2021年2月5日金曜日

2021.02.05 わが友に贈る

「題目で破れぬ壁はない」
これが風雪を越えてきた
多宝の同志の確信だ。
妙法の大先輩と共に
生涯青春の心で進もう!

大白牛車御消息 P1584
『法性の空に自在にとびゆく車をこそ大白牛車とは申すなれ、我より後に来り給はん人人は此の車にめされて霊山へ御出で有るべく候、日蓮も同じ車に乗りて御迎いにまかり向ふべく候』

【通解】
仏界の空に自在に飛びゆく車を、大白牛車というのである。私より後に来られる人々は、この車に乗せられて霊山浄土へおいでになることであろう。そのときは日蓮も同じ車に乗って、必ずお迎えに向かおう。

名字の言 "目に見えない部分"を大切にする 2021年2月5日
清掃のコツは"下から見る"こと——5年連続「世界一清潔な空港」に選ばれた羽田空港で、清掃責任者を担う新津春子さんは言う。蛇口のノズル、便器の縁、テーブルの裏……。しゃがんでのぞき込み、汚れを発見する▼目に付く汚れを落とせば十分、ではない。新津さんは「目に見えない部分も含め、使う人の立場になって考える」(『清掃はやさしさ』ポプラ社)と。思いやりの精神に基づく目線が世界一の偉業を支えている▼岡山県のある婦人部員は、母の誕生日にプレゼントを贈るのが恒例だった。「今年は何が欲しい?」と尋ねると、「靴が欲しいわ」と一言▼"去年も、その前も買ったのに"と不思議に思ったが、自分が学会活動に励むようになって気付いたという。毎日のように訪問・激励に歩くと、短期間で靴底はすり減る。「普段は見えない靴の裏から、母の信心の偉大さを感じました」。婦人は今、母の心を携え同志宅を訪ねる▼何が欲しいかと聞かれ、自分の楽しみ以上に広布のためを考える。誰が見ていなくとも、自らの足でコツコツと地域を歩く。こうした無名の母ありて、学会は世界192カ国・地域に広がった。その功労を知り、探し出してでもたたえる——ここに創価の魂はある。真実は表面を見るだけでは分からない。(誌)

寸鉄 2021年2月5日
宗教は平和建設の原動力—恩師。"立正安世界"が師弟の誓い。団結第一で
白馬のなくは我等が南無妙法蓮華経のこえ—御書祈り清々しく一日を出発
楽観主義の秘訣、一つは"人と比較しない"こと。わが生命を輝かす信心だ
SDGsは子が未来の夢描く好機に—識者。皆が世界の一員。共に学ぼう
幻覚成分強めた液状大麻の押収急増。健やかな若者蝕む魔物。甘く見るな

〈社説〉 2021・2・5 「無冠の友」に最大の感謝
◇厳寒の中、広布に駆ける英姿
暦の上では立春を過ぎたが、いまだ寒い日もある。例年、1月下旬から2月上旬は、多くの地域で年間の最低気温を記録する。今年の冬は積雪量が多い地域もあり、聖教新聞を日々配達する「無冠の友」の労苦はひとしおだ。
「無冠の友」の朝は早い。多くの人がまだ眠りについている時間、暗いうちから起き出して、息をはずませ配達してくださる。誰が見ているわけでもない。広布の情熱を燃やし、朗らかに勇んで走る姿の、何と尊貴なことか。フランスの哲学者アランは「人を益するわざというのはみな、それ自身美しい、また人間の顔を美しくするものだ」とつづっている(『幸福論』、神谷幹夫訳)。
配達には、地域ごとの状況に応じ、さまざまな労苦がある。配達先が一軒一軒離れた山間地もあれば、エレベーターがなく階段を何度も上り下りする団地もある。階段が凍結しているときなど、段を踏み外したりしないように一歩一歩踏み締めるなど、細心の注意が必要だ。また、除雪車が入れない場所を、雪をかき分けながら届けるケースもある。船便で到着する聖教新聞を待って配達する離島の「無冠の友」もいる。
しかし皆、それらを自身の人間錬磨の舞台として、あるいは使命に走る喜びをかみ締めて、配達の歩みを重ねている。
東日本大震災で被災した宮城県の婦人部メンバーは、その翌年には口腔がんも患った。周囲の温かい励ましに奮起して祈りを重ね、手術は成功。感謝の思いで「無冠の友」になった。現在、病も寛解となり、地区婦人部長として広布の第一線に立つ。
聖教新聞は、こうした幾重もの希望と勝利のドラマを生きる方々によって届けられている。
池田先生は過日、「無冠の友」へのメッセージで、その英姿を最大に称賛した。
「私には、真っ先に無冠の友の皆さんの生き生きとした足取り、爽やかな挨拶が胸に浮かんできます。その姿が地域に幸の風を運びます。信心の確信と喜びが、仏法を大きく広げるのです」
聖教新聞には友人読者から「多くの方々が家庭や仕事、健康の面で大きなアクシデントを抱えた時、一生懸命に唱題を重ねて苦難を乗り越えていること。これこそが信仰の真髄なのだと感じました」など共感の声が寄せられている。各界の識者も"コロナ禍における希望と良識の言論"等と共鳴している。
本年、本紙は創刊70周年を迎える。雪にも北風にも負けず、使命の朝を駆け抜け、配達してくださる皆さまがいてこそ、聖教新聞は幸福の大道を進む同志の伴走者となりうる。「無冠の友」への感謝を込め、無事故の毎日を皆で祈っていきたい。

☆第46回SGI提言� プラスの連鎖を生む政策の推進
◇社会的保護の拡充をはじめ経済と生活の再建が急務
◇第2次大戦以降で最悪の景気後退
第三の提案は、コロナ危機からの経済と生活の立て直しに関するものです。
これまで世界経済は、通貨危機をはじめ、オイルショックや金融危機などが引き金となり、何度も景気後退に見舞われてきましたが、今回のコロナ危機はそれらをはるかに凌駕する規模の打撃をもたらしています。
世界銀行によると、第2次世界大戦以降で最悪の景気後退が生じているといいます。
そうした中で、ほとんどの業種で収益が急激に悪化し、かつてないほど多くの人々が一斉に仕事を失ったり、所得の大幅な減少を強いられたりする状況が起きています。
パンデミックの影響によって世界の労働者の約半数にあたる16億人もの人々が生計手段を著しく破壊された恐れがあると、国際労働機関(ILO)が警鐘を鳴らすほど、経済危機は深刻さを増しているのです。
いくつかの国では、人々の生活を支えるための臨時給付などの緊急対策が打ち出され、昨年9月のG20(主要20カ国)の労働雇用大臣会合でも、「全ての労働者とその家族を支える強固な社会的保護制度の必要性が高まっている」との共通認識が示されました。
社会的保護とは、一人一人の生涯にわたって、貧困や病気や失業などで厳しい状況に陥った時に、その影響を軽減させるための政策や取り組みを指すもので、「世界人権宣言」でも謳われている人権の一つです。
かつて2008年に世界金融危機が起こり、多くの人々が雇用や保健や教育などの面で打撃を受けた時に、国連が2009年に立ち上げたのが、生活基盤の保障の確保を目指す「社会的保護の床」の取り組みでした。
私は2013年の提言で、この取り組みを強く支持した上で、特に若者たちの仕事を巡る状況が厳しさを増していることを踏まえ、次のように呼び掛けたことがあります。
「若者たちが希望を持てない社会に、持続可能な未来など描けるはずもなく、人権文化を育む気風が根づくこともありません。ゆえに、『社会的保護の床』の確保こそ、持続可能性と人権文化の大前提であるとの意識で取り組むべきだと訴えたい」と。
そして、当時、国連で検討が進められていたSDGsの目標の中に、「極度の貧困に苦しむ人々が尊厳ある生を取り戻すための『社会的保護の床』を全ての国で整備すること」を盛り込むよう、提唱しました。
これと相通じる趣旨の内容はSDGsでも掲げられるようになりましたが、世界金融危機の時よりも格段に深刻な状況が広がり、これまで安定した生活を送っていた人たちも含め、大勢の人々が突然の困窮にさらされる中、「社会的保護の床」を整備することが急務となっていると思えてなりません。
マルチハザードの観点に立った政策
その重要性は、37カ国で構成される経済協力開発機構(OECD)においても共通認識となってきています。
昨年5月に発表された「コロナウイルス危機下の生活支援」と題する報告では、多数の労働者とその家族が貯蓄を取り崩すなどの対応を迫られており、現在と将来の健康や生活が危険にさらされているとして、次のような認識が示されていました。
「前例のない規模の危機であることから、短期的な課題に留まるものではなく、その対応には、今後何カ月、場合によっては何年にも及ぶ、持続的な政策努力が求められるであろう。支援プログラムを可能な限り効果的かつ持続可能なものとするためにはどうすればよいか、熟慮が求められる」(OECDのウェブサイト)と。
歴史を遡れば、OECDは、戦後の混迷が続くヨーロッパ諸国の復興を支援するために、アメリカが1948年に始めた「マーシャル・プラン」の受け入れ体制を整備する目的で設立された組織が母体となったものでした。
現在では、各国の数多くの専門家を擁する世界最大の「シンク・タンク」にまで発展し、その特色の一つは、各国の取り組みを相互審査する活動などを通じて政策の"世界標準"を醸成していく点にあります。
特に近年は、活動を通してまとめた政策提言を具体的な実行に移すことが重視されており、実行を意味する英語の"ドゥー(do)"を加える形で、OECDは自らを「シンク・ドゥー・タンク」と位置付けるようになっています。

◇環境の保護を重視した挑戦で新たな雇用機会を創出
そこで私は、OECDの加盟国が、社会的保護に関するSDGsの目標を牽引する役割を担うとともに、コロナ危機で打撃を受けた経済と生活を再建するための政策について"世界標準"を共に導き出しながら、率先して実行していくことを期待したい。
例えば、「グリーン経済への積極的な移行による雇用機会の創出と産業の育成」をはじめ、「社会的保護制度の拡充のために軍事費を削減して転用すること」などが、一つの方向性として考えられます。
また、社会のレジリエンスを強める方策として、「防災や生態系保護の推進による持続可能な地域づくり」や「医療体制への継続的な支援と、介護などのケア分野での雇用環境の整備」など、意欲的な政策を進めることで世界をリードしていく意義は大きいと思うのです。
ここで政策の例示として、社会的保護の拡充に関するものだけでなく、気候変動や環境保全、防災や保健福祉といった分野に言及したのは、故なきことではありません。
現代における危機は、国連防災機関が強調するように、さまざまな脅威や課題に包括的かつ同時に対処していく「マルチハザード」の視座に立つことが、欠かせなくなっているからです。
昨年9月に行われた国連の生物多様性サミットでも、気候変動問題の悪化や、自然環境の破壊が進んでいけば、新型コロナに続く形で今後も新たな感染症が発生する恐れがあるとの認識が示されました。
このマイナスの連鎖に対し、「マルチハザード」の視座に立った取り組みを進めて、プラスの連鎖を生み出す必要があります。
つまり、気候変動への取り組みは、新たな感染症を防止するための対策ともなり、感染症対策を強化した社会は、防災の面でも強靱さを備えた社会となる。また、生態系の保全を基盤にした防災・減災に努めることは、気候変動問題に対処する力になるといったように、多くの課題を"プラスの連関"に転じることが求められているのです。

◇アフリカで進む長大な緑地の構築
コロナ危機からの経済と生活の再建を目指す上で大切になるのは、社会的保護の拡充を柱としながら、さまざまな脅威に対するレジリエンスの強化を図り、「誰もが安心して暮らすことのできる社会」を各国が共に築き上げることではないでしょうか。
一つ一つの危機も、個別に対処するのではなく、包括的に対処する中で、新しい世界の可能性を共に切り開くチャンスに変えていくことができると、私は強調したいのです。
国連のグテーレス事務総長も、生物多様性サミットでこう述べていました。
「コロナ後の復興計画と、より幅広い開発計画において、自然環境に根差した解決策を組み入れる必要があります。世界の生物多様性を保全することで、今、早急に必要とされている雇用と経済成長を生み出すことができるのです。世界経済フォーラムは、自然関連のビジネスの拡大によって、2030年までに1億9100万人の雇用創出が見込まれるとの見解を示しました。アフリカでの『グレート・グリーン・ウォール』の計画だけでも、33万5000人の雇用が創出されています」と。
事務総長が言及した「グレート・グリーン・ウォール」とは、サハラ砂漠の南縁部(サヘル地域)を横断する形で、長さ8000キロ、幅15キロにわたって在来植物を植樹し、周辺に農地をつくることで長大な緑の帯を生み出す計画です。
アフリカ連合の主導によって2007年から進められてきたもので、これまで2000万ヘクタールの荒廃した土地が回復し、植林や作物の栽培に関わる雇用が増えたほか、砂漠化が引き起こしてきた慢性的な食糧不足が改善されて、人々の健康と生活はより安定した状態になってきました。
この取り組みは、SDGsを構成する17の分野の目標のうち、15の分野に及ぶ目標に貢献しており、サヘル地域のレジリエンスを強めるとともに、地域のすべての人々が恩恵を受けられる経済成長につながることが期待されています。
計画に参加するアフリカの国々は、2030年までに1億ヘクタールに及ぶ「グレート・グリーン・ウォール」を構築するというビジョンを共有し、コロナ危機からの経済回復をはじめ、SDGsの達成や温室効果ガスの排出量を削減するパリ協定の推進を図ろうとしているのです。そこには、"サヘル地域のような困難な場所でも、自然への働きかけによって逆境を乗り越え、次世代のためにより良い世界を築くことができる"との思いが込められています。
これはアフリカでの事例ですが、OECDの加盟国をはじめとする国々でも、コロナ危機の克服を目指す中で意欲的な政策を進めることが大切ではないでしょうか。
世界経済フォーラムの予測では、自然環境重視型の社会経済システムへの転換を進めていけば、食料や土地活用の分野で生み出すことが可能とされる1億9100万人の雇用に加えて、資源効率が高いインフラの整備や、再生可能エネルギーの導入拡大などの対応を進めることで、2030年までに全体で約4億人の雇用を創出できるとの青写真を示しています。
OECDの加盟国が、主要パートナーであるブラジル、インド、インドネシア、中国、南アフリカ共和国などの国々と連携して、世界経済の立て直しの牽引力となると同時に、「誰もが安心して暮らすことのできる社会」を地球全体に広げる役割を担うことを、私は強く期待するのです。

◇市民社会の力で行動の10年を推進
国連がSDGsの達成に向けて昨年から開始した「行動の10年」は、コロナ危機の発生によって前途多難なものとなりました。
しかしアフリカの人々が連帯して荒れ地を農地に変える努力を続け、地球上に"新しい緑の大地の帯"を生み出そうとしているように、人間には直面する危機を「価値創造」の糧へと転じる力が具わっています。
私ども創価学会が、その名に掲げる「創価」の文字にも、こうした価値創造の力を発揮する中で「自他共の幸福」を基軸にした社会を築いていく精神が込められています。
牧口常三郎初代会長は、その価値創造のダイナミズムを、仏法の精髄である法華経の譬喩を踏まえて、「泥中の蓮」と表現していました。
蓮華が周囲の泥土に染まることなく、泥土を成長の糧にしながら、美しく咲いていくように、どれだけ時代の混迷が深まろうとも、その混迷によって、自分自身の生き方や信念を埋もれさせない。
自らを取り巻く環境を"使命の舞台"に変えて、人間の生命に具わる限りない「価値創造」の力を開花させながら、社会に希望と安心を広げる存在となっていく——。
この「創価」という言葉を師弟の対話の中で生み出した、牧口初代会長と戸田第2代会長が源流となり、1930年から始まった「自他共の幸福」を目指す民衆運動は、今や192カ国・地域にまで広がりました。
国連がSDGsの達成期限として掲げ、「行動の10年」のゴールとなっている2030年は、私ども創価学会にとっても創立100周年にあたります。
地球的な課題の解決を目指して、志を同じくする人々や諸団体と深めてきた連携を礎としながら、2030年に向けてSDGsの達成を市民社会の側から後押しし、「平和と人道の地球社会」を築くための挑戦を、さらに力強く展開していきたいと思います。

2021年2月4日木曜日

2021.02.04 わが友に贈る

「心の師とは・なるとも
心を師とせざれ」御聖訓。
諦めや恐れに紛動されず
信心を奮い起こそう!
それが人生に勝つ要諦だ。

妙一尼御前御消息 P1253
『法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる』

【通解】
法華経を信じる人は冬のようなものである。冬は必ず春となるのだ。

名字の言 全盲となった壮年の毎日の楽しみ 2021年2月4日
網膜色素変性症で視力を失った友が「感動しました」と記事(読売新聞オンライン1月26日付)を送ってくれた。同じ病で全盲になった壮年が、10年以上、地元の小学生に支えられてバス通勤をしているという内容である▼視力が低下してバスの乗り口を探すにも苦労していたある朝、停留所で少女の声がした。「バスが来ましたよ」。さらに「乗り口は右です。階段があります」。同じバスで通学する児童だった▼以来、少女は壮年を毎日サポート。彼女が卒業してからは、別の児童が支えた。「おはよう」「寒いね」——そんな会話が壮年の楽しみになった。手助けしてくれる児童が休みの日には、ほかの子が代役を担った▼目の前で困っているとはいえ、見も知らぬ大人に声を掛けることは、小さな子にとって大きな勇気がいっただろう。さらに今は、コロナ禍により「フィジカルディスタンス(身体的距離)」を保つことが求められる時だ。その中で、子どもたちのたくましい「優しさ」は、人間として大切なことを教えてくれる▼体の距離が必要だからといって、心の距離まで遠ざけない。それが「ウイルスに負けない」挑戦の一つだろう。小さなことでもいい。他者を思う一人一人の行動が積み重なれば、もっと豊かな社会が見えてくる。(将)

寸鉄 2021年2月4日
「智者とは世間の法より外に仏法を行ず」御書。わが地域で信頼の旗を!
「東洋哲学研究所の日」創立構想60年。文明間の架橋作業は未来の光源と
東京・中野の日。師弟に生きる人生は強く尊貴。師子吼の題目唱え勝利へ
気候変動は緊急事態と考える人、日本は8割—国連報告。行動の連帯更に
配線器具の火災が多発。コンセントの埃やたこ足等、総点検。今すぐ動こう

〈社説〉 2021・2・4 きょう「世界対がんデー」
◇かけがえのない命を見つめて
きょう2月4日は、国際対がん連合(UICC)が定めた「ワールドキャンサーデー(世界対がんデー)」。がんへの意識向上と予防・検出・治療の取り組みを促すために定められた日である。
がんは今や日本人の2人に1人が罹患する病。無縁な人はほとんどいない。中でも、AYA世代(思春期・若年成人)と呼ばれる若い年代で、がんを発病する人は毎年、約2万人に上るという。悩みを共有できる人が少なく、将来への不安、受験や仕事、結婚、育児といったライフステージにも大きな影響を与えている。
学校現場では、子どもたちががんの正しい知識を持てるよう、啓発活動に取り組んでいる。文部科学省は、学習指導要領に「がん教育」を位置づけ、2021年度から中学校で、22年度から高校で「がん教育」を開始する。
元・東京女子医大がんセンター長・林和彦氏は、医師でありながら教員免許を取得し、長年、がん教育に携わってきた。がん教育の目的の一つについて、「がんという身近で命にかかわる病気を題材にして学ぶことで、健康な生活や命の大切さに気付くことです」(『よくわかるがんの話�』保育社)と述べている。
本紙では、がんと闘う信仰体験を紹介してきた。取材を通して思うことは、病によって、かけがえのない宝に気付いた本人や家族らに、病魔に挑む負けない心が輝いていることだ。
千葉のある男子部員は35歳の時、「小細胞肺がん」と診断された。創価グロリア吹奏楽団の中心者の一人で、3児の父でもあった。抗がん剤の副作用で四六時中、指先に痛みが走り、楽器も吹けなくなった。全てを投げ出したくなったが、家族や同志、池田先生の励ましを糧に「もう一度、演奏してみせる!」と決意。体がむくむ。思うように指も動かない。体の一部だった楽器が「重いと感じた」。それでもリハビリに励み、翌年、念願の全国大会の舞台へ。当日、"たった一小節でも、聴く人に勇気を届けたい!"と演奏。楽団は見事、日本一に輝いた。隣で演奏した同志は振り返る。「闘病中とは思えない気迫と覚悟。音楽隊に欠かせない音を感じました」と。
今も経過観察は続く。再発や転移が頭をよぎるが、友を励ましている。
池田先生は語っている。「生老病死は忌むべき苦悩ではなく、常楽我浄の凱歌をとどろかす生命の舞台です。私たちは、生老病死のドラマを通して、人間勝利の歓喜の劇を演じているのです」
がんとの共生が当たり前となった時代である。だからこそ正しい知識を持ち、自らが向き合うだけでなく、がんと闘う友に寄り添える人でありたい。

☆第46回SGI提言� 新型コロナを巡る国連会合を開催
◇パンデミックの脅威に立ち向かう国連中心の協力体制を強化
◇地球規模での安全網を担う
続いて、「平和と人道の地球社会」を建設するための具体的な方策について、3項目にわたって提案を行いたい。
第一の提案は、国連を基盤にした「民衆のためのグローバル・ガバナンス(地球社会の運営)」の強化と、感染症対策を巡る国際指針の制定に関するものです。
昨年、国連世界食糧計画(WFP)がノーベル平和賞を受賞しました。
長年にわたってWFPは、飢餓に苦しむ人々に食料を供給する活動を続け、紛争の影響下にある地域に和平をもたらすための状況の改善にも取り組んできました。
特に昨年は、新型コロナウイルス感染症に伴う危機の影響で飢餓のさらなる拡大が懸念される中において、「医療用ワクチンができるまでの間、混迷に対処するための最良のワクチンは食料である」との信念で、食料支援の増強に努めました。
ノーベル平和賞は、こうした活動に対する貢献を称えたものだったのです。
その上、WFPはコロナ危機に対して、もう一つの重要な役割を担いました。
新型コロナのパンデミック(世界的な大流行)によって航空便の運航停止が相次ぐ中で、医療品を含めた重要物資の輸送支援を行い、チャーター船や貨物用の航空機の手配をはじめ、保健医療や人道支援のスタッフが移動するためのフライトの確保に取り組んできたのです。
このWFPに加えて、国連児童基金(ユニセフ)も、コロナ対策関連の物流支援で大きな貢献を果たしてきました。
世界の子どもたちをさまざまな感染症から守る予防接種を支援する中で、各国の物流業界と築いてきた関係を土台にしながら、マスクや防護服、酸素濃縮器や診断検査キットなどを多くの国に届けました。
また、"史上最大の規模で行われる事業"となることが見込まれる新型コロナのワクチン接種に備えて、各国に注射器を事前に届けておくための体制づくりを昨年10月から進めるとともに、入手可能になった段階でワクチンをすぐに各国へ輸送できるようにする計画の準備にとりかかりました。
ユニセフには、ワクチンを適切な温度で輸送する方法や、電源の確保が難しい地域でソーラー式冷蔵庫などの整備を図ってきた経験があり、新型コロナの対応で、その実績が生かされようとしているのです。
こうしたWFPやユニセフの取り組みの意義を考えるにつけ、コロナ危機が起こる前から、国連の多くの機関による活動を通して、折り重なるように組み上げられてきた"地球規模でのセーフティーネット(安全網)"の大切さを、改めて強く感じてなりません。
国連にはこのほかにも、国連女性機関(UNウィメン)や国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)などのように、特定の人々のために活動することを任務とする機関が数多く存在しています。これらの機関の活動を通し、ともすれば対応が後回しにされがちな人々に常に焦点を当てて、国際的な支援の道が開かれてきた意義は極めて大きいといえましょう。
私は2019年の提言で、深刻な脅威や課題に直面する人々を守ることに主眼を置いた「人間中心の多国間主義」の重要性を訴えましたが、そのアプローチを21世紀の世界の基軸に据えることが、ますます急務になっていると思えてならないのです。
国連では昨年、創設75周年を記念して、「UN75」と題する取り組みが進められ、世界の人々の声を幅広く聞くための対話と意識調査が実施されました。
オンラインも活用して1000回を超える対話が行われたほか、意識調査には国連の全加盟国から100万人以上の人々が参加しましたが、特に注目されるのは、グローバルな協力を求める声が圧倒的だったことです。
住んでいる国や年齢などの違いを超えて、大多数の人々が、現代の課題に取り組むにはグローバルな協力が非常に重要と考え、新型コロナの問題が国際的な連帯の緊急性をさらに高めたとの認識を示したのです。
意識調査の結果をまとめた報告書には、各地から寄せられた声も紹介されていました。
「新型コロナウイルスは、仕事や人とのつながり、教育や平和を奪いました」
「教育を受けるために努力を重ねてきた学生は就職できないかもしれません。テクノロジーに大きく依存する今の社会にあって、情報・通信技術を利用できない人々は前に進むことができません。家族を養ってきた勤労者が仕事を失い、元の生活に戻れる兆しが全く見えない中、人々は未来を悲観して、ストレスや不安や絶望に押しつぶされそうになっています」と。
こうした厳しい現状を訴える声に表れている通り、グローバルな協力を求める声は、単に国際社会の理想像を思い描くようなところから集まってきたものではありません。多くの人々がさまざまな脅威や課題に直面する中で、切実に感じてきた思いから発せられたものにほかならないと思われるのです。

◇デクエヤル氏が抱き続けた信念
世界の人々が意識調査に寄せた国連への期待を前にして、胸に浮かんでくるのは、昨年3月に100歳で逝去されたハビエル・ペレス・デクエヤル元国連事務総長の言葉です。
南米のペルー出身のデクエヤル氏は、1946年に初開催された国連総会に参加したのをはじめ、その後も長らく外交官として国連の活動に関わる中で、1982年から事務総長を2期10年にわたって務めました。
デクエヤル氏とは、就任まもない1982年8月に東京で会談してから、何度もお会いしてきました。
私が年来の信念である「市民社会による国連支援の重要性」を訴えるたびに、謹厳実直で知られるデクエヤル氏が口元を緩ませながら、国連の使命に対する深い思いを笑顔で語られていた姿を忘れることができません。
事務総長として多くの紛争解決に尽力してきた氏が、退任直前の時期にも、エルサルバドルの内戦を終わらせるための交渉に臨み、ついに任期の最終日である"大晦日の夜"に歴史的な和平合意を成し遂げたことは、国連の歴史に今も輝く功績となっています。
そのデクエヤル氏が、国連が最大限の力を発揮するための要諦について、次のように述べていたことがありました。
「国連の憲章とその仕組みは、問題が皆無の世界を約束してはいない。約束しているのは、問題の合理的かつ平和的な解決法である」
「核兵器と通常兵器の拡散や政治紛争、人権侵害、貧困の増大、環境への脅威などの大きな危険に、いまではさらに新たな紛争源も加わっている。こうした危険に対応するためには、世界の政治的英知と想像力、それに連帯感のすべてを結集する必要がある。これは、国連という枠組みの中での不断かつ組織的な努力によってのみ達成できる」(国連広報センターのウェブサイト)
また、ある時の演説では、事務総長として人類益のために行動を続けてきた思いを込めるかのように、こう訴えていました。
国連が直面する「困難な状況」こそが、国連に対して「再生と改革のための創造的機会」を提供するものとなる——と。
気候変動の問題に加え、新型コロナの問題に世界が直面している今、デクエヤル氏が訴えていたように危機をチャンスに変えて、「人間中心の多国間主義」を国連を通じて強化するための機会にしていくべきではないでしょうか。
現在のグテーレス事務総長も、未曽有の危機を前にして、より良いグローバル・ガバナンスの必要性を訴えており、その構築を力強く進めることが、まさに迫られているのです。

