。資源はない。水や食糧も満足になかった。
建国の父リー・クアンユー首相は、池田先生との会見(88年)で振り返った。
「地理的にも小さく、人口も少ない。一国として成り立つには、すべて小さい。その課題を克服するためには、世界各国とリンク(連携)を結んでいかねばならなかった」
この言葉通り、首相自身が各国を回り、友好関係を築いていった。"人こそ最大の資源"と、英語教育を取り入れ、海外からも幅広く人材を受け入れた。こうした政策により、同国は目覚ましい経済成長を遂げていく。
2000年11月、池田先生がシンガポールへ。5年ぶり3度目の訪問である。街は至る所で建設が進み、活気にあふれていた。
シンガポール創価学会(SSA)もまた、足並みをそろえるように発展。毎年のシンガポールの独立国家式典には、政府の要請を受けたSSAのメンバーが出演するなど、社会貢献の連帯に絶大な信頼が寄せられている。
26日のリーダーの集いに出席した先生は、シンガポールの国民が心を一つにして独立後の試練に挑み、国家を建設してきた歴史に言及。困難に立ち向かう「挑戦の心」こそ、同国の精神の柱であると強調した。
さらに先生は、SGIの躍進の様子をたたえた上で、こう語った。
「『創業は易く、守成は難し』という言葉がある。人間の傾向として、いったん基盤ができあがると、たくましい挑戦心を失い、どうしても守りに入ってしまいがちである。だが、それからが本当の戦いであり、本当の挑戦が始まるのである。いかに環境が整おうが、建設期のみずみずしい情熱を、開拓の心を、決して忘れてはならない」
挑戦の心が燃える人は、何があっても負けない。どこまでも朗らかに、「いよいよだ!」「さあ、これからだ!」と前へ進むことができる。
きょうも師と共に、尊い同志と共に、はつらつと出発しよう。広布の大理想を胸に、自分自身の挑戦を開始しよう。このたくましい前進と向上の心こそ、永遠の学会精神である。
2017年11月6日月曜日
2017.11.06 わが友に贈る
◇今週のことば
「ザダンカイ」こそ
地域と世界を照らす光。
御本仏から任された
「其の国の仏法」を
皆で語り弘めゆこう!
2017年11月06日
四条金吾殿女房御返事 P1134
『此の世の中の男女僧尼は嫌うべからず法華経を持たせ給う人は一切衆生のしうとこそ仏は御らん候らめ、梵王帝釈はあをがせ給うらめとうれしさ申すばかりなし』
☆女性に贈ることば 十一月六日
たじろいではならない。もう泣いてはならない。もし泣くならば、友のため、人のために、人生の応援の涙を流そうではないか。
☆今日のことば365 十一月六日
平和と幸福への願いは、万人共通の念願であるはずだ。戦争は断じて行うべきではない。戦争して誰が喜ぶか、誰が幸福か。勝利者も。敗北者も−−。
☆新時代を進む 第20回 苦楽を共に不屈の信心で
相次ぐ台風の被害に心よりお見舞い申し上げます。各地の皆さまの無事安穏を、また早期の復旧を、さらに被災された方々の変毒為薬を強盛に祈ります。
そして尊き配達員の宝友が日々、健康で、絶対無事故であるよう、妻と真剣に題目を送っています。
— ◇ —
「月月・日日につより給へ」(御書1190ページ)
我らは、この御聖訓通り、どんな時も、たゆむ心なく、「人間革命」という幸福の自転を繰り返し、「広宣流布」という平和への公転を、皆で力強く進めていくのだ。
言うに言われぬ苦労も、思いも寄らぬ試練もある。
あの剛毅な四条金吾でさえ、打ち続く苦境に、思わず「大難雨の如く来り候」と弱音をこぼしたことがあったようだ。
日蓮大聖人は、大きく包容してくださりつつ、譬えを引かれ、難を乗り越える信心を愛弟子に打ち込まれた。〈同1136ページ〉
松の木は長年の風雪を耐えながら、見事な枝振りの風格を備えるではないか。法華経の行者は、難に遭うほど生命の勢いを倍増し、「久遠長寿の如来」として永遠に崩れざる大境涯を必ず開いていけるのだ——。
厳愛の叱咤に、金吾夫妻は再び立ち上がり、「雨の如く」襲いかかる讒言にも屈しなかった。信心即生活、仏法即社会の模範を示し、「よかりけり・よかりけり」と謳われゆく勝利を飾っていったのである。
「雨」といえば——
雨の関西文化祭(1966年)、雨の沖縄平和文化祭(83年)、そして雨の神奈川青年平和音楽祭(84年)等々、思い出は尽きない。
天が試すような逆境を、一緒にはね返した負けじ魂の若人たちが、堂々たる大樹と育ち、名指揮を執ってくれている。
わが創価家族の大闘争は御本仏が全て御照覧であられる。一人一人の健気な同志が、「陰徳陽報」の大果報を勝ち得ないわけがない。
— ◇ —
間もなく、70カ国・地域からSGIの代表が、秋季研修会で来日する。栄光の創立記念日は目前である。
世界のリーダーと肩を組んで、心新たに、全員が若々しい生命で出発するのだ。
苦も楽も分かち合って、万年先の地涌の友まで照らし、励ましゆける不屈の民衆凱歌の叙事詩を、いよいよ朗らかに綴り広げようではないか!
「ザダンカイ」こそ
地域と世界を照らす光。
御本仏から任された
「其の国の仏法」を
皆で語り弘めゆこう!
