新聞休刊日
兵衛志殿御返事 P1108
『二人一同の儀は車の二つのわの如し鳥の二つの羽のごとし』
【通解】
二人が団結した姿は車の両輪のようなものである。鳥の二つの羽のようなものである。
☆御書と歩む� 第57回 徹底して「一人」を励ませ
『譬えば一人の父母に千子有りて一人の父母を讃歎すれば千子悦びをなす、一人の父母を供養すれば千子を供養するになりぬ』(千日尼御前御返事、1316ページ)
◇通解
(仏は子である。法華経は父母である)たとえば、一人の父母に千人の子がいて、一人の父母を讃歎すれば、千人の子が喜ぶ。一人の父母を供養すれば、千人の子を供養することになるのである。
◇同志への指針
法華経は一切の仏の父母である。ゆえに妙法に尽くす功徳は、十方三世の仏を供養する功徳と同じである。広布に走る学会活動の福徳こそ無量広大なのだ。
尊き地涌の闘士を守り支える創価の「励まし運動」を、諸仏も諸天も喝采しているに違いない。真心込めて「一人」を激励すれば、その力は幾多の眷属に広がる。一人を大切に! そこに歓喜の勝利が!
☆3月の広布史
◎3・5「壮年部結成記念日」
1966年(昭和41年)3月5日、池田大作先生のもと、学会本部に750人の代表が集い、壮年部が結成された。
席上、先生は"創価の城を支えゆく、黄金柱になっていただきたい""壮年部が大きく成長し、堅固な広宣流布の構えができるならば、わが創価学会は永久に盤石です"などと述べ、大きな期待を寄せた。
※参考資料=小説『新・人間革命』第10巻「桂冠」
◎3・8「芸術部の日」
62年(同37年)3月8日、「文化の世紀」の到来を見据え、池田先生のもと、30人で芸術部が発足した。
※参考資料=『新・人間革命』第13巻「光城」
◎3・11「小樽問答記念日」
55年(同30年)3月11日、北海道小樽市の公会堂で、創価学会と日蓮宗(身延派)の正邪を決する法論が行われた。青年部の室長だった池田先生が司会を務め、第一声で日蓮宗側を圧倒。学会側の完全勝利に終わった。
※参考資料=小説『人間革命』第9巻「発端」「小樽問答」
◎3・16「広宣流布記念の日」
57年(同32年)、第2代会長の戸田城聖先生が、生涯の願業である75万世帯の弘教を達成。翌58年3月上旬、戸田先生は、若き池田先生に「将来のために、広宣流布の模擬試験、予行演習となる式典をしよう」と提案した。同月16日、男女青年部の精鋭6000人が戸田先生のもとに集い、"広宣流布の記念式典"が開かれた。戸田先生は席上、「創価学会は、宗教界の王者である」と師子吼。広布のバトンを後継の青年に託した。
※参考資料=『人間革命』第12巻「後継」