◇感染症対策に関する国際指針の採択を
◇コロナ問題を巡るハイレベル会合
そこで私は、次のような提案をしたい。
国連で「コロナ危機を巡るハイレベル会合」を開催し、各国のさらなる連携強化を図るとともに、今後も新たな感染症が生じる可能性を見据えて、「パンデミックに関する国際指針」を採択することです。
先月、ニューヨークの国連本部で、新型コロナ問題に関する特別総会が行われました。
国連総会のヴォルカン・ボズクル議長は、世界の人々の思いを代弁するかのように、「恐怖におびえることなく、新鮮な空気を胸いっぱい吸い込むことのできる日」や「同僚と握手を交わし、家族と抱き合い、友人たちと声をあげて笑い合える日」を迎えるために、国連を中心にした連帯の強化を訴えました。
その後、新型コロナで亡くなった人々への黙祷が捧げられ、各国の首脳らによるビデオ演説や、WHOのテドロス・アダノム事務局長を中心にしたオンライン会議などが行われました。
この特別総会のフォローアップとなる国連会合を開催することで、新型コロナ対策における協調行動の柱となり、今後の感染症の脅威にも十分に対応していけるような国際指針の取りまとめを図るべきではないかと考えるのです。
2001年に国連で、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)とエイズに関する特別総会が行われた時、達成期限を定めた優先課題のリストと国際協力の指針を示した、HIV/エイズに関するコミットメント宣言<注4>が採択されたことで、各国でのエイズ対策が大きく前進しました。
また、分野は異なりますが、東日本大震災から4年後(2015年)に被災地の仙台で開かれた第3回国連防災世界会議で、災害リスクの削減に関する指導原則や優先行動を定めた「仙台防災枠組」が策定されました。
そこでは、防災の目的として人命を守ることはもとより、「暮らしの保護」が明確に掲げられたほか、防災・減災における「レジリエンス」の重要性が謳われるなど、東日本大震災をはじめ各地の災害での教訓と経験を踏まえた内容が盛り込まれたのです。
その上、「仙台防災枠組」では、世界全体で被災者や犠牲者を大幅に減少させることや、医療と教育施設を含めた重要インフラへの損害を抑えることなど、2030年に向けた目標が掲げられた結果、各国で防災における重点項目が共有されるようになりました。
私は、パンデミックの問題に関しても、この「仙台防災枠組」と同様の役割を担うような国際指針を、コロナ危機の教訓と経験を踏まえる形で早急に取りまとめるべきではないかと訴えたいのです。
持続可能な開発目標(SDGs)では、エイズや結核やマラリアといった三大感染症などを巡る目標は対象に含まれていましたが、パンデミックへの明示的な言及はありませんでした。
そこで、新たな感染症の脅威が今後も生じる可能性も見据えながら国際指針をまとめ、2030年に向けたパンデミック対策の重点項目を定めることで、SDGsを補強し、その各目標と連動させるための指標としていってはどうかと考えるのです。

◇青年たちが主役のユース理事会を
このような国際指針を採択するための国連会合の開催と併せて、私が呼び掛けたいのは、"コロナ危機を乗り越えた先に築かれるべき世界"の姿について話し合う、「ビヨンド・コロナに向けた青年サミット」を行うことです。
2019年に、気候変動の問題を解決する方途を討議するため、国連本部に世界の青年が集まり、国連の首脳がその声に耳を傾けて政策への反映につなげる機会とする「ユース気候サミット」が開かれました。
今度は、オンラインも活用することで参加形態を広げながら、紛争や貧困に苦しむ青年や、難民生活を余儀なくされている青年をはじめ、さまざまな環境で生きる若い世代が言葉を交わし合い、その声を国連や各国の首脳に届ける場にすることを強く望みたい。
先に触れた「UN75」の報告書では、多くの人が国連の変革を求める中で、市民社会との連携をさらに強化していくことや、国連の意思決定において青年や女性の参画を広げることなどを望んでいる結果が示されました。
また報告書では、世界の人々の意見を集約する形で具体的な提案が列挙されていましたが、私が特に注目したのは、青年の視点による提案などを国連の首脳に届ける役割を担う「国連ユース理事会」を創設するプランです。
私は2006年に発表した国連提言で、国連にとってアルキメデスの支点<注5>となる青年の積極的な参画を得ることが、活力を増すためのカギになると訴えたことがあります。
また2009年の提言では、国連の進むべき方向性を打ち出し、求心力を高める組織として、「グローバル・ビジョン局」を設置する構想を提起しました。
目下の課題に対応するだけでなく、未来志向に立ったビジョンを構築するために、青年たちの声や女性の視点を反映させることを求めたものです。
「国連ユース理事会」は、そうした青年たちの参画を常設的に確保する制度にほかなりません。
気候変動問題に続く形で、コロナ危機をテーマにした青年サミットを開催して、「国連ユース理事会」の創設への機運を高めていくべきではないでしょうか。
その実現こそが、国連を基盤にした「民衆のためのグローバル・ガバナンス」の強化を図る上で、新しい息吹と活力を注ぎ込むものになると私は信じてやまないのです。

第46回SGI提言� 「核兵器のない世界」を実現する道
◇民衆の生存の権利と将来世代を守る核兵器禁止条約が発効
◇核時代に終止符を打つための方途
続いて第二の提案は、核兵器の禁止と廃絶に関するものです。
長年にわたり市民社会が実現を望み続けてきた核兵器禁止条約が、今月22日、ついに発効しました。
核兵器の開発と実験はもとより、製造と保有から使用と威嚇にいたるまで、一切の例外を許さず禁止するもので、現在の署名国は86カ国、批准国は52カ国に達しています。
すでに大量破壊兵器の分野で禁止条約が成立している生物兵器や化学兵器に続く形で、核兵器は"地球上に存在し続けてはならない兵器"であることを、条約によって明確に規定する時代が、今まさに切り開かれたのです。
ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)と共に条約の発効を後押しする活動をしてきた被爆者のサーロー節子さんが、昨年10月に発効が確定した段階で述べていた次の言葉は、「核兵器のない世界」を目指して行動を続けてきた私自身の胸にも強く迫るものがありました。
「これはまさに、核兵器の終わりの始まりを刻むものです! この条約の批准国が50カ国目に達したという知らせを受けたとき、立ち上がることができず、両手に顔を埋めて嬉し泣きしました」
「私はこのことに達成感と満足感、そして感謝の思いでいっぱいです。この気持ちは、広島・長崎で原爆を生き延びた人々や南太平洋の島々やカザフスタン、オーストラリア、アルジェリアで行われた核実験で被爆した人々、さらにカナダ、米国、コンゴのウラン鉱山で被爆した人々も共有していることでしょう」(IDN-InDepthNews 2020年11月3日配信)
このサーロー節子さんの言葉にもあるように、核時代が75年以上にわたって続く中、核開発や核実験によって被害を受けてきた人々は、世界各地に及んできました。条約でも強調している通り、核兵器がこの世に存在し続けるだけでも、その危険性は非常に大きいものがあるのです。
まして、ひとたび核兵器が使用され、核攻撃の応酬が起こる事態となれば、世界全体に及ぼす惨害は計り知れません。
それは、大量破壊といった次元を超えて、かけがえのない一人一人の人生も、地域や社会の営みも、人類が築いてきた文明や歴史も、すべて一瞬で"無"に帰してしまい、あらゆるものから存在の意味を容赦なく奪い去る——まさに「絶対悪」と表現するほかない事態を引き起こすものだからです。

私の師である戸田第2代会長は、核開発競争によって攻撃の射程が世界全体に及ぼうとしていた時代にあって、「原水爆禁止宣言」を発表し、核保有を正当化する論理に対して、「その奥に隠されているところの爪をもぎ取りたい」(『戸田城聖全集』第4巻)と訴えました。
"いかなる理由があろうと核兵器の使用は絶対に許してはならない"との主張だけで終わらせず、戸田会長があえてこうした強い言葉を述べざるを得なかったのは、核時代にひそむ「絶対悪」を剔抉することなくして、世界の民衆の生存の権利を守ることはできないとの切迫した思いからだったのです。
核兵器禁止条約の依って立つ基盤も、条約の前文で明記されているように「全ての人類の安全」を守ることにあります。
核兵器の全面禁止を国際規範として確立することで、非保有国のみならず、核依存国や核保有国も含めて、"同じ地球に生きるすべての民衆の生存の権利"を守り、"これから生まれてくる将来世代の生存基盤"を守り続けることに条約の主眼があるのです。

◇日本は締約国会合に参加し被爆国として議論に貢献を
発効要件となっていた50カ国の批准を達成した後も、昨年の国連総会第一委員会で、さらに16カ国が批准の意向を次々と表明するなど、条約の支持は着実に広がっています。
次のステップは、条約の発効から1年以内に開催される最初の締約国会合に向けて、「全ての人類の安全」を求める声を幅広く結集しながら、署名国と批准国の大幅な増加を図ることにあります。
そしてまた、締約国ではない国を含め、すべての国に参加のドアが開かれている締約国会合において、少しでも多くの核依存国や核保有国が議論の輪に加わり、核時代を終わらせるための連帯の足場を形作っていけるかどうかが、大きな焦点となります。
先に触れた「UN75」の報告書でも、そうした連帯の構築を求めるグローバルな民意が高まっていることが示されていました。
その中で紹介されていた10項目にわたる行動提案において、ロボット兵器などの自律型致死兵器システム(LAWS)の禁止とともに挙げられていたのが、核兵器禁止条約を発効に導くための世界的な規模での支持拡大だったのです。
また、赤十字国際委員会が、世界16カ国・地域の若い世代(20〜35歳)を対象に行った別の調査でも、84%の青年たちが「戦争や紛争における核兵器の使用は決して受け入れられない」と回答しました。
その声は、核保有国で暮らす青年の間でも、圧倒的な割合を占めています。
唯一の戦争被爆国である日本は、他の核依存国に先駆けて締約国会合への参加を表明し、議論に積極的に関与する意思を明確に示した上で、早期の批准を目指していくべきではないでしょうか。
"同じ地球に生きるすべての民衆の生存の権利"を守り、"これから生まれてくる将来世代の生存基盤"を守り続けるという条約の精神に照らして、被爆国だからこそ発信できるメッセージがあるはずであり、その発信をもって締約国会合での議論を建設的な方向に導く貢献を果たすべきだと思うのです。

◇「核とSDGs」を巡る討議を行い安全保障の基軸転換を
◇巨額な軍事費を投じ続ける是非
核兵器禁止条約では、締約国会合において、条約の実施状況の確認や核兵器を廃棄するための措置の検討に加えて、「条約の規定に基づくその他の事項」について討議できることになっています。
そこで私は、最初の締約国会合で、議題の一つとして「核兵器とSDGs」に関する討議の場を設けることを提唱したい。
核兵器の問題は世界平和の根幹に関わるだけでなく、条約の前文で言及されているように、人権や人道、環境や開発、経済や食糧、健康やジェンダーなど、多くの分野に深刻な影響を及ぼすものです。
いずれもSDGsの要石として位置付けられている分野にほかならず、この「核兵器とSDGs」というテーマを、すべての国に関わる共通の土台に据えることで、核依存国と核保有国の議論への参加を幅広く働きかけていくべきであると訴えたいのです。
第2次世界大戦後、厳しい冷戦対立が続いた結果、核兵器の脅威が世界を覆い尽くす状況が固定化され、冷戦終結から30年以上を経た今でも、その状況を"将来にわたって動かし難い世界の所与の条件"であるかのようにみなす空気が根強くあります。
しかし、国家の安全保障がどれほど重要なものであったとしても、核兵器に依存し続けなければならない理由はどこにあるのか。その是非について、SDGsの各目標の重みと照らし合わせて見つめ直すことが、核依存国や核保有国にとっても、非常に大切な機会になると思われるのです。
まして新型コロナのパンデミックによる深刻な医療危機と経済的な打撃が各国を襲い、その立て直しに数年かかることが見込まれる中、「核兵器による安全保障」のために巨額な軍事費を投じ続けることの意味を再考すべき時を迎えているのではないでしょうか。
古代ギリシャの神話に、その手で触れるものをすべて"黄金"に変えてしまう力を手に入れたミダス王の話が出てきます。
たくさんの"黄金"を得ることを願いながらも、生きる上で欠かせない水や食物まで"黄金"に変わってしまった時、ミダス王がその力を手放すことを決断した話です。
この話が示唆するように、気候変動の問題に加えてコロナ危機に直面する今、核兵器が世界の人々にとってどんな意味を持つのかについて、「核兵器とSDGs」に関する討議を通して浮き彫りにすることが、どの国にとっても望ましい世界を築く上で欠かせないと思われるのです。
また、核兵器禁止条約のグローバルな支持を拡大するには、市民社会の声を結集していくことが何よりの原動力となります。
私は昨年の提言で、締約国会合に対する市民社会のオブザーバー参加に加える形で、世界のヒバクシャをはじめ、条約を支持する各国の自治体やNGOの代表らが参加しての「核なき世界を選択する民衆フォーラム」を開催することを呼び掛けました。
締約国会合での討議と併せて、この民衆フォーラムの開催をもって、市民社会の声を力強く発信していくことで、核兵器禁止条約を"21世紀の軍縮の柱"に据えるとともに、"人類史を転換するための結集軸"として位置付けていくべきではないでしょうか。

◇ロートブラット博士の人生の軌跡
核兵器禁止条約の発効を機に、すべての国が核兵器の脅威を地球上から取り除くために連帯することができるのか——。
その歴史の大きな分岐点に立つ今、時代転換を図るための手掛かりとして言及したいのは、パグウォッシュ会議で長らく会長を務めたジョセフ・ロートブラット博士の人生の軌跡です。
博士は第2次世界大戦中、アメリカが原爆開発のために進めた「マンハッタン計画」に数多くの科学者が従事する中で、途中で離脱に踏み切った唯一の科学者でした。
その数年前、研究のためにイギリスへ単身で渡っていた博士は、夫人のいる母国のポーランドにナチスドイツが侵攻したために、夫人と生き別れになる悲劇に見舞われました。
イギリス側からの代表団の一員として、「マンハッタン計画」に加わることを要請された博士は、"ナチスによって核兵器が使用されないようにするために"との思いと、自らの良心との葛藤を抱きながらも、アメリカへと向かった。
ロスアラモスの研究所では、後に"水爆の父"と呼ばれたエドワード・テラー博士の隣の部屋で研究をしていました。
しかしある時、軍の責任者から、「マンハッタン計画」の本当の目的が、原爆をいち早く完成させてナチスの戦意をくじくことではなく、ソ連を抑え込むためのものであるとの話を耳にしたロートブラット博士は、強い衝撃を受けた。
その時の心境を、博士は私との対談集の中でこう述懐していました。
「自分は間違った理由でここにいるのではないかと思い始めました。自分の足元の地面が崩れていくような、そんな感覚でした」(以下、『地球平和への探究』、『池田大作全集』第116巻所収を引用・参照)と。
極秘扱いだった「マンハッタン計画」からの離脱を申し出た博士は、圧迫や妨害を受けながらも意志を曲げずに、たった一人でイギリスに戻りました。残念ながら、博士の夫人はナチスによるホロコーストの犠牲となっていました。
そして、1945年8月6日の広島への原爆投下をニュースで知った博士は、「人生の残りを核爆弾が二度と使われないようにすることに捧げよう」と固く決意されたのです。
翌年には、科学者が連帯して核兵器の使用に反対する運動をするために「イギリス原子力科学者協会」を設立するとともに、核兵器の脅威を市民に幅広く知らせる目的で、列車の車両を展示のために利用して、ヨーロッパと中東の各地を移動する展示を行いました。
また自身の研究も、人々の命を救うために役立てたいとの信念から、専門分野を放射線医療に変更しました。ロートブラット博士が発見した放射性元素の「コバルト60」は、現在も悪性腫瘍の治療などのために使われています。
その後、1954年にビキニ環礁で行われた水爆実験で、周辺地域の住民や近くを航行していた日本の第五福竜丸の乗組員が被曝した事件をきっかけにして、博士は、哲学者のバートランド・ラッセル卿と出会いました。以来、「ラッセル=アインシュタイン宣言」<注6>の発表や、パグウォッシュ会議の創設に立ち会い、2005年に逝去されるまで同会議の中心的な存在として、核兵器の禁止と廃絶のために半生を送ってこられたのです。

◇互いに脅威を取り除く努力
その博士が、ノーベル平和賞を1995年にパグウォッシュ会議と共に受賞した時、核抑止論の内実について述べていた言葉は、現在においても的を射ていると思えてなりません。
「核兵器は特定されない何らかの危険に対する防護手段として保持されているのです。この政策は単に冷戦時代からの惰性による継続です」
「核兵器は戦争を防止するとの主張に関して、一体さらにいくつの戦争が行われれば、この議論は論破されるのでしょうか」(日本パグウォッシュ会議のウェブサイト)と。
私との対談でも、"ナチスに対抗するため"との名目で開発された核兵器が、その後、理由や戦略論が次々と変わっていく中で、保有が常に正当化され、核開発競争が続けられてきた問題が焦点となりました。
その対話を通じて私たちは、「要するに、何らかの必要があって核兵器が存在しているのではない。核兵器の存在そのものが、その存在理由を必要としてきたといえるのではないでしょうか」(前掲『地球平和への探究』)との結論にいたったのです。
ロートブラット博士が指摘したように、「特定されない何らかの危険」を理由にする限り、核兵器は保有され続け、脅威は地球上にいつまでも残り続けてしまうことになる。
それに対して、核兵器禁止条約が目指すのは、「核兵器の存在がもたらす危険」を互いの努力で取り除く方向へ、各国が共に進むための軌道を確立することにあるのです。
ロートブラット博士が創設に関わったパグウォッシュ会議が、核兵器廃絶に向けた最初の突破口として力を注いだのが、核実験の禁止でした。
その取り組みは、キューバ危機の翌年(1963年)に、地下以外の大気圏などでの実験を認めない部分的核実験禁止条約の発効につながり、その後、時を経て、核爆発を伴う一切の実験を禁じる包括的核実験禁止条約の採択(1996年)に結実しました。
包括的核実験禁止条約はまだ発効していませんが、これまで184カ国が署名しており、包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)準備委員会を通し、核実験の兆候を地球的規模で監視する体制が整えられています。
それはまさしく、ロートブラット博士が警鐘を鳴らしたような「特定されない何らかの危険」が、新たに生じることを防ぐ役割を果たしています。
またCTBTO準備委員会は、その監視網を活用して、災害の早期警報や原発事故の観測などにも貢献しており、いかなる国や地域で起こる事態もカバーする形で、世界中の人々を守るための活動を担っているのです。
同様に、核分野に深く関わる国際原子力機関(IAEA)では、昨年3月以降、核研究から派生した技術を活用する形で、120カ国以上で新型コロナの感染検査を支援する取り組みを進めてきました。
これまでもIAEAは、がん治療の普及のほかに、エボラ出血熱やジカ熱などの感染症の検査を支援してきた実績があり、ラファエル・グロッシー事務局長は、「危機に直面して支援を求める人々を、IAEAはこれまでも、そしてこれからも、決して置き去りにすることはありません」と、今回の取り組みに懸ける思いを述べています。
それらの活動は、人々の命を救うための研究と行動を続けたロートブラット博士の姿と重なり合うものともいえましょう。
今の世界にとって切実に求められる抑止力があるとするならば、それは「核兵器による抑止力」のようなものではない。気候変動の問題をはじめ、新型コロナのパンデミックとそれに伴う深刻な経済危機による被害の拡大を封じ込めるための「国と国との垣根を越えた行動の連帯の力」ではないでしょうか。

◇NPT再検討会議を機に交渉進め多国間の核軍縮を実施
◇2025年まで核の不使用を誓約
生物兵器や化学兵器も、それぞれの禁止条約の発効を機に国際社会の認識が大きく変わるようになり、廃棄に踏み切る保有国も次々と現れ、すでに世界全体で9割以上の化学兵器が廃棄されるにいたりました。
核兵器の分野において同じような行動の変化が、核保有国や核依存国の間で直ちに起こることは難しいかもしれませんが、その足掛かりが全くないわけではありません。
2013年から2014年に3回にわたって行われた「核兵器の人道的影響に関する国際会議」では、回を重ねるごとに核依存国も含めた多くの国が参加するようになり、158カ国の代表が出席した第3回会議ではアメリカとイギリスも議論に加わりました。
その一連の会議を通じて導かれた結論の中で、私が特に重要だと感じたのは、以下の3点でした。
�核爆発の影響を国境内に押しとどめることは不可能で、深刻で長期的な被害が地球的な規模でもたらされる。
�いかなる国や国際機関も、核爆発による直接的な被害に適切に対処するのは困難である。
�核爆発による間接的な影響で、貧しく弱い立場に置かれた人々が最も深刻な被害を受ける。

この「国境内に押しとどめられない」「いかなる国も適切に対処できない」「弱い立場の人々が最も深刻な被害を受ける」という構図は、脅威の分野は違っても、気候変動の問題やコロナ危機にも通底するものです。
今、コロナ危機で各国が受けている打撃の大きさに引き当てて考えてみれば、極めて甚大な惨害を人類全体に及ぼす核兵器の脅威に対し、その根を絶つことの重要性は、核依存国や核保有国を含め、どの国にも身に迫ってくるのではないかと思うのです。
実のところ、この冷戦時代から続く重大な危険を取り除くことこそが、"全人類に惨害をもたらす核戦争の危険を回避するためにあらゆる努力を払う"との精神に基づいて、1970年に発効した核拡散防止条約(NPT)と、今月に発効をみた核兵器禁止条約の精神をつなぐものと言えないでしょうか。
この二つの条約を両輪にして、全地球的なレベルで「核兵器に依存する安全保障」からの脱却を本格的に前に進めるべきです。
そこで私は、8月に開催が予定されているNPT再検討会議に対して提案を行いたい。
再検討会議において、気候変動やパンデミックの危機が広がる中での安全保障の意味について議論をした上で、最終文書の中に「コロナ危機で全世界が甚大な被害を受けている状況を踏まえ、次回の2025年の再検討会議まで、核兵器の不使用と核開発の凍結を誓約する」との文言を盛り込むことです。
そもそも再検討会議の時期も、本来、昨年に開催される予定だったのが、パンデミックの影響で延期されたものでした。
その1年余の間に、世界中の人々が切実に必要としていた「安全」と「安心」とはどのようなものだったのかについて顧みつつ、今後も「特定されない何らかの危険」を理由にして、核兵器の保有と開発を続けることが、NPTの精神にかなうものなのかについて、真剣に討議を行うべきだと呼び掛けたいのです。
歴史を紐解けば、冷戦時代に核開発競争がエスカレートする中で、アメリカが1958年に、月の表面で水素爆弾を爆発させるプロジェクトに一時的に着手したことがありました。
地球からはっきりと見える形で、月面上に強烈な閃光を発生させることで、ソ連に対して力を見せつけることを目指したものだったといいます。
幸い、計画は短期間で打ち切られ、月は守られることになりましたが、当時、地球上では、米ソの間で「ポリオの感染拡大を防ぐワクチンの実用化のための歩み寄り」がみられた一方で、「月まで利用した核兵器による威嚇」が行われようとしていたのです。
翻って現在、コロナ危機の打撃から本格的に世界が立ち直るには数年かかると予測される中で、核兵器の近代化を続けることの是非について、この歴史の教訓に照らして真摯に再考すべきではないでしょうか。
8月に開催予定のNPT再検討会議で「核兵器の不使用と核開発の凍結」を誓約した上で、NPT第6条の核軍縮義務を誠実に履行するための多国間交渉を早期に開始し、次回の2025年の再検討会議までに核軍縮を前進させることを、私は強く呼び掛けたい。
核兵器禁止条約では、核兵器を保有している状態でも核廃棄計画の提出を条件に、核保有国が条約に加わることのできる道が開かれています。
NPTの枠組みを通し、「核兵器の不使用と核開発の凍結」の誓約を基礎に「多国間の核軍縮交渉」の合意を期すことで、より多くの核依存国と核保有国が核兵器禁止条約に参加できる環境を整えていく——。
この二つの条約の枠組みを連動させることによって、核時代に終止符を打つための軌道を敷くべきだと訴えたいのです。

2021年2月3日水曜日

2021.02.03 わが友に贈る

仏法の生命哲学は
混沌の時代を照らす光。
人間の不屈の力を開き
万人尊厳の連帯を築く。
希望の哲理を世界に!

富木殿御書 P970
『我が門家は夜は眠りを断ち昼は暇を止めて之を案ぜよ一生空しく過して万歳悔ゆること勿れ』

【通解】
わが一門の者は夜は眠りを断ち、昼は暇なくこのことを思案しなさい。一生を空しく過ごして、万歳に悔いることがあってはならない。

名字の言 124年ぶりの「立春」 2021年2月3日
きょうは、二十四節気の「立春」。例年は2月4日だが、3日になるのは実に124年ぶり。地球が太陽を1周する公転の周期と、1年の長さにずれが生じているためだ▼南米最高峰の知性の殿堂・ブラジル文学アカデミーが創立されたのも、124年前のことだった。1959年に同アカデミーの総裁に就任したアタイデ氏は、生涯で5万本のコラムを執筆し、国連の「世界人権宣言」の起草に尽力した人権の闘士である▼その氏が総裁として初めて、同アカデミーの「在外会員」に推薦したのが、池田先生。戸田先生の生誕93周年となる93年2月、池田先生の「在外会員」就任式で、総裁は「次の一千年」の未来に言及し、こう訴えた。「未来は、ひとりでに、やってくるものではありません」「未来は、私たちの手によって築かれるものなのです」▼2月の異称は「如月」。語源の一つに、"草木が更生する"という意味の「生更ぎ」がある。寒さが厳しい2月に満々たる生命力で立ち上がり、広布の未来を開く挑戦の一歩を踏み出すのが、学会の「伝統の2月」の精神だ▼124年ぶりの「立春」。一瞬一瞬に誓いを燃やし、100年分の戦いを——この気宇壮大な心意気で、寒風に胸張り、新時代の「二月闘争」を勝ち飾りたい。(誼)

寸鉄 2021年2月3日
元品の無明を切る利剣は此の法門に過ぎざるか—御書。祈りこそ勝利の鍵
人を満足させることは嬉しいこと—文豪。自他共の幸福に尽くす我らの道
報告・連絡・相談が組織の生命線。友の心に電光石火で応える組織へ発展
子どもはマスク越しでも大人の表情を読むと。子は鏡。共々に輝く笑顔を
省エネ月間。空調の設定温度や無駄な電気などを確認。一人一人の足元で

〈社説〉 2021・2・3 あす「東洋哲学研究所の日」
◇混迷の世に生命尊厳の大光を
地球規模に及んだコロナ禍による感染の恐怖、経済面の困窮、感染防止に伴う人との"つながり"の希薄化の中で、人類はどこへ向かうべきなのか。
「新型コロナウイルスの世界的拡大は、今までの生活様式をこれ以上続けることができないことを教えている」
ヨーロッパ科学芸術アカデミーのフェリックス・ウンガー会長は、東洋哲学研究所(東哲)発行の「東洋学術研究」最新号<第59巻第2号>で、こう指摘する。
その上で、同会長は、世界が直面している危機は「生命尊厳の価値に基づき、人々を引きつけてやまない未来に向けて、世界の人々が新たなスタートを切るチャンスでもある」との展望を示しつつ、この「生命尊厳の価値」こそ、パンデミック(世界的大流行)を克服し、将来も防いでいくための有効な"武器"である、と強く訴えていた。
「生命尊厳の価値」——すなわち、一人の人間の生命に無限の可能性を見いだす「法華経」の哲学が、今ほど求められている時はなかろう。この法華経を中心に、世界の宗教・思想の研究を続ける東哲があす2月4日、創立構想から60周年を迎える。
1961年2月4日、創立者の池田先生は初のアジア歴訪の途上、インドで釈尊成道の地・ブッダガヤに立ち、決意する。"世界平和の実現へ、仏法の人間主義、平和主義を広く展開するための、哲学・文化・民族の研究機関を設立しなくてはならない"と。後にこの日が「東洋哲学研究所の日」となった。翌62年、東洋学術研究所(当時)が発足。池田先生のもと、異なる宗教や文化の研究も進め、仏法思想を多角的に発信してきた。
ハーバード大学など世界をリードする学術機関等と交流し、文明間・宗教間対話を推進。また創価学会「法華経写本シリーズ」の企画・編集を通して仏教の原典研究に貢献している。
東哲が企画・制作した「法華経——平和と共生のメッセージ」展はこれまで、キリスト教やイスラーム圏を含む17カ国・地域を巡回。約90万人が観賞し、法華経の平和哲学への共感を広げてきた。
かつて池田先生は、東哲の使命に言及する中で信念をつづった。
思想の骨格には「『人間主義の哲学』『平和主義の思想』、そして『幸福への大道』という明確にして納得のできる核の光がなくてはならない」。
地球的問題群の解決のために、多様性を尊重しつつ、人類を平和と調和の方向へ統合する核となる思想が必要である。その確かな道を、仏教の精髄である法華経の生命尊厳の大光で照らし示す——東哲の存在意義は一段と増している。