2017年11月06日
四条金吾殿女房御返事 P1134
『此の世の中の男女僧尼は嫌うべからず法華経を持たせ給う人は一切衆生のしうとこそ仏は御らん候らめ、梵王帝釈はあをがせ給うらめとうれしさ申すばかりなし』
☆女性に贈ることば 十一月六日
たじろいではならない。もう泣いてはならない。もし泣くならば、友のため、人のために、人生の応援の涙を流そうではないか。
☆今日のことば365 十一月六日
平和と幸福への願いは、万人共通の念願であるはずだ。戦争は断じて行うべきではない。戦争して誰が喜ぶか、誰が幸福か。勝利者も。敗北者も−−。
☆新時代を進む 第20回 苦楽を共に不屈の信心で
相次ぐ台風の被害に心よりお見舞い申し上げます。各地の皆さまの無事安穏を、また早期の復旧を、さらに被災された方々の変毒為薬を強盛に祈ります。
そして尊き配達員の宝友が日々、健康で、絶対無事故であるよう、妻と真剣に題目を送っています。
— ◇ —
「月月・日日につより給へ」(御書1190ページ)
我らは、この御聖訓通り、どんな時も、たゆむ心なく、「人間革命」という幸福の自転を繰り返し、「広宣流布」という平和への公転を、皆で力強く進めていくのだ。
言うに言われぬ苦労も、思いも寄らぬ試練もある。
あの剛毅な四条金吾でさえ、打ち続く苦境に、思わず「大難雨の如く来り候」と弱音をこぼしたことがあったようだ。
日蓮大聖人は、大きく包容してくださりつつ、譬えを引かれ、難を乗り越える信心を愛弟子に打ち込まれた。〈同1136ページ〉
松の木は長年の風雪を耐えながら、見事な枝振りの風格を備えるではないか。法華経の行者は、難に遭うほど生命の勢いを倍増し、「久遠長寿の如来」として永遠に崩れざる大境涯を必ず開いていけるのだ——。
厳愛の叱咤に、金吾夫妻は再び立ち上がり、「雨の如く」襲いかかる讒言にも屈しなかった。信心即生活、仏法即社会の模範を示し、「よかりけり・よかりけり」と謳われゆく勝利を飾っていったのである。
「雨」といえば——
雨の関西文化祭(1966年)、雨の沖縄平和文化祭(83年)、そして雨の神奈川青年平和音楽祭(84年)等々、思い出は尽きない。
天が試すような逆境を、一緒にはね返した負けじ魂の若人たちが、堂々たる大樹と育ち、名指揮を執ってくれている。
わが創価家族の大闘争は御本仏が全て御照覧であられる。一人一人の健気な同志が、「陰徳陽報」の大果報を勝ち得ないわけがない。
— ◇ —
間もなく、70カ国・地域からSGIの代表が、秋季研修会で来日する。栄光の創立記念日は目前である。
世界のリーダーと肩を組んで、心新たに、全員が若々しい生命で出発するのだ。
苦も楽も分かち合って、万年先の地涌の友まで照らし、励ましゆける不屈の民衆凱歌の叙事詩を、いよいよ朗らかに綴り広げようではないか!
2017年11月5日日曜日
2017.11.05 わが友に贈る
一人また一人と
新しい人を伸ばそう!
新しい力を引き出そう!
人材育成の第一歩は
相手を信じ抜くことだ。
富木殿御書 P970
『我が門家は夜は眠りを断ち昼は暇を止めて之を案ぜよ一生空しく過して万歳悔ゆること勿れ』
☆女性に贈ることば 十一月五日
子どもの心を動かすのは、言葉ではない。心です。
その心も、真剣でなければ、必死でなければ、相手の心に響くことはない。
☆今日のことば365 十一月五日
青年は、前に進めばよいのだ。正義感と、情熱と、信念を、持ち続けて。先覚者には、苦難はつきものだ。青年には、苦悩がつきものだ。ただ、それらを打開して進むことが、革命だ。
☆池田先生の揮毫 永遠の一筆 「五月三日」
絶対の信頼を寄せる関西の地で、友の勝利と栄光を願い、「五月三日」の揮毫を大書したSGI会長。
それは第3代会長を辞任した翌年の1980年5月3日の事である。
新たな創価の未来を開いてみせるとの決意が、雄渾の肇致に漲る。
この書の脇書には、戸田会長が第2代会長に就任した「昭和二十六年五月三日」、SGI会長が第3代会長に就いた「昭和三十五年五月三日」などの日付とともに、「西暦二〇〇一年五月三日」の日付が厳然と書き留められ、その後には「此の日は わが学会乃原点也」と認められている。
「我ら創価の友はいかなる試練に直面しても原点の五月三日から元初の太陽を心に燃やして勝利へ出発するのだ」とSGI会長。永遠に輝きわたる創価の魂を胸に、師の心を受け継ぐ青年たちの大行進が世界へと広がっている。
(2017年5月号 グラフSGI)
☆青春勝利の大道 第26回 共に人間革命の栄光譜を
◇勝負は最後の執念で決まる
戦いは執念で決まる。最後の一歩まで、徹して攻め続けた方が勝つ。
これが歴史の鉄則だ。
「断じて勝つ!」という燃え上がる若き闘魂こそ、勝利の光明である。勇気ある信心の一念ほど、強いものはない。
御聖訓には、「教主釈尊をうごかし奉れば・ゆるがぬ草木やあるべき・さわがぬ水やあるべき」(御書1187ページ)と仰せである。
広宣流布の請願の祈りには、自身を変え、環境を変え、大宇宙をも揺り動かしゆく力がある。臆してはならない。
朗らかに自信をもって、仏縁拡大に打って出て、正義を語り抜こう!
