2018年7月6日金曜日

2018.07.06 わが友に贈る

各地で大雨。
洪水や土砂崩れなどに
厳重に警戒しよう。
配達員の皆さまも
無事故第一で!

開目抄下 P236
『若し善比丘法を壊る者を見て置いて呵責し駈遣し挙処せずんば当に知るべし是の人は仏法の中の怨なり』

【通解】
もし仏法者が、法を破る者を見ながら、そのまま放置して、相手の非を厳しく責めず、追い払わず、はっきり罪を挙げて処断しないのであれば、まさに知るべきである。この仏法者は、仏法の中の怨敵である。

〈寸鉄〉 2018年7月6日
牧口・戸田両先生の法難75年。大難を恐れぬ死身弘法ありて広布は現実に
折伏行をなす者には偉大な生命力が涌出—戸田先生。楽しく逞しく挑戦!
長寿の秘訣は「本人の努力と地域の絆」—研究者。多宝会の模範の活躍光る
被爆者の平均年齢82歳超に。継承が急務。青年よ語り継げ!連帯の拡大を
再生可能エネを「主力電力化」へ—基本計画。美しき地球守る対策加速せよ

☆7月度男子部「御書活動者会」研さんのために 四菩薩造立抄
◇「今」に勝ち「時」を創れ 師弟共戦の喜び胸に
7月度の男子部「御書活動者会(御書活)」では、「四菩薩造立抄」を研さん。「時」の重要性とともに、師弟共戦の精神を学ぶ。

◇御文
『』日蓮は世間には日本第一の貧しき者なれども仏法を以て論ずれば一閻浮提第一の富る者なり、是れ時の然らしむる故なりと思へば喜び身にあまり感涙押へ難く教主釈尊の御恩報じ奉り難し』(御書988ページ)

◇通解
日蓮は世間的にみれば日本第一の貧しい者であるけれども、仏法の上から論ずるならば、一閻浮提第一の富める者である。これは(末法という)時のしからしむるゆえであると思うと、喜びは身にあまり、感涙をおさえがたく、教主釈尊の御恩は報じ奉りがたい。

◇背景と大意
本抄は、弘安2年(1279年)5月、日蓮大聖人が身延の地から、下総(千葉県北部一帯)の門下の中心者であった富木常忍に与えられたお手紙である。
前半は、本門の教主釈尊とその脇士である四菩薩(地涌の菩薩の上首である上行・無辺行・浄行・安立行)の像が建立されるのはいつか、という質問に対し、末法の初めに上行菩薩が出現して造立することが述べられ、大聖人がその上行菩薩にほかならないことが示唆されている。すなわち、御自身こそ、仏法の上からは「一閻浮提第一の富る者」であると仰せである。
後半では、末法という時は、本門が弘まる時であることが示され、大聖人との師弟不二の実践の重要性を教えられている。
なお、末法に造立される像(仏像)とは、大聖人が御図顕される曼荼羅本尊であることが「観心本尊抄」に示されている。

◇解説
人間の本当の豊かさとは何か。それは、財力でも地位でもない。心の境涯で決まる。
日蓮大聖人は本抄で、世間的には高い地位があるわけでもなく、権力者の庇護もない一僧侶であるが、仏法の法理に照らせば、世界第一の「富る者」である、との御境涯、大確信を示されている。
なぜ、大聖人が世界第一の「富る者」なのか——。それは、末法こそ、法華経の肝心たる南無妙法蓮華経の大法が、全世界に弘まっていく時だからである。
末法は、正法・像法時代と比較すると、衆生の機根が劣る五濁悪世の時代とされている。しかし、拝読御文の直前には、天台大師の「後の五百歳には、遠く妙道に沾うであろう」(御書988ページ、通解)との文、伝教大師の「正法・像法の時代はほぼ過ぎおわって、末法ははなはだ近くにある」(同ページ、通解)との文を引かれ、それぞれ末法を待ち望んでいたことが記されている。
万人成仏の妙法を弘めることは、正法・像法時代の正師が願ってもなし得なかった大聖業なのである。
ゆえに、大聖人は拝読御文で、「これは(末法という)時のしからしむるゆえであると思うと、喜びは身にあまり、感涙をおさえがたく、教主釈尊の御恩は報じ奉りがたい」と仰せである。さらに大聖人は、末法という時に巡り合い、妙法を弘める功徳の大きさが天台、伝教に勝ると述べられ、その喜びを表現されている。
そして、本抄の末尾に「総じて日蓮が弟子と云って法華経を修行せん人人は日蓮が如くにし候へ」(同989ページ)と、師弟不二の実践を呼び掛けられている。
この御文の通りに、大聖人直結の信心で、闘諍言訟の末法の中、あらゆる障魔を打ち破り、世界広宣流布の基盤を築いてきたのが、創価学会の三代会長である。
来る7月は、牧口先生と戸田先生が軍国主義と戦い、入獄された月である。また、7月3日は、戸田先生の出獄と池田先生の入獄の日でもある。この峻厳な歴史が刻まれた「師弟の月」である7月に、男子部は結成された。
"時に適った"戦いがどんなに大切か——。
池田先生は、小説『新・人間革命』に記している。
「『今』という一瞬は、無限の未来をはらんでいる。歴史を動かすのも、瞬時の判断であり、行動である。その『時』を逃さぬためには、瞬間瞬間を全力で事に当たるのだ。勝利を決する好機は、常にある。その好機を生かすことのできる人は、いつ好機が訪れようが、それを最大に活用できるように、絶え間なく努力、奮闘している人である」
「今」を全力で戦い抜く。その絶え間ない努力に、勝利の「時」は創られる。
池田先生が25年間、命を削るようにして書き続けられた『新・人間革命』が完結を迎える「今」、私たちもまた、自身の人間革命の新たな一ページをつづっていきたい。師弟共戦の喜びに燃えて——。