☆第46回SGI提言� 「グローバル公共財」を共に育む
◇各国の連帯が事態打開の礎に
◇大多数の国が同時に"被災"
次に第二の柱として強調したいのは、各国が立場の違いを超えて「連帯して危機を乗り越える意識」に立つことの重要性です。
新型コロナのパンデミックが招いた被害が、一体どれほどのものになるのか。
国連防災機関(UNDRR)は、「数多くの命と健康の痛ましい喪失」と「経済的・社会的な困窮」を防ぐための対応の重要性を指摘しながら、次のように述べています。
「雇用の喪失と収入の途絶による影響も加えると、これまで人類が経験してきたどの災害よりも、新型コロナウイルス感染症という単一の災禍によって被害を受けた人が多いといえるでしょう」と。
規模の大きさもさることながら、危機の様相が未曽有となっているのは、大多数の国がコロナ危機によって"被災"した状況にあることです。
21世紀に入ってからも、世界ではスマトラ島沖地震(2004年)をはじめ、パキスタン地震(2005年)、ミャンマーでのサイクロン被害(2008年)、中国の四川大地震(2008年)、ハイチ地震(2010年)など、巨大災害が発生してきました。
いずれも現地に深刻な被害を及ぼしましたが、被災直後の救援から復興にいたるまでの過程で、他の国々がさまざまな形で支援する流れが広がってきました。10年前の東日本大震災に対しても、たくさんの国が次々と支援の手を差し伸べてくれたことが、どれだけ被災地の人々を勇気づけたか、計り知れません。
災害時には、こうした国際的な連帯の輪の存在こそが、先の見えない不安を抱える被災地の人々にとって大きな心の支えとなるものだからです。
しかし現在のコロナ危機は、大多数の国が同時に"被災"しているために、状況はより混迷を深めています。
世界の国々を「航海を続ける一隻一隻の船」に例えてみるならば、すべての船が一斉に嵐に巻き込まれ、経験したことのない荒波にさらされる中で、コロナ危機という"同じ問題の海"にいながらも、別々の方向に押し流されてしまう危険性があるからです。
では、コロナ危機の克服という"海図なき航海"において、羅針盤となるものを、どのようにして探っていけばよいのか——。
かつて私が対談した歴史家のアーノルド・J・トインビー博士は、こう述べていました。
「私たちが手にできる未来を照らすための唯一の光は、これまでに経験してきたことの中にある」と。
そこで私が振り返りたいのは、かつて冷戦対立が激化する最中にあって、ポリオの感染拡大を防ぐためのワクチン開発で、アメリカとソ連が歩み寄って協力した史実です。
それまでポリオを予防する方法として「不活化ワクチン」が主に利用されていましたが、接種方法が注射に限られていた点に加えて、高価であるという問題点がありました。この課題を解消するべく、経口摂取が可能な「生ワクチン」の開発がアメリカで始められたものの、すでに「不活化ワクチン」の接種が進んでいたために、新しいワクチンの被験者になれる人が、それほどいませんでした。
一方のソ連では、当初、自国の子どもたちにも関わる問題とはいえ、敵対関係にあるアメリカとの協力には消極的でした。しかしソ連が、感染者の増加を憂慮して歩み寄りを模索するようになり、アメリカもソ連との協力の必要性を認識した結果、1959年以降、ソ連とその周辺国で大規模な治験が行われる中で、ついに「生ワクチン」が実用化にいたったのです。
当時、この「生ワクチン」によって、日本の多くの子どもたちが救われた出来事は、私自身、鮮烈な記憶として残っています。
ポリオが日本で大流行したのは、1960年のことでした。
その翌年も再び感染が広がり、連日のニュースで患者数が報じられる中で、ワクチンの投与を求める声が母親たちを中心に強まりました。その時、カナダから輸入された300万人分に加えて、ソ連から1000万人分もの「生ワクチン」の提供が受けられたことで、流行は急速に沈静化していったのです。
米ソ両国の協力の結晶ともいうべき「生ワクチン」の投与が、日本でも実現し、幼い子どもを持つ母親たちの間で安堵の表情が広がっていった光景は、60年の歳月が経った今でも忘れることはできません。

◇途上国にワクチンを供給する国際的な枠組みを支援
◇COVAXの意義
翻って現在、新型コロナの世界的な感染拡大が止まらない中、有効なワクチンの開発と実用化を軌道に乗せることと併せて、各国へのワクチンの安定的な供給をどう確保するかが、大きな焦点になっています。
この難題に対応するために、WHOなどによって昨年4月に立ち上げられたのが、「COVAXファシリティー」という国際的な枠組みです。すべての国々が迅速かつ公平にワクチンを入手できる体制づくりを目指し、まずは今年の年末までに、20億回分のワクチンを参加国に提供することが計画されています。
COVAXの創設は、WHOによるパンデミック宣言のわずか1カ月後でした。それだけ対応が早かったのは、国際的な枠組みがないままでワクチンの開発競争が進めば、資金力のある国とない国との間でワクチンの確保に深刻な格差が生じたり、ワクチン価格が高騰したりすることが懸念されたからです。
WHOは昨年5月の総会決議で、ワクチンの広範な接種は、すべての国で分かち合うべき「グローバル公共財」であると強調しました。現在、COVAXの参加国は190カ国・地域に広がり、2月からの供給開始が目指されていますが、ワクチンの安定的な供給は、すべての主要国の協力を得て活動を支える体制が確立できるかどうかにかかっています。
私は、早期の参加を果たした日本が、アメリカやロシアなどの未加入国に、COVAXの枠組みに参加して積極的に関与していくことを、呼び掛けるべきではないかと訴えたい。
WHOと連携して、国際的なワクチン供給の運営を担う「GAVIワクチンアライアンス」のセス・バークレー代表は、日本が昨年10月に資金拠出を誓約し、いち早く途上国支援の姿勢を示したことの意義を、こう述べていました。
「この貴重な支援は、安全かつ有効な新型コロナワクチンの接種が可能となった時に、それを待つ長い列の後方に低所得国が取り残されないためだけでなく、感染の世界的な急拡大を止めるためにも、極めて重要な役割を果たします」と。
かつて、2000年に行われた九州・沖縄サミットで、議長国の日本が感染症対策をサミットの主要議題に初めて取り上げたことが契機となり、2年後の「世界エイズ・結核・マラリア対策基金」の創設に結びついたことがありました。以来、日本をはじめ、多くの国が基金に対する支援を続ける中で、この三大感染症の脅威から、累計で世界の3800万人もの人々の命が救われてきたのです。

◇皆が享受できるグローバル公共財
思うに、新型コロナのパンデミックに立ち向かうグローバルな連帯を形作る上でも重要になってくるのは、「どれだけの命を共に救っていくのか」という"プラス"の面に着目し、そこに足場を築くことではないでしょうか。
感染者数の増加といった"マイナス"の面だけに目が向くと、他の国々との連携よりも、自国防衛的な発想に傾きがちになってしまうかもしれません。そうではなく、「どの国の人であろうと感染の脅威から救うことが、自国の人々の命を守ることにもつながる」との意識に立つことが欠かせないと思うのです。
先に私は、WHOがワクチンの広範な接種を「グローバル公共財」と位置付けていたことに触れましたが、COVAXの計画が軌道に乗った先には、それにもまして重要な意義を持つ「グローバル公共財」を分かち合える未来が開かれるに違いないと確信します。
「グローバル公共財」を巡る研究では、ワクチンのような製品や、インターネットなどの社会基盤だけがその対象ではなく、平和や環境といった、各国が協力して進める政策の結果としての"世界全体が享受できる状態そのもの"が含まれると考えられています。
気候変動の問題を例に挙げて言えば、各国で温室効果ガスの排出量削減に積極的に取り組むことで異常気象や海面上昇の悪化を抑えていくという、すべての国にとって望ましい状態が築かれるようなものです。
同様に、今回のパンデミックを各国の連帯で収束させた先には、「今後起こり得る感染症の脅威にも十分なレジリエンス(困難を乗り越える力)を備えた世界」への地平が大きく開かれ、"将来にわたってあらゆる国の人々の命と健康を守る基盤"が形作られていくと私は考えるのです。

◇互いの存在を思いやる心が「レジリエンス」を育む土壌に
このレジリエンスを支える要となるものについて考える時、どの国の船にとっても航海の安全を確保する上で欠かせない存在となってきた「灯台」のイメージが思い浮かびます。
新型コロナによって命の危険にさらされた人々に対し、その最前線で「灯台」のような崇高な使命を担い、献身的な行動を続けてきたのが、医師や看護師をはじめとする医療従事者の皆さんにほかなりませんでした。来る日も来る日も、人々のために懸命に尽くしてこられた方々に、改めて深い感謝の思いを捧げるものです。
世界の看護師の8人に1人は、出身国や訓練を受けた国以外の場所で尊い仕事を担っているといわれます。
ともすれば多くの国で、移民とその家族に冷たい視線を向け、社会的な負担とみなして疎外するような空気がみられます。
国連でもその是正を呼び掛けてきましたが、まさに各国がコロナ危機に陥った時に、多くの人命を救うための「なくてはならない存在」となったのが、看護師をはじめ医療の現場や病院の運営などを支えてきた移民の人たちにほかならなかったのです。
同様に、パンデミック宣言後に深刻なマスク不足が生じ、各国の間で確保競争が起きた時期に、難民の人たちが、受け入れ地域の人々のために自発的な取り組みをしていたことについて、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が事例をいくつか紹介しています(以下、UNHCR駐日事務所のウェブサイトを引用・参照)。
ケニアで昨年3月に最初の感染者が報告され、公共の場所でのマスク着用が要請された時、ニュースを聞いて行動を起こしたのが、難民の男性でした。
近隣国のコンゴ民主共和国から逃れ、難民キャンプで洋服の仕立ての仕事をしていた彼は、「私たち難民も、支援に頼るだけでなく、この危機の中で貢献できることがある」との思いでマスクづくりを開始し、他の難民や地元の人たちにマスクを配るとともに、UNHCRの事務所のスタッフにも届けたのです。
またドイツでも、自分たちを受け入れてくれた町にある病院の看護師を応援したいと願って、中東のシリアから逃れてきた難民の家族がマスクづくりに取り組みました。
途中でマスク用のゴムが足りなくなった時には、事情を知った町の人々が、即座にたくさんのゴムを自宅まで届けてくれたといいます。
難民の家族は、マスクづくりに込めた思いを、こう語っています。
「私たちは、この町の人たちに本当に温かく迎えてもらったんです。住む場所を見つけ、仕事も得て、子どもたちは学校にも行くことができています。ドイツに恩返しができれば、私たちはそれでうれしいんです」と。
自分のできることは限られるかもしれないが、"たとえ一人でも誰かの助けになりたい"との、やむにやまれぬ思い。同じ地域で暮らしているからこそ、互いの存在を気遣い、人々のために力を尽くそうとする行動——。
私は、国籍や置かれた状況の違いを超えて、そのような思いと行動が社会で積み重ねられる中でこそ、「レジリエンス」の土壌は力強く育まれるに違いないと考えるのです。

◇ポリオや天然痘の根絶に向けた共闘
ワクチンの開発は、危機を打開する上で極めて重要な要素となるものですが、WHOが留意を促すように、それだけで問題がすぐに解決に向かうわけではありません。安全性の十分な確保が何よりも欠かせないほか、ワクチンの輸送体制を整えることから、接種を各地で実際に進めるまでのあらゆる過程において課題が残っており、今後の感染防止対策と併せて、大勢の人々の協力を得ることが必要となるからです。
この挑戦を進める上で基盤となるのが、「連帯して危機を乗り越える意識」の共有であり、「レジリエンス」の構築を担う人々の輪を広げることではないでしょうか。
パンデミックは、ギリシャ語の「すべての人々」を意味する言葉が語源となっているように、地球上のあらゆる場所で感染拡大が収束していかない限り、その脅威は国籍や置かれた状況の違いに関係なく及び続けるものです。
その意味で、パンデミックへの対応において求められるのは、従来の「国家の安全保障」のような自国の安全の追求だけを基盤にした発想ではない。
冷戦期のポリオのワクチン開発を巡る米ソの協力に、その萌芽がみられたような、国の垣根を越えて人々が直面する脅威を共に取り除こうとする「人間の安全保障」のアプローチであるといえましょう。
今後、パンデミックの状況がさらに悪化していった場合に、ワクチンの供給を含めた感染防止策の重心が、"世界中の人々を救うため"ではなく、"自国の安全だけを優先する目的"に傾く風潮が各国の間で強まるような事態を生じさせてはならないと思います。
ある意味で、この問題の構造は、冷戦期の核政策となった相互確証破壊(MAD)<注3>の陥穽にも通じる面があるのではないでしょうか。
自国の安全を第一に追求した核抑止力の強固な構築といっても、ひとたび核戦争が起きて攻撃の応酬が始まれば、自国民の安全の確保どころか、人類全体の生存基盤を破壊する結末を招いてしまうからです。
ポリオについては、昨年のアフリカでの根絶宣言を経て、アジアの2カ国での流行を止めることができれば、世界全体の根絶が達成できるところまで迫っています。
それに先駆けて人類が初めて感染症の克服に成功したのが、1980年の天然痘の根絶でした。
その画期的な偉業に寄せて、私の大切な友人であった核戦争防止国際医師会議(IPPNW)の共同創設者のバーナード・ラウン博士が述べていた言葉を思い起こします。
「冷戦の闇が最も深い時期にあっても、イデオロギーの対立下にあった両陣営の医師たちの協力が途切れることはありませんでした。核兵器による先制攻撃を想定してミサイルを大量製造していた、まさにその時に、アメリカとソ連の医師たちは協力して、天然痘の根絶のために奮闘していたのです。この団結の姿は、核兵器の反対運動においても大きな説得力を持つモデルを提示しています」
核兵器禁止条約は、このIPPNWを母体に誕生したICANを含め、広島と長崎の被爆者や世界のヒバクシャをはじめとする市民社会の力強い後押しを得て実現したものにほかなりませんでした。
どこかに脅威の火種が残る限り、同じ地球で生きるすべての人々にとって、本当の安心と安全はいつまでも訪れない。どの国も犠牲にしてはならず、世界の民衆の生存の権利が守られるものであってこそ、真の平和の実りをもたらす安全保障となる——。
こうした新しい時代の基軸となるべきメルクマール(指標)を条約として打ち立てたものこそ、今月22日に発効した核兵器禁止条約であると思えてなりません。
かつて歴史家のトインビー博士が述べていた、「時間の遠近法」という印象深い言葉があります。
博士は、この言葉を通して、次のような視点を提示していました。
「時間の遠近法に照してみると時々ものの姿が正しい釣り合いで眺められるものだが、今後数世紀ののちにおいて未来の歴史家が二十世紀の前半を顧みてこの時代の諸々の活動や経験をそういう眼で眺めようとした場合、はたして何が現代の目ぼしい出来事として選び出されるでありましょうか」(『試練に立つ文明』深瀬基寛訳、社会思想社)と。
同様に私も、未来の歴史家が21世紀前半の時代を「時間の遠近法」に照らしてみた時、何が最重要の出来事として浮かび上がるのかについて強い関心を持つものです。
思うにその一つは、コロナ危機が深まる最中にあって、安全保障のパラダイム(思考的な枠組み)の転換を促す、核兵器禁止条約の発効が果たされたことになるのではないでしょうか。
そしてまた、もう一つの最重要の出来事として、COVAXによるワクチン接種の地球的な規模での推進が、今後の国際社会のさらなる努力を通じて歴史に刻まれていくことを、私は強く期待したいのです。
新型コロナのパンデミックは深刻な危機ですが、"困難の壁を打ち破る人間の限りない歴史創造力"を結集することで、必ず克服できるはずです。その上で、パンデミックへの対応を土台にしつつ、「連帯して危機を乗り越える意識」を時代潮流に押し上げ、「国家の安全保障」の対立による悲劇を断ち切る人類史転換への道を開くべきだと強く訴えたいのです。

第46回SGI提言� 誰も蔑ろにしない「人権文化」を
◇社会を分断する差別を打ち破り万人の尊厳が輝く世界を
◇感染症を巡る歴史
続いて第三の柱として提起したいのは、感染者への差別や新型コロナを巡るデマの拡散を防ぐとともに、誰も蔑ろにしない「人権文化」の建設を進めることです。
今回のパンデミックを機に、改めて読まれるようになった文学作品の一つに、ダニエル・デフォーの『ペスト』があります。
17世紀のロンドンを舞台にしたこの作品では、ペストの恐怖にかられた市民がデマに惑わされ、不安を煽る言葉に影響されて我を失っていく姿が描かれていますが、古くはペストから近年のエイズにいたるまで、感染症に苦しむ人を差別したり、パニックによる分断や混乱で社会に深い傷痕を残したりするような歴史が繰り返されてきました。
がんや心臓病などの疾患に対する、「自分もいつか発症するのではないか」といった心配とは違って、感染症の場合は、「誰かにうつされるかもしれない」との不安が募るために、病原体への恐怖心がそのまま"他者への警戒心"に転じやすいといわれます。
問題なのは、その警戒心がエスカレートして、感染症に苦しむ人や家族をさらなる窮地に追い込むような事態を招いたり、以前から根強い差別や偏見にさらされてきた人々に対して、感染拡大の責任を転嫁したりするような空気が社会で強まることです。
特に現代においては、感染症に関する誤った情報やデマが、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)などを通じて一気に拡散する状況があることが懸念されます。
その背景には、感染防止の対策が次々と変わることや、感染拡大が生活に及ぼす影響が深刻であるために、多くの人が情報を求めて、新聞などのメディアだけに向かうのではなく、ネット空間にあふれる真偽不明の情報や出所不明の発信に触れて、"情報の空白"を埋めようとする動きがあるといわれます。
その中には、人々の不安につけこむ形で社会を扇動しようとしたり、特定の人々を槍玉に挙げて憎悪の感情を向けさせようとしたりする、悪意に満ちた言説も少なくありません。

◇正確な情報の共有が不可欠
こうした誤った情報やデマが野放図に拡散され、差別や偏見が増幅することで、人間社会を支える基盤が蝕まれていく"もう一つのパンデミック"ともいうべき事態は、新しい造語で「インフォデミック」と呼ばれています。
国連でも強い注意喚起をしており、昨年5月には、新型コロナに関する誤った情報やデマの蔓延を防ぐための「ベリファイド」という取り組みが立ち上げられました。多くのメディアとも連携して、正確で信頼できる情報について、国連や科学者などの専門家によって内容が"検証済み"であることを示す「ベリファイド」の認証マークをつけて発信していく活動です。
また、世界中の市民に「情報ボランティア」としての参加を呼び掛け、信頼できるコンテンツを市民の手で積極的に拡散し共有することを通し、家族やコミュニティーの安全とつながりを守ることが目指されているのです。
虚偽の情報やデマの拡散が放置されたままで、その誤りが周知徹底されなかった場合、重大な問題となるのは、正しい情報の定着が妨げられることだけではありません。
何より懸念されるのは、デマの根にある強い差別や偏見が、感染症への恐怖に乗じる形で人々を疑心暗鬼に陥らせて、社会の亀裂を深め、誰もが守られるべき尊厳と人権に"断層"を生じさせることです。
感染症と人権を巡る問題について、WHOがパンデミック宣言を発する5日前に、「人間の尊厳と人権は、後付けではなく、その取り組みの前面と中心に掲げる必要がある」と、いち早く留意を促していたのが、国連のミチェル・バチェレ人権高等弁務官でした。
バチェレ氏は昨年9月にも、コロナ危機の克服において外してはならない急所として、次のように訴えていました。
「根深い不平等と人権の格差が、ウイルスの感染拡大とその脅威を加速度的に膨張させていく様子を、私たちは目の当たりにしてきました。社会とその狭間に存在するこれらの格差を修復し、深く刻まれた傷を癒すための行動が、今こそ必要とされています」
ここでバチェレ氏は「根深い不平等と人権の格差」に言及していますが、こうした「深く刻まれた傷」は社会で構造化されて、問題の深刻さが見過ごされがちになってきたものの、コロナ危機をきっかけに差別意識がより鮮明な形で表れるようになった面があるのではないでしょうか。
コロナ危機が深刻化し、多くの人々が「生きづらさ」を感じるようになる中で、差別や憎悪を煽る言説に影響を受け、そこに憤懣のはけ口を求めていく危険性が高まっている点が懸念されるのです。

◇建設的な行動を生み出すカギ
暮らしている地域や職業の違い、人種や宗教の違いなど、あらゆる差異に関係なく誰もが感染する恐れがある病気であり、共に乗り越えるべき課題であるはずなのに、かえって社会の分断が広がり、脅威を加速させてしまう背景には何があるのか——。
この問題を考える上で、差別を巡る示唆的な分析として私が触れたいのは、アメリカの哲学者のマーサ・ヌスバウム博士が、社会と嫌悪感の関係を論じた著書『感情と法』(河野哲也監訳、慶應義塾大学出版会)で述べていた言葉です。
博士は、人々が社会で境界線をつくり出そうとするのは他者への「嫌悪感」に根差しており、境界線を設けることで、自分たちが「安堵」を得たいと考えるからであるとして、こう問題提起しています。
「私たちは救済を求めて嫌悪感を呼び出している」と。
ここでヌスバウム博士が論じているのは、"邪悪な行為をするのは特定の集団だけで、自分たちにはまったく関係ない"とみなす思考に対してのものですが、感染症が引き起こす混乱と差別を巡る問題にも、その構図は当てはまるのではないかと私は考えます。
同書の中で博士が指摘するように、「病原菌」といった医学的言説が嫌悪感を示す表現として転用されて、特定の人々を貶めたり、抑圧したりする傾向があるからです。
差別の根源にある"自分たちこそ最も正しく尊い存在にほかならない"との意識。それが何らかの社会的危機が起きた時に、"自分たちだけは難を逃れたい"と望む気持ちと相まって、他の集団への嫌悪感を強め、関わり合いを断つことで安堵しようとする構図がみられると思うのです。
ヌスバウム博士は、嫌悪感はその感情を向ける相手や集団に対し、「共同体の成員あるいは世界の成員ではないというレッテル」を貼るものであり、特にそれが「弱い集団や人物の周縁化を行う時には、危険な社会的感情となる」と警鐘を鳴らしています。
また、博士が民主主義社会を支える感情として重視するのは「憤り」であるとし、その機能について次のように述べています。
「憤りは建設的な機能を持っている。憤りが語るのは、『これらの人々に対して不正がなされてきたが、そのような不正はあるべきではなかった』ということである。憤りはそれ自体で不正を正す動機を提供する」と。
その意味から言えば、人々が感じる「生きづらさ」は差別意識を募らせる原因となり、社会を分断させる危険性を持つ半面で、共生の社会を築くための建設的な行動を生む可能性も秘めているといえましょう。
コロナ危機による打撃が社会のあらゆる分野に及ぶ中で、人々の生命と尊厳が蔑ろにされることに対する痛みについて、これまで以上に切実に胸に迫った人は決して少なくなかったのではないでしょうか。
そこで肝要となるのは、自分が感じる「生きづらさ」を、他者を貶める「嫌悪感」に向けて解消しようとするのではなく、他の人々が感じている「生きづらさ」にも思いをはせながら、厳しい社会の状況を変えるための"建設的な行動"の輪を広げることだと思えてならないのです。

◇法華経に説かれる生命触発のドラマ
もちろん、自分の存在を何よりも大切に思う心情は、人間にとって自然な感情であり、私どもが信奉する仏法の人権思想においても、その点が踏まえられています。例えば、釈尊を巡る逸話を通して、こんな教えが伝えられています。
——ある時、コーサラ国の国王夫妻が会話を交わす中で、夫妻のそれぞれが「自分よりもさらに愛しい他の人は存在しない」との思いを抱いていることが話題となった。その後、釈尊のいる場所に赴いた国王が、自分たちの正直な思いを伝えたところ、釈尊は次の詩句をもって応えた。
「どの方向に心でさがし求めてみても、自分よりもさらに愛しいものをどこにも見出さなかった。そのように、他の人々にとっても、それぞれの自己が愛しいのである。それ故に、自己を愛する人は、他人を害してはならない」——と(『ブッダ 神々との対話』中村元訳、岩波書店を引用・参照)。
つまり、自分を"かけがえのない存在"であると感じるならば、誰もが同じ思いを抱いている可能性があることを深くかみしめるべきであり、その実感を自分の生き方の基軸にして、他者を害するような行為を排していかねばならないと、釈尊は諭したのです。
この逸話が示すように、仏法の人権思想が促しているのは、自分を大切に思う心情を打ち消すことではなく、その実感を"他者に対しても開かれたもの"へと昇華させる中で、自分と他者、自分と社会との関係を紡ぎ直すことにあると言ってよいでしょう。

◇意識変革を促す人権教育の力
釈尊の教えの精髄が説かれた法華経で展開されているのも、まさにそうした人間生命の触発のドラマにほかなりません。
万人に「尊極の生命」が宿っていることを説いた釈尊の教えに触れて、自身の尊厳のかけがえのなさを心の底から実感した人が、一人また一人と続く中で、他の人々の尊厳の重みにも気づき、「自他共の尊厳が輝く世界」を築いていく決意を互いに深め合っていく姿が描かれています。

その中で釈尊は、人間と人間とを隔てるあらゆる境界線を取り払い、根強い差別にさらされてきた女性たちをはじめ、過ちを犯してしまった人々に対しても、「尊極の生命」が宿っていることを強調しました。
このように法華経では、さまざまな形で差別を受け、虐げられてきた人々の尊厳を明らかにした宣言と、互いの存在の尊さを喜び合う声が満ち満ちており、そうした生命と生命との触発のドラマを通して、「万人の尊厳」という法理が確かな輪郭を帯びて現れているのです。

◇いかなる人も蔑ろにしない
私どもSGIは、この法華経が説く「万人の尊厳」の精神に基づき、いかなる差別も許さず、誰も蔑ろにされることのない社会の建設を目指し、国連が呼び掛ける人権教育の推進に一貫して力を注いできました。
1995年に始まった「人権教育のための国連10年」を支援する一環として、「現代世界の人権」展を8カ国40都市で開催し、2005年からは国連の新たな枠組みとして発足した「人権教育のための世界プログラム」を推進する活動を行ってきました。
また2011年に、人権教育の国際基準を初めて定めた「人権教育および研修に関する国連宣言」の採択を諸団体と協力して後押ししたほか、その後も国連人権高等弁務官事務所の協賛を得て、「変革の一歩——人権教育の力」展の開催や「人権教育ウェブサイト」の開設をしてきたのです。
昨年9月には国連人権理事会で「人権教育学習NGO作業部会」を代表して共同声明を読み上げ、青年に焦点を当てた「人権教育のための世界プログラム」の第4段階が昨年1月からスタートしたことに寄せて、こう訴えました。
「この行動計画は、人権教育と青年の可能性を大きく広げるものです。新型コロナウイルス感染症によって、実施に伴う困難の度は増しましたが、人権を実現するための主要な条件となる人権教育を『中断』することがあってはなりません」と。
折しも、「人権教育および研修に関する国連宣言」の採択から、本年で10周年の佳節を迎えます。その中で、人権教育の力で築くべきものとして掲げられていたのが、「誰も排除されない社会」でした。
円を描く時に、"弧"のどこかが少しでも欠けている限り、円の形が出来上がらないように、普遍的な人権の尊重も、差異や社会的な区別によって軽んじられたり、排除されていたりする人々がいる限り、スローガンのままで終わってしまい、完結することはない。
これまで社会的に構造化される中で"蔑ろにされ、失われてきた人権や尊厳の弧"を、誰の目にも見える形で浮かび上がらせ、共に尊厳の大切さを分かち合いながら、生き方を見直し、社会の在り方を変えていく連帯を後押しする力となるのが人権教育です。
SGIが取り組んできた人権教育も、「誰も排除されない社会」という"円"の形を、同じ世界に生きる人間として共に描き出していくことに眼目があります。
感染症にまつわる差別やデマの蔓延を防ぐ努力を重ねながら、コロナ危機に伴う不安や恐怖の暗雲を打ち払うとともに、"誰も蔑ろにされてはならない"との思いを人権文化として結実させる挑戦を、今こそ力強く巻き起こすべきではないでしょうか。

2021年2月2日火曜日

2021.02.02 わが友に贈る

一人一人が
尊き広布の主役だ。
自らの誓いを果たす中に
勇気と智慧が輝く。
わが二月闘争を快活に!