使命の青春の晴れ舞台で、人間革命の栄光譜を綴りゆけ!
◇我らの目的は全民衆の幸福
創価学会の目的は何か——。それは、全民衆の幸福であり、平和社会の建設である。戸田先生は関西で叫ばれた。
「百年の大計、いな、何千年の平和の大計をたて、もって、日蓮大聖人様の御恩に報ずるとともに、民衆万年の幸福を確立することが、創価学会の使命である」と。(大阪・堺支部総会)自分一身の幸福を超えて、縁する人々はもとより、遠大な未来の人類の幸福まで勝ち開いていくのが、我らの日々の学会活動なのである。さあ、今日も友のもとへ!
心通う対話と人間尊敬の振舞いで、誰もが生きる喜びに輝く理想の幸福郷を築くのだ。
新しい人を伸ばそう!
新しい力を引き出そう!
人材育成の第一歩は
相手を信じ抜くことだ。
富木殿御書 P970
『我が門家は夜は眠りを断ち昼は暇を止めて之を案ぜよ一生空しく過して万歳悔ゆること勿れ』
☆女性に贈ることば 十一月五日
子どもの心を動かすのは、言葉ではない。心です。
その心も、真剣でなければ、必死でなければ、相手の心に響くことはない。
☆今日のことば365 十一月五日
青年は、前に進めばよいのだ。正義感と、情熱と、信念を、持ち続けて。先覚者には、苦難はつきものだ。青年には、苦悩がつきものだ。ただ、それらを打開して進むことが、革命だ。
☆池田先生の揮毫 永遠の一筆 「五月三日」
絶対の信頼を寄せる関西の地で、友の勝利と栄光を願い、「五月三日」の揮毫を大書したSGI会長。
それは第3代会長を辞任した翌年の1980年5月3日の事である。
新たな創価の未来を開いてみせるとの決意が、雄渾の肇致に漲る。
この書の脇書には、戸田会長が第2代会長に就任した「昭和二十六年五月三日」、SGI会長が第3代会長に就いた「昭和三十五年五月三日」などの日付とともに、「西暦二〇〇一年五月三日」の日付が厳然と書き留められ、その後には「此の日は わが学会乃原点也」と認められている。
「我ら創価の友はいかなる試練に直面しても原点の五月三日から元初の太陽を心に燃やして勝利へ出発するのだ」とSGI会長。永遠に輝きわたる創価の魂を胸に、師の心を受け継ぐ青年たちの大行進が世界へと広がっている。
(2017年5月号 グラフSGI)
☆青春勝利の大道 第26回 共に人間革命の栄光譜を
◇勝負は最後の執念で決まる
戦いは執念で決まる。最後の一歩まで、徹して攻め続けた方が勝つ。
これが歴史の鉄則だ。
「断じて勝つ!」という燃え上がる若き闘魂こそ、勝利の光明である。勇気ある信心の一念ほど、強いものはない。
御聖訓には、「教主釈尊をうごかし奉れば・ゆるがぬ草木やあるべき・さわがぬ水やあるべき」(御書1187ページ)と仰せである。
広宣流布の請願の祈りには、自身を変え、環境を変え、大宇宙をも揺り動かしゆく力がある。臆してはならない。
朗らかに自信をもって、仏縁拡大に打って出て、正義を語り抜こう!
使命の青春の晴れ舞台で、人間革命の栄光譜を綴りゆけ!
◇我らの目的は全民衆の幸福
創価学会の目的は何か——。それは、全民衆の幸福であり、平和社会の建設である。戸田先生は関西で叫ばれた。
「百年の大計、いな、何千年の平和の大計をたて、もって、日蓮大聖人様の御恩に報ずるとともに、民衆万年の幸福を確立することが、創価学会の使命である」と。(大阪・堺支部総会)自分一身の幸福を超えて、縁する人々はもとより、遠大な未来の人類の幸福まで勝ち開いていくのが、我らの日々の学会活動なのである。さあ、今日も友のもとへ!
心通う対話と人間尊敬の振舞いで、誰もが生きる喜びに輝く理想の幸福郷を築くのだ。
2017年11月4日土曜日
2017.11.04 わが友に贈る
わが地域に笑顔輝く
人間共和の都に!
清々しい挨拶と
誠実な振る舞いで
信頼と共感を広げよう!