四条金吾殿御返事 P1136
『大難来れども憶持不忘の人は希なるなり、受くるはやすく持つはかたしさる間成仏は持つにあり』

【通解】
大難が来ても、この法華経を常に思い持って忘れない人はまれである。法華経を受けることはやさしく、持ち続けることは難しい。そして、成仏は持ち続けることにある。

名字の言 「必ず勝つ」——創価大学出身のプロ野球選手の決意 2021年2月2日
球春到来だ。プロ野球の開幕へ、12球団が一斉にキャンプインした。コロナ禍による制約は続くが、今シーズンも勇気と感動を届けるプレーに期待したい▼昨年まで37年率いた岸雅司監督に代わり、堀内尊法新監督が就任した創価大学硬式野球部は、これまで23人のプロ野球選手を輩出している。その中で昨シーズン、記憶に残る活躍を見せた一人がソフトバンクの石川柊太投手だ▼創大創立者の池田先生が野球部に贈った指針「練習は実戦 実戦は練習」を行動規範とする彼は、登板前の準備を大事にしている。その一つがイメージトレーニング。どんな相手であれ、先発時の初球は直球ど真ん中——そのイメージを鮮明にし、必ず勝つと決めて真っ向勝負に挑む。相次ぐケガを乗り越え、昨年は最多勝と最高勝率の2冠を獲得。チームの4年連続日本一に大きく貢献した▼漠然とした決意では力は出し切れない。目標を定め、小さな実践を積み重ねてこそ、大きな結果が得られる。万般に通じる勝負哲学だろう▼「こうしたい それでは弱い こうするぞ」。本紙の「新・生き生き川柳」に掲載された句である。いよいよ2月。新しい月が始まった。未来の勝利の姿を明確に思い描きながら、日々清新な決意で、努力と挑戦の歩みを進めよう。(仁)

寸鉄 2021年2月2日
苦境にあっても、愉快に忍耐強く生き抜け—恩師題目唱え切り日々前進!
御書「今生の禍・後生の福なり」。今の苦闘は全て福徳に。負けじ魂で光れ
目や鼻触ると感染リスク高まると。花粉症の季節、早めの薬服用などで対策
「10万円で優先接種」等と騙るワクチン詐欺に注意不安に付け込む嘘を撃退
子の噛む力が低下、免疫力に悪影響と。「一口30回」が改善に有効—医師

☆第46回SGI提言� 世界が直面する未曽有の危機
◇新型コロナの問題を乗り越え 希望の社会を共に建設
私たちは今、これまで人類が経験したことがない切迫した危機に直面しています。
異常気象の増加にみられるような、年々悪化の一途をたどる気候変動の問題に加えて、新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的な大流行)が襲いかかり、それに伴う社会的・経済的な混乱も続いています。
未曽有であるというのは、危機が折り重なっていることだけに由来するのではありません。長い歴史の中で人類はさまざまな危機に遭ってきましたが、世界中がこれだけ一斉に打撃を受け、あらゆる国の人々が生命と尊厳と生活を急激に脅かされ、切実に助けを必要とする状態に陥ることはなかったからです。
わずか1年余の間に、新型コロナの感染者数は世界で9900万人を超えました。亡くなった人々も212万人に達し(1月25日現在)、その数は過去20年間に起きた大規模な自然災害の犠牲者の総数をはるかに上回っています。
大切な存在を予期せぬ形で失った人たちの悲しみがどれだけ深いものか、計り知れません。とりわけ胸が痛むのは、感染防止のために最後の時間を共に過ごすこともかなわなかった家族が少なくないことです。
この行き場のない喪失感がいたる所で広がっている上に、経済活動の寸断で倒産や失業が急増し、数えきれないほどの人が突然の困窮にさらされる事態が生じています。
一方、未曽有の危機による暗雲が世界を覆い尽くそうとする最中にあっても、「平和と人道の地球社会」を築く挑戦の歩みが、すべて止まったわけではありませんでした。
核兵器禁止条約が今月22日に発効したのをはじめ、児童労働を禁止する条約<注1>に対して国際労働機関(ILO)の全加盟国の187カ国が批准したことや、野生株のポリオウイルスの根絶がアフリカで実現するなど、画期的な前進がみられたからです。
いずれも、国連が2030年に向けて達成を目指している「持続可能な開発目標(SDGs)」にとって、かけがえのない重みを持つ成果であり、"困難の壁を打ち破る人間の限りない歴史創造力"を示したものにほかならないといえましょう。
なかでも、昨年の国連デー(10月24日)に発効要件を満たした核兵器禁止条約は、国連創設の翌年(1946年)に総会の第1号決議で掲げられて以来、未完の課題となってきた核兵器の廃絶に対し、ついに条約として明確な道筋をつけた意義があります。
冷戦下で核開発競争が激化していた1957年9月に、創価学会の戸田城聖第2代会長が発表した「原水爆禁止宣言」を原点に、核兵器を全面的に禁じる国際規範の確立を目指して、ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)などの団体と行動を共にしてきた私どもSGI(創価学会インタナショナル)にとっても、条約の発効は何よりの喜びとするものであります。
そこで今回は、世界中が深刻なショック状態に陥る中で、未曽有の危機を乗り越えるためには何が必要となるのかを探るとともに、「平和と人道の地球社会」を建設する挑戦を21世紀の確かな時代潮流に押し上げるための方策について提起していきたい。

◇統計的な数字の奥にある「命の重み」を見失わない
◇パンデミックの宣言以降の日常
第一の柱として挙げたいのは、"危機の日常化"が進む中で、孤立したまま困難を深めている人々を置き去りにしないことです。
昨年の3月11日に世界保健機関(WHO)が新型コロナのパンデミックを宣言して以来、毎日のニュースで感染者や亡くなった人たちの数が報じられるようになりました。
いまだ感染拡大の勢いは止まらず、収束の見通しは立っていませんが、連日、更新されている数字の意味を見つめ直すために、今一度、思い起こしたい言葉があります。
パンデミック宣言の1週間後に、ドイツのアンゲラ・メルケル首相がコロナ危機を巡る演説で語った次の一節です。
「これは、単なる抽象的な統計数値で済む話ではありません。ある人の父親であったり、祖父、母親、祖母、あるいはパートナーであったりする、実際の人間が関わってくる話なのです。そして私たちの社会は、一つひとつの命、一人ひとりの人間が重みを持つ共同体なのです」(駐日ドイツ連邦共和国大使館・総領事館のウェブサイト)
もとより、こうした眼差しを失わないことの大切さは、巨大災害が起こるたびに、警鐘が鳴らされてきた点でもありました。
しかし、今回のパンデミックのように、世界中の国々が脅威にさらされる状態が長引き、"危機の日常化"ともいうべき現象が広がる中で、その緊要性がいっそう増していると思えてなりません。
私どもSGIでも、感染防止の取り組みを徹底するとともに、日々の祈りの中でコロナ危機の早期の収束を強く念じ、亡くなった人々への追善の祈りを重ねてきました。
また、私が創立したブラジルSGIの「創価研究所——アマゾン環境研究センター」では、新型コロナで亡くなった人々への追悼の意を込めて植樹を行う「ライフ・メモリアル・プロジェクト」を昨年9月から進めています。
一本一本の植樹を通して、これまでブラジルの大地で共に生きてきた人々の思いと命の重みをかみしめ、その記憶をとどめながら、アマゾンの森林再生と環境保護にも寄与することを目指す取り組みです。
亡くなった人々を共に悼み、その思いを受け継いで生きていくことは、人間社会を支える根本的な基盤となってきたものでした。
感染拡大が続く中で、故人を共に追悼する場を得ることが難しくなっている今、統計的な数字の奥にある「一つひとつの命」の重みを見失わないことが、ますます大切になっていると痛切に感じられてならないのです。

◇社会の表面から埋没する窮状
この点に加えて、"危機の日常化"に伴って懸念されるのは、各自の努力で身を守ることが求められ、社会の重心がその一点に傾いていく中で、弱い立場にある人々の窮状が見過ごされがちになる恐れについてです。
パンデミックに立ち向かうために、各国では医療体制の支援を最重要課題に掲げるとともに、「ニューノーマル(新しい日常)」が呼び掛けられる中、社会を挙げて取り組むべき対策が模索されてきました。
直接的な接触を避けるために一定の距離を確保する「ソーシャル・ディスタンス」をはじめ、在宅での仕事の推奨とオンライン授業の導入などによる「リモート化」や、不要不急の外出を控える「ステイホーム」の推進などに代表されるものです。
この呼び掛けを通し、急激な感染拡大を抑え、医療現場の逼迫を防ぐための取り組みが広がってきた意義は大きいと思います。
なかでも、感染防止策の呼び掛けに対して、積極的に工夫や改善を試みる人が増えてきたことは、単なるリスク対策の域を超える可能性を秘めたものでもあったのではないかと、私は感じています。
その行為は、まずもって大切な家族や身近な人々を守ることに直結していますが、同時にそれは、同じ社会に生きる"見知らぬ大勢の人たちを守るための気遣い"を積み重ねる行為にもなってきたと思えるからです。

◇困難を抱える人たちの苦しみをまず取り除く
しかし一方で、コロナ危機が始まる以前から弱い立場に置かれてきた人や、格差や差別に苦しみながらも、"社会的なつながり"によって支えられてきた人たちの生活や尊厳に、深刻な影響が生じている側面にも目を向ける必要があるのではないでしょうか。
例えば、「ソーシャル・ディスタンス」が重要といっても、日常的な介助を必要とする人たちにとって、周囲のサポートが普段よりも制限されることになれば、毎日の生活に重大な支障が出ることになります。
それは、自分を支えてくれる人たちとの大切な時間を失い、"尊厳ある生"を築く土台が損なわれることも意味します。
また、仕事や教育から買い物にいたるまで、オンラインによる「リモート化」が急速に進んできたものの、経済的な理由などでインターネットに接続する環境を持つことが困難な人や、オンラインの活用に不慣れな人たちが取り残されていく状況も課題となっています。
加えて、外出制限による「ステイホーム」が長引く中で、家庭内暴力(DV)に苦しむ女性たちが急増したことが報告されています。
なかには、暴力をふるう相手が家にいる時間が長くなったために、行政や支援団体に連絡をとって相談する道まで塞がれている女性も少なくないとみられているのです。
ゆえに大切になるのは、感染防止策に取り組む中で社会に広がってきた"見知らぬ大勢の人たちを守るための気遣い"を基盤としながら、コロナ危機が日常化する中で、社会の表面から埋没しがちになっている「さまざまな困難を抱えた人たち」の存在に目を向け、その苦しみと生きづらさを取り除くことを、社会を立て直すための急所として位置付けていくことではないでしょうか。

◇コロナの発生前に生じていた歪み
WHOでも、社会的な距離を意味する「ソーシャル・ディスタンス」ではなく、物理的・身体的な距離を意味する「フィジカル・ディスタンス」を用いることを勧めています。
「ソーシャル・ディスタンス」という表現では、人と人とのつながりを制限しなければならないとの誤解を広げてしまい、社会的な孤立や分離を固定しかねないからです。
社会全体が先の見えない長いトンネルに入る中で、他の人々の置かれている状況が見えにくくなっているとしても、同じ社会を生きているという"方向感覚"だけは決して失ってはならないと、私は訴えたいのです。
そこで着目したいのは、国連のアントニオ・グテーレス事務総長が述べていた問題提起です。
昨年7月、「コロナに立ち向かおう」と題する国連のオンライン・セミナーが行われました。席上、「ニューノーマル」の意味について問われた事務総長は、世界の人々が直面する現状に対し、その一言でもって規定してしまうことに異を唱えた上で、「アブノーマル(異常な事態)」という言葉をもって表現したいと強調したのです。
私はその問題提起に、コロナ危機によって世界の大勢の人々が強いられてきた状態が、緊急避難的で、やむを得ないものであったとしても、それは人間にとって本来、"異常な事態"であるとの認識を持ち続けなければならないとの警鐘を感じてなりません。
また事務総長は、別の機会で次のような主張をしていました。
「コロナ危機を受けて、『ニューノーマル』の必要性を訴える声が多くありますが、新型コロナが発生する前の世界が『ノーマル』とは程遠い状態であったことを忘れてはなりません。拡大する不平等、蔓延する性差別、若者がさまざまな機会を得られない状況、上昇しない賃金、悪化していく一方の気候変動、これらは一つとして『ノーマル』ではないのです」
いずれの指摘にも、深く共感します。
こうした世界の歪みを放置したままでは、置き去りにされてしまう人々が次々と出ることは避けられず、ましてアフターコロナ(コロナ後)の社会を展望することなどできないと、思えてならないからです。
新型コロナの脅威はあらゆる国に及んでいる危機ですが、影響の深刻さは、人々が置かれている状況によって格段の開きがあると言わざるを得ません。
実際、感染防止策として推奨される「石鹸と水による手洗い」ができない環境で生活する人の数は、世界の4割に及ぶといいます。
こうした自分と家族を守り、周囲の人たちを守るための基本的な手段を得ることが難しい人々は、30億人もいるのです。
また、紛争や迫害によって故郷を追われた難民の人たちの数が世界で8000万人に達する中、その多くが難民キャンプなどでの密集した生活を余儀なくされています。
もとより、物理的・身体的な距離を確保することは困難で、感染者が出れば、感染拡大が避けられない危険と隣り合わせで生活している状況にあるのです。
今、世界が直面している未曽有の危機には、複合的な要素が折り重なっているために、それぞれの脅威の関係性や問題の所在を見定めることは容易ではないといえましょう。
そうであったとしても、危機への総合的な対処とは別に、脅威にさらされている一人一人に対しては、苦しみを取り除くことが、先決になるのではないかと訴えたいのです。

◇仏法の源流に力強く脈打つ誰も置き去りにしない精神
◇「毒矢の譬え」が提起する視座
この問題を考える上で、想起される仏法の視座があります。釈尊が説いた「毒矢の譬え」です。
——ある男が、毒矢に射られた。その時、「この矢を射た者はなんという姓でなんという名の者か」との疑問や、「弓矢を作った者はだれか」といったことに気をとられ、「それが分からぬうちは矢を抜いてはならぬ」とこだわり続けたために、状況が放置されそうになったとする。しかしそれでは、毒矢が刺さったままで、やがて命を落とすことになってしまうのではないか——と(中村元・増谷文雄監修『仏教説話大系』第11巻、すずき出版を引用・参照)。
この譬えは、人間の身に実際に起きる問題よりも、観念的な議論に関心が向きがちな弟子を諭すために、釈尊が用いたものでした。
この譬えに着目し、釈尊の目的は体系的な教えを説き明かすことにはなかったと洞察していたのは、20世紀を代表する宗教学者のミルチア・エリアーデ博士でした。博士が釈尊の教えを、人々の苦しみに対する治療と位置付けていたように、釈尊が何よりも心を砕いていたのは"毒矢を抜き去ること"、つまり、一人一人の苦しみの根源を取り除くことにありました。
仏法の出発点に息づいていたのは、そうした切なる思いから釈尊が折々に語った言葉にほかならなかったのです。
釈尊の教えの精髄である法華経を礎にして、13世紀の日本で仏法を説き広めた日蓮大聖人は、釈尊の言葉が及ぼした力について、「燈に油をそへ老人に杖をあたへたるがごとく」(御書576ページ)と表現していました。
つまり、何か超人的な力をもって人々を救済したのではなく、釈尊は、相手の内面に本来具わる力を引き出す支えとなるような言葉を語ることに専心していたのです。
災害や飢饉に加えて疫病の蔓延が相次いでいた当時の日本で、「立正安国論」を著し、"民衆の苦悩と嘆きを取り除く"という一点に立って行動する重要性を訴えた大聖人の仏法にも、その精神は力強く脈打っていました。
度重なる災禍によって、人々がどれだけ塗炭の苦しみにさいなまれていたのか——。大聖人は、その様子をこう記しています。
「三災・七難・数十年起りて民半分に減じ残りは或は父母・或は兄弟・或は妻子にわかれて歎く声・秋の虫にことならず、家家のち(散)りうする事冬の草木の雪にせめられたるに似たり」(同1409ページ)
こうした時代にあって、大聖人は混迷を深める社会に希望を灯すべく、災禍や苦難に見舞われた人々を励まし続けたのです。
信念の行動を貫く中で流罪などの迫害に何度も遭ってきた大聖人は、物理的な距離で遠く隔てられた弟子たちを何とか勇気づけたいとの思いで、手紙を認めることもしばしばでした。
ある時は、夫を亡くした一人の女性門下に、次のような手紙を送っています。
——亡くなられたご主人には、病気の子もおり、愛娘もいた。「私が子どもを残し、この世を去ったら、老いた妻が一人残って、子どもたちのことをどれほど不憫に思うだろうか」と嘆かれたに違いない、と(同1253ページ、趣意)。
その上で、「冬は必ず春となる」(同ページ)との言葉を綴られた。そこには、女性門下を全魂で励まそうとする、次のような万感の思いが込められていたのではないかと拝されるのです。
今は、厳しい"冬"の寒さに覆われているような、辛い思いをされているに違いありません。しかし、"冬"はいつまでも続くことはない。必ず"春"となるのです。どうか心を強く持って、生き抜いてください——と。
そしてまた、「幼いお子さんたちのことは、私も見守っていきますから」との言葉を添えて、夫の逝去によって人生の時間が"冬"のままで止まりかけていた女性門下の胸中に、温かな"春"の光を届けたのです。
この女性門下への言葉のように、大聖人は手紙に認めた一つ一つの文字に、自らの"心"を託された。そして手紙が読まれた時に、その言葉は物理的な距離を超えて大聖人の"心"を浮かび上がらせ、相手の胸に刻まれたのでした。

◇宗教が担うべき社会的な使命
大聖人の時代とは状況が異なりますが、今回のパンデミックによる混乱が広がる中で、多くの人たちが痛切に感じたのは、「自分の人生が急停止してしまった」「生活の基盤が突然、絶たれてしまった」「まったく未来が見えなくなってしまった」といった、やりきれない思いだったのではないでしょうか。
こうした時に、社会的な支援や周囲からの手助けを得られず、苦しみを独りで耐えるほかない状態が続く限り、その人の世界は暗転したままとなりかねない。
しかし誰かがその状態に気づいて寄り添った時、困難を抱えた人も、自らの苦境を照らす温かな光が周囲や社会から届けられることを通じて、かけがえのない人生と尊厳を取り戻す力を得ることができるのではないかと思うのです。
私どもSGIが大聖人の精神を受け継ぎ、世界192カ国・地域で広げてきた信仰実践と社会的活動の立脚点も、"孤立したままで困難を深めている人々を置き去りにしない"との信念にありました。
その信念は、私の師である戸田第2代会長の「世界にも、国家にも、個人にも、『悲惨』という文字が使われないようにありたい」(『戸田城聖全集』第3巻)との言葉に凝
縮された形で表れています。
ここで強調したいのは、世界と国家と個人という、すべての面において、戸田会長の眼差しが「悲惨」を取り除くという一点に貫かれていることです。
世界に生じているどんな歪みであろうと、どの国が直面する困難であろうと、どのような人々の身に起きている苦境であろうと、人間と人間とを隔てるあらゆる垣根を越えて、「悲惨」を取り除くために共に力を合わせて行動する——。
これまでSGIが、グローバルな諸課題の解決を求めて、志を同じくする多くのNGO(非政府組織)をはじめ、さまざまな宗教を背景とするFBO(信仰を基盤とした団体)と連携を深めてきたのも、この精神に根差してのものにほかならないのです。
ある意味で、人類の歴史は脅威の連続であり、これからも何らかの脅威が次々と現れることは避けられないかもしれません。
だからこそ肝要となるのは、どんな脅威や深刻な課題が生じようとも、その影響によって困難を抱えている人々を置き去りにせず、「悲惨」の二字をなくすための基盤を社会で築き上げていくことだと思います。
なかでも現在のコロナ危機で物理的・身体的な距離の確保が求められ、他の人々の置かれている状況が見えにくくなる中で、同じ社会で生きる人間としての"方向感覚"を失わない努力を後押しする役割を、宗教やFBOが積極的に担うことが求められていると、感じられてなりません。
パンデミックが世界に及ぼした打撃は極めて深刻で、脱出の方法が容易に見いだせない迷宮のような様相を呈しています。しかし、一人一人を窮状から救い出すアリアドネの糸<注2>は、それぞれの命の重みをかみしめ、その命を守るために何が切実に必要とされているのかを見いだすことから浮かび上がってくるのではないでしょうか。

2021年2月1日月曜日

2021.02.01 わが友に贈る

◇今週のことば
人材の成長こそ
「令法久住」の希望。
青年の連帯こそ
「広宣流布」の勝利。
皆が地涌の命で出発だ!
2021年2月1日

上野殿御返事 P1555
『是は法華経をふみし逆縁の功徳による、いま日蓮をにくむ故にせうぼう(少輔房)が第五の巻を取りて予がをもてをうつ是も逆縁となるべきか』

【拙コメント】
これは、法華経を踏んだ逆縁の功徳によるのである。
今日蓮を憎む少輔房が法華経の第五の巻を取って日蓮の面を打ったことも逆縁となるであろうか。

名字の言 誰かを応援することで自分のことも真剣に応援できる 2021年2月1日
全員が社会人で構成される「青空応援団」という集まりがある。受けた依頼は、個人に限らず、入学・卒業式の学校現場や介護施設など幅広い▼初代団長の平了氏は、宮城県仙台市で工務店を営む。設立のきっかけは東日本大震災。津波で大切な友人を失う中、「スコップ団」として被災住宅の泥かきや掃除をしてきた。その後、長く険しい復興の道を進むには、"支援"に加えて、励ましの"応援"が大切と気付き、応援団を結成した▼"この人に応援してほしい"と思ってもらえるように、団員は日常の振る舞いに気を配り、毎日のトレーニングも欠かさない。この活動を通して得た実感について、団長は「誰かを応援することで自分のことも真剣に応援できるようになる」と述べている(『青空応援団』扶桑社)▼御聖訓に「人のために火をともせば・我がまへあきらかなるがごとし」(御書1598ページ)と。"自分さえよければ"という利己心の殻を破って他者に献身する。その真心と行動は、自分自身の満足できる人生を開いていく▼池田先生は「人の『生きる力』を引き出した分だけ、自分の『生きる力』も増していく」と語る。「利他の心」から、生きる喜びは生まれる。その確信で"自他共の幸福の道"を朗らかに進みたい。(銘)

寸鉄 2021年2月1日
さあ伝統の2月。一人を大切に—ここから歴史は開く。励ましの声、地域へ
若人の熱と力漲る第1回青年部幹部会。君の双肩に創価の未来。先陣頼む
牙城会結成50周年。師子は嵐に不動!試練の時代こそ民衆厳護の誉れ胸に
感染しても重症化しないと思う—30歳未満の6割と。その先の家族忘れず
寒暖差疲労に注意。運動や入浴等で「体を温める」のが効果的と。賢く工夫

〈社説〉 2021・2・1 きょうから伝統の「二月闘争」
◇一対一の激励で決意の連鎖
今年の「節分」は、2月3日ではなく2日。国立天文台によると、節分が2日になるのは124年ぶりという。元々、"季節の分かれ目"との意味があり、四季が移り新しい季節が始まる日の前日を指すが、今では立春の前日にのみ残る。いわば2月は、冬から春への転換点だ。
創価学会においては、きょうから「伝統の2月」が始まる。
淵源は、1952年(昭和27年)、24歳の池田先生が支部幹事として指揮を執った蒲田支部が、1カ月で「201世帯」という弘教の金字塔を打ち立てたことにある。当時は、どの支部も100世帯がやっとという状況。この「二月闘争」が、戸田第2代会長の願業である75万世帯達成へ、大前進を生む転換点となった。
なぜ蒲田の同志は、それまでの限界を大きく破ることができたのか。先生は随筆で、こう振り返っている。
「それは、目の前の一人を徹して誠実に励ましてきたことに尽きる。『広宣流布』は、一人の『人間革命』から始まる。決意した一人が、一人を立たせる。その一人が、さらにまた、もう一人を奮い立たせていく。勇気は勇気を呼ぶ。この『一対一』の決意の連鎖こそが、拡大の鉄則である。ゆえに、『誓いの一人』を多くつくっていくことが、爆発的な広布伸展の必要条件なのだ」
まさに、眼前の一人を励まし抜くことが原動力であった。仏法の生命尊厳の思想、抜苦与楽の慈悲といっても、この「一人への関わり」の中に輝く。感染症拡大で社会に不安と混迷が広がる中、皆で集まることが難しい今こそ、「二月闘争」に学び、共感と納得の対話で一人一人に勇気と希望の灯をともしたい。
現在、コロナ禍にも負けず、オンラインなどを使って新たな広布拡大に挑んでいるのが、2月配信の青年部幹部会を目指して前進する男女青年部である。
長野市の精肉店で働く男子地区リーダーは、昨年の夏、仕事が続かないと悩む友人を激励。"この信心で自分自身を変革しよう"と、オンラインで勤行指導を行い、年末に御本尊流布を実らせた。
東京・中野総区の女子部は、小説『新・人間革命』の「本陣」の章を学び、感動や決意をSNS等で共有。なかなか会えない部員の自宅にも、指針を記したカードや手紙を投函してきた。そうした地道な取り組みの中、活動に励むメンバーが増加。ある支部では前年の3倍の友が、ロマン総会に集った。
2月は「如月」。草木の芽が張り出す「草木張月」に由来するという説も。草花の芽が凍てつく大地を破るように、冬に耐えた力を解き放つ時。笑顔満開の春に向かって、対話拡大に打って出たい。

☆大白蓮華巻頭言2021年2月号 「蘇生」と「和楽」の大交響曲を!
人は、皆、わが人生の指揮者である。自らが夕クトを振って、一日一日、一年一年、そして一生を通して、かけがえのない命の曲を奏でゆくのだ。
御本仏・日蓮大聖人は妙法を説き明かされ、誰人たりとも大宇宙の究極の音律に則り、あらゆる「生老病死」の苦悩を打開しながら、「常楽我浄」の生命の賛歌を謳い上げていける大道を開き示してくださった。
この希望の大仏法を、戦後の荒野で民衆の一人一人に弘通していかれたのが、我らの師・戸田城聖先生である。
今年は、大聖人の御聖誕八百年の大佳節であり、戸田先生の第二代会長就任から七十周年でもある。師恩への感謝の一念で壁を破った、あの蒲田支部の「二月闘争」にみなぎる勇気と情熱と団結で共々に前進したい。
世界の華陽姉妹が求道の心で研鑽し合っている御書の一つ「一生成仏抄」には、「一念三千」の法門について、「十界の衆生、森羅三千の依正と色心、非情の草木、大空と大地のいずれも除かず塵も残さず一念の心に収め、また一念の心が宇宙法界に遍満するのを万法というのである」(P38、趣意)と仰せである。
題目を唱え、「広宣流布」へ挑みゆく我らの生命には、どれほど壮大な力が秘められていることか。この一念の力を解き放ち、どんな現実の苦難にも負けず、価値創造していくのが、「信心即生活」「仏法即社会」の軌道だ。
なかんずく、師弟不二の報恩の一念で行動を起こす時、妙法の大いなる、そして妙なるリズムに合致して、「人間 革命」の大歓喜の波動を自他共に広げていけるのである。
自行化他の題目は、「一切衆生の心中の仏性を唯一音に喚び顕し奉る功徳・無量無辺なり」」(P557)である。
六十五年前、「大阪の戦い」の中で、私と関西の同志は、いかなる人であれ、「立正安国」の行進に連なって功徳を受けられるようにと祈り、対話し、仏縁を結んでいった。
今再び、「まいをも・まいぬべし」(P1300)と地涌の指揮で、「蘇生」と「和楽」の大交響楽を奏でゆこう!

全世界
 蘇生の音律
  響かせて
 民衆の生命に
  無窮の力を

☆学ぼう 2月の学会史 2021
◎「二月闘争」
1952年(昭和27年)2月、24歳の池田大作先生が蒲田支部の支部幹事として指揮を執り、当時の支部の限界を打ち破る「201世帯」の弘教を達成。最前線の組織単位である「組」(現在のブロック)に焦点を当て、第2代会長・戸田城聖先生の誕生月を拡大の金字塔で荘厳した。
※参考資料=小説『人間革命』第5巻「驀進」、『新・人間革命』第3巻「平和の光」/VOD【広布史】「二月闘争 広布拡大の源流」

◎2・1 牙城会結成50周年
1971年(昭和46年)、各地で会館を自主的に警備していた青年部のグループが統一され、全国的な人材育成機関として「牙城会」が結成された。新体制で任務がスタートした2月1日が結成日となり、本年で50周年を迎える。
※参考資料=『新・人間革命』第24巻「厳護」/VOD【広布史】「厳護の魂 牙城会の歴史と使命」

◎2・8「沖縄の日」
1974年(昭和49年)2月8日、池田先生は沖縄広布20周年記念総会に参加。席上、「沖縄を幸福と平和建設の模範の島に」と力強く語った。
※参考資料=『新・人間革命』第19巻「虹の舞」/VOD【広布史】「世界で最初の広宣流布の天地に! 沖縄の誉れの使命」

◎2・11 戸田先生の生誕の日
戸田先生は、1900年(明治33年)2月11日、現在の石川県加賀市塩屋町で生まれた。苦学して北海道の小学校教員となった後、上京。初代会長・牧口常三郎先生に出会い、牧口先生と共に創価教育学会(現在の創価学会)を創立した。戦後、学会を再建し、51年(昭和26年)5月3日、第2代会長に就任。57年(同32年)12月、75万世帯の弘教を達成し、広布の永遠の基盤を築いた。
※参考資料=『仏法入門 任用試験のために』『新会員の友のために——創価学会入門』

◎2・11「戸田記念国際平和研究所」設立25周年
1996年(平成8年)2月11日、戸田先生の生誕96周年を記念し、戸田記念国際平和研究所が発足し、本年で25周年。世界的な研究者らが、恒久平和への研究を進めている。

◎2・11 国際部結成50周年
国際部は1971年(昭和46年)2月11日、国際舞台で活躍していた代表50人で発足し、本年で結成50周年となる。2002年(平成14年)に国際本部へと発展。
※参考資料=『新・人間革命』第16巻「対話」

◎2・17「農漁光部の日」
1977年(昭和52年)2月17日、学会本部で開催された農村部(当時)の第1回勤行会を記念して「部の日」が制定された。同部はその後、農漁村部に発展。2011年(平成23年)に農漁光部となり、本年で10周年。
※参考資料=『新・人間革命』第24巻「灯台」

2021年1月31日日曜日

2021.01.31 わが友に贈る

未来を開く起点は
常に「今」「ここ」にあり!
日に日に新たに
勇猛精進の信心を!
みずみずしい息吹で!

富木殿御書 P969
『夫れ賢人は安きに居て危きを歎き佞人は危きに居て安きを歎く』

【通解】
賢人は安全な状態にあっても危険に備え、心の曲がった人は危険な状態にあっても、それに対処しようとせず安穏を願う。

名字の言 「暮しの手帖」編集長が大切にした「人間の手」 2021年1月31日
雑誌「暮しの手帖」の編集長・花森安治氏は、人間の手を大切にする人だった。編集者の仕事は、自ら事に当たらないと空論になる。それが彼の信念だった▼日用品や家電製品などの商品テストの記事では、機械による検証ではなく、人間の手で何百回と使った実感を読者に届けた。こうした検証は消費者の共感を得るだけでなく、生産者側に品質の向上を促した▼氏は語っている。手を地べたにつけず、泥にまみれることもない——「それで地にはいつくばって生きている人間の暮しが、どうしてわかる」「ひとからバカにされようと、いつもじぶんの手を地につけて、じぶんの手で現実をつかまえろ」と(唐澤平吉著『花森安治の編集室』晶文社)▼「池田先生の手のぬくもりは、今でも忘れません」。多くの同志が、先生と握手した時の「ぬくもり」を記憶している。友と握手を重ねた先生の手は、時に真っ赤に腫れ上がった。その手で、"ただ友のために"とペンを握ることもあった▼池田先生は「たゆみなく、一つ一つ励ましの手を打ち続けてきたからこそ、今日の人材山脈ができ上がった」と。地道に励ましを重ねることが、広布の未来を開く。手を、足を動かすことを厭うまい。その労作業が、わが地域に希望の連帯を広げる。(将)

寸鉄 2021年1月31日
会長の著作に「生命力」の源泉を見つけた—詩人。心に刻むほど勇気は凜々
良き友に守られた人生は絶対に負けない—恩師。我らは励ましの絆を強く
真の英雄とは不幸を乗り越える者—皇帝。嘆かず諦めず。宿命転換の劇を
在宅勤務狙うネット攻撃増加。対策ソフトは最新に。不明な文書も開くな
花粉飛散、昨年の2〜4倍と。早めの対応で症状は軽く。「前前の用心」で

〈社説〉 2021・1・31 あす牙城会結成50周年
◇希望を創造し師弟勝利の道を
あす2月1日で、牙城会は結成50周年を迎える。
1971年(昭和46年)、いわゆる言論問題に端を発した、学会への理不尽な非難・中傷の嵐が吹き荒れる中、牙城会は産声を上げた。
当時、「会館警備」「当番」と呼ばれ、各地で会館の自主警備を行っていたグループが全国組織として統一。
その際、名称については池田先生から、「広宣流布の牙城を守る人材育成の組織だから、『牙城会』は、どうか」との提案を受け、同年の2月1日に新しい体制で任務に就き、事実上の結成となった。
以来、学会の躍進とともに全国の会館も急増し、任務に就く牙城会員も増加。多彩な分野で活躍するメンバーを糾合する人材育成グループとなった。
しかし、昨年は、結成記念日の2月1日を迎えて間もなく、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて学会の会館の使用も自粛となり、牙城会は任務に就けない状況が続いた。
そんな中でも、牙城会の友は"新たな知恵と行動で広布の新たな道を開こう"と、いち早くオンラインを活用しながら対話拡大に挑戦し、小説『新・人間革命』の研さんなどにも取り組んできた。
また、夏以降は、会館の使用再開に伴って、「学会厳護」の誇りを胸に、新しい生活様式に合わせた任務の形を、真剣に協議を重ね、つくってきた。
いかなる状況になろうと、断じて広布を前へ進めていくとの牙城会魂で、社会の激浪に負けず苦境を打破する友は多い。
新時代1期生として奮闘する神奈川の牙城会メンバーは、かつて仕事での過労が重なりパニック障害とうつ病を発症。仕事で知り合った学会員の真心の励ましに触れて、自身の宿命を信心で乗り越えようと入会し、その後、牙城会にも志願した。病状も落ち着き始めた昨年、今度は新型コロナウイルスの影響で職を失ってしまった。
悩みのどん底の中でも、池田先生が結成45周年を記念して牙城会に贈った「君と我 共に師子王 恐れなく 勝って護れや 創価の大城をば」との和歌を胸に戦い抜いた彼は、11月には友人への弘教を実らせ、2度目の緊急事態宣言が出される中、不屈の心で再就職の道も切り開いてきた。
環境が厳しければ厳しいほど、多様なメンバーが新たな知恵と行動で、師弟勝利の道を開拓してきたのが牙城会の誉れの歴史である。
世界が未曽有の試練に直面する中、それぞれの場で、新たな希望を創造していく牙城会。今日も全国の宝城を厳護するメンバーに、改めて感謝とエールを送りたい。

☆御書の旭光を 第4回 祈りは「人間革命」のスイッチ
〈御文〉
『我等も無明の卵にして・あさましき身なれども南無妙法蓮華経の唱への母にあたためられ・まいらせて三十二相の觜出でて八十種好の鎧毛生そろひて実相真如の虚空にかけるべし』(新池御書、1443ページ)

〈通解〉
我らも無明(迷い)の卵で、あさましい身であるけれども、南無妙法蓮華経の唱題の母に温められて、三十二相の觜が出てきて、八十種好の鎧毛が生えそろい、実相真如の大空に飛ぶことができるのである。

〈池田先生が贈る指針〉
御本仏は、万人が「仏にやすやすと」なれる道を示してくださった。
いかに冷酷な宿命でも「南無妙法蓮華経の唱への母」に温められ、必ず旭日の如く蘇生できる。希望と勇気の翼を広げ、幸福勝利の大空へ羽ばたける。
唱題こそ無明の迷いを打ち破り、生命の可能性を全開させる「人間革命」のスイッチなのだ。

☆紙上セミナー 仏法思想の輝き 総群馬白樺会総合委員長 川島佐枝子
◇地域貢献の保健師として慈悲の心で関わり抜く
【プロフィル】かわしま・さえこ 群馬県内の保健所に保健師として定年まで33年間勤める。現在、群馬県在宅保健師の会員として活動。1962年(昭和37年)入会。群馬県桐生市在住。婦人部副本部長。

私は保健師として33年間、群馬県内にある11カ所の保健所で勤務してきました。
乳幼児から高齢者まで幅広い世代の方々が、住み慣れた地域でその人らしい生活を送れるよう、発病のリスクを減らすための予防的な関わりで、心身の健康を守るのが保健師の仕事です。
保健所の業務は、医師・薬剤師・臨床検査技師など、さまざまな分野の専門家と協力して、精神保健や難病の方への対応、母子保健や虐待予防、そして、今回のような新型コロナウイルスや結核といった感染症の対応など、多岐にわたります。
もともと看護師をしていましたが、病院で極低出生体重児への看護を経験する中、私自身の無力さを感じた時があり、また、母子が退院した後も地域で安心して子育てができるよう、より身近に支援していきたいと考えて、保健師になりました。

◇抜苦与楽の励まし
これまで多くの方と関わる中、私自身、一番に心掛けてきたことは、何があろうと「目の前の一人を大切にする」ということでした。
保健所には毎日、電話や窓口に、たくさんの相談が寄せられます。時には、難病の診断を受け、動揺と不安でいっぱいの方を目の前にして、どんな言葉を掛けたらいいか分からないこともありました。
そのたびに、相手のことを真剣に祈り、"つらい思いを抱える方々に、少しでも希望と安心を感じてもらえるよう尽力するのが、保健師である私自身の使命だ"と自らに言い聞かせ、相手の心に寄り添ってきました。
現在、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、在宅保健師である私にも要請があり、濃厚接触者の方々からの電話相談を受けています。私は、事務的に受け答えするのではなく、受話器の向こう側にある"不安の思い"を丁寧にくみ取るようにしています。そして、最後に必ず「お大事になさってください」と、祈りを込めた一言を添えています。
かつて池田先生が、白樺(女性看護者の集い)のメンバーに贈った指針に「病める人/心の傷ついている人を/私の使命感として/私は堕落させない」とあります。
病気になったことで不安になったり、悲嘆したりする方もいます。そうした方々に寄り添い、励まし、前に進めるよう、仏法が示す「抜苦与楽(苦を抜き楽を与える)」の慈悲の心で関わり抜いていくことが、医療に携わる私たちの使命なのだと確信します。

◇義母の介護を経験
3人の子育てをしながら保健師の仕事を続けてこられたのは、同居する義母が育児や家事の一切を引き受けてくれたおかげでした。はつらつと地域活動に励むほど元気だった義母に認知症の症状が出たのは、子どもたちが独立した頃から。次第に物忘れや被害妄想がひどくなり、日常生活も無気力になっていきました。
私自身、「元気だった義母が、なぜ」とショックを隠せませんでした。デイサービスを利用しながら自宅で介護をしましたが、毎日が"戦い"でした。
義母から「迷惑を掛けるので、早くお迎えが来るといいのに……」と言われた時は、胸を突かれました。
いろんなことがある中で、義母が毎日、食べきれないほどのお米を炊いてしまうことがありました。炊飯器のふたを開けては驚き、何度も注意しましたが、変わりません。
認知症を担当する保健師に相談すると「炊飯は、高度な頭脳の働きが必要です。素晴らしいと思います」とのこと。その日、帰宅するなり「お米を炊けるってすごいって褒められたわよ。お母さん、いつもありがとう」と伝えた時、義母が見せたうれしそうな表情は、今でも忘れられません。
義母にとって、家族が喜んで食べる姿を見ることが生きがいだったのだと実感し、胸が熱くなりました。不思議にも、その日以来、炊飯の量が適量に。その後も認知症状は続きましたが、私自身、義母への感謝の心を深くすることができました。
仏法には、生命と生命が互いに通じ合う「感応妙」の法理が説かれます。心からの尊敬と感謝をもって相手に接する時、こちらの生命は、必ず相手の生命の奥底に通じるのだと確信します。
日蓮大聖人は「命と申す物は一身第一の珍宝なり一日なりとも・これを延るならば千万両の金にもすぎたり」(御書986ページ)と仰せになり、限りない生命の尊さを教えられました。
私は、義母が好きだったこの御聖訓を拝しながら、「お母さんが今日一日、元気でいてくれてうれしいわ。ありがとう」と声を掛け続けました。義母は最晩年、いつも笑顔で周囲を明るくしてくれ、93歳の天寿を全うしました。
こうした経験も今では、同じように悩む人に寄り添う力になっていると実感します。
振り返れば、今日まで目標を持って歩んでくることができたのは、青春時代から、池田先生の限りない励ましがあったからです。現在、新型コロナウイルスの感染が広がり、医療従事者の方々も懸命に対応しています。感染拡大が一日も早く終息するよう、日々、祈らずにはいられません。
先生の振る舞いから学んだ「一人を大切にする」姿勢を忘れることなく、これからも生命を慈しむ"白樺の心"で、地域に尽くしてまいります。

[視点]希望社会を
長崎大学熱帯医学研究所の山本太郎教授は、昨年12月19日付本紙に掲載されたインタビューで「長期化するコロナ禍に対して心が折れないためにも、希望を持てる社会を築くことが必要」と述べています。
日蓮大聖人は「百千万年くらき所にも燈を入れぬればあかくなる」(御書1403ページ)と仰せです。いかに深い苦悩の闇に覆われていようとも、妙法を唱えることによって仏の生命を開き、自身の胸中に希望の太陽を昇らせることができるのです。
どんな状況でも、絶対に希望は生み出せる!——学会員はこの確信を胸に、日々、縁する友へ励ましを広げながら、地域社会を明るく照らす"希望のネットワーク"を世界中に築いています。

2021年1月30日土曜日

2021.01.30 わが友に贈る

「金は・やけば
真金となる」御聖訓。
艱難と戦う中でこそ
幸福境涯は築かれる。
確信の祈りと行動を!

立正安国論 P26
『予少量為りと雖も忝くも大乗を学す蒼蝿驥尾に附して万里を渡り碧蘿松頭に懸りて千尋を延ぶ』

【通解】
自分は器も小さく、取るに足らない人間ではあるけれども、かたじけなくも大乗仏教を学んでいます。青バエは駿馬の尾について万里を行くことができ、葛(カズラ)は大きな松に寄って千尋の高さまでも延びるという例えもあります。

名字の言 似て非なる"二つの問い" 2021年1月30日
生物学の基礎研究に従事する友人が言う。「『その研究は何に役立つのか?』との質問は答えに窮する」。そんな彼の座右の銘は「英知を磨くは何のため」。"何に役立つ?"と"何のため?"——二つの問いは、似て非なるものである▼基礎研究は目先の功利よりも、本質的な学術価値に重きを置く。「それだけに揺るぎない『何のため』という志が必要」と彼は語る▼ある母親が、小学生の息子の不登校に悩んでいた。"早く状況を改善したい"と効果のありそうなことを試みるが、変化はない。うっかり漏らした「何で行けないの?」との言葉に息子は傷つき、自分も悔やんだ▼そんな中、休日になると少年少女部のメンバーらに誘われ、息子が外出するようになった。毎回、表情豊かに帰宅した息子は「今日は遠足に行った」「今日は写生会をやった」と報告した。いずれも欠席した学校行事だった。未来部員の「大好きな友達との思い出づくりだよ」との言葉に母は涙した▼登校できる以上に大事なのは"息子の幸せ"。そう悟った母の祈りに一段と力が入った。やがて息子は学校に復帰。その後、大学院を修了し、社会で活躍する。行き詰まった時、「何のため」という問いが、道を指し示してくれる。人生勝利の羅針盤となる。(白)

寸鉄 2021年1月30日
「知恩をもて最とし報恩をもて前とす」御書。感謝の人は、向上・成長の人と
地道な戦いこそが最も堅実な勝利の道—恩師。友の心に励ましの光を益々
感染拡大防ぐ「黙食」の呼掛広がる。飲食店の苦境打破へ消費者の協力必須
"隠れ近視"の子が増加。スマホ20分使用後は遠くを20秒程見る等、工夫を
日本海側を中心に大雪。皆が無冠の友の絶対無事故を祈る。安全最優先で

☆ストーリーズ 師弟が紡ぐ広布史 第4回 ブラジルに燃える求道の炎 黎明編
◇サウダソン・ア・センセイ(ようこそ、先生)
2万人を超すブラジルの友の大歓声が、サンパウロ州立総合スポーツセンターのイビラプエラ体育館に轟いた。
1984年2月25日に行われたブラジル大文化祭の公開リハーサル。そこに、池田大作先生が激励に駆け付けたのである。
先生は両手のこぶしを掲げ、中央の広い円形舞台をゆっくりと回った。しばらくすると、ブラジルSGI(創価学会インタナショナル)の愛唱歌「サウダソン・ア・センセイ(ようこそ、先生)」の大合唱が始まった。

♪ラ・ラ・ラヤー……
先生!
あなたをブラジルに
迎えることができ
私たちの夢は 叶いました
………… …………
ありがとう 先生!
真心の花を捧げます

その歌声は、18年という長い風雪の日々を耐え抜いたブラジルの友の大勝利宣言でもあった。合唱が終わると先生はマイクを握り、語った。
「これまでに、どれほどの労苦と、たくましき前進と、美しい心と心の連携があったことか。私は、お一人お一人を抱擁し、握手する思いで、感謝を込め、涙をもって、皆さんを賞讃したいのであります」
66年以来、18年ぶり、3度目となる先生の訪問は、ブラジル広布の黎明を告げる鐘を打ち鳴らした。
ブラジル大文化祭から、さかのぼること20年前の64年3月31日。ブラジルでクーデターが起こり、軍事政権が誕生した。
ブラジル政府は経済開発を進める一方、反共政策を打ち出し、言論・思想を統制した。逮捕された政治家は、実に1万人に及ぶといわれる。
軍事政権は創価学会に対しても神経をとがらせた。「ドップス(DOPS)」と呼ばれる政治警察が、学会の動向に監視の目を光らせた。
だが、大逆風の中で、ブラジルの弘教の勢いは増していく。65年の初めは2500世帯だったのが、66年2月には8000世帯を超す陣容となった。
同年3月10日、先生はリオデジャネイロを訪問。翌11日、コルコバードの丘の展望台で、リオの友に語った。
——大事なことは、最初の決意を忘れることなく、一日一日が前進であった、勝利であったという、悔いなき力強い歴史を、わが身につづっていくことです。
この時、リオのメンバーはまだ170世帯ほど。それから18年後、軍事政権下にもかかわらず、6000世帯へと大きく発展したのである。

◇呻吟した分、必ず強くなる
1968年は、世界各地で学生運動が盛んになった。ブラジルでも、軍事政権に対して学生が抗議集会を開催した。
ブラジル屈指の名門総合大学であるパラナ州立「ロンドリーナ大学」は、70年の創立。当局は学生が連帯することを恐れ、校舎と校舎の距離を離して建設させた。
一つの講義を終えると、学生は走って校舎を移動しなければならなかった。そうして、学生が政治に対して意見を交換し合う時間を奪ったのである。
「池田会長を、理不尽にもブラジルに入国させまいとしたのも、この軍事政権です。深い深い憤りを感じています」
2004年、同大学から池田先生に名誉博士号が授与された折、プパト総長(当時)は怒りを込めて語った。
先生が軍事政権から入国を拒まれたのは、1974年3月。アメリカを訪問していた先生は、ブラジルの入国ビザの発給を待っていた。日本を出発する時、許可がおりず、アメリカで再申請した。だが、ビザは認められなかった。
3月12日、ブラジルのリーダーに電話で訪問の中止が伝えられた。嗚咽する友に、先生は全精魂を注いで、励ましを送った。
「ブラジルは、今こそ立ち上がり、これを大発展、大飛躍の因にして、大前進を開始していくことだ。また、そうしていけるのが信心の一念なんだ」
「長い目で見れば、苦労したところ、呻吟したところは、必ず強くなる。それが仏法の原理だよ」
ブラジル訪問を断念した2カ月後、先生は中国に第一歩をしるした。ところが、ブラジル国内では、そのことを取り上げ、「創価学会は共産主義勢力とつながる、危険な団体」などと意図的な中傷が流された。
しかし、ブラジルの同志は地域に根を張り、"良き市民"として社会に貢献した。
74年9月8日、池田先生がソ連(当時)を初訪問したその日、ブラジルでサンパウロ市主催のスポーツ文化祭が開催された。そこに、8000人のブラジルのメンバーが出場した。
きっかけは、その半年前の3月16日、17日の2日間で3回にわたって同市で行われた世界平和文化祭。観賞した同市の関係者らが、深い感銘を受けていた。
本来なら、そこには池田先生の姿があるはずだった。だが、悔し涙を拭い、生命の躍動と歓喜を表現した、友の演技・合唱は、来賓の心を揺さぶらずにはおかなかったのである。
それはまさに、師に代わり、弟子が広布の全責任を担い立つ「3・16」の式典となった。
74年の先生の訪伯は実現しなかったものの、文化的な活動を通して、創価学会はブラジル社会に広く認知されていく。試練の烈風を、友は広布伸展の力へと変えていった。
ブラジルSGIの愛唱歌「サウダソン・ア・センセイ」を作詞・作曲したのは、ハンセン病を患うリオデジャネイロの友。彼が入院していた施設では、多くの人がSGIに入会していた。
サンバを愛する彼は、ある日、「池田先生への思いを歌にしてみないか」と依頼を受けた。その日のうちに、メロディーを作り上げた。
「サウダソン・ア・センセイ」は、同志の心に勇気をともし、瞬く間に全土で歌われるようになった。
冒頭の歌詞にある「先生! あなたをブラジルに 迎えることができ」——現実は、師が入国することすら許されない状況だった。
しかし、友は心に師を抱き、"政府の方から池田先生の訪問を強く求める時代をつくるのだ"と誓い、粘り強く時を待ち、時をつくった。
82年5月、ついに大きな転機が訪れる。フィゲイレド大統領から、池田先生に「ブラジル訪問を歓迎します」との親書が届いた。
大統領は陸軍大将まで務めたエリートの軍人。その大統領からの親書は、ブラジルの友が師への誓いを胸に、新たな時代を開いた、勝利の証しにほかならなかった。
翌83年7月26日、ブラジル青年部の代表ら38人が、先生が滞在する鹿児島・霧島の九州研修道場(当時)に駆け付けた。
先生は青年たちに、「ブラジル霧島会」として励まし合い、前進していくことを提案。また、「はるかなる/ブラジル天地を/飛びたちて/ああ求道の/君ら燦たり」との和歌を贈った。
28日、懇談会の席で、ジュリオ・コウサカさんは「先生、ブラジルに来てください」と訴えた。その叫びは、ブラジルのメンバー全員の思いを代弁していた。先生はうなずくと、宣言するように言った。
「近い将来、必ず行かせていただきます!」
この日、先生は全ての行事を終えると、38人のメンバーを自らの部屋に呼び、「どんなに遠く離れていても、皆さんは愛する家族であり、兄弟です。最も信頼し、尊敬する同志です」と万感の励ましを。
さらに、「厚田村」「熱原の三烈士」「荒城の月」の3曲をピアノで演奏し、全員と握手を交わした。青年たちは決意の涙で顔をぬらしながら、師の手を強く、強く握り返した。
青年たちとの約束から7カ月後の84年2月19日、先生の18年ぶりの訪伯が実現した。
先生はフィゲイレド大統領との会見に臨み、外相、教育・文化相らとも会談。さらに、ブラジリア大学への図書贈呈など、日伯友好の懸け橋を幾重にも築いていった。
その間、先生は行く先々でブラジルの友に励ましを送り、記念のカメラにも納まった。
2月26日、先生が出席して行われたブラジル大文化祭。前日のリハーサルに続き、会場のイビラプエラ体育館には、サンバのリズムに乗って、「サウダソン・ア・センセイ」の歓喜の大合唱がこだました。


【引用・参考文献】池田大作著『新・人間革命』第11巻、『民衆こそ王者——池田大作とその時代』第7巻(潮出版社)、渡辺雅子著『ブラジル日系新宗教の展開』(東信堂)、ボリス・ファウスト著『ブラジル史』鈴木茂訳(明石書店)、金七紀男著『ブラジル史』(東洋書店)


【アナザーストーリー】
1984年2月21日、池田先生はフィゲイレド大統領との会見を終えた後、ブラジル大統領府の文官長ジョアン・アブレウ氏と会談。氏は、最高裁判所の判事などを歴任してきた。
氏がSGIのスタッフと、池田先生の訪伯のスケジュールを打ち合わせた時のこと。「池田会長が大統領と会うために、一つだけ条件がある」と切り出した。「条件」という言葉に身構えるスタッフに、氏は言った。
「大統領と会見した後、短時間でいいので、私とも会っていただきたい」

氏は海外を訪れた折、池田先生と歴史学者トインビー博士との対談集『生への選択』(日本語版のタイトルは『21世紀への対話』)を購入し、読み込んでいた。
『生への選択』は、ブラジル政府の高官をうならせ、大統領との会見を実現する力となったのである。

2021年1月29日金曜日

2021.01.29 わが友に贈る

低気圧の発達による
急激な降雪や暴風
気温の変化に警戒を!
事前の準備を怠らず
体調管理も賢明に!

如説修行抄 P504
『一期を過ぐる事程も無ければいかに強敵重なるともゆめゆめ退する心なかれ恐るる心なかれ』

【通解】
一生は、つかの間に過ぎてしまうのだから、いかに(三類の)強敵が重なろうとも、決して退する心があってはならない。恐れる心があってはならない。

名字の言 寅さんの人生談義 2021年1月29日
映画「男はつらいよ」に、こんなシーンがある。寅さんの甥っ子が大学受験に悩み、「何のために勉強するのかな」と尋ねた。「人間長い間生きてりゃいろんな事にぶつかるだろう」と、寅さんの人生談義が始まる▼「そんな時オレみてえに勉強してない奴は、この振ったサイコロの出た目で決めるとか、その時の気分で決めるよりしょうがないな」。だが勉強した人は違う。「自分の頭で、キチンと筋道を立てて、はて、こういう時はどうしたらいいかなと考える事が出来るんだ」▼受験生に限らず、大人になっても学ぶ意味の重要性は変わらない。特に「不確実性の時代」といわれる現代、正解を出せない"難問"にぶつかることは誰にでもあろう▼頭がいい人とは、どんな人か。未来部員の問いに、池田先生は「絶対にあきらめない人」と答えた。分からないことから逃げるのではなく、何としても分かろうとする「強い心の人」である、と▼創価学会は「学ぶ会」。どんな状況にあっても善の価値を創造するため、「学ぼう!」との思いを持った人たちの集いである。「どうせ自分なんて」と卑下する友がいたら、寅さんではないが、「それを言っちゃあ、おしまいよ」と励まし合いたい。人は学び続ける限り、行き詰まることはない。(恭)

寸鉄 2021年1月29日
本年最初の座談会。安心と希望の光灯し合う会座皆が"主役"の決意で参加
人の為、社会の為に力ある人間に—恩師。志高く。誓願の若人は急速に成長
「音も惜まず」御書。電話の一本でも心は結べる。励ましの声に真心込めて
本の出版売上が堅調と。良書は文化の"根っこ"。繙く時間を見付けよう!
ラベルないペットボトルが増加。プラごみ削減等、環境保全は社会の総力戦

☆ONE GOSHO この一節とともに! 諸法実相抄
◇地涌の使命に勇み立て
2月16日、日蓮大聖人の御聖誕から、数えで800年を迎える。御本仏の御精神と御闘争から、いかなる環境にあろうと"法華経の行者"として広布に生き抜く使命を学ぶ。

◇御文
『いかにも今度・信心をいたして法華経の行者にてとをり、日蓮が一門となりとをし給うべし、日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか、地涌の菩薩にさだまりなば釈尊久遠の弟子たる事あに疑はんや、経に云く「我久遠より来かた是等の衆を教化す」とは是なり』(御書1360ページ)

◇通解
なんとしても、この人生で、信心に励み、法華経の行者として生き抜き、日蓮の一門となり通していきなさい。日蓮と同じ心であるならば、地涌の菩薩でしょう。地涌の菩薩であると定まったならば、釈尊の久遠の弟子であることは疑う余地がありません。経文に、「私(=釈尊)は遠い昔から、これらの者たち(=地涌の菩薩)を教化してきた」と説かれているのは、このことです。

◇背景
本抄は文永10年(1273年)5月、日蓮大聖人が流罪地の佐渡で認められたお手紙であり、弟子である最蓮房が、法華経の方便品に説かれる「諸法実相」について尋ねたことに対する御返事とされている。
大聖人は諸法実相の法理に照らし、本来、一切衆生の生命が妙法蓮華経の当体であることを明かされる。そして大聖人と同じ心で自行化他にわたる唱題の実践に励む人は皆、地涌の菩薩であり、「二人・三人」と妙法が弘まっていく「地涌の義」によって、広宣流布が実現することは間違いないとの確信を示し、どこまでも法華経に身を任せていくよう促されている。

◇解説
日蓮大聖人は貞応元年(1222年)2月16日、安房国(今の千葉県南部)で御聖誕された。民衆救済を願われた御生涯は相次ぐ大難との闘争であり、本抄を執筆されたのも、佐渡流罪という最大の法難の渦中である。
当時、佐渡への流刑は、生きて帰ることは望めない死罪に等しいものであった。極寒の中にあって衣食にも事欠き、念仏者などから命を狙われていた。
さらに門下に対しても追放や所領没収等の迫害が広がり、"1000人のうち999人まで退転した"といわれるほどの大弾圧が起こっていた。
大聖人は、法華経の勧持品に説かれる三類の強敵、刀杖の難等の文に照らして御自身が法華経の行者であるとの確信を深められ、弟子たちに対しても御自身と同じ心で法華経の信心を貫いていくよう励まし抜かれた。
本抄で大聖人は、末法において地涌の菩薩の上首である上行菩薩が弘通すべき妙法を、先立って弘めてきたがゆえに、「地涌の菩薩のさきがけ日蓮一人なり」(御書1359ページ)と仰せになられている。
そして今回の研さん範囲で「日蓮と同意」——すなわち大聖人と同じ心で題目を唱え、広布に生きゆく人もまた地涌の菩薩であり、釈尊の久遠の弟子であると御指南されているのである。
「法華経の行者にてとをり」「日蓮が一門となりとをし」——この「とをし」には"通す""貫く"という意義がある。"どんな困難があろうとも信心を貫いていきなさい"との深い御慈愛が拝される。
弟子にとって、自らが地涌の菩薩であり「日蓮と同意」であるとの深い自覚は、「貫き通す」行動となって現れる。苦境に直面した時にこそ、そうした自覚と行動は、いやまして真価を発揮するといえよう。
学会は、大聖人の御精神に連なり、地球規模で地涌の菩薩の連帯を広げてきた唯一の団体である。
いかなる苦境に立っても、学会員は"私は地涌の菩薩だ!"との深い自覚に立ち、一切を勝ち開いてきた。
池田先生はつづられている。
「末法にあって、題目を唱え、広宣流布の戦いを起こせるのは、地涌の菩薩です」「広宣流布の使命を自覚し、その戦いを起こす時、自らの胸中に、地涌の菩薩の生命が、仏の大生命が厳然と涌現するんです」
本抄で大聖人は「日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし」(同1360ページ)とも仰せである。
まず自分が一人立ち、身近な一人へと妙法を伝えていく一対一の励ましと対話——この地道な行動の重なりが、「地涌の義」を現実のものとするのである。
地涌の誇り高く、励ましの輪を大きく広げながら、学会創立100周年への"勝負の10年"の初陣を、堂々と勝ち飾っていきたい。

2021年1月28日木曜日

2021.01.28 わが友に贈る

危機の時代にこそ
失敗を恐れず
挑戦を重ねよう!
全てを成長の糧とする
逞しき楽観主義で前進!