異体同心事 P1463
『日本国の人人は多人なれども体同異心なれば諸事成ぜん事かたし、日蓮が一類は異体同心なれば人人すくなく候へども大事を成じて一定法華経ひろまりなんと覚へ候、悪は多けれども一善にかつ事なし』
☆女性に贈ることば 十一月四日
恩師・戸田先生は言われた。
「女性は、常に勇敢に働ききっていく生命力を持ちなさい」
「若さとは、生命力から湧くものだ」
年は若くても、老いた感じを受ける人がいる。何歳になっても、若々しく輝いている。その差は、「生命力」にある。
☆今日のことば365 十一月四日
庶民は、雑草のようである。しかし、雑草の生えぬところに、どうして草木、果実が実ろうか。庶民の力、庶民の思想は、時により、哲人、宰相よりも強く、また真実を含んでいるのものだ。
☆池田先生の揮毫 永遠の一筆 「師弟山」
◇師弟の歴史を築く
1979年5月3日、池田先生は八王子の創価大学で、会長辞任直後の本部総会に出席。その後向かった神奈川文化会館で、「共戦」「正義」の書に先駆けて認めたのが「師弟山」の揮毫である。
5月3日—この日には師弟の歴史が刻まれている。
51年、初代会長、牧口先生の後を継ぎ、第2代会長に戸田先生が就任。
60年には第3代会長に池田先生が就き、恩師の構想を次々に実現。さらに学会は世界へと雄飛し、192ヵ国・地域へと広がった。
師の誓願を自らの誓願とし、いかなる烈風にも揺るがない"師弟不二の山"を築き上げた創価三代の会長。
池田先生は後継の弟子へ呼び掛けた。
「我らは、題目の獅子吼を響かせながら、「師弟常勝の山』をいよいよ異体同心 で、いよいよ威風堂々と聳え立たせていこうではありませんか」と。
(2017年4月号 グラフSGI)
☆青春勝利の大道 第25回 異体同心は無敵の力なり
◇前進のスクラムの要たれ
御聖訓には、「日蓮が一類は異体同心なれば人人すくなく候へども大事を成じて」(御書1463ページ)と仰せである。
苦楽を分かち、仲良く励まし合い、連携を迅速に取る−−。 この「異体同心」の信心の団結に、無敵の力が脈打つのだ。
麗しきスクラムの要は、青年リーダーである。広布のリズムの中で、宝友が前進できるように、一人ひとリに光を当て、祈り抜いていくのだ。
「悪は多けれども一善にかつ事なし」(同ページ)である。
御本仏に連なる創価の一善の団結に、恐れるものなど断じてない。
立正安国のために心を合わせ、青春勝利の名指揮を!
◇「やらんかな」の心意気で
いざという時に「やらんかな」と勇み立つ生命は、金剛不壊の仏の大境涯を開くことができる。大変だからこそ、大きく「心の財」が積まれるのだ。
戸田先生は、「広布の戦いは、皆が最後は『本当に楽しかった』と言えるまでやり通すのだ」と教えてくださった。
何事も、中途半端では喜びはない。一念を定めて祈り切り、ベス卜を尽くして走り切る中で、人間革命できるのだ。
「始よリ終りまで弥信心をいたすべし」「信心の歩を運ぶべし」(同144ページ)である。
社会のため、未来のため、楽しく朗らかに動き語り、共々に栄光の峰を登攀しよう!
人間共和の都に!
清々しい挨拶と
誠実な振る舞いで
信頼と共感を広げよう!
異体同心事 P1463
『日本国の人人は多人なれども体同異心なれば諸事成ぜん事かたし、日蓮が一類は異体同心なれば人人すくなく候へども大事を成じて一定法華経ひろまりなんと覚へ候、悪は多けれども一善にかつ事なし』
☆女性に贈ることば 十一月四日
恩師・戸田先生は言われた。
「女性は、常に勇敢に働ききっていく生命力を持ちなさい」
「若さとは、生命力から湧くものだ」
年は若くても、老いた感じを受ける人がいる。何歳になっても、若々しく輝いている。その差は、「生命力」にある。
☆今日のことば365 十一月四日
庶民は、雑草のようである。しかし、雑草の生えぬところに、どうして草木、果実が実ろうか。庶民の力、庶民の思想は、時により、哲人、宰相よりも強く、また真実を含んでいるのものだ。
☆池田先生の揮毫 永遠の一筆 「師弟山」
◇師弟の歴史を築く
1979年5月3日、池田先生は八王子の創価大学で、会長辞任直後の本部総会に出席。その後向かった神奈川文化会館で、「共戦」「正義」の書に先駆けて認めたのが「師弟山」の揮毫である。
5月3日—この日には師弟の歴史が刻まれている。
51年、初代会長、牧口先生の後を継ぎ、第2代会長に戸田先生が就任。
60年には第3代会長に池田先生が就き、恩師の構想を次々に実現。さらに学会は世界へと雄飛し、192ヵ国・地域へと広がった。
師の誓願を自らの誓願とし、いかなる烈風にも揺るがない"師弟不二の山"を築き上げた創価三代の会長。
池田先生は後継の弟子へ呼び掛けた。
「我らは、題目の獅子吼を響かせながら、「師弟常勝の山』をいよいよ異体同心 で、いよいよ威風堂々と聳え立たせていこうではありませんか」と。
(2017年4月号 グラフSGI)
☆青春勝利の大道 第25回 異体同心は無敵の力なり
◇前進のスクラムの要たれ
御聖訓には、「日蓮が一類は異体同心なれば人人すくなく候へども大事を成じて」(御書1463ページ)と仰せである。
苦楽を分かち、仲良く励まし合い、連携を迅速に取る−−。 この「異体同心」の信心の団結に、無敵の力が脈打つのだ。
麗しきスクラムの要は、青年リーダーである。広布のリズムの中で、宝友が前進できるように、一人ひとリに光を当て、祈り抜いていくのだ。
「悪は多けれども一善にかつ事なし」(同ページ)である。
御本仏に連なる創価の一善の団結に、恐れるものなど断じてない。
立正安国のために心を合わせ、青春勝利の名指揮を!
◇「やらんかな」の心意気で
いざという時に「やらんかな」と勇み立つ生命は、金剛不壊の仏の大境涯を開くことができる。大変だからこそ、大きく「心の財」が積まれるのだ。
戸田先生は、「広布の戦いは、皆が最後は『本当に楽しかった』と言えるまでやり通すのだ」と教えてくださった。
何事も、中途半端では喜びはない。一念を定めて祈り切り、ベス卜を尽くして走り切る中で、人間革命できるのだ。
「始よリ終りまで弥信心をいたすべし」「信心の歩を運ぶべし」(同144ページ)である。
社会のため、未来のため、楽しく朗らかに動き語り、共々に栄光の峰を登攀しよう!