日女御前御返事 P1244
『此の御本尊全く余所に求る事なかれ只我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり、是を九識心王真如の都とは申すなり』

【通解】
この御本尊を決して他の所に求めてはならない。ただわれら衆生が法華経(御本尊)を持って南無妙法蓮華経と唱える、胸中の肉団におられるのである。これを「九識心王真如の都」というのである。

名字の言 医療従事者の方々と、その家族に思いをはせ 2021年1月28日
太平洋戦争末期の実話を基にした映画「ハクソー・リッジ」は、沖縄・浦添市の前田高地にある"のこぎり崖"で、75人の負傷兵の命を救った衛生兵の物語である▼米陸軍の兵士デズモンド・ドスは、武器を持たず戦地へ赴いた。銃弾の嵐の中、彼は米軍兵だけでなく負傷した敵兵も手当てする。"どれほど言っても武器の所持を拒否した。そんな彼こそ最も勇敢だった"——彼に命を救われた上官は証言した▼次元は異なるが、コロナ禍で奮闘する医療従事者を思った。ある婦人はコロナ患者を受け入れる病院で、看護師長を務める。彼女の夫が胸の内を明かしてくれた。日々、命を救う最前線で力を尽くす妻の無事を祈り、帰宅のたび最敬礼する思いで迎えている、と▼今この瞬間も、敢えてリスクを背負いながら、逼迫する医療現場に立つ人がいる。その方々と、ご家族の心労は計り知れない。私たちはその状況に思いをはせ、一日も早い終息を祈り続けたい▼国境なき医師団の加藤寛幸会長は本紙のインタビューで、自分のことを「大勢の中の一人」と思わず、「自分の助けを必要としている人がいる」と考えてほしい、と。自分のできる感染防止に努めることが、友人を、医療現場を、社会を救う——今一度胸に刻み、行動したい。(首)

寸鉄 2021年1月28日
会長のアジア初訪問60周年。地涌の同志が陸続と。仏法の大光は輝き増して
目先にとらわれず信心をやり遂げよ—戸田先生。祈り抜く人が最後に勝つ
「根の弱きは・たうれぬ」御書。青春時代の労苦は生涯の土台に。誓い貫け
子のゲーム依存に悩む親の相談急増と。ルールを決め、守る。大人が模範に
企業の偽サイト等に誘導する詐欺、4倍に増加と。偽のメールに皆で警戒を

〈社説〉2021・1・28 きょう「アジア初訪問」60周年
◇理想を掲げ勝利の一日一日を
きょう1月28日は、池田先生が1961年、初のアジア歴訪の平和旅に出発した日である。
今、アジア各国・各地のSGIの発展は目覚ましい。インドには25万人、タイには20万人を超える創価のスクラムが築かれ、各地に地涌の同志が誕生。国家行事への出演要請が政府から寄せられ、SGIの平和行事に各界の著名な識者が出席するなど、創価の仏法哲学と行動への賛同と称賛が相次いでいる。
60年前、池田先生が香港やインド、ビルマ(現ミャンマー)、タイなど5カ国1地域を初訪問した際、メンバーはほとんどいなかった。そこから、これほどの発展を遂げた要因とは何か。一つのヒントが、当時を記した小説『新・人間革命』第3巻「月氏」の章に示されている。
山本伸一が最初の訪問地・香港をたった機中でのこと。同行の幹部に、近い将来、アジアに総支部をつくる、各地に地区を結成するなど、具体的な広布の構想を提示する。驚く幹部に伸一は語る。
「まず構想を描く。そして、そこから現実をどう開いていくかを考えていくんだ。現実は冷静に見つめなければならないが、大きな構想をもち、向上への意欲を燃やして戦っていかなければ、何も開くことはできないだろう」と。
「現実の壁」に直面した時、人は諦めや無力感にとらわれてしまうことがある。しかし、そんな時にこそ明確な未来図を描くことだ。コロナ禍によって「できないこと」が増えたことは現実である。だからこそ「今年の自分はこうなる!」「10年後にはこれを成し遂げる!」と、自らを鼓舞する目標を定めたい。その一念が現実を切り開く突破口となる。
さらに重要なのは、その理想に向かって、目の前の課題に全力で取り組むことである。同巻「平和の光」の章で、アジア各地にメンバーが少ないことを嘆く幹部に、伸一は次のように語った。
「『0』には、何を掛けても『0』だが、『1』であれば、何を掛けるかによって、無限に広がっていく。だから、その『1』を、その一人を、大切に育てあげ、強くすることです。そのために何が必要かを考えなくてはならない」と。
先生はこれまで、アジア各地を訪問する中で、大地に題目を染み込ませるように祈り、出会いを結んだ一人を抱きかかえるように励ましてきた。訪問できなくとも、メッセージや随筆等を通して、一人一人の心に希望の灯をともしてきた。雨が岩をうがつような日々の行動が、未来の発展の道を開くことを忘れまい。
学会創立100周年へ、10年後の自身の勝利の姿を思い描きながら、この一年、この一日を力強く歩んでいきたい。

☆共生の地球社会へ〜仏法の英知に学ぶ テーマ:多様性の尊重
◇差別のない豊かな世界をつくる
ミライ いま、アメリカの動向に世界が注目しているね。

ホープ そうだね。アメリカは、世界の国々から移住した人々が多い国だよね。社会に豊かな多様性がある一方、長年にわたって深刻な人種差別問題を抱えているんだ。

ミライ 近年は、移民に不寛容な主張や、社会の分断を深める動きも、一部で活発化しているようだね。

ホープ 社会の中で、マジョリティー(多数者)が、マイノリティー(少数者)を、自分たちと違うことを理由に差別し、排除することは、残念ながら、昔から繰り返されてきたんだよ。
根っこは、他者への無理解や"差異へのこだわり"による嫌悪、憎悪がある。しかも、それが暴力や強制に結び付いてきた。
仏教では、内なる「差別する心」と戦い、言葉の暴力や、心の憎悪をかき立てることを戒めているよ。

ミライ ユネスコ憲章の前文には、「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」とうたわれているよね。
多様な人々を結び、調和をもたらす普遍性のある思想・哲学が大切になってくるね。

◇仏法の平等観
ホープ 人の心の中に、"平和のとりで"を築くためにも、仏法の英知を学んでいこう。
法華経薬草喩品で説かれる「三草二木の譬え」は、とても示唆に富んでいるよ。
——世界には、さまざまな種類の樹木や薬草が茂っている。それぞれに名前が違う。形も異なる。厚い雲が空を覆って大地に雨を降らせ、草木を潤す。草と木は、それぞれの性質に従って成長し、花を咲かせ、実をつける。
教えを受ける人々の資質・能力は、もともと、大地の草木のように多様である。仏は、その多様性を十分に理解した上で、雨のように等しく慈悲を注ぎ、自分と同じ境涯に導く——このような譬喩だよ。

ミライ 衆生の多様性と、仏の慈悲の平等性が強調されているのね。

ホープ そうだね。仏は、一切衆生を仏子として、自身と同じ仏の境涯に高めようとしているんだ。さらに、どんな人にも平等に、差別する心なく、目の前の"一人"のために法を説いているんだよ。
ここで大事なことは、"衆生に差異がない"のではなく、"仏が衆生を差別しない"ということなんだ。違いを最大に尊重し、どこまでも一人一人の個性を伸ばしていくのが仏の慈悲なんだよ。

ミライ 私が心に刻んでいる日蓮大聖人の御書の中にも、「桜は桜、梅は梅、桃は桃、李は李と、おのおのの特質を改めることなく、そのままの姿で、本来の仏のありのままの生命を開いていると見ていくのである」(784ページ、趣旨)と、多様性を生かしていく仏法の哲理が示されているよね。

ホープ 「桜梅桃李」の法理だね。この法理の土台となっているのが、すべての人々が、人種・性別・民族・文化・職業・生まれに関係なく、等しく仏性を具えているという、生命の尊厳の思想なんだよ。
さらに、一人一人が尊厳な存在であることに、いかなる差別もないことを、創価学会の世界的な広がりに見いだせると思うんだ。

ミライ 国籍や社会的な立場を超えて、相互に尊敬し合う麗しい連帯が広がっているよね。海外のメンバーと互いに言語や習慣が違っても、同じ妙法を唱え、広宣流布に励む中で宿命転換している姿に、私も勇気をもらうわ。

◇差異を認める
ホープ 人は互いに影響を与え、依存しながら生きている——仏教では万物は相互依存の関係にあると説いているけど、改めて深いつながりを実感するね。この考え方を突き詰めると、矛盾や対立さえも結び付きの一つの表れと見ていけるんだ。

ミライ 調和を目指す上で、矛盾や対立を避けたり、無視したりすることはできないってことね。

ホープ そうだね。池田先生は、平和学者のエリース・ボールディング博士との対談で、「差異を創造的に統御していくこと」という博士の言葉に賛同されているよ。(『「平和の文化」の輝く世紀へ!』、潮出版社)
違いは「なくす」ものでも、恐れるものでもなく、尊重して受け止めていくべきものだね。そうすることで、差異に翻弄されない自身を築いていくことができるんだ。

ミライ 一人一人のそうした意識が社会に反映されれば、より豊かな多様性の社会が生まれていくはずだよね。

ホープ その通りだね。私たちは、生命尊厳の仏法哲理に基づき、差別のない世の中を建設する使命があるんだ。

◇メモ(御義口伝、784ページ)
桜、梅、桃、李、それぞれの木々に咲く花は、その形や咲く時期を異にしながらも、それぞれが美しく花開きます。私たちも、妙法の働きによってそれぞれ本来の姿を変えることなく、もともと具わる「仏の生命」を開き顕すことができるのです。
"自分らしさを最大に開花させるのがこの仏法である"との考え方は、差異によって優劣をつけることの愚かさを分かりやすく示しています。

2021年1月27日水曜日

2021.01.27 わが友に贈る

他者を思う祈りから
智慧は無限に湧き出る。
あの友 この友の状況に
寄り添い続けながら
励ましの声を隅々に!

種種御振舞御書 P925
『されば鹿は味ある故に人に殺され亀は油ある故に命を害せらる女人はみめ形よければ嫉む者多し、国を治る者は他国の恐れあり財有る者は命危し法華経を持つ者は必ず成仏し候、故に第六天の魔王と申す三界の主此の経を持つ人をば強に嫉み候なり』

【通解】
そもそも鹿はいい味があるために人に殺され、亀は油があるために命を奪われる。女人は器量が良いと妬む者が多い。国を治める者は他国にすきを狙われる恐れがあり、富める者は強奪に遇い勝ちなので命が危うい。法華経を持つ者は必ず成仏するゆえに六天の魔王という三界の主が此の経を持つ人を強烈に嫉むのである。

名字の言 "二人の母親"への恩返し 2021年1月27日
広島の爆心地の真北、同じ東経132度27分に、中国平和記念墓地公園の「世界平和祈願の碑」がある。6体のブロンズ像は、世界中の被ばく者を追悼するために建立された▼像の一つに「後継の像」がある。母に高く掲げられた幼子が、大空に向かって両手を広げている。制作者のルイ・デルブレ氏は「未来を担い、大いなる希望をもって『成長していく人間』の姿を幼児として表現しています」と語った▼1歳11カ月で被爆した広島の壮年部員には、"二人の母親"がいる。生みの母は原爆で命を落とした。育ての母も爆心地から1・5キロで被爆。体が弱かった継母は、その体験をほとんど語らずに亡くなった▼二人の母の生涯は、壮年に原爆の悲惨さを痛切に感じさせた。核兵器の恐ろしさを語っていくことが母への恩返しになると、壮年は二人の母への感謝と、自らの被爆体験を語り続けてきた。命ある限り平和を叫ぶ——それが自身の使命と決めている▼22日に発効した「核兵器禁止条約」。広島平和文化センターの小泉崇理事長は、「人道的観点から核兵器を絶対悪として禁止する道筋をつけた」(毎日新聞1月20日付)と。母の命を奪い、思い出したくもない苦悩を母に背負わせる——その一点で、核兵器は「絶対悪」である。(子)

寸鉄 2021年1月27日
地域から世界変える学会の平和運動こそ理想形—事務局長。民衆の力は大
東京・豊島婦人部の日。さあ希望拡大!三代有縁の天地の太陽は不撓不屈
青年幹へ『新・人間革命』の研鑽進む。澎湃と躍り出よ!新時代の山本伸一
本紙通信員制発足の日。心伝わる写真と文。同志鼓舞する言論闘争に深謝
今の感染状況を救うのは若い世代—専門家。3密避けうつらず、うつさず

☆明日を照らす テーマ:地涌の使命
法華経では、大地の底から無数の「地涌の菩薩」が涌出し、末法における妙法弘通を誓ったことが説かれています。
池田先生は「地涌の菩薩とは、われら創価の民衆群像である。苦悩する人びとを救おうと、あえて五濁悪世の末法に出現したのだ。辛酸と忍耐のなかで、たくましく自らを磨き上げ、人生の勝利劇を演じ、仏法の偉大なる功力を証明せんと、勇んでこの世に躍り出たのだ」とつづりました。
今回の「明日を照らす」は、「地涌の使命」をテーマに学んでいきます。

◇諸法実相抄
『日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし、是あに地涌の義に非ずや』(御書1360ページ)

◇広宣流布の不変の原理
【通解】はじめは日蓮一人が南無妙法蓮華経と唱えたが、そこから二人・三人・百人と次第に唱え伝えてきたのである。未来もまたそうであろう。これが地涌の義ではないだろうか。
        ◇
いかなる悪世にあっても、断じて苦難に負けず、人間革命のドラマを演じながら、広宣流布の誓願に生き抜く。これが、私たちに具わる尊極の「地涌の生命」です。
今や世界192カ国・地域に広がる創価の連帯も、師の励ましを受け、地涌の生命を自覚した「一人」が立ち上がり、次なる「一人」を励まし、希望の灯をともすことによって築かれてきました。使命に目覚めた一人から一人へ——この広宣流布の方程式を示されたのが本抄です。
文永10年(1273年)5月、日蓮大聖人は本抄を流罪地の佐渡・一谷で著され、最蓮房に与えられたとされています。
大聖人はまず、「皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり」と仰せになり、末法において題目を唱える私たちが、久遠から広布を誓って生まれ合わせた地涌の菩薩であるとの、深い宿縁を教えられています。
そして、大聖人が、ただ一人、唱え始められた妙法が、一人からまた一人へと唱え伝えられていくことこそ「地涌の義」であると示され、「未来も又しかるべし」と、この原理は永遠に不変であることを示されています。
この大聖人のお言葉を、事実の上で証明してきたのが、「地涌の陣列の教団」である創価学会にほかなりません。
世界広布の潮流は、信心の歓喜を目の前の「一人」に伝えることから始まります。2030年の学会創立100周年を目指し、わが地域から自他共の幸福のスクラムを広げていきましょう。

◇大悪大善御書
『各各なにをかなげかせ給うべき、迦葉尊者にあらずとも・まいをも・まいぬべし、舎利弗にあらねども・立ってをどりぬべし、上行菩薩の大地よりいで給いしには・をどりてこそいで給いしか』(御書1300ページ)

◇歓喜踊躍の勇気で前進を
【通解】あなた方は何を嘆くことがあろうか。(必ず大善がくるとの喜びに)迦葉尊者でなくても、舞を舞うべきところである。舎利弗でなくても、立って踊るべきところである。上行菩薩が大地から現れた時には、まさに踊り出られたのである。
        ◇
本抄は、災難が続き、社会が騒然とする中で、苦闘する門下を励ますために認められたと考えられています。
掲げた御文の前で、日蓮大聖人は「大悪をこれば大善きたる」(御書1300ページ)と、大悪は、大正法が広まる大善の前兆であるとの御確信を述べられます。
そして、釈尊の弟子である迦葉や舎利弗が成仏の法を聞き、大歓喜して舞い踊ったように、また、上行菩薩(地涌の菩薩の上首)が末法の広宣流布のために大地から踊り出てきたように、苦難の中にあっても、喜び勇んで広布に前進していくよう教えられています。
私たちは皆、一人一人が広布を誓願して、悪世末法の時代に自ら願って踊り出た地涌の菩薩です。ゆえに、現実が困難であればあるほど、使命に生きる喜びにあふれ、生命の底力を発揮していけるのです。
65年前、池田先生は「大阪の戦い」で、関西の同志と本抄を拝しながら、異体同心で広布に走り、未曽有の拡大と民衆勝利の金字塔を築きました。
先生はつづっています。
「いかなる試練にも、地涌の菩薩の大生命を燃え上がらせながら、立ち向かい、歓喜踊躍の勇気で、智慧で、忍耐で、勝利の舞を堂々と示し切っていく。これが学会精神です」
私たちは、今一度、広布に生き抜く偉大な使命を自覚し、誇りに燃えて、時代変革の立正安国の行動に打って出ようではありませんか。

2021.01.26 わが友に贈る

自らの使命の大地に
「平和の種」を蒔こう!
慈悲と勇気の振る舞いで
友の幸福と安穏に尽くす
尊き貢献の人生を!

松野殿御返事 P1381
『末世には狗犬の僧尼は恒沙の如しと仏は説かせ給いて候なり、文の意は末世の僧比丘尼は名聞名利に著し上には袈裟衣を著たれば形は僧比丘尼に似たれども内心には邪見の剣を提げて我が出入する檀那の所へ余の僧尼をよせじと無量の讒言を致す、余の僧尼を寄せずして檀那を惜まん事譬えば犬が前に人の家に至て物を得て食ふが、後に犬の来るを見ていがみほへ食合が如くなるべしと云う心なり、是くの如きの僧尼は皆皆悪道に堕すべきなり』

【通解】
末世においては、犬のような僧や尼は、恒河の沙ほどたくさん出現する、と仏は説かれている。この文の意味は、末世の、僧や尼は名聞名利に執着し、外には袈裟・衣を着ているので、姿かたちは僧や尼に似ているけれども、内心には、邪見の剣を携え、自分の出入する檀那のところへは、他の僧尼をよせつけまいとして、檀那を独占しようとするさまは、譬えていえば犬が人の家で餌にありついて食べているところへ、あとから他の犬が来るのを見て、いがみ吠え、噛み合いのけんかをするようなものだ、という意味である。このような僧尼は、当然全て悪道に堕ちるのである。

名字の言 他者がいてこそ、自分は磨かれる 2021年1月26日
哲学的な命題として、よく使われる質問を一つ。「誰もいない森のなかで木が倒れたとしたら、音は聞こえるのか?」。木が大きな音を出して倒れても、それを認知する存在がなければ、聞こえたことにはならない▼「私」という人間が存在するのも、認識してくれる他者がいてこそといえる。伊藤忠商事元会長で駐中国大使を務めた丹羽宇一郎氏は、冒頭の問いを通して、「人生を有意義で幸福なものにしようと思ったら、やはり他者との関係のなかで自分を磨くことを忘れてはならない」と(『死ぬまで、努力』NHK出版新書)▼人間には無限の可能性がある。しかし、「可能性がある」ことと、その力を「発揮する」ことはイコールではない。草木が太陽の光を浴びて葉を茂らすように、人間は、他者との関係性の中で磨かれていく。家族、友人、同僚、そして師匠——と▼コロナ禍によって生活様式が変化し、他者と身体的距離を取ることが定着しつつある。その中で、いかに絆を育むという「価値」を「創造」していけるか。作家の柳美里さんは、「この『創価』の力が今、求められています」(本紙2020年11月17日付)と語る▼厳しい試練が続く"冬"だからこそ、「創価の力」を発揮し、友の心に"春の励まし"を届けよう。(巍)

寸鉄 2021年1月26日
SGI提言発表。万人の尊厳が輝く世界の創出へ共に学び今の試練に応戦
東北女性の日。苦難越え、積んだ「心の財」は不滅!春風の如き励ましを友に
宗教とは生活の法則—恩師。具体的祈りと着実な挑戦。人間革命の日々を
人と会う機会減少で自律神経に乱れ出やすいと。簡単な運動等、意識して
"核禁条約"批准へと動く国、相次ぐ。廃絶へ市民社会の声の結集さらに!

☆御書の旭光を 第3回 明確な目標が勝利への力
〈御文〉
『十方は依報なり・衆生は正報なり譬へば依報は影のごとし正報は体のごとし』(瑞相御書、1140ページ)

〈通解〉
十方世界は依報である。衆生は正報である。例えば、依報は影のようなものであり、正報は体のようなものである。

〈池田先生が贈る指針〉
「依正不二」は希望の極理だ。自分が変われば環境が変わる。深き一念の力で、家庭も職場も地域も全てを変革できる。
ゆえに今年も目標を明確に、具体的に祈り、行動を起こそう。我らの人生と社会に、「人間革命」即「立正安国」の実証を示すのだ。
とともに、地球環境を守るために、足元からの努力と連帯を忘れまい。

☆大学校生とナットクTALK テーマ:信仰の根幹
男子部大学校生からの質問に答える連載「大学校生とナットクTALK」。今回のテーマは「信仰の根幹」。松岡ニュー・リーダーが友達から初詣に誘われたことについて、オンラインで話しています。

登場人物
中村区男子部大学校団長 20歳の時に入会。情熱に燃える新進気鋭のリーダー。34歳。
松岡ニュー・リーダー 信心強盛な家庭で育った学会3世の24歳。明るい性格で友達が多い。

Q初詣に誘われたのですが……
A日々、御本尊に祈ることが僕らの信心
中村区男子部大学校団長 松岡君、聞こえる? お疲れさま! 年末年始はどうだった?

松岡ニュー・リーダー 今年は帰省せずに、家でゆっくりしてました。友達から初詣に誘われたんですけど、親に相談したら「行かない方がいい」って言われたので、行きませんでした。そういえば小さい頃、お祭りの出店とかには行ってたんですが、どうして初詣は行かない方がいいんでしょうか。

中村 いい質問だね。じゃあ、初詣って何をしに行くと思う?

松岡 えーっと、「家内安全」とか「試験合格」とか、そういう願いごとをするためですかね?

中村 そうだね。一年の無事や願いの成就って、僕らは、家に御安置している御本尊に向かって勤行・唱題する時に、祈ってることだよね。しかも毎日。そもそも、「本尊」というのは、「根本として尊敬するもの」という意味なんだけど、"何に祈るのか"というのは、その宗教の根幹に関わる、最も大切なことなんだ。日蓮大聖人は「末法」という"何が正しい教えか分からない時代"に、全ての人が幸福になれる道を示してくださった。それが、南無妙法蓮華経の題目であり、僕たちが日々、拝している御本尊なんだ。大聖人は、誤った本尊を拝んではいけないとも仰せだよ。だから松岡君の親御さんも、初詣に行くことを止めたんだと思う。

松岡 でも、お祭りに参加するのはいいんでしょうか。

中村 お祭りは、由来としては宗教と関係するものが多いけど、今の時代は本来の意味合いが薄れて、地域の親睦のためのイベントや慣習になっているからね。

松岡 確かに、クリスマスとかもそうですよね。

中村 イベントで一年に一回だけ「こうなりますように」と願うのではなく、「こうしていくんだ」という決意を、日々新たにして、真剣に御本尊に祈る。これが僕たちの信心の正しい実践だよ。池田先生は、「御本尊に勤行・唱題する時、私どもの生命の善悪の力も、(中略)すべて自分自身の幸福と価値を創る方向に働いていく」とご指導されているよ。

松岡 毎日の一回一回の祈りを、もっと真剣にやっていきます。

中村 初詣に誘ってくれた友達は、きっとお正月気分を皆で味わいたかったんだろうね。コロナのこともあって、人とのつながりがこれほど重要な時もないから、友情は大切にしていこう!

松岡 新年に皆と会えなかった分、オンラインで同窓会をすることになったので、楽しんできます!