2017年11月3日金曜日
2017.11.03 わが友に贈る
「受くるは・やすく
持つはかたし」御聖訓。
弛まぬ信心が勝利の源。
清新な朝の祈りから
充実の一日を始めよう!
法蓮抄 P1045
『現在に眼前の証拠あらんずる人此の経を説かん時は信ずる人もありやせん』
☆女性に贈ることば 十一月三日
「ああ、あの人、あんなきれいなかっこうして!」と、妬んでもしょうがない。自分が、もっと魅力的になればいい。
人がどうあれ、環境や状況がどうあれ、自分が成長して、人に影響を与えていく。それが、「創価」すなわち「価値創造」の生き方である。
☆今日のことば365 十一月三日
希望に生きぬ人生はない
未来を持たぬ人生ほど 寂しきものはない
人はすべて 何ものかを求め
願望のなかに 生き甲斐を見いだすものである
今日より明日へ 現在より未来へと
常に希望を持って生きている
人生に この希望を失わぬかぎり
絶えざる向上と たゆまざる前進がある
かくて 社会には 文化の創造がなされゆくものだ
ゆえに希望ももてぬ力弱き人生は 敗北であり
未来なき人は 生ける屍にひとしい
☆池田先生の揮毫 永遠の一筆 「大桜」
◇功徳満開の人生を
雄渾なる筆勢の「大桜」。脇書には「わが友乃 功徳 満開たれと 祈りつつ」「五十四年 五月三日 創大にて 合掌」と記されている。
第3代会長辞任直後の本部総会に出席した際、「大山」の書と共に、創価大学で認められた揮毫である。
池田先生の故郷にある大田池田文化会館をはじめ、八王子の牧口記念庭園や北海道の戸田記念墓地公園など、春になれば万朶と咲き薫る桜が創価の庭を彩る。
厳しい冬を耐え抜き、春に美しい花を咲かせる桜。人間も同じ、あらゆる苦難を乗り越えてこそ、何ものにも 揺るがない人格が築かれ、功徳に満ちた人生を歩むことができる。
「今を生き抜き、勝ち取るなかに、三世に薫る『勝利』 と『栄光』の人生の開花がある」とつづった池田先生。
今、創価の友が、世界の至る所で幸福の花を咲かせ、 桜梅桃李の人生を謳歌し、わが地域に平和の園を築いている。
(2017年3月号 グラフSGI)
☆青春勝利の大道 第24回 地域の希望の一番星に
◇自ら声を掛け、信頼結ぼう
戸田先生は、新天地で挑戦を開始する青年を励まされた。
「気負うことはないんだよ。みんなから好かれる人となることだよ。弘法といつても、そこから始まるんだ」と。
仏法の真髄は「人の振舞」である。明朗にして誠実な振る舞いで、自分らしく、友好と信頼の橋を築いてもらいたい。
釈尊は、「自分のほうから先に話し掛ける人」であったと伝えられる。垣根をつくらず、胸襟を開いて、笑顔で話し掛ける。この「開かれた対話」が、真の仏法者の実践である。
身近から、伸びやかに友情を育もう。その一人から、人間主義の連帯が広がるのだから。
◇できることから挑戦を
学会が世界的に発展したのは、なぜか−−それは地域に根ざしたからだ。地域を大切にし、地域と共に栄えてきたからだ。
日蓮大聖人は、「主の御ためにも仏法の御ためにも世間の心ねもよかりけり・もよかりけりと鎌倉の人々の口にうたわれ給へ」(御書1173ページ)と教えられた。
"自分が今いる、この地で勝つ"と決めて、御本尊に祈り、智慧と力を尽くすことだ。いずこの地域でも、青年の貢献は何よりも感謝される。爽やかな挨拶を心がけ、できることから挑戦していこう!
創価の若人は、愛する地域で、はつらつと活躍を!地域の希望の一番星と輝いてくれ給え!?
持つはかたし」御聖訓。
弛まぬ信心が勝利の源。
清新な朝の祈りから
充実の一日を始めよう!
法蓮抄 P1045
『現在に眼前の証拠あらんずる人此の経を説かん時は信ずる人もありやせん』
☆女性に贈ることば 十一月三日
「ああ、あの人、あんなきれいなかっこうして!」と、妬んでもしょうがない。自分が、もっと魅力的になればいい。
人がどうあれ、環境や状況がどうあれ、自分が成長して、人に影響を与えていく。それが、「創価」すなわち「価値創造」の生き方である。
☆今日のことば365 十一月三日
希望に生きぬ人生はない
未来を持たぬ人生ほど 寂しきものはない
人はすべて 何ものかを求め
願望のなかに 生き甲斐を見いだすものである
今日より明日へ 現在より未来へと
常に希望を持って生きている
人生に この希望を失わぬかぎり
絶えざる向上と たゆまざる前進がある
かくて 社会には 文化の創造がなされゆくものだ
ゆえに希望ももてぬ力弱き人生は 敗北であり
未来なき人は 生ける屍にひとしい
☆池田先生の揮毫 永遠の一筆 「大桜」
◇功徳満開の人生を
雄渾なる筆勢の「大桜」。脇書には「わが友乃 功徳 満開たれと 祈りつつ」「五十四年 五月三日 創大にて 合掌」と記されている。
第3代会長辞任直後の本部総会に出席した際、「大山」の書と共に、創価大学で認められた揮毫である。
池田先生の故郷にある大田池田文化会館をはじめ、八王子の牧口記念庭園や北海道の戸田記念墓地公園など、春になれば万朶と咲き薫る桜が創価の庭を彩る。
厳しい冬を耐え抜き、春に美しい花を咲かせる桜。人間も同じ、あらゆる苦難を乗り越えてこそ、何ものにも 揺るがない人格が築かれ、功徳に満ちた人生を歩むことができる。
「今を生き抜き、勝ち取るなかに、三世に薫る『勝利』 と『栄光』の人生の開花がある」とつづった池田先生。
今、創価の友が、世界の至る所で幸福の花を咲かせ、 桜梅桃李の人生を謳歌し、わが地域に平和の園を築いている。
(2017年3月号 グラフSGI)
☆青春勝利の大道 第24回 地域の希望の一番星に
◇自ら声を掛け、信頼結ぼう
戸田先生は、新天地で挑戦を開始する青年を励まされた。
「気負うことはないんだよ。みんなから好かれる人となることだよ。弘法といつても、そこから始まるんだ」と。
仏法の真髄は「人の振舞」である。明朗にして誠実な振る舞いで、自分らしく、友好と信頼の橋を築いてもらいたい。
釈尊は、「自分のほうから先に話し掛ける人」であったと伝えられる。垣根をつくらず、胸襟を開いて、笑顔で話し掛ける。この「開かれた対話」が、真の仏法者の実践である。
身近から、伸びやかに友情を育もう。その一人から、人間主義の連帯が広がるのだから。
◇できることから挑戦を
学会が世界的に発展したのは、なぜか−−それは地域に根ざしたからだ。地域を大切にし、地域と共に栄えてきたからだ。
日蓮大聖人は、「主の御ためにも仏法の御ためにも世間の心ねもよかりけり・もよかりけりと鎌倉の人々の口にうたわれ給へ」(御書1173ページ)と教えられた。
"自分が今いる、この地で勝つ"と決めて、御本尊に祈り、智慧と力を尽くすことだ。いずこの地域でも、青年の貢献は何よりも感謝される。爽やかな挨拶を心がけ、できることから挑戦していこう!
創価の若人は、愛する地域で、はつらつと活躍を!地域の希望の一番星と輝いてくれ給え!?
2017年11月2日木曜日
2017.11.02 わが友に贈る
励ましの真髄は
「話す」より「聴く」。
共感と納得ありて
安心と決意あり!
個人指導の名手たれ!
太田入道殿御返事 P1009
『病の起る因縁を明すに六有り、一には四大順ならざる故に病む二には飲食節ならざる故に病む三には坐禅調わざる故に病む四には鬼便りを得る五には魔の所為六には業の起るが故に病む』
☆女性に贈ることば 十一月二日
あなたの成長を待っている人がいる。
あなたの優しさを待っている人がいる。
あなたの勝利を待っている人がいる。
☆今日のことば365 十一月二日
現実から逃げ出したからといって、そこに幸福があるわけではない。要は、われわれをとりまく、いっさいの環境をわれわれが支配していくか、逆に支配されるかである。人生の幸不幸の分かれ目は、ここにある。
☆池田先生の揮毫 永遠の一筆 「大山」
◇不動の心で
1979年(昭和54年)4月24日、池田先生は宗門の謀略が渦巻く中、第3代会長を辞任。その後の5月3日に八王子の創価大学で認められたのが「大山」の書である。脇書には「わが友よ 嵐に不動乃信心たれと祈りつつ」と記されている。
この日、神奈川文化会館へ移動し、横浜港から果てしなく続く大海原を見つめ"次の輪台は世界!"と、新たな広布旅を開始。そして、わが創価学会は、揺るぎない精神界の王者として、大山のごとく、社会に、そびえ立っているとの信念で、世界の識者と対話し、友情と信頼の絆を広げてきた。
本年の聖教新聞新年号から連載されている小説『新 人間革命』「大山」の章。そこにつづられている"いかなる苦難にも打ち勝つ不動の心"を受け継ぐ友の大前進が、今、始まった。
(2017年2月号 グラフSGI)
☆青春勝利の大道 第23回 平和の潮流を青年の手で
◇核兵器なき世界へ前進
戸田先生が青年への「遺訓の第一」として託された「原水爆禁止宣言」より60年。
広島・長崎・沖縄さらに神奈川の若人を先頭に、平和の潮流を広げる熱と力のスクラムを、恩師と共に頼もしく見つめている。
「いのちと申す物は一切の財の中に第一の財なり」(御書1596ページ)と説かれる。
世界の民衆の「生存の権利」を護り抜くため、「絶対に戦争はしない、させない」ということを、人類の根本の理念にしていかねばならない。
時代はいよいよ、恩師が展望された方向へ動き始めている。
核兵器無き世界へ、戦争なき世界へ、生命尊厳の大哲理を掲げて、若き地涌の前進を頼む。
◇一人の生命に幸福の種を
我らの進む道は、「広宣流布」即「世界平和」の大道である。
戸田先生は語られていた。
「広宣流布は最高の善行である。絶対に確信をもって進むべきだ。
悪口など恐れるな!これ以上、人間の幸福と世界平和に尽くす大道はないからだ」と。
妙法は、永遠不滅の平和をつくる究極の法理である。
ゆえに、その法を弘める青年こそ、真の平和の先駆者なのである。
日蓮大聖人は、「悦ばしきかなや・楽かなや不肖の身として今度心田に仏種をうえたる」(同286ページ)と仰せになられた。
希望と幸福の種を、一人一人の生命に朗らかに蒔きゆこう。
対話から平和は始まるからだ!