2021年1月25日月曜日

2021.01.25 わが友に贈る

◇今週のことば
「声仏事を為す」
言葉が心を伝える。
会えなくとも心は通う。
祈りから智慧を湧かし
真心の絆を生き生きと!
2021年1月25日

開目抄下 P232
『詮ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん』

【通解】
詮ずるところは諸天も私を捨て給え。難にいくら遭おうとも問題ではない。身命をなげうって正法弘通に邁進するのみである。

名字の言 渡り鳥に"内蔵"されている能力 2021年1月25日
渡り鳥の群れを見た。北極圏などから日本に飛来する季節である▼人間ならコンパスやナビの助けがなければたどり着けない長距離だが、実際、渡り鳥はそれらに近い能力を"内蔵"するらしい。いわゆる体内時計を、太陽や星の位置と照らし合わせて方角を決めるそうだ。日本鳥学会元会長の樋口広芳東大名誉教授によれば、渡り鳥には特定の遺伝的なプログラムがあり、「何丁目何番地何号」といったレベルで目的地にたどり着く鳥もいるという(『鳥ってすごい!』ヤマケイ新書)▼御書に「虚空に鳥の飛跡あり人此をみず」(1250ページ)との一節がある。鳥は自由に飛んでいるようで、実は一定の軌道を進んでいる。私たちの肉眼では見えないだけだ▼太陽や月や地球にも運行の軌道がある。人間にも、人間らしく生きるための確かな軌道がある。その道を歩む方途こそ仏道修行だと池田先生は言う。「成仏」とは、何か特別な状態ではなく「軌道」を歩むこと。自他共の幸福を願う「心」が定まることであり、その心で常に前進することである——と▼"地図なき旅路"ともいうべき人生において、正しい信仰と師匠を持てることがどれほど心強いか。幸福勝利という"目的地"へ、人間革命の軌道を共々に歩んでいこう。(之)

寸鉄 2021年1月25日
「大白蓮華」の御書講義が書籍化。健康の世紀へ—試練の時代を照らす叡智
大阪事件・無罪判決の日。厳たる歴史の刻印忘れるな!広布の情熱を赤々と
関西婦人部の日。苦悩の友に励ましを!希望を!この連帯こそ常勝の強さ
大事なことは今、ここにいる人だ—詩人。今日も目の前の「一人」を大切に
ネットの使用頻度高い子は言語力低下の恐れと。親子で語らい、賢く活用

〈社説〉 2021・1・25 きょう「大阪事件」無罪判決の日
◇人々を慈愛で包む人権闘争
「大阪事件」——それは1957年7月3日、若き日の池田先生が事実無根の選挙違反容疑で不当逮捕された重大な冤罪事件であった。その法廷闘争は、62年1月25日、大阪地裁の無罪判決により、先生の無実と正義が厳然と証明された。
先生の不当逮捕・勾留は、新たな民衆勢力の台頭を阻もうとする権力の策謀だった。"罪を認めなければ戸田会長を逮捕する"との脅迫的な検事の言葉。先生は、衰弱が激しい恩師を守るため、一旦は検察の要求をのんで罪を認め、裁判で真実を明らかにしたのである。
「創価学会の歩みは、常に権力の魔性との闘争であり、それが初代会長の牧口常三郎以来、学会を貫く大精神である」(小説『新・人間革命』第5巻「獅子」の章)
この言葉通り、牧口先生と戸田先生の獄中闘争は、軍部政府の弾圧の下、信教の自由を貫き、平和への黎明を告げた、峻厳な"学会の原点"となった。その魂を受け継ぐ池田先生の「大阪事件」と裁判の戦いは、「人間の尊厳と自由と平等とを勝ち取る人権闘争」(『人間革命』第11巻「裁判」の章)であった。
創価三代の激闘の歴史は、まさしく人類社会が希求する普遍的な価値と輝く。マハトマ・ガンジー、キング博士、マンデラ氏ら、平和と人権の闘士の魂とも深く共鳴する人間主義の精神は、世界に広がるSGIへの信頼の基盤となっている。
"人権"という言葉について、かつて池田先生は「万人への『優しさ』『人間愛』」と表現した。先生の人権闘争は、人々を慈愛で包み、皆が幸福になる権利をつかむための行動でもあった。
「大阪事件」の公判のため、何度も関西を訪れ、計23回、出廷した先生。その都度、時間が許す限り同志に会い、励ましを重ねた。61年の第2室戸台風の際は、被災地を回った後、法廷に臨んだ。
関西の草創の母は語る。
「先生は、決して裁判のことは語らず、私たちを励まし続けてくださいました。公判に足を運ぶたび、関西を強くしていただいたようなものです。先生への報恩の誓いは、生涯、変わりません」
関西婦人部をはじめ全同志が祈り、戦う中で迎えた無罪判決の「1・25」は、後に「関西婦人部の日」「民衆勝利の日」と定められた。自らが屋根となり柱となって人々を守り、人権闘争を貫いてきた師への感謝と決意を新たにする日である。
『新・人間革命』で、裁判に勝利した山本伸一は友に呼び掛ける。
「私たちは獅子だ。嵐のなかを、太陽に向かって進もう!」(第5巻「獅子」の章)——。いかなる試練を前にしても、師弟の魂を燃やし、平和と人道の時代を開いていきたい。

☆随筆「人間革命」光あれ 打ち鳴らせ希望の暁鐘 2021年1月19日
◇「冬は必ず春」と不屈の前進
年頭より日本海側を中心に大雪が続いている。雪深き地域の皆様に心からお見舞いを申し上げるとともに、尊き友の無事安穏を祈り、真剣に題目を送る日々である。
日蓮大聖人は後半生、佐渡(現・新潟県)、さらに甲斐(現・山梨県)の山で、大雪の冬を堪え忍ばれ、広宣流布と令法久住の法戦を貫かれた。
ある冬は、近隣の年配者たちに尋ねても口々に「いにしへ・これほどさむき事候はず」(御書一〇九八ページ)と驚くほどの酷寒で、「一丈二丈五尺等」(同ページ)という何メートルにも及ぶ積雪であったと記されている。
また、深い雪を物ともせず御供養を届けた門下を、「雪の中ふみ分けて御訪い候事 御志定めて法華経十羅刹も知し食し候らん」(同一三八八ページ)とも讃えておられる。
「無冠の友」をはじめ、雪にも北風にも負けず、誠実に聡明に広布と社会に尽くす同志への御照覧と、拝されてならない。

◇師弟凱歌の春へ
御本仏・大聖人は、人生の苦難と悲嘆にも退かない女性門下に、「法華経を信ずる人は冬のごとし」(同一二五三ページ)と仰せになられた。
法華経の信心は、いわば"冬の信心"である。
「冬は必ず春となる」(同ページ)という生命の法則を確信し、忍耐強く試練の冬に挑み抜き、断じて「福徳と歓喜の春」を勝ち開く信仰なのだ。
一九五一年(昭和二十六年)一月、恩師・戸田城聖先生の事業が絶体絶命の苦境にあった厳冬、日記に私は書き留めた。
「冬来りなば、春遠からじ。極寒の冬なれど、春近しを思えば、胸はときめく。いかなる苦難に遇っても、希望を決して捨ててはならぬ」
ただ師匠をお守りするため、阿修羅の如く戦い抜く日々であった。
苦境を打開して、この年の五月三日、遂に、戸田先生の第二代会長就任という希望輝く「師弟凱歌の春」を迎えたのである。
その翌月の十日、先生が晴れ晴れと「白ゆりの香りも高き集い」と詠まれ、結成されたのが、わが婦人部である。
「ゆり」の花は、古代ローマでも、「希望」の象徴とされていたという。
今、不安の闇に覆われた世界にあって、何よりも明るく温かい「希望の陽光」を放っているのは、本年、結成七十周年を迎える「太陽の婦人部」であると、私たちは声を大にして宣揚したい。
全国津々浦々で、自他共に幸の価値創造の喜びを広げている「ヤング白ゆり世代」の友もまた、新時代の希望の花そのものではないか。

◇絶対「大丈夫!」
御聖訓に「月月・日日につよ(強)り給へ」(御書一一九〇ページ)と仰せなるがゆえに、若き日の私は、とりわけ毎年一月より果敢なスタートダッシュを心してきた。
雪の北海道・夕張を初訪問したのも、一九五七年(昭和三十二年)の一月十三日であった。健気な同志たちの信教の自由が侵害された"夕張炭労事件"に立ち向かい、勝利した年である。幾重にも共戦の歴史が蘇る。
今年の冬、夕張方面は例年に倍する豪雪と伺った。ご苦労が偲ばれる。
これまでも夕張はじめ北海道の同志は、炭鉱の事故や自然災害、また経済苦、自身や家族の病気などを、どれほど勇敢に乗り越えてきたことか。
あの炭労事件の歴史を学び、人権蹂躙の悔しさとともに正義の勝ち鬨を命に刻んだ広布の母は、何があっても「大丈夫!」と、微笑みを湛えた一言で友を励ましてきた。
自らも癌と闘い続けたこの母が語る「大丈夫!」とは、何とかなるという願望でもなければ、なぐさめでもない。
「大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし」(同一四四八ページ)との御聖訓通り、誓願の題目を唱え抜けば、解決できないことは何もないとの揺るがぬ確信なのだ。
夕張の偉大な母たちには、使命の大地に根を張り、地下千メートルの坑道の底までも妙法を染み込ませる一念で、広宣流布と立正安国に命を尽くしてきた誇りがある。
ゆえに、愛する郷土から、福運と人材の宝が無量に湧き出てこないわけがない。絶対に大丈夫!——そう言い切れる地涌のスクラムは、今、試練の時代に挑む地域社会へ、「勇気」即「希望」を限りなく広げているのだ。

◇自他共の幸福勝利へ 「わが発迹顕本」を
◇平和誓う連帯を
また、同年(一九五七年)一月には、「永遠の平和の都」たる広島を、初めて訪れた。
関西青年部への激励と山口開拓指導を戦い切って広島入りし、当時、岡山支部に所属していた広島地区の決起大会に出席したのだ。その日は、一月二十六日であった。
帰京後、山口闘争、また広島、岡山はじめ意気軒昂な中国の同志の様子をご報告すると、戸田先生は会心の笑みを浮かべて喜んでくださった。
先生が歴史的な「原水爆禁止宣言」を発表されたのは、それから八カ月後のことだ。
さらに、世界の平和を願い、「創価学会インタナショナル(SGI)」が発足したのは、奇しくも広島の同志との新出発から満十八年後の、一月二十六日であった。
本年、このSGIの記念日を前にして、来る二十二日には、「核兵器禁止条約」が、いよいよ発効の時を迎える。
"核兵器による悲劇を二度と繰り返させてはならない"との広島、長崎の被爆者の方々の声が、大いなる推進力となった画期的な条約である。
平和原点の天地・広島、長崎をはじめ、不戦を願う市民社会の連帯を一段と強め、「核兵器のない世界」へ人類の希望の一歩前進を誓い合いたい。

◇「最も偉大な力」
「この世で最も偉大な力」とは何か。
奇跡と謳われる戦後の広島の復興に心を砕き、尽力された"アメリカの良心"カズンズ博士は、私との対談で語られた。
「生命の再生能力です。人間は肉体、精神両面において、苦痛や試練を克服し、病を治癒する本然の能力を持っている」と。
しかし博士は、「それ以上に素晴らしいもの」があると言われた。
すなわち、「『希望』の力」である。
「希望こそ私の秘密兵器」——これが、博士の強さの源泉だったのだ。
御聖訓には「妙法の大良薬を以て一切衆生の無明の大病を治せん事疑い無きなり」(御書七二〇ページ)と仰せである。
社会が希望を失い、苦悩の闇の中に沈んでいる時こそ、仏法の智慧は輝き光る。あきらめという無明の大病を打ち払い、万人に未来への光明を赫々と示していけるのだ。
そして、現実の病気と闘う友に、「病ある人仏になるべき」「病によりて道心は をこり候なり」(同一四八〇ページ)と、永遠の次元から究極の希望を贈り、蘇生させていくのも、日蓮仏法なのである。

◇いざ我らの手で
私がアジア歴訪に出発したのは、六十年前の一九六一年(昭和三十六年)一月であった。
希望の大光を放つ「太陽の仏法」を、アジア、そして全世界の苦悩の民衆に伝えたい——そう願ってやまなかった恩師の「仏法西還」「東洋広布」の夢の実現を誓い、不二の弟子として、勇んで先駆けたのである。
この旅を前に、私は福岡県の小倉(現・北九州市)で行われた九州の三総支部結成大会に出席した(一月八日)。開会前から会場に響き渡っていたのは、九州で生まれた「東洋広布の歌」である。
我らの手で新たな広布の道を開かん!——あの日以来、九州の友がどれほど「先駆」の歴史を開いてくれたことか。
本年「希望・勝利の年」も、"創立百周年の主役は青年!"と、いずこにも先駆けて対話の拡大に走り抜いてくれている。
その勇気と団結の行動こそ、まさしく「世紀乱舞の人」ともいうべき地涌の躍動といってよい。

◇青年の心で 世紀の舞台へ先駆せよ!
◇境涯開く時は今
来月十六日は、大聖人が安房国(現・千葉県)に御聖誕されて八百年(数え年)の大佳節である。
相模国(現・神奈川県)で竜の口の法難を勝ち越え、発迹顕本されて満七百五十年でもある。
法難当時(文永八年<一二七一年>九月十二日)、大聖人は御年五十歳であられた。今の壮年部の世代と重なる。
大聖人は頸の座に臨まれて、「今が最期です」と嘆く弟子・四条金吾に対し、「これほどの悦びをば・わらへかし」(同九一四ページ)と雄々しく悠然と励まされた。
最も大変な時に、最大最上の境涯を開く。これが仏法の真髄である。
信心に行き詰まりは断じてない。困難を前に、あきらめて、うなだれる必要などない。堂々と笑い飛ばしていけ。創価の負けじ魂を、烈々と燃え上がらせていくのだ。大信力、大行力を奮い起こして祈り戦うのだ。この人間革命にこそ、「わが発迹顕本」もある。
人類全体の転換期の中で、創価学会は今、新たな発迹顕本の時を迎えているといってよい。
それは決して遠くにあるのではない。一人ひとりが「私が創価学会だ」「今に見よ!」と頭を上げて不撓不屈の挑戦を続けゆく中に、その実相があることを忘れまい。

◇従藍而青を信じ
戸田先生は、未来を切り開く若き地涌の力を信じておられた。
ゆえに「創価の青年のたくましさを吹き込んでこそ、世界の青年層を力強く蘇らせることができる」と断言されたのだ。
「阪神・淡路大震災」から二十六年。
そして「東日本大震災」から十年——。
創価の青年たちは、艱難の冬将軍に幾たびも打ち勝ち、いやまして、たくましく鍛錬されてきた。今、コロナ禍にあっても、この不屈の心を全世界の「従藍而青」の若人が社会に広げてくれている。
未来部の若木たちも、何と力強く、また頼もしく伸びていることか。
地球社会の人道の大城の建設へ、希望の暁鐘を打ち鳴らす「青年部幹部会」の開催も目前だ。
わが国土、わが街の青年の成長と勝利を皆で祈り、共々に青年の心で邁進しようではないか!

2021年1月24日日曜日

2021.01.24 わが友に贈る

友の悩みや決意を聞き
幸福の哲学を語らう。
創価の座談会は
互いを称え 高め合う
生命触発のオアシスだ。

十字御書 P1491
『地獄と仏とはいづれの所に候ぞとたづね候へば或は地の下と申す経文もあり或は西方等と申す経も候、しかれども委細にたづね候へば我等が五尺の身の内に候とみへて候』

【通解】
地獄と仏とは、どこに存在するのかと探究したとき、あるいは地の下にあるという経文もあり、あるいは西方等にあるという経もあります。しかしながら、詳細に探究してみると、私達の五尺の身の内にあると説かれています。

名字の言 視覚障害者柔道の元日本代表・初瀬勇輔氏が気付いたこと 2021年1月24日
「もしも目が見えるようになる手術があったら、受けますか?」。視覚障害者柔道のパラリンピック元日本代表で実業家の初瀬勇輔氏は、青少年を励ます講演会の席上、参加者にそう問われ、言葉に詰まった▼23歳の時、緑内障で失明。人生に絶望したものの、周囲の支えを励みに前を向いた。就職活動では100社以上で不採用になったが、人材派遣会社の特例子会社に入社した。そこで経験を積み、障がい者の人材紹介会社を起業。障がい者と健常者をつなぐ懸け橋となってきた▼失明した直後なら、冒頭の問いに「手術する」と即答していた。しかし、視力を失ってから歩んできた人生が、いかに充実していたかということに改めて気付いた。氏は「いまは楽しくて仕方がない」と(『いま、絶望している君たちへ』日本経済新聞出版社)▼襲い掛かってきた試練に、勇気を奮い起こして立ち向かっていく。その時、「宿命」は「使命」に変わる。思いもよらない苦難の中で重ねた挑戦の日々は、より強く、より大きな自分へと飛躍させてくれる▼池田先生は「仏法では『変毒為薬』と教えている。その逆転劇を生み、勝利しゆくのは、勇気ある信心だ」と。きょうも一歩前へ。その積み重ねが、功徳満開の勝利の春を呼ぶ。(開)

寸鉄 2021年1月24日
心と心の交流が大事だ—戸田先生。学会は励ましの団体。真心の声、地域へ
尼崎の日。常勝の誓いに燃える大関西の心臓部。希望拡大の波を今こそ!
「妨げるものと闘う時に人生は輝く」作家。前進の智慧を出し合い皆で挑戦
オンライン会議5分前の雑談は場を和ませる効果と。一回一回を価値的に
がん検診の受診者、減少傾向続く。早期発見・治療で守れる命。先送りせず

☆2021年「希望・勝利の年」 白樺グループの活動
白樺グループ(女子部の看護者の集い)の本年の活動方針を、山本委員長の声とともに紹介する。
山本委員長の声
世界は今、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、先の見えない不安に包まれています。そうした中にあって、看護者の役割はますます大きくなっています。グループ名の「白樺」の木は、どんな荒れ地でも、肥沃な土地に変えていく力を秘めています。今こそ、使命を果たす時と決め、どんな環境であっても、祈りを根本に、不安を安心に、孤独を希望に変えていく励ましの連帯を大きく広げていきたいと思います。そして、婦人部・白樺会と励まし合い、切磋琢磨しながら、生命尊厳の看護者として、さらに成長してまいりましょう!

【活動方針】
1.白樺の使命に立ち、生命尊厳の看護を実践!
「私の手は 多くの人々の 尊い生命を 護る武器である。 私の無言の落ち着いた行動は 病と戦い続け 苦しみ抜いている 人々のために ありたい」(長編詩「生命の天使 気高き希望の魂!」)

<活動のポイント>
・今日も先生と共に笑顔で出発しよう!
・全世界の同志の無事故と健康を守ろう
・地域、社会で「白樺の心」を広げ、希望と安心の存在になろう

2.白樺姉妹の絆で、希望の前進!
「皆がともに勝ちゆくために、同じ看護婦として互いに励まし合い、支え合い、使命に生きる心を触発し合っていくことが大事になる」(小説『新・人間革命』第14巻「使命」の章)

<活動のポイント>
・婦女一体の励ましの声かけで、白樺姉妹の絆を強めていこう
・オンラインなどを活用して白樺ミーティングを開催しよう
・未来を担う看護学生を励まし、共に成長しよう

【教材】
小説『新・人間革命』第14巻「使命」の章、第24巻「厳護」の章、冊子「希望の白樺」、指導選集『幸福と平和を創る智慧』

3.誓願の祈りで、全てに勝利!
「広宣流布の使命の炎を赤々と燃やして、頑張り通してこそ、真実の仏道修行がある。それによって、自らの人間性も磨かれ、人の苦しみ、悲しみが共有できる。菩薩の心、慈悲の心を培うことができる」(小説『新・人間革命』第14巻「使命」の章)

<活動のポイント>
・勤行・唱題を根本に、今日一日を勝利しよう
・家族への感謝を忘れず、自身の人間革命を祈り、挑戦しよう
・自他共の幸福を祈り、折伏に挑戦しよう

2021.01.23 わが友に贈る

「御書」を開くことは
「境涯」を開くことだ。
行き詰まった時こそ
御聖訓を真剣に拝そう!
教学は希望の泉なり!

開目抄上 P200
『今度強盛の菩提心ををこして退転せじと願しぬ』

【通解】
今度こそ強い菩提心(悟りを求めて仏道修行する心のこと)を起こして、どんなことがあっても、絶対に退転しないと誓願したのです。

名字の言 病にあった壮年が物置で見つけた一枚の絵 2021年1月23日
ある商店街を歩いていると、通り沿いの街路灯一本一本に白い旗らしきものが掲げられていた。地元の小学生らが布地にしたためた書き初めだった▼「正月」「初夢」といった作品の中に、「へいわ」「春よ来い」という書も見つけた。一生懸命に書いた子どもの字には、大人がまねのできない味わいや温かみがある。その文字を見て"未来を託す子どもたちのためにも無事安穏の年にしたい"という思いが込み上げた▼健康に自信のあった壮年が、思いもかけない大病に倒れ、意気消沈の日々を送っていた。ある日、自宅の物置を整理していると、息子が小学生だった時、絵画展で入選した絵が出てきた。父である壮年と相撲を取っている場面を描いたものだった。タイトルは「負けるもんか!」▼これまで"試練の今"に翻弄され、"希望の未来"などないと嘆いていた。それが"私たち親子で未来を生きるため、今を勝ち開いてみせる"という一念に変わった。あの日のわが子の絵が、壮年を不屈の信心に立ち上がらせた。後年、彼は病魔を克服した▼仏法では、苦難の渦中でも御本尊に強く祈る信心があること自体が「安穏」なのだと説く。因果倶時の妙法である。必ず乗り越えると決めた瞬間、今の逆境も、未来の勝利を開く糧に変えられる。(城)

寸鉄 2021年1月23日
SGIは平和・相互理解・非暴力の文化を普及—会議会長。善の連帯更に
個人の成長なくして、より良い世界は築けない—科学者。今日も勇躍前進
「日輪と星との光くらべのごとし」御聖訓。太陽の仏法で地域社会を明るく
電子メールの日。添付を開き感染する事例多し。見知らぬ送信元は要警戒
症状悪化分かる測定器の配備進む。公明の尽力で。命を守る施策を最優先で

☆学ぼう「黄金柱の誉れ」Q&A 第12回 「師弟」の大切さ
学会創立100周年へ、新しい年がスタートしました。今年は、戸田先生の第2代会長就任70周年であり、婦人部・男子部・女子部の結成70周年、そして我ら壮年部は結成55周年の佳節を迎えます。この尊い広布の歴史を貫くのは「師弟」です。師弟の大切さについて、壮年部指導集『黄金柱の誉れ』から、池田先生の指導を紹介します(指導集72ページから73ページ、76ページを抜粋)。

●「師弟」の大切さ
〈成長への最高の「因」〉
仏法も人生も、成長への最高の「因」となるのが「師匠」の存在です。師と出会い、師に応え、師と共に戦い、師の勇気と智慧を生命に刻んでいく中で、自分の小さな境涯のカラを破ることができる。それこそが、大いなる未来の自己を築きゆく勝利の根源力となるのです。
(『御書と師弟』第1巻)

〈本当の底力が出せる〉
御聖訓には「よき師と・よき檀那(=弟子)と・よき法と此の三寄り合いて祈を成就し国土の大難をも払ふべき者なり」(御書550ページ)と説かれる。
「師弟不二ならば、一切を勝利できる」——これが、仏法の要諦であり、学会精神の真髄である。
「師と共に」戦うから、小さな自分の殻を破れる。
「師のために」戦うから、本当の底力が出せる。
「師弟不二」なればこそ、いかなる苦難も恐れず、生命の最極の軌道を進める。
(『池田大作全集』第139巻、「随筆 人間世紀の光」)

〈生命の大法を会得していくため〉
師弟という言葉に、何か時代錯誤的な、封建時代の遺物のような印象をいだく人も少なくない。しかし、いかなる道を極めるにも、師が必要である。ましてや、仏法という生命の大法を会得していくためには、それを感得し、自らを触発してくれる師の存在が不可欠となる。人間を育むものは、人間以外にない。
(小説『人間革命』第12巻「新・黎明」)

〈「先生だったらどうされるか」と〉
私はいつも、恩師・戸田先生だったらどうされるだろうか、を考えて生きてきた。
恩師なきあと、嵐の時も、ただ「戸田先生なら、どう思われるか。何を言われるか。どうされるだろうか」を己心にさぐり、胸中の先生と対話しながら生きてきた。
「革命には、弾圧も、非難もつきものだ。なにがあっても恐れるな。命をかければ、なにも怖いものはなくなるのだ」「二百年たったら、皆、わかるよ」
生命をふり絞るような先生の声であった。
「あとは頼むぞ」の一言が、私の人生となった。
(本紙1996年9月22日付、「世界の指導者と語る」)

2021年1月22日金曜日

2021.01.22 わが友に贈る

混迷の時代にこそ
生命尊厳・万人尊敬の
仏法の哲学が光る。
諦めの無明を打ち払い
輝く未来を共に開こう!

可延定業書 P986
『命と申す物は一身第一の珍宝なり一日なりともこれを延るならば千万両の金にもすぎたり』

【通解】
命というものはわが身にとって第一の珍宝である。たとえ一日であっても寿命を延ばすならば、千万両の金にもまさるのである。

名字の言 被爆し、やけどの痕が残った指で 2021年1月22日
「アメリカの良心」とたたえられたノーマン・カズンズ博士の自宅を、ある友人が訪ねた折のこと。友人の妻が背中の痛みを訴えた。この時、博士の養女であるシゲコ・ササモリさんが指圧をほどこした▼ササモリさんは13歳の時、広島で被爆。10年後、ケロイド治療で広島から渡米した。しかし指には、やけどの痕が残り、右手の小指と薬指は曲がったまま。その指で、夫人に指圧するササモリさんの姿を見て、友人は涙が止まらなかった▼ササモリさんは自身の被爆体験を、さまざまな場で語ってきた。かつてアメリカ創価大学で開催された「平和の文化」シンポジウムで、「戦争が始まってしまえば、みんな被害者。アメリカの兵士にも戦争の犠牲者がいる。だから、私はアメリカのことを恨んでいません」と▼この言葉を語るまでに、どれほどの心の葛藤があっただろう。加害・被害の恩讐を乗り越える努力を積み重ね、同じ人間として、核兵器の非人道性を直視する。それが、恒久的な世界平和を建設する出発点となる▼きょう、「核兵器禁止条約」が発効する。後世、核兵器の「保有」から「廃絶」への大きな転換点といわれる日にしなければならない。そのために「地球益」に立脚した「行動の連帯」を足元から広げたい。(澪)

寸鉄 2021年1月22日
"核禁条約"発効。人類の生存権を脅かす絶対悪—原水禁宣言の精神が具現
「今日蓮等の類は不軽なり」御書。自他共に仏性あり。希望灯す励ましを
「高知青年部の日」。魁の闘志は赤々と。祈り、智慧湧かせ勇気の対話を拡大
マスクの正しい着用で感リスク低減。鼻を隠す、裏表確認など基本を徹底
長時間の座位姿勢は疾病の危険増。在宅勤務時は適度に運動取り入れ賢く

☆四季の励まし 「偉大な目標」が人間を偉大に 2021年1月17日
◇池田先生の言葉
目標をもつ時、
未来の大空に太陽は輝き、
美しき希望の虹がかかる。
人生に目標があれば、
歩みの一足一足に
力があふれる。

偉大な人間だから
偉大な仕事を成し遂げ
られるのではない。
偉大な目的を目指すから、
人間は偉大になれる。

創価学会が目指す
根本の目的は何か。
それは、
人類の幸福と平和である。
自他共に
生きていること自体が
愉快で、楽しいという
境涯を開いていくことだ。
「広宣流布のため」という
最も偉大な目標に
向かって進めば、
その人自身が偉大になる。
大きな目標が、
大きな希望となる。

広宣流布は
前代未聞の大業であり、
道なき道を開き進む
労作業である。
その道を切り開くには、
人を頼むのではなく、
皆が自発・能動の信心で、
一人立つことである。
自らが目標を定め、
主体者となって取り組む
活動には歓喜がある。

昨日の自分と比べて、
今日の自分は進んだか。
先月の自分と比べて、
今月の自分は進んだか。
去年の自分と比べて、
今年の自分は進んだか。
自分と他人とを
比べるのではなく、
自分の
過去と現在と未来の前進を
比べることである。

歴史とは、
新しい一歩一歩の
積み重ねである。
遙かな未来も
「今」という
一瞬から始まる。
「今」が旅立ちの
第一歩となる。
永遠なる平和絵巻を
織りなすには、
胸中に
勇気の太陽を輝かせ、
希望の虹を描いて
「今」を勝つことだ。

【写真説明】緑の芝生とプラタナスの木々が陽光に映える。首都ロンドンから西へ36キロ。イギリス王室の居城・ウィンザー城の南側の城門の前に立つと、一本の道が真っすぐに延びていた。1991年(平成3年)6月、池田大作先生がシャッターを切った。
池田先生は同国を訪問した折、国家指導者や各界の識者らと相次いで会談し、友情と信頼の絆を結んだ。そして、その合間を縫って、同志のもとへ足を運び、渾身の励ましを送った。
「一対一の対話」こそ、あらゆる差異を超え、分断から結合へ進む「平和への大道」である。師が示したこの道を、私たちも朗らかに進もう。「広宣流布」という偉大な目標に向かって——。

☆広布史アルバム� 楽土・北九州
◇時代建設の先駆者たれ
<九州の使命は永遠に「先駆」である。その九州にあって、広布勝利の黎明を告げてきたのが、北九州の友だ。
1983年(昭和58年)12月8日、池田先生は北九州文化会館(現・北九州平和会館)での勤行会で訴えた>

御本尊には無量無辺の功徳と絶大なる力があられる。また、妙法は、宿命転換と所願満足への大法である。ゆえに何があっても、信心は一歩も退いてはいけない。ひたすら御本尊に南無し奉り、唱題を重ねていくことだ。
御書に「地獄の苦みぱっときへ」(1000ページ)と仰せのごとく、たゆみなき信心さえあれば、かならず宿業を消し、宿命を転換し、所願満足の人生に入っていけることは間違いないのである。それを確信し、つねに一歩前進の潔き信心であっていただきたい。
(中略)純粋にして真剣な、清新にして躍動の信心を、忘れないでいただきたいのである。

<21世紀が開幕した直後の2001年(平成13年)1月、先生は随筆に、北九州の友への深い期待を記した>

一九〇一年(明治三十四年)二月の五日、現在の福岡・北九州の八幡に、新たな世界を錬成し、新たな世紀を動かす、灼熱の炎が燃え始めた。
この日、溶鉱炉に火入れが行われ、有名な「八幡製鉄所」の操業が開始されたのである。この真っ赤にたぎる溶鉱炉の中から、近代化を急ぐ二十世紀の日本が、唸りをあげて回転していったといってよい。
終止符を打つことのない、この怒濤のごとき作業に、敢然と立ち向かい、飛躍の戦いは始まった。「先駆」の二字は、北九州の歴史に、鋭く刻印されたのである。
(中略)今、「戦争の世紀」の鞭を打つ悲鳴を超えて、人類は、「対話と共生の世紀」へ、「平和の世紀」へ、大きく舵を取り始めた。
その時代建設の先駆として、熱血の魂と鋼鉄の信念で、生き生きと立ち上がったのが、わが北九州の同志である。

<今、北九州の友が目指す「広布の山」は、学会創立100周年の2030年。その初陣を飾る本年は、長編詩「青年よ 21世紀の広布の山を登れ」の発表から40周年の佳節を迎える。
「先駆の中の先駆」の誇りに燃え、北九州の友は、きょうも「誓願の師弟旅」を朗らかに進む>

2021年1月21日木曜日

2021.01.21 わが友に贈る

空気が乾燥する季節。
火災に厳重注意!
屋外に可燃物を放置せず
コンセントの埃も点検。
"心に深き用心"を!