「話す」より「聴く」。
共感と納得ありて
安心と決意あり!
個人指導の名手たれ!
太田入道殿御返事 P1009
『病の起る因縁を明すに六有り、一には四大順ならざる故に病む二には飲食節ならざる故に病む三には坐禅調わざる故に病む四には鬼便りを得る五には魔の所為六には業の起るが故に病む』
☆女性に贈ることば 十一月二日
あなたの成長を待っている人がいる。
あなたの優しさを待っている人がいる。
あなたの勝利を待っている人がいる。
☆今日のことば365 十一月二日
現実から逃げ出したからといって、そこに幸福があるわけではない。要は、われわれをとりまく、いっさいの環境をわれわれが支配していくか、逆に支配されるかである。人生の幸不幸の分かれ目は、ここにある。
☆池田先生の揮毫 永遠の一筆 「大山」
◇不動の心で
1979年(昭和54年)4月24日、池田先生は宗門の謀略が渦巻く中、第3代会長を辞任。その後の5月3日に八王子の創価大学で認められたのが「大山」の書である。脇書には「わが友よ 嵐に不動乃信心たれと祈りつつ」と記されている。
この日、神奈川文化会館へ移動し、横浜港から果てしなく続く大海原を見つめ"次の輪台は世界!"と、新たな広布旅を開始。そして、わが創価学会は、揺るぎない精神界の王者として、大山のごとく、社会に、そびえ立っているとの信念で、世界の識者と対話し、友情と信頼の絆を広げてきた。
本年の聖教新聞新年号から連載されている小説『新 人間革命』「大山」の章。そこにつづられている"いかなる苦難にも打ち勝つ不動の心"を受け継ぐ友の大前進が、今、始まった。
(2017年2月号 グラフSGI)
☆青春勝利の大道 第23回 平和の潮流を青年の手で
◇核兵器なき世界へ前進
戸田先生が青年への「遺訓の第一」として託された「原水爆禁止宣言」より60年。
広島・長崎・沖縄さらに神奈川の若人を先頭に、平和の潮流を広げる熱と力のスクラムを、恩師と共に頼もしく見つめている。
「いのちと申す物は一切の財の中に第一の財なり」(御書1596ページ)と説かれる。
世界の民衆の「生存の権利」を護り抜くため、「絶対に戦争はしない、させない」ということを、人類の根本の理念にしていかねばならない。
時代はいよいよ、恩師が展望された方向へ動き始めている。
核兵器無き世界へ、戦争なき世界へ、生命尊厳の大哲理を掲げて、若き地涌の前進を頼む。
◇一人の生命に幸福の種を
我らの進む道は、「広宣流布」即「世界平和」の大道である。
戸田先生は語られていた。
「広宣流布は最高の善行である。絶対に確信をもって進むべきだ。
悪口など恐れるな!これ以上、人間の幸福と世界平和に尽くす大道はないからだ」と。
妙法は、永遠不滅の平和をつくる究極の法理である。
ゆえに、その法を弘める青年こそ、真の平和の先駆者なのである。
日蓮大聖人は、「悦ばしきかなや・楽かなや不肖の身として今度心田に仏種をうえたる」(同286ページ)と仰せになられた。
希望と幸福の種を、一人一人の生命に朗らかに蒔きゆこう。
対話から平和は始まるからだ!
2017年11月1日水曜日
2017.11.01 わが友に贈る
親子の絆を結ぶものは
情愛であり思いやりだ。
人格を尊重しながら
子どもがほっとする
和楽の家庭を築こう!
食物三徳御書 P1598
『食には三の徳あり、一には命をつぎ二にはいろをまし三には力をそう』
☆女性に贈ることば 十一月一日
人間教育の根本は、愛情です。愛情によって育てられた人は、競争によって他人を蹴落とすのではなく、社会のため、人びとのために貢献する生き方を志向していくものです。
☆今日のことば365 十一月一日
人間の生命を、何よりも大事にし、どんな人でも、その人格を尊ぶ考えだけは、どこまでも持ち続けてほしい。
☆大白蓮華巻頭言 2017年11月号 ザダンカイは元気の幸福劇場
私は座談会で、師匠とお会いすることができた。
私は座談会で、大仏法を学び、実践してきた。
私は座談会で、愛する同士と一緒に、日本そして世界へ、広宣流布の拡大を起こしてきた。
私は座談会が、何よりも大好きだ。
法華経の薬王品は、「如清涼池」と説かれる。
すなわち、清らかで涼やかな池は、渇きに苦しむ人々の心身も満たすことができる。その池の如くに、妙法には、生老病死の苦悩から一切衆生を解き放つ大功力が漲っているという譬喩である。
"心の砂漠"が広がる社会にあって、座談会は、集い来る友が、皆、生命を満たし、蘇生していくことのできる「如清涼池」のオアシスといってよい。
御本仏日蓮大聖人は、明快に宣言なされた。
「仏になるみちは善知識にはすぎず」「善知識たいせちなり」、そしてまた「而るに善知識に値う事が第一のかたき事なり」(14681ページ)と。
「一生成仏」のために、最も大切であり、しかも最も値い難き存在が「善知識」だ。この善知識たる友と友の集まりこそが、創価の座談会なのである。
悪縁の渦巻く泥沼のような現実生活の中で、常に励まし合い、互いに幸の人華を咲かせていけるのだ。何と尊い常楽我浄の会座であろうか。
仏法の本義に則り、座談会という前代未聞の民衆の対話運動を創始してくださった牧口常三郎先生と戸田城聖先生に、感謝しても感謝し切れない。
この星に
幸と平和の
才アシスを
語り広げむ
地涌の我らは
戸田先生が一回一回の座談会に、真剣勝負で臨まれていたお姿が思い起こされる。司会や式次第、話の内容も事前に綿密に打ち合わせをされた。その上で「形式にとらわれる必要はない。初めて来た友も『本当に楽しい!』『よく、わかった!』と喜ベる闊達な雰囲気をつくっていこう」と言われた。
座談会は参加者全員が主役だ。老若男女を問わず、皆、大地から踊り出てきた地涌の名優ではないか!