三世諸仏総勘文教相廃立 P564
『一人を手本として一切衆生平等なること是くの如し』

【通解】
この法門は、一人を手本として一切衆生に平等にあてはまるのである。

名字の言 夢をつかんだ北九州の壮年 2021年1月21日
北九州市の教員採用試験に、18回目の挑戦で合格した壮年がいる。挫折しかけた時、彼を支えたのは、亡き母の思い出だった▼雨漏りする古い長屋での貧しい生活だった昔。薄給の父を支えながら、母は懸命に働き、自分たち3人の子を育ててくれた。カップラーメン一つをおかずに、家族5人で空腹をしのいだことも。そんな時、母は「題目を染み込ませたけん、世界一うんまかラーメンやろ」と。いつも朗らかな笑顔で家族を包んでくれた▼「お前たちのために幸福の土台を築いておくからね」と仕事、家事、学会活動に全力で、毎日が運動会のようだった母。あの笑顔、あの姿を思い出すだけで勇気が湧いた。"母ちゃんの恩に報いるのは今だ。負けてたまるか!"。壮年は奮起し、昨年、教員になる夢をつかんだ▼人間、ここぞという時の底力は"あの人のため"という心から生み出される。どれだけの人に支えられ、今の自分があるのか。肉親、同志、そして人生の師……。祈り、励ましてくれた人たちへの感謝の心が、不屈の闘志を湧き上がらせる▼御聖訓「知恩をもて最とし報恩をもて前とす」(御書491ページ)をよくよく拝したい。恩人の労苦を、思いを忘れない。報恩感謝の心で進めば、人生勝利の道は必ず開かれる。(誠)

寸鉄 2021年1月21日
世界に平和の文化広げる学会に感銘—元軍縮担当核廃絶へ民衆の声を結集
練馬の日。何があっても勝つ。共戦の友は朗らか。大東京の模範の歴史綴れ
苦難があるから大きな宿命転換ができる—恩師。題目の師子吼で勝ち開け
ワクチンの予約金を請求する詐欺電話が相次ぐ。必ず周囲に相談。警戒を
除雪中の事故死が急増。8割が高齢者と。命綱を装着、作業は2人以上で

〈社説〉2021・1・21 あす「核兵器禁止条約」が発効
◇民衆の連帯で核なき世界を
「核兵器の終わりの始まりに」——核兵器禁止条約が採択された2017年のノーベル平和賞授賞式で、広島出身の被爆者であるサーロー節子氏は、同条約に懸ける思いをそう語った。被爆者をはじめ、核兵器廃絶を願う全ての人々の思いを乗せた条約が、あす22日に発効する。核兵器のない世界の実現に向けた重要な一歩を、心から歓迎したい。
拡散や実験の禁止等、核兵器を「部分的に」制限する条約は存在しているが、核禁条約は製造から保有、使用に至るまで、核兵器を「全面的に」禁止する初の国際法となる。17年7月に国連で122カ国の賛成を得て採択され、昨年10月24日にホンジュラスの批准によって発効に必要な50カ国の批准を満たしたことで、条約で規定された90日後のあす22日から効力を持つ。
核兵器の保有国が参加していないことから、同条約には"実効性がない"との批判もある。しかし、「核兵器は違法」という明確な規範が国際社会に打ち立てられた意義は大きい。既に核兵器に関連する産業から投資を引き揚げる金融界の動きも現れており、今後、政治的・経済的・社会的に、一段と厳しい目が核の存在へ向けられることが予想される。
国連軍縮担当上級代表を務めたセルジオ・ドゥアルテ氏は本紙のインタビュー(15日付)で、同条約の特色を明快に紹介している。これまでの条約は、核兵器そのものより、保有国か非保有国かなど現状の「国」の在り方に焦点を当てる色合いが強かった。しかし核禁条約は、核兵器の「存在自体」を問い直す初の枠組みであり、この条約ができたことによって「なぜ核兵器を保有するのか?」「正当な理由はあるのか?」を保有国に対して問い掛けることができる。それが、条約の発効がもたらす重要な議論の変化である——と。
池田先生は09年に発表した核廃絶提言で、「核時代に終止符を打つために戦うべき相手は、核兵器でも保有国でも核開発国でもありません。真に対決し克服すべきは、自己の欲望のためには相手の殲滅も辞さないという『核兵器を容認する思想』です」と訴えた。
核兵器を造り出したのが人間ならば、廃絶を決断するのもまた人間にほかならない。核兵器廃絶を不可逆の潮流とするには、制度面での規制とともに、一人一人の心に生命尊厳の思想を打ち立て、核を許さぬ土台を築く必要があろう。そこに、創価の日々の対話運動が核兵器廃絶の運動へとつながる理由もある。サーロー氏の言葉通り、核兵器禁止条約の発効は始まりである。核兵器のない世界へ、誓い新たに民衆の連帯を広げたい。

☆御書の旭光を 第2回 "難こそ誉れ"と団結で勝利
〈御文〉
『未来までの・ものがたりなに事か・これにすぎ候べき』(兄弟抄、1086ページ)

〈通解〉
(池上兄弟が団結して苦難を乗り越える姿は)未来までの物語として、これ以上のものはないであろう。

〈池田先生が贈る指針〉
苦難の渦中にこそ偉大な歴史が創られる。寒風に怯まず、立正安国のために団結して先駆する勇者たちを、いかばかり御本仏は御賞讃か。
苦楽を分かち合い、地域社会に貢献しゆく異体同心のスクラムは平和と人道の柱だ。
この一年、青年を先頭に人類の宿命転換の十年を勝ち開き、未来まで輝く「勝利の物語」を!

☆「わが愛する青年に贈る」に学ぶ 第5回 後継<上> 誓願を持ち、貫き、果たし抜く一生を 樺澤学生部長
◇池田先生の指導
「よしにくまばにくめ」との
大精神で、信念の対話に挑む——
この「折伏力」「人間力」を、
皆さんは継承してもらいたい。

1 仏法の真髄は師弟の誓願
創価学会は、日蓮大聖人直結の信心で広宣流布を進める団体です。
学会創立100周年(2030年)へ"勝負の10年"の開幕となる本年。10年後、そしてその先の未来を思い描くとき、今の学生部の世代は、青年部、そして学会の中核として活躍していく使命があります。世界広宣流布をいかに受け継ぎ、発展させていくのか——。今回は「後継」の魂について学んでいきます。

■ 池田先生の講義
"私たちは、師匠のお心のままに、断じて、広宣流布を成し遂げます。師よ。ご安心ください。心配なさらないでください"
——これは、法華経の嘱累品で、仏弟子たちが三度、師匠の前で繰り返した、広宣流布の誓願です。
法華経、そして日蓮仏法の真髄は「師弟」の「誓願」にあります。法華経は、末法のための経典です。
(中略)
いずこの国においても妙法を持った若人が、「わが国の広宣流布は、青年部にお任せください!」「断じて、わが地域を仏国土にいたします!」との誓いに燃えて、尊き世界広布の大道を邁進してくれています。この姿自体が法華経の経文に通じる誓願の証であり、後継の誉れです。
—◆—
今の学生部は、池田先生にお会いしたことのないメンバーがほとんどです。そうした中で、いかに師弟の絆を強く結んでいくか——。私自身も、かつて悩んだことがありました。
その答えを教えてくれたのが、創価大学1年生の冬に、デンマークでの短期研修に参加した際に出会った、現地SGIのメンバーでした。
だれもが、先生にお会いしたことがなくても、師匠を求めて、生き生きと活動に励む姿に、私は大きな衝撃を受けました。ある男子部の方は私に、「題目を唱え抜き、広布を誓った時に、先生が隣にいると感じられるようになるよ」と語ってくれました。師弟の関係は直接、「会う」「会わない」で決まるのではない。師匠を求め、向き合い続ける姿勢こそが大事だと気付いた瞬間でした。以来、私はより真剣に、日々、信心の挑戦を重ねる中で、師の存在を心に強く持てるようになりました。
師弟とは何か。悩み、求め抜いていく中で、自身の成長もあったと実感しています。
師弟とは、空間も時間も超えて弟子の自覚で決まる——世界共通の後継の誓願に立ち上がる時こそ学生部時代であると確信しています。

2 私たちの「如説修行」とは
大聖人が佐渡の門下・千日尼(阿仏房の夫人)に送られたお手紙を通して、池田先生は法華経の行者の実践について教えてくださっています。

【御文】
弥信心をはげみ給うべし、仏法の道理を人に語らむ者をば男女僧尼必ずにくむべし、よしにくまばにくめ法華経・釈迦仏・天台・妙楽・伝教・章安等の金言に身をまかすべし、如説修行の人とは是れなり(阿仏房尼御前御返事、御書1308ページ4行目〜5行目)

【現代語訳】
ますます信心に励んでいきなさい。仏法の道理を人に語っていく者を、男女僧尼が必ず憎むにちがいない。よし、憎むなら憎むがよい。法華経・釈迦仏・天台・妙楽・伝教・章安などの金言に身を任せなさい。如説修行の人とは、こういう人をいうのである。

■ 池田先生の講義
「如説修行」とは法華経の文であり、「仏の説の如く修行する」、すなわち、仏の説かれた通りに実践するとの意味です。
(中略)
折伏行を貫いている大聖人とその門下こそが、末法における「如説修行の行者」にほかならないと断言されているのです。
—◆—
今、青年部で取り組んでいる「新・人間革命」世代プロジェクトは、この「如説修行」の道を進むことと一体であると思います。
というのは、小説『新・人間革命』には、創価の師弟が、大聖人の御精神を胸に刻み、岩に爪を立てるごとく苦闘を勝ち越え、日蓮仏法を現実社会に広めていく姿が描かれているからです。とりわけ、世界広布という大聖人の未来記の実現へ指揮を執り、世界の同志を励まし続ける主人公・山本伸一の振る舞いは、"「如説修行」の模範"です。
そこには、伸一の戦いを通して、創価の青年にとって最も重要な「誓願」、また、心の内面の葛藤を乗り越えていく勇気が描かれています。それを学び、私たちの身に当てていくことが肝要であると思います。
私自身、胸に刻んでいる一節があります。伸一がデンマークを訪れた際、仕事が多忙で思うように学会活動に参加できずにいた男子部員に贈った言葉です(第4巻「大光」の章)。
「人生は長いようで短い。ましてや、青年時代は、あっという間に過ぎていってしまう。今、学会は、未来に向かって、大飛躍をしようとしている。広宣流布の大闘争の『時』が来ているんだ。時は『今』だよ」——悩みに心が負けそうになった時、この一節を励みにし、折伏などの学会活動に挑んできました。
『新・人間革命』を自身の軸に据えて行動し、悩むなかでも小説を通して師匠と"対話"しながら生きていく日々は、「如説修行」の道を共に進む師弟の黄金の歴史なのです。

3 折伏で開く自他共の幸福
池田先生は、折伏の要諦について次のように教えてくださっています。

■ 池田先生の講義
私たち学会員が行う折伏とは、一人の友と一緒に人間革命していく聖業です。
それは、人間の可能性を信じ抜く「励ましの対話」です。そして、真の楽土の建設のため、生命尊厳の思想を広げる運動です。
今、全世界に拡大したSGI(創価学会インタナショナル)のスクラムも、その源流をたどれば、偏見や悪口罵詈にも負けない、無名の庶民の粘り強い対話によって創り上げられてきたものです。
「よしにくまばにくめ」との決定した大精神で、信念の対話に挑む——この「折伏力」「人間力」を、青年の皆さんは継承してもらいたい。
折伏精神の根本は、民衆救済の慈悲です。それは、眼前の一人の宿命の鉄鎖を断ち切らんとする、わが勇気の心から起こるものです。
大事なことは、まず「悩んでいる人を折伏させてください」と祈り抜くことです。
そして、自身が縁する人々に、勇敢に誠実に仏法を語り切っていくことです。
—◆—
私の折伏の原点は、小学校時代の友人との対話です。
彼の父が失業したことをきっかけに、彼は家計を支えるためにアルバイトの日々を送り、大学の授業に出席できない状況にありました。
はじめは折伏の真の意味を理解できていなかった私でしたが、心身ともに疲れ果てていた彼のことを深く知るうちに、「彼を絶対に幸せにしたい」と本気で祈れるまでに変化。7カ月間、対話を重ね、友人も"一家の宿命を自分が変える"と決意し、入会しました。
この経験を通して、折伏は"目の前の一人の幸福を開くとともに、自分自身も強く鍛える"ことだと実感しました。
そうして自身の境涯が、より大きく変われば、悩みを見下ろしていける自分になれます。
ゆえに、友人の反応がどうであれ、友のことを祈り、語り、折伏を重ねていくという、自身の信念を貫く中にこそ、自他共の真の成長があります。
この信念の強さこそ、"にくまばにくめ"の「折伏力」「人間力」なのではないでしょうか。
自分の幸福も、目の前の友人の幸福も、この瞬間の私自身の強盛な信心と地道な実践から開いていける——今後も、この確信を胸に進んでいきます。

4 一生の土台を作る時は今
また、池田先生は、戸田先生の指導を紹介し、青年時代を振り返られています。

■ 池田先生の講義
戸田先生は折伏の要諦について、「自分自身が南無妙法蓮華経で生きているということです」「ただただ、自分は南無妙法蓮華経以外になにもない! と決めることを末法の折伏というのです」と語られていました。
このご指導のままに、私も若き日から折伏に挑戦し抜いてきました。それが、自分自身の揺るぎない信心の土台となりました。
—◆—
折伏をはじめとする学会活動や、勉学、就職活動において、なかなか思い通りの結果が出ないことがあります。壁にぶつかった時に「もう無理だ」という諦めの心を打ち破り、どこまでも自分の可能性を信じて挑戦していく——。その実践の中でつかむのが「自分自身が南無妙法蓮華経で生きている」との確信であると思います。
ある地域の学生部リーダーはかつて、他者に興味を持てず「勉強さえしていればいい人生を送れる」と考えていました。
しかし、学生部員になり、目の前の一人のために全力を尽くす学生部の友の姿に触れ、「人と深く関わり、人のために働く自分になりたい」と、人の中へ飛び込んでいく経営者を志すようになりました。
彼は、所属していた農学部での研究をはじめ、化学やマーケティングなど、さまざまな分野で力をつけるとともに、折伏や人材育成に挑戦。友への弘教も実らせる中で、人間を深く知ることの楽しさと大切さを学びました。
そして昨年、ついに夢をかなえ、父親と事業を起こし、若くして会社役員として奮闘しています。
その原動力は信心の確信であり、自身の可能性を信じることであったと彼は語っています。
まさに、「折伏力」「人間力」で、「自分自身が南無妙法蓮華経で生きている」ことを感じさせる姿そのものです。
一人一人の学生部員の未来には、無限の可能性が広がっています。それを大きく開く土台をつくるための学問であり信心です。このことを皆と確かめ合いながら、本年も対話拡大に勇んで挑んでいきます。

■ 池田先生の講義
たとえ相手がすぐに信心しなくても、この末法で妙法を語った功徳は計り知れません。また、その相手を思う一念の行動から、深い生命の絆が結ばれます。
どこまでも朗らかに仏縁を広げていく——この積み重ねの中でこそ、真の友情が築かれるのです。
そして必ず最後は、賞讃と感謝へと変わり、「よかりけり・よかりけり」(御書1173ページ)と謳われていくのです。

◇さらなる研さんのために
本連載で学ぶ『わが愛する青年に贈る』は、「大白蓮華」に連載中の池田先生の講義「世界を照らす太陽の仏法」の中の、男女青年部への御書講義を収録した書籍です。本社刊。713円(税込み)。全国の書店で発売中。聖教ブックストアへの電話でも注文できます(0120-983-563、平日9時〜17時)。コンビニ通販サイト「セブンネットショッピング」「HMV&BOOKS online」での注文、受け取りも可能。

2021年1月20日水曜日

2021.01.20 わが友に贈る

「青年部幹部会」へ
誓願の若人が躍動!
皆が清新の心で
新たな時代を創る
暁鐘を打ち鳴らそう!

衆生身心御書 P1590
『法華経と申すは随自意と申して仏の御心をとかせ給う、仏の御心はよき心なるゆへにたといしらざる人も此の経をよみたてまつれば利益はかりなし』

【通解】
法華経という経は随自意といって、仏の御心を説かれたものである。仏の御心はもとより素晴らしい心であるから、たとえ法華経の理を知らない人であっても、この経を読み奉れば利益は計り知れない。

名字の言 箱根駅伝で「0区」と呼ばれる"区間" 2021年1月20日
箱根駅伝には、「0区」と呼ばれる"区間"がある。16人のエントリーから漏れ、箱根に出場する選手たちをサポートするメンバーのことだ。彼らはグラウンドの清掃、データの収集など、勝利のための裏方に徹する▼駅伝当日には、タイム計測や給水などの役割を担う。「0区」の誰もが、箱根の晴れ舞台に立ちたい気持ちを抱えながら、チームを支える。その献身の行動が、出場選手の力となり、団結を生む。箱根駅伝は「走力戦」であり、「総力戦」である(佐藤俊『箱根0区を駆ける者たち』幻冬舎)▼広島のある壮年は信心を始めてから46年目で、「網膜色素変性症」と診断された。しかし、襲ってきた宿命の試練に負けなかった。副支部長として、"自身の使命を果たし抜こう"と決め、励ましに率先してきた。その姿に、多くの同志が奮い立った▼広宣流布は、一人一人が自身の誓いの道を真っすぐに駆ける「走力戦」であり、その行動を皆でたたえ合い、励まし合う「総力戦」である。全員が「主役」であり、同時に、友を支える「裏方」でもある▼池田先生は「皆が新時代の『地涌の第一走者』である」と。その誇りを胸に、題目の師子吼を轟かせながら、広布と人生の険難の坂道を力強く走り抜いていこう。(子)

寸鉄 2021年1月20日
山本伸一の自覚で平和へ進む学会員に感動—識者『新・人間革命』を心肝に
香川県婦人部の日。正義の太陽は四国に赫々と!さあ励ましの光を周囲へ
埼玉・戸田県婦人部の日。歴史を開くのは声の力!今こそ対話拡大で勝利を
きょう大寒。天候・社会も厳しき時。だが冬は必ず春と。確信の祈りで前進
ネット犯罪は巧妙化。利用時間増えると警戒心は薄れる傾向と。油断大敵

〈社説〉 2021・1・20 食品ロスを削減しよう!
◇食卓で感謝の「いただきます」
「粟一粒は汗一粒」——粟1粒であっても、その収穫のためには汗1粒に当たる労力がかけられているから、無駄にしてはいけない。農家の方々のご苦労を伝えることわざである。
2015年(平成27年)、国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」の目標12にある「つくる責任 つかう責任」には、"2030年までに小売り・消費レベルにおける世界全体の1人当たりの食料の廃棄を半減させる"との具体的な目標が掲げられた。昨年には、世界各地で食料支援を行う国連機関「世界食糧計画(WFP)」がノーベル平和賞を受賞。食料対策を講じる必要性が世界中で注目されている。
「本来、食べられるのに廃棄される食品」のことを食品ロスという。
国内の食品ロスは年間612万トン(平成29年度、農林水産省及び環境省)と推計され、毎日1人当たり"茶わん1杯分"が捨てられている計算になる。食品ロスを減らすためには家で食品ロスを出さないようにするだけでなく、消費者が食べ物を買う店、食べる店の側でも意識することが大切だと考えられる(農林水産省ホームページ「食品ロスとは」を参照)。
消費者庁は、家庭で食品ロスをなくす基本として、「買い物時は『必要な分だけ買う』、料理の際は『食べきれる量を作る』、食事の際は『おいしく食べきる』こと」と訴えている。
最近では、飲食店などで売れ残りの料理や、賞味期限が近づいた食品を安価に購入できるサイト「KURADASHI」や「TABETE」などのスマホアプリが誕生している。店は食材等を捨てなくてすみ、消費者は料理・食品を安く買えるなど、環境にも財布にも優しい仕組みとなっている。
また、食品を買いすぎてしまった際には、生ものを除いた賞味期限内の保存食であれば「フードバンク」(未使用の食品の寄付を受け付け、必要とする個人や福祉施設などに届ける団体)に寄付することも食品ロス削減につながるだろう。
日蓮大聖人は、「食には三の徳あり、一には命をつぎ・二にはいろ(色)をまし・三には力をそ(添)う」(御書1598ページ)と仰せである。「食」には生命を維持する働き、健康を増す働き、さらには心身の力を盛んにする働きがある。また、「人は食によって生あり食を財とす」(同1596ページ)等と仰せのように食べ物の御供養に敬意を払われていた。
食事の際は生産者に思いを馳せ、「いただきます」に感謝を込めたい。命をつなぐ食を大切にすることから、他者を思いやる心も養われていくに違いない。

☆人間主義の哲学の視座 第5回 対談集『20世紀の精神の教訓』に学ぶ�
テーマ:連帯
池田先生の著作から、現代に求められる視点を学ぶ「人間主義の哲学の視座」。第5回からは「連帯」をテーマに、旧ソビエト連邦のミハイル・ゴルバチョフ元大統領との対談集『20世紀の精神の教訓』(初版は1996年刊)をひもといていく。

【池田先生】「分断」は悪であり、「結合」は善。人々を結ぶ"開かれた対話"を。
【ゴルバチョフ元大統領】一体感、連帯感を促す思想の欠如が、深刻な精神の危機をもたらす。

◇選び取るべき道
歴史学的な考察に基づき、人類が直面する諸難題への処方箋を示してきたユヴァル・ノア・ハラリ氏。新型コロナウイルスの感染拡大当初から、一貫して訴えてきたことがある。
「最大の敵はウイルスではない」。本当の敵は、互いを非難し合う「憎しみ、強欲さ、無知」といった「心の中にある悪魔」であるということだ(『コロナ後の世界を語る』朝日新書)。
ハラリ氏は、グローバリズムとナショナリズムが混迷の度を深める歴史的岐路にあって、人類が選び取るべき道は「連帯」であると強く主張する。
池田先生と何度も語らいを重ね、対談集を発刊したゴルバチョフ氏は、冷戦終結の立役者であり、「分断から連帯」「対立から融和」へと、新時代の潮流をつくってきた中心人物である。
40年もの間、人類を戦争の瀬戸際へと立たせてきた超大国による対立は解消に向かった。「それにもかかわらず——」と、氏は池田先生に語る。

ゴルバチョフ 人類は、依然として不安と不透明のなかにいるといってよい。そこで私は、ぜひあなたに尋ねたいのです。来るべき世紀にとって、最大の危険はどこにひそんでいるのでしょうか? いかなる試練が人類を待ち受けているのでしょうか?

池田 やや抽象的な言い方になりますが、それは人々がたえず「分断」の力に翻弄され、ばらばらに孤立したまま、歴史の奔流の中をあてどもなく漂流していることだと、私は思います。世紀末のあまりに荒涼たる、そして喧騒をきわめる現実は、そのことを十分すぎるほどに証拠立てているのではないでしょうか。
隣人同士や民族間の「分断」、自然・宇宙と人間との「分断」、なによりも本来、幸福のハーモニーを奏でるはずの人間の心の「分断」。まるで中世のペスト(黒死病)のように蔓延し、ところかまわず猛威を振るうこれら「分断」の力を、どのように"善"の力で冥伏させていくかが、変革期の世界の不可避の課題となってくると思います。

◇「縁起」の世界観
対談集のタイトル『20世紀の精神の教訓』は、ゴルバチョフ氏の提案によるものだ。氏は「私たちが、戦争で生き残った『戦争の子ども』であるという一点を見逃すと、私たちの世代の人生も、行動も、理解することは不可能でしょう」と言葉を添えている。
同世代の二人が平和な21世紀を志向した同書には、随所に「連帯」への示唆が光る。池田先生は「再確認し総括する意味からも、もう一度申し上げさせていただきたい。『分断』は悪であり、『結合』は善である。この根本認識に立って、『善』の力をもって『悪』の力を顕在化させないことこそ、21世紀を希望の世紀としていくための肝要中の肝要」と。
さらに先生は、仏教のものの考え方の根本を成す「縁起」、いわゆる万物が互いに「縁りて起こる」という関係性にあり、単独で生起する現象はないという世界観を強調する。

池田 私が、モスクワ大学やハーバード大学での講演で強調したのもこの点です。「結合」の力、働きとは、この「縁起」つまり物事の個別性よりも、関係性を重視する仏教思想の根幹であり、現代的な言い換えといえます。

「レリジョン(宗教)」は、神と人間との「結合」に由来する言葉です。その意味からも、「結合」「結びつき」は、宗教を宗教たらしめる本質的な属性ともいえます。そのうえで、神のような超越的な存在を置かず、より内在的に万物の相互関係性、相互依存性を説いているところに仏教の特徴があります。

現代社会の混迷のよって来るところは、人間の善性に根ざした「結合」の力が、人間の悪魔性の発露である「分断」の力によって席捲されている点に、大きな原因があると考えるのですが、いかがでしょうか。

旧ソ連邦のリーダーとして、各共和国の主権を認めつつ、ゆるやかに「結合」させ、連邦全体の存続と発展をはかることに全精力をかけてこられたあなたこそ、この「結合」と「分断」の善悪を、骨身にしみて感じておられると思うのです。

ゴルバチョフ 振り返ってみれば、ロシア人にとって、20世紀は試練の連続でした。3度の革命、兄弟同士の戦争、強制的な集団化、幾世紀もの間に築かれた農民生活の崩壊、強制的な無神論、教会の破壊。それにつづく幾百万の生命を奪った大祖国戦争。飢餓にさいなまれた戦後の復興期。そして、こうしたことはすべて、わずか一世代、二世代のうちに起こったのです。それもすべてが力ずくの分断です。人間を極限に立たせるものでした。

おっしゃるとおり、現在、人々を「結合」し、人々の信念を回復しうる思想、つまり人間が一体感、連帯感を実感できるような思想が欠如している。そのことによって精神の危機は深刻の度を増しています。

人間の恐怖心を煽ることで体制を維持してきた共産主義的な疑似集団主義は、崩壊し、姿を消しました。そこで明らかになったことは、改革思想そのものは、人々を団結させることができなかったということです。

私たちが生活に密着した思想を見つけないかぎり、本当の意味の「結合」を望みえないのは明白です。

◇試練を乗り越える力
「いかなる試練が人類を待ち受けているのか?」との質問に続けてゴルバチョフ氏が問い掛けたのは、「その試練を乗り越えるだけの力を人類は持っているのか?」ということだった。
分断を越え、連帯を生み出す方途の一つとして光が当てられたのは「対話」である。価値観が急速に多様化する現代にあって、無関心やシニシズム(冷笑主義)の蔓延を危惧し、先生は「信念を主張しないのは、解決すべき問題から身を引き、目をそらせ、自閉的世界に閉じこもるエゴイズムです」と述べ、対話の力を訴えた。

池田 積極的に他者と交わろうとする"開かれた精神"と"開かれた対話"にもとづいて、何がどの点で優れているかを、きちんと見分けていく批判力、批判精神こそ、暴力的なカオスへの傾斜を防ぎとめ、真実の寛容、寛仁大度(編集部注=寛大で情け深く、度量の大きいこと)という人間の尊厳を輝かせていく最大のポイントといえましょう。

ゴルバチョフ 賛成です。平和を模索し、すべての政治的な対話によって解決の道を探すこと、そして説得と納得の道を選ぶことが、暴力と戦争よりもどれほど効果的な方法であるかを知らなければなりません。もし、人類の闘争と対立によって、「思想の多様性」が焼き尽くされてしまえば、あとに残るのは「精神の空洞化」だけでしょう。

池田 まさしくあなたは、開かれた対話で、冷戦の核の脅威が覆う現代の世界に、新しい時代の風をもたらした「人道的競争」の第一走者です。その点に、私は心から敬意を表したいのです。

【プロフィール】ミハイル・S・ゴルバチョフ 1931年、ロシアのスターブロポリ生まれ。モスクワ大学卒業。85年に、54歳でソ連共産党書記長に就任すると、国内では「ペレストロイカ(改革)」、外交では「新思考」を掲げて核軍縮などを推進。89年、東西冷戦を終結に導き、90年、初代大統領に就任。同年、ノーベル平和賞を受賞する。91年12月、ソ連解体とともに大統領を辞任した。その後、「社会・経済・政治研究国際財団(ゴルバチョフ財団)」を創設するなど、世界各地で活動を展開している。