一人一人が汗と涙でつかんだ体験は、何ものにも代え難い「人間革命」の感動のドラマではないか!
どんなに悩みを抱え、どんなに疲れ果ていても、必ず元気になれる。前向きになれる。勇気が湧いてくる。これこそが、座談会という幸福劇場なのだ。
今や世界中で、「ザダンカイ」が朗らかに行われている。あらゆる差異を超え、地球民族の心に生命尊厳の哲理の火を灯し、人生や国土のいかなる試練にも負けない活力と連帯を生み出しているのだ。
人類が、待望してやまない新たな「対話の文明」を創造しゆく無限のエネルギーが、座談会にはある。
「御義口伝」に日く「日蓮らの類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は一同に皆共至宝処なり、共の一字は日蓮に共する時は宝処に至る可し」(734ページ)と。
座談会に連なる人は同志も友人も分け隔てなく、大聖人とご一緒である。どこまでも、大聖人と共に、最極の幸福と平和の「宝処」へ、皆で明るく賑やかに大行進していこうではないか!
情愛であり思いやりだ。
人格を尊重しながら
子どもがほっとする
和楽の家庭を築こう!
食物三徳御書 P1598
『食には三の徳あり、一には命をつぎ二にはいろをまし三には力をそう』
☆女性に贈ることば 十一月一日
人間教育の根本は、愛情です。愛情によって育てられた人は、競争によって他人を蹴落とすのではなく、社会のため、人びとのために貢献する生き方を志向していくものです。
☆今日のことば365 十一月一日
人間の生命を、何よりも大事にし、どんな人でも、その人格を尊ぶ考えだけは、どこまでも持ち続けてほしい。
☆大白蓮華巻頭言 2017年11月号 ザダンカイは元気の幸福劇場
私は座談会で、師匠とお会いすることができた。
私は座談会で、大仏法を学び、実践してきた。
私は座談会で、愛する同士と一緒に、日本そして世界へ、広宣流布の拡大を起こしてきた。
私は座談会が、何よりも大好きだ。
法華経の薬王品は、「如清涼池」と説かれる。
すなわち、清らかで涼やかな池は、渇きに苦しむ人々の心身も満たすことができる。その池の如くに、妙法には、生老病死の苦悩から一切衆生を解き放つ大功力が漲っているという譬喩である。
"心の砂漠"が広がる社会にあって、座談会は、集い来る友が、皆、生命を満たし、蘇生していくことのできる「如清涼池」のオアシスといってよい。
御本仏日蓮大聖人は、明快に宣言なされた。
「仏になるみちは善知識にはすぎず」「善知識たいせちなり」、そしてまた「而るに善知識に値う事が第一のかたき事なり」(14681ページ)と。
「一生成仏」のために、最も大切であり、しかも最も値い難き存在が「善知識」だ。この善知識たる友と友の集まりこそが、創価の座談会なのである。
悪縁の渦巻く泥沼のような現実生活の中で、常に励まし合い、互いに幸の人華を咲かせていけるのだ。何と尊い常楽我浄の会座であろうか。
仏法の本義に則り、座談会という前代未聞の民衆の対話運動を創始してくださった牧口常三郎先生と戸田城聖先生に、感謝しても感謝し切れない。
この星に
幸と平和の
才アシスを
語り広げむ
地涌の我らは
戸田先生が一回一回の座談会に、真剣勝負で臨まれていたお姿が思い起こされる。司会や式次第、話の内容も事前に綿密に打ち合わせをされた。その上で「形式にとらわれる必要はない。初めて来た友も『本当に楽しい!』『よく、わかった!』と喜ベる闊達な雰囲気をつくっていこう」と言われた。
座談会は参加者全員が主役だ。老若男女を問わず、皆、大地から踊り出てきた地涌の名優ではないか!
一人一人が汗と涙でつかんだ体験は、何ものにも代え難い「人間革命」の感動のドラマではないか!
どんなに悩みを抱え、どんなに疲れ果ていても、必ず元気になれる。前向きになれる。勇気が湧いてくる。これこそが、座談会という幸福劇場なのだ。
今や世界中で、「ザダンカイ」が朗らかに行われている。あらゆる差異を超え、地球民族の心に生命尊厳の哲理の火を灯し、人生や国土のいかなる試練にも負けない活力と連帯を生み出しているのだ。
人類が、待望してやまない新たな「対話の文明」を創造しゆく無限のエネルギーが、座談会にはある。
「御義口伝」に日く「日蓮らの類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は一同に皆共至宝処なり、共の一字は日蓮に共する時は宝処に至る可し」(734ページ)と。
座談会に連なる人は同志も友人も分け隔てなく、大聖人とご一緒である。どこまでも、大聖人と共に、最極の幸福と平和の「宝処」へ、皆で明るく賑やかに大行進していこうではないか!
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